ひぐ☆ドルマスター (鰹掛けごはん)
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第1話「梨花ちゃん、961プロのアイドルになる」

「ここは……どこ?」

知らない天井――というよりも知らない場所だった。

外は騒がしい。

こんなに騒がしいのは綿流しの時くらいのものだ。

 

「いやあ梨花ちゃん。ついに初ライブだね! 君に、この961プロのアイドルにふさわしい舞台を用意した! 頑張ってくれたまえ」

 

「…………」

 

知らない天井の次は知らない男が現れた。

961プロってなに? 私がアイドルってどういうこと? それにこの男、誰よ?

 

「おやおやどうしたんだい無言で。もしかして緊張しているのかなぁ? 駄目だなぁ! そんなことでは到底、我が961プロのアイドルとしては――」

 

なにこの人。テンションが変だし、なんかイラッとするわ。

何とも言えないこのイライラ感はいったい何?

 

「……誰、なのですか?」

 

「んん? 今、この私のことを、誰などと言わなかったかね?」

 

「……言いましたですが」

 

何なの反応といい喋り方といい何かイラッと来るわ。

 

「はーはっはっ! 面白い冗談だ。だが私は君をそっち方面の、糞雑魚弱小アイドル事務所の……あのッ!765プロのような売り出し方はッ!しないッッ!そのことを肝に銘じておくように! では君の初ライブ、楽しみにしているよ」

 

「あ、ちょっと……」

 

なんだかよく分からないけど怒らせてしまったらしい。

765プロというのがどういう事務所か知らないけど、あの男は961プロとかいうところの人間らしいあいつは765プロというのを嫌ってるらしい。

嫌ってるって言うか憎んでるって感じがしたけれど。

 

 

「梨花ぁ~準備は出来たのですか?」

 

「は、羽入! いったいこれはどういうこと!? 961プロとかこの場所とか私がアイドルって――」

 

「残念ながら今は説明してる暇はないのです! とにかく今は単独ファーストライブを成功させることだけを考えるのです!」

 

「はあ!? ファーストライブって何の話――ってなにこの格好!?」

 

さっきの男が出ていったかと思えばやたら可愛いアイドルみたいな衣装を着た羽入が入ってきて訳の分からないことを口走る。

私の言葉に答えることなく羽入はライブがどうのと言いながら腕を引っ張ってくる。

そこでふと自分の姿を映した鏡を見て私は驚く。

 

「今頃気付いたのですか? 今の梨花、とっても可愛いのですよ!」

 

「ばか、今はそんなこと聞いてな――」

 

「さっ、今の可愛い梨花のままでステージに上がるのです!」

 

「ちょ、羽入! 私の話を聞きなさいよ!」

 

結局、羽入に引っ張られるままライブがあるステージに舞台袖にまで連れて来られてしまった。

 

「おっ。やっと来ましたね? 出番、もうすぐですよ!」

 

「良かった~梨花ちゃん、間に合ったんだね。レナ、梨花ちゃんが来ないんじゃないかって心配してたんだよ?」

 

「詩音にレナ……どうして、」

 

そこには何故か詩音とレナがいた。

二人はいつもの私服だ。

私と羽入のようなアイドル衣装ではなかった。

 

 

「そんなことより開演ですわ! 梨花はさっさと舞台に上がってくださいましっ」

 

「わっ! さ、沙都子……?」

 

沙都子の声と同時に背中を思いっきり背中を押された。

そして舞台の幕が上がった。



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第2話「失敗。アイドルになったのは」

まず結果だけ言うと大失敗だった。

ダンスもよく分からないし歌だって知らない曲を見事歌って見せろという方が無理だ。

一応は歌った。

何故ならテロップが出ていたから。

 

「梨花、残念だったのです……」

 

「まあこういうことだってありますよ。そう、気を落とさないでください」

 

「そ、そうだよ? 梨花ちゃんは今日が初めてだったから仕方ないよ。緊張、してたんだよね?」

 

舞台袖に戻ると口々に励まされた。

それが逆に辛い。

レナの言うように緊張なんてしてたわけじゃない。

特別、練習してきたわけでもこの日を待っていたわけでもないのだから当然ね。

まあアイドルに憧れてた時期が私にもあったけれど、それもかなり昔の話だ。

 

