鬼脚 (algn)
しおりを挟む

prologue

 第三次世界大戦―――

 またの名を、人類終末戦争。

 文字通り世界中を巻き込んだ大戦争で、多くの人間が、国家が、この戦争に巻き込まれ消滅していった。

 世界の総人口はピーク時のおよそ3分の2まで減少、実に40億以上の人間が犠牲となったこの戦争に終止符を打ったのは、奇しくも第二次大戦のときと同じ大量殺戮兵器の投入だった。

 なんということはない。都市区画を吹き飛ばす巨大な弾頭ミサイルでユーラシア大陸に大穴(クレーター)を作った、それだけの話だ。

 表の世界では、そういうことになっている。一般人が知りえる範囲では、それが限度だった。

 では、裏の世界ではどうなっているのか。

 お察しの通り、表の世界で語られているのは大衆を納得させる、説得力のある言い訳に過ぎない。まったくの偽りではないが、様々な専門用語と曖昧なデータを駆使し、真相は隠匿され続けた。

 では、肝心の真相とはいったい何なのか。それを語るには、この出来事の過去から合わせて語らねばなるまい。

 あの時いったい何があったのか、真相とは何なのか、なぜ隠匿されなければならないのか……

 ここに、その始終を記すことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その話だったら今終わらせました、それよりも次はまだ勘弁してください、流石に休憩をですね」

 黒長のズボン、白のワイシャツに身を包んだ青年が、手に持った小型のデバイスに何か話しかけている。

 そこは廃墟だった。否、廃墟というにはまだ真新しさの残る建物だったが、その破壊具合を見る限り、やはり廃墟と言わざるを得なかった。

 何かの事務所だったのだろうか、事務机が薙ぎ払われたかのように転がっている。蛍光灯もついていないためか昼間だというのに薄暗い。壁紙も焦げ付き、中のコンクリートがむき出しになっている。そこかしこに建物のものだと思われる破片が転がっている。

 だが、それ以上に死が充満していた。あるものは焼け焦げ、あるものは大穴が空き、あるものは原形すらとどめない。端的に言えば、死屍累々、地獄絵図、どうしようもないほど死体が転がっている。

 異臭が漂い、その真ん中に佇む青年はしかし、涼しい顔をして立っている。

「消火ですか?あぁはい、もう済んでます。何らかの薬品に引火して爆発したとでもいえばなんとでもなるでしょう」

 青年の外見について詳しく描写するとしよう。黒ずんだ髪、体つきは平均的な成人男性のものに近い。白のポロシャツも、ところどころ煤汚れている。

 が、中でも一際目を引くのは、その右足である。長ズボンの右脚部分は布がなく、根元部分からバッサリと切り落とされている。そこから覗く真黒な脚部には、血管のようにも見える、朱色のような線が走っている。朱色というよりもむしろ燃え滾る炎のそれに近い色だ。

 生物的な外見でありながら、どこか機械を思わせる外見でもある。相反した感覚を抱かせるそれは、彼の生涯を共にしてきたともいえる義足だった。

「わかりました、一度戻りますね。はい……あ、そうですか。じゃあ続きは戻ってからでいいですかね?」

 デバイスの電源を落とす。ため息を一つ。そのあと彼は壁を蹴り抜いて外に出た。

 彼の名は朱挫 啓(あかざ けい)、裏世界の何でも屋、『ギルド』のメンバーである。いわゆる裏の人間、という括りになるだろう。

 啓の仕事はギルドに舞い込む依頼、その中でも破壊・壊滅系統の仕事を受け持っている。力任せの仕事は啓の得意分野だ。

 なにせ啓の手にかかれば―――というよりは足にかかれば、と言えるが―――ビル一つを一人で壊滅させることすらも容易なことだ。

 啓の義足から繰り出される蹴りは、鉄を貫き地面を割る。四肢はその物質によって強化され、蹴りによって生じる反動に耐えられる強度を持っている。この義足を持ちうるのは啓のみ、まさに人間兵器といえよう。

