ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~ (富士富士山)
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序章 はじまり ~北の海~
第1話 出航


北の海(ノースブルー)” ベルガー島

 

 

 夜の帳が下りた暗闇の中しんしんと降り注ぐ雪。

 

 辛うじてそこにあるかと思われる空と海の境目。

 

 重量感のある雲に覆われて一切の輝きを見せない空。

 

 墨で塗りつぶされたように黒々としている海。

 

 そこに海があることをしっかりと感じさせてくれるような、ただ寄せては繰り返す波の音。

 

 寒さをまるで形あるものとして実感させられる程の吹き付ける風。

 

 1年の大半を雪に覆われ、寒さに覆われた島。

 

 寒さというものに対し、決して慣れさせるということがない。生まれて此の方育ってきた、そして生きてきた島だ。

 

 

 これが俺の、……俺たちの島なのだ。

 

 

 今、海岸では桟橋に一隻の船が停まっている。出航へ向けて、積み入れ作業に大わらわの状態だ。暗闇の中でそこだけかがり火が焚かれており、忙しく立ち働く船員の姿はどこかしら幻想的ですらある。(そび)え立つ三本マスト、船尾窓のランタンには火が入れられていて、船内でも忙しく立ち働く船員の姿が想像できる。

 

 丘の上に立ち、眼下の出航作業を眺めながら俺はゆっくりと煙草を楽しんでいる。降りしきる雪と凍てつく寒さ、肺に取り込む煙草の香りとたなびく紫煙。実に心地よい時間である。

 

 俺たちの船が進みだそうとする先は暗闇に閉ざされているが、かがり火とランタンの光はその道筋を照らし出してくれる。眼前に広がる情景はそう思わせるものがある。

 

 

 はじまりへの鼓動が静かに高まりつつある。

 

 

 これからへの期待に胸を膨らまることから思考を切り替えた俺はその場を振り返り、歩を進める。まるで、これまでの事に思いを馳せるように。

 

 次第に波音は薄らいでいき、代わりに別の音があたりを支配してくる。眼前に見えるのは燃える建物。降りしきる雪の中でも、赤とオレンジの炎が覆い尽くし、燃えている。雪を積もらせた針葉樹に取り囲まれ、森の中にぽつんとある建物が燃えている。それを眺めながらゆっくりと紫煙をくゆらし、先日の集いに思いを巡らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕闇が窓の外に迫りつつある中で、ゆっくりとはじまった今夜の晩餐。眼前にあるオーク調で長方形のテーブルには、すでにいくつもの大皿に盛り付けされた料理が所狭しと並べられ、銀食器とグラスの音が心地よく響くダイニングルーム。テーブルの上座に座り、左右に思い思いに座りながら舌鼓を打つ面々に対し、口を開く。

 

「みんな、いよいよだ。俺たちネルソン商会の新たなる船出となる。乾杯だ!!!」

 

 皆一様にグラスを掲げ、カチンとグラスを交わす。

 

 ここまでの道のりは長かった。

 ネルソン商会。俺たちの商売。ネルソン家は元々海軍一家だ。だが、母親のベルガー家は代々交易を営む由緒正しき家柄。父は海兵を辞め交易商人としてベルガーの商売を継いだ。ベルガー島を根拠地として、手広く商売をしてきたのがベルガー商会。かつてはベルガー同盟と呼ばれた商業組合を結成して一大勢力を誇り、北の海(ノースブルー)一帯と、政府と契約して海軍の護衛を得ることで新世界とも直接交易を行い栄華を欲しいままにしていた。

 

 そう、かつては……。父が突然、行方不明となるまでは。

 

 しばらくして、政府から伝えられたのは死亡の二文字。理由は伝えられなかった。ただ死んだということだけ。俺は10を数えたばかりであった。その後ベルガー同盟、そしてベルガー商会は音をたてるようにして瓦解した。一瞬だった。富み栄える島だったベルガー島からは一人、また一人と人が離れていった。

 

 そんななか俺は15歳を目前にしていた。栄光が一気に消えていく中で、生きるため這い上がるために俺は俺の商売をはじめることにした。それがネルソン商会。生易しくはなかった。旨味のある商売は他の奴らに根こそぎもっていかれた。残るのは雀の涙にしかならないようなものばかり。だがやるしかなかった。泥水をすするような日々を送りながらも何とか生きて、そして再び這い上がってきた。この北の海で。機は熟しつつあった。そろそろだ。

 

「坊っちゃん。いよいよでやすね。わっしは嬉しいでやす。嬉しくてたまらんでやすよ~!!」

 

 今にも泣きそうになりながら、ロッコがグラスを傾けてきた。

 

「ロッコ、いい加減その呼び名はやめろっ。総帥かボスと呼べっ。まあ、おまえの気持ちは痛いほど分かるがな」

 

 アレムケル・ロッコ。父の右腕だった男だ。父の最後の航海には付いていくことが許されなかった。失意をぐっと押し隠して、ロッコはこれまで俺についてきてくれた。大男であり、歴戦の海の勇士である。

 

 今もロッコは太い腕を捲し立てながら、巨大な肉の塊と格闘しつつも目に涙を浮かべてこちらに目をやって笑っている。坊っちゃんと呼ぶ癖は断固として直させなければと常々考え、指摘しているが、一向に改善される気配はない。

 

 だが、ロッコは俺の師匠でもある。彼は新世界にも度々渡っていた強力な覇気使いであり、戦闘の師匠だ。物騒な海を渡って商売をしていくには、戦う交易商人でなければやっていけないのである。とはいえ、ロッコの力をあまり借りずに戦えることが理想だ。師匠のお出ましはないに越したことはない。

 

 それにしても、このサーモンは最高だな。マリネにされてレモンベースのソースと合わさり、口の中でとろけてゆく。白ワインで満たされたグラスを呷って、あ~、満足だ!! 心の声が漏れそうになる。

 

「もうそろそろいい? みんなが出来上がってしまわない内の方がいいでしょ、兄さん」

 

 至福のひと時を邪魔したこいつは俺の妹。ネルソン商会の副総帥と会計士を務めているジョゼフィーヌだ。金の計算と契約書作りをこよなく愛している。とてつもなく有能であるが、とてつもなく狡猾でもあり、わが妹ながらなかなか扱いに困る。筋金入りの剣士でもあるため余計にである。今もわが妹は書類の束を抱えて、こちらを窺っている。

 

「ああ、わかってるよ。全く、至福のサーモンの余韻を邪魔しやがって」

 

 妹にはしっかり恨み言をぶつけてやりながら、パチンと指をならして皆の注目を今一度集めた。

 

「みんな聞いてくれ。ジョゼフィーヌから話がある。まあ、大事な話だ」

 

 先は任せたとジョゼフィーヌに目で合図を送ると、妹は嬉々として抱えた書類を皆に見せるようにして話し出す。

 

「みんな、新しい船出を前にして新しい雇用契約書を用意したわ。これはひとつのたたき台よ。みんなそれぞれ入れたい条項があるでしょうから、ひとまず目を通してね。もちろんここでサインしてしまってもオーケー」

 

 そう言いながら各自に契約書を配って回るジョゼフィーヌ。皆一様にして、酔いが一気に醒めてしまったかのような顔をしている。当然だろう。自分の将来を左右する雇用契約書である。妹がどんな狡猾な文言を入れているか目を皿のようにしてチェックする必要がある。皆の目が必死だ。早速異議を唱えている者もいるが、菩薩のような笑みを浮かべながら妹に却下されている。

 

 俺は心の中で謝ってやることしかできない。総帥は俺だが、こと金に関する権限はジョゼフィーヌが一手に引き受けている。すまん、俺にしてやれることは心の中で謝ることだけだ。

 

 ああそうだ。そんなことよりも、このローストビーフだ。なんて綺麗な赤色なんだろう。こいつもサーモン同様口の中でとろけてゆくに違いない。給仕に赤ワインを用意させて、早速フォークを運び、再び至福のひとときに浸ってゆく。

 

「どうやー? 今日のんは? ええ出来やろ」

 

 隣で赤ワインをグラスになみなみと注ぎつつオーバンが尋ねてくる。俺たちのコックだ。

 

「ああ、最高だ。サーモンもローストビーフも口の中でとろけていくよ」

 

 オーバンには惜しみない賛辞を述べてやる。こいつは北の海(ノースブルー)にあって、出身が東の海(イーストブルー)という変わり種だ。よって変な話し方をするが、まあ意味は通じる。長い付き合いになる幼馴染であり、ベルガー島で繁盛していた料理店の息子である。ベルガー島衰退で店は畳まれて家族は島を後にしたが、唯一オーバンは俺に付いてきてくれて、海のコックとして俺の船で腕をふるってくれている。

 

「ほんまはおまえに俺の最高のおばんざいを食わせたかったんやけどなー。今日はこれくらいにしといたるかー」

 

 ザイ・オーバンが本当に得意としている料理はおばんざいなるものらしい。まだふるまわれたことはないのでどんな味かはわからないが。こいつは話口調に似合わず狙撃手でもある。近接格闘は一切せずただ遠距離からの狙撃を得意とする。

 

 

 契約書をにらみながらの喧々諤々の食事もたけなわとなり、俺はモルトウイスキーの角瓶片手に隣接のソファ席に移動する。既に向かいには東の海(イーストブルー)よりはるばる取り寄せた焼酎片手に一杯やっている奴がいる。

 

「あんたの妹は最悪だ。細かい文字で例外の条項を詰め込みすぎだ。ひとつひとつ反論するのに偉ぇー時間が掛る。朝食を握り飯にするたびに1000ベリーって何なんだ。何とか650ベリーで妥結したが」

 

 その時のジョゼフィーヌとのやり取りを思い出して苦々しさを顔に表し、それを飲み下すようにして焼酎を呷るロー。

 

 この男はトラファルガー・ロー。ネルソン商会に加わったのは途中からだが、ローを迎え入れたのは非常に大きかった。船医を必要としていたのもあるが、何よりもこいつは頭が切れる。幼い頃から医者としての勉学に勤しんできた脳細胞はもとより、ドンキホーテファミリーにおいて3年間修業のようにドフラミンゴに付き従ったことで、商売における頭の切れは研ぎ澄まされつつある。間違いなく俺の右腕になりつつある男だ。

 

「ああ、すまん。としか言えないが、すまん。ところで、ハートの条項はまだ残すのか?」

 

「ああ、当然だ。それだけは譲れねぇ」

 

 ローはドンキホーテファミリー脱退において一悶着あった。コラソンを恩師として敬愛し、その亡くなった恩師の遺志を継いで、ハートの図柄とコラソンの文字を服装に刻むことを要求してきた。我々ネルソン商会は黒一色で無地の服装を正装としている。よって、ローのハートの条項は例外中の例外だ。だが、こいつの気持ちを慮れば認めてやらざるを得ない。それでなくともジョゼフィーヌによって虐げられているのだから。

 

 そもそもローがネルソン商会加入を受けたのは俺たちに共通の目的があったからでもあるだろう。海賊であることにこだわりを持っているわけではないというのもあるだろう。齢13にして超人(パラミシア)系悪魔の実“オペオペの実”を食べた改造自在人間であり、はっきりと憎むべき対象を持っていた。それはドフラミンゴ。共通の目的。亡きコラソンの本懐を遂げるためドフラミンゴを討ち取ることを加入の条件として要求してきた。俺たちに否やはなかった。

 

 ドンキホーテファミリー、ドフラミンゴの名は北の海(ノースブルー)において大きな意味を持つ。俺たちは表の商売をやりながらこの海で這い上がってきたが、その名は常に見え隠れしていた。厳然と存在していた。ましてや闇に回るのであるならばなおさらであった。

 

 そう、俺たちは表の商売から闇の商売に入っていくことを決めた。だがしかし、北の海(ノースブルー)においてはそれは許されなかった。ドンキホーテファミリー、今はもうファミリー自体、王下七武海(おうかしちぶかい)として偉大なる航路(グランドライン)に存在するが、その名は隠然と北の海(ノースブルー)に存在する。そこかしこに奴らは食い込んでいる。俺たちにはまだまだ奴らに正面切って対抗する力はなかった。

 

 ゆえに偉大なる航路(グランドライン)に入り、そこで力を蓄えることを決めた。ドンキホーテファミリー、そしてドフラミンゴを叩き潰すのはそのあとだ。もちろん、それは通過点にすぎない。俺たち、否俺には最終目標がある。少し話が行きすぎたか。とにかくローは俺たちの中で頼りになる男になりつつある。

 

偉大なる航路(グランドライン)に入るのはいいが、その前に寄るところがあるとか言ってたな。どこに寄る?」

 

 焼酎を呷りつつ、再び話を向けてくるロー。こいつは本当にうまそうに焼酎を飲む。こいつの飲みっぷりを眺めていると、ついつい焼酎に手を出しそうになってしまうが、ここは丸氷の入った極上のシングルモルトをちびちびと飲む方を選び取る。

 

 だが、ローよ。べポに焼酎を薦めるのはやめてやれ、嫌がってるぞ。べポは簡単にいえば白クマだ。そう簡単に言える存在でもないのだが、今はいい。こいつはロッコのもとで航海士補佐をやっているが、妙にローに懐いている。ローもこいつのことは気に入っているようだ。

 

「フレバンスだ。おまえには悪いと思って言いにくかったがな」

 

「言いにくいなら言うな。だが、もうそんなセンチメンタルなものはあそこに捨ててきた。問題ない。確かにあそこは奴の息が掛っていない場所だが、もう滅亡した場所。今さら行ってどうなる?」

 

 顔色一つ変えずにローが答えてくる。フレバンスはこいつの出生地。とはいえ壮絶な物語があった場所ではあるし、考えるところもあるだろうが、それを表情には見せていない。

 

「行く意味はある。だが、ここで話す内容ではないからな。この話は出航してからだ。そうだ、また勝負をしようではないか」

 

 そう言って、俺は横にある暖炉の上に置かれているチェスセットを取り出してきて、テーブルの上に広げた。このままでは、べポが焼酎を飲まされてしまいそうだ。何とか引き離してやらねば。

 

「あんたも好きだな。言っとくがチェスで俺に勝とうなんざ10年早ぇー」

 

 ああ、わかってるよ。この男はチェスがすこぶる強い。何度も煮え湯を飲まされている。だが、チェス盤をこいつと眺めていると、これからの作戦と計略の構想が次々と湧いてくる。お互いに。それをあーだこーだ言っているこの時間は実に至福のひとときなのである。

 

 こうして俺たちの夜は更けていった。

 

 

 

 炎は燃え盛り、建物を焼き尽くしている。俺たちが自ら火を放った建物。俺たちが長年根拠地としていた場所。もうここに戻ってくるつもりはない。俺たちは偉大なる航路(グランドライン)に入り、そこに根を張るつもりだから。俺たちなりの決意表明を形にするとこうなった。

 

 気づけば煙草の火はもう消えていた。吸殻を燃え盛る炎に投げ入れて、新しい煙草に火を点け、盛大に煙を吐き出す。雪は当然のように舞っている。燃え盛る炎はそのまま視覚から訴えてくるものがある。胸の中には熱くこみ上げるものが駆け巡っている。体の中は熱くたぎりつつある。それをゆっくりと煙とともに吐き出し、冷静になろうと努める。胸の奥底は熱くとも、常に頭の中はクールに。これからの鉄則だ。

 

 気配が近づいている。そろそろ出発の時間だ。

 

「兄さん」

 

「ああ、そうだな」

 

 妹の呼びかけに応じて、火の点いたままの煙草をそのまま炎に投げ入れて、踵を返してそこを後にした。

 

 

 俺たちの戦いはまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いざ自分で文章を書くというのは難しいものですね。誤字脱字、ご指摘、ご感想お待ちしております。


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第2話 フレバンスで蠢くもの

早速にお気に入り登録して頂いた方、ありがとうございます。読んで頂けるということは嬉しいものですね。前話より少し短いですが。


北の海(ノースブルー)” 外洋

 

 

 目が覚めると、ハンモックから半ば足をぶら下げながらゆらゆらと揺れていた。寒さでぶるっと震えてしまう。船は遅い速度ではあるがゆっくりと横揺れしながらも進んでいるようだ。

 

「起きられましたか?」

 

「ああ、よく寝ていたみたいだな。何時だ?」

 

 小間使いとして俺の船室を主戦場として働いてくれるカールだ。まだ12にしかならないチビだが、オーバンの手伝いやら、ジョゼフィーヌの手伝いやら、何かと忙しく動き回っている。

 

「3時です。風は順調です。ただ、ロッコ爺が明け方に霧が出そうだとおっしゃってました」

 

「そうか、またか」

 

 北の海(ノースブルー)ではよく発生する霧だがこのところ続いている。霧が発生すれば帆を畳んで漂駐しなければならなくなる。厄介なことになると考えながら、ハンモックから立ち上がり、デスクに移動する。

 

 突然船内をカランカランと音がこだまする。当直交代の合図だ。船内では3時間の八交代制で当直についている。3時だからロッコからジョゼフィーヌに交替だ。

 

「総帥。3名の方が船室に来られましたが、良く眠っておいででしたので、お引き取り願いました」

 

 カールは最年少なのに俺のことをしっかりと総帥と呼んでくれる。全くかわいい奴め。目で合図をしてカールに先を促させる。

 

「まずはジョゼフィーヌ副総帥。今後の事業計画書がどうたらこうたらとよくわからなかったのですが、どうやらご立腹でした」

 

「ああ、それは後回しで十分だ」

 

 全くジョゼフィーヌの奴め。表の商売ならいざ知らず、闇の商売に事業計画も何もあったもんじゃない。こいつは後回しだ。

 

「次にロー船医。この前の話の続きを聞きたいとおっしゃってましたが」

 

「そうか。そいつはいいな。早速にもローを……」

 

 この前の話はフレバンスの事だろう。こういう話は寝ざめに持って来いだ。にんまりするが、カールが最後まで言わせずに

 

「最後の方はよろしいんですか?」

 

「誰だ?」

 

「オーバン料理長です。アツアツのコーヒーを起きぬけにご所望ではないかと」

 

 ああそうとも。ローとの悪企みでも、もちろんジョゼフィーヌからの矢の催促でもなく、俺が求めていたものはオーバンが淹れるアツアツのコーヒーだとも。これに勝るものはない。

 

「全くその通りだな。早速に頼む。うんと濃いーいやつをな」

 

 その言葉を聞いたカールはにっこりとかわいげな笑顔となり

 

「そうおっしゃると思ってましたので、先にオーバン料理長からもらってきてます。どうぞ。うーんと濃いーいやつですっ!!」

 

 と、アツアツの湯気を立てたマグカップを差し出してくれた。

 

 カールときたら、本当にかわいいやつだ。

 

 

 濃いーいコーヒーで頭が働いてくるのを感じながら、霧の事を考える。

 

 フレバンス到着はさらに遅れることになりそうだ。天候は思い通りになることなどなくて当たり前であるが、やはり計画通り進まないということは気分の良いものではない。それに、後方に見え隠れする船影。尾けられているであろうことはわかっている。海で後ろを尾けてくるものなど決まってる。海賊か海軍だ。そして俺たちは海賊ではないのだから海軍ということはない。であるならば、相手は海賊だ。

 

 コンコンとドアをノックする音に物思いを中断される。カールはもうここをあとにして、オーバンのところに行っている。当直から戻った者への給仕手伝いだ。

 

「入ってくれ」

 

 ドアを開けて顔を見せたのはローであった。こいつは本当に鼻が利く。丁度いいタイミングで現れるんだ。

 

「あんたの妹は本当に最悪だ」

 

 どうやら、あいつはローのところにも行ったらしい。

 

「事業計画書の話か? 闇の商売がそんなもの作って何になるって言ってやれ」

 

「いや、それもあるが」

 

「それもある? じゃあ一体何の話だ」

 

「朝食の握り飯だ。650ベリーでは割に合わないとのたまっている。しまいには、料理長を交えての三者面談だ」

 

 かけてやる言葉が見つからない。あいつの守銭奴ぶりには全く頭が下がる思いだ。なので強引に話を切り替えてやることにする。

 

「ロー。おまえがここへやって来たのはそんな話をするためではないはずだ。そうだろう?」

 

 そう言ってソファを勧めてやる。

 

 コンコンコン。再びノックの音。3回はカールだ。こいつもなかなかに鼻が利く。どこからか、ローがこの部屋に入ったことを察知してやってきたに違いない。

 

「いいぞ」

 

 カールがひょっこりと顔を出し、用はないかと窺っている。

 

「ロー。ワインでいいか? では頼む」

 

 ローのうなずきを見てとり、カールは早速に船尾窓近くにあるワイン立てより赤ワインを取り出し仕度に取り掛かる。

 

 俺もローの向かいのソファに腰を下ろす。テーブルには常置されているチェス盤。今はチェスどころではないが。頭上ではコツコツコツと何度も往復する足音が聞こえてくる。ジョゼフィーヌだ。あいつは全くのせっかちであり、手持無沙汰になると船尾楼甲板を行きつ戻りつし始める。大方、事業計画書の自分なりの構想でも練っているに違いない。

 

 そんな考えを巡らせているうちにも目の前には二つのワイングラスが用意されて、なみなみと赤ワインが注がれている。

 

「カール。ありがとう」

 

 俺からの礼とローからの頭への抱擁に嬉しそうにしながらカールはまた退出していった。

 

 赤ワインを一口流し込み会話を再開する。

 

「フレバンスだな」

 

「ああ、そうだ」

 

 フレバンスは“白い町”とも呼ばれ、栄華を極めた国だった。ローの出生地であるが、悲喜こもごもの物語の末に滅亡した。と言われている。

 

「滅亡した国に今何がある?」

 

 若干の憂いを帯びた表情を見せながら聞いてくるロー。滅亡という言葉はあまり使いたくないと思われるが。

 

「入ってきた情報がある。ダーニッヒに入る船の情報だ」

 

「ダーニッヒ。フレバンスへの元玄関口だな」

 

「ああそうだ。だがダーニッヒ自体は問題じゃない。あそこは他の町に対しても玄関口になっている。ただし。その船に荷を揚げている馬車が存在する。そいつがどこから来たかが問題だ。そう、フレバンスだ。今、フレバンスを出入りする馬車が存在するということだ。そして、その船の行く先、そいつは南東には向かわない、真っすぐ最短航路で南に向かうんだそうだ。そうだ。そいつは凪の帯(カームベルト)を渡って新世界に入っていると考えられる。どうだ?」

 

 ローの表情は見る見るうちに生き生きとし始め、シニカルな笑みを浮かべつつある。興味を持ったな。頭の中が高速で回転しているに違いない。こいつのこういう表情を見ているのは実に楽しい。

 

「政府か?」

 

「その可能性は高いだろうな。滅亡したフレバンスはなぜか今になって政府の管理下に置かれて何かが運び出されているかもしれないというわけだ。珀鉛(はくえん)は確かに有害だった。その有害性に使い道が現れたのか、それとも有害性を克服できる技術を開発したのか。とにかく需要が存在する。まあ珀鉛(はくえん)でない可能性もあるが」

 

珀鉛(はくえん)だ。珀鉛(はくえん)だからこそ人知れず運び出してるんだろ」

 

 ローの読みは正しいだろう。こいつの脳内は今、四方八方に飛ぶかはたまた奥深くまで掘り下げながら可能性を探っている。

 

「で、俺たちはどうする?」

 

 ローの問いかけ。俺もローも話に夢中になっており、目の前にある赤い液体の存在を忘れてしまっている。

 

「奪う。物が未知数でリスクが高いが、それだけリターンも大きくなる。とんでもない代物かもしれない」

 

 ローの表情がさらに変化する。目が細められてワイングラスの一点を見つめている。閃いたな。

 

「ただ奪うだけじゃダメだ。掘り出している珀鉛(はくえん)の鉱山を爆破する。永久に、いや一時的にでも珀鉛(はくえん)の供給をストップさせる。供給を止めれば需要は一気に上がる。そこで珀鉛(はくえん)を持つのは俺たちだけ。取引ができる」

 

 らんらんと輝いているローの瞳はさも楽しそうである。確かに名案だ。リスクもすこぶる高いが。

 

「だがそうなると相当やばいことになりそうだな。新世界に運び込まれた珀鉛はそのままマリージョアに行っている可能性がある」

 

「ああ、もちろんそうだ。相当にやべぇ。海軍だけじゃねぇ、CPにも狙われる可能性が高けぇ」

 

 そう言いながらもローは少しもヤバそうな表情をしていない。まあ俺もだが。全身から湧いてくる高揚感が半端無い。やばいやばい、こんな時こそ冷静な頭の鉄則だ。

 

 一抹の不安もある。こいつは最後のベルガー島でセンチメンタルなものは捨ててきたと言っていたが、本当のこいつはセンチメンタルなものを胸の奥底に鍵をかけてしまっているだけだ。とはジョゼフィーヌの意見だ。あいつはせっかちな守銭奴だが、わりかし人を見る目がある。だが当の本人が表情には出さないのであるからこれ以上あれこれ気を揉んでも意味はないだろう。

 

 

「総員。総員。直ちに甲板に集合!! 戦闘態勢に入れ!!!」

 

 突然頭上より聞こえる甲高い大音声。ジョゼフィーヌだ。

 

 ローが立ち上がり、船尾窓の外を眺めながら言葉を吐く。

 

「出てきやがった。霧だ」

 

 背後を振り返ると確かに窓外はまだ明ける前の暗闇の中、吹き流れる靄が感じ取れた。

 

「奴らが来るな」

 

 霧に包まれた白靄を隠れ蓑にして後方の奴らが仕掛けてくる可能性は高い。ジョゼフィーヌも同じことを考えているはずだ。ゆえの即時総員呼集、戦闘準備だ。

 

 船内は一斉に動き出す音が四方八方から聞こえてくる。俺たちは目の前の赤ワインを一気に飲み下し、両頬を強烈に叩き活を入れて動き出す。ローは最下層甲板にある医務室へ行き、負傷者受け入れ準備を済ませるために。俺は戦闘に備えて正装を身に纏うために。俺たちネルソン商会の鉄則、戦闘においても、もちろん取引においても正装でだ。

 

 ローと入れ違いにカールが急いで部屋に入ってきた。横に設えられた戸棚からさっさと漆黒のスーツを選び取っている。

 

 

 

 今日は戦う交易商人の腕の見せ所である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書いていて思いました。自分にもカールが居てくれたらと。
誤字脱字、ご指摘、ご感想。よろしければどうぞ!!


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第3話 船上の戦い

戦闘描写をお気に召していただけるだろうかわかりませんが。
戦いの話を投稿いたします。

11/16 改稿させていただき戦いの結果が変更となっております。申し訳ありません。


北の海(ノースブルー)” 外洋

 

 

「当直員は登檣!! 速やかに縮帆作業にかかれ!!!」

 

 船尾楼甲板に出てみると、相変わらず甲高い大音声でジョゼフィーヌの指示が聞こえ、ロッコが目で合図を送ってき、べポは軽く一礼してくる。ジョゼフィーヌがこちらに近付いてきて

 

「総帥! 針路、東南東。そのままです。漂駐に入ります」

 

 と声を掛けてくる。こういう儀式めいた時だけこいつは口調と呼び名を改めてくる。こいつの有能たる所以ではあるし、確かにこちらも身を引き締められる。皆一様にして漆黒の正装と緊張感を身に纏っていて、戦闘前にはこの雰囲気が心地よい。

 

 闇が消え去り、夜明けが近いことを感じられるが、それにつれてあたり一面を漂う白さが増している。先頭のマストは白靄の中に隠れ確認することはできないが、眼前ではメインマストに登った船員によって手際良く帆が巻き収められていく姿が辛うじて見分けられる。

 

 厄介だ。実に厄介である。

 

 程なくしてローとオーバンも甲板に姿を見せる。この二人は船内を裏で支える守りの要であると同時に戦闘において威力を発揮する攻めの要でもある。ローは医務室での待機を助手のピーターに任せてきたに違いない。ピーターの手に負えない時だけこいつは下に戻る。

 

 こいつもダークスーツに身を纏い、しっかりとタイを締めているが、背中にはハートの刺繍が入り、腕にはコラソンの文字が縫い付けられている。そして、頭にはアニマル柄のファーの帽子。おいおい、ファーの帽子は契約違反じゃないのか。ネルソン商会の正装はシルクハットだ。

 

 だが、ジョゼフィーヌが何も言わないところをみると、どうやら契約違反ではないらしい。俺も今一度皆の雇用契約書を丹念に精査する必要があるかもしれない。

 

「オーバン。早速だが登ってくれ。是が非でも奴らが来る前にどこのどいつなのか知っておく必要がある」

 

 こいつの目は相当に利く。こんな霧の中では難しいだろうが何とか見分けてくれるだろう。

 

「了解や。えらい難儀やけど。しゃーないわな」

 

 オーバンはそのままメインマストに向かい、獲物である狙撃ライフルを肩に斜めがけにしながら、サルの木登りのように器用に登っていく。今もメインマストのてっぺんには見張りがいるが、そいつから双眼鏡を受け取って見張りに着く。

 

 ローが船尾楼甲板に上がってくる。

 

 船尾楼甲板は風と雨除けのために屋根を設けている。左右、頭上をコノ字型に覆うような形で設えられている。背後は窓もあり後方確認もできるし、船尾砲が2門鎮座させられていて、砲員が既に配置についている。屋根の下には舵輪があり、今はべポが握っている。その横には海図台。上から巨大な砂時計が吊るされていて、こいつで当直時間を計り、3時間のつどひっくり返す。海図台を囲むようにして、ジョゼフィーヌ、ロッコ、ローが集まり、カールがそばに控える形となる。

 

「よし。始めるぞ」

 

 戦闘前のミーティング開始だ。

 

 

「風はこのまま保ちやす。それに、この霧は多分あと1、2時間でさぁ」

 

 ロッコが口火を開く。この男は海のベテランだ。長年亡き親父に航海士としてつき従い、海を知りつくしている。

 

「奴らがこの機に乗じて仕掛けてくるのは間違いないだろう。この4、5日の間うっとうしい蠅みたいに付きまといやがって。奴らもじっと俺たちをうかがい狙っていたに違いないからな」

 

 俺が考えを口にすると、

 

「あいつらは多分海賊よね。そもそもあいつらは霧が出てくることを予期していたのかしら?」

 

とジョゼフィーヌが疑問を口にする。それについて考えてみる。

 

 相手によるだろうな。奴らの中にいる航海士が並でなければ、ここらの気候を知っているだろうから、予め準備している可能性はある。そうだとすれば、奴らは今すぐにでも船尾をよじ登ってくるかもしれないわけだ。

 

「その可能性はある。なんにせよぐずぐずしている暇はねぇわけだ。どうする?」

 

 ローがそう口にするのに続いて

 

「こっちから仕掛けることはまずしない。俺たちは海賊ではないからな。襲われたら返り討ちにする。それだけだ。だが、襲われた以上は容赦しない。迎え討つぞ」

 

俺が方針を述べると、ローは目を閉じており、一心不乱に考えに没頭しているようだ。

 

「ロッコ爺の見立て通りにいくなら、そこで旋回して奴らのメインマストに一発お見舞いするってのはどうだ? ロッコ爺も俺と同意見のような気がするが?」

 

 ローはロッコの光る目を見てそのように感じたのだろう。確かにいい案だ。奴らの息の根を止めない限り追撃は免れないだろう。メインマストに一発は最小限の力で奴らを足止めできる。

 

「ひよっこがいきがりおってからに。ああ、わっしも同じ意見じゃよ。どうでやすか? 坊っちゃん」

 

 言葉とは裏腹にロッコは少し嬉しそうである。ローもよくロッコから覇気の特訓を受けていた師弟関係だ。だがロッコよ。坊っちゃんは余計だ。だが、それを指摘する時間が惜しいのが憎らしい。

 

「決まりだ。それで行こう。タイミングが肝心だな。砲撃の指揮はロッコ、おまえがやってくれ。打ち漏らすわけにはいかない。だからべポ、おまえに船の舵取りがかかってるぞ。できるな?」

 

「アイアイ! ボス」

 

 べポが元気よく応答し、ローはそんなべポの肩をポンポンと叩いてやっている。ロッコも、了解でやす、と返してくる。

 

「ジョゼフィーヌ。船首の守りを頼む」

 

 ジョゼフィーヌはうなずき返し、了解の意を伝えてくると

 

 

「おーい、甲板!! 海賊旗が見えよったー。十字架に交差した釘。それから、あれはなんやー? 藁人形の顔かいな?」

 

と突然頭上より大音声が響き渡る。オーバンが見張り台より報告してくる。

 

 十字架に交差した釘、真中に藁人形の顔。もしや……。

 

「ホーキンス海賊団だわ。船長は“魔術師”バジル・ホーキンス」

 

 ジョゼフィーヌは手配書集めを趣味にしていた。俺も見たことがある。

 

“魔術師”バジル・ホーキンス 懸賞金 8700万ベリー

 

 ここのところ急激に名をあげている新興の海賊団だ。厄介な相手だ。だが情報はある。少ないものではあるが。出てくる海賊団は情報が入るその都度リストを作っている。規模、船長の名前、特徴、戦い方。俺たちの商売において情報は命にも等しい。

 

「ホーキンス屋か。能力者だな。実の名前はわかってねぇが、タロットカードを操り、藁になる。まさに魔術師ってわけだ。厄介だ」

 

 右に同じだよロー。とにかく相手はわかった。奴の能力がどんなものか正確にはわかってないが今あれこれ考えても仕方ない。

 

「各自、持ち場に付いてくれ。それから、ひとつ言っておくことがある。……今までもそうだがこれからもロッコは戦闘の前面には出ない。ロッコは俺たちの師匠ではある。だがそれゆえに主戦力は俺とロー、そしてジョゼフィーヌだ。これは肝に銘じて自覚しておいてほしい。……以上だ。」

 

 俺の言葉にその場の全員が意を決したように目に力を込めて頷き返してくる。

ロッコの助けがなくとも戦い、迎え討てなければならない。俺たちの真価が試されている。

 

「カール、ミーティングの内容をオーバンに伝令を頼む。機会があれば狙撃しても構わないと付け足してな」

 

「了解しました。総帥! それと、こちらをお忘れですよ」

 

 そう言ってカールは小脇に抱えた俺のシルクハットを取り出す。俺としたことがうっかりしていたな。自分のシルクハットを忘れていたとはハットの名がすたる。そう俺の名はネルソン・ハットだ。ジョゼフィーヌめ、こういう指摘はあいつの十八番のはずだが。たまにあいつは俺に対して甘くなる。

 

 カールは渡し終えると小走りに中甲板に下りていく。カールは鼻が良く利き、そして聡い子だ。俺たちのミーティング内容をしっかりと要約してオーバンに伝えてくれることだろう。

 

 俺は背後を振り返り、白靄の中に奴らが現れはしないかと目を凝らしてみた。

 

 

 さあ、来い。

 

 

 

 その瞬間は突然に幕を開けた。白靄にまぎれてボートで船首に回り込んだ奴らが四爪錨(グラツプネル)を船縁にかけてきて乗り込んできたようだ。近付いて来るところが辛うじて気配で感じられた。随分遠くを回り込んできたもんだ。船首では怒声が飛び交っている。

 

「ブラック・ネルソン号の者、あいつらを迎え討てー!!!!」

 

 ジョゼフィーヌのいつにも増して気合いの入った大音声が聞こえてくる。開けてきているが、まだ船首はうっすらと霧に包まれている。剣と剣とのつばぜり合いの音が聞こえてくる。あいつの真骨頂は居合にあるので、近接した白兵戦は得手としていないかもしれないが、あいつに任せておけば大丈夫だろう。あいつも覇気使いだ。

 

 

 そして

 

 

来たな。真打ち登場だ。

 

 

 カタンと音を鳴らしながら、船尾楼甲板左舷の白靄の中から現れて、船縁に降り立った姿。長い金髪を左右に垂らし、真っ白なゆらゆらとしたコートを羽織った長身の男。

 

 バジル・ホーキンス

 

 奴は取り澄ました表情でこちらを見つめている。

 

「今日は略奪すると運気が上がる日でな。失礼する。黒無地で図柄の全くない旗。いまどき珍しいがネルソン商会で間違いないな?」

 

「ああ。そうだが」

 

 略奪すると運気が上がる日ねー。言ってくれるな。

こいつは俺たちをネルソン商会と知った上で襲って来たらしい。なるべく残さないようにしているが、動き回れば足跡はどうしたって残る。名が広まっていく。俺たちも決して例外ではない。

 

「殺生をすると運気が下がる日でもあってな。それにおまえたちに死相も見えない。だが、何よりも略奪の成功率2%というのに興味を惹かれた。たかが一商人でこの確率は初めてだ」

 

「ああそうかい。褒め言葉と受け取っていいのかねー。じゃあ戦闘の成功率はいくらだった?」

 

 俺の言葉を聞いて、ふふっと少し笑顔を見せた奴は、船縁から甲板に降り立った。

 

 この世には嵐の前の静けさというものがある。その瞬間はまるで時間が止まっているような錯覚に陥ってしまう。だがそれが終わると怒涛の出来事の連続がはじまる。

 

「おい、おまえー。勝手に甲板に入ってくるんじゃねーよー」

 

 近くにいた砲員たちがカトラス片手に奴に斬りかかった。

 

 おい、やめろと叫ぶには遅かった。砲員の斬撃は避けられることもなく、奴の体に入っているが、当の本人の表情は少し笑っており、体を見る見るうちに藁に変化させて……。

 

 考えてはいた。魔術師であることと藁に体を変化させること。だが、気付くのが少し遅かった。藁人形……。

 

「おい、おめぇらそいつからすぐに離れろ」

 

 ローも一瞬早く気付いたようだ。だが、それでも遅かった。

 

 斬りかかった砲員たちがなぜか突然斬撃を受けたようにのたうって倒れ、それを眺めながら奴は藁に変化させた腕から藁人形を取り出して見せた。

 

 そういうことか。くそ、やられた。

 

「ロー」

 

「あの傷ではまずい。俺はすぐに下へ行く」

 

「わかった」

 

 くそ、これは奴の作戦だったのかもしれない。さっき奴は俺を見つめた後にローに視線を送り、凝視していた。ローの名もまた広まっていたのかもしれない。攻めの要であるが船医でもあるローを事実上戦力外にする。考えすぎだろうか?

 

 ロッコが目配せを送ってくる。霧が晴れつつあるのだ。

 

「当直員は直ちに登檣。帆を開けー!!! べポ、取り舵用意だ。タイミングはおまえに委ねるぞ。わっしは砲列に行かにゃあならん」

 

 ロッコの大音声の指示で当直員が我先にとマストを登っていく。

 

「アイアイ!! マスター」

 

 ローは別の砲員に指示を出して負傷した砲員を担がせ中甲板へ下りて行った。

 

 ホーキンスはさあ、どうする? とでも言わんばかりにこちらを見つめている。

時間を稼がないとな。

 

「見事なもんだな。やられたよ。お前の能力。一体何を食ったんだ?」

 

 奴の顔は仏頂面に戻り、

 

「俺は確かに能力者だが。おまえに教えてやる義理はないな。ただ先ほど尋ねてきた戦闘の成功率なら教えてやる。0%だ」

 

こいつは一体何を言ってるんだ。0%でなんで仕掛けてきた。

 

「おまえたちは商人でありながら重武装。この海のあちこちを何やら嗅ぎまわっている。何を企んでいる?」

 

 こいつは俺たちに相当興味を持っているようだ。

 

「俺もお前に教えてやる義理はないよ」

 

 眼前のマストに帆がはためいている。当直員がするすると甲板に滑り下りてくる。

 

「おーい、甲板!! 敵船が見えよったー。帆を張り増しとるなー。突っ込んで来よるぞー」

 

 オーバンからの報告が頭上より轟く。

 

 べポ。心の中で叫ぶ。

 

「取りかーじ!! 当直員は各転桁索(ブレース)につけ……、ついて下さい!!!」

 

 べポの指示が大音声ででたのはいいが、最後がおい。

 

「べーポー!!!! 指示ははっきりと何度も言ってるだろうがーっ!!!!!」

 

 ジョゼフィーヌの声だ。船首で斬りつけ斬りかかれながらも、べポの指示が聞こえたんだろう。ジョゼフィーヌ、ほんとうにおっかないよ。べポがトラウマを持ってしまうぞ。

 

 とはいえ、べポが舵輪を左に回して、船はゆっくりとだが転針している。

 

「左舷砲列キャロネード。狙いつき次第、各個に発射ーっ!!!」

 

 ロッコの威勢の良い指示に導かれて、中甲板に備え付けられた必殺のキャロネード砲が轟音を発し敵船に発射されていく。船体が若干左右に揺れ軋む。

 

 奴は仏頂面から変わってまた薄笑いを浮かべている。なんだなんだ。まだ余裕があるのか?

 

 

 キャロネードは確かに火を噴いて発射された。だが敵船からの轟音は聞こえてこない。

 

 どういうことだろうか?

 

「坊っちゃん!! そやつの能力でやすよ。武装色で……わっしらの被害は何とか……食い止めやしたがね」

 

 ロッコが若干息を切らせながら言ってくる。

 

 すると、奴が藁の両腕から取り出したものは船の形をした藁人形だった。だが奴も想定外の結果だったようで表情には驚きを見せてはいるが。

 

 迂闊だった。ロッコに何とか助けられたな。

 

 だが、大砲で敵のメインマストを打ち抜くことは出来そうもない。

 

 どうするか?

 

 父の忘れ形見の言葉を思い出す。

 

 人生はチェス盤と同じだ。下手な動きは死を招くが、立ち止まることも死を招く。

 

 現実を直視するとそこに閃きが舞い降りる。

 

 海図台横にある伝声管をひったくり、医務室で闘っているローを呼び出した。

 

「ロー、聞こえてるか? お前も覇気使いだ、甲板の様子はわかってるな。今どんな感じだ?」

 

「俺にしかできない手術は優先的に先に済ませた。あとはピーターでも大丈夫だ。もう一度俺がやる必要があるが、時間は割ける」

 

 ローのくぐもった声が伝声管を伝わってくる。時間は割ける。あいつも同じことを考えていそうだ。

 

「ROOMは張れるんだな? では頼んだ。だが覇気を纏えよ」

 

「大丈夫だ。奴らの気配が感じられる距離なら、ROOMは張れる。行ってくる」

 

 こちらの問答にホーキンスは怪訝そうな表情である。

 

 そして一瞬後に左方敵船から恐怖の雄叫びが轟いてくる。ローが敵船を覆うようにROOMを張って敵船に移り、獲物である妖刀“鬼哭(きこく)”で覇気を纏った強烈な斬撃をメインマストに叩きこんだに違いない。

 

 ホーキンスの能力がどこまでのものかわからないが覇気を纏えば阻止はできないのではないか。

 

 奴の表情が変わる、今まで見せたことのない焦りを含んだ表情だ。奴が振り返り、自船を窺おうとする。

 

 

 チェックメイトは近い。その瞬間を逃すつもりはない。奴の気がこちらでなく、別の方向に向く瞬間を。

 

 俺は日々の鍛錬で叩きこんだ一連の動作を正確に素早く行うだけであった。そう一瞬で。

 

 俺の能力は“ゴルゴルの実”を食べて得た黄金の力。背後より特注の連発銃を取り出して体から生み出した黄金の弾を込めて発射した。己の最大限の覇気を纏って。

 

黄金の銃弾(ゴールド・ブレット)、ダブル」

 

 一瞬の動作で発射された2発の銃弾は寸分の狂いなく、奴の膝の関節を打ち砕いた。奴がこちらに視線を向けつつあったが、そのスピードでは遅すぎである。

 

 奴は苦悶の表情で甲板に突っ伏した。

 

「勝負あったな。帰れ」

 

「ジョゼフィーヌ!!」

 

「片付いたわ」

 

 船首からジョゼフィーヌが応答してくる。

 

「良くやった。そいつらとまとめて丁重にお引き取り願え!!」

 

 眼前のホーキンスはどうやら身動き取れそうになかった。ローもすぐにこちらに戻り医務室で新たなる闘いに取りかかっていることだろう。

 

「0%……。そういうことか……」

 

 奴の絞り出した言葉が俺の耳にずっと残った。

 

 

 

 

 

「何人だ?」

 

 ここは最下層甲板にある医務室。必要な手術は済んで、負傷者は包帯を巻かれて奥の簡易ベッドに寝かされている。

 

「3人だ。ホーキンスにやられた奴ら。船首の戦いでけがを負った奴らもいるが幸い軽傷で済んだ」

 

「そうか」

 

 返り討ちにしてやったとはいえ無視できない人数だ。死者が出なかったのは不幸中の幸いだった。

 

「ロッコ爺はさすがだよ。咄嗟で船に武装色を纏っていた。そうじゃなきゃこんなもんじゃ済まなかったはずだ」

 

 またあいつに助けられているな。あいつは動物(ゾオン)系悪魔の実“クマクマの実”モデル『グリズリー』を食べてもいる。歴戦の海の勇士だ。

 

「あんた、心を痛めすぎだぜ。こいつらは表から闇に入ると俺たちが決断しても離れずについてきたやつらだ。こんなことは当の昔に覚悟していたやつらだよ」

 

 医学書が詰まった本棚に背と脇を囲まれた小さなデスクの前にある椅子に座りながら、ローが珍しく俺を慰めてくれる。

 

 

 俺たちは近くで唸っているポンプの音を肴にウイスキーと焼酎をきゅーっと一杯やりながら今回の反省会をやった。

 

 

 

 俺たちの戦いは完全勝利ではないながらも続いていくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、ご指摘、ご感想お待ちしております。
次はフレバンスです。


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閑話 ネルソン商会事業計画書 Vol.1

 現在、総帥からはスルーを決め込まれているが、どんな手を使ってでも認めさせる、本計画書が直ぐにでも必要となる可能性を考慮してこれを記す。

 

 

ネルソン商会事業計画書(仮)

 

作成者: ネルソン・ジョゼフィーヌ

 

 

 

■ビジョン

 

世界中のベリーを独占する

協議中

 

 

 

■現況

 

17年前に創業。二度と戻らぬ決意を固めて、故郷ベルガー島から出航。フレバンスを目指す途中でホーキンス海賊団に狙われ、海戦を挑まれるも返り討ちにして撃退した。

 

 

 

■組織構成

 

兄さん ネルソン・ハット

 

役職:総帥

年齢:32歳

身長:193cm

 

かつて“北の海(ノースブルー)”にて栄華を極めたベルガー商会を営む父母の間に生まれる。父親は元海兵。10歳で父が死亡したと世界政府から伝えられ、その後ベルガー商会解散。母親も行方知れずで途方に暮れるも、何とか生きて15歳でネルソン商会を創業。

ゴルゴルの実の能力者で黄金人間。武器として連発銃を使う。見聞色、武装色の覇気に加えて六式を父親の右腕だったロッコから指導を受けて習得済み。

黒スーツに白シャツ、黒タイでシルクハットを組織の正装とこだわり、取引と戦闘の際には鉄則としている。愛煙家で食事とお酒、綺麗な景色をこよなく愛する。容姿は金髪端麗。

 

 

黄金の銃弾(ゴールドブレット) ダブル

ゴルゴルの実で生み出した黄金の弾を連発

 

 

ネルソン・ジョゼフィーヌ

 

役職:副総帥、会計士

年齢:28歳

身長:174cm

 

ハットの妹。

能力者ではないが、抜刀術を得手とする剣士。ハットと同じく見聞色、武装色の覇気に加えて六式をロッコから指導を受けて習得済み。

お金と契約書作りをこよなく愛している。商品の価値を見極める目も確かで、交渉事も得意なので商会の実務を実質一手に担っている。実益を兼ねた長年の趣味が手配書集め。

ハットに物言うことを躊躇しないが基本的には甘い、かもしれない。

お酒が大好きでダンスも得意。本人にそのつもりはないが最後には泥酔すると言われる。

容姿は紅髪ショートヘアーの綺麗なお姉さん。ミニスカートを好むので足には自信がある。

 

 

 

アレムケル・ロッコ

 

役職:航海士、操舵手

年齢:68歳

身長:296cm

 

ハットの父親の右腕。

クマクマの実モデル『グリズリー』の能力者で動物系(ゾオン)の熊人間。見聞色、武装色の覇気の相当な使い手で商会の面々にとっての覇気と戦闘の師匠的存在。

偉大なる航路(グランドライン)の航海経験も豊富。

ハットをぼっちゃんと呼ぶ。大食漢で大酒飲みだが甘党でもある。

容姿は白髪に白い髭を蓄える。筋骨隆々のおじいちゃん。

 

 

ザイ・オーバン

 

役職:料理長

年齢:32歳

身長:198cm

 

ハットの幼馴染。“東の海(イーストブルー)”出身で話し方が独特。ベルガー島にあったレストランの跡取りだったが、家族と別れてネルソン商会へ入った。

悪魔の実の能力者ではないが、遠距離を得意とする狙撃手。見聞色、武装色の覇気を習得済み。格闘術が苦手。

一番の得意料理はおばんざい。

独特の話し方から商会のムードメイカー的存在。容姿は黒髪でいつもポニーテールにしている。

 

 

トラファルガー・ロー

 

役職:船医

年齢:24歳

身長:191cm

 

ミニオン島にて13歳でネルソン商会加入。ドンキホーテ・ドフラミンゴを討ち取ることが加入の条件だった。

オペオペの実の能力者で改造自在人間。妖刀“鬼哭(きこく)”を使う。見聞色、武装色の覇気を習得済み。

コラソンの意志を継いで、ドフラミンゴを憎悪している。

冷静沈着で言葉を慎重に選ぶタイプ。ハットと似たタイプでウマが合う様子。よくチェスの相手をしている。パンが大の苦手で握り飯と緑茶を好むが頻繁にパンを出されるので日々戦っている。

 

 

ベポ

 

役職:航海士見習い、操舵手代理

年齢:20歳

身長:240cm

 

ロー加入1年後、“北の海(ノースブルー)”のとある島にてネルソン商会加入。ローが加入させないと降りると言いだした。クマのミンク族。

ロッコから六式を特訓中で現在は四式使い。

 

 

カール

 

役職:総帥付き小間使い

年齢:12歳

身長:130cm

 

孤児だった為、ネルソン家でいつの間にか預かっていた。ネルソン商会創業と同時に加入。

頭が良いし、よく気が利くし、基本的に誰に対しても物怖じしない。

綺麗なお姉さんが大好き。

容姿は金髪でくせ毛。とにかく可愛い。

 

ピーター

 

役職:船医助手

 

 

商会員 50名

 

 

 

■取引相手

 

 

バジル・ホーキンス

 

肩書:ホーキンス海賊団船長

懸賞金:8,700万ベリー

 

ワラワラの実の能力者と判明。自ら海賊を襲うことはしないが襲われたため応戦して返り討ちにした相手。

船の藁人形を使って自船への攻撃を身代わりさせるなど、ロッコがいなければ厄介な相手だったかもしれない。戦闘したため、恨みを買っている可能性もあり、今後取引相手になるかは微妙だが、可能性はありそう。全財産と引き換えに覇気のレクチャーをするとか。もちろんやるのはロッコだけど。

 

 

ドンキホーテ・ドフラミンゴ

 

肩書:王下七武海、ドンキホーテ・ファミリー船長

 

破産させてやる相手。そういう取引を考え中。

 

 

 

■拠点状況

 

 

ベルガー島

 

北の海(ノースブルー)

 

ネルソン家の故郷。かつてのベルガー商会の根拠地で交易業で賑わっていた。世界政府、海軍とも繋がりがあったので、“凪の海(カームベルト)”を渡って、新世界とも直接交易をしていた。ベルガー商会解散後は衰退の一途を辿り、ネルソン商会は拠点を廃墟して出航。今は無人島となっている。

 

“白い町”フレバンス

 

ローの故郷。滅亡した国。

 

 

■会計状況

 

 

B/S

 

集計中

 

P/L

 

集計中

 

 

 

■積荷目録

 

 

照合中

 

 

 

■船舶詳細

 

キャラック船『ブラック・ネルソン』号

 

漆黒に艤装。両舷にキャロネード砲20門、船首に2門、船尾に3門、計25門。

 

 

■補足資料

 

当直当番表

 

0時 ロッコ

3時 ジョゼフィーヌ

6時 ハット

9時 ベポ

12時 ロー

15時 オーバン

18時 ベポ

21時 ロッコ

 

■今後の計画

 

短期目標

フレバンスを調査して、珀鉛が見つかるなら奪取して鉱山は爆破し、一時的な独占状態を作り上げる。

 

中長期目標

ドンキホーテファミリーを破産させて解散に追い込む。

 

 



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第1章 フレバンス ~北の海~
第4話 想い


お気に入り登録していただいた方が2ケタにのぼり、本当にありがとうございます。
身が引き締まるおもいです。
今回、かなり短いんですが
フレバンス本編突入とさせていただきます。では、どうぞ。


北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 元フレバンス王国 フラーセル

 

 

 その大地はただひたすらに純白であった。この世のものとは思えないほどに。

 

 

 だがその大地は何もなかった。ただそこにあるのは、無……。

 

 

 一片の曇りもないその白さは綺麗を通り越して不気味。

 

 

 もちろん何もないただただ、だだっ広い平原が真っ白に広がりを見せて、白い海原のようになっているわけではない。

 

 

 そこに家が建っていたであろうこと。像が聳え立ち睥睨していたであろうこと。広場が存在しベンチが置かれていたであろうことが、残骸と廃墟から見てとれた。だが、その姿さえ純白に包まれていた。

 

 

 人の営みが存在していたであろうに、今は何一つとして感じられない人の気配に、滅亡した国の姿がそこにはあった。

 

 

 そして、雪が降っているのだ。雪の白さは、珀鉛(はくえん)がもたらすこの純白の大地にさらなる死に化粧を施しているとしか思えなかった。

 

 

 舞い降りる雪が、この大地、そして世界が涙を流しているように感じさせた。

 

 

 こんな金に汚い私が……。

 

 

 

 

 ホーキンス海賊団を返り討ちにして、ワルシャビーキ公国にある港町ダーニッヒに錨を入れた私たちは、準備もそうそうに馬を駆って陸路を疾走し、かつてこの元王国を隔離するために築き上げられた防御壁を、今目の前をいくローの能力によって破壊することなく突破し、ワルシャビーキの元隣国、珀鉛(はくえん)の栄華によるなれの果てに、先行偵察として二人、足を踏み入れている。

 

 

 “白い町”とかつて呼ばれていただけあって、想像を絶する白さではある。地層に眠る、珀鉛(はくえん)と呼ばれ、鉛の一種である鉱物が地表に滲み出た結果であるらしい。滅亡などしていなければ、心奪われる景色だったかもしれないが、今はそんな見る影もない。

 

 

 それにしても……、ローときたら……。

 

 

 ダーニッヒからの道中から口数は少なかったが、フレバンスに入ってはそれがいや増している。何度か話しかけてはみるも、彼は終始無言を貫いて、まるで私など存在しないかのように馬を駆っていた。私は内心青筋を立てていたし、亡き父に聞かせることなどとてもできないようなことばを心の中に並べ立てていたが、彼の気持ちが痛いほどわかるし、どこへ向かおうとしているのかなんとなく想像できることもあって、黙ってあとを付いていくしかなかった。

 

 

 ローがふと、馬を止めて降り立ち手綱を近くの柵跡に括って、門柱と門扉の残骸を抜けて、何か建物の跡地に入っていく。

 

 

 ここなのね……。

 

 

 門の残骸奥には、大きな建物が建っていたであろうことが見受けられ、崩れた屋根に記された十字のマークが今はもう純白に覆われている。

 

 

 病院か……。

 

 

 その跡地の前でローは何をするでもなく、ただただ立ち尽くしている。舞い降りる雪が彼が被るトラ柄のふわりとした帽子に、真黒なコートの両肩に降り積もっていく。

 

 

 私も馬から降り、馬止めをして、立ち尽くす彼の元に向かう。用意していた花束を持って……。

 

 

「はい……。必要かと思って……」

 

 

 ローはこちらを見おろしたが、言葉は発さずにただ花束を受け取りかがむと、そっと純白の跡地に置いた。

 

 

 私を一瞬見おろした彼の顔は見ていられない表情をしており、痛々しかった。心の奥底で涙を流していた。

 

 

「俺にも妹がいた……。ラミって名だ。父様も母様もここにいる……」

 

 今の今まで口を開いてこなかったローが、そっと言葉を紡ぎだす。

 

 

「そう……」

 

 

 ローがどういった境遇にあったのか、どこで生まれ育ち、今までどうやって生きてきたのか詳しいところはわからない。

 

 

 

 

 だが私たちは、大方のところは知っていた。私たちは彼を徹底的に調べ上げたうえで、ミニオン島にて彼の前に姿を現したのだ。

 

 

 私たちはあの頃、無謀にもドンキホーテファミリーに対し、隠れて対抗しようとしていた。あいつらの弱点はどこにあるのか調べまわっていた。そこで導きだしたのがコラソンの存在。彼には何かある。

 

 私たちはひそかに接触した。コラソンというコードネームをドフラミンゴより与えられたロシナンテに。そう、ドフラミンゴの実の弟に。

 

 彼は私たちの野望と目的を聞いて、自分はドンキホーテファミリーに潜入している海兵だと打ち明けてくれた。私たちにも情報を寄越してもいいと言ったが、それよりも、ファミリーを足抜けさせたい奴がいるから、何とか協力してくれないかと持ちかけられた。その足抜けさせたい奴というのがロー。私たちはローに付いてロシナンテより聞き出し、ほとんど集まらなかったが独自にローの情報を調べ上げた。

 

 

 そこからのミニオン島での出来事、私たちはロシナンテごとネルソン商会に抱えるつもりがあった。だが彼はそれを拒否してきた。今おまえたちがドフラミンゴと対抗できるほど奴は甘くないと、俺を抱えてしまえば全面戦争となってしまうと、そうなればおまえたちは骨も残らないと。私たちはまだ息がある彼を救いだすつもりだった。でも断固とした拒否。俺の運命は自分で決めると、そしてローを頼むと言い残して彼はこの世を去った。

 

 

 あれから10年近く経とうと言うのに、今なお私たちの心の中に存在し続ける悔恨の思い。

 

 

 この事実を私たちはまだローに告げられずにいる。ミニオン島で全てを打ち明けたうえで彼を迎え入れればよかったのかもしれない。でもその時の彼はもうぼろぼろであった。ぼろぼろの上にさらなるぼろぼろであった。必死に気を奮い立たせていた彼に私たちは全てをその場で伝えることはできなかった。

 

 10年近くの歳月が、私たちにこの事実をどのタイミングで彼に打ち明けるべきなのかわからなくさせてしまっている。彼がこの事実を知ってどう反応するのか見当もつかなくなってしまっている。ただ、私たちは確かにローをロシナンテより託されている。私たちが正面から考えなければならない問題のひとつなのだが……、

 

 

 本当にどうすればいいのだろうか……。

 

 

 彼が背に負うハートの図柄が私を思考のループにとどまらせる。

 

 

 

 

「恩に着る……。俺一人ではここを再び訪れることができたかどうかわからねぇ。本当……、恩に着るよ……」

 

 ローが私の物思いを中断させ、ゆっくりとだが少し吹っ切れたような口調で感謝の言葉を紡ぐ。

 

 

 兄さんなら、こういう時、ここを眺めながら煙草に火を点けると思う。

 

 いつか言っていた。

 

 俺は煙草を愛しているが、煙草に逃げてもいる。人間誰でも逃げるところは必要だと。

 

 

 ローは逃げるところがあるだろうか?あると思いたい……。

 

 

 私は少し泣きそうになっている。

 

 

「行きましょう。兄さんが報告がないと、やきもきしているかもしれないわ」

 

 

 

 私は彼に表情を悟られたくなくて、せっかちな風に踵を返し、そこを後にした。

 

 

 

 

 生きていくって、何だか切ないものね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場人物の性格を一致させるって難しい。
今さらながら物語を書くことの難しさを痛感しております。
フレバンスをどれぐらいでまとめ上げられるかどうか。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第5話 ヤマ

お気に入り登録していただいた方、感想を書いていだただいた方、読んでいただきありがとうございます。
第五話投稿いたします。


北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 ワルシャビーキ公国 ダーニッヒ近郊

 

 

 ガタゴトと揺れる幌馬車の荷台、一番奥で幌を背に俺は進行方向を見つめている。

 

 右手には食料、その他装備品を詰め込んだ各々のバッグ、装備品の中には物騒なダイナマイトも含まれている。珀鉛(はくえん)の鉱山を最終的に爆破するために用意したものだ。もしかしたら、鉱山には爆発物が存在していて現地調達が可能だったかもしれないが、そんな出たとこ勝負をする気にはなれなかった。

 

 ダーニッヒで交渉して手に入れたものだが、どうも胡散臭い連中であった。

 

 まあこの手の交渉相手にまともな連中など滅多にいないが。

 

 そいつらは、俺たちがネルソン商会であることに気付き、今朝の新聞でベルガー島での大規模な森林火災の記事があったことを仄めかしてきた。

 

 気に入らない連中だが、まあいい。

 

 交渉にはベルガー特産であったシングルモルトを使った。古より存在するウイスキーであったが、どうも知名度が高くなかったところを、俺たちの手で育て、金の生る木に替えてきた代物だ。ベルガーを後にする際にはありったけを船倉に詰め込んできたので、当分はこいつを使って商売をすることになる。

 

 まあ自分用にも残さないといけないんだが。

 

 左手ではべポが幌を背に横たわっている。体の白さと黒いコートとのコントラストは目に映える。べポも例外なくタイを締めなければならないのだが、自ら締めることができないため、それをやるのはべポの右足を背に寝息を立てているカールの仕事だ。今回のヤマはリスクが高いので出来ればこいつは連れてきたくなかったが、本人の直訴もあり、また思うところもあって帯同していた。

 

 そんな物思いを断ち切った俺は、べポに目配せをしてカールを起こさぬようにそうっと起き上がり、前方の御者台に出る。御者台では同じく帯同してきた4人の船員が座り手綱を握っている。眼下には4頭の茶色い毛並みの馬が2列になって並走しており、俺たちをフレバンスまで運ぼうと疾走してくれている。前方からは雪交じりの風が吹き流れてきており、コートに身を包んでいても、体を寒気が襲ってくる。

 

 

 右ポケットから煙草とライターを取り出し、火を点ける。

 

 

 左右に流れていく景色は畑や牧草地で草をはむ牛たちの群れ。道は石畳で舗装されているため、揺れはなかなか大きい。上を見上げれば雪を降らせる雲が厚く覆っている。

 

 ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、今朝ダーニッヒで行った作戦会議の様子を脳裏に思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明けを迎えた6時、俺たちは朝食もそこそこにして、今は、俺の船室に副総帥兼会計士、航海士、船医、料理長の幹部を集め、ミーティングを始めようとしている。港に停泊していて当直を解いているが、一応航海士補佐に甲板を任せている。いつものように小間使いもコーヒーポット片手に控えている。船室は船幅いっぱいの広さがあるので6人がその部屋に居ても窮屈感はない。

 

 俺たちはコノ字型に配置されたソファに座り、早速にも、

 

「まず俺たちが考えなければならないことは、前回の戦いの件だ。俺たちは覇気使いであるにも関わらず、なぜ覇気を知らない奴らを圧倒できなかったのかということだ」

 

俺はそう述べてミーティングの口火を切った。

 

 先日のバジル・ホーキンス相手の戦いはてこずった。最終的に勝利をおさめはしたが、こちらも負傷者を出してしまっていたし、船にも損傷を受けるところであった。戦いの後、負傷者を医務室に運び、当直表を再編成してと、てんやわんやの状態でようやく昨晩ダーニッヒに入港することができた。

 

 特に会計士のジョゼフィーヌは大忙しで、負傷者への臨時給金、戦いの後は食堂で宴となるため、臨時にどこまで食料を使うのかオーバンとの交渉と、何やらかんやらで、しまいにはイライラと不機嫌になってしまい、触らぬ神にたたりなしの状態となっていた。

 

 全くジョゼフィーヌの奴め、きっと負傷者に対する臨時給金の妥当な額について再考などしていたに違いない。そんなことは考えるまでもないことである。まあそれはさておきだ。

 

 

「まずは俺からか。俺の見聞色では、相手の気配が俺に向いてない限りは先読みをすることはできないらしい。未熟ですまないがな」

 

 船尾窓側の席で前かがみになり、己の覇気の状態を真っ先に説明すると、

 

「俺も同じくだ。ホーキンス屋の先を読むことはできてねぇ」

 

と、目の前に座るローは言い、テーブルに置かれた湯呑に手をかけている。ローだけは緑茶なのだ。

 

「ロッコはどうだ?」

 

「わっしも見聞色に秀でているわけではございやせんので、小僧っ子と同じでやすよ。ただわっしの武装色なら船に纏わせることができやしたんで、奴の思惑通りにはさせやせんでしたがね」

 

 ロッコがローの隣でそう述べる。こいつは50を超えて初老の域に入っているが、咄嗟の判断は些かも衰えておらず化け物然としていた。

 

「ジョゼフィーヌ、おまえは見聞色だろう?」

 

「私もダメ。船尾にいたあいつの先読みまではできないわ。確かに私は見聞色だと思うけど、私よりもオーバンの方じゃない? カール、お代わりをくれる?」

 

 俺のはす向かいに座るジョゼフィーヌはカールに向けてカップをあげて見せ、隣のオーバンに水を向ける。カールが待ってましたとばかりにポット片手にジョゼフィーヌの下に移動する。

 

 ジョゼフィーヌの奴め、何とかイライラを抑えているように見受けられるが、こっちを見つめるときの眼力に殺気がこもっているのはどういうわけだ。あれか、事業計画書が適当すぎたからか。

 

「わいは、少し胸騒ぎのようなもんを覚えたんやけどなー。敵船に注意向けとったさかい、先読みはできてへんわー。どうや? 今日のコーヒーは。美味いはずやでー、ローも遠慮せんと茶ーお代わりせーよ」

 

 と、オーバンは相変わらず暢気なものである。ああ、おまえのコーヒーは今日も美味しいよ、まったく。そう思いながらコクコクとうなずいてやる。

 

「結局あれか? 俺たちはまだまだ精進が足りないっていうのが結論になるのか」

 

 そう言いながら、俺は溜息でもつきたい気分になってくる。

 

「まあまあ、坊っちゃん。そう早まりなさんな」

 

 もう呼び名を指摘するのも面倒臭いなと思っていると、ロッコが居住まいを正して話し始める。

 

「わっしは皆さんのために覇気の指導をしてきやした。ご存じのとおり、覇気には3種類ありやす。見聞色、武装色、覇王色。わっしには覇王色の資質がないもんで、それだけは教えられやせんが他の2つについては教えられやす。覇気の習得には時間がかかりやす。まあ稀に短期間で習得しちまう方もおりやすがね。わっしがこれまで皆さんに教えてきやしたのはまだまだ基礎の段階でやす。」

 

 そこで一呼吸おいて、ロッコはコーヒーを口にする。皆一様にしてどういうことかと身を乗り出している。

 

「わっしは新世界にしばらくおったことがありやす。そんでさらに、凪の帯(カームベルト)を渡って西の海(ウエストブルー)へ行きやしてね。オハラという島に行ったことがありやす。そこは学者が集まる島でやしてね。全知の樹と呼ばれて目もくらむような数の本が眠っている図書館がありやす。そこで見つけた書に『覇気事始(はきことはじめ)』というものがあるんでさぁ」

 

「その書によればね、覇気には種類それぞれに方向性と段階があるそうでやす。そして、これは何度も言っておりやすが、得意な覇気はひとつに偏るとね。全ての覇気を高めるのは不可能に近いでやす。それこそ不老不死でもないとね。よって偏るんでさぁ。それに、覇気には目に見える色がありやす。武装色はおなじみの黒、見聞色にも色がありやす。白色でやす。覇王色は金色だとそこには書いていやした」

 

 ロッコが珍しくも饒舌に話す内容は興味深いものだ。

 

「方向性と段階ってどういうことだ?」

 

 ローがすぐさま先を促すように口を挟む。興味津津であることが視線からありありとわかる。

 

「方向性、これはマイナスとプラスでやすよ。たとえや武装色だとね、プラスなら己に纏いやすし、または武具に物に纏わせやす。おっと、そうでやした。大事なことを言い忘れてやした。実は物にも気配があるんでさぁ。この世に存在するものにはすべからくね。てわけでやして、マイナスなら相手の纏いを消すんでさぁ、物の纏いもね。覇気は方向性に沿って段階を進んでいきやす。人によってね方向性も偏るんでさぁ」

 

「じゃあ見聞色だと、相手の気配を読むのと、もしかして自分の気配を消す二方向性なの?」

 

 ジョゼフィーヌの質問が飛ぶ。

 

「そういうことでやすね」

 

「それならわたし心当たりがあるわ。たまに兄さんに近付く時びっくりされることがある。あれって、もしかして気配を消しているのかしら」

 

「そうかもしれやせん。嬢さんは見聞色に偏ってるのは間違いありやせんが、方向性がマイナスなのかもしれやせんね」

 

 二人のやりとりを聞いて、俺にも心当たりがあるなと感じる。

 

 確かにジョゼフィーヌは最近気配を感じない時があるし、俺の場合は武装色で方向性はプラスの方だろうと思う。ローは武装色マイナス、オーバンは見聞色プラスなのではないかと思う。こう考えると、覇気使い相手の戦闘は相当ややこしいことになるな。それに覇王色、俺には資質があるのだろうか? いまいちよくわかっていない。

 

「なんやけったいなもんやなー。もっと単純にいかんのかー?」

 

 オーバンよ。激しく同意だ。

 

「考え方を変える必要があるな。1対1を疎かにもできねーが、ユニット、連携、組み合わせが肝になるってことか」

 

 ローの意見は至極もっともだ。そういうことになるな。

 

「そういうことじゃ。新世界ともなるとな、悪魔の実の能力に覇気が入り乱れるのじゃ。補完して戦わねば生きていくことができんのじゃよ」

 

 ロッコはロー相手には諭すように口調を変える。なかなかに役者なところがある。

まあそんなことはいい。

 

「だが結局、精進あるのみということになるな」

 

 そう言って締めくくるしかない。だが面白くもある。現にローの目は生き生きしているぞ。あれはまた高速回転中だな。

 

 さておいて、

 

「ここでブレークといきたいところだが、そのままフレバンスの作戦会議に入る。カール、皆に新しいコーヒーと緑茶を頼む」

 

丸椅子にちょこんと腰かけていたカールが立ち上がり、途中で船室を抜け出して用意していた新しいコーヒーと緑茶の準備に取り掛かかる。

 

 ジョゼフィーヌが立ち上がり、コルクボードの前で立ち止まり、ジェットランド島周辺の地図を張りつける。

 

 フレバンスはジェットランド島に存在する。ジェットランド島は中心にフレバンスがあって東西南北にそれぞれリガル、ワルシャビーキ、ネーデリッツ、ツカジナと別の国が広がっている。

 

「今回はでかいヤマになる。リスクも相当に高い。俺たちはフレバンスで再び掘り出されていると思われる珀鉛(はくえん)を奪い、鉱山を爆破して、珀鉛(はくえん)の一時的供給ストップによる取引を狙う。奪った後どうするかも問題だが、まずは奪えなければ話にならない。爆薬の確保、先行偵察によるフレバンスと珀鉛(はくえん)の内情を掴むことが必要だ」

 

 こうして、今回の案件内容の説明を開始する。ジョゼフィーヌなら案件と呼ぶだろう。俺にはヤマがしっくりくるが。

 

「先行偵察には私が適任じゃない? さっきの覇気の話も踏まえれば」

 

 ジョゼフィーヌの名乗りだしはもっともだ。見聞色の覇気マイナスにより気配を消すというのは偵察にはもってこいだ。

 

「そうだな。それからローも同行してくれ」

 

「ジョゼフィーヌさん、あんた俺の気配も同時に消せたりできそうか?」

 

 そのつもりがあったのか、ローがすぐに頷いたあと、ジョゼフィーヌに疑問をぶつける。

 

「大丈夫。一人なら何とかなるわ。私の呼吸にあなたのを同調させるから」

 

 ジョゼフィーヌはOKのサインを出す。

 

「俺は爆薬をこの町で調達して後を追う。べポも連れて行こう」

 

 俺がそう説明すると、カールが新しいコーヒーをテーブルに置きながら、

 

「総帥! 是非僕も連れて行って下さい! 総帥のお世話が必要ですよ」

 

とにこやかに懇願してくる。

 

 表情はにこやかだが目は本気だ。こいつが実は日々鍛錬をしていることを知っている。仕方がないか。

 

「わかった。ついてこい」

 

 カールの懇願を受け入れ、話を先に進める。

 

「フレバンスに入って内情を掴み、先行隊は俺に報告。その時点で俺たちもフレバンスに入ってる。そして先行隊は陽動を仕掛けて、その間に俺たちが珀鉛(はくえん)鉱山を爆破して、あとは掘り出されている珀鉛(はくえん)を馬車ごと奪って合流し、とんずらするというわけだな。ロッコとオーバンは船に残ってくれ。追手も来るだろうしな」

 

 俺の計画に対し、ローは何か言いたそうだ。そりゃそうだろうとも。俺もこんな計画でいいとは思ってない。目で言いたいことがあれば言えとローに促す。ローは立ち上がって、地図の下に行きペンを使って説明を始める。

 

「行きはいいが帰りが問題だ。ルートを変えた方が良くねぇか。フレバンスから西のダーニッヒに引き返さずに、南へ抜けてネーデリッツに入る。船を回して南の港町ランテダームで合流だ。そして、当然追手が来るからどこかで食い止めないといけねぇ、そこで料理長の出番だ。料理長が俺たちと全く別行動を取って、ダーニッヒから南東に島の環状街道沿いを回り込み、国境を越えて北からの街道との結節点であるここ、アーヘムで予め待機、追手を狙撃して食い止めて合流というわけだ」

 

 俺も大体同じ意見だ。ローが説明を終えて、俺に説明させやがってと若干こちらを睨んでいる。試そうとしていた魂胆はバレバレのようである。

 

「ああ、それでいこう。というわけだロッコ、船は頼んだぞ。今回こそはロッコには後方でスタンバイしてもらいたい。気を引き締めてよろしく頼む」

 

 作戦通りうまくいくかどうかなどわからないが、俺たちは方針を決めた。今回こそはロッコは守ってはくれない。俺たちの真価が本当に試されているのだ。

 

 ああ、そうだ。べポにも伝えてやらないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦会議の様子を反芻して、煙草を3本吸い終え、幌の中に戻ると、カールは起きだしており代わりにべポが眠りに付いていた。

 

「総帥。お食事にしませんか? オーバン料理長がサンドイッチを用意してくれましたよ。アツアツではないですけれども美味しいコーヒーが水筒に入ってます」

 

 こいつのタイミングは絶妙だな。小腹もすいてきたところだし、食後のコーヒーはまた煙草にぴったりだ。

 

「べポさんを起こさないようにしないといけませんね。良く眠っておられます」

 

 カールはにっこりしながら、さあどうぞとサンドイッチを渡してくれた。

 

「……そうだな」

 

 確かにそうなんだが、べポの奴め。御者の船員にも交替で食べさせてやらないといけないというのに、俺が交替で御者をやるのか。

 

 

 まあいい、また煙草が吸える。

 

 

 

 俺たちにとって、初めてのでかいヤマがはじまろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
フレバンスで何が待ち受けているんでしょうかねー。
誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第6話 珀鉛

UAが3000を超えたようでして、読んでいただきありがとうございます。
第六話、少し短くなりますがどうぞ!!


北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 元フレバンス王国 珀鉛(はくえん)鉱山

 

 

 

 私とローはフラーセル、廃墟と化したローの出生地をあとにして、馬にまたがり進みながらフレバンスの中心部分にある珀鉛(はくえん)鉱山へ向かった。

 

 途中何かしら人の気配を感じた。多分巡回する警備であったと思われる。2人連れであり、そいつらも馬を使っているようであった。だが、そのたびに一定の距離を置くことで、特に問題はなかった。

 

 警備が存在すること自体が、この場所で何かが蠢いているということであり、珀鉛(はくえん)鉱山に接近してみると案の定、二重の鉄条網と監視塔に囲まれた中に建物がいくつか存在しており、その奥には純白の丘のような山が聳えていて、いくつか穴が掘られており穴の中に線路が続いていた。きっとトロッコだ。まぎれもなく珀鉛(はくえん)の鉱山であった。

 

 

 その場所は大地を巨大なスコップで削ったかのような小さな盆地のようになっている。私たちは今、その場所を眼下に見据えながら。寝っ転がって双眼鏡片手に中の様子を窺っている。

 

 遮蔽物の何もない場所であり、2つある監視塔の丁度中間地点にあたる。

 

 大地と同化できるように白いコートも持ってきておいて良かった。私たちは大事な時は正装を身に纏うから見つかってしまえば黒に着替えるのだが。

 

 ここから先は馬では入れないし、帰りに乗ることもないので、馬はもう放してやっている。警備に発見される可能性はあるが、少しぐらいなら時間の余裕はあるだろう。

 

「なんだ?! あの旗は」

 

 双眼鏡を覗いているローがそう口にする。私もローが眺めている方向に双眼鏡を向けて、彼が言葉にした旗を確認しようとする。

 

 珀鉛(はくえん)鉱山よりも手前、屋根が雪に覆われた木造の長屋のような建物が連なるさらに手前、何かしらオフィスのような2階建ての建物脇にポールが立っており、そこではためく旗が確かに見える。

 

 白地……、両端に黒丸がある線が十字に交差している。一見して世界政府の旗のように見えるが、真中が黒丸ではなく黒く掌を広げた形になっている。

 

 なんだろうか?

 

「政府の旗のようだけど、少し違うわね」

 

 そう口にしてみる。

 

「それに、警備してるやつらの帽子にも掌のマークがありやがる。政府の別組織か……?」

 

ちょっと待って、もしかして……。

 

「あの黒丸に十字は間違いねぇ、世界の四つの海を表してる。真中の掌はなんだ、奪う……、差し出せ……、ってことなのか? なんだってんだ。わけがわからねぇな」

 

 奪う……? 差し出せ……? もしかしたら……。

 

 ローが考えを口にするのを聞いて、かすかな記憶が呼び覚まされていく。

 

「噂を耳にしたことがあるの。政府内に新設された闇組織“ヒガシインドガイシャ”」

 

「闇組織だと?」

 

 ローが聞きなれない名前を耳にしたと双眼鏡から視線をそらし、こちらに顔を向けてくる。

 

「ええ、噂でしかないけど。革命軍の攻勢を受けている政府が世界各地に直轄地を設けようとしてるって」

 

「理屈は通るが、そんなことして……」

 

 ローが考えるようにしてつぶやき、

 

「そうか……、天竜人に流れる天上金とは別に政府独自に資金源を持とうって狙いか」

 

と、答えを得たようで体を起きあげる。

 

「それもあるかもしれないけど、メリットになるものは独占しようってことじゃない?」

 

 何にせよ。私たちにとっては喜ばしいことではない。闇組織が相手となれば、完全に危ない道に片足だけではなく両足を突っ込むことになってしまう。今回の案件は危険すぎはしないだろうか。何とも言えない気分になってくる。

 

「そう不安になるな。これがやべぇヤマになることは最初からわかりきってたことだ。相手が政府の闇組織だからって、今さら何かが変わるもんでもねぇ。見たところ警備は緩そうだ。大方、侵入者などねぇもんと高をくくってんだろ。行くぞ」

 

 私が弱気になりそうなところを、ローはそう言って斜面を下に向かおうとする。

 

 兄さんもローもヤマって言うけど、これは案件よ。

 

 何よ……、年下のくせにー……。

 

 ローの余裕に満ちた言動が少し癪に障ってくる。船に戻ったらぜーったいに契約書の中身にいちゃもんつけてやる。朝食の握り飯を1000ベリーに戻してやるーっ。

 

 いけない、いけない。心が乱れている。こんな心理状態では見聞色の覇気に支障を来してしまう。

 

 まあ、ローに余裕があるのは素晴らしいことではないか。きっと、フラーセルを訪れたことが大きかったんだろう。

 

 船でのローはみんなの前では見せないが、夜ほとんど眠らずに医務室にこもっていたり、甲板に出てずっと海を眺めていたりと、何かしら考え思い悩んでいるような気がしていた。だから、これは良好なことだ。

 

 でも、兄さんとはしょっちゅうチェスをしていたが。よくも飽きないものだと思う。何というか、兄さんとローは少し似ているところがあると思う。お互い興味の対象が合っているように思われるし、危ない時ほど生き生きしてくる節がある。

 

 そんな風に考えを飛ばしながら、私も起きあがって、ローに追いつき、彼が展開している能力ROOMの内側に入り、鉄条網の内側に潜入する。

 

 この能力だけは本当、便利ね。

 

 毎度ながら羨ましい能力である。

 

 

 

 

 

 ローはROOMを最大範囲まで大きくして、私たちは監視塔からは見つからないように二重の鉄条網を突破して一気に珀鉛(はくえん)鉱山のオフィスのような建物内に入ることに成功している。

 

 ローは少し能力を使いすぎたと言っているが、すぐに回復するだろう。

 

 私は建物内に入る前より、しっかりと呼吸を整えてローの呼吸をも同調させ、気配を消している。

 

 ロッコが言うように、見聞色マイナス、“縮地”の領域だ。そして気配を消しながらも、周辺の気配を感じ取り何をやっているかがわかる。見聞色マイナスに秀でつつも、ある程度プラスのこともできる。これが見聞色への偏りがなせる業のようだ。

 

 建物は当然のように真っ白で、驚くことに内部も真っ白だ。これも珀鉛(はくえん)なのだろうか。それはそれは透き通るような白色をしており、厳かな雰囲気を漂わせている。

 

 入り込んだ場所は建物を横に貫く1本廊下だったので、こんなところでは発見されてしまう。

 

 私たちは気配がないことを確かめて建物内の廊下を素早くも気配を消して移動し、なおかつ人のいる気配を探りながら2階奥の重厚そうな扉の近くに来る。

 

 建物内に入ってから手の汗がひどい。緊張はしている。そして扉の内側から声が聞こえてくる。

 

「反応があるな」

 

 ローが腕にはめている黒電伝虫(くろでんでんむし)だ。盗聴用の特殊な電伝虫(でんでんむし)

 

 手に入れるためにかなりのべリーを積んだ覚えがある。この扉の奥で誰かが電伝虫(でんでんむし)による会話を行っているようだ。見聞色の気配でもそれがわかる。だが、

 

「反応が消えやがった」

 

 どうやら、盗聴防止用の白電伝虫(しろでんでんむし)も飼っているようだ、さすがにこのあたりはぬかりが無いと言うべきか。でも言葉が聞こえてくる。

 

 すごい……。

 

 極限状態に置かれていることのなせる業か、見聞色マイナスで気配を消しつつ、中にいる人間の会話を聞き取れる。自分がやっていることに驚いてしまう。ローもびっくりして、

 

「俺にも聞こえてくる」

 

と囁き声を口にする。ローにも同調するのか。

 

 部屋の中に居るのは一人だけだ。

 

~「報告を。総督はそばに居るのか?」~

 

 電伝虫(でんでんむし)が口を開いている。

 

~「いえ、あの方は現場に出ておられますが、報告致します。今月の産出量は20tで、先月より1t増です。今回の搬出で2t、そちらに送ります」~

 

 中に居る人間が答えている。珀鉛(はくえん)についての報告のようだ。総督? それに、相手は誰だろうか?

 

~「まだまだ足りんな。もう少し何とかならんのか?」~

 

 電伝虫(でんでんむし)の相手は不満のようである。それほど沢山の量が必要なのだろうか?

 

~「昔のようにはいきませんよ、ご老体。ベルガーの時代の様にはね。まだまだ労働力と資材が足りません。それに人知れず運び出すにはある程度の量に抑えないとね。いくら不老不死のために必要だとは言えね」~

 

~「コーギー、貴様。ベルガーと不老不死を無闇に口にするな。あの男は知りすぎたのだ。我々の提案を呑んでおれば長生きできたものを。まあよい。わかった。五老星(ごろうせい)には私より報告しておく」~

 

 ……え……? どういうこと……? 何を言っているの……?

 

 父はあいつらに殺されたの? 政府に……、五老星(ごろうせい)に……。

 

 今のやり取りを聞いて思考が形を成さない、重大な情報なのだが頭の中に入ってこない。

 

 なになに? 何なのよ。どういうこと……、どういうことなのよ……。

 

 ローがこちらを少し焦った表情で見おろし、落ち着けと声に出さずに伝えようとしている。

 

 あ……。

 

 自分の心が乱れていることに今さらながら気付いてしまう。でも今気付いても遅すぎるのである。

 

~「誰だっ!! そこにいるのはっ!!」~

 

~「ん? どうした?」~

 

 しまった。逃げなければ。

 

 私は何とか反応して、ローと共にそこを立ち去ろうとするが、どうも体が重い気がする。

 

 覇気を使いすぎたのかもしれない。

 

 だが、かすかにまだ部屋の中の声が聞こえる。

 

~「コーギー監督官。鉱山南方3km地点において鞍の付いた2頭の馬を確認」~

 

 別の電伝虫(でんでんむし)……。

 

~「何、侵入者か? 警報だ。非常警報を出せっ!!!!」~

 

 まずい、まずいわ。見つかるのが早すぎた。

 

「ROOM」

 

 ローが能力を発動している。やっぱり体が重い。急がなければならないというのに。

 

「もう見つかったものはしょうがねぇ。陽動に移るぞ。急げ。小電伝虫(こでんでんむし)の用意を。ボスに連絡だ」

 

 私はローに何とか肩を掴まれてROOMの中に入り、

 

「シャンブルズ!!」

 

 そのローの言葉と共に私たちは建物をあとにした。

 

 

 先ほど得た情報の中で亡き父のことだけが脳内を駆け巡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
始まりますね。怒涛の何かが。
誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第7話 陽動

UAが4000を超え、30名もの方にお気に入りに登録していただきまして、読んでいただきましてありがとうございます。
どうも展開が遅くなってしまっていますが、
7話をどうぞ!!


北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 元フレバンス王国 珀鉛(はくえん)鉱山

 

 

 

 雪空の下、けたたましい警報音が鳴り響いている。建物正面にある馬車寄せに、ローのROOMで移動し外に出ると目の前には長屋の建物が幾列かに分かれて並んでいるのが見える。

 

 建物内から鉱山労働者らしき人たちが顔をのぞかせているが、警備兵に中へ入っていろと制止されている。

 

 労働者とはいえ、大方奴隷だろう。行きは新世界から奴隷を運び込み、帰りは珀鉛を運び込んでいるのだ。理にかなっており、効率的だ。

 

 そんなことを考えている場合ではない。警備兵たちが長屋の間、間からこちらへ向かっており、指さして叫んでいる。

 

 まだ体は重い。私の今の力では見聞色マイナス、“縮地”の領域は荷が重いのだろう。覇気を使いすぎている。

 

「急げ! 奴らを鉱山から引き離す。東だ」

 

 そう言って、ローが走り出す。

 

 私たちは外に出て白いコートは脱ぎ棄てて、漆黒のコートを身に纏っている。

 

 ローの背中のハートの図柄が何ともまぶしい。

 

 彼は早くも鬼哭(きこく)を鞘から抜いている。私も何とか気力を振り絞って走り、ローを追いかける。

 

 そして、右腰に差しているものを抜く。私の得物は良業物“花道(はなみち)”。

 

 ローは左から向かってきた警備兵と斬り結び、突き飛ばして、いなしながら前進している。相手もサーベル。海兵のマリーンルックスではないが、白い制服で青が黒に変わっている。そして、特徴的な掌マーク、帽子にも上着にも入っている。

 

 私も左斜めよりあらわれたやつを見定める。右手にサーベルを構えている。雄叫びをあげて斬りかかってくる。両手で花道を持ってその衝撃を受け止め正対しながら、瞬間右に体を捻って態勢を変え、相手の腹に斬撃を見舞わせる。

 

 だが次の瞬間、

 

飛び道具……。

 

 高速で駆け抜けてくる銃弾を感じ取り、一瞬早く見切りよけることに成功する。

 

 これぐらいの見聞色は発揮できるように回復してきたのか。

 

 サーベル隊の奥にライフルを持つ者たちを確認する。複数の気配を感じ取るのは無理だ。先に仕掛けるしかない。

 

「ロー」

 

「わかってる」

 

 先行くローにもライフルの注意を促す。ローはサーベル隊の連中を猫をあやすように軽くいなしながら進んでいる。

 

「私がやる」

 

 そう言って、私は一瞬、裂ぱくの気合いを己にいれる。

 

 うん。いける。

 

 走って、剣を打ち合ったことが準備運動になったようだ。体のキレが戻ってきている。

 

 その場で大きく跳躍すると目の前に迫ってきていた別のサーベル男の頭をブーツの先で叩き潰すように乗っかって勢いをつける。

 

(ソル)

 

 一瞬で着地して、純白の地面を瞬間に叩きつけるようにして移動する。

 

 海軍に脈々と伝わる人知を超えた体技、六式のひとつだ。

 

 ロッコに拝み倒して教えてもらったものだ。死にそうになったが。

 

 ロッコは海兵ではないが海兵であった父に教わったのだろう。父さん……。いや、今は考えてはならない。

 

 私は無意識に思考の速度を1段、2段上げていた。高速で移動し、高速で思考し、見聞色を働かせながらライフル隊との10m程の間合いを一気に詰める。相手の時間が止まったような表情がわかる。

 

「百花繚乱」

 

 (ソル)のまま、ライフル隊10名ほどを一瞬にして駆け抜けながら斬撃を浴びせ付けてやる。まるで、咲き乱れる花々のように血潮を吹いて倒れる彼ら。

 

 そうしてライフル隊を片づけると、背後には私に置いてけぼりにされたサーベル隊。私の力に怯んだのか無闇にこちらに突っ込んではこない。突っ込んでこないならこないで結構。

 

 私は先を行くローを追いかけた。

 

 

 

 

 奴隷を収容する連なる長屋の先には開けた大地、珀鉛と舞い降りる雪によって当たり一面真っ白である。そこまで行って、

 

「ROOM」

 

 ローが能力を発動させた。私は迫りくる警備兵たちを蹴散らそうと構えていたのだが、大人数で向かっても無意味と悟ったのか向かっては来ず、一人の男が目の前に現れた。

 

「ロー」

 

「大丈夫だ。俺がやる」

 

 ローが自信に満ちた表情でそう返してくる。目の前に現れた男が多分、先ほど電伝虫で会話していたその人であろう。確か名前はコーギー。

 

 こいつは警備兵とは違い黒スーツに白シャツ黒ネクタイで黒コート、世界政府の役人の格好のようだが、かぶる帽子には白抜きで掌マーク。あれなら私たちの正装に似ていなくもない。白シャツを除けばだが。

 

 顔には右眉から右頬までざっくりと傷が入っており、口髭を頬を伝って髪までつなげてたくわえている。背は私よりも低い。

 

「おまえたち二人か。どこの馬の骨だ、海賊か? くんくん……、海賊の臭いはしないな。ここがどこだかわかっててやって来たのか?」

 

 コーギーがそう口にする。私たちはこいつにしてみれば、確かにまだまだ馬の骨でしかないのかもしれない。海賊の臭いというのはよくわからないが。

 

「おまえに答えるつもりはねぇ、コーギー屋。どこぞの馬の骨で十分だ」

 

 ローがシニカルな笑みをたたえつつ答える。

 

「俺の名前知ってるしっ!! 馬の骨の分際で生意気にほざきやがって、さっきの会話聞いてやがったな」

 

 さっきの会話、情報がありすぎる。

 

 珀鉛(はくえん)は不老不死の力を持っているかもしれないということ。

 

 そして、それは五老星(ごろうせい)に届けられている可能性が高いということ。

 

 そして、ベルガー商会がかつて珀鉛(はくえん)に絡んでいたのかもしれないということ。

 

 何よりも、そのことで私の父が殺されたのかもしれないということ。

 

 父のことで気が動転してしまったが、他の3つも十分に危ない情報である。ベルガーが珀鉛(はくえん)に絡んでいた。つまり、父が珀鉛(はくえん)に絡んでいた。

 

 そのことでローは私たち兄妹をどう思うだろうか? それでなくとも私たちは彼に伝えなければならない事実が存在するというのに。

 

「さあ、どうだかな。おまえは俺たちを知らねぇのかもしれねぇが、俺たちはおまえが政府の闇組織“ヒガシインドガイシャ”の監督官様なんじゃねぇかと思ってんだが?」

 

 ローは可笑しそうにしてコーギーに聞いている。

 

「はっ!! 俺たちが何なのか知ってるしっ!! ふざけやがって」

 

 コーギーはどうやら怒っているようなのだが、どうしてか少しコミカルに感じられる。

 

 ローもそうなのか、ははっとさも可笑しそうに笑いながら、

 

「おまえとの会話はなかなか面白ぇが、そろそろやることやっちまおうか?」

 

と言って、鬼哭(きこく)を正面に構える。

 

「待て待て。その前にそこの女。さっきおまえが使っていたのは剃だろう? 海兵でもないのになぜ使えるんだ?」

 

 コーギーが疑問を呈してくるが、こんな小男に口を聞いてやるような情けは持ち合わせていないので、ぷいと横を向いて知らんふりをする。無視してるしっなどと癇癪を起しているが知ったことではない。

 

 私は警備兵に睨みを利かせて、こいつらを蛇に睨まれた蛙の状態にすることに専念しようと、花道(はなみち)を構える。

 

 コーギーが右腰に結わえていたものを取り出している。取りだしたものは鞭。

 

「馬の骨がーっ! 生意気な口を叩けるのも今のうちだーっ!!」

 

「“蛇の動き(セルペンテ・モジオーネ)”!!」

 

 コーギーの叫びと共に、右手から放たれた一見すると何の変哲もない黒色の鞭が、まるでうねうねと蛇の動きのようにローに襲いかかっていく。その動きを頭の中で知覚化すれば長い一連の出来事は視覚化すると一瞬の出来事である。

 

 ローが見聞色の覇気を働かせて一瞬早く回避の動きを見せたように思われたが、コーギーの右手には少し捻りが加えられて、叩きつけるようにしてローの左足に絡みついていく。その瞬間、

 

 ROOMが消えた。

 

 え……?

 

 私はその光景を右手に眺めていたが、一瞬わけがわからなかった。

 

「くっ、海楼石(かいろうせき)か?」

 

 ローが絞り出した言葉に対し、

 

「フフフっ、ただの馬の骨でもないようだな。そうだ。この鞭には海楼石(かいろうせき)の成分を練りこませてある。おまえを取り囲んでいた膜は能力によるものだろう?」

 

コーギーはそう笑って呟きながら、鞭を引っ張り出す。

 

 海楼石(かいろうせき)、悪魔の実の能力を無効化する力を持つ石。政府の闇組織だけあるわ。

 

 ローは左足に絡まる鞭に体勢を崩されて背中から倒れ、あいつに引き寄せられていく。

 

 そんなことになろうとも私は心配はしていない。ローは生意気な年下だがやる時はやる男だからだ。

 

 コーギーはローとの間合いを一気に詰めて、地に背を付けているローに向けて拳を繰り出す。鉄製のアーマーグローブをはめている。あれにも海楼石(かいろうせき)が入ってるんだろうと推測できるが、そんな瞬間も焦りなど感じていない。

なぜなら次の瞬間にはコーギーの驚愕の表情が見えたから。

 

 コーギーが繰り出した拳はローに吸い込まれていったが、

 

「武装硬化」

 

 ローがそう呟くと、彼の体は黒く変色していった。

 

「まさか……、覇気か……」

 

 やっとのことで出てきたコーギーの言葉、ローが怖いくらいの表情で嗤っているのが容易に想像できる。

 

 その瞬間の隙を彼は見逃さなかった。

 

「ただの馬の骨呼ばわりするおまえの負けだ。医者には敬意を表するもんだぜ」

 

 そう彼は言うと、鬼哭(きこく)の刃にも覇気を纏わせてコーギーの腹に突き刺す。

 

「シュヴァルツ・メッサー」

 

 私はその瞬間、彼が突き放したような冷たい表情でコーギーを見据えているのが想像できた。

 

 コーギーは、がはっと咽び、地に倒れこんだ。

 

 その倒れゆく姿を見届けてローは鞭を切り離すが、一向に起き上がる様子がないので私が駆け寄っていくと、こちらを見上げてくる。

 

 まさかこいつ、起こしてくれと手を貸せと言っているの?

 

 そんな彼に私は睨み返して、目だけで会話を、取っ組み合いをしていたが、

 

「生意気ーっ!! ……でもお疲れさん」

 

 そう言って手を貸してやった。

 

 立ち上がってこちらを見つめてくるローはにんまりと勝ち誇ったような表情で笑みを浮かべていた。

 

 むかつくーっ!!!

 

 そう思いながらも鉱山の方向を見つめる。

 

 

 あとは向こうから聞こえる爆発音を待つばかりか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
戦闘描写、どうもまだまだ手数が少ないですね。
もう少し増やしていきたいです。
あと技名考えるのが一苦労します。
誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第8話 勝負どころ

毎度読んでいただきありがとうございます。
8話投稿いたします。さあ、どうぞ!!


北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 元フレバンス王国 珀鉛(はくえん)鉱山

 

 

 

 

 馬車は跳ぶように走り抜けている。砂利道の間を砂煙をあげんばかりに。とはいえ砂利でさえ白いので、煙が上がることはないかもしれない。この珀鉛(はくえん)の持つ性質はよくわからない。全てを白で覆い尽くそうとする力は一体何なのか。

 

 

 俺たちは今、珀鉛(はくえん)鉱山の構内に入っている。二重の鉄条網の内側に。だが構内は警報音が鳴り響いている。

 

 道程は順調であった。

 ダーニッヒを出発して東に真っすぐ街道を進み、フレバンスを囲むように聳えている防御壁にたどりついた。

 

 そこで一旦息をひそめるようにして待機し、警備の者がいないかどうかをしばらく確認した。

 

 しかし警備の人間がいるにしても防御壁には近付こうともしていない気配が感じ取れ、問題ないと判断して、防御壁をダイナマイトで爆破して無理やりフレバンスに入り込んだ。

 

 純白に包まれた廃墟と残骸の世界を駆け抜け、珀鉛(はくえん)鉱山を目前にしたところで、小電伝虫(こでんでんむし)に連絡が入ってきた。

 

連絡はローからであった。連絡が少し遅くなりそうなのはわかっていた。おそらく寄り道をしていたのであろう。ジョゼフィーヌも出発直前にそうなるだろうと言っていた。

 

 ローの声音は緊迫していた。内容はこうだ。

 

 侵入がばれたから、すぐに陽動に入るので急いでくれと。

 

 まあそれは問題ない。時間が早いか遅いかの違いでしかない。

 

 俺たちの相手はどうやら政府の闇組織“ヒガシインドガイシャ”らしい。

 

 そうきたか。やばい相手だが興味を掻き立てられる。

 

 珀鉛(はくえん)の持つ意味は政府の五老星(ごろうせい)が求める不老不死らしい。

 

 そういうことか。面白いじゃないか。

 

 国ひとつ滅亡させた珀鉛(はくえん)が不老不死の力を持っているかもしれない。過去にいくつもある都市伝説の一つという可能性もあるが、政府が無駄なことをするわけはない。奴らは効率性で動く。珀鉛(はくえん)が不老不死につながる手応えがあるんだろう。何にせよ大きな意味がありそうだ。

 

 そして、

 

ベルガーが珀鉛(はくえん)の輸送に絡んでいたかもしれない。

 

 そのことで父は政府に粛清されたかもしれない。心をえぐられるでかい問題だ。

 

 父の死の真相を知ることは、偉大なる航路(グランドライン)に行く隠れた目的でもある。薄々そんな可能性を考えてはいた。だが、いざ本当にそうだとすると心を引き裂かれるものがある。ジョゼフィーヌは大丈夫だろうか。

 

 それに、父が珀鉛(はくえん)に絡んでいたかもしれないとなれば、ローはどう思うだろうか? あいつはもう自分の中で、フレバンスでの事にきっちりと落とし前をつけられているだろうか?

 

 考えるべきことが多すぎるな……。

 

 とにかく俺たちは、珀鉛(はくえん)鉱山の入り口詰所を手榴弾で突破して、今は鉱山に向けて疾走している。

 

 

 右奥でひときわ大きな騒ぎが起こっていることがわかる。ローたちがしっかりと警備兵たちを引きつけてくれているようだ。

 

 目前には鉱山への掘られた穴が見られ、中から労働者、おそらく奴隷が少人数の警備兵と共に右往左往しながら出てきている。右手前に詰所らしき小屋、左手前に珀鉛(はくえん)の一時保管庫らしき建物と数台の馬車が馬車寄せに止まっている。

 

 己の思考から幌馬車内の様子に頭を向けると、べポも起きてリュックを背負い、カールに正装をチェックしてもらっている。手綱を握る船員も準備は大丈夫なようだ。馬車を動かしながらも、目にする警備兵たちに手榴弾を投げつけている。

 

 俺たちは爆炎と悲鳴の中を駆け抜けている。

 

「おまえたち!! ……ここが勝負どころだ。手筈を再度確認する。べポと2人は珀鉛(はくえん)積み込み準備、カールとあとの2人は俺と鉱山の中に入って爆破に取りかかる」

 

 大声で皆の士気を高める。

 

 アイアイ、ボス! であったり、総帥! 了解しました! であったり、皆の威勢のよい返事が返ってくる。心の中で言い聞かせる。

 

 心は熱く、頭はクールに。

 

 高まる緊張感と言い知れぬ高揚感。馬車は高速で左に旋回し、馬車寄せに急停車する。

 

「行くぞっ!!!」

 

 俺たちは各々仕事に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 鉱山内部は白い煌めきが感じられる。

 

 掘り出し作業をしていた奴隷たちが逃げ去った坑道を中に入っていった俺たちは左に湾曲しながら伸びる白で囲まれた道を、等間隔で天井付近に設置されたランタンを頼りに進み、そばを通るトロッコの線路が途絶えるその先まで入り込んで、ようやく最奥までたどり着く。

 

 船員二人がカールの指示の下、背に担いだバッグの中から複数のダイナマイトと雷管、T字形をした発電装置、起爆装置である小さな小箱を取り出し、手分けしてダイナマイトを設置していく。そして、雷管をつなぎながら来た道を戻っていく。

 

 カールの手先の器用さ、物を作ることに対しての興味に気付きだしたのはこいつが10歳の頃だ。その頃から爆弾や武器に興味を示し、ジョゼフィーヌにねだっては難しい本を読んで知識を得て、何やらよくわからないものを作っていた。こいつもそろそろ一端の船員になりつつある。将来が楽しみな奴である。

 

 カールは一番手前で、発電装置と起爆装置を雷管でつなげている。坑道の両側から雷管を手繰りながら船員二人がやってきている。白く透き通ったような坑道をランタンのオレンジの灯りが照らしており、煌めいている。

 

 

 人生において何も問題なくうまくいくことなど有り得ない。楽あれば苦あり。

 

 そろそろ苦の始まりか……。

 

 背後よりひとつの気配が感じられる。

 

 ゆっくりと背後を振り返ってみる。

 

 ランタンに照らし出され、坑道の湾曲するカーブの向こう側から近付いて来る影が、白い壁面に映っている。足音が近づいて来ている。

 

「ここで……、何をしてるんだい? お前たち」

 

 そう言って現れたのは紫色の髪を後ろで束ね、海軍の真っ白な正義のコートを羽織りながらも、頭には真中に掌のマークが入っている帽子をかぶった老婆であった。顔には年齢からくる深い皺が刻まれているが、眼光は鋭く、こちらを睨みつけるような表情には力が感じられる。

 

「そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ。誰かお偉いさんがね。でもあんたとはね……。あんた海兵だろ? でもその帽子被ってるところ見ると、あんたが話に聞いた総督さんなのか? おつる海軍中将」

 

 そう言いながら、俺は煙草を取り出して火を点ける。

 

 目の前にいるのは、まぎれもなく海軍本部中将のおつるである。

 

 どういうことだ? 海兵にして政府の闇組織……。一体……。

 

 うしろでは船員が予想だにしない者の登場に仰天している。手だけで合図を出して、作業を続けるように伝える。

 

「もう知られてしまったものはしょうがないね。私も忙しいのさ。海兵やりながら“ヒガシインドガイシャ”で特務総督をやっていてね。上の命令は聞かないといけないものさ。おまえはネルソン商会のネルソン・ハットだね」

 

「それに、……おまえの父親を知っていたよ、ネルソン・ハット。ネルソン・ボナパルトがなぜ死んだのかは知らないがね。私は特に興味はなかったんでね。それにしても、行儀の悪い子だねぇ。」

 

 まあ、そうだろうとも。あんたが現れて、無性に煙草が欲しくなったんだよ。痛いところを突っついてくれるじゃないか。死んだ理由を本当に知らないのかどうかはさておいてな。

 

「さすがだな。それにしても兼任とは、……宮仕えは大変だな」

 

 おつる中将の言葉にうなずきながら答えてやる。

 

 海軍本部の大参謀相手では素性を知られているのは仕方がないことか。だが海軍本部中将が政府の闇組織のトップを兼任しているとはね。

 

「そうでもないさ。おまえたちはおもての商売をしていた筈だが……、政府に喧嘩を売るような真似をして、海賊にでも鞍替えしようっていうのかい?」

 

 おつる中将がそう問うてくる。

 

「いーや、俺たちはあくまでビジネスがしたいだけさ。俺たちを知っているっていうのは光栄なことだと思うけどね。あまり嬉しいことではないな」

 

「ビジネス……? どうやら、うしろの坊やたちは何やら悪いことをしているようだが?」

 

 そう言って、おつる中将はうしろの船員とカールを指さしている。

 

「そうかい? だったらどうする?」

 

 俺はそう言いながら、うっすらと笑みを浮かべ聞き返してやる。

 

「私はわるい子は嫌いじゃあないよ。いい子にしてやれるからねぇ」

 

 おつる中将はゆっくりとそう言い終えて、一歩前に踏み出すと、両腕を水平に広げてくる。

 

 ウォシュウォシュの実、洗濯人間。多分、覇気使いでもあるな。

 

 さあて、切り抜けられるかな。

 

 そう思いながら、俺も覇気を纏う。

 

まる洗い(サークル・ウォッシュ)

 

 突然目の前に現れる膜で、丸く囲み包まれるようにして洗われる俺。目の前のおつる中将がゆらゆら揺れて見える。だが、覇気を纏う体がそれによって洗い清められることはない。

 

「覇気使いか。驚いたね……」

 

 少しも驚いた様子は見せてないが、次の瞬間、

 

 

おつる中将の姿が消える。気配と共に……。

 

 

 今朝のロッコが最後に口にした言葉が甦ってくる。

 

 覇気のもう一段階上の領域、“王気(おうき)”。

 

 見聞色マイナスか……、気配を消す“縮地(しゅくち)”のもう一段階上、見聞色の王気マイナス“無地(むち)”の領域。

 

 

 姿は見えないが、攻撃されることを考えて動き出す。

 

 咄嗟に手を広げながら、体を黄金へと変化させる。見る見るうちに金色に光りだす己の腕を、腹を、足を感じながら、黄金を分子レベルでイメージさせて、手近の珀鉛(はくえん)に触れて、それを取りこみ自らの体を珀鉛(はくえん)との合金へと変化させて、体の硬度をさらに上げる。そこに覇気を纏う。

 

 これはあとでローにオペをしてもらう必要があるな……。

 

「ブラック・珀金壁(プラチナムウォール)

 

 さあ、どこから現れる?

 

浄化滝(パージ・フォールズ)

 

 その声と共に、上から滝のように流れてくる膜。おつる中将は何とか俺をいい子にしたいらしい。

 

 だが、声を発したなら、気配はおぼろげにも感じられる。

 

「ゴールドフィンガー」

 

 俺は右手人差し指と中指を黄金化して、一瞬感じた気配の先へ突き刺していた。

 

 指銃(シガン)によって。海兵の体技は便利だ。

 

 押し殺した声と共におつる中将の姿が上方至近距離に姿を現して、その場に倒れる。

 

「覇気使いで……、能力者ってわけかい? わるい子だねぇ……」

 

 体の角度を90度ずらして、背後を取られないようにしながら、カールたちの状況を確認する。

 

 カールと船員二人は親指を立てて合図を出し、こちらへ向かってきている。カールはたっぷりと長い雷管をつけた起爆装置の小箱を抱えている。準備完了のようである。

 

 おつる中将はまだ立ち上がれていない。

 

 あんたは見聞色の王気(おうき)のようだが、それを言ったら俺も武装色で王気(おうき)の領域に入りつつあるとも。少しは効いたようだな。

 

 カールたちが俺の横を走り抜けてトロッコに飛び乗る。

 

 立ち上がろうとするおつる中将。

 

 跳躍してうしろに跳びながら、背面から連発銃を取り出して、銃弾を放つ。

 

 まあ読まれているだろうが、牽制して時間が稼げればいい。

 

 トロッコのストッパーを外して、飛び乗る。

 

 動き出すトロッコ……、カールに合図する。

 

 起爆装置のスイッチを入れるカール。

 

 トロッコはカーブを高速で曲がっていく、その瞬間……。

 

 後方で起こる爆音、高速で迫りくる炎と黒煙。

 

 

 何とか切り抜けたな。まあ、あれであの中将がくたばるとも思えないが、少しは時間がありそうだ。俺たちは坑道をトロッコで疾走しながら、外へと飛び出していった。

 

 

 

 

 さあ、脱出だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

フレバンス編もようやく終わりを迎えつつあります。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第9話 備えあれば憂いなし

UAが5000を超えたようでして、読んでいただきありがとうございます。
9話を投稿いたします。さあ、どうぞ!!


北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 ネーデリッツ王国 防御壁南方

 

 

 

 さて……。

 

 

 俺はこんなところで何をやっているんだろうか……。

 

 

 ここはとある民家。俺はその中で使い古された木の椅子に座っている。足が1本擦り切れているようで、安定しない。

 

 目の前にはこれまた使い古されたテーブル、手製で作られたような下手くそなつくりだ。この家の主人が自ら作ったものかもしれない。

 

 テーブルの上には、りんご、チーズ、カップなどが乱雑に置かれている。

 

 その奥にはレンガ造りの暖炉があって、炎が爆ぜており、薪のぱちぱちとする音が、この家に何とか暖かみをもたらしている。

 

 左手には窓があり木枠のサッシが入っており、外は変わらず雪が降っている。内壁は漆喰で所々で汚れが目立つ。

 

 

 俺は緊迫した状況にいた筈だ。急いでいた筈だ。

 

 

 ここで何軒目だったか? 4軒目か……。多分そうだろう。

 

 

 ここの主に交渉にやって来たが、開口一番、中に入れ、そこに座れと、さも嬉しそうな表情で言われて事ここに至っていた。

 

 ここの主が奥へ行ったきり戻ってこないので、こうなった状況をさらに振り返ってみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たち、カールと船員二人は何とか珀鉛(はくえん)鉱山を爆破して、轟音と爆炎、そして黒煙と共に、坑道から外にトロッコで出ると、息をつく暇もないままに珀鉛(はくえん)一時保管庫に向かうと、そこではベポと別の船員二人が4頭馬車2台に分乗して出発を待っていた。

 

 馬車は幌はないが、荷台部分の背がかなり高く、山盛りに積まれた珀鉛(はくえん)を覆うようにしてシートが掛けられていた。

 

 丁度、ジョゼフィーヌとローも合流し、俺たちはすぐさまに珀鉛(はくえん)鉱山を出発した。

 

 鉱山内は俺たちの爆破によって大混乱に陥っており、しばらくは時間を稼げそうではあるが、すぐさまに追手はやってくるだろう。

 

 俺たちは出入り口の詰所を再び蹴散らして、二重の鉄条網を突破。そしてフレバンスの廃墟に戻って一路、南へと向かい、防御壁を突破したあとネーデリッツ王国に入った。ネーデリッツを南へ向かい海に出るのだ。

 

 

 だが、俺たちの順調な南への大脱走を妨げるものが、街道につながる間道から現れてきた。

 

 その一団は緑の制帽に緑の外套を纏い、白いズボンを履いていた。ネーデリッツの治安部隊だろう。奴らは馬を駆る騎兵隊であり、間道から現れて瞬く間に俺たちに並走してきた。そこで奴らが狙ってきたのは馬だった。俺たちを止めるために。

 

 俺たちは奴らを叩き伏せることに成功したが、その代わりに馬をやられて足を止められた。

 

 

 

 石畳の街道は舞い降りる雪によって雪化粧がなされている。そちこちで倒れている緑服の兵隊たち、ネーデリッツ王国の治安部隊。街道脇には柵が設けられており、その先に広がるのは真っ白な雪原と雪がまぶされた林だけである。

 

 

 何もないところで立ち往生する羽目となってしまった俺たち……。

 

 

 考えなければならない。

 

 

「おまえたち!! 下りて来い。前方、後方、左右すぐに見張りに立て」

 

 馬車の御者台にいた船員にすぐさまに指示を出す。ジョゼフィーヌが倒れている敵から離れ馬車に戻り荷物を取りに行っている。多分に地図だろう。

 

 ローは馬の様子を確認しているが、首を横に振ってダメだと合図をこちらに送ってくる。

 

 4頭馬車2台の馬、8頭のうち5頭をやられてしまっている。残り3頭で珀鉛をこれでもかと積んでいる荷台を運ぶのは到底無理だろう。

 

 雪は容赦なく上空から俺たちを襲ってくる。

 

 それでも何とかしなければならない。立ち止まってはいられない。

 

 

 作戦なんてものはこんなものだ。ある程度までは俺たちを目的まで運んではくれるが、どうしたっていずれ作戦を捨てなければならなくなる瞬間が訪れる。そこから先は気合いと根性が必要となる。立ち止まってはいられず、前へ出るしかないのだ。

 

 

 後方馬車にいるジョゼフィーヌのところへと向かうと、ローもカールを伴ってやってくる。べポは荷台の珀鉛(はくえん)の上に立ち双眼鏡を持って周辺を監視している。

 

「今どのあたりだ?」

 

 ジョゼフィーヌにそう訊ねると、妹は地図を皆に見えるようにして、

 

「私たちは多分この辺にいる。防御壁から南へ15km付近、アーヘムまで5kmはまだ残ってるわ」

 

と説明する。

 

「こいつらはネーデリッツの治安部隊だ。これだけ早くネーデリッツの奴らがやってきたってことは、鉱山から連絡がいってるってことになる。ってことは奴らつながってんだろ。政府は密かに珀鉛(はくえん)を掘ってんじゃねぇ、近隣の国を抱き込んでんだ。そうなるとランテダームへ抜けるのはまずくねぇか?」

 

「そうだな。待ち伏せされてる可能性は高い」

 

 そう言って、眉間にしわを寄せながら述べたローの考えにうなずく。当初の予定ではネーデリッツの南の港町ランテダームへと抜けて、西のダーニッヒから回り込んできた船と合流する予定であった。

 

 考えを巡らしてみる。

 

 “ヒガシインドガイシャ”は政府の直轄地をつくろうとしているらしい。もしかしたら奴ら、フレバンス周辺の4つの国をうまく言いくるめてジェットランド島全体を政府の直轄にしようとしているのかもしれないな。

 

 だが、東のリガル王国は……。そういえばリガルの王は政府を色よく思っていないらしい。東への間道をリガルへ抜けるか……。

 

 いや、待て、アーヘムにはまだオーバンがいる。オーバンは追手を止める切り札だ。今さらリガルへ抜けて罠を張ることはできない。

 

 くそ……、そこまで考えて作戦を立てる必要があったか。まだまだ俺たちには何かが足りなかったのかもしれない。

 

 今はそんなこと考えてる場合ではない。もうかなり時間を無駄にしている。追手がいつ追いついてもおかしくない。

 

「ランテダームの西に入江があるな。アーヘムの少し先から間道が伸びている。」

 

 ローが地図を指さしながら、言ってくる。

 

「そうしよう。ランデブーの場所をその入江に変更だ。だがとにかく馬は何とかしなければならない」

 

「ボス!! 向こうに民家が数軒見えるよ。馬小屋もありそう」

 

 台車に乗って双眼鏡を覗いていたべポがそう報告してくる。

 

「べポ。よくやった」

 

 ローがすぐさま顔を上げて、褒めてやっている。

 

「よし。角瓶を用意してくれ。交渉に行ってくる。ジョゼフィーヌ、小電伝虫(こでんでんむし)を頼む。ロッコに連絡だ」

 

 ローに念のため用意していたベルガーのシングルモルトを用意するよう、ジョゼフィーヌに小電伝虫(こでんでんむし)でロッコにランデブー場所の変更を連絡するように指示を出すが、

 

「ダメだわ。この小電伝虫(こでんでんむし)何にも反応していない。もしかしたらあいつら、噂に聞く妨害念波を発する新種の電伝虫(でんでんむし)を使ってるのかもしれない」

 

とジョゼフィーヌが首を横に振りながら答える。

 

 通信遮断か。用意のいい奴らだ。

 

 だが、備えあれば憂いなしということもある。

 

「カール。出番だな」

 

「はい!! 総帥!!」

 

 カールはそう元気よく答えると、肩に提げているカバンからゆっくりと頭を撫でてやりながら1羽の鳩を取り出した。そう、こんなこともあろうかと連れてきていた。カールが飼って世話をしている伝書鳩である。

 

 カールは雪を被った石畳の道にそっと鳩を下ろして、ロッコに送る伝言をジョゼフィーヌから説明を受けながらメモすると、鳩のタカトリに括りつけて、よーく指差しながらタカトリに説明をしてやっている。

 

 最後にはもう一度タカトリの頭を撫でてやり、よし行けタカトリとばかりに空を指差すとタカトリはロッコへの伝言を携えて南の雪空へと飛び立っていった。

 

 タカトリとカールが呼んでいるのは、本当は鷹を飼いたがっていたのだがそれは難しいので、鳩だがハットリではなくタカトリと呼んでいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな経緯を経て、俺はこの民家に来ているわけだが、3軒の民家には門前払いされて4軒目である。もうさすがに時間はない。

 

 だが、捨てる神があれば拾う神は本当にいるものである。

 

 右奥の戸棚に後生大事に据えられているのは俺たちのシングルモルトウイスキー『ロイヤルベルガー』の残り少なくなった角瓶であった。

 

 ようやく目の前に姿を現したこの家の主人を前にして、俺は内心にやりとほくそ笑んだ。

 

 主人はこんなところを訪ねてくる若いものは珍しいから嬉しくなっちまって何とかもてなしたいなどとのたまっているが、皆まで言わせず、奥の戸棚にあるロイヤルベルガーを指差しながら早速交渉に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちはロイヤルベルガーをこよなく愛するものによって何とか窮地を脱しアーヘムに差し掛かりつつある。一時はどうなることかと思っていたがあんなところに俺たちの上客がいて本当に助かった。やはり備えあれば憂いなしだな。

 

 そろそろアーヘムだ。さて、オーバンはどうしているかな。

 

「総帥。見えてきましたよ、鐘楼が」

 

 横にいるカールが御者台の上で立ち上がりながら、双眼鏡を手にして前方を見つめている。アーヘムの町の入り口付近にこの街のシンボルであるような鐘楼があるらしい。

 

「でも、後ろからも誰か追いかけてきていますね~。あれは……、さっきのおばあさんじゃ……」

 

 カールが今度は荷台に登って、横になりながら後ろに双眼鏡を向けて確認している。おばあさんという聞き捨てならない単語が飛び出して、俺も思わず荷台に上がって後ろに目を凝らしてみる。

 

 おつるだ。やはり、あんなもんではくたばりはしなかったな、あの婆さん。

 

 カールも双眼鏡を手にしながらびっくりし、感嘆のことばを洩らしている。それはそうだろう。老婆が馬に跨ってこちらに突進してきているのだから。振り返り、前方を見つめてみる。

 

 橋……。

 

 アーヘムの街へ入る前に川に橋が架かっている。石造りのなかなかに長い橋である。街道に架かる橋、その向こうにある高い鐘楼。

 

 そうか……。

 

「カール、前を見ろ。鐘楼を確認してくれ」

 

 カールにそう言うと、カールは荷台の上でゆっくりと体の向きを変えて前方の鐘楼に焦点を合わせる。

 

「総帥!! オーバン料理長がいらっしゃいます!!! ライフルを構えてる」

 

 やはりな。よーし、いいぞ、オーバン。

 

「オーバン料理長。笑ってらっしゃいます。あ、親指を立てられました」

 

 オーバンの奴め。余裕だな。まあ、あいつの狙撃の腕なら問題ない距離だ。きっと橋にダイナマイトを仕掛けたに違いない。

 

 

 馬車は橋に差し掛かろうとしている。後ろを見るとさっきよりもおつる中将率いる追手の姿がはっきりと確認できる距離まで来ている。向こうの方が速い。だが問題ない。俺たちはもうすぐ橋に入る。

 

 前を行く先頭馬車は橋を渡り切りつつある。俺たちも橋に入っている。後方から駆けてくるおつる中将隊、距離は30、40mそこら。

 

 カールも後ろを見つめながら、あのおばあさん、すごいすごいと何度も言っている。

 

 もうすぐ橋を渡り切る。後ろを再度振り返る。

 

 橋に差し掛かろうとしているおつる中将たち。

 

 後ろを見つめながら、俺たちの馬車が橋を渡り切ったことがわかる。

 

 オーバン……。

 

 振り返り左斜め上方を見ると、何とかオーバンの姿が確認できる。

 

 その瞬間、俺はオーバンが放った狙撃弾を確認できたような気がした。

 

 いや、一瞬の出来事であったからそれは気がしただけなのだろうが、それでもあいつの放った銃弾が雪が舞うこの寒気の中を真っすぐに石橋の支柱部分に向かって飛んでいく様を想像できた。

 

 そして……。一拍置いて……。

 

 石橋は大音声と共に、爆炎を上げて、黒煙を上げて見えなくなった。

 

 俺たちは馬車を一旦停車させる。オーバンがもう下りてきているだろう。

 

 後ろを振り返ると黒煙がうっすらと消えていき、現れたのは、オーバンの狙撃で導火線に火が付いて爆発した石橋の変わり果てた姿と、川向こうで呆然とした姿を晒している海兵の一部であった。

 

「ほんま待ちくたびれとったぞー。遅なりよってからにー」

 

 顔を声のした方に向けるとそこには、狙撃ライフルを斜めがけにして、笑顔で立っているオーバンの姿があった。

 

「悪かったな、オーバン。上出来だ。乗れ、行くぞ!!!」

 

 

 

 俺たちは何とかこの島を無事に出ることができそうである。

 

 何よりもロッコの助けを得ずとも乗り切れたことが素直に喜ばしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
さてさて、フレバンスを抜け出してどうなりますやらね。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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閑話 ネルソン商会事業計画書 Vol.2

現在も、総帥からはスルーを決め込まれているが、本計画書が直ぐにでも必要となる可能性を考慮してこれを記す。

 

 

ネルソン商会事業計画書(仮)

 

作成者:ネルソン・ジョゼフィーヌ

 

 

 

■ビジョン

 

世界中のベリーを独占する

協議中

 

 

 

■現況

 

フレバンスにて珀鉛(はくえん)鉱山を発見し、政府の闇組織管轄下にあることを確認。陽動作戦として監督官及び構成員に重傷を与え、主目的である鉱山の爆破をおつる海軍本部中将の手から逃れて完遂。その後、島の四方八方から追手に追われるものの、自分たちが丹精込めて作ってきたお酒とカールの伝書鳩を使ったロッコへの連絡、オーバンの狙撃による街道に架かる橋の崩落によって逃げ切ることに成功。珀鉛(はくえん)を奪取した上で鉱山爆破の目標を達成し、命ある身で島を後にすることが出来た。

 

 

■組織構成

 

兄さん ネルソン・ハット

 

役職:総帥

年齢:32歳

身長:193cm

 

かつて“北の海(ノースブルー)”にて栄華を極めたベルガー商会を営む父母の間に生まれる。父親は元海兵。10歳で父が死亡したと世界政府から伝えられ、その後ベルガー商会解散。母親も行方知れずで途方に暮れるも、何とか生きて15歳でネルソン商会を創業。

ゴルゴルの実の能力者で黄金人間。見聞色、武装色の覇気に加えて六式を父親の右腕だったロッコから指導を受けて習得済み。

黒スーツに白シャツ、黒タイでシルクハットを組織の正装とこだわり、取引と戦闘の際には鉄則としている。愛煙家で食事とお酒、綺麗な景色をこよなく愛する。容姿は金髪端麗。

 

覇気:武装色プラス

 

武器:連発銃

 

 

黄金の銃弾(ゴールドブレット) ダブル

ゴルゴルの実で生み出した黄金の弾を連発

 

ブラック・珀金壁(プラチナムウォール)

自らの体を黄金と珀鉛の合金に変化させた上で武装色の覇気を纏った防御技。

 

ゴールドフィンガー

黄金化した指による指銃(シガン)

 

ネルソン・ジョゼフィーヌ

 

役職:副総帥、会計士

年齢:28歳

身長:174cm

 

ハットの妹。

能力者ではないが、抜刀術を得手とする剣士。ハットと同じく見聞色、武装色の覇気に加えて六式をロッコから指導を受けて習得済み。

お金と契約書作りをこよなく愛している。商品の価値を見極める目も確かで、交渉事も得意なので商会の実務を実質一手に担っている。実益を兼ねた長年の趣味が手配書集め。

ハットに物言うことを躊躇しないが基本的には甘い、かもしれない。

お酒が大好きでダンスも得意。本人にそのつもりはないが最後には泥酔すると言われる。

容姿は紅髪ショートヘアーの綺麗なお姉さん。ミニスカートを好むので足には自信がある。

 

覇気:見聞色マイナス

   縮地の領域にあり、自分の気配を消せる。呼吸を合わせることで近くにいる人間にも同じ効果。

 

武器:良業物“花道(はなみち)

 

 

百花繚乱

(ソル)のまま刀を振るう連続した斬撃。密集した多数相手に使う。

 

アレムケル・ロッコ

 

役職:航海士、操舵手

年齢:68歳

身長:296cm

 

ハットの父親、父さんネルソン・ボナパルトの右腕。

クマクマの実モデル『グリズリー』の能力者で動物系(ゾオン)の熊人間。見聞色、武装色の覇気の相当な使い手で商会の面々にとっての覇気と戦闘の師匠的存在。

偉大なる航路(グランドライン)の航海経験も豊富。西の海(ウエストブルー)のオハラに行ったことがあるらしい。

ハットをぼっちゃんと呼ぶ。大食漢で大酒飲みだが甘党でもある。

容姿は白髪に白い髭を蓄える。筋骨隆々のおじいちゃん。

 

 

ザイ・オーバン

 

役職:料理長

年齢:32歳

身長:198cm

 

ハットの幼馴染。“東の海(イーストブルー)”出身で話し方が独特。ベルガー島にあったレストランの跡取りだったが、家族と別れてネルソン商会へ入った。

悪魔の実の能力者ではないが、遠距離を得意とする狙撃手。見聞色、武装色の覇気を習得済み。格闘術が苦手。

一番の得意料理はおばんざい。

独特の話し方から商会のムードメイカー的存在。容姿は黒髪でいつもポニーテールにしている。

 

覇気:見聞色プラス

 

トラファルガー・ロー

 

役職:船医

年齢:24歳

身長:191cm

 

ルーブック島にて13歳でネルソン商会加入。ドンキホーテ・ドフラミンゴを討ち取ることが加入の条件だった。

オペオペの実の能力者で改造自在人間。見聞色、武装色の覇気を習得済み。

コラソンの意志を継いで、ドフラミンゴを憎悪している。

冷静沈着で言葉を慎重に選ぶタイプ。ハットと似たタイプでウマが合う様子。よくチェスの相手をしている。パンが大の苦手で握り飯と緑茶を好むが頻繁にパンを出されるので日々戦っている。手向けに故郷を再訪出来たことで心情的に吹っ切れたところが見受けられる。

 

覇気:武装色マイナス

 

武器:妖刀“鬼哭(きこく)

 

 

シュヴァルツ・メッサー

鬼哭(きこく)に武装色の覇気を纏わせて相手に突き刺す。

 

ベポ

 

役職:航海士見習い、操舵手代理

年齢:20歳

身長:240cm

 

ロー加入1年後、“北の海(ノースブルー)”のとある島にてネルソン商会加入。ローが加入させないと降りると言いだした。クマのミンク族。

ロッコから六式を特訓中で現在は四式使い。

 

 

カール

 

役職:総帥付き小間使い

年齢:12歳

身長:130cm

 

孤児だった為、ネルソン家でいつの間にか預かっていた。ネルソン商会創業と同時に加入。

頭が良いし、よく気が利くし、基本的に誰に対しても物怖じしない。

綺麗なお姉さんが大好き。

容姿は金髪でくせ毛。とにかく可愛い。

タカトリと云う名の伝書鳩を飼っている。

 

ピーター

 

役職:船医助手

 

 

商会員 50名

 

 

 

■取引相手

 

 

ドンキホーテ・ロシナンテ

 

コードネーム:コラソン

肩書:ドンキホーテ・ファミリー最高幹部

   海軍本部中佐

 

ドフラミンゴの実の弟。ドンキホーテ・ファミリーの弱点を捜す過程で接触を開始。組織に潜入する海兵であることを突き止めて、情報提供の交渉を持ち掛けるも、逆にローの身柄保護を依頼される。ミニオン島での事件の折、瀕死状態のところを救出しようとしたが、拒否された。その代わりにローの行く末を託されている。

 

 

ドンキホーテ・ドフラミンゴ

 

肩書:王下七武海、ドンキホーテ・ファミリー船長

 

破産させてやる相手。そういう取引を考え中。

 

ヒガシインドガイシャ

世界政府の闇組織。

革命軍の攻勢を受けている世界政府が直轄地を設けることで、天上金とは別の資金源を手に入れようとしていると推測する。構成員は黒丸十字に真ん中に掌をあしらったマークを衣装に入れている。

 

おつる

 

肩書:海軍本部中将 “大参謀”

   特務総督

 

海軍本部の将官と政府の闇組織のトップを兼任する。

ウォシュウォシュの実の悪魔の実の能力者で洗濯人間。当然ながら覇気使いだが、もう一段階上の王気を使う。

 

王気:見聞色マイナス

   無地の領域にあり、自分の気配だけでなく姿までも消せる模様

 

まる洗い(サークルウォッシュ)

球状の膜を発生させて、相手を抱きしめるように包み込むことで、心を洗い清めて改心させる模様。慈愛に溢れた親心的な技なのかもしれない。

 

浄化滝(パージ・フォールズ)

滝状の膜を発生させて、上から相手に流し込むようにして、心を洗い清めて改心させる模様。厳しい親心的な技なのかもしれない。

 

コーギー

 

肩書:珀鉛鉱山監督官

 

珀鉛鉱山の現場管理を任されている模様。五老星と接触出来る立場にある世界政府の人間と電伝虫で会話をしていた。

覇気使いで武装色を駆使していた。

 

武器:海楼石の成分を練り込んだ鞭

   海楼石を仕込んだグローブ

 

 

蛇の動き(セルペンテ・モジオーネ)

蛇のようにしならせた動きで相手の足を捕縛する。海楼石成分を練り込んでいる為、能力者に関係なく捕縛可能な模様。

 

■拠点状況

 

北の海(ノースブルー)

 

ベルガー島

ネルソン家の故郷。かつてのベルガー商会の根拠地で交易業で賑わっていた。世界政府、海軍とも繋がりがあったので、“凪の海(カームベルト)”を渡って、新世界とも直接交易をしていた。ベルガー商会解散後は衰退の一途を辿り、ネルソン商会は拠点を廃墟して出航。今は無人島となっている。出航時、拠点に火を点けたことで、大規模な森林火災が発生。

 

ジェットランド島

北の海(ノースブルー)”にある島。中心に元フレバンス王国、囲むようにしてツカジナ王国、ワルシャビーキ公国、リガル王国、ネーデリッツ王国が存在する。

 

ダーニッヒ

ワルシャビーキ公国の町。島の西に位置する港町。

 

アーヘム

ネーデリッツ王国の町。街道が交わる交通の要衝。鐘楼が町のシンボル。

 

ランテダーム

ネーデリッツ王国の町。島の南に位置する港町。

 

“白い町”フレバンス

 

ローの故郷。滅亡した国。

 

フラーセル

廃墟と化した、ローの出生地。

 

 

■会計状況

 

 

B/S

 

集計中

 

P/L

 

集計中

 

 

■所持品

 

 黒電伝虫:盗聴用の電伝虫 1匹

 小電伝虫:携帯用の電伝虫 2匹

 ダイナマイト:ダーニッヒで購入した爆発物

 手榴弾:カールのお手製

 起爆装置:カールのお手製

 

■積荷目録

 

ウイスキー『ロイヤルベルガー』 本数:集計中

珀鉛 積載量:1t

 

 

 

■船舶詳細

 

キャラック船『ブラック・ネルソン』号

 

漆黒に艤装。両舷にキャロネード砲20門、船首に2門、船尾に3門、計25門。

 

 

■補足資料

 

覇気について(ロッコによれば)

 

見聞色、武装色、覇王色それぞれに方向性と段階がある。

方向性とはプラスとマイナス。

人によって得意な覇気は偏る。

見聞色は白色、武装色は黒色、覇王色は金色の色がある。

この世に存在するものすべてには気配がある。

武装色プラスは自分に纏う。武具に纏う。

武装色マイナスは相手の纏い、モノの纏いを消す。

見聞色プラスは相手の気配を読む。

見聞色マイナスは自分の気配を消す。

オハラの全知の樹には『覇気事始(はきことはじめ)』という書があった。

 

珀鉛について

不老不死に繋がっている。ベルガー商会が関わっていた関わっていたかもしれない。という情報を入手。

 

■今後の計画

 

短期目標

フレバンスを調査して、珀鉛が見つかるなら奪取して鉱山は爆破し、一時的な独占状態を作り上げる。

⇒達成

 

策定中

 

中長期目標

ドンキホーテファミリーを破産させて解散に追い込む。

 

 



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第2章 クーペンハーゲル ~北の海~
第10話 歓喜の調べ


とうとう10話を迎えました。読んでいただきありがとうございます。
ではどうぞ!!


北の海(ノースブルー)” 外洋

 

 

 

 船室を出て外の空気を吸い込んでみる。船内で籠ってジョゼフィーヌからロッコから、皆々からの報告書に目を通すことに、そして考える事に没頭していたせいで頭の中に淀んだ空気が充満していた。

 

 よってこの適度に冷えた外気は実に心地良い。上を見上げてメインマストの先端で風にたなびく長旗を確認する。

 

 風は北北西、申し分ないな。

 

 雪は降っておらず、東の空は暮れなずみ群青色に、海は黒みを帯びつつある。帆はしっかりと風を孕み、船は南東へと舵を切っている。中甲板や船首楼甲板で当直の船員が働いている。風が順調でもやることは山ほどにある。

 

 とはいえ、また風が変われば高みに登らなければならないので、彼らにとっては歓迎すべき天候であろう。

 

 

 俺たちはフレバンスで珀鉛(はくえん)を奪ってその鉱山を爆破し、ネーデリッツの南の入江へと馬車で駆け抜け、黒一色の旗をはためかせるブラック・ネルソン号を発見した。

 

 タカトリはしっかり仕事を果たしたようで、ロッコ達は受け入れ準備に余念がなさそうであった。すぐさまに珀鉛(はくえん)積み込みに入り、俺たちは無事ジェットランド島をあとにしてきた。

 

 左に歩を進めて船尾楼甲板に上がっていく。船尾楼甲板を覆う屋根の窓奥に赤と紫に染まる西の空が見える。

 

「針路南東。問題なしや。風は当分持ちよるやろ」

 

 海図台脇で当直に立つオーバンから報告を受ける。15時からの当直で18時の交替まではもうしばらくありそうだ。舵輪は船員のひとりが握っている。

 

 この当直編成によって俺たちの夕食は遅くなってしまう。もう少し当直を任せられる人間が必要なんだが。まあそれはいい。

 

「ああ申し分ないな。ありがとう」

 

 そう言って右手をあげて了解の合図を出し、船尾楼甲板を覆う屋根の後ろ側、船尾突出部に向かう。突き出している船尾砲を避けつつ、欄干に手を伸ばす。

 

 夕暮れ時を迎える西の空は実に美しい。太陽は赤く燃えるようでいて、左右の空は赤から紫へと移りゆくグラデーションを見せており、海は最後の煌めきを受けて青い色味を帯びている。

 

 まったくもって、嫌になるくらい煙草が旨くなりそうな景色だ……。

 

「言葉がいらなくなる眺めだな」

 

 先客としてこの場に佇んでいるローに声を掛けてみる。こいつは船尾楼の覆いに背を凭れさせて、刀をそばに立てかけながら西の空を眺めている。

 

 無表情ではあるが暗い感じではない。淡々としている。そう、こいつは淡々としているのが一番いい。

 

「そう思ってんなら、何も言うな」

 

 ああ悪かったよ邪魔してと思いながら、俺は煙草に火を点ける。

 

 本当に旨いな……。

 

 ローは俺の存在などないもののように空と海を見つめて、ただ、ぼーっとしている。だが言うことは言わなければならない。

 

「なあロー……。……ベルガーと珀鉛(はくえん)のこと何だが……。俺はそのことを知らなかった。すまなかった。おまえに、フレバンスの人間に悪いことをした」

 

 ベルガー商会が、亡き父が珀鉛(はくえん)に絡んでいたことを俺は知らなかった。その可能性を考えはしたが絶対にそうだとは思ってはいなかった。このことをロッコに問い詰めてみた。

 

 ロッコは知っていたが黙っていたという。親父は苦しんでいたという。そのことで心を痛めていたという。俺にはなかなか話せなかったといい、すまんこってすと額をつけて謝られた。

 

 何ともやるせない世の中ではないか。

 

 こうして俺はローに対して謝罪をしていた。ネルソン家の者として……。

 

「俺は24になる。あんたに、ネルソン商会に世話になってもう11年になる。今さらそういうのはやめてくれ。これでも俺はあんたらに……、感謝してんだ。あそこをまた訪れることができて……、本当に感謝してんだ」

 

 俺はその言葉に耳を疑ってしまう。ローがこんなことを口にするとは。

 

 そうか……、おまえはしっかり落とし前つけてきたんだな……。

 

「事のついでだ。俺もあんたに言いたいことがある」

 

「あんた、コラさんを知ってたんだろ?」

 

 ローはそう言って凭れさせていた背を起こして、こちらに向かってきた。

 

 こいつ……、気付いてたのか……。

 

「いきなり目の前現れて、一緒に来いもねぇもんだ。そうとしか考えられねぇ。来る日も来る日も考えたよ。じゃあなんでコラさんを救ってくれなかったのかってな。だがこうも考えた。コラさんがそれを望まなかったかもしれねぇって」

 

 ローがいつにもなく感情を帯びた表情で捲し立ててくる。

 

「ああ、おまえが言うコラソンを、ロシナンテを知っていた。ロー、おまえのことを知ったのはロシナンテからだ。俺たちはこのことを10年以上もおまえに話すことができなかった。すまん……。本当にすまん……」

 

「だが俺たちはロシナンテも一緒に迎えるつもりだった。だがおまえが言ったようにな、ロシナンテには断られた。全てはこの俺にまだ力がなかったことが原因だ。力があればロシナンテごと迎え入れることが出来た筈なんだ。なあ、ロー、俺たちはおまえのことをロシナンテから託されている。おまえをよろしくと言われている。おまえが背にハートを背負ってるようにな。俺たちも心の中ではしっかりハートを背負ってるつもりだ」

 

 俺も10年間の積年の思いが積もりに積もっているのか、感情を帯びた言葉が次々とほとばしってくる。

 

「……」

 

 ローは何も答えることができないのか、ただこちらを見つめている。

 

「おまえもドフラミンゴに落とし前を付けたいだろうが、俺たちもドフラミンゴにはしっかりと落とし前を付けなきゃならないんだ。そして、おまえは俺たちの中の一員だ」

 

 俺の言葉を受けて、ローは少し表情を緩めると顔を背けて西の空を眺めて、

 

「俺の本懐はコラさんと共にある。あの人の想いを汲み取ってドフラミンゴを潰す。ただ俺にはこの10年でもうひとつ想いができつつある。あんただ。10年世話になってる。俺はあんたがこの先の海で眺める景色を一緒にみたいとも思ってるよ」

 

 何を言い出すかと思えば、嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。

 

 

 こいつはまぎれもなく俺の右腕だな。

 

 

 

「おーい!! 甲板。南南東に島を確認。クーペンハーゲル島でーすっ!!!」

 

 突如、大音声が響き渡る。見張り台からの報告だろう。

 

 クーペンハーゲル島、北の海(ノースブルー)においての偉大なる航路への入り口にあたる島。

 

「よっしゃー、転針やー。針路南南東、クーペンハーゲルに向けたれー!!」

 

 オーバンの陽気な指示が聞こえてくる。

 

 西の空は太陽が海の向こうに沈みつつあり紫色を強めている。

 

 

 

 煙草が旨い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーペンハーゲル島に錨を入れているブラック・ネルソン号の食堂で俺たちは遅い夕食を取っている。

 

 食堂内にはでかい丸テーブルがいくつか点座しており、後ろには厨房と食料貯蔵庫がある。

 

 厨房と食料貯蔵庫にはかなりの投資をしている。食が豊かであることは人生の歓びだと思うからだ。

 

 食堂は実際のところ下層甲板のかなりを占めている。残り部分に幹部たちと船員の船室があり、最下層甲板に医務室と船倉がある。

 

 船尾窓の向こうはすっかり夜の帳が下りた闇に包まれており、その向こうにはクーペンハーゲルの街の光が見て取れる。

 

 食堂内にはそちこちにランタンが灯されており、そのオレンジの光が料理にさらなる色どりを添えている。

 

 ジョゼフィーヌ、ロッコ、ロー、べポ、カールに船員たちが思い思いに木製の巨大丸テーブルに座って食べているのはホワイトシチューである。

 

 ほぐした鮭とホタテにニンジンやらブロッコリーやら野菜が入っており、湯気を立てている様は食欲をかなりそそられる代物である。スプーンを口に運ぶと口に広がるはまろやかなホワイトソースと柔らかいホタテの食感。

 

 ああ……、幸せだ……。

 

 食堂内は賑やかで、うまいうまいとやばいやばいと、うまくてやばいという声がさえずり渡っている。

 

 

 そんな幸福に包まれた食事を終えて、白ワインを飲みながらゆっくりと船尾の方を眺めている。するとどこかから声が上がってくる。

 

「ローさん。頼みますよー」

 

「よっ、待ってましたー!!」

 

「ロー、いいじゃない」

 

 などと口々に皆が声を上げている。

 

 船尾に設えられている一段高くなっているステージ。そこに置かれているのは1台のグランドピアノ。

 

 なかなか立ち上がろうとしないローであったが、皆に泣く泣くせがまれて立ち上がり、船尾のステージへと向かうロー。

 

 その動きに合わせて両弦の壁に吊るされているランタンの光が消されて、照らすのはテーブルにそれぞれある小さなランタンのみとなる。厨房の光もそっと弱くなり、あたりをやわらかい闇とほのかに光るテーブルのランタンの光。

 

 そして、船尾窓より入ってくる月光がグランドピアノをそっと照らし出す。

 

 ローはステージに上がってゆっくりとピアノのそばまで行き、椅子に座る。黒いスーツに身を包み、トラ柄のファー帽子を被って、ステージに座るローの姿は、月光に照らされて実に美しいものがある。

 

 おもむろにローは鍵盤を叩きはじめる。ローの両手両の指が奏でてくる調べ。

 

 食堂内にいる皆々が、すぐに声を潜めて黙り、支配する音はただただローの奏でるピアノの音のみ。それが闇とランタンのほのかな光と溶け合ってあたりを歓喜の渦に包みこむ。

 

 歓喜の調べとでもいう曲名なのだろうか?その音色は静かな幸せに満ちていて、心地良い歓びに満ちている。

 

 俺はいつしか、ピアノの静かな心地良い音色と白ワインの余韻、そしてあたりを包み込む闇とほのかな光とのコントラストに導かれて桃源郷を心に思い描きつつあった。

 

 

 

 ピアノの音が静かに止まった。一拍置いて溢れだす拍手の音、指笛の数々。

 

 ローは立ち上がって、ふっと笑みを浮かべた後に何も言わずにステージを下りてくる。絶え間ない拍手が響き渡る。

 

 ローは闇の中をこちらへやってきてランタンの光の中に姿を現す。俺は拍手を贈ってやり、椅子をすすめてやる。

 

「いい演奏だった。俺には歓喜の調べの様に聞こえたね」

 

 そう賛辞をローに贈ってやる。ローも満更でもなさそうで笑みを浮かべている。

 

 カールが隣に現れてくる。おまえは本当にグッドタイミングで現れるな。

 

「ロー船医!!! とっても良いピアノでしたよ~!!! 何か飲まれますか?」

 

 カールも聞き惚れたようである。いつものようにロイヤルベルガーのロックとローは焼酎をカールに頼む。カールが厨房に向かうと入れ替わりにジョゼフィーヌが現れる。

 

「ローったら、わたし泣いちゃったじゃないのー。あー、とっても良かったー!!」

 

 そう言って瞳に涙を浮かべながらローに絡んでいる。

 

 おいおい、もう半ば酔っ払いじゃないか。ジョゼフィーヌの絡みがほぼ酔っ払いに近くなってきたところでカールが現れて、わが妹はカールに連れて行かれた。

 

 俺たちはひとまず乾杯をして酒を口に運ぶ。強いアルコールが脳天を直撃してくる。この強さがたまらない。

 

「もう見たか?」

 

 そうローは言って、テーブルに4枚のチラシのような紙を広げる。新しい手配書である。

 

「ああ見た。当然の帰結だ。それだけのことをやったからな俺たちは。それともう一枚のそれか。俺も気になったよ。そいつは要マークの奴だな」

 

 今朝、上空に現れたニュースクーという名の新聞配達かもめがもたらした新しい手配書。早い手回しではあるが。

 

 “黒い商人” ネルソン・ハット  1億8500万ベリー

 

 “死の外科医” トラファルガー・ロー 1億800万ベリー

 

 “花の舞娘(まいこ)” ネルソン・ジョゼフィーヌ 7400万ベリー

 

 そして気になったのは、

 

“麦わら” モンキー・D・ルフィ 3000万ベリー

 

という手配書。

 

 俺たちが賞金首になるのはまあ見えていたことだ。珀鉛(はくえん)に手を出す以上はこうなる。

 

 だが、俺たちと同時に手配されたこの男。何も考えていませんとでもいうような開けっ広げな笑顔を見せているし、手配額も3000万。とはいえ東の海(イーストブルー)でこの額はかなりの異例。

 

 そして何よりも問題なのはモンキー・Dの名。この名は海軍の英雄ガープ海軍本部中将と同じもの。

 

 血縁関係があるのか? あるとすれば無視はできない。

 

 ジョゼフィーヌにはすぐにリストアップして情報収集を命じてある。

 

「モンキー・Dの名は重い。興味を掻き立てられる奴だな」

 

 俺たちにとっては手配されたこと、その手配額よりも実はこっちの方が興味の対象であったりする。

 

「Dか……」

 

 ローは意味深に笑みを浮かべてそう呟き、焼酎を呷る。

 

 だがまた表情を戻すと、

 

「で、俺たちはどうする? 賞金首になった。ネルソン商会としての総合賞金額(トータルバウンティ)も3億6700万ベリーだ。まだ偉大なる航路に入ってもいねぇのにな」

 

そう言ってくる。

 

 俺もゆっくりとグラスを傾けながら、

 

「俺たちは不老不死につながると思われる珀鉛(はくえん)を握った。しかも当分は珀鉛(はくえん)を奴らは掘り出せない。そうやって面子を丸つぶれにされた相手は政府の闇組織“ヒガシインドガイシャ”。奴らはどうするかな?」

 

「消しに来るだろ。黙っちゃいねぇよ」

 

「その通りだ。“ヒガシインドガイシャ”のトップはおつるだ。それを退けたとなると次は……」

 

「いきなりバスターコールかもな。中将5人で皆殺しってわけじゃねぇのか」

 

「まあ可能性としてはあるな。だが、おつるを退けたんだ。中将5人では意味がないと考えるかもな。奴らが自信を持って送り出す戦力と言えば……」

 

「大将か……。青雉(あおきじ)赤犬(あかいぬ)黄猿(きざる)がやってくるってのか」

 

ふぅーっと声に出しそうになりながら、アルコールを口に入れる。

 

 そんな気にもなる。なんせ相手は海軍の最高戦力である大将様だ。だが、

 

「まあ可能性の話だがな。それでも新世界から回り込んで北の海(ノースブルー)くんだりまでやって来ることはないだろう。来るなら偉大なる航路(グランドライン)だ。それに、やって来た大将さえ退けたら奴らはどうすると思う?」

 

 ローがその言葉に何言ってんだというようにして口を開く。

 

「あんたなぁ。そんな簡単にはいかねぇぞ。相手は大将だ。わかってんのか? 仮にそう考えるとすれば、奴らは懐柔してくるだろうよ」

 

「そうだ。そこでやっと取引ってことになる。珀鉛(はくえん)でそこいらの海賊や商人やら王国と取引なんて出来ないだろうよ。物の価値をわかってないからな。取引するなら奴らが相手になるんだ。そして、大将をやり過ごさないと取引はできない」

 

 のどが渇いてきて仕方がない。再びグラスを口に持っていく。ローもそのようだ。

 

「それでどうするんだ? 入るのか? 七武海(しちぶかい)

 

「いや。そうじゃない。それでは海賊になる。略奪という厄介事を背負わされるだけだろう。俺たちが目指すのは王下四商海(おうかししょうかい)の方だ。世界でたった4つだけの合法的に闇商売を認められた存在になるんだよ」

 

 王下七武海(おうかしちぶかい)、政府に上納金を納めることで略奪行為を認められた7つの海賊。

 

 それとは別に王下四商海(おうかししょうかい)、政府に上納金を納めることで闇商売を認められた4つの商人たち。

 

 そして、海軍本部、四皇。これを持って世界四大勢力というらしい。3点均衡からしても三大勢力でいいと思われるのだが、奴らはもうひとつ加えることで世界の均衡が保たれると考えたらしい。

 

 ローも腹を括ったな。いい表情をしている。頭の回転速度が上がっているに違いない。

 

「そういうわけだからな。頼むぞ俺の右腕」

 

「わかった。だが、俺にも限度ってもんがある。俺たちには別の角度から物事を考えられる人間がもう一人は必要じゃないか? あんたには左腕も必要だ」

 

 ローの提案を考えてみる。それは確かに俺も考えるところがある。

 

 フレバンスの件でもそういう視点があればと思ったこともある。これは偉大なる航路(グランドライン)でもう一人加える必要があるかな。参謀としての肩書で……。

 

 気付けば、船員たちがアンコールの声を叫び始めている。完全に酔っぱらっているジョゼフィーヌが音頭を取っている。

 

「ロー、ご指名だぞ」

 

 船員たちの心からの叫びに答えて彼らの援護射撃をしてやる。ローはやれやれという表情をしながらも再びステージへと向かっていった。

 

 

 

 

 今晩は眠れそうもないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




賞金首になることはしょうがないですよね。
それだけのことしてるんですから。
手配額に対しては納得のいくご反論ありましたら考えさせていただきます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第11話 仕事

いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は日常編に近いかと思われます。
それではどうぞ!!


北の海(ノースブルー)” クーペンハーゲル島

 

 

 

 北の海(ノースブルー)で最南端に位置する島、クーペンハーゲル島へ上陸した俺たちは昨日の酔いも醒めやらぬままに早朝から仕事に取り掛かろうとしている。

 

 昨日のローによる独演会は素晴らしかった。

 

 元々船にピアノを置いたのは俺が弾くためだったのだが、ローの方が断然上手いので、最近は自分で弾くことはしていない。面白いものでそこにピアノがあるというだけで、上手いか下手かなど関係なく皆が何かしら弾いているのではあるが。

 

 まあそれでもローのピアノの腕はケタ違いであり、さすがは外科医というところだろうか。

 

 だが、今までのローは深海の底から聞こえてくるような哀愁を秘めたような曲調ばかりであったため、昨日の歓喜や慈しみに満ちたような曲調はとても新鮮であり心を揺さぶられるものがあった。

 

 それにしても、気持ちの良い天気だな。

 

 今朝は寒さは相変わらずであるが、雪が降っておらず晴れ渡った青空には白い雲が点々と浮かんでおり、風もほとんどない。コートは欠かせないがそれでも久しぶりに過ごしやすい気候である。

 

 俺たちは早速お尋ね者となったのでいつものように港の桟橋に停泊するわけにはいかず、人目を避けた郊外の岸辺に船を停めた。

 

 この島で船倉内の大部分を占めていた俺たちの商品、ロイヤルベルガーのウイスキーを売りさばくために街から荷馬車を借りてきて、クーペンハーゲルの中心部に入った。

 

 クーペンハーゲルは偉大なる航路(グランドライン)への入り口近くということもあってか活気に満ちており、港にはいくつもの桟橋が設けられて商船が客船が海軍船が停泊しており、そこから運河が伸びていた。

 

 建物は赤や黄色のカラフルな木造で屋根がオレンジや明るいブラウンで彩られており、街路は石畳で所々にガス燈や木立が立っており、とても可愛らしいような街並みが広がっている。

 

 今は祭りが開かれているようで、大量のビール樽を乗せた荷馬車がそちこちで留っており、人々はビール瓶やらグラス片手……いや両手にうずうずとしていた。きっとビール祭りなのだろう。何とも素晴らしい祭りではないか。

 

 

 俺たちは今、中心部の酒問屋の前にいた。大通りを少し筋に入ったところではあるが、玄関前には街路樹が立ち、朝早くも木漏れ日降り注ぐ中、パラソルの下で丸テーブルを囲んでいる。

 

 これで2軒目。成果は上々である。

 

 ロイヤルベルガーがネルソン商会の品というのは広まっている。そして俺たちは賞金首となっている。先行きに品薄感が出る。よって取り合いとなる。俺たちからしたら吹っかけ放題である。

 

 そんな俺たちが今やっているものはなぜなのかトランプのババ抜きである。いやもちろん仕事で来てはいるのだが、大部分はジョゼフィーヌが取り仕切っているのだ。何せあいつは俺たちの会計士なのだがら。

 

 仕事の流れとしては、まずジョゼフィーヌが単独で乗り込む。そして交渉次第、相手次第で追加メンバーを小電伝虫使(こでんでんむし)って召集するという流れとなる。

 

 ジョゼフィーヌの知識量は半端ではない。物を見ただけで価値をほぼ正確に推し量ることができる。相手が本当のことを言っているかどうか見抜く眼力を持っている。そこは有能なる会計士である。

 

 だが交渉となるとそれだけではうまく行かないこともある。そこで追加メンバーということになる。

 

 もちろん、ジョゼフィーヌの理路整然とした論理やたまに使っていると思われる色目であったり、まあ女の癇癪であったり、これがまたとても怖いのではあるが……、もとい、といったものでうまくいくこともある。

 

 だが、農家や食品問屋で見かける人の良い陽気なおっさんにはオーバンのあの何とも不思議な陽気な口調が合うであろうし、金に汚い小心者や若い男に目が無いマダム相手にはローの怖いくらいの無表情や笑み、整った白い顔が効いてくるであろうし、ロッコは材木商のいかついおっさんに受けが良かったり、お婆さん相手にはカールが懐に入るには打ってつけであったり、べポの真っ白でふかふかな体毛も威力を発揮することがある。

 

 待てよ……、最近俺が呼ばれた試しがないな……。

 

 俺の存在意義は何なのかなどと考えたくもなるが、ひとまずは目の前にある数枚のトランプから1枚を抜きとることに集中しなければならない。

 

 こうして俺たちは出番に備えて準備体操をしているわけである。

 

「総帥。次ですよ」

 

 カールがべポの膝に座りながらトランプをこちらに向けてくる。べポではこの小さなトランプでやるには難儀なのでべポとカールはいつもワンセットである。

 

 奴らはお互い顔を見合せながらにんまりとして早く選べと顔に表情を浮かべている。その表情を睨みながら真中の一枚を抜きとる。

 

 ババだ。ジョーカーか……。こいつらなかなかやるじゃないか。

 

 当のそいつらはやったやったと満面笑顔で喜んでやがる。そして俺が騙さなければならない相手はロー。しかもこいつの手札は残り1枚。だとすればどうなるかなんて先は見えている。

 

 もちろんローは上がり、俺のジョーカーは持ち越しである。そしてこのタイミングで小電伝虫(こでんでんむし)が鳴る。

 

「も~う、やっと着いたの~。早く上がってきて頂戴よ。ロー」

 

 演技をしているジョゼフィーヌからの呼び出し。相手は女でジョゼフィーヌ一人では手強かったのか。それとも小心者の男で利幅を最大限に高めるためにあとひと押しを加えようと思ったか。

 

「今回はローか~。ほれ、いてこましたれよ~」

 

 オーバンの激励なのか何なのかよくわからない言葉を受けてローは玄関の中に入って行った。

 

「さて、続きを始めましょうや、坊っちゃん」

 

 ロッコの奴め、俺がババを持ってるからっていい気になりやがって。

 

 こうして俺たちの準備体操は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酒問屋巡りは良好な結果となった。

 

 平均単価5万ベリーを相手にのませて2000本のロイヤルベルガーを売り捌き、占めて1億ベリー。

 

 我ながらあくどいだろうか? いやいや、ロイヤルベルガーなら1本10万ベリーでも売れるはずだ。とてもWIN-WINな取引であったはずである。

 

 ジョゼフィーヌは取引相手が泣いて喜んでいたと言っていた。泣く泣く取引に応じたの間違いではないはずだ。

 

 こうして時間は昼近くとなってはいるが最後の取引に臨まなければいけない。

 

 場所はクーペンハーゲルの外れ、とある工場に隣接された重厚な建物。レンガ造りで鍛鉄の門構え、階段を上がった先にある玄関口とそこで黒い制服を着て恭しく出迎えをする門番の姿。

 

 クーペンハーゲルは大砲製造が盛んな島でもある。そう、最後は武器の取引である。1億ベリーをそこに充てる。

 

 今回ばかりは俺が自ら出張らねばならない。従えるのはジョゼフィーヌ、そしてローの二人。俺が先頭に立ち、後ろに少し離れて二人が付き従う。

 

 正装は完璧。スーツ、タイ、シルクハット、そしてロングコート全て漆黒、ジョゼフィーヌは胸元ざっくりにミニスカート、ローは帽子がトラ柄というのを除けばだが。

 

 それぞれアタッシェケースを片手に持ちながら、門番を一瞥して中に入り、レッドカーペットが敷かれた1本道の廊下を、コートの裾はためかせながら肩で風を切るようにして進んでいき木製の内開きドアから部屋の中に入る。

 

 室内は天井よりシャンデリアが吊るされており、純白のクロスが掛けられた長テーブルが中央に据えられ、奥のガラス張り全面窓の奥にはよく手入れされた中庭で木々が揺れている。

 

 相手は口髭をたくわえ、スーツ姿だがタイは締めず胸をはだけている。

 

 さて、ショータイムの始まりだ。

 

「本日はお時間割いていただきありがとうございます」

 

 まずは軽く頬笑みを浮かべながらのあいさつを述べる。もちろん3人共に。ローにも一応練習をさせた。うまく笑えているかどうかは知らないが。

 

「おまえたちか。ネルソン商会とやらは」

 

 相手もそう口にして指を鳴らし、別室より待機させていたと思われる従者が現れ、コーヒーが供される。

 

 その余裕綽々の笑みは俺たちの下調べを怠ったか。

 

「ジョゼフィーヌ!!」

 

「はいっ! 総帥!!」

 

 俺の呼びかけに応じて、左側に坐するジョゼフィーヌは立ち上がり、テーブル上にアタッシェケースを置いて中から3枚の手配書を取り出す。

 

「こちら私共の最新の身分証明書でございます。お見知りおきを。左から1億800万、1億8500万、そして私が7400万でございます」

 

 と述べながら1枚ずつ丁寧な動作で相手の前に手配書を並べていく。それに合わせて俺たちは柔らかな頬笑みを捨て去り、無表情と冷徹な瞳に切り替えていく。

 

 相手の笑みは消えて二の句を告げることができそうにないところで、ジョゼフィーヌは畳みかけるようにして別の書類を取り出して見せ、

 

「続きましてこちらの書類をご覧ください。そちら様は海軍と独占契約を結ばれていると伺っております。そしてこちらに示されているのが海軍への納入数量、横に記されているのはそちらの工場稼働時間から算出した生産数量です。この二つの数字のかなりの開き具合、どうご説明されますか? 私共といたしましては海軍の方にこの情報を伝えた方がいいのか計りかねているのでございますが……」

 

 そう説明しながら、優しく笑みを浮かべるジョゼフィーヌ。相手はその優しさを文字通り受け取ることができないのか焦りの表情を浮かべている。違う状況なら美人のセクシーな姿形に鼻の下を伸ばしたであろうがそれどころではないらしい。

 

「お、おまえたち……、ドンキホーテファミリーを……、し、知らないのか」

 

 何とか絞り出した相手の言葉に対して、今度は右側で静観していたローがようやく腰を上げて相手の傍まで行き、肩に手をやりながら耳元でこう呟いた。

 

「おまえのような問題をやらかす奴をドフラミンゴはさっさと切ってしまうだろうぜ」

 

 よっぽどドフラミンゴが怖いんだろう。目に完全に怯えの色が表われている。

 

「お、おまえたち……、け、喧嘩を……売るつもりか」

 

 そんな最後に絞り出した相手の言葉に対して、

 

「いえいえ、とんでもない。私共はただただ、穏便に、取引させていただきたいだけですよ」

 

と再び優しい頬笑みを浮かべながら言ってやる。

 

 瞳には一切笑みを見せずに。

 

 

 交渉成立だな……。

 

 

 そうして、俺はゆっくりとした仕草でコーヒーカップに手を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
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第12話 世界をとる

いつも読んでいただきありがとうございます。
北の海はこれで最後になると思われます。
では、どうぞ!!


北の海(ノースブルー)” クーペンハーゲル島

 

 

 

 

 素晴らしい祭りだと最初は思ったんだが……。

 

 

 あんなに狂喜乱舞してビールを掛け合う祭りだとは思っていなかった。

 

 

 午前中最後の取引において大砲工場のオーナー相手に恐喝まがいの、もとい恐喝そのものの取引をまとめ上げた俺たちは、外で待機させていた船員たちに荷の輸送を命じて、クーペンハーゲルの中心部へと戻って来た。

 

 そこで目に入って来た光景は、朝の早い時間帯に見かけたビール瓶両手に祝いあう何とも素晴らしいものではなくて、目に留まればこれでもかとビールを掛け合うために手ぐすね引いて待ち受けている人々が辺り一帯をたむろし、至る所でビールのシャワーが沸き起こっているまぎれもなく戦場であった。

 

 俺たちの漆黒の正装は格好の餌食であったようで、まだ濡れていない、一点の曇りもないようなその服装に対して襲いかかってくるのは時間の問題であった。

 

 俺から言わせれば、まるで親の仇を取るような必死さがそこには感じられたし、俺たちが四方八方から受けるビールの洗礼によって彼らは雄叫びをあげて喜びを爆発させていた。

 

 俺はもちろんのことだが、ローはまるで人生最悪の日にあってしまったかのような仏頂面で、言葉を発することもできずにただただ呆然としていた。

 

 ジョゼフィーヌだけが相手以上に好戦的で、やられたらやり返すとばかりにビールシャワーを浴びつつも、浴びせてきた相手からビール瓶をひったくって反撃に出て、豪快な笑いを見せていた。

 

 俺には最近、わが妹というものがよく分からなくなってきている……。

 

 そんな襲撃にあった俺たちはほうほうの体で、中心部のホテルに宿を取り緊急避難することに何とか成功した。

 

 ホテルのフロントまでもがウェルカムビールシャワーを仕掛けてくるのではないかと若干怯えてはいたが、それは杞憂に終わり何よりであった。

 

 

 今はシャワーを浴びてすっきりとした状態で部屋にひとり佇んでいる。

 

 室内にはキングサイズのベッドに清潔なシーツが敷かれており、その寝心地が想像できるというものである。ベッドの脇には安楽椅子がローテーブルと対になるように置かれており、背丈のある観葉植物がそれを守るように配置され、2組の椅子の先にはベランダへとつながる窓があり、午後の昼下がり、暖かな陽の光が降り注いでいる。

 

 俺はベランダへとゆっくりと向かい、気持ちの良い日光を浴びながら煙草に火を点ける。

 

 ホテルは中庭を囲むようにした造りであり、対面するホテル棟と眼下には中庭の緑が見て取れる。ホテル内は外の喧騒から隔絶されて、陽気なひだまりだけがそこに存在している。

 

 

 そろそろ連絡を取る時間だな……。

 

 

 背後を振り返るとローテーブルには1匹の電伝虫(でんでんむし)と寄り添うように真っ白な盗聴防止用の白電伝虫(しろでんでんむし)がまるで昼寝をするようにまどろんでいる。

 

 随分と連絡を取っていない相手ではあるが、偉大なる航路(グランドライン)に入るに当たり、忘却の彼方から引っ張り出すようにしてあいつと言葉を交わすことにする。

 

 もちろんあいつのことは片時も忘れたことはなかったが……。

 

 

 なぜなら、あいつも俺たちネルソン商会の一員だからである。

 

 

 そんなことを思いながら、煙草の火を消して室内へと戻り、電伝虫(でんでんむし)の受話器を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カランコロン……。

 

 

 心地良い鐘の音を聞きながら俺たちは店内に入った。

 

 

 午後も18時をまわって外で食事をしようということになり、一軒のバーへと来ている。

 

 店の外からでも店内の陽気な喧騒が見て取ることができた。決して昼間のあの恐怖の喧騒とは違う種類のものである。

 

 店内はオレンジの光が少し落とされた状態で、絶妙な暗さと明るさが混在した空間であり、天井高が高く吹き抜けとなっており、奥に2階のプライベートルームがあることが分かる。

 

 天井ではシーリングファンがくるくると回転しており、中央には楕円形のカウンターが存在を誇示しその周りに丸テーブル席、壁に沿ってボックス席が並んでいる。

 

 

 俺たちは奥へと進んでいき、カウンターの前まで来ると中でグラス磨きに余念がないスキンヘッドに顎鬚を蓄えたこの店の主人と思われる人物に話しかけてみる。

 

「あんたがここのマスターかい?」

 

「ああ、そうだとも。いらっしゃい。何にするかね?」

 

 マスターはスキンヘッドながら見せる笑顔は優しげで好感が持てる表情である。

 

 そんなマスターに対し、

 

「今店内に居る客全員分。俺たちの奢りにしてやってくれ」

 

そう一言告げる。

 

「ハハハ、そうかい。随分と太っ腹な兄ちゃんだ。今日はここの兄ちゃんから皆々さんのお代を頂くことになりましたとさぁ!!!」

 

 店中に響き渡るマスターの野太い声に反応して、カウンターに腰掛ける仕事上がりと思われる労働者や丸テーブルのカップルたち、ボックス席に陣取る船乗りたちより歓喜の声が返ってくる。

 

「旦那、ありがとうございやすっ!!」

 

「ご馳走様です!!」

 

「気に入った!! ありがとうよっ!! さあ、飲むぞーっ!!!」

 

 などと一斉に店内の客たちがグラスを掲げて俺たちに感謝の乾杯を捧げてくる。

 

「ちょっと、兄さん!! 何考えてるのよ、大事な大事な、命よりも大事なお金よっ!!!!」

 

 こちらではジョゼフィーヌが見る見るうちに顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげている。

 

「これから偉大なる航路(グランドライン)に入るんだ。景気づけにいいだろう。情けは人のためならずって言うしな」

 

 ジョゼフィーヌは怖いが、どうしてもやりたかったことなのでここは強行突破だ。

 

「お金に関しては私の辞書にそんな言葉存在しないわ!!!!!」

 

 と手を上げて俺に掴みかかろうとしてくるが何とかローが盾に入ってくれている。

 

 まあ確かにどれぐらいの金額になるのか分かったものではないが、やはりこういうのはいいものだ。

 

 

 

 こうして店内奥のボックス席に入った俺たち。俺たちと言っても、夜を自由行動としたので、俺とロー、ジョゼフィーヌだけであるが。

 

 ロッコにべポ、カールはオーバンの食料買い出しに付きあって、そのまま船に戻り、オーバンの料理を味わっている事だろう。今日は何だと言っていたか? そうだ、盛大に肉を焼くと言っていた。

 

 抗いがたい誘惑性があるな肉を焼くという言葉には。

 

 そんなことを考えている間にジョゼフィーヌは俺の意向を聞くこともなくぷりぷりと怒りながらさっさと注文を済ませてしまっていた。ワインとサーモンでもあれば十分でしょなどとぶつぶつ言っている。ローは何ともやれやれといった表情を浮かべている。

 

 すぐに酒とつまみが運ばれてくる。俺には赤ワイン、ローには焼酎。そしてジョゼフィーヌはいきなりのテキーラときたもんだ。相当ご立腹らしい。

 

 目の前で乾きものを摘まみながら、テキーラグラスをぐいっと流し込んで、テーブルに叩きつけるようにして置き、お代わりと叫んでいる。

 

 おいおい、大丈夫か……。

 

 俺とローはその酔っ払いまっしぐらを横目に軽く乾杯して、サーモンに舌鼓を打つことに専念した。

 

 だが、わが妹はテキーラを流し込んで気分がよくなって来たのか、横に隣接されている小さなステージに興味を持ち始めている。

 

 やるつもりだな……。

 

「行ってくるー」

 

 そう言ってジョゼフィーヌは立ち上がり、マスターのところへ行って交渉をしてすぐに了承されたようでノリノリでステージへと上がっていく。

 

 その小さなステージには後ろにバックバンドが控えており、誰でも歌を歌えるようになっているらしい。

 

 だが、ジョゼフィーヌが披露するのは歌ではなくて、

 

 

 ステージには中央にボードが敷かれている。いつの間にかジョゼフィーヌが履いている靴はブーツからタップシューズに変わっている。

 

 音楽が始まる……。

 

 繊細なピアノの音が奏でられて、ギター音が重なっていき、紡がれていくのは静かな音楽。

 

 ジョゼフィーヌがおもむろにタップを踏み始める。それは音楽と合わさりどこか哀愁を悲哀を表現しているように思われる。ジョゼフィーヌの表情も悲しげで、手を伸ばす先の真っ白な指先がまたそれを表現しているように思われる。

 

 つま先と踵から生み出される音の数々、それはゆっくりとではあるが、確実に耳に沁みこんでくる音である。

 

 そこから徐々に音楽が変わっていく、哀愁と悲哀から今度は情熱へ、燃えたぎる何かへと変わっていく。タップを踏むリズムの間隔は狭まっていき、高速で動かされる両足は大量の軽快な音を刻む。

 

 そこで、すっと音が止まる。

 

 ジョゼフィーヌは頭にかぶるシルクハットに左手を添えて、酔いに任せた何とも妖艶な笑みを店の客たちに向けたあとに、一気にギアを上げてタップを踏みならし始める。

 

 手の動きが加わり、腰の動きが加わり、ミニスカートから延びる足がかなりの速さで音を生み出す様は美しいものである。

 

 はて、こいつはいくつになるんだったか? 俺より4つ下だから28歳か。わが妹ながらとてもいい女に見えるものである。まあ怖い妹であることに変わりはないのだが。

 

 高速で刻まれるリズムはクライマックスを迎えてもとぎれることはなく、そのままのスピードでピタッと終わりを告げた。

 

 店内に一瞬静寂が訪れる。皆固唾をのんで、目の前の光景に酔いしれていたのかもしれない。

 

 その後皆一様にして立ち上がり、店内はスタンディングオべーションとなり、盛大な拍手と指笛の数々が鳴り響いた。

 

 ジョゼフィーヌは両腕を上げてそれに応えており、何とも嬉しそうな表情である。

 

「あんたの妹はすごいな……」

 

 気付いたらローも惜しみない拍手を贈っている。

 

 

 

 俺は立ち上がってカウンターへと向かい2階のプライベートルームに移ってもいいかとマスターに訊ねて了解を得て、ローと共に2階へと移った。ジョゼフィーヌの独演はもうしばらく続くだろう。あいつはノリノリの状態だ。

 

 

 そうして俺たち二人は個室のソファに身を沈めながら、御馴染のロイヤルベルガーと焼酎で酌み交わしている。

 

「大事な話があるんだろ?」

 

「ああ、そうだ」

 

 ローからゆっくりと口をついて出た言葉にうなずく。

 

「俺たちの目標。まずは偉大なる航路(グランドライン)王下四商海(おうかししょうかい)となり、新世界でドフラミンゴを叩き潰す。そしてそのあとだ。最終的な俺の目標だ」

 

 そう言って、俺は目に力を込めてローを見据える。ローも俺から出た最後の言葉に反応してこちらをしっかりと見つめてくる。

 

「そういやぁ、しっかりと聞いたことはなかったな」

 

 俺はゆっくりとロイヤルベルガーを舌の上で転がした後で、

 

「政府の五老星(ごろうせい)だ。奴らに引導を渡してやるんだよ。それが俺にとっての世界をとるってことだ」

 

と宣言する。

 

 ローはシニカルな笑みを浮かべて、

 

「政府を潰そうってのか。革命軍じゃあるめぇし。世界をひっくり返そうとでも?」

 

そう続けるが、ローにはわかっているはずだ。俺の言いたいことは。

 

「おまえもわかってるんだろ。そういうことじゃない。革命軍は確かに世界をひっくり返そうとしている。世界各国を転覆させてな。今の世界を間違えていると、そう思っている。結構なことじゃないか。だがそういうことじゃないんだ。正しいか間違っているか、そんなことはどうだっていいことなんだ。革命なんてものは奴らが勝手にやればいいことだ」

 

 そこで一旦、言葉を切ってグラスを口に運ぶ。ローも同じ仕草をしている。

 

「俺たちは五老星(ごろうせい)に落とし前をつけに行く。奴らに思い知らせてやる必要がある。世の中おまえらの思い通りにいくわけじゃないってな。マリージョアの喉元に切り込んでいくんだ。己の全てを賭けて、牙を剥いて襲いかかるんだ。容赦なくな。奴らに引導渡して引きずりおろしてやるんだよ」

 

 自分の言葉に酔いしれてしまっている自覚はあるが、高揚感が半端無くて言葉が止めどなく溢れてくる。ローも政府には思うところがあるはずだ。現に目の前のこいつは怖い笑みへと変わってきている。

 

「ああ、わかってる。あんたが見る景色はいいもんなんだろうな」

 

 そう言って、ローはすっと瞳を閉じる。いろんなことを頭の中に描いているんだろう。

 

「それに、相当に果てなき道だ。だが、やってやれねぇこともねぇ」

 

 目を見開いた後にローはそう言ってくる。

 

 そうとも、俺たちならやってやれないことはないんだ。

 

「俺たちは考えを今まで以上に高みに持っていく必要がある。俺たちはドフラミンゴや五老星(ごろうせい)と同じように考える必要がある。チェス盤の向こうに居るのは奴らなんだ。下手な動きは確実に死を招く。動かないこともな」

 

 俺はそう言って、自分自身にも暗示をかけるように胸に刻みつけようとする。ローも同じ考えを持っていると思われる。

 

 のどの渇きがどうしようもなくて、グラスを口に運ぶ頻度が上がっている。

 

 ここからがさらなる本題だ。

 

「そこでだ。昼にジョゼフィーヌからあった話。南の海(サウスブルー)で作られた最新式の連発銃だ。それをつくっている連中が量産の話をガレーラに持ち込もうとしている。そいつらは偉大なる航路(グランドライン)に入って、サイレントフォレストに向かっているらしい」

 

「そいつらに心変わりさせようってんだろ。いいんじゃねぇか。それに……、あんたもさっきから聞こえてんだろ? こいつの話」

 

 そう言って、ローは自分の右腕に嵌めている黒電伝虫(くろでんでんむし)をこちらに向けてくる。

 

 ああ、聞こえているとも。どうやら近くでろくでもない奴らが電伝虫(でんでんむし)で会話をしているようだが、面白い内容だ。

 

「闇オークションか……。興味深い内容だな。こいつらの行き先もサイレントフォレストと」

 

 俺の呟きに対してローは目を輝かせている状態である。お前の気持ちはよくわかるよ。面白くなってきた。

 

 

「それとな。俺たちのかねてからの行き先も実はここ、サイレントフォレストだ」

 

 そう言って俺はおもむろにテーブルの上にひとつの永久指針(エターナルポース)偉大なる航路(グランドライン)における海の道しるべを置いた。

 

「おまえは俺の右腕。ようやくな、おまえに話すべき時が来た。おまえにそこで合わせたい奴がいる。俺も久しぶりに会う。俺たちにとってのマリージョアへの導きの灯となる奴さ」

 

 

 

 俺たちの道筋はようやく偉大なる航路(グランドライン)に入ろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
さて、ようやく偉大なる航路へとまいります。
誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第3章 サイレントフォレスト ~偉大なる航路~
第13話 再会、そして始動


いつも読んでいただきありがとうございます。
今回より偉大なる航路に入ります。いつもより長めです。
辻褄を合せるため1話の設定を変更しております。申し訳ありません。
あと、もしかしたらと考え、アンチ・ヘイトタグを追加させていただきます。
ご了承ください。ではどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 

 音がしない世界というものが存在する。

 

 

 鬱蒼と茂る森……、それは音の宝庫であるはずなのに、発せられるのは俺たちのものばかり。

 

 

 落ち葉を踏み荒らす音、コートが帽子が木々に触れる音、そして俺たちの息遣い、それらは確かに聞こえる。

 

 

 だが、この森自体が発する音は何ひとつとして聞こえてはこない。

 

 

 サイレントフォレスト……、静寂なる森の世界がここには広がっている。

 

 

 

 

 俺たちは北の海(ノースブルー)、クーペンハーゲル島で取引と諸々を済ませて島を後にしてきた。

 

 クーペンハーゲルでの最後の夜は大変だった。太っ腹な気まぐれをした酒場でローとの黒くも熱い話し合いを終えると、ジョゼフィーヌは完全に出来上がっていた。

 

 財布からお金を吐き出させるのは容易であったが、店から連れて帰るのは一大事であった。何せ梃子でも動かないようにカウンターに突っ伏している状態であった。相当足を踏み鳴らして、テキーラを体内に取り込んだのであろう。

 

 俺たち二人は何とかしてそのどうしようもない酔っ払いを両側から抱えて、青息吐息の状態でその夜はホテルに戻り、翌朝、腑抜けた酔っ払いのなれの果てを二人がかりで叩き起こして何とか船に戻った。

 

 

 そして、南東へと嵐吹き荒ぶ中、船を向け、導きの灯に文字通り導かれて、俺たちはこの世界を2つに分かつ唯一の大陸、赤い大陸(レッドライン)を前方に確認した。それはそれはこの世のものではないような高さで俺たちの前に立ちはだかっており、見下ろして睥睨してくる存在であった。

 

 さらに、その赤い大陸(レッドライン)に割れ目のように存在している駆けのぼる運河は、嵐によって湧き起こる強大な波の力をそのままぶつけるようにして頂きまで続いていた。そう、リヴァースマウンテンまで。

 

 俺たちはロッコの類稀なき操船の下、船員たちの必死の作業によって、その運河を難なく駆けのぼり、運びゆく海流の力によって偉大なる航路(グランドライン)へと航跡を刻みつけることに成功した。

 

 偉大なる航路(グランドライン)側に流れ下った先には、頭に何とも下手くそな麦わら帽子を被ったどくろマークを描かれた、船の100倍以上はありそうな巨大なクジラが、嬉々として出迎えてくれたし、運河の両岸に立つ灯台には頭に花を飾ったこれまた何とも奇特な爺さんがいたが、俺たちはそれらを一顧だにはせず、海図台に置いたひとつの永久指針(エターナルポース)の示す先を頼りに先へと向かった。

 

 偉大なる航路(グランドライン)、世界の中心でありこの世の権力の中枢である町マリージョア、つまりリヴァースマウンテンの裏側に位置する町から赤い大陸(レッドライン)に対して直角に世界を一周する航路。航路と言ってもその幅は数百キロに及ぶと思われ、いくつもの島が混在している。

 

 そして何よりも問題であることは海流や風に恒常性がなく羅針儀(コンパス)が物の役に立たないこと。全くの出鱈目な偉大なる航路(グランドライン)では、各島々から発せられる独特の磁場を記録指針(ログポース)に記憶させながら進むか、一つの島の磁場を記憶した永久指針(エターナルポース)を使うかしか航海する術は存在しない。

 

 さらに気象、偉大なる航路(グランドライン)に存在する島は夏島、秋島、冬島、春島の大体4つに分類され、それぞれに四季も存在するため季節は16段階に分かれる。当然そんな括りには当てはまらないとんでもない島も存在するだろう。

 

 ゆえに無知で心の弱い存在は容赦なく駆逐されていく。そんな世界が偉大なる航路(グランドライン)

 

 こうして、俺たちの船はその偉大なる航路(グランドライン)に入ったわけではあるが、リヴァースマウンテンの麓である双子岬をあとにしていきなり、容赦なく洗礼を受けた。おまえたちにこの海を渡る資格があるのかと問われてでもいるかのように。

 

 雪も凍る氷点下の嵐に見舞われたかと思えば、何とも心地良い春風が運ばれてきたり、炎天下のうだるような暑さに遭遇したり、はたまた大粒の雨と強風による嵐にぶち当たったり。

 

 俺たちは艱難辛苦をただひたすらに乗り越えて、永久指針(エターナルポース)が指し示す秋島、サイレントフォレストへとやって来たのだ。

 

 

 

 そして今現在、森の中を移動している。そばを歩くのはローのみ。なぜならこれはただの散歩にすぎないからである。あくまでも散歩。

 

 森の木々は赤、黄、茶色と色鮮やかに紅葉しているが、高さが優に10mを超えるためその美しさを間近で感じ取ることはできないでいる。差し込む光はなく、辺りを澄みきった空気が漂い、落ち葉の香り、土の香り、木々が発する呼吸が感じられる。

 

 決して、音はしないが。

 

 そう動物がいないのだ。今の今まで全く遭遇しない、獣一匹、虫一匹見当たらない。足跡も存在しない。鳥のさえずりさえ聞こえてこない。この森の生態系は一体どうなっているのか何とも疑わしいのだが、森は現実として存在している。何とも不思議に満ちた空間である。

 

 その不思議加減に圧倒されて俺たちは終始無言であったのだが、

 

「あんたの幼馴染だと言ったな。これから会いに行くのは」

 

 ローが右横で下草を踏み分けながら聞いてくる。

 

「ああ、そうだ。俺のもう一人の幼馴染。会うのは20年ぶりと言っていい」

 

 前方を見据えながら懐かしい気配を探しながら俺もそう答える。

 

「そうか」

 

 そう言ってローはそれ以上深くは突っ込んではこない。

 

「それにしてもフォレストなんてよく名付けたもんだな。俺たちは明らかに登っている。フォレストではなくてマウンテンに改名するべきだな」

 

 少しばかり愚痴を口にしてみる。

 

 そう言いたくもなる状況なのだ。ここは何とも山並みであり俺たちは今勾配を確かに上がっていた。

 

「森じゃねぇか」

 

 ローからの返事はこの一言で終わる。こいつはこういう奴だった。こいつに意見を求めた俺がバカだったな。

 

「ところでロー、珀鉛(はくえん)の不老不死の話、本当のところどう思う?」

 

 俺は話を変えて、気になっていたことをローに聞いてみる。

 

「何とも言えねぇな。俺のオペオペの能力には最上の業として人に永遠の命を与える不老手術があるが……、不死まではできねぇ。だが何かあるな。不老か不死につながるものが。珀鉛(はくえん)の鉱石そのものだけではどうしようもねぇだろうからあれを加工してんだろ。大量の鉱石から加工して取り出せるのは少量なのかもしれねぇ。そして、そいつを使って研究をしてるんじゃねぇか。政府にはベガパンクがいる……」

 

 ローが自分なりに考えていたであろうことを口にする。思うところは大体同じだが、そうだな奴らにはベガパンクがいた。

 

 それにローの能力。俺たちは悪魔の実に関しても独自に調査している。悪魔の実図鑑を手に入れ、それぞれの悪魔の実の能力がどういった特徴を持ち、どこまで応用が利くものなのかを考察している。

 

 ローのオペオペの実は非常に考察し甲斐があるもので、応用の幅も広かった。俺たちはローの能力は悪魔の実の中でも最上位の階層に分類されると結論付けている。

 

 俺のゴルゴルの実の力はどうだろうか? 黄金を無限に体内から生み出せるのであれば、素晴らしいと考えていたが、己の体を黄金にできるだけで生み出すことはできなかった。体内から取り出しても一定の時間を経てそれは消えていくのだ。

 

 

 そんなことを考えているうちに前方に気配を感じるようになる。ローも感じているようで目で合図を送ってくる。木々の先に一つの気配が確かに存在する。その気配を目指して俺たちは先を急ぐ。勾配の頂きが近いように思われる。

 

 そして、ぽっかりと木々が消えて少し明るくなっている場所が確認できる。

 

 さらにその奥には1本の木が目立つように存在し、それを包み込むようにして螺旋状に階段が設けられており、上方には、

 

 

 ツリーハウス……。

 

 

 こじんまりとした小さな三角屋根の小屋と奥にはテラスらしきものが見えた。気配はそこから感じられる。

 

 

 あいつめ、お待ちかねだな。

 

 

 

 

 この再会を生み出したはじまりは20年以上前、1冊の本に出てきた言葉が壮大な計画のとっかかりとなった。

 

 スリーパー

 

 諜報の世界の言葉で対象機関に潜入し指令により目覚め、活動を開始する工作員の事を言う。

 

 この言葉がずっと残っていたのだろう。父が死んだと聞かされたあと呆然としながらもすぐに商売を始める計画を、奴らにほえ面をかかせてやることを、そのために誰かを潜入させることを決めた。

 

 誰かとは幼馴染のあいつしかいなかった。こんなことはあいつにしか出来ないであろうし、最も信頼することができたからだ。

 

 俺はあいつに全てを話した。

 

 これからの計画、野望、そのためにおまえにどうしても潜入してほしいと。あいつは二つ返事で笑って了承してくれた。

 

 そこからはじまった。

 

 あいつの死を偽装して死んだことにし、名前を変えてあいつは旅立っていた。

 

 マリンフォードへ……。

 

 

 

 木製の螺旋階段をひとつひとつ上がっていく。ローもあとをついて来る。上がっていくにつれて視界が開けていくのがわかる。良い場所に建てたもんだ。

 

 階段を上がりきり、右手に小屋を見ながら細い廊下を渡ると一気に視界が開けて、こじんまりとしたテラスになっておりウッドチェアーに座りながらあいつが出迎えてくれた。

 

 

 20年の歳月を越えて再会するのは、海軍本部大佐“黒檻のヒナ”、海軍へと潜入させている俺たちネルソン商会の一員である。

 

 

 ヒナは薄いピンク色のストレートな髪を左右に垂らし、煙草を咥えて紫煙をくゆらせながら不敵な笑みを浮かべていた。服装は正義のコートではなく、漆黒のコートにパンツスーツ、革手袋を嵌めて、しっかりとシルクハットを被っている。

 

「久しぶりね、ハット。まだあの頃の面影が残ってる。感慨深いわ、ヒナ感激」

 

 ヒナはそう言って立ち上がりこちらへやって来る。懐かしい声だ。

 

「ああ、久しぶりだな。おまえも元気そうで何よりだ」

 

 そう言って軽く抱擁を交わすと、

 

「あなたね。ハットの右腕君。聞いてるかもしれないけど、わたくしがヒナよ、よろしく。ハットの幼馴染で今は海軍本部大佐として潜入してる。あなた……、随分と頭がキレそうね、良かったわ、ヒナ満足」

 

と、ヒナは笑顔を見せながら、少し下がって控えているローに興味を向ける。

 

「トラファルガー・ローだ。お前の事だろうから十分知っているだろうが。そして、お前の言うとおり相当にキレる奴さ」

 

 そう言って俺もローを紹介してやる。

 

「よろしく。……ヒナさん……」

 

 ローは多くを語らずに一言挨拶を述べる。

 

「どうぞ、座って。コーヒーを用意するわ」

 

 ヒナはローの挨拶に笑顔になりながらそう言って、煙草を咥えたまま小屋へと入っていった。

 

 

 テラスには綺麗に正三角形の形をしているウッドテーブルに3脚のウッドチェアー、テラスの先には見晴るかすサイレントフォレスト、色付く大絨毯が辺り一面に広がりその向こうに海が広がる壮大な景色が目に飛び込んでくる。吹きつけてくる風が実に心地良い。

 

 俺たちは椅子に腰かけ、

 

「あまり驚いてはいないようだな」

 

「あんたがやること為すことにはもういちいち驚きゃしねぇよ」

 

とやりとりを交わしながら、眼下の壮大な景色に目を奪われていると、盆に3つのカップを載せてヒナが小屋の中から出てきた。

 

「いいところだな」

 

 そうこの場所の賛辞を贈ってやる。ローも無表情だがうなずいている。

 

「一人になりたくなった時にここへ来るのよ。わたくしだけの場所。素敵でしょ?」

 

 ヒナがまた笑顔になってコーヒーカップをどうぞと置いてくれる。俺も煙草を口に咥え火を点けようとすると、ライターの炎が近くでゆらめき、火を点けてくれるヒナ。

 

「ありがとう」

 

「構わないわ。でも、あなたもやるのね煙草。この景色を見たらすいたくなってくる。わかるわ、ヒナ共感」

 

 こうして二人、紫煙をくゆらせながら、何とか我慢してコーヒーを飲んでいるように見受けられる残り一人を加えて話を進めていく。

 

 

「もう立派に賞金首ね二人とも。情報は入ってるわ。バジル・ホーキンスを返り討ちにして、フレバンスではおつるさんを退けて珀鉛(はくえん)を奪った」

 

 コーヒーを口にしたあと紫煙を吐いてヒナがそう言ってくる。フレバンスか、そうだ、あの闇組織の事を聞いておかないとな。

 

「おつるは“ヒガシインドガイシャ”の特務総督らしいな? 一体奴らどういう組織なんだ?」

 

「確かにおつるさんは特務総督よ。“ヒガシインドガイシャ”はね、ここ2、3年で作られた組織なの。革命軍の攻勢が強まってきているから政府の上層部も焦っている。そこで、世界各地に直轄地を設けようとしているのよ。表向きはね……」

 

「表向き……?」

 

 ヒナの説明が核心に触れ始め、ローが思わず聞き返している。

 

「フフフっ、いい反応ね、嬉しいわ、ヒナ歓喜。そう、本当のところは有用な資源に用があるだけ。上手いこと手懐けて資源を掘り出せれば、あとはどうなろうと構わないっていうわけ。そして今、組織が精を出しているのが珀鉛(はくえん)海楼石(かいろうせき)よ」

 

 と、ヒナは頬笑みながら手袋越しに持つ煙草でローを指し、続きを説明している。

 

 そういうことか。俺たちが思い描いていたことと少し違うが大した問題ではない。それよりも海楼石(かいろうせき)か……、いい情報だ。

 

「興味を持ったみたいね。本当に良い目をするのね、あなたの右腕君は」

 

 そうとも。ローはうっすらと笑みを浮かべつつ目が輝いて見える。悪いこと考えてる顔だな。

 

「でもわたくし、手配書の金額だけは不満よ、ヒナ不満。覇気を使えるなら、もう少し上でも良かったはず。四商海(ししょうかい)入りを狙ってるんでしょ?」

 

 そう言って話を変え、ヒナが今度は不満げに顔をゆがめている。

 

「そのつもりだが、おまえも覇気を使えるのか?」

 

 素朴な疑問をヒナにぶつけてみる。

 

「ええ、でも普段は使わないわ。能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ……。政府の上層部は狐だらけよ。事は慎重に運ばなくてはならない。目立つわけにはいかないのよ」

 

 そう言って、ふーっと盛大に煙草を吹かす。

 

四商海(ししょうかい)に入るつもりがあるなら、とっておきの情報があるわ。……バロックワークス、アラバスタ王国、その国の王女、そして麦わらの一味」

 

 バロックワークス、こいつらは確か四商海(ししょうかい)の一角。アラバスタ王国は今流行りの反乱真っ最中の国。

 

 それと、王女と麦わらの一味?

 

 何だと言うんだとヒナに対して目で先を促す。

 

「バロックワークスは言わずと知れた王下四商海(おうかししょうかい)の一角。この組織のトップはMr.0(ミスターゼロ)と呼ばれる男。でも彼は王下七武海(おうかしちぶかい)のサー・クロコダイルでもある。政府は全く気付いてないけどね。とんだお笑い草でしょ、ヒナ笑止。そのクロコダイルはアラバスタ王国の乗っ取りを狙ってる。そして王国の王女はなぜか麦わらの一味と共にアラバスタへと向かっているわ。ということは?」

 

 ヒナはそう言ってまた少し微笑みながらローの方を見てゆっくりとコーヒーに口を付ける。

 

「クロコダイルがアラバスタの反乱を演出してやがって、王女は麦わらの一味と共にクロコダイルを潰すことを考えてる。そうなれば俺たちが手を下さずとも四商海(ししょうかい)だけでなく七武海(しちぶかい)の椅子まで空くってわけか」

 

 ローの答えにヒナはよくできましたとばかりに頬笑み、

 

「そういうこと。ハット、あなたもこの名前には注目した筈よ。モンキー・D……、間違いなく彼はガープ中将の孫に当たる。彼がクロコダイルを倒せる可能性は高い。それに、クロコダイルはダンスパウダーに手を出しているわ」

 

そう言ってのける。

 

 ヒナが言うことはもっともだ。モンキー・Dの名でガープの孫、器からしてクロコダイルの比ではない、まだルーキーだが可能性は高そうだ。だが確証もない。ここは一度様子を見に行く必要があるかもしれない。ダンスパウダーも気になるしな。

 

 まあ何にせよ面白いじゃないか。実に面白い情報だ。四商海(ししょうかい)の椅子が空き、珀鉛(はくえん)とダンスパウダーがあれば……。

 

「満足そうなところ、さらにもうひとつ。今夜この島で行われる闇オークションも主催はバロックワークスよ。多分クロコダイルは現れないでしょうけど、悪魔の実が出品されるという話よ、フフフ、どう?」

 

 ヒナは最後にもうひとつ爆弾を用意していたみたいだ。ローも笑みを隠しきれないでいる状態のようで、あれは絶賛高速回転中だな。だが、ローはすぐに無表情に戻して、

 

「実は俺も爆弾を抱えていた。ここで話しておいた方がいい」

 

と、爆弾に爆弾を重ねてくる。

 

 何だと? 俺もヒナも若干不意を突かれて噎せそうになる。

 

「ドフラミンゴも海軍に一人潜入させている。名はヴェルゴ。コラさんの前の先代コラソンだ。あんたには黙っていて悪かった。だが諸々おあいこだろ、これで」

 

 そうローは言ってのけやがる。

 

 こいつ、ずっと黙ってやがったか。だがおいおい、だとするとさらに面白い状況になってくるぞ。

 

「ヴェルゴ……、聞いたことがある名前ね……。確か新世界、G-5支部に今はいるはず」

 

 ヒナが思いだすようにして言葉を口にした後、俺の方を見てくる。

 

「泳がせておけ。奴らがどういう風に動くのか監視するんだ」

 

「賛成よ、ヒナ賛成」

 

 ヒナがわが意を得たりとそう言ってくる。

 

「そのヴェルゴの素性を明かして突き出すのが、ドフラミンゴへの宣戦布告の合図だ」

 

 ローが俺の考えに同意のうなずきを返してくる。

 

「了解よ、ヒナ了解」

 

 そう言って、ヒナは最後にコーヒーカップに手をやったあと、

 

「そんなところね。ではこれが、今までのわたくしが知りえた詳しい報告よ」

 

と言いながら俺の前にアタッシェケースを二つ見せてくる。

 

 中にパンパンに報告書が詰まってることが想像できる。まさに宝の宝庫だな。

 

「ありがとう。良くやってくれたな。では俺からもだ」

 

 ヒナに感謝の言葉を贈りつつ、俺はコートの懐から3つ折りにした2枚の紙とテーブルの下から小ぶりの茶色いボストンバッグをヒナに見せた。

 

「おまえの雇用契約書だ。おまえも俺たちネルソン商会の一員だからな。契約書を作ったのはジョゼフィーヌではなくて俺自身だが、多分大丈夫だろう。そして、こっちは20年分のおまえへの給金……、と考えていたが、この前の電伝虫越しに気付いてな、中身は全部煙草だ」

 

 こいつには感謝しかない。この気持が上手く伝わればいいが。

 

「まあ、ハットにしては嬉しい心遣いね。心が動かされるわ、ヒナ感動」

 

 どうやら伝わったようで、ヒナは契約書をすぐに一瞥してサインを済ませ俺に1枚をよこしてくる。

 

「ジョゼフィーヌの契約書好きは変わってないのね。……ほんまに、えらいこっちゃ~……って、オーバンは相変わらず?」

 

 そう呟いて、一瞬ヒナは遠くを見つめるような表情をする。

 

「どいつもこいつも相変わらずだ。おまえのオーバンの口調、本当そっくりだよ。……ヒナ、おまえ大丈夫か?」

 

 だが、俺のこの言葉を聞くと、すぐにキッと睨みつけたあとに両手を広げて、

 

「ハット、あなたに心配されるようになったら世も末だわ。ヒナ不覚」

 

と言って、首を横に振り少し笑みを浮かべた。

 

「頼んだぜ。俺たちの命運をおまえは握ってる」

 

「その通りだ」

 

 俺たち二人の言葉にヒナは了承のうなずきを返しながら立ち上がり、

 

「わたくしは、暫くしたら異動になるわ。行き先は情報部・監察。場所はマリージョア。昇格もする。そうなれば単独行動が容易になるから電伝虫での連絡もできるし、密かに落ち合うこともできる。でも、もう暫くはアラバスタ近海にいるわ」

 

「そうか、マリージョアか。奴らにまた一歩近づけるな……。……わかった、またおって連絡する」

 

そう言いながら俺も立ち上がり、軽く抱擁する。

 

「ロー君、ハットを助けてやって」

 

「……了解した」

 

 ローもそう言って、ヒナと抱擁を交わす。

 

「またね」

 

 ヒナの最後の言葉を聞いて、俺たちは受け取ったアタッシェケースを手にして、世にも美しいテラスの景色を見納めにしてツリーハウスを後にした。

 

 ジョゼフィーヌやオーバンにはヒナのことは何ひとつとして言っていない。最重要の機密事項だからだ。信頼していないわけではない。だが、情報はほんの些細なことから漏れる。知っている人間は必要最小限であるべきである。

 

 俺はあいつらに殺されるな、今日の事を知ったら……。

 

 墓場まで持っていかねばならないことだ。

 

 螺旋階段を下り行くと、そこに広がるのは再びの静寂な空間であった。

 

 

 

 とはいえ、俺たちの戦いはようやく本格始動である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
またもやいろいろと詰め込みすぎたかもしれません。
申し訳ありません。

誤字脱字、ご感想、ご指摘、よろしければどうぞ!!


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第14話 蠢き、そして奥底に熱気を孕んだ静寂

いつも読んでいただきありがとうございます。
お待たせいたしまして、申し訳ありません。
ではどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 宵闇が辺りを包み込もうかとする時間。俺たちはヒナとの秘密のランデブーを終えて、サイレントフォレストの沿岸部に戻っていた。

 

 “偉大なる航路(グランドライン)に入ってまもなくの島、サイレントフォレスト。鬱蒼と森が佇む中、不思議と音のしない世界が広がる神秘に満ちた島。

 

 俺たちは船を港の桟橋に横付けして、堂々と停泊した。島の外観、確認できる人間から判断して島の住人らしきものが存在しないように思えたからだ。ここに集っているのは闇に住む住人のみ、そのように見受けられた。ヒナの言葉でそれは裏付けられた。

 

 今夜の闇オークションの主催はバロックワークス……。

 

 多分にこの島自体、バロックワークスの息が掛かっているのだろう。ただ開発しているのが沿岸部だけなので、あいつは島奥にプライベートな空間を密かにつくることができたに違いない。

 

 一旦船に戻り、ヒナより受け取ったアタッシェケースの中を検めると、膨大な数のファイルが入っており、その中には大量の報告書が綴じられていた。そして、ひとつだけ赤色のファイルが存在していた。

 

 全く仕事が出来る奴めと思ったものだ。緊急かつ重要なファイルと言う意味だと解釈した通り、中身はバロックワークス、アラバスタ王国、麦わらの一味に関することであった。

 

 ひとまずバロックワークスに関しては概要を頭に入れておく必要があると考えて、その項目に目を通してきた。

 

 バロックワークス、王下四商海(おうかししょうかい)の一角を占める闇組織。

 

 社長であるMr.0(ミスターゼロ)を頂点として副社長のミス・オールサンデーを含むオフィサーエージェント、フロンティアエージェントと階層を成し、偉大なる航路(グランドライン)前半においておおっぴらに闇商売を行っているという。だが実際それは隠れ蓑で、本当の狙いはアラバスタ王国の乗っ取りにあるという。

 

 ここがひとつ腑に落ちない点ではある。Mr.0(ミスターゼロ)王下七武海(おうかしちぶかい)のクロコダイル。つまりは海賊。

 

 海賊がひとつの国を乗っ取って一体何のメリットがあるというのか? ただし、副社長のミス・オールサンデーがあのニコ・ロビンであるということも報告書には追記されており、この点を持ってヒナは世界を揺るがす事態に発展する可能性があると、己の見解を示していた。

 

 ニコ・ロビン、わずか8歳で7900万の懸賞金を掛けられた女。今は滅亡したオハラの生き残り。確かにきな臭いものを感じることができる。だが乗っ取りの詳細、その背後にあるものまではヒナでも掴めていないようである。

 

 まあおいおいわかることだろう。偉大なる航路(グランドライン)に入って早々、いろんなことがこのサイレントフォレストに集まってきているのだ。今は間近に迫ることに考えを向けなければならない。2つの取引と闇オークションに。

 

 取引のひとつはクーペンハーゲルで手に入れた最新式キャロネード砲をここで売り捌くこと。

 

 もうひとつは南の海(サウスブルー)からやって来るという武器製造者と話をつけること。

 

 何やら最新式の連発銃を引っ提げて偉大なる航路(グランドライン)に入ってきており、その量産でウォータセブンのガレーラカンパニーに話を持ちかけるつもりらしい。それを何とか心変わりさせて俺たちでやるのが狙いだ。

 

 そして闇オークションに出ると思われる悪魔の実。これに関してはローとも話をした。オークションをやって旨味を持っていくのは主催者側だと。俺たちがオークションで悪魔の実を手に入れても旨味はほとんどないのではないかと。

 

 つまりは奪った方が良くないかと言うわけだろう。確かにその方が元手がかからない分旨味は大きい。

 

 だが今回はオークションに参加する形をとる。いずれは俺たちが主催者側にまわるつもりでいるので、いい勉強になるであろうし。それに悪魔の実の価値を正確に測るのは難しいので、バロックワークスやオークション参加者がその価値を正しく測っているかどうかは疑問符が付くからだ。何にせよどういった悪魔の実であるか? それが重要ではあるのだが。

 

 

 俺は暫くの思考の淵から甦り、目の前の情景に意識を向ける。

 

 巨大すぎる大木が遠くにデンと聳えており、伸びる枝が上の方でとぐろを巻いている。その上にはまるでサーカス場のような真っ白なテントが張られていて中央に入り口が存在し、中の照明がテントをおぼろげなオレンジ色に染めている。

 

 そして、そこからクモの巣の糸のように縦横無尽に伸びているロープと丸太でつくられた吊り橋の数々。その先にあるのは高い木々の上方に据えられた無数のツリーハウス。

 

 つまりは中央のテントを囲むようにして無数のツリーハウスが存在し、それを吊り橋が繋いでいる。その情景はテントの一際妖しげでおぼろげなオレンジの光と、吊り橋とツリーハウスのランタンの光、それに照らし出される木々の色づく葉によって、何とも神秘的、幻想的でありながら闇に蠢くものを思わせる妖しさをも感じさせる。

 

 中央のテントがオークション会場。無数のツリーハウスは控えの間であったり、酒場であったり、ホテルであったり。何にせよ取引には申し分ない環境の様である。

 

「じゃあ、私たちは40番を予約してあるから。そこに大砲の取引相手を呼ぶわ」

 

 前を歩くジョゼフィーヌが振り返っての声。40番のツリーハウスを俺たちの控えの間兼ホテルとして取っていたので、そこに取引相手を呼んで、大砲を売り捌くことになっている。ジョゼフィーヌの横にはオーバンがおり、暢気な表情ながらも妹の話を聞いている。今回はあらかじめオーバンの同席を決めている。どうやら相手はかなり気さくな奴らしいな。

 

「先に行ってるぞ」

 

 右を歩くローの声。こいつは先にオークション会場に入り、様子を見ながら準備を済ませる。供にはべポとカールの姿。カールは小脇にメモ用紙を抱えており、オークションの様子を膨大なメモにすることに余念がなく、べポはべポで何をしたらいいかとローに問いかけながらも、さあな、の一言で済まされている。

 

 オークションは大砲の取引を睨みながらのものとなる。この取引でどれだけベリーを引き出せるかどうかが勝負だ。

 

「では坊っちゃん。わっしらは14番でやす」

 

 後ろに控えるロッコの声。最近こいつの俺に対する呼び名はもうこれでいいんだと半ばあきらめの境地にあったりする。俺たち二人は14番のツリーハウスで南の海(サウスブルー)の連中に会う。そのあとオークション会場に向かう予定である。

 

 

 さて、何が俺たちを待ち受けているか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吊り橋のクモの巣を右へ左へと移動し、いくつものツリーハウスを右手左手に見ながらようやく14番のツリーハウスに行きあたった。そのツリーハウスは丸い球状の小屋が枝々に螺旋の様に存在し、一番上は球小屋で三角形をつくるように並べられた独特の形となっていた。

 

 その一番上の不思議な連結小屋に俺たちは通されている。中に入ると3つの球小屋は中で繋がっており奥にひとりの男が座っている。立派な口髭をたくわえ、頭にはベレー帽を被り、でっぷりと太って恰幅が良い。男の前には台形のテーブルが置かれており、丁度こちら側に二つの椅子がある。

 

「あんたが南の海(サウスブルー)から来たというブロウニーか?」

 

「いかにも。おまえさんがネルソン・ハット。黒い商人だな」

 

「ああそうだ。こいつはロッコだ。同席させてもらう。……、今回は時間をつくってくれて感謝している」

 

 ひとまずは自己紹介を行って、おれたちは椅子を勧められて着席し、飲み物を聞かれて礼を述べると外から階段を上がる音がしてすぐさまにコーヒーが給仕される。

 

 それに口を付けながら前方に視線をやると、ブロウニーの後ろに球小屋をくりぬいてつくられた窓が見え、外は闇に包まれた中で別のツリーハウスとそこへ続く吊り橋がランタンの光で浮かび上がっている。

 

「早速だが本題に入らせていただこうか。あまり時間もないのでね。話があるということだが」

 

 目の前でブロウニーはコーヒーを啜り、話を切り出してくる。。奴は俺の右側、ロッコの方を、俺たちがこの小屋に入った瞬間から気にしている。

 

 幸先がいいな。もしかしたら狙いどおりかもしれない。

 

「ああ。あんたは南の海(サウスブルー)じゃ有名な天才的銃器設計者らしいな。いろいろと調べさせてもらったよ。で、新たな連発銃を開発し、その量産をガレーラに持ち込もうとしている」

 

 そこで一旦区切り、間違いないかと言うように相手を見つめてみる。ブロウニーは頷きながら先を促すようにしている。またロッコの方を見ているな。

 

 予想は確信に変わりつつある。

 

「あんたがつくった連発銃がどんな代物なのかは知らないが、天才的銃器設計者なら相当の物なんだろう。だが単独では商売につながっていかない。そこで協力者をと考えて偉大なる航路(グランドライン)ウォーターセブンのガレーラカンパニーに話を持っていこうとする。だがあんた、ガレーラとは面識が?」

 

「面識はない。だが、わしが作ったものに興味を示すだろうという自信はある」

 

 ブロウニーはしっかりと俺の方を見据えてそう言ってくる。余程の自信作なんだろうな。そして、またこいつはロッコの方に目をやる。

 

「大した自信だな。俺自身も実は銃器を普段扱っている人間でね、あんたのつくった連発銃に興味を持っているが。まあそれはいい。で、ガレーラが王下四商海(おうかししょうかい)っていうのは知っているのか?」

 

「……、何だそれは? 造船会社だろ?」

 

 なるほど、こいつはあまりこの海についての予備知識を持たずにやって来てしまったらしい。

 

 よし、いける。

 

「確かに造船会社だが……。船造ってるから、銃もつくるだろうとか考えてやって来たのか? まったく……、教えてやるよ。王下四商海(おうかししょうかい)っていうのは政府から闇商売を合法として認められた商人たちのことだ。その商人がこの海には4つ存在するのさ。ガレーラカンパニーはそのひとつだ。だから海賊相手でも平気で仕事を請け負えるんだ。もちろん武器も製造販売してるだろう。だが、奴らは相手を選ぶぞ。ガレーラのトップは一筋縄ではいかない男だ。己の価値観に合致しなければ話には乗らない。利だけで動く男じゃないんだ」

 

 俺の言葉にブロウニーは動揺を見せている。本当に何も知らなかったんだな。銃器バカなのか……。

 

 ますますもって狙い通りだ。

 

「どうすれば……、どうすればいいんだ?」

 

 何とか言葉を絞り出したブロウニーに対し俺は内心ほくそ笑んでいた。付け居る隙がありありだ。

 

「あんたもこの海で一旗揚げるつもりでやって来たんだろう? 俺たちも同じさ。だから俺たちと組めばいい。俺たちがあんたが生み出す、作りだすものを使ってこの海を席巻させてやるよ」

 

 勧誘の言葉を掛けながらも、どうしてもロッコに目がいってしまう奴に対し、

 

「ところで、さっきからこいつが気になってしょうがないようだが、ロッコがどうかしたか?」

 

と、多少は芝居がかりながら、内心、白々しいなと思いながらも聞いてみる。

 

 すると、意を決したようにしたブロウニーは、

 

「あなた様はもしかして、アレムケル・ロッコではないですか?あの……伝説の船乗りの……」

 

と呟き、ロッコをしっかりと見据えている。

 

 まるでYESと言ってくれという願いがこもったかのような表情である。

 

「……伝説の船乗りかどうかは知りやせんが、わっしは確かにアレムケル・ロッコと申しやす。かつても偉大なる航路(グランドライン)を航海してやした」

 

 ロッコの何とも含蓄に溢れる言葉を聞いて、ブロウニーは目を輝かせて感激に打ち震えているように見受けられる。ロッコの名声が南の海(サウスブルー)で轟き渡っているという話はどうやら本当らしい。

 

 こいつの船乗りとしての経験がこんなところで活きてくるとはな。予想通りに事が運ぶ展開となって、俺は小躍りしそうな心持ちである。

 

「わしは昔から航海に憧れていたんです。あなた様はわしにとって英雄(ヒーロー)と言っていい。幾多の困難を乗り越えて、数々の航海を成し遂げた伝説の船乗り……。もう感激です。わしはあなた様と仕事をさせていただきたいです」

 

 ブロウニーは感激のあまり涙を流さん勢いでありながらも、俺の方に向き直ると、

 

「黒い商人、おまえさんの話に乗ることにする」

 

そう言ってブロウニーは右手を差し出してくる。

 

 俺も右手を差し出して握手を交わす。取引成立。

 

 俺たちのビジネスは次の段階に進むのだ。

 

 商人とは右から左に物を動かして利を得るもの。それは間違っていない。だがそれだけでは早晩行き詰るし頭打ちとなる。物を自ら生み出してこそ次のステージへと進むことができる。それが北の海(ノースブルー)ではベルガーのウイスキー『ロイヤルベルガー』であった。

 

 偉大なる航路(グランドライン)では手始めに武器だ。俺たちはひとまず武器商人になる。

 

「良かったよ、受けてくれて。そういえば、まだ物を見せてもらってないな。ここに持ってきているのか? 最新の連発銃は」

 

 その問いかけに対してブロウニーは頷きを返したあと、大声で、おい、と下で控える従者を呼び木箱をテーブルに置かせた。そして、おもむろにその蓋を開けると、中から現れたのは銃身が長めで、真中に回転しそうな部位が嵌めこまれている銃。黒光りする色みに、俺は早くも心を奪われつつある。

 

 

「フリントロック式44口径6連発リボルバーだ。ここまで連射が可能なものを作るのは骨を折ったが、間違いなく自信作だ」

 

 ブロウニーのその言葉を受けて思わず俺はグリップに手を掛けている。己がこの初めて見る獲物に興奮していることが分かる。

 

「持ってきてるのはこいつだけか? もし良ければなんだが、こいつを使わせてもらえないだろうか?」

 

 興奮のあまりに俺の口からそう言葉がついて出てくる。

 

「ああ、構わんよ。これからパートナーとなるわけだからな。こいつを理解もしてほしい」

 

 そうブロウニーは笑顔で了承をしてくれる。

 

「ありがとう。俺たちはこれから先、いくつか仕事がある。それを終えた暁には新しい立場に立っているはずだ。あんたも船を持ってるんだろうから、後ほど合流しよう。合流先はこの先の海、ジャヤだ。そこで俺たちを待っていてくれ。物騒な島らしいから気をつけてな」

 

 ブロウニーに今後の予定を伝えながらも俺はその新しい獲物を握る。きっと今の俺は至極満面の笑みを浮かべている事だろう。

 

 

 俺たちの道筋がまた1歩前進したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 14番のツリーハウスで非常に有意義な時間を過ごした俺たち二人は新たにパートナーシップを結んだブロウニーと仮契約書に速やかにサインをしてそこを後にした。本契約書は改めてジョゼフィーヌと練り直す必要がある。契約書のプロの力が必要である。

 

 俺はロッコと別れ、再び吊り橋の上を進みながら、オークション会場に向かっている。あいつは船に戻っていることだろう。大砲の移送準備に取り掛かる必要があるからだ。まだ取引終了の連絡は来ていないが、準備はしておく必要がある。

 

 さてさて、首尾はどうだろうか?

 

 先程、小電伝虫を使ってローに連絡を入れ、こっちはうまくいったこと、これからオークション会場に向かうことを伝えた。

 

 もうあたりは完全に闇に包まれているが、至る所でぼうっと光るランタンの光が美しくも妖しげな空間を一帯に生み出している。目前にはオークション会場が近付いており、その場所に吸い寄せられるようにして同業者なのかはたまた海賊なのか得体のしれない奴らなのかはわからないが人々が集まってきている。

 

 ゆっくりと煙草に火を点けて、肺に香りを、悪いものをたっぷりと取り込もうとする。闇オークションなんてものに参加するには己の中にたっぷりと悪いものが必要になるだろうから。

 

 妖しげにオレンジ色に染まる巨大なテントは喧騒とは少し違って、どこかしら緊張感を伴った熱気に包まれている気がする。奥底に熱気を孕んだ静寂とでも言おうか。

 

 その静寂の中に足を踏み入れようと入り口に差し掛かり……、

 

「ネルソン商会総帥……、“黒い商人”ネルソン・ハット……、出身は北の海(ノースブルー)ベルガー島、今は何もない島。そして賞金首、額は1億8500万……」

 

忍び寄るような声が左横から聞こえてくる。

 

 煙草を銜え紫煙に包みこまれながらゆっくりとそちらへ視線を送ってみる。

 

 黒髪をオールバックにし、メガネを掛け、ジャケットに特徴的な模様が入りながらもダークスーツに身を包んだ姿は俺たちとさほど変わりはしない男。だがその男は右手の掌を使いながらメガネをくいっと上げる実に特徴的な仕草を見せている。

 

 俺にはあずかり知らない相手であり、何も答えるつもりはないがその男は俺を無表情で見つめながら、

 

「狙いは今回出品される悪魔の実か……。君達ならきっと食いつくだろうな……、何せあの能力なんだからな……」

 

 少しだけ笑みを浮かべて、意味ありげな言葉を投げ掛けてくる。

 

 さあて、一体こいつはどこのどいつだ?

 

 

 

 俺たちを包み込むようにして、蠢く何かが始まろうとしているのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
サイレントフォレスト、私自身がわくわくしてきました。

誤字脱字。ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第15話 楽園へようこそ

いつも読んでいただきありがとうございます。今回は最長になってしまいますが、よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 

 オークション会場の入口を抜けて、階段を上がると一気に視界は開け、オレンジの照明に照らされたテントの天井が見えてくる。たどり着いた場所は会場の最上段であり、全てを見渡すことができる。

 

 テント内部は半円形で一番下がった奥にはステージ、そこから2つの主通路が延び、客席にはしっかりと傾斜がつけられてステージを見渡しやすいように配慮されている。さらに、客席は1列平坦の階段状ではなくて4、5席で半楕円を形作るプライベート席のようになっている。

 

 天井の照明が降り注ぐ先は通路とこの階段付近に絶妙に調節されており、客席付近は間接照明によって顔が見えるか見えないかといった具合に明るさを抑えられている。が、白い大きな後ろ姿と頭に乗るハット帽でその姿をべポだと確認が出来る。俺たちが陣取る席は比較的後方で、右主通路の左側すぐ脇のようである。

 

 

 

 ステージにはスポットライトが当てられていて、競りは当然もう始まっている。目玉となる悪魔の実は当然最後になるのであろうが。

 

 進行を務めているのは女だ。黒いハット帽を被っている点には親近感を覚えてしまうのはなぜだろうか。衣装は何ともセクシーなものであり、狙ってその格好なのかはわからないが、これが普通のオークションではないと感じさせられる。目元を仮面で覆っていても、雰囲気から年のころはジョゼフィーヌに近いような気がする。あくまで直観だがニコ・ロビンではないだろうかと思われる。

 

 彼女はマイクを手に持ちながら時折身振り手振りを交え、落ち着き払った低音に抑えた声で、優雅に笑みを浮かべて進行をこなしている。

 

 興味深い相手である。政府に追われる賞金首だが海賊とは追われる理由がまた異質。俺たちとも少し違う。オハラの悪魔達の生き残りと世間では言われ、“悪魔の子”と二つ名を付けられているが本当のところはどうなのか?

 

 世界政府、五老星を相手にするにあたって、かつて俺はオハラの事件を徹底的に研究した。敵を知るための重要な手掛かりになるからだ。とはいえ芳しい結果をもたらしはしなかったが。オハラは西の海(ウエストブルー)にあるため偉大なる航路(グランドライン)を隔てて向こう側ではあるし、何よりも徹底的に事件の痕跡を消されていたのが大きい。情報操作された政府にとって都合のいい、世間が飛びつきそうな物語だけがそこにはあった。

 

 俺が知りたいのはその裏側にあるものであったのだが、それも今日で少しは解消された。ヒナのもたらした報告書である。あいつもニコ・ロビンとオハラの事件はきな臭く感じていたのだろう。情報を得るためにかなり危ない橋を渡ったと記載されており、この女の裏に何が潜んでいるのかさらなる興味を掻き立てられた。

 

 ニコ・ロビンは“歴史の本文(ポーネグリフ)”を読める。アンダーラインで強調されて報告書に記載されていた事項。

 

 “歴史の本文(ポーネグリフ)”とは世界各地に散りばめられた、古の誰かが歴史を刻んで遺したとされる硬石。古代文字が使われており専門の学者にしか解読は不可能とされている。

 

 ただし、政府は解読すること自体を禁じている。それは古代兵器復活につながり世界に危機が及ぶからだという。これが政府が流布する表向きの話。だがこの世は話が上手く出来ていればいるほど裏が存在するのではないか。裏には何があるのか?

 

 この世界をほぼ統治している世界政府という組織ができたのは約800年前にさかのぼるという。そしてそれ以前の100年間を“空白の100年”と呼ぶらしい。ここに謎が存在していて、オハラはそれを調べており、謎が明らかになることが政府にとっては極めて不都合なことになる。故に美しい大義名分を作りだしてそこには蓋をしている。

 

 こっちの筋書きの方が俺にはしっくりとくる。

 

 なおかつ“歴史の本文(ポーネグリフ)”が古代兵器について記載されているのであれば、一応政府は真実を語っているということにもなる。それは嘘の中に真実を混ぜ込んでいるということだ。

 

 だとすれば相当な狐だ。政府を牛耳っている奴ら、五老星っていうのは……。

 

 とはいえ、謎の本質までは何もわかっていない。それに俺たちが最終的にどうやって五老星にチェックメイトを掛けるのか当然見えていない。この歴史の角度から俺たちが、奴らに対して迫ることができるのかと考えれば、正直難しい気がする。ただし知っておいて損はないとも思う。

 

 諸々踏まえても、まずはマリージョアに足場を固める必要がある。五老星を含む世界政府、天竜人をしっかりと知らなければならない。奴らがどういう関係性なのかもよくわかっていない。

 

 なのでヒナがマリージョアに赴任するのは朗報だ。海軍情報部・監察、対象は当然海兵の素行であろうが、場所がマリージョアなのだから密かに味方同士の探り合いをしている可能性はある。

 

 だが、その前にドフラミンゴだな。立ちはだかる壁は高く険しいものだ。それでも俺たちは結構順調に来ているような気はしているのだが……。

 

 

 

 まずいまずい、遠くのニコ・ロビンと推測される女から思考がかなり飛んでしまっていた。

 

 

 俺は思考のトリップから抜け出して通路を下りていき、席に近付いてみると、テーブルも備え付けられていることに気付く。何とも至れり尽くせりな造りとなっている。

 

 だが、……、席の楕円角度を巧みに使って、先程後ろ姿が見えたべポに体を預け、テーブルに足を投げ出してふんぞり返りながらも、視線だけは鋭く周囲に向けているローの姿。それとは対照的に行儀よく腰を掛けて、高速でペンを走らせているカールの姿。

 

 道理でローのファー帽子が見えなかったわけだ。

 

 それにしてもこいつらときたら、揃いも揃って己の習性に忠実な佇まいを見せやがって……。

 

 俺の登場に対してローは視線を寄越してうなずき、べポとカールはボス、総帥とそれぞれ呼びかけてきた。

 

 内心苦笑しながらも、席に着くと、黒いスーツ姿の男が横を通り、俺たちの1段下の席に座りこんできた。

 

 さっきの奴だ……。

 

 会場入口で声を掛けてきた男である。過去に顔を合わせた記憶はなくて、その場は無視を決め込んだが、今目の前に座っている。偶然とは考えられない。こいつは、どうやらオークションが目的ではなくて俺たちが目的のようである。

 

 こうなったら、素性を調べる必要があるな。

 

 席について早々、俺は小電伝虫を取り出す。

 

「ジョゼフィーヌ、今どんな感じだ?」

 

 小電伝虫を掌に乗せて商談中のジョゼフィーヌを呼び出してみる。

 

「今は場所を港近くに移して物を相手に見せているところ。とりあえず大砲の全門買い取りはオーケーよ。あとは価格の交渉が残ってるわ、兄さん」

 

 ジョゼフィーヌの言葉によれば詰めの交渉に入るというところか。オーバンの、どや? どや? という気さくな押しの声でも聞こえてきそうである。

 

「そうか。順調のようだな。こっちも競りは後半に入ってる。そろそろ始まりそうだ。ところでなんだが……」

 

 オークションの状況、さらに目の前に座っている男の人相書きと特徴をジョゼフィーヌに伝えると、

 

「へ~、私のマニア心をくすぐりそうな問題ね。……、その男は“百計のクロ”じゃないかしら。東の海(イーストブルー)でクロネコ海賊団を率いていた計略に長けた男。でも3年前に海軍に捕まって処刑されたはずだと思うけど……。そいつがそこにいるの?」

 

 さすがはジョゼフィーヌ。伊達に契約書集めを趣味にはしていないな。

 

 なるほど、そういうことか……。

 

「ああ、そうだ。目の前に座っている」

 

「どういうことかしらね……? あ、もしかして兄さん、ウチに加入させようとか考えてないで……」

 

「ありがとう。また連絡する」

 

 ジョゼフィーヌが何を言い出すか大体想像が付くので、欲しかった情報さえ分かれば、さっさと通信を切り上げるに越したことはない。

 

 左横ではローもこちらに視線を送ってきており、興味を持って会話を聞いていたことが窺える。

 

「左腕の候補か?」

 

 ローがそう口にしてくる。北の海(ノースブルー)、クーペンハーゲルの酒場でこいつと話をしたときに、俺には右腕のローと左腕の誰かが必要ではないかという話になった。

 

 俺たちのメインは取引にある。それを素にして力を付けて、ドフラミンゴ、最終的には政府の五老星を相手にしようとしている。作戦、策略、計略、常に頭を巡らして策を練っていかねばならない。海軍に潜入させたヒナも確かに重要な存在だが、船に乗り込み常に傍にいるわけではない。あいつの価値自体はチェスで例えるとクイーンに値するが。ローはさしずめルークといったところか。

 

 それはさておき、作戦を考えていくうえで全く別の角度から物事をみる人間の必要性を考えていた。で、左のルークを探していたというわけである。

 

 百計という二つ名は興味をそそられるものがある。世界最弱の海と言われている東の海(イーストブルー)での話と言うのは差し引かなければならないが、考えてみる価値はあるように思われる。

 

 加入させるにしても、ローの能力でポリグラフにはかける必要がある。俺たちが潜入をさせている以上はどこかから潜入されるリスクも考えていなければならない。

 

 とはいえ、こいつは俺たちに興味を持っていそうなのだからそう急ぐこともないだろう。なるようになりそうだ。

 

「まあな。なるようになるさ」

 

 俺はそう答えるに留めておく。ローは、そうか、と言ってそれ以上言葉を挟もうとはせず、また視線を前方に向ける。

 

「今までは大した競りはやってねぇ。武器やら人間やらで俺たちが興味を持つようなもんはねぇよ。ただ競り自体は活発だな。大抵の奴らがビッドしている。だが、一切ビッドしてねぇ奴らもいる。奴らだ」

 

 オークションを観察していて、気になったことを報告してくるロー。最後には2か所を指差している。ひとつは前方左端、多分3人だ。もうひとつは前方、通路の右側に座る男。

 

 この2組は今までオークションに参加していない。最後が目当てなのだろうか?

 

「奴らが相手になるかもな。目を光らせておいてくれ」

 

 考えを口にして、ローに指示を出す。

 

 すぐ横に座るカールは俺たちのやり取りには我関せずで、ひたすらにメモを取り続けている。何を書いているか興味が湧いてきて、1枚のメモを見てみる。

 

 会場の居心地が良い◎、ロー船医が足を投げ出すほどに。でも足を投げ出す客ってどうなのかなー? ロー船医は僕の頭を撫でてくれるからいい人だけど。でも気分良くなるから居心地の良さは売上アップに貢献してるかも。

 

 とか、

 

司会のお姉さんがキレイ◎、僕らがやるならジョゼフィーヌ副総帥だよね。でもあの人すんごいケチだよねー。えぇーっ、じゃあ、あのお姉さんもケチなのかなー? うーん、それは嫌だなー。でも美人のお姉さんが司会をするのは売上アップにつながるのかも。

 

 とか、なかなかに心の中がダダ漏れしていて脱線も激しいが、面白い考察をしているカールである。

 

 ただ、そのあとのメモ書きでふと気になってしまう。

 

 悪魔の実が出るみたいだけど、自分たちで使えばいいのになんでオークションに出すんだろ? バカなのかな? あ、そうか。いらない悪魔の実なのかも。何の悪魔の実なんだろ? 気になるなー。

 

 

 待てよ……。さっき奴は入口で悪魔の実の種類を知っている感じであった。何で奴は知ることができたのか? バロックワークスとつながりでもあるのか?

 

 

 そんなことを考えていると、

 

「俺の素性は知れたか?」

 

と、前方のクロと思われる男がこちらを振り向きもせずに言葉を発してくる。

 

「“百計のクロ”と呼ばれているらしいな? 何が狙いだ?」

 

 ここはストレートに聞いてみることにする。

 

 奴は一拍置いて、

 

「……、名なんてどうだっていいことだ。それより……、始まるぞ」

 

と、言葉を吐きだしてくる。

 

 ステージに意識を向けると、

 

「大変長らく続けて参りました本日のオークションも最後の品となりました。皆さま……、お待たせ致しました。本日のメイン商品、悪魔の実でございます」

 

と冷静で落ち着いた司会進行の声が耳に入ってくる。

 

 いよいよか……、こいつの事はまあ後でいい。

 

「今回のスタート価格は、……1億ベリーでございます。ビッド単位は1000万ベリーでお願い致します。……、では……、今回の悪魔の実をご紹介させて頂きます」

 

 仮面を被る女司会者は優雅に笑みを浮かべながらそう言って、おもむろに中央のテーブルに近付き、置かれている宝箱の蓋を開けて、客席に見えるようにして持ち上げ、

 

「ナギナギの実ですっ!!! 1分後、入札をスタートします!! よろしくお願い致します!!!!」

 

と、声高らかに会場に発表する。

 

 

 

 …………、自分の思考が止まっていることをはっきりと感じる。横のローはすぐに体を起き上がらせている。

 

 動揺してしまったのはなぜだろうか? ここはサイレントフォレスト、静寂なる森だ。そんな仮説を立てていてもおかしくなかったはずではないのか?

 

 多分、俺たちは心のどこかで、まだロシナンテが生きていたらと、生きているかもしれないと思っていたんだろう。あいつの本当の最後は見届けてはいなかったので、そんな期待をどこかしら持っていたのだと思う。

 

 同じ悪魔の実がこの世に存在することはない。つまり、ここにナギナギの実があるということは、本当にロシナンテはこの世にはいないと……、そういうことだ。

 

 

 現実は直視しなければならない。立ち止まってはいられない。チェス盤の向こう側に居る相手は誰だ?

 

 

 俺は再び小電伝虫を掌に乗せて、ジョゼフィーヌを呼び出す。

 

「ジョゼフィーヌ、始まったぞ。ナギナギの実だ。スタートは1億。単位は1000万だ。すぐに価値を弾き出してくれ!! 俺たちがどこまで突っ込めるのかもだ!!!」

 

「…………」

 

 俺の問いかけに対して、ジョゼフィーヌは無言になっている。

 

 気持ちは分かる。だが俺たちに立ち止まっている猶予はない。

 

「急げ!! 待ったなしだぞ!!!!」

 

「……、ごめんなさい、兄さん。1億ならとりあえずビッドに入って。すぐに取りかかる!!」

 

 ジョゼフィーヌとの小電伝虫越しの会話を終えて、ローに向き直る。もう30秒は経っているだろう。あと30秒もしない内に入札は始まる。

 

「ロー、おまえはあの能力を間近で見てる」

 

「ああ、あの形状は図鑑で見た通り。間違いねぇようだな。ナギナギは俺のROOMの様に一定の空間を作り出してその中の音を消していた。消すことに真髄があるんじゃねぇかと思う。ただ、俺たちの仮説が正しいとすると……」

 

 ただの悪魔の実じゃないってことだな。特に希少性のある悪魔の実は形状が普通とは違うのではないか? そういう仮説を俺たちは立てていた。綺麗な球体、ノイズを消すと正真正銘の球体になるとでも言うのか。

 

 ローの声音は落ち着いているように感じられるが、身を乗りだしている仕草は気が逸っていると感じられる。気が逸るのは仕方がない。あいつのコラソンが目の前にいるに等しいのであるから。

 

「では入札をスタート致します。1億ベリーよりスタートです」

 

 “ゴングの鐘”が鳴った。

 

 すぐさまにローが先程指摘していた前方右の奴が札を上げる。そして、

 

「3億」

 

その一言が一瞬にして会場をどよめかせたあとに、静けさをもたらしている。

 

 壇上に立つニコ・ロビンと思しき司会者も驚きの表情を浮かべている。バロックワークスはナギナギの価値を正しく測れてはいないに違いない。ただ右前方の奴はわかっている奴だ。

 

「いきなりでございますが、3億が出ました。3億以上ございますでしょうか」

 

 司会の声が聞こえてくる。ローが俺に目配せをしてくる。俺はうなずく。ゴーサインだ。ローが声を出さずに札のみを上げる。

 

「後方のかた、3億1000万です。さあ、どうでしょうか?」

 

 そう言って司会者は3億と言った奴の方を見る。

 

 ローが札を上げたことで、会場を包んでいた静寂が破れて、再びどよめきが表われ、俺たちは一躍注目の的となっている。

 

 右前方の奴もすぐさまに札を上げてくるが声は発しない。どうやら俺たちの刻みに付き合うようである。

 

「右手前方の御紳士、3億2000万です。さあ、どうでしょうか?」

 

 今度は俺たちの方を見つめてくる仮面の女司会者。

 

 再びローにうなずいてやる俺。ローはすぐさまに札を上げる。もうべポとカールは立ち上がらんばかりの興奮状態である。

 

 そこで、小電伝虫が鳴る。

 

「ナギナギの実。7億の価値はあると思うわ。大砲の取引で3億引き出してみせるし、私たちの手元には貯め込んだ6億4000万がある。でも……、ナギナギの実なら売ることはできないでしょ?」

 

 3億3000万です。さあ、どうでしょうか? という司会者の言葉も聞こえながら、ジョゼフィーヌの弾き出す答えに耳を傾ける。

 

 確かにナギナギの実であれば転売という選択肢はない。

 

「そうだな」

 

 そう答えるしかない。

 

「だとしたら、私たちは全力で突っ込むわけにはいかないわ。最低1億は手元に残さないといけない」

 

 ということは、俺たちが突っ込めるのは8億4000万までということだ。本当に全力で突っ込むわけにはいかないのか。思考はギリギリのところをぐるぐると回っている。

 

 気付けば渦中の俺たちと右前方の奴にスポットライトが当てられて明るくなっている。

 

 右前方の奴が札を上げる。そして、

 

「5億」

 

 一気に引き上げてきやがった。

 

 ……だがそれよりも、俺たちの目に飛び込んできたのは、そいつの前のテーブルに鎮座している電伝虫であった。その目の形……。忘れはしない、奴のサングラスにそっくりだ。

 

 横で札を持つローの表情は見る見るうちに歪んでいき、憎々しげな表情へと変わっていく。

 

 本人はこの場に来ていない。だが、海の向こうからこの場にしっかりと参加している。

 

 

 ドンキホーテ・ドフラミンゴが……。

 

 

「勝負を掛けるぞ。こっちも引き上げる。8だ」

 

 俺はローにそう伝える。興奮状態から固唾をのんで見守る状態に入っているべポとカール。ローは俺にうなずき返し、札を上げて叫ぶ。

 

「8億」

 

 司会者の声などもう俺たちの耳には入ってこない。俺たちに知覚させているのは右前方の奴の電伝虫、そしてその二つの目だけである。

 

 会場にどよめきは訪れない。静寂を孕んでいる。だが、その奥底には確かに熱気が感じられる。

 

 

 奥底に熱気を孕んだ静寂が会場を包み込んでいる。

 

 

 奴はどう出てくる。

 

 

 奴の札が上がる。声は発せられない。8億1000万……。

 

 俺たちにとってはチキンレースが始まったに等しい。ローに対して首を縦に振る。

 

 ローがすぐさまに札を上げる。8億2000万……。

 

 

 奴の札も上がる。だが、声が発せられる。

 

「9億」

 

 その無情なる言葉が俺たちに牙を剥いて襲いかかって来る。ジョゼフィーヌにも会場の状況は小電伝虫を通して伝わっている。あいつの声が聞こえてくる。

 

「ちょっと、兄さん!! ダメよ……、これ以上は絶対にダメ。私たちはこれからも取引をしていかないといけないの。まだ偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりなのよ? ねぇ、ちょっと聞いているの? ちょ……」

 

 途中で小電伝虫の通信を切る。横で札を握りしめるローの顔を見る。

 

「ボス……」

 

 久しぶりにローがそう呼んでくるのを聞いた気がする。そのあとの行かせてくれ、突っ込ませてくれという言葉を胸の中に飲みこんでさえいる。こいつの心からの叫びが聞こえてくるようだ。

 

 ジョゼフィーヌの言葉は会計士として尤もだ。何も間違っていない。これ以上突っ込むなど正気の沙汰ではない。間違っているのは分かっている。……だが、引くわけにはいかない。

 

 俺はローに笑顔でうなずき返してやる。ローも笑顔を浮かべ、札を上げる。

 

 9億1000万……。本当のチキンレースが始まる。

 

 

 

 だが、

 

 

 

奴が札を上げた後に飛び出してきた言葉、

 

 

 

「10億」

 

 

 

それが奴の答えだった。

 

「10億が飛び出して参りました。さあ、どうでしょうか?」

 

 

 俺たちに向かってくる司会者の言葉。聞こえているようでいて聞こえてはいないのだ。

 

 俺たちがこれ以上札を上げることはできないのだ。

 

 俺たちはこれまで順調に来ていた? そんなことは微塵も考えてはいけないことだった。これが奴との、ドフラミンゴとの差なのか? 10億ベリーをポンと出せる財力。そこにはあらゆるものが詰まって形を成している。まぎれもない力だ。

 

 これが力の差だ……。俺たちは負けたのである。

 

 もう札が上がらない状況で、進行は次に進んでいる。ナギナギの実は右前方の奴の手中に収まろうとしている。ドフラミンゴの下へ向かおうとしている。俺の掌では通信を切った小電伝虫が鳴り続けているが、それに応える気にはなれそうもない。

 

 俺もローも言葉を発することができそうにない。横ではカールが涙を流しながらも必死にメモに言葉を刻んでいる。書きなぐっていると言ってもいい。べポはローを心配そうに見つめている。

 

 

 

 

 どれぐらいの時間が経ったであろうか? いつの間にやらオークションは終わりを告げている。そして、右前方に居た奴が通路をこちらへと上がって来る。俺はカールにハンカチを渡して、べポにカールを隠すようにさせ、そして心の中でローに念じる。

 

 笑え……。笑うんだ。いつものあの笑みを見せつけてやれ。

 

 まだ始まったばかりだ。俺たちの戦いはまだ始まったばかりじゃないか。

 

 俺たちの前に現れた奴は一見すると中性的であり、男なのか女なのかよくわからないが、精一杯不敵な笑みを浮かべて出迎えてやる。そいつは、俺たちの様にシルクハットを被り、右手にボストンバッグを持ちながらも左手にはステッキを持ち、両耳にはイヤリングが垂れ下がっており、服装はマジシャンのように見える格好である。

 

「ドフラミンゴ氏が申しておりましたよ。よろしく、とね。ネルソン・ハットさん。それに……、あなたにも」

 

 そう言って、目の前に立つそいつは、ステッキをクルクルと回したあとにローに向かってステッキを向ける。

 

「ローさん。ドフラミンゴ氏はハートの席を空けてお待ちしているそうですよ?」

 

 こいつの口調はどうも纏わりついて来るような嫌なものを感じてしまうのは俺だけだろうか?

 

「誰だ、てめぇは? 死にたいのか?」

 

 俺の念が通じたのかローはシニカルな笑みから凄みを利かせた笑みに切り替えてそんな言葉を呟く。

 

「ホホホ……、つれないですね。私の名などどうでもよろしいでしょう……。そうでした……、私としたことが……、ドフラミンゴ氏がもうひとつ申しておりましたよ」

 

 そう言って、また優雅にステッキをクルクルとさせたあとで、

 

楽園(パラダイス)へようこそ……、とね」

 

内心の怒りが沸々と湧いてきてしまうが、それを表情には出してはいけない。

 

「歓迎の言葉痛み入る。こう伝えてくれないか? そのドフラミンゴ氏に。新世界で首を洗って待ってろ……、ってな」

 

「ホホホ、お言葉……、確かに承りました」

 

 俺の返しにこいつは笑みを浮かべている。

 

「おまえ、ドンキホーテファミリーらしくない面をしてやがるな?」

 

 今の今まで、俺たちのビッド中も静観を決め込んでいた1段下に座る男が口を挟んできた。

 

「誰ですか? あなた。……、まあいいでしょう。わたしも面白い立場にいますものでね。ひとつ……、私からも申しておきましょうか。……、黒ひげ海賊団、この名をご記憶下さった方がよろしいかと存じますよ。では……」

 

 そう最後に言葉を残して、挨拶のつもりなのかステッキでクイッとシルクハットを持ち上げて、そいつは去って行った。

 

 

 俺の脳内を激情が駆け巡っているのがわかる。決断を下さねばならない。今すぐにでも。

 

 この場所は俺たちが全力で牙を剥く場所であろうか? 今この場で奴からナギナギの実を奪う必要があるかどうか。ドフラミンゴは俺たちがこのオークションに参加することを見越して、俺たちの心情を踏みにじるためにナギナギの実に手を出したのか?

 

 それもあるだろう。だが、それだけじゃないはずだ。ナギナギの実には重要な意味がある。それを今奪い取ってしまう。そのリスクは何だ? このタイミングでの奴との全面戦争だ。リターンとリスク。どっちも同じぐらいの様な気がする。

 

 こいつは賭けだな……。

 

 俺が立ち上がろうとすると、

 

「待て。……俺は冷静になってるつもりだ。あんた今何考えてる? ここは俺たちが全力で向かう場所じゃねぇはずだ。一旦、頭を冷やした方がいい」

 

と言って、ローが俺の体を押さえつけてくる。

 

 そうだな……、賭けに走るようでは先が見えている。

 

 ローの落ち着いた言葉が実に有難い。頭を切り替えることができる。このヤマは結果がどうあれ終わったことだ。次のヤマに目を向けなければならない。

 

「べポ、カール!! このテントの裏に回って、ステージに立っていた綺麗なお姉さんを探し出せ!! 見つけたら後を尾けろ!!! 追って連絡を入れる。あのお姉さんは用心深いから気を付けろよ。今すぐに行け!!!」

 

 俺の突然の叫びに二人はびっくりするも、べポとカールはすぐさま飛び出すようにして会場を後にして行った。

 

「そいつの言うとおりだ。さっきの奴の最後の言葉……。俺の仮説が正しければ背後には相当きな臭いものがあるだろう。何もわかってない状況で賭けに出るのは下手な動き、死を招くぞ」

 

 目の前の男は立ち上がりこちらを振り返って、あの奇妙な仕草でメガネを持ち上げながら話しかけてくる。

 

「おまえはどういうつもりだ? 何を狙ってやがる?」

 

 ローがそいつ呼ばわりされて言い返している。

 

「そう突っかかってくるな。貴様の冷静さは見事だと言ってるんだ」

 

「おまえは“百計のクロ”で間違いないんだな?」

 

「かつてはそう呼ばれていたこともある。ここで話をしていても仕方がねぇだろ? 次の策があるんじゃないのか?」

 

 こいつの素性は裏付けられた。それに、こいつの言うとおりでもあるので、俺たちもすぐさま会場に別れを告げることにする。

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

テントを抜け出て吊り橋を渡り、歩を進めようとした時、

 

 

「CP9です」

 

地獄からの使者のような声音で、通りすがる者からの声が聞こえてくる。

 

 

 楽園(パラダイス)……、偉大なる航路(グランドライン)前半の海をそう評する者もいるらしい。

 

 

 

 確かに、俺たちは歓迎されているのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
また詰め込みすぎかもしれません。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第16話 構図

いつも読んでいただきありがとうございます。
そして、お待たせしております。
ではどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 CP9……。

 

 その言葉の意味を、聞いた瞬間に完全に理解できたわけではないが、俺の体はすぐさまに反応していた。

 

 右手は背後に伸びて、新たな連発銃を取り出しつつも体を反転させて、言葉を発した相手に対して能力を使わずに銃弾を1発放つ。その間にも見聞色の覇気を働かせる。

 

月歩(げっぽう)

 

 言葉を発した相手には瞬間で空中に避けられる。月歩(げっぽう)は空中移動術だ。

 

 六式使いか……。まあ、こうなるだろうな。

 

 眼前の光景を視野におさめながらも、見聞色により相手が1人ではないことを脳内は知覚している。

 

 吊り橋の下に一人……、背後のツリーハウスにもう一人控えている……。

 

 

 間髪いれずにその場で跳躍し、もう一度反転する。ツリーハウスに控える奴も月歩(げっぽう)で空中に姿を現しつつある。

 

 こちらへ向かって飛んでいる……。

 

 相手の未来位置を瞬間に予測して2発目を放つ。と同時に下に目を向けて最後の一人に3発目を放つ。

 

 こいつもマスクか。

 

 3人共、一様にして純白仮面を被っている。服装は俺たちのように黒服である。

 

 下の奴は微動だにしておらずこちらを見上げている。何のつもりか知らないが笑っているようにも感じられる姿が、ランタンの光で影に覆われながらも吊り橋の丸太と丸太の間を通して眺められる。一連の動作を終えて再び吊り橋の丸太に着地する。

 

 2人目と3人目は鉄塊(テッカイ)という言葉を呟いており、銃撃は功を奏していない。これも六式のひとつ。肉体を鉄の硬度にする防御技だ。六式使いなら並の攻撃では効果を発揮しないのでそんなものであろう。

 

 とにかくここは決断を下さねばならない。

 

 今重要なことはニコ・ロビンを万難を排してでも捕まえることにある。次のヤマでカギとなる人間だ。

 

「ロー、ここはいい。行け!!!」

 

 この一言で、あいつはやるべきことを理解するだろう。

 

「シャンブルズ」

 

 ROOMは既に張っていたのだろう。背後であいつが能力を発動させる様が感じ取られ、気付けば背後にはふわっと落ち葉が舞うのがわかる。あいつ自身とどこかで積もっていた落ち葉の場所を交換して移動したようだ。

 

「追え、カク」

 

 吊り橋の下で地面に仁王立ちする3人目の奴が、今は斜め上方で木の枝に立つ2人目の奴に指示している。どうやら3人目の奴がリーダーのようである。

 

「……」

 

 二人目の奴は吊り橋やツリーハウスのランタンから離れて闇にまぎれており、無言のまま空中に消える。ローを追うのだろうがまあいい。こちらはクロを考慮に入れれば2対2。ローの方はニコ・ロビン次第で展開が変わるが何とかなるだろう。

 

「有無を言わさず攻撃してくるとは好戦的な奴だな。我々がここに現れた理由も話させてはくれないのか?」

 

 リーダーらしき純白仮面野郎がこちらを見上げて話しかけてくる。

 

「おまえたちがそんな情けを持ち合わせているようには思えなかったものでね」

 

 CPなら不意打ちの暗殺も有り得る相手である。やられる前にやらねばならないだろう。

 

「確かに一理ある。我々を知っているようだな。CP……、サイファーポールNo.9(ナンバーナイン)。CPと呼ばれる政府諜報機関は世界に8つ存在するが、我々は存在するはずのない9番目のCP。我々は正義の名の下に身分に関係なく殺しを許可されている」

 

 やはりな。CP9自体の知識はなかったが大方予想通りだ。ヒナの報告書には記載されているかもしれないが、なにぶん全てに目を通す時間はなかった。とにかく碌なものではない奴らってわけだ。

 

「おまえたちは賞金首。本来であれば海軍の捕縛対象だが、今回は政府より直接命令を受けている。おまえたちは知る必要のないことを、知っていてはならないことを知ってしまったようだ。我々も詳細は知らされていないが、命令を受けた以上は……、おまえたちを抹殺しなければならない。やれやれだ。我々には本来の重大な任務があるというのに。とんだ休暇扱いがあったもんだよ。まずは……、頭のおまえからだな、ネルソン・ハット」

 

 下方からの死刑宣告を耳に挟みつつも頭は回転している。

 

 もしかしたらこいつら、さっきオークション会場で終始静観していた3人組じゃないのか……。だとすれば、ニコ・ロビンの存在に気付いている可能性がある。こいつの任務は俺たちの抹殺だけなのか、それとも、もうひとつ別の任務を携えてやってきているのか……。

 

 

 左斜め後方……。

 

 

 思考の途中で、予期せぬ方向からの攻撃を見聞色の覇気が敏感に察知する。右斜め後方からの攻撃は先程から予期は出来ている。最初に言葉を投げ掛けてきた一人目だ。

 

 だが、左斜め後方の奴は何とも気配が読みにくいが、

 

 

百計のクロ……、奴だ。

 

 

嵐脚(ランキャク)

 

 右斜め後方からは凄まじいスピードで空を切るようにして蹴りが振り下ろされようとしている。

 

「……」

 

 左斜め後方からも超高速で跳んでくる人間が両手に装着した仕込み刀で体を切り裂こうと迫ってきている。

 

鉄塊(テッカイ)(ごう)”」

 

 体をすぐさまに鉄の最硬度まで高めて防御態勢に入ることで、俺の右肩を強襲する人体を切り裂くような蹴撃を弾き返し、一人目の奴を背後に飛びのかせる。さらに背中に五線譜の切り傷を付けようとするかのような仕込み刀の斬撃も弾き、クロを再び左斜め後方の木々に飛び移らせる。

 

 ここは俺も六式使いであることを存分に思い知らせてやろう。

 

 ロッコは覇気だけの師匠ではない。戦闘の師匠である。亡き父は海軍中将まで上り詰めた海兵であった。その右腕であったあいつは、当然のように六式にも精通している。そのあいつから俺は薫陶を受けているのだ。

 

 そんな思いを胸に秘めて、

 

「どういうつもりだ」

 

と、左斜め後方を睨みつけながら、先程まではオークション会場内で言葉を交わしていた相手に対して真意を問うてみる。

 

「あなたこそ、どういうおつもりですか? 私が先程……、何か申しましたでしょうか?」

 

 闇にまぎれて若干影になってはいても、クロが5本指の先に刃をつけた手袋を両手に嵌め、あの妙な仕草でメガネをくいっと上げながら、若干の笑みを浮かべつつ言葉を返してくる様子がわかる。今になってようやくあいつの仕草の意味が理解できるが、口調まで変わってやがる。

 

「おまえ……、本当に六式を使えるのか?」

 

 今度は背後からの少し驚きに満ちた声がする。どうやらこいつらは俺たちの事前情報を得つつも半信半疑でこの場に臨んでいるらしい。勝機はありそうに思えてくるが、クロの思惑がわからない。一体どういうつもりなんだ。

 

 

「あなた方はわたしたちを誤解なさっているようですね。わたしは通りすがりの賞金稼ぎでクラハドールと申します。この方の首を頂戴するためにお近づきとなっているだけですよ。取引と参りませんか? わたしたちの利害は一致しているように思われるのですが」

 

 クロは木の枝に腰を下ろして下方を見据え、リーダー格の奴に俺としては気に入らない提案をしようとしている。

 

「ほう、これは失礼。なかなか魅力的なご提案だが、我々は任務を遂行するまで。市民の方からご助力をいただくには及ばない」

 

 リーダー格の奴はクロの口調に乗っかるように丁寧な物言いではあるが、逆に慇懃無礼に感じられ警戒している様子が見て取れる。どうやらクロを測りかねているようだ。確かにこいつの手配書は過去に手配者死亡で無効となっているらしいので、一応賞金首ではない。

 

「そのように御遠慮なさらずともよろしいでしょう。賞金首をぶち殺すのは良き市民の務めでございますよ。あなた方は先程までこの状況を3対3で考えていらっしゃった。そして1対1が場所を移し、2対2と見ていらっしゃる。ですがその状況が3対1になるのですよ。考えるまでもないことでしょう。それに……、政府としてはおもてに出せる物語(ストーリー)が必要でしょう。あくまで“黒い商人”を殺したのは賞金稼ぎであり、金と名声欲しさにやったにすぎないとね。あなた方がおもてに出てしまっては正義を掲げる政府が痛くもない腹を探られてしまいますよ。真実がどうであれね」

 

 クロはやんわりとした拒絶にも気にせずに、畳みかけるようにして説得に乗り出している。たっぷりと皮肉を練り込みながら。

 

 そんなクロの提案に対して、リーダー格の男は思案するような佇まいを見せている。

 

 そして、結論を下したようで、

 

「ご勝手にどうぞ」

 

ときたもんだ。

 

 市民に対してはあくまでやんわりとした言葉使いらしい。

 

「それは取引成立と考えてもよろしいですね。では、成立の証にお名前をお聞かせ願えませんか? どうせこちらの方はここで命を落とされるのですから何も問題はありませんよね」

 

 さらにクロはそんな言葉を口にして、最後に俺の方を指差している。まったく、とんだ市民がいたもんだ。

 

「……、ロブ・ルッチ。そいつはブルーノ。これで満足でしょうか?」

 

 そのロブ・ルッチとやらは仮面は装着したまま、何ともご丁寧にクロに名を明かしてやっている。

 

 それにしてもわからないのがクロの狙いだ。こいつは一体何を狙っているんだ?

 ……まあ考えても仕方がないな。先程の一撃には明らかに殺気がこもっていた。こちらとしてもやられるわけにはいかないので迎え討つまでだ。

 

「ではルッチさん、ブルーノさん、よろしくお願いします。そしてハットさん、参りましょうか?」

 

 まるで散歩でも如何ですかぐらいのノリでクロは俺に声を掛けてくる。奴がいる木々の上はランタンの光より遠ざかる闇の中であり、メガネがキラリと光ったように感じられる。

 

 

 つまりは、現状2対2ではなくて1対3ということである。

 

 

「我々と同じ六式使いとはな……、それに妙な銃を使う。これは楽しめそうだ」

 

 静かにそう呟くルッチ。

 

 生憎俺には楽しんでいる時間はない。さっさと片付けて、ニコ・ロビンと話を付けねばならない。

 

 背後を振り向き銃身を構えてブルーノに向けて4発目を放とうとする。今度は武装色の覇気を纏って。だが見聞色の覇気で察知するのは思いもよらぬ動き。

 

 こいつ能力者か……。

 

 無駄弾を放つのはやめにする。眼前では、

 

空気開扉(エアドア)

 

の言葉と共に、何もないはずの空間にドアが現れ、その中にブルーノの姿が消える。

 俺からの銃撃に対し回避行動。だが、それは回避だけではないはず。次の攻撃につなげてくるはずである。

 

 案の定、左側、吊り橋の手すり上方に突然先程と同じように、ドアが開かれて、そこから姿を現してくるブルーノ。

 

指銃(シガン)

 

 と呟きながら、右手人差し指に力を込めつつ首を狙ってくる。

 

鉄塊(テッカイ)

 

 俺も再び体の左側面を鉄の硬度で防御して、奴の指銃(シガン)を受け止めながらも、そのまま体を90度反転させて攻撃態勢に入る。

 

「ゴールドフィンガー」

 

 能力を使っての指銃(シガン)返しである。右手人差し指に力を込めつつ黄金へと変化させ、相手の左胸へと一刺しを突き付けてやる。

 

 当然ブルーノも、

 

鉄塊(テッカイ)

 

となるわけではあるが、俺のひと突きはその防御を破り、奴の左胸を幾許か抉り取る。

 

 グハッという言葉と共にブルーノは吊り橋の手すりの向こう側へと崩れて地に落ちていく。が、致命傷とはなっておらず、すぐに立ち上がる。

 

 これでわかったことがある。ブルーノはがたいがでかくとも、純粋な力では俺の方が上ということだ。

 

「ブルーノ、おまえは前面に出るな。力では奴の方が上だ。それから……、覇気を使え」

 

 何……、こいつら覇気使いでもあるのか。

 

 ルッチの言葉に驚きを覚える。だが考えてみれば当たり前のことだ。俺たちが覇気を操ることを政府は知っている。その俺たちに向けた刺客が覇気使いでないわけがないではないか。そこまで政府も馬鹿ではない。

 

「随分と厄介な能力を持っているじゃないか」

 

「ドアドアの実だ。お互い様だと思うが」

 

 ダメージで息を切らせることもなく、ブルーノが呟く。丈夫な奴だ。

 

「それもそうだな」

 

 そう言いながら状況を分析してみる。構図は1対3、相手は覇気使いで六式使い2名と未知数1名。厄介な状況であることは間違いない。

 

 だが、活路は開かなければならない。

 

 俺も飛び上がって地に下り行き、

 

(ソル)

 

 一瞬にして何度も地を叩きつけるようにして高速で移動する。

 

 狙いはルッチだ。このリーダー格の奴が多分に最も厄介であろうと思われる。

 

 高速移動で落ち葉を散らすこともなく至近距離まで近づいて、覇気を纏わせた3連射で残り全弾を放つ。

 

 見聞色で奴が避ける様をギリギリのところで見極めた軌道だ。(ソル)月歩(げっぽう)でも回避は不可能、奴の手は武装色を纏うしかないはずだ。

 

 武装色対武装色。どっちの方が上なのか、そういう問題になる。

 

 だが、奴の取った行動は武装色を纏うだけではなく、見る見るうちに体を巨大化させ、皮膚を黄色と斑模様に変化させ、顔を見る限りは、豹そのものである。

 

 くそ……、動物(ゾオン)系か……。

 

 そして銃弾は弾かれていく。武装色の覇気は奴の方が上かもしれない。

 

「ネコネコの実、モデル“(レオパルド)”。そして、覇気を纏えば俺に敵う者などいない」

 

 そう言った後にルッチは裂ぱくの気合いを放ちながら右足を振り上げ、

 

嵐脚(ランキャク)凱鳥(がいちょう)黒鴉(くろがらす)』”」

 

と、覇気を纏わせた蹴りによる強烈な鎌風を叩きこんでくる。

 

 その力は増幅されて数mにも及ぶ高さの鎌風となってこちらに襲いかかってきている。俺は縦方向の鎌風に対して瞬時に見聞色の覇気を働かせ、跳躍して避けようとする。

 

 だが、ルッチは続けざまに同じ嵐脚(ランキャク)を左足で放ち、今度は横方向の鎌風を叩きこんでくる。1度目の鎌風をかわすことには成功する。背後では1本の木が縦に真っ二つにされて倒れ込んできている様が感じ取れる。

 

紙絵武装(かみえぶそう)

 

 横向きの鎌風には武装色を纏いながら、鎌風の動きを受け流すようにして六式の防御技“紙絵(カミエ)”にて体を反らせて対処する。これが1番ダメージが少ない様な気がする。

 

鉄塊(テッカイ)(りん)”」

 

 その言葉と共に今度はブルーノが仕掛けてくる。足を蹴り上げた状態で鉄塊(テッカイ)を体に施して両足を直線の状態に保ちながら回転するようにしてこちらに向かってくる。

 

 腹を撫でるようにして飛びすさる鎌風は、相手の武装色が上回る分、切り傷となって俺の体に現れるが軽傷で済みそうである。

 

 背後では何本もの木が切断されて倒れ込む音、ツリーハウスが崩れゆく音が合わさり轟音を生み出している。

 

鉄塊(テッカイ)武装“黄金壁(ゴールデンウォール)”」

 

 鉄塊(テッカイ)で体を鉄の硬度に高めた上に、能力で黄金化してさらに硬度を高め、さらに武装色の覇気を纏う。

 

 さっきルッチは覇気と言った。王気(おうき)とは言わなかった。

 

 銃弾は弾かれた。鎌風を完全には防御できなかった。

 

 俺が使えるのはまだ覇気なのか? 王気(おうき)ではないのか? 一体どこからが王気(おうき)でどこまでが覇気なんだ。

 

 そんな一瞬の思考を終わらせるようにして、鉄の塊と化した蹴りが振り下ろされようとしている。

 

「武装軟化」

 

 振り下ろされる瞬間に呟かれたその言葉、

 

 不味い……、こいつ武装色マイナスだ。

 

 奴の蹴りは俺の肩に入る間際に武装色の覇気を纏って襲いかかり、俺の纏う武装色を弱める作用を施してくる。物理的ダメージはあまりないが、この瞬間を逃す奴らではないはずだ。

 

 

 案の定、今まで静観していたクロがどこからともなく目の前に現れており、両手合わせた10本刃で脚に襲いかかってきている。しかも、その刃には覇気が纏われているではないか。

 

 くっ……、こいつも覇気使いか。

 

 かつて東の海(イーストブルー)で1600万ベリーの賞金首に過ぎなかった奴がどこで身につけたと言うんだ。

 

 くそ……、こんなこと考えている場合ではない。間違いなく奴も……、ルッチも襲いかかって来るはずだ。

 

 (ソル)にて回避に入ろうとするも、

 

「回転ドア」

 

の言葉と共にブルーノが畳みかけるようにして能力を使い、俺の視界はぐるぐると四方を回転させられることになる。

 

 方向感覚を崩されて、一瞬の間を作ってしまったことが致命傷となる。

 

 クロの10本刃は正確に俺の両足を切り刻んで血を流させ、そして、

 

嵐脚(ランキャク)黒豹尾(クロヒョウビ)”」

 

と、至近距離まで移動してきているルッチから、今度は覇気を纏わせた蹴りが渦を巻くようにして襲いかかって来る。

 

 覇気を弱められている俺には、たとえ鉄塊(テッカイ)で、そして能力で防御していようとも容赦がなく、腹を切り裂かれながら、後方に飛ばされていく。

 

 

 1対3の構図とはこういうことである。俺は今窮地に陥ろうとしている。

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

 あのキレイなお姉さんを探し出さないといけないんだ。次のお仕事に集中しないといけないんだ。

 

 

 でも……、

 

僕たちは負けたんだよな……。

 

 

 総帥やロー船医は、やっぱすごいや。僕にはあんなにもすぐに気持ちを切り替えるなんてできないよ。

 

 

 

 僕たちは今、オークションが開かれていたテントの裏に回って、出入り口を監視している。

 

 べポさんと相談して、吊り橋の上だと怪しまれると考えて、下に降りて上を見上げながら監視している。僕は念のためにメガネを掛けている。会場ではスポットライトを当てられていたから顔を知られているかもしれない。

 

 シルクハットも泣く泣くゴミ箱に捨ててきた。ハット帽は目印になるかもしれないから。べポさんは短時間でどう変装すればいいかわからなくてシルクハットを捨てただけ。うまくいくのかどうか全くわからない。

 

「カール、そんなにくよくよしたって仕方ないよ。負けるときだってあるんだから」

 

 べポさんが僕を見おろしながら優しい言葉を掛けてくれる。

 

「べポさん。その言葉は嬉しいけど……。べポさんは悔しくないの?」

 

 お礼の言葉を言いつつも質問をしてみる。

 

「そう聞かれると悔しいけど。次頑張るしかないだろ」

 

 そのべポさんの単純な考えに憧れを持ってしまいそうだ。僕もこれぐらい単純に考えられるといいのにな。

 

「それよりカール。本当にお姉さんは現れると思うか? もう、どこか別のところに行ってしまってるかも」

 

 べポさんが話を変えて、僕に質問してくる。

 

「べポさん。お姉さんじゃないよ。キレイなお姉さんだよ。そこは大事なところなんだから」

 

 僕にとっては譲れない部分なのでしっかりと訂正しておく。

 

「俺には人間の女なんてみんな一緒だよ。キレイなを付けるのは白クマに対してだけだ」

 

 べポさんの言葉になるほどとうなずいてしまう。べポさんからしたらそうなのかも。

 

 まずいまずい、

 

僕たちが話をしているとなぜだか話が脱線してしまうんだ。最近ようやく自覚できるようになってきた。

 

「大丈夫だよ、べポさん。現れるよ。僕たちが裏に回り込んでくるまで5分も掛かってないよ。僕たちがあのテントを出てくるとき、まだキレイなお姉さんはステージにいたよ。だから、まだ出てきてないはずだよ」

 

 話を戻して、べポさんを安心させようと僕の考えを言ってあげる。でも、そこまで僕も自信があるわけではないから、そう言われると心配になってくる。

 

 キレイなお姉さんはまだかな……。

 

 そう思いながら上をずっと見上げている。

 

 

「あ、あれじゃないか」

 

 べポさんの言葉を受けて僕も視線を動かしていく。

 

 テント裏口から現れた長身の女のひと。あれは間違いない。さっきステージで司会をしていたキレイなお姉さんだ。仮面を取っている。

 

 やっぱりキレイなお姉さんだな~。

 

 いけない、いけない。見とれている場合じゃないや。

 

 キレイなお姉さんはもう吊り橋を渡り始めている。

 

「べポさん。二手に分かれようよ。僕は左側、べポさんは右側から後を尾けていこう」

 

「よしきた」

 

 そう言って僕たちは二手に分かれ、キレイなお姉さんの動きに合わせて移動を開始する。

 

 

 キレイなお姉さんはどうやら北に向かっている。吊り橋を別に急ぐ様子もなくゆっくりとした歩幅で歩いている。

 

 ひとまずは気付かれてはいないような気がする。吊り橋を挟んで右側を移動するべポさんにも時折、目で合図を送って確認を取りながら僕らは慎重に移動する。

 

 ランタンが灯されているのは木の上のツリーハウスであったり、吊り橋の上だけなので、落ち葉が積もる地面はあまり光も届かず、どこか薄暗い。行きかう人たちは人相の悪いひとばかりで何とも心細くなってくる。

 

 キレイなお姉さんは一つ目のツリーハウスに行きあたると、今度は右の吊り橋へと渡って行く。僕はその木を大回りして、再び吊り橋の左側へと回り込み、右側に居るべポさんと目配せをして追跡を続ける。

 

 総帥からの連絡はまだ来ない。追って連絡するって総帥は言ってたけど。なんかあったのかな? 連絡がなかなかこないことも僕を不安にさせる問題である。

 

 短い吊り橋を渡ってまたツリーハウスに行き当たるが、今度は分かれ道になっておらずキレイなお姉さんはそのまま次の吊り橋に入っている。進行方向は再び北へ向かっている。

 

 どこに向かってるんだろ。僕はてっきり港に向かうと思っていたのだけど。港は南西方向だ。キレイなお姉さんは謎に満ちている。

 

 謎と言えばさっきテントに居たメガネのお兄さんもそうだ。成り行きを見てると味方なのか敵なのかよく分からない。もう分かんないことだらけだ。

 

 ここは暗いしおっかないので早くこの追跡を終わらせてしまいたい。なんで二手に分かれようなんて言ったんだろう。論理的にはその方がいいことは分かっているのだが、感情としてはべポさんが傍にいてくれれたらなと思わないでもない。

 

 気付けばキレイなお姉さんはツリーハウスに行き当たっている。今度も分かれ道にはなっておらず、吊り橋は右方向に抜けている。僕は再び木を回り込むようにして吊り橋の左側へ向かう。

 

 だが、

 

いない……。

 

 キレイなお姉さんが吊り橋の上に現れてない。

 

 

 思わずべポさんの方に顔を向ける。べポさんも驚いた表情をしている。

 

 うそー、見失ってしまったのかな。僕は焦ってしまい四方八方に顔を向けてどこかにいないかどうかよく探してみる。

 

 ダメだダメだ。よく考えないと。

 

 さっきまではいたんだ。ツリーハウスまでは……。ってことはツリーハウスから……。

 

 ヤバいよ、もしかしたら……。

 

「あなたたち……、わたしに何かご用かしら?」

 

 その声と共にいつの間にやらキレイなお姉さんが木のそばに立っていた。

 

 気付かれてたよー。どうしよう、どうしよう。

 

 べポさんも慌ててるよ。何とかしないといけない。でもいきなりのことで言葉が出てこない。

 

 

 そうやって僕たちがまごついているところに、

 

「悪いな……。こいつらキレイなお姉さんを見ると付いてっちまう癖がある。悪気はねぇから勘弁してやってくれねぇか。……、なぁ、ニコ屋」

 

と、手に刀を持つロー船医が現れてくれたー。

 

 

 きっと救世主とはこのことを言うんだよ。

 

 

 

 ひとまず僕たちの仕事は成功したように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第17話 三つ巴

いつも読んでいただきありがとうございます。
ではどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 トラファルガー、筋書きはできてる。ここは上手く事を運ばせる。

 

 

 俺にだけ聞こえるような抑えた声音で奴はそう言っていた。あの場でボスを置いて来るのは不本意ではあった。奴を信用できるのかどうかも定かではない。

 

 だが、ボスの指示でもあるし、あの場で手間取ってニコ屋を逃すわけにもいかねぇ。それに、奴の目は真剣そのものであり、何か訴えかけるものが感じられた。

 

 筋書きとはどういうことだ? 

