もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら (更新停止)
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もしクレマンティーヌが悪人でなかったら

完全にネタです。勢いで書いたので、もしかしたら矛盾してるかも。


 『もう絶望する必要なんて、無い!!』

 

 

 「だったら、何で私はこんな思いしなきゃいけないのよ」

 

 元漆黒聖典第九席、クレマンティーヌはリ・エスティーゼ王国の王都の宿屋で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌは、3年前に自らがとある生まれながらの異能(タレント)を持つことに気が付いた。

 

 いまいちどんな能力かはハッキリしないが、把握できている範囲では『別世界の何者かの記憶を追体験し、その人物の力を使用できる』という物。

 

 彼女が現在持っている能力は3つ、

 一つは、立花響という少女の力。聖遺物と呼ばれる神々の遺産に匹敵するような武具の欠片をその身に宿したこの少女の力のせいで、クレマンティーヌは漆黒聖典を辞めなければならなくなった。後で話す三つ目の能力が無ければ、街に長期間滞在することすら難しかっただろう。

 

 二つ目は、ユウキと呼ばれる少女の力。その高い動体視力と反射神経は、クレマンティーヌのそれをわずかながらに凌駕していたため、彼女の力の底上げに大きく役立った。彼女の持つソードスキルと呼ばれる武技のようなものも、クレマンティーヌの戦い方に幅を持たせるだけではなく、新しい武技を考案する助けにもなった。ちなみに、この能力も漆黒聖典を抜けるに至った(間接的とはいえ)原因である。

 

 そして三つ目は、鹿目まどかと呼ばれる少女の力。ただの人の身にありながら、世界を変えた少女の力。ものすごく恥ずかしい目に遭わなければならないが、かの神々ですら殺せるであろう力を持った少女の力を私は持っていた。

 

 

 かなりの程度の差はあるが、どの人物の力も英雄クラスの力だった。

 もちろん、これらの力にも欠点はある。いや、副作用と言うべきか。

 

 

 もし、1番始めに手にした力が鹿目まどかの力であれば、私は恐らく世界最大級の殺人鬼になっただろう。しかし、私は今そうしていない。それが副作用だ。

 

 この生まれながらの異能(タレント)は、力を手にする前にその人物の人生、記憶、感情を追体験する。彼女らが何を思い、何を考え、何のために生きてきたか、その全てを私に投影させる。もし、彼女らが私のように性格破綻者であれば特に変化はなかっただろう。しかし、そうではなかった。

 

 ―――彼女らは、あまりにもいい人過ぎたのだ。

 

 毎日を微笑みながら生き、苦悩しながらも前向きに歩み、苦しみながらも願いに殉じた彼女達。

 

 自らの価値を見失いかけながらも、生きることを諦めず危険を前にしても歌い続けた立花響に、死の恐怖に脅えながらも、前を向き嘆くことなく笑って生きた紺野木綿季に、救いのない契約だと知りながらも、誰かのためにと真っ直ぐに願った鹿目まどかに、何の影響も受けずにいられるだろうか。いや、そんなことは不可能だ。

 

 

 私にとって、その意志は、その恐怖は、その決意は、全て私のものでもあるのだから。

 

 

 

「まぁ、だからこそ困っているんけどねぇ」

 

 だからこそ、いい人でない私は困っているわけだ。

 彼女達の感情は自分のものではない。しかし、同時に自分のものでもある。そのため、頻繁にとはいかないものの、稀にと言えない程度の頻度でその感情に引きずられる事がある。

 

 本来の私であれば、その辺の少年兵士なんかに稽古を付ける約束なんてしない、邪教徒の殲滅なんて面倒くさいからやらない、興が乗ったからと言っても貴族の暗殺なんて厄介事を背負ったりしない。

 

 まさか、王国戦士長と切磋琢磨しなければならなくなるとは、かつては夢にも思わなかった。

 

 

 まあ、それはともかく、

 

 追っ手としてやってくる漆黒聖典の連中をたまーに斬殺しながら、クライムを鍛えつつ、ラキュースを処女呼ばわりしながら、イビルアイを弄りまわし、ガゼフと食事をともにする。

 

 

 そうやって、今日も私は生きている。

 

 

 

 

 

 

 王国兵士の一人、クライムの朝は早い。

 彼は、月が夜空を照らす様な時間から目を覚ます。いや、覚まされる。

 

 彼は目を覚ますと同時に一気に意識を覚醒させ、全身を脱力状態からまともに戦える程度まで一気に引き上げる。そして左手で剣を手に取り、更に右手で弾かれるようにベッドから離れた。

 その直後、ベッドのクライムがいた場所に銀色に輝くスティレットが突き刺さった。

 

「うん、とりあえずは合格かなぁ」

 

 突き刺した女性、クレマンティーヌはそう呟く。

 

「ありがとうございます」

 

 そんな彼女に、クライムはそう返した。

 

 

 

 クレマンティーヌは、クライムの師匠と言うべき人物の一人である。

 剣術の師匠がガガーラン、魔法の師匠がイビルアイだとすれば、クレマンティーヌは変な言い方たが動き方の師匠と言うべきだろうか。

 

 毎朝、もしくは毎晩行われる不意打ちは、その訓練の一環である。

 これは、可能な限り身体の疲労を取る休息方法の訓練と、気配察知の訓練、そして脱力と行動の転換を素早く行う訓練の三つを兼ねたもので、彼が彼女に教えを請うてからの1年間毎日行われている。

 

 

「それじゃあ、先に行ってるわよ」

 

 少しの間雑談を交わした後、クレマンティーヌは窓から飛び降りて、場内にある兵士達の訓練に使われる大広間に向かっていった。

 

 彼女が部屋を後にすると、クライムは素早く彼女のとの鍛錬時用の鎧姿に着替える。チェインシャツやチョッキを身につけ、その上に艶消しされた傷だらけの黒い鎧を身に纏う。

 この鎧は、鍛錬時に戦闘の際に使えるようなものを使用しなければ鍛錬にならないと主張した彼女から貰ったものだ。魔法で鍛えられていたりはしないものの、並の騎士では手にすることすら叶わない様な高価なものだ。余り階位の高くないような貴族であれば宝物庫に死蔵していてもおかしくないほどの物である。

 

 それはともかく、

 

 すぐさま、大広間へ。クレマンティーヌが稽古を付けてくれるのは夜明けまで、決して時間は無駄にはできない。

 

 人通りの少ない夜の王宮を駆け、大広間へとたどり着く。

 そこには、黒いローブ姿のクレマンティーヌが何時も鍛錬時に使う鉄の剣を2本手に待っていた。 

 

 クレマンティーヌは、その暗殺者のような服装とは裏腹に比較的()()()()()()()()()()戦士だ。王国戦士長とは受けと回避、相手の攻撃に対する対処の方法は異なるものの似た戦い方と言えるだろう。

 

 一度、クレマンティーヌの様な人間がただの旅人をしていることを不思議に思い、何故旅人をしているのか聞いたがはぐらかして答えてくれなかった。

 彼女の性格からして、何か後ろ暗いことに手を出しているとは考えにくいので、何か事情があるのだろう。

 

 

 屈伸や前屈などで身体をほぐし、彼女から鉄の剣を受け取る。

 

「それじゃ、始めるわ」

「よろしくお願いします!」

 

 二人で向き合い、剣を構える。

 毎朝の奇襲の後は、何時も模擬戦をしていた。

 模擬戦と言っても、クレマンティーヌが武技を使ってはいけないこと以外は、実戦と同じだ。手元の刃は潰されていないし、剣を使った戦い方に限定したものではなく、蹴りも投げ技も絞め技も、一般的な戦場ですら禁忌するものもいる様な目潰しや急所を突くような技(ゴールデンボール・クラッシュ)まで許可されている。限りなく実戦に近づけたものだ。

 

 

 身体を動かさないように、小さく深呼吸をする。実戦ではこんなことは出来ないが、1戦目に限りこの模擬戦では許可されている。

 そして、大きく一歩目を踏み出した。

 

 ―――武技、《能力向上》

 

 動きを加速させる武技を発動する。

 その効果はクライムが知るものよりも遥かに弱いが、確実にクライムの動きを加速させていた。

 

 クレマンティーヌまでの距離の二歩を瞬く間に詰め、その勢いのまま剣を突き出す。

 しかし、彼の剣はクレマンティーヌの姿を捉えることはできなかった。

 当然だ、武技を使ったクライムよりも、クレマンティーヌの方が早いのだから。

 

「うーん、少しは速くなったみたいじゃない」

 

 ―――でも、まだ遅い。

 

 その言葉を聞くよりも速く、突き出した剣を振り上げる。

 その剣は、上空から剣を振り下ろすクレマンティーヌの剣と打ち合わされる軌道を描いていた。

 

 ―――武技、《重心稼働》

 

 クレマンティーヌの剣と打ち合うのに合わせるように、重心を動かし剣と合わせる。

 しかし、クレマンティーヌは、その一撃を剣を用いて自身が滑り降りるかのように受けながし、剣を振り上げてがら空きになった首筋へと突きつけた。

 

「はい、死亡。安直に迎え撃ったりしない様にしなさい」

 

 読まれていた。クライムはそう感じた。

 いや、読まれるのも当然だろう。重心稼働という武技を作り出しクライムに教えたのは彼女なのだから。

 

 重心稼働と呼ばれる武技は、クレマンティーヌ曰く、即応反射と呼ばれる武技の劣化版らしい。事実、才能の無いクライムですら、しっかりと使いこなせる様な武技だ。

 ……劣化版の武技をわざわざ作り出して、クライムに教えてくれる辺り、クレマンティーヌのいい人さ加減が現れている気がすると感じるのは、クライムだけではないだろう。

 

 

 この後も、クライムとクレマンティーヌは太陽が顔を覗かせるまで剣を打ち合わせていた。

 

 

 

 

 

「げ、クレマンティーヌ」

「あれぇ、ラキュちゃんじゃない。こんなところを歩いているなんて、男あさりでもしてたのかしら?」

 

 王都の裏路地、そこを歩いていたラキュースは、クレマンティーヌと出くわした。

 

「男あさりなんて人聞きの悪いこと言わないで欲しいわね。この近くの情報屋に行ってただけよ」

「へぇ、情報屋ねぇ……まあ、よく考えればラキュちゃんに男あさりなんてできるわけ無いわよねぇ。処女だもの」

「……毎回そのネタね。そうやっていっつも同じ事ばっかり言って、飽きないのかしら」

「ラキュちゃんが処女じゃなくなったら変えるわ。あ、御免なさいね、そうしたら同じネタで一生弄ることになっちゃうわね」

 

 ラキュースの顔が僅かに歪む。処女処女処女としつこく言われれば、頭にくるのも当然と言えるだろう。しかし、怒ることはしない。彼女が怒れば、それが彼女の思うつぼだとわかっているからだ。

 

「……はぁ、で、何のようかしら」

「むぅ、なれたみたいね。まあいいわ。

 この間頼んでおいたものができたか確認しにきたのよ」

「頼んでおいたって、あの金属で武器を造って欲しいって話のこと? 一応、あなたがどうやってあんな恐ろしいものを手に入れたのかは聞かないけれど、どれ程の物であるのかは前もって教えておいて欲しかったわ」

 

 クレマンティーヌは、以前漆黒聖典との戦闘で手に入れることとなった『ガングニールの破片』、およそ250kgをラキュースに渡し、その余りを渡すことを条件に武器を造ってもらう約束をしていた。

 

「とても希少なものだって前もって言っておいたはずだけど?」

「恐ろしく軽量でありながら、オリハルコン以上の頑強さ。その上、高い魔法に対する耐性を持つなんて想像なんてしてないわよ。うちが贔屓にしている鍛冶屋の炉は魔法によるものだったから、あの金属を使って武器を造るために鍛冶屋探しから始めなきゃならなかったんだから」

 

 ラキュースがクレマンティーヌに頼まれたものは六つ。

 2本のスティレット、騎士用の、それも丁度クライムが使うような大きさの鎧、両刃の長剣2本、そして魔法で強化された片手剣だった。

 

「とりあえず、スティレットと両刃の剣はできたわ。鎧も殆どできてる。片手剣については少し時間がかかってるけど、来週末にはできるそうよ」

「へぇ、なら長剣とスティレットは今からもらえる? その長剣はガゼフの分だし、久しぶりに今日会えるから渡しておきたいんだけれど」

 

 ラキュースがクレマンティーヌに散々からかわれながらも嫌うことができない理由は、この意外な優しさにある。彼女は、懐に入った人間には表だって言わないものの、かなり優しいのだ。

 

「わかったわ。ガガーランに預けてあるから、今から取りに行きましょう」

 

 故に、彼女はクレマンティーヌと未だに付き合いを続けている。

 

 

 

 

 

 「転移(テレポーテーション)っ!!」

 

 ―――いびるあい は にげだした。

 

 

 

 

 

 ―――『流水加速』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 

 自身を加速させる武技と、身体能力を強化する武技。

 ガゼフは、その三つの武技を重ね掛けし、クレマンティーヌに向け加速した。

 

 ―――武技、『能力超向上』

 ―――ソードスキル『ヴォーパルストライク』

 

 それを、クレマンティーヌは武技によって強化された身体から繰り出す、ソードスキルと呼ばれる特殊な攻撃によって迎え撃つ。

 

 空気の壁を斬り裂き、大きく音をたてる刃。

 ガゼフはそれを、流水加速によって加速した反射神経と強化された肉体能力で強引に弾き逸らした。

 

 ―――武技、『即応反射』

 ―――武技、『即応反射』

 

 その直後、二人は崩れた身体を崩れた体を立て直す武技によって戻し、お互いに向かって剣を振るう。

 

 ―――武技、『重心稼働』

 ―――『不落要塞』

 ―――『超回避』

 ―――武技、『六光連斬』

 

 ガゼフの剣が赤く光り輝き、クレマンティーヌに六つの斬撃が放たれる。

 彼女は、その内の一太刀を攻撃を無力化する武技で受け止めると、わざと吹き飛ばされるように重心を動かし、回避力を大きく上昇させる武技である超回避と組み合わせることで残り五太刀の間合いの外に逃れた。

 

「流石だな、まさか流水加速中の六光連斬を無傷でいなされるとは」

「今更驚くことでもないでしょ」

「それもそうだな」

 

 ふたりは、再び剣を正面に構える。

 

 ガゼフ・ストローフとクレマンティーヌ、彼らは、王都から少し離れた平原で戦っていた。

 王都の訓練施設で行わない理由は、訓練施設が王宮内にあるため部外者であるクレマンティーヌが入ることが許されないからである。日常的に王宮に忍び込んでいるクレマンティーヌとしては、王宮内に入る程度ならそう難しいことではないが、さすがによるガゼフと一騎打ちなどすれば見つかるので、王都の訓練施設を使うことは諦めていた。

 

 ふたりが構える剣は、僅かに橙に輝く両刃の剣。クレマンティーヌがラキュースに頼んで打ってもらったものだ。

 彼等は、自らの鍛錬のついでとして、この剣の使い勝手を確かめていた。

 

「さて、では続きと行こうか」

「りょーかい。今度はこっちから行くわね」

 

 ―――武技、『流水加速』

 ―――『疾風走破』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 

 クレマンティーヌが、武技によって強化された身体で駆け出す。

 ガゼフは、それに剣を振り下ろして迎え撃った。

 

 ―――武技、『超回避』

 ―――武技、『即応反射』

 

 振り下ろされたガゼフの剣を、クレマンティーヌは武技によって軽々と避ける。

 しかし、ガゼフはその回避に合わせるように武技を使い即座に体勢を整え、超回避が終わった時点に合わせるように剣を振るった。

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 咄嗟に武技を使い、クレマンティーヌはその剣をかろうじて避ける。

 剣は、辛うじてクレマンティーヌのローブの端を僅かに斬り裂くに留まった。

 しかし、その反射的な動きはガゼフに大きく隙を見せることとなった。

 

 ―――武技、『戦気梱封』

 

 ガゼフは、武技によって武器を強化すると、返す太刀でクレマンティーヌが手に持った剣に向けて剣を振り上げた。

 

 クレマンティーヌの手から剣が弾き飛ばされる。

 

「あー、読み切られたかぁ」

「これでようやく十勝か、長かったな」

 

 二人は、僅かに息を吐いて身体から力を抜いた。

 

「それにしても、この剣は本当にもらってもいいのか? 俺は鑑定士ではないから詳しくはわからない が、アダマンタイト級の冒険者が使っていてもおかしくないほどの業物に感じられたぞ」

「いいのいいの、私の武器を造ってもらうついでに造ってもらったものだから」

 

 ガゼフとしては、これほどの業物をもらうのは心苦しかった。多くの借りを持つ彼女に、これ以上世話になるのは本当に申しわけなかったのだ。

 しかし、そんなガゼフの様子にも意を返さず、彼女は善意のこもった笑顔で彼の遠慮を流した。

 

「さて、そろそろ日が暮れ始める時間だ。今日は、もうこれぐらいにしないか」

「えー、勝ち逃げする気?」

 

 空が僅かに暗くなり始めたのを見て、ガゼフは鍛錬を切り上げることを提案した。

 しかし、クレマンティーヌは不満なようで、僅かに不満を乗せた口調でガゼフに言葉を返す。

 

「ああ、久しぶりに勝てたのだ。勝ち逃げくらいさせてくれ」

「ぶーぶー、横暴だー」

 

 納得してもらえるよう、一応正直にガゼフは言葉を返すが、その言葉にクレマンティーヌはまるで子供のように返した。

 

 

 

 

 ……結局、ガゼフが彼女に夕飯を奢るという約束をすることで、話は決着することとなった。




更新予定は未定

 ユウキだけ本人ではなく、ゲームのアバターの能力というツッコミは無しの方向でお願いします。

 響さんは、(筆者がGXをまともに見てないので)無印仕様です。

 まどかさんは、(手元にゲーム以外の媒体がないので)PSPゲーム仕様になってます。
※簡単に言うと、SGを自分で浄化できます。


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カルネ村編
もしクレマンティーヌが恥ずかしがったなら


 おかしい。メインで書いているデート・ア・ライブの方の評価を抜かれてる。

 昨晩、酒を飲んだ時に書いてた様なので、誤字脱字を修正して投稿します。

 話を書いてた時の私は、どうやら皆さんの感想の『まど神様』関連の話を聞いて何か思うことがあったみたいです。


 クレマンティーヌがまだ漆黒聖典に所属していた頃、まだいい人扱いされない様な人格破綻者だった頃、彼女はとある事件を起こした。

 

 

 

 きっかけは、彼女の生まれながらの異能(タレント)だった。

 

 ある人物の人生を追体験し、自らの力と変える、というこのタレント。

 かつてのクレマンティーヌは、暴走などの危険があるといえど、星の欠片すら破壊できるその力に酔い、向上した身体能力を駆使して精力的に働いていた。

 

 西に行ってはスケリトル・ドラゴンを殴り殺し、東に行っては犯罪者を拷問していた。

 

 充実していた。なんでもできるような気がしていた。今なら、兄ですら越えられる気がしていた。

 

 そんな気分で漆黒聖典の拠点で寝ていたある日、彼女の生まれながらの異能(タレント)が力を発揮した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……懐かしい夢」

 

 城塞都市エ・ランテルの市民区画にある宿屋の一室。彼女はそこで目を覚ました。

 

 彼女は、ベッドから身体を起こすと右手の指先に目を向ける。

 そこには、桃色の宝石を宿した指輪がはめられていた。

 よく見ればその宝石は僅かに黒く濁っており、本来の輝きを宿していない事がわかる。

 

「やっぱり、これが原因ね」

 

 宝石の名前は『ソウルジェム』、彼女の魂その物である。この宝石には、魔法を使う、又は時間経過で黒く濁るという性質がある。この黒色は持ち主の絶望を表しており、黒くなれば成る程精神的に不安定になってしまう。おそらく、クレマンティーヌがあんな夢を見たのはこれが原因だろう。

 

 今は夢という形で気が付けたものの、これが戦闘中に影響を及ぼしてきたら危なかった。一瞬の判断が生死を分けることもあるこの世界で、精神的に不安定になるというのはとても危険なのだ。そのため、早急にこの黒い澱みを取らなければならない。

 

 ……そう、取らなければならないのだ。

 

 

 クレマンティーヌは、部屋を見回した後、この部屋の唯一の窓に自身のローブを掛け、窓からこの部屋の中が見えないようにする。さらに、予備のローブを荷物から取り出し、ドアの隙間を埋めるように置く。

 

「とりあえず、物理的なものはこれでいいわね。あとは……」

 

 右手の指輪を握り締め、祈るように手を合わせる。

 すると、宝石の半分以上が黒く染まると同時に、部屋一面に桃色の光りが走った。

 

「これで、風化聖典の連中みたいな奴らが魔法で監視しようとしても阻害できるわね」

 

 そう言うと、クレマンティーヌは深呼吸し、もう一度部屋の中を見回す。丹念に見回して、本当に誰もいないことを確認した後、大きく溜め息をついた。

 

 クレマンティーヌは、指輪を大きな宝石に変化させ、鹿目まどかの力を本気で使える姿、『魔法少女』へと姿を変えた。

 

 

 

 さて、こんなにも彼女が監視の目を潰したことにはわけがある。

 かつては性格破綻者だったとは言え、今の彼女はきちんとした(?)価値観を持った女性である。

 某リーダーのように中二病だったりしないし、某兄貴のように肉食系女子ではない。その価値観が正しいかどうかは別として、自分はちょっと外道なだけの普通の女性だと彼女は常々思っている。

 

 さて、ここまで言えばわかる人もいるだろう。

 

 

―――普通の人間が、あんな姿に何も思わずいられるだろうか(魔法少女の服を着ていられるだろうか)

   あんな姿を、恥ずかしがらずにいられるだろうか。

 

 

 彼女が、最強の力である鹿目まどかの力を十全に発揮しないのは、詰まるところそんな理由だった。

 

 

 

 

「ふう」

 

 魔法少女の姿から元に戻り、大きく息を吐く。

 今日も、無事に誰にも見られずに済んだことを彼女は安堵していた。もし見られたら、思わずスティレットを持った手が滑ってしまったかもしれなかったからだ。

 

 クレマンティーヌは、ローブを回収し荷物にしまうと、宿の飯所で朝食をとり、冒険者組合の建物に足を向けた。

 

 

 クレマンティーヌが王都を離れこのエ・ランテルに訪れた理由は、漆黒聖典の連中を追い返すためだ。

 彼女は定期的に漆黒聖典と戦っており、その度に誰か一人を大怪我させて逃げる、ということを繰り返していた。流石の法国としても、そう何度も王国に侵入するのはリスクが高いようで、一度誰かに法国に戻るような大怪我をさせれば、しばらくの間王国にいるクレマンティーヌを狙ってくることはなかった。

 クレマンティーヌはかつて漆黒聖典に所属していた事もあってか、ある程度とはいえ内部事情には詳しかったため、大まかにではあるが漆黒聖典が来る周期がわかった。そのため、彼女はその時期になると王都を離れ、法国にほど近いエ・ランテルに居場所を移し、彼等を迎え撃つことにしていた。これは、万が一王都に住むガゼフに漆黒聖典の接近を気が付かれ、もしガゼフが彼等に戦いを挑んだ場合、間違いなくガゼフが死に、ガゼフという大きな手札を失った王国の王側の人間の発言力が低下、結果として王国が荒れ、また漆黒聖典に追われて過ごす日々に逆戻りしてしまう可能があると考えた為である。

 ……クレマンティーヌの事情を知る人々は、他人に迷惑をかけないためにそうしている、と思っているがべつにそんな理由ではない。ないったらない。

 

 

 

 彼女は、冒険者組合の施設に着くとコルクボードに留められた依頼票の確認をしていった。

 

 クレマンティーヌは冒険者組合に登録しており、階級としてはミスリルのクラスを持っている。

 かつてはオリハルコンのクラスであったが、前回漆黒聖典の隊長の鎧を破壊するためにプレートをスティレットのコーティング剤に加工したため、冒険者の証であるプレートを素材として使った罰則としてミスリルまで階級を墜とされてしまった。

 そのため、現在はミスリルのクラスに甘んじている。

 

 コルクボードに留められた依頼票のうち、ミスリルの人間に対しての依頼であったのは三つ。

 一つは、2年前から周期的に依頼されるようになった、森の魔物の減少原因の調査。これの犯人は漆黒聖典の連中だ。犯人はわかっているので原因調査に行ってもいいのだが、報告しても漆黒聖典が公表されてない組織であるためか真実だと信じてもらえないので、これは受けない。

 二つ目は、とあるミスリルクラスの冒険者グループの荷物持ち。これは、そのグループが余り好きではないので受けたくない。

 三つ目、エ・ランテル近辺の村の調査。なんでもエ・ランテル近辺の村の一つが何者かに襲撃され廃墟となっていたのが発見されたらしく、その調査をして欲しいとのことだった。

 

 

 ……正直、受けたくない依頼しかない。クレマンティーヌは、心の底からそう感じた。

 

 仮に受けるのであれば3番目の依頼だが、これもリスクが高すぎる。もし、魔物によって村が壊滅したならば近くにいるであろう漆黒聖典、と言うよりはそこに所属している兄がその魔物を利用しないはずがないし、魔物ではなく人によって壊滅したならばそれを行ったのは山賊か帝国の兵士か法国の兵士の何れかだろう。山賊であれば殲滅している隙を漆黒聖典に狙われかねない、帝国ならば国際問題だから面倒なことになる、法国であれば確実に私をおびき寄せるための罠だろう。

 正直、採取依頼があるか探していたクレマンティーヌとしては、本当に不幸だと思っていた。

 

 そう考えたものの、手元のお金が少々心苦しいので仕方なく3番目の依頼を手に取った。

 

 

 

 

 

 「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 エ・ランテルから十分離れたところで、クレマンティーヌは聖詠を口にし、目的の村への直線上にある森を一気に駆け抜けた。

 

 ―――武技、『回避』

 ―――『超回避』

 ―――『疾風走破』

 

 森の中では、多く木々やの野生動物とぶつかりそうになるが、武技で回避しかまわず進む。この状態であれば、最悪漆黒聖典と出くわしたとしてもそのまま逃げ切ることができるからだ。

 

 

 ちなみに、クレマンティーヌ自身このシンフォギアを纏った姿に何も感じないわけではない。ただ、元々ビキニアーマーの様な装備をしていたために、このような方向性の恥ずかしい装備にはなれているというだけである。

 

 

 途中ですれ違うゴブリンやオークを殴り蹴り殺しつつ、定期的に回避系の武技をかけ直しながら、全速力で大地を蹴り駆けてゆく。

 目的の村は馬車で進めば半日もかからない距離にあるので、全速力で彼女が走ればすぐ、とまでは行かないものの瞬く間にたどり着くことができる。

 

 

 結局、クレマンティーヌは三つ目の村の調査依頼を請け負った。

 二つ目の依頼と揺れたが、多少は丸くなったとはいえ自分に外道の気があると考えている彼女は、万が一イライラして"手が滑ってしまった"場合の事を考え、三つ目の依頼を受けたのだった。

 

 

 森の中を全力疾走していると、ある時クレマンティーヌは人の声が聞こえた様に感じた。

 足を止め、周囲に耳を澄ます。

 

「……か、い……か」

 

 彼女の耳に、微かに男性の声が聞こえた。シンフォギアを解除し、声の聞こえた方向に辺りを警戒しながら進む。

 

 しばらく進むと、木に背をついて座り込んだ血まみれになった男がいた。服装からして、おそらくは村人か何かだろう。壊滅したと聞く村の生き残りだろうか。

 座り込んだ男がこちらに気が付いたのか、血の気を失った顔でこちらに向き直る。

 

「……あ……もしや、ぁんた……は冒険……者かぃ」

 

 怪我が酷くて口が上手く回らないのか、聞き取りにくくこちらに話しかけ始めた。

 

「うん、そうだよー。ミスリルの冒険者をしてる」

「そぅ……か。ちょうど……よかった。死にかけて……こんな幸運にぁうなんて……運がいいのか悪いのか…………。なんでこんな…………森の中にいるかは知らないが、ぁんたに……依頼をしたい」

「依頼? 助けて欲しいのー?」

「助けて欲しいの……かって? もう俺は……助からないだろ。ポーションでも使わない限り……無理だろうよ。だから……」

 

 男は震える手でポケットを漁り、そこから銀貨を数枚取り出した。

 

「安いか、も……しれないが、依頼金だ。……俺たちの村を……襲った連中は、近くの……カルネ村の方に……向かっていった。帝国の……兵士と、バケツみたいな兜をかぶった奴ら……ふたつ集団だ。

 ……頼む、そいつらを殺して欲しい」

 

 男は、よろけながら立ち上がると、クレマンティーヌに手に持った銀貨を渡し、そのまま倒れた。

 

「助けてじゃなくて、殺してねぇ」

 

 ――こんな依頼されるなんて、私、呪われてるかも。

 

 銀貨を受け取った彼女は、そう小さく呟き、溜め息をつくと再び走り出した。

 

 

 悪態をついた割には、彼女の顔は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 ―――武技、『疾風走破』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 ―――『脳力解放』

 ―――『流水加速』

 ―――『超回避』

 

 再びシンフォギアを纏い、限界に近い数の武技の同時使用を行う。それに軋みをあげる身体を、魔法少女であれば誰しも持つ魔法である身体操作とシンフォギアによる保護で誤魔化し、さらに『縮地』という武技と脚にあるパワージャッキの連続使用により先程よりも大幅に速い速度で森の中を駆け抜ける。

 

 

 バケツのような兜と聞いて、クレマンティーヌは法国に存在するとある部隊を連想した。

 陽光聖典、スレイン法国の誇る六色聖典の一つで、漆黒聖典を除けば六色聖典の中で最も攻撃的な部隊だったはずだ。

 隊員全員が第三位階魔法を行使することができ、召喚した多数の天使による物量を生かした包囲殲滅を得意としていた、スレイン法国のエリート中のエリート部隊だった。

 そんな部隊が来るのであれば、それだけの理由があるはず。そしてクレマンティーヌには、その理由に心当たりがあった。

 

 

 二十分もすると、進行方向から微かに悲鳴が聞こえるようになった。

 

 その悲鳴を聞いたクレマンティーヌは、さらに速度を加速させる。

 

 

 そして、森から開けた場所に出た直後、彼女は予想もしていなかった物を目にした。

 

 傷つき座り込む二人の少女と、倒れ伏す二人の帝国兵士、

 

 ―――その側に立つ、一目で上位の装備とわかる衣服を身につけた骸骨

 

「っ、エルダーリッチ!?」

 

 エルダーリッチ、それは高位の魔法を操るアンデット。上位の冒険者でなければまともに戦うことすら難しいとされる存在。

 そんな存在が、何故こんな場所にいるのか。

 

 深く考えるよりも先に、クレマンティーヌは駆け出す。

 エルダーリッチは、魔術師。詠唱させ魔法を使わせれば、何をされるかわからないからだ。

 そして同時に歌を口ずさむ。一部の死霊系統のモンスターは、無効化系技能を持っている場合がある。軽減系には意味はないが、いくつかの無効化系技能は、肉体で耐えるものでなければ位相差障壁を調律するのと同じような形で無効化できる場合がある。

 

 本来アームドギアを生成する為のエネルギーを拳に込め、全力で踏み込む。その拳は大岩をも砕き、エルダーリッチ程度であれば確実に粉微塵にできる威力を持っていた。

 

 ―――それが、エルダーリッチであればの話だが。

 

『光輝緑の体』(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)

 

 クレマンティーヌの拳が、彼女の目の前の骸骨へと振るわれる。

 本来岩をもたやすく砕く一撃、しかしその一撃をぶつけられた骸骨は何一つ堪えていないようだった。

 

 咄嗟にクレマンティーヌは、骸骨から跳び退く。それは、そのエルダーリッチがただのエルダーリッチでないと感じたが故の行動だった。

 そして、その動きは勿論悪手だった。

 

『心臓掌握』(グラスプ・ハート)

 

 骸骨の手の上に突如現れた心臓が骸骨によって握りつぶされると同時に、クレマンティーヌの身体に激痛が走る。

 

 そして、彼女の意識は途切れた。



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もしクレマンティーヌが正気を失ったら

 祝! 日間ランキング2位!
 たくさんのご声援、ありがとうございます。
 一部ネタばれに関する感想やご声援を除き、感想にはできるだけ返信させていただいています。皆様の感想は、とてもうれしく感じました。


 今回は、クレマンティーヌさんの視点はありません。


 『心臓掌握』(グラスプ・ハート)、心臓の虚像を作り出し、それを潰すことで相手に死を与えるこの魔法は、心臓を潰すという行動を必要とするために高速戦闘には向かないものの、即死魔法であり抵抗されても相手の動きを止められるという性質を持つため、非常に優れた魔法だ。

 

 ただ、一見弱点がない様に思えるこの魔法にも、実は弱点がある。それは、ユグドラシルではあり得ない状況なので本来は弱点と言って良いかわからない物であるが、今回の場合は明確に弱点であった。

 

 この魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()には無意味なのだ。

 

 

 そして彼が相対していた存在は、まさしくそのような存在だった。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓を統べる死の支配者(オーバーロード)――モモンガは、殴り飛ばされ宙を舞っていた。

 

 彼は、カルネ村を救おうとして転移した先にいた姉妹を助けた直後、突如現れた女に襲われた。

 その女性が、先程モモンガが倒した存在よりも強かったため、念のために得意魔法であった『心臓掌握』(グラスプ・ハート)を使ってしまった。その『心臓掌握』(グラスプ・ハート)は無事に相手にかかり、女は血をまき散らして即死する。彼の視界には、まさしく彼が望んだ通りの光景が映った。

 

 ―――だからだろうか、彼はそこで油断をしてしまった。

 

「■■■っ、■■■っ―――!!」

 

 気が付けば、目の前に黒い獣がいた。

 獣の拳は彼の持つ《上位物理無効》を突き破り、否、無効化し、彼を吹き飛ばす。

 

「っな、『飛行』(フライ)っ!!」

 

 咄嗟に『飛行』で崩れかかった体勢を立て直した。近接職でない彼が、この急な攻撃に対策を取れたのは賞賛されるべき事だろう。

 しかし、賞賛されるようなことをしたからと言って、事態が改善するわけではない。

 彼が体勢を立て直したその直後、何かが炸裂した音が響いたと思えば、

 

 ―――もう既に、獣はモモンガの目の前にいた。

 

「■■■っ―――!!」

「っ、『死』(デス)

 

 反射的に即死魔法を発動させる。しかし、獣はそんなものは知らないとでも言わんばかりに、モモンガを殴り飛ばした。

 

 (即死魔法が通用した手応えはあった。それなのになぜ死なない!!)

 

 再び、炸裂音。

 宙を舞うモモンガの目の前に、また黒い獣が出現する。

 

「クソっ、『現断』(リアリティ・スラッシュ)!!」

「■っ、■■■っ―――!!」

 

 即座に、モモンガは黒い獣に対し第10位階の魔法を振るう。

 空間すら断つ魔法『現断』により放たれた目に映らぬ刃は、獣の身体を真っ二つに両断する。

 

 例え即死魔法すら効かない化け物であっても、流石に身体を二つにされては動けないようで、ふたつに裂かれた黒い獣が動き出すことはなかった。

 

 しばらく見ていると、獣の黒い靄がなくなり先程モモンガが殺したはずの女性に姿を変えた。

 

「一体、今のは何だったんだ」

 

 モモンガは記憶の中にあるユグドラシルのモンスター、職業を探ってみるが、彼女のような存在に思い当たる節はなかった。

 

「少なくとも、想定よりも警戒はすべきと言うことだな」

 

 今のは不意を突かれたために無様を曝したが、しっかりと正面から相対すれば負けることはないと断言できる程度には弱い存在だった。

 だが、問題はそこでは無い。こんな森の中に、モモンガの上位物理無効を無効化する存在が彷徨いている様な世界だと言うことが問題だった。いくら上位物理無効化が役に立たないスキルであろうと、60レベルを超えることで突破するならともかく、無効化などそう簡単にできてしまうようなものではない。

 そして、その事実はすなわち、上位物理無効化だけではなく、他のパッシブスキルが無効化される可能性が存在することを示している。

 

「とりあえず、後でデミウルゴス達と話をすべきだな」

 

 モモンガは、先程助けた姉妹の元へと歩き出した。

 

 

 

 

 

「さて、大丈夫だったか」

 

 彼が元いた場所に戻り、助けた姉妹に話しかける。

 彼女たちは、そんな彼におびえた様子を返した。小さく震えて、少しでもその身体を隠そうとでもしているのか二人で抱き合い身を縮める。

 

 彼女らのその様子に、彼は内心不思議そうに首を傾げた。彼女らのおびえる理由がわからなかったからだ。

 

 普通に考えれば、目の前に骸骨姿の魔法使いが現れれば怖がってもおかしくないと思い至るが、彼がいたユグドラシルでは骸骨などの異形種はそう珍しい存在ではなかったため、彼はその考えに行き着くことはできなかった。

 

 彼が二人からの警戒を解くにはどうすればいいのかを考えていると、すぐそばで開いていた『転移門』(ゲート)から一つの人影が現れた。それと同時に、『転移門』が薄れ消失する。

 『転移門』から現れた、悪魔のような、棘の生えた漆黒の鎧に身を包んだその人影は、彼の傍によると声を出した。

 

「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」

 

 鎧から聞こえたのは彼の部下である悪魔、アルべドの声だった。

 

「いや、大丈夫だ。特に問題はなかったからな」

 

 彼は、少しばかり申し訳なさそうにしているアルべドにそう返す。

 本当は少々問題がなかったわけではないが、NPCである彼女からの忠誠心が永続的な物かもわからない今、油断してダメージを負ったなどと話して彼女からの期待を裏切り、評価を落とさないためにも大きな問題はなかったことにした。

 

「ありがとうございます。

 それで、その下等生物たちはどうなさいますか。……お手が汚れるとおっしゃるようであれば、私が代わりに処分いたしますが」

「……セバスから何も聞かなかったのか?」

 

 彼のその言葉に、アルべドは沈黙を返す。

 アルべドは兜をかぶっているために直接は見えないが、なんとなく彼にはアルべドが気まずそうに目をそらしたように感じられた。

 

 彼は、小さくため息をつくと言葉を続けた。

 

「何も聞かなかったのか。……彼女たちの村を助ける。敵は、あそこに転がっている鎧を着た者たちだ」

「かしこまりました」

 

 アルべドはその言葉に了承の意を返すと、彼の後ろに控えるように立った。

 

 アルべドとの会話が一息ついたと判断した彼は、再び姉妹に向き直る。

 彼に視線を向けられた彼女たちは、より一層身体を震わせた。

 

 ―――あれ、さっきより脅えられてないか。

 

 思わず心の中で呟く。

 咄嗟に、彼は背後にいるアルベドに目を向けそうになってしまった。よりいっそう脅えている原因は、アルベドのあの発言だろうと思い至ったからだ。

 こうなってしまっては話を聞くことすらできないので、まずは敵ではないことを示すために目の前の姉妹の姉が負っている傷を治そうと彼は考えた。

 

 アイテムボックスから無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)―――500kgまで物を仕舞うことができる袋を取り出し、その中から赤色をしたポーションを取り出した。

 そのポーションは下級治癒薬(マイナーヒーリングポーション)、HPを50回復させるポーションで多くのユグドラシルプレイヤー達がお世話になった物だった。

 

 彼は、その下級治癒薬(マイナーヒーリングポーション)を姉妹の姉に差し出す。

 

「その怪我は辛いだろう。治癒の薬だ」

 

 彼は、できるだけ優しげな声で彼女に話し掛けた。

 しかし、彼の思惑に反し、彼女はそのポーションを見て顔を恐怖に引き攣らせる。

 

 

 彼女、エンリ・エモットが顔を引き攣らせるのにはわけがあった。

 彼女には友人がいる。名前をンフィーリア・バレアレと言い、友人である彼の住む街エ・ランテルでは知らない人はいないと言われるほどの有名人だ。そんな彼は、彼の叔母と二人で薬師として働いており、薬の材料である薬草を集めにたびたび彼女の住むカルネ村に訪れることがあった。その際に、彼女はンフィーリアの持つポーションを何度か見たことがあった。

 

 彼が持っていたポーションは、青色。対して、今差し出されたポーションは、まるで鮮血のような赤色。

 

 彼女がそれをポーションではないと判断してしまうのも無理のないことであり、それ故に彼女が顔を恐怖に引き攣らせるのは、当たり前のことだった。

 

 

 そんなことも知らない彼は、何故彼女が恐怖の表情を浮かべるのがわからなかった。

 

 その時、彼の後ろで控えていたアルベドが鋭い殺気とともに声を上げた。

 

「至高なる御方からの温情を受け取らないだけではなく、その慈悲により身を救われたにもかかわらず恐怖を顔に浮かべるなど……。下等生物風情が……その罪、万死に値する」

 

 アルベドが手に持っていた武器を持ち上げる。彼女は、明らかに二人に対する殺意を顕わにしていた。

 

「待て、急ぐな。物事には順序という物がある。アルベド、お前が私を大切に思うことはわかるが、そう短絡的に行動するべきではない」

 

 慌てて、彼はアルベドを落ち着かせる。もし、ここでアルベドが二人を殺してしまえば、彼がわざわざ助けに来た意味が無くなってしまうからだ。

 

「……承りました。お言葉に従います」

 

 アルベドは、不承不承といった声色で彼の言葉に従い武器を下ろす。

 しかし、殺気までは無くす気が無いようで、アルベドの殺気により姉妹二人は震え上がってしまっていた。

 

「連れが驚かせてしまったな。

 初対面の存在を信じるのは難しいかもしれないが、変な毒物などではない、正真正銘本物のポーションだ。飲むといい」

 

 先程よりも更に優しげな声で、彼はエンリにポーションを渡した。

 エンリは彼からそれを受け取ると、恐る恐る口にする。

 すると、彼女の背中から痛みがなくなり、全身の怠さも無くなった。まさかと思い、背中に何度も触れる。流石に服には傷は残っていたものの、彼女の背中は傷一つ無いものへと戻っていた。

 

「うそ……」

 

 彼女は、思わず口から驚愕をこぼす。

 その呟きを聞いたのか、彼女の妹も姉の背中を見つめ、そして先程彼女が浮かべた驚愕の表情に似た表情を、顔に浮かべた。

 

「痛みはなくなったようだな」

「は、はい」

 

 彼は、その言葉を聞いて僅かに安堵した。

 先の獣のこと踏まえるに、自身が考えているよりも目の前の少女が豊富なHPを持つ可能性を考えていたためだ。

 あの獣は、即死魔法の無効化や上位物理無効を突破する攻撃力、一瞬で目の前に移動する瞬発力など、いくら第10位階の魔法とはいえ、魔法を一撃くらった程度で倒されるような能力の存在が持っていてはおかしい能力を多く備えていた。

 そのため、この世界は何らかの能力を特化させたが数多くいる可能性があるのではないか、と彼は考えた。

 

 だが、流石にそれは杞憂だったようだ。

 下級治癒薬(マイナーヒーリングポーション)程度で回復できると言うことは、それほど高いHPを持っているわけではないのだろう。彼女が兵士から逃げ惑う様子からして、高い攻撃力も強靭な防御力も圧倒的な加速力も無い。魔法を扱えるようにも見えないし、ごくごく普通の村娘と見て間違いないだろう。

 

 流石に誰も彼もが何らかの切り札を持つような修羅の国ではないと知り、彼は少し安堵した。

 

「痛みはないか、ならばいい。

 ……ところで、お前達は魔法という物を知っているか」

「は、はい。友人の薬師が……魔法を扱えます」

「そうか、ならば話は早い。

 『集団標的・(マス・ターゲティング)上位硬化』(グレーター・ハードニング)『集団標的・(マス・ターゲティング)無限障壁』(インフィニティ・ウォール)『集団標的・(マス・ターゲティング)盾壁』(シールド・ウォール)『生命拒否の繭』(アンティライフ・コクーン)『矢守りの障壁』(ウォールオブプロテクションフロムアローズ)

 

 彼は、自分のMPが足りなくなってしまわない程度の範囲で、可能な限り強力な魔法を使う。

 姉妹は、微かに身体を輝かせたと思うと、光の膜に囲まれた。

 

「いくつか防御力強化の魔法と生物を通さない守りの魔法、それと射撃攻撃を弱める魔法をかけておいた。そこから動かなければ、おそらくは安全なはずだ。

 ―――あとは……念のため護衛役を喚んでおこう」

 

 〈上位アンデッド作成〉蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)

 

 彼のスキルにより、虚空より蒼い馬に乗った騎士が召喚される。

 

 ゲームではなく現実になったためか、ユグドラシルよりも、より恐怖を誘う騎士へとなっていた。

 

 内心でユグドラシルと異なるに驚きながら、とりあえず蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)に命令を下す。

 

「ペイルライダーよこの姉妹を守れ」

 

 創造主である彼の命令に蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)は了承の意を示し、姉妹の後ろに下がった。

 

「これでいいだろう。いざという時は、こいつに助けてもらうといい」

 

 蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)は強力な戦闘力を持つと同時に、騎乗しているためか高い機動力を持つ。流石にあの獣のような敵が現れると逃げ切るのは難しいかもしれないが、大抵の敵からなら逃げ切ることができるだろう。

 

 それだけ告げると、彼はアルベドを伴いながら村へと歩き出す。

 しかし、その歩みはすぐに止まることとなった。

 

「あのっ!!……助けてくださって、ありがとうございます!!」

「ありがとうございます!!」

 

 後ろから、姉妹の感謝の声が聞こえたためだ。

 歩みを止めた彼は、感謝の声を上げる姉妹を見てその感謝の言葉に答えた。

 

「気にするな、『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』、だからな」

 

 彼のその言葉に、エンリは目を見開き、その言葉に歓喜し涙をこぼした。

 確かに当たり前のことかもしれない。多くの人間は、子供の頃にそういった教えの元育つ。

 しかし、それは子供の頃の話だ。成長すれば人間関係という荒波にもまれて、子供の頃のようにそんなことは言えなくなる。

 だからこそ、エンリはその言葉が尊く感じた。

 偉大なる力を持つ彼が、まして生者を憎むアンデッドである彼が、力に驕ることなくその言葉の元に人間のために動けることがどれだけ尊いことか。

 

「あ、ありがとうございます!! 本当に、ありがとうございます!!」

 

 エンリは、心の底から感謝の言葉を告げた。

 その感謝の言葉に、彼は少し考え込み答える。

 

「それ程、感謝する必要は無い。

 

 ―――私は、アインズ・ウール・ゴウン。自らの名に恥じぬ行いをしたまでだ」

 

 彼――アインズ・ウール・ゴウンは、ローブをはためかせ村へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

『集団標的・(マス・ターゲティング)龍雷』(ドラゴン・ライトニング)

 

 突如村に声が響き渡ると、天空より雷が飛来し、兵士達の半数以上が焼き払われた。

 

「……は?」

 

 兵士達の内の誰かが呆然と呟いた。

 

 村の中央にある広場、そこに肉が焦げたにおいが広がる。

 その感覚が、そこにいた者達にそれが現実であることを伝えていた。

 

 ―――っ!!

 

 広場にいた兵士達に緊張が走る。各々が己の武器を構え、声の主を探した。

 先程の雷は、おそらく魔術師による物。何処かに術者がいるはずだった。

 

 兵士達が辺りを窺い、警戒する。

 

「いたぞ、上だっ!!」

 

 雷より生き残った兵士の誰かが声を上げる。

 多くの兵士が上を見れば、そこには宙に浮かぶ仮面をつけた魔術師の姿があった。

 

 しかし、その直後兵士達の多くが顔を恐怖に引き攣らせる。

 

 魔術師の手には、白く輝く雷光があったからだ。

 

『集団標的・(マス・ターゲティング)雷撃球』(エレクトロ・スフィア)

 

 再び、上空より雷が飛来する。

 雷は、生き残った兵士を完全に焼き払った。

 

 

 兵士たちを焼き払った魔術師――アインズは、空中より舞い降りると村人たちに声をかけた。

 

「すまない、驚かせたな。これで君たちは安全だ。安心してほしい」

 

 アインズの声に、村人たちの一部の者は安堵を、一部の者は困惑と恐怖をうかべる。

 

「い、いったい、あなた様は……」

 

 村の代表者である村長が、彼に声をかける。

 村人たちの一部に広がる恐怖と困惑の感情に気が付いた彼は、村人たちに優し気な口調で告げた。

 

「この村が襲われているのを見たのでね。助けに来た」

「……おお!!」

 

 村人たちの間に、ざわめきが広がる。

 しかし、それでもなお村人たちからの困惑がなくならないと気が付いたアインズは、言葉を付け加えた。

 

「……とはいえ、ただというわけではない。私は魔法の研究をしていてな。いま、少々手持ちが少ないのだ。襲撃された被害の補填のためにお金が必要なあなた方にこのようなことを言うのは心苦しいのだが、あなた方を助けた報酬に金銭をいただきたい」

 

 村人たちが顔を見合わせる。お金が少ないためであろう、少々申し訳なさそうな顔を見せる。

 しかし、アインズは気にしてはいなかった。それが目的ではなかったからだ。

 

 アインズの目的がはっきりしたためであろう、村人たちの間からは、アインズに対する困惑の感情が薄れていた。

 

「い、今は村がこんな状態でして……」

「……そう、ですか」

 

 アインズは、落胆したような様子を見せる。勿論、()()だ。本当に落胆しているわけではない。

 

「とりあえず、話はあとにしよう。ここに来る前に、この村に住んでいるという姉妹を保護してきた。連れてくるので、時間をもらえるか」

 

 申し訳なさそうな顔の村長にアインズはそう告げると、踵を返して森の方へと歩いて行った。

 

 

 




 アインズ様の認識。
 遭遇する魔物:100Lvの物理無効を突破するような攻撃力を持つ魔物ばかり。
 農民や兵士:一部にNOUMINやHEISIがいる?

 クレマンティーヌさんが暴走したのは、心臓を欠損したためです。
 一応、武技で超絶強化かつ暴走中であれば、殴打武器に対する脆弱性をアインズ様は持っているので、物理無効は突破できるかな?、と感じ突破できるようにしました。
 ただし、与えられるダメージは微弱です。

10/21 ポーションの名前を修正


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もしクレマンティーヌが敬語を使ったら

   本日の一面記事
    クレマンティーヌ、敬語を使う!?

 ……はい、冗談です。石を投げないでください。

 今回は、クレマンティーヌが敬語を使うという違和感がすさまじい描写が存在します。
 さすがにクレマンティーヌも大人なので、敬語を使うことができないわけではないとは思いますが、私自身違和感のせいで書いていて鳥肌が止まりませんでした。



「…………っはぁ、はぁ、はぁ。何なのあのエルダーリッチ」

 

 意識が戻る。

 モモンガがいなくなってからしばらくしてから、クレマンティーヌは意識を取り戻した。

 

「……それにしても、私また暴走したみたいね」

 

 彼女は自分の周りを軽く見回す。

 彼女の周りには、彼女の左半身、そしておびただしい量の血が散らばり大地を濡らしている。

 ふと、右手の指輪を見れば、四分の三程度が黒く染まっていた。

 

 彼女としては、暴走はかつて漆黒聖典を抜ける原因となったものなので、あまりいい思い出がない。ただ、この力に命を救われることが多いことは確かなので、何とも言えない気分になっていた。

 

「なんであんな反則みたいなエルダーリッチがこんな所にいたのかはわからないけれど、とにかく今は早くカルネ村に行かないと」

 

 陽光聖典といい反則的なエルダーリッチといい、いったい此処では何が起こっているのか。

 

 ―――少なくとも、何かとてつもないことが起こっていることは確かみたいね。

 

 彼女は、聖詠を唱え武技を自身にかけなおすと、再び森の中を村へと向かい直進していった。

 

 

 

 

 クレマンティーヌが森の中をかけてしばらくすると、森が途切れカルネ村が視界に映った。

 村にはいくつか壊された建物の瓦礫が転がっており、村の中を何処か見覚えのある兵士が徘徊……ではなく巡回していた。

 

 いや、クレマンティーヌにとって彼等は見覚えがあるどころか、ついこの間見たばかりだ。

 そこにいたのは、王国戦士長であるガゼフが率いるリ・エスティーゼ王国の兵士達だった。

 

「あれ? ……どういうこと?」

 

 帝国兵士と陽光聖典はどこに行ったのだろうか。

 彼女は疑問に思いつつも、とりあえず直接聞いてみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー。ガゼフ何でこんな所にいるの?」

 

 王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフが村を歩いていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 彼が振り返ると、案の定というべきか、友人であるクレマンティーヌがそこにはいた。

 

「お前は……いや、お前こそ何でこんな所にいる。王都にいるんじゃなかったのか」

「いやー、ちょっと野暮用があって。

 ガゼフこそどうしてこんな所にいるのよ。もっと西の方の砦に行ってたんじゃなかったの?」

「いや、近隣の村が襲われているとの情報が入ってな。エ・ランテル近郊の村を回っていたんだ」

 

 ―――それにしても、野暮用……か。

 

 ガゼフは、胸の中で小さく呟いた。

 

 彼の友人であるクレマンティーヌは、()()優しい人間で、手合わせをしたりする程度には仲が良い相手だった。

 ただ、少々秘密主義で、野暮用と称して姿を消すことがたびたびあった。

 ……今日ここに姿を現したのも、その野暮用と同じなのだろうか。

 

「ふぅん。なるほどね」

 

 何かに納得したような、何処か安心したような雰囲気でうなずく彼女を見つつ、ガゼフは話を続けようとした。

 

 しかしその時、急にクレマンティーヌの表情が固まった。

 よく見れば、彼女の目線は彼の背後を見ており、その目は何か見てはいけないものを見たかのような目をしていた。

 

 彼女の目線を追うように、ガゼフは視線の先へと振り返る。

 

 ガゼフの振り返った先には、彼女と同じように固まった姿の魔術師、アインズ・ウール・ゴウンがいた。

 

「おお、ゴウン殿。村長との話し合いはもうよろしいので」

「え……ええ、村を救ったことに対する報酬の件もまとまりました。

 ……ところで戦士長殿。その女性とはお知合いですか?」

 

 その女性とは、クレマンティーヌのことだろう。ガゼフはアインズの口調からクレマンティーヌと何らかの面識があると感じた。

 

「ああ、彼女は私の友人のクレマンティーヌ。彼女は用事があってこのあたりにいたようで、つい先ほどあったのだ」

 

 彼女をアインズに紹介したとき、ふとガゼフはクレマンティーヌが珍しく申し訳なさそうな顔をしていることに気が付いた。

 

「ん? どうかしたのか」

 

 彼は、クレマンティーヌの様子をうかがう。

 

「申し訳ありませんが、少々お時間を頂けますか」

 

 その言葉に、周囲にいた兵士達の間でざわめきが起こる。

 周囲にてこの会話を聞いていた兵士達は、まるであり得ないものを見ているような驚愕の表情をしていた。

 兵士達には、クレマンティーヌとの面識はそれなりにあった。たびたび行われる教導において、彼女が敵役として呼ばれることが何度もあったためだ。

 彼等の中では、クレマンティーヌはかなり子供っぽい印象があったため、敬語を使う姿を今まで想像できなかった。一部では、貴族にすら敬語を使わなかったという噂が立っており、彼女が敬語を使うのは王族位だろうという話すらされていたことがあったほどだ。

 

 兵士達だけではなく、ガゼフも心底驚いていた。

 何故なら、ガゼフは、クレマンティーヌの敬語を今日この時まで聞いたことがなかったからだ。正直、ガゼフは口にこそださなかったものの、クレマンティーヌが敬語という物を知らない可能性すら考えていた。

 

 

 そんなクレマンティーヌが敬語を口にしたのだ。これは、よっぽどのことだ。

 

「かまいませんよ。私も、貴女と話してみたいと思っていたので」

 

 アインズは、彼女の言葉に了承の意を返す。

 

「ごめんガゼフ、また後で」

 

 クレマンティーヌはガゼフにそう告げると、アインズ共に建物の陰に歩いて行った。

 

 

 

 

 

「すみませんでした」

 

 クレマンティーヌは、真っ先に頭を下げた。

 

 あのガゼフとの会話の様子からして、このアンデッドは村を救ったのだろう、と彼女は判断していた。本来生者を憎む筈のアンデッドが、あの時まさか人助けをしていたとは思ってもいなかったので、いきなり殴りかかったことを本当に申し訳なく感じていた。

 

「……いえいえ、私はこのような外見をしているのです。あの状況であれば、貴女が私に襲いかかったことは別におかしなことではないでしょう」

 

 アインズとしては、彼女の行動に特に嫌悪などは感じていなかった。客観的に考えれば、あの時彼女がアインズに殴りかかったのは当たり前であり、被害者である彼が言うのもおかしな話かもしれないが、彼女のおかげでいくつか知りたいことを知ることができたのだ。ナザリックのNPC達が被害を受けたならともかく、彼自身が少しダメージを受けた程度なので、特に文句などは無かった。

 それに、アインズはクレマンティーヌに恩を売っておきたかったのだ。

 

「そう言っていただけると助かります」

 

 クレマンティーヌは、再び心の底から頭を下げた。

 

「はい、そこまで気に病む必要はありませんよ。

 そのかわり、というのもなんですが、どうして貴女が生きているのか教えてもらえませんか」

 

 そんな彼女に、優しげな言葉をかけつつ彼は疑問に思っていたことを問いかけた。

 

 アインズは、これが気になっていた。

 彼が彼女を最後に見たとき、彼女は縦に真っ二つになっていたはずだった。彼女がヴァンパイアならともかく、彼女は彼が見た限りでは人間だ。

 

 もし、何らかの蘇生アイテムを持っていたのであれば、あの場ですぐに蘇生していたはずだ。しかし、実際はそうではなかった。また、彼女は一人でこの村に来たようなので、誰かが彼女を生き返らせたとは考えにくい。

 つまり、彼女はアインズの知らない何らかの蘇生方法を握っているということだ。

 

 アインズとしては、ユグドラシルのルール通りに蘇生できるとは限らない現状下において、確実に生き返ることができる手段は手に入れておきたかった。

 

「うーん」

 

 クレマンティーヌは考え込んだ。

 彼女としては、アインズに負い目があるために自らの生まれながらの異能(タ レ ン ト)を話すのも仕方が無いと考えていた。

 しかし、彼女が蘇生できた理由である魔法少女の力は、彼女の命に関わる弱点を内包したものだ。これを話すと言うことは、漆黒聖典にすら知られていない彼女の最大の弱点を話すと言うことになる。

 さらに言えば、鹿目まどかの弓矢は浄化の力が付与されている。浄化がよく効いてしまうであろうアンデッドのアインズに対してこれを伝えることは、徒に警戒させることに繫がらないだろうか。

 

 考え込むクレマンティーヌの様子を見かねて、アインズは彼女に言った。

 

「いえ、それ程言いたくないのであればかまいませんよ。無理して聞き出すのも悪いですし」

「え、いや、ですがそれは……」

 

 無理してまで言わなくて良いと告げるアインズに、彼女は良心が痛んだ。

 だがしかし、彼の言葉がクレマンティーヌにとって救いであることも確かだった。

 

「……本当にすみません」

「私こそ不躾でしたね。誰にだって知られたくないことぐらいあるでしょう。私の質問は、少々無神経だったかもしれません」

 

 そう言いつつ、アインズは内心ては全くそう思っていなかった。

 此処までの話の流れは、彼が概ね考えた通りに進んでいたからだ。

 

 彼は、今この場で蘇生方法について話させる気は無かった。本当に話してくれれば幸運だとは思っていたが、あくまでこの質問は答えることができない質問として問いかけた物だったからだ。

 今の話で、クレマンティーヌはアインズに対して大きな借りを作ったと考えるだろう。そして、質問に答えられなかったことで、さらにアインズに対して申し訳なさを感じたはずだ。

 この二つは、彼女はアインズを善良な存在と判断するに値する判断材料になる。

 

 アインズの目的は、彼女に自らが善良な存在と判断させることだった。

 この世界に自分以外のプレイヤーがいるかどうかはわからないが、もしいるとすれば彼を敵視するだろう。アインズ・ウール・ゴウンの名は、ユグドラシル有数のDQNギルドとして有名だったからだ。

 彼は、ユグドラシルプレイヤーの中でもそれ程強い方ではない。故に、他のユグドラシルプレイヤーと敵対した際、そのプレイヤーが彼よりも強い存在であることは十分に考えられる。

 そのため、彼としては『アインズ・ウール・ゴウンは善良な存在である』と知らしめることで、他のプレイヤーとの無用な敵対を避けることができるのでは無いか、と考えたのだ。

 

 そのために、アインズはクレマンティーヌに対して支配や魅了系スキルを使わずに、恩で付き合うことにしたのだ。

 ……勿論、即死魔法を何らかの手段によって無効化した彼女が、それらの魔法を無効化してくると考えたことも、この方法にした理由ではあるが。

 

「いえ、そんなことはありません。私が迷惑をかけたにもかかわらず、そのようなことを言わせてしまいすみません。

 でしたら、今度王都に訪れることがあれば、是非案内をさせてください。この程度で償いになるとは思いませんが、せめてこのぐらいはさせてください」

「わかりました、その機会を楽しみにしていますね」

 

 丁度そのとき、広場の方から騒ぎ声がし始めた。

 それを聞いたアインズは、彼女に話しかける。

 

「何か、あったようですね。行ってみましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

「各員傾聴」

 

 男の声に、彼らは身を正し男の方を向いた。

 

「獲物は檻に入った」

 

 男のの言葉に、彼らの内の何人かがわずかに興奮を滲ませる。

 無理もなかった。なぜなら、彼らの獲物はかの王国最強の男なのだから。

 

「汝らの信仰を神に捧げよ」

 

 男の言葉に、彼らは黙祷を捧げる。それは、短いながらも彼らの信ずる神への敬意にあふれていた。

 彼らは、陽光聖典。スレイン法国に六つある特殊工作部隊の一つで、その中でも殲滅能力に優れた部隊だ。

 非公式部隊の中でもさらに非公式とされている漆黒聖典を除けば、特殊工作部隊中最も戦闘力の高い部隊と言っていい。

 

 陽光聖典に所属する人員は、およそ百人。その全てが信仰系の第三位階魔法を習得しており、魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありながら高い身体能力を有している。

 まさしく、エリート集団という名に恥じない実力を持った部隊と言えるだろう。

 

「開始」

 

 一言男が告げるだけで、彼らは散開し村を包囲し始める。その動きには一切の澱みがなく、彼らがその動きに慣れていることを示していた。

 

 

 男、陽光聖典の隊長であるニグンは、彼らの動きをしばらく見つめると小さく愚痴をこぼした。

 

「次は……別の部隊の協力を仰ぎたいな。できれば風花からの協力がほしい」

「全くですね。もう少し情報収集に優れた部隊が付き添いにいれば、もっと早くことが進んだでしょうに」

 

 ニグンの傍に護衛役としていた彼の部下が、その愚痴に答えた。

 

 彼の部下が言うように、実際風花聖典が協力にいれば、もっと早くことが済んだだろう。

 しかし、風花からの協力がない理由をニグンは知っていたために、今回ばかりは仕方がないと考えていた。

 

 ―――裏切者め

 

 今度は部下に聞かれるわけにはいかないため、心の中でそっと悪態をついた。

 

 三年前、法国から数多の財宝を盗み出し、特殊工作部隊群『六色聖典』に多大なる被害を与え脱走した女、クレマンティーヌ。風花聖典は彼女のことを追っているために、こちらに人員を割けないのだ。

 

 ニグンはため息をつく。もう起きてしまったことは仕方がない。そんなものを後悔していれば、部下にいらぬ心配をかけることになる。

 彼は自身にそう言い聞かせると、思考からクレマンティーヌのことを追い出した。

 

 腕に巻かれた鋼鉄のバンドを見る。そこには、現在の時間が描かれており、その数字は既定の時間が経過しようとしていることを示していた。

 

「そろそろ時間だな」

 

 ニグンは小さく息を吸い、そして息を吐いた。

 部下の手前余裕そうな様子を崩してはいないが、王国最強の男を相手にすることに全く不安がないわけではないのだ。

 

 内心にあるガゼフに対する恐れの感情を、自らが信ずる神への信仰心で押し込める。

 

「では、作戦を開始しよう」

 

 ニグンは、自らのもてる最高位階の天使召喚魔法を発動させた。

 

 それにより呼び出されるのは『監視の権天使』。ニグンはその姿を眼に納めると、ガゼフのいる村の方へと目を向けた。




やめて! ガゼフの武技で、天使たちを薙ぎ払われたら、すぐそばにいるニグンまで斬りはらわれちゃう!

お願い、死なないでニグン!あんたが今ここで倒れたら、陽光聖典はどうなっちゃうの? MPも部下もまだ残ってる。ここを耐えれば、ガゼフに勝てるんだから!

