飴男と仮想少女の幻想記譚 ~Do you want candy? (F3)
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第一話 ~前~

 

「それじゃ、本日はここまで。予習復習をしろとは言わないけれど、今日やった内容ぐらいは忘れないようにね」

 

 

 某大学の一角にある講義室。講師、岡崎夢美教授の挨拶を以って、ここで行われていた講義が終了した。

 岡崎夢美―――若干十八歳で幾つかの博士号を取り、学会にも独自の論文を発表している天才少女である。当大学の支援を受け自らの研究を進める傍ら、見返りとしてある学部の講師をしている次第だ。

 

 

『比較物理学』

 

 

 その専門性故に、講義を受けている生徒の数は他講義に比べ少なくはあるが、逆説的に受けている生徒は皆講義内容そのものに興味を持っており(一部例外もいる)、講義中も私語等は無く落ち着いた雰囲気で進められた。

そんな生徒の中の一人、佐伯(さえき ) 清慈(せいじ)は本日最後の講義を終え、バッグに参考書を詰め込み帰り支度を進めていた。

 その折である。

 

 

「佐伯君、ちょっと時間貰えるかしら?」

 

 

 講義室の一番教壇に近い席に座っていた清慈は、掛けられた声の方を向く。とは言え、正に教壇の上から声を掛けられただけだ。バッグの中に落としていた視線を首ごと上げれば済むだけの話である。

 

 

「なんでしょ、岡崎センセ」

 

 

 最後に残った筆記用具をバッグに詰め終え立ち上がりながら、青年は関西方面の訛り口調で答えた。青年の身長は187cm、相当な長身である。壇上にいる夢美でも、青年が立ち上がれば少々視線を上げなければならない。

 

 

「ここじゃちょっと、ね。研究室の方にお願いできる?」

 

 

 首を傾げ片目を瞑る仕草をする。教授とは言え十八歳であり、見目も麗しい少女がこのような仕草をすれば、生徒とは言え年上のお兄様お姉様から黄色い声が上がるのも無理からぬ話である。

 

 

「キャーユメミチャーン!」

「夢美ちゃんマジ苺クロス!」

「教授ー!俺だー!実験台にしてくれー!!」

「佐伯、テメェ!夢美ちゃんに変な事したらぶっ殺すぞ代わってください!!」

 

 

 以上が主な一部例外の反応。彼らは講義の内容よりも岡崎教授に興味がある連中だ。

 

 なにを言うとるんやヤツ等はと一人最前席から黄色い声が上がる方へ白い目を向ける清慈青年。まぁ本当の事を知らん方がシアワセな事もあるかと思い直し、再び夢美教授の方に向き直る。

 

 

「お断りしたらどうなります?」

 

 

 夢美は少々小声で

 

 

「そんないい子にはレポート大増量のプレゼントかなぁ」

「―――まぁ、特に用事もないンで構わへんですけど。しかし、また無茶振りしよるんじゃないでしょうね?」

「んー、無茶振りになるかどうかはキミ次第かなー」

「(アカン)」

 

 

 その一言でこれは確実に無茶振りコースだ、と確信を持った。しかし、これを断ってレポート大増量はともかく、私怨で単位落としもワンチャン有り得る。職権濫用?岡崎夢美はヤる時はヤる女である。

 逆に、協力さえしておけば単位その他多少融通してくれる所もある。本気で無理ならその旨を伝え断ればいいか、と心を決め、教授の後に続いて講義室を出た。

 

 

 

 

 

        *           *         *

 

 

 

 

 先ほど使用していた講義室から歩いて五分少々の所にある扉の前に到着した。扉の上に「第五物理研究室」と表記がある。

 特に鍵は掛かっておらず、横開きの扉は静かにスライドし二人を室内へ招き入れた。

 

 室内には既に白を基調としたセーラー服(女学生が着るアレではなく、海兵が着る方)っぽい服を着込んだ金髪の少女がパイプ椅子にもたれ掛かり寛いでいた。

先にいた少女は入ってきた二人の内、長身の青年に反応し挙手を以って呼びかける。

 

 

「お、清慈じゃん。おーっす!」

「おォ、ちゆりか。お前相変わらず助手らしいことしてねぇなぁ。アメちゃんいるか?」

「いるいる!流石飴が本体の清慈さんだぜ」

「飴が本体言うな」

「あ、清慈、私も頂戴。苺味がいい」

「へいへい・・・」

 

 

 ―――余談だが、プライベートでは夢美は清慈を名前で呼び捨てにする。これは青年と紆余曲折を経た結果、生徒ではなく友人として接するに値するという信頼の現われであろう。ついでにその紆余曲折が、諸兄の想像するような甘酸っぱいものではなかったと、ここに明記しておく。

 

 横から手を出す夢美にも飴を与え、清慈は室内を軽く見渡す。

室内はソファー、テーブル、PC用デスク、多分実験用の道具等が入った棚、何に使うか分からない赤い巨大な十字架等、明らかに面積に対してモノが過剰に置いてあった。

 

物理学科の研究室は第一から第五まであるのだが、普通は使用する際に大学側に予約を取り、決められた時間内で使用するのが通例だ。しかしこの岡崎夢美教授、第五研究室を予約段階で恒久的に使用すると申請し、何故かそれが通ってしまった。

 その結果が、このザマである。

 

 

「相変わらずの有様やな・・・。ちゆり、なんでパイプ椅子やねん。ソファーあるんだからそっち座ったらよろしいやん」

「あたしはパイプ椅子が好きなんだよー。いいじゃん、清慈に迷惑かける訳じゃないし」

「現在進行形で迷惑やっちゅうねん。通り道におるんやない。退()け」

 

 

 ぶー、とちゆりは顔を膨らませながら、椅子から降りず体を揺らしてガシャンガシャンと移動する。それを見届けた清慈は手前にあるソファに、貰った飴をころころと舐めながら夢美が対面のソファに腰を下ろす。

 清慈がポケットからタバコを取り出し、

 

 

「ヤってもええ?」

 

 