 

 皆目見当がつかねぇものは考えても仕方がない。ボスの言うとおり、なるようになるだろう。

 

 俺はCP9との邂逅の場から能力で移動して吊り橋を下り、落ち葉舞う下道を駆け抜けている。

 

 CP9……、CPは1から8までのはずだが。9ってのは存在しないはずのCPってことか……。闇の中でも、もう一段深い闇の連中ってわけだな。

 

 あの場には3人いた。間違いなくオークション会場にいた奴らだ。奴らの狙いは俺たちだけか、それともニコ屋も含んでいるのか。

 

 奴らの一人は後方を付かず離れず追い掛けてきてやがる。付かず離れずというところが気に食わない。何かしら思惑があるのかもしれねぇな。

 

 待ち受けて戦うか……、だがそうなると時間を使っちまう。べポとカールでの追跡行はそう長くは保たねぇだろうし、ニコ屋は奴らだけで何とかできる相手じゃない。

 

 結論……、奴らを探すのが先決。ニコ屋がその場にいれば問題ない。CP9がそこに現れるだろうが何とかするしかねぇな。

 

 見聞色の覇気は先程から働かせているが、まだそれらしき気配を感じ取ることはできていない。

 

 吊り橋やツリーハウスのランタン光が届かぬ下道は暗闇が支配しており、ほんの微かにオレンジの纏いを感じるに過ぎない。

 

 

 暗闇にいるとどこか落ち着いていられるのはなぜだろうか? そして、暗闇にいるとあの人の事を思い出してしまうのは?

 

 いつも考えることだが、行きつく答えは毎度同じである。

 

 コラさん……。

 

 10年も前、ミニオン島での最後の別れ。あの時俺はコラさんによって、宝箱の暗闇の中で守られていた。だから、辺りが闇に包まれている方が俺には落ち着くんだろう。

 

 ナギナギの実が目の前に現れた瞬間、俺は言葉にできねぇ感慨に襲われた。こんな瞬間が訪れようとは、確かに想像することもあったが、いざ訪れてみればそれは想像以上だった。

 

 コラさんはもうこの世にはいない……。

 

 現実の残酷さに容赦がないことは嫌と言うほど思い知らされてきたが、やはり容赦ねぇな。

 

 コラさんの亡き本懐を遂げる……。亡きという枕詞は受け入れなければならない。

 

 

 だが、

 

 

俺は一人じゃないことも強く感じた。

 

 俺の横で、電伝虫の先で、一瞬言葉を失くしていたネルソン家の人間。俺が世話になっている人達。俺はハートを一人で背負ってるわけじゃねぇんだ。

 

 

 ケリはつけてやる……。ジョーカー……。

 

 もう俺のボスはお前じゃねぇ……、あの人だ……。

 

 

 思わず顔に力が入ってしまっていることを感じてしまう。……、頭はクールにしておく必要がある。

 

 暗闇を駆け抜けての探索行で、脳内を覆っていた事柄を物思いから現実への思考に切り替えていく。

 

 

 ジョーカー、王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴの闇の仲買人(ブローカー)としての通り名である。

 

 ジョーカーはナギナギの実を手に入れるために10億ベリーを支払った。それ自体、理解はできる。目的のためには対価は惜しまない。ジョーカーはそういう人間だ。

 

 だが、本当にそれだけか……? 奴は一筋縄ではいかない人間でもある。現段階で砂屋の計画がどこまで進んでいるのか定かではないが、10億が動くことになる。それが意味するところは何なのか? 10億は砂屋への軍資金じゃねぇだろうか。

 

 ……、もしかしたら、奴は砂屋の計画を嗅ぎつけてる可能性はないだろうか……。計画には何かしらカギとなる目的があって、そのカギを手に入れるために、砂屋の計画を分かった上で泳がせている。そして、どこかの段階で梯子を外すつもりでいる。十分、奴が考えそうな手だ。

 

 だとすれば、誰かを紛れ込ませている可能性もあるな……。

 

 それに、会場で会ったあの男、ジョーカーのメッセンジャーを務めていたあの男は何者なのか? 百計のクロは何かしら知っているそぶりを見せていた。確かに奴の言うとおり、ジョーカーの取り巻きらしくねぇ居住まいをした男だった。俺が居た頃にあんな男はいなかった。

 

 あの男が最後に口にした黒髭海賊団という名。聞いたことがない名だ。

 

 

 

 ジョーカーの思惑、メッセンジャーを務める謎の男、黒髭海賊団、ナギナギの実……。

 

 砂屋の計画、ニコ屋、アラバスタにある何か……。

 

 政府の思惑、CP9……。

 

 百計のクロが知りえていること……。

 

 

 俺たちの思惑、珀鉛、ダンスパウダー、……。

 

 

 パズルのピースはどう嵌まるのか。チェスの盤面を動かす駒は、カギとなる駒は何か。

 

 

 

 そこでふと思い至る。

 

 

 10億ベリー。

 

 

 ジョーカーの手から離れたものを俺たちがどうしようが問題ないよな……。まあそういう問題じゃないかもしれねぇが。

 

 10億ベリーを奪うってのもアリかもしれない……。

 

 

 思考を巡らしていくと、思わぬアイデアにぶつかるものである。

 

 だが、ひとまずはニコ屋だな。

 

 

 考えることに一区切りをうったところで、脳内は見知った2つの気配と近接する謎の気配ひとつを感じ取る。

 

 

 ……そろそろ、ご対面といこうじゃねぇか。

 

 

 

 

 

「悪いな……。こいつらキレイなお姉さんを見ると付いてっちまう癖がある。悪気はねぇから勘弁してやってくれねぇか。……、なぁ、ニコ屋」

 

 時間が止まっちまったようなその空間で時計の針を再び動かしてやるが如く、俺は言葉を投じる。

 

 見知った2つの気配の元は、歓喜の混じった安堵の表情を浮かべ、謎の気配を漂わせていた張本人はどこか怪訝な表情を浮かべている。

 

「ドクター!!」

 

「ロー船医!!」

 

 希望に満ち溢れた二人の言葉が耳に入ってくる。

 

 正面にはそのひとりであるカールが普段は見せないメガネを掛けた姿でシルクハットを被らずに、吊り橋を挟んで向こう側にはもう一人のシルクハットを被ってないべポの姿が認められる。

 

 なんてなりしてやがる。こんな姿見たら、ボスとジョゼフィーヌさんにどやされるぞ。

 

「おまえら、俺たちネルソン商会の鉄則は何だ?」

 

 シルクハットを被らねぇ俺が言えた義理ではないが、大事なことだ。

 

「「戦闘において、取引においては正装であることですっ!!!」」

 

 俺の居住まいを正した言葉に、二人は声を揃えて答え、直立不動の姿勢を取る。

 

「そうだ。正装を捨てるときは俺たちが死ぬ時だ。それを忘れるな。……、自ら正装を捨てるな!!! ……って、ボスなら言うだろ。ボスには後で反省文書いとけ。ジョゼフィーヌさんとの罰則交渉には俺が掛け合ってやる」

 

 あの人はこんな時見境が無い。こいつらに金に関する恐怖の災いが降りかかることが目に見えている。

 

「「すみませんでした!!!」」

 

 二人声を揃えての平謝り。

 

 正装……。正しいと自分たちで決めた装いでいること。それを捨てるときは俺たちが死ぬ時ってのは、その通りだと思う。矜持、覚悟……、大事なものだ。

 

 

 でだ、いたたまれない表情で立ちつくす二人を直線で結んで、三角形を作ると頂点にくるような斜め向かいの木陰に背を預けてニコ・ロビンがこちらを見つめている。俺たちのやりとりを聞いていたのか不思議そうな表情をしている。オークション会場にいたときとは違って、仮面を付けてはいない。

 

「死の外科医、トラファルガー・ロー。あなたたち、ネルソン商会ね。オークションは終わったのよ。私に何のご用かしら?」

 

 俺たちに関してはリサーチ済みのようである。ニコ屋は平然とした表情で俺に言葉を返してきやがる。

 

「大したタマだな。正体を見破られようと動じてねぇと見える。まあいい。俺たちは別にオークションに難癖を付けにきたわけじゃないし、おまえをデートに誘いに来たわけでもねぇ。ビジネスの話だ」

 

 己の言葉に我ながら随分と口が回るようになってきたもんだと思ってしまう。

 

「そう……。何が狙いなの?」

 

 ニコ屋は無駄な事を一切口に挟んではこない。

 

「ダンスパウダー。おめぇら、アラバスタで使ってんだろ? それに、ナギナギの実で受け取った10億ベリー。……、よこせ」

 

 俺も単刀直入に言葉を切り出す。

 

 うっすらと笑みを浮かべやがるニコ屋は、

 

「フフフ、随分なお言葉ね。ビジネスが聞いて呆れるわ。まるで海賊みたい……。でも……、私たちをしっかり調べ上げているようね」

 

と言って呆れたように首を振っている。

 

「お褒めに与かり光栄と言いてぇところだが、おまえに倣ってな、俺も無駄口を挟むのは性には合わねぇ。ビジネスには元手がかかる。この世の真理には違いないが、時と場合による。リスクとリターン、メリットとデメリットその関係性次第ってわけだ。それに……、元手はかからないに越したことはねぇしな」

 

「そうかしら……。じゃあ、私たちにどんなメリットがあるというの?」

 

「ひとまずは……、お前自身にメリットがあるかもな……」

 

 その言葉の意味がもうすぐこの場に登場するだろう。ニコ屋と会話をしつつも、見聞色の覇気はこの場に近付いて来るひとつの気配を感じ取っていた。先程から俺の背後を付かず離れず追跡してきた奴だ。

 

 それが意味するところは……、奴も見聞色の覇気を使っているということだ。

 

「カール、おまえは下がってろ。べポ、こっちへ来い」

 

 すぐさまに二人に指示を出す。この場の状況はすぐに変わるだろう。

 

「ロー船医、キレイなお姉さんをどうするんですか? 何もしないですよね?」

 

 全く、面倒な奴め。先程のいたたまれない表情はどうした。カールは美人の女とくればすぐこれだ。どういう教育をされればこんな風に育つってんだ。

 

「わかった。わかったから、とにかくおまえは下がってろ」

 

 ここはそう言ってやるしかない。

 

 一方のべポは飼い犬よろしく従順にこちらへとやって来ている。犬じゃねぇな……、飼い白クマか。

 

 

 

 そいつは、この空間にさざ波を立てるつもりなど全くないかのように、至極静かに現れた。上方、吊り橋の上にひらりと舞い降りている。服装は俺たちのように漆黒で、頭には黒のキャップ帽を被っている。そして、二振りの帯剣。

 

「そんなところに立ちやがって、高みの見物と洒落こもうってのか? CP9」

 

 漆黒のそいつに軽口を飛ばしてみる。

 

「CP9!!」

 

 ニコ屋は俺の言葉に出る最後の単語に反応している。どうやら正体を知っているらしい。

 

「わしを待っていたような言い草じゃな。お前の言うとおり高みの見物が出来れば良いのじゃが、そうもいかん」

 

 そいつは口調がどうも年寄りじみてやがる。調子が狂いそうな相手である。

 

「俺たちはおまえに相対するわけなんてねぇんだがな」

 

「私も同じ」

 

 CP9に対してはニコ屋と意見が一致する。幸先がいいかもしれない。

 

「ふむ。お前たちはそうかもしれんが、わしには相対するわけがあるんじゃ。まずは言っておいた方がいいじゃろう。わしらCP9は政府直下の諜報機関で、わしの名はカクじゃ。お前は確かにニコ・ロビンじゃな、手配書の面影が残っておるわい。お前に対して捕縛命令を受けとる。そして……、お前は死の外科医トラファルガー・ローじゃな。お前たちネルソン商会には抹殺命令を受けとる。……、事のついでにな」

 

 なるほど、このカクというCP9の言葉で、メインはニコ屋の方で俺たちはついでにすぎないということがわかる。が、ついでに抹殺されてはたまったもんじゃねぇ。

 

「そう……。あなたの言い分はわかったわ。……でも、もちろん受け入れる気にはなれない。……それに、死の外科医さん……、あなたの言い分もね。私はあなたの力を借りなくてもこの場を切り抜けられる。あなたの提案にはメリットなんて何もないじゃない」

 

 ニコ屋にはこう言われる始末だ。

 

「わぁ……、三つ巴だ」

 

 カールの他人事の様な言葉が聞こえてくる。何、暢気なこと言ってやがる。

 

 状況としては確かにそうだが、厄介な状況になりつつあるんだ。

 

 俺たちがカク屋に攻撃すれば、その間にニコ屋は逃げる。カク屋も俺たちに攻撃しようともニコ屋は逃げる。

 

 そして、俺たちがニコ屋に言い分を呑ませようとすれば、カク屋に攻撃される。カク屋もニコ屋を捕縛しようとすれば、その間に俺たちはカク屋を攻撃する。

 

 俺たちとカク屋の状況は竦みだ。

 

 だが、ニコ屋が考えていることはこの場から逃げ出すことだけだ。奴は戦う必要がない。

 

 では、俺たちとカク屋で手を組めばいいのか? さすがに、それはねぇよな。

 

 であるならば、俺たちがやるべきことはニコ屋をうまく丸めこんでカク屋を攻撃させるしかない。つまりはこの場にニコ屋を留めさせなけりゃならねぇってことだ。

 

 カク屋はどう考えるだろうか? 俺たちとニコ屋をまとめて捕えようとするか? 幾らなんでもそれはない。俺たちを説得して、ひとまずニコ屋を先に捕えようとするか? その可能性が高ぇとは思うが。

 

「そう結論を急がんでもよいじゃろう。ニコ・ロビン……、わしはCP9と言ったがもうひとつ……、別の肩書も持っとる。ヒガシインドガイシャ……、お前なら少しは聞いたことがあるじゃろう。わしはそこにも所属しておってな、五老星の一人より直接命令を受けとるんじゃ」

 

 カク屋はここで全く予期していない内容をニコ屋に披露し始めている。話がとんでもねぇ方向にいっちまいそうだ。

 

「ヒガシインドガイシャは歴史探索部を設ける。そこで、ニコ・ロビン……、お前をヘッドに迎え入れろとの命令を受けとるんじゃ。お前の捕縛は政府としての表向きの話でな、実際のところはそういうことじゃ。……、おぉ、そう言えばお前もおったの。これは機密事項じゃが……、お前はここでわしの手で死ぬんじゃ。問題ないじゃろう」

 

 今気付いたかのように聞き捨てならない言葉をカク屋は最後に付け足してきやがる。

 

 こいつもヒガシインドガイシャの人間なのか。歴史探索部とは……、何が狙いだ。歴史を知ることを禁止しておいて、裏では自ら歴史を調べるわけか。奴ら独占して、場合によっては都合よく捻じ曲げるつもりか。

 

「ふざけないでっ!!! あなたたちがオハラにしたことを私は決して忘れないわ。あなたたちの言葉は何も信用できない」

 

 どうやら交渉決裂のようだが……、

 

「そうかもしれんな。じゃったら、命令を受けた以上は、力ずくでも遂行せんとな……」

 

と、カク屋は静かに言葉を発し、帯剣に手を掛ける。

 

 

 

 手術(オペ)の時間だな……。

 

 

 

 ニコ屋の能力は既に把握している。ハナハナの実の能力で体の各部を花のように咲かせる力。

 

 だとすれば、奴が仕掛けてくるのは関節技(サブミッション)と考えられる。厄介な能力であることは間違いない。スピードやパワーを無力化されちまう。

 

 先に動くべきだ。

 

「ROOM」

 

 俺は一足先に能力を発動させて、辺り一帯をすっぽりと覆うように(サークル)の膜を張り、この場の全員を執刀領域に入れる。

 

 左に移って来ているべポに目配せを送る。べポをニコ屋に向けても意味はない。ひとまずこいつはカク屋に向ける。

 

 さらに見聞色の覇気を働かせる。ニコ屋が動くな……。べポも動く……。カク屋は様子見……。

 

 意識的に脳内の回転数を上げていき、全員の動きを同時に知覚化している。鬼哭(きこく)を鞘から抜いて、左から右へと斜めに大きく空を切る。

 

 カク屋は見聞色で、ニコ屋は本能で危険を察知したのだろう。両者ともに回避に移っている。カク屋は六式の月歩(げっぽう)で空中へ、ニコ屋は前転して前方へ。

 

 ニコ屋の先手を取れた。ひとまずは上々……。

 

 カク屋とニコ屋を一刀両断するべく放った、空を切る太刀筋は、そのまま高速飛行して両者が数瞬前にいた位置に到達しその場に存在するものを切開する。

 

 吊り橋の左側が斜めに切れて、弧を描くように落下しはじめ、その奥で屹立する木々と手前のニコ屋が凭れていた木も倒れようとしている。

 

 ニコ屋は能力を発動させようと両腕を構えている。

 

「タクト」

 

 左手人差し指を突き出して動かし、ニコ屋が凭れていた木が倒れる方向を丁度ニコ屋を直撃するように調整する。

 

 べポが飛び上がっている。

 

 あいつはカンフー使いであるが、ロッコさんに六式の内、(ソル)月歩(げっぽう)嵐脚(ランキャク)鉄塊(テッカイ)を仕込まれている。四式使いとでも言えるだろうか。

 

三十輪咲き(トレインタフルール)

 

 ニコ屋がその言葉と共に両腕を交差すると、奴を包むようにして花びらが舞い、手近の木の枝から5本の手が生えてくる。さらに生えた手の先からまた手が生えてきており、数珠つなぎのように次から次へと手が生えてきている。そうして出来上がった5本の垂れ下がる手はニコ屋へ向かう倒木を掴むと、

 

「ハングショット」

 

俺へ目がけて突き打ってくる。

 

「白クマか。月歩(げっぽう)を使いよるとは驚きじゃな。……、じゃが今日は楽しむつもりはないぞ」

 

 眼前に飛び込んでくる倒木を捉えながらも、カク屋の物騒な言葉が耳に入ってくる。

 

「シャンブルズ」

 

 咄嗟に判断して、べポと己に迫って来る倒木の位置を入れ替える。倒木は俺に代わってカク屋へと迫っていき、俺の前にはべポが空中に現れる状況へと切り替わる。

 

 カク屋とニコ屋の表情が歪むのがわかる。俺の能力も奴らには厄介な様であるが、そんなもんはお互い様だ。

 

 カク屋は迫る倒木を瞬間で躱している。

 

「べポ!!」

 

「アイアイ!! ドクター。(ソル)

 

 俺の呼びかけにべポはすぐさまに理解したようで、応じると体勢を変えて一瞬で加速してニコ屋に向かっていく。

 

 上空にいるカク屋に意識を向ける間に、ニコ屋の次の動きも感じられるが一瞬反応が遅れてしまう。

 

 まずい……、肉を切らせて骨を断つ気か……。

 

六輪咲き(セイスフルール)

 

 ニコ屋は再び両手を交差して能力を発動させると、俺の背中から4本、下の落ち葉の中から2本の手が生えてきて、それぞれ首、両腕、両足を掴んで極めにかかってくる。

 

 自分がべポに攻撃されても、俺にダメージを与えようってわけだろう。

 

 鬼哭(きこく)で斬り落そうとするが、右手を抑えられてうまく扱えない。

 

「クラッチ」

 

 ニコ屋からの死刑宣告の言葉が発せられて、俺の体がしなっていくのが分かる。骨がみしみしと音を立てているのが感じられる。激痛なのだが、不思議と叫び声も出せない。

 

「ドクターを放せーっ!!! アイアイアイアイー!!!」

 

 べポの言葉が聞こえ、あいつの蹴りの連撃がニコ屋に入るのが辛うじて目に入る。

 

 俺の体を拘束していた6本の手が消えていく。間一髪、危なかった。ニコ屋は厄介極まりねぇ。

 

 だが、気を休めている時間などない。カク屋の動きを見聞色の覇気は察知する。

 

「おまえたち……、わしを忘れとらんか? 嵐脚(ランキャク)“乱”」

 

 カク屋が両手に持つ刀と両足によって、まるで4刀使いのような剣さばきで無数の斬撃が広範囲に飛んでくる。

 

 俺はその攻撃が覇気を使ってないとみて、すぐに武装色の覇気を纏い防御に入る。

 

鉄塊(テッカイ)

 

 べポも自身の体を鉄の硬度まで高めて防御に入っている。カールを庇うようにして。

 

 

 気付けば辺り一帯は容赦なく乱れ飛んだ斬撃によって、周囲に積もる落ち葉を舞い上がらせ、さらなる倒木を引き起こし、既に倒れている木を切り刻んでいる。さらに、俺が切り落した吊り橋によって、ランタンの火が落ち葉に移って火の手が上がっており、まるで戦場のような状況になりつつある。

 

 

 べポは鉄塊(テッカイ)で防御していても、無数の切り傷を負っており、カク屋のヤバさがわかるってもんだ。

 

 ニコ屋はもっと酷く、体全体に凄惨な切り傷を負わされて血を流している。

 

 俺もニコ屋の攻撃で背骨を少しイってるが、まだ何とか動けるだろう。

 

「少しは理解したかのう? 諜報組織に属す人間の恐ろしさというものを」

 

 カク屋は既に着地しており、悠々と言葉を発している。

 

「ニコ屋……。これでわかったろ。本当にやべぇのはカク屋だ。奴を先に何とかしないとどうしようもねぇんだよ」」

 

 ニコ屋に声を掛けてみるがすぐに反応はない。

 

 

「どう……、するの……」

 

 絞り出した言葉はそれだけ。

 

 だが、十分だ。

 

 これで、状況は3対1へと変わる。

 

 

 

 勝負はここからだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
ロー視点、ロビンの戦闘描写って非常に難しいですね。
今話はかなり産みの苦しみを味わいました。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第18話 武装色の王気

いつも読んでいただきありがとうございます。
大変お待たせすることとなり、申し訳ありません。
では、どうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 

 

 先程まで薄暗がりによって支配されていたこの空間は状況が一変しつつあった。吊り橋は切り落されて無残に垂れ下がり、灯していたランタンが地に落ちてその場を覆っていた落ち葉に引火して、炎を撒き散らしている。取り囲んでいた木々も切り倒されており、遮るものがない開けた空間を生み出している。

 

 それによって空間には明るさが増しているのだろうが、明るさという表現が正しいかどうかには甚だ疑問である。

 

 相手の姿形が見えるようにはなっているが、仮に空気に色が存在するのであれば、この場を支配する色は容赦がない、そしてどす黒いブラックで覆われているだろう。闇で生きる人間がそれぞれの主張をぶつけてやがる。己の命を賭けて……。

 

 

 今、俺たちがいる場を言葉で形容すればこんなもんだろうか。

 

 カク屋がいつの間にやら眼前に下り立っている。今の今まで気付かなかったが、奴は鼻の部分がくり抜かれた仮面を被っており、特徴的な角張った長い鼻をこれ見よがしにアピールしている。

 

 こいつは角鼻屋だったか……、だが今さら面倒だ。こいつはカク屋だ。

 

 ニコ屋は何とか立ち上がってはいるが、カク屋の斬撃でダメージを受けており、痛々しいほどに血を手足から流している。

 

 俺とカク屋、ニコ屋の立ち位置はきれいな三角形を形作っており、離れた位置にカールを守るようにしてべポが立っている。べポもカク屋の斬撃で少なからずの血を流している。

 

 だが守られている当のカールはべポに対して怒っており、なぜニコ屋を守らなかったのかと怒号の嵐をべポに見舞ってやっている。べポはそれによって同情したくなるほどに落ち込んでおり、カールの理不尽加減に俺はこの状況にも関わらず溜息をつきたい気分に襲われる。 

 

「お前は覇気使いじゃったな。コーギーよりしっかり報告を受けとるわい」

 

 コーギー……、カク屋の言葉にフレバンスでの戦いが思い起こされてくる。こいつは間違いなく“ヒガシインドガイシャ”の奴らだ。

 

 ニコ屋が俺たちに協力姿勢を見せつつあり、状況は3対1になりそうだが全く楽観視はできねぇな。

 

 見たところカク屋はまだ小手調べぐらいの力しか出してない様に感じられる。だがべポもニコ屋も既に青息吐息だ。

 

 俺が勝負を決める必要がある。

 

 

 先手必勝……。

 

 

「ROOM」

 

 先に動いてこの場を己の執刀領域とするべく能力を発動させて(サークル)を張り、右手に持つ鬼哭(きこく)を滑らかに素早く動かしてゆく。

 

「ペンタゴン」

 

 太刀筋で描き出すのは正五角形。それを高速でひとつの太刀筋として作り上げカク屋に叩きこむ。前方の空気が一瞬にして斬り裂かれ精緻な太刀筋を生み出しているのがわかる。

 

 カク屋は俺の先制攻撃にも動じてはいないようで既に受けようと身構えている。

 

 見聞色……、こいつの偏りは見聞色なのか?

 

「ふむ。能力だけの男ではないようじゃな。良い刀捌きをしとるわい」

 

 そう言いながらカク屋は両手の刀と両足を使って正五角形の太刀筋を真正面から受けている。斬撃がぶつかる凄まじい音が生み出されているが、奴の体を太刀筋が貫くことはない。

 

 覇気を纏って受け止められたってことは、奴も覇気を纏ってやがるってことだ。太刀筋を避けるのではなくて受け止められたのは初めてだ。

 

 厄介な奴だな。さっさと終わらさねぇと、覇気と能力を使いすぎて息切れだ。俺が先に自滅することになっちまう。

 

「アイアイー!! 嵐脚(ランキャク)“吹雪”」

 

 間髪いれずにべポも動き出している。両足からの強烈な蹴りは真っ白な吹き荒ぶ雪のような鎌風を生み出しカク屋へと迫っていく。

 

八輪咲き(オーチョフルール)

 

 べポに合わせるようにして、ニコ屋はカク屋の両肩口、腕、腰、さらに両足を掴むようにして地面からも手を生やし、カク屋の動きを抑えようとしているが、

 

鉄塊武装(テッカイ武装)。残念じゃったな。並の者なら有効かもしれんが、わしには効かん」

 

というカク屋の言葉通り、ニコ屋から次の極めの言葉が出てこない。

 

 鉄塊(テッカイ)に武装色の覇気を纏って防御されていて、体を掴めても動かすことが出来ないのだろう。べポの攻撃もその防御によって傷ひとつ付けるには至っていない。カク屋の背後に立つ木々をまた倒すことになっただけだ。

 

 六式の力ではべポはカク屋には敵わねぇ。

 

(ソル)

 

 べポはそれでもカク屋に向かっていき、一気に間合いを詰める。

 

「アイアイアイー!!!」

 

 カンフーの蹴りで接近戦に持ち込もうとしたんだろうが、

 

嵐脚指銃(ランキャクシガン)“3本の矢”」

 

と、カク屋は左手に持つ刀、刀を離した右手の指、右足の蹴りによって3本の突きを繰り出している。

 

 それは1点に収縮して爆発を起こすようにしてべポを突き飛ばしてしまう威力だ。

 

 奴はマジでやべぇな……。

 

「シャンブルズ」

 

 俺も間合いを詰めて勝負に出ることにする。

 

 一瞬でカク屋まで1mの距離に移動し、

 

「ルーペ」

 

右手の鬼哭(きこく)で小さな円を二つ描いて、己の視界を手術用メガネのレベルに切り替える。

 

 能力が生み出す技だ。奴の肝臓の正確な位置を掴み、鬼哭(きこく)に覇気を纏って、

 

注射(インジェクション)ショット」

 

 そのまま鬼哭(きこく)を高速で突き出して、1点突破の強烈な突きを見舞ってやる。移動してから時間にして10秒足らずの攻撃であったが、

 

(ソル)

 

の言葉と共にカク屋にはすんでで躱される。

 

 間違いねぇ、こいつ見聞色だ。先を読まれすぎてる。

 

 

 そして、

 

 

奴が躱して移動した先は背後のニコ屋。

 

「全てが遅いな。故にこうなるんじゃ」

 

 ガチャリとした音も背後からは聞こえてくる。振り返るとそこには手錠を掛けられたニコ屋の姿がある。

 

 まさか、

 

「もちろん海楼石(かいろうせき)じゃ」

 

俺の考えを見透かしたようにしてカク屋から言葉がぶつけられてくる。

 

 

 さらに、

 

「わしはプロじゃ。プロは容赦はせん」

 

と、再び移動して向かう先はカール……。

 

 

 おい、やめろ……。

 

 

 べポが何とか起き上がりカールの前に立ちはだかろうとしているのが見える。

 

 

 それぞれの動きがまるでスローモーションのようにして遅く感じられるのはなぜだろうか?

 

 

 おい、やめろ……。

 

 

「シャンブルズ」

 

 俺にはそれしか選択肢がなかった。考えるまでもなく体は勝手に動いていた。

 

 カールを守るようにして立ちはだかるべポと入れ替わって俺がカールの前に入る。

 

 移動した瞬間に目の前に現れたのは、

 

嵐脚(ランキャク)八角砕(ハッカクサイ)”」

 

覇気を纏ったカク屋の両刀と両足が生み出す正八角形の砕かれるような斬撃。

 

 全身が一瞬麻痺したように感覚がなくなるが、強烈な痛みが直後に襲いかかってくる。

 

 胸が腹が抉られる痛み、背骨にもさらなる圧力。意識が飛びそうになるってのはこういうことを言うんだろう。

 

 俺は倒れざるを得なかった。

 

「趣味が……、悪ぃ……だろ」

 

 それでも何とか思いのたけを言葉にする。

 

「諜報の世界に情は無用じゃ」

 

 カク屋の言葉が何とか耳に入ってくる。

 

 

 

 マジでやべぇ……。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 この場所が先程までどうなっていたのか今となってはよく分からなくなってしまっている。確かに頭上には吊り橋が掛かっていた筈であり、前後にはツリーハウスがあった筈だが今は見る影もない。この場に存在するのは倒れて切り裂かれた木の裂片と倒れる前の木々から降り積もった落ち葉、そして3人の敵。

 

 敵と己を分かつものは吊り橋に取り付けてあったランタンより移った燃え盛る炎のみである。揺らめく炎の先にCP9の2人と百計のクロが俺を取り囲むようにしている。

 

 状況はまったくもって芳しくはない。むしろ悪い。

 

 1対3の状況で何とか突破口を開こうとして、まずは一人減らそうと動き出してはみた。標的はCP9の一人であるブルーノ。覇気の強さにおいても六式においても純粋な強さでは俺に分があると踏んだわけだが、この状況が安易な展開を許すはずはなかった。

 

 確かにダメージは与えることができる。奴が防御しようとも俺の方が上回るため、防御を破って攻撃になり得る。だが1対1ではない。あと二人いるのだ。

 

 一方で攻撃しながら、もう一方で俺も防御をしなければならない。厄介なことこの上ない。

 

 さらにも増して厄介なのはブルーノの覇気の種類、武装色への偏りでマイナス。要所要所で奴は武装色の軟化を繰り出してくる。そのタイミングでもう一人のCP9ルッチの強烈な攻撃と、様子見しているクロが襲いかかって来る。まるで示し合わせたかのようにだ。奴らの術中に見事に嵌まってしまっている現状がここにはある。

 

 それに、この武装軟化っていうのは……、

 

 先程から徐々にではあるが体力を削り取られているような感覚がある。息が上がっていることが感じられるし、何よりも体の奥底に強い疲労感が生まれつつある。

 

 武装色マイナスは相手の覇気を消すことかと思っていたが、考え直す必要がありそうである。

 

 武装色マイナスの本質は相手の根源的な力を削り取ることにあるのだと。

 

 その余波は最悪だ。集中力の低下を生み出し始めている。コンマ何秒で勝負が決まるかもしれない状況では致命的でさえある。

 

 

 このままではジリ貧……、別の手を考えなくてはならないが。

 

 

 3人まとめて叩き潰すことが出来ない以上、標的は一人に絞らざるを得ない。

 

 であるならば、百計のクロか……。

 

 

 

「我々も忙しい身でな。そろそろ終わりにしたいんだが。もう少し楽しませてもらえるかと思っていたが、どうやら当てが外れたようだ。息も上がってるように見える。心配するな、楽にしてやる」

 

 人間と豹の体を一体化させた姿でロブ・ルッチの厭味ったらしい言葉が聞こえてくる。

 

「ご期待に添えなくて悪かったな。だが、そろそろ終わりにしたいってのには賛成だ。意見が合って嬉しいよ。俺も次が控えていてな、ここでいつまでも油売ってるわけにはいかないんだ」

 

 減らず口は叩いておくに越したことはない。時間を少し稼いで相手の出方を窺う。

 

「そうか。ならばさっさと倒してみろ」

 

 口の端を吊り上げてルッチは笑みを浮かべながら俺を挑発してくる。

 

 挑発に乗るというわけではないが、先に動くべきだな。活路は自ら開いていくものである。

 

 背中に戻していた連発銃を再び取り出し、能力を発動させて黄金の銃弾を六発全弾装填する。

 

(ソル)

 

 すぐに準備を済ませ、間合いを一気に詰める。相手はルッチだ。

 

 真の狙いは百計だが、奴は押せばのらりくらりと躱すだけなので、引いておびき寄せる必要がある。

 

 間合いを詰めた分、分け隔てていた炎をかなり間近に感じる。揺らいでいるように見えたそれは近くでは全てを嬲っているような禍々しさを漂わせているが、熱さは感じない。

 

 もうそんな境地には立っていないからだろう。

 

「さあ、血闘の再開といこうじゃねぇか」

 

 ルッチの口から発せられた言葉は焼き尽くす炎と相まって、狂気と言う言葉が頭の中に浮かんでくる。

 

 

 全くもって、狂ってなければやってられないな……。

 

 

 俺も自然と口の端が吊りあがって来るのが感じられる。狂気の頬笑みとでも言えようか。

 

嵐脚(ランキャク)狂熱(フレンジーブリザード)”」

 

 右足に狂気と覇気を纏わせて眼前の炎ごと蹴りこんでやる。生み出される鎌風には熱気と狂気と覇気が合わさってどす黒い禍々しさに覆われている。

 

 ルッチも反応して右足を素早く上げており、嵐脚(ランキャク)返しをしてきている。炎を帯びた鎌風が激突して辺りの空気が一瞬で切り裂かれる。

 

 右手でブルーノが動き出そうとしているのが見聞色の覇気で感じ取れる。

 

 エアドアか……。

 

 出方を読みあいながら、奴の現れる可能性がある未来位置、45度、90度、137度へそれぞれ銃を撃つ。

 

 最後だけ2度方位角をずらして罠を張る。

 

 背後に空気の扉が出現してきていることが感じ取れる。食い付いてきたな。

 

 だがルッチからも目を離すわけにはいかない。右手を動かそうとして……、こいつはやばいな。

 

「飛ぶ指銃(シガン)暗黒撥(アンコクバチ)

 

 右手の指が瞬速で突き動かされて指の先から覇気を纏った強烈な空気の弾が飛んでくる。

 

 そう、こいつは銃弾となんら変わりない。1歩先を読めているので躱せそうだが、体勢を90度右にずらし、覇気を左腕に纏わせて敢えて受ける体勢に入る。やられたというような表情を作り出し、誘い込む相手は空気扉から出てくるブルーノである。

 

 

 3人目が動くな……。

 

 

 クロが背後へと回り込んで高速で懐に飛び込んで来ようとしている。

 

 左腕にルッチからの指銃(シガン)が入り撃ち抜かれるが軽い出血で済んだところで、その左腕で奴に対して牽制の銃弾を3発撃ち返して時間を稼ぐ。

 

鉄塊(テッカイ)(サイ)”」

 

 上半身から飛び出してくるブルーノが右手に現れ、拳を鉄の塊のようにしてパンチが繰り出されてくる。

 

「武装軟化」

 

 俺に当てる直前にセオリー通り武装色マイナスの効力を発揮して力を削りにくるブルーノ。

 

 コンマ数秒の世界ではタイミングが大事だ。

 

 今だ……。

 

 その場でバク転をしてブルーノの攻撃を避け、さらに銃を再装填しながら背後より向かってくる真の狙いのクロに相対する。奴は両手にはめた仕込み10本刃を顔の前で交差させながら不敵な笑みを浮かべている。

 

(ソル)

 

 俺もすぐに体勢を元に戻して高速でクロに向かっていき、

 

六芒星(ヘキサグラム)

 

 六角の星形を作り上げるようにして六発の銃弾を放ちながら間合いを詰めていく。

 

 銃器は能力者や覇気使い相手では得てして有効な武器とは成り得ない様に考えられるが、鍛錬の先に光明があると考えている。俺は銃使いとしてこれからもやっていくつもりだ。

 

 六発の銃弾は予測されるあらゆる動きを緻密に計算した間隔で撃っており逃げ場はないはずだが、クロに接近してさらに渾身の指銃(シガン)を叩きこもうとすると、

 

「……、筋書き通りだ。……ボス……」

 

と、1発も避けることなく全弾を体で受け止めながら奴がニヤリと笑みを浮かべている。

 

 

 こいつまさか……。

 

 

 筋書きとボスという単語からある考えが頭の中に舞い降りてくるが、その一瞬の隙を生み出してしまったことによって、

 

「回転ドア」

 

 再びブルーノの能力によって、視界をぐるぐると回転させられるはめとなってしまう。これによって生じることは当然ながらルッチの猛攻撃だ。

 

 視界が定まり、振り返った眼前には至近距離の位置でルッチが身構えていた。

 

「そろそろ死ね……。全てを極限の域まで高めた最強の体技で沈めてやる。六式奥義“六王銃(ロクオウガン)

 

 両の拳を上下に構えながら瞬速のスピードで俺の腹に飛び込んでくるパンチ。見切ることさえできないスピードで繰り出された攻撃だが、腹に入った瞬間そうであることを脳は知覚した。

 

 だがそれと共にとんでもない重さの圧力が全身に一瞬にして行き渡り、

 

 

俺の意識は飛んだ。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「……丈夫……ですか? ……船医……、起きて下さい!! べポさんが」

 

 意識が飛んでいたと思われる俺は、必死になって揺り動かしながら覗き込んでくるカールの叫びによって、ようやく意識を取り戻した。最後のべポという名前が気になってすぐに体を起こすと、目の前に広がっている光景は業火の中で立つ2人の姿であった。

 

 だがその内の一人は立っているのがやっとという状態である。真っ白な体は見るも無残に赤く染まって痛々しく、漆黒であった筈のスーツもまた赤いものを吸い上げて禍々しさを醸し出している。

 

 対するもう一人は余裕の表情をしている。マスクをしていても存在を誇示してやがる角張った長い鼻が何とも憎らしい。

 

「カール……、俺はどれぐらいこうやって倒れていたんだ?」

 

 俺の問いかけに対しカールは泣き腫らした顔の涙を何とか拭って決然とした表情で、

 

「5分です。べポさんがもうやばいよ、ロー船医。死んでてもおかしくない。全ての攻撃受けちゃってるんですよ」

 

 俺は5分も無駄な時を過ごしてたってのか……?

 

 

 無駄……。

 

 

 いや、無駄なことなど決してない。

 

 

 己の体が今までとは、はっきりと変わっていることが分かる。それは体から発するものだ。疲労が回復しているわけではない。痛みが消えているわけでもない。背骨、腹、胸、脚……、挙げればキリがねぇ程の満身創痍であることは確かだ。

 

 だがそれでも己の体内より湧きあがるものを感じる。それは今までとはケタが違うものだ。

 

 

 こいつか……。

 

 

 これが覇気の覚醒か……。

 

 

 俺は武装色の覇気から武装色の王気へと次元を超えたのかもしれねぇな。

 

 

 べポ、おまえには悪ぃことさせちまったな。だが、すぐに終わらせる。

 

 

「ニコ屋、能力は使えなくとも手伝ってもらうぞ」

 

 近くで海楼石の枷を嵌められてへたり込んでしまっているニコ屋に対し有無を言わせぬようにして言葉を投げ掛ける。

 

 体が満身創痍でありながら脳内が急速に回転し始めていることに驚きを感じてしまう。

 

 

 武装色の王気マイナスをはっきりと知覚する。相手の覇気を消し、さらには力を削り取ること。

 

 

 そして、見聞色の覇気は遠く離れた位置で虎視淡々と機会を窺う援軍の存在を明らかにしてくれている。

 

 料理長だ。距離にして2000m、木の枝で姿勢を保ちながら狙撃銃を構えているのが分かる。カク屋が気付いてねぇってことは俺の見聞色も上がってるな。

 

「そこで寝て待っとれ。おまえの順番は最後じゃぞ」

 

 カク屋が顔だけをこちらに向けながら言いやがる。

 

「そうだな。確かに俺の順番は最後だ。カク屋……、最初はおまえだからな。……、ROOM」

 

 捨て台詞を吐いて能力を発動させて、(サークル)を張る。

 

 全てを焼き尽くす勢いの炎は降り積もっていた落ち葉を既に無きものとしており、倒れている木々を嬲りつくそうと燃え盛っている。

 

 極限状態にいることが俺の思考を研ぎ澄ませてくれる。漂う黒煙がそれを邪魔することはないし、できない。

 

 べポに向かってひとつ頷いてやり、選手交代を告げてやる。

 

 右手で鬼哭(きこく)を握りながら、左手でニコ屋に合図を出す。それは料理長に対する即興の合図にもなるはずだ。

 

 

 

 行くぞ……。

 

 

 

 数瞬後、カク屋の表情が変わる。料理長から放たれた狙撃弾を感じたに違いない。弾は3発、計算して撃たれている。奴は瞬時にそれを読んで回避しなければならない。

 

 べポが最後の力を振り絞ってカク屋に向かって走り出している。

 

 奴は(ソル)で逃げるかもしれないが、それも計算して弾は飛んで来ている。

 

 奴を捌かなければならない情報でいっぱいにしてやる。

 

「シャンブルズ」

 

 カク屋に近付くべポとニコ屋の位置を入れ替える。手錠を嵌められて能力を行使できず、ほぼ役立たずの状態にあるニコ屋が目の前に現れて、カク屋は状況を理解できないでいることが表情から読み取れる。

 

 

 チェックメイトだ。

 

 

「シャンブルズ」

 

 このタイミングで再び、ニコ屋の位置と俺の位置を入れ替えて俺はカク屋の目の前に瞬間移動する。

 

 カク屋の一挙手一投足がひどく遅く見える。

 

 鬼哭(きこく)を手放して、オペオペの能力で生み出した刃を使ってカク屋を刺し貫く。

 

「ガンマナイフ “ブレイクハート”」

 

 凝縮されたオペオペの能力は外傷を作ることなく体の内部を破壊する。さらには武装色の王気を纏うことでマイナスの力が働き、根源的な力を一瞬にして削り取る。

 

 カク屋は言葉にならない叫び声を発して口から大量の吐血をしながら背中から倒れ込み、尽き果てた。

 

 

 

 だが、これで終わりじゃねぇ。

 

「シャンブルズ」

 

 最後の仕事を終えるために余力を少しだけ残しておく必要があった。

 

 移動した先はニコ屋の背後。

 

 

「メス」

 

 感情を欠片ほども加えずにそう言葉を発した後、俺は右腕をニコ屋に突き出し、心臓を抉り取る。

 

「悪ぃな、ニコ屋。俺も仕事に関しちゃ、情を挟むつもりはねぇんだ」

 

 立方体状の膜で包まれた心臓が地に落ちて鈍い音を生み出した瞬間、ニコ屋は膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 ようやく俺たちの仕事は完了したようである。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 俺には気を失っている時間など許されはしなかった。1対3の状況でそれは死を意味するからだ。とはいえ、状況は2対2になりつつあるのかもしれないが……。

 

 ルッチの六式奥義で粉砕された俺の体は、奴が言った通り死にそうな状態なのかもしれない。だが駆け巡る痛みがまだ俺は生きているということを実感させてくれている。

 

 

 そして、痛みとは別に体の中から湧きあがってくる今までとは違う力。

 

 

 間違いない……。武装色の王気だ。俺はその領域に足を踏み入れた。極限状態に置かれたことが覇気の覚醒を起こしたのかもしれない。

 

 クロの奴め。筋書きと奴は確かに言った。状況を不利と捉えて、最大限の機会を窺うために敢えてこの状況を作り出したとでも言うのか。

 

 そのためならば俺が死にそうになっても構わないというのか。とんでもない野郎だ。

 

 だが、礼を言わなければならないのかもしれない。おかげで俺は一つ上のステージに上がれたのだから。

 

 辺りは地獄と言われても頷いてしまうような光景を見せており、ここが静寂なる森(サイレントフォレスト)であることを忘れてしまいそうである。炎が地を舐め尽くし、黒煙が立ちこめている。

 

 ようやく立ち上がった俺に対し、

 

「死にそうな面してるな。まあさっさと死んでもらって構わないんだが」

 

とルッチが体に豹を宿したままの状態で言葉を放ち、俺の返す言葉も聞かずに、

 

六王銃(ロクオウガン)

 

再びの六式奥義を繰り出してくる。

 

 ここが勝負どころとばかりに覇気も纏っている。先程の攻撃は覇気を纏っていなかった。あれに覇気を纏えばどうなるか、考えるまでもないことだ。

 

 ブルーノも接近してきている。おそらくは武装色のマイナスで俺の覇気を弱めようと考えているに違いない。

 

 だが俺が行使するのは、もう覇気ではなくて王気だがな。

 

 

 それに、

 

 

タイミングは今だな。

 

 

杓死定規(シャクシジョウギ)

 

 今の今まで終始静かな立ち回りに徹してきたクロがここでようやく動き出す。

 

 

 今度は奴らに向かってだ。このタイミングをずっと測ってきたんだろう奴は。

 

 これまでよりも倍速のスピードで移動しながら、10本刃で切り刻もうとしている。

 

 速度は攻撃に重さをもたらす。最初に餌食となったのはブルーノだ。

 

 予想だにしていない攻撃で見聞色の覇気も間に合わず、一瞬で切り刻まれて血を流すブルーノ。

 

 

 

 さらには、

 

 

 

わが妹のお出ましだ。

 

 

 

「居合“桜並木”」

 

 (ソル)での超高速移動でここまで駆けつけてきたジョゼフィーヌがルッチの背後より突然現れて刀を一閃、続けざまにブルーノにも渾身の斬撃を見舞う。

 

 そして、クロの連撃がルッチに間髪いれずに炸裂。

 

 

 

 締めは……、俺だな。

 

 

 

 王気を体に纏う。覇気とは色が変化している。黒に赤味が加えられているのだ。

 

 右の掌を広げて腕を突き出す。

 

灼熱の暗黒時代(バーニング・ダークエイジ)

 

 王気は俺の体を越えて周囲へと広がって行く、地、炎、木々、次々と辺り一帯を王気を纏った赤味がかった黒色の世界へと変えていく。そこは俺の領域であり、それ自体が武器となる。

 

 再装填した連発銃を撃ち放つ。

 

黄金王の六芒星(ゴールドキング・ヘキサグラム)

 

 武装色の王気を纏った黄金の銃弾、ルッチは回避しようとしているのだがどうやら動けないようだ。武装色の王気がそれを許さない。

 

 六連発は全弾ルッチに突き刺さって倒れこませ、地に広がる武装色の王気が落下の衝撃を迫撃へと高めて、包み込むようにして背から体全体にダメージを与えている。

 

 まるで嘘のようにルッチは微動だにしない。俺の一撃はそれほどの迫力があったらしい。

 

 ブルーノはクロとジョゼフィーヌの連撃で事足りている。

 

 

 

 勝負あったな。

 

 

 最後に俺はクロの至近まで移動して銃を奴のこめかみに向け、

 

 ジョゼフィーヌは花道を奴の首に当て、

 

 同時にクロは両手を上げて刃で挟みながら、白いハンカチーフを広げて見せた。

 

 

「ちょっと、あんたどういうつもりよ。兄さんをこんな目に合わせて」

 

 ジョゼフィーヌは今にもクロの首を斬り落とさんばかりの勢いだ。

 

 

 そこへ、悠々とした足取りで姿を見せ、

 

「まあまあ、嬢さん。命があって何よりでやしょう」

 

と、笑みを浮かべながら呟いたのはロッコであった。

 

 

 

 

 俺たちはひとつ、ステージを上がったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
更新のペース、今までのような週1に近い頻度はもう難しいです。
タグ通りの不定期更新となることをご了承ください。

ですが、書き出した以上は最後まで書きあげる所存でおります。

そろそろ、サイレントフォレストに別れを告げることになると思われます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!

今後ともよろしくお願いします!!


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第19話 俺たちを殺すことは断じてできない

いつも読んでいただきありがとうございます。
かなりお待たせする結果となりまして誠に申し訳ございません。
では、どうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン) ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 身体を極限まで酷使した戦闘は終結したがその結果、闇夜を彩色するように盛大な炎を揺らめかせ、屹立(きつりつ)していた木々をなぎ倒してしまう事となってしまった。

 

 それでも今は、戦闘狂のような境地に至らしめた業火も姿を見せている船員たちによって鎮火しつつあり、色づく葉によって天井のように覆われていた上方も突きぬかれて、漆黒の空と煌めく星々へと変化を見せている。

 

 点在していたツリーハウス、それをつなぐ吊り橋を彩っていたランタンの灯はもう存在しないため、この開けた空間に色を認識させていた炎は消えて、今が夜の帳の只中であることを改めて気付かされる。

 

 辺りを動き回っている船員の近くには俺たちをこの場で消し去ろうとして逆に返り討ちにあったCPの二人が転がっている。

 

 ローの下で助手を務めているピーターの診断では放っておいて問題なしということで、治療はしていない。奴らは微動だにせず背を地に付けているが、ローに鍛えられているピーターの見立てであるから、俺も敵に進んで塩を送るようなお人好しになるつもりはない。

 

 

 斯く言う俺自身も少なからずの傷を負っており、ピーターの診断を受けて寝かされていたが漸く背を起こし、極限状態からの解放で無性に空気とは違うものを体に取り込みたくなって、ぼうっとしたライターの小さな炎で手元を照らしながら煙草に火を付ける。

 

 同時に俺の横ではロッコが、持参している小ぶりのランタンにマッチで火を入れており、この空間に再び色が現れだす。煙草の煙を肺に吸い込んで盛大に吐き出しながら空を見上げれば、星々の煌めきに混じって月光が降り注いでいることも見て取れる。

 

「感慨深いもんでもありやしたか、坊っちゃん? どうやら覇気が覚醒したようでやすね」

 

 ロッコが自分の肩に掛けている棒の先端にランタンを取り付けながら口を開いている。

 

 坊っちゃんと呼ばれるのも悪くないかと思い始めている自分がいるのはなぜだろうか?

 

「感慨か……。そんな大層なものはないが、これからの戦闘がどういうものなのかはよくわかったよ」

 

 今回は死闘と言って差し支えないものだった。故に覚醒できたのではあろうが、覇気の偏りと方向性に悪魔の実の能力が入り乱れる戦闘と言うものがどういうものなのかはよくわかった。

 

「覇気はね……、まだまだ底を見せてはおりやせんよ。わっしらと同じようにね……」

 

 見上げればロッコは白いものが交じってはいるが立派に蓄えられた口髭の下で薄らと笑みを浮かべながら、意味ありげに言葉を並べている。

 

 向かいではクロがピーターの診察を受けている。こいつは俺の放った銃弾6発をまともに受けていた筈だ。銃弾を取り出すには船医の力が必要だが、動いても命に別条はないとピーターは言っている。まるでこれまでも同じ船に乗っていたかのような雰囲気を漂わせているクロではあるが、出会ってまだ半日も経ってはいない。現にジョゼフィーヌは横から胡散臭そうな視線を送っているではないか。

 

 

 ぷるぷるぷる……。

 

 コートのポケットに忍ばせている小電伝虫が鳴っている。多分ローだろう。右手に掴んで応答すると、

 

「ボス、こっちは片が付いた。だが、……べポがかなりやられたんで、船へ運ぶ必要がある。……応援を寄越してくれ」

 

 ローの声音からは、少し息が上がっているのを感じられる。ジョゼフィーヌはオーバンを助太刀に行かせたと言っていたが、向こうも壮絶な戦いをしていたのだろう。まあ心配はしていなかったが。

 

「わかった。よくやったよ。で、おまえは大丈夫なのか?」

 

 横で聞いているロッコがわっしが行きやしょうと言っているのを確認しながらローを労ってやる。

 

「大丈夫……、とは言い難いが動くことはできる。……、あんたも後で診る必要がありそうだな」

 

 腕の良い医者ともなれば患者の声音を聞くだけで診断を下すことができるらしい。

 

「派手に動いてしまった以上、この島に長居はできねぇだろう。すぐに出た方がいい。ニコ屋と話を付けるのは船の上でもできる」

 

 ローの意見について考えてみる。

 

 確かに島の造形の一部を幾分か変えてしまう程の立ち回りをした以上は、さっさとここをあとにするべきではある。ぐずぐずしていれば後始末に来る連中と鉢合わせということになってしまうだろう。

 

 だが、俺の考えを中断するようにしてジョゼフィーヌが口を挟んでくる。

 

「兄さん、ちょっと待って。すぐには出航はできないわ。荷積みの時間がもうしばらくかかるの」

 

 そうか、そっちの話をすっかり失念していた。

 

「どういうことだ? 大砲の取引は済ませて、別の取引を纏めたってことか?」

 

「そういうこと。ナギナギの実を手に入れることはできなかったけど、大砲の取引は良い条件を呑ませることができたから話を進めたの。でも空荷で先には進めないでしょう? 積み込む何かが必要だったけど。丁度いい荷を持っている連中が現れたの。彼らは海水の淡水化装置を持っていた」

 

 海水の淡水化装置だと……。

 

「そんな顔すると思ったわ、兄さんなら。でもこれは渡りに船の話よ。彼らは偉大なる航路(グランドライン)に入って来た連中だったから、これからどこに売り込むべきか途方に暮れていて、いいカモだった。言葉巧みに誘導してやれば、喜んで取引に応じたわ」

 

 ジョゼフィーヌ、また悪い顔をしているぞ。やれやれ、こいつは騙し取ったと同義かもしれないな。

 

「そうか。で、俺たちは誰にそれを売りつけるんだ? 戦乱のアラバスタでほいほいと金を出す人間がいるか? まだ武器の方が買い手がいたかもしれないじゃないか」

 

 俺としては取引を途中で中断したのではないかと思い描いていたのだ。ところがどっこい、海水淡水化装置ときたもんだ。

 

「何言ってんのよ。商売は近視眼じゃやっていけないって兄さんが言ってることじゃない。戦乱だろうと何だろうとあの国には必要なものよこれは。国王ならそれがわかるはず」

 

 おいおい、相手はアラバスタ国王か。

 

 ジョゼフィーヌはにんまりとしている。大方、海水淡水化装置がいくらに化けるのか皮算用しているに違いない。俺にはそんな簡単に事が運ぶとは思えない。国王であろうと戦乱中なら金には困っているであろうから、代わりの何かということになる。

 

 これはまた考えることとやることが増えたな。

 

「というわけだ、ロー。ひとまずそっちにロッコを行かせる。港近くの酒場で合流しよう、確かSilent Oakなんて言う店があったよな。そこで合流だ」

 

 ローとの通信をそう締めくくってから、もうひとつ考えを巡らす。

 

 目の前にいるメガネを掛けたこいつをどうするのかという問題だ。とはいえ、大方の結論は俺の中で既に出てはいる。詳細なものはローを加えて行うとして、ひとまず今回の戦闘についていくつか聞いておきたいものだ。

 

「さて、俺たちは次の段階に進まなければならない。百計のクロ、おまえに問い質すことは無数にあるし、ローが居ないこの場所では深いことを聞くわけにはいかないが今回の戦闘について説明して貰おうか。まずおまえの名前はクロなのかクラハドールなのかどっちだ?」

 

 真っすぐに見つめながら俺はクロに対して口を開く。奴は掌でメガネを上げる独特の仕草を見せつつ、不敵な笑みを浮かべると真顔に戻り、

 

「どちらも俺の名だ。世間的にはクロと呼ばれていたが、クラハドールと名乗っていた時期もある。名などどうだっていいことだ。呼びたいように呼べばいい」

 

 今回の件を政府がどう処理するかはわからないが、こいつも手配書が再び有効となる可能性はある。それも考えればクロだな。それにクラハドールというのは呼びにくい。

 

「キミが一番に聞きたいことは……、なぜ最初にCP側に付いたのか、ということでは?」

 

 全てお見通しだとでもいうような笑みを再び浮かべながら、クロはそう聞いてくる。

 

「そのとおりだ。おまえはあの時、筋書きと言ったな。どういうことだ?」

 

 煙草を銜えて煙を取り込みながらも、気になっていたことをぶつけてみる。

 

「……あの場に出くわした瞬間にあらゆる展開を想像できた。選択肢の中ではあの方法がベストだった。俺は“モヤモヤの実”を食べた想像自在人間、相手を見た瞬間に相関図、関連するあらゆることを一瞬で想像することができる。あの場は本来であれば順当に2対2でいいかもしれねぇが、それは相手と同格か上回る場合であって、下回る場合はジリ貧になる一方だ。キミはCPのリーダー格にはやや劣っていたし、何よりもあのなかでは俺が一番劣ることを悟っていた。そうなると、2対2では俺が足枷となっちまう。だが……、180度立場を変えれば勝機が生まれる。最大の勝機を生み出すことが可能だ。キミは丈夫そうだから1対3になっても何とかなりそうだったしな」

 

 そういうことか。モヤモヤの実……、図鑑には載っていない気がするが、面白い実を食べてる奴がいたもんだ。道理で百計なわけだな。

 

「敵を欺くにはまず味方からと言うだろう。俺はCPには無名の存在、嵌めるには格好の条件が揃っていた。キミのやかましい妹がやって来る可能性も考慮に入れていたしな」

 

 食えない野郎だが、面白い。こんな考え方をする奴は今までいなかった。そう思うとこいつのメガネを上げる奇妙な仕草にも親しみさえ湧いてくるというものだ。

 

「その相手に関連することを一瞬で想像できるっていうのは、裏を取る必要があるのか?」

 

「そうだな……。大抵は想像できることが当たっている。ただ格上に対しては裏を取る必要がある。覇気が邪魔をするみたいだな」

 

 今やこの場にいる全員が俺とクロのやり取りを興味津津の態で聞いている。懐疑の目を向けていたジョゼフィーヌも身を乗り出さんばかりだ。

 

「覇気を使えるのはどういうわけだ? 東の海(イーストブルー)なら覇気の存在自体知られていないだろ」

 

 俺の次の問いかけに対して、クロは不敵な笑みを絶やさず、

 

偉大なる航路(グランドライン)の入口で覇気を知る人間に会っている。そこからは想像が可能だ。想像で覇気が使えれば苦労はしねぇと思うかもしれないが、俺の能力は別の側面も持っている。トラファルガーが使うROOM、あれに近い空間を俺も生み出すことができる。時間に限りはあるが、俺が想像できて、かつ扱える身体能力があれば空間内で行使できるというわけだ。もちろん絶対的な力が足りない分威力は大したものではないがな。こいつの利点は習得に膨大な時間を必要とすることはないってことだな」

 

と、きたもんだ。

 

 まったく、何でもアリな野郎がいたもんだ。俺が覇気の習得に費やした時間はどれぐらいだ。思い出すのも忌々しいな。……待てよ、今回の戦闘でこいつは六式も想像できるだろうから、六式もショートカットして習得しやがるのか。やってられないな。

 

 

 ……、だが面白い。

 

「よし、ひとまずおまえも一緒に来い。ジョゼフィーヌ、行くぞ」

 

 呼ばれたジョゼフィーヌの顔は口を挟みたくて仕方がないような顔をしており、

 

「ちょっと、兄さん!! そんな簡単に決めて……、私たちの幹部クラスが一人増えるのよ? もっと慎重になって!!」

 

と、口角泡を飛ばす勢いで捲し立ててくる。

 

「何言ってる。利があることは明らかだ。俺たちはなかよしこよしでやってるわけじゃないだろ。ビジネスだ。そこに利があれば契約を交わして力を付けるんだ」

 

 とはいえ、こいつの言っていることも分かってはいるが。確かにリスクはある。ポリグラフには掛けるつもりだし、ヒナに照会して詳細な裏も取るつもりだ。だが、そんなリスクをリターンが軽く上回る。

 

 こいつも分かってはいるはずだ。冷徹な脳内計算機は迷うことなく買いだと弾き出しているはずだ。ただ、俺をだしにされたことが気に食わなくて、感情が邪魔しているんだろう。

 

 こいつの心配なところは冷徹な頭脳とすこぶる人間臭い感情が同居してしまっているところだ。まあこいつのいいところでもあるんだがな。

 

「わかってるよ。俺は大丈夫だから、ありがとうな。……ほら、行くぞ」

 

 こんなことは恥ずかしくて目を見てなど言えないので、立ち上がって踵を返してからの言葉だ。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「これまた派手にやられとるやんけ。遅なってすまんなー」

 

 激烈な戦闘が終わり、緊迫していた空間を打ち壊すようにして、料理長の言葉が聞こえてくる。狙撃銃を背に負いつつも、何とも間の抜けたような雰囲気を漂わせており、張り詰めていたものが解けていって何ともバカらしく思えてくる。

 

「大丈夫……だ。……料理長の登場……はいいタイミング……だったよ。相変わらず……いい腕……してるな」

 

 何とか言葉を返すことはできるが、かなりの能力と覇気を使ってしまって体力の消耗が著しい。

 

 

 戦場を彩った炎は今も消えることなく揺らめきを見せてはいるが、このマイペースな人間が現れたことで違った様に見えてしまうのはなぜだろうか?

 

「せやろ、せやろ。わいの一撃はドンピシャリやろ。こいつの見聞色範囲の外側からの攻撃やさかいな。ほれ、べポは生きとるかー?」

 

 俺の称賛に対して、地に突っ伏しているカク屋を指差しながら満面の笑みを見せ、今度は仰向けで横たわっているべポに声を掛けている料理長。この戦いではべポがもっとも傷が深いかもしれない。大丈夫か……。

 

 横になっていた己の体を無理にでも起き上がらせてべポの方を窺ってみる。

 

「腹減っとるやろ? おにぎり作っといたさかいな。ほれ、ローも食べへんかー? このおにぎりはうまいぞー。わいの自信作や」

 

 おいおい、料理長。重傷の奴が食えるわけ……

 

「食……べ……る……」

 

 今の今までピクリともしていなかったべポが大口を開けているじゃねぇか。

 

 どうや、うまいかと、これまた満面笑顔で料理長はべポに握り飯を食わせてやっている。

 

 

 敵わねぇな……、この人も。

 

 不思議と俺まで笑ってしまいそうになる。

 

 べポの旨そうに頬張る姿を見て、途端に俺も空腹を覚え何とか立ち上がり、おにぎりを受けとる。

 

 手に持った感触はふっくらしており、温もりが感じられて、海苔が巻かれていて……。

 

 俺は食欲の僕となる。

 

 

「どないしたんや、カール。わいが来たんが泣いて喜ぶほど嬉しいか?」

 

 料理長の言葉に、口を動かしながらカールへ顔を向けてみると、目に手をやりながら泣いている姿が見て取れる。

 

「違うよ、料理長。そんなんじゃないよ。……、だって、……だって、僕のせいで……」

 

 こいつが言いたいことは皆まで言わずとも大体分かる。そんな風に思うようになったか。

 

 気付けば、料理長が顎を使ってカールを示している。

 

 俺が何とかしろってか。目が、お前の方がええやろと語っている。いつから俺はこいつのお守り役になったんだ。……しょうがねぇな。

 

「カールその、せいってのは……やめろ。おまえのお蔭で……俺はまた強く……なれたんだ。……だが、おまえが今回……しっかりと感じたことが……あるってんなら……。強くなって見せろ」

 

 そう言ってやり、カールの頭をポンポンと撫でてやる。

 

 

 

 さて、ニコ屋を何とかしねぇとな。

 

「ほぉー、えらい別嬪さんやな。こいつか、ニコ・ロビンは」

 

 これまでの俺たちのやり取りに口を挟むことなく無言を貫き模様眺めに徹していたニコ屋に対し、とうとう料理長の遠慮が無い言葉が飛ぶ。

 

 だが、ニコ屋もさる者で顔色ひとつ変えはしない。

 

 いや、もしかしたらこいつは心臓を取られて生きている状況がうまく飲みこめていないのかもしれない。

 

 

 ……、仕事に関しては情を挟むつもりはない。俺はそんな言葉を口にしたが、なぜ関しても、とは言わなかったのか?

 

 

 ……多分、こいつの眼だな。昔の俺と同じ眼をしてやがる……。

 

 

 そんな思いを中断させて、俺はコートから小電伝虫を取り出していく。

 

 

 

 

 

 

「不思議な感じだわ……。心臓を取られて生きているなんて」

 

 沈黙を破ってニコ屋が言葉を発する。

 

 俺たちはロッコさんの応援を待っている。動けそうにないべポの周りに料理長とカールが集まっており、握り飯を頬張りながらの待機状態だ。

 

 俺とニコ屋はその輪から少し離れた場所で正対している。ニコ屋に嵌められていた手枷はカク屋の体から取り出したカギを使って外しているが、ニコ屋は料理長からの握り飯への誘いは断っている。

 

「死を覚悟でもしたか?」

 

 俺もニコ屋に対して言葉を返してみるが、返事は返っては来ず再び沈黙が支配する。

 

「ニコ屋……、おまえは生きている意味なんて考えたことがあるか?」

 

「……」

 

 俺の問いかけを唐突に感じたのかニコ屋は怪訝な表情を浮かべながらこちらを見つめ返してくる。

 

「おまえの眼、……その眼は昔の俺の眼にそっくりだ。誰も信用しちゃいねぇし、もう生きることがどうでもよくなってる眼だ。そんな奴の心臓を奪ったところでどうなんだろうな……」

 

 こいつには生への執着があるのだろうか? 生きている意味はありそうだが、自暴自棄になりかけてやがるのが見て取れる。ますますもって昔の俺と一緒だ。

 

 自分でも信じられないが、俺の口は自分の過去を語り始めている。ニコ屋に何の義理があるわけでもねぇのだが……。

 

「何が言いたいの? あなたが私の何を知っているというの? あなたの境遇が私に似ていると思って同情でもしているとでも言うの? ふざけないでよっ!!!」

 

 俺の昔話が終わるとニコ屋は声を荒げて、髪を振り乱しながらきつい視線を送って俺を睨んでくる。

 

「確かに俺はおまえの事は知らねぇ。だが、おまえがそんな態度を見せること自体、核心に触れられて痛ぇって証拠だな。……おまえは誰のために生きてる? 自分のためか? 自分のために生きておまえの心は晴れ渡っているか? そのなれの果てでどうでもよくなってんだろ」

 

 そこで一拍置いた後に再び口を開き、

 

「人間は誰かのために生きねぇとやってられねぇんだ。……そもそも俺たち人間は生きてんじゃねぇ、生かされてんだ。おまえにも居ると思うけどな。自分を生かしてくれた相手が一人や二人……」

 

と、自然に言葉が迸ってくる。

 

 少なくとも俺はコラさんに、ネルソン商会の面々に生かされており、コラさんとネルソン商会の面々のために生きていると今は確信できている。

 

 ニコ屋の表情には迷いが見て取れる。何かを言葉にしようとしているようだが、うまく言葉に表すことができないでいるようだ。

 

「俺たちのボスはよく落とし前って言葉を使う。ケリをつけるとかけじめをつけると言ってもいいな。おまえは自分の過去に対してしっかりと落とし前を付けられてねぇんだよ」

 

 畳みかけるようにして俺はそんな言葉を呟いている。

 

 コラさんから見た俺もこんな感じだったのかもしれないな。生かしてもらった以上は俺もまた誰かを生かしてやる必要があると思って俺はこんなことを言っているのかもしれない。

 

 

 

 俺とニコ屋の心を剥きだしにしたやり取りは、ロッコさんの登場によって終わり、俺たちはべポを抱えてその場を後にした。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 港での荷積みはもうしばらく掛かりそうであり、ペースを上げるためロッコとオーバンを指揮として残してきた。

 

 Silent Oak

 

 この名を掲げる店内は言葉通り樫の木が点在しており、1本1本の太い樫の木を囲むようにしてカウンター席が配置されている。それぞれのカウンター内ではバーテンダーが立ち働いており、木をくりぬいて埋め込まれている妖しくも赤い照明が店内を虚ろの世界へと包み込んでいる。天井付近には大窓が存在し、月が覗く夜空は漆黒の中に薄明かりが感じられる。

 

「じゃあ、彼女もそのまま連れて行くのね。契約書を2枚用意する必要があるということね」

 

 ジョゼフィーヌは俺の左側、円の角度で言えば250度付近に位置し、クーペンハーゲルで味を占めたのかテキーラをテーブルに置いている。もちろん一気飲みのような無謀な飲み方はしていない。仮にも緊張感を湛えたビジネスの場である。

 

「そうだな。俺たちはダンスパウダーをアラバスタで手に入れる。ニコ・ロビン……。こうなった以上は渡してもらうぞ」

 

 180度に位置してそう答える俺の前にあるグラスの中身はバーボンだ。この酒場にはモルトがなく、もちろんロイヤルベルガーもない。だが、トウモロコシが原料のこいつもなかなかいける。

 

「いいわ。ダンスパウダーの役目はもう終えているから」

 

 160度に位置するニコ・ロビンの答えは素っ気ないもので、何だか心ここに在らずの様な表情を見せているが、頼んだ酒はカクテルにしたシェリーであり、細長いグラスに深紅の液体が流し込まれている。ブラッドオレンジを加えていたのが見えたので深紅の理由はそれだろう。

 

「もうひとつ。10億ベリーに手を付けるって言うのはどうだ?」

 

 右端140度に位置するローが新たな目標設定を投げ掛けてくる。奴の前には相変わらずの焼酎が置かれている。

 

 そうか……、ナギナギの実ばかりに囚われていて、ドフラミンゴが払い込んだ10億ベリーについては考えが及んでいなかったな。

 

 そもそも奴はなぜ10億ベリーを払ったのか? もちろんナギナギの実を手に入れるためだが……。

 

 待てよ……。

 

 俺たちの登場が理由ではないだろうか。奴にとっては俺たちの登場は計算外だった。もしあそこに俺たちがいなければ、1回目のビッド3億ベリーで事足りていたかもしれない。だがあの場には俺たちがいてビッドに入って来た。どうしても手に入れるために10億ベリーを付けざるを得なかった。

 

 おいおい、奴は相当ご立腹かもしれないな……。

 

 まあそれはいいとして、それでも3億が奴からクロコダイルに渡る計算になる。きな臭いじゃないか。アラバスタでは水面下でクロコダイルが動いている。だがその下で奴も動いているって言うのか。だとすれば奴はバロックワークスに誰かを送り込んでいる可能性があるな……。

 

「ニコ屋……。ひとつ聞いておくことがある。バロックワークスで……」

 

「トラファルガー……、ポリグラフを貴様の能力でやれるなら今すぐに使った方がいい」

 

 ローがニコ・ロビンに質問しようとするところを、左側200度に位置してテーブルにはラムを置いているクロが遮る。ローが質問しようとしていたことは多分に俺が考えていることと一緒だ。

 

 ローは怪訝な表情を見せながらも、カウンターを包み込むようにしてROOMを張る。

 

「バロックワークス内に潜り込んでいる奴はいねぇか?」

 

「いいえ」

 

「ニコ・ロビン……。お前の本当の雇い主はドフラミンゴじゃないのか?」

 

「……いいえ」

 

 ローとクロの質問が同時にニコ・ロビンに飛ぶ。ニコ・ロビンは何も表情に変化を見せずにポリグラフのセオリー通りにいいえで答えているが、クロの質問後にローの表情が変わる。脈拍に異常値が見られたか……。

 

「……そういうことか」

 

 ローの呟きと共に俺たちは今回の件の根深さを思い知る。

 

 

 そして、

 

 

「お客様……」

 

という会釈と共に、いつの間にか注文に応じていたバーテンダーは女のバーテンダーへと変わっており、

 

 

 

一瞬にして店内の空気が変わっていく。

 

 

 

 殺気……。

 

 

 見聞色の覇気は突如この場に入り込んできた禍々しい気配を瞬時に感じ取り、体は考えることなく反応して女バーテンダーが差し出した右腕を掴んで、俺の眼前5㎝でアイスピックを止めることに成功している。

 

 ジョゼフィーヌは剣を抜きながらカウンターに乗り出しており、剣先を女バーテンダーの首筋に付きつけている。

 

 クロもいつの間にやら両手に刃を装着しており刃の先は女バーテンダーの目元に据えられている。

 

 だが、ニコ・ロビンは一瞬で席から跳躍して頭上の樫の木の枝を掴み大窓からこの場を去ろうとするが、突如絶叫を上げて下へと倒れこんでくる。ローが密かに心臓を圧迫したに違いない。

 

「セクハラよ……、あなたたちの仕打ち。大した無礼者ね」

 

「4人目か……、CP9。念には念を入れてきたわけだな」

 

 アイスピックで俺の右目1点を狙ってきた女バーテンダーもといCP9の女諜報員は良く見ればメガネを掛けた美貌の持ち主ではあるが、正当防衛の反応に対してセクハラ呼ばわりされる云われは毛頭ない。

 

「私は今回検分役に過ぎないけれど、任務を失敗するわけにはいかないから……。でも、また失敗だわ」

 

 女諜報員は憂鬱そうに首を横に振っている。

 

「ちょっとあんた、兄さん狙っておいて調子乗ってんじゃないわよ!!」

 

 ジョゼフィーヌは喧嘩腰で、相当頭に血が上ってしまっているようだ。

 

 クロはただただ無言のまま、片方の手でメガネを上げることも忘れはしない。

 

「ひとまず、おまえの作戦は失敗だ。矛を収めてもらおうか」

 

 俺の言葉でゆっくりとではあるが、女諜報員が、そして各々が武器を収めていく。

 

「ニコ・ロビンも連れ帰れず、あなたたちネルソン商会を抹殺することもできず……。あなたたち……、こんなことして政府がどうするかわかって? 覚悟なさい……」

 

 女諜報員は右手に持つアイスピックを自分の顔横で構えながら俺たちに宣告してくる。

 

 ゆっくりとした動作で俺は煙草を取り出し、火を点けると盛大に煙を女諜報員に吹きかけ、眼前のグラスを持ってバーボンを喉に流し込んだあとに、

 

「おまえたちがどうするかなんて知ったことではない。おまえの上の奴らがどう判断するだろうな……、今回の件を。……、これだけは伝えておいてくれ、お前たちのさらに上にいる連中が手を焼いている“天夜叉”のように……、俺たちを殺すことは断じてできない……ってな」

 

と、幾分か笑顔を見せながら眼だけは一切の情を見せずに言葉を叩きつけてやる。

 

 女諜報員は俺を睨みつけながらも、ふっと笑顔を見せると、

 

「伝えておくわ。……とんだセクハラを受けたと……」

 

そんな捨て台詞と共に女諜報員は姿を消す。

 

 

 そして、問題のニコ・ロビン。

 

「言ったろ、ニコ屋。情を挟むつもりなんてねぇと。おまえの生死は俺たちが握っている」

 

 CP9がいなくなったことを確認したうえでローは心臓を取り出して見せる。

 

 ドフラミンゴによってこいつがバロックワークスに送り込まれていたとすると、どういうことだ?

 

「ドフラミンゴは自分の掌の上で、右から左に金を動かして悪魔の実を手に入れた。ニコ・ロビンと実を買いに来たあの男はお互いに素性を知らず、ドフラミンゴが全てを操っているという筋書きだな」

 

 クロが俺の考えているその先を言葉にしてくる。

 

 なるほどな。ということは10億ベリーに手を付ければ奴は黙ってないってことか。

 

 それに……、ニコ・ロビンの心臓を奪っている。俺たちはもう火蓋を切ってしまっているじゃないか。

 

 短くなった煙草の火を俺は灰皿で叩き潰すようにして消し、

 

「ぐずぐずしてられないな。ロー、ニコ・ロビンを連れて来い。ジョゼフィーヌ、クロ、行くぞ!! 奴との戦いはもう始まってる」

 

と、出航を宣言する。

 

 

 

 行ってやろうじゃないか、……砂の王国アラバスタへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
これにてサイレントフォレストは最終話となります。
航路はアラバスタへと向かいます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第4章 アラバスタ ~偉大なる航路~
第20話 幸せ者


いつも読んでいただきありがとうございます。
今回はアラバスタを前にして日常話に近いですが
よろしければどうぞ!!



偉大なる航路(グランドライン)” 外洋

 

 

 

 夜明け前、一日で最も寒い時間帯……。

 

 であるのは夜のうちに極限まで冷やされた大気が漂っているからだろう。

 

 だが、それと共にこの時間帯は一日に二つある最も美しい時間帯でもある。

 

 もうひとつはもちろん日没前。

 

 太陽の動きによって形作られるこの二つの時間帯ほど己の心を動かされる時間はない。

 

 

 

 俺たちは偉大なる航路(グランドライン)に入って最初の島、“静寂なる森(サイレントフォレスト)において政府の喉元に潜入させたヒナと再会し、武器製造者のパートナーを得て、抹殺にきたCP9は返り討ちにし、ナギナギの実を手に入れることは出来ずとも、ニコ・ロビンという次への足がかりを手中に収め、クロという未知の人間を複雑に絡み合い根が深そうな情報と共に船に乗せた。

 

 だが、上陸したときには静寂(サイレント)であったその島は出航する際には静寂(サイレント)ではなくなっていた。確かに音が存在していた。

 

 思い当たる節があるとすればそれはひとつだけ、ナギナギの実だ。あれがこの島を離れると共に音が再びあの地に戻ったのか、ナギナギの実に一体どれほどの力があるのか、そしてあの場所で逃した魚はでかいものとなるのか、深夜の慌ただしい出航の中でも俺たちは再考させられる事となった。

 

 

 とはいえ、出航した以上は次に目を向けなければならない。

 

 

 今は出航して1日が経っている。また新たな1日が始まろうとしているそんな夜明け前、6時からの当直で俺は船尾甲板に立っている。

 

 もう間もなく日の出だ。急速に辺りの暗闇は青味を増しつつある。風は逆風、出航してからの航海は決して順調ではない。何度も帆の調節をしつつの苦難に満ちたものであった。船員たちの疲労は慮って余りあるものだ。

 

 それでも、この時間だけは心を圧倒されるものがある。心なしか皆が生き生きとして見えるのだ。特にメインマストてっぺんで見張りに付いている者にはさぞかし壮大な眺めが期待できるだろう。あの場所は特等席だ。

 

 

 そして、この当直時間を使って俺は鍛錬を積む。舵輪とは離れた場所で人払いをして、射撃の1連動作を反復している。銃弾は無駄にできないので能力を使っての射撃練習だ。

 

 波の音、帆がはためく音、船が生み出す様々な音に、凍てつく寒気の中つんざく銃の発射音が一定間隔で重なっている。

 

 淡々としたその動作は心を落ち着かせ、己を無の境地に至らしめる。

 

「総帥。日の出時刻です」

 

 舵輪を握る者から声を掛けられる。

 

 頷きを返しながら動きを止めて、前方の甲板手摺へと向かう。青から白へと色を変え、さらに太陽の色が加わりつつある東の空。この場にいる皆がその方向を見つめ、暫し感慨に耽っているのがわかる。

 

 今日もまた1日が始まる。何物にも代えがたい美しさをこの一時は湛えている。

 

 

「カール……、言いたいことがあるなら言ってしまえよ」

 

 背後の海図台脇にいるカールに向けておもむろに声を掛ける。

 

 普段ならこの当直時間帯は下で休んでいるカールが珍しく船尾甲板に姿を見せて、俺の一挙手一投足を見つめていた。何か話しておくことがあるに違いない。ローからの話を受けて大方察しは付いているが……。

 

「総帥……。……、僕を……小間使いから外して下さい!!」

 

 意を決したかのようなカールの言葉が背後より飛んでくる。

 

 そうきたか……。

 

 こいつの機転が利いて行き届いた配慮と気配りは何とも捨て難いがな……。

 

「もう守られてるだけじゃダメなんです。僕は……ネルソン商会がもっと大きくなっていくものだとそう思っています。その時に僕は強くて立派な……戦う交易商人になっていたいんです。お願いしますっ!!!」

 

 カールの決意表明に対し、幾許かの間を取った後に、

 

「そうか……」

 

と、俺は言葉を口にしてゆっくりと背後へと振り返る。

 

 俺は鍛錬もあってか寝間着同然だが、カールは大切な事だと考えたのだろう正装姿だ。両の手を拳にして力を込めているのが見て取れるし、とてもいい顔をしている。

 

 この場を抜けていく寒風が実に心地いい。俺は目を一旦閉じて見開いた後に、

 

「いいだろう。稽古もつけてやる。……だがカール、口にした以上はそうなって見せろよ」

 

と、こいつの目をしっかりと見据えながら言ってやる。

 

「はいっ、ありがとうございますっ!! よろしくお願いしますっ!!!」

 

 カールは大音声と共に直角のお辞儀を披露して見せてくる。

 

 周りの船員たちの武者震いをするような緊張感も感じられる。

 

 

 

 今朝はとびきりの美しい時間となったな……。

 

 

 

 

 

 

「始めようか」

 

 9時までの当直兼鍛錬の時間を終えて朝食を口にし、船室にジョゼフィーヌ、ロー、そして件の人間を呼び入れている。俺は船尾窓後ろのデスクに座り、右横と左横にそれぞれローとジョゼフィーヌが移動させたソファに座っている。正面で3人の視線を受け止める件の人間はクロだ。いや、クラハドールと言うべきか……。

 

「私たちネルソン商会があなたと契約を交わすかどうかにあたって、これまでの詳細を知る必要がある。細大漏らさずに……。あなたにこれまでの経緯を語ってもらって、その上でいくつか質問をさせてもらうわ。ローのポリグラフに掛けた上でね」

 

 ジョゼフィーヌが副総帥兼会計士として口火を切る。心の中でどのように思っていようが今この場においてこいつの声音には一切の感情もこもってはいない。

 

 そして、この厳かな場においては俺たちはもちろん正装姿である。

 

「その前に……、俺たちはおまえをクロとそう呼んでいたかもしれねぇが、事情が変わった。今朝届いた新しい手配書だ。使い分けるのも面倒だからクラハドールと呼ばせてもらうぞ」

 

 そう言ってローは4枚の紙から1枚を取り出してクロ改めクラハドールに見せてやっている。

 

 “脚本家” クラハドール 7000万ベリー

 

 俺たちはと言うと、

 

 “黒い商人” ネルソン・ハット 2億8000万ベリー

 

 “死の外科医” トラファルガー・ロー 2億ベリー

 

 “花の舞娘(まいこ)” ネルソン・ジョゼフィーヌ 9000万ベリー

 

であり、女CP9が何を伝え、政府上層部がどう考えたのかわかるというものだ。

 

 新聞には静寂なる森(サイレントフォレスト)の件は何も記載されてはいない。起きた事は一切もみ消されているが、俺たちの賞金額だけは上がっている。

 

 政府は俺たちをかなり危険視している。あと一押しで懐柔してくるか……。

 

 

 正面でソファに座るクラハドールは見せられた手配書に対し特に興味も見せず、小テーブルに出されているコーヒーを一口啜って余裕の表情である。

 

 脚本家……。その場で一瞬にして複数の筋書きを頭に浮かべて最良のものを選び取る。……異名の付け方を考えると政府も馬鹿ではないな。

 

「好きなように呼べと言ったはずだ。さっさと始めようじゃねぇか、面接をな」

 

 そう言いながらあの掌でメガネをくいと上げる仕草を見せてクラハドールが語り始めたこと……。

 

 

 3年前まで東の海(イーストブルー)にてクロネコ海賊団船長、百計のクロとして略奪の限りを尽くしていたが追われる事に嫌気がさして、海軍に偽のクロを部下の催眠術で仕立てあげて引き渡すことで世間的に己を殺害して海賊を辞め、ある計画を発動させた。

 

 それは3年間、平穏な村の資産家宅において温和かつ従順な執事を演じて信用を得た後に、元部下であるクロネコ海賊団に村を襲わせ、どさくさに紛れて資産家の後を継いでいるか弱い娘にこれまた元部下副船長の催眠術で遺書を書かせた後に殺し、まんまと金と誰にも追われる事のない平穏を手に入れる計画であった。

 

 だがその計画を潰された相手があの麦わらだと言う。無音の移動術と両手に嵌める武器“猫の手”を駆使して麦わら小僧と戦うも敗れて計画を狂わされた。

 

 そこでクラハドールは一旦話すのを止めた。

 

「何よあんた、ちんけで下手な盗人が考えそうな計画をいきなり現れたルーキーに潰されて、それでも百計と言えるの? バカみたい」

 

 ジョゼフィーヌの言葉はこいつを快く思っていないのもあって全く容赦がない。だがここまで聞く限りはわが妹の言う通りだ。ローは無言でいる。言うべき事は何もないということだろう。

 

 頭上からは野太い声が聞こえてくる。この時間帯は本来であればべポが当直時間であるが、先の戦闘でさすがにまだ安静にしている必要があるため急遽ロッコが当直に立っている。

 

 そんな事が頭に浮かびながらコーヒーカップを口に持っていく。

 

「そうだな」

 

 クラハドールが口にした言葉だ。ジョゼフィーヌの口撃にも怒りの表情一つ見せてはいない。そして再び口を開く。

 

 

 計画は常にプランA、B、Cの3つ用意しているという。Aは当初の計画で、Bはかなり現実的な計画、そしてCは最悪を想定した計画。計画が失敗に終わって麦わら小僧への恨みつらみが募るも、今更海賊に戻るつもりはなく、プランCに移った。

 

 それが、海軍との癒着。絶対正義を掲げる組織も完璧ではないので幾許かの腐った奴らは存在するものであり、そいつらと結託して追われる事のない平穏を得る。そのためには常に上に立って操る能力がいるということで、賞金稼ぎとなって見境なく荒稼ぎをし、元部下たちも懸賞金を付けさせた上で海軍に売り飛ばし、それを元手に情報を買い悪魔の実を手に入れた……という。

 

 そこでまたクラハドールは話すのを止めた。

 

「何よ、そんなのあんたも海軍の腐った奴らと同じ穴の(むじな)じゃない。……もう兄さん、こんな奴考えられないわ!!」

 

 ジョゼフィーヌがとうとう耐えられないとばかりに俺の方を見てくる。

 

「クラハドール、俺たちの向かう先はドフラミンゴを潰して奴の代わりに闇の仲買人になることであり、その先には政府の五老星を引きずりおろす仕事が待っている。おまえは能力で俺たちが四商海に入る事を見据えていて、そこで追われる事のない平穏を手にできると思っているかもしれないが、俺たちの先に平穏が訪れる事なんて金輪際あるわけがない。おまえのそんな心持ちようでは到底やってけないが?」

 

 俺も痺れを切らしてそんな言葉を口にする。俺の目利きは間違っていたとでもいうのか? 所詮こいつは東の海(イーストブルー)クラスの海賊でしかないのか? 

 

 時折激しく揺れる船内は、船が波窪を越えている様が想像できる。上ではまた帆の向きを小刻みに変える作業が続いているのだろう。思うように進めない航海がこの場の状況に重なってきて先行きの悪さを暗示しているようでもある。

 

 ましてや、

 

「そうだな」

 

と、俺の問いかけに対しクラハドールは短く呟くのみなのだ。

 

 

 

 だがメガネを上げる妙な仕草をした次の瞬間、空気が変わる。

 

 まったくの無表情とは打って変わっての剣呑な視線からは射殺すかのような殺気が、船室内に突如風を起こすかのような覇気が感じられる。

 

 

 そして、

 

 

「モヤモヤの実、こいつを食う前の俺ならな……。そもそもこいつを食ってなければ俺はこの海に入る事さえしてねぇだろうよ。こいつが俺の考えを180度根底から覆した」

 

と言いながらクラハドールは戦闘の際見せた不敵な笑みを浮かべる。

 

「想像できる事ってのは恐ろしいもんだ。一瞬にして己の弱さと浅はかさを叩きつけられる。麦わらが最後に残した言葉がすぐに甦ってきやがった、海賊王になるってな。奴の自信満々な声音と共にだ。俺には奴の道筋が想像できた。俺が実を食う前に目にしたあらゆることが全て相関図となって頭の中に現れてきた。一瞬にして世界を、この世の原理を理解した。貴様の言う通り、この世に平穏なんて文字は存在しねぇ。平穏を追い求めたところで見つかりはしねぇ。この世は不穏に満ち満ちてやがる。俺はその場で狂ったように笑ったもんだ。まるで聖杯を探すかのような己の滑稽さにな。平穏なんて言葉はあの海に捨ててきた。俺は不穏に身を浸らせたくてこの海にやって来たのさ」

 

 そこで言葉を切るクラハドール。

 

 俺に対して貴様と言うあたり、かなり言葉が迸っているな。クールな奴かと思っていたがローのように奥底に熱いものを秘めてやがったか。

 

「俺にはトップの器がないことは十分理解している。故に貴様等を探してた。俺の計画立案能力を最大限に生かせる場をな。微細に練り込んだ計画を持ってこの世で最も危険な目的を成就させる事に投じたい」

 

 クラハドールが断固とした口調で己の目的を口にする。

 

「フフ、……面白いじゃねぇか」

 

 ようやくローが言葉を発してくる。俺も同意だ。

 

 今度はジョゼフィーヌが無言になる番である。

 

 

 こうしてクラハドールのクロとしての経緯を聞き取り終え、そのまま質問に移る。

 

 ローが能力を行使し、船室内にROOMを張ってポリグラフの準備に入る。クラハドールの呼吸、脈拍、血圧の動きを測って、何でもない質問と核心を突いた質問で比較し異常を探し出すわけだ。異常があればそれは、嘘をついているか本心から出た言葉ではないということになる。

 

 質問はジョゼフィーヌが言うようないくつかではなく無数に飛ぶ事となった。

 

 ローがいきなり、麦わらに対してはもう何も思うところはない、とぶちかましてみたり……。

 

 ジョゼフィーヌは、村の少年ウソップに殴られた事に何も思うところはない、と針で突き刺すような質問を飛ばしてみたり……。

 

 俺がした質問と言えば、最も危険な目的を成就させた暁には何かしらの平穏が待っているのかもしれない、というものだ。

 

 この3つに限らずクラハドールは全ての質問に対して、いいえ、で答えるわけであるが質問の意地が悪すぎるのか少なからずの反応が見られたようである。

 

 まあ誰にせよ人間は感情の(しもべ)であるからして全てを無かった事にはできないのであろう。

 

 概ねの質問に対しては嘘はなく本心から出ているものと判断できるとローからの報告を受けて、

 

「ジョゼフィーヌ、契約書の用意だ」

 

と、俺は次のステップに進むことを宣言する。

 

「ひとつ重要な条件がある。俺は基本的に戦闘はしない」

 

 クラハドールが契約の話になって会計士のような声音で言葉を口にする。そうなるとメガネを上げる仕草も会計士然として見えてくるから不思議なものである。

 

 ジョゼフィーヌからの、はー? 却下という心の声が聞こえてきそうな条件だ。

 

「もちろん仕掛けられれば戦わざるを得ないが、自らは戦わない。俺は黒子に徹する」

 

 クロだけにか? オーバンならここでそんなダジャレを言い出しそうではあるが、俺にはそんな事は出来そうもない。

 

「入れたい条項はいろいろあるでしょうけど、それは後で喧々諤々やりましょう。私から言っておくことはひとつ、あんたの部下を売ってお金に換えたって部分が気に食わないわ。もしそんなことをここでやったらタダじゃおかないから。今すぐ殺してくれって言うぐらいの生き地獄を味わわせてあげるからそのつもりで」

 

 ジョゼフィーヌ、おまえは本当におっかないな……。

 

 おまえもやり方は違えど船員から金を生み出そうとしてるだろ、なかなかえげつないやり方で……、とは口が裂けても言える筈がない。

 

「じゃあ代わりに執事をやればいい。カールが小間使いを離れるんだ。3年の執事経験は伊達じゃねぇんだろ?」

 

 ロー、おまえのバランス感覚は大したものだ。これで事が穏便に運ぶってものだよ。

 

「決まりだな」

 

 俺の締めくくりに対しクラハドールは素早く立ち上がって直立不動の姿勢を取り、

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

と、背中に鉄板でも仕込んでいるかのような見事なお辞儀をして見せる。

 

 

 ジョゼフィーヌ、ロッコ、オーバン、船員たち、それに乗船はしていないがヒナは結成当初からの、ローは10年来、最後のカールやべポでも7、8年以上の付き合いだ。その中に誰かを入れるというのは澄み渡る池に石を投じるようなものであり、それ相応のリスクが伴う事だろう。

 

 ヒナからの詳細な報告書は時間の都合上もうしばらく掛かる。

 

 

 

 だがそれでも、

 

 

 

こいつは本当に俺の左腕になるのかもしれないな……。

 

 

 

 

 

 

 

「ボス、申し訳ありませんでしたっ!!」

 

「総帥、申し訳ありませんでしたっ!!」

 

 午後に入り昼食も終わって、俺の船室内にはべポとカールがデスク前に直立不動の姿勢で謝罪をしている。“静寂なる森(サイレントフォレスト)でのシルクハットを捨ててニコ・ロビンを追跡した件だ。

 

 べポは絶対安静の筈だが、傍らにローが後見役のようにしているので無理矢理連れ出されてきたか、カールにけしかけられたのか。

 

「ローが言った事を俺がここで繰り返しても仕方がない。反省文もこの通り受け取ったし、おまえたちが十分に反省している事は伝わったよ。おまえたちのお蔭でニコ・ロビンを逃さずに済んだわけだしな」

 

 しっかりと正装姿をしている二人に対し、厳しく叱るということはもうしない。

 

 

 そう言えばニコ・ロビンはどうしているだろうか? 俺たちは奴を捕虜にしたわけではないので、船内にて普通に生活をしている。

 

 さすがにこの“偉大なる航路”外洋で逃げるという選択肢はないであろうから。もちろん自由勝手に船内を徘徊されても困るので誰かを代わる代わる付けてはいる。

 

 膨大な仕事量を抱えているジョゼフィーヌが何かしらの仕事を手伝わせてもいる筈だ。もちろん知られては不味い事もあるから内容はよくよく吟味しているであろうが。

 

 昼食時には食堂にも姿を見せ、アツアツのピザをそれは見惚れるような上品な仕草で口に運んでいたものだ。

 

 

 そんな考えを巡らせているとドアからノック音がしてくる。

 

「兄さん、入るわよ」

 

 おいおい、ジョゼフィーヌじゃないか。まずいぞ……。

 

 ジョゼフィーヌの声に眼前の二人はビクッと体を震え上がらせている。

 

 いち早くジョゼフィーヌの登場を感知していたのであろうローがドア前に移動しており体で蓋をして開かない様にしている。

 

「ちょっと、何これ? このドア重いわよ」

 

 ドアの向こう側から聞こえるジョゼフィーヌの声。

 

 ローの行動に対し、謝罪に来た二人はまるで希望の眼差しを向ける哀れな仔羊たちだな。

 

 それもそうだろう。この場にジョゼフィーヌが現れればどんな修羅場が勃発するのか想像するに余りある。

 

「ちょっと、ローでしょ、そこにいるのは。あーっ、中にいる二人はべポとカールね。……ふーん、そういうことか」

 

 ジョゼフィーヌが見聞色偏りであったのがおまえたち二人の運の尽きだったな。

 

「ロー、そんな真似していいと思ってるの? この船で会計士に刃向かったらどうなるかわかってないわけじゃないでしょう? これから永久パン食にしてあげてもいいのよ」

 

 おいおい、大層な殺し文句だな。ジョゼフィーヌっ、おまえは本当におっかない。

 

 ローが苦渋の顔を見せているぞ。己の食を取るのか、かわいい後輩を守る事を取るのか。

 

 幾許かの時間の後にローがそっと横にずれる。断腸の思いで己の食を選んでしまったローの姿がそこにはある。

 

 その瞬間のべポとカールの顔は見てられないものがあった。

 

 後の事は推して知るべし。

 

 二人はジョゼフィーヌに引きずられるようにして俺の船室を後にして行った。

 

 ただローの名誉にかけて付け加えておくならば、あいつも後を追うようにして闘いに行ったことだ。

 

 

 

 べポ、カール……、そしてロー、健闘を祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 窓外はすっかり闇に包まれている時刻。

 

 ここ食堂は当直外船員の夕食もあらかた済んでしまっており、賑やかな喧騒は存在していないが、船尾奥ステージでは船医助手のピーターがピアノを奏でており、当直外の船員何人かがその荘厳な調べに体を委ねて休息を取っている。

 

 それにしても医者というものはローにせよこのピーターにせよ、手先の器用さがなせる技なのかすこぶる演奏が上手い。まったくもって羨ましい限りではある。

 

 上ではロッコが今日最後の当直に立っている事だろう。夜の航海は熟練のロッコに任せるに限る。

 

 とはいえ、べポの離脱でロッコの負担は増しているのは気がかりではある。せめてもの救いは風が順風に変わった事だろうか。それだけで今朝がたや昼間とは仕事量が雲泥の差となる筈だ。

 

 今俺はキッチン越しに据えられているカウンターに一人佇んでいる。船尾側は灯を落としていてピアノ音にたゆたう空間ではあるが、このキッチン周りだけは煌々とオレンジのランタンが灯っている。

 

 キッチンで明日の仕込みに余念がないオーバンの機敏な動作を眺めながら、眼前のグラスにて丸氷と共にまどろむロイヤルベルガーを口に運ぶ。

 

 今日も一日色々あったもんだ……。

 

 ふとカウンターから背後を振り返り、船材に貼られている献立表に目を向けてみる。

 

 大体はオーバンが会計士のジョゼフィーヌと相談をして決めていくものだが、希望を伝えることもできる。その場所がこの献立表と言うわけだ。皆思い思いに食べたいものを希望として伝えているわけであるが、一際目立つ字で記されているものがある。

 

 断固として、握り飯……。

 

 おお、心からの叫びだな。

 

 考えるまでもなくローの字である。

 

 だが、

 

その文字には×が付けられており、

 

下には、

 

会計上の都合によりパンとする、の言葉が記されている。

 

 何だよ、会計上の都合って……。

 

 ジョゼフィーヌの殺し文句のひとつだ。

 

 

 もしかしてあれか……、昼間のべポとカールの件か。結果どうなったか聞くのも野暮だと思い聞けずじまいではあったのだが……。

 

 ローよ……、おまえは闘ったんだな。紙とペンと口を動かして鉄槌を下してくるわが妹に対して果敢にも。

 

 その結果が会計上の都合によりパンとするか……。

 

 さらに横に書かれている、ただし1週間の文字におまえの壮絶な闘いの痕跡が垣間見えるよ。

 

 ローよ……、おまえは本当にいい奴だな。

 

 べポとカールもお前の背中が大きく見えて仕方がないだろうよ。

 

 そんな想像の果てに心の中でローにエールを贈って再びキッチンに振り返り、ロイヤルベルガーを口にする。

 

 

 あぁ、美味い。沁み渡るな……。

 

 

 俺の心の声が聞こえたのか、すっと目の前にクラッカーに乗ったスモークサーモンにチーズが添えられた小皿が置かれる。

 

「美味い酒には、うまいもんがないとあかんわな」

 

 オーバンが笑顔で目の前に立っている。

 

「ここは例のおばんざいなるものを出すところじゃないのか?」

 

 オーバンの気が利いた一皿に俺も軽口を叩いてみる。

 

「ははっ、おばんざいをな、ロイヤルベルガーに合わせて用意するんは、ジョゼフィーヌから賃上げを勝ち取る事より難しい事なんやで」

 

 ……それは確かに困難を極めるな。

 

 オーバン得意の軽口返しに俺は真剣に考えてしまいながらも、早速出されたスモークサーモンをのせたクラッカーを頬張り、ロイヤルベルガーを口にしてみる。

 

 あぁ……、最高だ。

 

 

 

「なぁ……オーバン、おまえは何で俺に付いて来てくれたんだ? 俺たちの道は明日の希望もないような果てないもんだ。おまえなら島を出てもいい料理人になれただろうに……、何でだ?」

 

 俺はほろ酔い気分に任せて、今まで聞くに聞けなかった事をここぞとばかりに口にしてみる。

 

 すると、オーバンはふと作業の手を止めて珍しく真剣な眼差しでこちらを見つめた後に両手を左右に広げて首を振り笑顔を見せ、

 

「これやからベルガーのぼんぼんは……。ほんまかなんわ」

 

と言って一旦切り、

 

「おまえはほっといたら死に急ぎよるやろ。おまえもジョゼフィーヌも突っ走るところは大して変わらん。まあ、あいつの方がおまえよりも余計に突っ走りよるけどな。せやからわいが手綱引っ張って引き戻してやらなあかん思うてな。おまえらネルソン家とは長い付き合いや、新聞で死んだんを知らされることほどあほらしことはないやろ? おまえらが死ぬ時はわいが見届けたい思うてな。そういうこっちゃ。まあおまえの後ろは任しとき、危のうなった時はわいが引き戻したるさかいな」

 

はっはっはっ……ときたもんだ。

 

「おまえの前をジョゼフィーヌが走りよって、後ろはわいが引き戻そうと構えとる。右ではローが腕を貸して、左では新しいクラ何とかが腕を貸して、下ではロッコ爺がおまえっちゅう神輿をしっかり支えとる。上におるんはべポとカールや。……ほんまおまえは幸せ者やで」

 

 最後のオーバンの言葉は酔いを醒めさせるように弾丸の如く俺に深々と突き刺さってくる。

 

 かと思えば、

 

「そう言えば、さっきおったニコ・ロビンも言っとったわ。この船には意外とおもろい奴が乗ってるなってな」

 

オーバンよ……、少なくともニコ・ロビンはそんな口調では言わなかっただろうがな……。

 

 カールがしきりにニコ・ロビンはお姉さんじゃなくてキレイなお姉さんだと訂正する気持ちも何となくわかる気がしてくるっていうものだ。

 

 確かにわが商会の怖~いお姉さんとは大違いだろうからな。……もちろん、絶対に口外はできない考えではあるが。

 

 

 

 とはいえ、こいつの言う通りに俺は幸せ者なのかもしれないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第21話 世界の見え方

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回長くなっていて申し訳ありませんが、じわじわとアラバスタに入ってまいります。

ではどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 ナノハナ

 

 

 

 頭に壺を乗せた女が器用にも片手1本のみでそれを支えながら右から左へと横切って行く。カラフルな野菜を山積みさせた馬を引く男が先を急ぐようにして左から右へと横切って行く。数限りない人々が何処かへと向かって通りを横切って行く。

 

 その服装は白い軽装が大半であり、頭には必ず何かしらの帽子を被っている。通りは舗装などされておらず砂が剥き出しの状態である。通りの向こうでは両手を広げて客寄せに必死な物売りが所狭しと軒を連ねている。

 

 それらが生み出す喧騒、活気とも呼べるものがこの場には感じられる。

 

 建物は白か土壁の色で、所々には高い尖塔が見られる。

 

 

 異国情緒……。

 

 

 今目の前に映る情景にはそんな言葉がふさわしい。“北の海(ノースブルー)”からやって来た身としては見るもの、感じるもの全てが珍しいもので溢れているのだ。

 

 俺はどうやら未知の土地に対する好奇心が旺盛らしい。確かに美食には目がないし、心奪われる景色にも目がない。

 

 明日もしれない道に両足突っ込んでいることを考えれば、相反するもののように思われるが、であるからこそ、こうやって己の中でバランスを取っているのかもしれない。

 

 

 そんな事を思いながら俺は樽の上に腰を下ろして、右手に持つ煙草からは紫煙を燻らせながら日常の喧騒に包まれている通りをただ眺めている。

 

 

 

 それにしても……、……暑い。

 

 

 

 頭上は庇で覆われているのでここは日陰になってはいるが、そんなものはどうやら焼け石に水でしかないようだ。

 

 黒いスーツに黒いシルクハットを被っているのだから当然ではある。これでもアラバスタ入りを見越して出来るだけ風通しのよい素材を使った特注品を着てはいるし、もちろんタイは締めていないのだが、それこそ焼け石に水のようだ。

 

 とはいえ、この暑さを理由に正装をかなぐり捨てる気は毛頭ないが……。

 

 

 左横からは、これ見よがしに絨毯を薦めてくる物売りの声が聞こえている。全く興味を示そうとしない俺に対して如何なる勝算を持ってこの男は挑んできているのか? 皆目見当も付かない。

 

 わが妹であればここで逆に砂を売りつけてやるところだろう。この砂漠と共にある国では無謀な取引だが、あいつならやりかねない。なぜならわが妹は“北の海(ノースブルー)の極寒の地で氷を売りつけていた猛者だから。

 

 

 背後から一陣の風が吹き込んで一時の爽快感をもたらしてくれる。海風だ。

 

 ここは港町ナノハナ。アラバスタ王国の首都は内陸部のアルバーナであり、この町は砂漠の王国の文字通り玄関口にあたる。

 

 サイレントフォレストからの航海は順調と言えるものではなかった。最短航路を通って来たので、各島の気候域の狭間を進んできたからだ。大きな問題もなくここまで来る事が出来たのはロッコのこの海での航海経験によるものである。

 

 

 アラバスタ王国……。反乱騒ぎの渦中にある国。

 

 この国では3年雨が降っていないという。それが何を意味しているのかは雪と凍える寒さしか知らない俺たちにもわかる。そこに拍車をかける出来事、王への不信を抱いてしまいかねない事件の数々。

 

 もっと荒れ果てて生気のない町の様子を想像していたのだが、実際はそうでもなかった。

 

 

 とはいえだ、

 

 

表向きはそう見えるだけなのかもしれない。

 

 そこかしこで燻り続ける火種は一度火が放たれれば一気に燃え上がるのかもしれない。グラスいっぱいに満たされた水はあとコイン1枚を投じれば溢れだす状態なのかもしれない。

 

 だが俺たちにとってはそんなことは知ったことではない。人として同情心が生まれはするが、反乱を何とかすることが俺たちの役割ではない。反乱中のこの国で仕事をしようとする俺たちは火事場泥棒に近いが、目指すべき場所を考えれば俺たちはこの反乱を利用してのし上がる事しか考えられない。

 

 

 俺たちはこの町に入る前にサンディ(アイランド)近海をぐるりと回って、東の港町タマリスクに錨を入れている。

 

 

 

 視点を替えれば世界の見え方は180度変わる、か……。

 

 

 紫煙が眼前の賑やかなりし通りの様子を包み込んで揺らめかせ、あの場所での出来事と方針会議の様子が否応なく頭の中に浮かび上がってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 タマリスク

 

 

 もぬけの殻か……。

 

 

 俺たちはニコ・ロビンの話を基にして、ダンスパウダーを先に確保すべく手前の港町ナノハナは通過してサンディ(アイランド)東側に回り込み錨を入れた。奴によればダンスパウダーはタマリスクの倉庫に保管しているということであった。

 

 だが実際はどうかと言えば倉庫内には何もない。

 

 

 砂岩で作られた倉庫内は照明もなくて薄暗く、入口から入る陽の光によって何とか様子を見分けられる程度の明るさである。中に入って5分も経ってはいないが、止めどなく汗が体から吹き出している。

 

「どういうことよ?」

 

 倉庫内の暗がりの奥まで調べていたジョゼフィーヌがこちらへ戻って来て、怪訝な表情で言葉を発する。奥まで入っていたのに汗ひとつかいた様子がないこいつの体質は一体どうなっているのか。

 

「見ての通りよ。ここにダンスパウダーはあったけど今はない。私も驚いているわ」

 

 俺の横で突っ立っていたニコ・ロビンが幾分驚いた表情で答える。この女も蒸し風呂に近いこの中で何とも涼しい顔つきである。

 

「見て下せえ、この跡……。ここに何かしらのでかい袋がしまわれてたのは間違いなさそうでやすね」

 

 しゃがんで床を確認しているロッコの言う通り、確かに何かがこの倉庫内に保管されていた痕跡は垣間見れる。ニコ・ロビンの表情を見る限りもこの場所にダンスパウダーはあったのだろう。

 

 この女が動かしたのでなければ一体誰が動かしたのか? クロコダイルか? それとも……?

 

 縦長サイズの倉庫は入口が中央付近にあり、ローがジョゼフィーヌとは反対方向を調べて回っている。

 

 奴はやや奥まった場所で先程から立ち尽くしている。何か手掛かりを見つけたのか?

 

 暗がりの中でうっすらと確認できるローの真っ白な顔が不意にこちらを向き、壁の一方を指差している。

 

 ローの指差すものを確認しようと俺たちも入口付近から奥へと移動すると、

 

 

 壁には何かが描かれているのがうっすらと確認できる。ライターを取り出して炎をかざしてみるとそれは、

 

 

 丸、二つの目、右から左に斜めに直線、あざ笑うかのような歯を見せている顔の形をしたマーク……。

 

 

 そういうことか……、……ドフラミンゴ……。

 

 

「片時も頭の中から離れやしねぇ忌々しいマークがここに描いてある。こいつがあるからと言って奴がこの国にいる確証とはならねぇが……ニコ屋……、お前がこの状況を与かり知らねぇってんなら、ファミリーの誰かしらがこの国に入ってるってことになる。おまえ以外にな……」

 

 ローが俺たちの方に振り返り真剣な眼差しをニコ・ロビンに向けながら言葉を発する。

 

「私はこんな話何も聞いていない。そもそもこの倉庫はバロックワークスの所有で、私自身が手配したものよ。ジョーカーは何も関与していない」

 

 ニコ・ロビンの言う通りであるならば、ドフラミンゴはクロコダイルの下に潜入させているこの女に話を通さずに進めているヤマがあるってことになる。

 

 そして、奴らは倉庫にダンスパウダーが存在する事を嗅ぎつけて俺たちの前から寸でのところで掠め取っていったことにもなる。

 

 

 さて、どうしたものか……。

 

 

 と、考えながら左横でゆっくりとメガネを上げる仕草を見せているクラハドールへ視線を移す。

 

「脚本家はどう見る?」

 

「……そうだな、いくつか筋書きは描けるが……、まずはこの町の規模に合わないコーヒーショップからだな」

 

 俺の問いかけに対しクラハドールは不敵な笑みを浮かべつつそう答えてくる。

 

「コーヒーショップってけったいな名前付けよるな。こら多分あれやろ。わいらもノースの町で何回か目にしてるさかいな」

 

 クラハドールの言葉に反応して今の今までただひたすらにこの場所の暑さを嘆いていたオーバンが口を挟んでくる。こいつが暑そうにしていなければこの世の摩訶不思議さを呪っていたところだ。

 

 

 コーヒーショップ……。

 

 

 俺も気になっていた。アラバスタ王国東の港町タマリスクはさほど大きな町でもない。いわば国の中で辺境の町。であるのにも関わらずこの名前を看板に掲げる店がいくつも存在する。

 

 

 オーバンが言うようにこれが文字通りの意味を持つ店であるわけがない。

 

 

 ドラッグ……。

 

 

 “北の海(ノースブルー)”の町に存在するこの手の店も同じような名前を掲げていた。そして、ことごとくはバックにドンキホーテファミリーが控えていた。

 

 奴らが同じようにして入り込んでいる可能性はある。きな臭い反乱騒動真っ最中である王国の辺境の町に。

 

 

「行くか……。奴らの尻尾の先を掴みに」

 

 その言葉を合図に俺たちは空っぽの倉庫を後にした。

 

 

 

 

 

 太陽は西に傾きつつあり夕暮れ時が近い時刻、ただ暑さは微塵も変わっていない。

 

 

 郷に入っては郷に従えか……。

 

 

 この国に入った以上鬱陶しいぐらいの気候ともうまく付き合っていかなければならないのだろう。

 

 

 東の港町タマリスクには特徴的な塔が町の中にぽつぽつと建ち聳えている。だがよくある先の尖った塔ではなく縦に細長い直方体の様な塔だ。入港する際に海から眺める景色はなかなか見応えがあった。

 

 俺たちはもぬけの殻であった倉庫を後にして、そんないくつかある塔のひとつを前にしている。堂々と掲げてはいないが、見る人間が見ればコーヒーショップと分かるような店がその中に入っている。町の表通りではなくひとつふたつ筋を入った場所だ。

 

 通りは空気が乾ききっているが殺伐とした佇まいではなくどちらかというと長閑である。まっとうな人間はこんな場所にある店がドラッグを提供する店だとは思いもしないだろう。国は反乱騒ぎで大わらわ、中央の目も当然ながら辺境には届きにくい。

 

 その間隙を突いて入り込む。どんなに小さくとも一度入り込んだ悪玉は広がっていく。全体へとあっという間に。

 

 敵ながら何とも上手い手ではある。

 

 

 奴のこの国での本当の狙いは何だろうか?

 

 

 まあいい。すぐに分かることだろう。

 

 

 大勢で押し寄せても仕方がないので店に入るのは俺とローにクラハドールの3人だ。ジョゼフィーヌは人からものを強引に聞き出す天才でもあるがドラッグに思うところがあるようで参加しない。

 

 とはいえ俺たちも好き好んで乗り込むわけではないんだが……。

 

 何の変哲もない木製のドアを押し開いて店内に入り込むと、そこに広がるのは丸テーブルが点在し奥にカウンターが存在するごく一般的なカフェであり、一見すればコーヒーショップではある。

 

 だが、客は誰一人としていない。夕暮れ時に客が入っていないカフェなど成立するわけはない。カウンターの横にカーテンのみで仕切られている通路口はバックオフィスへの入口のようにも思われるが、その前に立ちはだかっている綺麗な丸サングラスを掛けているいかつい男の存在がそうではないことを匂わせている。

 

「いらっしゃ……、……見かけねぇ顔だな。わりぃがコーヒーなら在庫切れだ。他行きな」

 

 下っ端だな……。

 

 客が一人もいない状態で在庫切れもないもんだ。もっとましな嘘をつけないのかと言うのも面倒ではあるし、カーテンの奥が虚無の世界に包まれていることは覗かなくても分かることであるし、こんな下っ端でもクラハドールの能力であればドフラミンゴの尻尾の先を想像できそうでもあるので、

 

余計な時間は掛けるつもりはない。すなわち会話を楽しむつもりはない。

 

 瞬間的に丸サングラスの前に移動して腹に指銃(シガン)を叩きこみ、それによって丸サングラスが血を吐くのを許さないほどのスピードで体を持ち上げて、ローが手際よく用意した椅子に座らせて丸サングラスの顔を右手で潰す勢いで掴む。

 

「ドンキホーテファミリーの者だな? ダンスパウダーはどこだ? 3秒やる。……吐け」

 

 そう言ってカウントダウンを開始して、さらに背後で静観していたクラハドールの能力で分かったことはといえば、

 

 3と言い終わるギリギリ寸前に丸サングラスより得た情報は、やはりドンキホーテファミリーがタマリスクに入り込んでおり、町の中にあるコーヒーショップは奴らによるものであること。ドフラミンゴと幹部数名が既に国内に入っていること。

 

 そして、

 

うちの脚本家が能力行使で導き出した情報は、ダンスパウダーの闇需要がひそかに高まりつつあること。

 

 サンディ(アイランド)沖で厄介な海軍大佐が網を張っているため、七武海と言えども輸送航路を変更する必要に迫られて北の港から積み出すために陸路を砂漠越えして搬送中であること。

 

 ダンスパウダーとは雨を呼ぶ粉と言われ、それを燃やす事によって人工的に雨を降らせることができるが、周辺地域の雨に至る筈だった雲を根こそぎ集めてくるため軋轢を生じさせるという副作用を伴うため政府は製造・所持を禁止している代物である。

 

 逆に考えれば戦争を引き起こすことができるわけで闇の世界で需要が高まっているというのは十分に頷けることだ。その点にドフラミンゴも目を付けたのかもしれない。

 

 

 さて、どうするかなと考えながら丸サングラスにとどめの指銃(シガン)をもう一発お見舞いして気絶させる。

 

 ローがどうも腑に落ちないという表情を見せている。多分にそれは前者の情報ではなくて後者の情報だろうが。

 

「おまえの想像は確かなんだろうな? あの倉庫に目一杯ダンスパウダーが積まれていたとすりゃ相当な量だ。それを陸路で砂漠越えなんて真似、奴が考えるとは思えねぇ。海路搬送よりもそっちの方がリスクがでかいじゃねぇか」

 

 全くその通りだ。奴らがリスクとリターンの両天秤を計り間違えることは有り得ない。

 

 問いかけられているクラハドールはというと、不敵な笑みを見せながらゆっくりと掌でメガネを上げて、

 

「俺も同意見だ。……この男から想像できることは言った通りで間違いはない。だがそれでは理屈が通らない。であれば、……この男が誰かによって作られたストーリーを信じ込まされているってことだろう。こういうのはどうだ?」

 

と、言葉を返してさらには、

 

「砂漠のど真ん中でダンスパウダーを使って誰かと取引をしようとしている。そのために人知れず陸路を搬送させる必要があった。それを秘密裏に行うためにこの男はまことしやかな話を吹き込まれている」

 

と続けてくる。

 

 

 しっくりくるな……。

 

「確かにそっちの方が可能性としては高そうだな。どうする、追うのか?」

 

 ローもクラハドールの筋書きに対して納得の表情を見せており、俺たちはどうするのかと聞いてきている。

 

 そうだな……。と思案しようとすると、

 

「まあ待てトラファルガー。この筋書きには続きがある。砂漠のど真ん中での取引だとすれば内容は相当きな臭いものだ。時間にも細心の注意を払うだろう。……この国を見ればでかい戦いのXデーが近いことはわかるはず。とすれば……」

 

 なるほど、最後のでかい反乱騒ぎが始まった頃合いを見計らって取引ってわけか……。

 

 ダンスパウダーを使って誰と何を取引しようってのか?

 

 

  

 

 まあそもそもこの筋書き自体に確証はない。わが脚本家はまだドフラミンゴに会ってはいないのだから。

 

 

 だが、こいつに賭ける価値はありそうだ。リスクをリターンが上回るな、決まりだ。

 

 

「船に戻るぞ。これからの諸々、方針会議だ」

 

 

 

 俺たちがその快楽に見せかけた虚無を売る店を後にすると、外にはジョゼフィーヌが一人で突っ立っていた。

 

 わが妹は店のそばで虚ろな瞳を湛えつつもぶつぶつと何かを呟いている男を見つめている。

 

 男が突然、幸せになれる薬をくれと目を血走らせながら叫び始め、かと思えば苦悶の表情を見せて自分自身と国の憐れむような窮状を嘆きはじめる。

 

 それをただ黙ったまま眺めているジョゼフィーヌ。だがその表情は何を考えているのかすぐにわかる。

 

 

 こいつの優しくも厄介な感情って奴が頭をもたげ始めている。

 

「……ねぇ兄さん……。助けられない?」

 

 ジョゼフィーヌの声音には哀しみが滲み出ている。

 

 

「……ダメだ。……ジョゼフィーヌ……、行くぞ。俺たちにはどうすることもできない。たとえ何かを感じたとしてもそれは俺たちがする仕事ではない。俺たちが全うする役割ではない。……あの凍えるような日にベルガーを出発したときに決めたよな。向かう先にいる奴らに到達するためには覚悟を持つ、腹を括るって。俺たちは俺たち自身を守りつつ奴らに向かうだけで精一杯の筈だ。この先こんなもじゃ済まない程の覚悟を試される瞬間が無数のように待ち構えているぞ」

 

 そこで一旦言葉を切る。俺自身も覚悟を持って言わなければならないからだ。次に発するつもりでいる厳しい言葉は。

 

「……わかってる。……わかってるけど……でも……、目の前の一人を何とかすることぐらいはできるかもしれないわ。……だって人間だもん、哀しいじゃない」

 

 ジョゼフィーヌの言葉は俺にも痛いほどに突き刺さってくる。……だが突き刺さった刃を引き抜いて腹から血を流すような思いで、

 

「……ダメだ。……何とかして感情のスイッチを切れ。…………おまえが本当は心優しいことを俺たちはわかってるから」

 

と心を氷のように見せかけて言葉を紡ぐ。

 

 妹の瞳は哀しみに歪んでいる。多分心の中で涙している。俺も言う程に感情のスイッチの切り方をしっかりと習得しているのかどうかといえば何とも言えないところはある。

 

 それでも総帥である立場上は俺がぶれる訳にはいかないのだ。

 

 

 ローが無言で肩を貸し、何とか立ち直らせて俺たちは船へと戻った。

 

 空気が乾ききった通りを歩いて……。

 

 

 

 

 夜の帳が下りている時刻、俺の船室はランタンのオレンジ光に包まれている。

 

 昼間の暑気とは打って変わって涼しさを漂わせているこの国の気候は何とも理解しがたいものがある。夕食も終えてこんな時間はゆっくりとウイスキーに舌鼓をうちたい気分ではあるが、そうも言っていられない状況である。

 

 俺たちはソファに坐してテーブルを囲んでいる。俺が中央に、右方にはロー、左方にはクラハドール、対面のボード前にはジョゼフィーヌ。既に錨を上げているためロッコは当直で甲板に立っており、オーバンはこの会議内容を聞かせたくはないニコ・ロビンに付いている。

 

 カールは小間使いを卒業してこの船室にはおらず新たな日課となった夜な夜なの鍛錬にべポを付き合わせていることだろう。

 

 よってこの船室を切り盛りするのは新たに執事に就いたクラハドールである。3年の執事経験は伊達ではなく、今も手際よく人数分のコーヒーと若干1名分の緑茶を用意した後に席についている。

 

 ネルソン商会の今後の方針会議……。

 

 総帥、副総帥兼会計士、船医兼俺の右腕、参謀、俺たちの頭脳を集めての重要なものである。

 

「俺たちの目的はドンキホーテファミリーを潰すこと。さらに政府の五老星を引きずりおろすこと。これは言うまでもないが、アラバスタ突入を前にして、これから本格的に第一の目的ドンキホーテファミリーにぶつかる様相が見えてきている。それを踏まえて方針会議を始める。だが、その前にだ」

 

 口火を切って、まずは俺から会議を行う目的を説明し、

 

「ロー、このタイミングでおまえにネルソン商会の副総帥となってもらいたい」

 

と重要な人事を伝える。伝えられた本人は寝耳に水ではあろうが。

 

「何言ってんだ、ボス。ネルソン商会だろ? ネルソン家の人間が務めるのが筋ってもんだ」

 

 ローが当然のようにして受けられないとばかりに首を左右に振って見せながら反対してくる。

 

 まあ、こいつのこういう反応はわかっていたことではあるが、

 

「ジョゼフィーヌと何度も話し合って決めていた事だこれは。あとはタイミングの問題だった。ネルソン商会だからネルソン家の人間が務めるなんていうのは下らないだろ。より相応しい人間が務めるべきであり、お前こそ相応しい」

 

と話を続けていく。

 

 実はこれはローを迎え入れた瞬間から決めていたことでもある。時は流れて機は熟したということだ。当のローは黙したままであるが。

 

「……お前がわがネルソン商会に加入してくれて10年、色々あったよな。ベルガーを最後に出発してからこれまでだけでもさらに色々あった。お前が言うジョーカーを目前にして、俺の右腕であるお前を正式に右腕とするんだよ」

 

 本当に色々あった……。筆舌には尽くし難い情景が次々と脳裏に浮かんでくる。

 

 こいつも同じ情景を脳裏に思い描いているだろうか?

 

 黙して目を閉じて俺の言葉に耳を傾けていたローはゆっくりとこちらを見つめると、

 

「わかった。あんたの頼みだ、受ける。受けてやるよ」

 

と言って、真っすぐな視線を寄越してくる。

 

 ジョゼフィーヌも昼間の様な表情は微塵も見せておらず切り替わっており、頼もしくなった弟分を見守る姉の様な表情である。

 

 いや待てよ……、小憎たらしい弟分を見つめる姉の様な表情……かもしれない。

 

 実際、ジョゼフィーヌが会計士に専念することになっても、こいつらの関係性は大して変わりはしないだろう。俺たちが商会である以上会計士の言葉は絶対だからだ。ローもそれを理解できていればいいが……。まあ俺は高見の見物を決め込むだけだ、何とかなるだろう。

 

 最初の懸念事項が首尾よく片付き、ようやくコーヒーに手を付けてから俺は改めて居住まいを正し、

 

 

「ではこれからの方針について始めようか。対ドンキホーテファミリーを考えるに当たって今一度奴らの状況を確認したい。ジョゼフィーヌ……頼む」

 

と、本題に移る旨を述べる。

 

 ジョゼフィーヌは会計士として“北の海(ノースブルー)”時代から地道に奴らに関する資料を集めて分析を重ねてきている。

 

 俺の言葉にジョゼフィーヌは頷きを返して、

 

「私たちはサイレントフォレストであいつらとオークション合戦をして負けたわ。あいつらは10億ベリーを普通の買い物をするみたいに出してきた。私たちが出せた限度額は8億ベリーがやっと。あいつらの資産規模は桁が違うのよ。多分1本ってところね」

 

と、右手人差し指を立てながら話し始める。

 

 ジョゼフィーヌは玄人筋の商人が使うような表現を結構好む。1本っていうのは100億ベリーの事か……。

 

 否、1000億ベリーの事だ。俺たちの全資産が今現在10億ベリーにも満たないことを考えれば全く話にならない戦いである。

 

「あいつらは“北の海(ノースブルー)”を拠点にしていた頃に既に億単位の取引をしていたと思うわ。さらに、“偉大なる航路(グランドライン)”に入ればひとつ桁が上がる。そして今は“赤い大陸(レッドライン)”の向こう側である新世界のドレスローザを拠点にしている。100億単位で取引していてもおかしくないわ」

 

 ジョゼフィーヌの話は推測にすぎないが十分現実味がある。まあ100億単位はオーバーかもしれないが少なくとも数十億単位の取引はしていると考えられる。

 

「奴らの取引でもっともでかいものを潰して奪い取る必要があるな」

 

 ローが言葉を挟んでくる。その表情は脳内の回転速度を速めている様子が容易に読み取れる。

 

「ちょっと、ロー。私が話をしているのよ。最後まで話させなさいよ。……とにかく、ローが横取りした通りあいつらの最大の取引を潰すしか私たちに勝機はないんだけど、肝心の取引内容まではまだ掴めていないわ」

 

 やはり、こいつらの関係性は大して変わらないなと不思議な安心感を胸に抱きながらも考える。

 

 そうなのだ。そこが最も重要ではあるのだが、こればかりは仕方がない。ヒナの報告書にも記載はなかった。海軍本部だけでは入ってくる情報には限りがある。ここはあいつがマリージョア入りしてからの情報待ちか、ドフラミンゴ本人に相対するかしかない。相対すれば俺たちには脚本家がいる。

 

「奴らに関する情報はまだ不完全だが、基本方針はそれでいく。俺たちはアラバスタ後には政府に対して意思表示をして四商海入りするつもりだ。そうなればジャヤを拠点化して、武器で取引を広げていく。W7でこの先に備えて新造船を発注する必要もある。そのあとはマリージョアへの進出だな」

 

 俺が考えている展望に対してジョゼフィーヌ、ローが同意を示すようにして頷き返してくる。

 

 ただ、クラハドールだけが黙したままであるがようやく口を開きそうな気配だ。

 

 こいつは俺たちにどんな新たな側面をもたしてくれるのか?

 

「……この海に入ってすぐの岬で頭の上にめでたくも花を咲かせている男と出会った。視点を替えれば世界の見え方は180度変わる。これが奴との出会いから導き出せる言葉だ」

 

 そう言いながらクラハドールはジョゼフィーヌにコーヒーのお代わりを注ぐという執事の役割もこなす。

 

「ドフラミンゴは“闇の仲買人(ジョーカー)”という別名を持っている。闇の世界では確かに大物ではある。だが言ってみれば仲買人でしかねぇってことになる。奴が相関図の中央に座る奴なのは間違いないが、その相関図は一歩引いて見れば、さらにでかい相関図のほんの一部かもしれねぇ」

 

 ……こいつは本当に興味深い考え方をする奴だな。

 

「ジョーカーを潰せばどうにかなる問題じゃねぇってことか。だがそうだとすると、俺たちは考え方を変えなきゃならねぇな……」

 

 ローが考えを述べる。語尾を濁したのは何か思うところがあるのだろうか? とはいえこいつも興味津津であることは疑いようがない。

 

「貴様等、“北の海(ノースブルー)”から来たんなら聞いたことはないか? あの海にはどでかい闇が存在する。……トラファルガー、お前には心当たりがありそうだが」

 

 核心に迫りつつあるクラハドールの話はローへと矛先が向かい、向けられた当の本人はばつの悪そうな表情を浮かべながら、

 

「俺に出会ったときから想像できていたってわけか? ……、まあいいタイミングだ。これはミニオン島でのコラさんとの最後の日の話だ……」

 

 ローの話によれば、ロシナンテはドンキホーテファミリーの商売相手に関するリストを海軍に渡そうとしていたらしい。結局それ自体は、渡した相手が何の因果かファミリーから海軍に潜入していたヴェルゴであったため握り潰されてしまったということだが。ロシナンテはそのリストを“北の海(ノースブルー)”の闇と表現していたようだ。

 

 俺たちに話していなかったことがひょんなことから暴露したわけであるが、物事にはタイミングと言うものがあるので取り立てて気にはしない。そんなものは俺にもある。若干一名は鬼の形相でローを睨みつけているが。

 

 

 それはさておき、俺たちも“北の海(ノースブルー)”では奴らに関する情報を集めていたわけではあるが、核心に迫ることはできていなかった。その時は踏みこんでしまえば俺たちが危なくなることが分かり切っていたから。

 

「コラさんの言葉とあの一件は俺の中でずっと引っ掛かっていたが、正直俺にはわからねぇことだった。……だが、お前の言葉で話が見えてきた。ジョーカーの裏にさらにバックがいる可能性がある。そしてそいつはあのリストが表に出てしまえば奴自体が消されるかもしれないぐらいのヤバい奴なんだな」

 

 俺の過去へのプレイバックを遮ってローから言葉が出てくる。

 

「本当に危険な連中は名前が一切出てこない連中だ。奴らには名前を出させないだけの力がある」

 

 クラハドールの言葉は妙に落ち着いており、それが現実感を伴ってうすら寒いものを感じさせる。

 

 もしこいつの想像通りだと仮定すると、ドフラミンゴを潰せばその背後にいる連中をブチ切れさせることになるのか? それとも、そいつらはドフラミンゴを切ってしまって他の奴らと関係を持とうとするのか? 何にせよ闇の世界を揺さぶることになるのは間違いなさそうだ。

 

「脚本家、このアラバスタの件はどう見てる? 政府が感づいてねぇってことはあるのか? 俺にはそうは思えねぇんだが」

 

 ローがジョゼフィーヌの視線による攻撃をどこ吹く風で躱しながら話を次の段階へと移してくる。

 

「……トラファルガー、おまえの直観は正しい。俺は今回の件は3階層に分かれていると考えている。ひとつめはクロコダイルによるアラバスタの国盗り、ふたつめはドフラミンゴによるその梯子外し、……そして最後に政府は全てを分かった上で様子見している。もちろん知っているのは政府の最上層部だけだろう。この件がこんなにも複雑怪奇なのは国盗りに裏があるからだ」

 

「……裏って何よ?」

 

 ローへの視線攻撃を一時中断する程にクラハドールの話す内容はジョゼフィーヌの興味を惹いたらしい。

 

「……神の名を持つ古代兵器プルトンがこの島に存在するらしい。それが奴らの真の狙いだ」

 

 古代兵器だと……。話がまた飛んでもない方向に向かいつつある。

 

「……ニコ屋からか?」

 

「そうだ。古代兵器と言う以上“歴史の本文(ポーネグリフ)”は鍵になる。そして、それをこの世で唯一読める人間がニコ・ロビン。クロコダイルとドフラミンゴが奴に近付いた理由がこれだ。クロコダイルの真の目的はプルトンを手に入れてこの地に政府をも凌ぐような強大な軍事国家を築き上げること。ドフラミンゴの方はまだ想像できねぇがな」

 

 ローとクラハドールのやりとりを聞きながら考えを巡らしてみる。

 

 クロコダイルめ、大した悪党じゃないか。ドフラミンゴもプルトンをカードとして手に入れたいに違いない。奴も仲買人で終わるつもりはないのかもしれないな。

 

 そもそも、古代兵器がアラバスタに存在するなどという情報をドフラミンゴはともかくとして、クロコダイルはどこから手に入れたのだろうかという疑問が湧いてくる。奴の背後にも何かが存在するのだろうか?

 

「問題は政府だ。今までに政府高官との出会いはねぇから、これは俺の推測にすぎないが、奴らもプルトンという強大な軍事力を欲しているんだろう。こういうのはどうだ? もしプルトンを手に入れることが政府にとって積年の野望だったとしたら、賢人で名高いネフェルタリの王は奴らにとって目の上のたんこぶだったはずだ。そこに今回の話、クロコダイルにしてもドフラミンゴにしても、プルトンに近付いた瞬間に、奴らに大義名分が生まれるんだ。その頃には厄介な賢人を倒してくれた奴らを罪に問う事で、プルトンも手に入り一石が二鳥にも三鳥にもなる状況が生まれる」

 

 こいつはとんでもない筋書きを思い付くもんだな。

 

「……へぇ、古代兵器プルトンか。面白いじゃない、お金を生み出しそう」

 

 ジョゼフィーヌがやけに興味を示して先走り始めている。頭の中でどんな算盤勘定をしているのか想像できるというものだ。

 

 たしかにプルトンは俺たちにとってもカードになり得る。のちのちの対五老星においては。どのみちアラバスタ王には会う必要があったわけだ。ここでジョゼフィーヌがまとめ上げた海水淡水化装置の取引が意味を持ってくるな。

 

「……面白くなってきたな。あんたが言うように今回もでかいヤマになりそうだ。この後はどう動く?」

 

 ローの言葉を皮切りにして俺たちはこの島においての動きの確認を夜が更けるのも構わずに続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 ナノハナ

 

 

 いつの間にやら煙草の本数は3本目に達しておりそれもかなり短くなっている。気付けば横の物売りのお薦め品が絨毯から真っ白なターバンへと変わっている。俺が被る真っ黒なシルクハットを不憫に思い始めたのだろうか? とにかく何とかして俺に物を売りつけたいらしい。

 

 そんな物売りの執念に対しても興味のない表情を見せて通りの情景を眺めていると、眼前にこの暑さでけだるげな表情をしたローが姿を現してくる。

 

「随分と手間取ったが荷揚げの人足手伝いは何とか話が付いた」

 

 ローの声音は随分と疲れたものであり、交渉相手が百戦錬磨であったことが窺える。この手の交渉ごとは当然ジョゼフィーヌの領域だが、あんたが行ってきなさいよの一言でこうなってしまったようだ。どうやらネルソン商会では副総帥より会計士の方が偉いらしい。

 

 

 さて……、そろそろ動くとするか。

 

 

 このアラバスタの件が仮に上首尾で終わったとしても俺たちにはこの先にまだまだヤマが待ち構えている。ニコ・ロビンによればダンスパウダーの製造工場がキューカ島にあるらしい。そこを政府との取引材料にするために行かなければならない。

 

 そして、ジャヤ……。

 

 さらに、W7……。

 

 あそこも問題だ。

 

 あの島は既に島ではなく、何年か前に浮島となって移動可能となってしまった。今は“赤い土の大陸(レッドライン)”付近に大移動して周辺海域が海列車エリアとなっているらしい。海列車がシャボンディ諸島まで到達しており、ガレーラはその先のマリージョアまでそのまま陸路を列車で繋ごうとしているとまことしやかな噂が流れている。それが何を意味しているのかは考えるまでもない。パワーバランスが崩れることは間違いない。

 

まあまだ先の話だな……。

 

 ひとまずはこのアラバスタ、そしてこのナノハナ。そろそろこの国に入っていそうな麦わらに一目会ってみたいものだ。ヒナの報告書によれば、奴らの一味は5か6名にアラバスタ王女となっていた。人数が確定していないのは“東の海(イーストブルー)”ローグタウン駐在のたしぎという女海兵を連れて行っているのが誘拐なのか仲間にしているのかよくわかっていないからだという。しかもそれを追って女海兵の上司であるスモーカー本部大佐、くいな本部少佐がこの海に入っているらしい。海賊が海兵を船に乗せて“偉大なる航路(グランドライン)”にやって来るなどと、奴らもなかなかいい根性をしている。

 

 

「そうか、とんだご苦労だったなロー。さっき美味そうな料理屋を見つけておいた。確か『spice bean』って店だ。そこで休もう」

 

 そう言って俺はローを労いながら立ち上がり、俺たちは通りを美味そうな料理屋へと歩を進めていく。

 

 乾いた砂の感触を足裏より感じながら、クラハドールが可能性の問題として口にしたことが気になり、何気なく視線は周囲を警戒している。

 

 政府が最後に勝ちを拾うつもりがあるなら、誰かを送り込んでいる筈であり、それはサイレントフォレストでのCPのような生易しいものではなくて、多分に五老星が直々に動かしている人間であろうと。

 

 それこそ、最高峰の見聞色を習得しているような凄腕の諜報員が動いている可能性があると……。

 

 

 そんな奴が本当に存在するのか……?

 

 

 

 何にせよ、今回のヤマも相当でかいものになるのは間違いなさそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

次回に何が待ち受けているかはお察しのとおりでございます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第22話 記念すべきではない未知との遭遇

いつも読んでいただきありがとうございます。

ではどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 ナノハナ

 

 

 内装は白い石造りの壁、背後には左右に点在する丸テーブル席、一見何の変哲もない料理屋であるがテーブル席が満席であることを考えれば、味は折り紙つきなのであろう。恰幅の良い店主が目の前を忙しく立ち働いており、腕に覚えありといった雰囲気を纏っている。

 

 『spice bean』

 

 ひと仕事終えたローに、ふらりと姿を現したクラハドールを加えた俺たちは腹ごしらえをするべく、異国情緒溢れる店名を掲げたこの店の入口を抜けると目に飛び込んでくる横一列に存在を誇示しているカウンター席に腰を落ち着けている。

 

 ジョゼフィーヌやロッコ、オーバンにべポ、カールは積荷の荷揚げでまだ船にいることだろう。俺はともかくとしてローとクラハドールは料理屋に入っている事が分かれば、荷揚げ監督を務める俺たちの金の元締めから後でどんな大目玉を食らうか分かったものではないが、俺の知ったことではないなと、考えない事にする。

 

 要はバレなければいいのだ。

 

 あいつはあいつで同じような事をしているはずだ。例えば、アラバスタを離れた後にナノハナ特産と言われる香水の小箱がひとつやふたつではなくて夥しい数が出てきても、俺は決して驚きはしないだろう。

 

 その金額は必要経費として帳簿に載るか、はたまた機密費と言う名のへそくりとして巧妙に帳簿から外されるかのどちらかだ。

 

 そうなれば、俺たちがたとえ逆立ちしようとも帳簿の齟齬を見つけることなどできやしない。結論として会計士には敵わないのである。

 

 

 そんなことよりも問題はこの店で何を食べるかということだ。それを考える方がよっぽど差し迫った問題ではないか。店内に足を踏み入れる前から鼻腔をくすぐって止まない香辛料の香りにそろそろどっぷり浸かることを考えてもいいのではないかというわけだ。

 

 豆料理はこの店の看板メニューの様であるし、たっぷり香辛料を利かせて焼かれた鶏肉料理も捨て難い。ヨーグルトを和えたサラダというのも試してみたいな……。

 

 

 いやいや、問題はそういうことではなかった。

 

 至福に包まれた時間が訪れると思っていたのだが、それら諸共一切合財を吹き飛ばす元凶が店内に足を踏み入れた瞬間、眼前に現れていたのだ。

 

 何も身につけていない上半身背中に誇示するようにして、あるマークを描いている一人の男。そのマークは大層立派な白い髭を鼻の下に蓄えた顔とスヴァースティカが重ねられている。

 

 スヴァースティカとは古の宗教的シンボルで幸運を表す記号として用いられたものだと古い書物で読んだことがある。その書物ではスヴァースティカには万字という別名も存在し、ワノ国でそう呼ばれていると記されていたはずだ。

 

 そのマークは今のご時世では知らない者はいない。

 

 “四皇(よんこう)”白ひげ海賊団のマークである。

 

 四皇(よんこう)とは新世界と呼ばれる“偉大なる航路(グランドライン)”後半の海を皇帝の様に支配する4人の海賊のことだ。

 

 そして眼前に現れた頭にオレンジ色のテンガロンハットを被った奴はその四皇(よんこう)の一角白ひげ海賊団で2番隊隊長を務めているという男、

 

 “火拳(ヒケン)”のエースで間違いない。

 

 本来であれば新世界にいる筈の人間が“偉大なる航路(グランドライン)”前半の海にいる。海賊と言うものは余程の事がない限り航路を逆走することはない。ということは余程の事があったということになる。

 

 故に俺たち3人は芳しい香りが漂い食器とグラスの音が重なる店の様子に食欲をそそられているはずなのに、押し黙ったままの状態であるが……、

 

 押し黙ったままである理由が変わりつつある。

 

 件の男は俺たちの横に先客として既に居座っており、出された料理と本能のままに格闘の真っ最中なのである。その様子はまるでこの世のものとは思えない。俺たちの中で最も大食漢のロッコも真っ青になりそうな勢いだ。カウンターには食べ終わった皿が山積み状態であり、山の高さは10枚以上、しかも男の両側で対を成している。そして今この時も山の高さの記録を更新しようとフォークを動かし続けている。

 

 俺たちは押し黙っているわけではない……。

 

 開いた口が塞がらない、ならぬ、閉じた口を開けない状態にいるのだ。

 

 

 この場にオーバンがいれば気持ちいいぐらいに突っ込んでくれたであろうが、残念ながらこの場にはいない。俺たち3人ではオーバンの様な芸当は出来そうもない。

 

 隣の大飯喰らいはそれ以外にも突っ込みどころ満載ではあるが……。

 

 まず、なぜ上半身裸なのだ? という、至極当然な疑問が湧いてくる。まあ少し考えてみれば答えは見えてくるが。多分暑いのだろう。ここはアラバスタ王国、それでは答えになっていないが、常人よりもさらに暑いのだ。このメラメラの実を食べた炎人間は。

 

 

 俺たちはその炎人間に話しかけようとしているわけだが、閉じた口を開くことができない。話しかけるべきは一番近くにいる俺なんだろうが、奴のフォークを持った手の高速運動を止める気になれない。

 

 カウンターには左からクラハドール、ロー、俺、炎人間の順に座っている。普段ならローと俺の位置は逆になるが横にとんでもない奴が居たので、話しやすいようにとローは気を遣ったのかもしれない。

 

 そんなこんなで5分近く押し黙ったまま一人の男に気を向けていた俺たちがようやく我に返った順番は左からであった。

 

 まずクラハドールが炎人間から想像できる事を想像し尽くしたのか、右側に向けていた視線を前方へと戻す。多分に執事として食事マナーには言いたい事が山ほどありそうではあるが……。

 

 次にローも俺に対して後は任せたとばかりに合図を送って、視線をカウンター上にあるメニュー書きへと移している。

 

 そうだったな……。

 

 こいつはただし1週間のパン食がわずかばかり残っていた筈。もう我慢の限界を迎えつつあることは想像に難くない。右側のとんでもない奴よりも己の食の方が危機迫った問題なわけだ。ジョゼフィーヌのことだから例外を認めているとは思えないので、禁を破ろうと考えているのか……。ローの視点はメニューの3行目から動くことはない。そこに書かれているのは鶏の炊き込みスパイスライスとある。

 

 こいつの脳内での独り押し問答が聞こえてきそうだ。

 

 そして最後に俺も、

 

観察していて飽きない炎人間を探るよりも、いい加減何か食べよう……。

 

 と思ったところで、

 

 

「何を食おうか迷ってんのかい? 迷うことはねぇ、全部頼んじまえばいい」

 

と、右側にいる炎人間もといエースが俺たちの5分近くを軽く吹き飛ばすような拍子抜けする言葉を投げ掛けてくる。

 

 俺たちの5分を返してくれ。おまえの前にある奇妙奇天烈な光景とおまえの常人離れした反復運動のせいだと、その全部頼んだ結果がカウンター上の二つの山かと、俺たち3人揃って突っ込みの言葉を返したことだろう。心の中で。

 

 そう、俺たちは思った事をそのままは口にしない3人衆だ。

 

 故に、

 

「……いや気にするな、迷ってるわけじゃない。これは俺たちの儀式みたいなもんだ。こうやって食事前には沈黙して来るべき至福のひとときに祈りを捧げているのさ」

 

と、心にもないことを口にしてみる。

 

 炎人間>食事が食事>炎人間に180度変わった瞬間であったので、正直言って相手をするのが面倒なのである。それに全部頼むなどという選択肢は俺たちには絶対にないので後の言葉は聞かなかった事にする。

 

 だが、

 

「……変わってんな。俺にはメシを前にして黙って待つなんざ、苦痛以外の何もんでもねぇが。そうか、祈りをねぇ……」

 

と、フォークを止めることなく話に食いついてきてしまったではないか……。

 

「店主、俺はヒヨコ豆のスパイス煮だ」

 

「…………鶏の炊き込みスパイスライスを頼む」

 

 俺の気も知らずに左横の二人はさっさと注文をしている。ローも悩んだ挙句に決断を下したようだ。

 

 まったく、薄情な奴らめ……。今になって思えばこいつら俺に面倒な相手の応対を押し付けたとしか考えられなくなってくる。二人ともあとでジョゼフィーヌによって散々な目に遭えばいいのだ。

 

 炎人間め……。祈りなんてどうでもいいことだ、今問題なのはサラダにヨーグルトがかかっているとどんな具合か想像してみることであって……。

 

「プラバータムの奴らみてぇなことを言うじゃねぇか」

 

 だがエースは俺の脳内など意に介さず会話を続けてくる。

 

「プラバータム?」

 

 知らない単語を耳にしたようで、ローが思わず聞き返している。ひとまず注文をするというこいつ的には最大の難問に答えを出したローは、ここへきて炎人間に興味を向けたようだ。

 

 だが、俺の脳内も察してくれ……。何とかしてヨーグルトで頭をいっぱいにしようとしているところにプラバータムが入る余地はないんだぞ。ここで話を広げてどうするんだよ……、と思いながらも俺の脳内を急速にプラバータムが浸食しつつある。

 

「おっ、やっと乗ってきたな。メシに会話は付き物じゃねぇか。なぁ、楽しくやろうぜ。どうだ? 商売はうまくいってんのかい?」

 

 なんだと……。

 

 俺たちの事は知られてはいないと思っていた。通りすがりのメシを食いに来た奴らぐらいに思っているんだろうと考えていたんだが……。

 

 エースが初めてこちらに顔を向けて笑顔を浮かべながらの言葉に俺たち3人は一瞬眉を吊り上げていた自信がある。

 

 俺の脳内は3つのことが同時に駈け廻っている。

 

 1つめはエースについて。ふざけた大飯喰らいかと思っていたが、全く油断ならない相手であったわけだ。ローの問いかけに対しても素直に答えることはせずに何気なく問いかけを重ねながら、素性を知っていることを仄めかして俺たちの反応を見ていやがる。ごく自然にだ……。

 

 2つめはプラバータムについて。その単語がスヴァースティカと共に書物に記載されていたことを記憶の奥底からひねり出し、歴史の忘却の彼方へと忘れ去られた古い宗教の名前だとおぼろげながら認識しようとしている。

 

 3つめはヨーグルトについて。その酸味が如何にしてサラダとハーモニーを奏でているのかに思いを馳せる。

 

 だからこその、

 

「主人、俺にはひとまずヨーグルトを和えたサラダを出してくれ」

 

という料理の注文をして、エースの問いかけは軽く流してやる。

 

 そっちがその気なら俺も素直に答えてなどやるものか……。会話の主導権を握られるのはごめんだ。

 

 エースは俺のスルーに対しても笑みを湛えたままであり、そうきたかとでも言うような余裕綽々の表情に見えて仕方がない。

 

「政府は信教の自由を認めちゃいねぇ。奴らが頭に戴く天竜人こそが信仰すべき存在だからな。……プラバータムがいまだに存在しているような話しぶりをおまえはしているが……、どういうことだ?」

 

 ローの奴がプラバータムについて知識があったとは意外である。こんな名前そうそう人生で出くわすものではない。一体どこで知ったというのか?

 

 

「……やめだ、やめだ。もっと楽にやろうぜ。こんなんじゃメシと会話を楽しめねぇ。」

 

 ローの質問には答えずに、エースがフォークを持つ手を止めることはせずとも、とうとう言葉の応酬には匙を投げてきたことで、俺の中に生まれた微かな疑問は立ち消えとなり、

 

「黒ひげ……、マーシャル・D・ティーチ」

 

と、最初から会話の筋書きを知っていたかのように、クラハドールはエースが投げた匙を投げ返すようにしてこの場に一石を投じてくるので、俺の思考はそちらへと移っていく。

 

 マーシャル・D・ティーチ、別名黒ひげについてもクラハドールは船で俺たちに話をしていた。

 

 サイレントフォレストのオークション会場でナギナギの実を掻っ攫っていった男からはじめてその名を聞いたわけだが、わが脚本家が想像するに、あのマジシャン風の男の名はラフィットであり、そいつが言った通り黒ひげ海賊団に所属しているようだ。

 

 奴らのこれまでの航跡と狙いを考察するだけでも会議を一本できるぐらいの盛り沢山な内容であったが、ポイントを絞れば、奴らがかつての医療大国であるドラム島に行っていること、ティーチは白ひげ海賊団から脱走してきたことが挙げられる。

 

 となれば、真相を知るためにかまを掛けてみたくなるのが参謀という人種の性なんだろう。

 

 ティーチのあとに続いていたであろう、追っているのか? という問いかけを敢えて飲みこんでいる辺りが実に心憎い奴だ。

 

 とはいえ、クラハドールの一石によってエースは一瞬にして表情を激変させる。人を惹きつけるような笑顔は消えて、剣呑な視線をこちらへ向けており、強烈な気配が俺たちに迫って来る。

 

 これは……覇気、……なんてレベルじゃない、……王気(おうき)そのものではないか。

 

「それをどこで聞いた?」

 

 エースの声音は数段低くなっており、随分とドスがきいている。炎人間の真髄を間近で触れて背筋にうすら寒いものを感じてしまう。

 

「……もっと楽にやるんじゃねぇのか?」

 

 そんな雰囲気を押し戻そうとする冷静なローの言葉が飛び出してくる。幾分シニカルな笑みを湛えてはいるが。

 

「……ははっ、こりゃ一本取られたぜ」

 

 漂わせていた強烈な王気(おうき)の気配を引っ込めてエースは、さも愉快だと言うように豪快に笑いながら言葉を発してくる。

 

 計ったようなタイミングで店主がカウンター上に俺たちが注文した料理を給仕してくれる。

 

「俺たちの素性は知ってるんだろう? こいつの二つ名が脚本家であることも。こいつはモヤモヤの実を食べた想像自在人間、そして俺たちは黒ひげの関係者である男と出会っている」

 

 会話なんてそっちのけで出された料理にすぐさまに挑みたいのは山々だが、風向きが変わりつつある今は会話も大事であるので、話を続ける。本当に鍵となる情報を得るためには、ある程度はこちらから曝け出す必要がある。リターンを得るためにはリスクも必要経費だ。

 

「ああ知ってる。他人の手配書を見るのは面倒くせぇんだが、立場上目を通しておく必要があるからな。それに、俺たちも付き合いのある商売屋がいる、親父が面倒を見てる奴がな。だからおまえらがやってることも大体はわかる。ティーチを…………」

 

 エースの舌も饒舌になりつつあり、会話が乗って来たなと満足を覚えて、出された料理にフォークを向けて口に入れ、ヨーグルトの酸味とサラダの組み合わせという新たな出会いに感謝を捧げようとしたところで…………。

 

 

 炎人間の言葉は突然止まり、今の状況では聞こえる筈のない鈍い音が耳に入ってきて、右に恐る恐る視線を向けてみる。

 

 

 ……は? 何だそれ?

 

 

 これは俺の人生が始まって以来、初めて心の中で発した言葉であろう。こんな言葉がどうして俺の脳内で形作られたのかは皆目見当もつかない……、もとい十中八九で右横の炎人間によるものだ。

 

 

 有ろうことか、炎人間は何とも豪快に顔をいまだ格闘真っ最中であった皿に突っ伏している。だが突っ伏した頭の上で、右手は強靭な意志によるものなのかしっかりとフォークを握っており、そのフォークの先には肉が突き刺さっている。

 

 もう俺の理解の範疇を超えているレベルではない。突き抜けてしまっている。

 

 

 だが左横の二人の反応は些か違っているのだ。

 

 クラハドールは視線を向けて、思い出したかのようにメガネを上げると興味を失くしたようで、すぐに豆を堪能することに注意を向けている。

 

 ローはというと、一瞥をくれた瞬間は理解できないものを見たという表情であったが、すぐさま関わりたくないという表情へと変わり、久しぶりの米との再会を祝すことを選んでいる。

 

 この参謀と副総帥ではなくて、参謀と船医の反応から導き出せる論理的な結論は……。

 

 

 こいつは食事と会話の真っ最中であったにも関わらず突然の睡魔に襲われてこの有様。

 

 

 俺は急速にこういった人種と如何にして向き合うかを学びつつある。理解不能な人種を理解しようとする事が間違っているのだ。そもそも理解など出来る筈がないのだ。故に引き起こすことをただただ在りのまま受け止めるしか術はないのだと。

 

 そうであるならば、俺も左の二人同様に突然睡魔に襲われる奴のことなど知った事ではない。何よりも目の前の食事に集中することができる、これは言ってみればチャンスだ。

 

 と言うわけで俺たち3人は右端の顔を突っ伏した奴をそっちのけで食事に精を出しているわけなのだが、店内の俺たち3人以外となるとそういうわけにもいかないらしい。

 

 店主や他の客たちが口々に驚き騒いでおり、この相当にバカらしくてはた迷惑な出来事を勝手に事件化しようとしている。

 

 旅路で知らずに“砂漠のイチゴ”を口にしたことでこの男は突然死したのではないかというわけである。

 

 砂漠のイチゴというのは赤いイチゴの実のような姿形をした毒グモらしく、間違って口に入れれば数日後には突然死を引き起こし、その死体には数時間感染型の毒がめぐる厄介なもののようで、店主や他の客たちは俺たちを遠巻きにしており近付こうとはせず、しきりに俺たちに対して危険だからその男から離れろと言ってきており、俺たちがその忠告を聞かずに食事を続けている状態を見て、俺たちまで炎人間と同類のようにみなされている状態である。

 

「……うしろ、海兵だ」

 

 そんな状態を切りかえるが如く、ローが食事を終えて背後を振り返り、入口付近に顔を覗かせた海兵の姿を確認したようである。

 

 ここはアラバスタ王国、海軍の駐屯地は存在しない、なぜなら七武海が居るからだ。海軍と七武海は対峙する勢力であり“偉大なる航路(グランドライン)”を棲み分けている。

 

 なので海兵が現れたということは……。

 

 麦わらを追っているスモーカー本部大佐の隊か……。

 

 このタイミングで海軍と出会うことによる影響度合いを考えてみれば、3秒経たずに答えは出る。

 

 

 悪い影響はあっても良い影響など何もない。

 

 俺たちがこの島にいることがバレてしまう。そうなればさらに上の階級の奴らが送り込まれてくる可能性がある。つまり、奴らに優位性を与えてしまう。

 

 が、次の料理を注文したばかりだ。鶏肉をスパイスをまぶしてこんがり焼いた料理は是非とも賞味したい。よって、今すぐに店を出るという選択肢はない。

 

 ここは、海軍を上手く利用できないかどうか考えるという方向性でいくしかない。

 

 海軍への対処方法を考えているこのタイミングで右側のどうしようもない居眠り大飯喰らいが顔を起してくる。

 

 店内がぎょっとした驚きに包まれ、他の客たちが心配そうにしてエースに駆け寄ってきている。

 

 奴がこちら側に体を向けてくる。まだ寝惚けた様子で状況を掴めてなさそうである。顔には料理の跡が付き放題……。

 

 

 俺はこの時ほどロッコに感謝した事はないだろう。覇気を習得させてくれてありがとう、ロッコ。

 

 奴は絶対に両手を伸ばしてくる。そして、俺の黒いスーツで顔を拭おうとするに違いない。

 

 それを逸早く察した俺は炎人間の両手が動く前に動き出し、奴が座る回転椅子を180度回転させてやる。悪いが見ず知らずの客に犠牲になってもらう。

 

「お目覚めか……」

 

 静観していた左端のクラハドールが一言呟く。

 

 そこから先は炎人間と店主、他の客たちとのコントの様なやりとりが繰り広げられていく。

 

 まあ、眺める分には楽しめはするが、当事者として巻き込まれていれば俺たちはタダじゃおかなかったであろうことは想像できる。

 

「ところでおまえら、こんな奴を見たことないか?」

 

 ひと段落ついたところでエースは右手に1枚の手配書を持ちながら俺たちに訊ねてくる。

 

 なんとそれはあの麦わらの手配書ではないか。こいつも麦わらを探しているのか、一体どういうことだ。

 

「天下の白ひげ海賊団がどうしてそいつに興味を持ってる? 3000万の駆けだしルーキーだぞ?」

 

 さらなる情報を引き出そうと、敢えて煽るような言葉を挟んでみる。

 

 エースはその言葉にも笑顔を見せて、

 

「弟なんだ」

 

と、一言答えてくる。

 

 

 おいおい、弟だと……。

 

 

 この場でこんなにもとんでもない情報が入ってくるとは思いもしなかった。

 

「……そうか。もしかしたら、ふらりと現れたりするんじゃねぇか? このメシ屋に……」

 

 ローが面白いと言わんばかりに笑みを浮かべたあとで言葉を発する。

 

 

 あり得るなと思いながら俺は煙草を取り出して火を点ける。そこへ…………、

 

 

 

「てめぇら……、よくもぬけぬけと大衆の面前でメシが食べられるもんだな。白ひげ海賊団の2番隊隊長、それにネルソン商会。この国に何の用だ」

 

と、葉巻を2本燻らせて白煙をたなびかせながら白髪で精悍な顔立ちの男が海軍の正義のコートを羽織って現れる。

 

 首にはゴーグルを掛け、背には十手を背負い、コートには何本も葉巻が縫い付けられている。とんでもないヘビースモーカーである。

 

 そうか、こいつが海軍本部大佐“白猟(はくりょう)”のスモーカーだな。

 

 店内は白ひげという言葉に敏感に反応を示しており、一段と騒がしくなっている。

 

 一拍ためて背後を振り返り、

 

「メシを食っちゃならねぇって法はねぇだろう? ……まあ、いい。弟をね、探してんだ」

 

と、食事を済ませて爪楊枝を口に挟みながらエースが答えている。

 

 そうなると俺たちも答えを求められているんだろうが、生憎答えてやる義理はない。だが、こいつはなかなか会話を楽しめる相手かもしれないので、

 

「なら、おまえもここでメシを食えばいい。ここの店主はいい腕だぞ」

 

とでも言ってやり、白猟に負けずに盛大に煙を吐き出してやる。

 

「ふざけるな。海兵と賞金首が一つ屋根の下でメシを食っていいなんて法もねぇんだ」

 

 と、眉間にしわ寄せながら答えてくる。

 

 どうやら答えを求めてはいるが、答えが返って来る事を期待はしていなかったらしい。

 

 それにしても、こいつは中々ユーモアのセンスがあるじゃないかと思ってしまう。

 

 

 気付けば店内はこの緊張感を漂わせつつある状況に対して静まり返ってしまっている。

 

 それはそうだろう。4人の賞金首と海軍本部大佐が対峙している状況はそうそうあるものではない。

 

 いまやローとクラハドールも体を回転させて海軍大佐に相対しており、誰も口を開かないまま時計だけが針を刻んでいる状況である。乾いた空気と暑気が店内に立ちこめているはずであるが、この状況ではそんなことは気にもならない。

 

「で? どうするんだ?」

 

 両腕をカウンター上に掛けて足を組み何ともくつろいだ様子でエースがようやくにして沈黙を破る。

 

「捕まえる。大人しくするんだな」

 

「却下、……そりゃごめんだ」

 

「見ての通り、4対1だ。賢明な判断とは思えないが……」

 

 

 スモーカーが海兵の本分を述べたのに対して、俺たちは当然の答えを返したところで、

 

 

「賢明かどうかは問題ではない。……それに……、1じゃなくて2」

 

と言いながら、黒髪ショートヘアでこれまた正義のコートを羽織った女海兵が躊躇なく店内へと入って来る。

 

「おい、くいなーっ!! てめぇは外で待機だと言ってただろうがぁーっ!!!」

 

 俺たちに対しては冷静に感情を表には出さずに相対していたスモーカーが女海兵が入って来た瞬間に感情を露わにして吠えたてている。

 

「スモーカー大佐、いつも申し上げていることですが、私は基本的には命令というものを遵守致します。ですが緊急事態には自分の判断で動きます。今がっ……、その緊急事態です。この国に4人も賞金首が居る。しかも億越えもしくは億に近い額ばかり……。……それに4人を一人で相手しようなんて……ずるいです」

 

 感情を露わにする上司に対して冷静に切り返している女海兵くいな。

 

 こいつがヒナの報告書に記載のあったくいな海軍本部少佐か……。

 

 腰に刀を差しているところからして剣士であることは間違いない。スモーカーの苦虫を噛み潰した表情を見ると、多分に口ではこの部下には勝てないんだろう。

 

 俺たちで言うところのジョゼフィーヌだ。とはいえ性格は相当違いそうだが、何とも面倒くさそうなオーラを放っているところに似た部分を感じてしまう。

 

 扱い辛くて相当苦労しているだろうと若干だがスモーカーに対して同情を覚えてしまう。

 

 

 さて、この状況の行き着く先はどこになるか……。

 

 右に目をやると、わが副総帥と参謀も言葉は発していないが、頭の中は高速回転しており冷静に状況を分析しながら、落とし所を見極めようとしていることが読み取れる。

 

「威勢のいい嬢さんだな。海兵同士の内輪揉めなんざ、なかなか拝めねぇもんだ。いいもん見させてもらったよ」

 

 そう言いながらエースは何とも楽しそうである。

 

 だがその言葉に対し、当の海兵二人は再びこちら側に相対して、

 

「俺たちは今別の海賊を追っている最中だ。おまえらの首なんかには興味はねぇし、実際問題はた迷惑な話なんだが……」

 

と、スモーカーが再び冷静な口調に戻して言葉を投げ掛けてくる。

 

「じゃぁ、見逃してくれ。それが粋ってもんだぜ」

 

 エースの当然の返事が飛び出してくるが、

 

「そうもいかねぇ。数の不利は問題じゃねぇんだ。これは立場の問題。俺たちが正義であり、お前らが悪である限りな」

 

と、スモーカーから最終宣告が下されてくる。

 

 奴は右腕を既に煙に変化させており完全に臨戦態勢だ。

 

 自然(ロギア)系悪魔の実モクモクの実の能力者、煙人間。

 

「ここで始めるなら私はひとまず、あの刀を持っている死の外科医から仕留めます」

 

 と、くいなからもローに対しての宣戦布告がなされてくる。こいつも刀に手を掛けており、やる気満々である。

 

「つまらねぇな……。楽しく行こうぜ」

 

 対するエースにやる気は微塵も感じられはしない。

 

 当然ながら俺たちもだ。なぜなら、正面からまた新たな奴が現れようとして…………、

 

 

 

は? 何だそれ?

 

 

 

 初めて頭の中に生れ出た言葉を1日のうちに2回も時間を空けることなく浮かべることになろうとは思いもしなかった。

 

 状況を整理する必要があるかもしれない。

 

 

 新たに店内に入ってきた奴は、まっとうに店内に入ることはせずにロケットと叫びながら、それこそロケットの様な勢いで飛びこんで入って来て、多分に本人の意思とは関わりのないところで、俺たちに対してロックオン中の煙人間を吹き飛ばし、その直線上にいて、楽しい人生行路を説こうとしていた炎人間もとい自分の兄を巻き添えにさせ、この『spice bean』というなかなかの料理屋の壁に風穴を空けるという所業を入って来てそうそうやってのけている。

 

 かと思えば、切実に空腹であったこととメシ屋に辿り着いた例え様のない喜びを体全身で表現してみせ、自らの手でやってみせた所業には一切気付く事もなく、炎人間がさっきまで座っていた席の右横で既にナイフとフォークをそれぞれの手に持ち満面の笑みを見せながら、臨戦態勢で座っているのだ。

 

 

 そして、麦わら帽子を被っているではないか……。

 

「奴だ……」

 

「……」

 

「ああ、麦わらだな」

 

 このとんでもない展開に俺たちが反応したのはたったこれだけである。

 

 

 エースとの出会いは未知との遭遇と言えるものであった。

 

 エースが弟だというこの麦わらのルフィという奴との出会いものっけから未知との遭遇になりつつある。

 

 記念すべき……、否、決して記念になるようなものではないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

話の区切り、出来ればもう少し先で切りたかったのですが
最長になる恐れもありそうなのでここで切らせていただきました。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第23話 夢と運命

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回も13000字を超えており、長くなってしまっております。
また、新たな人物の視点を加えております。

さあ、どうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 ナノハナ

 

 

 先程まで一触即発に近い緊張感が漂っていた『spice bean』は突然飛び込んできた麦わら帽子を被った少年によって混沌とした状態となっている。

 

 まず先程まで店内にいた二人、エースとスモーカーの姿は既にない。

 

 カウンターの奥に出来た風穴の彼方へと飛ばされてしまっているのだ。その風穴は店に続く建物を次から次へと貫通しており何とも見通しの良い眺めとなってしまっている。

 

 そんな状況であるため店内にいた他の客たちはあっけにとられており、何が起こっているのか理解できていなさそうに見て取れるし、店主は店主で麦わらがしでかした所業に対して怒るどころか、心配を表しながらも奴のメシコールに対して迅速な反応を見せて、途中で途切れてしまっているカウンターの向こう側には既に大量の料理が並べられつつあった。それを麦わらはエース顔負けのスピードで平らげていっている。

 

 こんな状況だ。これを混沌と言わずして何と言う。

 

 

 

 それにしても、

 

モンキー・D・ルフィ……。

 

 

 どんな奴かと思っていたが、

 

 

今のところ、よく食うガキでしかない。

 

 いや、よく食うでは表現が足りないであろう。店を閉店に追い込む勢いで食う、もしくは食うことを止めればこいつは死んでしまうのかもしれないと考えてしまうぐらいの鬼気迫る食いっぷりとでも表現できようか。

 

 

 ガキというのは言葉通りで、よく考えてみればこいつの歳は俺の約半分であるので子供っぽく見えてしまうのも至極当然と言えば当然なのだが……。

 

 服装がそう思わせるところもあるかもしれない。赤いべストを着てデニム素材の水色半ズボンで靴は草履だ。はっきり言って服に頓着しているとは到底考えられない。意味を持っているのは被っている色鮮やかな黄色の麦わら帽子だけだ。

 

 モンキー・Dを頭に戴いているとはいえ、こんな奴が七武海を倒せるのか、クロコダイルに引導を渡すことができるのか、甚だ疑問を抱いてしまう第一印象ではある。

 

 まあ悪い奴には見えないし、むしろ好感を持てる感じでもある。

 

 だが、

 

海のものとも山のものとも知れない奴の一人としか思えない。

 

 

 

 それに、

 

さっきから気になってはいるところをあえて無視しているのだが……。

 

 こいつの視線がチラチラと俺の眼前の皿へと注がれているのだ。しかも露骨に。

 

 確かに香辛料を塗されてこんがりと焼き目を付けられた鶏肉は嗅覚と視覚に訴えかけてくるインパクトがあるが、

 

 

 なんなんだ、このわかりやすさは……。

 

 

 俺も楽しみにしていた料理ではあるが、こうもわかりやすいと……。

 

 

「……やるよ。肉、大好物なんだろ? モンキー・D・ルフィ」

 

 と言って分け与えてやりたくなるのが人情というものだ。

 

「おぉっ! 肉くれんのか?! ありがとう。おまえ、いい奴だなぁー!!!」

 

 と言うが早いか、奴の左腕が伸びてきて眼前の皿から鶏肉だけを掻っ攫っていく。

 

 それでなくとも奴の口の中は既に目一杯まで料理が詰め込まれているのだが……。

 

 奴が口にした言葉も両頬がリスのように膨らんでいる状態ではちゃんと喋ることはできないため、こんなことを言っているんだろうと俺が脳内で翻訳しているに過ぎない。

 

 まあ料理の味わい方は人それぞれだ。とりあえずは美味そうに食べているのでこれはこれでいいのだろうなと思うしかない。

 

 俺の左横では同じく未知との遭遇になっているローと既に遭遇済みのクラハドールが麦わらの一挙手一投足に視線を向けている。

 

 二人とも呆れて物も言えない状態なのか呆れなど既に通り越して一周してしまっているのか、はたして……。

 

「はっ、おまえ何で俺が肉が好きだって知ってんだ」

 

 ようやく気付いたかと思えば、麦わらが気付く個所は少しずれていたりする。肉に対してあれだけの熱視線を送っておきながら、よくもそんな口がきけたものだと思ってしまい、

 

 はぁ……、だからな……、

 

と突っ込んでやろうとしたところ、

 

「おい、そっちじゃねぇだろ」

 

って先にローが突っ込みを入れる始末だ。

 

 おいおい、ロー。おまえが突っ込んでどうするんだ。

 

 そう思いながらローの方に顔を向けると、ローも自分の言葉に驚いているのか、しまった俺としたことがっていう心の声が聞こえてきそうな表情をしている。

 

 

 まずい、のっけから麦わらの変なペースに俺たちまで毒されつつある。

 

「そんなもの見れば分かる。さっきから肉しか食ってねぇじゃねぇか」

 

 クラハドールもこの変な会話に冷静さをもって参戦を表明してくる。

 

「おまえはウソップの時のワル執事っ! やんのか、こんにゃろ」

 

 だが麦わらは元キャプテン・クロがここまで追いかけてきて文字通り参戦にきたと思ったのか、両の拳でファイティングポーズをとりながら買い言葉をぶつけてくる。もちろんナイフとフォークは手放していない。

 

「落ち着け、ゴム小僧。俺は執事ではあるが、もう海賊じゃねぇしキャプテンでもねぇ。メインはおまえの隣にいる男だ」

 

 売り言葉をぶつけたつもりはないクラハドールが俺にバトンを渡そうと言葉を発する。

 

 それに対して麦わらは改めて俺の方を口の中に料理を詰め込んだまま、まじまじと見つめてくるがぽかんとした表情である。

 

 それはそうだろう、俺たちは今日ここで初めて会ったんだからな。

 

「クラハドールが言う通り俺たちは海賊じゃない。商人をやっている。俺の名はハット、ネルソン・ハットだ。そして突っ込みを入れたこいつが副総帥のロー、クラハドールは参謀をやっている。お前はモンキー・D・ルフィだろ? お前の手配書を見たよ」

 

 って、なんで俺はまっとうに自己紹介なんてしてしまっているんだろうか……。

 

「参謀?」

 

 俺の自己紹介に対して麦わらは参謀という単語に食い付きを見せ、よくわからないとでも言う風に首を傾げて見せる。

 

「こいつは俺たちの計画男をやってるのさ」

 

 噛み砕いて言い直してやると、途端にわかったような表情を見せてまた両手を動かすことに専念しはじめる。

 

 つまりは俺たちに対してあまり興味がなさそうである。

 

 まったくこの大飯喰らいの麦わら小僧め。

 

 こいつの発せられる言葉でまともに意味を成しているものは何ひとつとしてない。全ては俺の中での翻訳である。よく考えてみたらローもクラハドールも会話を成り立たせてるってことは俺と同じように脳内翻訳していることになる。

 

 俺たち3人は実はすごいんじゃないかと自分で自分を褒めたくなるし、奴には礼を言ってもらいたいぐらいであり、こんな仕打ちを受ける謂われは無いぞと思いたくもなる。

 

 俺は食事を強制的に終了させられたが、ローとクラハドールは食後でチャイを飲んでいる。この国ではコーヒーも存在するがチャイを飲むのが文化の様で、他の客もほとんどが同じものを飲んでいる。どうやらローにもいける味のようだ。

 

 なんて、頭の中を別の方向へと飛び火させてみたくなるわけだが、

 

「俺もすんげぇけいかくがあるんだ。しっしっしっ、俺はなぁ、海賊王になるんだ」

 

と、満面笑顔で相変わらず両頬いっぱいにして麦わらは会話を続けてきて、こう宣言してくる。

 

 こいつはきっと食事に興味がありすぎるんだなと改めて気付かされる。

 

 と共に、随分と楽しそうに物騒な言葉を口にするとも思ってしまう。

 

 

 夢か…………。

 

 

 満面笑顔での宣言はどこか肩の力が抜けて自然体であり、気負いなどまるで感じられないのでこんな単語が頭の中に浮かんでくる。

 

 

 俺とは縁遠いものだな……。

 

 

 ある程度世の中が分かるようになったころには親がいなくなり、その世の中に放り出された俺には夢なんてものが湧いて出てくる余地はなかった。生きることに必死であり、生きるために商人になるしか道はなくてここまで来てしまっていた。

 

 ドフラミンゴを潰すとか、政府の五老星を引きずりおろすとか、そんなことは夢とは言えないだろう。そこに輝きは存在するようには思えない。人生の目標と言えるものではあるが、こんなにも満面笑顔で語れることではない。

 

 

 ただ……、これがしっくりきているのも確かなんだが……。

 

 

 闇の中に身を置いて、闇を相手にしながら生きることで俺は生きているという実感がある。毎日続いていく取引が性に合うのも俺に流れる血がそうさせているのだと思う。

 

 俺としては人生の目標がどうであれ、日々取引に精を出しながら、闇に身を置いてどこか世界を斜めから眺めることができれば万々歳なんだろうなと、そんなことを考えてしまう。

 

 

「俺、商人なんて会ったの初めてだ。村の酒場でも聞いたことねぇし、商人って黒いんだな。変わってんなー」

 

 と俺を物思いの淵から引き上げるようにしてきたもんだから、我に返ってしっかりと反論してやろうとすると、待て待てとでも言いたげにフォークを持ったままの左手を持ち上げてから、

 

「知ってるぞ。おまえらのポリスーなんだろ?」

 

ってさも得意げに言葉を投げ掛けてきやがる。

 

 だからどうしてこいつはこんなにも突っ込みどころが次から次へと湧いて出てくるんだ。

 

 と面倒くさいと思いながらも突っ込もうとすると、

 

「そこはポリシーなんじゃないかねぇ、君」

 

と、なんと新たな皿を麦わらの前に置きながら店主にも俺たちの会話が聞こえていたのか優しく笑顔で突っ込んでやっているではないか。

 

 麦わらも、そうか? などと返しており、俺はもう笑うしかなくなってしまい、自然と笑いが込み上げてくる。

 

 

 そこで、はたと気付いてしまう。

 

 こうやってこいつは周囲の人間を次々と巻き込んでいって笑顔にしていくのかもしれないなと。

 

 妙に惹きつけられる魅力があって自由気儘なこいつが段々と羨ましくなって来るから不思議なものである。

 

「麦わらーっ!! ゾロはどこ? たしぎはどこにいるの?」

 

 俺たちの笑いの輪へ乱入してきた女海兵が、先程の冷静沈着さとは違って感情を露わに麦わらの背後へと立ち、声を大にしている。

 

 そう言えばこの女海兵がいたことをすっかり忘れてしまっていたが、

 

「おお、たしぎ。おまえも腹減ってたんだなー。ここのメシすんげーうんめぇーぞ。早くお前も食えよ」

 

 と、背後を振り返りながらの麦わらの返事に対して、また面倒な事になりそうだなと思ってしまう。女海兵にとって。

 

 麦わらの振り返りは一瞥だけであり、肉が惜しくてたまらないとばかりに再びナイフとフォークを使った格闘に戻っている。

 

「違うっ!!! 私はくいなだ。あのへっぴり腰と一緒にするなっ!!!」

 

 口に料理がいっぱいで意味を成していない麦わらの言葉を名前の部分だけ敏感に理解できたのか女海兵が訂正している。

 

「ん? くいな? あー、不思議姉妹(きょうだい)か」 

 

 麦わらは一瞬首を傾げていたが、分かったという風に両手を拳にして重ねてぽんと叩いている。

 

 不思議姉妹(きょうだい)の意味はよくわからないが、麦わらが間違えるほどこの女海兵とたしぎという元?女海兵は似ているのかもしれない。

 

「だから、違うっ!! 姉妹でもない。そもそもお前が余計なことを考えさえしなければこんなことには……」

 

 性も性格も違う二人の噛み合わない何とも不毛なやり取りから推測するに、

 

 東の海(イーストブルー)のローグタウンに駐屯していた顔が瓜二つで考えていることもどこか似ている女海兵二人が麦わらの一味に出くわした。

 

 一味の剣士ロロノア・ゾロと今目の前で額に手を当てて溜息をついている女海兵の一人、くいな海軍本部少佐は幼馴染で剣の道を高めあっていた仲。二人の道は見据える先は世界一の剣豪と同じだが分かたれて対峙するものとなる。もう一方の女海兵たしぎ海軍本部曹長は世界中の悪から刀を回収することを見据えている。

 

 そんな3人が一堂に会し、さてゾロの刀の行方はとなり、くいな+たしぎvsゾロのはずが、くいなvsたしぎを見守るゾロになりそうなところに、この麦わらが、

 

だったらよー、おまえが俺たちの船に乗ればいいじゃねぇか。

 

 と、またとんちんかんなことを言い始めてたしぎを連れて行ったということのようである。

 

 女海兵くいなはしきりに、なぜそうなるんだ? を繰り返しており、麦わらはそれに対して、

 

だってよ、おまえらけんかになるんだから分かれてた方がいいじゃねぇか。それに、こっちの方が面白いだろと返しているが、俺が考えても女海兵の言い分はもっともなものであり、麦わらのぶっ飛び具合が突きぬけているというか理解できない。

 

 まあ好きにやればいいさ、俺たちに火の粉が降りかからない限りにおいては。

 

 そんな風に横で繰り広げられている問答になっているかどうかも怪しい押し問答を対岸の火事として頭の中で片づけた俺はカウンターに用意されたチャイを楽しむことに意識を向ける。

 

「白猟屋だ」

 

 俺の左横で一連のやり取りを横目で成り行きを傍観するにとどめていたローが注意を促してくる。

 

 どうやら眺めの良い前方風穴から吹っ飛ばされた白い煙野郎がそろそろお出ましの様だ。

 

「麦わらーっ!! やっぱり来たなこの国に。くいなーっ!! 喋ってねぇでさっさとそいつを取り押さえろ」

 

 白い煙野郎、スモーカー海軍本部大佐が己を吹っ飛ばした相手が誰であるか気付いた様で猛スピードでこちらへと迫って来ている。

 

 己がやらなければならないことに今更気付いたのか、はっとした女海兵が腰の刀に手を掛ける。

 

 本能のままに料理を口に入れて腹に収めていた麦わらが前方と後方を交互に見比べた後に、

 

「そうだ。あの時の煙」

 

と呟いたかと思うと、あろうことか今までよりも食べるスピードを4倍速にしてカウンター上の料理を口に全部詰め込んだ後に、

 

「ごちそうさまでした」

 

と礼儀を弁えているところを見せると、その場で腕をゴムの様に伸ばして天井のランプに捕まって女海兵の剣先から迸る第一撃を躱す。

 

 前方を見れば、疾走しているスモーカーの右腕は既に煙へと変化しており、

 

「ホワイト・ブロー」

 

と、高速で煙の右腕先の手が突き進んでくるではないか。

 

 

「やべぇ。逃げるしかねぇや。黒いやつー、肉ありがとなー」

 

 の言葉と共に麦わらは天井ランプからさらに右腕を店の外へと伸ばし、ゴムの反発力そのままに跳んで行ってしまった。

 

 麦わらの俺に対する呼び名は捻りもへったくれもないが、その殊勝な心がけに免じて俺も右腕を前方に伸ばしてスモーカーの右拳をつかみ、

 

「そんなに俺との握手を望んでいるのか?」

 

と、左手ではチャイを飲みながら言ってみる。

 

「ネルソン……、余計なマネしやがって。てめぇら3人とも大人しくしてるんだな。これは見逃すわけじゃねぇ」

 

 葉巻を豪勢にも2本銜えながらそう言うスモーカーに対し、

 

「わかってるよ。さっさと行けばいい。おまえの部下はもう行ってしまったぞ」

 

と奴を急かしてやる。

 

 もちろん俺たちが大人しくするわけがないのではあるが。

 

 スモーカーは俺たちを睨みつけるようにし、麦わらを追いかけるべく店をあとにして行った。

 

 

 

 

 

「おい、さっきのルフィか?」

 

 スモーカーより遅れてエースが風穴から姿を現してくる。スモーカーが麦わらと叫んでいたのを聞きつけて、自分を吹き飛ばした張本人が誰なのかを知り急いでやってきたようだ。

 

「ああ、麦わら帽子を被っておまえ以上に食い意地が張っていたよ。煙が追っかけて行ったがな」

 

 とでも言ってやり、店の出入り口を指差してみる。

 

 こうしてはいられないとばかりに、エースは急いであとを追いかけようとするところへ、俺はクラハドールに目配せをする。

 

「ラフィット……。黒ひげ海賊団の一人と思われる奴にサイレントフォレストで出会った。その男は七武海のドフラミンゴともつながってる。奴らはこの海で成り上がろうとして、そのためには手段を選ばない、そういう奴らだ。奴らはドラムまで行っているがそこで引き返し、七武海入りを狙って、餌を探している。どういうことかわかるよな? 黒ひげ、マーシャル・D・ティーチはアラバスタから西にはまずいねぇだろう。東からマリンフォードまでの海域で網を張るはずだ。以上」

 

 クラハドールが俺の合図に応えて、カウンターに向かったまま想像できたことからの黒ひげの筋書きを有用な情報としてエースに話してやっている。

 

「勘違いするなよ、火拳屋。俺たちは慈善事業やってんじゃねぇんだ。ビジネスにしか興味はねぇ。だから、これはお前への情報投資だ」

 

 ローが俺の考えを読みとってエースに対して釘を刺す言葉を投げ掛ける。

 

「そういことだ。しっかり返せ」

 

 俺は最後の締めを言葉にするだけだ。

 

 それを受けてのエースは笑顔になったかと思うとすぐに真顔になり、

 

「おまえら、プラバータムの意味を知ってっか?」

 

と、問いかけてきて俺たちからの返事が何もないと見ると、

 

「昔の言葉でな、夜明けって意味らしい。奴らは明けない夜はねぇと祈りを捧げている連中だ。夜はいつか明けるもんで、それが運命(さだめ)らしいぜ」

 

 エースの声音はどこか落ち着きを伴って淡々としている。夜は明けるものであるのは当たり前の事であるがこれが何かの比喩表現としたら、俺たちに何を伝えようとしているのか?

 

「おまえら……、運命(さだめ)ってやつを信じているか? ……情報ありがとな。ごちそうさまでした」

 

 エースはそう言って最後には両手を合わせて見せて、店をあとにしていった。

 

 エースが残していった最後の言葉の前半部分と後半部分のトーンが真逆であったことが妙に引っ掛かってくる。

 

 

 

「あ、食い逃げ」

 

 店主がぽつんと言葉を呟いた後に、俺たちの方に視線を寄越したことに対して思ってしまう。

 

 してやられたな……。

 

 この世の金に関する大原則は取れるところから取るってことであり、それは店主から見れば今の俺たちである。

 

 今ようやくにして、あの大飯喰らい兄弟が言った、ごちそうさまでしたの意味に気付いてしまう。

 

 奴らが皿何枚分食べていたかなんて数えたくもない数字だ。

 

 

 俺は心の中にいるジョゼフィーヌに対してお伺いを立ててみることにする。

 

 

 なぁ、これは交際費に計上してもいいよな? 

 

 自分で何とかしてなんて、そんな殺生なことは言わないよな?

 

 心の中のジョゼフィーヌからの返事は…………、

 

 

ない。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 空が恨めしいぐらいに青くて、太陽がじりじりと照りつけてきている。

 

 海もまた何の迷いもないくらいに青くて、照りつける太陽の光を私たちに返してくる。

 

 かもめが空を舞っていて、鳴き声が私たちを包み込んでいる。

 

「下にあるのはあと1台?」

 

「ええ、そうでやすよ。……、あと1台じゃ、おまえたち気張れーっ!!!」

 

 私たちは今、サンディ(アイランド)、港町ナノハナの外れにてブラックネルソン号からの荷揚げ作業を行っている。

 

 船員総出に手伝いの人足を加えて取り掛かり5台の海水淡水化装置をようやく4台揚げ終えたところであり、ロッコが答えたようにあと1台をこれから揚げる。

 

 船尾甲板から島の岩場を眺めると、そこには4台の装置が安置されている。桟橋も存在しないこの場での荷揚げは四苦八苦するものではあるが、ここよりもひどい場所はもっとあったので作業は手慣れたものではある。ただこの気候だけは船員たちも初めてであり、かなり体力を奪われているようだ。

 

 中甲板に目を移せば、中央部に巨大な正方形の穴がぽっかりと空いているのが分かる。重量物を荷揚げしやすいように甲板中央部を最下層の船倉まで吹き抜けにできるようにしているのだ。ここから、船員の力で上まで引っ張り上げるわけである。

 

 そこにはカールの姿も認められる。べポも一緒だ。

 

 最近のカールは少し変わって来ている。毎日、日がな一日中鍛錬に精を出していてめきめきと力を上げており、

 

 何より変わったのは弱音をあまり吐かなくなったこと。

 

 今も私はカールが弱音を吐こうものなら、いじめてやろうと手ぐすね引いて待ち構えているのだが、汗びっしょりになって何とも楽しそうである。

 

 つまんないな……。

 

 可愛いカールをいじめるのは私の楽しみのひとつだったというのに。人の成長と言うものには幾許かの淋しさが付き纏うものなのだろうか……。

 

「ローの奴戻ってきよらんなー。これはアレか?」

 

 オーバンが私のカールに対する思考を中断させて、ローへの思考へと切り替えさせる。

 

 アレも何もない。

 

 私の命でローは荷揚げのために手伝いの人足集めで話をつけにいったわけだが、話をまとめたのはいいとして、人足だけ寄越して本人はまだ戻って来ていない。

 

 大方どこかで油を売っているのは目に見えている。例えば兄さんと合流して街の料理屋で私との契約を反故にして米に手を出しているといったところだろう。

 

 ローったら……。

 

 バレないとでも思っているなら、私の見聞色と女の勘を舐めすぎである。伊達に10年も一緒にいるわけではないのだ。ローの考えそうなことはすぐにわかる。

 

 まあ、そりゃ私だって隠れていろんなことはしてるけど……、私の船室の奥には誰も知らない秘密の小部屋があって帳簿に載せてないものが色々とあるし、ここナノハナでは満足するまで香水を買いこんでおり、それも帳簿に載せるつもりはないけど……。

 

 要は自分に厳しく、他人にも厳しくするほど人間が出来ていない私は、自分には甘くて他人には厳しい人間なのだ。

 

 でも、それのどこが悪いの? と思ってしまう私はダメな人間だろうか?

 

「それにしても、ジョゼフィーヌ。ほんまにこんな重たいもん引っ張って砂漠越えするんか? アルバーナまで行っても()うてくれるかどうかもわからんっちゅうのにやで。それこそアレや、骨折り損のくたびれ儲けになるかもしれへんやんけ」

 

 オーバンが私の物思いを再び断ち切って懸念を表明してくるのはもっともなことではあるが、

 

「大丈夫よ。私が直接交渉するんだから、首を縦に振らせて見せるわ」

 

と言ってやる。

 

「さよかー」

 

 とオーバンはらしい返事を寄越してきたが、心配してくれているのは分かっている。

 

 だが、私は知っている。人が自分を纏うもの一切合財をかなぐり捨てて腹を割って相手と向き合えば大抵は何とかなると言うことを。

 

 今回の取引は海水淡水化装置をカモから掻っ攫ったかの様に装っただけであり、実際は違う。私は全てをさらけ出して取引相手と向き合い、何とか私たちに売ってほしいと頭を下げた。

 

 なぜなら、この商品こそ私の商人としての本分に近いと思ったから。

 

 商人としての本分。買い手と売り手、さらにはその商品が効果をもたらす相手まで含めて利益をもたらす取引。それが出来てこその商売であり、商人としての存在意義はそこにあると私は思っている。

 

 もちろん自分たちの利益も大事、お金があるに越したことはない。お金に囲まれることは私をどこまでも幸せの境地に至らしめてくれるが、それだけではないのだ。

 

 だからこそ、今回の取引は反乱に覆われている国に希望を、利益をもたらすことができる取引だと思って臨んでいる。

 

 是が非でも成功させたいし、成功させなければならない取引なのだ。

 

 

 商人として生きることはベルガーの血が流れる私にとっては運命(さだめ)であり、それに導かれて私は本分を全うするという夢に向かっている。

 

 そう、これは夢だ。

 

 現実がそう簡単にはいかないことも分かっているからである。

 

 とはいえ、

 

「オーバン、何も言わなくてもいい。わかってるから。オーバンも早く行った方がいいけど、あれも気になるわよね?」

 

と、オーバンに対しては己の想いは露ほども見せずにそう答える。

 

 これから私たちは砂漠越えをする必要があるので、オーバンには砂漠越えの物資買い出しを頼んでいる。特に水の確保は至上命題であり、大量に買い付ける必要がある。

 

 そして気になるのは向こうに見える船の存在。メインマストに掲げられた帆には特徴的な麦わら帽子を被ったドクロが描かれている。

 

 あれはまさしく麦わらの一味の船だろう。

 

 私たちが最初にこの場に錨を下ろしたときにはこんな船はいなかったので、私たちが一時上陸して戻ってくる間にやって来たことになる。

 

「せやな。誰も乗っとらんから鉢合わせにはなれへんけど、街では遭遇しとるかもしれへんな、これは」

 

 オーバンが同意するようにして言葉を重ねてくる。

 

 兄さんは麦わらのルフィに一目会っておきたいって言っていた。もしかしたら街で遭遇しているかもしれない。

 

 それに、今一味にはアラバスタ王国の王女がいるらしい。参謀であるクラハドールの情報である。そう言えばあのいけ好かない男もどこかへ行ったきりであるが、あんな奴のことは放っておくに限る。

 

 そんなことよりも、王女ビビの方に興味が湧いてくるというものだ。ロビンによればバロックワークス内ではミス・サマーヴァケーション・ツヴァイというコード名で位置づけとしては組織内の№2にあたるらしい。

 

 王女でありながら敵方の組織においてそこまでの地位に登りつめているのは、彼女も能力者、モシモシの実を食べた聴力自在人間であるから。そして、Mr.2というおかまとペアを組むためにおなべを演じて見せている類稀なき演技力を持っているから。彼女は偉大なる航路(グランドライン)入口付近でのカジノ運営を任されていたという。ますます興味深いではないか。

 

 ロビンは私の優秀なアシスタントになりそうだが、どうやら本人にその気はなさそうである。でも増え続ける仕事量から考えても私にはアシスタントが必要である。

 

 でも王女がウチで働くなんてことはないわよね~、だって理由がないもんな~。

 

 

 そんなことを思いながら、私は麦わら帽子を被ったドクロが描かれたはためく帆を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 私は2年ぶりに祖国の砂を踏んでいる。私の中でとても大きな存在になりつつある仲間と共に……。

 

 

 

 ここに至るまでの道程は並大抵ではなかったけれど、私は生きて再びアラバスタに帰って来ている。

 

 

 

 2年前のあの日、イガラムに死なない覚悟はあるかと問われてから私の潜入行は始まった。祖国を脅かす真の元凶がバロックワークスという王下四商海に名を連ねる組織であることが分かってからというもの、居てもたっても居られなかった私が組織に潜入するのは必然の事だったのだろう。

 

 でも、本当にそうだったのだろうか?

 

 私が食べたモシモシの実による力は自分の聴力を自在に操ることができる能力。その有効範囲は数百m程度ではあったが、アルバーナに住む沢山の国民の声が私の中に届いて来ていた。

 

 それが理由で私は焦っており居ても経ってもいられなくなったわけなのだが、その声に押し潰されてしまって私は祖国から一時逃げ出したとも言えるのではないのか。

 

 私には国に残って国民と共にあるという選択肢もあったはず、残ったとしても真実には辿りつけたかもしれないのだ。

 

 

 この自己嫌悪と自問自答が祖国を離れてからの私の毎日の日課と言ってよかった。

 

 2年ぶりの祖国、私の今の能力であれば有効範囲は町1個分、つまり今の位置ならナノハナ全てであり、2年たち反乱が悪化した分だけ聞こえてくる国民たちの声には悲壮感しかないし、絶望感しか漂っていないのだけれど一方でパパに対する私たちネフェルタリ王家に対する信頼感を感じてならない。

 

 私は涙を流してしまいそうでならない。

 

 もっと早く帰って来るべきであった。

 

 こんなにも待たせてしまって、苦しさを味わわせてしまっているのにも関わらず、私たちを信頼してくれていることに対して申し訳が立たない。

 

 パパは大丈夫だろうか? チャカとペルはうまく軍をなだめることができているだろうか? リーダーはどうしているだろうか?

 

 そして、イガラム……。それは考えても仕方がないことだ。

 

 

 みんなが幸せになってほしい。それが私の夢であり、ネフェルタリの者として生まれた私の運命(さだめ)である。

 

 そうだ、私はみんなを幸せにして見せるために祖国に戻って来たのだ。

 

 船に戻ればパパに当てた手紙をカルーに持たせて、すぐにアルバーナへ向かわせよう。

 

「ねぇ、ビビ。前見て、さっきはいなかった船が停まってるの。あれもバロックワークス?」

 

 私の物思いを横を並走するナミさんが現実へと戻してくれる。

 

 私たちは今走っているのだ。ルフィさんが引き連れてきた海軍から逃げ延びるために。

 

 ナミさんの言葉を受けて前方に目を凝らしてみると、確かに先程はいなかった船が、私が乗せてもらっているゴーイング・メリー号の少し離れた先に停泊している。

 

 その船はゴーイング・メリー号よりも随分と大きくて、しかも船体が真っ黒に塗装されている。こんな船を私はバロックワークスで見掛けたことはないし、海賊旗も掲げていないし、正直わからないので、

 

「バロックワークスの船ではないと思うけれど……。どこの船かしら、港の桟橋に停めてないと言うことは停められない理由がある筈だけど……」

 

と、答えるしかない。

 

 よく見れば、その黒い船の近くには大きな何に使うかよく分からないものがいくつか置かれているし、人影も見えてくる。

 

「海軍船ではないと思われますよ。MARINEの文字が見当たりません」

 

 たしぎさんの言う通り海軍ではなさそうだけど、

 

でも異様……。

 

「全員真っ黒じゃねぇか。くそおかしいぜ。政府かもしれねぇな……」

 

 サンジさんが言う通りその可能性もあるかもしれない。全員漆黒の服装にハット帽を被っている。

 

「みんな聞いてくれ。船に戻りてぇのに、俺は船に戻ってはいけない病になっちまったかもしれねぇ」

 

 ウソップさんそのものであるウソップさんはさておいて、

 

 中でも目立つのは一際大きな巨体の持ち主、2mは優に超える背丈に筋骨隆々の体、短く刈った白髪に髭も白くて年配者の様だけどとても精悍な顔立ち。

 

「あれ、白クマが立ってる。スゲーっ!!!」

 

 トニー君が言う通り、その横にはなぜか白クマさん。まるでトニー君みたいなモフモフした毛がとてもやわらかそう。

 

 それに子供? もじゃもじゃのくせ毛の金髪に愛らしい顔立ち、何この子、可愛い……。

 

 そして、黒髪を後ろでまとめてポニーテールの様にして浅黒いこれまた精悍な顔立ちの……、あれは男性よね。

 

 女性もいる。

 

 あのミニスカート、女である私からしても短い。ナミさんといい勝負。それに燃えるような紅い髪のショートヘアー、上品な顔立ち、とても綺麗な人。

 

「おまえら下がってろ。敵かもしれねぇぞ」

 

 Mr.ブシドーの言う通りかもしれないけど、どういう人達なんだろうか? 海賊でもないし政府や海軍でもなさそう……。

 

「黒いやつらだなー。ん? あれ? 俺さっきそんな奴に会ってたような?」

 

 ルフィさんは知ってるんだろうか? この人達の事を……。

 

 あ、別の方向からももう一人、同じように全身真っ黒な服装でハット帽を被っている男性。長身で非の打ちどころがない綺麗な金髪、整った顔立ち、でも頬に特徴的な傷跡……。

 

 

 私たちは見知らぬ船に乗っていたと思われる人たちを前方に認めながらも後方から追われる身であるため、足を止めるわけにはいかず、とうとう船のすぐ近くまでやってきてしまったわけであるが……。

 

 隠れていて今まで見えていなかったのだが、私にそしてみんなにも馴染みがある人が目の前に現れる。

 

 ミス・オールサンデー。

 

 この人、いいえ、こいつだけが白いコートを羽織っている。

 

「あら、ミス・サマーヴァケーションじゃない。戻って来られたのね、この国に」

 

 この女が考えていることはよくわからない。なんでそんなにも心穏やかな調子で挨拶ができるのよ。

 

 

 

 なんでそんなにも……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「あら、ミス・サマーヴァケーションじゃない。戻って来られたのね、この国に」

 

 ニコ・ロビンのとても穏やかな声音の言葉が俺にも聞こえてくる。

 

 俺は『spice bean』での本来ならば払わなくてもよかった会計を済ませて船へと戻って来ている。ローとクラハドールは思うところがあるからと別行動なので、戻って来たのは俺だけだ。

 

 アラバスタ王に売り込みたい積荷の荷揚げは既に終わっているようで、海水淡水化装置と思われる重量物が浜の岩場に置かれており、あとは輸送を待つばかりの状態である。

 

 だが問題がひとつあるとするならば、否、大問題があるとすれば、

 

 

 麦わらの船が俺たちの船の近くに停まっており、海軍から逃げてきたと思われる麦わらの一味も集まって来てしまっているということだ。

 

 

 この世にこんな鉢合わせがあるだろうか? 

 

 

 と、問うても仕方がないことであるのでどうするのか出方を考えなければいけないのだが……。

 

 考える必要性をなくすようにしてニコ・ロビンがこの場に言葉の爆弾を投下し始める。

 

「戸惑っているみたいだけど、簡単な事よ。この人たちはネルソン商会の皆さん。私の本当の雇い主で、クロコダイルの黒幕」

 

 この言葉を聞いた瞬間、こいつは本当に悪魔の子ではないかと思ってしまう。

 

 ちょっと考えればこんな話、根も葉もないものだとわかりそうなもんだが、俺がさっきそこで最初に出会ったあのとんちんかんな奴なら、鵜呑みにしかねない。

 

「ちょっとロビン、何言い出すのよ」

 

「ちょっとビビ、どういうこと?」

 

 わが会計士と麦わら一味の女の話し方が瓜二つであることはさておいてだ、

 

「ビビ……。どっちだ? こいつらはお前の敵なのか? クロコダイルの黒幕なのか?」

 

 麦わらがさっき出会った時とは全く違う真剣な表情と声音でビビと呼ばれる水色髪の女に問いかけている。多分に彼女がネフェルタリの王女ビビだろう。

 

 ここで俺たちが何を言おうとも説得力は皆無である。ここは第三者の口から真実を話してもらうしかないのだ。

 

 そのため俺は心の中でただひたすらに念じている。

 

 頼むから、違うと言ってくれ、と……。

 

「……わからないわ……」

 

 王女が絞り出した言葉がそれだった。

 

「ルフィ、戦っちゃダメーっ!!! その男、ネルソン・ハットよ。手配書に載ってた。2億8000万の化け物なんだから、あんた死んじゃうかもしれない。ビビは敵と言ったわけじゃないわ、わからないって言ったのよ。だからまず話をするべき。そうでしょ?」

 

 俺は麦わらの一味にもまともな考えをする人間がいることに救われた気持ちだ。

 

「ナミ……、死ぬかどうかは問題じゃねぇ。ビビはわかんねぇって言ったんだよな? だったら敵かもしれねぇじゃねぇか」

 

 おいおい、麦わらよ。なんでそうなるんだ? 

 

 おまえのさっきとは雰囲気が一変して修羅場に立つ海賊然としたところは大いに見直されるところだが、もう少し冷静になってだな……、と思ってみても仕方がないのかもしれない。

 

 こいつは拳でしか分からない奴なのかもしれない。

 

 そういうことなら、受けて立ってもいいが……。

 

 厄介なことではある。

 

 

 

 これもあれか、運命(さだめ)ってやつなんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

ビビ視点が初登場でこれはひょっとするとひょっとするかもしれません。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第24話 まだその時ではない

いつも読んでいただきありがとうございます。

平均文字数より大幅超過であるため字数は先にお伝えいたします。

14500字あります。長くなって申し訳ありません。

よろしければ、どうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 ナノハナ

 

 

 

 海賊王……。

 

 その称号で呼ばれた史上唯一の存在がゴールド・ロジャーだと世間一般では知られている。

 

 だが、ゴールド・ロジャーが本当はゴール・D・ロジャーという名であることを知る者はほとんどいない。

 

 俺がこの事実を知っているのは家に残っていた古い書物を読んだからに他ならない。多分にその書物は新世界で密かに出版されたものだったのだろう。

 

 ゴール・D・ロジャーは海賊王となったあとゴールド・ロジャーという名にならなければならなかった。そうでなければ誰かにとって不都合があった。誰にとって不都合であったのか?

 

 答えはひとつ。それは政府の連中ではなかろうか。奴らが海賊王はゴール・D・ロジャーではなくてゴールド・ロジャーであると世に広めたのではないのか。

 

 真相はまだ闇の中であるがこう考えれば辻褄が合ってくるのは確かである。

 

 政府なんてものは何ひとつとして信用できないと俺が思ったのはこの考えに至った時からかもしれない。不都合な真実を覆い隠して、見せたいものだけを見せる。そして見せられている大抵の奴らは真実には気付きもしないで生きている。

 

 恐ろしいことではないか。そうやって俺たちは牛耳られているのだ。頂点に君臨している頭の回る連中に。

 

 そして、D……。

 

 この名をミドルネームとして持つ者はゴール・D・ロジャー以外にも少なからず存在している。黒ひげと名乗る男がマーシャル・D・ティーチという名であるらしいし、先程出会った炎人間もポートガス・D・エースであるし、海軍にはモンキー・D・ガープという本部中将がいる。

 

 そして、眼前で早くもファイティングポーズをとる麦わらもガープの孫であり、モンキー・D・ルフィとDのミドルネームを持っている。

 

 Dとは一体何なのだろうか?

 

 Dを持つ者には共通点があるのだろうか?

 

 今は考えてもわからない。答えを出すことが出来ない問いだ。

 

 

 何よりも今は目の前に対峙する相手をどうにかしなければならない。こいつがDであろうとなかろうと。

 

 

 

 

 

 

「もうっ、ルフィのバカ! わかんないから話をするんじゃないの。戦うことはその後でもできるでしょうがーっ」

 

 ナミと呼ばれている若い女が先程から若干キレ気味で麦わらの体を揺すりながら、再三に渡って道理の通ったことを投げ掛けている。俺とこの女であれば話はすぐに付くのかもしれないな……。

 

「そうだぞ、ルフィ。ここは慎重に、穏便に事を運んでだな……」

 

「おまえはただ恐ぇだけだろうが」

 

 道理を通そうとする女に同調するようにして、鼻の長い奴がおっかなびっくりでこちらに近付きながら言葉を重ねてくるが、背後で悠々と立っている緑髪の剣士に茶化されており、

 

「悪ぃかよ。恐ぇもんは恐ぇんだっ!! 2億8000万ベリーだぞ。どんだけ化け物なんだよ」

 

と、緑髪に対して振り返りながら気持ちいいぐらいの開き直りを見せており、顔は今にも泣きそうである。そして、鼻が随分と長い。

 

 左側にいる俺たちを見れば、カールが目を輝かせながら4方向に対して視線を向けている。そのひとつは鼻の長い奴に対してだ。確かにカールが心を奪われるだけはある鼻の長さをしている。残り3方向は案の定、ナミという女と王女、そして(たぬき)の様なペットに対してだ。

 

 そんなカールが何を考えたか、メモとペンを取り出しながら俺と麦わらの対峙する空間を横切って長鼻人間に近付いていくではないか。麦わらはナミと呼ばれる女に体を揺すられ説き伏され続けている状態とはいえだ。

 

 そして、

 

「立派なお鼻をお持ちですね!! あなたは長鼻族なんでしょうか?」

 

と、邪心も何もない口調で訊いたもんだから、まさに目を疑う光景である。

 

 いつからお前はそんな大胆不敵になったんだ?

 

「そうさ、長鼻族は立派な鼻を持ってるだけに鼻が高ぇって……、何言わせてんだよ、てめぇ。俺は立派な人間族だっ!!」

 

 カールの突拍子もない行動に驚いていた俺は、さらに長鼻人間の正当なるノリツッコミに唸らされる破目となる。ここまで完璧にノリツッコミをする奴を俺は初めて見た。まったく拍手を捧げたくなるもんだ……。

 

 

 今し方まではこんな状況であった。俺の心中とは裏腹に状況は緊迫感を欠いている。畳みかけるようにしてニコ・ロビンより2個目の爆弾が投下されたことで、変わるかと思われたが、そうは問屋が卸さないらしい。

 

「この人達を倒せば10億ベリーが手に入るけど……」

 

 これがニコ・ロビンの爆弾発言2つめである。今思えば、これは奴らの一人に対してピンポイントで放った殺し文句としか考えられない。

 

 なぜならばこれによって、オレンジ髪のナミと呼ばれる女の麦わらに対する訴えかけが先程と180度変わってしまっているからだ。その女の目が心なしかベリーに見えて仕方がないのもきっと気のせいではないだろう。動作にしても体を揺するというものから顔を指で突くという、より好戦的な段階へと移行してしまっている。

 

 どうやらこの女にはニコ・ロビンによる悪魔の(ささや)きが天使の(さえず)りに聞こえたらしい。あれほど麦わらに向かって戦うなと言っていたくせに、今はさっさと戦えと叫んでいる。かと思えば、ジョゼフィーヌともやりあってと何やら忙しい。

 

 結局、こんな展開になってしまっている。

 

 太陽は頭上から容赦なく照りつけてくるが、海風は体を撫でるようにして吹きつけており、暑気を払ってくれる。辺りは砂が交じり凹凸が存在する岩場で、麦わらは海を背にして立っており、俺は麦わらの背後に海を眺める状況である。対峙する俺と麦わらの左側には俺たちが右側には麦わらの一味面々が居たわけであるが、その形は崩れており、

 

 

 周りを見渡せば……、目も当てられない状況が広がっている。

 

 

 理由を考えるべく頭上を見上げれば、かもめが飛んでいる。かもめが鳴く声は何とも長閑(のどか)だ。なるほど、そもそもがこんな場所で緊迫する状況になる筈がないのである。

 

 

 

 べポを連れ出して今度は(たぬき)を標的に定め、本人的には大事な質問、俺に言わせればただのちょっかいを出そうとしているカール。そのカールに己の渾身作だったと思われるノリツッコミを、ああそうですかの一言でカールにスルーされて何とか尊敬を得ようと躍起になっている長鼻人間。

 

 緑髪の剣士と金髪の俺にとっては同好の士と言える男にメガネを掛けた女剣士を加えた3人による構図がよく分からない喧嘩。それになぜか加わってしまっているジョゼフィーヌと巻き込まれつつあるアラバスタ王女。それらを眺めて人の気も知らずに可笑しそうに眺めているオーバン。

 

 

 

 だがそんなことよりも問題なのは事の発端であるニコ・ロビンがこの機に乗じて今度こそ姿を消したという1点に尽きる。

 

 俺は首を左右に振り、大きなため息をつくしか仕方がなくなってくる。

 

 

 このドタバタで不毛な無限ループに俺自身まで絡め取られてしまいそうで、正直俺はとても怖い……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 サー・クロコダイル……。

 

 あの男が我が国には居座っている。サーという称号が政府より付与されるのは選ばれし者だけ、あの男がそれを頭に(いただ)いている理由は王下七武海(おうかしちぶかい)として我が国で略奪を働こうとする海賊を打ち破り、民衆の英雄(ヒーロー)、アラバスタの守り神と崇められているから……。

 

 民衆の英雄(ヒーロー)

 

 アラバスタの守り神?

 

 

 ふざけんじゃないわよ……。

 

 

 表で国民の信頼を得ながら裏ではその信頼を踏みにじるようなことをしている。あの男が我が国を狂わせてしまった元凶なのだ。

 

 

 私はあの男を許さない、許すわけにはいかない。

 

 

 でも、あの男に黒幕がいる、それがここにいる人たちだと、あの女が今目の前で言った。

 

 どういうことだろうか?

 

 あの女から辿って私はクロコダイルに行き着いた。王下四商海(おうかししょうかい)バロックワークスの社長、Mr.0は王下七武海(おうかしちぶかい)サー・クロコダイルと同一人物だと。

 

 なのにまだ先があったということなのだろうか?

 

 わからない……。

 

 あの女が嘘を吐いているのかもしれないし、本当の事を言っているのかもしれない。あの女の場合どちらもあり得る気がしてわからない。

 

 

「…………ビビさんはどう思われますか?」

 

 頭の中で一心不乱にクロコダイルと眼前の黒い人たちとの関係性を考察していたところへたしぎさんから言葉が投げ掛けられてくる。

 

「……へっ?」

 

 Mr.ブシドーやサンジさんを交えて何か話をしていたような気がするが、それどころではなかったので咄嗟(とっさ)にこんな声しか出てこない。

 

 どんな会話だったのだろうか?

 

 そうだ、ここは録音再生機能を使ってみよう。

 

 電伝虫にはたまに、留守番機能を持っている種類がいる。こちらがその場で応答できなくとも、相手の言葉を録音し再生して聞くことができるというものだ。

 

 私が電伝虫をよく頭に浮かべてしまうのは、モシモシの実という名の由来が、電伝虫に応じる際のもしもしという返事としか考えられないからであるというのはさておき、この特殊な電伝虫の存在をモチーフにして、私は無意識に聞いている会話の内容を再生することができるのではないかという閃きに至り、実際に行うことが出来たのである。

 

 能力を行使すべく、私は心を落ち着かせて耳へと精神を集中させてゆく。

 

 すると、

 

 

~「確かに化け物かもしれねぇが……。相手から殺気をまるで感じねぇってことは、戦闘にはならねぇだろ。あの女の企みなんじゃねぇのかこれは? まぁ、俺は戦闘大歓迎だけどな。最近体に(なま)りを感じてたところだしよ」~

 

Mr.ブシドーの声。

 

 そうなんだろうか? この人達とクロコダイルは無関係なのだろうか?

 

~「あら、奇遇ね。私も同じような事を考えているんだけど。どうやらあなたも剣士みたいだし、良かったら戦ってみる?」~

 

~「あぁ? …………、てめぇはやる気満々みてぇだな。その申し出、受けてやってもいいが、後悔するかもしれねぇぞ? 俺は()けるつもりはねぇ……」~

 

~「ふふっ、あんたこそ後悔しないことね。まあ私は生意気な年下男は嫌いじゃあないわ。うちにも似たような奴がいるしね……」~

 

 最初の聞き慣れない声は紅い髪の綺麗な女性(ひと)のものだろう。Mr.ブシドーのやり取りによれば一触即発の状態みたいではあるが、声のやり取りだけで判断すればただじゃれあっているように聞こえなくもない。

 

~「てめぇにはいつかはっきり言ってやる必要があると思ってたが……、レディに手を出すのはこの俺が許さねぇっ!! こんなにも上品でキレーな……、ところでお名前をまだ伺っておりませんでしたね?」~

 

~「はぁ? くそコック、名前ぐらいさっさと覚えやがれ。俺の名はロロノア……」~

 

~「てめぇに聞いてんじゃねぇよ。この麗しきレディにお聞きしてんだ」~

 

~「確かにキレイなお姉さんですけど、この人すんごいケチですよ」~

 

~「カール……、おだまりっ!!! 私はジョゼフィーヌよ。それにあんた、褒めてくれるのは嬉しいけど……、うざいっ!!!! 女には手を出さないなんて、勝てないことに対する言い訳でしょ」~

 

 サンジさんとMr.ブシドーのやり取りはいいとして、新たな乱入者も現れてあとの方は収拾がつかなくなってきている。

 

~「ロロノアっ!! 今度こそ手を抜かずに真剣勝負をして下さいね。私たちの時には手を抜いたんですからっ!!」~

 

~「あの時は仕方ねぇって何度も言ってんだろうがっ!! くいなが海軍入ってるなんて思っちゃいねぇし、お前ら二人並ぶと調子狂ぅんだよっ!!! そもそも終いにゃあお前ら二人でやりあってたじゃねぇか」~

 

~「またそんなこと言って……、あなたは真剣勝負から逃げたんですよ?」~

 

~「何あんた、この()との勝負に手を抜いたわけ? まったく、生意気なこと言ってるくせに男の風上にも置けない奴ね」~

 

~「たしぎちゃん、ジョゼフィーヌさん、もっと言ってやってよこのバカに」~

 

~「「あなた(あんた)は黙って!!!!」」~

 

~「てめぇら、寄ってたかって俺を責めやがって……。おい、黒女(くろおんな)、会って間もねぇのにいい加減なこと言ってんじゃねぇ。くそコック、てめぇはあとでぶった切ってやるからな」~

 

~「それからメガネ女、てめぇ自分の事を棚に上げて他人の事に手ぇ突っ込んでくんじゃねぇよ。海軍との間に何のけじめも付けずに、のこのこと俺たちについて逃げてきたくせによ」~

 

~「はぁぁぁ? ……ほんとあなたってむかつきますね……。ちょっと、……ビビさんはどう思われますか?」~

 

 

 

 ……え?

 

 たしぎさん、そこで私? そこで私なの?

 

 

 かなりの会話量を能力によって一瞬で脳内知覚して反芻(はんすう)したはいいが、たしぎさんからの質問がこのような話の流れとタイミングで飛び出してきたものであることを知って、私は戸惑いを隠せないでいる。

 

 でも答えなければいけないみたい。4人、8つの瞳からの視線を感じてならない。

 

 さて、リーダーはどうだったであろうか? 私が参考に出来る相手はリーダーぐらいしか居ない。

 

 リーダーと戦ったのは本当に幼い頃で、あれは戦いというより子供の喧嘩だったけれど、リーダーは本気でぶつかって来ていたような気がする。すごい痛かった記憶が残っているし。

 

 だから、

 

「わからないけど……、私には手を抜いて対面した男性(ひと)はいなかったから……」

 

と自分では中立の立場だと考えて答えたのだが、答えた瞬間に自らがどちらに肩入れしてしまったのかを悟ってしまう。

 

 ここでサンジさんは除外するとして、たしぎさんとジョゼフィーヌという女性(ひと)の勝ち誇ったような表情とMr.ブシドーの追い詰められたような表情が目に飛び込んできたのだ。

 

 それに輪を掛けるようにして、

 

「ビビ、たった今おまえはゾロに引導を渡してしまったぁ……、間違いねぇ」

 

って会話には加わってなかったウソップさんが神妙な面持ちで何度も頷きながら、そう言ってくる。

 

 私が引導を渡したくて仕方がないのはクロコダイルなのに……。

 

 こんな失言をしてしまう私って王女としてどうなのかな?

 

 

 

 そういえば、ルフィさんとナミさんの話の行方どうなっていたっけ?

 

 

 っていうよりも……、あの女が見当たらないけど……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「あいつらおもろいやっちゃなー。なぁ、ハット?」

 

 俺の左側から麦わらとオレンジ髪女との一方的な“ゴムに指”状態を横切って俺の右側に移っていたオーバンが緑髪剣士に元女海兵、金髪ヘビースモーカー、わが妹、王女を交えた輪を指差しながら俺に同意を求めてくる。

 

 俺はそんなものには興味はないと心底言ってやりたかったが、それを口にするのも癪に障るので止めておく。

 

 

 そんなことよりも麦わらであり、ニコ・ロビンである。

 

 まあ、ニコ・ロビンの方は何とかなる気はする。今にして思えば、ローとクラハドールが言っていた思うところと言うのはこのことだったのだろう。多分に一度起きたことはもう一度起きると奴らは予想していて先回りしたのではないか。

 

 

 ただ、麦わらの方はよく分からない状態だ。奴はナミの迫力に防戦一方の体たらくに見えて仕方ないのだが、果たしてこれにどんな落とし所が待っているのだろうか?

 

 そろそろ麦わら自身が事態を打開しようとしてもいいように思われるがどうなんだろうか?

 

 

 

 そんな問いかけが己の中に芽生え始めた時、周囲の空気が変化し始める。撫でるように吹きつける海風が一瞬切り裂くようなそれへと表情を変える。

 

「……ナミ、……戦うなって言ったり、戦えって言ったり、……これはそんなんじゃねぇんだっ!!!」

 

 麦わらが一際響く声を上げたかと思えば、目も当てられない状況下になっていた麦わらの一味面々と俺たちの間に瞬時に水を打ったような静けさが広がっていく。

 

 そして、

 

「黒いやつ……、お前は肉をくれたよな? 俺は知ってんだ。肉をくれる奴はいい奴だって。だからお前もいい奴なんだろうなって思う。……だけどよ、これはビビの戦いだから、あいつのための戦いだから、おまえがどんなにいい奴だったとしても、お前がビビにとって敵だってんなら、俺はお前と戦わなきゃならねぇ。ビビは俺たちの仲間なんだよ……。だから死ぬとか金とかそんなもん関係ねぇんだっ!!!!」

 

と、俺に体の側面を晒した状態から顔をこちらに向けて、しっかりと俺を見据えながら(ほとばし)る感情を伴った言葉を放ってくる。

 

 その瞳に躊躇という2文字は存在していないし、迷いなど一切見えない。

 

 

 モンキー・D・ルフィ……、そうか、それがお前の行動原理なのか……。

 

 仲間のためならば己が気に入った相手であっても戦うことに容赦はない。それで死ぬことに躊躇はないし、金など論外の話なのか……。

 

 

 手強いな……。

 

 

 さて、どうしたものか……。

 

 

 俺に、俺たちにこいつらと戦う理由はあるのか?

 

 

 ない。そう、即答できる。

 

 

 時間の無駄でしかない。

 

 

 こいつがどういう奴なのかはこの言葉と態度で十二分に理解することが出来た。どんな戦いをするのか小手調べをする必要もない。そんなものは戦わずともわかることであり、現状であれば間違いなく俺が勝つ。だが、

 

 

 こいつはでかくなるだろう。

 

 

 これだけ腹が据わっていて、肝っ玉のでかい奴は末恐ろしい。

 

 

 これからでかい器にたっぷりと色んなものを詰め込んでいきながら進んでいくに違いない。

 

 

 こいつはそれこそ、やりたいようにやるに違いない。

 

 

 

「だったら、来い」

 

 俺が奴にぶつける言葉はそれで十分な筈である。麦わらに1発お見舞いさせて、あとは俺たちへの誤解を解き、この話はそれで終わりだ。

 

 

 俺の言葉に反応して瞬時に正対した麦わらは右腕を振り上げて……。

 

 左腕も振り上げて、ゴムの反動で加速させてメッタ打ちか……。

 

 見聞色の覇気で奴の攻撃を先読みして俺は考えてしまう。1発お見舞いどころじゃないなと。

 

 のっけからパワー全開である。ここはあれだ、武装色の覇気ぐらいは使わせて貰おうか。

 

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)ーっ!!!」

 

 覇気を纏った何秒後かには、5mはあったと思われる間合いを一気に詰めてきた伸びる腕が二ケタにのぼる回数分高速で俺の全身に打ち込まれていた。

 

 俺は武装色の覇気で防御しながらも再び考えてみる。

 

 ダメージなど全く感じたりはしないのだが拳を打ちこまれれば、人間下心が湧いて来るものらしい。1発ぐらいはお返ししてやろうかなと。

 

 俺はなんてブレブレなんだろうかと思ってしまうが、そういう感情が芽生えてしまうのだから仕方がない。

 

 

 

 麦わらからの最後の拳が入って俺も前に出ようと前傾姿勢になったとき、それは突然に訪れてきた。

 

 

「時間もねぇでやしょうに、茶番はこのあたりで終わらせやしょうや。……ねぇ、小僧っ子共」

 

 今の今まで全くと言っていいほど絡んではこなかったロッコがその言葉と共に動いたのである。

 

 熊の様な巨体であるのに動きは瞬時という表現では追いつかないほどのスピードであり、奴の言葉を知覚したときには頭上に硬化した拳の気配を感じていたし、脳内に弾けるような重みの衝撃を感じて岩場に崩れ落ちた瞬間には、前方でおぼろげながらも岩場に頭からめり込まされている麦わらの姿を捉える事ができた。

 

 ロッコは熊のくせに、蝶のように舞い蜂のように刺してきたのである。

 

 

 

 

 

「しっしっしっ、なんだそうなのか?」

 

 ロッコの一撃で岩場に打ち立てられた杭のような状態にされたというのにも関わらず麦わらのルフィは、俺たちが北の海(ノースブルー)からやって来た商人で、クロコダイルの黒幕などではなくあの女を逆に利用しようとしていたことを説明してやると、あの女がこの場から消えたことにも納得を見せたのか、ケロリとした表情を見せながら無邪気に笑っている。

 

 勿論、ダメージがないわけではなくて頭部と顔を奴らの船医であるらしい(たぬき)、もとい人間トナカイの治療を受けてはいるが。

 

 こんなにも表情が変わりゆくものなのだろうか? 何とも掴みづらい奴ではある。

 

 

「それにしてもよ、おっさん強ぇなー」

 

 まったくだ。ロッコの攻撃は俺に対してもまるで遠い昔の鍛錬時のように容赦がなかった。故に俺もこうしてピーターの治療を受ける破目になっているではないか。

 

「これで全力出してねぇんだろ? すげぇよな」

 

 麦わらが己の顔にできた傷を指差しながらの次の言葉は聞き捨てに出来ないものであり、それはロッコも同じようである。

 

 

 俺たちは先程までの対峙する状況から打って変わって、この砂混じりの岩場で車座になっている。もちろん相変わらず太陽の光は容赦がないので船からパラソルを取り出して来てはいるのだが。

 

 そんななかでロッコが胡坐を掻きながら、

 

「わっしの攻撃が全力ではなかったと……。この小僧っ子は(まこと)、拳骨のようなことを言いよるわい」

 

と、豪快に笑ってはいるが、俺は末恐ろしくなっている。

 

 まだ覇気も知らないであろうに、どうやってそう見定めているのか? 野生の勘のようなものなのだろうか?

 

 つくづく掴めない奴ではある。

 

 

 何にせよ、今回俺たちの間には戦う理由は存在しなかった。だが、この先も理由は存在しないままであろうか? それとも戦う理由が頭を(もた)げ始めることになるのであろうか? 

 

 こいつの器に色々なものが詰まって、互いに本気になるという瞬間は訪れるのだろうか?

 

 それは今の段階では何とも言えないし、それこそ答えの出ない問いではある。

 

 

 そう、

 

 

今回は俺と麦わらにとってはまだその時ではなかった、のかもしれない……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 砂漠……。

 

 

 その響きには何ともロマンが溢れているとアラバスタを目前にしながらボスは言っていたもんだ。船尾甲板で煙草を燻らせながら、船室でグラス片手にチェス盤を囲みながら。

 

 その時俺はただやんわりと否定して、無味乾燥なイメージしか湧かねぇとでも言っていたわけだが……。

 

 

 今ならばそのどちらの考えも全力で訂正する必要があると俺は心の底から思っている。

 

 

 

 俺とクラハドールは港町ナノハナの料理屋『spice bean』での慌ただしい邂逅(かいこう)を終えたあとにボスとは別れて、さらには町を外れて砂漠へと足を踏み入れていた。ただ文字通りに足を踏み入れたわけではなく、ラクダに乗ってはいるが。

 

 ナノハナでの、ボスが言うところの頭に“記念すべきではない”という飾りが付いた未知との遭遇はまさしく俺にもそうであった。あの兄弟が俺と同じように人間だと、本人たちから如何にして説かれようとも俺には別の種族にしか到底見えなかった。特に麦わらの方は言葉にすることが非常に難しい。あれでも一船の船長として束ねる存在なのだからこの世は摩訶不思議に満ち溢れているもんだ。

 

 少なくとも俺は奴の下でやっていくのはご免(こうむ)りてぇな……。

 

 奴の下でやっている連中の気苦労は察するのも面倒くせぇ……。

 

 

 だが、もう過ぎたことであり奴らの事はボスたちに任せておけばいいことである。こんな反芻はまっぴらごめんだ。

 

 それでなくとも……、暑いのだ。

 

 

 暑くて仕方がねぇってレベルでな……。

 

 

 砂漠にロマンなんてものを抱いちまってるボスに言ってやりたいことの1つめは、ここの暑さがナノハナとは雲泥の差である事。

 

 2つめは砂漠と言うものにはとんでもなく高低差があるということ。はっきり言ってこれは山と言っても過言ではなく、らくだに乗っていようとも体力は奪われている。

 

 そして3つめは水を取り込んだ先から水が欲しくてたまらなくなるという地獄であるということ。

 

 故に砂漠にはロマンなどありはしねぇし、無味乾燥でもねぇ。地獄と隣り合わせの灼熱道中になってやがるし、砂漠越えを正装で通すのは自殺行為であるため、白いローブを羽織っている。

 

 最近、ボスが正装に拘る理由のひとつにロマンもあるんじゃねぇかと思って来ている。だが、砂漠では一旦ロマンを脇へ置いておかねぇと命に関わってくる。

 

 このような責め苦を味わってまで、ナノハナの西側サンドラ河を目指している理由は、横を同じくラクダに乗って並走するクラハドールの筋書きによるものだ。

 

 

 

 それは、

 

静寂なる森(サイレントフォレスト)のバー『Silent Oak』においてニコ屋はシェリーのカクテルを頼んでいたが、そんなものはメニューには存在していなかったと。

 

 俺たちの船に乗るしかないことを悟っていたニコ屋は回収した10億ベリーを何の問題もなくアラバスタまで移送したことにするためにあの場で秘密の合図を送っており、それがあの注文であったと。

 

 そうやってニコ屋は部下に合図を送って自身の船を自身が乗らずともアラバスタまで10億ベリーと共に移送させたと。

 

 あとはそれを再びこのアラバスタで受けとるのみ。そこで俺たちの手を離れる必要がある。なぜなら10億ベリーのクロコダイルへの受け渡し自体は自身で行う必要があるからだと。

 

 そうなると、ニコ屋はどこかで隙を狙って逃亡を図り、サンドラ河に停泊している10億ベリーを回収しに来るだろうと。

 

 

 そこを俺たちは待ち受けてニコ屋と10億ベリーにご対面し、そのままクロコダイルが座すと思われるレインベースへ先行しようというものである。

 

 まあ俺はニコ屋に関しては別の考えも持ってはいるのだが……。

 

 

 ラクダに跨り揺られながらもクラハドールはメガネを上げる独特の仕草を見せている。ただ、こいつもこの()だるような暑さは堪えていてそれどころではないのか、若干普段よりもその回数は少なく収まってはいる。

 

 

 だがこいつは参謀にして2つ名は脚本家である。この意識を朦朧(もうろう)とさせるような暑さの中でも鋭利な想像を巡らしては先々を読んでいるんじゃねぇだろうか。

 

 俺はと言えば、今は副総帥という立場である。この立場であるならば、いやこの立場でなくともだが考えなければならないことがあり、こいつと意見交換する必要がある。そしてこの空間と時間はそれにはもってこいの状況だ。天候それひとつを除けばの話ではあるが……。

 

 

「おまえ、どこまで掴んでる?」

 

 (おもむろ)な口調で俺はこの重要な話の口火を切る。

 

 俺の問いかけに対しクラハドールは視線だけを寄越してきて、

 

「何の話だ?」

 

と邪剣な様子ではあるが、

 

「しらばっくれんじゃねぇよ。ボスについてだ。お前が静寂なる森(サイレントフォレスト)でボスに初対面(はつたいめん)したときはまだ覇気は覚醒しちゃいねぇ。かなりの部分を想像できたんじゃねぇのか?」

 

と続けて本題に入っていく。

 

 それに対してクラハドールはらくだの鞍に備え付けられている水筒を掴んで少量を口に含んだあとに、顔をこちらへと向けて、

 

「ああ、貴様の言う通りかなりの部分をな。だが、本人が事実として認識している事と真実が違うこともある」

 

と答えてくる。

 

 そういう可能性もあるってわけか。脚本家が具体的にどういうことについてそう思ってるのかは察しが付かねぇが。

 

「俺は副総帥という立場を受けた。受けた以上はネルソン商会のリスク管理が最重要な懸案事項だ。古今東西、大小を問わずどんな組織であれ順風満帆に事を運べた組織なんざ存在しねぇんだ。これに関しちゃ例外は存在しねぇ。そうだろ?」

 

 そこで俺は言葉を一旦切ってクラハドールの頷く同意を得てから再び、

 

「当然俺たちにも必ず起こり得ること。ボスについての話をするなんてこんな場所でなけりゃできねぇんだしな」

 

と、言葉を続ける。

 

 こんな話は船の中などではできないし、本人に訊くなんてのは勿論論外である。

 

 道中はそろそろまた、下りの尾根から登りの尾根へと傾斜が切り替わりそうである。一体今までいくつの尾根にぶち当たったのか、多分両手では足りない数に近いはずである。

 

 そんなことを思い浮かべながらも、

 

「そうだな。だが、貴様に今俺が想像でき得ることを全て話すと言うのはリスクが高ぇってことを理解しておく必要があるな」

 

と、クラハドールは俺に返してくる。

 

「どういうことだ?」

 

 今度は俺が奴に訊き返す番である。

 

「貴様はあの喧しい会計士を舐めすぎだ。あの女は貴様のほんの些細な変化も見逃さねぇぞ」

 

 クラハドールが言いたいことは分かる。あの人は俺に対して執着しすぎる嫌いがあることも分かっている。ただこいつが言っていることは裏を返せば、俺が顔に出してしまう程のやべぇ内容ってことなのか?

 

 だが知っておく必要がある。

 

「話せ」

 

 覚悟を決めてクラハドールを促すと、奴は考え込むようにしてしばらく黙り込むので、俺もその間にらくだの鞍に備えつけの水筒へと手を伸ばす。

 

 沈黙の時間は1分程であっただろうか、ようやく、

 

「……貴様、アレムケル・ロッコをどれぐらい知ってる?」

 

と、クラハドールは沈黙を破って俺に問うてきた。

 

 ここでロッコさんが出てくるのは想定外であったので、

 

「ボスやジョゼフィーヌさんほどは知らねぇよ。ロッコさんもネルソン商会創設当初からいる。俺が入ったのは創設から4年後だからな。過去についても聞いたことはねぇし、ロッコさんはそもそもそういことは話さねぇ」

 

と、答えるしかない。

 

 ロッコさんがどうかしたのだろうか? なぜここでロッコさんが出てくるんだ。

 

 俺には皆目見当も付かないことであり、思考が形を成していかない中、

 

「俺の能力で想像できない相手はいねぇんだ。相手が強力な覇気使いであろうと何かしら想像できる筈なんだが、奴に関しては何ひとつとして想像を巡らすことができねぇ。化け物どころじゃねぇぞ。奴は明らかに力を抑えてる。全力なんて一切出してやしねぇんだ」

 

と、クラハドールが言葉を重ねて、さらには、

 

「それに、旧ベルガー商会だ。(ノース)の一件じゃ、旧ベルガー商会は新世界とへと珀鉛(はくえん)を捌いてたって話だな?」

 

と、別方向の話を持ち出してくる。

 

 ロッコさんの強さが実は尋常ならねぇレベルにあるのか? だがそれと今更ベルガー商会を出して何になるんってんだ? どうも話が見えてこねぇ。

 

 俺が応じてこないのを見て取ったクラハドールは、

 

「だがその話には多分続きがある……。旧ベルガー商会は新世界を横断して“西の海(ウエストブルー)にも珀鉛(はくえん)を運び込んでいた可能性があったんじゃねぇか。その場合、新世界よりもそっちの方が本命だ。さらに、ここへ“北の海(ノースブルー)の闇が関係しているかもしれねぇ。全ての鍵は北じゃなくて西なんじゃねぇかってな」

 

と、とんでもねぇ話を広げてくる。

 

 これはまだまだ奴の推測に過ぎねぇんだろう。何より飛躍しすぎている。

 

 だが、面白い仮説ではある……。

 

 

 俺も(ようや)くにして脳内の回転速度が上がって来るのを感じる。

 

 ロッコさんの謎、旧ベルガー商会、北の海(ノースブルー)の闇、そして西の海(ウエストブルー)……。

 

 点と線が徐々に結ばれていき、形あるものとして全体像を作り上げていき……、

 

 

……………。

 

 

 俺の頭の中に生み出されつつある答えは、ここが砂漠のど真ん中であることを、()だるような暑さの真っ只中であることを一瞬忘れさせるほどの衝撃をもたらしてくる。

 

「……おまえ、もしかしてさらにとんでもねぇ仮説を立ててんじゃねぇだろうな?」

 

 俺は厭でもクラハドールに、大胆極まりない脚本家に、こう訊ねざるを得ない。

 

 

 

 そして返ってきた言葉、奴の仮説は俺が導き出した答えのさらに上をいっており……、

 

 

 俺たちを根底から揺さぶりかねないものであった。言葉でなど表すことが出来ない程の衝撃を伴い、事の重大さに愕然とし、

 

 だがそれでも、俺の頭はしっかりと回転を続け、

 

「おまえ、もう気付いてんだろ? ヒナさんの存在。これは早急に接触を図る必要がある。ボスにもジョゼフィーヌさんにも感付かれずに」

 

と、言葉を紡ぎだして一拍置き、ロッコさんにも気付かれずにと心の中で呟いて、さらには、

 

「おまえの言う通りだな。俺たちは総合賞金額(トータルバウンティ)6億4000万ベリーの闇商人とはいえ、偉大なる航路(グランドライン)では駆け出しのルーキーに過ぎねぇ。今このタイミングでネルソン家の人間には明かせねぇ。俺たちが空中分解しちまう可能性もある。できるだけ早く足元を固める必要があるな」

 

と、クラハドールに同意を求めるようにして言葉を投げ掛ける。

 

「ああ、当然だ。海軍に潜入している奴とコンタクトを取るのは貴様の仕事だぞ」

 

 クラハドールはそう答えると、真剣な眼差しでこちらを向き、

 

「まだその時じゃねぇんだ。これをどのタイミングでボスに伝えるかは正直何とも言えねぇ。あくまで仮説にすぎねぇしな。だが、色々と辻褄が合ってくる仮説でもある限りは裏を取る必要がある。このヤマは単純な終わり方はしねぇだろう。それこそ全てが1点に収束して畳みかけるように噴き上がってくる可能性もある」

 

と、考えられることを述べてくる。

 

 こいつの言う通りだ。どうなるかはまさに神のみぞ知るじゃねぇだろうか。

 

 この国にはジョーカーがいる可能性が高いってことで気を張っていたが、それを一瞬で脇へ追いやるような話である。

 

 誰にも感付かれずにヒナさんと接触が可能であろうか? いや出来るかどうかではない、これはやらねばならない。

 

 そして仮説が正しかった場合どうなる? 想像も付かない。

 

 

 砂漠……。

 

 先程までは所々サボテンらしきものが生えていることもあったし、岩が顔を覗かせるようにして(そび)えていることもあった。

 

 だが、今はただ砂が広がっているだけだ。

 

 まるで死の砂漠じゃねぇか……。

 

 

 

「……そろそろ合流だな。……いたぞ」

 

 砂で覆われた尾根を登り切り、いくらか前方を往くクラハドールが愛用する懐中時計を取り出して何やら確認しながらそう呟いている。

 

 

 おい、合流と言ったか、てめぇ……。

 

 クラハドールに追いつき、下りの斜面を眺めてみればそこには、バナナを口の端と尾に載せたワニに悠々と乗っているニコ屋がこちらを見上げて合図を送っていた。

 

「てめぇがニコ屋を唆したのか? まさか全部てめぇの筋書きか?」

 

 俺の喧嘩腰の物言いに対して、クラハドールはメガネを例の動作で上げたあとに不敵な笑みを浮かべて、

 

「それぞれに利がある筋書きだ。貴様と重大な話し合いを持てた。こんな話こんな場所じゃねぇとできねぇだろ。それにこれはボスに対しての偽装(カムフラージュ)にもなる。俺たちは再び逃げ出そうとして今度は成功したニコ・ロビンを先回りして捕捉したってな」

 

と言いやがった。

 

 まったく油断も隙もねぇ奴ではあるが……、頼りになる奴でもあると思わないでもない……。

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

ニコ屋と合流し、ニコ屋の口から出てきた言葉、これがクラハドールの真の目的だったのかもしれない。

 

 なぜならニコ屋も“西の海(ウエストブルー)出身だからだ。

 

「私が偉大なる航路(グランドライン)に入ったのは5年前、入る前に私はあの海でその人を見かけたわ」

 

 その人とはロッコさんの事である。

 

 5年前といえば、俺たちはまだ“北の海(ノースブルー)”で交易に大わらわだった時である。俺もネルソン商会にいたし船に乗っていた。そんな時にロッコさんを“西の海(ウエストブルー)”で見かけた?

 

 ロッコさんへの謎は深まるばかりではあるが、

 

 

 これは取っ掛かりになるし、何よりも鍵は西にあることが裏づけられつつある。

 

 

 

 

 さらに、

 

 

砂漠を超えてサンドラ河へと抜けたところに、小粋なハット帽を被った巨大亀が背後に小舟を曳いて居座っていた。

 

「あれは貴様の知り合いなんじゃねぇのか?」

 

 と、クラハドールに言われなくとも俺は気付いていたが、

 

「ああ、かなり古いがな……」

 

と答えてやり、その亀が居座る岸辺に座る相手を見据えてみる。

 

 

 ハット帽に隠れている白髪、ゴーグル、マスクには昔の面影がありありと残っている。

 

 グラディウス……。

 

 ほんとにこの国に入っていやがった、ファミリーの連中が……。

 

 奴は一瞬驚いたようにゴーグルの中の眉を吊り上げたが、すぐに表情を消して、

 

珀鉛(はくえん)病だったガキが随分と長生きできたもんだな。若は探してるぜ、お前のことを。……今もな」

 

と言葉を投げ掛けてくる。

 

 

 俺たちの先行きはまるで不透明だ。いや闇の中と言っていい。

 

 だが、だからこそアラバスタのヤマは首尾よく、そしてさっさと終わらせる必要がある。

 

 

 俺はこんなところで立ち止まってるわけにはいかねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきましてありがとうございます。

ロッコの件、これがありましたので敢えて彼はあまり描いてきませんでした。
これを出すタイミングをずっと計っておりましたが、この段階で少し出しました。

これは最終段階に掛かってくる問題です。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第25話 ささやかなれど戦いは幕開けつつある

いつも読んでいただきありがとうございます。

少しばかり期間が開いてしまいまして、お待たせ致しました。

今話は前話よりは短めですが、11500字あります。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 サンドラ河

 

 

 

 サンドラ河は河と表記されるだけあって、それはまさに大河であった。対岸は遠くにうっすらとしか見えず、この国を分かつ河と言っても過言ではなさそうな、ぱっと見では海と錯覚させられるようなでかさだ。このでかさであるからこそ、灼熱砂漠の土地で人が生きてこれたんだろうと妙に納得してしまう。

 

 眼前ではこれまたでかい亀が河の岸辺に漂っている。こいつがニコ屋の乗っていた船なのだろう。小粋なハット帽を被って、甲羅の上には洒落たデッキチェアーが据えられているじゃねぇか。

 

 

 と、ここまでなら長閑な光景ってことで話は済む。そこに水辺があるってだけでさっきまでの()だるような暑さは幾分とましになってさえもいる。

 

 だが、いただけねぇのは亀の前にいる奴の存在と、元々はそこに居たんじゃねぇかと思われる奴らが周りで無惨にも倒れている姿だ。

 

 おまけに奴の放った第一声、珀鉛(はくえん)病だったガキか……。

 

 その言葉は一瞬にして否応なく俺の心を遠い故郷へと飛ばし、絶望と憎悪しかなかった遠い過去をまざまざと俺の中に甦らせる。再びあの地を訪ねることができたお蔭で、もう俺を苛ませるようなものではねぇが、チクチクと突っつかれるような痛みは伴うものであり、俺の中から完全に消え去ることは決してない。

 

 これは自分のペースに持ち込もうとする奴の、グラディウスの策略だ。そんな手に乗るもんか……。

 

 ()り上がろうとする感情に対して、俺は心を落ち着かせて理性で抑え込もうとする。

 

「何の用? 姿を見せたりして。直接の接触はしない約束だったはず」

 

 俺の心の動きとは関係なく発せられたニコ屋のグラディウスに対する言動が、冷静さを取り戻す手助けとなって、今の状況に思考を移すことが可能となる。

 

 ニコ屋のグラディウスに対する物言いは何とも刺々しいものではあるなと。

 

 そうか、こいつはニコ屋にとっても知りあいだったわけかと。

 

 さっきまで居た筈のニコ屋をここまで背に載せてきたワニの姿が既にないじゃねぇかと。

 

 そいつは俺たちのらくだとは段違いに足の速い生物であり、どうやらそのスピード能力が引く手数多らしく、ニコ屋を下ろすと直ぐにどこかへと行ってしまったのかもしれない。

 

 何にせよ、この状況においてニコ屋の存在は歓迎すべきものだ。事を有利に運ぶために考える時間を稼げるという点では。

 

「その約束はお前がしっかり時間と計画を守っていればの話だ。何度も言わせるな……。俺は時間と計画を守らねぇ奴が死ぬ程嫌いなんだっ!! ……ニコ・ロビン、定時連絡は一体どうした? 計画が詰めの段階に入ろうとしてる矢先に連絡の滞りはトラブルとしか考えられねぇ。来てみれば、ローが一緒に居る。どういうことだ? おまえ、ここへ来て裏切るつもりか?」

 

 対するグラディウスは怒りの感情と能力がリンクしているらしい。死ぬ程嫌いという所で、頭を覆っていた俺たちと同じようなハット帽を一瞬にして破裂させてみせた。現れたのは何物も寄せ付けないような尖がりと跳びはねを見せる白髪。

 

 奴はパムパムの実を食べた破裂(パンク)人間、自身の体と触れる無機物をパンクさせる事ができる。おそらく覇気も操ることができるだろう。覚醒しているかどうかまでは何とも言えないが……。

 

 とはいえ、こいつの主要目的はニコ屋との接触だったわけだから、放っておいても……っていうわけにもいかねぇか……。

 

 計画が詰めの段階に入っていると奴は言った。砂屋の計画も最終段階に入ろうとしているところなのかもしれない。その梯子を外そうってんならタイミングが何よりも肝心だ。故にニコ屋の役割はでかいものになる。

 

「まさか、そんなつもりはないわ。連絡できなかったことはごめんなさい。この人たちに捕まっていたの。10億ベリーをご所望みたいだから……」

 

 ニコ屋は感情など忘れたとでも言うような淡々とした口調をしている。そっちに誘導してくれるってんなら、逆に感情を露わにした方が説得力を持つような気がしないでもないが、このスタンスがこいつの普段通りなのかもしれない。

 

 どちらにせよ好都合だ。俺たちの目的第一義はダンスパウダーであり、10億ベリーは目的の第二義になる。もちろん、ダンスパウダーのおまけに10億ベリーが手に入れば言うことはねぇが、欲をかき過ぎれば全てを失うことにもなるだろう。

 

 ひとまずはニコ屋の発言によって方向性が定まってんだから、俺たちはそれに乗っかればいい。奴らに俺たちの目的があくまで10億ベリーだと思わせることができれば隙が生まれてくるってもんだ。

 

 クラハドールはどう考えているだろうか? 今のタイミングで奴に視線を向けるのは、グラディウスが何も見逃すつもりはなさそうに警戒していることから得策ではないが……。既にグラディウスの考えは想像しているであろうし、この場の筋書きを考えて絞り込みにも入っているであろう。

 

「……まあいいだろう。裏切ろうなんて考えねぇことだ。若は裏切りを絶対に許さねぇ、もちろん俺もな。……で、問題はお前らだな」

 

 ニコ屋の素直な了解の意をみて、グラディウスが本格的に俺たちへと視線を寄越してくる。クラハドールへ視線を向けるならこのタイミングだな。今なら随分と自然に見えるだろう。

 

 てなわけで奴に視線を向けてみれば、動揺を隠せないような表情でしきりに懐中時計を撫でるという動作を繰り返している。

 

 とんだ役者じゃねぇか。

 

 手配書が出回っていて素性を知られている可能性はあるにしても、執事を演じて下手(したて)に出ても勝算があると踏んでいるんだろう。メガネの動作を意識的に封印しているのは、奥底に潜む鋭利な刃に気付かれない様にするためか。

 

「ロー、10億ベリーは確かにファミリーがナギナギの実に対して支払った対価。だが、それは廻り廻ってまた戻ってくることになってる。つまりは、10億ベリーに手を出すってのは、ファミリーに楯突くってことだ。若を失望させるなよ、ロー」

 

 やはり10億ベリーは回収するつもりでいたようだ。

 

 もう一度クラハドールを盗み見れば、横目同士で奴と視線が合う。

 

 ゴーサインだ。

 

 この場で自分は発言しない。ニコ屋の作り出した方向性に乗っかるってことで、俺に任せるといったところか。

 

 こいつは口が災いの元になることをよく理解している。言葉を出せば出す程それは相手に対して情報を与えることになる。事を有利に運ぶためには出来るだけ相手に話をさせる方がいいに決まっているのだ。

 

 それに……、奴も気付いていそうだ。グラディウスの持つ小電伝虫の向こう側で耳を澄ましている相手がいるんじゃねぇかと。

 

 

「もう俺はファミリーの一員でもなんでもねぇんだ。楯突くも何もねぇ……、俺たちはネルソン商会、目の前に利益が転がってれば、それを拾わない理由はない。支払った対価は対価として諦めるんだな。これを裏切りってんならそう言えばいい。俺のボスはもうジョーカーじゃねぇんだよ。なぁ……、聞いてんだろジョーカー? どこに居るのかは知らねぇが」

 

 俺も感情は露わにせず冷静な口調に努めてみる。俺の言葉に対してグラディウスは何ともばつの悪そうな表情を浮かべており、どうやら図星であったようだ。

 

~「フッフッフッ、久しぶりに言葉を交わすってのに随分と突っ掛かってくれるじゃねぇか。俺はおまえに礼を言わなきゃならねぇってのに。ナギナギの実が手に入った。11年前おまえがコラソンと共に姿を消して、コラソンをこの手で殺すことになったお蔭でな……。全てはお前のお蔭さ。ナギナギはコラソンが食っていても無価値だった。他の奴が食った方がよっぽど価値があるってもんだ。フフフ、なぁロー、そうだろう?」~

 

 小電伝虫越しに聞こえてくるジョーカーの声は、久しぶりに聞いても虫唾(むしず)が走るものであった。奴は俺のどこを突けばいいのかを正確に知っている。俺を怒らせて冷静さを失わせるのは奴の常套(じょうとう)手段だ。

 

 そう分かってはいるが、感情と言うものは実に厄介に出来ている。抑え込もうとしても(せり)あがってくるのだ。

 

「コラさんこそが俺の恩師だ。てめぇに礼を言われる筋合いはねぇっ!!! 11年前のけじめはしっかり付けさせてもらう。10億ベリーも貰っていく。元を辿れば出し手はてめぇだ。さっさと寄越せ、10億ベリー」

 

 気付けば俺の言葉には熱い感情が滲み出てしまっている。だが、そのことに後悔はない。

 

~「フフッ、フッフッフッ……。おいロー頭を冷やせ、10億ベリーなんざガキが持っていい金額じゃねぇんだ。……直に会えばお前の心もあの時代に戻るだろうさ、俺の右腕になろうとしていたあの頃にな……。ネルソン・ハットの下に付くなんて考えも消え去る。奴の頬傷はまだ残ってんだろ? フッフッフッ、お前は知っているのか? あの傷の意味を……。まあいい、グラディウス、ローを連れて来い。死なない程度に立場ってもんを分からせた上でな」~

 

 これでいい、ジョーカーに対しても俺たちの目的が10億ベリーであるという印象を植え付けることができただろう。

 

 それはいいがボスの傷跡については引っ掛かってくるものがある。ボスは己の頬傷について語ったことはない。俺も敢えて詮索はしてこなかったが、ボスもジョーカーとは因縁があるってことなんだろうか?

 

「というわけだ。若の言いつけ通り、任務を遂行させて貰おうか。……、ひとつ言っておくが俺はピーカ軍としてここに居るわけではない。俺は今ファミリーの“金庫番”としてこの地に赴いている。ファミリーの金に手を付けようとする奴に容赦はしない」

 

 ボスについて思考を巡らしている余裕はなさそうだ。すぐさまに立ち上がったグラディウスの両腕は今にも破裂しそうに膨らみ始めている。破裂した瞬間が戦闘開始のゴングとなりそうだな。

 

 ファミリーの金庫番か。

 

 ボスがアラバスタ上陸の際に口にしていたな……。

 

 栄枯盛衰は世の常だと。

 

 俺たちネルソン商会はちっぽけな存在に過ぎないが奴らに分からせてやる必要があると。

 

 自然の(ことわり)はお前たちドンキホーテファミリーにも適用されうることを。

 

 いつまでもその場に留まっていられると思うなよと。

 

 ようやく俺たちの戦いは第一幕に入ると。

 

 

 だとすれば、幕開きを相手に委ねるのはお門違いもいいところだ。幕は自ら開いてこそ意義があるってもんだよな。

 

room(ルーム)

 

 すぐさま、俺は高らかに第一幕の開幕を宣言していた。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

 

 

 アラバスタ王国の都は泰然自若という形容が相応しいくらい、ただただそこに存在していた。遥か遠く砂漠の真っ只中からでも容易に確認することが出来た。砂漠を旅する者にとっては限りない安堵をもたらすことだろう。

 

 あぁ、アルバーナが見えたと……。

 

 さらに近付いて目の前にしてみれば、巌のような存在に圧倒されてしまう。巨大な、否超特大な砂岩の上に築かれた都が私たちを見下ろしている。その岩は何者をも寄せ付けないような断崖絶壁を誇っていて、都への入り方は東、南東、南、南西、西の5つのゲートだけのようだ。そのゲートも何百段に及ぼうかという階段になっている。

 

 そして、都の奥さらなる小高いところに王の宮殿と思われる建物が見て取れた。

 

 その威容はまるで王の威厳を表すかのよう、今日では王の求心力は落ちているというがそんなことは吹き飛ばすような荘厳さがそこには溢れていた。

 

 私たちはただただ見惚れていた。その初めて目にする景色の圧倒的スケール感に、訴えかけてくる偉大さに、醸し出してくる悠久の時の流れに。

 

 

 私がこんな感慨に耽ってしまうのは兄さんの影響が多分に大きい、ロマンを追い求める兄さんの影響が……。会計士である私はロマンチストではなくて徹頭徹尾リアリストでなければいけないというのに。

 

 それでもナノハナから北へ真っすぐの砂漠越えに関してはリアリストに徹してみた。

 

 私はロビンに掛け合ってみて、バロックワークスで飼育しているという『F-ワニ』と呼ばれるワニを調達することに成功した。F-ワニ5頭にそれぞれ海水淡水化装置を曳かせ、5頭にはそれぞれ、兄さん、私、オーバン、べポ、カールと分乗してここまでやって来たのだ。ちなみに、ロッコは今回も船に残る選択をしている。

 

 さておき、このFーワニという動物は素晴らしい。背にゆったりとビーチチェアのようにして座席が設えられていて、とても優雅な気分に浸ることが出来るし、何よりも足が速い。ラクダなんかとは比べるまでもなく、多分10倍ぐらいのスピード差があるんじゃないだろうか。それによって海水淡水化装置を運んでの難儀な砂漠越えが何とも快適なものへとなったし、砂漠越えの物資も思ったよりも必要にならなかったわけで良いことづくめである。

 

 にも関わらず、兄さんは風情がないと文句を言っていた。砂漠越えはラクダだろうと。私は誰のお蔭で快適な旅路になっているのかと、ラクダの上で揺られていれば今頃灼熱地獄の中で野垂れ死んでいただろうと、これだからロマンチストは……と喉まで出掛かっていたが、そこは兄を立てて黙っておいた。

 

 我ながら、私はいい妹だと思うし、出来れば誰かに褒めてもらいたい……。

 

「で、どうするんや、ジョゼフィーヌ? この階段」

 

 でも、私のささやかな願望は空しくも隣のF-ワニに乗っているオーバンによって断ち切られ、無理矢理現実に引き戻されるのだ。

 

 そう、海水淡水化装置を私たちの前に最大障壁として立ちはだかるこの階段でどうやって上げるのかという目を覆いたくなるような現実に。

 

「取り敢えず何段あるか数えてみたらええんちゃうか? なぁべポ」

 

「そうだねー。いち、に、さん、し、ご……、シェフー、数えんの面倒くさいよ」

 

「べポさん、10段づつ纏めて数えちゃえばいいんですよ。何段あるか分かれば、ここを上げきった時にいっぱい感動できるから頑張らないと。……10、……20、……30」

 

「もうっ!! あんた達ったら……。階段は800段あるわ、これで満足?」

 

 金に限らず何かを数えると言うことに関して我ながら私は天才的な能力を発揮するのだ。

 

 私の答えに対してオーバンは軽く口笛を吹き鳴らし、べポとカールは感嘆と絶望のないまぜになった言葉を交わし合っている。

 

 どうしてこいつらはこうなんだろうか……、兄さんは兄さんで自分の世界に入り込んでいるから聞いていないし、こんな時に限ってローはいないし、クラハドールは端から当てにしていないし…………。

 

 私の中でイライラが急速に募りつつあることが自覚でき、あと一押しで爆発してしまいそうである。そうなった時の私は何をするのか自分でも怖くなりそうだ。

 

 イライラはあの小娘を思い出させてしまう、否違った。

 

 あんの小娘っ!!!! の間違いだった。

 

 あろうことかあんのナミとかいう小娘は私たちが手中にするはずの10億ベリーを自分のものだと言い張るので、カチンときて(たしな)めてやると、海賊なんだから奪って何が悪いっていけしゃあしゃあと開き直って来た。

 

 もうっ、むかつく~っ!!!!!

 

 あんの小娘、今度会ったらタダじゃおかない。

 

 あ~っ!! 若さが憎い、健康そうな肌が憎くて仕方な~いっ!!!!!

 

 

「どうやって破産させてくれようかーっ!!!!!」

 

「ジョゼフィーヌ、お前の怒りの覚醒は怖すぎるよ。べポとカールが震え上がってるぞ」

 

 兄さんから(たしな)められてようやく我に返った私に、べポとカールが青ざめた顔でブルブルと震えている姿とオーバンのぎょっとした表情も目に入ってくる。

 

 いけない、いけない。私としたことが、自分で自分を一押ししてしまい心の声を爆発させてしまっていた。

 

「それに、あれはどうやら俺たちにお迎えが来ているみたいだ」

 

 続いて発せられた兄さんの言葉に反応して、指差す方向へ顔を向けてみれば、南ゲート階段前に緑のローブを羽織った変な髪型をした多分男が立っている。

 

 もしかしたら、王女に託した手紙が効を奏したのかもしれない。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 サンドラ河

 

 

 

 能力を発動させてサークルを張り終えたのと眼前にグラディウスの姿を確認したのは同時だった。

 

 危険極まりないまでに膨らんでいる奴の両腕が破裂するのを見聞色で感じ取り、

 

「シャンブルズ」

 

で、ひとまずは回避行動に移る。

 

 奴の能力を考えると接近戦は非常にまずい。触れられたら最後、木っ端微塵にされてしまう。ここは間合いを保ちながら戦った方が良さそうだ。

 

 河岸から若干後退した場所へと移動して前方を見つめた瞬間、耳をつんざく様な破裂音がして砂煙が舞い上がる。自らの腕を破裂させたにも関わらず何事もなかったようにして砂が舞う中から現れてくるグラディウス。

 

「お前に稽古をつけてやってた昔を思い出したよ。あの頃よりはちっとはやるみたいだな」

 

 奴の言葉を受けて俺の脳裡にもその頃の様子が浮かび上がってくるが、散々足蹴にされていた苦い思い出しか出てはこない。

 

「感謝はしてるよ。お蔭でてめぇらとこうして戦えるようになったわけだからな」

 

 そう、感謝はしている。だが、それだけだ。

 

 俺からの皮肉をたっぷり込めた言葉に対してグラディウスは相変わらずの無表情で応じてくる。というよりもゴーグルとマスクによってほとんど表情を読み取れないというのが正しい表現だが。

 

「ニコ・ロビン、なぜお前は戦わない? ここで忠誠を表すのがファミリーの一員としての務めだろう」

 

 早くも亀の横に立って傍観に徹しようとしているニコ屋に対してグラディウスが水を向ける。

 

「あら、助けが必要な計画だったの? あの執事さんに戦うそぶりは見えないから1対1で私の出る幕はないと思っていたわ」

 

 ニコ屋の返事は相変わらずにべもないが、確かにクラハドールは戦おうとはしていない。

 

 というのも、こいつは基本、戦闘をしないという契約を交わしているからである。さらには戦闘をした場合には給金を割り増すという条項も加わっているらしい。一体どうやったらジョゼフィーヌさんからそんな契約を勝ち取れるのか俺には想像も付かない。

 

「確かに俺の計画に助けは必要ない。……フン、まあいい。そこでしっかり見てろ」

 

 一方のグラディウスはさり気なくニコ屋が使った計画という単語が効いたのか、ニコ屋を戦いに参加させることは諦めたらしい。

 

 ニコ屋へ向けていた視線も正面の俺へと向き直り……。

 

 

 戦闘再開、……髪か。

 

 

 グラディウスがお辞儀をするようにして頭を下げ、跳びはねる白髪を俺に向け、

 

「パンクヘア」

 

 髪の毛を針のようにして飛ばしてくる、……いや髪の毛自体を一本、一本破裂させてこちらへと飛ばしているのか一瞬で突き刺さるようにして飛んで来ている。

 

 それを見聞色で一歩早く察知した俺は飛んでくる奴の髪の毛と奴の周りをいまだに浮遊している細かい砂とを能力によって入れ替えてみる。

 

 俺のペースになりつつあるなと思った矢先に、見聞色で見えた奴の次の一手が浮かび上がり、それはとんだ思い上がりであることに気付く。

 

「サンドパンク」

 

 くっ……、俺の動きを読んで自分の周りの細かい砂に“破裂(パンク)”を仕掛けていたわけか……。

 

 俺は再び能力による移動を余儀なくされてしまう。

 

 後手を踏んでしまっており、まずい状況である。何とかして流れを戻さねぇとこのままズルズルといってしまうだろう。

 

 そんなことを考えながら右斜め前方へと移動した先では、

 

「あれだけ教え込んでやったと言うのにお前はもう銃を使ってねぇのか……。……投石(カタパルト)パンク」

 

腕から続けざまに弾丸が発射されてくる。

 

 奴の腕に装着されていた歯車はどうやらこのためのものだったようだ。

 

 とはいえ、ここまでは読み通りである。ただし芳しい状況とはいえないので好転させるべく俺も攻撃に移る必要がある。見たところ弾丸の着弾までは幾許かの余裕があるので、

 

「オクタゴン」

 

 身体を反らせながら鬼哭(きこく)を抜き放ち、正八角形を描くべく4本の太刀筋を素早く大気に刻みつけたあとに、さらなるシャンブルズを己に行使して移動する先は奴の後方左斜め。

 

 奴の懐に飛び込むのはリスクが高まるが、そのリスクを背負わなければまともな攻撃は出来そうもない。

 

 故に身体を反らせた状態で移動して、奴の左斜め後方からすぐさま攻撃態勢へと移行する。

 

 バク転をしようかという体勢になって己の後方へと目をやれば、辛うじて砂靄越しに先程まで居た場所を弾丸が飛び越えていく様が見える。砂が舞っているのは奴が砂地に仕掛けた“破裂(パンク)”の反動で自らを高所まで移動させる事により、太刀筋を回避する余地を作ったから、つまりは単純な攻撃は意味がないということだ。

 

 さらには俺に向けられていた弾丸が破裂していないことから、破裂のタイミングはどうやら奴の思うままらしい。無駄な事はしねぇってわけか……。

 

 そんなことを回転速度を急激に高めた脳内で思考しつつ、両手の親指を奴の背中へと向けて、

 

「カウンターショック」

 

 “電撃治療”を施してやろうとしたところで……、働かせていた見聞色は不吉なものを感じ取り……。

 

 

 この感覚……、まさか俺と同じ武装色のマイナスか? しかも……、強さを伴ってやがる。

 

 

 くそっ……、間違いねぇ……、これは王気(おうき)だ。

 

 

 奴の左腕が不意にこちらへと伸びてくるのも感じ取れ、

 

 

死の破裂(デスパンク)

 

奴の攻撃を食らってしまうことを覚悟して咄嗟に覇気を纏わせたところで、右側から突如近付いてきた気配に弾き飛ばされた。

 

 

鉄塊(テッカイ)(コウ)”」

 

 

 ……クラハドール、らしくねぇことしやがって……。

 

 戦闘はしねぇって言ってた奴がどういう風の吹き回しだ。

 

 

 サンドラ河の方向へと弾き飛ばされながら、凄まじいまでの破裂音が耳に入ってき、砂混じりの衝撃波によってさらに俺は飛ばされてゆく。

 

 それによって助かったのは確かである。グラディウスのあの攻撃はひやりとさせられるものがあった。“破裂(パンク)”に武装色マイナスを掛け合わせて身体の髄に甚大なダメージを与え得る攻撃だ。

 

 って、だとすればクラハドールは大丈夫か? 六式で武装色の王気(おうき)を受け止められるとは思えねぇ。そもそも奴は六式を使えたのかという疑問はいいとして、俺を弾き飛ばしてまで受けに入ったわけであるから勝算を持ってる筈なんだが……。

 

 ようやく砂地に落ちたところで思考を終え、前方を覆っている砂煙の中へと目を凝らしてみると、

 

王気(おうき)を使ったはずだが、あれを食らってなぜ立てている? どうやらただの執事ではないようだな」

 

「説明するつもりはありませんよ。私はネルソン家に雇われているただの執事に過ぎません。……まあ、たまに“脚本”を書いたりはしますがね……」

 

 

 ……立ってやがる。無傷と言うわけでもなさそうだが、少なくとも重傷には至ってなさそうだ。

 

 よくよく周りを見渡してみれば俺が張った(サークル)の内側に少しばかり小さくした(サークル)が存在している。

 

 これが奴の言ってた想像域(イメージ)ってものなのかもしれない。ならば奴は能力を使ったということであり、能力を使って六式で武装色の王気(おうき)を何とか受け止めて見せたってことだ。

 

 ボスの言う通り、とんでもねぇ何でもアリ加減じゃねぇか。

 

 視界が開けてくるにつれて、クラハドールとグラディウスの様子が明らかになってくる。クラハドールは背後しか見えないが、両肩の上に突き出ている刃が“猫の手”と奴が呼んでいる武器を両手に装着していることが分かるし、身体の四肢には手が纏わりつくようにして伸びて出ている。

 

 ニコ屋の奴、ちゃっかりとしてやがる。戦う気はさらさらねぇだろうに、しっかりとそぶりだけは見せてやがる。

 

 一方のグラディウスは攻撃を受けてないのだから当然のように傷一つとして見当たらないが、驚いている様子が見て取れた。

 

 

 さて、こうなってしまったからには最後まで、行き着くところまでやってしまわねぇといけないだろう。クラハドールも交えて、ニコ屋の立ち位置が実に厄介なもんだが、どうするか…………。

 

 

「出なくてよろしいのですか? 右ポケットが鳴っているようですが……」

 

 確かにここからでも微かに電伝虫独特の音が聞こえてくる。

 

 ジョーカー……。

 

~「グラディウス、直ぐに戻れ。今どんな状況であろうとな。俺はポイントへ向かう」~

 

 奴の声だ。有無を言わせぬ声音、何かトラブルでも起こったってのか? 俺に対して煽りたてるような文句も挟まずに切れてしまったことからして、その可能性は高そうだ。

 

 一瞬の間の後、

 

「……だそうだ。ロー、命拾いしたな。お前の一件はひとまずお預けだ。お前たちの有用な情報が掴めて中々の収穫だったよ。ニコ・ロビン、連絡は密にしろ。クロコダイルを精々おだて上げて、金は耳を揃えて返しに来い、いいな!」

 

俺たちに対しては今のところお咎めなしとなり、ニコ屋に対してはしっかり釘を刺して、亀の近くで停め置かれていたバイクに跨って、俺たちの前から姿を消した。

 

 破裂音がひっきりなしにしていたことを鑑みればあれはパムパムの能力が動力源なのだろう。

 

 

 

 

 再びこの場に存在するのが俺たちとニコ屋だけとなり、辺りはまだ砂煙が舞い戦いの余韻は残ってはいても静寂に包まれていて、浴びせ来る太陽光と体を撫でる河からの風を感じる。

 

 座り込んだクラハドールに近寄ってみれば、ダメージがないわけでもねぇことが見て取れ、改めて武装色の王気(おうき)の威力を実感させられてしまう。

 

「無理しやがって、外傷は大したことねぇし、骨も大丈夫みてぇだが……。体の内部を随分やられてる様だな、それに俺みたいに能力を使った後の副作用が半端じゃねぇんだろ? 相当に疲労してる筈だ。まったく……、今日のお前は突っ込みどころが満載じゃねぇか、きっちり説明しろ」

 

 鬼哭(きこく)を指示棒代わりにしてクラハドールを指し、言葉を放つ。背後ではニコ屋が倒れこんでいる己の部下たちを見て回っていることが感じ取れる。

 

「…………実験……成功だ。……」

 

 

 何とか気力を振り絞りひとつひとつ言葉を紡ぎだすクラハドールの説明を纏めてみると、

 

 モヤモヤの能力について考察を重ねて、ある仮説を立てていたということらしい。自分の思い通りの空間を作り上げることができるかどうかと。

 

 今回はそれが、武装色の王気(おうき)を六式で受け止める、つまりは覇気>六式ではなくて覇気=六式の空間を作れるかどうかというわけだ。それが成功したということだろう。勿論まだまだ時間にして10秒そこらみたいだが。

 

 俺の能力も大概であることを自覚しているが、やはりこいつの能力も随分と何でもアリ加減が溢れている。今回の仮説が10秒そこらとはいえ成功したってことは、能力に磨きをかけていけば思い通りの空間を作り上げることが出来るようになるんだろうからな。

 

 

 そして、グラディウスから能力を使って想像出来たこと。ジョーカーが呼び戻した理由はグラディウス本人も分かってないということだが、今回のジョーカーの取引相手については分かったという。

 

 それがクラハドールの想像通りであるならば、面白いことであるし、また実に厄介な話でもある。

 

 世界はどうにも廻り廻るのが常らしい……。

 

 

 ボスに連絡を入れ、クラハドールの容体をみて、さらにはニコ屋を急かせ、さっさとレインベースへ向かって北進しよう。

 

 と、これからやるべきことを脳内で整理していると、クラハドールが俺に視線を寄越して来ていることに気付く。ニコ屋に軽く視線を送ったあとに再び俺を見つめ、顎を動かしている。

 

 ニコ屋に聞かせたくない話の様で、近くに寄れってことらしい。

 

 今度は何だってんだと思いつつも、座り込むクラハドールに対して屈みこみ、診察をするように装ってみる。

 

「…………気のせい……かも…しれねぇが、……覗かれる……ような気配……を感じた。……政府の……奴らかもしれん」

 

 その言葉を聞いて、俺も見聞色を使ってみるがニコ屋と消え入りそうに微かなグラディウスの気配しか感じられない。

 

 見聞色の“無地(むち)”の領域で気配と姿を消す力か……、クラハドールが能力を使った瞬間にほんの僅かだがその気配を捉えたのかもしれねぇな。

 

 本当にそんな奴が俺たちの周りを嗅ぎ回り、蠢いてるってのか? 