 細かい注意も躊躇もいらない、そんな力づくの仕事にもっとも向いている。

 その足は、他人のあらゆる苦労を、功績を、嘲笑うように蹂躙する。故に啓は、この義足のもう一つの力と合わせ、こう呼ぶことにした。

 灼熱鬼≪しゃくねつき≫と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Burning ruins 1

 朝、いまだ寒気の残る3月の午前8時。

 とある大都市の一角、年度の終わりに忙しなく動き回る群衆を横目に乗用車が次々と通り抜けていく大通り。バス停でバスを待つスーツ姿の男性が持つ新聞の一面には、中規模の犯罪組織が壊滅した、と記されている。

 そんな通りから路地へ抜け、人通りがいまだ絶えないオフィス街の中心に、なんの看板も出していないビルがある。そここそが『ギルド』の入り口。余程のことがなければ一般人の見識の外にいる存在ばかりが集う裏世界の何でも屋の入り口である。

 特に装飾のない入り口を抜けると、素朴なオフィスビルの外見からは想像もつかないほどのにぎやかさとなっている。まるで高級レストランのような内装で、キッチンの周りにはカウンター席があり、そこから少し離れて集団で座れるスペースも多く用意してある。入り口近くの受付の横には巨大なボードが設置されており、なにか紙がスペースを埋めるかのように張り付けられている。

「受付さん、マスターいますかね?」

 赤挫 啓はその受付で若い女性と話していた。

「はい、今朝食をとっておられるはずですよ」

「おろ、報告はもう少し待った方がいいですかねぇ」

「でしたら後でマスターに伝えておきますので、先に朝食をとっていては?その顔色から察するに、まだなのでしょう?」

「あぁ、そうしましょうかねぇ。言伝よろしくお願いします」

 受付から離れた啓はそのままカウンター席につく。するとキッチンの奥のスペースから初老の男性が暖簾をかき分けながら顔を出した。

「よう!啓、仕事終わりかい?」

「おはようございます西郷さん、マスターへの報告も兼ねて朝食を取りに来たんです」

 その男性の名前は西郷 百海(さいごう どうかい)、還暦を迎えたばかりのギルドにおける料理長である。

 彼の作る料理は主食モノが多く、カロリーが高いため男性陣に好評である。百海には妻の汐(しお)がおり、彼女は夫の作る料理とは違いヘルシー路線の料理が多い。そのためか女性に好評だ。

 夫婦そろって住み込みでギルドの台所を預かる重役である。ギルドのメンバーならばいつでも無料で食べられるためかギルド内における2人の評価は特に高い。

「朝飯かァ、お前さんが来るのも久しぶりだ。どうだい、朝からガツンといっとくかい?」

 百海はそのたくましい腕をまくって笑顔を見せる。

 啓はつられたように笑顔になり、

「そうですね。せっかくなのでお任せしますよ」

 と続けた。

 数十分後、啓の前には山盛りの白飯、脂の乗った鮭のハラミ、香ばしいきつね色のから揚げ、豆腐とワカメのシンプルな味噌汁など、多くのメニューが並んでいた。

「お前さんは『朝は和食派だ』なんて言ってたよなァ?どうだい、これだけ並べば満足するんじゃないかい?」

 百海は豪快に笑う。啓はあぁ、以前言った気もしますねぇ、とつぶやきながら箸に手を伸ばす。

「では、いただきます」

 それを聞いた百海はまた笑顔で「おう!」と威勢のいい返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、そのまま一時間も話し込んでしまいまして」

 啓ともう一人、黒のスーツに身を包み、手にカバンを持った男性が廊下で話している。

 朝食をとりながら百海と談笑していた啓がマスターからの呼び出しに気づいたのは実に通知から40分が経った後のことである。

「やれやれ、俺を待たせるとはいい度胸してやがるよなぁお前は」

「おや、お怒りですか?」

「いや、いつものことだし気にしてはないがね」

 啓に文句を言っている男性、名前は集塊 柊之(しゅうかい ひでの)という。啓や百海の雇い主、つまりギルドのトップに立つ者、ギルドマスターと呼ばれている。

 年は30近く、かつては様々な戦場を飛び回った傭兵だったことぐらいしか経歴が明らかになっておらず、ギルドの創設者にして最も実力をもった者である。

「で、報告は書面で送った通りなので問題はないはずですが、それでも呼び出すとは何かありましたか」

 啓は態度を切り替え、自身を呼び出した理由を柊之に尋ねる。

 そう、啓が朝からギルドにいたのにはそういう理由があった。仕事、いや依頼の報告を前日のうちに書面で送り、その帰りにちらっと寄ったときに柊之から、『翌日もう一度来るように』と言われていたのだ。

