FAIRY TAIL~全てを包み込む大空の軌跡~ (綱久)
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第1章 大空、来る!
標的1 大空の迷い


ツナを主人公とした話を書きたくて、つい投稿しました。
後悔はしてません!


「はぁ~、やっと終わった…」

 

 夕焼けの街道。

 そこには、一人の栗色の髪をツンツンにしたような髪型で中学の制服を着用し、中学生にしては幼い顔立ちをした少年が、腕をグッと伸ばしてストレッチをしながら歩いている。

 この少年の名は沢田綱吉、通称ツナ。

 何をやってもダメで、何かとドジを踏んでしまう事を除けば、どこにでもいる平凡で普通な少年である……一年前までは。

 

「情けねえな。そんなんでボンゴレ10代目になれると思ってんのか?」

 

 しかし、突如自分の前に現れた、今彼の隣を歩いている黒スーツと黒い帽子を被った、

視るからに赤ん坊と思われてもおかしくない身長をした男の子……―――世界最強の殺し屋(ヒットマン)にして、世界最強の赤ん坊《アルコバレーノ》の一人、リボーン……

 

 彼との出会いによって、ツナの運命は大きく変わった。

 伝統・格式・規模・勢力すべてにおいて別格といわれる、イタリアの最大手マフィアである『ボンゴレファミリー』の10代目のボス候補であることを告げられ、立派なボンゴレⅩ世(デーチモ)になるように育て上げると宣言されてしまった。

 

 その日から、彼の日常は非常識の世界へと変わっていった。

 どこの教育機関や軍事組織でも絶対にやらない程の超スパルタで勉強や修業をさせられたり、彼が嫌がるのに関わらずどこか連れだしたり知らない人やマフィア関係者に会わせたり戦わせたり。そして裏世界の抗争、ボス候補をかけた争奪戦、世界の命運をかけた未来戦、過去の因縁による10代目ファミリー同士の抗争――と正に普通の中学生の日常から外れてしまっている。

 

 だけど、そんな非日常を送りながらも、その日常でたくさんの友人や仲間ができて、そんなみんなと一緒に過ごす日々は綱吉にとって嬉しくて、楽しくてたまらなかった。

 

 リボーンに会えたことは少し不幸だなと思いながらも、彼のおかげで自分は変わることができ、彼が家庭教師で良かったと思うことだってたくさんあり、感謝している。

 

 でも……だからといって、この答えは今だ変わらない。

 "何度も言わせるなよ…"と愚痴をこぼしながらも、ツナは告げる。

 

「俺は絶対にマフィアのボスなんかにならないからなっ!!」

 

 もはや日常的に言ってる言葉かもしれない。

 綱吉にとって、大きな権力も莫大な財産も必要ない。自分が楽しいと思える小さな幸せさえあれば、それでいい。そして綱吉自身、戦える力を武器に生きていきたくないと考えているのだから。

 

 大体、綱吉は争いを好まない優しい性格の持ち主で、戦いでも仲間の身を誰よりも案じ犠牲にする事も絶対に行えず、自分の命を狙う敵であっても非情になれず、優しさや甘さを見せる。そのことから、綱吉を知るマフィア関係者の誰もが『マフィアのボスにはあまりにも不向き』、『集団を率いるボスとしては致命的弱点』と言われている。しかし、そんな評価を下されることに綱吉は何の不満もないし実に喜ばしいと感じている。

 

 そんなツナに"全く進歩がねえな"とため息を付きながら、前の帰路に目線を戻すリボーンであった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 人が未来に向けて歩く道は、いつだってその人自身が決める物だ。

 だからこそ、ここから先の未来で綱吉はマフィアとは全く無縁の生活を送りたいと思っている。

 

 だが……だが最近、シモンとの戦いの出来事から本当にそんな事でいいのかと思ってしまう自分がいる。

 

 綱吉の脳裏に浮かぶのは――

 

 

 

『君はいつもそうだ。ボンゴレのど真ん中にいて、誰よりもボンゴレの力をあやかっているのに、いざとなったら責任逃ればかりじゃないか。ボンゴレの紋章を振りかざし、他人を巻き込み傷つけておいてボスを継がないなんて――虫がよすぎるよ』

 

 

 『古里炎真』……マフィア、『シモンファミリー』10代目ボス。

 過去にボンゴレの門外顧問によって家族を殺され、ボンゴレによって先祖代々自身のファミリーが苦しめられた経緯から、ボンゴレ10代目候補である綱吉を激しく憎んでいた。しかし、全てはある男の策略によるもので、今はちゃんと誤解も解け和解し良好な関係が続いてる。

 この台詞は、まだ誤解が解けていない炎真の口から綱吉に告げられた言葉。当初綱吉に憎しみを抱いていた事から棘が含んではいるが、この言葉は事実に近い。

 ボンゴレの力……今自分が使っている『ボンゴレリング』も『アニマルリング』も、そしてこの二つのリングを融合した『大空のリングVerⅩ』もボンゴレの遺産であり力。そして、仲間や友達を守るために、今ではまるで自らの体の一部の如く当たり前の様にボンゴレの力を使っている……何も間違っていない。

 

 他人を巻き込み傷つける……これも同じだ。笹川京子、三浦ハル――誰よりも平凡で平和で、一般な道を歩んでいたのに、自分のせいで未来での殺伐とした世界に巻き込まれ、敵の強制だったとはいえ遂には自分達の戦いまで赴くことにまでなってしまった。

 

 そしてそれは、今では当たり前の様に一緒に戦ってくれる《守護者》の皆もそうだ。

 山本は野球、良平はボクサーという道があったのに、自身の《守護者》に選ばれ、命がけの戦いに足を踏み入れる様になり、10年後の世界ではボンゴレに加入し10代目の《守護者》としての責務を果たしていた。

 元々ボヴィーノファミリーの一員であったランボも自身の"雷"の《守護者》となり、5歳という幼さで戦場に繰り出していくようになった。

 自分をボスとして認め接する獄寺も、自身の野望のためにボンゴレを利用している骸も、骸のためだと言いながらも自分を慕ってくれるクロームも、強者との戦いのために何かと自分達を助けてくれる雲雀も同じ。

 

 結局自分が巻き込んだせいで、彼らの歩む未来は変わってしまった。

 それだけじゃない。未来の殺伐とした世界では、自分に関わった知人や友人、そして家族までもが殺され、もしくは行方不明となっていたのだ……自分と関わったせいで………

 

 それなのにボスを継がないなんて。確かに虫がよすぎる。

 

 

 次に思い浮かべるのは、先程の負の様なものでない……

 

 

 

『いつも眉間に皺を寄せ…祈る様に拳を振るう……だからこそ、私は君を……ボンゴレ10代目に選んだ……』

 

 

 『ボンゴレⅨ世(ノーノ)』――現ボンゴレファミリーの9代目ボス。

 "武闘派"と"穏健派"に分かれる歴代ボンゴレボスの中でも典型的な穏健派と呼ばれるも、彼の心優しい人柄に惚れ忠誠を誓う部下が大勢いる。

 そして、綱吉をボンゴレ10代目候補に選んだ張本人である。だが、決して9代目はボンゴレを更に繁栄させるためだとか、他の組織を蹴落とし頂点に立ち続けるためとか、そんな欲深い考えがあって選んだのではない。

 

 本来ボンゴレファミリーはマフィアとしてではなく、大切な人達を守る自警団として、

ボンゴレ創設者であるボンゴレⅠ世(プリーモ)によって創設された。しかし、ボスがボンゴレⅡ世(セコード)に変わってから徐々にボンゴレは変わっていき、今の様な大マフィアとなった。

 

 だからこそ――

 

『綱吉君なら、今の肥大してしまったボンゴレファミリーを―――本来の在るべき姿に戻せるかもしれない』

 

Ⅱ世(セコード)以降、どのボスも手に出来なかったこのリングを君に託したということは、やはりⅠ世(プリーモ)もわしと同じ考えのようじゃな――――今のボンゴレを壊してほしいんじゃよ』

 

『純粋なボンゴレの意思を継ぐことが出来るのは君しかいないんじゃ』

 

『君が一日でも早くボスを継げば、君の見たくない抗争や殺し合いが早くなくなるはずじゃ』

 

 9代目は、ボンゴレファミリーが本来の姿である自警団に戻ることを願う一人である。

 そして綱吉ならば、それが出来ると信じ彼を正式な後継者として選び、未来での戦い、そしてシモンとの戦いでその想いが確信へと変わった。

 9代目は決して大袈裟に言ってるわけでも、気を遣って言ってるわけではないことぐらい綱吉だって理解している。

 彼は本心を告げている。9代目だけじゃない、綱吉の人柄を良く知る者ならば誰だってこう言うはずだ。

 でも綱吉は、普段のダメな自分を見て過小評価しているため、自分はそんな革命的な事が出来るとは思っておらず自覚できていないし、何よりも自分にとって重すぎると感じている。

 勿論9代目は、無理矢理綱吉をボスに継承したりしようとせず、継がないなら継がなくても良いと言われた。最初の答えは継がないと答えた……だが今もしこの場で同じ質問をされたら――正直答えることが出来ない。

 

 

 次に思い浮かべるのは、ある二人の記憶――

 

 

 

『俺達が買い集めた食料をパオロの家の納屋に落としてきた』

 

『君しかいないよ、ジョット!!』

 

『待っていろジョット。君を助けにいく』

 

『俺はコザァートの救援に行く! 後は頼んだ』

 

『ボンゴレⅠ世の命により……いや、お前とジョットの友情において、俺達がシモンファミリーを――死守する!!』

 

『言ってしまったね。マフィアの掟にしきらせてもらうよ――ジョット君にコザァート君』

 

『『両ファミリーが真の友情を取り戻せたならば――誓いが守られた証として、その意思は一つとなり、オレ達の炎を灯す!!』』

 

 

 ボンゴレファミリー創設者、ボンゴレⅠ世(プリーモ)こと『ジョット』と、シモンファミリー創設者、初代シモンこと『シモン=コザァート』によるボンゴレとシモンの記憶。

 

 困っている者をほうって置けないお人好し、大事なものを大切に想う優しさ……二人はボンゴレ創生期前からとても気が合う親友同士だった。

 時が経つにつれ、ジョットは自警団を立ち上げ、コザァートはある隠れ島でファミリーとひっそり暮らし始め、互いの連絡も手紙で行いながらそれぞれの道を歩んでいた。

 しかし、ある一人の男の暗躍によって、これからの未来のため、マフィアの掟により二人はもう二度と会うことはなかった……

 

『だが俺達は信じてるんだ。マギーの子供の子供のそのまた子供、もっとずっとその先かもしれないが……俺達の意思を継ぐ真の後継者が現れて――』

 

『『―――再び笑い合える日が来ると』』

 

 それでも二人は信じていた。これから先の遠い時代になろうとも、自分達の意思を継ぐ本当の後継者が現れ、あの頃の自分たちの様に笑い合える日が来ると。

 そしてそれは、10代目ボンゴレファミリーとシモンファミリーが遂に実現させ、今では前の抗争が嘘の様に、お互いが笑い合える楽しい日々を過ごせている。これこそジョットとコザァートが想い描いた光景……

 

 シモンとの一戦一戦後で託される二人の記憶……それを視て綱吉が感じ気づいたのは――

 

 ジョットとコザァートの絆の深さ……

 

 そして、ジョットがどういう想いでボンゴレを築いたのかを……

 

 

 最後に浮かぶのは――

 

 

 

『お前のやり方を見せてもらいましょう、沢田綱吉。ただし、名を汚す様な事があれば許しませんよ―――エレナの愛したボンゴレなのだから』

 

 

 『D(デイモン).スペード』……初代ボンゴレファミリー、霧の守護者。

 最初は自身のボス、ボンゴレⅠ世と共に常に弱者である市民を守り、貴族、政治家といった腐敗した者達を正していった。しかし、D(デイモン)の愛する人を敵に殺されてしまったことで彼は変わってしまった。

 二度と同じ過ちを繰り返さないため、そして自分に敵対する者を完膚なきまで潰すため、D(デイモン)はボンゴレファミリーを強くする事に手段を選ばなかった。謀略、恐喝、暗殺――そして術士としての禁忌によりこの時代まで生き延びた。それにより、人生を狂わせられた人物が幾多もあった。シモンファミリー、そして古里炎真がいい例だ。

 その結果、ボンゴレファミリーは世界最大規模のマフィアとなり、人々にとって強さと同時に、ある意味で恐怖の象徴となった。

 彼の行いは誰もが外道と呼ぶだろう。でもやり方が間違っていたとは言え、彼がボンゴレを想い、弱き者達の平和を願っていたのもまた事実。

 

 一か月前、自分が思い描くボンゴレにとって不穏分子であるボス候補のツナを、シモンファミリーを利用して葬ろうとしたが――ボンゴレとシモンが起こした奇跡により、彼は敗北し、ボンゴレ創世記から永らえた生涯を閉じる事となった。

 

 しかしD(デイモン)の最期、ツナの芝居とはいえ自身の愛する女性――エレナの気持ちを聞けた事によって永年の緊張が解け、ツナに自身とエレナが愛したボンゴレを託し、安らかに眠った。

 

 責任、期待、想い、託される。理由は様々だが、綱吉はそれを充分とは言えないが理解したつもりだ。

 

 そして理解したからこそ、それを簡単に無視することなんて綱吉には出来なかった。

 

 でも自分は、マフィアのボスに何かなりたくない思いもあるし、何よりも強い……

 

 あれもいや、これもいや、家庭教師の言う通り自分は優柔不断すぎる……

 一体自分はこれからどうすればいいのか……。その疑問が、最近の綱吉の思考の中でどんどん埋め尽くされていく……

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「…………」

 

 そんな綱吉の様子を、リボーンは黙って見つめていた。綱吉の家庭教師として常に一緒にいるリボーンが、彼のそんな気持ちを気づかないわけがない。

 でもそれに対してリボーンは口を挟まない。彼の使命は『沢田綱吉を立派なボンゴレ10代目に育て上げる』ことで、10代目にさせる事ではない。

 本心では10代目になってほしいが、結局自分の道は自分で決めるものだ。

 けど、今綱吉はマフィアのボスについて真剣に悩んでいる。いつもいつもただならないとの一点張りだったが、D(デイモン)との戦いで起こった出来事を通して、彼も彼なりに考えているのだろう。

 

 それを密かに嬉しく思いながら――

 

 

「ガハハ!! 死ね、リボーン!!」

 

「失せろ」

 

「ぐぴゃっ!!」

 

 

 ――綱吉と共に帰路を歩んでいく。

 

「って、なに何事もなかった様に流してるんだよリボーン!! 大丈夫かランボ!?」

 

 

1.牛柄の子供、茂みから飛び出し手榴弾をリボーン目掛けて投げる

 

2.リボーン、息をするかの様に自身の相棒のレオンをバットに変身させ手榴弾を打ち返す

 

3.牛柄の子供、打ち返された手榴弾で爆破され吹き飛ばされる

 

 

 という動作が先程の台詞で行われていた。

 そして現在、爆破を受けた子供を抱える綱吉であったが「が・ま・ん……――できな~~~い!!!」と子供は大声で泣き叫び、思わず耳を塞いでしまう。

 

 ……というか、綱吉にとって見慣れた光景だからツッコまないでいるが、本来手榴弾やダイナマイトといった爆発物を正面から受ければ、子供であろうが大人であろうが重軽傷を受けるのは確実。

 なのに目だった外傷もなく、ただ泣き叫ぶだけで済むなんて考えられない――と考える人もいるかもしれないが、それでツッコまれるとキリが無くなるので勘弁……

 

 まぁ、今泣いてるこの子供は普通という枠に当てはめるには流石に無理がある……

 このモジャモジャ頭で牛の柄の服を着た子供は『ランボ』。この見た目で年も5歳という幼い子供でありながら、イタリア中小マフィア『ボヴィーノファミリー』の一員であると同時に、綱吉を守護する6人の守護者の内の一人である、"雷"の《守護者》である。

 本来ランボは、リボーンを暗殺するために日本へ来たのだ。それが最初の失敗から綱吉の家に居候するようになり、今では立派な沢田家の一員となっている。

 

 今回リボーンに手榴弾を投げて暗殺しようとしたのも、自分の使命を思い出し久しぶりに行動を開始したのだろうが、結果は失敗。

 というか、標的がリボーンじゃいつ成功するのか。未来永劫無理な様な気がすると綱吉は思う。いや、暗殺者がランボに限らず凄腕の殺し屋であろうと誰にでも言えることであるが……

 

 しかしランボも男の子なのか、それとも負けず嫌いなのか、このままやられっぱなしは我慢ならないのか――

 

「リボーンの大馬鹿野郎!! 変な揉み上げのくせに!!」

 

「って、こんな所で『10年バズーカ』を使うのはやめろよ!!」

 

 ――自身のモジャモジャ髪の中から、あれ?この髪の中でこんなバズーカが入ってるなんておかしくない!?というツッコミが飛んできてもおかしくない、ピンクの色をしたバズーカを取り出す。

 しかもこれはただのバズーカじゃない。バズーカに撃たれた人間を現在から10年後の人間と5分間だけ入れ替えることが出来るボヴィーノファミリーに伝わる伝説の兵器、『10年バズーカ』。

 大抵今の自分の力で勝つことが出来ず我慢の限界が訪れるとバズーカで10年後の自分と入れ替わっているが、入れ替わっても勝負の結果は大して変わらないことが多い……

 

 話は戻るが、一応ここには自分達以外の人がいないとはいえ、こんな一般的な場所で10年バズーカを使うとするランボに焦る綱吉。

 しかしリボーンにとってはどうでもいい。ただの子供の戯言と流せばいいのだが、リボーンにとって格下にバカにされるのは我慢ならず、更に自分のチャームポイントについてもバカにされ――

 

「天へ昇れ」

 

「ぐぴゃ!!」

 

 一瞬で間合いを詰め、ランボの顎を上空へと躊躇いもなく蹴り飛ばした……

 

(あ、相変わらず容赦ねえ!!)

 

 誰に対しても容赦ないリボーンに改めて戦慄を覚える綱吉――だったが、彼が今だ持つドジの体質は彼を傍観者でいさせてはくれない。

 

「へぶっ!!」

 

 ランボが蹴飛ばされたことで、持っていた10年バズーカも同様に飛ばされた――綱吉の顔面に。まるで吸引機の如く、見事綱吉の顔面にクリティカルヒット! そして打ちどころが悪かったのか、彼の意識は闇へと落ちた……哀れ綱吉。

 しかし彼の受難は終わらない。綱吉にぶつかったバズーカはその拍子で上空へと上がっていき、やがて重力に従って綱吉に落下していく……このままではもしかすれば10年バズーカに被弾するかもしれない。

 

 それに対してリボーンは「相変わらず自分のことに関してはダメツナだな」と、呆れるだけで何もしない。

 別に10年バズーカに被弾しても当事者に害はなく、ただ5分間10年後の未来へタイムスリップするだけ。それに10年後の綱吉がどうなっているのかという好奇心もあったためリボーンは手出ししな――

 

 

 

「――っ!」

 

 殺気を感じた。

 自分達がいるこの場所に向けられた明確な殺気を。

 殺気の強さは体内に溜めておいた空気がちょっとした油断で少し口から漏れた感じだ……相手からすればだ(・・・・・・・・)

 

 リボーンは世界一の殺し屋という肩書を持つ男。

 それ故に敵の殺気、殺意を手に取るように把握することなどわけない。例え自身の身を隠そうと、ここから数km離れた場所(・・・・・・・)であろうと……

 

「ちっ!」

 

 彼はすぐさま懐から自分の愛銃『チェコ製、Cz75の1ST』を取り出し、殺気を感じた方向へ構え迎撃しようとするが――

 

 ボン!!という爆発音と共に自身の視界がピンク色の爆煙で埋めつくされる。

 これを意味するのは――10年バズーカの引き金を引かれたのだ。

 そしてそれは綱吉が立っていた場所から煙が舞っていることから、つまり綱吉が被弾したのだ。恐らく、煙が晴れたそこには10年後の世界からタイムスリップして来た沢田綱吉が現れるだろう。

 

 だが、リボーンはこの状況に違和感を感じていた。

 

(何だ、何か引っかかる……)

 

 はなから見れば綱吉は10年バズーカに被弾しているように見えた。現に10年バズーカが放たれた後に出るピンク色の爆煙が舞っていることから、引き金が引かれたのは確かだ。

 

 しかしリボーンの暗殺者としての能力は世界一と言っていい。もし、その世界一の殺し屋としての動体視力や感覚が見間違いじゃなかったら―――

 

 

 ――綱吉は10年バズーカに被弾していない。10年バズーカの引き金が引かれる直前、綱吉の気配が消えた……確かにリボーンは感じた。

 

 そしてその証拠を裏付けるかの様に……

 

「ぐぴゃ。誰もいないもんね……」

 

 そう、ランボの言う通り。

 煙が晴れたそこに―――綱吉はいなかったのだ。

 仮に10年バズーカに被弾すれば、今ここに10年後の綱吉がいるはずだ。

 数か月前の10年後の戦いの時はある装置によって、バズーカに被弾しても10年後の自分は出ることはなかったが、今その装置は止まっているはずなので10年後の自分が出てこないはずはない。

 

 ならこの現象は一体どう説明すればいい?