 

 隠密に徹されて情報を密かに取られていくってのはあまり気持ちがいいものではない。気付かれずに暗殺も可能なわけなんだからな。

 

 奴らはどうしようってんだ? 

 

 と考えても埒が明かねぇわけであり、出方が読めない以上今は動くしか道はない。

 

 

 ロッコさんの事といい、ジョーカーとの久しぶりの会話といい、グラディウスとの対面といい……。

 

 先行きを明るくするものは何もなく、暗中を模索し突き進むしかない。

 

 

 だがそれでも、俺たちの“戦い”はまだささやかではあるが、幕開けようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

もう少し話を進めたかったのですが、今話はここまでです。

また戦闘描写に手こずってました。破裂ってなんだろうかって堂々巡りに陥ってしまいまして。

まだささやかな幕開けなのでこのぐらいでご勘弁下さい。


誤字脱字、ご指摘、ご感想よろしければどうぞ!!


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第26話 明けない夜はない

いつも読んでいただきありがとうございます。

恐れながら、今回も12000字超えてます。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

 

 

国とは一体何だろうか?

 

私の生まれ故郷ベルガー島は国家として体を成していたときもあったとは聞くが、少なくとも私が生まれてからは国家ではなかった。故に私には国というものがわからない。ベルガー島という故郷(くに)は存在するが、それさえ私は、私たちは捨て去ってこの海にやって来ていた。

 

国も故郷(くに)も同じようなものなのだろうか?

 

故郷(くに)を捨て去って来た私たちが帰る場所は一体どこにあるのだろうか?

 

 

 

南ゲートで待ち構えていた800段に及ぶ階段を100段ごとに不平不満の数を増やしながらも、何とか登りきった私たちはアルバーナの街に入っている。

 

肝心要の海水淡水化装置はゲート前でオーバンとその子分二人と共に残してきた。なぜなら、さすがにあの重量物を800段上に持ち上げる方法は皆無であったから。

 

よって交渉は絵と図面だけで行い実物はあとで見てもらうことになるだろう。アラバスタの王を相手する交渉ごとにオーバンたちの出番はないだろうし、何もないゲート前でもあの3人なら楽しく過ごすことだろう。私には理解不能ではあるけれども。

 

こうして、私の横を歩いているのは兄さんだけであり、そんな私たちの前を歩いて案内役を務めているのがゲートで待ち受けていてチャカと名乗った男。どうやらアラバスタ王国護衛隊の副官であるらしい。

 

この副官殿が待ち受けていた理由はアラバスタ王に手紙を出す王女に便乗したから。ナノハナでの麦わら一味との一悶着というどさくさに紛れてのことだ。

 

それが効を奏したのか副官殿曰く、本来であれば入港許可証を持っていない者に引見することは有り得ないということだが、国王が興味を持ったらしく特別に許可されたらしい。

 

また、副官殿にはしっかりと本人確認を受けている。出会い頭に王女のサイン証と私たちネルソン商会の刻印登録書の提示を求められた。それに滞りなく応えることが出来た故にアルバーナに入ることを許されている。

 

それにしても……、副官殿は無味乾燥だ。

 

どこまでも事務的であり、距離を縮めようなどという好意的なものは微塵も感じられない。兄さんが歩きながらも会話を試みてはいたが、それはそれは天晴れな程に梨の(つぶて)であった。

 

ただ、そんな乾いた砂を地で行くような副官殿も一度だけ感情を覗かせた場面がある。

 

アルバーナの街は通りのあちこちで慌ただしさを見せており、家財道具一切合財を台車に山のように積んでいたり、軍人と思われる息子と別れの抱擁を交わす両親といった場面がそちこちで見受けられている。

 

副官殿にどういうことかと訊ねてみると、国王軍はレインベースに出兵するのだという。こんな大事が間近に迫っているというのに国王に謁見を求めるとはどうかしていると中々に強い口調で詰られたものだ。

 

 

そんなこんなでアルバーナのよく整備された街路を私たちは歩いていた。1本道の先には私たちの目指す場所、王が居を構える宮殿が、街路の両側に建ち頂きに尖塔を載せた建物に見え隠れしていた。

 

私たちの歩みは中央広場へと差し掛かり、遮るものがない広場の中心に立ってみれば……。

 

ここを中心にして東西南北、放射状に広がる街路をぐるりと眺め渡すことが出来た。それはまるで世界の中心にいるような、壮観という一言に尽きるような景色が広がっていたのだ。

 

私たちの歩みはさらに進み、宮前広場へと足を踏み入れてみればそこには、

 

荘厳なるアルバーナ宮殿……。

 

私たちの前に悠然と立ちはだかっている巨大建造物。それは遠い遠い遥かの昔よりこの地に建ち、砂と共にある人々の営みを、私たちの様に王への謁見を求める者たちを眺めてきたのかもしれない。

 

まず入口からして、再び階段を登らなければならない。中央に据えられた階段を登りきったところに重厚な門構えの入口が何者をも寄せ付けぬように口を閉じて待っているのだ。さらに上層では3つのドームを戴く主殿が控えている。

 

主殿の手前では対を成す様にして守り神よろしく聳え立っている彫像が二つ。左にジャッカル、右にファルコン……。

 

「美しい眺めだな」

 

兄さんの口から洩れてくる感嘆の言葉に私も思わず頷き、

 

「うん……。とっても綺麗ね……」

 

と、言葉を返している。

 

するとそんな私たちの反応を好意的に受け取ったのか副官殿の口から、

 

「ありがとう」

 

と一言が呟かれ、こちらに向けられた横顔がどこか柔和になってもいる。

 

無味乾燥で事務的で嫌味を言ってくる副官殿にも、こんな一面があることを気付かされて少し見直してしまう。その髪型はどうかとは思うが……。

 

「いい笑顔だ。国を愛しているんだな……」

 

「生まれ、育ち、これまで生きてきた国だ。これからも生きていく国だ。愛していない者などこの国には居ない」

 

兄さんの言葉に反応して、感情を乗せた言葉を放った副官殿の横顔は最後少しだけ歪ませているように見えたが、すぐにそんなものは消え去って、

 

「我々もあまり時間はないんでな。国王様はすぐにでもお会いになる」

 

と、素晴らしくも事務的な口調でそうのたまった。

 

「問題ない。正式な謁見作法があれば教えてくれ。礼儀は弁えておきたい。ジョゼフィーヌ、行こうか?」

 

国を愛する心か……。私たちはこれからこの国一番の愛国者を交渉相手にするのかもしれないと思いながら自分自身に気合いを入れて、

 

「ええ。行きましょう」

 

力強くも兄にそう答えてみせた。

 

 

 

 

 

「お前たちはハイエナかね?」

 

私たちの自己紹介もそこそこにして、アラバスタ王ネフェルタリ・コブラが放った開口一番は強烈な皮肉だった。

 

謁見の間は天井が高く、最奥中央にある玉座の左右には大きな丸い格子窓が嵌めこまれていた。私たちと玉座を隔てるものは真っすぐ伸びるように敷かれた一本の絨毯であり、その左右にはびっしりと背丈を越える程の槍を打ち立てた近衛兵が畏まっている。その先数段高いところで背凭れが極めて高い椅子にどっしりと構え、眼光鋭くも私たちへと視線を寄越していたコブラ王。

 

謁見の間に足を踏み入れた瞬間の光景がそれだった。私たちは控えの間できっちりと正装を整え、相応の緊張を纏って臨んでいた。とはいえ、いざその光景を目にすればさらに身が引き締まるものがあった。

 

そこに、さらなる追い打ちの言葉である。

 

私たちは謁見作法に則って、玉座を前にして膝をつき、頭を垂れているのだけど……、どう答えたものかしら。

 

打てば響くように答えたいものだが、決然とした思いを胸に臨んでいるからなのか、何だかいつもの自分と違うような気がしてならず、うまく頭が回らないし言葉が出て来ないでいると、

 

「ええ。反乱真っ只中の国においていきなり王に取引を持ち掛ける火事場泥棒加減を鑑みれば……、我々はハイエナと言えるかもしれませんね。否定は致しません。ですが、恐れながら商人とはそういうものです。リスクのあるところには特大のリターンがあると……、我々はそう考えております」

 

兄さんが上手い具合に王へ切り返してくれた。

 

私の目に映るのは絨毯の精緻な模様だけであるが、兄さんが不敵な笑みを浮かべているのが目に見えるようである。

 

フフフっ……。私は頭を垂れながらも笑いを噛み殺さずにはいられなかった。

 

兄さんったら……。

 

すっと肩の力が抜けていくのが分かる。

 

「ハハッ、正直であることは良い事だ。物事の大事な起点となる。さて、早速にも話を聞こうか。君の綺麗な妹(ぎみ)の話をな。美しい女性というのは何よりも素晴らしい事であるからな……」

 

声色からしてコブラ王の表情に笑みが零れているのが想像できるし、ピンと張り詰めたような空気が若干緩んだのが感じられる。

 

それに王はどうやら無類の女好きみたいだ。特に若くて美しい女性が……。

 

 

つかみはOKみたい。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 サンドラ河

 

 

 

陽の傾きはまもなく暮れになろうとしている。纏わりつく様な暑気は既にない。吹き流れる風によって、気持ち良いぐらいに払われているからだ。

 

俺たちはファミリーとの戦いの幕をささやかながらも開けたのち、ニコ屋曰くバンチという名の小粋な亀に体を預けている。目指す場所はここから北、砂漠のど真ん中にあるオアシスに存在する夢の町レインベース。砂屋が居座っている拠点だ。

 

出発前にボスに連絡をとると、向こうはアルバーナに到着していて、これからアラバスタ王との交渉に臨むということであった。ジョゼフィーヌさんであれば、賢人といえども体よく言い包められてしまうことだろう。

 

だが本当の鍵はそこじゃねぇんだよな……。

 

ボスは言っていた。

 

アラバスタ王、ひいてはネフェルタリとの関係は後々重要な意味を持ってくるはずだと。しっかり種を蒔いておく必要があると……。

 

蒔いた種はやがて聖地へ赴いた際に花開くのかもしれねぇ。

 

ボスは一体どんな話をするのか興味があるが、生憎俺はその場にはいない。俺の近くに居るのはニコ屋だけ、クラハドールは手当てをして後ろに曳いている小舟で寝かせている。アタッシェケース10個と共に。

 

レインベース到着は明日になりそうだ。こんな状況であるからして、俺はニコ屋との会話に花を開かせろってことなんだろうか。

 

出来ればご免(こうむ)りてぇんだが……。

 

亀のバンチは意外にも中々のスピードで大河を北へと進んでいるわけだが、俺の目に飛び込んでくる景色は進行方向ではなくて逆方向である。

 

なぜなら、バンチの甲羅上には何とも優雅なマットレスとそれを覆うパラソルが備えつけられているからだ。そこに座っているのが当然ニコ屋であり、俺はというと心なしか肩身が狭い感じで甲羅の後方に寝そべっている状態である。

 

「あなた達は何を目指しているの?」

 

それぞれ別の方向を向いている状態で後ろにいる俺にニコ屋が投げ掛けてきた言葉がそれだった。

 

「どういう意味だ?」

 

いきなり飛び出したニコ屋の質問の意図が分からず俺も質問で返してみる。

 

何の因果でそうなったのか、俺はサイレントフォレストでこいつに昔話を聞かせてやった。確か……、故郷(フレバンス)での生い立ちから、ファミリーに至って、コラさんまで洗いざらいぶちまけたはずだ。

 

何でそんなことをしたのか? 正直俺自身もよく分からない。

 

同情か? いや、それは違うな。

 

……俺の気まぐれだ。としか俺の中で消化できそうな結論はない。

 

 

と思考を巡らしつつ、ニコ屋からの返事がないことに気付く。

 

バンチが水を跳ね上げる音と撫でそよぐ風の音がするのみであり、両岸の砂景色が左右を流れていく。ある意味では静寂な時間と空間。

 

「ニコ屋お前、もう決めてんだろ? ファミリーからも足抜けするって」

 

静寂を打ち破って、逆に気になっていたことを聞いてみることにする。

 

「ええ、そのつもり。ずっといるような所じゃないわ」

 

確かにな。ファミリーにいた経験者としてその言葉には同意せざるを得ない。だが、

 

「だからってそう簡単に事は運ばねぇぞ」

 

相手はジョーカーである。こいつは一体どうするつもりだろうか?

 

「あなた……、私の心臓を奪ってるじゃない……」

 

ニコ屋の声音は感心しねぇ響きを帯びてやがる。

 

俺たちを巻き込むつもりか、……待てよ、最初の質問からすると……、俺たちに加わろうって腹積もりがあるんじゃねぇだろうな?

 

そこまで考えたところで思わず振り返ろうとすると、

 

「あなた達が目指そうとしているもの……、復讐。違う?」

 

ニコ屋の矢継ぎ早の言葉が俺にそれを許しはしない。

 

違うかどうかと尋ねられればそれは違わないとしか言えない。俺たちが考えていることは突き詰めてみりゃ……、それは復讐の2文字となる。

 

……だが、そんな2文字で片づけられる事か? そんな端的に言い表せることなのか?

 

「私は復讐なんて考えてないわ。ただ歴史を知りたいだけ」

 

ただ歴史を知りたいだけだと?

 

「ふざけるな、そんなもんで片づけんじゃねぇよ……。お前は前に進んでんのか? お前の時計の針はしっかりと先へと時を刻んでやがんのか? 俺たちは誰かによって生かされちゃあいるが、それは前へ進むってことも含んでんだよっ!! 腹に一物抱えたまんま、それをだましだましでやってけるなんざ思っちゃいねぇだろうな? 落とし前はつけなきゃならねぇ、絶対にだ!!!」

 

そうさ、けじめは付けなきゃならねぇんだ。ジョーカーとの11年前のけじめはな……。ボスやジョゼフィーヌさんにとってはその親父さんのけじめが政府との間にある。そこを避けては通れない。

 

本当のところ、俺たちの時計の針はある時から何も刻んではいない。

 

時計の針を再び動かすためには、けじめを付けなければならない。奴らと話を付けなきゃならねぇんだ。

 

だが相手は高ぇところにいる奴らだ。俺たちが這い上がると同時に奴らを引きずりおろさねぇ限りは何も見えてはこない。

 

「私にもいるわ。生かしてくれた人が。お母さんも博士もサウロも私を生かしてくれた。だからこそ私は歴史を知りたいの。オハラがなぜ滅びなければならなかったのか、なぜ私を生かしてくれたひとたちは死ななければならなかったのか、歴史はそれを教えてくれるはずだから」

 

背後から聞こえてきているニコ屋の声は若干の熱を帯びている。

 

「……悪ぃな、それがお前のけじめってわけか。……心臓は返してやるよ。目的の物が全て手に入ったらな。……ニコ・ロビン、お前……、俺たちと契約を交わすか?」

 

言った側から俺は何を言ってんだ? と軽く後悔の念が湧いてくるが、

 

「……フフフッ、遠慮しておくわ。……もう闇に生きるのは疲れたのよ。安心して、小舟のアタッシェケースはあなた達に譲ってあげるから」

 

ニコ屋の言葉は取り越し苦労に終わる。

 

それで何の問題もないのだが、少しだけ残念に思っている己がいるのはなぜだろうか?

 

いや、気のせいだ……。

 

ということで己の中で結論を出して、考えを別の方向へと向けてみる。

 

10億ベリーがここで手に入るなら、俺たちがレインベースにまで行く理由は存在しねぇんじゃないか。ニコ屋にしても真の目的は歴史の本文(ポーネグリフ)なんだろうから、ボスがアラバスタ王との話し合いで聞き出せる可能性もある。物事はもっと容易に進むんじゃあなかろうかと思うわけだが……。

 

愚問か……。

 

これはでかい演目なんだよな。誰が書いたか知らねぇが筋書きはもう動き出している。ニコ屋は砂屋をレインベースからアルバーナへと引っ張り出す必要がある。砂屋のアラバスタ全体を人質にするような圧力があって始めて、歴史の本文(ポーネグリフ)への道は開けるということか。

 

それにジョーカーがこの島にいる可能性が高い以上はギリギリまで下手なことはできない。演目『梯子外し』をギリギリまで演じきる必要があるわけだ。

 

とはいえ、俺たちは俺たちで演目があるんだが……、まあいい。

 

「あぁ、期待している。ひとまず、レインベースの砂屋の下まで頼む」

 

そうニコ屋に告げて、俺は再び暗がり始めた流れていく景色に意識を向けることにする。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

 

 

それはまさに熱弁であった。こんなにも熱く(ほとばし)るこいつの語り口を俺は初めて耳にしていた。今まで幾度も取引をその弁舌で纏めてきたのであるから当然と言えば当然なのだが、熱量の量はともかく質が(いささ)か違っていた。何ともまっとうなのである。

 

まっとう……、こいつを表現する言葉としてこれほど相応しくないものはないだろう。本人は断固として否定するであろうが……。

 

ジョゼフィーヌは自分達のルーツ、ベルガー島のことから始まって、ネルソン商会の商人としての在り方から商人魂をこんこんと説いてみせ、アラバスタの素晴らしさを何とも詩的に称えた上で、現状をこの世の終わりとでも言うように嘆いてみせた。

 

さらに本題に入れば、俺たちが膝を付いている絨毯の横幅いっぱいはあるような図面と絵を広げて見せて、多分にあの麦わらでも分かりそうな懇切丁寧具合で滔々(とうとう)と説明していた。

 

そこまでやり切ったならば、首を縦に振らない相手などいない。コブラ王自身の若くて美しい女性には甘くなってしまうらしい弱点とも相俟って、交渉はトントン拍子に進みそうな勢いである。

 

にしても、さすがはコブラ王である。国は反乱騒動の真っ只中、今も王の横に控えている副官によればレインベースへの出兵も間近に迫っているというのに、どうだこの心に余裕を湛えた雰囲気は……。まだ何も終わってはいないというのに、終わることを前提にして話を進めている。どうすればこんなにも泰然自若としていられるのだろうか?

 

「……素晴らしい提案だ。海水淡水化装置は是非とも頂きたいものだな。ただ残念な事に、今我が国には(あがな)えるだけの蓄えはないのだよ」

 

「ええ、もちろん承知致しております。お代を如何にして頂くのかは我々も熟慮に熟慮を重ねて参りましたので……」

 

そんなやり取りが耳に入ってきたところで、俺は顔を上げて視線をコブラ王へと合わせていく。

 

目は口ほどに物を言うように、ありったけの力を込めて……。

 

「良かろう。……チャカ、私は奥へ行く。案内しよう、総帥殿」

 

こちらの意はどうやら伝わったようだ。

 

「そういうことだ。……悪いがジョゼフィーヌ、外してくれ。ここからはトップ会談だ」

 

「……承知致しました。外にて上首尾をお祈り申し上げております」

 

最初から示し合わせていたこととは言え、最後に美味しいところを兄に持っていかれることに釈然としていないのが、上首尾を祈っているという言葉でプレッシャーを掛けているところに表われている。

 

とはいえ、ここ最近はほとんど聞かなかったわが妹の畏まった口調に俺は思わず吹き出してしまいそうで、何とかそれを堪えて、謁見の間を後にするコブラ王に付いて行った。

 

 

 

 

 

「何事も自分でやらないと気が済まない質でな……」

 

そう言ってコブラ王は湯気を立てているポットから2つのカップにチャイを注いでくれる。

 

王によって案内されたこの場所は応接間の様であるが、絢爛煌(けんらんきら)びやかとは程遠い。質実剛健を地で行くようなローテーブルを挟んで、俺が座している椅子は幸せの極致に至らしめるような沈み込む安楽椅子ではなくて、何の変哲もない木製の椅子である。

 

国を何とか保たせるために、血の滲むような遣り繰りをしていることがこの場からも窺えるというものである。

 

「熱いうちに飲むといい。チャイはそれに限る」

 

そう言いながら、カップを給仕してくれるコブラ王は自らのカップを対面に置くとようやく腰を落ち着けて、

 

「さて、話を聞こうか」

 

と、始まりの言葉を告げてくる。

 

「我々もこの国の内情についてはよく知っているつもりでおります。込み入ったあれこれについて……。どうやら明日にはレインベースへ兵を向けるそうで、それが意味するところも承知でございます。であれば……、戦陣を詰めるために時間がいくらあっても足りないでしょうから……、単刀直入にお聞きいたします」

 

そこで一旦、言葉を切りコブラ王の表情を窺ってみると、チャイに口を付けつつも眼光鋭くこちらに睨みを利かせてきている。

 

まあ、穏便にとはいかないよな……。

 

「この地にはプルトンが眠っていると聞いておりますが……、ご存知ではありませんか?」

 

のっけから爆弾を投下して、思い出したように俺もカップに手をやって熱いチャイを堪能してみる。素晴らしい香りだ。

 

「……どこでその名を……」

 

カップを取り落とすまではいかないが、言葉と声音、そして表情には十分動揺が広がっている。

 

「良い反応です。本当にこの地にあるようですね。神の名を持つ古代兵器プルトン……、我々も闇に生きる商人でございます故、情報は入って参ります」

 

優雅な仕草を心掛けてカップをテーブルへと戻しつつ、コブラ王の視線を己の目で受け止める。

 

「……貴様、それが狙いか?」

 

とうとう、呼び名が貴様になってしまったが、

 

「まさか……、ご提案させて頂いたものとプルトンではあまりにも釣り合いが取れません。我々もそこまで殺生なことは申し上げませんよ。ただ……、(きた)る時には優先使用権とでも表現致しましょうか、そういった権利を頂きたい。つまるところ……、いつかの日には根こそぎ寄越せと……まあそういうわけでございますよ」

 

話を続けていく。少しばかりドスを利かせながら。

 

「これが貴様の本性と言うわけだな」

 

「最初に申し上げた筈ですが……、我々はハイエナで間違いないと」

 

やり取りが加速度的に険悪なものになりつつあるが、チャイは心穏やかなる程に美味い。

 

「貴様等は闇に身を置くとはいえ商人ではないか。一体何が目的なのだ? 戦争でも始めるつもりなのか? 古代兵器は世界を滅ぼす程のもの、故に守らねばならぬものなのだ。政府が必死になって守ってきたものなのだぞ!!」

 

コブラ王は知らないのだろうか? 本当のところ政府が何をしているのかを。だったら教えてやればいい。政府が実際はどう動いているのかを、否政府が俺たちに何をしたのかを……。

 

内心に溢れ始めた怒りのようなものを鎮め、冷静さを身に纏おうと努めながら、

 

「政府は古代兵器を守ろうなどとは微塵も考えてはおりませんよ。奴らが考えていることは古代兵器を使うことができないかどうかです。あなたがおっしゃる古代兵器を必死に守る政府によって私の父は亡きものとなりました……」

 

迸る言葉には何ひとつとして冷静さが纏われてはいない。もうここまで口に出したのなら洗いざらい言ってしまえばいい。そんな半ば自暴自棄に近い感情に突き動かされて、

 

「私の目的は政府の頂きに居座っている奴らを引きずりおろしてやることですよ。落とし前は付けないといけない。何が何でも……」

 

己の奥底に潜んでいるものを引っ張り出す様にして言葉を紡いでいた。だが、コブラ王の反応は俺の予想とは少し異にしている。

 

「貴様の父の名はもしや……、ボナパルトか?」

 

俺がその言葉に対し頷いて見せると、チャイに手を伸ばしてゆっくりと口を付けた後に、

 

「あれはいまだに謎のままなのだ。私も彼を直接知っていたわけではない。だが、何度か世界会議(レヴェリー)の議題に上がってくる男であった。もう今の世にあの一件を蒸し返そうとする者はいないだろう。手を出して生きている者は誰一人としていないからだ。あれは覗いてはならぬパンドラの箱となってしまっている」

 

予想だにしていなかった言葉を続けてくるコブラ王。

 

どういうことだ? こいつは何か知っているのか? 

 

「あなたほどの方であれば、聖地に“犬”でも飼ってらっしゃるのですか?」

 

俺の持って回った言い回しに対して、

 

世界会議(レヴェリー)は4年に1度だけだ。中枢の情勢は常に把握しておく必要がある。故に“耳”は持っておかなければならない。色々な意味において、確かにな……」

 

直ぐに答えを出してくるコブラ王。

 

何だろうか? 何かが引っ掛かる。色々な意味において……、俺たちの真の目的を口に出しても糾弾も非難もしてこない様子……。もしかして……。

 

「あんたまさか……、仮面を被っているのか? 政府に対して……」

 

俺の敬語もへったくれもなくなった言葉に対してコブラ王は何も答えてはこない。何も語らずただただチャイを堪能している。

 

何も言わないことが答えになっている。

 

ネフェルタリ・コブラは政府を快くは思っていない、否むしろさらに進んだ考えを持っている……。

 

とんでもないことだ。世界政府加盟国の国王が反旗を翻しているということになるのであるから。

 

 

全く予想していなかったことに出くわして、俺は考えを纏めるべく、時間を稼ぐべく別の話をコブラ王に向けてみる。

 

「ひとつ聞かせて貰えないか? あんたの余裕はどこからくるんだ? 国は反乱の真っ只中、砂の王国であるのに3年も雨が降っていない状況、味方と思っていたであろう王下七武海(おうかしちぶかい)が実は敵だった。こんな状況なのにも関わらずあんたにはまるで、全てが終わることを前提にしているような泰然自若としたものを感じる。どうしてなんだ?」

 

俺の言葉に対しコブラ王は少し笑みを見せると、

 

「……そう見えるかね? ふふっ、……国とは何だと思う?」

 

弟子に対する問答のような言葉を返してくる。

 

ただ答えを期待して放った言葉ではなかったようで、

 

「国とは……人だよ。人が寄り集まって国が作られているのだ。故に人がこの地を離れぬ以上は国が滅ぶことは有り得ない。我々ネフェルタリ家が消えてなくなろうともな……。いいかね……、降らない雨などないのだ。終わらない戦いというものもない。決してな。……そう、明けない夜はないのだよ……」

 

ゆっくりと言葉を紡ぎだしてくるコブラ王は最後の言葉を強調してみせた。

 

明けない夜はない、……プラバータム……。

 

「……どうやら、君も知っているようだな。……古来より脈々とこの海に根付く教えの名を……。ネフェルタリ家第12代国王として君達の提案は半分呑ませて貰おう。もう半分は前向きに検討させて貰おうか、国王としてではなくてな……」

 

ネフェルタリ家第12代国王は俺が敵うような相手ではなかった。終始会話の主導権を握られていた。

 

だが……、種は蒔くことが出来た。そして……、それは大輪の花を咲かせる事になるかもしれない……。

 

 

コブラ王の最後の言葉を終了の合図として受け取った俺は丁重にチャイのお礼を述べ、立ち上がって応接の間を後にしようとすると、

 

「復讐……、それはただ壊すことだ。……君のネルソン商会も人が集まって出来上がっている。つまりは君も国の上に立っているのだ。ただ壊すだけではなくて、つくり上げることに目を向けてみてもいいのではないかな? こことここに正しくあれば大抵はうまくいくものだ。忠告はしておこう……」

 

コブラ王は自らの頭と胸を指差しながら言葉を放ってくる。

 

 

理性と感情に正しくあれ……。

 

 

俺は至言を胸に刻み込みコブラ王の下を後にした。

 

 

 

 

 

宮殿の主殿を出て中段広場の様な場所に出ると外はすっかり帳が下りていた。そこでは昼間の暑気は嘘であったかのように冷え冷えとしていて肌寒ささえ感じるほどである。

 

歩を進めれば眼下には人の営みを感じさせる眩い灯火に包まれたアルバーナの街を眺めることが出来る。何の気なしに俺の手は煙草を掴んでいて、火を点けており、紫煙が口より吐き出されて煌めく灯火を滲ませていく。

 

「どうだったの? トップ会談の首尾は……」

 

気付けば横にはジョゼフィーヌが立っており、同じようにして街の灯りを眺めていた。

 

「上々の種蒔きだったよ。……当初とは随分と違うものになったがな……」

 

「……え? どういうこと?」

 

「話はあとだ。出発しようレインベースに向けて。お前もそろそろローの顔が恋しくなってきた頃だろう?」

 

そんな軽口に対してわが妹は二度と軽口を叩かないことを誓わせるような言葉で返してきて、後悔の念に駆られたが、

 

「そうだ。昼間のローからの連絡を踏まえて、オーバンはアルバーナに残すことにする。クラハドールが感じたように多分政府は動いている」

 

すぐに頭を切り替えて今後の方針を述べ立てる。

 

「海軍がってことでしょ」

 

「いや、海軍じゃない。あくまで動いているのは否、蠢いているのは“政府”の奴らだ。ここで何かが起きる可能性は高い」

 

「ふ~ん、わかった」

 

ジョゼフィーヌの返事は実際のところわかってないのかもしれないが、まあいい。政府はもしかしたらコブラ王の周辺を密かに嗅ぎ回っているかもしれないなどとはここでは言えないからだ。

 

「案内役として見送りに来た」

 

その言葉と共に今度はチャカと呼ばれていた副官が現れる。

 

「綺麗なものだろう? ここからの眺めは。我々を落ち着かせてくれる眺めだ……。……旅の無事を祈っている」

 

そう言ったあと、副官の身体は見る見るうちに変化して犬の様相を呈し、

 

「我が名はジャッカル……。王家を守るべき者なり……。王家の“客人”もな……」

 

厳かにそう口にした後すぐさま、元の人型に戻ってその場を辞していった。

 

上を見上げれば、暗闇の中ジャッカル像がアルバーナの街を見守っているのが感じ取れた。

 

 

「出発だ」

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 レインベース

 

 

 

ここは喧騒に包まれている。いや人間の飽くなき欲望に包まれているって方が正しいか。

 

 

夢の町レインベースにある最大のカジノ“レインディナーズ”は今日も変わらず盛況のようで、スロット台然りルーレット台然り、享楽に身を任せた奴らがのさばってやがる。

 

俺たちは亀の甲羅に揺られながらの大河行と砂漠行を、ようやくにして今朝方終えて欲望の町に入っていた。

 

砂屋がオーナーを務めているというこのカジノにニコ屋の案内で連れられて今俺たちが座っているのはバカラ台だ。クラハドールの奴も体力を回復させて、鮮やかな緑の柁円形テーブルの反対側でゲームに参加している。

 

俺はというと参加はしていない。ただ成り行きを眺めているだけである。享楽に身を任せるつもりは仕事としてもない。

 

まあただ眺めているだけでも退屈はしないというのもある。

 

バカラっていうのはつまりは……。

 

 

 

「クロコダイルーっ!!! 出て来いーっ!!!!」

 

辺りの喧騒と俺の思考を打ち破って店の入口付近から何やら怒りに満ち満ちた叫び声が聞こえてきている。

 

聞いたことがあるような声のような気もするが……、多分気のせいだろう。

 

 

次のゲームで少しぐらいならやってみても……

 

「ビビーっ!!! クロコダイルーっ!!!」

 

今度は3人が同時に発してくる魂のこもった様な叫び声が聞こえてきて、俺はようやく事の重大さに気付きはじめる。

 

 

また、厄介事を持ち込みやがって……。

 

 

麦わら屋の連中じゃねぇか……。

 

 

俺は盛大に溜息を吐いてやることにする。そんなもんを我慢する必要はない。

 

 

あぁ……、奴らの相手をするっていう演目だけはご免(こうむ)りてぇな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

ようやく砂の人が現れそうですが、どうなることやらです。


誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第27話 死のダンス

いつも読んでいただきましてありがとうございます。

今回は9400字程、最近では少し短めです。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 レインベース

 

 

 

 俺たちを厄介事に巻き込むかもしれない背後の騒ぎを気にもしない様子で、バカラ台は異常なまでの熱気を孕んでいる。

 

 

 バカラってのは引いたトランプの数字の合計点数下一桁が、バンカーの方が上なのかプレイヤーの方が上なのか、それとも引き分けなのかを予想して賭けるゲームだ。至極単純なものではあるが、観察していると実に興味深く、確かに万人を惹きつけるものがそこにはある。

 

 今は丁度5連続でバンカーが勝っている状態であり、それがこの異常なまでの熱気の理由だ。

 

 5回続いたんなら6回目もあるだろう。否、次こそはプレイヤーに反転する筈だろう。

 

 2つの自問自答でこの場にいる全ての人間が頭を一杯にしていることが容易に想像できるってもんだ。

 

 そんな膨張し続ける熱気が最高潮に達して次のゲームが始まろうとし、プレイヤーが勝つなと俺なりの予想を立てたところで、スーツのポケットが微かに振動していることに気付く。周りの一切合財で危うくスルーしてしまいそうなところを何とか反応してみれば、

 

~「どうだそっちは? 稼いでいるか?」~

 

 相手はボスであった。瞬時にこちらが今何をしているのかを察知して飛び出してきた軽口に思わず笑みを浮かべながら、

 

「それはクラハドールの方だ。俺は参加もしてねぇよ」

 

 言葉を返す。テーブル反対側にいるクラハドールに目を向ければ、奴はこの熱気の中でも冷静沈着にメガネの仕草を挟んでおり、奴の前にあるテーブル上のチップは開始前より明らかに増えてやがる。

 

 さすがは筋書きを描き出す脚本家というべきか、はたまた運がいいだけなのか……。

 

~「商人たるものカジノの胴元から利益を取り出して見せてこそ一流ってものだと思うが、まあいいさ。お前達らしい成り行きだな。ところで、そろそろ麦わら達がそっちに向かってるかもしれないが奴らを……」~

 

「もう背後で騒いでやがるよ。砂屋を出せってな。どうやら後ろから追われてもいるみてぇだが……」

 

 ボスの格言はさておいて、麦わら屋については皆まで言わせず、既にその厄介事が背後に迫りつつある状況を伝えてみる。俺の苦り切った表情でも想像しているのか、ボスの可笑しそうな笑い声が聞こえてき、

 

~「……ハハッ、もう来ているのか。つくづく縁があるみたいだな、麦わら達とは……。そう言う俺たちも既にレインベースに入ってはいるがな、そっちに合流するのは少し遅れそうだ。ジョゼフィーヌが王女を見つけてしまって、連れて行くと言って聞かないんだ。連れて行こうと行くまいと行き先は同じだと思うんだがな」~

 

 レインディナーズがさらなる修羅場になりそうな情報が耳に入ってくる。この展開を想像できていたんだろうか? 反対側でせっせとチップの山を築いているあいつは。

 

 背後で騒いでいる麦わら屋達を追っている相手はどうやら白猟屋の様であり、海軍がここまでやって来てることになる。であるならば、麦わら屋たちは砂屋と白猟屋っていう前門に虎、後門に狼を抱えてる状況なんだから、俺たちなどには気付きもしねぇんじゃなかろうか? うまく鉢合わせすることなく済むんじゃなかろうかと思案を巡らせてみるわけだが……。

 

~「ひとまずそっちの動きは任せる。先に話を進めるなり、好きにしていい。金の件を別にすれば俺たちがクロコダイルに会う理由なんざ、ご退場願う先輩への挨拶程度の意味合いしかないからな」~

 

 まあ、なるようにしかならねぇか。ボスの言う通り俺たちにとっては砂屋に会う意味はそれぐらいしかねぇしな。

 

「わかった。……あぁ、あんたのお蔭で助かったよ。まだビギナーズラックって奴を信じることが出来そうだ」

 

 電伝虫の通話を終えようとして、テーブル上の様子に意識を向けてみれば、始まっていたゲームの結末はまたもやバンカーの勝ちであり、俺が参加していればいきなり損をしているところだった。当然のようにクラハドールのチップはさらに増殖していたが……。

 

 6回連続でバンカーが勝ったことで、さらなる盛り上がりを見せているギャンブルの成り行きを意識的に頭の中から閉め出して、前方のVIPルームへの入口付近に姿を見せたニコ屋へと視線を移してみれば、奴がこちらにしっかりと頷きを寄越しているのが見える。

 

 合図だ……。

 

 ニコ屋は適当なタイミングで奥へと案内すると言ってやがったが……。今がそのタイミングなのか? 俺としては異議を申し立てたいところだ。

 

 なぜなら、麦わら屋達も俺の背後を一直線に進路妨害など気にも留めずに、奥へと駆け抜けており、その後ろをこれまた大した剣幕で追っている白猟屋の姿が認められる。

 

 正直、悪い予感しかしねぇ展開だ。

 

 溜息でも吐きてぇ気分だが、反対側のクラハドールはゲームをクローズさせて席を立とうとしてやがるので、俺も立て掛けていた鬼哭(きこく)を手に取り立ち上がって、異常な熱気の渦から離れて行くことにした。

 

 

 

 

 

「こうみょうなわなだったな」

 

「ああしょうがなかった」

 

「避けられた罠よ!! あっちに檻に入らずお茶飲んで座ってる奴らもいるじゃないのよ!!! バッカじゃないの!!? あんた達!!!」

 

 左横のクラハドール越しに場違いなぐらい存在を誇示している檻の中で、麦わら屋たちと白猟屋が仲良く一緒に捕まっている。

 

「なんでお前らは捕まってねぇんだよ?」

 

 自分たちが檻の中にいることには納得しているが、同じように入って行った俺たちが檻の外にいることにさも納得がいってねぇって顔で麦わら屋が質問してくるが、

 

「俺たちは商人で、お前たちは海賊だからだ」

 

にべもなく言い返してやる。

 

「悪執事の方は海賊じゃねぇか。それにお前らもお尋ね者なんだろ?」

 

「元海賊だ。確かに首に賞金は掛かってるが、少なくとも今は海賊じゃあねぇのさ」

 

 クラハドールの答えに対しても麦わら屋はどうも納得がいってないようだが、あんなもんに引っ掛かるお前達が悪い。

 

 俺たちはニコ屋の合図に導かれてカジノ“レインディナーズ”の最奥へと入って行き、悪い予感その通りに麦わら達と出くわして白猟屋に追い立てられたが、件の立て看板によって二手に分かれたことで、こうして俺たちの運命は檻の中とはならなかったわけである。

 

 それにしても、ボスが見れば泣いて喜びそうな内装だなこりゃあ……。

 

 背後の幅広い階段を下りてこの場にやって来たわけだが、広大なサロンとでも呼べる空間が広がっている。階段を下りてきたのであるからここは地下に相当し、天井高はかなり高く四方を全面格子窓に囲まれており、その窓の向こうは水中が広がっていて、背にバナナを載せた巨大なワニが時折こちらへと睨みを利かせてくる。

 

 レインディナーズは湖の真中に建っていたわけであるから、その地下ということで俺たちは今湖の中に建てられた箱の中にいるようなものなのだろう。

 

 俺とクラハドールは純白のクロスが掛かりもてなしの用意がされたテーブルの前に座り、ここの経営者(オーナー)である砂屋にご対面と相成っている。

 

 俺たちは元々招かれざる客であったのか、椅子は1脚しか用意されてはいなかったが、急遽VIPが新たに2名ご来店ということで俺たちも適度に沈み込む安楽椅子を堪能できているわけだ。椅子はさらにもう2脚か4脚は必要になるかもしれねぇが……。

 

 檻の中にいる奴らは俺たちに因縁を付けることを諦めたのか、白猟屋から手荒な海楼石(かいろうせき)の“講習”を受けたりして仲睦まじくやっている。

 

 そんなやり取りを傍観していた砂屋が奴らの仲に加わり、剣呑に憤怒、幾許かは恐怖の言葉を投げ掛けられた後で、

 

 

 

「それで……、お前たちの主はどうした? ネルソン商会の総帥ってのは金髪で頬に傷がある男と聞いている」

 

ようやく砂屋が体の向きを変えて、こちらへと注意を向けてくる。

 

 髪をオールバックに撫で付け、鼻の真中を通るようにして顔を横一直線に針で縫ったような傷が走っており、ふさふさとした深緑色のローブの下には襟付きで格子柄シャツを羽織っていて、何とも海賊然とした出で立ちだ。

 

「生憎なんだがボスは遅刻だ」

 

 砂屋の質問に対して俺はそう答えるに留める。

 

「支配人の紹介で無理に時間を割いてやってる……。お前たちは礼儀も知らんのか?」

 

 砂屋は慣れた手付きで葉巻を口に銜えて火を点けながら、表情を剣呑なものへと変化させて言葉を投げ掛けてくる。

 

「悪ぃな……、海賊に通す礼儀を持ち合わせてねぇんだ。今すぐ話を持ち出してもいいんだが、ボスがいねぇと話は進まねぇし、何より支配人がこの場に居合わせた方が好都合だ」

 

 そんな砂屋に対しての答えには若干の皮肉を織り交ぜてみる。俺たちは王下七武海(おうかしちぶかい)のサー・クロコダイルに話があるという口実でこの場にいる。王下四商海(おうかししょうかい)バロックワークスのMr.0ではなくてだ。

 

「……フンッ、何の話か知らねぇが……。こっちもまだ主賓が到着してねぇ。もう少し待つとするか……」

 

 やはり、最初に用意されていた1脚が主賓の席だったらしい。その主賓ってのは王女ビビってわけか。ボスとの通話内容を思い起こせば、一体この先の展開はどうなるんだと思いつつ、左にいるクラハドールに目を向けてみるが、奴は無表情を貫き通している。

 

 考えてみりゃ、悪い予感しかしてなかった。つまりは俺たちも麦わら屋たちのドタバタに巻き込まれて、あの檻の中で仲良しこよしをやっていた可能性もあったわけであるから、これは上々の展開ではある。

 

 やはり、バカラに手を出さずにいて正解だったな。あそこで運を使わなかったことが廻り廻って今この場に生きてきてんじゃなかろうかと、そう思いたい。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「ビビさんっ!! 私のことはいいですから、早く先へ行って下さいっ!!!」

 

 たしぎさんが刀で敵を受け止めながら、必死の形相で私の方を振り返り叫んでくる。

 

 

 そんなこと言われても、置いていけるわけないじゃない……。

 

 

 最初はMr.ブシドーも居たのだが、バロックワークスのミリオンズに見つかってしまって先に行けと言われ、今再びたしぎさんにも同じことを言われている。

 

 でも、明らかに敵の数は多くて、既にたしぎさん一人では受け切れなくなっていて、とてもじゃないが私ひとり行ける状況ではない。

 

 何とか打開して早くレインディナーズへ向かわないといけないのだけど……。

 

 そう考えれば、私はたしぎさんを犠牲にしてでも先へ進むべきなんだろうか?

 

 いやいや、そんなことは……。

 

 

 気ばかりが焦ってしまっており、思うように頭も働かないが、体は自然と結論を出して動きだし、両手小指に装着した“孔雀の羽根飾り”を……。

 

 

 振り回そうとしたところで、

 

 

突如、上空から鋭角に降り注いでくる弾丸の雨霰(あめあられ)、それは一瞬にして寸分違うことなく敵の急所を撃ち抜いていく。

 

 

 続いて私の耳に入ってくる懐かしい羽ばたきの音……。

 

 

 間違いない。

 

 

 振り返って上空を見上げてみれば、隼のペルの頼もしい姿が見て取れる。

 

 

 先程まで優位に立っていた敵があっという間に混乱の態に陥っており、

 

「たしぎさん、味方よ。早くっ、掴まって!!」

 

その隙に乗じて、私たちは降下してきたペルの体に掴まり、その場を逃げ去る。

 

 

 

 

「お久しぶりですビビ様。そちらの方はお手紙にあった麦わら一味の方ですね」

 

 久しぶりに見るペルの姿は、やはり頼りになって、これで事態を打開ができるし頭をまともに働かすことができるというものである。

 

 ナノハナでのネルソン商会の人達との一騒動を終えて、私はルフィさんたちを伴い、昔は緑の町と呼ばれたエルマルを抜けて砂漠を越え、一路西のオアシスであるユバへと向かった。かつての反乱軍への拠点に。

 

 反乱軍の拠点がカトレアにあることは、リーダーがカトレアに居ることは、ナノハナに入った時点で分かっていた。モシモシの実の力はしっかりと反乱軍の情報をナノハナの市井の声から届けてくれていた。

 

 よって当初はカトレアへ向けて東へ進む筈であったのだ。

 

 でも私の歩は東ではなくて北へと向かった。

 

 

 ネルソン商会の人たちが姿を消したあとのルフィさんの言葉、今でも深く、とても深く私の奥底に突き刺さっていて、それを考えると涙が溢れそうになってくる。

 

~ビビ、止めだ。カトレアに行ってもしょうがねぇ。俺たちは海賊だからな。お前はめちゃくちゃ優しくて、すんげぇいい奴だ。……だがよ、この戦いに甘えは許されねぇよ。七武海の海賊が相手で、もう100万人も暴れ出してんだろ? なんかを犠牲にしねぇとダメだ~

 

 その時の私はルフィさんの犠牲っていう単語に我を忘れ、頭に血が上って掴みかかり、ルフィさんも本気で応戦してきて取っ組み合いの喧嘩になったのだが、

 

 ~お前は優しいままでいいんだ。……その代わり、俺たちの命くらい賭けてみろよ!!!! 仲間だろうが!!!!~

 

 次にルフィさんから発せられた言葉で私の心の奥底は穿(うが)たれて、あの日以来絶対に涙を見せはしないと決めていた心の堤防は瞬時に決壊し、気付けば私はナミさんの胸で嗚咽を洩らしながら泣き叫んでいた。

 

 思う存分心の奥底にあったものを吐き出した私は覚悟を決めて、腹を括って、行き先を東のカトレアではなく、北のユバでもなく、さらに北のレインベースへと定めたのだ。私ひとりではそんな大きな決断はきっと出来なかったであろう。

 

 ルフィさんには、みんなには、本当に感謝しかない。

 

 

 そうして私は今レインベースに居る。ユバにてトトおじさんの想いをも汲み取ってこの場に居る。

 

 

 いやいや、もう物思いに耽っている場合ではない。しっかりと頭を働かせないと。

 

 

 さっき能力でレインディナーズの声を拾っていたのだが、ルフィさんたちはもう既に中に入っている。

 

 でもそれは檻の中。立て看板に左右への矢印が示されていて、右が海賊左がVIPになっていたみたいだけど、素直なルフィさんは思わず右に行ってしまってクロコダイルの術中に嵌まってしまった。

 

 でも左に行った人達もいるみたいで、それがどうやらあの場にはいなかったネルソン商会の人たちらしい。

 

 どういう状況下にいるのかよく分からないが、とにかく私は一刻も早くみんなのところに行った方がいい。でも一方でその場からはサンジさんとトニー君の声は聞こえてこない。多分別行動をしているんだ。だとしたら、たしぎさんはそっちに合流した方がいいかもしれない。

 

 

 自分の中での答えを粗方出し終わり、意識を周囲へと移してみればさっきまで居た下の様子がどうもおかしいことになっていた。

 

 ペルの一撃だけではあそこに居たミリオンズの面々を全て倒すことは出来ていないので、ペルももう一撃を考えていたと思うけれど、それをする必要がなくなってしまっている。

 

 下で可憐な花の如き舞う剣捌きで制圧している赤髪の女性、あれはジョゼフィーヌさん。

 

「見事な剣捌きですが、何者でしょうか?」

 

「あの人は……、ナノハナで出会った人たちですよね? 確かネルソン商会」

 

 ペルの尤もな疑問に対して、メガネの縁に手を当てながら下を眺め、答えているたしぎさん。

 

 

 ジョゼフィーヌさんとの出会いも実は私の中では特別なものであり、今も心の中に残っている言葉が存在する。

 

 あの時、アルバーナに居るパパに対して今の状況を記した手紙をカルーに託そうと考えていた私の心の中を見透かされていたのかは分からないがジョゼフィーヌさんは便乗させて貰えないかと言ってきたのだ。

 

 どういうことか詳しく訊ねてみれば、我が国に紹介したい商品があるそうで、その時私の横にあった巨大な重量物の海水淡水化装置というものであった。

 

 私としては平時であればとてもいい話だけど、今は時が時だけに私の段階でお断りしようとしたのだが、次に放たれたジョゼフィーヌさんの言葉が私に突き刺さってきた。

 

 ~戦いは必ずいつか終わる。違う? 王女であるあんたがそれを前提に考えてないで一体どうするっていうの? 平時も戦時も関係ない。国に益することはいつだって変わらない、そうじゃない?~

 

 それは私の胸を打つ言葉だった。戦いは終わる、終わらせて見せる。そんな思いが甦ってきて私は快く彼女の手紙をカルーに同梱することを了承したのだ。

 

 その彼女がここに現れたということはもうアルバーナを訪れてきたのだろうか? パパに会って来たのだろうか?

 

 

「ご機嫌いかが? また会えたわね、ビビ王女にたしぎちゃん。あなたは……さしずめ鳥男かしら」

 

 最後の一人を仕留め終えたジョゼフィーヌさんが私の再びの物思いを打ち破って声を投げ掛けてき、私は現実へと引き戻されて、

 

「ぐずぐずしてる暇はないんでしょ? 後ろであんたの元上司が待ちくたびれているわよ」

 

 次の言葉ではっとして背後を振り返ってみれば、そこには悠々と腰掛けているミス・オールサンデーの姿が見える。

 

「ビビ様、こいつらのことですか、我らが祖国を脅かす者達とは……」

 

 同じく振り返ったペルもこの女がバロックワークスの人間だと察したのか剣呑な声でそう訊ねてくるが、

 

「はいはい、話はそこまでよ、鳥男さん。あんた達も私たちもその女も行き先はみんな一緒なんだから、ここでドンパチ始めても意味ないじゃない。……あんたさっさと案内しなさいよ」

 

ジョゼフィーヌさんが全てを(なだ)めすかすような口調で言葉を投げてきて、

 

「……わかったわ、会計士さん。行きましょう、ビビ王女。レインディナーズへ案内するわ」

 

ミス・オールサンデーが思い出したかのようにして立ち上がって言葉を放ってくる。

 

「……ふぅ、やっとか」

 

最後の呟きで締め括ったのは、一体今までどこで傍観していたのか分からないが、下からこちらを見上げているジョゼフィーヌさんの横にひょっこりと現れ出たネルソン商会の総帥さんであった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 俺がレインディナーズの地下にあるクロコダイルのプライベートルームに足を踏み入れた瞬間に感じたことは、一目散に砂人間へ向かって憎悪をぶつけに走り下って行ったビビ王女には申し訳ないが、

 

 

 なんて素晴らしい空間だろうかというものであった。

 

 

 俺としてはこの空間を作り上げたクロコダイルの美的センスを褒め千切ってやりたい気分ではあったが、この場の空気を察してそれは止めておくことにした。

 

 なぜなら、ビビ王女からの憎悪の一撃を砂の能力を行使することで軽くいなして見せたクロコダイルがユートピア作戦と呼ばれるアラバスタを乗っ取る計画をさも楽しそうに語っていたからである。

 

 そんなところへクロコダイルへの褒め言葉を放つ程俺は常識外れではない。否、こんな時にこんな不遜(ふそん)な考えを頭の中に浮かべている時点で俺はアウトなのであろうか?

 

 

 

 コブラ王との取引において、代金未払いの状態で物だけを引き渡して取引を終えた俺たちは昨夜の内にアルバーナを後にした。未払いというのは商人として非常に(まず)い状況ではあるが、ネフェルタリ家との関係性を持つことが出来たし、あの感触であればいつかの日にプルトンが転がり込んでくることは計算に入れても良さそうである。

 

 とはいえ、現状は損失を計上して将来の利益を取ることにしたわけであるので、ロイヤルベルガーから倍々ゲームの様相で増えてきた取引による利益は、この時点で途絶えることになってしまい、先立つものを蓄えておくためにも尚更10億ベリーを手に入れる必要性が出てきていた。

 

 こうして、すこぶる足の速いワニを駆って夜な夜な砂漠と大河を越え、今朝の早い時間にはここレインベースに入ったわけである。

 

 だが、よそ見をせずにローたちと合流しようと考えていたところへ、ジョゼフィーヌが見聞色の覇気で町中にビビ王女と元女海兵がいることを察したものだから、寄り道をすることになった。多分にわが妹の人情臭さがまたまた頭を(もた)げてきたことによると思われる。

 

 その結果として、俺たちはニコ・ロビンの案内でビビ王女を伴い湖の中に建つカジノへとやって来たわけである。

 

 ちなみに、ビビ王女と共にいた元女海兵やもう一人の空飛ぶ副官は別行動をしているという麦わらの一味を探しに行っており、べポとカールも保険を掛ける意味合いで建物の外で待機させており、ここにはいない。

 

 よって、ここにいる俺たちは副総帥、会計士、参謀に俺を含めた4人であり、テーブルを前にした椅子に後ろ手で縛り付けられているビビ王女の後ろ姿を左斜め前に眺めながら椅子に座っている。手を縛られることはなく……。

 

 左斜め奥には海楼石(かいろうせき)製であろう格子が嵌めこまれた檻の中に麦わら一味の4人とスモーカーが捕えられていて、鬼の形相を見せていたり動揺を顔に表していたり、無表情に葉巻を燻らせていたりする。

 

 今の状況はビビ王女の先走りによって、俺たちは一応客であるにも関わらず完全に蚊帳の外に置かれて忘れ去られてしまっている。そもそもが、椅子には座っていても俺たちの前にはテーブルがなく、故にコーヒーの一杯もない始末だ。

 

 

 

 だがそんなことはいい、さておいてだ。

 

 クロコダイルが始動させた計画は横で檻の中に入っている緑髪の剣士が言った様に、外道そのものではあるのだが、計画自体を考えてみると理に適っており唸らざるを得ない。我が脚本家がどう考えているのか意見を聞いてみたい誘惑に駆られてしまうが、それも今は遠慮しておいた方がいいだろう。

 

 そろそろこの場の事態も次のステップに進む瞬間が訪れそうであるからして、俺が今やらなければいけないことは、

 

「ところでMr.0(ミスターゼロ)、否サー・クロコダイル、……どっちでもいいか。俺たちがこの場に居ることを忘れてもらっては困るな。まあ、あんたも忙しそうであるし、俺たちも時間はあまりないから、手短に済ませようか、……俺たちはあんたとプルトンの話でもしようかと思ってやってきたんだが……」

 

俺たちもこの場の参加者であることを思い出させてやることであり、俺たちの本題をさっさと終わらせて、次の最終本題に移ることであろう。

 

 そして、もう計画を聞いてしまった以上、王下七武海(おうかしちぶかい)に話をしに来たという建前は何の意味も持っていない。

 

 王下七武海(おうかしちぶかい)サー・クロコダイルは王下四商海(おうかししょうかい)バロックワークス社長Mr.0(ミスターゼロ)であることを、裏で企んでいたことを成り行きとはいえ聞かせてしまったからには俺たちを生かしてここから出しはしないだろう。

 

 否、そもそもが俺たちが持ってくる話も美味しいところだけ吸い取って、体良くお払い箱にするつもりだったのかもしれない。

 

 こいつも何ひとつとして信用は出来ない相手だな……。

 

 だからこそ最初の言葉は10億ベリーではなくて奴が最もダメージを受けそうな単語を選んでやった。

 

 

 

 あぁ……、始まるな、死のダンスが……。

 

 

 

 北の海(ノースブルー)にて、バジル・ホーキンスが船縁に降り立った時。

 

 フレバンスにて、おつる中将がカーブの向こう側から姿を現した時。

 

 サイレントフォレストにて、いきなり背後からCP9に声を掛けられた時。

 

 

 いつもそうであった。

 

 

 死と背中合わせになる瞬間から俺の頭の中で刻みだすタップ・ビート……。

 

 

 今この時も例外ではなく、己が放った言葉が脳内で木霊した瞬間に弾け、突如として打ち鳴らされるタップ音……。

 

 

 さあて……、砂漠のオアシス、湖の底、時間は陽も昇りきらない朝方ではあるが、死の舞踏(ダンス)を愉しもうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきましてありがとうございます。

ようやくレインベースでのお話です。切実に、もう少し進めたかったですが。
あ~でもなくこうでもないを繰り返して思うように描き出せず、ここまでです。

誤字脱字を見つけて頂き、しょうがないな~と思って頂けたなら……、

どうにもおかしい部分がございましたなら……、

万が一にも心突き動かされるものがございましたなら……、

ご指摘、ご感想、心の赴くままにどうぞ!!


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第28話 損して得とれ

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回はほぼ平均文字数に近いボリュームです。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 レインベース

 

 

 

 俺の脳内で小気味良く音が刻みだされ、死の舞踏(ダンス)の幕は上がった。俺たちが生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされる、死が背中合わせに存在するこの時間と空間は危うい程に愉しめるものではあるが、生憎にも“上演時間”に余裕があるわけではない。

 

 クロコダイルの計画は始動した。この国の最後の戦いもまた幕を開けたのだ。

 

 ということは、俺たちの真の目的であるドフラミンゴの取引時間も定まりつつあるということでもある。

 

 場所の特定はクラハドールが奴の金庫番から探り出している。ドフラミンゴが口にしたというポイントはこの島の東側であり、西側に当たるレインベースからすれば反対側、王都アルバーナのさらに向こう側だ。取引は日中を避けて陽の落ちた夜に行われるであろう。

 

 すなわち、ここに長居していい時間は俺たちにはないのだ。

 

「……てめぇ、どこでそれを……」

 

 プルトンという単語が登場した俺の言葉に対し、奴はどうやら動揺をしているようだ。そんな時は畳みかけてやるのが一番である。

 

「俺たちは闇に生きる商人だ。そんな質問は愚問だな。俺たちはこれでもあんたの狡猾さには一目置いてるんだが……。元の懸賞額は8100万ベリー、この額で七武海入りってのは考えたものだよ。実力を考えれば億を越えてもおかしくなかっただろうに……。そうやって己を過小評価させて虎視耽々と狙ってたんだろう? 絶好の機会って奴を。あんたの狙いなんて端から全てお見通しなんだ。俺たちを甘く見るなよ……」

 

 今の今まで傍観に徹していた人間が言葉を発し、それがまた随分ときな臭い内容であることもあって、この場を静寂が包み込んでいる。檻の中にいる態度としては相応しくなかった麦わら達もだんまりだ。

 

「……ミス・オールサンデー……、どういうことだ?……、まあいい。……何が望みだ? 取引をしてぇんだろ?」

 

 階段上に立っているため俺たちの位置からは見えずにいるニコ・ロビンに対して放たれた奴の言葉は仮にもパートナーに対してのものとは思えないほどの剣呑な声音を孕んでいたが、奴は思考を切り替えて俺たちに対して質問を投げ掛けてきている。随分と物分かりがいい答えであるからして、時間稼ぎ以上の意味は持ち合わせてなさそうだ。

 

「おいおい、そんな言い草でいいのか? その女に対して。そいつはあんたにとって鍵となる女だろう? ……、俺たちはその女の心臓を預かっているというのに」

 

 そこで言葉を一旦切って、右隣に視線を向けてみれば我が副総帥が掌に能力でコーティングされた心臓をこれ見よがしに載せている。

 

「悪ぃな、ニコ屋。何度も言ってるが、俺は仕事に情は挟まねぇんだ」

 

 って科白が飛び出してきてもおかしくはない冷徹な表情をローは見せてはいるが無言を貫いており、それが返って奴に対して不気味に映っていることだろう。

 

「今こいつの掌に載っているのがその女の心臓だ。よってその女には今、心臓は存在していない。こいつはオペオペの能力者でな。紛れもなくこれは奴の心臓なんだが……、試してみるか?」

 

 俺の説明を聞いても奴は目を細めるばかりで疑わしげであるため、ローに対して頷いてみせる。対するローは自身の掌上にある心臓を握りつぶす様に負荷を与え始める。

 

 それによって湧き上がるのはニコ・ロビンの痛々しい程の絶叫……。無闇に人を痛めつける趣味など俺たちにはないので、心を鬼にして挑まなければならない。

 

 クロコダイルの歪んだ表情と睨みつけるような視線を見る限りは信じたようだ。

 

「というわけだ。パートナーの心臓は大事だろう? 少なくとも今暫くの間は……。故に10億ベリーで買わないかっていうのが俺たちからの取引内容だ」

 

 そう締め括った俺の言葉に付け足す様にして、俺の前に椅子を置いて座している我が会計士が、

 

「とても良心的な提案だと私たちは解釈しているけど……」

 

 言葉を口にする。ニコ・ロビンに掛けられた懸賞額が7900万ベリーなのであるから良心的が聞いて呆れる提案内容ではあるのだが……。

 

「時間は?」

 

「ないに等しい。費やして10分。それが限界だ」

 

 俺たちの提案内容が良心に満ち溢れているかどうかを考えるのは頭の中から閉め出して、左隣にいる我が参謀に対して俺たちに時間的猶予が如何ほど残されているのか問い質してみれば、クラハドールはメガネをくいっと上げながらこんな答えを返してくる。

 

「聞いた通りだ。俺たちにも時間はない。即断即決でお願いしたい」

 

 半ばオーバージェスチャーで時間がないことを嘆いてみせたあと、自らの掌で答えを促す仕草をクロコダイルに送ってやる。

 

 時間がない俺たちは取り敢えず王女を助けるつもりも一切ない。アラバスタの問題に首を突っ込むつもりはさらさらないのだ。それをやるのは今は檻の中にはいるが、麦わら達の仕事である。

 

 そもそもなんでこいつらは檻の中にいるのだろうか? 阿呆め……。

 

 心の中で思わずオーバンの口調になって罵ってしまう始末である。

 

 

 あぁ、多分これが人情って奴なんだろうな……。俺の中の感情はこいつらを助けてやればいいじゃないかと叫んでやがるんだろうな……。一方で俺の中の理性は闇商人としての矜持を全うしろとも声高に叫んでやがるんだよな。

 

 今のところ俺の中の感情vs理性の戦いは理性が優勢に進めている。

 

「クハハハハ、笑わせてくれるじゃあねぇか。商人ってのはそんなに金が欲しいのか。金ならくれてやるさ、幾らでもな。ミス・オールサンデー、少しは喜んだらどうだ? 10億ベリーの値がお前の命に付けられてんだ」

 

 愉快で仕方がないという表情で癪に障る笑い声を上げながら、眼前のクロコダイルは俺たちの提案に対して答えを寄越してくる。これまた随分と物分かりがよくて好都合な展開かと思いきや、そうは問屋が卸さず、

 

「……って歓迎するとでも考えてるのか? 俺をコケにした奴は容赦なく皆殺しにしてきた。それで俺の弱味でも握ったつもりでいるのか? ……クハハハハ、全く笑わせてくれるぜ。だが安心しろ。金なら確かにくれてやるさ。……てめぇらをここでぶち殺してやった後でなぁっ!!!!」

 

 ビートはあっという間に高速全開になりつつある。

 

 奴は愉悦に満ちた表情で語ったあとに、髪を振り乱し、怒りに満ち満ちた表情で叫び声を向けてきている。

 

 どうやら俺たちは奴の言うようにコケにしている状態らしい。

 

「最近名が上がってる闇商人らしいが、所詮てめぇはこの海じゃあまだまだルーキーに過ぎねぇ。……懸賞金の額が全てだなんて思うなよ……。この海で意味を持ってくるのは経験値だ」

 

 ほ~う、言ってくれるじゃないか。

 

 俺たちは4人いる。この際心臓を取られているニコ・ロビンを勘定には入れることは出来ないであろうから奴はたった一人。それを計算できない奴ではないと思うのだが、狡猾なこいつの事だ。何か奥の手でもあるのだろうか?

 

 ローが言っていた10億ベリーが入っているアタッシェケースらしきものはこの場には見当たらない。ここではないのであれば、上のカジノにあるのか?

 

 見たところローは既に“ROOM”を張っている。最悪、強引にでも奪ってしまうか。検索能力でアタッシェケースを探し出すのは容易であろうし、手っ取り早く済む方法ではある。さっさと済ませないとこいつも体力を消耗させるだけだしな。

 

 

 そんな皮算用を脳内で巡らしていたところへ、

 

 

 椅子の倒れる音と共に、その椅子に両手を後ろ手に括られたビビ王女が床に這い出すという行動に出た。

 

 

 舞踏(ダンス)のリズムが突然変わり出したかのように……。

 

 

 椅子に括りつけられながらも這い進む王女は何としてでもアルバーナへ向かう覚悟の様だ。クロコダイルが語ったユートピア作戦の要諦は怒りと憎しみを煽りに煽って、アルバーナで国王軍と反乱軍をぶつけること。王女は反乱軍より先にアルバーナへ回り戦いを止めようというんだろう。

 

「何のつもりだ、ミス・サマーヴァケーション・ツヴァイ」

 

 当然、クロコダイルも突然の王女の行動に対して訝しげな視線を送りながら言葉を投げ掛けている。

 

「今出来ることをするのよ!! 留まってなんかいられない。まだ間に合うはずだから。戦いを止めるのよ!!!!」

 

 やはりな。王女の歯を食いしばり鬼気迫る横顔は己の感情へと強烈なまでに訴えかけてくるものがあるのだが、何とかして抑え込んでみるしかない。

 

「アルバーナへ向かうつもりか。そいつは奇遇だな、我々も行き先は一緒さ。……ところで、これを必要としているんじゃねぇか?」

 

 俺の体における感情と理性のせめぎ合いなど知らぬ風でクロコダイルは芝居がかった声音と仕草で、最後には右手人差し指の先に1本の鍵を摘まんでいる。

 

 その瞬間、今まで水を打ったように静まり返っていた檻の中の面々から飛び出してきた怒号の嵐がクロコダイルへと向けられる。

 

 檻の鍵ということなんだろうが、それを事も有ろうかクロコダイルは無造作に放り投げたではないか。

 

 放り投げた先の床は巧妙に細工された落とし穴になっており、さらに下へと落ちて行ってしまったではないか。そこに広がっているのはあの背にバナナを生やしたワニ、バナナワニの巣である。

 

 こんなバカげた落ちがあるだろうか?

 

 これ程までに人を食ったような演出があるだろうか?

 

 

 だがそこで終わらないのがこのクロコダイルという男の性なのだろう。奴は輪を掛けて、この国にいるバカ共のお蔭で随分と仕事がし易かったなどと王女や檻の中にいる連中に対して火に油を注ぐような発言をし、おまけにはこのプライベートルームが直に水が入ってきて消滅するということらしい。

 

 実に狡猾で用意周到な男である。

 

「ビビ、いやお前らでもいい。おれ達をここから出してくれ。助けてくれ」

 

 とうとう麦わらから助けを求められる破目に陥ったのか? 否、違う。これは麦わらという奴が並の人間であったならそんな言葉を呟いたかもしれないという想像であって、実際のところは、

 

「黒い奴、そいつをぶっとばすつもりじゃねぇだろうな? そいつをぶっとばすのはこのおれだ!!!!」

 

 クロコダイルを勝手に潰すなというものであり、檻の中に入っている人間が発する言葉とは思えないものだった。

 

 その言葉に対して、コケにされることが我慢ならない奴も、

 

「自惚れるなよ、小物が……」

 

 焚きつけられたわけだが、

 

「お前の方が小物だろ……」

 

売り言葉にしっかり買い言葉を発している麦わら。

 

 檻の中にいながらにして、それは威風堂々としたものであり、確かにそこには覇気の片鱗なるものを感じ取ることが出来る。

 

 ここは俺も考えをはっきり言っておいた方が良さそうである。

 

「麦わら、盛り上がってるところで悪いが、俺たちはこの場所に戦いに来たわけではない。取引が成立すればそれでいいんだ。お前たちの問題にも、この国の事にも首を突っ込むつもりは一切ない」

 

 言葉の上では麦わら達に向けたものではあるが、実際のところクロコダイルやさらには檻の中で傍観に徹しているスモーカーに向けたものであったりする。

 

 そもそもの話、商人とは言え俺たちがクロコダイルを潰してしまえばいいのではないか? この疑問は一番最初に生じてくるものではあるが、それが有効なものと成り得るには、政府が何も感付いていないというのが前提条件となる。

 

 今回のクロコダイルの件を政府が全く与り知らぬものであったのならば、俺たちはクロコダイルを潰すことで政府に恩を売ることができるが、実際のところ、政府の上層部は感付いていて、その上で美味しいところだけ持っていこうとしていると思われる以上は手を出してしまえばそれは逆効果となってしまう。

 

 脅威を見せつけてやることも大事であるが、従順なところも見せなければならない。王下四商海(おうかししょうかい)として政府の懐に飛び込むためには……。

 

 押して押して、押し切ったあとに、若干引かなければならないのだ。

 

 

 よって、クロコダイルを潰す役目は麦わらが務めなければならない。

 

 このニュアンスをスモーカーにも刷り込まなければならない。スモーカーからどのようにして俺たちが政府に伝わるのかは重要な問題である。

 

「クハハハハ、どんだけ粋がろうとてめぇの現状は檻の中だ。そこで待ってろ、直に死ぬ。それよりも、まずはてめぇらだ」

 

 麦わらの買い言葉に対して軽くいなしてみせたクロコダイルの現在の優先順位は俺たちの方らしい。金色の鍵爪になっている左腕の先を俺たちに向けてきており、両足を開いて見せて、はっきりと戦闘態勢に移行しようとしていることが感じられる。

 

 望んではいないが相手がやる気である以上受けざるを得ない俺も戦闘を覚悟したところで、我が妹が動き出す。

 

 

 つかつかと歩を進めて、刀を抜き去り、床に這っている状態の王女を縛めから解放する。

 

 

 その瞬間に俺の脳内を駆け巡る盛大な溜息。理性と感情のせめぎ合いを必死になって頑張ったんだろうが、最後の最後に感情が勝つことを許してしまったジョゼフィーヌの姿がそこにはある。

 

「悪いな……。前言撤回だ。こいつらに面識はあるんでな……、少しばかり“貸し”という名の投資をしておこうと思ってね。これでも商人だ」

 

 クロコダイルに対しては我が妹の突っ走りを商人らしくそう表現してみせ、

 

「おいおい、麦わら、これは大サービスだ。ナノハナでのお前の食事代も肩代わりしてやったんだぞ。しっかり返せよ? 返さないとこっちは持ち出しばかりで商売あがったりだ」

 

 麦わらに対してはどれだけの貸しを作っているのかをしっかりと理解させてやる。

 

「しししし、“宝払い”だな。……黒い奴、ありがとうな」

 

 と、麦わらからはそう来たもんだ。一方で気迫溢れる言葉を吐いて覇気の片鱗を見せつけ、一方で邪気のない満面笑顔で感謝の言葉を述べる。

 

 やはり、こいつはどうにも掴みどころがない奴である。

 

 ジョゼフィーヌの選択はもう仕方がないことだ。王女の縛めを解くぐらいならいいだろう。かくいう俺自身も理性と感情の狭間で揺れていたわけであるから。

 

 理性的な冷徹さを持ってして闇をひた走るのがネルソン商会なら、迸る感情に心衝き動かされて何かに力を貸してしまうのもまたネルソン商会なのだ。

 

 俺たちは人間の集まりなのだから……。

 

 

 戦闘に思考を戻さねばならない。この流れによってクロコダイルの俺たちに対する怒りの感情は増幅こそすれ減衰することはないであろうから。

 

 奴はスナスナの実を食べた砂人間。自然(ロギア)系悪魔の実。甘くない相手であることは承知している。だが、覇気を使いこなすのかどうかは情報がない。ヒナの報告書でも不明と記載されており、憶測すら書かれてはいなかった。奴は政府にも己の全貌に対して尻尾を掴ませてなかったということであり、こんなところにも奴の狡猾さを垣間見ることが出来る。

 

 だが、こっちは4人いる。奴の選択肢を順々に狭めて追い詰めていけば何も問題は無いはずだ。

 

 

 まずは、奴の動く選択肢を狭めようと背に吊る銃を手に取り、見聞色を働かせて奴の行動を先読みしようと…………。

 

 ……………。

 

 

「……、オレの動きが読めないか?」

 

 奴は不敵な笑みを浮かべながら、俺の心を読んでいるかのように、言葉の突きを繰り出してくる。

 

 どれだけ見聞色の覇気を働かせようと、なぜか奴の気配をまるで感じ取ることが出来ない。目の前に奴は存在しているが、気配として形を成していない。

 

 どういうことだ?

 

 フレバンスでおつる中将と相対した時とは違う。あれは姿を消して気配を消していた。だが今回は姿は見えていても気配だけが感じ取れない。先読みが出来そうにない。

 

「……この海での経験値……。言った筈だ。闇ってのはてめぇらが考えてる以上に深いのさ。覇気使いへの対抗手段は何も覇気を習得する事だけじゃねぇ……。この海には力を秘めた宝石(いし)が眠ってる。そいつは技を持った者の手に掛かれば強大な戦闘力(ちから)となる。こんな風にな……」

 

 そう言いながら奴は右手人差し指に嵌められた指輪をこちらへと示してくる。それは妖しいまでの黒い輝きを放つ宝石……。

 

黒穏石(こくおんせき)……。己の“気”を極限まで穏やかなるものに保ち、見聞色の察知から盾のように守る」

 

 先読みが出来ないのはそういうわけか……。見聞色の覇気には白色の特性があるから、対を成す様にして黒い石ってわけなのか……。

 

 おいおい、そんな悠長に分析してる場合ではない。

 

 まずい……、非常にまずい状況だ。

 

「この海で知らねぇことは何を意味するか……、死だ……。砂塵(ダスト)!!!」

 

 奴の言葉を知覚した瞬間に、俺たちの周りには無数の砂が飛翔しており、それは直ぐ様にして俺の体に纏わり付き始める。

 

 

 奴は刹那の瞬間で全身を砂化させて、放射状に飛翔してきたに違いない。

 

 

 砂……。

 

 

 その真髄は渇き……。

 

 

 己の水分が急激な勢いで吸い取られていくのが分かる。腕を胸を腹を見てみれば急速に乾涸(ひから)びていくのが焼き付けられるようにして目に飛び込んでくる。

 

 甘く見ていたのは俺たちではなかったか、覇気に胡坐(あぐら)をかいてしまっていたのは俺たちではなかったのか……。

 

 

 己の意識が遠のいてくのが分かる。膝から崩れ落ちて行く己の姿が辛うじて想像でき……。

 

 

 

 死の舞踏(ダンス)は突如として音楽が止まった……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 やはり、クラハドールという男は一流の策士だと思わざるを得ない。

 

 

 奴が砂屋との取引において想定していた最悪の事態に陥るプランCへと、実際に俺たちは陥りつつあった。

 

 砂屋が指に装着してやがった宝石によって、俺たちは見聞色の覇気を封じ込められた。

 

 ボスもジョゼフィーヌさんもクラハドールも眼下に広がる砂塵の中で乾涸(ひから)びてんだろう。

 

 

 俺はクラハドールから前もって今回の考えられる筋書きを伝えられていた。想定外の事態が起こり得ると……。故に当初より密かに能力を行使して“ROOM”を張り、砂屋の攻撃に対してもコンマ数秒早く退避することが出来、今は地下空間内の上方から下で広がる“渇き”を眺めている状態だ。

 

 俺は六式使いではねぇし、能力では空中に留まっていることはできねぇので、直ぐにでも行動に移らなければならない。

 

 上方に円を描くようにして鬼哭(きこく)を動かし、“スキャン”でカジノに隠されているアタッシェケース10個を検索し、見つけ出すことに成功。さらには、“シャンブルズ”でそのニコ屋の心臓の代価をカジノの外へと移動させる。べポとカールの下へだ。

 

 これが今回のヤマの最重要な部分であり、砂屋のことはどうだっていい瑣末(さまつ)に過ぎない。今回は金さえ手に入ればいい。あとは命ある身でここを後にするだけである。

 

 その命ある身でここを後にするのが最大の問題かもしれねぇが……。

 

 

 こうして最重要のひと仕事を終えて、下方へと降り行けば砂塵の中で徐々に形を成していく砂屋の姿が見えてくる。

 

 砂塵の外側にいる王女はどうやら無事の様であり、ジョゼフィーヌさんの決断は無駄とはならなかった。

 

 砂屋の姿は上半身まで出来あがっており、俺の方を見上げて不敵な笑みを浮かべてやがる。

 

 俺の身体は確実に下へ下へと向かっている。

 

 先読みはできねぇ……。

 

 何を繰り出してくるかは分からねぇ……。

 

 奴は自然(ロギア)だ……。

 

 それでもここは……、

 

「インジェクション・ショット “ギフト”」

 

武装色の王気(おうき)を纏い、狙い澄ました鬼哭(きこく)の突きを放つ。

 

 それは自然(ロギア)である砂屋の身体を武装色の王気(おうき)で実体として捉え、奴の肩口から胸を正確に刺し貫………………、

 

 

 

 筈であったが、鬼哭(きこく)は奴の体を、さらさらとした砂をすり抜けて行き……、床へと突き刺さった。

 

 

 俺は落下からそのまま(うずくま)るようにして床に倒れ込み、顔を起こすと既に下半身が形を成している砂屋が側におり、

 

白烈石(はくれつせき)……。煌めく輝きを放つ宝石(いし)は武装色の覇気を無効化する。てめぇの負けだ。乾涸(ひから)びろ……。……チップは没収させて貰うぞ」

 

頭を掴まれた瞬間に、その掌から伝わるのは渇き……。

 

 渇きの嵐が俺の体内を駆け巡り、容赦なく水分を奪い取っていく。

 

 クラハドールが言っていた最悪の事態は、文字通り引き起こされた。奴はこれも想定していた。

 

 

 損して得とれ……。

 

 

 俺たちにはまだべポとカールがいる。戦闘で砂屋に花を持たせてやるが、金は頂く。命はべポとカールに回収させる。砂屋を潰すのは麦わら屋だ。俺たちは奴に対して余計な禍根は残さねぇ……。

 

 商人としての矜持……、悪くねぇもんだな……。

 

 

 

 薄れ行く意識の中で、小電伝虫の作動音とそれに続く音声が微かに聞こえてくる。

 

 

「こちらクソレストラン……」

 

 

 

 頼んだぜ……、べポ、カール……。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

異論はあると思いますが、やっぱりクロコダイルの相手はルフィですから。

でもやられてしまわなくてもいいのでは? っていうのは尤もでございますが、こういう展開も次に繋がっていくかと思いまして……。


誤字脱字、

どうしても言葉にしたい異論がおありでしたら、ご指摘、

心を動かすものを感じて頂けましたなら、ご感想、


心の赴くままに、よろしければどうぞ!! 


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第29話 魂は歓喜しているか

いつも読んでいただきありがとうございます。

久しぶりに長くなりまして、13200字ございます。

よろしければどうぞ!!

6/26
申し訳ありません。説明不足であるところを感じまして1000字ほど加筆修正しております。ご容赦下さい。


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 レインベース

 

 

 

 僕がこの国に来て思ったことは暑いのも悪くないかなってことなんだ。

 

 

 生まれてからずっと寒いところで暮らしてて、それが当たり前だったわけで、暑いなんてやだな~って思ってたんだけどね。いざ、本物の暑さってのを味わってみたら、これがまた気持ちいいんだよ。汗をいっぱい掻いたりしてさ。

 

 あ~、僕は生きてるんだな~って思えるんだ。

 

 でも、その事をジョゼフィーヌ会計士に言ってみたら、指差されながら、

 

「カールのくせに生意気よ」

 

って言われて、頭をくしゃくしゃにされたんだよね。

 

 う~ん、ジョゼフィーヌ会計士は確かにキレイなお姉さんなんだけど、ジョゼフィーヌ会計士にそんなことされてもあんまり嬉しくないのはなんでかな?

 

 あ~あ、ロー船医だったらきっと頭を撫でてくれただろうにな~。

 

 

 

 今僕たちはレインディナーズっていうカジノがある湖の(とばり)にいる。

 

 朝方この町に入って取り敢えずご飯を食べた後、ジョゼフィーヌ会計士が王女がいるって言いだして、総帥と行ってしまった。僕も連れてって欲しいって頼んだんだけど、やって貰いたいことがあるって言い(くる)められてしまったんだよね。

 

 キレイな王女さんにまた会いたかったのにな~。

 

 言い(くる)められた僕たちが取り掛かった仕事って言うのが、この町を出発する時の移動手段の確保と今こうしてこの場で待機しておくこと。

 

 一つ目は結構簡単だった。今僕たちはカジノの裏手側にいるんだけど、そこには巨大な亀が気怠そうに佇んでて、側には馬が曳きそうな客車も停まってたから、それで一丁上がり。

 

 でも二つ目はなんだかな~って感じだよ。ただただ待つっていうのは大変だ。ず~っと待機することができるオーバンさんってすごいんだな~って今になって思えてくる。

 

 こんな時は目の前に広がってる気持ち良さそうな湖にダイブするのが一番だと思うんだよね。

 

 そんなこと考えながら僕は湖の周囲をぐるりと囲んでいる柵の手すりに掴まって顎を上に乗せてカジノを眺めている。

 

「べポさん。もう随分経つよ。そろそろいいんじゃない?」

 

 大体一緒に行動している白クマのべポさんも湖をずっと眺めている。僕と眺め方が少し違うのはさっきから、うんうん唸ってるから。

 

 何をそんなに唸ってるかって、湖に入るタイミングを計ってるんだって。僕には分かるような気がして、実際のところ良く分かってないんだけど。

 

「まだまだ、もう少し待った方が良さそうだ」

 

 さっきからこの繰り返しだよ。

 

 そりゃあ、べポさんは僕のような人間よりも毛がフサフサしているわけだから、この太陽が照りつける国では相当暑いことは理解できるし、水浴びすればさぞ気持ち良いことも理解できる。極限まで我慢すれば入った時もっと気持ち良いからギリギリまで我慢するってのも分からなくはないんだけどさ。

 

 僕としてはそろそろ冷たそうな水の気持ちよさを味わいたいよ……。

 

 湖の水面はこんなにも光り輝きながら僕たちを誘惑してくるというのに。べポさんよく耐えられるなって、僕は尊敬してしまうよ。

 

 

 あ~、時間が勿体ないから鍛錬でもしてようかな。

 

 僕は船に乗ってからずっと総帥の傍で小間使いとして働いてきたんだけど、ついこの前その任を外して貰ったんだ。ツリーハウスの島で僕は悟ってしまったんだよね。このままじゃいけないって。

 

 だから、いつもだったら寝てる時間であるはずの総帥の当直時間にも起きていて、話をしに行ったんだよね。

 

 あの日以来、暇を見つけては鍛錬をするようにしている。べポさんに付き合ってもらうことが多いけど、総帥やロー船医も時間があれば付き合ってくれる。まずは肉体そのものを鍛えるところからだけど……。

 

 僕も総帥やジョゼフィーヌ会計士みたいに空を飛べたり出来るかな~。

 

 僕の想いは青々と広がる空をビュンビュンと自分が駆けている姿へと移りゆき、自然と僕の視線も上へと向かう。そこには、正三角錐の頂にワニが載っているカジノの裏側が見える。

 

 あの六式ってやつを使えるようになれば、あのワニの背にも軽々と降り立てるんだろうな~。あの青い空をバックにしてさ…………。

 

 

 青い空?

 

 

 あれ? 空の手前に何か1枚あるような気がする……。もしかしたら……。

 

 

 心当たりに行き着いて、隣に視線を移してみればべポさんは既に湖の手摺の上に立っていて、もう今にもダイブしようとしている。

 

「わあ、べポさん。ちょっと待った!! そんな体勢でごめんだけど、ちょっと上を見てみてよ」

 

「カール!!! 俺が折角、最高のタイミングで湖に入ろうとしてるのに、何でお前は邪魔してくるんだよ」

 

 べポさんの言い分は尤もなんだけど、そこをなんとか困った表情を浮かべて何度も上を指差すと、べポさんもしょうがないなって表情で顔だけ上を見てくれる。

 

「あれ、ロー船医の“ROOM”じゃない?」

 

「……うん、そうだよ。あれはドクターの技だ」

 

 べポさんの返事の口調には後に続く、それがどうしたって言葉が隠れているような感じがして、

 

「もう水浴びしてる場合じゃないよ、べポさん。こんなに大きな範囲で“ROOM”を張ってるってことは中で何か問題が起きてるのかも」

 

僕は事の重大性をべポさんに気付かせようと言葉を放つ。

 

 僕の言葉に対し相槌を打っているべポさんだけど、上に真っすぐ伸ばしたままの腕と腰を落とすような体勢は湖に飛び込む気満々の様子であるため、

 

「突然そこにロー船医が現れるかもしれないし、僕たちが別の場所に移動させられてしまうかもしれないし、そこに何かが突然送られて……」

 

 やばい状況かもしれないことを何としてでも分からせようと言葉を続け、後ろ手に手すりを持ったままもう片方の手で背後の路面を指差して、こうなるかもしれないことを説明していると……。

 

 指差した先に、さっきまではなかったものがまるで手品のようにして現れてきた。10個のアタッシェケースが。

 

「べポさん、べポさん、ほら見てよ。本当に送られてきたよ、これはきっとお金だよ」

 

 口にしていたことが目の前で本当に起きたことで、半ば興奮しながら思っていることを言葉にし、べポさんの方へ振り返ってみれば……、

 

 手すりの上にべポさんはいなかった。

 

「……カール、急げー。こうしちゃいられねぇ」

 

 その言葉が上方から聞こえたので、もう一度振り返ってみれば湖とは逆方向にダイブではなくてジャンプしたべポさんが既に走り出していた。

 

 一体どの口がそんなこと言ってるんだよ~。

 

「カール、俺はあの亀を準備してくるよ。それを載せておかないとすぐに出発できないだろ。……だから、そっちを亀まで運んでくるのはお前に任せたからな。カール良かったなー、いい鍛錬になるぞ」

 

 どこの世界にベリーで鍛錬する人間が居るって言うんだよ~。

 

 そう思いながらもべポさんの後を追っていくが、べポさんがアタッシェケースを置いて本当に遠くへ行こうとしているのが見えて、僕も急いでアタッシェケースの所まで行く。ひとつ持ってみると、べポさんの言う通り丁度良いダンベルになりそうな適度な重さだ。

 

 いけない、いけない。今そんなことを考えている場合じゃなかった。

 

 素早くアタッシェケースを開けてみると、中には本当にベリー札がびっしりと敷き詰められている。

 

 10個あるから……、右腕と左腕で3個ずつ持って……、ナノハナで見た壺を上に乗せて歩いていた町の人みたいに僕も頭の上に4個載せて……、水平を保ちつつ前に進む……。

 

 って、ないよ、ないよ。そんなの有り得ないよ……。僕はロッコ爺みたいに見るからにパワーが有るわけでもないし、総帥みたいに見た目そうでもないのにパワーが有るわけでもないし、ロー船医みたいに能力があるわけでもないし……。

 

 僕が10個のアタッシェケースを一人で全部抱えながら運ぶ姿が全く想像できなくて、むしろギャンブルの町で盛大にベリー札をばら撒いてしまう姿しか想像できなくて、

 

「べ~ポさ~ん!!!!! 待ってよ~!!!! 戻ってくれないと、僕たち今度は反省文どころじゃ済まないことになっちゃうよ~!!!!!」

 

僕の歴代で3指に入る気がする大音声でべポさんに向けて叫んでいた。

 

 

 

 

 

 10億ベリーをこのギャンブルの町の真っ只中でばら撒く破目にならずに済んだのはジョゼフィーヌ会計士のお蔭かもしれない。なぜなら、ジョゼフィーヌ会計士の名前を出した途端にべポさんは危機感を募らせた表情で戻って来てくれたから。

 

「で、問題は組み分けをどうするかだが……。もう全員答えは決まってるよな?」

 

 僕たちは10億ベリーをどうにか亀が曳く客車の上に積み込んだ後、カジノの入口付近から聞こえてくる騒ぎの声に誘われて移動して来てみれば、そこに居たのがこのサンジ料理長とチョッパー船医、たしぎさんの麦わら一味の人たちと……、空を飛べるペル副官。

 

 その場所では沢山の人相が悪そうな人達が倒れこんでいて、多分この人達の仕業なんだろうけど。カジノの中で起こっていることに対して胸騒ぎがしていた僕たちは仲間を助けに行くっていうこの人達と行動を共にしようと今ここに居る。

 

 さっきまで小電伝虫片手にクソレストランって名乗りながら敵と通話をして、捕えた敵の部下を使ってこっちがやられてしまった様に見せ掛けていたサンジ料理長が考えた作戦というのは、敵を偽情報でおびき出して仲間の近くから敵を引きはがし、おびき出した敵に対しては誰かをなりすませて陽動撹乱の上で情報に信憑性を与え、カジノに入るために湖に架けられた橋を落とすことで敵が陽動撹乱に気付いて戻ってくる時間を稼いで、まんまと仲間を脱出させるというもの。

 

 ですかって僕が作戦を分析して示してみたら随分と驚かれた。これでも闇取引に精通するネルソン商会の端くれ、これぐらいは朝飯前だよ。

 

 そんなことよりも、僕が逆に驚かされたのはサンジ料理長は実は王子(プリンス)だったのかってこと。

 

 だって、敵との通話の中でそう言っていたんだよね。俺はMr.プリンスだって。クソレストランって言ってみたり、よく分かんない人だな~って思っちゃうよ。

 

 

 で、作戦の役割分担での組み分けなんだけど。誰がここに残って陽動撹乱に回るのかってのを全員でそれぞれ指差すことになってるみたいなんだよね。

 

 円形になった状態で、せーのでみんな一斉に指差してみたら結果は一人を除いて一致した。

 

「決まりだな」

 

 Mr.プリンスが銜えタバコしながら放った科白のように、結果はチョッパー船医と副官ペルさんになった。一人だけ違う人を指差していたのがそのペルさんなんだけどね。なんと僕とMr.プリンスを指差していたんだ。ペルさん曰く、君達二人をビビ王女に極力会わせたくないんだって。心外だな~。

 

「脱出が最悪、湖からかもしれねぇんだ。助けに行った方が足手纏いになったら本末転倒だろうが」

 

 Mr.プリンスのお言葉は尤もだよね。なんせチョッパー船医自身が自分で自分を指差してるんだから。ペルさんの方は足手纏い扱いされて随分と心外な表情を浮かべているけど。

 

「ビビ様をお守りするのが我らの仕事。私が行かずして一体誰がビビ様をお守りするというのだ」

 

「Mr.プリンスがお守りするよ。王女(プリンセス)を守るのは王子(プリンス)でしょ」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」

 

 ペルさんが嘆いているから、僕は安心させてあげようと思って言ったんだけどな~。Mr.プリンスには喜ばれたけどペルさんには嫌な顔をされてしまったよ。

 

 

 でも時間はあんまり無さそうだし、好む好まざるに関わらず作戦決行だ。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「あいつら、やられてしまったわ……」

 

「おい、どうすんだよ……。あいつら強ぇんじゃなかったのかよ」

 

 砂塵に覆われていたこの地下室内の視界が徐々に回復して、茫然自失とした静寂に包まれた後、ナミさんやウソップさんが呟く通り、ネルソン商会の人たちの変わり果てた姿が目の前に広がっていた。

 

「口先だけの奴らなんざこの海にはごまんといる。こいつらはバナナワニに食われて終わりだ。ここは直に水に浸かる。てめぇらも仲良く揃って死ねばいい。……なんなら生意気なMr.プリンスもここへ運んでやろう。……死体でよけりゃぁな……、ハハ」

 

 クロコダイルはもう階段の上方に移動してミス・オールサンデーと共にいてこちらを睥睨し、高らかに笑い声を上げている。

 

 

 さっさと行ってしまえばいいのよ……。

 

 

 モシモシの能力で外にサンジさんたちがいるのは分かっている。そこにはペルもいるし、ネルソン商会の少年と白クマさんもいる。小電伝虫の通話内容によれば、やられてしまったように聞こえたが私の能力からすればそれが演技であることは容易にわかる。

 

 助けが来てくれることは分かっている。問題なのはクロコダイルがこの場に居ては邪魔だったということ。私ひとりではあいつをすり抜けて助けを誘導することはできない。

 

 よって精一杯私も演技をして見せた。絶望と憤怒、はたから見れば見苦しい程の抗いをして見せた。演技などしなくても9割方は本心が出ていたとは思うが。

 

 こうしてクロコダイルとミス・オールサンデーは扉の向こうへと消えようとしている。あとは私が助けを呼びに上へ向かえばいいだけである。

 

 目の前には見るからに凶暴そうなバナナワニが手ぐすね引いて待ち構えているが、私の能力なら問題はない。倒すことはできないけれどもやられてしまうことはない。相手の動きを先読みできるから。筋肉の動き、骨の動き、神経の動き、心の動きまでも私の能力は音として拾って聞くことが出来る。

 

 ただ気がかりなのは、乾涸びた状態でいるネルソン商会の人たち。私が上へ助けを呼びに行っている間に誰がこの人たちを守るのか。

 

「ビビ……。ここはいいから、大丈夫だから、行ってくれ」

 

 私の懸念をかき消す様にして力強いルフィさんの言葉が横から聞こえてくる。

 

 

 そうか……、そうだよね。仲間を信じなきゃ……。

 

「俺たちがそのバカバナナを引きつける。一匹なら何とかなる」

 

「助けてもらったんだから、見殺しになんかできないわ。この人たちをお願い!! ルフィさん、みんな、私は上に行ってサンジさんたちを呼んでくるから」

 

「おう、任しとけ」

 

「ってルフィ、どうやって引きつけんだよー」

 

「叫んでこっちに注意を向ければいいのよ。ほらー、かかってきなさーい、バカワニー!!!!」

 

「そうだぞウソップ、そうしねぇとあいつらミイラになったまんまであのバカなバナナに食われちまうじゃねぇか。俺がバカなバナナを食いてぇのによ」

 

「だから、あれはバナナが生えてるワニであって、ワニが生えてるバナナじゃねぇって言ってんだろー。あーもうかかってこいってんだ、おらー。こっちだバカワニー!!!!」

 

 相対するバナナワニの動きを音で丹念に察して、相手が飛びかかろうとするタイミングの少し手前で素早く背に乗って、上方へと抜ける階段に飛び移る。背後から聞こえてくるあまり緊張感を伴ってない言葉の応酬が私に特大の安心感を与えてくれて、私の歩みは力強くもカジノへと続く扉へと踏み出すことが出来た。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「……総帥、気付かれましたか? 良かった~!!!」

 

 意識があったのかどうかも定かではない混濁したよく分からない何かから俺は何とか掬いあげられて、ひどく安心したようなカールの声音が耳に入ってきた。

 

 俺の中に記憶として残っている最後の景色は何であったか?

 

 確か……、視界を完全に遮る程の砂粒。それしか頭の中には映像として残ってはいない。

 

 ジョゼフィーヌ、ロー、クラハドールの様子を見てみれば俺と同じように死の淵を彷徨うような極限の渇きから解放されたことが推測できる。泣いて喜んでいるべポの姿を見れば尚更だ。

 

 どうやら俺たちは命ある身でこの世に戻って来ることが出来たようである。

 

 クロコダイル……。

 

 俺たちは奴を甘く見過ぎていた。しっかりとした準備をもって、手に入れるだけの情報を携えてこの海に乗り込んできたつもりであった。

 

 だがそれでも俺たちが知らないことはまだまだあるということなんだろう。覇気を無効化できる力を持つ宝石など聞いたこともない。そう簡単には手に入るものではないのだろう。闇にしか存在し得ないものか……。

 

 とはいえ、そのクロコダイルは既にこの場には見当たらない。

 

 この場でしっかりと主張していた檻も今は役目を終えており、中に収監されている奴の姿はもうない。檻の扉は開いていて自由を謳歌するようにゆらゆらと水に浸かりながら動いている。

 

 

 水……。

 

 

 よく周りを見てみれば俺も水に浸かっている。

 

 と言うよりも、辺りを支配している怒号のように発せられている水が押し寄せてくる音。この地下室を取り囲んでいた全面ガラスの一部が粉々に砕け散っており、そこから猛烈な勢いで水が入り込んできている。

 

 何があったのかは、向こうの方で腕をブンブン振り回している麦わらとその近くでひっくり返って伸びているワニの姿を見れば想像できるというものだ。

 

 奴らは押し込められていたパワーが爆発してしまって少々以上にやり過ぎてしまったようである。

 

 

 まあいい、何にせよ俺たちは助かった。

 

 カールによれば金は既に積んであると言うし、移動手段の確保も済んであると言う。

 

 なかなか仕事が出来るじゃないか、素晴らしい。

 

 であれば、もうこんな所に長居は無用である。このヤマは終了だ。

 

 やられたままで若干の不完全燃焼な部分は残っているが、俺たちの本当のヤマは次にあるのだ。クロコダイルとはまた出会うこともあるだろう。闇に身を置く限りにおいては……。

 

「総帥!! 脱出しましょう。ご覧の通りですから僕たちが上までお連れしますっ!!! 総帥はべポさんが、僕はクラハドール参謀を、ジョゼフィーヌ会計士がロー副総帥をしっかりとお連れします」

 

 そう……。カールの言う通り、今は脱出することだけを考えるべきである。

 

 確かに俺たちは悪魔の実の能力者。人知を超えた能力と引き換えにカナヅチという一生の弱点を背負いこんでいる。こんな時ばかりはこいつらに頼らざるを得ない。俺たちは水の中では何もできないに等しいのだから。

 

「頼んだぞ、べポ」

 

「アイアイ、ボス!!!」

 

 俺の頼みに対して気持ちよくべポが返事をしてくれた一方で、

 

「フフフ、これでローは私に口応えすることなんか一生できなくなるわね」

 

などと恐ろしい言葉を放っている奴もいたりする。

 

 当の言われたローは何か言い返してやりたいが何も言い返せないような何とももどかしげな表情を浮かべている。

 

「俺を運ぶのはいい鍛錬になるだろう。だが粗相のないようにな」

 

「はい! 最善を尽くします」

 

 執事のクラハドールと元小間使いのカールではこんなやり取りになるらしい。水中を運ぶ際にも執事としてのマナーを求められるとはストイックにも程があるが……。

 

「麦わら!! ありがとう、助かったよ」

 

 俺は意識を向こうで腰半ばまで水に浸からせてやべぇやべぇと騒いでいる麦わらへと向ける。あいつに助けられたという話は聞いてないが、俺の中では確信の様なものがある。

 

 とはいえ、これでナノハナで肩代わりしてやった食事代をチャラにしてやるつもりはさらさらないが……。

 

 俺の感謝の言葉に対して麦わらはこちらへ振り返り、

 

「しししし、気にすんな」

 

ときたもんだ。

 

「お前にはまた会いたいものだよ。クロコダイルを倒したらまた冒険をするんだろ? おまえは。……聞かせてくれよ、おまえが体験した冒険話(ロマン)ってやつを……」

 

「ああ、いいぞ。……またなー、黒いやつ」

 

 何とも自由気儘なこいつには本当にまた会いたいものだ。次に出会う時はどこで、どういった立場でお互い出会うことになるだろうか? それはまだ想像することすらできないが、面白いことになりそうである。

 

 見果てぬ再会に思いを馳せていると、べポに身体を担がれて俺は水の中へと誘われ、視界は揺らめいていき、再び意識は遠いどこかへと消えていった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「ロロノア!!! なぜ俺を助けた?」

 

 崩壊するレインディナーズの地下室から何とか脱出出来た私たち。私も能力者であるため、どうやらたしぎさんが私を上まで運んでくれたみたい。

 

 そんなたしぎさんにお礼の言葉を述べて人心地ついたところで、同じくMr.ブシドーの手によって助けられていた海軍本部のスモーカー大佐が起き上がって、軍人としての当然の行動で十手片手にMr.ブシドーに挑みかかったのである。

 

 それに対しMr.ブシドーはと言うと、ルフィさんの気まぐれで助けただけだと言っている。

 

 ルフィさんが言いそうなことね……。

 

 外はやはり暑い、この分ならこれだけ濡れていてもあっという間に乾きそうだ。遠くで大勢の海兵の声がしている。ここもすぐに見つかってしまうことだろう。

 

 一陣の風が吹きつけてくる……。

 

 

「……たしぎ、迎えだ。戻ってこい……」

 

 

 スモーカー大佐がここで職務を全うすると宣言したあと、不思議と濡れていない葉巻にゆっくりと火を点けてこう切り出した。私の横で佇んでいるたしぎさんに……。

 

 

 私はルフィさんの船内でたしぎさんの胸の内を聞いたことがある。

 

 海兵としての立場、全てを取り払って一個人としての自分の想い、正義とは悪とは何なのかについて、迸る彼女の想いの丈を打ち明けられたことがあるのだ。

 

「……たしぎさん……」

 

 彼女に視線を向け頷いてみせる。彼女も力強い眼差しで頷き返してくれる。

 

 彼女もまた決断を迫られている。

 

 

「……スモーカーさん、……戻れません」

 

 彼女が出した答え。そのあとに続くのは静寂、微かに大きくなってくる海兵の声。

 

 

 あまり時間はない。

 

 

 スモーカー大佐はたしぎさんの答えに対し無言を貫き、まるで先を促す様にして押し黙っている。葉巻から漏れ出てくる煙が上にただただ漂っていく。

 

 この状況に対してみんなも言葉を挟むことはない。ルフィさんだけはまだ気が付いていないからだけど。

 

「私には()()麦わらのルフィを悪だと断言することが出来ません!!! 私の中の正義と悪の境界線はよく分からないものになってしまっています。こんな状態では戻ることは出来ません。海軍で求められる正義は絶対的な正義、私は今それを失ってしまったんです。ローグタウンからこれまで私は彼らとかなりの時間を共にしてきました。彼らがやっていることは海賊のそれではありません……」

 

 そこで一旦言葉を切ったあと、たしぎさんは不意に涙を溢れさせ、

 

「……申じ訳ありません、スモーカーさん!!!! 私は…彼らのことを好きになり…始めていまずっ!!!!!」

 

感情の全てを(さら)け出す様にして叫びをあげる。

 

 

 スモーカー大佐は目を閉じていた。たしぎさんが言葉を紡いでいる間ずっと……。

 

 

 と、そこへ……。

 

「クロコダイルはどこだーっ!!! うおっ、けむり!!! やんのか、おまえっ!!!!」

 

 ルフィさんがようやく目覚めたと思ったら、すぐにスモーカー大佐に気付いてファイティングポーズをとる始末だ。

 

 

 海兵の駆けてくる足音までもがもうすぐ近くまで迫ろうとしてきている。

 

 

()()と名乗ることそのものが悪。悪とみなすにはそれで十分だと俺は思うがな……。なんで謝るんだ、たしぎ。何を謝ることがある? それがお前の正義なんじゃねぇのか? ……ふーっ……、そうなると、立場上俺はおまえを追いかけねぇといけねぇな……」

 

 スモーカー大佐はもう目を開いている。見つめる先はたしぎさんとルフィさん。でも一瞬だけまた目を閉じて、

 

「行け……。今回だけは見逃してやる。……たしぎ、この件が終わるまでは上にはお前は麦わらに攫われている身だと報告しといてやる。…………今回だけだぜ。……ったく、くいなは納得しねぇだろうがな……」

 

そう言葉を発するスモーカー大佐。

 

 くいなさんという件で顔を歪ませているのをみると、余程苦手なんだろうなってことが想像できる。

 

「くいなさんについてはよろしくお伝えください」

 

 神妙な面持ちでそう告げるたしぎさん。

 

「しししし!!! 俺たちは()()だからな、その方がいいかもな。俺、おまえのこときらいじゃねーなぁー!!!!」

 

 満面の笑顔で言っているルフィさん。

 

「さっさと行かねぇかーっ!!!!」

 

 顔を赤らめながら十手で攻撃してくるスモーカー大佐。

 

 

 なんだか素敵……。

 

 

「さぁ、行こうぜ、海軍が来る。アルバーナはこっちだぞ」

 

 サンジさんの声が聞こえてくる。

 

 

 

 うん。行こう。アルバーナへ……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ北方

 

 

 

 砂漠で見る夕焼けは素晴らしいの一言に尽きる。

 

 一日の最後の輝きが赤、オレンジの光となって降り注ぎ、辺り一面に茫漠と広がっている“砂の海”を真っ赤に染め上げつつある。その中を亀車が俺たちを乗せて進んでいく。

 

 何ともロマンに溢れているではないか……。

 

 俺は今、バンチと呼ばれる亀が曳く客車の上で寝そべっている。周りには砂漠の道中で吹き飛ばされないようにとアタッシェケース10個がしっかりと固定されている。ベリー札がぎっしりと詰まったアタッシェケースが……。

 

 俺たちの進行方向は東、夕焼けが広がり太陽が沈みつつあるのは俺たちがやって来た方向、西だ。

 

 

 俺の手はこれまた無造作に煙草を掴み取っては口元へと持っていき、火を点けて煙が風で吹き流されてゆく。

 

 

 

 レインベースにおいてカナヅチではないべポ、ジョゼフィーヌ、カールにより、湖の中を抜けて脱出した俺たちは、用意されたバンチに乗りこんで夢の町を後にした。

 

 長い砂漠越えと亀車という組み合わせに俺は満足の言葉を洩らしたものだが、我が会計士はF-ワニとは比べようもないスピードの違いに難癖をつけてきた。そこはクラハドールの亀でも十分間に合うの一言で押し切ってやったが。

 

 

 客車の上は凹凸の激しい地形の為せる業なのか結構揺れる。ただし、揺れが激しい理由はそれだけではないだろう。

 

 南に見える王都アルバーナ……、ここまで響いてくる地鳴り……、大地が震えている音……、まるでこの国の民衆があげる心からの叫びのようだ。

 

 

 戦いは……、この国が行き着くところまで行き着いた最後の戦いは始まっている。

 

 

「総帥。コーヒーをいかがですか? オーバン料理長が淹れたものではなくてレインベースで買い求めたものですが、ジョゼフィーヌさんは美味しいと……」

 

カールが揺れの激しい客車の側面を器用にも水筒を抱えながら登って来た。

 

「ああ、貰おうか」

 

 

 

 

 

 美味い……。

 

 コーヒーをこんなにも美味く感じるのはこの景色、目の前に広がる情景も多分に影響しているだろう。

 

 横ではカールが南の方向を、地鳴りを響かせてくるアルバーナの方向を、最後の戦いが幕を開けてしまっている方向をずっと見つめ続けている。

 

「……カール、よく見ておけ、それから……よく感じておけよ。これが“時代のうねり”ってやつだ……。こうなってしまったからにはな、そう簡単に止めることはできない。時代の節目、節目で必ず起こることだ」

 

「……はい、総帥……」

 

 俺の言葉にカールは短く言葉を返し、尚も砂煙舞い上がる南方を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 コーヒーを携えたカールが下へと戻り、俺は小電伝虫へと手を伸ばす。相手はオーバンだ。俺が見つめる先、砂煙舞い上がる南方アルバーナに奴はいる。

 

~「丁度ええ眠気覚ましになりそうやな」~

 

 オーバンの開口一番は戦い真っ只中でもあいつらしくて苦笑を洩らさざるを得ない。

 

「ははっ、寝てる場合じゃないだろ。俺たちは今丁度おまえの北側を駆け抜けているところだ。そっちはどうだ?」

 

 俺たちの状況を知らせて、アルバーナの状況をオーバンに訊ねてみる。

 

~「200万の反乱軍が押し寄せとるわ。どうなるかは何とも言えんわな。奴らも戦っとるで、アルバーナのあちこちでな、相手は多分バロックワークスのオフィサーエージェントたちやろ。まあおもろい奴らやったけど、真剣勝負の命のやり取りやっとるわ。……ただ、麦わらだけはおらんけどな……」~

 

 奴らの戦いも始まってるみたいだな。麦わらがアルバーナに居ないというのは想像が付く。レインベースを発ってすぐ後方に舞い上がる砂嵐を見た。多分にクロコダイルだ。大方サシを挑まれたか挑んだかしたんだろう……。

 

 結果は目に見えているが……。だがそれでも、奴は諦めないだろうな、これっぽっちでさえも。奴は多分そういう奴だ。そして、だからこそ末恐ろしいんだ。

 

「……そうか。で、肝心の気になる動きはあったか?」

 

 ローとクラハドールがドンキホーテファミリーの金庫番と邂逅した際に感じたという気配の正体。それはアルバーナへと向かったのではないかと俺たちは推測していた。

 

~「……うっすらとな。得体の知れへんもんは見え隠れしとる。やろうとしてることも何となくわかる。せやけど、多分今はここにはおらん……。俺が予想するにやけどな、これはそっち早よ片づけてこっちへ来た方がええかもしれんな」~

 

 俺たちの方でも想像していることはある。だが、こっちの問題をさっさと片付けるのはオーバンが言う程簡単でないのは確かである。相手が相手なのだから……。

 

「わかった。善処するよ。オーバン、お前も気を付けろよ。いきなり背後を襲われてなんざ、洒落にもならないぞ」

 

~「何言うてんねん。それはこっちの科白やろが……。なぁ、ハット……、すまんな。こんなとこにおったら、今回はお前が危のうなっても引き戻せへんさかいな。……命だけは大事にせぇよ」~

 

 オーバンの最後の言葉に俺は胸を衝かれてしまうが、何とか口調には乗せずに、

 

「お前こそ何を言ってるんだ? お前をそこに残したのは俺だぞ。何も問題なくそっちへ戻るつもりがあるからそうしたんだ。大丈夫さ。だが、おまえの忠告は肝に銘じておく。じゃあな」

 

そう言葉を伝えて通話を切る。

 

 南方の砂煙は益々もって高く舞い上がりつつある。

 

 

 そして、

 

 

俺たちの背後が暗さを増していくのに合わせるようにして、向かう先である東の方向もまた陰りを帯びつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

 

 

 亀車は駆け抜けている。

 

 夜の帳が下りた砂漠の中をただ只管(ひたすら)にだ。

 

 

 サンディ(アイランド)北東部、オアシスひとつでさえあるかどうか、アラバスタ王国の管轄内なのかどうかさえ疑わしい島の果て。

 

 そこに俺たちは入り込んでいる。

 

 ドフラミンゴが口にしたというポイントという単語……。取引が行われる座標……。

 

 クラハドールが奴の金庫番から能力によって想像し座標数値を割り出している。俺たちは太陽を使って、太陽が沈んだ後は月を観測することでその座標数値へ向けて駆け抜けている。

 

 べポは副航海士だ。その辺りはロッコから薫陶を受けている。それに、ジョゼフィーヌもそういうことはお手の物である。

 

 俺は客車の上から下へと降りて進行方向に向かっている座席中央に身を沈めている。右にロー、左にクラハドール、前方にはジョゼフィーヌその両脇にはべポとカールだ。

 

 客車内の四隅に据え付けられたランタンが俺たちを照らしている。窓ガラスには俺たちが映り込んでいる。その向こうに広がっているのは闇の中で茫漠(ぼうばく)と広がっている“砂の海”だけだろう。

 

 

 

 緊張感と共にある高揚感……。

 

 

 

 なぜなら、

 

 

 

音が消えたからだ。

 

 

 

 それが意味するところはひとつ、

 

 

 

ナギナギだ……。

 

 

 “静寂なる森(サイレントフォレスト)”を出航する間際、あれだけ音が消えていた世界には音が存在していた。そして今、音が存在していた世界から音が消えている。

 

 ナギナギの実が生み出す力としか考えられないではないか。

 

「面白くなってきたな……」

 

 俺が何の気なしに呟いてみれば、

 

「……、言ったはずだ。奴らの背後には相当きな臭いものが存在していると」

 

左のクラハドールが間髪いれずに考えを口にしてくる。何とも不敵な笑みを浮かべながら。

 

 なるほどな、取引相手は黒髭海賊団ってことか。

 

 “静寂なる森(サイレントフォレスト)で出会った男、クラハドールによればラフィットは黒髭海賊団に所属しているという。ファミリーの()()()()()()()()……。

 

 ここからは奴の推測だ。ドフラミンゴは黒髭の情報を掴み、ラフィットを潜入させたつもりでいたが、当の本人がいつの間にか心酔する相手を変えてしまったと……。

 

 ラフィットという男は信頼されて潜入させていた男なんだろう。故にナギナギの実を任せたが、それを受け取る段階になって奴は本性を露わにしてきたわけだ。自分のボスはお前じゃなくて黒髭だとでも言ったのかもしれない。

 

 これは取引と言えるだろうか?

 

 ドフラミンゴは裏切りを許さないだろう。容赦はしないだろう。

 

 ナギナギの実とダンスパウダーの取引なのだろうか?

 

 まあいい、真相は行ってみればわかることだ。

 

「ロー……」

 

 右横で優雅にふんぞり返っている我が副総帥の名前だけを呼んでみる。言外にかなりの含みを持たせて……。

 

「奪う。それ以外にねぇだろ……」

 

 ああ、そうだな。そう言うと思っていた。

 

「まず俺とローで殴り込みを掛けよう。不意を衝いてダンスパウダーとナギナギの実の両方を手に出来れば、あとは一目散に逃げを打つ。まあそう簡単には逃がしてはくれないだろうから、当然戦う必要はあるがな」

 

 作戦と言っていいレベルではないお粗末なものであるが、正直出たとこ勝負だ。ここまできたら精緻もへったくれもない。

 

「見えたわ、気配を感じる。私たちはそこに真っすぐに進んでる。気配の数は6、固まってる。離れたところに1。多分に奴らにも気付かれてる」

 

 ジョゼフィーヌが見聞色の覇気でこの辺境の砂漠のど真ん中、しかも闇の中に気配を感じた。

 

 間違いない。奴らだ。

 

 もう時間はない。

 

 

 だがそれでも俺はゆっくりとした動作で頭の上に載っているシルクハットを取り、前へと(かざ)す。

 

 俺の動きに応じて皆が一様にシルクハットもしくはファー帽子を取って同じように(かざ)してくる。

 

「もう引き返すことはできない。ここまで来てしまったからな。目的のものは貰っていくぞ。そして命ある身でこの島を出る。誰一人欠けることなくだ。俺たちの商売はこれからも続いていく。いいな……、それを俺たちのシルクハット(シンボル)に誓う」

 

 士気を高める言葉を己の中から紡ぎ出して一拍置く。

 

 翳されたそれぞれの帽子がひとつの円を形作って俺たちをひとつにしてくれる。

 

 

 

「「「「「「俺たちの商売に繁栄を!!!!!!」」」」」」

 

 

 

「「「「「「奴らの商売に死を!!!!!!」」」」」」

 

 

 

 全員の声が合わさり、客車内を駆け巡っていく。

 

 

 音が消え、俺たちは闇の中でもさらに暗い漆黒の闇の中へと突入するのだ。

 

 

 俺の中にある魂は歓喜しているか?

 

 

 そう問い掛けられれば、間違いなくこう答えることだろう。

 

 

 俺の魂は今、狂喜乱舞していると。

 

 

 間違いなく、ドフラミンゴは相当ご立腹な状態だ。そこへ俺たちが現れたのであるから……、どんな状態であるかは考えるまでもないことである。

 

 

「ROOM」

 

 ローが静かに、とても静かな声音で能力を行使し始める。

 

 

 亀車は闇の中を駆け抜けている。ただひとつのポイントへと向かって……。

 

 

 気配はもうすぐそこまで近付いている。

 

 

「ロー、やってくれ。お前たち、突入だ」

 

 俺も静かに開始のベルを告げる。

 

 

「シャンブルズ」

 

 

 

 

 ようやく俺たちは漆黒の闇の中で開かれる“狂喜乱舞”という演目に舞台入りを果たした……。

 

 

 今この時、……俺の中の魂は怖いくらいに歓喜している……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきましてありがとうございます。

アラバスタも大詰めへと入って参ります。

誤字脱字、

どうしても気になるところございましたら、ご指摘、

心動かされるものがございましたならご感想、

魂が迸るままにどうぞ!!


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第30話 16年前、誇りと現実の狭間にて

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回は8800字といったところでございます。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

 

 

「フッフッフッ……、やっと来たか。待ちくたびれたぜ……。……さぁ、てめぇらが望んでた“1億を越える首”だ。取引といこうじゃねぇか……」

 

 人が生きていけるかどうか疑わしい灼熱砂漠の真っ只中とはいえ、暗闇に支配されたその場所はどちらかと言えば寒かった。昼間は照りつける太陽によって地獄が如く熱気に覆われていたであろうが、夜の帳が下りて漂う外気は冷やされており、吹き(なび)く風が静かに砂を舞い上げている。

 

 ローの能力によって“ポイント”に足を踏み入れたところで、俺たちの耳に入ってきた声の主は正面左側で円卓に足を投げ出していた。その主な出で立ちは随分と特徴的で、短く刈り込まれた金髪、身に纏うピンク色の羽コート、両の目を覆う赤紫色のサングラス、さらには忘れもしない表情が側で燃え盛っている篝火(かがりび)によって、はっきりと目に飛び込んでくる。

 

 紛れもなく……奴、ドンキホーテ・ドフラミンゴが俺たちの前に存在していた。

 

 奴が座る円卓の対面には、もじゃもじゃ髪にバンダナを巻き、髭を自然の伸びるままにして胸前をはだけ、何ともだらしのない格好をした奴。

 

 紫の髪にマスクを被った奴。ブーメランの様な帽子を被ってタイを締め、右目のレンズの方が大きい特異なメガネを掛けた奴。ハット帽を被り白髪を左右に垂らして今にも死にそうな表情をしている奴。

 

 それに“静寂なる森(サイレントフォレスト)”で出会った奴。以上の5名が鎮座している。一様にしてドフラミンゴと頭の位置が大して変わらずであり、優に3メートルに届こうかという大男であろう。

 

 こいつらが黒髭海賊団の面々なのかもしれない。奴らが囲んでいる円卓の中央にはこれ見よがしに宝箱がひとつ置かれている。

 

 だが問題なのはそんなことではないのだ。空席が3つ存在しているのである。ドフラミンゴが放った言葉は取引相手に向けられたもの。一体どういうことだろうか?

 

 

「ゼハハハハ、確かに“1億を越える首”だ。有難ぇ、探す手間が省けるってもんだぜ。悪くねぇ取引だな……」

 

 この場の状況を理解しようと頭を巡らしている中へ、もじゃもじゃ男の言葉が乱入してくる。

 

 俺たちは奴らの取引に殴り込みを掛けたつもりでいたのだが、どうやら俺たち自身が取引の対象であり、飛んで火に入るなんとやらが如く招き寄せられたようである。

 

 ナギナギの実はあの宝箱の中にあるのだろう。焚かれている篝火(かがりび)の爆ぜる音がしないのだから。ナギナギの実を持っていったのはあのマジシャン風の男。奴はドフラミンゴの命で動いていた筈。であるのにただの受け渡しではなくて()()という形になるということはどういうことか?

 

 それは多分に奴らの関係性に何かしらの亀裂が入っているということだろう。もしかしたら奴の慕う相手がドフラミンゴではなくなっているということなのかもしれない。

 

 ラフィットという名らしい男が慕う相手は黒髭へと代わっており、ドフラミンゴにナギナギの実を引き渡すのに条件を付けてきたのではなかろうか。

 

 そしてドフラミンゴはドフラミンゴで是が非でもナギナギの実を欲していて、1億を越える賞金首を用意するという条件を呑むことにして、ダンスパウダーをエサに使って俺たちをこんな場所まで招き寄せたのではないだろうか。

 

 奴の背後にはテントが張られており、その横には台車が停まっていて巨大な袋が(うずたか)く積み上げられている。それがダンスパウダーでなければ一体なんだというのか。

 

 とはいえ、こんなことは考えても仕方がないことでもある。何にせよ俺たちがやって来ることをドフラミンゴは知っていたということに変わりはない。

 

 俺たちのやるべきことはダンスパウダーと一度は逃したが突然降って湧いたように再出現したナギナギの実を手に入れて、さっさとここを後にすることである。長居すればするほど俺たちの命は危うくなると考えた方がいいだろう。

 

 

 最大のチャンスというのは一番最初にやってくるものだ。

 

 

 俺の考えを言葉を発さずとも理解しているかのようにしてローが右手人差し指を前方に伸ばし、

 

「タクト」

 

ドフラミンゴの背後で砂に沈み込むようにして停まっている台車を軽々と宙に浮かせ始め、さらには左手で前方を掴むような仕草を見せた後に、

 

「すぐに戻る」

 

と短く言葉を放って、

 

「シャンブルズ」

 

宙に浮いていた台車、円卓の上に置かれていた宝箱、さっきまで横で両腕で別々の動作をしていたローの姿が一瞬にしてこの場から姿を消した。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「急げっ!! 台車を客車の後ろに繋げるんだ」

 

 時間は1秒でも惜しい。

 

 あの場にボスを一人残したままにするのは非常に危険だ。正直何が起こっても、話がどういう方向に転がっても不思議じゃねぇ……。

 

 能力によって俺自身とダンスパウダーを積んでいるであろう台車、そしてナギナギの実が入っているであろう宝箱と同時に3つのものを入れ替えて、亀のバンチへと戻り指示を出す。

 

「べポ、ロープ!!!」

 

「了解ですっ!!」

 

 既に客車の外に出ているジョゼフィーヌさんが車内から持ち出したランタン片手に、客車の上に立っているべポに声を張り上げる。

 

 べポも客車上から、台車そばへと移動した俺に向かってロープを投げ寄越し、そのまま飛び下りてこちらへと向かってくる。クラハドールとカールも直ぐに近寄ってくる。

 

 緊迫した状況の中で皆の動きは相当に機敏だ。

 

 4人で手際よく台車と客車をロープでしっかりと繋ぎ、バンチが両方を牽引出来る状態にする。その傍らでジョゼフィーヌさんは台車に積み上げられた巨大袋にランタンを翳しながら自身の刀を差し込んで、中身を丹念に調べている。

 

「うん。間違いない。ダンスパウダーだわ」

 

「よし。クラハドール、俺たちは戻るぞ。ジョゼフィーヌさん、直ぐにでも南へ抜けてくれ。多分、パンク野郎がバイクに跨って待ち受けてるかもしれねぇがな。どうするかは任せる……」

 

 作業を終えて2人に指示を出し、

 

「カール!! こっちへ来い」

 

砂の上で佇んでいる宝箱に近付いていく。

 

 

 一瞬だけ瞳を閉じ、在りし日のあの人を頭の中に浮かべた後に蓋を開ける。中に入っているのは歪な程に綺麗な球体の形をした果実。

 

 間違いねぇ……、“静寂なる森(サイレントフォレスト)”のオークション会場で見た悪魔の実そのものだ。

 

 

 コラさん……、久しぶりだな……。

 

 

 ミニオン島で最後に見たコラさんの姿は雪の中で冷たかった。あの姿を見たときに俺は誓いを立て、その相手が直ぐ近くにいるのだ。

 

 背後にカールが立っている気配が感じ取れる。感傷に浸っている時間は俺たちにはない。

 

「……なぁ、カール。……おまえ、ナギナギの実に興味あるか?」

 

 カールに背を向けたまま、敢えてゆっくりと言葉を紡ぎ出してみる。時間がないことは百も承知の上でだ。

 

 

 カールの返事はない。だが、否定の言葉が返ってくるわけでもない。迷ってんのか……。

 

「カール……。生きてく中で本当に重要な決断ってのに許される時間はな……、5秒もねぇぞ」

 

 

 イチ……。

 

 

 ニ……。

 

 

 サン……。

 

 

「頂きますっ!!!!」

 

 3秒間を心の中で数え上げたところで、“少年”ではなく“男”の決断を下した声がはっきりと聞こえた。

 

 振り返ってみればそこには凛々しい面構えをしているカールの姿が認められ、俺は球体の実を渡して歩を進める。

 

「……まぁ、食えたもんじゃねぇだろうけどな……」

 

 背後で噛り付く様子を見せているカールへ向けて、経験者として一言添えておく。

 

 

 程なくして、

 

「ロー船医、これすんごい不味い~っ!!!!!」

 

カールの叫びが嗚咽と共に飛んできた。

 

 

 俺たちにまた一人能力者が加わった瞬間である。

 

 

 

「カール!! おいで。出発するよ!!!」

 

 今の俺たちには余韻を楽しんでいる時間も存在しない。

 

「奴がナギナギを本当に欲してんなら、実そのものでなくとも、食った奴そのものを奪りにくることも考えられる。奴は何とか俺たちが止めるから、出来るだけ南へ行ってくれ」

 

 その言葉を残して俺とクラハドールは再び戻る。

 

 

 落とし前をつけなきゃならねぇ奴の下へ……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「……悪いな、あいつは今や()()()()なもんでね。取引対象のもう片方が消えてしまったな。……さあどうする、ドンキホーテ・ドフラミンゴ?」

 

 この場から3つのものが同時に姿を消した後で、俺は意地悪くもそんな言葉を奴に投げ掛けてみる。

 

「冗談は程々にしとくんだな。ガキが図に乗って生きていけるとでも思ってんのか?! ……フフッ、フッフッフッ、だが()()としちゃあ上出来だ……。これでも俺は嬉しいんだぜ、久しぶりにお前に会えて……。お前の頬に傷が残ってんのを確かめることが出来てな……」

 

 取引が成立しない状況に陥りつつあるにも関わらず笑っている奴の表情、指をサングラスに当てる仕草、投げ掛けられてくる言葉。

 

 

 俺とドフラミンゴが久しぶりの()()であるというのを知っているのは俺自身だけだ。

 

 

 あの日のことを口外したことはない。

 

 

 

「ここは砂の王国だが……、今の時間はこんなにも寒い。……フッフッフッ、そしてあの時はもっと寒い日だった」

 

 

 一拍置いて放たれた奴の言葉は俺に呪いでも掛けるようにして向かってくる。

 

 

 奴があの日のことを持ちだしてくるであろうことは想像が付いていた。

 

 

 あの日のことは墓場まで持っていくつもりだった。

 

 

 ()()()ではない今でもそう思っている。

 

 

 あの日、あの場所は確かに寒かった。今よりもずっと……。

 

 

 まざまざと甦ってくる情景……。

 

 

 己が踏みしめている、辺りを覆い尽くしている砂が次第に真っ白いものに見えてくるのは気のせいだろうか?

 

 

 16年前……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北の海(ノースブルー)” スパイダーマイルズ

 

 

 

 父が亡くなったことを知ってから6年、自分の商売を始めるために海に出てから1年が経とうとしている。

 

 

 商売の状況は芳しくない、否、最悪と言っても過言ではない。

 

 

 当主がいなくなったことでベルガーの名は地に堕ちた。“北の海(ノースブルー)”において栄華を欲しいままにしていたにも関わらず、今や嘘のように忘れ去られつつある。

 

 

 故に俺たちはゼロから始める必要があった。

 

 

 ネルソン商会として……。

 

 

 そして、ゼロから始める者が出来ることはたかが知れていたのだ。

 

 

 

 俺たちが商売で扱うものは、否、()()()()()は魚肉。この海において魚は掃いて捨てる程に獲れるものだが、ほとんどの人間は見向きもしない。

 

 魚の肉を食するのは主に社会の底辺で暮らす者たちだ。よって売れたとしても手元に残るのは雀の涙にしかならない。魚肉を使って利益を出そうと思えば、それこそ腐るほどに売る必要があるわけだが、そもそもに需要があまりない。

 

 さらには俺たちが使っている船はいつ沈んでもおかしくないようなぼろい小舟、ハンザ・コグである。これで利益を出そうということが土台間違っていると言っていい。

 

 利益は全くと言っていいほど出ない。時には赤を出す。となると無理をしてでも売ってトントンへと持っていく。この繰り返しでしかない。嫌になる程の無限ループ。

 

 行く先々の市場で買い付けを行うわけだが、魚の肉は本当に隅に追いやられている。メインは牛の肉であり豚の肉なのだ。それらは上流階級が好んで食すものであり、必然と高値で取引されていく。

 

 身なりの良い奴らが市場の中央で牛肉や豚肉を買い付けて行く姿を横目に見ながら、俺たちはみすぼらしい(なり)をして市場の端で細々と買い付けをしている。

 

 そして身体にこびりついてしまっている臭い。魚の生臭さが俺の身体全身から醸し出されている。

 

 誇り、プライドがズタズタに切り裂かれていく日々。

 

 

 

 とはいえ、皆はよくやってくれている。

 

 ロッコがいなければ俺たちは海へ出ることさえ叶わなかったであろう。

 

 ジョゼフィーヌがいなければ魚肉で利益を出すことさえ覚束なかったであろう。

 

 オーバンが作る美味い食事がなければ、俺の心はあっという間に打ち砕かれていたであろう。

 

 

 俺が何とかしなければならないのだ。この現状を打破する起死回生の何かを引き起こさなければならない。

 

 

 

 そんなところへ降って湧いてきた話があった。相手は“北の海(ノースブルー)では知らぬ者などいない、ドンキホーテ・ドフラミンゴからだ。ドフラミンゴ自体は仲介者であるが、依頼主の要望に応えれば報酬がもたらされるという。その額なんと1億ベリー。

 

 第一印象として悪い話ではないなと感じていた。ドフラミンゴが相手というのは得体が知れないところは確かにあるし危険を伴う可能性は大ではあるが、今の俺がそんな贅沢を言っていられる身分にないことは痛いほどに分かっていた。これは千載一遇のチャンスではないのか……、そういう思いも多分にあった。

 

 こうして俺は今港町スパイダーマイルズに来ている。もたらされた話を受けるべく、たった一人で……。

 

 一人で行くことにしたのは要らぬ心配を皆にさせないため、リスクは己一人で背負いこむつもりでいた。

 

 

 

「ガキがウイスキーなんざ飲みやがって……、何の冗談だ、オイ」

 

 待ち合わせに指定されたバーのカウンターで柄にもないものを飲みながら思考の深淵に転がり込んでいたところへ、一枚扉を押し開く音が聞こえたと同時に声が聞こえてきた。

 

 顔を向けてみれば、金髪に鋭角のサングラスを掛けて、ピンク色の羽コートの中に黒シャツを羽織り深紅のタイを締めた男。傍らには丸サングラスを掛けて……とにかくベトベトした何とも下品そうな男が居る。

 

 これがあのドンキホーテ・ドフラミンゴか……。ベトベトした奴は部下なんだろうがどうでもいい。

 

「趣味だ……。悪いか?」

 

 精一杯の強がりと粋がりを言葉にして返しはしたが、正直きつい。

 

 だが不思議と胸に沁み込んでくるものが感じられるのはなぜだろうか?

 

 

 そんな俺の思いなど掻き消すようにして二人は無遠慮に俺が座る両側に腰を下ろしてくる。

 

 店内に他の客はいない。カウンターの向こう側に老いたマスターが居るだけである。決して明るいとは言えないが、かといって相手の様子が見えないわけでもない。

 

「いいや。……虚勢を張るのは自由だ。……お前がネルソン・ハットだな、ベルガーのところの」

 

 俺の左側に座って即に出された赤ワインを嗜みながらドフラミンゴは見透かすような言葉を投げ掛けてくる。

 

「んねーんねーお前ベルガー同盟の御曹司だって? 見る影もねーなー。本当にベルガーの人間か? 本当に? 本当に? んねー」

 

 俺の右側に座るなりベトベトした奴はそのベトベトを所構わず擦りつけるような近さで迫ってくる。

 

 近すぎるし、うざすぎる……。

 

「お前をここへ呼んだのは他でもねぇ、お前に俺たちの()()()()()()()()()からご指名が入ってな。ここへやって来たってことは話を受けると捉えて構わねぇよな?」

 

 俺のベトベト具合などお構いなしにドフラミンゴは話を続けてくる。どうやらベトベトの奴はこれが正常な状態らしい。

 

「詳しい内容を教えてくれ。1億を出すなんて余程のことだろ」

 

 俺としては至極尤もな質問をぶつけてみるのだが、当のドフラミンゴはワイングラス片手に俺の方を真顔で見つめながら、

 

「おまえの目……、足りねぇな。まだ地獄を見てねぇ目だ。それに……、0を1にするより、100を200にする方が笑えるくらいに簡単な事はわかってんだろ?」

 

 そんな言葉を発してくる。

 

 足りない? 足りないって何だよ……。俺の目が地獄を見てないだと。俺のこれまでの16年間の内、最近の6年間は十分地獄と言えるものだった。それでもまだ足りないと言うのか。

 

 地獄を味わえば1億ベリーが手に入るとでも言っているのか。

 

 だが後半部分に出てきた数字の自明の理は納得するしかない。その通りだ。俺は0を1にする塞ぎ込みたくなるような苦しみを放り投げて、何とかして100を200にする段階へと進みたくて仕方がないのだ。

 

「ああ、分かってる。嫌という程分かってるよ。話は受ける。そのためにここまで来た」

 

 俺には端から選択肢はひとつしかないのだ。どう考えを巡らせようとも……。

 

「フフフッ、決まりだな。場所はこの町の“ダンスホール”だ。もちろん、依頼はダンスの相手じゃねぇけどな……」

 

 ドフラミンゴがワインを飲み干したあとに言ったその言葉を俺は聞いているようで聞いてはいなかった。

 

 なぜなら、俺が飲むウイスキーグラスの前に置かれているボトルのラベルに記されている原産地がベルガー島となっていることに今更ながら気付いたから。

 

 それは何だかこの先の成功を約束してくれているような、そんな気がした……。

 

 

 

 

 

 雪が舞っている。雪が降り積もっている。

 

 

 ドフラミンゴは確かに場所はダンスホールだと言ったが、ここはどう考えてもスケート場であり、屋外であった。

 

 

 連れて来られたのは特設会場とでも言うべきところであり、真っ白な氷の一面をぐるりと柵と所々の柱で取り囲まれている。ただ柵の向こう側は黒い幕が下りていて見えなくなっており何とも不気味な空間だ。

 

 奴はただ要望に応えればいい、簡単な事だと言っていた。

 

 だが入って早々、俺には悪い予感しかしない。

 

 

 突如として、柵を取り囲んでいた幕が開くと同時に、柱に備えつけられていたランタンに火が灯っていく。柵の向こうに存在しているのは大勢の人だ。しかも皆一様にして仮面を被っているではないか。

 

 観衆というわけか、ショーを始めるってわけなのか?

 

 程なくして、俺が入って来た入口から見知らぬ奴が入ってくる。こいつも当然のように仮面を被っている。だが右腰には剣を差し、左腰には拳銃を差しこんでいる姿からは、さらに悪い予感しかしてはこない。

 

 

 雪はただただ淡々と舞い降りてきている。

 

 

「抵抗はするな。ただ言われた通りにすれば、それでいい」

 

 地獄から這い出てくるような声音で言葉を投げ掛けられて、俺は頷くことしかできない。

 

 四方八方から俺を見つめる目を意識してならない。

 

 俺は氷上で無抵抗のまま、両手を後ろ手に縛られていく。

 

 

 悪い予感は今や確信に変わりつつある。

 

 

「お前の父親はネルソン・ボナパルトだな?」

 

 “ショー”はとても静かな声音で始まりを告げた。

 

「私の父親、ネルソン・ボナパルトはーっ!!!!! 最低のクソだったーっ!!!!! さあ言えっ!! 叫べっ!!! 力の有らん限りにな」

 

 突然にして、両腕を盛大にも広げて見せながら奴が大音声で叫びを上げる。

 

 

 何を言っている?

 

 

 俺の頭の中は一瞬にして真っ白になる。

 

 

 だがそれさえも許さずに、奴は目にもとまらぬ速さで右腰の剣を抜くと俺の右腕に切りつけてくる。

 

 

 切りつけられた傷口から滴り落ちる鮮血……。

 

 

「どういうつもりだ?」

 

 

 わけが分からず俺はそんな言葉を口にする。

 

 

「“余興”だ。とびっきりのな……。さあ、叫ぶのだ」

 

 

 狂っている……。

 

 

「私の父……」

 

 

「小さいっ!!!」

 

 

 再びの剣閃が俺の左腕を切り刻んでくる。真っ白な氷上に点々と深紅の円が描かれつつある。

 

 

 狂ってやがる……。

 

 

 こいつは、こいつらは父に恨みでもあるっていうのか? 

 

 

 何だ? 何だっていうんだ? 

 

 

 1億ベリー、俺たちの商売、ドフラミンゴ、ベトベトした奴、亡き父親、ベルガー同盟、御曹司、魚肉、身なりの良い奴ら……。

 

 

 1億ベリー……、1億ベリー……、亡き父親……。

 

 

 頭がまともに働かず、ただただ単語の羅列が脳内を駆け巡る。ベリーの札束と亡き父親の面影が交錯していく。

 

 

「言えっ!!! 叫べっ!!! ネルソン・ボナパルトは最低のクソだったーっ」

 

 

 今度は左膝に刻まれる血線……。

 

 

 

「私の父親、ネル……ソン・ボナパルトはーっ!!!!! 最低のクソだったーっ!!!!!!」

 

 

 俺を縛り付けていた何かの(たが)が外れて、狂気に身を委ねる。

 

 

 痛み……。

 

 

 剣による切り傷だけではない。今度は拳銃から放たれた弾丸が俺の右頬を抉り取っていく。

 

 

「いいぞ!! もっとだ!! 何度でも、何度でも、叫び続けるのだっ!!!!」

 

 

「私の父親、ネルソン・ボナパルトはーっ!!!!!! 最低のクソだったーっ!!!!!!!」

 

 

 そこから何回叫び続けたのかは数えようもない。

 

 

 罵り、嘲り、観衆からの悪意に満ち満ちた視線……。

 

 

 身体の痛み、心の痛み……。

 

 

 何がどうなっているのか、何がどうなのか、俺は誰なのか、俺は何をやっているのか……。

 

 

 ただただ狂っていた。狂いに身を任せた。狂気の行き着く先の先へとただ只管に進み続けた……。

 

 

 

 

 

 その狂いの果てに……、

 

 

 

 

 

「約束通りの1億ベリーだ。受け取れ……。いい余興だった。…………父親なんざクソだ……。最低のな……」

 

 ドフラミンゴがそう言い残し、ベリー札の詰まったアタッシェケースを置いて去って行った。

 

 

 雪はまだ舞い降りている。ただ只管に……。

 

 

 氷上にも、柵の向こう側にも、既に誰一人として存在してはいない。

 

 

 アタッシェケースは開いており、整然とベリー札が敷き詰められている。そこに舞い落ちる雪……。

 

 

 空虚だ……。

 

 

 1ではなく100を俺は手にしたのだが、とてつもなく空虚だ……。

 

 

 誇り……。

 

 

 現実……。

 

 

 容赦のない現実を前にして……、俺は誇りを失った……。

 

 

 自然と涙が溢れ出てきているのがわかる。

 

 

 切りつけられた、抉り削られた痛みなど、どうだっていい……。

 

 

 空虚で、ただただ只管に空虚で、心の奥底に存在していた筈のものが削り取られた痛みに比べればどうだっていい……。

 

 

 氷上の深紅が凍ろうとも、俺の涙が凍ることはなかった。

 

 

 

 

 その後から俺は煙草に逃げ場を求め始めた。己の体内に悪いものを取り込み、少しでも心に罰を与えてやる意味においてもだ。

 

 

 

 そして、ベルガー島へと戻り皆にこう告げた。

 

「俺たちのウイスキーを作ろうじゃないか」

 

 少しでも誇りを取り戻さんがために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

 

 

 あれから16年か……。

 

 真っ当に商売を始めてそれを軌道に乗せ、ドフラミンゴの影を嗅ぎ回ってロシナンテに辿りつき、ローを迎え入れ……。

 

 

 ようやく()()までやって来た。

 

 

 ()()まで戻って来た。

 

 

 奴は目の前にいる。

 

 

「待たせたな」

 

 

 能力でこの場に戻って来たローもいる。クラハドールもいる。

 

 俺の右腕と左腕だ。

 

 

「カールが食った」

 

「ああ、そうか」

 

 ほんの短いやり取りでも深く意思を確かめ合うことができる奴らがいる。

 

 

 こいつもこの場で思うところはごまんとあるだろうが、そこに言葉は必要ない。

 

 

 奴は笑みを浮かべている。

 

 

 

 クソ食らえだ……。

 

 

 だが今は、

 

 

「ゼハハハハ、何があったか知らねぇが、てめぇらの首で成り上がらせて貰うぜ」

 

 

このもじゃもじゃ髪をした黒髭とやらをどうにかすることが先決だ。

 

 

 己の魂に誇りを纏って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

どう感じ取られたかは色々とご意見おありかもしれませんね。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、心の赴くままにどうぞ!!!


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第31話 地獄の果てにあるのは

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回も9000字ほどでございます。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

 

 

 今、俺たちは闇と化した砂漠のど真ん中に立っている。燃える篝火(かがりび)が赤とオレンジの揺らめきによって、この場に明るさをもたらそうと努力を重ねているが、闇はそれ以上の圧倒的な存在感を以てしてこの瞬間を支配している……。

 

 

 

 今回のヤマにおける最大目的ダンスパウダーを手中にし、ナギナギの実という極上のおまけまで転がり込んできて、俺たちはその対価を差しだす必要があるだろう。全ては取引なのであるから。

 

 

 対価とは、すなわち戦いだ……。

 

 

 俺の眼前にはもじゃもじゃ髪をした黒ひげと思わしき奴が両腕を広げながら相対しており、右斜め前方にはラフィットと呼ばれる奴がハット帽に片手を添えつつもう片方の手でステッキをクルクルと回している。

 

 後方ではマスクマンが両腕で力瘤をつくるようにしてポージングをし、左後方では今にも死にそうな奴が倒れそうで倒れない何とも絶妙なバランスで立ち、右後方では特異なゴーグルを掛けた奴が既に狙撃銃を構え始めているのが気配で感じ取れる。

 

 さらに、その囲みの外側にはサングラスで瞳を隠しながら微動だにせず円卓に腰を落ち着けているクソ食らえも控えている。

 

 俺たちは囲まれているのだ。

 

 故に俺たちは互いの背後をそれぞれ守りながら、今回の取引相手である面々に相対しており、自然と三角形を描く様な立ち位置をとっていた。

 

 この場にいる全員が戦いと言う名の取引を行うための準備が整いつつあるようだ。

 

「ボス、優先順位は?」

 

「逃げることだ。……ここは決着を附ける場所ではない。挨拶が出来ればそれでいい」

 

「ああ、そうだな。ただ、逃げるためには追われねぇようにする必要があるわけで、簡単な話じゃねぇがな……」

 

 緊迫を増しつつある状況で俺たちは()()()のミーティングを開始する。左背面のクラハドールがまずは口火を切り、最後に右背面のローから頷きと共に尤もな懸念が示されてくる。

 

 今この段階では奴の方が力は上であることなど分かりきっていることだ。久しぶりに顔を合わせ、“楽園”にお邪魔することを挨拶する。それでいいではないか。決着を附けるのはまだまだ先の話。求めていたものは手に入れることが出来たのだ。あとは命ある身でここを後に出来さえすれば、今回の取引=ヤマは実に有意義なものとして終えることが出来る。

 

「見立てはどうだ?」

 

 有意義に終えるためには参謀の意見は必要不可欠なものになる。

 

「……地獄そのものだ。黒ひげという男は能力者だろう。多分に自然(ロギア)のな。奴の周りにいる連中は何とかなるかもしれねぇが、あの男は一筋縄ではいかない。……それに、ドフラミンゴの動きはさらに読めねぇ。奴のこの場での立ち位置自体が謎だ」

 

 参謀からはすらすらとこの場の状況に対する考えが示されてくる。

 

 確かにドフラミンゴの立ち位置は謎だ。奴は俺たちを取引対象とすることで黒ひげからナギナギの実を手に入れようとしていたらしいが、肝心のナギナギの実は俺たちが掠め取った。よって奴らの取引は無効だ。

 

 そもそもにして、奴が黒ひげのところに潜り込ませたラフィットに裏切られている時点で、奴と黒ひげの関係性自体も友好とは決して言えないのではなかろうか。

 

 だが当のドフラミンゴは今のところ沈黙を守り抜いていて、薄気味悪くも口角を上げているだけだ。

 

「ゼハハハハ、てめぇらも能力者なんだろうが俺には敵わねぇだろうよ。俺は()()だ」

 

 俺たちの話し合いなどお構いなしに黒ひげが自信満々の口調で俺たちに語りかけてきている。

 

「だが、活路はあるんだろう?」

 

 俺も黒ひげに構うことなく背後のクラハドールとのやり取りに意識を向ける。

 

「ああ、どんな地獄であろうと一本道は敷かれているもんだ。危険極まりないが筋書きはある。ひとまずトラファルガー、貴様は5分後にはここを離れて南へ向かえ。それがギリギリのタイミングだ」

 

 クラハドールは懐中時計を見つめながら話しているに違いない。だが5分後にローをここから離してどうするっていうんだ? それまでにここでの趨勢は決するとでもいうのか? それとも5分後に想定外のことでも起きると言うのか?

 

「てめぇ、どういうことだ、ちゃんと説明しろよ」

 

 全くだ。ローの反論は尤もなんだが、どうやらクラハドールが詳しい説明をする時間も、俺たちがしっかりと説明を聞いている時間もなさそうである。

 

自然(ロギア)系の中でもまた異質……。ゼハハハハ!!! おれァ、“闇”だ!!!!」

 

 黒ひげがその叫びと共に左右に広げた両腕を、それが繋がる両肩を禍々しい黒へと変化させ、そのまま立ち昇ってゆく。

 

 ヤミヤミか……。地獄そのものとクラハドールが表現してみせたのも、さもありなんだな……。上等じゃないか……。

 

 

「もう待ったなしだ。後手を踏むなど愚の骨頂。お前たち、行くぞ!!!!」

 

 俺たちは三角形の陣形を解き放ち、各々動き出した。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「べポ、カール、二人ともよく聞いて。あんたたちはこのまま南へ全速力で駆け抜けるのよ。ロッコと連絡を取り合って、もしかしたらタマリスクまで出なくても船に合流できるかもしれないわ」

 

 客車の窓から見える闇空は月の明かりも相俟って、雲が点々としている姿が見て取れる。雲の存在は気掛かりである。ローが言っていたようにドフラミンゴが追いかけてくるリスクを孕んでいる。だがそれを悶々と思い悩んだとて、バンチのスピードが上がるわけではない。

 

 考えても仕方がないのだ。

 

 私の心の中は自分が口に出している言葉とは裏腹に不安に満ち満ちている。

 

 もう時間はない。ひとつの気配が猛スピードでこちらへと向かって来ている。

 

「ジョゼフィーヌ会計士……」

 

 カールの不安を帯びた言葉が私の焦燥感に拍車を掛けるようにして飛び込んでくるが、

 

「カールっ!!! あんたはもう能力者なんだからね!!!! 弱音吐いてる暇なんてないのよ。商人にとって積荷とお金は命よりも大事なんだから、死んでも守りなさいよっ!!!!! べポっ!!! あんたも頼んだわよっ!!!!!」

 

そんなものを払い除けるようにして声を張り上げ、カールの顔を両手で挟みこんで言葉を伝えて、べポの肩をおもいっきり叩いて活をいれてやる。

 

 それから……、

 

 でも命は大事にしなさいよ、と心の中では呟いておき……。

 

 

 よし、行くか。

 

 

 客車の出入り口を開け放ち、取っ手に手を掛けて立ち上がる。ひんやりとしたものを纏った外気が車内へと入り込んできて、砂が混じった風が私に向かって襲いかかってくるが、

 

「私は大丈夫だから。あんたたちを追わせたりしない。あいつらを止めて見せるから……。海で待ってなさい」

 

 振り返って、こちらを見つめている二人に向かって満面の笑顔を見せて語りかけてやる。

 

 

 そして、

 

 

私は闇の中へと飛んだ……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「クラハドール!!! 今回はお前も参加するんだろな? この期に及んで戦わねぇっていう選択肢は有り得ねぇぞ!!!」

 

 右手で動き出しているクラハドールに向けて問い質しながら俺は両腕を突き出し、両手の指を動かしていく。

 

「心配は無用だ。今回は俺の戦闘自体も筋書きに入ってきてる。貴様こそ忘れるな、5分後だぞ」

 

 クラハドールからの答えが返ってきて、まあいいだろう5分という時間にどんな意味合いがあるのか分からねぇが稀代の参謀がそう言うならと思いながら、

 

 

「タクト“オーケストラ”」

 

 ROOM内に広がる砂の一粒、一粒へと意識を集中させ、一気に大量の砂粒を空中へと浮遊させていく。その様はあの砂屋が引き起こした砂塵にも近い様相を呈している。

 

「ヤミヤミとはな……。闇商人の取引相手としては御誂え向きの相手だ」

 

 後方からはボスがそう呟いているのが聞こえてくる。全くだと言ってやりたいが、今は目の前の相手にも集中しなければならない。ひとまず黒ひげ屋の相手はボスに委ねよう。

 

 眼前の敵は3名、マスクを被った多分に拳闘士、狙撃手、そして医者だ。最後の奴は微かに同じ匂いがする。医者として……。

 

 とはいえ、自らの能力で大量の砂粒を空中に撒き散らしているため視界は正直何も見えていないと言っていい。だがこちらは覇気を操る。さて奴らはどうだろうか?

 

 突如としてクラハドールの気配が慌ただしくなる。

 

「杓死」

 

 どうやら奴も俺と同じような考えに至ってやがるな。砂粒が舞い視界が遮られている中で超高速で移動しながら奴の猫の手を以てして切り刻もうってんだろう。しかも無差別に……。ここで相手が見聞色の覇気を扱えねぇならかなり有効な手になる。

 

 クラハドールの刃の嵐が向かう最初の標的は前方のマスク屋だ。砂塵の動きが急速に乱れ襲いかかる鎌風はマスク屋の右腕を切り刻んでいる様子が気配で感じ取れる。

 

六芒星(ヘキサグラム)

 

 後方ではボスも動き出している。愛用の連発銃を使って銃弾を黒ひげへと叩き込んでいるんだろう。

 

 なるほど、闇の特性で奴は自然(ロギア)なのにも関わらず攻撃を受け流すことが出来ず引き込んでしまうらしい。ヤミヤミの弱点ってわけだ。とはいえ、覇気を纏ったボスの銃弾は当たれば凄まじい威力を発揮する。後方から聞こえてくるのは銃弾による音とは思えない爆発音だ。

 

「“波動”エルボー」

 

 後方へと意識を飛ばしている中で、さっきクラハドールによって腕を切り刻まれた筈のマスク屋が既に至近距離へと移動してきており武装色の覇気を纏わせた肘打ちを食らわせてきている。見聞色で動きを察知してはいたが図体に似合わずすばしっこい動きをする奴だ。

 

 そんな奴には両の親指を奴の肘に突き当ててやり、指の動きだけで奴の突進してくる力を弱めて、

 

「カウンターショック」

 

 逆にたっぷりと電気をお見舞いしてやればいい。一瞬にして辺りに電気のスパークが迸り、奴の全身を電気が駆け巡って倒れこむマスク屋。

 

 ……速ぇ。

 

「シャンブルズ」

 

 今度は突き刺さるように飛び込んでくる超高速の飛翔体を一瞬早く察知することに成功し、己の身体をどこかの砂粒と入れ替えて間一髪でかわす。

 

 あの狙撃屋か、だがさっきのスピードはケタ違いに速かった。危なかったな……。

 

 

「バージェス、オーガー、てめぇらじゃまだこいつらは手に負えねぇ。引っ込んでろ!!!! ドクQ!!! てめぇはそこで何やってんだ!!!」

 

 黒ひげが叫びを上げる程俺たちは余裕を持って相対しているわけではねぇんだがな……。だが引いてくれるってんならそれに越したことはない。

 

 ドクQと呼ばれた奴は何をしているのかと意識を向けてみれば、クラハドールの鎌風で全身を切りつけられながらも、必死にりんごを食わせようとしてる。今にも死にそうな奴が食わせたがるりんごなんざ怪しすぎることこの上ない。それに杓死に入ったクラハドールは自分でも動きを制御できねぇんだから、止まりようがないわけであって……。

 

 とはいえ、あれだけ切り刻まれて辛うじて立っていられるドクQという奴も見掛けによらず大した生命力をしているのかもしれねぇな。ドクQ屋か……、いや、りんご屋でいいだろう。

 

「……効いたぜ、てめぇの銃撃。覇気を纏ってやがったな。だが、まあいい。こんな痛みは慣れたもんだ。……見せてやろう闇の力ってやつをな…………、闇穴道(ブラックホール)

 

 背後から聞こえてくる黒ひげ屋の言葉と共に、猛烈な勢いで黒ひげ屋の身体から噴き出てくる闇そのものが辺り一帯を埋め尽くし、空中で大量に浮遊していた砂粒に取って代わり、凝縮されて黒ひげ屋の身体へと戻っていった後、

 

解放(リベレイション)

 

黒々とした闇そのものと一緒に噴き上がったのは大量の砂。

 

 それは黒ひげ屋の身体から噴き上げられて、跳んでいく。ROOMの外側へと。

 

 気付けば俺が作り出した砂塵空間は跡形もなく消え去り、何事もなかったかのようにして再び篝火(かがりび)によって辛うじて明るさを保っている闇夜の帳が現れていた。ただひとつ違っていることは地を覆い尽くしていた大量の砂がなくなったことで俺たちの立つ場所が窪地の底へと変わり果ててしまったことだろうか。

 

「……すまん。だが相手は3人だぜ、船長!!!」

 

 電気ショックにやられてようやく立ち上がったマスク屋が面目なさげに言葉を放つが、まだまだやる気はある様で……。

 

「3人だろうと関係ねぇ。闇の力の前ではな。いいから今は引っ込んでろ!!!」

 

 それでも黒ひげ屋には俺たちを打ち負かす揺るぎない自信があるようだ。

 

「大した自信だな。そういことならこっちも容赦なく行かせて貰おうか。ロー、クラハドール、こいつに集中するぞ」

 

 ボスの言い分は尤もな話だ。容赦なくやらせて貰おうじゃねぇか……。それにクラハドールが言う5分という時間はもうそろそろだ。つまりはここで一撃必殺といく必要がある。

 

 こうして杓死が止まったクラハドールと共にボスの左右へと移動して、

 

「杓死定規」

 

クラハドールは両腕に装着した“猫の手”を交差させる構えをとって、再びの杓死へと身を委ねてゆく。今度は制御されたものであるが……。

 

 俺の場合はまずは、

 

「タクト」

 

この場には無数に存在する砂粒を再び浮遊させて、

 

「シャンブルズ」

 

黒ひげ屋の後方へと移動し、

 

「ラジオナイフ “へレストローム”」

 

鬼哭(きこく)を使って切断しにかかる。

 

 ラジオナイフであれば通常の切断とは違うので、数分間は接合は不可能だ。ましてや王気(おうき)を纏うのであるから……。

 

 最後にボスが連発銃を放ち、

 

黄金王の六芒星(ゴールドキングヘキサグラム)

 

その銃弾は能力で生み出されてかつ、武装色の王気を纏っている代物だ。

 

 黒ひげ屋は回避をすることもなくクラハドールの斬撃を受け止め、俺の鬼哭(きこく)によって切断され、元に戻ることが出来ないままボスの銃弾に穿たれた。

 

 黒ひげ屋にしてみればひとたまりもねぇだろうと思ったわけであるが……、

 

「効いちゃあいるが、それだけだ」

 

奴の身体は元に戻っており、立ち上がっている。

 

 こいつも王気を使うのか? じゃねぇとこんなに早く戻るのはおかしい。血を流してはいるが致命傷に至っているようには見えない。

 

闇水(くろうず)

 

 そして、奴が右手を突き出しているのが背後から見えると、

 

「闇の引力が引きずりこめる物……、それは能力者の実体だ」

 

俺たちは3人とも、奴の背後に位置している俺も例外なく、見えない引力に引きずり込まれるようにして身体が奴の右手へと誘われていき、情けなくも3人まとめて奴の至近距離に静止させられ、

 

「闇の力は悪魔の実の能力を引きずり込む。……そして、俺も王気(おうき)使いだ。ゼハハハハ、最終戦槍(ハルマゲドン)

 

禍々しいまでに黒々とした槍を右腕で創り上げた黒ひげ屋は俺たち3人をそれこそまとめて刺し貫き……。

 

 言葉も出せないような激烈な痛みが腹に生まれ、一瞬にして強烈な熱を持って脳内を駆け巡っていく。

 

 

 致命傷ってのはこっちの方だな……。

 

 

 そう思ってしまう程の痛み。

 

 

 俺たちは地に突っ伏し、黒ひげ屋は異様なまでに笑い声を響かせている。

 

 

 

 クラハドールが言う通りだ。大した地獄っぷりじゃねぇか……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

嵐脚(ランキャク)

 

 

 六式体技のひとつ月歩(ゲッポウ)によって闇夜をこれまでとは逆方向に飛び進んだ私は、下方でこちらへと進んでくる駆動音を聞きつけて、これまた六式体技のひとつである大気に鎌風を引き起こすような蹴りを駆動音の正体に向けて叩きつけた。

 

 それによって駆動音は止まったがそれを生み出していた主は跨ったままだ。

 

 

 闇……。

 

 

 彩りを与える光は雲の切れ間から申し訳程度に降り注ぐ月光のみであり、ここはまさに闇が支配する茫漠とした砂漠のど真ん中。よって相対する者の姿形を見分けることはほとんど出来ず、そこにいるんだろうなぐらいに推測しか出来ない。

 

 頼りになるのは己の見聞色の覇気、ただそれだけである。

 

「“花の舞娘(まいこ)” ネルソン・ジョゼフィーヌだな。海軍の六式を操るってのは本当だったか……」

 

 駆動音を生み出していた機械(マシン)を操っていた主が言葉を投げ掛けてくる。闇の彼方から……。

 

「ええ、そうよ。あなたがグラディウスね。ローから聞いているわ、忌々しいパンク野郎だって……」

 

 友好的になれない取引相手には最初から売り言葉に限る。ましてや相手はドンキホーテ・ファミリーの金庫番である。

 

「ローか。久しぶりに会ったが相変わらず生意気な野郎だった。お前もその口か? 俺たちの取引をブチ壊しにしやがって……。しかもあの金をお前らが持っているそうじゃねぇか。……計画を狂わせる奴に容赦はしない。俺のバイクを以てすれば亀の歩みに追い付くなんざ造作もねぇこと。てめぇら全員ブチ殺しだな」

 

 グラディウスが放つ言葉は怒りと憎しみに満ち満ちている。でも私も引けない。

 

 

 ここは、断じて引くわけにはいかない。

 

 

「やれるもんならやってみなさいよっ!!!!! あんたたちなんか直ぐに破産させてやるわ!! そのバイク、質に出したくて仕方がなくなるかもね……」

 

 私の最終通告に対し怒りを爆発させたのか、強烈な破裂音が聞こえてくる。

 

 

 戦闘開始ね……。

 

 

 

 

 

投石(カタパルト)パンク」

 

 離れた間合いから牽制すべく放たれてくる飛翔物。至近距離に近付いたら破裂させるつもりなんだろう。怒りに満ち満ちていた割にはやってくる手は中々に冷静だ。

 

 先手を取られているがそれはいい。私の居合は一撃必殺が命。一度繰り出せばその後は無い。よってタイミングが何よりも肝心となる。ここぞという好機を作り出すためにまずは様子を見るのだ。

 

 ローは言っていた。接近戦は危険だと。でも接近せずに特大の利益を望むことなどできるだろうか? ……否である。

 

(ソル)

 

 というわけで一気に間合いを詰めていく。かなりの危険を伴うことであろうが……。柔らかい砂地を超高速で叩き進んで相手の気配へと近付いていき、グラディウスが両腕を膨らませているのを感じ取って、

 

「ブラッキウムパンク」

 

 破裂と同時に跳躍へと切り替えて上空に跳び上がり、

 

嵐脚(ランキャク) “乱”」

 

蹴りの乱れ撃ちだ。

 

 それは斬撃と相成ってグラディウスのところまで到達することだろう。

 

破裂弾丸(パンクパーラ)

 

 そうきたか。無数の弾丸を飛ばして破裂させるってわけね。でも私には、

 

 

剃刀(カミソリ)

 

空中を飛ぶ月歩(ゲッポウ)と超高速で移動する(ソル)の合わせ技がある。

 

 これで一気に上空から砂地へと下り行き間合いを詰めたところで、

 

 

見聞色の覇気マイナス……、

 

 

グラディウスの背後をとって、

 

指銃(シガン)

 

人差し指を鉄の硬度に固めて叩きこむ。グラディウスの苦悶の気配が指より伝わってくる。

 

 入った……。

 

 

 だがパンク野郎は体勢を変えて、その後には駆動音……。

 

 

 

 しまった……。

 

 

 

 私は捨て置いて、まずあの二人をやってしまおうっていうの? だがそれは合理的な作戦でもある。こいつらにとって重要なのはナギナギの実であり、10億ベリーなのだから……。

 

 

 (ソル)で追い付けるだろうか?

 

 

 だが、そんな懸念も余所に駆動音は鳴り響いている。というか、どこかおかしい。私を捨て置くのであるならば、駆動音は遠ざかっていかなければならないが、そんなこともない。

 

 

 どういうこと?

 

 

「指一本入れたぐらいで浮かれてんのか? おめでたい奴だな。俺がお前を無視して亀を追うとでも思ったか? まあそれも悪い計画ではねぇが、安心しろ。ブチ殺す対象にはしっかりとお前も入っている。………パンク“(サウンド)”フェス」

 

 グラディウスの声が聞こえた瞬間だった。緩やかに波打っているであろう砂地が盛り上がっており、それが辺り一帯に広がっている様が容易に想像でき、それはあいつの駆動音による仕業であり、その結果……、

 

(つんざ)くような破裂音と共に大地は爆発を起こす。

 

 私の全身はそれによって痛みつけられ、空中へと投げ飛ばされるが、地へと落ち行けばそこには、

 

「パンク“(サウンド)スーパーアリーナ」

 

 先程よりも隆起している盛り上がりが存在していて、瞬間には……。

 

 

 大爆発……。

 

 

「いいサウンドだろ? お前には打ってつけの葬送歌だ……」

 

 先手を譲ってしまったのがいけなかったのか。そんなことは問題ではないのか。もうよく分からない。取り敢えずは……。

 

 

 私の意識はそこで途切れてしまっていた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 ヤミヤミ……、とんでもないな。

 

 

 さっきのは相当に効いている。腹からの出血は収まりそうもない。

 

 

 ローは、クラハドールは大丈夫だろうか?

 

 

 

「フフッ、フッフッフッフッフッ!!!! フッフッフッフッフッ!!!!! てめぇら、何やってんだ?」

 

 ドフラミンゴ……。

 

 今の今まで沈黙を貫いていた男が笑っている。さも可笑しげに、そして口を開けば、何やってんだときたもんだ。

 

 俺は必死になって身体を起こし奴の方向へと視線を向ける。

 

 

 この場所は最初とは打って変わって窪地になっているのにも関わらず、まるで何事もなかったかのように奴は円卓に腰を下ろしている。周りを見渡してみればローとクラハドールも身体を起こしている。何とか無事のようだ。

 

「怒りを通り越して笑えてくるぜ、全くな。取引は無効になった。()()()()()()()()()は今この時も南へと向かってる。……、まあ楽しませて貰ったよ。てめぇらの()()はな。……だが、もう終わりだ。ここからは本題に入ろうじゃねぇか」

 

 奴が放ってくる内容は剣呑に満ち満ちているのだが、始終奴の口角は上がっており不気味でならない。

 

「なぁ、ティーチとやら……。そこのラフィットは俺が拾ってやった()()だ。てめぇを慕ってんのか知らねぇが、返して貰おうか」

 

 雲行きが変わってきたな。やはり奴の立ち位置は()()か。

 

「は? 何言ってやがる。これは()()()()()だぞ。俺たちの(ブツ)は目の前にある。てめぇのはどうだか知らねぇがな、ゼハハハハ!!! ……ラフィットは()を海賊王にしたいんだと……」

 

「えー、勿論ですよ。どうかご理解頂けませんかねー、ドフラミンゴさん」

 

 二人の言葉と共に一段と篝火(かがりび)の炎が強まったような気がする。

 

「フフッ、フッフッフッフッ!! ロー、お前はどうだ? ネルソンの下なんかで商人やってねぇで戻って来い。昔のお前はもっと冷酷で非情だった。海賊団(ファミリー)の一員だったじゃねぇか」

 

 本気で言っているとは到底思えない科白だ。まあたとえ本気で言っているとしても答えは決まっている。

 

「ハハハッ、おまえこそ笑わせてくれるなー。何度も言わせるなよ。ローは()()()()なんだよ」

 

「ああ、クソ食らえだ」

 

 俺たちも歯に衣を着せるつもりは毛頭ないが、

 

 

 …………………、

 

 

 

そこで初めて奴は笑顔を消して、

 

 

「全員ブチ殺しか……」

 

怒りを憎悪に満ち満ちた表情を見せてきた。

 

 

 黒ひげなど嵐の前の静けさに過ぎなかったのかもしれない。

 

 

 

 なぜなら……、

 

 

 

「あらら……、(あん)ちゃんたちこんなところで何やっちゃってんのよ。俺も混ぜてくれる?」

 

 

 海軍本部大将“青雉(あおきじ)”が自転車と共にこの場にひょっこりと現れたからである。

 

 

 

 地獄の果てにあるのは何か……、

 

 

 

それはさらなる地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

ほんまにこれどうなりますかねって感じです。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、心の赴くままによろしければどうぞ!!



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第32話 一本道の入口

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は11000字ほどです。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

「あらら……、(あん)ちゃんたちこんなところで何やっちゃってんのよ。俺も混ぜてくれる?」

 

この場にふらりと現れた男が放つ言葉を聞いた瞬間、全員が同じ思いに囚われたに違いない。

 

こいつがなぜこんなところに現れるのかと……。

 

 

海軍本部大将青キジ。

 

世界中で正義を振りかざす海軍において、大将という肩書を持つ将官は3人しか存在しない。世界政府の“最高戦力”と位置付けられている奴が今ここに居る。首に懸賞金を懸けられた無法者としてはこんな邂逅は絶対に避けなければならない事態だ。現に、

 

「おいおい、こんな話は聞いてねぇぞ。俺たちはまだ()()()()()()望んでねぇんだよ!!!」

 

と、黒ひげは焦りを帯びた言葉を叫んでいる。まだこいつには懸賞金が懸かっていないと聞くが、海賊と名乗っている以上、心中穏やかではいられないだろう。ただ元は白ひげの下に居たのであれば、顔見知という可能性もあるが。一方で、

 

「何のつもりだ、クザン? 立場上俺とお前は同じ側にいちゃあいるが、()()は勘弁して貰いてぇんだが……」

 

と、ドフラミンゴは面倒臭げな口調となって悪態を吐いている。七武海と海軍本部は対峙する勢力でありながらも、立場は同じく政府側。とはいえ、ドフラミンゴの態度からして犬猿の仲であることは自明の理なのだろう。

 

 

こうしてこの場に居る2者が闖入者に対して否を突きつけているわけだが、それは俺たちも同じである。

 

「いずれ挨拶の機会はあるとは思っていたが、ここでそれが実現するとは思ってもみなかったよ。()()()()()()の場に対してお上が首を突っ込んでくるのは如何なものかと思うがね……」

 

俺たちからすれば敵がまた一人増えたということになるので歓迎すべき状況でないことは確かである。よってやんわりと否定的な意見をぶつけてみるわけだ。

 

砂漠の夜闇は冷え冷えとしたものであったが、それに拍車が掛かりつつあるのは気のせいではないだろう。闖入者の能力はヒエヒエの実。氷結人間であり、紛れもなく自然(ロギア)の力だ。それが気候にまで影響を及ぼしているであろうことは容易に想像できる。自然(ロギア)というのはそれほどまでに強大な力を有している。

 

だがどうだ、強大な力を有している筈の奴は額にアイマスクを載せていて、何とも気だるげな表情である。

 

「あららら……、お呼びでなかったかい? (ふね)の上は暇でしょうがねぇんでな、散歩してるだけだ。とにかくまァ……、あァちょっと失礼、立ってんの疲れた。……まァ俺に構わずアレだよホラ……、…………忘れたもういいや」

 

何ともマイペースで話を進めながら長身の身体を横にし、口に手を当てながら盛大に欠伸をする海軍大将が窪地の上から俺たちを眺めている。

 

なんだこいつは……。

 

ナノハナで出会った炎人間に勝るとも劣らぬ程の突っ込みどころ満載である氷人間。だが残念ながらこの場に居る人間は気持ちいいぐらいに突っ込める技術は持ち合わせていないらしい。海軍大将にあるまじき姿を見せつけられながらも辺りを支配しているのは静寂のみである。

 

篝火(かがりび)の近くで円卓に座しているドフラミンゴの口角は上がってないし、先程まで俺たちに対して優位に立っていた黒ひげからは余裕の表情が消えてしまっている。そんな中で俺たちはといえば変わらず出血が収まってはいない。この場で最も危険な立場にいるのは俺たちかもしれない。

 

取り敢えずはへたり込んでいる場合ではない。まずは立ち上がらなければ……。

 

そんな思いに駆られて立ち上がり、ふとクラハドールの表情を見てみれば不敵な笑みを浮かべているではないか。

 

なぜお前はそんな余裕綽々の表情をしているんだ? おいおい、まさか……。

 

「クラハドール、これもてめぇの筋書きなのか?」

 

どうやらローも俺と同じ思いでいるようだ。立ち上がった姿は苦しそうではあるが、眼にはまだまだ生気が宿っている。

 

「……そういえば、スモーカーの奴が何やら喧しく喚いてたんだが知らねぇか? ネルソン商会ってのを……」

 

何が散歩してるだけだ。俺たちの名を口にしたところで、殺気を纏いやがって。

 

これで話が繋がった。クラハドールはレインベースで煙人間に何かを吹き込んだに違いない。それは廻り廻って俺たちの前に氷人間を送り込むことに発展した。

 

「白猟から青雉を想像することが出来た。これは賭けだったが、奴の相関図であの男は大きな位置を占めていることを考えれば、こうなる可能性は高いと思ってな」

 

で、こうなったところで俺たちに一体何のメリットがあるっていうんだ。俺の考えを補足するようにして説明を始めたクラハドールに対して、至極尤もな突っ込みを心の中で呟いてみる。

 

「今この場でメリットは大してない」

 

阿吽(あうん)の呼吸が如く繰り出されてくるクラハドールの説明には何も救いがないが、

 

「……だが、ここで……このタイミングで出会うことが後々でかい意味を持ってくるんじゃないかと思ってな……。最終的には聖地の頂きに手をつけなきゃならねぇとすれば、こんな回りくどいことも考えなきゃならねぇ……」

 

言ってることは何となくわかる気はする。俺たちは既にチェスゲームを始めているわけだ。そしてこれはお前が繰り出す渾身の一手なわけなんだな。だがそんなことに思いを馳せるのはここを生き残ることが出来た後で考えた方が賢明だろう。

 

「フッフッフッ!!! クザン、お前もこのガキどもに用があるみたいだな。だがこいつらの相手は俺だ。お前はそこで惰眠でも貪ってりゃいいじゃねぇか。……フッフッフッフッフッ、なぁ、てめぇら、踊れ。ここには踊りが足りねぇな、もっと踊ってみせてくれ…………寄生糸(パラサイト)

 

始まった……。奴が操る地獄のショーが……。

 

 

 

イトイトの実を食べた糸人間である奴の最大脅威がこの技だ。知らぬ間に身体から肉眼では見えないぐらいの糸を繰り出して絡め取られ、奴の思うままに操られる。

 

その結果、引き起こされるのが同士討ち……。

 

俺たちの後方にいた黒ひげ海賊団の面々が突如として騒がしくなる。どうやら己の意思とは反対に身体が勝手に動き出すようだ。口角を上げて不敵な笑みを湛えながら右手の指を動かしている奴の餌食に掛かってしまっている。ドクQ、バージェス、オーガーと黒ひげによってそう呼ばれていた奴らが、苦悶の表情によって全力で反対の意思を示しながらも、黒ひげの居るところへと近付いて行っている。いや、動かされているというのが正しい表現か。必死の形相で俺たちの横を過ぎ去りながら、黒ひげの下へとにじり寄っていく3人の大男たち。

 

そこでドフラミンゴの指の動きが速くなり、3人が一斉に黒ひげへと向かって、自分たちの船長へと向かって攻撃を開始する。ドクQはりんごを持ちながら迫っていき、バージェスは右拳を前に突き出しながら突っ込んでいき、オーガーは狙撃の体勢に入っている。

 

一方で、黒ひげの側に控えていたラフィットも体の向きを本人の意思に反して変えられて、

 

「…………くっ……」

 

だが次の瞬間ドフラミンゴから苦悶の声が漏れ出て奴の指の動きが止まり、黒ひげへと迫っていたその部下3人の動きも途中で止まる。ラフィットの顔から笑みが零れ出て、操り人形劇は突然にして終止符を打たれる。

 

 

わけはなく、ラフィットの笑みは一瞬で驚愕の表情へと変わり、口からは泡を吹かせて意識が飛んだようにその場で昏倒する。

 

俺には何も感じられなかった。当然ローやクラハドールもそう。この場でそれを感じたのは昏倒したラフィットだけのようだ。奴にだけ向けられたもの、そういうことだろう。

 

俺は何も感じられなかったが、何かが見えた気がした。確かに何かが見えた。それは黄金色(こがねいろ)に輝く一筋の気。俺にはそう見えた。ほんの一瞬の出来事ではあったが確かにそれはドフラミンゴから放たれたものであった。

 

覇王色の覇気……。

 

聞いた話でしかなかったことが今目の前で現実として起こっている。3種ある覇気の中でも異質、全身から発する殺気によって相手の意識を失わせるものだが、この覇王色だけは他2つの覇気と違って訓練ではなく心身の成長のみによって覚醒していくという。今のはラフィット一人に向けられていたのであるから制御されていたことになる。ドフラミンゴは覇王色の覚醒者ということか。しかも相当な使い手だ。相手を一瞬で気絶させるためには相当な力の差が必要である。だがラフィットという奴が並であるわけではない。ということはドフラミンゴの力の方が凄まじいという結論に達する。

 

「ラフィット、お前の催眠術はステッキじゃなくて眼に真髄があることぐらいお見通しだ。フッフッフッ、終わらせようじゃねぇか、絶望の中で死ねばいい。さあ踊れ!!!!」

 

再び動き出す奴の指。操られる3人の男たち。

 

「おい、よせよ、ドフラミンゴ。こんなことして何になる。俺たちは取引パートナーじゃねぇか。なぁ、そうだろう…………、ゼハハハハ!!! 闇水(くろうず)

 

下品を通り越して醜悪の極致に達している黒ひげの言動は全く信用するに値しないものだ。俺たちにやって見せたように奴は右手を突き出している。ドフラミンゴも能力者として例外なく引き寄せるつもりなのだろう。真っ黒な右手から渦を描くようにして放たれている闇そのものはイトイトの能力(ちから)をも引き寄せ……………

 

 

 

るかと思われたが、

 

 

「成り上がり、面白ェじゃねぇか。うねりと共にやってくる“新時代”はすぐそこまで来てる。だが、……俺に勝てると思い上がるのは頂けねぇな……」

 

奴の、ドフラミンゴの体は円卓からびくとも動いてはいない。全くと言っていい程動いてはいないのだ。どういうことかは分からないがヤミヤミの能力がドフラミンゴには通じていない。だが推測することは出来る。奴の体全身が黒く覆われているからだ。

 

「覇気の行き着く先にある姿が()()だ。成り上がるんなら相手はしっかり選べ。能力ぐらいじゃどうにもならねぇ世界(ステージ)がこの世にはあるんだよ!!!!」

 

ロッコが静寂なる森(サイレントフォレスト)での戦いの後で口にした覇気はまだまだ底を見せてはいないというのはこのことなのだろうか。ドフラミンゴが今目の前で体現しているのが覇気の行き着く先なのだろうか?

 

眼の前で繰り広げられていることは瞬間、瞬間で駆け抜けていくことなのだが、まるでスローモーションのようにして脳内に焼き付けられていく。己の船長に向かって雄叫び上げながら襲いかかる3人の部下たち。狙撃弾は深々と奴の闇へと突き刺さり、拳はメッタ打ちに奴の闇をズタズタにし、最後にはとびきりキレイなりんごが奴の闇そのものの中へと嚥下(えんげ)されて爆発する。奴を海賊王にしたいと言っていた男は側で倒れぴくりともしていない。これら全て円卓に座するドフラミンゴの指ひとつで為されている。

 

そして、

 

大弾糸(ダイナマイト)

 

奴の左手人差し指から紡ぎだされた糸が瞬時に弾状となって弾き出され、それは黒ひげの体を刺し貫いて穿つだけではなく、闇そのものの中で大爆発を起こし黒ひげの巨体は地に斃れゆく。

 

見せつけられる圧倒的な力。俺たちが3人がかりでも苦戦した相手を赤子の手を捻るようにしてあしらっている。

 

「そういやァてめぇらはまだ踊ってなかったな……」

 

今度は俺たちの番だ。

 

奴が紡ぎだす“糸”は肉眼では見ることが困難なものであるが、感覚は既に存在していた。もう手遅れであることを。黒ひげの能力によって作り出されたこの窪地は奴にとっては最高の環境(ステージ)であろう。奴が紡ぎ出していた糸によって俺たちは完全に絡め取られているという自覚があった。

 

自らの意思によって動き出すことは出来そうもない。であるならば、この期に及んでじたばたしても仕方がないだろう。ひとまずは受けに回り、起死回生の機会を模索する。それは針の穴を通すようなものかもしれないが……。

 

ある意味においては腹を括ったところで、

 

想像域(イメージ)

 

側にいるクラハドールの呟きが聞こえてくる。

 

そうか、その手があったな。地獄の業火を駆け抜ける1本道の入口が見えたような気がする。

 

モヤモヤの実の力によって、思い通りの空間を一定の時間創り上げる。ローのroom程の範囲には及ばないでのであろうが、似たような(サークル)を張っているのだろう。究極の何でもアリだが、今はそれによって活路を見出すことが出来る。

 

 

ドフラミンゴの左指が動き出す。俺たちを操り出すべく……。

 

「糸切りばさみ」

 

クラハドールが(サークル)内で己を絡み取っている糸に打ち勝つ空間を一瞬でも作り出すことに成功したようだ。ドフラミンゴの糸は肉眼では確認できない程に細いが鉄の様な強靭さを誇っている。それを切るというのは並大抵ではないが一瞬でも出来れば次の行動に移ることが出来るではないか。

 

己を縛める糸を1本切った後のクラハドールの動きは素早かった。自身の抜き足を使ってロー、俺と次々に絡め取る糸を両手に装着している猫の手によって切り裂いてゆく。

 

「トラファルガー、時間だ。5分経ってる。貴様も大方察しは付いてんだろ。今動かねぇと間に合わねぇぞ、ギリギリだ!!!!」

 

「あぁ、分かってる」

 

クラハドールの動きながらの叫びに対してローが応じたように、俺も大体察しは付いている。

 

だが、俺たちが動いているのと同時に俺たちを取り巻く奴らも当然ながら動いているわけで……。

 

ドフラミンゴの左手の指が止まる理由はないわけであり、勿論右手の指が止まる理由もない。そして、黒ひげはもう既に俺たちどころではないだろうが、その分俺たち以上に進退窮まっており、脱出という選択肢が現実味を帯びてきていることだろう。

 

ドフラミンゴは危険極まりない糸弾(いとだま)を放った後も右手の指の動きを止めてはいなかった。それはもう忙しなく動いており、体に痛みを蓄積する一方の黒ひげに対して容赦なくも黒ひげ自身の部下を使って止めの攻撃を繰り出させていた。奴らが止めてくれと懇願しながら攻撃を繰り返そうと、そこには慈悲の欠片さえなく指の動きは止まりはしなかった。

 

それでも、黒ひげは立ち上がる。自身の闇なのか血なのかもうよく分からないものを全身から流しながら。

 

「俺ァ……、成り上がる……。だが……、今回の取引はなしだ……。ドフラミンゴ……、覚えてろ……」

 

黒ひげから漏れ出る苦悶の絞り出しが耳に入ってくる一方で、

 

「ボス……、頼んだぜ。あんたの妹も既に戦ってるだろ。べポとカールは必死に逃げてる。料理長もアルバーナで()()備えてる。海には俺たちを慕って付いてきた奴らが待ってる。クラハドールもここへ来ての()()はまっぴらごめんだろ。俺もごめんだ。……生き残ってくれ……。海で待ってる……」

 

己を奮い立たせてくれるようなローからの言葉も耳に入ってくる。否、むしろローの言葉しか俺の脳内は知覚していないだろう。

 

 

とはいえ、こんなやり取りが飛び交っていれば窪地を上から眺めている起きているのか寝ているのか定かではないが取り敢えずはだらけきっているあの男でも、黙ったままでいるとはとても思えない。

 

「まだ(たけなわ)には早ぇよ。ここでお暇されるのは淋しいじゃないのー」

 

そらきた。今まで傍観に徹してきていたが、今も見た感じではやる気があるようには到底思えないが、奴が海兵であり政府の最高戦力と呼ばれる存在である以上は動いてくるだろう。

 

「お前も死ぬなよ、ロー。ここで右腕を失うわけにはいかないからな。…………行け!!!!」

 

青雉がどう動こうとドフラミンゴがどう動こうとも俺たちはここを今生の別れの場にするつもりは毛頭ない。

 

 

気付けば黒ひげは自らの闇を禍々しくも垂れ流し、窪地の中を覆い尽くす勢いである。それは自らを攻撃せんとする部下たちを、さらには自らそのものをも呑みこまんとしている。

 

ドフラミンゴの指の動きは左右共々止まりはしない。よって黒ひげの部下たちは再三再四に渡って攻撃を強いられており、俺たちもまた動かざるを得ない。左手の指先から出でる糸の先は確実にまた俺たちを絡め取ろうと動いている。奴は笑っている。口角を上げて、この場の全てを支配しているような気持ちにでも至っているのだろうか。

 

クラハドールは抜き足で動き続けている。ひとつところに留まることは決してしない。奴の糸の餌食とならないために。

 

俺もまた(ソル)を駆使してこの窪地を叩き動き続けている。見聞色の覇気は最大限まで高め、思考のスピードは自分でも驚くほどに加速している。この場の状況が、ひとつひとつの状況がまるで川を流れる濁流のようなスピードで駆け流れてゆく。

 

未だ体を横にして寝そべったままの青雉であるが、頭に当てている手は既に氷と化しつつある。

 

闇穴道(ブラックホール)!!!」

 

黒ひげが垂れ流した闇で自らの体内に取り込もうとしている。自らを攻撃するように操られている部下たちを。そして、意識を失くして昏倒している部下をも。

 

青雉がのっそりと体を起き上がらせる。盛大な欠伸をしたあとに、アフロの髪をボリボリと掻いたのち……。眼光は鋭くなり……、

 

 

 

動く。

 

 

奴はこの場から立ち去ろうとする者たちを逃がしはしないつもりだろう。海兵の名に賭けて。

 

 

ローは行かせなければならない。黒ひげたちがどうなろうとも知ったことではないが、ローの捕縛だけは何がなんでも阻止しなければならない。

 

 

窪地の上にいた奴の姿は消え、厳冬の北の海(ノースブルー)でも滅多には巡り会わないような冷気を体に感じながらも、俺は奴の動きを辛うじて見聞色の覇気で捉えている。(ソル)の高速移動を空中へと展開させて、つまりは(ソル)月歩(ゲッポウ)を加えて剃刀とし、窪地の中空で強烈な冷気と激突する。

 

 

 

「アイスタイム」

 

 

 

黄金壁(ゴールデンウォール)

 

 

 

氷と黄金による激突は王気(おうき)を身に纏っていたことで、何とか体内に冷気を送り込まれて氷漬けにされるのを免れて、がっぷり四つの激突で済んだ。

 

 

その瞬間に、

 

 

「シャンブルズ」

 

 

解放(リベレイション)

 

我が右腕がこの場を後にしたことと、俺たちを糧にしてのし上がろうとしていた生け好かない相手もまたこの場を立ち去ることに成功したことが伝わってきた。

 

 

あとに残った俺は激突の衝撃で後方に吹き飛ばされてゆく。激突してもびくともせず、霞がかった冷気を体から発している氷人間を眺めながら。奴も当然覇気を、否王気(おうき)またはそれ以上を使えるのであろうから、多分に力を加減していたとしか思えない。まあそのお蔭で第一関門は突破したわけであるが。

 

俺が青雉の阻止に動いていた中で、クラハドールもまた別の行動に動いていたようであり、円卓の席上に佇んでいるドフラミンゴの姿が心なしかゆらゆらと揺れているように見受けられる。というよりも、奴の胸や腹が糸状になりゆらゆらと風に(なび)いているではないか。

 

どういうことだろうか? あれはクラハドールが杓死定規の技で切り裂いた跡だろう。クラハドールの攻撃で奴を切り裂けたこと自体も驚きであるが。

 

何よりもドフラミンゴの体である。(なび)いている糸の根元からは体内が見えるのであるが、中に何もない。そもそもに血を流してもいない。ただ糸が体から(なび)いているだけだ。

 

 

「そいつは糸人形だ。本体じゃねぇのよ」

 

やはりな、そういうことか。

 

 

局面は目まぐるしくも変わっていく……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「べポさ~ん。ロッコ爺が全然応答してくれないよ~」

 

僕たちはジョゼフィーヌ会計士を泣きそうになりながらも見送って、南へ南へ逃げている。バンチという亀が曳く客車に乗って、辺り一帯が真っ暗闇な砂漠の中を。ただ時折月が雲の切れ間から顔を出すから、全くの闇と言うわけでもないんだけど。そう言えば雲には気をつけた方がいいって言っていたなロー船医が。僕らの敵であるドフラミンゴっていうおっかないおじさんは雲を使って移動することが出来るんだって。すごいよね、それって。総帥やジョゼフィーヌ会計士も空を飛ぶことが出来るけど、雲を使って移動するってどうやるんだろ。

 

まあそんなことはいいか……。

 

今僕はその怖いおじさんから逃げるためにも海で船に残ってるロッコ爺に電伝虫で連絡を取ろうとしているわけだけど、何度呼び出してみても応じてはくれない。

 

「見りゃわかるよ。寝てんだろ」

 

べポさんは客車の上に居て後ろを見張っているんだけど、顔だけ逆さにして客車の中を指差しながら覗いて僕の言葉に返事を寄越してくる。

 

確かにこの電伝虫寝てるけどさ~。寝てるってどういうこと? この状況で寝るとか有り得ないよ~、ロッコ爺。僕たち泣きそうになりながら逃げてるんだけど……。

 

まあロッコ爺なら思い当たる節がないわけじゃないけど……。いつかの時に総帥とロッコ爺の鍛錬風景を見た時があって、その時ロッコ爺は座りながら寝てたけど総帥の攻撃を全部受け止めたり、避けたりしてたよね。ロッコ爺なら寝ながらでも操船出来そうだよ。

 

あ~、こんなこと思い出していてもしょうがないな~。連絡できないならどうしようか……。

 

客車内の反対側の席上で座り、気持ちよさそうに寝ている電伝虫を眺めながら僕は途方に暮れるしかない。バンチはそんなことはお構いなくただただ走り続けてくれているけど。

 

「それよりカール、お前まだ何も感じないのか? お前は悪魔の実を食べたんだぞ」

 

客車の上からべポさんの声が降ってくる。

 

それもあったよね。でも正直まだ何もわからないんだよね~。確かに僕はナギナギの実と呼ばれるあの本当に不味い果物を食べたんだけどさ。

 

「感じないこともないけど、まだよく分からないよ」

 

べポさんにはそう答えるしかない。一体何が出来るようになるんだろう。取り敢えずは泳げなくなったことは決まってるけどね。分かってるのはまだそれだけなんだからしょうがない。

 

は~、本当……、どうしようかってことばかりだよ~。

 

 

ん?

 

 

あ、いつの間にか電伝虫が起きてる。

 

 

「ロッコ爺~!!! 起きてる? カールだよ!!!!」

 

不安と不満でいっぱいだった思いの丈を声に乗せてロッコ爺にぶつけてみると、

 

~「……おぉ、カールか。どうじゃ、そっちは?」~

 

何なんだろうこの圧倒的な温度差は。

 

「どうじゃじゃないよ、ロッコ爺。何度も呼んでたんだよこっちは。本当に寝てたの?」

 

間の抜けたロッコ爺の声に怒りを覚えるも、同時に安心感のようなものも広がってきてよく分からない感情が僕の中を駆け巡っている。

 

~「どうやらそうみたいじゃの~。ピーターが舵を任せろとうるさくてな、試しに任せてみたんじゃが、思いの外上手くやりおってな。舵輪の横で寝ておったんじゃな、これは」~

 

ピーター船医助手はロー船医には及ばないけど腕はいい医者だ。あの人そんな才能もあったんだ……ってそういう問題じゃない。舵輪の横で寝るって……、僕の想像もあながち間違ってなかったな……ってそういう問題でもない。

 

「ロッコ爺~!!!! 僕たち今すんごい大変なんだよ~!!!! 総帥たちはドフラミンゴと戦ってる。僕はべポさんと亀で逃げてる。積荷も載せてるし、出来るだけ早く海に出たいんだよ。今どこに居るのさ」

 

問題なのは僕たちのこの状況であり、それを一気に捲し立てる僕に対して、

 

~「わかっとるわい!!!」~

 

ってロッコ爺はたしなめてくるんだけど、わかってんなら寝ないで欲しいよ、まったく。

 

~「カール、西側の空を見るんじゃ。雲がないのが見て取れんか?」~

 

西側? ロッコ爺に促されて右側の窓の向こうに眼を凝らしてみれば、そこに広がっているのは闇空であり雲が確かに存在していない。

 

「本当だ。雲がない。雲がないよ、ロッコ爺!!!」

 

~「じゃろうて。カール、べポに言ってな、針路を西に取るんじゃ。海からは離れてしまうが、今は何よりも雲のないところへ出るのが先決。海へ出るのはその後でもよかろうて」~

 

そうだよね。今はとにかくおっかないおじさんから逃げることが一番大事な事なんだ。

 

「そうだね、ロッコ爺。ありがとう!! そうだ、ロッコ爺、僕ナギナギの実を食べたよ。まだ全然実感が湧いてこないけど……」

 

~「……………………そうか。お前も連関されたつながりの線上に立ったか……」~

 

ロッコ爺はそう言い残して交信は途絶えてしまった。ロッコ爺が最後に言った言葉には何か大きな意味があったのかもしれないけれど、僕にはまだ分からなくて、

 

「べポさ~ん!! ロッコ爺が応答してくれたよ。針路を西にするんだ、雲のない方向に!!!!」

 

大声で叫びながら客車の外に身を乗り出していた。

 

 

 

 

 

「カール!!!! 絶対に外へは出てくるなよ。あいつはお前を奪いに来たんだ!!!!」

 

西に針路を取って暫くしてからべポさんが北東の空に動くものを見つけたんだけど、それは見る見るうちにこっちへと近付いて来て、動くものではなくて空を飛んでる人間ってことが分かるようになった。雲に糸を掛けて空を飛んでいる、いやべポさんが言うには空を走っているように見えるらしいんだけど、それがどうやらドフラミンゴみたいなんだよね。

 

絶対にって言われるとやっぱり気になってしまって様子を見たくなるもんだから、窓から顔を出して窺ってみたら本当に雲の下をすいすいと走るように飛んでいた。しかももうかなり近くまで来ていて、僕は急に恐怖に襲われ始めてきたわけで。

 

動く客室の中で右往左往しながら、どうしようかと考えている。

 

僕どうなっちゃうんだろうか。戦わないといけないよね。でも鍛錬は始めたばかりだし、悪魔の実を食べたのだってついさっきだし、一体どうすればいいんだよ~。

 

ナギナギの実、音を消す能力だって言ってたような気がするなロー船医は。でもあの怖そうなおじさん相手に音消したところで一体何になるっていうんだよ~。

 

「カール!!!! 絶対に出てきたらダメだからな。俺が戦う!!!!」

 

べポさんの叫びはもう本当に近くまで来てるってことだよね。

 

 

「フッフッフッフッ、そいつを俺に寄越せよ。()()()育ててやろう」

 

なんか笑い声と嫌な予感しかしない言葉が聞こえてくるんだけど……。もう腹括らなきゃいけないよね。守ってもらってばかりじゃいけないじゃないか。

 

あの日、僕は総帥に言ったんだから……。強くなってみせるって……。

 

心の中で活を入れた僕は客車の出入り口から体を出して、上へと手を伸ばしてべポさんの居る所へと上がって行った。

 

「おい、カール!!!! 出てくるなって言っただろ!!!! これはマジでヤバいことなんだぞ!!!!!」

 

「そんなこと僕だって分かってるよ!!! でも、腹括らなきゃいけないじゃないか!!!!! 僕だって戦う。戦って見せる!!!!!」

 

べポさんの叫びに対して僕も負けじと大声で叫び返してみる。客車の上は風が強くてシルクハットが飛びそうになるけどしっかり押さえて、やってくる敵を睨みつけてやる。

 

もう10mも離れていない様に見える。闇の中に派手な服装がもう浮き上がっていて、不気味なくらいに笑っている表情も見える。

 

怖い、怖すぎる。怖すぎるけど、負けるもんか~。僕は眼を逸らしはしない。

 

 

闇から伸び出てくる糸が僕に向かって一直線に向かって来ようとするところへ、べポさんが盾になって僕の前に立ちはだかろうとしたその時、

 

 

 

僕たちの前にいきなり現れて、絡め取ろうとする糸を刀一本で受け止めた誰か……。

 

 

背中のハート、トラ柄の帽子。

 

 

 

ロー船医……。

 

 

「フッフッフッ、ローじゃねぇか。どうした、俺と酒でも酌み交わしてぇのか?」

 

 

「道すがらで気付いたよ。さっきのは()()だったと。……酒を酌み交わす? 鉛玉をぶちこみ合うの間違いだろ。ケリをつけに来た。コラさんに代わってな……」

 

二人の激突で生み出された爆風の様な凄まじい風が僕らを襲って来たけれど、僕は眼を瞑ることはしなかった。

 

 

かっこよかったから……。

 

 

多分これが覇気の激突ってやつだ。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

1話で切り抜けることは出来ませんでした。

まだどうなりますことやらで申し訳ありません。

よろしければ誤字脱字、ご指摘、ご感想、

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第33話 まだだ

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は平均文字数に近いです。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

地獄の業火に伸びる一本道……、辿る先は見えているか? 否、未だ見えはしない。闇そのものであった奴らは姿を消したが、今この場は益々もってして闇深くなりつつある。篝火(かがりび)が演出していた地獄絵図は今や打って変わり、砂の地には似つかわしくもない氷が、全てを凍てつかせんとする冷気が役者交代よろしく表舞台に出でようとしている。

 

今この時、この瞬間を詩的に表現してみればこのようなものだろうか。

 

 

待てよ……、何かを忘れてはいないか?

 

 

そうだ、糸はまだ切れてはいやしなかった……。

 

 

 

 

「クザン、余計な真似をするな。まだガキどもに()をしてる最中だ」

 

青雉が糸人形だと言ったそれは平然と言葉を放っている。見たところ先程から1cmとて動いているようには見えない。黒ひげに退却を覚悟させたそのままの状態で円卓に座しているようにしか見えはしない。クラハドールの猫の手による斬撃は奴が糸そのものであることを(あらわ)にさせはしたし、奴がそれと表現していいものと分かったわけでもあるが、だからと言って何かが変わったわけでもなさそうだ。それの指は止まってはいない。今も動き続けている。

 

故に、立ち止まることは出来ない。立ち止まったが最後、俺たちもまた()()と化す。

 

「好きにすりゃいい。別に指令を受けて来たんじゃねぇんだ。散歩だって言ってるじゃないの。んじゃ、まー……、ちょっと失礼して」

 

ドフラミンゴに釘を刺された青雉は再び海兵の職務など忘れたかのような返事をし、まるで招待された客の様な面持ちで円卓に腰を沈めてゆく。そして眠くて仕方ないと言わんばかりに盛大に欠伸をしている。そこだけを見て取れば俺たちにとって無害の存在ではあるが、それで済む筈がないことは分かりきっている。

 

散歩をしているが職務を遂行しないとは言ってない。これでは言った言ってないの水かけ論、または面倒な法律の押し問答に近い。だが鵜呑みにしてバカを見るのはこっちだ。というよりも絶対に鵜呑みにしてはならない相手だ。どれだけ間の抜けた表情で欠伸をしていようとも最大限の警戒を怠ってはならない。

 

 

とはいえ警戒を怠ってはならないのはその隣席を占める人形も同様である。クラハドールによって切り刻まれて出来そこないの人形のようになって尚、あのように人体と同じような動きが出来るというのは相当に能力を研ぎ澄ました状態と思われるが、推測するに覇気の力が大きいのではないだろうか。行き着くところまで行き着いた覇気の力が分身を分身以上のものにしているのではないのか。

 

何にせよ……、そろそろ動くぞ。あの人形は……。

 

俺たちが動きまわっていることで操るという手は使えないとみれば、次の手を出してくるだろう。もう一発何かしらでかい攻撃を入れない限りあれはまだ止まりそうにない。

 

 

 

「クラハドール!! あと何回いける?」

 

俺の動きとは少し位置をずらして動き回ることで何とか接触を回避している我が参謀に問い掛けてみる。あと何回能力を行使してあの何でもあり空間を使えるかと。警戒を怠れない相手がすぐそこにいるため全てを口に出すことはせずに。

 

あの人形の動きを考慮して俺たちも出方を考えておかなければならない。

 

「何とか1回はいけるだろ」

 

左斜め後方へと俺から遠ざかるように移動しているクラハドールから答えが返ってくる。まだ会って日は浅いというのに皆まで言わずとも答えを返してくるというのはさすがだ。

 

地獄の業火に伸びる一本道。駆け抜けられるかどうか、未だ先は見えないが特大のリスクにはそれ相応のチャンスも眠っている筈だ。それは針の穴を通すようなチャンスかもしれないが、絶対に見逃してはならない。チャンスはそこにしかないのであるから。

 

一点突破……。

 

「見逃すな!!!!」

 

伝えたい諸々を心の中に飲みこんで、俺がクラハドールに伝えた言葉はほんの一言となったが、奴にはそれで伝わることだろう。

 

 

 

来る……。

 

 

 

知覚した瞬間には視界の端でサングラスを掛けている糸人形が消えたのが目に入ってくる。

 

 

背後……。

 

 

(ソル)での移動スピードを見極めた上で背後へ回り込んできている。だがギリギリ間に合うだろう。(ソル)のスピードのままで体を180度反転させて、

 

嵐脚(ランキャク)黄金突撃(ゴールドラッシュ)”」

 

速度に遠心力を加えて黄金化した右足の蹴りを撃ちこむ。しっかりと武装色の王気を纏わせてだ。奴の分身相手に鉄塊(テッカイ)で防御に回るよりも蹴りで相殺を狙った方が逆にリスクが低いのではないか。

 

分身の右手から紡ぎ出されている五本の糸は風に(なび)いているかと思えば、

 

五色糸(ゴシキート)

 

ピアノ線のような強靭さで襲いかかってき、俺の蹴りを相殺してさらには足を切り裂こうと飛び込んでくる。

 

 

互角ってわけにはいかないか……。

 

 

分身の口角は相も変わらず上がっている。

 

「中々強力な蹴りじゃねぇか。大した重みだ……」

 

お褒めに与かり光栄……だなんて言ってる暇はない。また動きださなければ直ぐにでも糸で絡め取られてしまう。蹴りの動作からそのまま右足に重心を載せて、左に体を捻りながら再び(ソル)に入る。

 

さっきのは足を少し掠っているが大したことはない。

 

分身の右手から一本の太い糸……。鞭か……。

 

「クラハドール!!!」

 

左斜め後方から右斜め前方へと回り込んできている我が参謀に乱入を要請する。既に奴は糸人形の背後から左手を真っすぐ伸ばし猫の手で切り刻まんと動いている。この戦法は俺が静寂なる森(サイレントフォレスト)でCP9からやられていたことそのものである。

 

クラハドールが切り込んでいる角度は完璧だ。分身の体勢からすれば明らかに死角。クラハドールが先程分身の体を切り刻めたのは能力を行使してのものであったのだろう。故に実際攻撃が入ろうとも、もう効果はないかもしれない。能力はあと1回しか使えないと奴が言っていたのであるから。だが、分身の意識を惑わせるには十分なはずだ。

 

腕を背中にやり連発銃を取り出して、銃口を向ける先は分身の肩口……、一瞬だけ円卓にも意識を割いておく。

 

 

青雉はまだ動いてはいない。局面はまだ辛うじて2対1だ。

 

 

黄金王の六芒星(ゴールドキングダムヘキサグラム)

 

分身の肩口目掛けて六芒星を描くようにして能力で生み出し王気まで纏った銃弾を六発全弾ぶっ放す。

 

 

分身からすれば左斜め前方から飛んでくる六発の銃弾、右斜め後方から切り込んでくる斬撃ということになる。再装填をしながら分身からは逃れるように移動しつつも意識は分身に向けておく。

 

どう動くのか……。

 

クラハドールの斬撃は糸を切り刻むことはなく、織り成すそれを撫でるに留まるが、銃弾は確実に糸の集合体を抉り取るも……。

 

分身は体を前方に投げ出し、右手だけでなく左手からも太い糸を紡ぎ出し、体に捻りを加え始めて……、

 

回転……。

 

 

螺旋鞭糸(スパイラリート)

 

 

分身の右手と左手から伸びる太い糸が回転によって瞬間の鎌風を生み出し、まずはクラハドールを弾き飛ばしてゆく。さらにその鎌風はこちらへと迫り……、

 

「ガキが……、人の躾は素直に聞くもんだろうが……」

 

切り刻み弾き飛ばさんと押し寄せてくる。それに対し(ソル)での移動ながら何とか体を90度右に捻って分身と正対し、後方へ後ずさるようにして回避行動をとってゆく。

 

何もしていないとはいえ背後に青雉が控えている体勢は落ち着ける立ち位置ではないが、形振り構ってもいられない。

 

分身の上半身は見たところほぼほぼ原形を留めてはいない。あともうひと押しすれば何とかなるのではなかろうか。それに銃撃はどうやら効果がないわけではなさそうだ。であるならば……、

 

再び銃口を向けて六発全弾を放つに限る。筒先から放たれた軌道は一直線に回転運動を終えつつある糸の集合体へと向かうが、その右手から伸びていた鞭のような糸は消えておりその代わりに……。

 

「ボスっ!!! 後ろだっ!!!!」

 

鞭糸によって弾き飛ばされていたクラハドールから危険を知らせる叫びが飛んでくる。

 

 

後ろ……。

 

 

直ぐ様に振り返ってみれば、

 

 

無限鞭糸(インフィニット)

 

左後方から回り込むようにして鞭糸が既に目前へと迫り来て、銃を持つ右手を掴まれた。

 

 

不味い……。

 

 

この間合いは直観的にもう手遅れであることを悟り、覚悟を決めて防御体勢へと入る。体全身を武装硬化、つまりは武装色の王気を纏った上で六式の鉄塊(テッカイ)を掛け己の体を最硬度へと瞬間的に高めてゆく。目前の鞭糸はただの鞭糸から変化して、姿形を人の形へと変え、サングラスに覆われ口角を上げた表情を作り出す。さらには右足が俺の右肩へと迫り、

 

「お前に()()がいるってんなら……、お前自身の()()はいらねぇよな」

 

振り下ろされてくる。その脹脛(ふくらはぎ)にはピアノ線よろしく糸が張られており、背筋を凍りつかせるようなものが一瞬で駆け抜けていき、次の瞬間には………………、

 

 

 

右腕は俺の体から離れてゆく。

 

 

 

激痛……。脳内をぐしゃぐしゃに痛み付けてくる何か……。

 

 

 

内から迸ってくる痛みは叫びを声に出して放出させたくて仕方が……、否違う。込み上げてくる痛みは窒息しそうなほどの不足感を知覚させ、脳内は放出よりも吸収したがっている。

 

 

 

何だこれは……。

 

 

 

だがそんなことよりも激痛……。いっそのこと意識を失った方がましと思えるほどの痛み……。右腕に視線を向ければ肩の先には何も付いてはいないのだ。滴り落ちる血、それがまた痛みを増幅させてゆく。

 

 

 

それでも、

 

 

 

意識的なのか無意識なのか分からないところで俺の左腕、左手人差し指は自然と伸ばされ、武装硬化を引き起こし、

 

指銃(シガン)六芒星(ヘキサグラム)”」

 

銃弾と化された左手人差し指は糸人形の上半身を完全に無きものにするまで穿ち続けた。それは己の攻撃のようでいて、どこか他人の攻撃を見ているような感覚がある。右腕を切り落されて激痛の中でよくもまだ指銃(シガン)を撃ちこむ体力があるなと我ながら驚きでもある。

 

さすがに指銃(シガン)を撃ちこんだあとは地にへたり込みはしたが……。右肩口からの血の滴りは当然のように止まりそうにはない。激痛も当然のように消えはしない。糸人形が下半身だけとなって動きが漸くにして止まったのが不幸中の幸いか。

 

「……すまん。気付くのが遅れてしまったな。トラファルガーの腕なら大丈夫だろうが、……時間の余裕はもうない。急がねぇと貴様の右腕は戻って来ねぇぞ」

 

五体満足の状態で近寄ってくるクラハドールが俺の右腕を抱えながら声を掛けてくる。さすがは執事で、両手は猫の手からいつの間にやら医療用手袋へと変わっており、俺の右腕の切り口は綺麗に包帯を巻かれている。

 

そして、右腕を抱えたまま器用にも右腕を失くした肩口に応急処置を施していくクラハドール。

 

 

 

「……んん、終わったか。……あらら、派手にやられちゃってるじゃないの。……だが、さすがは親子だな。諦めの悪ぃとこなんか()()()()にそっくりだよ。……なぁ、お前ら今死んどかねぇか?」

 

糸人形が止まろうとも円卓の主はまだ立ち去ってくれてはいなかった。散歩に来たのならば言葉通りにしていればいいものを、結局は散歩に来たわけではないんだろう。

 

円卓前の席から円卓そのものに移ってどっかりと胡坐をかき、鋭い視線を投げ掛けてくる表情からはやる気のなさは微塵も窺えず、寧ろやる気満々に溢れていると表現した方がいい。

 

それに、こいつも俺の父親を知ってるのか。確かに知っていてもおかしくはないが、口にしてくるということは何か思惑があるんだろうな。

 

「お前らどこまで繋がってんだ? お前らの名が政府内で飛び交いだしたのはフレバンスの一件からだ。そこからの政府内の動きは慌ただしいもんだった。裏じゃあ、あまり耳に入れたくねぇ話も聞こえてくる。お前らの存在そのものが政府を揺るがしてんだ」

 

青雉から紡ぎだされてくる言葉の声音はとても低く抑えられていて、そこには確かに海軍大将としての威厳が存在している。

 

「闇商人ってのは海賊とは違う。俺たち海兵は言ってみりゃ、対海賊に特化した組織だ。だが……、俺はお前らに興味がある。正直、お前の親父さんにはほとんど面識はなかったが……、お前が何を望み、どこへ行こうとしてんのかには興味があんのよ……。まあともあれ俺も組織の人間だ。やることはやらねぇとどやされるんでな……」

 

言いたいことを言い終えた奴は円卓の上で体を起こしてゆく。

 

要はやるしかないってことなんだろう。体の状態は最悪に近いが当然ここで命を落とすわけにはいかない。俺たちはまだ何も掴んではいない。人は皆いずれは死にゆく存在なわけではあるが、俺たちの死に場所は少なくともここではないことだけは確かだ。

 

動け。

 

心の中で己の体に鞭打つように言葉を投げ掛け体を起こすと、側にいた筈のクラハドールの姿は既にない。背に俺の右腕を背負いつつ抜き足で動き出している。

 

おいおい、何やってんだ。下手に突っ込んでもどうにもならない相手であることはわかってるはずだろうに……。相手は自然(ロギア)の能力者だ。覇気を纏わなければ触れた時点で氷と化してしまう。クラハドールが覇気を纏えるのは能力を行使したときのみ。今この時が能力の使い時ではないだろう。あと1回しか使えないと言ったのはお前自身ではなかったか……。

 

そんな俺の考えなど知らぬ風でクラハドールは氷人間との間合いを詰めていく。

 

「アイス(ブロック)両刺矛(パルチザン)

 

間合いを詰めてくる相手に対し氷人間はといえば、冷気を体から発して凍らせると、空中で器用にも複数の矛へと変形させて相手目掛けて放ってゆく。問題はその放たれるスピードであってクラハドールの抜き足よりも速く、つまりは一瞬でクラハドールの肩、腹、足へと突き刺さっていく。

 

それでもクラハドールは止まりはしない。さすがにスピードは落ちているが、いつの間にか再装着して猫の手となっている自身の右手を伸ばし、氷人間へと向かっていく。

 

 

その様を見ていれば俺も動かざるを得ない。だが激痛は当然収まりはしないし、どうにも体のバランスがおかしくなってしまっているのか動きづらい。

 

とはいえだ……。

 

嵐脚(ランキャク)黄金跳撃(ゴールデンスプラッシュ)”」

 

能力を行使して右足の蹴りから跳びはねる鎌風を起こして、青雉へと放つ。

 

俺もそれで止まりはしない。全身全霊を持ってして畳みかける。そこまでしなければどうにもならない相手だ。

 

「お前らの立場を考えれば連行したいところなんだが、船がねぇ。悪いが死んで貰うぞ」

 

奴から飛び出してくる言葉にももう容赦はない。一切として……。

 

連発銃を慣れない左手で持ち、銃口を構えて放つは、

 

黄金並行銃撃(ゴールデンパラシュート)

 

2発の銃弾。武装色の王気を纏われて並行に突き進むそれは嵐脚(ランキャク)が生み出した鎌風とは時間差で奴に襲いかかるだろう。

 

 

当然のようにしてこの2つの攻撃に直接的な効果はなきに等しいが、クラハドールへの意識は逸らすことが出来るだろう。現に奴は回避行動を取っている。

 

 

だが、それに何の意味があるのか。クラハドールが止まるわけではないのだ。あいつはまだ青雉に向かっている。

 

 

他に打つ手はないだろうか? ………………否、ない。

 

 

全くと言っていい程ない。それでも諦めるわけにはいかない。何としてでも活路を見出し、この地獄の業火に延びる一本道を駆け抜けてみせなければならない。

 

 

息が苦しい。なぜだ? 空気がなくなったわけでもないのに。

 

 

否、違う。体の奥底が何かを欲している。それが何なのかは分からないが……。

 

 

俺はどうしてしまったと言うのだろうか? 途轍もなく何かを体が求めているのを感じる。

 

 

クラハドールの動きは止まらない。

 

 

青雉が姿を現してくる。

 

 

猫の手で突っ込んでいくクラハドール。

 

 

氷河時代(アイスエイジ)

 

 

青雉が、途方もない自然(ロギア)の能力を持つ氷人間が、手数を掛けずに一瞬で勝負を決してくるような予感はしていた。奴が口にした言葉から想像するに、一瞬にしてこの砂の海を凍らせるつもりだろう。そしてそれは即ち、そこに佇む俺たちも一瞬にして氷漬けにされるということだ。

 

 

そこには絶望しか存在しない。

 

 

勝負は一瞬にして決する。

 

 

俺たちは負ける。

 

 

途轍もない冷気がすぐにも俺たちを意識の彼方へと追いやってしまうのか?

 

 

否、まだだ。……まだだ。……まだ終わってはいない。

 

 

己の体内に新たなる何かが生じたのを感じた。

 

 

それが何かは定かではないが……、

 

 

 

 

おそらく、……覚醒だ。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「今、ネルソン・ハットの右腕を切り落した。フッフッフッフッフッ、ロー……、お前は奴の右腕らしいな。どうだ中々洒落が利いてると思わねぇか?」

 

亀のバンチが曳く客車に乗ったべポとカールを構わず突っ走らせ、ジョーカーとサシの空間になったところで奴から飛び出て来た言葉は俺の沸点を軽く突破するには十分な内容だった。

 

「てめぇ、俺のボスに何やってんだっ!!!!!」

 

気付けばそんな言葉を力の有らん限りに叫んでいた。

 

奴を相手にして感情的になることは致命傷になり得ることは頭では分かっていることだが、心がそれに従うことが出来そうにはなかった。

 

クラハドールはギリギリだと言っていた。あいつが言っていたギリギリの意味が今になって分かる。あいつは俺の消耗具合まで計算してギリギリだと言ったんだろう。確かにジョーカーと戦うにはギリギリの体力しかもう残ってはいない。

 

 

だが……、そんな問題じゃねぇ……。

 

 

直ぐさまroomを張り直し、前へと出る。鬼哭(きこく)を構えて一気に斬りかかる。

 

「何を熱くなってんだ?」

 

右手から伸びる5本の糸で以て俺の斬撃を受け止める奴の表情は笑ってやがる。刃と糸がぶつかったとは思えないような金属音がして激突の衝撃を全身で抑え込んだところで、鬼哭(きこく)の両手持ちを右手だけに切り替え、空いた左手で素早く砂を掴み取り奴の背後へと投げ飛ばしてシャンブルズで移動し、

 

「メス」

 

心臓を奪ってやればいい。こんな奴にはそれが一番いいに決まってる。

 

俺が奴の心臓を掴み取るべく突き出した左手は奴の派手すぎるピンクの羽コートを突き破るかに思われたが、奴はその場でバク転をして、

 

足摺糸(アスリート)

 

糸によって加速されたであろう振りの速い蹴りが顔目掛けて入ってくる。それには見聞色の察知も一歩及ばず蹴り飛ばされていく。

 

「お前のやってる事は何の意味もねぇ、ただの逆恨みだ」

 

地に突っ伏していると、能力による瞬間移動で頭上から奴の声が降りかかりさらには、

 

降無頼糸(フルブライト)

 

5本の針によって体を刺し貫かれる。いや、針と化した糸でか。どっちでもいい。

 

「ロー、俺が一番キライな事を覚えてるか? ……見下される事だ。お前らみたいなガキどもに勝てると思って挑まれるのが一番我慢ならねぇ……。またよりにもよって、ハートを背中に描きやがって……、俺への当てつけか!!!!」」

 

憎悪に満ちた蹴りが再び俺の体に入ってくる。奴も実は相当頭に血が上っているようだ。

 

 

頭に血が上れば勝負は負けだ……。

 

 

「シャンブルズ」

 

掴んだ砂を上方に目一杯投げて、再び能力を使った瞬間移動をし、奴に正対したのち、鬼哭(きこく)を放り投げる。

 

「タクト “殺陣(タテ)”」

 

奴の背後に飛んだ鬼哭(きこく)を能力で自由自在に動かしてゆく。まるで奴が指を使って操るように……。

 

まずは突き。半身で避けられそうなところへ、俺自ら回り込んで左手親指を奴の肩口へと押しつけ、

 

「カウンターショック」

 

電流を流してやる。

 

 

入った。

 

 

「ロー!!!! てめぇ……」

 

 

確かに電流は奴の体内を駆け巡ったようだが、奴がそれで倒れこむこともなく黒く焦げた体を動かして右手を伸ばしてき、

 

大弾糸(ダイナマイト)

 

黒ひげを敗退へと追いやったあの一発を俺へ放ってきた。

 

 

その瞬間、

 

 

内臓が壊れる音がしたような気がした。

 

 

瞬間で武装色の王気を纏ったとはいえ、俺の方向性はマイナスであるため防御力ではやや劣る。そこを突かれた格好となり意識が揺らぐ。

 

 

こりゃ、知らず知らずに血を吐いてるな。口の中に血の味が広がってやがる。

 

 

やべぇ……、直ぐには動けそうもねぇ……。

 

 

「ロー、処刑の時間だ」

 

 

奴はピストルを握ってるに違いない。何の儀式か知らねぇが奴は最後にピストルを使うことを好む。やはり趣味が悪いとしか思えない。

 

 

ここまでなのか……。

 

 

奴を引きずりおろさねぇまま、終わりなのか……。

 

 

まだだ……。断じてまだだ……。そうだよな、ボス……。

 

 

 

……………………。

 

 

 

空気が変わった。いや、大気、周辺の大気全体が変わった様な気がした。

 

 

 

 

ボス……、まさかあんたか……。

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

戦いのフィナーレは近いですが、どうなりますやらですね。


誤字脱字、ご指摘、ご感想、心の赴くままにどうぞ!!


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第34話 止まるな

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は9400字ほどです。

そして、お忘れかもしれませんが総帥、副総帥、参謀の片脇で我が会計士もまた戦っております。冒頭はそこからです。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)北東部

 

雪……。

 

 

森……。

 

 

どこかで見たことがある景色……。

 

 

あぁ、ベルガー島か……。

 

 

昔の自分が見える。

 

 

私、死んだのかな? 

 

 

闇の砂漠真っ只中でパンク野郎と戦っていたという記憶は残っている。あいつの能力で最大限の破裂をお見舞いされて、私はとうとう越えたくはなかった川を越えてしまったのかもしれない。あいつはドフラミンゴの金庫番だと言う話だった。ネルソン商会会計士としては同業者にやられるというのは私のプライドが許してくれそうにない。たとえ本業での勝負ではないにしても……。

 

目に映る景色は確かに私の故郷ベルガー島であるのだが、夢の中のように浮遊感が漂っている。鮮明感に乏しいというか、何よりも過去の自分を俯瞰(ふかん)するように眺めているのだ。

 

私は本当にどうにかなってしまったのかもしれないと思わざるを得ない。死を目前に控えた走馬燈が始まっているのか、それとも気絶してしまって私の心が故郷に戻っているだけなのか。

 

あれは……、イットーじゃない……。

 

雪舞う森の中で剣を構えている幼き私に相対しているのは懐かしきイットー・イトゥー。私の剣の師匠もどきである。私には師匠が二人いる。否、正確には師匠が一人と師匠もどきが一人いることになるのか。師匠というのは勿論ロッコのこと。六式と覇気の紛れもない師匠だ。師匠もどきというのはイットーが師匠であることを頑なに拒んだ結果の末に行き着いた答えである。イットー曰く、何事も立派なものになどなるものではなく、もどきぐらいが丁度良いらしい。私には全く意味が分からないことではあったが。

 

そんな理解不能な人物でも私には紛れもなく剣の師匠であった。

 

イットーがベルガーに姿を現したのは突然の事であり、風体からしてこの辺の人間でないことは一目瞭然。今思えばイットーはベルガーの船に乗ってやって来たのかもしれない。新世界はワノ国から……。

 

だが当時の私にはそれはどうでもいいことだった。もっと重要な事があったからだ。なぜなら、ミキオ・イトゥーへの手掛かりが転がり込んできたからである。私の手配書集めはその当時からスタートしており、まさに筋金入り。丁度その時は“早撃ち”ミキオ・イトゥー 100万ベリーの謎に迫っていた最中であり、私は鼻息荒くもイットーに質問攻めを浴びせていた記憶がある。結局ミキオ・イトゥーの関係者であるという言質を取ることは叶わなかったし、イットー自身2年足らずでベルガーを去って行ったが私には幸せな時間であった様な気がする。

 

私がイットーの去り際に誓った事は何だったったっけ? あぁ、そうそう、確か……、ミキオ・イトゥーの手配書を100万ベリー以上でイットー・イトゥーに買わせることだった。これは私の商人としての原点でもある。

 

私としたことが……、こんな大事なことを忘れてしまっているとは……。幼き日の私にはミキオ・イトゥーとイットー・イトゥーの関係性を考えることは人生の最大関心事であった筈であるのに、今や見る影もない。

 

それでも今際の際に景色として目の前に現れてきたのであるから、私の中では大きな意味を持つことであるのは間違いない。ほら、ああやって……。

 

 

(うたご)うたらあきまへん。

 

 

あれ……、何だろう?

 

頭の中に響いてくるようにイットーの声がする。オーバンにも似たあの口調が……。

 

 

自然と渾然一体になったらええんどす。そしたらこんな風になれるんどす。

 

 

イットーの次の言葉が響いた途端に、あいつの体が景色から忽然と消えてゆく。

 

あぁ、思い出した。あの時の私はよく分かってなかったけど、あれは見聞色、無地(むち)の領域だったんだ。イットーは剣士にして見聞色の達人だったんだ。

 

 

ジョゼフィーヌ、しょーもないことしてんと、早よ~起き。

 

 

分かったわよ~!!! イットー独特の言い回しが頭に入ってきて、私は条件反射のようにして怒りの反応が込み上げてくる。

 

私、もしかしてまだ生きてる? 気絶してるだけなのかな……。

 

そうだと言うなら、さっさと目を覚まさないといけない。あのパンク野郎を叩きのめしてやらないといけない。

 

なぜ、イットーが頭の中に現れて来たのか? これは偶然なんかじゃない。私にも出来るんだわ、見聞色の王気(おうき) “無地(むち)” の領域。

 

 

 

…………………………、

 

私の目に飛び込んできたのは闇空に申し訳程度に煌めきを添える星々だった。

 

何だ、私生きてるじゃない。厳しいまでの現実感を湛えた黒々とした闇が目に映ること。さらには体を駆け巡るこの痛みが何よりの証拠だ。

 

自然と渾然一体になる。自分自身も自然の一部分であることを疑わず、自然そのものであろうとする。呼吸を整え、さらには高めて、心の中から頭の中から雑念、余計なもの一切合財を取り払ってゆく。

 

それが私を“無地”の領域へと至らしめてくれるのだろうか? 疑うな……、疑わないことだ。

 

己の気配を消す “縮地(しゅくち)” の領域には既に到達している。

 

 

無心となれ……。

 

 

己にそう言い聞かせながら、ごく自然に体を起き上がらせてゆく。体の痛みは相当なものであるはずだが、不思議と今は苦にならない。

 

パンク野郎は、グラディウスはまだ近くにいる。どうやら、べポ&カールを追って行ったわけではないようだ。

 

「かくれんぼに付き合うつもりはねぇんだ。さっさと済ませよう。計画の遅延は許されねぇからな」

 

私の気配は消えていると考えていい。グラディウスから私は見えていない。

 

 

無心となれ……。

 

 

突然、背後から大気が爆発したような気配が伝わってくる。急激に吸い込まれていきそうな感覚……。

 

「ほら見ろ、お前の兄もローも終わりだ。知ってるだろうが、若は覇王色の資質を備えている。王になるべき御方なんだ。お前らはここで終わりだ。ファミリーの計画は絶対であり、狂いはしない」

 

グラディウスの言葉が聞こえてはくるが、私にはどうでもいい。私の考えは既に確信に満ちているから。

 

 

間違いない。ドフラミンゴの仕業ではない。あれは兄さんだ……。何が起こっているのかは正直分からないが……。

 

 

今はとにかく……、無心となれ……。

 

 

己に言い聞かす。言い聞かし続ける。呼吸を整え、さらに高め、己の境地を最大限まで無の世界へと至らしめてゆく。

 

 

消えている。私自身の姿さえも……。気配と姿を同時に消している自分が存在している。

 

 

見聞色の王気(おうき) “無地(むち)” の領域……。

 

 

今だ。

 

 

意識的に瞳を閉じて、グラディウスまでの距離を推し測り、己の動きをイメージしたのち瞳を開ければ……。

 

 

 

私の足は地を叩き、右手は “花道(はなみち)” を抜き、瞳はグラディウスが羽織るコートの胸部分に縫い付けられた歯車の様なもの、闇夜でもはっきりと確認出来るそれを見据えている。

 

私は突き詰めに突き詰め抜いた一連の動作を遂行するだけであった。抜いた花道で右から左に、左から右に袈裟斬りを叩きこむ。それを(ソル)の最高速度で以てして全うするのだ。

 

 

 

全てを終えて地に足を下ろした私は、もんどり打って(たお)れ、駆動音を発する代物からも落ちゆくグラディウスを振り返ることもなく “花道(はなみち)” を鞘に収め、

 

「居合 “花魁道中(おいらんどうちゅう)” 」

 

無地(むち)” の領域から己の姿を世に現す。

 

居合で相手を圧することその一点には女としての歓びが詰まっているような気がする。花魁道中(おいらんどうちゅう)を終えて私の心は天にも昇る思いではあるが、

 

「あんたのバイク、やっぱり要らないわ。よく考えたら私にはそんな暇ないもんね」

 

それを(あらわ)にはしない。私のたっぷり皮肉を込めた言葉に対してパンク野郎からの返事はない。

 

結構効いたみたい。

 

 

さてと、船に戻ったら早速探さないとな~、ミキオ・イトゥーの手配書。あれどこにやったっけ?

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

大気の収縮か? 吸い込まれそうなこの感覚はなんだろうか。

 

何が起こったのかは正直なところよく分かっちゃあいないが、ひとつだけ分かってることがあった。チャンスはここにしかねぇってことだ。

 

反転攻勢に出るなら今をおいてはなかった。

 

 

であるならば動くのみ。

 

直ぐ様にうつ伏せの状態から転がり起き上がってみれば、そこに見えたのはジョーカーの姿。

 

 

だが何かがおかしい。奴は随分と苦しそうだ。俺は何もしていないと言うのに……。

 

銃弾……。

 

銃声などひとつとして聞こえはしなかったが、奴の右胸には銃弾が穿っていてそこから血が流れ出てやがる。とはいえ、銃弾一発でどうにかなる奴ではないことは分かりきっている。

 

なんだってんだ?

 

いや待て、奴の手から伸びていた糸が跡形もなく消えている。……糸………?!!!

 

 

 

海楼石(かいろうせき)の銃弾か……。

 

 

 

誰だ? そもそもどこからあの銃弾は撃ち込まれたってんだ? それに銃弾を奴に当てること自体が至難の業の筈だ。分からないことが多すぎる状態だが、これまたはっきりしていることがひとつだけある。奴はイトイトの能力を今使うことが出来ないでいるってことだ。

 

こんなチャンスにはそうそう巡り会うことはねぇだろう。

 

「タクト」

 

右手人差し指を突き出し、鬼哭(きこく)を手元に引き寄せる。

 

「ロー!!! ……てめぇ……、俺に何をしたーっ!!!!」

 

ジョーカーの口角は一切上がってはいない。呪詛の言葉を放つ奴の表情は怒りに満ち満ちていると同時に焦りにも取れるようなものを見せている。

 

一体奴に何が起こっているのかは定かではないが、

 

 

絶対に逃してはならねぇチャンスだ……。

 

 

戻って来た鬼哭(きこく)を右手に持ち構える。

 

能力を使えない奴が取れる手は覇気。だがどうだ、奴の体が黒く硬化することはない。

 

 

何だ? 覇気も使えなくなっているのか?

 

 

まさかあの大気の収縮……、……ボスか。

 

 

一時的なものかもしれないが、どうやら奴は能力も覇気さえも使うことが出来ねぇでいる体にあるらしい。

 

千載一遇とはこのことだ。

 

容赦をする必要などどこに存在するってんだ。このまま心臓を奪ってしまえばいい。能力も覇気も使えねぇんならROOM内で抵抗出来る可能性は皆無に近い。たとえジョーカーと言えどもだ。

 

今ここで、このタイミングでジョーカーの心臓を奪えることはかなりの意味を持ってくるだろう。俺たちが打ち立てた目標に随分と現実味が増してくるってもんだ。

 

それを分かってるとでも言うのか、ジョーカーの表情に笑みはない。サングラスの中の瞳は一体どんな感情を帯びているだろうか?

 

奴の左胸目掛けて左腕を真っすぐ伸ばしてゆく、右胸には未だ海楼石の銃弾が穿たれたままだ。抵抗らしい抵抗を見せはしないジョーカー。

 

左腕は奴の左胸に入り込みそこにある命の源、心臓を……………………、

 

 

 

ない。

 

 

 

心臓が存在していない。

 

 

 

「フフッ、フッフッフッフッ!!!! 残念だったな、ロー。俺の心臓はここにはねぇのさ」

 

奴の高笑いと共に言葉が側近くから耳に入ってくる。

 

どういうことだ? オペオペの能力でもねぇ限りこんな芸当は出来やしない。まさか……、

 

「想像してみりゃ分かるだろうが……、先代オペオペの能力者によって心臓を取り出している。面倒でもあるがこれはこれで中々のリスクヘッジになる。フッフッフッフッ、甘ぇよ、ロー、お前はまだまだガキにすぎねぇ」

 

先代オペオペだと……、くそ……やられた。これじゃ奴に致命傷を与えたところで大して意味はねぇな。

 

仕方ねぇ、今は追われないことが重要だ。

 

頭の中を別方向へと切り替えて今度は鬼哭(きこく)を持つ右手を動かしてゆく。手術(オペ)を執刀するような繊細な動きで繰り出すは、

 

 

武装縫合(アーミーナート)

 

ジョーカーを砂の地に武装色を纏って能力で縫い付けていく行為。それ自体に直接的な殺傷力はないに等しいが、奴をこの場所に釘付けにすることは出来る。心臓を奪えない以上はこれしかねぇだろう。それに、

 

「イトイトの能力者が縫合されるんだ。こっちの方がよっぽど洒落が利いてると思わねぇか」

 

皮肉も上乗せ出来るしな……。

 

闇空を見上げれば俺の背後には雲が存在していない。逃げ切ることは出来そうであり、これでこのヤマは終了だ。

 

「フッフッフッ、悪運は持ち合わせている様だな。空の道が途切れてやがる。だがこれでお前らは俺たちファミリーに宣戦布告したってことになる。その覚悟が本当にあるのか? 先の海はガキが渡って行けるような生半跏なもんじゃねぇんだぞ、フッフッフッフッ!!!」

 

ジョーカーは砂の地に体を縫い付けられて身動きが取れなくとも気にする様子はなく、上空を見詰めたまま脅しの言葉を放ってくる。

 

「ああ、心配無用だ。引き返すつもりはねぇよ。ジョーカー、お前は仲介者だ。お前のバックにはまだまだやべぇ奴がいるんじゃねぇのか? お前自身にとってもやべぇ奴がな。時代のうねり? 上等だ。俺たちが芋づる式に引きずりおろしてやるよ。じゃあまたな」

 

はったりでもいい、虚勢でもいい、奴のペースでこの場を終わらせるのはごめんだ。己の最大限の買い言葉をジョーカーに浴びせて俺は踵を返し、身動きが取れない奴を残してそこを後にした。

 

「面白ぇ!!! お前のボスに伝えておけ、この銃弾の意味は相当に根深いってな。フッフッフッ、()()はまだ終わっちゃいねぇわけだ。フッフッフッフッフッ!!!!」

 

奴の高笑いに見送られながら……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

俺の眼に映る情景は霞がかっており、はっきりとはしていなかったが凄まじい勢いで迫って来ていた氷結の連鎖が止まったことは分かった。

 

俺が止めたのだろうか? 何とも理解できない状況だ。己の中で何かが弾けて何かが引き起こされたのだということは分かっているが、それが何なのかは分かってはいない。

 

だが金色に輝く気のようなものが見えたような気はする。先程ドフラミンゴが黒ひげに対して放った気に近いような感じもする。

 

ということは、俺にも資質はあったということなのか? 覇王色の覇気の資質が……。

 

 

待て、ドフラミンゴは気を放っていたが俺に見えたのはそれではない。放つ気ではなくて、吸い込まれる気だ。青雉、さらには下半身だけとなった糸人形から吸収する気……。

 

 

「おいおいマジか……、覇王色のマイナスだってのか……」

 

青雉から漏れ出る驚愕に満ちた言葉が俺に見えたものを補足してくれる。

 

気を放つのではなくて、気を吸い込む。つまりは覇気を吸収する。それが覇王色のマイナスってことなのか。

 

朦朧(もうろう)とする頭の中で何とか思考を組み立ててみるが、そんなことをしている場合でもない。青雉による氷結の連鎖が一瞬止まったとはいえ、それは奴の驚きで一瞬止まったに過ぎないではないか。

 

 

 

だが、

 

 

 

次の瞬間、

 

 

 

氷結の連鎖そのものが消え去ってゆく。

 

 

 

霞む情景の中、必死になって目を凝らしてみれば……、青雉に銃弾が撃ち込まれている。

 

何の気配も音さえもしなかったが、一体どういうことだ? そもそも誰が撃ったものなのだ? 五指では余るほど疑問が湧いて出てきそうだが、少なくとも氷結の連鎖が止まったということはどういうことか? 青雉自ら俺たちを前にして止めるわけはないであろうから、無理矢理止められたことになる。なぜだ? 銃弾か……、海楼石(かいろうせき)……。

 

能力者の能力を無効化する海の力を秘めた石。海楼石(かいろうせき)を加工した銃弾だっていうのか? 青雉に撃ち込まれた銃弾は。それで奴は能力を使えなくなってしまい、氷結の連鎖は止まったっていうのか?

 

 

一点突破……、何の僥倖(ぎょうこう)か知らないがチャンスだ。

 

 

そう思った刹那だった。

 

 

我が参謀はやはり俺の左腕だった。

 

 

 

一目斬(いちもくさん)

 

 

 

抜き足のスピードから一段ギアを上げたスピードで駆け抜け、青雉の足目掛けて斬りつけたクラハドール。奴は分かっているのだろう。速度が攻撃の重さにつながることを……。

 

能力と覇気を抑えられようとも青雉は海兵だ。体術を以てすれば空振りとなる可能性は高いと思われたがそうはならなかった。クラハドールはこのタイミングで全身全霊のモヤモヤの能力を行使したに違いない。

 

我が左腕は見逃しはしなかったわけだ。

 

「ひどい事するじゃないの……」

 

多分に覇王色は発露が覚醒したに過ぎないのだろう。よってすぐには使いこなせるわけではなさそうであり、青雉の覇気が抑制されているのも束の間なのかもしれない。

 

だからこそ今しかないのだ。

 

押し切るべき時なのだ。

 

右腕がなくとも、視界が霞もうとも躊躇している場合ではない。

 

 

生き残りたければ、動け……。

 

 

己にそう言い聞かせ右腕を失った体に王気(おうき)を纏う。

 

……何だこれは? 

 

体の中で迸る何か、……吸収した覇気……。そうか……、そういうことか……、吸収することで増幅した覇気ってわけか。たとえ一時的なものであろうとも押し切るには十分すぎる。

 

(みなぎ)る気をそのまま砂の地に纏わせてゆき、

 

 

暗黒なる地獄(ダーク・インフェルノ)

 

硬化された大地を作り出して、直ぐ様に地を足で叩きつける移動を開始する。

 

先程までは氷結されつつあった大地は一瞬で黒々としたものに変化しており、青雉をダウンさせることが出来ればそれだけで攻撃に繋がっていくだろう。

 

奴は泰然自若として動こうとはしていない。撃ち込まれた海楼石(かいろうせき)の銃弾によって能力は抑え込まれようとも、覇王色のマイナスによって覇気を吸収されようとも、そこに焦りがあるようには見受けられない。

 

それでも止まってはならない。

 

(ソル)によって奴との間合いを詰め、スピードを落とさぬまま嵐脚(ランキャク)に入る。蹴りの鎌風に対する青雉は防御の構え。

 

鉄塊(テッカイ)ってわけか……。

 

さすがは海兵。腐っても海軍大将ではある。無駄な動きは一切ない。

 

 

それでも止まるわけにはいかない。

 

 

「クラハドール!!! 回り込め!!」

 

モヤモヤの能力を駆使し、一段ギアを上げたスピードで一撃を見舞った我が参謀に対し返す刀を要請する。

 

俺もまた蹴りの撃ち込みからそのまま月歩(ゲッポウ)によって空中を移動して、青雉の肩口目掛けて飛びかかるような指銃(シガン)へと移行してゆく。

 

それに合わせてクラハドールは地を這うようにして高速で回り込んできており、俺たちで青雉を上下から挟みこもうっていう寸法だ。

 

「……生き急いでんなァ、少しはだらけなさいョ」

 

青雉はと言えば、

 

 

紙絵(かみえ)……。

 

 

なんて無駄な力が抜けた繊細な動きをするんだろうか? 

 

見聞色の覇気も抑え込んでる筈だというのに……。奴は視覚だけでギリギリの紙一重を見切ってるってことなのか……。

 

 

止まるな。動き続けろ。

 

 

指銃(シガン)から奴の背後へと着地して即、体に捻りを加えて180度回転させながら背に負った銃を取り出し、左腕から黄金弾をぶっ放す。増幅された王気(おうき)を纏ったそれは当たれば爆発どころでは済まないだろう。

 

超低空で駆け抜けたクラハドールもそのまま跳び上がり、今度は上空からの急降下だ。

 

二人一組での挟み撃ち、何としてでも押し切るんだ。

 

間違いなく勝負どころ……。

 

奴の動きは……、防御……、鉄塊(テッカイ)で全てを受け止める気か……。否……、(ソル)だ。

 

鉄塊(テッカイ)で俺の銃弾より早く飛び込んだクラハドールの急降下を受け止めざまに突如として俺との間合いを詰めてきやがった。

 

指銃(シガン)……。銃弾を受け止めてでも、攻撃を当てる気だ。肉を切らせてでも骨を断つってわけか……。

 

 

止まるな……。

 

 

俺も嵐脚(ランキャク)で応戦する。

 

 

足による蹴りと指による突きとの激突。その至近距離で衝撃を引き起こす俺の黄金弾。

 

 

投げ掛けられてくる言葉が如何にやる気のないものであっても、奴の()本気(マジ)だ……。

 

 

衝撃からは俺も逃れられそうにない。

 

それでも奴は硬化した地にダウンしてゆき、再びの衝撃が奴を襲う様が感じ取れる。

 

 

何とか互角で渡りあえているか? 否、少しは押している。押し切っていると思いたい。

 

 

「……んぁ……、ネルソン・ハット……、道理で政府が危険視するわけだ。王の資質とも言われる覇王色はそう誰もが持ってるわけじゃない。その中でもマイナスとなりゃ……、500年に一度現れるかどうかっていう伝説物だ。……あららら……」

 

少しは効いていると見える青雉の言葉が途中で止まり、奴は上空に注意を向けている。その動きに釣られて俺も何とかして上に目を向けてみれば、

 

 

 

ロッコ……、お前……、どうして?

 

 

 

「アレムケル・ロッコじゃないの……」

 

ロッコは月歩(ゲッポウ)による空中移動からこの砂の地に降り立った。ほとんど音を立てずに、まるでこの場をあまり乱したくないとでも言うように……。

 

「坊っちゃん、今回ばかりは無謀が過ぎやしたね。わっしも出張らせてもらいやすよ」

 

俺に対して優しく諭すように語りかけたかと思えば、

 

「クザン、久しぶりじゃな。お前のような(もん)が大将になるとは驚きじゃが、サカズキが大将になるとなれば黙ってもおれんか……」

 

懐かしい友人と話を咲かせるような口調で青雉に言葉を投げかけたりしている。

 

「政府はお前を世捨て人だと思ってるが、まだまだ現役バリバリじゃないの。この銃弾と言い、お前が現れたことと言い、お前の坊っちゃんから覇王色のマイナスが飛び出してきたことと言い……。“トリガーヤード事件”はまだ終わっちゃいねぇってわけか」

 

対する青雉もロッコは顔見知りのようであり、俺には初耳の単語も飛び出してくる。

 

「わっしは何も答えるつもりはないわい。じゃがクザン、わっしが現役と言うんならじゃ、そのわっしに免じてここは手打ちとさして貰ってもいいじゃろうて」

 

おいおいロッコよ、海軍本部大将相手に自分に免じて手を引けって言ってるのか?

 

「そりゃ虫が良すぎるってもんでしょうよ。出会っちまったもんは職務を遂行するってのが海兵としての筋ってやつじゃないの……」

 

俺たちの止まらなかった、止めなかった攻撃は奴に対して確かに効いてはいる。これを続けることが出来れば押し切ることが出来そうでもある。これにロッコが加わるのだ。海兵として冷静な分析を下すならば手打ちというのも……。

 

否、待て……、そんなことよりもまず、どの口が海兵としての筋なんて言葉を放ってやがるんだ。

 

「クザン……、それはわっしに言っとるのか?」

 

瞬間……、言葉に覇気を載せるようにして放つロッコ。

 

おいおい、桁が違うじゃないか……。武装色だけで地を震わせ、大気を震わせる気合い……。

 

 

これがロッコの真髄か……。

 

 

「はぁ……、やっぱやめとくヮ。海王(かいおう)を単独で相手したら、また上にどやされそうだ」

 

 

その言葉が手打ちの決まった瞬間だった。俺たちのヤマがまたひとつ終わった瞬間だった。

 

どうやら命ある身でこの場を後にすることが出来そうだ。求める物を手に入れた上で……。

 

今この体に右腕は存在していないが、ローがいれば何とかなるだろう。

 

そのローは命ある身でいるだろうか? 否、あいつなら大丈夫だ。俺の右腕なのだから……。

 

ジョゼフィーヌは? べポとカールは? 

 

考えを巡らすべきことは数多い。ヤマがひとつ終わっただけなのだから……。また次のヤマが始まるのだ。

 

 

考えなければならないことは……、海楼石(かいろうせき)の銃弾……。

 

狙撃手は誰だ? オーバンか? 否、それはない。海楼石(かいろうせき)など俺たちは持ち合わせていない。じゃあ誰だ?

 

 

 

撤退した黒ひげ海賊団……、狙撃手……。

 

 

 

政府からの最高峰の諜報員……。

 

 

 

おいおい……、まさか……。

 

 

 

俺たちは次なる地獄に片足を突っ込み始めているのかもしれない……。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

今回も色々と詰め込みすぎたかもしれませんが、

誤字脱字、ご指摘、ご感想、

心の赴くままにどうぞ!!!


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第35話 ぴんぴんしとんな

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は11700字ほど。

前回より少し長いですが、

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)東北東部

 

闇と静けさの中で少しばかり漂う話し声に包まれているところへ石とヤスリが擦れる音がして、目の前にとても小さな炎が揺らめき、口に(くわ)えているものの先端にそれが移される。久方ぶりの懐かしい煙は嬉々として肺に取り込まれてゆくが、体は裏腹に()せ返って咳き込んでしまい、シーツ越しに存在している砂地に背中を打ちつけてしまう。それでも煙は己の体内を経由して闇空へゆっくりと立ち昇ってゆく。

 

「だから言っただろうが! こんな体で煙草を吸うからだ。医者の言うことは素直に聞くもんだぜ」

 

こちらを覗きこみはしないが、右のすぐそばで手術(オペ)の後片付けをしているローから声が降ってくる。

 

「……っああ、お前の言う通りだが……。吸わずにはいられないんだよ」

 

口元から左手に煙草を移したうえで、医者の忠告に対して俺が返す言葉は愛煙者としての矜持だ。とはいえ、火を点けてくれたのがロー自身であるからして、こいつも俺が聞く耳を持っているとは思ってはいないのだろう。もちろん俺も他人の忠告を受け入れて禁煙をしようなどという殊勝な考えは持ち合わせてはいない。まあこの右腕のことに関してはしっかり医者の忠告を聞き入れるつもりでいるが……。

 

顔を己の右側へと動かしてみれば、ドフラミンゴの生み出した糸人形によって斬り落とされた右腕が本来あるべき場所へと戻って来ているのが視界に入ってくる。今すぐに元通りに動くわけではないようだが、我が副総帥にして船医であるローは良い仕事をしてくれたようだ。

 

 

 

数時間前まで死の瀬戸際に立たされていた濃密な戦闘は幕引きとなった。アラバスタにおける最大のヤマは終了した。目的のダンスパウダーにナギナギの実というおまけまで手に入れ、命ある身で退散することが出来たのは出来過ぎとも言える。

 

俺たちは取引に殴り込みをかけたつもりでいたが、実際はダンスパウダーをエサにしておびき寄せられたに過ぎなかった。ドフラミンゴは俺たちをダシにしてナギナギの実を手に入れようとし、黒ひげもまた俺たちをダシにして成り上がろうとしていたわけである。さらには途中参加してきた青雉は俺たちをこの場で完膚なきまで潰そうとしていた。俺たちより明らかに格上の奴らの思惑を握り潰して目的のモノを手に入れた上で、今生きているわけであるから俺たちは相当上手くやったことになる。

 

だが手放しで喜べるような状況では全くないのはなぜだろうか?

 

俺たちは開けてはならない箱を開けてしまったような感がある。その中に何が入っているのかはまだほとんど分からない状況だ。ただ、それでも開けてしまった以上はもう蓋を閉じることは出来なくて、最後まで中身を調べ尽くさなければならないような事になってしまっている。

 

否、違うな……。そうじゃない……。そうじゃないんだ。

 

リスクは承知の上だったじゃないか。高いところにいる奴らを引きずりおろす覚悟は出来ている。リスクを見誤らなければ何の問題もない。

 

俺たちは開けてはならない箱を開けてしまったんじゃない。

 

誰も開けることが出来なかった箱を開けることが出来たんだ。

 

意図せず地獄が始まったんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「兄さん、笑ってるの? 腕はちゃんとくっついたみたいね。下手な手術(オペ)したら、どうとっちめてやろうかって考えてたけど……、良かった……。さすがはローね」

 

物思いを遮ってジョゼフィーヌがこちらを覗きこむように顔を出し、言葉を掛けてくる。俺はどうやら最終的には笑顔を浮かべていたらしい。魂の歓喜が顔に出てしまっているのか……。

 

それにしても、ジョゼフィーヌの奴め、とっちめるとは相変わらずおっかないな。既にクラハドールがとっちめられているのは話し声で聞こえて来ていた。我が妹曰く、主人が腕を失くしたのに執事のあんたはなんで五体満足なんだというわけだ。しまいには己の得物を取り出してクラハドールの腕を斬り落とそうとするのを必死にべポとカールが宥めている声が聞こえてきていた。

 

心配されるのは嬉しい半面……、本当におっかないよジョゼフィーヌ。クラハドールの腕を斬り落としたら一体誰が奴のメガネがずり下がるのを直してやると言うんだ全く……。

 

「……勘弁してくれ……。俺が手術(オペ)をミスしたことはねぇだろ」

 

我が参謀に降りかかった災いを目にしているだけにローもどうやら戦々恐々の様子である。

 

まあいい。こいつらはこいつらで放っておけばいいことだ。たとえこの世の終わりが来ようともこいつらの力関係が変わることは無いのだから。

 

 

再び左手にしていた煙草を口元に戻し、肺一杯に煙を取り込みながら上体を起き上がらせてゆく。ここはもう見慣れた、否見飽きた感さえある闇に広がる砂漠の真ん中だ。向こうには巨大な亀と共に客車が停まっている。俺たちはそれぞれの場所で戦いを終えて、再びこの茫漠たる砂漠の一点に集まって来た。あまりよく覚えてはいないが、青雉と対面していたあの場所からロッコは俺とクラハドールを両肩に抱えた上で、空を飛んでいたらしい。

 

まったく、とんでもない奴だ……。

 

そんなロッコは向こうでカールによって詰られている。体格差で言えば3倍近くはありそうなその戦いは傍から眺めている分には興味深い。

 

「ロッコ爺!!! 寝てたんじゃないの? ()()()がどんな思いで呼び掛けてたと思ってるのさ、ロッコ爺!!! 熊が狸芝居するなんて聞いたことないよ~!!!!!」

 

「ええい、やかましいわい!!! 敵を欺くにはまず味方からと言うじゃろうてー!! 熊が狸芝居して何が悪いんじゃー!!!!!」

 

「マスター、落ち着いてく……ださい。カール、俺を巻き込むなよな」

 

カールとロッコがそれぞれ腕組みしながら喧々諤々しているところをべポが必死に宥めてまわっている姿は本人達には悪いが滑稽ではある。

 

オーバンならここで、こいつら進歩せえへんやっちゃなー、とでも言ったことだろう。それに対して俺は心の中でお前もな、とでも呟いたことだろう。

 

だがそのオーバンはここには居ない。

 

つまるところ、俺たちにとってのアラバスタのヤマはまだ完全には終わってはいないのだ。

 

故に俺たち、ネルソン商会の今後を話し合うのは今この場ではない。考えなければならないこと、答えを出さなければならないことは山ほどにあるが……。特にロッコには問い質さなければならないことが沢山あるのだが、

 

「ヤマはまだ終わってはいない。オーバンはまだアルバーナに居るはずだ。俺とジョゼフィーヌは直ぐに向かう必要がある。ロー、お前はどうする?」

 

ひとまずは目先の話をせざるを得ない。

 

「俺は別行動だ。ニコ屋に心臓を返してやらねぇとな。もう必要ねぇだろ?」

 

手術(オペ)の後片付けを終えて立ち上がっているローはジョゼフィーヌからの圧迫面談から解放されてやれ有難いとばかりに答えを返してくる。己の胸を指差しながら。

 

そうか……、それもあったな……。

 

と、ローに対して頷き返してやると、

 

「しょうがないわね~。オーバンか……、オーバン……、どうしてやろうかな~」

 

腹の虫が全く以て収まっていない口調と表情でジョゼフィーヌも言葉を寄越してくる。

 

ジョゼフィーヌよ……、オーバンに罪は無い。やめてやれ……、と俺には願ってやることしか出来ない。

 

「ロッコ、べポとカールを頼む。そして、船で待機だ。ピーターにもよろしく伝えてくれ」

 

矢継ぎ早にロッコにも言葉を投げ掛けて指示を出しておく。訊ねたいことは山ほどにあるが今はそれを口にすることはしない。奴の瞳を見詰めてみれば、何かを語っているような気もするが、果たしてどうだろうか?

 

答える気はあるのだろうか? まあ、あるにせよ、無いにせよ、俺にとっては知る必要のあることだ。

 

「わかりやした、坊っちゃん。西は雨が降ってるでやしょう。珍しくもね」

 

ロッコからの返事には何かを含んでいるような気もするし、そうではないような気もする。要はよく分からない。まあいいだろう。

 

そこへ、

 

ふわりと俺の頭に乗せられたもの。シルクハット……。

 

「ボス、大事なものをお忘れです」

 

クラハドールだ。執事の役割は心得ているというわけだな。たとえ会計士に容赦なくとっちめられようとも。

 

「ありがとう。お前はどうする、クラハドール?」

 

「……参謀としての務めを果たすだけだ」

 

そうだな、聞いた俺がバカだったよ。

 

 

行こう。

 

 

俺たちはシルクハットを頭に乗せ、黒衣纏って商いを求めるネルソン商会だ。

 

 

心は熱く、頭はクールに。忘れやしない……。

 

 

 

雨か……、それもいいだろう。この砂の地にとってはな……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

ずっと、ずっと、聴いていたい……。雨の音……。

 

 

それは言葉に出来ないくらいの力強さと優しさを伴って私の胸に響いてくる。

 

 

 

 

夜更けの宮殿内、暗がりの臨時寝室で窓から眺める雨模様はいつまでも見ていたくなる気分にさせてくれる。寝静まった寝室……、というわけにはいかないけれど……、雨音以外にも盛大に響き渡っているBGMが不思議と心地良いのはなぜだろう?

 

窓の外から視線を室内に移し、BGMの音源を眺めてみると自然と笑顔になってしまう。

 

今日はみんな……、いっぱい力をくれたもんね……。ありがとう…………。

 

ルフィさんも、Mr.ブシドーも、ウソップさんも、サンジさんも、ナミさんも、トニー君も、たしぎさんも、みんなそれぞれの寝息を立てているけど、とても心が落ち着く。

 

そして、

 

感謝しかない。

 

みんな戦ってくれた。ただただ私のために……。

 

嬉しくてならなかった。

 

 

私には聞こえていたのだ。みんなが命を懸けて戦っている声が……。

 

ウソップさんとトニー君。

 

サンジさん。

 

ナミさん。

 

Mr.ブシドー。

 

たしぎさん。

 

みんな本当に、本当に苦しそうで、私は胸が張り裂けそうだった。

 

でもみんな嵐の先に見える光だけを見ていて、決して見失ってなくて……。

 

 

それはきっとルフィさんが居たから。

 

クロコダイルが天高く飛び出してきたのが時計台から見えた時、私にもようやく分かった。

 

その意味が……。

 

 

私はただただ叫ぶことしか出来なかったけど……。

 

生まれて此の方、あんなにも叫んだことは未だ嘗てなかった。あれほどまでに私の中にある全てをぶつけて叫び声を上げたことは、私の中にあるものを有らん限りに出し尽くしてやる思いに駆られたことは……。

 

 

私は私の国を愛している。心の底から愛している。

 

 

時計台に立って、立ち尽くしてみて、私はそれを痛いくらいに思い知ったのだ。

 

 

本当に色んなことがあったな~。

 

 

雨音は途切れることなく私の胸に響いている。

 

 

今日はとてもではないが眠れそうにはない。ずっとこの音を聴いていたい。

 

 

さっきイガラムがやって来たけれど、もしかしたら私と同じように思っているのかもしれない。

 

 

もちろん、ペルを思ってというのもあるだろうが……。

 

 

私を守ってくれた、私の国を守ってくれたペル……。

 

 

感謝の気持ち、ただそれだけは是非とも伝えたかった。私が、私たちがどれだけペルのことを想っているのかを……。

 

 

 

雨音はそんな全てを包み込んでくれるかのようである。だからこそ、力強くもありそれでいて優しい。

 

私の視線は再び窓の外へと向かってゆく。

 

 

 

窓の外は、ずっと、ずっと………………雨。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 カトレア

 

「反乱は終わったんじゃ、早いとこ脚を治してわしも町の力になりたいもんじゃわい。御若いの、あんたはどこが悪いんじゃ? うん? そもそもにあんたは顔色からして悪いのう、こりゃ重傷じゃな」

 

看板も出されてねぇような小さな診療所の入口横にある待合用の椅子に腰掛けていると、偶々(たまたま)隣り合わせた老人から声を掛けられてしまう。顔色の悪さは元々のもんであるため、心配されるのは余計なお世話でしかねぇ。そもそもに俺は医者だ。とはいえ、これ以上話が膨らんでいくのも面倒くせぇので、

 

「俺は今日ここを退院するらしい奴を待ってるだけだ。俺の顔色か? ああ、そのうち診てもらうさ」

 

とでも答えておく。

 

この国を崩壊寸前まで追い込んだ戦いは終結し、その片棒を担いだ反乱軍が根拠地としていた町がここカトレアだ。町の中心部にあるオアシスを囲むようにして形成されている。直接の戦火の場とはなっていないため、戦いの爪痕は残っちゃあいないが、反乱軍が最後に駐屯していたところだけあって、まるで虫の抜け殻のようにして奴らの置き土産がそこかしこに残っている。

 

ただそれでも、町には活気が見えていて、どこか明日への希望に満ち溢れていると言っていい。早朝からでも照りつける陽の光から守っている庇の下で佇みながらそんなことを思う。

 

不意に……。

 

「……ありがとう」

 

軽やかなその感謝の言葉と共に、白シャツに黒いパンツルックという奴にしてはラフな格好で出入口より現れ出でるニコ屋。

 

「おじいさん、先生が呼んでるわよ。お待たせしましたって……。あら、お久しぶりね……」

 

笑顔を向けながらこっちへと話を投げ掛けてくる奴は何とも晴れ晴れとしたような表情を見せている。奴の呼び掛けにありがたやと言いながら診療所の中に消えていった老人と入れ替わるようにして、奴はゆっくりと俺の前に立ち、

 

「あなたのお蔭で心臓がない理由を説明するのに随分苦労したわ」

 

澄ました顔つきでそう言ってのけた。そりゃそうだろうな、心中察してやらねぇこともねぇが……。

 

「あなたが今ここに現れたってことは期待していいのかしら? それとも私はここで覚悟をした方がいいのかしら?」

 

続けてきたニコ屋の言葉はシニカルな笑みを湛えた表情と共に俺に投げ掛けられてくるが、俺としてはここでやるべきことは決まっているので、

 

「話がある」

 

一言告げるだけだ。

 

「そう。伺いましょう」

 

ニコ屋はそう言って俺の前から今度は老人に代わって隣に腰を下ろしてくる。

 

「お前、少し変わったな。肩の力が抜けたというか、心の重しが少し取れたというか」

 

背もたれなど望むべくもない丸椅子でニコ屋と肩を並べながらも、視線は庇で覆われていることで少しばかり暗がりを演出している裏路地を見詰めたままである。

 

「そうかしら? だとしたら、きっとここにあるはずのものがないからかもしれないわ」

 

ニコ屋から返ってきた言葉は己の左胸を指差しながらのまたもや皮肉であった。これじゃ、さっさと返せと言われてるようなもんじゃねぇか。

 

というわけで、ひとまずはニコ屋の要望に応えてやるべくコートの内ポケットに手を突っ込んで件のモノを取り出して奴の前に見せてやると、

 

「返してやるよ。お蔭で目的に達することが出来たわけだしな」

 

優美な動作で奴の左手は立方体の中で脈動する己の心臓を掴み取りあるべき場所へと戻してゆく。

 

「それはどうも、お役に立てたなら嬉しいわ。……ないのも慣れてきた頃だったけれど、やっぱりあった方が落ち着くわね……」

 

一息洩らしながら、ニコ屋は感慨深げに言葉を紡ぎだしてくる。前半分のしおらしい言葉が本音なのかどうかは何とも定かではねぇが。

 

「話っていうのは何?」

 

俺も無駄話をするつもりはなかったので、先を促されるのは好都合であり、今度は反対側の内ポケットから三つ折りにした2枚綴りの書類を取り出す。それをニコ屋の前で広げてみせると、奴は怪訝な表情ながらも受け取って文面へと視線を動かしてゆく。

 

暫くすると驚きの表情を浮かべつつ、

 

「契約書ってどういうこと? Dの意味についての調査依頼って記されてるけど」

 

こちらへ視線を寄越して尋ねてくる。

 

「お前はもう決めてるんだろ? 太陽の下を歩んでいくと。アルバーナで麦わら屋と一緒だったという情報が入ってる。奴らの船に乗るつもりなんじゃねぇのか? 麦わら屋の名にはDが入ってる。だからこそだ」

 

「それだけでは意味が分からないわ」

 

ニコ屋の言い分は尤もだ。だが感情的になるわけでもなく、全く否定もしないところをみると、どうやら麦わら屋の船に乗るつもりなのは確かなようであり、この話に幾分か興味を持っているようにも見受けられる。

 

ニコ屋の情報はアルバーナに居る料理長からもたらされたものだ。ニコ屋は砂屋からの傷を負い麦わら屋によって助け出されたという。その後の足取りはクラハドールが推測を重ねて、このカトレアへと行き着いた。元反乱軍の町というのは身を隠すには打ってつけだろうというわけであり、実際に調べ上げてみればビンゴだった。

 

裏路地の暗がりをゆらりとした風が吹き抜けて行き、相変わらずの暑気を心なしか和らげてくれる。

 

契約を交わすには踏み込んだ話をせざるを得ねぇよな……。

 

「お前の疑問は尤もだな。………………実は俺もDなんだ。俺の本名はトラファルガー・D・ワーテル・ロー。これは契約の第一項にあるようにあくまで個人契約だ。ネルソン商会とではなくて俺個人との契約……」

 

俺の本名はネルソン商会の面々にもまだ話してはいないことであり、口にするには躊躇われたがひとたび言葉にしてみれば、清々しい様な気分になってくる。ニコ屋の方へ顔を動かしてみれば、奴は先程以上に驚きの表情を見せていたが、

 

「驚いたわ……。あなたもDなのね……。それに……ワーテルという忌み名……。プラバータムね……」

 

言葉を投げ掛けてくる。

 

やはり知っていたか。プラバータムも。

 

両親は俺が物心ついた頃に代々伝わる本名を教えてはくれたが、Dとプラバータムの意味までは教えてはくれぬまま亡くなってしまった。

 

「でも、自分で調べたらいいじゃない」

 

ニコ屋の指摘も尤もなんだが……、俺が黙ったままでいると、

 

「……なるほどね。あなた本気なのね。あなたのボスと行けるところまで行くつもりなのね」

 

まるで俺の心の中を見透かす様にして言葉を掛けてくる。その通りだ。俺の目的はジョーカーを潰してコラさんの本懐を遂げてやることだが、そうでなくとも、たとえそれが成就しようとも、ネルソン商会に骨を埋めるつもりでいるのは確かだ。商人と言う生業は思った以上に俺の性に合っていたと言うのもあるが、それ以上にボスと共に行き着くところまで行った先にある景色を共に見てみたいという思いが強い。

 

故に、

 

「そうだな。自分で調べる時間は作り出せそうにねぇのさ。だから頼むってわけだ」

 

こんな契約書を作り出すことを思い付いたわけだが、果たしてニコ屋はこの話を受けるだろうか?

 

「報酬は歴史の本文(ポーネグリフ)の情報。悪い話じゃないわね。……サインするわ」

 

ほとんど逡巡もしないままニコ屋は俺が渡したペンを手に持ち契約書の末尾にある俺のサインの下にサインを書き記してゆく。

 

契約内容は個人契約であるため、全て自分自身で詰めたものだ。契約書のプロであるジョゼフィーヌさんにチェックされたらどやされるかもしれねぇが、それは仕方ない。見せるわけにはいかなかったわけであるから。

 

こうして俺とニコ屋でサインの入った契約書をそれぞれ持ち、契約は締結された。

 

「じゃあ行くわ。また会いましょう」

 

「ああ」

 

裏路地の暗がりの奥は陽の当たる通りが広がっており、ニコ屋は吸い込まれるようにして太陽の下へと消えて行った。

 

 

 

 

 

カトレアのさらに奥まったところにある廃墟に近い様な骨董屋の軒先に年代物の丸テーブルと立っているのが不思議なくらいの椅子が置かれており、そこにはしわくちゃに薄汚れた白い衣装に身を包み、ボサボサ髪で絶対に近付きたくはない身なりをした男が佇んでいる。だが声は掛けなければならない。

 

「お前の変装も中々のもんだな。途中で引き返そうかと本気で思ったぜ」

 

この場所でクラハドールと待ち合わせていたわけだが、居る人間があまりにも懸け離れた風体をしていたので別人じゃないのかと思ってしまったのだ。

 

「どうだ、何か掴めたのか?」

 

骨董屋のいつ倒れてもおかしくはないような壁に体を凭せ掛けながらクラハドールに尋ねてみれば、

 

「ああ、ひとつ興味深い話があった。近くの酒場が急に昨日になって店を畳んだようだな。一昨日まで存在していたのに一夜のうちに店の土台さえ残っていやしなかったらしい。さっき現場を見てきたが何ひとつとして残ってやしなかった」

 

御馴染の動作でメガネを上げながら言葉を放っている。こいつの変装は中々のもんなんだが、その独特の動作ひとつですぐに変装だとわかってしまうだろうという自覚がクラハドールにあるのかどうか甚だ疑問なところだ。

 

俺が何も口を挟んで来ないとみたらしいクラハドールは続けて、

 

「近くに居た連中に能力で頭の中を想像させて貰ったら、黒服にタイを結んでいた奴を見掛けていたようだな。……大方、CP(サイファーポール)だろう」

 

なるほどな。奴らはこの地に密かに情報拠点を作り上げ活動していたというわけだ。アラバスタ王国の反乱軍が根拠地としている町で。目的がどこにあったのか、どこまでのことをするつもりだったのかは定かじゃねぇが活動をしていて、用済みになったので痕跡を残さずに直ぐ様あとにしたってわけか。

 

「貴様もニコ・ロビンの件は上手く事が運んだようだな」

 

クラハドールの問いに対して俺は軽く頷くだけである。モヤモヤの能力を行使するこいつに対してはあまり隠し事は出来ない。直ぐに腹の内を読まれてしまうからだ。

 

「で、アルバーナには行かなくてよかったのか?」

 

ボサボサ髪で中々シュールな出で立ちをしたクラハドールに対して逆に質問をしてみる。最も重要な問いを。アルバーナで起こるであろう出来事をこいつは既に推測ではあるが弾き出している。当然それはボスも知っている。俺たちも行くべきではなかったのかという疑問は湧いてくる。だが、

 

「いや、必要最小限でなければ意味は無い。…………………」

 

クラハドールからの答えは必要ないの一点張りであった。ただあとに言おうとしていた言葉を胸の内に飲みこみやがったのが何とも気掛かりではあったが……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド) アラバスタ王国 アルバーナ

 

「よう、ハット。ぴんぴんしとんな。生きとって良かったわ、ほんま」

 

オーバンと再会した時に奴から飛び出してきた開口一番はそれだった。何とも気が抜けてしまう一言というか、安心させられるものがある一言ではあったが、

 

 

そんな数時間前のことが遠い昔の出来事のように思われるほどに、今は緊迫した状況であった。

 

 

俺たちがいる場所。宮殿を前にして広場と対になっている時計台建物の屋上、宮殿を少し見上げるような形で俺たちは、俺とジョゼフィーヌ、そしてオーバンは、座り込んでいる。双眼鏡を抱えながら……。

 

政府の五老星が直々に動かしている最高峰の諜報員が存在していたとして、そいつがアルバーナで狙っていること。クラハドールの能力をフルに使って導き出した答えは、

 

 

暗殺だった。標的はアラバスタ王国国王、ネフェルタリ・コブラ。

 

 

コブラ王との会見に臨んでみて、彼の深いところに触れて政府に反旗を翻しつつある心根を感じたことでその答えは確信に近いものへと変わった。

 

故にオーバンをここに残していたのだ。

 

コブラ王暗殺の意味はかなり大きいものになる。しかも反乱騒ぎが終結したこのタイミングとなれば尚更だ。政府はそれを切り口としてアラバスタをどうにかしようとするだろう。

 

そんな筋立てと背景を考えていたのだが、今この時さらに話はややこしく混沌としたものになりつつあった。

 

~「……兄さん。……ドフラミンゴがいる。……それにビビ王女も……」~

 

それは宮殿を常時隈なく監視していたジョゼフィーヌからの言葉で始まりを告げたのだ。宮殿の応接室でコブラ王とドフラミンゴが会見に及んでいると見てとれる。さらにはそこにビビ王女が現れたらしい。

 

これで標的がコブラ王とは一概には言えなくなってしまった。

 

そもそもになぜドフラミンゴが現れるんだ。つい先日奴とは戦っていたし、幾許かの煮え湯を飲まし飲まされたばかりだ。

 

くそっ、考えている暇はないな。

 

~「オーバン!」~

 

~「動きはなしや」~

 

オーバンは最高精度の双眼鏡を使って“狙撃手”の監視を定期的に続けている。常時ではないのは最高度の注意が必要であり気付かれるわけにはいかないからだ。気付かれないようにするためにジョゼフィーヌを連れて来ているぐらいなのであるから。

 

ジョゼフィーヌはこの屋上に来てから見聞色の王気(おうき)によって己のみならず俺たちの姿と気配を消す作業を常時行っている。とんでもなく覇気を消費することではあるが、相手の見聞色がとんでもないことが予想できるためこのリスクマネジメントは怠れない。それにジョゼフィーヌには観測手(スポッター)としての役割も期待しているのだ。今回はかなりの長距離狙撃で、繊細な判断が求められてくる。

 

“狙撃手”はアルバーナを睥睨(へいげい)するように聳えているさらにとんでもない岩の上で待機している。姿は見えているので少なくとも今のところは見聞色の王気(おうき)マイナスは使われていないようだ。これで見聞色の王気(おうき)マイナスを使われてしまえばお手上げ状態ではあるが。

 

それでなくとも狙撃の距離自体が尋常ではない距離なのだが、確かに“狙撃手”は狙撃銃を傍らにしながら待機しているのだ。宮殿から10000m以上離れた場所で。

 

オーバンの返事通りに動きがないということはドフラミンゴの登場が奴にとって想定内のことなのか、それとも想定外でも動じないような胆力の持ち主なのか……。

 

~「ドフラミンゴが立ち上がったわ。窓の方に近付いてくる」~

 

ジョゼフィーヌからの報告。

 

~「奴が狙撃体勢に入りよった。ジョゼフィーヌ! はよー、観測や」~

 

ドフラミンゴが動き出したことで“狙撃手”が狙撃体勢に入った。もしかして標的はドフラミンゴなのか?