 柊之は、首を横に振り啓の質問に対して否定を示す。

「そうじゃない、少々難儀な依頼が来たものでなぁ、相談をしようと思ってるんだ」

 柊之はそう言って、手に持つカバンから一枚の紙を取り出し、啓に渡す。

 しばらくその紙を眺めていた啓だったが、やがて顔を上げる。その表情は怪訝なものに変わっていた。

「これは……このグループが何か……?」

 紙に書かれていたのはとある宗教グループの情報だった。

「どうもきな臭い、と思い探りを入れた。どこにでもいるものだよなぁ、そういうことをする人間ってのは」

 柊之の言葉に頷き、再度紙に視線を戻す。

 書かれているのは、その宗教の概要、グループの本拠地、そして―――

「……人身売買……ですか。随分とまぁ典型的な悪人ですねぇ」

―――人身売買の証拠資料とバイヤーのリストだった。

「せこいことしてるようでな、そいつらの頭の中に金のことはちっとも入っちゃいねぇ。すべて神への供物なんだと」

「根っからの狂信っぷりですねぇ、本当に吐き気がするほど。しかしそれでは買い手は何を支払っているんでしょうか」

「それはおそらく、クスリの類だろうと俺は踏んでいる。幻覚と神に縋った狂信のダブルパンチだな」

「シャレになってないでしょそれは。ですがこの買い手のリスト……」

「……随分と多いだろう。それだけの動きがあればどこかで掴めるはずなんだが」

実際、ギルドの力は今や裏世界では誰も無視できないほどの影響力を持っている。人身売買は裏世界でもタブーとして扱われており、ひとたびそれが行われればどこからかギルドに情報が舞い込むようになっている。

10や20ものバイヤーがつく売り手ならば、見過ごすはずはない。その宗教グループによる被害者は28人にまでのぼっていた。それだけの数をギルドに全く気取られずに達成する、となれば。

「……おそらくリストの名前は架空のものでしょうねぇ」

「そう思うか?」

「私たちの影響を受けずに30人弱を取引。そんなことが複数団体で行われていれば、この宗教団体もある程度名前が知れ渡ってしかるべきでしょう」

ましてや、と啓は言葉を続ける。

「裏世界……私たちのいる世界は、虚飾に塗れた表とは違う。この数の団体がかかわっていながら、情報を隠し通すことは、事実上不可能と見るべきです」

啓は情報の書かれた紙を柊之に返した。さりげなく後でコピー送ってくださいね、と一言付け加えておく。

それを柊之はカバンに紙をしまいながら、分かった、とだけ返事をして、廊下を歩きだした。

「とりあえず、だ。なんにせよこんな事態を見逃していられる俺たちじゃないだろう。明日にはこいつらの殲滅を受付のボードに出しておく」

「わかりました。では私もそろそろ帰りますね」

そうして二人は別れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Burning ruins 2

 翌日の朝、ボード前には5~6人ほどの人だかりが出来ていた。それは柊之の言っていた『宗教団体の殲滅』が正式に仕事として申請、受理されたことを示していた。

「うん、珍しく仕事が早いですねマスターは」

 その様子をカウンターから遠目に見ていた啓は、手元に一枚の紙を持っている。昨日と同じく、啓の朝食を作っていた百海がキッチンから覗き込んだ。

「そいつは今日貼られた仕事じゃないのかい?お前さんが持ってるってことはもう受けちまったのかァ」

「えぇまぁ。ただかなり手こずるであろう事案ですし、複数人で当たれとの指示も出てますので、ここであれを受ける人を待とうかと」

 啓が持っていた紙。先の宗教団体を殲滅するという仕事依頼書のコピーであるそれには、遂行担当者:赤挫 啓、と既に書かれていた。マスターによる直の指名である。また、『この件に関して作戦、および計画は彼に一任する』との文言も書かれており、これはすなわち啓がこの事案における代表者であり、責任者でもある事を示していた。百海がそれを見てからかうように笑う。