 リボーンが知る限り、先程の状況で人間をこの場から瞬時に移動させる現代の装置も、技術も、そして死ぬ気の炎も知らない。

 いや、一つだけ心当たりがあるが、彼ら(・・)がこんなことをするメリットがあるはずがないと思いその案を一蹴。

 

 そして更に――

 

「殺気が消えた……?」

 

 先程自分達に向けられた殺気、それと同時に気配が消えたことにリボーンは瞬時に気付き、急いで自身の相棒、記憶形状カメレオンの『レオン』に双眼鏡に変身してもらい、

殺気を感じた場所――ここから数km離れたビルの屋上をそれで覗き込み確認を行った。

 しかしその場には人の影すらなかった……

 

「一体、どうなってやがる……」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……任務完了。"大空"のボンゴレリングの保持者、沢田綱吉をあなた様がいる『アースランド』の世界へと送りました」

 

『よくやった。これで我らの悲願へとまた近づいた』

 

 周りはまるで漆黒に染まった夜空の様に真っ暗な場所。

 それは限られた者にしか認知、入ることができない空間。

 その道を、この暗い空間の中では目印になってると言っていい程の輝く白色の髪に藍色の瞳をした一人の青年らしいが者がいる。

 暗闇ゆえに男の特徴はそれぐらいしか認識できないが、今男は手に何かを持って誰かと会話を行っている。話し方はまるで仕事関係の部下と上司の様な話し方だ。

 

「…彼の6人の《守護者》はどうしますか? 命令とあれば彼らも――」

 

『いや、必要ない。確かにあれを解くにはボンゴレの6人の守護者も必要だが、"大空"さえいれば充分だ。それに奴らを相手となると深追いは禁物……ボンゴレを甘く見るな』

 

「……承知しました。しかし、彼らボンゴレの技術力を以てすれば、私達の世界を渡るのは時間の問題かと」

 

『それならそれで構わない。守護者が来ようが来まいが奴らの運命は変わらんさ……それより早く帰還してくれ。まず、この世界に来たであろうボンゴレ10代目がどこに現れたのかを調べなければならん』

 

「そうですね。私もボンゴレ10代目が住む並盛町という土地に辿り着くのに、時間を少しばかり取られましたので」

 

『そう言う事だ。最初は『イシュガル大陸』から探し当てるか……西の大陸にあるあの帝国に落ちていない事だけは祈ろう。あそこは無駄に土地が広いからな』

 

 この会話だけで一体彼らが何の話をしているのか、裏社会の人間なら少しは内容を理解できるかもしれないが、全てを理解なんて出来はしない。

 全てを理解するためには、まず彼らの言うアースランドの世界を理解することから始めなければならない。

 

 では、その世界とやらを知っている彼らは一体何者なのか?

 

『ふっ、それではアースランドでまた会おう……『リオコルノ』』

 

「了解です……」

 

 会話を終えたのか、リオコルノと呼ばれた男は仕事で一区切りついた社会人の様にフゥ…とため息を吐きながら耳に当てていた物を懐にしまい、先に続く道を歩いていく。

 

 ここまでは全て自分達の思惑通り。後は向こうの世界に迷い込んだ沢田綱吉を見つけ、来るべき時まで待つだけ。そしてその時が来れば…… 

 そんな中、リオコルノの脳裏にある一人の男が浮かんでくる。

 沢田綱吉を狙う際、誰にも感知されない自信があった自分の存在に気付いた、この世界最強の7人の内の一人を。

 

「…流石は今世代(・・・)最強のアルコバレーノ、リボーン。僅かに殺気を漏らしただけで俺の存在、更に場所まで突き止めるとは……」

 

 しかしこの場を突き止めることは例え彼であろうと不可能。

 何せ今自分が歩くこの場所と彼のいる場所とは既に次元が違う(・・・・・)のだから……

 

「この世は表裏一体、コインの表と裏の面があるからこそ一枚のコインがある。そして

光と闇があるからこそ、表社会と裏社会があるからこそ……世界があり、成り立つ」

 

 リオコルノはまるで状況を呑み込めない者がこの場にいるかの様に語りだす。

 そして……最後に物語の始まりだと言わんばかりに、男は告げる。

 

「炎と魔……表と裏の力が交わる時、どのような物語が紡がれるのか……見届けさせてもらおうか」




オリキャラも登場しますが、基本メインは原作キャラです。

自分にはほかに作品があるので亀更新となる可能性があるのでご了承を。
ではまた次回お会いしましょう。

感想、指摘があればよろしくお願いします!


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標的2 目覚めた先は

第二話でございます。
今回はツナとある女性との出会いです。


(んぅ……あれ、俺…いつの間に寝てた?)

 

 電源のスイッチがONになったかのように綱吉の意識は覚醒する。

 覚醒後自分の目の前に映るのは真っ暗……というよりも瞼を閉じているゆえに真っ暗だということに、自分は寝ていたことに気付く。

 次に気づいたのは自身の身を包み込む暖かさ。次第にこれは人間が一日の終わりに寝る際に使用される布団…もしくはベットの中にいることが分かった。

 いつの間にベッドに……というかまず何で自分は寝ていたのだろうという疑問を抱いたが、この時点でまだ意識は完全に覚めたわけではないので取り敢えず目を覚ましてから考えようと瞼を開ける――

 

 

 

「あ、目が覚めたみたいね! よかった~。君、朝から昼まで目を覚まさなかったから心配してたのよ?」

 

「………―――えっ?」

 

 思わずえっ?と声を漏らしたが仕方ないだろう。

 何せ自分の視界いっぱいに、視るからに美貌という言葉が似合う女性の笑顔が映っているのだから……しかも自身の顔と女性の顔の距離が近くて彼女の香りが漂って――

 

「ちょ……は、離れて離れて離れて下さい!!」

 

 異性に対して初心な綱吉にとってこの状況は決してポーカーフェイスでなくても耐えられるものじゃない。顔はみるみるうちに赤く熱くなっていくのが嫌にも分かるが、取り敢えず女性に離れてもらおうと声を上げるが……

 

「あら、もしかして恥ずかしがってるの? かわいい♡」

 

「か、からかわないで下さいよ!!」

 

 女性はまるで可愛い物や動物を見つけた少女のように少々うっとりとした表情を綱吉に対して浮かべており、対して綱吉は彼女のそんな表情と自分がからかわれた事に更に顔を赤くするのであった……

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

あれから数分後……

 

 

「うふふ、さっきはごめんねツナヨシ君。いきなりからかっちゃったりして」

 

「い、いえ。俺の方こそすいません……ミラさんはその、俺のことを心配して…」

 

「私は気にしてないから平気よ。でも正直に言えばあの時のツナヨシ君の表情は本当にかわいかったわよ♡」

 

「あのーミラさん? 俺も一応男なので……かわいいと言われるのはちょっと……」

 

「大丈夫よ。最近では男の娘というジャンルが――」

 

「俺は断じてそのジャンルには当て嵌りません!!」

 

 

……あれ、この二人知り合ったばかりだよね? この会話の前に簡単に自己紹介と会話を少ししただけなのに何でもうこんなに親しそうに会話してるの? 何で綱吉は男の娘に入ろうとしてるの? 

 

――なんて疑問を抱きそうになるが、この二人なら仕方がないのかもしれない。

 

 

 女性の名は『ミラジェーン・ストラウス』、通称ミラ。

 腰くらいまで伸びているふわふわとした銀色の髪にスタイルはナイスバディ、そしてそれに相応しい美貌を持つ正に美女と呼ばれるに相応しい女性だ。

 

 だがミラの魅力は美貌だけではない。それは常時絶やさない彼女の笑顔。

 彼女が見せる笑顔は太陽のような明るさと輝きと暖かさを放ち、見る者全てを癒し明るくしてくれる――ミラのその笑顔はそんな彼女の魅力の一つである。

 

 会話の最中ミラの笑顔を間近で見て綱吉は気づき理解した。

 彼女のその笑顔はまるで自分が以前まで好意を抱いていた笹川京子と全く遜色ないものであること、そして自身が持つ全てを見透かす常人を遥かに凌ぐ直感力、『超直感』から彼女の笑顔から悪意といった負の感情を一切感じない……彼女は心の底から笑顔を浮かべており、自分のことを本当に気にかけている、と。

 

 勿論それだけが理由ではないのだが、綱吉はミラジェーンという女性を信用することができ、普段の自分を隠す必要はないという安心感があるのだ。

 

 

 そしてそれはミラも同じ。

 ミラから見た綱吉の印象は少し気弱で臆病そう、そして愛くるしい小動物の様(ミラ曰くここ重要)。

 でも会話する内ミラは何となくだが彼の人柄が分かった――いや、鈍い人でも気付く綱吉の態度や言動から優しさ、周りを安心させる暖かさ、そして何故か彼の近くは居心地良いと思ってしまうことに。

 

 それともうもう一つ、ミラは仕事上様々な性格や思想の人達との交流という経験から人を見る目は確かだ。そんな彼女だから、綱吉のことを悪い人だと思わずこうして接することができる。

 

 まぁ、この二人の性格を考えればこうなるのが必然なのかもしれない。

 ミラは常時笑みを浮かべてながら楽しそうにしており、綱吉も彼女の弄りに対して困惑な表情を浮かべながらも決して本気で嫌がっているわけでもないし僅かに笑っている、このままでは二人共時間の経過を忘れて更に話し込むんじゃないかと思われるほど……

 

 しかし、笑みを絶やさなかったミラの表情が微かに曇る。

 ミラとしては綱吉との会話(というか弄り)を楽しみたいところだが、彼には聞かなければならないことがある。そんなミラの気持ちを表情から察したのか、超直感で感じ取ったのか、綱吉も表情を引き締める。

 

「ツナヨシ君。別に私は君を疑っているわけでもないし、話してみても悪い人じゃないのは分かる。でも、君に聞きたいことがあるの」

 

「……はい」

 

「ツナヨシ君はどうしてうちのギルドの前で倒れて気絶してたのか分かる?」

 

「えーっと……」

 

 彼女がこの質問をする理由は分かる。

 自分がいつも通う場所に見知らぬ人が……更に気を失っていたとなれば気にするなというのは無理だ。

 綱吉も自分が決して怪しい人間ではないことを証明するために質問には答えたいが、説明しようにも自分はさっき意識を取り戻したばかりで何がどう――

 

――ズキッと頭痛が奔った。

 

 思わず頭を抱えてしまったが痛みは一瞬で収まった。

 一体何だったのかと疑問を抱く前に、綱吉が今この状況に陥った記憶が蘇ってきた……

 

 まるでタイミングを見計らったように……

 

 まるで――

 

 

――ここから絶望を味わえと言わんばかりに……

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 取りあえず綱吉は何故今このような状況になってしまった経緯は何のなのか、蘇った記憶を思い返してみる。

 友達や仲間とのいつもの非日常の学校生活を終えてリボーンと一緒に帰路を共にしていた。そんな中ランボの襲撃を受けたがリボーンがあっさり撃破。それでもランボは何とか反撃しようと10年バズーカを取り出そうとするも使わされる前にリボーンにより蹴り上げられ、急に自分の目の前に10年バズーカが――

 

「――あっ!」

 

 思い出すうちに綱吉は悟ってしまった。

 自分の意識を闇に落としたのはランボと共に飛んできた10年バズーカ。

 そして意識不明で真実は分からないが何らかのアクシデントによって10年バズーカは自分に向かって……そうなれば街道から今自分の知らない場所にいるのか納得できる……できるけど………

 

 つまり――

 

(ってことはここは10年後の世界ーーーーっ!!?)

 

 ある意味で当たってほしくない予想通りな現実に綱吉は頭を抱えてしまう。

 何故自分はまたこのバズーカを受けなければならないのか……正直自分のドジ体質を恨みたくなる。

 

 いや、よくよく考えればそう悲観することはない。

 10年バズーカでタイムトラベルを行っても5分間だけ。

 きっとその内時間が来て自分は元の時代に―――

 

 

――ちょっと待て。ミラは自分が目を覚ました時なんと言った?

 

――『君、朝から昼まで目を覚まさなかったから心配してたのよ?』――っ!!

 

 彼女の言葉を信じるなら、5分なんてとっくの昔に経っている……これらのことから自分の記憶で判断できるのは……

 

(もしかして正一君……またあの装置を起動させてるのかな……?)

 

 思い当たるのは――かつての友人を止めるため、人類の危機を救うため、そしてある男を唯一倒せる希望のため、自分や仲間達を10年後の世界へ呼び込んだ男が開発し起動させた『白くて丸い装置』。

 

 かつてその装置によって5分で帰れるはずの10年バズーカの効力を妨げられていた。しかしそれはある男達の計画のためで起動させ、今はもう解いてあるはずだ。

 

 …もしかして、また10年後の世界で何かが起こっているのかではないか?

 だからこそ、またも白くて丸い装置を起動さたのでは?

 以前同じ現象を身をもって味わったためだからこそ判断できる。

 

 一瞬この状況に混乱しかけたが、一つの一つの疑問を解いていくうちに自分が置かれている状況を理解する綱吉。というか、今まで経験した出来事だからこそこの状況で普段は慌てる綱吉も何とか冷静でいられる。

 

 取り敢えず、まずはこの時代にいる仲間に会いに行こうと決心する綱吉。

 そうすればこの現象が何なのかを分かるかもしれない。

 ボンゴレが本拠地としているイタリア、自分の10代目ファミリーの主な仲間がいる日本、そのどちらかに訪れれば……

 

 だが自分が今どこにいるのかは分からない。

 ミラの名前、そして自己紹介の際『家族名が最初に来るなんて珍しいわね』と珍しがっていたことからここは日本ではないと理解できる。

 

 なればまずここが一体どこなのかミラに聞くことにした綱吉。

 聞き終えた後は何とか仲間達へと連絡が取れないか試みる。

 幸い10年バズーカで撃たれた自分がこの場所にいるのは、10年後の自分がここにいたという証明でもある。

 

 この時代の自分は正式にボンゴレ10代目となっている(もの凄く不本意だが)。なれば自分はボンゴレファミリーにとって最重要人物……つまり護衛や部下が当然付いてきている。その人達を探し出して自分に起こった現象を説明すれば、この時代の仲間達の元へ連れて行ってもらえるはずだ。

 

 ……マフィアのボスにならないと言いながら、今は……いや、前からずっとボンゴレに頼る――そんな自分に嫌気がさしてくるが、仕方がない。

 

 現時点でおいて自分が元の時代に帰られる方法はこれしかないからだ。

 それでも、可能性があるのなら綱吉はこの方法を取る。

 ……だって綱吉の帰るべき並盛の仲間や友達、家族がいる場所こそが、綱吉の居場所なんだから。

 

 

「えぇと……実は俺、ある人達を探し続けている内に迷ってしまって……で、資金もなくなってフラフラと彷徨って――で気づいたらここに……」

 

「まぁ……そうだったの……」

 

 ある意味で間違ってもおらず、ある意味で嘘の言葉を告げる綱吉にミラは表情を曇らせる。それに少し罪悪感を感じるが本当のことを話しても、人が良いミラでも信じてもらえるわけはないし、何よりも関係ない彼女を自分の事情に巻き込まわけにはいかない。

 

「あの…ここがどこなのか教えてもらえませんか? 俺にはさっぱりで……」

 

 ミラからすればこの言葉は見知らぬ土地に迷い込んだんだと感じた。

 だからこそ、綱吉にここの場所を親切心から、彼を安心させようと口を開き告げる。

 

 

だが、そんな彼女の思いやりがこもったその言葉は――

 

 

――綱吉の藁にも縋る様な唯一の方法を――

 

 

 

「――ここはフィオーレ王国のマグノリアにある魔導士ギルドの『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』よ」

 

 

 

――ひび割れ、崩壊へと進ませていくことになる。

 

 

 

「フィ……フィオーレ王国? マグノリア? ま、魔導士ギルド……?」

 

 自分が全く知らない用語を綱吉は震えながら口にする。

 

 その震えは恐怖からくるもの……

 だがそれは死の恐怖からくる物でもないし、暴力による肉体的恐怖からくる物でもないし、恐ろしい物を見た恐怖からくるものでもない……

 

 これは――未知の恐怖……今の自分が知らない何かの知識を知ることで、自分に絶望が襲ってくるんじゃないかという……そんな恐怖が綱吉を襲ってくる。

 

 最近綱吉は家庭教師のリボーンから『ボンゴレのボスたるもの、世界にどんな国があるのかくらい理解しろ』――とのことから世界地理の勉強を無理やりさせられてきた。

 リボーンのスパルタによるものか、綱吉の根性によるものなのかは分からないが、完璧ではないものもある程度の国名や場所が分かるようになった。

 

 だがその中で、フィオーレ王国なんて国名はなかったはずだ。

 

 勿論まだ自分が覚えていない国名だったり、一度覚えた名前を忘れてしまった可能性はある。でも自分の中にある超直感が告げている……そんな可能性は全くない――と。

 

「ツナヨシ君? どうしたの、顔が少し青いわよ」

 

「な、何でもありませんよ!! 本当に何でも!!」

 

 綱吉の様子がおかしいことに気付いたミラは心配の声をかけるが綱吉は自身の感情を悟らせないために声を上げて否定する。

 流石のミラもそんな彼を不審に思っているだろうが、そんなことよりも…綱吉は彼女に聞きたいことがある。

 

 先程彼女は地名以外にも魔導士ギルドという単語を口にした。

 魔導士とは『魔法』を使う者であることぐらい綱吉にだって分かるし驚きはしない。

 自分がいた場所では魔法と全く遜色ない異能と変わらない力を持つ者なんてたくさん存在していたし、かく言う自分もその中に入ってしまっている。聞きたいのは魔導士ギルドとはどういう場所で、世間ではどのように映っているのかだ。

 

 その答えで自分の置かれた運命が分かる……そんな直感が鳴り響いているのだから。

 

「すいません……魔導士ギルドって…一体何ですか?」

 

「魔導士ギルドを知らない……? そ、そんなことよりもツナヨシ君様子がおか――」

 

「――お願いです!! 今すぐ教えて下さい!!」 

 

 綱吉の鬼気迫る表情と気弱そうな彼が出すとは思えない大声にミラは驚きで肩を震わせた。そしてそんな彼に思わず、ミラは彼に聞かれた質問に答えだす……

 

 

 ミラ曰く、魔導士ギルドとは『魔法』を使う魔導士が一つの場所に集う組織であること。メンバーには各ギルドの紋章を入れており、ギルドに依頼される仕事で収入を得るということ。魔導士ギルドは世界中にたくさん存在しており、この場所もその内の一つであること……

 

 この他にもミラは説明してくるが、そんな中で綱吉の脳裏にある男達の言葉が蘇る……

 

 

『パラレルワールドとは、世界はどんどん枝分かれしていって、いろんなパターンの世界が存在する考えだな』

 

『「もしも」の考えで分岐するパラレルワールドには色々なパターンの世界が考えられる……軍事技術の発達した世界、古代文明の発掘に成功した世界、医療科学の発達した世界……』

 

『パラレルワールドとは現実と並行して存在している独立した別の世界だ……どんな人間も他のパラレルワールドのことを知る術もないし交わったり関わったりすることはない』

 

 

「………ぁ」

 

 

 綱吉は分かってしまった。

 

 自分が置かれた状況を。

 

 ここが一体どこなのかということを。

 

 だがそれは、綱吉にとってどれだけ絶望的であるか……

 

 

 

 ここは『魔法』が発達し、魔法を中心とした――自分の世界と全く関わりのない、そして全く干渉できない―――平行世界(パラレルワールド)なのだと……




今回はツナによる状況判断のお話でした。
……ツナにとっては知りたくない事実だったんでしょうけど……

戦闘描写をお待ちのかたは二話後なのでどうかお待ちを!

感想、指摘などありましたらよろしくお願いします!