 

どっちだ? 標的はどっちなんだ?

 

ドフラミンゴが狙撃された場合、俺たちには計りしれないメリットがあるのか? それがそうとも言い切れはしない。ドンキホーテファミリーの全貌とその背後が分かってない状態で、ドフラミンゴが居なくなるのはそれはそれで不味い事態だ。

 

~「気温34.3、気圧1089、湿度15.8、風速3.5、風向南南西、上空補正値……」~

 

持ち込んだあらゆる計器とにらめっこしながらジョゼフィーヌは情報をオーバンに伝えている。オーバンはそれを基にして狙撃銃の位置を微細に調節するわけだ。今回オーバンは台座を持ち込んでおり、最終的には狙撃銃を固定して遠隔操作で発射する。引き金は電気信号によるボタン式だ。

 

~「ちょっと待って、ドフラミンゴが振り返ったわ。……これもしかしたら、ドフラミンゴとコブラ王が一直線状の配置になってるかも……」~

 

ジョゼフィーヌからの追加報告。

 

その報告で腹が決まった。

 

~「オーバン、“狙撃手”の標的は二人まとめてだ」~

 

~「了解や。ジョゼフィーヌ修正値頼むわ」~

 

オーバンの呼び掛けに応じ直ぐ様にジョゼフィーヌから修正値が伝えられてゆく。それによってオーバンの手は食材を扱う時の様な繊細な動きで狙撃銃の位置を調節してゆく。

 

俺たちの目的は狙撃の阻止だ。超長距離狙撃を行おうという相手に対し、その照準線との激突ポイントへ向けて銃弾を放ち狙撃を阻止する。たとえ激突はしなくとも少しでも相手の照準線に狂いを出せれば狙撃は阻止出来そうである。あとはタイミングの問題か……。

 

もう発射までのカウントダウンは始まっているのかもしれない。己の心臓の音さえ明瞭に聞こえてきそうなそんな緊迫感が漂っている。

 

オーバンの最終調整が進んでいる。

 

ジョゼフィーヌからの追加報告はない。

 

 

 

そして、

 

 

 

~「今や!」~

 

オーバンが引き金を引いた。似合わぬ程の繊細な指の動きで……。

 

俺には二つの銃弾の弾道など決して見えやしないが、それが互いの未来位置目掛けて突き進む様が脳裡に描けるような気がした。

 

空気は固まり時間が完全に停止してしまったかのような感覚に襲われてくる。

 

 

だが、時間が止まることなど決して有りはしないのだ。

 

数秒後、双眼鏡を構えるまでもなく、宮前広場上空で突如として爆発の炎が上がり、凄まじいまでの音がこちらまで届いてきた。

 

 

オーバンの腕は戦慄してしまう程の完璧さで“狙撃手”の超長距離狙撃を阻止して見せていた。

 

 

これは少し騒ぎになるかもしれないな……。

 

 

そう思った瞬間だった。

 

 

背後に気配……。

 

 

振り返れば、

 

 

先日邂逅したばかりの奴が一人佇んでいた。

 

 

それはそれはとても静かな佇まいであり、喧騒とは無縁のような出で立ちで……。

 

 

黒ひげ海賊団にてオーガーと呼ばれていた“狙撃手”であった。

 

「これもまた巡り合わせか……。日々の行いの賜物なのである。……白紙委任状を預かってはいないので、今回はご挨拶だけ……。五老星には土産を持って帰れぬが、運命とは巡り巡るもの……、再びこの先で相見えることも……」

 

その言葉だけを残して、奴は風のように瞬時に消え去って行った。

 

 

俺たちに文字通りの歓喜はなかった。

 

 

だが、

 

 

闇からの招待を受けたようで、文字通りではない歓喜は確かに俺の中で芽生えていた。

 

 

魂の歓喜が……。

 

 

面白いことになってきた。

 

 

直ぐにヒナとコンタクトをとる必要がある。

 

 

最重要案件だと言って……。

 




読んで頂きましてありがとうございます。

サブタイトルがあれですが……。

長かったアラバスタ編も終わりとなります。

よろしければ、誤字脱字、ご指摘、ご感想、

心の赴くままにどうぞ!!!


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第36話 やるしかない

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は7000字ほど。少し短くなりますが、

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)アラバスタ王国 アルバーナ

 

私の大切な仲間たち。私に大いなる希望を見せてくれて、特大の勇気を与えてくれた彼ら。麦わらの一味との別れの挨拶はちょっぴり悲しいけれど、とても嬉しかった。涙が止めどなく溢れかえり……、

 

あんなにも涙を流したのは初めてなんじゃないかな~。

 

淋しさからくる涙と嬉しさからくる涙が()い交ぜになった不思議な涙だった。横でカルーも泣いていたし。

 

左腕のバツ印……。私たちが仲間であることの印。

 

これさえあれば私はどこまでも行ける。何だって出来る気がする。

 

私が愛するアラバスタ、この国の人たちが幸せに生きてゆくことが出来るように全てを捧げたい。私はあの瞬間、心の中でそう誓っていた。

 

 

戦いは終わり、大切な仲間を見送り、……確かに希望に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

タマリスクにて、ある光景を目撃し、ある会話を耳にするまでは……。

 

 

 

 

 

この国の他の町々では決して見ることはないコーヒーショップと呼ばれる店の数々……。裏路地での暴力……。耳に入ってきた薬という単語……。

 

自分の迂闊さを呪わずにはいられなかった。

 

なぜ気付くことが出来なかったのか?

 

この国を食い物にしようとする連中がまだ居たのだ。存在していたのだ。入り込んでいたのだ。

 

これは今すぐにでも動かなければ一気に広がっていく。この国が蝕まれていく。あっという間にやられてしまう。

 

 

カルーの背中に乗って砂漠の中を駆けに駆けながら、私は始終歯を食いしばっていた。アルバーナに到着して一も二もなく王宮に直行し、パパを探し出してみれば、他国の王と会談中だと聞く。こんな時に一体誰だと思いながらも問い質してみれば、

 

 

新世界はドレスローザの国王だと返ってきた。

 

 

私には嫌な予感しかしなかった。

 

 

国王と国王との会談の最中に割って入ることは許されないことは百も承知ではあったが、居ても経ってもいられず、気付けば私の手は貴賓室へと通ずる重い扉を押し開けていた。

 

「フッフッフッ、お帰りか。……久しぶりじゃねぇか。生意気なガキが大きくなったもんだな、……ビビ王女」

 

そこでパパと対面していたのはあの下品なサングラスで目元を覆い隠した、一国の王などど決して認めたくはない男だった。

 

 

 

 

 

私の目は見開いていたのだろうか? この貴賓室にやって来るまでに目にしたものの記憶が映像として頭の中に甦ってこない。全くと言っていいほどに。何とか頭の中から捻りだして甦らせた直近の記憶はタマリスクの裏路地にてボロボロの体に更なる暴力を振るわれていた老人の姿。今となっては私の大切な仲間が後ろ手にしながら左腕の印を掲げてくれたあの歓喜の瞬間さえ霞んでしまいそうだ。

 

ただカルーに叫んでいたことだけは覚えている。叫び続けていたことだけは覚えている。

 

急いでと……。

 

貴賓室は宮前広場に面しており、窓はテラスへと抜ける出入り口として開口し、その先には見下ろすような時計台が見て取れる。この会談は対等な立場でのものであろうから、上座も下座もないであろうが、パパは窓を背にして奥側に座し、下品なサングラスはテーブルを挟んで手前側に座している。部屋の中はこの国の歴史と風土、そして文化を訪問客に伝えるべく、調度品が飾られているが、それが今この時意味を成しているとはとてもじゃないが思えない。

 

私の直感は告げている。この部屋に入って下品なサングラスが私の方へと振り返って憎たらしい笑みを浮かべながら挨拶してきたその瞬間に……。

 

十中八九、タマリスクの件はこいつの仕業だと!!!!!!

 

こいつに初めて出会ったのは幼い頃の世界会議(レヴェリー)である。何か問題が起きたというわけでもなく、少しばかり話をしただけではあるのだが、気持ちよく付き合える相手ではないことが子供ながらに直ぐに分かった。尤も、もっとひどいことをしてきた相手が他にも居たのではあるが……。

 

「いいスピーチだった。泣けるぐれぇにな……」

 

「ありがとうございます……」

 

バカにされているようにしか聞こえない褒め言葉に対し、辛うじて冷静さを纏って礼のひとつでも発してみる。

 

「ビビ、今は会談中だ。こちら、()()()訪問中のドレスローザ国王とな。……急ぎの用件かね?」

 

パパから発せられる言葉は感情を覗かせることもなく冷静そのものであり、私のさざ波立つ感情を何とか抑え込むことに力を貸してくれそうだ。

 

「はい、至急ご報告したいことがありましたので、無礼を承知で参りました」

 

親子の間柄であろうとも、先程まで腸が煮えくりかえっていようとも、この場が非公式の会談であろうとも、国益を左右する外交の舞台であることに変わりは無いため言葉遣いには気を付けなければならない。

 

「構わねぇが……、寧ろ話が早いかもしれねぇな。本題に入るのは丁度これからだ。フッフッフッ、お前も聞けばいいさ」

 

新世界に存在しているドレスローザ王国と我がアラバスタ王国には活発な外交関係があるわけではない。世界会議(レヴェリー)でも偶々遭遇したに過ぎないのだろうし。だから、本題とは何だろうということになるが、いい話ではないことは想像するに難くない。

 

「なるほど……、貴様がドレスローザ国王としてやって来たのか、それとも王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴとしてやって来たのかが知れるというわけか……」

 

鋭い視線を向けながら放つパパの言葉は中々容赦がない。

 

「フッフッフッ、さすがは賢人と呼ばれるだけはある。いいところに目を付けているな、……コブラ」

 

もったいぶるようにして一拍置いたドフラミンゴはゆっくりとティーカップに口を付けた後に、

 

「ファミリーとして東の辺境で始めた興業を公式に認めろ。事後申告だが構わねぇよな? この国は種族を問わず商売勝手自由の通達を出してるはずだ。興業ったって、しがないコーヒーショップに過ぎねぇ。何の問題もないだろ? ……それとも、七武海にゃあ商売を認めねぇか? フッフッフッ、そういやぁ悪ぃ見本が逮捕されたばかりだったな……」

 

邪悪そのものの口調で言葉を吐きだしてゆく。

 

自分が予想していたものと同じ答えが示されてきたが、心の中は拍子抜けとは程遠い。寧ろ合致し過ぎていて、沸々と怒りの感情が生み出されつつある。

 

「……お……父様、……断じて!!!! 断じて認めてはなりません!!!!! ……ドフラミンゴ……閣下がおっしゃられる商売、コーヒーショップはドラッグを扱っております。我が祖国に……」

 

「証拠はあったか?」

 

生み出されつつある怒りに対して何とか踏みとどまり、お父様、閣下と辛うじて敬称を残すことに成功した私の言葉を最後まで言わせずにドフラミンゴがこちらへ剣呑な一瞥を向け、冷え切った声音で問うてくる。

 

「…………いえ」

 

悔しくて堪らないのだが、問うてきたものに対して私は全力で肯定することが出来ない。

 

私から絞り出された否定の一言を受けてドフラミンゴは勝利したかのような嫌らしい笑みを浮かべたことで、私の中の怒りを生み出すスピードはピッチを上げてゆき、

 

「でも私はその店と思われる中での会話から耳にした。薬という単語を!!! 目にした。路地裏で蔓延る暴力を!!!」

 

口は勝手に言葉を生み出してゆく。最初から存在などしていなかった相手に対する敬意を見事に取り払って。

 

「だが、店ん中入っても何も出て来やしなかったんじゃねぇのか? 薬は薬以上でも以下でもねぇし、コーヒーショップはコーヒーショップ以上でも以下でもねぇ。ドラッグなんざ存在していない。事実はそれだけだ」

 

こいつの言う通りなのは確かだ。直ぐ様に店内に踏みこんではみたのだが、何も出て来はしなかった。ドラッグそのものを押収することが出来なかったのは痛恨の極みである。

 

「貴様がどういう立場で我が国に来ているのかということは分かった。だがこの砂の国を甘く見て貰っては困る。お引き取り願おうか」

 

パパの言う通りだわ。この国は漸くにしてあるべき姿に戻ろうとしている。戦いの上に立ち未来を見据えて歩もうとしている時なのだから。

 

だがドフラミンゴは、このサングラスの外道は……、

 

「フフフッ、フッフッフッフッフッ。勘違いするなよ。俺は認めて貰おうかと言ったか? 認めろと言った筈だ。これは要請じゃねぇ、……命令だ。東の辺境で留まっていてやると言ってんだ。それとも何か、西へ広げてカトレアへ、さらにはナノハナへ手を広げてもいいってのか? フッフッフッフッ……」

 

威圧するような声音で言葉を放った後に、天井を見上げながら高笑いを上げ続け、

 

「ビビ王女、お前はタマリスクで何をしていたんだ? 何をしにタマリスクへ行っていた? 突然懸賞金が3倍以上に上がった奴らとこの国との関係性が明るみになったらどうするんだ? 手元にあるカードは有効に使うもんだぜ。ワニ野郎の件で手に入れた政府への交渉カードをみすみすドブに捨てるつもりか? フッフッフッ、政府は掌返す様にしてお前らを糾弾してくるだろうよ」

 

脅しの言葉を畳みかけて来るのだ。私の怒りのボルテージは上がりっぱなしであり、自分では制御できそうもない。

 

今回の件でアラバスタは政府に借りを作ることが出来る。クロコダイルの乗っ取りを無かったことにすることで。ただこいつの言う通り、私とルフィさん達との関係性が明るみに出れば政府も立場上黙って見過ごすことは出来ないだろう。

 

こいつはそれを黙っててやるから勝手にやって来て勝手に始めた真っ黒な商売にお墨付きを与えろと言ってきているのだ。しかも拡大しないかどうかはこいつの良心を信じるしかないという有り様。

 

こいつに良心なんかあるわけないじゃない!!!!!

 

不意にドフラミンゴが立ち上がり、パパの側を横切って窓辺へと近付いて行く。

 

自分の体内を脳内を激情が駆け巡っているのが分かる。私の怒りの沸点はいつからこんなにも低くなってしまったのだろうか。王族たる者、常に冷静沈着でなければならないとは思うが……。もうとっくに限度を超えてしまっているのだ。

 

この怒りの矛先をどこに向ければいいんだろう? ドフラミンゴそのものに……。

 

怒りに我を見失いつつあるのかもしれない私の思考はとんでもない方向へと向かい始める。彼らから学んだことで重要なのは問題の根源を断たない限りは意味がないということ。この場合の根源は間違いなく目の前のドフラミンゴ。だとすれば……、今ここで亡き者にしてしまえば……。

 

大きな戦いを経た私の思考は嘗てであれば考えもしなかったような答えを導き出そうとする。

 

出来るか出来ないかが問題なんじゃないわ……。

 

これはやるかやらないのかの問題……。

 

もう問題を先送りにしたりしない。チャンスは絶対に逃してはならない。

 

そう、やるしかない!!!!!

 

私の手はするりと動き出し……、

 

 

「ビビ!! 待ちなさい!! 貴様はまだ真の目的を語ってはおらんな。今は時間を稼ぎたいというのが本音。違うかね?」

 

たが、パパから初めて聞くような厳格な声音の言葉が飛び出して来て、私の思考は我に返り、手の動きもぴたりと止まる。

 

「フッフッフッ、確かに俺は甘く見ていたようだ。賢人の名は伊達じゃねぇな」

 

ドフラミンゴが窓辺近くでこちらへと向き直り、パパへ向けて言葉を返してゆく。

 

「承認許可は出す。……但し、商売の色は灰色までしか罷りならん。黒と分かれば我々とて容赦はしない。たとえその結末が見えていようともな……」

 

「いいだろう。面白…………」

 

 

何だろうこの感覚は。……音? いいえ違う。 音じゃない。……気配?

 

 

殺気だ。今まで感じたことがない殺気を帯びた気配? のようなものを感じ………………、

 

 

 

た瞬間に屋外から響いてくる爆発音と震動。ドフラミンゴの向こう側、窓の向こう側、宮前広場上空に火焔が一瞬迸ったのが見えた。予想だにしないことが間近で起き、思考が付いていかない。

 

一体何が起きたっていうの?

 

この場に居る全員がその思いなのかもしれない。パパにしてもドフラミンゴにしても直ぐ様に背後を振り返っており、一体何事が起きたのかといった様子だ。ただドフラミンゴだけは振り返るタイミングが若干早かったが……。もしかしたら私が感じた気配のようなものと関係があるのかもしれない。

 

とにかく誰も言葉を発しようとはしない。

 

爆発音がした直後から下の広場は騒ぎになっているようであり、喧騒がここまで漏れ伝わって来ている。

 

背後の重厚な扉に衛兵からのノック音が響く。いや、ノックしているのはイガラムかもしれない。これは緊急事態であろうから。

 

「入ってよい」

 

「失礼致しま゛ず……!! ゴホン。マ~マ~♪ 失礼致します!!」

 

やはりイガラムだわ。よっぽど大事(おおごと)なのね。彼はよくマ行で言葉を噛む癖があるのだが、流石にこういう時に噛むことはそうそうない。

 

「先程の宮前広場上空での爆発。詳細は判明しておりませんが、狙撃の疑いがございま゛ず!! ゴホン。マ~マ~~♪ ございます!! 時計台屋上にて人影を見たと言う者がおりまして」

 

狙撃? 狙撃で起こるような爆発規模ではないのに、どういうことだろう?

 

「イガラム、広場の人命救護を最優先で頼む……。下がってよい」

 

イガラムが一礼して貴賓室を去った後も、宮前広場からの喧騒が止むことはない。

 

「フッフッフッ、今から調べても何も出てきやぁしねぇだろうな。賢明な判断だ。……タマリスクの興業はファミリーの“()()()()”に一任しておく」

 

ドフラミンゴは返事など期待していないかの様にして再び振り返り窓外に視線を向けると遠くの一点を見詰めるようにして、

 

「ネフェルタリが持つ本当の意味を知ってるか……」

 

そう呟いた後、去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私に出来ることは何だろうか?

 

国を分けた戦いは終わったが、これからが本当に大変な時期となるだろう。

 

さあこれからだという時に降って湧いてきたのがドフラミンゴによるタマリスクの一件なのだ。

 

私は我を忘れた。一時の感情に身を任せて何とかしてみせようとした。

 

 

だが、何とかなるわけもなかったのだ。

 

 

私に出来ることは何だろうか?

 

大切な仲間と出会い、仲間に導かれて、嵐の先には必ず光があることを知った。それはとても弱弱しく小さな光かもしれないけれど、前へ進んでいれば先には光があることを知った。そして、それは実際にあった。

 

今また私は、私の祖国は嵐の中に入ろうとしている。ではどうするのか?

 

光へ向かって前進するだけである。それしかない。それしか方法は存在していない。

 

 

 

 

ひとつ大きなものを乗り越えることが出来た私の初動は早い。自分でも感心してしまう程に……。

 

「パパ……いえ、

 

お父様、イガラム、また大切な話があるの……」

 

私の足は直ぐにでもパパが居る書斎に向かっていた。

 

パパも既に動き出している。パパはドフラミンゴの限りなく黒に近い灰色の商売、いやはっきり言って真っ黒な商売に承認許可を出した。そうするしか道はないことを分かっていたんだ。今すぐにドフラミンゴに否を突きつけ追い出すことは出来ない。そんなことをすればこの国に未来などないことを分かっていたんだ。

 

だから背負うしかなかった。ドフラミンゴという(ごう)を。それでも背負う以上は水際で踏み止まるつもりなのだ。タマリスクにドラッグが蔓延ることには目を瞑る。その代わり、ドラッグに魂をもっていかれた我が国民には全力で治癒に当たり、抱え込む。

 

パパはあのドフラミンゴとの会談で、あの一瞬の間でその覚悟を決めたに違いない。それに向けてもう動き出している。パパも、イガラムも、アラバスタそのものが動き出している。

 

「再び国を出る私の我儘(わがまま)をお許しください」

 

私は絞り出すようにして言葉を紡ぎながらも、自然と頭を垂れていた。

 

「ビビ!! 行きなさい!! 私からもお願いする。祖国のために行って欲しい」

 

パパから返ってきた言葉はとても、それはそれはとても優しい言葉であった。決断したとはいえ、心のどこかで国を去ることへの後ろめたさの様なものを抱えていた私としては有難い言葉である。

 

「迷う必要はありません。ビビ様の思うようになさればよろしい」

 

イガラムの言葉が私に沁み渡って来る。

 

ん? イガラム? 他人事のような言いっぷりだけど、あなた今回ばかりは付いては来てくれないつもりなの?

 

「入りなさい」

 

私のちょっぴり不安げな気持ちなど意に介さずかパパは誰かを書斎に招き入れたので、後ろを振り返ってみれば、

 

「ビビ! こっちの事は心配するな。俺たちがいる。何とかして見せるさ。俺たち砂砂団だろ? お前はお前が出来ることをすればいい」

 

そこに立っていたのは包帯は未だ取れてはいないが落ち着きを放っているリーダーの姿だった。

 

「コ-ザには本格的に(まつりごと)に入って貰う。今すぐにでもな」

 

きっと大丈夫だ。リーダーも居てくれるんだから。アラバスタは絶対に大丈夫。

 

あとは私がやるだけである。

 

「ビビ様!!! 今回は私がお供致します!!!!」

 

さらに聞き慣れた声、

 

 

ペル!!!!!

 

 

チャカと共に姿を現したペルは痛々しいまでの包帯姿ではあったが、それは紛れもなくペルの姿であった。

 

 

ペルは生きていた。生きていてくれた。

 

 

心の中に洪水のように溢れ出る感情の数々は私に口を開かせることを許さず、ただただ涙を流すことしか許してはくれない。

 

 

でも大丈夫。ペルが居てくれさえすればきっと大丈夫。ルフィさんはもう行ってしまったけれど、やるしかない。

 

 

 

ドフラミンゴは私がぶっ飛ばす!!!!!!! あの船で学んだんだから……。

 

 

 

早速にもヒナさんにコンタクトを取ろう。

 

 

 

カルー、私が行くならあなたも行くわよね?

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

これにてアラバスタ編は終了です。

ネルソン商会は次のステージへと進みます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、心の赴くままによろしればどうぞ!!!


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第5章 キューカ ~偉大なる航路~
第37話 骨休め


いつも読んで頂きありがとうございます。

お待たせ致しました。

今回14000字程ですが、

よろしければどうぞ!!!


偉大なる航路(グランドライン)” サンディ(アイランド)近海

 

「久しぶりね、ロー君。こちらが例の新入りかしら?」

 

(わたくし)は自然と挨拶を口にしていた。

 

アラバスタ王国はカトレア。反乱軍の根拠地であった場所で私は密談に臨もうとしている。密談の場所はカトレアの最奥、今にも崩れ落ちそうな廃墟と言って過言ではなさそうな骨董屋。相手はハットの右腕ロー君と最近加入したクラハドールと呼ばれる元海賊。つまりはネルソン商会の幹部連。私の軍人としての正義は表向きはどうあれ、真の部分では黒い商人のために存在している。彼らのために存在している。なぜなら私もその一員であるから。あの日から今ままでずっと、そしてこれからも……。とはいえ表向きは海賊相手の正義を掲げて宮仕えに勤しむ身とあっては、これは当然密談となるものであるのは間違いない。

 

海兵として、長年に渡ったアラバスタ近海での任務は終わりを迎えつつあり、王国の反乱は終結を見せ、展開は次の段階へと移っていった。それに関係なくとも私の任務は終わることが確定していたのではあるが。サンディ(アイランド)を完全封鎖し海賊麦わらの一味を捕えることが最終任務。当初は首尾よく運んだわけであるが、結局麦わらの一味は先の海へと行ってしまった。とはいえ、そもそも任務を完了するつもりはさらさらなかったし、問題はそこではないのだ。私にとっての問題は麦わらの一味ではない。

 

新たな赴任先での仕事内容と真の仕事内容を考慮してこのカトレアという地に私は目を付けていた。CP(サイファーポール)が蠢動している可能性を考慮していた。新たな赴任先、海軍情報部監察と世界政府のCP(サイファーポール)は味方同士の様でいてそうでもない。常に足の引っ張り合いという不毛極まりないことにエネルギーの大部分を注いでいると聞く。その件の組織が案の定動いていた。やっていたことは反乱への扇動活動。何の事は無いありふれた活動である。だが結論から言ってその費用対効果があったとは到底思えない。扇動などしなくても反乱は行き着くところまで行ったであろう。では実のところ何の為に活動していたのか? カムフラージュではないか。重大な活動から目を背けさせるために敢えて行っていた。素人目でも分かるように。裏付けは取れてはいないがどうもそんな気がしてならない。ヒナ確信……。

 

そんなところへ舞い降りてきた今回の話。カトレアに居るところを計ったかのようにして伝書鳩による連絡がもたらされたのだ。ハットを抜きにして会いたいと言う内容を見て、私は事の重大性を一瞬にして理解しこの場に来ていた。

 

私の挨拶に対して笑顔を見せずに会釈だけを寄越してきたロー君の様子からして私の予想は間違ってはいなかったようであり、心して話を聞く必要があるだろうと………………………。

 

 

 

 

 

夢か……。

 

私はどうやらデスクに座ったまま寝ていたらしい。目に飛び込んできた景色はカトレアの薄暗い路地裏ではなくて、見慣れた船室のドアであった。軍人が乗る船であるため華美な装飾など一切存在していない質実剛健を地で行くようないつもの室内である。デスクにはとっくに冷めてしまっているであろう飲みかけのコーヒーが残っている。

 

気付いたら寝てるなんて、私としたことが……、ヒナ不覚。

 

船は北へ向かっているはずだ。部下達は余程の事がない限りは航海中に私を呼ぶようなことはしない。だからこんなことが起こっても不思議ではないが……。例外も2名ほど存在するので注意しないといけない。あの二人にこんなところを見られていたらと思うと一生の恥だ。ヒナ恥辱、に他ならない。

 

さておき、なぜ寝てしまったのかはよく分かっている。あれは夢ではない。つい先日の事なのだ。色んなこと、あらゆることが起こり過ぎている。またはこれから起ころうとしている。よって頭の中が一旦リセットされることを望んでいたのだろう。

 

彼らが持ちこんできた話。私への調査依頼。アレムケル・ロッコと旧ベルガー商会、北の海(ノースブルー)の闇と西の海(ウエストブルー)、ロッコが5年前に西の海(ウエストブルー)で目撃されていたこと。

 

となれば、確かにハットに黙ったまま調査して欲しいというのも理解が出来る。結局はハットの背後を探ると言うことになりかねないし、それはハット自身が知りえていないことをも探るということでもある。行き着く先は彼の父、ネルソン・ボナパルトの謎に迫るということでもある。

 

それはネルソン商会を根底から揺さぶりかねないことが出てくる可能性もある。私たちの最終目的を考え直す破目に陥らせるような問題が。 

 

さてどこから始めるか? 表立ってネルソン・ボナパルトに付いて聞いて回ることは今の政府の内情を考えると危険すぎる。だが手始めはやはりマリージョアからということになりそうだ。相当な覚悟を持って、細心の注意を払いつつ動かなければならないだろう。

 

 

だが問題はこれだけではない。

 

 

アラバスタ出航の直前になって電伝虫に入ってきたハットからの言葉。調べてほしいことがあるから大至急会う必要があるということだった。会って話す必要があるということは電伝虫では不味い内容だということだ。

 

ロー君が別件で話してくれた情報から考えると大方予想は付いてくるが……。私の予想通りであれば、これもまたマリージョアで調べる必要が出てくることであり、多分に危ない橋を渡る必要が出てきそうだ。

 

 

それに……、ビビからも入電が入ってるし……。

 

 

彼女とは私が初めて警護を任された世界会議(レヴェリー)以来からの付き合いになる。彼女のバロックワークス潜入を裏で斡旋したのは私だ。当初は断固として反対したのだが、あそこまで頼まれては、覚悟を見せつけられると断ることが出来なかった。私からすれば妹の様な存在と言ってもよい。中々危なっかしくて世話の焼ける妹だけど……。

 

そんな彼女から言われたことはまたもや無茶な頼みであった。また国を出ると言うのである。今度はドンキホーテ・ドフラミンゴをぶっ潰すと言うのだから、さすがに私としても断固反対したのだが……。この前が潜入で今度がぶっ潰すだなんて、一体あの娘はどこへ向かってるんだろうか? ヒナ困惑。

 

きっと麦わらに感化されてしまったに違いない。まったく、こんなことならあそこで麦わらを捕えて目に物見せてやれば良かった。今度会った時は容赦しない。一回インペルダウンに送ってやるぐらいはしてもいいはずである。ああ~、もうっ、ヒナ憎悪……。

 

とはいえ、ビビの頼みは聞いてやらねばならない。ドンキホーテ・ドフラミンゴをぶっ潰すための伝手を紹介して欲しいという頼みは。あの娘をネルソン商会と引き合わす。そこで生まれる化学反応如何(いかん)によっては、ネルソン商会への加入という線もなくはない。ネルソン商会には今現在懸賞金が設定されているが、政府はひとつの解答を導き出そうとしている。そうなれば、加入が合法となる可能性も……。

 

まずはもう一度サンディ(アイランド)に船を寄せる必要がある。そこでビビ達を拾うのだ。そのために船は北へと向かっている。島を回り込んで北の港でビビ達を拾うべく動いている。

 

 

 

「「ヒナ嬢、入りま~すっ!!」」

 

ドアの向こうから威勢を張った声が聞こえてくる。彼らだろう。三等兵のバカな二人組。

 

「入りなさい!!!」

 

薄紫色の髪をMRINEキャップで覆い、両腕にメリケンサックを嵌めた男と、灰色の髪をMRINEハットで覆い、ハート形のサングラスを掛けた男が二人して、真っ赤な巨大魚を抱えながら部屋へと入ってきた。大量の海水を滴らせながら……。

 

「聞いて下さい、ヒナ嬢」

 

「どうしたの?」

 

何を言おうとしているのかは大体見当が付いているし、かなり面倒臭いが取り敢えずは聞いてやることにする。

 

「魚を釣っていましたあなたの為に♡」

 

「直ぐに捌いて差し上げます♡」

 

両者ともに片膝立ちでキラキラとしたオーラを放ちつつ、これ見よがしに巨大魚を披露してくる彼らだが、

 

「いらないわ」

 

私はにべもなく一言で済ませてやる。きっと私の今の顔は無表情極まれりといったものであろうが、彼らは一向に懲りずに立ち向かってくるのだ。どうやらそれがいいらしい。バカが何を考えているのかは本当によく分からない。ヒナ疑問。

 

丁度いい機会であるからこの場を借りて申し渡しておこう。

 

「フルボディ本部三等兵、並びにジャンゴ本部三等兵。聖地マリージョアに到着次第、今の任を解き異動を命ずる。異動先は海軍本部情報部監察。……つまりは私の下で引き続きよろしく」

 

感情を一切込めずに事務的口調に徹してみれば、

 

「「どこまでも付いて行きますっ!!!!! ヒナ嬢」」

 

二人は感情を爆発させて、一際見事な敬礼を披露して見せてきた。巨大魚が二人の手から離れ、哀れにも跳びはねてしまっているが……。

 

 

 

見るからにルンルンとした足取りでドアの向こうへと姿を消した二人組を見やり、ひとつ思う。

 

 

どうしようもないバカは時々、人を救う。この世の真理だ。

 

 

私の心は少しばかり晴々とし、冷めきったコーヒーでさえ美味しいと思えた。

 

 

ヒナ満足……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” 外洋

 

「測深に取り掛かります」

 

船尾甲板前端手摺際にて信号を受け取った船員が舵輪近くへと報告にやって来る。時刻は深夜1時を回ったばかり、漆黒の闇が包む海を船は進んでいる。大暗礁の彼方へと……。

 

 

 

濃密そのものとなったアラバスタのヤマは終わりを迎えた。そこからさらに号砲を鳴らした事柄は数多いが、ひとまず俺たちはサンディ(アイランド)に別れを告げたのだ。反乱騒ぎで時代の節目を迎えつつあった国を尻目に俺たちはやるべきことをやった。ダンスパウダー、10億ベリー、そしてナギナギの実を手に入れた上で生き残った。きな臭い暗殺の阻止というおまけもやってのけて見せた。それは選び取ることが出来る最上の結果と言って良い。

 

勿論それによって出くわしたもの、引き起こされた事、呼び覚ました事も存在する。まずはドンキホーテファミリーに本格的に宣戦布告をしたと言えるし、海軍本部大将相手に一戦ぶちかました上で逃げ切ったことで目を付けられたとも言える。さらには、黒ひげ海賊団とも因縁を作り出した挙句の果てには、存在すら疑わしかった政府最高クラスの諜報員とご挨拶する破目となった。忘れそうになるが元王下七武海であるクロコダイルとも因縁が出来たのは間違いないだろう。

 

まあ、麦わらの一味という気持ちの良い奴らと出会えたことや、白ひげ海賊団2番隊隊長に対して貸しを作ったこと、アラバスタ王の真意を知った上で関係を持てたということもあるが。

 

諸々を抱えながらも俺たちは先へと進む。ヒナとサンディ(アイランド)を後にする直前に連絡を取り、会う段取りを設定した。場所は天空の鏡(シエロ・エスペッホ)と呼ばれる絶海の孤島である。そこは島の湾口に巨大な塩田が広がっていると聞く。永久指針(エターナルポース)が伝書鳩によってヒナから届けられ、今俺たちはそこへと向かっている。あれだけ濃密な地獄の只中を走り抜けたのであるから俺たちには少しぐらい骨休めが必要だろう。天空の鏡(シエロ・エスペッホ)と呼ばれるソリティ(アイランド)は丁度良い場所になりそうである。キューカ島にも行くつもりであるため、そこでもいいのかもしれないが整備された場所よりも手付かずの場所の方が骨休めにはなるのではなかろうかというわけだ。ただ件の絶海の孤島へと向かうためにはこの大暗礁を抜けなければならないのだが……。

 

危険極まりない大暗礁を何故さらに危険な深夜に航行しているのか? 俺たちもやりたくてやるほど物好きではないので当然理由は存在する。最悪な事にこの近辺では日中に風が落ちてしまうため、抜けるためには風が戻る陽が落ちて以降しか無理なのである。俺たちは昼間に櫂を使って大暗礁を抜けるほど奇特でもないのだ。

 

ただ風があるとはいえ一定ではないので帆の開きを目まぐるしく変えていかなければならないだろう。今は辛うじて順風、何とか今の内に抜けきりたいものだ。甲板上で灯火管制はしていない。少しでも水面下を照らし出そうとありったけのランタンを船内から引っ張り出しており、甲板上を煌々と輝かせている。その輝きの先、船首突出部の向こう、暗闇の中でぼうっとひとつの灯りが存在している。一艘のボートを先行させて測深を開始するのだ。船底の下にどれぐらいの余地が残っているのか測りながら慎重に進んでいく必要がある。もし万が一にも暗礁に乗り上げてしまえば一巻の終わり。船の竜骨を損傷し、船底には大穴が開き、大量の海水が入り込んできて俺たちは海の藻屑となってしまう。

 

それを防ぐためボートにはべポと船員数名が乗り込んでいて、測鉛索を使って海底をさらって調べてゆくのだ。

 

最初の測深がどれぐらいになるだろうか? 

 

左横で天井から吊り下げられている巨大砂時計の中を砂が落ちるスピードさえじれったくて仕方がない程のじりじりとした時間。それでも、右横で舵輪を両腕で支えているロッコは落ち着き払っており泰然自若としている。ロッコがいなければ夜中の暗礁航路など狂気の沙汰であったに違いない。否、ロッコがいても狂気の沙汰であることに変わりはないのだが、海図の詳細なまでの数値が頭にインプットされていて、かつ潮の流れと風のご機嫌具合を熟知しているロッコが居ればこそなのである。

 

「底まで8mでーすっ!!!」

 

船首突出部でボートと信号のやり取りをしているカールから大音声の報告が入ってくる。カールはローの監督の下、手旗信号を何とかこなしているに違いない。

 

8mならまだ大丈夫だ。既に入り込んでしまっているため、どうなろうとも引き返すことは出来ないがまずは一安心といったところか。

 

「予想通りでやすね。一番危険な海域はこの先でやすから、安心はできやせんが」

 

ロッコの言葉に俺は頷いて見せる。その間も船は進んでいる。暗礁のすぐ上を……。

 

「1点回しやす。針路北西微西。……当直員は各転桁索(ブレース)に付け!!」

 

舵輪に掛かるロッコの腕がゆっくりと動いてゆく。多分風も変わりつつあるな。

 

中甲板ではジョゼフィーヌとクラハドールが指揮を執っている。今日ばかりは船の操作に最大限の繊細さが求められるからだ。眼下ではランタンに灯される中当直員が両弦で作業に入っている。中甲板では当直員以外にも船員が見張りとして立っているので中々の賑わいっぷりだ。

 

「はい、もたもたしない!!! ……クラハドール、そいつの名前を控えておけーっ!!!!!」

 

いつにも増しておっかないジョゼフィーヌである。だが今日ばかりはそれも必要となる。そいつの名前を控えておけか。中々いい殺し文句じゃないか。

 

「ほれ、陣中見舞いや」

 

中甲板から上がってきたオーバンが盆に載せているのはコーヒーである。深夜をまわり風もあるため当然のように肌寒い。湯気を立てているマグカップの中身は見るからにアツアツのようであり、何とも有難いことこの上ない。

 

「助かったよ」

 

感謝の言葉を口にしながらマグを受け取り喉に流し込んでみれば、本当に体がこれを求めていたことが分かるってもんだ。

 

「底まで5mでーすっ!!!」

 

船首突出部から2回目の報告が来ると同時に、中甲板へと下りてゆく階段から軽く口笛が聞こえてくる。

 

オーバンの奴め、今に口笛など吹いてられなくなるぞ。賭けてもいい。

 

「まだまだでやす」

 

確かに、5mだからな。とはいえ中々腹に迫って来るものがあるが……。

 

 

そんなことよりもだ。

 

「なぁ、ロッコ。少しぐらい話してはくれないのか?」

 

何のことを言っているのかはロッコも分かっているに違いない。船尾甲板にも船員は存在しているが全て屋根の後ろ甲板後端手摺際に固まっており、舵輪の周りには俺とロッコだけである。サンディ(アイランド)で船に戻ってからも嵐の様に時間は過ぎ去って行き、こんな時しか話をする機会はないだろう。

 

だが当のロッコは黙して語らずを貫いている。やはり何も話すつもりはないのだろうか? 何も知らないのか? そんなわけはない筈だ。青雉との話しっぷりから察するにロッコは俺の与り知らないことを知っている。それを敢えて今まで黙っていたに違いない。

 

再び舵輪が幾許ほど動かされてゆく。

 

「2点回しやす。針路西微北。そ~ら、引け~っ!!! お前たち」

 

ロッコの言葉と共に中甲板に居るジョゼフィーヌからも怒号の声が飛び、船員たちが縦横無尽に動き回る。中甲板の喧騒とは違って船尾甲板は不思議なくらいに静寂が漂う何とも言えぬ空気が広がっている。仕方なく俺はコーヒーマグへと手を伸ばさざるを得ない。

 

「…………トリガーヤード事件でやすか?」

 

重くて仕方がなかった口を漸くにして開いたと言わんばかりにロッコが口にした単語。

 

トリガーヤードとはある場所の事を指す地名だ。それ自体は知識として持ち合わせてはいる。聖地マリージョア、天竜人が住まう場所。聖地には裏庭が存在している。それも2か所。ひとつは偉大なる航路(グランドライン)前半部分のシャボンディ諸島。もうひとつがトリガーヤード。そうヤード、文字通り“裏庭”である。赤い土の大陸(レッドライン)の新世界側麓付近にそれは築かれた街であり、位置上もほぼマリージョアの裏側に当たる。元々はヤードと呼ばれていただけであるが、いつしかこの町にはトリガーと呼ばれる枕詞が付けられるようになった。数々の引き金が引き起こされてきた町というわけだろう。

 

「……ベルガー商会は、親父さんは確かに珀鉛を商っておりやした。フレバンスから凪の海(カームベルト)を渡ってマリージョアに運び込む。その荷下ろし先がトリガーヤードでやす。膨大な量の珀鉛を商っておりやしたから当然そこには巨大な倉庫がありやしたよ。それがね、いつかの日に爆発事件が起こったんでさあ。それはそれは大規模な爆発でやしてね。貯蔵していた大量の珀鉛がいっぺんに焼失したそうでやす。親父さんが最後の航海に出たのは丁度その時なんでやすよ。珀鉛の件はそれまで一切世界に公表しておりやせんでした。ベルガー商会が関わっていることもトリガーヤードに運び込まれていることも、倉庫の存在さえね。政府は揉み消しやした。そりゃあもう一切合財をね。坊っちゃんのことだ、政府が何をやったかはお察しでやしょう」

 

ロッコの口から語られてきた事柄……。

 

「バスターコールか……」

 

「ええ」

 

「だがなぜだ? トリガーヤードは今も存在して……、まさか」

 

「ええ、そうでやす。世界はすこぶる不思議に出来てやすよ。政府は一旦バスターコールで完全に破壊した後に全く同じ場所に再度町を築き上げやした。その後は坊っちゃんも知ってらっしゃる通り、親父さんは消息不明にて死亡となりやした」

 

そんなことがあったのか……、だが待てよ……。

 

「青雉はまだ終わってないと言わなかったか?」

 

俺の尤もな疑問に対し、ロッコはもう一度押し黙る。下の中甲板の喧騒がまるで他人事のようにしか感じられない。今この時も危険極まりない大暗礁の真上にいるということさえもどうでもいいことのように思えてきてしまう。マグカップに手を付ける気にもなれない。

 

一体何だと言うのか……。

 

「……クザンがどこまで知っとるのかは定かじゃありやせんが……。わっしから言えるのはここまででやす。申し訳ねぇが、これ以上わっしの口から言うことはできやせん、どうしてもね。……たたひとつだけ、ぼっちゃんには忠告しておきやすよ。時として真実ってやつはひとつとは限りやせん。いや、全く以てね」

 

また謎は深まった。これ以上は言えないってどういうことだ? 何なんだ、一体全体何なんだよ。

 

「底まで3mでーすっ!!!」

 

俺の周りを支配していた静寂をカールからの報告が打ち破って来る。

 

「カールめ、そんな暢気(のんき)に言っとる場合か、まったく。ローの小僧は一体何をしとるんじゃ。坊っちゃん、ルートを変更して回り込んだ方が良さそうでやすね。回しやす、針路東微南。お前たち、しっかり気張れ~っ!!!」

 

ロッコの言う通り、3mでは抜けるのは厳しいかもしれない。暗礁に乗り上げてしまう可能性を否定しきれない深さだ。こうしてはいられない。

 

眼前に迫る容赦ない現実を前にして、煙に巻かれたような感じもあるが仕方がない。

 

それでも前に進まなければならない。

 

「各転桁索(ブレース)、そ~ら、引け~っ!!! ボートは一旦回収しろ。針路定まり次第、再び測深」

 

俺も大音声を張り上げながら、矢継ぎ早に指示を出してゆく。

 

 

大暗礁の彼方を目指して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ソリティ(アイランド) 天空の鏡(シエロ・エスペッホ)

 

風が心地良い。

 

脳内を緩やかに呼び覚ますかのようなピアノの音色に誘われて船室から中甲板に上がってみれば、群青色に広がる朝空に微風が流れていた。綺麗に巻き収められた帆の先にあるペナントを確認して風に思いを馳せるという船上の日課は上陸しようともそう簡単に抜けるものではない。船内で寝起きすれば尚更である。

 

体は自然と左舷手摺際へと向かって行く。ピアノの音色がする方向へと。

 

見渡せる景色は……、

 

 

空をそのまま映しているかのような群青が広がっている。そのずっと向こうに横たわっている岩壁と真っ白な木々。雪を被ったような白さともフレバンスのあの白さともそれは別物。塩が作り出す全てがここにはある。

 

 

 

天空の鏡(シエロ・エスペッホ)、さらには塩の木(ソルトツリー)

 

 

 

真っ白な塩の大地が薄い水の膜で覆われて巨大な自然の鏡を作り出す。鏡は上空いっぱいを余すところなく映し出し、作り出す景色。それが天空の鏡(シエロ・エスペッホ)である。

 

鏡が描き出す朝の群青、その真中に1台のグランドピアノがそっと置かれている。上陸するなり食堂から運び出したものだ。群青の中で映える漆黒のピアノを演奏しているのは我が右腕にして素晴らしいピアニストでもあるロー。

 

紡がれてくる音色は早朝の静けさに溶け合って、俺の心の琴線を軽やかに揺らす。今この時間、至福の一時は俺だけのものだ。否、そうではなかった。上空背後を見上げてみれば見張り台の上に船員が座っている。特等席で鑑賞とは良いご身分じゃないか、まったくな。

 

まあいい、至福の時間は分かちあってこそだ。

 

そして、朗らかな風のそよぎと静かな音の連なりはゆっくりと確実に皆を誘い出し、気付けば俺たち全員が甲板に上がってただ黙って早朝の独演会に聞き惚れていた。

 

俺たちの船は塩田の側目一杯まで寄せて錨を下ろしており、偶々(たまたま)俺たちとは別にこの島にやって来ていた小船も隣に停船していた。連中も起きだしている。早朝からさぞかしたゆたっていることだろう。

 

存在するのは圧倒的なまでの群青に佇むピアノから紡がれてくる音と風のそよぎ。ただそれだけ。ただそれだけであるはずなのに、それがこの世の全てであるかのように感じさせられるのはなぜだろうか?

 

心が洗われる。洗われてゆく。どこまでも、どこまでもだ。

 

いつまでも聴いていたい群青独演会は、ローの指がゆっくりと鍵盤から離れていったところで終わりを迎える。

 

誰もが言葉を放つことが出来ないでいた。拍手することさえ憚られるような雰囲気があった。

 

 

それはとても心地良い静寂であった。

 

 

ただ、静寂を破ったのは、ロー自身。

 

 

危機迫る空腹を告げる盛大なまでの腹の音。

 

 

一瞬わけが分からなくなってしまった俺たちではあるが、

 

「腹減った……」

 

という切実なまでの奴の本音を耳にして、爆笑の渦へと変わってゆく。

 

「ハハハッ、朝ごはんにしましょう! オーバン、最高のおにぎりを用意してあげて!!!」

 

「了解や!」

 

 

 

今日は素晴らしい一日になりそうである。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「オーバン、ちゃんと聞いてるの?」

 

間もなく昼時を迎えつつあり、沢山の巨大パラソルを塩田に運び出してランチ準備に大わらわな私たち。ただ私だけはそうではない。即席で作ったキッチンで素材の調理に精を出しているオーバンのすぐ横にパラソルテーブルを張り、デッキチェアに身を沈めながらも書類片手に問い詰めているのだ。

 

会計士としての料理長に対する監査報告である。

 

「だから、この金額は有り得ないって言ってるの。やっと偉大なる航路(グランドライン)に入ってからの食材費の分析が終わったわけだけど、どうやったら1000万ベリーも使うことになるのよっ!!!」

 

計算し終えたときには震えが止まらなかった。何度も何度も計算しても間違いなく1000万オーバーなのだ。おかげでお気に入りの羽ペン様を何本もへし折る破目となってしまったではないか。

 

「聞いてるって言うてるやんけ。ほんまに、ジョゼフィーヌはやっかましいの~。そないに口うるさい女はモテへんぞ~」

 

「それとこれとは別っ!!! もうっ、だから……!!!!!」

 

調理に集中しながらも器用に話をはぐらかそうとしてくるオーバンに対しての苛立ちが否応なしに募ってくる。

 

あ~、でもこの素足の感覚はとても気持ちが良い。

 

真っ白な塩を覆うひんやりとした水の膜が広がる大地で私たちは靴を履くなど野暮な事だというわけで、皆一様にして素足で過ごしている。これが本当に心地良いのだ。広がるパラソルテーブルの向こうには青空と白い雲を同じように映し出す水面鏡が私の目を和ませてくれる。

 

でも、それとこれも別っ!!!

 

「こんなペースでお金を使ってたら私たちは確実に破産よ、破産。もう私は死んでも破産するのだけはいやなのっ!!! ぜ~ったいに予算削減だからねっ!!!」

 

6代目となってしまった羽ペン様でしっかりと指差してやりながら、怒りの剣幕を見せてやるも。

 

「10億ベリーを任された会計士が何を小さいこと言うとんねん。金は天下の回りものやないか。ぎょ~さん稼いできたんを盛大に使(つこ)うたるのが料理長の役目ってもんちゃうんか?」

 

こいつ……、何にも分かってないっ!!!!! 

 

こいつが私をイラつかせるのは、有ろうことかこの私を丸め込めることが出来ると思っているところだ。そこが何とも度し難い。

 

「……イライラせんと、これでも食ってみ」

 

怒りの制裁を口から迸らせようとしたところへ、放り込まれて来る何か……。

 

あっ、エビだ。何これ、美味しい~♪

 

程良くボイルされていて、この食感と甘み……、それにこのソース。……違う、オリーブオイルだわ、まるでソース見たい。

 

いやいや、私としたことが美味しい食べ物で口を塞がれてどうすんのよっ!!!

 

「じゃあ、こっちはどうや」

 

間髪入れずにまた放り込まれてくるもの、美味しくないわけがない……。

 

今度はカニだ。丁度良く焼かれてる。これも甘い。何これ、ほんとに美味しい~♪

 

「せやろ、せやろ、旨いはずやで。わいが作ったんやさかいな。せやけど、それだけちゃうんやで。これは研究の成果や。最高に旨いもんはな。選りすぐりの素材を一番合う調理方法で料理するのがベストなんや。無限にある組み合わせの中から最良のもんを選ぶにはそら、金は掛かってまうわな~。でも、……旨いやろ?」

 

う~~、反論が出来そうもない。私としたことが……、やはり、美味しいものには叶わないのか……。

 

 

こうして私は数字という現実から暫し目を背けて、美食という快楽に身を委ねるのであった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「べポさん! この下、魚がいそうだよっ!!」

 

昼下がり、そろそろおやつかもしれない柔らかい陽の光が降り注ぐ時間帯、僕たちは塩田の海近くへと来て走り回っている。辺り全体は完全に空の青と雲の白に支配されてる。でも本当は塩の白も存在するけど。

 

「塩の下にいるのかな? おいカール、サイレント使ってみろよ」

 

べポさんが言うように、塩の下でもぞもぞと動いている何かがいるのだ。一応水の中になるだろうから魚がいてもおかしくはないんだけど……、

 

「べポさん、さすがにサイレントではどうしようもないと思うよ。だって魚だよ」

 

僕が悪魔の実であるナギナギの実を食べてからまだほとんど経ってはいないけど、一定の空間内で音を消して外に漏らさないようにするということが少しだけ出来るようになった。

 

ただ、だからと言って魚が捕まえるようになったわけではないはずだ。僕の能力って攻撃に使えるのかな~? 全然そんな風に思えないよ。

 

ここは能力なんかには頼らずに塩に手を突っ込んで動いている魚らしきものを捕まえてみようとする。僕は能力者になってカナヅチになってしまったわけだけど、足首が少し浸かるぐらいならまったく問題ないみたい。でも動いてる何かは捕まえられない。べポさんは何度もシガン、シガンって叫びながら指をもぞもぞ動く塩目掛けて突っ込んでるんだけど、もぞもぞも結構すばしっこくてうまくいってない。それに、べポさん、それシガンになってないよ。べポさんは四式使い。六式使いへの道はどうやらまだまだらしい。

 

そんな時、急に塩の中に居たもぞもぞが飛び出してきた。そりゃあもう綺麗なスカイブルーに彩られた魚で、いっぺんに沢山飛び出してきたもんだから、ちょっとびっくりしてしまったよ。

 

これがきっとあれなんだろうな、総帥がよく言ってる幻想的な風景って奴なんだろう。

 

でもさ、この景色の目の前に居るのにロッコ爺は寝てんだよね。デッキチェアを完全にベッド代わりにしてさ。あぁ、僕は綺麗な風景を見逃してしまうようなこんな大人にはなりたくないな~。

 

「カール!! 何やってんだよ。絶好のチャンスじゃないか。ほら、手づかみ出来るだろ。シガン、シガン」

 

だから、べポさん、それシガンになってないから。べポさんはクンフーに染まり過ぎてしまってるから、ああやって指全部になっちゃうんだろうな~。それじゃあもう手だよべポさん。指じゃないじゃないか……。

 

べポさんのシガンもどきを眺めながらのんびりしてたんだけど、僕は最後にピンと来たんだ。魚たちは飛び出して来てまた塩の中に戻って行くんだけど、最後の方の魚たちが戻る丁度前にロッコ爺がとんでもない鼾をかき始めたんだよね。そしたら、ちょっとだけ弱りながら塩の中に戻って行ってるように見えたんだよね。

 

これってもしかしたら、もしかするかもだよね……。

 

早速、両腕を腕組みするようにして体の前にやってぐるぐる回してみた。僕にはサイレントを引き起こすスイッチの概念ってこれがしっくりくるんだよね。べポさんには笑われたんだけど、おかしいのかな?

 

まだ小さいけどロー船医やクラハドール参謀みたいに空間を張ることが出来て準備は万端だよ。あとは罠に掛かって来るかどうかと、ロッコ爺の鼾がいつまでもつかどうか。

 

でもとても静かになって油断したんだろうね魚たち。また飛び出してきたよ。

 

いただきだーっ!!

 

また両腕をぐるぐる回してサイレントを解除してみたら、面白いように魚たちがロッコ爺の鼾で弱ってへたり込んでいった。

 

「うわー、カールっ!! すげーなっ!!!」

 

べポさんに褒められるのは良い気分だよね~。やった、やった~っ!!! 大成功!

 

そんな僕たちの大漁騒ぎにもロッコ爺だけは関係なく鼾かいて寝てるんだよね~。

 

 

 

ロッコ爺、おつかれさま。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「で、いつ終わるんだ?」

 

俺たちは夕暮れ時の塩田の中でパラソルテーブル上にチェス台を引っ張ってきて囲んでいる。景色は素晴らしいの一言に尽きる。太陽はソリティ(アイランド)の湾口に沈みつつあり、最後の赤い煌めきを放っている。その光景が水を張った塩田に映し出されて得もいわれぬ絶景が存在している。テーブル上には黄金色にたゆたうスパークリングワインが俺たちを誘っている状況だ。これを極楽と言わずしてどうする。

 

だがしかし、俺はチェスをやりたい。今、無性にチェスをやりたいのである。

 

「負けたあんたが悪い」

 

「まったくだ」

 

同じくテーブルを囲んでいる奴らの返事はにべもない。

 

今対戦しているのはローとクラハドール。かれこれ3時間はやっているんじゃなかろうか。俺は3時間もずっとここに座ってこいつらの対戦風景を眺めている。飲み物と景色の手を変え品を変え……。合間に一服を少々挟みながら。まあ、それでも俺は十分に楽しめていた。素晴らしい景色と酒、そして煙草。他に何を望むって言うのだ。

 

とはいえ、さすがにそろそろ終わってもいいだろ? 確かに俺が負けたのが悪いってのはその通りであり、それを言われればぐうの音も出やしない。俺とクラハドールの対戦時間は何時間だったかな? 否、考えるのもおこがましい、何時間なんてものではなくて40分に過ぎなかった。

 

だが俺はチェスをやりたいのである。

 

よし、ここはもっと建設的なこと、楽しいことを考えてみようじゃないか。こんな最高の景色を眺めながら金色のスパークリングワインに舌鼓を打ちながら考えるといいことは……。今晩の食事、それがいいだろう。先程べポとカールが大量の優美な魚を持ち帰って来ていた。

 

「夕食は刺身かもな。また美味い酒が飲めそうだな」

 

俺の何気なく口にした言葉に対し、返って来るのはチェスの駒を移動させる音だけである。

 

おい、お前ら……、それは無視なのか。無視ってやつなのか?

 

否、対戦に集中し過ぎて聞こえていないのかもしれない。こいつらの頭の中は俺とは出来そのものが違うんだろうきっと。脳内が超高速で回転しているに違いない。であるならば、夕食のおかずが刺身かどうかなど頭に入ってこなくとも道理というものである。

 

仕方がない。ここは新たな交易品になりそうなものに思いを馳せてみるか。塩の木(ソルトツリー)、塩田が生み出した塩の結晶はどういう化学反応を引き起こされたか木を生み出していた。真っ白な木は白樺とは全く別物であり、塩の木であるのだ。調べてみればそれぞれ香りが微妙に異なっていて、まさに潮の香りを醸し出していた。これは家具にでも加工すれば中々の代物になりそうである。というよりも、俺自身がそんな家具が欲しい。

 

「お前たち、ソルトツリーをどう思う?」

 

俺は再び何気なく言葉を二人に投げ掛けていた。だが、

 

「あんた少し黙っててくれ。今はそれどころじゃねぇんだ」

 

「一服でもしたらどうだ? ほら、貴様の大好物が呼んでるぞ」

 

ローは右手で制するジェスチャーであからさまに拒否を示し、クラハドールに至っては真っ赤に燃えあがる太陽を指差しながら仏頂面でご退散を願い奉ってきた。メガネをくいと上げる動作を加えながら……。

 

そのメガネ、バキバキに割ってやろうか?

 

今ここでパラソルテーブルごとひっくり返してやろうか?

 

否、俺としたことが実に大人気ない浅はかな考えではないか。落ち着こう。

 

 

いや待てよ、

 

「チェスって3人でやれないだろうか?」

 

 

その後、本気で怒鳴られたのはなぜだろうか? 

 

まだ手が出て来なかっただけ、敬意は残っていたとそう……思いたい……。

 




読んで頂きありがとうございます。

こんな休み私も欲しいところでございます。

物語にはまた色々と詰め込んで参りますが、

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!!


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第38話 世界はまた朝を迎えようとしている

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は8000字ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ソリティ(アイランド) 天空の鏡(シエロ・エスペッホ)

 

柔らかな風からそっと守るようにして手を(かざ)し、火を点ける。マッチ棒を擦ることで灯される一瞬の火はライターという利器に慣れきった身にも心引き寄せられるものだ。偶にひと手間掛けたくなってしまうのはそこに何とも言えない儚さが存在しているからかもしれない。

 

灯された火によって生み出された煙は早朝の心地良い寒気と共に己の体内に沁み渡ってゆく。見つめる先にあるのは西の空と島の湾口。覆い尽くしていた闇は急速に青味を増しつつあり、鏡面のこの場は黒から青の世界へと変わりつつある。背後は薄らと青に赤が交じり始め、群青色へ、紫色へとグラデーションを描こうとしているかもしれない。

 

 

夜が明ける。世界はまた朝を迎えようとしている。

 

 

昨日は素晴らしい一日だった。ある一点を除いてではあるが……。

 

夕食はべポとカールによって新鮮な刺身を堪能することが出来たし、久しぶりにジョゼフィーヌが舞い踊る姿を眺めることも出来た。それは勿論、あいつが結局は酔い潰れる姿を目撃したと同義でもあるが、そんなことは俺の知ったことではない。面倒臭い酔っ払いの後始末は俺の仕事ではないのだ。たとえ我が妹であるとしても。

 

百歩譲ったとして、まあそれはいい。言ってみればいつものことであるのだから。昨日を素晴らしい一日だったと断言出来ない理由は他にある。

 

チェス。一にも二にもそれはチェス。それ以上でも以下でもない。

 

奴らは結局いつまでやっていたんだったか? 夕食で一旦中断した後もあの二人は盤面と相手をにらめっこし続けていた。俺はと言えば憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちを何とかして酒と煙草で紛らわしていたに過ぎない。しかも奴らの決着はまだ着いてはいない。

 

とんでもないことだ。

 

無理矢理にでもチェス盤を引っくり返してやろうかという思いと何度戦い、ギリギリのところで思い止まっていたことか。とっておきの夜食がなければ、間違いなく俺は凶行に及んでいたことだろう。オーバンが出してきた出汁茶漬けなるものは俺の心を和ませるには十分すぎる料理だった。

 

まあいい、過ぎたことだ。いずれは3人用のチェスにも巡り会えるかもしれないわけだから。というよりも、3人用のチェス盤は是が非でも探し出さなければならないアイテムだ。奴ら相手にチェスをしたければ。どちらにせよ早期敗退するかもしれないということには目を瞑って……。

 

 

「では次は左をやっていきます」

 

「……ああ、頼む」

 

俺は随分と物思いに耽っていたようだ。否、この時間と空間が心地良すぎたのか、まるで一人でこの場に存在しているものと思ってしまっていたらしい。思い出してみれば俺は早朝から革靴を丹念に磨いて貰っている最中であった。デッキチェアに足だけではなく体全身を投げ出している横では、つい昨日出会ったばかりの少女が黙々と靴を磨いてくれている。

 

彼女の、正確には彼女たちの船は俺たちがこの島の湾口に何とか辿りついた時には既に錨を下ろしていた。昨日のローによる静寂なる調べを共に耳にし、夕食にも招いてささやかながら親睦を深めたわけである。彼女たちのこの島での目当ては塩の木(ソルトツリー)らしく、日中はせっせと切り倒して船に積み込んでいる様子を目にすることが出来た。刺身のぷりぷりとした食感を堪能しながら聞いたところによると、塩の木(ソルトツリー)からオイルを抽出するらしい。

 

そのオイルは靴磨きに使うという。彼女は少女ながらもプロの靴磨き職人だ。彼女の手によって磨き上げられた右の革靴は輝く様な光沢を放っている。

 

何とも素晴らしい出来栄えではないか。

 

「考え事ですか?」

 

靴表面のごみを取り除くようにしてブラシを動かしながら少女が言葉を投げて寄越す。先程まで何事も言ってはこなかったところへ質問してきたということは、黙っていたいから黙っていたわけではなく、もしかしたら俺は気を使われていたのかもしれない。こんな少女に気を使わせてしまうとは俺も相当だ。

 

「君の丁寧な仕事ぶりを邪魔してはいけないと思って観察させて貰っていただけだよ。素晴らしい腕をしているな」

 

実際は少女が言った通り考え事をしていたわけであるが、少しばかりの褒め言葉を言ってみる。

 

「ありがとうございます。ご満足頂けているようで何よりです」

 

少女からはこれまた丁寧な返事がかえってくるのだが、それにしてもあれだ。最近の若い子は皆このようにして礼儀正しいのだろうか? ウチのカールと言いこの少女と言い、お前たちは本当に少年少女なのかとでも問いたくなるような言葉使いをする。

 

「総帥さんは褒め言葉はお上手ですけど、……でも嘘を吐くのは下手くそですね。随分と考え込んでいらっしゃいましたよ」

 

訂正だ。先程の考えにはひとつ訂正をする必要がある。礼儀正しいがクソ生意気でもあると……。栗色のショートヘアーを風に(なび)かせながら、柔らかい笑顔を見せられてもイイ歳した大人は騙されるものか。

 

「若いのに中々勘が鋭いじゃないか。だが今からそんな生意気なこと言ってると、お仕置きを食らうぞ。こんな風にな」

 

少女に向けて盛大に紫煙を放り込んでやる。煙にやられて()せてはいるが、布を使った汚れ落としに入っている手元は狂いもせずに動き続けている。

 

「……ゴホッ、ゴホッ、大人は狡いですね。すぐにそうやって押さえつけようとする」

 

そうやって綺麗な眼で睨んでくるところと柔らかい笑顔を使い分けて来る君も十分狡いと言ってやりたかったがひとまず止めておくことにする。これ以上狡い大人にはなりたくないものだ。

 

「考え事は私の趣味みたいなものだ。大人な事情が絡んでいるからな、君に聞かせるような内容ではないんだよ。それよりも、塩の木(ソルトツリー)の事をもっと教えてくれないか?」

 

大人の事情などと言っている時点でまた狡いと言われてしまいそうだが、大人は狡い生き物なのだと開き直りたいような思いもあるし、少女に睨まれるのもこれはこれで悪くないものだ。

 

塩の木(ソルトツリー)()()()()()()()()()しておりますが、何をお知りにないりたいのですか?」

 

睨みは止めても言葉による牽制が飛んでくる。俺が塩の木(ソルトツリー)について知りたいというその先に手に入れたいという欲求があることを見逃していない。まったく、若いくせにクソ生意気な奴である。

 

「それは公式に所有しているという意味かな?」

 

こうなるともう歴とした交渉事である。相手がうら若き少女であろうと関係ない。

 

紫煙は完全なる群青の世界へと立ち昇ってゆく。サイドテーブルに置いているマグカップを掴み、まだ温もりを保っているコーヒーを喉に流し込む。彼女の手の動きは琥珀色のガラス瓶に入ったオイルを靴の表面に塗りこませるものへと変わっている。ガラス瓶には厳めしい書体でクエロンオイルと表記されており、かなりの高額で市販しているものなのだろう。

 

「いいえ、非公式です。我々も所有権を持っているわけではありません。ただ我々が管理していると世に宣言しているだけです。……言ったもの勝ちですよ、世の中は」

 

言ったもの勝ちとはな……、言ってくれるじゃないか。

 

「では我々が勝手に手に入れようとも何も問題はないわけだな?」

 

「これを気にしないのであれば問題はありません」

 

少女が口にしながら指差したクエロンオイルの瓶に描かれている紋章……。それは天翔(あまか)ける竜の(ひづめ)、天竜人の紋章であった。

 

そういうことか。クエロンオイルは天竜人御用達(ごようたし)というわけだな。確かにこれを気にしないで生きていられる奴はそうはいないだろう。今の段階では俺たちもまだ気にしないわけにはいかない。

 

「大した脅し文句を持っているじゃないか。それを気にせずにいられる奴はいないだろうよ。では正式に対価を払おうじゃないか。何が望みだ?」

 

塩の木(ソルトツリー)は素晴らしい。故に諦めるという選択肢は勿論存在しないのだ。金を払うのか何を差し出すことになるのか分からないが、望むものを出してやろうじゃないか。

 

「フフフ、安心して下さい。何も貰おうだなんて思ってませんよ。そんなに正攻法で来られては我々としても吹っ掛けるわけにはいきません」

 

少女は朗らかにそう言うと、革靴の磨きこみに取りかかり始めた。繊細な手の動きは見る見るうちに艶やかな鏡面へと仕上げていっている。

 

「好きなだけ持っていって頂いて構いませんよ。世界貴族が直接管理しているわけではありません。管理しているのはあくまで我々に過ぎません」

 

少女にこのように言われてしまう体たらくでは己がどうしようもない大人に思われてしまうが、ここはお言葉に甘えさせてもらうことにしよう。

 

「有難く頂戴しよう」

 

「フフフ、総帥さんは正直ですね。何だか言葉が弾んで聞こえますよ? ああ、それとも、これから大切な方に会われるからですか? 早朝から靴磨きをご依頼なさるなんてそうとしか考えられません」

 

まったく、何を言い出すかと思いきや、無粋な質問とはまさにこのことである。ここはあれだ……。

 

「また得意のだんまりを決め込むわけですか? やっぱり大人って狡いですよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

畳みかけて来る少女の物言いに対して俺は降参の白旗を掲げるしかなかった。

 

「はい。出来ましたよ、総帥さん。ご覧になってみて下さい。漆黒の革が光り輝いています」

 

どうだと言わんばかりに手渡された俺の革靴は少女が言った通り、磨く前とは雲泥の差であり、眩いばかりの光沢を放っていた。

 

「素晴らしい出来栄えだ」

 

素直にそう思う。

 

「お代はそうですね……、私も総帥さんに同行してその方にお会いするっていうのはどうですか?」

 

おいおい、こいつは何を言い出すんだ。ヒナに会わせろっていうのか?

 

「冗談ですよ。……でも、そうですね~、総帥さんのそのハット帽を頂くってことで手を打ちましょうか」

 

「俺のシルクハット? ダメだ。これは俺たちの象徴(シンボル)。おいそれとは渡すことは出来ないな」

 

「そうですか。残念ですね~」

 

何を思ってシルクハットを望んだのかは知らないが、象徴(シンボル)を渡すということは何かしらの意味が存在してくるということになる。だが、

 

「我々クエロ家の家訓は無帽なのです。お客様に対しては無帽であるべきだという考えの様です。ですが私はずっと帽子を被ることに強い憧れを持って生きてきました。そして今回総帥さん達に出会って、皆さんが同じシルクハットを被ってらっしゃるのを目にして私はどうにも抑えが利かなくなってしまったと言いましょうか。だからそのシルクハットを被ってみたいなと……」

 

少女の願いは俺の心の琴線を揺さぶってくる。ハット帽を愛するのにも関わらず、それを被ることが許されないというのは……。ここにも同士がいた。シルクハットを、ハット帽を、帽子を愛する同士がここにもいた。

 

意味なんてそれだけで十分ではないか。

 

そう思い立った俺は自然と立ち上がり、少女が磨き上げてくれた革靴に足を通し、己の頭に常として存在しているシルクハットを少女のふんわりとした栗色ショートヘアーに被せていた。

 

「君は同士だな。俺たちの象徴(シンボル)で良ければ貰うがいい」

 

振り返って俺を仰ぎ見てきた少女はシルクハットを両手で押さえながら満面の笑顔で、

 

「ありがとうございます、総帥さん」

 

感謝の言葉を贈ってくれた。

 

君の方が狡いよ。その可愛らしいまでの笑顔は……。だが、いいものを貰ったな……。

 

行こう。そろそろ時間だ。船に戻って代えのシルクハットも取ってこなければならない。

 

 

ふと、振り返ってみれば世界は明るさを増していた。青味に橙が交じり始め、白い雲が漂っていることも見て取れて、

 

「見ろ。夜が明ける」

 

思わず俺はそう口にしていた。この一瞬を切り取る事が出来る画家がいたならば迷わず大枚を叩いてしまいそうだ。この一瞬は何物にも代え難い。夜明けはだからこそ素晴らしい。

 

「総帥さんなら聖地から眺める夜明けにも感嘆されるかもしれませんね。私には憂鬱でしかありませんが……」

 

そう呟く少女の顔を見下ろしてみれば、先程までの笑顔はそこにはなかった。

 

「父はマリージョアとヤードで仕立屋を営んでいます。クエロ家は代々続く仕立屋の家系です。でも私にはあの場所がどうにも好きにはなれなくて……。靴磨き職人として家を飛び出しました。ただ完全に飛び出すことも出来なくて……。必ず聖地には戻らないといけないんですよ。……シルクハット、ありがとうございます。最高のお代です」

 

少女は何とか笑顔を作って見せて、

 

「中枢へいらっしゃった時はお立ち寄り下さい。また磨いて差し上げます」

 

別れの挨拶を寄越してくる。

 

「ああ、寄らせて貰おう。君のお父さんを説得する必要もありそうだしな。シルクハットが如何に素晴らしいかを……。……そう言えばまだ名前を聞いてなかったな」

 

「……サフィア。クエロ・サフィアです。総帥さん、いい一日を!!」

 

 

 

世界はまた朝を迎えようとしている。それは素晴らしい一日の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソリティ(アイランド)には湾口を抜けて入って行く。口の先には広大な塩田が広がっており、それを囲むようにして岩壁が聳え立っている。岩壁を包んでいるのは塩の木(ソルトツリー)で成る林。上空から見れば金魚鉢のように見えるであろうその岩壁を越えれば海があり、砂浜がある。勿論、塩田の優しく包まれるような水の膜とは似ても似つかぬ、波高し砂浜だ。俺たちは大暗礁を抜けてこの島へとやって来たのであるから当然と言えば当然の光景。とはいえ、先程とは打って変わった荒々しさに身を引き締められるようなものが感じられる。

 

ここは常に危険と隣り合わせの偉大なる航路(グランドライン)であると改めて教えられているようだ。

 

そんな中で一人佇んでいる姿。ヒナは波飛沫打ち寄せる砂浜にて、どこから持って来たのか簡易椅子に座っていた。横にはご丁寧にも俺の分まで置かれている。

 

それにしても、

 

「おはよう、ヒナ。だがお前、どうやって来たんだ?」

 

疑問が湧いてくるというものだ。辺りには小船の一つとして見当たらないし、当然海軍船も存在していない。ではどうやってここへ来たんだというのは当然の疑問であろう。

 

「しばらくね、ハット。……どうやってって……、飛んで来たのよ」

 

煙を(なび)かせる煙草で空を差しながら事もなげにヒナはそう言ってのけた。飛んで来たと言う表現は常人からすれば比喩表現になるのだが、こいつだと言葉通りになってしまう。まあ、俺も月歩(ゲッポウ)で同じように飛んで来ることが出来るであろうが……。

 

まあいいか。俺たちが共にいるところを誰かに見られるわけにはいかない。必然的にこうするしかないのだ。

 

俺も用意された椅子に座りこみ、ヒナの仕草に誘われて煙草を取り出してみれば、隣から火が灯されてくる。

 

「ありがとう」

 

「礼には及ばないわ」

 

「コーヒーをどうだ? オーバンに淹れてもらったのを持ってきた」

 

「あら、ハットにしては気が利いてるわね。ヒナ感激。頂くわ」

 

水筒に入れてきたコーヒーを分け合って、暫し紫煙と苦味を堪能しながら寄せては返してゆく波音に耳を傾けてみる。

 

これもまた心地良い時間だ。

 

よく眺めてみればヒナの服装は漆黒であり、俺と同じようにシルクハットを頭に載せている。俺たちの一員である証だ。これに正義のコートを羽織れば海軍本部大佐へと、もとい准将へと早変わりってわけか。

 

「どうやら休暇は楽しめた様ね。いい顔色をしているわ。ヒナ安心」

 

「ここは天空の鏡(シエロ・エスペッホ)だからな。心に焼きつけたくなるようなシーンが満載だったよ。特に朝は素晴らしい。群青世界はまるで永遠のようなんだ。それに……、どいつもこいつも楽しそうにしていてな……、まあ相も変わらずではあるんだが……」

 

コーヒーの香りと肺に沁み渡る煙を肴にして、ヒナに俺たちの様子を語ってやれば、さも可笑しそうに笑い、真剣に耳を傾け、閉口したくなるようなダメ出しをし……。

 

久しぶりに時を忘れてしまうと言う感覚を味わった。

 

だがそろそろ仕事をしないといけないな。

 

「さてと、お前に依頼したい最重要案件なんだが……。アラバスタで最後にきな臭い奴と出会った。多分政府の諜報員だろう。それもCP(サイファーポール)とは別系統ではないかと思われるような、もしかすると五老星が直に動かしているような奴だ。しかもそいつは黒ひげ海賊団に所属しているのを見かけた。つまりは潜入しているかもしれないし……」

 

「二重スパイをしているかもしれない?」

 

「ああその通りだ。とにかく真相を突き止める必要がある。五老星を狙おうってのに、今からそんな奴に狙われたんじゃあ、おちおち眠れもしないからな。かなりヤバいことになるかもしれないがよろしく頼む」

 

「五老星が直々に動かしているスパイなんて聞いたことがないけど、可能性としては考えられるかしら。危ない橋を渡るのは今に始まったことじゃあないし、ヒナ了解」

 

難しい顔をしながらもヒナは快諾の意を伝えてきたわけだが、

 

「ただ、わたくしもあなたに依頼したいことがあるんだけど、よろしいかしら?」

 

見返りを求めると言わんばかりにそうのたまい、俺の返事も聞かない内に、

 

「ネルソン商会で面倒を見て上げてほしいコがいるのよ。心配しないで、あなたも知っている人間だと思うから……。相手はネフェルタリ・ビビとボディーガードにお付きのカルガモ。どうかしら?」

 

寧ろ俺に選べる選択肢などないとでも言う様にして、話を進めてきて……、これだよ。

 

おいおい、おいおいおい、どうかしら? も何もないではないか。ネフェルタリ・ビビだと? 何がどうなったらそんな話になるのだろうか?

 

寝耳に水とはまさにこのことだ。

 

「わたくしは賛成よ。ヒナ賛成!」

 

お前の意見は聞いてないと心底突っ込みたくなってしまったが、よく考えたらこいつも俺たちの一員だった。だがお前は船には乗らないではないかと、再び突っ込みを入れたくなり、頭の中を右往左往していると……、

 

「あら、ハットは反対だとでも言うのかしら? あなたの依頼をわたくしは受けると言うのに、あなたはわたくしからの依頼を受けないとでも言うのかしら? あ~あ、失望ね。ヒナ失望」

 

人生最大の失望とでも言うかのようなジト目を俺に向けてくるわけである。本日2度目の。

 

……2度目?

 

そうか、あのサフィアとか言う少女に睨まれたのもジト目だったわけだ。

 

これはこれで悪くないと思っている俺はどうかしているのか?

 

「分かった。受けるよ、ひとまずは。で、どこにいるんだ? そいつらは」

 

「キューカ島で下ろす予定よ。ここへ連れて来るわけにもいかないでしょ。キューカ島で話を聞いてあげてくれるかしら」

 

また俺たちに力が加わってくると考えれば儲けものか。……否、待てよ。アラバスタの王女が懸賞金を掛けられている俺たちに加入するってことはどういうことだ? アラバスタの王女にも懸賞金が掛けられるかもしれないってことになる。だがヒナはそんなこと百も承知のはず。そこを敢えて持ち込んできたってことは……。

 

「なぁ、ヒナ。もしかして……」

 

「ええ、政府は既に決断を下しているわ。通知は近い。今回は伝書バットじゃなくて、使者が遣わされるはず」

 

 

とうとう来たか……。王下四商海(おうかししょうかい)への勧誘が……。

 

「こうしてはいられないな。出発は深夜になるが諸々考えることが出来た」

 

「…………そうね」

 

俺には一瞬ヒナの表情が陰りを帯びた様に見えた。

 

そして、

 

「……ねぇ、ハット。ひとつだけあなたには言っておきたいことがある」

 

口を吐いて出てきた言葉、藪から棒になんだろうかと思えば、

 

「この先何があっても、何が起ころうとも、前だけを見なさい。わたくしたちの悲願は、辿りつく先はそこにしかない。前へ突き進んだ先にしか存在しない」

 

そうようなことを告げ、既に立ち上がっていた俺に続いて立ち上がり、不意に抱擁を受ける。

 

「わたくしも付いて行くから……」

 

俺とヒナの短くも長い様な交わりはそれを合図にして終わりを告げた。

 

まだ俺にはヒナが最後に言い残した言葉の意味が理解できなかったのかもしれない。

 

 

 

ただ、

 

今日もまた世界は朝を迎えている。

 




読んで頂きましてありがとうございます。

キューカ中につき地獄感はありませんね。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第39話 いま再びの出航

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

かなりお待たせ致しました。現実というものに何とか折り合いつけながら向き合っておりました。

お待たせした割には6500字ほどとご期待には沿えずかもしれませんが、

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ソリティ(アイランド) 天空の鏡(シエロ・エスペッホ)

 

「漸くにしてここまで来た。まだ楽観視は出来ないがな……」

 

夜の帳も下りた時刻、船内の自室にてグラスを傾けながら言葉を口にしてみる。鼻腔を抜けていくのは芳醇なまでの葡萄の香り、喉に歓喜をもたらすのは熟成された酸味なのか甘味なのか渋味なのか何とも言えない複雑さと奥ゆかしさに溢れたもの。この世の享楽へと誘う液体を嗜むことが出来る者達でテーブルを囲み、嗜めない者たちはたっぷりとミルクの入ったココアで寛いでいる船室。出航を目前にして俺たちはミーティングを始めようとしている。

 

朝も早い時間、島の海岸で秘密裏にヒナと話し合いを持った後に別れ、船へと戻ってみれば船員たちがローの指揮の下、塩の木(ソルトツリー)の切り出しに精を出している様が見て取れた。クエロ家の少女からの許可を受けてのおおっぴらな伐採活動である。これで積荷は中々バラエティに富んだものとなることだろう。珀鉛(はくえん)にダンスパウダー、そして塩の木(ソルトツリー)が加わってくる。船倉にはまだ空きがあることを考慮すれば、次のキューカ島でも何かを積み込むべきだが、それはまあいい。

 

「これが政府から送られてきたっていう封書ね。……入海の件にて伝書使(クーリエ)を送るって……、たったこれだけなの?」

 

ジョゼフィーヌがまるで愛用の羽ペンを回すいつもの仕草の様にグラスを右手で器用にも回しつつ左手で書状をためつすがめつしながら訊ねてきたのは尤もな事だ。

 

政府からの伝書バットが飛んで来たのはつい先程。ヒナは飛んで来ることはないだろうと推測していたがそれはやって来た。届けて来たのは古風な防水封筒であり、表面に何も描かれていなくとも裏面にはしっかりと政府の封蝋が施されていた。だが中に入っていた書状に書かれていた内容はこれでもかというぐらいに簡潔な一文。

 

入海の件にて、応じて伝書使(クーリエ)を送る

 

だけだったのだ。政府からの書状にしては簡潔が過ぎるというところだろう。会計士のジョゼフィーヌからしたら文章はどうとでも取れるようにしておくのが一番だと言う。難解な言葉をもっともらしく使いながら曖昧模糊とした文章で契約書を作成し、相手を混乱状態にして主導権を握ることを至上の喜びとする我が妹であるが、その妹から見たら興味を引くところはないといったところか。確かに簡潔であり過ぎる。

 

「政府も暇人やな~、使いっぱ送るって書いとるだけやんけ」

 

行間を読んでいないようで読んでいるのか、読んでいるようで読んでいないのか分からないオーバンがグラスの中身を飲み干した後に両掌を上にあげる仕草を見せながらそう言ってくる。こいつが口にすると身も蓋もないものになってしまうが……。

 

「イマイチ分かんねぇんだが、これは四商海への勧誘と取っていいのか?」

 

ローが一口分を舌で味わうようにして堪能する様を見せた後、確認するようにして言葉を発してくる。

 

「多分ね。入海って書いてるんだから、そうなんじゃない?」

 

「入海だからいつ出航するのか聞いてきてるのかも」

 

「べポさん、そんなこと言い出したら、それこそ政府の人たちは暇人ってことになっちゃうよ」

 

ローの質問に対してジョゼフィーヌがひとまず答えてみせ、それをべポが背後からココア片手に覗きこみながら勝手な事を差し挟み、カールがさらにやんわりと突っ込みを入れるという有り様。

 

こいつら……。

 

どこにいつ出航するかで書状を出してくる奴がいるのか、まったく。そんな奴らにはとっておきのものを披露してやる必要がありそうだ。

 

「書状はそれとして、問題は書状と一緒にこいつも同封されていたことだ」

 

“黒い商人” ネルソン・ハット 4億8000万ベリー

 

“死の外科医” トラファルガー・ロー 3億ベリー

 

“脚本家” クラハドール 1億2000万ベリー

 

阻撃手(ブロッカー)” ザイ・オーバン 1億1500万ベリー

 

“花の舞娘(まいこ)” ネルソン・ジョゼフィーヌ 1億ベリー

 

それは新たなる手配書であり、俺たちの首に懸けられた金額が上がったということである。

 

「え~、また上がったの~」

 

「わいもか」

 

それぞれ言い分はあるだろうが、ここで問題なのはそういうことではない。なぜ書状と同封されているのかという点である。

 

「奴ら、諸手挙げて歓迎してるわけじゃなさそうだな」

 

ローの言う通りだ。書状と同封しているということはそういうことだろう。出来ることなら正義の名の下に俺たちを何とかしたいのだろうが、結果が出ない以上は方向性を変えてみたといったところか。逆に四商海入りを決めなければお前たちどうなるか分かっているだろうなと脅されている様にも取ることが出来るかもしれない。何にせよ思惑は存在していることだろう。俺たちにとっては決して歓迎出来そうにない思惑が……。

 

「脅しだ」

 

席には腰を下ろさずに給仕という執事としての職務を忠実にこなしているクラハドールが、恭しくもワインボトル片手に話の輪へと加わってくる。

 

「前半の海でこの額を懸けてきたってことは誘いを断った場合どうなるのか想像するのはわけねぇことだ。政府も暇じゃねぇだろうが、奴らはやると決めれば徹底的にやる。次は大将一人で済むはずがねぇ」

 

我が執事は自らの意見を披露しつつ次なる一杯を注いで回ってゆく。再び満たされたグラスを眺めながら思考に耽ってみれば辿り着く先は進むも地獄退くも地獄の未来しか思い浮かびやしないがそんなことは今更であることも確か。

 

「どうするボス? ……って、聞くまでもねぇか……」

 

ローが新たなる一杯を口にした後で問うてきたが、勿論答えなど最初から決まってはいる。

 

誘いは受ける。それ以外の選択はない。

 

だが、分析をしておくに越したことはない。受ける、受けないによるリターンとリスク。現状を出来るだけ正確に掴んでおくことはこの先を突き進んで行くに当たり外せないだろう。

 

気がかりなのは青雉の前に姿を現しておきながら、存在だけであの絶望に近かった状況を打開しておきながら、ロッコには一切懸賞金が懸けられていないということ。これでは何か勘繰ってくれと言っているようなものだ。当の本人は押し黙ったままであり、何も言葉を発しようとはしていない。話す気がない以上は仕方がないか……。

 

「四商海入りは受ける。受けたところで俺たちを取り巻く状況が平穏になるわけはないだろうし、厄介なことがこれでもかと待ち受けてはいるだろうが、これが前提条件だ。俺たちのヤマはここから新たなスタートといっていい。ひとまずは次のキューカ島でやるべきことだが……」

 

頭の中に浮かび上がってくる諸々を一旦は閉め出して、間近に迫ることに対して意識を向けて言葉を紡ぎ出していき、

 

伝書使(クーリエ)に会い、政府からの話を聞く。奴らは条件を付けてくるだろう。そこで意味を持つのが手元にある珀鉛(はくえん)でありダンスパウダーだ。それにニコ・ロビンが言っていたその製造工場もおまけに付けてやろうじゃないか。とはいえ、その心臓部まで渡すつもりはないがな」

 

方針を語ってゆく。

 

「政府は誰を寄越すかしらね」

 

「碌な奴じゃねぇんだろ……」

 

「おばんざいでも作ってもてなしたったらええんちゃうか?」

 

こいつらは言いたいことを言っているが、オーバンよ。少なくともおばんざいでどうにかなる相手でないことだけは断言しておこう。

 

「……一人とは限らねぇぞ。応じてってのはそういう意味だろ。複数寄越してくる可能性はある」

 

だがクラハドールが口にした懸念は一考に値する。確かに一人とは限らない。それこそ珀鉛(はくえん)とダンスパウダーでそれぞれ別の相手がやって来る可能性がある。どんな交渉相手かはまだ分からないが、そもそもに交渉となるのかどうかさえ分かってはいないが……。

 

「そうだな。どういう展開になってもおかしくはない。俺たちもそれに応じるだけだ。備えだけはしておこう」

 

そう締め括ろうとしたところへ、

 

「兄さん、大事なこと忘れてるわよ。キューカ島に居るんでしょ? ビビ王女たち。加入させるんでしょ? 兄さんが言い出したんじゃない。どういう風の吹き回しか知らないけどアラバスタから連絡が入ったって……」

 

ジョゼフィーヌがくるくると回すグラスをこちらへと向けながら指摘をしてくる。

 

忘れるものか。俺たちに新たに二人と一匹、否、一羽か。が増えるんだ。確かに大事なことである。とはいえ、絶対に話の出所を明かすわけにはいかないので、あまり話を広げたくないだけだ。広げればぼろが出てあっという間に気付かれてしまうに違いない。この稀代の会計士の手に掛かれば。機密事項が機密でも何でもないものとなってしまうだろう。そうなれば、こいつは特大級の癇癪を起こすに決まっている。結果がどうなるのか、考えるのも恐ろしいことである。故に、

 

「俺としたことがすっかり忘れていた。そうだ。また二人と一羽を加入させるつもりだ」

 

何とか思い出したとでも言うような言葉を口にしておく。

 

「私は歓迎だわ。仕事量がさすがに手一杯になってきてるし。彼女ならいいアシスタントになるかもしれないもんね」

 

「僕もキレイなお姉さんは大歓迎です」

 

「ほ~う、その一羽っちゅうんはいざとなったら食料に早変わりするんか? そらええやないか。ジョゼフィーヌ、契約に盛り込んだれよ~」

 

理由は様々、若干聞き捨てならないものも存在しているが概ね歓迎の声に包まれている俺たちネルソン商会への新たなる加入。

 

「中枢へ進出となれば俺たちの事業は多岐に渡ってくる。人手は大いに越したことはねぇが……。……ポリグラフには掛けるのか?」

 

二杯目を既に空けてしまったローが尋ねてきた質問への答えは諾ということになるだろう。クラハドールとは違って得体が知れない相手ではないが、例外は存在しない。加入する相手の素性と裏はしっかりと取っておく必要がある。

 

「勿論だ。向こうも何かしらの思惑を持って入って来るわけだからな」

 

ローの問いかけにそう答えながら押し黙ったままのロッコの様子を窺ってみる。グラスは中身で満たされており、多分あれは2杯目だったはずだ。こちらの視線に気付いたのかロッコは俺に対して視線を合わせてきて、

 

「アラバスタは中枢より遥か西でやすが、代々治めるネフェルタリ家は中枢とは切っても切れない関係でやすよ、実はね。行けば分かるこってす。先へと進めば分かるこってすよ、いずれね。ぼっちゃん……、わっしの手配書がねぇってのを聞くのは野暮ってもんでやすよ。わっしにもよく分からんこってすからね……」

 

こちらを上手くはぐらかすような言葉を投げ掛けてくる。

 

「ロッコったら、もったいぶっちゃって……。あんた、もしかしてとんでもない大物なんじゃないの? 懸賞金さえ付けるのが憚られるような……」

 

ジョゼフィーヌの推測は考えられる話であり、もしかしたらもしかするわけだ。

 

「そんな邪推はそれこそ野暮ってもんだぜ、あんた。ロッコさんの言う通り、先へ進めば分かることだ。……手配書で言えばこれにも目を通してた方がいいんじゃねぇか」

 

十中八九でジョゼフィーヌからの反撃を食らうであろう口撃を繰り出したローは上着の中から2枚の手配書を取り出してくる。

 

モンキー・D・ルフィ 1億ベリー

 

ロロノア・ゾロ 6000万ベリー

 

それはレインベースの奔流迸る中で別れを告げたあの麦わら達の新たなる手配書であった。アラバスタの一件で政府もとうとう見過ごすことは出来ない奴らだと見定めたらしい。額が3倍以上に跳ね上がるとは恐れ入る。

 

「これで奴らも一端の大海賊様ってわけか……」

 

「そういうことだ。この額になれば海軍も将官クラスを遣らざるを得ねぇだろう。まあ俺たちには関係ねぇことだが……、興味深くはある。……ついでだがこれも奴らに入ったってことなんだろな」

 

たしぎ 1200万ベリー

 

次にローが取り出して見せたのは元女海兵が刀片手に凄んでいる写真が載せられている手配書であった。どうやら女海兵も公認として麦わらの一味となってしまったらしい。

 

「元女海兵の未来に幸あれ……。としか言いようがないな」

 

俺の放った言葉に対し、皆一様にして神妙な面持ちとなり、うんうんと頷いている。麦わらの面々がここに居れば突っ込んでくれたかもしれないが、残念ながらこの場には存在しない。

 

 

そんなことよりもだ。

 

「奴らには奴らの目的があるし旅がある。俺たちは俺たちの野望のために突き進むだけだ。キューカ島へ向かおう。出航準備だ」

 

その締め括りと共に俺たちは各々のグラス乃至はカップを飲み干し、若しくは盆を小脇に抱えて立ち上がり、会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな夜更けを形容する言葉があるとすれば草木も眠る時刻とでも言えようか。だが俺たちは眠ることはない。否、眠ってなどいられない。檣頭(しょうとう)の長旗を仰ぎ見れば風が吹き始めていることが分かる。出航するには申し分ない。不思議と陽が落ちなければ風が生まれないソリティ(アイランド)近海故にこんな時間に錨を上げなければならないわけである。

 

船尾甲板前端の手摺に両手を置いて眼下で出航作業に大わらわな船員たちを眺めていると身が引き締まるものを感じずにはいられない。闇の中でもそちこちにランタンの明かりは灯されており、マストの先へとよじ登っていく者、甲板にてロープを操作している者、各備品が定位置に収められているかを確認するのに余念がない者、皆が皆この船というひとつの生命体に命を吹き込もうと躍起になっているではないか。

 

「フォアマスト、遅れてるわよ!! 急いでっ!!! カール、そこの樽二つは左舷側! じゃないと釣り合いが取れないじゃない!」

 

ジョゼフィーヌの気合が入った指示が飛んでいる。中甲板に仁王立ちし、四方八方に目を配りながら叱咤激励する姿は頼もしい限りだ。こんな時にはもしかしたらあいつは実は弟なんじゃないかと疑ってしまいそうになる。

 

我が妹の頼もしさに満足を覚えつつ振り返り、甲板後端へと向かえば屋根の下、ロッコとベポが舵輪脇にて打ち合わせを行っているのが見て取れる。

 

「航路設定は?」

 

「問題ありやせん。途中気になる岩礁が幾つかありやすが、行きのあれを何とか渡り切ったんでやすから大丈夫でやしょう。またボートを下ろしてベポに測深をやらせやすよ」

 

ロッコの返答もまた実に満足のいくものである。ベポもしっかりとした頷きを寄越す。砂時計の砂が淡々と下へ下へと落ちている様子さえ活力を与えてくれそうだ。

 

索巻き機(キャプスタン)?」

 

「準備万端だ」

 

船尾甲板中央にて錨を上げる準備をしていたローからも静かながら決然とした返事が返ってくる。

 

「ミズンマスト完了!!」

 

「メインマスト完了!!」

 

「フォアマスト完了!!」

 

一拍置いて、

 

「総帥!! 出航準備完了しましたっ!!!!」

 

ジョゼフィーヌからの響き渡る大音声にて報告が飛んでくる。

 

 

完璧だ。

 

 

振り仰げば風にはためく長旗がかすかに見える。見張り台ではオーバンが夜目を凝らしていることだろう。気付けば横にはクラハドールが一分の隙も存在していない正装姿で侍っており、恭しくも愛用の銃となった連発銃を手に持っていた。

 

「総帥、お願いします」

 

 

よし、

 

 

「錨上げーっ!!!」

 

 

そして、銃を受け取り闇空へと貫かせんばかりに上へと掲げてゆく。

 

索巻き機(キャプスタン)はローによって淀みなく回転しており、錨がするすると上げられていく様が容易に想像できる。

 

この船に乗り組む皆が、ネルソン商会である皆が皆俺の方向に顔を向けており、そこに悲壮感などこれっぽっちもありはしない。あるのは期待に満ちた表情だけだ。漆黒の正装は闇夜の中でも煌々と照らしているランタンの灯によって浮かび上がるようではないか。

 

 

息を大きく吸い込む。そして、

 

 

「出航!!!!!」

 

 

俺の中にある全ての思いを吐き出すようにして高らかに出発の時を宣言し、銃の引き金を引く。銃弾は2発闇空へと放たれてゆき、劈く銃声と共に歓喜の雄叫びがそちこちから湧き上がってくる。

 

左舷向こうでは小ぶりな船の甲板上に姿を現しているクエロ家の少女の姿が見て取れた。彼女は俺が渡したシルクハットを天に掲げこちらへと振って見せている。

 

 

 

いま再びの出航。骨休めは終わりだ。俺たちは闇夜の大海原を突き進み、先へと向かう。 




読んで頂きましてありがとうございます。

あまり進展はございませんで、申し訳ありません。次はキューカ島に入っていくと思われます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第40話 ターリー

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は15500字程。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

風光明媚……。

 

この形容が例外なくこの島にも当てはまる。昼間の太陽は燦々と降り注ぐが、そこにじめっとした湿度は存在せず心地良いぐらいに乾いており、柔らかな風が頬を撫でてゆく。さすがはキューカ島、身も心も癒そうとする要素がふんだんに詰まっている場所である。

 

俺たちは“天空の鏡(シエロ・エスペッホ)”を後にして再びの大暗礁を抜け、キューカ島に錨を入れた。とはいえ、島の名前通りに休暇をするつもりは毛頭ない。俺たちがここへ来た目的は王下四商海(おうかししょうかい)入りを決めるために政府からの伝書使(クーリエ)に会うことであり、ダンスパウダー製造工場に向かうことであり、アラバスタの王女を迎えることである。骨休めは終わったのだ。

 

だがどうだ。暢気にもサンダルを履いて、浮き輪を担いで行き交う人々の群れ、港近くでは歓迎の印だとして首に掛けられた沢山の花輪、カラフルな佇まいをしていたアイスクリーム屋台で買った3段重ねに齧りついているベポとカールの姿。

 

……って、おい……。

 

ここには休暇感しか存在してはいない。

 

俺たちのこの正装姿からして完全に浮いているような光景である。

 

「場違い極まりねぇな、俺たちは……」

 

横を歩くローが俺の心の中を代弁するようにして言葉を放ってくる。そんなローもベポからアイスを勧められて仕方なくなのか、進んでなのか分からないが少なくともコバルトブルーのそれを拒否はしていない。

 

「アイスを3段重ねるにはだな……」

 

背後から聞こえてくるのはカールに対してクラハドールがアイスの講釈を垂れている有り様だ。執事として……。

 

おいおい、大丈夫か……、こんな気の抜けたような空気感で……。と、心配になってくるが、やるときはやるだろう、こいつらもと思わないでもない。

 

 

俺たちが歩を進める街路の両側は建物が密集しており、オープンカフェと上層にバルコニーを備えている建物が延々と続いているように見て取れる。バルコニーでは陽気な歓談の声が飛び交っていたり、鼻孔をくすぐって止まない旨そうな香りが漂っていたりと、賑やかなことこの上ない。

 

迫り出しているバルコニーの隙間からさらに上方を見上げれば、この島のシンボルのように聳え立つ巨大な木を眺めることが出来る。キューカ島を視認した時から見えているあのパラソルのような木だ。ここからは角度上見えないがパラソルの屋根のような役割を果たしている巨大な葉の上にも建物が存在している筈だ。そろそろオーバンはそこに辿り着いていることだろう。

 

今回のヤマも何が起こるかは想定を超えてくる可能性がある。であるならば、狙撃手のポジションはこの島のてっぺんであろうと、そういうわけだ。あのパラソルの上ならばこの島の全景を見渡すことが出来るであろうし、あらゆる手を打つことが出来るであろう。ただし、あの動くパラソルは少し邪魔になるかもしれないが……。

 

この島に上陸してみて気付いたのが、上空を縦横無尽に張り巡らされているフラッグガーランドの存在だ。それは唯の飾りではなく、なんと移動手段として機能しているではないか。三角フラッグが付けられているのは柔い紐ではなくワイヤーであり、逆さまにしたパラソルが掛けられていて移動しているのだ。パラソルの上には人が乗っていたり、荷が載っていたり様々であるが、とにかくそれは移動手段になっていた。

 

今も狭い視界の中ながら1本のフラッグガーランドを垣間見ることが出来、そこでは人を乗せたパラソルが上へと動いている。パラソルツリーへと向かうものだろう。

 

ニコ・ロビンの証言によればダンスパウダー製造工場はあの巨大な傘のような葉の真下、つまりは巨大樹の内部にあるらしい。レインベースでの地下アジトといい、クロコダイルという男は隠すセンスはあるらしい。誰もあんな場所でダンスパウダーを作っているなどとは想像だにしないはずだ。故に訪れようとする者は俺たちぐらいしか存在しないだろうが、まずは遠巻きに監視をしておくに越したことはない。

 

それにしても、この喧騒は何とかならないものだろうか? この島は王下四商海(おうかししょうかい)だったバロックワークスの息が掛かっていた。つまりはクロコダイルの支配下にあったということだ。だが奴はもう海軍によって連行されている。この島は一種の空白地帯となっているはずなのだが、そんな荒んだ様子は微塵も感じられはしない。もう既に後釜に収まっている奴でもいるのだろうか? そいつがこのようないつもと変わらぬと見える喧騒を演出して見せているのだろうか?

 

「ここにも貼ってありますよ」

 

アイスを重ねてゆく際のコツをしっかりと吸収しつつあるカールの声が背後から聞こえ、指差す方向に視線を送ってみれば立て看板にでかでかと貼られているポスター。そこに描かれている内容は札勘大会である。捻りもセンスもへったくれもない大会名であるが、ベリー札を如何に美しく正確に数えることが出来るかという大会であるらしい。ここで問題なのは大会のスペシャルゲストとしてアラバスタの王女が顔写真入りで紹介されていることであった。

 

ヒナが言っていた。王女ビビはどこか抜けているところがあると……。これでは抜けているどころではない。何をどうすればキューカ島の札勘大会にスペシャルゲストとしてポスターに紹介されることとなるのか。紹介文にネフェルタリの文字がなく、ただ単にビビとだけ記載されているのだけが百歩譲って救いではあるが、本当に救いになっているかどうかは疑わしい限りだ。

 

まあこれで探す手間は省けたわけであるが、案の定ジョゼフィーヌが嬉々として迎えに行って来ると言い出して行ってしまっている。あいつが迎えに行くのはついでであり、札勘大会で優勝することが本命であることは考えるまでもないことだ。

 

「つくづく、あんたの妹のためにあるような大会だな」

 

貼り紙を眺めながらのローからの言葉には若干の呆れが含まれているように思われる。

 

「あの人なら優勝するよ。凪の時は暑い暑いってベリーを綺麗に扇にして仰いでた」

 

ベポも頷きを見せている。こいつもジョゼフィーヌには恐怖心しか持ち合わせていないだろうが、我が妹のベリーを使った能力には一目置いているようだ。

 

「札勘は奥深い……。あの女の屈辱に歪む顔も見てみたいもんだがな」

 

我が執事が妹に対して何の恨みがあるのか知らないが、奴はシニカルな笑みを浮かべている。というよりも、こいつは札勘にも精通しているのか……。クラハドール恐るべしである。

 

ジョゼフィーヌが優勝するかどうかは興味深いところだが、こいつらがビビ王女に関して何も触れないということは既にそういう奴だという判断を下しているのかもしれない。まだ加わってもいないのだが、ビビ王女よ、お前の前途は多難かもしれないな……。

 

 

心の中で新しく加入する予定のメンバーについて愁いながらも俺たちは歩を進めていく。向かう先はこの島で滞在の拠点となるであろう宿だ。そこはキューカ島きってのホテルであり、落ち着いた上質な空間が広がっていると聞く。楽しみなことだ。

 

と、そこへ視界に入って来る人だかり。一軒のオープンカフェをぐるりと取り囲むようにして群衆が存在している。

 

「何の騒ぎだろうな?」

 

あまり見掛けることがない光景に対して俺も自然と口を開く。

 

集まっている人々は皆が皆、色紙を片手にしている。サインでもねだろうとしているのか。しかも老若男女が集まっているではないか。こういう騒ぎは大抵若い女性が集まってきて起こるものだろうが、でないとするならばこの群衆の中心にいる奴が一体どんな奴なのか興味が湧いてくるというものだが……。

 

「有名なオペラ歌手が公演をやるそうですよ。海を流離(さすら)いながら仕事をしているようで中々お目に掛かれないみたいです。ジョゼフィーヌ会計士が言ってました。悩ましい問題だって、うんうん唸ってましたけど、お金は逃げるけど人は逃げないからって言ってました」

 

カールの言動はジョゼフィーヌからの受け売りのようだが、こいつも中々情報通になってきたじゃないか。ただ、ジョゼフィーヌの言う論理は意味が解らないものであるが。要はジョゼフィーヌはどこまで行ってもジョゼフィーヌだということだろうか……。

 

人だかりの隙間から垣間見えるオペラ歌手とやらは遠目から見ても実に端正な顔つきをしている。確かにこれだけの人が集まってきても無理はなさそうである。俺たちにとっては興味のない話ではあるが……。あるとすれば、オペラの公演が一体どれぐらいの利を生みだすのかっていうことぐらいだろうか。

 

一瞥をくれただけで興味をなくしたらしいローが先を進んでゆく。その後にベポが付いていく。

 

「うわ~、ベポさん、ベポさん。このアイス、コーンの中までたっぷり入ってる~!!」

 

カールの言葉には緊張感の欠片もないが、この状況では無理もないか。気付けばどいつもこいつもコーンの先までアイスを旨そうに食っている。

 

 

まったく、とんでもないことだ……。

 

 

 

 

 

吹き抜けのロビーには自然光が降り注いでいる。その穏やかな光は空間に絶妙な陰影をもたらしており、グリーンとブラウンで統一された内装に彩りを与えていた。話し声でさえ心地よいリズムのように聞こえてくる静謐(せいひつ)な空間。重厚なフロントデスクで朗らかな笑顔を見せつつ対応してきたホテルのフロントウーマンから最後に飛び出してきた言葉は予想していたものであった。

 

「ネルソン様、世界政府より伝言を預かっております。空中会議室にて伝書使(クーリエ)の方がお待ちです」

 

こんな展開は想定の範囲内である。寧ろ、想定の範囲内過ぎて面白味に欠けるというものだ。だがこの世には想定の範囲外のことが往々にして起こり得る。

 

「これはこれは……、ネルソン・ハット? お目にかかれて光栄ターリー!!」

 

開口一番がこれでは第一印象が誰だこいつ以上になることはない。ワインレッドのスーツに漆黒のドレスシャツを中に着込み、同色のドレスハットで豊かな銀髪を覆っている姿は中々の容姿であるが、飛び出してきた言葉がそれを台無しにしてしまっている。

 

「私はタリ・デ・ヴァスコと申しまターリ。この海を渡りながら歌い手をやっておりまターリて、どうぞお見知りおきを……、ターリー!!!」

 

何だこいつ、何なんだこいつは……。初めて出会う人種に対して俺の思考は全く以て付いていくことが出来ないでいる。しかもこいつが最後に見せた挙動。恭しくもハット帽を取って深々とお辞儀をした後に見せた敬礼。否、これを敬礼と取っていいものかどうか判断を下せそうもない。奴は指をしっかりと合わせながら右手を上げて顔横に持ってくるかと思いきや……顎下に持ってきたではないか。

 

何だそのポーズは……。手の角度が違うだろう。手を顎の下に寄せてくるな。それでは意味が違ってくるだろうがと、喉まで出かかっているのだが、言葉が出てきそうもない。

 

「お噂はタリダリ……。よろしければ私の歌を鑑賞頂ければ光栄、ターリー!!!!」

 

そして再び動き出す奴の右手はまたまた顎の下。だから……。

 

ローもクラハドールも当然ベポもあっけに取られているのだろう。それともあれか、無言を貫こうっていう算段なのか。そして面倒臭そうな奴の相手は俺に押し付けようっていう算段なのか? 俺としてもこんなやつに対しては無言を貫きたいところだが、無言を貫いたところで奴が黙ってくれるわけでもないのが厄介なところである。

 

「わーお! オペラ歌手のタリ・デ・ヴァスコさんだ~! いいですね~、それ。ターリー! ターリー!」

 

カールよ、俺は初めてお前を見習いたいと思ったよ。何だろうなお前のそのどこへ行っても通用しそうな能力は……。なんて表現すればいいのか分からないがお前のそのぐいぐい行くところは心底羨ましいよ。

 

二人して静謐(せいひつ)な空間を台無しにしているのを眺めながらそんなことを俺は思っていた。そんな変な奴は漆黒の傘片手に去って行った。ターリーと言い残して……。だが、歌は聴きに行かなければならない状況となってしまったが……。

 

 

否、思考を切り替えなくてはならない。これから俺たちにとっての大事な時間が始まるのだから。相手は世界政府の伝書使(クーリエ)。俺たちの今後がこれからの時間に懸っているのだから。

 

 

この出会いが必然であるのかどうかは後々分かることかもしれないが今はターリー、などと言っている場合ではないのだ。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

私たちの航海はここまで順調だった。ソリティ(アイランド)に出入りする時の大暗礁も問題はなかったし、キューカ島を視認するまでの航路も順調そのもの。この島は賞金首に対しても寛容なようで出港所に停泊することはわけないことであった。ただそれでも、念には念を入れてロッコは船に残ると言い出したが……。船に残ろうと言い出した理由が安全のためなのかそれとも他に別の理由があってのことなのかは何とも言えない。今になってまで気にしてこなかったのが不思議なくらいであるが、ロッコはやはり謎が多い。とはいえ、私たちにはそれを追求する余裕が存在していない。否、問題が表に出てきていなだけだからだろうか? 取り敢えずは蓋をして騙し騙しに先へ先へと進んでいるというのが今の正しい現状なのかもしれない。それでもいい、今はとにかく……、

 

 

ベリーを数えるのが先なのだから……。

 

腕が鳴るわー、札勘大会だなんて、まるで私のためにあるような大会。今朝方も船内で管理しているベリーを数え上げてきたばかりである。そう、私にとってベリーを数え上げるということは日課そのもの。否、人生のルーティンと言っても過言ではないだろう。

 

勿論、今回の目的も忘れてはいない。上陸して早々に目に付いた札勘大会の広告にはご丁寧にもビビ王女の姿が顔写真入りで載せられていたからだ。アラバスタの王女が札勘大会のスペシャルゲストとは呆れを通り越して感嘆すら湧いてくるが、仕事がスムーズに進むという点においては願ったり叶ったりである。危機管理という意味においてはローが言った通り有り得ないものであるが……。まあいいではないか。私が優勝してしまえばいいだけの話だ。そうすれば注目は必然と私に向いてくるだろう。

 

 

キューカ島のメイン広場は多くの人々が集まってきているようだ。札勘大会というイベントがこれだけの集客力を持っているだなんて意外である。それともスペシャルゲストのお陰だろうか。

 

広場は人でごった返すも見通しは良くて、外縁の建物の向こうには巨大パラソル樹とそれを取り囲むように張り巡らされたフラッグガーランドを視界に収めることが出来る。

 

あのパラソルによる移動手段は面白そう。月歩(ゲッポウ)とはまた違った浮遊感を味わえるのではないだろうか。あれに乗るのはひとまずはお預けであるが。まずは早速ご対面といかなくちゃね……。

 

 

 

真っ白なテントで仕切られた一画。ビビ御一行様という立て札が立て掛けられていた。控室ということだろう。

 

「入るわよ」

 

の一言と共に躊躇いなく入ってみれば、椅子に座って固まっているビビ王女と教え諭すようにして話をしているいつかの鳥男、そして足を投げ出して寛ぐ様子の黄色いカルガモが視界に飛び込んできた。クエーという鳴き声と共に……。

 

「あなたは……、ジョゼフィーヌさん……」

 

王女が私に顔を向けて寄越した第一声はそれだった。

 

「あら、私の名前覚えていてくれたのね、光栄だわ。ビビ王女、ご機嫌いかが?」

 

対する私の返事は初めて彼女に出会った時の言葉と同じもの。

 

「私たちに加わりたいっていう話だけど、詳しいところは船に戻ってから話すとして……。ひとまず私が迎えに来たってわけよ。こんな探しやすい場所もないもんね。探す手間が省けて良かったけど、これはどうかと思うわ一国の王女としては……、危機感足りなさ過ぎよ」

 

早速にも捲し立てるように言葉を並べていきながら、空いている椅子を見つけだし勝手にテーブルの輪に加わってみる。

 

「……だって、困ってるって言うから……。大々的なイベントを催したいけど、参加見込みが驚くほど少ないって嘆いてたから、私でよければ何かの手助けになるかなと思って……」

 

ビビ王女曰く、要は担ぎ出されたということらしい。やっぱり札勘大会というイベント自体にはあまり需要はなかったらしい。そもそもになぜ札勘大会を選択したのかということ自体が問題というところは今は置いておくとして、

 

「呆れた。とんだお人好しね。あんたって()は……」

 

「私も忠告はしたのです。国を出た以上目立つ行動は控えるべきだと……」

 

「ちょっと、ペル! あなたまで……。最後にはあなただって首を縦に振ってたじゃない」

 

「クエッ、クエッ、クエーッ!!」

 

二人と1羽の様子を俯瞰で眺めるように見ていれば、中々いじめ甲斐のある奴らだということが分かってきて内心ほくそ笑みたくなってくる。

 

うん、面白そうね……。

 

「はいはい、もうスペシャルゲストになってしまってるんだから、済んだことは仕方がないわ。ちなみになんだけど、ネフェルタリの名を使わなかったのはどっちの考えなの?」

 

「私が寸前で止めました。さすがに不味いと思いまして」

 

「うん正解。良い判断だったわ。まあだからと言って、慰めになるかどうかは分かんないけどね。で、あんたも参加はするのよね? こうやってベリー札が散乱してるんだから……」

 

テーブル上は真新しいベリー札が散乱している。しめて100万ベリーといったところか。王女は私の質問に対し、口を開かずに頷いただけであり、とてもじゃないが自信があるようには見受けられない。となると、今の今まで二人と一羽で必死になって練習をしていたのかもしれない。スペシャルゲストという手前、全く出来ないということになればとんだ赤っ恥である。

 

「いーい? よく見てなさいよ」

 

私の手元に注目させるように言葉を放ちながら、散乱してるベリー札を纏めて束を作り、片手でサラッと扇にしてみせると、彼女たちの目は驚いたように見開かれており、口はあんぐりとなってしまっている。私にとってはこの動作は何でもないことなのであるが、二人と一羽にとっては驚愕ものであるらしい。

 

「ビビ様、私には何が何だかさっぱり見えませんでした」

 

「ペル、私も(おんな)じよ。……うーん、こんなの出来るかな~。ナミさんなら出来そうだけど」

 

「クエーッ、クエーッ……? クエッ?」

 

一羽の方が自分の右手、否右羽と呼ぶべきだろうかを動かしながら、私の動作を真似てみようとしているがどうやらよく分かってないらしい。ビビ王女が最後に口にしたのはあの麦わらの所にいた小娘のことだろう。確かにあの小娘なら札勘は朝飯前なのかもしれない。随分と私と同じ匂いがする()であったから。でも……、

 

「……私の前であの小娘の話は絶対に!!!!! ……NGよっ!!!!!!」

 

「……今やって見せたのは横読みの方よ。この大会も部門が二つに分かれているように札勘は2種類あるの。扇形に広げて数える横読みともうひとつはこうやって縦に持って数える縦読みよ。あんたが今すぐやろうっていうのならこっちの方がいいかもね」

 

今度は縦に札束を持ち、左手で折り曲げつつ右手を使って高速で数え上げていくと再び口をあんぐりと開けている面々。私が凄んで見せた際の恐怖心を表情に残しながらもそんな様子を見せられてしまうと笑いが込み上げそうになってくるというものだ。

 

どっちにしても練習は必要そうね。

 

「このパチンと弾いていく音が快感なの。分かる? 縦読みのポイントはこのスピードも大事だけど、パチンという音色の強さとそれによる正確性。もうこうなったらギリギリまで練習するしかないわね」

 

私たちの札勘レッスンは短いながらも幕を開けた。

 

 

 

 

 

会場はビビ王女の登場で熱気に包まれている。可愛いは正義だとでも言うようなこの雰囲気は癪に障ってたまらないが今はそういう時でもない。彼女もまた小娘であったことに思いを馳せるのはこの大会で優勝してからにしよう。今は指先に神経を集中させておかないと。全身の神経を指先に集中させ呼吸を整えていく。覚醒した見聞色はこんなところでも役に立つだろうか? 優勝すれば数え上げた分のベリー札は持ち帰ってよいということらしい。トーナメント方式で進んで行くことを考えれば決勝までいくと一体幾らのベリーを掴むことが出来るのか。何とも夢がある話ではないか。否、今はそんな邪念は排除しておかなければならない。

 

集中しなさい……。

 

「調子はどうかしら? ネルソン商会の会計士さん」

 

自分に対して活を入れ直していたところへ私を呼ぶ聞き慣れぬ声が耳に入ってくる。思わず頭を左右に動かしながら声の主を探してみれば、紫色の艶やかなショートヘアーを揺らしながらこちらへとウインクして見せる女が目に留まった。くだけた白シャツの胸の谷間は男を悩殺しそうな深さであり、黒のホットパンツの下に伸びる真っ白な美脚は実に健康そうである。いけすかない女だ。脳内をフル回転させて過去を遡ってみても会った記憶が引き出されることはない。

 

誰だろう、この小娘は……。

 

「いい反応……。必死に記憶を絞りだそうとしてるんだけど、出てこないってやつ。そりゃ当然よ。私たちは今日初めて会ったんだから……。私の名はカリーナ、どうぞよろしく」

 

やっぱり聞かない名だわ。ただこの容姿を見ると、あの小娘を想起せざるを得ない。まったく忌々しい小娘たちめ……。

 

「どうも、私はネルソン・ジョゼフィーヌ。御存知でしょうけど、ネルソン商会で会計士をやっているわ」

 

相手が癪に障る小娘であろうとも何とか努めて丁寧な口調を心掛けてみる。勿論微笑も忘れずに添えて……。

 

「結構広まってるよ、あなたの名前。ネルソン商会には相当にキレる女会計士がいるって。それに手配書にも載ってるし、“花の舞娘(まいこ)”、額は確か1億ベリーだよね」

 

朗らかに笑顔を浮かべながら言葉を放つ彼女の姿は同性からしても何とも可愛らしい。実に貢ぎたくなってくるような可愛さである。……って私はおっさんか……。

 

「あなたも参加するの、札勘大会?」

 

小娘に見惚れるおっさんの気持ちに思いを馳せている場合などではないと自分に活を入れて、会話を続けることを自分に課してみれば、

 

「勿論! 私もベリーには目がないもの……、札勘なんてまるで私のためにあるような大会じゃない」

 

そう歌うように言葉を放ち、しなやかな手首の動作でベリー札を取り出せば、見る間にそれは扇形を形作り、ベリー扇で仰いで見せた。軽いウインクを添えて……。

 

「……ふぅ、あんた見てるとあの忌々しい小娘を思い出してしまうわ……」

 

「ねぇ、もしかしてその()ってオレンジの髪だったりしない?」

 

「……ええ、そうだけど……」

 

「やっぱりそうだ。ナミに会ったのね。どう、元気だった?」

 

「あんたと同じぐらい健康そうな胸と足とお金好きを誇ってたわ」

 

「そっかー、…………良かった……」

 

彼女の最後の言葉には若干の愁いを帯びていたように思われたが、直ぐにそんな表情は掻き消えてしまい、キリッとした表情で眼に力を込めながらこちらを見据えてくる。

 

「私が優勝するわ、あなたに勝って……。ネルソン・ジョゼフィーヌに勝つなんて誉れだもん………………………」

 

そこで一旦言葉を切った彼女はそこから薄い笑みを浮かべて、一気に小狡そうな表情となり、

 

「って言いたいところだけど……。そんな場合じゃないかもね」

 

さらに言葉を紡いだ彼女の視線が気になる。向けられたのは私ではなく私のその先、それを辿って私も背後を振り返ってみれば、そこに見えるのは会場の特設ブースに控えているビビ王女たちスペシャルゲストとこの大会の運営者。

 

「ではここで、皆さまには盛大に驚いて頂きましょう。札勘大会サプライズゲストの登場でーすっ!!!!!」

 

運営者の司会進行から飛び出してきた聞き捨てならない言葉……。サプライズゲストとは一体?

 

 

一拍置いて放たれた言葉、

 

「世界政府直下海軍本部ガープ中将でございまーすっ!!!!!」

 

えっ……?

 

周囲からの拍手の嵐とは裏腹に私の脳内を駆け巡っていたのは疑問の渦だけであった。よりにもよって登場してきたサプライズゲストが海軍本部中将のガープという有り様。突然のことで思考がうまく働いていかないが。

 

ダメ、頭を働かせないと……。

 

「ねぇ、教えてちょうだい。この大会の主催者はどこなの?」

 

「主催者? 知りたいなら教えてあげる。でももう手遅れだと思うけどね。MARINE商会よ」

 

MARINE商会ですって? そんなふざけた名前……。主催は海軍ってことね……。

 

「フフフッ、気付いた? この大会海軍主催なんだって。何でも有能な経理担当者を探しているらしくて、こんな面倒なやり方を思い付いたって話らしいわ。私は面白そうだから来てみたんだけどね、まさか拳骨のガープが出てくるとは思わなかったなー」

 

カリーナが話す内容は頭に入ってきているようでいて入ってきてはいない。

 

私としたことが迂闊だった。まさか札勘大会が海軍主催で行われるなんて海軍も中々いい趣味してるじゃないなんて、そんな場合じゃなかった。

 

どうしよう。王下四商海(おうかししょうかい)入りを目前に控えている私たちだけど、実際にはまだ何も決まっているわけではないのだ。つまりは私はまだ賞金首のままであり、海兵に出会えば御機嫌ようと挨拶を交わす間柄ではなく、縄が飛んでくる間柄なのである。

 

それにしてもサプライズゲストの登場を知っていた風な様相があるカリーナとは一体何者なのだろうか? 主催が海軍であることも彼女は知っていたようだ。この私でさえ知りえなかったことをこの小娘が知っていたという事実が実に度し難いことではないか。

 

「あんた一体何者なの?」

 

そう考えるが早いか私はもう一度振り返り、小娘に向かって詰め寄っていた。

 

「私? 私はただの歌い手よ。…………グラン・テゾーロって知ってる?」

 

グラン・テゾーロ? 聞いたことがある。新世界の奥深くにある特殊な王国の名。マリージョアでさえ権限が及ばない治外法権の国家がそこには存在しているとまことしやかに囁かれている。あのグラン・テゾーロから彼女はやって来たと言うのだろうか?

 

「さすが、知ってるみたいね。私もそこの会計責任者なの。今回は王下四商海(おうかししょうかい)バロックワークスがアラバスタの件で失脚したじゃない、ここは彼らの縄張りだったから投資の価値があるかどうかと思って派遣されて来たんだけど……」

 

背後で大騒ぎになっていることも耳には入ってくるがそれさえどうでもよくなるような内容をカリーナは話している。ガープ中将が経理担当などどうでもいいから、強い海兵になる者を見つけ出そうぞと言い出して、終いには札勘大会は終わりにして格闘大会を開こうと叫んでいるなんてことは本当どうでもいい。

 

「多分空振りね……。海軍がこの島で札勘大会を開くぐらいなんだから、きっと入り込んでるわ。……ヒガシインドガイシャが。……聞いたことあるでしょ? 彼らと拗れるのは面倒だから私たちは手を引くことになると思う。ここはやっぱり新世界からは遠いしね……。……あれ? ……アハハ、寝てる」

 

最後のカリーナの反応を怪訝に思い、私も背後を見てみると、大騒ぎの中心に立っていたガープ中将が突然立ちながら寝てしまっていた。辺りは一瞬わけがわからず静寂となってしまっている。

 

何かどこかで見たような光景ね……。

 

と思えば、

 

「おお……、イカンイカン寝ておった。………………」

 

目覚めたガープ中将。だが私はその寝覚めたばかりの海兵と目が合ってしまったのだ。ここから特設ブースまでは距離があるはず。それに私はまだ会ったことがなかったのだから何も問題はない。

 

「……ほう、お前か、ネルソン商会の会計士っていうのは……」

 

なんてことはなかった。……不味い、不味すぎるぐらいに不味い。

 

「じゃあ頑張ってね」

 

背後から聞こえたカリーナの軽すぎるくらいに軽い別れの挨拶が何とも沁みてくる。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

空中会議室って呼び名も伊達じゃねぇな……。

 

ホテルに足を踏み入れる前に見えた、いや遠目からでも確認できたアーチ型の橋のような構造物に数珠つなぎのように繋げられている球体の構造物。これが空中会議室であった。俺たちはその最上層に位置している会議室の扉前に立っている。扉の向こうにはホテルのフロントウーマンが言ったように政府の伝書使(クーリエ)が手ぐすね引いて待ち受けてんだろう。背後を振り返れば見晴るかす海とキューカ島の半分を見渡すことが出来る絶景が広がっちゃいるが、俺たちはそれを楽しめるような心境にないことは確かである。

 

俺の左隣にはボスが居て、その隣にはクラハドールが居る。ネルソン商会の総帥と副総帥、そして参謀が揃い踏みしているわけだ。会計士も居た方が良かったような気もするが、今回もまた俺たちには複数の目的が存在している。自然とこうならざるを得ない。とはいえ交渉事である以上はジョゼフィーヌさんがここに居ないのは正直厳しいが……。

 

「いいか……、一言も聞き洩らすなよ。奴らの一挙手一投足も見逃すな。俺たちのこれからが今この時に全て懸っているとそう思え」

 

ボスから紡がれてくる言葉が何の障害もなく俺の脳内に入り込んでくる。俺は、俺たちは自然と気合の一声を心の中で上げていた。

 

 

正念場だ。

 

 

眼前の扉を押し開ける。

 

 

会議室内の奥、目に飛び込んでくるのは革張りのソファに腰を落ち着けてる二人の姿。

 

 

「これはこれは、七武海に伝書使(クーリエ)として御足労願うとは痛み入るな」

 

ボスから放たれた第一声は程よく力の抜けた軽口で始まりを告げた。

 

上々の滑り出しじゃねぇか……。

 

 

 

政府から送られて来た伝書使(クーリエ)王下七武海(おうかしちぶかい)

 

“暴君” バーソロミュー・くま 

 

“鷹の目” ジュラキュール・ミホーク

 

の二人。想定内のようでいて想定外のようでもある。

 

 

「まずお前たちに言っておくことがある。四商海への任命は基本我々七武海に単独で下りてくるものだが、そこへ二人が動員されるのは異例のことだ。そして、我々はあくまで伝書使(クーリエ)でしかないということも付け加えておく。よって我々に交渉の権限は付与されてはいない。これが政府からの任命書だ。ただし、写しを取ることも許可されてはいない。この任命書はこの世に一枚しか存在することを許されてはいないものだ」

 

俺にとっては想定内であった相手が重い口を開くようにして言葉を放ち、手に持つ一枚の紙片をローテーブルに置く。この場に交渉が存在しないということは即ち、俺たちの答えは“はい”か“いいえ”の二つに一つだけということか。全く随分な扱いではあるが……。

 

眼前に並べられた紙片にゆっくりとボスは目を通している。横目越しに観察する限りにおいては感情のひとつとして表情には出てきてはいない。

 

この場を沈黙が支配する中、俺の眼前に居るくま屋はこの会談にまるで興味がないように“聖書”に視線を傾けており、隣の鷹の目屋はワイングラスをくるくる回しながら実に暇そうにしてやがる。

 

「政府にとって一番計算が立つ奴と最も計算が立たない奴を送り込んでくるとはな……」

 

沈黙を破ってきたクラハドールの言葉は正に俺たちの総意だろう。

 

5分にも思えた時間は実際には1分足らずだったのかもしれねぇが、黙ったままの状態でボスが俺の前に任命書を置く。

 

 

懸賞金設定の解除

 

複数拠点の自由選択

 

闇商売の黙認

 

凪の帯(カームベルト)”の通行補助

 

赤い大陸(レッドライン)横断自由

 

 

などといった特権が明記されている一方で、

 

 

天竜人への奉仕活動

 

収益の25%上納

 

召集令状絶対順守

 

 

などといった負担もまた明記されている。追い打ちをかけるようにして記されているのは珀鉛(はくえん)とダンスパウダーの押収にその製造工場の押収という至れり尽くせりな条件だ。

 

さて、どうしたもんか……。

 

「拠点の自由選択とあるがそれはマリージョアも含まれているのか?」

 

質問は許可されてると思ったのかボスが口火を切る。

 

「例外は存在しているがマリージョアはその例外には含まれていない」

 

くま屋の返答は視線だけをこちらに寄越したものであり即答そのもの。

 

「この天竜人への奉仕活動っていうのは何だ?」

 

 

「全ての王下四商海(おうかししょうかい)は天竜人19家に対しての奉仕義務が存在する。それは割当制だ。お前たちへの割当はバロックワークスが持っていた4家分と新たな3家分が割当られて都合7家分となる」

 

俺も気になった条項に対して質問を挟んでみれば、くま屋の口は流れるように言葉を生み出してくる。

 

天竜人に対して俺たちが7家分を担当するってことは他は4家で等分ってことだろう。バロックワークスが居た時代は5、5、5、4だったのが俺たちが入ると4、4、4、7に変わるってんだからふざけた話としか言いようがない。だがこいつらには交渉の権限がねぇときた。嫌ならこの話はなしってことか……。

 

納得いかない部分を腹に抱えながらも任命書をクラハドールの方へと移してやる。奴もメガネをくいと上げて見せながらテーブルへと視線を傾け、文字の羅列に目を通し始めている。

 

政府が諸手を上げて歓迎というわけではないことは確かなようだ。渋々、俺たちを取り込んでみようって魂胆なんだろう。俺たちは何とかしてその裏を掻いていくしかなさそうだ。

 

「貴様らは収益をどうやって把握するのだ?」

 

クラハドールから出てきた質問も尤もである。

 

「決算書を提出してくれればそれでいい」

 

裏はすぐに見つかったじゃねぇか。決算書を作り込むは俺たちの得意分野だ。っていうか、ジョゼフィーヌさんの得意分野なんだが、いずれにせよ、そこは活路になりそうだな。

 

「回答期限はいつまでだ?」

 

「本日深夜24時、ここから見える岬の灯台にて返事を待つ。受け取れる返事は二つだけだ。加入の場合は速やかに手続きに入る。お前たちの船に載っている珀鉛(はくえん)、そしてダンスパウダーの製造工場を含めての引き渡しが最優先事項だ。珀鉛(はくえん)は俺が受け持つ」

 

「あとは俺だ」

 

窓から見える岬の向こうの灯台を指差しながらくま屋が言葉を放ったあと、話すつもりは一切ないような素振りであった鷹の目屋がやっとのことで一言口にしてきやがった。

 

 

「わかった」

 

ボスの一言はかなりの重みを伴った一言だった。そこにはあらゆる感情と理性のせめぎあいが詰め込まれていたように感じられてならない。

 

 

 

「……終わったか……。まだ陽は高いな。24時までは暇だとは思わないか?」

 

全くと言っていいほど口を挟むことはせずにただただ、ワイングラスを見つめているに過ぎなかった鷹の目屋がここへ来て会話をしようと視線を俺たちに寄越してくる。その冷徹なまでの鷹の目で……。

 

 

 

ぷるぷるぷる、ぷるぷるぷる。

 

 

 

と同時に鳴り出す俺たちの小電伝虫がふたつ。

 

 

 

両方を俺が取る。

 

「どうした料理長?」

 

~「おお、ローか。ちょっと面倒なことになるんちゃうかって思ってな」~

 

 

~「兄さん?」~

 

「ジョゼフィーヌさん、俺だ」

 

オーバン料理長とジョゼフィーヌさんが相手のようだ。

 

「暇つぶしに付き合ってはくれぬか?」

 

鷹の目屋からの言葉も同時に耳に入り込んでくるがこいつが一体何を言い出しているのかは俺には見当も付かない。

 

~「ちょっと、ロー。大変なのよ、札勘大会の会場に拳骨のガープが現れたの……、うわっ、ちょっと待って、あいつ何投げてきてんのよ」~

 

どうやらジョゼフィーヌさんは緊迫してるらしい。拳骨のガープってことは海軍本部中将ってことだ。確かにやべぇ事態ではある。俺たちがまだ懸賞金を解除はされてねぇお尋ね者である以上は……。

 

 

~「けったいな奴がな下へ降りていきよったんやが、暫くしてまた上がってきよってな。それがどうもおかしいんや。そいつは何も持ってなかったんやけどな、なんか行きと帰りでちゃうような気がするんやな」~

 

「料理長、そいつの人相は分かるか?」

 

~「せやな~、小太りで葉巻き銜えとって、あれはテンガロンハットっちゅうんやろな」~

 

料理長とつながっている小電伝虫とジョゼフィーヌさんと繋がっている小電伝虫を接近させて、ジョゼフィーヌさんに聞こえるようにしてみる。手配書にも精通してるジョゼフィーヌさんなら素性を割るのはお手のもんのはずだ。

 

~「もしかして、オーバンの声? それって西の海(ウエストブルー)に居たカポネ・“ギャング”・ベッジじゃない。ファイアタンク海賊団の。額は確か6300万ベリー。シロシロの実の能力者よ」~

 

でかした、ジョゼフィーヌさん。

 

「ザイに伝えろ。そいつから目を離すなと。奴は能力で工場を体内に取り込んだ可能性がある。ダンスパウダーの話をどこでどうやって嗅ぎつけたか、何の目的があるのかは分からねぇがな。そいつの能力ならそれも出来る可能性がある。大方城の空きスペースを使ったんだろう」

 

そこへ、クラハドールがギャング屋の名を聞いて閃いたのか血相を変えて言ってくる。

 

~「了解や。ロー、聞こえたで~、クラドルのん。これは追跡行ってことやな~」~

 

 

 

ここまで俺の耳は一連のやりとりに集中していたわけであるが、一応俺の目は前方で寛いでやがる鷹の目屋に向けられてはいた。だが、奴は何を考えてるのか知らねぇが、帯剣に手を掛けており、

 

 

 

~「ロー? ねぇ、聞いてるの? こっちも十分不味い事態よ。私このままじゃ、海兵にされそう」~

 

 

 

ジョゼフィーヌさんの言葉は耳に入ってくるようでいて耳に入ってこない。なぜなら、

 

 

 

「暇つぶしに一戦でもどうだ? お前たちがこの黒刀に散れば24時の回答も自ずと決まってくるというものだろう」

 

俺たちもヤベェ事態になりそうだからである。

 

「ジョゼフィーヌ、海兵にはされるな」

 

ボスが乗り出してジョゼフィーヌさんに伝えた言葉はとんでもねぇ指示であったが、今は確かにそれどころじゃない事態だ。とはいえ、俗に“強制徴募隊”とも言われている拳骨のガープから海兵にされないようにするのは中々難しいことだろうが……。

 

 

 

すると、ボスは全員分の小電伝虫を集めて、

 

「全員に告ぐ。時計の針を合わせろ。今の時刻は14時ジャスト。王下四商海(おうかししょうかい)入り回答期限の24時まで10時間だ。俺たちはベッジを追わねばならない。だが同時に、四商海入りの条件を詰めなければならないし、鷹の目からも生き残らなければならなくなった。ガープからもな。ジョゼフィーヌ、条件については追って連絡する。新入りはお前が何とかしろ。以上だ」

 

懐中時計を取り出し淡々とした口調でそう述べたてた。思わず俺もスーツの内ポケットから時計を取り出しており今がジャスト14時であることを確認していた。

 

 

 

一方で、

 

「見事!」

 

の言葉と共に鷹の目屋は既に抜刀している。

 

「旅行に行きたいときはいつでも言ってくれていい」

 

くま屋も何気にきな臭いことを言ってのけてやがる。こいつのニキュニキュの能力を鑑みれば空中旅行に行くのはご免蒙りてぇことだ。

 

 

 

俺たちのキューカはどうやら完全に終わったようだ。

 

またでかいヤマに両足を突っ込んで行く。

 

だが準備ならいつでも出来てる。それが俺たちだ。

 

 

地獄をひた走る準備ならな……。

 




読んで頂きましてありがとうございます。

詰め込みすぎました。でもまた始まりです。


誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第41話 駆け上がるぞ

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は12000字程。

よろしければどうぞ!!








偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

私の手配書集めという趣味が筋金入りだという自負ぐらいはある。なぜならば、物心付いた頃に北の海(ノースブルー)に居ながら西の海(ウエストブルー)でちんけなコソ泥やってる二人組の気の遠くなるような1万ベリー刻みの懸賞金推移を追っている人間など皆無だろうから。

 

だからこそ私は賞金首については誰でも知っていると言ってもいい。海を選ばず、職業を選ばず、その首に1ベリーでもお金が掛けられてるのならば興味の対象となり得るのだ。

 

ただここへ来てひとつ問題が生じてしまっている。そう言えば、

 

 

海兵は手配書に載ってないから全くノーマークだった!!!

 

 

ってこと。

 

 

そりゃあ、私だって遠目にあの白髪、髭もじゃのお爺さんが伝説の海の英雄だってことぐらいは知ってるけど……。どんな風に戦うのかは知らないし、ベリーに興味があるのかどうかも知らない。見た感じではかなり疑わしいけど……。あの感じではどう見てもベリーになんか興味は無さそう。

 

あ~あ、四皇それぞれの初頭手配額とか、今現在効力を発揮している手配書の全合計金額とかなら直ぐに頭の中から取り出せるのにな~。海兵に対してはそもそも頭の中に知識として存在してないのだからお手上げである。

 

「お前の首には懸賞金が懸けられておるそうじゃが、なーに、気にせんでもいいわい。……どうじゃ? 海兵にならんか?」

 

何言ってんのかしら、あのジジイ。

 

「申し訳ありませんが、私は商人の娘でございます故、丁重にお断りさせて頂きますっ!!!!」

 

心の中でどのように思っていようとも、まずはやんわりとした言葉使いで拒否の言葉を述べたててみる。賞金首に対してはまず捕縛に掛かるのが海兵としての第一の務めではないのだろうか? 捕縛よりも勧誘の方が優先順位が上だなんて聞いたことがない。

 

私とガープ中将の間には札勘大会に参加する他の対戦者たちが居て遮られていたはずなのだが、気付けば私にまるで花道でも譲るようにして通り道が出来つつある。とんだ有難迷惑ではないか。とにかくここは兄さんと連絡を取らないといけない。兄さんもまさかこの島にガープ中将が来ているなどとは夢にも思ってないはずであろうから。

 

小電伝虫を取り出して通話状態にしてみれば直ぐに反応があって良かったのではあるが、兄さんだと思っていた相手はローだった。まあいいわ、今の問題はそこじゃないし。

 

「ちょっと、ロー。大変なのよ、札勘大会の会場に拳骨のガープが現れたの」

 

生意気ではあるがいざという時には頼りになるあいつに己の窮状を伝えようとすれば、視線の向こうでは物騒な事が始められようとしていた。海兵への勧誘に対してやんわりと拒否を示したことで拳骨のガープが次に取った行動。手近のテーブル上に整えられているベリー札を手に取り、くるくると丸めたかと思えばその即席の球体が真っ黒に変色し…………。

 

って、なにベリー札を丸めちゃってるのよ。全く以てお金の神様に対する冒涜でしかない。きっと今際の際にベリーで泣く破目となるに違いない。

 

「うわっ、ちょっと待って、あいつ何投げてきてんのよ」

 

拳骨のガープが取った次の行動に対して私は思わず小電伝虫に向けて悪態を吐いていた。あのジジイは有ろうことか丸めて黒く変色させたベリー球を私に向けて投げつけてきたのだ。しかも豪速球が聞いて呆れるほどのスピードで。

 

私には避けるのがやっとであり、それは多分に見聞色の賜物であろう。私の顔横を跳び抜けていったベリー球が生み出した音は明らかに空気を切り裂く類の音だった。

 

「ぶわっはっはっはっ!!! 歳は取りたくないもんじゃな、ちょいとスピードが落ちとるやもしれん」

 

海の英雄の名に違わぬ怪物っぷりに私は言葉を発することが出来ずにいる。英雄様の横にいるビビも開いた口が塞がっている様には見えない。見るからにエッっていう口の形のまま固まっていると思われる。

 

「海兵になれんと言うんならこうせざるを得んわい。お前の首にはこいつが懸っとるんじゃからのう」

 

続けて言葉を放ちながら再びベリー札を丸めて掌でぽんぽんとやっているガープ中将。その周りを取り囲むようにして現れ始めている制服姿の海兵の一団。中将の傍の位置を占めている中折れハットを被ってるのは副官だろうか? 腰に帯剣しているのが確認できる。要注意人物かもしれない。

 

小電伝虫からは今度はオーバンのくぐもった声が聞こえてきている。もしかしたらローが持つ小電伝虫越しに聞こえてきている声なのかもしれない。伝えられた内容は誰かの人相風体であり、私の脳内を瞬時に手配書脳へと変化させるのに十分なものであり、記憶の海からひとつの答えを導き出してみせた。私にとってはこんなことは朝飯前である。

 

一方で、背後に居たカリーナと名乗った小娘の姿は既にない。軽すぎるくらいに軽い別れの言葉を最後にして本当に姿を消してしまっていた。そもそもに彼女は賞金首ではなかったのかもしれないが、とにかくここは自分一人で切り抜けるしかなさそうだ。私たちに加入してくるビビ王女にしても後々のことを考えれば海兵と戦うというのはどう考えても不味いだろう。やはり王女なのだから。ゆくゆくはアラバスタの女王となる立場である。となれば選択肢はひとつ。

 

 

取り敢えずは逃げる。

 

 

でも、

 

少しぐらいは助けを求めてみても罰は当たらないはず、

 

「ロー? ねぇ、聞いてるの? こっちも十分不味い事態よ。私このままじゃ、海兵にされそう」

 

というわけで、こんな言葉を告げてみたが返事が返ってくることはない。

 

 

それに、

 

「はい、はーい! 私のベリー扇の美しさに免じて私を不戦優勝者にしてくれないかしら? それでここにある500万ベリーを貰って行ってもいいわよね? ね?」

 

突拍子もなく可愛い声で言葉を発する程に札勘大会への未練、否、ベリーへの未練を断ち切ることが出来そうにない。私は意識をせずとも手を上げてさらなる注目を自身に集め、片手で最高傑作のベリー扇を披露して見せていたが、返ってきた答えはダメですの一点張り。

 

そりゃあ私だってそんなことが罷り通るだなんて思っちゃいないけど、目の前にベリーがあるのにみすみす見逃すっていうのは死んでも死にきれないところがある。でもこれ持ってっちゃったら泥棒だもんな~。

 

そんな私の思いなどには配慮することなく拳骨のガープからは再びのベリー球が投げられてくる。

 

「わしはお前が海兵になるまで止めるつもりはないぞい」

 

もうこうしてはいられない。あの執念は怖すぎる。

 

さらには、

 

~「ジョゼフィーヌ、海兵にはされるな」~

 

畳みかけるようにして呟かれた小電伝虫越しの兄さんの言葉。海兵にされそうな人間に海兵にされるなってどんな指示よ! 勉強しない子供に勉強しろって言ってるのと同じじゃない!!!

 

あとに続いた兄さんからの宣言と指示は要約すれば、お前はお前で何とかしろってことだった。

 

それはそれで結構なことだ。伊達に会計士やってるわけでもなければ、伊達に右腰に刀を差しているわけでもない。

 

やってやろうじゃないの。

 

ただひとつ気掛かりがあるとすれば、それはもう札勘大会とこのベリーである。

 

人生でも三指には入ってくるであろう未練を残して、泣く泣くベリー扇をテーブルに戻した私は己の足に走れと命じてその場を去った。

 

必ず戻るからという去り際の言葉を心の中で呟いて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたたちが付いてくることはなかったのに……」

 

そう呟いた私は今逃げている。全力で!!!

 

振り返ればそこには奴がいる。もとい、拳骨のガープがいる。白髪のジジイを侮るなかれ。私の逃げ足はとんでもないはずであるが、それに対して距離を詰めつつあるように感じられるあの爺さんのスピードこそとんでもない。

 

だがそんな鬼ごっこに加わりたいのか知らないが私の横を並走している黄色いカルガモがいる。

 

カルガモって速いのね~。

 

私の(ソル)のスピードに付いてこれるなんてなかなかやるじゃない、このカルガモ。

 

「もう今日からお世話になるのだから、何か役には立たないと。じっとしてなんていられないし……。それにしてもジョゼフィーヌさんて速いんですね。カルーと同じスピードで走る人間なんて初めて見た!!」

 

そうでしょうとも、そうでしょうとも。

 

どんなことであれ、人に感嘆されるというのは悪い気がしないものだ。並走しているカルーと呼ばれるカルガモが発する鳴き声の意味は分からないが、なんとなく同じような事を言っているような気がしないでもない。

 

「それにしても、あんたたちの服装、真っ白なじゃない。気に食わないわよ。特にうちの総帥は絶対に認めないわね。あとで着替える必要がありそうだわ」

 

ビビ王女と言い、先ほど遠目から見えた護衛の戦装束と言い、揃いも揃って真っ白なのだ。まるで私たちと正反対ね。何よりも問題なのは、

 

「あんたの相棒のカルガモ。そんな非の打ちどころがない真っ黄色も問題だわ。総帥なら墨を塗ってしまえって言いだしかねないわよ」

 

「……えぇ? そんなぁ……。黄色くないカルーなんてカルーじゃなくなっちゃう。総帥さんてそんなに黒がお好きなんですか?」

 

「う~ん、そうね。まあ、交渉次第だけど。うちには例外な奴もいるからね~」

 

言った側から泣きそうになってしまってるビビ王女と、恐怖の表情でぶるぶる震えだしている黄色いカルガモを見るにつけ不憫に思えてくるが、こればかりはこちらとしても譲れないことである。まあ、墨は言いすぎだけどね。

 

 

 

「ちょっと、そこ道を開けてーっ!!!!!」

 

気を逸らしていれば危ない、危ない。この島は文字通りキューカにやって来ている人たちばかり。通りはそんな人たちで埋め尽くされているわけであり、そこをスピード落とさず縫って走り抜けるというのは中々難易度が高いことではある。

 

上を見上げれば、縦に伸びるフラッグガーランドと数々のカラフルなパラソルが動く様子が見て取れる。だが、あれに乗るという選択肢はない。なぜならスピードが致命的に欠けているから。あれに乗ったところで後ろから直ぐに追い付かれてお陀仏となるのが目に見えてる。

 

そんな緩そうに見えて仕方がないパラソルたちのさらに上方を飛んでいる一羽の鳥。あれがペルというビビ王女の護衛だ。ああやって自由自在に空を飛び回れる存在が加わるというのは儲けものね。私も空を飛ぶことは出来るわけであるが、翼のあるなしでは出来ることに雲泥の差が有りそうである。その隼のペルが高度を下げてきており、低空飛行をしながらこちらを窺っている。どうやらこちらの指示を仰ごうとしているようだ。

 

とはいえ、上空を見上げつつも意識は常に前方に向けていなければならない。勿論後方にも気を配っておかなければならないのだ。通りは一直線というわけにはいかず、蛇行や曲がり角が常に構えていて見通しはあまりよくない。街路樹が不規則に現れてくるし、色々な屋台も軒を連ねている。

 

それでも私は駆ける。駆けてゆく。あの白髪のジジイから逃げ延びなければ海兵にされてしまうからだ。

 

「待たんかーっ!!!!」

 

チラっと後ろに目をやってみれば、さっきよりも距離を詰められているような気がする。拳骨のガープの声が届いてきている時点できっとそうに違いない。このままでは早晩追い付かれるだろう。

 

う~ん、どうしようか……。

 

 

 

「ジョゼフィーヌさん。鳴ってる……、小電伝虫」

 

カルガモに身を預けながら涼しげな視線で教えてくれるビビ王女。さすが、いい耳してるわね。相手はどうやらローのようだ。

 

「何? 今私忙しいのよ。後ろから白髪のジジイに追われてるんだから」

 

~「いいことじゃねぇか。ヒマよりは忙しい方がよっぽどいい」~

 

こいつ……。また生意気なことを……。全能なる会計士様に対する口の利き方とは到底思えない。あのパンの七日間を再び繰り返したいのだろうか。ローってもしかしてドMなのだろうか。それはそれで私は別に構わないが……。って私、何考えてんだろう。

 

~「ボスからだ。俺もそっちへ加勢する」~

 

「…………だったら、さっさと来なさいよ!! もし私が海兵になったら真っ先にやることって何だかわかる?」

 

一人取っ組み合いの妄想で不意を突かれた私はローにそのまま当たり散らしてやる。勿論質問に対する答えなど望んではいない。

 

~「考えたくもねぇ」~

 

はい、100点。無言でも良かったけど、今の私には100点の答え。私のS心を呼び覚ましてくれる答えだわ。

 

「ありとあらゆる世界中の米という米を買い占めて、あんたが金輪際、米を拝めないようにしてやるからそのつもりでいなさい。あら、そう考えたら海兵も何だか楽しそう……」

 

「ジョゼフィーヌさん、何だか分かりませんが怖いですよ。とても」

 

「クエッ、クエーッ」

 

外野が何か言っているが私には聞こえない。

 

~「分かった。直ぐ行く。それとベポたちにも連絡してやってくれ。新入りたちが側にいるんなら奴らと合流させてくれと、ボスからだ。もうひとつ ――――――」~

 

そう来なくっちゃね。ローの苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かんできそうである。そんなローの表情を眺めるのは私の楽しみのひとつだ。

 

少しばかり気が晴れたわけであるから、ベポとカールにも連絡してやろうじゃないの。

 

というわけでカールが持つ小電伝虫を呼び出してみれば、

 

「もしもし、カール? あんたたち、今どこ?」

 

~「ああ、ジョゼフィーヌ会計士! 僕たちはホテルのプール上で寝っ転がってます」~

 

別れを告げた相手が出戻るが如くの怒りを呼び覚ます内容であった。

 

あいつら……。プールで泳いでるっていうならまだ可愛げがある。だがプール上で寝っ転がってるっていうのはクソ生意気な絵図しか想像出来ない。可愛くない、実に可愛くないのだ。まあカールはもう能力者になったとは言え……、ってなんで能力者になったのにプールなんかに居るのよ、まったく。

 

「……カールッ!!!!! あんたもう能力者でしょうがーっ!!! 今すぐ服を着て移動する準備!!! さもないと、二度とキレイなお姉さんを拝めないようにあんたの目ん玉取り出して売り飛ばしてやるんだからね!!!!!!!」

 

~「はいっ!!!! ごめんなさいーっ!!!!!」~

 

「ジョゼフィーヌさん。本当に怖いです」

 

「クエッ、クエエーッ!」

 

外野から聞こえてくる言葉は褒め言葉にしか聞こえてはこない。

 

 

 

さてと、

 

「私はひとまずここで止まる。あんたたちはこのまま進みなさい。モシモシの能力を使ってバカなベポとカールに合流してくれたらいいわ。そしてカポネ“ギャング”・ベッジを追って欲しい。私たちの今の目的はそいつにあるから、そいつを捕まえて欲しい。私たちは四商海入りの話も進んでいるから、いずれどこかで合流する必要はあるけど。詳しい話はそこでしましょう。あんたたちが海兵と向き合うのはやっぱり不味いもんね。あんたはいずれアラバスタの国政を司る身よ。早く行きなさい」

 

私は駆けるのを止めて振り返り、その場に留まることを選択する。急に立ち止った私の動きに直ぐ様に反応することは出来なかったのか、カルーは私の後方でようやく歩みを止めたようだ。

 

「……でも……」

 

ビビが口にした言葉の後に濁したものが何なのかは大方想像が付く。どうやらこの娘は結構な心配性みたい。

 

「私なら大丈夫よ。伊達に刀を振るってやしないし、いつでもあんたの相棒と同じ速さで走りだせる。それに……、もうすぐローの奴もやって来るから何の問題もないわ」

 

「信頼してるんですね。何だか仲良さそうだし」

 

「それはどうかしらね……。あいつは基本、生意気な奴だから。でも、いざという時には頼りになる奴よ」

 

「……分かりました。じゃあ私はカールくんたちを探します。ペルはどうしましょうか?」

 

ビビが向けてくる言葉と表情はなぜだかくすぐったいものを感じてしまうが、まあいいか。

 

「……そうね、あの樹のてっぺんにオーバンが居るだろうからコンタクト取ったり、兄さんを助けたり、空から遊撃してくれれば随分と力になると思う」

 

「分かりました。では私は偵察がてらあの樹を目指しましょう。ではビビ様、ジョゼフィーヌさんもお気を付けて」

 

「ありがとう、ペル。あなたもね。じゃあジョゼフィーヌさん、先に行きます」

 

「頼んだわよ、あんたたち」

 

 

 

こうして私は一人佇む。兄さんならここで一服でもするんだろうけど、私は生憎の所、タバコはやらない。

 

全力で逃げるのを止めてここに留まった理由。

 

ローが小電伝虫で最後に口にした言葉。

 

それは兄さんからの伝言。

 

 

我が兄は中々良いことを言うではないか。

 

 

「いい心掛けじゃ。観念して自ら海兵になろうと言うんじゃな。それでこそ海兵としてのあるべき姿」

 

こちらへと猛突進してくる拳骨のガープは私の様子を見て何か勘違いしてるみたいだけど、気にはしない。その猛突進には後ろが全く付いていけてないようであり、白髪ジジイに従うのはあの中折れハットを被る剣士ぐらい。

 

 

ひとまずは蹴ってみようかしら……。

 

 

その思いと共に右足を振り上げてみれば、

 

 

「ほう、観念せんとな……」

 

 

ジジイは不敵な笑みを浮かべだし、

 

 

蹴りの鎌風が一直線に襲いかかってゆくところへ拳突き出して突っ込んできて、

 

 

受け止めて見せた。それはもう軽々と……。

 

 

 

「いい蹴りしとるわい。……それはロッコに教わったんかのう」

 

 

ただその後に続いてきた言葉が私の心を少し揺さぶってくる。

 

 

海軍本部中将 拳骨のガープ、かつてのロッコを知っている海兵か……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

~「……カールッ!!!!! 今すぐ服を着て移動する準備!!! さもないと、二度とキレイなお姉さんを拝めないようにあんたの目ん玉取り出して売り飛ばしてやるんだからね!!!!!!!」~

 

ジョゼフィーヌ会計士からの怒りで、まるで雷に打たれたかのような感覚に襲われた僕は今の今までプール上で絨毯のように平らなボートで寝そべっていたわけだけど、思わず飛び上がってしまい、優雅に揺れていたプールの水面に波飛沫を生みだしていた。

 

「カール! 騒いだらプールから閉め出されるぞ!! ってお前もうカナヅチなんだから何やってんだよ」

 

ああ、そうだった。自分で自分のことを忘れてしまうのはまだ慣れてない証拠かな~。

 

何とか運良く手近で漂っていた自分のボートに掴まって事なきを得た。

僕の横で同じく絨毯のように平らなボートで寝そべっていたベポさんが、綺麗な扇形をしたプールの向こうに立て掛けられている看板を指差しながら注意してきた言葉もようやく頭に入ってくる。その看板にはこれまた優雅な筆記体で注意書きがされているんだけど、書かれている内容が遊泳禁止なんだよね。

 

どんだけ優雅に書いていても、ちっとも内容は優雅じゃないよ。そもそもプールなのに遊泳禁止ってどういうことさ、まったく……。もう泳げないわけだからいいけどさ。

 

それでもやっぱりプールから閉め出されたくなかった僕たちは渋々こうやって寝そべってたわけで、っていうか寝そべるしか選択肢がなかったって言う方が正しいけど。それを正直にジョゼフィーヌさんに伝えたら、聞いたことがないような脅し文句を投げつけられたんだけど……。まあ寛いでたのは確かっていうのは百歩譲ったとしてさ。

 

もう、こわいよ~、ジョゼフィーヌさん。僕から目がなくなったら本当にキレイなお姉さんを拝めなくなっちゃうじゃないか。

 

あ~、そうだ。それどころじゃなかったんだ。早くプールから上がらないと本当に僕の目ん玉がとんでもないことになりかねない。

 

「ベポさ~ん!! さっきの会話聞こえてなかったの? 僕たち早くプールから上がらないと目ん玉なくなりそうなんだけど」

 

「……うん? 目ん玉?」

 

ベポさん本当に聞こえてなかったのかな~? 返事が生返事すぎるし、人の気も知らないで寛ぎすぎなんだけど……。

 

もうこうなったら道連れだよ。あの言葉は絶対に僕だけに向けられたものじゃないはずだ。

 

「ジョゼフィーヌ会計士からだよ。さっさとプールから出ないと目ん玉取り出して売り飛ばすって。目ん玉がいくらで売れるのか知らないけど、あの人なら本当にやりかねないでしょう? ベポさんだって、キレイな白クマさんに出会っても一生顔を拝めなくなっちゃうんだよ~」

 

「そりゃ、一大事だ!!」

 

 

 

こうしてベポさんも僕と同じようにこの飛沫ひとつとして立ち上がらないプールで盛大にも飛沫を撒き散らしてしまい、僕らは結局プールから閉め出される運びとなってしまった。

 

あ~あ、プールへ行ってていいって言ってくれたのロー副総帥なんだけどな~。でもこれをジョゼフィーヌさんに言うのはやめておこう。そうしたらロー副総帥の目ん玉がなくなりそうだ……。

 

それに薄々プールに行ってる場合じゃないことは感じていたし。上では僕たちにとって大事な話し合いが終わったらしい。って言うより始まっただけか。懐中時計を取り出してみれば時刻は14時をオーバーしている。

 

総帥は言っていた。これから24時まで鬼ごっこだって。しかも僕たちは鬼でもあり逃げる方でもある。だからこそプールに入ってる場合じゃなかったんだけど、しょうがないよね。プールの上で寛ぐのは心地良すぎたんだから。

 

「何だか騒がしいな」

 

ベポさんが言う通り、ホテルのロビーは何だか騒がしいことになってる。プールに入る前はとても静かな落ち着いた空間だった。声のトーンを落とすのが当たり前のような空間だったんだけど、今はどうだろうか。ホテルを利用する人たちが皆この場に集まって来たかのようなごった返しよう。しかも皆が皆一方向に向かってるように見える。もしかしてホテルから出ようとしてるのかな。

 

かなり動きにくい空間になってしまってるけど、ここに居ても正直何も分からないのでどうなってるのか探ろうと僕たちもロビー内を動きだしてみる。一方向に向かう人たちの波に対して、僕たちは直角に遮ろうとしてるものだから邪魔でしかない存在だろうけど。

 

「カール! あそこ見てみろよっ!!」

 

僕がもみくちゃにされながら、その体で泰然としてるベポさんが指差す方向に視線を向けてみれば、それは窓向こう。その先には総帥たちが向かった空中会議室があったはず。アーチ形の橋のような建物でそれはそれは優美な楕円を描いていたけど……。

 

 

途中から先が存在してない。まるでそこで誰かに真っ二つに切られたみたいに……。

 

 

本気で、……プールに行ってる場合じゃなかったや。

 

 

「あれはもう始まってるぞ」

 

「どうする? ベポさん。あそこにまだ総帥たちがいるかどうかも正直わかんないよ?」

 

っていうか、あそこに僕たちが行ったとしても何かが出来るわけでもないような気がする。何せあんなふうに建物が真っ二つになるぐらいなんだから。

 

「ひとまずここを出よう。俺たちがあそこへ行っても何もできねぇよ。俺たちに出来ることは追い掛ける方だ。ボスが言ってただろ。ベッジって奴を追うんだよ」

 

「うん、そうだね。でも、ビビ王女とも合流しないと。ジョゼフィーヌ会計士はそんなことも言ってた。ただビビ王女ならモシモシの能力を使えるから僕たちを探し出してくれるよ、きっと」

 

「よし、じゃあこのまま人の流れに乗ってここを出るぞ」

 

 

こうして僕たちの追跡行は始まったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ~お! ほんとに空を飛んでるみたいだ!!!」

 

僕たちの追跡行はまず大騒ぎのホテルを脱出することから始まったわけだけど、次に僕たちが取った行動はこの島の空を縦横無尽に駆け巡るこのパラソルに乗り込むことだった。ホテルを飛び出してすぐに目に付いてきたパラソル乗り場は僕たちを誘惑するには十分な佇まいを見せていたし、誰かを追い掛けるにはお誂え向きの乗り物のように僕たちには思えたんだよね。

 

「意外と頑丈だな。跳ねても大丈夫そうだ」

 

ベポさんがそう言いながら、真っ赤なパラソル内で自分自身を揺らしてみせるわけだけど、結構スリリングではある。いや確かに頑丈そうだけどさ。ベポさん自分の体重と体形分かってんのかな~。

 

逆さになったパラソルがどうやって動いてるのか不思議だったんだけど、滑車が付いてるみたいなんだよね。それで制御された動きになってるみたい。上りも下りも水平移動もほぼ同じスピードで動いてるわけなんだから、きっとそうだ。

 

パラソルの縁から下を覗いてみたらキューカ島の街並みを見渡せる。後ろの方に僕たちがさっきまでいたホテルも見える。総帥たちがいたはずの場所は下から見たように真っ二つになってる。総帥の姿が見えるかと思ったけど、ちょっとここからではもうよく分からない。まあでも総帥たちなら大丈夫だろうと思う。だってもう総帥たちはかなりの強さなんだし。

 

僕たちは僕たちのやるべきことを考えるのが一番だ。

 

このパラソル軌道はあの巨大樹を回り込むようにして島の向こう側まで行けるらしい。今オーバン料理長はあの巨大樹のてっぺんに居る。そこから現れたベッジって人がどこへ向かうのか? それが問題なわけだけど。普通に考えれば行先は海、つまりは自分の船に向かうはず。じゃあその人の船はどこに停まってるのかが次の問題。そこで僕たちは島の向こう側にその船が停まってるんじゃないかと当たりを付けているってわけ。

 

ただ先回り出来るのかどうかは微妙なところだな~。確かに歩くよりかは速いわけだけど。

 

「カール、今回こそサイレントの出番があればいいな。そろそろ使いたいだろ?」

 

「う~ん、そうだね。でも分かんないよ。どうやって役に立つのか……」

 

ベポさんが言ってくれるのは有りがたいけど、正直自分が得たこの能力を使いこなせるのか僕には何とも言えない。

 

少し溜息でも吐きたい気分になって僕の視線は巨大樹の方向へ、青い空へと向かう。

 

 

 

あれ? なんか飛んでる。 鳥かな?

 

 

「おい、カール! あれ、もしかしたら恐竜ってやつかもしれないぞ。何か鳥じゃなさそうだ」

 

 

え? 恐竜?

 

 

「恐竜ってベポさん。確かに偉大なる航路(グランドライン)には太古の島があるらしいけどさ~」

 

 

あ? その恐竜かもしれないやつから何か落ちてきた。

 

「なんか落ちてきたよ、ベポさん。……もしかしたら誰かかもしれないけど」

 

「ああ、そうだな」

 

その落ちてきた何かか誰かか分からないそれは重力に従って真っ逆さまに落下して僕たちの目の前に、先を進む無人のパラソルに奇跡みたいに吸い込まれていった。

 

そして、跳ねてる。トランポリンみたいに。このパラソルこんなに弾力性まであったんだ。

 

 

瞬間確認できたその落ちてきた何かは、何かではなくて誰かだった。しかも3人。

 

 

一人は僕と同じぐらいの女の子、一人は傘を持ってるキレイなお姉さん。もう一人は頭爆発してる人。

 

 

僕たち結構変なことに遭遇してるっていう自信があるけど、今この時の出来事もとびっきり変だった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

リミットは10時間。それは10時間もあると考えるべきなのか、はたまた10時間しかないと考えるべきなのか。ただどう考えようとも今この時に時間的余裕があるとは思えない。

 

眼前に座する世界最強と呼び声高い剣士が既に抜刀しようとしている。こいつの提案は暇つぶしに付き合えというもの。それは確かに提案のように聞こえてくる口ぶりではあったのだが、相手の立場云々を考慮すれば、はっきり言わなくとも脅しと取ってもいいだろう。たとえ本人が意識的ではないとしてもだ。こちらを見つめ返してくる突き刺すような視線は冗談を言っているのでは決してないことを容易に語っている。

 

こいつは本気(マジ)だ。

 

となれば可及的速やかに決断する必要がある。

 

 

「ロー。ここは俺達で何とかする。お前はジョゼフィーヌと合流してくれ。さすがにあいつだけでは拳骨のガープを相手するのは無理がある。あいつのことだから、新入りの二人と一羽は海兵から遠ざけようとするだろう。それに下に居るベポとカール。奴らも俺たちの異変には気付く頃だ。ベッジの捜索と追跡は奴らに任せればいい。何とかするはずだ。てっぺんに居るオーバンの遠隔援護は存分に利用しようじゃないか。連絡は密に取っておけ」

 

矢継ぎ早に我が右腕に対して指示を出し、一拍置いて、

 

「お前は暇つぶしをする必要があるのか?」

 

片方の七武海が臨戦態勢を整える横でいまだ動かざること山の如しなもう片方の七武海へと訊ねてみれば、

 

「いや、ない。24時に岬の灯台で待つ。ただそれだけだ」

 

決して胸の内を悟らせまいとするような無表情さで淡々と返事を寄越してくる。その淡白さが逆にまだ何かを腹に抱えているような勘繰りをもたらしてきそうだが、まあ今はいいだろう。

 

「……だ、そうだ。ガープに関してはとにかく時間を稼げ。まともに海兵と相手する理由なんかもう持ち合わせちゃいないからな。――――――――、それと、丁度いい機会だ。今ここで伝えておく」

 

眼前の鷹の目はもうソファから立ち上がろうとしているが、あと幾許かは時間があるはずだ。

 

俺が声色を低くしたのに合わせて、動き出そうとしていたローとクラハドールも居住まいを正している。

 

 

ふむ、素晴らしい正装だ。

 

 

さて、

 

 

「いいか、お前たち。ここからが本当の勝負だ。気持ちで絶対に負けるな。高みの奴らと同じ舞台で戦っていると、そう思え!! ここからはいついかなる時も全てを賭けて牙を剥け! 駆け上がるぞ!!! てっぺんまでな」

 

地獄の業火を抜ける一本道。その先にあるものが漸く俺たちの前に姿を現しつつある。止まるつもりはない。全速力でひた走るしかない。頂きまで駆け上がるしかないのだ。

 

「勿論だ」

 

「問題ない。想像は出来てる」

 

俺の両の腕となる二人からの返事は短くも、そこには言葉にせずとも伝わってくる強い意志が感じられる。

 

「ボス、ターリー屋はどうする?」

 

それもあったな……。

 

「奴の歌劇(オペラ)の開演時間は25時だ」

 

25時だと?! 正気の沙汰ではないな……。

 

「だが、チケットは完売らしいな」

 

全く以て、狂気の沙汰だな……。

 

「……全てが終われば見えてくるさ」

 

 

 

行け。

 

 

 

冷厳なる瞳を持つその相手は俺たちの動きを見図らったかのようにして、漆黒の刀を振り上げて一閃した。瞳とは対極の柔和な微笑みを究極のバランスで表情に保ちながら……。

 

 

 

ローは一瞬で姿を消した。

 

 

 

くまも消え去った。さらばだの一言共に……。

 

 

 

部屋は真っ二つに割れた。繊細なまでの切り口を残して……。

 

 

 

クラハドールは天井に出来上がった切り口を掴んで上へと飛び退った。

 

 

 

俺は、

 

 

 

飛んだ。

 

 

 

暇つぶしか……、

 

 

 

はっきり言って俺たちの方は暇ではないんだが、受けて立とうではないか。

 

 

 

“俺たちの戦い”の火蓋が再び切って落とされようとしている。

 

 

 

引きずりおろして引導を渡してやる相手はまだまだ先にいるのかもしれない。

 

 

 

だがそんな奴らに気持ちで負けるわけにはいかない。

 

 

 

少なくとも同じ舞台で戦っていると理解させなければならない。

 

 

 

俺たちが恐怖を感じている場合ではない。

 

 

 

奴らに恐怖を感じさせてやらねばならないのだ。

 

 

 

眼前の相手に因縁はない。

 

 

 

だが、

 

 

 

その背後には奴らが存在しているのは確かだ。

 

 

 

であるならば

 

 

 

伝えてもらおうじゃないか。

 

 

 

お前たちは引きずりおろされるんだと……。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

どう暇つぶすのかはまた次回となりまして申し訳ありませんが、


誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!!


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第42話 問い

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

お待たせしております。

今回は9000字ほど。

よろしければ、どうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

眼下で一気に広がってくる視界。ホテルの緑(あふ)れる庭園とその外側に続いている瀟洒(しょうしゃ)な街並みを思い出させる沢山の屋根色。

 

そして襲いかかってくる風。

 

俺は今、中空に佇んでいる。つまりは飛んでいた。

 

真っ二つにされた空中会議室の切れ目から飛び出し、己の体の隅々にまで飛べと命令を下して久しぶりの浮遊感を味わっている。目に見えはしないが六式の月歩(ゲッポウ)によって、まるで空気を踏み固めているような感覚だ。

 

その何とも懐かしいような感覚を噛み締めながら向き合わねばならない相手を探し出してみれば……。

 

 

いた。

 

 

空中会議室と呼ばれていたホテルのアーチ形の建物を除けばこの界隈では最も高いと思われる屋根の上に据え付けられた風見鶏の先端。確かにそこに奴がいる。えんじ色柄と黒のマント姿、主張の強い羽飾りを付けたハット帽、手には既に抜剣している大剣。

 

そうだ。抜刀じゃない。あれは刀じゃないな。剣と呼ぶのが相応しいだろう。

 

ソファでふんぞり返っている姿からは想像出来なかったが、奴は背に剣を負っておりそれは身長と大差なかった。立ち上がったところを見るからに俺と変わらないであろうから、2m近い大剣ということになる。尋常ではない大きさだ。それをあのように軽々と構えている姿からして只者ではないということだろう。

 

遠目から窺ったところの奴の表情は何も垣間見ることは出来ない。

 

さて、どうしたものかな。

 

上を見上げてみれば空中アーチの上でこれまた早速両手に“猫の手”を装着しているクラハドールの姿を認めることが出来るかと思っていたのだが、まだ両手は手袋を嵌めたままである。

 

「どう思う?」

 

己の体を中空で浮かび続けさせることに意識を向けながらも、そんな余裕綽々(しゃくしゃく)で大丈夫かと問いたくなる奴に対してこの場の見立てを訊ねてみる。

 

「間違いなく勝利は覚束(おぼつか)ねぇだろう。勝てる相手じゃねぇことだけは確かだ」

 

だろうな……。

 

はっきり過ぎるほどにはっきりとした答えが返ってくるが、俺も同じように考えていたため返事をする気にもならない。

 

正直俺も勝てるとは思っていないのだ。そんなに思い上がってはいないつもりではある。相手の方が上であること。そんなことは分かり切っている。そもそもに打ち負かす必要もない。暇つぶしを吹っ掛けられたに過ぎないので適当に付き合ってのらりくらりとはぐらかせばいいのである。ただ、そんな簡単にのらりくらりとはぐらかせる相手であるのかという問題は存在しているし、こいつの背後に存在する政府上層部に対し幾許(いくばく)かの恐怖心を抱かせてやるためにも何かしらを見せつけておきたいところだ。

 

コントロール出来ると思われてはならない。舐められるわけにはいかないのである。

 

「……ただ、筋書きを組み上げることは可能だ。結末は申し分ないものとなるだろう、多分な」

 

「そいつはいいな。……で、どうするんだ?」

 

クラハドールは今回どのような筋書きを描き出しているだろうか? 出会った頃よりもあいつの想像能力は精度が上がってきている。あいつは一見何の関係もない点と点の間に線を見出し、それを面に広げてくる能力だが、その精度が確実に高まっているのだ。

 

今も満足そうにして、己のメガネの位置を例の仕草で直している。

 

「ひとまずだが……、俺は今回、契約条項を厳格に守って従い戦闘不参加だ。じゃあな」

 

「ああ、分かった。契約遵守が第一だからな。鷹の目は任せとけ……って、おい」

 

おいおい、じゃあな……じゃないだろうよ。この期に及んで戦闘不参加とはどういう料簡だ。想定外すぎて滅多に出来たためしなどないノリツッコミなるものをしてしまったではないか。

 

そんな俺の思いなど素知らぬ風で、我が参謀は軽やかに下へ下へと跳躍を始めている。数珠繋ぎの建物をそれはそれは器用に飛び跳ねているではないか。

 

アラバスタでは二人して青雉とも遣りあったというのに、その青雉と大差ないであろう相手に対してひとまず俺一人で何とかしろっていうのか。まったく総帥を何だと思っているのかと問い質してやりたいが……、

 

 

まあ、とっておきのものを用意しているとも言っていたしな……。

 

 

脳内を駆け巡っていた諸々を閉め出して、下方からこちらへと鋭い視線を寄越している相手へと意識を向けていく。

 

相手は剣士である。しかも世界最強の位置に座する剣士だ。それに対して俺は銃で挑む。剣対銃、古より繰り広げられてきた戦いの構図ではあろうが果たして歯が立つであろうか?

 

「……始めようか」

 

鷹の目を持つ男から放たれた最小限の言葉と共に暇の潰し合いは幕を開けた。

 

 

奴の右手が動く。

 

 

黒刀が滑らかな斜線を描き出し、

 

 

生み出されるのは飛ぶ斬撃。

 

 

強烈という言葉だけでは足りない程の……。

 

 

空気を切り裂いているのが肉眼で確認できるそれはしっかりと覇気が纏われていた。だが制御されている。決して手に負えないようなものではない。まずはこちらに合わせてきたということなのだろうか。ならば、

 

鉄塊(テッカイ)武装“黄金壁(ゴールデンウォール)”」

 

受け止めてみようではないか。能力で自身を黄金化させた上に六式で最硬度まで高め、武装色の覇気を纏ってみる。

 

軽く飛ばしたに過ぎないのにも関わらず尋常ではない切れ味を伴っているであろう斬撃は俺の防御を打ち破ることはなく、何とか受け止めることに成功したようだ。

 

「これは俺がどういうものなのかは知っていると考えていいのか?」

 

制御された第一撃を受ければ、そう問うてみたくなる。

 

「知らんな。貴様のことは聞いてはいたが、交えねば正確なところは知れぬもの」

 

「交えた結果はどうなんだ?」

 

続けての問いに対して言葉による答えが返ってくることはなく、代わりに返ってきたのは……。

 

 

跳躍。

 

 

大剣の(つば)を足場にしてのさらなる跳躍。

 

 

と知覚した瞬間には先程まで俺が浮かんでいたのとまったく同じ高さに奴の姿が存在していた。どうやら見聞色は通用するようだ。(ソル)のスピードで一瞬早くその場をあとにしていなければ今頃は上半身と下半身を真っ二つにされていたことだろう。容赦なく覇気を纏った斬撃は数珠つなぎのアーチ形の建物を重力の(しもべ)とするが如くに切断してしまっている。間違いなく第一撃よりも覇気の力は増幅されていた。

 

奴のポジションはそこが定位置であるかのようにして再び風見鶏の上。下方で生み出されている破壊音を聞くにホテルの庭園は悲惨なことになっていることだろう。

 

また、来るぞ。

 

 

前方に居たはずの奴の姿が消えた。

 

 

至近距離。

 

 

真正面。

 

 

突きの一撃。

 

 

体を紙のようにゆらゆらと変化させ受け流そうとしてみる。しっかりと武装色の王気を纏いながら。もう覇気でどうにかなるような小手調べの時間は終わっている。

 

 

上。

 

 

上段からの再びの突き。

 

 

奴の視線が一段と鋭くなる。

 

 

違う。これは見せかけての、

 

 

横薙ぎ。

 

 

スピードが桁違いに第一撃よりも増している。

 

 

くっ、……これは間に合わない。

 

 

精一杯で急速に高めた武装色を嘲笑うかのようにして軽々と打ち破ったその斬撃は腹に深々と入り込み一瞬にしてスーツに血の染みを作り出す。

 

 

くっ……。

 

久々に脳内を抉り取るような痛みは戦いがどういうものであったかということを思い出させてくれるようだ。もしかしたらこれは血の染みで済んでいるということなのかもしれない。まだ奴にとっては制御された攻撃なのかもしれない。下方の庭園に心なしか真一文字が出来ているような気がしてならないが……。

 

「悪いが慎みの時間は終わりだ。それでは楽しめんからな」

 

またもや定位置にてぴたりと留っている鷹の目から投げ掛けられる言葉に容赦などない。このままでは防戦一方である。少しでも時間を稼いだ方が良さそうだ。

 

「……それは結構なことだ。……世界最強の剣士にそう言って貰えて……光栄の極みだよ。そこでどうだ、教えてはくれないか? ……あんたは何で七武海なんかやってる?」

 

腹の痛みに何とか耐えながらも中空に浮かび続けつつ、時間を稼ぐべく言葉を紡いでゆく。とはいえ、これは興味のある質問でもある。この男が七武海をやっているのは極めて謎なことだ。海賊団を持っているわけでもなく一匹オオカミとして加入しているのは一体なぜなのか。そこにどんな思惑が存在しているのか。そもそもにこいつは海賊なのかという根本的な疑問も存在する。

 

そんな数々の疑問を頭の中に並べたてながら奴の表情を眺めてみるのだが、当の本人が思案をする様子は微塵も感じられず、表情を一切変えることなく、

 

「何を目指す?」

 

と、質問に対して質問で返されてしまう始末だ。

 

だがどうだ、いざこの鷹の目を持つ男にそう尋ねられると逡巡(しゅんじゅん)してしまう己が存在している。

 

俺は、俺たちは一体何を目指してこの海に、偉大なる航路(グランドライン)にやって来たんだろうか?

 

世界をとるため? それ即ち五老星を引きずりおろすこと。父の死の真相を掴むことになり、その報いを受けさせてやる? 

 

ドフラミンゴを叩き潰す? 奴には数々の因縁を持ち合わせている。それら一切合財含めてケリをつけてやる?

 

一方で俺たちは商人だ。なぜ商人なんかやってる? この大海賊時代になぜ俺たちは商人を選んで今ここに存在しているのか?

 

「答えられんのか? ……貴様には()()という言葉の意味を思い知らせてやる必要がありそうだな。……弱き者よ」

 

己の思考に割って入ってくる鷹の目の言葉には慈悲の欠片とて存在していない。

 

何だと言うんだ。眼前の相手と力量が違うことくらい分かっている。分かった上で相手をしている。

 

だが、こうもはっきりと言葉にされると納得がいかない。

 

 

などと今は考えている場合ではない。

 

腹から染み出している血は何とか止まった。

 

脳内を右往左往させるものを閉め出し、反撃に出るべく無意識で発動できる動作に体を委ねてみる。

 

右手は連発銃を取り出すと同時に能力によって作り出された黄金弾を装填し、狙いを定めてただ只管に引き金を引く。

 

 

否、狙いを付ける必要はない。

 

前方へ向けてただただ六連の動作を行うのみ。放たれた6つの銃弾は瞬間的に軌道を描いて相手へと向かっていく。対する相手は俺の発射動作に応じて黒刀を構えてみせ、その切っ先で……。

 

 

 

方向を逸らそうっていうのだろうが、そうはいかない。

 

六連星(プレアデス)金糸(スパンゴールド)”」

 

黒刀と接触した瞬間に黄金の銃弾は糸状へと姿形を変えて、奴の右手と黒刀を諸共結わえつけるのだが、皆まで見届けることはせずに、ここぞとばかりに間合いを一気に詰める。

 

月歩(ゲッポウ)(ソル)を掛け合わせた剃刀(カミソリ)によって……。

 

位置するは鷹の目の斜め上方。

 

奴と視線が真っ直ぐに絡まり、瞳に映るは二つ名通りにまで鋭い眼差し。まさに射竦められるような視線。

 

正直成功するかは二分八分ぐらいで考えていたが、しっかりと六本の金糸は黒刀と奴の右手を縛り付けていた。

 

ならば、

 

嵐脚(ランキャク)武装 “黄金嵐(ゴールデンブリザード)”」

 

右足を瞬時に黄金化させ、至近距離からの蹴りで鎌風を叩き込むまでだ。ありったけの王気を纏ってな。

 

 

 

だが、そこに現れたのは拮抗(きっこう)。否、だがは自惚れが過ぎるというものかもしれない。辛うじて拮抗(きっこう)

 

王気を纏って襲いかかった黄金の鎌風を黒刀一本で相殺されてしまう。確かに右手と黒刀を縛ったところで大した意味はない。何とか一分の隙でも作り出せればと繰り出してみた攻撃ではあったが……。

 

「面白いではないか。だが最後は頂けんな。つまらん横槍だ。自ら剣と銃の真剣勝負に水を差しているぞ」

 

そりゃ、ごもっともなんだが、こっちはそんな余裕をかましている場合ではないのだと言ってやりたいが止めておこう。まあ、相討ちなら上々だ。

 

そして相討ちならば、ここに長居は無用である。逆に反撃を食らってしまう。よって背中から下方へと体を投げ出すようにして垂直落下を試みてみる。鷹の目相手に背中を見せて間合いを再び開けるのは自殺行為のような気がするからだ。

 

ゾクゾクするような浮遊感と共に体は真っ逆さまに下へと向かってゆき、風見鶏の上に立つ鷹の目の姿は遠ざかってゆく。空の青さがこの世のものとは思えない程に現実離れして目に飛び込んでくる。どうやら落ちるという行為には人を感傷に浸らせる力があるらしい。

 

とはいえ、あの青い空の下、くすんで見える金属製の風見鶏に位置していたのは紛れもなく世界最強の剣士であり……。その世界最強の剣士は一輪刺しよろしく黒刀片手に急降下してきている。

 

試してみるか。

 

悪魔の実の能力に限界は存在しない。覇気と掛け合わせることでそれは無限の広がりを見せる。閃きとそれを具現化するための頭脳と身体能力があれば、あとは鍛錬あるのみである。黄金の銃弾から金糸に変化させた技も然り、きっかけは何でもない空想に過ぎないが、突き詰めればそれは新たな形となり得る。

 

鷹の目が言う極みに対する答えがこれでは不足だろうか?

 

「俺の問いに答えて貰うには俺があんたの問いに答えなきゃならないのか?」

 

無言を貫かれるだろうが、そう訊ねてみれば、

 

「無論だ」

 

返ってきた答えはその一言。相手を射殺すような視線というおまけ付きだ。

 

人生甘いものではないということだろう。何かを得たければ何かを差し出さねばならないのだ。

 

答えを知りたければまずは己で答えを出さねばならない。

 

 

銃口を向ける先は上方。繰り返すは一連の動作を6回。即ち全弾発射。

 

 

放った黄金弾は鷹の目へと向かって瞬間で上昇していく。

 

 

黒刀を真っ直ぐ伸ばして急降下中である奴の表情を窺うにそれなりの答えを出せたのではなかろうか。

 

 

見聞色で俺の意図は読まれていることだろうが、

 

 

極みという言葉の意味を体現する男は果たしてどうするのだろうか。

 

 

黄金弾は吸い込まれるようにして奴の黒刀へと向かっていき、その切っ先を掠めようかというところで、

 

 

追跡放物線(トラッキングパラボラ)黄金比(ゴールデンレシオ)”」

 

 

銃から発射された推進力のみで突き進んでいたものから、王気と共に自然と纏っている能力としての意思を滲み出してゆく。6弾をそれぞれ四方八方へと放物線を描くようにして飛散させ、鷹の目の出方を窺ってみる。

 

連発銃より発射した6つの銃弾に己の意思を纏わせて、放物線を描くようにして相手をどこまでも追跡させてゆく。全ては己の匙加減で決まるので、どうなろうともそれは最終的に黄金比となるであろうというわけだ。

 

地上まではもうほとんど余地が残ってはいないというところで、強引に下降を止めて着陸態勢へと準備に入りながらも意識は上空で放物線を描き続けている銃弾6つと鷹の目へと向けている。銃弾のスピードは弧を描きつつも(いささ)かも落ちてはいない。

 

さて、最強の剣士はどう出る?

 

己の体勢を着陸に備えて90度動かしたのち、破壊の傷跡が(おびただ)しいホテルの庭園に足を付け、こちらへと向かって黒刀の切っ先を刻一刻と近づけてきている鷹の目に対しひとつの銃弾を意識的に突入させてみる。その銃弾はまるで突然気が変わったとでもいうようにして、全く有り得ない軌道の放物線を描きながら、一切の減速を見せずに奴へと突き進んでゆく。

 

上空を睨みつけながらさらなる銃弾を奴にぶつけてやろうと、残り5つの銃弾をそれぞれ時間差を置いて突然の放物線を描きながら動きに変化を加えていく。6つの銃弾があるひとつの意思を持って一点へと向かって集束してゆく。

 

 

奴は自らの攻撃によって傷をつけた大地に黒刀から着地。

 

 

と同時に一回転するようにして体勢を逆転させて、

 

 

黒刀と一体化している右腕を舞うようにして動かし、

 

 

それは加速度的にスピードを増してゆき、

 

 

気付けば奴は自ら作り出した斬撃を自らを守るための鎧のようにして身に纏っていた。

 

 

時同じくして、奴を穿つべく向かっていった六つの銃弾は、

 

 

奴が作り出した斬撃の鎧にぶち当たり、

 

 

王気を纏っていたそれは銃弾とは思えないような衝撃をもたらしている。

 

 

その煙、濛々(もうもう)たる中から覗いてくる人を射竦めるような視線。

 

 

 

不味い、来るぞ。

 

 

 

奴と目が合った瞬間には奴の姿は消え去っており、そこに聞こえたのは空気を切り裂くような音であり、皆まで聞くことはせずに俺はその場で跳躍し、脚に力を加えて瞬間的に剃刀(カミソリ)移動を開始していた。

 

 

 

読まれている。

 

 

 

見聞色を扱う者同士、読み合いになることは致し方ないが、そうなると明らかに分が悪そうだ。黒刀による切り裂きで生み出された斬撃が今度は逆に俺を追跡するようにして向かってきている。

 

「貴様の極み(答え)はこんなものなのか? つまらんな。……極みとはこういうことだ」

 

中空で振り返ってみれば、感じるのは全てを叩き込んだかのように増幅された覇気。最高峰まで高められれているかのような武装色。それが黒刀に纏われており、生み出される斬撃はまるでこの世そのものを斬ろうとするかのよう。

 

黄金弾幕(ゴールデンバレージ)

 

恐怖をもたらす一撃に対して俺は咄嗟に銃弾を発射することに成功していた。6つの銃弾で生み出すのは金色に輝く弾幕。巨大な力を伴った斬撃を少しでも和らげる盾の役割を果たせないだろうかというわけである。

 

 

自らの武装色を纏った黄金弾が飛翔する斬撃と炸裂する。眼前に金色の輝きが斬撃を包み込むようにして瞬間的に広がってゆく。金色化した大気の向こう側、もう庭園とはとてもではないが呼べない地に奴が立っている姿が見て取れる。鷹のように鋭い視線は真っ直ぐに俺に向かい何かを問いかけているようだ。

 

 

貴様は何を目指す? 貴様は何者なのだ?

 

 

二つの根源的な問いを投げ掛けれれたような気がした瞬間、金色を突き破って鋭いまでの斬撃が突き進んでくる。

 

 

それは刹那のことでありながら、スローモーションのように感じられてしまうスピードのようでもある。

 

 

 

俺は何者なんだろうか?

 

 

 

この問いに答えを見出すことが出来なければ、俺に未来はなさそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

私の新たなる戦いが始まりを告げた。いいえ、始まりの鐘は再び祖国をあとにしたあの時、既に鳴っていたのかもしれない。

 

 

再びの密かな出国ではあったが、イガラムにチャカ、そしてリーダーまでもが見送りに来てくれた。さすがにパパは来てはくれなかったけれど。

 

パパにはやるべきことがある。アラバスタにはやるべきことが山ほどあるのだ。リーダーも見送りに来てくれたその足でユバに行くと言っていたし、イガラムはタマリスクにてあの外道から全権を委任された()()()()とかいう人物に会わねばならないらしい。未来へとみんなが動き出していく中での再びの出国。私は決意を新たにして祖国を離れてきた。

 

サンディ(アイランド)沖合の海上にて落ち合った海軍船に座乗していたヒナさんと再会してみれば、開口一番にも大剣幕でこっぴどく怒られてしまったけれど、その後は姉のようにして優しく接してくれた。ペルとカルーを交えながら、今後どうするのかという相談にも親身になってくれた。

 

お陰でヒナさんの伝手を頼りにすることが出来ることになり、私たちはここキューカ島へとやって来たのだ。ヒナさんとネルソン商会の関係については詳しくは知らない。聞いてはいけないことのような気もするので、本人が話してくれるまでは私の方から聞くつもりはない。何かの深い関係で結ばれているのだろうけれど……。

 

そして今、私はカルーの背に身を預け、このキューカ島を駆け抜けている。この島に着いてからの出来事はジョゼフィーヌさんによればおふざけが過ぎるみたい。

 

私たちは結構真剣だったんだけどな~。

 

「……ねぇ、カルー!」

 

「クエーッ!」

 

カルーはいつだって私の味方だ。

 

私たちが先を急ぐ道からは徐々に建物の姿は消え始め、牧歌的な風景へと変わりつつある。右側にはこちらへと迫るようにして並走しつつあるあのフラッグガーランドと色とりどりのパラソルたち。その下でのんびりと草を食んでいる牛の姿。

 

風が心地良い。

 

「あーひま、回ってようかしら。回ってることにするわ、あちし」

 

え?

 

何か聞き慣れた声が聞こえた気がするのだけど……。

 

「カルー、あなたは何か聞こえた?」

 

「クエッ、クエッ、クエーッ!!」

 

首を左右に何度も振りながらカルーは全力の否定をして見せてくれる。

 

「そうよね。気のせい、気のせい」

 

ここでMr.2 ボンクレーに再会するなんて、私の嘗てのパートナーに出会うなんて、それこそおふざけが過ぎるというものだ。

 

あの男との出会いは強烈だった。オカマという存在を知ったのもその時が初めてだったし、何よりも私が対を成すようにしてオナベという存在を演じることになろうとは思いもしていなかった。あの経験があるからこそ今があるだなんて私は断じて思いたくはない。ひとつ分かったことがあるとすれば、それは私にはそっちの気はなかったということぐらいだろうか。ただそんなことを知りたかったか知りたくなかったかと言えば、それは前者であることは間違いない。

 

とにかく、あれは私が葬り去りたい過去のひとつであることだけは確かだ。

 

「オォ~~~カマ~~~ウェ~~~イ~~~♪」

 

何? 幻聴?

 

最近何だか周りの気配を感じやすくなっているような私、心なしか並走してきているフラッグガーランドをゆくパラソルの上で何だか回っている誰かがいるような気がしてならない。

 

草を食んでいる牛がのんびりしている牧場の上をぐるぐると回りながら移動しているオカマの絵柄だなんて、

 

 

シュール過ぎる……。

 

 

もう、ジョ~~~ダンじゃな―――いわよ~~う!!

 

 

って、口ずさみそうになっちゃうじゃない。

 

これは危ないわ。

 

「カルー!! 全速力よ!!!」

 

「クエーッ!!!」

 

カルーにとっても私の元パートナーはトラウマのような存在だろう。何せアルバーナではあの断崖絶壁を恐怖の形相で追い掛けられたことで、カルガモであるにも関わらず飛ぶことが出来たのだから。あれを火事場の馬鹿力というのだろう。カルーにしてみれば相当怖かったに違いない。けれども、あの時はそんなこと言ってる場合じゃなかったのも確かだけれど……。

 

ついこの間のことであった祖国での激闘に一瞬思いを馳せたのち、また恐怖の歌声が聞こえたような気がして、

私たちは何も聞こえなかったことにし、何も感じ取らなかったことにした。勿論、右側上方なんて絶対に見ない。

 

 

早くカール君たちを探さないと。

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

このキューカの章、意外と結構長くなりそうです。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、

よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第43話 演技

いつも読んで頂きましてありがとうございます。
お待たせ致しました。
今回は10000字程。
そして、このタイミングであの人の視点投入します。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

“Room”

 

それはこの世界に生み出される新たな空間。そこで俺は全能に近い存在となり、己の五体を余すことなく活用して処置を行う。手術(オペ)で出来ねぇことなどないに等しく、そこに限界は存在しない。己の体力が保てばの話ではあるが…。

 

今この時、行使出来ているRoomの大きさと嘗て行使していた大きさはどう見ても違う。明らかにそれは広がっており、今この時、(サークル)の大きさはキューカ島全体をすっぽりと覆い尽くしてしまうレベルに到達している。

 

故にシャンブルズによる移動も一発で済むようになっていた。

 

 

 

移動、いや厳密に言えば俺たちの会計士を木っ端微塵にしようとした砲弾と俺そのものの位置を交換して辿り着いた先。それは拳骨屋を目前にした場所であった。

 

「ロー!!! もうっ、遅いわよ~!!!!」

 

背後からは聞き飽きた怒りの声が飛んでくる。迫りくる砲弾を無きものにしたということに対する感謝の言葉など当然のように存在しない。

 

「あぁ、悪ぃな……」

 

よって俺の方も口調はぞんざいとなり、勝てないことは分かり切っているので、言葉の応酬に応じるような真似はしない。何よりもそれは面倒くせぇ……。

 

それにしても、この島にやって来る奴らの思考回路はどうなってやがるのか? 俺たちと海軍のやり取りをまるでショーを眺めているような感覚で見ているとしか思えない。ハンバーガーにかぶりつきながら、コーヒーカップ片手に、浮き輪にすっぽり嵌りながら、

 

拍手をされても調子が狂うだけである。これがキューカ島ってことなのか。

 

込み合っていたであろう街路は即席の劇場舞台と化し、一本道とはいかないまでも申し訳程度の開けた場所が出来つつある。視線の先にはこちらへと駆けている拳骨屋。

 

 

いや、あれは(ソル)だ。

 

 

プルプルプル。

 

 

こんな時に連絡を寄越すとはどこのどいつだ? ……ボスか。

 

 

「悪ぃが、入れ替わるぞ」

 

「……えっ、いきなり何よ……」

 

「ボスからだ。俺にもやることがある……」

 

瞬間的にシャンブルズを使い、俺とジョゼフィーヌさんの位置を入れ替え、俺は一旦後方へ、代わりにジョゼフィーヌさんを前衛へと引っ張り出す。

 

 

「ボス、俺だ。生きてるか?」

 

~「……あぁ、……何とかな……」~

 

眼前ではジョゼフィーヌさんが既に抜刀していた。あれは居合の型であり、放った後ってことだろう。一方で放たれた相手である拳骨屋も至近距離に迫っており、どうやら右の拳ひとつで居合の斬撃を受け止めたようだ。

 

まったく、とんでもねぇ(ジジイ)だな……。

 

 

~「ロー、お前、予備の小電伝虫を持ってるだろう?」~

 

「あぁ、持ってるが……」

 

~「飛べる新入りに送ってくれ。多分、奴は持ってない。そいつが必要だ」~

 

「そんなもんどうする気……、観測手(スポッター)か……」

 

~「あぁ、そうだ。そうでもしないとどうしようもない」~

 

どうやらボスは料理長の援護狙撃を必要としているらしい。かなり追い込まれてるのかもしれねぇな。

 

 

「取り込み中悪ぃんだが、ジョゼフィーヌさん、ハヤブサ屋がどこにいるか分かるか?」

 

「ローのバカ!! あんた、私が忙しいの見て分かんないの? もうっ、(ジジイ)のくせに元気良すぎ。ちょっとは(ジジイ)らしくしなさいよ!!!!」

 

慌しくもボスとの通話を終えて、ジョゼフィーヌさんに声を掛けてみれば、悪態を吐きながらも拳骨屋が繰り出してくる拳に対して刀と足蹴によって応戦している。確かにこの(ジジイ)は元気が良すぎる。老骨に鞭打ってなどとんでもねぇ。さすがは麦わら屋の爺さんと言うべきか。

 

「まったく、歳は取りたくないもんじゃな。こんな小娘と小僧にあしらわれとるとはワシもまだまだじゃ」

 

拳骨屋の口調からして本気など欠片も出してないのは確かだ。それはジョゼフィーヌさんも然りなんだろうが、拳骨屋と剣戟(けんげき)交えながら、見聞色を別の対象に向けるってのはどう考えても無理があるので、

 

 

「シャンブルズ」

 

再び俺とジョゼフィーヌさんの位置を入れ替える。役者交代と行こうじゃねぇか……。

 

入れ替わった先は拳骨屋が繰り出している右ストレートとは目と鼻の先。しゃがみ込み、両親指で炸裂させるは、

 

「カウンターショック “死神の電気(トーデス・ストローム)”」

 

電気を帯びた一撃。

 

「……そういえば小僧はマイナスじゃったな」

 

奴の右腕に俺の両の親指はしっかりとヒットし武装色のマイナスも合わさって、体の芯を抉る一撃となっている筈だ。

 

が、そんなダメージなど物ともせずに左フックが飛び出してくる。俺の見聞色よりもワンテンポ速いということはスピードの桁が違うということだろう。

 

顎に入ってくる猛烈な一撃は脳天を揺らすには十分であり、意識を繋ぎとめておくために特大の力が必要となりそうだ。視界は上空へと移っており、己の体が弧を描くようにして後ろへと吹き飛ばされていることが分かる。狭い視界の中でも飛び込んでくる動くパラソルの色はふざけが過ぎるほどにカラフルだ。

 

「小僧、ワシに拳で語るには100年早いわ」

 

地に背から倒れ込むと同時に耳に入って来た言葉は己と相手の力量差を否が応でも知らされるものではあるが、顔を叩いて無理矢理にでも自分自身に活を入れて起き上ってみる。

 

武装色の方向性は同一であれば強さが物を言ってくる。ただ、逆であればマイナスに分がある。入った瞬間の感触からして拳骨屋の方向性はプラス。俺の一撃が効いてない筈はねぇんだが……。実際には直ぐ様に反撃を食らっている。結論としては奴の武装色がとんでもねぇということに行き着く。“海の英雄”の武装色もまた凄まじいってことなのか……。

 

「ロー、分かったわよ。鳥男の居場所。丁度飛んでるわ。……効いたの? フフ、いい気味。あんたには丁度良い目覚ましかもね」

 

背後で見聞色に集中していたらしいジョゼフィーヌさんから吉報と余計な二言三言がもたらされるが、俺の視界にはまた別の脅威が飛び込んできている。拳骨屋のさらに向こう側、路地から顔を覗かせたのは中折れハットを被った剣士。真っ白な正義のコートを羽織る姿は紛れもなく海軍将校。

 

「今、あんたに私の見聞色を同期させるから」

 

俺の意識の中に深いまでの見聞色が入り込み、少しばかり離れた上空を羽ばたくハヤブサ屋の姿が知覚できる。場所が分かれば、対象を正確に掴むことが出来れば、入れ替えることは容易い。左の内ポケットに入り込んでいた予備の小電伝虫とハヤブサ屋の右胸に挟まれているハンカチーフを入れ替えてやればいいことだ。

 

「終わったの? で、どうするのよ。ずっと戦っていても勝てる相手じゃないのよ。もう一人出て来たし、あれはさっきの剣士だわ」

 

ジョゼフィーヌさんの言う通りだ。ここで戦い続けても何の意味もねぇ。戦って勝つことは目的ではない。何とか時間を稼いでここをおさらばするのが定石だ。

 

「クラハドールの脚本次第だ。あいつの筋書きが既に始まっているとすれば、俺たちがやるべきことは時間を稼いでここをおさらばする隙を作り出す。俺たちよりもボスの方が苦労してそうだがな」

 

どんな風にクラハドールが筋書きを組み立てているのかは知らないが、鷹の目屋相手に隙を作り出す方が余程至難の業であることは間違いない。

 

「どうじゃ、そろそろ海兵に志願する気になったかのう」

 

一方で、拳骨屋から放たれてくる言葉にはまるで邪気がない。が故に性質が悪い。

 

「だ・か・ら、さっきから言ってるでしょうが、お断りだって。まったく、物分かりの悪い(ジジイ)ね」

 

「さっきから貴様ら、ワシをジジイ、ジジイと呼びおって、爺ちゃんと呼ばんか―、バカたれ共が!!!」

 

「……中将、そういう問題ではないかと……」

 

どうやら新たに現れた海軍将校は拳骨屋の副官のようだ。あの突っ込みからして常識人のようだが、相当苦労してんだろうなという同情を禁じ得ない。

 

「分かっとるわい。爺ちゃんと呼んでいいのはワシの孫だけであったのう」

 

そういう問題でもねぇだろうけどな……。

 

俺も拳骨屋の返事に対して突っ込みを入れてみる。あくまで心の中で……。

 

「教えてくれねぇか。俺たちを海兵にしてどうする気だ? 俺たちじゃなくても別に構わねぇだろ」

 

続いて時間を稼ぐ必要性を考慮し、強制的に徴募されようとしている身としての至極まっとうな質問をぶつけてみる。

 

「それ、私も聞きたいわ」

 

いつの間にかジョゼフィーヌさんも俺の隣へと移動してきており、和やかかどうかはさておき話し合う雰囲気が形成されつつある。

 

「ワシは何としてでも孫を海兵にしたいんじゃ。その為には貴様らの力が必要。どうじゃ、ワシと共に孫を海兵にするのに加わってみんか?」

 

本人は至極本気で答えてるんだろうが、聞いて呆れる答えが返ってきやがった。

 

「もうっ、どこの爺バカよ!! そんな内輪の話は自分たちだけでやって。赤の他人を巻き込まないでよね」

 

もっと言ってやりゃあいい。そもそもに聞く耳を持っているかどうか疑わしいところだが、こんな(ジジイ)にはしっかりと道理を説いてやった方がいいに決まってる。

 

「バカたれ共がーッ!!! 爺ちゃんが孫に対してバカになって何が悪いんじゃーッ!!!!」

 

「いい歳した(ジジイ)が開き直ってんじゃないわよ!!! まったく、面倒くさい(ジジイ)様ね」

 

ジョゼフィーヌさんの買い言葉に対して、あんたも大概面倒くせぇがなと、釘を差してやりたかったがボスを見習って止めておくことにする。心にそっとしまっておくのはこの世の美徳のひとつだ。

 

「ワシは何が何でも孫を海兵にする。その為にはまず貴様らを海兵にせねばならん」

 

「もっともらしく言ってるが、そこに道理は存在してねぇからな」

 

俺も分からず屋の(ジジイ)に我慢が出来ず、突っ込みを入れざるを得ない。

 

「孫を海兵にするのに道理なぞいらんわい。必要なのは愛だけじゃ」

 

その言葉をまるで合図のようにして拳骨屋が動き出す。拳に物言わせようってんだろう。副官の鑑のように黙して語らずを貫き通していた中折れ屋も帯剣に手を伸ばそうとしている。

 

(ジジイ)のくせに良いこと言うじゃない。私たちも愛を持ちださなきゃ、太刀打ち出来ないかもね。あんたには無縁のものだけど」

 

ジョゼフィーヌさんのまたしても余計な一言は聞こえなかったことにしておく。愛にもきっちりと値段を付けかねない人間の言葉とは思えねぇな。

 

 

 

「取り敢えず愛ある(ジジイ)の相手はあんたに任せるわ。私はあの剣士を何とかすることにするから」

 

そう言うが早いかジョゼフィーヌさんの身体は動き出しており、中折れ屋との間合いを一気に詰めつつある。右腕は抜刀。瞬間に生み出されたのは斬撃の激突。

 

俺も人の戦いをぼうっと眺めている場合ではなかった。

 

拳骨屋も既に動き出している。奴の右拳は既に武装硬化で真っ黒だ。

 

「分からんか? 孫にどうしても愛されたいという爺ちゃんとしての思いを」

 

(ジジイ)じゃない俺には分かんねぇな、そんなもん」

 

孫への愛を語る(ジジイ)の相手は厄介であり、小手調べなど通用しないのは確かだ。それならば、

 

「シャンブルズ」

 

斬撃の激突から一旦は飛び跳ねるようにして間合いを取った後に(ソル)の動きを見せたジョゼフィーヌさんとの位置を入れ替えてゆく。見聞色の同期はいまだに続いており、俺の脳内には口やかましい声が時折響いていたのだ。何事もないかのように我慢するのは至難の技であったが……。

 

移動した先は中折れ屋目前、奴の表情は歪んでやがる。見聞色を操るんだろうが、その表情からして俺が先手を行っている。シャンブルズを使ったこの連携技はいざという時のために温めていたものであり、少なくとも今のところ上手く行っている。そして、剣士相手なら答えは決まってる。

 

「ラジオナイフ “地獄の電気(ヘレストローム)”」

 

電気を帯びた鬼哭(きこく)を以てして中折れ屋を切り分けてやるまでだ。切っ先は奴の正義コートの肩口へと斬り掛かり一閃……、

 

 

バク転?

 

 

瞬間で中折れ屋の身体は紙と形容できるような薄さとなって(ひるがえ)り、そのまま飛び退って手近のオープンカフェに張り出されている屋根上と移っている。

 

グレーのスーツにコートという出で立ちから硬いイメージを持っていたが、意外にも身のこなしは敏捷そのものである。さっきのは紙絵(カミエ)ってやつだろう。

 

(ロー、入れ替えて)

 

ジョゼフィーヌさんからの脳内に直接訴えかける指示が飛び、見聞色で拳骨屋の拳に回避が間に合わないことを察して、俺たちによる即席舞台で商売繁盛中と思われるアイスクリーム屋台とジョゼフィーヌさんの位置を入れ替えてやる。

 

数秒後に背後で起きた出来事は無残にも破裂する数十種のアイスたちの花火そのもの。

 

「全量買い取ってやれよ。今日なら多分即完売したんだろうからな。じゃねぇと天下の海軍様の名が廃っちまうぞ」

 

原因が己にあることは百も承知の上で、拳骨屋を詰ってやる。我ながら俺も結構意地が悪くなったもんだ。

 

「もし、あんたがやってたら経費としては認めてやらないけどね」

 

いや、上には上がいた。そう言えば俺たちの会計士は悪魔だった。

 

アイスクリーム屋の店主に本気で怒られてる海軍本部中将ってのも中々見応えがあるなと思っている俺も結構悪魔なのかもしれねぇが、知ったこっちゃねぇ。

 

「どうするの? 私たちを海兵にするの止める?」

 

拳骨屋はどうやら見習いらしい二人の海兵を呼んで指示を出している。丸メガネを掛けている者と顎が割れている者とどちらも特徴的な奴らではあるが……。

 

「お前たちに早速任務だ。このアイスクリーム屋台を直せ」

 

中々理不尽な任務内容に見習い二人は不満タラタラな様子。

 

「嫌ならお前たちがあいつらを海兵にして見せるんじゃな。どっちにするんじゃ」

 

俺たちの捕縛か上司が壊したアイスクリーム屋台の修繕かという2択を迫られている見習い海兵。っていうかそこに選択肢はねぇも同じだ。案の定、見習い海兵二人は渋々と屋台の修繕に取り掛かっている。

 

「ほれ、話は付いた。貴様らをここで逃すわけにはいかん」

 

「何で俺たちにそこまで執着するんだ? 何度も言うが別に俺たちでなくともいいだろうが。それとも何か? 札勘大会のサプライズゲストってのは表向きの話で真の目的は俺たちだとでも言うのか?」

 

ここまでの執着を見せてくる拳骨屋に対して尤もな質問をぶつけてみる。

 

「……巡り合わせに過ぎん。じゃが貴様らに関しては注目はしておった。出身が北の海(ノースブルー)ベルガー島と聞いた時からな。あのロッコが側におると知って確信したわい。ボナパルトの(せがれ)がやって来たとな。それだけではない。貴様らはそれぞれ腹に一物も二物も抱えておるんではないか? しかもじゃ、この島には七武海が二人来ておる。理由が貴様らにあることも承知しておる。だからこそ逃すわけにはいかん。センゴクもそれを止めてはおらんしな」

 

返って来た言葉から判断するに、こいつはとんだ狸(ジジイ)であることが判明した。孫への愛を語っていた時の好々爺(こうこうや)とした姿は鳴りを潜め、目には鋭さが増していた。そこには何度も地獄を見てきたことが垣間見れる武人としての目が存在していた。

 

「ちょっと、私たちの今の立場を承知の上でだなんて本気も本気じゃないのよ」

 

まったくだ。それによく考えてみればだ。政府が決定した俺たちに対する四商海への勧誘に対して、海軍本部としては異を唱えて俺たちを手配書に基づき捕縛しようとしているっていうのはどういうことだ? 四商海への勧誘はどこから下りてきている話なんだ? 海軍本部の立ち位置はどうなってやがるんだ?

 

(ロー、あんたペース配分大丈夫なの? これは結構ヤバそうよ。島をすっぽり覆うように(サークル)張っちゃってるけど、もつの?)

 

不意に脳内に呼び掛けるジョゼフィーヌさんの声に対して俺は軽く頷きを返すに留める。

 

とはいえ、はっきり言って出たとこ勝負だ。もつのかもたないのかは正直分からない。だが、配分して何とかなる相手じゃねぇことも確か。

 

これはオペオペの新機軸をぶっつけ本番で実戦投入するしかねぇか。

 

 

覚醒。

 

 

悪魔の実の能力にはそういう瞬間がやって来ることを俺たちは知っている。そして、俺はその第一段階に入ろうとしていると思われる。それを今ここで……。

 

 

「さて、ボガード……、始めようか。……なぁ、小僧共、“強制徴募”の時間だ」

 

 

拳骨屋の声音は先程にも増して厳かであり、俺たちが地獄に存在していたことを思い出させるには十分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっきり言っておくが貴様たちに選択肢など存在しない」

 

僕たちが乗ってる真っ赤なパラソルの縁に器用にも立っているクラハドール参謀の言葉が向けられた先は、向こうで緑色のパラソルに乗って怯えながらクラハドール参謀を見詰めているあの3人だった。

 

 

僕たちがパラソルの物珍しさにはしゃいでいるところへ、空から3人が落ちて来たのが30分前のこと。3人の内の一人、おさげ髪の女の子にわけを聞いてみたら、驚いたことに太古の島から空飛ぶ恐竜に乗ってやって来たらしい。彼女は写実画家らしくて、色を使って相手に暗示を掛けることだ出来るんだって、すごいよね。でも偶々雨が降ってきて絵具が消えてしまったみたい。海軍に捕まっている仲間を助けたいらしく、これからどうしようかと3人でうんうん唸っていたよ。

 

そんなところへクラハドール参謀がパラソルからパラソルへとぴょんぴょん跳びながら僕たちのところへやって来たのが10分前ぐらい。クラハドール参謀が来てくれて良かったよ。だって彼女は僕よりもベポさんに興味津津だったから。面白くないったらありゃしないよ、まったく。白くまって狡いよね~。まあそんなことはいいんだった。

 

クラハドール参謀はやって来るなり、3人のことを知っているらしくて、バロックワークスの残党だと本人達に代わって僕たちに説明をしてくれたんだ。

 

そこから始まったのが脅し。既に最初の時点でパラソルを包み込むようにして膜を張ってたみたいなんだよね。クラハドール参謀のモヤモヤの能力を使った想像域(イメージ)ってやつだよ。今回は膜そのものを檻にしたんだって。つまりはパラソルから出られないようにしたってこと。その上で、言うこと聞かないと海軍呼び出すぞってわけ。クラハドール参謀も悪い人だよね~。

 

だからあの3人は怯えてる。クラハドール参謀、しっかり僕たちの手配書も見せてるんだもん。やってることが意地汚いよ。まあいいけどさ。

 

「もう幕は上がっている。貴様らにはしっかりと役をこなしてもらうぞ。まずは貴様、貴様の持つその傘が大きな意味を持つ」

 

クラハドール参謀がまず指差した相手はレモン柄のワンピース着てる傘持ったキレイなお姉さん。

 

「それから後の二人。貴様らは揃って海の英雄にご対面だ」

 

クラハドール参謀が次に指差したのはおさげ髪の女の子とボムボムの実を食べたから鼻くそ飛ばすとヤバいらしい人。海軍の怖いお爺さんのところに行かないといけないってことなんだろね。

 

「僕たちはどうすればいいの?」

 

メガネをいつもの動作で直した後に僕の方を見下ろしたクラハドール参謀、

 

「小僧は俺と一緒に来い。手先が器用な貴様には打ってつけな仕事がある。白クマ、貴様の手では今回不合格なんだが、力仕事も必要だ。貴様も一緒に来い」

 

「分かったよ。行くよ」

 

「アイアイ、バトラー」

 

まったく、……ひどい言い草だよ。ああは言っても、この人結構優しいから気にしないけどさ。

 

「……フフ、来たな。予定通りだ」

 

クラハドール参謀の言葉に反応して周囲を見渡してみれば、丁度フラッグガーランドの下を小道が交差するように抜けていて、そこには黄色いカルガモに乗ってこっちに手を振ってくれてるキレイな王女のお姉さんが居た。やっぱり王女のお姉さんは可愛いな~。

 

「……どうやら元相方の変わったオカマを見かけたようだな。工場を抱えて行ったベッジは奴らに追わせる。さあ、幕は上がってるぞ貴様ら、最高の演技を見せてやろうじゃねぇか」

 

クラハドール参謀がどこまで見通しているのか僕にはさっぱり分からなかったんだけど、その時どこか遠くを見てたんだよね。

 

 

多分遥か彼方を見てたのかも。僕にはそんな気がしたんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ~、めっちゃ眠いやんけ……。

 

 

今、わいがおる場所はこの島のてっぺんもてっぺん、巨大樹の上に乗っかっとる葉っぱの上にさらに突きでとる樹の上。ここでひたすら待ちぼうけや。いや、ちゃうか、別に待っとったわけちゃうもんな。変な奴が来ーへんか見張っとったらほんまに来てもうただけのことや。

 

とにかくや、こうやって待ってんのは眠いっちゅうこっちゃ。せやけど、変な奴の動きもしっかり追っとかなあかんから、ほんまに寝てまうわけにはいかん。変な奴は今どこや? あぁ、まだ動く傘の上か。こうやって見聞色で追うだけってのもな、ほんまかなんな~。ヒマでしょうがないやんけ……。

 

それにや、この島の気候が丁度ええんやな~、昼寝するには。ここは高度もあるし、暑くもないし寒くもない。風は心地ええしな。何やろな~、わいに寝てまえって誰かが言うとんのかな? あ~でも今寝てもうたらハットにどつき回されるやろな~、それは堪忍やわ。

 

これは何かおもろいこと考えるしかないわな~。何かおもろいこと……。

 

そう言えばこの前ローが真夜中船尾甲板おったから、何してんねんって聞いたら眠られへん言うとったな~。眠られへんかったことなんかないから、わいにはよう分からんかったんやけど、まあ酒でも飲めや~言うて飲ませたんやけどまったく眠る気になれんってことで……。丁度、カールが来よったんやな、確か。あいつは何て言いよったんやったっけ? あぁ~、そうそう眠れん奴は大抵羊の数を数えるらしいんやったな。実際カールも眠れん時は羊を数える言うとった。そもそも羊を数えて眠くなるんっちゅうんがおかしい話やけど、まあそれはええか。で、3人して羊の数数えたわけや。結果、寝たんはカールだけやったな。確か5匹で寝とったな、あいつ。それやったら何でもええやんけ。わいらは1万匹数えても眠くならんかったっちゅうのにな。

 

で、そうそう次にベポが当直から戻って来たんやな。あいつもめっちゃ眠い言うとって、せやけど眠れん時もあるらしくて、そんなとき数を数える言うとったっけ。ただあいつは白クマを数える言うとったな。何で白クマやねんって言いながらも、また3人で白クマの数を数えたわけやけど。ベポは2匹で寝とった。それ数える意味あるんかーい!! わいらはまたアホみたいに1万匹数えてもうて、酒の肴に白クマの数を数えてるんちゃうかってぐらい酒瓶の量だけ減っとったな。

 

で、最後はジョゼフィーヌか。テキーラ寄越せ言うてきたあのアホは、ローが寝られへん言うたら鼻で笑いよってからに、まあ確かにわいも鼻で笑ったかもしれへんけど。テキーラ一気飲みしたあのアホは何て言うたんやったっけ? あ、そうそう、ローなんやからパンの数を数えたらええんちゃうかって言うたんやな。ほんまあのアホは悪い奴やで。よりにもよってローにパンの数を数えろっちゅうんやからな。ところがどっこいや、よっぽど寝たかったんやろな、ローの奴。めちゃくちゃ怖い顔してパンの数を数え始めたんやったな。で、効果が見え始めたんや。ウトウトしよった。けどや、酔っぱらっとったあのアホはローがパンの数を数えた後に100ベリーって付け足し始めよったんやな。おまえはどこまでベリーが好きやねん、このドあほが。

 

パンが1個。100ベリー。パンが2個。200ベリー。

 

って、代金か。しかも、しっかり暗算しとるしな。結局や、寝たんは100万ベリーまで数えよったジョゼフィーヌの方で。ローはまたまた1万個までパンを数えてしもうてたな。あれは不憫やった。不憫やったんやけど、何でやろなめっちゃおもろいのは。

 

 

 

ん? 何や、この気配。めっちゃ懐かしいやんけ……。

 

 

 

「どうも、お久しぶりターリー!! オーバン、あなたは相変わらずですね」

 

声の主を探して見上げたら、洒落た服着た優男が傘片手に枝に突っ立っとった。久しぶりや言われても思い出せへんねんけどな。どこのどいつやねん。せやのに、見聞色の気配では懐かしいって感じてまうのは何でやねん。

 

誰や。誰や。一体どこの誰やって言うねん。

 

「結構探したんですよ。でも中々あなたを見つけだすのは大変タリでしてね。ただ、この前ある手配書が新たに発行されまタリて。阻撃者(ブロッカー)。あなたのことですよね、ターリー!!!」

 

わいが狐に抓まれたような顔しとるんやろな、畳みかけるように奴は話してくるんやけど、まったく思いだせそうにない。

 

銀髪……。

 

「随分と昔の話しタリて、あなたは忘れてしまっているのかもしれませんが………………………………………………………、お前が忘れてるわけないんやけどな、なぁ、せやろ?」

 

 

わいと同じ口調。

 

 

ベルガー島、それよりもさらに昔、東の海(イーストブルー)

 

 

わいの故郷。いや、故郷やった島。戦争で消えてもうた島。

 

 

ヴァスコ……。

 

「ヴァスコ……、お前か? お前なんか? お前、生きとったんやな……」

 

「ああ、せや。タリ・デ・ヴァスコ。やっと思い出したか? このドあほが……。あの日の誓い、忘れてへんやろな」

 

ふざけたタリっちゅう語尾をかなぐり捨ててわいらの故郷の言葉で捲くし立てたヴァスコは、わいがもう必要ないかもしれへんなと思って胸の奥底にほったらかしにしとったもんを無理矢理にも取り出してわいの頭の中の中心に持って来よった。

 

あの日の誓い……。

 

 

お前はまだあれに拘ってんのんか。

 

 

 

わいの眠気はいっぺんに吹き飛び、心はもう既に存在はしていない故郷へと飛んでいった。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

これからどうなるのか、まだ先は長いです。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第44話 日は傾き、幕間まで1時間

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

大変お待たせしておりました。

今回は13000字ほど。

よろしければどうぞ!!



偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

私がやらなければいけないこと。それは人を探すこと。そして、その人を追い掛けること。何とか足止めすること。場合によっては戦うこと、……なのかな。

 

 

 

元パートナーらしき人物との、何も聞こえなかったことにして何も感じなかったことにした思いもよらないすれ違いを後にして、カール君を見つけだすことに成功した私はそこでさらなる思いがけない再会を果たすことになってしまった。かつての同僚、いいえ敵。我が祖国を脅かしていた者たち。顔を見ても何も感じないなんてことが出来るほど私は器用には育ってないけれど、だからと言って憎しみの気持ちが湧きだしてくるほど執念深い人間にも私は育ってはいないみたい。クラハドールと呼ばれる執事さんによれば脅して利用するようだけど、まあいいんじゃないかな、ぐらいに思ってしまう気持ちは存在する。これぐらいは人として健全であると思いたい。

 

もう終わったことだ。無かったことには勿論出来ないけれど、あの戦いは確かに終わりを迎えたことである。私の戦いは、私の祖国の新たな戦いは始まっている。相手はドンキホーテ・ドフラミンゴ、新世界はドレスローザ王国国王にして王下七武海の海賊。強大な敵であることは分かり切っているが、私の心の中にある大切な仲間と共に過ごした日々を思い返せば何のことはない。きっと彼らなら常と変わらず立ち向かっていくことだろう。だから私もそうするまでだ。私がお世話になるネルソン商会の人たちについてはまだよく分かってないのだけれどもそんなことは大した問題ではない。

 

なぜならこれは私の問題なのだから。

 

ネルソン商会では皆一様にして契約を結ぶとヒナさんから聞いている。契約を結ぶことによって私は私の目的を成就させる。代わりに私もネルソン商会のために出来ることをすればいい。そして、私が今回早速にもやらなければならないことは私が出来ることであるはずだ、多分。

 

 

カルーの背に揺られながら駆け抜けている道。キューカ島の北側はホテルや飲食店、レジャー施設が林立している南側と違って手つかずの自然がそのまま残されているようだ。それを楽しむということなのだろう。

 

今ゆく道の正面左側にはなだらかに広がる草原の向こう側に海が広がっている。吹きつける海風が潮の香りを届けてきており実に心地良い。思わず私はカルーの背中に手を添えて止まるように合図を出す。太陽は西に傾きつつあり、きらきらとした光を青々とした海原は返している。

 

「…………ふぅ~~っ。気持ち良いね、ね、カルー」

 

「クエーッ!!」

 

軽く伸びをしながら同意を求める私の言葉に対してカルーは快い返事を返してくれる。

 

 

そこで不意に聞こえてくる声。

 

ん? 何だろう? 私に言ってるのかな。

 

 

私は悪魔の実の能力者である。それはモシモシの能力。聞くことに秀でたこの能力を以てして私は綺麗な眺めと心地良い風に揺られながらもこの島全域に聞き耳を立てている。少なくともネルソン商会の人たちが発する声に対しては。

 

~「おい、聞こえてるか? ビビ言うたっけ、新しく入ったんは……。……お前、まだおったんかーっ!! さっさと行けや、ドあほがーっ!!! ……すまんな、こっちの話や。クラドルから話聞いてな、追ってる奴の場所教えたれって言いよるから……。ほんまにこんなんで伝わるんか? まあ、ええか。あのギャングみたいな奴の位置はやな…………」~

 

取り敢えず、変な人。

 

声を聞いて私は笑ってしまいそうになる。クラドルって誰? って一瞬考えながらも、あの執事さんねと思い至り、探すべき相手の場所を脳内でもう一度反芻(はんすう)して、

 

「カルー、行きましょう。もうすぐ近くにいるわ」

 

先へと向かう。私の能力のこの場での欠点があるとすれば、情報の伝達が一方通行であるということだろう。私は情報を受け取ることが出来るが、受け取ったことを相手に伝えることは出来ないのだ。

 

でも、変な人が相手だからまあいいか、とも思えてしまう。

 

 

 

 

 

島の北へと抜けて移動するパラソルの終着点。そこはこじんまりとした広場になっており、幾つかの商店とカフェが円を描くようにして軒を連ねていた。広場の中央にてカルーに身を預けたままフラッグガーランドを高いところからスイスイと下降してくる色とりどりのパラソルに目を凝らす。

 

オレンジ色をしたパラソル。それに乗っている人物が探している人相と一致している。小太りで、葉巻を銜えていて、ハット帽を被っていて……、うん、間違いない。

 

もう間もなくオレンジ色をしたパラソルは地上に降り立とうとしている。後を尾けるべくカルーにそっと手を触れて移動するように合図を出せば、ゆっくりと動き出す我が相棒。まずは尾行するので勿論乗降場で待ち受けたりはしない。少しだけ離れた場所でそっと様子を窺うつもりである。広場は島の南側の様に人でごった返しているわけではないが、かと言って誰もいないわけでもない。広場はオープンカフェになっていてコーヒー片手に談笑している人たちが存在するし、観光案内のようなものを掲示しているボードが幾つか置かれていて何やら相談している人たちも存在する。だったら、黄色いカルガモに乗って誰かを待っている女の姿っていうのも何ら不自然ではないはずだ。ほら、掲示板に貼られている手配書を眺めている私なんかよりもっと怪しい人も存在している。背中に3と大書されたパーカーを着ていてフードまで被っている怪しい人間。それにしても3って……、センスが無いにも程があるというものだ。

 

「……こんな所にも貼られているガネ」

 

そうよね。こんなところでも手配書って貼ってあるのよね。海軍も大変だな~って思ってしまうわよね~。

 

「クエッ!」

 

「ん? 何、カルー、どうしたの?」

 

他人が語る手配書への感想に対して心の中で相槌を打っていたところへ、カルーの鋭い声がして私はカルーが首を動かした先へと視線を移してみれば、向こうもカルーの声に反応したのだろう。顔をこちらへと向けてきておりよく見てみれば、

 

「貴様は…………」

 

3になっている頭髪をフードで必死に隠しているMr.3であった。

 

この世にはこんな言葉がある。二度あることは三度あると……。

 

本当に三度あった……、って関心している場合ではない。

 

もう私たちの関係性はすっかり変わってしまっているので、私が逃げる必要などはないのだが、思わず逃げようとしていた自分が存在していたのは確かだ。長年の条件反射というものは恐ろしい。じゃあ捕まえる必要はあるのか、追い掛ける必要はあるのかと言えばその必要性もない。要は何もする必要はないのだ。とはいえ、ご丁寧に挨拶する気にはなれないけれど……。

 

「……アラバスタの小娘だガネ」

 

じゃあMr.3はどうだろうか? 私を捕まえる? もう捕まえる理由なんてない。じゃあ逃げ出す? うーん、逃げ出す理由もないよね。

 

「こんなところで何をしているガネ」

 

結局Mr.3が選択をしたのは質問をするということだった。

 

「あなたこそこんなところで何を……」

 

と言いかけて掲示板に貼られている手配書を見て察してしまった。それはMr.3自身の手配書であった。逃げているわけだ。なぜならこの島には現在拳骨のガープ中将が来ているから。

 

……で、私は何をしているのだっけ……、って、不味いかも。私たち今目立ってしまっている可能性が……。

 

パラソルの乗降場へと視線を移してみれば、目的の人物としっかりと視線が合ってしまう。そこから読み取れる表情は警戒心。それも塊のような警戒心そのもの。

 

不味い、本当に不味いかも……。

 

相手の警戒心を和らげさせるものがあるとすればそれは単に笑顔であろう。だから私は笑顔を向けてみる。けれども、返って来た答えは、

 

「アラバスタだと……、なるほど、王女のビビか。それがなぜここにいる」

 

最悪とも言えるようなもの。居るはずのない人間が居るということはそれだけで疑うべき理由となる。そして、この世にはこんな言葉も存在している。

 

疑わしきは罰せよ。

 

どういう脳内思考回路を辿って目の前の人物がその結論に至ったのかは定かではないけれど、とにかく心に引っ掛かるものがあったということなのだろう。

 

気付けば、目の前の人物から俄かには信じ難いことが起きていた。

 

ギャングの様な姿をしている相手が能力者であることも、どういう能力であるかも軽くレクチャーは受けてはいた。けれども、話に聞くのと実際にそれを見るのとでは雲泥の差が存在していた。

 

一人だと思っていた相手が一瞬で十数人に膨れ上がり、私は気付けば囲まれてしまっている。正確には私ではなくて私たちだ。その中にはどうでもいいけどMr.3も含まれている。

 

「……現状把握……出来んガネ」

 

情報量が少なすぎるからなのか、さしもの無駄に知力が高いMr.3をもってしても今の現状を理解するには至ってないみたい。まあとばっちりに過ぎないことは分かっているだろうから気にしない。

 

そんなことよりも今気にしないといけないのは私たちに向けられている人数分以上はある銃口の数だ。戦闘が得意だなんてまだ今の私からは口が裂けても言えないけれども、当然ながらこんな所で死ぬ気もない。相手は銃の引き金に指を掛けていてやる気マンマンだけど……。

 

「カルー!」

 

「クーエ!」

 

相棒の名を呼び親指でそっと触れる。それが私たちの戦闘合図のひとつ。と同時にモシモシの能力は対峙する十数人の指の骨の動きを音として拾うことに成功しており、両の親指に“孔雀の羽根飾り”を装着。

 

 

カルーと共に動く。

 

 

私と言う一点に向けて収斂される一斉射撃。

 

 

でも、

 

 

孔雀(クジャッキー)スラッシャー」

 

 

私たちの方が早い。

 

煌めく刃は回転を加えることで鋭利さを増し、カルーの移動スピードを加えれば相手を寸分違わず切り刻む。刹那の時間を駆け抜けて元の場所に戻ってみれば私たちを囲んでいた十数人の姿はぐったり倒れ込むものへと変わっており、変わっていないのは悠然と葉巻の煙を上へ上へと立ち昇らせている男と必死に考えを巡らしすぎて動けなかったと見受けられる悠然とは程遠いMr.3だけであった。

 

これで相手に伝わることは私が全く戦えない小娘ではないということ。つまりは並の部下を差し向けても意味はないということ。そうなると相手が次に打って来る手は当然自らということになる。でもその領域で今の私が戦うことは無理。だったらやることはひとつ。足止めすること。相手が食いついてきそうな餌を撒いてやらないといけない。

 

ベッジと言う名のギャングのような海賊が自らの能力を解き放とうと自身内部で蠢いている音がうるさい位に聞こえてくる。私の能力は否が応でもその音を拾えてしまう。あの大砲の一斉掃射を止める術を私は持ち合わせていない。一瞬早く動けたとしても躱せはしない。

 

今私がしなければならないこと。それは演じること。はったりをかますこと。

 

カルーの背から飛び降りた私は右手を前に翳し、

 

「待って。我々は取引……、が出来るはず」

 

言葉を紡いでいく。敢えて取引という言葉に何かしら含みを持たせるように見せかけて……。この言葉に食いつきを見せるかどうかは出たとこ勝負。

 

刹那の瞬間瞬間が永劫にも感じられてしまう緊迫がこの場を支配する中、

 

「………………待て。………………」

 

勝負に勝った私は内心の興奮を無理矢理抑え込みつつも相手の黙して語らない口ほどに物を言っている視線が続きを促しているとみて、

 

「ネルソン商会と言う闇商人がこの島に上陸している。私は現在彼らの名代を務めていてな。彼らはお前たちがこの島から持ち出そうとしているものに大層興味を示しているのだ。彼らは太っ腹だ。それ相応の対価を払う用意もしている。今この場には居ないが後ほど彼らも姿を見せるはずだ。どうだろうか? 私たちの話を聞いてみる気はないか」

 

王族にありがちな上から目線の口調を少しばかり漂わせて話をしてみる。狙いとしてはバカだと思わせること。金の力を見せれば己の地位を振りかざせばこの世は思い通りになると信じている人間であるかのように感じさせること。手玉に取れると思わせること。

 

まるで悩みなどないかのような柔和な笑顔を心掛けてみる。

 

 

自分の顔に穴が開くのではないかと思わされるほどに暫し見詰められた後に相手の視線が横にずれる。その視線の先に居るのはいまだ事態を把握しているのかどうか定かではないMr.3。いいえ、こいつも無駄に頭は回るわけだからもしかしたら事態を把握しているのかもしれない。ある程度までは。取り敢えずベッジが物申したいのはこいつは誰だっていうことだろう。

 

「ああ、こいつは私の付き人だ。3番目のな。我がネフェルタリ家は代々このようにしているのだ。わかりやすくするためにな」

 

咄嗟の思いつきで自分の付き人ということにしてしまう。独創的な髪形の補足事項も加えて。

 

「ビビ様をお世話するのが私めの仕事。どうぞお見知りおき下さいませだガネ」

 

そして、3そのものである私の臨時付き人は無駄に世渡り上手でもあった。長いものに巻かれる、その場の流れに違和感なく溶け込む力には一種の才能さえ感じられてしまうほどだ。どこまで行っても無駄ではあるが……。

 

 

「いいだろう。俺の城に案内しよう」

 

葉巻を燻らせるベッジはどうやら決断したようだ。

 

私の本当の狙いはベッジの城の中に入り込むこと。シロシロの実の能力者である城人間が目的のものを己の体内に取り込んでいるのであればそこに入りこまない限り何も始まりはしない。さらに後ほどやって来るネルソン商会の誰かを招待させれば事は成ったも同然。

 

 

クラハドールと呼ばれる執事は詳細な脚本までは示してはくれなかった。土壇場になってこれだけの筋書きを描けたのだから私は十分以上にやったと思いたい。

 

飛んで火に入るなんとやら、まな板の上の魚になりに行くようなものであり、結果は蓋を開けてみるまで分かりはしないが、ベッジの城へと入って行く前にカルーを優しく撫でてやるぐらいの余裕はあったみたい。

 

 

カルー、行きましょう。3をおまけに連れてね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~「まもなく幕間に入る。ジャスト1時間、場を繋げろ。代役は既にスタンバイしている」~

 

クラハドールからの小電伝虫による連絡を受けて俺たちのこの場での方針は固まった。

 

ひたすらに時間を稼ぐ。その一点に尽きる。

 

幕間に入るってのは一旦四商海(ししょうかい)加入の件を詰めるために集合するってことだろう。そのために俺たちの代わりに相手をする奴らをスタンバイさせているってことだ。それが誰なのかは皆目見当も付かねぇが……。

 

「聞いてたか? 今の話」

 

「ええ。あと1時間ここで何とかするってことでしょ。向こうは結構本気みたいだし、どうなるかは分かんないけどね~」

 

「1時間だ。やるしかねぇ」

 

ジョゼフィーヌさんと現状を共有し、対峙しなければならない相手を見据える。現在時刻は手元の懐中時計によれば16時過ぎ。太陽は西へと傾いており、赤とオレンジの色味がこの場を支配しつつある時刻。

 

 

本気を出す前のルーティーンなのか掌と拳を打ち合わせている拳骨屋。

 

「ほら、来るわよ。相手はさっきと同じね。あんたの相手はあの(ジジイ)……」

 

ジョゼフィーヌさんの言葉を皆まで聞かないうちに拳骨屋が動く。

 

 

次の瞬間には奴の拳が目と鼻の先に存在しており、回避する隙など与えられるはずもなく衝撃と言うには足らないくらいの一撃が脳内の意識を刈り取るか刈り取らないギリギリのところを掠めゆき、辛うじて己の身体がとんでもないスピードで後方へと吹き飛ばされているのが分かる。

 

だが、拳骨屋が直ぐ様にも上方に位置しているのが気配で伝わってきてやがる。俺が吹き飛ばされるのと全く同じスピードで奴は跳んでおり、繰り出されるのは徹底しての拳。

 

「拳骨 隕石落下(メテオフォール)

 

鉄槌のようにして振り下ろされる拳はまるで上空より落下してくる隕石のようなスピードを伴ってやって来るが意識の全てを総動員して、

 

「シャンブルズ」

 

吹き飛ばされつつも己の位置を入れ替えてゆく。場所は拳骨屋のさらなる上方、暢気にも俺たちの死のやり取りを眺めながら飛んでいた一羽の鳥を無理矢理にも巻き込んで拳骨屋の拳に対する生贄とする。悪いがこっちも必死だ。何とか1時間生き残るために。拳骨屋は本気も本気だ。目的のために手段を選んできていない。否、この場合は目的のために最適の手段を選んできていると言った方がいいのか。

 

とにかく慈悲がないのだ。相手に対する容赦というものが一切存在していない。

 

空中で浮遊するという術を持たない俺の身体は重力に身を任せて急速に下降していく中で、

 

「強制徴募だけはごめんだぜ。注射(インジェクション)ショット “ギフト”」

 

鬼哭(きこく)を鞘から抜き出し拳骨屋の背中目掛けて一直線に突き刺してゆく。

 

のだが、どうしても見聞色で奴に先を行かれてしまう。奴は後ろに目でもあるかのようにしてドンピシャのタイミングで中空にてこちらへと振り返り、武装色の王気を纏った妖刀の切っ先を拳で受け止めて見せるわけだ。奴の拳は何物をも貫かんとする矛ともなり、何物をも防がんとする盾ともなり得る。拳ひとつで突きの一撃を止められたということは奴の拳が尋常ならざるものという証左に他ならず。武装色がどこまでの領域に到達しているかなど考えたくもねぇ。

 

「この拳ひとつで何十年も渡りあってきたんじゃ、そうそう貴様のような小僧に破られるわけにはいかんな」

 

拳で一撃を防がれると同時に飛び出してくるのは奴の蹴り。拳しか繰り出してこなかった奴が繰り出してきた蹴り。それはボスやジョゼフィーヌさんがよく使っている嵐脚(ランキャク)と呼ばれる体技そのものであり、蹴りというよりも斬撃と呼んだ方が表現としては正しいそれはまたしても俺の頭を寸分違わず狙い定めている。見聞色で先を行かれている以上、回避は既に手遅れ。あとは如何にしてダメージを最小限にして吹き飛ばされるかしか考える余地は存在していない。

 

脳天を何重にも駆け抜けるような衝撃を蹴撃によって叩き込まれながらさらなる上空へと吹き飛ばされ思わず考え込まざるを得ない。

 

こんな調子で1時間もたせることなど可能なのかと。これでは10分でもかなり危うい。ジョゼフィーヌさんの様子にまで心を配るなどという余裕は既に存在していない。これは全力で拳骨屋と向き合わなければ確実に強制徴募されるという未来が待っていることだろう。

 

だが下手に能力と覇気を一気に使い過ぎれば後半もたないことは自明の理だ。

 

ここは何とか耐えるしかねぇな。

 

 

 

 

 

俺は何度ギリギリのところを耐え凌いでいるんだろうか? 思い出そうとしても埒が明かないくらいの回数を重ねているのは確かだ。ここで言うギリギリの意味は死なない程度と言う意味であり、裏を返せばあと何かひと押しがあれば死んでいてもおかしくないというものである。よってまだ強制徴募されずにいるというのは奇跡に近い。

 

ジョゼフィーヌさんもギリギリで踏みとどまっているようだ。否、こちらは踏みとどまらされていると言った方が的確かもしれない。相手は同じく剣の使い手である海軍本部大佐。覇気も操る相手であるが勝てない相手ではないはずである。それでも均衡が崩れないのは相手が間合いをコントロールする達人であるということだろう。なかなか居合を繰り出す間合いを作らせて貰えないのだ。故に戦いは基本接近戦となり均衡してしまうというわけである。だがそれは好都合でもある。均衡させるという部分で時間をしっかり稼げているわけであるから。

 

問題は俺の方だ。既に身体はボロボロ。全身至るところから流している血は止まる気配など全くない。多分に骨も何本かはイってしまっているだろう。とはいえ、そんな犠牲を払いつつも時間を稼いでいるのも確かだ。少なくない犠牲ではあるが強制徴募されるよりかはましである。

 

時刻は17時少し前、そろそろ1時間が経とうとしている。とんでもねぇことだな。

 

だが、あと一発でかいのを叩き込まれればそこで終わってしまう可能性が高い。自分の身体の状態は自分自身が一番よく分かっているつもりだ。

 

やるなら今だ。今をおいて他にはない。

 

「小僧は体力だけが取り柄じゃろうて、そんな体ではもう先は見えておるぞ。大人しく捕まるんじゃな」

 

伊達に歳を食っているわけではないらしい(ジジイ)の見立ては忌々しいほどに正しい。

 

「それが老いるってことだろ。人を見てくれだけで判断するようになれば人生の終わりは近い」

 

(ジジイ)に憎まれ口を叩き返してやりながら、一拍置いて放つは、

 

Unit(ユニット)

 

Roomという俺の執刀領域内に張るさらなる(サークル)。それは全能をこの世に具現化する“集中治療域”。

 

「タクト “オーケストラ”」

 

領域内に存在するもの、道を成している敷石、道端に生えている雑草、オープンカフェのテーブルとチェア。一切合財を空中に浮遊させ、

 

白血球化(ロイコツィート)

 

まるで血管内へと侵入してきた異物を攻撃する存在のように攻撃意思を植え付けてゆく。さしずめUnit内は血管というわけだ。そしてここで言う異物とは勿論拳骨屋である。

 

収束協奏曲(C・コンツェルト)

 

領域内のあらゆるものが凶器となりある一点へと襲いかかる。ひとつひとつが武装色マイナスの効果を持って襲いかかるわけだ。道の敷石は砲丸のようにして、雑草は刃のような鋭さを以てして、テーブルとチェアは渾然一体となり兵士の様な趣きを帯びて。一斉に襲い掛かるそれらに対して拳骨屋は拳を打ち合わせ、肘を繰り出し、膝蹴にして叩き潰してゆく。効いているのかいないのかと問われればそれは効いてねぇのかもしれない。だが武装色マイナスは確実に相手に浸透してゆくものである。

 

「俺は自らを剣士だと名乗った覚えはない。王手(チェックメイト) “銀の銃弾(シルバーブレット)”」

 

スーツの内ポケットから取り出すは小型拳銃。一発放てばそれで終了する使い捨て。今の今まで銃を使うことなど一切なかった。これは奇手としてつい最近になって取り入れたもの。よって使う場面は慎重に見極めなければならない代物だ。

 

そして今がその時。

 

放たれた軌道は刹那の瞬間で拳骨屋へと真っ直ぐに向かい胸を穿つ。

 

というわけにはいかないことは分かっちゃあいるが、

 

「わしはお前を剣士などと思ったことはない。何を武器にしようが同じことじゃ。わしはこの拳でしか語ることは出来んのじゃからな。……拳骨世界」

 

とんでもねぇ反撃が返ってくることまでは分かっちゃあいなかった。どれだけ叩き潰そうとも際限なく向かってくる武装色マイナスを纏ったあらゆるものからの攻撃を物ともせず奴は右の拳を地へと打ちつける。

 

その瞬間、爆発的なまでのエネルギーが奴の右拳より放射状に迸り、向かって来ていたあらゆるものを一瞬にして吹き飛ばしつつこちらへと放たれる。明らかに武装色プラスを纏ったエネルギーであり、ボスが繰り出す辺り一面を黒一色にするあの技に近いものだろう。それ故に一歩早く動けたのか、見聞色が少しだけ成長しだしているのかは定かではないが奴の拳が生み出した暴力的なまでのエネルギーが俺を襲う前にシャンブルズを行使出来ていたのは確かである。

 

鬼哭(きこく)を手放し、俺自身は奴の懐へと飛び込んで行き、

 

動脈硬化(アルテリオスクローゼ)

 

拳骨屋の心臓近くの動脈を固まらせてゆく。Unitで出来ること。それは相手の体内に対して微細に干渉してゆくこと。体内から潰してゆくこと。“集中治療領域”とはそういうことだ。体内から潰すこと、それ即ち治療である。

 

治療が効かないという相手はこの世には存在しない。

 

「……くっ、老いた者を苛めるやり方は関心せんぞ」

 

苦痛に顔を歪めながらも吐き出した拳骨屋の言葉が効いている何よりの証拠だ。血の流れが滞り始めているに違いない。だがそれでも奴は腕を動かしてくる。紛うことなき化け物である。

 

動きは同じ。腕を振り上げ右拳を叩き込んでくるもの。だが纏う覇気が違いすぎた。桁がどうこうというレベルを超えている。

 

(それはヤバいわ。避けなきゃダメ)

 

ジョゼフィーヌさんの脳内木霊が駆け抜けて、すかさずシャンブルズを繰り出したことで俺は九死に一生を得たのかもしれない。

 

奴の拳が生み出した一本道を目にしてみれば驚愕しか存在しえない。そこには地の果てまでも続くようなただ何もない一本道が出来上がっていた。その拳の前では何物も存在することを許されないような、大気そのものを、広がる世界そのものを押し潰したようなパワー。間違いなく覇気の最高峰、武装色の最高峰を極めた者にしか繰り出せない技である。

 

だがそれを目の当たりにしたとて、やることは変わりない。手放しておいた鬼哭(きこく)が繰り出す技。

 

死の刀(ステルベン)

 

鬼哭(きこく)は俺の操りに従順な動きを示して武装色のマイナスを纏った一撃を拳骨屋に対して叩き込む。その斬撃は確かに奴の身体に傷を負わせ、ここへ来て初めて奴の武装色の盾を打ち破ることに成功する。

 

「……やりおるな」

 

 

時刻は17時を回り出す。既に原形を留めてはいないこの場所は俺たちの無闇やたらな戦いを前にして人っ子一人居ない状況となっている。日は完全に傾き、最後の輝きに照らし出されている俺たち。

 

 

幕間の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~「お待たせしたでしょうか、総帥殿?」~

 

「……大丈夫だ。助かった」

 

隼のペルが上空に到着したことは起死回生になり得ることであった。鷹の目との零進三退のような攻防で俺はどうしようもなくなりつつあったわけであるから。攻撃を繰り出そうとも防御を破ることはなく、攻撃を受ければ防御をしようともあまり意味はない。時間稼ぎは己の身体次第という状況であったのだ。切り傷の数は凄まじく、流した血の量も凄まじい。それでも辛うじて立っていられるわけであるから、俺も随分と頑丈になってきたものである。

 

「オーバンと連絡を取り合って狙撃の観測役を引き受けてくれ」

 

~「了解しました」~

 

ここからは反転攻勢と行こうではないかというわけである。

 

 

そのためにはまだ一つ駒が足りていない。よって小電伝虫をそのままの状態で繋ぐ先は海。

 

「乗船中の者、取れるか?」

 

~「…………どうしやした、坊ちゃん?」~

 

「ロッコ、お前……()()そこに居たんだな……」

 

~「……フッ、坊ちゃんも言うようになりやしたね」~

 

身体と頭を酷使しすぎたせいで俺は言葉の選択において箍が外れてしまっているらしい。言わなくてもいいことまで言葉にしてしまっている。まあいい、考えるのも面倒くさいことだ。

 

「俺の現在位置。鷹の目の現在位置。分かるよな? 分からないとは言わせないぞ。今どの辺りだ?」

 

~「しっかり把握してやすよ。戦いの状況もね。鷹の目の相手は厄介でやすかい?」~

 

黙れ、という言葉が喉まで出掛かってきたところでなんとか踏みとどまらせることに成功する。上手くいって居なかった状況に対して完全に余裕をなくしているのは確かであり、軽口に付き合えるような心の持ちようを忘れてしまっているようだ。これでは上手く行くものも上手く行きはしないであろう。

 

「お前ほどではないよ」

 

~「……本当に言うようになりやしたよ、坊ちゃん。……キャロネードの準備は出来てやすぜ」~

 

よって皮肉を交えて返すということをやってみる。これでこそ流れを取り戻せるというもの。ロッコは俺がやろうとしていることを全て分かっているはずだ。

 

「任せた」

 

~「了解でやす」~

 

 

 

鷹の目と対峙するこの場はつい先程まで何が存在していたのか思い出せる人間など居ないのではないかというような有り様である。日は完全に傾きを見せており、注がれる光によって描き出されるのは赤とオレンジの輝きと煌めき。

 

クラハドールは幕間の準備が進んでいると言っていた。俺の代わりに鷹の目の相手をする代役を立てているらしい。いずれにせよ四商海(ししょうかい)の件を詰めるために集合しなければならないのは確かだ。ここは我が参謀の手並みを信じるしかない。

 

「貴様はいつになったら答えを出す気になるのだ?」

 

鷹の目から投げ掛けられる言葉から推測するに奴はこの戦いに飽きてきているのかもしれない。さっさと終わらせようとしているのかもしれない。

 

「答えって言うのは急いで出せばいいってものでもないだろう」

 

だとしてもやることは変わらない。

 

さて、始めようではないか。

 

まずは奴を上空へと誘いだす必要がある。言うことを辛うじて聞いてくれている己の身体に何とか浮遊を命じて中空へと駆けだしてゆく。奴の斬撃が追い掛けるようにして飛んでくるがそれを避ける動作は身体が覚え始めているようだ。よってギリギリで当たることはない。俺も随分と成長したもんだと思ってしまいたくなる。

 

誘導する先は先程までの風見鶏の先端。あそこであれば狙撃を狙える位置であろうし、さらには海からの一斉砲撃が効いてくる位置でもある。

 

上空へ上空へと飛び抜けて行く俺を鷹の目は漸く追い掛けるようにして跳躍を開始し、最終的に奴が脚を載せた場所は風を受けて音を鳴らしながら回転する風見鶏の先端。

 

ここまでは上々だ。

 

 

風は落ち着いている。

 

 

今しかない。

 

 

タバコを取り出して銜えこみ、火を点ける。

 

 

それが合図。狼煙である。

 

 

今この瞬間に肺を満たそうとするタバコの味が美味いかどうかと問われればそれは何の味かどうかも分からないと答えることだろう。

 

 

遥か上空より放たれる弾丸。

 

 

武装色を纏ったそれは大気を切り裂き、悠然と剣を構えている男に一直線に向かい胸を穿とうとする。

 

 

勿論直前でそれを察知する鷹の目は中空へと身体を投げ出すが、

 

 

再び襲い掛かるは第二撃。

 

 

第一撃はそのまま地へと向かい爆発を起こしてさらなる大穴を大地に刻み込んでいる間にも第二撃に対して鷹の目は回避の行動を取っている。

 

 

遥か彼方の巨大樹てっぺんより精密狙撃を繰り返しているオーバンもさることながら、それを躱しきっている鷹の目もさるものである。

 

 

だが繰り出される第三撃。

 

 

下方にてそれさえも躱す鷹の目であるのだが、

 

 

さらなる第四撃は別方向からやって来る容赦がないもの。

 

 

海上で波間に身を委ねている船より放たれる鉄の塊。

 

 

必殺のキャロネード砲が放つそれにはロッコの渾身の武装色が纏われており、

 

 

天地を揺るがすその砲撃は大気を割り、大地を揺るがすほどの轟音を奏でる。

 

 

が、同様にして凄まじかったのが鷹の目の動き。

 

 

反転した奴は直ぐ様にして剣を天へと突きだし、斬撃を加えつつもその大剣そのものを以てして巨大なる武装色のうねりを受け止めて見せ、

 

 

天はまさに真っ二つに割れたのだ。

 

 

形容するのがおこがましいようなその光景を目にしつつ、

 

 

俺自身も銃による六連撃を放っていた。

 

 

追跡放物線(トラッキングパラボラ) “黄金比(ゴールデンレシオ)”である。

 

 

オーバンの狙撃によって、ロッコの砲撃によって鷹の目が動ける余地を限定していき、俺の銃撃によってさらにそれを狭めていく。

 

 

放物線を描いた黄金の銃弾に対し、鷹の目はロッコの武装砲撃に対する防御で手一杯であり穿たれていく。それは鷹の目へと突き刺さる初めての攻撃であった。

 

 

そこからだ。

 

 

鷹の目が一閃したのは。

 

 

その一撃には奴の全てが詰まっていると言っても過言ではない。

 

 

繰り出した斬撃は再び大気を割り、まさに目で確認できるほどに割って見せ、

 

 

あの向こうに見える巨大樹へと叩き込まれてゆき、

 

 

まるで手近の木を斬るようにいとも容易く一刀両断にして見せたのである。

 

 

その瞬間は時が止まっているのではないかという錯覚をさせるほのどもの。

 

 

時を止めるほどの一撃。

 

 

ただ、その後に目に飛び込んできたのは轟音と共に倒れゆく巨大樹の姿。樹のてっぺんには建物、構造物も存在していたであろうからその破壊の余波が計り知れないものであるのは確かだ。

 

 

プルプルプルプル……。

 

そんな半ば放心状態の最中に胸ポケットにて震えだす小電伝虫。

 

「なんだ?」

 

そう答えるのが俺にはやっとであった。この瞬間に連絡を寄越してくる相手が誰なのかに思いを馳せることもなくただただ機械的に言葉を返すのが精一杯であった。

 

 

目前で起こっている現実は衝撃的であり、それ以上でも以下でもないものであった。

 

 

~「……坊ちゃん。分かりやすか? この先に待ち受けている戦いってのはこういうことでやす。覇気を極めた者の戦いでやす。……覇気の行きつく先が何と呼ばれているか……、知っていやすか? 新世界を縄張りにする連中はこう呼んでやすよ。神にも匹敵する気配、気合……、神気(じんき)とね。武装色の神気(じんき)を扱える者はこの世に数えるほどしか居やしやせんが……、鷹の目はもちろんその一人でさぁ」~

 

 

ロッコの言葉が頭の中に入って来ているのかどうかも定かではない。巨大樹が倒れていったことによる地響きのような轟音だけが俺の脳内を駆け巡っていた。

 

 

時刻は17時を過ぎて日は完全に傾いており、幕間へのカウントダウンは終わろうとしていたそんな時刻。

 

 

 

これに答えを出せと言われて出せるものかどうか、俺は途方に暮れていたのかもしれない……。

 

 

それでも、地獄の業火を駆け抜ける一本道は存在しているとそう信じたい。

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

まだまだ本当に先は長い。

何とか頑張って参ります。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第45話 俺たちの展望は闇夜にしかない

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

そして、毎度お待たしておりまして申し訳ございません。

今回は12600字ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

あ、(たお)れる……。

 

 

見聞色を極める道を進みつつある私は事が起こるより一瞬早く察知が出来ていた。天地がひっくり返ろうともびくともしないような巨大なる樹がこの世のものとは思えない音を轟かせながら倒れ込んでいく様子を確認できた。倒れ込んでいく先が私たちの方向ではなかったので半分他人事であったが、よくよく考えてみたらあのてっぺんにはオーバンがいるんだった。

 

でも、大丈夫。だってオーバンだもん。

 

飄々として結局傷ひとつありませんでしたという姿しか想像出来ない。

 

巨大樹の倒れ込んだ方向はこの島にひとつだけある灯台の方向。それは確か四商海入りの返答をする場所だったはず。もう一人の七武海に対して。故にさらなるとんでもないことは続く。

 

倒れ込んでいった巨大樹の先が灯台を押し潰そうとしたところで、今度は種類の違う轟音。爆発音。空気が一瞬にして爆発したかのような凄まじい破壊の音。その音の生まれた先に目の焦点を合わせてみれば、無残にも粉々にされてしまっている巨大樹の先。それはもう樹と呼べる代物ではなかった。

 

あの七武海が自らの能力を使ったに違いない。ニキュニキュの能力(ちから)を。巨大なる樹が降り注ごうとするところへ巨大なる大気を弾いてみせて、樹を樹ならざるものにしてしまったに違いない。しかも、巨大樹のてっぺんには建物が築かれていたのだ。七武海が生み出した衝撃波はそれさえも破壊して見せている。

 

おかげで今度はこちらに巨大樹とその上に建っていた建物の残骸が降り注いでこようとしている。

 

「これは死んだかもな……、料理長」

 

ローがぼそっと声に出した内容は大抵の人間であれば同意していたであろう。巨大樹のてっぺんに居たまま巨大樹ごと斬り倒された上に情け容赦のない大気のカウンターを受けているのだ。常人であれば命がいくつあっても足りない状況である。だがオーバンは常人ではない。否、私の方が常人ではないか。どちらかと言えばオーバンは常人に近い方だった。

 

「それでも大丈夫よ、オーバンだもん。毎日おばんざいを作らないと死んでも死にきれないって喚いているあのオーバンよ。今日はまだ作ってないんだから死ねるわけがないわ。まあもし死んでたら食材売り飛ばしたあとで墓ぐらいは作ってあげてもいいけどね」

 

ロー相手なら心にもないことを口にしてみる余裕が生まれてくるというものだ。心にもない? 否、そうとも言えないかもしれない。オーバンがバカみたいに散財した食材を売り飛ばすのはさぞ気持ちがいいことであろうから……。

 

「……それこそ死んでも死にきれねぇだろうよ、料理長は……」

 

「おだまりっ!!」

 

ローのぼそっと加減と私のイライラ指数には相関関係がある。多分比例していることだろう。能力を使いすぎて疲れていることが目に見えて分かるが、だからと言って私にそんな口を利いていいわけではない。己を生かしも殺しもできる会計士に対しての口の利き方と言うものをいつになったらこいつは習得するのだろうか……。

 

「それよりも、あの降り注いで来てる巨大樹の残骸、何とかしなさいよ。疲れててもそれぐらいは出来るでしょ」

 

ローの口の利き方が変わることに期待などしてはいないが、能力には期待しているので頼んでみるわけである。

 

「悪ぃが俺は忙しい……。見ての通りこいつが鳴ってやがる。多分クラハドールの奴だろう。そろそろお呼びが掛かる頃じゃねぇかと思っちゃあいたが……。だからあれは自分でどうにかしてくれ。剣士なんだからどうにか出来んだろ」

 

スーツの内ポケットからローが取り出して見せた小電伝虫は確かに鳴り続けている。小憎たらしい表情を浮かべながら……。

 

ええ、そうよ。私の剣技を以てすればあんな残骸から自分の身を守って見せることなど容易いこと。

 

でも、そう言う問題じゃないでしょと私はここで言いたい。見目麗しきレディのためならば男は率先して守ってくれるものではないのかと。私はもしかしたらレディと呼べるような存在ではないのかもしれないと真剣に考えてしまいそうだ。そういえば、麦わらのクル―の一人にはレディと呼ばれたような気がするが、あれはあれで問題外である。下品が過ぎる。品がないというのは実に許し難い。

 

許し難いといえばクラハドール……。あとで絶対にとっちめてやる。会計士は参謀よりも執事よりも絶対に偉いはずだ。

 

 

こんなことをいつまでも考えていても仕方がない。巨大樹の残骸は今にも私の頭上に落ちようと急速に向かって来ている。否、私だけではない。この場に居る全員に向かって巨大樹の残骸は等しく降り注ごうとしている。先程まで拳と剣を交え合っていた相手、海軍にもだ。本部中将のガープ、その副官である剣士も降り注ごうとしている残骸を何とかしようと動いている。おかげで私たちの“海兵にされないための戦い”は一時中断となっているわけであるが……。

 

さて、私も自分の身は自分で守らなくてはならない。ローが言ったみたいに……。

 

残骸が大地へと到達するタイミングに居合の一撃のタイミングを合わせる。要はタイミングの問題でしかない。見聞色を極めつつある私にはお茶の子さいさいである。

 

この世の全てには気が存在している。それに思いを馳せ、自らの気を極限まで高めてゆけば掴むことが出来る。

 

ここだ……。

 

 

ほら、出来た。

 

今この時というタイミングで抜刀してみれば、花道(はなみち)が作り出す斬撃は寸分違わず巨大樹の残骸を切り裂いてゆく。そこからの絶え間ない連撃。右に左に左に右に前に後に動いて刀を捌ききり降り注ぎ続ける巨大樹の残骸から己の身を守り抜くのだ。

 

そして、スコールの様な残骸の雨をやり過ごしてみれば、同じように拳や剣を駆使してやり過ごした者たちの姿が見て取れる。能力を使って片手間でやり過ごしながら小電伝虫との会話を続けていた者もいるが。

 

「……ああ、分かった。その3人組の内二人をこっちに女一人をボスの所にやればいいんだな。……オカマ? オカマって何だ? そいつもここに連れて来る必要があるのか? ああ分かった。正直、出たとこ勝負としか俺には思えねぇが……。お前が言うように上手く行けばいいがな……」

 

どうやらクラハドールによってローは能力による移動を求められているらしい。それも複数の人間を一気に移動させることをだ。幕間に入るとはそういうことなのだろう。

 

「ジョゼフィーヌさん、あんたも手伝ってくれ。さすがにオカマの気配ってのがよく分かんねぇ……」

 

私の見聞色に同期させてクラハドールの言うオカマの気配を教えてくれってことなんだろう。オカマ、オカマってオカマがそんなに大事なことになるのだろうか? 私もよく分からないけど……。

 

「はいはい、手伝えばいいのね。オカマ、オカマと……」

 

取り敢えずオカマ探しには協力することにした。

 

 

 

 

 

ローの能力を行使して島全体を舞台にした交換移動に協力してみた結果、私たちの前には突如としておさげ髪の女の子とドレッドヘアの男が現れていた。

 

「なんじゃ、お前らは」

 

降り注ぐ巨大樹の残骸を拳ひとつで叩き落とした後でもまるで疲れたそぶりなど見せずに、ガープ中将はこの場に現れた新参者に対して問い質して見せている。

 

「……え、ここどこ?」

 

「……っておい、海軍じゃねぇか」

 

勝手に連れて来られた二人は当然のようにして今の状況を分かってないみたいだったが、分かりやすいものを見つけだして直ぐ様に恐れを成している。

 

「中将、先日ヒナ大佐より報告がありました。バロックワークスの残党です。追加手配されておりますがいかが致しましょうか」

 

「ボガード、聞くまでもないわい。手配されておるんなら捕まえるまでじゃ」

 

とんとん拍子で私たちの身代わりの話は進んでいるが、どう考えてもこの二人が私たちのようにとんでもない(ジジイ)とその副官相手に粘れるとは到底思えない。直ぐにでも捕まってしまうのであれば身代わりの意味を成さないが果たして……。

 

「小僧が二人から四人に代わったからとやることは変わらん。さて、まずはお前らからじゃな」

 

(ジジイ)の両の拳は早速にも新参者男女へと同時に向かっている。

 

「ジョゼフィーヌさん、今だ」

 

ローの声に呼び覚まされるようにして私の見聞色は深いところまで発動し、あらかじめ探し出しておいたオカマの気配の正確な位置取りを同期しているローへと伝えてゆく。

 

「シャンブルズ」

 

その言葉と共に現れるは性別不詳の人物。まさにオカマ。

 

「ジョ~~~ダンじゃな―――いわよ―――――う!!! 誰? タコパの時間の邪魔したのハァ―――!!! 食いそびれちゃったじゃな―――いのよ―――――う!!! あら? 塗り絵ちゃんにボムちゃんじゃな―――い!!! ヒサ!! って、海軍!? あんた達があちしのタコパの時間の邪魔したってわけなの―――う!!! それに、あちしのダチに手ェ出そうとしてんじゃな―――いわよ―――――う!!!」

 

オカマというのは煩いものらしい。だがその煩さそのままにガープの(ジジイ)に立ち向かって行ってくれている。(ジジイ)の拳とオカマの脚が激しくぶつかり合う。

 

実に好都合な展開。これを狙っていたわけか。

 

「ほう、良い蹴りをしておるな。どこのどいつか知らんが……、どれ、貴様も海兵になりはせんか」

 

どうやら(ジジイ)もオカマの蹴りを大層気に入ったようだ。こんなに好都合な展開が進んで本当にいいのかしらっていう具合に素晴らしい。

 

「ジョ~~~ダンじゃな―――いわよ―――――う!!! あちしの脚はバレエをするためにあるのよ―――――う!!! 海兵やるためにあるんじゃな―――いのよ―――――う!!! 見せてあげるわ、あちしのオ~~~カマ(ウェイ)!!! 」

 

オカマが(ジジイ)との取っ組み合いに向かう中で、自然におさげ髪の女の子とドレッドヘアーの男も副官剣士と向き合いつつある。

 

「頃合いだ。行こう、ジョゼフィーヌさん。俺たちが何もしなくても勝手になるようになってる」

 

全く以てローの言う通りだ。

 

「そうね。行きましょう」

 

「じゃあな、お前たち。身代わり恩に着るよ。……シャンブルズ」

 

「……なに――――――っ!!!!!」

 

ローが放った最後の言葉の後に盛大なる突っ込みの言葉が聞こえたような気がするが多分気のせいだろう。

 

こうして私たちはとんでもない(ジジイ)である拳骨のガープの相手をオカマとその仲間たちに委ねて暫しのとんずらに成功したのである。私も去り際にはちゃんと感謝の言葉を残してきたのだ。

 

頑張ってくださ―――――い!!