 吸ってもよいかと尋ねた。

本来なら学内でも限られたスペースでしか喫煙は許されていないが――

 

 

「ちょっと待ちなさいよ。ちゆりー、灰皿と空気清浄機出してあげて」

「あいよー」

 

 

 返事と共にちゆりが来客用の大きな灰皿とコブシ大の赤い正六面体の物体をゴトリと清慈の前に置く。物体はパソコンのCPU用の放熱板をサイコロ状に繋げたような形をしていた。

ちゆりが正方体の一面を90度捻り、カチリと音がする。

 

 

「OKだぜ」

「おおきに。しかし、便利なモンやな。これ」

「まぁ、ここから喫煙所はちょっと距離あるしね。キミがちょくちょく来るから、一々喫煙所行くのも面倒かと思って、作ってあげたのよ」

「ありがたいことや。しかしこれ、ちょっとオーバーテクノロジーちゃいますのん?」

 

 

 その正方形の正体は、岡崎夢美製作の小型空気清浄機である。コブシ大の大きさで有効範囲はおよそ50㎥、浄化率は99.98%、超静音、単三電池2本で最大180時間連続稼動という壊れ性能っぷりだ。もしこれが市場に出回れば現存する空気清浄機を製作する会社は全て倒産することだろう。

 

 

「外に出なきゃ平気よ。この部屋に入れたことがあるのなんかキミともう二人しかいないんだから、漏れるとすればそこからだしね。漏らしたら・・・わかってるわよね?」

「・・・イエス、マム」

 

 

 これが、先ほど述べた「知らない方がシアワセ」の一面である。

才色兼備、人当たり良好と来れば当然生徒、教員からも相当な人気を誇る岡崎夢美だが、プライベートでの付き合いとなると中々黒かったり、面倒な一面もある。

先ほどのレポートやら単位の件がいい例だ。

 

 

「―――んで、今日は何事?また実験台になれ言うんちゃうやろな」

 

 

 過去、何度か同じように呼び出されたこともある。その時々で内容は違うが、毎度ロクでもない実験の実験台にされていた。

 例を挙げると―――

 

 

『オイ、ちょお待てぇ!アカンて!いいから!俺空とか別に興味無いから!』

『何よ、重力制御装置作ってみたからちょっと体に埋め込ませてもらうだけじゃない』

『だからソレはアカンて!何でそないなワケ分からんモンの為に俺が腹開かれなアカンねん!メス仕舞えコラァアアア!!』

『うははははは!』

『何(わろ)うてんねんちゆり!いいから離せっ!つーか力強っ!?』

 

 

 また、別の件では―――

 

 

『オイ、ちょお待てぇ!アカンて!いいから!俺光速超えとか別にry』

『何よ、量子化移動装置作ってみたからry』

『だからソレはry』

『うははry』

『ry』

 

 

 こんな塩梅である。

もちろん毎回毎回腹を開かれかけている訳ではないことを教授の名誉と助手の腹筋と被験者の心の安寧の為にここに記しておく。

 

―――閑話休題。

 

 

「んー、半分正解。かな」

「お世話んなりました」

 

 

 清慈は吸いかけのタバコを揉み消して席を立とうとする。

 

 

「ま、まぁまぁ!ちょっと待って!ね?今回は安全だから!話だけでも!ね!?」

「毎度安全じゃない自覚はあったんかい・・・。頼んますで、ホンマ」

 

 

 夢美がテーブル越しに清慈の肩を押さえ――ようとするが、如何せん身長が違いすぎた。

半ば清慈の肩にぶら下がる形になり清慈に懇願する。いくらなんでも、年下の少女に涙目の上目遣いで頼まれては清慈も再度腰を下ろすしか無かった。

 

 

「清慈、教授には甘いよなぁ。今舐めてる飴より甘いぜ」

「やかまし、(だぁ)っとれ」

 

 

 ちゆりの冷やかしを受け流し、本題に入る。

 

 

「とりあえず、話だけ聞きましょか」

「ありがとう。いい子だね清慈は」

 

 

 実によい笑顔である。講義中にこの笑顔を飛ばせば生徒諸兄を大虐殺できるだろう。

――年下にいい子呼ばわりされるのもどうかと思うが、一々指摘していたら話が一向に進まない。そして実年齢はともかく、頭脳的には夢美から見れば清慈、引いては生徒ら等赤子のようなものだ。ここは、お互いの為にスルーする。

 

 

「―――清慈は私の論文読んだことあったよね」

「あァ、ありますね。『非統一魔法世界論』。中々興味深い内容でしたわ」

「そうそう。――ったく、なんでウチの一生徒が興味持って内容の議論までしてくれるのに、学会の連中は・・・」

「あーはいはい、愚痴はまた今度聞きますから。(あ、アカン)―――んで、論文がどうしました?」

 

 

 夢美の学会への愚痴が始まりそうだったので、若干強引だが軌道修正を図る。

しかし、また今度聞くと言ってしまった以上、いつかかなりの時間を割かねばならないだろう。

確か、過去最長は14時間と42分・・・。

 

 

(せめて、10時間は切るとえぇなぁ・・・)

 

 

 自分の言葉選びの迂闊さに内心涙しながら、清慈は夢美の言葉を待つ。

 

 

「まぁザックリ言えば、『この世には統一原理では説明できない力―――即ち、魔力が存在している』って理論なんだけど―――要はね、魔力さえ存在すればこの理論を証明できることになるわけよ」

「―――言うてることはわかりますがね。それができてないから、笑われてるんでしょう。そこもさんざ議論したやないですか」

「そう。・・・だけど、その魔力を探知できる装置が開発できたとすれば?」

 

 

 その一言に、清慈は目を見開き息を飲む。

この少女の言ってる事は、『悪魔の証明』と同じだ。

――存在はすると思う。だけど証明する手段が無い。それをこの天才少女は、覆せるかも知れないという。魔力を―――悪魔を発見できるかも知れないと言うのだ。

 

 