次回「ニグン死す」。


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もしクレマンティーヌが友人を大事にしていたら

 この話を書くために、戦姫絶唱シンフォギアの1話と6~8話、最終話とその一つ前を何回見たのだろうか。

 とりあえず、投稿です。


「なるほど、確かにいるな」

 

 村にある家の陰で、ガゼフとクレマンティーヌ、そしてアインズは村の外にいるという人影の様子をうかがっていた。

 

 彼らの視線の先にいるのは、三人の魔法詠唱者と思われる人間と、三体の天使だった。

 魔法詠唱者の傍に侍るその天使は、紅蓮に燃え盛る炎の剣と、光り輝く白い胸当てを身に着けていた。

 

「……あれは、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)? いったい何故ユグドラシルのモンスターが存在しているのだ。……召喚方法が同じということであれば、この世界ではユグドラシルの魔法が使われていることになるが……」

 

 天使たちを見たアインズが呟く。

 それを耳にしたのか、ガゼフはアインズに問いかけた。

 

「ゴウン殿は、あの天使をご存じなのですか」

「ええ、詳しくはありませんが、ある程度は知っています。

 あの天使たちの名前は、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)。神聖属性と炎属性を併せ持つ天使型モンスターです。特に厄介なスキル等は持っていなかったと記憶しています」

 

 ガゼフの言葉に、アインズは答える。

 その言葉にクレマンティーヌは少し違和感を感じたが、彼女自身何に違和感を感じたのかわからなかったので、その違和感を頭から追い出した。

 

「ふむ。なるほど、単純に強いだけのモンスターということか。それは僥倖だな。礼を言うゴウン殿」

 

 ガゼフとしては、バシリスクやスケリトルドラゴンの様に特殊能力を持たないという情報だけで、大いに助かった。

 モンスターの中には、初見では間違いなく対処できないの能力を持つものも多く、場合によってはそれに対応するための特殊な武装が必要になることもある。装備の限られた現状において、きちんとその装備が有効という証明がなされているだけでも戦う上では貴重だ。

 

「それにしても、彼らはいったい何者で、どの様な理由があってこの村に攻め入ってきているのでしょうか。この村にはそれほど高い価値があるようには思えないのですが」

 

 アインズは、疑問をうかべた。

 その言葉に、クレマンティーヌが答える。

 

「彼らは、スレイン法国の特殊工作部隊群『六色聖典』の一つ、陽光聖典ね……です。六色聖典の中でも、特に殲滅能力に優れた部隊ですね」

 

 普段は敬語を使うことなどないクレマンティーヌは、つい少しだけ普段の様子で話してしまう。

 そんな彼女の様子を見かねたアインズは、クレマンティーヌに言った。

 

「……もう気にしていませんし、そんなに無理してまで言葉を整えなくても構いませんよ」

「いえ、ですがそれでは―――」

「いいんです。それに、あまり気にされると私も気分が良くないですから」

「……わかりま、わかったわ。それじゃあ、普段の口調で話させてもらうわね」

 

 クレマンティーヌは一息つくと、話をつづけた。

 

「彼らの動き、村の周りを包囲している様子から、村を襲撃することが目的じゃなくて村にいる誰かを確実に殺すことが目的だと考えられるから、おそらく狙いはガゼフじゃないかしら」

 

 その言葉に、アインズはガゼフに視線を向ける。

 

「なるほど、戦士長殿は随分と恨まれているのですね」

「これでも一応王国最強の男と呼ばれているからな。国内外を問わず恨みは多く買っているだろう。

 ……まあ、まさか帝国だけでなくスレイン法国にまで恨まれているとは思わなかったが」

 

 ガゼフは、そう言って肩をすくめる。

 一見、やれやれとあきれているようにも見えるが、クレマンティーヌには彼の心の中では怒り狂っていることが見て取れた。

 

「まったく、貴族どもに装備をはぎ取られた時からおかしいとは思っていたが、まさかこんな事態になるとはな。俺もそろそろ年貢の納め時か」

 

 ガゼフは、大きくため息をつく。

 生き残る可能性がないわけではないだろうが、それほど高くはないことを彼は認識していた。

 

「ゴウン殿。助力をお願いできないだろうか」

 

 少し考え込んだ彼は、アインズに助けを求めることとした。

 村人たちの話を聞くに、彼は飛行魔法や第三位階より上の魔法を使えると推測できる。

 それほど高位の魔法詠唱者の助力を得られるなら、この事態は大きく変化するだろう。ガゼフたちが生き残る可能性もかなり高まる。

 

「……申し訳ございませんが、お断りさせていただきます。手伝いたいのは山々なのですが、この件によってスレイン法国に睨まれるような事態にはなりたくないので」

「……そうか、それならば仕方がないか。無理を言ってしまってすまなかった、ゴウン殿。

 ならば、我々が陽光聖典と戦っている隙に、村人たちと私の友人を逃がす手伝いをしてもらえないだろうか」

 

 ガゼフのその言葉に、思わずクレマンティーヌは声を荒らげた。

 

「ガゼフ!! あんた何言ってんのよ」

「これは、俺たち王国側の問題だ。一冒険者でしかないお前を巻き込むわけにはいかない。

 それに、お前が強いことは身に染みてわかっているが、流石のお前でも陽光聖典を相手にするのは難しいだろう。自分の事情で自分が死ぬのはいいが、自分の事情で友人が死ぬのは嫌なんだよ」

 

 ガゼフの言葉に、クレマンティーヌは言葉を詰まらせる。

 

「それに、お前には王都に行ってこの村でおきたことを伝えて欲しい。もし万が一俺が王都に戻ることができなければ、この村で何がおきたのか伝える人間がいなくなってしまう」

 

 続けて言われたその言葉に、彼女はもう何も言えなくなってしまった。

 

 しばらく、二人の間に沈黙が続く。

 その様子を見かねたのか、アインズはガゼフの願いに答えた。

 

「……わかりました、戦士長殿が時間を稼いでいる隙に、何とか彼女達と逃げることにしましょう」

「―――感謝する、ゴウン殿」

 

 ガゼフは心から頭を下げた。

 

「本当に、本当に感謝する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――本当にこれでよかったのだろうか。

 

 クレマンティーヌは、村人たちの集まった村の倉庫の中でずっと考えていた。

 

 確かに、彼女は陽光聖典と戦うのはまずかった。理由はガゼフが言っていた様な実力的な問題ではなく立場的な問題ではあるが、本当にまずかった。

 

 以前捕まえた風花の諜報員から引き出した情報によると、クレマンティーヌはどうやらそこまで綿密な捜索が行われていないらしい。

 確かに、クレマンティーヌはスレイン法国の財宝をいくつも盗み出したが、その多くがスレイン法国の人間には名前や使い方がわからなかったために死蔵されていたものばかりで、名称がわかっていたものも精々魔封じの水晶程度だった。また、クレマンティーヌに殺害されたのは、多くが風花聖典の諜報員だったらしく替えがきく存在ばかりだったようだ。その為、いつか捕まえる必要があるものの可及的速やかに抹殺しなければならない存在とは認識されていないらしく、今まで野放しにされているらしい。

 

 しかし、もし今日ガゼフを助けるのであれば、おそらく陽光聖典を全滅、もしくはそれに近い状況にする必要がある。そんなことをすれば、間違いなく抹殺対象として認識されてしまうだろう。

 

 正面から漆黒聖典単体と戦えば逃げ切れる彼女でも、スレイン法国が本気で、つまり六色聖典のうちいずれか複数に全力で追い回されれば生き残るのは難しい。

 

 

 ふと、そう考えているとき、クレマンティーヌの前に影が差した。

 彼女が顔を上げると、そこには彼女が命を奪いかけてしまった彼、アインズがいた。

 

「……何の用?」

 

 内心の僅かな苛立ちに影響されてか、彼女の口調が厳しくなる。

 アインズは、その事を気にすることもなく彼女に言った。

 

「私は、貴女に何の事情があるのかはわかりません。ですが、一つだけ貴女に聞きたいことがあります」

 

 アインズは、そう言うと彼女の耳元に顔を近づけて言った。

 

「―――お前は、それで良いのか」

 

 冷たく鋭い声、今までの彼からは考えられないような強い口調。

 彼女は、彼の言葉に少しだけ肩をふるわせた。

 

「お前にとって、奴は友人なのだろう。仲間なのだろう。そんなあいつを、お前は見殺しにするのか?」

 

「……それは」

 

 思わず、彼女の口からその言葉がこぼれる。

 彼女は、その時ふととある景色を脳裏に浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 走る。

 走る。

 走る。

 

 黒と白のタイル張り、人の姿がまるで無い建物の中を彼女はただただ走る。

 やがて出口の扉を見つけると、彼女は扉を開いた。

 

 外に出ると、そこには絶望の景色があった。

 

 街の建物は崩れ去り、風は荒れ狂い、爆発音が響き渡る。自らの家の陰はなく、見知ったものの全てが崩れたその光景。

 

 ふと、そんな中に、彼女は人影を見つけた。

 人影は闇色の何かと戦っており、時折姿を消しながら懸命に絶望に抗っていた。

 しかし、彼女にはわかる。人影はこのままではこの絶望の景色の一つになってしまう、と。

 

 

 

 ―――(彼女)は、その時何をしただろうか。

 

 

 

 

 

 

 戦士として生きろということは、それだけ人の道から外れるということ。

 

 そう彼女に告げたのは、彼女にとって憧れの先輩で、命の恩人である人だった。

 

 確かにそうだと、そのとき彼女は思った。

 戦士としての道を進めば進むほど、親友とはすれ違い、心の距離は離れてゆく。

 平穏な日常から過酷な戦場へと、戦えば戦うほど日常から遠ざかってゆく。いや、遠ざかることを望んだからこそ日常から遠ざかる気がしてくるのかもしれない。

 

 大切な約束すら守れず、想いは届けられず、そんな毎日。

 

 なんでもないただの日常を、そんな日常を大切にしたいと願っても、思うばかりで空回りしてばかりで逆に日常を乱してばかりいる。

 いつも、そのことを思い悩んでいた。

 

 そんな時、彼女はその人物に問われた。

 

 戦いの中、何を思っているのか、と。

 

 

 

 ―――(彼女)は、その時何と答えただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草原を、軍馬たちが駆けてゆく。

 彼は、今まさに死への道を駆けていた。

 

「敵に一撃を与え、村の包囲をこちらに引き寄せる。しかる後に散開しつつ撤退。追撃を振り切り再び合流する。いいか、タイミングを逃すなよ!!」

『了解です!!』

 

 彼の敬愛する隊長、ガゼフの言葉に、彼は威勢よく了承を返す。

 彼の視線の先には、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を傍らに浮かべた魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちの姿があった。

 

 その姿を瞳に映して、彼は思わず身がすくみそうになる。

 

 彼は、何か優れている存在ではなかった。

 騎士たちの様に生まれが良いわけではなく、生まれながらの異能(タ レ ン ト)を何か持つわけではない。剣の才能も、槍の才能も、弓の才能も、武技の才能も、魔法の才能も、すべて人並みしかなかった。

 勿論、才能がない人間からすればあると言えるのかもしれないが、それでも彼自身が自慢をもって優れていると言えるようなものは無かったのだ。

 

 使える魔法は遠くに言葉を伝える魔法である『伝言』(メッセージ)と精神に干渉する魔法や武技に対して耐性を与える『下位精神防御』(マインド・プロテクション)の二つのみ。『魔法の矢』(マジック・アロー)すら一発も打てない。

 武技は同時に使うことはできず、使える武技も隊長であるガゼフから教わった剣を魔法武器化する武技『戦気梱封』とその友人クレマンティーヌから叩き込まれた『重心稼働』の二つだけ。強力な斬撃を放つ武技である『斬撃』すらできない。

 弓は、かつてはまともにまっすぐ飛ばないことすらあった。今では馬上に乗って弓を射ることができるようになったものの、狙った場所に届くことはそれほど多くない。

 槍は、正直突きしかできない。振り回そうものなら、石突が彼の身体に襲い掛かることもある。

 剣にいたっては、武技を使わない限り生物を両断することすら難しい。

 

 彼にとって、無い無い尽くしの才能だった。

 

 唯一の彼の誇りは、戦士長、ガゼフ・ストロノーフと共に戦場に立てることのみ。

 

 ―――昔の友人たちが今の自分を見たら、きっと目を疑うだろうなぁ。

 

 彼は、胸の中で呟く。

 きっとこんなことを考えるのは、今進む一歩が彼の人生の終わりの分かれ道へと向かう一歩だからだろう。

 けれども、彼には何一つ後悔はなかった。

 

 ふと、彼はガゼフがこちらに申し訳なさそうな眼差しを向けたことに気が付いた。

 

 その様子に、思わず彼は少しだけ怒りがわく。

 

「気にしないでください、戦士長!」

「全くです、俺たちはここに望んで来たんです。最後まで戦士長と共に!」

「俺たちにも国を、民を、そして仲間たちを守らせてください!」

 

 ガゼフの視線に彼以外も感じることがあった人物がいたのか、彼の仲間たちが口々に叫んでゆく。

 部下たちの様子に感じ入ることがあったのか、ガゼフは決意を宿した目で前を向いた。

 

「行くぞぉお! 奴らの腸を食い散らかしてやれえぇえ!」

「おおおおおおおおお!!!」

 

 ガゼフが声を荒らげ叫ぶ。否、咆哮する。

 彼とその仲間たちは、その言葉に渾身の叫びで返した。

 

 ガゼフが馬を加速させる。

 彼と仲間たちは、その馬に追随するように加速した。

 

 ガゼフは馬上から弓を構え、矢をつがえる。

 

 ―――武技、『戦気梱封』

 

 構える弓と矢を武技で強化し、放つ。

 放たれた矢は、風を切り狙いを違わず前方の魔法詠唱者の眉間に突き刺さり、そのまま貫通した。

 

「おおおおおお!!!」

 

 仲間たちの中で歓声が湧く。

 魔法詠唱者たちは、その様子に慌てたのか魔法を唱え始めた。

 

 かれは、その魔法がガゼフに向けられていると気が付く。

 

 ―――この距離では、物理的効果を持つ魔法のほとんどは満足な効果を得られない。つまり、使ってくる魔法は……

 

 彼は、とっさに魔法をガゼフの馬に発動させた。

 

『下位精神防御』(マインド・プロテクション)!!」

『恐怖』(フィアー)

 

 魔法詠唱者が放った魔法、対象の精神に恐怖を与える魔法である『恐怖』(フィアー)は、彼の『下位精神防御』(マインド・プロテクション)により効果を失う 。

 

「よくやった!!」

 

 ガゼフはそう一言彼に告げると、魔法によって体勢が崩れる隙を狙っていたのだろう、すぐ側まで飛んできていた天使を、微かに橙に光る剣で斬り捨てた。

 斬り捨てられた天使は光の粒へとかわり、剣を振るったガゼフを照らし出す。

 

 ガゼフが天使を斬り捨てた隙を狙い、別の天使が二体飛来する。

 

「―――遅い」

 

 しかし、それは王国最強の男を相手にするにはあまりにも無力だった。

 ガゼフの言葉とともに剣が振り抜かれ、瞬く間に天使が光に返る。

 

 そして、その時にはガゼフ達は陽光聖典達の側まで馬の歩みを進めていた。

 

「総員、天使を盾にしろ!! 間合いを詰めさせるな!!」

 

 陽光聖典の隊長、ニグンは叫ぶ。

 隊員達は、その言葉に従うように天使達兵士達の壁にした。しかし、一部の隊員達は、天使達は()()()()()()()盾にした。

 

 それは、反射的な行動だったのだろう。今この時、天使達を倒したのはガゼフだけで、他の一般兵士達は特に何かできたわけではないのだから。

 

 そして、彼らはそこをついた。

 

 ガゼフが倒した魔法詠唱者一人分と天使三体分守りが緩くなり、そしてガゼフに対して天使達を盾にしたために隙ができた僅かな道筋。そこに、兵士達は突撃する。

 

 ―――武技、『戦気梱封』

 

 武器を魔法の武器に変える武技を、武技を使える数少ない兵士達が発動する。

 その様子に兵士達の狙いに気が付いた陽光聖典達は、天使を動かし彼等を遮ろうとするが、既に遅かった。

 

 戦気梱封を使った兵士達が、天使の剣を受け止め、その隙に陽光聖典達の集団に雪崩れ込む。

 たとえ天使は殺せなくとも、人は別だ。魔法による守りがあっても、それは天使の鎧ほど硬くはない。剣で切れば傷を負い、致命傷を負えば死ぬ。

 さらに言えば、魔法詠唱者は詠唱時間の問題があり近接戦では使えない。仮に使えても、今のような混戦では使えない。此所まで密着していれば、天使達も手を出すのは難しい。

 混戦状態になり戸惑う陽光聖典達に対して、王国兵士達は連携して動き攻めていった。

 

 ガゼフが兵士達に合流したその時には、陽光聖典側に死者こそ出ていなかったものの、兵士達は確実に彼等を追い詰めていた。

 

 だがしかし、その攻勢はそう長くは続かなかった。

 

 落ち着きを取り戻し始めた陽光聖典達が合流し始め、兵士達を押し戻し始めたのだ。

 

「各員、付近の味方との合流を最優先。個々の実力ではこちらが上だ。落ち着いて叩きのめせ」

 

 ニグンの声が響き、更に陽光聖典達の連携が巧みになる。

 

 気がつけば混戦状態だった戦場が整頓されてゆき、大雑把ながら王国兵士側の集団と陽光聖典側の集団に分かれてしまった。

 

 こうなれば、兵士達は一方的になぶられるしかない。

 混戦状態が改善されたために天使達が飛来し、兵士達に襲いかかり始めた。

 

 

 

 

 

 

 ―――武技、『六光連斬』

 

 六つの斬撃を同時に放つ武技、『六光連斬』を使用し襲いかかる天使達を斬り裂き、前へと進む。

 武技の隙に襲いかかってくる天使達の攻撃は、部下達が押さえつけてくれる。

 

 ―――武技、『四光連斬』

 

 攻撃を弾かれよろめく天使達を斬り裂き、更に前へ。

 この瞬間まで彼の部下達が生きていたのは、確実に彼の友人であるクレマンティーヌの御陰だった。

 

 天使達の力は強靭だ。普通の兵士達の身体能力で強靭な身体能力を持つ相手とまともに打ち合うのは難しい。

 クレマンティーヌとの模擬戦でそれらを学んだ部下達は、身体能力で劣るからこその戦い方を、ただ闇雲に正面から打ち合うのではなく、流し反らし力を全て受けない戦い方を身に付けていた。

 

 だが、それにも限界があるだろう。人間の体力は有限だ。戦うことにも限界がある。

 

 ―――ならば、狙うは指揮官。

 

 ガゼフは、先程から指示を出す男を睨みつける。

 指揮官を殺したからといって、勝利の道が見えるわけではないが、そうしなければ撤退の道すら見えそうになかった。

 

「うぉぉぉ!!」

 

 ガゼフは咆哮し、ニグンに向かって突撃する。

 その動きに気が付いた武技を使える兵士達が数人、彼の疾走に追随した。

 

 そんな彼等に、二十を超える天使達が襲いかかる。

 

 ―――武技、『六光連斬』

 ―――武技、『斬撃』

 ―――武技、『戦気梱封』

 ―――武技、『要塞』

 ―――武技、『斬撃』

 ―――武技、『穿撃』

 

 ガゼフ達は、それらを斬り捨て、切り払い、受け止め、切り抜ける。

 天使達を一掃した後、追撃の天使達を兵士達が受け止め、ガゼフはニグンへと駆け抜けた。

 

「見事。しかし……いくら上位天使達を倒せても、わが『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)は倒せまい」

 

 ニグンの声により、彼の傍らに待機していた天使が動き出す。

 その天使、『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)は片手に持ったメイスを振り上げるとガゼフへと振り下ろした。

 

 ―――武技、『要塞』

 

 その一撃を、ガゼフは武技で受け止める。

 しかし、それは咄嗟のことだったためか十分な力が得られず、受け止めてからしばしふらつく結果となってしまった。

 

 その隙に、ニグンは『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)に魔法による強化をかけてゆく。

 

『鎧強化』(リーンフォース・アーマー)『盾壁』(シールド・ウォール)『下級敏捷力増大』(レッサー・デクスタリティ)『下級筋力増大』(レッサー・ストレングス)

 

 その光景に、ガゼフは苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 ただでさえ強い高位の天使型モンスターが、更に強くなったためだ。

 だが、ガゼフは退くわけにはいかない。ここで退けば、彼もその部下達も全員死ぬ。

 

「おおおおおぉぉぉ!!」

 

 咆哮し、疾走。剣を振り下ろす。

 

 ―――武技、『六光連斬』

 

 『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)は、その六撃のうちの三つを盾とメイスで受け止め、残りを全て身に受けた。

 

 しかし、『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)はふらつくことすら無くその場に浮いている。

 思わず、ガゼフはその光景に固まった。

 

『衝撃波』(ショック・ウェーブ)

 

 その隙を見計らったのか、ニグンから魔法で放たれた衝撃波が飛来する。

 その一撃を受け、ガゼフは身体のバランスを崩し折れ込みかけた。

 

 そんなガゼフに追撃するように、『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)がガゼフにメイスを振り下ろす。

 

 ―――武技、『重心稼働』

 ―――『即応反射』

 ―――『要塞』

 

 武技で倒れかけた身体のバランスを戻し、振り下ろしたままであった剣をメイスとの間に挟みこみ、『要塞』によって受け止めようと試みる。

 しかし、『要塞』を行使するのが遅かったのか、『要塞』は力を発揮せずにガゼフは吹き飛ばされた。

 

「無様だな、ガゼフ・ストロノーフ。仮にも王国最強の男だと警戒していたが、随分な様子ではないか」

 

 ガゼフはそれに答えようとするが、身体が動いてくれない。強化された高位の天使による一撃は、武器越しとはいえ彼の身体を蹂躙していた。

 剣を持っていた腕の骨は折れ、肋骨にも何本か罅がはいっている。転がったせいか全身は擦り傷だらけで、頭からも出血している。

 

 満身創痍、正にその言葉が似合う姿となっていた。

 

「隊長!!」

 

 ガゼフに気が付いた一人の兵士が、ガゼフに駆け寄ろうとする。

 しかし、彼の傍にいた陽光聖典の一人がその進路を塞いだ。

 

「ふむ、邪魔も入りそうだな。早急に終わらせるとしよう。

 行け、『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)!!」

 

 ニグンの声に反応し、『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)がガゼフの前でメイスを振り上げる。

 

 ―――ここまで、か。

 

 ガゼフは、僅かに口を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 その時、空から何かが飛来し『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)の顔面を直撃、『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)を大きくのけ反らせる。

 

 ―――『アビス・ディメンション』、解放。

 

 その直後、『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)の顔面が闇に包まれる。

 僅かな時間とともに闇が晴れれば、そこには『監視の権天使』(プリンシバリティ・オブザベイション)の顔は無く、それとともに天使は光となって消えた。

 

「なっ!? 何だ、何が起こった?」

 

 ニグンが辺りを見回す。

 先程の光景に、陽光聖典達も王国兵士達も動きを止めていた。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 上空から、何かがガゼフとニグンの間に飛来し、衝撃で土煙を上げる。

 

 辺りの人間は、その土煙に視線を集中させる。

 

 煙の中からは、何か黒いローブを纏った者の姿がシルエットから伺えた。

 

 草原に風が吹き、砂煙が吹き飛ばされる。

 

 

 

「やっほー。久しぶりね。ニグンちゃん」

 

 

 

 煙が晴れると、そこには黒いローブ姿のクレマンティーヌがいた。




 ALOの魔法を魔法蓄積で留められるのかというツッコミはあると思いますが、この話ではありと言うことでお願いします。
 本来は魔法体系が違うので、何とも言えないですが。


 戦姫絶唱シンフォギアを見て思ったネタ。



 とても凄いOTONA、風鳴司令の場合。



 建物にしかけられた爆弾が炸裂し、彼を殺さんとコンクリートが崩落する。

 しかし、彼はその中でも無傷であった。

「衝撃は『発剄』で掻き消した」





 クレマンティーヌの場合。


 建物にしかけられた爆弾が炸裂し、彼女を殺さんとコンクリートが崩落する。

 しかし、彼女はその中でも無傷であった。

「衝撃は『要塞』で掻き消したわ」



 ―――完全に一致!!

 つまり、クレマンティーヌはOTONAだったんですね!!


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もしクレマンティーヌが天使と相対したら

遅くなりました。ようやく投稿です。

戦闘シーンって書くの難しいですね。特に主人公に手加減させるのは。

7、8回くらい気が付いたらニグンが死んでました。いったい何時から、私はニグンさんが嫌いなったんでしょうか。

そして、申し訳ありません。やらないと決めていた唐突に出現する架空の武技、という事態を発生させてしまいました。
 作ったとしても動機やきっかけは書くつもりだったのですが、上手くその場面を挟めませんでした。本文で殆ど説明しないので、前書きに載せておきます。

武技:『空穿』
 名前から想像つく人もいると思いますが、『空撃』の突き版です。わかりやすく言えば、飛ぶ斬撃の突き(なんか日本語的におかしい)ですね。


そして、感想で誰も言わなかったので言ってしまいますが、ガゼフとの切磋琢磨する関係は、ガゼフ強化フラグでもありますがクレマンティーヌ強化フラグでもあります。


「よろしかったのですか、アインズ様」

 

 倉庫の中で、アルべドは自らの主に問いかけた。

 主であるアインズは、周りの村人に聞かれないために彼女の疑問に『伝言』(メッセージ)で答える。

 

『ああ、彼女はこの世界でもかなりの実力者であるとされている存在だ。ならば、その力を確認しておくことも重要だろう。

 それに―――』

 

 彼は、その続きを今度は声に出して答えた。

 それは、村人に聞かせるためか。はたまた、言葉に出すべきだと感じたのか。

 

「―――仲間とは何よりも大切なものだと、そう私は思うのだよ、アルべド」

 

 そう言って、彼は自らの魔法に意識を集中させる。

 彼の意識の中には、陽光聖典の隊長と相対するクレマンティーヌの姿があった。

 

 

 

 

 

「き、貴様は……」

「何、もしかして忘れちゃったかなー?」

 

 唸るニグンに、クレマンティーヌは笑顔を作る。

 その笑顔にニグンは、強烈な怒りにかきたてられた。

 

「貴様のような裏切り者が、よくもまぁおめおめと姿を見せられたな!!」

 

 ニグンは、クレマンティーヌを怒鳴りつける。

 裏切り者。ニグンの発したその言葉に、クレマンティーヌへと王国兵士からの問いかけるような視線が殺到した。

 

「まー、確かに裏切ったのは悪いと思うけどさ。私はあの国の社会体制のせいで、小さな頃から本当に苦しめられてきたんだよー。

 あんなクソ国家。何度なくなってしまえば良いと思ったことか」

 

 クレマンティーヌは、それを無視してニグンとの話を進めた。

 

「クソ国家、だと……。貴様、それは本気で言っているのか。真なる神々を祀るわが法国がクソ国家だと、貴様は本気で―――」

「ん? 本気で言ってるよ。あんな権益に溺れたクズどもの肥溜めが、人間種が一つになるなんて言葉で誤魔化してやりたい放題しているあいつらが支配する国が、クソ国家でない筈がないでしょ。

 いくら他国の人間とはいえ、村人の虐殺なんて人間種の統一を掲げる国がすることじゃないでしょーに」

「貴様っ!! 言うに事欠いてその様な戯れ言をほざくか。

 だいたい、村人達の命など大事の前の小規模な犠牲に過ぎん。その程度もわからぬ様な輩が神聖なる法国を侮辱するとは、最早呆れてものも言えん」

 

 ニグンが、クレマンティーヌに大声で叫ぶ。

 それを聞いた彼女は、やれやれとでも言いたげに肩を竦めた。

 

「戯れ言をほざいてるのはそっちでしょう。

 土と風の聖典達による情報操作、これだけで王国は落とせるはずよ。それだけ、今の王と貴族の溝は深いもの。人間種を一つにしたいなら、崩壊した王国の人間を取り込むだけでそれに大きく近づくわ。そうすれば、運が良ければガゼフを取り込むことすらできたでしょう。

 けれども、法国はガゼフを殺すことを選んだ。それはすなわち、ガゼフが法国にとって不利な何らかの要素を持っていることになるわ。

 国民のために思い悩み、平民のためにこんな国境付近にある寂れた村までわざわざ見回りをする様な彼が、いったいどんな問題を持っているのかしらね」

 

 いたずら気に口を歪ませるクレマンティーヌ。

 しかしニグンは、彼女の言葉に何かを考えることは無かった。その言葉は、裏切者の言葉なのだから。

 

「ふん、そんな事は貴様の空想にすぎん。言葉を並べられてだけで揺れるほど、我が信仰は軽くはない。

 ……で、言いたいことはそれまでか」

 

 ニグンの周りに天使が集結する。

 その様子に、クレマンティーヌは大きく溜め息をついた。

 

「やっぱり、言葉で説得なんて私の柄じゃなかったか-。

 まぁ、しょうがないかな。私は裏切り者だし」

 

 ローブの陰から、彼女は剣を取り出して目の前の地面に突き立てる。

 その剣は、ガゼフが先程まで使っていた剣と同じ色の輝きを持っていた。

 

「言いたいことは、もうないわよ。言っても無駄みたいだから」

「そうか、なら死ね」

 

 挨拶のような気軽な口調で言われたその言葉。

 そんなニグンの言葉とともに、クレマンティーヌへと数多の天使が殺到する。

 

 四方八方、全方位からクレマンティーヌは剣を突き立てられ、彼女は天使の集合体へと姿を変えた。

 

「ふん、あっけないものだな」

 

 ニグンは嘲う。

 その光景を見ていた兵士達、陽光聖典達の誰もが、彼女の死を幻視した。

 

 しかし―――

 

 ―――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 

 クレマンティーヌの歌声が辺りに響き、天使達が吹き飛ばされる。

 天使達がいた場所からは、先程の姿とは服装を変えた無傷の彼女の姿があった。

 

 その怪我一つ負っていない姿に、ニグンは口を閉口させた。

 

「あっけないなんて、誰に向かって言ってるの?

 ニグンちゃんはさぁ、私のかつての所属を知ってるでしょ。そんなんで殺せると思わないでよ」

 

 彼女はそう言って、目の前に突き立てられている、先程まで彼女が手にしていた剣を引き抜いた。

 

「―――これでも、元とはいえ漆黒聖典第九席次だったんだから」

 

 ―――武技、『空穿』

 

 彼女は、剣を薄い赤色に輝かせると突きを放つ。

 その剣は切っ先から旋風を巻き起こし、その直線状にいる天使に穴をあけた。

 

 

 

 

「たかが上位天使ごときで、殺せると思わないでよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌが大地を駆ける。

 

『衝撃波』(ショック・ウェーブ)

 

 ―――武技、『要塞』

 

 行使者の肉体、もしくは武器に受けた衝撃を無効化する武技、『要塞』。

 疾走するクレマンティーヌに衝撃波が襲い掛かるが、彼女はわずかに跳躍し肉体に武技『要塞』を行使し速度を落とすことなく無効化する。

 

 高速で飛来する不可視の衝撃波を無効化するなど、並大抵の人間にできることではない。

 その様子に、漆黒聖典という自称が嘘ではないと感じた他の陽光聖典達も、あわてて魔法を発動した。

 

『聖なる光線』(ホーリー・レイ)

『電撃球』(エレクトロ・スフィア)

『魔法の矢』(マジック・アロー)

『炎の雨』(ファイヤーレイン)

『衝撃波』(ショック・ウェーブ)

 

 ―――武技、『超回避』

 ―――『四光連斬』

 

 自身の回避能力を大きく強化する武技『超回避』と、四つの斬撃を同時に放つ武技『四光連斬』。

 クレマンティーヌは、『電撃球』(エレクトロ・スフィア)を回避し、他の魔法をその四光連斬で切り裂く。

 魔法を剣で切るという彼女の絶技に、彼等は戦慄を隠せなかった。

 

「―――まず、一人」

 

 ―――武技、『流水加速』

 ―――『疾風走破』

 ―――『穿撃』

 ―――ソードスキル、『ヴォーパル・ストライク』

 

 自身の動きを高速化させる武技『流水加速』と自身の移動速度を大きく加速させる武技『疾風走破』、そして強力な突きを放つ武技『穿撃』。

 彼女は、手に持った剣を武技とは異なる光、強力な突きを放つソードスキル『ヴォーパル・ストライク』で輝かせると、それらの武技を同時に使用しその場に炸裂音を響かせる。

 

 次の瞬間には、クレマンティーヌは天使達をかいくぐりとある陽光聖典の隊員を突き殺していた。

 

 ―――武技、『四光連斬』

 ―――『空撃』

 ―――ソードスキル、『バーチカル』

 

 刃より斬撃を飛ばす武技、『空撃』。

 そのまま置き土産とでも言うかのように、剣を振り下ろすソードスキル『バーチカル』を武技と同時に使用することでまわりに四つの斬撃を飛ばし、周囲の天使を光に変える。

 

「各員!! 天使を失った者は再召喚。他の者は魔法で弾幕を張れ、絶対に奴を近づけさせるな!!」

 

 ニグンの声が戦場に響く。

 陽光聖典達はその声に従い、クレマンティーヌに魔法を向けた。

 さらに詠唱時間を稼ぐように、彼女の前に数多の天使が立ち塞がった。

 

 だが、それでは脆い。

 クレマンティーヌにとって、上位天使など動くだけの壁にしか成らなかった。

 

 ―――武技、『穿撃』

 ―――ソードスキル、『ヴォーパル・ストライク』

 

 再び大きく炸裂音が鳴り響き、直後に陽光聖典達とクレマンティーヌの直線上に存在する天使達が光に変わる。

 そして、陽光聖典達がそれを認識した頃には、彼女は陽光聖典の集団の前にいた。

 

「この程度じゃ、壁にもならないわよ」

 

 一閃。

 

 陽光聖典の一人が両断される。

 クレマンティーヌはさらに踏み込み、返す太刀でもう一人切り捨てた。

 

 しかし、陽光聖典達もただやられるばかりではない。

 クレマンティーヌが剣を引き戻そうとしたとき、彼女が斬り捨てた陽光聖典の隊員がその剣を掴む。

 クレマンティーヌが彼を見れば、彼の目は狂気に、狂心的な神への信仰に染まっていた。

 

『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)」「『衝撃波』(ショック・ウェーブ)

 

「ちっ!」

 

 陽光聖典達が、そんな彼ごとクレマンティーヌに狙いを定め、『衝撃波』(ショック・ウェーブ)を叩き込む。

 いくらクレマンティーヌとはいえ、人一人抱えながら不可視の魔法である『衝撃波』(ショック・ウェーブ)の雨霰を回避するのは難しい。彼女は大きく舌打ちすると、剣から手を離しそれらを回避した。

 その際、『衝撃波』(ショック・ウェーブ)の内の一つが先程の彼に当たり、剣ごと彼を吹き飛ばす。

 剣は転がって行き、クレマンティーヌから遠く離れたところまで吹き飛ばされた。

 

「今だ!!」

 

 武器を失ったクレマンティーヌへと、天使達が殺到する。

 天使達の一撃は、ある程度の強さを持つモンスターでもなければ武器もなく受けられるようなものではない。故に、陽光聖典達は串刺しとなるクレマンティーヌを幻視した。

 

 ―――勿論、幻視しただけである。

 

「殺ったと思った?」

 

 三度目の炸裂音。

 それとともに彼女が拳を突き出せば、その先にいた迫る天使達が光の粒へと姿を変えた。

 彼女がそれを二度ほど繰り返せば、彼らが気が付いたときには、クレマンティーヌは迫る天使達を殲滅されていた。

 

「期待させたようで悪いけどね、私は剣よりも拳の方が強いのよ」

 

 そう言って、クレマンティーヌは跳躍し空を飛ぶ天使の頭部を掴むと、その拳で握りつぶす。

 ただ純粋な握力で、天使がその身に纏う兜ごと頭部を握りつぶすという行為、それがどれ程までに出鱈目な行為であるか理解できる陽光聖典達は、無自覚に足を一歩下げた。

 

「狼狽えるな!!」

 

 そんな彼等に、彼等の隊長であるニグンの声が届く。

 

「敵が強大であるなど、何時ものことだろう!! 亜人種どもの多くは、我々よりも強靭な肉体を有していた者たちばかりであったはずだ。だが、我らはそのすべてを打ち破ってきた。

 臆することはない。各員、()()()()()()敵を殲滅せよ!!」

 

 ニグンの言葉に、隊員達の様子が変わった。

 彼等は、クレマンティーヌにとって天使達が壁にしか成らないと知っているはずにもかかわらず、天使達をクレマンティーヌに向かわせ始めた。

 

 クレマンティーヌはそれらの天使を握り潰し、叩きつぶしながら処理して行く。

 

 クレマンティーヌが言った、剣よりも拳の方が強いという言葉、その言葉は確かに真実ではあるが、言葉の頭に『1対1では』と付ける必要があった。

 多対1の状況においては、間合いの広い剣の方が当然有利になる。たとえ拳の方が取り回しが良くても、武技などを使わない限り原則的に剣の方が殲滅力に優れていた。

 

 ガングニールの腕部ハンマーパーツを使用することで広範囲殲滅も可能ではあるが、マニュアル運用によりある程度エネルギーを制限しない限りそれは消耗が激しい。

 そして、多くの天使達が剣を振り回す中でマニュアル運用、つまり腕部のパーツをスライドさせるという行為は、クレマンティーヌにとって大きな隙になる。できなくはないだろうが、万が一のことを考えれば無用な隙は作るべきではない。

 

 突き、薙ぎ、確実に一体ずつ天使達を破壊する。

 致命傷になりそうな一撃は、腕や脚の装甲で受け流し、受け止め、その隙に一撃を入れ破壊してゆく。

 時間はかかりながらも、危なげない動きで確実に天使達を蹂躙していった。

 

 

 しばらくクレマンティーヌが戦っていると、彼女は天使たちの鎧が急に固くなったことを感じた。

 

 ―――まさか、デバフをかけられた?

 

 彼女はデバフ、すなわち弱体化魔法をかけられたのかと推測するが、すぐにその考えを振り払った。

 弱体化魔法の多くは、例外はあるが原則として視認しなければ行使できない。この天使の隙間から、自らの姿を捉えることはそう簡単ではないはずだからだ。

 

 ならば、強化魔法か。

 

 クレマンティーヌはそう考えたが、次いで別の天使を破壊すると即座にその考えを捨てた。

 次に破壊した天使は、先ほど倒した天使よりもより硬くなった様に感じられたからだ。

 いくらなんでも、天使達全員に強化魔法をかけることは非効率だ。故に、強化魔法という線はない。

 

 拳を振り上げ、薙ぎ、振り下ろす度に、天使たちはより堅牢になる。

 

 

 その原因、それを彼女が知るのは上位天使たちの殲滅が終わろうとしていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には、ユグドラシルに存在しなかった力や技能が存在する。

 一つは生まれながらの異能(タ レ ン ト)、クレマンティーヌの持つ様な規格外の物から相手の魔力を見抜くといった一部の魔法の上位互換のような物まで、その能力は多岐に及ぶ。

 二つ目は武技、戦士たちの能力を大幅に向上させるそれは、大きな力の差を覆すことすら可能とする強力な物である。

 

 そして三つ目、その技能の名は『魔法上昇』(オーバーマジック)、本来使えない位階の魔法の行使を可能とする魔法詠唱者たちの切り札だった。

 

 

 

 

 

 

 「『魔法上昇(オーバーマジック)第4位階天使召喚』(サモンエンジェル・4th)

 

 陽光聖典の隊員のその言葉により大地に魔法陣が刻まれ、宙に浮かぶ巨大な天使の数が一体増えた。

 

 『監視の権天使』、第四位階魔法にて召喚される天使が、クレマンティーヌの傍に数えることが億劫になりそうなほどの数存在していた。

 

「うっそぉ」

 

 流石に、その数には驚く。

 彼女自身、分類上は魔法詠唱者ではないので体感したことはないが、魔法上昇という技法がどれだけ負荷を強いるのかは知識としてだが知っている。

 巫女姫の儀式のように、本来の自分が使える魔法の位階から3又は4位階上昇させる様な行為をするわけではなくても、とても消耗を強いる魔法だ。

 それをまさか隊員全員が会得しているとは思わなかった。まさに、信仰の凄まじさと恐ろしさを感じさせる。

 

 とはいえ、流石に隊員全員が魔法上昇を使ったことは驚いたが、陽光聖典の人間が魔法上昇を使い出したことその物は、可能性としては考えていたために驚いていない。個々の力は漆黒聖典に劣るとはいえ彼等はエリート部隊、戦闘中に『龍雷』が飛んでくる可能性程度は考慮していた。

 

 ただ、クレマンティーヌには一つ問題があった。

 

 それは、陽光聖典全員が魔法上昇を使ったことではない。

 問題なのは、彼等が召喚した天使の特殊能力だ。

 

 

 『監視の権天使』。

 その能力は、停止している状態において視認している天使の防御力を向上させる、という物だ。

 そんな能力を持つ天使が百近い数存在している。これは、彼女にとってとても嫌な状態だった。

 

 彼女の持つ切り札のいずれかを切れば、簡単にこの場所は切り抜けることができるだろう。しかし、おそらくこの戦場は土か風や水のいずれかの聖典に監視されている可能性が高い。

 漆黒聖典という強大な敵に立ち向かわなければならない彼女にとって、切り札の露呈はなるべく避けたい行為であった。

 

 

 ふとその時、彼女の頭の中に一つの閃きが浮かび上がった。

 それはとても単純な手、切り札にはなれず、腐らしていたとある手段。

 そして、この状況にはぴったりで、最高に皮肉が効いた手段でもある。

 

 ついつい、彼女は無意識に口角を上げてしまった。

 

 

 

 彼女はローブの中に手を入れると、懐から出した様に見せかけながら、手の平にとある物品を出現させる。

 

 それは、遠くに輝く夕日を反射し輝いて見えた。

 そして、それを見た陽光聖典達の動揺も彼女の視界に映る。

 

 そんな中、唯一落ち着いていたニグンがクレマンティーヌに問いかけた。

 

「貴様、そんな物を取り出していったい何をするつもりだ。そんな物で、この状況を覆せるとでも思っているのか?」

 

 否、問いかけではなくそれは嘲笑いだった。

 その証拠に、ニグンは彼女をせせら笑うかのように笑っている。

 

 確かにそうだろう。

 高位の天使に辺りを包囲され、数多くの魔法詠唱者を相手にしなければならないこの状況。

 仮にこの場に立つのが、第6位階の魔法を使えるかの帝国の魔法詠唱者でも、この状況を覆すのは難しいに違いないだろう。

 

 そう、それ程までに―――この状況を魔法で覆すのは難しいのだ。

 

 しかし、彼女はこの状況で最高に機能する『法国に露呈しているであろう手札』を持っていた。

 

 

 クレマンティーヌは、手に持った『魔封じの水晶』を掲げる。

 

 

「目には目を、歯には歯を。

 うんうん。(あの子達)の世界の偉人は、とてもいいことを言ったわ」

 

 彼女は規定の使用方法に従い、封じられた魔法を解放した。

 

 水晶に込められた魔法は、とある第7位階の魔法。

 

 その魔法の名は、

 

 

 ―――『第7位階天使召喚』(サモンエンジェル・7th)

 

 

 

 水晶から光が溢れ、草原を白く照らす。

 光が収まると、現れたのはまさに光の結晶のような天使だった。

 数多の翼を生やし、手に持つのは笏。聖なる存在と呼ばれるに相応しい波動を放ち、辺りの空気を清浄な物へと変えて行く。

 

 

 ―――そう、正にそれは至高の天使。究極の力を持つとされる大陸最高位の存在。

 

 

 ここに、魔神すらも殺す大天使、『威光の主天使』(ドミニオン・オーソリティー)が顕現した。




ニグン「権天使軍団を召喚!!」
クレマンティーヌ「はいはい、主天使召喚」
ニグン「うぇっ!?」

 というわけで、ニグンさんは涙目ですね。プリン以下略は、視界に入っている天使の防御力を強化するので、戦闘を視界に入れてる限りドミニオンも強化されるんですから。

 ところで聞きたいんですが、皆さんはズラのガジットさんの活躍は読みたいですか? ちょっと書くか悩んでいるので、読みたい方がある程度いれば書くことにしようと思っています。

追記
 ガジット関係の話は書くことにします。


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もしクレマンティーヌがカルネ村を出たら

 そこからは一瞬だった。

 召喚された『威光の主天使』は、『監視の権天使』達を蹂躙し光へと変えていった。

 いくら『監視の権天使』が防御力に優れていると言っても、流石に第6、7位階の人類では到達することすら絶望的な魔法を行使する存在相手では、それは象に昆虫が身体の固さを誇るような物でしかなかった。

 

 怒涛の魔法に押しつぶされ、細切れにされ、塵と化す天使達。

 それを見た陽光聖典達は、加速魔法すら駆使し大慌てで逃げていった。

 

 

 

「ふぅ」

 

 クレマンティーヌは、溜め息を吐き緊張を解く。

 法国の巫女姫達が使う監視魔法の効果時間と再詠唱時間を考えれば、今は見られていない可能性が高いからだ。クレマンティーヌは、何時までも気を張っていると、身体に無用な負担をかけると経験、そして自身(彼女達)の知識から知っていた。

 故に彼女は、基本的にはあまり気を張らずにだらけたような様子でいることが多い。

 

 溜め息を吐いた彼女は、辺りを見回す。

 そこには、人影一つ無い夕焼けに照らされた草原が広がっていた。

 ガゼフ達は此所にはいない。アインズさんが、彼らを魔法で回収してくれることになっている。

 おそらく今頃は、村で手当を受けていることだろう。

 

 そんな時、クレマンティーヌは自身の剣が見当たらないことに気が付いた。

 アインズさんが回収してくれたのだろうか。それとも、陽光聖典にどさくさのうちに盗まれたのだろうか。

 彼女は少し悩んだ後、考えただけでは結局何もわからないことに気が付き、その思考を頭から捨てた。

 

「……さてと、ガゼフ達の様子も気になるし、そろそろ村に戻ろうかな」

 

 クレマンティーヌは、村の方に歩みを進める。

 クレマンティーヌが村に着いた頃には、夕日も落ち辺りは暗闇に閉ざされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光聖典を退けてから、一晩明けた。

 

「あれー、アインズさん。昨夜は村にいなかったみたいだけど、どこかに行っていたの?」

「ええ、戦士長殿を助けた時に少し忘れ物があったもので、取りに行っていたんです」

 

 朝方、村の空き倉庫を借りて一泊した後、クレマンティーヌは村の中心部にある広場でアインズを見かけた。

 彼女が陽光聖典との戦いから帰ってきた頃、村にはアインズの姿がなかった。そのため、クレマンティーヌは彼に何かあったのか心配だったのだ。

 

 彼の言葉からして、何か問題があったわけではなさそうなので大丈夫だろう。

 彼女は、彼の言葉を聞いてそう感じた。

 

「そっかー。何かあったのかと心配だったけど、その心配は杞憂だったみたいねぇ」

「どうやら心配させてしまったようですね」

「べつにぃ。でもまあ、無駄な心配だったみたいでよかったわよ」

 

 クレマンティーヌは、そうアインズに返すと踵を返して広場を離れた。

 

 クレマンティーヌはその足でガゼフの眠る空き家に向かう。先程広場から離れたのはそのためだ。断じて、つい心配していたことを口にしてしまったからではない。

 

 ガゼフを見守っていた兵士に一声かけ、ガゼフの眠る部屋に入る。

 部屋の中では、彼が身体に包帯を巻いた状態で布団の中に横たわっていた。

 

 昨日、から、ガゼフは眠ったままだった。

 それも当然だろう。強化の魔法をかけられた高位の天使による一撃は、並みの冒険者であればばひき肉になっていてもおかしくはないほどに強力だ。あれほどの一撃を受けてなお骨折程度で済ませているガゼフは、この世界の一般的な強さの尺からはみ出していると言っていい。(立花 響)の師匠に近い実力者と言えるだろう。

 クレマンティーヌは自分のことを棚に上げつつ、そんなことを考えていた。

 

「おーい、朝だよー。さっさと起きろー」

 

 ガゼフに巻かれた包帯を新しくポーションに浸した包帯と交換しながら、ガゼフにとりあえず話しかけてみる。

 当然ながら、目覚めることは無い。この程度で起きるのであれば、彼女がこの部屋を訪れるよりも前にさっさと起きているだろう。

 それは、彼女にもわかっていた。わかっていたが、眠り続けるガゼフの様子を見てなんとなく不安になったのだ。

 

 少し時間がたち、クレマンティーヌが包帯を交換し終える。

 ガゼフは、その間全く目覚める気配を見せなかった。

 

「まあ仕方ないか」

 

 クレマンティーヌは元々冒険者組合の方から依頼を受けて来ていたので、報告のためにそろそろ戻る必要があった。

 カルネ村をたつ前にガゼフといくらか話したいことがあったが、それはできないようだった。

 

 クレマンティーヌは、小さく肩を落とす。

 彼女は、ガゼフの部下にいくつか言伝を頼むと建物を出て、村長やアインズに挨拶をしカルネ村を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 目を覚ましたガゼフ達が目にしたのは、何処かの建物の天井だった。

 

「隊長、お目覚めになりましたか」

 

 すぐ側にいた彼の部下が、ガゼフに声をかけてくる。

 ガゼフはそんな彼の姿を視界に入れると、起こしかけた身体を戻した。

 

「ここは、カルネ村か」

「はい、ゴウン様があの戦場から魔法でここまで運び込んでくださいました」

 

 全身がだるい。身体を起こすのも億劫だ。

 しかし、あれほどの怪我を負っていたにもかかわらず、ガゼフは痛みなどは一切感じなかった。

 

「……そうか」

 

 ガゼフは、手を弱く、しかし現状出せるあらん限りの力で握り締めた。

 

「何人死んだ」

「……4人です。『戦士として』という意味では、7人になります」

 

 本来であれば喜ばしいことだろう。あの陽光聖典を相手にして、死者を4人に抑えたのだから。あの戦場の苛烈さを考えれば、10人20人と死んでも全く不思議では無かった。これほど多くの人間が助かったことは、正に奇跡と言っていい。

 

「4人もか。いや、4人で済んだと思わなくてはならないんだろうな。

 全く、いつまでたっても俺は不甲斐ない」

 

 ガゼフは自嘲気味に笑う。

 彼にとっては、たった4人といえど部下が死んだことを軽く考えることはできなかった。

 そしてまた、部下が死者4人で抑えられた理由を考えると、自分の弱さを実感させられた。

 

「とりあえず、村の負担を増やすのは良くないからな。十分な休息を取れた者、比較的軽傷な者は森に食料を取りに行くように伝えろ。ただし、森の賢王の縄張りには入らないようにな」

「了解です。直ちに伝えます」

 

 兵士は、言葉を伝えるために出てゆく。

 

「クソッ!!」

 

 ガゼフは自身の部下が部屋を出てゆくと、強く布団を叩いた。

 

「何が王国を守るだっ!! 俺は友人も、部下すらも守れていないじゃないかっ!!」

 

 強く、小さく吼える。

 

 部下を守るだなんて、傲慢なのはわかっている。彼等に言えば、かなり怒られるのは明らかだろう。

 しかし、ガゼフはそう思わずにはいられなかった。

 

 

 先程出て行った彼の部下には、右腕が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光聖典達が攻めてきてから2日して、王国戦士達が万全に動けるようになった頃、クレマンティーヌは既にカルネ村を離れエ・ランテルにいた。村の様子を調査するという依頼を達成するために、調査した内容を報告する必要があるからだ。

 村であったことは、本来はあまり大声で言ってはならないことなので、冒険者ギルド長に直接報告し報酬を受け取った。

 もちろん、陽光聖典はガゼフが倒したことになっている。既にガゼフ達には口止めも済み、万事問題ないはずだ。

 

 冒険者ギルドを出ると、今度は薬師の元へと向かった。ガゼフ達を癒すために、手持ちのポーションをすべて使ってしまったためだ。

 彼等の傷は数多く、そして深く、手持ちのポーションを使っても足りなかったためにアインズからポーションを借りてしまった。彼から高価なポーションを数多く借りたことを、彼女は申し訳なく感じていた。

 

 ポーションは高いものの、戦う者にとっては値段など気にならないほど貴重な品だ。戦いに赴くなら、一つでも多く持っていた方が良い。

 本来であればポーションは時間経過で劣化するため、あまり多くは買わないのだが、クレマンティーヌはその問題を解消することができたので大量に購入することが多かった。

 そのためか、今では彼女はその薬師にとってお得意様である。

 

 薬師の店は、冒険者ギルドから遠くも近くもない程度の場所にある。これは、新人冒険者にとってはポーションは無用な物であるが、ある程度の稼ぎができる冒険者にとっては大変重要な物となるためだ。

 遠ければ必要とする者にとっては不便であるが、近くに店を構えるには需要が無い。ポーションとはそんな存在であるため、ギルドから離れた場所に店がある。

 

 クレマンティーヌがしばらく歩けば、そこには落ち着いた雰囲気の店があった。

 ここが目的の薬屋。薬師であるリィジー・バレアレとンフィーレア・バレアレの2人が経営している店だ。

 

 彼女は店の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にお発ちになるおつもりですか、アインズ様」

 

 ナザリック地下大墳墓、アインズの姿はそこにあった。 彼は大量のスクロールといくつかの武器を手に取り、感触を確かめつつ自らのアイテムボックスに放り込んで行く。

 そんな彼の側には、落ち着きがなさそうに佇むアルベドの姿があった。

 

「ああ、この世界の強さがいまいち把握できない以上、誰かしらがそれを確認することは必要だ。

 ならば、それは今後お前達にこの世界での活動を命じる私自らが確かめるべきだ。違うかアルベド。

 それに、このナザリックにおいて外見的にも、性格的にも人間社会に馴染める者はかなり少ない、それこそ私やセバス位だ」

「ですが、もし御身にもしものことがあれば……」

「そのためのプレアデスだ。そのために彼女を連れて行くのだよ。

 ……私が行くことは、もう既に決まったことだ。アルベド、お前もあのときは納得しただろう」

 

 アインズの言葉に、アルベドは僅かに俯く。

 

「それは……確かにそうですが……

 ですが、アインズ様は私にとっていと尊きお方にして、愛しきお方。そんなアインズ様が僅かとはいえ危険がある場所に赴くことを、何も思わずにいられるでしょうか」

「……お前がそう思っているのならば、私が外に出るもう一つの理由もわかるだろうに。

 とにかく、この話は終わりだ。アルベド、ナーベラルを呼んできてくれ」

「……かしこまりました」

 

 彼の命令に、少し不服そうにしながら彼女は彼の部屋を出て行く。

 彼はその背中を見届けた後、側にいた配下―――ユリ・アルファからポーションを受け取りアイテムボックスに入れると、《上位道具創造》で自身の姿を鎧で包む。

 

「上手くいかないものだな」

 

 アインズは呟いた。

 彼は、冒険者として活動する理由において、アルベドやデミウルゴス達に話していないものが二つあった。

 一つは、息抜きだ。ナザリックの支配者としての立ち振る舞いは、一週間前までただの会社員でしか無かった彼にはとても荷が重かった。一挙手一投足に気を配らなければ、もしかすればNPC達に反逆を企てられるかもしれないからだ。最近は彼はその心配は無さそうに感じていたが、だからといってナザリックの支配者という立場で威厳も何も無いようなそぶりをするべきではない。故に、そうではない立場をつくることで息抜きをしたかったのだ。

 そしてもう一つ、彼はNPC達が死ぬかもしれないことを酷く恐れていた。

 外の世界は非常に危険だ。アルベドやデミウルゴス、コキュートスなどのLv100のNPCならどうにかなるかもしれないが、プレアデス達では確率は低いとは言え死ぬ可能性がある。いや、それはLv100の彼らもそうかもしれない。

 

 彼は、ギルドのNPCの蘇生というシステムが働くかどうかわからない現状において、彼らに死ぬ可能性があって欲しくなかった。

 

 しかし、そのせいでアインズはNPC達に無用な心配を強いてしまっている。それが、彼には少し辛かった。

 

 

 

 ドアがノックされる。

 

「ナーベラル・ガンマ、御身の命に従い参上いたしました」

「ナーベラルか、入れ」

「失礼いたします」

 

 ナーベラルの声を聞いた彼は、 扉の向こうにいる彼女に部屋の中に入るよう命じる。

 彼女は、その言葉に従い部屋の中に入った。

 

「装備、消耗品など全ての準備が整いました。ご命令をいただければ、すぐさま出発が可能です」

「そうか、こちらも丁度準備が整ったところだ」

 

 彼はそう言うと、ユリから巨大な2本の剣を受け取り背中に背負った。

 

「さて……」

 

 アインズは僅かに考え込んだ後、自身の装備を解除しいつもの支配者たる服装に戻る。

 そして、〈転移門〉を使い目の前の空間とエ・ランテルから少し離れた場所を繋げる。

 

「さて、では行くとしようか」

 

 彼は転移門をくぐり抜け、ナザリックの外へと歩き出した。




題名からわかるかもしれませんが、これでカルネ村編は終了です。

 読んでいただいた皆さんはわかると思いますが、今回の話は、筆が進まず投稿が遅かったために、一切の見直しをしていません。なので誤字脱字など、色々と修正をかけると思います。


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黙する不死者編
もしクレマンティーヌが大人買いをしたら


 新編入ります。

 今回、いくつか独自見解が入ります。矛盾があれば指摘していただけると幸いです。


 城塞都市エ・ランテル、そこにあるとある薬屋。

 彼―――ンフィーレア・バレアレは、何時もの如く店番をしながら、それと同時にいつもと異なりポーションを調合していた。

 これは、二日前に『伝言』によってお得意様であるとある人物から、30本もの大量のポーションの注文が来たからだ。

 しかも注文されたポーションのうち10本は、一本で金貨8枚もするものだ。そのため、単純にそのポーションの値段だけでも10本で金貨80枚となる大きな取引になる。さらに、今回はそのポーションが10本もなかったので、それをすぐにつくる特急料金も含め金貨90枚もの取引となった。

 

 ンフィーレアは急ぎながら、しかし必ず焦らずに1本ずつ仕上げてゆく。

 予定では、購入者がこの店に訪れるのは今日のお昼過ぎ。調合が済んでいないものは残すところあと1本で、この勢いで進めば余裕をもって終わることができそうだった。

 

「やっほー、元気してる?」

 

 そう考えたその時、件の購入者が店にやってきた。

 購入者の名前はクレマンティーヌ。元オリハルコンの冒険者で、何をしたのか半年ほど前に罰則を受け現在はミスリルの冒険者として活躍している。

 

「あれ? 随分早かったですね。予定ではお昼過ぎと聞いていたのですが、何かあったんですか」

 

 そのクレマンティーヌが此所にいることに、ンフィーレアは疑問を感じた。

 彼女は事前の連絡ではお昼過ぎに来るはずで、彼女が来るまでにはまだ時間があったはずだからだ。

 

「いやー、そのつもりだったんだけどさ。一つ君か君のお婆さんに聞きたいことがあったから、少し早めに来たんだー」

「聞きたいこと、ですか。

 少し待ってください。注文のポーションが今つくっているもので揃うので、それからで良いですか」

 

 ンフィーレアは少し考え込むと、彼女に少し待つように告げる。彼としては、自分より様々なことを知っている彼女がわざわざ自身に聞いてくることとは何なのか興味はあったが、今は調合をしているため手を離せないので、少し待ってもらうことにしたのだ。

 

「うん、いいよー」

 

 その言葉をクレマンティーヌは承諾し、店の中を軽く見回す。

 

「じゃあ、待ってる間店の中でも見てるわね」

「はい、お願いします」

 

 ンフィーレアの言葉を聞いた彼女は、何かを探すような手つきで店の商品を物色し始めた。

 それを見つつ、彼は調合を進める。

 

 ポーションには三種類作り方が存在する。

 まず、最も安価な薬草のみで作るポーション。他二つに比べかなり安価で、(アイアン)のプレートを持つ冒険者ですら努力すれば購入できる程度のものだ。価格はおよそ金貨1枚から2枚。他のポーションとは異なり、傷を癒すというよりも元々人間が持つ傷を癒す力を底上げするというポーションである。回復に時間がかかるというその性質から、冒険者たちが探索中に使用するには適さないとされている。

 次に、魔法と薬草の二つを使って作るポーション。最も需要のあるポーションで、高位の(シルバー)の冒険者から下位のオリハルコンの冒険者が主に使用する物がこれだ。価格はおよそ金貨5枚前後、高くとも金貨7枚といったところだろうか。薬草のみを使用したものと同じく即効性はないが、それよりもはるかに回復速度は速く、戦闘中に効果を期待することは難しいが戦闘後などの短時間でもまとまった時間があれば、十分に効果を期待できるものだ。

 そして、魔法のみで作るポーション。正確には錬金溶液を必然とするために魔法のみという言葉は間違いではあるが、錬金溶液以外は魔法しか使わないので薬師の間ではこのように言われている。このポーションは、他の二つとは異なり瞬時に使用者を回復させる力を持っており、戦闘中にも十分な効果を期待できる。価格はおよそ金貨7枚以上で、回復量によって値段が大きく異なる。

 

 彼、ンフィーレアが今調合しているものは、魔法と薬草の両方を使ったものだ。

 錬金溶液に薬草などの素材を規定の量加え、魔法を込める。

 クレマンティーヌが店を訪れてから十分程度した頃、最後の1本のポーションが完成した。

 

「ほいっ、お疲れさま」

「わぁっ!?」

 

 完成したポーションに保存のための魔法をかけた直後、ンフィーレアの頬に冷たい感触が当てられる。

 突然の冷たさにンフィーレアは驚き、危うくポーションを落としそうになった。

 

「あー、ごめんごめん。驚かしちゃったか」

 

 彼の頬に冷たいもの、水の入った硝子のコップを当てたクレマンティーヌが、彼の背後から申し訳なさそうに現れる。

 ンフィーレアは、彼女がいつの間にか背後にいたことに全く気が付けなかったことに少し驚きながらも、何とかポーションを落とさなかったことに安堵した。

 

「びっくりしましたよ。いったい何時の間に後ろに移動したんですか」

「まあ、ソロの冒険者としては気配を殺すのは必須項目だからねー。

 それより、はい。6月に入って最近は暑くなり始めたし、調合もしてたから疲れたでしょ、冷たいものどうぞ」

 

 クレマンティーヌは、苦笑いをしながらンフィーレアにコップを渡す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 彼はクレマンティーヌに礼を言いながら、彼女からコップを受け取った。

 

 コップの中には氷が浮いており、コップその物もまるで冬場の雪の中で冷やされたような温度をしていた。

 ンフィーレアは、その事に驚きながら水を口に含む。

 水の冷たさが全身に広がり、籠もっていた暑さが身体から抜けていくような気がした。

 

「ふぅ、おいしかったです。ありがとうございます」

 

 ンフィーレアは彼女に礼を言うと、手に持ったコップを水洗いして返した。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよー。

 それじゃあ、ポーションを買わせてもらうけどいいかな」

「はい、大丈夫です。なら、今店の奥から取ってきますね。ポーション30本で特急料金含め金貨155枚ですから、準備しておいてください」

「はいはーい」

 

 彼は、クレマンティーヌを置いて店の奥に行く。

 盗難の可能性を考えればこれはあまり良くない行為だが、彼女はミスリルの冒険者。盗みを働いて組合から追われる立場にはなりたくはないだろうし、ポーションをこんなにもまとめ買いしている事を考えればお金に困ってはいないだろう。

 

 店の奥から27本のポーションが入った箱を『浮遊板』(フローティング・ボード)の魔法―――透明の浮遊する板を生み出す魔法で作り出した板の上に乗せ、表の方に運ぶ。

 箱の中身は三種のポーションをそれぞれ9本ずつ、カウンターで作っていた3つを含め計30本になる。これら全てが彼女が注文していたポーションだ。

 

 ンフィーレアが店に戻ると、彼女は金貨で大道芸のようなことをしていた。

 確かジャグリングだろうか。彼女のそれは、以前彼が広場で見ていたボールを上に投げ続ける芸に似ていた。彼女は大量の金貨、おそらく155枚を親指ではじきながら上に打ち上げ続けている。枚数が枚数なので、その光景はまるで金のカーテンのように見えた。

 しかも彼女の動きの速さからして、たしか……『流水加速』だろうか。身体を加速させるような何らかの武技を使用しているのは間違いない。

 

「え、えっと。何をしているんですか」

 

 ンフィーレアは彼女に問いかける。

 

「あー、ごめんごめん。暇だったから礫を飛ばす練習をしてたんだー。ちょっとまってね」

 

 ―――武技、『流水加速』

 

 彼女は動きをさらに加速させると、空中の金貨をつかみ取り、弾き上げ、10枚ずつにまとめてカウンターに積み上げてゆく。

 2秒と経たず、カウンターには16の金貨の柱が建てられることとなった。

 

「ほいっと。これで金貨155枚ね、確認をお願い」

「は、はい。わかりました」

 

 ンフィーレアはそれらの金貨を手早く数えると、ポーションの入った箱をカウンターの上に乗せた。

 

「はい、大丈夫です。代金の金貨155枚はちゃんと確認できました。では、こちらが注文されたポーション30個です。クレマンティーヌさんなら見分けることができるとは思いますが、一応ポーションは種類ごとに分けておきました」

「そう、ありがとねー」

 

 クレマンティーヌは、そのポーションを腰にぶら下げた3つの袋にそれぞれ分けて入れてゆく。その袋は、何らかの魔法がかかっているのか、小さいながらもその中にポーションを全て飲み込んだ。

 さらに、クレマンティーヌが右手で何かを虚空に描くと、腰の袋は何処かに消えた。

 

「んー、これでいいかな。箱の方も貰っていい?」

「はい、元々そのつもりでしたのでかまいませんよ」

「そう? ありがと」

 

 彼女は箱に手を付けると、再び右手で何かを描く。

 すると、箱は解けるように無くなった。

 

「……さて、商談はこれでいいわよね」

「そうですね。それで、聞きたい事って何ですか?」

 

 クレマンティーヌは、ンフィーレアに向き直ると彼に問いかけた。

 

「ポーションってどうして青いの?」

「どうして青いのか、ですか」

 

 その質問に、ンフィーレアは少し考え込むと彼女に答えた。

 

「一般的に、ポーションが青い理由は薬草の成分が原因と言われています。ポーションを作成する上で必要な薬草、ングナクの草の緑の一部が溶け出して青色を作り出しているそうです」

「一般的に言われているって事は、実際は違うわけね」

「はい。その説明が真実だとしても、魔法で作り出したポーションが青くなる理由の説明にはなりませんから。その理由が真実では無いか、もしくはそれ以外にも別の理由があるはずです」

 

 そう言うと、ンフィーレアはカウンターからいくつかの薬草と錬金溶液を取り出す。

 

「考えられる可能性は、材料か製法か。僕と僕の叔母は、製法だと考えています。かつて八欲王の時代に数多く存在していたポーションは、従来のものと異なる色を持ち、保存の魔法を用いずとも効果を持続させていました。多数存在していたことから希少な材料を使用していたとは考えにくいですから……っと話がそれましたね

 一部研究者達の間では、ポーションが青い理由は『ポーションが不完全であるため』とされています。

 八欲王の時代の伝説のポーションは神の血の色をしていたとされ、保存の魔法を必要としない完全な物であったとしか言い伝えられていないので、それしかわからないというのが現実ですが」

「へぇ、って事は青色以外も存在するんだ」

「はい、伝説が真実であればそうなります。でも、この伝説はかなり眉唾物であるとも言われていますから、真実である可能性は低いですよ。何か研究するわけでも無く、単にレシピ通りにポーションを調合して販売している人達の間では、神の血は青色だと言われてしまっているくらいですから」

 

 ンフィーレアのその言葉に、クレマンティーヌは納得したように首を縦に振った。

 

「ふぅん、なるほどねぇ。

 ありがと、色々といい話が聞けたよ。それじゃあ今度もよろしくねー」

「はい、今後ともお願いしますね」

 

 クレマンティーヌは、扉を開けると薬屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「神の血、ねぇ」

 

 ンフィーレアに聞いたクレマンティーヌは、街を歩きながら考えていた。

 

 彼女がアインズから貰ったポーションは、間違いなくその神の血のポーションだった。

 彼女がスレイン法国にいた頃にその赤いポーションを見たことがあったので、珍しくはあるがありふれたものだと思っていたがどうやら違うらしい。

 

 ―――そうなると、アインズさんは六大神とか八欲王、十三英雄の人達と同じような存在ってことになるかな。

 

 彼女のその考えが正しければ、アインズは英雄の領域の存在ということになる。

 

「私も井の中の蛙、世界は広いってことかー」

 

 間違えてアインズに襲い掛かってしまったあの時、彼女は一瞬で殺された。ギアを纏い、武技による強化を全力でかけていたにもかかわらず、その一撃は届かなかった。

 そのことが、自身は英雄の領域に到達していると自負していた彼女にとって、とても衝撃的なことだった。

 

「英雄の領域はまだまだ遠い、かなー」

 

 彼女は気だるげにそう呟くと、エ・ランテルに無数にある宿屋の一つ、冒険者組合が紹介してくれる宿の中で最も安い宿屋へと足を運ぶ。

 本来、ミスリルプレートであるクレマンティーヌはこのような安宿に泊まったりしないのだが、金貨155枚もの買い物をしたために財布の中身が気になりこのような安宿に泊まることにしたのだ。

 

 安宿と言っても、組合に紹介されるような宿はそう悪いところではない。少なくとも、女性一人で泊まっても何も事件が起こらない程度にはいい場所だ。

 ……クレマンティーヌが、昔はわざとそんな場所に宿泊して、襲ってきた人間を拷問にかけて遊んでいたという事実はない。ないのだ。

 

 宿に入ると、そこには昼間にも関わらず酒を飲んでいるようなごろつきが何人もいた。

 彼女がローブの内側にプレートを持っているためか、そんな男たちが彼女に下卑た視線を向けてくるが当然無視する。

 

 そんな連中はどうでもいい。絡まれたら相手に手を出させて反撃で殺せばいいだけのこと。この世界でも"基本的には"正当防衛が成立するから、大きな問題にはならない。

 

「やっほー、おっひさー」

「あん、何でオリハルコンのあんたがこんなとこにいんだよ」

「今はミスリルだよ-、ご主人。プレートを素材にしちゃって罰則くらったんだよ。

 で、一人部屋開いてる」

「プレートを素材にしたって、あんた何があった。

 ……まあいい、一泊3銅貨だ。前みたいに前払いな」

「はいはーい」

 

 宿の主人に金を払い、部屋へ。

 どうやら主人との会話を男達は聞いていたらしく、クレマンティーヌに絡んでくる様子は無かった。

 

 部屋に入ると、扉の前にトラップを仕掛けておく。まずないとは思うが、万が一があるためだ。

 

 そして、そこで彼女はスティレットを取り出した。

 彼女がこんなにも早い時間に宿を取ったのは、このスティレットに細工を施すためだ。

 

 アルヴヘイム・オンラインの魔法を除き、彼女が使用できる数少ない魔法の一つ『魔法蓄積』、それをこのスティレットにかけるのだ。

 

 ―――さて、それじゃあ始めますか。

 

 彼女は、詠唱を始めた。



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もしクレマンティーヌが気が付いたら

 前回のクレマンティーヌが行った金貨のジャグリングに関して誰もツッコミをしない……ツッコミ待ちだったのに。差し替える文(もう消しました)まで用意してたのに……

 それにしても、書き始めた当初は巻こうとしてたのに、全然巻けてない。予定では今回の話でエ・ランテルを出発していたはずなのに……

 もう少し文量増やしましょうかね。


-追記-

こんなことを言うと台なしですが、魔法蓄積をかけることができるのは伏線です


 クレマンティーヌが、カルネ村から戻ってきた次の日の夕方。

 クレマンティーヌが、宿の部屋で法国から脱走する際に盗んできた見たことが無い金貨に魔法蓄積をかけていると、下から叫び声が聞こえてきた。

 

 

「おっきゃああああああああああ!!!」

 

 ―――猿か。

 

 クレマンティーヌは、思わず心の中でつっこみを入れた。

 

 安宿の部屋で過ごしていると、こんなことがよくある。安宿は防音がされていないために、一階の酒場の喧騒が聞こえてくる。

 

「ちょうど切りもいいしー、見てくるかな」

 

 声からして、下記ほどの声は女性の声。

 女性があんな猿のような声を上げる状況に、彼女は興味があったのだ。

 

 荷物を全て片付け、部屋を出て酒場へと向かう。

 階段を降りて酒場に出ると、そこには赤毛の女性が黒いフルプレートの人物に怒鳴り散らしているのが見えた。

 

 

「―――くに節約を重ね、必死になって貯めた金で今日、今日!! 買ったばかりのポーションを壊したのよ? 危険な冒険もあのポーションがあれば助かると信じていた私の心を砕いた上にその態度? マジで切れたわ」

 

 血走った眼で鎧の男を睨みつける女性、声からして先ほどの叫び声の主は彼女だろう。

 近くに転がっているチンピラ男の様子と先ほどの女性の言葉からして、鎧の男が絡まれたのを一蹴した巻き添えを食らったといったところだろうか。

 

「……それならあの男に請求したらどうだ。あの男が短い脚を必死に伸ばさなければこんなことにはならなかった。なあ、そうだろ?」

 

 男のその発言に、男たちは言葉を濁す。

 まあ当然だろう。あんな飲んだくれているような連中では、ポーションを買えるだけの金なんてないだろうし。

 

 鎧の男は、ポーションの請求などそいつらにしろというが、女性がそのことを告げたため叶わなかった。

 

「あんたさぁ、ご立派な鎧を着ているんだから、治癒のポーションくらい持っているんでしょ?」

 

 完全にではないが、女性の主張はほとんど言いがかりに近い物だ。クレマンティーヌには、そう感じられた。

 彼女が告げたポーションの代金は、金貨一枚と銀貨十枚。値段からしてそのポーションは、エ・ランテルではかなり有名なバレアレの物ではなく、その辺の薬師から購入したものだと想像できる。

 鎧の男の鎧は、明らかに高級品だ。彼女は、金持ちであると想像できる彼ならもっといいものを持っていると考え、こんなことをしているのだろう。

 

 クレマンティーヌはそう考えつつ、視線を彼女から鎧の男の傍にいる銅のプレートを持つ女性に移す。

 彼女が注目しているのは、その女性の方だった。正直、赤毛の女性のことなどどうでも良かった。

 

 その女性は、明らかに怒気、否、濃密な殺気を放っていた。彼女の立っている場所からして、おそらく鎧の男の仲間だろう。

 その殺気はイビルアイ以上、少なくとも銅ではなくオリハルコン以上の冒険者が放つようなものだ。

 

 クレマンティーヌはそっと手の中にスティレットを出現させる。万が一のために装備程度はしておくべきだと感じられたからだ。

 

「持っているが……ポーションは回復の物で間違いないな?」

「そうよ、私がこつこつ……」

「その話はもう結構だ。こちらもポーションを出す。物々交換ということで終わりにしよう」

 

 その彼女の様子に気が付いたのか、男は強引に話を終わらせようとする。

 男は女性に対してポーションを渡す旨を告げると、懐からポーションを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――クレマンティーヌは気が付いた。

 

 

 

 

「―――待った待った。ポーションなら私が出すよ」

 

 クレマンティーヌはわざわざ流水加速を使用してまで二人の間に割って入り、男の手を押しとどめた。

 

「……何よあんた」

 

 突然現れた彼女に、女性は鋭い目を向ける。

 

「私? 私はクレマンティーヌ。ミスリルの冒険者をしているわ」

 

 彼女の言葉に、周囲がざわめく。

 ミスリルというのは、冒険者の中でも上位の存在とされている。冒険者の最高位であるアダマンタイト級の冒険者の依頼に同行することもあるほどだ。

 

「私はその人に大きな借りがあるから、少しでも借りを返そうと思ってね」

 

 クレマンティーヌはそう告げると、懐からポーションを取り出し女性の手に乗せる。

 

「はい、バレアレさんとこ製のポーション。これなら文句ないでしょ」

 

 その言葉に、女性は絶句する。

 薬師バレアレのポーションは、他の薬屋のポーションよりも遙かに高額であり、他のポーションよりも10%も効果の高い代物だ。鉄の冒険者でしかない彼女では、手にすることすら叶わないと言っても過言ではない。

 

「え、ええ。構わないわ」

「ならいいわね」

 

 彼女の返事を確認すると、クレマンティーヌは鎧の男の手を引き酒場から宿へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

「……なぜわかったのか、聞かせてもらえるか」

 

 アインズは、宿の二人部屋でクレマンティーヌに問いかけていた。

 彼は脅迫的な言動こそしていないが、万が一のことを考えて、部屋に唯一ある窓の近くにはアインズが椅子を置いて座り、扉の横にはナーベラルが座っている。クレマンティーヌは部屋の端にあるベッドの上に腰かけさせていた。

 日本においては、これは監禁扱いされかねない状況だ。

 

「あー、うん。そんなに警戒する必要はないよ、ちゃんと正直に話すから。

 細かい理由はいくつかあるけど、大きな理由は三つかな」

 

 二人、特にナーベラルからの強い警戒心を感じたためか、彼女はアインズにスティレットを渡したため丸腰だ。それを強調するかの如く、クレマンティーヌは手を軽く振りつつそう言った。

 

「まず一つ目は、アインズさんの背丈」

「背丈、か?」

「そ、人間の中でそこまで大柄な人は多くないからねー」

 

 言われてみればそうかもしれない、そうアインズは感じた。

 おそらく、これは精神安定化のせいだろう。彼は自身がスケルトン化していることに違和感を覚えないことに気を取られていたが、身長が大きく変わったことにも本来は違和感を覚えるべきなのだ。

 

「二つ目は、その装備かな」

「……まあ、それは予想していた」

「じゃあ説明はいいね」

 

 装備、これは理由の一つであろうとは想像できていた。

 王国最強の戦士であるガゼフが身に付けていた装備は、いくら本来のものではないとは弱すぎた。今彼が身につけている鎧の方が頑丈であるほどだ。

 その事から考えて、今アインズが身に付けている鎧はこの世界ではかなり貴重な物となってしまうのだろう。

 

「そして三つ目」

 

 急に、クレマンティーヌの声色が真剣味を帯びる。

 その様子に何かを感じたのか、クレマンティーヌの背後で扉の近くにいたナーベラルが剣を手にした。

 

「これが一番の理由になるのだけど、アインズさんの持っているポーションが原因だわ」

「ポーション、か?」

「ええ、アインズさんの持つ赤いポーション。それが私が気がついた原因」

 

 そう言うと、クレマンティーヌは懐を漁り始める。

 その様子に何らかの害意を感じたのか、ナーベラルは剣を鞘から静かに抜き始めた。

 ナーベラルのその動きを見たアインズは、彼女に剣を仕舞うよう『伝言』の魔法で伝えると、クレマンティーヌが懐から何かを取り出すのを待つ。

 少し時間がたち、ナーベラルが剣を仕舞い壁に立てかけた直後に、クレマンティーヌは懐から青い液体を出した。

 

「これが世間一般のポーションよ。青い色をしていて、経年劣化するわ」

「経年劣化する? ポーションがか?」

「それが普通なの。保存の為の魔法を必要としないポーションは、神の血の色をしたポーションとまで言われていて、おとぎ話にしか存在しないものとされている。

 これが理由ね。そんな伝説の物品を持つ様な人間、いえ存在が、短期間に複数出現するなんて考えにくいもの。

 