 

我ながら素晴らしい言葉を残してきたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鷹の目による圧倒的な一撃によってこの島のシンボルであったであろう巨大樹は一刀両断の憂き目となった。その余波により大量の残骸がこの場に降り注いで来たわけであるが、既に瓦礫の山と沢山のクレーターが同居する場と化していたことを思えば大した影響はないように思われる。ただ、これだけ大量の残骸が降り注いで来たのは鷹の目一人が要因なのではなく、もう一人の七武海であるくまが助太刀だと言わんばかりに衝撃波を加えてきたということもあるのだが。

 

まあ、そのおかげであの灯台は潰される運命にあったところを逃れられたわけであり、俺たちが四商海入りの諾否を伝えるための場所が瓦礫の山とならずに済んだわけなのだから良しとせねばなるまい。

 

 

それよりも問題なのは役者が二人ばかり増えたことだ。否、問題と言うわけではないな。どちらかと言えば問題に対する答えがやって来たようなものである。俺と鷹の目、時々ロッコだった空間に現れた二人はクラハドールが言う通り俺の身代わりとしては十分以上であった。

 

最初の一人がやって来た時には全く以てして意味が分からないものであったが……。

 

この場にやって来た最初の一人。そいつは突如としてこの場に姿を現した。多分にローの交換移動能力によるものであるのは明らかであった。だが、やって来たのは女。レモン柄のワンピースを着て、これまたレモン柄の傘を手に持つ姿は場違い以上でも以下でもない。なぜならここはキューカ島と言えども既にキューカ感など欠片程も存在していない斬撃飛び交う戦いの場所である。

 

故に俺は当然ながら文句を言ったわけだ。この舞台の脚本とさらにはキャスティングまで担当している我が参謀に対して。だが、返って来た答えは、見てれば分かるの一点張り。

 

確かにその女はキューカ島に相応しい恰好のまま強大なる神気(じんき)を纏った一撃を放っても泰然自若としている鷹の目に対して挑もうとしていた。果敢に挑発していた。

 

とはいえ、顔は今にも泣きだしそうなもの。むしろ、もう泣いていると言ってもいい。戦おうとしているのだが、そこに感情は籠っておらず、全力で戦いを拒否しているのがありありと漏れ出して来ているのだった。

 

これでは幾らヒマとはいえ鷹の目も刃を向けようなどとは思わないであろうが、それでもやる気らしい。さすがに天下の黒刀を構えはしないが、首から下げている十字架のネックレスが実は短刀なようで、それを構えていた。もしかしたらよっぽどヒマなのかもしれない。

 

対するレモン女は気の毒なまでに腰が引けており、勝負になるならない以前の問題であった。

 

そんな期待外れの舞台進行に彩りを加える役者が現れたのがつい先程。そいつは一人目とは打って変わってローの能力ではなく自らの足と意思によってこの場に姿を見せて来たのだ。

 

「傘を手にする者は須らく守られる存在でタリ。この世の傘を愛する全ての者は須らく守られる存在でタリ。誰がタリて……、それは私。お待たせしましターリー!!! お嬢さん」

 

こちらまで恥ずかしくなってしまうような口上文句と共に現れた者。あいつである。先程あのホテルにてタリ・デ・ヴァスコと名乗った者。

 

このキャスティングに特に不満があったわけではないが、正直言って付いていくことが出来ず、と言うか全く以て意味が分からず、我が参謀の音声解説が是が非でも必要であると判断して再び俺の手は小電伝虫を掴んでいた。

 

我が参謀曰く、

 

タリ・デ・ヴァスコは世界傘協会の会長も務めているらしい。その協会は傘をこよなく愛する者のために存在している組織ということであり、そんな組織の会長であれば傘を肌身離さず持ち歩く者のピンチには必ず駆けつけるであろうということであった。

 

一体どこの正義の味方だ……、それは。

 

俺には到底理解出来そうもない。そもそもこの女は傘をこよなく愛しているのではなくてレモンをこよなく愛しているのではないのかという至極尤もだと思われる疑問が湧いてくるが、そこは敢えて突っ込まない方がいいんだろう。助けられる相手さえもがなぜ自分が助けられるのかが分かって無さそうだとしてもだ。傘持つ者に対する正義の味方は助ける気マンマンなわけであるのだから、好きにさせてやればいい。

 

「ジュラキュール・ミホーク、お目にかかれて光栄ターリー!! 私はタリ・デ・ヴァスコと申す者、以後お見知りおきを、ターリー!! 申し上げた通り、私は傘を持つ者を手助けするのが使命タリて、いざ、お相手(つかまつ)りターリー!!」

 

「意味が解らぬ道理であるが、よかろう。そもそも俺に道理がないのでな。ヒマが潰せればそれでいい」

 

全く以て好きにさせてやればいい展開である。このタリタリした奴は傘術師(さんじゅつし)ということらしい。能力者というわけでもなく、傘を武器として戦うわけだ。多分に覇気使い。しかも纏う気配は王気(おうき)以上。中々興味深いものがある。剣士相手に傘を使ってどう戦おうというんだろうか。

 

だが、それを見ている場合ではないというのも確かなことだ。こいつは俺の身代わりとしてやって来ているのだから。本人にそのつもりは到底無さそうではあるが……。さっさとこの場を後にした方がいい。

 

「ネルソン・ハット、再びのお目見え、誠に光栄ターリー!! 私の勇姿をご覧頂けるとは恐悦至極タリて、傘術極まれタリなところをお見せしタリ。今宵には我が演目も控えタリては、どうか…………」

 

タリタリした奴の言葉を最後まで聞かせることなくローが交換移動能力を行使してくれたのは実に見事であった。

 

いい仕事をしてくれるじゃないか。

 

ああもタリにタリを重ねてタリタリされても返事に困るというものだ。

 

 

こうして俺は鷹の目から暫し離れることに成功したわけであるが、

 

去り際に背筋を凍りつかせるほどの殺気を纏った視線を送られたことが、

 

このままでは終わるはずがないことを如実に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日は完全に傾き、空一面に渡って深いまでの蒼が広がりを見せている時刻。彼方には赤い世界でもあるかの様にして日の最後の輝きが横へと連なっている。

 

そんな美しい時間帯に俺たちがローの交換移動能力の行使によって各々移動した先は島の外れにあるパラソルカフェ。この島において空中を縦横無尽に駆け巡っているパラソルはシンボルと言っても良さそうであるので、中心部にあってこそのような佇まいを見せる建物であるが、店主の意向なのか外れにひっそりと建っていた。外観は巨大なカバン掛けのそれぞれ掛ける先端部分に大きなパラソルが逆さに吊るされている状態。そんな風変わりなカフェの吊るされたパラソル個室に俺たちは集まっていた。

 

空中に浮いているようで浮いていないような独特の浮遊感漂う空間。コーヒー片手にひと心地ついたところで、俺たちのこの先を決定させる大事なミーティングは始まりを迎えた。

 

「私としてはバカなんじゃないかと思ってるそもそもの疑問を口にしてみていい? これ回答期限が深夜0時ってことだけど、そこまで引っ張る意味なんかあるの? さっさと答え出しておさらばしてしまえばいいじゃない」

 

それぞれがそれぞれの相手とのやりとりを詳しく説明したところでジョゼフィーヌが口にした疑問は尤もなことなんだが……。

 

「……確かにそうなんだが、鷹の目と対峙した時点でそれは無理な話だ。奴がそれを許してくれそうもない。なんだかんだで岬の灯台に到達するのは時間ギリギリになるだろう」                       

 

鷹の目とのやりとりはまさに命懸けであった。相手が圧倒的過ぎて逆に危うさが消え去ってしまいそうであったが決してそんなことはない。あれ以上やりあっていれば確実に致命傷以上の深手を負わされているところだ。

 

「兄さんがそう言うならね~」

 

「あんたは大体においてなめすぎだ。醸し出してる雰囲気を排除すりゃ、拳骨屋もかなりヤベェ相手だったじゃねぇか」

 

「そうかしら? ただのめんどくさい(ジジイ)だったじゃない。まあ、あんたは時間制限あるもんね。能力使い過ぎてたし。まあいいわ……、それよりあんたよ、クラハドール!! どうとっちめてやろうかしら、……取り敢えずはあんたが考えてる筋書き全部教えなさいよね……」

 

ジョゼフィーヌの今にも手が出て胸倉掴みかからんばかりの圧力に対して、クラハドールは微塵も動揺した様子を見せていない。何か煩い奴が喚いていると言わんばかりにメガネをくいと上げる動作を挟むだけである。多分にローがジョゼフィーヌを宥めつつ抑え込んでるからなんだろうが……。

 

「執事にも守秘義務と言うものが存在する」

 

「何よ、執事の守秘義務って。守秘義務ってのは会計士の特権なんだからね」

 

「執事は主のために仕事をする。筋書きは主のために存在する。だが、残念ながら貴様は俺の主ではない」

 

「あんた狡いわよ。都合良く執事と参謀を使い分けたりして」

 

「狡いという言葉は貴様にそっくり返させて貰おうか」

 

こんなやり取りを見ているとこいつらの力関係が垣間見えるというものだ。クラハドール>ジョゼフィーヌというところだろうか。これにローを組み込んだ場合どうなるかは難しいところだが、まあどっちでもいいことか。少なくとも俺自身はこの数式の中に組み込まれてはいない。よって(はた)から高みの見物を決め込むことが出来るわけだ。

 

3人の不等号とも等号とも言える関係性を眺めながらカップに手を伸ばす。コーヒーが実に美味い。見上げた先には青色の空。だが、言うところの青空ではない。急速に暗闇と化す前に一瞬だけ披露されるメタリックブルーのような世界。全く以て素晴らしいな……。

 

「……あの、早く本題に入った方が良いんじゃないですか?」

 

恐る恐るという形で発言して来たのは新たに契約を交わす予定のビビ王女。その真っ白な服装は頂けないが、まだ契約を交わしてないのだから大目に見ようではないか。

 

「あら、またあんたの心配性が出て来たのね。向こうに交渉する気があるんだから手出したりはしないわよ。それに、いざとなっても、あんたの副官殿って弱いわけじゃないんでしょう。カルガモも大丈夫よ。逃げ足だけは速そうだもんね」

 

「そう言う問題じゃ……」

 

ジョゼフィーヌのかなり適当な慰めの言葉はその適当加減もあって何の効力も発揮はしていない。本人は平静を装っているつもりなのであろうが、顔に心配でたまらないと書いてあるというやつだ。王女は俺たちの目的相手である海賊ベッジと接触を果たしたようであり交渉に入ろうとしていたが、クラハドールの筋書きにおいては呼ぶ必要があったようで、代わりに空を飛んでいた奴をカルガモと一緒に置いてきたということらしい。

 

「能力使って状況は掴めてんだろ? 声聞けんだから。心配も何もあったもんじゃねぇ」

 

「心配するのが趣味みたいなものなんじゃないの。ね~、そうでしょ?」

 

「ああ、そういう人間だな。想像は出来てる」

 

こいつら……、本人を前にして言いたい放題である。

 

「趣味って程のものでは……」

 

若干王女の返しもずれてるんだが、そこはそれで良しとしておこう。

 

王女からすれば俺たちの方こそ心配した方がいいんだろうな。なんせオーバンはあの斃れ往く巨大樹のてっぺんに居たのだから。勿論、オーバンは生きていたし、こんなことを言えば勝手に殺すなと怒り心頭なことだろう。ジョゼフィーヌのように、なんだ生きてたのかという反応もどうかとは思うが……。

 

そんな何とも言えないオーバンは巨大樹の新たなてっぺんに居ると言う。鷹の目に斬られて残った方の部分のてっぺんってことなんだろう。相変わらず器用な奴である。

 

 

さて、王女の言う通りそろそろ本題に入ろうではないか。

 

「ビビ王女の趣味が心配することだと分かったんだ。そろそろ本題に入ろう。……俺たちネルソン商会のこれからの話だ」

 

最後の一言で声音を重々しいものへと変えてゆけば、自然と皆が姿勢と襟元を正しながら視線をこちらへと向けてくる。

 

四商海(ししょうかい)入りの条件だけど、特典と負担を比べてみても特典の方が上回るし、負担の方もあながち負担とも言えない気がするの」

 

我が商会の会計士がまずは口火を切る。

 

「収益の25%を上納したとしてやっていけるのか?」

 

俺もトップとして聞かなければならないことを会計士に聞いてみる。

 

「まず問題ないと思うけど……、徴収のタイミングは?」

 

「毎月だったと記憶している」

 

会計士の質問に対し、あの協定書を隅から隅まで記憶したらしい参謀が答えて見せる。

 

「毎月?! 本当にやってけんのか? 毎月上がりの4分の1を持ってかれて……」

 

「とんでもない収益を上げればいいのよ。4分の1持ってかれても痛くも痒くもないぐらいにね」

 

言うは易く行うは難しだ。全くな。

 

「それに奴らの収益のチェック方法は決算書のみ。月次決算書の提出を求められるんだろうけど、決算書であればマジックを掛けることも出来る」

 

「……ジョゼフィーヌさん、政府をあまり見くびらない方がいいですよ。王下四商海(おうかししょうかい)の管轄は五老星直轄だと聞いてますけど、さすらいの情け容赦ない監査人が居ると聞いたことがあります」

 

ビビ王女が一石を投じるべく言葉を挟んでくる。

 

「私も聞いてるわよその存在は。でも私も見くびってもらっちゃ困るわ。伊達に会計士やってるわけじゃないんだから」

 

監査人が凄腕で決算書のマジックを見破られたとしてもジョゼフィーヌが言う通り上げる収益がとんでもなければ問題はない。

 

「要は何で収益を上げるのかって話だな。ジャヤで銃の設計者と落ち合ったら武器の取り扱いが可能になる。他にも色々と手を広げる必要があるが……」

 

「天竜人への奉仕義務はどうする? 厄介なことこの上ねぇぞ」

 

「それよねー。でも逆に考えれば天竜人にパイプを作ることができるわ」

 

「その通りだ。通すパイプは多いに越したことはない。それこそ俺たちはパイプを張り巡らす必要があるんだからな」

 

話が天竜人の件へと移り、俺も考えを投げてみる。天竜人7家への奉仕義務というのは確かに何を押し付けられるか分かったものではないが、それだけ奴らに食い込むことが出来るかもしれないということだ。

 

「これで王下四商海(おうかししょうかい)入りの諾否は議論するまでもないな。反対の奴はいるか?」

 

四商海入りのリスクについて粗方話し合い、改めて皆に問うてみるわけであるが、

 

「問題ない」

 

「OKよ」

 

「ボス、あんたの腹の内は既に決まってんだろ」

 

「私はまだ加入しているわけではないけど……、いいと思います」

 

返ってくる答えは皆決まっている。

 

「よし、決まりだ。そうだ、ビビ王女。今の内に少し聞かせてくれないか? 俺たちはアルバーナの宮殿でお前たちネフェルタリ家がドフラミンゴと接触していることを知っている。話の内容を教えてくれ」

 

四商海入りの話に方向性を付けた後にビビ王女に対して視線を合わせ、彼女の瞳の奥に問い掛けるようにして言葉を紡ぎだしてゆく。ドフラミンゴという名前を出したところで一瞬揺らめく憎悪の炎を瞳奥に見たような気がしたが直ぐにそれは消え去り、畏まった表情で淡々とビビ王女はあの日アルバーナで俺たちが双眼鏡越しに眺めていた光景を追体験させてくれるかのように話し始めた。 

 

俺たちは黙って聞いていた。ただ黙って聞いていたのだ。ビビ王女から迸る言葉の連なりを耳にし、忌々しいまでのドフラミンゴの様子を脳裏に描き出していた。俺たちが口を挟むことは何もなかった。ある1点を除いては……。

 

「……今、なんて言った?」

 

ビビ王女の迸りを遮ってまで割って入ったのはローの鋭い一声。

 

「……へ? ネフェルタリの本当の意味……」

 

「違う。そのひとつ手前だ」

 

「タマリスクの興業は()()()()に一任しておくってドフラミンゴが言った部分かしら?」

 

「ああ、それだ。奴は本当にそう言ったのか? ()()()()に一任しておくと……」

 

「……ええ」

 

怖いくらいの形相を浮かべて迫るようにして問うてくるローに対しビビ王女は何が何だかわけが分かっていないようである。それはそうだろう。その名前は俺たちにしか、特にローにとってしか重大な意味を持ってはいないのだから。

 

「……ジョーカー……」

 

一言そう口にした後ローは一心不乱に考え始めている。

 

 

 

そう来たか。

 

俺たちとしての心情はこうだ。コラソン、ロシナンテは11年前北の海(ノースブルー)ミニオン島にて死んでいるはずだ。だからこそ、今ナギナギの実をカールが食している。ではドフラミンゴが口にしたコラソンというのは誰なのだということになる。ドンキホーテファミリーに名を連ねる者はコードネームをあてがわれている。コラソンも例外なくそのひとつだ。もしかしたらローがそのコラソンを名乗っていた可能性も無きにしも非ずなのである。

 

新たなコラソンが現れたのか? だが、サイレント・フォレストにてあのマジシャン風な男ラフィットは言っていたではないか。ドフラミンゴはハートの席を空けて待っていると。……待てよ、アラバスタの件にてドフラミンゴは確信したのではないか。ローがファミリーに戻ることは決してないと。どちらに転ぼうとも代役は見つけだしていたのではないだろうか。そして、そいつを新たなるコラソンにして……。

 

「やられたな……。奴がどこまで俺たちの動きを読んでるのか分からねぇが……。いずれコラソンの名が広まって俺たちの耳に入るであろうことは計算してるはずだ。そして俺たちがその名前を無視できねぇこともな!!!」

 

「ロー、落ち着きなさい! 心を乱してしまったらそれこそドフラミンゴの思う壺じゃない」

 

ジョゼフィーヌの言う通りなんだが、多分にそこもドフラミンゴは計算しているはずだ。コラソンの名を出してローが平静ではいられないであろうことを……。

 

「名が独り歩きをする。実に見事な策だな。その名前には覚えが有りすぎる。だが実体は分からねぇ。存在しているのかどうかも定かではない。名前を至る所で小出しにしてばら撒くだけで動きを誘導出来る。……これを考えると奴は時間を稼ぐ必要に迫られている。そうは思えないか? 奴が自ら出張って事を構える余裕がもしないのだとしたら、無視をしてもいいんじゃねぇだろうか」

 

クラハドールの見方は実に面白い。確かにそうとも考えることは出来る。

 

「……だが、無視は出来ねぇ……」

 

ロー、それも道理だ。

 

 

「皆に言っておくことがある。俺たちはジャヤに向かった後で水の都ウォーターセブンに向かうことになるだろう。そこでは新たに2隻船を新造するつもりだ。その意味は分かるな? 俺たちを二つに分けるつもりだ。どう分かれるかはまだ先の話でしかないが少なくとも片方はロー、お前に任せることになる」

 

一旦言葉を切り、皆を眺めまわしてみる。皆と言ってもここに居ない奴の方が多いがそれは仕方がない。

 

「ドフラミンゴの動きは分からないことの方が多い。俺たちはまだまだ先手を打たれてばかりだ。よって先回りをして俺たちが先手を打つ必要がある。そのためには隠密に動くもう一つのグループが必要になるだろう。それをロー、お前に任せるつもりだ」

 

「ちょっと、聞いてないんだけど……」

 

そりゃあ、言ってなかったからな、当然だろう。

 

だが、前々から考えていたことではある。ドフラミンゴを潰すためには搦め手から迫るものがどうしても必要だ。それは五老星相手でも然りであろう。

 

「ひとまずはこの島でのことを何とかしないといけない。ビビ王女、ベッジのところに戻ってくれ。ロー、お前も一緒に行け。ジョゼフィーヌ、お前は俺に付いて来い」

 

締め括りとしての言葉を放ち、我が参謀に視線を向けてみる。これでお前は満足かと……。向けられた当のクラハドールは完璧だとでも言わんばかりに笑みを浮かべながら眼鏡をくいと上げて見せた。

 

 

 

 

 

このパラソルカフェに皆が集まってくる前、一人煙草を吹かしながら遠くを見つめていると、近付いてきたのがクラハドールだった。鷹の目に対する答えを俺は何とかして用意する必要があった。だがそれは考えに考えたとてそう簡単に出てくるものではなかった。パラソルカフェの開放的な渡り通路から眺めることが出来る青と赤の世界は忌々しいほどに綺麗ではあったが、それとて俺に答えを導き出す助けとなってくれるものではなかった。

 

そんな俺に対して奴は言ったのだ。

 

筋書きは出来ていると……。

 

あとはボス次第だと……。

 

そしてこう問われた。

 

 

一か八かの勝負事に命を賭ける覚悟はあるかと……。

 

 

 

 

 

一瞬の煌きであった青の世界は既に闇の世界へと姿を変えている。良いことではないか。俺たちの重要なことは常に闇夜にて決まるのだ。俺たちの展望は闇夜にしかない。

 

 

 

勝負どころだ。

 

 

 

心は熱く、頭はクールに。

 

 

 

鉄則を胸に刻み込み、

 

 

 

「行こうか、ジョゼフィーヌ……」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

俺たちは再び闇夜に己の姿を溶け込ませるが如く動き出した。

 

 

 

 

                       




読んで頂きましてありがとうございます。

キューカ島もそろそろ大詰めです。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第46話 夜会

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は9000字ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

「……大丈夫……ですか?」

 

覚束ない足取りを見せていたローさんのために今私はカルーの背中という定位置を譲っている。ローさんの能力であるオペオペの力というのは使えば使うほどに体力を消耗するものらしい。なので、あの海賊のところへ戻るにしても極力能力を使わずに体力を回復する必要があるからとこうして徒歩行なわけであるが、さすがにあのようにふらふらと歩かれてはカルーの背に揺られている自分が申し訳なくなってくるというもの。

 

今もローさんはカルーの背に体を預けながら何とか姿勢を保っているように見える。

 

「……ああ」

 

返ってくる言葉も必要最低限。返ってきたこと自体を良しとしなければならないのかも。

 

「カルー、ローさんをしっかりお願いね。ローさんかなり疲れてるみたいだから」

 

「クエーッ!!」

 

カルーからの答えはいつも通りの元気良さ。これで少しでも体力を取り戻してくれればいいけど……。

 

「……ひとつ、……お前に忠告しといてやる。敬語はもう使わなくていい。それはカールだけで十分だ。お前自体が使うことを……望んでねぇように思うがな……。さっきの一拍の逡巡は……つまりそういうことじゃねぇのか」

 

うぅ……、疲れてるくせにローさんは鋭い。全く以てその通りなのだ。大丈夫と訊こうとして結局は踏ん切り付かずににですかを付け足してしまった私。演技には結構自信があったのだけど、どうやら見透かされていたようで、ローさんの方が役者が一枚上手だったみたい。

 

「はい、その通りです。……あ」

 

言った側からこれである。追い打ちを掛けるようにしてローさんに涼しげな瞳を向けられると文句を言えなくなりそうだ。それでも、

 

「うん。……そうね」

 

何とか言い直してみれば、それでいいとでも言いたげな頷きがローさんからは返ってくる。

 

こんな調子で私はこの先やっていけるのかしら? 先が思いやられるばかりだ。なんて思いながら意識を周囲へと向けてみる。

 

辺りを覆い尽くすのは黒い闇。だがフラッグガーランドが縦横無尽に張り巡らされているこの島では闇と共に輝きだす光が存在するようだ。フラッグガーランドには電飾が施されている。なので闇夜の中、至る所に光り輝く曲線が描き出されている。その曲線を移動するパラソルにも抜かりなく電飾は施されており、それらによって照らし出される闇夜の世界はこの島を昼間とはまた趣の異なるものへと変貌させているのだ。

 

「……コラソンって誰? 大切なヒトなの?」

 

ローさんが答えてくれるかは分からないけれど、私としては気になってしまって尋ねずにはいられなかったことについて光り輝く電飾の力を借りて、敬語を止めた勢いついでに言葉として紡ぎだしてしまう。

 

ただ、案の定というか返ってくる言葉は存在しない。

 

それはそうよね。私たちはまだ出会って間もないわけで互いを知り合っているわけでもないのだから。

 

この場に生み出される音はカルーの脚が、私の革靴が砂利道を踏みしめる音。そして軟らかな夜風が木々を撫でる音だけ。それは無音の静寂とは言えないけれども心地よい静寂でもある何とも不思議な時間と空間。

 

それでも、

 

「……これはちょっと違う話かもしれないけれど私にも大切なヒトが居るの。彼はコーザって言うんだけど、私は昔の癖が抜けなくて彼をリーダーって呼んでしまう。幼い頃に砂砂団っていうグループを作っていてね、彼はそのリーダーだったの。ちなみに私は副リーダー。そんな彼はこの前の戦いで反乱軍のリーダーを務めていたわ」

 

ローさんについて知っておきたくて、話をしてもらうためにも私は自分を少しづつ曝け出していくという選択を取ってゆく。

 

「……俺とお前の話は全く違うな。お前のリーダーはまだ生きてるんだろうが、俺のコラさんはもうこの世にはいねぇ。だから全く違う話だ」

 

自分から曝け出した分答えが返ってきたのだがそれはそれは一刀両断するようなもの。

 

「ただ……、大切なヒトってのはその通り……。コラさんは俺の恩人だ。俺の故郷は北の海(ノースブルー)のある島なんだがとっくの昔に滅んでしまっててな……」

 

でも、話すきっかけにはなったようで生まれ故郷からの生い立ちとコラソンと呼ばれる人物との関係性についてローさんは話してくれた。それによってコラソンと呼ばれる人物がローさんにとって特別である理由がはっきりと分かったし、私の話なんかよりもよっぽど根が深い話であった。

 

「だから()()()()()とケリを付ける必要があるのね」

 

話はコラソンからドフラミンゴへと移ってゆく。私のドフラミンゴに対する呼称も自然とローさんと同じようにジョーカーへと変わってゆく。

 

「そうだ。ジョーカーとのケリを付けることが俺の第一義だ。そこは気が合うかもしれねぇな、俺たちは」

 

「ええ、そうね。私もぶっとばしてやるつもりだから」

 

そう答えながら私の視線はローさんの方へ向かい互いに自然と目が合う。そこには秘密の約束を交わし合ったかのような一種の連帯感のようなものが生まれたような気がする。

 

「だが、ジョーカーへの道のりはまだ遠い。ひとまずはこのヤマを何とかしねぇとな。お前は今回の目的であるダンスパウダーについてどこまで知ってる?」

 

ダンスパウダー。私の祖国の戦いの端緒となってしまった出来事が否応なく思い出される。口にするだけでも忌々しい悪魔の粉だ。

 

「多分詳しくは知らないと思う。何なのかは知ってるけど、それ以上のことは……」

 

バロックワークスに潜入しクロコダイルに近いところで活動していたわけであるが裏の全てを掴めたわけではない。

 

「ダンスパウダーを製造工場ごと政府に引き渡すことが四商海入りの条件になってることはもう知ってるな。政府は何としてでも回収したがっている。ボスの話じゃ工場には新世界はとある国の科学技術が使われてるって話だ。ダンスパウダー自体もある勢力が集めて回ってるって話だしな。つまりは重要な取引材料になるってことだろう、その勢力とのな。だからカポネ屋も手に入れようとしてんだろうぜ」

 

でもローさんはかなりの部分について知っているみたい。心なしか表情が生き生きしてきているような気がする。このヒトはこういう話が好きで好きで仕方がないのかも。

 

「それならどうやって交渉するの? 相手も欲しがっているものを貰うことなんて……」

 

私が尤もな質問をぶつけてみればローさんは笑みを浮かべながら途端に悪い表情になり、

 

「……交渉するなんて誰が言った? 交渉の余地なんてねぇ時に取れる選択肢なんざ決まってんだろ……」

 

海賊みたいなことを言い出すのだ。

 

「お前の言う通り、カポネ屋の城の中に入ってしまえばこっちのもんだ。奴らには俺たちが出し惜しみをしねぇ金づるだと吹き込んでんだろ。何も問題はねぇはずだ」

 

もう体力が回復してきたのかしら。淀みなく放たれてくる言葉を聞いている限り何も問題は無さそう。

 

気付けば私たちの徒歩行は終わりを迎えつつあるみたい。前方の闇の中に煌びやかに輝く電飾の世界が開かれている。島の北に位置するフラッグガーランドの終着点と北の港だ。

 

「奴ら相手に私はネルソン商会の名代と名乗ってるの。だから言葉づかいも少し変えてる。何とか合わせてくれる?」

 

そこで、私はスイッチを入れる。完全なる演技に入るスイッチだ。

 

「……お前がそこに座っているのは不味いな。交代だ」

 

手振りでカルーの背から下りるように示して見せれば、

 

「いいだろう。途中で笑っちまいそうだが何とか合わせてやるよ」

 

すんなりと跳び降りてくれる。

 

「見ろ、あの電飾の世界を……。これはとびっきりの夜会になるだろうぜ」

 

ローさんの言葉を頭の中で転がしながら私はカルーの背に体を預けてゆく。私の頭の中を占めているのはこの()()が夜会になるかどうかではなくて果たしてペルは大丈夫だろうかということだけであった。

 

 

そんな内心の心配を余所にして私たちが向かう先は海賊カポネ・”ギャング”ベッジの城の中。

 

 

ローさん曰く、とびっきりの夜会になるみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城の中に入るのは拍子抜けするぐらいに造作もねぇことだった。カポネ屋は自らの船の前で待っていたわけであるが、俺たちが姿を見せたのを確認しても奴は葉巻を燻らせながら何も言わずにただ佇んでいた。

 

それでも気付けば俺たちが居る場所は船を見上げる小さな波止場ではなく、貴賓室とでも呼べばいいような一室。天井からは煌びやかなシャンデリアが吊り下がり、市松模様の床と精緻な装飾が施された壁に囲まれた中に真白なクロスを掛けられたテーブルと対面する椅子。テーブルの上には彩りを加えるようにして火が灯された燭台がひとつ。それだけを見ればこの場はただの交渉の席であるが、銃で武装した者が壁一面に等間隔で配置されているところを見るからにただの交渉の席となるはずもない。

 

っていうか、俺たちがそもそもただの交渉の席にするつもりがねぇんだが……。

 

対峙する椅子はしばらく空席のままであったが、突如としてハット帽が現れ、さらにはカポネ屋の体が後に続いてきた。

 

「待たせたな……、ワインでもどうだお前たち?」

 

「貰おうか」

 

交渉開始の合図はワインと共に。やはり、良い夜会になりそうだな。

 

 

 

「紹介しよう。こちらがネルソン商会の副総帥であるトラファルガー・ローだ。ロー副総帥、こちらがファイアタンク海賊団船長カポネ・“ギャング”ベッジ殿だ」

 

ワインを少々嗜んだ後に、交渉の口火はビビ王女の和やかな演技と共に切られてゆく。取り敢えずは笑わずに済みそうだ。

 

「知ってる。その名はかなり有名だ。発祥は北の海(ノースブルー)偉大なる海(グランドライン)にやって来て見る見るうちに懸賞金が跳ね上がっていった闇商人。だが、表立って新聞記事には何一つとして載ってはいない。お前たちは一体何をしでかしてる?」

 

どうやらカポネ屋はすぐに本題へと移るつもりはないらしく、俺たちに興味津津のようだが、当然ながら俺たちは自分たちの無駄話をするつもりはさらさらないので、

 

「そこは懸賞金の額で察してもらおうか。……早速だが本題に入ろうじゃねぇか。巨大樹に存在していたダンスパウダーの工場、持ってんだろう? 所持品として……」

 

さっさと切り上げてゆき、肝心要の話を持ち出してゆく。

 

「ワインを楽しんでるかと思えば、ゆとりのねぇ男だな……。一体どこから嗅ぎつけやがったのか……、確かにダンスパウダーの工場を持ってはいるが……。王女によれば随分と金を積む用意があるそうだが、肝心のその金はどうした? お前は見たところ手ぶらに見えるが」

 

ワイングラスを揺らしながら俺の隣に座るビビ王女を一瞥して話を続けてくるカポネ屋。

 

「ああ、確かに金はここにはねぇな。だが俺は手品師なんだ。指を鳴らせば金は現れるさ、それこそたんまりとな」

 

勿論、金を払うつもりなど微塵もねぇんだが……。

 

奴がダンスパウダーの工場と口にした瞬間、表情に変化があった。確かに工場はこの中に存在しているようだ。それさえ確認が取れればあとはどうとでもなる。長居は無用だ。

 

とはいえ、少しばかり情報を集めておくのもいいだろう。俺たちの情報は何一つとして明かしてやるつもりはねぇが……。

 

「……それでだカポネ屋、お前たちはダンスパウダーの製造工場を手に入れてどうするつもりだったんだ? それによって金を出す出さねぇが違ってくるだろ?」

 

「名代、お前のパートナーは随分と知りたがりのようだな。金払いがいいと聞かされたから城内に招いたんだが?」

 

情報収集するべくカポネ屋に質問を投げ掛けてみれば、奴はここでは俺たちの名代役であるビビ王女へと話を向けてくる。

 

「……そんなことはどうでもいい。貴様、先程から我が副官と付き人の姿が見えんがどこに居るのだ。答えの如何によっては金を払うどころの話ではないぞ」

 

一体どこからそんな低い声音を出してやがるのか、ビビ王女は少々ドスを利かせながらカポネ屋に答えを求めている。確かに話に聞いていたビビ王女の連れの副官ともう一人の姿を見掛けてはいない。これは得意の心配性からくる本心からなのかそれとも演技なのか……。

 

「知らんな……、何の話だ?」

 

「貴様っ!!」

 

カポネ屋がのらりくらりとはぐらかすような答えを返してきたことで俺たちの名代は怒りの沸点を超えてしまったのか、椅子から立ち上がってテーブルの上に身を乗り出し、孔雀の羽根飾りのような自らの武器を以てしてカポネ屋へと迫ってゆく。

 

こいつ……、本当に演技なんだろうな? 

 

大胆な行動に出たビビ王女を見るからに、本気なのかどうなのか判断しかねる状況となってきている。

 

当然ながら下手に先に手を出して上手くいくはずもなく、

 

「止めておけ。王女と言えど、こいつらは躊躇わねぇぞ。俺がいいと言えば引き金を引く」

 

壁際に立つ一同から一斉に銃口を向けられている。

 

「く……、どういうつもりだ我に狙いを定めるとは……」

 

「自惚れるなよ、アラバスタの王女だか知らんが海賊相手にそんな口の利き方が通用するわけねぇんだ。……いいか。ダンスパウダーの製造技術はかのジェルマが西の海(ウエストブルー)にて生み出して偉大なる航路(グランドライン)に持ち込んだもの。そして今、新世界にてある四皇がこれを欲している。ジェルマとの繋がりを求めてな。俺はその橋渡し役ってわけだ。……分かったんなら大人しくそこに座っているんだな」

 

まったく、俺たちの名代は大した演技力の持ち主じゃねぇか。おかげでボスの話の裏付けがある程度取れた。敢えて下手を打ってカポネ屋の感情を揺さぶり喋らせたってわけか。

 

もう頃合いだ。

 

「Room」

 

よって能力を行使して(サークル)を張る。のだが、当然ながら

 

「……そんなことをしていいのか? 城内は俺の自在空間だ。全てが俺の支配下に入っているぞ。ヴィト、連れて来い」

 

カポネ屋も警戒しており、言葉を放つと同時にテーブルクロスは首を絞めんとするロープへと変わり、燭台の炎とシャンデリアの光は切り刻まんとする刃へと変わり、壁や床は叩き潰さんとする大砲へと変わりゆく。

 

そして、ヴィトと呼ばれた下品にも舌が長く顔大の二丁拳銃を腰に差した男が連れてきたのは鎖で拘束された状態のビビ王女の連れと髪の形状が3と化している男。

 

「……ペル。どうしてそんな……」

 

「面目ありません、ビビ様」

 

変わり果てたテーブルクロス上でビビ王女が呟いた声は先程の演技からは拍子抜けするような心配に満ち溢れているわけであるが、

 

「私を心配はしてくれないのですガネ」

 

3と化している男の間髪入れない反応は突っ込みに満ち溢れている。

 

「お前はいい。3の代わりはいくらでもいる」

 

ビビ王女の返しがまだ演技に満ち溢れているのもさすがなわけだが、

 

「戦うというのであれば戦ってもいいがこいつらがどうなっても知らんぞ」

 

カポネ屋は人質を盾にして俺たちの動きを牽制しつつしっかり金は巻き上げようって魂胆なんだろうな……。

 

 

だが、俺からすれば……それがどうしたでしかない。

 

 

カポネ屋の城内が奴の自在空間と言うなら俺の(サークル)内も自在な執刀領域である。

 

「タクト」

 

指を動かせば鬼哭(きこく)は素直に空中へと跳ね上がってくる。何も邪魔されることはない。似たような能力者同士の戦いで物を言ってくるのは多分に覇気の強さだ。であるならば答えは自ずと出てくるってもんである。

 

「観念しろ。何をしようが兵力が違う」

 

「兵力だと?! この海でそれが物を言ったところを俺は見たことがねぇんだが」

 

銜えていた葉巻を吐き棄てながらカポネ屋が動き出すことは当然見聞色が逃すことはない。この部屋のあらゆるものが刃と大砲によって一斉に襲いかかろうかというところで、

 

切断(アンピュテート) “縦横無尽(フライ)”  シャンブルズ」

 

鬼哭(きこく)を手にした俺は同時に二つのことを行うわけだ。俺を首から拘束しようとしたテーブルクロスを一刀両断した勢いそのままに斬撃を飛ばしてゆく。それこそ縦横無尽に。と同時にシャンブルズによって俺に、俺たちに襲いかかろうとする刃と大砲の弾をそっくりそのまま壁一面にて取り囲んでいる奴らにお見舞いしてやるわけだ。

 

俺たちが居る一室を超えて切り刻んでゆく鬼哭(きこく)の斬撃と返した刃と砲弾は壁一面を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えてゆく。奴らからすれば……。勿論これは俺たちからすれば素晴らしき哉夜会ってやつだ。ボスの言い回しで言うとな……。

 

それに、人質の拘束も斬撃によって解いているし、ダンスパウダーの製造工場もひとつの形として切り取ってもいる。故に、

 

「シャンブルズ」

 

製造工場丸ごと交換移動である。行先は最終地点である灯台の程近く。

 

「ハヤブサッ!! 行けーっ!!!」

 

「すまない、副総帥殿。ビビ様、参りましょう」

 

俺の叫びが無くともビビ王女の連れは動き出していた。縛めが解かれた途端に体は見る間に鳥へと変形してゆきこの室内を羽ばたけばビビ王女を乗せて背後の出口より外へと飛び出していく。

 

そして3と化した男の行先はオカマ(ウェイ)。奴らがどうなったのかは考えるまでもねぇことだが、拳骨屋と仲良くやればいいだろう。

 

 

さて、仕事は済んだ。あと残っているのはここをどう終わらせるか、ただそれだけである。

 

相手は海賊。容赦はしない。する必要がない。

 

「兵力が違うと言ったろ。代わりはいくらでもいるから兵力なんだからな」

 

勝手に言ってればいい。確かに次から次へと銃を手にする奴らが現れてきてはいるが、やはり無駄でしかないのだ。

 

「お前にひとつ聞かせといてやるよ。この海じゃ代わりが利かねぇことの方が兵力って言うんじゃねぇかってな」

 

尚も余裕を捨てることのない主の前にヴィト屋が立ちはだかり、二丁拳銃に手を差し伸べつつあるが奴に間を与えるつもりはない。俺が何をするのか大方察してるんだろうが、シャンブルズによって一気に間合いを詰めて繰り出すは、

 

注射(インジェクション)ショット “ギフト”」

 

鬼哭(きこく)による狙い澄ました突きの一撃。武装色のマイナスを帯びたそれは相手に(ギフト)を贈るが如く一撃。腹への一突きによりヴィト屋は血を流す暇もなく倒れ込む。

 

頭目(ファーザー)!!」

 

増え続ける銃を持って取り囲む者たちからの叫び。ボスを遮るものがなくなったことに対する警告を発してんだろうが当然無駄である。

 

「ヴィトを……。……表へ来い。本当の兵力差を見せてやる」

 

とはいえ、カポネ屋の姿は消えた。城外にて真の力を見せつけるってことらしいが俺には分が悪いと見て城内に己を留めておくことを止めたとしか思えない。どちらにせよ無駄だが。俺の執刀領域内に居る限り何の問題解決にもなっちゃいない。

 

俺も奴の城内から飛び出したところでやることは何一つとして変わらなかった。

 

カポネ屋は自らの城内に残っている部下にしっかりと砲撃準備をさせている。さらには俺を取り囲むようにして城外にも銃撃準備をさせている。

 

何一つとして無駄なことだ。

 

 

俺は鬼哭(きこく)の持ち手を替え、オペオペの力を凝縮して刃を生み出してゆく。

 

 

葉巻を銜え直しているカポネ屋がこちらへと左手を翳してくる。

 

 

掌には穴が開いておりその中には準備完了した数々の大砲。

 

 

燻らす葉巻と共に笑顔で顔を歪めたのちに、

 

 

集中砲火(クロスファイア)

 

 

四方八方から放たれてくる砲弾、銃弾。

 

 

「タクト “オーケストラ”」

 

 

刹那の瞬間に放たれた砲弾、銃弾は俺の支配下となり、指揮下となり同士討ちという名の演奏へと変えてゆく。

 

 

そして、

 

 

「ガンマナイフ “ブレイクハート”」

 

 

凝縮されたオペオペの刃で刻むはカポネ屋。自らの部下が放った銃弾に穿たれたのちに容赦ない武装色のマイナスを叩き込んでやるまでだ。

 

 

体内の内臓を潰したその一撃はカポネ屋に血反吐を吐かせ、奴を背中より地へと斃れ込ませた。

 

 

「互いに偉大なる航路(グランドライン)に入って間もない者同士だ。懸賞金の額に関係なく挑んで来たのはいいが……。潜った修羅場が違いすぎたな。たかが一海賊にやられるほど俺たちは(やわ)な商人やってねぇんだよ」

 

 

 

 

 

ぴくりとも動かないカポネ屋であるが意識はあるはずだ。それぐらいには加減をしている。なぜなら訊くべきことがあるからだ。

 

「ダンスパウダーの件。どこで知った? そうそう耳に入ってくるようなことじゃねぇはずだ」

 

俺の問い掛けに対し、虚ろな瞳でこちらを見上げてくるカポネ屋。今なお口からは血が止めどなく流れてきており体の内部が相当に壊れてしまっていることが想像できる。

 

「…………コラ…………ソン。………情報…………屋」

 

何だと?! ここでその名前が出てくるのか。ビビ王女が先ほど口にしたコラソンは情報屋でそいつがカポネ屋にダンスパウダーの情報を吹き込んだってのか。

 

「おい、答えろ!! コラソンってのはどんな奴だ? どこで会った? 」

 

奴の体を揺すりながら何とか聞き出そうとしてみるがカポネ屋は気を失いつつあった。

 

くそっ!!

 

どうなってやがる。こいつはコラソンに、さらにはジョーカーに繋がってるってのか。いや、落ち着け。奴はそんなことは億尾にも出してはいやしなかったじゃねぇか。多分に情報屋としてのコラソンとつながりがあっただけ。もしくは単に駒として使われただけかもしれねぇ。だが奴はジェルマと新世界の四皇を橋渡しすると言ってやがった。つまりは何らかのパイプを双方に持っているってことになる。どういうことだ? クラハドールがいねぇと埒が明かねぇな。奴らの相関図が全く見えてこねぇ……。

 

 

 

そんなところへ、

 

 

「わっしもそいつには聞かなきゃならんことがあったんじゃがな」

 

 

 

 

この場に予想だにしない人物が現れたことが俺の脳内をさらに混乱の渦に呑み込んでゆく。

 

ロッコさんだ。しかも全く気配を消したうえで現れている。この場にて意識を保っているカポネ屋の奴らは既に誰一人として存在はしていない。

 

つまりはこの場に居るのは俺とロッコさんだけということになる。

 

先程までの喧騒だった戦いの場が嘘みたいに静まり返っている島の北の小さな波止場。

 

「あんた船に居たはずだろ。何でこんなところに居るんだ?」

 

俺は海上にて全幅の信頼を置いているはずの航海士に対して警戒心を露わにして尋ねざるを得ない。

 

だが無言。それについて答える気はないという答え。

 

「……ロー、悪いがここはわっしに任せてはくれんか?」

 

言葉尻は柔らかいが立ち居振る舞いが有無を言わせぬもの。

 

 

能力を解き放って変形しているわけではない。

 

 

ただ、そこには途轍もない武装色の神気(じんき)が纏われているだけ。

 

 

ここは引くしかねぇか。

 

 

まだ、まだ何かを掴んでいるわけではない。脳内の警鐘は鳴り続けてはいるが、

 

 

まだ何も起こってはいないのだ。

 

 

「ロッコさん……、船で待ってる」

 

 

俺が言えたのはそこまでであった。

 

 

だが、これで分かったことがある。西の海(ウエストブルー)にはどでかい闇があるんじゃねぇかってことがだ。

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

ここで切るのは不本意ではありますが致し方なく……。

そろそろです。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第47話 答え

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

お待たせいたしました。

今回は12600字ほど

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

人生とは問いとそれに対する答えの連続だ。

 

 

即答できるものもあれば中々導き出せないものも存在する。

 

 

そうやって放っておいた問いが有耶無耶になることは決してない。いずれどこかのタイミングでそれは出さなければならない答えとして突きつけられてくるものだ。

 

 

今突きつけられている問いもまた同じ。これを有耶無耶にしたところで俺に後は無い。

 

 

 

 

 

道すがら、兄さんは私に聞かせているようでいながら実は自分自身に言い聞かせているようにそんなことを口にしていた。世界最強の剣士との呼び声高い鷹の目のミホークに対してはけじめを付けなければならないのだと言う。

 

私にはよく分からなかった。折角身代わりをしてくれる人間が現れたわけなのだから、そいつに任せてしまってそれで終了でいいじゃないと思ってしまうのはどこか間違っているだろうか? そもそもの話、兄さんは剣士じゃないし。剣士でもないのに、最強の剣士相手にけじめ、けじめって言ってもね~……。

 

多くを語ろうとしない兄さんに対して私は既に諦めの境地へと達してしまっている。ただ諦めを通り越すと今度は心配がもたげ始めているのが今現在の状況。兄さんが言ったことはひとつだけ。

 

お前は黙って成り行きを眺めていろ。

 

兄さんのことは絶対大丈夫って信じてるけど……。相手は鷹の目のミホークだ。いざとなった時に私が出ても助っ人になり得るかどうかも疑わしい相手。そんな奴を相手にして兄さんは何をどうしようと言うのだろうか?

 

まあでも、仰せのとおりに致しますよ。私はどこまでいこうとも兄さんの妹ですから……。ベリーの札束で横っ面を思いっきり引っ叩くことはあっても、肝心なところでは兄を立てることを(わきま)えていますよ、私は。

 

「そろそろ行く?」

 

小高い丘の上から眺めることが出来る電飾の世界は煙草の煙でどこか朧に揺れている。心ときめくような綺麗な景色であることは間違いないし、横にいるのが想いを寄せる相手であればこのシチュエーションは素晴らしいものだけど生憎横にいるのは兄さんである。兄さん相手にそんな気は微塵も起きたりはしない。

 

「ああ……、そうだな」

 

満足そうに言葉を呟きながら律儀にも吸殻をケースに戻す姿を横目にしつつ、私は視線を向かうべき場所へと移してゆく。電飾の世界から隔絶され、そこだけぽっかりとブラックホールのように漆黒の闇と化している場所。昼間、兄さんと鷹の目のミホークが命の遣り取りをしていた場所だ。

 

 

「ジョゼフィーヌ、大事なことだからもう一度言っておく。何が起ころうともお前は絶対に手を出すなよ」

 

 

そう言葉にしたいつにも増して厳格な兄さんの口調がいつまでも私の耳に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒の闇の中で繰り広げられていた攻防と一人の傍観者。とはいえ、闇の中であるため傍観と言えども何も見えてはいないのかもしれない。見聞色の覇気を会得でもしていない限りそれを感じ取ることは出来ないだろう。

 

それにしてもすごい攻防……。

 

地上から上空での戦いを見聞色にて感じ取っているに過ぎないが王気(おうき)を会得したらしい私には手に取るようにそれが分かる。

 

剣に対するは傘。

 

双方の得物から迸る強烈な武装色の気配。

 

桁違いのスピードは私の見聞色でも後追いするのがやっと。

 

降り注いでくる音の数々は剣と剣の金属音のような生易しいものではなく大地に響き渡る轟音と呼べるもの。

 

「兄さん、すごいことになってるけど……」

 

新しい煙草を銜えたまま黙して語らない兄さんに対して声を掛けてみれば煙を盛大に吹かした後、

 

「……そうだな。ひとまずあそこにいる当事者その3に話を聞いてみよう」

 

顔をもうひとつの気配の方向に向けて歩いていく。

 

当事者その3ね~。経緯は大方聞いていたのだけれど、聞くと見るではやはり大違いである。否、これは見てるとは言えないか。何にせよ当事者その1とその2の攻防をそうだなの一言で片づけてしまえる私の兄さんってどうなんだろうかと思わないでもないが私としては兄さんの後を追うしかない。

 

「身代わりご苦労さん。それで、どうなってる?」

 

「ちょっと兄さん、もう少しデリカシーっていうものを持って……」

 

ベリー札が手元にあったなら私は間違いなく兄さんの横っ面を引っ叩いていたところである。

 

やっぱり札勘大会のベリー札、貰ってくるんだったわ。

 

「……キャハハハ、どうなってるも何もないわ。何なのよ。あんな戦いなんて見たことないのよ。私は本当はチョコ屋をやれたらそれでいいんだから。それに、暫しお待ちたりって言ってたのにもう夜なんだけど。真っ暗なんだけど。キャハハハ、もう笑うしかないわよ」

 

闇夜の中で佇んでいた当事者その3はかなり丈の短いワンピースを着た女の子。どうやらバロックワークスのエージェントだったらしいけど。明らかに年下だわ。今日3人目の小娘登場ね。状況が状況だけに相当おかしくなってそうだけど……。キャハハハが既に笑い声に聞こえないもの。

 

「……そうか。……ありがとう」

 

はい、よく出来ました。そうかの一言で終わらせたいような明らかに面倒くさそうなところで、ありがとうを付け加えたのは兄さんにしては上出来だわ。

 

「良かったじゃない。あの二人がずっとあの状態だからあんたはこうやって生きてられるわけなんでしょ。ねぇ、兄さん」

 

私も気休め程度の慰めを掛けてみるわけだが、相槌を求めてみても当の兄さんは聞いてないようで勝手にライターを着火させ手近の瓦礫に火を点けてゆく。どうやら真っ暗闇であることが問題だと思ったみたい。

 

一瞬にして周囲から火の手が立ち上がり、闇夜が紅蓮へと変わりゆき、上空の様子が視界に入りこんでくる。傘を開いた状態で鷹の目のミホークの大剣を受け止めている男の姿。

 

「これはこれはネルソン・ハットさん、お早いお帰りで。もう暫くはお暇されタリても良かっタリ……」

 

右手で傘を操りながら左手で敬礼のような仕草を入れてきたんだけど何なのあの手の位置。角度がおかしいんだけど。

 

「ねぇ、兄さん。私さっきオカマを見掛けたんだけど、もしかしてあれもそうなの? 手の角度がおかしくない?」

 

一切遠慮なんてするつもりがない私は思ったことを口にしてみるわけだけど、

 

「……そっとしといてやれ」

 

小声で窘められてしまったわ。もしかしたら隣の彼女が変なテンションでいるのはあの明らかに変な奴のせいなのかもね……。

 

「身代わり恩に着るよ。だが、お前もそろそろ次の出番が迫ってるんじゃないかと思ってな。……それに鷹の目とはどう足掻こうともここでケジメを付けないといけないらしい」

 

「……待ちくたびれたぞ。腹は括ったのか」

 

声音ひとつで一気に変わる周囲の雰囲気。紅蓮と闇夜がまるで生を持っているかのように蠢き始めている。

 

兄さんは何も言葉を発さない。上空から地上から絡み合う二つの視線。

 

「フフフ、私の開演時間までお気遣い頂いて感謝しタリ。お嬢さん、随分とお待たせ致しタリて申し訳ない。どうやら私たちはお役御免のようですよ」

 

そこへ、すっと言葉を滑り込ませて場の状況を少しだけ和らげていく変な奴。

 

「そいつはしっかり送り届けてやるんだな、傘協会の会長として……」

 

「ええ、勿論そのつもりタリて。……参りましょうか、お嬢さん。あなたのお仲間たちがどうやら激戦中のようだ」

 

最後の言葉と共に変な奴は開いていた傘を一瞬で閉じて見せその反動で爆発的な風を生み出して地上へと降りてくる。この風……、強烈な武装色だわ。変な奴だけど全く侮れない奴。

 

「ジュラキュール・ミホーク! 今宵は中々楽しませて頂けタリて……。ただ、傘を愛する者にだけは手を出さぬようご忠告しタリ……」

 

闇空へ向けてハット帽を掲げて挨拶を見せた後、

 

「それではネルソン・ハットさん、私はこれにて。……ネルソン・ジョゼフィーヌさんも……。あなたの下種なお金の話などお伺いしたいものです。結構有名ですよ、あなた。では……ターリー!!!」

 

私にも一言余計な言葉をぶつけてきたんだけど。

 

「ちょっと……あんた……」

 

思わず抜刀してしまったけど、抜き放った時には変な奴はいなかった。あの彼女も……。傘持つ二人は一瞬で消えてしまったわ。

 

 

 

そして、

 

紅蓮と闇夜のこの場所に残ったのは鷹の目のミホークと兄さんと私。邪魔者が居なくなったからなのかいよいよ以てして鷹の目のミホークは上空にて私たちと正対し、

 

「さて、答えを聞かせて貰おうか。貴様は何を目指す?」

 

穏やかならざる武装色を大剣に纏って禍々しいまでの黒刀としながら言葉を放ってくる。

 

答え? 答えって何? 王下四商海(おうかししょうかい)になる理由とかそういうことかしら……。

 

頭の中で鷹の目のミホークが放った言葉の意味を考えている間にも状況は刻々と変化していき、

 

鷹の目のミホークの黒刀から迸る武装色は刀だけでは飽き足らずに周囲へと伝播して燃え立つ紅蓮の炎を禍々しい暗黒入り混じるものへと変えていく。

 

対する兄さんも地に足を着けたままではあるが、そこから一瞬にして武装色は大地へと広がっていき、

 

二つの武装色は地と空の境目で激突する。目で確かめることが出来ても、それは物理的な激突では決してない。

 

にも関わらず、凄まじいまでのぶつかり合う音を生み出し、暗赤色の炎はさらに燃え立ち、大地は震え上がってゆく。

 

「……兄さん」

 

私はそう呼ばずにはいられなかった。

 

でも返ってくる答えなど有りはしない。ただただ私の前に立って鷹の目のミホークと正対し、右の掌を下向きにして横に突き出している。何もするなとでも言わんばかりに、何も問題などないと言わんばかりに……。

 

息苦しさを覚えてしまうような黒の世界。赤と黒の世界はいつしか黒一色の世界へと変わっており、それが私を猛烈に圧迫してくる。並の人間では立ってなどいられないであろう。強烈なまでの(パワー)は胸の奥底に容赦なく襲いかかってきて自信、確信、あらゆる大切なものを根こそぎ奪われていきそうな、そんな感覚。

 

「覇王色のマイナスの持ち主であるという話は真実であったか……。片鱗ではあるが……、確かに感じる。それが貴様の答えだと、そういうわけか」

 

鷹の目のミホークの居る場所は先程から何も変わっていないはずであるのに放たれる言葉がどこか遠く聞こえる。

 

兄さんは何も答えない代わりに腰に装着している連発銃を取り出して見せ、

 

その動きに合わせて鷹の目のミホークも黒刀を振り上げてゆき、

 

 

 

 

 

両者は物理的に激突……、しない。

 

前方へと構えてみせた連発銃を兄さんはそのまま放り投げている。

 

「違う。そうじゃないんだ、鷹の目。よく聞け……」

 

一拍置いて、放り投げた銃を指差しながら、

 

「俺たちの本分はこれじゃない。ましてや剣術でもない。……俺たちの本分は戦闘ではない。俺たちは海賊じゃない。賞金稼ぎでもない。俺たちは商人だ。商人の本分は何だと思う? これか?」

 

言葉を迸った後、兄さんの前に現れたもの。アタッシェケース10個。綺麗に束ねられた札束の数々。あれは私の管理方法だ。

 

「ちょっと、兄さんっ!!!」

 

私のお金じゃないの。否、私たちのお金か。そんなことはどうでもいい。とにかく私たちの全財産が今目の前に集められている。きっとローの仕業だわ。ってそんなこともこの際どうでもいい。

 

「どういうことよ、兄さんっ!!!」

 

事と場合によってはこれは札束で横っ面を引っ叩くだけでは済まない所業である。

 

そんな私の内心など全くお構いなく鷹の目のミホークは先を促すようにして無言のまま。

 

 

 

「金が商人の本分だと思うか? 断じて否だ。……くそ食らえだよ!!!!」

 

 

続いて促されるようにして叫んだ兄さんが次に取った行動は有ろうことか……、

 

 

着火したライターをアタッシェケースと札束の山に放り投げたのだ。

 

 

……………………………………………………………………………………………、

 

 

一瞬目の前で起きたことが何なのか全く理解出来なかった。

 

 

私たちのお金が燃えているのだ。盛大に。紙屑同然に。血と汗と涙で積み上げた私たちのお金が燃えているのだ。

 

 

あのお金はこれからのために必要なものだった。新たなる商売を始めるために、新たなる船を手に入れるために、王下四商海(おうかししょうかい)としてやっていくために。

 

 

なのに、なのに、なのに……、全てが燃え尽きようとしている。

 

 

悲しくて、悲しくて、悲しくて、言葉が出てこない。何も言葉が出てこない。

 

 

それでも、

 

 

「これが俺たちの答えだ。俺たちは商人であり、俺たち商人の本分は金じゃない。金じゃないんだ。……俺たちの本分はココとココにある!!!!」

 

 

兄さんは言葉を続けていく。涙に濡れた瞳で何とか見つめてみれば、兄さんは手を当てている。

 

 

己の胸と頭に……。

 

 

「俺たちは金で勝負してるわけじゃない。ココが生み出すアイデアで勝負してるんだ。金なんてものは後から付いてくるものなのさ。そして、ココに宿っているのは商人としての魂だ。いつ如何なる時であろうともな。それはいくら金を積まれようが変えられるものじゃない。力によって捻じ伏せられるものでも決してない。断じてだ。何物にも代えられない商人魂。政府のお偉方にちゃんと伝えておいてくれよ。俺たちは一筋縄ではいかないってことをな。お前たちには理解など出来ない全くの未知数の存在だとな。……そして、よろしくと……な」

 

 

兄さんが放った言葉に対して鷹の目のミホークは何も返事を寄越さず、ただただベリーの札束が炎と化していく姿を凝視するだけである。

 

 

黒刀が納刀されてゆく音が聞こえてくる。

 

 

黒一色だった世界は消え去り、残っているのは盛大に燃え上がる赤一色の世界だけになっている。

 

 

「見事。天晴れなり」

 

 

その言葉が意味するもの。兄さんが出した答えが鷹の目のミホークの出した問いに対する答えになったみたい。

 

 

鷹の目のミホークとの戦いにけじめを付けなければ後はないとまで言ってたぐらいなんだから、兄さんとしては何とかやり遂げたってことなんだろうけど、会計士の私としては複雑だ。

 

私たちのお金があっという間に消えてしまった。残っているのは船に載っている積荷だけである。そのうち珀鉛とダンスパウダーは引き渡してしまうのだから、さらに残っているものと言えば天空の鏡(シエロ・エスペッホ)にて手に入れた塩の木(ソルトツリー)だけ。何とも心もとない。

 

それでも何とかしないといけないのである。私がネルソン商会の会計士だ。総帥の決断に今更とやかく言うことは出来ない。この現状で金の工面をしていかなければならない。何とかしていかなければならないのだが……、

 

10億ベリー以上のお金を一瞬にして失うことがこんなにも喪失感を伴うことだとは……。

 

 

ベリー札の残骸を見つめながら私の想いは失った喪失感と未来への展望が開けているという何だかよく分からない感情に支配されていた。

 

分かっていることはただひとつ、

 

兄さんの横っ面を引っ叩こうとしても、引っ叩くためのベリーの札束はもうないということだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうクラハドール参謀、僕たちに作らせてばっかりで一体どこに行ってたのさ~」

 

パラソルの中でクラハドール参謀から説明を受けた後に僕たちが連れられた先はこの島の真ん中でそそり立っているあの巨大なパラソルのような葉をつけた巨大樹だった。巨大樹のてっぺんにはオーバン料理長がいるはずなんだけど、そんなことにはお構いなしでクラハドール参謀が連れていったのは巨大樹の内部。

 

螺旋状にくり抜いた階段を下へ下へと進んで行ったんだよね。そしたらぽっかりと何もない空間が現れたんだけど、そこは目的地じゃないらしくてさらに下まで進んでいくんだよ。突き当りまで行ったところでベポさんにクンフーだって言いだしてさ。すっかり乗せられたベポさんは底にあった木の塊を拳ひとつで叩き割ってしまったんだよね。そしたら下にさらなる空間があってさ。多分、秘密の空間ってやつだよね。

 

そこで僕たちがやっていること。クラハドール参謀から任された仕事。結構重要みたいなんだよね。だってさ……。

 

 

 

「“筋書き”通りに事を運ばせるには細心の注意が必要だ。ボスやトラファルガーと打ち合わせておく必要があった。で、そろそろ出来たか? ちんたらやってるわけにはいかねぇんだぞ? こいつには一応期限が存在している。しっかり耳揃えて()()()()()()を用意する必要があるんだからな」

 

 

 

 

僕たちベリー札を作ってんだもんね。偽札だけど。

 

なぜかは分からないし、クラハドール参謀も全てを教えてくれるわけじゃないけど、この空間は偽札作りの工房になってたんだよね。

 

でもさ、僕もそこまでバカじゃないつもりだからおおよそのところ推測は出来るわけで……。

 

上のぽっかり空いてる何もない空間にダンスパウダーの工場があったんだと思うんだよね。で、その下にさらに秘密の空間があってそこが偽札作りの工房ってさ。これ実は上より下のこっちの方が重要なんじゃないかなって思ったりするわけで。

 

まあそこまで僕が勘繰ってもしょうがないよね。

 

「ちゃんと10億ベリー分は出来あがってるよ。あとは端数分を作ればお終いだよ。これ結構僕たち頑張ったと思うんだけど。10億ベリー作るのにあの印刷機一体何回動かす必要があると思ってるのさって感じだよ。見てよ、ベポさんの腕を。印刷機の動かしすぎでもう肩から上に上がらなくなってるんだけど……」

 

てなわけで、6時間ぐらいかけて僕たちがどれくらいのことをしていたかをクラハドール参謀に身ぶり手ぶりを加えて伝えてみたんだけど、

 

「ざっと800回ぐらいだろ。貴様たちなら出来るだろうと踏んで任せた仕事だ」

 

軽く言ってくれるよ、まったく。ベポさんが聞いてたら怒り出すよ、きっと。ねぇ、ベポさんって、疲れすぎてそれどころじゃないか。

 

「ベポさ~ん、大丈夫? 悪いけどあと少しだけ印刷機動かさないといけないよ。あと少しだけ作らないと……」

 

「……分かって……る。……はぁ……、はぁ……、やるよ……。……でも、……はぁ、……取り……敢えず……寝たい」

 

そりゃそうだよ、ベポさん。800回は尋常じゃなかったもんね。っていうかベポさんもう半分寝てるけどね。

 

「……っていうか僕も目茶苦茶しんどいんだけど。ベリー札とにらめっこばっかりだしさ。裁断機も実は結構動かすの大変だしさ。僕も取り敢えず紅茶が飲みたいんだけど」

 

結構言いたい放題な僕たちに対してクラハドール参謀は眼鏡をくいっと上げた後に言うんだ。

 

「黙れ、貴様達!! 期限を守れなけりゃボスが死ぬぞ。貴様達ボスが死ぬことよりも睡眠と紅茶に有りつくことを選ぶってのか?」

 

「え~!! それ、もっと早く言ってよ。さっきはそんなこと一言も言ってなかったじゃないか」

 

「……うぅぅ……、やる……、今すぐやるっ!!」

 

結構な脅し文句なんだけど。ジョゼフィーヌ会計士みたいだよ~。

 

 

とにかく作るしかない。総帥を死なせるわけにはいかないもんな~。

 

 

 

 

 

「ほら、どんなもんだっ!! 出来たよ、クラハドール参謀!!」

 

僕たちは何とか残ってる体力を振り絞って残りのベリー札を作り上げることに成功したんだ。ベポさんは終わった途端にばたんきゅーだけど。

 

っていうかクラハドール参謀、デスクに足投げ出して椅子にふんぞり返ってるんだけど。いい身分だよね~。

 

「よし、間に合うな。上出来だ!」

 

「クラハドール参謀が淹れてくれる美味しい紅茶が飲みた……」

 

 

僕が仕事完了のご褒美をねだろうとしたその時。

 

 

一瞬何が起こったのか分からなかったんだけど、

 

 

強烈な爆音が耳に入って来て、さらには木の壁が吹っ飛んできたんだよね。

 

 

で、その爆風の中からヒトが現れたんだ。しかもこれが見たことないキレイなお姉さんなんだけど。紫の髪の毛だなんてお洒落だな~。ってそんなこと思ってる場合じゃないか。

 

「クラハドール参謀!!」

 

はっきり言って状況の意味が全く掴めてない僕はクラハドール参謀を呼ぶことしか出来ない。

 

「あぁ、多分バズーカで巨大樹を外から吹っ飛ばして風穴開けて入って来たんだろうな」

 

は? もう目茶苦茶だよ。っていうかクラハドール参謀もそんな冷静に言うことじゃないよ、まったく。

 

「やっぱりここにあった!! あ、ごめんね~、びっくりさせちゃった? …で、びっくりついでにコレ、貰ってくね」

 

キレイなお姉さんが優しい口調で気遣ってくれるんだけど、そのまま偽札の原版を持ってっちゃってるんだけど。なんか目茶苦茶自然な動作だったから一瞬固まってしまったよ。本当にバズーカ片手に持ってるしさ。

 

「え? え~っ!!! クラハドール参謀!! いいの? 原版持ってかれるよ。キレイなお姉さんに」

 

「原版はくれてやればいい。それも筋書きの内だ」

 

クラハドール参謀の筋書きって一体どこまで続いてんだろ。まったく謎なんだけど。

 

「あ、そうそう。言い忘れてたわ。私はカリーナ。あなたのところの会計士とさっきお近付きになったわ。よろしく言っといて。じゃあね~!!」

 

で、行ってしまったよ。ベポさんがクンフーで突き破った穴から上へ。

 

キレイなお姉さんだったな~。

 

「小僧、見とれてる場合じゃねぇぞ。仕上げだ。俺たちも移動しないとな。白クマを起こしてこい。まだ寝てやがる。…………、トラファルガー、準備完了だ。後は頼んだ」

 

小電伝虫片手にしてるクラハドール参謀に窘められて我に返った僕はベポさんの方に目をやるんだけど、ベポさん本当にまだ寝てるんだけど。どんだけ疲れたんだよ~、ベポさ~ん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鷹の目との一件が終わりを迎えて、俺は久しぶりにベリー札で横っ面を痛烈に引っ叩かれる羽目に陥っていた。しかも往復ビンタ。4往復というオマケ付きである。覇気を纏われていなかったのがせめてもの救いと言えよう。だが、痛い。ベリーの札束でのビンタはやはり痛い。

 

「もうっ、信じらんないっ!!!! 私がどんな思いでベリーが消えていくのを見てたと思ってんのよっ!!!! 兄さんのバカッ!!!! ローのバカッ!!!! クラハドールのバカッ!!!! あんたたちとんでもないお仕置きしてやるんだからねっ!!!! 覚悟なさいっ!!!!!!」

 

俺が鷹の目に対する答えのカラクリ。それを後ほど明かしたわけであるが、当然ながらこのような結果となってしまった。こうなれば知っていた全員同罪ってわけであり、俺もローもクラハドールまでもが往復ビンタの刑と相成ったのである。

 

俺たちは今、今回の最終目的地点、この島の灯台の程近くに集まっている。案の定オーバンとロッコはいないのだが。ローによると新入り二人と一羽も別行動だと言う。

 

「それにしても、よく鷹の目のミホークを騙し通せたわね。偽札を燃やすなんて芸当で。バレたらそれこそ命はないじゃない」

 

当然のように湧いて出てきたであろう疑問をジョゼフィーヌが投げ掛けてくるわけだが、

 

「いや、奴にはバレてたよ。本物のベリー札じゃないってな」

 

「は? どういうこと? 天晴れ、見事なりって最後に言ってたじゃない、あいつ」

 

さらなる真実をジョゼフィーヌには語ってやらざるを得ない。

 

「ああ、言ってたな。あの言葉の意味はこれがフェイクであることも踏まえてのものなんだよ。これは元々、騙し通せると思ってやってるわけじゃないんだ。ベリーを燃やすっていう商人にはあるまじき行動を見せつつ、それが実はフェイクであるという一種のずる賢さと遊び心を奴がどう受け取ってくれるかってところに俺たちは一か八かの勝負を賭けてたわけなんだ。で、奴はこの遊び心を理解して、満足してくれたってわけだ。俺たちが中々面白い奴らだってな」

 

全く以てやってる最中は心臓が口から飛び出しそうな心境ではあったのだが、何とか上手くいったものである。

 

「ジョゼフィーヌさん、あんたには悪いが知らされてない方が鷹の目屋には上手く伝わると思ってな」

 

「貴様は筋書き通りだったそうだな。中々鬼気迫るものがあったとボスが言っていたぞ」

 

真実を語ってやったのはいいのだが、ローとクラハドールの言葉は余計だった。無言の札束往復ビンタが再来してきたのは言うまでもない。

 

「あ~もう全然気が済んでないんだけど……、それで偽札作りの工房がこの島にあるってのはいつから知ってたのよ」

 

ジョゼフィーヌの癇癪はまだ収まってはないようだが怒りに身を任せるよりも事情を知りたいという欲求の方が幾分か勝ったらしい。札束を離すことはなく、ローとクラハドールにも逃がさないように睨みを利かせたままではあるが……。

 

「アラバスタだ。だが知ってたわけじゃねぇ。あくまでもクラハドールの推測にすぎねぇんだからな。砂屋に出会った時にこいつは微かにダンスパウダーの他に重要なものがあることを嗅ぎつけたらしい。あとは実地調査をすればビンゴだったってわけだな」

 

「今回は小僧と白クマがよくやった。こいつら二人だけで印刷機800回動かして10億ベリーと船に残っていたであろう分の金を作ったんだからな。褒めてやってもいいぐらいだ」

 

ローとクラハドールの奴、こんな時は黙っていればいいものを。火に油を注ぐようなものだぞ。

 

「何言ってんのよ、全部燃えちゃったじゃない。だったらもう800回動かしてさらに10億ベリー作っときなさいよね~!!!! 死にはしないでしょうがーっ!!!!」

 

おいおい、ジョゼフィーヌ、鬼が過ぎるよ。ベポとカールが恐怖の雄叫びを上げそうになってるぞ。

 

「そう言えば貴様によろしくと言っていたぞ。カリーナという女だ。大方札勘大会ででも出会ったってところか。偽札の原版を掠め取って行きながらな」

 

最後のひと押しをしてしまったクラハドールはあえなく札束往復ビンタである。当然ローもそのとばっちりを受けている。まったくお前ら、いい加減に空気を読め。

 

「アンの小娘に偽札の原版を掠め取られたですって???? あんたの筋書きなんか三文芝居のくっだらない脚本でしかないわーっ!!!!」

 

こうなってしまったからにはジョゼフィーヌの機嫌を取り戻してやるにはそれこそもう10億ベリーを濡れ手で粟に掴み取るぐらいしか方法がないが、そんなに世の中容易いわけがないのでひとまず話だけでも戻すことにしよう。

 

「クラハドールによればクロコダイルのバックには実は相当な奴がいるんではないかって話だ。そもそもに偽札の原版と言ってるが、あれはどう見ても本物にしか見えはしなかったんだ。つまりは本物の原版だったんだろう。ってことはだ……」

 

「政府からベリーの原版が流出したってことになる。裏の世界じゃあ都市伝説のように出回ってる話がひとつあってな。昔、マリージョアで起きた世紀の大事件である奴隷解放。魚人のフィッシャー・タイガーが起こしたっていうアレだ。当時マリージョアは大混乱に陥ったと伝えられている。で、その裏側であるものが流出したと言われている。それがベリーの原版だ。フィッシャー・タイガーが絡んでたのかどうかも定かではない。全くの別物なのかもしれない。だが、混乱に乗じて原版が持ち去られたってまことしやかに言われている。あくまでも都市伝説でしかなかったんだが……。これはひょっとするとひょっとするかもしれねぇ」

 

俺の言葉を途中から引き継ぐようにしてクラハドールが言葉を並べ立ててゆき、

 

「砂屋はアラバスタの件で失脚した。だが見方を変えれば別の視点が見えてくるんじゃねぇかってな。奴に後ろ盾が居た可能性だ。その後ろ盾を失った結果がアラバスタでのなれの果てじゃねぇのかってな。もしくは後ろ盾が中枢での権力闘争にて敗れ去った可能性がな」

 

ローがさらに引き継いでゆく。

 

「ベリーの原版は確かに這い出てきた闇の深淵を覗くためには絶好の代物だったが、くれてやっても問題ない。代わりに俺たちは印刷機を手に入れることが出来た。偉大なる海(グランドライン)前半において機械(マシン)技術のひとつを手に入れることが出来たのは大きい。それに、カリーナって女は新世界の大物ギルド・テゾーロに繋がってるらしいな。これでまたひとつ取っ掛かりを掴めたわけだ」

 

「面白くなって来たってわけ?」

 

「そういうことだ」

 

「兄さん何だか楽しそう。それで? そろそろ時間だけど、どうすんの?」

 

俺の気分の高揚に感化されたのかジョゼフィーヌの気分もどうやら鎮まっているようだ。

 

「答えを伝える。それだけだ。ただ、少しだけ細工をしておけ。珀鉛とダンスパウダー、それぞれ微量だけでも手元に残しておくんだ。ゼロとイチの意味を思い知ることがこの先無いとは言いきれないからな……」

 

最後は俺が締めて終了だ。

 

 

時刻は間もなく深夜0時、俺たちが向かう先はこの島で唯一の灯台。待っているのはもう一人の王下七武海(おうかしちぶかい)

 

ラストスパートと行こうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灯は揺らめく蝋燭のみという狭い空間。木製で少しだけガタのきている何の変哲もない椅子に座って“暴君”バーソロミュー・くまは俺たちを待ち受けていた。灯台内の狭い空間では大人数が入れるわけもなく、この場にいるのは俺とローにジョゼフィーヌ、そしてクラハドールだけである。ただし、俺たちに用意されている椅子は1脚のみであるため後の3人は必然的に立って俺の脇を固める形となっている。

 

くまとの間にはテーブルがひとつ。その上に置かれている紙片に揺らめく炎が映し出されている。王下四商海(おうかししょうかい)加入の協定書。

 

 

「珀鉛、並びにダンスパウダーと製造工場、()()()()()()()。答えとして受け取って問題ないか?」

 

ゆっくりと口を開いたくまの言葉は感情の欠片も存在してないような事務的なもの。

 

 

次の一声で俺たちのこれからが決まる。そう考えると込み上げてくるものがあるが、ここまで来てしまえば考えることもないのも確か。

 

「問題ない」

 

俺も感情のスイッチを入れることなく答えて見せる。

 

「協定書の読み込みが再度必要であればここでやっておくんだな。写しを用意することは出来ない。問題なければ最後にサインを」

 

協定書はクラハドールが丸々暗記している。先程から一切口を挟んできてないってことは協定内容をすり替えられているってことも無さそうだ。

 

絶妙の間を置いて脇からジョゼフィーヌがすっと万年筆を取り出してくる。少し前までの癇癪が嘘みたいな落ち着きようだ。

 

サインを終えれば、後は俺たちの刻印を押すだけで協定は成立する。

 

 

だが、単純に刻印を押すつもりはない。あいつは今の今までずっと待ってたんだろうか? 待つのがあいつの仕事であるわけだから問題ないのだろうが……。タイミングを見計らって、

 

 

そろそろ、いいぞ。

 

 

壁越しに聞こえてくる波音に突如として切りこんでくる鋭い金属音。一瞬後に、

 

 

協定書のサイン横には俺たちの刻印が穿()()()()

 

 

少し歪ではあるが紛れもなくそれはネルソン商会の刻印。

 

 

と共に、テーブルに突き刺さっている銃弾一発。

 

 

オーバン。

 

 

世にも珍しい狙撃による刻印。

 

 

上出来だ。

 

 

 

「きっかり0時、これより新たなる王下四商海(おうかししょうかい)協定成立だ」

 

くまの厳かなる声が灯台内に響き渡る。

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

眼前に居座る七武海は新たなる幕開けを告げるのだ。

 

 

 

「ここからは()()()()()から発言させてもらう。ネルソン商会総帥へ……、俺はバルティゴからの密書を持参している」

 

 

ん? 何だ? バルティゴ?

 

 

反対の立場? 

 

 

反対??   !!

 

 

「お前たち、……悪いが外してくれ」

 

 

 

眼前の七武海がもたらしたものは正に新たなる幕開けであった。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

詰め込みすぎましたね。

次でこの島もフィナーレでしょうか。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!


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第48話 オペラが始まる

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

大変お待たせ致しました。

今回は9400字ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

この世の全てが漆黒に包まれる時刻、島の灯台にてとうとう俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)入りを決めた。と同時にボスが人払いを望んだことにより俺たち3人はここで話し合いが終わるのを待っている状況だ。待ちながらも俺には頭の中で引っ掛かっていることがあった。それはクマ屋が最後に口にした内容だ。奴はバルティゴからの密書を持参していると言っていた。

 

バルティゴ? その単語の意味をさっきからずっと考えてはいる。だが答えが出てきそうにはない。ボスはどうやらクマ屋が口にした内容の意味に気付いたようだが……。

 

「ねぇ、兄さんはあの七武海と一体何の話をしてるっていうの? 外してくれって言われたけど……、私、まだよく分かってないんだけど……」

 

どうやらジョゼフィーヌさんも俺と同じくどういうことなのか分かってないらしい。こうなりゃ俺たちの参謀に聞いてみるしかねぇだろう。

 

「ねぇ、あんたに聞いてんのよ、クラハドール。あんたなら事の成り行きを分かってんでしょ。そのイライラする笑みを見せてないでさっさと言いなさいよ!」

 

ひどい言われようだが俺は何も言わねぇ方が身のためだろう。とばっちりでの札束ビンタはもう懲り懲り。俺もそろそろ学習ってものをしないといけない。

 

「世界政府には真っ向から反旗を翻されているある組織が存在している。それが革命軍。これは周知の事実だな。そして七武海には革命軍に与する奴がいるってのも知ってる奴は知っている情報だ。だが革命軍の本拠地までは知られちゃいない。裏の世界にも一切広まってはいない謎のまま存在している数少ない情報のひとつだ。そして、今回出てきたバルティゴという名……」

 

「なるほど……、奴らにとって最重要な機密情報である本拠地の名を言ってきたことで本気度を瞬間に悟ったボスは人払いをしたってわけか……」

 

「ええっ?! じゃあ、あの七武海は革命軍のスパイってことじゃない。そんな奴と兄さんが何を話すっていうのよ。あ、……でも……。ねぇ、ロー、これ何だかお金の臭いがすると思わない?」

 

そらきたぞ。ウチの会計士が得意とする金の臭いを嗅ぎつける力。ただし俺にはそんな能力はないので俺に同意を求めるのは勘弁して貰いてぇんだが……。

 

「さぁな」

 

そんな楽しくて仕方がないって顔をしながら言われても分かんねぇもんは分かんねぇ、俺の答えはこんなもんだ。

 

「あ~もうっ!! ローは時化てるわね~。だからそんなに不健康そうな顔してるのよっ、まったく。クラハドール、あんたなら分かるでしょ。間違いない。これは絶対お金の臭いだわ、私には分かっちゃうんだから。ぷんぷん臭ってる」

 

まったく、顔が不健康かどうかは余計なお世話でしかねぇ。俺には金の臭いなどはしてこない。それよりも面倒事のような気がしてならねぇってのに……。ジョゼフィーヌさんは既にルンルン気分真っ最中であり、理解に苦しむしかねぇ状況だ。

 

 

 

プルプルプルプル……。

 

こんな時に誰だってんだ?

 

内ポケットから音と振動の正体を取り出してみりゃ、顔形から相手がピーターであることが分かる。

 

「何だ?」

 

若干の苛立ちを包み隠さずに声に出したのちに、

 

~「ああ良かった、ロー先生。不味いことになった。ロッコさんがいなくなった」~

 

返ってきたものは俺にとっては周知のこと。そりゃ船にはいねぇだろうさ。さっき島の北側で直に会ってんだからな。

 

「ああ、知ってる」

 

だからこそ、俺の返事はさらにぞんざいにならざるを得ないわけなんだが、

 

~「知ってるって? 暫く船には戻らないって書き置きされてるのをか? 」~

 

そこではじめて俺の与かり知らねぇことが起こっていることに気付く。

 

「おい、書き置きってどういうことだ! 詳しく話せっ!」

 

灯台外壁の硬い感触と一体化した背筋を嫌な予感めいたものが伝ってくる。こういうのは大体当たるもんだ。ロッコさんとのさっきのやりとりは随分と後味が悪いものだった。俺たちの知らないところで何かが起こりつつあるかのような……。だからこそ手は打っておいた。何かが起こることを想定してだ。だがこんな斜め上の方向からやって来るとは思っちゃいなかった。

 

~「一度船を離れるって言って出て行った。その時にはこんな書き置きはなかった。だが、いつ戻って来たのか分からないが陽が沈んだ後には書き置きが残されてた。しかも僕の船室にだ。船内を隈なく探してみたけど勿論いやしない。ロー先生、どうしようか」~

 

ロッコさんが船に居ないというのはどうやら確かのようだ。じゃあどこへ行ったんだってことになる。カポネ屋とのやりとり。一体何を話していたってのか。何を話す必要があったのか。

 

「ねぇ、ピーター! 気付いてるのはまだあんた一人なの?」

 

俺たちの会話を耳にしてとんでもねぇことが起こってることに気付いたらしいジョゼフィーヌさんも口を挟んできたのに合わせて小電伝虫を譲り渡し、鋭い視線をこちらへと寄越してきてるクラハドールへと目配せをしてみる。奴の顔、言いたいことが山ほどありそうな顔をしてやがる。

 

ジョゼフィーヌさんがピーターからの返事に対し、しばらく秘密にしておくようにと、こっちで調べてみるから安心するようにと語りかけているのを横目にしながら、

 

「この筋書きはお前の想定内なのか?」

 

クラハドールに尋ねてみる。

 

「……言っちゃいなかったか? 想定内と言えば想定内だな。俺たちが四商海に丁度入るタイミングで姿を消したんだ。何だか出来すぎてると思わねぇか?」

 

薄らと笑みを浮かべていつもの仕草で眼鏡を上げて見せながらのクラハドールからの答え。

 

素性が表に出てしまうのはどうしても不味い立場ってわけなのか? ロッコさんは……。一体何者なんだ? ここは奴らに聞いてみるしかないのかもしれない。 

 

さらに考えを巡らせようとすると、

 

「貴様もしっかりと保険を掛けてるんだろ? 俺の前では隠し事は意味を成さねぇぞ。別行動を取ってる新加入組はそういうことなんじゃねぇのか? ここは俺が上手くやっておく。貴様はさっさと行け」

 

クラハドールは何でもお見通しだとばかりに言葉を投げ掛けてきて、ここに居るのは邪魔でしかないとでも言わんばかりに掌で追いやられてしまう始末だ。

 

奴にしてみれば俺が考えていることなど手に取るように分かるのかもしれない。さすがは俺たちの参謀だってことにしておこう。あまり考えてる時間は無さそうだ。このままここに居れば間違いなくジョゼフィーヌさんから面倒な詮索を受けることになる。

 

それだけは御免だ。

 

 

 

 

 

ロッコさんがカポネ屋と何を話すのかは大いに興味があった。カポネ屋は青息吐息ながら最後にコラさんの名を出してきたのである。しかも情報屋として。そんな突っつけば何が飛び出してくるか分かんねぇ相手に対して用があるってんだから興味が湧かないわけはねぇだろう。

 

だが、正面切ってその場に居合わせるわけにはいかなかった。それをロッコさんは許しちゃくれそうになかった。あの雰囲気じゃあな……。

 

それでも俺たちには好都合なことに丁度お誂え向きの能力を持った奴が契約を交わそうとしていた。モシモシの実の能力を持つビビである。奴の力を以てすればその場に居合わせなくとも会話を盗み聞き出来るというもの。さらには空を飛べる奴もいる。揃いも揃って便利な奴らじゃねぇかってわけだ。そこで奴ら3人には別行動を取らせてロッコさんの動きを探らせていた。

 

現状、ロッコさんがまだこの島に居る可能性は限りなく低いような気がするが……。可能性としては二つ。まだこの島に居るが気配を完全に消している可能性。もうひとつは当然島を後にした可能性だ。厄介なことにロッコさんの場合、島を後にするのに船を必要としてねぇ可能性も高い。アラバスタでもこの島でもかなりの距離を六式体技のひとつで軽々と移動しているのだ。島一つ分飛び越えるなど朝飯前なんじゃねぇだろうか……。

 

 

さて、奴らは今どこにいる? 

 

ビビはどうやら一軒のカフェに居るらしい。間もなく開演を迎えるターリー屋のオペラが開かれる会場の近くだ。ハヤブサにカルガモも一緒だということはロッコさんの姿は完全に見失ったとみていいな。

 

本当に島を後にしてしまったのか、ロッコさん。俺たちを置いて……。

 

 

完全に深夜を回っているのにも関わらずそのカフェは喧騒に包まれていた。オペラハウスを取り囲むようにして立ち並んでいる飲食店の一軒。ターリー屋のオペラが満員御礼らしいので、昼間のような喧騒も驚くには値しない。

 

「副総帥殿、お待ちしておりましたよ」

 

店の入り口に姿を現したのを認めて立ち上がったハヤブサに手招きされるまま席へと向かってみれば、テーブル上には律儀にも何も頼まれてはおらず、ただ水が注がれたコップが3つあるのみであった。

 

「お前ら、少しは客らしく振舞ったらどうなんだ」

 

こんなひっきりなしに注文が飛び交ってる店からしたら水だけで居座ってる奴らは迷惑そのものだろう。そもそも目立たねぇようにカフェを選んだんだろうが、これじゃあ逆に目立っちまってるじゃねぇか。

 

「申し訳ありません。ビビ様の手前、私だけ注文するわけにもいきませんので……」

 

「ちょっと、ペル! 私のせいだって言うの?」

 

「クーエ!」

 

「カルーまで……」

 

「コーヒーでいいな!」

 

付き合ってらんねぇことには付き合わないに越したことはねぇんだが、

 

「……あの、ローさん。何か食べてもいい? ……実はお腹ぺこぺこで……」

 

嫌でも付き合わねぇといけないらしい。

 

「好きにしろ」

 

恥ずかしそうに、申し訳なさそうにされればダメだとは言えない。そんな俺は何か間違ってるか?

 

 

ハンバーガーに対して大口開けてかぶりつくビビの姿を目前で見せつけられながら、ハヤブサに今までの経過を聞き取った内容を纏めてみると、ビビとカルガモはずっとこの場に居ながら能力によって聞き耳を立てていたらしい。そりゃ腹が減ってもおかしくないわけだ。そこらじゅうで自分の嗅覚と視覚に襲いかかって来るものが溢れていたわけなんだから。そしてハヤブサは一人、上空偵察に回っていたと。カポネ屋は瀕死の状態ながらもロッコさんと話を交わしていたと。

 

そういうことらしい。

 

 

「満足か? そろそろ報告を頼むぜ」

 

「うん。ローさん、ありがとう。もうお腹いっぱいでとっても満足!」

 

ナプキンで口元を拭い、コーヒーを一杯口にし、背凭れに身を委ねて、ハンバーガーを平らげ終わったビビは随分と満足げだ。じゃあ満足ついでに早速話をしてもらおうじゃねぇか。

 

「ビビ様、はしたない姿ですよ。ほら、副総帥殿が報告を求められていらっしゃいます。余韻に浸っている場合ではありません!」

 

「言われなくても分かってるわ! もう何か最近のペルってイガラムみたいよ?」

 

「ええ、私は海に出るときに心に決めたのです。ビビ様の御供をするということはイガラム隊長のようにならねばと。よってビビ様には耳の痛いことであっても口にせねばなりません」

 

妙な主従の関係を見せられて俺は水分を欲していたが目の前のテーブルに置かれているのは残念ながらコーヒーである。

 

飲みもしねぇもんを頼むんじゃなかったな。

 

とはいえ、この店で緑茶が出てくるとは思えないのでここは我慢するしかねぇだろう。

 

「じゃあローさん、始めるわよ」

 

そう言って姿勢を正し、目を閉じたビビはさらにゆっくりと言葉を紡いでゆく。

 

「貴様がファイアタンク海賊団として手配書に載った時には目を疑ったもんじゃ。五大ファミリーのひとつになったのはひとえに我らのおかげじゃろうて」

 

「おい、何のつもりだ。いきなり……」

 

「ローさん、演技よ。録音していた内容を演技に乗せて口にしているだけ。もうそろそろ私の演技にも慣れてくれない?」

 

「ああ、分かった。続けてくれ」

 

「…………頼んだ…………つもりはねぇ。…………何しに…………きた?」

 

こいつはこの演じ分けをずっと続けるつもりなんだろうか? 最初がロッコさんで後の方がカポネ屋なんだろうが、まるで死にかけみたいな声の出し方じゃねぇか。無駄に懲りすぎてやがる。

 

「つれない奴じゃな。ファミリーがひとつ潰れて貴様がその後釜になったんじゃ。その後の音信不通。我らには実に好都合じゃった。全てはひとつの繋がりの中に存在しておる。連関されたつながりの中には誤りがあってはならん」

 

「…………何が…………言いたい?」

 

「分かっとるじゃろうて。貴様が存在していることは我らにとって実に不都合な真実なんじゃ」

 

おいおい話がやべぇ方向に向かってるじゃねぇか。

 

「イッツ・ア・エンターテインメント!! 商売相手(パートナー)のピンチに間一髪で間に合った。まさにエンターテインメント!! そう思わないか? ……アレムケル・ロッコ……」

 

ん? 

 

「何じゃ貴様……」

 

「ちょっと待て。基本的な質問なんだがこれには3人目の登場人物が出てくんのか?」

 

「うん、そうよ。明らかに声色が違ってたから。誰なのかは分からないけれど……」

 

「私が上空から確認する限り3人目の姿は確認できなかったんですが……。このようにビビ様はしっかりと声を聞いてらっしゃるようでして……」

 

見聞色の使い手か? 気配と姿を消して置いた上で不意打ちのようにして現れたのか? だが、一体どこのどいつだ?

 

「どうした? 先を続けてくれ」

 

「ごめんなさい。ここまでなの。ちゃんと聞き取ることが出来たのは。この先は何だか雑音が混じってしまっていて……」

 

「実は私も奇妙なことなんですが、二人の姿が突然消え去ってしまったのです。一瞬にして影も形もなくなってしまいまして……。残念ながら私はまだその覇気とやらに精通しているわけではありませんので……、申し訳ありません」

 

演技を終えて我に返ったようなビビとハヤブサがお互いに目配せしたのち、共に申し訳なさそうにして謝りを告げてくる。

 

「奴らの船はどうした? 目と鼻の先に停まっていたはずだ」

 

「船も同じくです。出航したそぶりも見せずに消えてしまいました」

 

打つ手なしってことか……。ビビが言う雑音ってのは偶然ではないだろう。覇気によるものなのか、ビビの能力にまで影響してくるような新種の電伝虫なのか。とにかくも肝心の話は聞き取れずじまい。後を辿ろうにも奴らもロッコさんも船諸共に忽然と姿を消してしまいやがった。

 

現状、何も分かってねぇに等しいがボスには話さねぇとな……。偉大なる航路(グランドライン)のど真ん中で航海士が突然いなくなるってのは由々しき事態だ。当然ながらそれだけの問題でもねぇが……。

 

「何もねぇよりかはましだ。分かってることを整理しておこうか」

 

「ファイアタンク海賊団のベッジは西の海(ウエストブルー)の五大ファミリーの一角だったってことよね」

 

「私も何度か世界会議(レヴェリー)には帯同しておりますので、西の海(ウエストブルー)の裏社会を牛耳っているのが五大ファミリーと呼ばれるマフィアであることは承知しております。その五大ファミリーになるのを後押ししたのが航海士殿であるということでしょうか」

 

「ペル、大事なことがひとつ。ロッコさんは()()と言ったのよ。自分ひとりならわっしと言ったはず」

 

「良いところに目を付けてるじゃねぇか」

 

ビビの言う通りだ。ロッコさんは我らと言ったらしい。我らとは? 誰がバックに付いてる? それに、

 

「3人目の登場人物だな。そいつはカポネ屋の後ろ盾ってところか。しかもロッコさんをも知ってるような口ぶりだった」

 

纏めるとこんなところだろうか。これだけ分かっただけでも良しとするしかねぇだろう。

 

「クエ、クエ、クエーッ!!」

 

俺たちが真剣に話し合っていたところを邪魔せずに自分の世界に浸りこんでいたらしいカルガモがようやくにして己の存在を誇示してくる。テーブル上のコーヒーは当然ながら冷めきってしまっている。周りを見渡せば徐々にだが客がまばらになりつつあるようだ。ターリー屋の開演時間が迫ってるってことだろう。

 

「そろそろ時間だな。ボスには俺から話をしてくる。お前たちは先に会場に行け。だが気をつけろよ。まだお前たちが顔合わせはしねぇ方がいい奴らも集まって来てやがる。面倒事はねぇに越したことはないからな」

 

「分かってるわ、ローさん。声が微かに聞こえているもの。さあ、ペル、カルー、行きましょう!」

 

ビビたちが先に店を後にしていくのを見送りながら思案する。

 

気が進みはしねぇが当然言わないわけにもいかない。さあ、どう切り出すか……。

 

 

ボスの事だ。ギリギリまで近くのバーにでも入って一服してることだろう。

 

 

行くか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルティゴからの密書……。

 

革命軍トップからの手紙。

 

何のことは無い。内容は商売の如何によっては取引関係を持つ用意があるというもの。友好関係を持ち掛けてくる話でしかなかった。密書と言うような大層なものでは決してなかった。

 

ただ最後に、相見えた時には遠い昔話を語ってやることが出来ると認められてあったのだ。遠い昔話? 興味惹かれる内容ではないか。革命軍のトップであるドラゴンは一体どんな昔話を語ってくれるって言うのだろうか? これはバルティゴに訪問してみるのもやぶさかではないが……。

 

とはいえ、基本的には革命軍とあからさまに友好関係を結ぶつもりはない。ましてや与するつもりなど毛頭ない。目的自体は俺たちと合致する部分があるかもしれないが、俺たちは世界をどうこうしようなどとは考えていないのだ。俺たちはただ俺たちのために動いているのだ。それ以上でも以下でもない。その点においては革命軍などと御大層な組織とは何かが根本的に違っているような気がする。

 

文面には近々にも連絡役を寄越すとも書いてあったが……。名前をサボと言うらしい。まだ若いが将来性は十分らしく、いい関係を築けるだろうとも付け加えてあった。要は期待の有望株を送り込んでくるってわけだ。

 

連絡役か……。さて、どうしたものか……。

 

 

 

考えを巡らせながら右手は勝手に口元から煙草を奪ってゆき、肺は勝手に紫煙を外へと吐きだしてゆく。賑やか過ぎるが故に、雑な造りをしたカウンターを前にして逆に一人忘れられたかのように佇むことが可能となっている何ともこじんまりとした酒場。

 

深夜を回ってもキューカ島のこの界隈は眠ることを惜しむようにして煌々と明かりが灯っており、人々が酒と煙草とたわいもない話に興じ合っている。なぜならばオペラハウスが近くに建っており、間もなく開演時間を迎えつつあるからだ。しかも演じ手はさすらいの人気オペラ歌手タリ・デ・ヴァスコときている。つまりここはオペラを観る前に一杯ひっかけようという連中の溜まり場となっているわけだ。

 

そんな場所で俺の左手は勝手に眩く輝く琥珀色の液体が入ったグラスを口元に運んでゆく。意識しようともしなくとも淡々と続いてゆく一連の動作。我ながらどうしようもない奴だと思ってしまうが勝手に進んでゆくのだから致し方ないだろう。

 

これは不可抗力だ。こんな居心地の良い空間に酒を出されてしまっては、煙草が手元に存在してしまっては、あとは流れゆくままにでしかない。

 

だがそれも束の間のひとときに終わりそうだ。我が右腕の姿が視界の端に入りこんできている。まるでここにいることがあらかじめ分かっていたような迷いのない足取りで奴は俺の隣に滑り込んでくるではないか。

 

「見つかってしまったな」

 

煙草と酒の幸せなループを途切れさせることなくまずは軽口を叩いてみる。

 

「俺は医者だからな。患者の事は大抵分かってるつもりだ。そもそもあんたは分かりやすいが……」

 

首振りと頷きだけで注文を済ませるという見事な芸当を披露しながらローも軽口に応じてくる。そう言えば俺はまだこいつの患者だったな。一度は離ればなれになった右腕の状況は随分と良くなってるようで何よりではあるが……。

 

「で、何があった?」

 

軽口の応酬はひとまずおあずけだ。何か厄介なことが起こっていることは顔を見れば直ぐに分かった。ただ、こいつの場合は敢えて顔に出している時もあるというのが食えないところではある。

 

「……………………」

 

何かを口にしようとしてはいるのだが無言のままだ。どうやら気が進まないらしい。間違いなく厄介事だ。

 

こいつの気が進まないのなら無理に訊ねてみたところで仕方がないので、俺も幸福ループに身を任せるだけであった。ローの沈黙は奴が注文した酒が手元に置かれてからの一口の後まで続いていき、

 

「ロッコさんがこの島から消えた。暫く戻って来ねぇつもりらしい」

 

酒を口にしたことで気持ちが固まったらしい奴から飛び出してきた内容は正真正銘の厄介事だった。

 

俺もローと同じくして直ぐには返す言葉が出てきそうにはない。さっきまでは確かに幸福のループであった煙草と酒のやり取りが何とも気を滅入らせるループに感じられてくるから可笑しなものだ。

 

俺はここで笑ってしまえばいいのだろうか? 否、そんなことをすれば俺は狂人への道まっしぐらだ。俺はまだ少なくとも狂ってはいない。それにローは決してジョークを言ったわけではなさそうであり、これがジョークなら全く以てして笑えないジョークだ。

 

「そうか。詳しく話せ」

 

人間そんな時はつまらない言葉しか吐き出せないものなのだろう。その後ローが聞かせてくれた内容を脳内で整理してみたが、どうやら間違いはなさそうだ。

 

 

ロッコは暫く離れるという書置きを残して島から消えた。

 

 

ここでやるべきことは分かっている。分かり切っている。現状では打つ手はない。ロッコがどこに姿を消したのか分からない。もしかしたらまだこの島に居るのかもしれない。だがそれさえも分からない。俺たちにはそれを探る術がない。奴を辿ることは出来ないのだ。ならば俺たちに出来ることは待つこと。ただそれだけである。奴は暫く離れると言っているのだから。

 

だが、このあるべき理性を、冷静沈着さを押し通せるほどに感情ってやつが柔に出来ているわけではない。

 

 

なぜだ? なぜだ? なぜだ?

 

 

心のままに疑問の言葉を叫びたがっているし、

 

 

カウンターを両拳で叩きつけてやりたい気分で満ち溢れている。

 

 

それでも、そんなものは心の奥底に押し隠してしまわねばならない。先頭にて舵取りをする者の務めだ。

 

 

よって俺が取る選択肢は感情の諸々一切合切を盛大な紫煙として己の体内から吐き出すことである。これぐらいは許されてもいいはずだ。

 

そして吸殻をそっと灰皿に押し付ける。

 

「航海士が居なくなる。ベポはどこまでやれそうだ?」

 

考えなければならないこと。決断を下さねばならないことがある。

 

「ジャヤまでは何とかなるだろう。ピーターもいる。あいつはアレで航海術のセンスもある」

 

返ってくるローの言葉に希望的観測はないはずだ。こいつも大事なところで決断を下す力は持ち合わせているはず。

 

「その先は厳しいか?」

 

「ああ、危険だ。あの辺りの海域はウォーターセブンが中枢よりに移動してから危険度が倍増しって話だ」

 

つまりはそこまでには何とかしないといけないわけだ。

 

「ジャヤまではベポに任せよう。ピーターを補佐に付ける。この問題に片を付けるのはジャヤだ」

 

ジャヤまでにロッコが戻ってくるなんていう希望的観測は勿論考慮に入れない。商売に身を置く者として最悪を想定しておくのは重要なことだ。

 

 

ふぅ~~~~っ、

 

 

時間だな。

 

 

「行こう。話は終いだ。オペラが始まる」

 

俺たちは行かなければならない。進み続けなければならない。

 

 

地獄の業火の一本道、その先へ……。

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

キューカ、あと少しだけ続きます。


誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!



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第49話 闇夜は深い

いつも読んで頂きましてありがとうございます。大変長らくお待たせ致しております。

今回は10600字ほど。

よろしければどうぞ!!




偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

 

闇夜の時刻であってもここキューカ島では純粋な闇夜にお目にかかることは出来ないらしい。人々は寝る間を惜しむようにしてキューカを満喫していた。島を縦横無尽に駆け巡るフラッグガーランドは輝かしいまでに電飾を施されていた。故に闇夜を彩る光に事欠くことはない。

 

そして深夜1時の刻限。一際輝く光を煌々と放つ場所が存在している。

 

オペラ会場。全ての人の波を吸い込んでいきながらもそれは悠然と佇んでいた。巨大建造物と言う程ではないが決して小さな建物というわけでもない。石組みされた優美な構造物の上には無数のパラソルが織り成していた。フラッグガーランドに吊るされているようなカラフルなものとは違い、真白なそれは建物内から放たれている光によって淡いオレンジに揺れており、得も言われぬ美しさに溢れていた。

 

会場入口には俺たちに似たタキシード姿の係員が待ち受けており、顔を一瞥しただけで俺たちが最高級のもてなしをするべき相手であると判断したようで、上層のVIP席へと向かう螺旋階段へと案内されてしまった。どうやらタリ・デ・ヴァスコからの招待は本物のようで、俺たちは顔パスと相成ってしまったわけである。

 

そんな案内の末に通されたのはボックス席の扉前。最後に案内役の係員から敬礼を受けたわけだが、やはり手の角度と位置がどうもおかしい。タリ・デ・ヴァスコと同じなのだ。こいつら一体どんな思考回路をしているんだろうかと思いたくなるところを微笑の仮面で覆い隠して扉を開けた先では演目が既に始まりを告げていた。

 

上層から見下ろした先にある舞台上では男が一人、響いてくる歌声は柔らかく透き通るような美しさだ。少し照明が落とされた舞台上でスポットライトを一身に受けている姿には神々しいという形容が浮かんできそうである。

 

ダークレッドに包まれているボックス席に足を踏み入れてみれば3席ずつの二手に分かれており、一方では既にクラハドールが席についていた。

 

 

 

だが、

 

 

もう一方の3席の内2席を占めている後姿が目に入ってきた瞬間、

 

 

俺はタリ・デ・ヴァスコを撃ち殺してやりたい気分に襲われている。

 

 

小柄でポニーテール、大柄で短髪、そしてどちらも白髪。

 

 

「ターリー屋に感謝しねぇとな。ろくでもねぇ組み合わせだ……」

 

 

ロー、全く以てお前の言う通りだよ。よりによって、おつるとガープと来たもんだ。

 

 

「久しぶりだね、いい子にしてたかい?」

 

 

ああ、いい子にしてたんだから勘弁してくれと心底言ってやりたい。

 

 

勿論、そんなことは言わないが……。

 

 

 

 

 

今回の演目は『海の戦士ソラ』ということらしい。道理で会場が満員御礼になるわけだ。世界経済新聞が毎日欠かすことなく掲載し続けている絵物語であり、超が付くほどに人気な企画らしい。それをオペラとしてやっているわけであるから人気が出ない方がおかしいのだ。

 

なるほど、タリ・デ・ヴァスコはこれを演じて回っているのか……。儲かってないわけがないな……。

 

これだけの大盛況を見せつけられてしまうと、どうも穿った見方をしてしまうものである。元ネタは世界経済新聞というわけであるから、当然そこから莫大な援助が為されていると勘繰りたくなるし、題材が題材なだけにさらにバックに控える政府の影を感じてならない。隣に海軍の重鎮二人が居座っているのも納得がいくと言うものだ。

 

 

舞台上より響いてくる声が俺たちを包み込む。

 

 

悪はなぜ存在するのか?

 

倒しても、倒しても、倒しても、奴らはまた立ち上がる。

 

海を渡って押し寄せてくる。

 

奴らは求めている。欲している。すべてを。すべてをだ。

 

悪はなぜ存在するのか?

 

答えは存在していない。

 

悪は悪でしかない。

 

悪は生まれながらにして悪なのだ。

 

答えを求めてはいけない。

 

今日もまた何の罪もない人々が泣いている。

 

恐怖に打ち震えている。

 

怒りを必死に押し隠している。

 

求めるべきは何か。

 

それは正義だ。

 

だから今日も歩こうか。

 

この海原を。

 

 

バリッ、バリッ、バリッ。

 

「これだからアンタと観劇するのは嫌いなんだ。私がここのオーナーだったなら摘まみ出してるところだよ」

 

脳内に直接響いてくるようなタリ・デ・ヴァスコの歌声を台無しにしてしまいかねないような煎餅をかじる音。それを嘆くおつる。

 

「おつるちゃん、茶をくれんか?」

 

「アンタ、人の話を聞いてるのかい? ここはそもそもが飲食禁止だよ。それに私はアンタの女房じゃないんだよ、まったく」

 

悪びれもせずに煎餅に合わせて茶を求めてくる奴の相手は実に大変そうだ。少々苛立ちが声に現れているのも頷けるというものである。たとえどんな聖人君子であろうとも声を荒げさせてしまうような能力がガープと言う人間には備わっているのかもしれない。

 

「おお、そうじゃったな。おつるちゃんはオペラが嫌いじゃったな。……ん? じゃあなんでここに来とるんじゃ?」

 

「…………、観劇が好きだからに決まってるじゃないか」

 

「そうなのか」

 

バリッ、バリッ、バリッ……。

 

 

俺には、俺たちには理解出来そうもないな。諸々突っ込みどころ満載なんだが一体どこから突っ込んでいいものか分からないので、

 

「おつるさん、俺はあんたを尊敬してしまいそうだ」

 

逆に褒めてしまうわけだ。この婆さんに対して皆が一様にして()()()()する意味がようやく分かったような気がしてくる。

 

「全くだ。俺なら無言を貫いてるな。年の功とはよく言ったもんだ」

 

「たまにはあなたの能力で綺麗にしてやった方がいいのでは? 老いてもしつけは大事でしょうに……」

 

ローとクラハドールも思ったことを口にしている。ここで一番思ったことを口にしていないのはおつるさんなのかもしれない。

 

「知ってるかい? バカに付ける薬は存在しないんだよ。それで察して貰いたいもんだよ、お前たちにはね……」

 

おつるさん、あんたは本当に聖人君子だよ。人の話をまったく聞いていない爺さん相手に声を荒げもせずに柔らかな返しをするなんて芸当は到底俺たちには出来そうもない。あんたもう随分と生きてきてるんだろうから怒ったっていいんだよと、無視を決め込んだって罰が当たったりはしないだろうよと言ってやりたいが、そうしないからこそのおつるさんというわけなのかもしれない。

 

それにしても爺さん、否、(ジジイ)という表現の方がしっくりくるな。あんたの会話は成立しているようで全く成立してやしないぞと。成立しているようになってるのは全ておつるさんのお蔭だ。ウチのジョゼフィーヌが酔っ払った時でももう少しまともな返答をするものだが。

 

バリッ、バリッ、バリッ。

 

煎餅から手を離せっ!!!!!

 

と、叫んでやりたいところだが俺には出来そうもないな。

 

すまない、おつるさん。あんたにはウチのジョゼフィーヌみたいな奴が必要そうだ。酔っ払った時のあいつは全く以てして手に負えないが、何でも言いたいことを相手を気にせずズバッと言える。そういう奴があんたには必要だな。あんたの心労は慮って余りある。長生きしてくれ……。

 

 

拙いな……。

 

仮にもついこの間までは敵であった相手に対してこんなにも心を寄せてしまうとは……。俺も相当に何かが溜っているのかもしれない。

 

さて、ジョゼフィーヌたちはどこだ?

 

あいつらは俺たちとは席を別にしている。出会いたくはない相手と出会ってしまう可能性を考慮しての予防策だ。なぜなら、あいつらにはビビとペル、そしてカルガモが含まれているからだ。案の定、ここにあいつらがもし居たのなら厄介なことになっていた可能性が高い。要らぬ詮索は受けないに越したことはないのだから……。

 

…………居たな。

 

俺たちとは随分離れたボックス席に居るようだ。角度的にはギリギリだが何とか視界に収めることが出来るところに居る。随分と楽しそうにしているではないか。ビビ、それにペルと談笑しながらの観劇は実に心地が良さそうだ。俺たちの居心地がいいかどうかと問われれば首を縦に振ることは決して出来ないというのにな……。

 

まあ、それはいいだろう。これも仕事の内だと思えば大したことではない。

 

カール、お前はいつも本当に素晴らしいな。オペラもしっかりとメモを取りながら観ているのか……。

 

ベポ、…………お前は後でお仕置きだ。完全に寝てやがる。

 

カルガモ、お前の鮮やかな黄色は目立つな。……墨はどこにあっただろうか。

 

 

これはオペラを観終わった後でもやること満載だな。

 

 

 

「今日は吸わないのかい? あれから少しはいい子になったのかねぇ」

 

不意におつるさんの話の矛先は俺へと向かってくる。

 

「俺たちは別に外道ってわけじゃないんだ。マナーぐらい守るさ。煙草を愛する者として最低限の心構えだ」

 

おつるさんに初めて相対したのはフレバンスにある珀鉛鉱山のトンネル内だった。あの時はありったけの反骨精神を持ち寄っていたものだ。マナーもへったくれもありはしなかった。まだ大して月日は経っていないと言うのに随分と昔のことのように感じられてしまう。

 

「さすがは四商海様だね。立派なことを言うじゃないか」

 

「あんたからそんなことを言われると嫌味にしか聞こえないな」

 

「私も褒め言葉を言ったつもりはないよ。今でも私はお前たちをあの場所で終わらせてやるべきだったと信じて疑ってはいないんだからね。だが……、空いた穴は塞がないといけないのさ。その意味においては歓迎の意がないわけじゃない」

 

奪え。奪うのだ。

 

おつるさんとのやり取りをする間にも舞台上では物語が進みゆく。歌手が代わり、歌声も変わる。野太くも力強さに溢れるその声は……。

 

「わしはあきらめてはおらんがな。四商海になったことが海兵になることを阻む理由にはならんじゃろう。ぶわっはっはっ、むしろやり易くなったというもんじゃ。毎朝勧誘の電伝虫を掛けてやろう」

 

恐怖を与えてやるのだ。

 

「海兵に出来そうな者は見つかったのではないですか?」

 

「お前が“脚本家”だね。わざわざ御膳立てをしてくれたってわけかい? 実はお前の動向も注視しているよ。遠い昔に東の海(イーストブルー)で何があったのかも承知はしているつもりなんだ。伊達にお前たちより倍の人生を生きてるわけじゃないからね」

 

支配。圧倒的なる支配をせねばならん。

 

「わしはお前の方じゃな、トラファルガー・ロー。お前の能力と覇気であればいい海兵になりそうなんじゃがな」

 

「おいジジイ。あのオカマで我慢しておけ。俺は海兵やるほど暇じゃない」

 

「な~にがジジイじゃ。爺ちゃんと呼ばんかっ!! ……そう言えばお前の爺ちゃんじゃあなかったわいっ!!!」

 

我らは悪。悪そのもの。この世界を悪で染めてやればいい。

 

「俺から右腕を奪おうとするのは止めてもらっていいだろうか。ローを海兵にしなくても代わりはいるんじゃないのか、クロコダイルは捕らえたんだろう?」

 

「あの男はインペルダウン送りと決まっている」

 

世界は悪を求めている。悪の支配を求めている。

 

「何か事情でもあんのか?」

 

「心惹かれるお話ですね。もしかして、中枢のどなたかと繋がっていたりとか……」

 

「……まったく、油断ならないねお前という男は。これはまだお前たちが関わっていいことではないんだよ」

 

行こうではないか。今日もまたこの海原を。

 

「じゃあクロコダイル自体の穴は埋まったのか? それぐらい教えて貰ってもいいだろうに」

 

「いいとも。四商海の権利には政府の内情を知る権利も含まれているからね」

 

「じゃが何も決まってはおらんのだ。はっきり言ってな」

 

「七武海の選定には時間が掛かる」

 

「クロコダイルの後釜としてこの島を掌中に収めるのがこんなにも早いってのにか? この島の実権はヒガシインドガイシャが握る。あんたがこの島に居るってことはそういうことなんだろう?」

 

「言ってくれるね。そうとも、お前の言う通りだよ。鷹の目が巨大樹を真っ二つにしたのを見ただろう? あんなことは私たちが入りこんでないと出来ない芸当さ。でも些かやり過ぎだけどね。」

 

「そう言えば、鷹の目屋の姿が見えねぇが……。この会場には一同勢揃いってわけじゃねぇのか」

 

「あやつはいつも気まぐれなんじゃ。年から年中暇つぶしの方法を探っておるが暇を潰すことが出来た後には用がないと、まあそういうことじゃ。言うなれば変態じゃな」

 

「鷹の目屋もジジイには言われたかねぇだろうよ」

 

「それは私も同感だね。ガープ、アンタもいい加減にした方がいい」

 

「おつるちゃんまで何を言うとるんじゃ。わしがジジイならおつるちゃんもババアとい……」

 

 

この世のものとは言えないようなおぞましい光景が一瞬見えたような気がしたが、否、俺には、俺たちには何も聞こえなかった。何も見えやしなかったんだ。……ということにしておきたい。

 

そんな中でも舞台上は次へと移り変わってゆく。3人の女たちが現れてのアンサンブル。

 

歌いあげられるのは悲しみ。この世には必ず虐げられる者たちがいて、その悲しみが重みを伴った高らかな声で歌いあげられてゆく。そしてそれらは折り重なりひとつの大きな悲しみとして観客席を包み込んでゆくのだ。

 

だが、どうだ。隣のガープがたんこぶを積み重ねた姿は……。これも一種の悲しみだろうか? 否、これは驚きだな。拳骨のガープでもたんこぶが出来るのかという。洗い清められてもいたが、果たしてこのジジイに効き目はあったのだろうか。

 

「ところでお前たち、鷹の目の奴が何やら褒めておったがあやつと何があったんじゃ? 面白い奴らだと随分と上機嫌であったがのう……」

 

っておい、鼻の穴に指を突っ込みながら話をしているではないか。つまりは何の効き目もありはしなかったということだ。おつるさん、あんたこの男とウン数十年付き合ってきたわけだ。全く尊敬に値するな。このジジイには幼少期にまで遡ってしつけをし直した方が良さそうだが、それには一体何十年遡らないといけないのか……、とにかく面倒くさいことは確かだ。

 

「巨大樹の近くで大量のベリーの燃え跡を確認している。大方想像は付くけどね~。これもお前の仕業のような気がしているよ。クラハドールとやら……、面白いことを考えるじゃないか」

 

「お褒めに与り何とも光栄ですね。と申し上げたいところですが、私など総帥の執事の片手間でのこと。大層なことはしておりませんよ。我らにはこちらの副総帥がおりますから……」

 

「随分と謙遜するじゃないか。確かに副総帥というトラファルガー・ロー、お前も厄介な男だよ。サイレントフォレストではウチの者が世話になったみたいじゃないか」

 

「さぁな……」

 

「その顔はあまり詮索はされたくないっていうことかい。あの場にはニコ・ロビンが居た。私としては実に興味深いのだけどね~」

 

「そのニコ・ロビンはどうやら噂の麦わら一味に加入したらしいですね」

 

「おやおや、中々情報通じゃないか。それに……上手い話のはぐらかし方だよ。確かにニコ・ロビンは麦わらの一味と一緒に居ると聞いている。ガープ、アンタの孫のところだよ」

 

「わしの孫じゃ、それぐらいはするじゃろうて。いずれは止めにいかにゃならんが……」

 

「本当に止める気があるんなら早い方がいいだろうよ。あいつの成長速度は末恐ろしい」

 

「なんじゃ、知った口を利きおって。……もしや貴様ら孫に会ったんじゃなかろうな」

 

「俺たちもアラバスタに居たんだ。そんなことがあっても不思議じゃねぇだろ」

 

「何を生意気な。わしが随分会っとらんと言うのに、何で貴様らが会っとるんじゃーっ!!! で、どうじゃった? ルフィは元気にしておったか?」

 

「ガープ、あんたみっともないことはおやめよ。仮にも億越えになった賞金首だ」

 

「何を言うとるんじゃ、おつるちゃん。わしの孫じゃぞ!! わしはあやつを立派な海兵にしようと思っておったんじゃ。だと言うに、あやつとくれば海賊なんぞになりおって。わしはまだ諦めてはおらんぞっ!!!」

 

「アンタが行ったところで話が纏まるとは到底思えないけどね~。好きにするといいさ。……ところで、さっきアラバスタに居たと言ったね。じゃあ、あそこに居る者たちはお前たちのところに加入すると、そういうことなのかい?」

 

「だったらどうなんだ?」

 

「どうと言うことはないけどね。感心しないのは確かだよ。特に政府の上層部はね。仮にも王族だ」

 

「ですが、王族を加入させてはならないという禁止事項があるわけでも有りませんが……」

 

「なるほど、協定内容はきっちり把握済みというわけかい……。まあ、いいさ。確かにそんな禁止事項があるわけではない。でも上に報告を上げないわけにはいかないよ、これは」

 

「上げてもらって構わない。俺たちは何も悪いことはしていないからな」

 

「それよりもだ。協定内容には確か獄中ないし護送中の囚人を交渉により貰い受けることが出来るなんてもんがあったよな」

 

「細かいところを突いてくるじゃないか。確かに協定事項としてそういう内容は存在しているよ。さらに誰かを加入させようっていうのかい? ……それは、ロッコの件と繋がってくるんじゃないのかい?」

 

「……おつるさん、あんたは本当に痛いところを突いてくるな。一体何をどこまで知っているんだ?」

 

「貴様らはアラバスタでクザンの青二才と遣りあっておるんじゃろう。当然そこからロッコの事には気付く。わしらも長年密かに足取りを追ってた相手じゃ。この島でも気配は追っておった。じゃが島の北側で突然途絶えたというわけじゃな」

 

「ロッコがお前たちの前から姿を消した。つまりはそういうことじゃないのかい」

 

「ああ、その通りだよ。だからこそ俺たちは急ぎで航海士を必要としている」

 

「四商海の管理監督は最終的には五老星にあるが、実際はヒガシインドガイシャが担う。必要とあらばその話受けて構わないよ」

 

「丁度インペルダウンへ護送中の海賊たちがおるが、どうする? 海賊は海賊じゃが相手は魚人じゃ」

 

「魚人か……。海には俺たちなんかよりも詳しいんじゃねぇのか。水先案内人にもなりそうだ」

 

「興味深い筋書きになりそうですね。私は東の海(イーストブルー)におりましたので、少々察しがつきますよ」

 

「決まりだ。取り敢えずその護送船をジャヤに寄らせてくれ。そこで直に会って判断する」

 

「いいだろう。ジャヤが次の寄港地ということなのだろうが、それは根拠地申請をするということかい?」

 

「そのつもりだ」

 

「根拠地申請は五老星に諮る必要がある。上げてはおくよ」

 

 

いくつかの懸案事項を片付けていく中でも舞台上からの歌が途切れゆくことはなく、また場面は切り替わろうとしている。新たな舞台装置が下から姿を覗かせつつあるのだ。それはたっぷりと水が張られており、何とも青い。全てを包み込まんとするブルー。海を表現しようと言うのだろう。つまりはこれから正義と悪の戦いと言うわけだ。

 

そして歌。互いの歌が交錯する。

 

正義と悪、それぞれの歌。

 

 

 

 

 

そこへ、

 

背後の扉へと近付くひとつの気配。

 

隣の3席の内、最後の1席が空いたままであることが頭の中で引っ掛かってはいた。

 

そこに座るはずの奴がいるってことだ。

 

「やァ、遅れてしまって申し訳ない」

 

「主催者が遅れるとはどういう料簡だい、モルガンズ。これはあんたの興行でもあるんだよ」

 

言葉とは裏腹に悪びれもせず現れたのは小粋な羽根付きハットを被った鳥だった。こいつが噂に聞く世界経済新聞社の社長、“ビッグ・ニュース” モルガンズか……。

 

「丁度スクープが舞い込んで来たものでして……。おつる総督、失礼を致しました。ガープ中将、ご無沙汰致しております。……これはこれは、お初にお目に掛かりますかな? ネルソン商会のハット総帥にお歴々とお見受けするが……、あなた方の件もビッグ・ニュースでしたな。明日にはしっかりと掲載させて頂きますよ」

 

「お前たちに紹介しておくよ。と言っても……、お前たちのことだ、粗方の背景は知ってるんだろうがね。世界経済新聞社の社長、モルガンズだ。この歌劇の演目は知っての通りのもの。当然ながらこの男とは密接な関係にあるからね」

 

「フフ、これはあなたの筋書きですか?」

 

「クラハドールとやら、お前は一体どこまで先を読んでいるのかね~」

 

「いえいえ、他意はございませんよ……」

 

「おお、モルガンズ、久しぶりじゃな。どうじゃ、そろそろわしの孫で特集を組んでみると言う話は?」

 

「ガープ中将、その話ならきっと近いうちに実現できると思われますよ」

 

「ガープ、アンタの孫の話はもう置いといておくれ」

 

「おつるちゃん、何を言うか。わしの孫じゃぞ。それともなんじゃ、おつるちゃんが特集されたいと言うことかのう? それは今更じゃ、おつるちゃんはもうババ……」

 

隣で情け容赦なく鉄槌が下されている様子は見なかったことにしよう。学習しない奴の末路は往々にして決まっているものだ。そこに同情が入り込む余地は存在しない。

 

「……お見知りおきを……。スクープには目がないものでして始終あちこちを飛び回っておりますが、本社はヤードに構えております。今後いらっしゃることが増えると思われますので、互いに有用なお話が出来ることと思います」

 

「ええ、こちらこそ。また伺わせて頂きますよ」

 

鬼の居ぬ間に何とやらで互いに握手を交わして少しばかりの関係を作り上げてゆく。

 

 

舞台上は戦い。

 

海の上の戦い。

 

海の戦士ソラが戦いゆく。

 

 

だが、

 

何かがおかしい。

 

少し前と何かが違っている。

 

何が違っているのか?

 

 

「ターリー屋の配役が変わったな……」

 

そうか、それだ。タリ・デ・ヴァスコは正義の役柄、つまりは海の戦士ソラであったはず。だが今は奴が悪役、つまりはジェルマを演じている。

 

 

そして、歌いあげられるものは、

 

 

悪とは何か?

 

時に正義はその名のもとに悪行を振りかざす。

 

正義が振りかざした悪行に反するは悪か?

 

我は振りかざされた者の代弁者である。

 

正義に反するは悪か?

 

正義とは何か?

 

悪とは何か?

 

我は何者か?

 

我は正義の名のもと悪を振りかざされた者の代弁者。

 

故に正義である。

 

正義は悪になり得る。

 

故に悪もまた正義になり得る。

 

正義が悪に身をやつす時、

 

それを正すは誰か?

 

我である。我は悪に身を染める正義を断罪するものである。

 

 

 

オペラ会場を静寂が包みこんでいる。当然だ。『海の戦士ソラ』にこんな歌はなかった。台本にないことが行われているということだ。

 

「……雲行きが怪しいね」

 

「ああ、拙いことになりそうじゃな……」

 

歴戦の古強者たちが懸念を示す通りの事が起こりつつある。

 

壮絶な海上の戦いを繰り広げ、歌いあげていた舞台上に突然幕が下りて、

 

 

 

再び幕が上がった時、

 

舞台上に立っているのはタリ・デ・ヴァスコのみ。

 

だがその背後には巨大な図柄が掲げられており、それは

 

 

 

天翔ける竜の蹄。天竜人の紋章そのもの。

 

「正義が悪に断罪を下す」

 

耳を澄ませなければ聞こえないような、だがとても透き通るような声でそう歌いあげると同時に、

 

「モルガンズ、これはお前も承知のことなのかい?」

 

「いえ、私は出資者に過ぎません。演目内容まで口を挟むことはない。特に今回は……」

 

おつるさんが事の重大性に逸早く気付き、モルガンズに問い質している。

 

そして答えを聞くや否や、

 

 

大瀑布(ナイアガラフォール)

 

おつるさんは席から両手を広げながら跳躍して洗い清めの正義の滝を叩き落としてゆく。その動きはタリ・デ・ヴァスコより多分に一瞬早い。見聞色の為せる業。

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

ただ、タリ・デ・ヴァスコが大音声でそう叫んだあとに傘を取り出した時には離れたこの場からでも感じ取れるような強烈過ぎる武装色が清めの滝を払い落とし、返す傘にて行く先は天翔ける竜の蹄。

 

天竜人の紋章は真っ二つ、

 

どころではなく高速でずたずたに切り裂かれてゆく。

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

「ターリーーーーーー!!!!!!!!!」

 

舞台上からはターリーの叫びの連呼。

 

狂気だ。

 

狂っている。

 

狂いに満ち満ちている。

 

 

払い落された清めの滝は観客席へと向かい、舞台上の狂気を見せつけられている観客たちを中和させる役割を果たしているのかもしれないが、これがとんでもない大事件であることは間違いない。

 

既に隣の席に孫の名を連呼していたジジイの姿はない。右腕を真っ黒に変容させて跳躍し、今は会場の中空に居る。

 

一瞬後に繰り広げられるは強烈な武装色の激突、衝突。

 

かち合うのは拳と傘。

 

だがそれでも傘は止まらない。

 

互いの重みのぶつけ合いはここからでも相当にヘビーであると感じられるが、それでもタリ・デ・ヴァスコがさらりと払いのけ、

 

「今宵のご観覧に感謝申し上げましターリー!!」

 

高い跳躍を見せると、会場天井を覆っていたパラソルを掴み取り、そのまま闇空へと消えてゆく。拳骨ジジイはどうやら追跡不能のようだ。右腕を抑えているところと苦しそうな表情を見るからに相当な深手を負っている。

 

 

オペラの幕引きはタリ・デ・ヴァスコの一言。

 

スタンディングオベーションは勿論ない。拍手もない。あるのは静寂のみ。

 

 

「……いいスクープになりそうですね」

 

「……お前、これを報道出来るとでも思っているのかい?」

 

「やァ、冗談ですよ……。だが、我々は政府の傀儡(かいらい)ではございませんので、判断は我々自身が下します」

 

「ひとまず、観客全員退出禁止だよ。この場に海軍を呼ぶわけにもいかない。ここの後始末はCP(サイファーポール)に任せた方が良さそうだ」

 

「観客全員ってのは俺たちも含まれるのか?」

 

俺の質問に対して一瞬の間……。

 

「……、好きにすればいい。だが、このことは他言無用だよ。お前たちには言うまでもないことだろうけどね」

 

そんなことは言われなくとも分かっている。それに従うかどうかは何とも言えないが……。

 

「ロー、拳骨ジジイの手当てぐらいしてやれ。仮にも俺たちは()()()()だ」

 

「分かった」

 

「クラハドール……」

 

「……了解です」

 

俺の指示に対して階下へと向かってゆくローを見送りながら思案してゆく。当然ながらクラハドールにもそれを求めている。声を掛けたのはそれが理由だ。今後の筋書きを練り上げていく必要があるだろう。この出来事がどのような影響を及ぼしてくるのか。タリ・デ・ヴァスコは何者か? 奴の本当の意図は一体どこにあったのか? 政府はこれを揉み消すだろうか? モルガンズはどうする? 

 

考えるべきことは多い。

 

分かっていることは俺たちが歴史的大事件を目撃してしまったのかもしれないということだけである。

 

 

天井を見上げればそこを覆っていたはずの真白なパラソルは存在していない。視界に入り込んでくるのは真っ黒な闇夜でしかない。

 

 

 

闇夜は深い……。

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

ネルソン商会は王下四商海となりました。

これにてキューカは終了となります。

さらに闇深きところへと参ります。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!



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第6章 表 ジャヤ ~偉大なる航路~  裏 バナロ ~偉大なる航路~
第50話 ぐ~~~ (前編)


いつも読んで頂きましてありがとうございます。

そして大変お待たせしておりまして申し訳ございませんが、とうとう50話。

平均文字数ほど、よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” 外洋

 

 

やった! 10分経過。記録更新だ~!!

 

すんごいきついけど、嬉しいな~。僕も結構鍛えられてるってことだよね~、これは。

 

だって揺れる甲板の上でこの姿勢を10分以上保ってられるんだから、我ながら大したもんだって思ってしまうんだけど。

 

 

「……風が変わりそうだ。当直員は各転桁索(ブレース)に付けーっ!!! 左舷開きっ!!! ……カール、ちょっと揺れるぞ」

 

ベポさんの大音声が船尾甲板上に響き渡ってゆく。この大きさならきっと船首にまで届いてるに違いないよ。ベポさんの言う通り甲板上は揺れそうだ。ベポさんの指示で甲板上を動く当直の人たちの足音が直に伝わってくる。

 

え? ちょっと、揺れるなんてものじゃ……。

 

さっきまでとは段違いの揺れに体勢を支えきれなくなって、僕は甲板にとうとう膝を付いてしまい、さらには勢いそのままにして甲板上を転がされてしまう。

 

「ハハハッ、カール、お前もまだまだだな。見てみろよ、ペルは微動だにしてないぞ」

 

「そんなばかな……」

 

天地をぐるぐるとされてしまったために視界が数瞬定まらずにいたけど、何とか思ったことを口にしてみた後に船尾甲板の前端手摺りが目の前にあると分かって、掴んで立ち上がってみたら……。確かにペルさんはまだ甲板上で姿勢を崩さずにいた。両肘を甲板上に付けて足はつま先立ち、体の線をしっかり甲板と一直線に保つことが出来ている。しかも傾く甲板の上でだよ。

 

うそだ~、こんなの人間じゃないよ。

 

こんなこと言ったらウチにいる人たち皆人間じゃない人だらけになってしまうけど、そう思わずにはいられない。僕もあの姿勢をさっきまで10分以上保ってたんだけど、ペルさんはかれこれ20分以上はあの姿勢を保ってることになる。これは体幹を鍛えるためのトレーニング。体幹ってどこだろう? って話だけど、体の奥底にある筋肉たちをそう言うんだってさ。取り敢えずこのトレーニングは腹直筋に直に効いてくるみたい。

 

「ペルさん、あなたは人でなしですか?」

 

船が傾いていて当然のように甲板上も傾いている中で体勢を崩さずにいるペルさんの姿を見て思わず口をついてくる言葉。

 

僕の言葉が耳に入ったようでようやくにして起き上がって半裸の鍛え上げられた上半身を見せてくるペルさん。

 

「いいや、俺は人だ、カールくん。これぐらいで体勢を崩すようではダメだぞ。どうやら俺がしっかりと見てやる必要がありそうだな。次からは我が祖国に伝わる体術、“アラバスタ体術”を教えてあげようか」

 

穏やかな口調で真っ正直に言葉を返してくるペルさんに僕は毒気を抜かれてしまいそうだ。

 

 

 

今、船はジャヤと言う島を目指しているんだって。キューカ島を出発したのが昨日の朝だったから出発して2日目の夜を迎えつつあるんだよね。太陽はその一欠片を水平線上に覗かせるのみで、オレンジと赤の広がりも姿を消して空は薄い紫を纏っているそんな時間。船上で当直に立っているのはベポさん。僕はこの時間に鍛錬をするのがすっかり日課になっていて、それにペルさんが付き合ってくれた形だ。

 

キューカ島からの出航は慌しかったんだ。オペラ会場で起こった出来事によって僕たちは少し足止めを食らっていたし、外に出たら出たで総帥が直ぐに出航だって言いだすし。それに今この船にはロッコ爺がいない。

 

ロッコ爺がいないんだよ。まだ全然信じられないよ。何があったのか詳しいことは知らないし、知ったところで僕に理解できるかどうか怪しいところだけど……、やっぱり寂しいよね。

 

「クエーッ!!」

 

カルガモの鳴き声がする。確か名前はカルーって言ったっけ。僕と名前がちょっとだけ被ってるんだけど……。

 

「カルーはビビ様といつも一緒なんだ。旅の合間に船の上が好きになってしまったのかもしれないな。……ところで、ロッコさんと言う方は君の中で大きな存在だったのかな?」

 

え?

 

ペルさん……。僕の心の中を読んでるのかな? まさかジョゼフィーヌ会計士みたいな見聞色の覇気?

 

「……驚かせて済まない。この時間の当直は実はロッコさんと言う方の受け持ちだったらしいじゃないか。それに、君はさっきからずっと舵輪の方向を見詰めていた。だがベポ君を見詰めていたわけでもない」

 

この洞察力。ペルさんはやっぱり人でなしだ……。

 

「……そうだよ。ロッコ爺は偉大な存在だったんだ。もちろん、キレイなお姉さんを除いてだけどね。ベポさんだってああやって何も問題なさそうにして舵を取ってるけど……。心の中じゃあ穏やかでいられてないはずなんだ」

 

ベポさんはこの船尾甲板上でロッコ爺といつも一緒だった。ロッコ爺を師と仰いでいたベポさんなんだから簡単にやり過ごせるはずないんだよね。

 

でも、ベポさんはすごいや。ロッコ爺がいなくなってもちゃんと船の舵を取れてるわけだし。ピーターさんが居なくても全く問題なさそうじゃないか。

 

「…それはどうだろうね……」

 

呟くようにそう言ったペルさんの視線を辿っていくと、ベポさんが右手で舵輪を握りながら左手を自分のお腹に当てていて、

 

「なあ、お前らも手伝ってくれよ~。そろそろ当直時間も終わりだろ? なのにこれじゃあ間に合わねぇよ。俺、腹ぺこぺこなんだ。……あ~、腹減った」

 

心の叫びがだだ漏れてきた。確かにこの時間帯の当直はそろそろ終わりを迎えつつある。ベポさんの側に据えられている砂時計の残りも随分と少なくなっているし。

 

でもベポさん、僕の思いとは裏腹に俗物過ぎるよ。砂が減り続けると共にベポさんは夕ごはん時間までの残り時間を数え上げていたとでも言うのかな……。

 

「ほらね。君もあまり気にしないことだな。人生に出会いと別れは付き物だ。ロッコさんともまたいずれどこかで出会うこともあるだろうさ。カルーも上がって来たことだしベポ君を手伝ってあげようじゃないか」

 

ペルさんが言うように黄色いカルガモが船尾甲板へと上がって来ている。クエーという鳴き声と共に。まだ船の傾きは収まっていないと言うのに上がって来たということは中々器用な鳥みたいだ。

 

「そうだね、ペルさん。僕もそう思うよ。実際、僕らは当直じゃないからベポさんなんて放ったらかしでも別に構わないんだけど、それじゃあ夕ごはんの味がちょっとだけ不味くなるかもしれないもんね」

 

「……君もさらっとヒドイことを言うもんだな。カルー、さあこっちだ。カール君、君は知らないかもしれないがカルーは超カルガモと言ってな、我が祖国では最速の生き物なんだ」

 

僕の返事に対してペルさんは何やら面喰ったようで、一瞬だけ驚きの表情を見せていたんだけど僕には一体どこに驚きポイントがあったのかって話なんだけど、まあいいか。

 

それよりもこのカルガモはメチャクチャ速いんだって。へ~、良いこと聞いちゃったな~。

 

「わお、そうなんだ。あのF-ワニよりも速いの?」

 

「ふむ、Fーワニを知っているとは……、君も中々我が国に精通しているな。確かにF-ワニも速い生き物だが我が国での速脚(スピード)ランキングでは2位の生き物だ。超カルガモこそが最速なのさ。さあ、カルー、お前の健脚を見せてやるといい。ロープを引っ張るのを手伝って差し上げなさい」

 

「クエーッ!!!」

 

ペルさんの言葉に対して元気良く反応して見せたカルガモは早速にもミズンマストの帆の向きを調整しようとする集まりに加わろうとして、黄色い右羽根をロープに伸ばしたのちに羽根ではロープをしっかり掴めないことに愕然としているみたいだ。

 

ハハハッ、面白い奴だね。

 

と思いきや、自分の羽根ではロープを掴めないことから直ぐさまに切り替えて今度は器用にも片足立ちをして脚を使ってロープを掴んで見せ、自らの爆発的スピードを使ってロープを引っ張っている。

 

う~ん、中々やるな。

 

「カルーは中々やるだろう? 今度君も乗ってみるといい。ビビ様にしっかりと断りを入れてな。さあ、俺たちも手伝ってあげようじゃないか。お互いに腹は減ってるようだけどな」

 

ぐ~~~。

 

お腹が空いていることを知らせる二つの音が重なり合うようにして鳴って、僕たちは笑いだしながらも甲板上を移動してロープを引っ張るのを手伝うことにした。ベポさんのために。

 

 

あ~、今日の夕ごはんは何だろうな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂……。

 

 

この空間を表現するのに相応しい言葉は多分これ。

 

 

もちろん、物音ひとつしないような空間ではない。船内に入り込んでくる水を常に排水し続けるポンプの躍動音がお腹に響くように聞こえてくるし、船材の外側から漏れ聞こえてくる海中の音もある。

 

 

けれど、ジョゼフィーヌさんが羽根ペンを走らせる音もしっかりと聞こえてくるのだから、この空間は静寂と表現するのは間違ってないと私は思うの……。

 

 

 

今、私たちが居るのは波間を往くブラック・ネルソン号の喫水線より下に存在している船倉。交易を生業としている私たちネルソン商会にとってはまさしく心臓部と言ってもよい場所。

 

フフ、()()()()()()()()()だなんて……。

 

まだ入って間もないと言うのに、私はなんでそんな風に思うんだろうか?

 

この人たちに自分が既に馴染み始めていることに、自分がもう一員であることに躊躇いなどないことに驚きを禁じ得ることが出来ないでいる。

 

なぜなら私はついこの前まで別の船に乗っていることが当たり前であったから。羊の頭を先頭に象る海賊船に居ることが当たり前であったから。

 

「よし。これで傘はOKね。伝票と数量は合ってるわ。あ~、もう疲れちゃった。3,000本も数えたんだもん。こんなに仕入れるんじゃなかったわ。ビビ、ちょっと休憩にしましょうか」

 

私の物思いをゆっくりと閉じるようにしてジョゼフィーヌさんの言葉が私の耳に注がれてくる。

 

船倉内には明かりなんてほとんどなくて、私が右手に翳しているランタンが主な明かりと言っていい。それを頼りにジョゼフィーヌさんはさっきまで新たな積荷のチェックをしていたのだ。キューカ島にて新たに積み込んだ大量の傘、占めて3,000本。

 

数え始めたのは11時の早めのランチ後からだから…、もうかれこれ6時間ぐらいは数えていたことになる。

 

フフ、物思いに耽ってしまっても不思議ないわ……。

 

最初はカルーも一緒にいたけれど、どうにも退屈そうにしていたし、途中からは寝てしまっていたしで開放してあげることにした。今頃は甲板まで出て夕闇の海風を全身に受けていることだろう。羨ましい限りだ。

 

「ビ~ビ、ほらあんたも早く来なさいよ。コーヒー入れたげるから」

 

「は~い、今行く~」

 

軽い返事を返して私もカラフルな傘の山から自らを開放してあげることにする。オレンジが500本、レッドが500本、グリーンが……、あ~、今晩の夢に出てきそう……。

 

 

 

船倉の入口近く、手作り感がたっぷりと詰め込まれたテーブルと椅子がこじんまりと置かれていて、もうひとつのランタンが仄かなオレンジ色を演出してくれている。船倉内の狭い通路を行きながら遠目に見るジョゼフィーヌさんはとても綺麗。漆黒のドレススーツと燃えるように赤い髪……。片手に真白なコーヒーカップ。

 

でも、

 

テーブル上にはそれ自体を潰しかねないほどにうずたかく積み上げられた書類の山。

 

ジョゼフィーヌさん、なんか全てが台無し。

 

台無しな空間に私が近付いて行くと書類片手に私のコーヒーカップを渡してくれるジョゼフィーヌさん。湯気が立っているのがとても有り難い。この船倉内はちょっとひんやりしているから。

 

ジョゼフィーヌさんの向かいの椅子に腰掛けながら一杯を口にすると、

 

 

美味しい。

 

「フフフ、美味しい? オーバンが淹れたわけじゃないわよ。私のお手製だからね。結構美味しいでしょ、コレ」

 

そう言って一瞬笑顔を書類の山の間から覗かせた後に、再びジョゼフィーヌさんの視線は書類に落ちていく。

 

「とっても美味しい。でも、…もうジョゼフィーヌさん、書類に目を通してたら休憩になってないわよ」

 

「何言ってんのよ、ビビ。もう少しで積荷目録が完成するっていうのに、ただコーヒーを飲んでいるだけの時間なんて勿体なさ過ぎるじゃない。それともあんたが代わりに完成させてくれるって言うの?」

 

う……、う~ん、それは出来ないな~。

 

「でしょう。だったらあんたは黙って美味しいコーヒーを飲んでなさい」

 

私の表情だけで答えを読み解かれてしまって何も言い返せそうにない。

 

再びの静寂な空間……。

 

羽根ペンを走らせる音を聞きながら私は香り高いコーヒーに身を委ねてゆく。

 

 

積荷目録……。

 

船に積み込んでいる荷の詳細な記録。私も過去分を見せて貰った。今ジョゼフィーヌさんが仕上げに入っているのは最新版の積荷目録。キューカ島を後にしてさあどうなったのかという記録だ。

 

過去分を紐解いてゆけば、この船の歩みそのものを知ることが出来る。私がこの船に乗り組んだのはキューカ島からだけど、これまでの歩みは既に私の頭の中に記憶されている。

 

始まりはロイヤルベルガーと呼ばれる蒸留酒(ウイスキー)珀鉛(はくえん)、海軍に卸されるはずだった大砲、今は我が祖国にある海水淡水化装置、あの忌まわしきダンスパウダー、ほのかに塩香る塩の木(ソルトツリー)、そして最後にキューカ島でどさくさに紛れて積み込んだ大量の傘。

 

今現在積み込まれているのは塩の木(ソルトツリー)と傘がメイン。大砲も海水淡水化装置も既に無くて、珀鉛(はくえん)とダンスパウダーは微量のみ。ロイヤルベルガーは総帥さん用に数本があるだけ。

 

積荷目録を完成させればそうなるはず。ああそうだ。印刷機も1台載ってたわね。機械(マシン)技術の粋が集められている特殊な機械のひとつ。機械(マシン)技術と言えば確か四商海のひとつにそれを得意としている会社(カンパニー)があったけど……。

 

~「俺、腹ぺこぺこなんだ。あ~、……腹減った」~

 

フフ、そうよね。私もお腹空いたな~。15時のおやつも食べ損なってしまったし。

 

カルーが甲板上に出たのを能力で確認していたついでに甲板上のやりとりをしばらく聞いていたわけだけど、ベポ君の声に思わず頷いてしまいそうになる。

 

「ジョゼフィーヌさん、積荷目録は出来た? そろそろ夕食の時間でしょ」

 

私は別に自分の欲望に従って言葉を放っているわけじゃない。これはジョゼフィーヌさんのアシスタントとしての務めだ。夕食の時間を知らせてあげるのは立派なアシスタントの仕事であるはず。

 

一定間隔で脚を組み替えていたジョゼフィーヌさんが何度目かの組み替えを済ませて走らせていた羽根ペンを止めることもなく顔だけこちらへと向けてくる、多分4度目なはず。

 

私がそんなことをなんで数え上げていたかって、だってジョゼフィーヌさんのドレススーツは下がフレアなスカートなんだけど、丈が短いんだもん。いいえ違うわ……、短か過ぎるんだもん。

 

ジョゼフィーヌさん、脚が見えてます。脚が見え過ぎてます。何度心の中で叫んでいたことだろうか。この船の積荷に思いを馳せながらも、芳しいコーヒーを口に付けながらも、書類の山の間から覗かせるんだからしょうがないじゃない。

 

「そんなもの、とっくに出来てるわよ。私を誰だと思ってんの? ネルソン商会の会計士様よ。そんなことより、私の脚がそんなに気になる? あんたの視線、どっかの中年オヤジと大して変わんないことになってるわよ。気になるんならあんたにも貸してあげようか? かなり短めのやつ」

 

「いいえ、結構ですっ!!」

 

「あら、そう。……あんたがたまに履いてるホットパンツと大して変わんないと思うんだけどな~」

 

いいえ、大きな違いがありますよ。また敬語に戻っちゃいそうじゃない。私にはスカートでその丈の長さを身に纏う覚悟はまだ有りません。

 

「ジョゼフィーヌさん、そんなことよりも積荷目録が出来たんなら一体今何してるっていうの?」

 

スカートの丈の長さよりも私は至極尤もな質問をしないといけない。

 

「何って、お仕置きプランを練っていたのよ。ねぇ、ビビ、あんたにひとつ教えといてあげる。世の中には食べ物の恨みが一番怖いって言うわよね。あれって嘘だからね。この世で一番怖いものは金の恨みに決まってるじゃない」

 

ジョゼフィーヌさん、言ってる顔が既に怖すぎます。あ~、もうほんとに敬語に戻っちゃいそうじゃない。

 

「私が考えたお仕置きプラン聞きたくない? ねぇ、聞きたいでしょ。ひとつめは煙草のカートンの山を作ってあげて盛大に燃やしてあげるとか……。給金の支給をこれからずっとパンに変更してあげるとか……」

 

ジョゼフィーヌさん、聞きたくありませんでした。地獄絵図しか想像できません。この船の誰かにとって……。

 

「でもね、さっきからずっと考えてるんだけどクラハドールに対してのお仕置きプランが全然思い付かないのよね~。もう腹立たしいったらありゃしない」

 

「……じゃあ、クラハドールさんが計画失敗したシロップ村での出来事を題材にして童話を作ってあげたら?」

 

「……はい、それ採用!! さすがは私のアシスタント。いい仕事するじゃない。計画は絶対成功するもんだッて思ってるあいつには最高のお仕置きプランだわ」

 

え~、軽く思い付きを言っただけなのに~。クラハドールさん、ごめんなさい。私はどうやら悪魔に何かを売り渡してしまったみたいです。

 

「早速作って毎日枕元で読み聞かせてあげたいな~。フフフ、良い気味」

 

ジョゼフィーヌさん、止めてください。あなたが悪魔にしか見えなくなってしまいそうです。

 

 

ぐ~~~~。

 

 

こんな時でも実に正直にお腹がなってしまう私、自分が自分で嫌になってしまいそう……。でも……、

 

 

「もうっ、ビビったらそんなにお腹が減ってるの? フフフ、まあ私のお腹の音でもあったけど……。これは二人だけの内緒よ。レディがお腹から音を出すわけにはいかないんだから」

 

私の能力は正確に自分のお腹の音とジョゼフィーヌさんのお腹の音を聞き分けていた。

 

それにしても、悪魔の笑顔は天使の笑顔に早変わりもするんだから……。

 

 

 

取り敢えず、美味しい夕食を口にしたいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場所は闇の中だった。

 

 

天井で星々が煌いているような夜闇では決してない。

 

 

それは真の闇とでも呼べるものだった。

 

 

 

そして、

 

 

その場所は寒かった。

 

 

俺がいた場所、()()()()()()

 

 

 

「――――――M・C(マリンコード)――01746…、“海軍本部”ロシナンテ中佐…。ドンキホーテ海賊団(ファミリー)船長ドフラミンゴ、お前がこの先生み出す惨劇を止める為…、潜入していた。……、俺は海兵だ―――――」

 

 

そこからまた始めんのか……。

 

 

あの日の出来事を夢に見ない日の方が少なかった。

 

 

あれは絶対に忘れちゃならねぇ出来事だ。

 

 

俺は聞こえやしねぇはずなのに全身全霊を以てして宝箱を中から拳で叩きつけていた。

 

 

「もう放っといてやれ!!! あいつは自由だ!!!」

 

 

その言葉の意味を何度噛みしめたことか知れねぇ。

 

 

俺の涙は決して止まりはしなかった。

 

 

あの拳銃(ピストル)の引き金が引かれた時の音が頭にこびりついたまま離れやしねぇ。

 

 

俺は有らん限りに拳を叩き続けながら涙を流すことを止めることが出来なかった。

 

 

今なら分かる……。

 

 

俺はあの人に生かしてもらっていたんだってことが……、痛ぇほどにな。

 

 

あの人の最後に振り絞られた能力(ちから)によって俺は逃げ延びることが出来た。

 

 

感謝している。

 

 

だからこそ、

 

 

あの人には生きていて欲しかった。

 

 

俺はあの人に何も伝えることが出来なかった。

 

 

後悔……。

 

 

もうどうすることも出来ねぇその思いが俺にこの夢を見させるのかもしれない。

 

 

と共に俺の中に生まれ落ちてきた思い。

 

 

憎悪……。

 

 

あの日こそ俺が誓いを打ち立てた時だったのかもしれない。

 

 

だとすれば、

 

 

俺たちの出会いは必然だった。

 

 

「……ついて来い。……まだ生きる意味が少しでも残ってるのならな……」

 

 

突然目の前に現れたあんたが口にした言葉に俺はあの時ただただ泣き叫ぶことしか出来やしなかった。

 

 

言葉の意味を理解していたのかどうかさえ定かじゃねぇ。

 

 

だが俺たちがまだこの船に共に乗ってるってことはそういうことだったんだろうな……。

 

 

ひどい雪だった。

 

 

大砲の轟音が鳴り響いて止みはしなかった。

 

 

この夢はいつもここで終わってしまいやがるんだ。

 

 

――――――――――――――――――、今日は違うとでも言うのか?

 

 

 

 

「……お前の一番大切な大恩人を救ってやることが出来なかった。……すまない。本当にすまない。だが、生きろ。お前をその場所には連れて行ってやる。舞台はしっかりと整えてやる。だから、ついて来い」

 

 

 

 

 

……………………………、あの日あの時そんな言葉をあんたから掛けられてたなんて俺は知らねぇんだが……。

 

 

轟音に被せやがって、声量まで抑えやがって、あんた、どういうつもりだよ……。

 

 

夢に続きがあったことを今になって明かしやがって、一体どういうつもりだよ……。

 

 

いや、違うな。

 

 

今、だからこそなのか?

 

 

多分そういうことなんだろうな。

 

 

ついてってやるよ、どこまでもな。

 

 

だから俺にその場所の景色を見せてくれ。

 

 

俺もあんたの道筋には付き合ってやるから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ロー先生、そろそろ夕方の当直が終わりますよ。夕食の時間です」

 

ピーターの声で俺の意識は覚醒し、眼前に現れたのは医学書が詰め込まれた本棚という見慣れた光景だった。

 

どうやら医務室内のいつものハンモックで眠りに落ちていたようだ。夢の内容はいつも見るものとは少しだけ結末が違っていたが……。

 

「何か飲まれますか?」

 

「……ああ、頼む」

 

いつもの起きぬけと違い、どこか心は晴れ晴れとしている。室内は中々の揺れ具合だが、それでさえ逆に心地いいと思えるぐらいだ。

 

いつもとは違った夢の結末、その意味合いを噛みしめたい。

 

俺はその場所に近付きつつあるのかもしれねぇな……。俺たちは目指すべき場所の景色を何とかして眺めようとここまでやって来た。これからも同じように進んでけばいい。

 

己の中ではっきりと形作られる確信めいたものが芽生えつつある。

 

進むべき道筋。進まなけりゃならない道筋。

 

「さあ、どうぞ」

 

ハンモックに揺られたままの俺にピーターは熱めの湯呑を手渡してきた。医務室では常に熱い緑茶を飲めるようポットを常備している。

 

視線だけで感謝の意をピーターには伝えて、湯気の立つそれを啜る。喫水線下にある若干寒気が漂うこの部屋では実に有り難いもんだ。

 

「もう完成したんですね、船の模型。潜水艦って言うんでしょ、そういうの……」

 

「ああ……」

 

ピーターが振ってきた話の内容。デスクの側に置いてある精巧に作り上げた木組みの模型だ。俺たちは来るウォーターセブンにて新たに船を新造し二手に分かれる腹積もりでいる。それに当たり、俺が受け持つ新造船はピーターが言う潜水艦にするつもりでいた。何とかして専門書をかき集めて見よう見まねで図面も引いてみたのだ。それを元にして船大工と打ち合わせをするつもりでいる。

 

「ロー先生、素晴らしい出来栄えですね。これなら模型職人でもやってけそうだ。完成した暁には僕も乗せて下さいよ?」

 

「……二手に分かれるんだ。お前はボスの方だろうな……」

 

「ハハ、そりゃそうだ。って、一度乗るくらいいいじゃないですか~。まあでも、実際そうなるんでしょうね。ロー先生がそっちに乗船するなら。僕はボスの方だ。……あ~、ロー先生なしに僕やってけるかな~」

 

緑茶を啜りながら、今一度ピーターの船医としての能力について考えてみる。オペオペを食っちまっている俺自身と比べてもあまり意味はないが……、差し引いて考えてみても、こいつならまあ何とかやるだろう。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

ピーターを慮り、安心させるべく肯定してやる。

 

 

ぐ~~~。

 

 

ん? もしかして俺か?

 

「ハハ、ロー先生、いいタイミングですね。何だか本当に大丈夫な気がしてきましたよ。取り敢えず夕食に行きましょう」

 

 

 

全くそんな気はしてなかったんだが、俺はどうやら空腹のようだ。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

話も二手に分かれるようです。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!



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第51話 ぐ~~~ (後編)……

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

大変長らくお待たせ致しております。
今回は9,500字ほど。

よろしければどうぞ!!


※加筆が必要であると思い至り、1,000字ほど追加致しました。


偉大なる航路(グランドライン)” 外洋

 

 

部屋には見事に何も残されてはいなかった。

 

元々あいつは自分の持ち物と呼べるものを持ってはいやしなかったが、それでもこの何もない空間を目の当たりにすれば己の感情を揺さぶられるものがある。

 

伽藍堂は嫌でも過去からこれまでの道筋を思い起こさせてくる。

 

 

 

俺がこの世に生まれ落ちた時には既にロッコは存在していた。常に海を往く父に帯同していたので幼いころは数え上げるほどしか顔を見ることは無かったが、父が消息を絶ってからは常と傍にいるのが当たり前であった。

 

商売のいろはを最初に教えてくれたのはロッコだった。

 

戦闘のすべてを叩き込んでくれたのもロッコだった。

 

そして、

 

偉大なる航路(グランドライン)の只中まで俺たちを導いてくれたのもロッコだった。

 

ロッコと共にあった数々の情景が脳裡に浮かんでは消えてゆく。

 

俺は感傷に浸っているのだろうか?

 

そうだな。俺は今、感傷に浸っているのかもしれない。

 

悲しいのだろうか? 俺の心の中を満たしている感情は悲しみだろうか?

 

確かにこの感情は悲しみかもしれない。

 

この部屋にひとつ存在する丸窓。丸窓の外に見えるのは海原と水平線、そして宵闇の迫り具合。一日でも素晴らしい時間のはずであるがそれを堪能する気には到底なれそうもない。

 

 

丸窓の横に取り付けられている金具。シルクハットを掛けておくためのものである。何の変哲もないその金具を指に力を込めて押し込んでみる。これがスイッチであることを知っているのは取り付けた当の本人と俺ぐらいのものだろう。続けざまに別の場所で何かが動く音がして……。

 

現れるのは壁に埋め込まれた隠し戸棚。俺が知っている時点で隠し戸棚とは言えないのかもしれないが保管庫としては重宝するものであった。そこにロッコが入れていたもの。

 

記録指針(ログポース)、それも針がひとつだけのものではなくて新世界で使用するための針が3つあるタイプだ。緊急時の備えとしてそれは保管しているもの。万が一にも敵襲に遭って進退窮まった場合の緊急脱出用……。それが残っているのか残されていないのかでは意味が違ってくるだろうということだ。

 

果たして……、

 

隠し戸棚の開き戸を引き開けてみれば……、

 

記録指針(ログポース)は無かった。

 

 

 

だが、

 

さらに俺を困惑させるものがそこに入れられていたのだ。

 

 

漆黒のシルクハット……。

 

 

これはどういうことだろうか? どう考えればいいのだろうか?

 

単純に考えれば記録指針(ログポース)を持ち出して、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。俺たちの象徴(シンボル)であるシルクハットをだ。

 

これには意味がある。意味もなくこんなところにこんなものを置いたりはしないはずだ。

 

先程まで無色であったものがほんの少しだけ濁り始める。生まれ出でた疑念が何かを芽生えさせてくる。ひとつの碌でもない考えが頭をもたげてくる。

 

 

あいつが、ロッコが姿を消したのは当初からの計画だったのではないか……と。

 

 

ローによればロッコは海賊カポネ・“ギャング”ベッジに用があったらしい。そしてそいつと突如姿を現した第三者と共に姿を消した。それは偶然の出来事だったのかもしれない。ロッコはベッジが現れたから、そこに第三者が乱入してきたから姿を消した。ただそれだけのことなのかもしれない。

 

だが、

 

俺たちが四商海に入ったタイミングでというのは出来過ぎていやしないだろうか。このタイミングで居なくなったことには何か別の意味があるのではないだろうか。

 

思考は途切れることなく次から次へと生まれ出でてくる。次から次へと波窪に船が突っ込んで行っているであろう今この時と同じようにだ。

 

ただそれでも我が船の進路はしっかりと取れているようで、ベポはうまくやっているのかもしれない。

 

そんな安心感を抱かせるような想像も露と消え去ってゆく。そして思考は再び碌でもない方向へと舵を切ってゆくのだ。

 

波頭を往く船が生み出す大きな揺れ。だが己の体勢が崩れることはない。鍛えているとはそういうことであり、勿論思考を邪魔することもないが、それは嫌でも考えざるを得ないということを意味している。

 

濁り始めたものは色を生み出してくる。靄がかかったような灰色だったものは思考の連続と共に次々と濃さを増していく。

 

それは今まで確かに存在していたものが根底から覆ってしまうのではないかという恐れのようなもの。

 

漠然とはしているがそれは白く光り輝くものではなくて、黒くすべてを塗り潰してしまうような何か。

 

闇、それが己の中に芽生え、そして漂いつつある。

 

言葉にするのが非常に躊躇われる問いが存在する。それは実に碌でもない問いだ。言葉として形作ってしまったが最後、それはこの先ずっと答えが明かされるまで問い続けなければならなくなるだろう。

 

それでもやはり、問わねばならない。

 

 

果たしてロッコは俺たちの味方なのか、それとも敵なのか?

 

 

二者択一の実にシンプルな問いであるが碌でもないことこの上ない。なぜなら現状答えは出ないからである。であるのにも関わらず嫌でも考えてしまわざるを得ないからである。

 

 

 

………………………………、

 

 

 

…………………………………………………、

 

 

 

止めだ。考えても仕方がない。泥沼にはまる一方だ。

 

心の中に闇が漂おうと問題ないではないか。俺たちは闇夜を突き進んでいるのだから。

 

光を感じるのはまだ先でいい。

 

それにこいつは絶対にまだ他言無用だ。己の中に留めておかなければならない。

 

 

己の中で何とかして結論を作り上げたのち、俺は主のいなくなった部屋の扉を後ろ手に閉じて行った。

 

 

 

「それで、解決策は見つかったか?」

 

船尾を占める自らの居室に戻ってみれば、皮肉たっぷりにメガネをくいと上げながら我が執事からの問いが飛び出してきた。奴は主の居室であるにも関わらず、応接ソファのひとつにゆったりと腰を落ち着けている。

 

「……嫌味な奴だな。聞こえなかったのか? 俺は用を足してくると言ったまでだぞ」

 

俺たちの参謀でもある奴の問いに対して、やれやれといった具合に答えを返しつつ奴の対面となるソファに戻りゆく。

 

「……確かに、貴様は用を足すと言って席を立った。だが、王手(チェック)を掛けられた瞬間に席を立ったとなれば意味合いが変わってくる……。……時間にして28分と40秒。用を足すには十分な時間だが……、何かを考えるにも十分な時間と言える。まあ、結果は変わらんだろうがな、……やれやれだ」

 

そう言って眼前のメガネ野郎は懐中時計の蓋をパチンと閉じながら再びくいと上げて見せるわけだ。自らのメガネを。まったく、とんだやれやれ返しをされてしまったではないか……。

 

そうだとも。俺と奴を分け隔てるテーブル上に広げられているモノが示す通り、俺たち二人は何を隠そうチェスの真っ最中だった。盤面の駒配置は紛れもなく俺の黒が奴の白に王手(チェック)を掛けられていることを表しているし、30分近くの時間が経とうとも状況が変わることは当然ながらない。どれだけ盤面を見詰め続けようとも同じくである。残念なことではあるが……。

 

ただ、用を足しに席を立ったのは純粋に生理的現象でしかないと断言出来る。状況を打開出来はしないだろうかという下心が無かったかと問われてもそんなものはとうの昔に捨て去っているのだ。トイレから戻ろうとしてふとロッコが使っていた部屋に寄ってみたというだけのこと。それ以上でも以下でもない。

 

だがそれゆえに解決策も何もない。ただ感傷に浸っていたに過ぎないのだから。

 

現実逃避をしているべきではなかったな。

 

俺が真に取り組まなければならないのは目の前の王手(チェック)から如何にして逃れるのかを考えることだった。とはいえ、チェスにかまけていること自体が現実逃避なのではという問題もあるにはあるが……。

 

ひとまず、今ここで俺がしなければならないことは、

 

「参ったよ……、俺の負けだ」

 

の一言を口にして奴との通算成績にまた黒星を重ねるのを確定することだ。

 

「……、28分40秒を無駄にしたな。悪あがきにもなりゃしない愚行そのものだ」

 

「ひどい言い草だな。仮にも主人だ。少しぐらいはオブラートに包んでみても……」

 

負けを認めてそれなりに落ち込んでいるところへ塩を塗り込むような言葉を投げ掛けてくるクラハドールに対して反論したくなるわけだが皆まで言わせても貰えず、

 

「いいか。死人に口なしという言葉がある。同じように敗者に口なしという言葉もある。何より勝負に主従は関係ない」

 

まさにぐうの音も出ないようなダメを押される始末だ。返す言葉が見つからないとはこのことなのかもしれない。

 

「……そろそろ夕食時だろう。そう気落ちするな。食前酒ぐらいは出してやる」

 

船室の反対側でたっぷり氷の入ったクーラーに浸かっているスパークリングワインを取り出しながらクラハドールが放った言葉を聞くと一体どちらが主人なのか分からなくなってくる。

 

「そいつは最高に冷えてるんだろうな?」

 

よって、デスクに移動しつつも主人らしいことを言ってみるわけだが、

 

「貴様に冷静さを取り戻させるぐらいには冷えているだろう。貴様の欠点は火を見るより明らかだ。チェスとなると熱くなってしまうところ。それを何とかしねぇ限りは貴様が俺に勝つのはどう考えても無理だ」

 

見事に傷を押し広げられてしまうわけである。

 

それでも、磨き上げられたグラスを滑るようにして卓上に置き、軽快な音と共にスパークリングワインの栓を抜いて見せ、輝くような黄金色の液体を注ぎ込む奴の仕草は実に素晴らしいものがあるし、弾ける黄金色を一度(ひとたび)喉に流し込めばそれは一気に歓喜の瞬間へと変わってゆくのだ。

 

「……ああ、美味いな。全てがどうでもよくなるような美味さだ」

 

執務机を前にしたたっぷりと背凭れがある椅子に己の体を沈み込ませながらそんな言葉が出てくる。

 

「貴様、アレムケル・ロッコが居た部屋にでも行っていたのか?」

 

スパークリングワインの給仕をさっさと済ませて再びソファへと移動しながら飛び出してきた奴の言葉は少々以上に不意をつくものであるが、

 

「……くっ、モヤモヤの能力か。そんなことまで分かるようになったってことは腕を上げたってことなのか?」

 

辛うじて言葉を返すことが出来ているが内心はそれどころではない。こいつは俺が先程見た光景、見つけたものまでも気付いているのだろうか。

 

「貴様の覇気は加速度的に増幅中だ。よって全てを見通せるわけではないが輪郭は想像できる。貴様の脳内を何が占めているのかがな」

 

こいつはどこかしら全てを語らないところがある。言葉にすることと胸の内にしまっておくことを選り分けているような感じだ。この反応だけでは何とも分からないではないか。

 

「ああ、その通りだ。あいつの一件はそう簡単に割り切れることじゃないからな」

 

ひとまずは感情的なものを覗かせてみる。

 

「アレムケル・ロッコに何かしら秘密があるのは確かだろう。でなければこんな形で居なくなることはないはずだ」

 

返ってきた言葉はそりゃそうだとなるもの。それにクラハドール、お前はどこまで俺に塩を塗り込む気なんだよ。

 

俺との会話を続けながら奴は王手(チェック)の段階で負けを認めた盤面上の続きを詰み(メイト)になるまでやり切ろうとしてやがる。そこまでやるか? 負けを認めた俺の目の前で……、全く以て碌でもないな……。

 

そんな苦虫も再びスパークリングワインを喉に流し込めば、これがまた綺麗さっぱりと洗い流せるわけだから素晴らしい。この黄金色の液体はもしかして万能薬か何かなのではないだろうか。

 

「クラハドール、お前、何か掴んでいるのか?」

 

苦虫を洗い流すと同時に気付かれてはいないような気がして安堵の思いついでにさらにもう一歩踏み込んだ質問をしてみれば、

 

「…………いや、掴んじゃいない。ただ過去を辿り遡れば何かにぶち当たるだろうという想像は出来る。だがそれは今ではない。今このタイミングではない、……ってことだな」

 

そんな言葉が返ってくる。それは意味のない言葉のようでいて実に多くを含んでいるような言葉でもある。奴は不意に立ち上がって振り返り、

 

「どれだけチェスが弱かろうと貴様が俺の主であることには変わりない。俺の筋書きは常に主のために存在しているしそのために最善の選択肢を選びとる。王手(チェック)の瞬間は必ずやって来るものだ。そして詰み(メイト)の瞬間を作り出すのも不可能ではない」

 

厳かな声音で言葉を紡ぎだしながら、胸に手を当てて見事なお辞儀を披露して見せるのである。

 

こいつは何かを掴んでいるのかもしれない。掴んでいないのかもしれない。先程見つけたものにも気付いているのかもしれない。気付いていないのかもしれない。どちらにせよこいつを信じてみるしかない。ただ、まだ俺も明かすわけにはいかない。

 

 

王手詰み(チェックメイト)の瞬間……か。

 

 

俺たちがやっていることはまさにその準備である。ドフラミンゴを、政府の五老星を何とかして王手詰み(チェックメイト)の瞬間に追い込みたくて俺たちはここまでやって来たのだ。

 

始まりはいつからだろうか? 父が亡くなったと知らされた時からだろうか。それとも、ドフラミンゴとの一件で1億ベリーを手にした時からだろうか。それとも、ベルガー島を最後に出航した時からだろうか。

 

否、始まりがいつなのかには意味がないだろう。言ってみれば全てが始まりと言えるわけなのだから。

 

北の海(ノースブルー)ではまだ話にもならなかった。故に偉大なる航路(グランドライン)を目指して準備をした。蒸留酒(ウイスキー)という商売の元手を作り上げ育て上げ、ヒナを海軍に潜入させるという種を蒔いた。偉大なる航路(グランドライン)に入る準備が整えば、今度はそこで王下四商海(おうかししょうかい)となってさらに力を蓄えるべく種を蒔いた。珀鉛(はくえん)に手を出し、ダンスパウダーに手を出し、資産を着実に増やしていった。その過程で武力にも磨きが掛かっていった。海軍本部大将に中将、そしてCP9の諜報員、七武海に名うての海賊ども、さらにはドフラミンゴそのものと対峙して覇気が覚醒し、能力は研ぎ澄まされていっている。

 

富、名声、力……。かの海賊王を表す言葉じゃないが俺たちにもその全てが必要になってくることは間違いがない。奴らに王手(チェック)を掛けるにはその全てが必要になるはずだ。勿論王手詰み(チェックメイト)に追い込むのであれば尚更である。

 

 

 

ぐ~~~。

 

 

 

王手(チェック)云々を考える前にまずやるべきことがあるようだな」

 

ああ全く以てその通りだ。

 

 

こいつを黙らせるのがまず何よりも先決であることは間違いない。

 

 

碌でもないことに思いを馳せるのはひとまず後でもいいはずだ……。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どないしょうか……。

 

 

あいつを忘れとったわけちゃうんやで。ただ()うても直ぐにはあいつとは分からんかっただけで……ってそれを忘れとったって言うんか……。

 

 

わいの故郷は東の海(イーストブルー)のとある島。せやけど今は存在せえへん。あん時や、あん時わいの故郷は跡形もなく無くなりよった。突如としてやって来よったでっかいカタツムリみたいな船がぎょうさん……。わいらは全てを失ってもうた。

 

島そのものは無くなったわけやない。せやけど家族を失い、家を失い、金をいっぺんに失ってんやから島がなくなったんと(おんな)じやろ。もう島で生きてくのが無理になってしもうたんやからな。

 

わいの故郷には敵対関係にある島があって、“戦争屋”を引っ張り出されて潰されてもうたと知ったんはベルガーでしばらく経ってからのことやった。そんときにはもうそんなことはどうでもええことやった。

 

 

 

せやけどな……。

 

確かにわいらは誓いを立てたんや、あの日あん時にな……。

 

 

 

わいらは幼馴染やった。家も(ちこ)うて、しょっちゅう遊びよった仲やった。わいはそん時から暇があれば包丁持ってなんか捌いとったし、あいつは踊って歌いよった。二人で一緒にショーレストランやろうやなんて言うとったなー。

 

それがあん時全部無くなったんや。

 

地獄やった。

 

あれは確かに地獄やった。

 

あいつの顔は見てられへんかった。

 

泣いてんのとちゃうんや。確かに涙は流しとるんやけど、泣いてんのとちゃうんや。かといって怒ってんのともちゃう。あれは……、

 

死んでたんちゃうかと思う。もちろん、息はしとったし話もしとったけど、心は死んでたんちゃうかと思う。

 

もう逝ってもうてたんやな、向こう側へ。

 

 

 

あいつら……、絶対……ぶち殺したる。どっから来たんか知らんけど……、絶対探し出して……ぶち殺したる。わいらで殺ったるんや……オーバン、お前との約束や。忘れんなや……。

 

 

 

あいつのあん時の目、忘れてた思ったけど……、忘れてへんかったな……。ただ一点だけを見詰めとって闇のように漆黒やった。

 

 

 

この前も(おんな)じ目をあいつはしとった。あれからもう20年は経つっちゅうのに、あいつはずっとあん時のままやったっちゅうことなんか……。

 

 

 

もう直ぐや。もう直ぐであいつらに手が届くんや。オーバン……、また来るわ。

 

 

 

あいつはその一言だけ残して去って行きよった。また来るってことはそういうことやろうな。わいも腹括らなあかんっちゅうことや。

 

わいらの故郷を潰したんは“戦争屋”のジェルマ66。昔はそうそう世に出回っとる名前ちゃうかったけど奴らは新世界に実在しとる。ひとつの王国として存在しとる。政府に対して強大な発言権を持っとるらしい。そりゃそうやろ。奴らは今となってはわいたちと(おんな)じ立ち位置。王下四商海(おうかししょうかい)の一角なんやから。そんな奴らにもう直ぐ手が届くってあいつは今何やっとんねんや。

 

あいつはタリ・デ・ヴァスコっちゅうただのオペラ歌手やないってことなんか。一体ヴァスコは何者なんや。

 

 

 

それで、わいはどうしたらええんや……。

 

 

 

 

 

キューカ島を離れてから(おんな)じことばっかり考えとる。答えなんか直ぐに出るわけないのにな。それでも考えんのをやめられへんのや。気付いたら頭ん中はそれでいっぱいになってんねんやからな。

 

 

 

……なんやて、もう18時回ってるんかいな……。あいつらそろそろ下りて来よんな。

 

食堂が騒がしくなって来とる。当直の交代時間やからや。で、この時間はあいつらの夕飯の時間でもある。

 

せやけどや……。あいつら怒るやろなー。

 

 

「ベポさん、早く、早くーっ!! もうお腹ぺこぺこだよーっ!! オーバン料理長、今日の夕ご飯ってさ……」

 

「カール、そんなに急がなくてもメシは逃げたりしないんだ。だよな~、シェフ~!!」

 

「二人とも、相当腹が減ってるようだな。まあ私もなんだが。料理長殿、今晩も楽しみにしておりましたよ」

 

「クエーッ!! クエ、クエ、クエーッ!!!」

 

「オーバン、もうお腹減った~!! 早く出してちょうだい!!」

 

「オーバンさん、私もお願いします。もう待てそうにありません」

 

「オーバン先生、ロー先生もお腹がさっきから鳴りっぱなしなんですよ。ねー、ロー先生」

 

「……料理長、頼む」

 

「俺も少し手伝おうか、何から運べばいいい?」

 

「オーバン、今日は何だ?」

 

 

あいつらが厨房前のカウンターに横一列に並んで座りよってからに、切実に腹が減ってると顔に書きながら言葉でもそれを表現しとるんやけど、わいが言えることはひとつだけや。

 

「すまんな。まだ出来てへんねんや」

 

わいはその時初めてほんまの激怒っちゅうもんを見てもうた。言葉にならへん怒りっちゅうやつや。

 

でもその後に出てくるのは、

 

 

ぐ~~~

 

 

全員からの切実なる音色や。

 

それにはわいの分も含まれとってな。

 

 

さっさと作らんかーいって怒鳴り散らされたんは言うまでもないことやわな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナ大佐、本部より入電の通り前方に極秘情報船を確認」

 

その報告が部下より(もたら)されてから数時間後にはメインマストに極秘と大書された船が直ぐ間近に確認できる位置まで接近して来ていた。

 

 

ソリティ(アイランド)でのハットとの密会を終えて(わたくし)は船へと戻り、一路マリンフォードを目指す航路の途中。アラバスタ近海での任はお役御免となり、海軍本部情報部監察での新たな任務が私を待っている。そんな中本部より舞い込んで来た電伝虫による入電。それはアラバスタへと向かう極秘情報船と接触せよというものだった。

 

極秘情報船というからには早速にも新たな任務かもしれないと思い、ヒナ津津なのだけれど。

 

甲板上に出てみれば、相手方を出迎える準備が整えられつつあった。整然と片付けられた甲板上では長剣を準備する者、捧げ(つつ)の準備をする者、管楽器両手に号笛の準備をする者。沢山の私の部下たちがびっしりと整列している様は壮観である。

 

まさにヒナ満足。

 

これだけの準備をする理由は極秘情報船が少将旗を掲げていたからに他ならない。言ってみれば上官を出迎えるわけである。軍隊における上下関係は絶対的なもの。一分の隙とてあってはならない。

 

ヒナ緊張、だわ。

 

でも、

 

「ヒナ嬢、今日もキレイですっ♡」

 

「ヒナ嬢、今日も素敵ですっ♡」

 

この二人ときたら相変わらずで、ヒナ憂鬱ね。

 

そんな間にも極秘情報船からはボートが下ろされて、ゆっくりとこちらへと向かって来ている。

 

そして接弦され、昇降口より顔を出した瞬間に一斉に吹き鳴らされてゆく管楽器たち。長剣は抜き連なり、さらには捧げ(つつ)の号令が飛び交ってゆく。上官を出迎える栄誉礼。

 

「海軍本部情報部監察、モネ少将に敬礼!!!」

 

私たちの敬礼に頷きを返して甲板上に降り立ったのは鮮やかな黄緑色の髪を風に靡かせ、正義のコートをはためかせた女性将校。多分私よりも若いわね。

 

「ヒナ大佐、話はあなたのお部屋でするわ。行きましょう」

 

風に乗せられたような彼女の声を耳にして、私たちは互いの挨拶もそこそこにして船室へと降りて行った。

 

 

 

 

 

「まずはあなたへの任命書。ヒナ海軍本部大佐、本日付で海軍本部情報部監察への異動を命じると共に、本部准将に任命するものとする」

 

厳重に封緘された書類入れから3つ折り1枚の紙を取り出して見せ、モネ少将が読み上げてくれる。アイスカフェラテを片手にしているけれど。礼儀には頓着しない方なのかしら……、ヒナ困惑。

 

「謹んでお受け致します。ヒナ拝命」

 

「うふふふふ……、あなたも面白いひとね。じゃあ改めてヒナ准将、何か質問はある?」

 

私たちはただ椅子を向かい合わせにして座っているだけの状態。本来ならば彼女が私のデスクに座って私は起立した状態というのが普通だと思うけれど……。

 

ヒナ驚愕、だわ。

 

「モネ少将が私の直属の上官と考えてよろしいでしょうか?」

 

「ええ、そうね。情報部監察自体のトップはセンゴク元帥が務めているの。この組織はセンゴク元帥の直轄組織みたいなものだから。ヒナ准将、あなたはすこぶる優秀だって聞いているわ。これからよろしくね」

 

話の合間でも彼女の口がアイスカフェラテのストローを含まない時はない。何かしらこの自由な感じ……。何だかヒナ呆然。

 

「あともうひとつ。こっちは新たな命令書。まずは読んでみて」

 

そう言って手渡されたもうひとつの封緘の中身は書類の束。目を通してみれば……、

 

 

『アレムケル・ロッコ並びにカポネ・“ギャング”ベッジ、ギルド・テゾーロに関する調査』とあった。

 

「先日、キューカ島にて不可解な出来事があった。その3人が一瞬にして忽然と姿を消してしまった。3人の素性はそこに書いてある通り。推測する限り、彼らは見聞色と六式を使って船も使わずに島を離れたといったところかしら。そして一番近い島と言えば……、バナロ島。開拓者の島ね。あなたにはそこへ行って情報収集をお願いしたいの。書いてある通り、まずはあくまでも情報収集。そのあとどうするかは追って連絡を入れるわ」

 

表情から悟られるわけにはいかないけれど、なんてこと……。

 

これはハットの下からロッコが姿を消したってことなのかしら。一体何がどうなっているっていうの? この前ロー君が言っていたようなことが現実味を帯びてきたっていうことなの? 

 

考える時間が欲しい……。ヒナ切実……。

 

「ひとまずあなたの今居る部下たちを連れて行ってもいいけれど……。バナロ島での行動は情報部監察に一緒に行くメンバーだけよ。あとは島に到着次第マリンフォードへ向けて出航させること。情報部監察っていうのは基本は単独行動がメインだから……以上」

 

そう言い終わると同時にモネ少将が持つアイスカフェラテのグラスの中身も氷だけとなってしまい、立ち上がろうとしたが思い出したかのようにして……、

 

「……最後にもうひとつ、あなたに共有しておくことがあったわ。この先このあたりの周辺海域が慌しいことになる。実はこの一帯がCP‐0の作戦海域に入る。作戦の要はジャヤ……。標的は王下四商海(おうかししょうかい)ネルソン商会」

 

そんなさらにとんでもない内容を口にしてくる。なに? ヒナ絶望でも望んでいるっていうのかしら。そう思いながらも、

 

「CP‐0がなぜ?」

 

何とか質問を返して見せる。

 

「そう思うのも無理ないけれどね。確かに四商海は天竜人に奉仕する存在だから自らの利権を潰すようなものだけど……。あなた、ひとつ覚えておいた方がいいわ。彼らは理で動くことなんかない。大抵は気まぐれでしか動かない。天竜人というのは9割方そういうもの。CP‐0が知らせて来ること自体が稀なのに、一体どういう風の吹き回しかしら……」

 

拙いは……、ハットが……。何とかして知らせてあげないと……。

 

「とにかく直ぐにでもツノ電伝虫を使って念波妨害が始まるはずだからさっさとこの海域を抜けた方がいいわね」

 

さっきからモネ少将の声音が冷徹さを帯びているように聞こえるのは気のせいだろうか。どこかしら不敵な笑みさえ浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

ハット……。

 

「じゃあヒナ准将、よろしく。私はこれからアラバスタへ向かわないといけないから」

 

そう言って私の船室をあとにしようとするモネ少将を辛うじてお見送りすることに成功はしたけれど、

 

 

私の内心は全く以てそれどころではなかった。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

また新たなる何かが始まります。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!



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第52話 ああ、ロマンを見てる

みなさま、大変長らくお待たせしてしまいました。

10800字ほど、よろしければどうぞ!!



偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

 

(うら)らかな波風のそよぎと共に姿を現した島。俺たちの目的地であるジャヤ。その西端に位置している町、モックタウン、海賊が入り浸る無法地帯と化していたはずの町の波止場にはカモメのマークを帆に掲げた一隻の海軍船が錨を下ろしていた。

 

無法地帯というのはそこに法が存在していないからこその呼称。であるのにもかかわらず、法の番人と呼べる海軍がここに居るということはどういうことだろうか?

 

その答えは俺たちの船が波止場に横付けされた時に垣間見られた存在から理解することが出来た。後ろ手に枷をはめられ屈強そうな二人の海兵に両側を抑え込まれている存在。抑え込まれている相手と身長は変わらないが色鮮やかに染め上げる身体の紫色は明らかに人間とは違った存在。

 

魚人……。

 

キューカ島にておつる、ガープとの話の中で護送中の囚人を貰い受ける交渉を行っていた。その際にガープは確かに囚人は魚人であると言っていた。その結果が今、波止場の向こう側で待ち受けている状況というわけだろう。王下四商海(おうかししょうかい)ともなればこんなにも素早い対応を政府から受けることが出来るらしい。俺たちも随分と偉くなったものだ。

 

 

「ボス!! どうでしたか、俺の航海は?」

 

思考を遮るようにして、ここまでずっと舵輪を離そうとしなかったベポがようやくにしてそれを手離しながら問い掛けてきた。

 

「ああ、上出来だ」

 

間髪入れずにそう答えてやるとベポは実に嬉しそうにしてはにかんで見せ、カールの小さな体に合わせて少し屈みながらハイタッチをしている。傍らにてペルも優しい笑顔を見せている。こいつも少しはこの船に馴染んで来たような気がする。随分と長い間(おか)での暮らしをして来たであろうに、否、むしろ海になど出たことなどないであろうに既に当直のアシスタントを務めあげるぐらいには船と航海というものに精通しつつあるのだ。こいつとの契約は実に有意義なものとなりそうである。そもそもが飛べる能力者なわけであるのだから。

 

さて、キューカ島からここまでの航海が本当のところどうであったか? 

 

ベポには上出来だと答えてやったわけであるが、少なくとも目的地に無事到着できたのであるから言葉通りであることは間違いない。とはいえ順調であったかそうでなかったかと問うのであればそれは勿論後者ということになる。ここは偉大なる航路(グランドライン)。世界で最も航海することが難しい海である。

 

とんでもない嵐に見舞われて転覆の危機に陥ったこともあった。竜巻(トルネード)に襲われそうなところを間一髪で免れたこともあった。ああ、そういえばオーバンのしでかしによって中々夕食にありつけなかった日もあったな。あの日、空腹に身を()じらせていた俺たちに向って奴は断罪してみせたわけである。全く以て奴のほうが断罪に相応しい行いをして見せたというのにだ……。だがあの日の食事は待った甲斐があった。あの日あの時のカレーライスはまさに至福であった。一生忘れえぬ何かというやつである。まあこれは別の問題であろうが……。こうして諸々の瞬間を思い浮かべたとしても決して順調ではない航海であったのだが、やはり無事次の島に着いているわけであるのだからこれは上出来というべきであろう。

 

キューカ島にてロッコは消えたのだ。俺たちの航海士が忽然(こつぜん)と姿を消したのだ。故に航海士補佐を無理矢理にでも航海士として船を進めてきたのである。オーバンが料理をすることを忘れていたとしても無理はないわけだ。否、……無理はあるか。

 

「ほれ、ハット。早う、行くぞ」

 

人の気も知らずにとはこのことであろうが、まあいいだろう。

 

まずは眼下に待ち受ける状況に思いを馳せなければならない。新たに契約を結ぶかもしれない相手に対してだ……。

 

 

 

 

 

王下四商海(おうかししょうかい)ネルソン商会総帥、ネルソン・ハット殿ですか?」

 

波止場の桟橋を進んだ先は町へと連なるメインストリートを前にして広場のようになっており、囚人とそれを抑える海兵に加えてもう一人が少し離れた場所にて待ち受けていた。そのもう一人は一際突き出た縦に長いのかもしれない髪を頭の上に載せていることが推測できるほどに縦長な帽子を被っており、さらには顎の下に垂らしている髭までもが腹辺りでその先端が揺れているほど実に長い。スーツを着込んだ上には数々の勲章に彩られた真っ白な正義のコートを風になびかせながら羽織っている。

 

こいつは多分……、

 

「私は海軍本部中将ストロベリーと申す者でございます。この度は王下四商海へのご栄転、誠におめでとうございます。つきましては手前どものガープにご依頼頂きました内容を遂行すべく参りました」

 

やはりな……。

 

俺の無言の首肯に対して先を続けて自らの紹介と俺たちへの祝福の言葉を述べたてた海軍本部中将。

 

「ここは元はと言えば(あざけ)りの町、モックタウン。我々が関与しない場所ですが捕縛すべき対象を目撃した以上は動かざるを得ない。……ですが、貴殿が署名をした時点にてこの島の管轄は貴殿のものとなっております。よって我々はこの地にてただ待っていたに過ぎません」

 

謹厳実直を地でいくような表情を全く変えることなく言葉を並べたてた本部中将の腰には二振りの刀。

 

剣士か……。

 

(兄さん、船外にいる海兵と思われる気配はこいつらだけ。嘘はついてなさそうね)

 

見聞色“無地(むち)の領域”によって己の気配と姿を消しているジョゼフィーヌとは見聞色を同期しており、脳内に木霊するようにして言葉が入り込んでくる。

 

協定によって同じ側の立場になったとはいえ、これは紛れもなく取引である。用心しておくに越したことはない。ましてや取引の相手はついこの前までは俺たちを捕縛しようとしていた奴らなのだ。

 

「周囲に注意を引くような会話をしている人たちもいませんよ」

 

故にビビにも能力を使っての“音拾い”をやって貰っている。二重の予防策からしてこの取引が罠である可能性は無さそうだ。

 

「海軍本部中将直々の出迎え痛み入る。そいつが例の者か?」

 

ようやくにして俺も本部中将に向かって口を開いてみる。

 

「……ええ、そうです。“ノコギリのアーロン”、懸賞金2000万ベリーの海賊。この男の氏素性に捕縛までの経緯は貴殿の参謀殿が詳しそうだ。私から申し上げるまでもないでしょう」

 

必要最小限の内容しか口にしない本部中将殿は実に優秀そうだ。

 

偉大なる航路(グランドライン)魚人島の魚人街出身。タイヨウの海賊団に所属してたこともあるみたい。フィッシャー・タイガーや海侠(かいきょう)のジンベエの弟分と認識されていた。タイガー死亡後に一度投獄されてるわ。だけどジンベエの七武海入りと共に出獄。その後東の海(イースト・ブルー)に放たれてるわね。そして麦わらのルフィに敗れて再び捕縛と……)

 

「そいつは麦わらに敗れるまでは東の海(イースト・ブルー)最高額の賞金首だった。ある諸島一帯を支配下に収めて国家運営のまねごとをしていた奴だ。俺たち人間を虫けら程度にしか思ってねぇ極めつけの種族主義者でもある。契約を交わす相手としてはどうだかな……。想像するに、奴の中にあるのはただ憎悪だけだ」

 

我が会計士と参謀も中将殿に負けず劣らず優秀ではないか。

 

アーロンという眼前の魚人。紫色に覆われた身体は優に2mを超えているであろう。特徴的なギザギザの鼻を持ち、目には……射殺すような殺気が纏われている。確かに俺たちを良く思っていないであろうことは容易に察しが付くというものだ。

 

さて、どうしたものかな……。

 

「……俺が話そう。元はと言えば俺が言い出したことでもあるしな」

 

この場の打開策を考えようとしていたところへ、今の今まで黙して語らずを貫き通していたローがようやくにして口を開き、

 

「カール、お前も来るといい」

 

さらにはカールがこのタイミングで呼び出されるとは思っていなかったのか、何とも有難迷惑そうにしてローの後へと続いていく。何やら考えがあるのだろう。そこで、

 

「ロー、頼んだ」

 

と任せる旨を言葉にしてみれば、頷きを寄越しながらローがゆっくりとした足取りでアーロンの目と鼻の先まで近づいていく。そしてカールがその後に付き従ってゆく。奴らが近づいて行こうともアーロンの殺気を孕んだ表情が変わっていくことはない。

 

「下等種族が俺に何をさせるつもりだ? 俺はてめぇら人間の為に働くつもりはねぇ。てめぇら下等な人間どもの下で働くぐらいなら死んだほうがましだ。それかさっさとこの枷を外してみろよ。……シャハハハハ、この場でてめぇら全員皆殺しにしてやる」

 

ローを見下ろし圧迫するようにして吠えたてられたアーロンの言葉にも殺気以外のものは存在していない。襲われれば骨も残らないような鋭利なサメの歯を剥き出しにしながら迫ろうとする様には確かに俺たち人間に対しての憎悪が有りそうだ。

 

「総帥さん……、あの人はルフィさんが戦った相手なんですよね? ルフィさんと戦えば甦ってくるはずなんです。たとえ失ってしまっていたものだとしても、心の奥底で大切にしていたものが甦ってきて目の前に突きつけられるはずなのに……」

 

眼前で敵意むき出しの魚人が麦わらと関係していると知って思うところがあるのか、ゆっくりとした口調でビビが言葉を紡ぎ出してくる。言いたいことは分かるがな。

 

「人が憎悪を生まれ持って出てくることはない。あのアーロンって奴にも過去に何かがあったんだろう。人間は器用な奴もいれば不器用な奴もいる。そう簡単に積年の考えを捨て去ることは出来ないものだ。……とはいえ、奴が言っていることは負け犬の遠吠えでしかないがな……」

 

アーロンの方を真剣な眼差しで見つめ続けているビビを横目で視界に捉えつつも、そのアーロンと面と向かい合っているローへと意識を割いてゆく。ギザギザ鼻を間近に見せつけられようとも当のローは黙して語らず。アーロンに対して一切の返事をしようとしていない。

 

「……あの人はああいう方法しか知らないだけなのかも。光は必ずあるはずなのに…………。ローさんは大丈夫でしょうか?」

 

出たな。またこいつの心配性ってやつが。

 

「奴は大丈夫だ。まったく相変わらずの心配性な奴だな、ローは無言を貫いている時ほど頭の中ではとんでもないことを考えていることが多い」

 

カールを側に居させているのは何か考えがあってのことだろうしな。

 

アーロンによる人間という生物に対しての呪詛と憎悪に満ち満ちた言葉の応酬は止めどなく続いている。それでもローは何も言葉を発するということをしていない。アーロンに言いたいことを言いたいように言わせている。側に控えている海軍本部中将がアーロンを制止しようと試みているがあまり意味は無さそうだ。

 

「トラファルガーがそろそろ動く頃合いだ……」

 

能力によってローの考えていることに想像が付いているのかクラハドールが言葉を挟んでくる。

 

 

そして、

 

事は一瞬の出来事であった。

 

メスと短く呟いた後にローは己の得物を素早く抜いて見せ、アーロンの胸中にあったはずの心臓を抉りだして見せていた。その数瞬後にはアーロンの身体が意識を失って崩れ落ちていた。

 

 

 

 

 

ノコギリザメの魚人が意識を失って数刻が経ち、目覚めた時にはローが不敵な笑みを湛えながら奴の心臓片手に見下ろしている状況であった。

 

そして今、奴らは何かを話し合っている。否、違うな。あれはどう見ても脅し脅されているようにしか見えない。ローは眼前で横たわっている奴の心臓をポンポンと片手の上でボール球よろしく弄びながら口角を下げることなく何か言葉を紡ぎ出している。

 

やり取りの内容が聞こえない理由は一つ。傍らにいるカールがサイレントを使っているからである。もしかしたらビビの能力を使えば聞き取れるのではないかと思ってしまったのだが、どうやらモシモシの能力とナギナギの能力に相互の関係性はなく完全に別個のものらしい。要はビビを以てしてもカールにサイレントを張られてしまえば聞き取ることは出来ないということだ。これはこれで興味深いことではあるが。俺ぐらいはその空間の中に入れてくれよと思わないでもない。

 

ローの考えは隣のストロベリー本部中将に聞かせたくないってことなんだろう。もしかしたら俺にさえ聞かせたくないのかもしれないが、まあそれはいい。ローのさらなる考えも読めるところがあるからだ。俺たちが二手に分かれるとき、ローの奴はアーロンを連れていくつもりなのではないかというわけだ。あいつは自分の船を持つなら潜水艦にすると言っていた。海中に関しては魚人の方が上をいっているのは確かだ。

 

どうやらローの脅しは紛糾しているようだ。アーロンが横たわりながらも罵っているように見える。ローは一体どんな脅し文句を使っているのだろうか? 伊達に毎度毎度ジョゼフィーヌに脅しを掛けられているわけではないようだな。アーロンの苦渋に満ちた表情が見て取れる。考えているな。やるじゃないか、ロー。呪詛を吐くしか脳がなかった奴に対して考え込ませているんだからな。

 

さらにローが畳み掛けている様子が見て取れる。アーロンに少し驚きの表情が見え隠れしている。

 

結果、

 

アーロンは立ち上がり、不意に、

 

「枷を外してやってくれ」

 

ローの言葉が聞こえてくる。

 

どうやらカールがサイレントを解除したようだ。

 

「よろしいのですか?」

 

成り行きを見守っていた海軍本部中将が尤もな聞き返しをしているがローは頷くのみであるので、渋々ながら

暫くアーロンの側から離れていた海兵二人に指示を出している。

 

後に、

 

枷が無くなり解き放たれたノコギリのアーロンは自身の凶悪な歯を使って噛み砕こうとローに対して襲いかかろうとしているが、数瞬早くにローの帯刀が動き出しており首から上に対して一閃、それでも伸ばされてくる相手の右腕に対して肩から先にもう一閃。

 

「……俺が言ったことを聞いてなかったのか? 現実を見ろと言ったはずだ。お前の動きは遅すぎる。これが現実だ」

 

ローの容赦ない物言いに対し、アーロンは何か言葉を返そうとしているのだが怒りに満ち満ちている様でどうやら言葉にならないらしい。

 

(兄さん、どうするの? あいつを船に乗せたとしてこんなこと毎日やられたんじゃたまったもんじゃないわよ?少なくともカールはあいつには勝てないだろうし、ビビだって怪しいものだわ。あいつを船に乗せるんならそれこそ枷を嵌める必要がある。でもそれならそもそも船に乗せる必要があるのって問題でしょ……)

 

俺の中に生まれた懸念材料を見事に我が妹は代弁してくれているわけであるが、俺も答えを持ち合わせているわけではない。

 

さて、どうしたものかな?

 

と、振りだしに戻るが如く考えを巡らしていたところへ、

 

再びローが動き出す。奴が出した答え。

 

それはカールがずっと後生大事に自分の股下にて温めていたバッグの中から取り出して見せた新たな枷を目にしたところで、本当にそれでいいのかと問い質したくなったのだが……。斬られたままの状態にある紫色の胴体に新たな枷を嵌めさせ、尚且つそれにはもうひとつの枷がくっ付いているところを見た瞬間、俺は気は確かなのかと叫び出しそうになっていた。

 

アーロンの3分割されていた身体を接合した後に現れ出でた光景に俺は目を疑うしかなかった。

 

それはそうだろう。

 

なぜなら、

 

ローとアーロンが背中合わせになっており、互いが枷にて繋がれているのであるから。

 

どういうつもりなのかと問い質せば、

 

これで危険はねぇだろうと返ってきたもんだ。どうやら背に負う紫色の身体を引き摺ってでもこの状態で暫くやっていくつもりらしい。

 

「てめぇ、下等種族が一体どういうつもりだぁ!!!!!」

 

アーロンとやら、お前の言葉に今日初めて俺は賛意を示すことが出来そうだ。

 

ストロベリー海軍本部中将が去り際にて大将黄猿の名を出してきたことを軽く流してしまうぐらいには俺の心はどこか遠くへ行ってしまっていたことは間違いないような気がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめぇ、もっと上手く歩けねぇのか。くそっ、下等種族が……」

 

背後から聞こえてくる呪詛の言葉が止まることは決してない。

 

くそっ……。呪詛の言葉を吐き出してぇのは俺の方だって言うのにな。

 

足取りは重い。そりゃそうだろう。背後に俺よりでかい奴を胴体だけで括りつけながら歩いてんだからな。否、引き摺ってるって言った方がいいのかこの場合。

 

己で選択した結果とはいえ、このとんでもない動きにくさは想定以上だ。だが致し方ねぇのも確か。背後の奴が何をしでかすかわからねぇ奴である以上はこうするしかない。種族主義などという面倒くせぇもんに凝り固まってやがる以上はな。じゃあ他の奴にすれば良かったってのもあるのかもしれねぇが……。

 

種族主義ってのは元を辿ってけば政府への不信に繋がるんじゃねぇかと思い至り、ならば俺たちの目標にも合致しないこともないと結論して向き合ってみたのがつい先程のこと。

 

奴から迸ってくる怒りと憎悪に満ち満ちた呪詛の言葉を叩き込まれるにつれ、こいつは脅しが必要だと方針転換して心臓を奪うことにした。そして麦わら屋の名前を出してやったわけだが、こいつには効果てき面じゃねぇかという俺の読みは間違いじゃあなかったようだ。俺の能力を持ってすれば心臓を入れ替えることで麦わら屋と魂を入れ替えることなどわけねぇと言ってやれば、奴は初めて考える仕草を見せ始めたんだからな。

 

あとは畳み掛けてやるだけだった。俺たちの目的とボスの素性、さらにはそこから推測できることを話してやり、復讐上等じゃねぇかと持ち掛けてやれば奴は渋々ながら話に乗ってきたというのが先程までの事の顛末である。

 

 

それにしてもだ……。全員が俺を置いていっているというこの状況は一体どういうことなんだろうか?

 

ボスとビビに黄色いカルガモは探索だと言って島の奥へと入って行った。

 

ジョゼフィーヌさんはトロピカルホテルというリゾートホテルがひとまずの本拠地として使えないかどうか見てくると行ってしまった。それにはカールとベポも付いて行っている。どうやらリゾートホテルならプールがあるだろうからキューカ島で泳げなかった分、ここで泳ぐのだと言う。

 

料理長は料理長で新たな食材が手に入りそうだと言ってこれまた奥へと行ってしまっている。

 

ハヤブサはどうしてやがるのか。多分、飛んでんだろう。

 

俺にとって最後の砦はクラハドールであったのだが、奴もまた執事としての職務を果たすべくこの島の下調べに行っているようだ。

 

まったく薄情な奴らめ……。俺は俺の職務を果たせってのか……。

 

「おい、下等種族。メシだ。何か食わせろ」

 

「黙れ」

 

条件反射的に雑な返しをしてしまったが俺は悪くないはずだ。こいつの体重を背負って動いてるようなもんなんだからな。

 

俺にこそメシを食わせろっ!!

 

と言っても罰が当たりはしないだろう。

 

 

 

 

 

ん?

 

通りの先が何とも破壊の跡(おびただ)しい状況となっていた。この町の通りは板張りとなっているが無残にも抉れ返っており、周囲の建物にも何かが無数にぶつかった跡が残っている。

 

決闘でもあったのか?

 

「この島はてめぇらのもんになるとそう言ったな?」

 

思考を遮ってアーロンが言葉を投げ掛けてくる。ようやくメシはあきらめたようだな。

 

「ああ、そう言ったが……、どうした?」

 

抉れて足場の悪い板張りの通りを何とか通りやすいところを選びながら進むことにも意識を割きながら答えてやると、

 

「ってことはこいつら海賊連中をどうにでもしても問題ねぇわけだよな。叩き潰しちまえよ、虫けらどもだ」

 

アーロンが言うように通りの両側に存在している破壊の跡はあったとしても店として何とか成り立ってはいそうな酒場やレストランにはいかにも海賊といった風情の連中が(たむろ)している。海軍がやっては来たが自分たちが標的ではないと知って呑気にもこの地にいまだのさばっている連中である。

 

「放っておけ。こいつらは雑魚だ。あとでどうにでもなる連中だからな」

 

そこへ目に飛び込んで来たもの、

 

通りの板張りの上に無造作に置かれていた一枚の大判の紙。

 

スマイル……。

 

ファミリーのマーク……。

 

まさか、奴らがこの島に来てるっていうのか。

 

その紙の周囲に目をやってみれば大量の血が飛び散っており、連なっており、その連なりの先には背中を覆う藍色のマントを凄惨にも真っ赤に染め上げた男が(うずくま)っていた。さらにその近くには刃に血の跡を残した巨大ナイフ片手に座り込む男。右往左往してやがる何人かの男女。巨大ナイフを持つ男はコートの下に何も着ておらず、これ見よがしにでかでかと彫りこんであるスマイルマークの刺青を見せつけている。

 

こいつら、なるほどそういうことか……。

 

「何だ? 虫けらどもでショーでもあったってのか」

 

背中合わせで俺と同じものを見ているこいつの勘は中々に鋭い。

 

「ああ、そんなところだろう」

 

 

「……ドフ…………ドフラ……ミンゴ……、あん……たに…………ついていく」

 

「おい、ベラミー。よせ、俺たちはもう見捨てられたんだ。んなことより傷を何とかしねぇと」

 

目の前に居る奴らが何者でここで何があったのか、詳しいところは分からねぇが大方想像は付く。クラハドールのように完璧にってわけじゃないが。

 

こいつらはジョーカーからあのマークを借りて海賊でもやっているごろつきなんだろう。見る限りは大して名のある海賊とは思えない。つまりはジョーカーのチンピラ共ってわけだ。そしてこいつらはヘマをしでかした。少なくともジョーカーの逆鱗に触れたのかもしれねぇ。で、奴の能力によって見事に操り人形にさせられて同士討ちになったとそんなとこだろう。

 

「おい、見せてみろ」

 

「何だてめぇは、……」

 

「俺は医者だ。背中に居るのは気にすんな」

 

「シャハハハハハハ、助けんのか。死なせてやった方が世界の為だろうが」

 

 

かもしれねぇがな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭に栗を載せたその男は切り株の椅子に座ってずっと何かを待っていた。傍らの巨大切り株のテーブル上には吸い殻の山と白い布袋に包まれた何か。

 

俺はと言えばテーブルのさらに傍らにあるもうひとつの切り株を椅子にしてその男と同じように紫煙をたなびかせながら同じ方向を眺めている。

 

そこには当然のように海が広がっているが、上空は何とも暗い。そこだけがまるで夜の訪れを受けている様に。

 

俺たちの間に今のところ会話はない。摩訶不思議なことではあるが……。

 

向こうではビビが黄色いカルガモの背に乗って栗男の住まいらしい風変りな建物を見て回っている。確かにその建物は異様ではある。まるで巨大な刃物で真っ二つにされたような形になっておりその断面らしい片側に一枚板が張られており、その板には張りぼてのように巨大な城が描かれている。作為を感じずにはいられない。

 

何とも不思議な空間である。

 

 

俺たちはこの島の西側の町モックタウンにて海軍より人間への呪詛の言葉を喚き散らす奴を引き取った。正確に言えば引き取ったのはローではあるのだが……。奴は今もあの状態のままでいるのだろうか? 俺には到底出来そうもない行為だ。あのアーロンとか言う魚人に対してリスクを最小限にして引き入れるための策であるのは確かだが。まあそもそもに契約自体をまだ交わしていないのであるからこれは確定事項ではない。

 

これからどうなることやらだな……。

 

そんな懸念を胸に秘めながらも俺たちはローとその背中にくっ付いているワンセットを放ったらかしにしてこの島の奥へ奥へとやって来ていた。

 

途中、少しばかり懐かしい連中とも再会を果たしている。サイレントフォレストにて俺の愛銃を提供してくれた相手、共にビジネスを立ち上げることを約束した相手。そう、南の海(サウスブルー)からやって来た天才的銃器設計者ブロウニーである。奴とは確かにここジャヤで再会することを約束していた。だが一抹の不安材料が存在していたのも確かである。なぜなら、ブロウニーが俺たちと仕事をすると決断した決め手はロッコの存在にあったから。当然のようにロッコは既にもういない。この取引自体が雲散霧消する可能性を考慮に入れていたのだが……。これがまた不思議なことにそうはなっていないのだ。

 

有ろうことかあの男は今度はビビのファンだから感激だとそうのたまっていた。この世は摩訶不思議だな、まったく。

 

「カルー!!! ねぇ、見て。すごいっ!!!」

 

突如として海からやって来た轟音。轟音以上の轟音。

 

あの夜の真っ只中で天高くへと突き上がる特大の水柱。その突然の大迫力はまるでここまで水飛沫が飛んできそうな錯覚さえ起こしてしまうような代物。カルガモの鳴き声が止むことはない。相当に驚いているようだ。ビビの歓声が止まることもない。確かにこんなものを見せられてしまってはな。

 

だが、栗男が驚きを見せることはない。ただ静かに煙草を口にしながら眺めているだけである。

 

「あんた、さっきから何を見ているんだ?」

 

どうにもこうにも気になった俺は思わず質問していた。

 

「……何を見ているか、だと? ……ああ、ロマンを見てる。分かるか?」

 

ロマンという単語が耳に入って来た瞬間に俺は何かを悟り、ゆっくりと、本当にゆっくりと紫煙を口から吐き出していた。

 

「ロマン、か……」

 

俺にはそんなことを口にするのが精一杯ではあったが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベラミーと呼ばれている奴の治療は終わった。こいつらは言ってみれば後輩に当たる連中なわけだが、先輩風を吹かせるつもりは毛頭ない。そもそもにファミリーを薦めるつもりがない。こいつらはまだどうしようもないチンピラでしかなさそうであるが。

 

まあ、助言をするつもりもねぇがな……。

 

「おい、下等種族。これはてめぇらのことなんじゃねぇのか」

 

俺の物思いを邪魔してきたアーロンは一体どこから手に入れたのか最新の新聞を背後から寄越してきた。こいつは治療中も背後にいながら手伝おうともせずに勝手にメシを食らっていた奴である。まったく碌でもねぇ野郎だ。

 

で、

 

渡された新聞に目を通してみれば、

 

何だと!!!!!!!

 

これまた碌でもねぇ内容であった。

 

『ネルソン商会、キューカ島を強襲。“海の英雄”ガープ海軍本部中将に傷を負わせて逃走』

 

となっている。どういうことだ? 本来であればここには俺たちが四商海入りを果たしたという記事が載っていておかしくない。だというのに、この記事はキューカ島での出来事が全て俺たちによるものとしており、さらには最新の懸賞金額が載せられている。つまりは俺たちはまだ賞金首ということになっている。

 

何だ? 一体何が起こっている?

 

もっと深く考えようとして新聞から目を上げる。

 

逃げまどう海賊連中。

 

何だ? 今度は何があった?

 

「トラファルガー、また海軍船が現れた。今度は大将赤犬の船だ」

 

ようやく現れたクラハドールが(もたら)した情報は特大に碌でもねぇ情報であった。

 

 

俺たちはどこまで行こうとも地獄の中を進んで行くしかないらしい。

 

 

 

 

 




読んでいただきましてありがとうございます。

約半年ですか、
現実と折り合いを付けることの方を選択しておりました。
こうして次に繋げられたこと。今はそれだけが嬉しくてなりません。
言葉を紡ぐこと、言葉とストーリー、そしてキャラクターに向き合うことは難しいことではありますがやはり楽しい。

今後ともどうぞよろしくお願い致します!!!


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第53話 BH

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は8500字程、よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 東端

 

 

頭の上に栗を載せたその男はモンブラン・クリケットと言った。

 

モンブラン・クリケット……?

 

モンブラン……?

 

…………!!

 

モンブラン・ノーランド!!

 

俺たちの故郷、北の海(ノースブルー)では広く知れ渡っている童話の中に登場する人物。そう言えばノーランドも頭の上に栗を載せていたではないか。この男を一目見た時からどこか懐かしい気持ちに囚われていたのはこういうことだったわけだ。

 

かくして本人にそれをぶつけてみれば、あっさりと認め、合わせてこれまでの紆余曲折な身の上話を語ってくれた。そこには何とも言えないロマンと哀愁が溢れていて、ビビも興味津津の態で話を聞いていた。というのも、俺たちには共通点がもうひとつ存在していたからである。

 

それは麦わらの一味……。

 

俺たちは皆、奴らを知っている。奴らがどういう人間たちかを知っている。奴らとどういう時間と空間を共に過ごしたかを知っている。それは皆それぞれ違うようであって同じであり、同じようでいて違うものかもしれないが、それぞれの中でもでかい存在であるのは確かだ。

 

いつしかテーブル代わりの切り株上には増え続ける吸い殻の山と布袋にたっぷりとラムの入った樽型マグ二つが加わっていた。

 

俺たちは奴らがとんでもなくバカであり、どうしようもない連中であることを嘆きあったし、どこまでも優しくてどこまでも情に厚い連中であることに涙した。

 

「……で、奴らは今あの立ち上る海流に乗って空島に行ってしまったと……、そういうわけか?」

 

ここまでの会話に思いを馳せて紫煙をまたひとつ吐き出しつつ言葉を乗せてみる。突き上げる海流(ノックアップストリーム)と呼ばれる先程のあり得ない光景をも思い返しながら。

 

「ああ……、多分な」

 

同じように紫煙を燻らせながら返ってきたクリケットの言葉には、奴らなら何事もなかったようにしてあの化け物海流を上って行ったであろうという思いと、あの化け物海流に遭遇すればどんな奴らでもひとたまりもないであろうという思いが交錯して含まれているような気がしてならない。

 

「……ルフィさんたち、ほんとに大丈夫かな……」

 

実はクリケットの思いはビビの呟きのように心配でたまらない方向に傾いているのかもしれないが……。とはいえ、不思議と俺には奴らがくたばっている姿は全く想像出来ないわけで、つまりはこいつらは心配し過ぎであるわけだ。

 

降り注ぐ陽光は辺りを覆う野原を柔らかくも照らしており、海風のそよぎは心地よくも優しく潮の香りを運んで来ている。

 

奴らはまたロマンを追っているんだろうな……。

 

樽マグを傾けながら奴らの笑顔を脳裡に思い浮かべてみる。

 

実に楽しそうではないか。

 

 

 

 

 

「おめぇらはアレだろ。ここを治めることになったとか言う商人じゃねぇのか。確かマシラがそんなことを言ってやがった」

 

クリケットからの話しの矛先はようやく俺たちに向く。それにしても情報が駆け巡るスピードは速い。もう俺たちの情報が出回っているらしいが、ならば話は早い。

 

「ああ、そうだ。俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)であるネルソン商会、この島を拠点にするつもりでいる」

 

返事と共に喉を潤して、またラムの甘い香りを少し堪能すれば、俺の口は更に柔らかいものとなり、

 

「実は俺たちも北の海(ノースブルー)出身なんだが、そこで酒を造っていた。『ロイヤルベルガー』っていう蒸留酒(ウイスキー)でな。こいつに少し残っていたはずなんだが……、飲んでみるか?」

 

と、スキットルを内ポケットから取り出しながら俺の口は勝手に自慢の一品を紹介している。

 

「おめぇら故郷の酒か。どれ……、……美味いな。たまには辛口も悪くねぇ」

 

「美味いだろ。こいつは北の海(ノースブルー)では結構な値打ち物になりつつあってな。かなりの高値で取引が可能だったんだが、俺たちはもう偉大なる航路(グランドライン)にいる。そこでだ……」

 

余程口に合ったのか中身を飲み干すようにしてスキットルを急角度で傾けたのちに、

 

「……フー、美味ぇーっ!! いい酒だな。……俺もこの通り酒には目がなくてな。少しばかり造ってもいる。この島に住み着いて随分と長いんでな、……だがこのラムじゃねぇぞ。ラムを造るにはこの春島の気候じゃあ無理だ。ここではトウモロコシを栽培してる。それをおめぇらの酒みたいに蒸留すりゃあいい味が出て来るんだ」

 

クリケットから語られる興味深い話は俺の話の続きを遮る価値は十分にあった。

 

「総帥さん、いい話ですね。またお酒が造れそうで………………」

 

全く以てビビの言う通りだ。

 

「ああ、そうだな。ここはひとつあんたが造った酒も飲ませて貰おうじゃないか。ゆくゆくはっていう先の話もあるがまずはそこからだろう。なぁ…………、うん? どうした、ビビ?」

 

クリケットと共に美味い酒と煙草に身を委ね、互いに上機嫌で今後の明るい展望へ向けてさらなるご馳走に与ろうとしていたところへ、まるで急に心変わりでもしたかのようにして眉間にしわを寄せながら目を閉じているビビ。

 

漆黒のシルクハット越しに左手で頭を押さえ、右手は自身の右のこめかめにやっている。

 

「水を飲んだらどうだ? 気分が和らぐかもしれん。汲んで来てやろう。ここの水は最高だからな……」

 

ビビの姿を突然頭痛にでも襲われたと考えたのであろう言葉がクリケットから飛び出すと、多少赤らんだ顔を見せながらも立ち上がって見せ、特にふらつくこともなくしっかりとした足取りで自分の住まいへと奴は戻っていく。バケツでも取りに帰ったのであろう。

 

奴の気遣いには悪いがビビの様子を見るに頭痛ではなさそうだ。能力を行使している中で引っかかる何かが聞こえてきたに違いない。この眉間にしわを寄せた表情は多分に良くない兆候であろうからして、酒と煙草の楽しいひと時もおしまいというわけだろう。

 

良くない兆候と言えば俺にも心当たりはある。

 

先程から見聞色にて感じられる二つの知らぬ気配。それはゆっくりとではあるが確実にこの場所へと近付いてきており、明らかにその動きには目的が感じられるのだ。

 

まあ、いいだろう。こんなことは俺たちにとってはいつものことである。

 

さあ、何が起こったのだ? お前が聞いているであろうそれを俺にもさっさと聞かせてくれ。

 

心の中で問い掛けながらビビを見つめてみる。

 

よく考えればこいつはついこの間までは真っ白な出で立ちでいたものである。全く以て有り得ないことではあるが。だが今ではもう俺たちのシンボルである漆黒のシルクハットを被り、漆黒のジャケットに腕を通し、漆黒のホットパンツを履いている。れっきとした俺たちの正装姿である。

 

素晴らしい。やはりこうでなくてはな。だが待てよ、あいつは黄色いままだったな。そこの草むらで足を伸ばして呑気にも寛いでやがるあのカルガモは……。

 

今に見ていろ、カルーよ。お前が黒に身を包むのもそう遠くない未来だ。特注のシルクハットも用意してやるからな。

 

「……総帥さん、事件です。モックタウンが騒がしくなってるみたい。海軍大将赤犬の船が現れたって……」

 

ようやくにして閉じていた瞳を開け、身を乗り出すようにしてビビが俺の知りたかった答えを寄越してくる。

 

「そいつは確かに事件だな……」

 

事件と表現して見せたビビのセンスに敬意を表して俺も同じ表現で返事をしてみる。

 

海軍大将の船が港に姿を現すことはそうそう滅多に起こることではない。ましてや首に賞金を掛けられている者にとっては絶対に起こってはならない事件のひとつだろう。だが今の俺たちはそうではない。ついこの間まではそうであったのだがそれは卒業したのだ。故にこれは事件なのかもしれないが大した事件ではない。逃げる必要も当然なく、何の用だと挨拶してやればいいだけのことである。

 

暫し黙考に身を委ねていた俺の手は再び樽マグを掴み取り喉へと流しこんでゆく。

 

実に美味い……。

 

酒の美味さに任せて、まだ続きを話したそうにしているビビに向かって頷いて見せ、先を促してみれば、

 

「それに、ローさんの声が聞こえてたんですが――――」

 

聞きたくはなかった内容が飛び出してきたわけである。俺は決して口に出すつもりはなかったが心の中で叫びをあげていた。

 

大事件ではないかと……。

 

こいつは本当に楽しい酒談議をやってる場合ではなくなってしまったようだ。首に掛けられていた賞金が消えたと思っていたところへそのまま継続中という情報を大々的に知らしめられているところへ、最も来て欲しくない相手である海軍本部大将が現れているわけなのだから。しかもよりにもよって相手はあの赤犬である。

 

新聞内容がどうであれ、俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)になっているのは間違いないはずである。俺たちは確かにキューカ島にてサインしたのであるから。先程アーロンと呼ばれる魚人を突飛な方法で引き取ったのであるから。

 

では新聞内容が間違っているのか? 有り得る話だ。キューカ島のオペラ会場にはモルガンズが居た。奴こそがその新聞を出している会社のトップなのだ。奴には情報操作屋という頂けない別名が存在している。

 

では情報操作されていると訴えてみればどうだろうか? ダメだ、誰に訴えるっていうのだ。少なくともあの赤犬が聞く耳を持っているようには思えない。故によりにもよっての相手なのだ。

 

新聞はここら一帯にばら撒かれていると見ていいだろう。俺たちの操作された情報は世に出てしまっていると見ていいだろう。

 

くそ……、やられたな……。

 

俺たちが取れる道は何だろうか?

 

 

「おい、あいつらもおめぇらの仲間か?」

 

深い沈思黙考から掬い上げるようにしてクリケットの言葉が飛んでくる。視線を移してみれば奴の手には木製のバケツが提げられていた。

 

そしてクリケットが言うあいつらとは……。

 

「いいえ、クリケットさん。知らない人たちです」

 

ビビが俺の代わりに返事をしてくれているが、ビビの言う通り俺も知らない奴らである。気配が近付いていることには気づいてはいたが……。

 

ひとりは異様な少女だ。なぜなら舞踏会にでも行くのかというようなドレス姿で鮮やかな金髪は巻きに巻かれているのである。ジャヤの東にあるこの未開の地に居ていい姿ではない。

 

もうひとりは戦場に赴く兵士が持つようなマントを羽織った男。色褪せた黒のハットを被り、もみ上げがこれでもかという主張を見せており、立派な口髭と顎髭がさらなる主張を重ねている。さらにはこちらへと向ける鋭い眼差しが主張に主張を重ねていた。

 

組合せといい、それぞれの佇まいといい妙でしかない。カルーが体を起して怪訝な表情を見せているのも頷けるというものである。

 

「嬢ちゃんたち、ここはダンスパーティーの会場じゃねぇぞ」

 

どうやらクリケットの奴も俺と同じように思っているようだな。

 

「お気になさらず……、私たちはダンスをしに来たわけではありませんのよ。……ねぇ、パパ?」

 

パパ? パパだと……? こいつら親子だっていうのか?

 

「こぉら、こぉら、キャァロォルゥ~♪ パパより先に行っちゃあダァメじゃないかぁ~~。ここは危ない島なんだよぉ~~」

 

なんだこいつら……。何なんだこいつらは……。

 

娘と思われる少女が振り返った途端に男からは先程までの凛々しくも鋭い眼差しが消え去って目尻は下がり、口元もだらしなく垂れ下がっていき口をついて出てきた言葉はこれだ。

 

「でもパパ? ケムリのおじちゃんがいないよ?」

 

「キャァロォルゥ~♪ ケムリのおじちゃんは今、カタナのお姉ちゃんと一緒に船の上だって言ったじゃないかぁ~~」

 

「え~、そうだったっけ~? ケムリのおじちゃんに会えると思ってたのに~。カタナのお姉ちゃんもいな~い」

 

「うぅぅ、キャァロォルゥ~、ごめんよぉ~~。パパがいけなかったんだねぇ~~。今度は必ずケムリのおじちゃんに会わせてあげるからねぇ~~」

 

「うううん、パパ♥ 私はパパがいてくれればそれでいいの」

 

「はぁわぁわぁ~~、なんて優しい子なんだぁ~~、キャロルゥ~ちゃん♪ 愛してるよぉ~~、キャァロォルゥ~~♪」

 

「パパ、大好きよ~♥ パパ♥ パパ♥」

 

さて、俺たちはこの光景を見てどうすればいいんだろうか? 生温かい目で見守ってやればいいのだろうか? それともなんだ、祝福の拍手でも贈ってやればいいのだろうか?

 

そのキラキラとした光景を見ていられなくてふとビビに視線を移してみれば、こいつはこいつでなぜか少し羨ましそうに眺めている。

 

もしやお前も幼少期にはそんな感じだったのか? あの賢人と呼ばれるコブラ王があのような感じだったって言うのか? もうあの頃には戻れないという寂寥感(せきりょうかん)と共に昔を懐かしんでいるとでも言うのか?

 

なんと嘆かわしいことだろうか。否、嘆かわしくはないか、寧ろこれは賞賛すべきことなのかもしれない。これこそ親子の有るべき姿なのかもしれないではないか。

 

「どうだ、嬢ちゃんたち。今からこの島の美味い水を汲みに行くところなんだが、嬢ちゃんたちも飲むか?」

 

少なくとも少しは酔っているはずのクリケットがこの光景を本当に理解しているのか何とも疑わしい介入の誘いだが、

 

「かたじけない。頂こうか」

 

「うん。ちょうだ~い」

 

また鋭い顔つきに戻った父親と可憐な少女には申し分ない誘いだったらしい。二人の答えに気を良くしたクリケットは森の中へと消えて行った。

 

 

それでだ、そう言えばこの親子の会話の中で妙に引っ掛かってくる言葉があったな。……ケムリのおじちゃん。そう、ケムリのおじちゃんだ。ケムリのおじちゃんとは……?

 

己の脳内で検索を掛けていくと思い当たる人物が浮かび上がってくる。ケムリ……、白猟のスモーカー。そうかあのケムリ野郎のことに違いない。だがそうなるとこいつらは海兵と知り合いということになる。一体こいつらは何者なんだろうか?

 

「あんたらはあのケムリ野郎と知り合いなのか?」

 

本人たちに直接聞いてみるのが一番であろうというわけで質問をぶつけてみるわけだが、

 

「あぁん?! ぶっ殺されてーのか?? ケムリのおじちゃんだって言ってんだろが、おっさんっ!!」

 

思いもよらない答えが返って来たのである。

 

今こいつは何と言った? おっさんと言いやがったな。確かにこいつは今俺のことをおっさんと言いやがった。

 

絶句である。これはまさに絶句だ。

 

今ようやく理解できた。こいつらは豹変親子ってわけか。

 

くそ、それにしても、それにしても、おっさん、おっさん、おっさんか……。甘んじて受け入れるしかないのだろうか。

 

「……キャロルちゃん、ごめんね。ケムリのおじちゃんだよね。……でも、この人にはせめてお兄さんって呼んであげてくれないかな?」

 

ビビ、お前は優しいな。素晴らしいよ、その健気にも俺をフォローしようとしてくれるその心遣い。

 

「は? おっさんはおっさんだろーが、おばはん」

 

っておい。お前は俺たちの心をどこまで折れば気が済むんだ? もう勘弁してやってくれ。俺はいい。俺はいいのだ。百歩譲って、百歩譲ってだがおっさんを甘んじて受け入れようではないか。受け入れてやろうではないか。だがしかしだ、この可憐な王女(プリンセス)であるビビを捕まえておばはん呼ばわりしてはダメだ。そんなことをすればこいつの父親が泣くぞ。あの賢人で名高いコブラ王が号泣するぞ。

 

心優しいビビはぐっと堪えて笑顔を崩さずにいるかもしれないが、

 

「うぅぅ、総帥さ~ん……」

 

振り返ったビビの目には涙。

 

そうなるよな。

 

「ビビ、お前はよくやった。よくやったよ。お前は何も悪いことはしていない」

 

慰めの言葉を掛けてやるしかないのだ。

 

「キャァロォルゥ~~♪ ぶっ殺すだなんて言葉を使っちゃあダァメェ、ダァメェよぉ~~。お行儀が悪いじゃないかぁ~~」

 

「パパ~、ごめんね~。私、パパのためにもっとレディになれるように頑張るわ~。だから許して~」

 

「キャァロォルゥ~~♪ いい子だよぉ~~。パパは許しちゃうぞぉ~~」

 

まったく、こいつら……。勝手にやってくれ……。

 

「……あんたかい、ネルソン・ハットってのは……」

 

不意に飛び出してくるのは父親からの低く押し殺したような声音での質問。どうやらこいつらは俺たちに用があるらしい。

 

「懸賞金4億8000万ベリーの賞金首、ですわよね」

 

娘の方から掛けられた言葉の内容がそれをさらに裏付けてゆくと同時に、ローが話していたという新聞の内容までもが裏付けられてゆくわけだ。その新聞を見た人間が目の前にいるわけであるから。でなければ俺の最新の賞金額を口にしたりは出来ないであろう。

 

だが一体こいつらは本当に何者なんだ?

 

正義のコートを羽織ってはいないのであるからして海兵というわけではなさそうだ。であるならば……。

 

「ああ、そうだが。ひとつ訂正をしておきたい。俺はネルソン・ハットで間違いないが賞金首ではない。今朝の新聞には新たな賞金額が載せられていたのかもしれないが、俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)なんでな」

 

まあいいだろう。ここはしっかりと正しいことを口にしておくべきだ。こいつらがどう判断するのかはまた別の話ではあるが……。

 

「……総帥さん、いつもドレスを着ている女の子を連れたマントの男。私、そう言えば知ってた。……あなたは狙撃手(スナイパー)ではありませんか? そのマントの中、見せて貰ってもいいですか?」

 

そこへ、切り株の上に涙で濡らした顔を伏せていたビビがふと思い出したかのようにして顔を上げ立ち上がると、父親の前まですたすたと歩いてゆき呟くのである。

 

「いいだろう」

 

の返事と共に逞しいもみ上げを誇らしげに風に靡かせる父親が自身のマントをさらりと広げて見せる。そこで俺の目に飛び込んで来たものは……。

 

イチ、ニ、サン、シ、…………、一体何丁持っているのだ。こいつは一体……。

 

「……31丁拳銃……、あなたは子連れのダディですね」

 

「いかにも」

 

ビビの問い掛けに対してその父親は鋭い眼差しを湛えた不敵な面構えを見せてそう言ってのけた。

 

「わたしも似たようなことを昔やっていたのであなたのことは知っています。政府に極めて近い賞金稼ぎ組織が存在していると。その名は“イトゥー会”……。いつからか忽然と世に現れた謎の組織。でもその組織に属している賞金稼ぎは途轍もなく強くて億越えの賞金首にしか手を出さないと……。そしてあなたはそこで“中堅”を務めている“BH”ですね」

 

「……申し遅れた。イトゥー会“中堅”BH、我が名、ダディ・マスターソンと申す者」

 

奴はビビの言葉に黙して耳を傾けたのち、とても静かに己の名を名乗って見せた。

 

そして次の言葉にて、

 

「ネルソン商会総帥、ネルソン・ハット。“黒い商人”、懸賞金4億8000万ベリー。イトゥー会の名に懸けてその首、貰い受けに来た」

 

そうのたまったわけである。

 

 

まるで決闘に参上して来たかのようにして……。

 

 

 

 

 

俺たちがまずやるべきことは何か……。

 

それは連絡を取り合うこと。故にして懐から小電伝虫を取り出して見せたわけであるが反応がない。小電伝虫は寝ているわけではない。寧ろその眼は爛々とこちらを見つめ返しているのだが受話器の向こうからは全く何も反応がないのである。

 

「総帥さん、まずい状況かも。広域の念波妨害をされている可能性があります」

 

聴く力に一際(ひときわ)秀でたビビが物騒なことを言い出している。

 

念波妨害だと……、しかも広域の……。

 

一体全体何が起こっている?

 

真実を捻じ曲げられた新聞報道、海軍本部大将赤犬と億越えしか狩らない賞金稼ぎの登場、そして広域の念波妨害による通信遮断。

 

俺たちの与り知らないところで何かが動いている。そしてその矛先は間違いなく俺たちに向かっている。

 

 

地獄の業火を駆け抜ける一本道……。

 

 

「嬢ちゃん、この水は美味いぞ。たんと飲むがいい」

 

「おっさん、……失礼、レディとしてはしたない言葉でしたわ。おじさま、頂きますわ」

 

「キャァロォルゥ~~♪ 偉いじゃないかぁ~~。おじさまだなんて言葉使い、パパは嬉しいぞぉ~~」

 

「パパ~。私はもう立派なレディになったんだもん」

 

「あぁ~~、そうだねぇ~~、キャァロォルゥ~~♪ そんなキャァロォルがパパは大好きだよぉ~~」

 

「パパ~~♥ もう私も大好きよ~~、パパ♥ パパ♥」

 

……これが地獄の業火だろうか?

 

キャッキャしている眼前の光景を眺めるにそれとは程遠い状況である。

 

否、そんなことは考えまい。真実がどうであれかかる火の粉を振り払わなければ俺たちに明日がなさそうなのは確かだ。

 

「ビビ、すぐにモックタウンに向かえ!! この場の状況をあいつらに伝えてくれ。ペルの声は聞こえるか?」

 

ビビからの返事は首の横振り。奴は単独行動をしているってわけか。

 

「ペルとも何とか連絡を取り合ってくれ。この状況での通信手段はお前たちが頼りだ。俺たちはこいつらを退けない限りは何も発言することは叶わないだろう。ここは何とかしておく。急げよ。……カルー、今日はお前のアラバスタ最速の健脚が是が非でも必要になるぞ、気張れよ!!」

 

俺の叫びに対してビビは強く頷いて見せ、カルーは威勢良く鳴いて見せる。

 

 

「さあて、相手になろうか、BH」

 

(なび)く風の心地良さとは裏腹にして辺りには張り詰めた空気が漂っていた。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

区切りがよくてここまでとさせていただきました。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、心の赴くままにどうぞ!!


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第54話 だ~れだ?

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は11,600字程、よろしければどうぞ!!



偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

 

「……クラハドール、現れたのはほんとに大将なのか?」

 

町の喧騒が先程までとは打って変わって大きくなっていく様子を眺めながら、俺は同じようにして町の様子に視線をやっているクラハドールに問い掛けていた。

 

傍らにて横たわっていた奴は既にいない。ついさっきまで治療してやっていたが大将襲来の報を聞いて、付き添ってる奴らに逃げるよう伝えてやったのだ。奴らの力では大将などひとたまりもないであろうから。

 

「ああ、間違いない。帆にはMARINE、掲げてるのは大将旗。ワインレッドのスーツを着込んだ偉丈夫が確認出来た」

 

クラハドールが答えて見せた容姿は大将赤犬に関する噂と符合する。どうやら間違いねぇようだ。

 

赤犬屋が現れやがった。

 

喧騒の中には既に複数の銃声が混じってるし、刃と刃が打ち合わされる無数の金属音も聞こえてきてる。海兵の奴らが逃げ出そうとしていた海賊連中に対して正義の鉄槌とやらを下しはじめてんだろう。

 

「赤犬屋がこんなところに現れやがった理由は分からねぇがまあいい。面倒くせぇ相手であるのは確かだが、本来であれば大したことではない相手だ。俺たちがちゃんと四商海ならな……。この記事は一体どうなってやがるんだ」

 

新聞の一面を拳で叩いてやりながら湧いてくる怒りに身を任せて言葉を放ってみれば、

 

「この記事が事実かどうかは問題ではない。こいつが出た時点でこれを元にして動く奴らが出てくるんだ。俺たちは嵌められたんだよ」

 

厳然たる現実を突きつけてくるクラハドールの言葉が返ってくる。

 

奴は俺の傍らにて建物の外壁に身を預けているが、カップを手に持っており湯気が漂うそいつを時折口にしている。地に腰を下ろしている俺の背には碌でもねぇ巨体がくっついており、そいつもまた食後の一杯にうつつを抜かしてやがるのが感じ取れる。

 

で、なんで俺だけ何も口にしていない?!

 

「……ふぅーっ、食ったあとのコーヒーはたまんねぇな。おい、体をずらせ、俺にも奴ら下等種族どもが逃げ惑うのを見せろ」

 

「黙れ!!」

 

何度口にしたかわからない言葉を背後に向かって吐き出してやる。俺の怒りを増幅させる要因のひとつが背後のこいつだ。己でやったことであるから仕方がないが、今になって振り返ってみてもなぜこういう選択をしたのか理解不能なのである。

 

「貴様もコーヒーにしておけばいいものを。茶を出せと言って聞かないからだ。どうやらこの島の連中は茶の存在を知らないようだな。あの店主、さっきから首を傾げてばかりだぞ。トラファルガー、諦めろ」

 

クラハドールからは店の中の様子が見えるらしい。確かに俺が注文した茶は一切やってはこない。だが俺は問いたい。

 

茶がねぇとは一体どういうことだと……。

 

ここには全く以てして俺を怒らせる要因しか存在しない。

 

止めだ、止めだ。イライラしてても仕方がない。

 

「クラハドール、ひとまずボスには連絡しておいた方が良さそうだが、もうやってるのか?」

 

「……つながらんのだ。何度やってみてもな。多分に念波妨害。どこから出されてるのか分からねぇが、ツノ電伝虫を使ってんだろう」

 

なんだと……。

 

クラハドールの言葉を己で確かめるべく内ポケットから小電伝虫を取り出してみたが、ウンともスンとも言いはしない。どうやら確かのようだ。

 

「どうなってる? 何が起こってんだ?」

 

「トラファルガー、俺は貴様こそどうなってんだと問い返したいところだ。貴様とそいつが背をくっつけてることについてどれだけ考えを巡らしてみても明確な答えが出てこねぇんだが……」

 

得体の知れない状況が起きていることに危機感を募らせて口をついた俺の言葉に対し、クラハドールは俺が陥っている状況に対して疑問を呈してくるわけなんだが、

 

そんなもんは俺にも分からねぇんだから、どうしようもないとしか言えないだろう。

 

「何言ってやがる。明確じゃねぇか。てめぇらが下等だからだろうが。下等なてめぇらはこうでもしない限り、俺を抑えることが出来ねぇんだろ」

 

「いいから、てめぇは黙ってろ」

 

背後のアーロンが俺たちの会話に割って入ってきたところで、俺の怒りは再び燃え上がる。こんなことを続けていては自然とこいつの心臓を握り潰しそうになりそうだ。

 

「そう邪険にしてやるなよ。暫くその状態を続けるつもりなら、少しは親愛の情でも見せてやった方がいい」

 

「……くそ、他人事だと思いやがって」

 

「ああ、俺にとっては他人事だからな」

 

奴の皮肉を張りつかせたような笑みとメガネを上げる仕草が癪に障ってたまらない。

 

 

 

そこへ現れ出でる存在……。

 

己の見聞色をざわつかせる存在……。

 

 

「お前らか、ネルソン商会とやらは……」

 

純白のコートを身に纏い、ワインレッドのスーツを中に着込み、胸元には桃色のバラが咲き誇る。一段と低い声色で俺たちの前に現れた海兵。

 

こいつが赤犬屋か……。

 

MARINE帽を目深に被り、その表情は窺えないが、立ち居振る舞いには威厳しか存在せず。こちらに畏怖感を抱かせるような圧倒的な存在感がそこにはある。後ろに従えているのは数多の海兵たち。動作は俊敏で無駄が一切なく、辺りに居たであろう海賊どもがきれいに一掃されている。

 

つまりはこの場に居るのは俺たちだけかもしれないとそういうことだ。

 

「……だったらどうだってんだ?」

 

喧騒の中であるにも関わらず、俺たちの周りだけ止まっている様に錯覚させられるこの空間を再び動かしてやるがごとく、短い返答をしてみる。

 

「闇商人が随分と悪さをしちょるそうじゃのう。そげな奴らは潰してやらんといけんのじゃけぇ……、お前らもそうは思わんか?」

 

俺たちを見据えるようにして視線を上げた赤犬屋の表情からは何も読み取れはしない。だがその眼は口ほどに物を言っている。

 

「それは同意しかねますね。我々は真っ当に商売をやってきたに過ぎませんが……」

 

「……あんた、赤犬屋だよな。俺たちの間にはどうも見解の相違があるようだが、はっきりしておきたいのは俺たちはあんたら海兵にとやかく言われる存在では無くなったってことだ。俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)、違うか?」

 

冷静な声音で返すクラハドールに合わせて、俺も至極真っ当な返しをしてみるわけだが、

 

「話は聞いちょるが……、今朝の新聞記事もあったんじゃけぇ。万が一があってはならん。悪は可能性から根絶やしにせにゃならんわい」

 

赤犬屋は自身のグローブを嵌めた両手を拳にして打ちつけ合い、押し殺すような低い声で俺たちを睨んでくる。

 

どうやら奴は俺たちの四商海入りを聞いてはいるが、新聞記事に出ていることが事実である可能性も考慮に入れて動くということらしい。つまりはやる気満々ってわけだ。

 

「そいつが大将か。てめぇらやりあうのか? 俺にも見せろ」

 

どこか他人事な口調でアーロンが身体を揺すって前を見ようとするので身体をずらして願いを叶えてやる。繋がっている状態である以上は一蓮托生。こいつにも相手を確認しておく権利はあるだろう。今にそんな他人事な口調は叩けないようにしてやる。

 

「わしらは白ひげんとこの“火拳”を追ってたに過ぎんが、ここで出会ったも運命(さだめ)じゃけぇ、覚悟しちょれよ」

 

赤犬屋の様子を見る限り、俺たちは覚悟を決めなければならないようだ。本来の目的は俺たちではなく白ひげ海賊団の2番隊隊長にあったようだが、新聞記事を見て俺たちに標的を切り替えて、この島にやって来たというところだろうか。

 

だがこれは奴にとっても博打になるはずだ。

 

「お前こそ覚悟しておくんだな。四商海に手を出すんだ。明らかな協定違反。この落し前はは後で高く付くぞ」

 

「百も承知じゃぁ!!」

 

赤犬屋に対し凄味を利かせるようにして俺も脅しの言葉を掛けてみる。当然ながら赤犬屋も全く以て退きはしない。

 

売り言葉に買い言葉。

 

 

喧騒は既に止み、辺りを覆い尽くすは静寂のみ。

 

俺たちを取り囲むようにして勢揃いする海兵たち。

 

 

「クラハドール、お前にはもう今回の筋書きはあるのか?」

 

一触即発の状況を前にして俺たちの参謀には聞いておかなければならない。策はあるのかと、どこまで見通してやがるのかと……。

 

「……何とも言えねぇな。情報が足らない。全体像を掴めねぇ限り脚本を練り上げることは出来ないだろ」

 

「動くしかねぇわけか。まあいい、……その脚本にはこいつも勘定に入れろよ。今俺たちはこういう状況なんだからな」

 

不敵な笑みなど見せずにメガネをくいっと上げるクラハドールに対して、俺とアーロンを繋いでる枷を指し示しながら訴えてみれば、

 

「貴様が考えもなしにそんなことをするはずがねぇことくらいは分かってる。既に島全体で張ってるんだろ、(サークル)を。……来るぞ」

 

奴は口角を吊り上げ、いつの間にか両手に装着している“猫の手”で器用にもメガネをあげてみせた。確かにRoomはこの島に着いた時から張り出している。島全体に対して。体力を使い過ぎるが致し方ない。

 

眼前にて赤犬屋の右手グローブが炎を纏う。いや、あれは炎なんて生易しいものじゃねぇ……。奴の能力は“自然(ロギア)系、マグマグの実を食べているマグマの能力(ちから)だ。あの右拳は全てを燃やし尽くし、溶かそうとする危険極まりねぇもんだ。

 

「おい、上等種族!! てめぇも覚悟を決めろ。奴はとんでもねぇぞ……。ほら、立て!!」

 

「ようやく魚人の偉大さに気付いたか、シャハハハハハ!!」

 

皮肉で言ったつもりの言葉に気を良くしてやがるとはめでたい奴だ。

 

何とかタイミングを合わせて立ち上がり、眼前の相手に視線を合わせてみれば、

 

「おどれら、ぶちまわしじゃぁ!!!!!」

 

奴の咆哮が飛んできた。

 

地獄の業火とはこのことだろう。

 

 

まさに、ぴったりじゃねぇか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい部屋ね」

 

心地良い春風が吹き抜けていく。

 

「さ……最上級スイートでございますから、ね……ねぇ~~」

 

案内をしてくれる支配人はどうにも落ち着きがない。さっきから右に左に体を揺らしっぱなし。まるでフェイントしてるみたい。どういうつもりかしら……。

 

 

ここはトロピカルホテル。この島で唯一のリゾートホテルと呼ばれる施設である。レッドブラウンと白を基調とした外観は最初の門扉から始まっていた。そこを抜けて広がっていたのは水上に浮かぶように建てられた建物群。それぞれは曲線に配置された木製の橋にによって繋がっていて、ところどころにヤシの木が顔を覗かせていた。

 

そしてここは離れにあるコテージの2階。支配人曰く最上級スイートであるらしい。

 

3方には全面吹き抜けの開放窓。その先にはぐるりと囲むようにバルコニー。さらに先には広がる水面。瀟洒な母屋。揺れるヤシの木。吹き抜ける春風。

 

部屋の真ん中に置かれたダイニングテーブルは大人数が席についても十分な大きさであり、ここで食事をしたり会議をすれば随分と居心地がいいことだろう。

 

支配人に薦められるままバルコニーに出てみればこのホテルをぐるりと一望出来る。思わず背伸びをしてしまう私。傍らには昼寝には持ってこいであろうリラクシングチェアが置かれている。

 

素晴らしいの一言に尽きるわね。

 

「プールもあるんだっけ?」

 

ここからは確認できずに多分有るんだろうなという思いで支配人に尋ねてみれば、

 

「も……もちろんでございます。と……当ホテルのプールは母屋の裏側にございまして、ざ……残念ながらこちらからは見ることが出来ませんが……」

 

また右に左に体を揺らしながら懸命に質問に答えてくれる。

 

そうなんだと心の中で頷きながら、名残惜しくもバルコニーを後にしていくが、

 

「す……既にお連れ様方には、と……当ホテルのプールを存分にご堪能頂いております」

 

付け加えるようにして飛び出してきた支配人の言葉で瞬間にカチンと来てしまう。

 

あいつら……。

 

ベポとカールに違いない。カールはもう能力者である。キューカ島ではこっぴどく叱ってやったというのに全く懲りてないらしい。これはまたとっちめてやらねばならないようだ。

 

「そう……。じゃあ案内してくれる?」

 

心の中で腸が煮えくり返っていようとも、振り返りざまの私は満面の笑顔を浮かべてみる。

 

「か……畏まりました」

 

勿論、私が笑っている理由はあいつらにどんなお仕置きをしてやろうかと考えているからだけど……。

 

 

 

 

「ところで、ここのオーナーは誰なの? いるんでしょ、ここを所有している真のオーナーさん……」

 

ベポとカールがこれから始まることを知らずに呑気に楽しんでいるであろうプールへと向かいながら、先ゆく支配人に声を掛けてみる。

 

ここも素敵。

 

今は母屋の中を横切っているわけだがエントランスの先にダイニングレストランが広がっているのだ。テーブル席が無造作に配置されており、それぞれにはゆらりと灯るキャンドル。沢山のテーブルに囲まれたその中央には純白のグランドピアノが置かれている。

 

「え……ええ、おります。と……と言いましても、あまりこちらにはま……参りませんが……。せ……世間ではこう呼ばれる方でございます。か……歓楽街の女王と……」

 

へー、歓楽街の女王か。どんなおばさまかしら。女王だもん、歓楽街だもん、きっとおばさまよね。

 

「それで、来てるの? 今日は」

 

「き……来ております。こ……今回のネルソン商会様の件を受けまして」

 

「そう」

 

幸先がいい。私たちがジャヤを根拠地にすると言い出してから来るとなったわけであるから、これは話を纏められそうだ。

 

「ど……どうぞ、プールはこ……こちらでございます」

 

支配人の手案内に導かれ、まだ見ぬ歓楽街の女王様に思いを馳せつつ板張りの通路を進みゆく。

 

 

 

 

 

プールは海のすぐ側にあった。入った瞬間にはプールと海の境目がまったく分からないようになっている。インフィニティプールというやつだろう。そのインフィニティプール上にてベポとカールはそれぞれマットに寝そべって寛いでいた。とてもまったりとした感じで。

 

当然ながら私の怒りは瞬間的に沸点を軽々と越えてゆくが、

 

「ベポ、カール、とても気持ち良さそうね。ゆっくり出来てるみたいで私はとても嬉しいわ……。ねぇ、そのままでいいから聞いてくれる?」

 

私はとてもとても穏やかな声音で言葉を紡ぎだしてゆき、

 

「今度新しい商談をしようと思ってるの。何を売るかって言うとね、……目ん玉よ。あんたたち、目ん玉がいくらで売れるか知ってる? ねぇ、知りたいでしょ……、教えてあげるから聞きなさいよ。今回は4つの目ん玉を売りに出そうと思ってるんだけど、ひとつ50……」

 

相手を蕩けさせてやるような優しい声音で話を続けてゆけば、皆まで言わせずにベポとカールは素っ頓狂な叫び声を上げながら飛び上がり、プールに盛大な水飛沫を巻き起こすのだ。

 

そのあとはもちろん、

 

「べ~ポ~っ!!!! カールを連れて直ぐにここまで来るっ!!!!」

 

甲板上で指揮を執る時のような大音声を張り上げて呼びつけてやる。

 

カナヅチで動けないカールを必死になって介抱しながらベポはプールから上がってくるわけであるが、当然ながら容赦をするつもりは毛頭なくて、

 

「あんたたちっ!!!! この前言ったわよね? 目ん玉取り出して売り飛ばしてやるって!!!! 忘れたとは言わせないわよ。こんのバカたれどもがーっ!!!! お仕置き決定だからね、あんたたち、覚悟なさいっ!!!!!!」

 

私はありったけの怒気を込めて鉄槌を下してやるのだ。

 

「あらまあ、可哀そうに……」

 

そこへプールの向こう側でリラクシングチェアから立ち上がって来る人影。

 

それは彼女と言っていい姿。真っ白で柔らかそうなハット帽には深紅のバラがアクセントにあしらわれており、ピンクのドレスワンピースに真っ白なカーディガンを羽織った女。かなりの美人。

 

目敏いカールはもう起き上がっており、

 

「わ~お!! キレイなお姉さんだ~!!!」

 

この始末。カールも立派に男だわ。……なんて言ってる場合じゃない。

 

「まあ、嬉しいこと言ってくれるわね、坊や♥ よしよし、このお姉さんに怒られて、怖かったのね~。お姉さんから言ってあげるわ。もっと優しくしてあげてって。は~い、良い子だわ、坊や♥」

 

ご丁寧にもカールに視線を合わせて前かがみになって、手で頭を撫でてあげている。あれはカールにはまだ早いわ。悩殺のセットポジションじゃない。あの角度なら胸元がチラリと見えるはず、とても自然に。でもそれは実を言うとちっとも自然じゃない計算され尽くしたものであるはず。それに、

 

なんか私だけ悪者みたいになってるじゃない。

 

「ス……ステューシー様、こ……こちらにいらっしゃいましたか」

 

この女がステューシー!!

 

厄介だわ……。おばさまかと思ってたけど、とても若く見える。でも……、っていうか、年齢不詳ってやつね。

 

もう、この女、まだカールの頭を撫で撫でして……。

 

ああ、そうか、もしかしたらこの女もカール必殺の上目づかいからのキラキラした眼差しと屈託のないあの笑顔にやられてるのかも。あれは確かにこの私でも寸でのところで落ちかねない危うさを秘めてるものね。

 

「ああ、支配人さん、御機嫌よう。……もしかして、こちらの方かしら? 例の商人さんたちは……」

 

「え……ええ、そうですとも。こ……こちら、ネルソン商会の会計士であるジ……ジョゼフィーヌ様でございます」

 

こうして私たちはホテルの支配人によって互いに紹介を受け、和やかな雰囲気の中でも私的にはバチバチの敵意を奥底に秘めながらこのホテルに関する話を進めていった。ただこのステューシーとやらは驚くほど寛大で、このホテルを無償で譲って構わないと言うのだ。それには最大限の警戒心を以てして挑んでいた私も瞬く間に絆されてゆき、満面の笑顔で契約書にサインをする運びとなったのである。

 

傍らではステューシーお姉さまがベポのモフモフした体を撫でてやっており、立派な白クマさんね、などとのたまっている。私もあとでステューシーお姉さまには30代からの美の秘訣について指南して貰おうと考えている次第。

 

 

ステューシーお姉さま、……神である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 森の中

 

 

 

私たちは森の中をひたすら駆けていた。

 

島の西を目指して必死に駆けていた。

 

「カルー!! もっと、もっとよ!!! 急いでっ!!!!」

 

「クエエエエエーーーッ!!!!!」

 

午後も随分と周り、太陽は西に傾きつつある時刻。

 

私たちは島の東端にて総帥さんとさらにはついさっき知り合いになったクリケットさんと共に物凄く大きな立ち上る海流を眺めた後でおしゃべりに興じていたのだけれど、そこへ突然親子連れが現れてあっという間に緊迫した状況に陥ってしまったのだ。

 

う~ん、あっという間にっていうのは語弊があるわね。徐々に徐々にっていう感じ。とても素晴らしい親子愛を見せて貰ったから。ああいうのは本当に懐かしい。そして羨ましい。

 

ほんの少し、ほんの少しだけ私もあの頃に戻れたらなぁ~って思ってしまったもん。

 

 

パパは元気にしてるかな~~。

 

 

いけない、いけない、昔を懐かしんでる場合ではないし、パパを想ってる場合でもなかった。それにパパだってきっと物凄く忙しくしてるだろうし……。

 

いいえ、私が考えるべきはあの親子連れのことよ。そう、あの親子連れはBHだったのだ。賞金稼ぎ、その中でも別格である賞金稼ぎについてはBHという俗称がいつしか使われるようになった。私もバロックワークスではそれなりに関わった稼業であるため、少しは知識として持ち合わせている。

 

あの親子連れはイトゥー会、子連れのダディであると名乗っていた。子連れのダディ……、ダディ・マスターソンはかつて偉大なる航路(グランドライン)においてその名を知らぬ者などいなかったと言われる凄腕の狙撃手(スナイパー)だったという話だ。でもある時、赤髪海賊団の狙撃手との決闘に敗れて偉大なる航路(グランドライン)からは去ったと言われていたはずなのに……。

 

いつの間にか舞い戻って来たとそういうことみたい。イトゥー会は謎の多い組織。確かクロコダイルも彼らと競合することは絶対に避けるように口を酸っぱくして言っていたはず。きっと敵に回せばかなり厄介な相手なんだわ。

 

謎は多いけど、最大の謎が“大将”BHであるミキオ・イトゥーの存在。賞金稼ぎであるにもかかわらず賞金首であるという話。しかもその額100万ベリー。まさに最大の謎。

 

それに子連れのダディは31丁拳銃だったし……。

 

 

 

………………!!

 

 

 

この音……。

 

私の物思いを突き破って入り込んで来た聞き慣れない音。どれだけ深い思考に埋没していようとも私のモシモシの能力(ちから)は危険な音を聴き逃さない。

 

飛んでる?

 

森の中は当然ながら音の宝庫である。あらゆる音が飛び交っているのだ。風がそよげば木々は揺れる、草も揺れる。動物が移動する音。鳥が羽ばたく音、虫が羽ばたく音。ほんとにあらゆる音がこの森の中には存在している。

 

そう言えば、途中変な鳴き声の鳥にも出会ったっけ。さっきまでカルーの頭の上に乗っては楽しそうにしていた。ずっと南ばかり向いていてほんとに変な鳥だったけど、カルーも楽しそうにおしゃべりしていたしな。きっとあれはカルーの脚の速さを褒めていたんだわ。

 

いけない、いけない、もう、いけな~い!!

 

あの音に集中しないと。どんどんこっちに近付いてきてる。

 

カルーの背に乗って揺られながらも上へと顔を向け、森を覆っている木々の隙間から覗く空へと目を凝らしてみる。

 

音に集中して!! この音は……、何だろう? 確かに飛んでるんだけど……。鳥……ではない。砲弾……ではなさそう。銃弾……でもないわよね。

 

鳥でも砲弾でも銃弾でもなくて飛んでいるもの?

 

思い出して、この音……。

 

!!

 

矢!! そうだわ弓矢。こんな音をしていたような気がする。でもだとしたらかなりの距離から飛んできてることになるけど。

 

!!!

 

かなり近い!! こっちに向かってる!!!

 

「カルーっ!!! もっと、もっとスピードを上げてっ!!! ……いい? よく聞いて、10秒経ったらジグザグに移るのよ。そして右にカルーの体二つ分ずれなさい!! いい、二つ分よ」

 

高速で飛翔している弓矢。さらにはカルーの速度を考慮し、ぶつかる未来位置を瞬時に予測して指示を出す。

 

 

そして私は、

 

 

跳ぶのだ。

 

 

最大速で駆けるカルーの背に私は立ち上がり、踏み込んで一気に左斜めへと跳躍する。

 

 

ふわっと一気に私の体は持ち上がり、カルーの黄色い姿は消えてゆく。

 

 

宙空で私は浮いているが当然ながら何の飛ぶ力も持たない私はそのままであれば重力に従うのみ。

 

 

でも、

 

 

私がポケットから取り出すのは“圧縮トランポリン”。

 

 

ウソップさんありがとう。ウソップ工場万歳!!

 

 

取り出したそれを私の足付近で急速に膨張させれば、

 

 

急激な上昇力を得て、私の体は一気に森の生い茂る葉を突き破り、

 

 

ほんとに宙空へと舞い上がるのだ。

 

 

うん、聞こえる。タイミングはバッチリ。

 

 

私の場合は視力だけではどうにもならない。

 

 

矢をどうにかするには音に集中しなければならない。

 

 

ここだ。

 

 

孔雀一連(クジャッキー・ストリング)スラッシャー」

 

 

ロープのように連ねた孔雀の羽根(小さな刃)を両手に持ち、

 

 

一気に放り投げてゆく。

 

 

あの音の一点に向けて。

 

 

え?

 

 

音が二つに分かれた。

 

 

「カルーッ!!!! あと二つ分っ!!!!」

 

 

届くだろうか?

 

 

いいえ、信じるしかない。

 

 

それより、戻らないと。

 

 

孔雀一連(クジャッキーストリング)エターニティー」

 

 

カルーの音。

 

 

うん、まだ聞こえる。

 

 

ちゃんと生きてる。動いてる。

 

 

両手の孔雀の羽根をひとつに連結し、さらには体に仕込んでいる長大な孔雀の羽根にも繋げて、

 

 

カルーの音目掛けて放り投げるのだ。

 

 

勿論、この距離であるから“アラバスタ体術”を使って。

 

 

よし、引っ掛かった。

 

 

あとは、

 

 

一気にカルーの下へ。

 

 

なぜならカルーの体には巻き取り装置を付けているから。

 

 

ローさんのようにはいかないけれど、

 

 

ルフィさんのようにはいってると思う。

 

 

多分ルフィさんのゴムで飛ぶのもこんな感じ。

 

 

「クエーッ!! クエーッ!! クエーッ!!!!」

 

カルーも無事を喜んでくれている。多分、私が着いた瞬間は相当痛かっただろうけど。

 

「ごめん、カルー、許して」

 

 

 

でも、これで終わりではなくて……。

 

 

またあの音……。

 

誰だろう? 私を狙っている? 当然私を狙ってるわよね。

 

どうしよう。もう“圧縮トランポリン”は使えないし、避けるしかないかな。

 

でもさっきのあの矢は途中で二つに分かれてしまった。それがどういうことなのかが分からない。

 

それでも音は急速に近付いてきている。さっきよりもスピードは速いような気がする。

 

「カルーッ!!! スピードを上げて、全速力よ!!!!」

 

もうこうなったらカルーのスピードに賭けるしかない。

 

 

 

音はひとつ……。

 

 

音は……、ふたつ……。

 

 

音は……、よっつ……。

 

 

何とか、何とか、カルー……。

 

 

!!

 

 

 

飛爪(とびづめ)

 

 

 

よっつの音はほぼ同に消えた。ペルによって。

 

ペル!!

 

カルーの背中を叩いて止まるように指示を出し、森の木々の合間から現れて来るペルを出迎える。

 

表情は凛々しくもペルの爪の先は痛々しいまでに血が流れている。もしかしたらさっきの矢には覇気というものが使われていたのかもしれない。でなければペルが弓矢くらいでこんなにも血を流すことなどないはずだ。

 

「ビビ様、ご無事でしたか」

 

血を流しながらも痛さなど微塵も表情には見せないペルへ向かって私も笑顔で無事を告げる。

 

「ありがとう!! ペル、助かったわ!!!」

 

 

ペルには総帥さんの件を告げる。当然ペルの方が早いため、先回りして伝えて貰うのだ。そして弓矢を使う相手。飛び道具には飛び道具かもしれない。オーバンさんの力が必要だわ。

よってオーバンさんを探すようにともペルには伝える。

 

「ビビ様、お供致します!! またあの矢は飛んでくるでしょう」

 

「いいえ、ペル、行って!! 私は大丈夫だからっ!!!」

 

私にはまだ勝算があった。

 

ジョゼフィーヌさん。彼女の見聞色なら私の声を聴けるはず。それにローさん、私の見立てが正しければローさんはこの島に着いてからずっとあの(サークル)を張り続けている。島全体を覆うようにして。

 

だったら、……勝算はある。

 

 

私は私に出来ることをする。ただそれだけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

 

ジョゼフィーヌ会計士が慌ただしくなったんだ。突然にだけどね。

 

多分良くないことが起こったんだろう。

 

ベポさんとも真剣な表情で話し合っているんだよね。

 

 

ここはホテルにあるダイニングレストラン。真ん中に真っ白なピアノが置いてあるんだ。きっとローさんがあれを弾いたらキレイな音楽を聴けるんだろうな~。

 

さて、僕はどうしたらいいんだろうか?

 

ジョゼフィーヌ会計士の話を思い出してみると、どうやら港に海軍の偉い人が現れたらしい。海軍本部大将だってさ。それに新聞記事も持っていて血相変えてたよね。

 

そう言えば、畜生め~~って叫んでたな~、ジョゼフィーヌ会計士。

 

あんな言葉初めて聞いたよ、まったく。

 

とにかく良くないことが起こっているんだろうな~、多分。

 

僕も今回はサイレントを使って一丁やってやろうって思ってるんだけどな~。

 

どうだろうか……。

 

 

 

「だ~れだ?」

 

 

 

物思いに耽ってうんうん唸っていた僕の視界が声と共に突然真っ暗になっちゃった。両掌で目を塞がれてるみたいだ。

 

「う~ん、誰?」

 

この声は女性だよね。そんでもって、ここは2択だよね。ジョゼフィーヌ会計士か、あのキレイなお姉さんだよね。そしてこのすべすべした手の感触とこのいい匂いといい、キレイな声といい……。

 

「ステューシーお姉さんでしょ」

 

「大・正・解♥」

 

答えと共に視界が広がって振り返ってみようとしたけど、そのまま肩に両腕を回されて抱き締められてしまった僕。

 

「……可愛い坊や♥」

 

蕩けるような甘い匂いに包みこまれた後にようやく振り返ってみたら、満面に可愛らしい笑顔を向けてくれるステューシーお姉さんが居たんだよね。

 

キレイなお姉さんが見せる可愛らしい笑顔って罪作りだな~。僕にも分かるよ、なんとなくだけどさ……。

 

「どうしたの、ステューシーお姉さん?」

 

「……ねぇ、坊や。お姉さんと少し森の中にいかない? 実はお姉さんこのホテルとは別に森の中でカフェをやっているの。坊やも歴とした商人さんでしょう。お姉さんのカフェも譲ってあげるから下見に来ない?」

 

ステューシーお姉さんはそこで一旦言葉を切るんだ。そして、僕の耳元にまで近付いてきて囁き声になるんだよ。

 

「……素敵なところよ♥」

 

ってね。

 

さらには前かがみになって僕を見詰めて来るんだよ。胸元をさりげなく見せながら可愛い笑顔でさ。僕にも分かってるんだ。あの胸元には危険がいっぱい詰まってるっとことぐらい、なんとなくだけどさ……。

 

でもこの魅惑の誘惑には抗えないよね。

 

「うん、いいよ。連れてってよ」

 

そして僕もまた満面の笑顔でキレイなお姉さんに言葉を返すんだよ。

 

 

 

自分でも思うんだけどね。僕、大丈夫かなって……。

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

皆さま胸元の誘惑にはくれぐれもご注意下さいませ、危険です。

そしてキレイなお姉さんには付いて行ってはいけません!!

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!



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第55話 地獄を見せてやる準備はしてきたつもりだ

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は7800字程。

よろしければどうぞ!!




偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

 

背にアーロンを負うこと。クラハドールの奴は考えもなしにそんなことはしねぇだろうと言いやがったが、買い被り過ぎだ。俺にしてみれば出たとこ勝負もいいところであった。

 

ただ、数々の経験を経て能力に磨きが掛かりつつある俺は、

 

「タクト」

 

右手人差し指ひとつ動かすだけで背に負うこいつを浮遊状態にしておくことぐらいは出来るようになっている。でなければこんな愚かなことはしない。こいつを引き摺った状態で赤犬屋と戦えるなどとは自惚れてはいないつもりだ。

 

「なんだ? 浮いてるじゃねぇか」

 

「海の中だと思えばいい。上等種族なら海の中はお手のもんだろ? まあ、枷はあるがな……」

 

「どこが海の中だっ!! 浮いてるだけじゃねぇか。ふざけてんじゃねぇっ!!」

 

己の中でもかなり適当な事を言っている自覚はあるが、実のところそれどころではねぇし、勿論ふざけてもいねぇ。そもそもこいつの戦闘力はどれぐらいなのか? 魚人として腕っ節はあるようだが、覇気を使えなければ赤犬屋相手にはどうにもならない。そうなると相手になるのは赤犬屋の周りにいる海兵達ぐらいであろう。だが俺たちは枷で繋いでいる状態である。それに奴らの相手ならクラハドールで十分お釣りがくるはずだ。

 

「お前も動けよ、クラハドール。契約をどうこう言ってる場合じゃねぇぞ、これは」

 

「……ああ、奴らが撃ってきたらな」

 

両手に戦うための準備はしているが、建物の外壁に背を預けたままという戦う素振りになってないクラハドールに対して苦言のひとつでも呈してみるが、返ってきた答えはこれだ。

 

だが、一理あるのも確か。俺たちの立場上、今の微妙な状況下では正当防衛であることは絶対条件かもしれない。少なくとも俺たちから仕掛けるわけにはいかないだろう。

 

まあ大した問題ではないが……。現に海兵達が一斉にライフルを俺たちに向けている状態だ。奴らの指はしっかりと引き金に掛かってやがる。

 

「おい、下等種族、気は確かか? さっさとこの錠を外さねぇかーっ!!」

 

さすがのこいつも一斉に銃を向けられてるこの状況は居心地が悪いようだが、

 

「悪ぃが俺は正気だ。言ったはずだぞ。腹括れよってな、相手は大将だ。海兵どもに銃向けられたぐらいでじたばたしてんじゃねぇよ」

 

知ったこっちゃねぇ。

 

確かに自らの意思では動けないことがそう思わせてるのかもしれないが、それでも知ったこっちゃねぇだ。

 

 

何より、赤犬屋が動き出す。それこそが問題だ。

 

海兵達の隊列が一気に退いていく。赤犬屋に並んでいた奴らが一斉に退いていくのだ。

 

それは奴が動く合図。

 

「おどれら……、地獄は見たことあるけぇか?」

 

赤犬屋の身体から迸ってくる赤く禍々しいまでのマグマ。熱と煙を同時に噴出し一気に広がりを見せている灼熱の世界。

 

 

赤壁(せきへき)

 

 

両腕を広げたと同時、一瞬にして広がるは赤い壁。全てを焙り尽くし、全てを溶かし尽くし、無きものとするようなおどろおどろしさ。

 

地獄……、確かにそうだ。

 

発する音だけでも己の精神をざわつかせるには十分で、距離があるのにも関わらず猛烈に押し寄せて来る熱が思考までもを奪い取りそうである。

 

俺たちは完全にマグマの壁にて取り囲まれている状態だ。赤犬屋は尚も轟音に近い火砕を迸り続けており、止まることはない。

 

「おい、嫌な予感しかしねぇぞ、これは。どうするんだ? 何とかなるんだろうな?」

 

中々に切羽詰まった声音が背後からしてくる。

 

確かに、やべぇな、こいつは……。

 

己の見聞色が最大級の警告を発し続けてやがる。

 

「クラハドール!! 来るぞ!!!」

 

瞬間、

 

 

 

赤海大波(せきかいたいは)

 

 

 

一気に火砕流となって押し寄せて来るマグマの大波。それは海そのものであり、全てを消滅し得るものであった。

 

「シャンブルズ」

 

見聞色の読みは間違ってはいない。何とか先に動くことが出来ている。こんなことされては是非もねぇだろう。己とクラハドールを同時に溶かし尽くす大波の猛威の外側にいる海兵二人と入れ替えてやるまでだ。

 

この世のものとは思えねぇ光景をさっきと反対側から眺めることになったが、とんでもねぇ有様である。全てを溶かし尽くす大波は俺たちが居た料理屋を跡形もない状態にして見せ、

 

 

辺りは一瞬にして焦土と化していた。

 

 

だが、悠長に眺め続けているわけにはいかない。俺たちの周りには海兵どもがいるのだ。

 

クラハドールは既に動き出している。

 

杓死発動だろう、これは。

 

両手に装着した猫の手と呼ばれる5本刃を使って無差別に相手を切り刻んでゆくもの。

 

今のうちだな、鬼の居ぬ間に何とやらってやつだ。

 

 

瞬間的に手足に赤い線が生まれて血を流していく多数の海兵達。真っ白な制服を血で真っ赤に染め上げる海兵達がそこかしこで生まれ出でて来る。何かが一瞬のうちに蠢いていることは海兵達にも分かるようで辺りは一気にパニックの様相を呈していた。

 

「俺にキリバチでも持たせりゃ、これくらい暴れてやるがな……」

 

「何だ、そのキリバチってのは?」

 

「ノコギリ刃の武器だ。今はねぇが……」

 

アーロンのやつ、どうやら武器を扱うようだ。とはいえ、覇気を纏わねぇ限りあまり意味はないだろう。赤犬屋に対しては。海兵ども相手なら十分なんだろうが……。

 

奴らはクラハドール相手にパニックに陥ってはいるが、当然ながら俺たちの存在にも気付く奴らは出て来るわけであり、そんな奴らには、

 

背後のアーロンから水を掛けられるわけだ。使ったのは多分にさっきのコーヒーに申し訳程度に付いてきた飲料水だろうか。

 

ただの水掛けと侮っちゃならねぇようで、少量の水を掛けられたに過ぎないにも関わらず背後の海兵たちが散弾銃にでも撃たれたかのように身体を穿たれて倒れてゆく様子が見て取れる。

 

まあ、これくらいは出来て当然か、魚人なんだしな。

 

「シャハハハハハ!! 海兵どもよ、貴様ら下等種族如きが俺をどうにか出来ると思ってんじゃねぇだろうな」

 

「それぐらいにしておけよ、アーロン。枷を嵌められて浮遊している状態で吐く言葉じゃねぇぞ」

 

「てめぇがやってんだろうが!! こんな錠がなけりゃ、海兵どもは俺が皆殺しにしてやってるところだ」

 

ああ、そうかい……。この場じゃ海兵どもを皆殺しにしたところで大して意味はないんだがな……。

 

 

また、来るぞ……。

 

 

焦土と化した向こう側からはこの世の終わりのようなマグマの海は消え去ったが、その元凶が消え去ることなどは当然なく……。

 

 

突如として眼前に現れ出でるのはマグマの塊。しかも特大サイズだ。どうやら手近にあった建物を建屋ごと引き剥がしてマグマ化しているらしい。

 

 

「大噴火」

 

 

ってわけか。

 

仮にも正義を掲げる海軍の大将ともあろうに、やってることが海賊と大して変わらねぇじゃねぇかと言いたくなるが、言ったところで眼前の特大マグマの塊が消えてなくなるわけではない。しかも連続で来やがった。焦土の先にいる赤犬屋の腕は轟々たる赤くドロドロしたもので覆われており、その腕の先には根こそぎ引っこ抜かれた別の建物が焼け爛れた状態で既に見る影もない。

 

それがそのままこちらへと放り投げられてくるわけだ。マグマの塊がふたつ。言葉にすれば何のことはない氷の塊ぐらいのもんに聞こえてしまうが、相手はマグマだ。しかも特大サイズでの……。

 

ならば、

 

取り出すのは己の得物である鬼哭(きこく)

 

鞘を放り投げて刀身を露わにし、振りかざすは、

 

 

帝王切開(カイザーシュニット)

 

 

通常の切断(アンピュテート)ではなく、それに武装色を纏わせたものである。あのマグマ塊にも武装色が纏われていることを咄嗟に感じての技。武装色の王気マイナスを纏った大切開は飛ぶ斬撃となってマグマ塊ふたつを一刀両断にし、俺たちの両側に文字通り大噴火を引き起こして見せている。

 

クラハドールも間一髪だったな、あれでは。海兵どもがどうなったのかは考えるまでもない。

 

「これが奴ら海兵のやり方なのか……」

 

「何だ、アーロン。思うところでもあるってのか?」

 

珍しい口調で背後から言葉が飛び出してきたので尋ねてみれば、

 

「俺は同胞に対してこんなことはしねぇ……」

 

そんな答えが返ってくる。

 

実際やったのは俺だけどな。まあそれでもこうなるであろう可能性も考慮に入れているだろうってのも確か。悪を駆逐するのに味方の犠牲は付きものって考え方ってところだろう。

 

とはいえ、こんなペースでやられてしまっては俺たちがこの島でまずするべきことが復旧作業になりかねない。っていうか、そもそも復旧可能なのかという疑問さえ湧いてくるってもんだ。

 

「こんくらいで地獄じゃと思うちょらせんやろうなぁ、おどれらぁ!!」

 

奴の凄味はいや増しており、声音には一層のドスが利いてきてやがる。

 

「ああ、そうだな。俺たちも伊達に修羅場を経験して来てるわけじゃねぇからな。地獄は何度も見てきたつもりだが」

 

「ええ根性しちょるわぁ!!」

 

 

陽が傾きつつある。宵闇の空となるのは近いだろう。ただ今回は時間の経過が意味を持つのかどうか定かではないが……。

 

「トラファルガー、海兵達は粗方片付いた。貴様が刻んだマグマによる影響が大ではあるがな。……それから、あの女が来てるぞ」

 

マグマの近くに居た証拠であろう煤けた状態かつ全身に火傷の跡を作りながら現れたクラハドールはそれでもメガネだけは変りなく無事であった。

 

あの女……、

 

「ロー、何とか無事にやってるみたいね。大将相手にして中々やるじゃない。あんたはやる時はやるやつだって、私ずっと思ってたのよね~」

 

つまりはジョゼフィーヌさん。それなりに煤けた状態でいきなり現れ、労いのつもりなのか俺の肩をポンポンと叩きながら褒められてるのかよく分からねぇ言葉を掛けられている俺。何気に痛いんだが、そのポンポン……。

 

「あ~、そうだったわね。あんたたちまだ繋がったままだったんだ~。あんたはいつもほんとにバカなことばっかりしてるけど、今回のこれはとんでもなく大バカだと私は思ってるわ。まあでも、あんたがやることだから別にいいけど。バカがバカやったところで大して変わらないしね、バカがさらにバカになるだけだもん。…それでなんだけど」

 

それで一体なんだ? 俺は一体全体何回バカと言われなきゃならねぇんだ? そのポンポンを止めろっ……とは言えねぇんだよな。

 

 

「休んどるヒマはないんじゃけぇ、いくぞぉ!! 連鎖火山」

 

赤犬屋の両腕から淀みなく迸るマグマは見る見る内に形を成してゆき、巨大な拳形のマグマとなって俺たちに襲い掛かって来る。それは野球でいうところのノックそのものであり、巨大マグマがボールよろしく次から次へと打ち放たれているのだ。

 

「ちょっと、何よあれ! なんかとんでもないの飛んできてるじゃないっ!! ちょっと、ロー、あれ何とかしななさいよ」

 

「おい、下等種族の女、バカバカって俺のことじゃねぇだろうな。俺はてめぇら下等種族にバカ呼ばわりされる筋合いはねぇんだ」

 

「何よあんた、ちょっと黙ってなさいよっ!! 繋がれてる身なんだから大人しくしてなさいよ、まったくっ!!」

 

「何だと……」

 

黙れ、黙れ、黙れっ!! 全員、黙りやがれっ!!!