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標的3 明日への軌跡の選択

 寒気が奔った。

 視界が真っ暗になった。

 体中が震えあがった。

 身体が恐怖に染め上がる。

 顔がみるみる内に青くなっていく。

 

「ツ、ツナヨシ君!? どうしたの、様子が――」

 

 ミラは綱吉の様子がおかしい事に心配の声をかけるが今の彼には彼女の声は届かないし、答える余裕なんて全くない。

 

 綱吉は絶望した……

 ここは自分がいた世界でも10年後の世界でもない……魔法が発達した『平行世界(パラレルワールド)』……もしくは自分の世界と異なる時空や世界である『異世界』という可能性もある……もしもファンタジーやSF好きのマニアならば今の状況を喜んだり感動するなどのリアクションを取るであろうが、生憎綱吉はその分類には入らないし今はそんなことはどうだっていい……問題なのは――――自分がいた元の世界に帰られるかどうか……

 いや、元の世界に帰れないこともそうだが……何よりも思うこと、それは――

 

 ――自分にとって大事で、誇りでもあり、かけがえのない……友達や仲間ともう一生会えないかもしれないことだ……

 いや、"かも"なんかじゃない。

 もしここが自分の世界と同じ文化、技術、科学力……そして死ぬ気の炎があるなら可能性はあったかもしれない。でもここは世界そのものが自分のいた世界と全く違うのは明らか……つまり――自分の知識の中でこの世界には帰る手段は何もない……

 もしかすればこの世界に何かヒントがあるかもしれないが、ある保証はどこにもないし、まず自分なんかじゃ探し当てることすらできないだろう……

 綱吉は自分を過小評価している部分があるが、ある程度は自分のことは分かっているつもりだ。死ぬ気になればある程度は戦えるが、それ以外は自分一人ではたかが知れている……仲間の助けがあったから……みんなが自分のそばにいてくれたからこそ、自分はここまで生きてこられたし、前へ進むことができた。

 彼らなくしては綱吉は途中でくじけ立ち止まり、最悪の場合はこの命を失っていたかもしれない。

 

 しかし、ここには誰もいない……

 自分のそばにいてくれる友達も……頼りになり一緒に戦ってくれる仲間も……自分をいつだって導いてくれた家庭教師も……

 そして……自分が帰るべき、大切な居場所も……ここにはない。

 

「……はは」

 

 思わず笑い声が零れてしまう……自分が情けなさすぎて……

 ああ……改めて思い知った。自分一人じゃ何もできない……みんながいなければ何の気力も起きない……

 

 ここには何もない……

 あるのは友人や仲間に会えない絶望と喪失感だけ……

 そんな想いを抱いただけで自分は暗くて冷たい絶望の海へと沈んでいく感覚が襲ってくる……

 

 こんな想いをずっと抱き続けるくらいなら、もういっそ―――

 

 

 

「――え?」

 

 暖かさを感じた。

 全身に奔っていた寒さがなくっていくのを感じた。

 一体どうなっているんだという疑問に思わず閉じていた目を開くと、自分がミラに抱きしめられていると気づく。その姿はまるで、泣きちらす弟を安心させるよう抱きしめる姉の様に見えた……

 

「なに……してるんですか……?」

 

「……今の貴方を見てられなかったから……。だってツナヨシ君……泣いてる」

 

 ミラの言葉に思わず自分の頬に手をやる。

 それで自分が涙を流していることにようやく気づいた。

 

「……あなたには関係ないはずだ」

 

「……確かに私とツナヨシ君は、今日会ったばかりで数十分ぐらいしか一緒に時を過ごしていない……でもそんな貴方を見てると、心が痛んで……ほうっておけない」

 

 今だ悲しみと絶望の中に囚われているためか、つい冷たい反応をしてしまう綱吉だが、ミラはそんなことは気にせず彼の悲しみを少しでも癒さんと更に抱きしめる力を強める。

 

「ねぇツナヨシ君……良かったら話してくれないかな? 話せば少しは楽になるかもしれないし……私で良ければ力になりたいから」 

 

 ミラの言葉には自分を心の底から心配している想いが籠っているのが、超直感に頼らずとも分かる。そんな彼女につい話してしまいそうになるが、直前で口を噤む。

 いくら彼女といえど信じてもらえるわけがない。"自分はここの世界じゃない平行世界か異世界から来たんですよ"なんて言ったって頭のおかしい人としか思われない。

 平行世界や異世界なんて本来は架空のものであり、自分だって未来の世界で正一に教えてもらえるまではそう思い込んでいた。

 だからこそ、何て言葉を出せばいいのかと綱吉は悩んでしまう。綱吉自身嘘をつくのはあまり上手だとは言えず、先程のミラに言った偽りと真実を混ぜ込んだ話だってたまたま出来が良かったに過ぎない。このまま黙り続けるという手もあるが、それは単なる時間稼ぎにすぎず、いずれ時が来れば口を開かなければならない……こんな事なら、家庭教師から話術についてもっと教わっていればと後悔してしまう……一体どうすれば――

 

 

 

「――ミラ、入るぞ~い」

 

 そんな思考はこの部屋に入ってきた第三者の声によって遮られる。

 声のした方に目を向けると見るからに小柄な老人……どこにでも見かける歳を取り永く生きてきた老人がいた。表情は少々間が抜けている様なのほほんとした笑みを浮かべており、今の雰囲気に全く似合わない……にも関わらずまるで空気を読まない様にズカズカとその表情を浮かべながら入って来る。

 

「マスター……」

 

「ほう、今朝ギルド前に気絶しておった少年か。眼が覚めたようで何よりじゃわい」

 

「あ…ありがとう、ございます……」

 

「わしはここの魔導士ギルド《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のマスター、『マカロフ・ドレアー』じゃ。よろしくのう」

 

「……沢田、綱吉です。名前が綱吉で、名字は沢田です……」

 

 突然の来訪者の登場に流れていた雰囲気が変わった……いや、変えさせられたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 先程から超直感が頭に訴えかけている……うまく隠しているが歴戦の猛者を思わせる覇気、そして組織を導く長としての雰囲気をこの老人が持っていることが分かる。

 それ程の人物ならば今流れていた沈んだ雰囲気を変えることなんてわけないのか……

 ただ組織の長としての雰囲気にどこか違和感を感じるが、これは――

 

「それで一体なんの話をしておったのじゃ? どうやら楽しい……といった類のものではあるまい」

 

 マカロフの表情が切り替わった。

 のほほんとした笑みから真剣味をおびた顔へと変わり、事の詳細を二人に求める。

 突然のマカロフの表情の変化に初対面の綱吉は戸惑ってしまうが、ミラはそんな彼の顔を知っているのかそんな色の反応は見せず、自分が現時点で分かっている綱吉のことについて説明する。

 ミラから詳細を聞き終えたマカロフは"ふむ"と顎鬚を触りながら考える素振りを見せた後で、今度は綱吉の方へと眼をむけ、今度は彼から説明を求めようとする。

 目と目が合ったことで一瞬逸らしたくなった綱吉だが、老人とは思えないマカロフの力強さを感じる目から逸らせなかった……

 

 その目から逃れられなかった綱吉は話した。

 勿論ミラ同様、本当のことは話さず偽りを混ぜ今の状況について話した。

 自分が帰れない状況にあるのかもしれないというのに、綱吉は信じてもらえないという想いと自分のことで巻き込みたくないという想いから本当のことを話さなかった。

 

 嘘だとバレない自信はあった。

 偽りを混ぜたとはいえある意味では本当のことだし、最近はあの家庭教師からその部分についての教育も少ししてもらったし、先程のミラだって気づかなかった……なのに――

 

「嘘じゃな」

 

 この老人は気づいた、自分がついた偽りの言葉を……

 胸がバクンバクンと高鳴り、嫌な汗が流れる。

 嘘を他人に見破れたとなれば誰もが見せる反応……それが重要なことなれば尚更。

 戸惑いを隠せない綱吉は一体何故分かったのかという表情を出していためか、マカロフはその疑問に応え始める。

 

「儂は今年で88歳でのぅ。永く生きた恩恵なのか、それとも元から持っていたのか知らんが……そのおかげか、お主の様な若造の言ってることが偽りか本当なのかぐらい分かる」

 

 "そしてもう一つ…"と、間を空けて、これが本題だと言わんばかりに告げる。

 

「お主は悪意があって嘘をついたのではなく……何か理由があって嘘をついたという事もな」

 

「っ!!」

 

「信じてもらえない……他人を巻き込めない……恐らくじゃがお主が話さん理由はそんな所かのぅ……、まぁまずは話してみなさい。どんな話でも儂は真剣に聞くし、これでも儂は度胸はあるほうじゃ」

 

 "じゃから遠慮はせす、ほれ"と、マカロフは綱吉を不安にさせない様ニカッと笑って見せるが、綱吉自身は何もかも自分のことを見透かされている様なマカロフの発言にある種の恐怖を感じていた。

 それ故なのか、綱吉はつい目の前の老人に向けて、普段の自分なら上げない怒鳴り声を上げてしまう。

 

「なんで……なんでミラさんといい、貴方といい!! 何で初めて会った俺にそんなことを――」

 

 

 

「――泣いている子供を放っておく大人がどこにおるんじゃ」

 

 今度こそ何も言えなくなった……

 偽りも、思惑も、裏もない、本心から放ったであろう真っ直ぐな言葉……

 それに心撃たれたのか、感心したのか分からないが、綱吉は言葉を失った……

 

「話してみなさい。もしかしたら力になれるかもしれん」

 

 マカロフのその言葉をきっかけに綱吉は、どんなことでも自分の唯一の味方である大事な家族の親に話す子供のように、自然に口を開いた……

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「なるほどのぅ……こことは違う世界――平行世界、もしくは異世界から迷いこんだ……か。ミラ、今までそのような事例はあったかの?」

 

「……残念ですけど、私の知る限りでは……」

 

「やはりのぅ……これは前途多難じゃな」

 

「――ま、待って下さい!」

 

 当たり前のように会話してるマカロフとミラに思わず口を挟んでしまう。

 だってそうだろう……この二人の会話はまるで――自分の今起きてしまった状況を信じてるように話してる(・・・・・・・・・・・)のだから……

 

「……この話を信じるんですか?」

 

「なんじゃ、この話は嘘なのかの?」

 

「ち、違います!!」

 

 今度は偽りを混ぜず真実だけを語った。

 マカロフの誰しもが自分の親と思える雰囲気に流され、つい本当のことを言ってしまったのだ。当然鼻で笑われるか痛い子だと思われると予想していた。だからまさか、こんなにあっさり信じてくれるなんて思いもしなかった。

 そんな綱吉の心情を察したのか、二人は彼を安心させる笑みを浮かべながら――

 

「先程と同じじゃが、これでもだてに歳を取ってはおらん。偽りか本当なのかくらい目を見ればわかる」

 

「最初はちょっと騙されちゃったけど、今度は騙されないし信じられるわ。だってツナヨシ君、分かってもらおうと必死だったじゃない」

 

 唖然としてしまった。

 理由はそれぞれだが、自分の話を二人は信じている。果たして自分が彼らの立場だったら、例え超直感を持っているとしても彼らの様に今の自分と同じ立場に置かれた者の言葉を信じることができるだろうか。

 そう思えるほど、綱吉は二人の今の態度に唖然としてしまう。

 

「じゃがすまんのぅ、話してくれてなんじゃが……別の世界から迷い込んだなんて事例は聞いたことがなくてのぅ。詳しく調べてみないと分からん……じゃが恐らく……」

 

「……やっぱり、そうですか……」

 

 すまなそうに語るマカロフに綱吉は気にしていない素振りを見せながらも内心で落ち込んでしまう。期待していなかった……と言えば嘘になるが、もしかすればという希望があったためショックであるのは事実だった。

 

 やはり自分は元の世界には帰れないという事実は変わらない……

 再び暗闇の海の中に沈みかけようとした時―――

 

「……ツナヨシ君、君が良ければなんじゃが――」

 

 

 

"――妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来んか?"

 

「――……はい?」

 

 マカロフが一体何を言っているのか、まだこの現実に打ち拉がれていた綱吉には理解できなかったし驚いた。ミラも最初はマカロフの言った言葉に驚いていたが、次第に彼の内心を理解し納得し笑みを浮かべる。

 

「ミラから話は聞いたじゃろ。この世界では魔導士が当たり前のように存在し、ギルドという一つの組織に集い、ギルドから寄せられる様々な依頼をこなし収入を得る……そしてこの妖精の尻尾(フェアリーテイル)もその一つ」

 

 今だその言葉を理解できていない綱吉にマカロフは魔導士ギルドについて改めて話す。そして……

 

「自分で言うのもなんじゃが妖精の尻尾(フェアリーテイル)はこのフィオーレという国の中でも1、2を争うほどのギルドでな、最新の仕事や情報もいち早く入って来る。……それらの中にもしかすれば、君が元の世界に帰れるヒントが見つかるやもしれん」

 

「っ!!」

 

 俯き気味だった綱吉の顔がガバッ!と上がる。

 無気力だった表情が少しばかりだが明るさが灯った。

 マカロフの最後の言葉は、それほど綱吉にとって無視できる言葉ではなかったから。

 

「勿論絶対あるとは言えんし、可能性は低いかもしれん……じゃが、0%ではない」

 

 確かに今まで綱吉の身に起こった事例はないため、低いというのは事実だろう。しかしマカロフの言う通り、可能性は0ではない。

 

「で、でも……俺は魔導士じゃ……」

 

「なあに、だったらこのギルドのウェイターでもやってくれれば良い。現にここでは魔導士以外の者も勤めておる、魔法が全てではあらせん」

 

 魔導士ギルドという名だからこそ魔導士しか入れないと思った綱吉は口にするがマカロフは構わないと告げる。

 このギルドには酒場や料理店があるため料理人やウェイトレスがおり勤めているのは魔力を持たない人であり、だから君は拒みはしない、と。

 

 この世界の住人ではない、右も左も分からない綱吉にとってマカロフの話はとてもメリットがある。そしてまだ可能性の話だが元の世界へ帰れるきっかけを掴めるかもしれない。普通なら二つ返事で提案に乗ってもおかしくないほど……

 

 だが……それでも、それでも……

 

「なんで……なんで、初めて会った俺にそこまでしてくれるんですか…?」

 

 決してマカロフを疑ってなどいない。

 まだ会って間もないが彼の人柄は分かったつもりだし、超直観でも彼の言葉に偽りではないと判断できる。でも、やはりこれほど待遇を迎えさせてくれるとなると何故自分にそこまでしてくれるのかと疑念を抱いてしまう。

 

 綱吉のそんな心情を理解したのか、このような態度を取って当然だと思っていたのか、マカロフは本心を口にする。

 

「世の中には孤独を好む者がいる……しかし、孤独に耐えきれる者は誰もおらん。そしてお主は明らかに孤独を嫌う――いや、孤独を恐れておるのが分かる」

 

「っ!」

 

 的を射ている言葉に思わずドキリとしてしまう。

 あの家庭教師に出会う前……何をやっても駄目で友人もおらず、ずっと一人だったあの時の自分だったらそんな想いを抱かなかった……でも今は違う。

 少しずつ大事な友達や仲間がたくさんできていき、彼らと一緒に過ごしたい、笑い合いたい、失いたくない、守りたいと思うようになった。だからこそ、孤独を恐れていると告げたマカロフの言葉にドキリとしたし、否定もしない。

 

「目が覚めたら自分が住んでいた世界とは全く違う世界におり、そこには自分の心許せる友人も知人も、家族もいない……儂にはお主の気持ちが分かるなどとはとても言えんし、同情などすればお主は怒るじゃろ」

 

「………」

 

「じゃが、今のお主を放っておくことはできん。とても悲しそうに、今にも消えてなくなりそうなお主をな」

 

「……っ!」

 

「そんな若者を見捨てるなど儂には耐えきれんし、自分を許せなくなってしまう……」

 

 マカロフの、正に大人の鑑とも言える思いやりの言葉に綱吉は再び言葉を失う。果たして彼と同じ心を持った大人が……いや、人間がいるのだろうか、そう思える程だった。

 

「そして妖精の尻尾のメンバー全員が仲間であると同時に家族でもある。彼らはお主を拒みはせんし必ず受けいれてくれる――決してお主を一人にはさせん」

 

 今だ言葉を失っている綱吉の前に立ち、マカロフは手を差し伸べる。

 その手はまさに、言葉通りの"救いの手"だっだ。そしてそれと同時に……

 

「これは救いであると同時に、お主が明日の軌跡を歩むための選択。どれだけ提案しても、結局選ぶのはその人自身……人には選ぶ資格がある。この手を取って儂らと共に歩み帰る方法見つけるのもよし、手を取らず一人で探し歩むのもよし……どうか後悔のないように」

 

 ……正直綱吉は、この手を取るべきなのかと一瞬思った。

 自分がこうなったのはあらゆる不運な出来事が重なって起こったとはいえ、自分一人の問題。本来なら自分で解決しなきゃいけないこと……だけどこの世界のことは全く知らず、自分一人ではやれることは限られているのも、また事実。

 

 だからと言ってマカロフの案に簡単に乗るのもどうか、何せ彼の提案はまるで自分が元の世界に帰るために妖精の尻尾(フェアリーテイル)を利用しろみたいに聞こえて嫌だったし、今だ自分のことで巻き込みたくない想いもあった。

 

 でも……自分は帰りたい。

 ハチャメチャな非日常で、苦労も絶えない、これからだって怖い事や大変な事、そして命がけの危険だってあかもしれない場所……

 それでも自分は帰りたい……自分が大切に想い、自分を変えてくれた、これからもずっと一緒にいたい友達や仲間……そして家族がいる、あの場所に。

 

 そしてマスターマカロフ……彼が自分を心から想っての提案を無下にしたくない。

 それに……これは完全に自分の感情なのだが、マカロフ、ミラ……彼らの様な暖かい人達が所属している魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』……"そこにいる彼らと一緒に歩んでみたい"……そんな想いが後押しされ―――

 

 

――綱吉はマカロフの手を取った。

 

 それが一体何を意味するのかを理解できていたマカロフとは自分の息子を眺める親の様な慈愛を含んだ笑みを浮かべながら……

 

「ツナヨシ君……いや、ツナヨシ。今日からお主は妖精の尻尾の一員であり、どんなことがあっても仲間でもあり、そして家族じゃ。その事を決して忘れぬよう(・・・・・・・・)にな」

 

「は、はい……」

 

「さて、本来ならこのままお主を仲間の前に連れていき自己紹介させたいところじゃが……ミラ」

 

「はい、マスター」

 

 マカロフの言葉にミラは彼とはある意味で同じで違う、弟を眺める姉の様な慈愛の笑みを浮かべながら―――綱吉を自分の身へと抱き寄せた。

 

「ミ、ミラさんっ!!?」

 

 先程は状況が状況だったため乱れることはなかったが、今はミラの女性特有の柔らかさや匂いに顔を真っ赤に染め上がる。しかも顔は彼女の胸に丁度収まる形になっているため恥ずかしさは尋常ではない……そんな中、更なら暖かさが綱吉を包み込む。

 

「マ、マカロフさん……?」

 

 マカロフまで自身を抱きしめる。

 勿論身長の関係でミラ同様床から立ったままでは出来ないのでベッドの上に上がってやっと出来る行為だ。一体二人ともどうしたんだと尋ねようと口を開きかけよう――

 

「――ツナヨシ君……ううん、ツナヨシ。泣いていいんだよ」

 

 ミラの言葉に自身の中で掛けていた我慢というブレーキが外れそうになる。

 先程少しばかり涙を流していたが、あれはほぼ無意識で、泣いたとはあまり言えない。まだ初めて会った者達の前では泣けないという思い、男としてのプライドなのか、綱吉は泣かず内に多く溜めこんでいた。

 

 だが、今はそれが外そうになっている。

 それでも何とか堪えようと外れかけようとしたブレーキをを締めようと――

 

「はぁ……全くお主は、儂が言ったことを早速忘れてるのぅ。言ったじゃろう、儂らは仲間であり家族。お主はもうその一員じゃ……そんなお主に、今もなお悲しみに囚われてほしくないんじゃ」

 

「っ!!」

 

「今は泣きなさい、心内に抱えている悲しさも苦しみも……全てを洗い流すほど。家族として、胸ぐらいは貸してやるわい」

 

 この言葉をきっかけにブレーキが外れた。

 瞳から涙が流れ頬を伝う……口にする声に嗚咽が混じる……

 

 綱吉は泣き続けた。

 今まで貯め込んでいた貯蔵タンクにある水を全てを放出する様に涙を流し……全てを洗い流す恵みの雨の様に心内に抱いた悲しみや苦しみ、そして絶望を洗い流す……

 

 でもこの涙は立ち止まるために流すのではない、前へ進むため……明日への軌跡を歩んでいくために流すのだ。必ず、必ず……みんながいる世界へ帰るためにも……

 

 そんな泣き続ける綱吉を、マカロフとミラはただ黙って胸を貸し続けるのであった……




早速ですけどアンケートを取りたいなぁと思っています。
その内容はツナのヒロインは誰にするのか!?です。

ツナのヒロインは二人で、候補は『ルーシィ』、『ジュビア』、『レビィ』、『ウェンディ』の四人です。本当は自分で決めなくちゃいけないのですが、この四人は自分にとって誰もが魅力的で選べなかったのが本心です。

なのでアンケートを取って誰をヒロインにするのかを決めたいと思っています。あ、勿論全員ヒロインでOKという案も大丈夫です。

活動報告に作っておくので、それに投票して下さい!
一人で二人のヒロインを選んで投票して下さい! もし全員ヒロインOKという方はヒロインには投票しないで下さい。
結果はどうなっても、自分は既にどんなヒロインのルートでの物語の道筋を決めており、もし『ジュビア』や『レビィ』がヒロインに選ばれて、公式でカップリングになっている『グレイ』と『ガジル』の対応(リボーンかフェアリーテイルのキャラとくっつけるか、自分・もしくは皆さまが考えたオリキャラとくっつける案)も考えていますので遠慮なく、ツナのヒロインに相応しいと思える人にドシドシと送って下さい! もし少なかったり投票がなかった場合は自分が潔く決めますので。

さて、次回は早く投票したいと思っていますが、そろそろもう一つの自分の作品である『リリカルなのは』の方にも更新させないといけないので、少しばかり遅れますがご了承ください。

それではまた次回!


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標的4 妖精の尻尾

二日遅れですが、あけましておめでとうございます! 今年もどうかよろしくお願いします!

さて、本来なら自分のもう一つの作品の『リリカルなのは』を更新してるはずだったんですが……それに関して今はガチのスランプ状態に入っており、考えが浮かばず無駄に日が過ぎていく日々を過ごすことになって……なので先にこの話を更新しました。

『リリカルなのは』を楽しみにしていた方はすいません。いずれスランプを克服して更新を再開したいと思いますのでお待ちいただけると幸いです。

それではフェアリーテイルをどうぞ!