 同じ背丈で、あり得ないくらい豪華な鎧を身を纏い、顔をさらすことを避けていて、赤いポーションを持つ存在。そんなの、アインズさん以外考えられないわよ」

 

 クレマンティーヌのその言葉に、アインズは内心で安堵の溜め息をこぼした。

 

 彼女が『冒険者モモンがアインズ・ウール・ゴウンである』と判断した理由は、今後彼の正体が発覚する理由になりにくいと判断できるものだったからだ。

 単純な話、赤いポーションを人前で取り出さなければ、冒険者モモンとアインズ・ウール・ゴウンの関係性は無くなる。冒険者として出世できれば、装備に関する問題も何も無くなるだろう。

 

 今回は、本当に不幸な偶然が重なったために発生したことだ。むしろ、こんなにも早期にポーションの事に気が付けたことは幸いだったと言える。

 

「そうか、礼を言う」

「礼なんていらないよ。アインズさんには、本来であればこんなことでは済まされないことをしたんだから」

「……そう言ってもらえると助かるな」

 

 彼女の背後でナーベラルが凄まじい形相をしているが、彼はそれを努めて無視する。

 ナーベラルには後で色々と話をする必要がありそうだ。

 

 彼と彼女の間に、僅かに静かな間が生まれる。

 

 おそらく、彼女はナーベラルの視線に気が付いているために反応に困っているのだろう。

 

「そ、そう言えば、アインズさんはどうして冒険者なんてしているの?」

 

 沈黙を破るためか、少し慌てつつクレマンティーヌがそう切り出す。

 アインズもこの空気はいいものではないと感じていたため、その話に乗ることにした。

 

「ああ、金銭面などのいくつかの雑多な理由もあるが、大きな目的は私のような異形の存在が人間社会になじめるようにするためだ。

 基本的にアンデッドは生者を憎む。しかし、そうでないものもいる。私のようにな。そして、私という存在がいることは私の様に生者を憎まないアンデッドが存在することの証明になる。ただ見つかっただけで殺されてしまうようなことがなくなる。

 アンデッドだけではない。王国においては純粋な人間以外はある程度差別されている。それが意識的なことであれ、無意識的なことであれな。私は、その原因がわからないこと、人間ではないために理解されないことにあると考えている。

 王国は、ある程度ではあるが冒険者が力を持ちやすい環境にある。私が異形種でありながらも最高位冒険者としての権威を持てば、私たちに対する偏見も減るだろうからな」

 

 もちろん、アインズの言葉はほとんど嘘である。

 彼は、確かに異形種全体ではなくナザリックのためではあるが異形種に対する偏見の改善は可能であればしたいとは考えている。しかし、いくら冒険者として偉くなったところで偏見の改善などできないのは明らかだ。その程度で社会を変えられるほど、世界は甘くない。そんなことは地球の歴史が証明している。

 しかし、社会に詳しくない心の優しいアンデッドが思い描く青い理想としては悪くないものだろう。

 

 クレマンティーヌの方を見れば、彼女の背後でナーベラルが目を袖で拭っているのが見えた。

 

 ―――お前が真に受けてどうする。

 

「うーん、まあ確かにアンデッドが皆生者を憎んでいるという認識が一般的なのは確かだよ。それを変えるために冒険者の頂点を目指すというのも、大きく間違いではないと思う。

 けれど、この国は貴族が大きく権力を握っているし、アダマンタイト級の冒険者になったところで偏見を無くすことは難しい。ひどく困難な道になると思うよ。それでも目指す?」

「ああ。困難だからとその道を諦めれば、どこにも進めないからな。

 それに、今の私は冒険者だ。たとえ先が見えなくとも、冒険してみるのが冒険者というものだろう」

 

 先程とは異なり、これは本心だ。

 かつて、アインズ・ウール・ゴウンが事実上彼一人となった時、ギルドの維持に心が折れかけたことは何度もあった。

 こんなことをしても無駄ではないだろうか、誰も来ないこんな場所を維持する必要なんてないのではないだろうか。何度もそう考え、何度もその考えを捨てた。

 

 困難だからと、アインズ・ウール・ゴウンを捨てられるのか、みんなの居場所をなくせるのか。

 

 ―――そんなことはあり得ない。

 

 その思いを抱き続けて来た彼にとって、困難だからとあきらめることは何よりも避けるべき行為ともいえた。

 

「そっか、冒険者が冒険することを忘れたらただのチンピラみたいなものだものね。冒険することは確かに大切だわ」

 

 彼のその言葉にクレマンティーヌは何かを感じたのか、彼女はまるで子供の様な笑みを浮かべる。

 

「なら、協力させてもらえないかしら」

 

 そして少し考え込んだ後、彼女はアインズにそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル外周部の墓地の地下、そこに一人の老人のような人物の姿があった。

 彼の名は、カジット・デイル・バダンテール。秘密結社ズーラーノーンの幹部の一人だ。

 彼の周りには多くの死体が横たえられており、軽く数えただけでその数は万に近い数がある。間違いなく、周囲におかれている死体の数はエ・ランテルの墓地に埋葬されている死体の数を超えていた。

 

 ―――まあ、運んできた俺が言えた言葉でもないか。

 

 その様子を眺めていた男は、胸の内でそう呟く。

 彼は、この地下の空間にいる中で数少ないズーラーノーンに所属していない存在だった。

 

『死体操作』(アニメイト・デッド)

 

 あたりに存在する死体の一つが起き上がり、ゆったりとした動きで部屋の端に並ぶアンデッドの集団の一つに分け入ってゆく。

 これで彼が、いや彼とその仲間たちが運び込んだ死体の半数近くがアンデッドとなったことになる。

 

「私が手を出してはいけないとはわかっているが、そうしたいほどに儀式の結果が気になるな」

 

 その光景に、彼は少しばかり興奮していた。

 かつて一つの都市を滅ぼした魔法儀式『死の螺旋』、それが今成されようとしているのだから当たり前かもしれない。

 

 彼がその光景を喜々として眺めていると、視界にこの地下へと入ってくるスキンヘッドの男の姿が入った。

 男は少し周りを見回した後、地下の中心部にいる老人のような男と少し話をし、その後彼の方へと歩いて来る。

 

「おう、ご苦労だったな。見てるだけなんてつまらなかっただろ」

「そうでもないぞ、この儀式には元々少し興味があったからな。何一つ退屈しなかったと言えば嘘になるが、見ていて何も面白いことがなかったわけではなかった」

「そうか、ならいいさ」

 

 男は、彼の隣に座り込むと腕にある大きな傷跡を撫でた。

 彼はその様子を見て、昔にあったある戦いのことを思い出した。

 

「まだ、傷は痛むのか」

「いいや、今のは癖だな。あの日から奴のことを忘れないための、思い起こすための癖みたいなもんだ」

 

 男はそう言って、顔を苦々し気にゆがめる。

 彼には男の心がよく理解できた。理解できるがゆえに、今の彼はここにいるからだ。

 

 あの日、彼は仲間の内の二人を奴に殺された。

 彼は、強い仲間意識を持っていたわけではない。ただそれでも、彼らは仲間だったのだ。一時とはいえ、背中を預けた存在だったのだ。

 彼にとって、死んだ二人はわずかとはいえ思い入れのある存在だった。故に、彼らを殺したある人物に少しばかり憎悪を抱いていた。

 

 彼の目の前にいる男も、いくら外道に手を染めたとはいえ人の子、彼の想いに近いものを抱いていてもおかしくはなかった。

 

「今回は、あの時とは違う。俺達だけじゃなくズーラーノーンの力も借りれる。表立ってはいないが、スレイン法国の風花聖典の力も借りれた。武器も意志もあの時よりも強くなった」

「ああ、確かにそうだな」

 

「―――だから、必ずあいつは殺す。この腕で、必ず奴の脳髄を血の海に沈めてやる」

 

 男は、そう言って拳を握りしめた。

 

 




 最後のふたりが誰だか解ったら、多分クレマンティーヌが大変なことをしでかしているのがわかると思います。


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もしクレマンティーヌがぐっすり寝ていたら

 祝日講義を何故休講にしないのか。
 とりあえず投稿です。今回こそ街を出るはずだったのに……
 この話を書き始める前のサブタイは『もしクレマンティーヌが薬草集めを始めたら』でした。


 その夜、アインズは宿屋で一人考え込んでいた。

 ナーベラルは、此処にはいない。彼女はナザリックに戻り、ポーションを全て無限の背負い袋などから出し、代わりに回復魔法が込められた巻物や魔封じの水晶などを持ってきている。

 彼女には御身を一人にするわけにはいかない、などと言われたが一人で考える時間がほしいと言って一人で行かせた。

 

「さて、どうするべきかなぁ」

 

 一人なためか、かつて人であった頃の口調がこぼれる。

 彼が今考えていたのは、クレマンティーヌに持ち掛けられた話についてだった。

 

『あなたがリーダーとして、私とパーティーを組んでほしい』

 

 彼女が協力の一環として挙げたのは、大まかに言えばそんな話だ。

 銅のプレートでしかないアインズ達が良い依頼を受けるためには、言い方は悪いがミスリルのプレートのクレマンティーヌに寄生したほうが効率がいいのは明らかではある。周りの人間のいくらかは寄生しているアインズの事を馬鹿にするかもしれないが、彼がリーダーをしているならばそんなことを言うのはそう多くはないだろう。

 はっきり言って、いくらかのデメリットはあるもののアインズに対して多くの恩恵がある提案と言えた。

 

 しかし、彼はその案を受ける気はなかった。

 

「問題は、ナザリックのことを知られるかもしれないことだよなぁ」

 

 アインズは呟く。

 現地の人間の中で、彼女やカルネ村の人間などに対しては比較的好感を抱かれるように動いていた。彼女のその誘いも、その行動が生み出した結果の一つだろう。

 しかし、それを生かすことはできない。現地の人間に対してナザリックの存在が露呈することは、まだ情報が不十分な現状においては非常に危険だからだ。

 

 

 そう考えていたその時、急に辺りの空間がガラスの様に割れ、次いで外から爆発音が響いた。何者かが爆発に巻き込まれたのか、外からは大きな悲鳴が聞こえる。

 空間の裂け目はほどなくして無くなったが、外の喧騒は収まることは無かった。

 

「今のは監視魔法か? そうなると、この姿でもある程度の監視魔法対策が行えるようにしていたのは正解だったか」

 

 いつものように『魔法効果範囲拡大・爆裂』(ワイデンマジック・エクスプロージョン)は装備の関係上難しかったが、『三重魔法最強(トリプレットマキシマイズ)効果範囲拡大化・龍雷(ワイデンマジック・ドラゴンライトニング)』なら上手くすればできたので監視魔法に対するカウンターとして攻勢防壁に組み込んでいた。先程発生した空間の異常と外の爆発音からして、おそらくそれが発動したのだろう。

 

「攻勢防壁が発動したということは、この宿屋にいる人物に対して何らかの監視魔法が使用されたってことか」

 

 脱いでいた鎧を身に纏い、窓から外の様子を眺める。

 少し遠く、同じエ・ランテルの市民区画にある別の宿から火の手が上がっている様子が、彼の視界に映った。

 

「タイミングからして、おそらく監視をしていたのはあそこにいるだれかだろ。どうするかな」

 

 そう言いつつ、彼は虚空より一つの鏡を取り出す。

 鏡の名前は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)、遠く離れた場所を映し出す魔法道具だ。

 彼は鏡を机の上に置くと、先ほどの爆発現場を映し出すように操作する。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)は比較的情報欺瞞系魔法に関する対策に乏しいものの、扱いやすく見やすさに優れた道具だ。本来であれば、相手が行使しているであろう情報系魔法に対するカウンター要素への対策を講じる必要があるが、今回の場合は相手が簡単にこちらの攻勢防壁にかかったことから考えて、そのような対策をとる必要がないと考えアインズは使用していた。

 

 アインズが鏡を操作すると、鏡にはあわただしく動く魔法詠唱者たちの集団があった。

 その中には、何人か火傷をしたような様子の魔法詠唱者の姿が見られる。おそらく、それらは『龍雷』によって発生した雷による怪我だろう。

 

 彼らの怪我と装備から、彼らの多くが電撃系魔法に対する耐性を大きく向上させる魔法『電気属性防御』(プロテクションエナジー・エレクトリシティ)を使えると想像できる。

 この世界の魔法の価値観においては、ユグドラシルでは低位の魔法と言える『電気属性防御』は高位の魔法として扱われているので、この魔法を使える彼らは相当に強い存在であると言えるだろう。

 

「……なんだか既視感を感じる」

 

 最近、こんな高位の魔法を使える集団に会わなかっただろうか。具体的に言うと4、5日前にカルネ村で。

 

「いや、六色聖典って機密部隊なんだろ。そんな集団にこんな頻繁に出くわすなんてことはないだろ……ないよな?」

 

 少し見ていると、いきなり彼らが上空を見上げ始めた。

 何かあったのだろうかと、その様子が気になったアインズは鏡を操作し、彼らの視線の先を映し出す様に視点を移動させる。

 そこには、一面の夜空を照らし出す巨大な桃色の魔法陣の姿があった。

 

「ん? 何だこれ。ユグドラシルでは見たことがないけど……」

 

 しばらくすると、魔法陣から大量の矢が降り注ぎ始める。

 数千にも及ぶその矢の軍勢は、その下にいた魔法詠唱者たちを貫いていった。

 

「もしかして、この宿屋の誰かの攻勢防壁か。すごいな、魔法の矢の亜種か何かかわからないけれど、位階上昇に最強化、効果範囲拡大までかけられてそうだ」

 

 降り注ぐ矢は10秒ほど経つとその勢いをなくし、さらに数秒で完全に矢は降り注がなくなる。

 

 あの矢に狙われた魔法詠唱者のほとんどは、その身を矢に貫かれ息絶えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『偽善者……この世界には、あなたのような偽善者が多すぎる』

 

 目の前で歌い始める少女、彼女はその少女の言葉に口を閉ざすことしかできなかった。

 次いで少女が口にした、だからそんな世界は切り刻んであげましょうというその歌が、シンフォギアの奏でる歌、心の底からの想いだとわかったからだ。

 

 いや、きっとそれだけではない。彼女の心の中には、自身の行動が偽善であるかもしれないという疑念があったのだ。趣味の人助けが、かつて彼女の先輩が言った様に所詮は前向きな自殺でしかないのではないかと、あの日天羽 奏の犠牲によってライブ会場で救われた自分の贖罪でしかないのかもしれないかという疑念が。

 

『何をしている立花!!』

 

 自身の先輩の言葉に彼女は意識を戻す。

 しかし、心は曇ったままだった。

 

 

 ―――そこで、クレマンティーヌは目を覚ました。

 

「……偽善者、か」

 

 少なくとも、今の私は完全に偽善者よね。

 彼女はそう呟き、顔を自嘲気味に歪めた。

 

 クレマンティーヌにとって、自身の持つ善性は彼女らによってもたらされたものの一部、自身の心からの発露ではなく彼女たちの心からの発露だったからだ。これを偽善と言わずになんだというのか、まさしく文字通りの偽りの善に他ならない。

 

「ま、私だって好きで偽善者なんてしてないけどね」

 

 ―――本当に?

 

 自身の言葉に反するように心に浮かんだその問いかけ、それを胸の内に飲み込む。

 本当にそうだ。そうに違いない。そうでないわけがない。そうでなくては……

 

「そうでないなら、それは私じゃない。私は、生まれながらの異能(タ レ ン ト)の傀儡なんかじゃないんだから」

 

 生まれながらの異能(タ レ ン ト)の感情に動かされて行動しているのなら、それは傀儡と何が違うだろうか。

 クレマンティーヌは寝間着から着替えながら、その疑いを頭から振り払った。

 

 

 

 

 

「おっはよー。えっと、モモンさんとナーベさん」

「黙りなさい、下等生物(クソムシ)。昨日はモモン様のお言葉もあり黙っていたのだけれど、いい加減言わせてもらうわ。そろそろ身の程をわきまえて発言するということを学んではどうなのかしら。その舌を引き抜かれた―――むきゅ!?」

「ああ、おはようクレマンティーヌ……朝から仲間がすまないな」

 

 朝、彼女が宿屋の酒場で朝食を食べていると、アインズとナーベが姿を現す。

 彼女が挨拶をすると、何故か彼女はナーベから毒舌を返されることとなった。

 クレマンティーヌは、昨日は彼女が一切喋らなかったことを不思議に思っていたが、彼女のその言葉から理由を知り少し納得した。こんなにも毒舌だから、彼は彼女に話させなかったのだろう。

 それを裏付けるかのように、アインズは彼女の脳天に軽くチョップを叩きつけていた。彼は魔法詠唱者とはいえ、並の戦士をはるかに上回る身体能力を兼ね備えた存在だ。最低でも、私の全力の拳を一切呻き声をあげることなく涼しげな様子で受け止めることができる程の身体能力を持っている。軽い一撃でもかなり痛いだろう。

 

「いいよ、別に気にしていないし。むしろ彼女がどんな人なのか気になっていたから、知ることができてよかったよ」

「そうか、そう思ってもらえると助かる」

 

 生まれながらの異能(タ レ ン ト)のせいで朝からあんな記憶を見たためか、アインズさんの様子が妙にまぶしく思える。彼を見ると、どうしても自分が薄汚れているようにしか思えてならな―――

 

「……どうかしたのか? 顔色が悪そうだが」

 

 クレマンティーヌは、アインズの言葉に意識を戻した。

 

 ―――今、確実に彼女たちの感情に引きずられていた。

 

 薄汚れているなど今更だろう。かつて、他者を傷つけることを楽しみにしていたのだ。なぜそんなことを今更気にする。

 どうやら久しぶりに生まれながらの異能(タ レ ン ト)が仕事をしたためか、随分と自分が不安定になっていると彼女は感じていた。

 それは顔にも出ているようで、彼女はアインズに心配をかけてしまっている。

 

「顔色が悪い? あー、ちょと夢見が悪かったからかなぁ。今日は嫌な夢を見たから、少し調子が悪いの」

「夢見が悪かった、か。なら、あまり無理はしない方がいい」

「そうするわー。なめた発言だけど、戦士は精神状態に大きく左右されるし」

 

 彼女はそう告げると、この話題に触れて欲しくないことを表すかのように、テーブルにあったコップに口をつける。

 クレマンティーヌの雰囲気から彼女がこの話題に触れてほしくないと気が付いたのか、アインズはこの話題を切り上げ別のことを聞いてきた。

 

「ところで、昨夜にあった騒ぎのことを知ってるか」

「……騒ぎ? 何かあったの?」

「知らないのか。

 私は夜更かしすることが多くてな、昨夜も考え事があって起きていたんだが、夜中にどこかの宿で魔法を使用した人間がいたらしく爆発音が聞こえたんだ。

 私が見たところ、使用された魔法は最強化と広範囲化が施された雷系魔法と最強化と広範囲化、それに何らかの強化が施された魔法の矢の亜種の魔法だ。かなり大きな音だったが、気が付かなかったのか」

 

 彼のその言葉に、彼女は昨夜の自分の行動を思い返す。

 彼女は、アインズとの会話の後部屋に戻ると、一階の酒場の様子から万が一があると考えて部屋に対衝撃や防音、対監視機能などの各種機能を備えた結界を築くと、さっさとベッドで寝てしまったのだ。

 当然、彼女が張った結界は防音機能を備えているため、外の音は全く聞こえない。彼女はぐっすりと眠っていた。

 

「マジックアイテムで防音の結界を張っていたから、全然気が付かなかったよー。そんな大変なことがあったの」

 

 ふと、そこまで彼女は口にしてからアインズがとんでもない発言を二つしていたことに気がついた。

 まず一つ目。アインズは、イビルアイのような例外的存在しか知らないであろう『魔法の最強化』のことと、伝説でしか語られていない『効果範囲拡大』のことを知っていたのだ。

 いや、これはまだいい。彼ほどの存在であれば、知っているどころか習得していてもおかしくはない。

 問題は二つ目。クレマンティーヌは、『最強化、効果範囲拡大が施された魔法の矢の亜種のような魔法』というものに心当たりがあったのだ。

 

 クレマンティーヌはそっと右手の指輪に目を向ける。

 右手の指輪の宝石は、明らかに昨夜よりも黒さが増していた。

 

 ―――嫌な予感がする。

 

 そういえば、昨夜寝る直前に張った結界は、対監視機能としてどのような機能が組み込まれていただろうか。

 ALOの魔法と組み合わせて結界を展開していたならいいが、そうでないならもしかするかもしれない。

 

「とりあえず、今日は私はまともに動けそうにないし、その現場を見てくるよ」

「そうか、なら私たちはそろそろ失礼しよう。

 ああそうだ。パーティーの件だが、少し考えさせてもらえるか。私は、あまりにも世間知らずだからな。もう少し考えてから答えたい」

「りょ-かい。別に急いでないから、答えるのはいつでもいいよ」

「わかった、感謝する」

「も、モモン様!? あのような下等生物(フナムシ)に感謝の言葉など―――むきゅ!?」

 

 アインズ達はクレマンティーヌに背を向けると、宿屋から出てゆく。

 酒場には、クレマンティーヌ一人が残された。

 

「……魔法の矢の亜種って多分あれのことよねぇ」

 

 そして、クレマンティーヌも手にしたお茶を飲み干すとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「こっちに人がいる、誰か手を貸してくれ!!」

「宿の名簿が見つかったぞ!! 救助者との照合を頼む!!」

「信仰系魔法詠唱者で回復が使える奴らは、怪我人の回復をしろ!! 教会からの許可は出ている!! 暇な戦士は怪我人をそいつらのところまで運ぶんだ!!」

 

 ―――大・惨・事、とか前までの私なら言いそうね

 

 あまりの有様に、クレマンティーヌは昔のころの性根が復活しかけていた。

 

 彼女は今、宿泊していた宿からそれなりに離れた場所にある例の宿屋、昨夜魔法により火災が起きたあの宿屋にいる。

 彼女が目にしている光景はまるで、というより実際にそうなのだが、大火災の後の様に凄惨に見えた。

 

 一晩明けたためか、救助活動を行っている人達は騒がしくしているものの、治療をしている人の様子からしてもう殆どの宿泊客が救助されていることが解る。

 既に組合や領主からの調査員も派遣されており、名簿との照らし合わせが終わり、問題がなければ調査に入るのだろう。

 

 クレマンティーヌはしばらく救助に協力した後、調査に入った調査員達を見つつ考えをまとめていた。

 

 まず、建物の様子からしてアインズが彼女に告げたように、大規模な雷系魔法と大規模な魔法の矢のような魔法が発動されたことは間違いなさそうだった。瓦礫のいくつかには銃弾で撃ち抜かれたかのような穴が開き、木材の多くが炎系の魔法とは違った焦げ方をしていたからだ。

 そして恐らく、その二つの犯人は自分とアインズの2人だと彼女は確信していた。矢の魔法は間違いなくクレマンティーヌ自身の物であるし、もしそれが発動していたのであればこの被害は監視魔法に対するカウンターであると考えられたからだ。あの宿で監視魔法に対する攻勢防壁を備えていそうな存在がアインズしかいなかったとは言わないが、あの規模の魔法を行使できるであろう存在がアインズしかおらず、アインズ程の魔法詠唱者が監視魔法に対する攻勢防壁を発動していないわけがないので、状況証拠から考えて彼の仕業だと判断できる。

 しかし、そんなことはクレマンティーヌにとってどうでもいいことだった。

 

 彼女にとって問題となるのは、何故この宿がこのような魔法を受けることとなったのか‥‥ではない。

 

 なぜ攻勢防壁が働く事態になったのか、それが問題だった。

 

 攻勢防壁が働くということは、クレマンティーヌ達が宿泊していた宿屋に何者かが監視魔法を使用してきたということになる。監視魔法が使用されるということは、この宿屋からあの宿屋にいる誰かを監視しようとしていたということに他ならない。

 あの宿屋には、冒険者組合から紹介された駆け出しの冒険者が宿泊することが多い。その為、昨夜あの宿屋にいた人間の中で監視されるような人間はそう多くない。

 

「いや、違うわね。私かアインズさんしかいない、と言い切るべきかしら」

 

 アインズはあの強さで、しかも何らかの訳あり的な存在だ。単純に強さという意味で監視しようと考える存在は少なくはないだろうし、彼が隠している何らかの事情からという線もあるだろう。もしかすれば、昨夜の酒場での騒ぎが原因の可能性もなくはない。

 クレマンティーヌも同じだ。強くて訳あり、監視される理由は十分にある。

 

「とりあえずアインズさんが監視されていたとしても私には理由が想像できないし、私が監視されていたと仮定して考えましょう」

 

 もしクレマンティーヌが監視されていた場合、いろいろな場所に喧嘩を売ってきたため、監視していたであろう存在はいくつも考えられる。

 まず一つ目、リ・エスティーゼ王国貴族派の存在。以前彼女はとある貴族を暗殺したことがあったため、この線は十分にある。いくら他の都市に比べ貴族の権力が及びにくいエ・ランテルと言えど、及びにくいだけで及ばないわけではないのだ。圧力をかけて高位の魔法詠唱者を都市内に潜り込ませる程度、造作もないだろう。

 二つ目は、王国の裏組織の連中。貴族派とのつながりも深く、以前彼らの商売を邪魔したこともあって理由としても十分だ。正規の物ではないとはいえ、ここもかなりの権力を持っており手段も十分に備えている。

 三つ目、邪教徒。特に可能性が高いのは、その中でもズーラーノーンだろうか。以前王都の墓地の地下にあった拠点を破壊したことがあったので、こちらを敵視している可能性が高い。

 四つ目は、ラナー王女。可能性はかなり低いが、クレマンティーヌはクライムと仲がいいのでありえなくはない。ただ、彼女ならクレマンティーヌが攻勢防壁を使っていると読んでくるだろうから、使える人員の少ない彼女はこんな無駄使いはしないだろう。

 五つ目、スレイン法国。つい数日前に陽光聖典を追い返したので、此処の可能性は十分にある。風花辺りであれば、この街に忍び込んでいても不思議ではない。

 あと可能性があるのは、漆黒聖典時に買った恨みとかだろうか。

 

「可能性が高いのは、やっぱり風花聖典かな」

 

 監視魔法を使用できる魔法詠唱者を用意してきていることから考えて、おそらくスレイン法国が犯人だろう。

 

「なら、少し攪乱しようか」

 

 彼女は、宿屋をあとにすると冒険者組合の方へと歩きだした。




 薬草のやの字もでない。
 もっとさっさと話を進めるべきですね……


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もしクレマンティーヌが敵を欺こうとしたら

 とりあえず、本格的な戦闘前の導入話かつ次の章への伏線回。ペースが遅いので、かなり巻いています。


 宿屋から離れて数時間後、クレマンティーヌはエ・ランテルから西に進んだ場所にある都市、エ・ベスペルへとその歩みを向けていた。

 

 歩み、と言っても本当に歩いているわけではない。

 およそ普通の人間には追いつけない速度、全力で馬を飛ばしてぎりぎり追いつけない程度の速度で走っていた。

 勿論、いくら回避系の戦士であるためにスタミナを豊富に持っている彼女でも、そんな速度で走っていては身体がもたない。ソウルジェムを使用して、身体操作と回復の魔法により身体の疲れを取り除いている。

 

 遭遇したゴブリンやオークなどのモンスターは、加速する武技『流水加速』を行いつつ手にしたスティレットで武技やソードスキルなどを使いミンチに変え、耳などの討伐証明となる部位を回収する。

 

 走り続けたためか、クレマンティーヌはその日の夜にエ・ベスペルに到着。入口である門を通り都市に入る。彼女は、都市に入る際に誰も後ろから着いてきていないことを確認すると、都市に入った直後に路地裏に入って姿を隠し、都市の内側から都市の周りにある城壁を越えてエ・ベスペルを脱出する。

 彼女はその後、東へ走りトブの大森林へと身を隠した。

 

 

「これでいいかな。とりあえず、風花聖典以外なら十分に時間を稼げるでしょ」

 

 クレマンティーヌは、ここからトブの大森林内を通りエ・ランテルに戻った後、情報を集めて監視してきた相手に対処するつもりだった。

 彼女は7食分の非常食、29本ものポーション、寝袋やテントなどの野宿に使用する道具、彼女の手元には少なくとも数日は野宿することが可能な道具がそろっていた。森を抜けるには十分と言える。

 さらに言えば、この道なき道は彼女がかつて漆黒聖典だった頃に通ったことがある道だった。故に、遭難する可能性はかなり低い。

 

 帰り道では森の中を通ることもあり、モンスターや野生動物に見つからないように気配を殺しつつ慎重に進む。

 行きの道でモンスターを惨殺してきたのは、『クレマンティーヌは移動の際にモンスターに遭遇した場合、そのモンスターを惨殺して進む』という印象を与えるためだ。帰り道で一切モンスターを殺さなければ、彼女がこの道を通っていないと認識させることができる……かもしれないし、肉食生物やモンスターが多い森の中で生物を殺すと、血の匂いにそれらがやってくるかもしれない。戦闘をすれば目立つので、それを避けることは必要だった。

 

 蒼の薔薇の暗殺者姉妹の様に影潜みや闇渡りのような忍術を使えれば便利なのだが、そんなことはできないので単にあまり音をたてないように少しだけ()()()()()進む。

 

 クレマンティーヌの持つ能力の一つに、オンラインゲーム『アルヴヘイム・オンライン』のユウキというプレイヤーキャラクターの能力がある。

 このユウキの能力という物が問題で、ユウキのプレイヤーである紺野木綿季本人の記憶を継承しつつも、彼女の能力ではなく彼女のアバターの能力を継承しているのだ。

 こんなことが起きている原因は、彼女が人生の多くをゲームの中で過ごしていたこと、彼女の死ぬ寸前の意識がアルヴヘイム・オンラインの中にあったことのどちらかが原因だと、クレマンティーヌは考えている。

 

 ユウキの能力、というよりもアルヴヘイム・オンラインの全アバターの能力である飛行能力で、今のクレマンティーヌは空を飛んでいた。

 全力で走るよりも遅くはあるが、今の彼女は一般的な魔法詠唱者が使用する『飛行』の魔法よりも早く移動することができる。

 普通に走るよりも体力を消耗するが、足を痛めたりする心配が一切ないのでこの能力を彼女は重宝していた。

 

 木々の間をくぐり、枝葉をかわして先に飛ぶ。

 大樹の周りをぐるりと回り、風を全身に感じながらエ・ランテルの方へと飛んで行く。

 

 三時間ほど飛んで、地平線から太陽が頭を覗かせたとき、彼女はようやく一息ついた。

 

「ふう、これくらい離れればいいかなー」

 

 クレマンティーヌは、右手を動かすと目の前にテントと寝袋を出現させる。

 いくら魔法少女と呼ばれていても、実際は少女ではないクレマンティーヌは若さを活かした徹夜など負担でしかない。若かりし頃のように、48時間耐久拷問などできはしないのだ。

 

 彼女はテントに籠もると、寝袋の中で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌが眠っている丁度その頃、ナーベラルは焚き火の側で剣をブンブンしていた。

 彼女の主であるアイ―――モモンは、そんな彼女をじっと見つめている。

 二人と同行していた漆黒の剣という冒険者集団と依頼人の少年は、警戒役として一組の男女を残して眠っているようだった。

 

 

 彼女とモモンが、ギガントバシリスクの様な強大なモンスターの討伐ではなく、薬草採取の様な役不足な仕事をしているのには理由がある。

 ―――単純にお金が無いのだ。

 

 彼女の主であるモモンは、彼女に心配をかけまいとして黙っているようだったが、彼女には解っていた。

  至高の御方に何度も注意されるような彼女ではあるが、注意されたそれらの言動は彼女の忠誠心の発露であって、単にナーベラル・ガンマという存在が愚か者であるというわけではない。少なくとも、彼女の主の慈悲深さを理解できる程度にはそうだった。

 

 あの後、茶髪の女性と別れたナーベラルとモモンは、その足で冒険者組合へと向かった。

 昨日とは異なり組合は静かで、依頼の貼られたコルクボードには昨日ほどの活気は無かった。

 

「やはりそうか」

 

 彼女の隣から、至高の御方の御言葉が聞こえる。

 おそらく、彼女の主はこの活気の無い理由を把握していたのだろう。いったい、どのような情報からどうやってそんな推察をしたというのか。彼女にはその考えに行き着いた経緯が、全く想像できなかった。

 

 ―――いえ、想像できると考えたこと自体が不敬なのかもしれないわね。

 

 ナーベラルはそう考え、つい死にそうな気分になった。

 彼女の上司にして、至高の四十一人が一人タブラ・スマラグディナに賢くあれと創造された存在であるアルベドが、その思考をもって読みきれないと口にするのが彼女の主だ。無意識的とはいえ、彼女の想像の範囲内にしか至高の御方の神算鬼謀が存在しないとしていたことは、間違いなく不敬だと言えた。

 

 そんな事を考える彼女をよそに、モモンはコルクボードに足を進める。

 彼はコルクボードに貼られていた依頼票を無造作に一つ手に取ると、組合の受付嬢にそれを渡した。

 しかし、不敬にもその受付嬢は彼女の主が銅のプレート持ちであるためにその依頼は受けられない、などと口にした。

 ナザリックであれば、場合によっては死罪にすらあたる罪だ。そう考えたナーベラルは、腰に吊した剣に手をかける。

 しかし、彼女の主はそれを手で制すると、優しげに受付嬢に自らと彼女の強さを提示し、それでもなお受けられないのかと尋ねた。

 至高の御方の慈悲、本来であればその言葉にむせび泣き心よりの感謝を告げるべきところではあるが、所詮宙を舞うハエにすら劣るような下等生物風情にはその寛大さが理解できなかったのだろう。少し申し訳なさそうにしつつも、実力があったとしてもその依頼を受けさせることはできないと、その言葉を断った。

 

 ―――なんという不敬なクソムシだろうか、いや、もはや蟲という存在に例えることすらおこがましい。ゴミだ。

 

 ただ、流石のゴミでも至高の御方のお言葉を全く理解できないわけでもなかったようで、代わりに銅のプレートの受けられる仕事の中で最も難しいものを持ってきてくれ、という彼女の主のその言葉には快く応えていた。

 

 そんな時、ナーベラル達は横から声をかけられる。

 声をかけてきた集団の名は『漆黒の剣』、(シルバー)の冒険者グループだった。

 

 彼ら曰く、自分たちの護衛依頼を手伝ってほしいとのこと。どうやら宿屋の火災の方に多くの冒険者が行ってしまったために、自分たちの仕事を手伝ってくれる冒険者を探していたらしい。

 彼女の主はその行為が冒険者組合の規約に違反していないことを確認すると、彼らと行動を共にすることを決めたのか、詳しい話を聞くために組合の一室を借りた。

 

 小部屋の一つに移動した後、ナーベラルはその一室で自身の主が彼らと話しているのを聞き、彼らの言葉から少しでも情報を聞き出すために彼らの一語一句に集中していた。

 そんな中、彼女は下等生物たちの発言の中から気になるものを聞いた。

 

 『魔法適正』と『あらゆるマジックアイテムが使用可能』という二つの生まれながらの異能(タ レ ン ト)だ。

 かつてナザリック地下大墳墓が世に覇を成していた世界には存在しなかった能力、生まれながらの異能(タ レ ン ト)。彼女は生まれながらの異能(タ レ ン ト)とはそこまで出鱈目な物なのかと感心しつつ、主に警告する。

 

 しかし、その心配は無用だったようで、わかっていると返されてしまった。

 

 おまけに、今回の依頼においてその『あらゆるマジックアイテムを使用可能』という力を持つ少年を護衛すると言われ部屋にその少年が入ってきたときには、咄嗟に剣を構えてしまったために、彼女は主から今日3発目のお叱りを受ける羽目になる。

 

 今回引き受けた依頼の内容は、薬草採取の護衛を行う彼らに協力し依頼人と守り抜くことだった。

 

 彼女にとって下等生物(クソムシ)たちと行動を共にすることは、ゴミ箱を漁るような嫌悪感を抱く行為であったが至高の御方の命令は絶対である。

 至高の御方と行動を共にする喜ばしさと下等生物(カメムシ)達と行動を共にする嫌悪感に挟まれながら、彼女はエ・ランテルを出た。

 

 彼等の目的地は、彼女の主が以前訪れたことのある村であるカルネ村。依頼者の少年は、カルネ村近辺で薬草採取を行うついでにその村に薬を売りに行くつもりのようだ。

 彼らは、エ・ランテルから北東に位置するカルネ村へ東に進んだ後に北上する形で進んでいた。カルネ村へと続く道は、彼女達が通る道と北上したのちに東へと進む道の二種類が存在する。今回通っている道は、どちらかと言えばモンスターの出現頻度が少なくもう一方の道に比べ安全かつ迅速に進める道だった。

 

 ナーベラルは、同行している冒険者グループである漆黒の剣の内の一人の下等生物(ヤブカ)が騒ぐ羽音に耐えつつ、黙々と歩く。

 

 念のため道中ではモンスターの出現を警戒していたものの、陽が暮れるまでにゴブリンが二、三匹現れただけに終わる。

 そのゴブリン達も、ナーベラルのストレス発散の為の生贄になったため、道中は全く問題なく進むことができた。

 

 陽が暮れると、当然ながら普通の人間であれば野営を行う必要がある。

 彼女は主を焚き火の前で休ませると、全速力でテントを設営し始める。例え布でできたボロ屋であっても、至高の御方が休息を取る場所として相応しいものを作ろうと努力することは、彼女にとってはとても当たり前のことだった。

 

 テントを設営し終わると、今度は飲食の準備が待っている。

 とは言え、彼女もその主も飲食を必要としないので作る必要は無い。漆黒の剣にいた女性が作るというので、ナーベラルがすることは料理にポーションや対アンデッド系の何かが料理に入れられていないかを観察することだけであった。

 

 主と共に、宗教上の理由により下等生物風情とは共に食事が取れないと伝えると、下等生物(ユスリカ)達に食事中の様子を見せること無く食事の時間を終える。

 夕食の後に、彼女の主は漆黒の剣達と寝ずの番について話し合うと、下等生物たちには最も酷である時間帯、深夜から早朝にかけて番をすることを決めてきた。彼女達には睡眠などの休息行為は、肉体的には必要ない。本来最も辛い時間を引き受けることによって、人間性の良さを彼らにアピールしているのだろう。ナーベラルは主の考えに感心するばかりだった。

 

 そして、番をする時間が回ってきた二人は、警戒をしたまま寝てしまったらしい漆黒の剣の二人組に布団代わりの布をかけると、周囲から近付いてくる者がいないか警戒を始めるのであった。

 

 

 

 

 右に左にブンブンと、ぎこちなさを滲ませながらナーベラルは剣を振る。

 それは、朝の空気に剣が風を薙ぐ音が鳴り、彼女の容姿の美しさもありどこか神聖な空気さえ漂っていた。

 

 右中段から左への薙ぎ払い、腕を大きく振り上げ振り下ろす。返すように剣を切り上げ、その動きから流れるように突きを放つ。だが、彼女の突きに力が入り過ぎているのか、はたまた足腰の力や重心がうまくとれていなかったのか、少しだけナーベラルの体制が崩れた。

 彼女は、その動きをごまかすために一歩踏み込み再び剣を振り下ろす。しかし、無理をしたためにその動きにはさらにぎこちなさが生じていた。

 

 さて、彼女がこんな早朝に剣をブンブンしているのには理由がある。

 彼女の主が、ファイターの職業レベルを持つナーベラルがどれほどの剣技を備えているのかを見たいと言ったためだ。

 

 至高の御身である彼に命じられることは、ナザリックのNPCである彼女にとって最高に光栄なことである。たとえ、本来であればその動きが披露するに値しない無様な物であっても。

 

 真剣な顔で、ナーベラルは剣を振る。少しでも優雅に、僅かでも美しく、欠片でも至高の御方にお見せするに値する剣舞を振るうために、いつもであれば気にもしないような身体の節々にまで意識を向けて剣を振る。

 

「もういいぞナーベ。ご苦労だった」

 

 彼女は主の声に従い、手に持った剣を鞘に納める。

 彼女の主は僅かにではあるが満足そうにしており、彼女はその様子に安堵の息をこぼした。

 

 彼女としては非常に満足できないもどかしさを感じさせる剣技であったが、満足するに値するものだったのだろう。

 

「この世界の戦士職の人間との比較には十分になった。戦士長やクレマンティーヌの剣技は、この世界では随分と高い物の様であるからな。漆黒の剣のような一般的なクラスの剣技と、レベル1の戦士職であるお前の剣技を比較しておきたかったのだ」

 

 彼はそう告げると、背中に背負っていた巨大な剣を降ろし、彼女が先ほどまで持っていた剣と同じものを虚空より取り出して振り始める。

 その剣技は先のナーベラルの剣技よりもはるかに鋭さがなく、力任せな印象を見る者に与える物であったが、魔法詠唱者のものとは思えないほどの物であった。

 さらに、少しずつ剣を振ることに慣れてきているためか、だんだんと剣の鋭さが増している。

 

 

 

 彼は、漆黒の剣の一員が起き始めるまで剣を振り続けた。




ナーベ「一語一句、聞き逃しません (`・ω・´) 」

 なお、名前はガン無視している模様。


 そろそろ本格的な戦闘回です。勘のいい方は、もう敵が誰かわかりますよね。


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もしクレマンティーヌが遭遇してしまったら

 ムリゲー始まります。
 カースドナイトのスキル強すぎ。


 心地よい風が吹く中、クレマンティーヌは目を覚ます。

 辺りは彼女が眠った時と変わらず、静かな自然あふれる景色のままだった。

 

「ふぁー、よく寝たー」

 

 テントから外に出た彼女は、腕を突き上げて大きく背筋を伸ばして体をほぐす。

 少ししてある程度眠気が飛ぶと、彼女はテントと寝袋を片づけてゆく。

 そんな彼女を照らす太陽は、中天近くまで登りお昼が近いことを告げていた。

 

「んー、寝すぎたかなー」

 

 予定ではもう何時間か前に起きている予定だったので、少し寝すぎたと彼女は口からこぼした。

 彼女は、元々万が一のためにすぐに出発できるようにしていたこともあり、手早く身支度を整えることができた。

 

「こんな時間だしー、街に入るのはもしかしたら今日でなくなるかもしれないなー」

 

 背中から黒い半透明の翼が出現する。

 その翼を大きく羽ばたかせると、クレマンティーヌは木々の間を舞い始めた。

 

 

 

 当事者たちは、この遭遇は偶然の産物であると言うかもしれない。

 しかし、この瞬間の遭遇はきっと偶然ではなかった。

 もし、クレマンティーヌが攪乱をしようと考えなければ、とある集団が彼女に監視魔法を使わなければ、彼らが法国から王国に侵入しなければ、彼らが侵入するためにその道を使わなければ、盗賊がその近くに拠点を築かなければ、冒険者がそこにいなければ、IFをいくつ言っても足りないほど、偶然過ぎるがゆえに必然を疑うほど、その出会いはあまりに多くの偶然の上に成り立ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 あれから約7時間後、クレマンティーヌは夜の大森林の中をひっそりと進んでいた。

 そんな時、彼女の視界の端で大きく光が発光する。その光が灯った方向に彼女が目を凝らすと、彼女のよく知る存在がそこにいた。

 

 クレマンティーヌが彼のことに気が付くのと、彼がクレマンティーヌのことに気が付くのはほとんど同時だった。

 さらに、相手が自分のことに気が付いたと直感した瞬間も、奇しくも同時だった。

 

「―――クレマンティーヌだ!!」

 

 ―――武技、『流水加速』

 ―――『疾風走破』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 

 気がついた彼、漆黒聖典の隊長は気が緩んでいた他の隊員に声を張り上げ警戒を促す。

 クレマンティーヌは、隊員達が警戒を始めるよりも早く、翼を消しながら数多の武技を自身の身体に重ね掛けし特攻する。

 

 クレマンティーヌが普通に正面から戦えば、数で劣る彼女に勝機は薄い。無いとまでは言わないが、かなりの無理な戦いであることは確かだった。

 故に、彼女の戦い方はたった一つ。全力で突撃し、攪乱し、常に多対一となることを避け続けること。

 

 ―――武技、『穿撃』

 

 左手に持つスティレットを赤い光で輝かせながら、クレマンティーヌはこちらに背を見せていた第二席次へと突貫し突きを放った。

 彼女に背後を向けていた第二席次は、得意の時間干渉系魔法を放つ間もなく心臓を貫かれる。

 

 ―――開放、『スリング・ストーン』

 

 そして、クレマンティーヌが魔法蓄積により武器に込められた魔法を解き放つと、体内に岩石が生じ内側から引き裂かれるような形で第二席次は息絶えた。

 

 さらに、クレマンティーヌは隊長に向けて左手のスティレットを投げつけると、自身の腰に下げていた袋を腰からむしり取り袋の底を持って振る。

 

 ―――開放、『アビス・ディメンション』

 

 その動きに不自然な物を感じた隊長は彼女の動きを止めようとするが、クレマンティーヌが放ったスティレットから解き放たれた闇の奔流に足を止められてしまう。

 他の隊員の中では、第十席次の"人類最強"の異名を持つ彼だけは反応できたが対応に動くにはあまりに遅く、他の隊員達は直前にあったこともあり、急な状況の変化に対応するどころか反応すらできなかった。

 

 クレマンティーヌは、大地を全力で踏みしめると跳躍する。その跳躍は、武技による強化がふんだんに行われていたために10m近いものとなる。

 

 ―――開放、『アビス・ディメンション』

 

 そして、クレマンティーヌによりばらまかれた金貨―――ユグドラシル新金貨から、魔法蓄積により込められた闇の光が解き放たれ、漆黒聖典達がいた場所は漆黒の闇に被われた。

 

「漆黒だけにってねー」

 

 軽口を叩く。

 漆黒聖典が漆黒に被われるというその光景に、つい寒い言葉がこぼれてしまった。

 

 彼女の奇襲は、完全に成功していた。

 彼女は眼下の光景を見て、これで神人である人間以外は確実に仕留められたと確信していた。

 その瞬間に、全てを完璧にこなせたと信じていた。

 

 しかし、普通であれば最高の対応であったクレマンティーヌのその動きは、今この瞬間は完全に失敗だった。

 

 

 

 

 アビス・ディメンションは、近くにいたとある存在すら巻き込んでしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――今のはぁ、痒かったですよぉ

 

 

 

 

 

 

 背後から聞こえたその声に、クレマンティーヌの全身が凍りつく。

 咄嗟に声の発せられた背後へと振り返ろうとした彼女は、視界の端に自身の身体へと突き進む槍の姿を納めた。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『知覚強化』

 ―――『即応反射』

 ―――『要塞』

 ―――『可能性知覚』

 ―――『回避』

 ―――『超回避』

 

 武技の同時使用可能数を上昇させる『限界突破』という武技を発動させ、それを除いた10の武技を並列して稼働させる。

 それらを全て使い、迫る槍の動きを読み、回避のために身体をひねり、全力で対処する。

 その御陰か、心臓へと迫っていた槍は彼女の脇腹をかすめるだけで済んだ。

 しかし、掠めただけでしかないはずの槍は、それだけで『要塞』を突き破り彼女の脇腹を抉り取る。

 

「―――っ!!」

 

 身体に激痛が走るが、どうにかして無視。痛覚に干渉する武技はあるが、これ以上の武技の同時使用はできないため、それを使うことはできない。

 彼女の目の前にいる化け物から貰った一撃は、彼女に軽いではすまない傷を与えていた。

 

「あはははは!! 随分上手く避けるみたいねぇ!!」

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 さらに一撃、次は薙ぎ払い。

 クレマンティーヌは、地に足が着いていない状態でこの動きを避けることは困難を極めると判断し、槍の軌跡にスティレットを合わせ不落要塞で受ける構えをとる。

 同時に万が一不落要塞で受けきれなかった場合を想定し、背中に半透明の翼をはやして背後に、地面へと後ろ向きに飛行する。

 本来、不落要塞で受けきれない動きなど(番外席次の一撃を除いて)存在しないため、そのような動きをする必要はない。しかし、このときのクレマンティーヌは反射的にこのような行動をしていた。

 

 そして、その動きは彼女に味方する。

 

「嘘でしょっ!?」

 

 槍は、不落要塞がかけられていたはずのスティレットをほんの一瞬で圧し折ったのだ。

 ほんの一瞬だけスティレットが耐えたためにクレマンティーヌは槍を避けられたが、もし下がっていなければ打撃で肉体を両断されるというおかしな事態が起きていただろう。

 

 クレマンティーヌが地面に降り立つと、彼女から少し離れたところにその化け物も降り立つ。

 化け物は白い翼の生えた赤い鎧と、SF映画の研究室にでも出てきそうな見た目をした刺々しい槍を持っている。

 目の色やその人間離れした肌からして、おそらく吸血鬼かそれに類するもの。少なくとも、人間ではなかった。

 

「なんなの……あんた」

 

 クレマンティーヌには漆黒聖典などもはや意識にない。彼女は、目の前の怪物だけに意識を集中する。

 

「何者か……と聞かれても、何と答えればいいか困るでありんす。ああ、もしかしてあの男の様に名前を聞いているのでありんすか」

「……わかりきったことを」

 

 わかりきったことを、などと言ったが、彼女は何か回答を期待していたわけではない。単に少し時間が稼ぎたかっただけだ。

 痛みを抑えるかのように脇腹を抑え、傷口を相手には見えないようにしつつ回復魔法をかける。彼女は、この傷を少しでも治す時間がほしかった。

 

「それは申し訳ありんせん。わたしは、コキュートスと違って本来このような場で名乗ったりしないでありんすから、うまく言葉の意味が読めんした。

 私の名前はシャルティア・ブラッドフォールン。少しは楽しませてもらいたいものでありんす」

 

 まるで貴族の子女たちの様に、小さく礼をする化け物、いや、シャルティア。

 クレマンティーヌはその様子を見つつ、脇腹の傷の様子がおかしいことに焦りを感じていた。

 

 (傷が……治らない!?)

 

 魔法少女であれば、程度の差こそあれ確実に覚えているであろう回復魔法。彼女の場合『鹿目まどか』の願いが他者を助けるものであったためか、戦闘中に使用できる程度には効力のある回復魔法を持っていた。

 脇腹が抉れるだけであれば、『鹿目まどか』の友人の様に即座にとまではいかなくとも、少しの時間で回復できるほどの物だ。

 しかし、彼女の魔法は何故か傷を癒してはくれなかった。

 

「おや、もしかして今のうちに傷を癒そうとしているでありんすか。油断も隙もあったものではありんせんね。

 でも、残念ながらそれは無駄な行為でありんす」

 

 シャルティアは槍の穂先を少し下げると、クレマンティーヌのことを哀れな者を見るような眼で見つめた。

 

「私の務める職業(クラス)の一つ、カースドナイトのスキルにより、私の攻撃によって負った傷は一定以上の位階の回復魔法でなければ回復できないでありんす。いくら回復魔法を使おうと、回復は無理でありんすえ」

特殊技能(スキル)? そんな鬼畜な性能の特殊技能(スキル)なんて、漆黒聖典にいたころでも聞いたことないわよ」

 

 そういえば、と今更ながら周りに漆黒聖典がいることを思い出す。

 シャルティアから目を離さないよう辺りの物音に耳をすますが、シャルティアが発するもの以外を聞き取ることができなかった。

 『知覚強化』により強化された感覚でも聞こえないということは、おそらくもう逃げたのだろう。おそろしい手際の良さだ。

 

「鬼畜……いいほめ言葉でありんす。私を創造したペロロンチーノ様もきっとお喜びになりんす」

 

 ペロロンチーノ。クレマンティーヌには聞いたことがない名前だった。吸血鬼であろう彼女を創造したということは、そのペロロンチーノとやらはおそらく吸血鬼だろう。

 

「……井の中の蛙、まさしくそうだったみたいだわ」

 

 アインズ・ウール・ゴウン、シャルティア、ペロロンチーノ、人類最強を自負していた彼女ではあるが、最近は自分の弱さを自覚してばかりだった。

 

「では、そろそろいいでありんすか」

 

 シャルティアが下げていた穂先を上げる。

 クレマンティーヌは、折れたスティレットを右手で構えると、腰にさしていた鉄の剣を左手に取った。

 

「では、蹂躙を開始するでありんす」

 

 クレマンティーヌの目の前でシャルティアがそう告げると、彼女の視界からその鎧姿が消えた。

 

「っ!? 『流水加速』!!」

 

 ―――武技、『知覚強化』

 ―――『可能性知覚』

 

 反射的に『流水加速』を行使し、加速した世界の中で知覚強化と可能性知覚という二つの武技を行使する。

 知覚強化は、文字通り感覚を強化する武技。そして、可能性知覚は第六感を強化する武技だ。

 三つの武技を同時使用しているためか、クレマンティーヌは何とかシャルティアが動く影を捉えることに成功する。もっとも、あくまでクレマンティーヌが捉えたのはシャルティアの影、残像だ。本体は、速すぎてその場所にいることしかわからない。さらに言えば、流水加速や可能性知覚は身体に対する負担が大きい武技、長時間使えば筋肉や脳に大きな負担をかける。こちらは回復魔法で修復できるが、できればそんなことはしたくない。

 

 シャルティアの姿が、加速した世界でなお高速で迫ってくるのがわかる。クレマンティーヌには、速すぎて彼女の動きそのものを捉えることは叶わない。

 しかし、だからと言って彼女には殺される気は全くなかった。

 

 シャルティアの動きが、急に捉えられるようになる。

 彼女は、いつの間にかクレマンティーヌの背後に回っており、右手の槍を引き絞っていた。

 

 ―――武技、『剛撃』

 ―――『回避』

 ―――『超回避』

 

 攻撃の威力を増す武技をかけ、右足の爪先で地面を叩く。

 クレマンティーヌの身体は、左足を中心におよそ90°だけ円運動を行いシャルティアの槍を回避した。

 

 次いで、槍による薙ぎ払い。

 避け方が良くなかったのか、薙ぎ払いは背後から迫ることとなる。

 

 ―――武技、『疾風走破』

 ―――『重心稼働』

 

 クレマンティーヌは武技の力で、シャルティアの槍が振るわれる前に二歩だけだが前に進むことができた。

 たった二歩、しかしされど二歩。

 その二歩で、クレマンティーヌの身体はシャルティアの槍の間合いから逃れた。

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 無理な姿勢で歩みを進めたために崩れた体勢を、武技を使い立て直す。

 そうしてシャルティアの方を向いたときにはもう、シャルティアの槍が彼女の心臓へと進んできていた。

 

 

 千日手、周りから見ればそう見えただろう。

 シャルティアが槍を振るい、クレマンティーヌがそれを回避する。

 シャルティアの槍はクレマンティーヌを捉えきれず、クレマンティーヌは避けることはできても攻撃には移れない。この言葉だけ見れば、正にそうだ。

 

 しかし、現実は大きく異なる。

 シャルティアはただ槍を振るっているだけ、つまり遊んでいるだけに過ぎないが、クレマンティーヌは回避するだけでいくつも武技を使い体力と精神力を削られているのだ。

 そう、この奇跡の戦いは、シャルティアが遊んでいるために起こっているに過ぎない。ふとした気まぐれでシャルティアが本気を出せば、その均衡は簡単に崩れる。

 そして、クレマンティーヌにとって不幸なことに、シャルティアには弱者をいたぶる趣味はあっても、弱者と戯れる趣味はなかった。

 

「―――そろそろ、あきたでありんす」

 

 しばらく槍を振るった後、シャルティアはクレマンティーヌと距離をとってそう呟いた。

 激しい乱舞から解放され、クレマンティーヌは息を荒くする。シャルティアの攻撃を回避するためには呼吸すら邪魔であったため、まともに呼吸をしていなかったのだ。

 

「あきた……ね」

 

 クレマンティーヌにとって、それは辛い言葉だった。

 彼女が必死に回避していた攻撃が、シャルティアにとって全くもって本気では無かったと言うことに他ならないからだ。

 

「弱者と遊ぶのは嫌いではありんせんが好きなことではありんせんし、ただ槍を振るだけなんてつまらないでありんすから」

 

 そう言うと、シャルティアは左手に白銀に輝く光の槍を出現させる。

 槍は、アンデッドである筈の彼女が持つ物としてはあり得ないほどに、神聖な空気を強く放っていた。

 

「見たことない魔法ね、それともそれも特殊技能(スキル)かなにかかな」

「正解でありんす。これの名は、聖浄投擲槍と言いんす。その名の通り、神聖属性の攻撃でありんすえ」

 

 そういうと、シャルティアの手元にあったはずの槍がひとりでに動き出し、クレマンティーヌへと飛来してきた。

 

 投擲もせずに槍が飛んできたことには驚いたが、その槍、聖浄投擲槍はそれほど速くはなく―――もちろん、それは先ほどのシャルティアの攻撃と比較しての話だ―――クレマンティーヌにも十分に避けられるものだった。

 クレマンティーヌは、落ち着いてその槍を回避する。新しく武技を使用しなくとも、今使用している流水加速と回避、超回避の三つで十分に回避できるもののためだ。

 

 もっとも、そんなわけはなかったが。

 

 回避した直後、槍が進路を僅かに変え、すでに抉られていた脇腹をさらに抉る。

 

「――――――――っ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げる。

 

「あははははっ!! やっぱりこうでなくちゃ。あなたたちの様な人間どもは、そうやって悲鳴を上げている方がそれらしいわ!!」

 

 シャルティアの笑い声が夜の闇に響く。クレマンティーヌは、そんなシャルティアに何も言うことはできなかった。何が起きたのかわからなかったから、いや、起きたことを信じたくはなかったからかもしれない。

 

「……まさか、ホーミング?」

「ええ、正解よ―――こほん、正解でありんす。この聖浄投擲槍には、MPを消費することで追尾機能を持たせることができんすから、先の様にかわそうとすることは無意味でありんすえ」

 

 シャルティアは、クレマンティーヌに背筋が震えそうなほどに綺麗な、残虐な笑顔で笑いかける。

 

「安心しておくんなし、聖浄投擲槍には一日に使える回数に制限がありんす。何度も使えるものではありんせん」

 

 その言葉に、クレマンティーヌに希望が湧いた。

 追尾機能があるとはいえ、聖浄投擲槍に回数制限があるなら耐えきればいい話。あと一度なら、無理をすれば耐えきれなくもない。そこから先はわからないが、少なくとも聖浄投擲槍はどうにかなる。

 

 その考えは、続けてシャルティアが告げた言葉に砕かれた。

 

「―――そう、あとたった3回だけでありんす」

 

 シャルティアの手に、輝く槍が現れた。




残スキル数
 聖浄投擲槍:3/5
 不浄障壁盾:2/2
 時間逆行 : 3/3
 エインヘリヤル:1/1
 眷属招来 : いっぱい

残マジックポイント:いっぱい
残ヒットポイント:まんたん


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もしクレマンティーヌが吸血鬼と戦ったら

「―――そう、あとたった3回だけでありんす」

 

 シャルティアの手の中に、白銀の槍が現れる。

 クレマンティーヌはその槍を見て、一瞬心が折れかけた。

 

 聖浄投擲槍自体は、それほど脅威ではない。いや脅威ではあるのだが、それしかないのであれば単に回復魔法で回復すればいいだけの話だ。

 問題は、シャルティアが告げていた『カースドナイトの特殊技術(スキル)』。回復を封じるそれがあるために、ただの強力な神聖属性の付与された追尾機能付きの槍が、一撃必殺で必中の槍に変貌する。

 

 折れたスティレットと、ただの鉄の剣では勝てない。彼女は右手で虚空を描き、周囲に五本の三日月刀(シミター)と一本の細長い剣を出現させた。

 

「なら、私も全力でやりましょう」

「全力でありんすか? なら精々その力を見せておくんなし!!」

 

 シャルティアの手から、聖浄投擲槍が放たれる。

 

 ―――武技、『脳力開放』

 ―――『流水加速』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 ―――『肉体向上』

 ―――『肉体超向上』

 

 ―――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 いくつもの武技を発動させるのと同時に、聖詠を唱えて周りにバリアフィールドを発生させる。

 バリアと槍は大きな音を立てて激突、僅かにバリアが嫌な音を立てたものの、何とか槍の一撃を耐え抜いた。

 

「へぇ……」

 

 シャルティアの顔が歪んだ笑みに変わる。

 クレマンティーヌは背筋が凍る思いをしつつもそれを無視し、四肢のパワージャッキを引き絞りシャルティアへと駆ける。

 

「見たことのない特殊技能(スキル)でありんすね、防御系の何かでありんすか」

「さあね、好きに考えなさい!!」

 

 右足のパワージャッキが起動し、炸裂音のような音を立てクレマンティーヌの身体を加速させる。シンフォギアの力と多くの武技の力により、彼女は一歩でシャルティアの前に移動した。

 そのまま勢いを殺さずに、右手で正拳突きを放つ。

 

 先ほどとは同一人物とは思えないその動きに、シャルティアは一瞬目を見開く。

 だが、それだけ。シャルティアは、まるで彼女だけが時間から外れたような動きで、その一撃を回避した。

 

「なるほど、身体強化の特殊技能(スキル)でありんしたか」

 

 シャルティアの手により、突き出した右腕がつかまれる。

 

 ―――武技、『剛撃』

 

 しかし、それはクレマンティーヌが望んだ展開だった。

 腕を掴ませることによって、逆に相手をその場から一瞬だけであるが拘束する。捕まえた腕をすぐさま放そうとすることは、なかなかできることではないからだ。

 その場で左足で地を蹴り、シャルティアの頭部へと蹴りを入れる。

 武技『剛撃』により強化された一撃、しかしそれはシャルティアの持つ槍に防がれた。

 

 ―――武技、『重心稼働』

 

 クレマンティーヌは左足のつま先に槍をひっかけ、捕まれている右腕の関節を身体操作の魔法で外す。その状態から武技を使用して左足と右腕を軸にコマのように回転し、シャルティアの背中にかかと落としのような形で一撃を入れる。さらに右足のパワージャッキを起動、炸裂音が鳴りシャルティアの背中に強い衝撃が走った。

 その一撃のあまりの強烈さにか、シャルティアの口から血がこぼれる。

 これで終わりではない。背中への一撃と同時に、シャルティアへと五本の鋭利な三日月刀(シミター)がひとりでに襲い掛かった。

 

 三日月刀には、舞踊(ダンス)という魔法付与がかかっている。これは使用者が触れていなくとも、剣を動かすことができるという魔法付与だ。

 クレマンティーヌには素の状態でこの剣を操ることは難しいが、武技『脳力開放』と『流水加速』を使用していればある程度は動かすことができる。

 

 体術はすべて囮、本命はこの三日月刀による一撃。

 両手は動かず、背後から鎧越しとはいえ肺を叩いたために魔法の詠唱はできない。この状態からであれば、確実に首を刈り取れる。

 

 クレマンティーヌの攻撃は、完全に思い通りに炸裂していた。

 

 

 もちろん、すべてがクレマンティーヌの思い通りになったからと言って、その攻撃がシャルティアに決まるわけではないが。

 

 

 急に全身に衝撃が走り、クレマンティーヌの身体がシャルティアから弾き飛ばされる。

 それに伴い三日月刀を操ることができなくなったため、シャルティアに届くことなく三日月刀は地に落ちた。

 

「な、どうして……」

「ふぅ、『生命力持続回復(リジェネレート)』。それなりに面白かったでありんすえ。人間らしく、なかなかに小細工の施された一撃でありんした」

 

 魔法により傷が治ったためか、シャルティアの口元から血が消える。

 

「でも、『不浄衝撃盾』を持つ私には効きんせんしたね」

「……『不浄衝撃盾』、また特殊技能(スキル)かしら」

「ええ、不浄衝撃盾は私の周りに衝撃波を発生させる特殊技能(スキル)でありんす。安心せんせ、これにも一日に2回という制限がありんすから、何度も使ったりはできんせん」

 

 クレマンティーヌは、苛立ちで唇を噛む。

 先の彼女の攻撃は、基本的に初見殺しのようなものだ。一度シャルティアに見られた以上、同じ一撃は基本的に通用しないと思っていい。

 後一度の不浄衝撃盾がある事を考えれば、単純に考えて彼女に致命傷を与える攻撃が二種類必要となる。

 

(ぎりぎり届くかな、弓と剣と歌で一回ずつ)

 

 浄化の力を持つ鹿目まどかの弓と、手数で押し切るユウキのオリジナルソードスキル、そしてシンフォギアによる絶唱。切り札は三つ。

 絶唱は予備にするとして、おそらくは残り二つを主力にすることになるだろう。リスクと威力を考えると、先に使うのはユウキのOSSだろうか。

 

 クレマンティーヌは、近くの地面から細長い剣を引き抜くと足元に突き刺した。

 

「なら、あと二回あなたを殺せるような攻撃をすればいいのね」

「あなたに、私を殺せるような手段があるとお思いでありんすか? 随分となめられたものでありんすね」

 

 シャルティアはそう言うと、左手に再び聖浄投擲槍を具現化する。

 

「そういうなら、精々その切り札を砕かれることを見せておくんなし!!」

 

 聖浄投擲槍が放たれる。

 

 ―――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 クレマンティーヌは、一旦シンフォギアを解きもう一度聖詠を唱えてバリアを展開する。

 しかし、聖浄投擲槍は先ほどとは異なり、シンフォギアのバリアを突破してクレマンティーヌの身体を襲った。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 クレマンティーヌはとっさに自身の胸元に不落要塞を使用する。

 聖浄投擲槍は不落要塞に止められ、その白銀の輝きを消した。

 

 そのことを確認することなく、クレマンティーヌは足元の剣を引き抜き駆ける。もしかすれば、投擲直後に隙がある可能性があると判断したためだ。

 もちろん、それはクレマンティーヌが少しだけ抱いた理想だ。現実にはそんなことは無い。

 クレマンティーヌは剣を天高く放ると、シャルティアに正拳突きを繰り出す。

 それは、シャルティアの右手にある槍に受け止められた。

 お返しとばかりに、今度はシャルティアの槍がクレマンティーヌの心臓を貫こうとする。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『回避』

 ―――『超回避』

 ―――『知覚強化』

 

 その一撃を、クレマンティーヌは武技により完全に見切り、半歩退きながら僅かに上体を動かすことで回避する。

 先とは異なり今度は武技とギアにより身体能力が向上したため、彼女の身体はより素早くより切れ良く動いていた。

 

 だが、それでも数多くの武技を使ってやっとのことだ。

 限界突破の副作用、それ以外にも多くの武技で肉体を酷使したことにより、体内の骨は筋肉により砕かれ、その筋肉は小さく嫌な音をたてて常に千切れる。

 それらを常に治癒し続けながら、クレマンティーヌは動き続けていた。

 

 シャルティアが槍を引くよりも速く、彼女の顔面めがけて拳を打ち込む。当たり前のようにそれは避けられるが、退くことなく再び拳を打ち込む。

 

 右、左、右と、間合いを詰めるように前に進みながら撃ち込み続ける。

 クレマンティーヌが常に狙うのは顔面。拳で可能な限り相手の視界を潰すことができ、相手が被弾覚悟で魔法を唱えようとしても口を塞げるためだ。

 

 嵐のような連撃、かのアダマンタイト級の冒険者でも凌ぐのは困難であろうその連撃を、シャルティアは不気味な笑みを浮かべながら回避する。

 

「その程度でありんすか、まだまだ手はありんしょう?」

「まだ、ねっ!! 簡単に、言って、くれる、じゃない」

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 ―――『剛撃』

 ―――『豪腕剛撃』

 

 一撃の威力を向上させる武技を同時に使用し、拳を放つ。

 その拳は、先ほどまでとは異なり鞭の様なしなりを見せていた。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 

 さらに、放たれた拳は瞬きする間よりも早く引き戻され、再び打ち出される。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 

 再び『即応反射』を使用し、しなるような一撃をもう一度。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 

 今度は正拳突き。先ほどまでの物よりもはるかに加速した一撃がシャルティアに降り注ぐ。

 左右の拳だけではない。正拳突きの直後にその動きを『即応反射』で止め、『疾風走破』により一歩だけ前進しつつ肘で打ち据えさせるような一撃を。

 時には脚力を強化するような武技を使い、蹴りを放つ。本来であれば、シャルティアの様な存在に蹴りなどはただ隙を晒すだけであるが、『即応反射』はその隙を大きく減らす。

 無数の武技を連続して使用し、それらを連携させるために武技『即応反射』を高速で繰り返す。

 

 アダマンタイト級冒険者集団『青の薔薇』に所属する戦士、ガガーランが切り札とする攻撃〈超級連続攻撃〉から発想を得たこの連撃。とりあえず名付けるなら―――

 

 ―――超級連続攻撃・改(仮)

 

 しかし、本来この即応反射を連続使用した隙の無い連撃は、限界を超えた数の武技による強化をしながら行うようなものではない。

 ただでさえ負担の大きい『即応反射』を乱用する上に、数多の武技を同時に使用、その行動によってもたらされる負荷は想像を絶する。この時、彼女が一撃を放つたびに身体の何処かの筋肉が千切れ、骨が折れ砕け、全身には気が狂いそうなほどの激痛が走っていた。

 クレマンティーヌは、痛みに耐えながらもそれを修復し続ける。

 

 それらの連撃を完全に回避することはシャルティアでも難しいのか、何度かに一度は手に持った槍で防いでいた。

 もっとも、シャルティアの表情には少し驚きがあっただけで、相変わらず余裕そうな笑みをしていたが。

 

 連撃が五十を越えたところで、クレマンティーヌの動きが大きく変わる。

 今まで基本的にシャルティアの視界を遮るように繰り出されていた一撃から一転、体勢を崩して下から飛び上がるような一撃を放つ。

 シャルティアがその一撃を回避すると、彼女の目の前にはがら空きとなったクレマンティーヌの胴体が映った。

 

「隙ありでありんすえ」

 

 シャルティアは、そこを槍で貫こうとする。

 空を飛ぶことのできない人間は、地に足が付かない状態で攻撃を回避することはできない。普通の人間であれば、間違いなくその一撃は胴体を貫いだろう。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『回避』

 ―――『超回避』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが。

 

 彼女の背中から半透明の翼が生え、前方―――シャルティアから見て上に羽ばたくことによって槍を回避する。

 同時に、上から飛来する細身の剣を手に取り、『即応反射』で体の向きを一転させ剣を構えた。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『戦気梱封』

 ―――『竜牙突き』

 

「―――『マザーズロザリオ』!!」

 

 クレマンティーヌが、手に持った剣を紫の光で輝かせる。

 同時に、武技『竜牙突き』発動させることで、『戦記梱封』とは別に剣に属性を付与した。

 

 それを視界の端に捉え、シャルティアは笑みを浮かべる。

 彼女の身に纏う鎧は、伝説級アイテム。その中でもかなり高位の物だ。どのような付与を行おうと、ただの剣では貫くことはできない。

 

 だが、クレマンティーヌはそれは予想していた。シャルティアの鎧を貫くことができないかもしれないと、その可能性を想定していた。それ故に、元々手に持っていた剣ではなく、細長い剣、かの『空間斬』の剣を取り出したのだ。

 

 『空間斬』、それは王都にはびこる裏組織の中でも一際戦闘に優れた一人の男の名だ。

 彼の持つ剣には一つ特徴がある。ウルミと呼ばれるその剣は、よく曲がりくねるのだ。彼の、そして今は彼女が持つその剣はそれをさらに極限まで、それこそ糸のような細さまで薄く鋭く削った物だった。

 

 クレマンティーヌには、シャルティアの鎧を破る気は全くなかった。ただ、鎧をすり抜けることだけを考えていたのだ。

 

 細く鋭いその剣は、シャルティアの鎧の隙間をくぐり彼女の身体を貫く。

 

「―――っつ!?」

 

 シャルティアの顔が驚愕に染まった。

 その間にも、ユウキのオリジナルソードスキルである『マザーズロザリオ』はシャルティアの身体を蹂躙する。

 

「ぅぅぅっ、『不浄衝撃盾』!!」

 