 

その言葉を脳内に刻みつけた後に、

 

 

帝王切開(カイザーシュニット)縦横無尽(フライ)”」

 

繰り出すは再びの斬撃。だが今回はその乱れ撃ちである。奴も覇気の強度を上げて来てやがる。赤犬屋が持てる力全てでの覇気を纏われてしまえばどうにもならねぇが……。

 

次から次へと襲い掛かってくる巨大なマグマの拳に対して俺の斬撃の嵐は、

 

一つ目にはOK。

 

二つ目にもOK。

 

三つ目……、ダメだなこれは。俺の王気よりも上だ、くそ……。

 

「どうしようもねぇな……、離れるぞ!! シャンブルズ」

 

やはり、まだまだ互角というわけにはいかねぇか……。

 

 

 

 

「ジョゼフィーヌさん、手短に要件を言ってくれ。ここはあまり時間がねぇんだ」

 

俺の強い要望に対してジョゼフィーヌさんが語ってくれたことを要約すれば、

 

俺たちはまさに誰かによって嵌められた状態。泥沼に陥りつつあった。碌でもねぇとはまさにこのことであろう。

 

ここでは赤犬屋と相対している。ボスは島の東で強力らしい賞金稼ぎと相対している。ビビは何者かに突然弓矢で襲われている。そして俺たちは四商海じゃねぇことになっている。おまけに念波妨害がされていて通信を遮断されている。

 

誰だ? 誰がこんなことをしでかしている? どいつが裏で糸を引いてやがるんだ?

 

くそ……、考えてる時間はねぇな……。

 

「奴らの目的を考えるんだ。海軍と賞金稼ぎ、謎の弓矢使い、それぞれで連携を匂わせるような会話は出ては来なかった。だが連動してないわけはねぇだろう。ってことは背後で動かしている奴らがいる。それぞれはそうとは知らずに動かされてるってところだろう。背後にいる奴らの目的は何か? 俺たちを抹殺するならもっと手っ取り早い方法はいくらでもある。だが、奴らはかなり回りくどい方法で俺たちを身動き取れねぇ状況に追い込んでやがる」

 

クラハドールはそこで一旦言葉を切って、不敵な笑みを見せつつメガネをくいっと上げて見せ、

 

「……貴様、最後に出会った女を何と言った? ホテルの契約を交わした相手だ。……そうだ。歓楽街の女王、ステューシー……。奴は……CP(サイファーポール)だ。サイレントフォレストであれだけやったんだ、NO.9(ナンバーナイン)ってことはねぇだろう。そいつはもしかしたらCP0かもしれねぇな。つまりは天竜人の手先かもしれねぇってわけだ」

 

そう続けてくる。

 

そういうことか……、くそっ!!! 奴らの狙いが読めてきた。

 

「ジョゼフィーヌさん、ベポとカールはどうした?」

 

「ベポは途中でブロウニーに会ったから上手く逃げられるように誘導してるわ。カールは……、カールは……、多分ホテルにいると思うけど……」

 

「多分だと?! どういうことだ? 一緒じゃねぇっていうのか?! 奴らの狙いはカールだ。ナギナギだっ!!! くそっ……、カールが危ないぞ。奴ら俺たちひとりひとりを分散させて身動き取れねぇ状態を作り出してまんまとカールを攫うつもりだろう」

 

敵の狙いは分かった。とはいえ、現状はやべぇことだらけだ。俺たちはまず対峙している相手をどうにかしなければならない。だがその間にもカールがどこかへ連れて行かれてしまう。この島から出してしまえば、もうそう簡単には探すことは出来ない。

 

どうする? どうするんだ?

 

「……ロー、ごめんなさい。私がちゃんと見ておくべきだったわ。でも焦っちゃダメよ。奴らの目的は分かったんだから。やるべきことをやるだけ」

 

……ふぅぅ……、ジョゼフィーヌさん、あんた良いこと言うじゃねぇか。そうだな、確かにそうだ。

 

「ジョゼフィーヌさん、ハヤブサを探してボスにもこのことを伝えるように言ってくれ。それと俺たちに見聞色を同期してくれないか、島全体になってしまうが出来るよな? あと、ビビのところに行ってやった方がいいな。あいつもヤバい状態のはずだ。頼む」

 

「承知致しました、副総帥!!」

 

最後にジョゼフィーヌさんは見事なまでのお辞儀を俺にして見せ、にっこりと微笑んでくれた。この人はたまにこういうことをするんだ。だがそれは俺たちには勝利の女神のように思えてならず、特大の勇気に繋がるのである。

 

 

「相手は天竜人なのか?」

 

そうか、お前もいたよな、アーロン。

 

「ああ、そんなところだ。だからどうこうなるわけでもねぇだろ、お前にとっては……」

 

そして、

 

「やるしかねぇぞ、クラハドール。俺たちの相手は赤犬屋だ」

 

クラハドールと共に向き合う相手は再びのマグマ野郎である。

 

 

 

 

 

シャンブルズによってジョゼフィーヌさんをビビの下へと移動させ、俺たちもまた赤犬屋の下へと舞い戻れば、奴からの開口一番は、

 

「おんどれぇ!! どこをほっつき歩いとったんじゃぁ!!!」

 

であった。

 

奴の身体からは変わることなくマグマが噴き出しており、迸るそれは当然ながら臨戦態勢は十分。俺たちも心して掛からなければ命が危うくなるレベルであることは火を見るよりも明らかだ。

 

「悪ぃな、商談だ。これでも商人だからな、れっきとした。俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)、忘れるなよ」

 

故に言葉の応酬からまずは叩き込んでおくべきだ。ボスがこの場に居ない今、俺がネルソン商会の代表とならねばならない。

 

「そうかいぃ、どうせおどれらの仲間集めての話し合いじゃろうがぁ!! 言うとくが、おどれらの仲間には既に楔を打ち込んどるんじゃけぇ!! ……テェェルゥゥ、首尾はどうじゃぁ!!!!」

 

赤犬屋が明かしてきた情報。テル……だと……。

 

クラハドールを見やれば、奴もこちらへと鋭い視線を向けて来ている。どうやら初耳のようだ。誰だそいつは?

 

 

「御大将、上々にござりまするぅ!!」

 

声がした先。上か……。

 

塔の上……。

 

居た。

 

遠目ではあるが、スキンヘッドの頭に鉢巻き。あの姿は……鎧なのか。とにかく真っ赤じゃねぇか。

 

そして、手には弓矢。あいつ……。

 

「気付いたか。察しがええのう。テルはワシの副官じゃけぇ。先に物見をさせちょるわぁ。弓の腕は世界で3本の指に入るんじゃぁ、おどれらさっさと縄に付いた方がええじゃろのう」

 

そこで初めて赤犬屋の口角が少しばかり上がる。奴が見せる幾許かの笑顔は不気味そのもの。

 

テルと呼ばれる奴が塔の上にて弓を斜めに持ち上げている。矢を引き絞り、放たれてゆく。向かう先はどこなのか?

 

 

何だと? 矢がふたつになりやがった。

 

否、四つ……。

 

八つ……。

 

「テルはフエフエの実を食べた増殖人間じゃけぇ。あいつの放った弓は倍々で増えるってことじゃぁ」

 

そういうことか……。これで繋がった。ビビに弓矢を当てやがったのはこいつに間違いねぇだろう。

 

それであのスピードか……。

 

奴が放った矢のスピード、桁違いである。

 

「おい、俺にやらせろ」

 

「やめておけ、貴様の腕がいくら魚人のものであっても無理がある。覇気を纏ってやがる」

 

その通りだ。通常の矢ならばいざ知らず、覇気を纏ったもんではこいつには無理だろう。

 

「どうじゃぁ、ワシの火山も拝んでいかんかぁ!!!」

 

で、赤犬屋だ。奴の拳から迸る巨大なマグマ塊が再びの来襲。

 

 

 

やるか……。

 

 

 

「クラハドール、メガネ無くさねぇようにな……」

 

 

 

Unit(ユニット)

 

 

 

崩壊(コラプス)

 

 

 

オペオペの能力(ちから)覚醒への序章、Unit(ユニット)。改造自在の手術空間をさらに昇華させた“集中治療域”。(サークル)の中の(サークル)

 

Unit内の全てのものを崩壊させる。それひとつでは意味を成さないものにしてゆくのだ。

 

建物は建物としては意味を成さないものに変わりゆく。通りを形作る板も草木でさえも、全てだ。

 

俺の両の指がそれを成してゆく。

 

この世界は俺の世界……。改造は自在だ……。

 

もちろん、飛翔する矢も、放たれたマグマ塊も例外ではない。

 

俺の空間内で例外は許されない。

 

 

 

さらにだ、

 

 

 

回転(ローテーション)大気(アトモスファー)”」

 

 

 

空間内で崩壊した全てを回転させてゆく。

 

それにも当然ながら例外は存在しない。

 

何ひとつとして……。

 

塔は既にない。テルとやらは回転運動に巻き込まれつつある。

 

赤犬屋……、お前とて例外ではない。

 

 

「おんどれ……」

 

奴からの声音は一段と低いが……、

 

回転運動に巻き込まれないのは俺だけだ。

 

なぜなら、ここは俺の空間だからだ。

 

体力は消耗する。

 

覇気も当然ながら消耗する。

 

だが、それでも……、

 

見せてやるよ。

 

王下四商海(おうかししょうかい)のレベルってやつをな。

 

 

 

「赤犬屋、俺たちもな、地獄を見せてやる準備はしてきたつもりだっ!!!」

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

今回も、長くなりそうですね、これは。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!



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第56話 ヒナ大乱心、……字余り

読者の皆さまいつも読んで頂きましてありがとうございます。大変お持たせ致しました。

今回は7700字ほど。

前話であんな終わり方をしていてアレですが場面が大きく変わります。
51話の最後のパートを振り返って頂ければすんなりと読んで頂けるかもしれません。

よろしければ、どうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” バナロ島

 

ハッピーバースデー。

 

鳴り止まない拍手。途切れることがない祝福の言葉。そして、幸せに満ち足りたような笑顔。

 

カウンターの丸椅子にちょこんと座り、とても嬉しそうにしている祝いの当事者。小さな女の子。その周りに居るのは両親であろう。誇らしげな顔に感謝の表情を浮かべながら何度も頭を下げている。その様子をカウンター内にて優しく見守っている店主。

 

私もこんな風に誕生日を誰かに祝ってもらっていた時があったような気がする。一体何年前の話、何十年前の話か……。ヒナ、哀愁ってところね……。

 

「さあ、さあ、ルチアーノさんからケーキの差し入れだよ~」

 

両開きのスイングドアが押し開かれて、真っ白なクリームで装飾された大きめのケーキが台車に載せられて運ばれてくる。

 

「さっすが、ルチアーノさんっ!!」

 

「やっぱり、我らのルチアーノさんだーっ!!」

 

「バナロの“守護者(ガーディアン)”!!」

 

口々に叫ばれる親しみに溢れた言葉の数々。

 

 

ここ、バナロ島は開拓者の島だ。

 

4つの海から偉大なる航路(グランドライン)にやって来て、島に住み着くということは並大抵のものではない。それを成し遂げて見せたのがルチアーノであり、定住を続けてバナロ島を開拓者の島と言わしめるまでにしたのもまたルチアーノである。それがバナロの守護者(ガーディアン)と呼ばれる所以(ゆえん)

 

だが、政府から見てみれば守護者(ガーディアン)もただの犯罪者でしかない。ルチアーノは“西の海(ウエストブルー)”の出身。あの海は大部分を五大ファミリーと呼ばれるマフィアが牛耳っている。つまりはルチアーノも根っからのマフィアであり、やっていることはたとえ法律的に見なくとも悪行であることは間違いない。ただ、この男はそれを島の外に向けてやっているのだ。島の内側に対してはこんなにも優しい、ある家族の小さな女の子の誕生日を祝ってあげるために大きめのケーキを用意してあげるように……。

 

「おい、あんた、歌ってやってくれ」

 

そろそろ(わたくし)の出番である。了解よ、ヒナ了解。

 

情報収集の始まりはその場所に溶け込むこと。

 

ここでの私は流しの歌い手。

 

銜えていたタバコを灰皿に落としてからテーブルに置いていたヘッドセットを装着して、カウンター前の小さな少女に微笑みを向けてあげる。

 

 

よく聴きなさい。あなたへの祝いの言葉(バースデーソング)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~「ヒナ嬢、確認しました。火拳と黒ひげ、接触です。……ウーイェ――」~

 

何度目かのアンコールに応えて歌い終えたのち、自分のテーブルに戻ってからヘッドセットに流れてきた声。

 

フルボディだ。きっと踊っているだろうが……。

 

この島に入った瞬間に私の見聞色は異常事態を察知していた。本来なら集まっていてはならないであろう人間が集まり過ぎていることに……。強い気配の存在が多すぎることに……。

 

気配の存在を調べてみればそれは驚きに満ちていた。驚愕だわ、ヒナ驚愕。

 

けれど、

 

まずは一服。

 

ふぅ~~、

 

上司であるモネ少将からの資料にあるように、

 

カポネ“ギャング”ベッジ

 

ギルド・テゾーロ

 

が居たことは想定内。

 

逆にアレムケル・ロッコの姿が見えないことも想定内と言えば想定内。

 

だが、

 

ポートガス・D・エース

 

マーシャル・D・ティーチ

 

までもがこの島に居たことは完全に想定外であった。

 

なぜこの島に居るのか? 理由を探して頭を巡らしてみたときに、引き出しから現れたひとつの噂。白ひげの2番隊隊長が偉大なる航路(グランドライン)を逆走している。ある男を追っているらしい。

 

この噂の延長線上で考えてみれば、そのある男に追い付いたということではないのか。

 

ゆえに、私はバカではあるが従順な部下2人を放った。録音性質を持った希少の上に希少な黒電伝虫を持たせた上で……。

 

そして、私が上着のポケットに忍ばせている小電伝虫にヘッドセットは繋がっていて、フルボディからの報告を受けたわけである。さすがは情報部監察。センゴク元帥直属なだけあって装備はすこぶる充実している。これで情報収集をするには最適の仕組みを作り上げることが出来るというものだ。

 

この島では2つのことが同時に起きようとしている。

 

エースとティーチ、そしてベッジとテゾーロとロッコ。それぞれに対して部下を放ち、その様子を探ることが出来る。私はこの場所で歌でも歌いながら待機して居ればいいのだ。ヒナ楽勝、である。

 

ただ、問題がないわけではない。問題のひとつは部下から入って来るどうでもいい情報の数々。そういう時はヒナ無言、を貫けばいいのだが彼らは全く懲りていない。というよりも、私の無反応をむしろ楽しんでいるようなところもあって実に厄介な問題である。

 

まあ、いいわ。こうして重要な情報もまた(もたら)されるわけだから。

 

「あんたのハスキーボイス、最高だったよ! ここは奢らせてもらってもいいかな、どうだね一杯?」

 

店主の拳を傾ける仕草に笑みを返しながら、

 

「ええ、頂くわ」

 

頭を巡らしてみる。

 

確かにいいアイデアかもしれない。ビールジョッキに身を委ねてみるというのも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様相が一変したのは3杯目のビールジョッキを片付けた頃合い。

 

二つの強い気配が激しく動き出したことがフルボディから逐一(もたら)される報告によって裏付けられてゆく。

 

火拳のエースによる炎の能力と黒ひげによる闇の能力との決闘。

 

結果の如何によっては世界に大きな波紋を引き起こすであろうことは容易に想像できる。

 

 

店内の様子も慌ただしくなっており、楽しく飲み、語らい合っていた様子は鳴りを潜めてしまっていた。皆一様にして不安げな表情を浮かべ、ある者は店を飛び出して、少し先にて突然のように噴き上がった黒い煙を指差しながら恐れを成している。

 

だが、私自身の様相が一変した理由は別にある。もちろん私はザルであるので、3杯嗜んだビールというわけではない。3杯くらいでほろ酔い気分になっていてはヒナ屈辱、そのものである。

 

 

~「ベッジとテゾーロ、ルチアーノの酒場に入ります。……アーイェ――」~

 

私のもう一人の部下であるジャンゴからの情報が理由。当然ながらこいつも踊っているに違いない。いや、そうではない。私自身の様相が一変した理由は断じてこいつらが任務中にダンスを踊っているからではない。ベッジとテゾーロがルチアーノに会うということの方である。だからと言ってジャンゴがダンスをしながら情報収集することをよしとするつもりは毛頭ないが……。

 

 

 

「ジャンゴ、中の様子を直接聞かせて」

 

任務中にダンスをすることをたしなめるのは後回しにして、ひとまず黒電伝虫が拾う声を聞かせるように促してみる。

 

ベッジとテゾーロがルチアーノに会うというのはどういうことだろうか? そもそもがベッジとテゾーロの間にさえ繋がりがまったく見えてこないので、もう困惑よ、ヒナ困惑。でしかない。

 

~「まさか貴様、ベッジか? ベッジなのか?」~

 

~「……ドン・ルチアーノ、久しぶりだな」~

 

ジャンゴはルチアーノの酒場にかなり接近しているのだろう。ほとんど雑音なしに会話を聞き取ることが出来ている。

 

~「はじめまして、ドン・ルチアーノ。バナロの“守護者(ガーディアン)にお会い出来るとは実に光栄だ」~

 

~「誰だ、そいつは?」~

 

~「ギルド・テゾーロ、俺の商売相手(パートナー)だ」~

 

ベッジとルチアーノは初対面ではない。それはそうかもしれない。二人ともマフィアで“西の海(ウエストブルー)からやって来た身。かたやギルド・テゾーロは初対面。まだこれだけでは何も分からないに等しい。情報が足りない。

 

その間にも、

 

「おい、何か黒いものが押し寄せて来てるらしい。危険だぞ!! 逃げた方がいいかもしれない」

 

店の外へ様子を見に行っていた連中が血相を変えて戻ってきており、口々に危険であることを(まく)し立てている。

 

確かに決闘の様子は闇の底知れない能力が迸っている状態だ。

 

「あんたも逃げた方が身のためだぞ。ここはもうお開きだ」

 

既に店主までもが店から逃げ出す気マンマンなようである。それはそれで構わないが出来るなら4杯目を注いでいってからにして欲しい。アルコールを入れなければどうにも続きを聞いてられない状態だ。まさに渇望、ヒナ渇望である。

 

~「あなたはマリージョアに対する大きな利権を握っているそうですね。“守護者(ガーディアン)”という二つ名には別の意味も含んでいると伺いましたよ。ドラッグの“守護者(ガーディアン)”であるとね」~

 

~「ベッジ、何のつもりだ? 貴様、何を考えている?」~

 

~「……ドン・ルチアーノ、俺が考えていることはいつだってただひとつだ」~

 

~「ドラッグにおいてはかのドンキホーテ・ファミリーが強大な利権を持っていましたが、ことマリージョアにおいてはその限りではない。今、彼は別の仕事(ビジネス)で忙しそうでもありますしね……。私もマリージョアにはかなり食い込んできているという自負があるが……、奴らを握る手段は多いに越したことはありませんからね。つまりはあなたが一手に握っている“ヘブン”。……その全てを頂きたい」~

 

どうも話の雲行きが良くないようだ。最悪の結末が用意されているようにしか思えない。とはいえ話は核心に迫って来ている。“ヘブン”の元締めが誰なのかを突き止めることは情報部監察にとって積年の課題であったと聞く。それが全部明らかになろうとしているのだ。

 

私は店主の居なくなった店で勝手に5杯目のビールをジョッキに注ぎ足している。急ピッチだ。まさにヒナ突撃ね。

 

~「……ドン・ルチアーノ、“守護者(ガーディアン)はもう必要ない」~

 

~「……そういうことだ。……死ね」~

 

やっぱり……。これでドラッグの流れは大きく変わるだろう。荒れることは間違いない。頭を失った組織は急速に力を失っていき、それは新たなる組織の台頭を生む。だがそれはただ組織が入れ替わるということとイコールではない。そこには混乱と混沌が発生するわけであり、その間隙を突く者が当然現れて来る。故に荒れるのだ。もちろん、それがネルソン商会であってはならないという決まりもないないのだが……。

 

ビールが美味しい。こんな話を聞くだけでビール3杯はいけそうだ。感激よ、ヒナ感激。

 

 

 

~「……終わったようじゃな、小僧ども。面白いことを考えるもんじゃ」~

 

~「……どこから現れやがったんだ。……アレムケル・ロッコ」~

 

とうとうロッコが現れた。これは最大限の注意を払わなければならない。何せ相手はあの“海王(かいおう)”である。ビールは名残惜しいが私自身が出張らなければ……。

 

「ジャンゴ、私もそっちへ向かう」

 

~「アーイェ――、ヒナ嬢、気を付けた方がいいぜ。俺も少し離れる」~

 

まったく、ちっとも気を付けているようには思えない。だが、たしなめている時間でさえ今は惜しいのだ。

 

ジョッキを一気に呷ったあとにテーブルへと叩きつけるようにして置いて、私は店を飛び出していく。

 

店の外は地獄絵図であった。ここに入る前までは確かに存在していた右側半分の街並みがそっくりそのまま跡形もなく消え去ってしまっている。これがヤミヤミの能力(ちから)だというのか。だが今はそのことさえ気にしている場合ではない。

 

~「わっしはただ“掃除”をしにやって来たに過ぎん」~

 

ロッコの言葉はまだ聞こえて来る。急がなければならない。

 

私が向かう先はまだ何とか残っている左側半分の街並みの方向。ルチアーノの酒場。いやルチアーノのものだった酒場。

 

瓦礫が風で舞う通りを私は駆けてゆく。私の足並みは一瞬にして(ソル)へと切り替わってゆき、表通りから裏路地へ。障害物のようにして転がっている樽を避けて進み抜け、塞ぐようにして横たわっている荷車を指銃(シガン)にて粉砕してゆく。

 

 

 

 

そして、

 

~「……トリガーヤードへと繋がる道筋は全て消し去る必要があるんでな……」~

 

ロッコが放った言葉をヘッドセット越しに聞き取った直後。

 

背後から忍び寄る悪寒のような気配に私の身体は何とか刹那で捻りを加えることに成功したが……。

 

右腕を掠りゆく物体、肉眼では決して捉えられないであろう速度で飛翔してきた銃弾。

 

咄嗟の武装硬化とオリオリの緊縛(ロック)にて二重の防御を施そうともそれは私の身体から鮮血を迸らせることに成功していた。

 

だが痛みなどに頭を巡らしている場合ではない。

 

振り返った頭上の左、ホテルと記されている建物の屋上給水タンクの影。

 

 

剃刀……。

 

速い……。

 

ここは能力を発動させるしかない。悪魔の実の能力は無限に広がりを見せることが出来るのだ。

 

私の緊縛(ロック)する身体を具現化するのは4つ。

 

その全てを以てして、

 

四姫檻檻(しきおりおり)

 

4つの私から放つのは緊縛(ロック)の嵐。四方八方から(いまし)めてやればいい。

 

「私の体を通り過ぎる全てのものは……」

 

……気配が存在しない。

 

……消えている。

 

一瞬のち、

 

眼前には突然の人差し指。

 

指銃(シガン)……。

 

いや、寸止め……?

 

現れたのは右眼鏡に十字線が入った男。奇妙な形の狙撃銃を肩に乗せ迫って来る。

 

「今日もまた別れ道……、ただ嘆かわしいことに貴様にその選択権はない」

 

「あなた、誰?」

 

何なの、こいつ。その言い方、頭に来るわ。乱心よ、ヒナ乱心。

 

「知る必要のないことは数多い。もとより、貴様には質問をする権利すら存在してはいないのだ」

 

「あら、そう。……けれど、一服する権利ぐらいはあるわよね?」

 

私は相手からの返答を待たずして短くなった銜えタバコから最後の煙を吐き出してみる。

 

だが男は目の前にはおらず、

 

「権利と自由の話に際限はないが……、ひとまず貴様に言いたいことはひとつ、……退け」

 

すぐ隣の建物外壁を背にしている。

 

何様のつもりかしら……。先程のは見聞色を使っていたに違いない。

 

覇気使い、しかも相当な手練れ。

 

力は王気(おうき)以上、いやもっと上かもしれない。

 

正直言って敵う相手ではない。

 

そんなことは分かっている。

 

分かり切っているからこそ私はその男を睨みつけてやる。

 

もう乱心も乱心、ヒナ大乱心、……字余りね。

 

ヘッドセットを口元に近付けてゆき、

 

「二人とも、撤収よ」

 

「どう? これで満足かしら?」

 

部下二人に命令を下したのち、男に向かって言葉を投げつけてやる。

 

 

 

だが男からの返答が来る前に、

 

「ブラーボー!! お二人とも見事な遣り取りターリて、私……、感動しまし、ターリ―!!!!」

 

まったく別人の声が背上空から降り注いでくる。

 

咄嗟に振り仰いでみれば、傘屋と記された建物屋上給水タンクを背にして、一人の変な優男が立っていた。手に傘を持って……。

 

変なのに優男、優男なのに変、困惑、ヒナ困惑だわ。

 

だって手の動き、変な手の動きをしていた。

 

「……これはこれは珍しい。世界傘協会会長に相見えるとは……、巡り合わせですね」

 

どうやらこの男はあの変な優男を知っているらしい。

 

確かに世界傘協会会長ならば傘屋の屋上から傘を持って登場してもおかしくないけれど、色々と突っ込むポイントが有り過ぎる。

 

眼鏡男の挨拶に対して軽く会釈を見せたのちに、変な優男は自らの傘を開き、刹那後には私の正面にて微笑みを浮かべていた。右手の甲を顎の下に寄せながら……。

 

 

ターリ―って何?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と質問事項が有り過ぎた私は矢継ぎ早にそれを繰り返した結果分かったことは、

 

ひとつ、世界傘協会は世界中の傘を愛する人間の為に存在する組織であり、傘を愛する人間が困難に陥った時には何を以てしても駆けつけるという組織であるということ。つまりは意味がよく分からないということ。

 

ひとつ、その中でも会長という役職は今までずっと空位で有り続けており、それを襲名する者が現れたのは実に24年ぶりであるということ。つまりはどうでもいいということ。

 

ひとつ、あのお辞儀する時の仕草には特に意味がないということ。つまりは聞くだけ無駄であったということ。

 

不満よ、ヒナ不満。

 

 

それよりも先程から私が感じているこの違和感のようなものの正体は何だろうか?

 

心の奥底で何か引っ掛かっているものがあるのだ。

 

なのに、それが一体何であるのかが分からない。

 

答えはすぐそこに有るような気がするのにも関わらず、これといった答えが見つからない。

 

もどかしい、実にもどかしい。ヒナ……、不明……と表現するしかないわね。

 

「ところでお嬢さん、あなたは傘を愛しておられまターリか?」

 

不意に投げ掛けられたその質問について考えてみる。

 

これはもしかして哲学的な質問か何かなのだろうか? 傘を愛しているかどうか……?

 

「私は傘を持たないわ。むしろ……持ったことさえないかもしれない……」

 

世界傘協会会長の前で発言する内容では決してないが、それゆえにどんな反応を示すのかには少しだけ興味が湧いてくる。

 

「…………ターリ―!! ……あなたはどうでターリか?」

 

結構便利ね。そのターリ―っていうの……。

 

「傘に対しては博愛精神を抱いています」

 

……意味が分からない。ヒナ唖然。

 

「素晴らしい!! まさしく、ターリ―!!!!」

 

お辞儀が深い。手の角度がとても鋭角。……百点の解答だったのね。

 

「さすがはヴァン・オーガーさん。……“ブリアード”なだけありますね。五老星が目を掛けるわけターリ……」

 

……ん? ……まさか、この男……。

 

王気(おうき)よりもっと強大であろう見聞色の使い手。変な形の狙撃銃。五老星が目を掛ける……。

 

五老星が直で動かしている諜報員……。

 

「……貴様、その名をどこで……。一体、貴様は……」

 

抑えた口調ながらも明確な敵意を以てして貴様と呼ばれた優男はそれでも表情を変えることはなく微笑みを湛えたままで、ゆっくりとした動作でお辞儀をしながら右手の甲を顎の下に寄せて見せるわけである。

 

「……海軍本部情報部監察付ヒナ()()、あなたもオーガーさんには興味津津なはずでターリ……。良かったではありませんか。これでお近づきの印として自己紹介が出来たわけターリて。私ですか? それは皆さんご存じの通り、世界傘協会会長ターリて。名を“コラソン”と申しまターリ。ドンキホーテファミリーにてしがないハートの席を占めておりまターリて、…………情報屋などやっておりまターリ」

 

そこで言葉を切った優男、いや()()()()は顔を上げた。微笑みを湛えたままで……。

 

 

だが私には瞬間はっきりと分かったことがある。それは決して根拠があるわけではない。直観、いや女の勘としか言えないようなものかもしれない。それでも私には確かに分かってしまった。

 

この男、コラソンにとって微笑みとは無表情とイコールであることを……。

 

そして私はようやくにして心の奥底に芽生えていた違和感の正体にも気付いてしまった。

 

 

臭い……。

 

 

この二人には同じ臭いがする。それは私と同じ臭いでもある。

 

つまり潜入をしている。潜入をしている者特有の醸し出す何かを感じ取れる。

 

互いに誰かを代弁してこの場に存在している。または偽りの姿にて武装して本当の姿を奥底に秘めている。

 

そんな気がしてならない。

 

「皆さん、情報交換と参りませんか?」

 

 

 

これは、ヒナ了解、……と言ってもいいものだろうか?

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

今話は裏でございました。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第57話 僕はここにいるよ

皆さま、ご無沙汰しております。

今回は9400字程。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

世界をとる……。

 

俺たちのボスはそう言った。抽象的ではあるが非常に端的でもあるその言葉は俺たちの中で確かに意味を持ち始めている。

 

世界は地獄であることの方が多い。生まれて間もなくして気付いたことのひとつだ。少なくとも俺にとってはそうだった。

 

有る筈だった希望を根こそぎ奪い、どこまでも変わらぬ絶望を与えられ……。

 

 

だが、

 

地獄とは与えられるもんなのか? 見せつけられるもんなのか?

 

否だ。

 

そんな決まりは存在しやしない。

 

ならば、

 

与えてやればいいじゃねぇか。見せつけてやればいいじゃねぇか……。

 

 

地獄ってやつをな……。

 

世界をとるにはそれが必要だ。

 

 

 

 

 

太陽が沈む直前、世界にその存在を誇示する最後の瞬間。俺は最大限の能力発動を以てして、この島に二つの“(サークル)”を張り出していた。

 

ひとつはこの島全体をすっぽりと覆うもの。それは俺の執刀領域。

 

もうひとつはこの町を範囲指定しようかというもの。それは俺の集中治療域。

 

俺の世界。俺が(つかさど)る世界。

 

 

今、世界は回っている。

 

 

「……トラファルガー、貴様が回転屋稼業にも興味を持っていたとはな」

 

少し離れた先にてぐるぐると回っているクラハドールから飛び出してきた言葉。回転(ローテーション) “大気(アトモスファー)”で集中治療域内の空気に回転運動を起した上で、さらに“大地(グラウンド)”で地に対しても回転運動を起こしてやった。

 

故にクラハドールはぐるぐると回っている。少し離れた先にて俺の周りを……。とはいえ、奴は回りながらも微動だにはしておらず、時折眼鏡をくいと上げる動作も怠りはしないが……。

 

回転屋稼業ってなんだ? 俺にはそれがどんな職種なのか皆目見当もつきはしない。……遠い昔にそれに似た野郎がいたが果たしてな……。

 

「クラハドール、俺は医者だぞ」

 

至極真っ当な俺の返事に対し、

 

「医者は世界を回転させたりしねぇだろうがーっ!!」

 

枷にて俺と背中合わせになって浮遊しているアーロンから言葉が飛び込んでくる。こいつも回転させられてぇんだろうか。

 

でも確かにな、医者は世界を回転させたりしねぇのかもしれねぇが、世界を回転させる医者がいてもいいんじゃねぇかとも思うわけだ。

 

建物を形作っていた、街路を形作っていた板が空中を回っている。さっきまで悠然とそこに聳え立っていたヤシの木でさえも地から引き剥がされたうえで空中をただ回っている。

 

そして、

 

この世のものとは思えない業火で燃え盛るマグマの塊もまた空中を回っている。しかも複数がだ。

 

見せつけてやる地獄。これがそうである。

 

相手は海兵。その中でも頂点にいる奴だ。……赤犬屋。奴もまた回っている。地に足を付けてはいるがぐるぐると回ってやがる。例外は存在しないのだ。俺の執刀領域、はたまた集中治療域にては。

 

「……回せば何とかなろぅ、思うちょらせんやろぅなぁーっ!!!」

 

ぐるぐる回されながらも、凄絶なまでの気迫を以てしてぶつけられてくる赤犬屋の言葉。

 

バカ言え。誰も回すだけで海軍本部最高戦力をどうにか出来るなどとは思ってはいない。

 

それでもだ。集中治療域内の外縁部は地獄そのものの様相を見せている。マグマの塊は飛び交う木片を次々と炎に変えていっており、それが外縁部にて回されている海兵どもに容赦なく襲い掛かるのだ。聞こえてくる叫びは魂から迸るもの。終いにはマグマの塊そのものが襲い掛かり更なる地獄絵図を描きだす。

 

「……おまえ、本当に医者か?」

 

俺が描きだす光景を目の当たりにして背後から呟かれる言葉に対し返す言葉はひとつだけ。

 

「ああ、治療中だ」

 

だから、黙れと言いたい。医者の治療中には黙ってるもんだろう。

 

「テェルゥゥ」

 

それでも医者の言うことを聞かねぇ奴はいるもんで、

 

「御大将っ、それがしならここにーっ!!! むむっ、鉄矢(クロガネーヤ)

 

塔の上にて我が物顔をしていた弓使いが空中をぐるぐる回る中でも上司に対して答えて見せ、姿勢さえ定まらないであろうにテルと呼ばれるそいつは漆黒に武装硬化された矢を放ってきやがった。

 

「どいつもこいつも、医者の言うことは聞くもんだぜ」

 

大気が回転運動中でありながらも覇気を纏った矢はそれを抗って、突き破ってこちらへと向かってくるわけであるが、っておい。

 

 

なんだこれは、人の姿か?

 

「クロガネーヤは亡き祖母の名前ーっ!! (くろがね)のような方であったわーっ!! 食らえ! 食らえ!」

 

怒りの形相である(ババア)が幻視出来る。それが倍倍にて増えてゆくのだ。漆黒のババアが倍々で増殖してゆく。

 

悪夢でしかねぇな……。

 

「シャンブルズ」

 

「むむっ、なにゆえ……、婆様っ、それがし昨日もしかと墓前にて……」

 

バカ言え。老婆からしたら医者の言うことは絶対だ。

 

こちらへと飛翔してくる矢を入れ替えて奴へと逆戻りさせてやれば返ってくる言葉は疑問の声。

 

孫と医者ならどっちが大事か? そりゃ医者に決まってんだろ。

 

「そうだな。執事としても医者の意見には従うのみだ。……一目斬(いちもくさん)

 

さすがはクラハドール。頭が回る奴は医者に抵抗したりはしねぇもんだ。

 

回転運動に身を委ねながら両手に装着した“猫の手”を以てして一直線に弓使いへと立ち向かってゆく。

 

対する弓使いは己に返って来る覇気を纏った矢とクラハドールの研ぎ澄まされた十本刃を、

 

鉄塊(テッカイ)武装 “(ヨロロイ)”……。爺様、どうか猛る婆様をお鎮め下されーっ!!」

 

自らの身体に武装色の覇気を纏わせることで受け止めやがった。六式までもを駆使してるに違いない。さらにはこいつの爺の名がヨロロイなのかもしれないと。まあどうでもいいな。

 

とはいえ、最高速であろうスピードを弾き返されたクラハドールが今度は空中をぐるぐると回転させられる羽目に陥っている。

 

まあ、良かったじゃねぇか、これでお前も回転屋稼業とやらの仲間入りだな。

 

だが、

 

こいつの本業は執事であり参謀稼業であったはず。

 

参謀として考察の時間を与えてやる必要があるだろう。

 

ゆえに、開いていた右の掌を勢いよく拳状へと変えてぴたりと止める。

 

引き起こされるは回転運動からの緊急停止。

 

 

つまりはご臨終ってわけだ。

 

 

緊急停止は急激であるからこそ時が止まる瞬間を作り出すことが出来る。一瞬だけではあるがその一瞬だけでも止めることが出来れば必勝の形を生み出すことが可能。

 

現に赤犬屋であろうとも無防備に体勢を崩しつつあり、俺の左手は鬼哭(きこく)を……否、途中で離した得物は空中にあり、左手を動かせば鬼哭(きこく)は抜刀されて、

 

死の刀(ステルベン)

 

赤犬屋の背後目掛けて突き貫いてゆくのだ。俺はシャンブルズを駆使して奴の懐へと潜り込むだけであった。

 

そして、生み出すは大気を一瞬にして煌めかせるような光……、

 

「イエローナイフ “死の光(カルネージ)”」

 

(ノース)の極圏では稀に煌めくような発光現象が起こると云う。こいつは体内に一瞬の光を、癒しのような煌きを放つが、それは体内全てを、内臓を、血管を、神経を、精神を虐殺(カルネージ)。武装色のマイナスを纏えば確実に相手の根源を断ちゆく一撃となるもの。

 

死の光は赤犬屋の背中を穿ち……、奴の口より夥しい量の血反吐を吐かすことに成功するも、眼前の(いわお)のような身体は一瞬にして燃え盛り、業火へと変わり果て、急激な燃焼にて酸素を奪われ()せ返るところを。

 

「……ごほっ……、ええ……、覚悟じゃぁ……」

 

赤犬屋が口から鮮血を迸らせながらも、こちらを見詰める瞳は(いささ)かも光を失っておらず、

 

冥狗(めいごう)っ!!!」

 

強烈なまでの熱と炎を(たぎ)らせた右拳を繰り出してくる。それは間違いなくも黒く変色しており、纏われているのは最大級の武装色。

 

奴の根源に対して激烈なダメージを与えてやったと見るも、放たれた右拳のスピードは衰えたようには知覚できず、たとえ見聞色を働かせていようとも回避出来るようには到底考えられない。

 

「大将でも下等種族だろうがっ!! やってやるぅっ!!!」

 

そこへ俺自身の体勢が崩されてゆき、否、背後のアーロンが魚人としての桁違いの(パワー)を使って無理矢理にでも赤犬屋の放つ右拳に正対し、

 

「“(シャーク)ON(オン)COMBAT(コンバット)”」

 

同じく拳を振りかざしてゆく。

 

「おい!! バカっ!! てめぇの拳なんかじゃ……」

 

 

一瞬の激突。背後で感じられる爆発するような熱風、(たぎ)る炎。人間とは桁が違うはずの魚人の(パワー)が押し潰されたことがはっきりと伝わるも一瞬の静寂が漂い、

 

「ぐっ……、……ぐっおぉぉぉっ!!!!」

 

凄惨とも表現出来る雄叫びが背後より放たれて、

 

アーロンは、俺は、……俺たちは、意識を刈り取られるような衝撃と共に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

地獄を見せてやる。地獄を見せられてるのは果たしてどちらか。

 

くそ……、相手は大将だ。地獄そのものの相手だ。

 

這い蹲ってる場合じゃねぇ。

 

無理矢理にでも立ち上がり、枷の先に繋がっている相手を再び能力によって浮遊させてゆくが、背後からの反応は明らかに乏しい。無理もねぇだろう。マグマと化して武装色を纏われた拳の一撃は魚人と言えどもひとたまりもないはずだ。

 

とはいえ決して一方的な戦いではないのだ。赤犬屋にもダメージを与えることは出来ている。覚醒の序章を迎えたオペオペの能力(ちから)は海軍本部大将相手にも確かに通用した。

 

地獄を見せつけられるだけじゃねぇ、地獄を見せつけてやることが出来る。多少なりとも……。

 

だがそれでも、正攻法ではまだ分が悪いか……。

 

であるのならば、必要となるのは俺たちの参謀の力だ。先を見通して、業火のその先へ地獄そのものであるその先へと筋書きを通す閃きである。

 

「クラハドールッ!!!」

 

想いをぶつけるようにして奴を呼んでみれば、

 

「……最初から分かっていたことだ。駆け抜けるには筋書きが必要になることは。……ここは、シャンブルズ作戦(フォーメーション・シャンブルズ)といかねぇか」

 

不敵な笑みを湛えながら鋭い刃先で自らの眼鏡をくいと上げて見せる俺たちの参謀の冷静も極まる声音が聞こえてきた。

 

 

なるほどな、更なる治療をというわけか。

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そら、そうやろなぁ……。

 

わいたちはこのジャヤっちゅう島で有りえへん事態に陥っとるみたいや。ハットもローもジョゼフィーヌも敵と相対しとる。ばら撒かれた新聞にはわいたちが四商海やないっちゅうことになっとるらしいし、さらには電伝虫を使えんよう念波妨害されとるっちゅう話や。

 

ほんまにど阿呆な話やで。

 

せやけど、わいたちにはジョゼフィーヌがおる。あいつの見聞色マイナスは本物や。わいたちの見聞色に同期が出来るんやからな。あいつはほんまど阿呆な奴なんやけど、それはまあええか。

 

ほんで、クラドルの奴が脚本用意しよったと。そこへ向けて頑張れっちゅうわけや。

 

「なぁ、ペル隊長」

 

「……料理長殿、何度も申し上げておりますが私は隊長代理でして……」

 

「そんな固いこと言わんと……」

 

わいは今、空を飛んどる。まあ実際飛んどるんはこのペル隊長やけどな。世界でもトリトリの実を食べた奴はそうそう居らんっちゅう話や。さっすがペル隊長やないか。ビビの嬢ちゃんがキラッキラッした()で見るわけやで。

 

わいもキラッキラッした()で見詰めとったんかもしれへんなー。

 

いつやって来るか分からへんけど、狙撃するタイミングが出てくるやろうってことで(たっか)いヤシの木の上で昼寝、もとい、監視をしとったわけなんやけど。どうやって探したんか知らんがどこからともなく現れたんやなペル隊長は。

 

ええことやでー、ほんまに空飛ぶっちゅうんはな。ロマンがあるやないか。ハットに聞かせたったら泣いて悔しがりよるかもしれへんな。あいつはほんまにけったいなロマンチストやさかいなー。

 

「ところで、料理長殿。先程、狙撃を行うとおっしゃいましたね。しかも飛んでいる私の上にいながら。そのようなことが可能で?」

 

「アホ言うたらあかんで、ペル隊長。わいを誰やと思っとんねん。オーバンやで。阻撃者(ブロッカー)って呼ばれとるザイ・オーバンや。舐められたらかなんなー」

 

「……、隊長……、……失礼しました」

 

ペル隊長は申し訳ないっちゅう顔しながらわいの方見上げてくれるんやなー。

 

風が心地ええわー。これはあれやろ、秋風っちゅうやつや。

 

「わいに任しとったらええねん。大船に乗ったつもりでおったらええ。……って、ハハハッ、こらペル隊長、あんたのセリフやったなー」

 

「ええ、そうですね」

 

ペル隊長はそう言ってにんまりしながら茜の空を駆け抜けていくんや。かっこええやつやでー。

 

「そうや、ペル隊長。実はあんたに聞いとこう思ってたことがあるんやけどな」

 

「なんでしょうか?」

 

「あんたがわいらの船に乗るんはビビの嬢ちゃんを守るためなんやろ。まああの()はええ子やからな。可愛いし、何とも可憐や。分かるで、うんうん。痛いほど分かるなー。で、想い人やとそういうわけやな」

 

「……、え? 何を……」

 

「ああ、隠さんでもええんやで。わいは全部(ぜーんぶ)わかっとるんやさかいな。王女と隊長か……、忍ばれる恋っちゅうわけやな。おおう、切ない話しやないか」

 

「……、まさか、……料理長殿っ!!! ビビ様ですぞっ!!!!!」

 

「……うぉ、うぉうぉうぉっ!!」

 

わいの話に突然のように感情的になって急降下してしまうペル隊長や。あかん、図星やないか。

 

「……申し訳、……ありません」

 

「そないに心揺れ動かされるっちゅうことは、まあそういうことなんやな」

 

「いいえっ!! 私は一言もそんなことは申しておりません」

 

「それやったら、ビビの嬢ちゃんのことは(なーん)も想ってへんっちゅうことでええんか? 大嫌いやと、それでも世話せなあかんから付いてきたとそういうわけか?」

 

「……そうおっしゃられますと……。ビビ様のことは大好きでありますが……」

 

「ほれみー、やっぱりそうやないか」

 

「いえ、決してそういうことではなくてですね」

 

「せやったら、どういうことやねんな。何事も中途半端はあかんで、ペル隊長。男ってもんはな、はっきりせんとあかんねん」

 

「……う………、そうですね……。…………? ……って、その手には乗りませんよ」

 

「ちっ、あと一息やったんやけどなー」

 

「料理長殿もお人が悪い」

 

「ああ、勘忍や。勘忍やからもうちょっと飛んでくれへんか」

 

あの陽が沈むころには作戦開始やろなー。

 

 

さて、一丁やったるかー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……来る。

 

 

今だわ。

 

 

見聞色にてタイミングを図っていた私はその時が来たと“花道(はなみち)”に手を掛けて、

 

抜刀し、振り上げた先にて私たち目掛けて高速で飛翔してくる矢を一刀両断にに叩き斬って見せた。

 

武装色を纏われたそれは中々の威力にて背後へと飛び退いてゆく。もう何回飛んでくる矢を叩き斬ったことだろうか。

 

「ふぅ、間に合ったはいいけど。相手もしつっこいわね~。ビビ、大丈夫?」

 

花道(はなみち)を鞘に納めながらもビビを案じてみれば、

 

「ええ、ありがとう、ジョゼフィーヌさん」

 

迸る汗を拭いながらも微笑みを浮かべて返してくれる。

 

 

 

ローとの情報交換を終えて、危険が迫ってると急いで駆けつけたところ、間一髪でこの子のピンチを防ぐことが出来た。手足に少なくない傷を負い、血を流しているところを見るに既に何度か矢の攻撃を受けていたことが見て取れた。やられてなかっただけ良かったと言えるがもう少し合流が遅れていれば危うかったであろう。

 

王女とはいえ、それなりに戦闘経験を積んでいるし度胸もあるように思うけど、覇気使いを相手にするには厳しいことは確か。守ってやらなければならない。

 

優に10mは超えるであろう木々が聳え立つ森の中でも陽が傾いていることは感じられ、生い茂る葉によって少しばかり暗がりが広がりつつある。

 

「あんたにもレッスンを付けなきゃね、覇気について。これから先のことを考えたら必要だわ。……でも、見聞色は素質がありそうな気がする。なんたって、モシモシの能力だもん。ある意味見聞色みたいなものだし……って、ビビ、どうかした?」

 

少しだけ陰りを帯びた表情を見せているビビに対して声を掛けてみる。彼女を載せているカルーも少しだけ心配そうな表情で様子を窺っている。

 

「……ジョゼフィーヌさん、16歳ってもうおばさんに入るんでしょうか?」

 

は? こいつはまた……。

 

「ねぇ、ビビ、あんたそれ……、私に喧嘩売ってんの?」

 

「……へ? いや、決してそんなつもりは……」

 

私の怒気を孕んだ表情にようやく気付いたのだろう。首を左右に振りながら、手を左右に振りながら何とも必死の表情で弁解をするビビ。

 

この子は本当にどこかしらが抜けているのだ。まあそれがとても可愛く思う部分であり、良いところでもあるのだが。時々、本当に王女だったのか。よくも務まったものだと思ってしまう時がある。

 

「はぁ~、あんたねぇ……。あんたがおばさんだって言うんなら私はどうなっちゃうのよ」

 

まったくである。28にもなった私は一体どうなってしまうというのだろうか。30代からの美の秘訣について真剣に考えなければならないなどと考えてしまっている私は一体……。

 

まあそれでもそんなことを考える切っ掛けになったことがあるに違いないと思い問い質してみれば、

 

「そんな生意気なガキはね~、もう両のほっぺたをおもいっきり引っ張ってやればいいのよ。どの口がそんなことを言ってんのって具合にねっ!!!」

 

私の怒りはさらに増幅してゆき、気付けば黄色いカルガモのほっぺたと呼べるのかどうか分からない部分を思いっきり(つね)っていた。

 

「クッ、クッ、クエ―ッ!!!」

 

「ジョゼフィーヌさん、落ち着いて!!! それはカルーよ!!!」

 

「……ああ、ごめんごめん。怒りに我を忘れてしまってたわ」

 

眼前のカルガモは若干涙目になりながら私の方を睨んできている。相当に痛かったらしい。まあ仕方がない。私の怒りの沸点を超えさせるには十分な話の内容であったから。

 

 

 

 

 

その後、気付けば飛んでくる矢が止まったなと思えば、見聞色に訴えかけてくるものがあり、クラハドールからの作戦概要を聞かされていた。勿論私の機嫌の悪さは大して変わっていなかったので存分に八つ当たりに使わせてもらったが。

 

開始は陽が落ち切る頃合い。

 

やってやろうじゃないの。このどこに向けたらいいのか分からない怒りの矛先を求めてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 東端

 

 

島の東、暮れなずむ時刻に差し掛かり、空は帯状に薄らとピンク色が漂っている。ビーナスベルトの時間ってわけだ。

 

「あんたの首を貰い受けるに当たり、決闘方式を取らせて頂こうか」

 

子連れのダディとやらは確かにそう言った。

 

下界にビーナスが舞い降りて来ているというのに、決闘とは穏やかではないな……。否、首を貰い受けると宣言されている時点で既に穏やかではないが……。

 

相手になると口にした以上は提案に乗ることも(やぶさ)かではない。互いに銃を武器として扱うわけであるし、戦いにある種の制約を設けるというのも面白いかもしれないではないか。

 

賞金稼ぎという生業はこのような方式で戦うものなのかもしれないな。なんでもありという状況で戦ってきた身としては少々新鮮な部分がある。

 

そして、善は急げってやつなのか。早速にも手続きは始まってゆき、キャロルと呼ばれるダディの娘が何やら書類を持ち出してきた。決闘誓約書なるものらしい。この決闘の条件が記載されている。

 

俺が負ければ身柄を海軍に引き渡される。賞金額を下げることを避けるために殺しはしないらしい。逆にダディが負ければ賞金稼ぎ稼業から足を洗うとある。互いに退けない条件だな、これは。

 

最初に背中を合わせたところからスタートして互いに1歩ずつ離れていき10歩以内に引き金を引きあうと書かれている。チキンレース、望むところではないか。

 

 

だが、問題がひとつある。それはこの場にずっといるわけにはいかなくなったということ。女神が織り成したビーナスベルトは儚くも消え去りつつある。宵闇は島の東側より急速に迫って来ている。

 

シャンブルズ作戦(フォーメーション・シャンブルズ)

 

俺たちの目的は何なのか? 最も重要な目的は何になるのか?

 

それはカールを何としてでも失わないことだ。

 

そのためにはカールを追う存在がどうしても必要になる。だからこその作戦(フォーメーション)

 

俺がここにとどまっているわけにはいかない。時間はもうない。全くとないと言っても過言ではない。

 

さて、どうするか……。

 

 

サイン欄……、――――――――――――!!

 

 

「ネルソンと、ただそれだけにさせてもらってもいいだろうか」

 

己の感情を億尾にも出さずに、形振り構わない選択肢を俺は選び取っていた。

 

 

ただその後にダディより告げられる言葉。

 

これは誇りを懸けて行うものであると。銃を持つ者は、扱う者は己の銃に誇りを懸けて戦うのだと。

 

その言葉を放った時の奴の眼光は一際鋭いものであり、自らの娘に対する態度とはかけ離れた厳しさが存在していた。当の娘も沈黙を貫いており、その様子に思うところがあるのかクリケットでさえも厳かな佇まいを見せ……、

 

 

決闘は前置きを挟むことなく始まりを告げる。

 

 

 

互いに背を合わせ。

 

 

 

勝負は一瞬、物言うは反転動作と射撃のスピード、さらには正確性。

 

 

 

つまりは、積み重ねた鍛練と経験、幾許かの運を賭け合う。

 

 

 

それでも、

 

 

 

1歩目、俺は何でもないことを考えていた。

 

 

 

晩酌のお供である『ロイヤルベルガー』はあと何本船に残っていたんだったかと。

 

 

 

海風がそよぎ、

 

 

 

辺りは暗さを増してゆき、

 

 

 

互いの息遣いだけしか聞こえず、

 

 

 

己の右足は決まった歩幅を以てして、

 

 

 

視線下の草叢(くさむら)を踏み固め、

 

 

 

2歩目の…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島

 

森の中のカフェ。

 

僕たちはそこを目指して進んでる。

 

 

でも、本当はそうじゃないことを薄々だけど知っている。

 

これはどこまでいっても化かし合いでしかなくて。

 

余裕なんてちっとも持っちゃいないのに、心底余裕があるフリをして。

 

キレイなお姉さんのあとを尾いていく。

 

 

森の木々の背丈はとても高くて見通しは悪い。

 

この演技は一体いつまで続ければいいんだろうか。

 

どこまで続ければいいんだろうか。

 

それでも、

 

キレイなお姉さんは時々振り返って優しく微笑みかけてくれる。

 

そんな笑顔を見た僕はどうしようもなく信じてしまいそうになるんだ。

 

本当にどうしようもないね、僕ってやつは……。

 

 

ただ、

 

カフェはあるんだよ。

 

目の前に見えてくるんだよ。

 

どこまでも演技は続いていくんだよ。

 

だから僕もそれに合わせて微笑みかけるんだ。

 

何も疑ってなんかいないってね。

 

 

 

でも、

 

僕はひとつだけ、

 

だたひとつだけ、

 

仕掛けをしたよ。

 

自分がこのあとどうなるのか気付いてしまっていたから。

 

ダルマさんが転んだをしたんだ。

 

キレイなお姉さんが鬼になってさ。

 

僕は逃げるんだ。

 

 

そこで一瞬だけサイレントを使った。

 

声の途切れをこの島に残した。

 

聞いているお姉さんが必ずいると知っていたから。

 

僕はそこに懸けた。

 

精一杯の叫びを残したんだ。

 

サイレントだけどね。

 

 

 

 

僕はここにいるよって。

 

 

 

 

 

でも演技は終わりさ。

 

キレイなお姉さんが微笑みを忘れることはないけどね。

 

ただ違うんだ。

 

今までとは違うんだ。

 

微笑みの種類が違う。

 

カフェは小屋になっていてさ。

 

海が近くに見える。

 

とてもキレイな場所だ。

 

それでもそこにあるのは箱がひとつでさ。

 

キレイなお姉さんは棺桶だって言うんだよね。

 

微笑みと共に。

 

 

 

ただ驚いたことがひとつあってさ。

 

それは、

 

ベポさん。

 

違うな、白クマだけどベポさんじゃない。

 

もっと年上だ。

 

サングラスをしている。

 

思ったことはひとつだけだ。

 

 

 

嫌な予感しかしなかったんだよ。

 

 

 

 

 

 




皆さま、読んで頂きましてありがとうございます。

ご感想を頂きたいっと、欲してみたり。

人間、切実に燃料は必要でして。

今後ともよろしくお願い致します!!




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第58話 ヒナ(いかり)、……字足らず

みなさま、いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は6500字程。

短いですが、よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” バナロ島

 

 

(わたくし)たちはここで何をやっているのだろうか?

 

 

島の一部がある男によってどす黒い闇に覆われてしまった中で、黄昏の過ぎ去ったこの場所には本物の闇が迫りつつある。いや、そうとも言い切れない。なぜなら島の一部が別の男によって燃え盛る炎に覆われてしまってもいるから。

 

島の象徴とも言われているらしいバナナ岩が破壊されているのであろう音が絶え間なく聞こえてきているし、それによって生み出された砂塵が風に舞うことで辺りに砂埃を引き起こしているのかもしれない。立ち込める臭いは何かが燃えているものであり、ハンカチを取り出したくなるような状況と表現出来るだろう。

 

ただ私の場合はこの状況に対して無性にビールを飲みたい欲求しか湧いてはこないが……。少なくとも今目の前で6杯目をジョッキに注がれれば急角度の傾きにて飲み干す自信はある。ヒナ、切望だけど……。

 

そうも言ってはいられない。

 

私が直面していること。私たちが直面していること。

 

ヒナ、驚愕そのものである世界傘協会会長と、ヒナ、屈辱を(もたら)された相手である五老星の諜報員。

 

互いに情報を扱う者、駆使する者として情報交換をしようということになったはず。怪奇と謎と疑問に満ち満ちた自己紹介のあとで。

 

そうであったはずなのだが、どこをどう間違って今に至っているのか。ヒナ、困惑……。

 

傘……、

 

かさ……、

 

カサ……、

 

傘が……、

 

………………。

 

全く以て思いつかないのだけれど……。

 

私が今必死になって考えていること。それは有ろうことかダジャレ。傘を使ったダジャレ。

 

どうしてこんなことになったのかしら。ヒナ、困惑を通り越して、ヒナ、絶望だわ。

 

この世界には希望も何も無いのよ。向こうで闇と炎がせめぎ合っているのだもの。

 

 

いや、違う。

 

希望も何も無いものにしたのは闇と炎のせめぎ合いなんかではなくて、あそこにいる優男。傘屋の屋上で傘を片手に準備しているあの男。

 

世界傘協会会長でドンキホーテファミリーの“コラソン”で情報屋だと名乗ったあの男は情報交換に条件を付けてきたのだ。

 

傘を使ってダジャレを言わなければ交換は出来ないと。

 

その言葉を耳にした時の私は一瞬思考停止に陥ってしまった。いや、一瞬ではなくて数瞬、数秒、数分間と言ってもいいかもしれない。

 

それ程までに突き抜けていた、斜め上まで突き抜けていた条件であった。

 

なぜなら、私の人生にダジャレなどと言うものが入り込む余地はなかったから。

 

本来であれば一笑に付すべき条件であり、そんなことをしようものが居たなら軽蔑してしまう。ヒナ、軽蔑ね。

 

そう、そんな条件などのまなければいいだけの話なのだ。情報交換? 何それ美味しいのかしらで済む話なのだが、そうも言ってられない。

 

私の身は海軍本部情報部監察付准将であり、その仕事は情報収集であるのだから。任務遂行のためにダジャレが必要であるならば私はダジャレを生みださなければならない。ヒナ、自嘲に陥ろうともだ。

 

勿論、だからと言って諸手を挙げて取り組めるものではない。とはいえ、任務は任務である。

 

私はスモーカー君とは違う。彼のように上官に対してクソ食らえと言って任務を放り出したりはしないのだ。任務は任務。上官の命に背くわけにはいかない。モネ少将が私に命じられた内容。バナロ島での情報収集が私の任務である。確かにその通りだ。疑問を挟み込む余地など無い。ヒナ、絶対なのである。

 

だが、果たして世界傘協会会長は私の上官であろうか? 否である。そもそもに私は世界傘協会の会員ではないし、更には傘を持つことさえないのが私である。

 

ならば、ダジャレなどと……、……と、頭を(よぎ)る考えはあるがそうも出来ないのが私という人間でもある。ダジャレを言わなければここから先の情報収集はままならないであろう。傘のダジャレという条件に関しては世界傘協会会長は断固として譲れない部分であるらしい。あの奇妙に過ぎるお辞儀の鋭角も鋭角に過ぎる角度からしてそれは分かるというもの。

 

ゆえに私は覚悟を決めなければならないようだ。

 

まあ、一発目を回避出来たわけであるから、それだけでも良しとしなければならない。考える時間はまだあるのだから。

 

如何にも自分は紳士ですよという顔をしてレディファーストを薦めてきた時にはヒナ、乱心も乱心であったが、会長の名を立ててなどと殊勝な言葉を吐き出してみることで事なきを得た。私ながら随分と大人になったものだ。以前の私ならば否応なくロックを掛けていたところである。

 

 

それにしても、なぜあの男はあのように自然体でいられるのだろうか? 会長としての成せる業なのだろうか。とはいえ見習いたくもないが……。

 

もうひとつ、奇妙な眼鏡を掛けたこの男だ。情報交換の条件を出されても眉ひとつ動かすことなく何の感情も見せずに了承の言葉を口にしていたのである。それでこそ諜報員というものなのかもしれない。

 

少しだけ悔しい。私もまだまだ精進が足らないということだろうか。

 

 

何にせよ、世界傘協会会長自らによる渾身の傘ダジャレが始まりそうだ。傘を持って構える姿は堂に入ったものであり、砂埃を背後に湛えながら妙な風格さえ感じられる。

 

正しい反応なのかどうか定かではないが私は今固唾をのんでいる。優男は傘を前に構えて見せ、

 

「この傘、万能や。……ん、嵩張んのう」

 

力強くも爆発するような勢いで傘を開いてみれば、八方へ飛び跳ねたように生地が想像以上に広がっていった。

 

辺りには一瞬の静寂も共に広がってゆくが、直ぐにも静かな笑いが湧き起こっていく。眼鏡の男である。爆笑ではないがさも可笑しそうに笑っているのだ。私はといえば驚きを通り越して唖然、ヒナ唖然であった。

 

今のダジャレに笑う要素があっただろうか? もう私には分からない世界だ。確かに嵩張りそうな形状だ。傘は万能なのに嵩張ると、確かになるほど、……笑うところなのだろうか? ただ傘屋の屋上からこちらを見下ろしているタリ・デ・ヴァスコはドヤ顔なのである。

 

私は何とか笑おうとしてみたがどうしても笑うことは出来ずに頷きを見せるのが精一杯であった。そして、

 

「ターリ―!!!!」

 

の掛け声とともにあのお辞儀で締め括る。一体涼しい顔して何言っているのだろうか、気は確かなのだろうか。心底そんな思いが喉からあふれ出てきそうであったがそれを押し留めて、代わりに私は拍手という反応で返して見せた。

 

「傘の相反する二面性を的確に抉りだした鋭角な前衛感に溢れていた。まさに博愛……」

 

………………本当に意味が分からない。

 

だがこれは私も何か気の利いたコメントを出さなければならないのだろうか。オーガーの言葉が気が利いていたとはまったく思わないが……。

 

「傘……、傘愛が滲み出ていたわね」

 

何とか辛うじて言葉を紡ぎ出すことに成功し、

 

「お気に召して頂けたようターリて、感無量ターリ―!!!!」

 

傘屋屋上から歓喜の言葉が飛び出してくるが、私には茶番にしか思えない。

 

とはいえこれは情報交換が懸かった任務である。優男が掌を顎の下に遣りながら深いお辞儀をしたあとには、

 

「では、……オーガーさんにお尋ねしターリ。あなたの船長、黒ひげが狙っているものは何でターリか?」

 

柔らかい微笑を湛えながら顔を上げ、五老星の諜報員に対して問い掛けている。それは表情とは裏腹の言葉尻とはまったく裏腹の厳しい声を帯びており、既に綺麗に畳まれている傘が心なしか黒く硬化しているように思えなくもない。

 

どうしようもないダジャレの裏側に研ぎ澄まされた拳を秘めながら動き回るのが情報戦の世界というものなのかもしれない。

 

「あなたのダジャレは確かに素晴らしかったが……。だからと言ってそれを私が素直に答えるとでも……?」

 

対するオーガーも声音には一切の感情を含ませてはおらず、手に持つ狙撃銃にて自らの肩を一定間隔で叩く乾いた音が妙に耳に残ってくる。

 

そして、

 

辺りを漂っていた砂埃さえもがまるで突然意思を持ち始めたようにして渦を描き始めてゆく。

 

「確かに……。私は“コラソン”。私の背後には若がいる。対峙する相手にくれてやるような情報でないのは確か……。ですがあなたは同時に“ブリアード”でもある。その名はある五老星の(いぬ)の名であると世界の裏側では実しやかに囁かれている。そして、あなたが忠誠を誓う方向はそちらのはずだ。ゆえに、明かす価値があターリては……?」

 

「……互いのためになると、……そういうわけか」

 

「ええ、それとも……、“ブリアード”のご主人の名でも教えて下さいまターリてか? 五老星にはそれぞれコードネームが存在すると聞いておりまターリて……、それが知れるだけでも世界の裏側では宝のような価値を持ちまターリ……」

 

タリ・デ・ヴァスコの最後の問い掛けは余程核心を衝くものであるのか、等間隔で音を作り出していたオーガーの狙撃銃がぴたりと止まり、黒く硬化されていくように見える。一方で傘屋屋上より降り注ぐタリ・デ・ヴァスコの眼光もまた鋭さを増してゆき、二人をそれぞれに包み込むようにして渦を描いていた砂埃が互いに激突するようにしてぶつかった。そのぶつかりは確かに盛大なる音を発生させて。ただ、両者は互いに無言を貫いたままで。

 

目は口ほどに物を言うとそういうことだろうか? 

 

五老星のコードネーム……。そんなものが……。

 

海軍に所属して随分になるがそんなことは聞いたことがない。秘中の秘、そのようなものかもしれない。

ただそこで不意に、

 

「……フフフ、まあいいでしょう。ところでヒナ准将、あなたの出身は(ノース)ですか?」

 

質問の矛先が私へと向いてきたのである。

 

私の内心は突然の方向転換に、予想を超えてこちらの核心へと深く突っ込んでくる言葉の刃に動揺していたのは確かだが、それは億尾にも出ていないと思いたい。でなければ、この先到底情報部監察などという任務を担うことなど出来ないであろう。ハットの目となり耳となってマリージョアを動き回ることなど叶わないであろう。それはヒナ屈辱、以外の何物でもない。

 

「ええ、そうよ。それが何か?」

 

だから何でもないことを聞かれたとばかりに応じてみれば、

 

「ベルガー島という島があるのをご存知ターリか? 何でもついこの前に大規模な森林火災があっターリとか……。ベルガー同盟が解散して久しく無人島に近い状態であったという話ですが複数の建物の焼け跡が見つかったそうターリてね……。何があっターリか……」

 

核心ギリギリを抉って削るようにして言葉を畳みかけてくるのだ。

 

「懐かしいわ、ベルガー島。そんな島もそう言えばあったわね。ヒナ。望郷ってところかしら。でも残念ながら私の出身はその島ではないの。そう、何があったのかしらね」

 

それでも私は心を軋まされるような言葉の刃に対して微笑と優しい口調で抗って見せ、苦味に溢れた情報戦のデビューを飾る。

 

 

その後、オーガーによるダジャレの披露があった。

 

こいつが披露した内容。

 

重ならない傘なら無い。

 

どうだろうか? よく分からないがとにかく言い切ったのは確か。静かに淡々とでも言い切って見せた。とはいえ私はまたもや到底笑うことなど出来なかったが……。

 

そもそもにダジャレというものは笑うものではないのかもしれない。タリ・デ・ヴァスコは大爆笑していたがそんなことは知らない。ヒナ、忘却である。

 

オーガーからの問い掛け。

 

ドンキホーテファミリーの取引に関すること。“酒鉄鉱(きてっこう)”をどこから掘り出しているのか。

 

これはタリ・デ・ヴァスコに向けたもの。ドンキホーテファミリーと四皇カイドウに繋がりがあることは私も把握している。五老星なら言わずもがなであろう。ただ両者を繋いでいるものは何か? そこが重要なポイントだ。“酒鉄鉱(きてっこう)とは何だろうか? 掘り出していると表現したのであるから鉱石と推察出来るが果たして……。

 

結局、両者の間は再び睨みあいに終始し、それ以上の情報は出てこなかった。

 

私に対してはネルソン商会をどこまで把握しているのかという質問。特に“脚本家”についてオーガーは興味津津な様子であったが私から答えることはないし答えるはずもない。

 

ただ問題なのはこいつらがどこまで私たちネルソン商会を把握しているのかということだ。且つ、注目されている。これが一番に問題かもしれない。心してかからなければ足元には思わぬ落とし穴がぱっくりと口を開けて待っていることになりかねないであろう。

 

それでも大した問題ではない。問題はもっと別にある。

 

そう、私もダジャレを言わなければならないということだ。しかもあの傘屋の屋上で。

 

傘屋の屋上からは島のもう片方で繰り広げられている激戦の様子を見て取ることが出来た。闇と炎の戦いはどうやら佳境を迎えつつあるようだが、そんなものは何ひとつとして私の慰めとはならない。

 

私は今、ヒナ、緊張の状態であり、許されるのであればヒナ、死亡と有らん限りに叫び出したいのであるが、それが許されるはずもない。

 

ゆえに私にはダジャレを言葉にして口にするしか選択肢は残っておらず、

 

「傘無いの? でも貸さないわよ」

 

と言ってみた。最後に少しだけ微笑みを添えて。多分に私自身は耳まで真っ赤になっていることだろう。恥ずかしい。ヒナ、羞恥も羞恥。

 

眼下にいる二人の反応が気になるところであるが、それを直視出来そうもない。

 

二人とも到底可笑しくもない内容に対して笑っていたわけであるから私のものにも同じような反応が返って来るものと半ば期待していた。

 

静寂は一瞬のものであり、その後には大爆笑、とはいかなくても何がしかの笑いが起こるものと考えていたのだが、それは全くと言っていいほどに湧きあがってはこずなのだ。

 

そして、笑う代わりに二人はただ親指を上げて見せるのである。

 

「ターリ―!!!」

 

「……駄作だ。だが、良い。その恥じらいが」

 

一体あいつらが口にしたものと何が違うのだろうかと、大して変わらないではないかと心底思ってしまい、そのままロックを掛けてやろうかと本気で考えたが寸でのところで思いとどまり、私も羞恥の褒美として問い掛けをしてみることにする。

 

トリガーヤード事件とは何か?

 

そして、ロー君と“脚本家”が仮設を立てている内容を少しばかりオブラートに包んでみた上でぶつけてみた。

 

返ってきた答えは無かった。ただ両者共に眼光は鋭さの先に至っているほどに鋭いもので、一瞬ではあるが意識が飛びかけたような気さえしたのである。

 

目は口ほどに物を言う。その通りであろう。

 

知る必要のないこと。何者かがひた隠しにしてきたもの。秘中の秘であることは確かだ。ならば、この先にて調べ上げればいい。

 

 

 

だが、

 

「ヒナ准将、あなたにひとつ有益なプレゼントを差し上げましょう。そろそろ海楼石の手錠が必要になる頃合いだ。その意味はお分かりでしょう。オーガーさん、筋書きは出来ているのでしょう。火拳のエースを手中に収めることが叶いますよ。ねぇ……、かの火拳のエースですよ。白ひげ海賊団2番隊隊長であり、………………ゴール・D・ロジャーの息子……。この意味が分かりますか? だからね、ヒナ准将、こちらの電伝虫から秘匿念波を使用することをプレゼント差し上げまターリ」

 

タリ・デ・ヴァスコが最後に口にした内容は、

 

「ここより近く、ジャヤ島には大将赤犬が出張っターリて、要請をすればいい。火拳のエースを連行する準備が出来ターリとね。あなたもご存じでしょう。妨害念波の存在を……。電伝虫の宛先はCP0ターリてね」

 

特大の重要性を持っており、私は傘を開いて傘屋屋上から文字通り跳んで見せて、タリ・デ・ヴァスコより電伝虫を受け取った。

 

この1本の通話がハット達には起死回生の一手になるという確信があったから。

 

 

 

 

 

さて、特大の上には超特大というものが存在する。超特大の何かは最後の最後にやってくるものらしい。

 

「ヒナ嬢、傘無いの……、痺れたぜ。ウーイェ―――」

 

「アーイェ―――、貸さないわよ……、最高だぜ、ヒナ嬢」

 

 

……言葉に出来ない。それはそれは、ヒナ(いかり)、……字足らず。

 

足らないのであれば、禁縛(ロック)しなければ。

 

 

 

(わたくし)の心を通り過ぎるものも全て禁縛(ロック)されるのだから……。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

ご感想頂きましてありがとうございます。

ただ今更ながら気付いたわけでして、

書くしかないと。

なので、とにもかくにも今は続きを書くと。

今後ともよろしくお願い致します!!


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第59話 シャル・ウィ―・ダンス?

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は7500字ほど。

よろしければどうぞ!!



偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島東端

 

己の右足が踏みしめた草叢(くさむら)は靴底を通して命の感触を(もたら)し、広がる西空からは女神(ヴィーナス)の色彩は消え去って、死神(グリムリーパー)の登場を歓迎するかのように闇が急速に広がりを見せてゆく中で、

 

突然のようにして浮かび上がった円い月。

 

満月……。

 

闇を照らすために生まれ出でたかと思う程に神々しいまでの光を放つそれが生と死の境界線を進みゆく己を照らし出す。

 

どちらに転ぶか分からないその瞬間は次の足で草叢を踏みしめたその時かもしれず、はたまた7歩踏み進めたその後かもしれない。

 

 

それにしても、今回をシャンブルズ作戦(フォーメーションシャンブルズ)と名付けたのは一体どいつだ?

 

ローなのかそれともクラハドールなのか、どちらにせよこれには情緒というものがない。

 

どうせならアレだ……、

 

アラバスタにてドフラミンゴはこう言った。

 

踊れと。

 

確かに取引に踊りは付き物だ。会議が踊るように取引も踊る。

 

そして月が出てる。

 

 

ゆえに、

 

月下の舞踏会と洒落こんでもいいだろう。

 

スタンバイはOKか。

 

正装は完璧か。

 

会釈に微笑みを忘れるな。

 

お辞儀は慇懃無礼にして、深く深くだ。

 

シルクハット片手に、

 

世界に問い掛けてみる時間がやって来た。

 

 

 

シャル・ウィー・ダンス(俺たちが相手だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

闇の帳が下りて森の中は静寂が支配している。

 

もちろん、私の脳内は音で支配され続けているけれど。

 

確かに聞こえた。

 

総帥さんの声が。

 

月が出てるって。

 

円い月が出てるって。

 

用意はいいかって。

 

舞踏会の始まりだって……。

 

 

合図は決まっていた。

 

上空から発砲された一撃。

 

飛び回るペルに座するオーバンさんが定まらない場所で定まり過ぎている精確な狙撃をひとつ。

 

私は全てをモニタリングしていた。

 

引き金を引く音は驚くほどに柔らかで、

 

弾丸が大気を抉って貫き進む音は身震いするほどに鋭くて、

 

衝撃、いえあれは迫撃と表現していいかもしれないのその瞬間には世界が潰れてしまいそうな重い音がした。

 

 

どちらも互いに場所は定まっていなくて。

 

かたや空飛ぶハヤブサの上、かたや“手術室”内をぐるぐると回されている宙空。

 

狙撃銃の引き金に指を掛けて、弓を精一杯に引き絞って。

 

互いに違いながらも同じような結果を(もたら)す狙撃と射撃。

 

勝負の差は紙一重だった。

 

着弾の方が一瞬早く。矢は力を失い、精度を落として。

 

射撃手の短い呻き声が全てを物語っていた。

 

 

ダンスの始まりは静かにゆったりと、

 

でもテンポは加速度的に上がっていって、

 

隣でジョゼフィーヌさんが笑みを浮かべて言っていた。

 

「踊ってくるわ……」

 

って。

 

とても嬉しそうに、とても楽しそうにして姿を消した。

 

 

私は踊らない。

 

いえ、私は踊れない。

 

今回の私は最後に踊る場所を見つけなければならない。

 

私の能力を最大限に駆使して。

 

絶対に聞き逃してはいけない。

 

その声を。

 

声は必ず聞こえるはずだから。

 

 

そして、

 

声は聞こえた。

 

~ビビ王女……………………欲しいな~

 

(あいだ)が抜けているのは能力を使った証。それは分かる、

 

けど思う。

 

カール君が私に対して能力を使う意味はない。声を聞くだけでどこに居るのかは判明するのだから。

 

もしかしてあれかしら。

 

間に入る言葉は聞かれてはいけないものなのかもしれない。

 

最近カール君に聞かれたことがある。

 

膝枕されるってどんな感じなのかと。

 

不覚にも私は小さな子供相手にどきっとさせられてしまい、まともに返答することさえ出来なかった。

 

もしかして、もしかすると、間に入るのは膝枕して、だろうか。

 

だとしたら……、何だかとても恥ずかしい……。

 

いえ、そうではない。そんなことを妄想している場合ではない。

 

あの子は賢い。意味のないことはしない。

 

だから能力を使ったことには意味がある。

 

それは何か?

 

これから音を拾えなくなる。そういうことではないだろうか。

 

もしかしたら気配さえも……。

 

 

急がなければならない。

 

急いで貰わなければならない。

 

でないとカール君の声を拾えなくなるかもしれない。

 

居ても経ってもいられない。

 

動こう。

 

「クエ―…………」

 

「……なあに? カルー……、あなたもしかして心配してくれてるの?」

 

いつも一緒に居るカルーは私の些細な動きひとつで考えていることが分かるらしい。首を捻りながら私を見上げて来る瞳の色は心配に溢れている。

 

「大丈夫よ。祖国ではあれだけ戦ったんだし。前の島でも戦えていたんだから」

 

今回はこっぴどくやられてしまって全身傷だらけ血だらけだけど。いえ、今回も、よね。

 

それに、

 

みんないる。

 

前とはちょっぴり違うけど、今はネルソン商会の皆さんがいる。

 

一緒に時間を過ごせばそれだけ分かることがある。

 

だから、動く。

 

だから、

 

「お願い、カルー。急いで」

 

何とか頷いて見せたカルーの背に揺られながら私は急ぐ。

 

最後のダンス場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島東端

 

兄さんの芝居がかった言葉選びは嫌いじゃない。

 

月下の舞踏会。いいじゃない。何より踊るのは好きだしね。でも、刀抜くのはもっと好きだけど……。

 

私のダンスの相手は賞金稼ぎ。ダディ・マスターソンという男。手配書には載ってないからよく知らない。

 

ビビによれば、イトゥー会とか言う組織のBHなるものらしく、31丁拳銃を持つ狙撃手(スナイパー)だという。

 

銃と刀、得物は違えど多分私たちは似ている。31丁拳銃と言うなら余程の早撃ちなのだろう。

 

居合と早撃ちならば良いダンスが出来ると思うのだ。

 

 

 

勝負は刹那で決まるもの。

 

ローの能力に誘われて移動した場所。

 

見聞色は先に間近の海と広がる草叢(くさむら)を、

 

兄さんの存在が既に無いことを、

 

眼前の男がまだ振り返ってはいないことを感じ取っていた。

 

 

気配は消さない。

 

姿も消さない。

 

勝負するのはスピード、それ唯ひとつ。

 

大地の感覚を感じないほどのタッチだけでこの場に降り立ち、

 

(ソル)の、

 

その先……。

 

(キル)

 

だが、

 

男の背中を覆うマントを突き破って飛び出す銃弾がふたつ。

 

振り返らずの射撃は明らかに初速を凌駕してゆき。

 

それでも、

 

身体に一切の重みを感じない今の私の方が刹那分早く、

 

花道(はなみち)は既に掌の中へ。

 

ところが男はもう振り返って、

 

次なる銃弾は目と鼻の先。

 

でもそんなの関係ない。

 

(キル)で動く私はその先にいる。

 

月の光に照らされて、

 

最速で舞う。

 

「居合 “ワルキューレ”」

 

生者と死者を分かつ迅速の舞い。

 

それは違わず相手の左首筋に刃を突き立てるも、

 

同時に私の右こめかみに銃口が突きつけられて、

 

「……ネルソンか。……相討ち……だな」

 

「ええ、そうみたいね」

 

言葉を交わし、()()()()は終了を見せる。

 

兄さんの言いつけは守らなければならない。

 

事後でも構わないだろう。

 

実際に見られたら確実に怒られるかもしれないけど、妹が死ぬよりはましなはずだ。

 

(キル)直前にしてご挨拶なんて無理。

 

だから今、

 

シルクハットを脱いでお辞儀をして見せるのだ。

 

お気に召していただけましたでしょうかと。

 

 

 

 

 

相討ちに終わった相手、ダディ・マスターソン自身にはどうやらお気に召して頂けたみたいだけど、その娘にはちっともお気に召して頂けなかったみたいで。

 

っていうか有ろうことかこの娘、否、生意気なガキはこうのたまった。

 

「誓約書にサインしたのおっさんだったじゃない。おばはん、誰?」

 

聞いた瞬間に自分の体内で何かが弾ける音がしたことを確信した。それは私の中の何かが瞬間で沸騰した音であり、私はすぐにでも屈みこみ、自らの両手を以てして生意気なガキの両頬をおもいっきりに、否、おーーもっっいっっきりにっ引っ張っていた。隣でバカみたいに笑っている栗を頭に載せたふざけた奴もこの際同罪である。

 

 

今度言ってみなさい、……斬るわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 モックタウン

 

 

シャル・ウィ―・ダンス(お相手して頂けませんか)?」

 

の第一声と共に降り立った場所は辺り一面何もない場所であった。否、何かはあったのかもしれない。つい先程までは小さいながらも街並みがあったはずだ。柄の悪いどうしようもない連中しか居なかったが建物が存在していたはずだ。

 

だというのに、そんな残り香さえ消え去ってしまいあるのは全てを燃やし尽くし焼き尽くし、掻き回して振り回し真っ黒に焼け焦げて残滓となった何かのみ。

 

地獄そのものの様相を呈しているこの場所に俺を連れてきた当の本人は既に居らず、居るのは表情だけで人を殺せそうな威圧感を纏った偉丈夫のみ。

 

「……シャンブルズ作戦(フォーメーションシャンブルズ)は順調だ。トラファルガーを動かすことが出来た」

 

そうか、こいつも居たのか。

 

「クラハドール、順調かどうかは奴をどうにかしてからの話だろ。それで、お前はなぜここに居るんだ。ローと共に向かう手筈だったよな」

 

シャンブルズ作戦(フォーメーションシャンブルズ)は若干修正を加えた。ただそれだけのことだ」

 

作戦名を連呼するあたり相当気に入っているらしい。さては名付けたのはこいつだったか。

 

「お前もここで踊っていくのか? 確かにな。ここからだと月がよく見える。いい舞踏会になりそうだ」

 

辺り一面が開けた状態となっているこの場所は遮るものがなく、青から漆黒へと変わる闇の中に円い月はささやかな光を(もたら)している。

 

シャンブルズ作戦(フォーメーションシャンブルズ)に満月は欠かせないが俺に踊る相手はもういない。ザイの狙撃でそこに居る」

 

クラハドールが指す先にはピクリとも動かないスキンヘッドの男が倒れこんでいる。傍らに弓を携えながら。

 

それにしても3連呼するか。余程お気に入りらしいな、シャンブルズ作戦(フォーメーションシャンブルズ)。まあこいつに情緒を求めること自体がお門違いなのだ。まあそれもいいだろう。

 

「おどれがぁネルソン・ハットか。……潰したるけぇ、早う来んかいぃ!!!!」

 

そして血反吐垂れ流す海軍本部大将はすっかり出来あがってらっしゃるとそういうわけか……。ローの奴め、一体どんな踊りを披露して見せたというのか、まったく。

 

まあいい。そっちがその気なら俺も間髪入れるつもりは毛頭ない。

 

「ああ、始めようか」

 

言葉を返したその先から直ぐ様に(ソル)へと移り、一気に間合いを詰めてゆく。そのスピードそのままに身体に捻りも加えて遠心力を纏わせての蹴り、

 

嵐脚(ランキャク)黄金突撃(ゴールドラッシュ)”」

 

を見舞ってやるも、瞬間でマグマ化された腕にて阻まれる。武装色を纏ってなければ足一本持ってかれていたことだろうが足一本で済むなら安いものかもしれない。

 

(ソル)月歩(ゲッポウ)を掛け合わせた剃刀(カミソリ)にて空中を叩きつけながら赤犬の背後へと抜けて一旦間合いを空け、

 

嵐脚(ランキャク)黄金跳撃(ゴールデンスプラッシュ)”」

 

放つは跳ねる蹴りの鎌風。

 

赤犬もまた動き出していることは見聞色が逃していない。

 

蹴りと拳が空中にて炸裂し、武装色の叩きあいとなれば潰し飛ばされるのは俺の方だ。

 

膝で爆発が起こったような痛みが迸るがそれでも間髪さえ入れるつもりはない。

 

地に足を付けたと同時に呻き声を上げそうになるのを何とか押し潰しての(キル)

 

人智を超えた移動術、それが(ソル)だ。ではその先はないのか。否、ある。

 

この世に限りなど存在しないのだ。ゆえに(ソル)のその先もまた存在し、俺たちはそれに(キル)とそう名付けた。

 

間合いを詰めるのは一瞬で、右足を黄金化させ、武装硬化の意識は足先。生み出すは黒くも黄金色な鋭い刃。奴の手前で跳躍し、首を刈り取るつもりで右足を振り下ろす。

 

 

嵐脚(ランキャク)黄金刈撃(ゴールデントマホーク)”」

 

俺を見上げる赤犬の表情は憤怒そのものであり、(ただ)れるような熱を間近に感じれば、奴のマグマと化した左拳が突き上がるようにして振り上げられ、

 

「小僧がじゃかぁしぃわぁ!! 狗怒(ごうど)!!!」

 

瞬間で世界は赤く染まるも、見聞色はギリギリのところで働いており宙返りざまでの紙絵武装。

 

それでも己の背をマグマは掠めゆき、火傷で済んでいるかも疑わしい痛みを叩きつけられる。

 

まだだ。こいつ相手には動き続けなければ骨も残らないだろう。

 

着地前には連発銃を取り出しており、ぶっ放す。

 

増幅された武装色は、より研ぎ澄まされた武装色は音速を凌駕させる。

 

音速銃(マッハリボルバー)黄金の六芒星(ゴールデンヘキサグラム)”」

 

音より速い弾丸は当然ながら銃声を耳にした瞬間には赤犬の腹へと到達するも、見聞色の読み合いならば回避されるのも当然。

 

それでも1発は身体を抉ることが出来る。本部大将相手にして。

 

紙一重、紙一重だけでも俺たちは迫りつつある。最後の嵐脚(ランキャク)にも手応えはあった。

 

動け。

 

動かなければ死ぬ。

 

この海の掟は碌でもないほどに思い知らされている。

 

赤犬を遠目にして回り込むように移動しながら能力を行使して再装填を終え、

 

音速銃(マッハリボルバー)黄金並行銃撃(ゴールデンパラシュート)”」

 

放つはより精度を狙った二つの弾丸。速度は同じく音を超える。

 

「俺のダンスはお気に召して頂けているだろうか?」

 

マグマを身体に喰らうことは尋常でないのは確か。ゆえに瀕死へのひとつ手前であることに疑いの余地なし。

 

だと言うのに、俺の口角は自然と上がる。ダンスというのは楽しいものなのだ。

 

「そんなもんは終わりじゃぁ!!」

 

まあ相手も同じ気持ちと言うわけにはいかないか。

 

それに、精度を高めようとも回避されるのは必定。ならば追跡(トラッキング)を掛けておくのは当然だ。

 

追跡放物線(トラッキングパラボラ)

 

空を切った弾丸は突如として放物線を描いてゆく。音より速いため肉眼では分からないが、確実に赤犬を定めてゆき、

 

 

くっ……、

 

眼前にて、

 

「大噴火!!!」

 

己の見聞色では間に合わない速度にて懐へと飛び込まれ、マグマそのものの正拳突き。

 

生と死の境界線上を何とか渡り歩いていたところへ一気に境界線の向こう側へと突き落とされるような一撃。

 

防御は既に間に合わない。

 

それでも武装色を、鉄塊(テッカイ)を、紙絵武装を以てして防御に一縷の望みを託す………………、

 

 

なんてのはくそ食らえだ。

 

防御ではなく抗ってこそ紙一重分俺たちは奴らに迫ることが出来るのではないのか。

 

 

であるならば、

 

黄金正拳(ゴールデンマグナム)

 

己の武装色の全てを拳に纏って叩き込むしかない。それしか道は存在しない。

 

赤犬のマグマに己の黄金が激突し、瞬時に爆発が湧き起こり、それは武装色と武装色、マグマと黄金の激突である。

 

武装色の極み。言葉では表現し尽くせない硬さを纏ったそれは一瞬にして己の身体の髄へと深く到達し、マグマの業炎は溶けて消滅させられるほどの勢い。

 

真っ向勝負で武装色を上回れる程の底力は無いというのが今の俺たちの現状と言うわけか。

 

拳の勢いを殺された上で逆に勢いよく吹き飛ばされる宙空にて思いを馳せる。

 

 

まだだ。

 

まだ、追跡(トラッキング)は終わってはいない。

 

遠のきかける意識の中でも何とか繋ぎとめてみせて、掴んだ気配は武装色を纏った弾丸の爆発がマグマを抉って達したことを確認する。

 

背から着地しか出来はしないが、何とか立ち上がって見せれば遠目には赤く染まる靄の中から現れ出でる赤犬の姿。

 

形相は激怒など優に通り越し、俺の見聞色はけたたましい警告を脳内に響かせている。

 

奴はアレを使うつもりだ。

 

青雉がやって見せたようなアレをマグマにてやるつもりだ。

 

俺に紛うこと無き死を覚悟させたアレを……。

 

 

 

 

「終わりじゃぁっ!!! 地獄絵………」

 

 

 

~プルプルプル、プルプルプルプル……~

 

 

 

人はその場に相応しくない音を聞いた瞬間には思考停止に陥ってしまう。

 

今まさに、世界へマグマが放たれようとする瞬間には特に……。

 

 

だが、

 

冷静も極まる奴は存在するものであって、

 

「鳴ってるぞ……、出なくていいのか」

 

それは我が左腕の参謀であって、

 

この地獄の血みどろのダンスをまったく意に介さず、微動だにせず静観に終始していたメガネ野郎であった。

 

電伝虫。

 

念波妨害されていたはずのものが音を出している。それはこの地獄の中でも何ひとつ変わることなくその容姿を見せており通話を求めている相手の表情を表現して見せている。

 

「出なくていい相手ではねぇと思うがな……、立場上は」

 

憤怒など既にかなぐり捨てている表情をした赤犬は世界をマグマで染める気配を引っ込めると躊躇なく電伝虫の受話器を手に取ってみせる。

 

黒縁メガネを掛けて鬼気迫る表情を見せている電伝虫の受話器を……。

 

「元帥!!! 何の用ですけぇっ!!!!!」

 

これが我が参謀の筋書きであったということだろう。

 

奴はいつものようにして涼しい顔してメガネをまたくいと上げている。

 

ダンスは終了だろう。

 

何とか命を繋ぎ止めることは出来た。紙一重でも迫ることは出来た。

 

 

紙を一重でも重ねてゆくことが出来れば世界をとることも出来る、どうだろうか。

 

 

シャル・ウィ―・ダンス(俺たちが相手になってやるよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島

 

はっきり言ってダンスは得意じゃねぇが、挨拶はするもんだと両親から叩き込まれてはいる。

 

よって、帽子は手に取り、深々とお辞儀をする。慇懃無礼を忠実に守ってな……。

 

 

月光は海へと注ぎ込まれていて、その光の正体は円い。

 

満月の夜。

 

小屋の前には女がいて、白クマがいて、人ひとり横たえられるような木箱があった。

 

だがそこには、

 

俺たちの白クマもいて、

 

真剣な表情で、ついぞ見たことがない真剣な表情で叫んでみせた。

 

 

「親父!!!!」

 

 

ベポ、どういうことだ……。

 

 

その瞬間だった。

 

 

俺はベポが何者なのか知っていた。深くは知らないが何者なのかという意味ではひとつ知っていた。

 

 

ミンク族。

 

 

偉大なる航路(グランドライン)後半の海、新世界にてその種族は居住まう場所が存在すると聞く。

 

 

ベポは白クマのミンク。

 

 

ミンク族は戦闘民族だ。生まれながらにして獣であるわけだから当然といやぁ当然。

 

 

それでも、

 

 

こんな満月の夜にはどうにかなっちまうというのはそうは知られてねぇことだろう。

 

 

ベポ……。

 

 

瞳は赤く染まり、

 

 

逆立つ毛並みは天を衝こうかとみるみると伸びてゆき、

 

 

手足の爪は刃へと研ぎ澄まされてゆく。

 

 

ミンク族が満月の夜にて姿を変え、獣本来の姿へと立ち返る。

 

 

奥義、スーロン。

 

 

ベポ……。

 

 

ラストダンスが始まりゆく。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

そろそろ締めへと参ります。

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第60話 それでも俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)

いつも読んで頂きましてありがとうございます!

今回は8000字ほど、

よろしければどうぞ!!



偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島

 

 

月下の世界……。

 

闇を照らし出す光は煌々として、向こうに見える海へと、俺たちの居る森へと降り注ぐ。

 

少々冷えた風は潮の香りと寄せては返す波の音を同時に運んで来ている。

 

陰りのない月は神秘を湛えるようにして空に在り、それをまじまじと見上げて自分の眼に焼き付けたベポは“月の獅子(スーロン)”となった。

 

ミンク族とは戦闘種族だと云う。元来が獣であり、そこに電気の力を使う。新世界にあって屈強と認識されているのであれば疑いの余地なく強い。

 

そして更なる奥の手を持つ。それが“月の獅子(スーロン)”。

 

記憶の奥底に秘めた野生の真なる力を呼び覚ました姿。ベポもまた別人のようにして姿を変えている。凶暴そのものの姿で月へと向かって吠え立てている。

 

だが世界には必ず代償が存在するのだ。奥の手は諸刃の剣。制御出来なければその先に待っているのは自らの死あるのみ。

 

ベポにそれが出来るのか。あいつは“月の獅子(スーロン)”の鍛練を積んでいるのか。俺にも分かっちゃいねぇがひとつだけ俺にも分かっていることはある。

 

カールだ。カールがいない。

 

あの棺桶のような箱の中。多分そうだろう。見聞色に一切反応を感じねぇがそこにいるとしか思えない。怒りの理由としては十分だ。

 

そうだよな、ベポ……。

 

それに、親父か……。

 

あいつから家族の話を聞いたことがあった。何でも兄を捜して海に出たと言っていたが、父親も捜してたってのか。

 

俺にはもういねぇが……。

 

何かしらの因縁があるんだろう。相手もミンク、当然ながら満月を見上げ“月の獅子(スーロン)と化している。しかも父親だ。分がいいとは言えねぇな。

 

それでも退けない。退くわけにはいかない。

 

そういうことだろ、ベポ……。

 

俺も分がいいとは決して言えない。何せここまで能力を使い過ぎている。赤犬屋相手にも覇気を消耗し過ぎているのだ。どこまで保つのかは分からねぇってのが正直なところ。

 

それでも退くわけにはいかねぇな、俺も。

 

カール取られて退くわけにはいかねぇんだよな。

 

だったら始めようじゃねぇか。

 

俺は右手を前に突き出し、指を動かしていた。

 

「タクト “オーケストラ”」

 

地にあるものは全て俺の支配下だ。土を、その一粒一粒を、草を、その全てを浮遊させていく。

 

「御機嫌よう。まさかここが見つかるとは思わなかったわ……。その様子じゃあもう名乗る必要もないかしらね」

 

衝き動かされるような怒りの感情に蓋をするようにして、カールが入っているであろう箱を前にした女が口を開いてくる。ジョゼフィーヌさんが言っていた女王屋だろう。しかもクラハドールによれば裏の顔はCP0だという話だ。

 

 

 

C P 0(サイファーポールイージスゼロ)

 

天竜人の利害の為に動く組織。世界最強の諜報機関。俺たちが四商海となり天竜人に対して奉仕義務が発生する以上は敵対するのは不味い相手だ。

 

カールを取られることを奉仕義務だと言われればそれで終了なんだからな。

 

こうして戦意に水を差されたことで冷静になる自分が居る。

 

単純に戦って奪い返せば済むという話でないということに気付かざるを得ない。女王屋がCP0という立場上、それをやれば新聞の内容を(くつがえ)せない。

 

「ガキを甘い(ささや)きで(そそのか)して連れ去るとはいい趣味してる。協定が確かなら筋は通してもらわねぇとな、女王屋。それともゼロ屋とでも呼んだ方がいいか?」

 

それでも舐められるわけにはいかないわけであり、たっぷり皮肉を利かせて言葉を返してやるわけだが、

 

「あら、お褒めに与り光栄ですこと……。それに私の裏の顔までご存知なのね。まあ当然かしら、あの子も賢い子だったもの、私の目的をちゃんと見抜いていた……」

 

女王屋は何でもない事のように笑顔を浮かべながら言葉を返し、一拍置いて、

 

「筋を通して欲しいのなら、今から通してあげるわ。……我らが世界の創造主がお望みです。王下四商海(おうかししょうかい)ネルソン商会に命じます。これは協定書に記載されている奉仕義務に該当します。これで満足かしら……」

 

まるで断罪するようにして最終通告を突きつけてくる。

 

Room内はあらゆるものが浮遊している状態で相手を視認するのが難しい状態ではあるが、不思議と女王屋が微笑を浮かべているのは分かる。上空では満月の輝きを背にしてベポの親子対決となっている状態だ。鋭くも研ぎ澄まされた爪の先から(ほとばし)るのは稲妻のような電気の力。それを互いに打ち合わせて、凶暴なまでの牙を以てして噛み千切ろうと互いの懐に飛び込んで、息つく暇さえない命の遣り取りは一進一退である。

 

さて、俺はどうするか……。

 

「本来であれば、私たちに挑んでくることさえ協定を反故にしたと捉えられても仕方のないことよ。私たちと四商海の間で利害が一致しないことは()()()()()

 

黙っていれば畳みかけられる。この世の摂理だ。何でもいい、今は何とかして時間を稼ぐか。

 

「それは聞き捨てならねぇな。今朝の新聞によれば俺たちはまだ四商海にはなってねぇことになる。俺たちは今一体何者なのか、何とも分からねぇ状態だ。これで協定も何もないだろうぜ」

 

「フフフ、お上手な二枚舌ね。さすがは商人さんだわ。そんなこと言って女を泣かせてきたの? いい男なのに……、騎士道精神は大切な(たしな)みよ、それとも、二枚舌なところがいい男なのかしら」

 

「生憎だが騎士道精神とやらとは無縁の人生を歩んで来てる。お互い様だと言って欲しいところだな。お前たちも得意中の得意だろ、二枚舌は……」

 

間髪入れずに言葉のやり取りを続けて時間を稼いでみるが、正直突破口は見当たらない。俺たちは海賊ではない。商人だ。世が世なだけに戦うことも当然選択肢の内に入ってはくるが、俺たちの真なる戦場は交渉の中にあると言ってもいい。

 

ゆえに考えなければならない。難しい交渉相手に自分たちの要求を飲ませるにはどうすればいいのか……。

 

近道は相手の弱みを握ることだろう。もしくは鼻先にニンジンをぶら下げてやることか。女王屋……、歓楽街の女王、奴個人に対してならどうだろうか。

 

「フフフフ、面白いわね。本当にいい男。……ねぇ、転職とか考えたことな~い? 私の店で働いてくれたら直ぐにでもトップを張れるわよ。最近どうにも華が足りないの。あなた、打ってつけだわ」

 

話が妙な方向性に向かいつつあるが、これはチャンスとも言える。向こうから水を向けてきたわけであるから脈はあると見ていいかもしれない。だが、俺が歓楽街に立つのか? いや、ねぇな。愛想のいい柔らかい笑みを湛えながら話し掛けろとでも言うのか? いや、ねぇだろう。それは身の毛もよだつ光景でしかない。

 

「……グッ……、グゥォォ……」

 

浮いてはいるが背後から感じる動く気配。

 

「お目覚めか、上等種族。人に浮かせてもらいながらとはいいご身分だな」

 

赤犬屋からの一撃に背後の魚人は満身創痍の状態であった。多分に死んでいてもおかしくなかったダメージを負ってはいたがそこは魚人の強靭さってやつだろう。

 

「グゥォォ……下、下等種族がぁぁ……、俺に何をしたぁぁ」

 

「ふざけんのも大概にしろよ、上等種族。治療してやったんじゃねぇか。お前、忘れてねぇだろうな。俺の右の内ポケットにはお前の心臓が入ってんだ。お前なんかポケットから取り出したら2秒で死亡だ。そこんとこよく理解した上で発言するんだな」

 

恩知らずとはこいつのことだろう。俺の応急処置がなければこいつはくたばっていたはずだ。まあ心臓奪っておいて恩着せがましくもあるが、正義は心臓を()った方にあるんだから仕方ねぇ。

 

「おやまあ、その後ろの生きてたのね。死んだ魚人を後ろで浮かせておく趣味があるのかと思っていたわ」

 

「ねぇよ、そんな趣味は」

 

「……勝っ……勝手に、俺を殺してん……じゃねぇっ!!……グゥォォッ!!!」

 

「動くんじゃねぇよ、バカが!! じっとしてろ!!!」

 

「フフ、意外と仲良さそうじゃない。私もこの世界にいると色々なものが見えてくるわ。人の趣味ってのはね、人の想像を超えてくるものよ」

 

何だ、その名言はと突っ込む代わりに、

 

「なら聞くが、もしかしてこいつに興味を示す奴らもいんのか、そっちの世界では」

 

問うてみることにする。

 

「この世界では女王と呼ばれているのよ。専門の店は用意しているわ。なんなら二人とも働いてみる?」

 

「……おい、グッ……、何の話だ、これは」

 

ああ、そうなるだろうな。

 

っていうか、なんでこんな話になってんだ……。

 

上空で繰り広げられている月夜の戦いは既に血みどろだ。凄惨を極めてやがる。覚醒しちまった獣同士で戦ってんだ、行き着く先はそうなる。

 

だと言うのに俺たちは下界で何て話をしてんだろうか……。

 

許せ、ベポ。これも俺たちの戦いだ。

 

 

 

で、終わったみたいだな。

 

このタイミングでボスと赤犬屋との戦いに終止符が打たれた気配を感じてシャンブルズを発動する。

 

「止まったみたいだな」

 

「ああ、順調にきてる。それで、貴様の方はどうなってる?」

 

眼鏡を掌でくいと上げながら俺たちの戦場へと現れたクラハドール。月が綺麗な上空にて続けられている戦いに一瞥をくれたあとには視線を俺たちへと向けてくる。

 

まずは俺、そして背後のアーロン。更には対峙する女王屋へと動かしてゆき、最後にカールが入っているであろう箱へと移ってゆく。

 

そして再び俺へと視線を戻したあと、軽くため息をひとつ零し、眼鏡を上げる動作を挟んだあとに無言。

 

「いや、何か言えよ」

 

眼前で全てを確認するように品定めされた後にため息を吐かれる身にもなってもらいたいもんだ。

 

「ああ、強いて言うことは何もない。たた、時間を無駄にしてやがるなと、そう思っただけだ」

 

言うことアリアリじゃねぇか。

 

くそっ、俺が時間を無駄にしているだと……、何言ってやがるんだこいつは。

 

「……グッぉいっ、大将は……、どうなった」

 

「ああ、お帰りだ」

 

「グッぉお帰り……だと?!」

 

「ああそうだ。海軍本部大将赤犬閣下には急用につきお帰り頂いた」

 

「……なぁ……、なんだその……グォ結末は」

 

まったく懲りねぇ野郎だ。あの一撃を受けておいて、赤犬屋を叩きのめす結末を描いていたとは……。

 

「おい、上等種族、お前も魚人の中じゃあ少しは頭回る方なんだろ。だったら察しろ、これが俺たちの戦いだ」

 

背後で浮遊しているアーロンに対して言い聞かせるようにして言葉を放てば、

 

「だと言うなら、貴様こそさっさと察しろ。トラファルガー、俺の中では貴様のホストデビューは既に想定の範囲内だ。時間を無駄にしてんじゃねぇよ」

 

「グァ……シャハハハ、お前が……、ホストか……」

 

「ノコギリ、貴様も一緒だぞ。貴様たちは一心同体なんだからな」

 

「おい、クラハドール、どういうことだ? そんな筋書き聞いちゃいねぇぞ」

 

「ああ、言ってなかったからな。物事にはタイミングってものがある。今がそのタイミングだったというだけだ」

 

俺は今26年生きてきた中でもかなり上位に入るであろう放心状態にいる自信がある。

 

「面接は今のでOKよ。それで、いつから働ける?」

 

「いや、はえーだろ!!」

 

くそっ、俺ってこんなにも突っ込むスピードが鋭かったか? 俺の突っ込みが成長してるとでも言うのか?

 

まったく喜びたくねぇ成長具合だな。

 

「その女の異名は歓楽街の女王だが、その歓楽街というのがどこを指すのか知ってるか? 新世界の入口にてマリージョアの裏庭トリガーヤードに存在するリトルワノクニ。その女はそこの元締めだ」

 

何だと……。

 

妙だ。

 

ワノ国は世界政府非加盟国であり鎖国国家だと聞く。リトルワノクニってことはその鎖国状態を何とか抜け出して住み着いたってことだろう。そいつらの元締めが何でCP0なんかやってる。

しかもだ、ベポの父親だというあのミンク。推測するに用心棒ってところだろう。もしかしたらリトルワノクニでの用心棒かもしれねぇが、なぜミンク族がワノ国の奴らの用心棒なんかになるんだ。

 

「おい、クラハドールどういうことだ?」

 

瞬間的に興味が湧いてきた俺は思わず身を乗り出すようにして奴に質問を投げ掛けてみるが、

 

「その女は見かけによらず強力な覇気を持っている。俺が想像できるのはここまでだ。さらに知りたいなら直接本人に聞くしかねぇな。つまりはそういうことだ。初日には顔見せぐらいはしてやる」

 

返って来た答えは到底満足のいくものではなく、更には追い打ちを掛けられている始末だ。

 

くそっ、外堀を次々と埋められていくってのはこういうことか。

 

「フフフ、明日から来れる?」

 

いや、何言ってんだこいつ……。

 

「無理に決まってんだろ!! それよりはっきりさせようじゃねぇか。その箱の中にはカールがいる。それは確かってことだよな」

 

「そうやって焦らしてくるところ、ウチの客にはまりそう。まあ、いいでしょう。そうよ、あの坊やはこの“棺桶”の中にいる」

 

ようやく出発点だな。確かにクラハドールが言う通り随分と時間を無駄にしたかもしれない。

 

だがここからだ。俺の運命が既に決まっているとしてもだ。

 

「じゃあ聞くが、なんで気配がしねぇ…………、まさか、あの黒穏石(こくおんせき)とか云う石を内側に敷き詰めてやがったりするのか」

 

「まあ、よく知ってるじゃない。正解」

 

そういうことか。道理でカールの気配が消えてしまったわけだ。アラバスタで砂屋が持ちだしたあの石にはひどい目にあった。闇でしか取引されてねぇ石ってことだろう。CP0が歓楽街の女王が使ってるとしても違和感はないが……。

 

その闇でしか取引されてない石にまた出会ってしまうってのは、俺たちも随分とヤベぇステージに入ってきてるな。

 

「そろそろ本題に入らない? あなたたちはあの子を取り戻したい。だけど、あの子は私たちのもの。雇い主が欲しているの。……交渉の余地はあるけれど、あなたの返答次第……、かしらね」

 

猫撫で声でそうのたまってくる女王屋の言葉は俺には結構な脅し文句になっているが、

 

「ひとつ確認しておきたいんだが、もしかしてカールも自分の店で働かせようなんて考えてねぇだろうな」

 

まずは気になり始めていたことを先に潰しておく。

 

「それはいい考えかもしれないけれど、()()()()()()()()()()()。そんなことさせるわけないでしょう」

 

いや、お前のものじゃねぇよ。

 

「でも、あなたがはっきりしない優柔不断男だっていうのなら、こんなことしちゃうわよ。……飛ぶ指銃(シガン)爆蓮(ばくれん)”」

 

言うや否や女王屋は指を突き出して見せれば、カールが入っているはずの箱は吹き飛ばされてゆく。海の波間の中へと……。

 

海軍によって確立された体術六式、その中のひとつ指銃(シガン)。それを指ひとつ動かすだけでピストルを撃ったかのように空気圧を飛ばす厄介な技だが、女王屋が飛ばしたのはそれとは桁違いのもんでありって、悠長に考察してる場合じゃねぇな……。

 

「おい、どういうつもりだ……。交渉は始まったばかりじゃねぇか」

 

俺の右手は今直ぐにでも鬼哭(きこく)を抜きたがっているが、何とか思い止まって言葉を放つことにする。

 

「そこの眼鏡の彼が言う通り、時間を無駄にするべきではないわ。これぐらいの方がいいでしょう?」

 

だが返ってきた言葉はそんなものであり、今更鬼哭(きこく)を抜き放って女王屋と遣りあっている場合でもない。

 

「でも安心してちょうだい。ちゃんと防水加工は施してあるから」

 

不幸中の幸いとも言えねぇ内容だ。取り敢えず直ぐにでも命の危険に晒されたわけではないと言いたいのだが、海中へと沈み続けている以上何の慰めにもなってはいない。

 

「それに、今回は別の相手に仕事を依頼しているの。海運王 “深層海流” ウミット、ご存知じゃないかしら。うんだうんだっていつもうるさいけど仕事はきっちりしてくれる相手よ。彼の潜水艦が海中深くで待機しているから何も問題ないわ」

 

「……、新世界の裏側で名前が挙がってくる“闇の帝王たち”と呼ばれる奴らのひとりだ」

 

問題アリアリだ。既に交渉する気がねぇじゃねぇか。

 

「トラファルガー……」

 

「ああ、分かってるよ。俺たちが取れる選択肢はひとつしかねぇな。これがお前の筋書きなんだろう、クラハドール。ビビも来てるしな……」

 

あいつがカルガモに乗ってこちらへと向かっている気配は先程から感じていた。これで点と点は線へとしっかり繋がったよ。

 

あとは背で黙りこくってやがるこの魚人を何とかして海中へと解き放つだけだ。だがその為にはこの枷を斬る必要がある。

 

「ローさん!!!」

 

そして振り返ればビビがいる。カルガモに乗った奴は痛々しいまでに傷だらけではあるが顔の表情は凛々しいまでのそれであり、皆まで言わずとも言いたいことは伝わってくる。

 

まだカールの音を拾えていると。だからこの場所まで来たのだと。自分に出来ることがあるのだと。

 

そういうことだろ、ビビ。

 

頷いて見せるビビに対し、俺も言葉を返すことはせずに頷いて見せ、

 

「おい、上等種族、黙りこくってやがるが全部聞いてたよな。ひとつ聞くが、枷を外したら2秒で死亡とどっちがいい?」

 

「……行きゃぁいいぃん……だろうがぁぁっ!!」

 

アーロンへと一応の選択肢を提示してやる。

 

まあ物分かりがよくて何よりだ。

 

「……アーロンさん、ひとつ忠告させてもらうけど、もし……、カール君を死なせたりしたら、私が祖国アラバスタ100万の民と共にぶっ潰しに行くからっ!!! そしたら1秒で死亡あるのみよっ!!!!」

 

こえーな、おい。いつからそんなドスの利いた声音を出せるようになったんだよ。

 

 

 

そして、

 

鬼哭(きこく)を抜き放ち、

 

俺とアーロンを繋いでいた枷を斬る。

 

 

ああ、このタイミングかもしれねぇな。物事にはタイミングってもんがある。確かにそうだ。今がそのタイミングかもしれねぇ、なぁ、そうだろう、ボス……。

 

左胸ポケットから取り出すのは小電伝虫、ボスには聞いてもらっていた。

 

「女王屋、あんたにだ……」

 

~「ステューシーさん、ウチのカールが随分と世話になった。どうやら我が妹まで世話になってるそうじゃないか。感謝するよ」~

 

始まりは柔らかな声音で始まりゆき、

 

「あら、嬉しい。ネルソン商会総帥から直々のご挨拶だなんて」

 

緩やかに言葉は邂逅する。

 

~「そこまでカールを気に入ってくれたのはなぜだろうか? カールのいいところは沢山あるが、悪いところも沢山ある。……ナギナギ、そういうことだよな。ナギナギが秘めている力をお前たちは欲している。お前たちの主たちが欲している。そうじゃないのか。ナギナギが何を秘めているのかそれは分からないが、ひとつだけ分かっていることはある。カールはカールだってことだ。それ以上でも以下でもない。今後俺たちネルソン商会の人間に手を出したらどうなるか……、やってみろよっっ!!!!!! 出来るものならなっ!!!!!!!」~

 

だが加速度的に声音は険呑そのものへと移り変わり、最後には大気そのものが収縮した。

 

俺を纏う覇気が消え去った。

 

一切の気配が消え去った。

 

 

穢れもない月に罅が入ったかのようにして、

 

 

世界がふたつに割れたかのようにして、

 

 

覇王色のマイナス……。

 

 

言葉さえも奪い去られるような吸収する力。

 

 

それは一瞬だけだが、

 

 

ボスを怒らせたら怖い。

 

 

アーロン、肝に銘じておけ。

 

ボスを怒らせたら、コンマで死亡あるのみだ。

 

 

 

 

 

カールを取り戻すための俺たちの戦いは終わりを告げた。

 

ラストダンスは幕を閉じた。

 

ベポは辛うじて生きていた。

 

治療は何とか成功した。

 

良くなれば酒を酌み交わすことを誓い合った。

 

俺はホストデビューが決まってしまった。

 

後味は……、いいとは言えねぇのが正直な感想だ。

 

ジョゼフィーヌさんにはにんまりされた。笑顔の意味が嫌過ぎるほどに分かる。

 

料理長には赤飯を持たせてやると言われた。どういう意味だ。

 

ハヤブサには心底同情された。あんただけが俺の救いだな。

 

 

それでも俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)だ。

 

てっぺんにシルクハットを乗せてこの海を往く。

 

ヤマには命を賭ける。

 

なんでかって、

 

 

世界のてっぺんをとるためだ……。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

ネルソン商会は次のステージへと向かいます。

まだヒナさんがどうなったのかは残っていますが……。

世界の闇へと向かって参りましょう。

今後ともよろしくお願い致します!!


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第61話 『ロマネ・ゴールド』

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は9000字弱ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 東端

 

宵闇の訪れと共に幕を開けたダンスタイムは終わりを告げた。ダンスの相手はそれなりに満足してくれた人たちと全く満足はしてないけど去らざるを得なかった人たちに分かれてしまうことだろう。万人に対して楽しめる内容となったかは怪しいところと言わざるを得ない。少なくとも私は十分楽しめたのだが……。

 

 

ローを人身御供(ひとみごくう)に捧げる誓いと引き換えにカールを取り戻した私たちは月光が照らす海にピーターの舵取りで一度船を出し、島の東端へとやって来ていた。

 

夜もいい時間。カールも戻って来たわけであり、食事をしたいところだ。それにここは既に私たちの島である。出来れば全員上陸して盛大にといきたい。とはいえ、私たちが停船していたモックタウンの街は誰かさんのお陰で今や辺り一面マグマと溶岩と焼け野原の世界。ある意味見晴らしは最高であるが、とてもじゃないけど楽しく食事をする場所ではなくなってしまった。運良くトロピカルホテルは災禍を免れているが今はホテルで食事という気分でもない。

 

そこで栗頭の居た場所だと閃いて事ここに至るわけだが、びっくりなのはいつの間にやらお猿さんがいっぱいいたこと。どうやら栗頭のおじさんは彼らお猿さんたちのボスということらしい。言われてみればボスらしく、栗頭も何とも猿顔。私たちはおやっさんに何をしたといきなり喧嘩腰にて迫られたが、兄さんがロマンの一言を口にした途端に和やかな雰囲気となり打ち解けてしまった。

 

喧嘩腰のお猿さんを手懐けられるのであればロマンも捨てたもんじゃないかもしれない。ちっともお金にはならないけれど……。

 

まあそれでも彼らのお陰で準備はあっという間に終わった。私たちの船員に倍するお猿さんたちである。船内食堂から大量の丸テーブルと椅子を運び出し、食料を陸に揚げて、勿論ピアノも忘れずに。

 

数時間前の戦いの余波などすっかり消えて、気分はパーティーそのもの。

 

そこへオーバンが用意したのは何と蕎麦(そば)。大鍋で盛大に茹であげて、魚介の香り漂う出汁(だし)がたっぷり入った器に放り込まれれば、具材は自由。より取り見取り。豪快に焼いた肉を薄切りにしたものをのせてもいいし、卵を割って入れてもいいし、煮込んだキノコとあわせてもよし。蕎麦パーティーというわけ。

 

各テーブルのランタンに火が灯されてゆき、仄かなオレンジの海が出来あがって、湯気立ち上るどんぶりにお箸を添えてカールを囲む会はスタートした。

 

 

 

「カール、戻ってこれてほんま良かったなー。べっぴんの姉ちゃんに連れて行かれとったんやって? で、べっぴんの姉ちゃんと何しとったんや?」

 

新たに茹であがった蕎麦をどんぶりによそいながらオーバンがカールへと話を向けている。新たな蕎麦はお猿さんたちにひったくるようにして奪われてゆき、オーバンの手が止まることはない。

 

「……何してたって、微笑みあってたんですよ。他には特に何も……、沢山お喋りしてたわけでもないし、ご飯をご馳走になったわけでもないですしね」

 

私たちが囲む卓にて蕎麦を(すす)ったあとに何でもない事のように返事をするカール。

 

「微笑みあってたってカール、あんたそれ意味分かって言ってんの? 言葉だけだと恋人同士の絵面しか想像出来ないんだけど」

 

蕎麦を啜り終えた私も思わずカールに対して言葉を挟んでゆく。12のガキが何でもない事のように話していい内容ではない。生意気が過ぎるのだ。

 

「ジョゼフィーヌさん、カール君にもそれぐらいもう分かるわよ。だって……膝枕について興味津津なんだもん。微笑みあうことくらい……」

 

少し刺激が足りないのかビビは蕎麦に香辛料を振りかけながらそうのたまってくる。少しだけ恥ずかしそうにしながら頬を赤らめてもいる。

 

「だってジョゼフィーヌ会計士、キレイなお姉さんが微笑んでくれたら僕も微笑み返してあげないと、大事なことでしょ?」

 

「ほーう……、言うようになったやんけ、カール! 一体誰に教わったんやろな、そんなこと」

 

まったくだわ。

 

オーバンの言葉に同意を覚えながらもまたひと啜り、そしてどんぶりを傾けてお出汁をひと啜り。夜の肌寒さにはこの少し熱いぐらいが丁度いい。元気が湧いてくるような感じがする。

 

あちらこちらから聞こえて来る一心不乱に蕎麦を啜る音。ある意味幸せの音色だと思う。

 

辺りを俯瞰(ふかん)で眺めながらまたひと啜りして余韻に浸っていると、

 

「それでカール、膝枕とは何だと思う?」

 

どんぶりに山盛りできのこをのせているため取り敢えずきのこばっかり食べて、いまだ蕎麦をひと啜りもしていない兄さんが会話に加わってきた。

 

「ちょっと兄さん、カールにするような質問じゃないわよ」

 

子供の良き模範たる大人としてやんわり嗜めてやる。食事中に子供にする質問としては実に相応しくない内容なのだから。

 

けれどカールはカールでひと啜りという間を置いたあとで、

 

「……うーん、……太股の柔らかさ……かな」

 

呟くように一言。これはこれで子供が発言していい内容ではない。全く以て。

 

「……真理だな」

 

「どういう意味よ!!」

 

ぼそっと呟き返したローに対してはしっかりと突っ込んでおく。大人の最後の砦として守らねばならないものがある。

 

卓を囲む男たちが皆一様にして頷きを見せているが、それくらいで崩れてしまう私ではない。砦とはそう簡単には崩れないからこその砦である。

 

12のガキに太股の柔らかさを語る資格を与えてはならないのだ。それは良き大人としての務めであるはず。もちろん私自身太股の柔らかさに関して言えば自信はある。真っ白でふくよかな私のそれを枕とすればそれはもう極楽浄土への(いざな)いとなるだろう。だがそこには幾許(いくばく)かの恥じらいが必要だ。その恥じらいにこそ男心はくすぐられる……って私はおっさんかっ!!

 

とにかく、こういうことは公に話すことではないのだ。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。ジョゼフィーヌ会計士には頼みませんから。だって、太股柔らかくて気持ち良くても頭の上からうるさく何か言われたら台無しです」

 

は?

 

私の体内で飼い馴らしている瞬間湯沸かし器が文字通り瞬間で沸点に達してゆく。

 

じゃあ誰なら頼むのかしらねー。

 

「カール……、もう一回あの箱に入っとく?」

 

私の口は勝手に言葉を紡ぎだし、隣のテーブルに用意されている棺桶のような箱を指差していた。それはカールを囲む会ということであの箱を再現してみようということになって作り上げた代物。大工仕事は得意ではないが我ながら良く出来ていると思う。

 

なぜこれを再現する必要があったかって、それはカールがどうやって箱から出てきたかに起因する。私たちは泣きながら登場する感動の再会シーンを予想していたのだ。だが箱を開けてみれば有ろうことかカールは熟睡中であり、飛び出してきた寝言はビビ王女の膝枕……であった。

 

これが当てつけに過ぎないことは理解している。ただ、この厳しくも育て上げてきたつもりである親心に近い何かに一瞬で(ひび)が入ったような感覚に陥ってしまったのだ。そんな仕打ちをした度し難いバカにはお灸をすえてやる必要がある。

 

まったく、それでも私は愛されたいのだというこの気持ち。なぜ分かってくれないのだろうか。キューカ島で会ったどこかの爺様の心境が今になって沁みてくる。私は爺様ほど(こじ)らせてはいないと思うけれど……。

 

「クーエー」

 

恐る恐るといった風にカルーが私を覗きこみどんぶりを差し出してきた。もしかしたら慰めようとしてくれているのかもしれない。新しい蕎麦でも食べて元気を出したらってことだろうか。最近になってこのカルガモは意外と人の感情の機微に聡いのかもしれないと思い始めている。

 

「ありがとうね」

 

って受け取ったそのどんぶりは空だった。

 

は?

 

っていうか私に蕎麦のお代りを頼んでるってただそれだけなの? こんのっ黄色いカルガモがぁーっ!!!

 

どうやらオーバンの大鍋には大行列が出来ているのを見て取ったカルーは私に頼めば直ぐに蕎麦を貰えるのではないかと思ったみたい。

 

まったく、カルガモにそんな風に思われる私って一体何? っていうかカルガモって蕎麦食べられるんだっけ?

 

 

 

 

「ジョゼフィーヌ、そのどんぶりこっちに寄越せ。カルガモが蕎麦食うとは大したもんやで。あーそれからな、カールをいじめたるんはやめとけやめとけ。どうせ寝てまうんがオチやろ。……ん、待てよ……、もう一回あの箱入ったら今度はローの何と引き換えるんや? 女装デビューか? ……ええかもな。こら、赤飯多めに用意せなあかんか」

 

私の少しだけ傷ついた感情など関係なくオーバンの声は私に飛び込んでくる。

 

そして、オーバンの発言と同時に噎せ返って蕎麦を喉に詰まらせている様子のロー。

 

「オーバンったらいいアイデアじゃない。それ採用!」

 

こうなったらアレだわ。ローをだしに使ってささくれ立った感情を少しだけ和らげることにしよう。

 

「ローさんなら似合ってしまいそうで何だか怖い……」

 

「ロー副総帥がキレイなお姉さんに……」

 

「副総帥殿、心中お察し致します……」

 

「一心同体であろうと俺は断じてやらんがな……」

 

「トラファルガー、両刀使いもまたデビューには必要なことかもな……」

 

「それこそまた、真理だな……。ローに!!」

 

みんなして言いたい放題言った挙句の果てに、兄さんが水の入ったグラスを掲げて見せた。それと同時にみんなも一斉にグラスを掲げてゆく。当然ながら私もグラスを掲げてみる。意地悪な笑みを浮かべながら。

 

「いつの間に俺を囲む会に変わってんだ? そんな期待の眼差しを向けられても俺は断じてやらん!! 絶対にだ!!」

 

「……嫌よ嫌よも好きのうちってね」

 

「絶対にとか言うもんちゃうぞ、ロー。それは結局最後には振りになってまうんやで」

 

「ローさん、少し楽しみにしておきますね」

 

「副総帥殿に合掌!!」

 

ペルのひと声と共にみんなで手を合わせての合掌。そしてひと啜り。私もまた意地悪な笑みを浮かべながら合掌、そしてひと啜り。

 

「……ねぇ、ロー、なんか弾いてよ」

 

タイミング的には最悪だと思う。言われた当の本人もあまりいい顔はしていない。そりゃあそうでしょうとも。あんたたちの枷による繋がりはまだ続いてるもんね。それでもあんたは弾いてくれるんでしょう。だってこの会はカールを囲む会だもんね。

 

渋々ながらも立ち上がって、背後にくっ付いているアーロンを引き摺るようにして丸テーブル群の中央に置かれたピアノへ移動して鍵盤をひとつ叩き、私たちは拍手。背後で一応じっとしている魚人のことは気にしない。

 

ローの指先が叩かれることで紡ぎだされる音の連なりは和やかさを醸し出し、みんなのひと啜りにも拍車が掛かる。

 

響き渡るピアノ音……。

 

ただ只管に蕎麦を啜る音……。

 

笑い声……。

 

 

喜怒哀楽の喜と楽がいっぱいに詰め込まれた空間。

 

やっぱり幸せの音色だ。

 

 

「総帥、やっぱり楽しいね。みんなといると」

 

「ああ、そうだな」

 

カールがぽつんと呟いた言葉が全てを言い表していた。

 

そして、

 

「カールに!」

 

兄さんが片手に持つどんぶりを少し掲げて見せる。みんなも一斉にどんぶりを掲げて見せる。ローも間奏を挟むかのようにして手近のどんぶりを掲げて見せる。特設ベッドにて全身麻痺に近いベポも何とかしてどんぶりを掲げて見せる。もちろん私もどんぶりを掲げて見せる。心から幸せな笑みを浮かべながら。

 

ピアノが奏でる音楽と蕎麦、そして笑顔と共に夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつらはな、絵本のファンだ。勝手に入り込んできて引っかき回しやがるがああいう一途なバカには救われるのさ、分かるか?」

 

仄かな灯りに照らされたクリケットからの問い掛けに軽く頷きを返し、温めたホットウイスキーを口にする。グラスに浸されたシナモンスティックからの香りが鼻腔をくすぐり、温められたウイスキーがじんわりと体内を巡っていく。

 

蕎麦とピアノによるカールを囲む会は日をまたいだ辺りでお開きとなり、今は大人だけの嗜みの時間だ。最後にはテキーラに走ってしまうどうしようもない酔っ払いも既にいない。

 

焚き火台の上でゆっくりと揺らめかせている炎がパチパチと薪とじゃれあっている様を眺めながら俺たちは思い思いの飲み物片手に囲んでいる。

 

「人間誰しも頭の中を空っぽにする瞬間は必要だな。じゃないとやってられなくなる」

 

自らの思いを口にしてみたあとに、煙草を取り出して火を点ける。紫煙を燻らしまたグラスを一杯。

 

たまらない。

 

眼前ではああそうだなと言わんばかりに頷いて見せたクリケットが火ばさみで薪を動かして火の調節をしている。

 

「やってらんねぇのは俺の方だぜ、ボス」

 

米の酒を熱燗にしてキュイーっとやっているローが吐き出すようにして出した言葉。

 

ああ、そうだろうな。

 

心中察してやらないこともないが、決まったものは仕方がない。

 

「だとしても後悔はしてないはずだ。取れる選択肢は他に無かったんだからな」

 

俺の言葉を酒と一緒に飲み下すようにしてローはまた盃を傾けてゆく。

 

「ああ、だからこそだ」

 

いろんな感情を内包したかのような一言を呟いてまた盃を傾けてゆくロー。背後には相も変わらずアーロンを枷で繋いでいる。当のそいつはこんな場所であるにも関わらず寝ているが。否、眠らされていると言った方が正しいか。奴の前には飲み掛けのマグが置かれたままである。

 

実は先程までは起きていたのであるが、挟んでくる言葉が煩かったようで痺れを切らしたローが麻酔薬を一針というわけだ。

 

「ホストデビューか、……ロマンだな」

 

焚き火の調節を終えて俺と同じく煙草を銜えながらクリケットが笑みを浮かべて言葉を挟む。

 

「他人事だと思いやがって……」

 

「何言ってる。世の女子(おなご)たちに夢を売ろうってんだろうが。それをロマンと言わずして何と言う。まあ夢を売るのは並大抵じゃあいかねぇだろうが……、男は海賊になるか監獄に入るか女を泣かせるかしねぇと一人前とは言えねぇんだ。いっぺん泣かせて来るんだな」

 

そう言ってウイスキーを瓶ごと傾けてゆくクリケット。

 

俺たちは呆気に取られるしかない。その物言いに、その豪快さに。

 

確かにクリケットの言う通りかもしれない。とはいえ俺はごめんだが。悪い、ロー、俺は正直他人事だ。

 

それよりも、カールを取り戻す引き換えがローのホストデビューで済んだことの方が俺には問題だ。はっきり言って解せない。奴らは今回かなり大掛かりな仕掛けを施してきたのだ。新聞報道を強引に捻じ込んできて念波妨害を実施し、大将赤犬とBHを動かしてきた。それだけ本気だったはずだ。であるのになぜ引っ込める。どうして手打ちにすることを呑んできたのだろうか。

 

「ロー、お前は今回のCP0の動きをどう思う? 俺には全く以て理解不能なんだが……」

 

ローの盃を傾けるピッチの速さが気になりだしたので少し話の方向性を変えるべく水を向けてみる。こいつはロマンを語るような奴じゃないしな。

 

少し目が据わり始めているローは俺ではなくてクラハドールに視線を向けて、

 

「俺もそう変わらねぇ。これでカールが戻って来るとは正直思っちゃいなかった。ただ……引っ掛かることはある。クラハドール、お前どこまで筋書きを組み立ててんだ?」

 

言葉を放つ。まあこいつに聞くのが一番なのは確かだ。今回の一連の流れを組み立てていったのはこいつの仕業なのだから。だが最後の最後相手がどう出て来るかは出たとこ勝負だった。最悪のところ俺たちは四商海入りを捨てることを考慮にも入れていた。先々の計算を全て捨てることになってしまうが致し方ないと覚悟していた。制御しきれていない覇王色をあの瞬間に出せたのはその覚悟があったからだろう。故に分からないのだ。奴らの行動は……。

 

「トラファルガー、貴様が引っ掛かってることは貴様自身の能力じゃねぇのか? ……オペオペの最上の業“不老手術”……」

 

クラハドールは芳しい香りを立てているコーヒーマグを手にして眼鏡をくいと上げた後に答えて見せる。

 

「ああそうだ。奴らはあの瞬間標的を俺に切り替えたのかもしれねぇって考えはある。むしろそれしか浮かばねぇ。だがカールを本気で取りに来てたのも確かだ」

 

ローの表情からしてかなり酒が入って来ているが口調は真剣そのものであり、それに応えるようにしてクラハドールは再び眼鏡をくいと上げて見せる。俺には眼鏡の奥がキラリと一瞬光ったように見えた。

 

「……いいか、よく聞け。こいつはあくまで仮説、俺の想像上の話だ。あの小僧が持つナギナギの能力(ちから)を奴らが欲しているのは確かだろう。そこで貴様と同じようにナギナギにも最上の業が存在すると仮定するとだ、奴らは今回ナギナギとオペオペを天秤に掛けたとも取れる。そして最終的に奴らはオペオペを選択した。かなり回りくどいやり方だがな。だがなぜ奴らはオペオペを選択したのか。奴らの筋書きは明らかにナギナギだった。つまりは土壇場で何かが変わったってことだろう。それは何か?」

 

一旦言葉を切ったクラハドールはゆっくりとした動作でコーヒーマグを傾けてゆく。焚き火台からは火の粉が爆ぜる音がする。先を促したい俺たちは誰一人として口を挟もうとはしない。夜気は鋭さを増してきているはずだが不思議と寒さは感じない。

 

そして、

 

「俺たちの周りで起こった出来事を当て嵌めてみればいい。俺たちの何が変わったのか? ……アレムケル・ロッコだ。奴が動き出したこと。奴が動き出したことで何かが変わった。今回の奴らと奴が同じ立場なのか、それとも違う立場なのか。共に動いているのか敵対しているのか、それは分からない、現時点ではな。だがこの仮説は非常に興味深い」

 

「……それで、クラハドール、お前の仮説の確度はどれぐらいだ?」

 

再びのクラハドールから齎される話の内容に対して俺は間髪入れずして問い掛けをしてゆけば、

 

「……7割」

 

予想以上の答えが返ってきたことに呆然としてしまう。

 

「あの女は正直得体が知れない。歓楽街の女王、CP0、二つの顔を持っているがどちらが表でどちらが裏なのかそれさえもはっきり言ってしまえば分かりはしない。俺はあそこでモヤモヤの最大限を行使していた。それでも分かることは少ない。つまりはそれだけ危険な相手ということだ。トリガーヤードは一度政府がバスターコールで更地にした後に作られた街。そこを根拠地にしてる女だぞ。あの女が世界の最深部に繋がっている可能性は高い」

 

世界の最深部……、更にはそこにロッコが絡んでいるか……。

 

あいつは一体何者なのだろうか。長年間近で共に過ごしてきたというのに微塵もそんな気配を感じてこなかったのはどういうことなのだろうか。

 

闇だ。どこまでも漆黒に塗りつぶされた闇が俺たちの前には立ちはだかっている。

 

「行くしかないな。その……世界の最深部とやらに……」

 

「ああ、分かってる。俺たちにはそれしか選択肢が無いことはな」

 

立ちはだかる現実を脳内で精一杯咀嚼(そしゃく)して言葉として吐き出してみれば、灰を求めて手は勝手に新しい煙草を取り出していき、その先端から紫煙を燻らせてゆく。

 

「……悪いな。碌でもないことを聞かせてしまった。忘れてくれ」

 

この場にはクリケットも居たことを(ようや)くにして気付き、すまない気持ちを言葉にしてみる。

 

「それがおめぇらのロマンか……。……気にするな、そんな話は右から左に限る。フフフ……、まったくあいつらとはえらい違いだな。空に指針を奪われた奴らとは……」

 

「生憎、永久指針(エターナルポース)で航海してるものでね」

 

「そうか、行先は決まってんだな……」

 

「ああ、“中枢”に入る」

 

最後に挟んできたローの言葉にクリケットはニヤリと笑みを浮かべ、

 

「最短コースを行くつもりか……。この時期なら丁度ぶつかるなアクア・ラグナに」

 

問うような視線を俺たちへ向けてくるが、

 

「知ってる。その為のこいつでもある」

 

ローが百も承知だと言うように背後で眠らされているアーロンを指差しながら頷いて、不敵な笑みを見せる。

 

「先の海を知ってるようだが……」

 

「ああ、赤い大陸(レッドライン)の先までは知らないがな。まあ、逆走した口だ。おめぇら、命を賭けた方がいいぞ。当然そのつもりだろうが……」

 

クラハドールの問い掛けに対して笑顔を見せたままクリケットは言葉を続けてくる。

 

「勿論、そのつもりだ」

 

この場の全員を代表するようにして言葉を紡ぎ出せば、

 

「フフフ、だろうとも。……それでおめぇら、この島はどうするつもりだ? おめぇらの島になったんだろう?」

 

笑顔と共に真っ直ぐ見詰め返してきた後に話の矛先は変わっていった。

 

「俺たちの根拠地にするつもりだ。ここで銃火器を作るつもりでいたんだが、あんたにその酒を見せられて少し気が変わった。酒造りが恋しいものでね。酒を造るには水が命だ。銃火器とは相容れないよな」

 

「その通り。この島の水は最高だ。武器商人やろうってんならそれは他の島でやった方がいいな」

 

「ボス、そもそもだが銃火器作るってのに材料がねぇだろう。確かに木材には事欠かねぇだろうが、鉄がない」

 

「それもあったな。確かにロー、お前の言う通りだ。先に鉄の調達先を探さないといけない」

 

「“中枢”だな。どこかしらにルートはあるはずだ」

 

商売の話に花を咲かせ、

 

「それでだ、あんた、しばらくはこの島にいるか?」

 

そして問う。

 

「留守番させようってのか? 俺たち猿山連合軍は次のロマンが見つかればそこへ行っちまうんだぜ。……だが確かに愛着もある。……まったく、とんでもねぇ野郎どもだな、いいだろう。しばらくは居といてやる。見届けなきゃならねぇ奴もいるしな、酒でも作りながらやっとくぜ」

 

「その酒だが、量産体制で頼む」

 

「何だと、何言ってやがる。コツコツ造ってきた自家用の酒だぞ」

 

「ああ先刻承知だが、俺たちは商人だ。都合を付けるから蒸留所にしてくれ」

 

「ふざけた野郎どもだぜ。これだから商人って奴らは……。くそったれめ、まあいい。俺たちも海賊だ。海賊の言葉に二言はねぇ。引き受けてやるよ」

 

 

こうして俺たちにとって第二の蒸留化計画は夜が明けるまで続いていった。

 

 

酒の名は『ロマネ・ゴールド』。

 

 

俺たちのロマンを詰め込むつもりだ。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

中枢へと参りましょう。

ご指摘、ご感想よろしければどうぞ!!



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第62話 ヒナ、歓喜

いつも読んで頂きましてありがとうございます。

お待たせ致しました。

今回は7500字ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン)” バナロ島

 

 

それは敗北者の顔には見えなかった。

 

この場所とその姿が敗北者であることを物語ってはいたが……。

 

 

 

白ひげ海賊団2番隊隊長、火拳のエースは闇の手に落ちていた。

 

ぴくりとも動かずに倒れ込んでおり、(おびただ)しい量の血の跡が全身に広がっている。火拳がいるその場所は黒い何か闇そのものの様なものに覆われていて、ゆえに引き込まれるようにして身動き取れないことが直ぐに分かった。

 

きっとあの男の能力なのだろう。

 

「早い到着じゃねぇか。だがおめぇが来たってのはどういうことだ。火拳のエースだぜ、大将を寄越すってのが道理だろうが」

 

崩れた岩の上に腰を下ろしてティーチと名乗ったあの男から飛び出した声が耳に入ってくる。

 

「呼んでいるわ」

 

視線を向けることはせず、声を返すにとどめる。どうにも会話を続けたいとは思えない相手、はっきり言ってヒナ、億劫。

 

 

辺りを見渡してみれば、街の残骸が一面に広がっている。この島の象徴だったであろうバナナ岩もいまや見る影はない。

 

決闘の果てにあるものがここには広がっていた。

 

 

「俺を……、殺しに来たのか、海軍?」

 

そう呟いた火拳の表情はまるで全てを悟っているかのようであった。真っ赤な血で顔を染めながらもこちらへと据える瞳は死んでいない。

 

怒り……、ではない。

 

恐れ……、でもない。

 

諦め……、それでもない。

 

覚悟……、かもしれない。

 

己の全てを受け入れる覚悟を宿した瞳。

 

海賊同士の決闘で負けたことに悔いているようにも見受けられない。負けるということは(みじ)めで、どうしようもなく残酷なはずなのだが、全てを達観したかのように感じられる。

 

「連れてけよ……」

 

無言でいる私に対して更に言葉を重ねる火拳は笑みを浮かべてさえいる。この男は自分がこれから辿るであろう運命を理解しているのだろうか。

 

「ええ……。間もなく船が到着する。火拳のエース、政府はあなたをインペルダウンに連行することを決定したわ」

 

私は感情を削ぎ落とした声音で返答をする。色を帯びた感情がこの場に相応しいとは思えない。ヒナ、無情であらねばならないのだ。

 

政府がこの決定を下したということはその先が見えてくる。どうやら上は覚悟を決めたということだろう。火拳のエースを捕えて大監獄に入れるということはどういうことか? 

 

その先にあるのは“戦争”である。

 

白ひげが黙ったままということは有り得ない。彼らは仲間への仕打ちを絶対に許さないし、間違いなく押し寄せて来るだろう。烈火の如く……。

 

海軍は新世界に座す四皇の中でも頂点に最も近い奴らを相手にするのだ。

 

相当な覚悟が必要になるのは確かである。

 

そもそもには四大勢力によって均衡が保たれているのがこの世界。海軍本部、七武海、四商海、そして四皇、この四点均衡を崩そうと言うのであれば七武海の招集はもとより四商海の招集まであり得るであろう。

 

まさに前代未聞だ。

 

この背景を火拳はちゃんと理解しているのか否か……。

 

当の本人はただ黙ってこちらを見つめ返すのみであり、何とも言えない。四商海招集となれば当然ながら私たちにも直接関係してくるわけであるし、情報を扱う者としては相手がどのように考えているのかは有用な情報であるのだが……。ヒナ、残念。

 

 

「船長、見えました」

 

眼前の火拳が(もたら)しうる世界への影響について思いを巡らしているところへ、島の反対側にて別の立場で相対していたオーガーが微塵もそのような素振りは見せずにこの場へと姿を現した。

 

「……誰が来た?」

 

それに応じている黒ひげティーチはどこから取り出してきたのかチェリーパイを満足気に食べている。そういえば先程から死ぬ程美味いと連呼していたような気がする。

 

「何の巡り合わせか……、赤犬です」

 

変わらず狙撃銃を肩で支えながらそう答えてみせたオーガー。

 

「付いてねぇが、まあいいじゃねぇか。奴らはエースが手に入るんだ。悪いようにはしねぇだろ。それにしてもこのチェリーパイは買い占めて正解だったな。腐ってもうめぇとは」

 

ティーチが話す内容の後半部分にはヒナ、唖然そのものであるが、道理で先程から異臭がするわけだ。

 

「ホホホ、船長、世界の裏側では腐ってもチェリーパイなんていう(ことわざ)があるそうですよ。……おやおや、捕まっても火拳のエースですね。いいえ、むしろ捕まることでより価値が高まるとも言える……」

 

ステッキを振り回しながら現れた男が口にした内容。火拳のエースと引き換えに七武海入りを狙っているのではないかとクラハドール君は言っていた。

 

彼らは七武海入りをしてどうするつもりなのだろうか。大人しく政府に従うような連中とはとてもではないが思えない。その先の計画を胸に秘めているはずであり、それは世界を揺るがすような計画かもしれない。ましてや火拳のエースを手中に収めて政府に引き渡そうとしている時点で世界を揺るがしているのだ。

 

大事なことはそれが私たちにとってどのように影響するのかどうかである。ネルソン商会の敵となるのか味方となるのか。影響度合いを測っておく必要がある。そのために私はここにいると言っても過言ではない。ヒナ、重大である。

 

気付けばラフィットと呼ばれる男に続いてマスクを被って腰にチャンピオンベルトの様なものを巻いた男と馬に倒れるように乗り込んで今にも死にそうな男が現れており、黒ひげ海賊団の面々が揃い踏みしつつある。

 

プルプルプルプル……。

 

コートの中で振動を繰り返している小電伝虫を取り出してみれば、

 

~「サカズキ大将、間もなく到着されます」~

 

私の部下からの報告が入ってくる。さすがに大将を迎えるとなれば踊ってはいられないらしい。

 

「了解」

 

短くそう応答して小電伝虫を再びコートの中に収めた後に私は別のものを取り出す。火拳のエースを大将赤犬に引き渡すに当たってやっておくことがある。

 

取り出したものは海楼石製の手錠。対能力者用に作られた特注品である。これを両手に嵌められれば能力者と言えども身動きは取れない。

 

本来であれば私の能力を使って禁縛(ロック)したいところではあるが、覇気使いであることを考慮して万が一があってはならない。

 

「火拳のエース、あなたを捕縛(ロック)します」

 

いまだに身動き取れずに横たわっている状態の男に対して、更なる縛めをするために手錠を嵌めてゆく。鋭い金属音が鳴り響いて枷がしっかりと嵌まった。

 

あとは大将赤犬に引き渡してしまえばいい。

 

 

ここでひとつの考えが脳裡を(よぎ)ってくるが……。

 

火拳のエースを捕えずに逃してしまった場合どうなるのかと……。

 

何も変わらないのかもしれない。火拳のエースは黒ひげに向かうことを止めないであろうし、黒ひげはエースを手中にすることを止めないであろう。いや、黒ひげにとって相手は誰でもいいのかもしれない。先延ばしにされて再びの激突がどこか別の場所で起こるだけであろう。

 

巡り巡る運命の糸は絡まりあってある一点へと収束してゆく。それは誰にも止められるものではなくて……。

 

世界が揺るがされて今まで当たり前のようにして存在していた秩序が根底から覆されてゆく。そんな乱世は私たちネルソン商会にとっても絶好の好機になるのではないか。私たちもまた世界の頂点にまで迫らなければならないのだから……。

 

ここで決断を下すのは私一人。誰にも相談することなど叶わない。

 

これでいい。……これでいいのだ。

 

 

その言葉を脳内で転がしながら大将赤犬の到着を待つ。

 

南天の太陽が少しだけ西に傾き始めた昼下がりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前も年貢の納め時じゃけぇ……」

 

敬礼で出迎えたサカズキ大将が火拳のエースを見据えての開口一番がこれだった。

 

どうやらジャヤに立ち寄っていたらしい。ネルソン商会と戦闘になったということだが、センゴク元帥から火拳のエース連行という命令を受けて中断してきたと大将の副官から補足してもらった。

 

このスキンヘッドで鎧兜に身を包んだ副官によれば戦闘中断は不本意であり、視線だけで殺してしまえるような一瞥をくれた上でジャヤを後にしてきたらしい。果たしてハットたちは大丈夫だったのだろうか。ヒナ、心配である。

 

とはいえ、根掘り葉掘り聞いてみるわけにもいかない。それではいらぬ勘繰りをされてしまう。

 

それでなくとも、

 

「ヒナ、お前が監察官とはのう。……背中に正義の文字は背負っちょるんじゃけぇ、分かっちょろうなぁ……」

 

監察官になったということでいいように思われていないのは確かなのだ。っていうか少し怖いんだけど、まるで心臓を鷲掴みにされる程に言葉の圧力が強い。ヒナ、戦慄と言ってもいいぐらい。

 

下手なことは口に出来ない。それは肝に銘じておかなければならないだろう。これからマリージョアに向かうことを考えれば尚の事である。

 

「お前が黒ひげか。元帥に直接話通したらしいが、碌なことは考えちょらせんじゃろのう。七武海言うても海賊は海賊じゃけぇ……。下手なことはせんことじゃぁ」

 

黒ひげティーチに対してもこの剣幕である。

 

「おお、サカズキ大将、遠路はるばるご苦労なことだ。火拳のエースを捕らえたとなれば正義の勝利となるな。ゼハハハハ、空いてる椅子に座らせて貰うぜ」

 

一方のティーチは殊勝な言葉遣いながら正直馬鹿にしているのがアリアリであり、

 

「取り決めがあろうとおどれが悪であるのは間違いない。ここで潰してもええんじゃけぇ……」

 

サカズキ大将がそれを見逃すはずもなくて、急速に右の拳がマグマ化していく。ティーチなど正直どうなろうとも構わないのだが、一応監察官であるため咳払いのひとつでもしておくことにする。センゴク元帥の意向をちらつかせる形だ。サカズキ大将には殺気を孕んだひと睨みを受けるが、微笑みで受け流す。再びのヒナ、戦慄であるが……。

 

「監察の顔は立ててやらんとな。テルゥ、火拳を連行じゃぁっ!! 船に連れてけぇっ!!」

 

意は伝わったと見えて、副官が承知仕りましたとばかりに火拳のエースを抱え上げ引き連れて行く。

 

ところが、

 

「……よせ。……自分で歩ける」

 

火拳のエースが呟きを口にした瞬間に、

 

瞳の奥から放たれてゆく強烈なまでの気合。

 

覇王色の覇気……。

 

大地が一瞬にして震撼するような激烈な気が放射状に放たれた感覚。

 

一般兵が次々とその場に倒れこんでいく。

 

私自身の意識をも危うく刈り取られる程のものであり、辺りは雪崩が起きたような惨状となってしまっている。

 

「……敗者の行進は……静かな方がいいだろう」

 

一言、紡ぐようにして口にした後に火拳のエースはゆっくりと、口笛でも吹きながらのようにして歩いていく。

 

やはりそれは、敗北者の顔ではなかった。何とも王者の行進であった。

 

その直後に特大のマグマが出現したことは言うまでもないけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火拳のエースはサカズキ大将が座乗する船へと連行された。途中までは自らの足で、特大マグマが出現した後は足から引き摺られるようにして……。

 

黒ひげ海賊団の連中も既にこの島を後にしている。エースを引き渡してしまえばあとは用がないというわけだ。サカズキ大将はマグマを出現させはしなかったが、釘の代わりにマグマを刺すかのようにして言葉を叩き込んでいた。

 

何かあったら骨も残さず根絶やしだと。

 

まるで海賊の売り言葉。私もここまで畳み込まれたらヒナ憂鬱になってしまいそう。さすがにティーチは買い言葉を返す程バカではなくて良かったが……。

 

それでも私の仕事は終わりではなかったのだ。

 

私の見聞色が島の反対側にいる存在を知らせていた。それは部下を使って調べさせていた相手。最重要ターゲットであるロッコではないが、ロッコと相対していた相手。

 

その気配は当然ながらサカズキ大将も察知しており、見逃すはずもない。

 

ゆえに私はルチアーノの酒場を前にしている。サカズキ大将と共に。

 

感じられる気配はひとつだけ。

 

つまりはロッコは既にいない。だが、そのロッコと相対していたのは二人居たはずであるが一人だけ。それが意味することは何なのか……。

 

それは中に入ってみれば分かることだろう。

 

私の側にはフルボディもジャンゴもいる。大将の手前、もちろん踊ってはおらず神妙にしている。

 

酒場の入口となる回転扉。中の様子は暗くて窺い知れないが気配ではたしかに一人が存在している。

 

その扉を押し開いた先にいた人物。

 

「……待ちくたびれたぜ……。俺を大監獄に連れて行かないか?」

 

葉巻を美味しそうに燻らしながらカウンターにて佇むカポネ “ギャング” ベッジであった。

 

ロッコではない。ギルド・テゾーロでもない。ルチアーノの酒場に一人残っていたのはベッジであったのだ。しかもこの男は酒場のカウンターにて悠然と佇み、インペルダウンへ連れて行けと言っている。

 

私は酒場に足を踏み入れた瞬間に脳内を高速回転しなければならなくなった。私の本命はこちらだったのだ。この場で一体何が起こったというのだろうか。

 

この島を牛耳りマリージョアに住まう天竜人へのドラッグルートをも支配下に治めていたドン・ルチアーノはベッジとテゾーロの手によって亡き者とされたはずである。この場にドン・ルチアーノの亡骸は存在していないが床に生々しく残っている血痕がそれを物語っている。

 

ロッコはその直後にどこからともなく現れた。見聞色で気配と姿を消していたのであろう。もしかしたら今もその状態でこの場に居合わせているのかもしれないが、どうだろうか。

 

聞き取れたロッコの最後の言葉はトリガーヤードへと繋がる道筋は全て消し去る必要があるというものだった。その後どうなったのかが分からない状態であるのだが、言葉通りであるならベッジとテゾーロも亡き者となっている可能性が高いと踏んでいたのだ。ロッコが口にした“掃除”という言葉の意味はそういうことであろうと思われた。

 

だというのに、ベッジは目の前に存在している。しかも自分を捕らえろと言っている。

 

分からない……。

 

筋書きが読めない……。

 

だが何かが動き出しているのは確かだ。誰かの思惑が動き出している。歴史の歯車を軋ませるが如く誰かが動かし始めているのだ。

 

それは眼前のベッジなのか?

 

それとも、もう島を後にしたのかもしれないテゾーロなのか?

 

神出鬼没のロッコなのか?

 

はたまた、ロッコの背後に更なる黒幕が存在しているのか?

 

その全てを覆い尽くしている深謀遠慮が存在しているのか?

 

 

全てはトリガーヤード。そこに鍵があるのかもしれない。闇に葬られたと言われるトリガーヤード事件を紐解いてみる必要がありそうだ。

 

つまりはマリージョアへ……。

 

私は自然と口角を上げていた。

 

「私を通り抜けるものは全て緊縛(ロック)される。カポネ “ギャング” ベッジ、あなたをインペルダウンへ連行します。サカズキ大将、よろしいですね」

 

私は自然と己の右腕を檻へと変化させていた。

 

私の心と体すべてが告げている。

 

 

ヒナ、歓喜……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” 外洋

 

 

親子か……。

 

 

「ク〜〜〜エ〜〜〜」

 

 

時折ゆっくりと揺れるハンモックに身を沈めながら物思いに耽っていたところへ、カルーの寝言が割って入ってきて思わず笑みを浮かべる。

 

時刻は深夜、偉大なる航路(グランドライン)を航海中の船内であるから寝静まったとは言えないが、日中と比べれば幾分と静かな船内にある私の個室。カルーは私のハンモック下で寝息を立てている。個室とはいえ吊り下げたハンモックで大部分を占めてしまうような狭さではあるが、誰にも気兼ねせずに済むのであるから立派な個室(プライベートルーム)である。

 

今の当直は誰だろうか? 起き上がって戸棚にある当直表を引っ張り出す気にはなれないので、少しばかり考えてみる。

 

多分ジョゼフィーヌさんだろう。

 

まだ私の名前は単独で当直表に載ることはない。当直補佐として甲板に立つことはあるが、まだこのクラスの船の航海を一人で任せることは出来ないということみたい。

 

まあ、それはそうよね。

 

仕方がないという思いであるが、少々悔しくもあり、その悔しさを飲み込むようにして両手で包み込んでいるマグを口元に寄せていけば、芳しいコーヒーの香りが鼻を抜けていく。まだ熱さの残る液体が喉を通り越して体に巡っていくのが何とも心地良い。

 

カルーの寝言に遮られる前に考えていたこと。

 

それはベポ君のこと。

 

ベポ君はまだローさんの部屋にいる。日に日に回復を見せているが動き回るというわけにはいかず、患者用のベッドで寝起きをしている状態だ。

 

私はそこでベポ君がローさんにぽつりぽつりと口にした話を聞いてしまっていた。自分が持つモシモシの能力によって。

 

ベポ君は兄を探し出すために海へ出たらしい。新世界に存在するモコモ公国という国が彼の故郷。海を往く超巨大な象の上に築かれた国だという。

 

ただ、父親は死んだと聞かされていたらしくて、生きているはずがないらしくて……。なのに、ジャヤで目の前に現れたのは、何年も会ってないにも関わらず明らかに父親だったらしくて……。

 

それでも戦った。

 

戦わざるを得なかった。

 

父親には明らかに戦意が存在していたから。

 

カール君を取られていたから。

 

色んなことを聞きたいはずだったのに、何も聞けなかったって……。

 

ただただ戦うことしか出来なかったって……。

 

それはどういう気持ちなのかな。

 

もし私がパパと……。

 

 

いいえ、こんなこと考えない方がいいわ。考えてもいいことなんてない。

 

 

そこで、

 

先程までとは全く違う強い揺れがハンモックを襲い、マグの中のコーヒーも大きく揺れて中身が溢れでる。

 

「ク〜エーッ!!」

 

私を通り越してそのまま溢れ落ちたことで、素っ頓狂な声を上げて目覚めるカルー。

 

私も思わずハンモックから起き上がり床に足をつける。

 

「ごめんごめん、カルー。起こしてしまったわね、ごめんなさい」

 

カルーに謝りながらも体は海の異変を敏感に感じ取っている。私でもそれなりに海の状況が変わったことは感じ取れるのだ。

 

 

そして、

 

「総員!! 総員!! 直ちに甲板に集合!! 船はアクアラグナが近いと思われる海域に入った!! これより総員即応待機状態とするっ!!!! 繰り返す……」

 

ジョゼフィーヌさんの甲高い大音声が船内に響き渡り、甲板下で一斉に動き出す足音が聞こえてくる。

 

どうやら船は危険な海域に入り込んだみたい。

 

強い揺れは収まりを見せない。再び私をぐらつかせようと襲いかかってくる。

 

何だか本当に闇の中に入り込んで行くみたいな気がしてくる。

 

ううん、

 

でも大丈夫だよね。

 

みんないるから。

 

一人じゃないから。

 

「カルー!! 甲板に全員集合だって!! 行こう!!」

 

「クエーッ!!!」

 

カルーの元気な返事に確かな後押しを受けて、私たちは甲板へと勢いよく駆け上がっていった。

 

 

闇の中の、その先へ……。

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

闇の中へと参りましょうかね。

ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第7章 中枢 ~偉大なる航路~ 突入
第63話 号外


いつも読んで頂きましてありがとうございます。

大変長らくお待たせいたしました。新たな章、中枢編へと参ります。

今回は11,200字ほど

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン) 外洋

 

 

夜が明けたな……。

 

 

つい先程まで世界は暗黒に覆われていたはずだが、時間の経過と共に青みが増してゆき、12時間越しで再び白みに溢れつつあった。

 

船はアクアラグナの真っ只中。横揺れ、縦揺れが収まる気配は微塵もなく、むしろ増していく一方でしかない。真っ白な大波は易々と舷側を越えて襲い掛かって来る。

 

吹き荒ぶ風は悪魔そのものであり、まったく以て容赦することなく俺たちの身体へと、船のマストへと叩きつけて来る。船尾甲板は覆いがあるだけ幾分ましではあるが、慰め程度の意味合いしか持ち合わせてはいない。風は定まることなくひっきりなしに向きを変えてゆき、前方から塊として吹き寄せて来ること多々。

 

海図台にしがみついていなければ立っていることもままならない状況だ。脇に目を向けてみれば砂時計の砂がそろそろ終わりを迎えつつある。3時間が終了し鐘を鳴らす頃合いであるが、今はスクランブルの当直シフトであるためあまり意味を成してはいないだろう。

 

一体俺は甲板に何時間立ち続けているのだろうか? 正直三日三晩でもおかしくなさそうである。胃に何かを入れた記憶も乏しいので定かではないが……。少なくともここのところ自分の船室に戻った記憶がない。

 

今こうして船は荒波を何とか掻き分けつつ進んでいるわけであるから、俺たちの航海は結果だけ見れば順調なのかもしれない。だが口が裂けても順調などと言える状況ではないというのが俺たちの実感である。

 

やはりロッコの存在は偉大であった。あいつが居るのと居ないのとでは俺たちの精神状態に雲泥の差が出てくるのかもしれない。さらにはベポまで動けない状態となれば尚更である。こういう状況を想定してのアーロンであったはずなのだが、奴とローはいまだに一心同体の状態だ。つまりは奴を甲板に配置するにはローも共にとしなければならない。

 

だがあいつは甲板下にてこそ必要な存在である。なぜならアクアラグナに入っての三日三晩で既に負傷者が出てきてしまっている。ゆえにあいつは医務室にて己の職務を全うしなければならないのだが、それと同時に甲板下には大量の海水が流れ込んでいるはずであり、目一杯船員を充てて排水に取り組まねばならない。とはいえ排水の指揮のみで誰かを割く余裕などもちろんあるわけなどない。よってポンプ室の指揮も執らせる必要がある。

 

となれば、ローとアーロンの枷を切り離すのかということになるのだが、リスクを天秤にかけてやつらは甲板下にそのまま配置ということになった。何とか俺たちでやるしかない。ゆえに俺が船室に戻るわけにはいかない。

 

ジャヤでの一件も何とか片付けることが出来たのだ。あれに比べれば嵐の中を甲板で立ち続けるぐらいはわけないはずである。出航して最初の新聞にて俺たちは公に四商海へとなったことが再確認出来た。であれば新任の四商海がアクアラグナにて全滅となってしまっては冗談にもならないであろう。

 

「総帥、少しは寝た方がいいですよ」

 

先程よりこうやってカールは心配そうにこちらを見詰めながら何度も声を掛けてくれるわけだが、まだ寝るわけにはいかない。まあそれでも気持ちは有り難いので何とか口角を上げて、

 

「カール、大丈夫だ」

 

返事をしてみるが、当のカールが大丈夫そうではない。海図台を離れようとしたところへ猛烈な風が襲い掛かったようで、ギリギリ両手を伸ばして吹き飛ばされないよう踏み止まっている。

 

「……お前こそっ、……大丈夫かーっ」

 

風の勢いは凄まじく、張り上げなければ声をまともに出せそうにない状況だ。

 

「……総帥っ、目の下に大きなっ……くま作ってる人に言われたくなーいっ!!」

 

全身で海図台にしがみつくのにやっとな状況だというのにカールはどうやら笑っているようであり、俺はと言うと本当に三日三晩ここに居続けているのかもしれない。

 

カールが言う通りに寝た方がいいんだろうな。眠気という感覚がどこかへ行ってしまっているが、目の前にフカフカのベッドを用意されれば倒れ込んでしまう予感はある。

 

だがまだ倒れ込むわけにはいかない。泥のように眠るのはまだお預けである。なぜなら、アクアラグナに突入してからというもの嫌な予感しかしていないからだ。

 

 

このアクアラグナの中でも船の舵はまだ利いている。舵輪の真ん中にピーターが立ち、両側にそれぞれ屈強な男が付いており、それぞれがロープで自らを舵輪と縛りつけているという念の入れようだ。

 

中甲板は辛うじて見分けられるが何ともひどい有様である。両舷側から流れ込んでくる大量の海水によってまるでプールだ。そんな中でも船員たちはロープを離すまいと必死そうに立ち働いていた。

 

舷側通路ではクラハドールが指揮を執っているが、どうやら抜き足を以てして右から左へ左から右へと両舷側通路を行ったり来たりと指揮を執っているようだ。メインマストはいまだ健在。しっかりと目の前に聳え立っているのが見える。

 

船首は見えはしないがジョゼフィーヌにビビ、そしてカルーがいるはずだ。波を遮るものが何ひとつとして存在しないそこは地獄絵図の様相を呈していることが想像出来る。心なしか時折喧騒が聞こえるような気がするが、襲い掛かって来る大波に対して絶叫を上げているのかもしれない。

 

 

オーバンは甲板下だろうか。多分にキッチンで朝食を作っているのではないか。狙撃手だけあってあいつの目は利くので今までならメインマストのてっぺんにて見張りをさせるところだが、今の俺たちにはペルがいる。奴が居れば上空から全てを見ることが出来るわけであるから偵察にはもってこいだ。

 

そして今この時もペルは上空を飛んでいるはずであり、俺の中でずっと燻り続けている懸念事項もそれである。アクアラグナの上空からは一体何が見えるのか? とんでもないものが見えてはいないだろうか?

 

ペルには小電伝虫を渡している。奴の飛行高度ぐらいであれば十分に通話可能なのだが生憎アクアラグナが生み出した暴風が邪魔をしてまともな通話は一切出来なかった。それがまた不安を煽るわけだ。

 

 

不意に、

 

 

「正面―っ!!! 波窪っ!!! 深いっ!! しっかりつかまれーーっ!!!!!」

 

船首よりジョゼフィーヌのよく通る大音声が響いてくる。

 

思わず俺もつかまれーっと復唱しながら海図台に精一杯しがみつくのだが、船体は前のめりになるようにして、海に滝があるのならばその滝に突っ込んでいくようにして、深く落ち込んでいくのが分かる。

 

一瞬にして己の体勢は崩れ、海図台の上で一回転しながらそのまま甲板に背から叩きつけられ、それでもなお船体が船首側に大きく傾いているのが分かり、あっという間に靴底が船尾甲板前端手摺を踏んでいた。

 

おいおい、どこまで落ちる……。

 

心の中で疑問を浮かべながらも周囲に視線をやり、カールも前端手摺で踏み止まっていることを確認し、ピーター達はロープで縛りつけておいたお陰か舵輪に乗っかるような形で無事であることが見て取れた。

 

そして、

 

轟音を伴った衝撃と共に船体の落下が止まり、俺たちは再び船尾甲板へと投げ出され、息つく暇もないまま立ち上がってみれば……。

 

瞬間的に大波による揺れが収まっており、視界が開けて船首まで見渡すことが出来、3本のマストが何とか無事であること、そしてジョゼフィーヌの誉れ高い勇姿を眺めることが出来た。

 

と共に胸ポケットの小電伝虫がまるで虫の知らせのようにして振動。

 

~「総帥殿、特大の大波が集まって来ていますっ!!! この一点に全てですっ!!!!」~

 

大当たりだ。

 

俺の悪い予感というものは本当によく当たる。

 

視線を船首の先にやれば、大波が見る見るうちにその高さを増しているのが分かり、背後の船尾窓の先でも大波は一気に高さを増してきておりその高さは優にメインマストのてっぺんを超えそうな勢いだ。

 

俺の脳内をけたたましい警報が鳴り響いてゆく。

 

生き残るために、この絶体絶命の窮地から逃れるために残された時間は何分あるだろうか、否何秒だろうか。

 

「ペル、状況は?」

 

~「まだ集まって来ていますっ!!」~

 

状況は悪化の一途だ。

 

大波の高さは見るからに有り得ない高さに達しようとしており、まさに天まで届こうかという勢いで尚もその高さを増している。

 

どうする? 

 

どこへ進む?

 

どこに逃げ場が存在する?

 

クラハドールが己の持ち場を離れてこちらへとすっ飛んで来ている。奴と視線を交わすが、瞳の中に俺を満足させるような解答があるようには見受けられない。

 

絶望が押し寄せようとしている。いまだ嘗てない程の絶望という二文字が俺の胸中を覆い尽くそうとしている。

 

「“フォール”だ……」

 

ピーターから漏れてきた絶望を表す単語。

 

こいつが“フォール”か……。

 

偉大なる航路(グランドライン)の異常気象が(もたら)す最悪の天災として挙げられるのが“竜巻(トルネード)”。だが極稀に発生するものとして“フォール”が存在するという。全方位からの大波。しかも津波クラスの超大波。回避不可能。当たれば確実に船諸共木端微塵になるという史上最悪クラスの天災。

 

周りを取り囲むようにして圧倒的存在を誇る大波の高さはいよいよ以てして己の胸中を抉り潰すような恐ろしさに達しつつある。

 

希望があるようには見えない。

 

起死回生の一手があるようには到底思えない。

 

それでも、

 

こいつらを失うわけにはいかない。

 

死なせるわけにはいかない。

 

この場所で。

 

断じて。

 

背負うものがあり、

 

手を伸ばして掴まねばならないものがある。

 

 

 

心を決めた瞬間、脳内に感じるものがあった。

 

“Room”を使ったな……。

 

 

 

と同時に眼前にはローとアーロンが枷で繋がれたそのままの状態で現れ出でる。

 

ただひとつ違っているのはローが“鬼哭(きこく)”を抜き放っていること。

 

眼は真っ直ぐに俺を見据え、唇は真一文字。

 

そこに見えるのは、

 

覚悟だ。

 

瞬時に全てを悟り、

 

「お前たち、……何とか踏ん張れ」

 

ローとアーロンの代わりに甲板下へと移動したピーターが抜けて手薄になっている舵を受け持つ連中に声を掛け、

 

頷く。

 

同じように瞳を真っ直ぐに見据えて……。

 

 

結末がどうなろうとも、

 

取った決断がどちらに転ぼうとも、

 

全てを受け入れる覚悟が今このとき必要だ。

 

 

信じる……。

 

それしかない。

 

どれだけ信じることが難しい相手であったとしても、

 

今このときは、

 

何が何でも、

 

全身全霊にて、

 

まずは信じる。

 

 

 

「頼む」

 

 

 

俺が口にしなければならない言葉はこの一言だけなはずだ。

 

瞬間、“鬼哭(きこく)”が振り下ろされ、その切っ先が枷を二つに分かつ。

 

 

 

 

 

「帆を張れ。全部だ!!!」

 

数秒でしかない時間が永遠に感じられたほんの空白を次への行動へと繋がる言葉にて打ち消したアーロンは既に両手をもってして舵を掴んでいた。

 

分からない。

 

まだ分かりはしないが、感じる。

 

先に微かでも光があることを感じずにはいられない。

 

纏う空気感がそれを語っている。

 

「総員!! 操帆員は直ちに登檣(とうしょう)!!! オール展帆!!!」

 

その微かな光を頼りにして俺は声を張り上げていた。ローの姿は既に船尾甲板になく、メインマストをクラハドールと共に一斉によじ登っている姿が見て取れたのを確認して、カールが真上によじ登っていく姿も確認して、俺もまた船尾甲板に存在するミズンマストの展帆に助勢すべく跳躍する。

 

「下等種族に操舵は百年早ぇ!! さっさと帆を張りに行かねぇかぁーーっ!!!」

 

最初のフォアヤードに着地しながら巻き収められた帆を解き放ってるところへ下から張り上げる声がし、操舵にいた連中が一斉によじ登って来るのを確認出来る。

 

「アーロン!!!」

 

無駄なことは発しない。

 

俺たちは奴を信じた。

 

微かでも光があるのならば、

 

そこへ向かって動き出しているのならば、

 

これで通じるはずだ。

 

奴は鋭く尖った自身の歯を覗かせて、口角を上げて見せ、

 

「“フォール”が天災だと? シャハハハハハ、笑わせんじゃねぇ!! “フォール”は魚人からすりゃ遊び場だぁっ!!! 下等種族どもーっ!!!! ありったけの風が必要になる。ひとつとして逃すわけにはいかねぇ。ただ一点、……“ポイントゼロ”は存在する」

 

言い放ってみせた。

 

通じるものが確かに存在する。

 

確かに光がこの先に存在している気がする。

 

信じたことに対する答えは確かに存在している。

 

下からよじ登って来た操帆員たちが一気に抜けていき、頭上のトプスルヤード、更に上のトゲルンヤードへと向かっていく。前方のメインマスト、さらにその先のフォアマストでも同じように操帆員が一斉に展帆へと取り掛かっており、凄まじいスピードで巻き収められていた帆が広げられていく。

 

瞬間的に超特大の大波にて周囲を囲まれているせいか、先程まで吹き荒んでいた風が少しばかり収まっている。

 

そして、風をしっかりと受け止めて本来の役割を全うしようとはためき始めた全ての帆たち。俺たち全員の手によって船にはまた命が吹き込まれたのだ。と同時にアーロンの腕が猛スピードで細かい連続した動きを見せ始め、舵が利き出した船体小刻みな動きでそれに応えてゆく。アーロンが左右に動かしている舵輪のひとつひとつがしっかりと帆が受け取る風と連動し船がまるで意のままに荒れ狂う海へとその航跡を刻みつけてゆく。

 

どこまで高くなってゆくのかと言うほどの大波は今やもう空までも覆い尽くそうかという具合まで達してしまっている。最頂点はどうやら近そうだ。そろそろ次の瞬間には一気に海面へと流れ落ちて来るに違いない。

 

その瞬間は1秒先か、はたまた2秒先か……。

 

「ここしかねぇ……。ポイントゼロだ」

 

アーロンは上空を一心不乱に眺めまわしており、最適のポイントをどうやら探り当てたようだ。そのポイントゼロが何を意味しているのか。そこに到達すれば、そこを見出すことが出来た後に何が待ち受けているのかは分からないが、俺たちはひとまず信じるだけである。そこからしか始めることは出来ない。

 

 

 

やがて、

 

終わりと始まりは突然にしてやって来る。

 

増し続けていた大波はその動きを止めて、

 

今になって重力という存在を思い出したかのようにして一気に、本当に一気にして海面へと駆け下るように流れ込んできた。

 

「下等種族どもーっ!!! 死にたくなきゃ、俺が言う通りに動けーっ!!!!」

 

アーロンの雄叫びのような声が船上に響き渡り、対して船員たちからは野次やら罵詈雑言やら意味を成していない言葉の数々によって答えが返されてゆく。今にも真上に降り注ごうかとする超特大の大波を前にしてまともな精神状態でいられないのは確かだろう。何かしら叫びださなければやってられないようなそんな状況だ。

 

「ポイントゼロは“フォール”の最初の落下点だ。それと同時に船体を波に揚げていく。さらに二波目、三波目、落下してくる波に乗り続けていくしかねぇんだ。そらっ、来るぞーーーっ!!!!!」

 

ようやく合点がいった。微かな光のその先が(おぼろ)げながらも見えてきたではないか。

 

とはいえ至難の業であることは間違いなさそうだ。肝心要なのは最初であろう。最初の落下点予測が完璧であり正確無比に捉えていなければ始めることもままならずに木端微塵となる。たとえ最初の波に上手く乗れたとしてもその先の波に乗り続けるためには波と風の動きを読み続けて舵と帆の微調整を繰り返さなければならない。しかもそれをひとつでも外すわけにはいかないというわけだ。外せばこれまた木端微塵となる。

 

考えれば考えるほどに絶望しか生み出さないような内容であるが、不思議と胸中が絶望の黒に染まりゆくことはない。微かでも見える希望の光はかくも大きく偉大と、そういうことだろうか……。

 

「お前たちっ!!!!!!!」

 

気付けば自然と声を張り上げていた。

 

上に居るカールに視線を合わせる。メインマストにいるローとクラハドールに視線を合わせる。何とか視認できるジョゼフィーヌ、ビビ、カルーに視線を送る。下で舵輪を構えるアーロンを睨みつけてやる。

 

皆一様にして正装を着てはいるがひどい有様だ。当然ながらシルクハットなど被ってなどいない。だが俺は敢えてずっと被り続けていた。これが大きな意味を持つだろう。それだけで意は伝わるはずだ。

 

シルクハットの(つば)に手を掛ける。しっかりと握りしめるようにしてそこに力を加えてゆく。誰とはなしに、船上にいる皆に対して視線を合わせるのだ。

 

必ず大波のその向こう側へ乗り越えてゆくと。

 

絶望に見えるかもしれないその先にある微かな光を絶対に掴みに行くのだと。

 

俺たちのシンボルであるこの漆黒のシルクハットに誓い合う。

 

 

 

そして、

 

 

大波の急降下は真っ逆さまに海面へと、

 

 

俺たちの眼前へと、

 

 

寸分違うことなく落ちて来るのだ。

 

 

それはつまり、

 

 

俺たちの船がいる場所が紛れもなく“ポイントゼロ”であるということであり、

 

 

「各転桁索(ブレース)引けーっ!!! そーらっ!! 引けーっ!!!」

 

 

スタートがばっちり決まったということである。

 

 

俺たちの船は風を受けて、

 

 

舵を利かせて、

 

 

船体を大きく傾けながらも、

 

 

一つ目の大波に乗ってゆく。

 

 

「フォアマスト!!! トゲルンヤード、縮帆っ!!!」

 

 

帆の展縮さえも微調整してゆきながら、

 

 

俺たちの船は二つ目の大波に乗ってゆく。

 

 

そして三つ目の大波へ……。

 

 

四つ目の大波へ……。

 

 

五つ目……。

 

 

こうして俺たちの船の航跡は螺旋を描いてゆくのだ。

 

 

まるで大波に突然築き上げられた螺旋階段をひとつずつ登ってゆくようにして、

 

 

俺たちはひとつ、

 

 

またひとつと、

 

 

大波を乗り越えてゆく。

 

 

いつしか時間の感覚が分からなくなってくる。

 

 

何十時間も経っているのかもしれない。

 

 

だが一瞬の出来事のようにも感じてしまう。

 

 

それは何とも夢見心地で、

 

 

本当に夢のようで、

 

 

その先にあるはずの微かな光は確かな光へと変わりゆく。

 

 

信じる……。

 

 

ひとまず信じる……。

 

 

結果がどう転ぼうとも、

 

 

すべてを受け入れるという覚悟……。

 

 

その先にしか光は現れないのかもしれない。

 

 

俺たちはゆく。

 

 

大波のその先へ……。

 

 

「仕方ねぇ。てめぇら下等種族どもの水先案内人になってやる。“フォール”は抜けさせてやる。越えていこうぜ!!!」

 

 

 

 

ああ、そうだな。越えていこうぜ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン)” 『中枢地域(エリア)』 “水と霧の都” ウォーターセブン

 

 

美しい島というのは世界に数多(あまた)存在している。俺たちがこれまで上陸してきた島を思い出していくだけでも数多い。

 

大森林の中に複雑に絡み合ってツリーハウスが点在していた静寂の島サイレントフォレスト。

 

砂の王国 サンディアイランド アラバスタ。

 

見渡す限りの白が広がる塩田の島 ソリティアイランド。

 

フラッグガ―ランドを行き来するカラフルな傘に彩られたキューカ島。

 

ひとつひとつを脳裡に浮かべていくだけでも実に素晴らしいものである。

 

 

だが、ようやくにして辿り着いたこの島もまた実に美しい島だ。“水の都”ウォーターセブン。かつてそう呼ばれていた島が今は“水と霧の都”とそう呼ばれている。ウォーターセブンのシンボルと言えば遠目からでも直ぐにそれと分かる大噴水であろう。島の丁度真ん中にあるように思われるそれは上を見上げれば今も威風堂々としてそこに存在している。そこから水が何本も放射状に滝のようにして流れてゆく様は見事というほかない。そして存在感を誇示するようにして建っている巨大クレーンによってこの島が造船の町であることを思い起こさせてくれるのだ。その姿は産業都市そのものであり、今まで見てきた島とはまったく違うものである。そもそもにウォーターセブンは既に島ではない。正確には浮島であり、海に浮いているのだ。一見して直ぐに分かるようなものではないのだが、確かに移動可能らしい。

 

ただ、ここに霧の都という要素が加わって来たのは立ち昇る蒸気によって常日頃霧を形成するようになったから。そう、ウォーターセブンはいつしか蒸気機関の町ともなっているらしい。確かに遠目から眺める立ち昇る蒸気と巨大噴水のコントラストは得も言われぬ美しさであった。

 

ウォーターセブンをここまでにしたのは間違いなくガレーラカンパニーであろう。俺たちと同じく王下四商海(おうかししょうかい)に名を連ねている。特に彼らの先代が生み出した海列車は特筆ものであり、周辺世界を根底から変えてしまったらしい。それだけガレーラという存在はこの地にて影響力を持っているようだが、俺が思うには今のガレーラのトップも十分に傑物であると考えられる。普通の人間は島を浮かべようとは考えないし、たとえ考えたとしてもそれをそう簡単には実現させることなど出来ないであろう。

 

果たしてガレーラのトップであるアイスバーグという奴はどんなやつなのだろうか? 非常に興味が湧く人物ではある。

 

 

「ボス、粗方手続きは終わったようだぜ」

 

ひとり考えに耽っていたところをローの声掛けによって現実へと揺り戻されてゆく。ローとアーロンの一心同体な状態に見慣れていたせいかローが背後に何も背負っていない状態は何とも違和感があるが、“フォール”の一件で俺たちは奴を信じてみることにしたわけだ。俺たちを下等種族呼ばわりする点は何も変わってはいないが、少しだけ奴が心を開き始めたような気がしてそのままにしている。

 

さておき、どうやら俺は係留された船体を背にしながら時間を潰していたようだ。体を起こし、改めて漆黒の船体を見上げてみれば、アクアラグナによる影響か素人目にも傷みは激しいように見て取れる。正直言って“フォール”を抜け出せたのは奇跡に近い。アーロンがいなければ俺たちは間違いなくあそこで終わっていたに違いない。しかも“フォール”を抜けたからといってアクアラグナから抜け出せたわけではなかった。偉大なる航路(グランドライン)に入ってこの方、死を覚悟したことは何度もあるが、本当によく生きていたものだ。

 

「兄さん、停泊の許可はスムーズにいったわ。やっぱり四商海になっただけあるわね。完全なるVIP待遇よ。停泊料も勿論タダ。みんなには休暇を取らせたわ。あれだけ頑張ってくれたもんね。給金も5倍増しにしてあげた」

 

俺はジョゼフィーヌの言葉に耳を疑った。給金5倍増しだと?! 一体どの口がそんなことを言っているのだ。あのケチでどうしようもないジョゼフィーヌの言葉とは到底思えなかった。何せローが唖然とした顔をしており、顔は何かを言いたそうであるが言葉に出来ない様子だ。俺もまた我が妹の顔をまじまじと見つめ返すしかなかった。

 

「何よ? 二人とも何か言いたげね。あれだけ頑張ったんだから5倍増しぐらい当然じゃない。でも、不思議なのよね~。みんなあんまり嬉しそうじゃないのよ。なんかすんごい疑わしげで渋々受け取っていったのよね。何でだろ……」

 

俺たち二人は心の中で同じ思いであったに違いない。

 

それはそうだろうと。5倍増しの給金など裏があるようにしか思えないからだ。船員たちは今度は一体何を背負わされることになるのかと訝ったに違いない。

 

「ほらロー、あんたにもあげるわ、5倍増しの給金よ」

 

深く考えるのを止めたらしいジョゼフィーヌは思い出したように大袋の中からベリー札を取り出してローに渡そうとする。直ぐに反応できないローが恐る恐るといった態で受け取っていく。こんな風に思っていることを気付かれでもしたらそれこそ更に碌でもないことが待っているに違いないわけで、俺はその様子をひやひやしながら眺めることしか出来なかった。

 

 

「オーバンはアーロンを連れて海列車に乗って行っちゃったわ。美食の町プッチに行くんだって。ベポはホテルを取って休ませてるし、ビビはペルとカールを連れて島を回って来るって、私たちも行きましょう。あ、そう言えばクラハドールは?」

 

「先に行かせた。一応執事だからな」

 

さて俺たちもそろそろ行かなくては。この島をじっくり見て回りたいのは山々だがその前にガレーラへと挨拶に出向かなくてはならない。四商海がいる島に別の四商海が上陸するのだ。いらぬ波風を立たせないためにも必要な事であろう。それに俺たちはガレーラに対して新造船の発注もしなければならない。彼らの造船所も覗いてみたいし、何より蒸気機関の深淵にも興味がある。

 

「行こうか」

 

桟橋をあとにしようと視線の先に建つ大噴水を見据えながら歩を進めたところで、

 

「号外だよ~~~~~!!! 号外、号外イ!!!」

 

大量の紙束を抱えた新聞の売り子らしき男が声を張り上げながらやって来るところに出くわした。

 

条件反射でそれを手に取ってみる。号外と言うからには余程のことが起きたに違いない。

 

見出しに躍り出ていた文字は、

 

『アイスバーグ市長に暗殺の魔の手』とあった。

 

おい、おいおいおいおい……。どういうことだ? 今これから挨拶に出向こうとしていた相手が暗殺未遂などと。

 

俺の眼は直ぐさまに下に続いている活字を読み進めていく。

 

アイスバーグ市長は海列車延伸計画着工のためにシャボンディに存在するガレーラカンパニーの事務所に滞在中であったらしいが、今朝方に部屋で血塗れで倒れているところを発見されたという。未だに昏睡(こんすい)状態であり意識が戻ってないようだ。犯人は不明となっており、正直何も分かっていない、てんやわんやの大混乱状態ということだろう。

 

これは挨拶どころの話ではなくなってきたな。どうしたものか……。

 

更に情報は無いかと思い裏面へと返してみれば、更にとんでもない記事が載っていた。

 

 

 

『火拳のエースはどこへ消えた?!』と見出しが載っており、裏面全体に対して薄らとZの文字がまるで透かしを入れるようにして大書されている。

 

火拳のエースを護送中の海軍船が襲撃を受けて火拳のエースを攫われたとある。

 

大将赤犬からの必殺の攻撃目前で助かった真の理由はのちほどにヒナから連絡を受けて把握している。ということはその直後に奴は襲撃によって攫われたということになる。

 

相手は誰なのか? 何せ大将赤犬自ら護送中を襲って奪い取った奴らである。尋常ではないだろう。

 

Z。

 

この大書されたZがそれか。

 

革命軍急進派? 革命軍に派閥があるということらしい。そいつらがZを名乗ったと書かれているが……。

 

Z自らの投書によりこの記事は書かれているとある。どうやらこのZの大書も先方の意向を反映させているのかもしれない。

 

そして、

 

Zのトップは元海軍大将“黒腕(こくわん)”のゼファーであると書かれているではないか。

 

これは大事件も大事件だ。正直表面が霞んでしまうような内容。だがここはウォーターセブン、熟慮の末にこれを裏面に持ってきたということだろうか。

 

それにしても投書でもなければこんなことは公にされなかったはずだろう。政府がこんな失態を自ら世に明かすわけがない。それを見越しての投書だろうか。

 

この先の推移が正直読めないが、最悪四商海召集という可能性が有り得る。

 

「ボス……」

 

「兄さん……」

 

同じように号外記事に目を通していたローとジョゼフィーヌがこちらを窺って来る。

 

これからどうするのか。

 

アイスバーグはウォーターセブンにはいない。もっと情報を集める必要がある。

 

桟橋の向こうには荘厳な建物が見て取れ、ブルーステーションと記されている。あれは海列車の駅ということだろう。

 

「シャボンディ、レッドステーション行き、間もなく発車致します!! ご乗車の方はお急ぎ下さい!!!」

 

こんな時には人智を超えた何かによって手繰り寄せられる運命の糸のようなものが存在しているのかもしれない。

 

どうやら考えている場合では無さそうだ。

 

「乗るぞ。行くしかない」

 

短くそう告げて俺たちは走り出した。

 

 

発車が近いことを告げるように鳴る海列車の汽笛の音がこの先を暗示しているようでならない。

 

そして、

 

「号外だよ~~~~~!!! 号外、号外イ!!!」

 

新聞売りの叫びが繰り返されてゆくのが遠のいていく。

 

 

 

 

中枢……、また再びのどでかいヤマが始まろうとしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

また色々と始まって参ります。

ご指摘、ご感想、よろしければ是非に!!


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第64話 アテンション・プリーズ

いつも読んで頂きましてありがとうございます!!

お待たせ致しました。今回は7,800字ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “水と霧の都” ウォーターセブン

 

 

(そび)え立つ大噴水。

 

所狭しと建ち並ぶ石造りの瀟洒(しょうしゃ)な建物。

 

間を縫うようにして張り巡らされている水路。

 

脇の街路にはオープンカフェになっているレストランで人々が談笑しながら料理に舌鼓を打ち、物売りたちは威勢の良い声で自らの商売に励んでいる。

 

ゆらゆらと建物の合間から立ち昇ってゆく蒸気。

 

 

賑やかな喧騒と水路を薄靄のようにして霧が包み込む。

 

水と霧の都と呼ばれるだけはある風景が目の前に広がっている。

 

 

私たちは死を覚悟させるような荒波を何とか乗り越えてこのウォーターセブンにやっとの思いで辿り着いた。やっとの思いと言うのは文字通り、いいえ文字以上にやっとの思いであって、それはそれは筆舌に尽くし難いもの。正直、死んでいてもおかしくはなかったけれど、またこうして(おか)を踏めるということは私たちは幸運の神様にでも見初められているのかもしれない。

 

だからこそこの島を視認した時の思いは何物にも代え難いものがあった。感無量と言ってもいいかもしれない。多分みんな泣いていたと思う。

 

大噴水は遠目に眺めてみても、今この時のように見上げてみても実に美しいものであり、私は直ぐにこの島を気に入ってしまった。

 

しかもジョゼフィーヌさんからはいつもより5倍の給金を貰っている。他のみんなは一様にして(いぶか)しげな表情を浮かべていたけれど、裏読みなんかしない私は有り難く頂戴することにした。お陰で後ろにいるカルーは脚を前に投げ出して寛ぎながら水水ハクサイと呼ばれる何とも柔らかい舌触りの野菜にご執心だし、私も蕩けるような柔らかさの水水肉を頬張ることが出来ているのだ。この水水肉は私たちが今乗っているヤガラブルも大好物のようで美味しそうに咥えながらニ―ニ―言っている。

 

側ではペルとカール君もまたヤガラブルに乗っているが、向こうは水水まんじゅうに感嘆の声を漏らしているようだ。

 

美しい光景とみんなの笑顔、この流れゆく水路のように私の中にも幸せという二文字が流れ込んで来ているような気がして、私の口角もまた自然と上がってゆく。

 

「カルー、楽しいね!」

 

思いを分かち合いたくて後ろを振り返ってみれば、当のカルーは両の足を前に投げ出し、瑞々しさ溢れんばかりの水水ハクサイを羽根で器用にも高く摘み上げながら大口を開けていた。

 

「カルーったら……、お行儀が悪いわよ!」

 

私自身もたまにやっていることなので、口にする資格があるとは言えないが、私の姿もペルからすればこんな風に見えてしまうのかもしれない。確かにお行儀が良いとは言えない仕草である。

 

「…………クエ~~~、……クエ?」

 

そんな私の心中などお構いなしのようにして、まるで両の頬っぺたを落としそうな表情を見せた後に不思議そうに返事を返してくるカルーに対して私の口角はまた上がってゆくのだ。

 

しょうがないな~と思いながらも、水水ハクサイもまたそんなにも美味しいものなのかと興味が湧いてきて、私も思わずそれを高く摘み上げて溢れ出る滴と共に口の中へと落としてゆく。何だろう、この甘み……、癖になりそう。

 

「ビビ様っ!! それではカルーと同じ! ミイラ取りがミイラになってどうするのです」

 

幸せの味が口いっぱいに広がっていたところへ入り込んできたペルの言葉に対し、条件反射で反論しようとしてしまうが、口の中がいっぱいであったことに寸でのところで気付いて何とか睨みつけてみる。

 

「カール君っ!! 君もいい加減諦めたらどうなんだ」

 

でも睨みつけてみたペルは私に顔を向けながらもその手は別の方向に振り上げられていて、先ではカール君が口を開けながら何とか水水マンジュウを上に掲げようと必死にもがいていた。ペルの手によって押さえつけられながら。

 

その光景は何ともペルらしくて、私はとうとう我慢出来ずに吹き出してしまうしかない。

 

ぷっ……、ふふふ♪♪

 

私の吹き出し具合に血相を変えているペル、その一瞬の油断を見逃さずに押さえつける手を振り解いて水水マンジュウを高く掲げることに成功してそのまま口の中へと放り込んでゆくカール君。直ぐにも表情を切り替えて窘めに入ってるペル。うんうん頷いて見せながらも私への視線をにんまり笑顔で挟んでくるカール君。

 

 

何気ないこの日常。これこそがやっぱり幸せだと噛み締めずにはいられない。

 

 

ひとつひとつ言い含めるようにしてカール君に優しく説いているペルが祖国への文通の段取りを手配していたことをこの島上陸後に知らされた。ペルは満面の笑顔で私が密かに書き溜めておいた手紙を受け取って、代わりにどこかで受け取ったらしいパパの宛名が入った封書を渡してくれたのだ。

 

私が認めた手紙。正直内容には自信が無い。祖国に関連するような情報はまだ乏しいなりにも奮闘している様子を伝えているつもりだけれど、内心では抱えている心配と不安が滲み出てはいないかと気が気ではない。

 

それにパパからの文面を見る限り、祖国の状況は芳しくないようだ。

 

イガラムがタマリスクを離れることはない。離れられる状況ではない。チャカに加えてリーダーまでもが定期的に入らなければならない。状況は悪化の一方であり、(むしば)む“悪性腫瘍”がそこを漏れ出て広がっていくのは時間の問題…………。

 

もちろんそんなことは書かれてはいない。パパの文面はとても穏やかで私の身を案ずる心配に満ちている。けれど、それを文字通り受け取ることなどは出来ないのだ。状況が芳しくないことは想像できる。切迫感に溢れている走り書きはそれを如実に物語っている。

 

 

不安はある。

 

心配もする。

 

でもだからこそ、この何気ない日常が愛おしいのだ。

 

だからこそ、私の口角は上がってゆく。

 

 

やらなければならないことは沢山ある。

 

まずはこの服を何とかしなければならない。カルーにも新しい服を用意してあげなければならない。

 

ネルソン商会には正装着用の義務が存在している。それは漆黒のスーツにシルクハットという装いであり、私たちのような砂漠の民では常識である真っ白な装いとは正反対のもの。

 

日に日に鋭くなってゆく総帥さんの私たちに対する視線、カルーに対する視線、墨と太筆を念入りに確認している様子を見るにつれて、是が非でも漆黒の装いをここウォーターセブンで手に入れなければ黄色いカルーに明日はないことを実感した。

 

買い物にはジョゼフィーヌさんも付き合うと言って聞かなかったが、あの人が一緒だとスカートの丈がどこまで短くなるのか分かったものではないので丁重にお断りした。

 

女はスカートの丈の長さに覚悟のほどが表れると聞いたことがある。私にはまだジョゼフィーヌさんほどの覚悟は無いのだろう。私もまだまだね……。精進が足らないのかもしれない。何の精進をしなければならないのかはよく分からないのだけれど……。

 

はぁ……、

 

スカートの丈の短さに思いを巡らすのは止めよう。想像しているだけで何だか目が眩しくなってきそうだもん。

 

他にもやらなければならないことはあるのだ。

 

積荷のひとつである塩の木(ソルトツリー)。サンプルとして比較的短めの枝を持って来ている。託されたのは木材加工に精通している工房に当たりをつけること。ヤガラブルを貸してくれたブル貸し屋の店主に聞いてみたところ、上の造船島に行けばガレーラカンパニーのドック周辺に木材加工業者がひしめいていると言っていたが、家具に仕立てるといった特殊加工となればセント・ポプラに行った方がいいかもしれないとのことだった。

 

ということは、あの海列車に乗って行かなければならないということだ。

 

楽しみね……。海の上を汽車で走るとはどんな感じだろうか。

 

海列車の乗り心地具合に思いを馳せながら、ニ―ニ―とせがんでくるどうしようもないヤガラブルに水水肉を食べさせてやりつつ、私たちは水と霧の都の奥へと進んでゆく。

 

 

 

 

 

これならカルーが墨で塗りつぶされるかもしれないという不安からは解放されることだろう。

 

私たちは裏町商店街の奥の奥まで入り組んだ水路をヤガラブルで抜けたあとに石畳の街路に降り立ち、能力でこの島の人々が交わす言葉を拾って検討した結果、このひっそりと隠れ家のように佇む仕立屋にお邪魔した。

 

満足ゆくまで店内にて吟味して店をあとにした私たちの装いは漆黒そのもの。ペルは正統派スーツを選択し、私はスーツの下にホットパンツを選択し、カルーにはチョッキを着せてみた。もちろんちゃんと頭の上にはシルクハットをのせている。これで私たちもれっきとしたネルソン商会の構成員だ。

 

カール君も嬉しそうに微笑んでいる。ホットパンツとミニスカートの違いについて熱心に質問を浴びせてきた時にはどうなることかと思ったものだが……。答えに窮する私に対してカール君はこれでもかと口角泡を飛ばしてきたものだからお茶を濁すのに随分と苦労した。最終的にカール君の中で両者に大した違いなどなくて趣向の違いでしかないという結論に至ったよう。見えそうで見えないギリギリに惹かれてしまうのか、揺れる身体の曲線美に心踊らされてしまうのか、だって……。

 

……、もっと私がしっかりしないといけないんだわ。カール君のこの先が思いやられてならない。

 

そこへ、

 

懐かしい響きをした声が私の脳内に突然入り込んできたのだ。

 

 

 

~「ロビン、どこ行ったんだろうな――――……。おれやっぱり本気で何か怒らせたのかな~~……」~

 

~「バカ……、んなわけねぇだろ」~

 

 

 

私のモシモシの能力は意識することでオンオフを切り替えられるようになっている。オフ状態の今は何も聞こえてはこないはずなのに……。

 

 

 

近い……、橋の上だわ……。

 

ドキドキする胸の鼓動を感じながら振り返ってみれば、懐かしい二人の姿が石造りのアーチ橋を渡っている様子が見て取れる。

 

「わーお! トナカイさんにMr(ミスター).プリンスだ~~!!」

 

「クエーッ、クエーッッ、クエー-ッッ!!!」

 

「ビビ様……、彼らですね……」

 

紛れもなくそう……。

 

「ええ。サンジさん……、トニ―君……」

 

私たちの声に橋上の二人も気付いたようで、

 

「ビビちゃん?! ……ビビちゃんじゃねぇか!!! 何でこの島に……」

 

「え……? ほんとだ、ビビだ! カルーもいるし、カールまでいるじゃないか。それに、おまえはあの時の……、生きてたんだな……」

 

本当に懐かしい声で呼び掛けてくれるのだ。両手を大きく振り上げながらこちらへと駆け寄って来てくれるのだ。

 

嬉しかった。左腕の×印が消えてしまうことなど無かった。

 

「あ~~ビビちゃん、さっきまでの俺の胸騒ぎは胸の高鳴りの間違いだったんだね~~♥ 水の流れに流され流されて、あ~~これは運命だね、ビビちゃん♥」

 

「え……!!! 胸騒ぎが胸の高鳴りに……!!! 大変だ、サンジ!!! 診察しよう!!!」

 

「いや、だから病気じゃねぇっつってんだろ!!」

 

そしてサンジさんはやっぱりサンジさんで、トニ―君はやっぱりトニ―君で。

 

「ふふふ、久しぶりねサンジさん、トニ―君!!」

 

私は自然と笑っていた。

 

「でもどうしたんだい、ビビちゃん? もしかして……俺に会いたくて……♥♥♥」

 

激しい突っ込みから直ぐに真顔に戻って、再びメロリンメロリンと締まりのない顔へと変化して勝手に妄想の世界に入ってしまっているサンジさん。

 

「プリンスとプリンセスの偶然の出会い。確かに運命ですね」

 

「おう、レインベースの時のチビか。分かってんじゃねぇか」

 

「ビビ様の前だぞ、君っ!! その頭の中の妄想を消し去りなさい!!」

 

「クエーッ!! クエーーッッ!!!」

 

「あんた、あの時の……、生きてたんだな」

 

「ビビ、ごめんよ。サンジは相変わらずなんだよ。でもビビとカールが一緒にいるってことはどういうことなんだ?? ……あ、もしかしてネルソン商会の船に乗ってるのか?」

 

そう聞かれることは分かり切っていた。再び国を出た以上はどこかでまた出会うことになることは想定していたけれど、まさかこの島で会うことになろうとは思いもよらなかった。正直後ろめたさでいっぱいであって、あまり答えたくないけれど……。

 

「ええ、そうなの。 ごめんなさい、私は残るって言ってたのに……」

 

ばつの悪い気持ちがどうしても私の視線を下へ下へと追いやってしまい、自然と俯き加減になってしまう。

 

「何言ってんだよ、ビビちゃん!! 気にすることはねぇ、顔を上げなよ!! 何があったのかは知らないが余程のことがあったんだろ。俺たちも今色々あってよ!!」

 

「そうだぞ、ビビ!! 俺たち仲間だろ!! それに、すげぇよ!! ネルソン商会って王下四商海(おうかししょうかい)になったんだろ!!すげぇな、カール、俺びっくりしたよ~~」

 

私の思い悩みなど何でもないことのように、軽く吹き飛ばしてくれる。私のことを(おもんばか)ってくれている。俯いてしまった心と身体を起き上らせてくれる。

 

でも、私は気付いてしまう。色々あったのところで二人が瞬間的に目配せをしたことを。色々は色々、でも決して軽くない。私は直ぐにそこに気付いてしまった。でも二人は私にいらぬ心配をさせないように話さないことに決めた。今の目配せはそういう意味かもしれない。

 

「そうです。僕たちはすごいんです。でもチョッパー船医、空の島に行って来たんですよね。お化け海流に乗って行ったって、総帥が言ってました。そっちの方がすんごいですよ~~」

 

「ウ……うるせぇな!!! そんなに褒められても嬉しくなんかねぇぞ、このやろうがっ!!!」

 

「嬉しそうですね」

 

「クーエ」

 

「それにしてもよく知ってんな! 俺たちが空島に行ってたってこと。もしかしてビビちゃん……♥♥」

 

「もしかしてなど何もないっ!! 我らの総帥殿は君たちをえらく気に入っている。ただそれだけのことだっ!!」

 

再び、相変わらずのトニー君らしさ、サンジさんらしさに苦笑してしまいながらも、私は思案する。

 

このまま二人の優しさに乗り掛かってしまえばいいと……。

 

「ほんと、みんなの方がすごいわ。私も見たの。“突き上げる海流(ノックアップストリーム)”を。あれに乗って空島へ行って、また戻って来たんだから……。……なんて言う言葉で終わらせたりしない。この×印は何のためにあるの? 私もみんなの仲間なんだから、何が起こったのか、全部教えてちょうだい!!!」

 

なんて思えるはずがなくて、私は自然と左腕を掲げて見せていたし、最後は叫んでいた。そこからは二人から色々を包み隠さず教えてもらった。

 

2億ベリーのこと。

 

ウソップさんのこと。

 

ニコ・ロビン、ミス・オールサンデーのこと。

 

色々はほんとに色々で。決して軽くはなくて……。

 

そして、私が抱えることになった色々も包み隠さず伝えてみた。

 

「ビビちゃん、ごめんよ。俺たちが間違ってたよな」

 

サンジさんが面目ないという風に謝ってくれる。私に心配させたくないという気持ちは痛いほどに分かる。

 

「ビビ、ごめん。俺たち、ロビンが心配なんだ。……そうだ! ビビなら能力でロビンの声を聞けないかな? ロビンが何か話してたら声を聞けるんだろ??」

 

涙目になりながら藁にもすがるような思いでいるように思われるトニー君にこんなことを尋ねられれば応えないわけにはいかなくて。

 

私はモシモシのスイッチを完全にオンにする。

 

 

 

――――傾聴(アテンション)――――

 

 

能力をウォーターセブン全域を包み込むようにして拡散させ、まだ馴染みがあるミス・オールサンデーの声に耳を澄ましてゆく。声を拾える可能性は正直限りなく低いと言わざるを得なくて、ギャンブルに近いものがあるが万にひとつでも可能性が無いわけではない。みんなはそういうことを実現してきたわけだし、私はそんなみんなの一員だったし、仲間である。

 

だからお願い…………、

 

 

 

~「わけない……わ」~

 

祈りが届いたのかどうかは分からないけれど、拾った声の中には確かに聞き覚えのある声が含まれていた。

 

~「―――――当然お前も町中から消される身になったがな、ロビン」~

 

え? ん?

 

~「―――――そうね」~

 

ミス・オールサンデーが居ることは確定。でもその話し相手は一体誰だろうか?

 

~「フフフ、だが一時的なもんだ。大切なのは……、この後……!!! CP9の奴らに会ってねぇだろうな?!」~

 

この笑い声……!!!

 

忘れもしない!!!

 

忘れるわけがない!!!!!!!!

 

 

あいつだ……。

 

~「ええ、もちろん」~

 

~「奴らは先を越されて慌てふためいてやがるだろうが、気を抜くな。奴らを引き付けておくにはお前の存在が必要だ。フフフフフ、お前を()()()()()のはまだ先になりそうだな、“ナポレオン”との協定もあるが、まだお前には利用価値がある」~

 

~「そう……。それで、ジョーカー……あなたは?」~

 

笑い声、サングラス……。

 

忘れはしない。忘れることなんて出来やしない。あいつが、ジョーカーが……近くに居る……。

 

~「フフフ、俺か……。サン・ファルド、セントポプラ……それぞれに取引があるが、アラバスタで許し損ねた奴がいる。……なぁ、ロビン、処刑はやはり“鉛玉”に限るとそう思わねぇか……」~

 

 

 

「クエー?? クエ、クエーッ!!」

 

「ビビ様、顔色が悪いようですが如何されましたか」

 

「ペルさん、多分ビビ会計士補佐は怒ってる気がするよ……」

 

「おい、ビビちゃん、どうしたんだ? 何か聞こえたのか??」

 

「ビビ、もしかしてロビンか? ロビンが居たのか?」

 

 

「うん! 居たわ。声が聞こえた。トニ―君、もう大丈夫よ」

 

怒りで打ち震わせていた拳を無理矢理解き放って、口角を精一杯上げてそう答えてみる。内心はどうであろうとも……。

 

二人はミス・オールサンデーが見つかったことに安堵しており、涙していて、私に感謝の言葉を繰り返してくれている。私はミス・オールサンデーがシャボンディ諸島のガレーラカンパニーに再度向かうことを伝えて、私も協力したいから一緒に行くと言ったところで……。

 

 

「……ビビちゃん、そりゃダメだ。また両手に力が入っちまってるぜ! 何を聞いてしまったのかは知らねぇが、ビビちゃんにはビビちゃんのやるべきことがあるんだろ。俺たちはその気持ちだけで十分さ!!」

 

「サンジ!! 何言ってんだよ、ビビが一緒に行きたいって言ってん……」

 

「バカ! ほら、行くぞ、チョッパー!! シャボンディ行きの海列車が何本あんのか分からねぇだろ、間に合わずにロビンちゃんに会えねぇかもしれねぇだろうが!!」

 

「え、分かった! 行くよ。じゃあな、ビビ! また、会おうな!!!」

 

私は遠ざかってゆく二人に向けて手を振り上げ、口角を上げて見送った。何とか……。

 

サンジさんには敵わないな……。

 

 

 

ジョーカーは最後にこう()()()()()()言ったのだ。

 

~「……なぁ、ビビ王女、聞いてんだろ。お前たちがこの島に来てるのは分かってる。フフフフフ、フッフッフッ、アラバスタを留守にしてていいのか? 最近俺たちは“ヘブン”を手に入れた。コラソンに手配させてアラバスタにも持ち込むつもりだ。フフフフフ、この意味、分かるよな?? フッフッフッフッフッ……」~

 

 

「ビビ様……」

 

「クエー」

 

「……何かあったんですよね……」

 

二人を見送った私たちには伸しかかるものが存在する。いいえ、ネルソン商会に伸しかかるものが存在している。

 

「ペル、小電伝虫をお願い。総帥さんに緊急連絡が必要だわ。それから、私たちはセントポプラに向かう!!」

 

 

祖国は守る。守って見せる。

 

絶対に!!!

 

 

でも、

 

その前に守るべきものが私にはある。

 

 

気付けば私は自分の手が痛いほどに小電伝虫を握り締めていた……。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

今回の章は先に宣言しておきます。

詰め込んでいくと。ありったけを詰め込んでいきます。これでもかと。


誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!


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第65話 振り上げたもんを振り下ろしてどないすんねん

皆さまいつも読んで頂きましてありがとうございます。

お待たせしております。今回は14500字ほど。

よろしければどうぞ!!


偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “美食の町” プッチ

 

 

「さすがは美食の町やで~。おもろいこと考えるやんけ。景色も味のひとつや言うわけか……。なぁ、アーロン、お前はどないや?」

 

今わいたちはゴンドラっちゅう先が(とん)がった小舟に乗っとる。ウォーターセブンで見かけたヤガラブルっちゅうけったいな生き(もん)とは(ちご)うて何とも洒落た乗り(もん)や。先が(とん)がってるゆうのがみそやな。こいつはニ―ニ―やかましく言わへんしな。乗り心地も見た目よりもええんや、これが。

 

それにや、何と言ってもこの景色やな。ハットがここにおったら無言でタバコに火点けよるやろな~、これは。

 

ゴンドラが波紋作って漂ってんのは一面青の世界や。

 

海水が入り込んだ洞窟はまさに“青の洞窟”ってわけやな。

 

暗い中におるんやけど、下に見える海は光で照らされて浮かび上がるみたいに青いんや。

 

ぷかぷか浮かんどる防水ランタンもええ味出しとるで、仄暗いオレンジが温かみを演出しとるってやつやなぁって、アーロンのやつ相変わらずの無視か。

 

「ええかげんお前もしけた(つら)せんと、何か言うたらどうやねん、ほんまに」

 

ほんまに何でこいつわいに付いてきたんやろな~、って荷物持ちに算盤勘定して強引に引っ張ってきたんは脇に置いといてやで。海列車の中からずっとこれや。アクアラグナのフォールん中ではアホみたいに生き生きしとったっちゅうのに……。

 

「お連れ様はお食事が気に召されませんでしたか?」

 

「……ん? ちゃうちゃう、わいらまだ何も食べてへんのやさかい、あんたが気にすることやないで。物珍しぃて言葉にならんだけや」

 

ワインレッドの衣装に身を包んどる船頭はんに気使わせてもうて堪忍やから、

 

「ええとこやな、美食の町プッチ。海列車が直接この洞窟まで入って来てぇ、降りたら青い世界にこのゴンドラっちゅうのは大した演出やで」

 

素直に褒めたるわけや。

 

「ありがとうございます!! 楽しんで頂けて何よりでございます!!」

 

「洞窟ん中やのに青いんはあの穴から降りて来る光が理由なんか?」

 

洞窟の上にはぽつぽつと穴が空いてんのが見える。そこから降り注ぐ光がこの青い世界を作りだしてるっちゅう仕掛けなんちゃうやろか。

 

「ええ、おっしゃる通りでございます。ただ、それだけではございません。この洞窟の底は石灰岩に覆われているのです。ゆえに光を反射します。この青さはそれゆえなのです」

 

「なるほどなぁ、石灰の白に反射されてっちゅうわけか。確かに、そらあんたもえらい別嬪(べっぴん)に見えるわけやで」

 

「もう! お客様、お上手ですね! さあ、最初のお食事が参りますよ」

 

目元の涼しい別嬪(べっぴん)さんにはちゃ~んとそう言うたるんが男としての務めや。って、最近わいもカールの物言いが移ってきよったんやろか。12のガキに寄せていくんは何かアレやけど、まあええか……。

 

吸い寄せられるように別のゴンドラが並走しよって、手元のランタンに照らし出されたんは、

 

「水水トマトとプリプリ海老の冷製カッペリーニでございます。こちらはもちろんウォーターセブン特産の水水トマトを使っております。カッペリーニのつるりとした喉越しを是非ご堪能ください!!!」

 

真っ白な器に煌めくように盛り付けされた一皿や。トマトと海老が輝いとるな。上に載っとるんはバジルか、何ともええ香りやないか。どれどれ……、

 

ほんま、つるり……やな。

 

ええ喉越しや、水水トマトは蕩けよるし、海老はアホみたいにプリプリや。

 

「……美味い。美味いな、あんたはん。……最高や!」

 

「ありがとうございます!!! お気に召して頂けたようで感激です!!! よろしければこちらも如何でしょうか、熟成された岩窟チーズの削りだしを掛けますとまた一味違ったものとなりますよ♪」

 

素直に味の感想を伝えたったら、船頭はんは両頬をトマトみたいに真っ赤にして嬉しそうや、可愛い娘やないか。

 

そうか、岩窟チーズときたか。

 

両手でしっかり持たなあかん大きさのまん丸なってるチーズの塊を目の前で削りだされて掛けられたもんを口に運んでみたらや、

 

こらあかん……、めちゃくちゃ美味い……。

 

人間ほんまに美味い時には言葉なんか出えへんもんや、わいに出来るんはただ親指立てて別嬪(べっぴん)さんの可愛い娘に視線を合わせたるだけやった。

 

こんな美味いもんや、アーロンも無言になるほどやろなぁ思うて振り返ってみれば、

 

「牛の丸焼きはねぇのか?」

 

抜かしよったで、このどアホがっ!!!

 

「このキラッキラッに輝いとるカッペリーニ目の前にしてそれを言うか、このどアホがっ!!!」

 

「牛の……丸焼きで……ございますか……」

 

「船頭はん、こいつの言うことなんか聞かんでええんやで。牛の丸焼きて……、洒落っ気の欠片もないやないか」

 

「俺の好物だ」

 

おー、おー、言い切りよったな、このどアホがっ!!! 牛の丸焼きが好物ときたか。

 

「って、カッペリーニのあとに牛の丸焼き出すわけないやろがっ!!! はぁ……、船頭はん、ちなみに次はなんや?」

 

「はい……、プクプク鯛の香草焼きでございます。今が旬、身の締まったプクプク鯛をレモンハーブでじっくりと焼いたものをお出ししようと……」

 

「せやろうな。それこそ最高やないか。牛をまるまる焼いて一丁上がりとはわけがちゃうんや。レモンハーブか……、一緒に焼いたらさぞええ香りなんやろなぁ。どうやアーロン、これでもまだ牛の丸焼きよこせって抜かすんか」

 

「牛の丸焼きだ」

 

ノコギリ歯剥き出しにして笑いよるこいつが仏頂面で繰り返すほどや、よっぽど好物なんやろな、これは。

 

「しゃあないやつやな、ほんまに。どうやろか船頭はん。この美食の町で牛の丸焼きを出してくれる店なんてあるやろか」

 

顎下に拳当てながら暫し思案に暮れとった船頭はんやけど、

 

「プクプク鯛をご賞味頂けないのは残念でなりませんが、仕方がありませんね……」

 

答えを見つけよったみたいで、指を乾いたええ音鳴らして弾いたら天井からロープが下りて来たんや。

 

「こちらにお掴まり下さい」

 

別嬪(べっぴん)さんに満面の笑顔で言われたら言う通りにするしかないやん、せやろ。アーロンにも早よ掴まれや、ボケ言うて急きたてたら船頭はんが右手の掌開いて上に(かざ)しながら最高の笑顔で言うんや、

 

「上に参りま~~す♪♪♪」

 

その瞬間何が起こったかって、時間が止まっとったな、あれは。いや実際には止まってへんねんやけどやで。

 

つまりはや、ロープ一本で洞窟の天井にある穴から一気に上へと引き上げられたわけやな、わいらは。

 

海列車でこの島入る時に見かけてたでこの島がどうなっとるかは。確かに結構高い丘が広がっとったんやけどな。

 

せやからや、ロープ一本でその上まで一気に引き上げられたわけやな。

 

って、

 

 

ほんまに殺す気かぁぁぁっ!!!!

 

 

丘の上までどんだけ高さある思うとんねんな、ほんまに。

 

まあ確かに一瞬やったで。ほんまに一瞬の出来事や。

 

その分下半身には生きた心地せえへんかった。船頭はん、可愛い顔してやることえげつなぁ……。

 

わい、大丈夫やろなぁ、ほんまに……。

 

思わずわい自身の下半身を確認しとったらや、

 

「お客様、如何なさいましたか?」

 

覗きこむようにしてまた別嬪さんや。

 

「……え? せやからわいのこっちは大丈夫……。すまん、堪忍や……」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

わいは一体何いうてんねんやろな、別嬪さん相手にしてって、船頭はん、あんたも登って来たんかいな……。

 

ん? せやけど何か印象がさっきとちゃうなぁ、似てんねんやけどなぁ。

 

「あんた船頭はんか?」

 

「いえいえ、私は“トルリの丘”の案内役でございます! ようこそいらっしゃいました!!」

 

「あんたもしかして妹はんおらへんか?」

 

「妹でございますか? 確かにひとりおりますが……。私と同じように“青の洞窟”で案内役をしております」

 

せやろせやろ、道理で似とるわけやで。

 

「そら良かった。おかげですっきりしたわ。ほんでや、わいの連れがおったはずなんやけど、あんた知らんか?」

 

「お連れ様でしたら既にお食事中でございますよ。あちらにて……」

 

別嬪の案内役はんが示してくれた先は見晴らしがいい草原が広がってる。その下にはコバルトブルーの海岸線や。真っ白いんパラソルも立っとって、獲れたてのええ魚をふるまってそうやな。

 

ちゃうちゃう、そうやのうてアーロンや。

 

って、牛の丸焼き……。

 

「こんがり一頭焼きの黒毛牛でございます!」

 

こんがり一頭焼きて……。ほんまに牛がまるまる逆さ吊りにされて丸焼きにされとるやないか。

 

「シャハハハハ!! 牛の丸焼きはこうでなきゃなぁ、おい下等種族! てめぇも食え!!」

 

さっきまで押し黙ったまんま仏頂面しとったやつがよう言うわ。そんなに好物か、牛の丸焼きぃ。

 

「案内役はん、ちなみにやけどあの牛の味付けはどんなんや?」

 

「はい。ぶっかけ塩コショウ、以上でございます」

 

……以上か。ええセンスしとるわ。あいつに繊細な味付けしたったところで却って逆効果にしかならんやろ。

 

「案内役はん、ありがとうな。……アーロン、わいはこれでも忙しいんや。遠慮しとくわ。そもそも美食の町まで来てなんで牛の丸焼き食わなあかんねん。せやからおまえ一人で食うとけや。大好物を一人占め出来て満足やろ。丸焼き一頭なんかそうそうありつけへんねんから、今のうちにたらふく食うとくことや」

 

そういうこっちゃ。何が楽しうて牛の丸焼き食わなあかんねんちゅうこっちゃで……。

 

「お客様、遠慮なさらずともよろしいではありませんか。さあ、どうぞ♪」

 

って、何やこれ。

 

骨付きで何とも豪快やないか、っていうか燃えとんな、これまだ……。

 

「熱っっ!!!!!」

 

火傷しそうなぐらいに熱い骨付き牛肉の塊を渡されて、思わず掌ん上に載せてもうたわいは、

 

「何しとんねん、ワレッ!!!」

 

思わず毒づいてもうたんやけど、

 

「あぁ、申し訳ございません!! こちらの間違いでしたね。はい、どうぞ♪♪♪」

 

可愛らしい笑顔でまだ燃えたまんまの牛肉をわいの口元に持って来るんや。

 

わいには選択肢はひとつしか無かった。口開けるしか無かったんや。

 

「……熱っっっっ!!!!!!!」

 

死にそうになりながら涙目で案内役はんを見詰め返しとったら、満面の笑顔で小首傾げて来よったわ。

 

ほんま、血は争えんな。姉妹揃ってドSが過ぎるやないかぁっ!!!!!!!

 

「シャハハハハ!! 泣くほど美味ぇのか。てめぇもこれくらい美味ぇもん作ることだなぁっ!!!」

 

このドアホがっ!!! アーロンのやつ、覚えとけよ。料理人怒らせたらどんだけ怖いか分からせたるからなっ!!!

 

「お客様、ワインなど如何でしょうか?」

 

わいが死ぬ思いして飲み込んだんを見計らったように案内役はんから誘い文句を向けられてくる。憎たらしいほどのタイミングや。

 

確かにさっきから視界には入れてたで。一際目立つレンガ造りの建物は。

 

「あの建物(たてもん)、もしかして……」

 

「ええ、ワイナリーにチーズ工房を併設しております」

 

「最高やな! あんたには敵わんわぁ、ほな行こかぁ」

 

アーロンはこの際放ったらかしや。牛の丸焼きが好物やっちゅうやつが今更ワインにチーズ寄越せなんか言わへんやろ。

 

 

案内役はんに文字通り案内されて丘登ってったら、白壁の小じんまりした建物がようけ見えてくる。そいつは屋根が石積み円錐形の尖がりになっとって、えらい可愛らしい建物(たてもん)や。

 

ん? 何や、建設中か? いや、ちゃうな……、こら潰れとんやないか。

 

綺麗に建物(たてもん)が並んどる中に一軒だけ廃墟になっとるところがあるんやけど、これがまたおかしいんや。申し訳程度に白壁の跡だけ薄らと残ってんねんよなぁ。しかもや、厨房らしきもんの一部だけも残っとって、中では頭に包帯なんかターバンなんか巻いたやつが心なしかしょんぼりした佇まいで片付けとるんや。

 

「何何やあれは?」

 

「あれは“サガット”の結果です。それなりには繁盛していたカレー屋さんだったんですが……」

 

「サガット??」

 

聞き慣れへん単語を耳にしてオウム返しに聞いてみたら、

 

「このプッチには偉大なる航路(グランドライン)中から腕に自信を持った方々が出店されてます。ですがこの町は美食の町でございますから常に厳正なる査定を行っておりまして……」

 

「それがサガットっちゅうわけか」

 

「ええそうでございます。“サガット”は我らが副市長が直々に行っておりまして、眼鏡に適わないと判断されました店舗さまには蹴りが入ります」

 

は? 今、蹴り()うたか。

 

「副市長の蹴りは強烈でして大抵はあのような形に……」

 

よう見たらその横で図面とにらめっこして話し合っとる連中もおるやないか。

 

「あの方たちは次の出店予定の店舗さまでございます。生ハムメロンの専門店ということで、“東の海(イーストブルー)”では知らぬ方はいないという人気ぶりらしく……」

 

生々しい光景やないか。敗れて出ていく(もん)と勢いある入って来る(もん)が目と鼻ん先におるってのはなぁ。影と光が同居して、せやかてこれが人生やしこの世界や。偉大なる航路(グランドライン)ちゅうのはそういうとこや。わいにもそれは身に沁みて刻みつけられとる。

 

それでもや、こんなん見たらちょっと興味湧いてくんなぁ。

 

「この町への出店条件はどんなんや?」

 

「……お客様も料理をされるように薄々感じてはおりましたが……、ご興味がおありですか?」

 

「わいは海の上の料理人やけどな。興味はあるなぁ……。どうせここ以外でもサガットで蹴り入れられたとこはあるんやろ?」

 

「ええそうですね。ここ“トルリの丘”でもう1軒、シャバシャバカレーとナンの専門店でございます。“アメルの海岸”でも立て続けに2軒、こちらもスープカレーとごろごろ野菜カレーの専門店でございます。最近カレー分野での査定基準が変更となりまして……」

 

「なんや、味の基準がシビアになったとかそんなんか?」

 

「いいえ、食材の最低原価率が引き上げられました。75%から80%に5%アップしたんです」

 

は? 何言うとんねんこいつ。原価率80%ってアホちゃうか。

 

「80%て、普通やったら死ね言うてるようなもんやろ。競争激しそうやから家賃もべらぼうに高そうやしな」

 

「いえ、地代は頂いておりません。出店条件も美味しいかどうか、ただそれだけです。あとは店舗さまの情熱と心意気で判断させて頂いております。査定基準はあくまでも階級的なものでしかありませんので……。原価率を上げたからと言って美味しくなるとも限りませんから」

 

「まあそれはそうやけどなぁ、調理方法変えるだけでめっちゃ美味(うま)なることもあるしなぁ。それでもええ食材使(つこ)うた方が美味(うま)なるのも確かや。わいも財布握ってるやつから蹴りちゃうけど刀はたまに入って来るさかいな。原価率で()うたらそれぐらいは使(つこ)うてるかもしれへんなぁ」

 

「フフフ、そうですか。それは怖いですね。……ご興味がおありでしたら是非どうぞ!! 情熱と心意気を持って美味しいものを出して頂ける方は大歓迎でございます♪♪♪」

 

別嬪はんにこの町への出店条件や方法を詳しく聞かせてもらいながらのワイナリーとチーズ工房への案内はめっちゃ楽しかった。

 

わいの中で何かが閃いた瞬間や……。

 

おばんざいを出す店で勝負出来へんかなぁ。こら一丁考えてみよかぁ~。

 

料理人の血が騒ぐっちゅうやつやで。

 

 

 

 

 

ワイナリーの中は壮観やった。熟成庫に整然と並んどるワイン樽。テイスティングルームには瓶詰めされたもんがセラーにアホみたいに並んどるんや。

 

それでや、

 

「これ、美味(うんま)いなぁ。何やこれ? こんなん初めて飲んだわ」

 

わいが今試飲してみたこいつ。赤を通り越して黒に近いような濃厚な色してるんやけど、こいつがまた最高なんや。

 

「ありがとうございます!! こちらはトルリ特産の黒ワインでございまして、厳選された黒ブドウを使ってじっくりと熟成に熟成を重ねたものでございます。濃厚でデザートワインと呼ばれるものです。同じくこちらの熟成に熟成を重ねた濃厚岩窟チーズと合わせて頂きますとそれはもう……」

 

案内役はんの天に召されよったような表情見たら試さんわけにはいかんやろ。

 

どれどれ……、

 

 

それはもう……至福……やな。

 

「案内役はん、この黒ワイン貰うわ。チーズも欲しいな。それからや、もしかして定期配達とかしてへんやろか」

 

わいの質問に対して昇天した表情から一気に可愛らしい笑顔に戻った案内役はんや。

 

「お客様、良いところに目をつけてらっしゃいますね。最近丁度世界経済新聞社と業務提携致しまして、ニュースクーの配達網に我々のワインとチーズを載せられることになったのです!!! なので定期配達は可能でございますよ」

 

おー、おー、出来る女やないか案内役はん、素晴らし過ぎるな、ほんまに。

 

「案内役はん、あんたもしかして……」

 

「……申し遅れました。私が美食の町プッチの副市長、サガットと申します」

 

丁寧なお辞儀と一緒に渡された名刺には確かに副市長と入っとった。

 

おいおいまじか……。

 

もしかしたら結構偉いさんちゃうかと思っとったけど、ほんまに偉いさんやったんか。しかも副市長のサガットって……。

 

あんたが副市長やったんかぁぁぁぁ!!!

 

名前からしてどんな筋骨隆々の居丈夫かと想像しとったけど、全然ちゃうやないか。自分で自分の蹴り跡を解説するってええ根性しとるわこの別嬪はん。

 

「ほんまにその足で蹴ったらあんなことになるんか?」

 

「ええそのようです。何ならお試しなさいますか?」

 

こわいこわい、こわいで別嬪はん。その可愛らしい笑顔の下で床板踏み鳴らしとるその美脚にドSっぷりが駄々漏れしとるで、ほんまに。

 

「はははっ……、さよか。いや、遠慮させてもらうわ」

 

「あら残念」

 

って小首傾げとる場合ちゃうで、あんたはん。めちゃめちゃこわいやないか。わいは女に蹴られて喜び発狂するようなドM変態とはちゃうんや。……まあ気持ち分からんでもないけど……いや、ちゃうちゃう。

 

「蹴り技に関しましてはマリンフォードの方々に仕込んで頂きました。大事なお得意様でもございますから、持ちつ持たれつというわけでして……」

 

「つまりは嵐脚(ランキャク)っちゅうわけか。道理で何や見たことある光景やと思っとったわ」

 

「おっしゃる通り。それに……お客様のことは存知あげておりますよ。王下四商海(おうかししょうかい)ネルソン商会の料理長でらっしゃるザイ・オーバン様でございますよね。またの名を……“阻撃者(ブロッカー)”。出店のご相談でしたらいつでもお気軽にどうぞ!! 四商海様でございましたら優先的な配慮もさせて頂きますよ」

 

「よ~調べ上げとるなぁ、さすがは副市長はんや。わいらもこの辺でどっかり腰下ろして商売始めようか思うてるとこやさかい、また相談乗ってもらうかもしれへんからよろしうなぁ」

 

「いえいえ、こちらこそどうぞよろしくお願い致します!! それにしても……今日は実り多い日で何よりでございますわ。有望な出店候補がふたつもです。サガットは4軒の不合格査定と判断せざるを得ませんでしたが、……蹴りは嫌いじゃございませんので……」

 

言いよったな、蹴りは嫌いじゃないって言いよったな。副市長はん、あんたの嫌いじゃないはめっちゃ好きにしか聞こえへんで。まあ言わへんけど、あ~そんな自分の蹴りの様子を回想するみたいなうっとりした表情すな、すな。

 

「有望な出店候補のひとつはわいを勘定に入れてええんかなぁ。でや、わいもそのもうひとつが気になるんやけど。副市長はんが有望って言うくらいや、中々おもろそうやないか」

 

わいもジョゼフィーヌ相手に少しは学習しとるんや、ドSの女相手に余計なことは言わんに越したことはないわなぁ。

 

「ええそれは勿論でございます。もうひとりの方でございますか? 面白い方でございますよ。タコの魚人の方でございますが、たこ焼きへの愛と情熱が素晴らしい方でございましてね。私は思わず蹴りを入れたくなってしまいました♪♪♪」

 

おいおい、止めたれよ。蹴りはどこまで行っても蹴りでしかないんやさかいな。嬉し蹴りも楽し蹴りもあらへんさかいな。

 

「確かこちらにいらっしゃるのではないかと……。ああ、いらっしゃいました。あちらの方々でございます」

 

副市長はんの右足が上がりそうになってたんは知らんかったことにしとこう。それよりたこ焼き好きのやつや。

 

あいつか……。

 

「確かにタコやなぁ。見るからにええたこ焼き作りそうやんか」

 

「ザイ様もそう思われますか? そうでございましょう。そうなんですよ!!」

 

分かった。分かったから嬉しさのあまり膝蹴りをかまそうとすな。

 

「……ん? 待てよ……、なんかどっかで見たことあるような嬢ちゃんがおるなぁ。あの眼鏡の嬢ちゃんどこで見たんやったっけぇ」

 

横に一緒におるめっちゃ(せぇ)高いやつは知らんけど、って言うか骸骨やんけ。骸骨が喋っとんぞ。

 

まじか……。

 

わいらがいるテイスティングルームの奥でアフロの骸骨がワイングラス片手に談笑しとる。いや骸骨やから笑っとるかどうかは顔だけで分からんねんけどあのヨホホホホって笑い声やろなぁ。側におる眼鏡の嬢ちゃんは眼鏡に片手当てながら相槌打っとるけど、ほんまうちのクラドルといい眼鏡しとるやつは手を当てんのが好っきやなぁ。それに腰に差しとんのは刀かぁ。可愛らしい人魚の嬢ちゃんまでおるやないか。下が足やのうて尾びれなっとんのやさかい、あの娘は人魚やんなぁ、初めて見るけど。最後にヒトデか、ヒトデなぁ……。

 

ヒトデも喋っとるやないかぁぁぁ!!!!!

 

ヒトデって喋るんやったっけ?? もうええわ。人間、諦めも肝心や。考えんのは止めとこう。骸骨も喋っとるんや。それやったらヒトデも喋るんやろ。

 

何やねんやろなぁ、このおもろい組み合わせは。

 

「ご紹介させて頂きますね。あちらの方々……」

 

「ああ、頼むわ」

 

ワインとチーズ両手に持ったまんま案内役はんの後付いてって紹介してもらってようやく思い出したわ、この嬢ちゃんが誰やったんか。

 

麦わらの一味におったあの()やないか。よう考えたら手配書も出とったし、アラバスタでも()うてたなぁ。元は海兵やっちゅう話やけど、なんかもうめっちゃ馴染んどんのはなんやろか。

 

「たしぎさん、パンツを見せて貰ってからで構いませんから私のことも紹介して頂けませんか? 私、王下四商海(おうかししょうかい)の方なんて初めてお会いしますので、もう胸がドキドキしましてねぇ……、って私、骨しか無いんですけど。ヨホホホ!!!」

 

「え? パ……パンツは見せませんよっ!!! あ、も……申し訳ありません! こちら、我々麦わらの一味にて音楽家をしておりますブルックさんです」

 

「も~、ブルックちん、たしぎちんの反応がいつも初々しいからってそんなこと毎回聞いちゃダメだよ。たしぎちん結構ワイン飲んでるんだから。……ねぇ、オーバンちん、タコ焼き食べる?! はっちんが作ったタコ焼きはワインにも合うんだよ」

 

「ニュ~~~! ケイミーの言う通り!! ナミが居たらハリ倒されてるところだぞ。ニュ~~~、そうだ!! お前も俺のタコ焼き食べねぇか? ダシを入れたら白ワインにも合うんだ」

 

「はっちゃんさん、ダシ入りタコ焼き私も食べたいです」

 

「タコさん、私もお願いします。私、タコ焼きという文化には初心者なんですが、もう早速目が無くなってしまいました。はい~~。私、骸骨だけに目は無いんですけどね、ヨホホホホ!!」

 

黙っとったらこんな感じや。あかんあかん、こんな放ったらかしは許されへんことやで。

 

「そんなに美味いんか、そのたこ焼きぃ!!! ……あ~やっと入れたわ、あんたはんらちょっとは間髪入れるもんやでぇ。まあええわ。早うたこ焼き食べようやないか。作ってくれや」

 

ん~、何か足りんような忘れとるような気ぃするけど……、まあええか。会話の輪ん中に入れたわけやし、たこ焼きも食べれそうやしな。

 

 

 

「……ケイミーケイミー? おかしいおかしい……、また誰かが足りなくない? ……その楽しい輪の中に足りないものってな~~~んだ? 答え……、おれ……」

 

お~、放ったらかされとったんわいだけやなかったわ、そう言えば。淋しそうに……、ヒトデが壁に寄り掛かっとるやないか。人魚はんの紹介によったらペットっちゅうことみたいやけど、せやのに魚人島で人気があるTシャツのデザイナーや言うんやから人は見かけに寄らんわな。いや、ヒトデは見かけに寄らんのか。まあええわ、とにかくよう喋るやっちゃでこいつ、ヒトデのくせに饒舌なんや。

 

「ほんまによう喋るなぁ。わいは喋るヒトデなんか初めてやさかいな。取り敢えずひとつ聞いといてええか? あんたはんはどんな味がするんや? ハマグリ風味か?」

 

せやからその口引っ張ってちょっかい出したるわけや。だってせやろ? ヒトデに口が付いとってぎょうさん喋っとんねんやから、引っ張ってみたくなるんがこれ、人間の性っちゅうもんや。

 

「い、いけませんよ。パッパグさんを食べるなんて。ひどすぎます」

 

「ダ、ダメ~~!!! オーバンちん、パッパグは私のペットなんだからダメだよ~~。それにハマグリ食べてるけどヒトデだから、ヒトデ」

 

「そ……そうだぞ、俺を食おうなんて思わねぇことだ。ハマグリ食っててもヒトデだからな。人ではないよ~~、ヒトデだよ~~のヒトデだからな」

 

「ダメだニュ~~~!! パッパグを食うぐらいなら俺のタコ焼きを食ってくれ」

 

「おい、ハチ!! ぐらいってその言い方はないぜ。おれを食っちゃならねぇのは確かだが、おすすめされたいのも確かだ。ハチが作るタコ焼きが美味いのも確かだが、ヒトデがタコ焼きよりも美味いかもしれねぇと思われたいのも確かだ」

 

何言うとんねん、こいつら。アホちゃうやろか。冗談のつもりで言うたんやけどなぁ。冗談が通じんのはかなんなぁ。唯一、ブルックって呼ばれとる骸骨だけが静観を決め込んどるんやけど、多分こいつにだけは冗談やて通じとるような気がする。思い共有する同士やて視線を交わすんやけど、何考えてんのか実際よう分からんわ。表情が変わらんのや、骸骨だけに。もっとこう表情筋を鍛えてやなぁ、ああちゃうわこの場合アレか、表情骨になるんか……。

 

 

でも、おもろいな、こいつら。たこ焼き食うか、ヒトデ食うか、たこ焼きとヒトデはどっちが美味そうかでなんでこんなアホみたいに喋っとんねんやろなぁ、ほんまに。

 

ええ空間やないか……。

 

そんな感慨に後押されてワイン口に含んでチーズ(かじ)っとったら、タコの表情が一瞬で変わったんや、続いて嬢ちゃんの表情も変わっていきよった。

 

視線の先にはわいがおるんやけど、わいを見てるんやないんは確かや。

 

もちろんわいは気付いとったで。見聞色でこの工房にアーロンが入って来たんは……。牛の丸焼き食うてたやつがワインとチーズに何の用やくらいに思っとったんやけど。何か様子がおかしいんや、これ。

 

 

 

「……ハチ……」

 

 

「……アーロンさん……」

 

 

「……お前は……、……お前がなぜここに……」

 

 

この世界には時間が止まってまう瞬間がたまにあるんやけど、これはそうわお目にかかれん瞬間やろ。纏う空気感が一気に変わりよったわ……。

 

「……ハチ、ここで何してる? 横にいるそいつは麦わらといたやつじゃねぇのか? ……答えろ」

 

わいは丁度こいつらの真ん中くらいにおんねんやけど、かなんなぁ……。わい、めっちゃ邪魔やん、これ。せやからそうっと自分の立ち位置ずらしていくわけや。その時ちょっとだけ盗み見たアーロンの表情は冷えに冷えとったわ。

 

「ニュ~~~~、……アーロンさん、今はこいつらと一緒にいる。……こいつらは命の恩人だ!! ケイミーとパッパグも助けてくれた!!!」

 

こいつらどうやら知り合いみたいやな。昔一緒におったとか、もしかして海賊やっとったとかそんなんやろか。タコのやつは若干ビビり気味なんやけど、(はら)決めたみたいで言い切りよったわ。

 

「ハチ!!! てめぇ何言ってやがる。そいつらのせいで俺たちがどうなったか忘れたわけじゃねぇよな。人間という下等種族に俺たち魚人がやられたんだぞ!!! それを忘れたとは言わせねぇ。……よりによっててめぇは何でそいつらと一緒にいるんだぁっっ!!!!!」

 

ようそんだけ怒れるわこいつも。もう凝り固まってしもうたもんは引っ込みつかんようになってるんやろうけどなぁ。

 

「アーロンさん、俺たちは……、……ニュ~~~~!!! 俺たちは……間違ってた……。俺はそう思うんだ。ナミにひどいことをしちまった。あいつは……あいつは何も悪くなんかないのに、俺たちは……、俺たちは……俺たちがされたようなことをそのままあいつらにしてしまったんだ!!! アーロンさん、そうじゃ……」

 

瞬間やった。わいは動きに刹那分早く気付いとったけど止めるつもりは毛頭あらへんかった。止めたところでどうなるもんでもないやろしな、こんな時は。

 

アーロンはまっしぐらにタコんところに突進してって拳おもっきり振りかぶって殴りよったわ。言葉は時として痛いくらいに人を抉りよるからな。痛みに堪えられんかったらそら、拳つき出すしかないやないか。

 

それでもタコは何も防御せえへんかった。こいつら長年の付き合いなんやろな、実は。互いに相手のことは分かり過ぎるくらい分かっとるっちゅうわけや。殴られること分かり切った上でも言うたってわけか。

 

「ノコギリのアーロン!! これ以上の喧嘩はこの私が許しませんよ。……この時雨を以てしてお前を仕留めますっ!!!!」

 

「お客様……、店内での乱闘はご法度でございますよ。これ以上なさいますと私と致しましても蹴りを入れさせて頂きます♪♪♪」

 

まあ店が破壊されることにならんかったんわ、ええことや。嬢ちゃん二人がしっかりと後ろからタコのやつを支えとるわ。それにしても副市長はん、土壇場で入ってって、あんたそれもしかしてただ蹴りたいだけちゃうやろなぁ。

 

「殴るなら殴ってくれ、アーロンさん!! 俺は感謝してる。アーロンさんにずっと守ってもらってたこと。島にいた時も海に出てからも……。でも俺は麦わらにも感謝してる!!! この気持ちは変わらねぇ、変えられねぇ!!!! あいつに助けられちまったから、あいつはすげぇいいやつだってことを知っちまったから!!!!!」

 

「黙れ!!!! 黙れ、黙れ黙れ黙れっ!!!!!! それ以上口を開けば俺はてめぇを殴り続けなきゃならねぇじゃねぇかっ!!!!!!」

 

痛いやないか。痛すぎるくらいに痛いやないか、なぁ、アーロン……。

 

それでもこいつは更に拳振り上げて振り下ろしに行くんや。憎いの先の先まで行ってもうてるやつは振り下ろしに行くしか術を知らんのやろ。

 

「ダメ~~~~っ!!!!!! はっちんを殴るなら私を殴って!!!!!! はっちんは何も悪くないんだから。ただ私を助けてくれただけなんだから。私が悪いんだから。あの観覧車に乗るのをずっとずっとずっと夢見てる私が悪いだけなんだからっ!!!!!!」

 

「ケイミー、よせ!!! こんな時に何言い出すんだ。アーロン、あんたのことは知ってる。何なら俺を殴ればいい。ヒトデの俺を殴ればいいじゃねぇかっ!!!!!!」

 

「アーロンさんですか、私はタコさんともついこの前出会ったものですからお二人に何があったのかは存じてません。けどね、お二人に通じ合う何かがあったってことくらいこの骸骨にも分かりますよ。そんな二人が久しぶりにたまたま偶然出会ったんです。そこで最初に出るのは拳じゃないでしょうよ。そんな悲しいことはない……」

 

 

結局や。

 

アーロンが振り上げた拳の振り下ろし先は見つからんかった。黙ったまんま振り上げた拳戻しよって出ていきよったわ。

 

 

 

 

 

わいもアーロンを探しに建物(たてもん)から出ていったんや。もうわいらの一員やからな。何とかしたらなあかんわけや。

 

でや、

 

草原広がっとる丘の上で海の方眺めてぼ~~っとしとったわ。遠く見つめてな……。

 

「で、アーロン、お前は何を見とんねんや?」

 

隣に(おんな)じようにして腰掛けながら呟いたわいの質問にこいつはもちろん直ぐには答えへんわ。黙ったまんま遠くを見つめるばっかりや。それでも心ん中はアホみたいに何かが動いとるんやろうなぁ。

 

「…………城と観覧車だ……」

 

(おんも)い口開いてようやく絞りだしよったわ。

 

「城と観覧車?」

 

わいはよう分からんかったさかいにただ聞き返すだけやった。

 

「魚人島の真上にシャボンディのマングローブ地帯が広がってる。俺たちはよく海の上まで顔を出してた。そこから見えるのがシャボンディパーク。でかい城と観覧車が遠くに見えるんだ。派手でな、キラキラと輝いて見えた。確かにあれは……俺たちの…………いや俺の…………憧れだった」

 

「なるほどなぁ、さっきの人魚の嬢ちゃんの言葉でそれ思い出したってわけか……」

 

キラッキラッした憧れか……。こいつも人間臭いこと言うやないか。まあ、憎い憎いに振り切っとる時点で十分人間臭いんやけどなぁ。

 

「思い出したも何もねぇ。あの光景を、景色を忘れるなんてことはねぇ。シャボンディパークの城は、観覧車は海の中にいるやつらにとっては憧れ以上のものだ。……………………こんなはずじゃねぇんだ…………、俺たちはあいつらを守るためにやってきたはずだった…………俺たちがいるのはあんなやつらを守ってやるためだったはずだった…………」

 

アーロンが溜めに溜めたうえで絞りだしよった“こんなはずじゃねぇんだ”は思わず俺も身を切られたような痛みを感じてもうた。腹の奥底にずっしりくるようなそんなやつや。

 

「アーロン、痛いやないか。痛すぎるで、お前が(はら)ん中に抱えてきたもんは。せやけどお前が一番痛いんやろな。それでも拳振り上げんわけにはいかんねんやろ。もうそうやって生きてくしかないんやろなぁ。まあ拳振り上げんのはええやないか。拳は振り上げなあかん時もあるんや。振り上げなあかん時に振り上げへんやつよりかは余程(よっぽど)ええ。それでもや、お前は振り上げた拳の行き先を完全に間違(まちご)うとる。……振り上げたもんを振り下ろしてどないすんねん。アーロン、振り上げたもんはなぁ、振り下ろすんやない!!! さらに振り上げるんや。振り下ろしてもうたら振り下ろされたもんはさらに振り下ろすしかないやないか」

 

わいはその振り下ろされたもんのひとりや。わいの故郷は既に無い。知り合いもどこ行ったんか分からん。ヴァスコはこの前久しぶりに()うたけど、あいつどうしとるやろなぁ。そんなわいが振り下ろさんと振り上げようとしとんのはなんでか。なんでやろか? 分からんなぁ、そんなもん……。

 

アーロンは何も返してけぇへんわ。黙ったまんまや。せやけど、ちょっとだけ効いとるような気がせんでもない。せやったら畳み掛けたったらええ。

 

「あいつらさっき言うとったで。シャボンディパークに行くってな。あそこはめっちゃ危ないんやろ、お前らにとっては。人攫いと天竜人が跋扈(ばっこ)するって、確かに最悪の場所や。それでもあいつら血相変えながらも行く言うとったで」

 

「何だと!!! 本気か……、何考えてやがる、ハチのやつは……」

 

「……そんなに心配か? せやったらお前が連れてってやったらええやないか。夢叶えたったらええやないか」

 

「……何言ってやがる、今更俺がそんなことしてどうなる。出来るわけがねぇだろうが」

 

「はーさよかー。まあ好きにせえや。わいもそこまで面倒見切れんよってなぁ。せっかく……」

 

 

 

その時やった。

 

しんみりしとったところを無理矢理わいたちの現実へ引き戻しにきよったもんを感じたんは……。

 

一瞬やったけど、ほんまに一瞬も一瞬やったけど、刀で一閃されるようなめちゃくちゃ鋭い気配を感じたんは。

 

こら、あの時の、……アラバスタのアルバーナん時のあいつや……。間違いあらへん……。

 

この島におるんか? 何やっとんねんや? ん~~~~、分からんわなぁ。分からんけどや。あいつは政府の五老星のスパイや言うやないか。裏で何かが動き出しとる。今朝の新聞もそうや。

 

こら、何か繋がってけぇへんやろか?

 

まあええわ。

 

 

「なぁ、アーロン、シャボンディに行かへんねんやったら、もう少しわいに付き合えや。そしたら振り上げた拳のさらに振り上げ方ぁ、教えたるさかいな」

 

アーロンは何とも言えん表情しとるけど、ええんやこれで。

 

おもろなってきたからな。

 

ハットやローが言うアレや。

 

 

 

魂が歓喜しとるってやつやろ……。

 

 

 

 

 




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第66話 食堂車に肉はあるか?

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “水と霧の都” ウォーターセブン

 

 

汽笛の音が乗り場に鳴り響いている。

 

その音色がどこか哀愁を帯びていると感じてしまうのはなんでだろうか?

 

「急げ、もう出るぞ!!」

 

ローが振り返りながら急ぐように促してくるが、発車間際のギリギリで何とか切符を手に入れようとしているこっちの身にもなって欲しいものだ。

 

「何でもいいから早く頂戴」

 

「二等でも構いませんか?」

 

「ええ」

 

汽笛の音色に混じって別れを告げ合う声も聞こえてくる。乗り場には出発を見送りに来ている人たちもいるのだ。哀愁を感じてしまうのはそのせいかもしれないとひとり合点(がてん)して、駅員が用意してくれた切符3枚をひったくるようにして掴み取り私も走りだす。

 

窓の向こう側にいるのであろう相手に向かって手を振っている人たちを掻き分けて駆けだすのは大変だけど、蒸気が吹き上がる音はさっきよりも大きくなっているし、その間隔も狭まっているような気がする。横目に入る車輪は今にも動き出しそうだ。

 

また一際大きく汽笛の音が鳴り響き渡る。

 

一両先の車両乗降口でローが待ってくれている。

 

なんで一両先なのよと悪態を吐きたくなるが、手前の車両はどうやら一等車みたい。ということはローがいるのは二等車の乗降口ということになるのか。そういうどうにも勘が良いところが癪に障って来るが……。

 

 

 

―――バリバリッ―――

 

 

 

蒸気が吹き上がる音、話し声に入り混じってこの場には似つかわしくない乾いた何かを砕き割る音が耳に飛び込んできて、思わず視線を向けたところには……。

 

一等車と思われる車両乗降口の手摺(てすり)に腕を掛けている人物。立ち襟が特徴的な煌めいて見える真っ白なジャケットを腰あたりで真っ青なスカーフで巻いていて、造花なのか胸元には色鮮やかな青い薔薇(ばら)がポケットから覗き出ている。乗降口の天井に頭をぶつけてしまいそうな背は優に3mを超えていそうで、浅黒い肌にスキンヘッド、そして丸サングラスの色もまた青い。瞳を覗き見ることは出来ないけれど明らかに視線は私に向けられている気がしてならず、男の掌の中では何かの殻が潰されていた。

 

あれは……胡桃(クルミ)??……。

 

目にした顔と衣装、胸ポケットの青い薔薇を頭の中で反芻(はんすう)しながら二等車乗降口までのあと少しを駆けてゆく。

 

私は猛烈な速度で脳内検索を掛けてゆく。どこかで見たことがある。

 

多分手配書だわ。私の得意分野のひとつ。

 

最近の手配書ではないはず。……ベルガー島時代に見た手配書だ。

 

脳内検索は過去へ過去へと遡ってゆき、

 

ヒット。

 

 

“海坊主” チリペッパー・クンサー 懸賞金 4億6000万ベリー

 

でもこの懸賞金額には元が付いてくる。

 

なぜなら私の記憶が正しければ海坊主という男は“青い薔薇協会(ブルーローズ)”のドラッグ部門を担っているやつだったはず。

 

そして“青い薔薇協会(ブルーローズ)”は王下四商海の一角だ。中枢と新世界に深く根を張るときく。

 

頭の中で警報が鳴り始めている。

 

こんな偶然はあるだろうか?

 

ウォーターセブンに着いて早々、新聞の号外を目にして、内容は目的の人物の暗殺未遂事件と世界を揺るがす大事件。更なる情報を得ようと現地へ向かおうとする列車に別の四商海幹部が乗り込んでいるのだ。

 

筋書きとして出来過ぎているように思われてならない。

 

直前にビビから(もたら)された情報のこともある。

 

何が起こっているんだろう??

 

一体何が??

 

 

 

そんな思いとは裏腹にして、

 

二等車乗降口に辿り着いた私は早速にもローに対して変わらずの悪態を吐いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前を横切ってまた誰かが車両に乗り込んでいく。

 

汽笛の音が再び鳴り響いている。

 

出発は近いだろう。

 

ボスは先に入っていると残して既に車内へと乗り込んでいる。

 

ジョゼフィーヌさんはまだ乗り場にいて、あれは切符を買ってんだろうな。

 

急げと声を掛けたが、あのひと睨みを見るにあとでどやされることとなるに違いない。

 

出発目前で買える席となりゃ二等車だろうと当たりをつけて俺はこの場にいるが……。

 

そのことさえもどやされることになるかもしれねぇな。

 

既に挨拶に近いようなやり取りではあるのでどうということもねぇが。

 

 

乗降口周りには人だかりが出来ており、口々に別れの挨拶を掛けあっているのが聞こえてくるが、それに混じって聞こえてくるのはさっきの新聞号外の内容についてだ。

 

ガレーラ屋はウォーターセブンの市長でもあるらしく、余程慕われているらしかった。漏れ聞こえてくるのは無事を祈る内容ばかりである。

 

まあ確かに俺たちにとっても無事でいてもらわねぇと困る。でなければ船の新造発注どころでは無くなっちまうからな。この計画を進めないと俺たちの道筋にかなりの暗雲が立ち込めてきやがるってもんだ。

 

それでなくとも世界の情勢には暗雲が立ち込めて来てやがるってのにな。

 

火拳屋が海軍に捕縛されたこの前の事件だけでも十分に大事件だったのだ。政府はやつをインペルダウンへと連行することだろう。そこに加えてのヒナさんからもたらされた情報である。

 

政府は火拳屋を処刑することを決定したというものだった。インペルダウン投獄だけでも十分に嵐を呼ぶ可能性があったが、公開処刑によってそれは確定した。

 

間違いなく戦争が起こると。

 

だがどうだ。

 

新聞号外によってそれはさらに混沌としたものになってしまった。火拳屋の身柄はZと呼ばれる革命軍急進派組織によって奪われたらしい。そいつらの狙いはどこにあるのか? さっぱり分からねぇが前代未聞の出来事が起きつつあるのは間違いねぇ。

 

問題は今起きてることがこれだけじゃねぇってことだ。

 

ビビによれば、ジョーカーがこの島に居るらしい。いや、正確にはジョーカーの声を能力で聞いたってことらしいから居るかどうかを断定は出来ない。アラバスタでやつの分身という存在を目にしてしまったからには……。

 

とはいえ、ジョーカーと思われるやつはニコ屋に対してサン・ファルド、セントポプラの名を口にしたという。それにドラッグ“ヘブン”……。

 

 

一体どうなっていくのか??

 

 

 

―――「ご乗車頂きましてありがとうございます。()()()()()()()()様でございますね。客席へとご案内致します」―――

 

背後から聞こえてくる乗務員らしいものの言葉が聞こえてきたところで、思わず俺は振り返らざるを得なくなる。聞き流してしまいそうな内容ではあるが、その名前には反応せざるを得なかった。

 

素晴らしい(マーヴェラス)!! 流石は海列車の一等車だ。イェーッッ!! 最高の席に案内してくれよ」

 

“祭り屋”フェスタは生きてやがったっていうのか……。

 

黒い燕尾服を身に纏った乗務員にエスコートされているのは紫色のコートを羽織り、左足だけを露出し、黒髪は爆発してやがる男。

 

容姿を目にしたことはねぇが名前を呼ばれてる以上はそうなんだろう。

 

やつは死んだと聞いちゃあいるが……。

 

きな臭いものを感じずにはいられない。何せやつにはもうひとつの呼び名が存在している。“祭り屋”フェスタは裏の世界では“戦争屋”と呼ばれていたのだ。戦争を請け負うジェルマとはまた違う。戦争を興行として創りだす故の呼び名。

 

そんなやつがこの海列車に乗り込んでやがる。

 

 

一等車への入口扉の奥へと消えていく姿を見送ったあとに再度振り返った時にはジョゼフィーヌさんは目の前にいて。

 

「ねぇ、ロー、取り敢えず色々むかつくから往復ビンタするけどいい??」

 

「いいわけねぇだろうがっっっ!!!!」

 

なんだ? なんなんだ? するけどいいって……。

 

 

案の定なやりとりをする破目になっている。

 

 

瞬間で沸き立った怒りとは裏腹にして、突然の暗闇に灯された明かりのような安堵感がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に乗っているとローに伝えて海列車の車両に足を踏み入れてみれば、天井近くから吊るされたランタンのオレンジ光に照らされて鏡板で装飾された車内通路を左右両側に見て取れた。左側が二等車であり右側が一等車だ。一等車へと続く扉前には燕尾服姿の乗務員が(うやうや)しくも会釈を返してくれている。

 

俺たちの席は二等車になるだろう。出発の間際で一等車に空きがあるとは到底思えない。乗り場を見渡した時に沢山の見送り客がいたことからもこのシャボンディ行きに乗る人間は結構な人数とみていいだろう。

 

シャボンディで起きた暗殺未遂事件はそれこそウォータセブン内を駆け巡ったに違いないのだ。

 

とはいえ初めて乗る海列車、一等車がどういう感じなのかは非常に興味があるが……。

 

色つきガラスで透かしの入った扉越しに中の様子に目を凝らしてみれば、

 

 

 

―――通路途中でお辞儀をしている客のひとり、そのお辞儀は直立不動にして深く、深く、そして()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

 

 

っておい、あの仕草はどこかで見たことがなかったか??

 

 

 

忘れるはずがない。忘れられるはずがない。あのタリタリしたやつを……。

 

タリ・デ・ヴァスコ。

 

なぜ海列車に乗っているのだ。なぜウォーターセブンに居るのだ。なぜ今この時にシャボンディに向かおうとしているのだ。よりにもよって海列車に乗って……。

 

やつが今にも振り返って、あの独特のお辞儀を俺に対して披露してきそうで怖くなり、(きびす)を返して二等車の車内へと入って行った。

 

見てはいけないものを見てしまったような気がしてならない。

 

 

 

 

 

さて、

 

この状況はどう捉えればいいだろうか?

 

 

おっつけ現れたローとジョゼフィーヌの話を総合して見えてくること。

 

この海列車内にきな臭い奴らが複数乗り込んできている。

 

 

これは偶々偶然の出来事に過ぎないのだろうか?

 

偶然に過ぎないのであるから、こんなことにかまけてないでさっさと通路をゆく売り子から美味そうなコーヒーでも受け取って席について芳しい香りに鼻腔をくすぐらせるままにするべきなのだろうか。

 

 

否、断じて偶然ということは有り得ない。この世に起こる出来事を偶然で片付けるわけにはいかない。この世のすべては繋がっていて、連関していて、必然の下に起こりゆくのだ。

 

ゆえに、

 

ドラッグを一手に取り仕切る王下四商海の幹部と今もなお世界に隠然と名が轟いている裏興行主、そしてドンキホーテファミリーの最高幹部にして情報屋がひとつところに揃い踏みしていることには必ず理由があるはずなのだ。

 

さらに言えば、ビビが言っていた内容だ。繋げて考えないわけにはいかないだろう。

 

ドフラミンゴとニコ・ロビンの糸はまだ切れておらず、奴らはこの中枢全体を舞台にしてどでかいヤマを仕掛けているのかもしれない。

 

シャボンディでの暗殺未遂事件が奴らによるものなのだとしたら、その先に一体何を想い描いているのか。しかもサン・ファルドとセントポプラでも取引があると言ったらしい。

 

そのどちらかに“ヘブン”が関係しているのか?

 

否、待てよ……、

 

“ヘブン”の元締めはバナロ島のルチアーノ・ファミリーという話だった。“ヘブン”がマリージョアに流通しているとして、流している奴らはどいつだ? ルチアーノファミリーなのか? 

 

流通先はマリージョア、天竜人がいる政府の中枢も中枢だ。ルチアーノファミリーは五大ファミリーとは言え“西の海(ウエストブルー)で猛威を振るっていた奴らに過ぎない。

 

であるならば、最後の流通を担っているのが“青い薔薇協会(ブルーローズ)”の奴らってことではないのか。

 

ルチアーノが斃れ、生産元締めの頭に空白が生じた。

 

流通を握る組織の幹部と新たな流通先を切り拓いていてブツを欲している別組織の幹部に裏興行主がひとつの列車に乗り合わせている。

 

その別組織のトップが直ぐ近くに居て、別のヤマを準備している。

 

そいつはガレーラのトップに暗殺を仕掛けた。

 

一方で処刑が決まっていた白ひげ海賊団2番隊隊長が革命軍急進派に身柄を押さえられた。世界政府海軍本部と四皇による対決の構図に横槍が入ったようなものだ。

 

これ全部が水面下で繋がっているとしたらどうなる?

 

誰が裏で糸を引いている?

 

誰がこの全てを把握したうえでヤマを仕掛けている?

 

分からない。正直誰であったとしても決して不思議ではない。

 

 

くそ、やられたな……。

 

どこのどいつかは分からないが確実に裏で糸を引いている奴らがいる。そしてその奴らはこの規模でヤマを仕掛けて来ているが、何よりも問題なのは俺たちが直接的にはそのヤマに繋がってないということだ。そのどでかいヤマに繋がってさえいない。まだ傍から眺めているに過ぎない。まだ俺たちはそのレベルでしかない。

 

ヤマのど真ん中に居るぐらいにならなければダメだ。更にはこの規模でヤマを仕掛けられるようにならなければダメだ。世界を巻きこむヤマに対して裏で糸を引くぐらいにならなければ到底中枢の中枢に手を掛けることは出来ない。

 

 

だがまずは、

この列車に乗り合わせている奴らだ。奴らは偶然乗り合わせているのか?

 

否、そんな偶然は存在していない。

 

奴らはみな一等車に入って行っている。だが一等車に入っていった人間は他にも存在していた。人目がある場所で集まれば何の意味もないはず。一等車の作りは二等車とそうは変わらない。扉越しに覗き見る限りは席の豪華さに違いがあるぐらいであり、真ん中に通路が伸びていてその両側に席が配置されているのは変わりないのだ。

 

 

「ありがとう! はい、兄さん。取り敢えずコーヒーは貰っておこうよ、ね。ロー、喜びなさい、緑茶があるわよ」

 

長い思考の探検行にすうっと入り込んでくるように言葉を挟んできたジョゼフィーヌからカップを受け取ったところではたと気付き、

 

「海列車に食堂車は付いているのか?」

 

売り子に質問を浴びせていた。

 

「はい、ございますよ。一等車の奥、最後尾に連結されております。背面が全面ガラス張りとなっておりましてそれはもう素晴らしい景色が眺められますよ♪ 自慢の絶景でございます」

 

朗らかに受け答えしてくれた売り子に礼を述べて、そういうことかと合点がいった。

 

やつら、その食堂車で……。

 

そこで若干売り子が表情を陰らせて、

 

「ただ~~、残念ながら本日は完全貸切となってございます。申し訳ございません……」

 

謝罪の言葉を投げ掛けてくれる。

 

つまりはそういうことだろう。

 

 

 

そこへ一際大きな汽笛の音が響いてくる。

 

「当列車は発車致します。座席にお座り下さい」

 

先程の陰りを帯びた声音をすっかり引っ込めて、朗らかな笑みとともに言葉を受け取った俺たちはこの車両はほぼほぼ席が埋まっていると見てとって次の車両へと向かうべく扉を引き開けた。

 

 

 

「なぁ、ナミー、肉はねぇのかなー?」

 

「はぁ、もうあんたにはほんと呆れるわ。なんでこんな時に食べる気が起きてんのよ」

 

少しだけ懐かしい声色と共に前方の座席に見えたのはあの麦わらたちだった。

 

「ん……」

 

「あ……」

 

「お……」

 

よりによってもよりによって、俺たち三人とも思わず言葉として出かかってしまったように、脳内に浮かんだ言葉は同じであると思う。

 

 

 

おいおい、マジかよ……。

 

 

 

 

 

海原を往く列車行は快適そのものだ。波の動きに連動して揺れる線路を進むらしく、当然ながら車内も揺れはするがこの揺れがまた何とも心地いいのだ。何も考える必要などないのであればこの揺らぎに身も心も委ねてしまって眠りに落ちてしまうのも素晴らしいだろうが……。

 

そんなことが出来るわけもない。

 

最初に麦わらから発せられた言葉は、黒いやつじゃねぇか、なぁ、肉持ってねぇかなぁ、だった。久しぶりに再会した相手に対して掛ける言葉としては全く以てして相応しくない言葉だ。

 

俺は肉屋と思われていたんだろうか? と真剣に悩みだしてしまいそうではないか。

 

俺たちは決して望んでいたわけではないのだが、ほかに空いている席がないということでやむなく麦わらたちの向かいの席に腰を下ろすしかなかった。

 

 

否、問題はそういうことではないのだ。断じてそういうことではない。

 

俺たちはこんなところに座って久しぶりに会った奴から肉談議を聞いている場合ではないのだ。俺たちは一刻も早く食堂車に行かなければならない。

 

この中枢水面下で起こりつつあるヤマの取っ掛かりが直ぐ目の前で繰り広げられようとしている時なのだ。

 

だと言うのに肉を連呼するこいつを見る限り、食堂車という単語を出した途端に俺たちと一緒についてくるに違いない。こんな先がどうなるかまったくもって読めないやつをその場に居合わせさせるわけにはいかない。断固として御免だ。

 

そもそもこいつも肉を連呼している場合ではないだろうに。あの号外は目にしているはずなのだ。火拳のエースはアラバスタにて麦わらのことを弟だと言っていたではないか。兄の行方がどうなるか分からない状況でよくもまあという感じだがアラバスタでの大飯喰らいっぷりを思うにさもありなんではある。

 

「あー、ダメだぁぁ、リンゴじゃ力が出ねぇ……」

 

先程の売り子からリンゴを買ったってことなのだろうが、彼女はリンゴなど持っていただろうか? ドリンクしか持ち合わせていなかったような気がするが……。

 

まさかこいつが全部食い尽くしたってことじゃないだろうな。

 

「ねぇ、リンゴ食べてたんなら芯が残ってないとおかしいと思うんだけど、一体何個食べてたの?」

 

「……30個よ」

 

ジョゼフィーヌからの質問に対する傍らのオレンジ髪の女の答えに俺たちは一瞬固まってしまう。

 

「……マジで」

 

「ええ、しかも一瞬よ、一瞬。ほんとに手品みたいに一瞬で無くなったんだから」

 

道理であの売り子がドリンクしか持ち合わせてなかったわけだ。こいつが全部食い尽くしてしまったに違いない。相変わらずとんでもない大飯喰らいだな、まったく。

 

「……緑茶を貰ってくる」

 

呆れたようにして黙して語らず湯呑の中身を飲み続けるを貫いていたローが堪らずといった具合に席を立ちあがり移動しようとする。一瞬だけ右腕を左手の指で指し示しながら目配せしてきたのを見て頷いてみせる。

 

ローの右腕の袖は何かをはめているように盛り上がっているがそこには携帯用の黒電伝虫を付けているのだ。車両の客室外に出て盗聴を試みてみるってことだろう。この状況で取れる策としてはナイスだな。

 

 

窓外に目を向けてみれば一面に青く水平線が広がっており、雲の切れ間からは太陽が顔を出してきていて、遠くの水面にキラキラと光の乱反射を眺めることが出来る。海列車は走り続けており車窓は移り変わっていっているはずだが、大きな変化はなくただただゆっくりと変わっていくので、今自分がどこにいるのか分からなくなってしまうような何とも不思議な感覚がある。

 

「お前たちも見たのだろう、号外は?」

 

口をいっぱいにしておくものが無いからなのか手持無沙汰げに身体を揺らして落ち着きのない麦わらに対して問い掛けてみるも、

 

「ええ見たわよ。だから海列車に乗ってるんじゃない」

 

答えを返してきたのはナミと呼ばれるオレンジ髪の女。彼女の顔をよくよく覗いてみれば、目の周りが真っ赤に腫れたようになっていた。

 

直前のビビからの小電伝虫では麦わらの一味に出会ったことはあまり触れられていなかった。だがついこの前まで共に船に乗っていた間柄だ。積もる話もあったことだろう。

 

こいつらも何かあったのか? 号外の裏面とはまた別のことだろうか。

 

「では号外の裏面も見たということだな。火拳のエースについても……」

 

「知ってるわ。そもそもルフィはビブルカードだって持ってるし」

 

「……火拳のエースの?」

 

「そうよ。ちょっと小さくなってるから心配だけど……」

 

ビブルカードを持っているとはおそれいった。もしかしたらアラバスタで受け取ったのかもしれないな。

 

「エースは大丈夫だ。強ぇからな」

 

動きをぴたりと止め、真っ直ぐにこちらを見据えながら飛び出してきた麦わらの言葉は確信に満ちたような力強さがあった。

 

この前の出会いからどれ程が経っているだろうか。大して時間が空いているとはいえないはずだ。それでも遠い昔のように感じられてしまう。

 

俺たちにも色々あった。

 

アラバスタの頃とは立場が変わった。

 

島を二つ挟んで地獄の中をひた走ってきた。

 

 

それはこいつらも同じなのかもしれない。

 

空島にも行ったのだろう。

 

この海に戻ってからも乗り越えてきたものがあるのだろう。

 

その全てがこいつの真っ直ぐな視線に表れていた。

 

懸賞金 2億ベリー

 

麦わらに対して新たに設定された懸賞金の額だ。何をやらかしたのかは知らないが額が倍に跳ね上がったってことは政府からすればまた碌でもないことをしでかしたに違いない。

 

確か緑髪の剣士も同じく上がっていたはずだ。額は9000万。

 

 

ローが扉を開けてこちらへと戻ってくる様子が目に入る。首を左右に振っていることからして盗聴は出来なかったのだろう。多分に盗聴防止の対策が施されている。やつらが一堂に会するわけであるからそれは当然だ。

 

やはり食堂車に直接乗り込まなければならないか……。

 

 

 

やるべきことに想いを巡らしているところへ、目の前の麦わらが再び俺の方を見詰めていることに気付いたが、

 

「……そうかぁぁ、ししし、()()()があんのかぁぁ」

 

満面の笑顔にしてそう言ってきたのだ。

 

おいっ!!! 今何て言った、こいつは??

 

食堂車と抜かしてきたではないか。先程まで肉、肉と連呼するばかりで食堂車の食の字さえ一切出してはいなかったやつがだ。俺たちもそんな話題は一切振ってはいやしない。自ら墓穴を掘るような真似はしない。

 

どういうことだろうか?