 フィオーレ王国

 1700万人の人口を持ち、主な産業は酪農・園芸農業。X622年にて永世中立国に認められた王国。

 この世界では魔法が当たり前の様に存在し、当たり前の様に人々の生活を支えている。そして魔法を駆使して戦う者を『魔導士』と呼び、世界各地にある様々な魔導士ギルドに所属し、依頼に応じて仕事を行う。

 

 そのフィオーレ王国に数多に存在する一つの町、『マグノリア』。王国東方にある街で、人口6万人で古くから魔法も盛んな商業都市。

 

 そんな町に、ある一つのギルドが存在する……

 

 その名は――『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。

 

 

 

 綺麗で見上げるほどの石造りの高い建物、まるで小さなお城と言っていいだろう。

 入り口の門の上には大きな看板があり、【FAIRY TAIL】と書かれている。

 門の扉を開け中に入ると、長テーブルがいくつもあり、ある者は楽しそうに談話し、ある者は気持ちよく食事や飲酒し、ある者は愉快に喧嘩しているなど、このギルドにとって当たり前の光景であり、ギルドならではの騒々しさだ。

 

 その当たり前の光景に、一般とはかけ離れた存在がテーブルに座って食事をしている。

 

 桜色の髪と鱗模様のマフラー、右肩に赤い妖精の紋章、凶暴性が顕著に出ている鋭いツリ目が特徴の少年、『ナツ・ドラグニル』が、彼だけの特注の品である"ファイアパスタ"、"ファイアチキン"、"ファイアドリンク"を食している。

 

 "へ~、ファイアパスタにファイアチキン……何か辛そうな料理だね♪"なんて名前だけ見て思う人がいるかもしれないが、断じて違う。

 

 この料理、文字通り燃えている――というか炎その物だ。

 

 こんな物誰が食べるの?というかまず口に入れる事なんて出来ないでしょ!と一般の人なら口を揃えて言うであろうがナツは何の苦もなく、むしろ嬉々として手を伸ばし、美味しそうに食している。

 

 普通な人間なら――いや、どんなに鍛錬を積んだ魔導士ですら、こんな事が出来るはずはない。しかし、ナツはある意味で特別な魔導士なのだ。

 

 彼の魔法は《滅竜魔法》と呼ばれる、稀少すぎる竜迎撃用の太古の魔法(エンシェントスペル)であり、あまりの強さと術者の副作用により使用が禁止、時が経つにつれ忘れられた失われた魔法(ロストマジック)の一つでもある。

 術者の体質を自らの属性の竜に変換させることで、常人を超える程に身体能力が強化される。それに加え自分と同じ属性のものを食べることで体力回復、身体強化などが可能なのだ。その魔法を扱う魔導士を、人は《滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)》と呼ぶ。

 

 そしてナツが司る属性は"炎"……つまり彼にとって炎は恐れる物であらず、寧ろ賛美される物である。その魔法ゆえ――いや、それと関係なくナツの喧嘩早い性格ゆえ……彼はフェアリーテイルの戦闘派の魔導士で、強さはこのギルドの中でも折り紙付きでトップクラスを誇っている。

 

「あはは…いつ見てもナツの食事って凄いよね」

 

 ナツと向かい側の席に座り口にしたのは『レビィ・マクガーデン』。青色の髪にカチューシャと少し小柄な体型が特徴的な少女。いつも暇を見つけては、本を読む程の本好きで、語学に長け古代文字の分析や魔法の解除が得意な学問派で、ナツとは正反対の魔導士だ。

 

 現在、彼女は目の前の光景に少々苦笑いしている。いくらナツの魔法の理屈を分かっており時間が経つことで見慣れているが、圧倒されることに変わりはない。

 

「レビィも食うか?」

 

「いや、まず私は炎を食べられないよナツ」

 

 そりゃそうだ。炎を食べられるのは同じ属性を持つ滅竜魔導士のナツだからこそだ。他の者に炎を食べろなんて言ったら拷問以外の何物でもない。

 

「ナツ~、早く食べて仕事行こうよ~」

 

 ナツの肩辺りでぷかぷかと背中から生やした二本の翼で浮いている青い猫、『ハッピー』が呼びかける。ナツの相棒的存在であり、(エーラ)と呼ばれる魔法を使う魔導士だ。

 

 "猫が喋ってる!? つうか翼生やして飛んでるとかどういう事!?"と、常人ならそう思わずにいられずツッコミを入れるだろうが、ギルドメンバーにとってはもう見慣れた光景で気にする者は誰もいない。

 

 ハッピーの言葉に"そうだった!!"と、残っている炎料理を掃除機で吸い込むように食べ終え、依頼書が載っているクエストボードへと早々と走って行く。

 

「…全く、いつまで経っても変わんないねぇナツは」

 

「ふっ、それでこそ漢ぉ!」

 

「カナ! それにエルフマンも!」

 

 レビィの席に二人の男女が加わる。

 

 一人はウェーブのかかった茶髪のロングヘアに、上半身は水着のビキニ様な物だけを纏うといった、露出度の高いラフな服装が特徴的な『カナ・アルベローナ』。

 若い世代のギルドのメンバー中でも古参であり、その実力はギルド内でも上位にも入る実力者……なのだが、18歳の身でありながら、とんでもない酒豪で、今も樽に入った酒を手に持ちグビグビと気持ちよく飲んでいる。(この世界で飲酒は15歳から認められている)

 

 もう一人はカナと同じくギルド上位実力者の一人である、身長が二メートル近くもあり、銀髪で色黒で筋肉質で、学ランのような服を着用し見るからに暑苦しいと思わせる大男である『エルフマン・ストラウス』。

 年中漢!漢!漢!漢!と叫び喧しい男なのだが、戦いでは常に正々堂々と戦い、情に厚くて涙脆い面を持ち決して悪い人ではないので、あしからず。

 

「そういえばレビィ、聞いた? 今朝ギルド前に倒れていた男の子の話」

 

「あぁ…その話ね。確か今は部屋の奥で寝てるんだよね」

 

「今姉ちゃんが見てるからな、流石は漢ォ!」

 

「ミラは女でしょうが……にしても見知らずの奴を保護するなんて、私達がこのギルドに入る時といい、本当マスターってお人好しねぇ……」

 

「あはは! そういうカナだって、実際にそういう子が目の前にいたらほっておくことが出来ないでしょ? 昔からずっと孤児院の子供達の所へ遊びに行ってるし、カナってホントいいお姉さんだよね」

 

「う、うっさいわね! じゃあ言わせてもらうけど、アンタだって誰に対しても明るく笑顔で振舞って心が広くて怒っても仕方ない場面でも滅多に怒らず笑顔で許す……これをお人好しと呼ばずなんて言うんだい!」

 

「あ、あうぅ……そ、そういうカナだって――」 

 

互いが全く傷つくことはなく、逆に互いの更なる魅力が分かり好感が上がっていく口喧嘩、それに気づかず言い合うレビィとカナ……

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉ!! 二人共漢だああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

確かに見てて好ましくて微笑ましいが、決して漢だからという理由でやってるわけではないし、この二人は女性だ……。取り敢えず、今涙を流し感動しているエルフマンの言葉は無視していい……いや本当に。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ナツぅ、どの依頼にするか決めた?」

 

「ん~~、どれにすっかなぁ」

 

 現在ナツとハッピーは、依頼書が数多に載っているクエストボードの前でどの仕事をするのか悩んでいる。

 魔物と呼ばれる獣や魔法を使った犯罪者の討伐、魔導士でなければ解決できない呪いの解除や古代文字の解読、一般人でもこなせる業務や雑用、と依頼書の内容は多種様々。

 

 そして戦闘派の魔導士であるナツが最も得意とする依頼は討伐系で、今まで討伐できなかった魔物も魔導士もいない。……といっても、彼の魔法は周りに甚大な被害を及ばすため、器物破損によって報酬金を引かれるのが常だが……

 

 

『危険魔物の討伐・報酬金80万J』

 

「お、いいの発見!」

 

 自分にピッタリで更に報酬金も良い依頼を見つけ、嬉々としてその依頼書に手を伸ばそうとすると―――誰かの腕とぶつかり合う。

 

「「――あぁ”?」」

 

 その相手に向き合った瞬間、ナツも相手も機嫌が悪くなる。それはそうだろう。何せこの二人……出会えばすぐに喧嘩へと発展させてしまうのだから。

 

「……何してんだタレ目野郎」

 

「……見りゃ分かんだろ、仕事するために依頼書選んだんだ。そんなことも分かんねぇのかツリ目野郎」

 

『グレイ・フルバスター』。

 黒髪で顔立ちも整っており、見るからにイケメンの青年で女性からさぞかしモテる……所構わず服を脱ぐ抜き癖がなければ。現に今は上半身裸で下はパンツだけという、"お前は海水浴にでも行くのか?"というツッコミを思わずいれたくなる。酷いときは街中で全裸を披露し、『評議院』と呼ばれる、この世界の警察・司法組織にお世話になりかけた事なんて数えるのが馬鹿らしいほどだ。

 しかし彼の魔導士としての実力は本物。

 武器や物体を自身が生み出す氷によって造形する『氷の造形魔導士』で、その実力はナツと共にギルド内でトップクラスの実力を持つ男。

 

 そしてナツとグレイ……仲が超絶悪いとか互いに酷く嫌っているとか、そんな感情を抱いているわけでは決してないのだが、昔から出会えば口喧嘩から始まり殴り合いへと発展していくのだ。

 

 ギルド内にいるメンバーは『また始まった』、『ホント、懲りないな…』と呆れるだけで止めはしない。あの二人が喧嘩するなんて日常茶番と言っていいほどやっているし、止めになど入れば自分がとばっちりを受けるのは明白だから。

 

「離せよ、これは俺が先に見つけた依頼だ」

 

「いや同時だ、つうか俺はクエストボードを一目見てこの依頼にするって決めたんだ。ここは決断力が速かった俺に譲れや」

 

「バカかテメェは。俺は一時間前からこの依頼に目をつけてたんだ、だからこれは俺のだ!」

 

「さっきまでどの依頼にすっか悩んでただろうが!? 嘘ぶっこいんてじゃねェぞ!!」

 

 互いに額を擦りつけ合い『やんのかゴラ!』と不良顔負けの脅し顔をぶつけ合うナツとグレイ。もし周りに年半端ない子供や喧嘩とは無縁の生活を送っている一般人が見れば即逃げ出すほどのレベルだ。

 このまま拳の一つでもお見舞いしてやろうかと真っ先に考えた二人であったが、これから仕事に向かうのに、今目の前に立つこのバカ相手に体力を使いたくないという思いからその考えを捨てた。ならば一体どうやって状況を打破しようかと考えたグレイであったが――

 

「よし。んじゃジャンケン、あっち向いてホイで決めっか。」

 

「…………はぁ?」

 

 突然のナツの提案に耳を疑い、思わず聞き返してしまった。

 いや、この状況で別にジャンケンを提案するのが不思議ではない。喧嘩早く、語るなら拳で語れ!がモットーなナツが提案したことが不思議なのだ。

 

「おいおい珍しいじゃねぇかナツさんよぉ。真っ先に拳を交えての喧嘩を始めるお前さんらしくないじゃねぇか」

 

「こっちの方が手っ取り早いだろ。それともグレイ、勝つ自信がねぇのかよ?」

 

「上等だよこの野郎……受けて立ってやらぁ!!」

 

 ナツとグレイの空気が変わった……表情は正に戦士の顔。二人から魔力が溢れだし、ナツは紅色、グレイは白銀色とそれぞれの魔法の特徴を表す色の魔力が溢れでる。

 

 魔導士が魔力を使うということは……依頼を、敵を、本気でこなし・倒すことの表れ。

 

 それでもう全員には分かるはず……この二人は本気で勝ちにいこうとしていることが。

 

 だからこそ、二人が勝負にかける想いは同じ―――"この勝負、決して負けられない!!"

 

 

 

「……何でたかがジャケンであそこまで魔力をむき出しに出来んだ?」

 

「あい! ナツとグレイだからです!」

 

「それで納得できんのがある意味で恐ろしいな……」

 

遠くからナツとグレイのジャンケンを傍観する、チーム『シャドウギア』の一員である『ジェット』と『ドロイ』は、ハッピーの言葉に何故か説得力があってあの二人があそこまで本気になるのか、つい納得してしまう。

 

 

そしてジャンケンの結果はと言うと……

 

 

 

ナツ→グー

 

グレイ→チョキ

 

 

 

「よっしゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「くっそおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 勝利したナツは歓喜の声を、グレイは悔しそうに声を上げる。その姿、まるで学校最後のスポーツ大会で見る勝者と敗者にも見えなくもない……凄く大袈裟だけど。

 

 

 

「……相変わらずリアクションが大袈裟だねあの二人」

 

「そんなんで一々あの二人にツッコミを入れると疲れるぞ」

 

 『週刊ソーサラー』というフィオーレ中に広まっている雑誌で『彼氏にしたい魔導士』上位ランカーの魔導士『ロキ』は毎度のことながらリアクションの一つ一つが大袈裟な二人にため息をはき、胴体だけ何故か大きく『絵画魔法』の使い手で絵を書くことを趣味としている魔導士『リーダス・ジョナー』はは見慣れているからか、あまり気にせずスケッチブックで絵描きに集中。

 

 

 

「調子こいてんじゃねぇぞ! まだジャンケンに負けただけで、まだあっち向いてほい!が残ってるんだからな!」

 

「問題ないね! 次も俺が勝つからな!」

 

 方やここで負ければ敗北してしまうが、ここを乗り切れば勝つチャンスが巡って来るグレイ。方や王手をかけて勝利まだ後一歩だが、このチャンスを逃せば振り出しに戻ってしまうナツ。

 

 だからこそ二人は意識を集中させる。

 

 この勝負に勝って仕事に行くために……そして何よりも、目の前に立つコイツにだけは絶対敗北という二文字を自分に刻ませないために!!

 

「あっち向いて――」

 

 まるで相手にタイミングを計らせないようなタイミングで、ナツは素早い速さで人差し指をグレイ目掛けて突き出してくる。その速さは銃から発射された銃弾のような速さに匹敵するほど……

 

 常人なら目で追いつけず、思わず逸らしたくなりそうになるが、グレイは微動だにせずナツの指先を冷静に眺めていた。

 

(俺はお前の指から決して目を離さねぇ!!)

 

 いつ指先がどの方向に向くのかを見極め向いた方向とは違う方へと顔を向けるため、指の動きを凝視し、言葉の通りグレイは目を離さなかった。

 

 

 ナツの指とグレイの目との距離が15cm……まだ真っ直ぐだ。

 

 距離が10cm……まだ方向転換しない。

 

 距離が5cm……いい加減そろそろ方向転換させるだろう。

 

 距離が1cm……ここで曲げるつもりだろう。さあ、動かせ!!

 

 距離が0cメぶすっ――……あれ?左目が真っ暗になっ――

 

「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 眼がぁぁ、眼があああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「俺の勝ちだな、かっかっかっか!!!」

 

 左目の痛みに床を転げ回るグレイに、悪役に相応しい高笑いを上げるナツ……。

 詳細を説明すると、ナツは指を右にも左にもどの方向にも向きを変えず、ただ真っ直ぐに突き動かした。それゆえ、顔を全く動かさなかったグレイの目に綺麗に突き刺さったのだ……

 

 顔の向きを変えなかったグレイもそうだが、指を方向転換させなかったナツにも非が……というかこの悪役顔負けの高笑いから見るからに、わざとなのは明白。

 

「あっち向いてほいと見せかけての眼潰し!?」

 

「相変わらずエグいな!」

 

「いや、これどっちかと言うと卑怯じゃねえのか?」

 

「漢としてあるまじき行為!!」

 

 西部大陸からの移民し西部劇にでてくるよう衣装を纏っている魔導士の『ビスカ・ムーラン』と『アルザック・コネル』は相変わらずやる事一つ一つがエグいナツの行いに改めて戦慄し、ギルド内でも上位の実力を持つ『ウォーレン・ラッコー』はナツの行いを冷や汗を流しながらも冷静に卑怯と指摘、エルフマンはウォーレンの言葉に共感し漢らしくないと叫ぶ。

 

 さて、見事ナツにしてやられたグレイであるが……勿論やられっぱなしなのは彼の性分ではないし、他なら兎も角ナツに負けるのだけはどうしても許せない。

 

 だからこそ未だ痛みが奔る左目を押さえながら、彼は今だ勝利の余韻に浸っているナツへと立ち上がり――

 

 

「……あ、ギルダーツが帰ってきた」

 

「何ぃぃ!? 帰ってきたのかギルダーツ!!」

 

 『ギルダーツ』……ナツにとってとても無視できる名ではなく、思わずグレイから意識を外してその男を目で探す。

 

 勿論嘘だ。数秒も経てばナツにだって嘘だと理解できる嘘だ。しかしその数秒、ナツが自分に対して意識を外してくれれば、この技の準備の時間は充分稼げる。

 

 手を組み、両方の人差し指だけをつきたて、狙いを定め……

 

 

「くらえナツ!! ジイさん直伝奥義、サウザンドキルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 

 ぶすっ!!とまた何かに突き刺された音が聞こえる。

 

 正し今度は目潰しではなく……――肛門潰し。

 

「あ"あ"あ"ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 悲鳴を上げ、力なく倒れるナツ。

 

 

 

 この奥義……

 人間の尻穴を砕き

 人間の肛門を潰し

 人間の寿命を確実に縮める体技奥義……

 

 

 

 なんてまあ…ご大層に語り凄そうなネーミングだが――要するにただのカンチョーだ。しかしただのカンチョーとはいえ、その威力と狙い場所は馬鹿にならない。いくら竜から直々に滅竜の魔を教わった竜の子であろうと、急所に攻撃を受ければタダでは済まない。

 

「眼潰しに対抗して肛門潰しか…」

 

「こっちもこっちでエグいな」

 

「ていうか、あれのどこが秘伝奥義?」

 

 ギルド内で年輩の魔導士である『マカオ・コンボルト』と『ワカバ・ミネ』はグレイの反撃に少々引き気味でありながらも感心し、ギルドの中でも社交性が高い魔導士の『マックス・アローゼ』はあれのどこが秘伝奥義なのか問い詰めたい気分だった。

 

「何してくれてんだぁ変態氷野郎!! 尻が二つに割れちまったらどうすんだ!!」

 

「元から二つに割れてんだよ炎バカ!! つうか先に仕掛けたのはてめェだろうが!!」  

 急所攻撃を受けながらも、男の意地なのか根性なのかナツは立ち上がり、自分をこんな目に合わせた元凶と対立する。

 勿論先に仕掛けたのはナツでグレイの言い分は尤もだが、彼も昔ナツとの張り合い勝負で何度も策を巡らせ今回のナツのような行為をしているため、人の事は全く言えない。

 

「だあぁ!! もうジャンケンとかそんな温いやり方はやめだ!! 手っ取り早く魔法で決着つけてやる!!」

 

「いいねぇ、その方がどっちが上かハッキリさせてくれるからなぁぁ!!」

 

 瞬間、ナツからは周りを燃やしかねない熱気を、グレイから氷点下を軽く下回る冷気を発生させる。二人をよく知る人物ならば、彼らが今から何をするのか嫌でも分かるだろう。彼らは魔法を使おうとしている……しかも結構本気で。

 

「やべぇ! ナツとグレイが魔法で戦おうとしてやがるっ!」

 

「止めろぉ!! 誰かあの二人を止めろぉ!!」

 

「阿呆が!! あの二人を止められんならもうとっくに止めてるわ!!」

 

 周りが慌てるのも仕方ない。

 ナツとグレイはギルドの中でもトップクラスの実力を持った魔導士だ。殴り合いなら兎も角、この二人が魔法を使ってぶつかり合いなんてすれば、周りは勿論、このギルドの建物ですら崩壊することに間違いないのだから。並の魔導士では止めることは叶わず、それにあの二人の喧嘩に割って入れば被害は自分にも向いてしまう。

 だからこそ、誰もが止めたいという思いはあれど、動こうとする者はいなかった。あの二人を止められるのは、彼らと同等の実力かそれ以上の者でなければ無理だ。

 

「……ったくあのバカ共。魔法なんかで戦り合ったら私まで被害が及ぶじゃない。止めるよエルフマン」

 

「ふっ。喧嘩を力づくで止めるのも漢の仕事ォ!」

 

 その中で二人の強者が動き出す……カナとエルフマンだ。カナとエルフマンも妖精の尻尾の中でも上位に入る実力者で、それは周りも認めている。

 カナはカードを、エルフマンは腕を、自身のそれぞれの魔法の得物を取り出し――

 

「えーっと……カナ、エルフマン。二人共止めに入らなくていいみたいだよ……」

 

 一瞬横から声を掛けてきたレビィの言葉に眉を潜めたが、彼女の指が刺した方向に目を向けると"あぁ、成程"と思い、二人ともそれぞれの得物を下げた。

 

 自分達が止める必要なんかない。ナツとグレイ……あの二人を止めるに相応しい執行人が彼らに歩み向かっているのだから……

 

 

 

「「くたばれナツ[グレイ]ーーーーーーー!!!」」

 

 炎を、氷を、それぞれの拳に纏わせ、一斉に二人は拳を振るう。

 その一撃は遊びが全く入ってない本気の一撃。岩に当たれば容易く粉砕され、木に当たれば容易くへし折られる……そんな一撃。

 

 別に相手が本当に憎いからではなく、"好敵手には絶対負けらない!"、"コイツ相手にはどんな時でも全力だ!"という思いから来る本気の一撃。

 