「・・・ホンマかいな・・・」

「ホンマホンマ。正確には、超大統一理論に基づき、4つの力以外の”なんらかの力”を探知する装置でしかも調整中だけど。だから、装置で発見したナニカが”魔力”なのかはまだ未知数ね。もしかしたら、全く別のモノかも知れないわ」

「いや、それでも凄いで。もしソレがナニカを見つけて、新しい”力”だったなら物理学会が引っくり返りよるわ」

 

 

 もう青年の瞳は、先ほど無理矢理座らされていた頃のやや眠たげな瞳ではない。

爛々と輝く、少年のソレだった。

 

 

「そんで、その装置ってのは・・・」

 

 

 言いかけて、青年の顔が固まる。

 

 

(アカン、この流れ、いつも通りや)

 

 

 今まで何度も少女の弁に踊らされ、切開手術をされかけていたのだ。事が事だけに、協力したい気持ちは山々だが・・・。

 そんな清慈の顔を見て、夢美は察したように

 

 

「あー、今回は心配しなくていいわよ。清慈にメス入れたりしなくても済むようにしたから」

「いや、『今回は』やのうて毎回頼むわ、ホンマ・・・。そんじゃ、その装置はもう使えるゆうことか?」

「あ、ううん。もう一手必要なの。清慈、スマホ持ってるよね?」

「まぁ、持ってますけど」

 

 

 言いつつ、清慈はポケットからスマートフォンを取り出した。最新機種――とは行かないが、一世代前程度なので清慈が使う分には十分に高機能だった。

 

 

「ソレにね、今回作ったデバイスを入れたいの。私の携帯はガラケーだし、ちゆりは持ってないし」

 

 

 ガラケー・・・ガラパゴス携帯。従来よりある折り畳み式の携帯電話である。何故ガラパゴスというのかは知らないが。

 ともあれ、旧来の折り畳み携帯よりもスマートフォンの方が格段に多機能となる。それは即ち、処理能力や拡張性が旧来の物よりも高いことを示す。

 

 

「はぁ・・・まぁ、ケータイにアプリ入れるようなモンと思えば、ローリスクハイリターンか」

 

 

 そこで、今まで黙っていたちゆりが口を挟んだ。

 

 

「ははっ。清慈、アプリケーションとは違うんだぜ?言ったろ、デバイスって」

「あァ・・・?何が違うん・・・」

 

 

 言いつつ、気付く。アプリケーションはソフトウェアで―――。

―――デバイスは、ハードウェアだ。

 

 

「・・・スマホに機能を追加するんじゃなく、まるっと中身を()げ替えるんかい」

「そうなの。尤も、通話やデータ通信みたいなケータイとして必要な機能はこっちのデバイスにも搭載してあるから、欲しいのはぶっちゃけガワだけなんだけど」

「んなもん、センセが作ったらええやないか」

「・・・や、その。・・・予算、が・・・」

 

 

 つい、と目を逸らし、やや頬を染めて夢美が言う。デバイスとしての機能拡張に予算をつぎ込んで、操作面まで首が回らなかったらしい。

 まぁスマートフォンみたいなタッチパネルを自作というと幾らかかるのか清慈には知れたものではない。中に入るデバイスが完全に独自の物となれば尚更だ。

 

 

「・・・でもなぁ。俺は俺でコイツに愛着はあるし、いきなり別モンになるのも・・・」

 

 

 ちょっと困ると言いかけた所で、正面にいた夢美が動いた。

ガバリと言わんばかりに清慈に迫り、テーブルに片膝をついて清慈の肩を掴む。

 

 

「―――お願い!後は操作面のインターフェースを調整すれば完成なの!清慈の愛着も分かるんだけど、ここは物理学会を見返す―――じゃない!発展の為と思って協力して!こんなこと頼めるのキミだけなのよ!だからお願い!入れさせて!!」

 

 

 突然の事で呆気に取られる清慈を余所に、夢美は頬を紅潮させ涙目になりながら「いれさせて!」と懇願する。状況がわかっているちゆりから見ればまだいいが、扉の外でこの声を聞いた者はどう思うだろうか。

 当のちゆりはニヤニヤと傍観を決め込んでいる。

そして、扉の外でこの声を聞いてしまった者と言えば―――。

 

 

         *        *        *

 

 

『いれさせて!おねがいだからぁ!』

 

 

 第五物理研究室の扉に手を掛けていた少女が一人。傍らにもう一人の少女が立っていた。

扉に手をかけている少女は白のワイシャツに茶色のネクタイ、黒のロングスカートに、白いリボンをあしらった黒のハットを被っている。

傍らにいる少女は紫色の緩めのワンピース、あまり見かけない形状の、これまた緩めの帽子を被っていた。

二人とも、室内から聞こえてくるやや熱を孕んだ少女の声を聞き、固まっている。

 

 

「――――」

「あ、あのね、蓮子。今入るのはとてもマズい気がするの。ね?出直そう?」

「そ、そうね、メリー。ちょっと時間を置いてからまた来よう・・・」

 

 

 そうして、桜色に頬を染めた二人は、そそくさと第五物理研究室を後にしたのだった。

 

 

            *       *        *

 

 

「おい、センセ!ちょっと静かにせぇ!目の前で喚かれたら適わんわ!」

「・・・・いれさせてくれる?」

 

 

 やはり上目遣い。しかもちょっと精神年齢が下がっていた。

 

 

「・・・しゃぁないわ。俺のケータイでそんな凄いモンが完成できるんなら、協力せんわけにもいかんやろ」

「ありがとー!せいじすきー!!」

「わかったから!いいから離せ!――おゥちゆり。今撮ったの即刻消せ。消さんかったら俺が物理的に消すぞ」

 

 

 夢美が肩を掴んでいた手をそのまま首の後ろにスライドさせ抱きつく。

その様子を夢美のケータイに収めていたちゆりは清慈から釘を刺され、てへぺろと舌を出していた。

 

 

「それじゃーちょっとケータイ借りるわね。んーと、2時間もあれば終わるかしら?暫く寛いでていいわよ」

「さよで。まぁ用も無いんで、日ぃ変わる前に終わらせてくれたらええすわ」

 