 竜牙突きとマザーズロザリオ、合計十三撃の連撃の内の七撃目、そこまで来てようやくシャルティアは不浄衝撃盾を発動し、クレマンティーヌを弾き飛ばした。

 

 クレマンティーヌは、そのまま衝撃に乗りより遠くに飛ばされると、翼で後方に羽ばたきながらその衣装を変える。

 彼女の姿は、ふわふわとしたピンク色のかわいらしい服装へと変貌していた。

 

 より天高く羽ばたきながら、彼女は手に弓を出現させて構える。

 

「クリスちゃんならこう言うかな」

 

 不浄衝撃盾でクレマンティーヌを吹き飛ばして油断しているシャルティアを眼下に、彼女は呟いた。

 

 ―――ぶっ飛べ

 

 クレマンティーヌの手から、浄化の力が込められた矢が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

「お見事、とでも言うべきでありんすか」

 

 矢により身体に大穴をあけたシャルティアが、目の前に降り立ったクレマンティーヌに告げる。

 彼女の姿は満身創痍とまではいかないものの、弓を片手の数いれば倒れ伏しそうなほど弱っていた。

 

「ありがとう。あなたほどの強者と正面から戦ったことは無かったから、そう言ってもらえたことは嬉しいわ」

 

 彼女はそう返す。

 その言葉を聞いて、シャルティアは顔に浮かんだ不気味な笑顔をさらに深くする。

 

 

 ―――嫌な予感がした。

 

 

「―――でも残念ながらあなたは、もうわらわに勝てないでありんす」

「……えっ」

 

 シャルティアの言葉に、そして何よりも目の前に起きたその光景に、クレマンティーヌは思わず言葉を漏らす。

 

 彼女の目の前で起きたことは、誰しもが驚愕で目を見開く光景だった。

 まるで時間が巻き戻るかのように、シャルティアからこぼれた血液が、肉が、そして傷そのものが、彼女の身体の元あった場所に戻ったのだ。

 

特殊技能(スキル)『時間逆行』、私の身体の時間を巻き戻すという力を持っているでありんす」

 

 瞬く間に、シャルティアの身体から大穴がなくなる。

 

「そんな、そんな馬鹿な特殊能力(スキル)があるっていうの!?」

 

 シャルティアは、傷一つないその身体を起こすとクレマンティーヌに笑顔で告げた。

 

「安心しておくんなし。これも一日の発動回数に制限がある特殊技能(スキル)でありんす。あと二回で今日はもう使えなくなりんすえ」

 

 あまりにも毒々しいシャルティアのその笑顔、そして絶対絶命のその状況にクレマンティーヌはわずかに足が竦む。

 

「あなたの切り札、剣と弓は十分に見せてもらんした。もう、不用意に距離をとったりはしんせん」

 

 シャルティアは、槍を構えた。

 

「では、今度こそ蹂躙を開始させてもらいんす。覚悟はよろしいでありんすか?」

 

 クレマンティーヌは、それに返す言葉を口に出すことはできなかった。




残スキル数
 聖浄投擲槍:1/5
 不浄障壁盾:0/2
 時間逆行 : 2/3
 エインヘリヤル:1/1
 眷属招来 : いっぱい

残マジックポイント:いっぱい
残ヒットポイント:かなりたくさん


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もしクレマンティーヌが希望を探したら

 クレマンティーヌは、無言で翼を羽ばたかせ後退。同時に手に弓を出現させ構える。

 彼女の弓には、ある程度の誘導能力が付いている。まともに弓を扱ったことのない彼女が、高速戦闘下であっても標的を精密に狙わずに狙撃を成功させることができるのは、それが原因だった。

 

 全力で後退する中、揺れる視界の中でシャルティアを標的に捉える。

 彼女とクレマンティーヌの間にある距離はおよそ700m。シャルティアが一度か二度見せた、あの時間から切り離されたかのような動きを考えなければ、矢が彼女に命中するであろう距離はある。たとえそんな動きをしてきても、それをしたことに気が付けるだけの距離だ。魔法少女としての変身を解けば、武器を持ち替えることなく剣を手にできるので応戦できる。

 

 クレマンティーヌはそう判断し、矢から手を離した。

 

 桃色に光る矢は、夜の草原を駆け抜けてシャルティアへと突き進む。

 

 シャルティアはそれを見て何事かを呟いた。

 すると彼女の姿は掻き消え、彼女がいた場所を矢が通過する。

 

 クレマンティーヌには、その現実を信じたくはなかったが、彼女が何をしたのかがすぐにわかった。シャルティアのことを、まるで特殊技能(スキル)の詰まった福袋のように何でもありだと感じていたからだ。

 

 ―――武技、『流水加速』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 ―――『知覚強化』

 ―――『可能性知覚』

 

 いくつも武技を発動させ、瞬時にすぐ近くにいたシャルティアの気配を捉える。

 シャルティアは、こちらに槍を振るってきていた。

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 構えた弓を動かし、槍の軌跡に合わせる。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 クレマンティーヌはその一撃を不落要塞の武技で受け止めるが、その一撃こそ受けきったものの不落要塞は突き破られ弓を弾かれる。

 しかし、流石に世界最強の魔法少女の武器は違うのか、スティレットのように破壊されることは無かった。

 

「誰よ、この名前考えたの!! 落とされまくってんじゃない。何が不落要塞よ!!」

「騒いでいる隙がありんして?」

 

 武器を弾き飛ばされ、無防備に腹部を晒しているクレマンティーヌに対し、シャルティアは容赦なく槍を一突き。

 

 ―――武技、『即応反射』

 ―――『不落要塞』

 

 クレマンティーヌは、武技により弾かれた身体を引き戻し、再び不落要塞をかけた弓を打ち合わせる。

 打ち合わせられた弓は、先ほどと同じように大きく弾き飛ばされた。

 

 だが、シャルティアの一撃は確実に受けきっている。

 

「まだまだいくでありんすえ」

 

 ―――武技、『即応反射』

 ―――『不落要塞』

 ―――『肉体超向上』

 

 第六感を強化する武技『可能性知覚』を切り、その分の精神力を肉体能力を大きく向上させる武技『肉体超向上』に転換。

 即応反射で体勢を戻し、不落要塞のかけられた弓をもう一度打ち合わせる。

 

 また先ほどと同じように弓ごと腕を弾かれるが、先程とは異なり武技を用いずにその腕を引き戻す。

 クレマンティーヌの本来の身体能力であればそんなことは不可能だが、武技によって強化された身体はそれを可能としていた。

 さらに、引き戻すと同時にその弓を引く。射法八節は、足踏みや胴づくり、弓構えに打ち起こし、引き分けや会、離れなどは必要ない。ただ引くだけでいい。至近距離では狙わずとも当たる、しっかりと引かずとも最強の魔法少女としての力はシャルティアに十分に機能する、故にそれ以上の動作をすることはただの無駄でしかない。

 そして、今この状況において無駄な動きをすることは、死へと歩みを進めるだけでしかなかった。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 ―――『要塞』

 ―――『不落要塞』

 

 振り下ろされる槍に合わせるように、不落要塞のかけられた弓と要塞のかけられた左腕をもって槍の一撃を封じる。

 今までの様子から、クレマンティーヌは受け止められるのは僅かな間だけだと考えていた。しかし、その僅かな間は剣を突き拳を振るうには足りないが、ただ指先を離すだけには十分な時間だ。

 

 クレマンティーヌは、口角をつり上げてシャルティアに笑みを向ける。

 

「ばぁーん」

 

 槍と打ち合わされている弓、その弦に触れていた右手を離す。

 至近距離で放たれた弓矢は、シャルティアの防具を撃ち抜き右胸に突き刺さった。

 

「―――っ!?」

 

 シャルティアの顔が驚愕に引き攣られる。

 それによって槍に込められた力が抜け、今度の一撃は不落要塞により完全に受け止められた。

 

(これで、あと2回)

 

 シャルティアが油断してくれて助かった、とクレマンティーヌは内心小さく呟いた。

 彼女の一撃は、もしシャルティアが突きを選んで攻撃していれば、撃つことができないものだった。

 シャルティアが特に何も考えずに槍を振るっていたために今の一撃を放つことができたが、もし真剣に対応されていたのであれば難しかっただろう。

 

 クレマンティーヌは、シャルティアから距離をとるために背後に羽ばたく。

 シャルティアが時間逆行を使用している間に距離をとらなければ、クレマンティーヌに距離をとる隙がないからだ。

 ……まあ、もしクレマンティーヌが先ほど考えたとあることが真実であるのならば、それが無意味に終わる可能性は高いが。

 

 シャルティアの手により光り輝く矢が胸から引き抜かれ、時間逆行により傷口が修復されてゆくのが見える。

 弓で狙いを定めながら、飛行によって夜空をかける。

 

 彼女は頭に浮かんだ考え、規格外の能力を持つ吸血鬼シャルティア・ブラッドフォールンが最低でも第6位階の魔法を使用できるかもしれない、というものを振り払った。

 

 クレマンティーヌは魔法詠唱者ではない。しかし、魔法に関する知識は豊富に持っていた。

 通常、冒険者で戦士としての役割をしている人間はあまり魔法に詳しくない。知る機会も、知るためのお金も、知る必要性も無いと考えているためだ。

 しかし、そんなことは無い。むしろ戦士職の人間こそ、魔法詠唱者よりも豊富に知識を持つべきだとクレマンティーヌは考えていた。

 

 ゲーム《アルヴヘイム・オンライン》(以下ALO)ではPvP、Player vs Playerの戦いが可能だ。道端であれば無差別で、街中であっても特定の条件を満たせば対人戦ができた。

 そんなPvPにおいて勝敗を決める要素として、多くの場合ではプレイヤースキル、ステータス、情報の三つが挙げられる。他が重要ではないというわけではないが、主にこの三つはどの様な状況においても重要だと言われることが多い。

 例として、ユウキがかつて行ったOSS『マザーズロザリオ』の継承権を争う戦いを挙げよう。

 彼女は、数多のALOプレイヤーの中でも最高クラスの反射速度を持っている。その為、相手の動きに攻撃に対応することができ、相手の隙を瞬時に突くことができた。

 だが、だからと言って彼女がその反射速度のみで戦っていたかと言われれば、それは否だ。

 ALOにおいて使用される超常的な剣技、ソードスキルという物は、どの様な人物が使用しても寸分違わぬ動きを可能とする。素人であっても達人的な技を行使できるというそれは、プレイヤースキルの敷居を下げ多くのプレイヤーのALOへの参戦を可能とした。

 だが、必ず同じ動作を可能とするということは欠点でもある。つまり、そのソードスキルの動きさえ知っていれば、一撃系のソードスキルはともかく連撃系のソードスキルは簡単に回避することができてしまうのだ。

 ユウキは数多のPvP経験から多くのソードスキルを見ることによってそれらを学習し、他のプレイヤーの使用するソードスキルを見切っていた。彼女はそれ故に驚異的な回避能力を誇り、それ故に無敗であった。

 

 魔法も同じだ。使い手により多少の差はあれど、基本的に同じ魔法は同じ魔法でしかない。『雷撃』(ライトニング)『雷撃球』(エレクトロ・スフィア)となることはないのだ。

 相手がどのような魔法を放ち、放たれた魔法がどんな機能を持つのか。それを知っているだけで、対魔法詠唱者戦は非常に有利に進めることができる。

 

 クレマンティーヌは元漆黒聖典であるため、他人よりも魔法の知識に触れる機会を多く持っていた。漆黒聖典を抜けた後も、幸運にも多くの魔法を知る世界トップクラスの吸血鬼と関係を持てた。知る機会は腐るほどあったのだ。

 

 さて、話を戻そう。

 

 クレマンティーヌが、シャルティアは第6位階の魔法を操るのではないか、と疑うことには理由がある。

 彼女が時間逆行直後に弓を放ったとき、シャルティアは彼女の眼に映ることなくクレマンティーヌの側に現れたことだ。

 最初、これがシャルティアが全力で移動したために起きたことだと疑った。しかし、そうであるなら既にクレマンティーヌは死んでいる。いくら彼女がこちらをなめていると言えど、一撃も当てることはできないだろう。

 次に、これはシャルティアの特殊技能(スキル)によるものだとクレマンティーヌは疑った。これを否定することができる理由はないので、彼女としてはそうであることを望んでいる。もしそうなら、回数制限ありのあまり応用が利かない能力となるからだ。

 だが、そこで思考を止めることは愚かでしかないとクレマンティーヌは知っている。

 彼女は特殊技能(スキル)によるものであるという考えと同時に、魔法によるものではないかという可能性を考慮していた。

 

 もし、シャルティアが魔法によって移動したのであれば、距離と行使の早さからして使用されたのは『転移』(テレポーテーション)。第6位階の転移魔法だ。クレマンティーヌの考えが当たっていれば、彼女はそれ以下の位階の攻撃魔法を行使できることにもなる。

 

 人類最高の魔法詠唱者と同じ位階の魔法を行使する、英雄クラスの近接戦闘能力を備えた、超常的な性能の特殊技能(スキル)を持つ吸血鬼。クレマンティーヌの考えが当たっていれば、シャルティアはそんな悪夢のような存在だ。彼女がこちらを舐めているために戦えているが、本気で戦われたらどうしようもないだろう。

 

 彼女がシャルティアを倒すためには、まず彼女を本気にさせないことが必要だ。つまり、残り1回の時間逆行を発動させずに倒すか、発動した直後に倒すことが必要となる。

 

 今彼女がシャルティアに確実に通用する手段として使える札は、シンフォギアによる絶唱。弓で殺すという手段もあるが、もう二度も使ったので効かないだろう。マザーズロザリオは同一の動きしかできないので、見破られていれば確実に隙となる。そんな冒険はしたくない。

 

 そして絶唱は瞬時に連発できるようなものではないので、どうしても時間逆行に対する手札となりにくい。絶唱一撃で殺せる相手なら、もう勝ちは確定なのだが……

 

 クレマンティーヌは、時間逆行を終えこちらに物凄い笑みを浮かべるシャルティアを見る。

 

「多分、無理よね」

 

 思わず口にしてしまった。

 

 そんな時、シャルティアが聖浄投擲槍をこちらに構えていることに気が付いた。

 反射的に弓の狙いを聖浄投擲槍に移し、矢を放つ。

 

 シャルティアが放った槍とクレマンティーヌが放った矢は空中でぶつかり、槍が矢を打ち破った。

 

(嘘でしょ!?)

 

 いや、当然かもしれない。

 シャルティアに鹿目まどかの弓矢が効果的に作用した原因は、彼女が魔の物であるためだ。神聖属性を持つ槍に効果が薄いのは当然だろう。

 さらに言えば、矢と槍だ。正面からぶつかって、矢が負けることは不自然なことではない。当然の結果だ。

 

 ただ、流石に最強の魔法少女の弓矢というべきか、矢とぶつかった槍は大きくひびが入っていた。

 クレマンティーヌはもう一度ぶつければ破壊できると考え、構えを崩さずに矢を生み出して引き絞る。

 

 構え、狙いを定め、放つ―――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その直前に、知覚強化の武技により強化された感覚が、背後に誰かがいることを捉えた。

 

 振り返る必要はない、見なくともわかる。後ろにいるのはシャルティアだ。

 今までの傾向からして、彼女はおそらく槍を突き出そうとしているだろう。

 

 もし、目の前に迫る槍を撃ち落とせば、その隙にシャルティアの槍が突き刺さる。

 もし、即応反射で方向転換して槍を防げば、その隙に清浄投擲槍が突き刺さる。

 

 詰みだ。この攻撃をしのぐ方法は無い。

 

 

 

 ……本当に?

 

 

 クレマンティーヌの身体が、独りでに動き出す。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『不落要塞』

 ―――『不落要塞』

 

 

 弦に触れていた左手が、弓を構えていた右手が即応反射により一瞬で動いた。

 左手は、矢を掴むと清浄投擲槍の軌道上に矢を合わせる。

 右手は、弓を背後に動かしシャルティアの突き出す槍と打ち合わされる。

 さらに両手の弓矢に不落要塞がかけられ、それを支える腕と肩にそれぞれ要塞がかけられる。

 

 クレマンティーヌの身体は、両手からかけられる力によって、弾き飛ばされるように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 

 両手には怪我は無い。いや、左手にはあるがそれは自らの矢によって傷つけられた物であり、回復不可能なシャルティアによる傷では無い。

 

「なに……今の何なの」

 

 先程の動き、あれはクレマンティーヌが行った物では無かった。いったい何が起きたのか……

 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 

 上空にいるシャルティアを見る。

 彼女の腹部には、クレマンティーヌによって反らされた清浄投擲槍が突き刺さっていた。

 

 最後の清浄投擲槍と、最後の時間逆行が消費される。

 これで、彼女の特殊技能はもうない。後は絶唱を当てるだけだ。

 

 時間逆行によりシャルティアの傷が巻き戻される。

 

 傷口を治し終えたシャルティアは、本当に愉快そうに、そして本当にかわいそうな物を見る目でクレマンティーヌを見た。

 

「お見事でありんした。正直、私が特殊技能(スキル)をすべて使うことになるとは思いもしなかったでありんす。

 本当によくがんばりんした。もし、滅ぼさなければならないわけではないのでありんしたら、私の下僕としてもいいと考えてしまう程でありんす」

 

 様子がおかしい。

 シャルティアはスキルをすべて消費したはずだ。それなのに、なぜこんなにも余裕そうにいられる。

 

「随分と余裕そうね。あなたは、聖浄投擲槍も不浄衝撃盾も時間逆行もすべて消費しきったはずよ」

「ええ、確かにそうでありんす。あなたとの戦いで、特殊技能(スキル)は全て使い切りんした」

 

 なら、なぜ余裕そうなのか。シャルティアの考えが、クレマンティーヌには読めなかった。

 

「おかしいと思わなかったでありんすえ」

「何がよ」

 

 もったいぶったような様子で、シャルティアは話す。

 

「私がどうして魔法を使用しなかったのかでありんす。

 私が転移魔法を使ったことには気が付いたでありんしょうけど、どうして私が魔法をあまり使わなかったのかまでは考えが回らなかったみたいでありんすね」

 

 言われてみればそうだ。なぜ、シャルティアが魔法をあまり使わなかったのか。それは確かに疑問だった。

 

「なら、答えを教えてありんしょう。

 

 

 

 

 

 

 ―――今、何時でありんすか?」

 

 

 背筋が凍った。

 何かを考える前に、身体が動き出す。

 

「はあああああっ!!」

「無駄でありんす。『力の聖域』(フォース・サンクチュアリ)

 

 シャルティアの周りに魔力の結界が発生する。

 

 クレマンティーヌは魔法少女の変身を解除し、それを全力で殴りつける。腕部のパワージャッキを無造作に引き絞り、強力な衝撃を結界に与える。金貨をばらまき、込められた魔法を開放する。

 しかし、結界が破れることは無い。

 

「では、残り時間を数えさせてもらうでありんす。構いんせんね。

 ―――10秒前」

 

 数多の武技も使用し連撃を打ち込む。結界は壊れない。

 

「9秒前」

 

 もはやマニュアル制御する時間すら惜しい。全ての連撃に合わせて、パワージャッキを起動させる。結界は壊れない。

 

「8秒前」

 

 消耗を無視して、連撃を続ける。結界に変化はない。

 

「7秒前」

「『マザーズロザリオ』!!」

 

 ソードスキルも使用し、超高速の連撃を叩き込む。

 

「6秒前」

 

 11連撃全てを打ち込んでも、結界に変化はない。

 

「5秒前」

 

 四光連斬を即応反射を利用して連続発動。効果は見られない。

 

「4秒前。

 ああ、一つ言わせてもらうでありんすが、この魔法は私が攻撃できなくなる代わりに一切の攻撃を無効化するという効果を持つ結界でありんす」

 

 

 心が、軋んだ音がした。

 

 

 

「3、2、1、0

 ……さあ、明日が来たでありんすえ」

 

 

 シャルティアは、心の底から愉快そうな笑みで笑った。




 希望を探すこととは、絶望を眼にすることである。

残スキル数
 聖浄投擲槍:5/5
 不浄障壁盾:2/2
 時間逆行 : 3/3
 エインヘリヤル:1/1
 眷属招来 : いっぱい

残マジックポイント:かなりたくさん
残ヒットポイント:かなりたくさん


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もしクレマンティーヌが生きることを諦めてしまうなら

 日付が、変わった。

 それはすなわち、清浄投擲槍と不浄衝撃盾と時間逆行の使用回数が回復したことを意味する。

 

「どうしたでありんす。立ち向かってこないでありんすか?」

 

 不浄衝撃盾が2回、時間逆行が3回、本人の命で1回、合計6回。相手はおそらく回復系の魔法も使えるだろうから、これらは確実に致命傷を与えられる物でなければならない。

 

 私の手元には、彼女を殺せる手札が6つもない。

 どうする。どうすれば、あいつを殺せる。

 

 手に持った剣を構える。

 迷いが剣に出ているのか、なんとなく剣に鋭さがなかった様に感じた。

 

「来ないなら、こちらから行くでありんす」

 

 ―――『上位転移』(グレーター・テレポーテーション)

 

 視線の先にいる彼女が、小さく何かを呟く。

 気がつけば、シャルティアの姿が目の前にあった。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 咄嗟に、手に持つ剣に不落要塞をかける。

 しかし、これは間違いなく下策だった。

 

「無駄でありんす」

 

 手に持つその剣の特殊性故か、またはガングニールのスティレットの特殊性故か、スティレットの様に一瞬でも持ちこたえることなく、まるで紙か何かのように剣が分断される。

 薙ぎ払われた槍は、呆然としていたクレマンティーヌの右肩から左脇腹にかけてを薄く斬り裂いた。

 

 まるで、いや、間違いなくいたぶるような一撃。

 その強烈な痛みにクレマンティーヌはシャルティアから一歩下がり、同時に背中の翼を羽ばたかせて更に距離をとる。

 

「どうしたでありんすか。動きにキレがありんせんせ?」

 

 しかし、それも下策。

 シャルティアの手には、白銀に輝く清浄投擲槍の姿があった。

 

 クレマンティーヌはシンフォギアを解除し、再び聖詠を歌う。

 

 ―――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 歌が響くと同時に、彼女の周りに半透明のバリアが発生する。

 

「それも無駄でありんすぇ」

 

 清浄投擲槍は、バリアを貫通しクレマンティーヌに襲い掛かった。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 だが、そうなることはわかっていたので不落要塞で受け止める。

 不落要塞は清浄投擲槍を受け止め、彼女の身体に傷一つ作ることはなかった。

 

 しかし―――

 

「―――っ!?」

 

 槍を受け止めた直後のクレマンティーヌの身体に、幾つもの光り輝く矢が突き刺さる。

 

 第一位階魔法『魔法の矢』、魔法詠唱者を名乗る人間の全てが使えるであろう魔法だ。

 シャルティアは、清浄投擲槍によって破ったバリアの穴の隙間から、この魔法を撃ち込んでいた。

 

(……完全に遊ばれてる)

 

 第一位階魔法は、クレマンティーヌにとってはそこまで威力の高い魔法ではない。最低でも第六位階を使えるシャルティアからすれば、ゴミのようなものだろう。

 にもかかわらずそんな魔法を使ってくるということは、クレマンティーヌで遊んでいるということに他ならなかった。

 

 しかし、クレマンティーヌにはそんなシャルティアにまともに手傷を与えることすらできていない。

 

 それに対し、クレマンティーヌには少しずつ怪我が増えてきている。

 

 先程までよりも、遥かに劣勢に立たされていた。

 

 ギアを再び身に纏い、翼を羽ばたかせて地面へと着地する。

 着地の衝撃で、先程シャルティアの魔法の矢によって傷付けられた肩や太股から血がこぼれるが無視、シャルティアの特殊技能(スキル)には治癒を阻害する物がある以上どうしようもない。

 

 地面に着地した理由は、相手からの攻撃範囲を狭めるためだ。空中で全方位を警戒するよりも、地上で全方位を警戒した方が警戒する包囲が少なくて済む。

 

 もっとも、それも下策だった。

 

「先ほどから無駄ばかりでありんす。『眷属招来』、『転移』(テレポーテーション)

 

 シャルティアの姿が掻き消え、クレマンティーヌに少し上に槍を振りかぶった形で出現する。

 武技を使ってもその一撃を受け止めることは出来ないので、クレマンティーヌは後ろへと跳躍した。

 

 だが、その直後に足に衝撃を受けたため、彼女はその場にとどまることとなる。

 横目で見れば、そこでは紅の眼をした黒い狼が背後から足へと体当たりをしてきていた。

 

 無防備な状態のクレマンティーヌに、シャルティアの槍が振るわれる。

 槍は胸をかすかに切り裂き、左の太ももを大きく傷つけた。

 少しだけとはいえ、後ろに下がったためにクレマンティーヌは真っ二つになることは無かったが、足を潰されたことは彼女の取柄である回避能力に影響することになる。

 

 クレマンティーヌは、右足で跳躍することでシャルティアから距離をとると、着地に失敗し片膝をついた。

 

 反射的に立ち上がろうとして、左足が動かないことに気が付く。先ほどのシャルティアの一撃で、腱か何かを傷つけたのだろうか。

 

 いや、違うのだろう。動かないのではない、動かそうとしてないのだ。

 

 クレマンティーヌは、自身に加虐的な笑みを向けるシャルティアを見る。

 

 足を動かそうとしていないのは、おそらくどこかで諦めているからだろう。

 

 クレマンティーヌの持つ手札は少ない。そして、その切り札のほぼすべてがシャルティアに露呈している。

 自分よりも強い相手に自身の手札が露呈していることは致命的だ。同格の相手であっても致命的なことであるが、自分よりも強い相手に切り札が知られていることはその比にならない。格上を討ち果たすには、何らかの切り札が必ずと言っても間違いでないほど必要となるからだ。

 その上、クレマンティーヌはシャルティアの特殊技能(スキル)こそわかるが、魔法詠唱者である彼女相手に使用する魔法の予想がついていないというこという危機的な状態に立たされている。

 

 そんな現実に、彼女の心は確実に折れ始めていたのだ。

 

「もう終わりでありんすか。もう少し頑張るかと思いせんしたけど、そうでもなかったでありんすね」

 

 シャルティアは手に槍を構え、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

「確かに、あなたは下等生物風情にしては見事でありんした。正直なところ、聖浄投擲槍以外の特殊技能(スキル)を使うことになるとは思いもしていなかったでありんす。本当に、よく戦ったでありんすね。

 ……ですが、それだけ。MPも体力もほとんど減りんせんでしたし、日付が変わった今となってははっきり言って何もできなかったと同義でありんす」

 

 シャルティアはクレマンティーヌの前に立ち、槍の先を彼女に向ける。

 

「何か言い残すことはありんすえ?」

 

 彼女の言葉に、クレマンティーヌはシャルティアを見る。

 彼女の身体はまだ動く。この至近距離で弓を取り出せば、シャルティアに一度であれば致命傷を与えられるかもしれない。

 けれども、彼女にできることはそれだけだろう。命を削ることすらできない。無駄に戦って、それで終わりだ。

 

 そんな戦いに何があるだろうか。この状況で戦うことに、何の意味があるだろうか。

 

「ない、かな」

 

 そう、何もない。ここで何かをすることは、完全に無意味だ。

 そう、クレマンティーヌは最初から逃げるべきだったのだ。彼女に会ったとき、下手なプライドなど無視して逃げるべきだったのだ。意味もなく戦うことは、本当に愚かだったのだ。

 

「そうでありんすか」

 

 シャルティアは槍を振り上げる。

 

 彼女はその槍を、クレマンティーヌに突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌの脳裏に、今までの人生が流れる。

 クレマンティーヌ自身の物だけではない。ユウキや鹿目まどか、立花響の人生も流れる。

 

 幼かったころ、兄と比べられ続けた時代を。

 辛かったころ、病院の無菌室で寝そべり続けた時代を。

 苦しかったころ、学校でもどこでも陰口をたたかれ続けた時代を。

 

 楽しかったころ、この拳で兄を袋にしたあの日を。

 嬉しかったころ、こんな自分でも誰かの役に立てるのだと知ったあの日を。

 幸せだったころ、大好きな親友を守れたあの日を。

 

 思い出す。人生を思い出す。

 

 あたかも走馬灯のように、自身の過去が浮かんでは消え、浮かんではまた消えてゆく。

 

 

 

『―い、―ぬな!!』

 

 

 

 どこからか、声が聞こえる。

 とても懐かしい声で、とても聴きなれた聞き慣れない声。

 いったい、誰だろうか。

 

 

 

『―をあ―てくれ!!』

 

 

 

 聞いたことのある声。

 忘れてはいけない、だれか大切な人の声だった気がする。

 

 誰だろうか。いや、そもそも自分はこの声を聞いたことがあっただろうか。

 ラキュース、イビルアイ、ティア、ティナ、ラナー、ナーベ、知り合いの女性のことを頭に浮かべるが、どうにも違う。

 

 聞き覚えのない、けれども知っている声。

 忘れてはいけない、大切な誰かの声。

 

 そこで、一人の女性の姿が脳裏に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『生きるのを諦めるな!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然と身体が動いた。

 

 迫る槍をシャルティアごと吹き飛ばすかのように、全身のアーマーが弾け飛ぶ。

 

 仲間が、この世界にはいない仲間が『アーマーパージ』と呼んだそれにより、シャルティアの身体は大きく吹き飛ばされた。

 

 シャルティアは空中で一回転し、鎧の翼を羽ばたかせることによって姿勢を保って着地する。

 

「―――懐かしい言葉を思い出したよ」

 

 立花響の人生を、そしてクレマンティーヌの心を大きく変えた彼女、天羽奏の言葉。

 

「『生きるのを諦めるな』、ね。随分と臭い言葉だと思わない?」

「へえ、まだ立てたでありんすか」

「まあ、そうね。さっきまで立てなかったけど、今はちゃんと立てるわ」

 

 立ち上がり、シンフォギアを元に戻す。

 

「なんだかさー、私らしくなかったんだよねー」

 

 『生きることを諦めるな』

 立花響が装者となる前、彼女の心臓にガングニールの欠片を残した彼女が死にかけた立花響に告げた言葉だ。

 

 生きることを諦めるなんて、たかが手札が少ない程度であんなにも絶望していたなんて、余りにもらしくない考え方だ。

 落下する月の欠片を前にしても立花響が絶望しなかったように、確実な死を目の前にしてなお絶望しなかったユウキのように、自らが魔女へとなる直前でも絶望をしなかった鹿目まどかのように、ただ強い程度の相手に絶望するなんて本当にらしくない。

 

 そして何よりも、クレマンティーヌは、自分よりも一回り近く年下の少女達に負けるなんて絶対にごめんだった。

 

「たかが刺されそうなだけで絶望とかさー、戦士なめてんのかぁって話だよね。

 刺されたり斬られたりしそうになる、それを防いだりかわしたりしするのが戦士ってもんでしょ。治癒不可能だなんだとかさぁ、そんなことは重要だけど絶望する理由になんないだろ」

 

 拳を構える。

 足を肩幅に開き、大地を両足で踏みしめる。

 

「……いったい何の話でありんすえ?」

「いや、再確認してるだけだから気にしないでほしいかなー」

 

 クレマンティーヌがシャルティアを倒せる手段は、確かに本当に少ない。

 だが、なりふり構わず本気でやれば、いくらかはやりようがある。

 

 後のことなんて考えない。今この一時にすべてを出し切る。

 

「さて、今度こそ本気で行くわ」

 

 ――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 クレマンティーヌが聖詠を唱えると、全身が暖かい輝きに包まれる。

 光が収まると、そこには先ほどとは少しだけ装いを変えた彼女の姿があった。

 

 最も目に付く違いは、首元から伸びるマフラーの様な二対の布だろう。首元から白い布が伸び、風に乗るようにはためいている。

 全体的に黒色の多かった姿は一転して白い印象を強くする姿となっており、四肢のパワージャッキはいくらか装甲が追加され少し大きくなっていた。

 

「あはははは! ならその本気を見せてくださいまし!」

 

 姿を変えたクレマンティーヌに、シャルティアは翼をはためかせて突進する。

 迫るシャルティアに、クレマンティーヌはまるでクラウチングスタートの様な姿勢をとり迎え撃つ。

 

 ―――いこう

 

 覚悟を決める。

 反動も、副作用も、今は考えない。ただ彼女に勝つことだけを目指す。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『疾風走破』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 ―――『肉体向上』

 ―――『肉体超向上』

 ―――『流水加速』

 ―――『脳力開放』

 ―――『戦気梱封』

 ―――『知覚強化』

 ―――『可能性知覚』

 ―――『急所感知』

 ―――『回避』

 ―――『超回避』

 ―――『剛撃』

 ―――『豪腕剛撃』

 

 ―――『即応反射』

 

 全身から血が吹き出る。

 眼からは血の涙がこぼれ、体内から四肢の肉が裂け、全身が血で赤く染まる。

 視界から色が消え、無くしてはいけない何かがこぼれていく感覚がする。

 

 それは、武技の副作用。限界を突破してなお超えられぬ限界を、越えてはいけない限界を超えた数の武技は、クレマンティーヌの肉体を内側から破壊していった。

 

 激痛で、頭が真っ白になりかける。身体がふらつき、音にならない悲鳴が口からこぼれる。

 

 痛みに心がきしみ、無理をするなと、諦めろと、自分の本能が訴えかけてくる。

 

(たしかに、こんなことをすれば死ぬかもしれない。こんな真似を長時間続けることはできない以上、短期間で殺しきれなければただ勝手に自滅行為をしただけになるかもしれない。

 

 ―――それでも)

 

 それでも、生きることを諦めるわけにはいかない。

 死力を尽くして届かないなら、それでもいい。けれど、生きることができるかもしれないのにそれを諦めることは、絶対に嫌だ。

 それは、自分とは一回り以上は差のある立花響やユウキ、鹿目まどかでさえ成しえたことなのだ。

 自分よりはるかに年下な彼女たちが死の恐怖を前に絶望しなかったのに、自分が諦めるなんて死んでもごめんだ。

 

 彼女は、武技の副作用によって生まれたその怪我を()()()()()()()()()

 代わりに、クレマンティーヌは身体操作の魔法で抑え込んでいたとある現象を開放する。

 

 激痛。

 その耐えがたい痛みで視界が歪む。

 それでも、彼女は回復魔法を行使しなかった。

 

 クレマンティーヌの目前まで迫ったシャルティアが、彼女に槍を突き出そうと槍を引き絞る。

 その直後、大きな炸裂音と共にクレマンティーヌの姿が消えた。

 

「消え―――っ!?」

 

 その事にシャルティアが気が付いた直後、再び炸裂音が鳴り彼女の身体が背後から殴りつけられた。

 更に連続するように音が鳴り、より強い衝撃がシャルティアの全身を駆け抜ける。

 

「舐める、なっ!!」

 

 シャルティアの口元から血がこぼれるが、彼女はそれを無視して一回転。手に持った槍を、背後を薙ぎ払うように振るう。

 振るわれたその槍に、何かを叩き潰す事ような手ごたえが生まれる。

 

 しかし―――

 

 再び炸裂音、無理な動きにより重心の崩れたシャルティアの身体が、横合いから殴りつけられる。そして先程と同じように炸裂音が鳴り、鎧を越えて強烈な衝撃がシャルティアを襲った。

 

 クレマンティーヌがしていることは、とても単純なことだった。

 相手の視界から一度はずれて、その後近づいて殴り飛ばす。ついでに腕部のパワージャッキを稼働させ、相手に強烈な一撃を叩き込む。たったそれだけだ。

 攻撃対象を指定(ターゲッティング)をさせないことを重視した、数ある魔法詠唱者に対する対処法の一つでしかない。

 

 しかし、数多の武技とシンフォギアによって強化された身体は、その動きを凶悪な物に進化させる。

 

 身体能力向上系の武技と脚部のパワージャッキによる移動は、文字通り目にも留まらぬ動きを実現し、攻撃力を向上させる武技と腕部のパワージャッキによる一撃は、衝撃だけとは言えシャルティアの鎧を貫通していた。

 

「悪いけど、さっきまでと一緒にしないでもらえるかなー?」

 

 挑発的な口調で、クレマンティーヌは駆け抜ける。

 辺りの大地は穴だらけとなり、その穴が増えるたびにシャルティアの身体に衝撃が走った。

 

 だが、その軽い口調とは異なり、クレマンティーヌの内心は痛みで悶えていた。

 

 高速移動のために使用している脚部パワージャッキの反動で両脚は砕け、シャルティアを殴り続ける両手は、自らの一撃に耐えきれず骨が砕け肉が抉れている。

 余りにも速い動きに、呼吸することすらままならない。酸欠で意識が遠くなってゆく。

 

 シンフォギアのみで戦っていればこんなことにはならなかったかもしれないが、武技により強化された肉体は自らの身体を壊すにたる出力を起こさせていた。

 

 それでも、そんなことは表に見せずに戦い続ける。 

 

「っち!! 『上位転移』(グレーター・テレポーテーション)!!」

 

 連撃の檻、シャルティアは魔法により空へと転移することで、その中から抜け出す。

 

 クレマンティーヌは、知覚強化の武技によって強化された五感により転移したシャルティアを瞬時に捉えた。

 瞬時に地面に落ちていた5本の三日月刀を拾いシャルティアの槍の間合いを避けるように連続して空へと投げつけると、パワージャッキを炸裂させてシャルティアへと駆け抜ける。

 

 一瞬の出来事、しかしそれはシャルティアにとっては十分な隙だった。

 

「燃え尽きて死になさい!! 『最強化(マキシマイズマジック)()朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)』!!」

 

 シャルティアが魔法を発動する。

 彼女が発動した魔法『朱の新星』(ヴァーミリオンノヴァ)により、クレマンティーヌは炎に包まれた。

 

 その炎はクレマンティーヌの肉を焼き、体内の酸素を奪い、傷口から流れ出る血液を蒸発させる。

 

 だが―――

 

「ぬるい炎ね、せめてもう倍は火力上げてきなさい」

 

 全身の痛みを隠し、不敵な笑みを浮かべて拳を振り上げる。

 

 シャルティアが行使したのは火炎系の魔法。クレマンティーヌには効果が薄い。

 シャルティアは知らないことであったが、ガングニールの装者である立花響は完全聖遺物『ネフィリム』が放った一万度を超える炎を拳一つで消し飛ばした事がある。アインズのような純魔法職の存在が放った一撃ならともかく、そうではないシャルティアが放った物ではクレマンティーヌには効果的な物とならない。

 

 もちろん、効果的ではないからと言って効かないわけではない。

 しかし、それを彼女が表に出すことはなかった。 

 

 クレマンティーヌの拳が、空中のシャルティアの腹部に炸裂する。

 更に翼による飛行と空中を蹴りつけることによる加速でシャルティアの背後を取ると、その背中にかかと落としを撃ち込んだ。

 さらに追い打ちでもするかの如く、パワージャッキを稼働させて衝撃を撃ち込む。

 大地と異なり踏ん張ることができないからか、シャルティアの身体は上から下、地面へと強く叩きつけられた。

 

 地面に叩きつけられたシャルティアを追撃するため、空を舞う三日月刀を一つ手に取り、2本を足場として蹴り飛ばす。

 

 翼を用いて立ち上がったシャルティアが真っ先に目にした物は、この暗闇を不気味に照らし出す紫色の輝きを宿した、刃の部分を強引に変形させられたかつて三日月刀だった片手剣だった。

 

「―――『マザーズロザリオ』!!」

 

 剣から突きが放たれる。

 しかし、その攻撃をシャルティアは二度も目にしている。

 彼女は、ナザリック地下大墳墓において最強のNPC、それだけ見れば完全に見切ることも可能だった。

 

「残念だけど、その攻撃はもう効かないわ!!」

 

 十一連撃の内の三撃目と同時に、剣をクレマンティーヌごと吹き飛ばすかのように槍が振るわれる。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 ―――『戦気梱封』

 ―――『不落要塞』

 

 しかし、その『マザーズロザリオ』は、クレマンティーヌにとって囮だった。見切られていることを理解していた。

 

 既に発動していた回避系の武技と、戦気梱封と不落要塞により強化された三日月刀擬き、そして今使用した即応反射の武技を合わせることで、その一撃を僅かに受け流し致命傷となることを回避する。

 だが、彼女が回避できたのは致命傷のみ。

 不落要塞を突破したシャルティアの槍により三日月刀は破壊され、クレマンティーヌの脇腹に突き刺さり貫通する。

 

 その光景を見たシャルティアの顔に、狂的な笑みが浮かぶ。

 そして、そんなシャルティアの笑顔を見たクレマンティーヌもまた、その顔に嘲笑うかのような笑みを形作る。

 

「つーかまーえたぁ」

 

 クレマンティーヌは、武技で強化された身体の筋肉に力を入れる事で、自身の身体を貫く槍の動きを押さえ込む。

 

 そう、彼女はわざと身体に突き刺させたのだ。

 

 クレマンティーヌは、懐に入るために痛みを無視して一歩踏み込むと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ALOにおいて、オリジナルソードスキルを開発するためにはいくつかの条件を満たす必要があるが、その中でも特に重要なことが二つある。

 一つは、まるでソードスキルを使っているかのような速度の攻撃をソードスキルを使用せずに再現できること。そしてもう一つは、そのオリジナルソードスキルに名前が決まっていること。

 この二つさえ満たしていれば、基本的にオリジナルソードスキルとすることができる。

 

 そしてクレマンティーヌは今日、一度だけ名前の付けられた素手の攻撃を行っていた。

 

「こんなこともあろうかとってねぇ!!」

 

 ―――オリジナルソードスキル『超級連続攻撃・改(仮)』

 

 『流水加速などの能力向上系武技が発動された状態の攻撃を再現したソードスキル』が、流水加速などの能力向上系武技が発動された状態で発動する。

 いわば、彼女が今放とうとしている攻撃は、擬似的にシンフォギアによる強化と武技による強化が重ね掛けされているに等しかった。

 

 その一撃は、たとえシャルティアですら捉えることはできない。仮にできたとしても、スポイトランスを掴まれている彼女には回避することができない。

 深紅の鎧に僅かに罅が入り、シャルティアの身体が大きく揺さぶられる。

 

 だが、シャルティアも一方的に殴られるばかりではない。

 シャルティアは特殊技能(スキル)ミストフォームを発動することにより星幽(アストラル)体化することでその連撃を回避して数歩下がり、クレマンティーヌの間合いから抜ける。

 

「弾け飛べ、『内部爆散』(インプロ―ジョン)!!」

 

 第十位階魔法『内部爆散』(インプロ―ジョン)。相手を体内から爆発させる魔法だ。

 とっさにクレマンティーヌはその魔法に抵抗するが、ある程度抵抗できたものの完全には抵抗しきれず両腕が爆散する。

 

 しかし、腕が爆散したにもかかわらず、クレマンティーヌはまるで腕が存在するかのように、再びシャルティアに殴り掛かるかのような体勢で大きく踏み込んだ。

 

 いや、存在するかのようにではない。本当に腕は存在していた。

 

 クレマンティーヌが一歩踏み込むと同時に、彼女の両腕があった場所に先程爆散した彼女の腕とそっくりの黄金の輝きを放つ腕が出現する。

 

「今度こそ逝こうか、『超級連続攻撃・改(仮)』」

 

 黄金の腕により、超高速の連撃が再び行われる。

 黄金の左腕はシャルティアの鎧を突き破り、シャルティアの腹部に大きな穴をあけた。

 

 先ほどまでとは異なり、クレマンティーヌの連撃は鎧を貫通する。

 クレマンティーヌから繰り出される鉄の塊で打ち据える様なそれに、シャルティアは慌ててミストフォームを再使用し、星幽(アストラル)体化することでその攻撃を回避した。

 

 だが、それは時間稼ぎにもならなかった。

 

「―――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 クレマンティーヌの口から旋律が奏でられるとともに、シャルティアの星幽(アストラル)体化が強制的に解除される。

 否、解除されたのではなく、現実世界に強制的に引きずり戻されたという方が正しかった。

 

 シンフォギアの機能に、調律という物がある。

 これは、シンフォギアを纏う彼女たちの敵であるノイズが使用する位相差障壁、自身を別世界に置くことで現実世界の物理法則下から逃れ、高確率で攻撃をすり抜けるという能力を無効化する機能だ。

 もし、シャルティアが特殊技能(スキル)の名前通り霧と化していたのなら調律は効果を発揮しなかったかもしれないが、ミストフォームは星幽(アストラル)体化、つまり現実世界の法則から逃れる状態となる特殊技能(スキル)だ。調律の効果は発揮される。

 

 シャルティアを殴打しながら、クレマンティーヌは歌を歌い続ける。

 

 その様子に嫌な予感を感じたシャルティアは、『不浄衝撃盾』を使用してクレマンティーヌを吹き飛ばした、

 

 空中に吹き飛ばされたクレマンティーヌは、宙を舞う三日月刀を足場に再びシャルティアへと飛び出した。

 

「『清浄投擲槍』っ!!」

 

 距離が開いたことにより発生した僅かな時間、その隙にシャルティアはクレマンティーヌへと清浄投擲槍を投擲する。

 

 クレマンティーヌはそれを両手で受け止めると、握力で強引に握り潰した。

 

 つい先程までであればできなかったそれは、()()()()()()()()()()()()()クレマンティーヌにとっては、簡単とまでは言わないが大きな難なくこなせる程度には難しくないことだった。

 

 本来のガングニールの装者である立花響は、聖遺物『ガングニール』と融合したために聖遺物に身体を蝕まれるという事態に陥ったことがある。

 彼女はそれを親友の助けにより解決したが、その手段は『神獣鏡』(シェンショウジン)という聖遺物を使用した物であったためクレマンティーヌでは絶対にできないことだった。

 故に、普段は魔法少女の力、身体操作の魔法で抑え込んでいた。

 

 だが、今は異なる。

 身体操作によって抑え込むのではなく、蝕む方向性を操作することでその浸食を活用していた。

 

 今のクレマンティーヌの傷口は、ガングニールの欠片によって埋められている。本来であればそんなことをすれば大変なことになるが、魔法少女の身体はその辺りの融通が利く。むしろ満身創痍であった今は、下手に怪我をしていた方が危ないほどだった。

 

 クレマンティーヌが清浄投擲槍を粉砕すると、彼女の視界には大量の獣と白い分身のようなものを引き連れたシャルティアの姿が映った。

 

 内心では彼女が分身を生み出すような特殊技能(スキル)を持っていることに呆れつつ、三日月刀を足場に全速で駆ける。

 

 魔法を唱えたりなど、何か対多数用の対策をする必要はない。

 

「―――Emustolrozen fine el zizzl」

 

 ―――絶唱が歌い終わるからだ。

 

 絶唱とは、シンフォギアの装者達にとっての切り札と呼んでいい技能だ。

 歌唱にて増幅したエネルギーを一気に放出するというもので、一瞬だけであれば月を破壊するような威力の荷電粒子砲と拮抗できるだけの出力を持つ。まさしく、星をも砕く一撃を可能とする能力だ。

 

 クレマンティーヌを中心に放射状に放たれたエネルギーは、シャルティアの眷属達を殲滅し、白い分身、シャルティアの特殊技能(スキル)によって生み出された分身の身体を衝撃で大地に縫い付け、そしてシャルティア自身を滅ぼそうとする。

 彼女は時間逆行で殴打によるダメージを回復させるが、回復と同時に絶唱によるダメージを負うこととなり、絶唱を耐えきったはいいものの満身創痍のような有様だった。

 

 そしてそんな彼女の懐に、炸裂音と共にクレマンティーヌが出現する。

 

「じゃ、もう一回いくよー」

 

 ―――クレマンティーヌのその軽快な言葉に、シャルティアは顔をひきつらせた。

 

 彼女は転移魔法を使用しようとするが、それよりも早くクレマンティーヌの拳が顔面に突き刺さる。

 

「―――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 同時に、彼女は再び絶唱を口ずさみ始めた。

 

 

 

 クレマンティーヌは軽い口調をしているが、これは単なる強がりでしかない。

 絶唱という物は、その圧倒的な力を発揮する際に大きな反動が発生する。

 その反動は聖遺物との適合率が高ければ小さくできるので、聖遺物との融合体であるクレマンティーヌは反動を最小限にまで抑えることができている。しかし、反動は発生しているのだ。

 傷だらけなクレマンティーヌにとって、その最小限の反動でも大きな負担になっていた。

 

 

 嵐のような連打を行うクレマンティーヌの背後から、動けるようになったシャルティアの分身が襲い掛かる。

 

 知覚強化によって強化された五感と可能性知覚により強化された第六感は、それを捉え正確にクレマンティーヌに伝えてきた。

 

 だが、それに気がついてもクレマンティーヌは振り返ることはしない。

 

 

 

 『六光連斬』という武技がある。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが開発した武技の一つで、彼がかつてブレイン・アングラウスという男との御前試合において使用した『四光連斬』という武技を発展させたものだ。

 能力は、一つの斬撃を六つに変えるという物。連斬とあるが、連続攻撃を行っているわけではない。六つの攻撃を同時に放っている。

 クレマンティーヌは、その劣化版である『四光連斬』という武技を使用できていた。

 

 彼女が今、シャルティアの分身に背中を向いている理由は、その武技にある。

 

 

 簡単な話だ。

 剣撃を四つに増やす武技を使用することができるのであれば、たかが拳撃を一つ増やす程度の武技をどうして開発できないだろうか。

 

 

 クレマンティーヌの両腕の光に赤色が混じり、背後の分身とシャルティアに同一の打撃が打ち込まれる。

 今クレマンティーヌが即興で生み出した武技によって、超級連続攻撃・改(仮)の連撃が彼女の背後に再現されたためだ。

 

 再び『不浄衝撃盾』が使用され、クレマンティーヌの身体が吹き飛ばされる。

 これで二回目、シャルティアにもう後はない。

 

「ああああっ!!」

 

 シャルティアは必死の形相でクレマンティーヌを攻撃する。

 彼女は、聖浄投擲槍やエインヘリヤル、眷属招来で呼び出した動物たちの様な特殊技能(スキル)による攻撃や、『朱の新星』に『内部爆散』の様な魔法まで、彼女が使える全攻撃手段をもって敵を、クレマンティーヌを攻撃していった。

 それらはクレマンティーヌの拳を砕き、肉を抉り、傷を増やしてゆく。

 魔法だけは、聖遺物によって強化されたクレマンティーヌの魔法抵抗力を突破することができずに無力化されるものの、それらを負ったクレマンティーヌは満身創痍と言ってよいありさまだった。

 

 だが、それでも止まらない。

 歌を歌いながら、前へと進み続ける。

 

「―――Emustolrozen fine el zizzl」

 

 そして、絶唱を歌い終える。

 クレマンティーヌの身体から膨大な熱気が放たれ、彼女の周りの空気がその熱気で歪みだした。

 

「たしかに、私の手札の数はそう多くない。けどさぁ、だったら一つの手札で殺しきればいいだけじゃない」

 

 クレマンティーヌの足元から炸裂音が響き、その姿が消える。

 シャルティアの周りで炸裂音が相次ぎ、その度に彼女の視界に一瞬だけクレマンティーヌの姿が映っては消え、映っては消える。

 

「そもそもさー、真正面から戦うことが間違いだったんだよ。自分よりも強い相手と真正面から戦うなんて馬鹿げてるよねー。

 私より強い相手と戦ったことが多くなかったからすっかり忘れていたけれど、力で劣るのに正面から戦うなんて戦士失格ね」

 

 シャルティアの背後から衝撃がおこる。

 ボロボロの鎧はさらに砕かれ、傷はさらに増えていく。

 

 ここにきて急に沸いた敗北の可能性を理解し、我武者羅に槍を振り回すシャルティア。その大きく歪んだ形相に、クレマンティーヌの心の中の悪性は大きな満足感を得ていた。

 

 クレマンティーヌはシャルティアにそう言ったものの、実のところ戦いはそんなに簡単なものではない。自分の利点を生かして戦ったからと言って、相手がその点に優れていないという保証があるわけではないのだから、それでは勝てないことだってある。

 今回、クレマンティーヌにとって幸運だったのは、シャルティアの素早さが他の能力値と比較して低かったことだ。だからこそ死力を尽くせば素早さだけであれば上回ることができた。

 

「はぁ、はぁ、『生命力持続――(リジェネ―――)』」

 

 クレマンティーヌはシャルティアが槍を振り切った瞬間に合わせ、彼女の懐に足を踏み入れる。

 

 エインヘリヤルによる分身を置き去りにして、叩きつけられた拳によりシャルティアは吹き飛ばされた。

 

「―――これで、邪魔は入らないわね」

 

 クレマンティーヌの黄金色の腕が二色に輝き、その輝きにシャルティアの顔が引きつる。

 本来の五十連撃と、それを再現する五十連撃。合計百の鉄槌がシャルティアに叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 白い分身が消え去り、クレマンティーヌはシャルティアが死んだことを確信する。

 彼女の手の上にあるそれは、まるで黒い宝石であったと見間違えてしまいそうなほどだ。

 

「うわー真っ黒。これあのまま絶望してたら魔女化もあったかもしれないなー」

 

 彼女は魔法少女の姿に変身すると、手に持ったソウルジェムに浄化の魔法をかけてゆく。

 

 そんな彼女に背後から襲い掛かる存在がいた。

 

 シャルティアだ。彼女は蘇生アイテムを持っていたために、蘇生することができていた。

 背を向けるクレマンティーヌへと、シャルティアは槍を突き出す。

 

 しかし―――

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 

 ―――振り向くように槍を躱され、同時にシャルティアの心臓に桃色に光る矢を心臓につきたてられた。

 

「な、どうして」

 

 完全に隙をついていたはずの一撃だった。それに対応されたことに、シャルティアは驚愕する。

 そんなシャルティアにクレマンティーヌは答えた。

 

「どうしてって、あなたなら蘇生スキルぐらい持っててもおかしくないでしょ」

 

 その答えに、シャルティアは呆然とした。

 

「じゃあ、今度こそ終わりにしましょう」

 

 矢を中心に巨大な魔法陣が現れる。

 シャルティアはその光景に嫌な予感を覚え、その場から移ろうと考えたが、何故か身体は動かなかった。

 

「っ!? 身体が」

「動かないって? 心臓を通してあなたの全身に浄化の力を打ち込んだからねー。神経まで逝ったから気が付いていないかもしれないけど、あなたの身体はボロボロなんじゃないかなー」

 

 魔法陣は輝きを増し、シャルティアの周囲に幾つもの矢が出現する。

 

『大致―――』(グレーター・リ―――)

 

 逃げるために身体を回復させようとするシャルティア。

 しかし、それは一歩遅かった。

 

 四方から桃色の矢が突き刺さる。

 時間逆行で回復をするも、それでは追いつかないほどの数の矢がシャルティアの身体を襲う。

 

 そして、シャルティアは死んだ。

 

 

 

「―――ふぅ。

 想定はしていたけど、本当に蘇生するとは思わなかったよ」

 

 ようやく、クレマンティーヌは全ての武技を解除した。

 全身に疲れが湧き、思わず地面に倒れ込む。

 

「終わったぁー。疲れたぁー。もう二度とあんなのの相手は嫌だぁー」

 

 緊張も途切れたためか、ついつい口から本音がこぼれる。

 

 しばらく横になって休み、呼吸が落ち着いてから起き上がると、クレマンティーヌは呟いた。

 

 

「とりあえず、ソードスキルの名前変えよう。戦闘中に適当に付けたからって、流石にあの名前はないかなー」




ようやく終わったー!!

 追加のタレントについて感想で言う人が多いので、アンケートを活動報告でとります。

 2015/12/22 修正その1
 2016/01/24 修正その2


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もしクレマンティーヌが街に戻ったら

 誰もツッコミしないんですね。

 クレマンティーヌの挙げた知り合いの女性の中にあの人がいないこととか、クレマンティーヌが使った踊る三日月刀や『空間斬』のウルミ剣のこととか。


 森の中を駆ける。

 

 三人の男たちは安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包まれた死体を担ぎ、武技を使って森の中を全速力でかけていた。

 

 彼らがしばらく進むと、彼らの視線の先に一台の馬車が現れる。

 

「風花の者です。予定の時間よりも早いようですが、何かあったのですか」

 

 馬車の中から商人の様な身なりの青年が顔を出し、男たちに問いかけてくる。

 

「話はあとだ。追撃が来ているかもしれないから早く出してくれ」

「っ!! 了解しました。すぐに出します」

 

 馬車に男達が飛び乗る。

 男達が持つ人ほどの大きさを包んだ布を見て、青年は顔色を変えると馬車を出発させた。

 

 夜の道を馬車はすさまじい速さで走る。

 馬車は非常に速く、明らかに商人が使用するような馬車ではない。王国の騎士や戦士長が乗る馬よりもはるかに精強さを感じさせるような馬が馬車を引いており、何らかのマジックアイテムを使用していることをうかがわせた。

 

「予定を変更して、王都ではなくエ・ランテルにある拠点に向かっていますが大丈夫ですか」

「ああ、助かる。部隊の消耗も激しいからな。隊員の蘇生のためにも、任務を中止して本国に戻りたい」

「了解しました。では、進路はそのままで進みます。

 ところで、荷台に回復のスクロールがあるのですが使いますか。第四位階の物が三つ、第三位階の物が七つ、第二位階の物が二十ありますので多少使っても大丈夫ですよ」

 

 馬を操作しつつ、青年は荷台にいる男たちに声をかける。

 男たちは青年に礼を言うと、そのうちの一人が荷台の箱の中からスクロールを取り出して他の二人に使用した。

 スクロールに込められた魔法により彼らの傷は癒え、血の気が悪かった顔に少しだけ赤みが戻る。

 

 全身の傷がなくなったことを確認すると、三人はようやく息をついた。

 

「カイレ様を含め、死者十人か。あの吸血鬼といいクレマンティーヌといい、随分と運が悪いな」

 

 男の内の一人が呟く。

 しんとした荷台に、暗い空気が蔓延した。

 

『獅子ごとき心』(ライオンズ・ハート)、皆さん暗くなりすぎですよ」

「ああ、魔法か。ありがとう。

 今回は化け物ばかりに遭遇したからな、少し心が疲れていたみたいだ」

 

 青年が彼らに『獅子ごとき心』(ライオンズ・ハート)を、心に勇気を与える魔法をかける。

 男たちの内の一人が彼に感謝を告げると、心を落ち着けるかのように目を閉じた。

 

「ところで、エ・ランテルにある拠点とはどんなところなんだ」

 

 先ほどの男とは別の男が、青年に話しかける。

 

「ああ、拠点と言っても秘密基地の様な場所ではないですよ。ごくごく普通の建物、外周部にある廃棄予定の衛兵用の宿舎です。エ・ランテルの中心部を挟んで墓地とは正反対にありますからお参りの人に見つかることはありませんし、廃棄予定ですから衛兵も近寄ることのない、まさに隠れるにはうってつけの場所です」

「宿舎か……とりあえずは、ちゃんとしたベッドの上で寝れそうで良かったよ」

「予定ではもっといい場所を用意していたのですが、ちょうど一昨日の夜に火事で崩れてしまいましてね。すみません、漆黒聖典の方々を衛兵の宿舎などに泊めるなど良くないことだとはわかっているのですが……」

「構わんさ、野営では屋根すらないんだ。建物の中で過ごせるだけでも十分だ。文句を口にする奴なんていないだろうよ」

「……そうですか、そう言ってもらえると助かります」

 

 青年は少しばかり落ち込みつつ、男に笑顔で言葉を返した。

 

「―――そういえば、エ・ランテルの門を超えるときは身を隠した方がいいか? 検問があるだろう」

 

 男がふと、そんなことを口にする。

 

「その必要はありませんよ」

 

 その言葉に、青年は毅然とした態度で答えた。

 

 

 

 

 

 

「だって、今のエ・ランテルはそれどころではありませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、翼さんみたいに漢字で行くべきかな、こう『百華繚乱』みたいな感じで。いやそれとも、クリスちゃんみたいに英語で行くべき? マミさんみたいにイタリア語っていうのもいいけどなぁ」

 

 例のオリジナルソードスキルの名前を考えながら歩く。

 とりあえず正式な名前が決まるまでは、名前から(仮)を外しただけで保留にしておいた。

 

 彼女がそんな考え事をしているのは、ただ歩くだけでは暇なためだ。集団で行動する一般的な冒険者とは異なりクレマンティーヌは自分一人で行動しているので、こうやって移動時間にどうしても暇となってしまう時間ができるのだ。

 

 

 

 クレマンティーヌがエ・ランテルに到着したのは、シャルティアとの戦いが終わって四時間ほどした頃だった。

 地平線の向こうにはうっすらと太陽が顔を出し、幻想的な風景が広がっている。

 

 

 エ・ランテルの門の前にまで来たクレマンティーヌは、門が閉じていることに気が付いた。

 

「あれ、ちょっと早かった?」

 

 まだ朝は早い。本来の街であれば閉じていてもおかしくない時間帯だ。

 だが、此処はエ・ランテル。多くの冒険者が拠点としているこの街は、このような時間でも夜間に依頼を行っていた冒険者たちのためにかなり早い時間から門が開いているはずだった。

 

 流石に日も出ぬうちでは閉じてしまっていることが多いので、あのシャルティアと戦った場所とこのエ・ランテルの間で見つけた開けた場所で少し休んで時間調節をしていたが、どうやら無駄になったらしい。

 

 他の都市であれば門の横に小さな扉が取り付けられていることもあるが、帝国や法国との境界にあるこのエ・ランテルにはそんなものは無い。故に、クレマンティーヌは門の前で待つしかない。

 

「はぁ、まあもうすぐ開くだろうし少しくらい待つかー」

 

 太陽が完全に姿を見せるまで、あと一時間もないだろう。6月とはいえ朝だ、かなり冷えるが我慢する。

 彼女たちの世界のように産業革命もなく、温暖化という概念すらないこの世界は本当に寒い。天気次第では、日中の最低気温が10℃を切ることすらあるのではないかと考えてしまうほどだ。まあ、体感気温は着ている服の品質によって左右されることもあるし、そもそも温度計なんて見たことがないので実際はどうなのかわからないが。

 

 空気が冷たいと、傷口や両腕がかなり冷たくなる。少し歌を歌うと、それに反応するためかわずかに暖かくなるが気休めだ。

 

「テントでも張るべきかなー」

 

 そんな考えを持ったところで、クレマンティーヌは一つ奇妙なことに気が付いた。

 あまり早朝の門を外から見ないので忘れていたが、こんな時間でも本来門には衛兵がいるはずだ。

 外で女性がうろうろしていたら、流石に声をかけてくるだろう。

 

 ―――あ、多分これ居眠りしてる。

 

 彼女の心の中で、悪戯心の様なものが湧く。

 

 三日月刀4本と鉄の剣、それにシャルティアに折られたスティレットを取り出し、その内の鉄の剣と折れたスティレットは腰にさす。三日月刀は、込められた魔法付与の力で宙に待機させた。

 

 宙を舞う三日月刀を足場に、城壁の向こうへと跳び上がる。この時、クレマンティーヌは足音を可能な限り抑えて跳んでいた。

 

 彼女がこそこそとしているのには理由がある。もちろん、大した理由ではないが。

 

 クレマンティーヌは、居眠りしている衛兵を驚かせようとしていた。

 寒空の下待たせようとした罰だ。組合長のザックちゃんにばれたら大目玉かもしれないが、居眠りしていた衛兵がそのことをばらさなければ大丈夫だろう。ばれなければ悪いことではないのだ。

 

 そう考えていた彼女は、城壁の向こう側を見て顔色を変えた。

 

 

 

 

 

 それは、まさしく死の都だった。

 

 動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)が道路を闊歩し、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)が軍の訓練場で蠢いている。

 何体か骨の竜(スケリトル・ドラゴン)もいるようであるし、エルダーリッチの様な服装のスケルトンすら見かける。

 

「……はぁ!?」

 

 一難去ってまた一難とは、正にこのことだとクレマンティーヌは実感した。

 

「本当になにこれ、いくら何でも今日の私不死者に好かれ過ぎてない?」

 

 私呪われてるかも、思わず立花響の口癖が口に出る。

 

 三日月刀を蹴って城壁の上に飛び乗ると、街の様子をよく眺めてみた。

 

 

 まず、辺り一面アンデッド。

 先に挙げた動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だけではない。

 死霊(レイス)不浄なる闇(ヴォイド)、アンデッド化されたモンスター達も存在する。

 

 大通りにははち切れんばかりに身体を膨らませたアンデッド、疫病爆撃種(プレイグ・ボンバー)が何体も転がり、酔っ払いのようにふらふらと食屍鬼(グール)がふらついていた。

 

「これは……」

 

 墓地からあふれ出たにしては、明らかにアンデッドたちの内容がおかしい。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が1体までなら自然発生したものとしてわからなくもないが、それが何体もいることはいくらなんでもおかしい。モンスターのアンデッドが街中で自然発生するなどほとんど、いや全くと言っていいほどありえない。

 

 この死の都は、明らかに人為的に作られたものだった。

 

 そんな中、軍事関係の建物がある……あったこの外周部と、冒険者組合や魔術師組合、冒険者や旅の人間が使用する宿屋などが存在する内周部とを区切る城壁、そこを通るための門があるはずの場所に大量のアンデッドが集まっている様子が見えた。

 いや、よく見れば地球にあった無双ゲームのようにアンデッド達が吹き飛ばされてゆく様子が見て取れる。

 

「戦っているのかなー?」

 

 間違いなく、あの場所では戦闘が起こっているだろう。

 そして、アンデッド達の大群が吹き飛ばされてゆくというそのあまりにも現実離れした光景から、あの場で戦っているのはアイン―――モモンさんだと想像できる。

 魔法詠唱者のくせして背中に背負っていた大剣を暴風のように振り回しているのだろう。相変わらず非常識な人だ。

 

 陽光聖典の連中のように信仰系魔法詠唱者であるならばまだしも、魔力系魔法詠唱者でありしかも肉を持たないスケルトン系の存在であるあの人は、一般的な常識に当てはめれば高い身体能力を持っているなどありえないはずなのだが……

 

「やっぱり、本物の英雄ってのは違うかー」

 

 シャルティアを倒せたために少しだけ強さに自信を取り戻せたが、また心を揺さぶられそうになる。

 

「いや、もしかしたら嫉妬しているのかもしれないわね」

 

 いつもの気楽な雰囲気を無くした様子で、クレマンティーヌは小さくつぶやいた。

 

「ま、変に落ち込むのは無しにしよっか」

 

 外周部と内周部の境で戦闘が行われているということは、内周部は無事なのだろう。

 

「変なこと考えるよりも早く、あそこに加勢に行かないとねー」

 

 クレマンティーヌは城壁から飛び降りると、三日月刀を足場に空中に跳び出した。




 次回から、エ・ランテル編が始まります。


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死の都 エ・ランテル編
もしクレマンティーヌが魔術結社の一員でなかったら


エ・ランテル編、始まります。

アンケート結果
ジナコ2
向井・鈴1
あいか2+1(私の票)
めめ1
高鴨穏乃(咲)1
イアリティッケ・シン・ゴルオット1
ディアンヌ1
漆原静乃1
ヴィクトリカ1
イオナ1
ナタリア1
滝川ノア1

よってペルソナ4より『中村あいか』に決定しました。

投票した名前が↑にない場合は、元々出番の予定があったか、複数のキャラクターを推していたために切り捨てられたと思ってください。

※ネタばれ回避のため、活動報告は削除しました。


 6月29日 21:43 エ・ランテル内周部

 

 アインズが森の賢王と呼ばれる魔獣、巨大なジャンガリアンハムスターを従えることになったりなどといろいろあったが、無事に漆黒の剣とモモンにナーベ、そして依頼人であるンフィーレアはエ・ランテルに戻ってくることができた。

 

「街に着きましたし、これで依頼は完了です。皆さんご苦労様でした。

 報酬の方はもう用意してあるのですが、約束の追加報酬の方をお渡ししたいので漆黒の剣の皆さんは今から、モモンさんとナーベさんは組合の方で森の賢王を登録してからお越しいただけますか」

「了解いたしました」

「はい、では私たちの方もただついていくだけというのもなんですから、ンフィーレアさんの店の方で荷物運びなどのお手伝いをしましょう」

 

 街に着いたアインズには、エ・ランテル内の安全性や責任の観点から森の賢王を自らの魔獣として登録する義務がある。ゆえに、漆黒の剣の人達のように依頼人であるンフィーレアに付いて行くことができないでいた。

 

「そんな、悪いですよ。わざわざ手伝っていただくなんて」

「いいんですよ。そうでもしないと、モモンさんにおんぶにだっこだった私たちが追加報酬をいただくなんて納得できませんから」

「それは……わかりました。でしたらお願いしますね」

 

 優し気な口調でンフィーレアに話しかける漆黒の剣のリーダー、ペテルの様子に、ンフィーレアは折れることとなった。

 

「ではモモンさん。私たちはンフィーレアさんのお店の方に先に行ってます」

「わかりました。私たちも終わり次第そちらに」

 

 アインズたち二人と漆黒の剣とンフィーレアの六人は、一時的に別れそれぞれ組合と店に向かう。

 

 アインズは漆黒の剣達の後ろ姿を見つつ、森の賢王の背中に乗りながら溜め息をついた。

 

(ここから、街中の視線に晒されながら組合まで行くのか)

 

 小さく溜め息をつきながら、彼はナーベラルに声をかけて組合へと向かう。

 

 案の定、随分と目立つようで道行く人皆に見られることとなった。

 もちろん、彼はその視線が森の賢王の力強さ(?)に驚いている物だと言うことは理解している。

 しかし、理解しているからと言って同意できるかは別の問題だった。

 

(異文化交流は難しいと言うけど、本当に心の底からそれを実感させられるよ)

 

 彼の主観では、森の賢王、つまりは巨大なジャンガリアンハムスターの上に乗っていることはただの羞恥プレイでしかないのだ。

 

「いや、悩んでも仕方が無いか」

 

 そう、悩んだところでどうにもならないのだ。

 冒険者モモンの力を見せつける以上、森の賢王であるこの魔獣から降りるという選択肢は無い。乗っているからこそ、従えていることを強調できているのだから。

 

 

 組合に着鬼建物の前に森の賢王を止めた後、ナーベラルに森の賢王のことを任せて組合の建物の中に入る。

 門にいた衛兵によれば、受付嬢に魔獣の登録をしたいことを言えばあとはほとんど組合がやってくれるらしい。

 

 受付嬢に魔獣の登録をしたいことを告げると、衛兵に聞いていたようにこちらから何かを記入したりせずともほぼ全てを組合がやってくれた。

 ただ一つ、魔獣の姿を登録するためにその姿を模写する必要があると言われたことだけが問題だった。

 

 模写の方法は、人の手によるものかマジックアイテムの手によるものかの二択。

 人の手によるものである場合、時間がかかり正確性もマジックアイテムの物に比べれば劣る。その代わり代金はタダだ。

 対してマジックアイテムによるものである場合、人の手によるものよりも正確ですぐに終わる。その代わり金がかかる。

 

 金欠である彼にはマジックアイテムを使用した模写はできないのだが、そうしなければ彼の評判にかかわる問題となる。万が一ケチだの守銭奴だのと騒がれてしまえば、のちにその評判を引き継ぐこととなるアインズ・ウール・ゴウンの名が傷つくのだ。

 

 しかし、無い袖は振ることができない。

 仕方がないので、苦しい言い訳だったが『芸術に興味がある』ということにして描いてもらうこととなった。

 

 予定では一時間半ほどかかるそうなので、いくつか厳命を――彼をモモンと呼ぶことや、むやみに人を傷つけないことなど―――下したナーベラルを先にンフィーレアの元へと向かわせ、彼自身は一時間半ほど待つこととなった。

 できればただ待つだけでなく組合内を少し見て回りたかったが、芸術に興味があると言ってしまった手前絵を書いている様子を眺めなければならなかった。

 

 そう言ったものの、正直に言えば彼は芸術に興味が全くないわけではなかった。

 彼がまだ人間であった頃、ろくに芸術について学ぶ機会など無かったためだ。ナザリックの支配者としての体裁があったためナザリックでは学ぶことなどできなかったが、彼としては支配者の教養の一つとしてある程度の知識を持っておきたかったというのもある。

 

 彼は、森の賢王のスケッチをする男性の手つきを見ながら、おぼろげにある芸術に関する知識と照らし合わせつつ観察していた。

 