 そして……遂に魔法を乗せた互いの拳はぶつかり合――

 

 

 

「「――くぺらっ!!?」」

 

 地に沈んだ、いや沈められた……誰かに横から殴られたのだ。

 

 ナツとグレイの互いに魔力を込めた一撃の間に割って入り、尚且つ二人の動きを強制的に止めるなどという技が出来るのは、彼らの戦闘力を上回る実力者でなければ無理だ。

 確かにこの二人はギルド内でトップクラスではあるのは事実だ。しかし、彼らより上の実力者がまだ存在する。

 

 例えば年中仕事ばかり行ってる破壊のオヤジとか、金髪でヘッドホンかけて如何にも自分は王様だぜ!みたいな羽織と風格を持つ雷お兄さんとか、顔も実力も知らないが最強の一人に数えられている霧の名を持つお兄さんとか……

 

 

 

綺麗な緋色の長髪の美人で鎧を着た『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』女性最強のお姉さんとか……

 

「「エ、エルザぁぁっ!!?」」

 

先程の威勢が嘘かのように、二人揃って恐怖の声を上げる。

 

『エルザ・スカーレット』。

 普段着のように騎士が纏うような鎧を服の上から着用し、腰近くまで伸びた綺麗な緋色の長髪に凛として整った顔の美女。

 彼女こそ、ある特別な試練を乗り越え、S級と呼ばれる命の保証が全くできない依頼書を唯一受けおえ、マスターマカロフに認められたこのギルドに5人しかいない『S級魔導士』の一人で《妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の女》、またの名を《妖精女王(ティターニア)》の肩書を持つ強者である。

 

 仲間への想いは人一倍強く、仲間が抱えている悩みにも乗り励ましたり力になったりするなどの優しさを持ち、それだけを見れば強くて優しくて頼りにり、性別問わずつい憧れを抱いてしまう程の女性だ。

 

 ただ……彼女はルールに厳しい厳格で度胸があり大胆な豪胆で、男勝りの性格も持っている。そのためギルドメンバーは彼女のことを"嫌っている"とか"苦手だ"と言うわけではないが、ついビクっ!となってしまうレベルで恐れている。

 

 彼女のギルド内のポジションは、学校でいう風紀委員長……つまりギルド内の風紀を乱す者に対して注意したり、度が過ぎる者には自らの力をもって粛せ――制裁を行う役割だ。……今のナツやグレイの様に。

 

「ナツ、グレイ。お前達がいつも何かしらで張り合い、お互いを高め合っているのは知ってるし、それは良きことだと思う。だが、ギルド内で魔法を使ってやり合うのはやりすぎではないのか?」

 

 ギロっ!!と鋭く威圧感が籠った視線に睨まれ、まさに二人は蛇に睨まれた蛙。

 

 基本ナツとグレイは誰が相手でも臆せず立ち向かえる高い勇気も度胸も持ち合わせているのだが、エルザが相手では別。

 昔、勝負を挑んで返り討ちにされたりとか裸でウロチョロしてる所が見つかりボコボコにされたりと、理由は様々だが二人はエルザを恐れており、例え挑んだとしても酷い返り討ちにあうのがオチ。

 

 だから二人が真っ先に取る行動は……

 

「ま、待ってくれエルザ!! こうなっちまったのは全部ナツの責任だ!! 俺に罪はねぇ!!」

 

「グレイテメぇ!! 自分だけ助かるつもりかっ!!」

 

「いや、悪いのはお前だろ!? お前がまともなジャンケンをしてればこんな事にはならなかっただろうが!!」

 

「俺は悪くねぇ!! 悪いのは目潰し如きで怒ってやり返したテメェだろうが!!」

 

「目潰しておきながら責任を全て俺になすり付ける気かお前は!!?」

 

 ブチっ!!、と往生際が悪く互いに責任転嫁し合う二人にエルザの堪忍袋の緒が切れ……

 

「歯を食いしれバカ者共おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ぎゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!という断末魔がギルド内に響き渡る……

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……あの、あれ止めなくていいんですか?」

 

「大丈夫よ、いつもの事だから」

 

「いつもあんな事やってるの!?」

 

「そんなで一々ツッコミを入れたら身が持たんぞツナ。あれでもまだ序の口じゃ」

 

「序の口ってどう意味ですかっ!?」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ることになった綱吉は、マカロフとミラに案内されてギルドメンバーがいる場所まで来たのだが……桜髪と黒髪の青年が緋色の髪をし鬼にも劣らない形相な女性にフルボッコにされている場面を目のあたりにしてしまった。

 

 だがミラとマカロフから言わせれば、この程度はまだ可愛い物で、酷い時はギルド全員が暴れてこの建物全体がぶっ壊され再建するハメになる程らしい。

 まさかここは自分がいた並盛と同じで非日常が毎日起こっているのでは!?と、軽くこの先の事に不安を覚えてしまう。

 

 なんて考え事をしていると、マカロフの室内全体に響く呼びかけでギルドにいる数十人全員の目が綱吉の方へと向いた。

 

 ある状況下、そして覚悟を決めた綱吉ならばこの程度の人数に注目されようと緊張することも狼狽える事もせず、逆に周りを落ち着かせ安心させたりとボスとして相応しい振舞いを見せるのだが……今回はそのある状況というわけでもないので、今はガチガチに緊張しており、醜態をさらしたらどうしよう!?と不安の事ばかり考えてしまう。

 

「今日からこのギルドに加わる事になったツナヨシ・サワダ、通称ツナじゃ。みんな仲良うするのじゃぞ」

 

 "ほれ、お主からも何か一言"というマカロフの言葉に発言権のバトンが渡されたことで更に心臓が高鳴る。

 注目を浴びるのはやはり好きではないし、緊張してしまうがそうも言ってられない。人は第一印象によって変わるとか言われてるし、ここが言ってみれば正念場。

 

 深呼吸を繰り返し、ようやく覚悟が決まった綱吉はみんなの前に立ち――

 

「今日からこのギルドにお世話になる事になった沢田綱吉です。これからどうかよろしくお願いしまちゅ――」

 

 

 

 "やっちゃったあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!"と心の中で大声で叫ぶ。

 

(あんなに注意して自己紹介していたのに、最後の最後で噛むなんてそれはないんじゃないの!? 早速醜態さらしちゃったあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)

 

 しかしどんなに叫んでも時間が戻るはずはなく、このやってしまった時間を過ごすしかない。恐る恐るギルドメンバーの反応を見てみると、必死に笑いを堪えて俯いている者もいたり、大笑いして腹を抱える者(ナツ一人)もいたり、頑張れ!というエールを送る者がいたり、"お前の気持ちは分かるぞ"と同情な眼差しを送る者がいたりと様々だったが、誰しもが決して自分を馬鹿にするといった負の感情を込めていなく、逆に"面白そうな人"といった正の感情が込められている事が分かり、ここにいる人達が良い人達だなと感じる。

 

「だっはははははは!! 面白いなあいつ――くぼっ!!」

 

「ナツ。いくら悪意で笑っていないとはいえ、人の失敗を笑うとは何事か」

 

 大笑いしていたナツを拳一つで沈めたエルザは、先程ナツとグレイをフルボッコにしていた鬼の形相が嘘かのように、これから新しい環境を迎える新人に"何の心配もないぞ"と安心させる笑みを浮かべながら、宜しくの握手のため手を差し出す。

 

「ナツが失礼したな。これから同じギルドの仲間として歓迎するぞ、ツナ」

 

「ひいぃっ!」

 

 ……だというのに綱吉は悲鳴を上げ少し後ろに下がってしまう。

 

 それはそうだろう。綱吉とエルザは初対面でお互い何も知らず、どんな人物かも分からないが、綱吉は見てしまった。どれだけ鍛え上げた魔導士ですらも逃げ出し恐怖する程の鬼の形相で男二人をフルボッコにしている所を……。

 

 勿論理由なく拳を振るうような女性ではないことは分かるが、それでも綱吉にとってエルザは怖い女の人と認識してしまったのだ……やはり第一印象は大事だ。

 

 だがそんな事など知らないエルザにとって、自分に対して恐がる綱吉の態度に、ガーン!!とショックを受けており、暫し固まってしまった。そして何か知らない内に綱吉に何かしてしまったのではないかと恐る恐るミラに尋ねる。

 

「お、おいミラ……私は彼に何か恐がる様なことをしてしまったのか……?」

 

「それはね――」

 

 ミラはゴニョゴニョとエルザにしか聞こえないように、あの場面を綱吉が見てしまった事実を耳打ちする。 それを聞き終えたエルザは"自分は何て過ちを犯したんだ!"と、悪気がなく罪を犯した容疑者のようにズーンと落ち込み……

 

「わ、私は何てことを……。快く迎えなければいけない新たな仲間に恐怖を与えるなど……。私のせいだ!! 取り敢えず殴ってくれ!!」

 

「え、えぇぇぇ!!? い、いやそんな事出来るはずないでしょ!!」

 

「あぁ…お前、ツナっていったか。エルザは真面目だけど少々ズレてる所があってな、あんま気にしない方がいいぞ」

 

「で、でも何か俺のせ―――へ、変態だ!!」

 

「おいぃぃぃぃぃぃぃ!! 初対面の相手に変態呼ばわりはねェんじゃないのか!!?」

 

「全裸の人に言われても説得力がないんですがっ!!?」

 

「……どわあぁぁぁ!! い、いつの間に!!」

 

「オイラ、ハッピーっていうんだ。よろしくねツナ」

 

「あ、あぁよろし――って猫が喋ってる!!?」

 

「そりゃ喋れますよ、猫ですから」

 

「猫は普通ニャーニャーしか喋れないんですけど!!」

 

「へぇ……中々いいツッコミじゃない、気に入ったよ。これからお姉さんと一緒に飲まないかい?」

 

「お、お酒ぇ!!? しかも一杯が樽なんて多すぎのレベル超えてる!! そ、そもそも俺、14だから飲めませんよ!!」

 

「大丈夫だって。私が飲み始めたのは13からだから、アンタもきっといけるよ」

 

「貴方を基準に考えないで!! というか13から飲んでるって飲酒年齢を思い切り破ってるから!!」

 

「す、凄い……初対面なのに……こんな数々のボケに、的確にツッコミを入れるなんて……」

 

「それも……グレイやハッピーやカナはおろか、エルザ相手に……」

 

「こ、こいつ……ただ者じゃないぞ!」

 

「漢だぁぁ!!」

 

「遂に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に常識人が入るんだね……」

 

「それってここには誰一人まともな人がいないという意味なんですかぁぁぁ!!?」

 

 ぜぇ…ぜぇ…と休みなしでツッコミっぱなしだったため流石に疲れを見せる綱吉。

 

 何だこのツッコミ所が満載な集団は。

 自分がいた並盛の仲間と対して変わらない……いや、問題を間違えただけで銃で撃ったり、ダイナマイトを所構わず投げたり、群れてるという理由で咬み殺したり、"愛のためなら人は死ねる"とか言いながら毒物を食わせたり、修業やボンゴレ式と言いながらの地獄巡りをさせないだけでまだマシか……

 

 いや、自分はまだ彼らの事をよく知らない。もしかすれば自分の仲間達にも劣らない問題児の集団なのかもしれない……頭が痛くなる綱吉。

 

 というか、そんな事を基準に考えている時点で彼もまた普通ではないのかもしれない……

 

「うふふ。大丈夫ツナ?」

 

「ミ、ミラさん……何とか」

 

「ふふっ、やっぱり圧倒されちゃった?」

 

「ええぇ……ある意味で予想通りで、ある意味で予想外すぎて……」

 

「でも、それが妖精の尻尾らしいのよ。そしてみんな、貴方を歓迎してくれてる……それがよく分かったでしょ?」

 

「…………はい」

 

 ミラの言葉に、勘で理解していたのか綱吉は頷く。

 会話の内容や彼らの性格はともかく、ここにいる全員は決して自分を拒みはせず、当然のように快く受け入れてくれる。初めて会ったばかりなのに、どんな人物かも分からないのに関わらず……

 

 これも、マスターマカロフの教えによるものか……それともこれが彼ら自身の心の広さ…いや優しさ…それともただのお人好しなのか。

 

 "彼らはお主を拒みはせんし必ず受けいれてくれる"、マカロフの言った事が今ようやく理解できたような気がする。

 

 こんな自分を受け入れてくれる嬉しさと感謝、そしてこんな彼らと一緒の時間を過ごす期待……そんな感情を込めて、これから新たな仲間に声を掛けようと――

 

 

 

「お前ツナって言ったよな! 俺と勝負しようぜ!」

 

――エルザの拳に沈められたにも関わらず、僅か数秒で蘇ったナツに勝負を挑まれてしまった。




さて、ツナのヒロインは誰にするか!?……で、ミラをヒロインの一人に加えて!!という意見が多数来たこと、友人の薦め、そしてミラはお姉さん的ポジションだった自分もまぁいいか!という考えに至り、彼女をヒロインの一人に加えることにしました!!

なのでヒロインを3人に増やし、アンケートで選ばれた3人をツナのヒロインにしたいと思います!……最近では友人が『マフィアのボスなら奥さんがたくさんいても問題ないんじゃない?』、『ツナなら全員の好意をしっかり受け止め全てを分かった上で愛してくれる』など言われて、候補を全員ヒロインにしてとあ魔の上条ハーレムならぬ綱吉ハーレムにしようかとガチで悩んでいるんですけど…… まぁ、アンケートの結果次第なんですけどね!!

言い忘れてましたけど、アンケート期間は原作開始……つまりルーシィの登場する話までです!

さて次回はツナvsナツの戦い……ナツが規格外の滅竜魔法で圧倒するのか、それとも逆にツナが――……お楽しみに!


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標的5 大空VS火竜

お久しぶりです綱久です。三か月近く振りになりますかね。
まずはそれ程長い時間更新ができず申し訳ありません。大学の研究や就活説明会などで中々時間が取れず、空いた時間で執筆をしてたのですが、途中で大幅な内容変更などしてしまいここまで遅れてしまいました。
こんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。

話は変わって、たくさんのお気に入り登録、評価付け、ありがとうございました! ランキングの順位にも入っていたみたいで、とても嬉しかったです!

今回の話は題名で分かると思いますが戦闘シーンです。最初は短く書こうと思いましたが、描写など色々と加えた結果かなりの文字数になっちゃいました。下手くそですけど楽しく読んでいただけると幸いです。




『新人、しっかりやれよぉ!!』

 

『ナツはちゃんと加減しろよ!!』

 

『ツナ君頑張ってぇぇ!!』

 

『いけぇナツーー!!』

 

『くたばれナツ!』

 

「誰だ今"くたばれ"って言った奴!? 後でぶっ飛ばすからなっ!!」

 

 現在ギルドの外に、中心には模擬戦の対戦者である綱吉とナツが向かい合い、これから始まるであろう二人の戦いを観戦しようと周りにはギルドの面々が立っており、双方に野次を飛ばす。

 

 ナツは笑みを浮かべながら手をボキボキとさせ如何にもこの模擬戦にやる気満々みたいだが、対照的に綱吉は大きなため息を吐いており乗り気じゃないことが明らかだ。

 

 何故こんな状況になってしまったのだろうと綱吉は思い返してみる。

 

 

 

 確か、これから仲間になるであろう妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーに一言を言おうと口を開くよりも先にナツと呼ばれる桜髪の少年に『俺と勝負しようぜ!』と勝負を仕掛けられたことから始まった。

 

 いきなりのナツの言葉にギルドの仲間達は、"こいつと戦うのかナツ?"、"視るからに大したことなさそうなんだけど"、"すぐ決着(けり)がつきそう"、などと、綱吉の見た目(・・・)だけを判断し好き放題口にする。

 普通であればそれは腕に自信がある者や幾度も喧嘩や戦い、殺し合いを経験している者にとっては青筋ものだ。もし今の綱吉の立場が、『X』の称号を名に二つ持つあの男だったら『かっ消えろドカス共!!』と問答無用で目の前にいるギルドメンバーを冗談抜きで言葉通り消しにかかるだろう……と言ってもあの男を見た目で"弱そう"と判断する者はいないと思うが。

 

 話は戻して、周りからそんな声が聞こえても綱吉は不愉快になることも憤慨することはなく、むしろ嬉しく思いその声を肯定して模擬戦をなくさせようとした。

 

 今では数々の命懸けの戦いや経験を得て、後ろにいる大切な者達を護れる力を持った『戦士』としても、周りを落ち着かせ安心させ導く『ボス』としても相応しい男に成長した。

 しかし、そもそも綱吉は本来争いごとを好まない優しい性格の持ち主。今まで戦ってきたのも、"逃げ道がない"状況だったり"敵から友人や仲間を護る"ためであり、好きで戦っているわけでもなく、自分から戦いを吹っ掛けたりなど決して行わず、戦わないでいい道があるなら真っ先にその道を選ぶほどである。例えそれが自分の身を傷つける結果になろうとも。

 

 それに、素人目から見ても"死ぬ気"状態になった自分は、平時でいる自分と二重人格者と思われても仕方ない程変わりすぎている。

 そして自分が使うのはこの世界で当たり前に存在する"魔法"ではなく、この世界の者達が知るはずもない"死ぬ気の炎"だ。最初は魔法と勘違いする者もいるかもしれないが、それも時間の問題だ。

 自分のそんな姿を見て、彼らにとって全く未知の力を見せて、果たして《妖精の尻尾》の皆は自分を受け入れてくれるだろうか?という不安が内心では一杯なのだ。ならばいっそこの世界に滞在してる間は"死ぬ気"の自分を見せず、ギルドのただのウェイターとして働いた方がいいんじゃないかと考えている。

 

 だから何とか模擬戦をやめさせようと声を出そうとするよりも前に誰かがナツに、"何でツナと戦おうとするんだ?"という当たり前の疑問を尋ねる。尋ねられたナツは何の迷いもなく自信満々に答える。

 

『そんなモン―――勘だ! 俺の勘が告げてるんだ、こいつは強いってな!』

 

(そんな理由で俺が強いって思ってるの!?)

 

 中らずと雖も遠からずのナツの勘に綱吉は一瞬ドキっとしたが、所詮は当てずっぽうの勘だ。再び周りの声に便乗しようと思ったが、周りからは"マジか……"、"ナツのこういう勘は馬鹿にできねぇし……"、"でも強そうには見えないけど……"などと、全員彼の勘に半信半疑の状態だった。

 

 彼ら曰く、ナツは本物の竜から『滅竜魔法』と呼ばれる特異な魔法を教わったことから直感力が人間を超えているらしく、彼の"戦闘"に関する勘はバカにはできないとのことだとそうだ。

 

 この世界に空想上の生き物である竜がいるのも驚きだが、その竜から魔法を教わったというのはあらゆる意味で予想外だ。普通なら信じられるような話ではないが、綱吉はナツが嘘を吐いているとは思えない。ただ小さい子供の様に自分が体験したことをあるがままに話している様な感じだ。"だからこそ"というわけではないが、綱吉はナツの言葉を半信半疑でありながらも信じることにした。

 

 しかしだからと言ってどんな形であれ戦うことを嫌う綱吉は何とか彼に諦めてもらおうと策を練ろうとするが――

 

『ふっ、流石はナツだな。私もツナがただ者ではないと感じていてな』

 

 一体何を根拠にしているのかという疑問を抱きそうになりながらも、ギルド内でも信頼が大きいエルザの言葉をきっかけに、この模擬戦に口出しする者はいなくなり、綱吉は一瞬呆けてしまった。だがすぐ正気に戻り、嘘でも偽りでも何でもいいから自分は弱すぎて相手にならない、戦っても何の得にもならないとここにいるメンバーに理解してもらおうと――する前にマカロフに止められ、綱吉にしか聞こえないように話す。 

 

『確かにお前さんは見た目を見る限りでは戦いに向いてるとは思えん。じゃがお前さんは力を隠している――いや、感じさせないように振舞っておるのが儂には分かる。まあそれが素である可能性も否定できんが』

 

 恐いぐらいに当たっている……もうこの人相手じゃ隠し事は出来ないんじゃないのかと、まだ会って初日なのに改めてマカロフに戦慄してしまう。

 

『お前さんの態度を見ていれば、お前さんが戦いを好まない事が何となくじゃが分かる。じゃがお主が一体どんな力、実力を持っているのか……ギルドのみんなは内心では気にしておる。勿論仲間だからといって全てを明かせというわけではない。じゃが、その方がみんなお前さんをより強く信頼し、共に戦い、守ってくれる。力を隠し秘密を抱えるよりも露わにし皆に理解してもらう、その方がお前さんもこれから気が楽じゃろう。そして例え試合でお前さんの新たな一面が見られようと、戦いに負けようと、《妖精の尻尾》のみんなは必ず受け入れてくれる。じゃから一戦だけで構わんから、ナツと試合をしてくれんか?』

 

 マカロフの言葉に一理あると感じ反論も言えなくなり、綱吉は渋々模擬戦を了承したのだ。

 

 

 

 そして現在に至る。

 

 もう綱吉に模擬戦から引くという選択肢はない、故に逃げることは許されない。いや、もう綱吉の頭にそんな思考はない。普段は優柔不断だが一度やると決めたことに揺らぎはない。

 それに今回は"どちらかが死んでもおかしくない死闘"や"敵からの一方的な殺しの戦い"ではなく、ただの腕試しという名の模擬戦。戦うことに変わりないが、少しばかり気が楽だ。

 

 意を決した綱吉はまず、首に下げているチェーンを取り出し、そのチェーンに通している二つある指輪(リング)のうち一つを取り外し、慣れたような手つきで中指に指輪を嵌める。

 

 今綱吉が嵌めた指輪(リング)こそ、『ボンゴレファミリー』のボスの正統後継者の証である『大空のボンゴレリング』。常人では…いや、どれだけ腕を上げた者でも多大な才能を持つ者であろうと決して持つことも指に嵌めることもを許されないボンゴレファミリーの至宝。そして今だ詳細は不明だが、世界を創造した礎の原石から出来たとされる(トリニセッテ)の一つでもある。

 

 一月前、綱吉と守護者がそれぞれ持つ『ボンゴレリング』は『VG(ボンゴレギア)』にVer(バージョン)アップしていたが、D(デイモン)との戦いを終え、自分と守護者の『VG(ボンゴレギア)』は『ボンゴレリング』と『アニマルリング』へと再び戻ったのだ。しかしある条件を満たすことで再びVG(ボンゴレギア)Ver(バージョン)アップできることは立証済みなので問題はないが、この戦いで使うことは決してないだろう。

 

 指輪(リング)を嵌めた綱吉が次に取り出したのは、いつも自分を助けてくれる武器――見た目は白いミトンの手袋を身に着ける。普通の人から見れば、これを武器と見れる者はいないだろう。現に対戦者のナツや観戦のメンバーは怪訝な表情だ。まぁ自分も最初これを手にした時も同じ気持ちだったから何も言えない。

 

 さぁ、最後は死ぬ気モードになるだけ。だけどあのモードになると、初めて見る者にとって二重人格者と思い違いをするのではないかと一瞬抵抗の気持が沸いたが、今更そんなことを思い描いたってしょうがない。内心でため息を吐きながらポケットに入れている『死ぬ気丸』が入ったケースを取り出――――

 

(―――あれ?)