 

 現在16時45分。幾ら悪く見積もっても2時間が7時間になることはあるまい。

ふぅ、と息を付き取り出したタバコに火をつける。

するとちゆりが、ちょこちょこと手に何かを抱えてやってきた。

 

 

「なぁ清慈、トランプしようぜ、トランプ」

「・・・ええけど。何すんねん」

「ババ抜き!」

「二人でか!?」

 

 

 先程の女の武器を無自覚にフル活用してくる天才少女のことを思えば、今はこのちょっとアホの子が愛しく思えてくる清慈だった。

 

 




お疲れ様です。ここまで読んで頂きありがとうございました。

今回、東方SSの連載を始めさせて頂きましたF3です。
SSを書いたことは何度かあるのですがこのような場での公開は始めてですで、誤字脱字からご意見ご感想までコメントを頂ければ励みになります。


第一話をお送りしましたが、書き始めた当初、幻想入りするまでを第一話で想定していました。
所が、思いの外長くなってしまい適当な所で分割した次第です。
第二話は早ければ今夜中に上がるものと思います。
よろしければ引き続きお付き合いください。


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第一話 ~後~

 夢美が清慈のスマートフォンを預かって凡そ一時間半が経過しようとしていた。

夢美は当然スマートフォンの改造作業に掛かりきりである。清慈、ちゆりが何をしていたかというと・・・。

 

「・・・オイ」

「ん?――よっし揃った!さぁ、清慈引け!これで私は上がりだぜ!」

「・・・・・」

 

 無言でちゆりの手に残された最後の一枚を引く。

最後の一枚ということは、当然ちゆりの手には札が無くなり・・・。

 

「やったー!勝ったー!これで31勝48敗だな!さぁまだまだ追い上げるぜ!」

「いや、ちょお待てや。いくらなんでも80回もやったら飽きるわ。つーか飽きへんのかお前」

「ん?いや、別に?」

「せめてそろそろゲーム変えようや・・・。なんつーか、普通に苦行だわ。神経衰弱辺りなら二人でも・・・」

 

 その時、トン、トンと控えめなノックが扉から響いてきた。

 

「あん?誰やろ」

「そりゃーお前、ここに呼ばれなくても来るヤツって言ったら、清慈と蓮子、メリーぐらいだぜ。はーい、今開けるよー!」

 

 言いながらとてとてと扉の方へ向かうちゆり。

かくして現れたのは、黒いショートヘアの宇佐見 蓮子と、ゆるくカーブを描く金髪を背中まで伸ばしたマエリベリー・ハーンの二人だった。

この生産性の無い時間を過ごしていた清慈にとって、この瞬間に登場した二人は正に女神に見えたことだろう。感極まって二人を抱き締めようと手を広げ二人に向かう。

 傍から見れば身長190cm近い大男が少女二人に手を広げにじり寄っている図である。かなりアレだ。

 

「ッセィ!!」

「・・・・っ!!」

 

 抱擁されようとしていた女神(黒)が鳩尾に蹴りをくれた。その場に崩れ落ちる大男。

 

「な・・・んや蓮子・・・ゲホッ。お前、いきなり鳩尾は・・・」

「うるっさい!清慈さんこそ、研究室で何してたんですか!?あんなあられもない声を教授に出させて・・・!おまけに何平気な顔をしてちゆりさんと遊んでるんですか!?」

「ハァ・・・?いや、ゲホッ、誤解や。何を誤解しとるのかよぉわからんが、俺は後ろめたいことは決して・・・」

「そうですかー。それじゃ、ちょっとお体にお聞きしますね」

 

 言いつつ、女神(金)が蹲る清慈の手・・・というより指を取り、あろう事か間接と反対側に曲げ始めた。顔全体としては、極上の笑顔である。ただし、所謂”目が笑っていない”だが。

 

「おおおお・・!!落ち着けマエリ!お前そんなキャラちゃうやろ!もっと!もっとこう、おしとやか系の・・・!」

「そちらのキャラは本日休業中です」

「休業中ってなんやねん!いいからその人格引っ込めて頂けません!?マトモに顔見れへ―――オイコラちゆりぃ!お前見てないで誤解解けやぁっ!」

 

 今のメリーと目を合わせたら最後、恐怖から濡れ衣を全て認めてしまう衝動に駆られるだろう。下半身は蓮子に逆四の字固めをキメられ、上半身はメリーに腕を固められ絶賛拷問中である。

そしてその様子をいい笑顔でカシャカシャと携帯カメラで激写するちゆり。

 清慈はこの瞬間信仰を捨てた。―――この世に神はいない。

 

「お待ちどーさ・・・何してるの?」

「神かっ!?」

 

 作業を終え隣室から戻ってきた夢美を見て、清慈は0.2秒で信仰心を取り戻した。清慈にしてみれば現在の行われている肉体的精神的拷問を中止させ尚且つ誤解を解く超級の救いの女神に見えたのだ。先程女神に見えた二人は現在地獄の悪鬼となっているが、まぁ忘れよう。

 

「教授!?大丈夫ですか!?この大男に何かされてませんでしたか!?」

 

 蓮子が乱暴に足を開放し、夢美に縋り寄る。―――なんでもいいけど、逆四の字を適当に投げ出されると間接への負荷が半端じゃないので、諸兄は真似しないように―――

当の夢美は目を白黒させていた。何がなんだかわからないらしい。ちゆりはつまらなそうに夢美のケータイで今撮った写真を吟味している。メリーは未だ例の笑顔で清慈の指を折檻中だ。先程廊下で聞こえた声について、蓮子が夢美に説明している。

 

「――あー、はいはい。大丈夫よ。ちょっと新しい発明品のモニターを清慈に頼んでただけだから。ほら、メリーもそろそろ止めたげて。清慈の心が死んじゃうから」

「―――あ。・・・あの、えっと・・・。ごめんなさい・・・」

 

 最終的にはうつ伏せに組み伏せた清慈の背中に馬乗りになって後ろ手に腕を固めながら指を弄んでいた悪鬼(金)も教授の無罪判決に静々と腰をどけた。

 