「梨花……」

 

「沙都子、みんな……ボクは少し休むのです」

 

沙都子の心配そうな顔。

この顔はいつ見ても慣れない。

いつも胸にトゲが刺さったかのように心が痛む。

私は逃げるようにさっきいた場所に逃げるように戻る。

 

「やっぱり駄目ね……」

 

いきなりアイドルなんてこの私には土台無理だったのだ。

ラジオがあったからラジオをつけて耳を傾ける。

それはアイドルソング。

その特集を組んでるらしいラジオ番組。

多くは知らない曲だが、ちらほらと私も知ってる曲が流れる。

知らない曲もどこか胸に来るものがあった。

 

「水瀬伊織さんで『私はアイドル』でした!」

 

「私はアイドル……歌詞はあれだけど何故かとても耳に残る曲ね。水瀬、伊織。聞いたこともない」

 

「り、梨花? 大丈夫なのですか?」

 

羽入が来たのでラジオの電源を切る。

羽入はどこか怯えた様子だ。

 

 

「えぇ、大丈夫よ。それよりこれはどういうこと? どうして私がアイドルなんてやらされてるの?」

 

「……お話しますです」

 

私が羽入に質問をぶつけると、真面目な顔で話すと言った。

やっと羽入の口から語られることで今私が……正確には私達がどのような状況なのかが分かる。

 

「……雛見沢分校からの帰り道、僕もそうなのですが梨花もみんなもアイドルになりたいと、なってみたいと話していたことは覚えていますか?」

 

「え……た、確かに話した覚えはあるけど……それが何か関係があるの?」

 

「ありますのです。むしろそれが発端なのです」

 

「発端……? どうしてそんなことが発端になるのよ……」

 

まるで訳が分からない。

どうして発端になるのか。

そんな私の謎に応えるように羽入は話を続けた。

 

「願い成就の勾玉のせいなのです。この願い成就の勾玉は未使用時は青色、使用後はこのように無色透明に……つまりその時話していた内容に反応して願いを叶えてしまったようなのです」

 

「願い成就の勾玉!? なんでそんなものあんたが持ってるのよ!」

 

「あ、あぅ……ちょ、ちょっと出来心で持ち出してしまったのです……」

 

「あ、あんたねぇ……」

 

願い成就の勾玉を見せながら説明する羽入。

しかし呆れる。

どういう理由で持ち出したか知らないけどどう考えても目的とは別のことに使ってるみたいだし羽入がアイドルやりたさに使ったわけでもなさそうだ。

ばりばりアイドル衣装は着てはいるけど……しかも似合ってるし。

 

 

「と、とにかくそういうことで今はアイドルを続けるしかないのです」

 

「何言ってるの? そんなの辞めてさっさと雛見沢に帰ればいいじゃない」

 

「それは……出来ないのです」

 

「どうして? まさかアイドルをやりたいとか言うんじゃないでしょうね?」

 

羽入の言葉に疑問を抱いて凝視する。

羽入は慌てたように首を振って否定した。

 

「ち、違うのです! 時代が違うのです……だからたとえ雛見沢に帰ることが出来たとしても、もう……」

 

「え? ど、どういうことよ……」

 

「今、僕達がいるこの世界は201X年なのです。だから勾玉に願った最大の願いを成就させるまでは元の時代には帰れないのですよ……」

 

「何よそれ……201X年って。それに勾玉に願った最大の願いって勾玉はアイドルになるって願いを叶えてくれたんじゃないの?」

 

もう本当に意味が分からない。

今は201X年で最大の願いを叶えないと元の時代には帰れない? って言うか201X年って何よ?そんなの……

そこで私はさっき聴いたラジオを思い出す。

知らないアイドルソングの数々と知らないアイドルの名前……

目の前の羽入が嘘をついているようにも見えない。

と言うことは本当に私は未来にアイドルになるために来てしまったのか……

 

「確かにアイドルになるにはなれましたです。でも勾玉の許容範囲を超えた願いがあって解除するには勾玉の力を超えた最大の願い……この世界で“トップアイドルになる”という願いを僕達、部活メンバー、もしくは詩音の誰か一人がトップアイドルにならないと新しい願い……つまり、昭和58年の雛見沢に戻るという願いを叶えてもらうことが出来ないのです」