 

 おかしい。『死ぬ気丸』はいつも戦闘の際すぐ取り出せるように、常に着用している服のポケットに入れてるはずなのに……ポケットのどこにも入ってない。何度も何度も探ってもない物はない。まさかどこかに落としてしまった? いや、あれは戦闘の際にとても欠かせない大事な物だし万が一無くしたりなどすれば家庭教師からの制裁は免れないため有り得ない。それに確か数日前に――――"あ!"と呟いたと同時に綱吉の記憶が蘇る。 

 

(『死ぬ気丸』鞄に入れてること忘れてたーーーーーーーーーー!!)

 

 綱吉はシモンとの戦いから一月の間、命懸けの戦いから無縁の平和な時を過ごしていた。と言ってもリボーンによって"ボンゴレ式イベント"とか、"ボンゴレ&シモンによる野生動物(人を襲う肉食動物など)の触れ合い"とか、"『馬の前に人参をぶら下げる』という言葉があり、『雲雀の前に強者をぶら下げたらどれ程の力を発揮するのか』という分かり切った実証をえるために"綱吉と炎真(逃走者)雲雀()による恐怖の鬼ごっこ"等が引き起こされ、一般では平和とは言い難い非日常も送っていたが、綱吉から言わせれば"命懸けの戦いよりマシ"だし、まだ何とか余裕があるらしい……。

 

 まあ兎に角一か月とはいえ、それほど長い時間戦いとは無縁な生活を過ごしてきたため戦いに対しての危機感が薄れてしまい、『死ぬ気丸』を利用することがなかった。更に一月前の戦いで死ぬ気丸のストックが底をつきかけたため、数日前にリボーンが製造してくれた際に、死ぬ気丸が入ったケースを一度取り出し補充後、持ち歩きの多い学生鞄に入れたまま放置してしまったのだ。一応『死ぬ気丸』の入った学生鞄は自分と共にこの世界に来たが、今はギルドの中に置いてきており今手元にケースがない。

 あれがなければ自分は"死ぬ気化"出来ず戦うことすら叶わない。どうにか事情を説明して一時中断してもらっ――

 

「それでは二人とも、準備はよいかの?」

 

「おう、俺はいつでもオッケーだジっちゃん! とっと始めようぜ!」

 

「は、はい!(――って何返事しちゃってんの俺ーーーーー!!?)」

 

 つい条件反射的に審判役のマカロフに返事をしてしまった。

 もう中断なんて出来ないし、今戦いが始まろうとする周りの空気を読まない行動を起こすこと何て綱吉には出来ない。

 

(どうしよう!! "死ぬ気"状態でないと戦うことすら出来ないし、『死ぬ気丸』と『死ぬ気弾』なしに"死ぬ気"になるなんて―――あっ)

 

 そんな時綱吉は再びある事を思い出す。そしてすぐさま、普段は使わないボタン付きのポケットに手を伸ばす。そこにはあった、見た目はどこにでもあるアメに見える、予備用の『死ぬ気丸』が二つ。

 

 普段は戦う気はない綱吉だが、後ろにいる守るべき者達を守るため、そして仲間や友人のためならば綱吉は戦うことを躊躇わない。しかし『死ぬ気丸』には数が限られており、それがなければ"死ぬ気化"出来ず綱吉は戦うこと何て出来ない。

 それを回避するための予備。たった2個でも、こんな時には重宝するものだ。まさかここで使うことになるとは思わなかったが、今回は本当に助かった。

 

 そんな安心してた矢先に、マカロフによって開戦の狼煙が上がろうとしていたことに綱吉は急いで手を動かす。

 

 自分の力はこの世界で通じるのか、戦う自分の姿を見ても妖精の尻尾(フェアリーテイル)は受け入れてくれるのかと不安が一瞬よぎるが、その考えを今は捨て去る。自分と相対する桜髪の少年にしっかり応えるため、そして新たな妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間として受け入れてもらうため、綱吉は少しばかり不承不承の気持ちを持ちながらも気持ちを切り替える(・・・・・・・・・)

 

「それじゃ尋常に――――始めい!」

 

 綱吉が死ぬ気丸を口に入れたと同時にマカロフの開戦の合図が上がる。そしてその二つと共にナツも同時に動き出した。まるで檻から解き放たれた獣の如く瞬時の速さで綱吉との間合いをつめ、開始数秒で綱吉の目の前に迫った。

 

「先手必勝!!」

 

 先手必勝――先に攻撃を相手に与えた者に流れが来ることはナツは知っている。だからこそ、ナツは先に仕掛けるように拳を振るう。自身の魔法を付加させていない拳だが、魔導士ギルドに属する一般魔導士や『評議院』傘下の強行検束部隊の《ルーンナイト》の兵隊を一発で沈めることができる威力を秘めた一撃だ。

 勿論この一撃で倒せるなんて微塵も思ってない、この後の展開もしっかり考えての攻撃だ。

 

 普段の彼は喧嘩っ早く楽観的な行動で勘違いしがちだが、ナツは戦闘の際はそれらと反比例してよく頭が切れる。だからこそ彼はこの拳の一撃を防がれる、または躱されたとしても何も問題視しておらず、むしろそれは想定の範囲内と見越しての行動だ。さあ、一体綱吉はこれに対してどのような対応を――

 

 

 

 

 

「がぁっ!」

 

 バキ!という殴った音の後に、壁か何か崩れ落ちていく音が響く。

 

「………あり?」

 

 刹那、ナツは一体何が起こったのか理解出来ないでいたが、徐々に瞬く暇に起こった出来事を思い出していく。

 確か自分が繰り出した拳が綱吉の頬にまもとに入り、そして拳に入れた膂力に比例したかのように近くの建造されていた無人の木造の家まで吹き飛び、その影響で崩れた数々の木片に埋まってしまったのだった。

 

 恐る恐る綱吉が埋まった木片の山に目を向ける。しかしその山が動き出す気配が全くない……つまり――

 

 

 

 綱吉、ナツの一撃にて戦闘不能。よって模擬戦はこれにて終了。

 

「あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

『ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?』

 

 ナツも、そして観客側のギルドメンバーも、この結果に驚愕を隠せず驚きの声を上げる。これから新人とナツの手に汗握る力比べの試合が始まるのだろうと皆期待に膨らんでいた。だからまさか、こんなにもあっさりと終わるとは思いもよらなかった。

 

「も、もう終わりやがったのか……」

 

「やっぱ見た目通りだったんだな」

 

「まあ俺はこうなることは予想できてたけどな」

 

 元々綱吉の実力に対して半信半疑だったメンバーが大半だ。最初は驚きの声を上げたが、考えてみれば彼らにとって予想通りの結果だ。

 でもだからと言ってみんながそれで綱吉を軽蔑したり馬鹿にしたりなどは決してしない。別に《妖精の尻尾》は戦闘が出来なければ入ってはいけないというルールはない。人間には得意不得意があり、綱吉にとって戦闘は不得意なのだろうし、この結果も分からないでもない。現に戦おうとするのも渋々といった感じだったのは覚えている。だとすれば彼には悪いことをしたなと心内で謝罪する。勿論きちんと直接彼に謝るが取り敢えず、まずは木片に埋まっている綱吉を救出せんと何人かが動き出――

 

 

 

 

 

「――誰がもう終わりだって?」

 

 不意に、芯の通った澄んだ声が聞こえた。

 その声は無視できず、思わず全員の動きを一斉に止めるほど。そして突如綱吉を埋めていた木片が爆発でもしたように四散に飛び散る。その影響で煙が上がるが、そこから悠々と歩み寄る足音が聞こえ、その主の姿が煙から現れる。

 

 露わになったのは一人の少年。その少年が一体何者かだなんて分かりきっている。それなのにこの場にいる誰も彼もが、動揺と戸惑いを隠せないでいた。

 

 目を凝らした先に映るのは沢田綱吉――だが先程までと彼とは全く違う。

 まずは今の綱吉の雰囲気だ。先程まで彼が纏っていた気弱そうでありながらも初対面でも関わらず暖かさを感じさせる優しさを持つ雰囲気とは似ても似つかない。

 今は先ほどの気弱さを全く感じさせない、どんなことにも動じない落ち着きはらった冷静さを感じさせる。

 そして変わったのは雰囲気だけじゃない。毛糸の手袋はどんな手品を使ったのか鋼鉄のグローブに変わっており、手の甲の部分には何かの紋章が刻まれている。

 印象的なのは額に灯る濁りや汚れがない綺麗な澄んだ橙色の炎と、綱吉の髪の色と同じだった茶色の瞳が全てを見透かすような橙色の瞳に変化していることだ。

 

 勿論他にも変わった所はあるが、綱吉のことを何も知らない《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》のメンバーが理解できるのは現時点で"ここまで"だ。

 

「ね、ねぇ……ツナ君、なの?」

 

「そ、そんなの私に聞かれても分かんないよ……」

 

 先程まで綱吉が纏っていた雰囲気がガラリと変わったのだ。周りが動揺するのは無理もない。

 しかし、マカロフを除けば今いる《妖精の尻尾》の中でも最強の実力を誇っているエルザは違う意味で驚愕している。そしてそれは薄々ながらも他のメンバーも理解できている者は気づいている。

 

(何だ!? この圧倒的な……まるでこの場を支配するような感じは!)

 

 視線は自分達に全く向けられてない。なのに気を一瞬でも気を抜けば彼が纏う雰囲気と気迫に飲み込まれそうになる。そしてそれを真に受けてエルザは気づく。

 

 綱吉は別に自分で存在感をだそうと炎圧や気迫を放出などしていないし、周りを押さえつけようと圧をかけているつもりもないことを。ただ雰囲気が変わったと同時に、戦うべき相手を見据え立っているだけなのだと。

 

 そのことにエルザの体に武者震い(・・・・)が奔る。

 あの少年はたったそれだけで周りの存在を圧倒する存在感を出しているのだ。勿論ただ何もせずにこんな存在感を出せるはずがない。血の滲むような鍛錬と数々の命懸けの修羅場を乗り越えた事で、彼はここまでの存在へと成り得たのだろう――それがエルザにはよく分かる。

 そんな少年は今ナツと1vs1(サシ)で戦おうとしている、そんな雰囲気の中で自分が割り込もう(・・・・・・・・)という気持ちなど持ち合わせてなどいない。だからもし次の機会があれば――いや、もしこの模擬戦でまだ余力があったら……

 

 そんな周りの動揺や考えを知ってか知らずか綱吉は今戦うべき相手であるナツに視線を向ける。綱吉の激変に呆然としていた様子だったが視線を向けられたナツは一瞬震えが奔った様子が見れた。だが僅かに笑みを浮かべながらも意を決したように表情を引き締め、構えをとった。

 この様子じゃ引く気はないようだ。"死ぬ気"状態になってもまだ戦うことに抵抗がある綱吉は彼自身がこの戦いから引いてくれるんではないかという期待を込め、少しばかり威圧を込めた視線を送ったのだが無駄だった。ならば引く気のない彼に応えなければならない、綱吉の心の中にあった最後の抵抗はなくなり、今この時もって(・・・・・・・)戦る気を表す。

 

 彼――ナツにとってこの試合は武術家のような試合感覚の腕試しのつもりなんだろう。しかし――

 

「…やはりどんな理由があろうと戦うのは好まない。だから――」

 

――すぐに終わらせてやる

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ナツにとって綱吉の第一印象は面白い奴、そして強い奴だということ。前者は普段の彼を見れば理解できなくはないが、後者の方は流石に見た目からは理解し難いだろう。

 ナツでさえ何故綱吉が強いと思ったのかは分からない、何せ勘でそう思っているからだ。だからこそ、この力比べの試合でそれを見極めようと決めた。勿論自分が戦いたかったという気持ちも否定しない。

 例えそれで強いことが分かっても、弱いことが分かっても綱吉はもう自分達妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間、家族であるのは変わりない。これから先に送る日々が楽しくなるのは間違いない、まだ綱吉とは会って間もないが、そんな予感がナツにはあった。

 

 だが、流石にこの展開は全く予想できなかった。

 

 何もかも見据えているようなの橙色に変わった瞳が自分に向けられた時は思わずブルっと震えてしまった。そして不覚にも一瞬、戦うことを拒否しようとしていた。

 恐怖? いや違う。決してそれはない。普段は恐れて手出し出来ないエルザが相手でも、戦いの際は臆せず立ち向かえるし、今の実力なら勝てずとも渡り合えることは出来ると確信している。

 

 じゃあこの震えはどう説明すればいい。今まで感じたことがない――いや、ずっと昔に感じたことがある。

 その感覚を思い出した時、ナツはこの体の異変に気付いた――いや気づかされた。今奔るこの震えは、頭よりも勘よりも先に体が気づいてしまったのだ。竜の本能なのか、それとも実践の経験からか定かではないが、負けず嫌いで認めたくない気持ちがあれどナツは理解してしまった。

 

 今目の前に立つあの少年は――自分なんかより遥かに強い、と。まるで自分が知っている強者――ラクサス、ギルダーツ、マカロフ……そして自分の親であるイグニールと相対している気分だ。

 

 相手がとてつもなく強く、自分の今の(・・)力じゃ勝てないことは真っ先に理解できた。なら勝てない勝負を棄てるか? それとも結果が見えてるからといって降参するのか?

 

 ナツの答えは迷うことなく―――否だ。

 

 相手が自分よりも強いからと言って勝負を捨てるような性分ではないし、勝ちを諦めるなどのマイナス思考をナツは持たない。何よりも"気持ちで負ける"と自身で決めつければ、どんな戦いでも確実に敗北してしまうことをナツは知っている。だからこそナツは、例え自分よりも上の者が相手だろうと自分が絶対に勝つ!という気持ちを決して忘れない。

 

 再び目の前の少年の目を合わせ、相対し構えを取る。

 先程は彼の瞳に思わず萎縮してしまったが、覚悟を決めたナツには、もう恐れる理由がなかった。

 どうして額の炎が灯っているのか、何で毛糸の手袋が鋼鉄のグローブに変わっているのか、戦いに入るとこうまで雰囲気が激変するのかと疑問は尽きないが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 始めは入ってきた新人がどれ程強いのか腕試しのつもりだったが、今は違う。

 思わず楽しそうに嬉しそうに笑みを浮かべてしまう。自分よりも上に位置する実力を持つ綱吉との戦いを糧に、自分は新たな段階へと昇れる、強くなれる! そして、イグニールの出会いに近づける!! これほどの機会と好機を、見逃してなるものか!!

 

 

 

 先に動いたのはナツだった。様子見などしない――いや、自分よりも実力が上の相手にそんな真似をする程、ナツは能天気な頭脳は持ち合わせていない。だからナツは自身の魔法を使うのに躊躇いはしない。

 

「火竜の――鉄拳!!」

 

 放出した炎を拳に纏わせ、目の前にいる綱吉目掛けて振りかぶる。単純な動作であったが、その速さには目を見張る。ただの魔導士なら反応できず彼の拳をまともに受けることになるだろう。更に自身の魔法である炎を付加させたことで、先程とは比べものにはならない破壊力であるのは間違いないだろう。

 

 だが、沢田綱吉はその魔導士のレベルに当てはまらない。彼は落ち着いた表情で体を横に45°ずらすという最小限の動きだけでナツの振りかぶった拳を躱してみせた。

 

「――と、火竜の鉤爪ェ!!」

 

 躱されることが想定内だったのか、ナツは火竜の鉄拳の際に力を込めた勢いを利用し火竜の炎を纏わせた脚による回し蹴りを綱吉の胴体目掛けて放つ。

 だがそれも、ナツの回し蹴りに合わせるかのように後ろに少し下がったことで、またも対象を失った攻撃は空を切ることとなる。

 

「まだまだぁ!! 火竜の――」

 

 ナツだって綱吉相手にこれだけで決まるだなんて思う程の気楽者ではない。気落ちすることなく次の攻撃の手を緩めず、両腕に炎を纏わせ薙ぎ払うように――

 

「――翼撃っ!!」

 

――敵を焼き尽くす火力を秘めた炎を纏った両腕を薙ぎ払うように振るい攻撃する――まるでその名の通り竜の翼を思わせる広範囲の攻撃は、綱吉を焼き尽くさんと襲ってくる。

 今度こそいけるか!?と期待を込めたそのナツの攻撃は――脚だけを素早く動かし翼を模倣した炎の一撃が当たらない範囲に移動されたことで当たることはなかった。

 

(また躱された!?)

 

 その事実にナツは技が通用しないことに少しばかり動揺してしまうが、一瞬で頭を切り替えならば次は手数で勝負だ!!、と自身の脚力と敏捷力を大いに利用し綱吉との間合いをあっという間に詰め、腕と脚に炎を纏わせての連続攻撃を放つ。

 ストレート、裏拳、フック、アッパー、回し蹴り、膝蹴り、かかと落とし……二桁は優に超える殴り・蹴り技、竜の炎を纏わすことでその一撃一撃が人体を破壊するのではないかという威力を、ナツが持ち得る最大限に近い速さで休むことなく綱吉に振りかぶった。

 

 だがそれでも、目の前の少年に一撃入れることは叶わなかった。完璧に躱されていたのだ。まるで攻撃してくる場所が最初から分かっているかのように。

 

 滅竜魔法が、自分の魔法が全て躱されている(・・・・・・)。更にずっと全力に近い攻撃のために体を動かしていたため多少なりとも疲労を隠せないナツ。

 あれだけの手数の攻撃で勝てるだなんて思ってもいなかった。だが――当てる(・・・)ことすら許されないなんて……。

 言っておくがナツの攻撃が遅いわけではない――むしろその逆だ。

 滅竜魔法とはその名の通り、竜と呼ばれる幻獣種の中でも最高位に位置する生物を滅ぼさんとする魔法であり、その破壊力は他の魔法とは一線を画していると言ってもいい。だがその破壊力も相手に当たらなければ全く意味はない。だからこそナツは自身の滅竜魔法を確実に当てるために敏捷力をひたすら鍛えた。結果ギルドの中でも最速とはいかないものも、上位に入るほどの速さを兼ね備えるほどになったのだ。

 

 では何故そんな速さを持つナツの攻撃が全て綱吉には躱されるのか?