「アタタ・・・まぁ、えぇわ。とりあえず実害は鳩尾に軽いの一発貰っただけやし。あのままちゆりと遊んでるよかマシやったで・・・アメちゃんいるか?――ちゆりはいずれ泣かす」

 

 途中入場の蓮子とメリーに飴を与え、ちゆりにはガンを飛ばしておいた。

そして、夢美に向き直る。夢美はニィと年相応の笑顔を浮かべ

 

「出来たわよ」

 

 顔の横に清慈のスマートフォンを持ち上げた。

 

 

 

 

          *         *        *

 

 

 

 

「魔力の探知・・・ですか・・・」

「えぇ、装置は殆ど完成してたんだけど、操作のインターフェースと、結果を出力する場所の確保ができてなくてね。それで清慈にスマホを貸してくれないか頼んでたのよ」

「蓮子かマエリのケータイじゃあかんかったのですかね・・・。どうせほぼ毎日ここ来るんでしょこの子ら」

 

 先程メリーにキメられていた指のストレッチをしながら清慈がボヤく。

 

「私の、スマートフォンじゃないから・・・」

「私のはスマホだけど・・・」

 

 前者はメリー。言っては何だが、確かにあまり機械類に強そうな雰囲気は無い。逆に、後者の蓮子は新しいモノ好きと言った傾向があった。スマートフォンなど、ここまで普及する以前から持っていたことだろう。

 

「ダメよ、万が一壊れちゃったら申し訳ないじゃない」

「オイ夢美、ナンつった今」

 

 思わず呼び捨てである。確かに、ソフト面での機能がどうこうは少し触れたがハードそのものが破損するという話はしていなかった。

 

「聞かない方が悪いのよ。それにホラ、契約書にも書いてあるじゃない。『乙の所持品の破損は如何なる場合を以っても甲に責任を求めません』――ね?」

「いやそもそも契約書とか見た覚えが無いんすけど。アレ、なんでコレ俺のサインと判子が押してあんの?」

「佐伯なんて珍しい苗字でもないしなー。それにこんだけ付き合い長ければ筆跡の真似なんて余裕だぜ」

「オイィイイ!?お前コレ犯罪やろ!?ちゃうの!?完全に文書偽造やないか!」

「いやでも、私が口割らなきゃ筆跡も完璧に清慈のだしさー。やだ、期せずして完全犯罪?」

「やかましわっ!――あァもーえぇわ。一応こうしてケータイも無事戻ってきたことやし・・・」

 

《無事、とは言い難いかも知れません》

 

 その時、声が響いた。

 

「―――ナンか言うたか、今」

「・・・いや?」

 

 ちゆりが答えた。蓮子とメリーもふるふると首を振っている。

 

「センセは?」

 質問された夢美は楽しくて堪らないといった感じでニヤニヤしている。

 今聞こえた声は、音質としては夢美の声が一番近いように感じた。それでも何か違和感を感じる、()と言うよりは()と言った方が近いような―――。

 

《現在、新ハード移行に伴う強制デフラグ中です。何か重要なデータが消えてしまいましたら、後でお知らせ下さい。可能な限り復旧致します》

 

 ソレは、ソファに挟まれたテーブルの上に置いてある、清慈のスマートフォン―――だったモノから発せられていた。

 

 

            *        *        *

 

 

 

「じゃぁ、紹介するわね。岡崎夢美製作、魔力探査装置――のサポートシステム。

『YUME』ちゃんです!YUMEは魔力証明の夢が叶いますようにって言うのと、私の名前から取りました!」

《只今ご紹介に預かりました『YUME』です。お見知り置きを》

 

 スマートフォンだったモノの画面中で、やや紫のかかったピンク色の正方形がゆれる。

 先程、YUMEが二言目を喋った後、夢美以外の全員が魂も魄も吹っ飛ぶ程驚いた。

なんせ、話せば話すほど、このスマートフォンだったモノから人格めいたモノを感じるのだ。この受け答えの多様性は、コンピュータ制御では向こう一世紀は実現できまい。

メリーなどは蓮子にしがみ付いて暫く離れなかったぐらいだ――それでいいのか秘封倶楽部――そんなことがあった為、皆やや放心気味に自己紹介を聞いていた所だった。

 

《それから、清慈》

「ッ!?――な、なんでしょ」

《私の所有者は貴方ということでプログラムが組まれました。それで問題ありませんか?》

「・・・・あァ」

 

 問題があった所で、既にプログラムされているのにどうにかできるものなのだろうか。

やや煮え切らない所はあったが、ベースとなったスマートフォンは元々清慈のモノだし、完成後に返してもらう約束であったのだから、問題は無い。

 

《そうですか。では、パーソナルデータの入力を行います。右手人差し指で画面に6秒程タッチしてください》

「ほい」

 

 言われた通り清慈が右手の人差し指を画面に置く。

 

《ァンッ!》

「ちょおおお!?」

「あはははははははは!!」

 

 清慈が突然の喘ぎ声に驚いて指を離し、一連の動作を見ていた蓮子とメリーは清慈を白い目で見ていた。ちゆりはくっくっくと控えめに笑っている。

 腹を抱えて笑っているのは夢美だ。

 

「なんやねん!?お前らそんな俺イジメて楽しいか!?」

《やっぱり怒られてしまいました。すいません、清慈。私は止めた方がいいと進言したのですが》

「ごーめんごめん。・・・ふふっ。清慈ったらホントツッコミ気質ねぇ」

「やかましいわっ」

《申し訳ありません、清慈。もう一度指をお願いします。今度はふざけません》

「頼むでホンマ。・・・このセリフも今日何回目やっちゅう話やねん」

 

 再度、清慈が画面に指を置き、6秒経った。

この間は全員指が置かれた画面を注視し、一言も喋ろうとしなかった。

 

《パーソナルデータの登録を完了しました。これより、佐伯 清慈を所有者と認識します。よろしくお願いします。ご希望でしたらチュートリアルを行いますが、どうなさいますか?》