「はっはー!お前さんが代表か!『鬼火』の名前を持つお前さんが代表となりゃ、こりゃすぐに枠が埋まっちまうなァ」

「からかわんでください、その二つ名で呼ばれたことも他の人から言われたこともないです。無論自称したことも一度もありはしません。だいたい言い出したの百海さんでしょう」

「なんだつまらん。我ながらよくできた二つ名だと思っとるがなァ」

 そういって朗らかに笑う百海。うんざりしたように啓が文句を言う。

「やめてくださいよ……今は新人教育もたまにやるんです、そんな二つ名が万が一広まったらどうするんです」

 勘弁してくれ、という視線を受け、しかし百海はからかうのをやめようとしない。

「そん時はそん時だ。お前さんの功績にもハクがつくってもんだろ?マスターはともかくとして、古参の連中にも少しは認められるってもんよ」

「嫌です、勘弁してください。だいたいそんな二つ名じゃ上の人にかえってバカにされます。それに二つ名なんぞつかなくても実力の証明はいくらでも……っと、マスターから連絡ですね、朝食は後でいただきます」

 デバイスの着信音が鳴り、画面を見るとそこには集塊 柊之、の文字が。席を立ち、百海と別れて受付横のエレベーター前に立つ。なお去り際に「広めたら蹴り倒しますよ」と百海に言ってきている。まぁあの百海という男は、冗談と本気の境をよく理解している。だから大丈夫だろう、とも思っていた。

 エレベーターの扉が開き、顔を引き締める。ここから先は、少し緊張していく方がちょうどいい。啓にとってこの先はそれだけの意識を持てる場所だった。

 

 

 

「おや、私が最後ですかね?だとしたら待たせたようで申し訳ないです。しかし意外に集まりましたねマスター。5人編成とはちょっとした襲撃任務のようです」

 啓が柊之の部屋についたころ、部屋にはほかに4人の男女がそれぞれの場所に立っていた。それぞれ啓が入ってきたときの反応が異なり、一番扉に近い位置にいた男は啓のほうを見ながら深々と腰を折り、壁際に控えていた女は啓を見るなり笑顔で駆け寄っていく。残りの二人、柊之の傍で話し合っていた男たちもまた、「どうも」という短い言葉とともに頭を下げた。柊之はそんな室内の人間を面白そうに眺めている。

「一番最後だが気にすることはない。別に何時までに来い、なんて言ってないからな。今回は全員面識があるみたいだし、スムーズに事が運ぶだろう。5人でもうまくまとまるさ」

「そうですね。まぁ知り合いならば変に気を使うこともないでしょう。このメンバーだと出立は明日以降になると思いますが、それでもよろしいですか?」

「赤挫殿、その、出立の日時について少々ご相談が」

 啓の言葉に反応した男がいた。柊之の傍で話し合っていたうちの一人、名を高座 示(たかざ しめす)といい、高身長に白髪の混じった黒髪、本人がモノクルと呼ぶ片目のレンズ型デバイス、纏った燕尾服が特徴的な50過ぎの男性である。その丁寧な物腰からよく『爺』と若いメンバーに呼ばれている。

「えぇ、できる限りは対処しますが、何か?」

「申し訳ありません。現在、得物を点検に出しておりまして。無論参加はできるのですが、その、できれば少々お待ちいただきたく……」

「わかりました。しかしあなたが重火器カバンを手放すとは、長く使いすぎてついにガタが来ましたか?」

 そう、彼が仕事に用いるのはスーツケースから展開することによって巨大なガトリングガンとなる武装、通称『重火器カバン』である。そのスーツケースにはさる大富豪の家紋が刻まれており、彼はそれを使って、ギルドに参加する前から多くの悪党を屠ってきた。

 示は啓の言葉を否定する。

「違うのです。確かに古いですが手入れは欠かしておりません。その、本業の方で無理をさせてしまいまして、これを機に古いパーツを新調しているのです。今最終調整に入っているので、明日には完成すると言われました」

「了解です。そういえば執事時代当初から使ってきた相棒と言ってましたね。古いパーツではそろそろ厳しくなってきているんでしょうか?あいにく使わないので銃火器には疎いんです」