 

「……要するに願った願いを全て成就させて勾玉をリセットしないといけないってこと?」

 

「簡単に言えばそういうことなのです」

 

願い成就の勾玉は何度だって使うことが出来る。

ただ一度に叶えられる願いは一つ。

願いを完全に叶えることが出来たなら無色透明から青色に戻る。

でもその願いに勾玉の力を超えたものが含まれていた場合は自力で叶えないと成就したことにはならない。

だから次の願いを叶える状態に戻すにはトップアイドルとやらにならなければいけない。

もしトップアイドルになりさえすれば勾玉の色が無色透明から青色に戻って羽入の言うように新しく勾玉に昭和58年の雛見沢に戻りたいという願いを言って元の世界に帰ることが出来る。

 

 

「解ったわ。良いわ……アイドルやってやろうじゃない!」

 

「り、梨花ぁ! や、やっと梨花もアイドルをやる気になったのです! あぅあぅあうーっ!!」

 

「べ、別にやる気になったわけじゃないけど……戻るためにはやらなきゃいけないだけよ。仕方なく、仕方なくやるんだから」

 

羽入が目を輝かせて言う。

羽入は心底やりたいのかもしれないけど、私は元の時代に戻るためにやるんだから。

決してアイドルやりたさにやるわけじゃない。

正直、何をやったらトップアイドルになれるのかなんて全然分からないし……

 

「そうと決まれば今日は梨花は休んで明日からレッスン開始なのです!」

 

「よく分からないけど、明日から頑張れば良いのね」

 

「そうなのです! ではとりあえず僕達の961プロの社長の黒井のところに行くのです」

 

「黒井……?」

 

着替えを済ませてから羽入と一緒に出ていく。

私は羽入についていく。

 

「黒井! お疲れさまなのですよ!」

 

「おや、羽入ちゃんじゃないか。そういえば君も来ていたんだね、気付かなかったよ」

 

「お前、黒井という名前だったのですか……」

 

「……まだそのつまらん冗談を続けていたのかね? 私はつまらん冗談は嫌いでね。まさか、765プロに移りたいなどと言わないだろうね?」

 

「そ、そんなことは言わないのです……」

 

さっき話してきた男……黒井に人懐っこく話す羽入。

そんな羽入とは対照的に私は恐る恐ると黒井に話し掛ける。

怖い……どこかさっきよりも機嫌が悪い気がする。

 

「ふん……まあいい。それよりも今回は失敗に終わったようだ。今回みたいなことでは困る。君には金も時間もかけているんだ。このままなら無様に辞めてもらうことになるぞ。そうならないために頑張ってくれたまえよ?」

 

「は、はいなのです……」

 

「り、梨花? 大丈夫なのです! 黒井は厳しいことも言いますがちゃんと梨花のことも考えて……」

 

「だったら良いけど……私はそうは思えない」

 

立ち去る黒井の姿が見えなくなるまで私は羽入の言葉を受け流し気味に聞いていた。

 

 

「梨花ちゃん、お疲れさま」

 

「ありがとうなのです、魅ぃ」

 

「梨花、今日はもう家に戻りますの?」

 

「家……?」

 

「黒井が与えてくれたマンションなのです。そこで僕達は生活してるのですよ」

 

外で魅音や沙都子たちと合流して歩きながら話す。

どうやら黒井が住む場所を確保してくれてるらしい。

 

「ここが、そうなのですか?」

 

「そうだよ。どうやら黒井社長は随分と勝ち組みたいだね」

 

「レナも初めて見た時はびっくりしたんだよ~? 中はオートロックでセキュリティもバッチリなんだよ、だよ?」

 

「そうなのですか」

 

高い高すぎた。

見上げて首が疲れるくらい高い高層マンション。

こんなところに住むなんて……

 

「でも梨花ちゃんも説明されてレナたちの部屋にも行き来してたのに覚えてないんだね……」

 

「梨花は、記憶が混乱しているから仕方ないのです。あぅあぅ……!」

 

「いきなりのことでしたものね。梨花が混乱しても仕方ないですわ」

 

みんなにフォローする羽入。

一応未来に来た自覚はあるのか仕方ないと言う。

まあそれで納得してくれるならいい。

私も何故、その時の記憶がないのか分からない。

願い成就の勾玉のせいか他に理由があるのか……

 

「それじゃ、みんな入ろっか」

 

魅音を先頭にしてマンションの中に入る。

 

「これをこうしてっと」

 

「相変わらず早いですわね。魅音さんは」

 

「まあね! こういうのは、ぱぱっとやらないとね!