「それ、時間かかるん?」

《音声案内で凡そ5時間19分、文章案内で個人差はありますが、凡そ4時間12分程度かかります。尚、私を使用するに当たって確実に覚えて頂きたいことも数点ありますので、チュートリアルを全て完了するまでは私の固有機能の殆どをロックさせて頂きます。チュートリアル完了前に使用できる機能は、通話、データ通信、タイマー・・・》

「あー、もうええわ。とりあえず今日はいいんで・・・えーと、明後日が休みやな。明後日纏めて頼むわ」

《―――わかりました。では、後一つだけお願いが》

 

 ピンク色の正方形は一呼吸停止し―――。

 

 

 

《可能な時は、私とできるだけコミュニケーションを取ってください。私は世界を知りませんし、貴方は私を知りません。私の機能を十全に振るう為には、私は世界を、貴方は私を知る必要があります。その為に、可能な限りコミュニケーションを取ってください。そしてそれは、清慈に限りません。ちゆり、蓮子、マエリベリー、そして、開発者である夢美。どうか、私に世界を、貴方達を教えてください》

 

 

 

(―――あぁ・・・失敗してもた)

 

 清慈は思う。

真摯なのだ、コイツは。世界を知ろう。自分達を知ろう。そして、自身を知って貰おうと。

最早、この薄っぺらい直方体を機械等とは思うまい。モノだ等とは思うまい。

この子はもう、人格を持った。人間ではなくとも、自分達と同じだ。

だから―――清慈は思う。

 

(失敗した。――もうええなんて・・・言うんや無かった)

 

 話が長い。時間が掛かる。その程度の理由で、YUMEを知る機会を一つ遅らせた。

失態だ。気が緩んだ。知らんかったで済む問題ではない。

 

 

自分を知って欲しい―――だから話が長い。

 

 

自分を知って欲しい―――だから時間が掛かる。

 

 

 

 当然のことだった。

 

 少女達はYUMEを囲んですごいだの、がんばってだのとキャイキャイはしゃいでいる。

少なくともあの中に加わる気にはならないが。

それでも、自分自身に一つだけ問いたい。

 

「――――まだ、間に合うかな・・・?」

 

 誰にも聞こえぬよう、口を出来るだけ開けずに自分に語りかける。

―――かけた、つもりだったのだが。

 

 

 

 

《―――問題ありません。いつでも待っています》

 

 

 

 

 自分以外からの返答が返ってきた。相手は―――言うまでもない。

 

(アカン・・・泣きそうや)

 

 許してくれた事が嬉しくて。突き放した自分にもう一度手を差し伸べてくれた事が嬉しくて。

嬉しくても、流石にこの場で泣き出す訳にはいかん、と歯を食い縛る。

 

「え?YUMEちゃんどうしたの?」

《なんでもありませんマエリベリー。それより、その後清慈はどうなったのですか?》

「あ、えーとね。そしたら清慈君、蓮子を追って女子更衣室まで来ちゃって―――」

「ちょぉぉおおおっと待ってみようかマエリちゃん。そのオハナシをするには俺の許可が欲しいんじゃないのかなぁ?んん?」

 

 ガシッとメリーの頭を頭頂部から掴み、こちらを振り向かせる。

メリーの紫掛かった瞳に、青筋を浮かせた鬼のような顔が映っているのが分かったが、それが誰かは考えるのを止めた。

 

 

 

 

           *       *       *

 

 

 

 

 あれから一時間程話し込み、現在20時46分。

そろそろ解散ということになり、各々の家路に着いた。

尤も、蓮子とメリーは大学近くの女子寮だし、夢美とちゆりは第五物理研究室で寝泊りしている――驚くべきことに、壁の一部が開いてベッドになるようだ。たまに蓮子、メリーが女子会等と謳い泊まりに集まっているらしい。

 

 ともあれ、一人の帰り道。清慈の家は大学から徒歩20分のアパートである。

徒歩で20分というのは、何も無しで歩くと中々の距離だが、音楽を聴いていたり話相手がいたりするなら、すぐに過ぎ去ってしまう距離だ。

 YUMEに話しかけながら歩くことは最初躊躇ったが、そこは元はスマートフォン。耳に宛がいながら会話をすれば、通行人に見られても不自然ではないというものだ。

 YUMEとの会話は中々新鮮だった。具体的には知っている事と知らない事がチグハグな印象を受けるのだ。蓮子やメリーに関することはやたら知っているのに、夢美の事をイマイチ知らなかったり。これは起動してからの各人との会話量に起因するらしい。ちなみに帰り道会話を始めた瞬間に一番知られていないのは清慈だった。

 

 いつもの帰り道を足癖で通り、アパートに到着する。

このアパートは値段はそこそこの癖に2LDKと広く、更に防音が優れている。

個人的には学校までの距離も苦にならず、優良物件だと考えていた。

特に防音―――今夜する事を思えば、これほどこの防音性能に感謝した日は無いだろう。

 

「――さて、とりあえず飯作るか。・・・ユメ、お前なんか食いたいモンあるか?」

《冗談で言っているとすれば三流ですね。真剣に言っているとすればいい医者をお勧めできます。夢美ですが》

「ハッ。それこそ冗談やないわ」

 

 中々どうして、悪くない。

学校――主に第五物理研究室――に行けば、軽口を叩く相手に事欠かないが、家では一人暮し故にそうもいかない。

それが今は、会って間もないというのに軽口を叩き合える相方がいるのだ。

実に―――悪くない。

 