 

 答えは至極単純。

 その攻撃を完全に見切り回避できるだけの反応速度を彼が持っているだけだ。勿論それだけではない(・・・・・・・・)のだが、今の彼らには理解できないだろう。

 

 そんな内心から生んだ戸惑いのを感情何とか押し殺し、顔を動かし瞳に綱吉を映す。

 綱吉の無表情に近い表情から、一体何を考えているのか全く読めないし、何よりも彼は躱し以外の動きを全く見せていない。ゆえに彼の躱し以外の動きが全く読めない。だからナツは綱吉の些細であろう動きを見逃せないため、目だけはしっかり綱吉を見据える。

 攻めだったナツが様子見に転じたため膠着状態が続くんじゃないかと周りが考えてるなか―――

 

 

「……もういいか」

 

 そんな小さな呟きが、ナツの耳に入った瞬間―――――瞳に映っていた綱吉の姿が文字通り消えた。

 

 目の前の光景にナツは驚きを隠せなかった。

 自分の瞳は、しっかり綱吉を捉えていた。いつ躱そうと動き出すのか、いつ防御の構えを取るのか、いつ攻撃に移るのか……それをどんな事があろうとも見逃せないために疲労を感じながらもずっと視ていた。にも関わらず、自分の目の前から綱吉が消えた。

 一体どうなって、綱吉はどこに行った!?……そんな思考は――

 

「っ!」

 

 滅竜魔導士になったことによって人間を凌駕した嗅覚で感じた臭いが、頭や勘よりも速く感づき体を反射的に後ろを振り返り腕を交差させた盾を作り出す。その数秒にも満たない瞬間――

 

「があぁ……っ!!」

 

――交差した腕に衝撃が奔る感触と同時に地面に転がされていた。そして転がされる中で、自分が先程までいた場所にいつの間に綱吉がいた。そのことから、自分は彼によって殴り飛ばされたことにようやく気付く。

 交差した腕が痺れる。魔法によって強化されたにも関わらず、それを無視するかの様な重みの一撃が今でも感じられる。もし接近に気づかず綱吉の打撃をまともに受けていれば自分は敗北していた……悔しいが、それを理解できない程ナツは馬鹿ではない。

 

 だがこれで、やっと隙ができたことにナツは転がりながらも笑みを深くする。

 ほんの一瞬であったがナツは見た。クールで感情を表に出すことなんて考えられない綱吉の無表情顔に少しばかりの変化があったことを。

 彼にとって今の打撃で勝負を決めるつもりでいたのだろうが、ナツの無自覚に等しい防御反応は流石に少しばかり予想外だったのだろう。

 ならば更にお前にとって想定外の行動を起こしてやろうと言わんばかりに、ナツは片腕に炎を纏わせ転げ回る状況であるにも関わらず、釘を板に打ち付ける要領で腕を地面に無理やり殴りあける事でブレーキをかけ、転がり状態から瞬時に脱し立ち上がる。

 

 そしてナツはすぐさま準備を始める、今自分が持ち得る滅竜魔法の中でも一番の破壊力を誇る魔法を。

 

「火竜の――」

 

 口を開いて空気を大いに体内へと取り組み体内に魔力を溜める。やがて限界まで溜め込んだ魔力は自らの属性に変換及び準備が完了。

 そして吐きだす。通常の人間が吐く空気ではなく、自分と父親が誇る属性である灼熱の炎を!

 

「――咆哮!!」

 

 竜の代名詞たる咆哮(ブレス)。炎の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たるナツから繰り出されるのは躱すことは許さない程広大で、高温という言葉では表現できない程の灼熱の咆哮(ブレス)。炎という属性の特徴を表すかのように、この咆哮(ブレス)は正にあらゆる物を破壊しつくさんとした威力がヒシヒシと感じられる。

 

 そんな敵を焼き尽くさんとする咆哮(ブレス)が自分に向かって迫ってくるにも関わらず、綱吉は表情を変えずその場から動かない。周りから"まさか受けきる気か!?"と正気を疑うような声が聞こえるが、生憎あんな死ぬ可能性だって否めない咆哮(ブレス)を受けるほど綱吉は病的じみてなどいない。

 

 受けるのではない、躱すのではない、防ぐのだ!

 

 綱吉の気持ちに呼応するかのように左手のグローブから額に灯る炎と同じ、汚れや濁りのない澄んだ橙色の炎が放出される。

 その炎の美しさに性別問わず誰もが一瞬見惚れたが、すぐある事実に気付く。彼の放つあの炎から"魔力を感じられない"……、魔力に敏感な魔導士は綱吉が灯す炎が"魔法"から出来ていないことに驚きと戸惑いの声を上げる。

 

 触れる物を焼き尽くしながら迫りくる竜の炎に全く怖気づく様子もなく、綱吉は左腕を横に一閃する。瞬間、目の前に綱吉を守るかのように橙色の炎の壁が出現――――形成された。

 

 そして瞬く間に、竜の炎()橙色の炎()が激突する。 

 

 竜の炎は橙色の炎の盾を貫き破りその後ろに控える綱吉を焼き尽くさんと徐々に橙色の炎()を押していき、正に矛の役割を果たそうとしている。対照的に橙色の炎は後ろにいる綱吉に指一本触れさせんと竜の炎()を完璧に防ぎ切り、盾としての役割を果たしている。

 もしこの状況(・・・・)で勝敗を決するのなら、どちらかの(武具)の強度が高い方が勝利するだろう……だが、それが自分達の知識で知り得る(武具)だった場合だ。

 

 その証拠に均衡していた状況に変化が起き始めた、原因は橙色の炎だ。

 

 橙色の炎は盾としての役割を果たしつつ、敵に対して――何よりも炎の性質(・・・・)として有るまじき現象を起こしているのだ。

 敵であるはずの竜の炎を、まるで橙色の炎は親しい者を受け入れるかのように徐々に包み込んでいってるのだ。当初荒々しく触れる物を破壊せんとした竜の炎は、まるで安心感を覚えたかの様に徐々に威力を弱めていき、やがて穏やかとなり――

 

 

 

――――橙色の炎と共に、"空気に溶けるように静かに消失していった。

 

 

 この矛と盾の衝突を観戦していたギルドメンバーの全員が、この結果に空いた口が塞がらないように呆然としてしまう。

 

 一瞬でも気を抜いてはいけない状況であるはずのナツですらそうだ。

 まだ自分が未熟だということも認める。自分など、まだ父親である炎竜王のそれには遠く及んでいないことを。しかし父親に追いつくべく日々鍛錬で鍛えた先程の咆哮(ブレス)は、自分が今発揮できる最強の遠距離攻撃だった。

 

 だが、今目の前で視た現象はどう説明すればいいんだ。強度や力負けで防がれるのなら悔しさを感じずにはいられないが、まだ納得はできる。しかし自分が視る限り今のは強度や力負けで防がれていないことが何と無くだが分かった。

 ギルドに入って7年間、討伐系を含んだ様々な依頼をこなすと同時に色々な物をその眼で見て来た。でもこの現象は今まで一度だって見たことがない。

 

 "一体どうなって……"、そんなナツの思考は――

 

 

 

「――がぁっ……」

 

 

――後ろから奔った、意識を手放したくなる強烈な痛みによって途切れた。

 

 




はい、無事試合終了!
今回はほぼナツ目線での戦闘話でした。

次回は今回の戦闘の簡単な解説……そしてもしかしたら、また戦闘になるかもしれません。相手は……――今回の話を読めば分かると思います。

それではまた次回お会いしましょう!


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標的6 強さの理由

どもども!! 綱久さんがハーメルに戻ってきやがりましたよー!!

いやー、ホントここまで待たせてもらってすいません。

大学卒論、就活、FGO開始、卒業、就職、ガチャ爆死、研修――とここまで色々な出来事とスランプで今日まで書けませんでした。現在会社の研修中で、社会人マジ大変です、ハイ。

今日なんとか更新までいけましたが、やはり社会人は忙しいので更新の速度は遅いですが、これからもよろしくお願いします。

久し振りなので文才は落ちていますが、お楽しみいただければ嬉しいです。

では―――どうぞ!


 額から炎が消え、鋼鉄のグローブは毛糸の手袋へ、橙色の瞳は元の茶色に戻る。綱吉の"死ぬ気"化が解けたのだ。

 

(はぁ……何とか終わった~。ナツさん……だよね? 少し強めにやっちゃったけど、大丈夫かな?)

 

 自分が後ろから手刀を打ったことで、気を失い倒れている少年、ナツに目を向ける。

 

 彼が使う炎の《滅竜魔法》―――体のいたる所から炎を発動させ、剰え口から炎を吐いた。まるで人ではない生き物と戦った気分だ。だがそれでも、先程の手合せ(・・・・・)でのナツの実力は、綱吉が脅威に感じるほどではなかった。

 驚かなかったと言えば嘘になるが、やはり元の世界の経験で不本意ながら目が肥えてしまったため、驚きの度合いは少ない。

 

 しかし、それは先程の手合せに限っての話だ。

 

 彼、ナツ・ドラグニルは自力で抑え込んでいるのか、無意識なのか―――全力じゃなかったことが綱吉には分かった。

 今回綱吉は戦うと決めたものも、これから新たな仲間になるナツをあまり傷つけたくない想いもあって、最小限の攻撃で終わらせようと短期決戦で挑んだのだ。しかし、この世界の魔法の見極め、そしてナツの思った以上の粘りで少しばかり長引いてしまった。

 

 結果、勝利することができた。だが、もし長期の勝負を挑み、彼の中に眠れる潜在能力を余さず発揮されていた場合は、勝敗がどうなっていたのかは分からない。

 

 更に、この戦いの中で綱吉には一つの違和感を感じ取った。

 それは、彼の炎の咆哮ブレスと自分が発し形成した炎による壁が激突した時のことだ。《妖精の尻尾》の一員の目から見れば、先程起こった橙色の炎の現象は信じがたいものだったはずだろう。

 

 それは当然だ、あれは炎であって炎ではない。

 これは《死ぬ気の炎》と呼ばれる、闘気オーラを超える超圧縮エネルギー。更に《死ぬ気の炎》には属性がいくつも存在しており、綱吉が持つ属性は、持つ者が稀と言われる程の希少価値が高い"大空の炎"。

 

 "大空の炎"の性質は『調和』。並程度の戦士が出す炎であれば、その性質の影響を受けるのは同じ炎だけ。ただ綱吉のような熟練の戦士ならば、色は鮮やかで純度が高い炎を容易く引き出せ、属性の特徴は《死ぬ気の炎》だけにとどまらず、世界に存在する全ての(ことわり)に影響を与えることができるのだ。だからナツの竜炎を『調和』したことに関して疑問は抱かない。

 

 ただ、先程はスムーズに属性の特徴を受けているように見えた。まるで《死ぬ気の炎(・・・・・)》を『調和』してるような感じだった。

 

 勿論自分の勘違いという線も否めないが、それで片付けてしまってはいけないと"直感"が頭に響いてくる。しかし、まだ情報が少なすぎる綱吉にさっきの現象の答えは出せない。取り敢えずこの件は保留に――

 

 

 

『ツナが勝ったあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

『お前すげーよ!! あのナツに勝っちまうなんて!!』

 

『こりゃ期待の新人だな!!』

 

『うおおおぉぉぉぉ!! 漢だったぞツナあああぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

「――え、え……えぇぇぇぇ!!?」

 

 考え事に集中していたためか、《妖精の尻尾》のメンバーが自分を囲んでいたことに気づかず、今現在進行形で綱吉は頭を撫でたり肘でついたりして、揉みくちゃにされている。

 

 最初は驚き戸惑った綱吉であったが、彼らから暖かさを感じたことから次第に受け入れていく。死ぬ気モードである自分を見て、自分に対する彼らの態度が変わっていくんじゃないかと心配したが、彼らの様子を視る限り、その心配は杞憂だったようだ。

 

 しかし、正直心の中では嬉しさ半分で複雑半分だ。勿論、称えられたり褒められるたりして嬉しくないわけはないのだが、やはり戦闘面で評価されるのは正直複雑。だが、今は素直に新たな仲間の受け入れよう。グレイにワシワシと頭を撫でられたも、エルフマンにバンバン背中を叩かれても、カナに腕や脚や体を確かめるようにナデナデ触られたり服の下から直接体を触られ――

 

「――ちょ、ちょっとどこ触ってるんですか!!?」

 

「いやーほら。アンタって見た目からじゃやっぱ強そうに見えないからさ。体に何か秘密があるかなーと思ってちょっと――」

 

「――ちょっとでも駄目に決まってますよ!! というか少し酒くさいんですけど!!」

 

「ほうほう、顔を真っ赤にさせちゃって。お姉さんに触られて照れているとみる」

 

「そ、そりゃ……綺麗な年上の女の人に触られたら……」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないツナ~。ま、私が(・・)からかうのはこの辺でよそうかねぇ」

 

「や、やっぱこの人酔っ払って―――私が?」

 

「気を付けなよツナ。ほら、あそこに青髪にカチューシャかけた女子がいるだろ。あの子もアンタの体に興味示して今でも触る機会を窺ってるよ」

 

「…………」(黙ったままレビィから距離を離れようとする)

 

「ちょ、ツナ君!!? 違うよ、私はそんなつもりは全くないからね!! ちょっとカナ!! ツナ君に誤解を与えるようなこと言わないで!!」

 

「ナツに勝っちまうなんてやるじゃねーかツナ。最初は見た目でお前の強さを判断しちまって悪かったな」

 

「あ、ありがとうございます変た―――えっと……」

 

「よしまず自己紹介だ俺の名はグレイ・フルバスター断じて変態という名じゃないからよく覚えておけ!!」

 

「ひいぃぃぃぃ!! す、すいませんでした!!」

 

「いや、ツナは全然悪くないからね。悪いのは変態と思われても仕方ない格好をしているグレイが悪いから。現にグレイ今全裸だし」

 

「……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! は、恥ずかしい!!」

 

「と、というか――なんだツナのこの怯えよう……」

 

「さっきまでと同一人物なのか疑いたくなるな……」

 

「あ、あはは……ですよねー」

 

「自分で肯定してどうすんの?」

 

「ツナ、お前滅茶苦茶強ぇな!! 次は絶ってぇ負けないからな!!」

 

「お、ナツが目覚めた」

 

「復活早すぎじゃないですかこの人!!」

 

「あい。それがナツなのです」

 

「それで納得しろと!!?」

 

 どこの世界に行こうと、自分の常識人(ツッコミ)というポジションは変わらないのか……いや、決して問題児ボケになりたいわけじゃないから!!と心の中で弁明する。

 

「はーーいみんな、注目!!」

 

 盛り上がってる中手をパンパンと鳴らし、ミラが全員の視線を自身に集めさせた。

 

「みんなツナに聞きたいことはたくさんあると思うけど、そのまえに――まずはツナの歓迎会をやらなくちゃね♪」

 

『『『おおぉぉぉぉ!!!』』』

 

(へ、歓迎会?)

 

 たかが新人の自分何かのために、そこまでする必要あるのかつい口にだそうになったが、ここにいる全員誰もが乗り気で反対する者はいない。その状況の中で、場の空気を乱す発言をするような綱吉ではないし、心の底からの善意で自分を歓迎してくれるような彼らに、"自分なんかのためにそこまでする必要はない"とは言えない。ここは素直に彼らの好意を受け取ろうと、彼らと共に足を―――

 

 

 

「―――いや、それは少し待ってくれないか」

 

 

 不意に、制止の声が聞こえる。これがただの一般魔導士なら反応する者は少なからずいるだろうが、全員が一斉に反応する程ではない。だが、現に全員がその声に反応した。

 

 それもそのはず、今静止の声を上げたのが――この《妖精の尻尾》の中でも最強の一人とされるS級魔導士――《妖精女王(ティターニア)》エルザ・スカーレットなのだから……

 

 

―――しかも何故か綱吉を抱えて。

 

「―――あれ?」

 

 いつの間にかエルザに自分が抱きかかえることに気付く綱吉。抱きかかえ方は、女性の誰もが憧れるであろうお姫様抱っこ。普通抱く方と抱かれる方が逆じゃねぇの?と言いたくなるが、何故か全員が口を開くことはなかった。

 

「それではマスター、先程話したとおり、少し行って参ります」

 

「ふむ、早めに帰ってくるんじゃぞぉ」

 

「はい―――そういうわけなので、みんな。ツナを少し借りていくぞ」

 

「いや、あの……俺全く状況が理解できないんですけど……行くとか借りるとか一体――」

 

「心配するな、そう時間はかからない。それではツナ、行くぞ!」

 

「いや人の話を聞い――――ってなんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

 綱吉の言葉に耳を傾けることなく、エルザは彼を抱えたまま―――"消えた"。

 

「……え?」

 

 流石に"消えた"という言葉には少しばかり語弊があるが、神速の如くこの場から走り去っていったので、ある意味で"消えた"というのは正しい。

 あまりの出来事に全員がポケーっと呆けてしまっていたが、時間が経つにつれ正常に戻り――

 

「ツナが誘拐された!?」

 

「しかも俺達の身内に!!」

 

「と、取り合えず評議員に連絡――」

 

「いや、だから俺達の仲間が俺達の仲間を誘か――」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるのか分かんない」

 

 ――この通り騒ぎはじめた。

 

「あの……マスター」

 

「大丈夫じゃよ。エルザからは事前に聞いておる」

 

「……それは、どういう事ですか?」

 

 エルザに限って心配はないと思うが。やはり心配の色が隠せないミラの問いに、マカロフは顎鬚をこすりながら"ふむ"と呟き――

 

「少し、ツナと二人きりで話したいことがあるそうじゃ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「さあツナ、存分に戦い合おうじゃないか!」

 

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 無理矢理連れて来ての第一声がそれですか!!?」

 

 現在エルザによって強制的に連れて来られた綱吉は彼女と共に、ギルドから少し離れた森の中にいる。この空間には二人しおらず、そして綱吉は現在進行形でエルザにいきなり剣を突きつけながら、またしても勝負を挑まれている最中である。

 

「ふっ冗談―――と言いたいところだが、やはり先程から体が疼いていてな、戦いたいのは本音だな」

 

「この人もナツって人と同じ戦闘狂!? 嫌ですよもう戦うの!! もう俺の力を見せたんですから、戦う必要はないでしょ!!?」

 

 戦いに否定的な態度を隠すことなく表わす綱吉。先ほどのナツの腕試しという名の模擬戦を受けたのは、あくまで自分の実力を見せるためで仕方なく戦っただけで、普通ならどんな理由があれど戦いや喧嘩といった争い事はしたくない。

 

 そんな綱吉に戦いを申し込んだ張本人であるエルザは、彼の今の態度に不満は全く抱いていない。むしろやはり彼は本当に争い事が嫌いなんだと改めて理解した。

 

 そう、そんな彼だからこそ聞かなければならないことがある。だから――

 

 

「――ここに連れて来たのは―――ツナ、君に聞きたいことがあるからだ」

 

―――場の雰囲気を変えた。

 

 先程まで浮かべていた誰もが親しみしやすい笑みは閉じられ、その眼は"嘘は許さない"と訴えかけるように真っ直ぐ綱吉を見据え、《妖精の尻尾》最強の"魔導士"の一人である、《妖精女王(ティターニア)》としての気迫を隠すことなく曝け出す。

 

その気迫を正面から受けた綱吉は"ひぃっ!"と一瞬悲鳴を上げるも、次第に落ち着き、困惑しながらもエルザと顔を合わせる。そんな綱吉の反応に、"本当に戦いの時は別人なんだな……"と心中で苦笑いを浮かべながらも、ここに彼を連れて来た理由を語りだす。

 

「マスターの目が節穴ではないことは私も理解しているし、君が《妖精の尻尾》の一員になることに異論は全くない。現にギルドのみんなは君は歓迎している。無論それは私も同じだ―――が、これだけはどうしても聞いておきたい。ツナ―――いや、ツナヨシ・サワダ。君はこれほどの実力を何故(・・)身につけた?」

 

「――え?」

 

 予想もしなかった問いに綱吉は一瞬呆けてしまうが、エルザは構わず言葉を続ける。

 

「どうして戦いになるとあれ程人が変われるのか? 額に炎が灯るのか? 毛糸の手袋が鋼鉄のグローブに変わるのか? 魔法もなしに炎を出せるのか? その力をどこで手入れたのか? それを持つツナは一体何者だ? と、ギルドのみんなが抱いているであろう疑問を口にしたが、それについて君が話さない限り、私は追及するつもりはない。私が知りたいのは、実力を身につけ極めた理由だ」

 

「あの炎の力……詳細はまだ分からないが、確かに見る限り強力なのは見て分かる。だが、数々の実践と修羅場を乗り越えない限り、ナツとの戦いで見せたあれほどの動きが出来るはずもない――いや、強いわけがない。だからこそ聞きたい……君は一体、それほどの実力を手にしたその理由を」

 

 

 突然だが、この世界の"魔法"は基本――覚えて身につける『能力(アビリティ)系』とアイテムを持って使う『所持(ホルダー)系』の二種類が存在する。勿論、"魔導士"としての適性である、このアースランドに空気と共に大気に流れる『エーテルナノ』を体内に溜めることが出来ることが必須条件であるが、どちらの系統も修練なくしては"魔法"は習得できない。

 

 だが、現在ではそれら以外の方法で"魔法"を扱える者が存在している。

 

 一つ目は『魔水晶(ラクリマ)』と呼ばれる、魔力を結晶化させた結晶体を体内に埋め込むこと。埋め込む『魔水晶(ラクリマ)』によるが、それによって魔法が使えるようになったり、魔法の強度が大幅に上がるなど様々な恩恵を与えてくれるのだ。しかし、本来『魔水晶(ラクリマ)』とは体内に埋め込むものではなく、この世界の人々の生活を支える道具で有限―――綱吉で世界で例えるのなら電化製品のような物。

 一応、爆弾魔水晶のような戦闘に使える『魔水晶(ラクリマ)』はあるが、体内に埋め込み"魔法"が使えるほどではない。なので上辺で述べた『魔水晶(ラクリマ)』は非常に希少で、世間一般では決して顔が出るようの物ではないため、この系統の魔導士の数は非常に少ない。

 

 そしてもう一つは―――エルザもこの眼でまだ見たことがなくマスターマカロフに聞いた話なのだが、『能力(アビリティ)系』、『所持(ホルダー)系』とは全く違う……修練もせず、何の過程も説明もなしに発動することができる――この世に生を受けたその時から"魔法"が使える『異能系』と呼ばれる系統の魔導士がいるらしい。

 マカロフ曰く、『異能系』だからと言って誰も彼もが強いわけではないが、全員がこの世の魔導士では決して習得できない、『失われた魔法(ロストマジック)』に匹敵する"魔法"を持っているとのこと。