 示の本業。それは世界有数の大富豪の令嬢に仕える執事である。卓越した重火器の扱いと仕事の迅速さからその家の敵を葬る、いわゆる裏の仕事を一任されてきたという。だが、その家が大きくなるにつれて敵も増え、一人では立ち行かなくなってきたため、ギルドに助力を求めながらも、自身もギルドに協力する、という形でこれまでと同じようにその家を裏から支えている。

 そこに先ほど示と話していたもう一人の男が割り込んできた。

「そういや爺は執事が本業だったか!こんな世の中だ、昔とは頻度が変わってきてんだろ?」

 咥えていた煙草を灰皿に擦り込み、会話に割って入ってきた男。名前はグレッグ・サンデリアスといい、海外で傭兵稼業に勤しんでいたスナイパーである。上はフード付きのパーカー、下にジーンズ、という服装を好んでいるようだ。柊之を暗殺する、という依頼を受け襲撃した際、逆に捕縛された挙句暗殺対象の柊之に雇われたという経歴を持つ。軽口で優しいスナイパーのお兄さん、とは本人の談。

「グレッグ殿、爺というのはやめてもらえませんか?確かにこの中では最も高齢ですが、流石に傷つくものですよ?」

「ハッハー!そんなの今更だろうに!しっかしあれだなー、俺の相棒もそろそろメンテに出してやろうかな?あいつも俺も随分歳食ったもんだ。俺まだ30代だけど」

「そうですな、あなたの得物も随分と使い込まれておるようで。良ければ私の方で技師を手配いたしましょうか?今私の得物を預けていますので、腕は確かですぞ?」

「よせやい、爺とは違うんだ。自分の愛する女をやすやすと他人に渡すなんざいい男としちゃ失格だろうに」

 そのまま銃火器のメンテナンスについて話し始めた二人をよそに、啓は駆け寄ってきた女と扉近くにいた男に話しかける。

「影志岐さん、東上寺さんはなにか相談事はありますか?」

「はい!はいはい!赤座先輩はいつになったら私のレッスンに付き合ってくれるんですか!?ナイフ術のレッスンの約束、忘れたとは言わせません!」

 啓の言葉に真っ先に反応したのは女の方だった。彼女の名前は影志岐 環季(えにしな たまき)という。年齢は18歳、本来ならば高校3年生かそこらといった年齢なのだが、様々な事情により彼女は15歳の頃からギルドのメンバーとして活動している。啓よりも後に加入し、啓の指導を受けてきたためか、啓のことを『先輩』と呼び尊敬している。男受けするプロポーション、とはグレッグが彼女に言ったことで、その言葉が表すように、美しいモデル体型をしている。主な武装はナイフと爆薬である。主に戦闘面での学習意欲が高く、また若いためか次々と技術を吸収していくので、ギルドないでもかなり期待されている新人である。余談だが、かなり良く声が通る。

「この仕事が終わったら考えてあげます。他にないのなら少し控えていただきませんかねぇ」

「それまえの仕事で一緒になった時も言ってました!私覚えてますよ!?あと今言質取りましたよ!取りましたからねっ!」

 興奮する環季を適当にあしらいつつ、啓はもう一人の東上寺、と呼んだ男の方に顔を向ける。

「東上寺さんはどうです?」

 話しかけられた東上寺は目を合わせないまま啓の言葉に答える。

「え、あぁはい、そうッスね、自分は特には問題ないです」

 東上寺 奏(とうじょうじ かなで)、啓と目を合わせないまま話す13歳の少年は、盲目だった。それ故に社会と適合できなくなり、途方に暮れていた幼少時代に任務中の示に拾われ、紆余曲折を経てギルドのメンバーとなっている。彼の武器はその感覚とボウガンである。盲目の代償か、聴覚が優れており、反射する音の違いを読み取ることによって三次元的な空間把握能力が極めて高い。それ故に、遠くから近づく存在を察知する、心音で相手の精神状態を判断するなど多くの面で機械よりも優秀なセンサーぶりを披露している。ボウガンは示による指導で会得したもの。改造ボウガンによって相手の気づかぬ範囲で狙撃を行ったりもする。