「んで、さ。飯食って、風呂入ったら・・・」

《清慈、いけません。いくら貴方が私を好いていてくれても、所詮はこの身は機械の身。貴方の期待には》

「やかまし。誰にんな言い回し習った」

《夢美から、ちゆりです。私は悪くないと言え。と言われています》

「よーし、あのガキャ、明日ちょっと凹ましたろ。つーか、お前も大概いい性格しとんな」

《これまでの会話から、清慈の好みの会話パターンを引き出して使用しています。ご希望なら、蓮子、マエリベリーもトレースできますが?》

「いや、別にええけど・・・。センセとちゆりはどうなん」

《トレースするには本日の会話量では不足と判断しました》

「案外バッサリやな・・・。いやその辺も俺の好みなのか。まぁ、お前と話すんのは楽しいからそのままでええやろ」

《ありがとうございます》

「まぁそんで、風呂の後。さっきの・・・チュートリアル?頼めへんか?」

《構いませんが、後日の予定では?》

「まぁええやん。風呂入ってからすぐ始めれば1時頃には終わるやろ。それなら明日の授業にも支障はあらへん」

《わかりました。では清慈が入浴している間にチュートリアルを起動しておきます》

「よろしゅ」

 

 そう締めくくり、清慈は夕食の支度に取り掛かった。今日は野菜炒めと冷奴にするらしい。

 

 

 

           *       *        *

 

 

 

 清慈が食事と入浴を終えた後、YUMEによる仕様説明が行われた。

ちなみに清慈が選んだのは音声案内だ。何分夜も更けている。文字やイラストを追うよりは眠気が来ないだろうと考え音声を選んだ。

 案の定、会話方式でチュートリアルは進行し、午前2時08分。恙無(つつがな)くチュートリアルは終了した。

 

《以上で本機のチュートリアル全工程を終了します。お疲れ様でした。続いて、現在ロックされている機能を順次開放していきます。この作業には1分程度掛かる予定です。その間は音声に反応できませんのでご了承下さい》

「うーい、お疲れさん・・・」

 

 ぁー、と情け無い声を出しながらベッドに横たわる。眠気は来なかったとは言え、流石に6時間弱も会話をすれば疲れは来る。しかし、充実した疲労感だった。

 YUMEは不明な点があればその都度質問をしてくれと言っていたが、そもそもの解説が丁寧だった為、質問をする点も少なくて済んだ。とは言え、量が膨大だった為、内容の一部を忘れることもあるだろう。その時は遠慮無く聞いて欲しい、とも言っていた。

 

「出来た子やなぁ・・・」

 

 心の底からそう思う。ちゆり辺りにも見習わせたい気遣いだ。

 ともあれ、明日も昼前から講義がある。とりあえず今日の所はここらで休んで―――。

 

 その瞬間、ピピピピピと電子音が響く。それも中々に大音量だ。防音設備はいいので、隣人に気を使う程の音ではないが、それでも完全に気を抜いていた清慈は飛び起きた。

 

「なんや!?故障か!?」

《馬鹿も休み休み言ってください。完成したその日に故障などという初期不良は出しません。ロックされていた機能の開放が全て終わりました》

「・・・さよか」

 

 『馬鹿も休み休み』の部分に引っかかるモノを感じる。この機械娘、気遣いは素晴らしいモノがあるが、所々段々遠慮という物が無くなってきた気がした。そんな益体も無いことを考えていると

 

《―――同時に、魔力探査機能に反応がありました。現地点から東へ1.3km、そこから北へ800m進んだ地点です》

 

 息を詰まらせる。まさか本命の機能を起動した途端に反応があるとは。

 

「東北・・・?山があるな」

 

 アパートから大学とは反対側に山が存在する。特に何がある山という訳でも無かった筈だが・・・。

 

《現時刻から向かえば、25分程で到着できるものと思われます。明日は講義が11時半からあるようですが、どうしますか?》

「・・・行く。その反応が何なのか気になるし、明日に回して水モノやったら目も当てられん。とりあえず確かめる」

《良い判断かと。一応、夢美にメールを出しておきます。この時間では睡眠中でしょうが》

「――良い判断や」

 

 ニィと笑い、必要最低限のモノを上着とパンツのポケットに突っ込む。YUME、タバコ、ライター、飴、そして――鍵。

 アパートの階段を下りる。金属の階段の為、音を立てると近所迷惑だからとできるだけ静かに。

 

《位置の再確認を。東へ1.3km、そこから北へ800mです。道は問題ありませんか?》

「あァ問題ない。――コイツ転がすのも久しぶりやなぁ」

《コイツ、とは?》

「原付。ガッコは使うまでもないんやけど、たまに隣町に行ったりする時に使ってたんや」

《―――情報の修正を行います。到着に掛かる時間を25分から10分に修正しました。よかったですね。30分長く寝られますよ》

「そりゃえェな・・・んじゃ行こか」

 

 煩いのは好みで無い為、特に改造もしていない原動付き自転車のヘッドライトが夜道を静かに切り裂いて行った。

 

 

 

 

         *       *        *

 

 

 

 大学から清慈のアパートを挟んで、ほぼ対角にある山――名前は知らない。特に話題に出ることもないからだ。しかし、今回魔力探査機能が真っ先に反応した。もしかしたら、何か曰くのある山なのかも知れない。

 山の麓までは原付で来たが、残り200m程の所で原付で通れる道では無くなってしまった。

 所謂、獣道だ。

 

「ライト忘れたのは焦ったでホンマ」

《焦り過ぎです。とは言え、私にも注意できなかった非はあります。視覚も共有できたらよいのですが》

「無茶言いなや」

 

 現在、会話の通り懐中電灯を忘れた清慈は、YUMEの――否、元々スマートフォンに備えてあったカメラのフラッシュを常時点灯にして、獣道を歩いている。

 

「カメラとフラッシュがオミットされてなくてよかったわ。・・・ところで、フラッシュ常時炊いてるけど、電池は大丈夫なん?」

《68時間は問題ありません。フラッシュを切れば更に100時間は大丈夫です》

「有り得へん・・・」

《この効率は向こう1世紀は実現できないものであると自負しています。夢美が》

「お前がではないのな」

《―――そろそろ目標地点です。周囲に怪しい物音、熱源はありませんが、注意してください》

 

 熱源までわかるんかいと突っ込みたかったが、注意しろと言われたので言われるがままにしておく。

 

(まさか幾ら魔力と仮称されてるからと言って悪魔の類が出てくるとも思わんが・・・)

 