 

 

―――――――――――――、

 

 

こいつまさか……。

 

 

気になって意識的に見聞色を働かせてみたところ、驚愕すべき事実に気付いてしまった。

 

 

麦わらのルフィに気配を感じないのだ。目の前に存在しているのに気配をまったく感じ取ることが出来ない。さっきからジョゼフィーヌが言葉少なだったのは何かしら気付いていたことがあったのだろうか。

 

とにもかくにも、こいつは見聞色のマイナスだ。覇気を使ってるってことになるが……。

 

「おまえ……、覇気って知っているか?」

 

面倒な事を省いて単刀直入に聞いてみることにしたが、

 

「…………??? ハキ……??? 何だそれ? 食堂車にあんのか? もしかしてそれ、美味ぇのかぁぁ???」

 

求めていた答えが返ってくることはなくて、己の腹を満たすであろうものを想像してのキラキラした眼差しを向けられるだけであった。

 

「待て待て、落ち着け。……いいだろう、食堂車に行こうじゃないか。そこにはおまえが望むものがあるだろうよ」

 

俺は諦めの境地に達してしまい降参の白旗を掲げざるを得なかった。

 

こいつの口ぶりからするに見聞色のマイナスは無意識だ。覇気という概念をまだ知らないらしい。だが気配を一切感じないのは確かであり、これは紛れもなく見聞色のマイナス“縮地”の領域だ。

 

それにだ。食堂車の件は俺の感情を読み取ったのではないのか?

 

見聞色を極めていけば相手の感情や考えていることまで読み取ることが出来るという。

 

 

見掛けない間に何を経験したのか知らないが、無意識のところで見聞色の覇気が覚醒している。

 

 

こいつは末恐ろしいぞ……。

 

 

 

「失礼致します。トラファルガー・ロー様でございますね。クラハドール様から連絡が来てございます。電伝虫室へいらして下さい」

 

想いを払いのけるようにして背後から声がし、振り返ってみれば燕尾服姿の乗務員が恭しくもローに向かって一礼をしていた。

 

 

クラハドールから?? 

 

どうやら何かが動き出したようだ。

 

であるならば、俺も動き出す頃合いだろう。

 

 

食堂車へ……。

 

 

 

 

 

そして今、

 

 

俺は食堂車の前に立っている。

 

 

だが、

 

 

入口に貸切とプレートが掛けられているはずの扉が無いのはどういうわけか?

 

 

おい、麦わらぁぁぁっっっ!!!!!!!

 

 

俺はそうやって叫んでもいいはずだ。

 

 

 

 

 

やつは一等車の途中にて何を思ったのか、食堂車から漂ってくる紛れもない肉の香りに我慢が出来なくなったのか、有ろうことか一気に腕をゴムのようにして伸ばし一等車客室扉に手を掛けると、

 

「肉だぁぁーっっっ!!!」

 

雄叫びをあげながら全ての扉諸共無かったことにして吹き飛んでいってしまったのだ。

 

救い難い大飯喰らいのバカゴム野郎ではないか、まったく。

 

 

 

「襲撃だーっっ!!」

 

「一体どこからだ?」

 

「くそっ、俺の渾身のスープがメチャメチャじゃねぇかぁぁっっっ!!!」

 

「おいっ、誰か倒れてるぞ」

 

「こいつが襲撃者か」

 

「おい、おまえ、生きてるか??」

 

「おいっ、ここにあったステーキが全部無くなってやがるぞ、いつの間に」

 

「くそっ、こいつ手と口だけが動いてやがるぞ」

 

 

 

諸々お察しするが、俺は知らない。

 

食堂車に肉はあるか? 取り敢えず、ああ、あったな……。

 

 

テーブル席の向こう側にあると思われる調理場から漏れてくる叫び声と煙を対岸の火事ということにしてしまって、俺は手前のテーブル席を占めている3人の人物に視線を合わせていく。

 

最後に合わせたその見知った顔のそいつがゆっくりと立ち上がり、顎の下に掌を合わせて深くお辞儀をしてきた。

 

「ターリ―!!!! ……おやおや、ネルソン・ハットさん、あなたをご招待しターリた覚えは無いんですが……」

 

傘を手にしながら取り澄ましたように挨拶してきたそいつには、

 

「生憎、扉が開いていたから入ってみた。どうやら豪勢な食事会のようだな。とはいえ、あの様子だ。先に話をしないか、……“ヘブン”の話をしようじゃないか」

 

取り繕うことなく本題を叩きつけてやるまでだ。

 

 

ヤマに繋がってないなら自ら繋げるまでだ。

 

 

伊達に地獄を突き進んできたわけではない。

 

 

 

ハロー、中枢、自己紹介をさせてくれないか、

 

 

 

俺たちが黒い商人、ネルソン商会だっ!!!!!!!

 

 

 

 

 



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第67話 うねりだした痛み

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 外洋 ブルー=レッドライン

 

 

海列車は走り続けている。

 

 

海の真ん中を、波間に揺られながらも走り続けている。

 

 

海は船で渡るものだという考えしか持ち合わせていない人間からすれば実に不思議な感覚だ。

 

 

窓の外に広がる海模様は決して穏やかとも言えないが、そんなことは物ともせずに列車は駆け抜けてゆき、車窓は刻々と移り変わってゆく。

 

 

時折汽笛が鳴り響き、その哀愁漂う音色に少しだけ心を揺さぶられるような感じがしてしまう。

 

 

 

兄さんは麦わらを連れて食堂車に行ってしまった。ローもクラハドールから連絡が入ったとかで、海列車に用意されてるという電伝虫室に行ったみたい。

 

つまり私たちは今、女二人して座席に向かいあっているような状況だ。

 

正直言って、何だか気まずい……。

 

 

と思っていたが、

 

「私、忘れてませんからね。アラバスタで()()()()()()()()()()()()()()()()1()0()()()()()

 

兄さんに連れられて麦わらが席を立った直後にオレンジ髪のナミとか言う眼前の女から飛び出してきた言葉は宣戦布告そのものだった。先程までやれやれといった表情をしていて、子供を(たしな)めるような口調でやってはいけないことを麦わらに念押ししていたというのにだ。

 

忘れていたのは私の方だった。次に会った時には目に物を見せることを心の中で誓っていたことを。

 

何だか気まずい? 前言撤回だわ。私の心は直ぐにでも戦闘態勢となり、フフンとでも口に出しそうな表情の小娘をしっかりと睨みつけてやる。

 

「あらそう……。そういえば今朝方ベリーを数えてみたら1()3()()あったかしらね。もちろん、()()()()なんだけど……」

 

売り言葉には買い言葉というのはこの世の真理だ。何とも気だるげに、さも何でもない事かのように言葉を投げつけてやる。

 

小娘は瞬間に青筋が見えるほどにイラッとした表情を見せるも、

 

「……へー、()()()()が13億も抱えてどうしようって言うんですかねー。……だって、ことわざでも言うじゃない? ()()()()()()()には10億ベリーを持たせよって」

 

不敵な笑みを浮かべながらいけしゃあしゃあとそうのたまうのだ。

 

一体どこのことわざよっ!!!!!

 

へーそう、そういう角度でもう来るわけね。

 

「あら、世界には素晴らしい格言があるものねぇ。それはそうよね。だって若くて可愛い娘は直ぐにでも()()させちゃうって聞くし……。もしかしてあんたもヤバいんじゃない? あと1()()()()()とか??」

 

たっぷりとそれはそれは嫌味を詰め込んで言葉を放つが……、

 

 

あ……、ダメ……、ちょっと言い過ぎたかも……。

 

 

オレンジ髪の娘が一瞬だけ淋しげな、何とも悲しげな表情を見せたのだ。ただそれは本当に一瞬だけで直ぐに表情は戻り、こちらを睨みつけて来ているが無理矢理感は否めない。

 

心のどの琴線に触れたのかは分からないけれど、どうやら痛むところを突いてしまったらしい。

 

私としたことが……、怒りに身を任せて若い娘を傷つけてしまうなんてね……。大人の女がやることではない、全く以てして。

 

 

ふぅ……、

 

「すいません!! コーヒー二つ下さい!! あと蜂蜜もあれば」

 

通り掛かる売り子さんに注文をして、二つのカップに蜂蜜を少しだけ入れて渡してあげる。

 

「ごめんなさいね、言い過ぎたわ。はい、仲直り♪」

 

カップを渋々受け取った目の前の娘は何だか恥ずかしげで、それがちょっと可愛い。

 

あ~あ、やっぱり若さには勝てないのかな~。

 

そう思いながら飲んでみた蜂蜜入りのコーヒーはやっぱりとても美味しい♪

 

香りが上品でとても癒される。

 

ナミも同じ思いのようで何とも幸せそうな表情をしている。

 

ああそうか、ナミって呼んであげなきゃね。

 

「美味しいでしょ、これ? ……ジョゼフィーヌって呼んでちょうだい。ね、ナミ♪」

 

それに対する答えはぱっと花が咲いたかのような満面の笑顔だった。

 

「うん、とっても美味しい♪♪」

 

「良かった! それで、……何があったの、ナミ??」

 

 

 

そこからの私はナミの姉だった。

 

私はもっぱら聞き役で、カップを片手に相槌を打ち、一緒に悲しみに暮れてあげて、一緒に励まし合ったのだ。

 

常に男共が乗る船に居るのだ。直近ではロビンがいて姉の様な存在だったみたいだけど、そのロビンも居なくなってしまったらしい。仲間たちに普段は話せないこともあるのだろう。その気持ちは大いによく分かる。私もビビが現れてどれだけ救われていることだろうか。今は同じ船に乗っていることを伝えてあげると、え~私もそっちに乗りたいって言われてしまった。きっと妹のように思ってたに違いない。私もそんな風に思ってるし。

 

ビビって可愛いもんね。

 

こんな悲喜交々(ひきこもごも)の話に耳を傾けている中でも一際印象深かった話がある。

 

それは仲間同士で決闘をしたという話。目の周りの赤い腫れはきっとそれが原因なのだろう。私も思わず貰い泣きをしていたのだから。自分に置き換えて考えてみれば涙を流さずにはいられない。

 

「……あいつね、……あいつ、……重いって言ったのよ。……ルフィのあんな言葉初めて聞いたわ」

 

涙を拭いながらそう言うのだ。

 

「あいつのあんなに弱ってるとこなんて初めて見たわ。……でも、だからっ!! 私もあいつのために強くならなきゃって思ったの。ウソップは絶対戻って来るんだからっ!!」

 

鼻水を啜りながらそう言って、笑顔を向けて来るのだ。

 

本当に笑顔が似合う娘……。

 

何だかとても眩しくて、涙のおかげで丁度いい具合かもしれない。

 

そしてちょっとだけ羨ましい。私にもこんな気持ちになっていた時があったのだろうか? 過ぎ去りし日々はもう戻っては来なくて。30代という言葉が何だかとても沁みて来る。

 

過去の在りし日に思いを馳せながら私も同じように鼻水を啜っていると、通路を往来している乗務員の姿がどうにも忙しないことに気付く。それも一人ではない。二人、三人と行ったり来たりを繰り返してゆくのだ。

 

「食堂車で襲撃があった。麦わら帽子を被った男で肉を片っ端から口に入れていっているらしい」

 

「入口の扉は全壊だ。見るも無残だったよ。麦わらの男は金はあるから、肉をくれと繰り返している」

 

「とてもそうは見えないんだが、本人は1億ベリーを持っていると言い張るんだよ」

 

何とも不穏な会話が漏れ聞こえて来る。

 

「もうっ!!! あんのバカッ!!!!」

 

怒声を響かせて本気で怒っている様に見えるナミは表情とは裏腹に何だか楽しそうだった。

 

 

やっぱり羨ましい、ちょっとだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電伝虫室は一等車を入ってすぐのところ、丁度客室を前にした控えのように小じんまりと仕切られた部屋になっていた。中はプライベート空間のようにして窓のない部屋となっていて、天井隅のランプに照らされて安楽椅子とテーブルが据えられ、その上には電伝虫が鎮座していた。

 

姿は眼鏡を掛けており、確かにこれはクラハドールと言える。

 

海列車内の電伝虫に直接連絡を寄越してくるなどよっぽどのことだろう。緊急事態なんじゃねぇかと思わずにはいられない。しかもボスではなくて、俺に用があるときた。それがより事の重大性を暗示してる気がして否が応でも緊張感が高まってくる。

 

当然ながらここは海列車内、盗聴の可能性は極めて高いため盗聴防止用の白電伝虫を取り出しておき、電伝虫にくっつけてやる。

 

フ……、やはりクラハドールだな……。

 

電伝虫の眼鏡が一定間隔でずり上がってゆくのだ。多分今頃シャボンディにいるんだろうが、そこでの様子が想像出来るってもんだな。

 

準備を整え終わり、受話器を上げれば、

 

~「……俺だ。……大丈夫か?」~

 

低く、くぐもった声が聞こえてきた。名前を名乗らず、余計な言葉を取っ払って、盗聴対策はどうかと聞いているに違いない。実にあいつらしい用心深さであり、声音は奴そのものだ。

 

「ああ、問題ない」

 

~「……よし。……レフトだ」~

 

レフトというのは俺たちの間だけで取り決めた電伝虫会話用の名前のこと。

 

「OK。こちらはライトだ」

 

奴が言葉に乗せて伝えようとしてる意図を汲み取って返事する。

 

レフトはボスの左腕と言う意味で、俺は右腕という意味でライトとしている。何とも恥ずかしいので絶対に俺たちの中だけにとどめておきたい暗号名だが、クラハドールの奴は真剣だった。そして、この暗号名で始めるということは、事は緊急ってことであり、会話を全て暗号で行うという意味だった。

 

~「……シャボン玉を吹いてたら()()()()の友人に会った。船のすぐそばだ」~

 

どうやらシャボンディでガレーラの事務所を張ってたらジョーカーの奴らの誰かに出会ったらしい。奴らの顔を全部は把握しきれてねぇはずだが、それでもそうだと言い切るってなら、能力を使ったってことなんだろう。 

 

ジョーカーの暗号が出たことで俺の緊張感はさらに高まってゆくが、

 

「それは良かったな」

 

もっともらしい会話に聞こえるように相槌の言葉を入れこむことに成功する。

 

~「……だったら引き返せ。荷物持ちに連絡しろ」~

 

荷物持ちとはハヤブサの暗号名だ。やつはずっとビビの荷物持ちみたいなもんだろってことでそう決まった。これもおおっぴらに使うには忍びない名前なのでここだけのものにしておくべきものだが、クラハドールの奴は実に真剣だった。

 

いや、考えるべきはそういうことじゃねぇ。引き返す。こっちの方だ。 一体どういうことだろうか? 怪しいやつに能力を使ってたら、そいつはジョーカーと関係していて、やべぇ事案に辿り着いたってことなのか?

 

「どういうことだ?」

 

俺は質問せざるを得ない。

 

~「木と踊り子がきな臭い。もしかしたら飯屋もな」~

 

返ってきた答えを言葉通りに捉えれば意味不明の内容だが、全部島に置き換えればセント・ポプラとサン・ファルドに、プッチってことだろう。ビビから聞いた話と符合する。ジョーカーと思しき声はセント・ポプラとサン・ファルドにて取引の予定があると言ったらしいしな。クラハドールによればプッチも怪しいということか。

 

何にせよジョーカーが絡むであろう取引に近付けってことなんだろう。セント・ポプラにはビビが向かうと言っていた。プッチには丁度料理長が行っていたはず。てことは俺の行先はサン・ファルドってことになるな。

 

「俺は踊り子と踊ればいいのか? どんな踊り子だ?」

 

~「ああ、そうだ。海水パンツを探せ」~

 

…………………、何言ってやがるんだこいつ。

 

いや、よく考えてみよう。これは暗号での会話だ。海水パンツにも何かしらの意味があるんだろう。……とはいえ連想されるものは何もねぇがな……。

 

「海水パンツって何だ?」

 

~「海水パンツは海水パンツだ。……行けば分かる」~

 

クラハドールからの返事に考えても無駄であることを悟り、俺はこっちの状況を説明することにした。だがクラハドールは特に驚く様子も無い。大方ジョーカーの奴らの誰かっていうのは全体像を把握している奴なんだろう。そこから想像できたと、そんなところか。

 

まあいい。俺たちの参謀がこのヤマについて全体像を大方把握してるってのは大事なことだ。中枢に入ってあらゆることが加速度的に起こっている。俺たちにとっては今に始まったことではないとも言えるがそれでもだ。

 

「それでだ。仮に海水パンツを探しだしたとして、それは何を意味するものだ?」

 

サン・ファルドの取引とは一体何につながるものなのか。その核心部分を予め知っているのであれば聞いておきたい。

 

~「………………………」~

 

クラハドールからの返事は沈黙。余程のことなんだろうか。一体……。

 

~「…………、プルトン」~

 

っておい、それこそ暗号にして包むべき内容じゃねぇのか。いや、もう包みようがねぇってことか。

 

 

コン、コン、コン。

 

 

!!!

 

 

扉をノックする音が聞こえてくる。

 

 

話してた内容が内容だけに一瞬肝を冷やしてしまい、思わず背後を振り返ってしまう。

 

この部屋は防音が施されているように見受けられる。

 

ゆえに、立ち上がって少しだけ扉を開く。

 

「何だ?」

 

「申し訳ありません。ネルソン商会様宛のコールがございまして……、相手様を考えるにお取次しないわけには参りませんで……」

 

どうやら乗務員のようだ。

 

別の電伝虫だと……。一体どこのどいつだろうか。

 

「分かった。直ぐ行く」

 

やけに寝癖がピンと立ってやがるその乗務員に向かってそう答えておくことにする。

 

~「どうやら邪魔が入ったようだな。そろそろ切り上げよう。……忙しくなるぞ」~

 

忙しくなる? 俺たちは既に十分忙しくなってると言えるがどういうことだろうか?

 

~「最後にひとつだけ警告しておく。……二人だけになると()()()()()()()()()()()()()。標的は完全に貴様だ。覚悟だけはしておけ」~

 

「……そうか。分かった。じゃあな」

 

短く最後の通話を終えて受話器を戻す。電伝虫の表情はいつものあいつのように不敵な表情を浮かべているわけではない。言葉の後半部分は暗号というには程遠い。

 

マジの警告だ。

 

ジョーカーは今回取引に俺が現れると踏んでいる。そして俺を殺すつもりでいる。最大限の警戒をしなければならない。

 

 

だがそれがどうした。

 

 

そんなことは百も承知だ。

 

 

俺たちはアラバスタで実質やつに宣戦布告をした。

 

 

やつは俺たちを殺したい。

 

 

俺を殺したい。

 

 

そりゃそうだろう。

 

 

それだけのことをジョーカーのやつにはしてやった。

 

 

脳裡にはやつのサングラスが浮かんでくる。

 

 

笑い声まで木霊してきやがる。

 

 

そうじゃねぇんだ。

 

 

そうじゃねぇ。

 

 

ジョーカーが俺を殺したいんじゃねぇ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

脳内で急速に膨張してくる怒気を何とか鎮めて立ち上がり、ドアノブにゆっくりと手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ヘブン”の話をしようという俺からの澄んだ水面への一石はどんな効果をもたらすか。

 

向こうで一石どころではないモノを投じてある意味修羅場と化してしまっている奴がいるが俺には関係ない。食い意地張ってるバカはこの際無視を決め込むに限る。

 

俺が意識を向けなければならない相手の1人目は右側手前の席を占めていたタリ・デ・ヴァスコ。傘を片手に立ちあがってこちらへと振り返ったままもう一度あのお辞儀を見せたあとに、

 

「ネルソン・ハットさん……、さすがの地獄耳ですね。良い情報をお持ちターリて、……若様がぶち殺したくなるわけターリ―!!!!」

 

上目遣いで鋭い眼光を浴びせながら言葉の刃を飛ばしてくる。

 

2人目は左側手前の席を占めていたブエナ・フェスタと思しき人物。座ったままこちらを振り返ることもなくワイングラスを手にしている。

 

ヤックックッ(クソだな)! 目の前はうるせぇし、てめぇは誰だ? ……頼むからこいつを飲み干す間に消えてくれ。……………だがこいつは、……マーヴェラス(素晴らしい)!!」

 

さっさと帰れと吐き捨てるように言ってから、アフロ頭のそいつはワイングラスを傾けたのちに感激するような叫び(シャウト)を見せている。

 

3人目は左側奥の席をこちら側へと向かって占めていたスキンヘッドに青サングラスの男。青い薔薇協会(ブルーローズ)の幹部という話だったか。

 

「…………(から)いな」

 

??

 

辛いと言ったか? どういう意味だろうか? そいつはそう一言呟いたあとに服装と同色の真っ青なアタッシェケース二つを両手に持ちながら立ち上がり、奴のすぐ背後に見えるカウンター内へ入り込むと、琥珀色の液体が入った瓶を一気に傾けていた。

 

その液体は確かに辛そうだが……。だから何だと言うんだ。

 

 

まあいい、つまりはこいつら全員の総意として俺はお呼びじゃないってことだろう。

 

だがそんなことは関係ない。呼ばれて来たのではないのだからな。

 

そうであれば俺がすることは決まっている。タリ・デ・ヴァスコとブエナ・フェスタを無視して空いている右側奥の席に座ってやるまでだ。

 

さらに向こうでうんめぇーという本能の叫びと陶器やらガラスやらが大量に割れる音に大勢の怒号が聞こえてくるがもちろん俺にそんなことは関係ない。

 

「バナロの守護者(ガーディアン)、ルチアーノが死んだ……。やつを潰した奴らがいる。ルチアーノはドラッグを作っていた。大量にだ。奴が作るモノは“ヘブン”と呼ばれていた。そしてそれはマリージョアへと流れ込んでいる。……ここにいる全員が利害関係者だよな?」

 

席に腰を下ろした俺は更なる一石を投じていく。

 

「……あなたもそうだっターリと?」

 

「……否、俺はたった今からそうなった」

 

背後のタリタリしたしたやつから飛んできた皮肉を受け流して俺はテーブル上に両足を投げ出してゆく。去るつもりは毛頭ないという合図だ。

 

 

 

 

 

場を沈黙が支配していく。俺たちに限定した話ではあるが……。

 

 

 

 

 

「……新任の四商海も俺の“祭り”に加わりてぇか……」

 

 

 

 

 

沈黙を破った祭り屋の一言。

 

そうだ。

 

俺たちはお前たちがどうしてここに集まっているのかを知っているぞ。

 

否、厳密には知ってはいないが薄々は勘づいているのだ。

 

さあ、聞かせろよ。

 

お前たちのヤマを俺に聞かせろよ。

 

 

 

 

 

「……ピリリか。……用件を言え」

 

 

 

 

 

さっきから何なんだこいつは。何がピリリかだ。確かにこの状況はピリリとしているかもしれないが……。

 

そんなことよりもだ。こいつは同意したな。俺がこの場に居る状態で話を進めることに同意した。

 

ここからだ。

 

 

そもそもこいつらの関係性はどうなっている?

 

多分に話を持ってきたのはピリリとしたこいつじゃない。フェスタかヴァスコのどちらかだ。ピリリとしたやつは取引相手を潰されて交渉に応じざるを得ない。そんなところか……。とはいえだ。ヴァスコは何となく分かるがフェスタは何の思惑でここにいるんだろうか? こいつは一体……。

 

 

……黙れ、黙れ。金があるからって食堂車を襲って肉を食うやつがどこにいるというのだ。頬を引っ張れ、腕を引っ張れ、伸びてんぞーっと怒号がうるさい。カウンターのさらに向こう側で……。

 

 

「祭り屋が祭りをやる。……サン・ファルドを売ってくれ」

 

 

俺はうるさい向こう側から思わず顔だけ振り返り祭り屋を見ずにはいられなかった。

 

サン・ファルド……、島を買い取る、そう言ったのかこいつは。

 

用件は用件でも中々斜め上に行った用件だ。

 

正攻法で“ヘブン”の利権を寄越せ、利権のパーセンテージの話し合いになるものだとてっきり思っていたが……。

 

それに、どうやら話を持ち込んで来たのは祭り屋のようだな。サン・ファルドの島ごと寄越せと来たか。多分にサン・ファルドが“ヘブン”の生産地なんだろう。ヒナの情報ではバナロ島に栽培地は無いということだった。“ヘブン”は別の島で作りだされていたってことだ。

 

サン・ファルド……。中枢域内であり、海列車を使えばシャボンディまで繋がる。否、待てよ。海列車を使うとなると当然ガレーラも間に入れる必要があるだろう。ガレーラの当事者はここにはいない。暗殺未遂でそれどころでは……。

 

 

まさか、繋がっているのか?? ガレーラの暗殺未遂……。

 

 

 

「……ターリ―!!!!!! ブエナ・フェスタさん、どうやら祭り屋のでかい花火が打ち上がるようですね。感銘を受けましターリ―!!!」

 

タリ・デ・ヴァスコも感極まっているが果たして、

 

「……あとから来るな。話にならん。アレを売るのは部門全てを売るに同じ。我らの創業部門だぞ」

 

ピリリが来るわけか。あとから。こいつはアレだ。大した辛み人生に満ち溢れているのだろう。伊達にチリペッパーは名乗ってないってことか。

 

今も琥珀色の液体を一気に傾けているではないか。あれは相当にピリリときて、

 

「……でしタリ、祭り屋とは裏興行主。裏方に徹して誰かの為にお膳立てをするのが本筋。あなたはもしかして代理ターリでは? ルチアーノを潰しターリは黄金帝という情報を掴んでますが」

 

辛いな……、って俺も言ってしまいそうだな。

 

そうだ。ルチアーノを潰したのはテゾーロってやつだった。新世界にて黄金を握っているやつだ。フェスタがテゾーロの代理人だとすればますます利害関係は一致する。

 

マーヴェラス(いい読みだぜ)!! イェ―ッッ!!! 確かに俺は黄金帝の代理人だ。やつはマリージョアを狙ってる。天竜人の首根っこを押さえるつもりだ。祭りの仕込みとしちゃあいいもんだろーうっ!! 裏興行主としてはこいつは纏めねぇといけない案件ってわけだ……。……先方は“ヘブン”の上がり自体は今まで通り払うと言ってる」

 

何だと。

 

「……辛いな。何が狙いだ?」

 

辛いか? むしろ甘くないか。島はもらうが生み出される利益は今まで通りと言ってる。……、

 

辛いな。ああ、クセになりそうだなこれは。

 

「やつは天竜人の首根っこさえ押さえることが出来ればいい。やつの目的はカネじゃねぇってことだ。サン・ファルドを買う。“ヘブン”の上がりは全て渡す。…………100億の用意がある」

 

!!!

 

心の中で感嘆符を思い描かずにはいられない。そんな額だ。俺たちとは取引の桁が違いすぎる。黄金帝という二つ名の言葉通りってところか。とはいえ島をまるごと買おうってことだ。額としてはこんなものなのかもしれない。

 

それにしてもだ。俺たちからすればどう考えても無理な額だが……。

 

「……痺れるな。サン・ファルドは我らが女史の血と汗の結晶。……400億だ」

 

相当痺れてるな。あくまで売る気はないってことか。これで買う気があるなら俺たちにはついていけない世界だ。

 

さて、祭り屋はどうする?

 

「……その青い薔薇をヤードでよく見掛ける。万国(トットランド)じゃもっとだ。青い薔薇協会(ブルーローズ)の本丸は機械(マシン)部門にある。それこそがあんたの会長の血と汗の結晶じゃねぇのか? 黄金帝は投資にも力を入れてるようだぜ。手を引けばどうなるか……」

 

「……(はげ)しいな。貴様らから受け取ってるものなどない……」

 

脅しか、はったりか。

 

「そう思うのは自由だが。なんなら確認してみるといい」

 

フェスタがニヤリと笑っている。はったりだとしたら相当なものだ……。

 

「……ピリリか。確認せずともよい。はったりではなさそうだな。だが貴様ら四商海を辛く見てないか? 我らに掛かれば天上金の拠出を5倍に引き上げさせる工作、造作もないが」

 

脅しには脅しか。辛くは見られてないのだろうが、こいつ自体は随分と辛いらしいな。掌に胡桃を持った途端に乾いた音を立てて潰している。

 

長年四商海を続けていれば天上金を裏から操作することも出来るってことだろうか。とんでもないな。

 

 

「ターリ―! いいですね。これでこそ取引ターリて、ならば私共も噛ませて頂きターリ―!!! 200億でどうでしょうか。あと、3分割というのは」

 

辛みたっぷりなやつとフェスタのやり取りを静観していたヴァスコが図ったかのようにして言葉を挟み込んでいる。

 

 

 

 

場が静まる。

 

互いに目線だけでやり取りしているのか。

 

そう言えば向こう側までやけに静かだな。麦わらが降参してしまったのだろうか。否、うめぇとは言っているか。

 

それにしても何だ。何なんだ。何をやり取りしている。

 

こいつらで3分割するってことなのか?

 

 

 

 

 

「若様はこうおっしゃいましターリ。鳥カゴを用意すると」

 

 

 

 

 

 

ヴァスコは畳み掛けてきた。七武海らしく圧倒的な武力を以てして脅しに入っている。“鳥カゴ”を使ってもいいのかとそう言って来ている。やつがそれを使えば生存者ゼロの空間を作り出せる。

 

これは落ちるぞ。落とし所に落ちていくぞ。

 

フェスタ、ヴァスコ、つまりはテゾーロ、ドフラミンゴでそれぞれ200億、青い薔薇協会(ブルーローズ)も入れてサン・ファルドを3分割か。

 

問題は俺たちだ。俺たちがここでどうするのかだ。

 

一体どうする?

 

現状俺たちの資産は10億あれば御の字だろう。それが総計400億のヤマに首を突っ込もうとしている。どう逆立ちしようとも首が回らなくなる。

 

なら降りるのか? 俺たちにはまだ到底無理だと言って尻尾巻いて降りるしかないのか?

 

認めたくない。

 

認めたくない現実だ。

 

だが……、軽はずみな選択は一巻の終わりを意味する。規模にして最低でも20倍の開きがある。

 

どうする?

 

どうするんだ??

 

 

 

 

 

グッ、

 

 

 

 

ググッ、

 

 

 

 

 

グググッ……。

 

 

 

 

 

何だ?

 

 

 

 

 

痛む。

 

 

 

 

全くと言っていいほど痛みなど伴わなかった場所が痛む。

 

 

 

 

直後以来……。

 

 

 

 

 

頬の傷が痛む。

 

 

 

 

 

何だ?

 

 

 

 

 

何だっていうんだ。

 

 

 

 

 

物を考えられない。

 

 

 

 

 

頬からさらに脳へと抉ってくるような痛みだ。

 

 

 

 

 

おい、

 

 

 

 

 

おい、

 

 

 

 

 

意識が…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢から覚めたようだった。

 

 

夢などまったく見ていないと言うのに。

 

 

俺はまだ海列車の食堂車にいる。

 

 

目の前のカウンター内には変わらずスキンヘッドで青サングラスの男がいる。

 

 

後ろにはヴァスコとフェスタもいるのだろう。

 

 

眼前の男は自らのアタッシェケースをカウンター上に二つとも広げている。

 

 

ひとつは電伝虫か?

 

 

否、何か見たことのないものが取り付けられている。

 

 

小さめの木槌を使ってモグラ叩きをしている。

 

 

規則的だ。

 

 

モグラ叩きというものは規則的だっただろうか?

 

 

……どうでもいいな。

 

 

「……痺れるな、デンシン完了だ」

 

 

デンシンとは?

 

 

深紅のカードに削りだし、

 

 

印字?

 

 

数字が入っている。

 

 

「……辛いが、ネルソン商会、150億ベリー。間違いないな」

 

 

カネを、150億ベリーという途方もない金額のカネをあの一枚にしているのか?

 

 

カネを容易に扱う技術。

 

 

機械(マシン)技術、青い薔薇協会(ブルーローズ)の本丸。

 

 

否、待て……、

 

 

200億はどうした。50億少なくなってないか?

 

 

!!!!

 

 

おいおい、()()()()()()と言わなかったか??????

 

 

 

 

 

「待てっ!!!」

 

俺は瞬間で立ち上がり連発銃を取り出していた。

 

「……辛いな、何の真似だ。契約は済んだ。深紅の電心決済(スライス)で貴様は我らが共同協会長(パートナー)である闇金王から150億ベリーを調達してサン・ファルドの4分の1を手に入れる。そういう契約だ。刻印登録も終えている」

 

くそっ、言葉の意味は痛すぎるほどに分かり切っているのだが、頭がどうにも回らない。せめて(つら)いと言え。(から)くないだろ。

 

つまりアレか。

 

闇金に150億借金して俺たちはサン・ファルドの4分の1を手に入れると。そういうことか。

 

一体どうしてそうなった??

 

「俺たちの譲歩を無駄にするのか? イェ―ッッ!! 借金生活じゃねぇか」

 

「ネルソン・ハットさん、私共の()()()の存在を仄めかされたら……、折れないわけにはいきません、ターリ―!!!」

 

俺は何を口走った?

 

覚えていない。

 

覚えていないのだ。

 

何がどうなっている??

 

俺は知らない。

 

知らないものはどうする?

 

 

無かったことにするしか……。

 

 

俺は連発銃を向け……、

 

 

 

「……ピリリか、それにモノを言わせるなら仕方ない」

 

 

 

え?

 

 

胡桃を掴んだままのやつの左拳が瞬間に突きだされ、

 

 

動けない。

 

 

俺は動けない。

 

 

動こうとしても動けない。

 

 

何だ?

 

 

何が起こっている?

 

 

時が止まっているように思われる。

 

 

カウンターの向こうが止まっている。

 

 

周りの一切が止まっている。

 

 

否、

 

 

ヴァスコは止まっていない。

 

 

フェスタも止まっていない。

 

 

クンサーとやらも止まっていない!!

 

 

だが俺は止まっている。

 

 

 

「……辛いな、初めてか? 中枢をどこだと思っている? まあいい、契約は成立した。助言しといてやる。そろそろ“コール”が鳴り止まなくなる頃だ。四商海の本質は天上金の奪い合いに他ならない。奴ら、辛いのは確かだが金払いだけはすこぶるいい。貴様らが7家を都合することはかなりのインパクトがある。正直、周りは激辛だ。誰の決定か知らねぇが貴様らはいきなり相当な利権を手にするってことだ。だがそれも、“コール”の連続に応えられればの話だがな」

 

「……ピリリか、サービスだ。悪魔の実と思ってるか? 違う。これは貴様らにとって新たなる概念“ベクトル”。また会おう、スクエアでな」

 

口角を上げた。

 

 

初めて口角を上げた。

 

 

自信しかない笑み。

 

 

やつは左の拳に収まった胡桃を叩き潰して掌を広げて見せ、

 

 

瞬間、

 

 

俺は後方へ吹き飛ばされた。

 

 

成すすべもなく。

 

 

何も出来ず。

 

 

ただ睨みつけることしか出来ない。

 

 

奴らは上へと消えていく。

 

 

海列車の上へ。

 

 

ここから消える算段でもあるのか。

 

 

ああ、辛いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起き上った場所。

 

海列車は変わらず走り続けている。

 

前へと進み続けている。

 

だが、1等車と食堂車は既に列車とは言えない状況。

 

見るも無残だ。

 

だというのに、

 

俺の隣にはあっけらかんとした麦わらが居るのだ。

 

今の今までどこに居たのだお前は。

 

 

「なんか、ピザみてぇな話しだったな」

 

肉を食い尽くしたのかピザを載せた皿を持ってこの大飯喰らいはそう抜かすのだ。

 

まあ言い得て妙ではある。確かにピザだ。俺たちは4分の1の分け前。

 

「でも俺だったら全部食うけどな」

 

そう言って麦わらのバカはまるで手品のようにして目の前の綺麗な円形のピザを一瞬にして無きものとしてしまったのだ。

 

お前ってやつは……、………………。

 

 

 

!!

 

 

まさか……。

 

 

 

そして、

 

「ボス、無事か。いや、それどころじゃねぇんだ。あんたもこっちに来てくれ。さっきから止まらねぇ」

 

ようやく見つけたかのようにして現れたローがいきなり電伝虫を渡してきた。

 

コール。

 

眼前のいやらしさを感じてしまう目つき。

 

そういうことか。

 

 

 

~「わちきだえ、タバコを買って来るんだえ」~

 

 

 

どこのわちきだーーっっ!!!!!!!

 

 

 

喉元まで出かかったその言葉を俺は何とか押し留めることには成功した。

 

 

 

地獄の業火を抜ける一本道。

 

 

 

そいつはこれまでも変わりはしなかった。

 

 

 

ただひとつだけ変わったことがある。

 

 

 

頬の傷からうねりだした鈍い痛みが消えやしない。

 

 

 

それが何を意味するのか。

 

 

 

俺にはまだ見当もついてはいなかった。

 

 

 

 

 



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第68話 帰るのではなく、戻るのでもなく、行くのだ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 マリンフォード “海軍本部”

 

 

海導(うみしるべ)という歌がある。

 

 

それは海兵の中で知らぬ者などいない歌。

 

 

それは海兵であれば皆が好んで口ずさむ歌。

 

 

私も当然そう。

 

 

ヒナ、当然。

 

 

でもそれは表向きの話……。

 

 

私はこの歌が嫌い。

 

 

勿論、口ずさむことはある。

 

 

でもそれは自然とではない。

 

 

意識的にやっていること。

 

 

湧き出てくる嫌悪と恐怖という苦みを、何とか紛らわせながらやっているに過ぎない。

 

 

この歌は海で共に闘う者を想う歌であるはずだが、

 

 

私からすれば彼らが常に敵であることを再認識させられる歌である。

 

 

その意味においてはいいことなのかもしれない。

 

 

ヒナ、満足。……すべきことだろうか?

 

 

だが海は見ている。

 

 

海は全てを見ているのだ……。

 

 

心休まる歌では決してない。

 

 

苦みを何とかして飲み下した上で、

 

 

絶望の深淵を正視する作業に他ならない。

 

 

もうヒナ、絶望なのである。

 

 

そんな何百回繰り返したか分からない、

 

 

何百回繰り返そうと慣れることがない作業を、

 

 

また繰り返した。

 

 

 

マリンフォードに行くとはそういうことだ。

 

 

 

戻るのではない。

 

 

 

帰るのでもない。

 

 

 

行くのだ。

 

 

 

島影を視認した瞬間からそれは脳内に木霊する。

 

 

 

本部城壁に大書された海軍の2文字を確認した瞬間に打ち震える。

 

 

 

湾内に入ってゆき、

 

 

 

無数の双眼鏡による好奇の眼差しをタバコの煙と共に巻き散らしていく。

 

 

 

停船し、

 

 

 

錨を入れる。

 

 

 

「着剣!!」

 

 

 

「捧げ(つつ)!!」

 

 

 

舷梯(タラップ)を降り、

 

 

 

「海軍本部情報部監察准将に敬礼!!! …………()()()を歓迎致します、ヒナ准将」

 

 

 

軽く頷いて見せ、

 

 

 

進み往く。

 

 

 

コートをはためかせて、

 

 

 

()()()()()に正義と刻まれたそれをはためかせて……。

 

 

 

タバコは銜えたまま。

 

 

 

覚悟は決まっている。

 

 

 

ここは海軍本部と言う名の“戦場”。

 

 

 

肩で風切ってでも往かねばならない。

 

 

 

真の仲間の為に。

 

 

 

そして胸に刻み込むのだ。

 

 

 

ヒナ、上等!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がマリンフォードに来なければならなかった理由。

 

それは着任の挨拶というのがひとつ。

 

本来の私の仕事場所はマリンフォードではなく、聖地マリージョアとなるため必要ないように思われるが違う。情報部監察である以上は本部海兵に対する監察という役割も存在しているのだ。ゆえにマリンフォードには監察部署が設置されている。更には文書管理室。本部で日々生み出される膨大な量にのぼる文書の数々が最終的に集約される場所が存在しているが、その管轄もまた情報部監察が担う。

 

それを一目(ひとめ)見ておきたい、もしかしたら有用な情報に出会えるかもしれないというのもひとつ。

 

いや、やはり着任の挨拶かしらね。

 

直属の上司であるモネ少将もまたマリンフォードに来ていると連絡を受けたのだ。

 

海賊 カポネ・“ギャング”ベッジをインペルダウンに無事連行した旨を報告しなければならない。

 

勿論、海賊 ポートガス・D・エースの身柄をZと呼ばれる集団に奪われた旨も報告する必要があるだろう。

 

 

ベッジを無事連行出来たのは正直言って運が良かっただけとしか言えない。サカズキ大将とは別の船で移送することとなり、尚且つ船団を組むのではなく単船で行動したことにより、襲撃を免れたというところだろう。そうでなければ同じような運命を辿っていた可能性は高い。

 

ただこれを運が良かっただけで済ませてよいことなのかどうかはまた別の話かもしれない。

 

謎の集団Zとは何か?

 

輪郭は朧げながらも見えてきつつある。新聞にあれだけ派手な投書が行われたのだから。

 

Zとはゼファー元大将が率いていると言う。海軍を辞めて革命軍に与したあの人であり、私自身もかつては直接の指導を受けたことがあるあの人である。

 

本部には激震が走っていることは間違いない。それほどにもあの人の影響は大きい。海軍を辞めて革命軍に与したときも事は重大であったが、今回はそれを優に上回る。

 

あの人は私にとって、大多数の海兵にとって、とてつもなく大きな存在であった。海兵であるならば教官として真っ先に思い浮かぶ相手はあの人という人間がほとんどであろう。

 

なのに戦わねばならなくなった。絶対的正義に盾付いた者に対しては報いを受けさせなければならないのだ。それは何人(なんびと)であろうとも例外は存在していない。

 

それでも海兵とて人間である。当然ながら情は存在している。それでも情を超越したところに法が存在していて、正義も存在している。

 

 

ゆえにマリンフォードは驚くほどに静かだ。上陸して道行く相手と挨拶を交わし合い、本部の今の様子と雰囲気を探ってみるが驚くほどに静かである。ざわつくような喧騒は存在していない。

 

ただ、表情を見れば分かる。皆が分かっている。これからどうなるのかということを。時間の問題でしかないと言うことを。

 

だからこそ、いつになく静かなのだ。

 

見るからに湾内に停泊する船の数は増え続けている。世界各地に散らばっていた者たちが続々とここに集まりつつある。

 

であるにも関わらずの静けさ。それは嵐の前の静けさなのか……。

 

ヒナ、沈黙ってところね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報部監察に与えられた区画は本部城壁内の一角。案内図から想像するに、文書管理室を含んでいることを考えれば些か手狭なような気もする。初顔合わせということもあり、幾許かの緊張を身に纏いつつ入口扉を開いてみれば、

 

 

中はある意味戦場だった。

 

 

視界に飛び込んでくるのは文書を天井近くまで積み上げられたタワー。しかもそれが群れを成している。デスクの上に山が築かれていたり、一押しすれば崩れてしまいそうに危うい積み方でご丁寧に床から積み重ねられていたりする。その間を何とか人ひとり通れるかという通路が伸びていた。

 

文書管理室という文字から静かな職場を想像していたのだが、まったくの正反対、正直言って怒号が飛び交っていた。

 

最初に聞こえた言葉は

 

「殺すっ!! ……ぶっ殺すっ!!!!!!」

 

ヒナ、物騒である。

 

ここは練兵場ではないはずなのだが……、文書を管理するどの過程でそんな言葉が必要になってくるのだろうか……。

 

「ヒナ嬢、俺たちは来るところを間違えてないでしょうかねぇ……」

 

「ああ、お前もそう思うか。……これじゃ踊れねぇもんなぁ」

 

当然ながら私の部下二人も連れて来ているのだが、その感想にも頷けるというものだ。私たちは来るところを間違えたかもしれないし、この場所では到底踊れないだろう。踊るつもりは毛頭ないが……。

 

と、そこへ更なる訪問者たち。

 

何やらうるさいので振り返ってみれば、両腕で目一杯の文書束を抱えて来ている何人もの兵たち。

 

どうやら新たな文書がここに運び込まれて来たようだ。何往復したか数えるのが嫌になるほどにここには繰り返し来たようで、入口はいった片側に新たな文書タワーを築き上げると、私を上官だと気付いたようで、これで最後だからよろしくお願いしますと逃げるように去って行った。

 

お願いしますと託されてもね、ヒナ、困惑なんだけど……。

 

新タワーの出現にいち早く気付いたのか分からないが奥から眼鏡姿の女の子が現れた。小脇にぎっしりと紙束を抱えている。彼女は私たちなどまるで見えていないかのようにして、新たな文書束のタワーを見上げたあとに盛大に溜息を吐き、

 

「ほんと死ねばいいのに……」

 

ぼそっと毒を吐いてみせた。

 

のちには私たちに視線を寄越してくる。眼鏡越しに、……もしかして睨まれてる?

 

痛いほどの視線に耐えられないのかフルボディとジャンゴが彼女の持つ紙束を代わりに持とうと空回りし始めている。無理もない。階級章は伍長。彼らからすれば上官だ。私でさえ一瞬気後れしてしまうほどの鋭い視線。立て続けに物騒な言葉を聞いてしまったのも大きい。

 

「で、誰?」

 

ここでは新参者。私の方が階級では当然上官に当たるが致し方ないのかもしれない。眉間には相当来るが……。

 

何とか口を開こうとしたところで、

 

「ああ、やっと来た」

 

また奥から現れたのは久しぶりに見る私の上官。モネ少将。瓶底眼鏡を額に載せながら私たちの一触即発と言えなくもない状態にするりと入り込んで来た。

 

私の上官は柔らかな笑みを(たた)えながら、眼鏡の彼女の非礼を詫びて私たちを取り成してくれた。彼女も私が新たな身内の人間だと知って謝罪をしてくれたので良しとしよう。そして、私の部下二人はモネ少将に既に釘づけだ。

 

こいつらときたら……、ヒナ、嫉妬……ではないはず。

 

そんな一幕もそこそこにして、私たちは奥へと案内されてゆく。これから進捗会なるものを始めるという。見てもらえば文書管理室がどういうものか分かるらしい。あの物騒な言葉が出てくるのも分かるということだろうか。

 

 

 

 

 

「はい。じゃあ今日の進捗会を始めます。よろしく。早速だけど入荷状況の報告から」

 

「入荷状況は計画から50万の大幅な上振れです。内訳はズドンが5万とお願いしますが45万、その内の40万はクザン大将とガープ中将からのものです」

 

進捗会とやらは山脈かと思ってしまう文書タワーに囲まれてぽっかりと空いているスペースにある大きなテーブルで始められた。当然ながらここも乱雑にありとあらゆる文書と筆記具に電伝虫が所狭しと置かれていて周りをぐるりと沢山の黒板が囲んでいる。黒板は世界地図で偉大なる航路(グランドライン)と4つの海が描かれていて進行中の案件と人の配置が磁石で表現されている。ここはまさに作戦会議の場と言っていい。

 

話の内容にはまったく付いていけていないが……。

 

入荷、上振れ、ズドン、お願いします……意味が分からない……。クザン大将とガープ中将が関係していることもなぜなのか?

 

それでも進捗会は進んでゆく。司会進行はモネ少将。入荷状況について先程の眼鏡の女の子が淡々と報告を続けている。眼鏡の奥がキラリと光っているように見えるのは気のせいだろうか?

 

「今の情勢を考慮すると上振れ状況が続きそうですし、どこかでバックログを正常化させないと我々は死にます」

 

「そうね。正式な命令書発行はまだだけど、新聞の一件で大号令が掛かるのは時間の問題。佐官以上の事務業務全ストップが見えているわ。当然どこかでバックログは正常化させるけど、今はみんなに死んでもらうしかない」

 

上官からの死刑宣告にこの場の人間はみな神妙な面持ちである。私の部下でさえ。いや、心の中で踊っているかもしれないが……。

 

よくよく見渡してみればこの場の人数は10名にも満たない。全員がこの場に参加していないのかもしれないが、もし仮にこれで全員だというのなら、一体この紙束の海と山をどうやって捌いていくというのか。確かに死亡という二文字が現実味を帯びてくる。

 

まだよくは分かっていないのだが何となく殺すだったり死ねばいいのにだったりの言葉の意味が見えてきた気がするのだ。クザン大将とガープ中将が関係していることにも。思い当たる節はあるのだ。有り過ぎるほどに……。

 

「えーーー、久しぶりに今日は食堂でお昼を食べようと思ってたのにー。またビスケットですかー。さっき食堂をちらっと覗いてきたら、今日はから揚げ食べ放題の日ですよー。もう、私、死にたい……」

 

「食えるだけましかもしれないぞ。正直、食えるかどうかさえ怪しいと俺は思うがね。まあ今度はビスケットに辛いものつけて乗り切ろうや。本当に死にたくはねぇだろ……」

 

「…………うぅぅぅ、から揚げ……、諦めきれないなぁー」

 

女性の落胆具合は分からなくもない。その理由がから揚げである時は特に。

 

でも文書管理室がこんなにも死と隣り合わせだったとは思いも寄らなかった。正直ヒナ、絶句。

 

「はいはい、ビスケットをから揚げだと思って頑張りましょう。取り敢えずこれだけの大幅な上振れだから……、いいえクッソ上振れだから、今現在のバックログは少なく見積もっても100万は下らないでしょう。今日のターゲットは10万。早速にもアクションを決める必要があるわね」

 

10万という目標設定に辺りは一瞬でしんとなる。多分に本気でヤバい数字ってところかしら。しんどくてもいけそうな数字なら、文句が飛び出してくるはず。それすら出ずに沈黙する時はそういうことよね。

 

でも、

 

「少将、ではここにクザン大将とガープ中将を呼んでください。正座させて小一時間ほど問い詰めたい」

 

「小一時間で済めばいいがな。そんなアクションじゃダメだ。もっと踏み込む必要がある。諸悪の根源は奴らの部屋に眠ってる。今直ぐ放火に行くべきだ」

 

「いいえ、生温いです。今直ぐクザン大将とガープ中将にバスターコールを掛けて根絶すべきです」

 

そういうことではなかったようだ。溜めこんでいた怒りを一気に放出する準備のための沈黙。私の場合まだ他人事に近い状態なので脳裡に身も蓋もない考えが浮かんでしまう。

 

取り敢えずこの部屋全部燃やしちゃえば?

 

一気に100万のバックログ解消である。

 

とは勿論言えない。文書管理室がすることではない。管理不行き届きで懲罰ものである。

 

「はいはい、気が済んだら私の話を聞いて。ひとまず頭数、そして労働時間を集めないとどうしようもない。今日来てくれたヒナ准将と二人は頭数に入れてるけど、全然足りない。あの手この手を使って集めること。自分の貸しを精査してありったけ返して貰うこと」

 

言葉を切ってぐるりと見回すモネ少将の顔が怖い。っていうか他の人たちの顔も押し並べて怖い。ここは本当に海軍だろうか? 海軍ではあるが海軍ではない気がする。広場で正義に関する演説を聞いているときと同じくらいの量の熱気が充満している気がするが、何か違う気もする。

 

「監察業務は最重要対象者を除いて一旦ストップ。行確(こうかく)に入っていても、視察拠点の設営が済んでいても、全員呼び戻して」

 

世界地図が描かれた黒板を指差しながら具体的なアクションが語られてゆく。

 

こうして朧げながら文書管理室というものが分かってきた。

 

文書管理室の業務は主に2つ。各部署、各隊で作成されて直近で必要なくなった文書を2Sして管理してゆく。倉庫が城内最下層にあるらしい。一番下に落とし込むからこれはズドンと呼ばれているようだ。

 

一方で文書の態を成していない殴り書き、走り書き、メモの類が一緒くたになって送られてきて、それらを纏め上げて報告書として提出できるレベルのものにするのがもうひとつの業務。忙しい佐官クラス以上に代わって事務業務を代行するようなものである。代わって提出するからお願いしますなのか、代わりにお願いされるからお願いしますなのか、ネーミングセンスは何とも妙である。

 

ただこれで腑に落ちる。クザン大将とガープ中将はこっちだろう。きっと彼らの事務業務をまるまる代行している形に違いない。“殺す”や“死ねばいいの”にと言った物騒な言葉にも納得である。多分に最初からまるっと送ってくればいいものを、向こうもよく分かってないから、小出しで送られてくるに違いない。しかもその小出しでも量が半端ないのだろう。おまけにあとからあとから未処理のものが見つかってお願いしますでは質が悪すぎる。殺意が芽生えてきてもおかしくはないか。

 

今日のターゲット10万ってことは10万枚の文書を処理するってこと。正直死ぬしかない。ヒナ、死亡である。私も自分の事務処理能力に自信が無いわけではではないが……。文書を読むスピードは申し分ないはず。この世界は力が全てではあるが上へ進むほどに文書とは切っても切れない関係となってゆくのだ。文書を捌く能力は必須と言って良い。中には無縁の人間もいるにはいるが。そういう人間はこうやって日夜恨まれているわけだ。まったくもって恐ろしい。私も誰かに恨まれるような文書を生み出してはいないだろうか。ヒナ、心配……。

 

「さて、じゃあ最後に唱和で締めましょう。仕事は常に秒で塵殺(おうさつ)ッ!!!」

 

「「「「仕事は常に秒で塵殺(おうさつ)ッ!!!」」」」

 

秒で塵殺(おうさつ)したいならやっぱり全部燃やすべきと脳裡に浮かびはするが黙って復唱することにした。唱和自体には賛同が出来る。秒で潰していかなければ終わりは見えない。秒で潰しても終わりは見えないかもしれないがまあいいのだ。これで(たぎ)りはするのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

進捗会が終わって仕事が一斉に始まった。当然のようにして私も頭数に入れられてしまったので、まずは机に(かじ)りつくしかない。眼前には視界を塞ぐような大量の文書の山が存在している。周りでは電伝虫相手に脅しつけたり宥めすかしたりの問答が繰り広げられている。頭数を増やすための交渉と頭数を呼び戻すための泣き落としだ。私の部下二人もひとまず机に座らせてみたのではあるが、事務作業面ではまったく使い物にならなさそうであることが直ぐにも判明して、力仕事に回している。倉庫とここの往復搬送である。本人たちからすると合間に踊りを入れられるからむしろ良いらしい。ヒナ、納得だわ。

 

こんな思考を働かせながらも私の手と目は動き続けている。目は文書を読み込み、手は新たな報告書を生み出してゆく。私の仕事はガープ中将の尻拭いだ。脈絡が無く取りとめもない言葉の羅列を意味のある訓練教育記録として纏め直してゆく。備蓄記録を集計し、空欄と虫食いには想像力と閃きを働かせて、月間の報告書に仕立ててゆく。

 

生産性を持ちだされては私も本気にならざるを得ない。ターゲットは時間当たり1000枚。1時間に1000枚の文書を処理しろとのお達しである。

 

それにしても、この擬音だらけの評価欄何とかならないのか。ガァーッととか、バァンッととか。

 

ほんと、殺したくなるのも分かる。

 

ほらまた、虫食い。これはきっとお茶でも零したに違いない。こんな状態でもここに送れば何とかしてくれるだろうという甘えを感じてならない。

 

ヒナ、乱心。

 

静かに眉間に皺が寄っていくような、怒りが胸中に積み重なってゆくようなそんな感覚。一定量を超えれば私も罵りの言葉を吐き出してしまいそうだ。

 

いや、ここは辛抱ね。

 

応援が来ればここを一旦抜けることが出来る。ターゲット1000枚もこのペースなら大丈夫そうだ。やることやっていれば離れることに問題はないだろう。

 

文書管理室にやって来たのだ。ここには海軍が扱う全ての文書が集まってくる。つまりは情報の宝庫である。自分の任務を遂行しないわけにはいかない。本丸はマリージョアだと睨んではいるが、ここマリンフォードにも何かしら取っ掛かりとなる情報が眠っている可能性は高い。そのためにも下の倉庫に足を伸ばしたい。

 

そこにある何かを掴みたい。ヒナ、渇望。

 

 

 

 

 

倉庫は城内の最下層に本当にあった。見渡す限り整然と並んでいる棚の数々。そこにびっしりとファイリングされた文書が詰まっている。まさに宝の山。奥まった場所であるのにも関わらず、居心地がいいのは換気が行き届いているからなのかもしれない。

 

早速上から持ち運んできた文書を所定の棚にしまっていく。手ぶらで来るわけにもいかず、両腕いっぱいまで文書を抱えて降りて来たのだ。部下二人と共に。フルボディとジャンゴはそのまま直ぐに上へと戻る手筈だ。彼らはこの往復が仕事である。やってられない仕事内容ではあるが、何だかんだで本人たちは楽しそうにやっているので良しとしよう。

 

さて、自分の任務を始めよう。時間があるとは決して言えない。ここへ降りて来る時にはモネ少将もどこかに向かうようだった。どうやら上からの呼び出しがあったらしい。ということはそろそろ大号令とやらが発せられるのかもしれない。そうなってしまえばどうなるのかは正直分からない。出来るうちにやっておかなければならないのだ。

 

 

 

私が見つけ出さなければならないものは何か? 

 

私は何を調べださなければならないのか?

 

アラバスタにてロー君から聞かされた内容。脚本家の異名を持つクラハドール君が想像している内容。

 

 

すべてはそこから始まる。

 

それは仮説。あくまでも仮説に過ぎない。

 

だが、もしこの仮説が正しかった場合、根底から覆るものがある。

 

それは気宇壮大にして突拍子もない計画が実在し、実行に移されたことを意味し、尚且つ今もそれは進行中ということになってしまう。

 

私が見つけ出さなければならないものは何か?

 

それはこの仮説を前提にして探し出さなければならない。人と人には必ず繋がりがあり、その繋がりを辿ってゆけば何かにぶつかるものだ。それを辿るための取っ掛かりがあるはずである。

 

鍵はトリガーヤードにある。

 

アレムケル・ロッコも確かにそう口にした。

 

トリガーヤード事件に関するもの、それを探しだす。

 

棚の間を動き回り、探し出してゆく。整然と並ぶそれの決まった区画、当たりをつけた区画。年代別に分けられた丁度その時期の区画は他と比べて驚くほど文書の量が少なかった。起こった出来事と比べるに膨大な文書が存在していてしかるべきではあるがその量は見合っていない。

 

明らかに作為を感じてしまう。意図的に文書が存在しないことになっている。

 

ヒナ、憤慨ではあるが、それであきらめることはしない。

 

今度はネルソン・ボナパルトに関するものを探し出してみる。

 

これもまた存在はしていない。欠片ほども存在してはいない。

 

アレムケル・ロッコが口にしていた言葉。トリガーヤードに繋がるものは全て消し去らなければならない。それが忠実に実行に移されている。繋がるものは存在から消し去られているのだ。

 

フルボディとジャンゴのアーイェ―やウーイェ―といった日常会話を3度耳にしてもまるで成果は出て来なかった。

 

何も残っていないのだろうか?

 

本当に何も残ってはいないのだろうか?

 

本当にすべてが消し去られてしまったのだろうか?

 

 

いや、それはない。

 

どれだけ臭いものに蓋をしようとも、すべてを覆い尽くすことは出来ない。どれだけ根絶やしにしようとも根絶は出来ない。必ず何かが残っているはずである。それは一見すると何の変哲もないものかもしれないが、繋がりがある何かが残っているはずだ。その断片でも拾い上げることが出来ればそれでいい。

 

そうだ。

 

必ず何かが存在している。

 

この場所には必ず仮説の先へと導いてくれる何かが眠っているはずなのである。

 

それを探しだしたい。

 

何としてでも探し出したい。

 

是が非でも見つけ出したい。

 

文書を取り出し、捲る。文字の連なりを塊ごと脳内に刻みつけてゆく。検索に引っ掛かるものはないか。おかしな箇所はないか。

 

文書を取り出し、捲る。

 

文書を取り出し、捲る。

 

文書を取り出し、捲る。

 

同じことをひたすらに繰り返し、ただただ繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返して繰り返し。

 

怒涛の言葉が私の脳内を駆け巡ってゆく。

 

繰り返して繰り返して繰り返した先に待っていたものは何か……。

 

 

 

「ヒナ嬢、モネ少将が戻られました。上でお待ちです、ウーイェ―」

 

何往復しているかも分からない文書の搬送仕事をしているだろうに涼しい顔をして、踊りの名残も見せているフルボディの姿だった。

 

刻限である。

 

仕方がない。

 

無いものはないのだ。

 

後ろ髪引かれる思いに駆られながら泣く泣く倉庫をあとにしていく。

 

正直に言って、ヒナ困憊(こんぱい)

 

 

 

 

 

上に戻ってみると、文書管理室の人間が一気に増えていた。どうやら電伝虫での脅しと宥めすかしは上手くいったようである。それに伴って心なしか文書タワーの高さが幾分か下がっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

本気の殺意を言葉にあらわした魂の叫びは何ひとつ変わることなく聞こえてくるが、これがこの場所の日常と思えば逆に安心感のようなものまで感じられるから何とも不思議なことだ。

 

ただ、皆の表情が少しだけ柔らかくなっているのには応援がやって来たのとは別の理由があった。

 

各々のデスク上に置かれている皿の上にはから揚げが存在しているのだ。聞くところによると、ガープ中将からのお願いしますの大量委託に伴って、彼の副官から差し入れがあったらしい。ガープ中将の副官と言えばあの黙して語らず、必要なことしか口にしないボガード大佐。やはり出来る男は違う。これだけ大量の文書を送る以上何とかして手伝いたいところだが上官の側を離れるわけにはいかないからとせめてものお詫びとしてのから揚げらしい。

 

素晴らしい、ヒナ、感嘆である。

 

モネ少将は奥まった部屋にいると言う。直ぐにでも会わねばならないが、私もボガード大佐の心付けに少しだけ(あずか)ることにしたあと、扉にノックをして入室してみれば、瓶底眼鏡を掛けて文書と格闘中の彼女がデスクの向こうに座していた。

 

私などまるでいないかのようにして、ただ黙ったままペンを走らせ続けたのちに手を止め、眼鏡を外してこちらへと視線を合わせる。表情は軽く笑みを湛えていて何とも柔らか。

 

なのに、

 

「探し物は見つかった?」

 

まるですべてお見通しと言わんばかりの表情でのその言葉はうすら寒いものを感じずにはいられなかった。

 

この女は何かを知っているのだろうか?

 

私は何か口を滑らせたことがあっただろうか?

 

いや、何もないはず。

 

であるならば、

 

私も微笑み返すに越したことはない。一瞬の思考での瞬時の反応には何も落ち度がないことを願わずにはいられない。用心に越したことはない。ここは戦場。ここは敵地。見破られれば私に明日はない。

 

「ええ。とても有意義でした」

 

「あらそう。それは良かった」

 

にこやかな返答が続いてゆく。心の中に何が渦巻いていようとも表に出すものは柔らかな微笑み。

 

「センゴク元帥より命令が下されたわ。かの新聞の件で本部上層部は既に決断を下しているの。本部の全てを集結させてZを討つと。仮にそこへ関係する四皇が出てこようとも迎え討つと。上は戦争する覚悟を決めたみたいね」

 

とうとう大号令が掛かったようだ。これは前代未聞の戦いになりそうである。Zに対し本部と四皇が、いやこれは三つの勢力による三つ巴ということになるのか……。

 

「ヒナ准将、あなたに命令を渡します。可及的速やかにウォーターセブンから周辺島々へと向かい情報収集に入ること。集めなければならないのはZがどこへ向かったのかということ。火拳の身柄を奪ったあとに彼らの消息は不明。それを探し出して我々は何とか先回りしたい。打てる手を確保したい。センゴク元帥からのお達しです」

 

またお仕事ね。

 

私自身の任務は何も進んではいないが仕方ない。動き出せばまた別の何かにぶつかることもあるかもしれない。そこに期待してみよう。

 

「謹んでお受けします」

 

私は静かに一礼をして部屋を辞去する。

 

フルボディとジャンゴはいない。立ち止まっている時間はもったいないとばかりにまた下へ搬送を行っているのだろう。可及的速やかにということであれば長居は無用であり、直ぐにでもここを発たねばならない。マリンフォードからの海列車特別時刻表を引っ張りだして調べてみれば、どうやら今日中に出発する最終便が存在しているようだ。それまでまだ時間がある。

 

であれば、秒で塵殺(おうさつ)。目の前の文書を潰していかねばならない。

 

よし、1000枚。

 

文書を取り出し、捲る。

 

 

 

監察対象者。

 

 

 

経歴に空白期間。

 

 

 

西の海(ウエストブルー)の辺境に居る。

 

 

 

本部中尉。理由の明記されていない二階級特進。

 

 

 

におう。

 

 

 

刻み込まれた情報の検索に引っ掛かる。

 

 

 

見つけた。

 

 

 

これは取っ掛かりだ。

 

 

 

尋問のため本部召集予定。

 

 

 

私は思わずにんまりとするしかない。

 

 

 

ヒナ、歓喜。

 

 

 

心の中でガッツポーズをして、文書に目を通していく。

 

これは願ってもない僥倖だ。ウォーターセブンでの情報収集を早いうちに片付ければ、戻った頃には丁度この監察対象者が本部に居る頃合いだろう。監察業務は現在全ストップに近い状態ではあるが、これだけは何とか通そう。その分裏を読まれる可能性はあるが致し方ない。手に入れたいものがあるのならばリスクを取らなければならない。

 

それにしても、やはり無駄になることなど何もない。積み上げられた情報が繋がればそれは別の何かと繋がってゆくのだ。必然的に。

 

ゆえに塵殺(おうさつ)

 

仕事は秒で叩き潰してゆかねばならない。

 

ありったけの情報を頭の中に取り込んでゆくのだ。その先にまたどこかで何かが繋がってゆき、思いもよらない景色を眺めることが出来るのかもしれない。

 

 

 

仕事は常に秒で塵殺(おうさつ)ッ!!!

 

この世の真理である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第69話 湧き出て来る生を途絶えさせてはならない

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

今、お前は生きているか?

 

 

それとも、死んでいるか?

 

 

生きているとして、それを実感しているか?

 

 

ふとそんな質問を呼び起こしてくるものがこの島にはあった。

 

 

 

 

 

ヤルキマンマングローブという超巨大樹が79本集まって出来た島の集まりに近いもの。それがシャボンディ諸島である。

 

途絶えることなく湧き出してくるシャボンの光景は幻想的の一言に尽きるが、それは生命力に溢れているとも言えるのではないか。

 

シャボンが湧き出るとは生きているということだ。今この瞬間も巨大樹はしっかりと生きているということだ。そう考えると、シャボンが湧き出なければそれ即ち死を意味することになる。この光景を目にしている以上、そうなればさぞ味気ないものであろう。まさに死そのものだ。

 

心なしか巨大樹の上に立っているだけで湧き出てくる生命力のようなものを感じてならない。

 

巨大樹という大きな存在が生きているということを実感することで、また自分も生きているということに思いを馳せることが出来る。

 

このエネルギーをずっと感じていたい。

 

湧き出て来る生を途絶えさせてはならない。

 

そんな気持ちを胸の奥底で噛み締めていたくなる。

 

 

 

シャボンは絶え間なく上へ上へと湧き出し続けて……。

 

 

お前は生きているか?

 

 

ああ、生きているよ。

 

 

毎日、そんな迷うこと無き断言を目覚めと共に、挨拶をするかの如く口にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水と霧の都からの大海行を終えて、海列車が滑り込んだのは45番GR(グローブ)に建つレッドステーション。駅から降り立てばそこはもうシャボンの世界だった。

 

下からひょっこりと顔を覗かせたかと思えばたちまち空中に浮き上がり、ふわふわと揺れながら上昇してゆく。辺りを見渡せばヤルキマンマングローブの幹にご丁寧にも45と記されているのが見て取れる。この界隈は観光地のようで土産物屋やレストランといった商店が建ち並んでおり、賑やかな喧騒に包まれていた。

 

海列車での旅路は色々あり過ぎたので諸々整理が必要であったが、麦わらが隣にいる状態でそんなものを望めるわけもなく時間はあっという間に過ぎていったのだ。端的に言えば奴は隣で食って寝ていただけなのであるが、なぜかそれだけでは終わらなかった。食堂車を破壊する勢いで、否、むしろ破壊してあれほど肉を食い尽くしたというのに、奴の食い意地が衰えることはまったくなく。満腹になってなお盛んな様で、列車中を引っかき回して腹に詰め込んで行っていた。

 

そして疲れたら寝る。まるで子供なのだが、まるでじゃなくとも子供なので仕方がないのだろう。ただ、麦わらの問題は普通には寝ないということだった。

 

有ろうことか、このどうしようもない大飯喰らいはなんと寝ながら何かを食い始めたのだ。

 

有り得ないことであった。確かに寝ているのだ。鼻提灯まで出しながらそれはそれは気持ち良さそうに寝ているのだ。であるのにも関わらず、奴は口も同時に動かしていた。俺たちは思いもよらず人類の奇跡に立ち会ってしまったようなものだ。

 

連れのナミ曰く、アラバスタはアルバーナ宮殿にて世話になった際にはその術を編み出していたという。

 

確かにこれは術だな。誰にも真似できない唯一無二のものだ。とはいえ真似する気にもならないが……。

 

これによって俺たちは寝てる相手に対して食事を用意し続けるという至極納得のいかないことをさせられていたわけだ。

 

文句を垂れながらの奉仕活動は大変であった。俺たちが奉仕すべき相手は他にいるのだがと思いながら、俺たちは次第にナミを尊敬の眼差しで見詰めていたことだろう。なんだかんだでしっかりと世話を焼くのだ。こいつらさぞかし気苦労は絶えないのだろうなと(おもんばか)ってやらざるを得なかった。

 

ナミは色々と話を聞かせてくれた。

 

病気は肉を食べれば治ると結構本気で思っていそうなこと。

 

航海中では真夜中になると冷蔵庫を巡っての一大決戦が毎日開かれること。

 

空島で入国料を求められた際、よくよく数え上げてみれば残金が5万ベリーしか無かったこと。

 

俺たちはバカさ加減に笑うしかなかったが、当事者であればどうかは推して知るべしだ。

 

 

だが同時にこいつらがどれだけ互いを信頼しているのかは伝わってきた。どれだけ隣で大口開けながら寝ているこいつが愛されているのかを感じ取ることが出来た。

 

いいチームだった。

 

 

今も奴らはこのシャボン空間に興味津津のようであり、湧き出てくるシャボンを突っついたり、中に顔を突っ込んだりとはしゃいでいる。当然ながら俺たちも巻き添えを食っており、さっきまではシャボンを被っていた。一通りはしゃいだあと、ボンチャリというシャボンを使った移動手段を見つけたようで、それに乗って移動しようと大騒ぎしているところだ。そこは我が妹も変わらずではあるが……。

 

実に平和な光景だ。大変よろしい。

 

かりそめであることは百も承知なのだから……。心の中に抱える諸々はこんなもので済まないのは確かなのだから……。

 

麦わらたちは失踪したニコ・ロビンを探している。ガレーラ暗殺未遂に関わっているらしいニコ・ロビンを探している。それに他にも抱えていることはあるらしい。

 

それに、俺たち……、否、問題は俺たちの方だ。

 

同業の青い薔薇協会(ブルーローズ)相手に150億ベリーの借金状態なのである。どうしてこうなったのかは分からない。そもそもに記憶が定かではないというのが更におかしい。全財産が15億に満たないやつがその10倍の借金を抱えるなどまともな判断ではないのだ。

 

恐る恐る我が会計士にお伺いを立ててみれば、あえなく撃沈にて俺たちは冷戦状態に近い。致し方が無い。会計士からすれば予想だにしないこと。俺たち的に言えばアラバスタに突然青雉が現れたみたいなものだ。あれはない。あってはならないことだ。

 

そうか、これは教訓として使えるな、……アラバスタの青雉……、アラバスタに突如として青雉が現れたように、有り得ない出来事が起こってしまう突然の衝撃だ。

 

否、脱線している場合ではない。

 

借金は事実であり、俺たちへの貸付は厄介なことに闇金王へと移ってしまっている。早急に返済計画を実行に移さなければ直ぐにでも取り立てが始まりかねない。碌でもないのはその利息だ。といちと言われればまだ可愛い方かもしれない。更に超えて来ることも考えられる。

 

ジョゼフィーヌは正直居ても経ってもいられないだろう。あいつの目はこれを口にしてから一切笑っていない。たとえ柔和な笑顔をみせていたとしてもだ。

 

借金によって手に入れたはずのサンファルドの4分の1。“ヘブン”からの上がりが4等分されたわけではないので、これは正直詐欺同然なのだが。まあ気付いたら150億借金の時点で詐欺同然と言っていいのだが……。

 

とにかく俺たちは濡れ手で粟を掴まねばならなくなった。その方法を練る必要がある。

 

それはいいとして問題はそれだけではないことだ。

 

奴らの取引は一体何だったのか? というそもそもの疑問も存在している。

 

青い薔薇協会(ブルーローズ)の連中、ドフラミンゴ、祭り屋フェスタ、それぞれの思惑は違うはずだ。祭り屋フェスタの背後も気になる。この取引はもしかして裏があるのではないか。サンファルドは“ヘブン”が関係しているだけなのか。ドフラミンゴが口にしたというサンファルド、セントポプラでの取引と関係はないのか。

 

本当に謎だらけだ。だが問題はそれだけでも済まない。

 

 

この傷。俺の頬に刻み込まれるように残ったこの傷である。不思議なほどに痛みなどなかったこの傷が今このタイミングで痛みだすというのはどういうことだ。記憶の曖昧加減もこの痛みによる影響が多そうである。今も鈍い痛みは残り続けている。

 

この傷の意味、答えを見つけなければならないのは確かだろう。問題はまだある。

 

 

青い薔薇協会(ブルーローズ)の連中が使用していた機械(マシン)の数々。繰り出した攻撃、奴は覇気のひとつだと言っていたが、俺たちが全く知らない概念だ。

 

天文学的借金額と謎だらけの闇、未知の戦闘方法。ステージが一気に上がったと痛感せざるを得ない。

 

本当ならもっとローと詳細を詰めていきたかったが、既に奴はここにはいない。ペルと共に引き返していた。サンファルドの取引も気になる。仮でもなく4分の1は俺たちのものとなったのだ。誰かが行く必要はあり、それが副総帥というのは悪くない選択であった。

 

 

さて………………、

 

 

―――――プルプルプルプル―――――

 

 

また、これだ。

 

 

あれから電伝虫が鳴り止むことはない。どうしようもないので海列車に備え付けられていたものを急遽買い上げた。更には各島に散らばる皆にありったけ買い集めるように指示を出したぐらいだ。

 

碌でもないが致し方ない。コールはカネの成る木だ。カネが鳴っていると思うしかない。

 

~「わちき、わちきだえ」~

 

くそ、わちきと名乗るやつが4人はいたはずだ。これならわちきわちき詐欺が出来そうだな、まったく。

 

こいつの声音はどのわちきだったか……。早急に顧客リストも作成する必要があるな。

 

「……ハムレット聖、お電話頂きまして誠にありがとうございます。ネルソンでございます」

 

声音は低く抑えていく。今までの記憶を総動員させて辿り着いた答えは合っているか。

 

~「さっさとタバコを買って来るんだえ」~

 

何とか繋がったか。ハムレット聖=わちき野郎=タバコの図式は出来上がっているが、こいつめいい度胸ではないか。この俺にタバコを買って来いとはな。俺はタバコを愛しているが他人のタバコを買ってきてやる愛までは持ち合わせていないのだが……。

 

「承知致しました。よろしければご用途を教えて頂けませんでしょうか。更なるご奉仕も出来るかもしれません」

 

前回のコールから数時間しか経っていない。用立てしたのは1箱、2箱って数でもない。それこそ20箱届けてやったはずだ。だと言うのに追加を寄越せとはどういうことか? 届いていないのか? もちろんそんな否定の文句は使わない。何度かコールを受けて学んだことのひとつだ。そして、ひとつ考えられるとすれば碌でもない使い方をしているのかどうかだ。

 

~「おまえ、うるさいえ。ケーキに挿してやるだけだえ。“タバコケーキ”は美味いし、奴隷のスピードが上がるって言ってたえ。分かったらもっと買って来るんだえ。そしたらおまえにもやるえ。鼻に挿したら最高ぞえ」~

 

「“タバコケーキ”ですか。是非ご賞味したい。早速にもご用意致します」

 

こうして直ぐにも通話は切れたわけであるが、……最悪だ。奴隷にケーキを振る舞うのはいいとして、ろうそく代わりにタバコを挿してそれを食わせるってどんなプレイだ。しかもそれで奴隷のスピードが上がるってどんなトレーニングだ、まったく。“タバコケーキ”……、トラウマになるな。

 

最初のコールを受けて俺たちは直ぐにも動き出していた。遠隔操作をしなければならないからだ。俺たちはありったけのコネを使って調べ上げ、前任者が使っていた“仕入屋”と“運び屋”を探し出し、いきなりたっぷりと鼻薬を嗅がせてやって手配を進めた。全てを電伝虫でだ。かなりの持ち出しになるはずで、これでそれ相応のリターンがなければやってられない。一連の流れを組み上げて、繋ぎ合わせて、細部に配慮を行き渡らせたところで、はじめて対価を得られるのだ。

 

それにまだこんなものは序の口に過ぎないであろう。いずれもっと面倒なコールが掛かって来るに違いないし、既に何件かそういうものも受けているとも言える。

 

これは想像以上に心に積み重なっていく(おり)のようなものが増えていきそうだ。

 

 

 

辺りに視線を配ってみれば、麦わらたちとジョゼフィーヌがボンチャリなるものに乗り込んでこちらに向かって来るところであった。自分自身で漕ぎ出しながら空中を進み往くのは何とも楽しそうではある。

 

「また鳴ってたの? それ」

 

「おい~、俺にも一回だけ取らせてくれよ~」

 

海列車内でも何度か掛かっていて受け答えしているのを見ていたせいか麦わらたちも一応興味を持って聞いてくるが、もちろんやらせはしない。最悪の結末しか想像出来ない以上は。

 

ジョゼフィーヌは無言にてこちらを見詰めてくる。

 

「ハムレット聖、またタバコの手配を頼む。量を前回の3倍にして週3定期配送。多分これがベストだ」

 

直ぐにその沈黙加減にいたたまれなさを感じてしまう俺は何とか言葉で埋めてみる。余計なことは言わない。言う必要もない。

 

「……了解。……兄さん、大丈夫?」

 

だが、不意に飛び込んでくるこんな言葉は反則だ。調子が狂う。

 

「……痛むの?」

 

え?

 

驚いた。顔に出ているのか、そんな表情をしてしまっているのか。この傷の鈍い痛みに何とはなしに気付かれているとは思いもしなかった。

 

確かに痛みは消えやしない。

 

「……大丈夫だ」

 

それでもそう答えてみる。少し心配そうにこちらを窺うジョゼフィーヌの様子は本当に調子が狂うからだ。

 

 

だがそれも、大変よろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボンチャリに乗って向かった先は50番GR(グローブ)。造船所とコーティング職人の作業場が広がる区画である。ここまでやって来るにも随分と難儀であったのは想定の範囲内だ。理由は麦わらに尽きる。いたるところにあったグラマンと謳われた饅頭に終始ご執心となればさもありなん。天竜人に出くわさなかっただけ幸運と言えよう。正直まだ捕まりたくはない。特に担当する奴らには……。

 

というわけでのガレーラカンパニーのシャボンディ事務所を前にしている。麦わらにしても俺たちにしても目的地は同じ。詳細な理由に違いはあれど、大差もない。

 

複数階に及ぶ豪壮な建物にはこの地に対する奴らの並々ならぬ意思表示を感じてしまう。確かに海列車駅のさらに先まで線路は伸びていたし、工事が続けられている様子も見て取れた。

 

そして、事務所は案の定取り囲むようにして人だかりが出来ている。どうも関係者以外は立ち入り禁止にしているようで、その関係者というのも身内に限定されているらしい。

 

これは出直すべきかと考えているところへ麦わらたちが居なくなっていることに気付く。正直嫌な予感しかしないが……。

 

「もう知らないわよ。面倒見切れない。子供の遠足の引率してるわけじゃないんだから」

 

当然ジョゼフィーヌはご立腹だ。子供の遠足の引率ってのは当たらずとも遠からずのような気もするが、確かに面倒は見切れない。

 

遠くから様子を窺えるカフェでも探そうかと思い始めたところへ、

 

「来たな」

 

クラハドールの登場である。

 

その眼鏡を上げる独特の仕種に少しだけ懐かしさを感じてしまうのは俺たちにそれだけ沢山の出来事が立て続けに起こっているからだろうか。

 

こいつとも話し合わねばならないこと。意見を聴きたいことはそれこそ無数にあるのだ。

 

うん?

 

奴の出で立ちをひとつひとつ思い出すようにして視線を動かしていると違和感を禁じえない箇所が存在している。

 

「あんたがリュック背負ってるなんてどういう風の吹き回しよ。しかも、なんか大きくない? それ」

 

「ああ、船大工も齧りはじめてな……」

 

そう答えるや否や、ついて来いと言わんばかりに歩きはじめるクラハドール。

 

「ではお前にもっと打ってつけの仕事があるぞ、クラハドール。ひとまず電伝虫での営業マニュアルを作ってだな……」

 

ここぞとばかりに俺は畳み掛けようとしたわけであるが、

 

「知ってる。俺もいくつか受けて伝手を当たってたところだ。……ん? 何だその顔は? 俺を誰だと思ってやがる。貴様らの執事にして脚本家だぞ。用意は出来てる」

 

軽く口角を上げながら飛び出してきた言葉は俺たちを安心させるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろいいだろう」

 

クラハドールが俺たちを連れて行き、そう口にした場所はとある建物であった。

 

カフェでもなく、ホテルでもない。この界隈に数多く存在するコーティング職人の作業場らしい建物。だが、中に入ってみても人が居るような気配は無く、何に使うのか分からない無数の器具の傍らで無造作に並べられたテーブルと椅子があるだけであった。

 

クラハドールがリュックを下ろす。

 

っておい、リュックじゃないのかそれは。

 

なんとリュックの中は裏側からくりぬかれていて、中から現れたのは黄緑髪で三つ編みの少女。見た目はウサギだがニャーと鳴く不思議な動物と一緒であった。

 

「え? ウソ……。ちょっと……どういうことか説明しなさいよ」

 

ジョゼフィーヌがあんぐり口を開けてしまうのも道理だ。誰もそんなところに少女とウサギの様な動物を隠していたとは思うまい。道理で普段は着もしていなかったコートを羽織っていたわけか。

 

「すまん。外の連中に姿を見られるわけにはいかなかったもんでな。特にガレーラの事務所前に陣取ってる連中には……。紹介しておく。ガレーラカンパニー社長室第二秘書のチムニーだ。隣の猫のようなウサギはゴンベって名らしい」

 

クラハドールはやれやれといった表情をしながらコートを脱いで普段の様子に戻ると恭しくも紹介を始めてくる。

 

俺たちも続けて自己紹介を済ませ、この妙な行動についての説明を求めてゆく。

 

「今はこうでもしないと誰とも会えないもん。いきなり変な憶測を立てられたらあなたたちも困るでしょう? だからクラハドールさんに助けてもらってここまでやって来たの。まだあなたたちを事務所の中に入れるわけにもいかないし。ここなら周りを気にしないで話が出来るわ」

 

俺は目の前で椅子に座り、テーブル上に手を広げながら捲し立てる少女に圧倒されていた。拙い言い回しもあるが、難しい単語を織り交ぜて、今の状況をみての政治的な意思決定を口にしている少女が目の前にいるのだ。カールもこんな風に振る舞うようになるのだろうか。そう思えば何とも楽しみになってくるものだ。

 

「彼女のガレーラでの立ち位置は肩書通り。第一秘書が別に存在してるらしいがシャボンディではまだ見掛けていない。第二秘書とはいえ、社長には極めて近いところにいる。それにこの通り、……切れる」

 

「ねぇ、チムニー、じゃあ教えて欲しい。あの新聞での事件、何があったのかを。まず私たちはそのためにここまで来たの」

 

チムニーがクラハドールの助けを受けながら説明してくれた内容。

 

ガレーラカンパニー社長アイスバーグの暗殺未遂事件。事件は確かに未遂で終わっていて、実は社長の意識も戻っている。絶対安静でベッドから動かすことは出来ないようだが。本人の口からそれとなく語られた内容は犯人がニコ・ロビンと仮面を被ったもう1名であったということ。だがその狙いまではよく分かっていない。

 

正直分かっていることは少ない。ただアイスバーグ本人が気付いていることを胸の内に仕舞ったままである可能性もある。

 

さて、俺たちはどうするべきか。ジョゼフィーヌ、クラハドールに視線を送ってみる。二人とも思案をしているところだろう。特にクラハドールはもしかしたら全体像を既に掴んでいる可能性もあるが、……妙に視線を流してくるな。

 

「……ネルソン・ハットさん、王下四商海ネルソン商会総帥のあなたに実はお願いがあります」

 

突如としての力強い声音。

 

しっかりとこちらを見据えてくる眼力。

 

居住まいを正しての言葉には途轍もない威圧感が伴っていた。

 

俺の直感が言っている。

 

この子は今話した以上のことを実は知っていると。もしくは推察でもこの事件の全体像と背後にある有象無象を描けていると。

 

「今私は王下四商海ガレーラカンパニー社長代理として発言しています。賊は必ずまたやって来ます。どうか、どうか社長の護衛をお願い出来ませんでしょうか。社長には戦闘の素養もありますが今は正直動けるとは思えません。次の襲撃があればどうなるかは……。……ガレーラは、我らがガレーラは社長あっての組織なんです。社長にもしものことがあったら我らは一瞬にして瓦解します。どうか、どうか……お願いしますっ!!!!!!!!」

 

そこにはただただ真摯に、真っ向から今この現状と向き合っている少女の姿があった。

 

否、その小さな双肩に四商海という巨大組織の行く末を背負った未来の頭の姿があった。

 

俺たちは固唾を飲んでそれを受け止めるしか出来なかった。

 

「顔を上げて下さい。その状態ではお話は出来ない。……そう、それがいい。あなたの申し出、ガレーラカンパニーからの申し出。引き受けても構いません。ただ我々としても条件があります。……あなたはまだ話していないことがある。知りえていて、想像出来ていて、敢えて語っていないことがある。それを教えて頂きたい」

 

そこで、チムニーはふと笑みを零す。反則の様な柔らかい笑みを。

 

「じゃあ、あなたからお願いします。知りえていて、想像出来ていることがあるはずです。クラハドールさんは特に」

 

そしてそう呟く。そうまで言われてしまっては俺たちは話すしかないではないか。硬軟を使い分ける手練れ、策士だ。こうして俺たちはもちろん全てではないがかなり踏み込んだ内容を口にした。知りえていること、想像出来ていることのかなりの部分を。

 

「……降りてきていいよ」

 

俺たちが語り終えた頃合いを見計らって口に出た言葉と共に上階から降りて来る男が一人。頭にピーンと綺麗な潔いまでの寝癖を付けている。どこかで見たような気がする。こいつは……。

 

俺たちが乗っていた海列車にこいつも乗っていたはずだ。乗務員として……。

 

「ご紹介します。ピープリー・ルルです。本業は海列車の乗務員じゃなくて歴とした船大工ですけど。……諜報の素養があります。試すようなことをしてしまい申し訳ありません。ですがこれもビジネスです。あなたたちネルソン商会の海列車内での音声は全て盗聴させてもらっていました。あなたたちは間違ったことを決して言わなかった。あなたたちなら信用が出来ます。どうぞよろしくお願いします。……申し遅れましたが私は社長室第二秘書、ガレーラの裏側を主に見ています。対外の防諜、組織の永続的発展がお仕事です」

 

後に続いたのは、所謂てへぺろというやつであった。ジョゼフィーヌが羨ましそうに見詰めていたことは見なかったことにしてあげたい。

 

こうして俺たちは話し合った。語り合った。

 

彼女の社長の護衛は引き受ける。

 

小さくとも大きな、切れ味抜群のスパイマスターに敬意を表して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

ガレーラ事務所前。

 

 

「おいっ!!! 襲撃だーっ!!!! 3階の窓から入り込んだぞっ!!!!!」

 

 

遠目ではあるが麦わら帽子が煌めいていたように見えた。

 

 

「ねぇ、もしかしてだけど、あの人、知り合い?」

 

 

滅相もございません!!!!!!!

 

 

俺たち3人総意としてこう断言したかったところではあった。ところではあった。ところではあった。

 

 

俺たちを見くびらないでもらいたい。

 

 

これでも手のひら返しの準備はして来たつもりなのだ。

 

 

ただこれだけは言っておきたい。

 

 

否、叫んでおきたい。

 

 

「「「麦わらっ!!!!!!!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少しだけでも前に進めたい。毎週更新予定でおります。


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第70話 根っこ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

「知り合いか、知り合いじゃないかって聞かれたら知り合いと答えるしかないわね」

 

3階の窓を叩き割って入り込むという派手な侵入方法をほぼ真下で見せつけられた私たちはチムニーの質問に対して何とか否定したいところではあったが、肯定するしか選択肢は残っていなかった。海列車での会話を盗聴されていたわけであるから。

 

チムニーも人が悪い。知り合いだと分かった上で敢えて聞いてくるなんて。彼女の両の頬っぺたを抓ってやりたくなる。

 

麦わらも麦わらだ。確かに言ってはいた。ガレーラの社長には世話になったから暗殺未遂と聞いて跳んできたと。ただだからと言ってそのまま跳んで侵入していくことはなかったであろうに。

 

「全力で否定したいがな……。まるで身内の恥ずかしい場面を見られてしまった気分だ。決して身内ではないんだが」

 

まったく兄さんの言う通りである。

 

「まあそう言ってやるな。あそこにオレンジ髪の小娘が見える。あの居たたまれねぇ姿を見るに想像が付くだろう」

 

クラハドールの言葉の意味を確かめようと視線を隣の建物屋上に向けてみれば、確かにナミの姿を見て取れる。その姿はぽつんと正座している状態。

 

なるほど、ガレーラの社長に会いに行くのはいいが、向こうも厳重に警戒しているようだし、騒ぎを起こさないよう慎重に行くようにと言ってる側から突入されて大騒ぎになってるのを見て、言葉にならない感情に打ちのめされているみたいだ。

 

「状況から判断すれば悪い人でしかないんだけど、あなた達が言うからにはそう悪くないんでしょう。ウチの社長に会いたがってるみたいだし案内してあげようかな。今頃中で走り回って鬼ごっこ大会になってそうだし」

 

あり得る。っていうか間違いなくそうなってると思う。

 

「麦わらの船員(クル―)をやるのも大変そうだな。あれでは身が持たないだろうに」

 

「……俺から言わせて貰えば貴様のお守りも大概ではあるがな」

 

「ところでだけど、あの窓の修繕費用、筋としてはあの人たちに請求するけど、支払い能力が無かった場合あなた達に請求ってことで問題ないよね」

 

新聞記者に野次馬連中の群衆を掻き分けてガレーラ事務所へと入っていく兄さんたちを尻目にナミへと声を掛けようとしていた私に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。

 

あらぬ請求を跳ね除けるのは会計士の務めである。

 

「ねぇ、ナミー。そんなところで座ってないで降りてきなさいよ。じゃないとあんたの1億ベリーを……」

 

「ちょっと!! 私の1億ベリーをどうするつもりよっ!!!!」

 

怒り心頭の勢いで立ち上がったナミを眺めることが出来て私はにんまりだった。カモがネギを背負った瞬間が見れて。

 

そうこなくっちゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事務所内は当然の如く騒がしかった。大勢の走り回っている足音が響き渡っている。2階に上がってみればそれはさらに顕著となり、通路の先で棍棒やトンカチを担いだ男たちが追い掛けるようにして走り去っていくのが見える。

 

「やり方が汚い……。これ、……100万ベリーだなんて。もっとまけてよ」

 

事務所に入って直ぐにも発行された請求書を手に取りながらさっきからナミはあーだこーだ言っている。

 

「私に言ってもダメ。異議申し立てはこの子に言わないと」

 

「却下。ひとの事務所の窓ガラス割っておいて割り逃げは許されません。だから1ベリーたりとてまけられません」

 

「払わないとは言ってない。だけどこの金額は納得いかないわよ」

 

両者睨み合っているが、旗色はナミの方が悪そうだ。私はカネのキューピッドを務めたに過ぎず高みの見物である。今の私なら誰であっても心からの笑顔を振りまけそう。

 

「先に断っておくがウチのボスに泣きつくのも無駄でしかねぇぞ。カネに関する最終ジャッジはこの女がする」

 

「そういうこと~。だから勿論折半なんてしな~い」

 

若干涙目で歯を食いしばるナミに向かって微笑みを添えて言葉を放ってやる。兄さんがちょっとだけ不憫そうな表情を浮かべているが、ダメダメ、この子は下手に出ればつけあがるんだから。

 

 

そして、そんなところへ現れる救世主は誰か?

 

「いたぞーっ!!! 麦わらーっ!!!!!」

 

ナミが頼りにしている船長の登場である。否、頼りにはしてないか、ことカネに関しては……。

 

この吹き抜けの空間にて、麦わらは追いまわされたあげくなのか上から飛び降りるようにして現れた。

 

「おお、ナミ。おまえも来たのか。なぁ、一緒に探してくれよー、アイスのおっさんが見つからぬぅぇぇ……」

 

「こんのバカたれがぁぁーっ!!!!!」

 

怒りの鉄拳、顔面目掛けてスマッシュヒット。すごく……痛そう。

 

心からの痛みを訴える擬音を吐き出して床に倒れこみながらも麦わらからは、

 

「あー、黒いやつ……、おまえらどこ行ってたんだよ、勝手に迷子になりやがって」

 

ひどい言われ様だ。

 

「……ああ悪かったな。少し迷ってた。それより麦わら、お前の航海士に謝ってやった方がいいぞ。お前が割った窓をカネ払って直すことになってほら、ご立腹だ」

 

兄さんは甘い。多分面倒くさくなって迷子になってたことにしたんだろうけど、このアンポンタンにははっきりと分からせてやらなければ。

 

「勝手に迷子になったのはあんたでしょうがっ!! 私たちは引率の先生じゃないんだからね。……ほら、分かったらさっさとナミに土下座するっ!!!」

 

「ずびばせんでした」

 

平身低頭、きれいな土下座。うん、大変よろしい。

 

 

「あなたが麦わらのルフィね。私はアイスバーグの秘書、チムニー。肩に乗ってるのは猫のゴンベ。すごく痛そうで可哀そうだからウチの社長に会わせてあげる♪ ついて来て」

 

麦わらの追手に対してストップストップと事情を話して止めたのちにチムニーは麦わらに自己紹介して見せた。

 

なんとなく楽しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら全員、ンマー……俺に用か?」

 

真っ青な髪を撫でつけてるようなガレーラの社長アイスバーグは自室のベッドで横になっていた。側の点滴台と頭を包帯で巻かれている様子は事件の傷を大いに物語ってるけど、ペットなのか白いネズミを手であやしていて状態は悪くないように見える。

 

「おっさん、おれたちは本当の話を聞きに来たんだ」

 

「だろうな。チムニー、そちらは?」

 

「お待ちかね……ネルソン商会の人たちよ」

 

「お前らがそうか。新四商海入り、歓迎する。ここへ来たってこたぁ、チムニーの話受けてくれるんだな」

 

「ああ、引き受ける。あんたとはしっかりと話をしたいと思っていた。四商海の後輩として」

 

それぞれが言いたいたことを口にして話し合いの場は始まりを告げた。

 

 

まずは麦わらの一味とロビンへの誤解を解いていく作業。

 

 

「ンマー……なるほど、ニコ・ロビンは海賊小僧の一味だがドフラミンゴの指示でも動いてるとそういうわけか。分かった。チムニーから色々報告は受けている。お前らの言うこたぁ信用しよう。海賊小僧、これで満足か?」

 

「ああ。……話してくれてありがとな、黒いやつ。それに悪執事も。おっさん、おれはロビンの昔のことは分かんねぇ。でもあいつは仲間なんだよ。あいつから本当のことを聞きてぇ。だからロビンがまたここへ来るんなら、おれもここで待つっ!!!!」

 

「そうか。チムニー、部屋を用意してやれ」

 

どうやらガレーラの社長も麦わらの言葉に動かされる何かを感じ取ったみたい。それは私も同じ。

 

この子のこういう真っ直ぐなところは私も一目置いている。バカであることに変わりはないが、愛すべきバカではあると思う。

 

麦わらとナミがチムニーの案内の下で一旦部屋を後にしていく。

 

次は私たちの番だ。

 

 

 

 

 

「ンマー……俺もおまえとは話をしたいと思っていた」

 

私たちに対して歓迎の意があることはこの部屋に入った瞬間から察していた。彼の言葉を聞かずとも。

 

ベッド脇のサイドテーブルに馴染むように置かれた『ロイヤルベルガー』の中瓶を目にしたから。それは紛れもなく私たちが作りだしたもの。私たちのお酒だ。

 

「四商海にゃあ根っこが腐ってきてる奴らも多い。だがお前らの根っこはこれだろ」

 

そう言って私たちの『ロイヤルベルガー』を手に取り掲げて見せてくれる。

 

「ああその通りだ。その酒には俺たちのロマンを詰め込んでいる」

 

兄さんはゆっくりと言葉を紡ぎ出してベッド側の椅子に腰を下ろしてゆく。

 

私は壁際の長椅子に落ち着いて思いを馳せる。『ロイヤルベルガー』の瓶を目にすると私の頭の中は一瞬で故郷の島へと戻りゆく。万年雪に覆われたあの凍てつく大地に戻りゆく。思えば遠くへと来たものだ。

 

クラハドールは座りはしなかったが長椅子の隣で壁に身体を預けていた。こいつはベルガー島は知らない。そこを共有することは出来ない。こいつにはこいつの思いを馳せる場所、物があるのかもしれない。けれど、共感はしてくれてるかもしれない。私もこいつの根っこに思いを巡らしてみてもいい。それぐらいのつながりは出来てきているような気がする。

 

「ヤルキマンマングローブの根っこを見たか? ありゃあ凄いもんだ。びくともせんってのはああいうこったろう。……四商海なんかに収まっちゃぁいるが俺は船大工だ。俺の根っこはどこまでいこうと“水の都”にある。トムという世界で一番偉大な船大工が作り上げたもんにある」

 

「あんたの造船所は是非見せてもらいたいな」

 

「ああ、見せてやるとも」

 

彼はなぜ水の都と言ったんだろう。水と霧の都ではなくて。今ではなく過去、そこに大事な立ち返る場所があるんだろうか。

 

「ンマー……それでもな、俺たちは四商海になっちまった。道理を引っ込めて無理を通さにゃあならん時もある。これだけ組織がでかくなってくるとな。チムニーはそのためだ。……おまえら、もう天竜人には会ったか?」

 

「……まだだ――――――」

 

 

――――――プルプルプルプル――――――

 

 

何の因果だろう。このタイミングでまた掛かってくるなんて。

 

「ジョゼフィーヌ、頼んだ」

 

「え、私?」

 

兄さんから手渡された電伝虫の表情は嫌悪感を抱かせるには十分だったけど、しょうがない。

 

「コールか」

 

ガレーラの社長がそっと呟いた言葉は直ぐに私の耳から消えていって、

 

 

~「わちす、わちすよえ」~

 

初めて耳にする人称表現に私は一気に警戒レベルを引き上げた。

 

「お前ら運がいいな。アムル聖、俺たちが担当していたオカマだ」

 

天竜人にオカマなんかいるの?

 

否、とにかく早く返さないと。

 

「アムル聖、お電話ありがとうございます。お初に失礼致します。ネルソンでございます」

 

~「アイを買って来るのよえ」~

 

え? 何? アイ……? アイって愛?

 

ここにきて禅問答か何か?

 

もう、何なのよ~。

 

私は助けを求めるべくガレーラの社長に視線を向けてみる。

 

「そりゃあ爪楊枝のことだ。俺たちが船に使ったあとの残りもんの木材で作っている」

 

アイって爪楊枝のことなの?

 

「ンマー……、爪楊枝ってのは愛だからな」

 

何言ってんのこいつ……。

 

~「虫歯のある新しい奴隷を買ったのよえ。また挿し込んで新しい愛の歌(ラブソング)を聞いて眠るのよえ。前の奴隷では眠れなくなったえ、今度は大丈夫よえ~」~

 

何言ってんのよこいつも~。

 

奴隷の虫歯全部に爪楊枝を挿し込むことで夜通し叫びたおす奴隷の悲鳴を子守唄にしないと眠れないらしい。この天竜人は。愛の歌(ラブソング)って……。

 

ああ、もうダメ。

 

「承知致しました。アムル聖、愛を確認して参りますので少々お待ち下さい」

 

私は言い終わるや否や、手近にあった包帯を取って電伝虫をぐるぐる巻きにしてやった。

 

「貴様、どういうつもりだ。それが愛の確認作業か」

 

「クラハドール、まあそう言うな。こうでもしないとジョゼフィーヌもやってられないんだ」

 

「兄さん、貸して」

 

私が兄さんから借りたのは何の変哲もない紙袋。私は気が狂いだしたわけでは決してない。強いて言えば気が狂いださないようにするための自己防衛術だ。紙袋に顔を押し付け、息を吸い込んで有らん限りの声で叫び出す。

 

「クソどうでもいいーっ!!!!!!!」

 

己の細胞に巣食いだしそうだった膿のような澱のようなもの全てをこのひと叫びで全部身体の外へと吐き出せた様な気がする。

 

海列車内で何度かやり取りする中で私が編み出した術であり、兄さんにも少しだけアイデアをもらった。とにかく、

 

あ~すっきりした♪

 

すっきりしたらやることやらないと。包帯をするするすると解いていって受話器を上げる。

 

~「愛は確認出来たのよえ?」~

 

「勿論でございます。確認致しました。愛をお届け致します。暫しお待ちください」

 

そして受話器を下げる。

 

「お前の妹は変わっているな」

 

心外だわ。きーっと睨みつけてやるつもりで口角を上げながらゆっくりと振り返ってみる。

 

爪楊枝に愛なんて名付けて売りだすあんたも十分変わってるわよ。

 

「早速ですけど、その愛を売って下さいますか? 私たちに」

 

でもここでふと考えてしまう。

 

愛を売るために愛を買う私たちって一体何?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョゼフィーヌが“愛”を売り買いするために部屋をあとにしていった。“愛”の管轄はチムニーが担当しているらしい。年端もいかぬ少女には持て余す気がするがどうだろうか。愛、だからな……。

 

この空間にいるのは俺とクラハドール、そしてガレーラの社長であるアイスバーグのみ。これなら話す内容を闇深いものへとしていくのも問題ないであろう。出来ればガレーラの裏側を掌るスパイマスターのチムニーにも居てもらいたかったが、社長に直接報告を上げているようなので、眼前の人物も多くを知る立場にあるということだ。根っこが船大工とはいっても。

 

さてまずは、

 

「この部屋、“掃除”は大丈夫か?」

 

「……ンマー……問題ないだろう。チムニーが定期的にやってる」

 

これからきな臭い話しを始めると匂わせるためにも聞いておく。盗聴されてる可能性について。

 

「俺たちの海列車内での会話を聴いたのならあの取引についてある程度把握してるよな。ガレーラは実際のところ絡んでるのか絡んでないのかどっちだ?」

 

盗聴の可能性が低いなら早速でもこういう話になる。あの場で表立ってガレーラの名は出てこなかった。だが、よくよく考えればあの取引は海列車内で行われた。そして海列車を運行しているのはガレーラだ。しかもウォーターセブン近隣の島が関係している。奴らはガレーラを通さなかったのかどうか。それによっては話が変わってくることはあるだろう。

 

「ない。俺たちはハコを提供したに過ぎん。お前の質問にはその先に青い薔薇協会(ブルーローズ)と俺たちがどういう関係かってことがあるんだろうが、あまり良いとは言えんな。奴らは何度も海列車を“ヘブン”の輸送に使わせろと言ってきたんだが、ことごとく断っている。俺たちの立場はこんなもんだ」

 

短時間ではあるがこの男の人となりは分かって来たような気がする。ゆえに嘘は言ってないようだ。

 

「分かった。じゃあ、あんたはこの取引をどう思った?」

 

「ンマー……お前らの前途に危惧を覚えた。言っただろ、俺の根っこは船大工だと。取引は趣味じゃない」

 

俺はもしかして聞く相手を間違えているのだろうか? 爪楊枝に愛と名付けて売りだすやつに聞くのは無駄であったのか……。

 

「……だがな、チムニーの考えは違う。あいつぁ、これには裏が有りそうだと言っていた。“ヘブン”の話をしながら本当は何の話をしていたのか。祭り屋が組んでいる相手は本当にギルド・テゾーロだけなのか。青い薔薇協会(ブルーローズ)がサンファルドを分割してまで手離さなかったことにゃあどんな意味があるのか。ンマー……匂うな」

 

やはり違和感を持ったやつが他にもいたか。クラハドールに視線を向けてみれば、目を左右に動かしたあとに閉じて見せた。ここでは話さない方がいいという合図だ。

 

「有り難い。有用な意見だ。次はあんたについて聞いておきたい。護衛を引き受けるわけだからな。……ドフラミンゴから狙われる背後関係は何だ?」

 

「そりゃあ海列車しかないだろ。ここから赤い大陸(レッドライン)へ向けて伸ばすのが気に食わないんだろうな。奴ぁ、マリージョアへ入る流れじゃなくてな、出る流れを警戒してると俺ぁ睨んでる」

 

なるほどな。天竜人、マリージョアにいる奴らが動きやすくなると困るとそういうわけか。マリージョアに極力留めておきたい。そうしなければ何かが流れ出すのか動き出すのか。

 

「ところでだが、チムニーからあんたには戦闘の素養があるって聞いたがどうなんだ? その様子ではそれがあっても無理そうか?」

 

「しばらくはこの点滴を外せそうにない。ンマー……無理だろうな。だが戦闘の素養があるというのは確かだ。お前が海列車で遭遇した“ベクトル”を会得している」

 

何だと!?

 

「ベクトルっていうのは何だ?」

 

「お前にはまだ早い。いずれ教えてやってもいいが」

 

ああ、そうかい。まあいいだろう。焦ってもいいことは何もない。

 

粗方聞きたいことは聞き終えた。あとは俺たちの船に関することぐらいだが、今ここで話してもどうだろうか。ローがいないしな。さわりだけでも話しておくことにするかどうするか……。

 

「俺からもひとつ聞いていいか?」

 

あまり途切れることなく続けていた会話が途切れて生まれた静寂の空間をまた動かしていくかのようにクラハドールが口を挟んでくる。こいつはこの場では話をしたくなさそうではあったが、何か思うところでもあるのだろうか。

 

「ボス、あんたは気付いてたか? この部屋の家具の配置に」

 

ん? 何の話だ。

 

家具の配置?

 

この部屋は扉を開くと奥の右側にベッドと椅子がある。奥の左側に長椅子がある。手前の右側にも長椅子があり、手前の左側にはデスクと椅子がある。

 

何だ?

 

―――――――――――――、

 

!!

 

「気付いたか?」

 

「点対称の配置ってことか……」

 

俺にはイマイチまだ良く分かってなかったが、言われてみれば確かに点対称の配置のような気がする。

 

「そうだ。家具だけじゃねぇ。部屋の扉とあの窓、そしてクローゼットと向こうの窓、掛け時計と向こうの壁掛け絵画の配置まで全部が点対称配置だ。この意味何だと思う?」

 

「俺に聞いているのか?」

 

点対称だからって何だと言うんだ。そういう趣味ってことであって……。

 

「いや、アイスバーグ氏に聞いてる」

 

「……………………」

 

おい、何だと言うんだ。

 

「アラバスタで火拳のエースに出会った。奴の背中にはスバースティカが描かれてた。あれも点対称だ」

 

「……プラバータムか……」

 

ここで繋がってくるのか。

 

 

「ンマー……さすがだな。脚本家ってのは。確かにプラバータムだ。俺もそこまで詳しいわけではない。この事務所は第一ドックに居る俺の部下が設計し、建てた。プラバータムは俺じゃない。そいつだ」

 

プラバータムは頭の片隅に追いやっていたことだった。だが、火拳のエースは今大事件の中心にいるではないか。そして奴の後ろ盾となる白ひげも必ず動き出す。その白ひげこそがスバースティカを掲げて海を渡る親玉だ。

 

底が見えない。

 

闇が深い。

 

一体全体どこまで辿っていけばいい。

 

裏側に潜む何かはどこまで繋がってやがる。

 

今回のヤマは今までとは桁が違いそうだ。

 

そんな予感がした。

 

 

そう、嫌な予感が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話し疲れた俺たちは船の話を持ち出す気にはなれず、一旦部屋の外へ出た。よくよく考えてみればアイスバーグはけが人だった。ローが居れば舌打ちされているところだろう。

 

伸びをしつつ、吹き抜けの手摺から下を窺ってみれば、何とも騒がしかった。手近の護衛員に聞いてみれば別の麦わらの一味の連中が到着したとのことだ。

 

「んナミさ~~ん、元気だったかい? お、もしかしてあなたは……、麗しのジョゼフィーヌさんでは……」

 

「「うっさいっ!!!!!」」

 

容赦ないな、二人とも。

 

 

「人手は多い方がいいかな。……再度の襲撃が今夜である可能性は高い。ウチの社長をお願いします」

 

そっと俺たちの隣に現れ、階下の賑やかさとは裏腹に静かに紡ぎだされたチムニーの言葉には背筋をしゃんとさせるものがあった。

 

守らねばならないものがある。

 

生かさねばならないやつがいる。

 

 

 

大窓の外に見えたのは変わることなく根っこから湧き上がって来る無数のシャボンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第71話 簡単なことじゃねぇか、それ以外に何があるってんだ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

ガレーラの“愛”、もとい爪楊枝は少々お高かった。

 

1本1万ベリー。最高級品らしい。少々どころではない。こんな金額で買っていては利益を上げるのは至難の業としか思えないため、チムニーに値下げ交渉をしてみたが、これがまたタフネゴシエーターで私を前にして一歩も引かない。

 

天竜人を分かってない。あいつらは本当にバカみたいにカネを出すから大丈夫と言い包められてしまった。

 

私としたことが、……面目ない。

 

チムニー曰く、ひとまず1,000本送ってやればいいとのこと。おかげで爪楊枝に1,000万ベリーの出費だ。1,000万で買った“愛”に天竜人は一体いくら出してくれるだろうか。

 

それこそ神のみぞ知るね。

 

 

消耗する交渉のあとには癒しが必要である。食堂があるそうなので行ってみようと階下に下りてみれば、ナミに出くわし、更なる麦わらの一味の到着に出くわした。

 

ぐるぐるまゆげとモフモフトナカイ。

 

ちょっぴりツンデレなあの子をいじめてやるのもいいかもしれない。モフモフだし。

 

でも近寄って来るのは目をハートにしたあいつだ。そして締りのない文句が垂れ流されるのを耳にした瞬間には私の中に現れ出でた怒気という怒気のすべてを一言に凝縮して叩き込んでやった。ナミとシンクロするようにしてはもってしまうのもしょうがない。

 

あ~、もう、癒し……、癒しが欲しい。甘いもの食べに行~こうっ!!!

 

 

 

 

 

アイス……、美味しい♪

 

舌の触りはとっても滑らかで、それでいて蕩けるように甘い、至福♪

 

小じんまりとした食堂はカウンターとテーブルがいくつか。そのカウンターの脚の高い椅子に腰掛けて思う存分癒しに浸っている。

 

隣席に座るぐるぐるまゆげがさっきから何か言ってるけど気にしない。このアイスがそんなノイズは綺麗に消し去ってくれる。

 

シャボンに乗ってやって来ただなんて、もうそのままシャボンに乗ってどっか飛んでっちゃえばいいのに。

 

大丈夫! こんなマイナスは至福のアイスでプラスになる。だからプラマイゼロ!!

 

ってあれ? プラマイゼロならダメじゃないの? 私、癒されてる? ちゃんと癒されてる??

 

向こうのテーブルではナミとモフモフトナカイ君が仲睦まじそうにアイスを食べている。実にけしからん。でも羨ましい。アイスにモフモフだなんて、あれこそ本当の癒しじゃない。

 

あんな光景を目にしてしまうとつくづくロビンがこの一味を離れたことが理解出来なくなってしまう。あんな癒しにずっと浸ってたと言うのによく離れられたものだ。今夜本当に来るというのなら説教してやるべきかもしれない。あの子との時間を失って平気なのかと。

 

はぁ~~、アイスは美味しいけど、周りのマイナス要素が強すぎる。私の脳内に浮かびあがってくる思考も。

 

「もう、シャボンも恋も愛もいいから……。あんたはナミさん命なんでしょうが。さっさと向こうに行きなさいよ」

 

何だか面倒くさくなって、手で払いのけるようなジェスチャーと共に言葉を放ってみれば、

 

「YES!! ナミさん命ですっ!! でも、あなたも素晴らしい!! アイスを食べてる時の幸せそうな笑顔は可愛らしいですよ。やっぱり女性(レディ)は笑顔じゃないとね」

 

満面笑顔でウインクまで混ぜ込みながら言葉が返ってきたのだ。そうして静かに立ち去って行く。そんなこと言われたからって私は何とも思わないんだからねっていう思いを意識的に心の中へ引っ張りだしながらも、一方で何だかとってもくすぐったいような、自分の顔が赤くなってないかちょっと心配になってしまいそうな気分に陥ってしまう。

 

「ウフフフ……、もしかして射貫かれちゃった? ああいう不意打ちは結構ぐっとくるわよね」

 

ちょっとだけ思考停止気味だった私の目の前にコーヒーカップを差し出しながら現れたのはここのマスターかしら。妙齢だと思うんだけど年齢不詳。ボブカットの髪型が綺麗で個性的、タンクトップはピンクで真ん中に印象的なスパイダー。そして銜えタバコ。もうそこはかとなく感じてしまう。大人の女の余裕ってやつを。

 

「そうかもしれません。そんなつもりはまったく無かったんだけど」

 

女としての完敗を感じてしまった私は無駄な抵抗を試みることなく白旗降参。だってあの胸元、一切の弛みが無いんだもん。こんな風に歳を重ねられたらという究極の理想形を目の前に見せつけられたような感じだ。

 

「ウフフフ……、正直でよろしい。でもあなたも捨てたもんじゃないわよ。……綺麗な赤毛ね。もっと自信を持ちなさい」

 

にっこりと励まされて私は思わず手を合わせて拝みたい気分になってしまった。

 

「あ、シャッキー! 来てくれてたんだ」

 

「当然よ。店もヒマだったし、アイスちゃんが心配だったから。チムニーちゃんは大丈夫?」

 

「シャッキー、ありがとう♪ 私は平気」

 

私が心の中で合掌しているところへチムニーがやって来た。

 

「なぁ、チムニー。腹減った。アイスじゃなくてよ。肉はねぇかな」

 

うるさい大食漢も一緒にやって来た。こいつはやることが決まってしまえばあとはお腹を満たすだけなのかもしれない。

 

「うっさい、黙れ。もうあんたが来ると色々台無しになるんだけど……」

 

空気を読もうとしない人間には躾けが必要である。だがこの大食漢、

 

「ん? 何だ? 腹一杯で何も食えなくなるってことか? しょうがねぇな、俺が全部食ってやろうか」

 

何にも分かってない。やっぱりナミはすごいわ。これと毎日向き合ってるんだもん。

 

「シャッキー、海賊船長が腹ペコだってさ。何か作ってあげて」

 

「了解」

 

「おい待てルフィ、麗しき女性(レディ)に飯作って貰おうなんておまえ百万年早ぇんだよ。シャッキーさん、おれが作りますんで、厨房貸して頂けますか?」

 

「あら、そう? いいんじゃない? 私のじゃないけど」

 

「シャッキーは今日たまたま来てくれてるだけだよ。あなたが作ってくれるんならお願い♪」

 

「おぉ、サンジが作ってくれんなら絶対旨ぇな」

 

「任せとけ」

 

海列車の中であの子が散々言っていた。サンジが作る飯は最高だって、世界一だって。ナミも深く頷いてた。一体どれほど何だろうか。オーバンが作るご飯よりも美味しいのだろうか。ちょっと楽しみではある。

 

「ねぇ、シャッキーって、もしかしてハチが言ってた会わせたい人……」

 

「あら、懐かしい名前ね。来てるの、はっちゃん? 10年ぶりくらいかしらね」

 

シャッキーと呼ばれる女性はとっても嬉しそうだ。はっちゃんが本名でハチが渾名だと言うそいつはタコの魚人らしく、どうやら古い友達みたい。

 

それにしても、こうやって人と人が繋がっていくのは何とも素敵なことじゃない。

 

ちょっといい話にほろりとしているところへ兄さんとクラハドールも姿を見せる。それを合図のようにして、

 

「じゃあ改めてみんなに紹介しておくね。ウチの社長の友達、シャッキーです。シャッキーは普段はもっと奥の13番GR(グローブ)でバーをやってるの。『シャッキー‘SぼったくりBAR』って言うんだよ」

 

「はい、よろしく。みんなからはぼったくらないから今度は店に来て頂戴、サービスするわよ。友達の友達は大切にしなきゃね」

 

度肝を抜かれる紹介を受けて皆の反応はそれぞれ。あからさまにぼったくられるぞーって叫んでしまってる子や何ならぼったくられてもいいと言ってしまう兄さん。そして私が思ったことはひとつ。

 

え? まさかぼったくりが若さの秘訣?!

 

そんなこんなで互いの身の上に話を咲かせている間に、

 

「よし、出来たぞ!! 食ってくれ。シャボン鶏のから揚げ定食だ」

 

「すんげ~~、うまほ~う!!!」

 

「あら、いい匂い♪」

 

「美味しそう♪」

 

ほんと、何かスパイシーないい匂いがする香ばしそうな鶏のから揚げ。シャボン鶏はここの特産だって。そして付け合わされた色鮮やかな野菜に、さっぱりしてそうなコンソメスープ。

 

早速口に入れてみればそれはもう至福極まれり♪

 

兄さんもとっても満足げ。

 

美味しいご飯と賑やかな会話は素敵な分だけあっという間に終わってゆき、

 

「すっかりご馳走になったわね。もうお暇するわ。これから忙しくなるんでしょう……、じゃあね」

 

シャッキーが後にしていく。

 

 

宴もたけなわ。

 

 

そう、来るというのであればそろそろ。

 

 

刻限が迫りくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャッキーと呼ばれる女が麦わら一味のトナカイに綿あめを渡している。眼を爛々(らんらん)と輝かせながら飛びついているトナカイ。そしてそれを幸せそうに見詰めている我が妹。

 

微笑ましい光景と思う一方で、お前はそんなに疲れているのかとも心配になってしまう。

 

そんなことを団欒(だんらん)の輪から離れてひとり、カウンターでの一服に浸りながら思う。

 

そこへ、

 

綿あめを渡し終えてカウンター内へとやって来るシャッキー。無言のまま(おもむろ)にタバコを取り出してゆく。何とも優美な仕草で思わず目を奪われてしまう。

 

さらに、

 

どこからともなく音も立てずに隣へと現れ、恭しくもシャッキーのタバコの先端に火を点けている麦わら一味の男。最高の料理をもてなしてくれた料理人。

 

「どうぞ、マダム」

 

「ありがとう」

 

とんでもないものを見せつけられた俺は思う。もしローがホストになる暁にはまずこいつの下で修業した方がいいのではないかと。

 

「ではおれも失礼して」

 

サンジと呼ばれる男もタバコを銜えてゆく。ならばこいつに火を点けてやるのは俺の役目かと思い、手を伸ばして点けてやれば、

 

「……悪ぃ。だがクソ断りたかったところだ。野郎にされても嬉しくも何ともねぇ」

 

この言い草である。まあ正直なのはいいことだが……。

 

「ウフフフ……、面白い子ね」

 

「そんなシャッキーさんも素敵ですよ」

 

互いに煙を吹かしあい、言葉が交わされてゆく。

 

喧騒から少しだけ離れての静寂。そして、天井へと流れてゆく煙。己の肺を満たしてゆく苦味。これを愛する者だけが共有することの出来る空間がここにはある。

 

「なぁ、あんた、久しぶりにウォーターセブンでビビちゃんに会った。あんたの船に乗ってるらしいな。まあそれはいい。仕方ねぇことだ。おれたちも色々あったし、ビビちゃんにも色々あったんだろ。けどな、ビビちゃん泣いてたぜ。まるであの時みてぇだ。涙を流しちゃあいねぇのに心で泣いてんだ。……これだけは言わせて貰う。またビビちゃんを泣かせるようならおれはあんたを殺しに行く。ビビちゃんはあんたの船に乗ってんだ。何があろうと乗せた以上、ビビちゃんを笑顔にすんのはあんたの仕事だ」

 

静かに紡ぎだされてゆく眼前の男からの言葉に圧倒されてゆく。一時も逸らすことなくこちらを見据えてくる瞳をしっかりと正面から見詰め返し、

 

「ああ、約束する」

 

ただ、そう口にした。

 

そして暫しの沈黙……。

 

互いに吐き出されてゆく煙が空気の流れに呼応してひとつの方向へと収束して漂っていく。

 

「………………」

 

もう言葉は必要ではなかった。必要なのは煙であり、そしてこの場を共有しているという繋がりだ。

 

「頼んだぜ」

 

短くなったタバコを灰皿に捨てゆきながらサンジは去っていく。短い一言を残して。

 

「いいわね、こういうの。……あなたがネルソンちゃんか。今夜はもう時間がなくて残念だけれど、是非またウチの店に来て、いいお酒を用意しといてあげるから。もちろん……いいコレもね」

 

短くなったタバコを掲げながらシャッキーは柔らかに微笑み、言葉を投げ掛けてくれた。

 

 

ああ、是非とも行かせて貰おう。

 

 

そのためにも気合を入れてかねばならない。

 

 

来るというのであるならば、

 

 

きっと刻限は近いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳は完全に下りた。

 

襲撃に備えての最終確認は既に終わっている。

 

俺たちの目的はアイスバーグの護衛。ニコ・ロビンとドンキホーテファミリーの誰か、そして現れるだろうCP9から目の前のベッドで目を閉じて休んでいるこの男を守り抜く。

 

麦わらたちの目的はニコ・ロビンの確保。やつから本当の話を聞き出したいとのことだ。寝室に大人数でもアレなので奴らは扉の外にて待機しているはず。ゆえにこの部屋にいるのはアイスバーグに俺とジョゼフィーヌ、そしてクラハドール。チムニーはこの場にはいない。彼女にはどうやら策がありそうだ。その準備のためにもここにいるわけにはいかないのかもしれない。

 

部屋の中ではみな物音ひとつ立てようとはせず、聞こえるのは掛け時計の秒針が刻む音のみ。心地いい緊張感が保たれている。扉の向こうはその限りではないが……。けしからんほどにやかましい。まあいい、あいつらはあいつらだ。

 

ジョゼフィーヌは漆黒の窓外を側で眺めており、クラハドールは扉近くに壁際にて一定間隔で眼鏡をずり上げながら沈思黙考に勤しんでいる。

 

不意打ちはないと思っていいだろう。奴らに見聞色で上回られない限りにおいては。否、あるか、見聞色を無効化するあの石、白烈石を持たれていては少々分が悪くな………………、

 

 

 

 

――――――――来る―――――――――

 

 

 

 

 

時間の無駄とばかりに最高速で堂々と殴り込んで来たか……。

 

ジョゼフィーヌが振り返り、直ぐにもベッドへと寄って来る。クラハドールも瞠目(どうもく)する。

 

 

轟音と共に天井を突き破って舞い降りた二人。フルフェイスの仮面姿。

 

ひとりは二本の角が印象的なおそらく牛の仮面、もうひとりは色鮮やかな羽根飾りが印象的な帽子と一体化した能面である。

 

麦わらたちも何事かと扉を開けてびっくり仰天していた。

 

「暗殺が聞いて呆れる登場の仕方だな」

 

言葉を放ってみるも返ってくる言葉はない。時間が止まってしまったような空間の中でベッドのアイスバーグも目を開けている。

 

 

 

 

そして、

 

 

ニコ・ロビンだ。

 

 

窓枠にふわりと現れ出でる腕、それは直ぐ様に窓の錠をおろし、開いた先から姿を見せたのは紛れもなくやつであった。目元を簡易な仮面にて覆ってはいるが。

 

傍らにもう一人。問題はこっちだ。果たしてどんなやつが来たのか。

 

こいつも仮面。だが女だな。

 

 

二組の襲撃者たちが相見え、対する俺たちもほぼ集結。

 

 

固唾を呑むような空間の中、

 

「ロビン、出てくなんておれは聞いてねぇぞ。お前の口からはっきり聞かねぇと納得できねぇ」

 

最初に言葉を投げ込んでいったのは麦わら。真正面からの言葉を投げ掛けてゆく。

 

だが、

 

「取り込み中悪いが後にしろ。……さて、もう茶番は懲り懲りだ……」

 

「あなたの側に仕えるのも昨日で最後。今日はお礼に参りました、セクハラの……」

 

天上から舞い降りた仮面二人がゆっくりと仮面を外してゆき、現れたのは俺たちからすれば顔馴染み。サイレントフォレスト以来となる。CP9のルッチと最後に俺をアイスピックで殺そうとしてきたあの女だ。

 

アイスバーグも大して驚いている様子はない。こちらも顔馴染みってことか。

 

ただ、俺たちの背後では驚天動地の様子が広がっている。

 

「おいっ、ハトの奴じゃねぇか。何やってんだよ」

 

「どういうこと……」

 

麦わらたちも顔は知っているようだが、どうやらこの場にこんな風に現れるはずがないということのようだ。

 

さてはこいつら……、

 

「ンマー……、流石だな。俺がお前らの正体に気付いてることに気付いていたか」

 

長年ガレーラに潜入していたわけか。

 

「ええ、下らねぇ茶番に付き合ってきたのも今日のため」

 

「あなたには死んでもらいたいけれど……」

 

どうやら随分長い間、狐と狸の化かし合いを続けてきたようだ。それもチムニーによる賜物ってわけだろうか。

 

「あの子にはもっと死んでもらいたい」

 

どうやらそのようだ。

 

だがこうなると随分と妙な事になってきはしないか。

 

「あら、そうなの? 私たちもその男には死んでもらいたいのだけれど、そういうことならお任せしてもいいのかしら」

 

ニコ・ロビンと共に現れた女が口にした言葉は至極尤もだ。それはそうなる。この女の情報が今直ぐ欲しいところだ。

 

綺麗に下ろされた黒髪のサイドには真っ赤な薔薇の髪飾り。紫紅の水玉模様をあしらった艶やかなワンピースを身に纏った姿は今にも踊りだしそうなダンサーそのものである。こいつもドンキホーテファミリーの一員なのだろうか。

 

「確かに俺たちの目的は一緒かもしれねぇが、少々事情は変わりつつありましてね。優先順位は隣にいるその女となりました。政府としての密命です」

 

「そう。じゃあ私もさっさと仕事をしないといけないわけね。……なるほど、ようやく合点がいったわ。ドフィの考えそうなこと。あなたには悪いけれど、そういうことみたいだからあとは自分でどうにかなさい」

 

俺にも構図が見えてきた。クラハドールのやつは眉尻ひとつ動かそうとしていないあたり、この展開は想定内なのかもしれない。

 

CP9の目的はニコ・ロビンの確保が第一義。アイスバーグには死んでもらって構わないが積極的に殺しにいくつもりもない。

 

ドンキホーテファミリーの女の目的はアイスバーグに死んで貰うこと。

 

そして、ニコ・ロビンは、嵌められたなこれは……。

 

「ンマー……大変だなこりゃあ。だがお前らの目的はもうひとつあるはずだが……」

 

ん? 何だ?

 

ここでクラハドールが少しばかり口角を上げてゆく。

 

「ええ。その()()()確認のためにも参りました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ンマー……流石だなカリファ。もう()()()()ってわけか」

 

「あなたの兄弟弟子カティ・フラムはフランキ―と名を変えて今も生きている。そして彼は今、サン・ファルド。きっと今頃カクも向こうへ到着してるだろう」

 

サン・ファルドの取引はこれか。クラハドールのやつめ、黙っていたな。

 

「ンマー……そうか。だったら呼んでみようじゃねぇか」

 

アイスバーグの切り返しに初めてCP9の二人が怪訝な表情を見せて来る。

 

寝床にて上半身のみ起き上らせている男が毛布の下から取り出したのは電伝虫。

 

~「ええ。アイスバーグさん、信じたくねぇが目の前にいるのはカクです」~

 

「パウリー、悪いな。お前には辛い思いをさせちまうが、フランキ―を頼む」

 

CP9の奴らにはこの展開は想定外だったらしい。

 

「ンマー……そういうことだ。悪ぃな、ルッチ。チムニーはてめぇらよりひとつ上手だったようだ」

 

こういうことなら俺たちも呼んでみた方が良さそうだ。というわけで俺も電伝虫を取り出し掛ける先は、

 

~「ああ、ボス。近くにクラハドールはいるか? 居るんだろ。あいつに言っといてくれ。最悪に面倒くせぇと」~

 

当然ながらローである。

 

「ああ、聞いているよ。悪いが笑ってるけどな。お前もサン・ファルドにいるのか?」

 

~「そうだ。造船屋の奴の隣にいる。そこに麦わら屋もいるのか?」~

 

「ああ、いるが……、何でそんなこと聞く?」

 

~「ゾロ屋って奴も隣に居る。多分こいつはただの迷子だ」~

 

何だそれは? 一体どうなってる。背後ではぁぁ~~っと言う叫び声とあんの迷子という怒気迫る声が聞こえてくるが俺たちには関係ないことだと思っておこう。

 

~「……それにボス、ターリ―屋もいるぞ。多分な」~

 

通話を終えて分かったことは俺たちの戦いが2箇所に分かれて、それぞれの立場で展開されているということだ。ローは本当に大丈夫だろうか。この離れ過ぎた距離では加勢には勿論行けない。だが信じるしかないだろう。

 

「もうわけ分かんないわ。ねぇ、ルフィ、あんたに聞くことじゃないかもしれないけど、あんたは分かった? この状況」

 

ナミがお手上げという状態で口にした言葉に対し、

 

「何言ってんだ。簡単なことじゃねぇか。ロビンが目の前にいる。それ以外に何があるってんだ」

 

麦わらからの答えには一切の迷いとて存在していない。

 

そうだな。簡単なことだ。

 

だが俺たちは簡単ではない。

 

簡単にはいかないだろう。

 

とはいえ、それこそ俺たちの戦いだ。

 

 

 

だったら始めようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第72話 置いてくわけにはいかない

『第二のガレーラ・カンパニーシャボンディ事務所襲撃事件』から少し時は遡る。

 

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “水と霧の都” ウォーターセブン

 

 

「なるほど、そやつらが超新星と呼ばれていると……」

 

「ああ、そうらしい」

 

ボスたちに別れを告げて海列車をあとにした俺はハヤブサの背上にいた。浅い海中を揺蕩(たゆた)っている線路を辿りながらの飛行は大変そうに思えるが、特に苦も無い様子だ。

 

こいつには海列車内での状況とクラハドールから知らされた状況とを説明してやっていた。その情報の中で興味を惹かれたのが超新星と呼ばれる海賊達の動向だ。

 

偉大なる航路(グランドライン)記録(ログ)を辿って先へ先へと進んでく中で海賊たちは選別されていく。そうやって脱落せずに名を上げて来た奴らが今、中枢にて一堂に会してるらしい。一時に相見えるのも珍しいらしく超新星たちと人知れず広まっているようだ。

 

“大喰らい” ジュエリー・ボニ― 1億4000万ベリー

 

“魔術師” バジル・ホーキンス 2億9900万ベリー

 

ユースタス・“キャプテン” キッド 3億1500万ベリー

 

“海鳴り” スクラッチメン・アプー 1億9800万ベリー

 

“赤旗” X(ディエス)・ドレーク 2億2200万ベリー

 

“怪僧” ウルージ 1億800万ベリー

 

“殺戮武人” キラー 1億6200万ベリー

 

と、いずれも懸賞金の額は億を超えてる奴らばかり。この中には当然ながら麦わら屋も入ってくる。奴も額は確か2億ベリー。剣士で9000万の奴もいたはずだ。そいつも億越えでないとは言えそう変わらないだろう。

 

「……荒れますね。この先の海は」

 

「だろうな。だが逆に都合がいい。荒れた海は商売になる。何なら奴ら相手にも売ってやりゃあいい」

 

「海賊がまともに買ってくれますか?」

 

「まともに売らなきゃいい話だ。……楽しみだな」

 

「副総帥殿、悪いお顔をされていますよ」

 

首を捻ってこちらを見上げてくるハヤブサの視線には呆れたとでも言うようなものがあった。ここは副総帥として窘めておくべくターバン越しに頭をペチペチと叩いてやる。

 

「減らず口はそれくらいにしておけ。……見えてきたな」

 

「ええ。大噴水です。寄られますか? このままサン・ファルドまで飛んでも構いませんが……」

 

「それではお前の身がもたねぇだろ。って言いたいところだが海列車が行ったあとかもしれない。その時は頼む。ひとまずベポを置いてきてるんだ。寄って行こう。少しは良くなってりゃいいが……」

 

「そうでした。心配ですね、ベポ君。……少々急ぎましょう」

 

満身創痍だったベポの様子を思い出し、少しずつ近付いてくる大噴水をしっかりと見据えてゆく。掌越しに伝わって来たハヤブサの脈動する筋肉の動きはより力強さを増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼らがいますよ」

 

ハヤブサが顔を向けた先には海列車の駅。そこへ丁度入って行こうとしている連中が見える。

 

あれは麦わら屋のところに居た奴らだ。ぐるまゆ屋とトニ―屋とでも名付けておこうか。

 

「こちらに気付いたみたいですね。それに、用があるみたいですよ。……降りますか?」

 

ベポに早く会ってやりたいが、麦わら屋の連中も色々あったのかもしれねぇ。行きがけの駄賃か……。

 

「ああ、そうしてくれ」

 

俺の返事を合図のようにしてハヤブサは高度を下げ始め、ゆっくりとブルーステーションと呼ばれる駅の前に降り立った。

 

「悪いな、わざわざ降りて来てもらって。あんたらを見掛けてどうしても頼みたくなったことがあってよ」

 

「アラバスタの時にいた医者の奴だな。俺、もう一回会いたかったんだよ~」

 

銜えタバコのままこちらへと寄って来たぐるまゆ屋は言葉とは裏腹にしてどうにも不本意な表情を浮かべている。かたやちょこちょことやって来たトニ―屋は何の汚れもなさそうにして目をキラキラと輝かせながら話しかけてきていた。

 

「何の用だ?」

 

何とも面倒くさそうな雰囲気を双方に感じ取って、それをそのまま言葉に乗せてみれば、

 

土下座をされた。綺麗な土下座だった。

 

仲間を一人しばらく面倒を見てやってくれとのことだった。多くを語りはしなかったがどうも仲間内で決闘となってしまったらしい。ただ仲間は必ず戻ってくると言い張った上で、ここに置いていくわけにはいかないから連れ出してくれとのことだ。島に漂う怪しい雲行きに危険を感じているらしい。

 

「―――――――そりゃあんたにも用事ってもんがあるんだろうが、必ずシャボンディには連れて来てくれ。頼む。これは俺たちの問題。俺たちでどうにかしてやりたいし、あんたに頼むなんて違うってのは十分分かってるつもりだが、今のあいつは俺たちの言葉を聞かねぇ。だがあんたらなら無理矢理連れ出すことは出来るよな。頼むっ!!!!!」

 

「サンジ…………、俺からも頼むよ。ウソップを連れて来てくれよ~」

 

そしてハヤブサからはどうしますかとでも言うような無言の視線を向けられて来る。

 

あぁ、面倒くせぇな。と思いつつも俺の答えは、

 

「分かった、分かった。引き受けてやるから、顔を上げろ」

 

結局こうなった。

 

「あんた、恩に着るよ。チョッパー、渡しとくもんがあったんだろ」

 

「ああ、そうだった。ウソップはケガしてたんだ。替えの包帯と塗り薬」

 

こうしてトニ―屋からは治療用に資材を受け取った。最後にトニ―屋が俺の能力を聞いたようで恐る恐る蹄でつついてきて、能力についてあれこれと質問してきたが、シャボンディ行きの海列車がそろそろ来るようで、ぐるまゆ屋に連れられて行った。

 

 

 

 

 

「あれだな、……麦わら屋の船は」

 

「ええ、旗のマークを見る限りはそのようで」

 

再びハヤブサの背上となりウォーターセブンの外縁部に広がっている裏町へと近付いてきたところで、羊の顔を象った船首像を特徴とする船が沿岸の岩縁に横付けされてるのが見て取れた。

 

「あの鼻の長さは……間違いない。ウソップ君のようです。」

 

「ああ、あんな鼻は鼻屋ぐらいしかいねぇだろ」

 

と言ったあとに思いだす。そういえばもう一人いたことを。

 

「副総帥殿も案外お人好しですね。ああいうところはあなたのいいところだとも思いますが。参りましょう」

 

一言、二言余計なハヤブサに対しては再びペチペチと叩いてやる。

 

 

俺がお人好しだと? まったく余計だ。土下座されて頼み込まれてはしょうがねぇだろう。とはいえ、それでも受けてしまうことがお人好しというのかもしれねぇが……。

 

癪に障ったので更なるペチペチを繰り返してやった。

 

 

 

 

 

鼻屋はどうやら船の修理をしてるらしく、板とトンカチを持って船内を動き回ってる。トニ―屋が言ってた通り身体中至るところを包帯で巻いていた。余程の決闘だったらしい。それもあってか少々事情を知ってしまってるが故にか見てられないものがある。

 

手荒に行く可能性もあることをハヤブサには事前に言ってる。奴は任せると言ってきたが、さてどうしたものか。ひとまずは

 

「船番か?」

 

声を掛けてみる。

 

新しく板を張り釘を打ちつけてた鼻屋が俺たちに気付いて、

 

「おまえら……、アラバスタん時の……何でこの島に居るんだよ。しかも一緒に」

 

驚いたように返事を寄越してくるが作業は中断しようとはしていない。

 

「ウソップ君、久しぶりだ。実はこちらのネルソン商会の方にご厄介になることになってな。ここにはいらっしゃらないがビビ様も一緒なのだ」

 

「ビビも一緒? アラバスタの戦いは終わったじゃねぇか。これからって時に……、また何かあったのか?」

 

「まあ……、我々も色々とあってな……、君と同じように」

 

鼻屋の問い掛けに答えたハヤブサがあとは任せたとばかりにこちらへ視線を寄越してくる。言うべきことは言ったと言わんばかりに。

 

しょうがねぇな。

 

「お前は何やってる、ここで?」

 

「見りゃ分かんだろ。()()()だ。修理してんだよ」

 

「……()()()のだろ」

 

「…………いや、俺の船なんだよ」

 

「じゃあ、あの旗はどういうことだ?」

 

ハヤブサから引き継いで鼻屋に対して問い掛けを始め、最後の言葉で(おもむろ)にメインマストの上ではためいている麦わら帽子を被った髑髏マークが入った旗を指差してやった。

 

「…………うるせぇ、俺の船っつったら俺の船なんだよ。メリーは俺の船だ。だから修理してる。何か文句でもあんのかよ」

 

鼻屋は若干のべそをかきながら俺に言葉を叩きつけてくる。どうしようもねぇ奴にはどこまでも冷徹な現実ってやつを(まなじり)に焼きつけてやる必要がありそうだ。

 

Room(ルーム)

 

船を包み込むようにして能力を展開し、

 

「タクト」

 

指先で船を水の上から持ち上げてゆき、鼻屋の真上に持って来てやる。見せてやるのはこの船の惨状。

 

「見ろ」

 

船の竜骨は痛々しいまでに(ひび)割れしてしまっていた。もう手の施しようが無いと素人目でも分かるぐらいに。目を背けずに見てるが鼻屋の様子も痛々しいまでの表情。正直見てられるもんではない。

 

何の義理があるわけでもねぇんだがな……。

 

とはいえ、始めたからには最後までやってしまわなければならない。

 

船を水の上に戻しゆけば、

 

「……何だよ、何なんだよっ!! 知ってたんだよ。俺には分かってたんだ。メリーがもうダメなのは。だからってここへ置いてけねぇだろうがっ!!!!!! こいつも仲間なんだから……」

 

鼻屋の悲痛に満ちた叫びが返って来る。

 

「俺は医者だ。船のことは分からねぇし、お前の仲間のこともな。ただ医者として言わせて貰えば、どれだけ手を尽くそうともダメな時はある。それがどうしても生きてもらいてぇ顔馴染みってこともある。それでもどうしようもねぇんだ。そんなときはしっかり目開けて看取ってやるしかねぇだろうが」

 

知らずに俺も感情を昂ぶらせてしまっていた。

 

「……お前の仲間も同じように思ってるだろうよ。お前をここへ置いてくわけにはいかねぇとな。仲間なんだろうが」

 

俺の言葉が一体どれだけこいつに刺さるのか何とも言えない。

 

鼻屋は押し黙っている。言葉にならねぇ感情が胸中を渦巻いてやがるのかもしれない。

 

言葉にしようとするが歯をくいしばり、それを押し留めてるような様子だ。

 

どうすればいいのかは分かってる。分かっていても迸る感情をどうにも出来ない。割り切ることが出来ない。

 

どいつもこいつも、しょうがねぇな……。

 

「さっき俺の能力は見たよな。オペオペの能力(ちから)だ。この力を以てすればな、今ここでお前の心臓を鷲掴みにして抜き取って、お前の目の前で握り潰すことが出来る」

 

目を細めながら脅し文句を並べ立てたあとに、意識的に口角を上げてゆく。

 

「何なら試してみるか?」

 

隣に居るハヤブサの目は非難に満ちているが任せた以上は黙れと言いたい。

 

「ヂクショーッ!! こえぇーよっ!!!」

 

半べそかいた鼻屋はぶるぶる震えながらそう叫びを口にした。

 

「嫌ならひとまずついて来い。ここで死ぬのか、まだまだ生きるのか、今選べ」

 

俺は情け容赦なく畳み掛けてゆく。

 

答えは決まっていた。

 

鼻屋はヂクショーを繰り返してたが。

 

最後に船をどうするのかと聞いてきたので答えてやった。

 

「また戻ってくればいい。お前の船なんだろ。船は逃げねぇ」

 

と。

 

 

面倒事を背負い込んだがまあいい。ベポに会いに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿屋の2階にて、ベポにはピーターが付いていた。

 

良くはなってるらしいがまだ動けないとのこと。頼みますと部屋を開けてくれたので様子を確かめるべく入ってみれば、ベポは寝ていた。

 

動けない以上痛みはあるんだろうが、寝顔を眺める限りは大丈夫そうだ。触診してやりたいところではあるが寝かせといてやろう。

 

「大事は無さそうですね。良かった、良かった」

 

ハヤブサも安心したようだ。少しだけほっとした表情をしている。

 

鼻屋は初めて間近でベポを見るのかもしれない。おっかなびっくりな様子ではあるが、気遣う表情を見せていた。

 

「ひどいケガなのか?」

 

「ああ、初めて奥義を使ったらしいからな。ベポはミンク族と言ってな、動物の種族なんだ。ミンク族は生まれつき戦闘種族らしいんだが、その奥義というのが命を削って力を呼び覚ますもんだからこの有り様だ。俺もこいつがここまで動けねぇ姿は初めてみる」

 

「ベポ君は普段はのんびりしてますからね」

 

「父親に会ったのが相当堪えてるってのもあんのかもな。ああ、こいつはな。兄貴を探そうとして海に出てたところを俺たちが迎え入れたわけなんだが、見つかったのは兄貴じゃなくて死んだと思ってた父親だったというわけだ。しかも戦った相手はその父親だ……」

 

言葉にしながらベポを眺めやる。こいつの心境はどんなもんだろうか。自分の中で消化しきれてねぇこともあるだろうが。

 

「こいつの親父さんは何をやってるんだ? 海賊か?」

 

興味を持っているのかやけに質問してくる鼻屋に対し、疑問が湧かないでもないが。

 

「いや、新世界に居る歓楽街の用心棒をやってるらしい。要は謎めく闇の人間ってことだ」

 

「親父さんが大好きなんだろうな。俺には分かる。なんとなくだけどな。だから大好きな親父さんには楽しくやっててもらいたいんじゃねぇか。分かんねぇけど、こいつには親父さんが楽しそうには見えなかったのかもな」

 

鼻屋は随分と知ったようなことを言うもんだ。そういう可能性もあるかもしれねぇが、どうだろうか……。あの時はカールが掛かっていた。あの場で俺たちのすべてはカールの為に存在していた。戦うべき敵と見定めたから戦ったわけであって……、それとも何か、父と子の傍目には分からねぇ何かがあったってことだろうか。

 

「それはウソップ君の経験からくる話しかな?」

 

「……俺の親父は俺と同じ海賊だ。俺は親父に憧れて海賊になった。遠い海で海賊やってる親父を俺は誇りに思ってる。親父は楽しくて、心底楽しくて海賊をやってるんだと俺は思う。だから俺は親父が楽しそうにしてなけりゃ直ぐに分かっちまう自信はある」

 

「そうか……」

 

なるほどな。

 

鼻屋の言葉が部屋の中に沁み渡っていくようで、どうにも思いを馳せずにはいられなくなる。父様(とうさま)は既にいないが……、俺も……同じ思いだな。父様(とうさま)は確かに楽しそうに仕事をしてたと思う。

 

「…………ドクター…………」

 

ベポが薄目を開けていた。

 

「起きたのか、ベポ。無理するな、寝てていいぞ」

 

俺の言葉に、ハヤブサと鼻屋の頷きにベポも頷きを返してくるが、

 

「……寝る。……けど、……言って……おきたい。……ドクター、……俺……もっと……強く……なりたい」

 

言葉を繋げてくる。

 

ありったけの思いを乗せた言葉を。

 

迸り、渦巻いてたであろう感情のすべてを混ぜこんだような言葉を。

 

「ああ、知ってる。だから、寝てろ」

 

俺が返すべき言葉はそれだけだった。

 

ベポは少しだけ笑って見せ、そして目を閉じる。

 

「……下へ行って水を貰って来る。鼻屋、お前もその包帯、そろそろ替えた方が良さそうだ。あとで替えてやるよ。ここを頼む」

 

そう残して俺は部屋をあとにした。

 

あいつのあんな言葉を初めて耳にした。

 

 

置いてくわけにはいかない。あいつも……、だが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階下に下りてみれば、そこは食堂を兼ねたこじんまりとしたロビーが広がっている。水を頼もうと奥に足を踏み入れたところで、思いも寄らねぇやつが席についてるのが視界に入ってきた。

 

左右に垂らした長い金髪。両目の上の特徴的な刺青。

 

バジル・ホーキンス。

 

中枢にいるとは聞いてたがよりによってこの島に、しかもこの宿屋にどうしているってんだ。思わず鬼哭(きこく)に覇気を纏わせようとしてみたが、

 

「久しぶりだな。そう身構えるな。戦うつもりはない」

 

戦意は感じられない穏やかな声音が返ってきた。

 

「何でここにいる?」

 

当然の質問だ。そうそうこんな奴らに会ってたまるか。

 

「俺が宿屋にいては悪いか? 海賊も宿に泊まる。たまたま泊っている宿がここだというだけの事」

 

何でもないことのようにホーキンス屋から答えが返ってくる。

 

「お前の総帥を見掛けないが、一緒ではないのか?」

 

「ああ、商人には色々あってな……」

 

ホーキンス屋とは北の海(ノース)の海上での一戦以来。あの時はこいつらから仕掛けて来たところを返り討ちにしてやった。直接相対したのはボスだったのであまり面識があるとは言えないが、俺が奴の船に乗り込んでメインマストをこの鬼哭(きこく)で叩き斬ってやったのだ。船をあとにする際に二言三言交わしたような記憶がある。

 

「ウチのボスに恨みでも?」

 

「恨みなどない。戦いではよくあることだ。お陰でより強く、より慎重になれた。むしろ礼を言いたいぐらいだ。あれは覇気とやら……だったんだな」

 

「そうだ。よく覚えてんじゃねぇか」

 

「この偉大なる航路(グランドライン)前半でもそうそう巡りあうことが無かった。覇気とやらには。こちらから探しに行って初めてほんの一握りの者たちから知りえたものだ。お前達はそれをこの海へ入る前に使いこなしていた。異常だ」

 

「師匠がいたもんでね……」

 

今はいねぇが。

 

嫌なこと思い出させてくれんじゃねぇか。

 

「なるほど。……で、そんなお前達はもう四商海だ。四商海に手を出すつもりはない」

 

「そうかい。なら話は終わりだな」

 

「そう邪険にするな。これも何かの縁だ。お前を見てやる」

 

そうして口を閉ざしたホーキンス屋が不意に束となったカードを取り出し、自らの能力を少しだけ使ってるのか藁と化したものを漂わせてゆき、その先にカードを並べてゆく。

 

ぶつぶつと何やら呟きながら俺は何かを見られてるらしい。気分の良いもんじゃねぇ。

 

そうして並べられてゆくカードと奴の呟きが止まって、

 

「―――――――『生存』死亡率99%。……興味深いな。お前には死相が出ている」

 

は???

 

99%死ぬってことか?

 

俺が?

 

「それがどうした。占いだろ」

 

「俺の占いはよく当たる。とりあえず生きろ。確率は1%ある」

 

ふざけた野郎だ。

 

頼みもしないのに勝手に占っておきながら、この先近いうちに99%の確率で死ぬ、生きる確率は1%だと言いやがる。

 

「ああそうさせてもらう。達者でな、お前も」

 

ハヤブサの背上ではこいつら超新星相手に商売してやると息巻いてみたが、こんなふざけた野郎には売りつけてやる気にもならない。

 

が、

 

俺たちは商人だ。

 

「ホーキンス屋、いいタロットがあれば欲しいか?」

 

俺の問いに対して、暫し逡巡したあと、

 

「いいタロットとの巡り合わせは至上の喜びだ。見つかれば頼む」

 

微笑みながらの答えが返ってきた。

 

人にとんでもねぇ占い結果を伝えておいてよくもそんな表情が出来たもんだ。

 

「ああ、待ってろ。取り敢えず生きててやるから」

 

「期待してる」

 

話は終わったと振り返り、宿屋の婆さんから水を貰うことにした。

 

生存確率1%……。

 

地獄はいつだって変わらねぇんだ。

 

 

まだ命を置いてくわけにはいかねぇだろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第73話 面倒くせぇ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

「ハヤブサ、あんたはビビのところに戻っても良かったんだぞ。じゃねぇとあいつにはカールとカルーしか付いてないことになる」

 

「いいえ。今回はビビ様にきつく言われております。副総帥殿の側を離れるなと」

 

海列車内でも何度か交わしたやり取りではあったが、ここサン・ファルドに到着してもハヤブサから返ってくる答えが変わることはない。

 

「すげぇな、マジで仮面ばっかりだ」

 

傍らでは鼻屋が周りを見渡しながら感嘆の声を上げている。

 

確かにこの島には仮面姿の連中しか存在しないかの如く、仮面で溢れかえっている。

 

フルフェイスの髑髏。真っ白な能面の周りを鮮やかな羽根飾りで着飾ったもの。目元だけを覆った簡易なものまでバラエティに富んでいるが、素顔を晒してるやつがまったくと言っていいほどいない。

 

海列車の中からしてこんな状態であった。乗務員や駅務員からしてちゃんと目元を隠しているという念の入れようだ。カーニバルの町は伊達ではない。

 

「こうも仮面ばかりでは我々が逆に浮いてしまいますね」

 

「そうだな」

 

丁度駅構内には仮面屋がずらりと並んでる。というわけで、俺たちもめいめい仮面を選んでみた。

 

シルクハットを被る俺たちはフルフェイスを選ぶわけにはいかなかったので、顔面だけを覆うものであったり、目元を覆うものだけにしておいたが、鼻屋が被っていた仮面には驚きを通り越して呆れさせるものがあった。

 

炎なのか太陽なのか黄色いうねりが左右と上に向けて、顔面には斜めに青い筋が入り、描かれた口髭も青い。そして目、鼻、口は空いているわけだが目はゴーグル、鼻は鼻屋のそれである。つまりは、

 

「何だ、それ」

 

と言いたくなるが、

 

「私の名はそげキング」

 

と返ってくる。

 

「何言ってやがる。鼻屋じゃねぇか。その鼻は何も変わっちゃいねぇ」

 

包帯を巻いてる長い鼻が鼻屋であることの何よりもの証。

 

「ウソップ君。そのような仮面を一体どこで。どこにも見当たらなかったが……。まさかウソップ君、それは自ら持参した仮面なのか?」

 

意味不明なことを言い出した鼻屋に対して至極尤もなことを浴びせてやるが、

 

「そげきーの島でー 生まれたおーれーは――――――――――」

 

何やら歌いだした。どうやらこれを無理矢理通すつもりらしい。まったく面倒くせぇ野郎だ。

 

「分かった。分かった。お前はそげ屋。これでいいか?」

 

「仕方ありませんね。そげキングということにしておきましょう」

 

「よろしい。ところで君たち、私に聞きたいことはないかね? そげきの島ってどこにあるの? とか」

 

とんだ茶番だが付き合ってやるしかない。じゃねぇと歌がエンドレスの様相だった。だが下手に出れば付け上がるのが世の習いだ。面倒くせぇ野郎がさらに面倒くせぇことを言ってきやがったので、

 

「興味ねぇが聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」

 

ハードルを上げてやった。そげ屋の口元が若干引きつってるように見えたが、

 

「それはね。君の心の中さ」

 

答えを言ってきた。

 

「で?」

 

そんな歯の浮いたような答えでは俺の反応が1文字を超えることなどない。

 

「で、じゃねぇよ、このすっとこどっこいっ!!! そげきの王様を敬えってんだ」

 

「そげキング殿、そんなに怒っては君の中のそげきの島が曇って見えなくなってしまうぞ」

 

「おめぇも、どさくさに紛れて何ちょっと上手いこと言ってんだ。このやろー」

 

つまりはそげ屋は鼻屋であり、鼻屋は鼻屋でしかなかったが、そげ屋と呼んでやることにした。じゃねぇと面倒くさそうなので。

 

 

駅前には海が一面に広がっていた。海列車内から見えた景色からしてこの島の形状が少し変わってるのは分かった。最初に視線を奪われたのは一際目立ってるタワー。そのタワーはまるで海の真ん中に建ってるように見えたのだ。タワーの両側に島がそれぞれ存在しているように見えた。海列車はサン・ファルドに向かってるはずだがどういうことなのかさっぱりな状況。それでも海列車は吸い込まれるようにしてその海の真ん中に建ってそうなタワーへと向かっていた。

 

近付いてみてそのタワーが島と島とを繋ぐ1本線のような陸地の丁度真ん中に存在してるのが見て取れ、島と島に分かれてるのもそれ全体でひとつの島を形成してることが分かってきた。

 

海列車の駅はタワーの真横であり、駅を下りれば左右には1本道。その向こう側には海しか存在していない。

 

海風が心地良く、見上げればそこにはそそり立つタワーが見え、ダンスフェスティバルという幟も視界に飛び込んでくる。

 

「なぁ、展望台がありそうだぜ。行ってみねぇか」

 

そげ屋は観光気分丸出しだが正直それどころではない。駅に近付いてから強い気配が一向に消えることなく存在してる。

 

1本道の手摺。

 

スキンヘッドに真っ青な衣装の人間がこちらへと振り返る。

 

青い薔薇協会(ブルーローズ)”の奴ら。

 

シャボンディ行きの海列車に居た海坊主屋だ。

 

変わらず丸サングラスを掛けており表情は窺い知れないが、これは俺たちを待ってたってことだろう。

 

良い兆候とは言えないが。

 

 

 

 

 

「辛いな、お前たちが最後だ。サン・ファルドへようこそ」

 

ボスから話には聞いてる。海坊主屋は辛さを前面に押し出してくると。正直意味が分からなかったが納得だ。

 

「は? 何言ってんだおっさん、辛くねェだろ」

 

それでも既にそげ屋スタイルを捨ててしまってるそげ屋には通用しなかったようだ。そこに突っ込みどころがあれば口に出して容赦なく突っ込むそげ屋には。

 

「そげキング殿、これはこの方のご挨拶だ。丁重にな」

 

「まじか。……失礼、そげきの島から来ましたそげキングです。許して下さい」

 

ハヤブサ共々全てを台無しにしてしまってるが面倒くせぇのでスル―だ。

 

「ぴりりか、丁重な挨拶痛み入る。俺は王下四商海(おうかししょうかい)青い薔薇協会(ブルーローズ)の副会長、チリペッパー・クンサーと申す。さて、そげきの島とはどこにある?」

 

相手の正体が分かって震えと共に固まってるそげ屋。

 

何固まってやがる。自分から聞きだすしかなかった質問が自然と向こうから飛び出して来たんだ。むしろ狂喜乱舞する状況のはずだが。

 

「それはあなたの心の中にあります」

 

俺たちが待ち望んでた答えが放たれた。

 

そして、

 

「辛いな……」

 

「いやだから辛くねぇだろ、おっさん」

 

見事な形で幕切れてゆく。

 

そげ屋、勉強になる。

 

 

 

 

海坊主屋からは一枚の地図を渡された。そこにはサン・ファルドの全景が描かれており、150億ベリーの借金と引き換えになる俺たちの取り分が示されてた。

 

サン・ファルドは4つの扇形の陸地とそれを結ぶ1本道から成ってるようだ。海列車内から2つに分かれてるように見えたがその奥でさらに2つに分かれてたということらしい。何とも4分割には適し過ぎてる島ではある。

 

俺たちの取り分は南東側のいち扇。北西、北東、南西、南東に分かれた内のひとつ南東島ってわけらしい。

 

そして耳を疑うことに南東島は肉の産地らしい。

 

おいおい、ヘブンはどこへ行ったと心の中で突っ込みを入れたが、それは北西と北東の話だと言う。場所によってこれだけ違いがあるのであれば分け方には異議を唱えたいところだったが、早い者勝ちでお前たちが最後だったとにべもなく撥ねつけられた。

 

海坊主屋の用はそれだけということであったが、土地勘のまったくない俺たちからすればそれだけでは困るので何とか質問をぶつけてみて分かったことは、

 

この島がカーニバルの島と呼ばれるように年中通して“謝肉祭(カーニバル)”が開かれてるということ。それは島のかつての英雄(ヒーロー)、ファルドを讃えてのものだということ。そして南西島は木材の闇市が広がってること。

 

ぐらいであった。つまりは何も知らないよりはまし程度のもの。

 

 

 

用は済んだとばかりに海坊主屋は1本道を北方向へと消えていき、取り残された俺たちの前には教えられたこの島のかつての英雄(ヒーロー)ファルドの像。

 

それは猛々しくも拳を突き上げており、翻すマントにはFと大きく刻まれていた。そういえばFの形をした仮面を見掛けることが不思議でならなかったがどうやらそういうことらしい。

 

「かっこいいな、これ」

 

そげ屋がファルド像のFマントに羨望の眼差しを向けてるが気は確かかと俺は問いたい。横で何とも言えない表情をしてるハヤブサこそ俺たちの最後の砦だ。

 

さて、俺は生存率1%というホーキンス屋からの碌でもない占い結果を突きつけられてるが、俺たちがこの島でやらなければならないことは決まってる。

 

クラハドールは海水パンツを探せと言いやがった。これを文字通り捉えるのかはさておき探さなければ何も始まらない。はっきり言ってあてもない。仮面屋を一通りのぞいて海水パンツの仮面を探してみたがそんなものは無かった。当たり前だ。そんなものがあれば作ったやつの神経を疑うほかない。

 

ひとまずは俺たちの取り分である南東島へ行ってみるしかないだろう。肉の産地というからには視察をしておくに越したことはない。俺たちの本分は商人だ。取り扱える商品が増えることは大歓迎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南東島は申し分なかった。150億に見合うかどうかは置いといて、良い買い物であったことは認めてもいいだろう。適度な丘陵地帯には一面に牧場が広がり、たっぷりと肥えた肉牛が放牧されていた。謝肉祭(カーニバル)というのは文字通りの意味では無かったはずだがこの島では違うらしい。牧場の親父曰く肉の消費量は凄まじいらしい。試食もしてみたが言葉を必要としないほどに美味であった。そげ屋が麦わら屋を是非連れて来たかったと言うほどにだ。これは俺たちが本格的に中に入れば島の外へ売ることも出来るだろう。酒に肉が加われば相乗効果も見込めるかもしれない。これは良い商売になりそうだ。

 

コールの内容を全て把握してるわけではないが、天竜人相手にも行けるかもしれない。

 

シャボンディ行きの海列車を後にする時に電伝虫は手に入れてきたが、今のところコールは直接受けてはいない。一旦はボスのところへと1本化されてる。俺たちそれぞれが受けるのは全員の番号を奴らに伝えて即応体勢を整えてからになるだろう。正直気は進まないが。既にシャボンディ行きの海列車内でのやり取りだけで俺とすれば懲り懲りだ。コールの受付要員を用意したいところではある。

 

まあいい。コールに思いを馳せても碌なことはない。

 

俺たちは海水パンツを探さなければならない。

 

というわけで南東島の視察を終えた俺たちは隣の南西島へと来ている。当然南東島でも海水パンツは探し回っていたが牧場から海水パンツを探し出すのは無理難題というものだった。勿論木材の闇市が広がるという南西島に来たからといってそれが変わるもんでも無さそうだが、手当たり次第に行くしかないだろう。

 

「すげぇな、あの樹。空島で見たようなでかさだ」

 

「心奪われますね」

 

二人がそう口にするのも無理はない。南西島は足を踏み入れる前からして森の様相を呈してたが、踏み入れた途端に気付いた。森に見えていたそれが巨大な1本の樹であることを。それは縦に長く伸びた樹ではない。横に末広がりに伸びた樹であった。高さは何でもない高さであったが幹の太さは尋常ではなかった。そして枝は放射状に広がってる。

 

闇市はその巨大樹を囲むようにして建ち並んでいた。ここがなぜ正規の市場でないのかはそこらじゅうで交わされてる商談に耳を澄ませてれば想像が付く。どうやら正規の木材市場は隣島のセント・ポプラにあるらしい。島の名になってる通りポプラの一大産地ということだが、正規のルートでは取引出来ない品が存在するものだ。例えば俺たちが手に入れた塩の木(ソルトツリー)のようなものであろう。ゆえに四商海の庇護下でというわけだ。ただサン・ファルドは4分割されたあとなので青い薔薇協会(ブルーローズ)は手を引くことになるが。

 

海坊主屋から渡された地図によれば南西島を取ったのはターリ―屋、つまりはジョーカーってことになる。きな臭いものを感じずにはいられない。と同時にホーキンス屋の占い結果が脳裡を過る。

 

だがその前に海水パンツだ。

 

 

「なぁ、アレ……」

 

俺の思考を遮ってくるそげ屋の声に反応して、奴が指差す方向へと視線を向けてみる。末広がりの巨大樹。その無数に広がりを見せる枝のひとつで何やら商談をしてるらしい連中、一人の仮面はオレンジ色の三つの尖がりがあり、傍に畳んで垂らされてるマントは青色で星が描かれてる。そして何よりもそいつは、

 

 

紛れもなく海水パンツを履いていた。

 

 

紛れもなくかどうかは何とも言えないかもしれない。あれがただのパンツである可能性もあるが、遠目から見てもあれは海水パンツであろうし、もし仮にパンツであるならばとんでもない変態野郎ってことになる。いや、海水パンツであっても十分変態野郎か。

 

「ああ、そげ屋、よく見つけたな。お手柄だ」

 

とにもかくにも初めての有力な手掛かりだ。

 

さて、どうしたもんか。ひとまず海水パンツを履いてそれを露出させてるやつは見つけた。ただ見つけたあいつをどうするのかが問題だ。そもそもあいつは一体どこの誰なのか、サン・ファルドの木材闇市で何をやってるのか、知らなければならないことは山ほどある。

 

しかもクラハドールはこうも言ってた。古代兵器プルトンに関係すると。プルトンと木材闇市は関係しそうな気もするが、何とも言えない。少なくともプルトンと海水パンツには関係があるようには思えない。

 

「副総帥殿、他にもあちらを窺っている者がいるようです。歩き回っておりますが確かに視線が何度もあちらへと向いています」

 

ハヤブサが囁くようにして齎してくれた情報によって一気にきな臭さが増してくる。

 

「俺たちも動き回るぞ。そいつが俺たちの存在に気付く可能性もある。そげ屋、しっかり付いて来いよ。こんなところで迷子はごめんだ」

 

動くことを伝え、ハヤブサが目線で教えてくれたやつへと目を凝らしてみる。

 

歪な格子柄のマントに身を包み、フルフェイスの仮面。口元から煙が出てるように見えるのは銜えタバコをしてるのか。

 

葉巻……。

 

確かに間隔を開けてあの海水パンツ野郎へと視線を向けてる。監視してるのか。

 

前方の葉巻野郎に合わせて動き出していたところへ、ふとそげ屋が側にいないことに気付き振り返ってみればやつは立ち止まってやがる。

 

身ぶりでこっちへ来いと伝え、

 

「おい、迷子はごめんだと言ったばかりだろ」

 

文句のひとつでも並べてみれば、

 

「ゾロだ。ゾロがいる」

 

そんな言葉が返ってきた。

 

わけが分からず、そげ屋の視線を辿ってゆけば、緑髪、緑腹巻き、腰に3本刀、麦わら屋の一味にいた剣士が仮面も付けずにこちらへと歩いて来ていた。

 

おいおい、どうなってやがる。

 

そげ屋の様子を見る限りあの剣士がこの島にいるはずはないんだろう。だがそうであればなぜあの剣士は今あそこで歩いてやがるんだ。

 

「副総帥殿、これは奇想天外な考えですが……、彼には迷子癖があると聞きます。もしかするとですが、彼はその迷子でここに居る可能性もあるかもしれません。どうでしょう、そげキング殿」

 

こんなとんでもねぇ展開になってる時でもハヤブサは何とも律儀だ。しっかりと新たな名でそげ屋を呼んでやってる。そんなハヤブサの律儀さに感心しながらも、こいつが言った奇想天外な考えを慮ってみる。

 

そんなことが有り得るだろうか。麦わら屋の連中はウォーターセブンに船を留めてるはずだ。ということはウォーターセブンで迷子になってサン・ファルドに居るってことになる。

 

普通に考えればそれは有り得ないことだ。だが相手はあの麦わら屋の一味である。常識は通用しない。つまりはやつは迷子かもしれない。

 

なんて面倒くせぇ展開なんだ。

 

盛大にため息をつきたいところだが、そうもいかない。

 

ひとまずはやつがこちらに気付いてるかどうか。そこが問題だ。気付いてなければ一旦は後回しでいいだろう。

 

「そげ屋、何とかやり過ごすぞ。その鼻、何とか引っ込めろ」

 

「無茶言うな。どこに引っ込めんだよ」

 

迷子になって別の島を彷徨ってるようなやつだ。俺たちにそう簡単に気付くとは思えねぇが、そげ屋の鼻もまた非常識この上ねぇ長さ。最悪、俺とハヤブサでそげ屋の盾になるしかないだろうか。

 

 

 

そこへ、

 

咄嗟に見聞色にて動きを感知した時には遅かった。

 

「“ロープアクション” “ボーラインノット”」

 

俺たち3人纏めてロープを手首に縛られて一気に引き寄せられてしまった。

 

ロープには確かに覇気が纏われてやがる。

 

「お前らか、アイスバーグさんが言ってたフランキ―を狙って現れる奴らってのは」

 

まあいいだろう。

 

 

これで面倒くせぇことを全部省けるかもしれねぇ。



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第74話 喧騒の中にある静寂

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

「実は君たちに言ってないことがあった。私は島に入ってはいけない病なんだ……」

 

ガレーラ屋に対し俺たちが敵ではないことをひとまず説明し終えたところで、そげ屋が改まったように口にした言葉。

 

「ウソップ、バカ言ってねぇでそのふざけた仮面をさっさと外せ」

 

「……ゾロ君と言ったか。さっきから言ってるが私はウソップ君ではない。ウソップ君の親友だ。親友なら彼と同じ病に掛かるというものだ」

 

何を言い出すのかと思えば、本当に面倒くせぇな。ゾロ屋の言う通りだ。ただ、こんな面倒くせぇことは仲間内同士で何とかして貰いたいところだが。

 

取り敢えずそげ屋には言っておく必要がある。医者としての真っ当な意見を。

 

「俺は医者だ。お前の病気を俺は治療出来るかもしれねぇ。方法はふたつ。今直ぐオペオペの能力を発動してお前の身体を真っ二つに切断し、海に叩き落とす。それでダメならお前の心臓を掴み取って握り潰す。さあどっちだ? 選べ」

 

「選べるかぁっ!!! 治療する気ゼロじゃねぇかこのヤブ医者め。医者なら病人に接する態度ってもんがあるだろうが」

 

「ご高説何よりだが、病人なら医者の言うことは素直に聞くもんだ。治療しねぇという選択肢もあるが……」

 

仮病を使う人間には時に思い知らせてやる必要がある。ゆえに鬼哭(きこく)を抜き放って切っ先を首筋にあてがってやれば、

 

「はい、すいませんでした」

 

白旗掲げての平謝りが返って来る。これこそ患者としてのあるべき姿だ。

 

「ゾロ君、彼はそげキング殿。我々もここではそれを通している。彼の気持ちも汲み取ってやらねば……。それに君もどうやら迷子だった様子。我々と出くわしたことは救いになったと思うのだが」

 

ハヤブサはハヤブサでゾロ屋にこの茶番劇を何とかして維持してるところを台無しにするなと説いてるが、包み隠さないその説明が逆に全てを台無しにしてるかもしれねぇ事に気付いてるかどうか甚だ疑問だ。

 

ゾロ屋はゾロ屋でハヤブサの物言いに難しい表情を浮かべながら耳を傾けてる様子だったが、迷子という単語が出た瞬間に顔を引き攣らせてやがる。どうやらこのワードはこいつの弱点らしい。収穫だな。

 

「おれは迷子になった覚えはねぇし、救われた気にもなってねぇ」

 

「ゾロ君。やせ我慢はいかんな」

 

「そげキング殿の言うとおり」

 

「認めろ」

 

ゾロ屋の反論に対し俺たち3人揃って畳み掛けるようにして迫っていけば、ゾロ屋は歯を食いしばってこちらを見据え、

 

「おまえがそげキングなのは分かった。それはいい。……だが迷子は絶対に認めねぇ。俺は迷子じゃねぇ。宿に戻ろうとしたら知らねぇ島に居ただけだ」

 

ゾロ屋、それを迷子って言うんだと3人口を揃えて言ってやりたかったところだが、口にするだけ無駄のようにも思えて来て俺たちは押し黙るしかなかった。

 

ゾロ屋は断固として己の非を認めようとはしなかったが、鼻屋がそげ屋であることについては受け入れただけ良しとしようではないか。誰がどう考えようともこいつが迷子であることは明白なことではあるが、人間自分のことはよく分かってないことが大抵だ。

 

 

 

面倒くせぇやり取りはひと段落した。海水パンツ野郎の商談らしきものは巨大樹の枝の上で未だに続いている。俺たちは奴から少し離れた露店の軒先、まるで休憩スペースのように不揃いな丸太椅子に腰を下ろしてるわけだが、露店の男からは邪魔だと言わんばかりの視線が何度も送られて来ている。その露店商が取り扱ってるものは食べれる木らしく、焼いた木をスライスしたものをウッドステーキと銘打って試食販売しているが売れ行きは芳しくなさそうだ。まあ確かに見た目はただの炭にしか見えない。売れ行きの悪さを俺たちのせいにしてもらっても困るんだが。

 

俺としてはここに居ても埒が明かないわけで、立ち上がってガレーラ屋のところへ向かってみれば、

 

 

「終わったか? 随分と不毛なやり取りを見せてもらったな。お前らがもしガレーラの船大工なら拳骨一発で解決してやるところだがな。まあその分お前らが言ってることに嘘が無さそうなことは何となく分かった」

 

葉巻を吹かせながらやれやれといった表情を浮かべながらガレーラ屋は言葉を放ってきた。

 

「ああ、自覚してる。少しは信用してもらえたようで何よりだ。……それで、俺たちが取り敢えずは敵ではないと認識して貰えたところでひとつ聞いておきたい。なぜあの男を護衛してる?」

 

「……アイスバーグさんから頼まれたことだ。内容を教えられているがそれをお前らに話すかどうかはまた別の話……」

 

葉巻の煙の先を見詰めつつガレーラ屋が口を開いた内容は想像の域を超えてくることは無かった。機密の内容を明かすほど俺たちをまだ信用はしてねぇってことだろう。ならばこっちから口を開かせてやればいい。

 

「古代兵器プルトンが関係してる。違うか?」

 

「……どこでそれを……」

 

口角を上げて抜き放つように投じた言葉への反応は目を見開くようにしてこちらを睨みつけてくるという想定内のもの。

 

「俺たちも四商海だ。それなりに情報は仕入れてる。その反応は正解ってことでいいよな。もうこの際だ。知ってることは話して貰うぞ」

 

ガレーラ屋は苦虫を噛み潰したような表情を暫し続けたのちに、

 

「……いいだろう。あいつはフランキ―って名なんだが――――――」

 

海水パンツ野郎とガレーラが抱えてるものについて説明を始めた。

 

フランキーはウォーターセブンの裏町を取り仕切る奴らしく船の解体で生計を立ててるが実のところはガレーラの社長の弟弟子にあたり面倒を見てる存在だという。その弟弟子にガレーラの社長が託したものが古代兵器プルトンの設計図。大昔のガレーラの連中が作りだした巨大戦艦がプルトンであり、そのあまりにも強大過ぎる戦力に危惧を覚えた連中は万が一の抵抗勢力となれるようプルトンの設計図を描き残し代々引き継いで来たらしい。

 

現ガレーラの社長も当然それを引き継いでたが、自分の身に及ぶ危険を感じ取って信頼出来る人間に託したってわけだ。古代兵器を狙う者は多い。政府、ジョーカー、クロコダイル……、それぞれが虎視眈々と狙ってやがる代物だ。もちろん俺たちも例外ではない。世界を渡ってゆく上で切り札となるものは掴んでおくに越したことはない。ここでその野望まで露わにするつもりはないが。

 

ガレーラの連中とは友好関係を結んでおいた方がいいのは確か。船を発注することになるわけだしな。ただそれとこれとは別の話。俺たちは俺たちの利害を追求してく必要がある。その利害の範疇に古代兵器プルトンは含まれる。それが目の前に転がり込んで来た暁には俺たちは躊躇なくそれを掴みにいくだろう。牙は仮面の下で研いでおくもんだ。

 

さてここで俺たちはどうするべきだろうか?

 

ジョーカーがサン・ファルドでの取引と口にしたからにはあいつが持つプルトンの設計図を狙ってるはずだ。ウォーターセブンという勝手知ったる庭を飛び出してきたこの好機を奴らが逃すはずがない。

 

当然ながら狙ってるのはジョーカーだけではない。政府も誰かしらをここに送り込んでる可能性は高い。

 

ならばそこからは守ってやる必要がある。

 

ただ守ったあとには、守ってゆく過程において機会が訪れれば、

 

俺たちは更なる設計図のコピーを作りだす。プルトンの設計図にコピーが存在することとなれば俺たちはまたひとつ切り札を手に入れることが出来る。

 

ガレーラの連中に話を通す必要はない。俺たちは四商海同士。

 

テーブルの上で握手を交わしながら、その下で互いに相手を蹴りあう世界であることは十分分かってるつもりだ。

 

 

 

 

ガレーラ屋が説明をしてる間にそげ屋とゾロ屋、そしてハヤブサがとうとう露店商から食べれる木を直接薦められ始めていた。ハヤブサは何とか穏便に断ろうと四苦八苦してたが、あとの二人は露骨に顔を顰めてやがる。

 

「ところで、そもそもあいつはなんでサン・ファルドにやって来たんだ? あの商談らしいのは何を話してる?」

 

ガレーラ屋は俺の質問に答える前に自分のジャケットに挿し込んでる新たな葉巻を取り出して火を点け、ひとしきり煙を吹かせたのちに、

 

「世界には宝樹アダムと呼ばれる船大工からすれば憧れの樹が存在する。ゴール・D・ロジャーの船にも使われたって話だ。それが出回ってるらしくてな。当然めちゃくちゃ値は張るんだが大金をどこかで拾ったと言ってやがった。羨ましい話だぜ。そんな大金が落ちていれば俺も直ぐに借金をチャラに出来るんだが。まあいい、ついでに俺たちの分の交渉もして貰っている。アイスバーグさんから予算が下りたんでな」

 

経緯を語ってゆく。

 

「その大金ってのは幾らだ?」

 

「2億ベリーだそうだ。運のいい奴だぜ」

 

それは多分に拾ったんではなく奪ったんだろうな。隣で有無を言わさず木のステーキを食わされそうになってる奴らから。そげ屋の話と符合するじゃねぇか。奴らには悪いがこの話は当分脇に置いといた方が良さそうだ。今話せば更に面倒くせぇ展開になりかねない。

 

「商談が終わったようだ」

 

ガレーラ屋の言葉通り、海水パンツ野郎が巨大樹の枝上から下りて来ようとしてる。

 

「あとで俺たちを紹介してくれ」

 

そう言い残して露店商から離れられずにいそうなハヤブサたちのところへと移動する。

 

「君も食べてみるといい。結構いけるぞ」

 

「ああ、この苦味がいい」

 

「副総帥殿、騙されたと思ってひとまずどうぞ」

 

だが離れられずにいると思って来てみれば、離れ難くなってるの間違いであった。3人とも既に試食を終えたようですっかり見た目は炭にしか見えない木のステーキとやらを絶賛してる。

 

そして無理矢理口に入れさせられてみれば、確かに苦い。だが悪くない苦味だ。むしろいけるかもしれない。こいつは見た目で損してる代物ってわけか。売り方に問題があるのかもしれねぇな。

 

「なぁ、あんた、俺たちは酒を作ってるんだが、こいつはその酒と一緒に薦めた方がいいかもな。今度持って来てやるよ。一緒に商売をしようじゃねぇか」

 

これは主食というよりも珍味に近い。つまりは酒の肴だ。

 

それにしても、どこに商売の種が転がってるか分からねぇもんだな。

 

 

 

 

 

「パウリー!!! 今週のおれぁスーパーだぜーっ!!!! てめぇらの分もちゃんと手に入れてきてやったからなぁって、アウ!! 誰だそいつらはヨウッ!!」

 

海水パンツ野郎は無駄にうるさい奴だった。一通り紹介をされ紹介を受けたが気になってしょうがない。こいつはなんでさっさとマントを羽織らねぇのか。なんで海水パンツをこれ見よがしに公衆の面前に晒し続けてやがるのか。

 

「何なんだこの変態は」

 

「ゾロ君、君の意見には同意するが言葉を選びたまえ。ウソップ君ならこう言うだろうがね。変態じゃねぇかっ!!!! と」

 

「二人とも、フランキー殿に向かって失礼ですよ。この方はただ卑猥なだけなのですから」

 

3人が取り繕うことなく、取り繕おうとしながら取り繕えずに俺の思いを代弁してくれたお陰で沈黙を守り通してたが、心の中では叫んでいた。

 

この変態野郎がっ!!!!!

 

と。

 

だが当の本人に悪びれる様子など微塵も無く、罵詈雑言の嵐に怒りだす様子も無く、むしろまるで褒められてるかのような照れ臭いような表情をして、

 

「オイオイオイッ!!! 俺はそんなに変態かよっ!!! 最高の褒め言葉じゃねぇかっ!!! スーパー!!!!!」

 

俺たちは一人残らず唖然としてたに違いない。世界にはまだ俺たちの知らねぇ価値観が存在してるらしい。変態という罵りが褒め言葉になるとは世界は広い。同情と憐憫の思いこそすれど尊敬の念は露ほども起きはしないが。まあそれでも感嘆の念はあるか。

 

「分かった、分かった、変態野郎。取り敢えずマントを羽織れ」

 

幾らこいつの価値観に感嘆の念を覚えようとも、周りの連中には嫌悪の念しかないであろう。見せるべきでないもんは隠すべきである。

 

「ふざけんじゃねぇっ!!! そんな紳士野郎みたいなことが出来るかっ!!! おれぁもうマントは止めだ。こんなのは変態じゃねぇ。アウ!!! 男の一張羅は外に晒してこその一張羅だろうがっ!!!!!」

 

もう俺は知らん。変態の考えることなど理解出来るはずもねぇ。

 

「フランキー、お前の好きにしろ。それで、宝樹を運ぶ手筈はどんな風になってる?」

 

助け船はガレーラ屋が出してくれた。さすがはこいつの護衛をしてるだけある。変態の相手はガレーラ屋に任せておくのが良さそうだ。俺たちではいつまで経っても話が噛みあって来そうにない。

 

「そげ屋にゾロ屋、お前たちはどうする? やべぇ連中がこの変態野郎が持ってるもんを狙ってるって話だ。俺たちはこいつらに付くが」

 

ならばまずは話が噛みあいそうな奴らに話をしておくべきだろう。

 

「危うく濡れ衣を着せられるところだったんだ。今更敵対する気はねぇよ。そげキング、おまえは?」

 

「ゾロ君の言う通り。私も長いものには巻かれてたい主義でね」

 

やはりこうでなくてはならない。話は噛みあってこそである。

 

 

だが話が平行線を辿りそうな相手は他にもいるもんだ。

 

気配を感じる。ごく僅かではあるが。

 

奴の見聞色はあの時より更に上がってそうだ。

 

 

居る。この島に……カク屋が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは南西島を直ぐ様あとにしてきた。変態野郎の商談とやらは決着し、荷は海列車に積み込まれる算段が付いてると聞く。ならばこの島にもう用は無い。あとは海列車の到着を待ちおさらばするだけである。

 

というわけで、扇から海上の1本道を辿ってサン・ファルドの真ん中にあるタワーへと戻って来たのだが、これは逃避行であった。

 

なぜなら、カク屋の微弱な気配はぴったりと背後から一定間隔で付いて来ていたからだ。

 

そして到着したタワーではタワーの付け根部分、ダンスホールの屋上から独演会が行われていた。通行人の話ではDJスクラッチメンによるストリートパフォーマンスらしい。

 

1本道は人が溢れかえっている。身動きは取れるが視界は良好とは言えない。この場でやべぇ連中とぶつかることになれば碌でもない結果が待っていそうだが……。

 

既にハヤブサは鳥の姿となって空にいる。上空から偵察を行ってくれていた。

 

この場に留まる者とすれ違ってゆく者が交差してる。皆が皆仮面を被っており、その彩りに溢れた仮面が行き交う様子はまるでパレードが移動してゆくようだ。

 

どこに危険が潜んでるかは己の勘を頼りにし、己の見聞色をひたすら研ぎ澄ましておくしか探る術は存在していない。

 

喧騒が辺りを包みこみ、上空から大音量の音楽が降りてきて喧騒に拍車を掛け、表情の見えない無数の顔が行き交う様は否が応でも緊張感を孕んでくる。

 

目に耳に飛び込んでくる喧騒は見えない静寂となって俺たちに襲い掛かってくる。

 

「ガレーラ屋、お前がロープ使いで覇気使いであることは分かった。で、あの変態野郎は戦えんのか?」

 

迸り続ける極度の緊張状態を適度な状態に(ほぐ)すべく会話を試みてみる。

 

「ああ、フランキーは頑丈な奴だ。昔に重傷を負ったらしくてな、自分で身体を改造しちまってる。つまりは改造人間(サイボーグ)ってわけだ。体内に鋼鉄やら武器を仕込んでそれで戦う」

 

なるほど、道理で体型が異形なわけだ。あの歪に膨らんだ両腕には仕込んだ武器があるってことか。

 

「襲って来る奴らは強いんだろうな」

 

「安心しろ。掛け値なしに強い奴らが現れる。お前の想像を超えて来る奴らがな」

 

腕に巻くバンダナを解いて頭へと巻き直したゾロ屋は不敵な笑みを浮かべており、既に臨戦態勢は十分だ。

 

こいつも強い剣士なんだろうが相手は覇気使いの手練れがやって来ることは間違いない。そうなれば苦戦は明らかだが果たして……。

 

 

微弱だった気配はここへ来て急速に強い気配へと変わりゆき、

 

~「来ます」~

 

ハヤブサからも小電伝虫より情報が齎されてくる。

 

「ああ、知ってる」

 

そうとだけ返答し、喧騒の中にある静寂へと足を踏み入れて来たやつ、カク屋は髑髏のフルフェイスを被った姿で1本道の手摺上へと降り立った。

 

「顔見知りがおるのう。話が早く済みそうじゃわい」

 

不思議と懐かしくなってしまう声音。再会はサイレントフォレスト以来となる。そして再会が意味するものは再戦ということにもなる。

 

奴は髑髏の仮面を背後の海へと捨て去り、

 

「のう、パウリー」

 

一声掛けてくる。ガレーラ屋に対して。

 

どういうことだ? 

 

隣で立ち尽くすガレーラ屋の表情は驚きに満ち満ちている。

 

「……カク、ここで何してる……」

 

何とか絞り出して見せた言葉。

 

「解り切ったことを聞くんじゃな。古代兵器プルトンの設計図、そいつが持っておるんじゃろう。パウリー、すまんがワシは政府の人間じゃ。速やかにこっちへ渡すんじゃな」

 

望んだ答えが返って来たのかはその表情から窺い知ることは出来ない。言葉にならねぇ感情に雁字搦めとなってるのかもしれない。

 

だがそれでも、

 

「てめぇ、一昨日一緒に飲んだラムは何だったんだぁぁっ!!!!!!!」

 

ありったけの感情を言葉にした。

 

「ああ、一昨日のラムは美味かったな。最高じゃった」

 

電伝虫が鳴る。俺のではない。どうやらガレーラ屋も持ってたようだ。

 

相手はガレーラの社長だろうか。

 

「ええ。アイスバーグさん、信じたくねぇが目の前にいるのはカクです」

 

そして、間を挟むことなく今度は俺の電伝虫が鳴りだしてゆく。

 

相手はボスであり、俺が伝えることは最悪に面倒くせぇ状態であることをクラハドールに知らせて欲しいことであり、その原因の存在が何かってことである。ただそげ屋の存在を知らせようとしたところでゾロ屋が俺の肩を掴んで来て視線を合わせ、左右に首を振る。

 

よって俺が最後にボスへと伝えるべきことはもう一人の相手。気配を感じずとも奴が居そうなことは俺の勘が語ってた。俺の脳内ではけたたましい警報が鳴り続けてた。

 

ターリ―屋もいると。

 

 

瞬間だった。

 

 

脳内で名前を口にした瞬間、気配は現れた。

 

 

背後、

 

 

辺りの喧騒、ごった返す人の波などまるで関係ないと言わんばかりに奴の存在は際立っていた。

 

 

目元だけを覆う仮面にて、

 

 

傘を片手に、

 

 

シルクハットを掲げたのち、

 

 

とても優雅に、

 

 

それはそれはとても優雅に、

 

 

奴は手の甲を頬へ鋭角に寄せながら深いお辞儀をして見せた。

 

 

「ターリ―! トラファルガー…………ローさん、傘は愛しておられますか?」

 

 

舞台であれば役者は揃いつつあった。俺たちが待ち構える喧騒だが静寂に包まれた世界へ敵役が一人、また一人と現れてきた。

 

だが足りない。

 

俺の危惧するところ、

 

最も懸念してる事項は何か、

 

ホーキンス屋に碌でもない占い結果を突きつけられて最初に脳裡へと浮かんだやつはどいつか、

 

 

 

ジョーカー

 

 

 

生存率1%たらしめるものが居るとすればそれは奴しかいない。奴以外には有り得ない。

 

必ず現れるであろうジョーカーはどこに居るのか?

 

「ドフラミンゴさんですか? ()()はそんなに若のことが知りターリですか? いやこれは失礼しタリ、()()()()()は若がぶち殺しターリんでした。……それよりも、セントポプラは大丈夫でしょうか。ビビさんいらっターリて、カールさんだけでしょう?」

 

俺の感情の動きを正確に読み取ってるような口ぶりよりも、瞬間に湧き起こった言葉に出来ねぇようなどうしようもない感情を制御することで俺は精一杯だった。ただ、そんな俺の渦巻くどす黒い感情なんかよりも、セントポプラの方が更に気掛かりであり、俺は無言で電伝虫を手に取っていた。

 

 

応答がない。

 

 

何十回かと思われたじれったいぐらいのコール音が終わって、

 

~「……ローさん、ごめんなさい。直ぐに出れなくて……。ちょっと取り込み中で、能力で会話を聞いてるの。……ローさん、ジョーカーが居るわ。この島に。会話の相手はZの女副官らし…………」~

 

ビビの言葉が耳に流れ込んで来たが、それは途中でぷつりと途切れてしまい、無情にも音は消えてしまった。

 

ジョーカーがセントポプラに居る?

 

Zの女副官?

 

何が起こってる?

 

一体何が起こってる?

 

 

ターリ―屋の慇懃無礼を顔で表現したような笑顔を見る気にはなれず、俺は思わず振り返って海を眺めてみるしかなかった。

 

 

 

 

やけに……、船が多くなってきやがったな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第75話 ヒナ、疼痛……かもしれない

サン・ファルドタワー前大乱闘事件の発生から少々時は遡る。

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 外洋 ブルー=パープルライン

 

 

―――起きなさい―――

 

 

誰かに促されるようにして私は目を覚ました。私はどうやら眠ってしまっていたようだ。

 

セントポプラへと向かう海列車内、私たちが座る窓辺の席にはいつの間にか西日が差すようになっていた。私を眠りから呼び覚ました誰かというのはこの柔らかな陽の光なのかもしれない。

 

私たちが列車に乗ったのは昼前であり、少しの時間は歓談に耽っていたと記憶しているけど、そのあと直ぐに眠りに就いたようだ。だとすれば結構な時間眠っていたという計算になる。

 

対面に座るカール君もカルーも眠っていた。二人ともさも気持ち良さそうに寝息を立てている。カール君の周りには薄らと膜のようなものが見て取れて、多分能力を使って自分の周りを音が一切しない静寂空間にしているのだと思われる。この子は最近隙あらば自分の能力を使おうと考えているようで、これも練習の一環なのかもしれない。

 

カルーはカルーで私の隣に脚を投げ出すようにして眠っていた。何とも寝心地が良さそうで思わず頭をペチンと叩きたくなってしまう。

 

安らかな光景に私の頬は緩んでしまい、カートを押して移動してくる売り子さんから眠気覚ましに紅茶をもらい、そして二人の為に毛布を貸してもらった。幸せそうな寝顔の二人にそっと掛けてあげる。そしてゆっくりとティーカップに口を付け、芳しい香りと味に身を委ねてゆく。

 

少しの間だけ、この瞬間を噛み締めていたい……。

 

私は眠りの間、夢を見ていた。

 

それは何だかとても現実感を伴っているように感じられるものだった。それは私の望郷の念が見させたのかアラバスタの夢だった。

 

夢の中での私は完全に目には見えぬ傍観者であり、私が夢の中で出来ることはただ目の前を流れていく光景の数々を眺め続けることだけであった。

 

夢の中のアラバスタは平穏だった。

 

アルバーナでの人々は元気で楽しそうに笑い合っていた。パパはテラコッタさんに大浴場を覗かないようにと叱られていた。海軍の女情報将官が出入りして微笑みを振りまいていた。ナノハナの港は活気に満ち溢れていた。チャカ率いる護衛隊の面々は襲撃して来た海賊を見事に追い払っていた。エルマルでは町が再興を始めていた。動き出し始めた海水淡水化装置が緑の消えた町に少しづつ緑を齎し始めていた。ユバを訪れる交易隊商の流れが止まることはなく、レインベースで回転するスロットの点滅が消えることも無かった。

 

でも、タマリスクには死の影が忍び寄りつつあった。

 

ジョーカーの息が掛かっているコーヒーショップの拡大が止まることは無かった。ドラッグは確実にタマリスク全体を侵食していた。病魔のようにして宿りつつあった。人々は通りを歩いてはいない。市場で買い物をしてるわけでもない。酒場で談笑してるわけでもない。……人々は闇のようなコーヒーショップの裏側で破滅的な快楽に身を委ねていた。

 

リーダーがいた。

 

イガラムがいた。

 

二人が怒鳴りあっていた。

 

「既に死人が出始めてる。俺たちだけで立ち直らせるのも限度ってもんがある。今奴らをここから叩きださないと取り返しが付かなくなるぞっ!!!!」

 

「コーザ、落ち着けっ!!! 我らがここにいることにより何とかタマリスクで抑え込めているのだ」

 

「それも限界は近いんだっ!! カトレアの裏の連中は既にドラッグが生み出す暴利に気付き始めてる。カトレアまで運び屋の流れが出来てしまえばナノハナまでは一瞬だぞっ!!! そうなってからでは遅いんだっ!!!!」

 

「コブラ様の言葉を思い出せ。根を絶たなければ意味はないのだ。今ここにいる奴らを叩きだせたとしても、それによって更なる奴らの侵食を呼び起こすことになる。今の我らに根を絶つ力は無い。それはお前も良く分かっていることだろう」

 

「…………分かってる、そんなことは分かってる。……みんなの苦しみの声が痛すぎる。……いっそ楽にしてやった方がいいんじゃねぇかと頭に過ってしまうことがある」

 

「我らみんな思いは一緒だ。今は耐える。それしかない。耐えて助け、耐えて守り、耐えて力を蓄え、耐えて来る日に備える。我らはひとつ。……ビビ様を信じるのだ」

 

「……ビビ」

 

脳内で再生されていく本当かどうかも分からないそれでも不思議と現実感が伴い過ぎている光景と声に私は打ちのめされてしまう。

 

心が震え、体の震えが止まらない。

 

有らん限りの大きさで『大丈夫』と叫んでやりたかったが、海列車に佇む私ではそれは叶わないこと。

 

座席の上で膝を折り曲げ、打ち震える自らを抱きしめてやることしか出来ない。

 

祖国に居る皆を想って涙を流すことしか出来ない。

 

陽が沈んでゆく。

 

陽が沈めば世界は闇夜となってしまう。

 

長い夜が始まってしまう。

 

夜明けを願わずにはいられない。望まずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明けを齎すのは私。この私が必ず祖国に夜明けを届けて見せる。

 

顔を上げる。

 

涙を拭いとる。

 

沈みゆく夕陽をしっかりと睨みつけてやる。

 

 

ジョーカー、絶対にぶっとばしてやるっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “水と霧の都” ウォーターセブン

 

 

駅という場所はあらゆる人々が交差するところ。どこかへ向かう人がいる一方でどこかからやって来る人がいる。2種類の人々がこの駅という場所で交差する。

 

そして人々が交差する場所には集まって来るものがある。情報だ。ここで交わされてゆく無数の会話にはありとあらゆる情報が含まれていて、それを丹念に拾ってゆくだけで情報収集というものは粗方済んでしまう。

 

最近、ガレーラの1番ドックの職長たちの姿を見掛けない。

 

島の裏町向こうに1隻海賊船が停まってる。

 

白クマの姿をした生き物が宿屋に入ってくのを見た。最初仮面かと思ったが多分違う。あれは白クマそのものだ。

 

どれも有用な情報だ。だが私が本当に求めている情報ではない。本当に求める情報を手に入れるにはどうすればいいのか。そこで情報屋という存在の出番となる。彼らは情報を売り買いすることで生計を立てている。どんな情報が誰にとって価値が有るものなのか。それを十分に分かっている彼らは的確な範囲と深さで情報を(もたら)してくれる。

まさにヒナ、垂涎な存在なのだ。

 

私がこのブルーステーションの荘厳な柱周りに据えられたベンチに腰をおろして、タバコの煙に耽りながら待つ相手もそれ。その情報屋はアラバスタ近海時代から頼りにしていた存在であり、中枢行きを視野に入れてからは徐々に集める情報の範囲を中枢寄りにシフトするように指示を出していた間柄。

 

情報屋とは普段は紙とドロップボックスを使ってやり取りするものであり、直接会って情報を受け取ることは余程でない限りはやらないことである。だが余程のことが起きた。海軍本部は風雲急を告げており、私自身も追わねばならないことを抱えている。ゆえに時間がない。リスクを承知で会わざるを得ないのだ。

 

駅の壁面に取り付けられた時計にて時刻を確認してみれば、時間はそろそろ。

 

来た。

 

気配を感じる。

 

「あんたから会いてぇなんて言うから動揺しちまったぜ。とうとう決心してくれたのか。おいらとの結婚を」

 

その気配は私の隣に臆面もなく座ろうとしたが、緊縛(ロック)して叩きだし、何とか90度離れた左側面のベンチに座らせた。まったく、腕は良いのだが度を超えた女好きが玉に疵なのがこの情報屋だ。

 

「もしそうなったら人生に絶望するわ、ヒナ絶望。アブサロム、あなたも相変わらずね。スリラーバークでは麦わらの一味にコテンパンにやられたって聞いているけど。こんなことをする元気は残ってるのね。……取り敢えず姿を見せなさい。姿を隠している意味はあまりないと思うけれど……」

 

情報屋という職業がこの男にとって副業であることは分かっていた。本業は海賊稼業だ。七武海ゲッコー・モリアに付いている。ただ副業にしてもこの男が集めてくる情報には価値があった。それくらいのプロ根性は持ち合わせているらしい。とはいえ、ついこの間本業の方で問題が発生したばかり。少しだけ心配もしていた。ほんの少しだけだが……。

 

「つれねぇな、あんたは。おいらは実は傷心の身なんだぜ。折角運命の相手が現れたと思ったら逃げられちまってよ。そんなおいらを少しぐらい癒してくれてもいいじゃねぇか」

 

私の言葉を素直に聞き入れたのかアブサロムは姿を露わにした。この男はスケスケの実を食べた透明人間。情報を集めるには打ってつけの能力を持っていた。ただそれをしばしば間違った方向へと使ってしまうのもまた玉に疵ではある。例えば女性の着替えを覗き見するような方向に。

 

それにしても運命の相手とは。

 

「フフフフ、笑いが止まらないわ。ヒナ、笑止。あなた一体何人の運命の相手が居るって言うのよ。この間も紙には運命の相手が見つかったって書いてあったわよね」

 

「ひでぇな。今回は本気だったんだぜ。式まで挙げて、誓いのキスまでいく寸前だったんだ。あんな女神、そうはいねぇってのに」

 

「そう。それは災難だったわね。少しだけ笑ったことを反省してあげるわ、ヒナ反省。……でも、そんな運命の相手が現れたっていうのに、終われば直ぐに私へと切り替えられるわけなの? やっぱり軽蔑してしまうわ、ヒナ軽蔑」

 

「そう言うなって。俺の中ではあんたと出会った時からあんたが一番だったんだぜ。だからな、あんたは俺とけっこぶっっ…………」

 

こんな軽薄な男には最後まで言わせずに緊縛(ロック)してやるに限る。

 

「バカ言ってないでさっさと本題を話しなさい。私には時間が無いの」

 

締めあげて状況を理解させた上で本題へと入ってゆく。アブサロムもまた慣れたもので直ぐさま居住まいを正して声音も切り替えてゆく。

 

「……あんたからの依頼を聞いて直ぐに情報を集めといたぜ。ていうか、そもそも最近のこの辺りはきな臭いもんが漂ってやがったんだ。水面下でやべぇ奴らが動き回ってることは直ぐにでも気付く。だからそこの情報はしっかりと追ってたんだぜ」

 

「あなたが有能なのは分かっているから、早く教えなさい」

 

「あんたも相変わらずせっかちだな。物事には順序ってもんがあるってのに。まあいい。そんなに知りたきゃ教えてやるよ。有能なおいらからのとっておきの情報を」

 

居住まいを正して切り替えても長続きしないのもまたこの男の玉に疵なところ。そんなときにすべきことは何か。猿もおだてれば木に登る。アブサロムもおだてれば情報を吐き出す。先人はこの世の真理をよく分かっているものだ。

 

アブサロムが齎してくれた情報。

 

Zの集結場所がサン・ファルドであること。この海域を回ってる商船の話を聞いて回って妙な船団の話が出回っていたと言う。海図と付き合わせてみれば針路を窺い知ることは可能であり、それがサン・ファルドということらしい。確定情報ではなく推測が多分に混じっているが筋は通っている。

 

それに、Zの故郷がサン・ファルドであるということ。そんなことは聞いたこともないが、もしそれが本当ならば故郷に帰って戦いを挑むということになる。それが意味することは何か。

 

最期と決めている……。

 

のかもしれない。もしそうなら仁義を重んじていたあの人らしいといえばらしい。だがそれでは負け戦に挑むようなものではないか。それはそれでかっこ良すぎるがあの人が勝算もないことを始めるだろうか。

 

否、そんなことはしない。ならば必ず勝算があるはず。そもそも船団を組んでいるとはいえ、それは海軍も同じこと。戦力だけで考えれば勝ち目があるとは到底言えない。海軍には元帥もいて大将もいて数限りない将官と将校に兵がいる。七武海に四商海まで召集する可能性がある。白ひげには複数の幹部がいて傘下の海賊たちも多い。かたやZにどれだけの戦力が存在するというのか。そこのところをアブサロムにぶつけてみれば、

 

「……だよな。ガキでもそんなことは分かりそうなもんだ。だからその辺りも調べておいたぜ。初めに言っとくが、これは突拍子もねぇしぶったまげるような話だ。あんた、四商海の青い薔薇協会(ブルーローズ)は知ってるよな。それに祭り屋フェスタって名も聞いたことはあるはずだ。そしてドンキホーテファミリー。こいつらが企んでやがる計画がある。いや正確にはこいつらじゃねぇな。こいつらそれぞれがだ。計画の名は“海の細道(ブルートンネル)”」

 

世界を簡単に揺るがしかねない話が飛び出してきた。

 

天竜人向けのドラッグを扱っているのが“青い薔薇協会(ブルーローズ)”という四商海。

 

この四商海が取り仕切ってるドラッグ “ヘブン”の生産島であるサン・ファルドを巡って、ギルド・テゾーロの代理人となってる祭り屋フェスタとドンキホーテファミリーが横槍を入れた。そうなれば当然ながら仁義なき戦いが始まるはずであるが、互いに弱みを握りあっていることから等分での島を分割という話になってくる。互いにそれなりに利が存在して手打ちとしては理想的な落としどころ。良くある話と言ってしまえば良くある話ではある。

 

だが、これには裏があるという話。

 

島の分割には金銭のやり取りが発生する。それは“青い薔薇協会(ブルーローズ)”へと流れてゆく。その金銭が消えゆく先は何か。

 

それが“海の細道(ブルートンネル)”。

 

サン・ファルドは中枢の中で正義のトライアングルに最も近い位置に存在する。“青い薔薇協会(ブルーローズ)”はかなり前からこの計画を進めてきた。サン・ファルドからインペルダウンまで海中トンネルを通す計画を。

 

何の為にか。

 

彼女たちには四商海となっても未だ尚インペルダウンレベル6に囚われたままでいる幹部がいる。アップル・バベッジ。機械(マシン)の天才を救い出すために。世界に恐怖の混沌を呼び起こすために。“青い薔薇協会(ブルーローズ)”会長 プラム・D・バイロンとは狂気に取り憑かれた女である。

 

この計画を嗅ぎつけたのが祭り屋フェスタとドフラミンゴ。

 

祭り屋が本当に繋がっている相手はZ。“青い薔薇協会(ブルーローズ)”に流す金銭を都合するためだけに目的を偽ってギルド・テゾーロに近付いた。フェスタの真の目的はZを衝き動かしてこの世界で特大の“祭り”を始めること。

 

ドフラミンゴの目的は世界を終わらせること。これはその手始めに過ぎない。

 

 

 

本当に突拍子もなかった。ヒナ、愕然である。悪い冗談だと笑い飛ばす類の話であった。ヒナ、一笑である。それでも筋は通っているように思われた。この計画の端緒がアップル・バベッジにあるのであれば。その男は天才だった。危険すぎる天才だった。故に政府は四商海となったことで本来であれば恩赦が下りるはずのその男を頑として野に放とうとはしなかった。

 

Zの勝算とはこれか。インペルダウンレベル6の住人が世に放たれれば戦いの戦況は一変するだろう。だがあの人はこんな戦い方を望んでいるのだろうか。毒を以て毒を制するような戦い方を。それだけ本気であり覚悟を持って臨んでいるということなのだろうか。

 

私はしばらく言葉を発することが出来なかった。思考は目まぐるしい勢いで加速してゆき、無数の疑問が言葉として生まれ続けているが、それを口に出して発するということが出来ないでいた。それだけアブサロムが調べ上げた内容は衝撃的だった。

 

「……だがこの話には続きがあってな……」

 

まだ続きがあるのか。私は次にどんな情報が(もたら)されようともそうは驚きはしない自信が生まれつつあった。

 

「こいつらの最終的な妥結会合がここからシャボンディ行きの海列車内で開かれたらしいんだが、その土壇場で割り込んで来た連中がいる。どこの連中だと思う? それがついこの前に四商海入りしたネルソン商会の奴らだ。つまりはこの計画は土壇場になって変更されたわけだな。サン・ファルドは3分割じゃなくて4分割となった。ネルソン商会も金銭を“青い薔薇協会(ブルーローズ)”に流し込んだ。計画に加わったってことだ」

 

私の自信は見事に打ち砕かれてしまった。そんな話は一切聞いていない。そんなはずがない。四商海となったこのタイミングでそんな計画に肩入れするなど論外にも程がある。

 

「……あんたの疑問は尤もだな。何で分かったかって? そりゃ、あんたの顔に書いてるからだ。今のは正直情報将官としては失格だな。まあいい。話を戻してやる。……普通に考えれば当然ながらネルソン商会が計画に加担する意味はねぇ。四商海に入った途端に政府に牙を向けるなんざ狂ってるとしか思えねぇ。つまりはこれにも裏があるってわけだ。考えてみろ、サン・ファルドは3分割するにはどう考えたところでひとつ分余計だ。あの島は4つの扇に分かれてるからな。奴らもそこは悩みどころだったはずだ。もしかしたら最後までもうひと組を引き入れようと動いてたのかもしれねぇ。だがそれは向こうからやって来たわけだ。そこで奴らは考えた。敢えて表向きの話で通そうと。“海の細道(ブルートンネル)”については黙っていようと。まあ本当のところネルソン商会がどこまで把握したうえで割り込んでったのかまでは分からねぇがな。ただ奴らはそう考えたわけだ。分かるか? 奴ら生贄を用意したんだよ。計画が最後の最後で頓挫しちまった場合に全ての責任を擦り付ける相手をだ。多分にネルソン商会の奴らには“海の細道(ブルートンネル)”の出入り口がある扇を分割してんだろう」

 

有り得ることだ。少なくともこの計画をハットたちが把握していた可能性は限りなくゼロに近い。

 

嵌められた。

 

私たちは今、絶体絶命の窮地に陥りつつある。

 

 

 

だが、

 

正確には計画はまだ始まっていない。Zによる戦いが幕を開け、その趨勢(すうせい)がどう転がってゆくかによって変わってくる。今この段階で知れたことを僥倖だと考えるべきだ。まだ手を打てる段階なのだから。

 

「アブサロム、本当に良い情報をありがとう。助かったわ。時間が無い。直ぐにでも発たないといけない」

 

「あんたはほんとにせっかちだ。居ても経ってもいられねぇってか。まだ話は終わってねぇんだぜ。セントポプラで会合がある。Zの副官っていうアインって女と、相手はドフラミンゴって話だ」

 

「あぁ、今日のあんたはほんとに分かりやすいな。これであんたの行先が変わってくるだろう。もひとつおまけに付け加えといてやるが、アラバスタの王女がセントポプラ行きの海列車に乗るのを見掛けたって情報も入ってる」

 

え?

 

アブサロムが最後に一言付け加えた意味は何だろうか?

 

私は驚きの驚きに輪を掛けた驚きに包まれつつあった。ヒナ、愕然である。

 

この男は一体どこまで気付いているのか?

 

「……最後は合格点だ。いいポーカーフェイスだな。それを続けることが出来ればばれることはねぇ」

 

私は思わず立ち上がろうとしていたがその衝動を鉄の意志で抑えつけて、瞬間的に顔の表情を消していた。アブサロムがしっかりとこちらを見据えていることが分かっていたから。

 

「いつから?」

 

もう逃げも隠れも出来はしなかった。事ここに至ってはほぼ知られていると見た方がいい。

 

「最初に出会った時からだ。……って言いたいところだが、北の海(ノース)のベルガー島で大火災のニュースが新聞に載った頃からだな。そこからあんたの指示は少しづつ変わりだした。文字には時として人の感情が乗ってしまう時がある。あんたの文字から見えてくる感情は少しづつ変わってたぜ」

 

私はこの男に最大の弱みを握られてしまったことになるのだろうか。今ここでこの場で消してしまった方がいいのだろうか。

 

「だがおいらがここでこんな話をしたってことは察してほしいもんだ。おいらはあんたのこの情報をどうにかしようとは思っちゃいねぇよ。その気ならとっくの昔にあんたはこの世にはいねぇだろ。おいらはこれでもあんたを応援してんだぜ。あんたの覚悟を尊敬してんだぜ。あんたの本当の狙いはマリージョアにある。そこにとんでもねぇ謎が潜んでる。辿り着いて解き明かさねぇといけねぇ謎がな。あんたがほんとに会わねぇといけねぇ相手はバイロンだ。奴をつつけば見えてくるもんがある」

 

私には息を吐く暇もなかった。

 

アブサロムは既に立ち上がっていた。別れを告げようとしていた。

 

「おいらのほんとの本業がどっちにあるのか、あんた知ってたか? ……とっくの昔にあんたの情報屋がおいらの本業だぜ。だからまた連絡をくれ。あんたのために何とかして情報は集めて見せる。…………それと会ったら言っといてくれ、()()()()()()()()によ。もしもあんたに何かあったらおいらは決闘を申し込む用意があるってな。最後にこれだけは言わせてくれよ。……昇進おめでとう。じゃあな」

 

彼はそんな捨て台詞を残して駅を後にしていった。

 

大噴水と立ち込める霧が私の視界を覆っていた。

 

今私の中を駆け巡る感情は何か?

 

 

 

ヒナ、疼痛……かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第76話 それが甘い考えであることは百も承知だけれど

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “春の女王の町” セントポプラ

 

 

麗らかな陽気が漂い、穏やかな木漏れ日差す光景を想像していた私であったが、セントポプラのパープルステーションに降り立ってみれば、雨だった。

 

でも私は雨が好き。砂漠に覆われた祖国では雨と言うのはとても貴重なものだし、何よりもあの戦いの終わりと共に降り出し降り続けた雨を忘れられない。

 

そして今目の前で降っている雨もまた春の陽気に誘われたような穏やかな雨。肌寒さを感じることもなく、道行く人々が着込んでいる様子も無い。

 

雨は大通りの所々に水たまりを作りだしていて、大通りの両側には街路樹と街燈が佇み、真っ直ぐ伸びたその先には王宮らしき建物が見える。頂きには冠が見て取れた。

 

セントポプラは春の女王が統べる町。優しく降り注いでくる雨はもしかしたら女王の涙だったりして。もちろん悲しみの涙ではなくて歓喜に打ち震える涙。

 

……だったらいいな。

 

「ビビ会計士補佐、こんなことなら船から傘持って来たら良かったですね」

 

「そうね。沢山あるのにね」

 

私の物思いを繋ぐようにして呟かれたカール君からの言葉は尤もな話だった。私たちの船倉にはキューカ島で大量に積み込んだ色とりどりの傘がある。あれはこんな時のためにあるのではないかと思ってしまうが、一方で商品でもあるため無闇に使うわけにもいかないという考えも浮かんでしまう。

 

「クエ?」

 

カルーからは何か問題あるかと言わんばかりの表情を向けられた。確かにカルーであれば雨など気にもしないところであろうが私たちはそうもいかない。

 

「カルーはいいよね。雨に濡れても平気そうだもんね。でも僕らはそうはいかないよ。塩の木(ソルトツリー)をどう運ぶのかっていう問題もあるしさ」

 

言いながらカルーの頭を撫でてやっているカール君の言う通りである。私たちは塩の木(ソルトツリー)を持って来ている。これを雨の中で木工職人のところまで持ち運ばねばならない。それは私たち3人だけでは到底無理な話であるため、誰かに頼まなければならないが一体誰がこの雨の中やってくれるのか。

 

「まあいいや、ビビ会計士補佐、ひとまず僕らは傘を買いましょうよ。あそこで傘を売ってそうです」

 

「うん。そうね」

 

考えても仕方ない。じゃあまずは考えなくてもいいことをやってしまわないと。

 

でも、

 

「ねぇ、カール君、やっぱり黒じゃないとダメ? この水玉模様いいと思うんだけどな」

 

「何言ってるんですかビビ会計士補佐。僕たちネルソン商会の制服は黒ですよ。黒い服に黒い帽子を被るんです。だったら傘も黒を選ぶのは当然じゃないですか」

 

考えなくてもいいと思っていたことが実は結構考えなければいけないことだったりするわけで。

 

「それは分かってるけど……。ほら、こんなに可愛いのよ」

 

水玉模様の傘を開いて持ち、軽くポーズを取ってみる。

 

「確かに可愛いですけど……。それはその水玉の傘が可愛いんじゃなくてビビ会計士補佐が可愛いからであって。だからこの黒い傘でもビビ会計士補佐ならとっても可愛いですよ」

 

水玉模様の可愛さをアピールしようとしたら、面と向かってとんでもないことを言われてしまって、正直照れる。

 

「はい。じゃあこっちの黒い傘でいいですね」

 

「はい、お願いします」

 

私に最後に残された道はただ頷くことだけであった。

 

「ビビ会計士補佐、塩の木(ソルトツリー)をどうやって運ぶか問題も解決しそうじゃないですか? あの人たちに声掛けてみれば」

 

私の代わりにお会計を済ませてくれて、漆黒の傘を私に渡しながらカール君が目を向ける先へと視線を辿らせてゆけば、優に4mは有ろうかという巨体が目に映る。

 

黒装束に包まれて、大きな番いの羽が見える後ろ姿は声を掛けるには少々以上に尻込みさせるものがあるけれど。思い立ったが吉日のカール君には躊躇というものは全く無くて、

 

「わーお! 大きな体ですね~!! すいません、ちょっと僕たちのお願い聞いてくれませんか?」

 

早速にも声掛けちゃうのよね~。そうやってぐいぐい行けちゃうところ羨ましいけど、私には出来ないかなって思ってしまう。単身バロックワークスに乗り込んだ人間が何を言うのかって言われるかもしれないけれど、それとこれとは別の話。

 

かなりのサイズ差がある二人の話し合いはとんとん拍子で進んでるようで、直ぐにも私はカール君から手招きされる破目となってしまう。

 

「ご紹介します。僕たちの会計士補佐であるビビです。ビビ会計士補佐、こちらはウルージさんです」

 

そして早速にも紹介をされて、ウルージという名前と僧のような格好と顔にはたと思い当たってしまう。ジョゼフィーヌさんからの影響で私も手配書を眺めないという日はない生活となってしまっていた。だから直ぐに分かってしまう。この巨体の人物が億越えの賞金首である“怪僧” ウルージ、破戒僧海賊団の船長であると。

 

「お初にお目に掛かりますかな、シルクハットの方。どうやら我らにお話がありなさるとか。伺いましたが我らもアクアラグナにやられて漸くこの島へと流れ着いた身」

 

体の大きさに似合わず物腰はとても丁寧なウルージさんだけど、間近で感じられる威圧感は半端がない。それでも交渉を始めてしまい、それが終わってないようなら進めるしかない。そのためにカール君も私を手招きしたんだろうし。

 

でも、

 

「ウルージさん、何をおっしゃってるんですか。こんなにキレイなお姉さんがお願いしてるんですよ。それを断るんですか?」

 

カール君が私に口を挟ませることなく話を進めてゆく。方向が若干アレだけど。

 

「フフ、シルクハットの人。キレイは正義と言いなさるか」

 

「当然です。キレイなお姉さんには万物みなすべて、問答無用で頭を垂れないといけません。キレイなお姉さんからのお願いには答えるという一択しかありません」

 

「好き勝手言いなさる。だが、筋は通っているか」

 

「僧正、このような者の相手など……」

 

カール君の暴論に面白いとばかりに頷き始めているウルージさんに部下の人たちが堪らず意見具申しているけれど、私でもそうするだろう。でもここはカール君に乗っかってキレイなお姉さんを演じなければならない。上目遣いと笑顔。

 

「シルクハットの方、この話、受けよう。よろしいかな?」

 

「やったー! さすが、ウルージさん。やっぱりキレイなお姉さんは正義ですよね」

 

「ありがとうございます。……あの、ちゃんとお金……お支払しますので」

 

受けてくれるというウルージさんに対して急に居た堪れなくなった私は対価を払う旨を伝えるも、

 

「そう言いなさるな。キレイは正義ですからな。お気持ちだけ受け取っておこう」

 

穏やかな笑みと共に煙に巻かれてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はカルーの背に揺られて進んで行った。ウルージさんたちに申し訳なくて私も歩いて行こうとしたのだけれど、カール君とウルージさんがそれを許してはくれなかった。キレイは正義で押し通されてしまえば私にはもう何も言えない。よって私は黒い傘を差して、カルーの背中の感触を味わいながら進んでいった。途中、お洒落なオープンカフェや雑貨屋さんに服屋さんを見掛けたけれど、ウルージさんが両腕に抱え持つ私たちの塩の木(ソルトツリー)の束を見る度に寄って行こうなどと言う罰当たりな自らの考えには鉄槌を下していった。

 

木工職人の工房はセントポプラ郊外にある木材市場の外れに建っていた。私たちはウルージさんたちに感謝の言葉を繰り返した。繰り返してもし過ぎることは無かったはずだ。

 

でもカール君はと言えば。ウルージさんに質問攻めを繰り返していた。質問攻めはここへの道中からずっと続いていて、私はヒヤヒヤものだったけれど。到着したからといってそれが止める理由とはならないようで、今はウルージさんの背中から生える羽について満足いくまで答えを得られたのか、その拳でパンチを放てばどれぐらいのパワーかと質問を始めていた。

 

カール君が時間を持て余すようには到底思えないので、私は私の仕事に早速にも取り掛かろう。この工房に話を付けなければならない。

 

 

 

相手が気難しい職人であれば難儀しそうであったが、結果から言えば簡単だった。ここ最近は塩の木(ソルトツリー)のような特殊な木材を持ち込むような人間は珍しいらしく、むしろ歓迎された。繊細な加工をするためかゴーグルを装着したその職人には、総帥さんとジョゼフィーヌさんから言付かった依頼をそのまま伝えてゆく。椅子にテーブル、そしてデスク。驚いたことに1日もあれば作り上げるには事足りるようで、職人は早速にも私たちが渡した塩の木(ソルトツリー)に手を加えてゆく。

 

その過程で職人からこの異様なまでに白い木についてのレクチャーを受けた。塩の木(ソルトツリー)とは天空の鏡(シエロ・エスペッホ)の塩田から海水を吸い上げて塩化しているみたい。でもその真髄は水の循環にあるという話。職人曰く、この塩の木(ソルトツリー)は今も生きているという。加工してもその生が途絶えることはないという。

 

私はその話を聞いて思い付いたことがある。総帥さんとジョゼフィーヌさんの依頼をこなしても塩の木(ソルトツリー)は余ると言うし、ここは私にも作って貰おう。私が作って貰うもの。それは何か?

 

私には水の循環と聞いて繋がるものがあった。それは私の祖国、アラバスタ。砂に覆われた私の祖国では水というのは切っても切れない存在である。そしてそんな中からアラバスタ体術というのは育まれていったのだ。

 

ペルから教わったことがある。アラバスタ体術の真髄もまた水の循環にあるのだと。アラバスタ体術には別名がある。それは水覇気(ミズハケ)。体内の水分を循環させて、必要なところに水分を集めて力を行使する。集められた一点の水分はそれだけで爆発的な力を生み出してゆく。

 

 

これを踏まえれば塩の木(ソルトツリー)は武器になるかもしれない。私だけの武器に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塩の木(ソルトツリー)の行く末を満足いくまで見終わって工房を出たところで、雨が上がっていることと外が騒がしいことになっていることに気付いた。

 

「ビビ会計士補佐、港に海賊がやって来たみたいです。どうしますか?」

 

どうしますかって、どうしたいかはカール君の顔にもう書いてある。

 

「行きなさるのであれば、私も共に行こう。もう少し体を動かしておきたい」

 

ウルージ僧正さんは既にやる気満々で、私の選択肢はどうやらひとつしか残ってないみたい。

 

「カルー、港へ行くわよ」

 

私たちはカルーの背中に乗って港へと道を急いだ。もちろん、ウルージさんまでは乗せられなかったけれど。

 

 

 

「よ――――く考えたんだ。よ――――く考えたんだぜ? この島を襲うか襲わねぇかを。そりゃまーこの島には春の女王がいて軍隊もいる。だ・が・よ、俺たちは海賊だぜ。襲わねぇ理由なんてねぇんだな、こ・れ・が。ウハハハハ、カネと食い物を全部寄越せーっ!!!!!」

 

海賊は既に暴れ回っていた。港に駐屯しているはずの女王軍もどうやら蹴散らされたみたい。最近見た手配書を思い出す限り、襲っている海賊団は大カブト海賊団。船長はミカヅキ、懸賞金は3600万ベリー。大した相手ではない。みんながいればだけれど。

 

そう。ここには私とカール君にカルーがいるだけ。もちろんウルージさんが加わっているけれど。姿を見せていない。なぜならカール君が言ったから。

 

「僕だけで戦いたい」

 

って。

 

ここのところカール君がずっと鍛錬に励んでいるのは知っていた。力が付いてきていることも認めている。能力者でもある。

 

でもだからと言っていきなり海賊の船長クラス相手に勝てるほどの力が付いているかと言われれば何とも言えないし、能力もまたナギナギという戦闘には直接は向かないような能力である。一体どこまで戦えるというのか。私の不安はそこにあった。万が一の場合は私が何とかしないといけない。カール君をここで失うわけにはいかない。

 

「わーお! 海賊さんだ。僕もよ――――く考えました。よ――――く考えましたけど、海賊さんを潰さない理由が見つかりません。なので潰れてください」

 

カール君は自信があるのかやる気満々で、海賊達を挑発してるけど大丈夫か気が気でない。

 

「ギャハハハ、小僧が威勢のいいこって。安心し・な・よ。俺たちで直ぐにでも潰してやるからよっ!!!!!」

 

カール君が能力を発動している。あの膜のような空間はいつか教えてくれた消音空間だ。でもあんなものでどうやって戦おうというのか。

 

音を消したところで、振動を消したところで……。振動を消す……?

 

 

もしかして……。

 

 

カール君の狙いが分かったような気がしたところで戦いに割って入ろうとする二つの影。

 

「私の体を通り過ぎる全ての物は緊縛(ロック)される」

 

「嵩取る権力を引き裂くのがおれの役目だが、その前にケチな海賊がいれば教えてやらないとな」

 

 

それは少し懐かしい姉の様な存在と見知らぬ誰かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 外洋 ブルー=パープルライン

 

私の向かう先はセントポプラ。それしか無かった。アブサロムから知りえたことをハットたちに伝えることは最重要なことではあったが、正直電伝虫を使う気にはなれないし、まずは一番近くで守らなければならない子を守る。それが私がしなければならないこと。ヒナ、当然。

 

だが問題はそれだけではない。私が知りえたことは相当なインパクトを持っている。はっきり言って、私の如何がこれから始まる戦いの趨勢を握っていると言っても過言ではないかもしれない。この情報を上にあげるのか否か。

 

あげれば海軍は戦う前に相手の情報を知りえることになる。今回の情報は知っているのと知らないのとでは雲泥の差が出来る。それぐらいの情報である。

 

つまりは、上にあげれば海軍すなわち政府がこの戦いに勝つ可能性が高まる。あげなければZに勝つ可能性が高まる。この先の世界の行く末を決めてしまう可能性がある。そういう情報だ。

 

だがこれは2者の戦いではない。間違いなく白ひげは現れるだろう。であれば事はそう簡単ではない。

 

三つ巴の戦いになる。Zに加わるであろう戦力によって互いの力は均衡するだろうか。そもそもにこの戦いは三つ巴になるのだろうか。三つ巴というのは二つが手を組めばそれで終わる。そんなことはみんな分かってる。であれば水面下で駆け引きが始まるのは知れたこと。

 

リスクとリターンを天秤にかける。起こり得ることを並べていく。それを組み立ててゆき、戦いの流れを読む。戦いの流れ? そんなものは始まってみなければ分からない。どれだけ入念に準備をしようとも想定外のことは必ず起こり得る。

 

どれが正しいのか?

 

私はどうすればいいのか?

 

 

ハットにとって一番良いことは?

 

 

考えに考えても、考え抜いても答えは出ない。見つからない。ヒナ、放心になりたいけれど、そうもいかない。

 

 

それでも考えに考えたあげく、行き着いた答えはどっちにしても変わらないかもしれないということ。

 

 

どちらにせよ行き着くところには行き着き、行き着かないところには行き着かない。

 

 

であれば、私は自分を信じて、ハットを信じて、みんなを信じて、ひとつの答えを選ぶだけなのかもしれない。

 

 

 

セントポプラへと向かう海列車の中で頭から煙を出しそうになるところまで至ってしまいそうだった私は電伝虫を取り出していた。白電伝虫も準備しておく。この際である。盗聴については私の白電伝虫を信じるしかない。だからあとでハットにも連絡を取ろう。それがいいわ、ヒナ納得。

 

「モネ少将、Zに関する緊急且つ重大情報を入手致しました――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “春の女王の町” セントポプラ

 

「どうして僕の戦いを途中で止めたんですか? 理由を1000文字以上で文書にして出して貰わないと僕は納得出来ません」

 

「ああ、カールってったか。おれだけを責めるのはお門違いだよな。責めるならあっちの海兵を責めるべきだ。ほとんどあいつがやったんだし」

 

「キレイなお姉さんは関係ありません。なぜならキレイだから。理由は簡単です。キレイなお姉さんは正義なんです。でもあなたは違いますよね?」

 

カール君と新たに現れた見知らぬ男との攻防はカール君が一方的で相手はたじたじ。カール君の攻めは暴論も暴論なんだけどなぜか勢いがある。カール君にはそろそろ眼鏡を掛けさせた方がいいかもしれない。そうすればより勢いをつけられるかも。クラハドールさんみたいに。

 

「ビビ、しばらくね。ケガも無くて何よりだわ。あなたの気配を海賊の近くに感じて、久しぶりに全力を出してしまった。まあ当然、ヒナ当然よ」

 

「ヒナさんも相変わらずで良かったです。危ないところを助けてもらいました。と言ってもカール君はあのまま戦っても何とかやれたかもしれないけど」

 

優しい笑みを浮かべながらタバコを吹かすヒナさんは相変わらずカッコイイ。

 

「あの子がカール君か。可愛い子じゃない。あなたがぞっこんなのも納得するわ。ヒナ、納得」

 

ヒナさんがこの島へやって来たのはなぜだろうか? 今私たちの周りを取り囲む状況はきな臭いものだらけだけど。それと関係があるのかどうか。

 

「ヒナさんがここへやって来たのって、もしかして……」

 

「あなたたちの状況は把握しているつもりよ。あなたがこの島へやって来た本当の理由もね。それより、あの男、気にならない?」

 

私がこの島へやって来た本当の理由。それは塩の木(ソルトツリー)を木工職人に引き渡して家具と武器の製作依頼をすることではなくて、ジョーカーが口にした取引を掴むため。それを知っているということだろうか? ヒナさんは海軍情報部に移ったと言う話だから、もしかしたらそんな情報も逸早く掴んでいるのかもしれない。でもヒナさんが言う通りあの男は気になる。カール君に対して防戦一方で今にもペンと紙を握らされそうになっているあの男が誰なのかは。

 

「カール君、それぐらいにしてあげなさい。でないと彼はここで仕事が出来なくなってしまうから。きっと1000文字書こうとしたら夜中になってしまうかもしれない。そうじゃない? 革命軍特殊連絡隊長君」

 

「助かるよ。1000文字書くのは簡単だがこいつを納得させられるかは別の話だからな。おれは運がいいのかもしれない。こんなところで最近海軍情報部監察入りしたっていう噂のヒナ准将に会えるんだからな」

 

「革命軍がこの島へ何の用かしら? セントポプラの情勢は女王健在で平穏そのものだけど。それとも……、別の何か?」

 

「やっぱりあなたも掴んでるのか? なら正直に言わないとな。おれも緊縛(ロック)は怖い。実は革命軍としては最近四商海入りしたネルソン商会には興味を持っていてお近づきになりたいと思ってる。ほんとは総帥さんに直接会いに行くのが筋ってのは分かってるが、取り敢えずこいつが言うキレイなお姉さんに取り持ってもらおうかと思ってね」

 

「その答えは赤点の答えだわ。失望ね、ヒナ失望」

 

「ほんとだよ。キレイなお姉さん、あなたの総帥さんに取り次いでくれれば分かる。きっと話がいってるはずだ。革命軍の連絡役がそろそろ現れるって」

 

驚いた。革命軍が現れるなんて。それに、私の知らない話がどうやらあるのかもしれない。よく分からないけれど。

 

「その様子じゃあビビは知らなさそうね。まああなたがこんな嘘をつく理由はないでしょうから本当なんでしょう。でも、本当に本当の理由は別にあるはず。あなたはこの島にZの副官が居ることを知っている。あなたのかつての仲間が居ることを……」

 

ヒナさんの最後の言葉を聞いて、革命軍の男の表情が変わった。纏う空気感が一瞬で変わっていった。

 

聞こえるのは縛られた海賊たちの呻き声のみ。沈黙がこの場を支配して、二人とも言葉を発しようとはしなかった。

 

その数分にも感じられた沈黙を破ったのは革命軍の男。

 

「……ほんとに良く知ってるな。さすがは海軍情報部監察。確かにおれはその情報を掴んでここに来た。その口ぶりならあなたは知ってるんじゃないか。アインがどこに居るのか。Zの副官はどこに居るのかを」

 

それに対してヒナさんが直ぐに答えを返すことは無くて。また再び沈黙が支配するけれど、

 

「私は居場所までは知らないわ。……けれど、ビビならそれを知ることが出来る」

 

口を開いたヒナさんの矛先はいきなり私へと向かって来る。

 

「へ? 私?」

 

「そうよ、ビビ。あなたの能力を最大限使えば拾えるはず。Zの副官の声が分からなくてもその相手の声なら聞き洩らすことなんか無いはず」

 

一瞬動揺した私だったがヒナさんの言わんとすることは理解出来た。そして私の胸の奥底にも一瞬で火が点けられていった。

 

「ええ。分かった」

 

私が返す言葉はそれだけだった。当然ながら否やはなかった。

 

 

ジョーカーっ!!!!!!

 

 

 

そして声を聞き洩らすことはなかった。

 

 

 

あいつは居た。

 

 

 

この島に。

 

 

 

~「お前が言いたいことはつまりこういうことだろ。俺に政府を裏切れってな。フッフッフッフッ、七武海なんざ今直ぐ辞めてもどうってことはねぇ代物だが、こういうことにはタイミングってもんがある。フッフッフッフッ、それを変えろってんならお前、高くつくぜ」~

 

~「Z先生は必ず勝つ。Z先生はあなたの加勢を望んでないことは分かっているけど……、私はZ先生に勝ってもらうためなら何だってするって決めたの。悪魔に魂だって売るって決めたの」~

 

~「フッフッフッフッ、いい心掛―――――――」~

 

 

―――プルプルプルプルプル―――

 

 

電伝虫!!

 

 

このタイミングで……。

 

 

ヒナさんが私の代わりに傍らに電伝虫を準備してくれている。相手は……ローさん。

 

 

出ないわけにはいかない。

 

受話器を取り、今の状況を話す。

 

 

 

~「フッフッフッフッ、ネズミが聞き耳を立ててやがるな。まあいいが……、………………プッチか。どうやら“ブリアード”の奴は腕を上げたらしいな。話は終わりだ」~

 

 

 

私が電伝虫の受話器を落としてしまったのはジョーカーの最後の会話を拾ったからだけではない。

 

 

「もさもさ~」

 

 

「あら、サボ。来てたのね」

 

 

「フッフッフッフッ、勢揃いしてんじゃねぇか」

 

 

さっきまで会話を拾っていた相手が突然にして目の前に姿を現したから。

 

 

こんなときに私の脳裏を過ったことは何か?

 

 

ウルージさんはどこへ行ったかな。

 

 

プッチに居るはずのオーバンさんとアーロンさんは大丈夫かな。

 

 

そして、

 

 

ジョーカーがここに居て良かった。

 

 

ローさんが無事でいられるなら。

 

 

再び降り出した雨が冷たく感じられることからして、

 

 

それが甘い考えであることは百も承知だけれど……。

 

 

 

 

 



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第77話 わいもやったる

セントポプラ暗殺未遂事件から少々時は遡る。

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “美食の町” プッチ

 

 

「アーロン、ほんまについてかんで良かったんか?」

 

「……ハチがいりゃ十分だ。俺がついてったところでどうなる。それにてめぇが言ったんだろうが、拳の振り上げ方を教えてやるって」

 

わいらはまた“青の洞窟”に来とる。海水が入り込んどって一面に(ふっか)い青色が広がっとる場所や。ここには海列車の駅オレンジステーションがあるさかいな。

 

この上の“トルリの丘”っちゅうところのワイナリーで知り()うた眼鏡の姉ちゃんと骸骨に人魚の嬢ちゃんとタコとヒトデを見送ったった。なんやシャボンディにある遊園地に行くて()うとったさかい。

 

上で(ひと)騒動起こしとったアーロンは結局はあいつらを見送るだけでついてはいかんかった。せやけどや、言葉を交わさんでも頷き()うただけで思いは通じ合っとるみたいやった。

 

まあこれはこれでええんやろ。

 

 

そんでや。

 

丘の上で微かに出始めよった見聞色の気配は今も消えてへん。ほんまのほんまに微かでしかないんやけど。それでもその気配は知ってる気配や。アラバスタのアルバーナにおったあいつの気配や。

 

この島で何をやっとんのかは分からんけど、ここは中枢や。マリージョアも海軍本部も目と鼻の先やねんから庭も同然やろう。そんで自分の庭やいうんやったら注意を怠る可能性はある。微かやろうけど。

 

付け込む隙はそこしかないーっ。そもそも隙さえ無いんかもしれへんけどな。

 

ハットが()うには政府の五老星に繋がるスパイっちゅう話や。アルバーナではアラバスタの王さんとドフラミンゴを逝てまおうとしよった。あいつの得手はわいと(おんな)じで狙撃や。せやから最初に考えなあかんのはこの島でまた狙撃を考えとんのちゃうかってことになる。それをまた阻止すんのか?

 

どうすんのかはそん時考えたらええことや。

 

せやけど、一泡吹かせたるっちゅうんはええ考えやと思うんやけどなー。

 

 

「拳の振り上げ方か……。ええやろ。ほな行こかー」

 

 

とんでもない奴にこそ拳は振り上げなあかんのや。

 

わいに気付いとんのか知らんけど、待っとれよ。

 

何を企んどんのか、今に丸裸にしたるさかいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こらすごいな。ハットに()うたったら、絶対行くって言い出しそうな場所や。そう思わんか?」

 

「……俺には分からん。むしろ派手さが足りねぇだろ」

 

「はは、さよか。まあわいも()うほど興味は無いんやけどな。美味いもんさえあれば」

 

わいらは“アメルの海岸”っちゅうところに来てる。断崖絶壁に建物(たてもん)が貼り付いとって、すぐ側には優美な曲線を描いてキラッキラッに青く輝いとる海岸線や。建物(たてもん)は白くて、至る所に同じく白いパラソルが立っとる。ハットが泣いて喜びそうな景色やないか。

 

って思うんやけど、アーロンはちゃうらしい。相変わらずの仏頂面しとるわ。なーんか美意識がちゃうんやろなこれは。まあわいもこの景色には大して興味は無いんや正直。それでもわいの心が躍ってんのは美味いもんがありそうな匂いがぷんぷんしとるからやろうな。

 

こういうとこには絶対美味いもんがある! 間違いあらへん!!

 

「ここか? さっさと教えねぇか、拳の振り上げ方ってのを」

 

「何言うとんねん。ここは美味いもんがありそうやなーっちゅうだけや。アーロン、せっかちはあかんで、せっかちは。それではモテへん。物事には順序っちゅうもんがあるんや」

 

アーロンが早う答えを寄越せ言わんばかりに迫ってきよったわ。ほんまジョゼフィーヌみたいにせっかちなやっちゃ。あいつも容姿はええのに大してモテへんのはやっぱりそういうことやろ。せっかちはあかん、せっかちは。

 

そもそもあのスパイの気配はもっと上からしとるんや。こんなとこにはおらんやろ。多分“トルリの丘”のさらに上らへんやな。

 

せやからや、ここへやって来たんは“青の洞窟”から一気に引き上げられるあの(おっそ)ろしいロープを回避するためだけや。またあんなもんで吊り下げられたら命が幾つあっても、下の方が幾つあっても足らんさかいな。あんな下半身に怖気が走るもんは無しや無し。

 

丘の上行こう思うたらこの海岸に出るしか方法は無いらしい。そういうわけで来てみたわけやけど、こらちょっと寄ってくのもええかもしれへんな。

 

「あの店入ってみよか。美味いもんがありそうや」

 

「おい! メシはもう沢山だ。さっさと……」

 

「何言うとんねん。メシを疎かにしたもんはメシに泣くんやで。ふざけたこと抜かしてんとこっちや」

 

美味いもんに興味を示さんとはしけたやっちゃでほんま。さっきまであれだけ牛のまる焼きやって言うとったくせに。体で教えたらなあかんなこれは。

 

 

 

 

 

「美味いやんけー!!」

 

海岸縁に建っとった白い洒落とる店はオイスターバーやった。オープンテラスの白パラソルん下でまずは生牡蠣にレモンかけて一口や。白ワインもあって、最高やろ。

 

「どや、アーロン」

 

この幸せを分かち合おうやないかと声掛けてみたけど、……あかんなこの顔は。

 

「牛のまる焼きだ」

 

せやろな。そう言う思ったわ。こいつに体で教えたるには人任せにしたらあかんっちゅうことやろうな。わい自身が料理せなあかんっちゅうことやろ。まあええわ、気にせんことや。

 

「お客様、如何でございますか?」

 

「最高やな」

 

ニコニコしながらワインのお代り持って来てくれる別嬪の店員はんには賛辞を贈ったらなあかん。

 

「ありがとうございます! ですが……あのう……お連れ様は……」

 

「ああ、あんたは気にせんでええんやで。この分からず屋は放ったらかしとったらええねん。外が騒がしいんが気になってしょうがないんやろ」

 

「申し訳ありません。ここはいつもはもう少し閑静な場所なんですが」

 

アーロンを気遣ってくれる店員はんにはわいからフォローしたらなな。アーロンはそんなこと気にもせんとやさかい。料理そっちのけで周りの人だかりに視線送っとるわ。

 

それにしても何やろか、あの人だかり。

 

「向こうはサガットのようです。副市長様の惚れ惚れするような蹴りは人気がございますので。あちらはどうも珍しいお客様がいらっしゃるようでして。先程から大層な量を召し上がっていらっしゃる女性の方でございます」

 

わいの視線に気付いたんか、店員はんが丁寧に説明してくれはった。

 

さよか。サガットか……。副市長はんも大忙しやな。さっきまで一緒に“トルリの丘”におったっちゅうのに。

 

「ご興味がおありでしたらご紹介致しましょうか? 副市長様は気さくな方ですので是非……」

 

「ああ、結構や。あの蹴りはもう十分腹一杯やさかいな」

 

「そうでございましたか。……憧れますよね。私もこう蹴りたくなる時はございまして……」

 

店員はんの厚意は丁重にお断りや。副市長はんの蹴りはたっぷり見せてもらったんやし、ここでまた会うてみ、喜びのあまり蹴りの矛先がわいらに向かんとは言えへんさかいな。せやのにや、驚いたわ。

 

店員はんが最後に何気なく放った蹴りが近くの岩を砕いとったんには。アーロンもあんぐりやで。

 

「はは……、店員はん。蹴りはほどほどにしとくんやで」

 

って言うのが精一杯や。まさかこんなところに副市長の後継者候補が居るとは思わんやろ。っていうかこの島の別嬪はんはもしかしてみんなこんなんなんやろか。

 

とにかく、冷や汗垂らしとるアーロンには伝えたらなあかんな。出されたもんは取り敢えず口に入れとけって。

 

それを何とか目線だけで伝えたったら、言いたいことは分かったんか、手つかずの皿を平らげ始めよったわ。

 

「まあ、ありがとうございます! お連れ様にもお気に召して頂けたようで何よりです。……何なりとお申し付け下さいませ」

 

満面笑顔で繰り出される必殺の蹴りほど怖いもんは無いんや。

 

「店員はん、どうもありがとうな。わいらはもう行くわ。さいならやでー」

 

アーロンが平らげ終わったら退散や。穢れも曇りも無さそうな()の“蹴り”ほど怖いもんは無いんやから。

 

 

 

 

 

「大食いっちゅうの気にならへんか? ちょっと覗いとこうや」

 

「そいつは蹴らねぇだろうな?」

 

どうやらアーロンにも女の蹴りは怖いもんって刷り込まれ始めとるらしい。まあ確かに大食いの女まで蹴りだしたら世も末や。それはさすがにな。

 

 

本来やったら洒落たレストランらしい建物(たてもん)のテラス席周りをぐるりと囲んどる人だかりを割って入ってったら、

 

それは見るも無残な光景やった。

 

確かに大食いの姉ちゃんや。

 

その食いっぷりはええ。料理人として好感は持てる。

 

せやけどや、

 

椅子にも座らんとテーブルの上に座って両足広げながらピザにがっついとる。テーブルん上はどうやったらそんなに食い散らかせんのかっちゅうぐらいの散らかり放題や。

 

別嬪はんやのにな。親が見たら泣いて喜びそうな光景や。ある意味世も末やで。

 

「残念だな」

 

「ああ、ほんまに残念や」

 

アーロン、お前と意見が一致する時が来るとは夢にも思わんかったわ。

 

溜息吐きたい気分になりながら周り見回してみたら、おっさんばっかりやないか。

 

まさか、こういうプレイか思うて隣のおっさんに声掛けてみるわけや、

 

「ええ趣味しとんな、おっさん。大食いの姉ちゃん見んのがそんなにええのんか?」

 

「……そんなわけ無かろう。この店はそれなりに由緒正しい店だ。あの娘には何とかしてテーブルマナーを叩き込んでやりたいものだが、そうもいかん。あれは海賊だ。ほれ……」

 

わいの言葉に心外やと言わんばかりの嫌そうな顔を見せて言うてきたおっさんが見せてくれたんは手配書やった。

 

ジュエリー・ボニ―。確かに海賊や。しかも億越えの。

 

「周りに取り巻きが見えるだろ。ボニ―海賊団だ。どうにかしたいがどうしようもない。俺たちはここでやきもきしながら眺めるしかないのさ。せめて、この光景がここを通る衆目に晒されぬようにな。俺たちはこうやって何とか人としての尊厳を守ろうとしているのだよ」

 

「下等種族の鑑だな」

 

ほんまにな。アーロン、お前にも結構まともな思考回路があって安心したわ。人としての尊厳か。これは人の良心たる防波堤ってわけやな。

 

それでもや、こういうのは黙っとったらあかんねん。言うべきことは言ったらなあかん。

 

「安心しとき。わいが代わりに言うて来たるさかい。アーロン、行くで。善は急げや」

 

乗り気とは思えんアーロンやったけど、何とか首を縦に振らせてわいらは店ん中へ入ってった。

 

こういう時はさりげなく入ってくのが一番や。戦々恐々としとる店員から追加されたピザの配膳を代わったって、ジュエリー・ボニ―んところに向かう。アーロンとの配分は3:7や。

 

「待ってたぜ~、お~か~わ~り~!!!」

 

言葉の端々から残念加減が溢れ出しとるけど、

 

「お待たせやで、お客さん。せやけどなお客さん、もうちょっと食べ方気にした方がええんとちゃう? ほら、向こうのみ~んなお客さんのこと心配してんねんで」

 

「おい、お前、船長に向かって……」

 

ぐっと我慢して言葉抑え目に言ったったら、当然取り巻き連中は突っかかってくるわけや。せやけど当の本人はどこ吹く風や。わいらが持って来た追加のピザを皿ごと引っ手繰ったら、そのままがっつき始めたわ。

 

わいらの動きに最後の希望やとでも言わんばかりの眼差しを向けとった外のおっさん達の視線も曇ってく一方や。

 

わいも諦めようとしたその時、ふとボニ―の手が止まった。

 

「てめぇが考えてること当ててやろうか? ……“トルリの丘”の更に上に居るあいつが何を企んでやがんのか」

 

ピザを手にしたままわいを横目にして囁いてきた言葉は予想外のもんやった。

 

何やこいつ……。

 

わいの考えてること? 

 

こいつ……、見聞色か。

 

ボニ―はわいが面食らっとるのを余所にしてまたがっつき始めよったが新しい一切れを平らげ終わったら、

 

「てめぇが考えてることの大半については黙っといてやる。失礼だな、女に向かって」

 

そう抜かしよった。

 

そんな風に思うんやったら、まずは椅子に座ってからがっつかんかーいっ!!!!!!

 

って叫びたいとこやったけどやめといた。

 

間違いない。こいつ見聞色を使(つこ)うとるわ。しかも感情を読み取れるっちゅうことは覚醒しとんな。

 

「ウチらもてめぇと一緒であいつの動向は追ってる。あんの“ブリアード”、絶対に許さねぇ。今にウチらで叩き潰してやる」

 

こいつは政府の五老星のスパイを知ってるようや。

 

ブリアード? そう言うんか?

 

「あいつは“ブリアード”言うんか? 何か知ってんねんやろ? 教えろや」

 

「魚人と一緒か? てめぇらネルソン商会だろ。四商海に教えてやる義理はねぇ」

 

「下等種族がっ!! 黙ってれば言いたい放題言いやがって……」

 

ボニ―に浮かんだ嘲りの表情を敏感に感じ取ったんかアーロンが語気を強めたんを黙って制して、

 

「……そう言うなや。こいつは情に厚いええ男なんや。今に魚人族を代表する大商人になるんやで。……まあ教える気無いんやったらええわ」

 

言葉の楔を打ち付けたった。ついでにや、

 

テーブルから引きずりおろして無理矢理椅子に座らせたった。

 

「おいっ! くそっ! てめぇっ!! 何しやがんだ。椅子の上でメシが食えるかーっ!!!!」

 

「メシ食うんやったらまずは椅子に座ることやな。せやないとその別嬪、台無しやで」

 

血相変えてやって来た取り巻き連中はアーロンに黙らせた。わいがやることは椅子の上でもがいて罵詈雑言を浴びせてきよるボニ―を体ごと椅子に縛り付けたることや。こういう奴には力ずくでも矯正はしたらなあかんやろ。

 

「よう聞きや、嬢ちゃん。メ・シ・は・椅・子・の・上・に・座ってや」

 

「ふざけんなーっ!! てめぇっ!!!!!」

 

やかましい文句は両の指で耳栓や。ほな、さいならやな。

 

「てんめぇ、覚えてろよ。はっ!! “ブリアード”の見聞色は世界一だ。かくれんぼに意味はねぇぞ。探し回っても見つからねぇ。精々、逃げ回るんだな」

 

最後にそんな捨て科白だけは聞こえてきた。

 

まあええやろ。そのあとにアーロンが言いよったんや。

 

 

「お前は良いことをした。……()()()()()。大商人になるつもりはねぇが」

 

 

これが聞けただけで儲けもんやろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくれんぼに意味はない。

 

探し回っても見つからん。

 

ボニ―が言うとったことはほんまや。

 

“トルリの丘”まで上がって来たところであいつの気配は一切消えてもうたわ。わいらに気付いたっちゅうことなんか。さっぱり分からんけどこれで八方塞がりや。

 

「お前が拳を振り上げる相手ってのはあの女が言ってた“ブリアード”って奴か?」

 

「ああ、せや」

 

八方塞がりついでにアーロンにはあいつとの経緯(いきさつ)を教えたったわ。

 

「そういうこっちゃ。拳振り上げるからには振り上げる相手は高みにおるやつや。せやないと意味なんか無いやろ」

 

アーロンは黙ったまんまやった。せやけど、わいの話を聞いてないわけやない。確実にこいつには沁み込んでいっとる。そんな気がする。

 

「なぁ、アーロン、拳振り上げ――――」

 

 

 

来る!! 間に合わん!!!

 

 

 

わいの見聞色が拾った気配は刹那で負けとった。

 

 

 

それでも確実に上から撃ち下ろされた狙撃は何とか掠りで済ませるほどには刹那分の余裕はあったんや。

 

 

 

「やつか?」

 

 

 

アーロンの強張った表情には頷いたるだけやった。

 

 

 

始まる。

 

 

 

どういうつもりか知らんけど。

 

 

 

向こうはやる気や。

 

 

 

受けて立とうやないか。

 

 

あいつらもこれから戦いやな。

 

 

 

分かる。

 

 

 

教えたったらええやないか。

 

 

 

俺たちの力を。

 

 

せやろ。

 

 

 

わいもやったる。

 

 

 

狙撃戦は望むところやっ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第8章 中枢 ~偉大なる航路~ 戦い
第78話 一撃


短いですが。
これより始めます。
怒涛の戦闘描写。


偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

熱鉄の涙(イェロ・ラグリマ) 鱗鉄靴(サパート)

 

突然のようにして仮面越しでも分かるような涙を大量に流し始めたニコ・ロビンの連れは流した涙を有ろうことか変化させ、それはみるみるうちに赤黒く変色してゆき、熱された鉄の如き様相。そのまま床へと落ちゆく鉄と化した涙はその女が履くヒールをコーティングしていった。

 

能力者か……、

 

と知覚する間もなく、

 

四拍子の蹴り(タンゴ・コンパス)

 

己の見聞色に従ってアイスバーグと女の直線上に何とかして体を入れていく。

 

女の身のこなしはすこぶる速かった。

 

加えての鉄の鱗でコーティングされたような靴による蹴り。

 

多分にヒールに最大限の力が叩き込まれていたに違いない。

 

「へー、黄金なのね。……フフッ、でも我慢しなくていいのよ。痛かったはず」

 

仮面越しでも想像出来るような笑顔。

 

ワンピースの裾を跳ね上げるようにして覗かせた魅惑的過ぎる脚線美。

 

だが女の言う通りで腹で受け止めた蹴りの重みは強烈な痛みを引き起こしていた。

 

覇気は(まと)わず、能力のみでいったゆえか。

 

鉄に黄金ならばとの判断はどうやら裏目だった。

 

血を流すほどではないが若干足元が揺らいだのも確か。

 

この女、かなり出来る。

 

あの衣装から想像するにフラメンコを(たしな)むようだ。

 

ならばタンゴと言うからにはリズム。

 

四連撃であと三つ。

 

女は一旦飛び退(すさ)った。

 

壁を使って反転といったところか。

 

 

ローとの通話を切ったあと、戦いは前置きなく始まった。俺たちの戦いは守る戦いだ。アイスバーグをあの女の殺しの魔の手、否、足から守る。ただ単純に戦えばいいわけではない分の不利はあれど俺たちは3人いる。正直楽観視していた。ゆえにジョゼフィーヌも何も言わずとも麦わらたちに加勢しようと動いていたのだ。

 

あいつらはあいつらで少々込み入った戦いとなりそうである。ニコ・ロビンを取り戻すための戦いらしいが当の本人にその気が無さそうであり難易度は高そうだ。しかもCP9二人からの横槍を退けながらという注文まで付いてくる。ならば助っ人がいるだろうというわけでのジョゼフィーヌだ。

 

俺たちの見通しは甘いだろうか? クラハドールに視線を送ってみれば、奴からは猫の手で眼鏡をずり上げながらの頷きが返ってきた。

 

ああ、これがベストだ。俺も頷きを返しつつ更に視線を送りゆく。反転してくるあの女に次はお前が行けと。

 

「ンマ―……世話を掛けるな」

 

背後のベッドからはアイスバーグからの声が飛んでくるが、その口調に若干の他人事感が滲み出ているのは否めない。見えはしないが鼻の穴に指でも突っ込んでいそうだ。まあいい。恩を売っておくに越したことはない。

 

クラハドールが猫の手を伸ばしながら動き出す。

 

抜き足を使うつもりだろう。

 

瞬間で姿は消える。

 

中空にて両者は相見えて激突。

 

女の蹴り上げはクラハドールの眼鏡を吹き飛ばす。

 

クラハドールの指先に装着された五本刃は女の仮面を剥ぎ取る。

 

互いに素顔が露わ。

 

だが互いの表情は対照的。

 

女は妖艶な笑み。

 

「フフフッ、私の顔がそんなに見たかったの?」

 

クラハドールは両眉をピクリと上げたのちに口角を上げた。多分に意識的に。

 

「……悪いな。貴様の顔を刻み損ねた」

 

おお、おお、言う時は言うものだなクラハドールの奴め。あれは相当来てるはずだ。あいつが眼鏡を吹き飛ばされる姿など初めて見た。

 

向こうで麦わらのコックが口やかましく叫んでいて、今にも飛び掛かって来そうであるが人化したトナカイによって何とか抑え込まれていた。言いたいことが何となく分かるが知ったことではない。戦いに情けは無用。そうでなければ守るものも守れない。とはいえクラハドールにも本気で切り刻むつもりは無かったんだろうが。

 

女の二撃目が終わって……。

 

天井を基点にして反転。

 

明らかに一撃目よりもスピードが上がっている。

 

「クラハドール!!」

 

咄嗟に挟み込むことを言外に告げる。

 

その場で逆立ちから一気に嵐脚(ランキャク)

 

反転して来た女のヒールがまるで刃のように見える。

 

3の蹴り(トゥレス) 断頭脚(ギロティナ)

 

それは上空から斜めに突き下ろすかのような蹴り。

 

ヒールの突起で以てして相手の首をそのまま壁面に叩きつけざま切り落とすが如く。

 

対する俺は天高く屹立させるべく逆立ちから跳び上がった嵐脚(ランキャク)

 

黄金化されたそれは。

 

嵐脚(ランキャク) 黄金塔(ラ・トゥール・ドレ)

 

合わせて下から突き上げる最高速の五本刃はクラハドール。

 

杓死定規。

 

一点集中の刺突。

 

俺たちで挟み込めば女の一段上げたスピードにも対処出来るはずだが。

 

己の見聞色は刹那の変化を察知する。

 

くそっ、単純計算では間に合わない。

 

変調(シエスタ)

 

中空にて小休止をするが如く。

 

踊りの曲調を突然変調させるが如く。

 

俺の蹴りを更なる基点として女は跳んでゆく。

 

妖艶なまでの笑みを(たた)えながら。

 

見聞色のギリギリを狙っての動きだ。

 

つまりはあの女も見聞色に精通しているということ。

 

ギリギリの隙間をすり抜けられてしまった。

 

連発銃か。

 

クラハドール基点に捻っての鎌風か。

 

否、こっちだ。

 

音速銃(マッキリボルベ) 黄金速射(ラピッド・ドレ)

 

六連発可能な銃であるが、最初の一撃その初速に全てを懸けた速射。

 

有りったけの王気を纏わせれば速さは音を超え。

 

だが音速到達分早く見聞色で読まれているな。

 

ここは剃刀(カミソリ)だ。

 

中空にて逆さのまま(ソル)月歩(ゲッポウ)を掛け合わせて床へ飛ぶ。

 

着地直前には背後で黄金弾が空気を切り裂いた音が遅れてやって来た。

 

弾はきっと壁を突き抜けて彼方へと消え去っただろう。

 

そして振り向きざまには。

 

最後の蹴り(パサド) 串刺脚(ブロチェダス)

 

クラハドールを使って反転して来た女のかかと落とし。

 

否、桁を上げたスピードで迫って来た串刺すようなヒールの一撃。

 

振り向く動作分だけ相手の方が早いことは己の見聞色が告げている。

 

こういう場合は当然ながら守りに入るのが定石。

 

だがここでやるべきことは口角を上げること。

 

間に合わなさそうであろうとも狂ったように口角をあげていく。

 

その自ら生み出した狂気をそのまま体現するのは。

 

嵐脚(ランキャク) 黄金狂撃(ゴーン・フォリリア)

 

スピードの差など狂いの先で押し潰すようなパワー。(たが)を瞬間に外した激烈なまでのパワー。

 

黄金と王気を掛け合わせた蹴りは女の恐怖の一撃を相殺して有り余り、

 

そのまま突き飛ばすことに成功していた。

 

これほどまでの戦闘は久しぶりな気がする。

 

ジャヤでの赤犬以来。

 

そう考えるとあまり時は経っていないが。

 

そう感じるのはこのところ目まぐるしいからであろうか。

 

青い薔薇協会(ブルーローズ)の奴が見せた、アイスバーグが口に出した“ベクトル”。

 

新たなステージが目の前に現れ出でたことを痛感したが、それでも俺たちは進み往くしかない。

 

この狂いを纏わせたような一撃はそういう一撃だ。

 

覚悟の一撃だ。

 

「……ドフィがあなたのことを口にするわけね。今のはちょっとだけ効いた。どうやらあなたたちを先に殺さない限り今回の仕事は終わらないみたい。私の名はヴァイオレット。あなたたちの血で私のドレスを紫紅に染め上げて欲しいわ」

 

壁を頼りに立ち上がったヴァイオレットと名乗った女の言葉にはまだ余裕が有りそうだ。

 

それでもいい。

 

一撃でどうにかなるとは当然ながら思ってはいない。

 

クラハドールも既に立ち上がっている。

 

俺たちも当然ながら一撃でどうにかなるほど柔ではない。

 

「ドフラミンゴから何を聞いているのか知らないが甘く見られたものだ。あんたらにはしっかりと言っておく必要がありそうだな。俺たちはいずれ近いうちにあんたらをこの世界の中心から叩き出す存在だ」

 

「フフフッ、伝えておくわ。それが最期の言葉だったって……」

 

女の妖艶なまでの笑みはどこまでも変わらない。

 

「あの女はギロギロの実を食べた眼力人間。ドフラミンゴの女だ。俺は今回あの女をシャボンディで見掛けたことで奴の筋書きを読むことが出来た。あの女には全てを見通す能力(ちから)があるからな。ただ言葉とは裏腹なものを抱えてるところもありそうだ。何にせよ奴らをどうにかするならここで相対するのは都合がいい」

 

クラハドールが近付いてきて側で(ささや)いた内容。

 

なるほど、訳ありってことか。

 

「筋書きはあるのか?」

 

「どの筋書きだ? 今回は途方も無い量の繋がりが至る所にどこまでも続いている」

 

「……頂きを掴み取るまでのだ」

 

「…………貴様にひとつだけ言っておく。どうなろうともブレるな。何がどうなろうとも、誰がどうなろうともだ……」

 

最後の言葉を放つ際には真っ直ぐに俺を見据えるような視線をクラハドールは寄越してきた。何だというのだろうか。こいつは何を想像出来ているというのだろうか。分かりはしないが俺にはどうしようもない。信じるしかないだろう。

 

 

「ンマー……派手にやったもんだな」

 

アイスバーグの言葉に反応して向こう側を見てみれば完全に壁は無くなって外の通路が見え、その向こうにあるであろう部屋もまた一直線にくり抜かれたような状態となっていた。

 

おいおい、どうなってる。やけに麦わらたちの声が途中から聞こえてきて無いようには感じていたが、道理で聞こえてこなかったわけだ。まあこの部屋だけで同時に2つの戦闘が起きた以上、当然といえば当然ではある。逆に俺たちが上手く制御していたと言ってもいいかもしれない。

 

見聞色を向けてみれば奴らの気配は感じる。ジョゼフィーヌも無事なようだ。戦いの目的が目的だけに苦戦はしているようだが。

 

「フフフッ、私たちももっと力を解き放った方がいいのかもしれないわね。あなたたちもそう思わない?」

 

変わらぬ妖艶な笑みを向けられたその時だった。

 

戦闘で一気に研ぎ澄まされた直観と見聞色が超特大の警報を脳内に響かせたのは。

 

俺の咄嗟の行動はこの戦闘の目的に沿ったもの。

 

つまりはアイスバーグを守る。

 

ベッドを瞬間に蹴り出してそのまま中空に浮き上がったアイスバーグを背に負ったまま、己に飛べと命じる。

 

(ソル)月歩(ゲッポウ)を掛け合わせてゆく。誰かを担いだまま空を飛んだ経験は無いが、人間には火事場の馬鹿力が備わっている。何とかして中空を飛ぶことには成功していた。

 

一体何が起こったのか。

 

天井から屋根ごと突き破ろうとも、どれだけ部屋の壁をぶち抜かれようともびくともしなかったこのガレーラの事務所が誰かのたった一撃によっていとも簡単に崩壊しようとしていた。

 

外壁はあっという間に崩れてゆき、天井は抜け、床も抜け、全てが重力の法則に従って地に叩きつけられようとしていた。

 

「あんた生きているか?」

 

無数の瓦礫を生み出そうとしている地上の惨劇を眺めながら背に負うアイスバーグの様子を窺ってみる。

 

「ンマー……魂消てるがな」

 

それだけ言えれば大丈夫そうだ。

 

事務所があったはずの残骸側に降り立ってみた。

 

クラハドールは無事なようだ。何とか立ち上がっている。

 

当然ながらヴァイオレットという女も健在だ。薔薇でも口に銜えて一曲舞いそうなほどに。

 

麦わらたちもジョゼフィーヌも無事なようだ。というよりも奴らはそもそも既に事務所を飛び出して戦っていた。

 

 

ただ、俺たちとは別に激烈なる気配が存在していた。

 

それがこの惨状を引き起こした元凶であろう。

 

ただ一方でそれはとても懐かしい気配でもあった。

 

遠い昔のもの。

 

着物。

 

独特の言い回し。

 

 

「ハット、あきまへんな。借りた金は早うに返さんと。せやからわてがこんなとこまで()なあかんのどす。まあでも久方ぶりや。今ここで170億ベリー耳揃えて(はろ)うてくれるんやったらええとしましょう」

 

雪景色を思い出す。

 

その中での剣戟を思い出す。

 

ジョゼフィーヌこそここで会いたいと思うかもしれない存在。

 

イット―・イトゥーが目の前に立っていた。

 

 



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第79話 “口撃”

今回も短いです。


偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

ロビンと共に現れた仮面の女は既に戦闘態勢に入っていた。この場での戦いの構図を考えると私は麦わらたちに加勢した方が良さそうだ。ガレーラの社長を護衛するのは兄さんとクラハドールで十分だろう。

 

頭の中でそう結論付けた私は特に言葉を掛けることもなくベッド脇を後にして麦わらたちの方へと移動する。

 

「ロビン、私たち、本当のことが知りたいの。何も知らされないままここでお別れなんて絶対にイヤ。だからお願い、何とか言ってよ」

 

「ボ~ビ~ン、おれ、何か悪いこと言っだがな~」

 

彼らの戦いもまた始まりを告げようとしていた。ナミは必死になって言葉を掛けようとしていた。モフモフ君は既に泣きじゃくっており、必死になって涙を拭いながらも止まらぬ涙のまま理由を聞いていた。

 

仮面を被り、物言おうとしないロビンに向かって。

 

「ほらほら、泣いても何も始まらないわよ。私もあんたたちと戦うから元気出しなさい。ロビンは知らない仲じゃないし。それにあっちの二人、結構ヤバいもんね」

 

モフモフ君をピンクの帽子越しに撫でてやりながら加勢する旨を伝え、不気味に佇むCP9の二人を指差して危険なことを意識させてやる。

 

「え? ほんと? 助かるけど……、え? あいつらヤバい奴なの?」

 

「…………おれも頑張るんだ!!!」

 

「メ~ロリン♥ メ~ロリン♥ あぁ、麗しのジョゼフィーヌさんと一緒に戦えるなんておれはなんて幸せ者なんだ。さぁ、まずはおれの胸に飛びィィ……」

 

「お、いいのかお前? 取り敢えずよ、ロビンをぶっ飛ばせばいいとおれは思ぶっ……」

 

麦わらたちの反応は相変わらずもそれぞれで、取り敢えずは両腕を広げながら飛び込んで来たグルまゆに対して蹴りを見舞ってやった。言ってることがだいぶおかしい麦わらにはナミがしっかりと拳を見舞っていた。

 

「死ね、こらーっ!!!」

 

「こんっのアホがーっ!!! そうじゃないでしょうがっ!!! ロビンをぶっ飛ばしてどうすんのよっ!!!」

 

傍から見れば恐怖のどん底に突き落とされるような光景かもしれないけど知ったことじゃない。我ながらいい蹴りだったし、ナミの拳もパンチが効いてた。

 

「サンジを蹴り倒すなんてお前すげ~な~」

 

モフモフ君にはキラキラした瞳で尊敬の眼差しを向けられた。満更でもない。

 

「さて、我々は任務を遂行することにする。生け捕りが条件だが無傷でとは言われていない。少々手荒に行かせて貰うぞ」

 

バカを言っている暇など無いのだ。CP9の二人は既に移動し始めていた。それは紛れも無く(ソル)による移動であり肉眼で捉えるのは至難の速度。

 

それでも、私の見聞色であれば捉えることは造作もない。応じて私も動き出そうと考えたところで、予想に反する動きを見聞色は察知する。

 

結構速いじゃない。

 

それは麦わらとグルまゆだった。さっきまでバカなことを口にしていた二人であったが危険に対する反応速度はまずまずで、

 

「ゴムゴムの風船!!」

 

「…………くっ……クソッ!!」

 

麦わらはロビンに対するロブ・ルッチからの指銃(シガン)への盾のつもりなのか息を大きく吸い込んで体を風船のように膨らませて見せた。

 

グルまゆはカリファと呼ばれる女の蹴りを防ごうと自らも蹴りの構えを見せていたが躊躇する姿で結局は体を間に入れるだけであった。

 

麦わらは自らのゴムの能力であれば弾き返せると考えていたのだろう。だがあの指銃(シガン)はそんな生易しいものではないはず。当然ながら覇気を纏っているわけで、

 

「……いっ……(いって)ぇー! くそ、何でだ? おれ、ゴムなのに」

 

ルッチによる指の一撃は弾き返されるどころか突き刺してゆく。

 

「ルフィっ!! どうして?」

 

「ルフィはゴムなのに何でだよーっ!!」

 

グルまゆはグルまゆで女の嵐脚(ランキャク)を至近距離でまともに受けた格好となり、直後には背後の壁ごと向こうに、更にその先の部屋の壁ごと吹き飛ばされていった。

 

「サンジ君っ!!!」

 

「サンジーっ!!!」

 

二人の悲痛な叫びが木霊する。麦わらたちからすればいきなり未知なる力を見せつけられたようなもの。ただグルまゆに関して言えば何ともね。あの男はどうやら女を蹴らないらしい。ご立派な考えだとは思うが、その結果としてこの有り様となると先が思いやられる。

 

「あなたたちっ!!! 私のことは放っておきなさいっ!!!」

 

麦わらとグルまゆに庇われた形となるロビンが仮面を振り払って、血相を変えるようにして放った叫び。

 

「お前たちの立ち位置は理解した。つまりは俺たちの邪魔をしたいとそういうわけだな」

 

「フフ、だったら殺してあげないとね……」

 

対するは口角を上げて不気味な笑みを浮かべるロブ・ルッチと眼鏡越しに微笑を湛えているように見えるカリファ。

 

「待って。私はここでジタバタするつもりはない。連れて行くと言うのなら連れて行けばいいわ」

 

一切の揺らぎを見せない視線と共に放たれてゆくロビンの言葉。

 

「ほう。それは手間が省けて助かるが……」

 

「ちょっとロビン、待ってよっ!! 一体何があったの? ちゃんと教えてよっ!!!」

 

背景をすっ飛ばしたロビンの言葉に何とかして止めに入ろうとするナミの言葉には更なる悲痛が入り混じっていて、モフモフ君はこの緊迫続く状況に言葉も出ない。

 

私は当然ながらロビンの背景を粗方は知っている。勿論全てではないが。歳も同じだし、オハラで起きた出来事とそれによって引き起こされた感情。今の今まで胸の内に燻り続けてきた思いがどういうものか想像出来ない事もない。ゆえに私からすると今のロビンは感情的に過ぎる。それは一定期間共に過ごした麦わらたちも同じ思いであるはず。

 

ロビンの本心はどこにあるのか。

 

この段階で私に出来ることはあまりない。これは麦わらたちの問題なのだ。私が土足で踏み込んで行っていい領域ではない。無責任な事は言えない。

 

仮面を振り払ったというのに、まだその下に分厚い仮面を被っているようにしか思えないロビン。それは何かの覚悟を背負っているようでもあり、その様子を見て取ったCP9の二人は何も言わずにロビンへと近付いていく。

 

そこへ体が元に戻って立ち上がった麦わらが割って入っていった。体はロビンに正対した状態。その背後には迫り来るCP9。

 

「何の真似だ?」

 

ルッチの言葉に対して麦わらが返事をすることはなく、

 

「ロビン、そんなもんはおれは認めねぇぞ。……お前、泣いてんじゃねぇか」

 

ただそう呟く。両足の脛から膝へ更に上へと体の中で何かを動かしながら、薄らと湯気を立ち昇らせながら。

 

あくまで邪魔をするのだと受け止めたらしいCP9の二人は一気に速度を上げ、麦わらの背中目掛けて動き出し。

 

え? (ソル)

 

ただ私の見聞色は麦わらの思いも寄らない動きを察知する。それは紛れも無く(ソル)。その速度で反転。

 

「ギア 2(セカンド)

 

その呟きは全身からはっきりと分かる湯気を立ち昇らせながら拳を振り被り、

 

「“JET銃(ジェット・ピストル)”」

 

刹那で放たれた拳は瞬間で轟音と共にあらゆる壁を将棋倒しのようにして崩してゆく。

 

「なぜそこまでするのっ!!!」

 

「ロビーーンっ!!!! おれはお前の責任取らないといけねぇだろうがぁーーっ!!!! 仲間なんだからーーっ!!!!!」

 

言葉によって抉られてしまったのか、仮面が剥がされてしまったのか、本当に涙を零し始めているロビンが麦わらのどこまでも立ち向かってゆこうとする様に叫びを上げる。

 

それでも麦わらの言葉はどこまでも真っすぐでいて。

 

とはいえ、驚かされた技の方は見聞色を操る相手に対しては有効とは成り得ない。

 

逆にそれを躱しきったルッチは蹴りの体勢に入りながらあっという間に体を獣人化させて、一直線に突き刺すような蹴りにて、

 

嵐脚(ランキャク) 哭道(ごくどう)

 

麦わらは文字通り飛んだ。建物を突き破って。

 

それは情け容赦も無く武装色を纏った激烈に過ぎる蹴りの鎌風。

 

「ジョゼフィーヌさん、作戦が要るとおれは思う。ルフィはどうしようもねぇバカだが、大事なところは外さない。それでもあいつはヤバそうだ。一瞬だが奴の蹴りが黒く変色したように見えた。あれは何だ?」

 

蹴り飛ばされていたグルまゆが戻って来て口にしたこと。冷静にこの場を俯瞰している。質問への答えとして時間を省くことにした私は右手の掌を硬化させてそのままグルまゆの頬に精一杯の平手打ちを食らわせてやった。

 

「は~~うっ!! 奈落の底までフォ~~リンラブッ♥」

 

こいつ本当に気は確かなのかしらと思いたくなるような反応であったが、

 

「これが黒く変色した正体。覇気って言うの。分かる? 気合のようなものをこう鎧みたいに体に纏ってるのよ。それは当然防御にも成り得るし、攻撃にも成り得る。自然(ロギア)系の能力者に攻撃出来る力よ。ゴムなら言わずもがな」

 

私の説明は理解出来たようで頷きを見せた後には飛び出していた。作戦が必要なことは分かっていても今目の前の存在には体を投げ出すしかないということらしい。

 

「ロビンちゃん、もう君は一人じゃない。おれたちはクソ諦めねぇっ!!!」

 

グルまゆは叫びのちに一回転からの蹴り、でもそれは明らかに鎌風を引き起こし、つまりそれは嵐脚(ランキャク)そのもので、

 

「おいクソ豹野郎、てめぇなら最後に何を食いたい? 最後の晩餐(デルニエル・シュピール)キックコースッ!!!」

 

風の刃となってまるでブーメランのようにしてそれは飛ぶ。ただ、驚きの嵐脚(ランキャク)であっても見聞色相手には致し方無く、グルまゆもまたロブ・ルッチの蹴りの餌食となって麦わらと同じく再び吹き飛ばされてゆく。

 

それを見て動き出したのはナミとモフモフ君。カリファと呼ばれる女CP9がロビンに向かうのを阻止すべくの動きに違いない。

 

「ちょっとあんたっ!! ロビンは絶対に渡さないんだからねっ!!」

 

「ロビンはおれが守るんだっ!!」

 

もう二人には技も何もあったもんじゃない。ただただ止めるため、止めたいが為に体を投げ出した。ゆえにか攻撃の態を成しているとは言い難く軽々と蹴り飛ばされてゆく二人。

 

最後に残るは私だ。そしてロビン。

 

 

でも、私は、見聞色を極め始めている私はその尻尾をしっかりと放さずにいる。グルまゆの蹴りの鎌風は確かにブーメランであって、行きがあれば当然ながら戻りも存在しているわけで。それは今奴らの背後から襲いかかろうとしているわけで。

 

ゆえに生み出された刹那の隙。グルまゆは正しく作戦を編み出していた。それに沿って私も動く。

 

気配と姿は瞬間で消し、体は(ソル)から(キル)へ、そこに月歩(ゲッポウ)螽斬(キリギリス)。カリファにルッチ、異なる相手、直線上に存在しない相手に対して、中空から刹那の刻で斬り進む。

 

刀を抜いた瞬間から始まるそれは、

 

「居合 “稲妻(イナズマ)”」

 

躍動的な動きと斬撃にて麦わらたちと等しくCP9の二人には吹き飛ばされる破目とならしめる。

 

「で、あんたはどうすんの? ロビン。あの子たちがあれだけ心を曝け出して掛けてくれた言葉に対して」

 

納刀と同時に声を掛ける相手は最後に残ったロビン。

 

「あんたが何をどれだけ抱えてるのか知らないけど、抱えてるものがあるなら曝け出してみればいい。じゃないと何も始まらないじゃない」

 

ロビンは無言。終始の無言。でも言葉にならない嗚咽。

 

ただそれだけが木霊して、私たちもまた彼らが吹き飛ばされた下へと向かいゆく。

 

 

私にはどう考えようとも麦わらたちを応援したいという思いしか湧き出てくることはなかった。

 

 

仲間への“口撃(こうげき)”を決して止めようとしなかった彼らを……。

 

 



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第80話 ベクトル

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

「イット―、久しぶりだな。お前とこんな場所で再会することになるとは思っていなかったよ。ジョゼフィーヌが知れば泣いて喜びそうなものだがひとつ聞いておきたい。お前が借金取りとは一体どういう了見だ?」

 

顔には白粉(おしろい)、力強く描かれた黒眉、目の両端が赤く塗られ、深紅の着物を羽織ったイット―に尋ねるべきことは多い。銀髪垂らすこいつはどういう経緯なのか定かではないが、俺たちの幼少期にベルガー島へと現れた。ジョゼフィーヌの剣の師匠のようなものを務めていたがある時忽然(こつぜん)と姿を消している。

 

「ジョゼフィーヌがおるんは知ってるんやけどなぁ。せやかて今は仕事が先なんや。闇金王のル・フェルドから話は聞いてるさかい。ハット、実はネルソン商会の借金150億ベリーはわてらで買い取ったんやで。ル・フェルドは福の神とか言われてるらしいけど。そりゃそうやろ。あいつはといちでやってるさかいなぁ。せやけどわてらはそないな(ぬる)いことは言わへん。いっとやで。今丁度(ちょーど)、0時を回ったさかい、利息は20億ベリーで170億ベリーや。せやから耳揃えて早う払わんかいって話どすえ」

 

「イット―だけにか。ふざけやがって、どこの世界に1日10億ベリーの利息を付ける奴らがいる」

 

「イットットッ、ほんまやなぁ。ハットにしてはおもろいこと言うやないか。まあでも、ここにわてみたいな奴がおるんやから諦めなはれや。ほれ、しょーもないこと抜かしてんと、払うんか、払わんのかどっちにするんや? わてはいらちなんやで。早う決めんと、この一物(いちもつ)抜き(さら)してまうで」

 

腰に差した刀の(つか)に手を掛けながら脅してくるイット―の目は細まっていく一方だ。実に厄介な事になってきた。借金取りが早々に現れるであろうことは予期していたが、まさかその相手がイット―になろうとは思いも寄らなかった。当然ながら今ここで170億ベリーなど払えるわけはない。今ここでなくとも払えるカネを持ち合わせてなどいないのだ。俺たちのカネはまだ15億ベリーでしかないのであるから。コールに応え始めているので、もしかしたら(うなぎ)登りで入金は増えているかもしれないが、たとえそうだとしても170億ベリーには到底及ばないだろう。

 

結論、イット―が言うあの一物(いちもつ)とやらに対峙(たいじ)するしか道はなさそうであった。

 

辺りに目を配ってみれば、残骸(ざんがい)と化したガレーラ事務所の跡地から火の手が上がっている。この一帯は造船所とコーティング職人の作業場がひしめき合う一画。深夜のこの時間帯はさすがに真っ暗闇となるはずだが、燃え上がる炎が辺りを照らし出している。湧き上がるシャボンの存在を。天高く(そび)え立つヤルキマンマングローブの幹を。その上で生い茂る無数の葉を。

 

そして(かたわ)らにてアイスバーグを背負って立つクラハドールを。ガレーラの社長を休ませるためのベッドは俺が蹴りだしたことでどこかへと吹き飛んでしまっていた。俺が背負ったまま守りながら戦うことは不可能に近い。いつかのローのような芸当を真似する気にもなれない。ゆえにその役目はクラハドールに負わせるしかないだろう。

 

「で、俺の眼鏡は誰が上げるんだ?」

 

「ンマー……心配するな。俺が上げてやる。どうだ? こんなもんか?」

 

両手が(ふさ)がった状態になったため、ずり下がる己の眼鏡を心配するクラハドールに対して、背負われてるアイスバーグが背後から眼鏡を上げてやっている。どうやらぴったりの位置があるようで加減が難しいらしい。

 

まあ取り敢えずは仲睦(なかむつ)まじくやっているので何よりだが、それはつまりクラハドールは戦闘参加が不可能になったということであり、この場で戦えるのは俺だけになったということでもある。戦局はこのままでは2対1となるのは必定(ひつじょう)。余裕があるかと踏んでいたこの戦いも、あっという間にいつもの地獄を駆け抜けるようなものへとなりつつあった。

 

「イトゥー会か、しばらくだな」

 

そこへ放たれたアイスバーグからの言葉は俺の思考を中断させるには十分の内容で、

 

「あんた、イット―を知っているのか?」

 

直ぐ様問わずにはいられない。

 

「ンマー……そういうことだ。俺が“ベクトル”を教わった相手はこの男だからな」

 

「よう見たらアイスバーグやないか。そう言えば、そないなこともあったなぁ」

 

人間驚くべきところで繋がっているものだ。ただそうなるとイット―は“ベクトル”とやらを操るということになる。しかも相当な手練(てだ)れということに。

 

「割り込んで申し訳ないが、俺たちの借金を取り立てたいというのであれば、さっさと解放した方が良いのでは? ここに留めても金は入ってこないでしょうに」

 

クラハドールが本題へと押し戻すようにして(もっと)もなことをぶつけてゆく。

 

「そらそうやなぁ。まあ正論やで。……それはつまりはや、……払えんと、そういうことでええか、ハット?」

 

イット―からの問いは最後には相当ドスが利いたものとなる。とはいえ、凄まれたところで俺たちには首を縦に振るしか答えは存在していない。

 

―――プルプルプルプル―――

 

で、このタイミングで掛かってくる電伝虫。まさかのコールかと戦々恐々(せんせんきょうきょう)とするも相手はヒナ。とはいえ、出ないわけにはいかないだろう。このタイミングで掛かってきたというところに尋常(じんじょう)ではないものを感じてならない。何とかしてクラハドールにも聞かせたいところだが生憎(あいにく)アイスバーグと一緒だ。だがそれでも背に腹は代えられないだろう。よって、クラハドールに(うなず)いて見せれば、奴はすまんと断った上で背に負うアイスバーグに肘打ちを食らわせた。多分に最大限のモヤモヤを行使して。つまりは瞬間的に覇気を使って。そうして一時的にアイスバーグの意識を刈り取った上でヒナの声に耳を澄ましてゆく。

 

「かなんなぁ。自分らは四商海になったんやから、金はどんどん入って来るんやろうけど、わてらは今必要なんや。ほんま、いらちやさかいに堪忍やでぇ。こうなったら自分らのそっ首斬り落としてから、ぶら下げたもん“青い薔薇協会(ブルーローズ)”に持ってってどうにかするしかあきまへんなぁ。って聞いてんのかいなぁ?……まあええわ、せや、あんたはんはどないするんや?」

 

イット―が俺の答えに対して戦慄(せんりつ)ものの言葉を並べ立てたことは何とか辛うじて聞き取れてはいる。だがヒナが短い言葉に凝縮して伝えて来る内容の方が更に戦慄ものであったのも確か。この170億ベリーの借金を生み出した取引の背後に潜んでいたとんでもない計画と俺たちが(おちい)ろうとしている窮地(きゅうち)。クラハドールは凄味を増したかのような笑みを浮かべており、今にも声高らかに笑いだしそうだ。脳内を急速に駆け巡ってゆく有象無象(うぞうむぞう)を少しだけ脇に置いて、イット―が水を向けた相手に意識を傾けてみる。今まで押し黙ったままであったドフラミンゴの女に対して。

 

「私は私の仕事をするだけよ。その意識を失った男の命を貰い受ける。ただそれだけ……」

 

奴の妖艶(ようえん)な笑みは変わらずであり、燃え上がる炎に照らされてそれは官能的ですらある。

 

「そらええわ。ハット、わても昔の縁より目の前の仕事の方が優先や。……ほな、行こかぁ」

 

 

 

――――来る――――

 

 

 

敏感に察する己の見聞色が脳内に響かせる大音量の警報を感じ取り、クラハドールに目で合図を送った瞬間には(ソル)からさらに(キル)へと入る。

 

考えなければならないことは山程に存在するがその一切(いっさい)を脳内から閉め出して眼前の二人に集中する。ヒナから(もたら)された内容を咀嚼(そしゃく)して吟味して思考を重ねていく役割はクラハドールへと託す。でなければここで生き残れない。アイスバーグの命も守れないだろう。

 

刹那の中を駆け巡りながら連発銃を取り出して発射するという一連の動作を最速で終えて、

 

音速銃(マッキリボルベ) 黄金速射(ラピッド・ドレ)

 

放つは王気を瞬間で最大限(まと)って音速を凌駕(りょうが)する一発。狙うはこの場で最も危険な相手であるイット―ただ一人。

 

目には見えぬその黄金弾を気配だけで感じ取り直ぐ様に、

 

追跡放物線(シヴィ・パラドーレ) 黄金(ノンブレ)……」

 

追跡を掛けようとしたところで、襲い掛かる何かに意識を刈り取られるような衝撃を与えられた。

 

 

気付けば俺は突っ伏していた。

 

視界に入るのは彼方(かなた)で炎によって(ほの)かに赤く見えるマングローブの葉。瞬間には腹に受けたらしい傷が痛みを知覚させる。間違いなく血を流していることだろう。また何でかは知らないが頬の傷まで痛みだしており、俺は二重の痛みに()き動かされるようにして起き上るしかない。あれは確かに斬撃だった。

 

そして状況は最悪だった。

 

なぜならクラハドールも戦わざるを得ない状況に追い込まれていたからだ。相手はヴァイオレットと名乗った女。そういえば(キル)に入った瞬間にあの女も戦闘態勢に入ったことを感じることが出来た。辛うじて聞こえていたような気もする。

 

―――十二拍子の蹴り(ブレリア・コンパス)―――

 

と呟いたのを。

 

アイスバーグはどこから持って来たのか壊れかけたような木製ベンチに横たえられていた。その周りで円を描くようにしてクラハドールは蹴りの猛襲から辛うじて守っていた。護衛をかなぐり捨てるところをギリギリのところで何とか踏み止まっているそんな状態だ。相手は明らかに覇気使い。クラハドールの奴はモヤモヤの最大限を使わざるを得ない状況へと追い込まれているに違いない。それにそんな能力行使はそう長くは保たないはずだ。

 

かなり拙い状況と言えた。

 

そうやってこの場を絶望一歩手前の状況であると確認したのちに、これを作りだした根源を見やる。

 

「何をした? あれは何だ?」

 

切迫した状況が俺から冷静さを奪い取りつつあるのかもしれない。言葉が細切れにしか出てこない。

 

「そこに横たわる奴が言ったことそのもんや。“ベクトル”。わての故郷(くに)では流桜(りゅうおう)とも言うんやけどなぁ。知ってるかぁ? 覇気には実体があるんや。せやから覇気は運ぶことが出来るんやで。流すことが出来るんやで。この王気(まと)う黒刀“甕割(かめわり)”。この中でも王気は流れ、運ばれてるんやで。これを外側へ運ぶとどうなるんやろうなぁ?」

 

イット―の真一文字の唇が最後には吊りあがり、禍々(まがまが)しくも黒く変色した奴の刀は振り上がってゆき、

 

「イット―流」

 

そのまま振り下ろされる。

 

飛ぶ斬撃。

 

己の見聞色が何とかそれを察知する。

 

直後、

 

一直線に抜けてゆく気配。

 

それは空気を真っ二つに、地を真っ二つに、直線上にあるヤルキマンマングローブの幹を真っ二つに、

 

した上で刹那のあとには、

 

弾くように、爆発させるかのようにして、その一直線の両側へと広がる斬撃の嵐。

 

一刀両断(ひとかたふたつだち)  (ラン)

 

回避するなどおこがましいにも過ぎることは瞬間に理解していた。それでも(あらが)わなければ命は無いこともまた瞬間的に悟っていた。

 

ゆえに、

 

黄金絶壁(ゴーン・ディル―ポ)

 

己の身体を黄金化した上で更なる黄金を生み出してゆき、絶壁と化して守りゆくのだ。クラハドールとアイスバーグまでも。

 

ただそれでも見舞われた斬撃の嵐は全てを切り裂いてゆく。否、切り裂くというには生温い。それは()し潰すような斬撃。クラハドールとアイスバーグを守るに精一杯であり、己の身体は当然ながら無数の切り傷が刻まれてゆき、そこから溢れ出るように吹き出す血の嵐。それは間違いなく何箇所か骨まで逝っている。

 

背中から倒れ込まざるを得ず、無数の痛みが怒涛(どとう)のように押し寄せてくる。それはまさに脳内を破壊しようとするかのような強烈な痛みの嵐。意識は今にも飛びそうであり、クラハドールとアイスバーグが発する気配のみが辛うじて己をここに踏み止まらせている。ヴァイオレットとか言う女も当然ながら無事ではないようだが動けないわけではなさそうだ。であれば蹴りは再開されることだろう。

 

「イット―流」

 

だがそんなことよりもイット―は容赦が無い。どこまでも容赦が無かった。

 

イット―は既に跳び上がっていた。中空にて黒刀を構える姿を捉える事が出来る。痛みに打ちのめされる己の身体は、全くと言っていいほど言うことを聞いてはくれそうにない。

 

 

死を意識する。

 

 

久しぶりに死を意識せざるを得ない。

 

 

戦闘で死の境地を見せられたのはいつ以来のことか。あれはアラバスタでの青雉の時だろうか。

 

 

あの時も何とか切り抜けた。

 

 

何とか切り抜けて見せたのだ。

 

 

ならばそれを今出来ないなどという理由は無いだろう。

 

 

動け。

 

 

動け。

 

 

動け、動け、動け、動けっ!!!!!!!