「そうですか。何か作戦の案でも構いませんが」

「うーん、おじいの武装が戻ってくる前に偵察だけしてくるというのはどうッスか?」

「そうですねぇ、そうするなら高座さんの意見も聞いておきましょうかね。偵察するなら、2~3人いれば十分でしょうしメンバーの選別も同時にしましょう」

 その言葉に奏は頷き、示のもとに歩いていく。示も会話が聞こえていたのか、グレッグとの話を打ち切り、こちらもまた奏に歩み寄った。

「おじい、明日偵察に出ないッスか?武装が戻ってきてなくても偵察だけなら問題ないでしょ?」

「ふむ……まぁ悪くはないか。偵察ということは奏が出るのかい?」

「そうッス。あ、出るんならメンバーの選別をするって赤挫さんが」

「了解した。まぁお前と赤挫殿、儂は武具を取りに行くし、ここはグレッグ殿が適任であろう」

 その言葉に影志岐がつっかかる。

「聞き捨てなりませんよ!?なぜ私は候補にすら入らないんですか!」

「それは私から言いましょうか?」

 次は啓が口を挟む。

「影志岐さんは偵察苦手でしょう?あぁ答えなくて結構ですよ、分かってます。そんな感じがします」

「ひどいです!まぁ確かに偵察とやらは勉強してないので言い返しませんがね!」

「ですよね。ということでグレッグさんと東上寺さん、それに私の3人で行きましょうか」

「りょーかい、まぁいい選択なんじゃね?」

「了解ッス。まぁ妥当な線だと思うッスよ」

 そこまで話し合ったところでここまで寡黙だった柊之が話に加わった。

「話はまとまったな?OKだ。なら今日は解散だな。俺もこれから出かけなきゃならないんでな、この部屋は閉めるぞ」

 それぞれその言葉に返事をして部屋から出ていく。最後に残ったのは啓だった。

「マスター、今回も無事に終わってくれるでしょうか?」

「……それはお前次第だ、とだけ。失いたくないなら自分が真っ先にやるのが一番手っ取り早いだろう?」

 その言葉にため息を一つ。そのあと、柊之に一礼してから啓も部屋を出ていく。

 それぞれが帰路につき、一人いまだに部屋から出ない柊之は、啓に言われた言葉を、啓に言った言葉を頭の中で何度も反芻していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Burning ruins 3

三人称って難しいなぁ
てかこれは三人称なのかなぁ


 翌日、再び集まった5人は一つの食堂の机を囲んでいた。中心には多くの記号が記された地図のようなものが数枚。付箋のついた日本地図、それぞれの地点の拡大図には侵入、逃走などの文字とともにいくつもの色を使い分けて矢印が所狭しと並んでいる。一時間前に撮られたという航空写真もあるが、そちらには何も書かれていないようだ。

「どうも拠点らしきものがいくつかに分散しているらしいです。まぁ攪乱とかが目的でしょうし、一つずつ潰していきます。西日本に固まってますし、そこまでの期間も必要ないでしょう」

 啓は日本地図の付箋部分を指さす。

「中国に2つ、四国に1つ、九州に1つ。どうも瀬戸内に偏っているようですな」

 示がその指先、地図に記された地点を見ながらぽつりと漏らす。傍らには彼の愛用のカバンがあった。黒く塗装されたそれは部屋の光を反射し、鈍く光っている。

 一方、グレッグはそれぞれの拡大図と航空写真を手に取り、それらを見比べて眉間にしわを寄せていた。

「どの地点もどこからどう見ても廃墟じゃねぇか……そんなところを本拠地だのなんだの言ってるんじゃァ悪役としちゃ三流だろうに」

「確かにどこも廃墟のようですがね。おそらくは地下施設か、もしくは本当に本拠地……アジトとでも言いましょうか。その、アジトにしているのか」

 グレッグの意見に同意らしい啓。彼はどちらにせよ、と言葉を続ける。

「彼らが何を考えてようが仕事は変わりません。組織ごとつぶさなきゃいけないんですから」

 この言葉にほかのメンバーもそれもそうだ、と納得し、細かい作戦を立て始めた。

「……あの」

 その中で唯一、何も話していなかった奏が口を開いた。

「はい、何ですか東上寺さん?何か思い当たることでも?」

 啓が続きを促す。奏は頷き話を続けた。

「その、廃墟、というのはわかりました。今回は偵察なんですよね?もしただの廃墟だったら潜り込むんですか?」

「と、いうと?」

「ですから、その……」

 言いにくい、というよりも言葉が見つからない様子の奏。少し間が空いて横から環季が口を挟む。

「あー、分かりました!つまりですね!ただの廃墟だけ……先輩が言ってたような地下施設とかもない場合、私らが入っていって、隠れるとかより前に狭すぎてすぐ見つかるんじゃないか!とおもうんですよ私!」