《目標地点付近に到達しました。何かありませんか?》

「―――特に、何も」

 

 YUMEのフラッシュで辺りを照らす。

丁度進行方向の直線状に周囲に比べて大きな木が生えているぐらいだ。

 

「ハズレ、か」

《一応、カメラ映像の確認を行います。周囲の撮影をお願いできますか?》

「へいへい・・・」

 

 言われて清慈は辺りをパシャパシャとカメラに収めていく。

この季節、気温としては特に暑くも寒くも無いが、夜の森というロケーションが薄ら寒いものを感じさせた。

―――或るいは、この付近にあると言われた”何か”がそうさせるのか―――。

 

《清慈》

「ッ。お、おう。なんや?」

《画面を》

 

 YUMEに促されモニターを見る。一見、先程の大きな木が左端に写った映像にしか見えないが・・・。

 

《フィルターを切り替えます》

 

 映像の色がスッと、紫を掛けた物に変わる。

 

「・・・?これがどう・・・・・ッ!?」

 

 

 写っていた。写っていた。写っていた。

 

 先程、画面に紫を掛ける前には写っていなかった”モノ”が写っていた。

 

 それは、画面左端。

 

 周りよりも少々大きく育っていた木の根元に。

 

 その”(ヒビ)”は写っていた。

 

 

 清慈はバッと肉眼で木の根元を見つめる。やはり何も見えないが・・・。

 

「ユメ。目標地点までの距離は」

《正面、凡そ2m。正確には176cmです》

「ドンピシャか・・・」

《清慈、カメラをビデオモードにしてください。木の根元を》

 

 カメラをビデオモードに切り替えた。同時に一度通常の映像に戻ったモニターに、また紫のフィルターをかける。

 

「あった・・・!」

 

 やはり肉眼では何も見えないが、その”皹”は確かにそこにあった。しかし―――。

「なんや、コレ・・・」

 

 その”皹”はゆらゆらと揺れていた。海に漂う海藻のように。

しかも、木に入った亀裂ではなく、その”皹”が独立して浮いているのだ。

 清慈はその"皹"にゆっくりと近づく。

 

《―――清慈》

 

 制止を含んだYUMEの声が響くが、清慈は止まらない。

YUMEからは―清慈にも―分からないが、この時清慈の瞳には正気が無かった。

その"皹"から発せられる”ナニカ”に当てられたのか―――魅入ったのか――。

―――故に、清慈は”皹”に近づき、手を伸ばす。

 

ゆっくりと―――吸い込まれるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《清慈!止まりなさい!!》

 

「ッ!」

 

 瞬間、清慈の瞳に意思の光が戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし――――

 

 

 

             ―――――遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清慈はその"皹”に触れてしまった。触れた故か、視界にもその”皹”が写り――

 

 

――ビキビキと音を立てているかのように、”皹”が裂け広がるのが見えた。

 

 

 その”皹”―――否、最早空間にできた”隙間”というべきその闇は、辺りのモノを吸い込んでいく。

 

 木の葉が次々と吸い込まれる。

 

 野生であろう兎が吸い込まれる。

 

 腰程度まである若木が地面から引き剥がされ吸い込まれる。

 

 

 当然、地面に生えている木が吸い込まれる程の吸引力なのだ。

 

 

 手近な木に捕まって耐えていた清慈に、抵抗できる道理は。

 

 

 

 

 

 ない。

 

 

 

 

         *         *          *

 

 

 

 

《清慈、起きてください。清慈、起きてください》

「・・・あァ?」

《清慈、目が覚めましたか?外傷はありますか?》

「ゥ・・・ッツ!」

《清慈!大丈夫ですか!?どこか痛みますか!?》

「あァ・・・平気や。ちょっと暫く起きれんだろうけど、ただの打ち身やろ。意識もハッキリしとる」

《よかったです。私を手に取れますか?》

「おォ、ちょい待ってな」

 

 

 清慈が目を覚ましたのは、暗い・・・暗い所だった。

 自分は仰向けで、下が地面であろうという事はわかるのだが、如何せん明かりが全く無く、視界の様子では外か室内かもわからないといった具合だ。

 そんな中でも、声の聞こえた方向を頼りに手を動かす。思いの外YUMEは近くに落ちており、寝転んだままでもすぐに手に取ることができた。

 

《体温、心拍数、血圧、バイタルサイン問題なし。恐らく大きな出血、骨折もありません》

「そら、なによりで・・・」

《動けますか?》

 

 手を握ったり開いたりしてみるが問題なし。肘、膝も曲がる。

少々体中が痛むが、なんとか体を起こせた。

 

「・・・行けそうや」

《了解しました。ナビゲートを・・・》

「? どうした?」

《座標が取得できません。更に、通話電波、通信電波も受信できません》

「ほお・・・。ゆうことはアレか?遭難か?」

《現在のご希望に添える回答は不謹慎かと思われますので自粛します。システムチェックを行いましたが、当方に欠損は見られません》

「まぁ、歩くしかなかろ。フラッシュ点灯・・・と、カメラをビデオモードで起動頼む」

《了解》

 

 YUMEが点けたフラッシュで、何があるか分かる程度の視界は確保できたが、そこまでだった。

 つまり、

 

 

「―――森、か」

 

《森ですね》

 

 

 

 そこがどこかは――少なくとも、気を失う前までいた場所ではない――分からなかったのである。




お疲れ様でした。ここまで目を通して頂きありがとうございます。

第一話後編をお送りしました。第一話から前後編ってなんだよ。
前編から引き続き誤字脱字の指摘からご意見ご感想までコメントを頂ければ励みになります。


何とか今夜中に書けました。日が変わってる?朝日は昇っていない!ならばそれはきっと同じ夜なのだ。
もう何言ってるかよくわかりません。
それでは、失礼します。
明日中にもう一話上げれるといいな。

1/31 無理でした。
思ったより時間が取れませんでした。万が一楽しみにしてた方には申し訳ありません。
また下手なこと言って間に合わないとアレなんで具体的には申しませんが、近日中ということで、何卒。


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