 

 しかし、彼がそれを一時間半もの間続けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 6月29日 22:00 エ・ランテル外周部

 

 

「時間だ。では、死の螺旋を始めるとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 6月29日 22:17 エ・ランテル内周部 冒険者組合

 

 

 アインズが組合を訪れて20分程した頃、組合の建物に一人の衛兵が飛び込んできた。

 相当焦った様子で受付嬢の前に並ぶ冒険者たちを押しのけると、手に持った紙を受付嬢の前に叩きつける。

 

「組合長に、はぁ、はぁ、アインザック組合長に届けてくれ!! 緊急の依頼だ!!」

 

 受付嬢は衛兵の持っていた紙を見ると顔を青褪めさせ、紙をもって慌ててカウンターの奥に消えていった。

 

「……何かあったようですね」

「ええ、あの衛兵の様子からして相当大変なことがあったみたいですよ。衛兵が飛び込んでくるなんて、このエ・ランテルに来て初めてです」

 

 アインズが傍でスケッチしていた男に話しかけると、男は彼の言葉に同意したように言葉を返す。

 

 その時、アインズのある特殊技能(スキル)が敵の存在を捉えた。

 

「少し、失礼します」

 

 彼は男に一言断ると、組合の建物を出て通りの中心に仁王立ちする。

 

 彼の発する異様な威圧感に一般人は周りから離れ、近くにいた冒険者たちは興味深そうに見つめた。

 

「―――なるほど、街が安全地帯なのはゲームの世界だけか……」

 

 背負った二本の大剣を背中から引き抜き、両手に持って構える。

 その光景を見た周りの人間から、小さな悲鳴がこぼれた。

 

「おい、お前何をやっているんだ!!」

 

 彼の様子を見ていた冒険者たちの一人が、彼に声をかけた。街中で剣を抜くことは、冒険者組合の規約でもこの街の法でも基本的に禁止されているためだ。

 彼はその冒険者を一瞥すると、外周部の方角に向き直り応える。

 

「お前たちも戦う準備をしておけ。もうすぐ来るぞ」

 

 丁度その時、遠くから引き裂くような悲鳴が聞こえた。

 外周部の方向から聞こえたその悲鳴に、冒険者たちが思わずそちらを向く。

 

「そこにいる冒険者達、全員武器を取れ。民間人は街の中心部に避難するんだ」

 

 周りの冒険者たちは、彼の言葉に従い剣をとる。

 彼は(カッパー)の冒険者でしか無かったが、彼の放つ銅の冒険者とは思えない威圧感と遠くから聞こえた悲鳴に、冒険者達は従った。

 その様子を見た周りの一般人は、何か大変なことが起きていると感じて中心部へと歩き出す。

 

「……なあ、あんたは何が起きてるのかわかんのか」

 

 冒険者達の一人が、彼に不安げに声をかけた。

 

「ああ、この気配はおそらく―――来たぞ」

 

 その言葉に答えようとするが、彼は途中で言葉を切り身体の向きを変える。

 冒険者が彼の正面に視線を向けると、そこには動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)の大群の姿があった。

 

「アンデッド……墓地から溢れたのか」

 

 彼の隣から、呆然と呟く冒険者の声が聞こえる。

 

 彼はその冒険者を無視して、アンデッドの大群へと一歩踏み出した。

 

 

 冒険者たちとアンデッドの大群までの距離はおよそ100m、彼はその距離を瞬く間に詰め、アンデッド達をその巨大な剣で薙ぎ払う。

 剣の間合いにいたアンデッド達はその一撃で身体を二つに分けられ、そのすぐそばにいたアンデッド達は剣が起こした風によろめかされた。

 

 力任せに振るったがために起こったその隙に、彼は一歩進み多くのアンデッドを間合いに納める。

 

 そして、再び一閃。

 それは風を切り裂くような技に優れた一撃ではなかったが、風ごと薙ぐその一撃は力の弱い骸骨(スケルトン)には効果的なものだった。

 大剣の一撃により動死体(ゾンビ)の肉がミンチにされ、骸骨(スケルトン)は骨を粉砕される。アンデッドの大群は、彼一人により足を止めることとなった。

 

「……すげぇ」

 

 冒険者たちの誰かが呟く。

 両手に握った巨大な大剣を振るいアンデッドの大群を蹴散らすその姿は、まるで英雄の様だった。

 

「―――はっ!!」

 

 気合い一閃、片手に持った剣をブーメランの様に投擲する。

 もちろん、ブーメランのように投げたからといって剣がブーメランの様に戻ってくることはない。大剣は、彼の怪力により高速で回転しながら単に大群の中を飛んでいっただけだ。

 だが、アンデッド達にはそれで十分だった。

 

 回転する刃に飲まれたアンデッド達は、肉を裂かれ骨を砕かれ吹き飛んで行く。

 剣が飛んでいった距離は50m程、その範囲にいた50体近いアンデッド達は、一瞬で土に帰ることとなった。

 

 彼は、投擲した剣によってできた道を、左手に持った剣を振り回しながら駆ける。

 その様子は、まさに竜巻。剣を振るい辺りのアンデッドを切り伏せつつ、赤いマントをたなびかせて疾走していく。

 

「おい、俺達も行くぞ!! (カッパー)ばかりに仕事させんな!!」

「お、おう!!」

「エ・ランテルは、俺達の大切な街なんだ。突っ立ってるだけで何もしなかったなんて知られたら、笑いものじゃ済まねぇぞ!!」

 

 彼の様子を見ていた冒険者達は、彼の一騎当千の働きを見て動き出す。

 彼等の叫び声を聞いたのか、組合の建物中からも多くの冒険者達が出てそれに加勢していった。

 

「……ふん、雑魚アンデッドを片づけるだけでこれか」

 

 アインズは、剣を振るって黄光の屍(ワイト)を吹き飛ばしながら小さく呟く。

 内臓の卵(オーガン・エッグ)を挽肉に変え、崩壊した死体(コラプト・デッド)を文字通り崩壊した死体にしながら、彼は門へと続く道を見つめた。

 

 遠くの方をよく見れば、この大通りから外れ路地に入ってゆくアンデッド達の姿が見える。

 

 彼は、目の前の骸骨(スケルトン)を掴んで上空に投げ飛ばすことで空中にいたアンデッド化した吸血蝙蝠(ヴァンパイア・バット)を打ち落としながら、彼は冒険者たちに叫んだ。

 

「この中に野伏(レンジャー)はいるか!!」

 

 突然のその声に、冒険者達は目の前のアンデッドを切り伏せて安全を確保すると彼の方を向く。

 

「アンデッド達の中には、通りから外れて路地に入った者達もいる。もし野伏(レンジャー)がいるのなら、路地の探査をしてくれないか!!」

 

 彼のその呼びかけ、それに戦っていた冒険者の内の何人かが答えると、彼らは路地裏の方に消えていった。

 

 アインズはそれを見届けると、付近に出現した巨大なアンデッド、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)を出現と同時に斬り飛ばし、アンデッドの軍勢の中にいた百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)などの低位のアンデッドの中でも少し強いアンデッドを重点的に相手にし始める。

 彼一人でこの軍勢を相手にすることは可能だが、この大通り以外にもアンデッドがいることが分かった今それをすることはあまりにも非効率だからだ。

 

 冒険者モモンの名は、一時的にとはいえ一人でアンデッドの軍勢を抑えたことで十分に広がるだろう。

 ならば、次に重要になることはモモンの名を広める人物を少しでも生き残らせることだ。

 そのため彼は、ある程度の雑魚は冒険者たちに任せ、自分は路地などから回り込んでくるであろう伏兵となりうるアンデッド達を相手にするつもりだった。

 

「―――はあっ!!」

 

 声と共に剣を振り下ろしてゆく。

 彼は、骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)の馬を三枚におろし、骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)を弓ごと分断すると、別のアンデッドを目指し軍勢の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 彼と冒険者たちが大通りの軍勢を全滅させたのは、戦い始めてからおよそ20分程経ってからだった。

 アインズの心配は杞憂に終わり、路地に入っていったアンデッド達は野伏(レンジャー)達で対応できる程度の規模だったようで、彼らは大通りの殲滅が終わる少し前に戻ってきていた。

 

「―――申し訳ありません、アイ、モモンさ―――ん!!」

 

 大通りの殲滅が終わったころに、騒ぎを聞きつけたナーベラルと漆黒の剣が駆けつけてくる。

 ナーベラルは転移魔法まで使用してアインズの目の前に現れると、恐怖に染まった表情で跪いた。

 

 突如現れた絶世の美女に驚き、辺りの冒険者達は彼とナーベラルに注目する。

 

 彼女、ナーベラルの心は恐怖に染まっていた。

 彼女は本来、至高なる方々の盾となるべく存在する者だ。いくら彼女の主の方が強いとはいえ、僅かでも主が危険となる際に盾となる彼女がその場にいないなど言語道断である。

 

 跪く彼女に、アインズは声をかける。

 

「いやナーベ、お前に否はない。手持ち無沙汰となったお前に、ンフィーレアの所に行くよう告げたのは私だ。むしろ、命じられた事を守ったお前を賞賛するべきだろう」

 

 ナーベラルは、その言葉に感極まったように深く頭を下げた。

 

「さて、一旦組合の方で事情を聞くべきだな」

 

 彼は手に持った剣を背中に納めると、ナーベラルを引き連れて冒険者組合の方に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月29日 22:45 エ・ランテル内周部 冒険者組合

 

 組合には、多くの冒険者達が集まっていた。

 集まった冒険者たちの表情は硬く、今のエ・ランテルの危機的な状況を表現していると言えた。

 

 そんな冒険者たちの前に、ここエ・ランテルの冒険者組合長であるアインザックが現れる。

 

「さて、全員いるな。では話を始めよう。

 今回君たちに集まって貰った理由は、エ・ランテルを拠点とする冒険者である君達全員に指名依頼が入ったためだ」

 

 そこで一旦言葉を切り、アインザックは冒険者達を見渡すと再び口を開いた。

 

「依頼主と依頼内容は想像がつくと思う。

 ……依頼主は領主、依頼内容はこの街のアンデッドの掃討だ。

 現在、ミスリルの冒険者チームである『クラルグラ』と『天狼』が外周部との境界にある門の敵に対処しているが、戦況は芳しくないと報告が来ている。

 君たちは、まず『グラルグラ』や『天狼』と協力し門の付近の敵を片づけ、門を一旦閉門、その後日が明けたのち外周部の攻略に移ってほしい。

 

 もちろん、今回の依頼は指名依頼である以上君たちには依頼を拒否する権利がある。今回の依頼は過酷なものとなるために、自分では力が及ばないと感じる者もいるだろうから当然だ」

 

 その言葉に、冒険者たちの一部、(カッパー)(アイアン)の冒険者は安堵の息をついた。

 

 しかし、彼らは続く言葉で凍り付くこととなる。

 

「だが、その者たちは、今後この街で過ごすことは困難だと考えてほしい。

 この依頼は、エ・ランテル全体の危機に立ち向かうための依頼だ。冒険者組合としてはこの依頼を拒否した者を差別することは一切ないと確約するが、この街の住民たちが何を考えるかはわからんからな」

 

 アインザックはそう言うと、もう一度冒険者たちを見回す。

 

「さて、ではこの依頼を拒否するものは手を挙げてくれ」

 

 彼の言葉に、誰も手を挙げる者はいなかった。

 

「そうか、ならこの場にいる全員が依頼を受領したとして扱わせてもらおう。

 一応言っておくが、個々にカウンターで依頼の手続きをする必要はない。こちらでまとめてやった方が君たちも楽だろうし、何より時間の無駄だからな」

 

 アインザックのその言葉で、多くの(カッパー)(アイアン)の冒険者たちは顔つきを変えた。彼らがここに来てしまった時点で、もう逃げることはできないと理解したためだ。

 

「では、細かい説明に移るとしようか」

 

 アインザックはそう言って、冒険者組合長らしく強い眼差しで彼らを見た。



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もしクレマンティーヌがエ・ランテルにいなかったら

 6月29日 22:52 エ・ランテル内周部

 

 アインズとナーベは、内周部と外周部を区切る城壁の前にいた。

 彼らの周りには、(ゴールド)白金(プラチナ)の冒険者が並んでいる。

 

「では、行こうか」

 

 アインズが小さく、しかし力強い声でそう言うと、周りの冒険者たちが各々の武器を構えた。

 

 彼らの目的は、今目の前でアンデッド達に占領されている門を奪取し、門を一時的に閉ざすこと。

 現地で戦っているだろうミスリル級冒険者と協力して開門閉門を行う施設を奪還、門を閉ざした後に周囲のアンデッドを殲滅する手はずになっている。

 

「ではナ-べ、やれ」

「はっ、『魔法最強化・電撃』(マキシマイズマジック・ライトニング)

 

 しかし、アインズはそうする気はまるでなかった。

 

 ナーベラルが放った『電撃』(ライトニング)により、彼女の前方のアンデッド達が貫かれ消滅する。

 そうしてできたその道を、アインズは剣を振り回しながら駆け抜けてゆく。その速度はまさしく疾風のごとき速さで、周りの冒険者たちが気が付いたころには、彼らの目の前のアンデッドは粉砕されていた。

 

「おいおい……組合前での戦闘は本気じゃなかったって言うのかよ」

「嘘だろ、一体どんな武技使ったんだ」

「……すげぇ」

 

 瞬く間、それよりも早くアンデッドが死んでゆく。

 呆然とする彼らに、アインズの剣が起こした風が吹き付けた。

 

『二重最強化(ツインマキシマイズマジック)電撃球(エレクトロスフィア)』」

 

 冒険者達の隣からナーベラルの冷たい声が響き、彼女の両手から雷の塊が放たれる。

 雷はアンデッドの大群に命中すると、それらを跡形もなく吹き飛ばした。

 

 二人の姿は、まさに英雄。おとぎ話の十三英雄を体現するかのように、二人は20分程度で門の周りのアンデッド達を消滅させた。

 

「さて、こんなものか」

 

 アインズはそう呟くと、呆然とする彼らと呆けるミスリル級冒険者達を後目に門の前に仁王立ちした。

 

「ぼさっとするな。私は、ここでアンデッド達が街に入らないよう足止めを行う。お前達は、門の閉鎖か『天狼』の連中の治療を行え」

 

 彼の言葉に正気を取り戻した冒険者たちは、門の閉鎖と治療のために動き出した。

 

 

 彼の目的は、冒険者モモンの名を高めること。

 今回のような一つの都市の危機は、不謹慎な考え方かもしれないが、彼にとって恰好の舞台だった。

 

 

 

 アインズは、このアンデッド軍勢を戦士として蹂躙するために、とある魔法を行使していた。

 魔法の名前は、『完璧なる戦士』(パーフェクト・ウォーリアー)。レベルはそのままに、能力値を戦士の物に変更するという効果を持つ。

 発動中は魔法行使ができない、本職の戦士よりは多少能力値は劣る、彼らのように超常的なスキルなどは使用できないなどのデメリットがあるものの、魔法職の人間が高い身体能力を得ることができる貴重な魔法だった。

 

 アインズのレベルは100。魔法を使用しないそのままでの身体能力は、三分の一の30~35レベルに相当する。この世界における一般的な英雄と同程度だ。

 そのままでも十分に強いが、アインズは今回の場合それではインパクトに欠けると考え、この魔法を使用した。

 

「はぁぁ!!」

 

 門に近づくアンデッド達を蹂躙する。

 アインズには戦士としての心得はないために、単純に剣を振り回すだけでは何体か彼の脇を抜けていってしまう個体がいるが、それらはナーベラルが『魔法の矢』で処理するため問題はない。

 

 日頃のストレス発散も兼ねて、彼は全力で剣を振り回した。

 

 今のアインズは、レベル100の戦士に匹敵する身体能力を持っている。

 そんな彼が全力で剣を振るえば、それだけで嵐の様な暴風が起こり、肉を持たない軽いスケルトン系アンデッド達はその風に吹き飛ばされてゆく。

 

 彼が大地を強く踏みしめるだけで、足元のタイルは弾け飛び飛礫となってアンデッド達を襲う。

 

 今の彼は、まさに竜巻の様な災害的な強さだった。

 

 

 

 剣を振るい初めてからどれ程時間が経っただろうか、アインズの耳にプレアデスの一人、エントマ・ヴァシリッサ・ベータから『伝言』(メッセージ)が届く。

 

『アインズ様』

 

 彼は、一度戦士化の魔法を解除すると、自らも『伝言』(メッセージ)を使用してその言葉に答えた。

 

「エントマか?」

『はい』

 

 アンデッドの頭部を粉砕しながら、彼女の言葉に耳を澄ませる。

 

『お話ししたいことが』

 

 その言葉に、彼はアンデッドを吹き飛ばしながら少し考え、返答した。

 

「―――今は少し手が離せない。時間ができ次第私の方から連絡を取る」

『畏まりました。では、その時はアルべド様にお願いいたします』

 

 少し時間をおいて、エントマからの『伝言』(メッセージ)が続かないことを確認すると、アインズは再び自らに戦士化の魔法をかけ直した。

 

「もうそろそろ、門が閉じ始めてもいい頃合いだろう」

 

 アンデッド達を蹂躙するアインズのスキルが、城壁の門の開閉を行う部屋にいたアンデッド達が全滅したことを告げていた。

 

「―――おい、今から門を閉じる!! アンタもそろそろ引くんだ!!」

 

 男の声が、アインズの耳に届く。

 アインズは、一回転して近くのアンデッドを吹き飛ばすと、ナーベラルに向かって叫んだ。

 

「ナーベ!!」

 

 何を求めているかを言う必要はない。彼は、名前を呼ぶだけで伝わると確信していた。

 そして、彼の意志は確かに伝わる。

 

「『二重最強化(ツインマキシマイズマジック)―――」

 

 アインズは、再び一回転してアンデッド達を吹き飛ばすと、その場から跳び引く。

 

「―――電撃球(エレクトロスフィア)』っ!!」

 

 放たれた二つの稲妻の塊は、アンデッドの軍勢にぶつかると弾け、動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)達を跡形もなく消し飛ばした。

 

 多くのアンデッド達が吹き飛ばされた為、軍勢の攻勢が一旦途絶える。

 その隙に門が閉じられ、外側から空けられることの無い様にきちんと固定された。

 

 これで、この門からアンデッド達が入ってくることは無いだろう。

 

 門が完全に閉ざされると同時に、周りにいた冒険者達が喝采を挙げる。

 アインズ達が来るまで門のアンデッド達と戦っていたミスリル級冒険者達に至っては、涙さえ流していた。

 

 アインズは、手に持った大剣を背中に背負うと、周りの人間に気が付かれないように小さく息を吐く。

 

「喜ぶのはまだ早いぞ、他の門はまだ空いているんだ。

 全員怪我はしていないだろう。体力は有り余っているはずだ。

 ―――武器を手に取れ、他の門に移動する」

 

 興奮気味な冒険者達が、真剣な顔つきに戻った。

 

 そう、門は此処だけではないのだ。他の場所で頑張っている奴らもいる。

 

 門に来るまで、顔にこそ出さなかったものの、彼らの心は絶望一色だった。

 街に進行してくるほどの大量のアンデッド、その先にあるのは街の崩壊だ。知識のあるものは『死の螺旋』という言葉すら想い浮かべた。

 

 だが、結果はどうだ。

 その絶望は、一人の戦士、一人の英雄によって覆されようとしている。

 

 ―――英雄、モモン

 

 大剣を振るいアンデッド達をなぎ倒す彼の姿に、冒険者達は魅せられた。

 この絶望的な状況下の、たった一つの希望として輝いてすら見えた。

 

 ―――おおおおおぉぉぉ!!

 

 冒険者達は吠える。

 彼は、この街の希望だ。この窮地を覆す希望だ。

 彼がいるなら、この街にまだ未来はある。

 

 彼らは武器を手にとると、戦っているだろう冒険者達の元へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルでは、三つミスリル級冒険者集団が活動している。

 『虹』、『天狼』、そして『クラルグラ』だ。

 常にそのミスリル級冒険者達しかいないわけではないが、常駐に近い形で活動しているのはその三つだけであった。

 

 

 その『クラルグラ』のリーダーを務めるイグヴァルジという男は、エ・ランテルの街を内周部と外周部に区切る門の一つで多数のアンデッド立ちと戦っていた。

 

「―――くそっ、きりがねぇ。いったい何体いやがるんだ。ここは本来アンデッドが一番少ないはずだろ!!」

 

 『クラルグラ』が守る門は、外周部にある墓地とは正反対の位置にある。ゆえに、本来であれば襲い来るアンデッド達は一番少ないであろう場所だ。

 にもかかわらず、『クラルグラ』達には大量のアンデッド達が襲い掛かってきている。

 

「それだけ、敵が多いってことっ、だろ」

 

 イグヴァルジの仲間の一人が、手に持ったメイスで~骸骨(スケルトン)を破壊しながら答える。

 

「そうかよ、くそっ!!」

 

 ―――武技『斬撃』

 

 イグヴァルジは、武技によって強化された斬撃で目の前の黄光の屍(ワイト)を斬り裂く。

 

 『クラルグラ』達は、確実に一体ずつアンデッド達を始末してゆくが、あまりに多いアンデッドの大群にだんだんと街の中に押し込まれてゆく。

 『クラルグラ』の中に『火球』(ファイヤーボール)『電撃球』(エレクトロスフィア)の様な広範囲をまとめて攻撃できる魔法を習得している高位の魔法詠唱者がいれば話は違ったかもしれないが、そんな人間はこの場にいない。

 少しずつ、確実に彼らは死へと近づいていた。

 

「いい加減、消し飛べ糞アンデッドども!!」

 

 ―――武技『流水加速』

 ―――『斬撃』

 

 彼の切り札である武技、自らを加速させる能力を持つ『流水加速』を使用して、『斬撃』を使用しながら回転するような形で周囲の敵を切りつける。

 『斬撃』の力は強力で、彼の周囲の骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)を土へと返し、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)崩壊した死体(コラプト・デッド)を大きく傷つけた。

 

 怪我により身体のバランスが崩れたためか、一瞬その動きを止めた上位のアンデッド達を彼の仲間たちが攻撃する。

 

 少し高位のアンデッドが現れても、今のように連携することによってある程度戦えていたが、体力の減少と共に少しずつ『クラルグラ』達の限界は近づいていた。

 

 いや、もうその限界は近いのかもしれない。

 リーダーであるイグヴァルジを除いて、彼らの多くは体力の無駄な消耗を抑えるために、ほとんど何も言わずに黙々とアンデッド達を打倒していた。

 そう、つまり体力の限界を意識しなければならないほどに、彼らの体力は削られているのだ。

 

 

 

 そして、そんな彼らを絶望に追い込む存在が訪れる。

 

「う、嘘だろ……」

 

 それを見た『クラルグラ』のメンバーの一人が、呆然とした言葉で呟いた。

 

 現れたアンデッドは、『骨の竜』(スケリトルドラゴン)

 本調子の彼らであれば必ずしも倒せない敵というわけではないが、アンデッド達を相手に体力を消耗した彼らにとっては決して敵わぬ敵だった。

 

 しかも、今の状況では骨の竜(スケリトルドラゴン)を相手にする際に、同時にアンデッドの大群も対処しなければならない。

 

 骨の竜(スケリトルドラゴン)が大口を開けて『クラルグラ』の面々に襲い掛かる。

 

 彼らの瞳に、絶望が宿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんとか間に合ったようだな」

 

 直後、骨の竜(スケリトルドラゴン)に彼らの背後から投擲された漆黒の大剣が突き刺さる。

 その一撃を食らった骨の竜(スケリトルドラゴン)は、頭部を砕かれて消滅した。

 

 『クラルグラ』のメンバーたちは、自身の背後、剣が投擲された方向に振り向く。

 そこには、こちらに歩いてくる漆黒の鎧を身に纏う男と漆黒の髪をした絶世の美女の二人組、さらにそのあとに続く数人の冒険者の姿があった。

 

 男の手には、先ほど骨の竜(スケリトルドラゴン)に突き刺さった剣と同じものが握られている。おそらく、あの剣を投擲したのは男の方なのだろう。

 

「安心すると良い。此処からは、私が君たちの役目を引き継ぐとしよう。

 ナーベ、守りの魔法で『クラルグラ』達を守れ」

「了解しました、モモンさ―――ん」

 

 男は、ナーベと呼ばれるその女性に命令を下すと、『クラルグラ』の面々の前でゾンビたちに対する壁のように立ちふさがる。

 

「では、行くとしよう。―――はっ!!」

 

 

 

 そこからの光景は、まさに圧巻の一言に尽きた。

 

 彼がその剣を振るう度に、刃の間合いにいたアンデッド達が吹き飛び、同時に間合いの外のアンデッド達もその剣の起こす風で吹き飛ばされる。

 彼が一歩踏み込めば、人三人分程度の距離が一瞬で詰められる。目にも留まらぬ神速の一歩だ。

 

 彼の一つ一つの動きが、彼が英雄と呼ばれるにふさわしい能力を持つことを指し示していた。

 

 アンデッド達は、瞬く間にすべて土に帰ることとなる。

 

 

 

「これで終わりだな。次に行くとしよう」

 

 アンデッドを倒した後、鎧の男は女性を伴い立ち去る。

 後には、疲労困憊で倒れ伏す『クラルグラ』の男たちと、門を閉めに来たであろう数人の白金級冒険者を残すだけだった。

 

「あいつは、いや、あの人はいったい何者なんだ」

 

 『クラルグラ』の一人が、門が破損していないか確認している冒険者に声をかける。

 

「あの人の名前はモモン。傍にいる女性はナーベ。

 つい先日、組合に登録した冒険者だよ」

 

「モモン……」

 

 傍で聞いていた『クラルグラ』のリーダーであるイグヴァルジが、小さく彼の名前をつぶやく。

 

 彼は、英雄譚の十三英雄と同等の存在となることが夢だった。その為に、厳しい鍛錬にも耐え、くだらない雑用のような依頼も内心で悪態をつきながらではあるが堅実にこなしてきた。

 その努力が実を結び、ミスリルのプレートを手にするに至るまでになった。

 戦士としての、フォレストストーカーとしての実力も、そこらの森妖精(エルフ)に負けたりしないような域にまで達した。

 

 かのアダマンタイトの領域にまで到達できる、そう信じて冒険者としての道を突き進んできた。

 

 

 

 ―――だが、その思いは今日砕けた。

 

 モモン、先ほどの男の実力は、イグヴァルジも心を折るに十分な物だった。

 

 イグヴァルジは、モモンの領域には、本物の英雄の領域には絶対に到達できない。それがわかってしまったからだ。

 

「くそっ」

 

 拳を大地に叩きつける。

 考えてしまったのだ。自分は、あのような強さにまで至ることができるだろうか、と。

 

 彼には、モモンのような強さにまで到達できるだけの才能がない。世間一般的には才能がある存在なのかもしれないが、その才能はモモンの様な英雄にはほど遠い。

 

 物語の英雄は、現実には目にできない存在だ。たとえどれだけ強かろうと、自分の実力と比較したりせずにあこがれるだけで済む。

 しかし、実際に目にしてしまえば、比較せずにはいられない。自分は、絶対に英雄にはなれないのだと確信せずにはいられない。

 

 目を背け続けてきたその事実に、彼は目を向けなければならなくなった。

 

「……強く、なりたい」

 

 彼の背中には、いつもの様な力強さは無かった。




イグヴァルジとか、誰だかわかる人いますか?


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もしクレマンティーヌが朝日を見たなら

 今回は、金級冒険者に盗賊の男性、それと魔法詠唱者の女性という計三人ものオリキャラを出してしまいました。
 オリジナルキャラは出したくなかったんですけどねー



アニメとドラマCDだけしか見ていない人に補足
 都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアという人物は、いつもは『きょうはいいてんきだな、ぷひー』のように話をしています。


 6月30日 02:36 エ・ランテル内周部

 

「これで、全部か」

「はい、これで東西南北全ての門が閉じました」

 

 アインズは、傍にいた(ゴールド)の冒険者に確認を取る。

 その言葉に、冒険者の男は感極まったような顔で返答した。

 

 城壁を昇ってくるアンデッド達は、アインズを除いたこの街の鉄以下の全冒険者が対処することになっている。

 これで、ひとまずは安心できる状況にすることができたと言えるだろう。

 

「ふぅ」

 

 アインズは小さく息を吐く。

 この後は、銀以上の冒険者達は組合で休息を取り、一部の頭の働く人間は外周部の奪還計画の為の話し合いに参加することになっている。

 

 アインズとナーベラルは、ナーベラルが第三位階の魔法を行使できることから、ある程度の学を修めていると見なされているためか、この話し合いに呼ばれていた。

 

 アインズとしては、肉体的な疲労は無いが慣れない戦士としての戦いに精神的に疲れていたために、少しばかり休みが欲しいと考えていたが、冒険者モモンの名を高めるためにも呼ばれたからには行かなくてはならない。

 

 この場のことは此所にいる冒険者達に任せて、彼は組合へと急ぐ。

 話では、冒険者組合の長であるアインザックだけではなく、都市長や魔術師組合長なども参加するらしい。

 

「ナーベ、組合の方に行くぞ」

「はっ!!」

 

 リング・オブ・サステナンスを装備しているとはいえ、戦闘直後で多少は精神的にも疲れているだろうナーベラルを連れて行かなければならないのはアインズとしては少し心苦しかった。

 しかし、今回の話し合いで呼ばれているのは自分ではなくナーベラルの方であろうとはわかっていたので、その内心を押し殺し自分に付き添わせることにしていた。

 

 

 

 

 組合に着くと、奥の部屋に通される。

 その部屋では、何人かの冒険者たちが静かに話し合いをしていた。

 中心の机にここエ・ランテルのある程度詳細な地図が置かれ、彼らはそれを指でなぞったり叩いたりしながら意見を交わしている。

 

「む、たしかモモン君とにナーベ嬢だったか。疲れてこないと思ったが、良かった来てくれたのか」

 

 部屋に入ると、入り口のすぐそばにいたアインザック組合長に声をかけられる。

 

「はい、多少の疲れはありますが、まだ体力は十分にありますから」

「そうか、疲れているのにすまないな。

 ―――これで、全員揃ったな。それでは始めようか」

 

 組合長が、良く響く声で部屋にいる全員に告げる。

 豚のように太った都市長らしき男と壮年の魔法詠唱者、そしてナーベラル以外は、その言葉に背筋をただした。

 

「時間が惜しい今、悪いが前置きは省かせてもらう。

 今回、君たちを呼んだ理由は他でもない。このエ・ランテルを襲うアンデッド達をいかに効率よく排除するか、その手段を話し合うためだ。

 各々自由に案を出してもらって構わない。都市長のパナソレイ様の前だからと言って、言葉遣いを正す必要も、耳障りの良い言葉で彩る必要もない。本来は許されることではないが、緊急事態だからな。パナソレイ様からも許しは得ている」

 

 アインザックかそう言うと、豚の様な姿の男、パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが椅子から立ち上がり、鋭い目で冒険者達を見据えた。

 

「無礼講のように、今回は身分の上下を気にしなくてよい。帝国と法国の国境に位置するこの都市が落ちることは、王国存亡の危機にだともいえる。そんな時に身分がどうこうとは言ってられないからな」

 

 いつもの様な『ぷひー』といった様子はない。真面目な鋭い声だった。

 普段の彼の口調のことを知る人間は、その彼の様子に驚愕する。

 そして、今まで彼が猫を被っていたと思い至り、それと同時に現状はその猫を捨てなければならないほど切迫しているのだと再認識して表情を硬くした。

 

「そう言うわけだ。みなどんな些細な物でもいいから意見を出してほしい。

 では、まずは現状を整理しようか」

 

 アインザックは、部屋の中央にある地図に指を添わせる。

 まず彼は、外周部にある墓地を指さした。

 

「今回のアンデッドは、侵攻の傾向からして墓地で発生したものであると推測される。墓地の衛兵からの連絡が一切なかったために断定はできないが、これは間違いないだろう」

 

 そう言うと、アインザックは墓地から伸びる少し細い道と、それにつながる各所の門に結ばれている大通りを指でなぞった。

 

「そして、アンデッド達はこの通りを通って各門に進んだと考えられる。

 現状、アンデッド達の異様なまでの進行速度から考えると、アンデッドは外周部全域に広がっていると思っていいだろう」

 

 アインザックがそこまで言ったところで、部屋の中にいた冒険者の一人、漆黒の剣にいた魔法詠唱者のニニャが声を上げる。

 

「斥候は出していないのですか」

「出していない。こちらとしてはそうしたいが、アンデッドの軍勢をやり過ごすことができるような優秀な冒険者を街の外に出していられるほどの余裕はなかった。それに、レンジャーは野外での偵察を得意とする。市街地での活動は難しい。故に斥候を出すのは難しかったし、今後も難しいだろう」

「そうですか……わかりました」

 

 その会話を聞いて、アインズは声を上げた。

 

「発言してもよろしいですか」

「ああ、モモン君。断らずとも自由に発言して構わんよ」

「わかりました、では次からそうしましょう。

 レンジャーではなく、信仰系魔法詠唱者を集めて偵察するのはどうでしょう。彼らにはアンデッド退散がありますし、魔力系魔法詠唱者に比べて体力もある。あの大群を突破して戻ってくるだけであれば、簡単ではないかもしれませんが難しくはないのではないのでしょうか」

 

 アインズのその言葉に、アインザックは考え込む。

 

「つまり、強行偵察ということかな」

「ええ、アンデッド達の分布を確認できれば人員の振り分けもしやすくなりますし、最低でも軍勢の中にレイスがいるか否かだけでも確認しなければなりませんから」

 

 何故レイスがいるかを確認したいのか、その場の何人かが疑問を浮かべ、その場の何人かが理由に行き着き顔色を悪くした。

 

「レイスは物理攻撃を無効化するという性質を持っていますが、それだけではありません。物理的な障害物をすり抜けることが可能です」

 

 先程疑問を浮かべていた何人かが、驚愕する。

 

「城壁をすり抜けてくるというのか!!」

「そうしてもおかしくは、いえ、むしろそうしてくるの方が自然でしょう」

 

 アインズの発言に、部屋中が騒ぎ出す。

 

 そんな騒ぎの中、アインザックは声を張り上げて言った。

 

「静かにしたまえ!!」

 

 アインザックの急な大声に、部屋は一瞬静まり返る。

 

「騒いでも、事態は何も改善しない。

 モモン君の言うことはもっともだ。信仰系魔法詠唱者の偵察という案を採用するかどうかは別として、現時点で魔力の十分余っている信仰系魔法詠唱者に今からエ・ランテル内周部の見回りをさせよう。皆異論はないな」

 

 アインザックの言葉に、部屋の人間は無言でうなずく。

 彼は、手元の羊皮紙にアインズの知らない文字でメモをすると、側に控えていた組合員にそれを渡した。

 渡された彼女は、それを持って部屋の外に出て行く。

 

「では、話を戻そう。

 今から我々が決めるべきことは、如何にして外周部のアンデッドを殲滅するかだ。

 では、何か意見のある者は発言をして貰いたい」

 

 そうアインザックが告げると、金のプレートを身に付けた魔法詠唱者らしき男が声を上げた。

 

「では私から。

 やはり、アンデッド達の発生源と思われる墓地から片づけて、そこを起点に街を一周するような形でアンデッド達を片付けるべきではないでしょうか。

 発生源である墓地は、アンデッドの数……いえ、密度と言うべきでしょうか。一定の範囲内に存在するアンデッドの量がかなり多くなっているはずです。大量のアンデッドが存在することは、新たなアンデッドの発生を促すと言われていますし少しでもアンデッドが増えることを抑えるためにも、真っ先に墓地を潰す必要があると思います」

 

(……ん?)

 

 ふと、アインズは彼に違和感を抱く。

 戦士化の魔法を解除して魔法詠唱者としての感覚でその人物を見てみると、その人物は幻術で自らの姿を偽っているようだった。

 

(冒険者には訳ありも多い、というところか)

 

「そこにたどり着くまでの人員はどうする気だ?」

 

 そんな魔法詠唱者に、ミスリル級冒険者集団『クラルグラ』のリーダーであるイグヴァルジが問いかける。

 

「その点はモモンさんの案を借りましょう。信仰系魔法詠唱者を中心とした腕の立つ冒険者達で、一点突破を仕掛けます」

 

 自信ありげに彼は言う。

 そんな彼をイグヴァルジは鼻で笑うと、少し顔つきを真剣な物にして言葉を返した。

 

「それは難しいだろう。

 あの集団の中には、高難度かつ魔法に対する完全耐性を持つ骨の竜が居るはずだ。信仰系魔法詠唱者の魔法やアンデッド退散では骨の竜を退治できないだろ。

 うちにいる様なミスリル級の純粋な戦士ならまだしも、神官みたいな中途半端な戦士じゃ突破は不可能だ」

「だが、近接職に特化した戦士では、あの数のアンデッドを倒すのは無理だろう。信仰系魔法詠唱者でなければ、突破は難しいはずだ!!」

 

 言い争いを始めそうな二人に、盗賊のような装いをした人物が諌めるように割って入る。

 

「まあ落ち着け。騒いでもどうしようもならないだろ。

 とりあえず、あんたの案は信仰系魔法詠唱者集団による墓地の強襲、それでいいだろ。イグヴァルジさんも、あんたの言いたいこともわかるが、まずは考え得る案を全部出し切ろうぜ」

 

 その言葉に、二人は心を落ち着かせる。

 二人とも、この状況で言い争いを始めても得は無いと思い至ったのだろう。

 

 二人が落ち着いたところで、アインザックは口を開いた。

 

「二人とももう良いか。では、他に何か案はあるかね?」

 

 その言葉に、ニニャが声を上げる。

 

「でしたら、私も一つ。

 わざわざ拠点となる内周部から離れたりせずに、門の近くで戦って敵を少しずつ減らしてゆくべきではないでしょうか。

 倒さなければならない敵の数は増えますが、背後を気にせずに戦うことができ、場合によっては休みもとれるということはかなり大きいと思います」

 

 ニニャの言葉に、先ほどの魔法詠唱者が反論する。

 

「だが、それではアンデッドの増加量を越えられないのではないか?

 門の近くで戦っては、門の近くにいるアンデッドしか倒せまい」

「それは、門からどの程度戦線を広げるかによると思います。ある程度拡大すれば、倒す数の方が多くできるはずです。

 白金級以下の冒険者で下位のアンデッドに対応し、モモンさんやミスリル級冒険者の様な少数精鋭が遊撃として動いて骨の竜などの強力なモンスターを仕留めてもらうようにすれば、強力なモンスターに対処できると思います」

「遊撃部隊への連絡はどうする。何らかの素早い連絡手段がなければ、対応するのは難しいのではないか」

 

 今度は、都市長がニニャに問いかける。

 

 ニニャは都市長が入ってきたことに驚いて一瞬息を詰まらせたが、気を取り直して言葉を返した。

 

「それについては、魔術師組合長の力を借りたいと思っています」

「む、私の力かね」

 

 急に話題を振られた魔術師組合長のテオ・ラケシルは、ニニャの言葉に怪訝そうな顔をする。

 

「はい、魔術師組合に『警報』(アラーム)の魔法の改造をお願いしたいのです」

「ほう、『警報』(アラーム)をか」

「改造と言っても、そんな難しい物ではありません。

 もともと、『警報』(アラーム)の魔法は探知できる大きさが制限されています。無制限にしてしまえば、昆虫や微生物にも反応してしまうためです。

 魔術師組合には、この大きさの制限をもっと厳しくしてほしいのです。人以上の大きさでないと反応しないように」

「なるほど、だがどうする。『警報』の魔法では、あまり大きな範囲をカバーできないぞ。そこも改良するとなると、さすがに時間が足りん」

 

 ニニャは、そこで言葉を詰まらせる。

 『警報』の欠点はそこだ。あまり効果範囲が広くないのだ。戦線を拡大するならば、それを覆えるだけの効果範囲が必要となるだろう。

 

 言葉を詰まらせたニニャの案に、アインズは引き継ぐ様に告げた。

 

「効果範囲は必要ないでしょう。むしろ、範囲があまり大きくない方が良いのではないでしょうか」

「モモン君には、何か考えがあるのかね?」

 

 アインズの発言に周りの人間が注目する。

 背後を気にせずに戦えるというニニャの案は、それだけ魅力的だったのだろう。

 

「複数の魔法詠唱者で複数の『警報』を管理する様にすれば、範囲の問題は解決できます。

 それに、『警報』によってどこに反応があったのかを告げるよりも、各『警報』を番号かなにかで管理して、その番号を伝達した方が遙かに効率的でしょう」

「番号を振って管理するか……成る程な、確かに場所を細かく伝えるよりもわかりやすく迅速だ」

 

 アインズは、コンピュータがこの世界には存在しないためか、番号を振るという概念がこの世界にはないと感じていた。

 もしかすればあるのかもしれないが、少なくともそれは一般的な物ではない。宿屋に部屋番号という物が存在しなかったから、それは間違いないだろう。

 

「ニニャ、他に意見はあるかな?」

 

 アインザックがニニャに視線を向ける。

 

「いえ、私の案は以上です」

「そうか、では他に意見のある者はいるか」

 

 ニニャにこれ以上の意見が無いことを確認すると、アインザックは再び全体に問いかけた。

 

 その言葉に、今度は魔法詠唱者らしき女性が声を上げる。

 

「作戦の決行は朝なんですよね。だったら、――――――――――」

 

 彼女の発言。それに、まわりが一瞬凍りつく。

 

「すまない、それはどういう意味かね。少し意味が分からないのだが」

「すみません、言葉が足りませんでした。

 そもそも―――――――」

 

 彼女の言葉は、初めの方ははっきり言って眉唾物と言っていい物だった。

 しかし、彼女の言葉を聞いてゆくうちに、少しずつ周りの人間が顔を変えてゆく。

 

 アインズも、彼女の言葉を聞いて少し興味がわいてきた。

 彼女の行おうとしていることは、魔法の可能性を大きく広げるかもしれないことだ。これが本当に実現するのであれば、魔法というものに対する考え方を大きく変える必要がある。

 

「はははははっ!! そんな事ができるのか。それはもうその魔法ができる限界を超えているぞ!!」

 

 彼女が一通り話し終えたところで、その話を聞いていたラケシルが笑いだす。

 その笑いには、彼女を馬鹿にするような様子はなく、心の底から愉快でたまらないとでもいうような様子だった。

 

「いいだろう、私はこの案に賛成だ。アンデッドに有効な信仰系魔法詠唱者と違って、魔力系魔法詠唱者は余っているんだ。こんな面白そうな案に賛成しないわけがない」

「やめろラケシル。採用するかは後で決める。

 他に意見のある者はいるか」

 

 ラケシルの発言をアインザックは諌めつつ、彼はまた問いかける。

 今度は意見を出す者はいなかった。

 

「成る程、ではどの案を採用するか採択をするとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月30日 04:25 エ・ランテル内周部

 

「よろしかったのですか、モモンさん」

「ん、何がだ」

 

 墓地に最も近い門の前、そこに多数の冒険者達の姿があった。

 

「あの、漆黒の剣の下等生物が言いだしたこの案ではモモンさんは活躍できますが、後で実施されるあの下等生物(クソムシ)な女が出した案ではモモンさんは活躍できないのではないでしょうか」

「ああ、確かにそうだな。だが、彼女の言ったあの案が実現可能かどうか、私は非常に興味がある。

 活躍の場に関してだが、少なくともこのエ・ランテルの市民からは十分に名声を得ることはできている、これ以上は必要ないだろう。昨日の夜の行動だけでも、有名になるという目的を果たすには十分だ」

 

 そう言って、胸元にある自身の冒険者プレートを見る。

 プレートは、かすかな月明りを反射して白銀に輝いていた。

 

 話し合いの後、アインズとナーベラルにはオリハルコンのプレートが渡されていた。一騎当千の遊撃部隊の中に銅の冒険者がいると、士気にかかわるかもしれないためらしい。

 ただ、とあるオリハルコン級冒険者が少し前にプレートを紛失したと嘘をついて予備のプレートを根こそぎ集めたために、オリハルコンのプレートはエ・ランテルの組合には一枚しか残っていなかったようで、ナーベラルには代わりにミスリルのプレートが与えられていた。

 

 

 

 夜空が、ゆっくりと色を変えてゆく。

 それに合わせ、冒険者達の間で熱気が高まる。

 

「さて、話はそろそろ終わりにするとしよう。行くぞ、ナーベ」

「かしこまりました」

 

 城壁の向こうから、太陽が顔をのぞかせる。

 

「開門!!」

 

 衛兵の声が門の前に響く。

 

 冒険者達は一斉に駆けだした。




 魔法詠唱者の女性が考えた案は、皆さんは多分『こんなことできるかっ!!』と叩くと思います。そのシーンが来て、あまり批判が多いようならこの話は書き換えます。

 気になる人のために少しヒントを
 今回の話を書く直前、私はサンダーバードを見てました。


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もしクレマンティーヌがとある事実に気が付いたら

ま、まにあったぁ。
二日連続投稿です。休みの日とはいいものですね。


 門が開く。

 門の向こうからは太陽の光が差し込み、同時に多数の人の影も差し込んでいた。

 

 影の主はアンデッド、朝焼けの光と合わさり、その大群はとても不気味に見えた。

 

 

『二重最強化・(ツインマキシマイズマジック・)電撃球』(エレクトロスフィア)!!」

『火球』(ファイヤーボール)っ!!」

『魔法の矢』(マジック・アロー)!!」

『衝撃波』(ショック・ウェーブ)っ!!」

 

 魔力系魔法詠唱者達の魔法が、そんなアンデッド達に飛来する。

 

 数多の魔法は門の前にいたアンデッド達を吹き飛ばし、門の前に大きく開けた空間ができる。

 

「行くぞっ―――はぁっ!!」

 

 そこにアインズとミスリルの冒険者達が滑り込み、周りのアンデッド達を蹂躙して空間を大きくした。

 

「今だ、俺達も続くぞ!!」

 

 ―――おおおおおお!!!!!

 

 さらにその隙間に冒険者たちが入り込み、アインズ達に加勢する。

 

『魔法最強化・電撃』(マキシマイズマジック・ライトニング)

 

 ある程度冒険者達が戦えるだけの空間ができたところで、ナーベが第三位階魔法の『電撃』を放つ。

 電撃は門の前にいた集団を粉砕し、一本の道を作った。

 

 その道を、信仰系魔法詠唱者の集団が駆け抜ける。

 彼らはその道から門を円の中心としてアンデッド退散を行使しながら左右に広がると、とある魔法を通る道に仕掛けながら駆け抜けていった。

 これにより、門を中心に半円状の空白ができることになる。

 

 その空白に向かって、アンデッド達と戦っていた白金級以下の冒険者達が駆け出す。

 同時に、その空白の外側にいたアンデッド達も、その空白を自らで染め上げるかのように突撃する。

 冒険者は、再びアンデッド達とぶつかり合うこととなった。

 

「はぁ、はぁ、指定の魔法の設置を終えました。これで、大型のアンデッドが来たら感知できるはずです」

「ああ、ご苦労だった。後の動きは作戦通りに頼む」

「はぁ、わかり、ました」

 

 アンデッド退散という切り札があったとはいえ、アンデッドの大群の中を疾走したのは体力を激しく消耗したのだろう。彼等の多くは、ただ全力で走っただけにしてはあり得ないほどに体力をすり減らしていた。

 

 役目を済ませた神官たちは、門のすぐそばに置かれていた机の周りに集まる。

 机には、それぞれ『モモンとナーベ』、『虹』、『天狼』、『クラルグラ』と書かれた四つの石と、1~18までの数字が書かれた一枚の紙が置かれていた。

 

「例の『警報』(アラーム)の改造魔法は、ちゃんと予定されていた場所で使用したな」

「俺は大丈夫だ」

「私もです」

 

 一人の男が周りの魔法詠唱者達に確認する。

 彼らが行使した魔法は、予定された場所で使用することが重要だからだ。

 

「そうか、なら始めるぞ

 

 ……まあ、始めると言っても強めの敵が来るまでは俺たちの仕事は負傷者の治療だけだから、始めようとして始まる仕事じゃないんだがな」

「むしろ、私としては始まってほしくないですよ。治療も探知も、仕事がなければそれだけ安全な証拠なんですから」

「それは、みんなそう思っているでしょう。神に仕えるものであれば、人の不幸に喜ぶような考えはしていませんよ」

「そう、ですね。みんなもそう思って……仕事です。『伝言』(メッセージ)

 

 会話の途中で、女性の魔法詠唱者が『伝言』(メッセージ)の魔法を発動させる。

 同時に、机の上にあった『虹』と書かれた石を7の石の上に移動させた。

 

「モックナックさん、7番に移動してください」

 

 彼女は魔法により、前線で戦うミスリル級冒険者集団『虹』のリーダーであるモックナックに自らの言葉を飛ばす。

 そして、一度『伝言』(メッセージ)の魔法を解除すると再び彼女は『伝言』(メッセージ)を発動、同じ人物に同じ言葉を再度送る。

 さらにそれをもう一度、合計三回『伝言』(メッセージ)を発動させると、彼女は小さく息を吐いた。

 

「ふぅ、さっそく来ましたね」

「どっちが反応した? モモンさん達ではなく『虹』を送ったということは中型の方か?」

「はい、中型の方が反応しました」

 

 彼女の言葉を聞いて、周りの魔法詠唱者達は安堵の息をつく。

 

 彼らは、先ほど魔法を仕掛けた時三つの魔法を仕掛けていた。

 一つは、一般的な『警報』(アラーム)の魔法。

 二つ目は、人型よりも少し大きな対象を補足するように改造された『警報』(アラーム)

 三つ目は、骨の竜(スケリトルドラゴン)の様な大型のアンデッドに反応するように改造された『警報』(アラーム)

 

 彼らは、この三つを組み合わせることによって、前線の状況や出現したアンデッドの強さを判断していた。

 今回、彼女が捉えたのは二つ目のもの。中型のアンデッドが反応するであろう『警報』(アラーム)だ。

 彼女はそれからの警報を受けて、『虹』の面々をそのアンデッドが出現した7番、門を背に見て左から7番目の『警報』(アラーム)が展開されている地点に誘導していた。

 

 実はこの時、彼女がアインズに知らせなかったことには理由がある。

 『警報』(アラーム)の魔法には、本来敵と味方を識別する機能が備わっている。

 しかし、改造された『警報』(アラーム)の魔法には、突貫で改造された為かその機能が損なわれてしまっていた。

 そうなると身体の大きい彼は、必然的に中型のアンデッドに反応する『警報』(アラーム)に反応してしまう様になっている。

 だから彼が戦っている場所だけは、中型のアンデッドが来ていても魔法詠唱者達側にはそれを識別する手段が無かった。

 そのために、中型のアンデッドが来ているかもしれないその場所から、彼等はアインズを動かすことができないでいた。

 

「っ!! 10番、こっちも来ました、中型なので『クラルグラ』を借ります」

「13番こっちもです、『天狼』借ります」

「7番反応消えました。『虹』を動かしても大丈夫です」

「9番、モモンさんたちのところに大型の反応が……すみませんもう消えました」

「5番、中型です。『虹』さん借ります」

「11番、大型が出ました。モモンさんたちに連絡します」

 

 先ほどの彼女の言葉を皮切りに、一気にアンデッド達の反応が多発する。

 彼らは、慌ただしく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 6月30日 04:37 エ・ランテル内周部と外周部の境界付近

 

「―――ふんっ!!」

 

 アインズの右手の剣が薙ぎ払われる。

 剣は、周囲のアンデッドたちを挽肉のような姿に変え、剣の間合いの外にいたアンデッドたちを剣が起こした風で吹き飛ばした。

 

「はっ!!」

 

 そこから大きく一歩踏み込むと、続けて左手の剣を振るう。

 アンデッドたちは、挽肉となるか空を舞うかの二択を選ばされることになった。

 

『下級筋力増大』(レッサー・ストレングス)『二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃球』(エレクトロスフィア)

 

 戦っているのは、アインズだけではない。

 ナーベラルは筋力を強化する魔法でアインズを強化し、最強化を施した2つの雷の塊をアンデッドの大群の中で炸裂させる。

 

 炸裂した雷の近くにいたアンデッドは消し飛び、跡形もなく消滅した。

 

『モモンさん、11番に大型アンデッドが出ました。移動をお願いします』

 

 そんな時、どこかからか『通信』(メッセージ)が彼に届く。

 大型アンデッド、おそらく骨の竜(スケリトルドラゴン)が出現したのだろう。

 

「ナーベ、連絡がきた。11番地点に移動するぞ」

「はっ!! 畏まりました。『二重最強化(ツインマキシマイズマジック)()電撃』(ライトニング)

 

 ナーベラルが二筋の光を放ち、指定された場所までの道を作る。

 アインズとナーベラルは、周囲のアンデッドを蹴散らしながらその道を走った。

 蹴散らされたアンデッド達は、辺り一面に吹き飛びその偽りの命を消してゆく。

 

 

 駆け抜けた先には、3体の骨の竜(スケリトルドラゴン)の姿があった。

 

「ナーベ、左の2体の足止めを」

「畏まりました。『魔法の矢』(マジック・アロー)

 

 アインズは右の骨の竜(スケリトルドラゴン)に走り、ナーベラルは左二体の骨の竜(スケリトルドラゴン)『魔法の矢』(マジック・アロー)をぶつける。

 第一位階魔法でしかない『魔法の矢』(マジック・アロー)では、第六位階以下の魔法無効化する骨の竜(スケリトルドラゴン)を傷つけることはできないが、注意を引き付ける(ヘイトを稼ぐ)には十分だった。

 

「はああっ!!」

 

 アインズは一番右側の骨の竜(スケリトルドラゴン)に駆け寄り、右手の剣をその骨の竜(スケリトルドラゴン)に振り下ろす。

 アインズの一刀により、骨の竜(スケリトルドラゴン)は頭部から尻尾にかけて真っ二つにされることになった。

 

 同時に、アインズの左から轟音が鳴る。

 アインズが振り向けば、ナーベラルが引きつけていたはずの骨の竜(スケリトルドラゴン)の一体の頭部が、大きくひび割れているのが見えた。

 

「やっほー、随分と大変なことになってるわね。……ほんとに何があったのよこれ」

 

 その骨の竜(スケリトルドラゴン)の頭部には、黒いローブを羽織り、手に黒い西洋甲冑の籠手をつけたクレマンティーヌの姿があった。

 

「クレマンティーヌか!!」

「そうだよーって、きゃ!!」

 

 頭部を破壊された骨の竜(スケリトルドラゴン)が、その身体を崩壊させる。

 頭部に乗っていたクレマンティーヌは、その崩壊に巻き込まれて骨の山に埋もれることになった。

 

「……えー」

 

 思わず、『冒険者モモン』らしくない言葉が口から出る。

 

 とりあえず救出は後回しにし、アインズは骨の竜(スケリトルドラゴン)を切り捨てることにした。

 

 全力で大地を蹴り、空中で回転しつつその勢いを剣越しに骨の竜(スケリトルドラゴン)に叩きつける。

 その剣の一撃により、骨の竜(スケリトルドラゴン)はただの骨の塊と化すことになった。 

 

 

 崩れた骨の竜(スケリトルドラゴン)の周りにいたアンデッド達をナーベラルと協力して掃討し、骨の竜(スケリトルドラゴン)だった大量の骨を払いのける。

 

「ぷはー、窒息するかと思ったー」

 

 掘り起こされたクレマンティーヌは、瓦礫の中から立ち上がるとローブや服に付いた骨粉をはたいて払う。

 

「大丈夫だったか」

「あー、大丈夫大丈夫。怪我とかは無いから。

 で、今エ・ランテルで何が起きてんの? 街の中にこんなにアンデッドがいるって、普通じゃないでしょ」

 

 クレマンティーヌは辺りを見回して、アインズに問いかけた。

 

「詳しい話は、門の近くにアインザック組合長がいるからそちらに聞きに行ってほしい。見てわかると思うが、あまり説明している時間はないんだ」

「りょーかい。ならそっちに聞きに行くわ」

 

 クレマンティーヌはアインズに背を向けると、門の方に疾走していく。

 それを見届けたアインズは、アンデッドの大群に向き直るとそこに突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月30日 04:52 エ・ランテル内周部と外周部の境界

 

「ザックちゃん!!」

「その呼び方はやめろ!! ……と、クレマンティーヌか。丁度いいところに来たな」

 

 クレマンティーヌは、門の近くで指示を出していたアインザックに声をかけた。

 

「今街に来たばかりなんだけど、これって何があったの」

「細かい経緯は不明だが、昨夜にアンデッドの大群が街に攻めてきた」

 

 アインザックは懐から地図を出す。

 そこには、昨夜に侵入してきたアンデッドの種類と数が大まかに書き込まれていた。

 

「昨夜街に侵入して来たレイス系のモンスターの侵入場所はこのあたり。そして、最初にアンデッドが入ってきた門がこの場所だ。おそらくアンデッド達は墓地からきているのだろう」

「ふーん」

 

 クレマンティーヌはその地図を眺める。

 その様子を見て、アインザックは話を続けた。

 

「今冒険者達である程度アンデッドを削っている。ある程度数を減らしたら、アンデッド達の一番の発生源である墓地を制圧する予定だ」

「街の防御と、制圧した墓地に留まるはずの人達に対する補給はどうするつもり」

 

 アインザックからの話を聞きながら地図を見つつ、クレマンティーヌは彼に問いかける。

 

「街は門を閉めていれば問題ない。補給については、アンデッド退散の使用回数に余裕がある信仰系魔法詠唱者か、飛行の魔法が使用できる魔力系魔法詠唱者に任せることになっている」

「なるほどね……ん?」

 

 急にクレマンティーヌが動きを止める。

 地図のとある場所を見つめた彼女は、しばらくその動きを止めた後、真剣な表情でアインザックの方に顔を向けた。

 

「ザックちゃん。こんな緊急時に悪いんだけど、退治された動死体(ゾンビ)の死体を見せてもらえる」

「悪いが、疫病対策のためにゾンビ系のモンスターの死体はすべて処分されている。少し前に話し合ってそう決めたからな」

「話し合ったって誰とよ」

「冒険者の中でも、ある程度知識を持った連中全員とだ。この街にいる一般人以外のある程度知識のある人間を集めて話し合いを行ったんだよ、街の門をすべて閉めた後にな」

 

 その言葉を聞いたクレマンティーヌは、悔しそうな様子で奥歯を強く噛み締めた。

 

「―――悪いけどザックちゃん。この街滅ぶかもしれない」

 

 ―――武技、『疾風走破』

 ―――『能力超向上』

 

 クレマンティーヌはアインザックにそう告げると、その場から前線に駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 『中村あいか』、という少女がいる。

 日本にある小さな田舎町の、小さな中華料理屋の看板娘を務める少女だ。

 

 シャルティアを倒した後、クレマンティーヌはエ・ランテルの門に付くまでに僅かな時間だが仮眠を行っていた。

 その際、シャルティアという強大な敵を倒したためか、彼女の生まれながらの異能(タ レ ン ト)は新たな力を覚醒させていた。

 それが、その『中村あいか』という少女の力である。

 

 力と言っても、超能力的な何かではない。何かのカテゴリに分類するならば、という前置きを付ける必要があるが、その能力は洞察力や推理能力と呼ばれるものである。

 彼女は、客から出前の連絡が入った際、本人の声や電話の後ろの雑音、注文された時間帯などの限られた情報から客の居場所を特定するという人並み外れた洞察力を有していた。

 

 クレマンティーヌが苦い顔をしたのは、その能力からとある事実に気が付いたためである。

 

 彼女が注目したのは、出現したアンデッドの種類だった。

 

 出現したアンデッドの中に、たった一体だけであるが、この辺りには存在しない吸血蝙蝠(ヴァンパイア・バット)というモンスターをアンデッド化したものが含まれていたのだ。

 昨日のクレマンティーヌであれば見逃していたそれ、彼女はそこからとある推測をしていた。

 

「クソッ!! やっぱりだ!!」

 

 クレマンティーヌは、前線にいた動死体(ゾンビ)達の服装を見る。

 その内の一体は、ここエ・ランテルの貧民街ではない、明らかに王都の貧民街の様な極貧の場所に住む人々が着るような服装をしていた。

 

 クレマンティーヌはその場にいたアンデッド達を『四光連斬』で切り捨て、アインズがいた場所へと移動する。

 

 アインズの姿が見えたところで、彼女は大声でアインズにとある問いかけをした。

 

「モモンさん!! 組合で話し合いをしたときの人間の中に、幻術で姿を偽ってた奴いなかった!!」

「どうしたんだ、クレマンティーヌ」

 

 アインズは、目の前の内臓の卵(オーガン・エッグ)を引き潰すとクレマンティーヌの方を向いた。

 

「いいから答えて。いたの、いなかったの、どっち!!」

「あ、ああ。いたが……それがどうかしたのか」

 

 アインズの言葉に、クレマンティーヌは自身の表情を何かを確信したような表情に変える。

 

 

 

 

 

「―――今すぐ内周部に戻って。私たちはハメられたわ」

 

 

 雲が、少しずつ太陽を覆い始めた。



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もしクレマンティーヌがかつて『八本指』と関わりを持っていたら

 『六腕』と呼ばれる戦闘集団がいる。

 かつて、リ・エスティーゼ王国の王都をほしいままに牛耳っていた裏組織『八本指』、その警備部門に位置していた存在だ。

 

 "かつて"という言葉から来るように、『八本指』には今ではそこまでの力は無い。大きな力を持っていることは事実だが、その影響力はかつてとは比べものにならないほどに弱くなっていた。

 一昨年の春に起こった、とある貴族の暗殺事件。その時の騒動に紛れる形で、とある女性によって組織の構成員の大部分を殺害されたからである。

 

 ちなみに、検分された死体からその女性が何らかの刺突武器を得意とするようだということはわかっているのだが、今もなお女性が誰なのかはわかっていないらしい。

 顔どころか、姿形の一切がわかっていないようだ。

 

 

「その組織が、今回の騒動に関わっているというのか」

「おそらくね。スレイン法国の六色聖典とかズーラーノーンとか他に候補がいないわけじゃないけど、アンデッドの服装や種類から判断して、こんなことが出来るのはそいつら位よ」

 

 アインズとナーベラル、そしてクレマンティーヌは、周りのアンデッドを片付けながら会話をしていた。

 彼等の足は、内周部と外周部を区切る門へと向かっている。

 

「それで、どうしてお前はこっちが囮だと判断したんだ?」

「この事件が人為的な物であると仮定したら、誰でもそうするからよ。

 だってそうでしょう。アンデッドを支配する人間が、ことを起こした直後ならともかく、今この状況になってもなおこれ見よがしに墓地に留まっている理由なんて無いじゃない。

 それに、昨夜のアンデッドの出現した場所と出てきた種類が記録された地図を見たんだけれど、その中に骨の竜(スケリトルドラゴン)が此処とは反対側の門に出現したって記録があったのよ。墓地から遠いあの門に骨の竜(スケリトルドラゴン)が出現していたっていうのはいくら何でも不自然だから、あっち側に何かあるはずよ。そして、あっちに何かあるのなら、目立つこっちに拠点を構えているのはおかしいわ」

「なるほどな」

 

 ―――武技、『四光連斬』

 ―――『流水加速』

 ―――『脳力開放』

 

 クレマンティーヌの手に握られた剣が、赤い光を放ち四つの斬撃を周囲に降らす。

 同時に、彼女のローブから跳び出した歪んだ三日月刀(シミター)が、周囲のアンデッドを殲滅してゆく。

 

「話し合いの時にいた幻術を使っていたやつは、おそらく『六腕』の生き残りの一人、幻魔の二つ名を持つサキュロントでしょうね。

 ……サキュロントのことを知ってるガゼフがいたら、もう少し上手くできたかもしれないのに」

 

 苦々し気に、クレマンティーヌは呟く。

 

「安心しろ、そう悲観する必要はない」

 

 そんなクレマンティーヌに、アインズは余裕を持った声でそう告げる。

 

「どういうことよ」

 

 その言葉を聞いたクレマンティーヌは、不思議そうにアインズに問いかける。

 アインズは少し笑って、彼女に返した。

 

 

「なに、内通者がいることは予想外だったが、こちら側以外から攻めてくることは私も考慮していたのだ。それに対する対策はしてある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月30日 05:02 エ・ランテル内周部

 

 冒険者達が戦う戦場とは、街の中心を挟んでちょうど反対にある門、そこが急に大きな音をたてて破壊された。

 

 近くにいた住人などは、その光景に悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

 門を打ち破ったアンデッド、3体の骨の竜(スケリトルドラゴン)は、それに喜びの咆哮を上げた。

 

しかし―――

 

 

 

「―――喜ぶには、まだ早いでござる」

 

 白い影が骨の竜(スケリトルドラゴン)にぶつかる。

 ぶつかられた骨の竜(スケリトルドラゴン)は、その衝撃で胴体を砕かれ、隣の骨の竜(スケリトルドラゴン)にもたれかかるように倒れた。

 

「まだまだ行くでござるよ」

 

 白い影、森の賢王は、尻尾を鞭のように振り回して骸骨(スケルトン)の様な弱いアンデッドを駆逐しつつ、再び骨の竜(スケリトルドラゴン)へと突撃する。

 体当たりされた二体目の骨の竜(スケリトルドラゴン)は、城壁の向こう側に押し返された。

 

 その様子を見た三体目の骨の竜(スケリトルドラゴン)は、翼を羽ばたかせて空へと逃げようとする。

 

「逃がさないでござる!!」

 

 彼女――森の賢王の性別はメスである――は、建物を足場に大きく跳躍すると、空中で回転しその長い尻尾を骨の竜(スケリトルドラゴン)の頭部に叩きつける。

 尻尾の一撃を食らった骨の竜(スケリトルドラゴン)は、その一撃により大地に叩きつけられることになる。

 飛び立とうとした直前であったため、高さがそれほど高くなかったので落下による怪我は無かったが、骨の竜(スケリトルドラゴン)は尻尾の一撃により大きなダメージを負っていた。

 

「とどめでござるよ」

 

 その骨の竜(スケリトルドラゴン)に、落下してきた彼女の一撃が炸裂する。

 骨の竜(スケリトルドラゴン)は、その偽りの命を散らすこととなった。

 

 骨の竜(スケリトルドラゴン)を倒した森の賢王は、立ち上がって門の前に移動し、迫りくるアンデッドの大群と対峙する。

 

「森の賢王、今の名をハムスケ。殿の命により、此処から先は通さないでござるよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――森の賢王!? トブの大森林の三分の一を支配しているっていうあの?」

「ああ、その森の賢王だ。昨日まで受けていた依頼の途中でテイミングすることになった」

「森の賢王をテイミングって……うわー、なんと言えばいいか……流石はモモンさんかなー」

 

 ―――武技、『四光連斬』

 ―――『流水加速』

 

 四つの斬撃により、前方のアンデッドが斬り裂かれる。

 

 それと同時にアインズが剣を振りぬき、クレマンティーヌによって生まれた道を広げた。

 

「ところで、その組織に大打撃を与えた犯人は、刺突武器を使用する女性だと言っていたな」

「うん、それがどうかしたのー?」

 

「―――どうして、その犯人の性別をお前が知っているんだ。一切の姿がわかっていないのだろう?」

 

「………」

 

 クレマンティーヌは、手に持ったスティレットをローブの中に隠し、無言で目をそらす。

 

「単独で裏組織に打撃を与えるなど、お前はいったい何をしているんだ」

「な、なんのことかなー。私がそんなことするわけないじゃない。まったく」

「なら、目を逸らしていないでこっちを見ろ」

 

 

 ―――『最強化・電撃球』(マキシマイズマジック・エレクトロスフィア)

 

 

 すぐそばでアンデッドの集団を吹き飛ばすナーベの姿を目にしつつ、クレマンティーヌはアインズから目を逸らし続けた。

 

 

 

「と、とりあえず、私はザックちゃ―――アインザック組合長に話を通して、それからサキュロントの方を潰しに行くわ」

「まあいいか。なら、私は―――ちょうど今ハム、森の賢王から『伝言』(メッセージ)が入った。どうやら、向こう側からもアンデッドが襲撃を始めたようだ。

 アインザック組合長からの許可が取れ次第、私は反対側の門の方に行こう。ナーベはここで雑魚共の殲滅を」

「畏まりました」

 

 ―――武技、『脳力解放』

 ―――『流水加速』

 

 クレマンティーヌの周りを力なさげに浮いていた三日月刀が、空に階段のように並び始める。

 

「なら、私は先に行ってるわ。後で会いましょう」

「了解した」

 

 クレマンティーヌは、それを足場に空を疾走し始めた。

 

 途中、アインズの方から飛んできたアンデッドにぶつかって落下しそうになったが、何とか落下せずにアインザックの元へと向かう。

 門の近くに付いたクレマンティーヌは、アインザックに軽く事情を話して彼がいそうな場所を聞き出すと、彼に言われた場所の一つである魔力系魔法詠唱者の集団がいるはずの場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月30日 05:06 エ・ランテル内周部

 

 

『世界っていうのはね、意外と単純にできてたりするのよ』

 

 彼女の運命を変えた人は、かつて彼女にそんなことを言ったことがあった。

 

 

 夜にあった話し合いの中でとある突拍子もない案を出した彼女は、冒険者組合前で魔法詠唱者達に指示を出していた。

 

「―――準備終わりました」

「わかったわ。この後が大変だから、少しでも魔力を回復させるために休んでください」

「はい」

 

 その言葉が生かされたから今ここにいると考えると、少し顔が笑みを浮かべてしまうのがわかる。

 まさか、あの人は彼女がそんな研究をしているだなんて夢にも思っていないだろう。

 

 あの人の言葉は、あの人にとってはなんてことのない知識だったのかもしれないが、彼女にとっては自分の人生を大きく変える言葉だったのだ。

 

 先ほど報告に来た魔法詠唱者とは別の魔法詠唱者が、彼女に声をかけてくる。

 

「それにしても、よくこんなことを思いつきましたね」

「日ごろから、そんな研究ばかりしていますから」

 

 その言葉に、彼女は苦笑いと共に応えた。

 

 

 彼女は研究者だった。

 しかし、魔法詠唱者ではあるが魔法についての研究をしているわけではなかった。

 

 彼女がどのような研究をしているのかに触れる前に、まず彼女の持つ生まれながらの異能(タ レ ン ト)について触れる必要があるだろう。

 彼女のもつ生まれながらの異能(タ レ ン ト)は、素早く正確に計算を行うという物。商人の家系に生まれていれば役に立ったものではあるが、冒険者の家庭に生まれた彼女にははっきり言って役に立たないものでしかなかった。

 

 そんな彼女が研究者などを始めたのは、2年ほど前にとあるオリハルコン級の冒険者と仕事をしたことがきっかけだった。

 

『随分と便利な生まれながらの異能(タ レ ン ト)持ってるじゃない。

 ……ああ、()()()も欲しかったなぁ』

 

 彼女が自らの生まれながらの異能(タ レ ン ト)を言ったとき、その人は彼女にそう言ったのだ。

 なぜそう思うのかと彼女が問いかけると、その人は疲れ切ったような顔でこう答えた。

 

『だって、間違えずに素早く計算ができるんでしょー。二次関数とか物体の運動とか、すごく簡単に解けるようになれたらと何度思ったか。

 ……もし持ってたら中間テストとか、リディアンの入試とか絶対楽だったのになー』

 

 彼女は、その人の言葉にあった『物体の運動』という物を変に思った。

 なぜ、計算力と物の動きが関わってくるのだろうか。

 

『なぜも何も、物の動きは計算で求めることができるじゃない』

 

 彼女のその疑問に、その人はなんでもないかのようにそう答えた。

 

『ほら。例えば、空気のない空間で物を落下させた時の物の落下速度の二乗は、その物体が移動した距離にある一定の値をかけることで求めることができたでしょ。

 空気がある場合の落下速度も、求めた速度から空気の抵抗による減速を加味すれば求めることができるはずだし。

 後は…ばねとか。ばねに発生する力は、ばねを引いた距離からその値を出せたはずよ』

 

 その人のその言葉から、彼女の人生は変わった。

 

 

 いろいろとその人から知識を引き出した彼女は、依頼が終わるとすぐにそのことを確かめ始めた。

 そして、家で生活魔法を使用して作り出した空気の入っていないガラスの筒を使用して実験したところ、たしかに計算で物体の落下する動きを算出することができるのがわかった。

 

 それから、彼女の研究は始まった。

 研究内容は『世界の仕組みを計算で導く』というもの。

 次第に彼女は冒険者としての仕事も減らし、何時しか生活をするために必要最低限の依頼を受ける以外は、魔法の鍛錬と研究しかしなくなっていった。

 

 

「今回は、その研究の成果が発揮できるときですからね。少し興奮しているんです」

「へぇ。凄い研究をしているのですね」

「そういってもらえると嬉しいですよ。私の研究は、普通の人からすれば眉唾物の研究でしかないですから」

 

 これは、彼女の本心だ。

 彼女の研究をまともな物として受け入れてくれる人間は、本当に少なかった。

 彼女の最高の理解者であった両親ですら、研究その物はまともな物だとは見てくれなかったほどだ。

 

 実験して証明するまでは物事を数学的に証明できると言うことを信じてはくれなかったし、証明してからもそれがなんの役に立つのかと言われたりもした。

 

「そんな眉唾物の研究にも意味があると、私は示したかった。

 ―――そして今日、その機会が来ました」

 

 彼女は、自分の手を見つめる。

 そこには、金色に輝く冒険者の証があった。

 

 かつて、その証は別の色に輝いていた。彼女が研究に人生を傾け始めるまでは、金ではなくもう一つ上の証だったはずなのだ。

 後悔はしていない。一緒だった仲間たちとも、遺恨を残すことなく別れた。

 

 それでも―――

 

「ようやく私は、自分が追い求めてきたものは自分が置いてきたものに見合う物だと示せる」

 

 絶対に口に出すことは無かったが、正直なところ今回の事件には感謝している部分が、彼女の心の中には僅かではあるがあった。

 こんな機会でもなければ、彼女の研究成果は日の目を見ることは無かったからだ。

 

「なるほど。今回の作戦には、本当に強い思い入れがあるのですね」

「ええ、それはもう」

 

 彼女の言葉に、その魔法詠唱者は嬉しそうに笑う。

 

「でも、残念ですよ」

「ん? 何がですか」

 

 彼女は、何か嫌な予感を感じて魔法詠唱者の方に振り向く。

 

 

 

 

「そんなあなたは、ここで死ななきゃならないからな」

 

 

 

 目の前には、金属のきらめきがあった。

 

 

 しかし―――

 

 

『魔法の矢』(マジック・アロー)っ!!」

 

 彼の持つ短剣は、横から飛来した魔力の弓矢によって彼ごと吹き飛ばされる。

 

 魔法詠唱者の彼は、戦士のような動きで体勢を立て直すと、魔法の矢を飛ばしてきた方向に視線を向ける。

 そこには、僅かに恐怖の表情をしながらも、力強い視線で彼を睨みつける金髪の女性の姿があった。

 

「―――っ!? 『火球』(ファイヤーボール)

 

 彼が吹き飛ばされたこと、そしてその女性に助けられたことに気が付いた彼女は、男に向かって炎の塊を打ち出す。

 加えて、彼女の持つ生活魔法を強化、無詠唱化するマジックアイテムによって強化された『洗濯物を乾かす温風を発生させる』生活魔法によって、その炎は大きく燃え上がった。

 

「ちっ!!」

 

 彼は、その炎に対して短剣を投げつけることで、その炎を爆発させて無効化する。

 そして、魔力の無駄だと判断したのか自身にかけていた幻術を解除した。

 

 男の顔を見た女性は、その表情に浮かぶ恐怖をさらに強くする。

 彼女はその女性の顔を見て、男と女性に何か縁があったのだと感じた。

 

「お前、どうして俺が敵だってわかった」

 

 男は、その女性を睨みつける。

 女性の表情が、恐怖のためか一瞬固まった。

 

 彼女は、男の視線を遮るように男と女性の間に立つ。

 

「あなたの幻術が、そう上手いものではなかったからでは?」

「気付きもしなかったお前には聞いていない。俺が聞きたいのは、そこの女にだ」

 

 そう言って、彼は視線を更に強くする。

 

「もう、大丈夫です」

 

 彼女の後ろから、小さく彼女に話しかける声が聞こえた。

 

「無理はしない方が良いわ。あなたのその様子。昔、何かあの男と関係があったのでしょう」

「大丈夫です。

 私は、また後ろに隠れ続けるのは嫌なんです」

 

 強く、しかし彼女が蹌踉めかない程度の力で、彼女は女性によって押しのけられる。

 

「私がどうしてあなたのことを見破ったのか、お答えします。

 ―――それは、私があなたに会ったことがあったからです」

 

 そう言って、女性は手に持った身の丈ほどの杖を構える。

 

「二年前の王都。あの騒動の時に、あなた達が経営していた娼館で、私はあなたの戦い方をこの眼で見ていたからです」

 

 女性のその言葉に、男は何かを思い出したのか口角をつり上げた。

 

「そうか、お前はあそこの元娼婦か。

 まさか、こんな所で会うとは思ってもいなかったな。まったく、いったいどんな偶然だ」

 

 男の様子を見つつ、女性は言葉を紡ぐ。

 

「ただ、あなたがあの時の男だという確信はありませんでした。さっきこの人を殺そうとしたとき、無言で殺そうとしていればわからなかったと思います。

 ですが、幻術では声は隠せません。あなたのその声は、私の記憶に消えない記憶としてこびりついていますから」

「なるほど、今度は声の偽装ができるようになっていた方がいいか。

 教えてくれたことを感謝しよう。お前たち娼婦には、あの時あの女の足手まといになってくれたという借りもあるし、お礼に苦痛なく殺してやるよ」

 

 男、『幻魔』のサキュロントは、彼女たちへと剣を向けて歩き出す。

 

 彼女と女性、ツアレニーニャ・ベイロンは、サキュロントに杖先を向けた。

 




 絶対に感想で聞かれると思うので先に言いますが、ツアレニーニャ・ベイロンさんは攻撃魔法は『魔法の矢』しか使えません。二年前から魔法を習い始めたばかりなので。



 みなさんこんにちは、良い気分でイヴを過ごしていますか?