 そう。廃墟といっても、ファンタジーの中に出てくる西洋の城のようなものではない。航空写真を見る限り、それらは平屋、それも一階しかない小屋のようなものだ。さらに台風や大雨などで崩れた部分も多く、本来ならば人が3人入ればいいような、そんな狭さが見て取れる。もしその中に相手が2人いたとしたら、いくら気配を消そうと何をしているのか、様子を探る前にたちまち発見されてしまうだろうことは容易に想像できる。

「そうですね……見た感じ周囲も畑ばかりでほとんど更地、相手の警戒度合いによっては偵察、というか探りを入れる前にこちらを発見、なんて事態になりかねませんね」

 ふむ、と考え込む啓。もし言ったとおりに発見されれば、他のアジトに連絡を回すだろう。わざわざ拠点をばらけさせているのだ、そのあたりの連絡網もしっかりしているはずだと啓は踏んでいた。万が一そうなれば、そのあと行動に移す際に面倒なことになることは予想できるだろう。

「あ~あ、いっそのこと廃墟ごと焼き払えねぇかなァ」

 拡大図や写真を机に放り、盛大にため息をつくグレッグ。啓も同調したかのようにため息をもらす。

「殲滅だからそれでもいいんですがね。彼らの資料から人身売買のバイヤーを一網打尽にできるかもしれない、それを考えてしまうと……」

「一息に焼き払うこともできねぇってか?そうなんだけど、そうなんだけどなぁ……」

 環季もうんうんうなりながら、何とか解決策を考えようとしている。だがもともと考えるのに向いていない性格をしているため、すぐに机に伏せてしまった。

 それを横目に見ながら、示が提案する。

「囮というのはどうですかの?その拠点に潜む輩の気をひきつけ、その間に誰か他の者が中を探るのは」

 なるほどそれもありかもしれない、と啓はつぶやく。しかしその案にも問題があることに気づいたのか、またため息をこぼす。代わりにグレッグがそれを指摘した。

「相手さんだって人身売買なんて危ない商売してるんだ、陽動なんぞに引っかかるほどアホじゃねぇだろうよ。もし引っかかったとして、そいつらが定期連絡とかやってたら、こっちのことを他に勘付かれるだろうなァ」

 問題は2つ、1つはそもそも陽動に引っかかるかどうか。人身売買はギルドや他の裏に在住するような者にとっても大きなタブーである。あえてそのタブーに手を出すような組織が陽動なんて初歩的なものにかかることはほとんどないだろう。

 もう1つは、万が一引っかかったとして、そのとき彼らの横のつながりによって、他の拠点に存在が露呈する危険性があることだ。もし定期連絡などをその組織が行っていたとしたら、引っかかった相手をどうしようとこちらの存在を知らせることになるだろう。

「手詰まりィ……だめだなこりゃ。偵察をあきらめるか資料をあきらめるかの2択っぽいぜリーダー」

グレッグが手を投げ出して椅子に座る。薄々気づいていた啓は、仕方ない、と結論を出した。

「偵察はあきらめましょう。それぞれの拠点を強襲、その時に情報を手に入れる流れで」

「意外ッスね、てっきり偵察の方をとると思ってました」

「偵察にかける時間とリスクと、拠点強襲の危険性。それらを天秤にかけた結果です。強襲に際しての作戦はまた後で決めましょう。とりあえず休憩です」

奏はへぇ、と気の抜けた返事をして席を立った。続けざまに示、グレッグが席を立つ。

「影志岐さん、起きてくださいよ。いつまでも席を占拠するわけにもいかないでしょ」

軽く体を揺らす。環季は眠っていたわけではないらしく、すぐに起き上がってどこかに行ってしまった。

啓はやれやれ、と息を吐き、机の上を片付ける。

「どうにも前途多難だ。ここまで悩むことも最近では珍しい気もする……」

啓はいわゆるソロ、という立ち位置だった。彼の義足が集団で動くには派手に壊しすぎる、という理由がある、とされている。

「さて、次の会議まで休みましょう」

すっかり片付けも終わり、資料をファイルにはさんで啓は歩き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Burning ruins4