 

 

己の身体に対してこれでもかと発破を掛け続けたその先に……。

 

 

(みなぎ)るのは不足感。

 

 

身体の奥底から渇望する何か。

 

 

否、これは何かではない。

 

 

覇王色マイナスの根源。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

そして、

 

 

己の能力、

 

 

ゴルゴルの能力(ちから)が地に伝わってゆくのが分かる。感じ取れる。

 

 

ゴルゴルの能力(ちから)が世界に繋がってゆくのがしっかりと感じ取れる。

 

 

これは覚醒だ。

 

 

その尻尾だ。

 

 

頭上に振り下ろされてくるのは黒刀の(やいば)

 

 

イット―の両の(まなこ)と己の視線が絡み合う。

 

 

一刀両断(ひとかたふたつだち) (バク)

 

 

それは己の首目掛けて一閃された斬撃。

 

 

その一点を爆心地とするかの如くに凄惨(せいさん)極まる斬撃にして爆撃。

 

 

ただ、

 

 

たとえそうだとしても、

 

 

俺は一度目を閉じた上で見開いてゆき、

 

 

口角を上げてゆくのだ。

 

 

覇王の黄金時代(コンキスタトーレル・ゴーン・エポカ)

 

 

その瞬間、

 

 

地は黄金へと変わる。

 

 

実体としてある覇王色のマイナスを無意識に運ぶ。

 

 

己の喉元が斬撃の爆心地になるはずであったところを己のソレが吸収する。

 

 

その上で、

 

 

弾き飛ばす。

 

 

俺は立ち上がる。

 

 

全身は血だらけ。

 

 

頭は朦朧(もうろう)

 

 

それでも、イット―が向こうで地に突っ伏していた。

 

 

否、奴もまた立ち上がる。

 

 

血を流していても、俺よりも動けるであろうことを己の見聞色は冷徹なまでに告げている。

 

 

最後か。

 

 

やはり最期なのか。

 

 

「いいえ、まだこれから。遅れてごめん、この人ったら叩き起こしてものらりくらりで」

 

 

振り返った先に立っていたのは申し訳なさそうにしながらも、少しホッとした表情を浮かべるチムニーだった。

 

 

そして、その横に立っていたのは、

 

 

「人の昼寝を邪魔するのは犯罪だぜ、()っこい姉ちゃん。でもあらら……、お前のピンチとなりゃ加勢したくなっちゃうね~。四商海になったんなら、こりゃ、味方だわな」

 

 

眠そうに欠伸をしながらも鋭い眼光と笑みを()い交ぜにした表情を見せる青雉、クザン海軍本部大将その人であった。

 

 

どうやらガレーラの小さなスパイマスターは特大の助っ人を準備していたらしい。

 

 

 

 

 



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第81話 オセロ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

その場所は暗闇に閉ざされていた。

 

ヤルキマンマングローブの巨大な幹の根元でぽっかりと広がりを見せた空間であることを己の見聞色でなぞっていくことは出来たが、漆黒に包まれていることに変わりは無かった。

 

激しい息遣いが聞こえてくる。拳と蹴りが人体に叩き込まれる重くて鈍い音が聞こえてくる。

 

戦いは場所を変えて、途切れることも無く続いていた。

 

私の見聞色は闇の中で繰り広げられてゆく攻防の連続を追っていく。眼前で、まるで白昼の中での出来事のように顕現させてゆく。

 

麦わらが放つのは常人の肉眼では間違いなく消えるように見えてしまうであろう速度の拳、その一撃を(かわ)されようとも、マングローブの根から反転しての鞭のようにしなる超高速の足技。

 

そこに畳み掛けるようにしてグルまゆからの首を刈り取ろうとするかのような蹴りの猛襲。

 

グルまゆの蹴りには明らかに連撃の意図があって、首から肩へ標的は瞬時に変わってゆく。

 

対するルッチは鉄塊(テッカイ)の身ひとつでそれら全てを受け止めている。多少武装色も(まと)っているかもしれないが。

 

ナミが持つ(タクト)はどうやら改造されているようで、先端に電気を帯びさせた上でカリファに向けてぶつけている。

 

モフモフ君もまた獣人へと巨大化させた身体から、(ひづめ)でもってして相手を砕かんと一撃を見舞っている。

 

それでもCP9のカリファは二つの同時攻撃からするりと紙のようにしてすり抜けて見せ、指を一突きからの蹴り。

 

麦わらたちはどう考えようとも劣勢で、暗闇の中で攻撃を繰り出せていることがそもそもにして驚嘆に値する。彼らは見聞色を駆使して戦っているわけではない。ただただ五感を総動員させて何とか戦っているに過ぎない。もしくは第六感までもを働かせているのかもしれない。

 

 

 

「お願い。……聞いて頂戴(ちょうだい)

 

ロビンが戦いに楔を打つようにして言葉を放つ。

 

 

返ってくる言葉など何もない。

 

 

辺りを覆うのは暗闇のみ。

 

 

激しい息遣い。

 

 

罵声。

 

 

怒声。

 

 

地を踏みこむ圧。

 

 

拳の連打。

 

 

蹴りの連撃。

 

 

吹き飛ばされて起こる風。

 

 

叫び。

 

 

それでもロビンは口にする。

 

 

遠い昔に彼女自身を襲った出来事を。

 

 

故郷オハラが辿り着いた成れの果てを。

 

 

ロビンの言葉に応酬するのは言葉ではない。

 

 

拳であり。

 

 

蹴りであり。

 

 

天候であり。

 

 

(ひづめ)である。

 

 

それらを薙ぎ倒す圧倒的な体技であり、気合であり、気配である。

 

 

それでもロビンが口を閉ざすことは無い。

 

 

故郷(オハラ)での変わることの無い孤独感。

 

 

故郷(オハラ)でのささやかな喜び。

 

 

故郷(オハラ)での忘れられない出会い。

 

 

故郷(オハラ)での忘れ難い温もりと悲しみ。

 

 

そして絶望。

 

 

死にたくなる想い。

 

 

でも死ねない想い。

 

 

その狭間で無理矢理作りだす笑顔。

 

 

身につけていく打算。

 

 

覚えていく裏切り。

 

 

それでもどうしようもない孤独感。

 

 

言葉は風に乗り、闇へと溶け込んでゆく。

 

 

「だから何だ」

 

 

麦わらが初めて返す言葉を口にしながら、巨大な豹へと拳を叩き込む。

 

 

それを蹴りで相殺された上で吹き飛ばされようとも何とか立ち上がり、

 

 

「おれは……お前の過去何か……興味ねぇ」

 

 

息絶え絶えに再び言葉を放つ。

 

 

拳を繰り出すことを止めはしない。

 

 

立ち向かっていくことを止めはしない。

 

 

「お前がどうしたいんだ……。おれが知りてぇのは……それだけだ」

 

 

「一緒に行ぎだいっ!!!!!! ……でも」

 

 

麦わらとロビン、共に心と心をぶつけ合い、ロビンが口にする更なる想い。

 

 

自らを覆う闇。

 

 

その闇の深さ。

 

 

強大なる力。

 

 

それは果てまで伸び、どこまでも伸びてゆき、

 

 

最後まで叩き潰すことを止めようとはしない。

 

 

闇からは逃れられない。

 

 

強大な力には(あらが)えない。

 

 

だから自分を犠牲にする。

 

 

そうすれば守れるものがある。

 

 

「その女がどういう存在か分かっただろう。本来ならば生きていることが許されない存在だ。生きていることそのものが罪。命令がなければ俺は間違いなくその女を殺している」

 

 

ロビンの心の叫びを土足で踏み(にじ)るようにしてルッチが言葉を放つ。

 

 

拳が繰り出される。

 

 

それは超高速での連打。

 

 

静かなる怒りが乗り移ったかのような魂の連撃。

 

 

それは鉄塊(テッカイ)を破る。

 

 

武装色の上から相手を揺さぶる。

 

 

「闇が何だっ!! 世界が何だっ!! そんなもんおれには関係ねぇっ!!! ロビンッ!! お前がおれたちと一緒にいたいんなら、おれたちはどこまでも戦うっ!!! 闇も世界も望むところだーっ!!!!!!!!」

 

 

麦わらからの魂の言葉。

 

 

その言の葉が力を持ったかのようにして、

 

 

闇に光が灯った。

 

 

ナミが手に持つランタンは5つ。

 

 

その4つを放り投げて、

 

 

「ロビン、あんたは私たちの仲間よ」

 

 

断言する。

 

 

モフモフ君もひとつを拾い上げて、

 

 

「仲間だぞっ」

 

 

断言する。

 

 

グルまゆもひとつを拾い上げて、

 

 

「ああ、仲間だ。ロビンちゃん」

 

 

断言する。

 

 

麦わらもまたひとつを拾い上げて、

 

 

「ロビンっ!! お前はおれたちの仲間だーーーっ!!!!!!!!」

 

 

断言した。

 

 

4つの光が闇に浮かび上がる。

 

 

光は血に染まる身体も浮かび上がらせるが、

 

 

それでも闇を照らし出す。

 

 

ロビンが最後のひとつを拾い上げて、

 

 

(わだじ)()れでっでーっ!!!!」

 

 

魂の叫びで締め括った。

 

 

その瞬間だった。

 

 

私にはスイッチが入ったような気がしたのは。

 

 

でも確かにスイッチは存在した。

 

 

モフモフ君が何かを口にして噛み砕く音が確かに聞こえた。

 

 

ナミが(タクト)を振り回した。

 

 

グルまゆが送ってきた視線はまるで合図のようであった。

 

 

私にも駆け抜けるべき一本道が見えたような気がして、瞬間的に私の身体は動き出していた。

 

 

(ソル)からたちまち(キル)へ。

 

 

広がる空間に弧を描くようにして移動する。

 

 

モフモフ君の動きを感じ取れる。

 

 

盛り上がるようにして変形した腕、その両腕を合わせて(ひづめ)で以てして刻みつけるような一撃。

 

 

刻蹄(こくてい) 桜吹雪(ロゼオ・ミチェーリ)

 

 

カリファに向けられた一撃は(かわ)される。

 

 

それでもその一撃の意図は別にありそうだ。

 

 

攻撃に入った角度からしてある方向へと誘導している。

 

 

ナミが持つ(タクト)の先には黒雲が見て取れる。

 

 

それを(タクト)から放して走り出しているナミ。

 

 

指銃(シガン)の連撃に追われながらも、

 

 

「黒雲から天候棒(クリマタクト)(ほとばし)(いかずち)電光槍(サンダ―ランス)=テンポ」

 

 

一瞬で駆け抜けてゆく一直線の(いかずち)を生み出してゆく。

 

 

それさえもカリファは(かわ)していくも、また引き寄せられるようにして一方向へと移動することを余儀なくさせられている。

 

 

グルまゆは回転していた。

 

 

回転と共に彼の足は燃えていた。

 

 

それは怒り、否、摩擦。

 

 

摩擦で発熱された足は赤く(たぎ)るように燃えて且つ光を帯び、

 

 

「おれの足に悪魔が乗り移ったと思え、悪魔風脚(ディアブルジャンプ) 画竜点睛(フランバージュ)ショット」

 

 

ルッチの顔面目掛けて炸裂する渾身の一撃。

 

 

それを武装色を(まと)った鉄塊(テッカイ)で受け止めるもルッチは少しだけ後退を余儀なくされている。

 

 

カリファとルッチの立ち位置はある1点へと引き寄せられるように収束している。

 

 

麦わらは親指を噛んでいた。

 

 

ここで私がすべきことは何か。

 

 

カリファとルッチの1点収束を完結させ、そしてその場から逃れられないようにすること。

 

 

最速の(キル)から一気に立ち止まり、

 

 

左足を踏み込む。

 

 

抜刀。

 

 

からの(キル)

 

 

左足から(ほとばし)る血飛沫。

 

 

それでも構わない。

 

 

(キル)に支障はない。

 

 

(あか)く染まった足に(あか)く染まる髪。

 

 

(あつら)え向きではないか。

 

 

刹那の刻でそう思った瞬間には剣閃は二人へ向かいゆく。

 

 

「居合 紅一筋(くれないひとすじ)

 

 

人界を超えた速度で放った一撃は武装色と鉄塊(テッカイ)の防御を破って相手をまとめて切り裂いてゆき、

 

 

合わせて切り裂いた空気が押し戻すような逆回転を引き起こし、

 

 

顕現するのは空白。

 

 

時間。

 

 

空間。

 

 

共に。

 

 

その一点にこそ勝機があって、

 

 

「骨風船」

 

 

麦わらの腕はそこだけ巨大化し、

 

 

「見ろ、この左腕は巨人族の腕」

 

 

有り得ないほどに巨大化してゆき、それはまさに巨人族のサイズにまでなり、

 

 

巨人の腕(ギガントピストル)ッ!!!!!!!!」

 

 

すべてを穿つようにして一直線に、すべてを(ほふ)るようにして一直線に、

 

 

抜けていった。

 

 

ルッチとカリファは飛んだ。

 

 

間違いなく吹き飛んだ。

 

 

「ロビン、言っただろ。お前の責任はちゃんと取るって……」

 

 

そう満面の笑顔で言ったあとに麦わらは身体が縮んでしまっていた。まるで子供のように。

 

私は思わず吹き出してしまって、

 

「フフッ、あんたの船長は最高ね。……ね、言った通りでしょ。(さら)け出さないと何も始まらない。やっと、始まったわね……」

 

涙を拭い続けるロビンに声を掛けていた。

 

そんなロビンは笑顔で。

 

麦わらたちも皆笑顔で。

 

 

多分私も満面の笑顔だったんだとそう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イトゥー会のイットー・イトゥーか。賞金稼ぎが借金取りに精を出すたあ良い世の中になったもんだ。お前らは本部にも出入りする存在。ここで一戦交えりゃ、あとあと面倒になんのは分かり切ってるが……、それでもやるってんなら、まあいいんじゃない? なぁ、氷でも拝んでくか?」

 

口調とは裏腹にして青雉の言葉には結構なドスが利いていた。

 

「冗談言うたらあきまへんな、クザンはん。わてかてあんたはんの立場と影響力は百も承知やでぇ。何でこんなとこに来たんか知りまへんけど、しゃーないわ。こら出直しやなぁ。ハット、また来るでぇ~」

 

ゆえにか知らないがイットーは大人しく刀を鞘へと納めてゆく。

 

「んでそこのスーパー美脚姉ちゃん、お前はどうする? 今晩ヒマならまだ付き合ってやってもいいが。……お前の身がもつかは保証出来ねぇぞ」

 

返す刀で口にした青雉の言葉はジョゼフィーヌが聞けば即抜刀しそうな下ネタ加減に満ち溢れていたが、それでもしっかりとドスは利かせていた。

 

「いいえ、結構よ。私たちも立場を危ぶませることまでは望んでいないわ。……まだね。ここは大人しく退散しましょう。でもあなた、そういうことはドフィの前だけでは口にしないことね。じゃないと、マリンフォードが潰されちゃうわよ」

 

ヴァイオレットという女もまた減らず口ではあるが、これ以上続ける意思はないようだ。

 

「だそうだ。ネルソン・ハット、こりゃヒマんなったな。どうだ、んじゃ寝るか?」

 

は? 誰が寝るかーっ!!!

 

と叫び出してやりたかったが、止めておいた。胸中は複雑だ。

 

死の一歩手前までいってやっと互角に持っていけた相手を言葉だけで、その存在だけで退ける姿を目の前で見せつけられたわけであるから。

 

当の本人は俺の沈黙による無視も意に介さず、さっさと体を横たえて額のアイマスクを下ろしていた。

 

つかみどころの無さは相変わらずで、厄介加減は正直麦わら以上だ。

 

助かったのも確かではあるが。

 

溜息を吐く代わりに辺りを見回してみる。自分で引き起こしたことではあるが、まじまじと眺めてみれば凄まじい光景ではあった。地は金色に輝いていた。

 

青雉はよくこんなところで寝ようなどと思えたものだ。

 

イットーとヴァイオレットの姿は既に無い。

 

現れるのも一瞬であれば去るのも一瞬。

 

クラハドールは倒れていた。何とか無事ではありそうだが、奴も相当に血を流しているのは間違いない。

 

アイスバーグが無傷なのは奇跡と言ってもいいかもしれないな。

 

今はチムニーが側にいて様子を見ていた。奴にはありがとうと一言感謝を告げられた。チムニーが用意していた一手に救われたのは俺たちの方だ。

 

「お前の覇王色マイナス、あれは紛れも無く“ベクトル”だったな。それに武装色との“コネクト”。中枢とは言えまだ前半だぜここは。末恐ろしい奴だよお前さんは」

 

アイマスク姿で横たわりながら言うことでは断じてないはずだが、まあいいだろう。

 

“コネクト”とは?

 

そう聞き返そうとするも、

 

「……そう言えばロングリングロングランドでも会ったな、末恐ろしい奴に。モンキー・D・ルフィ。向こうにいるな。……ニコ・ロビンも」

 

声音がどんどんと薄ら寒いものになっていく言葉が飛び出してきた。気付けば青雉はアイマスクを上げており、視線は一気に鋭いものへと変わっていた。

 

こいつがここへ現れた理由。

 

シャボンディへとやって来た理由。

 

それに今更ながら気付いてしまう。本命はそっちかと。

 

そして、チムニーがそれをだしにして青雉をここへ呼んだのもまた間違いなさそうであり……。

 

「それと、聞かせろ。サンファルドで何が起ころうとしてる?」

 

何だと?

 

なぜそれが今出て来る。

 

俺は思わず振り返りチムニーへと視線を送った。

 

 

「あなたたちはチェスが好きみたいだけど、私はね、オセロが好きなの。相手を挟み込むのが好き。で、私が思ったタイミングでひっくり返すの。それが堪らなく好き。だから悪く思わないで。ほら、さっさと白状し(うたい)なさいよ」

 

顔も向けずにそう呟くのを聞いた瞬間に悟った。

 

CP9の奴らが死んでほしいと口にしたことの意味を。

 

 

最も危険な相手は誰だったのかを。

 

 

 

 

 



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第82話 タリやべぇ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

カク屋が消えるようにして動き出す瞬間には俺はRoom(ルーム)を張り終えていた。奴の狙いは無駄を削ぎ落としての最短ルートであろう。ゆえに海パン野郎を叩きのめして、いやさっさと殺してから目的のものを手に入れる。そんなところか。

 

ただカク屋の動きに対しては遅れることも無くガレーラ屋が動きを合わせている。

 

「ゾロ君。君は私を全力で守―――」

 

「は? 狙撃の王が何ふざけたこと言ってやがる。キングならキングらしくドンと構えてろ。おれは()()()()()()()()をぶった斬ってくる」

 

「ゾロ君、待ちたまえ。……っておい、私の弱さを見くびらないでもらいたい。このウソップ君も真っ青になること間違いなしの震える足を見ろ。立ってるのが不思議なくらいだ。だから向こうのウソップ君をぶった斬ってくるなんて甲斐性なしなことは言わずにこっちのウ……その手には乗らんぞ私はっ!!!」

 

傍らではゾロ屋の肩にそげ屋が寄り掛かるようにして一人ノリツッコミのような救援要請をしてるが、ゾロ屋の素気無い態度でそげ屋の足のガクブル具合はいや増している。誰も見くびってなどいない、むしろ額面通りにしか受け止めちゃいねぇってのに、流石(さすが)のネガティブ思考だ。

 

ゾロ屋からは無言のまま視線が送られてくる。そげ屋を頼むとでも言わんばかりに。いやこの場合は鼻屋だろうか。どっちでもいいな、面倒くせぇ。とはいえ見たところのゾロ屋の本音は剣を持つ相手と早く戦いたくて仕方が無いといったところじゃねぇだろうか。既に抜刀している3本の刀、笑みさえ浮かべそうなその表情にありありだ。

 

まったく、マジで面倒くせぇな、こいつら。

 

だがこれで構図がひとつ出来上がったようなもんだ。カク屋 vs 海パン野郎を守るガレーラ屋+ゾロ屋。こっちはひとまず放っておいても何とかなりそうだ。

 

そしてこの場でひとつの構図が出来上がってしまえば、自ずともうひとつの構図も決まってくるというもの。つまりはターリー屋 vs 俺+そげ屋である。

 

よって上空飛び交うハヤブサは一旦は余りだ。

 

辺りは既に大混乱の様相を呈している。カク屋の斬撃による一撃は狙い澄ましたかのように海パン野郎へと向かうもの。それに対してガレーラ屋は刀そのものをロープで掴み取ろうとするもの。いや武器破壊まで狙ってるかもしれねぇ。更にはゾロ屋が刀3本で畳み掛けてゆく。それでもカク屋は見聞色ひとつでその斬撃をするりと(かわ)しきってやがる。一連の攻防はギリギリのところで周りの群衆を傷付けない程度に収まりこそすれ、巻き込まないということは有り得なかった。

 

悲鳴が飛び交い、雪崩(なだれ)を打ったようにして群衆が1本道から駅方向へ、更には左右の方向へと逃げ出していっている。

 

そんな喧騒溢れかえるこの場ではあったが、ターリー屋は何事も無いかのようにして悠然と佇んでいた。一点の曇りも無い微笑を湛え、身動(みじろ)ぎもせず、そこだけ世界から隔絶してしまっているかのようであった。

 

こいつだけは次元が違いそうだ。

 

己の見聞色は煩いほどにそう告げていた。

 

ゆえに、ガレーラ屋とゾロ屋に気を配ってる余裕など皆無であろう。

 

「……そげ屋、ひとつ言っとくが、腹括れ。じゃねぇとお前の心臓がこれから先もちゃんと動いてるかどうかは保証出来ねぇ。俺の能力は理解してるな? 俺はお前を突然至る所に飛ばすかもしれねぇが何とか踏み止まれ。……行くぞ」

 

「ぢくしょうっ!! わぁってるよっ!! そんなことは。やればいいんだろうが、やればっ!!!」

 

そげ屋であることをかなぐり捨てた鼻屋は目と鼻から流れ出すものを垂れ流し放題ではあったが、辛うじて仮面は外しておらず、何とか意は伝わったようだ。

 

さて、集中だ。

 

この場を覆い尽くす喧騒には意味など無かった。俺には喧騒は静寂でしか無かった。ターリー屋が止まっているのであれば、奴から動き出すことは無さそうだ。ならば動くのは俺たちの方からということになる。

 

己の見聞色が告げることは何も無い。

 

無そのもの。

 

そうして何も無いからこそ、ざわついてしょうがねぇ胸中を無理矢理にも押し留めていく。

 

ここで待つことに意味はない。行くしかないだろう。

 

「シャンブルズ」

 

覚悟を決めて動き出した俺がすることは、まずはそげ屋をタワー屋上の誰かと入れ替えること。

 

瞬間には鞘を放り投げて鬼哭(きこく)を抜く。上空から鉛玉三連。どうやらそげ屋は意を決して挑んだらしい。涙と鼻水を引っ込めたまま。

 

ターリー屋の見聞色であれば、当然ながら鉛玉が3つになろうともそれが当たることは無いだろう。それでも玉を避けたその直後はどうか。狙いはそこだ。

 

己の見聞色を最大限行使して、奴との直線距離へと意識を向ける。逃げ惑う群衆による悲鳴も喧騒も何もかも関係無い。奴は俺からやや斜め上、距離はそこまでない。その間にある空間に意識を集中させて、

 

葬送刀(マーラー) 三連切断(ドラエク・シュナイデン)

 

鬼哭(きこく)で描くのは三角形。つまりは3連斬。上から左斜め下へ一閃、真横一文字に一閃、最後に下から左斜め上へ一閃で一型を刹那の刻で斬り刻む。武装色の王気マイナスを(まと)って。

 

3つの斬撃は瞬間で直線上のヒト、モノ、すべてを切断してオペオペの前にひれ伏させることに成功するはずであったが、唯一ひれ伏さない相手がターリー屋。

 

周りの人間のように五肢バラバラで倒れ伏すこともなく、未だ微笑を湛えたまま。

 

「……私を黄泉(よみ)(おく)るにはまだ少々武装色(ゴウ)がタリませんね。傘を愛しておられないからターリて、傘の愛しさを教えてあげまターリー!!!」

 

ターリー屋の言葉は最後にお辞儀で締め括られ、気配と姿が同時に消えた。

 

こいつ、見聞色マイナスなのか?!

 

一瞬の思考を直ぐ様に捨てて、カンマの(きわ)で眼前に現れ出でることを見聞色で読み取った後、シャンブルズ。

 

ターリー屋が元居た場所へと己の位置を移すも、驚愕すべきことに眼前にはターリー屋。思考の速度、見聞色の速度で上回られれば当然の帰結かもしれねぇが、相手の姿勢は先程と変わることなくお辞儀。

 

だが傘だけが見当たらない。気配として存在していない。

 

モノであるはずの傘が消える?!

 

未知との遭遇によるその時間が止まってしまったような、恐怖に押し潰されてしまいそうな感覚に襲われようとも、動きを止めるわけにはいかない。

 

よってターリー屋の背後にそげ屋を移す。

 

「さっきから君の言ってることはさっぱり分からん。だから鉛玉でも愛してみるか? 炸裂鉛星(なまりぼし)

 

発射態勢を保ったまま移ってきたそげ屋は口調も含めて準備万端であり、ターリー屋の背後から至近距離にて鉛玉を放つ。これで挟み打ち、つまりはシャンブルズでの基本戦法。だが、

 

傘?!

 

突如としてターリー屋のお辞儀する手の先に、消えていたはずの傘が現れ出でる。当のターリー屋には鉛玉が炸裂したはずであったが、そんな様子は欠片ほども無く、

 

「傘を愛して先へ逝け、絶望の傘(アン・ブレイダ)、ターリー!!!!!」

 

禍々しくも硬化された傘が速射の如く動く。それは相手に絶望を見せるに等しい一突き。

 

カンマの最後の微塵で察知して、そげ屋共々シャンブルズで退避するも、消えたはずの傘が突如現れたことによる一瞬の遅れは致命的で一突きの先端を諸に食らい、移動先にて直ぐ様血反吐を吐かざるを得なかった。

 

俺には気付いたことがあった。俺も同じ武装色の方向性であるからこそ、この身体の内部を潰しに掛かってくる感覚に気付かないわけは無かった。

 

だがそれによって生まれる別の疑問。人によって覇気の方向性は偏るはずであるのに、ターリー屋は見聞色マイナスと武装色マイナスを同時に会得していることになる。

 

「おい、大丈夫かよって、ここ空中じゃねぇかっ!! しかも下、海だぞ。お前飛べんのか?」

 

俺の思考など知るかとばかりに、背に負ってる状態のそげ屋はまたもやそげ屋なのか鼻屋なのかへったくれもねぇ話し方になってるが、確かにここは空中でしかも海上。一旦、ターリー屋からかなりの距離を取ろうとすればこうなった。

 

「いや、飛べねぇ」

 

口にした先からそげ屋は半狂乱になってやがるが、勘違いするなと言いたい。ここで本来半狂乱になるべきは能力者である俺の方だ。

 

だがまあいい。海に落ちるまでまだ余裕はある。その間に出来ることをやっても十分にお釣りが来るだろう。

 

「そげ屋、お前をさっきの場所へ戻す。そいつを準備しとけ」

 

今の今まで偏りなく覇気を繰り出す相手はいなかった。だがあれはどう考えても見聞色マイナスと武装色マイナスをそれぞれに使いこなしている。つまりは今まで出会わなかっただけってことなのか。ここは中枢、偉大なる航路(グランドライン)も半分進んでいる。そんな奴がいてもおかしくは……ない。

 

そんな思いの後、そげ屋にはパチンコ発射の準備をさせて元の場所へと入れ替え、更にはRoom(ルーム)の範囲を広げてゆく。そして、Unit(ユニット)。顕現させるは集中治療域。ひとつ上へと覚醒させたオペオペ。

 

こうでもしねぇと未知なる相手には勝負にもならねぇだろう。

 

戻るはターリー屋の背後。

 

「逝かねば傘を愛しタリは出来ません」

 

当然ながら見聞色で察知されているのは確かなようで、背中越しに言葉が放たれてきて、瞬間で後ろに目が付いてるかの如く傘の先端が襲い掛かってくるが鬼哭(きこく)で何とか受け止めてみせる。

 

ここから(とどろ)かせるは電気メス。集中治療域内に作りだすは磁場。それは相手と己を確実に引き合わせる流れ。ゆえに、

 

「カウンターショック “絶対電気(アブソリュータス・ストローム)”」

 

逃れることは出来ないカウンターを見舞う。それは髄より痺れさせる電気治療。

 

更には、

 

「花火は下から見るもんじゃねぇ、まっすぐ目の前で見るもんだぜっ!! 炸裂 “向日葵星(ひまわりぼし)”」

 

もうどっちでもいいが、そげ屋をかなぐり捨てた鼻屋からの5発同時発射。しかも放たれたのは爆弾そのもの。誘発するのは至近距離での花火炸裂。

 

だが、

 

電撃が到達した相手、花火が炸裂した相手はターリー屋ではなく、奴の傘そのものであった。磁力で以てして確実に引き付け合ったはずであったが、傘をターリー屋として引き付けてしまっていたようだ。

 

いや、違う。何だ? これは方向性の偏りが無い云々ってもんじゃねぇ……。

 

!!

 

くそっ、考えてる暇など無かった。

 

「おいっ!! あの傘全然潰れてねぇし、タリタリした奴がタリやべぇっ!!!」

 

そげ屋の意味不明なようでいて分かり過ぎるような言葉はすべてを表していた。電撃を受けて、爆弾5つをまともに受けたその傘はどこまでも無傷であった。そしてターリー屋はその傘をまた手にしてお辞儀をしていた。

 

確かにタリやべぇにも程がある。

 

更に傘がまた消える。

 

こいつはただの見聞色マイナスのはず。じゃあさっきのは何だってんだ?

 

己の思考など無視するかのように、傘の影も形も気配さえも消え去って、ターリー屋のお辞儀は終了する。

 

「傘とは博愛ターリて。世界へ(あまね)く、そして等しく、愛を(もタリ)さん――――――」

 

ただ俺には別の音も聞こえてきていた。それは上空から、いやタワーの屋上からだ。そいつは確かに俺たちが南の扇からここへ戻って来た時からずっといた。気にしねぇようにしていたが。

 

シャーン♪ シャーン♪

 

ドンガー♪ ドンガー♪

 

そして、

 

「エッビッバーリー!! 聴いてけ“戦う音楽(ミュージック)”♬」

 

「スクラ~~~~~~ッチ!!!」

 

それは同時にターリー屋がカンマで逡巡を感じた様な気がした。

 

「“(ドーン)”♬」

 

爆弾傘(ボムレラ)

 

連関されたつながりの線上。どこに行ってしまったのか知らねぇが、ロッコさんがよく口にする言葉を思い出す。この世に偶然などは存在していない。あるのは必然ただそれだけ。ゆえに海鳴り屋による気まぐれの参戦で生み出されたカンマの逡巡であろうとも、それは連関されたつながりの線上に存在している。

 

突破するはその一点。

 

己の見聞色はカンマの刻分ずれて生み出された2つの爆発をカンマの微塵分早く察知することが出来、

 

隔離病棟(イゾリアル・ワード)

 

Unit(ユニット)の範囲をターリー屋を囲む最小限まで一気に縮小し、武装色の王気マイナスを(まと)わせることで完全に奴を隔離することに成功する。

 

引き起こされるのは膜の中での凄惨極まるまでの特大爆発。音は轟音にして光は閃光。ただし隔離には成功している。完全に。

 

「タリやべぇな、おい」

 

呆然とした表情でいるそげ屋。その一方で、どうやらお気に入りになっていそうなその言葉。隔離に成功していようとも、その先に嫌な予感しかしていない俺からすればその言葉は後に取っておいた方が良さそうだが、それよりも。

 

「うっは!! コリャまた面白ェモン見ちまった。届いたか、この俺の音楽(ミュージック)。聞こえタンならステイチューン!!」

 

遠目でしか確認出来やしないがそいつは異形であった。腕の関節、あれは手長族か。ってことは、スクラッチメン・アプー、やはり海鳴り屋ってわけだ。

 

「何のつもりだ?」

 

「アッパッパッパッ!!!! ここでDJやってるより面白ェモン見つけリャァ、チェケラァッ!!!!」

 

よくは分からねぇが、思った通り俺たちの戦いに気まぐれで乱入したってことらしい。お陰で助かったのは確か。ターリー屋のアレをまともに食らってれば正直この島自体危うかった可能性がある。海鳴り屋もタワーの屋上であのように両手でポーズを取りながら笑ってやがるような場合では無かったはずだ。そして、

 

「おい…………」

 

そげ屋が驚愕に満ち満ちた声音で呟いた言葉。だから言わんこっちゃねぇ。

 

タリやべぇってのはこういうことだ。

 

有ろうことか、Unit(ユニット)内の爆炎の中から現れ出でたのは全くの無傷であるターリー屋だった。嫌な予感は見事的中したわけだが、思わずにはいられない。

 

どうなってやがるんだ、こいつの身体は。

 

「フフフ、ローさん。あなたの傘愛は微塵も感じられませんが、私も愛を(かタ)リ続けるのに少々疲れまターリてね。あなたの疑問に少々タリだけお応えしましょう。海列車にてご披露しターリ、“ベクトル”。覇気は方向性に関係なく実体を持ち、例外は無し。ゆえに見聞色もまた流れターリて運べターリ。それに、武装色に見聞色を掛け合わせ、つまりは“コネクト”しターリ。その結果どうなるか……」

 

ターリー屋が涼しい顔して口にした内容。それは俺の嫌な予感が的中も的中でど真ん中。一方で斜め上をいく内容。

 

つまりはこいつは見聞色マイナスと同時に武装色マイナスを使える上に、覇気を“ベクトル”の概念で駆使することが出来、更には掛け合わせて行使してくるということ。

 

 

それこそ、タリやべぇ内容であった。

 

 

 

 

 

 

 



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第83話 破廉恥

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

「パウリー、一応5年の(よしみ)じゃから包み隠さず言うておいてやろう。実はルッチとカリファ、それに酒場のブルーノもワシと一緒じゃ。……取り敢えず、世話んなったのう」

 

俺の身体は怒りそのものだった。当然吐き出す葉巻の煙も盛大になる。それはカクの正面からの突撃に上手くロープで刀を掴み取ったところを避けられて外されたことへの怒りじゃねぇ。

 

俺の頭に血を上らせんのは奴が直後に口にした内容だ。

 

5年っていう月日は短いようで長ぇ。

 

俺たちは1番ドックで、ガレーラで、ウォーターセブンで、船を造ってきた。話し合ってきた。共に過ごしてきた。俺たちは家族みたいなもんだ。ひとつの家、一家としてこれからも生きていくとそう思ってた。

 

だがそれは俺だけだったってことか……。

 

タワーの目の前に俺たちはいるが、さっきまでいた人だかりは既に逃げてしまっていた。

 

「ガレーラ同士で喧嘩なんざいつものことかと思ってたが、どうやら様子が違うようだなァ。まあこうなっちまったもん、しょうがねぇだろ。それに安心しろ。お前にひとつホットな情報を教えてやらァ、今週の俺はス~~パ~~なんだぜェ」

 

「だからどうしたってんだっ、バカ野郎がぁっ!!!」

 

似合わねぇような妙に神妙な顔して喋り出したかと思えば、最後にはグラサン外してからのドヤ顔だ。バッチリ決まってやがるリーゼントが俺のイライラ具合を、まるで木釘で打ちつけて来るみたいに絶妙に刺激してくる。人の気も知らねぇで、思わず怒声と共にロープを繰り出しかけたが、

 

「集中しろっ!! 来るぞっ!!」

 

両手に持つだけでは飽き足らねぇで口にも刀を銜えてやがるそれこそ妙な剣士に諭されちまってた。

 

俺としたことが何を取り乱してんだ。

 

「ワシは早速仲間外れか、つれないもんじゃな」

 

カクが既に動き出していた。さっきの突撃のスピードは間違いない。あれは海軍で言う六式の(ソル)ってやつだろう。つまりはカクは六式を操る可能性が高い。それにあの回避、見聞色の覇気を使ってるとみて間違いなさそうだ。分が悪ぃとしか言いようがねぇが。

 

また(ソル)か。

 

直ぐにも背中のロープに手を掛けようとしたが、手拭いで緑髪を覆った剣士の方が先に動いていた。

 

いい読みだぜ。

 

流れ的に剣士が斬り込んたところを俺がロープで捕まえて、最後にフランキーというのが一番良さそうだ。

 

あの剣士分かってやがるな。3本目を口に銜えてるのを見た時にはワンペアさえ無理かと絶望しかけたが、これならスリーカードも行けるかもしれねぇ。

 

三刀流(さんとうりゅう) 刀狼(とうろう)流し!!!」

 

(ソル)のカクに正面衝突直前でバク転からの受け流し、そして斬り付け。

 

「柔らかいのう」

 

確かにな。いい腕してる。

 

少しだけ冷静さを取り戻せた気がして、隣の状況にも一瞬だけ意識を向けてみれば、向こうは2対1で相手は余裕綽々(しゃくしゃく)な様子の優男だ。傘で何が出来ん―――――――、

 

「ちィまちィまチャンバラやってんじゃねェ、(おとこ)なら拳で勝負だろうがッ! “ストロング(ライト)!!!”」

 

「ワシにはお前のどこがスーパーなのか分からんのじゃがな」

 

「おいっ!! マジかよっ!!!」

 

「てんめぇっ、ジャック揃いにキング出して来てんじゃねぇぞっ!!!」

 

このリーゼント野郎に定石が備わってると一瞬でも考えちまった俺がバカだった。

 

奴の右腕前半分が突如鎖に繋がれたまま切り離され、爆発的な風と共に飛んだ先はバク転着地直後の剣士。フランキー自身は直線上の手前に居るはずのカクを狙ったのかもしれねぇが、見聞色の覇気を操るであろうカクは既にそこにはいやしなかったのだ。

 

これでは一昨日の賭けポーカーん時と一緒じゃねぇか。負けんのはテーブルの上だけにして欲しいもんだぜっ。

 

「“ロープアクション” “ハーフノット” 」

 

フランキーの右拳直撃で海の上へと放り出されていく剣士に直ぐ様2本のロープを繰り出していく。俺のロープが見えたのか剣士は空中でも動じてないように見え、ロープが腕を掴んだ瞬間には2本の刀を背に負っていた。一瞬視線が合う。

 

ありゃぁ、反撃の構えだな。

 

あの剣士とは分かり合える気がする。横目で視線を送ったフランキーもドヤ顔を続けて寄越しているが、こいつと分かり合えてるとはつなぎのポケットに入ってる1,000ベリー札に賭けても思えねぇ。

 

「フランキー、そいつに当たらねぇのは偶然じゃねぇ。カクは先を読む力を持ってる」

 

フランキーには下手な動きをしねぇように釘を差しておき、瞬間的に2本のロープに力を伝える。

 

「“エア・ドライブ!!!”」

 

さて、新しい葉巻に火を点ける時間は――――――、

 

「な~~るほど~~、そいつは上等だなァ。ならァ、フランキ~~~、“デストロイ砲”。痛たたた!! 脱臼(だっきゅう)するからコレ嫌いだぜ。先を読めてもおれから逃れられることは出来ねェ。なぜならこいつは追跡砲弾だからなァ。――――――待てー!!!」

 

無かったな。

 

両肩を脱臼(だっきゅう)させてまで吊り上げるようにして上げてみせ、人とは言えねぇ歪な姿で追跡砲弾だと叫びながら自分でカクを追ってやがるフランキーを見て俺が思うことはひとつだ。

 

もう知らん。

 

俺がロープに伝えた引く力で一気に手拭い剣士は跳んでいる。

 

「まったく、お前たちは楽しい奴らじゃのう」

 

フランキーが地道に追いながら撃つ砲弾をカクが余裕の笑みでひらりひらりと(かわ)している。あのバカは本気も本気なんだろうが、傍から見る絵面(えづら)は実にシュールだ。

 

「虎狩り!!!」

 

空中から飛び込んでの刀3本振り下ろし。

 

だが、

 

「アウ!! そこかッ!!」

 

のそこにカクは居やしなくて、居るのは剣士じゃねぇかよっ!!!!!

 

「どこだっ!!!!!」

 

「バカ野郎がぁっ!!!!!」

 

またロープ2本で剣士を引き寄せてやろうと考えたが、俺の中に生まれた怒りはそれだけでは許さず、もうロープ2本追加でフランキーも一緒にハウスだぜ、この野郎。

 

「なぁ、こいつもう、ぶった斬っていいか?」

 

「首を縦に振ってやりてぇところだが、残念ながら俺たちが護衛しなきゃならねぇ相手はこのバカだ」

 

「バカッて言う奴がバカだぜ、このバカがッ!! おれの肩を引き千切る気かッ!!!」

 

俺がロープで身動き出来ねぇ状態にしたうえで、剣士が1本刀の剣先を首元にやっている。

 

そんな状態で動きやがったら引き千切られんのはてめぇの首だぞっ!!

 

 

 

こうなってくると、チムニーが計画を2パターン用意したのも道理だ。こいつは不確定要素過ぎる。

 

こりゃ、()()()()()()()正解だったな。

 

今回実は俺のつなぎの中には紙束が入っていた。チムニーは“設計図”を複製して俺にも持たせたわけだ。あいつは特に何も説明しなかったが、こういうことだったか。フランキー1人の手に委ねられた状態はリスクがでか過ぎるってわけだろう。俺も持っていることで流れがどう動こうともいい具合にカタを付けられそうだ。

 

最初から手札は決まってるってやつだな。チムニーのチンチクリンめ。あいつのことだ、カクたちのことも知ってたんじゃねぇかと思えてならねぇが、あいつなら悪びれも無く言いそうだぜ。

 

―――だって、よく言うでしょ。敵を(あざむ)くならまずは味方からだって――――

 

まだカリファのように破廉恥とは無縁なのがせめてもの救いだが、これで破廉恥を見せ始めたら、こりゃ本気で説教だな。

 

 

 

「お前たちはさっきからワシを差し置いて随分と楽しそうじゃのう」

 

俺の思考、そして剣士とフランキーの罵り合いに割って入って来たカクが現れた位置はフランキーの背後だった。指1本だけを伸ばした状態、つまりは指銃(シガン)で背中から一突きってわけだが、もしやこいつの背中は弱点ではなかったか。嫌なものを感じて俺も剣士も臨戦態勢に入る中、

 

「痛っでェ!!!――――――で終わると思うかい、お兄ちゃん?」

 

「そこは来ると思って鍛え直してあんのよ。“弱点(ジャック・ザ)・リッパー!!!”」

 

「くっ……」

 

入った。

 

と考える前には身体は動き出していた。何だか分からねぇが初めて俺たちが先手を取ったんだ。

 

繰り出すロープには武装色の覇気を(まと)わせていく。

 

「“ワイヤー・アクション”」

 

硬化されたロープは鉄のような硬度となり、上段から手首の捻りを加えて振り下ろせば、

 

「“破廉恥(ハレンチ)(ウィップ)”」

 

体勢を崩したカクへと(したた)かに打ちつけることに成功していた。

 

入った。

 

「いいね、兄ちゃん!! SMデビューじゃねぇかッ!!!」

 

「破廉恥だぞっ、フランキーっ!!!」

 

って破廉恥なのは俺じゃねぇかっ!!!!!! 穴があったら入りてぇ。

 

くそ、そんなこと考えてる場合じゃねぇ、カク相手にこんなチャンスは二度と来ねぇかもしれないんだ。

 

口を動かしながら、頭を回転させながらも俺は動きを止めちゃいなかった。弧を描くようにして一気に駆ける。

 

横目にフランキーとカクの動きを確認しつつ。

 

「拳で語り明かそうぜェ、フランキ~~“BOXING(ボクシング)”」

 

「チンピラが考えそうなことじゃな」

 

フランキーの拳連打が炸裂しているが、カクは防御態勢を取っている。

 

くそ、持ち直したな。いつだってフルハウスは続きゃしねぇんだ。あれは間違いなく鉄塊(テッカイ)を使ってやがるに違いない。

 

胸と膝から血が流れるのが見えるが、奴はフランキーの拳を身体全体で受け止めている。こりゃぁ、畳み掛けねぇと拙い状態になりそうだ。この一時の有利などあっという間にひっくり返されて、たちまち形勢逆転になってしまうだろう。

 

「“ワイヤー・アクション” じゃあ船大工が考えそうなことは分かってんのかぁっ!!!」

 

武装色の覇気を(まと)わせながら真横にロープを繰り出す。大量のナイフを括り付けたやつだ。

 

フランキーは左腕を構えている。

 

剣士がカクの背後に回り込んで斬り込もうとしている。ありゃぁ、一直線だな。

 

「“パイプ・ヒッチ・ナイブス!!!”」

 

「“ウェポンズ(レフト)!!!”」

 

鬼斬(おにぎ)り!!!」

 

俺たちの同時攻撃、波状攻撃。武装色を(まと)って斬り刻もうとするワイヤーからの無数のナイフ刃。渾身の砲弾。高速で駆け抜けた斬撃。

 

「遅いのう」

 

だが、カクの言葉が全てを表していた。俺たちの攻撃は当たらない。防御もされない。ただ避けられる。瞬間で。

 

そして奴の指が一閃していた。

 

指銃(シガン)穿髄(せんずい)”」

 

言葉も無くフランキーがその場に倒れ伏す。

 

瞬間で、

 

「二刀流 逆十字(ペトロス)

 

剣士もまた吹っ飛んでいった。

 

俺には見えやしなかった。いつだって次の手札が見えたためしはない。

 

俺に見聞色の覇気はまだねぇのだから。

 

瞬きしねぇうちに眼前にはカク、振り上げられた足。

 

「昨日のラムは最高じゃったな。嵐脚(ランキャク) 黒雷(こくらい)

 

咄嗟に武装色の覇気を自身に纏うも、カクの武装色かまいたちに抗うことは当然出来ず。葉巻さえ取り落として、一瞬で切り傷刻まれながら飛ばされた。

 

ラムは確かに最高だったが、嫌な事を思い出させんじゃねぇっ!! 俺はカク相手にもポーカーで勝てたためしはなかったんだ。

 

飛ばされた先の1本道上で仮面姿の群衆から心配そうに見詰められながらも、俺の頭は回転していた。最初のフランキーの反撃がなぜ効いたのか? 見聞色を突き崩せたからに他ならないだろう。無意識下だったんだろうか? そうかもしれない。とにかく俺たちの突破口はそこにしか無さそうだ。

 

何とか立ち上がって自分の手足を動かしてみれば、特に問題は無かった。向こうで剣士も立ち上がりつつある。取り敢えずは頑丈な(ほう)らしいな。

 

遠くでネルソン商会の奴と長い鼻の奴もまた見える。眺める限り奴らも劣勢なんだろう。俺たちと比べてどうかは分からねぇが。どうやら乱入者もいるらしい。タワーの上から聞きなれない声が聞こえてきてやがる。

 

って、ちょっと待て。妙な奴が更に増えていないか?

 

向こう側じゃねぇ、俺たちの近くだ。

 

そいつは女だった。

 

髪は緑色で、あのコートは、……海軍?

 

だが何よりも問題なのはスカートの丈が短いことだった。

 

足の露出は凄まじく、

 

はっきり言って、

 

破廉恥でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第84話 引き金(トリガー)

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

副総帥殿は何としてでもお守りせねばならない。

 

と考えるのはおこがましいだろうか?

 

そうかもしれないな。

 

 

なぜなら副総帥殿は強い。俺など足元にも及ばないほどに強いことは確かだ。悪魔の実の能力と覇気と呼ばれる力を掛け合わせて昇華させている。その力はキューカ島で最初に出会った頃と比べてみて格段に上がっているのだ。凄味を増してきていると言ってもいいだろう。さっきの攻撃も凄まじかった。電撃は上空からでも視認できるほどの火花を散らしながらあの傘男に向かっていた。強烈であった。

 

あの傘男が異常なのだ。終始余裕の笑みを絶やさない。物腰は常に柔らかく、掴みどころがない。一方で繰り出される傘からの一撃は激烈そのもので動きは変幻自在。様子を窺う限り副総帥殿は劣勢だ。ウソップ君も付いてはいるし乱入者も現れはしたが。

 

だからこそお守りせねばならない。力及ばずともだ。

 

ビビ様は言っておられた。ドフラミンゴは副総帥殿を殺すつもりであると。副総帥殿を死なせてはならないと。ドフラミンゴは祖国を(あだ)なす敵だ。副総帥殿との間に何があったのか詳しくは聞いていない。あの方は多くを語ろうとはしない。それでも構わない。まだ少しの付き合いでしかないが分かる。副総帥殿はどこまでも心優しき方なのだ。

 

お守りせねばならない。

 

その想いと共に奥歯を噛み締めながら、旋回してゆく。サン・ファルド上空での偵察飛行ルートは出来あがっており、その3周目が終わって4周目に入ろうかというところだ。

 

眼下では戦いが繰り広げられている。

 

パウリー殿とゾロ君、そして海パン殿だ。こちらも気掛かりなところではあるが、俺ひとりですべてを守ることなど出来はしない。なので俺が守らねばならないのはやはり副総帥殿だろう。海パン殿はパウリー殿とゾロ君が守っている。そうだ。あれは戦っているのではない。守っているのだ。

 

みな、守っているのだ。

 

チャカと何度話し合ったことか。我らの本分とは何か? それは戦うことではなく守ることであると。

 

ゆえにお守りせねばならない。

 

何度目かも分からぬほど繰り返したその言葉を胸の内でまた繰り返しながら海を眺めてみる。

 

船の数が明らかに増えてきていた。何かが起こりつつある。そんな気がする。それが何かは見当も付かないが。

 

何かの内のひとつは見つけた。

 

空を飛ぶ人間。女。海兵。

 

「女海兵が飛んで来ます」

 

直ぐにも小電伝虫を通話状態にして報告を入れる。

 

~「分かった」~

 

副総帥殿からの返答を聞き終えて、ふと思い出す。コブラ様のお言葉を。

 

――――――ペルよ。俯瞰(ふかん)で眺めてみることは大事なことだ。全体像を掴み大局の見地に立つことが出来る。しかしな、ペルよ。物事というものは得てしてある一点をきっかけにして、引き金(トリガー)にして変わりゆくものなのだ。その小さなほんの一点を見逃してはならん――――――

 

この女海兵の登場はその一点だろうか?

 

そうかもしれない。そうでないかもしれない。

 

どちらにせよ、見逃してはならない。

 

副総帥殿はお守りせねばならない。

 

 

これより、瞬き厳禁だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女海兵とハヤブサから聞いて俺の頭ん中に真っ先に思い浮かんだ相手はヒナさんだったが、現れた相手の髪の色は緑色であった。

 

女海兵と言う通り、確かに正義の白いコートを羽織ってやがる。だが知らない顔だ。何者なのか? このタイミングで現れたのはどういうことか?

 

「おいっ!! 海兵とも有ろうもんが何だその丈の短さはっ!!! 破廉恥なっ!!!!」

 

無数に現れてくる疑問の数々を軽く吹き飛ばす叫びをあげたのはガレーラ屋だった。

 

おいおい、面倒くせぇ奴がここにもいやがった。確かに言う通り丈は短いがそれがどうした。そんなに顔を真っ赤にして叫び出すことか。

 

「これだからガレーラの兄ちゃんはいけねェ。ネーちゃんの生足見るだけでそんな大騒ぎしてやがったら、“小屋”で拝んじまった時にゃァ一体どうなっちまうんだって話だぜェ。ほら、恥ずかしがってねェで腰に腕回して太腿(さす)りながら言ってやりゃあいいんだ。今晩どうかってなァ」

 

「変態エロ野郎め、口を慎めっ!! って言うだろう。ウソップ君の友達のサンジ君なら。鼻血を垂らしながらね。ちなみに私なら、お世話になりますっ!! 今日もありがとうございますっ!! と感謝を捧げるだろう。心の中で。世の中は感謝だよ、キミ」

 

妙な展開になりつつあった。諭し口調で実演し始めた海パン野郎とそれを鉛玉で阻止しながらしれっと己の考えを口にしてやがるそげ屋。

 

いつから性癖暴露大会になってんだ?!

 

「私はいいと思いましターリ、傘が似合いそうだ。そんな恰好を見ターリては思わずお辞儀をしてしまいたくなっターリて。ターリー!!!」

 

「てめぇら気合が足りねぇな。何大騒ぎしてやがる。ただの足だろうが」

 

「ワシも特に何も思わん。そんなもんは見飽きたからのう」

 

「アッパッパッパッ、人間は面白ェ反応しやがるなァ。女は足じゃなくて手だろうがァ」

 

だから何で女の足をどう思ってるか暴露大会になってんだ?!

 

で、何だこの空気は? お前はどう思ってんだっていう無言の圧力は??

 

無視を決め込もうと精一杯の努力を試みてみたが奴らの圧力は相当なもので、

 

「……綺麗だ。と耳元でこっそり言ってやる」

 

白旗を掲げざるを得なかったんだが、その結果は予想だにしないもので、女海兵は顔を赤らめて両頬に手を当てていた。つまりは照れているようだった。

 

っておい!! 何の辱めだこれは。繰り出される口笛と野次に俺は苦虫を噛み潰すことしか出来はしなかった。

 

 

「……ふぅ~~、大の男が揃いも揃って、ほんと子供みたいなこと言って、ちょっと嬉しいけど……。本題に入るわ。サン・ファルドタワー前にて大乱闘事件が発生していると通報を受けて来たんだけど、当事者はあなたたちってことでいいかしら?」

 

「だったらどうだってんだ?」

 

真顔に戻って本題を切り出してきた女海兵に対してこの場を代表するようにして切り返してみる。心の中ではさっさと本題に入ってくれたことに感謝の言葉を告げていたが。そげ屋、お前もたまにはいいことを言うもんだな。確かに世の中は感謝だ。

 

「だったら事件を抑えるのが私の仕事になるわ。当然じゃない? なるほど……()()()()()()3()()か。誰から抑えちゃおうかしら?」

 

指差しながら品定めし始めた女海兵に対して、

 

「オウ、オウ、ネーちゃん、やろうってんのかァ」

 

「わ……私はこの鼻に賭けても善良なる市民そのものだぞ」

 

「ウソップ、あきらめろ。お前の鼻に賭けて、もうバレてんだよ」

 

それぞれの返しをしている。ゾロ屋の奴。いいことを言う。そげ屋、いや鼻屋、お前の鼻に賭けてもお前は海賊だ。

 

さて、それにしてもこの女海兵は妙な表現を使いやがるな。抑制ってどういう意味だ。普通の海兵なら捕縛って言うところだろ。3人。順当に考えればゾロ屋に鼻屋、そして海鳴り屋ってことになる。奴らは海賊だ。俺とガレーラ屋は四商海でターリー屋は七武海の一員。カク屋は政府の一員。

 

いや、待てよ。

 

そこまで考えて閃いたことがある。

 

もしこの女海兵がカク屋のことを知らなかったとしたらどうだろうか? 有り得ない話じゃねぇよな。海兵が全員CP9の存在を知ってるとも言えないはずだ。そうであればカク屋をこの場の首謀者に仕立てあげちまえばいいんじゃねぇか。

 

それにこんな仮説を立てることも出来るんじゃねぇだろうか? この女海兵は単独で現れた。普通海兵が単独で現れることはそうそうねぇことだろう。俺の知る限り青雉屋ぐらいだな。拳骨屋や赤犬屋でさえ部下を引き連れてやがった。つまりはこの女海兵は特殊ってことだ。海兵で特殊な立場にいる人間と考えるとどういう種類の人間か。

 

情報部に所属する奴ら。ヒナさんに関係する人間ってことはないだろうか。そう考えた時にこの女海兵が最も邪魔だと考える奴は誰か? CP9って結論にならねぇだろうか? どこであろうと組織が巨大となれば縄張り争いは必至だ。これは鎌を掛けてみる価値はあるかもしれないな。

 

「やっぱりあなたかしらね。私に興味を示そうとしなかった男。そう言う男ほど案外……」

 

俺がひとつの答えに行き着いたところで状況は動き出していた。女海兵はどうやら対象をゾロ屋に定めたようで、瞬間で肉眼では捉えられない速度で動き出してゆく。(ソル)ってことだ。

 

「丁度いい。おれも肩透かし喰らっちまって力を持て余してたところだ。相手になってやる」

 

「ゾロ君、ゾロ君、相手をしてもいいが、私を守ることも忘れないでくれよ」

 

「気が合いそうじゃな。ワシも同じことを考えておったところじゃ」

 

「オウ、オウ、おれはカヤの外かよォ。折角の一張羅が泣いちまうぜェ」

 

「なるほど、なるほど、……そう参られまターリか。お手並み拝見といきまターリ……」

 

「アッパッパッパッ、こりゃァ、また面白ェことになってきたなァ」

 

どいつもこいつも言いたいこと言ってやがる。勝手な奴らだ。そう考える俺こそ虫が良すぎる話をしようとしているが、その前に動き出した奴らがいる。

 

カク屋と、

 

「おいおい、破廉恥海兵っ!! そりゃねぇだろう。そう来るってんなら立場上まずいがやるしかねぇな」

 

ガレーラ屋だ。

 

3本目の刀を口に銜えて臨戦態勢十分のゾロ屋。

 

(ソル)の速度で駆け抜けてゆく女海兵。

 

刀2本を逆手に持ちながら空中に飛び出したカク屋。

 

硬化されたロープを持ってワイヤーアクションと叫びだしたガレーラ屋。

 

入り乱れようとするその展開に俺は高みの見物を決め込むようにして言葉を挟み込んでいけばいい。

 

「盛り上がってるところ悪ぃが、俺からひとつ提案がある。抑えんのはひとりで十分だとそうは思わねぇか? この事件を引き起こした張本人はそいつだ。……さて、そんな()()()()は誰だろうな?」

 

そう口にする俺の顔の口角は意地悪くも吊り上がってたかもしれねぇ。

 

ゾロ屋の刀3本から繰り出される斬撃は空を切り、ガレーラ屋が繰り出した“ワイヤー”もまた宙を彷徨(さまよ)ったあげくの果てに。

 

 

 

嵐美脚(ランウェイ)雪閃(りっかせん)”」

 

女海兵に背後からの一撃を受けて血飛沫あげて倒れ伏すカク屋の姿があった。

 

「どう……いう……つも……りじゃッハッッ―――」

 

カク屋がそう言うのも尤もな話だ。女海兵の一撃は容赦が無かった。背中に雪の結晶を描きだすような斬撃の嵐。それを不意打ちで繰り出した。

 

「見飽きたなんて言うからよ」

 

女海兵は笑みを浮かべていた。返り血を浴びておぞましいくらいの笑みを。

 

「ありがとう。いい助言だったわ。私もそんなことじゃないかと思ってたの。……でも、()()()()のはいけないわ。ほんとの張本人は()()()でしょう?」

 

多分に自然系(ロギア)で雪の能力者らしいその女海兵が深紅に染まった手で掴んでるのは紙束だった。

 

表紙にプルトンと記された。

 

瞬間で時間が止まったような錯覚を覚えた。

 

だが一方で身体は瞬間に反応もしていた。

 

指先に能力(ちから)を宿し、

 

「シャンブルズ」

 

手繰り寄せたものはしかし、紙束ではなく雪の塊であり、

 

「そうやっていつも女に嘘を吐いてるの? 悪い男ね。欲しいのなら取りに来たら?」

 

女海兵の笑みが消え去ることも無かった。奴は直ぐ様、雪と化して立ち昇ってゆき、行き着いた先はタワーの屋上。

 

俺を、俺たちを睥睨(へいげい)するようにして口角を上げている。深紅に染まったまま。

 

さっきまで勝手そのままに言いたい放題言ってやがった奴らはだんまりだ。どうやら怒らせちゃぁやべー奴と認識し直したらしい。そんなもんは分かってたことだろうに。女ってもんはそういうもんだ。どんな幻想抱いてやがる。ジョゼフィーヌさん見てりゃ分かるってもんだぜ。口にはしないがな。

 

「あなた、トラファルガー・D・“ワーテル”・ローっていったかしら? こっちへ来たらちゃんと耳元で言ってね、欲しいって」

 

降りてくる女海兵の言葉の後半はぐるまゆ屋が聞けば(むせ)び泣きそうな殺し文句ではあったが、それが俺を捉えることは当然無かった。前半部分が俺の脳天を破壊するような衝撃を伴っていたからだ。

 

 

何だと……。

 

 

この時、俺の脳内に生存率1%という警鐘が残っていたのかどうか定かではない。

 

 

本来なら嫌な予感と感じるべきだったんだが……。

 

 

 

 

 



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第85話 ()つ その(いち)

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

―――ワーテルローだと―――

 

 

破廉恥海兵から飛び出してきたのは忘れ去りつつあった過去を呼び覚ますには十分だったが、そこに思いを割くことを今の状況は許しちゃあくれなかった。

 

「アァァンッ?! どういうことだァ?! おれが持ってるもんと同じもんを持ってやがる。おれはちゃァァんと隠し持ってんぞォ!!」

 

フランキーがそう口にしながら己の海水パンツを引っ張って中から取り出して見せたのは紙束であり、

 

「バカ野郎がぁぁっ!!!!! それをさっさとしまわねぇかぁっ!!!!! 奴らに見せてどうすんだぁっ、バカがっ!!!!!」

 

俺は反射的に怒鳴り声をあげていた。黙ってればいいところを考え無しに思ってることを口にしやがってロープでひと思いに締めてやりたい気分だ。大事な書類をどこに仕舞ってやがるんだっつうツッコミを入れる気にもなりゃしねぇ。考え無しに賭けに勝ってる奴などいやしない。考えがあっても勝てるわけじゃねぇってのに。

 

フランキーがバカ丸出しでいけねぇという表情でまた紙束を己の海水パンツの中へと戻した時には遅かった。

 

「そういうことだっターリー? ()()の手に(わタ)ーリては立場上手は出せないと思っターリ。がしかし、そういうことなら話は簡単だっターリー!!!」

 

どうやらフランキーが優男の気を惹いてしまったらしい。優男の気を惹けんのは美女だと相場は決まってるはずだが、野郎の海水パンツの中身でも気が惹けるとは世界も随分破廉恥になったもんだ。

 

そんな沁み()み世界を(うれ)いてる場合じゃねぇ。

 

優男の動きは素早かった。いや、素早いなんてもんじゃねぇ、見えやしなかった。

 

「そげキング、援護しろ」

 

世の雑念には絡め取られてないらしい剣士は既に動き出していた。優男を相手にしていた鼻の長い男を呼んでいる。

 

「いいとも、わたしは援護が花道。爆発して眠るがいい。必殺!! 超・火薬星っ!!!」

 

頭の悪ぃやつが考えそうなネーミングセンスだが、巨大パチンコから放たれた弾はしっかりと優男が移動する未来位置目掛けて飛んで轟音と共に爆発。もちろん優男は難なくそれを避けてやがるが避けた先には、

 

「三刀流、(がざみ)獲り!!!」

 

刀3本平行に構えた体勢からの優男の懐一直線、首筋に強烈な斬撃が待ってる。それでも優男は、

 

「世界は廻る。故にみな傘を愛しターリ。共に廻れ、竜巻傘(トルネドゥレラ)!!」

 

剣士の持つ剣先が首筋を捉える前に傘を開いてそれを回していた。回すことで引き起こされるのは有り得ねぇことに竜巻の旋風そのもので爆風かと見紛うほどの激烈な力で剣士は吹っ飛ぶ。

 

「ゾロ君っ!!!!!」

 

長い鼻の男の悲痛な叫びが漏れ聞こえてくるが、

 

「オウ、オウ、兄ちゃんたち!! おれァ、守られんのは性分じゃねェんだ。裏町何年仕切ってきたと思ってやがる。フランキー―――――――」

 

フランキーの先を考えて無さそうな動きには、

 

「てめぇはバカ言ってねぇであの剣士をここへ連れ戻してこい」

 

釘を差してやり、今にも右拳を飛ばそうとしていた方向を180度変えてやる。その伸びる拳で背後に吹っ飛んだ剣士を連れ戻せってわけだ。その間に俺は、

 

「“ワイヤーアクション”」

 

2本のロープを武装色にて硬化させてゆき、

 

「“シザース・タウト・ロード”」

 

両腕で捻りを加えてからの振り下ろし、それは途中で交差して一直線に相手へと向かっていく突き。だが突きのその先に奴はもういねぇ。

 

俺が空中へと跳び上がったその目の前に既に居て、

 

「雨は上がっターリて、どうも・どうも(ノックアンド)よい一日の終わりには死を(ハヴァナイスデース)

 

振り仰いだ右手の先から突如として持ち手を先端にして傘が現れ、扉をノックするが如く打ち据えられてきた。

 

防御してる時間は無かった。それは俺の人生の中でも最高にランクインして来そうな挨拶だった。最後の最後で有り金全部を注ぎ込んで掠りもせずにきれいさっぱり負けた時に掛けられる言葉みてぇに俺の身体の髄へと叩き込まれた一撃だった。

 

俺は感覚を抉られながら吹っ飛んだが意識の端の端で何とかロープを繰り出していて、一本道の欄干を掴むことには成功していた。それが出来なけりゃぁ、俺は海に突き落とされていたところだ。

 

霞む意識の中で必死にロープを手繰り寄せることで何とか元の場所へと戻りゆく。

 

「ねぇ、あなたも傘屋さんと遊んでないでこっちへ来たらどう? これ、取り戻したいでしょう? それとも変態さんが持ってるから十分なの?」

 

タワー屋上の縁に腰掛けてこれ見よがしに投げ出すようにして生足を組んでいる女に言ってやるべきことはひとつだ。

 

「破廉恥やってねぇで、さっさとその足を隠さねぇかぁっ!!!」

 

何つう破廉恥な女だ。お陰で痛みも吹き飛びそうだぜ。

 

「フフフ、ほんとはずっと眺めていたいくせに……。あなたのこと少しだけ知ってるわよ。私は情報に精通してるつもりだから。あなたにもあるわよね()()()()()()……」

 

瞬間、俺のこめかみを冷や汗が滴り落ちていくのが感じ取れる。

 

この女は俺の一体何を掴んでる? 俺の過去、とっくの昔に忘れ去ったはずのもんを知ってやがるってのか??

 

「ダメ。反応が分かりやすくて興醒めよ。だからいつもあなたはカードで負けるのね」

 

そう事も無げに言い終えて生足を組み替えてゆく破廉恥女が(しゃく)(さわ)ってたまらず、

 

「うるせぇっ!! 余計なお世話だっ!!! 破廉恥女めっ!!!!」

 

ガキみたいに叫んでいた。

 

「良い情報ですね。あなたにもミドルネームがあっターリとは……」

 

優男にはふむふむと頷かれながら眺められる始末だ。さっきの挨拶をさっさと倍返ししてやりたいところだが、

 

「てめぇがかなりやべー奴だってことは分かった。だがそれでもおれは()けるわけにはいかねぇ。……かかって来いっ!!!」

 

それは剣士の方が先だった。手拭いの下の両目は殺気に満ち溢れてやがる。刀3本は既に臨戦態勢そのもの。

 

そこからの攻防は凄まじかった。俺はただそれを見ていることしか出来なかった。

 

飛ぶ斬撃。傘1本で受け止めての一閃。

 

突きの一撃。傘を開いてみせての躱し。

 

だが攻防は直ぐにも防戦一方へと変わった。

 

優男が繰り出す傘は重く、鋭い。一瞬で反転した勢いは(くつがえ)すことは叶わず、腹を突かれ、足を裂かれ、肩を潰されていく。

 

だがそれでも俺はその戦いの渦中(かちゅう)に入っていくことは出来ない。剣士の眼がそれを許さない。何物にも動じない、何物にも屈しようとしないその眼だ。

 

瞬間、俺は己の目を疑った。

 

一瞬、ほんの一瞬だけ剣士が3面6手に見えた。

 

いや、見間違いなんかじゃねぇ。

 

「極みの先にも道はある。鬼気(きき)……!! “九刀流(きゅうとうりゅう)” “阿修羅”」

 

気合と気迫で顕現させる姿がそこには確かにあった。

 

「苦難上等、好むものなり修羅の道。……“阿修羅” “弌霧銀(いちぶぎん)”!!!!」

 

それは瞬間で霧と化したように見える斬撃の嵐。

 

仏の姿を見たこたぁねぇがそれは微動だにしねぇで鎮座する姿そのもの。

 

 

「ブラ~ボ~!! 極楽浄土が見えターリー!!! ……ただ、傘の前では修羅も朽ちターリ、この世のすべては傘の前にひれ伏しターリて、魔傘(デビルス・アンブレイダ)!!!!」

 

それでも優男は霧の斬撃そのすべてを受け止めてなお、余裕の笑みを見せ、速射の如き傘の一撃を繰り出す。

 

それは空間に歪みをもたらすような一撃。離れた俺までもがその重みと向き合わざるを得なくなるほどの衝撃。

 

迸る武装色。流れ、集まり、一点で穿つ裂帛(れっぱく)

 

剣士は瞬間で吹き飛ぶわけじゃねぇ。ただその場で(たお)れる。

 

 

()つ。

 

 

 

「ゾォロォォォーーーーッッ!!!!!!!!」

 

すべてをかなぐり捨てる勢いで飛び出してきた長鼻の男の姿が何もかもを物語っていた。

 

「おいっ!! おいっ!!! 大丈夫かっ!!!!」

 

腹を抉られ全くと言っていいほどぴくりともしない剣士を何とか揺り動かしてみるしか出来そうなことはない。

 

「兄ちゃん、タンマだ」

 

この世の終わりみてぇなこの場に相応しくも厳かに言葉を紡いだフランキーは手に紙束を持って掲げていた。

 

「おめェがとんでもねェのはよォォく分かった。事ここに至ッチャァ、もうどうしようもねェ。この紙切れはおれたちの手に掛かりゃァ、世界を潰す代物を生み出せる。それがこことあそこにある。でもよォ、こいつはァ、世界を潰すために残されたわけじゃねェ。世界を守るために残されたはずだァ。だからこいつはもう存在しちゃァならねェ」

 

瞬間、フランキーの手にある紙束は奴の口から放たれた火炎によって一気に燃え、灰となって消え去ってゆく。

 

そんなことなど関係ねぇとばかりに剣士を呼び続ける長い鼻の男。

 

だが俺にはその叫び声は聞こえやしない。ただ目の前の光景へと意識が吸い寄せられる。

 

おい、おいおいおい、何を……。 いや待て……。

 

「ターリー!!! これはこれは、してやられましターリー?!」

 

優男の反応は耳に入っているが、それが俺の思考を邪魔してくることは無い。冷静になった俺の頭は思考を続けたまま己の耳を剣士の胸元に当てながらも回転する。

 

「動いてるぞっ!!」

 

「だろうな。見せてみろ俺は医者だ」

 

背後からの声はワーテルローの男のものだった。

 

破廉恥女から紙束を取り戻すべく立ち向かっていたはずだが、剣士の様子を見て飛んできたらしい。

 

突っ伏す剣士の全身を素早く確認して、凄惨極まる状態の腹を手際良く止血してゆく。

 

「ひとまず、これで大丈夫だ。そげ屋、ここをしっかり抑えとけ」

 

「聞いてくれ。設計図はもうあのひとつだ。だが考えてみりゃそっちの方が都合が良い。優男はこうなりゃ手を出せねぇようだしな。戦力を分散せずに済む」

 

「ああ俺もそう思ってたところだ」

 

ワーテルローの男の不敵に見える笑みが見えて俺の決心も固まり、あれから終ぞ口にしてはこなかった言葉と名前を口にする。

 

「……明けない夜はねぇ。俺の名はロングウッド・E・パウリー。EはエヴァンゲリストのE、つまりは伝道師だ。俺の家は代々プラバータムを教え説いてきたらしい。俺自身は船大工だけどな。だが血は争えねぇようだ。俺の先祖たちはお前の名を待ってたよ。トラファルガー・D・ワーテルロー」

 

俺の決意の口上に対しても奴の笑みが消えることは無く、

 

「ああ、俺も探してた。Eのミドルネームはな」

 

望む答えがちゃんと返ってきた。

 

 

太陽は沈もうとする時間だが、まあいい。

 

 

夜明けへとひっくり返す時間だ。

 

 

 

 

 



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第86話 ()つ……

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

D

 

ワーテル

 

己の名前の真ん中にくっ付いた文字の意味。それは物心ついて(とう)さまに初めて聞いてみたときから今まで、そして今もまだ現在進行中で解き明かされぬままだ。

 

(とう)さまは全てを教えてはくれなかった。もしかしたら(とう)さまもすべてを知っているわけじゃなかったのかもしれない。それともいつかは話すつもりだったのかもしれない。

 

だがそのいつかはもう永遠に来やしない。あの日、あの時にそれは絶たれてしまった。

 

プラバータム、Eのミドルネームを持つ者。4つの家系……。

 

教わったことはそう多くはないが、生きてりゃいずれぶち当たることもあるかと思っていた。

 

そして確かにぶち当たってきた。

 

コラさんは言っていた。Dの一族は神の天敵、そう呼ばれてもいると。

 

海を渡る中でDを持つ人間が俺以外にもいることを知った。

 

ニコ屋に名を明かした時、奴はワーテルをプラバータムだと言った。

 

 

そしてまた今、あそこのタワー屋上でふんぞり返ってやがる女海兵が俺の名を口にした。

 

俺の名が持つ意味をこの女は知っているとでも言うってのか。ずっと辿り着けずにいた答えを持ってやがるってのか。

 

まあいい。今は設計図を手に入れることの方が先決。答えを聞き出すのはその後でいい。

 

まずはあの女の口車に乗ってみることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、俺も探してた。Eのミドルネームはな」

 

口角を上げてさも余裕を含んだような声音でそう口にしてみたが、内心はそんなもんじゃ無かった。

 

まさかこいつがそうだったのかという驚きに満ちている。

 

確かにそれはあるかもしれねぇ。驚きが無いと言えばウソになっちまうだろう。

 

だが問題はそういうことでは無かった。人生ってのはどうしようもねぇものに足を絡め取られる。そういうもんなのかもしれねぇな。

 

 

あの女海兵からプルトンの設計図を奪い返そうとタワー屋上まで乗り込んだ時、奴の開口一番は有ろうことか、

 

「ホストデビューするってほんと?」

 

だった。その瞬間の衝撃たるや脳天を殴られたに等しいもんで、本名を口にされた以上の衝撃だった。

 

なぜ知ってると問い詰めたいところを墓穴を掘るだけだと咄嗟に判断して死に物狂いで抑え込んだのだが時すでに遅し。悪魔のような笑みを浮かべているようにしか見えない女海兵は俺の表情を見て確信したらしい。

 

どこの店に入るつもりか? 同伴は可能か? アフターは? 質問責めの嵐だ。

 

知るか、そんなことっ!!!

 

あげくの果てには今この場で接客を受けたいとまで言い出してきた。

 

どうやらこの女海兵、あの女王屋と知り合いらしい。それを知った瞬間、女王屋を呪い殺してやるべく呪詛の念を秘かに送った。どこに居るかは知らねぇが。

 

また、海鳴り屋が側で息の根を止められているのも見て取れた。曰く、趣味じゃないらしい。俺はある意味恐怖を覚えた。言い知れぬ恐怖だ。

 

とにかく、キラキラした瞳で恍惚(こうこつ)の表情を浮かべながらこっちを上目遣いに見上げてくる女海兵はここで接客してくれたら設計図を渡すとまで言い出して、俺は生まれてこの方初めてなんじゃねぇかと思うくらいに葛藤していたのだ。

 

正直、ゾロ屋には悪ぃが、奴が斃れたのは渡りに船だった。その場を離れるべき尤もな理由が出来たことで。

 

ガレーラ屋には俺もそう思ってたところだなんて言ったが、内心とは裏腹だ。

 

全員で力合わせてあの女に立ち向かう? 狂気の沙汰じゃねぇか。そんなことしてみろ。俺の墓場まで持っていくべき秘密が白日の下に晒されちまうんだぞ。

 

しかもだ。ガレーラ屋は女の生足姿見ただけで破廉恥を連呼するような奴だ。ホストのホの字でも聞いた瞬間にはどんな反応を示しやがるのか想像が付くってもんじゃねぇか。俺は奈落の底まで断罪されかねない。

 

更にはよりによってEのミドルネームを持ってるときやがった。

 

くそっ!!! 何だか知らねぇが今直ぐ逃げ出したい気分だ。

 

こうなったらあの女海兵に何も喋らさねぇことだ。すべてを闇に葬るにはそれしか方法は無いだろう。連携してだと? 論外だ。俺ひとりで一瞬でカタを付ける必要がある。

 

「フランキー、お前が狙われる理由は無くなったんだ。どうだ? あの女をやっつけてやろうじゃねぇか」

 

「女を泣かす趣味はねェが、それであのバカバーグが助かるってんならァ、しゃあねェなァ」

 

だが俺の思いなどどこ吹く風のようにしてガレーラ屋と海パン屋が追い打ちを掛けて来る。人の気も知らねぇで。

 

「ローさん、モネ様よりご指名入りましターリー!! 1番テーブルへどうぞ」

 

最後にはターリー屋から俺への死刑宣告が待っていた。俺はその瞬間墜ちたと言っていい。精神的に。

 

「そげ屋、ゾロ屋をしっかり見ててやれ」

 

辛うじてそんなことを口に出来た俺自身を褒めてやってもいいはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハヤブサ、悪いが今すぐにここへ降りて来てくれ」

 

俺たちは今、タワー屋上。己の心が墜ちたからには救いが必要だということで俺は直ぐにも小電伝虫を手に取っていた。奴ならばみなまで言わずともこの難局に救いを差し伸べてくれるに違いない。頼れる存在はもう奴しかいねぇんだ。

 

ターリー屋はあの女海兵に絡め取られてしまったに違いない。

 

「ローさん、あなたにそんなご予定があったとは知りませんで失礼しましターリー!! ここはひとつ、あなたに賭けタリ。私はあの設計図が欲しい。あなた方もあの設計図が欲しい。だがあの設計図は今モネ少将のものタリて、立場上私は正面切って行動は難しターリ。しかーし、モネ少将はテーブルに付けばあなたに渡すとおっしゃっターリ。そうなれば、……またあなたから奪っターリはこれ簡単ターリー!!!」

 

そう言ってのけたターリー屋、つまりは俺にホストをやらせて設計図を取り戻させ、その暁には改めて俺を潰して設計図は貰うと言ってやがる。まったく碌でもねぇ野郎だ。

 

ガレーラ屋と海パン屋の理解が追い付いて無さそうなのがせめてもの救いか。ターリー屋が肝心の内容で言葉を濁した分、まだ猶予は残ってるな。女海兵がさっきから再三手招きしてやがるからには予断を許さねぇが。

 

とそこへ翼を(ひるがえ)して現れたハヤブサ。俺の救世主。奴の表情は何事かと怪訝そのものだが、状況を説明してやれば任せろとばかりに頷いて見せた。そう来なくっちゃな。

 

これで墜ちた俺の心も死の淵一歩手前から救いだされることだろう。ハヤブサは俺の身代わりとしてホストを務め、あわよくばあの女から設計図を取り戻し、直ぐにもここから逃げ出す算段だ。俺の拭い去りたい秘密は辛うじてギリギリのところで表には出ず、知られるわけにはいかない奴に何とか知られずに済み。事は円く収まるってもんだ。

 

「あら、あなたもいい雰囲気ね」

 

そら、ハヤブサに喰いついたぞ。俺の見立ては間違ってねぇはずだ。

 

「どうも、ハヤブサと申します。副総帥殿は偉大なホストと成られる御方でございますが、ここはひとつ私にお相手させて頂きたい」

 

――――――――――――、

 

ってそうじゃねぇだろうがっ!!!!!

 

律儀が過ぎて一言余計なハヤブサ。お前は悪くねぇと言ってやりたいところだが、俺は盛大にため息を吐くしか無かった。

 

海パン屋は察しが早いのかははーんとでも言いそうな笑みを浮かべてやがるし、ガレーラ屋の顔色は見る見るうちに真っ赤一直線だ。

 

そして女海兵は、

 

「いいわね。じゃあ彼のアシスタントってことで」

 

嬉しそうにそう告げやがった。

 

こうなったからにはもう自暴自棄になるしかねぇ。

 

「なぁ、お前もやるかホスト?」

 

「こォのォ、破廉恥野郎がァァッ!!!!!!!」

 

その直後に怒声が飛んで来たのは言うまでもない。

 

 

そこからは泥仕合だった。

 

ワーテルローとも有ろう男がホストに成り下がろうとはどういうつもりだと(なじ)られ。

 

プラバータムの教義は禁欲だとそうのたまい。

 

この恥知らずがと完全にワイヤーと化したロープで鞭打ちを喰らい。

 

だが俺もまた禁欲と言う単語に反応して反撃を試み、

 

お前のギャンブル癖はどうなんだと指摘してやった。

 

対してのガレーラ屋の反論は賭けポーカーは精神統一の一環だと言い張り、

 

借金は禁欲への礎だと言い切りやがった。

 

プラバータムが聞いて呆れる禁欲生活だ。

 

 

この不毛な争いに終止符を打ったのは、

 

「はいはい、どうでもいいけど、早くしてくれない? 私やってみたいのよ。高いところから落ちそうなところを腕一本掴んで助けるの。私が見下ろしてあげて、私が引き上げてあげないと助からない。私にあなたのすべてが委ねられてるそんなシチュエーション」

 

女海兵が言いだした世迷言(よまいごと)だった。何を血迷ってやがるんだ。どんなシチュエーションだ、それ。

 

「やってくれたら設計図を渡すわよ」

 

そう言って、奴は己の身体を雪と化し、屋上の縁の先へと移動して紙束とアイスピックを取り出し、壁面に差し付けやがった。正気とは到底思えねぇが。

 

ターリー屋は頷いて見せ、

 

ハヤブサは首を横に振り、

 

海パン屋は親指を立てて見せ、

 

ガレーラ屋の怒りはまだ収まって無さそうだった。

 

つまりは俺に選択の余地は無いらしい。

 

 

 

しょうがねぇな。

 

 

俺は縁まで歩くしか無かった。

 

 

女海兵の変わらぬ微笑み。

 

 

「ねぇ、ちゃんと言って」

 

 

選択の余地が無い俺は、

 

 

「……欲しい」

 

 

と奴の耳元にそう囁き、

 

 

空中に身体を投げ出して、

 

 

突きたてられたアイスピックを掴んだ。

 

 

俺を支えるのはアイスピックのみ。

 

 

足は宙に浮き、

 

 

思わず背中をぞくりと駆けあがる何か。

 

 

「設計図はあなたのもの」

 

 

上から聞こえる女海兵の言葉。

 

 

見上げてみれば、

 

 

伸びる手。

 

 

微笑み。

 

 

「さあ、掴んで」

 

 

何のプレイだ。

 

 

手を掴む。

 

 

アイスピックを引き抜いて、

 

 

紙束を手にすれば、

 

 

それでおさらばだ。

 

 

ここはRoom(ルーム)の中。

 

 

「ありがとう!! ……でも、あなたは神の天敵」

 

 

最後の冷酷な響きに思わず上を見上げれば、

 

 

微笑みは消えていた。

 

 

手は冷たい雪と化し、

 

 

そこから傘の持ち手へと変わりゆく。

 

 

!!

 

 

この感覚。

 

 

海楼石だった。

 

 

離そうとするも離せやしない。

 

 

次の瞬間、

 

 

右手のアイスピックは薙ぎ払われ、

 

 

腕ごと掴まれる。

 

 

眉間に感じる冷たい感触。

 

 

紛れも無い銃口の先に見えるのはサングラス。

 

 

「フッフッフッ、邪魔するぜェ」

 

 

この可能性を考慮して無いわけではなかった。

 

 

だがまさかとは思っていた。

 

 

忌まわしき、

 

 

ジョーカーだった。

 

 

「どこから現れやがった。……どっちだ?」

 

 

そう言うのが精一杯だった。

 

 

「ローさん、そういう時は邪魔するなら帰ってと返すのが喜劇の定番でしターリ」

 

 

ターリー屋の声が聞こえるも、

 

 

俺には眼前で厭らしく笑みを広げる顔しか入ってはこない。

 

 

「それは本体か分身かって意味か? どっちでも一緒だろ」

 

 

「ようやくお前を許すことが出来る。……鉛玉でな」

 

 

生存率1%。

 

 

その意味を今否応なく突きつけられる。

 

 

1%。

 

 

俺が生き残る1%の為に出来ることは何か?

 

 

両腕とも動かねぇ。

 

 

能力は使えねぇ。

 

 

どうしようもねぇのか?

 

 

何が出来る?

 

 

「フッフッフッフッ、いい顔してるじゃねぇか。まだ諦めちゃいねぇ顔だ。だが、終わりだ。プルトンの設計図も貰っとくぞ」

 

 

何が出来る?

 

 

 

「フッフッフッフッ、最後まで足掻くか? いいだろう。これは手向けだ。ひとつ教えといてやる。もうすぐ、新しい世界が始まる。俺が始める世界だ。古い世界は終わる。お前にそれを見せられなくて残念だ。なぁ……」

 

 

何も出来な――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よろしければ、感想お待ちしてます。


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第87話 私、今日、やってやるわ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “春の女王の町” セントポプラ

 

 

さっきまで辺りを包み込むようにして存在していた春島特有の柔らかな陽気は降り注ぐ雨によって逃げるように去ろうとしていた。

 

雨は服を濡らし、忍び寄るようにして肌寒さを(もたら)そうとしている。

 

「てめぇらが何を聞いちまったのか、そんなことはもうどうでもいい。聞いちまった以上は生かしてここから出すわけにはいかねぇなぁ。そうだろ? Zの副官さんよぉ」

 

「ええ、もちろん。先生のため、死んでもらう」

 

何とかしてこの場を切り抜けないといけない。

 

サングラスとあの嫌らしい笑みを顔に張り付けたジョーカーからの魔の手を振り払わなければならない。アインっていう青髪の女性(ひと)退(しりぞ)けないと。

 

この場が危険極まりない状況にあることは間違いなくて、もたげてくる不安感が私の心をどうしようもなく弱気に支配しようと襲い掛かってくる。

 

「さっきまでこそこそ内緒話していたくせに。素晴らしい開き直り具合ね、唖然とするわ、ヒナ唖然。私たちは逃げも隠れもしないわよ。あなたたちと違って……」

 

そんな私の心に気付いていると言うかのように、悠然とタバコを吹かしながらヒナさんがそう口にした。最後には口角を上げて私に目配せを送ってくれた。

 

それはまるで弱気の虫に支配されてしまいそうな私を叱咤激励するかのような眼差し。

 

そうよね、はったりでもいい。ここを切り抜けるためにこそ心は強気じゃないといけないんだわ。

 

「……はっきり確認しておきたいの。ジョーカー、お前はZと手を組もうとしている。そう聞こえたわ。確認したいのは手を組んで何をしようとしているのか」

 

自分の心に活を入れ直した私は思い切って疑問をぶつけてみることにする。これはヒナさんも確認したいことのはず。

 

「フフフフフッフッフッ、俺をその名で呼ぶのか……。まあいいだろう。教えてやってもいいが、俺よりこの女の方が詳しいだろうなぁ」

 

私の質問に対してジョーカーは答えをはぐらかし、嫌らしい笑みを浮かべたまま隣の青髪女性に話を振った。

 

「……言うわけないじゃない」

 

「だそうだ。悪ぃがな」

 

青髪女性は無表情を変えることなく素気ない答えを寄越し、ジョーカーは欠片も思ってい無さそうな言葉を口にする。

 

「決戦の場はサン・ファルド。火拳を使って戦争を起こそうとしている。それは世界を揺るがす大戦争で、海軍と白ひげを引き摺もうとしてるのよね。海軍にしてみれば相手は四皇と元大将よ。当然七武海にも召集が掛かるはず。そこであなたがもし反旗を翻したとしたら……。海軍の敗北も有り得る。世界がひっくり返りかねないわ」

 

「フッフッフッフッフッ、これだから海軍の情報部ってのは油断ならねぇなぁ。どこから嗅ぎ付けやがったのか知らねぇが、安心しろ。火拳が政府の手に落ちた時点で世界はひっくり返ってる。時代はうねり始めてんだ。そうなっちまったからには誰にも止められねぇ。うねり始めたもんは加速させてやるのが人の道ってもんだろ?!」

 

ヒナさんはやっぱり多くを知っている。

 

ジョーカーの笑みが更に凄味を増してきている。

 

「おれも確認しておきたい。アイン、Zは……、ゼファーはどこにいる?」

 

今までやり取りを傍観していたらしいサボと呼ばれる人が割って入ってきた。その真剣な眼差しと声音にはさっきまでの物腰柔らかな雰囲気は一切無い。

 

「……訂正して。Z()()よ。とはいえ、それも言うわけにはいかないわ。私たちはもう革命軍じゃないもの。Z先生は今、世界を変えるの。あなたたちみたいに悠長なことはやってられない。サボ、あなたには悪いけど……」

 

「もう止められないのか? 戻ることは出来ないのか?」

 

アインと呼ばれる人の取りつく島も無いような返事にも何とかしてサボと呼ばれる人は追い縋ろうとするも、

 

「ダメ。私たちは進むだけ」

 

答えが変わることは無い。

 

「……そうか。だったらおれはお前を止めるしかない」

 

行き着くところはやっぱり最初から決まっているみたいで。二人は無言でただ向かい合う。

 

でも、

 

「ダメですよ、サボさん。まさか、こんなキレイなお姉さんと戦おうとしてませんよね? それは僕が許しません。もし戦うと言うのなら、戦う理由を1万字以上で文書にして貰わないと納得出来ません。いや、文書にして貰ったとしても納得は出来ませんが。とにかく、ダメです」

 

二人の睨み合いを両手掲げて割って入るカール君はどこまでもブレてなくて。

 

二人とも一瞬呆然としてる。

 

アインって人は何この子って表情で、サボって人は額に手を当てて困ってる。

 

私はと言えば、この子が邪魔してごめんなさいと保護者的目線でカール君連れて退散してしまいたい思いと、

 

こんな時でも一切ブレることなく自分を貫き通せるカール君がとても眩しいような存在に思えて自分のブレブレな小ささに自己嫌悪に陥ってちょっとだけ凹んでしまいそうなちょっと複雑な気分だ。

 

それでもカール君はとにかく強くて、

 

「何ぼーっとしてるんですか、サボさん。ダメなんですから。はい、戦うと言うんならサボさんの相手はあのおっかない糸のおじさんです。このままじゃビビ会計士補佐やこっちのキレイなお姉さんが戦う破目になっちゃうんですよ。それは男子としてやってはいけないことなんですから、はいサボさんはこっち」

 

突っ立ったままでいるサボって人を無理矢理引っ張って私たちの前に連れて来た。どうやらジョーカーの相手を私たちにさせたくないみたい。

 

「フフフ、やっぱり面白い子ね。可笑しくて笑ってしまうわ、ヒナ爆笑。ビビ、折角こう言ってくれてるんだから、お言葉に甘えましょう。私たちの相手はあっちの二人。あなたはどっちにする?」

 

ほんとに可笑しそうに笑いながらヒナさんは私に近付いて来て、指差す相手の二人はアインって人とさっきからずっとモサモサ言ってる人。

 

どっちって、どっちだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局私が戦いの相手に選んだのは青髪の女性だった。

 

ヒナさんからもサボって人からも戦うに当たって注意は受けている。相手が能力者だと。能力はモドモドの能力(ちから)。受けてしまえば否応なく12年若返らされてしまうみたい。私の場合は1回受けてしまえば4歳になってしまう。4歳って私何してたっけ? イガラムの巻き巻きの髪を引っ張ってたか、カルーの背中に乗ろうとして傷だらけになってたか。

 

もう、そんなこと考えてる場合じゃないわ。更にもう1回受けてしまったら私消されてしまうんだから。

 

というわけで、ヒナさんの相手はあのモサモサ言ってた人で、サボって人とカール君はジョーカーと対してる。あれだけブレずに強気だったカール君もいざジョーカーを目の前にしてみるとすごい怖いみたいで泣きそうな顔になってたのが、本人には悪いけれど私は思わず笑ってしまった。直ぐに心配になってしまったけれど。今でも心配で仕方がないけど、今は目の前の青髪女性を何とかするしか道はない。

 

雨は降り止むことなく私の肩を濡らし続けている。

 

でもそれでも、やるしかない。

 

心配そうにしてこちらを見詰めてくるカルーに対して、両拳を握って見せて大丈夫とアピールしてみる。

 

モシモシの能力(ちから)を研ぎ澄ましてゆき、臨戦態勢を整えてゆく。

 

 

「あなたには悪いけど、負ける気はしない」

 

聞き捨てならない科白を口にして青髪女性は動き出した。

 

両手に拳銃を構えたスタイル。つまりは2丁拳銃。

 

間合いを一気に詰めるように駆けだして、

 

左……。

 

相手の予備動作が生み出す音をしっかり拾って逸早く黒い拳銃からの発砲を予測した私も動き出す。

 

右に横転して一瞬早く弾を避けることに成功。

 

右……。

 

更なる音の連なりが右手に構える赤い拳銃からの発砲を予測して左に横転して避けきることに成功する。

 

相手の音を正確に拾い上げられる以上は攻撃をまともに受けることは無い。今のところは。

 

「甘かったかしら。見聞色を使えるとは思わなかったわ」

 

特に表情を変えることも無く呟かれる言葉。ただ真実を打ち明ける気はない私は、

 

「まさか。ギリギリ紙一重で避けきってるだけ」

 

何とか精一杯避けてる風を装ってみる。あたふた感を演出出来ているといいけど。

 

モドモドの能力(ちから)をどうやって使うのか分からない私にはそれを避けきれるのかどうか何とも言えない。一度受けてしまえば4歳になってしまうわけで、正直戦闘続行は不可能だろう。出来れば相手の油断は極力誘っておきたいところだ。

 

「そう……」

 

同時……。

 

瞬時に私のスピードでは避けきれないと悟り、跳び上がってカルーの背へ。初速からトップスピードに持っていけるカルーの力を借りて何とか避けきるけれど……。

 

手の動き……。もしかして……。

 

「ビビッ!!!!!!」

 

ヒナさんの叫び声。

 

「カルーッ!!! ジグザグッ!!!!!!」

 

「クエエエーッッ!!!!!!」

 

「モドモド……」

 

淡いピンク色の光を宿した左手。

 

咄嗟に背筋を凍りつかせるような殺気を感じた様な気がして、咄嗟にカルーにジグザグで回避するように伝える。

 

放たれるピンク色の光、一直線は直ぐ様放たれるけれど、

 

カルーのジグザグの動きはトップスピードを保ったままであり、何とか紙一重で避けきることに成功した。

 

でも、

 

やられてばかりじゃどうしようもない。

 

反撃に出ないと。

 

取り出すのは孔雀の(はね)

 

右手小指に嵌めて一気に繰り出すは、

 

孔雀(クジャッキー)!! 一連(ストリング)スラッシャーッ!!!!」

 

刃の連なりで一気に切り裂く。

 

でも相手の回避が一瞬、いいえ二つか三つ分早い。見聞色か……。

 

やっぱりこれで行くしかない。

 

「カルー、近付いてちょうだい」

 

カルーに相手との間合いを詰めるように伝え、モドモドの反復を避けきりながら近付いていく。

 

カルーがいてこそ出来る接近。でも最後は自分で何とかするしかない。

 

砂の王国アラバスタ、4000年の歴史を持つ体術、“水覇気(みずはけ)”。

 

砂と渇きと共に生きてきたからこその術。水分は体内で意識的に運ぶことが出来る。

 

そして運ばれた水分は、一点に凝縮した水分はそこに爆発的な力をもたらす。

 

でも私に出来るだろうか?

 

いいえ、出来るか出来ないかではない。

 

やるしかないのだ。

 

最後の間合いには自分の体を投げ出してゆく。

 

「逃げてばっかりだったのに。どうしようって言うの?」

 

相手の声音にあるのは余裕。

 

()()で私を倒せると思ってるならそうすればいい」

 

動き自体は完全に読まれている。

 

でも、

 

その真意にまでは気付かれていない。

 

いく。

 

そのまま。

 

運ぶ。

 

すべてを運ぶ。

 

その先は右の掌。

 

鉄塊(テッカイ)

 

それでもいく。

 

掌はそのまま相手の胸へ。

 

圧し潰す。

 

浸透圧殺(パルム・パイ・マイヤー)ッ!!!!!!!」

 

凝縮された水分が生み出すのは相手の体内への浸透圧。

 

自分の濃度を下げて、

 

濃度の高い相手へ一気に解き放つ。

 

体の髄へ到達する一撃。

 

いった。

 

鉄塊(テッカイ)を崩して吹き飛ばせた。

 

祖国に感謝した。

 

 

ペル。

 

チャカ。

 

見えないだろうけど。

 

よく見てて。

 

私、

 

今日、

 

やってやるわ。

 

 

 

 

 

 



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第88話 この傘を貸してほしいんですか?

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “春の女王の町” セントポプラ

 

 

こいつ、確か忍者だったわよね?

 

目の前でクネクネといつ見ても妙な動きをしている男。ビンズと言ったかしら。あの人が直接教育訓練に当たっている部隊があることは知っていた。この男もそれに所属していたはずであり、何度か見掛けたことがある。クネクネダンスは相変わらずのようであり、その奇妙さも、キレの良さも、特に変わった様子は無い。

 

正直、取るに足らない相手。楽勝だわ。ヒナ、楽勝。

 

その思いと共にタバコを吹かしながら、この場を俯瞰(ふかん)してゆく。

 

最も厄介な相手は何をおいてもドフラミンゴであることは確か。あの男一人でこの場全てが支配されると言っても過言ではないかもしれない。それぐらいの相手であり、どうしようもないかもしれない。本来であれば敵対する相手ではないのだが、聞いてはいけないことを聞いてしまった以上、相手はすべてを無かったことにするつもりみたい。

 

よって、このモサモサは瞬殺でカタを付ける必要がある。革命軍の彼とあの子だけではどう考えても抑えきれる相手ではない。全員で束になって掛かったとしてもどうしようもないかもしれないのだ。

 

ビビはどうかしら?

 

あの子には相手の特徴と注意点はしっかりとレクチャーしておいた。あの子の能力であれば見聞色と同義と言っていいし、あの体術を使えるなら多分大丈夫だろう。相手からアレを受けない限りは……。

 

「ビビッ!!!!!!」

 

気付いていないかもしれないので注意は促しておかなければならない。

 

「モ~サ~モ~サ~、随分と余裕のようだが、甘く見ないでもらいたい。昔とは違うのだ~~っ!!!!!」

 

どうやら軽く無視を決め込んでいたことで気分を害してしまったらしい。

 

「あら、それは失礼。ちょっとだけ反省するわ。ヒナ、反省」

 

少しだけ申し訳なく思ったゆえの私の言葉。でもそんなの関係無いとばかりに、モサモサの連呼に応ずるようにして、港の岸壁でも懸命に生きていた雑草が一気に成長してゆき、天へと伸びゆく見事なまでの蔦へと変わってゆく。そしてそれが向かう先は当然ながら私。

 

「モ~サ~モ~サ~~ッ!!!!」

 

私をその蔦で捉えようと言うのだろう。

 

遅い。舐められたものね。怒りも湧いてこないわ。ヒナ、平常心、字余りってところね。

 

私を絡め取ろうと、四肢の自由を奪おうと襲い掛かってくるすべての蔦を緊縛(ロック)する。私に緊縛(ロック)で対抗しようとするなんておこがましいにも程がある。ああ、そう思うと怒りも湧いてきたわ。これは乱心も乱心ね、ヒナ、大乱心、字余り。

 

「モサモサ君? 今、私がどんな気持ちでいるか分かって?」

 

「そんなもの、分からぬ」

 

私の低く抑えた声音にも関わらず、クネクネダンスを止めない目の前の相手は忍者らしく手裏剣を飛ばしてきた。

 

私がやるべきことはひとつだ。

 

この女心のひとつも分からないバカに本物の緊縛(ロック)ってものを分からせてあげること。

 

私に襲い掛かろうとした蔦への緊縛(ロック)を解き放ち、動く。

 

見聞色に掛かれば飛んでくる手裏剣を避けきるのは造作もない。

 

と同時に足の回転数を一気に上げる。スピードは(ソル)

 

相手はバカのひとつ覚えのようにしてモサモサ言いながら更に蔦を寄越してくるが関係ない。

 

私の体はスピードを落とすことなく空中へ、月歩(ゲッポウ)。つまりは剃刀(カミソリ)

 

襲い掛かってくる無数の蔦の中を掻い潜り、繰り出すのは蹴り。

 

首筋目掛けて一気に刈り取る勢いで振り下ろす。

 

「私の体を通り過ぎる全ての物は……緊縛(ロック)される。頭が高いわよ」

 

鉄塊(テッカイ)で防御しようが、武装色を使えようが、関係無い。私の緊縛(ロック)からは逃れられない。蹴りはそのまま相手の首に緊縛(ロック)を掛け、地に向かって引きずり倒す。

 

「少しは分かったかしら、私の気持ち」

 

「……」

 

言葉も無いか……。

 

雨は止みはしないけど、もう一服したいわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッフッフッ、小僧、久しぶりだな。アラバスタ以来か、あの時はローがいたが……。丁度いい。連れて行くか」

 

怖っ!!!!!!

 

こんなに怖かったっけ? このおじさんって。いや、怖かったね。忘れるわけが無いよ。あの時の怖さは。でもやっぱり目の前にするとその怖さは段違いだよ~。

 

「なんか因縁があるみたいだな」

 

「知りたいか? そのガキはナギナギの実の能力者だ。本来なら俺たちが手に入れてるはずの悪魔の実。それをそいつが食っちまったってわけだ。なら、やることは決まってんだろ」

 

「なるほど、そういうことか。カール、ひとまず下がってろよ。おれが相手してやるから」

 

わーお! サボさん、かっこいい。

 

「よろしくお願いします」

 

ってぺこりと頭下げてって、

 

「そうはいかないですよ、サボさん。今日は僕も戦うんですっ!!!」

 

「バカ! 相手はドフラミンゴだぞ。メチャクチャ強い相手なんだっ!!!」

 

「そんなこと分かってますよ、僕だって!! それでもやるんですっ!!!」

 

恐怖をぐっと(こら)えて放った僕の言葉を聞いてサボさんは最後には笑顔を向けてくれた。しょうがないなって顔してる。

 

「じゃあ見とけよ。強い奴とはこうやって戦うんだ」

 

そう言ったサボさんは一瞬で消えた。いや消えたように見えた。メチャクチャ早かったんだ。

 

サボさんは持ってた鉄パイプでおもいっきり殴ってたよ。鉄パイプが真っ黒に変色してたし。あれは武装色ってやつだよね。

 

二撃、三撃、息つく暇が無いくらいに攻撃を仕掛けてるんだ。

 

強い相手には最初から全力で行かないといけないんだ。僕は見ててそう思った。

 

二人の攻防は勢いだけで見ればサボさんが押してるように見えるんだけど、糸のおじさんの方も余裕の顔つきで相手してるんだよね。あれ多分、手抜いてるね。僕にも分かるよ。

 

サボさんだって絶対強いはずなのに。それ以上にこの糸のおじさんは強いってことなのかな。だとしたら形勢はすぐに逆転されちゃうじゃないか。

 

僕も戦わないとっ!!!

 

でも相手はメチャクチャ強いよ。どうしたらいいんだろう。僕に何が出来るんだろう。

 

いや、やるしかないんだ。

 

ビビ会計士補佐が言ってたのはこういうことだ。人にはやるしかないって思える時があるんだって。

 

それが今だ。今この時だっ!!!

 

僕は能力を使って自分の音を消すことにした。能力を試していくうちに気付いたんだよね。自分の音も消せるんじゃないかって。

 

よしっ、音が消えたぞーっ!!

 

突撃だーっ!!!

 

僕は走り出す。

 

「カールっ!!! 来るなっ!!!!!」

 

サボさんの必死な声が聞こえる。

 

でも僕は止まらない。

 

「フッフッフッ、ガキが何の真似だ」

 

怖いおじさんも笑ってるけど、僕は止まらないよ。

 

イメージだ。イメージするんだ。大事なことだってペルさんも言ってたよ。

 

繰り出すのは拳。これは物言わぬ拳だ。でも、僕のイメージでは……、

 

静かなる拳(サイレント・マジョリティー)!!!!!」

 

僕が今まで磨き上げてきた渾身の一撃を叩き込んだよ。糸のおじさんのお腹目掛けて。おじさんは笑ったまま。特に何をすることも無く。完全に油断してたんだと思う。でも世の中にはこういう言葉があるよね。油断大敵って。

 

僕の拳は……、

 

自分でも驚きだったんだけど、おじさんのお腹を貫いてたよ。もしかしたらってイメージはずっと持ってたんだよね。このナギナギの能力って無音から飛躍して無抵抗に出来ないかなって。つまりは相手の防御無効化だよ。

 

筋肉の防御も、皮膚の防御も、鉄みたいに固くする鉄塊(テッカイ)っていう防御も、武装色の覇気での防御も全部無効化しちゃうような。

 

思ってるだけだったんだけど、いざやってみたら出来ちゃったよ。これ、すごいや。ナギナギの能力。防御無効化が出来ちゃうね。

 

でもおじさんは一枚上手だなー。僕のイメージだと背中の先まで貫通して下手したら背骨までポキっとってイメージだったんだけど。咄嗟に僕の力に気付いてイトを使ったね。だから吹き飛ぶだけで済んだみたい。僕の力がまだまだ足りないってことなんだろうなー。

 

「フフフフ、フッフッフッフッ、ガキが面白ェこと考えるじゃねぇか。ナギナギから防御無効化か。そうそう思い付かねぇことだ。ますます連れて行きたくなっちまった」

 

立ち上がった糸のおじさんはあっという間にお腹に空いた穴を糸で修復しちゃってるよ。血は流してるけど。

 

「カール、お前はとんでもないな。ドフラミンゴに血を流させるなんて。会って間も無いけどおれは末恐ろしいよ。だがひとつだけ言わせてくれ、お前のネーミングセンスはちょっとどうかと思うんだ……」

 

「え? そうですかねー。静かなる大衆ですよ。革命軍的にもいい名前だと思うんですけど」

 

僕としては渾身の技名だったから、ここはしっかり反論しておかないと。

 

「ガキが粋がってんじゃねぇだろうなぁ」

 

って、もう眼前には怖いおじさんだよーっ!!!!!

 

でも、

 

竜爪拳(りゅうそうけん)

 

サボさんが瞬時に繰り出した拳はさっきまでのとはまったく違ってて。

 

「ベクトルか。革命軍のガキが……、中々やるじゃねぇか」

 

糸のおじさんもしっかりと防御してる。

 

そこからの攻防はまさに一進一退。

 

サボさんも全力は出してなかったんだってことに今更ながら僕は気付いたんだ。

 

すごいや。本当に強い相手には全力と見せ掛けて、全力は出さないってのが大事ってことか。

 

僕はどうしようか。

 

もう同じ手は使えそうにないもんね。僕も見聞色ってのが使えたらなー。もっと色々出来るんだろうけど。

 

「ぼうや、久しぶりだな」

 

二人の攻防を眺めながらどうしたものかって考えてた僕に声を掛けて来た人。

 

え?

 

誰だろうって思わず見上げてみたら、白クマだったんだよね。

 

「ベポさん?」

 

いや、ちょっと違うよね。

 

「まあ正確に言うとはじめましてになるが。……ベポは元気にやってるかな?」

 

そこで気付いたんだ。この人はベポさんのお父さんだって。ロー副総帥にあの時の様子を教えてもらったから。

 

だから僕は言ってあげたよ。

 

「……ご愁傷様です。あなたのおかげでベポさんは帰らぬ人となりました。アーメン」

 

「そうか。それは残念だ……。って、嘘はいかんよ、キミ。ベポはちゃんとウォーターセブンで寝込んでた。まったく、ステューシー様の言った通りだな」

 

「わーお! バレましたか。ステューシー様? あ、あのキレイなお姉さんだ。どうですか、キレイなお姉さんは今日もキレイでしたか?」

 

「ああ、今日会ったわけではないが、多分キレイにされていることだろう……。って、キミ、そうじゃないんだよ」

 

この大きな白クマで、ベポさんのお父さんはデポさんだった。

 

何でここに現れたのは分からないけど。

 

ああ、そうか。雨降ってるもんね。

 

「この傘を貸してほしいんですか?」

 

「おお、有り難いな。実はそうだったんだよ、キミ……。って、…………」

 

ハハハ、そんなわけないよね。もちろん僕も分かってましたよ。

 

つまりはアレか、糸のおじさんと関係してるのかな?

 

 

 

 

 



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第89話 それはまだ何かでしかない、それでも……

すいません。書くことに苦しんでました。


偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “春の女王の町” セントポプラ

 

 

緊縛(ロック)を掛けるべく動いているよりも、降り落ちる雨を感じながらゆっくりとタバコを吹かす時間の方が長くなり始めた頃、不意に現れた存在。

 

それは優に3mは超えようかという巨体。それは外見から判断するに白クマ。

 

ひとまず自分の戦い自体は余裕がある状態とはいえ、ビビの戦いの行方とカール君と革命軍の彼の戦いの行方に注意を向けるべく見聞色にはより比重を掛けていたのだが、何の気配も感じさせること無くこの白クマは現れた。

 

私には何ともハードルが高そうなノリツッコミとやらを披露し合っているが、十分に油断ならない相手。

 

会話が通じている以上はきっとどこかの種族なのだろう。間近で見るのは初めてではあるが、話には聞いていて思い当たる種族がある。

 

新世界に存在するという移動する国の話。それは大海を渡る巨大な象の上に築かれているという話。そんな国を統べるのがミンク族であり、彼らは獣の種族だ。白クマが居たとしてもおかしくは無い。

 

それにハット達の中にも同じように白クマが居ると聞いてはいたし、あの口ぶりではどうやら親子のようでもある。であれば、味方ということになるのか。いや、早合点は禁物。ヒナ、禁物だわ。

 

モサモサ君の両足目掛けて最後の緊縛(ロック)(ほどこ)して、雁字搦(がんじがら)めに拘束することに成功した。ビビの方でも青髪の彼女への攻撃が立て続けに当たり始めていて、ジ・エンドね。

 

あとは……。

 

「これはこれは、珍しいやつが来なすった。用心棒がシマを空けて物見遊山ってか」

 

革命軍の彼とドフラミンゴによる戦いの行方が問題だったがドフラミンゴ本人には白クマの方が気になる存在のようで、

 

「それはキミも同じじゃないか。ドレスローザを離れようとしなかったキミが楽園へと動き出した。こんな好機はそうそうない。ゆえに、質問には答えてもらいたいな」

 

二人の間で交わされてゆく会話。互いを纏う空気は一気に変わりゆき、降り落ちる雨には風が加わっていく。

 

「フフフフ、何の話をしようってんだ? 悪ぃが心当たりが有り過ぎて答えようがねェ」

 

「キミはカイドウと繋がっているな? ……まあ、待ちたまえ。これは質問じゃない。周知の事実なのだから。問題はその先だよ、キミ。……そうだ、リトルワノクニのワ人をカイドウに引き渡していやしないかね?」

 

「フッフッフッフッ、何を言い出すかと思えば、()()()()()()……」

 

「……そんなことだとっ?! 運搬船を襲われるぐらいは大目に見る。だがな、決死の覚悟で国を飛び出してきた彼らを連れ戻すとは……、あるまじきことだっ!!!」

 

二人のやり取りを聞きながら私の直感は告げている。いい情報が取れそうだと。

 

リトルワノクニといえば、政府が管理するトリガーヤードに在って謎の領域。この白クマはそこの用心棒というわけか。しかもさっきステューシー()と聞こえた。

 

それは“歓楽街の女王”の名。ということは、リトルワノクニの元締めとその用心棒という関係。そして運搬船と言った。

 

さあ、一体何を運んでるのかしら?

 

「ベラベラとよくしゃべる野郎だ。後ろの海兵が聞き耳立ててやがるってのになァ。だがまあいい。知られたところで何も影響はねェ。なァ、白クマ野郎。お前が俺に問い質すべき質問はそんなことじゃないはずだ。お前らはその内、武器を作る力を失う。ステューシーのババアはさぞお冠だろうなァ」

 

「ああ、大層ご立腹だ。武器取引の流れは均衡していた。上手く棲み分けていた。ドンキホーテファミリー、巳姦(みかん)屋、リトルワノクニ。長年に渡る3つの均衡を潰すつもりかとな。とはいえ正直そんなことは俺にとってはどうでもいい。ワ人たちはもう同胞に近い存在。彼らを苦しめると言うのであれば……、キミをここで潰すしかない」

 

やり取りが不穏な方向へと向かっているのとは裏腹に、私は内心ほくそ笑んでいた。

 

得難い情報ね。武器取引の現状と流れの変化をこんなところで耳に出来るなんて。幸運だわ……、ヒナ幸運。

 

「フフフフ、フッフッフッ、お前も聞いてるだろう。バナロのルチアーノが死んだってのは。世界は繋がってる。ドラッグの動きと武器の動きも然りだなァ。ババアに言っとけ。世界はそろそろ終わりを迎えるってな。それと、お前にもだ。カイドウはお前が言う同胞とやらをワノクニに引き渡す。禁を犯した奴らの末路は分かってるよなァ?? 奴らは本望だったろうよ。クニの土へ還れたんだ。……まァ、首は……ねェがな」

 

ドフラミンゴが言い終えるや否やの瞬間、(ほとばし)りが走るのを感じた。覇気、電気、その両方……。

 

知りえた情報は数多いけれど、私は少し反省よ。幸運だなんて思ったことに、ヒナ反省。

 

思いの瞬間には白クマの手先からは稲妻のような電撃が放たれて、ドフラミンゴからは鞭のようにしなりを利かせた糸が放たれて、それは両者の真ん中で激突した。轟音と爆発的な衝撃を周囲に(もたら)しながら。

 

「……この場でキミを土に還らせてやりたいね。……この島からは帰さないっ!!!!」

 

何とか(ほとばし)る感情を抑えようと見受けられる白クマの声音は最後には激情のまま放たれていく。その感情は理解もするし共感も出来る。それこそ感情移入しそうになるくらいには心を揺さぶられていた。この状況で私はどう動くべきか。ビビたちを思って当たり前のようにして動くことを考えていたが、ここは冷静になる必要があるかもしれない。

 

立場上は動かない方がいいかもしれないのだ。それはドフラミンゴが政府側の人間という建前の話ではない。私が守らなければならないのはネルソン商会の話。繋がりを悟られるわけにはいかない。露ほども。

 

それに、私の評判は知れ渡っていると思った方がいい。規則を重んじる人間、上の言うことはちゃんと聞く人間だと。そんな人間がここで敵対を見せるのは疑念を抱かせる可能性はないだろうか。ほんの少しであろうとも。

 

でも、それでも思う。

 

いや、思わざるを得ない。

 

何て私は卑しい人間なのかと。心の中で噛み締める。忸怩(じくじ)たる思いを。ヒナ、忸怩。

 

 

そんな思いを余所にして、

 

「……熱くなってるところ悪ぃが時間切れだ。これから許しを与えてやらなきゃならねェ奴がいるんでな。……鉛玉を使って。なァ、そうだろう……ビビ()()

 

ドフラミンゴが口にした言葉の真意に私は直ぐには気付いていなかった。

 

気付いていたのはビビだけで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青髪の女性は倒れ込んでいた。

 

孔雀の(はね)という飛び道具にモシモシの能力(ちから)、加えて祖国の体術である“水覇気(みずはけ)”を何とか使いこなせた私。相手の懐に飛び込んでの接近戦でひとつ武器を持った私にとって、もう彼女は敵では無かった。

 

だから大きな白クマさんとジョーカーのやり取りにも途中から耳を傾けていたのだ。

 

白クマさんはベポ君のお父さんであり、私はジャヤで二人の戦いを間近で見ている。親子での戦い、戦わざるを得なかった状況。波間に揺れる船上で思いを巡らし、自分に照らし合わせてみたりと、それなりに心のしこりとして残っていることのひとつである。

 

胸の内はちょっと複雑だ。それでもこの人が今この場で敵か味方かと問われれば敵だとは言い辛い。じゃあ味方か。それも何とも分からないけれど……。

 

ただ会話の途中から思いには共感出来た。

 

リトルワノクニはこの人にとってのクニだ。祖国では無いのかもしれないけれど、間違いなく守りたいものであり、失いたくはないものなんだろう。それだけは分かる。伝わってくる。

 

だからこそ私はその思いと共にジョーカーを睨みつけていた。

 

そして最後に飛び出してきた言葉に私は居ても経ってもいられるはずは無かった。

 

「行かせないっ!!!」

 

私はそう口にしていた。

 

「ローさんのところに行かせはしないっ!!!!!」

 

そうはっきりと口にしていた。

 

と同時に私はカルーの背に(また)がって、一気に動き出す。

 

私だけじゃない。カール君も、ヒナさんも、サボさんに、白クマさんまで一気に動き出す。

 

最初に踏み込んだのはサボさん、両手を黒く変色させて突撃。

 

そこへ雨中を引き裂くようにして迸る白クマさんの電撃。

 

空中から畳み掛けるようにしてヒナさんの禁縛(ロック)の蹴撃。

 

最後はカール君と同時に私も撃ちこんでいくのは拳ひとつでの拳撃。

 

祖国の砂の大地に思いを馳せ、私の内に流れゆく水流に全神経を集中させ、一気に解き放つ。

 

それでもジョーカーは口角を上げた。受け止め、躱し、そして避けた。

 

「フッフッフッ、どいつもこいつも熱くなりやがって、こいつで頭冷やすんだな、影騎糸(ブラックナイト)!!!」

 

更には捨て科白と共に両腕から紡ぎだされてゆく糸は一瞬の内に形を成していき、それはもう一人のジョーカーを生み出してゆく。

 

これが分身体……。

 

生み出された分身体は直ぐ様サボさんとの間合いを詰めて蹴り。動きは本体と何も変わらない。

 

「ビビ!!! カール!!! 止まっちゃダメっ!!!!!!」

 

ヒナさんの注意より一瞬早くモシモシの能力(ちから)は分身体の両手から伸びゆく糸の動きを察知して、カルーの背中を叩いていた。この際カール君も一緒に乗せて動く。

 

危なかった。

 

一瞬遅かったら操り人形になっているところだった。

 

「フッフッフッ、だったらこういうのはどうだ? 手ごろな相手じゃねぇか」

 

恐ろしいことに分身体が喋っていた。そして、その相手とは明らかに操られていると分かるウルージさんだった。

 

「済まぬ。海兵の(かた)……」

 

操られたままウルージさんはヒナさんに突進していく。

 

このままでは……。

 

このままでは行かれてしまう。

 

焦燥感に駆られながらも、私には分身体に操られないようにカルーに動き続けるよう呼び掛けてただ逃げ惑うことしか出来なかった。

 

ローさんが……。

 

ローさんが……。

 

殺されてしまうッ!!!

 

奥歯をぐっと噛み締める。

 

ジョーカーを目線で焼き殺してやるぐらいの勢いで睨みつける。

 

どうすればいい?

 

どうすれば……?

 

「ビビ会計士補佐……」

 

背後から掛けられる声音とは裏腹にカール君は私の腕を痛いくらいに掴んでいる。

 

情けない。

 

自分が情けない。

 

もう無理なの?

 

 

違う。

 

 

絶対に違う。

 

 

やるの。

 

 

やるしかないの。

 

 

出来るか出来ないかじゃない。

 

 

やるしかないの。

 

 

私の中の(ほとばし)る、駆け巡る、煮え(たぎ)る全ての感情に意識を割き、向き合い、糧とするべく瞳を閉じる。

 

 

力を……。

 

 

何としてでも力を……。

 

 

開き、射る。

 

 

サングラスを。

 

 

 

瞬間、

 

 

 

私の中で弾ける何かがあった。

 

 

 

それはまだ何かでしかない。

 

 

 

それでも、

 

 

 

遠くへ消えゆくように去るサングラスの右眼、

 

 

 

それが雨に煙るなかでも割れたように感じられた……。

 



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第90話 ひとつひとつ一緒に

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “春の女王の町” セントポプラ

 

 

ビビが最後に放った一撃。

 

それは言葉通りに一撃で、けれどもただの一撃では決してなくて。私でさえ危うく意識を持っていかれそうになったくらいであるからしてそれは覇王色の(ほとばし)りそのものであった。

 

私は思わず目を疑ってしまったし、今も信じられない思いでいる。

 

「フフ……フッフッフッフッ!!! ネフェルタリの血は争えねェな。……そんなに大事か、ローが? だったら精々足掻いてみるがいい。最近のガキどもはどいつもこいつも生意気でどうしようもねェ。()()()()()()()()()。特にローのガキは()、殺すッ!!! ……必ずな」 

 

それでも私の驚きを余所にしてドフラミンゴの言葉は続き、本人はそのまま消えてゆく。同時に湧き起こる突風のような風、大粒に変わる雨脚。

 

覇王色の(ほとばし)り。間違いない。雨にぬれるあの子の両肩がさっきまでとはまるで別物に見えてくる。

 

でもそれは荒々しくも脆い諸刃の剣。怒り、憎しみ、強く込み上げた気持ちが迸った意識の外で起こったものであるはず。そんな状態で力が残っているのかどうか。心配でならない。ヒナ心配……。

 

本人はこの場から消え去ろうともその分身体は残っているのだ。しかもあれを操っているのが本人であることは間違いない。

 

「ローさんを殺させはしないッ!!!!! 絶対にッ!!!!! やってやるわよッ!!!!!!!」

 

震える肩。……ダメッ!! 怒りと憎しみに我を忘れてはいないか。それこそ相手の思う壺なのだ。

 

「ビビッ!!!!」

 

あの子の動きは止まらない。振りかぶる孔雀の刃。声ではダメ、体で落ち着かせる必要がある。

 

だというのに私に向かって来る相手が居る。ドフラミンゴの分身体による糸で操られる相手は巨体。手配書でちらと見たことがある。最新の額は確か億を超えていたはず。

 

とはいえ時間を掛けていい相手ではない。奥に控える分身体をどうにかしないといけないのだから。ビビを守らないといけないのだから。

 

ゆえに私は(ソル)から一気に間合いを詰めていくべきなのか……? 

 

いいえ、違う。

 

動に対するは静。煽られているからこそ動いてはならない。私こそ冷徹に見る必要がある。

 

瞳を閉じる。感じるのは髪を濡らす無数の雨滴。

 

肺に取り込まれてゆくタバコの香り。

 

コート越しに背中を流れる数々の滴。

 

革靴の爪先を打つ一滴。

 

考えるのではない、感じるの。

 

指先の動き。紡ぎだされる糸。絡み合い、衝き進む。

 

足さばき、息遣い、ヌンチャクを持つ両腕。

 

見聞色で見極めるべきは巨体の動きとドフラミンゴの右手の指の動き。二つは確かに連動している。指先が曲がり、動く……。

 

オリオリの真髄はここにあるかもしれない。静からの動。その一点にすべてを懸ける。

 

瞳を開いて見据える相手は眼前。

 

上等よ、ヒナ上等。

 

「海兵の方、すまんが吹き飛んでくれ」

 

振りかぶるヌンチャク。横薙ぎで押し寄せるパワー。

 

その動きが終わる一瞬前、逆立ちから宙へ跳ぶ。体を反らせ、楕円を描くように。

 

流れ往くままに、しなやかに。でも、

 

緊縛(ロック)はきつく、()し潰すように。

 

「“インテンシティー” レベル “バンタム”!!!」

 

緊縛(ロック)するのは相手の両腕と胴。小型(バンタム)に巨体が抑えつけられるなんて滑稽じゃない? ヒナ失笑。

 

ヌンチャクは離れてパワーそのままに海へと飛んでゆく。着地しながら背後で体勢を崩す巨体の動きを捉えつつ、絡みつこうとする糸の動きにも気は許さない。

 

手を地に付けて腰を落とし、一気に回し蹴り上げる。

 

嵐脚(ランキャク)渦雷(うずらい)”」

 

それはうねりを引き起こすような蹴りの鎌風。切り裂く風は糸の侵入を許さず。

 

畳み掛けるべく跳躍。抗い、もがく巨体が行き着く先は体当たり。

 

「もう最後まで往くしかあるまい、海兵の方」

 

「それはお互いさまじゃなくて? 私の体を通り過ぎる全ての物は禁縛(ロック)される。“インテンシティー” レベル “ウエルター”!!!!!」

 

強打(ウエルター)で打ちつけるようにして禁縛(ロック)するのはバランスを取れていないように見える相手の両足。瞬時、剃刀(カミソリ)のスピードで宙より舞い、一気に締める。

 

終了。ひとまずは。でもビビは? まだ大丈夫……。

 

巨体をクッション代わりにして、間髪を入れずに方向転換。

 

「あなたには悪いけど……」

 

幾許(いくばく)か滲み出てきた感情を言葉にしたのち、速度にギアを入れる。剃刀(カミソリ)で飛ぶ。その先にビビがいるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が何をしたのかよく分かってはいなかった。

 

分かっているのはひとつの思いだけだった。ローさんを死なせるわけにはいかない。ただそれだけ。

 

だからこそ、ジョーカー本人が最後に残していった言葉は私に突き刺さった。

 

私の中で動き出す、湧き上がる、迸る、何かがあった。

 

もう何も聞こえなかった。いいえ違う。聞こえている声はある。それは内なる声。

 

ローさんを死なせるわけにはいかない。ローさんを殺させはしない。

 

憎い……。憎い。憎い。あいつが憎いッ!!!アラバスタだって、あいつさえいなければ平和に戻れたのにッ!!!!

 

分かっていることはただそれだけッ!!!!!!!!

 

「ローさんを殺させはしないッ!!!!! 絶対にッ!!!!! やってやるわよッ!!!!!!!」

 

直ぐにも孔雀の刃を構えて、カルーに前進するよう背を叩く。

 

動かない。こちらを見上げてくるカルー。

 

なんでよ?

 

「カルー、分かった。私ひとりで行くわッ!!!」

 

叫びながら跳び下りていた。最後にカール君の腕の感触を背中に感じた様な気もするが知らない。

 

私は孔雀の刃を引き絞り、走り出していた。

 

私には向こうにいるあいつのことしか見えてはいなかった。その嫌らしく上がる口角を潰してやることしか眼中には無かった。

 

死ねばいい。あいつが死ねばいい。

 

孔雀(クジャッキー) 一連(ストリング)

 

あいつさえ死ねばいい。

 

「スラ―――――――」

 

あとは一気に放すだけだった孔雀の刃を持つ手を握って、私の前に飛び込んで来た誰か。

 

「ビビ、……いいのよ。いいの。……泣いていいの。まずは泣いていいのよ」

 

ヒナさんだった。どこまでも優しいその言葉は私の奥底へ一瞬にして深く突き刺さった。

 

私にはもう何が何だか分からなかった。滝のように、激流のようにして私の中をあらゆる感情が一気に流れ出しているようだった。

 

感じるのはヒナさんの胸の温もり。それはとてもとても温かかった。ようやくにして自分が雨に打たれていたことを、自分の体が冷え切っていることに気付かされた。

 

私は泣いた。涙が止まることは無かった。

 

ローさんには死んで欲しくない。ローさんの思い。ジョーカーへの思い。大切だった人への思い。それを知っているから。

 

アラバスタを守りたい。祖国の人々を、トトおじさんを、リーダーを、テラコッタさんを、イガラムを、チャカを、パパを、みんなを。

 

守りたい。ジョーカーなんかに壊されてたまるものか。私の大事な大事な祖国なのに。

 

不安で、心配で、どうしようもなくて、それでも何とか、何とか、何とか…………。

 

私の内なる声。もしかしたら声に出して叫んでいるかもしれない。意味を成さない嗚咽になってるかもしれないけれど。

 

ただ只管(ひたすら)に洪水のごとく感情を流し、ヒナさんの温もりを全身で感じ取り、私の心に芽生えるもの。

 

「ビビ、私たちがいる。目の前のひとつひとつ、それを超えていくしかない。私を見なさいッ!!」

 

両頬を手で挟まれながらヒナさんと向き合う。ヒナさんの瞳。揺るぎない瞳。そして落ち着いてもいる瞳。優しい微笑み。

 

そうか。私、我を忘れていたんだわ。それでは相手の思う壺。ジョーカーの思う壺。

 

今なら出来るかもしれない。いいえ、きっと出来るわ。

 

私もヒナさんに微笑み返す。

 

「そうよ! そういうことよ!」

 

ヒナさんに頭を撫でられて、何だかとてもくすぐったかったけれど、もう大丈夫だ。

 

さっきヒナさんがサボさんや白クマさんに少し頼んだわよって言っていたのが耳に残っている。

 

モシモシの能力(ちから)も正確に動いている。冷静になれてる証拠だ。

 

もう任せっぱなしには出来ない。さっきはカルーにもひどいことを。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

そこで私にはもうひとつ思い出したことがあった。ジョーカーは最初のあの時何を口走っていたのかということを。

 

 

「ねぇ、ヒナさん。“ブリアード”って何?」

 

 

 

 

 



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第91話 でェェんぐり返し

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “美食の町” プッチ

 

 

まじか!? 指一本分やないか。

 

「久しぶりにサブいぼ出んで、ほんま」

 

狙撃手のわいが狙撃される日が来る思わんかったわ。

 

わいの見聞色でも何とか弾道は感じ取れたんやけどな。

 

それはほんまにほんまの指一本分で、背中越しで辛うじて抜けていきよった。

 

「おいッ!! 一体どこからだってんだッ!!!」

 

アーロンが振り向き様に見せた顔つきもマジのもんやったな。

 

「ドあほッ!! 分かるかッ、んなもんッ!! 弾()けんので精一杯やッ!!! 先に気付けただけでも儲けもんやっちゅうねんッ!!!」

 

わいも余裕こいてる場合なんかとちゃうから、売り言葉に買い言葉や。

 

ここは“トルリの丘”。さすがは特産ワインがあるだけあって、周りは斜面一面ブドウ畑そのもんや。咄嗟に腹這いんなって正解やったけど、こっからどないすんねん。

 

「分からねェな、……見聞色ってヤツか? 俺には何も見えやしなかったが」

 

隣ん列の木立ん下でわいと(おんな)じように腹這いになっとるアーロンが不思議そうにしとるけど、そりゃそうやろなァ。

 

「アーロン、見聞色()うんわなァ、見るんやのうて感じるもんなんや。って悠長に話しとる場合ちゃうかったわ。ここでじっとしててもしゃあないんや。移動すんで」

 

歩きはもう無理や。そんなことしてもうたら撃ち殺してくれ云うようなもんやさかいな。気ィ進まんけど。

 

匍匐(ほふく)で行くしかないんや。ほれ、行くでェ」

 

「……本気で言ってんのか? 俺は魚人だぞ」

 

「魚人もクソもあるかいなァ。お前の背丈で歩いとったらブドウの木なんか超えてまうんや、わけ分からんうちに一撃されたいんやったら好きにどうぞっちゅうこっちゃ」

 

わいの忠告に納得いったんか知らんけど、アーロンは渋々腕と足を動かし始めよったわ。まァ、気持ちは分かるでェ、わいも好き好んでこんな体勢で移動したいとは思わんさかいなァ。

 

正直()うて、あほみたいにしんどいんや。右に左に腕動かしてって、膝動かしてってなァ……。

 

さすがは黒ワイン生み出すだけあって、ええ土使(つこ)てんのは分かるけど、今はそんなこと考えてる場合ちゃうわけやし。

 

ワイン作るために用意したようなもんで粘土みたいに粘っこいんは。おかげでしんどさ倍増しや。

 

そんな愚痴をぶつぶつ言いながら進んどったら、

 

さっきまで気配を一切消しとった相手がいきなり気配を見せてきよった。

 

 

そう来たか……。

 

ええ根性しとるやんけ。

 

かかって()んかいっちゅうことやろ。

 

 

「アーロン、ちょっと待てや。あいつが気配見せよったで。……こら反撃するしかないやろ。向こうに小っさい小屋が見えんの分かるか? 狙撃には丁度ええ場所や。あの上登っていっちょやったるかァ。ほれ、瞬間移動や」

 

「はァァ?? 瞬間移動だと?」

 

わいより体力があるんを見せつけようとしてんのか知らんけど、えらい先まで進んどったアーロンを呼び止めて何でもないことのように瞬間移動してくれや言うてみたら、ふざけんなっちゅう顔しよったわ。

 

まあせやろなァ。ローとちゃうんやからなァっちゅう話や。

 

「冗談や冗談……、こうなったら匍匐(ほふく)なんかしとる場合ちゃうさかいなァ。アーロン、全速力やッ!!」

 

「下等種族がッ!! ふざけやがって、魚人を何だと思ってやがる。……“(シャーク)ON(オン)DARTS(ダーツ)”!!!」

 

全速力で走って行くんかと思っとったら、地面におもいっきり踏ん張ったあとに一直線で跳んでいきよったわって、

 

「瞬間移動できとるやないかァッ!!!!」

 

思わず叫んでもうたわ。多分、そんなん出来るかっちゅうふざけんなやのうて、そんなん出来るに決まってるやろっちゅうふざけんなやったんやな。ほんま、ややこしいやっちゃで。

 

なんや知らんけど、向こうの小屋の屋根に鼻から突き刺さっとるし。

 

 

さてと、

 

わいも続いて立ち上がってからに、一気に加速して……、

 

やのうて、飛び込むんはブドウの木ん下や。隣ん列へ足から滑りこんで一気に狙撃銃を構える。

 

ドン、ピシャリやな。

 

わいは迷わずに引き金を引いたった。

 

狙撃で大事なことのひとつは速射出来るかどうかっちゅうことや。あんまり良いとは言えん体勢からでも即座に撃てるかどうかは生死を分けるんちゃうかと思ってる。

 

もうひとつは射線。狙撃手っちゅう生き(もん)は相手に対する射線を常日頃から考えるっちゅうもんや。動物、植物、モノの気配と相手の気配を感じ取って己との間に狙撃に適する射線を感じ取る。その選択肢がいくつあるかによって狙撃戦っちゅうんは決まってくる。

 

見聞色で感じるんは人の気配だけやないんや。当然やけど生きてる(もん)には気配を感じるっちゅうこっちゃ。ブドウの木の葉ひとつにも気配は存在しとるし、モノにさえ気配は存在しとる。

 

高度で上にいる相手やさかい、葉と葉の間、枝と枝とのほんの隙間を縫ってからに生まれてくる奇跡みたいな射線や。

 

相手はとんでもない見聞色持ってるっちゅう奴っちゃ。少しでも裏を掻かなあかんやろ。

 

まあ、せやかてこの一発でどうにかなるとは思ってへんけど。まずは牽制ってところやな。

 

ひとまず次はあの小屋ん上やな。

 

「アーロン!! 待てやーッ!!!」

 

ローでもないし、ジョゼフィーヌやハットみたいにあほみたいな体技使えるわけちゃうからわいに出来るんは全速力で走ることだけや。

 

こんなことやったらわいも六式習っとくんやったなァ。

 

 

「っておい、アーロン、何しとんねんッ!!!」

 

小屋の上からさっきと(おんな)じ体勢になっとるアーロンが槍みたいにこっちへ突っ込んできよった。

 

気付いた時には真横でブドウの木ん下に鼻から突き刺さっとるやないか。

 

「シャハハハハッ!!! 見たか、魚人の(パワー)を。これが種族の違いだ」

 

目ェだけこっち向けながら笑っとるわ。

 

「分かった、分かった、大した奴っちゃで。……ッてなるかァ、ぼけェ!! お前がこっち戻ってきて……、いや、ちょう待てよ」

 

アーロンは直ぐにも立ち上がって不敵な笑みを浮かべとるやないか。

 

「乗れっちゅうことか」

 

「そうだ。俺にも拳を振り上げさせろ。……何となく分かってきた」

 

「さよかーッ!! ええこっちゃ。お前もそろそろ見えへん色眼鏡外したほうがええさかいな」

 

あとはアーロンの背に乗って一気に小屋までドーンやで。

 

って思ったけど、わいは途中降下や。狙撃銃をアーロンの背中に残したままな。

 

アーロンは小屋の屋根にまた突き刺さりよったわ。それでもわいの狙撃銃はしっかり掴んどる。

 

「奴はこのブドウ畑の斜面の上におるんやッ!! アーロン、全身で感じるんやで。奴の殺気をッ!!!」

 

撃ち返して(こう)へん間に叩き込んだらなあかんやろ。

 

射線はあるッ!!

 

「よっしゃあッ!!! 今や、持ってこいーッ!!!!」

 

わいはブドウの木なんかお構いなしに上へ向かって走り出した。

 

アーロンに狙撃銃だけをこっちに寄越させる算段や。手段は問わへん。さて、どうやって寄越してくるかって、

 

口に銜えよったぞ、あいつ。どういうつもりやねん。頼むでほんま。

 

わいは見聞色で導き出してる射線に向かって全力疾走するしかない。

 

 

「しっかり受け取れよーッ!!! (トゥース)ショット!!!!」

 

 

アーロンはあほちゃうかっちゅうことをしよった。自分で自分の顔殴ってからに歯ァ吹き飛ばしよった。その威力は大したもんで、あいつの歯ァに挟まれたまんま狙撃銃が一気に飛んできたわ。

 

さすが威張りくさってるだけはあるやないか。

 

「よっしゃあッ!!! いてまうでェーッ!!!」

 

わいも一気に跳躍して狙撃銃を掴み取ったら、射線までギリギリで

 

ドン、ピシャリやないかァ。

 

ほんま、ここしかないっちゅう枝葉の間も間や。

 

「舐めたらあかんでェェーッ!!!!!」

 

これでも奴には届かんのかもしれへん。

 

せやからこそ叩き込まなあかんやろ。

 

 

おっ! ようやく奴も動きよったでェ。

 

「アーロン、小屋やねんから水くらいあるんやろ。1時やッ!! 1時の方向に水ぶっかけたってくれーッ!!!」

 

わいも移動や。背ェ低くして素早く一気に行ったんでェ。

 

そしたらや、水は確かにあったんやろなァ。目の前でブドウ畑が一気に更地になりよったわ。

 

ハハハ……、副市長はんにバレたら蹴り上げられんでほんま。

 

まあお陰で射線は開けたわ。奴の未来位置目掛けて、ドン、ピシャリ

 

やな。

 

最後の一撃はええとこ突いてるんちゃうかと思った。今までの狙撃が掠りもしてへんのは分かってる。そもそもに見せんでもええ気配見せてるっちゅうだけで遊ばれてんのと(おんな)じやさかいなァ。足掻くだけは足掻いたんや。さあ、どうやっちゅうわけやけど。そしたらや、

 

撃ち返してきよったわ。

 

こら速いッ!! メチャメチャ速いでェ。

 

それくらいではどうとも思わんわいやけど、

 

肝を冷やしてもうた。

 

奴が撃ちよった弾は当然やけど肉眼で見えるようなもんとはちゃう。せやから見聞色で追うしかないんやけど、その弾は有り得へん軌道を描きよったんや。

 

途中で角度を変えよった。確かに変えよったんや……。

 

こらあかん。悪魔の実か何か知らんけど、ただの弾やないっちゅうことや。

 

一旦、逃げたほうが良さそうやな。

 

そう思ったが吉日で、振り返ったら一目散や。

 

「おい、どうしたーッ!! 退散かーッ??」

 

アーロンは既に小屋の上から下りて来とって、丁度良かったわ。

 

わいは言うたった。満面笑顔でな。イメージすんのは副市長はんのあの笑顔や。

 

「なァ、アーロン。でェェんぐり返ししょうかァァ」

 

「でんぐり返し?」

 

半信半疑でおるアーロンに向かって教えたったわ。

 

「こういうこっちゃ」

 

斜面の下まで一気になァって、アーロンの背中ひと思いに押したったで。

 

「おいッ!! おいッ! ……こんのッ、下等種ッッ……」

 

命あってのモノダネやで。

 

って、あかん、ほんまに角度がえぐいことになってる。直角やとッ!!! そうなったらもう誘導弾やないか。

 

わいもでェェんぐり返しやーッ!!!

 

覚悟を決めて一回転したわ。

 

 

 

もうぐ~るぐ~る回るわなァ、そら。

 

 

 

しかもや、でェェんぐり返しでもどうにもならんかもしれへんやんけ。来とる。来とる。後ろからぴったりくっ付いて来とるで弾が。

 

こらあかんって思った時や、

 

「ザイ様、アーロン様、如何お過ごしですか?」

 

ちょっと前に聞いた声が聞こえてきた。視界の端で副市長はんやと何とか分かったけど、双眼鏡持っとったんや。そんで満面笑顔、怖いくらいの満面笑顔やった。よう見えてへんねんけど分かってもうた。殺気が尋常ちゃうかったさかい。それでも答えたらなあかんやろ。せやからや、

 

「まあ……、ぼちぼち……でんなァ……」

 

って何とか言葉にしてみたわけやけど、

 

 

 

「……ウチのブドウ畑に、何してくれとんじゃーッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

多分、返しは最高の蹴りが飛んできたんやと思うわ。

 

 

 

 

 

わいらは星になったんちゃうかと本気で思ってもうたわ。

 

それくらい強烈な蹴りやった。何ちゅう嬢ちゃんや、まったく。

 

「アーロン、どないや? 星になった気分は?」

 

「バカ言ってんじゃねェ。俺たちは真っ逆さまに落ちてんだよ」

 

そういうことや。

 

副市長はんの蹴り上げで方向転換してもうたわいらの行先は“アメルの海岸”。断崖絶壁に突き落とされたようなもんや。

 

しかもあの弾まだ追って来よるっちゅう至れり尽くせり具合やでほんま。

 

どうすんねーんッ!!!!

 

 

 

「おいッ!! 鳥だぞ」

 

「ああ鳥やな」

 

捨てる神あったら拾う神もおるんかっちゅう具合に鳥が羽ばたいとった。

 

正確に()うたら鳥人間や。

 

 

「とんでもねェ奴に狙われてるってのに、おかしな奴らだ」

 

青白く、燃えるような鳥やった。

 

「ただ……、偵察に来た甲斐はあったよい。“ブリアード”か」

 

多分、こいつは不死鳥や。

 

そんで不死鳥()うたら……。

 

 

後ろからどこまでもわいらを追い掛けて飛んで来よった一発の弾。あれは途中で加減速も自由自在なんちゃうやろうかと思うしかない。せやないとわいらは既にやられてておかしないんやからな。

 

その弾に向かって不死鳥はんは羽広げてや、

 

一瞬で爆発するかっちゅうくらいのエネルギーを感じたんやけど、一気に吸収してしまいよったわ。

 

「行きがけの駄賃だよい。おめェら、乗ってくか?」

 

「アーロン、ここはお言葉に甘えようやないか。頼むわァ、不死鳥はん」

 

「おいッ、ほんとに乗れんのか? 燃えてるじゃねぇか」

 

「まあ、堅いこと言わんとや、大丈夫やろ。なァ、せやろ、不死鳥はん」

 

「……馴れ馴れしい奴だよい。大丈夫だ。乗ってくれ」

 

 

不死鳥はん、多分噂に聞く白ひげ海賊団の1番隊ん隊長か。

 

ははーん、ええこと思いついたで。

 

 

「なァ、不死鳥はん。早速ですまんけど、ものは相談や。あんたの見聞色はどんなもんなんや?」

 

 

 

 

 




長らくお待たせ致しました。再スタートと参ります。


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第92話 お(あと)はよろしうないよ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “美食の町” プッチ

 

 

正直な話、“ブリアード”っちゅうやつに思うところはあった。なんやかんや結構な頻度で遭遇してるけど、ほんまのところわいらは別に標的にされてるわけちゃうんちゃうかってことや。

 

さっきも弾の軌道からして明らかにおかしかったわけで、()ろう(おも)たらいつでも()れたはずなんや。せやのに一撃必殺で()んのはそもそもそんな気ないっちゅうことちゃうかってな。

 

アラバスタん時もそうや。あん時の狙撃、わいが丁度ええ具合にあいつの射線に被せたったけど、あれほんまはわざとちゃうんかとわいは秘かに思うてる。

 

狙いは暗殺やのうて警告やったんとちゃうやろか。わいらがあそこに居合わせることが出来たんもあいつの気配を察知出来たからや。ほんまに暗殺したいんやったら気配なんか一切見せへんかったらええことやないか。見聞色がメッチャ凄いんやったら朝飯前に出来るやろうしな。

 

わいらはもしかしてあの場に引き寄せられたんやろか? せやけど何でや? なんであの場面をわいらに見せる必要があったんや?

 

……あかん、あかん、分からんでェ。こんな難しいこと考えんのは性に合わんのや。

 

 

「アーロン、お前の歯はァ一体どないなっとんねん。さっき自分で丸ごと吹き飛ばしとったくせに、もうサラの歯やないかァァっ!!!」

 

そうや、そうや。わいが考えんのはこういうしょうもないことでええんや。

 

「サメなんだ。歯くらい直ぐに生え変わる。何度でもな」

 

何でもないことみたいに言いよってからに、ただの人間からしたらえらいこっちゃやで、ほんま。

 

「よう出来とるわ。また使わせてもらうでェ、お前の歯ァ。ええ飛び道具やないか」

 

「その言い方は聞き捨てならねェな。俺は使ってもらった覚えはない。使わせてやったんだッ!!」

 

不死鳥はんの背中ん上で器用にも寝っ転がっとるアーロンが歯だけ怒らせて凄んできよったわ。

 

「さよかー。って、あ~らよっとな……」

 

そんなもんは右から左に流してもうたら、手ェ滑ってもうたわ。わいの銃……、ほなさいならってか。

 

「おいッ!! てめェの武器はてめェで何とかしろよッ!!! 俺のこの歯がなけりゃどうなってやがるッ!!!」

 

「ええ動きしとるやないかー、アーロン。おおきになー。その調子で頼むわー」

 

わいが落とした狙撃銃をすんでのところで歯で受け止めたアーロンがな~んかわめいとるわ。褒めたってるちゅうのにな~にが気に食わんねんやろなー。

 

「良い性格してるよい」

 

「不死鳥はんもおおきにィ。わいには褒め言葉にしか聞こえへんわァ」

 

するりと会話に入り込んで来よった不死鳥はんにも感謝、感激、雨霰(あめあられ)や。

 

ほんまやったら真っ逆さまに落ちてるところを助けてもろたわけやし。体は青白い炎やっちゅうのにな~んも熱うない快適具合なわけやし。もやし……、()うとる場合ちゃうか。

 

「……褒めてねェよい」

 

「え? 何て?」

 

わいがそのまま聞き返したったら、不死鳥はんが苦笑しとるんが何となく分かったわ。ええ人やないか。こんなええ人に乗せてもろうてるんやさかい、アーロンもそないにわめいとらんと大人しうしとかな。さすがの不死鳥はんも堪忍袋の緒が切れて……、

 

「お前だよい」

 

「あれ? わい口に出しとったっけ?」

 

不死鳥はん、とうとうほんまに(わろ)うてるわ。

 

 

「さっきから気になってたが、アーロンって、もしかしてジンベエのところに居たやつか?」

 

「ほ~う、不死鳥はん、アーロンと顔見知りやったんか?」

 

「……日和(ひよ)っちまったアニキなんざ知らねェな」

 

ガーガーわめいとったアーロンが急に黙り込んだ思うたら呟きよったわ。アニキ言うてる時点で知っとるやないか。ほんまにめんどくさいやっちゃな。

 

不死鳥はんも無言で顔だけ向けてこっち窺っとるわ。

 

「不死鳥はん、勘忍やで。こいつはそういうお年頃なんや。勘弁したってくれ」

 

「誰がお年頃だッ!! ふざけやがって!! で……ジンベエのアニキは……元気なのか?」

 

アーロン、ほんまに素直ちゃうやっちゃで。せやけどや、

 

「ああ、元気にしてるよい」

 

不死鳥はん、あんたほんまにええ人やな。

 

 

 

不死鳥はんが言うにはプッチまで偵察に来たっちゅうことらしいわ。ほんまはサン・ファルドが目当てやったらしいけど、こっちにメッチャ強い気配感じてやって来たっちゅうこっちゃ。

 

 

今朝方の号外は読んでる。白ひげ海賊団はすぐ近くまで来とるってな。わいのことも手配書見て知っとったみたいで、何か情報掴んでへんかって聞かれてもうたわ。

 

不死鳥はん、勘忍やで。聞く相手を間違(まちご)うてるわ。そういうことはクラドルとかローに聞かな。わいに聞いてもあかんわァ。

 

思うとったらアーロンに指差されて突っ込まれてもうたわ。何のための電伝虫やとな。そらそうやわな。せやからちゃ~んと聞いたったで。

 

 

決戦の場は間違いなくサン・ファルドになるってな。

 

 

こんだけ大盤振る舞いしたったんやから、不死鳥はんのええ人具合だけでは釣り合わへん。

 

 

というわけでや、わいらは今空を飛びながらも透明人間になろうとしてる。

 

 

不死鳥はんの見聞色マイナス、“無地(むち)”の領域。姿も気配も消し去って、消し去ってもろてトルリの丘ん上まで行ったんでェェ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トルリの丘ん上も下と変わらず木ィだらけやった。ただ今度はブドウやのうてオリーブみたいやけど。(たっか)いところほどオリーブの質は良うなる言うからなァ。

 

それでや、問題はそういうことちゃうんやな。

 

わいが企んだことが目の前で繰り広げられとるわけや。若干想定とちゃうけど。

 

あとは不死鳥はんの見聞色ん強さがどれくらいかっちゅう話やで。

 

一番(たっか)いところのオリーブん木の上におる奴よりもどうなんかっちゅうな。

 

せやけど、もうここまで来たら正直出たとこ勝負やろ。

 

わいらは息潜めて成り行きを見守るだけや。

 

なんでかって?

 

高いとこにあるオリーブん木の下にはいつの間に登って来たんか知らんけど、さっきの海賊嬢ちゃんがおるんやわ。

 

 

 

「どうされた? オリーブの実でも取って差し上げようか?」

 

奴はオリーブん木の(ぶっと)い枝に腰掛けながら静かァに言葉切り出しよった。

 

それに対して海賊嬢ちゃんは無言や。そういえば下のレストランん時は一緒に()った取り巻き連中がまったくおらんわ。一人で地べたに足投げ出して座りよって、まるで寛いでるみたいに見えるやないか。

 

やっぱええ根性しとんな、この嬢ちゃん。

 

「めんどくせェことはナシだ。てめェ、……ヴァン・オーガーだよな。“ブリアード”の」

 

さすがはテーブルん上で飯食うことに(こだわ)っとった嬢ちゃんや。気持ええくらいのド直球で突っ込んでいきよったで。アーロンもわいの隣で無言のまま頷いてまうほどや。

 

「困ったものですねェ。これでも隠密の身なんですがね、私」

 

奴はゆっっくりと自分の銃を動かし始めよった。トン、トン、トンって一定間隔でオリーブの木ん(みき)相手にビート刻んどるわ。

 

「……駆け出しの億超え海賊が相(まみ)える相手としては私は少々お高いんで……、こんな上から失礼しますよ」

 

「はっ!! 言ってろ!!! てめェだけは許さねェからなァ」

 

「なるほど、どうやら私に因縁がおありのようだ。……申し訳ないが身に覚えがありすぎて、ねェ」

 

奴は笑みを浮かべとる。人を食ったようなって(たぐい)のやつや。

 

 

「だったら精々思い出せ。ウチらの因縁は……ソルベだッ!!!」

 

嬢ちゃんはひと思いに言い切ったあとに立ち上がりよってからに、

 

「……はて、随分と昔話を持ち出して来ますねェ。お若いあなたが何だと言うんです」

 

嬢ちゃんが腰に手当てていきり立っとるっちゅうのに、奴はトントンしとった銃を止めてもうたわ。一気に興味が失せたっちゅう顔しとるで。パイナップルみたいな頭をアーロンに肘置き代わりにされとっても気にならんくらいに不死鳥はんは興味津津やっちゅうのにな。

 

「はぁぁ、これも巡り合わせか。私はこれでも忙しい身でしてねェ。価値を見出せないものには一切時間を掛けないことにしているんです。……瞬殺でもよろしいか?」

 

一気に口角上げてきよった。

 

「撃てよォ」

 

嬢ちゃんも売り言葉には買い言葉や。しかも中指突き立てるおまけつきやで。

 

そこからは一瞬の出来事やった。

 

奴は銃を構えるんか思うたら人差し指向けよってからに、

 

あれは飛ぶ指銃(シガン)ってやつで、気付いた時には嬢ちゃんの体を貫通しとったんやけど…………、

 

 

 

ちゃうかった。ぴんぴんしとるわ。

 

 

 

piece・forward(ピース・フォーワード)

 

大往生(エンドリミット)!!!」

 

 

 

そう嬢ちゃんが言い放ったあとの奴の顔、まさかっちゅう顔しとったんや。嬢ちゃんに指銃(シガン)が貫通してもぴんぴんしとったからなんか、嬢ちゃんが繰り出した攻撃を見ての反応やったんかは分からん。両方かもしれへんけどや、

 

奴の体は見るからに老けとってなァ、いつ死んでもうてもおかしくないんちゃうかって言うくらい、まさに大往生手前ってやつや。

 

「……“超神系(カルディア)”か。悪魔の実にて……存在しないはずの第四の系統、“動物系(ゾオン)”の古代種、幻獣種よりも……更なる希少種」

 

声まで(しわが)れてもうてるけど、そんなんどうでもええっちゅうような内容やないか。横で幻獣種そのもんなお人が片眉吊り上げとる。

 

なんやねん、カルディアって……。

 

「さすがに知ってるか。“超神系(カルディア)”は肉体が見えてもそれは幻だァ。実体は無くても覇気で捉えられる“自然系(ロギア)”とも違う。肉体は思念化して(ソウル)の実体が消えちまう。だから“ベクトル”でも捉えることは不可能」

 

嬢ちゃん、無敵かァ!!

 

「だが、てめェ!! 最後に何をしたッ!!! ウチの業は必殺だった。確実にてめェは死ぬはずだったッ!!!!」

 

何やて?? よう分からんけど紙一重の攻防やったみたいや。

 

「“ブリアード”と奉られてる以上は……朽ちて消えるわけにはいかん。見聞と武装を掛け合わせれば……(ソウル)に障壁を掛けることも可能じゃ。……名乗らんか」

 

死ぬ間際の体んなって語尾まで変わってしまっとる奴はオリーブの木ん枝の上で座ってるだけでもしんどいみたいに幹に寄りかかっとる。

 

名乗れ()うたか? もう名乗っとるやないかァ思うたら、

 

嬢ちゃんの体が一気に()っこくなりよったわ。

 

もう、どないなっとんねん。

 

「うえっへっへっへ……」

 

「なるほど……、繋がった。ソルベの王太后……。でじゃ……そろそろ出て来んか」

 

あかん、バレとったわ。

 

不死鳥はんとアーロンには首左右に振って降参するでの合図や。

 

というわけで姿見せたッたら、

 

「マイナス野郎と一緒か。ふざけんなよ、覗き見しやがって!! この変態野郎がッ!!!」

 

もう婆ちゃんから嬢ちゃんに戻っとるやんけ。

 

アーロン、止めとけよ。ここで下等種族がって言いたいんはわいも痛いくらいに分かるけど我慢や。お前が逆立ちしてもこの嬢ちゃんみたいな婆ちゃんには口では勝てん。多分な。

 

「何だとっ!! この下等種族がッ!!!」

 

って思ても言うわなァ。アーロンやもんなァ。

 

「黙れッ!! 上等変態野郎ッ!!!」

 

もう、わいはよう分からんわ。どう思う不死鳥はん?

 

 

「ああ、変態だよい」

 

ってお(あと)はよろしうないよ、不死鳥は~~ん……。

 

 

 

「てめェだよなァ。ソルベの国民全員その銃で人質に取って、くまに引導渡しやがったのは」

 

「任務……、ただ……それだけじゃ」

 

「てめェ!!!」

 

()()との共同戦線、……()()()()()に始まり今に続く」

 

 

ヒトォンデ?? ヒトォンデ()うたか??

 

 

ヴァスコに()うてもわいの中で消えかけとった熾火(おきび)には正直()うて火は点かんかった。せやけど、今確かに火は点いた。

 

わいの亡くなってもうた故郷の名を口にされるとな。

 

 

「おれァ海賊だよい。この場で動く義理はねェし、お前に相対する道理もねェ。エースを取り返す。それだけだよい。だから情報持ってんならさっさと出せ」

 

半ばモノを考えられんようになってしもうてるわいを尻目に不死鳥はんは己のやるべきことやってる。

 

「マイナス変態野郎!! だったらここからさっさと消えやがれッ!!! 油売ってんじゃねぇよッ!!! Zも黒ひげもさっさと潰して見せろッ!!!!」

 

振り返った嬢ちゃんが涙流しながら叫んどった理由はよう分からんけど、気持ちは伝わってきたわ。

 

「なァ、不死鳥はん。ここまでほんまおおきにやでェ。海賊嬢ちゃん、あいつを逝てまいたいんは分かるけど、ここはわいらに免じて引いたってくれへんかァ? あいつも元に戻したってェなァ」

 

「はァ?? てめェは覗き見してやがったってのに人の話聞いてねェのか? 有り得ねェだろ」

 

「そこを何とか頼むわァ。わいらネルソン商会……、あいつのご主人様を引きずり下ろすつもりやさかいなァ。なァ、どや、それで」

 

 

瞬間、殺気が湧きたちよったわ。せやけど、そんなん知らんがな。わいかてとっくに殺気はダダ漏れさせとるんやさかい。

 

 

永遠にも思える無言の空間や。

 

 

「信じていいのか?」

 

逡巡のあとの嬢ちゃんの問い掛けにわいは頷くだけに留めとく。オリーブの木ん上におる奴が言葉を発することはない。

 

 

「分かった。引いてやる」

 

同時に見違えるみたいに元の体に戻ってる奴が一人。

 

「アーロン、拳の振り上げ方やけど、わいにもよう分からんわァ。せやけどなァ、敵わんかもしれん相手にこそ牙見せたる代わりに慈悲見せたったらええんとちゃうやろか」

 

わいの言葉にアーロンからも無言や。せやけど想いは伝わってるんちゃうかと思う。

 

 

 

「おれァ聞かなかったことにしておくよい。“ブリアード”に正面切るたァな、もう好きにしろい」

 

不死鳥はんもおおきにな。見届けてくれて。

 

 

 

「この世は運命(さだめ)と意志のせめぎ合い、その只中。巡り巡りゆくは、一弾。我が銃の名は千陸、千の(おか)を超え定めた相手を確実に仕留めゆく。此度はゆえに絶対……。天夜叉の運命(さだめ)に一つの意志を穿つ」

 

奴は既に狙撃体勢に入ってしもうてた。わいはどうすんのか? 

 

なるようになれや。ドフラミンゴがどうなんのか知らんけど、ひとおもいに逝てまうんやったら世話ないわ。

 

 

 

穿命弾(フェイタムスポッツ)!!!!!」

 

 

 

それは天を切り裂くような一発やった。

 

 

そないな時に電伝虫や。

 

シャボンディに集合やっちゅうことやったけど、

 

運命やっちゅう一発も、ドフラミンゴの行く末も、何もかんもわいの中心には入っては来んで、

 

 

 

 

ほんまの中心に()ったんは、

 

ヒトォンデ。

 

そのどうしょうもなく抗い難い故郷(あいしゅう)の名だけやったんや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第93話 ヒナ、大感謝……、字余りね

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “春の女王の町” セントポプラ

 

 

「私も詳しくは分かってないんだけど、五老星には直接動かすことが出来る諜報員がいるらしいの。凄腕の諜報員がね。その中で“ブリアード”と呼ばれる者がいると聞いたことがあるわ」

 

ヒナさんが教えてくれたブリアードの情報は私には十分過ぎるものだった。モシモシの能力(ちから)で拾った話の中で、ジョーカーはプッチという島の名とブリアードは腕を上げたと口にしていたはず。

 

そのことをヒナさんにもぶつけてみたら、

 

「……なるほど、ヒナ、納得。“ブリアード”は狙撃手だって聞いたこともある。もしかしたら、ドフラミンゴは狙われてるのかもしれないわね。七武海が五老星に狙われる理由なんて、普通に考えたら有り得ないことだけど。裏では何があるのか分からないわ。いずれにせよ、良い情報よ、ビビ。ただ、それもこの場を切り抜けてからの話ね」

 

私だけでは辿り着けそうもない、その先に有りそうな可能性を見つけ出してくれた。とはいえ、ヒナさんの言う通り、すべてはこの場を切り抜けてから。ジョーカーの分身体を何とかしないといけない。

 

 

港の側になるこの場には、既に私たちが戦い始めて時間が経っているためか、島の人たちは逃げているみたい。この騒ぎ自体には気付いているだろうから、そろそろ島の守備隊が来ても良さそうだけれど。春の女王の町なわけだし。ミカヅキ海賊団って言ってたっけ、その海賊たちも横たわったまま。アインっていう青い髪の人とモサモサしていた人はいつのまにかいないけれど。

 

「まだ挨拶も出来てなかったよな、申し訳ない、ビビ王女。改めて、俺は革命軍のサボだ。革命軍って聞いて良い思いはしねェかもしれないけど、俺たちはただただ無闇に国を潰そうと動いてるわけじゃ無いんだ。アラバスタのことはよく聞いてるし、今回は君のボスに取り次いでもらいたくて、ここへ来た。それにしても、さっきのすげェな。ドラゴンさんの覇王色は見せてもらったことがあるけど」

 

降り止まぬ雨の中でも、それを感じさせない軽い足取りで近づいてきたサボという人。確かに革命軍と聞いて思わないところがないわけではないけれど……、

 

「ビビ、サボくん、動いてっ!!」

 

そんな考えを巡らしている余裕は今の私たちにはもちろん無くて、ヒナさんから注意の言葉を掛けられる。

 

「すまない、後にしようか、ビビ王女」

 

サボさんもハット帽に手を掛けて、苦笑いを浮かべながら動きだすのに合わせて私も動き出す。

 

「クエーッ!!」

 

私の動きと思いを感じ取ったかのようにして、すっと横に現れてくれるカルー。

 

「カルー! ありがとう、さっきはごめんね。私、ちょっとどうかしてたみたい」

 

何でもないことだと言わんばかりに頷いて見せるカルーに何だか救われる気持ちになって、直ぐに背に飛び乗ってみる。

 

「ヒナ准将、相手はドフラミンゴの人形一体だけだが、それでもドフラミンゴだ。時間を掛けても俺たちの方が分が悪くなる一方だろう。そうなるくらいなら、一気に決着(ケリ)着けてしまおう」

 

「ええ、そのつもりよ。ヒナ、上等」

 

「ワタシも加勢させてもらうよ。構わないだろう?」

 

「僕もいいですよね? まだまだ戦えますよ」

 

ベポ君のお父さんであるデポさんとカール君も共闘すると言ってくれて心強いことこの上ないけれど、それでもジョーカーの分身体を止められるかどうかは何とも言えない。

 

「フッフッフッ、一気にだと? てめェら、束にかかりゃァ俺を止められるとでも思ってんのか、ふざけが過ぎんのも大概にしろ。ここで命を落とすと悟った方がてめェらのためだ」

 

分身体と言っても、言葉をしゃべるし、それはドフラミンゴそのもの。嫌らしく上がる口角も、サングラスも変わらずそのもので、

 

 

「まずいッ! みんな、散らばれーッ!!!」

 

サボさんからの警告に一気に散開する私たち。カルーも動きを心得て不規則なジグザグの動きを加えながら高速で移動する。

 

横目で見るジョーカーの分身体は両腕を交差させた後、振り払われた掌から放たれた糸は瞬間で鞭状にしなり、

 

「“十倍 超過鞭糸(クロステン オーバーヒート)”!!!」

 

更には十本の鞭となって私たちに襲いかかってくる。一人当たり2本の鞭が左右から挟み込むようにして。

 

速いッ……!!

 

「ダメッ!! カルーは逃げてッ!! もっとジグザグに動くのよッ!!!」

 

そう言葉を掛けてあげながら、カルーの背で立ち上がった私は跳躍する。

 

逃げる時間は終わったんだ。

 

分身体との間合いを一気に詰めるべく空中を跳びながら、周りを見渡してみれば、ヒナさんは迫り来る鞭に対して緊縛(ロック)を掛けているし、サボさんは鉄パイプを使って4本の鞭を相手取ろうとしている。カール君のことも援護しているみたい。それに電気!

 

デポさんは後退していなくて、その手から電気? 稲妻が迸っていて、ジョーカーの分身体の方こそむしろ避けてまわっていた。

 

「……エレクトロか。だが、当たらねェと意味ねェだろう」

 

「そうでもないと思うがね」

 

デポさんの動きは巨体の割にはスピードがあって一気に加速して飛び掛かっていったけれど、

 

「それに、てめェはいつから突貫王女になりやがったんだ。“十倍 無限鉄鞭糸(クロステン インフィニーロ)”!!!」

 

私に対しても当然のように分身体は容赦がなくて、モシモシの能力(チカラ)では間に合いそうにないスピードで2本の鞭が弧を描いて反転して襲い掛かり、黒く変色して……。

 

ッ!!!

 

瞬間、打ちつけられる痛みが右足に鋭く走って……。

 

 

「クーエーッッッ!!!!!」

 

それでも落下地点にはカルーがいてくれた。なんて頼もしいんだろう。

 

「……カルー……、ありがと……」

 

掛ける言葉は絞り出すことしか出来ないけれど、感謝しかない。

 

きっと反転してきた鞭は武装色の覇気で硬化されていたんだと思う。咄嗟にぶっつけでも“水覇気(みずはけ)”を使って正解だった。何とか血を流して、すっごく痛いだけで済んでいるのだから。ううん、小さなつをもう二つくらいは付けた方がいいかもしれない痛みよね、これは。

 

アインッて人に実戦で初めて“水覇気(みずはけ)”を使って成功した私はもう躊躇なく使っていくことにした。咄嗟の判断で体の右側の水分を特大の意識を働かせて左側に寄せてみた。受ける打撃、それに水分が存在すればの話だけれど、それを吸収するイメージだ。死ぬかと思ったけれど。ペル、私まだちゃんと生きてるんだから。

 

ッ!!

 

「カルーッ!!! ターンよッ!!!!」

 

横たわってばかり、想いを巡らせている場合ではいられなかったんだった。カルーは私の声に直ぐ様反応して、急停止からの華麗なターンを決めてくれた。

 

瞬間で背後を抜けてゆく銃弾。あれも糸なのかと戦慄を覚えてしまう速さだった。気付けた私のモシモシも進化してる気がするし、しっかりターンしてくれたカルーには後でいっぱい御馳走してあげないといけない。

 

背後を駆け抜けた糸弾の行先で大爆発を起こしているけれど、怯んでいちゃダメ。

 

振り返ってみたら、デポさんが分身体に接近戦を挑んでいる。腕も足も赤く染まっているのが見て取れるけれど、まだ倒れてはいなかった。

 

ヒナさんは空中にいる。きっと六式と呼ばれる体技の空を飛べる技を使ってるんだわ。サボさんとカール君も一緒に動いて分身体に近付いていっている。畳み掛けるような闘いの気を感じてならない。

 

勝負所かもしれない。

 

「カルー、一気に回り込むわよ」

 

雨の水分で幾分か重みを増したハット帽を両手でしっかりと被り直して、私は前だけを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒナ焦燥、かもしれない。

 

相手の攻撃を防御できないわけではない。何とか守れているという自負は少なからず存在している。だが、よく考えてみれば攻撃を当てることは一切と言って出来てはいない。

 

相手が人形だからなのかしら。

 

初手に繰り出されてきた鞭に緊縛(ロック)を掛けに行って、若干のスピードを押し殺すことに成功したわけだけど、間髪入れずに武装色を纏った時には時すでに遅し。見聞色で上回れなかった私は硬化された鞭によって叩きのめされた。何とか武装色による防御を出来たことがせめてもの救いだろうか。武装色でも上回れなかった以上、腹と胸に受けたダメージがありはしたものの、致命傷とまではいかなかった。

 

そこから、足の回転数を一息に上げて、速度を(ソル)に切り替えて接近を試みたわけだけど、銃弾のように連射される糸の弾によってそれ以上近付くことは出来なかった。避けた糸弾の末期が大爆発と見て、少々背筋が凍る思いもしたけど、それくらいで臆してしまう私ではない。ヒナ、上等。

 

と、己の気持ちを奮い立たせてはみるものの、サボ君には可愛いらしいあの子のフォローまでさせてしまって、ヒナ、反省の想いしかなかった。彼の動きは卓越していたのだ。

 

鉄パイプを振り回して複数の鞭を受け止めて見せ、片手を使ってその指の力だけで鞭による衝撃を受け止めてもいた。反転してどこまでも追ってくる武装硬化された鞭に対しても受け止めて見せていたし、むしろカウンターを返してさえいたのだ。あれがベクトルと呼ばれるものなのか。武装色の力をそのまま飛ばしているように感じられた。

 

ただそれでも、あの分身体は掠り傷ひとつさえ負っているようには見受けられない。

 

ビビは大丈夫かしら。遠目に何とかして食らいついている様子は見て取れるけど、あの子をフォローするまでには至らない私が正直、不甲斐なくて堪らない。

 

ヒナ、不満よ。ヒナ、不満。

 

私は己自身に対して不満なのだ。

 

 

そんな時はリスクを負って前に出るしかない。時間を掛けたとしても潰せる相手ではない。畳み掛けて一気に押し切るしかなさそうだ。

 

丁度、ミンク族の彼が分身体の懐にまで踏み込んでいる。

 

サボ君を横目に見れば、あの子と何やら言葉を交わし合っている。あの子はサボ君の背にぴったりと、おぶわれているじゃない。

そこから組み立てられることは何か。

 

一拍だけ深呼吸をした。意識してゆっくりと息を吐き出し、雨靄の中かすかに感じる自らの呼気を感じて、また意識して少しだけゆっくりと、でも深く息を吸ってみた。

 

背中に羽織る正義のコートが悩ましい。雨露から守ってくれるシルクハットが頭上には無いことで、この上ないほど恨めしく感じてしまう。それが本当の私にとってどれだけ力になったことだろうか。

 

それでも、

 

今の私は背中に正義を負った上で、前に出るしかないのだ。

 

己に克を入れた私は飛び、そして駆けた。

 

 

 

 

 

感じる。研ぎ澄まされた五感と第六感が今この時だと確かに告げている。

 

サボ君が一気に跳ねる。

 

ドフラミンゴの分身体に今も正対するミンク族の彼に対して、斜めの角度から入り込んでいくような形。

 

分身体は低い姿勢から地を這うような五本の鉄糸で牽制してくるも、

 

焼き切るような電気の力で応酬するミンク族の彼。

 

サボ君が振り上げた右腕に握られた鉄パイプから弾かれる武装色の力。

 

と同時にサボ君の背から降り立つあの子。

 

瞬間に広がる、立ち上がるひとつの空間。

 

 

私もその一点に懸けていた。

 

それを見逃すつもりは毛頭なかった。

 

空間が広がったと同時に、低空からあの子を担ぎあげて一気に飛び駆けるは剃刀(カミソリ)

 

サボ君も既に駆けていた。

 

カルガモに乗ったビビが背後に回り込んで来ていたのも知っていた。

 

渾身の電気で食らいつくミンク族の彼もまた分身体を放すはずはなかった。

 

一点にて収束するその始まりはこの子の静かなる拳。

 

ただ一点にて磨かれた、防御を無効化する悪魔の能力(チカラ)

 

それが確かに炸裂した直後に、

 

秒を置かずして畳み掛ける4人同時攻撃。

 

それは鉄パイプと掌から迸る強烈な武装色の波動。

 

それは稲妻を顕現させる電気の迸り。

 

それは相手の水分から湧き上がらせる内なる衝撃。

 

そしてこれは、ヒナ、最上等な蹴りのかまいたち。

 

 

でも、

 

 

 

「フッフッフッフッ、気は済んだか、てめェら。……なら()()()!!!!!」

 

 

 

寄生糸(パラサイト)

 

 

 

前に出たその先にあったもの。

 

 

 

それは、ヒナ、絶望。

 

 

 

全身に絡まる目には見えない無数の糸。

 

 

 

でもそれは確実に私たちの動きを封じ込める糸。

 

 

 

なのに、己の意に反して勝手に体が動き出すという悪魔のような戒め。

 

 

 

絶望へと向かう()()()は始まりゆく。

 

 

 

何の為に戦っているの?

 

 

 

何の為に戦ってきたの?

 

 

 

無数に脳内を駆け巡る問答の数々。

 

 

 

何とかして抗い続けようとする両の腕。

 

 

 

何とかして反抗しようとする両の足。

 

 

 

なのに悲鳴を上げそうになる私の頭。

 

 

 

どうしようもなく叫びだしたくなる私の口。

 

 

 

それでも私は何とかして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、

 

「……ヒナざん、……動げる……よ」

 

その嗚咽に近い声を聞き、その濡れてくしゃくしゃになった表情を目にしたと同時に振り返った先で、ただの糸に成り果てた残骸を目にした途端、私の全身を駆け巡っていくこの気持ち。

 

 

ヒナ、大感謝……、字余りね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第94話 俺の死に場所はここじゃねェ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

 

 運命というものを信じるか?

 王国護衛隊に入隊して間もなくの頃、コブラ様にそう問われたことがあった。

 

 俺はその時、分かりませんと正直に答えることしか出来なかったわけだが……。

 コブラ様には何とおっしゃて頂けたのだったか……。

 

 

 そんなことを思い出すのは、この場に何とも嫌な気配を感じるからだろうか。

 今、眼前で繰り広げられる光景は、副総帥殿のホストデビューを知った女海兵が己の欲求のままに動いているだけ。

 

 副総帥殿が偉大なるホストになられるであろうことは疑いようのないことだが、俺にアシスタントが務まるものだろうか……。

 いいや、これは今考えるべきことではないな。

 

 副総帥殿が偉大なるホストへと階段を登っていく様は、順風満帆そうに見える。

 にも関わらず、俺の中にある何かがこの場はまずいと警鐘を鳴らし続けている。

 

 ビビ様のお言葉が理由だろうか。

 ……そうかもしれないな。

 

 注意して、し過ぎることはないのだろう。

 ここで副総帥殿を失うわけにはいかないのだ。

 

 副総帥殿は口数の多い方ではないが、心優しきお方。

 この商会に加わって間もない我らに対しても、気遣いを行動で示して下さる。

 

 そして何よりも頭の切れるお方だ。

 

 まあ、この商会は頭の切れる方が存外多いわけだが。

 副総裁殿もまた、商会の方々が云うヤマ、案件というものを俯瞰で見ておられる。

 

 俺としても、少しでも副総帥殿のお役に立つためには、同じように考えておく必要があった。

 最終的なこの場における結末を考えれば、それは逃げの一択しか考えられないように思う。

 

 今の状況は分が悪い。

 女海兵は四商海という立場上では味方になるはずが、どういうわけか敵であり、そして傘男がいる。

 人数ではこちらに分があるが、傘男の強さは異常過ぎた。

 それに相手がこれ以上増えないとも言い切れない。

 

 である以上は考えておかなければならないこと。

 それは逃走ルート。

 この場からどうやって離脱するのかは、頭の中でイメージしておく必要がある。

 

 海列車は先ほど折り返しからの出発があったばかり。

 そろそろ5分は経つかもしれないな……。

 

 

 !!

 

 

 ……感じる。

 何だ、この感覚は。

 

 ……気配?

 それも知った気配だ。

 

 まさか、これが見聞色の覇気と云われるものか。

 

 この島へ来ていたのだな……。

 君も。

 

 女海兵は副総帥殿の後を追って移動し始めている。

 傘男の出方を読めないところだが……。

 

 

 ――運命というものはあるのかもしれないし、無いのかもしれない。

 ――ただどちらにせよ、未来を決めるのが己であることに違いは無い。

 ――己を信じ、皆を信じよ。

 

 

 コブラ様がおっしゃられていたことが瞬間、脳内に甦る。

 俺は直ぐ様に決断を下し、パウリー殿とフランキー殿に目で合図を送った後、(ファルコン)へと変化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふざけやがって。

 この世に存在しやがる全てのハレンチというハレンチ野郎は、この俺が片っ端から縛り上げてやる。

 

 そうやって1分前までの俺は、ハレンチをどう撲滅してやるかで頭ん中はいっぱいだったが、そんなことを一気に吹き飛ばすようなことが目の前で始まろうとしていた。

 

 

 ワーテルローの男に合わせて、ハレンチ海兵が縁へと向かい、下へと手を伸ばそうとして、見えそうになる瞬間、叫びだそうとしたのも束の間だ。

 いつの間にかハレンチ海兵の側には優男も移動して、傘を生み出してやがった。

 次の瞬間、突然現れたピンクの羽コートを羽織った金髪野郎がピストル片手でハレンチ海兵に取って代わりやがったわけだ。

 

 カードと同じじゃねェか。

 突然、場面ってのは変わりやがる。

 予兆を感じ取れねェから俺はいつも負けるってのか。

 あの鳥の男は……。

 

 くそッ、考えてる場合じゃねェなッ。

 

「フランキーッ!!! っておい、コーラ飲んで寛いでる場合じゃねェぞッ!!!!」

「あァ!? どうしたってんだッ!?」

「あいつがやベェ、行くぞッ!」

「姉ちゃんの見えそうで見えねェのがそんなにやベェのか!?」

「おま……、ハレンチ言ってねェで、行くぞッ!!」

「行ってどうなるもんでもねェだろうがッ」

「そっちじゃねェッ、やベェのは野郎の方だッ!!!」

 

 フランキーの野郎、コーラ飲みながらハレンチ眺めてやがったとは、どんだけハレンチ野郎なんだ。

 しかも肝心なその後は見てねェときてやがる。

 こいつは後で縛り上げだなと脳内に刻みつけながら、ロープに手を掛けようとした瞬間だった。

 

「来るなッ!! ガレーラ屋に海パン屋ッ、とにかく動き続けろッ!!!」

 

 一番やベェはずの男から切迫した叫び声が挙がったのは。

 

 いまだにカードの勝ち方はさっぱり分からねェ俺だが、必死なヤツの叫びそれだけで、本当にやベェのがどっちなのかは、はっきりと分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッフッフッフッ、最後まで足掻くか? いいだろう―――」

 

 ジョーカーを前にした、このどうしようもねェ絶体絶命の窮地を脱する上で、俺の脳裏に浮かんだ選択肢はたったひとつで、それは逃げることを最優先するだった。

 

 故に俺の口が発した第一声はジョーカーへのものではなく、ガレーラ屋と海パン屋に向けたもの。

 

 右のこめかみに突き付けられている冷えた銃口の感触。

 万力のような力で掴まれ、身動ぎひとつできねェ右腕の無力具合。

 傘の持ち手から離したくとも離せねェ、左手の脱力感。

 足場のねェ空中にいることで、這い上がってくるような両足の覚束なさ。

 

 何としてでも俺を絶望へと叩き落とそうとしやがる、その有象無象すべてを頭の片隅からも払いのけてやり、上げるのは俺自身の口角だ。

 

「他人の踊り(ダンス)は嫌いだったか? ロー、なぜ笑うッ!?」

「死に際に俺の背中を見せられねェのが残念だ。ハートの絵にcorazon(コラソン)と縫い付けてある」

 

 俺の生存率は1%。

 滅多なことでは覗かせねェこいつが、感情を滲み出してやがるんだ。

 この場を脱する一本道は必ずある。

 

 ヤツの眉間がみるみると険しくなっていくのが見て取れた。

 俺の脳内は畳み掛けろと大合唱だ。

 

「なァ、ジョーカー! 手向けに俺の願いを聞いてやるってのはどうだ。コラさんを蘇らせてくれりゃァそれでいい。そうしたらボスたちと一緒にお前を破産に追い込んでくれるだろうからなァ」

 

右腕に掛かる力が一際強くなりやがった。

 

運命なんてのはどうだっていい。

 

最後にモノを言うのは俺自身を信じ切れるか……。

 

 

その一点だろう。

 

 

俺の死に場所はここじゃねェ。

 

 

脱する一本道はそれだけだ。

 

 

 

 

引き金が引かれる気配を感じた瞬間のヤツの顔は笑っちゃいなかった。

 

 

 

 

代わりに俺が更に口角を上げて、歯まで見せてやった瞬間。

 

 

 

 

 

最初に感じたのは右腕の圧迫が消えたこと。

 

 

 

 

 

最初に視線が向かったのはヤツの()()()()今にも飛び出しそうな一発の銃弾。

 

 

 

 

 

糸……、分身体だ。

 

 

 

 

 

そして、俺の感覚に久しぶりに現れたあいつ。

 

 

 

 

 

「アイアイー!!! ドクターッ!!! 助けに来たよーッ!!!」

 

 飛翔するハヤブサの背に乗って飛び込んできたベポだった。

 

「エレクトローッ!!!!」

 

 ミンク族特有らしいその技を使う姿を初めて目撃しながら、左手を決して離そうとしなかった傘の持ち手の力が一瞬弱まったのと同時に、俺の一本道は更なる先へと延びてゆく。

 

 次の瞬間にはROOMを展開する。

 最大限に。

 俺たちの一本道を完遂するには能力を出し惜しみしてる場合じゃねェ。

 

「副総帥殿、海列車出発後、7分経過してます」

「分かった。ベポは預かる。俺が動いた瞬間、最高速度で逃げ切れ」

 

 ハヤブサの考えとの一致に自然と口角は上がり、下に鼻屋とゾロ屋の無事を確認しながら、左手で縁べりを掴んで、足が付く壁面起点に跳躍する。

 

 跳躍しながら考えを巡らすのはROOMの最先端。

 間に合った。

 

 

 B()Room(ローム)

 

 

 もうひとつのROOMを咲かせるようにして海列車に残した後に、考えるべきは数キロ先の線路上にある雲の数。

 スキャンで把握するその数と、俺がくたばるギリギリ手前の能力負荷とを吟味する。

 

 跳躍後に舞い降りたタワー屋上で行使するのは特大の能力。

 

 

 摘出(エクスィジョン)

 

 

 ROOMの外へと雲を一気に追いやる。

 ()()()()()()()()()は真っ先に塞いでおく必要があった。

 

 と、同時に視線を向けるべきは5人。

 ガレーラ屋と海パン屋は忠実に動き回ってやがるな。

 

 ハァ、良しッ。

 

「おいッ、お前ッ、大丈夫かよッ!!」

「ファンキーじゃねェか。生きてらァッ!!」

 

「……ああ。いいから良く聞けッ! ガレーラ屋、傘屋を頼む。海パン屋、……お前は女海兵の相手だ。だが、立ち止まるなッ!!」

 

 言うべきことを言った後に相対するのはジョーカーだ。

 

 ガレーラ屋と海パン屋の文句みてェな応酬は聞かなかったことにする。

 

「フッフッフッフッフッ、てめェを殺そうとした瞬間に、俺が殺されそうになるってのは笑える筋書きじゃねェか、なァ、ロー。怒りを通り越して笑えてくるってもんだろう。……俺を殺そうとした相手、気にならねェか?」

 

 確かに気にならないと言えば嘘になるが、……ハァ、今それは後でいいことだ。

 

「……そう、カリカリしねェ方が長生き出来るんじゃねェか」

「黙れッ!! “ナポレオン”のヤツめ、てめェの飼い犬の躾はしっかりしとくもんだ」

「……お前がそれを言うのか? アラバスタでのラフィットもそう。まあ、……元を言えば俺もか」

「黙りやがれッ!! ……フッフッフッ、どうした? 突っかかってくれるじゃねェか。セントポプラじゃあ、お前の仲間たちを殺し損ねたってのになァ」

 

 ハァ、何だと……。

 ハァ……ハァ、いや、惑わされるな。

 

 ギリギリだ。

 

 

 B()ROOMS(ルームス)

 

 湧き上がらせるように顕現させるのは5つのROOM。

 

「……言っただろう。俺たちはお前を破産させてやるってな。……お前が俺たちを殺したくて堪らねェように、……俺たちはお前を破産させたくて堪らねェ」

「フッフッフッ、てめェら、ここから生きて逃れられると本気で思ってやがんのかァ!? 俺たちを知った以上、全員きっちりと殺してやるよ。フッフッフッ、さっきから、息が上がってるようだが」

 

 ハァ……俺たちだと?

 ハァ……ハァ、ジャヤでの女王屋からの耳打ち。

 ハァ……ハァ、ターリー屋はcuringa(クリンガ)と呼ばれていると。

 ハァ、もう一人のジョーカー。

 ハァ……ハァ、じゃあビビが言ってたコラソンは誰だ?

 ハァ、ヴェルゴか、いや……。

 

「……ハァ、そうだな、ジョーカー。ひとつ聞かせてくれ。()()()、もしかしてコラソンか?」

 

 ハァ、間髪の二の句は無し。

 上出来だ。

 

 ハァ、時間だ。

 

「……全員ッ、聞けッ!!! 今直ぐに、そいつを纏えーッ!!!!!!」

 

 ベポ。

 ガレーラ屋。

 海パン屋。

 鼻屋。

 ゾロ屋。

 

 ハァ、それにハヤブサ。

 時間だ。

 

 最後の能力(チカラ)を振り絞れ。

 そこにすべてを懸けろ。

 

K()ROOM(ローム)!!!」

麻酔(アナススィージャ)

 

 己から生み出したROOMを纏わせるは妖刀“鬼哭(きこく)”。

 走り出した覚醒の序章は誰にも止められやしねェ。

 止めさせやしねェ。

 

 伸ばすは突き刺さる一本道が二つ。

 ジョーカー以上にクリンガもまたやベェ。

 

「フッフッフッ、それは覚醒のつもりか? 覚醒ってのはこうやんだよ」

 

 突如としてタワーが崩れてゆく。

 いや、糸に。

 無数の糸に変化し続けてやがる。

 

 武装のマイナスにこの先の人生すべてを懸けろ。

 

 無数の糸は鋭い錐へと変わり重なり。

 

 

 

 

 

「“千本矢(ミルフレーチェ)” “刺突剣糸(レイピアスレッド)”!!!」

 

 目視不能な速度で、一点を突いてくる刺突となって襲い掛かる。

 

「“地獄の幻影(ファントムヘレ) 衝撃波動(ショックヴィレ)”!!!」

 

 一本の鬼哭(きこく)が二本あるかのように顕現させて、振るうは伸びた幻の突き。

 ヤツの覇気を消して、内部まで辿り着き、根源的な痛みを衝撃と共に爆発させる一撃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その結果は如何に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョーカーの口から迸る、血反吐。

 ターリー屋から噴き出す、紅そのもの。

 

 俺の口から吐き出される、鉄の苦さ。

 

 

 ただ、まだ辛うじて意識はある。

 確かにある。

 ならば、良し。

 

 

「カエルム!!!」

 

 

 ハァ…ハァ…ハァ、地獄の業火、一本道。

 ハァ…ハァ…ハァ、何が何でも、駆け抜けてやるよ。

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  



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第9章 中枢 ~偉大なる航路~ 戦争
第95話 因縁ってのは思わぬところに転がってたりするものだ


偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 サン・ファルド近海

 

 

 4つの扇状に形作られたサン・ファルドの島、その沿岸から少し沖合へと出た波間に漂う一艘の筏。いや、筏と言うには豪勢だ。

 

 テントの形をした中央部分を囲むようにして板張りの甲板が広がり、一番外側の外周部分に何本もの丸太で組まれた筏部分が存在する、上空から眺めると丁度円盤状に見える不思議な筏。

 

 甲板部分に張り出された日除けの下に据えられたデッキチェアで、ワイングラス片手に寝そべる、短髪で金色髪、鋭角のサングラスを掛けた男。

 

 優雅な佇まいとは裏腹に、男の上半身は痛々しいまでに包帯でぐるぐる巻きにされている。

 

 そして、小脇には電伝虫が一匹。

 

「フッフッフッフッフッ、悪運だけは持ってやがる小僧共だ。見事に逃げられちまったよ」

 

 男はさも愉快だと言わんばかりに笑っていた。

 

 男の近くには他にもデッキチェアが据えられており、同じく上半身を包帯だらけにする端正な顔つきの男が静かに眠っていて、一方では緑髪の女が寝そべりながらゆっくりと本の頁を捲っている。

 

「お前の部下も小僧共にやられちまったんじゃねェのか? フッフッフッ、隠そうとしても無駄だ。お前の話は分かりやすいからなァ。司令長官さんよォ、……ここはお前が大将より託されたって云うアレを使う時なんじゃねェか」

「確かにこれから戦争が始まろうかって時だが、そんなことを気にするお前じゃねェだろ。正義を実行するんだぜ。ニコ・ロビンの存在は十分その理由になる。構うことはねェ……」

 

 終始上機嫌で通話を終えた男が、手に持っていたワイングラスを傾けたのに気付いたのか、顔を上げた緑髪の女もまた笑みを浮かべている。瓶底のような眼鏡を額の上に持ち上げながら。

 

「スパンダムは動きそう?」

「フッフッフッ、あいつはどうしようもねェバカだ。()()を渡されて遊ばないわけねェだろ」

 

 緑髪の女からの問い掛けに対し、一際凄みのある笑みを覗かせながら答える金髪の男。

 

「……若様、怒ってるの?」

「通り越してな……。調子に乗りそうな、うざってェガキ共にはそろそろ灸を据えてやる必要がある」

「うふふ、確かにそうね」

 

 金髪男の言葉に頷き返し、グラスを傾けてゆく緑髪の女。飲み干した後には軽く舌舐めずりをしている。

 

「ドレスローザから連絡がありました。王下七武海として緊急招集の使者が来たと」

 

 会話の合間を丁度縫うようにして、ワインを注ぎ足しに来た給仕が伝言も一緒に置いていった。

 

「そろそろ戻るわ」

「頼む。ああ、クリンガはそっとしといてやれ。……よく寝てる。この後、ディスコの件でも動いてもらう必要があるからな」

 

 テントへと戻る前に、別のデッキチェアにて静かに体を休めている男に近付こうとしていた女へ声を掛けたあと、男の口角は人知れず再び上がってゆく。

 

「白ひげ海賊団にZとの全面戦争、そしてバスターコール。フッフッフッフッフッ、海軍……、てめェら、忙しくなるな」

 

 男はどうにも愉快でたまらないようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

 ――つまんない

 ――そう何度も生死を分ける戦いをさせられてたまるか。情報は共有してやる、穏便にな

 ――俺は戦っても構いやしなかったが、まあ、あれだ……

 

 どうやら、チムニーは俺たちが握っている情報を巡って、青雉との間に死闘が始まることを期待していたらしい。思惑通りに運ばなくて残念だったな。チムニーは余程面白くないと見えて、しゃがみ込んでしまい、どこかで拾ったらしい棒きれで、地面、否、木面に何やら書いていた。

 

 ネルソン商会のバカ、アホ、マヌケetc……、完全に悪口だ。

 

 大体、やっとの思いで四商海になったというのに、何を好き好んで海軍本部大将と事を構えなくてはならないのかって話だ。

 

 青雉は相変わらずの掴みどころの無さだが、話は分かる相手の……はずだ。

 

 俺はサン・ファルドにて何が起きようとしているのか、“青い薔薇協会(ブルーローズ)”とドンキホーテ・ファミリーと祭り屋の企みについて話をした。書くのに飽きてきたらしいチムニーに今度は棒きれで脛をぺちぺちと叩かれながら。地味に痛いやつだ。

 

 この、チンチクリンめと俺は心の中で叫びながらも地味攻撃に耐え忍んで話をした。そんな痛みも甘んじて受け入れた。なぜなら、ネルソン商会がどこまで関わることになったのかはある程度ぼかしたという負い目もあったからだ。

 

 ただ、青雉にも同じことをしていたので恐れ入ったわけだが。あいつはよく考えれば本当に子供だ。カールと変わりはしない。それでも、危うく煽られて死闘に突入させられそうになるくらいには油断ならない相手であり、見た目にごまかされてはいけない相手だと学びつつある。

 

 それにしても、青雉だ。奴にとっては脛への地味攻撃が丁度良い眠気覚ましになっていたのではないかと俺は疑っている。子供に脛を棒きれで叩かれることを眠気覚ましにして、今後の世界を左右しかねない重大情報を聞く海軍大将って、どうなのだ。まあいい、他所の組織は他所の組織、あれでも海軍本部大将であるのは確かなのだから。

 

 

 

 

 

 それが5日前の話。その後、青雉は本部へと帰って行った。(きた)る戦争へ四商海も正式に招集が掛かったことを告げて。当初は七武海だけであったそうだが、余裕を残している場合では無いということで決まったらしい。

 

 

 

 これは3日前の話。自身のだらけ加減に無頓着が過ぎる青雉に対して、俺たちの方からあの手この手を使って帰らせようとしていた矢先に連絡が来た。どうやら政府も暇では無かったようで、丁度すぐ近くにいた奴にメッセンジャーをさせたということのようだ。電伝虫越しに誰かさんの怒鳴り声が聞こえて来たのだから間違いない。あれは間違いなく仏の某であったに違いない。当の本人は実にけろっとしてはいたが。

 

 面倒くさい奴の相手をすることから解放された俺たちは、本来のやるべきことを為すべく業務に邁進してきた。何せ召集令状に応じて明日にはサン・ファルドへ向かう必要がある。それまでには商会としてのやるべきこと、土台作りを出来るだけ進めておきたかった。行くのは俺だけなので、ある程度形にはしておきたかったし、行った後の方針も決めておきたかった。

 

 正直なところ、俺の身ひとつで済んで安堵している。新任の四商海として足元を見られて、全員来いと言われたらどうしようかと身構えてもいたのだ。杞憂に終わって何よりである。

 

 その一方で、サン・ファルドへ行く必要がない四商海もいるようだが……。ガレーラ・カンパニーがそうだ。輸送力の提供で済むらしい。確かに海列車を抱えているのであるから当然と言えば当然。戦争となれば補給は生命線。海列車による輸送力は海軍としても喉から手が出るほど欲しいであろう。

 

 とはいえ、組織のトップひとりの戦闘力しか提供出来ない我が商会の情けなさを感じてならないところではあるが。商人としての力では俺たちはまだまだ歯が立たない。そんな焦りもまた、俺たちを業務へと駆り立てている。

 

 

 今、俺たちはシャボン玉湧き出る屋外にてパラソルにテーブル、椅子を広げ出して業務の真っ最中だ。場所はガレーラ・カンパニーのシャボンディ事務所跡地。CP9にドンキホーテファミリー、そしてイットーとの戦いにて建物は全壊してしまった。それでも瓦礫を撤去中の中、少しづつ更地が増えていき、そのスペースを間借りさせてもらっている。ガレーラの社長をしっかり守ってやったのであるから、これくらいしてもらっても罰は当たらないはずだ。

 

 隣のスペースでは既にガレーラの仮事務所が立ちあがってはいる。さすがは船大工集団だけあって、その建築スピードは驚異的そのもの。ガレーラからすれば俺たちの怪我からの回復スピードもまた驚異的だと思われているかもしれないが。ひとえにローによる治療のおかげである。

 

 さておき、俺たちが屋外で取り組んでいる主たることは電話を受けて電話を掛けることだ。それは即ち天竜人からのコールに受け応えること。その為に大量の電伝虫を各テーブルに置き、所員に対応してもらっている。青空コールセンターというわけだ。勿論、早急に屋内活動へと移行すべく不動産の選定に入り、シャクヤクさんの仲介で手頃な賃貸物件を15番GR(グローブ)に抑えることが出来た。チムニー曰く、ぼったくられてはいないらしい。

 

 これで、シャボンディは俺たちネルソン商会の重要拠点のひとつとなるだろう。天竜人からのコールに直接対応するコールセンター機能とそのコール内容に対応すべく仲買人と交渉折衝する機能を持たせた事務所を置く。マリージョアのお膝元で海軍本部にも近く、新世界への玄関口となる交通の十字路であるシャボンディという立地は打ってつけだ。

 

 もうひとつの重要拠点はジャヤだ。当初は武器製造拠点にしようと考えていたが、島の特長から方針転換して、酒造をメインとした農業拠点になりそうだ。海賊が屯するモックタウンを抱えているので、人材発掘拠点としても有望かもしれない。こちらはひとまず猿山連合軍に酒造を託してきたが、彼らはネルソン商会員ではないので、奴らが次のロマンを追いかけだす前にパートナーシップ契約書を交わして、嵌めておく必要はある。

 

 サン・ファルドも170億ベリーの借金を背負いこんで4分の1の権利を手に入れたわけであるから、拠点化が必要だ。牛の産地として牧畜業に精を出すことになるだろう。

 

 武器製造拠点の選定は急ぐ必要があるが、四商海の特権を盾にして新たな拠点の払い下げを政府に認めさせることは出来ない。それはジャヤで終了だ。あとはマリージョアとトリガーヤードに事務所を設けることくらいだろう。なので自力で何とかする必要があり、自力で何とかするというのはそう簡単に進むものではないのだ。とはいえ、銃器設計者であるブロウニーを遊ばせておくわけにもいかないので、新たに製造した武器について破格のライセンス料契約を結ぶという条件で、この50番GR(グローブ)に工房を設置することをガレーラに許可してもらってもいる。

 

 これら一連の取引に関する帳簿と契約関係の取りまとめをジョゼフィーヌとビビにペルも加わって隣で進めている。ここのところ戦闘続きだったこともあって、溜まりにたまった業務量はテーブルの上だけでなく、マングローブの上に直接堆く積み上げられた書類の山から察するに余りある。

 

 ローとクラハドールはコールに対応する所員のフォローに回りつつ、自身でもコールを直接受けてくれている。相手は何を言い出すか分かったものではない天竜人だ。現在10名のコール対応を2チームに分けて半々監督している状況である。

 

 ベポとカールには積荷である傘3,000本の一部を売ってくるように言いつけた。あいつらには良い訓練になることだろう。ジョゼフィーヌからは1,000本は売って来い、売れるまで帰って来るなとのお達しを受けているのを横で聞いていた。顔面蒼白の涙目になっていたあいつらを見るに忍びない状況であったが、鬼会計士の妹には俺も口を挟むことは出来ず、出来る限りのエールと共に見送ってやったのだ。

 

 オーバンとアーロンはシャボンディパークの実地調査に出掛けている。物は言いよう、遊びに行ったとも言えるが、ともかく麦わらたちに付いて行った。どうにも気になるらしい。

 

 当の麦わらたちは怪我の回復もそこそこに動き出していたが、エースを助けに行くかどうするかについて喧々諤々した後に、方針が決まったようで、シャボンディも見納めだと出掛けて行ったのである。

 

 俺はと言えば、厄介なコールの案件に道筋を付け終わったところだ。それは、パーティーやるから美食の島プッチの人気店30店舗に出張させろというもの。実はオーバンとアーロンにはこちらの対応をさせていたのだが、どうにもプッチの副市長と因縁が出来てしまったらしく、遅々として進まないところをワインの50%プレミアム上乗せでの購入を条件にして先ほど最終妥結に至った。ジョゼフィーヌからは禁煙するつもりはあるんだろうなと随分と嫌味を言われてしまったが。

 

 ここまで面倒くさい、コールという案件。奉仕義務とはいえ対応する意味、メリットが存在するのかについて甚だ疑問ではあったのだが、確かにその旨味は存在した。

 

 天竜人の奴らは青い薔薇協会(ブルーローズ)やガレーラが言った通り、とんでもなく金払いが良い。正直、アホ、バカ、マヌケと言っていいレベルだ。奴らには金をケチるという概念が端から存在しないのかもしれない。

 

 コールへの対応をスタートさせてまだひと月と経っていないが、入金合計額は既に10億ベリーを上回っていた。左団扇に濡れ手で粟というわけではないが、それに近いような状態であり、納品を完了したところ、完了していなくとも前払いで半額入金してくる奴らがいるわけで、対応する天竜人付きの事務方からせっせと金が送られて来ている。ベリーの札束といった現物ではなくて、電心決済(スライス)のカードで億単位の金額が送られているのだ。この信用決済という方法は四商海としての特権ではあるが、嵩張らないのですこぶる効率が良い。

 

 これだけ凄まじい勢いで売上計上出来るのであるから、170億ベリーの借金もまるで大したことでは無いように思えてくるのだから、金というのは実に不思議なものだ。この点においてはジョゼフィーヌもご満悦そのもの。それでも案件の内容が面倒くさいことには違いないのではあるが。懸念していることはエスカレートした要求がやって来ることだ。その時どう対応するべきかは頭の痛い問題ではある。

 

 ともかく、面倒くさい案件をひとつ片付けて前金として2,000万ベリーが入って来る。パーティー終了後には更に4,000万ベリーまで出してくれるらしい。この成功報酬も付いてくるという気前の良さだけは、天竜人の奴らから見習ってもいい部分かもしれない。

 

 まあいい、取り敢えず一服だ。心安らぐ紅茶と共に思う存分紫煙を燻らせよう。俺は仕事をしたっ!!!

 

 まずは紅茶を手に入れるべく席を立とうした丁度その時、クラハドールが視線を寄越してきた。多分に厄介事だろうと思い、頷いて見せる。

 

「相手は天竜人じゃない。ギルド・テゾーロだと名乗っているらしい。ボスに取り次げと言ってる」

 

 厄介事には違いなかったが、中々想定外の内容が飛び出してきた。因縁が無いわけではない相手ではあるが、向こうから連絡してくるとは何事だろうか。一瞬の逡巡後、差し出された電伝虫の受話器を取ろうとしたところ、

 

「ンマー、良いものがある。使ってみないか? ひとまず相手には掛け直すよう伝えればいい」

 

と、アイスバーグが俺のテーブル上にドンッと置いた。

 

 電伝虫ではあるが、形状が特殊だ。受話器が複数付いている。そして盗聴防止用の白電伝虫も一匹。

 

「こいつを使えば同時に4人が通話に参加できる複数参加用の特殊電伝虫だ。相手が相手なら使うと良い」

「有難い。使わせてもらう。クラハドール、ロー、それにジョゼフィーヌ、参加してくれ」

 

 アイスバーグに礼を言い、間髪入れずに掛かってきた念波によって特殊電伝虫の表情は水色のサングラスを掛けた不敵なものへと変わってゆく。3人に素早く目配せした後に受話器を取る。

 

「お待たせした。ネルソン・ハットだ」

~「いや~いや~はじめまして、ギルド・テゾーロと申します」~

 

 自己紹介に続いて返って来た声は言葉とは裏腹に慇懃無礼を地でいくような印象があった。キューカ島、ベリーの偽札原版での一件、ヒナからの情報ではベッジとルチアーノファミリー、ドラッグ“ヘブン”に関する一件、そして海列車での借金170億ベリーに至った一件とまさに因縁浅からぬ相手ではあったが、確かに初めて言葉を交わす。

 

 なるべく情報を引き出すべく時間稼ぎをするべきか、単刀直入に用件を切り出すべきか、悩ましいものがあった。

 

~「王下四商海への就任、おめでとうございます。実に喜ばしいことだ。……我々の間にある因縁を考えてもね」~

「祝いの言葉、実に痛み入る。因縁も何も、我々の間柄は、はじめましてなのだから。……だが150億ベリーの無駄金を出せるとは、貴方も大したお方だ」

 

 いきなりジャブを打ち込んで来た手前、それを買わないわけにはいかないだろう。クラハドールとローの表情を窺うに気が進まなそうではあるが。

 

~「……クックックッ、祭り屋の件か。ひとつ、良いことを教えてやろう。この世に、無駄になる金なんてものはないのだよ。世界がより良くなるのであれば。金は巡る、世界の中を彷徨える()が如くにな。……ひとつ提案がある。人間屋(ヒューマンショップ)を買わないか?」~

 

 慇懃な口調を引っ込めて、突き刺すように入れ込んできた内容は俺たちの想像から斜め上に飛び抜けたものであった。奴隷商売に手を出さないかとイコールになる提案内容は正直言って虫唾が走るものではある。

 

「答えは決まってる。Noよッ!!」

 

 返事を返そうとする前に、ジョゼフィーヌが割り込んできた。問題外だと顔に書いてあるような表情だ。一方で、ローからは先を促せとでも言うような表情が見て取れる。

 

~「その声は、金庫番か。威勢の良いことだな。もひとつ、良いことを教えてやろう。毛嫌いするのは勝手だが、人の話は最後まで聞いた方が良い」~

「確かにな。続けてくれ」

~「OK。良い心掛けだ。人間屋(ヒューマンショップ)は俺が持っているわけじゃない。ある男が売りに出そうとしていてな、俺に打診があった」~

「それがどうして俺たちに話を持ってくることになる?」

~「良い質問だ。お前たちが買うのが実に相応しい。そう思ってな。ある男というのは名をジョーカーと云う」~

 

 全員一致でふざけるなと叫びだしたくなる名前が飛び出して来たことで、一拍間を空けてしまう。

 

~「良い沈黙だよ。憤怒の拍動が聞こえてきそうじゃないか。お前たちがジョーカーに深い因縁を持っていることは知っている。ジョーカーとしてもお前たちに売るくらいならと考えるだろうが、だからこそ良いのだよ。あいつの激怒した表情を想像することは、俺にとってこの上ない喜びなんでな。その点はお前たちと変わりはしない。どうだろうか?」~

人間屋(ヒューマンショップ)を手に入れて、俺たちに一体何のメリットがある?」

~「勿論そうだろうとも。毛嫌いする商売を手に入れたところで、お前たちならさっさと商品を手放してしまうだろうな。……ただ、この話を受けてくれた暁には、お前たちの借金1()7()0()()()()()を全額肩代わりしてやる」~

 

 何だと……?!

 

 答えを躊躇してしまいそうな申し出ではあるが……。

 

 ロー、首を横に振る。

 

 ジョゼフィーヌ、勿論首を横に振る。

 

 クラハドール、首は一切動かない。横に振りはしないが、頷きもしない。

 

「俺たちの状況を慮ってもらって有難い限りだが、先を見通すに俺たちは今のところ金に困っているわけではない。有難い申し出ではあるが他を当たってくれ」

~「さすがは四商海様、コールの売上は笑いが止まらないか。残念なことだ。良い話ではあるんだがな。まあいい、この番号はいつでも掛けてくれて構わない。もし気が変わったのなら、連絡してくれ。暫くは待つつもりだ」~

「俺からもひとつ聞いておきたい。この話、あんたには一体何のメリットがあるってんだ?」

~「その声は、死の外科医の方か? な~に、俺たちもジョーカーとは色々と因縁ってものがあってね~。さすがにこれ以上は言えないな。因縁ってものは思わぬところに転がってたりするものだ。精々気を付けた方がいい。……気が向いたら、俺たちの島にも来てみるといいな。魚人島と双璧を成す深海国家、“アクアマリン・テゾーロ”。四商海様ならいつだって大歓迎だ」~

 

 俺たちからの否回答に対して、因縁という言葉で煙に巻いたテゾーロは、掛かって来いとでも言わんばかりの誘い文句と共に通話を締め括った。

 

 会合に参加していた俺たち4人だけでなく、隣で様子を窺っていたアイスバーグに、いつの間にか現れていたガレーラの防諜担当社長秘書であるチムニーも何か言いたげな表情である。否回答をしたはしたで、議論するべき点はいくつもあった。

 

 だが、今度は携帯する子電伝虫が鳴り響く。

 

「オーバン、どうした?」

~「すまんな。何や知らんけど、えらいこっちゃや。わいらの話ちゃうけど、麦わらたちと一緒におった人魚の姉ちゃんが攫われてしもた。人攫いの仕業やろ。アーロンがめっちゃ気にしとってな。わいらでも何か出来ひんか、思たんや」~

 

 それを聞いた途端、痛烈に心へ問いかけてくる言葉。

 

 因縁ってものは思わぬところに転がってたりするものだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第96話 下等種族がッ

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

「シャボンディパークって楽しい(とこ)や思うけど、なぁ、アーロン、お前と二人で来る(とこ)とはちゃうなぁ」

「黙れッ!! 下等種族がッ!!! 俺も全く同じことを考えてたところだッ!! わざわざ言葉にしてんじゃねェよッ!!! ここへ来たのはそういう目的じゃねェって言ってるだろうがッ!!!」

 

 何の因果か知らんけど、わいはアーロンと連れ立ってシャボンディパークっちゅう遊園地に来とる。周りは家族連れとか、どう見てもカップルにしか見えへん奴らばっかりで、楽しそうな歓声が聞こえてる中や。何で野郎二人でこんな(とこ)おんねんやったっけ?? っちゅう、ふとすると湧いて出る疑問をそのまま口にしたら、アーロンには怒鳴り返されてもうたわ。

 

 お前も(おんな)じ気持やったんかぁ、そら勘忍やで。

 

 わいらはプッチで()うた海賊嬢ちゃんと不死鳥はんに、さいならの挨拶してシャボンディへ戻って来た。“ブリアード”っちゅうやつには中指突き立てて別れの挨拶にしたったんやけど、親指立てて返されたんや。何かめっちゃ負けた気ぃして、釈然とせぇへんかったけど、海列車の駅着いたら、副市長はんが待ち構えとって、ブドウ畑どないしてくれんねんって追い回されて、それどころちゃうってなって、何とか逃げ帰って来たわけや。アーロンは何発か副市長はんから、あのえげつない蹴りかまされてたから、人間の女の怖さを思い知ったはずやと思う。

 

 まあ、正直アーロンを盾にしとった面は否めへんからなぁ、まあ勘忍やで。

 

 戻って来たら戻って来たで、海軍大将がおるわ、生意気な小っこい姉ちゃんがおるわで、面倒くさそうやったから、全部(ぜーんぶ)ハットに押し付けたって、ようやるわなぁって暢気にしとったんやけど、天竜人への対応でプッチに連絡せぇってなったんや。多分、わい罰当たってもうたんやろなぁ。それでもわいは、商会たる(もん)営業電話のひとつやふたつこなさなあかん()うて、アーロンにやらせてみたら、こいつ、どんどん顔蒼褪めていきよったわ。下等種族はNGワードやって言うたったのに、我慢出来ひんかったんやろうな。ハットがその後、初めて聞くんちゃうかっていう平謝りの平謝りしとった。

 

 アーロン、わいは意地悪したわけやないんやで、ほんま、勘忍やで。

 

「何だ? さっきから俺の顔チラチラと……」

「心の中でお前に謝ってたんや。お前には散々悪いことしてもうたなぁって……」

「てめぇッ!! そういうことこそ言葉にしろッ!! 口にしねェと伝わらないだろうがッ!!!」

「ほーう! あのアーロンが、言うようになったやんけ! ええ兆候や、ええ兆候やでェ」

 

 また下等種族がッて叫んどるアーロンが、シャボンディパークへ来た目的は向こうのメリーゴーランド乗ってはしゃいでる麦わら達を見守るためらしい。正確には麦わら達と一緒におる、人魚の嬢ちゃんとタコの魚人のやつとヒトデみたいなやつやな。何かあったら直ぐに駆けつけるつもりらしいわ。

 

「せやけどや、アーロン、お前こそこんな(とこ)で隠れて見守るんやのうて、あいつらの側で見守ったったらええんとちゃうか?」

「そんなこと出来るかッ!! 言ってんだろッ、麦わらの奴らとは因縁がある。俺が出て行ってみろ、あんな雰囲気にはなりゃしねェんだ」

 

 あんな雰囲気か……。まあ、確かに楽しそうにしとるわ。麦わらと眼鏡掛けた姉ちゃんと小っこいたぬきにしか見えへんトナカイと骸骨と。何があったんか詳しいことはまだ聞いてへんけど、アーロンのやつ、悪いと思うてる自覚はあるんやろうになぁ。

 

「……そう簡単に素直にはなられへんか、しゃあないやっちゃなぁ。まあ、付き()うたるさかい、しっかり見守ったったらええ」

 

 相も変わらず下等種族がッて返してきよるアーロンは、ジェットコースターが一気に駆け抜けてくコース越しに、きゃっきゃっしとるんを眺めとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わいも、さっきの(とこ)でアイス()うてきたら良かったなぁ。

 

 正直、暇や。暇すぎるくらいに暇やで、これ。

 

 (たっか)(とこ)から一気に降りるやつ、コーヒーカップに、ゴンドラ、お化け屋敷。それを他の奴らが楽しんどるんを傍から眺めてるだけっちゅうんは新手の修行かっちゅうくらいの暇さ加減や。

 

 ところがどっこい、アーロンは満足気そのものなんやな、これが。毎度毎度、下等種族がッって喚き散らしとるこいつがやで。まあ、ええことなんか、ええことなんやろなぁ……。

 

「って、ええわけあるかいーッ!! 一人突っ込みしてもうたやないか―ッ!!! アーロン、わいはアイスをやな……」

「やっぱり……、いいもんだな。観覧車ってのは」

 

 さすがの暇さ加減に気狂いそうなって、一人突っ込みしたあげくにアイス()うたる宣言をかまそうとしてたわいの言葉を遮るようにして呟いたアーロンの言葉は、初めて聴くような愁いを帯びた声音やった。

 

「さよかー、……せやったら、乗ってみるか、アレ? ……いや、タンマや、忘れてくれ。(だーれ)が好き好んでお前と二人、観覧車に乗らなあかんねんッ!! ふざけんのも大概にせなあかんでェ」

「下等種族が。お前がだろ。……観覧車ってのは乗るもんじゃねェ、眺めるもんだ」

 

 お前がそんなこと抜かすんか?

 

「ガキの頃だ。毎日飽きもせずに近くまで上がって来てはあの観覧車を眺めてた。あれはな、俺たち魚人、いや違うな、海中で暮らす奴らにとっては憧れそのものだ。無数に湧き上がるシャボンに包まれた中で、それは優雅に優雅にゆっくりとな、回りやがる。あれは俺たちにとって、どうしようもねェくらいに憧れ……、なんだ」

 

 アーロン、お前もそんなええ顔するんやな。

 

「……お前がそないなこと言うもんやさかい、思い出してもうたやないか。……わいもな、故郷にはあったんや、観覧車。あんなでっかいやつちゃうでェ、もっともっと小っこいやつや。あの頃は乗りたーてしゃーなかったなぁ」

 

 確かに、あの観覧車はキレイなもんや。シャボンに包まれて、キラッキラッ輝いとるやないか。言葉はいらんっちゅうやつやなぁ。

 

 

 

 

 

「って、アーロンッ!! あいつら、どこ行きよった?? お前、ちゃんと見てるか??」

「おいッ!! 下等種族がッ!! 俺が浸ってる時はお前が把握してるもんじゃねェのかッ!! 付き合ってやるって言ったじゃねェかッ!!」

「何やとッ!! お前が見ぃひんでどないすんねーんッ!!!」

 

 観覧車に見惚れとったわいらは不覚にも麦わら達を見失ってもうてたわけや。血相変えてもうたアーロンが、わいの反論なんかお構いなしに、物すっごい勢いで走っていきよったわ。

 

 

 

 

 

 おった! おったでェ! いや、おったけどや……。

 

 電伝虫置き場ん前で集まっとるけど、えらいこっちゃな感じになっとるやないか。どうした、どうしたんや。

 

「……人攫いだ。ケイミーのやつが攫われたッ!!! くそがッ!!!!! これだから下等種族の奴らはッ!!!!!!」

 

 俺を睨みつけて、吐き捨てるように声を上げたアーロンは、その後直ぐに、すまんと一言口にしよった。

 

 己自身の不覚もあってか、わいに当たり散らすんはお門違いやと気付いたらしいわ。まあ、良しとしたろう。

 

唾棄(だき)すべき話だがな、人魚ってのは奴らにとっては金になる。直ぐにでも人間屋(ヒューマンショップ)に持ち込もうとするはずだ」

「麦わら達は?」

「電伝虫を使ってた。多分、他の船員(クルー)に連絡したんだろう。麦わらはハチ達を連れて行った。あれは手当たり次第、人間屋(ヒューマンショップ)を捜そうってんだろ」

「さよか。で、わいらはどうする?」

「捜すッ!! 決まってんだろッ!!」

「分かった。で、持ち込まれる人間屋(ヒューマンショップ)に心当たりはあるんか、アーロン?」

「この島に人間屋(ヒューマンショップ)がいくつあると思ってんだッ!!! だが、それでも捜すしかねェッ!!!」

「焦るなやッ!! 取り敢えずここはハットに連絡取ろうやないか。話はそれからや。焦って動いても何も良いことはあらへんのや。お前が助けたいっちゅう気持ちはよう分かったさかいッ!! 落ち着け」

 

 鬼の形相で捲し立てるアーロンを何とか宥め込んで、わいは懐の小電伝虫を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとまずこっちへ戻って来いとオーバンには伝えたが、どうしたものか。

 

「麦わら屋達の問題だろ。俺たちに何の義理がある?」

「同感だな」

「最近、私も分かってきたの。ローさん、言ってることと顔に書いてあることが正反対よ♪」

「同感ですね。副総帥殿はお優しい方なので」

「フフフ、さすがビビね。ロー、あんたの仏頂面も意外と分かりやすいって、精進なさい。それと、クラハドールは本気で思ってそうだから、後で私の書類仕事半分あげる。人攫いなら行き着く先は決まってるんだから、やることは決まってるわ」

 

 大体、皆の考えてることは同じようだ。ローは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、クラハドールは心外だとでも言うように新調した眼鏡をくいっと上げて見せたが、大変よろしい。

 

 取り敢えずジョゼフィーヌ、そいつらを苛めてやるのはそれぐらいで勘弁してやれ。

 

「ひとまずは俺たちに出来ることを考えてみることにするか」

 

 皆の総意を受けて方針を口にしてみれば、大小の違いはあれど頷きが返って来た。

 

 この合間にも各電伝虫へのコールは鳴り止まず、対応する所員たちは声だけで対応するにも関わらず平身低頭の姿勢を崩しはしない。その間を行きつ戻りつしながら、カルーが羽の上を器用に使ってメモ紙を各テーブルに配りまわっている。クエーと一際大きく鳴いて見せたのは頷きと取ってもいいのかもしれない。これもまた大変よろしい。

 

「シャボンディに俺たちよりは土地勘があるだろうあんたのことだ、連れて行かれた先に心当たりがあったりしないか?」

「ンマー、そうだな、俺たちもそこまで詳しいわけじゃねェが、人魚族ってんなら行先は限られる。そうだろう、チムニー?」

「ええ、私たちはやらない商売だけど、シャボンディにある人間屋(ヒューマンショップ)は隅から隅まで調べ尽くしてる。人魚を扱えるところなんて5つしかないわ。間違いなく天竜人が出てくるだろうから」

「やった! 5つに絞り込めるなら何とかなるかもしれないわ、モシモシの能力で人魚って単語をキーワードにして“範囲検索”を掛けてみればヒットする可能性が無いとは言い切れないし」

「ンマー、さすがだな」

「良いな、それ。頼んだ、ビビ」

 

 俺からのGoサインに力強く頷いて見せたビビが集中する為か少し席を外したところで、話を巻き戻すことにする。

 

「さて、本題をギルド・テゾーロからの話に戻そうか……」

「その前に……総帥殿、私からひとつお願いがございます。この件、極力ビビ様のお耳には入れたくありません。どうかご配慮を願えませんか?」

「ハヤブサ、それは過保護に過ぎねェか?」

「うーん、言いたいことは分かるけどね……」

「……それは受け入れ難いな。王女であるあいつの為にも。女王となる日も遠い未来では無いはずだ。だからこそ耳に入れてやる必要がある。お前がそうしたくないことも理解はするが。それでもだ。一国の王ともなれば、今回以上にシビアな決断を迫られる瞬間はそれこそ無数にあるに違いない。今からそこに触れておくのは有益ではないのか。(たが)う意見が出て来るところからどうやって結論を出すのかについても知っておいて損はない」

 

 クラハドールのみは無言を貫きはしたが、それ以外の俺たちからの意見に対して、一呼吸分、視線を伏せたペルであったが、決心したように顔を上げて強い視線を向けた。

 

「……私もあの方に生涯仕えて行くことを誓った身です。承知致しましょう」

「有難う。お前たちの立ち位置は特殊だ。これからも気になることは遠慮せず口にしてもらって構わない」

「ええ、勿論よ。……じゃあ、さっきの話に入るわね。私は電話中にも言った通り、反対。私たちはドラッグを扱うつもりは無いし、それこそ奴隷だなんて、問題外だわ」

「だが、ジョゼフィーヌさん、奴からの見返り内容は一考に値するんじゃねェのか?」

「確かに借金チャラになるならそれに越したことはないけど。これはお金の問題じゃない。私たちが何のためにこの仕事をやってるのかってことに関わるわ。私たちネルソン商会が何のために存在しているのか、その存在意義に関わってくる。そして、私たちは(あまね)くこの海に存在する人々に素敵な未来を届けるの。それは明日のことかもしれないし、ひと月先、1年先かもしれないけど、幸ある未来を届ける存在で在りたい。奴隷もヒトでしょう。“商品”かもしれないけどヒト。だから、その人たちにも素敵な未来を届けてあげたいじゃない」

 

 俺もローもクラハドールも、ペルも、コール対応する所員に厳密に言えば部外者であるガレーラの者たちまでもが聞き入ってしまったかもしれない。

 

 そう言えば、こんな話はちゃんとしたことはなかったかもしれないな。皆がどのように思っているのかも聞いたことはなかったかもしれない。束の間俺たちは湧き上がるシャボンを見詰めることしか出来ないでいた。

 

「……悪いが、ここからは俺たちだけの話だ。外してくれないか?」

「……ンマー、仕方ねェか。興味深い話ではあったんだがな。大事なことだ。しっかりぶつかるといい」

「え~~、面白くなりそうなのにー」

 

 チンチクリンのお前にだけは是が非でも聞かれたくない内容だ。俺はアイスバーグよりも、こいつの方が断然怖い。どんな権謀術数のアイデアに繋がるか知れたものではないのだから。

 

 後ろ手に手を振り上げて颯爽と立ち去って行ったアイスバーグとは対照的に、未練たらたらに脛を棒きれでぺちぺちと粘着攻撃しようとしてきたチムニーには、傍らの吸いさしから漂う紫煙をお見舞いしてやった。大人気ない大人の理不尽さを以てして、たまには反撃しておいた方が良いだろう。

 

さて、再開といこう。

 

「貴様の言い分だと、武器を扱うことはどうなる? 存在意義に合致するのか?」

「武器の話を持ち出してくるって、クラハドール、あんたってほんとにやなヤツね」

「私は会計士殿のおっしゃること、共感しますよ。武器は大切な者を守ることが出来る。市井(しせい)には私のように鍛錬を欠かさぬ者はそういません。そのような者でも大切な者を守ることが出来る。それは幸ある未来に繋がると言えます」

「なるほど、道理だが、武器で大切な者を奪われた者もいるだろう。そいつは武器によって幸ある未来を奪われたことになるのでは?」

「そこまでだ。どこまでも行ってしまう話になりそうだからな」

 

 クラハドールの奴め、一端の海賊だった奴が口にするには冗談が過ぎるが、この場は反論役を買って出たのかもしれないな。いつもに増して、眼鏡の上げ具合に嫌らしさが(にじ)み出てやがる。

 

「武器を扱うことは必要悪だ。この世界で生きてく以上、避けては通れねェ。奴隷も必要悪だ。ある一定の奴らにとってはな。とはいえ、俺もそれが良い趣味だとは毛ほども考えてはいやしねェ。俺たち自身が正面切って奴隷を扱う必要は無いだろう。ただ、人間屋(ヒューマンショップ)っていう組織を手に入れればいい。後は俺たちの道理に則って動けばいいことじゃねェのか」

「ロー、あんたは奴隷解放しようって云うの?」

「そんな高潔なことは言ってねェ。だが、ジョゼフィーヌさん、あんたなら傍から見たら高潔なその動きに収益化することを盛り込めるんじゃねェのかと考えてるだけだ」

 

 ローは言い終わると同時に口角を上げていた。ジョゼフィーヌ相手にどうなっても知らんぞ。

 

「フフ、あんたも言うようになったわね。会計士様に対する口の利き方とは思えないけど、でも私にその発想は無かった。いいわよ、やってやろうじゃないのよ」

 

 売られた喧嘩は買う一択しかないジョゼフィーヌの口角も上がっていた。おいおい、俺たち大丈夫か。

 

「俺も正直言って、高尚な想いを持ってるわけじゃない。高い所にいる奴らを引きずり下ろしたい。ただそれだけだからな。だが、その為に使えるものは何でも使いたい。そんなところだ」

 

 俺も知らずに口角は上がっていたかもしれない。俺たちは大丈夫じゃないかもな。ビビとペル、どうかアラバスタへ帰るまでは俺たちの良心であってくれ。

 

 それに、今更悔やんでも仕方ないことだが、ロッコにも聞いておくんだったな。

 

「ボス、貴様ら含めて俺が言っておきたいことは3つだ」

 

 タイミングを図ったかのように、指を3本立てながら眼鏡をくいっと上げてみせたクラハドール。

 

「1つ、ギルド・テゾーロは170億ベリーと口にした。150億ベリーとは言わなかった。20億分の利息が上乗せされてることを奴は知ってることになる。多分に闇金王かイトゥー会に繋がりがある」

「2つ、奴は譲る条件を口にしちゃあいない。正確には仲介する条件だが、両天秤に掛けざるを得ねェ内容になるはずだ」

「3つ、出所(でどころ)がドンキホーテファミリーってなら、この案件に毒を仕込まれてる可能性は高い。奴らの間柄には少なくねェ因縁があるってのも信憑性が高い。この場合売り手の方が因縁を持ってる。そうなると俺でも同じことを考えるだろうな」

 

 畳み掛けるように言い放った3つの内容は、どれも俺たちが吟味しなければならない内容そのもの。ジョゼフィーヌとローが揃って物言いたげな表情を見せているではないか。

 

「見つけたッ!!!」

 

 だが、勢いよく飛び込んで来たのはビビの声。少し離れたところで集中して、遠く五箇所の会話を拾っていたらしい。表情は自信に満ちていた。

 

「人魚というキーワードが出て来たのは3箇所からよ。絞り込む為にルフィさんたちの会話も聞いてみたけれど、ハウンドペッツっていう単語が出てきたの」

「シャボンディを根城にしてる人攫いチームだよ」

 

 ビビの説明に合わせて反応したのはチムニーの声。振り返るとガレーラの仮事務所の扉から、ひょっこりと顔だけ出してやがる。これだからこのチンチクリンは怖いんだ。どこに耳があるか分かったもんじゃない。

 

「やっぱり! この2つの単語を同時に拾えたのは1箇所だけだったわ。場所は1番GR(グローブ)

「アハハハ、当たりだね♪ 所有してるのはディスコって人。ジョーカーの息が掛かってるわ」

 

 言いたくて仕方無さそうな奴には言わせてやるに限る。

 

「ちょっと何、チムニー!! 私たち、嵌められてるの?!」

「出来すぎにも程があるな、クラハドール、お前まさか仕込んでやがったのか?!」

 

 2人がそう思うのも致し方ないところだ。まるで何かに導かれるかのようではないか。裏があるんじゃないかと思いたくもなってくる。

 

 そう思いながらも、ビビ様素晴らしいですねのペルからの言葉に、ガッツポーズで応じているビビの姿が眩しくもある。お前たちは唯一の穢れなき何かだよ、まったくな。

 

 

 

「頼みがあるッ!!!!」

 

 低い声音での叫びがひとつ。頭を下げているアーロンと驚きの表情を見せているオーバンがそこにはいた。

 

「奴らを助けてやってほしいッ!!!!」

 

 普段なら俺たちが仰ぎ見る必要のある男が頭を下げていた。口を()けば下等種族がと言いだす男が頭を下げていた。この案件に裏があるかどうか、筋書きが出来過ぎていやしないか、もうそんなことはどうでもいいことだった。俺たちの一員となった奴が助けを求めている。動く理由はそれだけで十分だった。

 

「もうー、顔上げなさいよッ!! あんたに頭下げられちゃったら調子狂うんだからねー」

「ほんまやで、アーロン。お前がいつ下等種族の()の字を言い出すか身構えとったわいの身にもなったってくれや」

「何だとこの下等種族がッ!!!」

 

 その瞬間俺たちはアーロン除いて皆が皆、コール対応中の船員は送話口片手に持ちながら、カルーは羽の上に器用にメモ紙を載せたまま、今回は大目に見てやるが、向こうの扉からこっそりとチンチクリンもひょっこり顔を覗かせながら、

 

「はい! だーめー!」

 

と、両腕交差させて×点を作ってやった。我ながら良いチームになったもんだ。

 

「話を受ける前にデューデリは絶対に必要よ。毒が仕込まれてるって言うんなら、それは“商品”の可能性がある。クラハドール、書類仕事半分あげる代わりに1番GR(グローブ)行きで許したげる♪」

「貴様に言われずともそのつもりだったがな。トラファルガー、貴様も来い」

「分かった。俺も行く。なぁ、ビビ、カールとベポの所へ行ってみてくれねェか?」

「ええ、もちろん! 私も実は心配だったの。ちょっと様子を見て来るわ。ね、カルーも行くでしょ?」

「クエ、クエ、クエーッ!!!」

「アーロン、お前は麦わら達のところへ行って来い。オーバン、すまんがついて行ってやれ」

「しゃーないやっちゃなー、アーロン、ほな、行こかー」

「黙れッ!! ()()()()()がッ!!」

 

 

 

 皆、銘々のやるべきことをやるべく向かったのを見送ったところで、

 

「で、ペル、お前の姫様には付いて行かなくていいのか?」

 

同じく見送っていた笑顔の優男に声を掛けてやると、

 

「ええ。……後から参ります。先ほど皆さんに至言を頂きましたので。可愛い娘には旅をさせよとも、よく言うではありませんか」

 

男も惚れ惚れするような優しい笑顔でそう(のたま)うのだった。お前も多分、ホストにはなった方が良いな。

 

さてと、

 

「ね~~♪ これから電話かけるなら、紅茶飲みたいでしょ? ウチの社長がへそくりみたいに隠し持ってる取っておきのがあるよ♪」

 

 待ってましたと言わんばかりに側へ寄って来たチンチクリンめ。悪い笑顔をするな、するな。良い大人にならないぞ。

 

「兄さん、禁煙♪」

 

 一方で、どこぞの厳しい姉さん女房のような声音で、顔も向けずに呟いたジョゼフィーヌからの一言は効いた。

 

 お前、アレ、本気だったんだな。愛煙家的には辛すぎるんだが、我が妹の新たなる一面を垣間見た気がして、何だか嬉しいようなよく分からん気持に陥ったので、こんなに早くにも掛け直す羽目になるとは思ってもみなかった番号にリダイヤルすることにする。

 

「チムニー、悪いが紅茶のみ、この灰皿は戻しで頼む」

「了解♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




秘めたる想いは言葉にしないと伝わらないということで、広言させてください。
感想を頂きたいです!! あからさま過ぎてすみません……。
もう随分と頂けていないもので。
一言でも、手厳しいご意見でも大歓迎です。
もちろん、感想を書くというのは、
結構重たいことで、骨が折れることなのは重々承知しておりますが、
もしも頂けたら、やったー!!! わーい!!! わーい!!!
救世主がいらっしゃったっと、
万歳三唱して大喜びしちゃいます♪

どうぞよろしくお願い致します!!


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第97話 その問いに真正面から向き合う必要がある

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 野郎二人での入店だというのに、訝しげな表情ひとつ見せない、軽やかな挨拶を入口にてされた俺たちは、店内へ入り奥のボックス席に相手を見つけることが出来た。3人のホストを周りに侍らせてるが、嬌声で大いに盛り上がってる周りの席と比べてみると、随分と落ち着いた雰囲気だ。

 

 クラハドールに顔を向ければ、お前が話し掛けろと無言で返された。気は進まないが仕方ねェか。

 

「あなたからの連絡なんてそうそう無いんで、緊急の用件だと踏んで来ましたが……、意外でした。これはあなたの趣味ですか?」

「趣味なわけないじゃないッ!! ……あなたたち、もう下がっていいわよ、ありがとう。……ほら、移動するわよ」

 

 ヒナさんにそう言われたホスト達は嫌な顔ひとつ見せずに立ち上がると、その内のひとりが俺たちにも(うやうや)しく会釈を見せ、こちらへと示すように案内をしてくれる。その所作ひとつひとつを目で追っている自分がいる。

 

「貴様には良い勉強になりそうだな。……どうだ? 上手くやれそうか?」

「まだやると決まったわけじゃねェ」

「一応言っておくが、この店は歓楽街の女王の系列店だ。これはあの女への良いアピールになるだろう。随分と勉強熱心だと」

「…………ッ!!!」

 

 クラハドールからの余計な情報には全力で舌打ちせざるを得なかった。あの女が妖艶過ぎる笑みを湛えながら、どこからともなく登場しそうな嫌な予感がしてくる。いや、考えるな、考えれば考えるだけ現実になっちまう。

 

「私もビビから聞いてるわよ。あの娘、とても楽しみにしてるみたい。頑張んなさい♪」

 

 先ほどの赤面顔は消えてしまい、煙草を銜えたまま立ち上がったヒナさんからは優しい笑顔を向けられる始末だ。この人、わざと会合場所をここにしたんじゃなかろうかと勘繰りたくもなるが、この笑顔を見せられては何も言えねェ。

 

 誘導された俺たちはてっきり奥にある豪華なVIPルームにでも案内されるのかと思っていたが、屋外に出ていた。

 

「すげーッ!! 何だこれッ!!」

 

 案内してくれたホストから飛び出した歓喜の叫びを耳にしながら、目に入って来た光景。

 

 楕円形のソファで囲まれたテーブルのセットが巨大シャボンで包まれていた。シャボンの上端にはワイヤーが空へと延びていて、近くでは巨人族かと見紛うような半裸の大男が上から垂れ下がっている別のワイヤーに手を掛けて待機している。

 

 これはもしかしたら、空中に吊り上がるのかもしれないな、あの巨人族の怪力によって。それよりも気になったのは案内役の男の反応だ。よくよく観察してみれば、俺たち同様に黒のシルクハットを被り、首元に巻いた真っ白なクラバットが実に印象的だが。

 

「トラファルガー、奴はホストじゃない、多分な……」

「あら、素敵なVIPルームね、ヒナ、感激♪ フフ、それに……気付いたかしら? でも、ハットから聞いてるはず、革命軍から連絡役が来るって、その彼よ」

 

 ヒナさんからの言葉に反応するようにして振り返って見せた男はシルクハットの鍔先に軽く手を添えながらお辞儀をしてみせ、

 

「ご挨拶が申し遅れました。革命軍王下四商海工作隊長のサボと申します。以後、お見知りおきを」

 

先ほどの歓喜の叫びとは打って変わって、丁重なる挨拶を披露してみせた。

 

「今日は二人とも時間を作ってくれてありがとう。さあ、早速話を始めましょう。私たちネルソン商会にとって大事な話をね」

 

 宣言するようにそう告げた今日のヒナさんが羽織るのは正義のコートではなく、俺たちと同じ漆黒のスーツ、そしてシルクハットだった。

 

 

 

 

 

 ヒナさんから連絡をもらったのは昨日のこと。しかも電伝虫ではなく伝書鳩を使ったもの。つまりは出来る限り隠密に会いたいってことだ。託された手紙も厳重なまでに封蝋がなされていた。よって伝書鳩の管理をしているカールに中を見られるという心配もないわけなんだが、今回は敢えて知らせた。聡いあいつのことだから、ヒナさんに直接会ってる以上は薄々感付いてやがる可能性は高い。何より、あいつにはそろそろ色々と教え込んでいった方がいいのだ。あいつは俺たちネルソン商会の未来そのものなんだから。

 

 そんな経緯もあって俺たちは巨大シャボンの中でソファに腰を下ろしているが、正直あまり長居するわけにもいかないってのも確かだ。人間屋(ヒューマンショップ)のデューデリの為に出て来たわけであるし、ボスには悪いがヒナさんがこの島に来ていることも、この話し合いのことも伏せている。

 

 まあ、ヤルキマンマングローブのてっぺん近くまで吊り上げられているわけであるから、隠密であることは確かと言えるだろう。眺めも良い、ボスなら泣いて喜ぶ景色だな。

 

「ところで貴様、ずっと気配がしていないが……、見聞色か?」

 

 てっぺんの高さに到達するまで用心していたのか、雑談に興じていたところからクラハドールが口調を変えて話を切り出していくと、

 

「いいえ、私の偏りは武装色。見聞色、縮地の領域には至ってないわ」

 

当ててみろと言わんばかりに笑みを見せながら煙を吹かすヒナさん。見聞色じゃねェってことはまさか。

 

「白烈石ですか?」

「ご名答。今回は念には念を入れる必要があった。でも、ロー君、そろそろあなたのその敬語は止めにしないかしら? ビビに敬語は禁止だと言っておきながら、あなたは私に敬語を使うって言うの? ヒナ、失望よ」

「……確かに。そりゃそうだな、失敬した」

 

 一時険しい表情を見せたヒナさんが俺の返事には満足したように笑みで返してくれた。

 

「貴様が隠密に徹することに神経を使ってることは理解した。じゃあなぜこいつがいる?」

 

 クラハドールは瞬間和みそうな雰囲気に左右されることなく、どこまでも言葉を躊躇(ためら)いはしない。だが、尤もな話ではある。

 

「いい質問ね、クラハドール君、だったかしら? 私も情報というものが、知る人間が少なければ少ないほど安全であることは百も承知している。……それでも、今回ばかりはこの子の伝手がどうしても必要だった。その為には革命軍にも情報を渡す必要があった。そういうことよ」

「それでも、あなたの存在は俺たちにとっては最重要機密だ。こいつを、信用していいんだな?」

「ええ。私たちがセントポプラで共闘したことはあなたたちも知ってるでしょう」

「言葉だけで信用しろと?」

 

 クラハドールの疑問は同感だ。ヒナさんは側で共に戦ったことで感じた何かがあったのかもしれねェが、俺たちは初対面に過ぎないからな。連絡屋は何も発言することなく、柔和な笑みを浮かべてはいるが、ここは心臓をもらうというカードも選択肢として考えられる。

 

「おふたりの疑念は分かります。俺だって同じことを考えるでしょうから。……こちらでは如何でしょうか? 我々革命軍の本拠地、バルティゴの永久指針(エターナルポース)を差し上げます」

 

 連絡屋が厳しい顔つきで(おもむろ)に懐から取り出した指針(ポース)には、確かにバルティゴと表記されている。中々大きく出たもんだ。

 

「いいのか?」

「総司令官の了承は得ています。お納めください」

「分かった。クラハドールも、いいな?」

 

 身動(みじろ)ぎせず連絡屋を直視したクラハドールが眼鏡を上げて首肯したのが合図となる。

 

「OK。話を先に進めるわよ。……実はセントポプラから海軍本部に戻った際にある情報を得たわ。アレムケル・ロッコに関する情報をね。フフ、ヒナ、満足だけど、そんな前のめりにならないで。話は最後まで聞きなさい。ロッコが西の海で目撃されたって話があったわよね。今回、ロッコと行動を共にした人物に話を聞くことが出来たわ。その人物は西の海(ウエストブルー)の辺境にいた海兵だけど、特に理由もなく二階級特進となっていた。その人物が丁度監察対象として本部に召喚されたのよ」

 

 思わず立ち上がりかけた自分を何とか意志の力でねじ伏せたが、一拍置かれたこの合間がもどかしくて仕方ねェ。ヒナさんは優雅にも煙を立ち昇らせてるってのにな。

 

「ロッコはあるふたりの人物を捜していたようね。そして、その海兵はロッコの為にめぼしい場所を案内していた。捜していたのは50代の女と30代後半の男、22年前以降で5大ファミリーの徴収簿に登録されるようになって、出生地に疑問符が付く人物。ロッコは該当者のほぼすべてに当たったけれど、残り2名を掴めずにいた」

 

 ここでまた一拍か。旨そうに煙を吹かしてるヒナさんだが、寸止めされてる俺たちの身にもなってくれ。立ち上るシャボンの向こう、ヤルキマンマングローブの葉越しに見える海に目を凝らさざるを得ないじゃねェか。

 

 50代の女に30代後半の男、それが5年前の話だから+5歳か。西の海(ウエストブルー)出身と言われながら実際はそうじゃなく、22年前の出来事に関係している奴ら。誰だ、一体……、

 

「って、もしかしてそれだけか? 得た情報ってのは」

 

合間が一拍どころじゃねェなと思い、口にすれば、

 

「その海兵から得られた情報はね」

 

と、ヒナさんからは返ってくる。だが、かと言って残念そうな表情を浮かべてるわけでもない。別の情報を持ってるってことか。

 

「その捜している相手は多分に徴収簿に名前を登録する際、偽ってるな。最後の2名ってのも名は分かるが何の変哲もねェ名ってことだろう。アレムケル・ロッコは名を捜しに行ったんじゃねェ、顔を確かめに行ったってところか、だが最後の2名は行方知れずのまま引き揚げざるを得なかった」

 

 クラハドールの口から出てきた推測の内容に一際口角を上げたヒナさんのことだ。さては、こいつのモヤモヤの能力をあてにしていたか。

 

「ヒナ、感心♪ さすがはクラハドール君ね。その通り、名前は分かってるけど、引っ掛かってくるような名前じゃないわ。その後の推測も、ヒナ、同感ね。鍵は22年前にある」

「トリガーヤード事件か。そいつらはその事件現場にいて不都合なものを見ている可能性がある。アレムケル・ロッコはその不都合な目撃者を始末しようとずっと捜しまわっていたってところか」

「ヒナさん、もうひとつ情報は握ってるんだろ? もったいぶらずに言ってくれ、連絡屋が関係してくるんじゃねェのか」

「ヒナ、失望。せっかちな男はもてないってオーバンも言ってなかったかしら? ホストになるんなら身につけておかないと。……まあ、いいわ。これはサボ君、あなたからお願い」

 

 今はヒナさんからの残念顔からの憐れむ顔や手痛い指摘に対して、地味に心抉られてる場合じゃねェ。意志でねじ伏せる。知らん、知らん。その代わりに連絡屋を有りったけの眼力で見詰めてやろう。

 

「アハハハッ、連絡屋って、ローさん、俺そんな風に呼ばれたのは初めてですよ。面白い方ですね、ローさんって。……まあ、我々の総司令官によるとですが、その50歳代の女っていうのは、プラム・D・バイロン、青い薔薇協会(ブルーローズ)の協会長じゃないかと思います。バイロンは元々ベルガー商会に居たそうです。トリガーヤード事件当時もその場に居たはずだと」

 

 突然、大物の名前が出てきやがった。って、おいまさか、

 

「まさかヒナさん、あんた、会いに行くつもりなのか?」

「ご名答♪ よく分かってるわね。サボ君なら青い薔薇協会(ブルーローズ)の協会長にも伝手がある。この話を直接ぶつけてみるつもりよ」

 

俺の問い掛けに対して実に嬉しそうに返してくるヒナさんだが、危険なヤマであるのは間違いない。それに、

 

「クラハドール……」

「ああ、貴様も思い当ったか。……30代後半の男には俺たちでも推測が立つ。カポネ・“ギャング”ベッジだ。キューカ島でトラファルガーはアレムケル・ロッコが奴に話をするのに出くわしている」

「そう。なら、確証は高いかもしれないわね。実は私もロッコがベッジを始末しようとしてるところに出くわしている。黒電伝虫越しだったから、直接目にしたわけではないけれど、そこには“水帝(すいてい)”ギルド・テゾーロが背後に絡んでくる。ベッジとテゾーロは手を組んでいるらしいから」

「そしてベッジは今インペルダウンにいて、青い薔薇協会(ブルーローズ)はそこからの“海の細道(ブルートンネル)”を作ってやがると。見えてきたじゃねェか」

 

 俺の口角は随分と上がってることだろう。クラハドールは嬉々として眼鏡を上げてやがるし、ヒナさんも実に旨そうに煙を吹き上げている。連絡屋の表情は若干引き攣ってやがるが、お前はこの手の話に歓喜するこっち側じゃねェか。

 

「ロー君、この子はまだ勉強中なのよ。そこの鉄パイプ持って動いてる方が楽しいって子なんだから」

(しょ)……精進します」

「だが、誰の為だ? アレムケル・ロッコは誰の為に動いている?」

 

 こんなところで暖かく見守ってやろうなんて雰囲気には加担しねェのがクラハドールだ。更なる問い掛けを投げかけてくる。それはもっとも重い問い掛けだ。

 

「トリガーヤード事件は22年前に起きた。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。じゃあ、トリガーヤード事件にとって不都合な真実ってのは何だ?」

 

 ああ、その通りだ。俺たちネルソン商会はその問いに真正面から向き合う必要がある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか? その問いに答えを見つける必要がある」

 

 俺はきっぱりと言い切った。言葉にして口に出した。ロッコさんの行動に辻褄が合ってくる。あの人はネルソン・ボナパルトの右腕だった人だ。あの人が真に忠誠を誓う相手は誰なのか? 自明の理ってもんじゃねェか。

 

「けれど、だったらなぜ、ネルソン・ボナパルトは息子の前に姿を現さないのかしら。ハットの前に、何かしら気配でも見せるはずよ」

 

 そこだ。そこにこそ俺たちが見つけなきゃならねェ答えがある。ボスに知られる前にだ。 

 

「実はひとつ気掛かりなこともあるのよ。今回の海兵が今のタイミングで本部に召喚されたことは罠だった可能性もある」

「嗅ぎ回ってる奴を焙り出す為にか?」

「ええ、ただそれらしい兆候は見えてこないわ。けれど、絶対は無い」

「それを言ったら俺たちもヒナさんには知らせないといけねェことがある。……あなたの上司はジョーカーのスパイだ。サン・ファルドで殺されかけた」

「フフ、ヒナ、上等!! 今回この子は私の護衛役でもあるわ。青い薔薇協会(ブルーローズ)の本拠地はもちろんトリガーヤード。そして、そこへ到達する為にはマリージョアを通過する必要がある」

 

 ヒナさんの返事が絶句でなくて何よりだ。この人は危険度MAXの状況で尚、己の魂を燃え上がらせることが出来る人だ。それでも、

 

「マリージョアを横断する際にはクエロ家を頼ると良いかもしれねェ。ソリティ(アイランド)でボスが知己を得てる。マリージョアを本拠地にする天竜人御用達の仕立屋って話だが、多分本業は諜報だ。それにもうひとつ、これを使ってくれ。超長波小電伝虫だ。携帯することが出来て通話は出来ねェが、電伝虫と同様の範囲で信号を送ることが出来る。あなたがもしやベェ事態に陥った場合、押してくれれば俺たちは直ぐに、何が何でも助けに行く。これは“レスキューコール”だ」

 

備えはあった方がいいに決まってる。

 

「こんなものどこで?」

「ボスから渡された。偉大なる航路(グランドライン)に入った瞬間から血眼になって探してたらしい。2つ手に入ったから、もし渡す機会があれば渡せと言われてる」

「ヒナ、疼痛(とうつう)ね。ハットにばれてないのかしら、本当に」

 

 さっきからこの巨大シャボンがゆっくりと下降を始めていたことに気付いてはいたが、どうやら連絡屋が下に連絡をしていたようだ。やっぱり、お前は連絡屋だな。サボ屋じゃねェ。

 

下に到着しようかという頃合いで思い出したかのように人間屋(ヒューマンショップ)取得の件でこれから一悶着ありそうなことを告げれば、ヒナさんには先に言え、ヒナ、大乱心だと、滅茶苦茶怒られた。まあ、革命軍に身を寄せる連絡屋がいる手前、言い出しにくかったというのはあるが。実際、連絡屋はいい顔をしちゃいなかった。

 

 だが、それでも、

 

「連絡屋、ヒナさんを頼んだッ!!」

「貴様が俺たちの命運をも握ってると、そう思え」

 

と、ふたりして両側から肩をがっしり抑えながら言ってやった。

 

「精進します」

「……頼んだわよ」

 

 丁重なお辞儀と万感の思いがこもったその言葉と眼差しを受けて、俺たちはその場を後にした。

 

 

 

 どうやら俺たちネルソン商会の正念場というヤマが始まりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想いただけるという喜びを味わえるように、
また次、書いて参ります。

どうぞよろしくお願いします。


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