 ちなみに、私は最悪の気分です。駅前で彼氏彼女を待つ男女とか、吹き飛んでしまえとか思ってました!! ヒャッハー、カップルは消毒だぁー!!

 今回の話、ほとんどの部分は昨夜に酒飲んで書いたのですが、クリスマスを意識していたせいか何故か『ザイトルクワエ』がエ・ランテルに乱入してきました。80レベ乱入とか、エ・ランテル滅亡確定ですね。この、メリーくるしみますツリーめ!!



 長々と語るのも嫌な人がいそうですし、今回はここで終わろうかと思います。

 ではみなさん、Weiß hinteren Ladeexplosions(メリークリスマス)!!


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もしクレマンティーヌが奇襲をしかけたら

 前回あとがきより、誤字の訂正
 Weiß hinteren Ladeexplosions
  :メリークリスマス ×
  :リア充爆発しろ ○

 誤字をしてしまい、申し訳ありませんでした(棒)


 『幻魔』のサキュロント。

 『六腕』の一人で、その名のように幻術系の魔法を得意とする魔法戦士だ。

 剣の腕はあまり良いものではないが、幻術と合わさった彼の戦い方は剣技の差を覆すには十分な物だ。いくら第三王女付きの兵士とはいえ、一兵士の剣技にすら劣る彼がアダマンタイト級の強さを自称できているのは、この戦い方が非常に有能だということを強く示していると言えるだろう。

 

 それほどの力を持つ彼は、一昨年のとある事件である女性に殺されかけることとなった。

 

 六大貴族のブルムラシュー侯爵をはじめ、イズエルク伯爵やチエネイコ男爵など国王派反国王派関係なく計5人もの貴族が殺害された、その騒動の陰で起こったその事件。

 

 後ろ盾であった貴族が死んだことにより、上流階級の人間に対する対応に追われていたその頃。突然、王都にある八本指の施設が襲撃にあった。

 それも、一軒だけではない。王都にある八本指ゆかりの娼館、カジノ、銀行、商館、倉庫、隠れ家など、王都に存在する施設の約七割がその何者かによって破壊され、従業員の多くが殺害された。

 犯人の情報はほとんどなく、数少ない生存者の証言から黒いローブ姿の人間ということだけはわかった。

 

 当然、八本指側は黙ってはいられない。

 八本指は、警備部門の総力を投じてその人物の殺害に乗り出した。

 

 警備部門最強の『六腕』の六人だけではない。持ち得るコネを全力で使い、名のある傭兵や近隣諸国から手段を問わずにかき集めた100人近いワーカーを動員した。

 

 はっきり言おう。六腕の誰もが、これは過剰戦力であると感じた。この数を集めた『六腕』のリーダー、ゼロ本人ですら、ついやり過ぎてしまったと思ったほどだ。

 人一人殺すためだけに、こんな人数を集めるのは馬鹿のすることだ。この戦力では、もはやギガントバシリスクでも敵ではない。

 

 

 

 ―――だが結果論ではあるが、警備部門の長は馬鹿ではなかった。

 

 

 

 

 その人物との戦闘が終わった後、百人を超える者たちの内、生き残ったのは30人にも満たなかった。

 はっきり言えば、100人程度では足りなかったのだ。

 

 サキュロントは、その時の戦いの情景を今でも覚えている。

 

 仲間の一人、『空間斬』の二つ名を持つペシュリアンの鎧が、武技の籠っていないただの拳の一撃で穿たれるその光景を、『千殺』のマルムヴィストのレイピアが蹴り砕かれるその光景を、『不死王』デイバーノックの『火球』(ファイヤーボール)『電撃』(ライトニング)が舞うように躱されるその光景を、『踊る三日月刀(シミター)』のエドストレームの操る剣の結界が正面から打ち破られるその光景を、リーダーである『闘鬼』のゼロの切り札が、あの紫の輝きを放つ剣技で返り討ちにされたその光景を―――

 

 ―――そして、サキュロント自身の幻術が闇色の光に呑まれてゆくその光景を、彼はよく覚えている。

 

 

 その戦いの後、サキュロントは変わった。

 まず、強くなることに固執し始めた。何日もトブの森にこもったり、カッツェ平野に赴くこともあった。

 また、勝つことに貪欲になったとでも言うのだろうか、勝つためであれば毒でもなんでも使うようになった。

 それと同時に、これはサキュロントに限った話でもないのだが、生き残った『六腕』の仲間とコミュニケーションをとるようになった。無意識的か意識的かはわからないが、あの戦いから一人で戦うことの限界を感じ取ったのだろう。

 

 まさに、サキュロントという男は敵と自分に厳しく味方に優しい人間となったと言うべきだろう。

 

 

 それは、彼の持つ武器にも表れている。

 

 彼の腰には、あの時の戦いで折られたマルムヴィストのレイピア、薔薇の棘と同じ毒、同じ魔法付与が施された片手剣が吊るされている。

 また、それに追加する形で魔法蓄積の魔法付与も施されており、それにはデイバーノックの魔法、マジックアイテムにより強化された『電撃』(ライトニング)が込められていた。

 

 昔の『六腕』には無かった、仲間との協力という物がそこにはあった。

 

 

 変わったのは武器だけではない。身体能力や魔法、剣技もまた、大きく姿を変えていた。

 過酷な鍛錬の賜物か、彼の身体能力は魔法を使う人間とは思えないものへと進化していた。それはアダマンタイト級の戦士にはまだ及ばないものの、オリハルコンの領域を超えた、準アダマンタイト級とでも言われるようなものだ。

 また、彼の持ち味である幻術は、対象に幻の痛みを与えることすら可能となり、幻の攻撃だけで人を殺すことすら可能となった。

 そして剣技は、サキュロントをマルムヴィストが鍛え上げ、かの王国戦士長とまではいかないが、そこらの騎士では手も足も出ないものにまで進化していた。

 

 もはや、彼はあの時のサキュロントではない。

 アダマンタイト級、それを自称するにふさわしい男と言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――悪いけど、その今度はないかなー」

 

 気が付けば、サキュロントは地面に倒れこんでいた。

 肩からは強い痛みを感じ、足に至っては感覚がない。

 

「な、なにが……」

「戦士職を持っているとはいえ所詮は魔法詠唱者。スッといってドスッ、で終わりだよー」

 

 サキュロントの背後から、聞き覚えの声を感じる。

 そう、その声はまさしくあの時の襲撃者の声だった。

 

「ありがとうございます、クレマンティーヌさん。助かりました」

 

 あの娼婦がクレマンティーヌ、おそらく襲撃者であろう女に礼を言う。

 

「いいよー、ツーちゃんに時間稼ぎを頼んだのは私だしね」

 

 ……時間稼ぎ、だと。

 そうか、そのためにあの女はわざわざ幻術を見破った理由を言ったのか。俺に次がないから、そんなことを言って時間を稼いでいたのか。

 

「糞った、れ……」

「んー? まだ生きてたんだ」

 

 倒れ伏すサキュロントに、何者かが歩み寄ってくる。

 

 それに気が付いたサキュロントは、最後の力を振り絞り『伝言』(メッセージ)を発動させる。

 

「悪い、ボス。俺はここで―――」

 

 そこで、サキュロントの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 6月30日 05:23 エ・ランテル外周部

 

 アインズがそこに付いたとき、彼の目の前には大きく傷ついたハムスケの姿があった。

 

「無事か、ハムスケ」

 

 手に持った回復魔法の籠められたスクロールを使用し、アインズはハムスケの傷を癒す。

 

「殿……申し訳ないでござる」

 

 傷を癒してくれたアインズに、ハムスケは礼を言う。

 

 そんな二人の前には、()()()()()顎を鳴らしながら笑うフード付きの暗い色合いのローブを身に纏う男と、レイピアを腰にさす男の姿がある。

 

「ほう、貴様がそいつの飼い主か」

「ふむ、森の賢王を従えるにふさわしい威圧感を感じるな」

 

 ふたりの言葉を聞き、ハムスケをここまで痛めつけたのはアンデッドの軍勢ではなくこの二人なのだと確信する。

 

「なるほど、クレマンティーヌの言っていた通り、この事件は人為的な物だったか」

 

 息の荒いハムスケを手で下がらせると、アインズは背中に背負っていた剣を抜いた。

 

「やはり、人為的な物だと見破っていた者はいたのか」

「なら、この展開に持っていったサキュロントは、随分と上手くやったようだな」

 

 それを見た二人、ローブの男とレイピアの男は、各々の武器を構える。

 

「殺し合う前に、名前を聞いておこうか。

 私はモモン、オリハルコンの冒険者を務める者だ」

「ほう、戦う前に名のり合うとはまるで騎士の様だな。

 いいだろう、面白い。俺の名前は、マルムヴィストだ。短い間だが、よろしく頼む」

 

 レイピアの男は、アインズの言葉に名のり返す。

 

「……全くお前は、少しは情報という物を考えたらどうだ。

 はぁ、まあいい。誰かに伝えられる前に、ここでこいつを殺せばいいだけか。

 私の名前は、デイバーノック。さっきまでは逃がしてもいいと考えていたが、名前を聞かれたからには死んでもらう」

 

 そう言ったデイバーノックに、アインズは駆け寄りその手の剣を振り下ろす。

 レベル100の戦士となっているアインズの踏み込みは、デイバーノックには避けるすべはなかった。

 

 だが―――

 

「あめぇよ」

 

 ―――武技、『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『疾風走破』

 

 アインズの視界から、デイバーノックの姿が消え去る。

 彼の剣は、何もない空間を薙ぐこととなった。

 

「何?」

 

 彼が視線を横に向ければ、そこには何かに突き飛ばされたような体勢のデイバーノックの姿がある。

 反対には、突き飛ばしたような体勢のマルムヴィストがいた。

 

 アインズの身体能力は、彼らには捉えきれない筈だった。

 しかし、今そのはずの彼らにその姿を捉えられた。

 

「すごい身体能力だな、本当にお前はオリハルコンか?

 はっきり言って、お前の身体能力はアダマンタイト級の冒険者すら超えているぞ」

 

 アインズは、少しだけ警戒した様子でマルムヴィストを見つめる。

 そんな様子のアインズに、マルムヴィストは苦笑いを浮かべた。

 

「だが、技がない。一太刀でわかるほどに、剣の摂理がなってない。

 ああなるほど、だからオリハルコンなのか」

 

 ―――武技、『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 

 アインズにマルムヴィストが疾走してくる。

 それを迎撃すべくアインズは剣を薙ぐが、マルムヴィストはまるで燕のようにその剣を回避し、アインズの首元にレイピアを突き出した。

 

 その一撃は、アインズの鎧に阻まれ意味をなさなかったが、アインズに強い衝撃を与えた。

 

「ちっ!! 硬いな、今の俺の突きは鉄板すら難なく貫通できる威力があるはずなんだがなぁ……どんな鎧だよ、それ」

 

 

 

 

 マルムヴィストは、『六腕』の一人、『千殺』の二つ名を持つ男だ。

 彼の突きは、かの王国戦士長すらも上回る一撃と言われるほどの一撃で、王国有数の剣技の使い手だった。

 

 そんな彼もまた、サキュロントのように二年前に大きく心を傷つけられた者の一人だった。

 

 ―――圧倒的だった。

 

 彼の突き、それをあの時の襲撃者は何でもないかのように躱し、一撃で彼のレイピアを圧し折った。

 何もできなかった。何一つとして、その襲撃者には届かなかった。

 

 何が千殺だ。何がアダマンタイト級だ。

 

 そんなことを謳いながら、彼の剣技は何一つ通用しなかったのだ。

 それに苦悩し傷ついて、そして彼は強くなろうと決意した。二つ名に恥じぬ男になろうと決意したのだ。

 

 彼は、まず強くなるために武技に注目した。

 技術は短期間ではどうしようもない。長い鍛錬の果てで、初めて力となるものだ。

 しかし、武技は違う。武技であれば、短期間で大きく実力を伸ばせる。

 

 そうして、半年かけてあの時の襲撃者を殺すに足る武技を開発しようと努力した。

 その時に開発した武技の数は、50を超え100近い数に及ぶ。

 それほどの数の武技を開発し、その果てに彼は一つの武技の限界に気が付いた。

 

 次に、彼は同時に使うことを前提とした武技の開発を始めた。とあるアダマンタイト級の冒険者にヒントを得たのだ。

 手の指だけを強化する武技、動体視力だけを強化する武技、肩関節の稼働をよくする武技、髪を鋼のように強化する武技なんてものまで開発した。

 

 そして、そんな鍛錬を続ける中、彼はとあることができるようになっていることに気が付いた。

 

 それは、同一の武技の同時発動。『流水加速』をしながら『流水加速』を発動したり、『斬撃』を重ね掛けすることで威力を上げたりなど、不可能であったはずのことが出来るようになっていた。

 

 何か変なものでも食べてしまったのか、もしくは生まれながらの異能(タ レ ン ト)にでも目覚めたのか。

 何があったのかわからないが、それが自らの力となるのであれば、彼としてはなんでもよかった。

 

 それに気が付いてからは、精神力を鍛え始めた。10や20の武技を、苦もなく同時に使用することを目指し始めた。

 それは、苦難の連続だった。骨が折れたり血を吐いたりするのは当たり前、『能力向上』と『肉体向上』をそれぞれ5つ同時に使用したときには、筋肉で押し潰されて心臓の鼓動が止まってしまったほどだ。

 

 それでも、彼は努力を続けた。

 そして気が付けば、彼は最大で15の武技を同時に発動することができるようになった。

 

 まさに、今の彼はアダマンタイト級冒険者を越えた存在と言えるだろう。

 

 

 

「では、今度はこちらから行くぞ」

 

 ―――武技、『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力向上』

 ―――『痛覚鈍化』

 

 マルムヴィストの眼が血走る。

 彼の全身から、何かが軋むような嫌な音がする。

 

 そして、彼はアインズへと駆けだした。

 

 アインズに放たれるのは、神速の突き。

 しかし、それは戦士職となっているアインズには、落ち着いて行動すれば十分に防げる物だ。

 

 アインズは、その一撃を右手の剣で防ぐ。

 

 ―――しかし、その一撃は剣に触れると幻であったかのように消え去った。

 

「幻術だと!?」

 

 魔法蓄積。マルムヴィストのレイピアには、サキュロントの幻術魔法が込められていた。

 本来のアインズであれば見破ることのできたそれは、純戦士であるアインズには見破ることのできない物だった。

 

 マルムヴィストの本物のレイピアは、まだ引き絞られたままだ。

 マルムヴィストは、小さくその顔に笑みを浮かべるとアインズの目へと剣を突き出す―――

 

 

 ―――直前に、その場から跳び退いた。

 その直後、マルムヴィストがいた場所をアインズの左手の剣が薙ぐ。

 

「まじか、どんな反応速度してんだよ」

「ふぅ、すこし危なかったな。あの瞬間に幻術とは驚かされたぞ」

「それにすぐさま対応しておいてか? 驚いたなら驚いたような動きをしてくれよ。

 なるほど、身体能力で無理に戦っていただけではない、オリハルコンに相応しいだけの経験と実力はあるってことか」

 

 そう言って、マルムヴィストは懐からポーションを取り出して飲む。

 

「なら、きちんと全力で戦う必要がありそうだな」

 

 ―――武技、『痛覚鈍化』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『流水加速』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力向上』

 ―――『知覚強化』

 ―――『可能性知覚』

 

 15の精神力。その全てを使い、切り札の一つである可能性知覚まで使用する。

 

 武技の反動により、目から血の涙がこぼれ、彼の全身から大量の血液が噴き出す。

 そうしてできた傷は、先ほど彼が飲んだポーションにより、生じると共に治癒されていた。

 

「行くぞ」

 

 気が付けば、マルムヴィストの姿はアインズの目の前にあった。

 何かを考えている暇はない。アインズは、反射的に右手の剣で彼をなぎ払う。

 マルムヴィストは、その一撃を回避し、右手のレイピアをアインズの目へと突き出した。

 アインズは、そのレイピアが眼へと向かっていることに気が付くと、少しだけ頭を下げる。

 

 その結果、レイピアはアインズのヘルムの上を滑るようにして通過していった。

 

 再び、マルムヴィストは跳び退く。

 

「……本当に、どんな反射神経しているんだ」

 

 全身から血を滴らせているマルムヴィストは、それすらも気にならないような驚愕した様子で呆然と呟いた。

 

「それは、こちらが言いたいのだがな」

 

 ヘルムを抜けなかったことから考えて、マルムヴィストでは自分を殺すことはできない、とアインズは確信していた。

 だが、あの速度は問題だ。

 あの様子からしてかなりのデメリットがあるようだが、デメリットを負う程度で100レベルの世界に速さだけでも到達しているのだ。アンデッドの持つ精神沈静化によりもうそんな感情はないが、さっきまでアインズは心の底から驚いていた。

 

 どちらも、お互いをにらみ合う。

 

 そして、再び二人は衝突した。




話が進まない……もう、アインズ様視点とか書かなくて良いかな。この人、放っておけば勝つし。

さっさとクレマンティーヌをあの人達と戦わせたい。

あ、サキュロントの解説読んだ方はわかると思いますが、感想で何人か期待する声があったので、強引にアルシェを出すことにしました。

ただ、彼女を出す時に必ず言われるのでかなり前もって言っておきますが、私はアルシェが嫌いなわけではありません。恨んでも憎んでもいないです。


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もしクレマンティーヌが先に進んだら

二日連続投稿。
休みの日とはいいものだ。


 それは、まるで英雄同士の戦いだった。

 

 少なくとも、サキュロントを片づけてその場に駆けつけたクレマンティーヌはそう感じた。

 

 別に、彼等の動きを捉えることができないわけではない、だがもし自分があの中に入らねばならないとしたら、自身の切り札をいくつか切らねばならないほどの戦いだと感じていた。

 

 マルムヴィストが、人によっては剣先が数十はあるように感じるような速さでモモンに突きを放っている。

 モモンは、それを左手の籠手でそらし、弾き、時折右手の大剣で男のいる場所を薙ぎ払っていた。

 

 彼等の打ち合う音は、まるで暁美ほむらの使っていたサブマシンガンの発射音のように絶え間なく響いていた。

 

 そんな過酷な戦闘であるが、そのまっただ中にいるモモンのことをクレマンティーヌは一切心配してはいなかった。

 なにせ、モモンはアンデッド、それも刺突武器に耐性を持つスケルトンだ。マルムヴィストにとっては悲しいことかもしれないが、彼に勝ち目はない。

 側にいる魔法詠唱者、おそらくデイバーノックが加勢に入っても、彼は英雄級の魔法詠唱者であるモモンの前ではゴミ同然の存在。存在する意味すらないだろう。

 

「とすると、私がすべきなのは……」

 

 彼女は、門の先に視線を向ける。

 少し前に地図を見たところ、誰かが隠れられそうな場所は一つ、取り壊される予定の衛兵達の旧宿舎だけだった。

 きっと、そこに今回の事件の犯人がいるのだろう。

 

 クレマンティーヌは、モモンに『伝言』(メッセージ)で自分は先に進むということを伝えると、門を越えて宿舎の方に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふん!」

「はぁぁ!」

 

 モモンが剣を振り下ろし、マルムヴィストがそれを回避。

 剣を振り下ろしたためにできたモモンのその隙に、マルムヴィストはレイピアをヘルムの小さな隙間に打ち出す。

 モモンは、その一撃を全身を捻ることで回避、さらにその捻りを利用して左手の剣でマルムヴィストを薙ぐ。

 

「ちっ!」

 

 ―――武技、『即応反射』

 ―――『回避』

 

 マルムヴィストは『可能性知覚』を解除すると、新たに『即応反射』と『回避』の二つの武技を発動。

 モモンの剣の一撃は、その二つの武技を利用したマルムヴィストに回避されることとなった。

 

「はっ!」

 

 だが、モモンはそこで動きを止めることは無い。

 『即応反射』によりマルムヴィストが跳び退くと同時に、振り下ろした剣の柄を力強く握りしめ、一歩踏み込むと同時に腕を引き戻しながらマルムヴィストを切り払う。

 

「だから、どんな反射速度してんだよ!」

 

 ―――武技、『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 

 マルムヴィストは、『流水加速』以外の全ての武技を止め、『要塞』をいくつも同時に発動させることによりモモンの一撃を受け止める。

 しかし、マルムヴィストの身体は宙に浮いていたためか、剣に乗るようにして彼は投げ飛ばされた。

 

 空中に投げ飛ばされた彼は、姿勢制御系の武技を多重発動。軽業師の様な動きで、しなやかに着地する。

 

「うまく凌ぐものだな」

「オリハルコンには言われたくないんだが……正直、アダマンタイト級を自称していた身としては、この状況は感じるものがあるんだよね」

 

 対峙する二人、マルムヴィストはそんな中で、モモンという男の異常な成長速度に戦慄していた。

 

 対峙し始めた当初、モモンの斬撃はただの力任せな大振りでしかなかった。確かに速く力強い一撃ではあったが、『知覚強化』により強化された感覚を駆使すれば目を閉じても回避できた自信はある。素人以下と言っていい。

 だが、マルムヴィストが剣を振るたびに、モモンの剣技は、より洗練されたものへと進化していった。

 今のモモンの斬撃は、身体能力を一切視野に入れずに見ると(カッパー)……いや、(アイアン)の冒険者程度の技量はある。

 

 彼は、マルムヴィストと打ち合い始めてたった20分程度でここまで腕を伸ばしたのだ。規格外にも程がある。

 

「あんた……いったい何者だ。さっきはあんなこと言ったが、あんたはアダマンタイト級の冒険者としてやっててもおかしくないだけの能力は持ってるぞ。

 しかも、あんたはこの戦いの中で少しずつ強くなってきてる。それだけの才能がありながら、なぜ俺と戦い始めた時はあんなにも酷い腕だったんだ。あんたは、あまりにもちぐはぐすぎる」

 

 そして何よりも気になったのが、モモンという男はかなり接近戦には慣れているように感じたことだった。

 剣技などの技術の一切は素人だが、見切り、反応、剣技に直接的に関わってこない要素は熟練の腕を感じる。

 付け焼刃などではない、十年近く鍛えてきたような腕だ。

 

「さて、それをお前に言う必要があるか?」

「……無いな。ごもっともだ」

 

 マルムヴィストは、再び手に持ったレイピアを構える。

 そして、レイピアに施された薔薇の装飾の部分に込められた魔法蓄積を開放し、『伝言』(メッセージ)を発動させる。宛先はもちろん背後にいるデイバーノックだ。

 何かを言う必要はない。その魔法を使用したと言うだけで、言いたいことは伝わるだろう。

 

 手に持ったポーションを飲み、再び武技を発動する。

 

「では、行こうか」

「―――来い」

 

 マルムヴィストは、モモンに向かって疾走する。

 同時に、デイバーノックに操られた一体のスケルトンが、彼の背後から襲いかかった。

 

「ふん、賢しいな」

 

 モモンは、背後から襲い掛かるアンデッドを視界に納め、左手の大剣を振るうことでスケルトンを打ち払いながらマルムヴィストに突きを放った。

 

(剣を振りながら突きを放つとか、どんな怪力とバランス感覚してんだよ、糞っ!!)

 

 内心モモンに罵声を浴びせつつ、『可能性知覚』を打ち切り『回避』を二重に発動する。

 マルムヴィストはその刺突を彼の視界から外れるように回避、そして左側、つまりモモンから見て背後に回り込み、後頭部の左側へと突きを放つ。

 

 モモンの左腕は、右から左へ薙ぎ払うような動きをしている。さらに、彼の顔は若干左側を向いている。

 自然に考えれば、背後を向く必要がある彼は、顔を左に動かして背後を向くはずだ。マルムヴィストの一撃は、その瞬間を狙ったものだった。

 

「悪いが、それは読めている」

 

 しかし、モモンは右側から振り向いたため、マルムヴィストの突きは黒のヘルムを叩くことになった。

 

「ちっ!!」

 

 モモンは、振り返ると同時にマルムヴィストへと剣を振るっている。

 単純な薙ぎ払い、マルムヴィストはそれを紙一重で回避する。

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 そして、『即応反射』と姿勢制御のための武技を発動すると、モモンの剣の上に着地。彼の腕に足を絡め、そこを軸に回り込むようにして、左手の袖に隠していた短剣をヘルムの隙間めがけて突き刺す。

 短剣には、魔法蓄積により『酸の投げ槍』(アシッド・ジャベリン)という魔法が込められている。大地をも溶かす酸の一撃、浴びればひとたまりもないだろう。

 

「ふん!」

 

 しかし、その短剣が突き刺さることは無かった。

 モモンが全身を大きく回転させたために、組み付いていたマルムヴィストはひきはがされ吹き飛ばされる。

 さらに、空中に吹き飛ばされたマルムヴィストを追撃するように、モモンは右手の剣を振り下ろした。

 

 マルムヴィストを助けようとしているのか、モモンの背後からデイバーノックに操られているだろう三体のスケルトンが疾走してくる。

 

 いかなる手段かそれを察知したモモンは、背後のアンデッドを左手の剣で見ることなく切り伏せる。

 

 モモンのその一撃により、マルムヴィストへと振るわれた剣は彼がバランスを乱したためかわずかにぶれる。

 

 マルムヴィストは、デイバーノックの加勢に感謝した。

 この一撃であれば問題はない。モモンの一撃は、間違いなく防げる。

 

 ―――武技、『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 ―――『要塞』

 

 手に持った短剣に、『要塞』を多重発動。

 オリハルコン製のその短剣は、『要塞』の力によりその一撃を完璧に受け止めた。

 

 だが、マルムヴィストの身体は空中にある。

 先ほどと同じように、マルムヴィストの身体はモモンの剣により投げ飛ばされた。

 

 マルムヴィストは、姿勢制御系の武技をいくつか発動することで体に負担がかからないように着地する。

 

 吹き飛ばされた距離は、人の身長にしておよそ五人分ほど。

 流石にこの距離を瞬時に詰めることはできないのか、モモンはマルムヴィストに追撃を行うことは無かった。

 

「どんな身体能力してんだよ、ほんとに」

 

 何度目になるかわからないその言葉が、マルムヴィストの口からこぼれる。

 マルムヴィストの体重は、鍛え上げた筋肉のせいか、見た目と異なりかなりの重量がある。

 それを軽々と吹き飛ばしているのだ。いったいどれだけの身体能力を有しているのか。

 

「随分とうまく逃げるな」

 

 モモンがマルムヴィストに話しかけて来る。挑発のつもりだろうか。

 

「そうでもしないと、あんたに勝てそうにないからね。俺は防御は苦手だから、その剣に当たれば真っ二つにされちまうよ」

「ふん、何度も受け止めておいてよく言う」

 

 再び、モモンは構える。

 それに合わせ、マルムヴィストは突きの姿勢をとった。

 

「……」

「……」

 

 お互いが、無言で相手を睨む。

 

 ―――先に動いたのは、マルムヴィストの方だった。

 

「行くぞ!!」

 

 モモンの背後からスケルトンが切りかかると同時に、マルムヴィストは突きを放つ。

 もはや敵にすらならないと判断したのか、モモンはスケルトンの方を向くことなくマルムヴィストに斬りかかった。

 当然だろう。スケルトンでは、モモンの鎧に一切傷を与えることはできないのだから。

 

「ふん!」

 

 上から振り下ろされる右手の剣を、マルムヴィストは突きを中断して先ほどと同じように武技によって回避する。

 しかし、今回はモモンの左手が自由だ。連撃が来る。

 

 回避により隙ができたマルムヴィストに、モモンは左手の剣を薙ぐ。

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 『回避』を一つ解除し、その分の精神力を使用して『即応反射』を使用する。

 それにより剣を回避することができたが、『回避』を一つ削ったために、かろうじて避けることに成功したような形になってしまった。

 

 その体勢の崩れたマルムヴィストに剣を振り下ろすため、モモンは両の手を振り上げる。

 

 そう、全てはこのためだったのだろう。

 右手も、左手も、どちらもマルムヴィストの足を止めるための囮。本命は、この後の両手の振り下ろしだったのだ。

 片手の一撃であれば、マルムヴィストはほぼ確実に受け止める。しかし、両手であれば難しい。

 

 今までの連撃も、すべては両手で攻撃して来ないという印象を与えるためのものだった可能性もある。

 

 まさに、モモンの動きは見事な流れによって生かされた一撃だった。

 

 

 

 ―――それを見たマルムヴィストは、モモンには見えない程度に小さく笑みを浮かべた。

 

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 崩れた体勢を、武技によって立て直す。

 だが、マルムヴィストはモモンの一撃を止めるような体勢ではなく、突きを放つ様な体勢をしていた。

 

 モモンの背後に、一体のアンデッドが迫る。

 しかし、モモンは振り返ることは無い。そのアンデッドが、モモンの鎧の前には無力だとわかっているからだ。

 

 モモンは、アンデッドになど目もくれずに、マルムヴィストに剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 デイバーノックは、『六腕』の一員で『不死王』の二つ名を持つ死者の大魔法使い(エルダーリッチ)である。

 彼もまた、他の『六腕』達と同じく二年前の事件で大きく変わった存在だった。

 

 まず、魔法探求にこれまで以上に熱心になった。

 彼は、元々新たな魔法を習得するために『六腕』の一員になったのだが、いついかなる時もというほどには熱心に努力をしていたわけではなかった。

 しかし、その一件以来一年間の間は、いついかなる時も鍛錬のための魔導書を手放すことは無くなった。

 そのかいあってか、彼はついに第五位階の魔法の行使が可能となった。

 

 また、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)としての力も鍛えるようになった。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は、アンデッドを支配する力を持っている。

 有名どころでは、カッツェ平野の幽霊船などだろうか、人間には不可能な強さや数のアンデッドを支配することもあるのだ。

 

 そしてデイバーノックは、強くなるためにとあるアンデッドを支配しようと試みた。

 カッツェ平野に赴き、不死者を作成する魔法を何度も行使する。アンデッドが増えれば、強力なアンデッドが生み出されるためだ。

 そうやって、生み出されたアンデッドの中には、オリハルコン級が戦わなければ倒せないようなものまでいた。

 

 そして、そんな中でデイバーノックは、一体のアンデッドと出会った。

 それは非常に強大なアンデッドで、デイバーノックですら会ったときは支配できないと感じた存在だった。

 

 だが、それと同時にそのアンデッドを欲しいとも思ってしまった。配下としたいと思ったのだ。

 

 彼らは戦った。

 デイバーノックはそれまでに支配した全てのアンデッドを使用し、対するアンデッドはそれらに対してその強大な一撃を発揮した。

 

 そして、三日三晩の死闘の末、デイバーノックは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)としての支配力を、そのアンデッドに届かせることに成功した。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)という存在としての限界を超えたのだ。

 

 もはや、デイバーノックはそこらの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ではない、アダマンタイト級の実力者にふさわしい存在となったのだった。

 

 

 

 

 

 モモンの剣は、自然な動きで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何っ!!」

 

 モモンはその声に驚愕を浮かべる。

 

「がら空きだぜ」

 

 そして、その隙を見逃すようなマルムヴィストではなかった。

 『流水加速』以外の全ての武技を切り、新たな武技を行使する。『痛覚鈍化』すらもだ。

 

 マルムヴィストは、度重なる武技の副作用により激痛に襲われる。

 

 激痛により途切れそうな意識の中、それでもなおマルムヴィストは新たな八つの武技を発動した。

 

 それは、全身の負荷を考えない、突きを放つことだけを意識した武技の数々。

 武技の負荷により全身から血が吹き出る。目の前が色を失い、意識が薄れてゆく。

 

 だが、今しかモモンを倒すチャンスはない。この一瞬のために全力を尽くす。

 

 右肩の関節を、腕の筋肉を、身体の部分部分だけを強化することにより強化の倍率を上げた武技の数々。それは、マルムヴィストの突きをあの襲撃者以上の物に昇華する物だった。

 

 マルムヴィストが今から放つのは、彼の脳裏に焼き付いた最高の突き。一撃一撃はマルムヴィストの物以下であるが、連撃としては彼以上のものだと確信できるその技。

 それを、彼は此処に再現、いやそれ以上の物をモモンに放つ。

 

「行くぞ―――複合武技『マザーズロザリオ』!!」

 

 レイピアが紅に輝き、目にも留まらぬ高速の連撃がモモンの鎧の中心に放たれる。

 完全に同一の場所に放たれた20の突きは、モモンの鎧に穴を穿つ。

 

 薄れゆく意識の中、マルムヴィストはその穴へと短剣を差し込んだ。

 

 ―――開放、『酸の投げ槍』(アシッド・ジャベリン)

 

 モモンの鎧の中で、酸の槍が炸裂する。

 

 それにより身体を溶かされて死んだのか、モモンは動きを止めた。

 

 

 

「―――ぐヴぁ、ぐヴぇ、がぁ」

 

 マルムヴィストの口から、おびただしい量の血がこぼれる。

 武技の副作用によるそれは、彼の連撃にどれほど威力があったのか示していた。

 

 だが、そんな激痛の中でマルムヴィストの口に笑みが浮かぶ。

 

 そう、マルムヴィストはモモンを倒したのだ。

 あの襲撃者を上回るであろう強さの男を、彼は倒したのだ。

 

 それは、今日までの日々が無駄ではなかったことの証明だった。

 




【ネタバレ】しか(ry 


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もしクレマンティーヌが悲劇を目の当りにしたら

ぎりぎり、三日連続投稿。

今回は少し短いのですが、若干胸糞なので流れを断ち切るためにここで切ります。

それにしても、『しかし―――』って凄く便利ですね。


-追記-
閲覧数がいきなり増えたと思ったら、日間50位になってました。ありがとうございます。


 ―――複合武技『マザーズロザリオ』

 

 それは、マルムヴィストが生み出した、対クレマンティーヌ用の切り札だった。

 マルムヴィストが、『六腕』のリーダーであるゼロの一撃が破られたとき彼女が放っていた技、『マザーズロザリオ』を元に、それを超えるような技として開発したものだ。

 

 連撃数は、構想段階では22連撃、肉体の負荷のため実際には20連撃。威力は、一撃一撃がオリハルコンの鎧を貫通するほどの威力がある。

 

 計算では、王国の秘宝、アダマンタイトの鎧を貫通するに足る威力があることを考えれば、どれ程の威力があるのかよくわかるだろう。

 まさしく、かの究極の武技すらも上回る物であると言えるものだ。

 

 

 

 

 しかし―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――見事だったな」

 

 マルムヴィストは目を疑った。

 

 そこには、傷一つない鎧を身に纏ったモモンの姿があったからだ。

 しかも、声の調子からして大きな怪我を負っている様子はない。

 

「ばか、な。どうしてお前は生きている。魔法の直撃をくらった筈だろう。

 それに、その鎧は何だ。それは、それは俺の『マザーズロザリオ』で破壊したはずだ!!」

 

 マルムヴィストは、驚愕の表情でモモンを見つめる。

 モモンは、両手の剣を地面に突き刺すと、そんなマルムヴィストに落ち着いた様子で言葉を返した。

 

「不思議か? なら、答え合わせといこうか。『上位道具創造』(クリエイト・グレーター・アイテム)

 

 モモンがそう呟くと、彼の手に黒い大剣が出現する。

 

「なに……どういうことだ……」

 

 その光景に、マルムヴィストは理解が追い付かない。

 マルムヴィストの後ろにいたデイバーノックは、モモンのその様子を見てとある結論に至った。

 

「まさか、お前は魔法詠唱者だとでもいうのか!!」

 

 デイバーノックの言葉を聞いて、マルムヴィストは気が付いた。

 道具創造系の魔法、たしかデイバーノックの持ち歩いていた本の一冊にそんなものがあったはずだ。

 

 だが、マルムヴィストはそれを信じたくなかった。

 それが真実であれば、マルムヴィストは魔法詠唱者相手に近接戦闘において単独で勝利できなかったということになるからだ。

 

 魔法詠唱者相手に、戦士であるマルムヴィストが近接戦闘で敗北する。そんなことはあってはならない。そんなことが、あっていいはずがない。

 

「マルムヴィストっ!!」

 

 モモンの背後にいたアンデッド、死の騎士(デスナイト)の持つタワーシールドにより、マルムヴィストはデイバーノックの元へ吹き飛ばされる。

 次の瞬間には、マルムヴィストのいたところにモモンの剣が振り下ろされた。

 

「なんで……どうして……俺の剣は、アダマンタイトを超えたはずなのに……どうしてだよ」

「そんな事を気にしている場合ではないっ!!

 お前の剣は効かなかったのだっ!! それが全てだっ!!

 わかったら逃げるぞ。あいつは、俺たちの手に負える相手ではない。あいつは、あの時の女を超えた存在だ。

 

 ―――我がしもべ達よ、時間を稼げ!!」

 

 モモンの背後から死の騎士(デスナイト)が、上空からは五体の骨の竜(スケリトルドラゴン)が、周囲からは隠れていた疫病爆撃種(プレイグ・ボンバー)が殺到する。

 

 その隙に、デイバーノックはマルムヴィストを連れて飛行(フライ)の魔法で大空へと飛び立つ。

 

『完璧なる戦士』(パーフェクト・ウォーリアー)。良い反応だ。だが―――」

 

 マルムヴィストの背後で凄まじい轟音がする。

 見なくてもわかる。あの場にいるアンデッド達は瞬殺されたのだろう。

 死の騎士(デスナイト)辺りなら生きているかもしれないが、それも時間の問題だ。

 

「どうして……俺は……」

「動くな!! 速度が落ちる!!」

 

 そして、その時は本当に一瞬だった。

 

 マルムヴィストの胸から、漆黒の大剣が生える。

 おそらく、モモンがその手の剣を投擲したのだろう。

 身も心も折れたマルムヴィストは、そこで意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死の騎士(デスナイト)……他人に使われるとこんなに厄介だったとはな

 いや、ユグドラシルとは多少性能が変わったからこそ厄介になったのか? この辺りは要検証だ」

 

 辺りに散らばった死の騎士(デスナイト)の残骸を見つめる。

 近接戦闘を磨いていなかったアインズにとって、今回の展開は驚きの連続だった。

 

 特に驚きだったのは、死の騎士(デスナイト)を使用するまでのその流れだ。

 何度も雑魚のアンデッドをぶつけることにより、こちらの行動を誘導する。襲い掛かってくるアンデッドが、アインズにとって全く脅威とならない存在であると何度も印象付ける。

 

 そして、こちらが最高の一撃を放つタイミングで、外せば最も隙が生まれるタイミングで、『初撃を自身に誘導する』という特性を持つ死の騎士(デスナイト)を投入する。

 それは、モンスター使役型支援系魔法詠唱者の戦い方の一つと言えるだろう。

 

 アインズは、モンスターを戦闘で使用することはあるが、基本的にその膨大な魔法を駆使するような戦い方をする。その為、あまりモンスター主体の戦い方を研究したことはなかった。

 

「ふむ……剣士としても、魔法詠唱者としても、まだまだ研磨の余地がありそうだな」

 

 投擲して無くなった分の剣を地面から引き抜き、門の向こう、外周部の方を向く。

 アインズの視線の先には、一か所だけ不思議とアンデッドがほとんど存在しない場所があった。

 おそらく、そこが今回の首謀者たちのいる場所だろう。

 

「さて、先に進みたいが……」

 

 だが、壊れた門からは続々とアンデッドが侵入してきている。

 アインズがここを離れれば、エ・ランテルは崩壊するだろう。

 ハムスケに任せるのも手だが、少し前まで満身創痍だったうえに体力を使い果たしているハムスケには、それはあまりにも荷が重いだろう。

 

「仕方がない、増援が来るまで待つか」

 

 幸いというべきか、アインザック組合長からは増援が来ると言う言葉が貰えている。しばらくすれば、増援も来るだろう。

 

 アインズは、それまで門を塞ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月30日 05:39 エ・ランテル外周部 旧衛兵宿舎

 

「うん……やっぱりここみたいかなー」

 

 クレマンティーヌは、エ・ランテル外周部にある衛兵達の旧宿舎を訪れていた。

 

 宿舎には、何らかの結界が張られており、そこに何者かがいることを示していた。

 

「……これ、絶対『警報』(アラーム)あるよね」

 

 以前『八本指』の施設に乗り込んだ時は『警報』(アラーム)は無かったので、今回もそれを期待していたのだが、どうやら駄目そうだった。

 

「ま、入らなきゃ始まらないし、入るとしますかねー。

 ―――その前に、色々と小細工するけど」

 

 そう言って、クレマンティーヌは魔法の詠唱を始める。

 魔法と言っても位階魔法ではない。ユウキの魔法、アルヴヘイム・オンラインの魔法だ。

 

「よし、行くよー、『アビス・ディメンション』」

 

 宿舎の6分の1が闇にのまれる。

 それと同時に、クレマンティーヌは結界に足を踏み入れた。

 

 クレマンティーヌの魔法の効果範囲に誰かいたのか、悲鳴が聞こえてくる。

 

 その悲鳴を少しだけ心地よく感じながら、クレマンティーヌは宿舎の入り口の扉を蹴り破った。

 

「たのもー」

 

 もちろん返事はない。こちらも期待していない。この言葉は、あくまで様式美だ。

 

 外から見たところ、宿舎は3階建てでできていた。貴族が衛兵の宿舎に地下室なんて金のかかるものを作るとは思えないので、全3階で合っているだろう。

 

「じゃあ、まずは1階から探索しようかなー」

 

 腰から、刃のかけたスティレットを引き抜く。

 正直、普通の破損していない武器を使用したいのだが、これと同じ、もしくはこれ以上の武器は、『鹿目まどかの弓』を除くとクレマンティーヌの手には一つしかないのだ。

 そして、その一つは槍なので室内の戦闘には向かない。

 その為、少し嫌ではあるが仕方なくこれを使用している。

 

 以前使用していたオリハルコンでコーティングされたミスリルのスティレットもあるにはあるが、スティレットという武器があまり間合いの差を意識しなければならない武器ではないため、多少欠けていても変わりがない。

 むしろ、丈夫さを考えると欠けている物の方がいい。

 

 ―――武技、『知覚強化』

 -――『可能性知覚』

 

 五感と第六感を武技で強化し、1階をゆっくりと歩く。

 

「こういう緊張感、あんまり好きじゃないんだよねー。殺し合いとかの緊張感なら別なんだけど……」

 

 まず、食堂を覗く。

 席には人はいないが、椅子があるので誰かが此処を使用していたことは間違いないだろう。

 

 厨房も覗く。

 新鮮な食材がいくつかと、フライパンやまな板などが置かれているだけで、人の気配などは無かった。

 

 食堂を出ると、近くにトイレがある。

 此処に何かがあると第六感が働いているが、事情により後回しにする。

 

 しばらく行くと、談話室がある。

 中を覗けば、そこにはいくつかのルビクキューという娯楽道具、わかりやすく言えば、いくつかのルービックキューブが置かれていた。

 おそらく衛兵たちの忘れ物か、または此処を拠点としている連中の持ち物だろう。

 

「ルービックキューブと言えば……あのアンチクショウがよく弄ってたっけなー」

 

 左手に持ったベーコンの串焼きを食べつつ、漆黒聖典の一人である番外席次のことを思い出す。

 

 ふと、なんだか少し背筋が寒くなった気がした。

 どうやら、彼女はクレマンティーヌの中ではトラウマに近い何かとなっているようだ。

 思い出そうとするのを止め、残りのベーコンを一口で食べきった。

 

 談話室を出て、執務室らしき部屋に入る。

 此処は使用していなかったようで、机などの一切がなかった。

 

 それ以外の部屋も一つずつ調べてゆくが、人の気配は一切ない。

 クレマンティーヌは一階を歩き回り、そして最終的にトイレの前で足を止めた。

 

 男性用のトイレと女性用のトイレ、嫌な気配は男子トイレから大きく、女子トイレから小さく感じる。

 

「むー」

 

 これは、男子トイレの方から調べるべきなのだろうが……

 

「なんというか、最初に男子トイレの方に向かうのは躊躇われるんだよねー」

 

 仕方がないので、クレマンティーヌは女子トイレの方の扉を開けた。

 

 トイレは一人用ではなく、地球の学校や高速道路にあるサービスエリアなどと同じように複数の人間が同時に使用できるようになっている。

 個室は4つ。手前から3つは開いており、奥の一つだけは扉が閉まっていた。

 

 そして、何とも不吉なことに、その個室の天井から一本の縄が中に伸びている。

 

 これではまるで、中に首を吊っている死体があるようではないか。

 

「……」

 

 魔法の詠唱を始める。

 こういうのは、そのまま吹き飛ばすのが一番だ。箱は箱のまま、塵も残さず吹き飛ばすのが一番だろう。

 

 そして、詠唱を終える直前にクレマンティーヌの耳に小さな声が届いた。

 

「……けて」

 

 魔法の詠唱を一旦止める。

 その声は、個室から聞こえた。

 耳を澄まして、その声を聞こうとする。

 

「だ……、……けて」

 

 やっぱり、誰かいる。

 何故こんなところに人がいるのか、罠か何かではないだろうか。

 

 クレマンティーヌの中で、様々な思考がなされる。

 

 

 

 

 

 

 しかし―――

 

 

 

 

 

「―――たす、けて」

 

 

 

 

 

 助けを呼ぶ言葉に、その全てが消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 すぐさま個室のドアの前に立ち、スティレットを突き刺して個室の閂錠を破壊する。

 鍵は一撃で壊れ、扉のその部分に小さな穴が開いた。

 その小さな穴に指を入れ、強引に扉を引いて開ける。

 

 

 そして、そこでクレマンティーヌは驚くべきものを見てしまった。

 

 そこには、下半身を疫病爆撃種(プレイグ・ボンバー)に飲み込まれ、首に縄をかけられた少女がいた。

 

 あまりの光景に、クレマンティーヌの身体が固まる。

 

 第六感が、これが罠だということを訴えてくる。今から起こるであろうことの危険性を、彼女に強く訴えかけてくる。

 

 クレマンティーヌを見た少女の顔が、助けがきたことによる喜びで笑顔に染まり―――

 

 

 

 

 ―――そして、疫病爆撃種(プレイグ・ボンバー)が弾けた。

 

 

 

 疫病爆撃種(プレイグ・ボンバー)というモンスターは、肉でできた風船の様な外見をしたモンスターだ。

 彼らには直接的な戦闘能力はない。攻撃方法は、体当たりと自爆しかもっていない。戦闘をしたら、死の運命が確定するモンスターだ。

 

 だが、それ故にその数少ない攻撃手段、自爆は強力だ。彼らの体内には負のエネルギーがため込まれており、爆発と同時にそれを辺りに放出する。

 負のエネルギーは、生者にとって毒も同然。正に生きた爆弾とでも言うべきだろう。

 

 

 そんなものを至近距離で浴びたクレマンティーヌは、もちろん無事ではすまない。

 とっさに両手で指輪を守ったために指輪は無事だが、着ていたローブは破れ、露出していた顔や脚は負のエネルギーに犯される。黒い籠手などの装備は痛み、物によっては壊れてしまったものもあった。

 

 

 だが、クレマンティーヌにとってそんなことはどうでも良かった。

 

 彼女の目の前でこちらに微笑みかけた少女は、その爆発の直撃をくらうことになる。

 当然、ただの少女にそれを耐える手段は無かった。

 

 少女は負のエネルギーに毒され、全身が崩れ落ちる。

 

「あ、」

 

 咄嗟にクレマンティーヌは彼女の腕を掴むが、その腕は飴細工のように少女の身体からもげる。

 

 疫病爆撃種(プレイグ・ボンバー)という支えを失った少女は、地面に落下してゆく。

 途中で首の縄が締まったことで首が崩れ、床に叩きつけられた衝撃で少女の全身がばらばらになる。

 

 そして、その直後にクレマンティーヌの背後の壁が崩れ去り、そこから一人の男が飛び出てきた。

 

「隙だらけだぞ、おい」

 

 男の存在には、クレマンティーヌも気が付いていた。

 しかし、目の前で起きた出来事の衝撃と、負のエネルギーにより侵された身体は、クレマンティーヌがそれに反応することを許さない。

 

「ドラゴンの一撃だ。よく味わえ」

 

 男の身体がわずかに膨らむ。

 そして、彼の放った拳がクレマンティーヌの胸を貫いた。

 




残念ながら、次話ではゼロは『しかし―――』して殺されません。
何故なのかは、この場所がどこなのかを考えればわかると思います。


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もしクレマンティーヌが彼らと対峙したら

 【言い訳】

 更新遅れてしまいすみませんでした。
 実は、この作品に低評価を付けた方のご意見に、少し悩んでいたんです。

 『作品に対する愛が足りないな~』

 ……愛?

 とりあえず、カラオケでオバロのエンディングの某L×3だけを5時間ぐらい歌ってみました。何してるんだ私。
 それでもわからないので、何か設定に反したことがあったのかと考え、以前から買おうと思っていたアニメ設定資料(2700円)を購入。(設定資料集のくせにろくに設定なんて書いてありませんでした。面白かったです)
 その後、この話を一話から読み直していました。

 それで思いました。
 もしかしてこの作品を読んでくださっている方々の中の、書籍を手にしていない方々で、マルムヴィストさんが主人公側のメインキャラクターだと勘違いしている方がいたりするんじゃないか……と。

 なので、今後の書き方の参考のために、アンケート調査を実施します。
 内容は、読者の方々の中でどれくらい原作を読んでいる人がいるのか、という物です。
 可能であればで構いませんので、活動報告にあるアンケートに答えていただけると幸いです。

 ちなみに、原作において『六腕』のメンバーのうちゼロ以外のの5人は、戦闘開始後合計12ページで全滅しました。
 ゼロも似たようなもので、ワンパンチで死亡しています。


 このぐらい書けば、前話の鬱は消えたかな?

 では、シャーマニック・アデプトと言う名の何か&あの人vs魔改造クレマンティーヌ戦です。どうぞ。


 ゼロは、『六腕』のリーダーを務めている男だ。

 

 彼もまた、二年前のあの日にクレマンティーヌと対峙した一人だった。

 

 そして、仲間たちと同じように強くなることを決意した一人でもあった。

 

 サキュロントが、自らの剣技と幻術を鍛えたように。

 デイバーノックが、アンデッドに対する支配の力を伸ばしたように。

 マルムヴィストが、人間の限界を超えた武技を生み出したように。

 

 ゼロもまた、己の力を伸ばしていた。

 

 その一つが、ドラゴンの呪文印(スペルタトゥー)だ。

 呪文印(スペルタトゥー)というのは、生物の魂を閉じ込めたタトゥーのことで、彼はシャーマニック・アデプトのスキルによりそのタトゥーから自身に魂を憑依させることができた。

 ただ、ドラゴンと言っても竜王のことではない。彼がタトゥーに封じ込めたのは、霧の竜(フロスト・ドラゴン)の魂だ。

 

 ゼルリシア山脈の北方、そこには多数の霧の竜(フロスト・ドラゴン)が存在している。

 彼は、わざわざ自分でそこまで赴き、霧の竜(フロスト・ドラゴン)の一体を仕留めていた。

 その一体の魂が、彼のタトゥーの一つに封じられている。

 

 彼がクレマンティーヌに撃ち込んだ一撃は、そのドラゴンの魂を憑依させて放った一撃だった。

 ドラゴンの力、その力は強大だ。

 それ程上位の竜ではない霧の竜(フロスト・ドラゴン)の一撃ですら、大岩を軽く砕くだけの破壊力はある。

 

 

 

 しかし―――

 

 

 

 沈んだ意識を覚醒させる。

 胸を穿たれ死んだはずのクレマンティーヌは、自らの胸を穿っているその腕を掴む。

 

「何っ!?」

「ねえ……ちょっといいかな」

 

 ゼロは、咄嗟に腕を引き抜こうとするが、まるで地面に飲み込まれたかのように動かない。

 

「別にさぁ、囮とか罠とかが悪いとは言わないよ。有効な手だし、人様を散々拷問したりして遊んできた私が、そんなにとやかく言えた口じゃないのもあるしね。

 

 でもさ―――」

 

「がぁ!!」

 

 ゼロの右手が、クレマンティーヌの手により握り潰される。

 

「―――なんというか、凄く不快なんだよ、それ」

 

 ―――武技、『剛撃』

 

 武技によって強化されたクレマンティーヌの裏拳が、ゼロの顔面に襲いかかる。

 だが、その一撃は横から飛び入ってきた人影に邪魔されることとなった。

 

 人影が振るった槍によってクレマンティーヌの拳は逸らされ、拳はゼロの頭上を過ぎることとなった。

 そして、人影はゼロの手を引くことでクレマンティーヌからゼロを引きはがし、男子トイレ側まで勢いよく飛び退く。

 

「へえ、こんなところにいたんだ、隊長」

 

 人影、漆黒聖典の隊長は、クレマンティーヌに対して槍を構える。

 

「それはこっちが言いたいさ、クレマンティーヌ。まさか、あの吸血鬼から逃げ切ったとはな」

「―――そこ退いてくれないかなぁ。隊長の人間性は別に嫌いじゃないし、今はそっちの糞以外には興味はないんだけど」

「悪いな。今朝、本国からお前の捕獲、もしくは殺害命令が出た。だから、お前を見逃すわけにはいかないんだ」

「そっかぁ、任務かー。ならしょうがないかな。

 ―――じゃあ、隊長も死んでよ」

 

 腰に吊るしていた布袋から、一本の槍を取り出す。

 SF映画にでも出てきそうなその槍。クレマンティーヌの持つ武器の中で、随一の攻撃力を持つ槍。その名は―――

 

「『スポイトランス』、本気で行くわ」

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『流水加速』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 ―――『疾風走破』

 ―――『肉体向上』

 ―――『肉体超向上』

 ―――『知覚強化』

 ―――『可能性知覚』

 ―――『急所感知』

 ―――『回避』

 ―――『超回避』

 

 もはや、室内がどうとか関係ない。

 

「全力で、殺す。生きていることを、必ず後悔させてあげる」

 

 ―――武技、『竜牙突き』

 

 高速の二連突き、クレマンティーヌはそれを二人に向かって放つ。

 

「―――その武器は!?」

 

 驚愕に顔を染める隊長。彼はとっさにゼロを突き飛ばし、その反作用で槍を回避する。

 避けられた槍は、背後の壁に突き刺さりそれを粉砕する。

 

「ちっ!! 『グ』、俺に力を貸せ!!」

 

 ゼロが、身体を肥大化させてクレマンティーヌに襲い掛かる。

 

 

 グ、それはトブの大森林に住む『東の巨人』の異名を持つ伝説のトロール。

 かの森の賢王と同様にトブの大森林を納めるモンスターの一体と言われており、その腕力は大地を割るとも謳われていた。

 

 ゼロの左腕には、奇形の人型の様な呪文印(スペルタトゥー)が彫られている。

 もちろん、そこに封じられている魂は、『グ』のものだ。

 

 ゼロは、『グ』の持つ力の一つ、高速再生能力を用いて右手を再生。右手に刻まれたドラゴンの呪文印(スペルタトゥー)を解き放つ。

 

 それだけではない。

 左足に刻まれた八足馬(スレイプニール)呪文印(スペルタトゥー)、背中に刻まれた多頭水蛇(ヒュドラ)呪文印(スペルタトゥー)を解き放ち、自らの身体を肥大化させる。

 

「くらいな、猛撃一襲打!!」

 

 ゼロは右腕にそれらの力を集中させ、クレマンティーヌに解き放った。

 

 クレマンティーヌは、その一撃をスポイトランスで受け止める。

 

「うそっ!?」

 

 だが、その一撃は彼女の予想以上に強力で、スポイトランスごとクレマンティーヌを吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされたクレマンティーヌは、背後の壁に背中を打ち付けて一瞬息が止まる。

 その隙に、隊長はクレマンティーヌに槍を突き出した。

 

 しかし、それを安々と受けるクレマンティーヌではない。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 ―――『不落要塞』

 

 スポイトランスを持った右手が動き、隊長の一撃を受け止める。

 

「ならばっ!!」

 

 自らの一撃が受け止められたのを見た彼は、槍を引き戻し3連続で突きを放つ。

 クレマンティーヌは、それら全てを『不落要塞』で受け止めると、その場で一回転して背後の壁ごとゼロと隊長を薙ぎ払った。

 

「くっ」

 

 クレマンティーヌのその一撃を隊長が受け止め、それと同時にゼロがクレマンティーヌに拳を叩き込む。

 

「猛撃一襲打!!」

「『不落要塞』」

 

 その一撃を、クレマンティーヌは『不落要塞』を施したローブの残骸で受け止めるが、シャルティアの時と同じように突き破られてしまった。

 だが、さすがにその一撃にシャルティア程の破壊力があるわけではない。ゼロの一撃は、『不落要塞』の効果によりその威力を大幅に減衰させられる。

 

「ちっ!!」

 

 その一撃を、クレマンティーヌはスティレットで強引にそらし脇腹にぶつけさせる。

 脇腹はシャルティアとの戦いで金属化していたため、ゼロの一撃ではクレマンティーヌの身体に傷を負わせることはできなかった。

 

「さっさと死んでなさい、『空穿』!!」

 

 クレマンティーヌの槍が突き出されると、そこから旋風が巻き起こる。

 

 旋風により隊長は体勢を崩し、ゼロは吹き飛ばされる。

 

 本来、この武技は剣圧、いや槍だから槍圧とでも言うべきか、それを突きに合わせて放つという武技だ。

 クレマンティーヌは、今回その武技としての精度を意図的に落とし、空気の槍をただの風へと変えていた。

 

 体勢を崩した隊長を無視し、クレマンティーヌはゼロへと疾走する。

 その速さは、もはや人知を越えた速度に達していた。

 二年前のゼロであれば、クレマンティーヌのその動きに反応することすらできなかっただろう。

 

 しかし、クレマンティーヌの予想に反し、ゼロはその速さに反応する。

 

 吹き飛ばされたゼロは、クレマンティーヌの姿を視界に捉えると三度(みたび)その姿を肥大化させる。

 解放した呪文印は、『グ』、霜の竜(フロスト・ドラゴン)、そして右足のギガントバシリスク、胸の飛竜(ワイバーン)の4つ。

 飛竜以外は、生物の頂点に位置すると言っても過言ではないモンスター達である。それらの力を全て合わせた一撃は、アダマンタイトの鎧ですら防ぐことはできない。

 

 モンスター達の力により強化された知覚、それによりクレマンティーヌを捉えたゼロは、こちらに突き進むクレマンティーヌに対して自ら踏み込んだ。

 

 クレマンティーヌがそれに気が付いたときには、ゼロの姿は彼女の懐に存在した。

 

「前と一緒にしてんじゃねぇよ。舐めてんのか」

 

  以前のゼロにはできなかったという先入観、それを指摘しながらゼロはその拳をクレマンティーヌの顔面に叩き込む。

 

「っ!?」

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 クレマンティーヌは、反射的に顔面に『不落要塞』を施す。

 それにより威力を大きく削ぐことができたが、完全に受け止めることはできず文字通り鼻を折られ、吹き飛ぶことになった。

 

 吹き飛ばされたクレマンティーヌに、さらに背後にいた隊長が襲いかかる。

 

 

 神人である隊長の一撃は、『不落要塞』を突き破ることはできないものの、クレマンティーヌの身体を突き破ることは容易だった。

 

 隊長の一撃は、背後からクレマンティーヌを貫き、彼女の肺に大穴を開ける。

 

「退いてって言わなかった?」

 

 しかし、クレマンティーヌは肺に穴が開いた程度で動けなくなるような人間ではない。

 魔法少女である彼女にとって、肉体は外付けハードディスクのようなものでしかない。例えどれ程破壊されようとも、肉の塊でしかない身体など彼女の生死には一切関係ない。

 

 胸から突き出る槍の穂先を、クレマンティーヌは右手で握り潰す。ガングニールと化した両腕は、本来の彼の装備ではない槍など握力だけでゴミのように潰すことが可能だ。

 

 背後の隊長を蹴り飛ばし、その反作用により胸から槍を強引に引き抜く。

 同時に疾走、スポイトランスをゼロの首筋に叩きつけて首の肉を潰し骨を砕き、強引に首と胴体とを分断する。

 

 そして、宙を舞うゼロの顔面に槍を突き刺そうとして―――

 

 ―――『可能性知覚』により強化された第六感に従いその場から飛び退いた。

 

 直後に、彼女がいた場所をゼロの胴体が放った拳が通過する。

 

「なっ!? どうして……」

 

 胴体は、拳を放った手と逆の手で宙を舞う頭を掴み、元々あったように頭を胴体に合わせる。

 すると、潰された首の肉が再生し、クレマンティーヌに挽肉にされる前の姿に戻った。

 

「前と一緒にするなって言ったろ、クレマンティーヌさんよぉ」

 

 驚愕するクレマンティーヌを見て、ゼロは顔に優越感に溢れた笑みを浮かべた。

 

 スポイトランスの効果により心臓の傷と肺の穴が塞がるのを見つつ、クレマンティーヌは背後の隊長と目の前のゼロに意識を向ける。

 

「随分と変わったみたいね。二年前の時は、そこまで人間辞めてなかったはずなんだけど」

「お前に言われたくはないさ、心臓潰されておいて生きているお前にはな」

 

 昔の隊長はともかく、今の隊長は空気が読めるので、会話中に割り込んでくることはない。

 クレマンティーヌは、ゼロとの会話を続けながら、目の前の男をいかに苦しめて殺すかを考えていた。

 

「そっち違って、私の場合は首飛ばされたら生きているとは断言できないわよ。心臓ならどうにかなるけど、流石にそれはわからないかなー」

「よく言う、風花聖典の連中やそこの隊長さんから話は聞いてるんだ。お前は以前首飛ばされたことあるだろ」

「バレてるかー。いやー、ブラフにならないかと思ったんだけどな-」

 

 クレマンティーヌは、手に持ったスポイトランスを見つめる。

 そういえば、この槍はHP吸収以外にも面白い効果があったな。

 

 クレマンティーヌは、ゼロへと槍を構える。

 

「ってことは、私の手札はバレているわけね」

「ああ、そうだ。お前の手札は全部わかってる。

 だから覚悟するといいさ、クインティアの片割れさんよぉ」

 

 どうやら、クレマンティーヌの経歴も、コンプレックスも、彼には知られているようだった。

 『クインティアの片割れ』などと呼ばれれば、以前の私であれば激昂して殴り掛かっていたかもしれない。

 

 ―――武技、『穿撃』

 

 スポイトランスによる神速の突き、それをゼロに放つ。

 ゼロはその一撃を軽々と受け止めると、槍の突起を掴みスポイトランスを抑え込んだ。

 同時に、背後の隊長がこちらに駆けてくるのがわかった。

 

 しかし、それは無視。どうせ刺されても殴られても行動できるのだから構う必要はない。

 本国にあるであろうあの槍を持たない隊長では、魂をソウルジェムに加工していることを知らない以上、クレマンティーヌを殺すことは不可能に近い。

 

 クレマンティーヌは、槍を持った手とは逆の手に持っていたスティレットをゼロめがけて振り下ろす。

 ゼロはそれを掴むと、スティレットを持つ腕に強い力をかけてきた。おそらく、その腕力で強引にスティレットを圧し折る気だろう。

 

 だが、しばらく数瞬力を入れていたゼロは、急にその力を抜いた。

 当たり前だ。作りが雑とはいえ、それはガングニールの破片より作られた武器。かつて、神の武器であった物から作られた武器だ。シャルティアの様な規格外ならともかく、ゼロごときに折れるものではない。

 

 クレマンティーヌは、その隙にゼロの急所に蹴りを入れる。

 スティレットに意識が向いていたゼロには、それを防ぐ手段はなかった。

 

「―――うっ」

 

 ゼロの顔が、あっという間に真っ青になる。

 そうしてゼロの身体から力が抜けたその隙に、槍とスティレットから手を放してゼロの服の襟をつかんだ。

 そしてそのまま、身体を捻りながら背後にゼロの身体を投げる。地球で言う背負い投げの最後に、地面に叩きつけるではなく後ろに投げたと言えばわかりやすいだろう。

 

 投げられたゼロは、ちょうどクレマンティーヌの背後に迫っていた隊長ともつれあう。

 ゼロが漆黒聖典の誰かであれば連携もとれているだろうからこんなことにはならなかったかもしれないが、息の合うはずもない二人では、こういう状況には対応できなかったようだ。

 

 その隙に、ゼロの両腕を槍で強引に切断する。さらに、それに書かれた呪文印(スペルタトゥー)を生活魔法のスクロールで焼く。

 見たところゼロの回復に起点は腕にあるトロールの呪文印(スペルタトゥー)から来ているように感じられた。ならば、その腕を切断すれば回復することはできないだろう。

 

「がああぁぁっ!!」

 

 腕を切断されたことによる痛みのせいか、ゼロは大きく叫び声をあげる。

 クレマンティーヌはそれに心地よさを感じながら、彼を蹴り飛ばして隊長から引きはがした。

 蹴り飛ばされたゼロは、壁に背を打ち意識を失う。

 

 その直後に、いまだ体勢が戻らない隊長をスポイトランスで薙ぐように殴り飛ばす。

 スポイトランスによる一撃をくらった隊長は、壁を突き破り食堂の方に転がっていった。

 

 

「さて、これで邪魔は入らないかな」

 

 そういって、クレマンティーヌはゼロの腹筋にスポイトランスを突き刺す。

 

「啜りなさい『スポイトランス』」

 

 彼女がそういうとスポイトランスが一瞬輝き、そして次の瞬間、普通であれば石突があるはずの場所から血が噴き出し始めた。

 

 その痛みによって目覚めたためか、ゼロが声にならない悲鳴を上げる。

 クレマンティーヌはそれを嘲笑いながら、彼の口に安物のポーションを大量に押し込んだ。

 

「ふふふ、苦しいでしょー。うん、いい気味だねぇ」

 

 安物のポーションでは、ゼロの傷を癒すことはできない。しかし、その血を補う程度には回復させることができる。

 彼は今、血を抜かれた端から足されているような状況だった。

 

 ゼロは槍を引き抜こうと暴れるが、床に貫通するように突き刺さっているためか、両手のないゼロでは逃げ出すことはできない。

 

 足を懸命に動かして暴れるゼロ。

 クレマンティーヌはそれを見ながら、かつて漆黒聖典の一員として働いていたころのように楽しそうに笑った。

 

「うるさいなー。ちょっと黙ろうかー」

 

 暴れるゼロの口に、腰にある無限の背負い袋の中にあった薬草類を詰め込む。

 それにより、ゼロの声は少しだけ静かになった。

 

「これでよし、このまましばらく放置しておこーか。隊長と戦い終わるころには、もっと面白くなってるでしょ」

 

 クレマンティーヌはゼロに背を向けて食堂の方へ歩き出す。

 だが、廊下に出る直前に腕を強く掴まれ、彼女は足を止めることとなった。

 

 顔を振り返らせると、そこには大量の薬草を銜えて目を血走らせたゼロが、どうやって再生させたのかわからないが、両腕でクレマンティーヌの両腕を地面に這いながら掴んでいた。

 

 だが、彼女を掴んでいる両腕は、皮膚はなく筋肉がむき出しであまりにも無残な姿をしていた。

 おそらく、その両腕はかなりの無理をして再生させたものなのだろう。

 

「ほいふ、ほいふはへは……」

 

 薬草を口の中で動かしつつ何かを言ったゼロは、再生させた両腕を強く握りしめる。

 彼の怪力により、クレマンティーヌの腕に着けられていた黒い籠手が砕けた。

 

 だが、流石に腕そのもの、ガングニールの欠片でできた腕を壊すことはできなかったようで、彼はクレマンティーヌから手を放してうつぶせに倒れる。

 

「ちっ」

 

 クレマンティーヌは舌打ちをしつつ、倒れ伏したゼロを蹴りつける。

 

 蹴られたゼロは、また背中を壁に打ち付け、崩れ落ちるようにして座り込んだ。

 

 彼は、小さく目を開くと、不適な笑みをクレマンティーヌに向け、そして力尽きたように目を閉じる。

 

 そして、『六腕』のリーダーである彼は息を引き取った。

 




 ※これは、すべて女子トイレで起きた出来事です。





(感想で)ゼロは死なないと言ったな、あれは嘘だ。
申し訳ありません。気が付いたらゼロさん死んでました。どうしてこうなった。

そもそも、今回の話は『魔改造zero&「俺一人で漆黒聖典だ!」vs魔改造クレマンティーヌ』というかなりの激戦の予定だったのです。しかし、なぜかクレマンティーヌの圧勝に……
おかしい、何故だ、Why? レベルアップしたせいか?