書きためなんてないです。
自分の厨二部分に委ねるのです。



 翌日。啓を含む4人は、瀬戸内のそれぞれの拠点を襲撃するため、まずは九州に向けジェット機で飛び立った。示は自分の得物の調整が済み次第合流する予定になっている。機内では特に会話もなく、それぞれ、前日最後の会議でつくられた資料に目を落としている。盲目の奏はただ前を向いているのだが。

「しかしなァ……どうにもパッとしない仕事じゃねえの」

 グレッグがぽつりと漏らす。その言葉に少し遅れて反応したのは啓だった。

「パッとしない……ですか。報酬は十分と思いますよ?」

「違うんだよなァ……報酬は文句はないぜ?うん。ないんだけどもよ、宗教団体とか名乗っちゃう連中が人身売買なんぞに手を出すのかねェ?」

「なんでも、神への供物だとか。……理解に苦しみますがね、納得はできますよ」

 グレッグはまだ首をかしげている。しかし、啓の頭の中でも同じような疑問が渦巻いていた。

「まぁ、確かに気になりますが。いえ、あなたとはまた違った疑問ですよ?マスターの話では、報酬はクスリの類らしいですけど、その手の売人がタブーに手を染めていたという話は入っていない。単に私たちの耳に入っていないだけ、ターゲットの団体も最近設立されて今の今までその実態が隠れていただけ、この団体をつぶしてすべて解決する、すべて偶然でした!なんてなるのなら、この心労もなくなるんですがねぇ……」

 奏がその話に割って入る。

「狂信的な宗教団体というものは、行動が読めないのが何とも言えないっスね。今回は全滅させたうえで、買い手の情報も欲しい、ってことっスけど」

「ええ。まぁウチの情報網に長い間引っかからなかったことといい、そもそもギルドなんてものがあるのにタブーに手を出していることといい、相当のやり手なのでしょうねぇ、今回。バイヤー一網打尽!なんてことは出来なさそうです。しばらくはこの件に付きっきりになりそうですよ……」

 そこまで話すと、機内にポーン、と電子音が鳴った。目的地に到着する、という合図だ。

「続きは降りてからですね。高座さんの到着を待って、仕事を始めましょう」

 やがて私有地の滑走路に降り立ったジェット機から、それぞれが背を伸ばしながら出てくる。示との合流地点に向かいながら、環季と啓が話していた。

「爺さん、今日が偵察ならよかったって言ってそうです!」

「そうですねぇ。当初は高座さんの武器(カバン)が調整されている間に偵察、戻ってきてから襲撃の予定だったんですがね。遮蔽物のない平地で狭すぎる廃墟にこもっている。いくら何でも偵察なんてできない状態でしたし、事前に資料を読み込んでから返事すべきでした。これ、わたしのミスですね」

 その後は特に会話もなく、合流地点に着く。すでに示が待機しており、4人を見るとそちらに向かって歩き出した。その手には日光を鈍く反射する大きなカバンが握られていた。

「あぁ高座さん。少し待たせましたか?申し訳ありません」

「いえ、問題ありません。得物もこの通り、新品同様ですぞ」

 啓と示は互いに微笑みながら話し合う。細かい作戦などの打ち合わせをしながら拠点近くまで移動を開始した。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 

 

 

 ギルドがあるビル、最上階。

「……さて、次は何が出るのやら……」

 柊之が窓の外を見下ろしている。

「お偉いさん方は、準備に追われていらっしゃるようで」

 手には、小型のタブレット型の端末が様々なデータを映している。

「……正気とは思えんな、相も変わらず妙なことばかりしている奴らだよまったく」

 やがて、端末の電源を落とし、机の上に置く。

「今更、――――なんてな、時代遅れだろうに」

 照明を落とし、部屋を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。