魅音は何やら素早く番号を入力したらドアが開く。

さっさと中に入りエレベーターのある場所まで進みボタン押して待つ。

 

「そういえば梨花ちゃんは暗証番号って覚えてないんだっけ」

 

「は、はいなのです……」

 

「それなら大丈夫じゃないですか。鍵もありますし」

 

「詩音さんの言う通りですわ。鍵があれば梨花が忘れてても余裕で出入りできますもの」

 

そんな話をしているうちにエレベーターが到着する。

それに乗り込みやはり魅音が目的の階を押す。

するとすぐに目的の階に着く。

 

 

 

「おじさんたちはもっと上の階でも良かったんだけど、梨花ちゃんたちはあんまり上の階だったら手が届かなくて困るでしょ? だから黒井社長にお願いして出来るだけ下の階にしてもらったんだよ」

 

「レナたちも同じ階だよ? みんな一緒が良いもんね!」

 

レナも魅音も私や沙都子、それと羽入のことも考えて下の階にしてくれたらしい。

やっぱり持つべきものは仲間だと再確認する。

仲間と言えば圭一は元気にしているだろうか?

 

「羽入? そういえば圭一は?」

 

「圭一はアイドルになんかなりたくねーって言っていたのでこっちには飛ばされていないはずなのです」

 

「そう……」

 

圭一はこっちには来ていない。

その言葉を聞いて安堵するような残念なような……複雑な気持ちになった。

 

「えーと梨花ちゃんの部屋はー、」

 

「魅ぃちゃん、梨花ちゃんの部屋はここだよ?」

 

「ああそうだった! 梨花ちゃん、こっち!」

 

どうやらレナと魅音で私の部屋を探してくれていたらしい。

私は駆け寄り、ポケットに入っていた鍵でドアを開けてから中に入る。

 

「まあ梨花ちゃんの部屋って言うか梨花ちゃんと沙都子と、そして羽入の部屋なんだけどね」

 

「はぅー梨花ちゃんと沙都子ちゃんと羽入ちゃん、仲良しでかぁいいよーお持ち帰り――」

 

「……は駄目だからね!」

 

「はうぅ……魅ぃちゃんひどいよ。レナ、まだ全部言えてないのに」

 

「言わなくても分かるって」

 

レナといつものかぁいいモードにツッコミを入れる魅音。

これももはや見慣れた光景だった。

自然と笑みが零れる。

 

「やっと笑いましたわね」

 

「え……? 沙都子?」

 

「そういえば今日はまだ梨花ちゃんの笑ってるところ見てなかったかもね。さすが沙都子、よく見てるね」

 

「沙都子……」

 

確かに今日は笑っていなかったかもしれない。

余裕がなかったのもある。

それでも沙都子が私のことを気に掛けてくれる。

それだけのことなのにそのことがとても嬉しい。

 

 

「し、親友として当然ですわ!」

 

「へえ? 親友、ですか」

 

「な、なんですの、詩音さん? 何か言いたいことがあるならはっきり言ってくださいまし!」

 

「別になんでもないですよ~? 梨花ちゃまのことをちゃんと見ている沙都子は可愛いなんて全然思ってませんよ?」

 

「なっ……! し、詩音さん!」

 

沙都子は顔を真っ赤にして大真面目に詩音の調子に乗せられている。

私が望んだ、私がほしいほしいと願い続けたものが今ここにある。

それだけでこの体感年数・100年間、あの運命の袋小路に抗い続けた日々も意味のあったものと思えてくる。

これからもこの先もずっと沙都子やみんなが笑顔でいられますように。

そしてトップアイドルになってみんなと元の時代の雛見沢に笑顔で戻ってその先も今みたいに幸せな気持ちでいられますように。

そう願わずにはいられなかった。

 

 



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