あ、あれです。隊長は部下が逃げるための時間稼ぎに集中して、むやみに攻めなかったからこうなったんです。そうに決まってます。


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もしクレマンティーヌが胸の鼓動を響かせたなら

 年内に間に合わなかった……orz

 初詣にオバロのパーカーを着て行った馬鹿がいました。わたしです。


 さて、あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 今回の話、アインズ様が殺しにくることを気にしている方が多かったので、話の途中で挟む予定だった『ナーベラル&冒険者vsアンデッド軍団』をカットし、隊長戦に一応の区切りをつけることにしました。

 では、26話です。


「はああぁぁっ!!」

 

 突然、トイレのドアがはじけ飛び、そこから隊長が槍を片手に疾走してくる。

 

 手には、穂先のつぶれた槍。もはやただの棒と言ってよいその槍で、隊長はクレマンティーヌを突く。

 狙いは喉。躱される可能性は高いが、ダメージを与えるとすれば確かにそれは正解の一つだろう。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 クレマンティーヌは、『不落要塞』をかけた腕でその一撃を受け止める。

 

「へぇ、随分似合ってるじゃない、その化粧」

 

 隊長の顔は、小麦粉の袋でも頭から被ったのか真っ白になっていた。

 また、彼の鎧は油も被ったのか、妙に光沢がある。

 

「女装はもう勘弁してほしいんだがな……」

 

 戦闘中とは思えない会話をしつつ、隊長とクレマンティーヌは拳と槍を打ち合う。

 

 クレマンティーヌは、左手でこぶしを握り隊長の突きを弾き、逸らし、それによりできた隙に蹴りを叩き込む。

 隊長はそれを石突で受け止めたり躱したりしながら、首や目などの急所を執拗に突き続ける。

 

「はっ!!」

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『豪腕剛撃』

 

 武技で拳を強化、白く染まった隊長の顔を血で赤く染めようと殴り掛かる。

 

 隊長は、その一撃が放たれる直前にクレマンティーヌの左肩を突き、拳を振うことができないよう彼女の動作を妨げる。

 クレマンティーヌの使用した『豪腕剛撃』は、腕力を大きく強化する武技だ。もし、隊長が槍と拳を打ち合わせていたのなら、彼は拳を防ぐことはできず、槍も無残な姿となっていただろう。

 だが、武技による強化がなされていない場所に対して槍を当てて行動を阻害することにより、彼はその強化された筋力に正面から相対することなく拳を止めていた。

 

「ちっ」

 

 クレマンティーヌは、舌打ちしつつ蹴りを放つ。

 隊長は、その一撃を槍を使って受け流しながら一歩下がることで躱し、槍を回転させることでクレマンティーヌの蹴りによって加速した槍の勢いをそのまま攻撃力として転化、自分の筋力を上乗せして彼女の顔面に槍を薙ぐ。

 

 クレマンティーヌは、左腕でそれを受け止める。隊長のその一撃にはクレマンティーヌの腕を破壊するほどの威力は無かったものの、蹴りを放った直後のため片足でバランスをとっていた彼女の体勢を崩すには十分なものがあった。

 

「―――っ!!」

「驕りがすぎるぞ、クレマンティーヌ。腕がなまったんじゃないか?」

 

 隊長の槍が、クレマンティーヌの心臓を突く。

 先ほどクレマンティーヌが穂先を潰していたためにそれが貫通することはなかったものの、その衝撃により穴の開いた壁の向こう、男子トイレ側まで吹き飛ばされた。

 

(……身体能力では差はほとんどない。むしろわずかにこちらが上のはず。

 さっき戦い始めた時は、ゼロを含めた二体一でも十分に相手をできていたはずなのに、いったいどうして)

 

 余りにも上手い。

 閉所であるここでは、本来槍使いである隊長はその動きを大きく制限されるはずなのだが、槍を巧みに操りその戦闘力を余すところなく発揮していた。

 

「お前の身体能力は確かに良くなった。だが、以前よりも動きが単調になっているな。

 鍛えたはいいが、上がった身体能力に技が付いてきていないようだ。それに―――」

 

 隊長は、クレマンティーヌの両腕に視線を向ける。

 

「―――その金属の腕、あの吸血鬼との戦闘でそうなったのか。

 肉の腕に比べ、少し動きが鈍いぞ。どうやって動かしているかわからないが、以前に比べれば躱しやすいし動きを読みやすい。

 さっきまでは上がった身体能力に戸惑ったが、慣れれば十分に対処できる。むしろ今までより楽な程だ」

 

 彼は、クレマンティーヌに向けて槍を構える。

 

「俺は、自分よりも格上との戦闘はかなり研究しているんだ。

 身体能力に差がある程度で、勝てるとは思わないことだ」

 

 ―――たしかに、それは事実かなー。

 

 クレマンティーヌは、心の中で呟いた。

 

 隊長の言ったことは、たしかに事実だった。

 シャルティアに与えられた傷をガングニールによって埋めたこと、それは彼女に比類無き防御力という恩恵を与えていたが、同時に彼女の長所である身体の柔軟さを潰してしまっていた。

 

 例えば、真っ直ぐに立っているとき、脚を動かさずに右側に身体を倒したとしよう。

 たったそんな行為でも、人間の身体は全身の様々な部位を伸ばしたり縮めたりする必要がある。

 今のクレマンティーヌは、そうした際に金属化した場所を動かすことができない。金属というものは、それほど伸縮するようなものでは無い。彼女の腕などのように関節を作れば、曲げることは可能だ。だが、伸ばしたり縮めたりなどはできないのだ。

 

 女性は、男性とは異なり(ガガーランなどの一部例外を除いて)基本的に筋力量が少ない。その代わり、女性は男性よりも身体の柔軟性に富んでいる。

 クレマンティーヌは、その性差による身体能力の差をその柔軟性を生かした動きで埋めていた。突きを放つときは全身のひねりを力に変え、拳を突き出すときは下半身の力を拳に乗せることで威力を増幅していた。

 攻撃するときだけではない、攻撃を受けるときもそうだ。受けた衝撃を、腕や腰、膝などの全身に流すことで緩和したりしていた。

 

 だが、今の彼女にそれはできない。

 身体の一部が金属化するということは、重心も大きく変化し、当然体重も変化する。

 そして体重と重心が変化するだけで、動きのキレは大きく変わる。重心が変化するということは、下手をすればまっすぐ歩くことすらできなくなるほどの問題だ。高速で動くのであれば、以前との差は歴然だろう。

 

(身体能力で誤魔化せていたつもりだったけど……)

 

「やっぱり、そんな簡単に誤魔化せなかったかー。

 流石は、昔は『俺一人で漆黒聖―――」

「やめろ」

 

 急に、隊長の声が恐ろしく冷たいものになる。

 どうやら、彼の中では昔のことは黒歴史に近い扱いになっているようだ。

 

「あー、ごめん隊長。

 格上対策ってことは、あのアンチクショウを想定してるのかなー? たしかに、このままだと私が隊長を相手にするのは難しそうだね。

 

 ―――しょうがない、手札を切るかぁ」

 

 そういって、クレマンティーヌは隊長の姿を強く見据えた。

 

「すぅ、―――Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 小さく息を吸い、聖詠を口にする。

 その歌に全身のガングニールの欠片が反応、クレマンティーヌの姿が光に包まれ、そして歌う前とは異なる装いで出現する。

 

「たしか……シンフォギアだったか。少し姿が変わったな」

「そーだよー。正式名称は、FG式回天……なんだったっけなー。えっと、たしかFG式回天……特機装束だっけ。

 隊長達にシンフォギアの名前を言ったのは、三年前に一度だけだったはずなのに、意外と覚えてるもんなんだね。

 さてと、たしかに今の私はかなりぎこちない動きをしてると思うよ。怪我のせいで、今まで見たいな柔軟性はないしね。

 ―――だから、身体能力でゴリ押させてもらうから」

 

 クレマンティーヌは、隊長に対し拳を構える。

 隊長もまた、クレマンティーヌに対し槍を構えなおした。

 

「そうか、ならやってみるといい」

「そっちも、今の私はうまく手加減できないから、そう簡単には死なないでよねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に攻めたのはクレマンティーヌだった。

 彼女は、シンフォギアによって強化された身体能力を生かし、隊長へと疾走する。

 その勢いのまま彼に飛び蹴りを行う。

 

「くっ」

 

 隊長は、歯を食いしばりながらもその一撃を槍で受け流し、受け流した際の衝撃を槍の回転に転化して薙ぎ払う。

 狙いは、クレマンティーヌの首筋。隙を見せたクレマンティーヌには、それを受け止める術はなかった。

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 ―――もちろん、それは武技を使用しなければの話だ。

 『即応反射』により乱れた体勢を立て直し、隊長の一撃を振り上げた脚の装甲で受け止める。

 クレマンティーヌのその急な動きは、全身の金属と肉体との結合部を千切り出血させる。

 

 彼女は、魔法により痛覚を鈍くすることでそれから目を背ける。

 魔法少女の多くが使える魔法であるそれは、本来であれば身体の反応を鈍くするために推奨されないことであるが、技術的な動作を行うのが難しい今のクレマンティーヌにとってそれはあってないようなデメリットでしかなかった。

 

「はっ!!」

 

 槍を受け止めた足を振り下ろし、隊長の元に踏み込む。

 しかし、クレマンティーヌが踏み込んだ時には、彼女の目の前には隊長の槍の石突の姿があった。

 目の前も目の前、焦点を合わせることすらできないほどの本当に目の前だ。

 

(読まれて!?)

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 クレマンティーヌの右の眼球、槍が突き刺さる直前にとっさに『不落要塞』を施す。

 だが、槍は不落要塞により弾かれることなくそこで制止する。

 

 『要塞』と言う武技は、あくまで武技を施した個所に対するダメージを軽減する武技でしかない。『要塞』よりも上位である『不落要塞』を使用しているため、隊長の槍によるダメージを全て吸収できているが、それ以外は何もできていないのだ。

 

 もし隊長が石突をクレマンティーヌに突き出していれば、衝撃が吸収されたことにより隊長の攻撃の芯がブレて彼女の顔の横を通過することになっただろう。

 だが、隊長の槍にはほとんど力がこもっていない。

 そのため、『不落要塞』が作用している今、隊長の槍は逸らされることなく彼女の眼球の上に位置しづけている。

 

 つまり、それは『不落要塞』が解除されると同時に石突が突き刺さることを―――

 

「っ!!」

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 クレマンティーヌは、反射的に『即応反射』により顔を逸らす。

 それと同時に、脚のパワージャッキを炸裂させ、男子トイレの壁際まで大きく後退した。

 

「なるほど、反射神経は相変わらずか。

 まさかあのタイミングで『要塞』を合わせられるとは思わなかったな。うちの連中では絶対に間に合わなかったぞ」

「それに対応しておいてよく言うわ、なんて読みしてんのよ」

 

 何もかも、完全に読まれている。

 ただ神人というだけで隊長をしているわけではないと言うことは理解していたが、まさかここまで強いとは思っていなかった。

 

「いや、違うわね。今の私が、それだけ読みやすいってことかしら」

「ああ、その通りだ。

 はっきり言って、今のお前ならうちの半分近くの人間が勝てる可能性があるぞ。モンスターでないのだから、もう少し小細工を効かせたらどうだ」

 

 隊長の言葉に、クレマンティーヌは自嘲気味に苦笑いを浮かべる。

 モンスターに例えられるとは相当だ。まるで、これでは 自分があの時のシャルティアのようではないか。

 

 今のクレマンティーヌは、基本的に単調な動きしかできない。これはもう、どうしようもない事実だ。

 ならば、クレマンティーヌにできるのは、思考することだけだ。隊長の予測を予測し、正面から意表を突く。これしかない。

 

 それと同時に、クレマンティーヌは歌を口ずさむ。

 シンフォギアは、その使用者たる装者が歌うことによって出力を増す。細かい動きができない今は、少しでも身体能力を稼ぎたい。

 

 歌う歌は、立花響が初めてシンフォギアを手にしたときの歌。

 本来であれば、クレマンティーヌ個人の歌を歌うべきなのかもしれないが、生まれながらの異能(タ レ ン ト)のせいか自らの心の歌という物がわからなかった。

 そのため、彼女は立花響の歌を歌っている。

 立花響は、クレマンティーヌにとって心の一側面と言える存在だ。なので、彼女の歌はクレマンティーヌの歌でもある。

 もっとも、それと同時に立花響の歌は立花響の歌であってクレマンティーヌの歌ではないので、本来の出力を出すことはできない。だが、何もしないよりは良いだろう。

 

「歌?」

 

 クレマンティーヌが突如歌い始めたことに、隊長は警戒心を顕わにする。

 だが、そんなことは関係ない。クレマンティーヌにとって、『進むこと以外、答えなんてあるわけがない』のだ。全身全霊、力を絞り出して戦うだけだ。

 

 踏み込みすらも全力で、クレマンティーヌは瞬く間に隊長との距離を詰め、彼の心臓めがけて拳を振るう。

 当たり前だが、その一撃は読まれていたようで隊長に受け流された。

 

 だが、それはクレマンティーヌも同じこと。

 受け流されたことにより、クレマンティーヌの身体は隊長の脇を通り過ぎる。それを向上した身体能力で強引に制動をかけ、振り向き様に拳を放つ。

 

 隊長はそれを躱し、その腕とは逆の肩に石突をぶつけることでクレマンティーヌが放とうとしていた連撃を止める。

 

「『―――たいな、笑顔』、ちっ!!」

 

 歌の合間に器用に舌打ちをしつつ、クレマンティーヌは隊長にバック転をするように蹴りを放つ技、サマーソルトキックを放つ。

 全身が嫌な音をたてるが、完全に無視した。

 

 サマーソルトキックは、意表を突きやすいもののそのモーションが大きいために見切られやすい技でもある。そのため、当然のようにそれは回避されてしまった。

 

 だが、それはクレマンティーヌもわかっている。

 クレマンティーヌは、蹴りを放った直後に指先の力で自らの身体を飛ばし、大きく後ろに後退する。

 

 あくまで、サマーソルトキックは距離をとって仕切り直すためのものだ。端から、手傷を負わせることなど期待していない。

 

 歌がAメロからBメロに入ると同時に、クレマンティーヌは大地を蹴って殴り掛かる。

 拳は、また当然の様に止められるが、それでもあきらめずに拳を振るう。

 その殴打は、嵐のような激しさで隊長を襲った。

 

 しかし、連撃という物は、強力であると同時に読まれやすい物でもある。

 ましてや、クレマンティーヌは今歌を歌っているのだ。そのリズムから、連撃の隙を簡単に見切られる。

 

「ふっ!!」

「『ぶっ込め、こっ―――!?』」

 

 連撃の合間を縫うように、隊長の槍がクレマンティーヌのみぞおちを突く。

 みぞおちに衝撃を与えられた彼女は、横隔膜が瞬間的に止まり呼吸ができなくなる。

 さらに、みぞおちの奥にある腹腔神経叢にも衝撃が走り、魔法の痛覚緩和を超えて彼女の身体を強い痛みが襲った。

 

 それでも、クレマンティーヌは諦めない。

 

(『へいき、へっちゃらっ!!』)

 

 その言葉は、立花響という少女を支えた呪いの言葉。その言葉を胸に、彼女は痛みをこらえて前へと進む。

 

「『―――の、エナジーを!!』」

「なんだと!?」

 

 100%の全開で、クレマンティーヌは拳を振るう。

 隊長は、とっさに槍を盾にしてその一撃を防御、同時にクレマンティーヌから見て少し左側に飛び退くことで、受ける衝撃を抑えようとした。

 だが、クレマンティーヌの一撃はあまりにも重く、防御に使った槍は中央から圧し折られた。

 

 追撃するように、クレマンティーヌは一歩前へと進む。

 けれども、二歩目を踏み出す直前に、隊長が折れた槍の残骸のうちの片方を彼女の顔面に投擲したため、足を止めて腕で顔を守らなくてはならなくなった。

 

 投擲された槍の残骸を防ぎ顔面の防御を緩めると、左右の腕の小さな隙間いっぱいに、投擲されたもう一本の槍の残骸が映った。

 クレマンティーヌは、再び防御を固めてそれを受け止める。

 

 

 

 ―――この時、彼女はもう少し考えるべきだった。

 

 隊長は槍使いだ。その卓越した技量のために忘れそうになるが、槍とは本来屋内で使うような武器ではない。

 にもかかわらず、何故彼は不利な屋内で戦い続けたのか。それを、よく考えるべきだったのだ。

 

 

 

 

 槍の残骸を防いで防御を緩めたクレマンティーヌの視界に、その槍が映る。

 攻撃的なその形状、一目で一級品の武器であるとわかるオーラ。

 

 それが、クレマンティーヌの顔面へと突き進んでいた。

 

「―――防ぎ方を間違えたな、クレマンティーヌ」

 

 彼女は、とっさに防御を固める。

 しかし、隊長の操る槍はその防御のわずかな隙間を強引にこじ開け、顔面へと突き進む。

 

「っ!!」

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 クレマンティーヌは、槍を受け止めるために顔に『不落要塞』を発動。

 だが、発動すると同時にそれが失敗だということに気が付いた。

 

 そう、クレマンティーヌは『その槍が『不落要塞』を突破しうる威力を持つ』と言うことを知っていたはずなのだ。

 

 隊長の持つ槍が、顔に施された『不落要塞』を突破していく感覚が感じられる。

 

 

 ―――そして、クレマンティーヌの頭部が、隊長の持つ『スポイトランス』によって消し飛ばされた。

 




隊長「―――防ぎ方を間違えたな、クレマンティーヌ」(ドヤァ

しかし、そのどや顔は小麦粉で真っ白である。


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もしクレマンティーヌが戦いを終えたなら

【言い訳】

 投稿が遅れてすみませんでした。
 今回の話が遅れたのは、パンドラのせいです。
 某旅の話のパンドラがあまりにもかっこよかったので、彼のシーンをなかなか上手く書くことができませんでした。


 魔法少女というシステムは、非常に夢が無いものだ。

 

 『なんでも願い事を一つだけ叶える代わりに、魔女と呼ばれる化け物と戦う運命を負う』という悲劇のヒロインの様な表向きの話で覆い隠されているが、実態は地球を農場、人間を家畜とした『畜産業』でしかない。

 

 そもそも、なんでも願いをかなえてくれるという点からして嘘だ。かなえられる願いは本人の持つ『因果』、わかりやすく言えば『未来の可能性』に依存する。全ての魔法少女が、魔法少女となる際の契約で語った願いを叶えられるわけではない。叶えられないからと、契約を断られることもある。もっとも、叶えられないから契約はできないと言ってくれるだけ、『牧場主』たるキュウべぇは良心的とも言えるかもしれない。

 

 また、魔女と呼ばれる化け物、というのも嘘……ではないが、嘘に近い。

 魔女は、決して化け物ではない。外見、表面的な思考こそ化け物であるが、本質的には人間だ。何故そうなのかは、『魔法少女』という名前をよく考えればわかるだろう。

 

 そして、魔法少女となる契約をキュウべぇと交わすと、魔法少女の力の源ともいえる『ソウルジェム』を手に入れることができるわけであるが、このソウルジェムも問題だ。

 このソウルジェム、これは文字通り『魂の宝石』なのだ。魔法少女の魂そのものなのだ。

 『ただの変身アイテムだと思ったら、実際は自分の命そのものだった』 これが魔法少女達にどれほどの衝撃を与えるのかは、簡単に予想できるだろう。

 しかも、これはキュウべぇに魔法少女側から細かく質問しなければ、決して答えてくれない。『ソウルジェムって何?』などの大雑把な質問では、ただの変身アイテムだとしか答えてくれないのだ。

 

 ここまで言えば、魔法少女がどれほど酷な存在かはわかるだろう。

 

 

 そんな魔法少女ではあるが、感情的な考えを一切排除すれば、かなりのメリットを得られる。

 なにせ、契約の際は願い事をかなえることができ、魔法少女となった後は魂が外付けになっているためにどの様な大怪我をしても決して死なないのだ。

 また、魔法という超常現象を操ることもできる。それも、位階魔法の様な制限のあるものではない。限界がないわけではないが、平和な日常を生きるうえで考えうる思い付きの全てを実行できる。

 

 

 さて、ではクレマンティーヌに話を移そう。

 彼女は、この魔法少女としての特性を生かした何かをできないかと考えた。

 ソウルジェムから肉体を操作する際に使用する魔法を応用した身体の金属化は、魔法少女としての特性の一つ、魔法少女の魔法を利用したものだ。

 

 そして、もう一つの特性、肉体的な不死を利用した何かも彼女は用意していた。

 

 そう言ったものの、彼女が考えたことはそう難しいことではない。

 肉体的に不死であるといううことは、あらゆる負傷をポーションや回復魔法で何とかできるということだ。

 それは、普通の人間であれば確実に死ぬような攻撃をくらっても、蘇生魔法を必要とせず、ポーションや回復魔法さえあれば何でも回復することができるということを指している。

 

 

 

 そう、たとえ頭部を消し飛ばされようとも、それは例外ではない。

 

 ―――解放、『ファースト・エイド』

 ―――解放、『ファースト・エイド』

 ―――解放、『ファースト・エイド』

 

 クレマンティーヌの顔面に隊長が振るった槍がめり込むのとほぼ同時、彼女の身体の金属部分に付与された魔法蓄積よりALOの回復魔法、『ファースト・エイド』が解放される。

 それにより、吹き飛ばされた頭部は、吹き飛ばされた直後に再生した。

 

「何だと!?」

「―――攻め方を間違えたねー、たいちょー」

 

 クレマンティーヌの頭部を粉砕するために防御を緩めた隊長の視界に、その拳が映る。

 攻撃的なその形状、一目で高い攻撃力を持っているとわかるアーマー。

 

 それが、隊長の顔面へと突き進んでいた。

 

 完全に不意を突かれた形だった。

 当たり前だ。頭を消し飛ばした直後には、もう頭が再生しているとは誰も思わないだろう。

 

 隊長には、迫る拳を避ける術は何もない。

 

 ―――そして隊長は、クレマンティーヌの拳によって吹き飛ばされた。

 

 

 隊長の身体は女子トイレの壁を突き破り、その隣の部屋の壁をも突き抜けて、土煙の向こうに消える。

 

 クレマンティーヌは、彼を追撃。脚部のパワージャッキで突撃し、彼がいるであろう場所に拳を振るう。

 彼女のそれは、ソードスキルがあったとはいえシャルティアの鎧を破壊した拳だ。隊長の鎧を破壊するには申し分ない威力がある。

 

 クレマンティーヌの拳は、土煙の中何かを捉え、クレマンティーヌに肉を貫いた手ごたえを与えた。

 

「ん?」

 

 そこで、彼女はおかしなことに気が付いた。

 

 隊長を殴ったのであれば、彼女にはまず鎧を叩いた感触が伝わったはずなのだ。

 だが、彼女の手にはそんなものは無い。あるのは肉を貫いた手ごたえだけだ。

 

「……まさか」

 

 彼女の脳裏に、とある木彫りの人形が浮かぶ。

 

 土煙が晴れると、彼女の腕には隊長ではなく全く知らない人物がぶら下がっていた。

 

「あー、逃げられた。あと一歩だったんだけどなぁ」

 

 クレマンティーヌはため息をつき、八つ当たりとして宿舎に『アビス・ディメンション』をしこたま撃ち込んだ後、内周部の門の方に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、エ・ランテルの外周部は解放されることになった。

 

 死者は、冒険者と衛兵、市民を合わせて200人ほど。これほどの大事件が起こった割には、ありえないほどの少ない被害だった。

 

 アンデッドを街中にばらまいた犯人は、『六腕』のデイバーノックと『ズーラーノーン』のカジットという二人のリッチだったそうだ。

 デイバーノックはアインズが単独で、カジットはナーベさんが近くにいた『クラルグラ』の冒険者と協力して倒したらしい。

 

 アンデッド大群は、とある魔法詠唱者が雲操作や数多くの生活魔法を使用して作り出した太陽光のレーザーで、クレマンティーヌが隊長と屋内で戦っている隙に殲滅したと、彼女はアインザック組合長から聞いた。

 その痕跡は外周部に大きく残っており、いくつもの建物や道路が溶断されていた。

 

 今回の功績により、クレマンティーヌはオリハルコンに復帰、アインズとナーベのペアはアダマンタイトのプレートを手にすることになる。

 また、先ほどの魔法詠唱者は、魔術師組合から支援を受けられることになったそうだ。

 

 

 

 

 

「やっほー、モモンさんいるー?」

 

 事件の次の日の朝。

 クレマンティーヌは、モモンが宿泊しているはずの宿屋がある酒場を訪れていた。

 

「む、お前はクレマンティーヌか。あの人なら、昨夜遅くに出て行ったぞ」

「え? 何かあったのかな……」

 

 クレマンティーヌの声に答えたのは、宿屋の主である男だった。

 彼は、カウンター席に着くように彼女を誘導すると、彼女の前に水の入ったグラスを置いた。

 

「お酒はー?」

「こんな時間から飲まれたら、他の客に迷惑だ。

 それに、お前の方がここにある酒よりも良いもん持ってんだろ」

「まぁねー。伊達にオリハルコンしてないし、此処にあるのよりはいいものは、確かにあるよ。

 たださー、酒場の主がそれを言うのはどうなのよ」

 

 クレマンティーヌは、何とも言えない表情でグラスの水を飲む。

 

「事実だろう。だから、お前はこんなとこに来るなっつってんだ。オリハルコンのお前がここにいると、気の弱い新人とかは此処を使いづらく感じるんだよ」

「うぐっ、それを言われると辛いかなー。

 じゃあ、しばらくはここに来ないよ。ちょうど、王都の方にも行こうと思ってたしね」

 

 彼女はそう言って、懐から銅貨を取り出しテーブルに置く。

 そして、グラスの水を勢いよく飲み干した。

 

「うん、じゃあ、邪魔ものはさっさと退散するかなー」

「おう、帰れ帰れ。顔を出しにくる程度なら嬉しいが、二度と泊まりに来るなよ。新人の分の部屋が減る」

「わかってるってー、飲みにくる程度にしとくよ」

 

 店長と軽口を叩き合いつつ、クレマンティーヌは外に出る。

 

 

「……ここにもいないかー。

 アインズさん達、一体どこに行ったんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルべド、お前がそう報告した理由がこれか」

 

 アインズは、ひどく冷たい声で目の前の女性、アルべドに言った。

 

 ナザリック地下大墳墓、その玉座の間。

 

 彼はそこで、玉座に着きながらナザリックの管理システムを眺めていた。

 その管理システムの画面には、NPCたちの名前がレベルの高い順に表示されている。

 

「はい、消えている名前はシャルティアの物で間違いありません。

 昨夜遅く、シャルティアの反逆が確認された為、こちらを監視していました」

「反逆……反逆か。

 確認するぞ、アルべド。昨夜遅くにシャルティアの名前が黒くなり、その後一時間も経たない内に名前が空欄になった。それで合っているな」

「はっ」

 

 アルべドは、コンソールを眺めるアインズに傅く。

 

「ふむ……」

 

 アインズは、一つのアイテムを思い浮かべた。

 

 名前の変色と言うのは、ゲーム通りであれば第三者による精神支配が発生した場合に起こる事象だ。

 だが、シャルティアは精神作用を無効化するアンデッド。精神支配という物からは、ほど遠い存在である。

 

 しかし、アインズはそれを時間限定で無効化するアイテムを知っていた。

 

 『完全なる狂騒』、一時間だけアンデッドやスライムの持つ精神作用無効化を無効化するアイテムだ。

 これを使えば、一時間だけであればアンデッドを洗脳することが可能となる。

 

 その後に起こった彼女の死亡も、時間制限があるゆえに自決させたと考えれば説明がつく。

 

「いや、生まれながらの異能(タ レ ン ト)というものがあるこの世界で、一つのアイテムに考え方を縛られることは危険か。

 ―――アルべド、現在ナザリックにいる守護者たちを集めろ。そうだな……一時間後に此処に集合させるのだ」

「畏まりました」

「それと、至急ユリとシズを呼んできてくれ。シャルティアを蘇生するために必要な金貨を、宝物庫から取ってくる」

「はっ!!」

 

 アルべドはアインズに大きく頭を下げると、玉座の間を後にする。

 

 

 しばらくして玉座の間に現れたユリ・アルファとCZ2128・Δの二人を伴い、アインズは宝物庫に転移した。

 そこで色々と見たくない者を目にしつつ、五億枚の金貨を回収。それら全てを、玉座の間に運び出す。

 

 

 それからきっかり一時間後、玉座の間に集まったデミウルゴスとアウラ以外の守護者とセバスとソリュシャン以外のプレアデス、そして黒歴史(パンドラズ・アクター)を前に、アインズは杖を掲げた。

 

「復活せよ、シャルティア・ブラッド・フォールン」

 

 玉座の間に置かれた大量の金貨、その全てが溶解し、一つの人型を成す。

 

 人型の名前は、シャルティア・ブラッド・フォールン。昨夜死亡した守護者だ。

 復活したシャルティアに守護者たちが武器を構える。守護者最強と謳われるシャルティアが、反逆を行った可能性があるのだ。

 

 彼らの様子を見たアインズは、管理システムのコンソールに書かれたシャルティアの名前の色を確認する。

 

 結果は白、シャルティアの名前は、ナザリックに反乱をしたことを示す黒ではなく、いつものように白色に輝いていた。

 

「―――守護者たちよ、武器を納めよ」

 

 アインズのその言葉に、彼らは安堵の表情と共に武器を下す。

 

「アインズ様?」

 

 彼らがそうすると同時に、シャルティアは目を覚ました。

 寝ぼけたような口調の彼女に、アインズは黒色のマントを羽織るように被せた。

 

「……」

 

 ―――良かった。本当に良かった。

 

 部下の手前その様な情けない言葉を発することはなかったが、彼は心の中で安堵していた。

 その強い感情にアンデッド特有の精神沈静化が働くが、すぐにアインズの心は安堵で満たされる。

 

「あの……アインズ様、わたくしは何故玉座の間でこのような格好でいるのでありんしょう。

 アルべドやコキュートスたちまで集まって……いったい何があったでありんすか?」

「何があったか覚えていないのか?」

「は、はい」

「そうだな……それに答える前に、まずシャルティアの最後の記憶を教えてほしい」

 

 残った問題はそれだった。

 シャルティアが蘇生した時点で名前が黒く変色していないということは、すなわち何者かによる洗脳が施されたことを示している。

 シャルティアを洗脳できる程の存在となると、アインズとしては用心せねばならない存在だった。

 

「えっと、たしか―――」

 

 シャルティア曰く、セバスたちと別れてからの記憶が途絶えているとのこと。

 

(記憶の消去が行われたのか?)

 

 〈記憶操作〉(コントロール・アムネジア)の魔法を使えば、意図的に記憶を欠落させることは可能だ。膨大な量のMPを消費することになるが、セバスたちと別れてそう時間の経たない内に洗脳されたのであれば、記憶を消去されている可能性は十分にある。

 

「いや、決めつけるのは良くないな」

 

 なにせ、今のナザリックは現実だ。ナザリックの機能の全てが、ゲーム通りの仕様とは限らない。

 まして、NPCの記憶などユグドラシルには本来存在しなかった事象なのだ。死亡によって記憶が欠落するなどの仕様があってもおかしくない。

 

 とりあえず、今彼にわかったのは、シャルティアの記憶から犯人を特定することはできないということだけだった。

 

 そうなると、探る手段はそう多くはない。

 

「シャルティアは、アルべドから何があったのか聞くように。

 私は、二グレドの方に行ってこよう」

 

 そう言って、彼はその場を発つ。

 

 行き先は第五階層にいるアルベドの姉、ニグレドのところだ。

 二グレドは、索敵などの情報収集特化型の魔法詠唱者である。彼女の力でシャルティアの装備を探せば、もしかしたら犯人がわかるかもしれない。

 

 二グレドがいるのは、第五階層にある氷結牢獄という館だ。

 アインズは、そこにいるレイスから赤子の人形を受け取ると、二グレドのいる部屋に入る。

 

 彼はそこでいつものようにホラーな展開を迎えた後、二グレドにシャルティアの武装である『スポイトランス』を探すように命じた。

 

 二グレドは、その命令に従い『偽りの情報』(フェイクカバー)『探知対策』(カウンター・ディテクト)などの情報欺瞞系の魔法をいくつも発動させたのち、『物体発見』(ロケート・オブジェクト)の魔法を発動させる。

 本来であれば、『物体発見』(ロケート・オブジェクト)の魔法によりシャルティアの武装がどこに行ったのか探知することができるはずだった。

 

 だが―――

 

「アインズ様」

「ん? 何だ」

 

 探知魔法を発動していたはずの二グレドが急に動きを止め、アインズの方に振りかえる。

 

「施設規模の防壁が確認されました。強度的に突破は可能ですが、探知を察知される危険性があります」

「なんだと?」

 

 いや、当たり前と言うべきか。

 この世界の人間のレベルを考えると、シャルティアと単独で戦闘を行ったとは考えにくい。集団で戦ったと考えるのが普通だろう。

 そして集団で戦ったということは、敵が組織であるという可能性が高い。

 

 流石の二グレドも、個人規模の防壁ならともかくギルド施設などの防壁をすり抜けることは簡単ではないようだ。

 

「ふむ……二グレド、防壁を突破しない場合はどの程度まで場所を絞れる」

「方位と大まかな距離……その程度でしょうか。

 その場所の情景やシャルティア様の武器の状態を探ることは、非常に難しいと言わざるを得ません」

「なるほどな。では、それで構わない。探知を再開してくれ」

「畏まりました」

 

 二グレドが、一旦停止していた探知を再開する。

 そして、五秒も経たない内に彼女は魔法を停止させる。

 

「お待たせいたしました。アインズ様。

 シャルティア様のスポイトランスは、どうやらナザリックより南に―――進んだところにあるようです」

「南……なるほどな。ご苦労だった二グレド」

「はっ」

 

 アインズの言葉に感極まる二グレドをよそに、アインズはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「南に―――か、ははは。なるほど。

 

 

 ―――スレイン法国だな」

 

 アインズの精神が、精神沈静化により一時的に沈静させられる。

 

 しかし、彼の心がそんなもので納まるはずがなかった。




 パンドラをかっこよく書けなかったので、彼の場面は全面カットされました(笑)

 エ・ランテル編は、今回の話で終了です。
 しばらく幕間の話をした後、王都編に入ります。

追記

 幕間について、活動報告の方でアンケート取ります。


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幕間
とある魔道具屋の話


幕間第一話
まずは、アルシェの話です。


 ワーカーと呼ばれる存在がある。

 彼らは様々な人々から依頼を受け生計を立てる人々で、何でも屋とも呼べる存在だ。

 

 簡単に言えば、組合を仲介しない冒険者と言ったところだろうか。

 

 彼らは、実力、評判、教会による取り決めなどの様々な事情により冒険者組合に属さずに、個々に依頼主から依頼を引き受けている。

 

 

 

 かつて、帝国にはそんなワーカーが数多く存在していた。

 だが、それは二年前までの話。今の帝国には、ほとんどと言っていいほどワーカーが存在しない。

 

 何故か? それは、帝国に隣にある王国、そこのとある裏組織があらゆる手段を講じてかき集めたからだ。

 そして、集められたワーカーのほとんどが死亡したからだ。

 

 生き残った帝国のワーカーは、合計で12人。

 

 その生き残ったワーカー達の中には、『フォーサイト』と呼ばれるワーカーの集団の姿があった。

 

 

 

 

 リ・エスティ―ゼ王国、その王都にある魔道具(マジックアイテム)屋。

 そこは、一人の魔法詠唱者によって切り盛りされていた。

 

 切り盛りしている魔法詠唱者の名前は、アルシェ・イーブ・リイル・フルト。

 そのフォーサイトで、かつて魔法詠唱者として旅していた少女である。

 

 彼女の一日は、妹たちを起こすことから始まる。

 彼女が経営する店の二階にある部屋の一つ、妹たちの部屋に向かう。

 

「クーデ、ウレイ、朝よ」

 

 部屋のドア越しに声をかける。

 すると、中でドタバタと小さく物音がして、直後に勢いよくドアが開かれた。

 

「おはよー! お姉さま!」

 

 ドアが開くと同時に、中から女の子が飛び出してくる。

 部屋から跳び出すと同時に、彼女は「とうっ!」という掛け声とともに跳躍し、アルシェに抱き着いた。

 

「ふみゅっ! ―――かたーい」

 

 彼女のその言葉に、アルシェの心は少し傷ついた。

 かつてワーカーだった頃に同じことを言われたときは、革製の防具によるものだと考えて誤魔化していたが、今は一切の防具をつけていない。

 そんな今抱き着かれて「かたい」と言われたということは……ということは……胸が……

 

 アルシェは、そこで考えることを止めた。わざわざ自滅する必要はない。

 

「―――こら、怪我したら危ないでしょ」

「はーい、ごめんなさーい」

 

 その子供、アルシェの妹であるウレイリカの頭を撫でつつ叱ると、ウレイリカは楽しそうに笑いながら答えた。

 これは、いつものやり取りだ。毎朝アルシェは、ウレイリカ、またはもう一人の妹のクーデリカと同じやり取りをしていた。

 

「あー! ウレイリカずるーい」

「えー、昨日はクーデリカだったからいいでしょー」

「むー!」

 

 少しして、部屋の中からクーデリカが出てくる。

 そしてこの二人の会話も、いつものことだった。

 

 

 

 

 

 アルシェは自分と妹たちの分の朝食を作ると、妹たちが身支度を整えるまでの間に一階の魔道具店の品ぞろえを確認する。

 売っているものがマジックアイテムという希少な物であるために品ぞろえは豊富とは言えないが、一応最低限の物がそろっていることを確認すると二階に戻り妹たちを待つ。

 

 アルシェがリビングで静かに席について二人を待っていると、クーデリカとウレイリカは競うように扉を開けて入ってきた。

 

「やったー、私が一番乗りー!!」

「うー、まけたー」

 

 ……どうやら、本当に競争をしていたようだ。

 

「クーデ、ウレイ、あまり走るのはだめ。怪我したらどうするの」

「「はーい」」

 

 アルシェは、二人に走らないように注意して席に着かせる。

 三人がそろったところで、彼女らは朝食を食べ始めた。

 

 

 

 

 食事を食べ終え、食器などを片付けた後、妹達には洗濯や部屋の掃除を任せ、アルシェは一階の店を開店する。

 

 此処からはしばらく暇になるので、少しでも売り上げを伸ばすためにポーションを作る。

 ポーションは大きく分けて三種類あり、そのうちの薬草を使用した二種類は彼女には知識不足で作成できないが、錬金溶液を使用して製作する形のポーションだけは作成することができた。

 

 無論、ポーションを作り始めて二年ほどしか経っていないために、あまり品質の良いポーションは作成できていない。

 だが、店で売りに出すことのできる程度の品質、つまり『可もなく不可もなく』程度の物であれば作成できている。

 

 彼女は、昨夜の内に調合しておいた錬金溶液を手に取ると、そこに魔法を籠め始めた。

 

 

 そして、三本目のポーションを作っている最中、店の入り口が開かれ、本日一人目の客が入ってくる。

 

「よう、アルシェ。元気にしてたか」

「ヘッケラン! 久しぶりね、二ヶ月振り?」

 

 入ってきたのは、かつてアルシェと共に『フォーサイト』で旅をしていたヘッケラン・ターマイトだ。完全に身内の客である。

 

「ああ、大森林の調査依頼を受けて以来だから、だいたいそのぐらいだな。

 じゃ、いつものを頼む」

「わかった、ポーションとスクロールを用意する」

 

 アルシェは、店のカウンターの下からスクロールを十枚と、ポーションを五つ取り出す。

 

「はい、即効性のあるタイプのポーションと、魔力系第三位階魔法のスクロール十枚。

 スクロールの魔法は、いつもと同じでよかった?」

「大丈夫だ、まだ新しい魔法を習得してないからな。

 あいつの職業から考えると、もうそろそろ『火球』(ファイアーボール)なら習得してもいいと思ってるんだが……」

「しょうがない、二年前まではあんなことをしてたんだから。あの子の年齢と経歴を考えれば、この短期間で第二位階の魔法をあれほど習得できたことが奇跡」

「それもそうなのはわかってるんだけどな……お前のことを考えると、ちょっと高望みしちまうんだよ」

 

 そう言って、苦笑いをするヘッケラン。

 なんだかんだと言って、自分が無理を言っていることはきちんと理解しているようだ。

 

「そう言ってもらえると嬉しいけど、あまり比べないでほしい。

 私の場合は、師に恵まれていたこともある」

「へいへい、本人の前では間違ってもこんなことは言わねえって」

「ならいい」

 

 アルシェは、彼の言葉に満足そうにうなずいた。

 

 アルシェは、自分が抜けた後のフォーサイトがどうなっているのか、かなり心配していた。

 それは、かつての仲間たちであるということもあったが、何よりもフォーサイトというワーカーチームが二年前、王国の地下組織『八本指』に雇われ、壊滅寸前にまで至った原因がアルシェにあったためだ。

 

 

 

 

 二年前、アルシェは借金漬けの毎日を送っていた。

 別に何か彼女が悪いことをしたわけではない。単に、彼女の両親がお金を浪費したためだ。

 

 彼女の家系は、彼女の父の代まで貴族であった。

 しかし、帝国の皇帝が余計な貴族を粛清したことにより、彼女の家系は没落し貴族ではなくなってしまった。

 彼女が借金漬けの生活を送っていたのは、彼女の両親がその頃の生活を忘れることができずに、貴族でなくなったにもかかわらず貴族の様な生活を送るために借金をしていたためだ。

 

 アルシェは、その借金をどうにかするためにワーカーとしてお金を稼いでいた。

 

 

 それが変わったのは、二年前の春のことだ。

 

 彼女が家に帰ると、珍しく力尽きた様子の父の姿があった。

 それは本当に珍しい姿だった。彼女の父がそんな様子をしていたのは、没落したばかりのころだけだったからだ。

 

 父に対して複雑な感情を抱いているアルシェであったが、流石にそんな様子の父親を放っておくほど悪く思ってはいない。

 

 落ち込んだ様子の父親を励まし、何があったのか聞き出すことにした。

 

 しばらくして、父親が言い出したのは驚くべきことだった。

 なんと、アルシェの妹達であるクーデリカとウレイリカが借金のかたに連れていかれたというのだ。

 父が言うには、連れていかれた先はリ・エスティ―ゼ王国らしい。

 

 そこまで聞いて、アルシェはそれが人質だということに気が付いた。

 丁度三日ほど前に、王国のとある組織から高額の依頼が来ていたためだ。

 

 いかにも怪しい依頼であったために満場一致で断ったが、まさか人質を使ってくるとはアルシェは夢にも思っていなかった。

 

 彼女は、屋敷から自身の私物をかき集めると、父親に絶縁状を叩きつけて屋敷を出て行った。

 

 ……母親については聞かなかった。

 屋敷の母親の部屋から漂う強烈な血の匂いから、事を察したためだ。

 

 

 彼女は、その足でいつも集合場所に使っている酒場へと向かった。

 もちろん、フォーサイトの仲間を巻き込むためではない。フォーサイトから抜けて、一人でリ・エスティ―ゼ王国へと渡るためだ。

 

 酒場に付いたアルシェは、そこにいたヘッケランに事の次第を説明。フォーサイトを抜け、一人で王国へと渡ることを告げる。

 彼女は、それを告げると同時に、引き留めようとするヘッケランを振り切り酒場を出た。

 

 王国への道のりは、距離としてはかなりあるがそう遠い距離ではない。

 馬車を乗り継ぎ、大急ぎで国境を抜け、そして一週間ほどで王国側の国境にある都市、エ・ランテルへと到着した。

 

 そして、そこでまず彼女が見たものは、冷たい笑顔で笑う『フォーサイト』の仲間、イミーナの姿だった。

 

 あっという間に彼女に拘束され、アルシェは都市内のとある酒場に連れていかれる。

 連れていかれた酒場には、フォーサイトの仲間であるヘッケランとロバーデイクの姿が。

 

 彼ら曰く、アルシェがいなくなった直後に依頼人がやってきて、フォーサイトを雇ったらしい。

 多少怪しい依頼だったが、報酬が良かったので受けることにしたそうだ。

 

 絶対に嘘だと思ったが、彼女は何も言わなかった。

 彼らは、そういうことにしたい様だったからだ。

 

 そんなわけで、彼等はリ・エスティ―ゼ王国の王都へと向かうことになった。

 

 王都までの足の方は、依頼人側が用意してくれていた。

 かなり良い馬を用意したのか、王都には三日とかからず到着する。

 

 王都に到着した彼らは、依頼人側と話し合いつつアルシェの妹達のことを探し始めた。

 

 だが、そんな簡単に見つかることは無い。

 三日間ほど探したが、一切の手がかりを掴むことができなかった。

 

 そんなある日、依頼人側が警戒していた相手、謎の襲撃者が、フォーサイトを含めたワーカー達が守る娼館を襲撃した。

 

 

 

 

 

 

 ヘッケランが店を出てしばらくして、今度は別の客が店を訪れた。

 

 黒いローブに白い仮面を着けた小柄な人物と、筋肉の塊とも言うべき勇ましい女性だ。

 二人の名前はイビルアイとガガーラン、この王都を拠点とするアダマンタイト級の冒険者である。

 

「いらっしゃいませ」

「ふん」

「おう、元気そうだな」

 

 彼女らは、二年前にこの店を開いてからの常連客だ。

 マジックアイテムを売ってくれたり、逆に買ってくれたり、売り上げ的な意味で色々とお世話になっている。

 

「何か探してる?」

 

 店内を見て回る二人に、アルシェは尋ねる。

 普段であればこんなことは聞かないが、ちょうど今アルシェは暇であるし、二人は常連だ。困っているのであれば、手を貸すのもやぶさかではない。

 

「ん? ああ、実はとある鉱石でできた武器を探しててな」

 

 アルシェの問いかけに、ガガーランが答える。

 

「武器……?」

 

 アルシェは、彼女の言葉に困惑した。

 

 武器を探すなら、本来はこんな所に来る必要は無いはずだ。なにせ、ここはマジックアイテムを販売している店なのだから。

 魔法付与が施された武器などがあるため、まったく武器を置いていないわけではないが、特定の鉱物で造られただけの武器などはこの店には置いていない。

 

 そんなアルシェの疑問を察したのか、ガガーランは口を開いた。

 

「本来は武器屋を訪ねるべきなのはわかっているんだが、少々その鉱物が特殊な物でな、色々見て回ったが売ってなかったんだ」

 

 成る程、つまりその鉱物というのは、相当特殊な物なのだろう。

 彼女の言葉を聞いて、アルシェは少し興味が湧いた。

 

「どんな物? 良ければ私も力になる」

「本当か、なら……」

 

 そう言って、ガガーランはイビルアイに何かを出すよう手で催促する。

 それを見たイビルアイは、少し躊躇った後、渋々といった様子で懐から一本の短剣を取り出した。

 

 その短剣は、僅かに橙色をした、何となく熱を持っているように感じられる物だった。

 

 アルシェは、それを見て少しだけ顔色を悪くする。

 彼女には、その短剣を形作る鉱石に見覚えがあったためだ。

 

 無意識に胃が痛くなる。

 かつて胃に空いた穴が、再び開いたような気がした。

 

「それには、見覚えがある」

 

 胃に起こる痛みをこらえつつ、アルシェはガガーランにそう言って、カウンターの下から飛礫(つぶて)を一つ取り出す。

 その飛礫(つぶて)は、イビルアイの持つ短剣とかなり近い色合いをしていた。

 

「おお、よく持ってたな。で、これはいくらなんだ?」

「……悪いけれどこれは売れない」

 

 ガガーランの言葉に、アルシェは否定を返す。

 アルシェ自身としては、自分の胴体を貫通したことがある飛礫など持っていたくはなかったが、これを持っているという約束をしてしまったのだ。売り飛ばすわけにはいかない。

 

「あー、そうか。なら、これをどこで手に入れたのかだけでもいいから教えてもらえないか?」

「それは……教えられない。

 ただ、あなたたちが知っている人物だと言えばわかると思う」

 

 ガガーランの質問に、アルシェはまたしても否定を返す。

 ただ、流石にそれは悪いと思い、彼女はガガーランに少しだけヒントを与えた。

 名前を教えなければいいという約束だったのだ。少し思うところもあったし、知り合いだからいいだろう。

 

「おう、なるほどあいつか。やっぱり本人から貰うべきってことだな。

 ありがとなアルシェ。じゃあ、これの会計を頼む」

 

 ガガーランは、そう言ってカウンターの上にいくつかのマジックアイテムと金貨を置く。

 アルシェは、カウンターに置かれた金貨を回収すると商品との差額をガガーランに返金する。

 

 満足げな様子のガガーランと何故か挙動不審になったイビルアイは、商品を持って店を出て行った。

 

「……見たくもない物を見た。きっと、今日は厄日」

 

 飛礫をカウンターの下にしまいながら、彼女はそう呟いた。

 

 

 

 だが、彼女のその言葉に反して、日中は特に悪いことは起きなかった。

 普段より客も多かったため、どちらかと言えば吉日とも言えた。

 

 しかし、予感という物は当たるもので、閉店間際になって嫌な客がやって来た。

 

 

 

 日も暮れてきた頃、仮面を被った一人の女性が店に入ってくる。

 

「いらっ……お帰りください」

「いきなりお帰りくださいなんてひどいんじゃなーい?」

 

 仮面で顔を隠してはいるが、その声と彼女の生まれながらの異能(タ レ ン ト)が示す嫌な感覚。

 間違いなく、クレマンティーヌだった。

 

「やっほー、久しぶりだねー」

「帰って、もう店は閉店する」

 

 最悪の日だ。やっぱり勘は当たるものだ。

 

「良いでしょー、アルちゃんと私の仲じゃん」

「……」

 

 つい、アルシェは彼女を白い目で見る。

 

 確かに、彼女には恩義もある。

 妹たちを助けてくれたのも、ここで店が開けるようにしてくれたのも、全ては彼女のおかげだ。一生頭が上がらない存在と言っていい。

 

 だが、問答無用で胃に穴をあけた相手を、見るだけで気分が悪くなる相手を歓迎する人間がいるだろうか。いるわけがない。

 

 しかも、この女には妹たちが懐いている。はっきり言って、あまり面白くないのだ。

 

「何の用?」

 

 というわけで、一刻も早く目的を果たして帰ってもらうことにした。

 

「実は、高位の回復魔法を発動させることができるアイテムを探してるんだけど、何か置いてない?」

「回復魔法……怪我してるようには見えないけれど」

「そりゃー、見えないようにしてるからねー」

 

 クレマンティーヌはそう言うと、手に付けた革製のグローブを外す。

 

「―――っ!?」

 

 アルシェは、それを見て驚愕の表情を浮かべた。

 

 ―――そこには、金属があった。

 

 信じられないことであるが、彼女の手は金属となっていたのだ。

 

「いやー、某十三英雄の剣と同じでさー、低位の治癒魔法では治癒できないって効果の攻撃してくる敵がいたんだよー。

 そのせいで出血が止まらなかったから、こうやって止血しちゃったんだよねー」

「……あいかわらず、反則的な生まれながらの異能(タ レ ン ト)

 

 アルシェは、クレマンティーヌの手にグローブを被せる。

 

「残念だけど、此処にあるアイテムだと第四位階が最高。第五や第六みたいな高位の魔法を発動できるマジックアイテムは置いてない」

「やっぱり? あー、此処も駄目だったかー」

 

 そう言って、まるで落ち込んだかのようにわざとらしく肩をすくめてうつむく。

 

「ところで、『六腕』の人達は来た?」

 

 その直後、世間話をするかのような口ぶりで、そんな話題を振って来た。

 

「いや、来てない」

「ふーん、ならいいや。

 じゃー、引き続き囮をお願いねー」

「……わかってる」

 

 アルシェがこの店を開店できたのは、『六腕』に対する囮の役割を果たすという契約を結んだためだった。

 

 アルシェ達フォーサイトは、二年前の事件の際、依頼者である『六腕』を裏切った。

 裏切ったと言っても、敵対的な行動をとったわけではない。『六腕』のメンバーたちの居場所を彼女に漏らしたのだ。

 そのため、アルシェは『六腕』から狙われているらしく、彼女は『六腕』への囮のために妹たちの安全と生活基盤を対価に王国に雇われることになった。

 

 この店も、その生活基盤の一環である。

 

 クレマンティーヌはその後、生活魔法のスクロールをいくつか購入すると、店を出て行った。

 

「ふぅ、最後に嫌な客が来た」

 

 別に、アルシェはクレマンティーヌが嫌いなわけではない。

 色々と面白くないことはあれど、妹たちを助けてくれたことは本当に感謝している。

 

 ただ、アルシェの持つ生まれながらの異能(タ レ ン ト)が、クレマンティーヌを酷く気持ち悪い存在に見せるのだ。

 初めて会った時などは、アルシェの緊張状態と相まって吐いてしまったほどだ。それほどまでに、気持ちが悪い存在なのだ。

 

「クーデとウレイで癒されよう。うん、そうしよう」

 

 アルシェはそう呟くと、店を閉店させ、妹たちのいるこの家の二階へと上がっていった。

 




活動報告の方で、幕間に関してアンケート実施中です。
(期限は、1/10 23:59まで)

そういえば、黒髭だか赤髭だか曰く、○○には鮮度があるらしいですね。


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とある愛に生きるNPCの話

 これ以上時間をかけると何を書き始めるかわからないので、文字数少ないけれど投下。

 おかしい。
 最初、妖麗なアルべドとぐぬぬなシャルティアを書く予定だったのに、ただの酔っ払い書いてる。

 どうしてこうなった


 

 

 アルべドは、愛に生きるNPCである。

 モモンガへの愛のためなら、何だってするつもりだ。

 

 そんなアルべドであるが、今彼女は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――スレイン法国にいた。

 

 

「ううう、ぐすっ」

 

 要するに、モモンガとの愛の巣であるナザリックから追い出されたわけである。

 

「いつまで泣いてるつもりでありんすか」

 

 傍にいたシャルティアが、あきれたように声をかける。

 普段であればここから口喧嘩が始まるはずなのだが、今のアルべドにはそんな気力もない。

 

 彼女は、部屋にあるベッドに倒れこみ泣いていた。

 

 

 

 彼女が何故スレイン法国にいるのか。

 

 それは、情報収集のためだ。

 サキュバスであるアルべドと吸血鬼であるシャルティアは、魅了・催眠系のスキルを所持している。痕跡をほとんど残さずに他者から情報を聞き出すことができるこれらのスキルを持つ二人、情報収集にこれほど適任な存在はいないだろう。

 

 それは、アルべドも理解している。

 自らの持つスキルが、この任務に適しているのは理解しているのだ。

 

 だが、だからといって感情が納得できるわけではない。

 家で夫を迎えるのは妻の役目、それをぽっと出てきたよくわからないモモンガのNPCに奪われたわけである。

 

 そのため、彼女は泣いているのだ。

 

「まあ、大口ゴリラは放っておきんしょう。

 ―――それで、六色聖典についての事は何も知らないでありんすね」

 

 アルべドの背後で、この家の持ち主である男女にシャルティアが質問をしていた。

 

「はい、六色聖典については噂程度にしか知りません」

「申し訳ありません。私もです」

「そうでありんすか、ならいいでありんす。

 では、今後この部屋は使わせてもらうでありんす。それで構いんせんね」

 

 もちろん、泣いてばかりとはいえアルべドは守護者統括だ。命じられたことは、きちんと行っている。

 例えば、この夫婦に最初に魅了を仕掛けたのはアルべドであるし、此処までの一切の行動を法国に気が付かれないように調整してきたのもアルべドだ。

 

 少しでもモモンガの役に立つために、彼女はそんな精神状態でも命令をしっかりこなしているのだ。

 

 

 魅了をかけられた夫婦がこの部屋を出て行くと、この部屋の中にはアルべドとシャルティア、三人の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)、五体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が残った。

 

「さて、守護者統括様はこの先はどうするでありんすか?」

 

 わざわざ守護者統括様と敬称を付け、挑発的に言葉を投げかけるシャルティア。

 そんな彼女の言葉に、アルべドは少しだけ元気を出すと彼女たちに命令を下した。

 

「そうね……シャルティアは蝙蝠などの人に気が付かれにくい眷属を偵察に出しなさい。

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達は、陽が暮れたらこの家の近所の住人に魅了を仕掛けてきてちょうだい。ただし、少しでも身の危険を感じたら撤退していいわ。撤退の時は、私たちのいる場所ではなく都市の外に逃げるように。私に『伝言』(メッセージ)を送ってくれたら、姉さんとシャルティアが回収するわ。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は、不可視化してこの家の警備をお願い」

 

 アルベドの言葉に、シャルティア以外の面々が行動を開始する。

 

 直後、彼女はまた布団にくるまって静かに涙を流し始めた。

 

「はぁ、張り合う相手がいないというのも、何とも言えない気分になるでありんすね」

 

 眷属招来、とシャルティアが呟く。

 すると、彼女の足元から数匹の蝙蝠が出現する。

 

「……」

「ううう、ぐすっ」

 

 シャルティアの足元から現れた蝙蝠たちは、僅かに開いた部屋の窓の隙間から外に出て行った。

 

「……」

「ひっく、ひっく、ううう」

 

 ここから先、しばらくシャルティアの仕事はない。

 彼女が動くのは、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達が(彼女たち主観の)強敵に接触するか、眷属たちが殺られた後だ。それまで、外に出ずに静かにするしかすることがない。

 

「少しは泣き止んだらどうでありんすか。年増の泣き声なんて、ただ煩いだけでしかないでありんす」

「ひっく、うるさいわよ偽乳。私は、ひっく、アインズ様を出迎える妻としての役目を奪われて、こんな場所に来なければならなくなったのよ。

 ううう、アインズ……どうして私がこんなところに来なければならないのですか。私は、私は、ううう」

 

 反論し始めて少しは元気が出るかと思えば、また泣き出してしまった。

 おまけに、悲しさで思考が安定していないのか、アルべドの言葉は少し意味不明である。

 

(何故、私は恋敵を励まさなければならないのでありんしょう)

 

 アインズ様の命令でなければ、こんなゴリラは捨てているところだった。

 

 至高の御方であるアインズ様の考えはわからないが、少なくとも己が考える中では、自身とアルべドは最悪の組み合わせであるとシャルティアは考えていた。

 なにせ、お互いがアインズ様の妻としての座を争う恋敵だ。仲良くできるわけがない。

 

 だが、きっとそこには、シャルティアには気が付けない何かがあるのだろう。

 

 恐怖公と行動を共にしろというわけではないのだ。恋敵といえど、行動を共にすることはできるはずだ。

 色々と感情を抑えつつ、シャルティアはアルべドの泣く姿を見つめた。

 

「……」

「ひっく、ううう、ひっく」

 

 見つめ……

 

「ううう」

 

 部屋の中に、アルべドの泣く声が静かに響く。

 

 ……

 

 はっきり言って、シャルティアは、もう限界だった。

 

「……あああ、もう!! いつまでも泣いてんじゃないわよ!!

 ナザリックを出てからずっーーとぐすぐす泣き続けて、辛気臭いわ!!」

 

 シャルティアはそう言うと、アルべドの左手の薬指にはまっていた指輪を奪い、第十位階の魔法『転移門』(ゲート)を発動した。

 『転移門』(ゲート)の魔法は空間をつなげ、此処よりはるかに北に位置する場所にあるナザリック地下大墳墓との道を作る。

 

 そして、呆然とするアルべドをそこに蹴り込み、自分も『転移門』(ゲート)を潜った。

 

 

 『転移門』(ゲート)の行先は、ナザリック地下大墳墓第九階層に存在するバーだった。

 シャルティアは、アルべドに指輪を返すとバーのカウンターに着き、いきなり現れたシャルティア達に驚いた様子の副料理長に酒を催促する。

 

「私にブラッディ・マリー、この泣き虫ゴリラにアースクェイクをお願いするでありんす」

 

 もちろん、泣いているアルべドの話など聞く気は全くない。

 シャルティアは、完全にアルベドを酔い潰す気だった。

 

「しゃ、シャルティア? 今はアインズ様から与えられた任務の最中なのよ。お酒を飲むなんてそんなこと―――」

「だったら、そうやってめそめそ泣くのをやめなんし。お酒でも飲んで、一旦吹っ切ったらどうでありんすえ。

 正直言って、そばで泣かれていると迷惑でありんす」

 

 シャルティアはそう言って、涙目で床に崩れ落ちているアルべドの両脇を持って、強引に席に着かせる。

 そして、バーにいた副料理長が出した『アースクェイク』というカクテルを、アルべドの前に勢いよく置いた。

 

 ちなみに、この『アースクェイク』というカクテル。アルコール度数40度の比較的危険なお酒である。

 今まで玉座の間に籠りきりで、お酒を飲んだことがないアルべドに進めていいお酒ではない。

 

 

 だがまあ、知らないとはなんとやら。

 シャルティアの勧めに従い、アルべドはその酒に口をつけた。

 

「っ!? ごほっ、ごほっ」

 

 当然、アルべドはむせる。

 アースクェイクというカクテルは、その強烈な衝撃から名がついたカクテルだ。その反応は当然と言えるだろう。

 

「あはははは、守護者統括様はお酒も飲めないのね」

 

 そんなアルべドの様子を笑いながら、シャルティアはブラッディ・マリーを勢いよく飲み干した。

 ……一応言うが、ブラッディ・マリーはそんなビールの様な飲み方をするお酒ではない。

 

 シャルティアのその言葉を聞いたアルべドは、額に青筋を浮かべ、無言で目の前のお酒を飲み干す。

 身体に走る衝撃は、その高い能力値で強引に耐えた。

 

 だが、耐えられたのは刺激だけだ。

 戦闘のための装備を整えていない今のアルベドは、シャルティアと異なり酔いに対する耐性が無いため、酔いを耐えることはできない。

 

「へぇ、意外と飲めるのね。なら次に行こうかしら。

 そこの守護者統括殿にカミカゼをジョッキで、私はスクリュードライバーをお願いするわ」

 

 もちろん、カミカゼもお酒を飲んだことが無い人に勧めていいお酒ではない。それをジョッキなど、色々な意味でもっての外である。

 

 だか、アルベドはそんなことは知らない。シャルティアのやりたい放題だ。

 

 アルベドの苦しむ姿を見て、シャルティアは笑顔が止まらない。

 

 何故かミキシンググラス――ジョッキ並みの大きさのグラス――で出てきたスクリュードライバーを飲みながら、シャルティアはアルベドを見つめた。

 

「ふぅ、ふぅ」

 

 そして件のアルベドは、そんなシャルティアの様子を気にしている余裕は無かった。

 

 アルコール度数40度とは、ウォッカの領域のアルコール度数だ。日本酒が高くても20度だと言えば、どれ程高いのかわかるだろう。

 お酒を飲んだことがない人がそんな物を飲めば、一気に酔ってしまう。

 

 顔を赤らめさせたアルベドの前に、ミキシンググラスにつがれたカミカゼというカクテルが置かれた。

 

「ほら、飲んだら?」

 

 シャルティアはそう言って、アルベドの口にカミカゼのつがれたグラスをねじ込む。どうやらシャルティアも少し酔っているようだ。

 

 ミキシンググラスをねじ込まれたアルベドは、一瞬吹き出しそうになるが、淑女の意地で吹き出しそうになるのを堪える。

 その隙に、シャルティアはアルベドにカミカゼを流し込んだ。

 

「―――っ!?」

 

 アルベドの悲鳴にならない悲鳴が響く。

 それを見たシャルティアは、口角を大きく上げた。

 

 

 

 その後もシャルティアは、アルベドに様々なお酒を飲ませ、最終的にはアルコール96%というお酒と呼んで良いかすらわからないお酒、スピリタスを瓶一本一気飲みさせるまで至った。

 このお酒は、恐怖公の眷属でない恐怖公の眷属を、吹きかけるだけで殺すことができることがあるお酒だ。ナザリック最硬のアルベドでさえも、流石にこれを一気飲みすると泥酔状態に陥る。

 

 

 

 結果―――

 

「ひっく、ひっく、モモンガさま……いと尊きその名を、どうして変えてしまわれたのですか」

「どーせ、私は守護者失格のくそったれなのよ……」

 

 酔っ払いが二人出来上がる。

 

「次を出しなさい!」

「次ぃ!」

 

 そんな二人の催促を受けて、副料理長はスピリタスを割ったりせずにそのまま流し込む。

 二人はそれを一気に飲むと、ああだこうだと再び騒ぎ出した。

 

 ごくっごくっごくっ、げふー

 

 二人は、まるでそんな音を立てる様に酒をあおり、力強くグラスをカウンターに叩きつける。

 

「うふふ、そうね、そうよね。私なんてモモンガさまに見捨てられても仕方ないわ……ひっく、ひっく、ううう」

「あはは、あんな失敗をするなんて……大口ゴリラと一緒に働かされるのも当たり前だったのよ」

 

 もっとも、実際にはシャルティアは素面だ。場に酔っているだけに過ぎない。

 だが、場の空気という物は恐ろしいもので、その姿は完全に酔っ払いそのものだ。

 

 そんな二人の前に、副料理長が一杯のカクテルを置く。

 そのカクテルは、十色からなる美しい色をしていた。

 

「ひっく……何かしら」

「ん?」

 

 不思議そうな顔をする二人に、副料理長はそれの名前を告げる。

 

「―――ナザリック、と言います」

 

 彼は彼女たちにそう告げたが、それは本当でもあり嘘でもあった。

 正しくは、このカクテルはナザリックの味を良くするための試行錯誤の過程で生まれた、ナザリックの失敗作だ。

 

「……」

「へぇ、名前に違わぬ美しさね」

 

 二人はナザリックを手に持ち眺める。

 

 部屋の照明に照らされ、そのカクテルは二人には輝いて見えた。

 

 そして、アルべドとシャルティアは、そのカクテルを口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 アルベドが気が付くと、そこは彼女の部屋ではなかった。

 

「ここは……」

 

 だが、自身の部屋以上に見覚えのある部屋だった。

 

「モモ……アインズ様の」

 

 そう、そこはアインズ・ウール・ゴウンの部屋。このナザリックの支配者の部屋だ。

 彼女は、その部屋のベッドで寝ていたようだ。

 

「……頭が痛いわ」

 

 辺りを見回す。

 ベッドの傍に置かれたテーブルの上に、無限の水差しとコップが置かれていた。

 

 水差しからコップに水を注ぎ、それを口にする。

 

「……ふぅ」

 

 水を飲んでひと息つく。

 

 その時、彼女はテーブルの上に小さなメモが置かれていることに気が付いた。

 

「……これは」

 

 それを見たアルべドは、満足げに微笑み、メモの持ち主に『伝言』(メッセージ)を繋いだ。

 




 ……割烹でのアンケート調査中のころは、この話はニューロニストを書く予定だったことは秘密です。


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とある(世間一般的には)最強の男の話

 今回は、ガゼフの話。飯テロにならない飯テロ。

 せっかくなので、タレントを生かそうかと思った次第でありんす。


 ガゼフ・ストロノーフ。

 彼は、世間一般的には最強とされている男である。

 

 もちろん、実際に最強の男かと言われれば、彼は否定する。

 なぜなら、自分よりも強い存在を何人も知っているからだ。

 

 だがそれでも、彼が最強を語られるにふさわしい実力を備えた人物であることは事実だった。

 

 

 

 

 

 

 そんな彼は今、命の危険に瀕していた。

 

 下手をすれば、帝国との戦争中以上の危険だ。

 

 

 

 目の前にあるのは、赤いとろみを持った液体。

 見ているだけで涙が溢れてきそうな、地獄のような赤色。

 匂いからして、食べれば死んでしまいそうになるであろうそれ。

 

 そんな危険物を、彼の目の前の人物は笑顔で差し出していた。

 

 

「―――さあ、食べなよ!」

 

 食べたくはないが、食べざるを得ない。

 食べ物を捨てるなど、平民育ちのガゼフには絶対にできないことだ。

 

 彼がこんな事態に陥ったのは、しばらく前に彼が言った一言が原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、元気してるー?」

「む、クレマンティーヌか。あの村で会って以来だな」

 

 ある日の昼過ぎ、クレマンティーヌがガゼフの屋敷を訪れた。

 たまたま庭で剣を振って休日を過ごしていた彼は、彼女の姿を見ると剣を置いてクレマンティーヌに近づく。

 

「また休みの日なのに筋力鍛錬なのー?

 ワーカーホリックなのはいいけどさー、休みぐらいきちんと休みなよー」

「ワーカーホリック? ……まあいいか。

 俺は、王国の盾にして剣だ。少しでも強くなる必要があるからな。そうそう休んでなどいられんよ」

 

 ワーカーホリックなるものの意味は分からないが、言葉の様子からして彼女はガゼフのことを心配しているのだろう。彼女の様子に、以前彼女が、過度な鍛錬は逆に悪影響を及ぼすと言っていたことを思い出した。

 

 それ以降、ある程度鍛錬を抑えるようにしていた。

 彼女のその言葉は真実であり、十分な休息をとることで身体のキレが良くなったと感じている。

 

 過度な鍛錬は身を壊す、それがわかっていないわけではないのだ。

 

 だが、彼はそれを承知の上で己の身体を痛めつけていた。

 

 

 ―――悔しかったのだ。

 

 あの日、カルネ村における陽光聖典たちとの戦いにおいて、ガゼフはただ見ているだけしかできなかった。

 

 目の前で天使達と戦うクレマンティーヌを、友人が一人で強敵に立ち向かうのを、ただ見ているだけしかできなかったのだ。

 それも、己の力不足が原因でだ。この事実に悔しまずにいられようか。

 

「ぶー、ガゼフの鍛錬ばかー」

「はぁ、休日に俺が何をしようと自由だろう」

「ぶー、ぶ……」

 

 突然、クレマンティーヌが口をつぐみ顔色を悪くする。

 

「どうかしたのか?」

「え? あ、ううん。何でもないよー。

 ……ちょっと引きずられたかな」

「引きずられた? 何がだ」

「別にー。大したことじゃないから気にしなくていいってー」

 

 クレマンティーヌはガゼフにそう言うと、何事もなかったかのように顔色を戻した。

 

「……それでさー、休日にただ鍛錬するんだったら、ついでに私の鍛錬にも付き合ってよー」

「お前……また俺に夕飯をおごらせたいだけだろ」

 

 彼の言葉に、クレマンティーヌは視線を逸らす。

 

「ま、まっさかー。ちゃんと全力で戦うつもりだよー」

 

 以前ガゼフがクレマンティーヌに勝利した際、彼と彼女の間で、今後は勝利した方が敗北した方に飯を奢るという約束をしていた。

 彼女の性格から考えれば、今の彼女が金欠なのは予想がつく。食事にも困窮しているとまでは考えたくないが、仮にそうだとしてもそうおかしな話ではないだろう。

 

「まあいい、俺も相手が欲しかったからな。

 街の外に行こう。ここでやってもいいが、物音で兵士を呼ばれるわけにもいかない」

「はいはーい」

 

 ―――まあ、金欠の原因であろう俺が言えた話ではないか。

 

 カルネ村で兵士たちに使用されたポーションの総額を考えながら、ガゼフはため息をついた。

 

 

 

 

 ガゼフとクレマンティーヌは、王都から大きく離れた草原でお互いに武器を構えて向かい合っていた。

 

 ガゼフは刃の潰された両刃の剣を、クレマンティーヌは先端の潰されたスティレットを構えて睨み合う。

 

 そしてしばらく睨み合ったのち、いつものようにガゼフが先に動き出した。

 

 ―――武技、『流水加速』

 

 クレマンティーヌの動きが遅くなり、ガゼフの世界が加速される。

 加速した世界の中を、彼は大きく一歩を踏み出した。

 

 ガゼフはクレマンティーヌとの距離を瞬く間に詰め、彼女に剣を振り下ろす。

 

 ―――武技、『要塞』

 

 クレマンティーヌは『要塞』によりその一撃を受け止め、強引に上に弾いた。

 流石に剣を放すことはなかったが、ガゼフはその衝撃で体勢を崩す。

 

 その隙に、クレマンティーヌはスティレットを赤く輝かせて突きを放った。

 

 ―――武技、『穿撃』

 ―――武技、『即応反射』

 

 ガゼフは武技により体勢を立て直すと、彼女の一撃を受け流す。

 スティレットはガゼフの剣と擦れ合い、彼の左側の空を切ることになった。

 

 その瞬間、クレマンティーヌに隙が生まれる。

 ガゼフはその隙を見逃さず、剣に赤い輝きを灯した。

 

 ―――武技、『四光連斬』

 

 四つの斬撃を同時に放つ武技、四光連斬。

 クレマンティーヌに、薙ぐような二つと斬り上げるような二つ、計四筋の赤い斬撃が放たれる。

 

 ―――武技、『即応反射』

 

 その斬撃を、彼女はクラウチングスタートの様な体勢にしゃがみ込み回避した。

 

「はあっ!」

 

 ――武技、『流水加速』

 ―――『能力向上』

 

「ふんっ!」

 

 ―――武技、『斬撃』

 ―――『要塞』

 

 回避のために体勢を低くしたクレマンティーヌが、そこから飛び上がるように突きを放つ。

 ガゼフは、その一撃を斬撃と要塞の武技を重ね掛けした剣で迎撃した。

 

 ぶつかり合う剣とスティレット。その勝負の結果は一瞬でついた。

 

 ガゼフによって振り下ろされた剣が、スティレットを吹き飛ばしたのだ。

 

「嘘っ!?」

 

 その光景に、クレマンティーヌの表情が驚愕に染まる。

 

 ガゼフとクレマンティーヌには、純粋な筋力差はほとんどない。若干クレマンティーヌの方があるが、基本的にほとんど同じだ。

 そのため今の競り合いは、ガゼフの上段からの振り下ろしによるアドバンテージを加味しても、武技による身体能力の強化を行っているクレマンティーヌが勝つはずであった。

 

 そうであるにもかかわらずこのような現象が起きたのには、ガゼフが使用した『要塞』に秘密がある。

 いや、秘密と言うには大げさだろう。彼は、普通に要塞を使用しただけに過ぎないのだから。

 

 武技『要塞』の効果は、相手の攻撃の減衰だ。発動時、指定した箇所に生じた衝撃を軽減する。

 習得にそれほど苦労するものではないが、極めれば非常に強力な物となる。理屈の上では枯れ枝で鋼鉄のメイスによる一撃を受け止めることができると言えば、この武技がどれほどの物かはわかるだろう。

 

 ガゼフは、クレマンティーヌのスティレットの一撃により発生した衝撃を要塞により減衰させ、スティレットの勢いを殺していたのだ。

 いくら筋力差があると言えど、一切の勢いが込められていない一撃に負ける程、王国戦士長の一撃は弱くはない。

 そのため、彼はクレマンティーヌの一撃を打ち破ることができたのだ。

 

 

 だが、それはクレマンティーヌもである。

 クレマンティーヌは、元漆黒聖典第九席次だった人間だ。人類の守護者たる漆黒聖典の一人であった彼女もまた、この状況に対応できないほど弱くはない。

 

 

 スティレットを吹き飛ばされたことに驚愕した彼女であったが、驚きで動きを止めることなく戦闘を続行する。

 彼女は、振り下ろした体勢で動きを止めたガゼフの脇腹に、蹴りを入れる。

 とっさに剣を放したガゼフの左手にそれは防がれるが、彼女はその左手を足場に跳躍。吹き飛ばされて宙を舞うスティレットを掴み取った。

 

「―――はっ!」

 

 その動きは、ガゼフにとって隙にしか映らなかった。

 空へと跳躍するということは、回避を放棄することと同義だ。今ガゼフが攻撃を放てば、クレマンティーヌは回避することはできない。

 

 ―――武技、『六光連斬』

 

 空中のクレマンティーヌに六つの斬撃が放たれる。

 

 しかし、その一撃が当たることはなかった。

 

 ―――解放、『浮遊版』(フローティング・ボード)

 

 クレマンティーヌの靴底に仕込まれたオリハルコンの金属板から、『浮遊版』(フローティング・ボード)という魔法が解放される。

 

 『浮遊版』(フローティング・ボード)とは、その名のように宙に浮かぶ透明の板を出現させる魔法だ。

 クレマンティーヌは、その透明な板を蹴ってガゼフに向かって加速、『六光連斬』により発生した六つの斬撃を回避する。

 

 そして、剣を振り上げたガゼフの懐に飛び込み、スティレットを首筋に突き付けた。

 

「はい、ドスッと。今回は私の勝ちでいいよねー」

「ああ、俺の負けだ。まさか躱されるとは思っていなかったよ」

 

 ガゼフは、首筋のスティレットを見て剣を手放した。

 それを見たクレマンティーヌは、突き付けたスティレットを腰に仕舞う。

 

「ふふふ、最後の詰めがちょーっと甘かったかなーって……あ」

 

 勝てたことに嬉しそうなクレマンティーヌであったが、途中で表情を硬くした。

 

 今回の勝負はクレマンティーヌの勝ち。つまり、ガゼフの夕食は彼女が奢ることになるのだ。

 

「クレマンティーヌ?」

 

 ガゼフは、急に動きを止めた彼女を心配そうに見つめる。

 彼女は少し考え込むと、何かを決意したかのように顔を引き締めた。

 

「ガゼフ、夕食は手作りじゃ駄目?」

 

 ―――この言葉に肯かなければ良かった。

 

 後になって、彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 そんなわけで、彼はこんなことになっているのである。

 

「なにー、せっかく作ったのに食べないのかなー?」

 

 クレマンティーヌは、満面の笑みでガゼフを見つめる。

 

 クレマンティーヌが作ったのは、地球では魚香茄子と呼ばれる料理である。凄く辛い麻婆茄子と言えばわかりやすいだろうか。

 もちろん、この世界に茄子や鷹の爪がないので厳密には魚香茄子ではない。それに近い食材で再現した魚香茄子擬きだ。

 だが、擬きとはいえかなり近い味に再現されている。そこまで味に大きな違いはないだろう。

 

 

 強いて違いを挙げるとすれば……

 

 

 

 ―――それは、もっと辛いということである。

 

 

 

 そんなことを知る由もないガゼフは、目の前の赤色に恐怖しながらも、勇気を出してそれを口に入れた。

 

 

 ―――()()

 

 

 彼が真っ先に感じたのは味ではない、口の中で暴れまわる痛みだった。

 もはや辛いなどと言う話ではない。あまりに強烈すぎる辛みは、痛みにすら昇華されている。

 

 この料理の様な、香辛料をふんだんに使った料理を食べたことがなかったガゼフは、その痛みに料理を吐き出しそうになった。

 

 だが彼は、そうしそうになった自らの口を強引に閉じる。

 料理を無駄にするなど罰当たりもいいところだ。まして友人の手料理を吐き出すなどもってのほか、絶対にそんなことはできない。

 

 痛みに苦しみながら、彼は口の中のものを咀嚼した。

 

 しばらくして痛みに慣れ始めた頃、彼は、不思議なことに気が付いた。

 

 ―――うまい

 

 おいしいのである。

 こんな劇物のような料理だが、一応旨いのである。

 

 確かに辛い。この料理には、咀嚼することも躊躇う辛さがある。

 しかし、辛いと同時に旨いのだ。その見た目からは考えられないほどに旨い。

 

「どうかなー、おいしい?」

「……ああ、びっくりだ。これは旨い」

 

 自然と、ガゼフの右手が口元に料理を運ぶ。

 顔から汗が滝のように溢れるが、それに構わず彼は食べ続けた。

 

 

 十分ほどで、彼は完食することになった。

 

「思っていたよりおいしかったぞ」

「一言多いぞー、まーそう言ってもらえてよかったよ」

 

 手に持っていたフョークを置き、彼女の顔を見る。

 大したことではなさそうな口ぶりで彼女はそう言ったが、自分の手料理をおいしく食べてもらったことが嬉しかったのか、彼女の顔はほんの少し笑顔をうかべていた。

 

 

 

「―――なら、これも大丈夫だよね」

 

 

 

 そう言って、彼女は再び赤い料理を彼の目の前に置いた。

 見た目からそれは違う料理だとわかるが、明らかに同等の辛さを持っているのがわかる。

 

 思わず、ガゼフの眼は点になった。

 

「自分の味覚では大丈夫だったけど、本当においしくできているか心配だったんだよー。

 ガゼフがおいしいって言うし、本当においしいみたいね。よかったー」

 

 冗談ではない。これ以上痛いものを食べたら死ぬ。

 

「お、おい、クレマンティーヌ―――」

「んー? もしかしてこれじゃ足りない?

 ―――大丈夫だよ、宮保鶏丁に棒棒鶏、まだまだ色々用意してあるからねー」

 

 意識が遠くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく、目を血走らせてクレマンティーヌと戦うガゼフの姿が、王都の近くで見かけられたとかなんとか。

 



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とあるドジッ娘の話

遅くなりました。
今後の更新については、活動報告に挙げてあります。

この話書いてから気が付いたのですが、シャルティア戦直前にとあるシーンを入れ損ねていたことを思いだしました。


 シャルティア・ブラッド・フォールンは、吸血鬼である。

 

 本来ナザリック地下大墳墓の第1~3階層を守護しているはずの彼女は、今となっては唯一の至高の御方に下された命に従い、守護者統括であるアルべドと共にスレイン法国に潜入していた。

 

 彼女が今いるのは、スレイン法国の首都ともいえる都、神都。

 そこに住むとある一家を魅了し、その住まいを拠点にスレイン法国の調査を行っている。

 

 そして彼女は、今その拠点のベッドの上で一人くつろいでいた。

 

 任務を共にしているアルべドは、今ここにはいない。

 先日一緒にバーで酒を飲んだ後、アインズ様に近いうちに食事を共にしないかと誘われた為、その時の衣装を探しているそうだ。

 

「あー、やってられないでありんす」

 

 任務はどうしたと彼女に言いたいところであったが、年増のためか難聴でこちらの話は聞いていない様だったので言うのを止めた。

 人の話もろくに聞けないとは、ババアには困ったものである。

 

 ブーメランとして帰ってきそうなことを考えつつ、シャルティアはため息をついた。

 

 衣装作成に関するNPCがいないナザリックで、いったいどうやって衣装を用意するのだろう。

 まさか手縫い? できなくはないだろうが、そんなことを本気でするつもりなのか……

 

 そもそも、至高の御方から与えられた服を脱ぎ、そうではないものを身に着けるなど不敬に値するのではないだろうか。

 いくらアインズ様をよろこばせる為とはいえ、それはさすがに如何な物なものか。

 

「……さすがに、考え過ぎでありんすね」

 

 なんだかんだ言って、あの大口ゴリラは頭がいい。彼女の中で問題ないという結論が出たのなら問題はないのだろう。

 

 シャルティアはそこで考えるのを止めた。

 

 ―――暇だ。

 

 そんなことを考えながら、シャルティアは再びため息をつく。

 

 シャルティアの仕事は、吸血鬼の花嫁たちで対処できない存在が現れなければ始まらない。

 囮である彼女らに何者かが食いついて、初めてそれに対処する存在であるシャルティアが仕事をするのだ。それまでは本当に暇である。

 

 神都に潜入してから四日目であるが、本当に脅威となる敵が現れる気配はない。

 自身を殺したのがスレイン法国であるという情報が、何か間違いであったのではないかと思ってしまうほどだ。

 

「この思考は不敬でありんす」

 

 そう考えた時点で、アインズ様の言葉を疑ってしまったことに気がついたシャルティアは、その思考を打ち切る。

 ただでさえ、彼女は何者かに洗脳されるという失態を犯しているのだ。少しでも不敬になることは慎むべきだろう。

 

「―――あー、ひまでありんす」

 

 ベッドに身体を大きく叩きつけ、彼女はまたため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、暇に耐えきれなくなったシャルティアは、夜の神都を散歩して回ることにした。

 

 

 

 

 

 その場に某死の支配者や某守護者統括がいれば全力で阻止しそうな行動だが、残念ながら彼女を止める存在はこの場にはいない。

 人影のない夜の街、彼女はそこを軽い足取りで徘徊する。

 

 時刻は日付も変わろうかという深夜、そんな時間と言うこともあってか、シャルティアは明かりの灯っている建物すら見かけることはなかった。

 

 彼女は、路地裏を歩き、大通りを眺め、建物の屋根から屋根を飛び移る。

 

 そして神都を見て回った後、しばらくしてとある明かりの灯った建物を見かけた。

 

 よく見れば、何か看板の様なものが入り口付近に吊るされており、そこが何かの店であることが見て取れる。

 

「……『眷属招来』」

 

 月明りによって生まれたシャルティアの影から、一匹の小さな蝙蝠が飛び出す。

 彼女は蝙蝠をその店の中に飛ばすと、店の様子を眺めた。

 

 しばらく見ていたが、特に大きな騒ぎはない。

 

「眷属が殺された感じもないでありんすし、問題なさそうでありんすね」

 

 シャルティアはそう言って、懐にしまっていたいくつかのアイテムを装備、使用する。

 それらのアイテムにより、彼女の髪の色は金色に変わり、高位の魔法詠唱者としての威圧感は無くなり、アンデッドとしての気配は消え去った。

 さらに、吸血鬼として特徴的なその眼に、薄紫色のカラーコンタクトの様なアイテムを装備する。

 

 あっという間に、シャルティアは顔色が悪く犬歯の長いだけのごくごく普通の金髪の少女に姿を変えていた。

 

「さて……」

 

 彼女は、路地裏から跳び出すと小走りでその店の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へい、いらっしゃい!!

 ……と、おい嬢ちゃん。こんな時間に外にいるなんて感心しねぇぞ、ご両親が探し始める前にさっさと帰りな」

「私はこれでも大人でありんす、子ども扱いしないでおくんなし」

 

 そこは、酒場だった。

 時間のためか人影は少なく、カウンターの席に栗色の男性が一人いるだけだ。

 

 奥にある個室の様子はわからないが、カウンターの様子からして人はいないだろう。

 

「はいはい、子供は大抵そういうもんなんだよ。

 嬢ちゃん、親に心配をかけるのは良くないぞ。さっさと帰りな」

「子供ではありんせん、あまり舐めないでおくんなし」

「わかったわかった、子供じゃないのな。

 わかったから良い子は帰りな、こんなとこにいるのは危ないぞ」

 

 子供ではないとシャルティアは主張するが、彼女の目の前の男はそれを聞く気配が無い。

 

「だ、か、ら、私は子供でないと言って―――」

 

 内心、目の前の人物の血を啜りミイラにでもしてしまおうかと考えたシャルティア。

 その思いを抑えつつ、男に言い返そうとした彼女の言葉は、唯一の客であろう男性に遮られた。

 

「―――マスター、今この時間に彼女を親元に返すのはやめた方がいいのではないでしょうか」

 

「いや……だが、しかし…‥」

 

 男の言葉に、酒場の主は狼狽したような様子で言葉を返そうとする。

 彼の様子は、まるで至高の御方を前にしたマーレの様だった。

 ……もちろん、彼の様なあどけなさやあざとさは欠片も感じないが。

 

「この時間、夜の世界は本来モンスターの統べる世界です。いくらここが神都とはいえ、そんな中に一人放置するなど問題です。此処であれば、仮に万が一があっても私がいますから何かあっても対処できますが、外ではそうはいきませんから親の元へ帰すのは良くないでしょう。

 それに、もし本当に彼女が大人であるのなら、店から追い返すのは逆に失礼です」

 

 優し気な様子で、男は酒場の主である彼に訴える。

 

 そんな男の様子に彼はため息をつくと、しぶしぶといった様子でシャルティアの方を向いた。

 

「まったく、あの人に感謝しろよ」

 

 彼は、カウンターの席に一杯のホットミルクを置いた。

 何も頼んでもいないのに出したということは、彼なりのわびという物なのだろう。

 

 彼のその様子に、シャルティアは怒りを納める。

 少し冷静になり、彼女がここで暴れた場合に主やアルべドにどれほど迷惑がかかるか思い至ったからだ。

 

 シャルティアはカウンターの席に着くと、出されたホットミルクを口にした。

 

 ミルクには、砂糖が入っているのか僅かに甘みがあり、さらに僅かにアルコールが入っているのかお酒独特の風味がする。

 

 ―――いや、風味がするだけで、アルコールは飛ばしてあるでありんすね

 

 シャルティアはそのことに気が付くと、もう一口だけミルクを口にしてカップを置いた。

 彼女が飲んだホットミルクの熱のせいか、なんとなく身体が温まった気がする。

 

「マスター、私も彼女が飲んでいるのを貰えるかい」

 

 ふと、近くに座っていたあの男が、酒場の主に注文する声が聞こえた。

 

 そういえば、この男がとりなしたために自分は此処に入れたのだったか。

 そう考えたシャルティアは、男と話をするために席を移動する。

 

「助かったでありんす。私は成人しているでありんすが、どうもこの見た目のせいで勘違いされることが多いでありんす。礼を言わせておくんなし」

「いえ、構いませんよ。正直に言えば、一人でお酒を飲むことに飽きて、話し相手が欲しかっただけですから。

 ところで、どうしてこんな時間に外に出ていたのですか?

 いくら神都とはいえ、この時間に外に出ることはあまり推奨されることではない筈ですが」

 

 男の言葉に、シャルティアは、この任務における自身の"設定"を思い返す。

 

「護衛の任を解かれて暇になったので、暇をつぶすために神都を見て回っていたでありんす。

 危険に関しては、万が一私が戦えなくともこの子がいるから大丈夫でありんすえ」

 

 シャルティアがそう言うと、どこからか現れた一匹の蝙蝠が彼女の肩に留まる。

 

「っ!?

 モンスターテイマーなのですね。なるほど、それなら酒に酔っても大丈夫ですし、蝙蝠系のモンスターであれば夜目が利きますから夜でも安心でしょう」

 

 急に現れた蝙蝠に驚いた様子の男であったが、すぐに顔を戻して言葉を返した。

 

「ところで、あなたはどこでそのモンスターを捕まえたのですか?

 一見するとただの蝙蝠に見えますが、普通の吸血蝙蝠ではありえない力を感じます」

 

 男は、シャルティアの方に留まっている蝙蝠に目を向けながら、彼女に問いかけた。

 

 シャルティアは、男のその質問に外向きの笑顔を作りながら、あらかじめ設定していた解答を答える。

 

「秘密、でありんすえ。なにせ、私にとってこの子は大切な商売道具でありんすから」

「ははは、そうですね。あなたがワーカーか冒険者かはわかりませんが、護衛の仕事をなさっている方に強さの秘密に関わる質問をするのは余り良くないことでした。配慮が足りなくて申し訳ない」

 

 苦笑いを浮かべ、男は軽く頭を下げる。

 

 そんな男に、シャルティアはふと気になったことを問いかけた。

 

「別に構わないでありんす。

 それにしても、どうしてこの子が普通の吸血蝙蝠でないと感じ取れたでありんすか?

 私の知り合いには、この子のことに気が付いた人間はいなかったでありんすが……」

 

 シャルティアが気になったのは、そのことだった。

 シャルティアの眷属である古種吸血蝙蝠は、普通の蝙蝠と外見はほとんど変わりがない。普通の人間であれば、この蝙蝠が普通の蝙蝠だと誤解するだろう。

 それにもかかわらず、なぜ彼は見破ることができたのか、彼女にはそれが疑問だった。

 

「ああ、それは私もモンスターテイマーだからですよ。

 最近は自己鍛錬のために控えていますが、昔は強力なモンスターを手下にするために各地を旅したことがありますから、モンスターの強さを見抜くのには自信があるんです」

「へぇ、それでこの子の強さを見抜くことができたでありんすか」

「はい。もっとも、今の私が優れているのはその眼だけで、モンスターテイマーとしてはあまり強くないんですけどね」

 

 ははは、とどこか自嘲気味な笑い声をあげ、彼は大きくため息をついた。

 

 そんな彼の様子に思うところがあったのか、傍で彼らの話を聞いていた酒場の主である男が、ホットミルクを彼の前に起きつつ声を上げる。

 

「何を言いますか、あなたほど強いお人は、この法国にもそう多くはありませんよ」

「そう言ってもらえるとありがたいですが、私は本当に強くありませんよ。

 実際、最近妹と戦う機会があったのですが、その時は一瞬でやられてしまいましたしね」

 

 手元にあったグラス、それに注がれていた酒をあおり、彼はやけくそ気味に笑みを浮かべた。

 

「昔、妹に手下のモンスターを殺されて以来、仕事も親との関係も上手くいきません。

 ああ、昔の妹もこんな気分だったのかなぁ」

 

 再び彼はグラスに口をつけ、そしてまたため息をついた。

 

 シャルティアはそんな彼の様子を目にしつつ、とあることを考えた。

 

 ―――こいつもしかして、愚痴を聞いてもらうために私を店内に入れたのではないでありんすか

 

 

 

 

 

 

 

 シャルティアの予想は当たっていた。

 

 男は、やれ両親が妹と比較してくる、やれ妹ととの関係を改善したいなどと愚痴を言っていたため、シャルティアは途中までは適当にうなずいて相槌を売っていた。

 

 だが、忍耐力のないシャルティアは雰囲気に負けて自分も酒に酔い始め、気がつけばどちらもお互いに愚痴の言い合いを始めていた。

 

 彼が、長年親からの暴行を受けながらも妹はまともな人間(大きく偏見あり)に成長した、と自慢すれば、シャルティアは、自分の主はお前の妹なんかとは比較にならない程優れた存在だ、と何故か言い返す。

 彼が、そんな妹に比べて私は落ちこぼれを見るような視線を向けられるだけで心が折れそうになる、と自虐すれば、シャルティアは、自分の方が駄目な存在だ、と自分を貶め始める。

 

 最終的にはこの酒場の店主まで酔い始め、男二人が飲み疲れる、シャルティアがペナルティを受ける朝まで、三人は飲み続けることとなった。




原作での兄さんの台詞少なすぎ、口調わからんですよ。

次回は予定を変更してナーベラルの話です

インフルエンザに感染したので、もしかしたら予定に投稿できないかもです


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とあるぽんこつメイドの話

申し訳ありません、遅れました。A型インフルエンザが原因です。
体温が39.7℃まで来たときは、死ぬかもしれないと思いました。


-追記-
感想で言われる前に先に言います。
盗賊・暗殺系の職業を修めた存在は、本来使用できない筈の魔法のスクロールを使用することができます。


 ナーベラル・ガンマは、ナザリックの戦闘メイドの一人である。

 

 その彼女は今日、主であるアインズ・ウール・ゴウンと共に、戦士モモンとその相方である魔法詠唱者ナーベとして冒険者組合を訪れていた。

 

 彼女の主が組合の扉を開くと、彼が無意識に発する支配者としての威圧感を感じ取ったのか、組合の建物の中にいたあらゆる冒険者、受付嬢、依頼人が彼に振り向いた。

 彼女の主であるアインズは、その視線を当たり前のように受け流し、平然とした様子でその中を歩く。

 

 至高の御方にとって、このような下等生物どもの視線など存在しないも同然なのだろう。

 

「モモンだ。先日受けた商隊の護衛依頼は今日で合っているかな?」

 

 彼は、受付嬢に一枚の紙を渡してそう告げた。

 

 今日、二人が冒険者組合を訪れたのは、数日前にとある商隊の護衛依頼を受領したためだ。

 依頼主と合流する前に、一度組合に立ち寄るように言われていたため、彼らはここ冒険者組合を訪ねていた。

 

 エ・ランテルが誇るアダマンタイト級の冒険者が目の前に現れたためか、一瞬受付嬢は緊張で動きを止める。

 だが、彼女は小さく深呼吸してすぐさま身を翻すと、カウンターの奥にあるコルクボードに張られていた紙をはがし、主の差し出した紙とそれを交換した。

 

「はい。本日から一週間、モモンさんには商隊の護衛が依頼されています。

 こちらの紙に、今回の依頼に関するある程度の仔細が記載されていますが、今回の依頼に同行する別の冒険者など、こちらに記載されていないいくつかの情報があります。合流場所であるエランテルの西門に行けば本人から情報を聞くことができるかもしれませんが、念のためこの場でお聞きになられますか?」

「いや、不要だ」

「かしこまりました。では、依頼の成功を願っております」

 

 受付嬢が頭を下げる。

 それを見たアインズは、目の前に置かれた紙を手に取ると組合の外に足を向けた。

 

 当然、ナーベラルはその後ろを追う。

 

 ナーベラルやアインズの食料、正確に言えばカモフラージュのための食料や野宿の用意などは前日の内に済ませており、ナーベラルとアインズが今背負っている背負い袋に詰められていた。故に、今から何かを買いに行く必要はない。

 

 二人は、依頼主に指定された集合場所に足を向けた。

 

 

 

 集合場所にたどり着くと、そこにはいくつもの馬車が集まっていた。今回の依頼で護衛するのはこの馬車達であろう。

 

 主であるアインズは、その中にいた偉そうな下等生物の一匹と何かを話し始めた。

 その間、暇になったナーベラルは、辺りの下等生物達(ウジムシども)を見回す。

 

 彼等は、アインズとナーベラルを尊敬の念が籠った視線で見つめていた。

 

 ナーベラルは、その光景に満足げにうなずくと、主の会話に耳を傾ける。

 

 彼女の主と商人は、ある程度世間話をした後に依頼についての処理をしていた。

 

「―――はい、組合からの書類は受け取らせていただきました。

 他の冒険者の方も先ほど到着されたので、そろそろ出発します。よろしいですか?」

「なるほど、待たせてしまったようで申し訳ない。こちらの準備は整っていますので、いつ出発しても構いませんよ」

「っ!? そんな、礼など必要ありません。本来であれば約束の時間にはまだ遠いのですから、むしろ合わせていただいたこちらが礼を言う立場です」

 

「ちっ」

 

 小さく、誰にも聞こえないような音量で、ナーベラルは舌打ちをする。

 いかなる理由があれ、本来であれば彼女の主が下等生物ごときに頭を下げるなどおかしいのだ。故意であれ過失であれ、許されることではない。その塵にも劣る頭を差し出して、主が慈悲を下すのを賛歌しながら待つべきだろう。

 

 だが、彼女の主はそれを望んでいない。苦々しくもあるが、彼女は商人の無礼を見逃さざるを得なかった。

 

 

 

 依頼主に指定された場所へと彼らが赴くと、そこには二人の男女の姿があった。

 女の方は、その服装からしておそらく魔力系魔法詠唱者。男の方は、弓を持っていることからレンジャーだと推測できる。

 

 ナーベラルがそう考えた時、男がこちらに気が付いたのか、軽く手を振ってきた。

 

「おはようございます、漆黒のお二方。私はジェラルド・レイン。銀の冒険者でレンジャーをしています。

 エ・ランテルが誇るアダマンタイト級のお二人と仕事を共にできるなど、まさに感動の極みです。今回の依頼の間、よろしくお願いしますね」

「そう言っていただけると嬉しいですね。私はモモン、彼女が相方のナーベ。王都までの短い間ですが、こちらこそよろしくお願いします」

 

 ナーベラルは、目の前の主が頭を軽く下げるのに合わせ、内心殺意をたぎらせながらも頭を下げる。

 主のその行動が、冒険者モモンの謙虚さをアピールするための物であるとは理解してはいるが、ナザリック地下大墳墓を統べる絶対支配者がこのような下等生物(カメムシ)ごときに軽くとはいえ頭を下げるのは正直受け入れがたい物だった。

 しかし、これも主の意志である。妨げることはあり得ない。

 

「あら、おはようございます」

 

 ふと、側にいた魔法詠唱者の女がこちらに挨拶をしてくる。

 

 女は、主とナーベラルに微笑みかけると、木製の杖を手に軽く頭を下げた。

 

「アダマンタイト級の冒険者、『漆黒』のお二人ですね。依頼を共にできて光栄です。

 私は、キャロル・モーティナー。見ての通り魔法詠唱者です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いします」

 

 また、彼女の主が頭を下げる。

 苦々しく思いながら、彼女も彼に合わせて頭を下げた。

 

 

 

 そして、アインズとナーベラルは、初めてとなる大規模な護衛依頼を行うこととなった。

 

 

 

 アインズとナーベラル、そしてレンジャーの男と魔法詠唱者の女に任されたのは、行く道を先行しての偵察だった。

 商人や商品の積み込まれた馬車などの直接的な護衛は、商人達が子飼いにしている元冒険者達が行うらしい。

 

 四人は、レンジャーの男を先頭に王都までの道を進んでいた。

 

 モンスターや魔物の探索は、基本的にレンジャーの仕事だ。そのため、敵が見つかるまでは他の三人は暇になる。

 

 会話のない状況に耐えきれなかったのか、魔法詠唱者の女がナーベラルとアインズに話しかけてきた。

 

「ところで、魔法詠唱者と戦士の二人で仕事をするのは大変ではないのですか? レンジャーや神官がいないパーティーは珍しいと思うのですが……」

 

 彼女が問いかけてきたのは、二人のパーティー構成についてだった。

 確かに、彼女の主は対外的には戦士で、ナーベラル自身は魔法詠唱者だ。戦士と魔力系魔法詠唱者だけという組み合わせは、冒険者としての活動に向かないのは事実である。

 

 その点については、ナーベラルも不思議に思っていた。

 冒険者として活動するのであれば、ナーベラルに加えて、回復役としてルプスレギナ、情報収集役としてエントマが入ってしかるべきだろう。いや、盗賊系技能を持っていることを考えれば、ソリュシャンがエントマの代わりに入るのだろうか。

 ともかく、ナーベラルだけしか共に仕事をこなす仲間がいないのはおかしい。追加で人員がいてもおかしくない筈なのだ。

 

 女の質問を受けた主を、ナーベラルはこっそり見つめる。

 

 彼女の主は、女の問いかけに対し少し考え込んでから答えた。

 

「……少々嫌味に近い言い方になってしまうのですが、なかなか私たちに近い実力の方がいないのですよ。パーティー内で大きな実力差が存在するというのは、戦闘でも探索でも人間関係でも、色々とトラブルの元になりますから」

 

 思いがけず、ナーベラルは背後にいたアインズの方に音を立てて振り向いてしまった。

 

「どうかしたのか、ナーベ」

「い、いえ、何でもありません」

 

 ナーベラルは、主からの問いかけに対しどもりながらも何でもないかのように返答して前を向いた。

 

 アインズのその言葉。それはつまり、ナーベラル・ガンマという存在がアインズの隣に立つにふさわしい存在であると認められていることを意味する。

 なんという幸福だろう。ナーベラルは、主の役に立てているのだ。これに勝る喜びは、主に直接褒美を授かるような特殊な例を覗いて、そうそうないだろう。

 

 天にも昇るようなという修飾詞は、まさにこのような時に使われるに違いない。

 

 柄でもなく鼻歌でもしてしまいそうな気分で、ナーベラルは笑顔を浮かべる。

 

 その後、ナーベラルは、二人の話の続きが少し気になったので、二人の姿を僅かに視界に納めながら歩くことにした。

 

「―――へぇ、言われてみればたしかにそうかもしれませんね。

 ジェラルド、前にいるレンジャーの彼も、結構苦労していると聞きますから」

「お二人はお知合いですか?」

「はい。彼は、私が二年前までパーティーを組んでいた相手の一人なんです。

 ジェラルドは、二年前までは白金だったのですが、私のいたパーティーが解散した後、実力差が激しい相手と新しくパーティーを組んでしまったようで、人間関係でトラブルを抱えた挙句、少々問題を起こして銀にまで降格されてしまったようなんです。

 あまり触れてほしくないことらしいので詳しくは聞いていませんが、白金から銀ですから、相当なことをしでかしたのだと思いますよ」

 

 女は、そう言って先を行く男を見つめる。

 

 下等生物(カメムシ)下等生物(カメムシ)自慢をされたところで、一体なんだというのか。

 いきなり不幸の自慢を始めた女に、ナーベラルは少し不快感を感じた。

 

「冒険者の降格と言うのは、そう珍しくはない物なのですか?」

 

 話題を変える様に、アインズが女に話題を振る。

 女は、その気遣いを感じたためか、先ほどまであった声の陰りを消して彼女の主の話に食いついた。

 

「いえ、かなり珍しいことです。

 老いや怪我などを除いて、冒険者が降格処分を受けるということはほとんどないです。普通の冒険者が降格されるようなことをしでかした場合、普通は一発で除籍されますから。

 降格という処分は、はっきり言って対外的な『罰を与えましたよ』というアピールにすぎません。降格なんて、依頼を頑張れば昇格して意味のなくなってしまう物ですからね。降格というのは、組合に除籍するには惜しいと判断された冒険者に対して除籍の代わりに行われる、ちょっと厳しい警告の様なものです」

 

 実際、ミスリル以上の人が除籍されたなんて話は全く聞きませんし。

 女はそう言うと、小さくため息をついた。

 

「なるほど。罰を与えなければならないが、除籍するわけにはいかない。そういった有能な冒険者の保護のための罰、それが降格といったわけですね」

「そうです。

 商人はともかく、貴族の方々はそれで『十分な罰が与えられた』と騙されてくれる人が多いようなので、頻繁に、とは言わない程度には組合はそういうことをやってるみたいです。

 例えば、これはあまり大きな声では言えた話ではないのですが、とある高位の冒険者グループが王国の国王派の人間から、貴族派の営む麻薬を栽培している荘園を潰してほしいという依頼を受けたことがあったらしいです。

 あ、麻薬に関する説明はいりますか?」

「ええ、知っていますから大丈夫ですよ」

「なら、話は早いですね。

 その冒険者達は物理的に荘園を潰したらしいのですが、潰した際に隙を見せてしまったのか、貴族側の人間にそれを冒険者がやったことが露呈してしまったんです。

 それを察知した組合は、架空の大規模冒険者グループをでっち上げて、そこに実行した冒険者を移籍。ほとんどの責任を架空のリーダーに押し付けて、依頼に参加した冒険者達に対する処罰は降格だけに済ませた、ということがありました」

 

 その女の魔法詠唱者は、胸元にある金色のプレートを弄んで、苦笑いを浮かべた。

 

「勿論、架空のリーダーとメンバー達は、その責任を追われたという形で、事務処理上は冒険者組合を除籍されたことになったらしいです。

 いない存在をいることにし続けるというのは、かなり大変なことですからね」

「話を聞く限り、冒険者というのは随分と後ろ暗い依頼もやっていそうですね」

「ええ、そんな仕事は多くはありませんが、少なくない程度にはあります。

 ただ、本当に公にしたくない仕事、というのは組合にされる依頼にはまずないですよ。組合の保管している資料に、そんな依頼が存在したという事実が残ってしまいますから。

 その手の依頼は、冒険者個人に直接依頼されるか、ワーカーという……そうですね、組合を介さずに直接仕事を受注している方々が行っていることが多いです。冒険者が組合から依頼を受ける限り、その手の面倒ごとに巻き込まれることは基本的にないですよ」

「そうですか。少し、安心しました」

 

 女の言葉に、彼女の主であるアインズは、安堵したかのような声色で答えた。

 

 そんな時、ある程度前を歩いていたレンジャーの男が、三人に向かって手を振っているのが見えた。

 

「モモン様」

「ああ」

 

 それに気が付いたナーベラルの声に、アインズが答える。

 それと同時に、彼女の頭部を手刀で軽く叩いた。

 

「……わかったわ、小鬼(ゴブリン)が12匹に人食い大鬼(オーガ)が4匹ね。

 ジェラルドから伝言(メッセージ)が来ました。敵は小鬼(ゴブリン)が12匹、人食い大鬼(オーガ)が4匹だそうです」

「了解しました。

 それでは、人食い大鬼(オーガ)は私が。小鬼(ゴブリン)はキャロルさんがお願いします。ナーベは小鬼(ゴブリン)の対処を」

「畏まりました」

「わかりました。

 『伝言』(メッセージ)―――ジェラルド、敵を寄せたら一旦退いて。人食い大鬼(オーガ)はモモンさんが、小鬼(ゴブリン)は私とナーベさんでやるわ」

 

 女がそう言い終えた直後、先を進んでいたレンジャーの男が森の中に何かを投げるそぶりをする。

 その直後、激昂した様子の小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)が森から跳び出してきた。

 

 それを確認したためか、レンジャーの男は弓を射ながらナーベ達の方に走ってくる。

 

「ナーベ」

「はっ」

 

 それを確認したためか、アインズがナーベラルに声をかけてくる。

 その声に応じる様に、彼女は右手に雷の輝きを灯した。

 

『電撃』(ライトニング)

 

 彼女の手から放たれた雷は、空を斬り裂いて一体の小鬼(ゴブリン)の腹部を貫通する。

 急に降り注いだ魔法に驚いたのか、モンスター達はその動きを止めた。

 

「流石だな」

 

 アインズのその言葉がナーベラルの耳に届くと同時に、彼女の視界の先、モンスター達の集団の前にアインズが出現する。

 『完璧なる戦士』(パーフェクト・ウォーリアー)、それによってLv100戦士としての身体能力を手にしたアインズは、Lv62の魔法詠唱者であるナーベラルには捉えることすら難しいほどの動きを可能としていた。

 何か魔法を使ったわけではない。おそらく、ただ走って近づいただけなのだろう。

 それだけのことですら、彼女には見ることが叶わなかった。

 

 しかし、ナーベラルはそんな事は全く考えていなかった。

 

 30以上のレベル差がある上に魔法詠唱者である彼女が、戦士であるアインズのその動きを見切ることができる方がおかしいと考えていたためだ。

 

 そしてもう一つ、その事を全く気にしていなかった理由がある。

 

 ―――アインズ様に褒められた

 

 ナーベラルの思考は、それ一色に染まっていた。

 ナザリックに属する存在にとって、最後の至高の御方に褒められるということは何にも勝る出来事である。

 

 

 喜びのあまり呆けるナーベラルをよそに、アインズと他二人によりモンスター達は殲滅された。

 

 

 

 

 その後、夜襲をしてきた(ウルフ)を追い払う、商隊を罠にかけようとしていた盗賊団を殲滅するなど仕事をこなし、彼らは最終日を迎えることになった。

 

 

 

 

 

 それに気が付いたのは、レンジャーの男だった。

 

「―――王都の方から、変なモンスターが来る?」

 

 レンジャーの男から『伝言』(メッセージ)越しに聞いたその言葉に、魔法詠唱者の女が怪訝な声を発する。

 

 その声を聞いたナーベラルとアインズも、彼女の言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。

 元白金のレンジャーが変なモンスターと言うのは、なかなかあることではないからだ。

 

「変なってだけじゃわからないわよ。もっとわかりやすく言いなさい。

 ……大型の虫系モンスターね、わかったわ。

 ―――大型の虫系モンスターだそうです。ただ彼が、見たことがないモンスターの様なので注意してほしい、と」

「見たことがないモンスター、ですか」

「はい。もしかすると、大森林の奥地に生息しているようなモンスターかもしれません。

 未知の毒などを持っていることを警戒して、念のため私とナーベさんの魔法で距離をとって殲滅するという形でよろしいですか」

 

 女は、ナーベラルに対して問いかけるのではなくアインズに対して問いかけていた。

 ここ数日で、彼女に話しかけても会話にならないと理解したためだ。

 

「ええ、かまいません」

 

 女のその言葉を、アインズは了承する。

 それを聞いた魔法詠唱者の女は、安堵した様子を顔に浮かべてレンジャーの男がいるはずの方を見た。

 

 彼女の視線の先には、ナーベラル達の方へと疾走する男の姿が見える。

 さらにその先には、真っ赤に目を輝かせる黒く巨大な虫の姿が見えた。

 

「なるほど、カマキリか」

 

 それを見たアインズは、傍にいたナーベラルだけに聞こえるような小さな声でそう呟いた。

 どうやら、あの虫はカマキリと呼ばれる虫らしい。

 

「それじゃあナーベさん、いくわよ―――『魔法の矢』(マジックアロー)

 

 魔法詠唱者の女が『魔法の矢』(マジックアロー)を唱え、カマキリに対して魔力でできた矢を放つ。

 

『電撃』(ライトニング)

 

 それに合わせ、ナーベラルも『電撃』(ライトニング)の魔法を放った。

 

 魔法による攻撃を受けたモンスターは、胴体を『電撃』(ライトニング)によって貫かれ、『魔法の矢』(マジックアロー)により頭部と両手の鎌を破壊される。

 

「やったな」

「やったわね」

 

 三人のところまでたどり着いたレンジャーの男と、杖を握りしめた魔法詠唱者の女は、共にモンスターを倒したことを確信した。

 

 しかし―――

 

「いや、まだだ」

 

 アインズが、他の全員に聞こえる様に呟く。

 

 すると、アインズの言葉を裏付けるように、モンスターの傷が修復された。

 

「……再生能力だと!?」

 

 レンジャーの男が驚愕の声を上げる。

 

 驚愕する男を無視して、再生すると同時にナーベラル達の元へと疾走するモンスターに対しアインズが剣を投擲する。

 

 漆黒に煌めく大剣は、宙を滑空してモンスターを大地に縫い付けた。

 

「ナーベ、『電撃球』(エレクトロ・スフィア)だ」

「畏まりました。

 ―――『二重最強化(ツインマキシマイズマジック)電撃球(エレクトロ・スフィア)』っ!!」

 

 縫いとめられたモンスターに対し、ナーベラルの放った二対の『電撃球』(エレクトロ・スフィア)が着弾する。

 その雷の塊により、モンスターは消し飛ばされることとなった。

 

「凄いわね。普通の第三位階の魔法よりもかなり威力があるわ」

 

 魔法詠唱者の女が、ナーベラルの魔法に驚きの表情を浮かべる。

 

 そんな様子の女をナーベラルは鼻で笑い、アインズの手刀により軽くたたかれた。

 

 

 

 

 その後は、特に問題なく商隊は王都にたどり着いた。

 

 アインズ達は商人から報酬を受け取り、二人に別れを告げた後、王都の冒険者組合に足を向ける。エ・ランテルに戻るついでにお金を稼ぐため、エ・ランテルへと向かう商人の護衛依頼を探すのだ。

 

 その途中の道で、

 

「あれ、モモンさん?」

「ん?」

 

 ナーベラルとアインズは、野菜の詰まった袋を持ったクレマンティーヌに遭遇した。



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とある隊長の話

 今回の話を書いて、私は実感しました。
 ―――私には、食事の描写は書けないと。

 そんなわけで、今回は食事の描写分文量が少ないです。申し訳ない。

 また、前もって言いますが、今回出てくる女性はオリキャラではありません。







 ところで、漆黒聖典のあの人だけでなく、こっちの人も隊長でしたよね。


 

 ニグン・グリッド・ルーインは、陽光聖典の隊長である。

 

 その彼は、神都にて部下たちと鍛錬を行っていた。

 

「―――それまで!!」

「「はっ!!」」

 

 ニグンの声に、陽光聖典の隊員たちは魔法の発動を止め、召喚していた天使達を伴い集合した。

 

「各員、身体を落ち着けた後に休息をとるように」

 

 ニグンの声を聞いた隊員たちは、了承の意を示すと各々で身体をほぐし始めた。

 

 ニグンは、そんな彼らの様子を見つつ、力強く歯を噛み締めた。

 

 

 

 ―――カルネ村での出来事から、およそ一ヶ月が過ぎた。

 

 

 意外にも、任務に失敗して帰還したニグンに対する罰則などはなかった。

 

 また、ニグンや彼の部下である陽光聖典の隊員達が、他の六色聖典の人員からも陰口をたたかれることなども一切無かった。

 むしろ、任務中に元漆黒聖典の隊員であるクレマンティーヌに遭遇したことに、同情する声を多く聞いたほどだ。

 誰もが皆、ニグンに対し暖かい声をかけた。

 

 

 

 

 ―――だが、彼にはそれが一番堪えたのだ。

 

 

 陽光聖典に下される任務、それは神々が身を捧げた人類守護という大いなる目的のための神聖なものである。

 ニグンは、それに失敗したのだ。責められ、罰せられて当然の行いをしたのだ。

 そうであるにも関わらず、一切の叱咤も何もない。何故だ。責められて当然の罪を犯したのに何故責められない。

 

 一切、責任を追及されない。それは、信仰心熱い彼にとって責められるよりもなお非常に堪えるものだった。

 

 

 

 部下たちが休息を取り始める様子を見たのち、ニグンはその場を後にする。

 向かう先は神官長達の待つ教会、そこに昼過ぎに訪れる様に神官長達から告げられていた。

 

 彼が腕に巻かれていた鋼鉄製のバンドを確認すれば、鋼鉄製のバンドはもうしばらくすれば昼の時間を迎えることをニグンに教えてくる。

 

 つまり、予定の時間まではまだ時間があるということだ。

 

 余り早く行くのも迷惑になると考えたニグンは、予定を変更し、先に昼食を取ることにした。

 

 

 

 

 彼が向かった先は、行きつけの酒場である。

 この酒場の主は、六色聖典の事情にある程度理解があり、隊員たちにも便宜を図ってくれることもあるありがたい存在だった。

 

 勿論、服装は、任務の際にいつも着ている物々しい服装ではなく、ありがちな私服である。

 六色聖典という存在は、公にはされていない存在なのだ。ニグンだけではなく、各聖典の隊員達は、このような場に訪れる際は基本的に私服で訪れることを義務付けられていた。

 

「へい、いらっしゃい!!

 ―――って、ニグンさんじゃねえか。お昼には少し早いが何かあったのか?」

「いや、昼過ぎに呼び出しがかかっていてな。大規模な仕事の話だろうから、その前に腹ごしらえをしようと考えたところだ」

 

 ニグンは、店主にそう告げながら空いている席に着く。

 店主の彼は、そんなニグンの前に一杯の水を出した。

 

「なるほどな、だったら昼は軽めの方がいいかい?」

「いや、多めに頼む。

 仕事の内容は、おそらく遠出だ。野宿で旨い飯は食えないからな。その前に旨い飯をたらふく食べておきたい」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。なら、あまり脂っこくない物で多く食えるものを選んでやるよ」

「助かる」

 

 店主はニグンに笑いかけると、店の調理場の方に歩いて行った。

 

「……任務、か」

 

 彼は、己の手のひらを見つめる。

 そこには、過酷な鍛錬により生じたいくつものタコや傷跡があった。

 

 彼が日々こなす鍛錬は、確かに実になっている。

 生まれながらの異能(タ レ ン ト)という他者にはない才能はあれど、陽光聖典の隊長であるという事実が、魔法上昇を使用せずに第四位階の召喚系魔法を発動できるのはニグンしかいないという事実が、彼の能力を証明している。

 

 ―――だが、それでも彼は英雄になることはできない。

 どれほど努力しても、英雄に勝つことができないのだ。

 

「たしか……『二軍』だったか」

 

 あの裏切者がかつて漆黒聖典に所属していた頃、ニグンに言った言葉だ。

 

「英雄未満、一般人以上。奴曰く、中途半端に力を持った人間を指す言葉。

 ……認めたくはないが、間違ってはいなかったな」

 

 どれほど頑張っても、ニグンの実力では英雄の領域には至れない。

 それはわかっている。わかっているが、認めたくない事実だった。

 

 

 自嘲しながら落ち込むニグンの前に、瑞々しいサラダが置かれる。

 

「ニグンさん、あんまし暗い顔してんじゃねえよ。旨い飯も不味くなるぞ?」

「―――ああ、すまない。食事時に考えることではなかったか」

 

 店主の言葉に、ニグンは自らの脳にはびこっていた思考を追い出す。

 そして気分を一転させると、目の前のサラダに目を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その後しばらくして、

 

「……随分食ったな」

「ああ、最近悩みが多くて食が進まなかったからな。その反動かもしれん」

 

 ニグンの前には、肩ほどの高さにまで詰まれた大量の皿があった。

 此処が居酒屋であるために、一皿に盛られる料理の量があまり多くないことを考慮しても、その皿数から想像される量はかなりの物だ。

 

「美味かった。代金はいくらになる?」

「あ、ああ、代金は銀貨一枚だ」

「わかった……これでいいな」

 

 店主の言葉に従い、ニグンは懐から銀貨を一枚差し出す。

 

「おう、ばっちりだ。まいどあり」

 

 店主が、ニグンの前にあった皿を調理場に下げる。

 それを見た彼は、その間に店を後にした。

 

 店を出たニグンは、その脇の路地裏に身を隠す。

 

「さて、もうそろそろ時間か?」

 

 ニグンは、路地裏で袖に隠したバンドを確認する。

 時間は丁度昼。今から教会の方へと向かえば、ちょうどいい時間に着くであろう時刻だった。

 

「ふむ、ちょうどいい時間だな」

 

 彼は、大通りに出ると、神都の中心部に足を進め始めた。

 

 

 

 

 

 

「ニグン・グリッド・ルーイン。貴殿に新たなる使命を下す」

「―――はっ!!」

 

 ニグンは、目の前の神官長に傅いた。

 

 ここは神都の中央にある、とある建物の中。

 彼は、そこで神官長から新たな任務を受けるところだった。

 

「彼女を連れて竜王国へと赴け。

 竜王国に着いてからの使命については、この場で言うことは憚られる。現地で彼女から聞くように」

 

 そう言って、神官長は建物の陰を指さす。

 ニグンがその先に視線を向けると、そこには黒いローブを羽織り、深くフードを被った存在がいた。

 

 それを見たニグンは、顔を険しくする。

 

 ローブ越しに見えるその存在のプロポーションからして、おそらくそのローブの存在は女性だろう。

 

 問題はそこではない。

 フードから山羊を思わせる角がこぼれ、さらにフードの頂点にイヌの耳が隠されているかのような凹凸が見られたからだ。

 

 ―――明らかに人間ではない

 

 人間の守護を目的とする法国、その中心部たる神都に人外が存在している。

 ニグンの胸の中に、もやもやとした感覚が走った。

 

「……畏まりました」

 

 だが、これも任務だ。任務である以上、果たさねばならない。

 内心に溢れる感情を押し殺し、ニグンは神官長に頭を下げた。

 

「よろしい。

 出発は明日の早朝である。神への信仰の下、その任務を果たせ」

「はっ!!」

 

 ニグンは、神官長へと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 二日後、ニグンとその部下達の姿はカッツェ平野の中にあった。

 

 カッツェ平野とは、法国と竜王国、そして王国と帝国の間に跨る様に存在する霧で覆われた大地だ。

 ここは、毎年帝国と王国の戦場となるためか、アンデッドの多発地帯となっている。

 

 陽光聖典の隊員たちは、この霧に紛れるようにして移動し、野営の拠点となるテントを張っていた。

 周囲を取り巻くはずのアンデッド達は、隊員たちが『アンデッド退散』を行うことで殲滅している。信仰系魔法詠唱者で構成された陽光聖典の面々にとって、この地での安全を得ることは、森での野営よりも簡単なことであった。

 

 野営のために張られたテントの内の一つ、張られたテントの中でも最も大きなテントの中に、ニグンの姿があった。

 

 テントの中には、ニグン、その部下が二名、そしてローブの女性の四人がいる。

 このテントは、他のテントとは異なり、宿泊ではなく作戦立案や会議のために使われるテントだ。その中にいるということは、そういう話をするということである。

 

「―――さて、予定では明日にも竜王国に到着することになる。

 神官長からの命令内容、それを開示していただくことはできませんか?」

 

 ニグンは、正面にいる女性に問いかける。

 女性は、少し考え込むとニグンの方を向いて話し始めた。

 

「……まあ、もういいかしら。

 そこの二人は出てもらえる? 今回の任務には守秘義務があるのよ。残念だけど、そこの隊長以外に聞かせることはできないわ」

 

 女性のその言葉に、彼の部下の隊員たちが少し怒気を強める。

 どうやら、人間ではない彼女に命令されるのは嫌だったらしい。

 だが、神官長からの命令では仕方がない。二人は、しぶしぶといった様子でテントから退出した。

 

「さて、じゃあ―――」

 

 二人が出て行った直後、女性の右手に蒼い光がともる。

 魔法とは異なる、何か人工的な雰囲気漂う光。

 

 ―――その瞬間、ニグンの身体は硬直した

 

 これ……は……

 

 声を出そうとしても、身体を揺すろうとしても、頭の天辺から爪先まで全く動かない。

 まるで、身体を動かす権利を奪われたかのようだった。

 

「―――成功ね」

 

 視線すら動かせない。瞬きすらできない。

 ニグンは、この一瞬で完全に無力化されていた。

 

 いくら身体に力を入れようと、魂と肉体が繫がっていないかのように動かない。力が入る様子すらない。

 

 ―――なんだ、何が起きているっ!?

 

 思考が駆け巡り、打開策を懸命に模索し始める。

 

 そんなニグンの頬に、後ろから妖艶な手つきで手が添えられた。

 

「そんなに慌てなくても良いわ。すぐにその必要もなくなるのだから」

 

 娼婦のような妖しげな声が、ニグンの耳元で囁かれる。

 

 その声に、ニグンは鳥肌が隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ニグンはテントの外に陽光聖典の部下たちを集めた。

 

「各員傾聴」

 

 ニグンの声に、彼の目の前にいる彼らは意識を向ける。

 

「汝らの信仰を神に捧げよ」

 

 彼らにニグンがそう告げると、略式で神への祈りをささげ始めた。

 

 ニグンは部下たちのその様子を眺め、全員が祈りを終えたことを確認すると、口を開く。

 

「神官長より、任務の開示が許可された。

 

 ―――竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルスを拉致せよ」

 

 

 

 彼らのすぐ傍にあるテントの中で、一人の女性が小さく笑った。




 

 ラスボスが働き始めたようです。


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とある牧場主の話

書籍の特装版、意外と高いですよね。
買ったことを後悔しているわけではありませんが、なんとなく釈然としない思いがあります。

さて、今回はでみえもん回です。


 

 デミウルゴスは、ナザリック地下大墳墓の第七階層を守護する階層守護者である。

 

 牧場を経営したり、バハルス帝国に探りを入れたりと多忙な彼は、ナザリックの僕として充実した日々を過ごしていた。

 

 そんな彼であるが、その毎日を多忙な様子で過ごしているわけではない。

 残られた最後の一人の至高の御方、アインズ・ウール・ゴウンが定めた休暇と言う制度により、数日に一度は仕事をしてはいけないというものが定められているためだ。

 

 至高の御方に仕えることを至上の喜びとする彼らにとって、この休日というものは非常につらい一日であった。

 

 そのため、ナザリックの僕たちの多くは、その休日という物をいかに主であるアインズに役立つよう過ごすかを考え、各々が思いついた方法で実行している。

 

 さて、その休日。

 デミウルゴスは、工作に勤しんでいた。

 

 もちろん、他の組織に対して行うと言う意味の工作ではなく、ものづくりという意味での工作である。

 

 彼がこれまでに制作したものは、家具から装飾品まで多岐に及ぶ。

 

 その中でも、特に力を入れて制作した至高の御方であるアインズの銅像は、骨の僅かな凹凸まで精巧に再現された、牧場へ持ち込んだ際に暗闇でそれを目撃した彼の部下が本人と誤解するほどにまで精巧に作られたものだ。

 

 不敬であるために公言はしないが、彼の内心ではパンドラズ・アクターよりもアインズを再現しているという思いすらあったほどのものである。

 

 現在、その銅像はデミウルゴスが管理しており、牧場で定期的に彼が使用している。

 

 そんなものを作り上げるほどにまで、工作に熱中している彼。

 彼は今日、その銅像を超えるものを作り上げようとしていた。

 

 

 その名も、メタル化アインズ・ウール・ゴウン。

 名前の通り、金属製の模型である。

 

 

 それもただの模型ではない。僅かな凹凸まで再現され、骨の一本一本に至るまで取り外し可能な、非常に精巧な模型だ。

 

 パンドラズ・アクター協力の下、至高の御方の骨一本一本を間近で観察して設計されたそれは、完成すればまさに瓜二つの物が出来上がるだろう。

 

 

 部屋の片隅に置かれた金属のブロックを一瞥して、デミウルゴスは気合いを入れる。

 材料は最低限しかないため、失敗は許さない。失敗した材料は、パンドラズ・アクターに溶かして作り直してもらうということができないわけではないが、それには彼に貸しを作る必要があるのだ。可能であればしたくない。

 

 飛散した金属の滓で部屋をあまり汚さないために、大きめの厚手の布を一枚、床に敷く。

 そして、以前作成していた作業台をその上に置き、机の上に二百枚ほどの紙を置いた。

 

 この紙には、一枚ごとに骨一本分、模型の設計図が描かれている。

 設計図には、骨の絵だけではなく、数多くの数字、線などが書かれ、デミウルゴスの製作に対する熱意を窺わせた。

 

 さらに、設計図のすぐ横に、部屋の隅にあった大きな木箱を置く。

 箱の蓋を開けると、そこには白い大量の骨がしまわれていた。

 

 これは、デミウルゴスが前回の休日で完成させた、羊の骨でできたアインズの模型である。

 皮や肉とは異なり、デミウルゴスが経営する牧場で余り気味だった骨を再利用する目的で作ったものだ。

 

 金属よりも加工が容易であったため、数回の休日で製作することができた。

 

 今回の金属模型は、この骨を参考に作成することになる。

 

 加工に使用する鑢などの道具は、事前に作成して作業台の引き出しにしまってあるために問題はない。

 

 作業台の横に今日加工する予定の金属を置き、席に着いた。

 

 

 

「―――ふぅ」

 

 軽く深呼吸をして、頭の片隅にあった雑念―――明日の仕事などに関する諸事への思考―――を振り払う。

 そして、目の前の金属を理想的な形へと変える事に意識を集中させた。

 

 ―――その直後、部屋の扉が軽くこつこつとたたかれる。

 

 デミウルゴスは、その音は気のせいだと思ったが、それから数秒後に再びこつこつという音がしたことから、気のせいではないと判断した。

 

 彼は、金属の粉で服を汚さないための前掛けを外し、叩かれた扉を開ける。

 

 ドアの向こうには、デミウルゴスの部下であるプルチネッラの姿があった。

 

「お休みのところ申し訳ありません。

 デミウルゴス様、牧場で採れたオーガの骨をお持ちしました」

 

 見れば、プルチネッラの手には大量の骨が詰め込まれた

 

「ありがとうプルチネッラ、羊たちの骨はそれなりにたくさんあるのですが、オーガの骨はそれほど多くは持っていないので助かりました」

「いえ、デミウルゴス様のお役に立てることわ、私にとって非常に幸福なことですから」

 

 デミウルゴスの言葉に、プルチネッラは笑顔で答える。

 

「ところで……もしやお邪魔でしたか」

 

 ドアの隙間からデミウルゴスの部屋の中を見たのか、恐る恐るといった口調でプルチネッラはデミウルゴスに問いかける。

 

「いえ、まだ始めてはいませんでしたから、特に邪魔だとは感じていませんよ」

「そうですか、そう言っていただけるとありがたいです。

 でわ、お休みのところ失礼しました。幸福な休日をお過ごしください」

「ああ、プルチネッラも仕事を頑張ってくれ」

 

 デミウルゴスに軽く頭を下げると、プルチネッラはドアの前から立ち去っていった。

 デミウルゴスはそれをしばらく見つめ、プルチネッラが戻ってこないことを確信してから扉を閉めた。

 

「―――少し、間が悪かったですね」

 

 彼はプルチネッラのタイミングの悪さに苦笑いすると、手に持った箱を部屋の隅に置いた。

 

 さて、作業の再開である。

 

 部屋に置かれた無限の水差しで喉を潤すと、外した前掛けを身に着け、彼は再び作業台の前の椅子に座った。

 

 

「―――ふぅ」

 

 軽く深呼吸をして、頭の片隅にあった雑念―――明日の仕事などに関する諸事への思考、そしてプルチネッラに対する微かな苛立ち―――を振り払う。

 そして、目の前の金属を理想的な形へと変える事に意識を集中させた。

 

 ―――その直後、部屋の扉が軽く、しかし少し強めにこつこつとたたかれる。

 

 デミウルゴスは、その音は気のせいだと思ったが、それから数秒後に再びこつこつという音がしたことから、気のせいではないと判断した。

 

 彼は、金属の粉で服を汚さないための前掛けを外し、叩かれた扉を開ける。

 

 そこには、酒瓶片手に変な顔で笑うシャルティアの姿があった。

 

 完全に酔っ払いである。

 

「―――デミウルゴスぅ、少し飲まない?」

 

 そう言って、彼女は手に持った瓶を掲げる。

 瓶の中身は満杯で、酔いに対する耐性を持たないデミウルゴスがシャルティアに付き合えば、確実にこの休日を潰してしまうことを確信させた。

 

 しかも、瓶をよく視れば、ラベルにはスピリタスと書かれている。

 アルコール度数96度、蒸留で作る限界のアルコール度数を持つお酒である。彼が飲めるものではない。

 

「悪いが、今日はそんな気分ではないんだ。アルべドやマーレ、アウラを誘ってはどうだろう。

 男性である私よりも、彼女たちの方が話が合うのではないかな?」

 

 とりあえず、他の守護者に押し付ける。

 マーレとアウラはわからないが、アルべドは最近お酒を嗜み始めたようだから、彼女との方が話が進むだろう。

 

「そういえば、アルべドは今日休日だったはずだろう。最近仲がいいようだし、二人で飲んでくるといい」

 

 丁度いいスケープゴートがいるのだ。どうせなら彼女に押し付けるのがいいだろう。

 そんな考えの下口にされた彼の言葉。その言葉を聞いたシャルティアは、少し考え込んだ。

 

「……アルべドさ――んを誘うわけにはいかないでありんす。

 デミウルゴスぅ、どうか飲んではくれないでありんすかぁ」

「アルべドさん?

 ……悪いかもしれないが、私は今日はお酒を飲む気にはなれなくてね。

 誘ってくれたのは嬉しいが、今日のところは勘弁してもらえないかな?」

 

 (気分だけとはいえ)酔って涙目になってしまっているシャルティア。

 彼女は、デミウルゴスのスーツの裾を掴むと、縋りつくように涙目で上目づかいを向けてくる。

 

「デミウルゴスぅ……」

 

 どのような男性であっても、それこそ女性ですら胸を打たれるような仕草。

 きっと、ここに彼らの主がいれば、精神を沈静させられていただろう。

 

 

 ―――だが、デミウルゴスは例外だ。

 

「申し訳ないシャルティア。他を当たってくれ」

 

 デミウルゴスは、酔っ払ったシャルティアの仕草に心を打たれるような存在ではない。

 

「……わかりんした。アルべドと飲んでくるでありんす」

 

 デミウルゴスが少々冷たくあしらうと、シャルティアは寂しげな様子で答えた。

 

「すまないね、シャルティア」

「いえ、急に押し掛けた私が悪かったでありんす。

 ……デミウルゴスは、何かやりたいことがあったのでありんしょう。そんなデミウルゴスを巻き込もうとした私が悪かったでありんす」

 

 扉の隙間から、デミウルゴスの部屋の中を覗いていたのだろう。

 シャルティアは、デミウルゴスが何かをしようとしていたことに気が付き、決まりが悪そうな様子でうつむく。

 

「では、今度誘ってもらえるかな?

 まあ、私はシャルティアほど酒が得意なわけではないから、スピリタスを瓶で持ってくるようなことは勘弁願いたいが」

 

 流石のデミウルゴスも、シャルティアのその表情に罪悪感がわいたため、また次の機会に一緒に飲もうと誘う。

 

 デミウルゴスのその言葉を聞いたシャルティアは、泣くことを止め、笑顔で誘いに応えた。

 

 

 

 

 

 

 軽快な歩みで、シャルティアがデミウルゴスの部屋を後にする。

 デミウルゴスはそれをしばらく見つめ、シャルティアが戻ってこないことを確信してから扉を閉めた。

 

「―――酔っ払いの相手は、少々勘弁してほしいですね」

 

 彼はシャルティアの酒癖の悪さに苦笑いすると、自身のスケジュールを確認し、次のシャルティアの休みの日に合わせて少し調整した。

 

 さて、今度こそ作業の再開である。

 

 デミウルゴスは、部屋に置かれた無限の水差しで喉を潤すと、外した前掛けを身に着け、再び作業台の前の椅子に座った。

 

 

「―――ふぅ」

 

 軽く深呼吸をして、頭の片隅にあった雑念―――明日の仕事などに関する諸事への思考、プルチネッラに対する微かな苛立ち、そしてシャルティアに対するかすかな怒り―――を振り払う。

 そして、目の前の金属を理想的な形へと変える事に意識を集中させた。

 

 ―――その直後、部屋の扉が軽く、優しめにこつこつとたたかれる。

 

 デミウルゴスは、その音は気のせいだと思いたかったが、それから数秒後に再びこつこつという音がしたことから、気のせいではないと諦めた。

 

 彼は、金属の粉で服を汚さないための前掛けを外し、叩かれた扉を開ける。

 

 そこには、大きく装いを変えたアルべドの姿があった。

 その彼女からは、かなり強烈なアルコールの匂いがする。

 

 ―――デミウルゴスは、無言で扉を閉めた。

 

「……疲れているんですかねぇ」

 

 そう呟いて、彼は自身の手を確認する。

 そこには、肉体の疲労を無効化する指輪があった。

 

 その直後、強く激しくどんどんと、デミウルゴスの部屋の扉が叩かれる。

 さらに、扉のむこうから何か怒鳴るような声も聞こえてきた。

 

「……見間違いでは無いようですね」

 

 ため息をつく。

 幻は、このように激しく扉を叩くようなことはできない。

 

 彼は、テーブルの上を片付けると、激しく叩かれる扉をゆっくりと開けた。

 

 ドアのむこうには、先ほどの光景と同じものが広がっていた。

 

「デミウルゴス、いきなり閉めるとはどういうつもりかしら」

「それはこちらの台詞です、アルベド。

 ……色々と言いたいこともありますが、とりあえず入ってください」

 

 少し低めな声で、デミウルゴスはアルべドを部屋に招く。

 彼女は、彼のその言葉に気を良くしたのか、ふふふと小さく笑うと彼の部屋に入った。

 

 ……明らかに酔っている。

 

 アルべドのために椅子をもう一つ用意し、部屋にある食器棚から彼女の分のコップを取り出す。

 

「水しかありませんが、かまいませんか?」

「ええ、いいわ」

 

 デミウルゴスがアルべドに確認をとると、アルべドは少し不満そうな顔をしながらも肯いた。

 

 それを聞いた彼は、コップに無限の水差しを傾け、自身と彼女のコップに水を注ぐ。

 彼は、一定の量が注がれたことを確認すると、その二つのコップを持って席に着いた。

 

「―――どうぞ。

 それで、守護者統括様は何の用があって此処に」

「ありがとう、いただくわ。

 ……何の用か、あなたわかっていて聞いているでしょう?」

 

 デミウルゴスから受け取った水を口にすると、アルべドはコップを置いて机を強く叩いた。

 

 

 

「―――アインズ様のご寵愛を受けることよ!!」

 

 

 微妙に返答になっていない。

 おそらく、酒に酔っているためだろう。

 

 デミウルゴスは小さくため息をつくと、彼女へと口を開いた。

 

「あー……それはわかるのですが、何故私のところに来たのですか?

 アインズ様の寵愛を得たいなら、私ではなくアインズ様のところを訪れるべきでしょう」

「あなた、わかっていて言っているでしょう。

 この姿を、何の躊躇いもなくアインズ様に見せられるわけがないわ」

 

 彼女はデミウルゴスにそう告げると、少し怒ったように腕を組んだ。

 

「まあ、確かにそうかもしれませんね」

 

 デミウルゴスは、視線を僅かに上、彼女の頭部に向ける。

 

「―――プレアデス達に影響でも受けましたか」

「ええ、そうよ。

 最近のアインズ様は彼女たちを重宝しているみたいでしょう」

「だから、彼女たちの特徴を取り入れてみたと……

 まあ、悪くはないかもしれませんが、私としてはお勧めしませんよ」

 

 シャルティアの一件以後、デミウルゴスの主は、ナーベラルとソリュシャン以外のプレアデス達がナザリック外へ出ることを禁止していた。

 その代わり彼の主は、ナザリック内の情報伝達などに彼女らを扱うことにしているようで、ナザリックにいる間は、常に傍にプレアデス達がいるという状況になっていた。

 

「……やっぱりそうよね」

 

 アルべドが静かにため息をつく。

 彼女の仕草に合わせる様に、彼女の顔にかけられた眼鏡が少し下がり、後頭部のポニーテールが揺れた。

 

「一つ一つは似合うと思いますよ。ただ、合わせると致命的に合いません。

 そのスリットが入った服も、眼鏡も、ポニーテールも、それ以外も、一つ一つは似合いますから、どれか一つに絞ってみてはどうでしょう」

「どれか一つ……ねぇ。

 ありがとうデミウルゴス、相談に乗ってもらえて助かったわ」

「いえ、礼には及びませんよ」

 

 彼女の言葉に、デミウルゴスは笑顔で応えた。

 

 お互いに、水で喉を癒す。

 ここでデミウルゴスは、ふと気になったことを彼女に問いかけた。

 

「ところで、その服や眼鏡などはどこで手に入れたのですか?

 外で、そのような物を見たことはなかったと記憶していますが」

「これかしら? 服は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 眼鏡とかの装飾品は、ほとんどはシャルティアから巻き上げたものね」

「巻き上げた……ですか」

 

 デミウルゴスは、今度シャルティアと飲むときは優しくしようと心に誓った。

 

 ―――丁度そのとき、部屋の扉が軽く、しかし少し強めにこつこつとたたかれる。

 

 さらに、扉の外からは微かに聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「噂をすれば影、ということですかね」

「そうね、ことわざというのも案外馬鹿にならないものだわ」

 

 デミウルゴスはため息をつく。

 どうやら、今日は創作活動にいそしむことはできそうになかった。

 

 

 

 

 その後、デミウルゴスの休日には、ものづくり以外の過ごし方が追加されることになる。




幕間もようやく折り返し。
次回はパンドラ回です。

-追記-
 四巻以降が手元から離れたので、大幅に更新が遅れます。
 戻ってくるのは三月か四月の予定


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