 

 

 話は戻るが、エルザは綱吉の橙色の炎の力は『魔水晶(ラクリマ)』を埋め込んだか、『異能系』―――もしくはそれに近い物ではないかと考えている。

 

 綱吉の橙色の炎の希少さも理由の一つだが、何よりも彼の態度だ。綱吉に対してのナツの模擬戦申し込みの際、綱吉は大きく反対していた。力をあまり人前に見せたくない理由も確かに彼にはあったのだろうが、先程の彼の態度も観て、綱吉という人間は争い事を好まないことがよく分かった。

 

 それならまだ納得できた。そんな人間なら"戦闘力"もない、ただ"力"を持っているだけの人間だと思うことができたからだ。

 

 しかし、綱吉が戦闘の始めに見せた歴戦の戦士と思わず感じさせる威圧感、ナツとの戦闘の際に見せた動きと反射神経、ナツの動きを冷静に見定められる観察眼……。どれも"力"だけを持っているだけじゃ説明ができない。何せそれらは、数々の修練や実践経験を積まなければ決して手に入るものではないからだ。

 

 だからこそ、エルザはこうして綱吉に問いかけている。彼の人柄を見る限りでは、後ろめたい事情はないのだろうが、それでも彼自身の口から聞かない限り自分は納得しないし、綱吉を本当の意味で仲間として接することは出来ない。

 

「い、いや……そんな……! な、ナツさんに勝てたのは、まぐれみたいなもので………!」

 

 明らかにごまかそうとしているのが見え見えの綱吉の態度。別にこれは綱吉に後ろめたい事情があってのことじゃない。自分の戦闘面の話を出来る限りしたくないことも理由の一つであるのだが………

 

 そんな綱吉の心情を知らないゆえか、"やはり初めて会った者に対してそう易々と話せないか"と思ったエルザ。しかし、これだけはどうしても彼の真意を知りたい。それを知れば、"沢田綱吉という人間がどういう者なのか"が分かる……そう予感している。だから、少しばかりやり方は好ましくはないが―――

 

「まぐれでナツに勝てはしないさ。それとも話せないのは――――何か後ろめたい理由があるからなのか?」

 

「――――っ!」

 

「金か? 名誉か? それとも自身の欲望を満たすた―――」

 

 

「―――違う!!」

 

 エルザの声が、綱吉の強い否定な言葉で遮られる。

 流石のエルザも目を丸くし、言葉がでない。綱吉のテンションが変わることは先程の戦闘で分かっていたが、それは戦闘の際に限ってだと思い込んでいた。さっきまでのオドオドした態度が一変して、戦闘で見せた表情とは、また違った真剣な表情でエルザを見つめている。そんな彼の姿に、一瞬ではあるがエルザは気圧された。

 

「確かに……人は自分の利益のために動くのが普通だ。だから貴方がそう思ったって仕方ない。でも――」

 

 人間は全て、自分の利益のために動くものだ。自分の利益しか考えず相手の利益を考えない行動をとる者も存在するが、相手の利益だけを考えて自分の利益を考えない者は存在しない。つまり、『これは自分のためではない。相手のためだ』だと口にする人物は、100%偽りであると言わざるを得ない。自分の利益のために行動することは当たり前のことであり、それは決して、自己中心的なことではないのだ。自己中心的であるとは、自分の利益のみを考えることであり、自己中心的でないとは、自分の利益と相手の利益を共に考えることだ。

 つまり、この世には自身の利益のためにしか動かない人間と、自身の利益と共に相手の利益のために動く人間の二人が存在している。

 

 綱吉は後者の人間、戦闘時の自身と相手の利益の比率は自分への利益が圧倒的に少ない。それも、自身の利益も力ある者から見れば本当に些細なことだ。だが綱吉にとって、それが何よりも大切なのだ。だからこそ―――

 

 

 

「―――俺はこの力を、私利私欲のためや己の力を誇示するためなんかに使いたくない。俺は―――仲間を守るために使いたいんです!!」

 

 この言葉は綱吉の決意の言葉であり、誓いでもある。

 自身の名誉のためではない、自身の欲望のためでもない―――仲間を守り、共に笑い歩んでいきたいという、決して覆らない自分の願い―――いや、覚悟だ。

 

「さっき模擬戦を受けたのは、俺の力を《妖精の尻尾》の皆さんに見てもらうためで、俺的にはこれ以上戦うのはごめんというか……だから、すいません」

 

 そんな綱吉の姿に対し、エルザに驚きはない。戸惑いもない。あるのは、"やっぱりか"という自分の目と予感に偽りがなかった安心感と幸福感。

 

「君の気持ちはよく分かった。本来なら、この話で納得し君を受け入れ、ギルドに帰るのが普通だろう。だが話を聞いて尚更――――君と戦いたくなった」

 

「なんでぇっ!!?」

 

 自身の偽りない気持ちを伝えたはずなのに、それでもなお自分と戦おうとするエルザに、どうやったら納得してもらえるの!?と苦悩してしまいそうになったが―――

 

「――私が培ってきた今の力と、これから更に強くなっていく理由は―――君と同じだからだ」

 

「――――え?」

 

「……詳しくはまだ(・・)言えんが、私には自身を産んでくれた両親も、子供の頃に生まれ育った故郷も―――もうこの世のどこにも存在しない」

 

「っ!」

 

 エルザの突然の言葉に綱吉は言葉を無くしてしまう。しかしエルザは続ける。この少年は自身の真意をしっかり話してくれた。勿論全てとはいかないだろうが、紛れもない本心を。ならば自分は話せねばなるまい。まだ全部とはいかないが、それでも自分が想っている本心を。

 

「この世界は色々と物騒な世の中でな。理由は様々だが、私のような孤児はいくらでもいる。そんな親も、幼馴染も、友も失ったこの私に孤独から救ってくれたのが、《妖精の尻尾》だ。私はそこにいるのが嬉しくて、楽しくて………私は《妖精の尻尾》の一員であることを誇りに思っている」

 

「…………」

 

「私はこの居場所を、そして仲間を、ずっと守っていきたい。だからこそ、私は強くなりたいんだ。誰一人失わないように。ギルドのみんなといつもと変わらない日々を過ごしていくために」

 

 『《妖精の尻尾》最強の女』、《妖精女王(ティターニア)》という大陸に名を知れた異名を持ち、《妖精の尻尾》の中でも最強クラスに入るS級魔導士と、エルザは他の一般魔導士とは遥かに一線を画した実力者だ。

 しかし、エルザは現状に満足していない。まだ知らないだけで、このイシュガル大陸には自分よりも上のクラスにいる魔導士などいくらでもいる。例えば、今自分と話しているこの少年のように。正確には彼は魔導士ではないのだが、ナツとの戦闘を見る限り――軽く見積もっても、自分と同等以上であることは分かる。

 

 いくら自身で鍛錬を積み上げて強くなったと思っても、それがイコール実践で役立つとは全く言えないし、強さの上限を上げるのにも限界がある。やはり強くなるためには、対人戦がどうしても必須である。それも、自分に匹敵する実力者が。

 だがエルザの強さは、他の魔道士とは一線を画しており、《妖精の尻尾》内でも彼女の相手になる者はほんの一握り程度。そしてそのほんの一握りの相手も、個人のそれぞれの都合で最近全く会えていない。

 

 だからこそ、今日からギルドの一員となる――自分同等以上の実力をもつ綱吉に勝負を挑む。己の力を誇示するためでも、戦闘力で上位に入るナツを倒して調子に乗らせないためでもない。

 

「勿論、ツナがどうしても嫌だと言うなら強制はしない。ここに連れて来たのは君の話を聞くためであって手合せはついでだ。だが、できることなら私と手合せをしてほしい。同じ仲間を守るために強くなった者同士、共に高みあえる関係として」

 

 自分の本心を伝え、綱吉の目をしっかり見つめるエルザ。

 

 そんなエルザに、綱吉は一瞬悩みはしたが、すぐに答えを口にする。

 本当に戦いたくないのなら、"断る"ときっぱり言い放てばいい。しかし、彼女の真意を聞いた綱吉は、エルザを無視することが出来ず――

 

 

「………はぁ、分かりました。今回だけですからね」

 

「本当か!?」

 

「でもこれでホントに最後ですからね!!? 次誰かが挑んできても絶対受けるつもりはないですからね!!?」

 

「ふっ、可愛い奴め」

 

「いや、ミラさんにも言ったけど可愛いなんて男の俺には―――ってあーーーーっ!! そういえば死ぬ気丸がもうないんだった!! い、急いでギルドに――」

 

「――死ぬ気丸といものは分からないが、この鞄に入ってるのか?」

 

「俺の鞄!? ありがたいですけど、なんでエルザさんが!?」

 

「ナツとの戦闘前の準備に焦っていたようだからな、もしかしてと思って念のために持ってきたのだが……」

 

「よ、よく見てましたね。というか、"死ぬ気丸"を持ってくるあたり、これ完全に戦う気満々できましたよね?」

 

「な、なんのことやら……」

 

 ジト目で睨むも視線を逸らすエルザに呆れながらも、鞄を受け取り死ぬ気丸を取り出し、模擬戦のためエルザから一定の距離で離れる。

 

(はぁ……リボーンから言われてるけど、俺って本当にアマいよなぁ……)

 

 つくづく自分はお人好しと言われるのが、今更ながら痛感させられる。戦うのは嫌だが、彼女の気持ちを知った以上、やはり見て見ぬふりはどうしてもできないし、今戦うことにも後悔もない。

 

 

 気持ちを切り替えると同時に綱吉は、戦闘用の手袋を身に着け"死ぬ気丸"を飲み込む。瞬間、手袋は鋼鉄のグローブへと変わり、額に"大空"の《死ぬ気の炎》が灯り、目は橙色に変化する。瞬間、彼がまとう雰囲気も"平凡"から"戦士"へと切り替わる。

 

「…やはり戦闘時は、こうも変わるものなんだな」

 

 一度見ていたとはいえ、やはりこの変わりようは圧倒されることに変わりない。それにもし見ていなければ、彼の強すぎる雰囲気と存在感に吞まれていたかもしれない。そのおかげでエルザはまだ正常でいられるが、それでもやはり体は正直で、冷や汗までは止められない。

 

 しかしエルザは怯えの気持ちは抱いておらず、むしろ待っていた言わんばかりに笑みを深くする。自分の得物の一部(・・)である二本の騎士剣を呼び出し(・・・・)、表情は戦場を舞う《妖精女王》の顔となる。

 

 

 互いに準備は整った。お互いに相対する相手の動きを見極めんと静かに見据える。

 しかしこの場所には相対する二人しかおらず、開始の狼煙の合図はなかった。故に風によって飛ばされた木の葉が舞うように地面に静かに落ちたのを合図に―――

 

 

―――《大空》と《妖精女王》の戦闘が始まった。

 




 久し振りの投稿で執筆ミスや描写が下手な部分があると思うので、もしあったら指摘よろしくお願いします。

 あぁ……閃の軌跡Ⅲ早くやりたいです。今回の帝国に入る《結社》メンバー―—《鋼の聖女》、《劫炎》、《紅の戦鬼》、《道化師》、《神速》、《剛毅》、《魔弓》――更にファルコムさんの話では《死線》や結社勢揃いのイラストに載っていないキャラもいるらしく、ガチで帝国を落とせる戦力。まあ、自分は《結社》派なので、むしろ超歓迎なんですけどね!!

 関係ない話になっちゃっいましたが、次回もよろしくお願いします。


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標的7 大空VS妖精女王 前編

お、お久しぶりでございますよー、綱久でーす。ホントお待たせして申し訳ありません。

久しぶりの投稿ですが、今回の話は文字数が短いです、ハイ。本当は1話で完結するつもりでしたが、都合のため2話に分けさせていただきました。

そして久しぶりのため、多分文才は落ちていると思いますが、どうかよろしくお願いします。


 橙色と緋色の閃光が高速で交錯する。

 

 方や拳のグローブを活かした拳闘術、方や両手に携える騎士剣による剣術で。

 

 この場で戦闘を行う二人―――沢田綱吉とエルザ・スカーレッドの互いの得物が高速で交わした回数は既に十数は超えているだろう。その交錯により、周りの木々達は斬られ、折れ、潰れていく。それだけで、この二人の地力が桁外れだということを誰もが理解できるだろう。

 

 得物を撃ち合いながら、エルザは心が高ぶっていく。

 

 自分の直感は間違っていなかった。今、自分が相対するこの少年は―――強さは勿論、その強さを正しく扱える者であったことを。

   

 そのことを嬉しく思うと同時に―――彼女の武人としての血が騒いでいく。強い者と戦いたくなる……"武人"としての本能を完全に抑えきることはできない。そして、自分の我儘に付き合い本気で戦ってくれている綱吉に応えるため、エルザは手を抜かず、全力で剣を振るう。

 

 対して綱吉も、目の前の女性を下すには、綱吉の今の状態(・・・・)でも本気の力でなければならないと判断して動いている。

 

 前に戦ったナツは、発展途上でありながらも、決して弱くなどなかった。だが、彼女の強さをナツを超えている。しかもこれ程の強さを誇りながらも、ナツと同じく彼女もまた発展途上であるということに舌をまく。

 そして恐らく、彼らに匹敵する魔導士が何名も存在するだろう。《妖精の尻尾》―――想像以上の猛者達の集まりだということに、思わず苦笑いが浮かびそうになる。

 

 だが今は注意するべきなのはエルザだ。彼女の剣の腕は本物であり、現に数十手撃ち合いながらも、互いに攻めきれていない。しかし、綱吉が彼女を厄介だと感じているのはそれだけではない。

 

 

「―――換装、《天輪の鎧》!!」

 

 瞬間、エルザの服装が変わった。蝙蝠のような黒い翼が生えた衣装(・・・・・・・・・・・・・・・)から、背中に4つの天使のような翼がある大きなロングスカートの意匠へと変化した。その際、彼女の周辺を囲むように大量の騎士剣が出現し、宙に舞う。

 

(また服装が変わった!)

 

 そもそもまず最初のエルザの服装は、衣服の上から鎧を身に着けているという変わった服装をしていた。それが戦闘の途中で突如として蝙蝠のような黒い翼と十字架の模様な衣装へと変化したのだ(ついでに髪型もストレートからポニーテールに変わっていた)。

 そしてその衣装に変わった途端、彼女の剣を振るう力と飛脚と移動する脚力が最初の服装よりも遥かに上がったのだ。冷静に見極めれば対処できなくは全くなかったが、エルザ自身の武術の腕を含めると、彼女の魔法を警戒することに越したことはなかった。

 

 そしてまた、服装が変わった。今度は一体なにをするのかと様子見を行うよりも早く――エルザは動いた。

 

「舞え、剣達よ!!」

 

 エルザの声に反応するかのように、宙に浮いていた剣達は切っ先を綱吉に向け―――一斉に襲いかかる。

 

(……やはりか!)

 

 ある程度は予測していたためか、綱吉に驚きの度合いは少ない。しかしだからと言って悠著にしてはいられない。数十は迫っている剣の一つ一つに少なからず魔力が込められている―――並の魔導士ならば一撃で倒せる程の。

 

 それを大まかとはいえ感じ取った綱吉は、改めて彼女が強敵であることを再確認すると同時に、右手のグローブから炎を放出させる。そしてナツ戦同様、素早く炎の壁を形成する。

 

 綱吉に向かってきた数十の剣達は炎の壁によって弾かれ、あるいは砕け散っていた。例え並の魔導士を葬れようとも、硬く熱い綱吉の炎には通用しな―――

 

 

 

「――《天輪・三位の剣(てんりん・トリニティソード)》!!」

 

 しかしそんな炎の壁を、エルザは一瞬で両手に持った剣で三角形を描くように切り裂いたのだ。

 一瞬目を見開いた綱吉だったが、この程度の芸当は今まで目にしてきたためか、即座にグローブから炎を噴出させ、炎の推進力を利用して一瞬でエルザの間合いを詰めた。対するエルザも綱吉がそのように動いてくるのが予測済みだったのか、驚くことなく構えをとり―――

 

「Xバースト!」

 

「《天輪・五芒星の剣(てんりん・ペンタグラムソード)》!!」

 

 互いの近距離技が激突する。速さを利用した炎の拳撃と五芒星を描くように切り裂く斬撃の威力は互角であり、それにより二人はそれぞれ後方へ飛ばされる。綱吉は後ろへ炎をグローブで噴出させることによって飛ばされた威力を殺し、エルザはとっさに受け身を取ったことでダメージを最小限に抑え込んだ。

 そして二人は休むことなく、相対者へと高速で走り向かう。ただしエルザは―――

 

「――換装、《飛翔の鎧》!!」

 

 彼女の呼び声と共に服装が豹柄の鎧(何故か獣耳もついている)に変わった瞬間、エルザの姿が綱吉の視界から消える。そして瞬く間に斬撃が襲ってきたが、視えていたのか分かっていたのか、綱吉は鋼鉄のグローブで難なく弾き飛ばした。後ろを少し見ると、双剣を振り下ろしたであろうエルザが少し驚いた表情で此方を視ていた。

 

(今度はスピードが上がったか!)

 

(《飛翔の鎧》の速さですら反応できるのか!)

 

 どうやら先程の斬撃は、エルザ自身の速さを利用した斬撃だったようだ。

 しかも、その速さは最初の鎧や蝙蝠、ドレスの鎧を装備していたよりも格段に上がっており、本気の綱吉にも匹敵するほどに。

 

 これから数分間行われたのは、互いの速さを利用したと拳撃と剣撃の応酬。常人目で追うことすら許されない高速の戦闘。あまりにも速すぎるため、周りから見れば互いに拮抗しているとしか判断できないだろう。

 

 

(……成程。大体読めてきたな)

 

 エルザの"魔法"が何か、綱吉は大まかだが理解した。だがそれは打開策が浮かぶわけではなく、むしろ彼女の脅威度が更に引き上がったことを意味することであるからだ。

 

 そしてそれはすぐ、現実で思い知ることになる。 

 

 

 

「―――換装、《風神の鎧》!!」

 

 木々を足場として利用する形で上空から地に立つ綱吉に向けて、エルザが《飛翔の鎧》を装備している状態で駆け出す瞬間に、彼女の格好が、2つの羽飾りと羽毛が付いた衣装へと変化した――――《飛翔の鎧》の速さ残し綱吉に駆け向かう状態で。

 

(鎧と武器の切り替えが速い!)

 

 僅かな時間で鎧と武器を変え、更に今の綱吉でも苦戦する《飛翔の鎧》の速さを残したまま鎧を変えての突撃。流石の綱吉でも躱すことができないため、受け止めるしかなかった。

 

 そして二人は、互いに今だせる力をもって自身の得物を相手に振う。

 

 瞬間、炎と魔力のぶつかり合いによる大きな余波が周りの森林を襲う。互いに殺気を込めていないにも関わらず、二人の桁外れな炎と魔力により大気が震え、下手をすれば互いの命に係わる一撃だ。

 

 その一撃を放った張本人の二人は、互いの得物による火花散る力押しによる鍔迫り合いをしていた。この状態では少しでも力を緩めれば、即敗北に繋がってしまう。いや、敵の隙を作るためワザと一瞬力を抜くという戦法もあるが、今の綱吉とエルザが得物に纏う炎と魔力は桁外れである―――下手に扱い暴走などしてしまえば、この戦場であるこの周辺の森林を焼け野原に帰る程の。

 だからこそ、二人は力押しによる戦法でこの状況を打破せんとするが、二人の押し合いは互角であり、均衡状態にある。 

 

 

 しかしその均衡は、すぐに崩れた。

 

「――風よ、集まれ!!」

 

 エルザが今纏っている《風神の鎧》――それは、一定範囲内の大気中に流れる風を自身の支配下におき、利用することができる魔法武具。

 今エルザが行っているのは、綱吉とのグローブと火花を散らしながら鍔迫り合っている自身の剣――名称『風神の剣』に大気の風を集約させている。

 魔力を属性に変換するのではなく、自然界に存在するエネルギーである風を利用している。自然エネルギーは魔力に匹敵――いや、ある意味でそれ以上の力を秘めたエネルギー体。

 魔力に加え、そんな自然エネルギーを剣に取り組むことによって、エルザの剣に込める力は爆発的に上昇する。

 

 故に均衡は崩れ、綱吉は徐々に押されていき――

 

(まずい! 抑えきれ―――) 

 

 

 

―――綱吉は、森の彼方へと吹き飛んでしまった。

 

 

 

 この世界に来て初めて、綱吉はダメージを受けた。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

(やれやれ、5つの鎧を使ってやっと一撃か……)

 

 綱吉を吹き飛ばした先を見つめながら、エルザは息を整える。

 

 エルザが使っている”魔法”は換装魔法の一種である騎士(ザ・ナイト)

 魔法空間に存在する魔法武具と衣装を呼び出し、または空間へしまうことができる魔法。しかも彼女が呼び出す鎧と武具は、一流以上の"魔導士"でなければ扱うことができない業物と言っても過言ではない物ばかり。

 それを状況に応じて多数の鎧を難なく使用する上、それを見事に扱える姿から、彼女が並の"魔道士"より一線を画す存在であることは嫌でも理解できるだろう。

 

 だが、鎧を呼び出すのに少なからず魔力を使ってしまう。更に彼女の持つ鎧はどれも上等ばかりであるため、一つ一つに多くの魔力を消費してしまった。エルザ本人の魔力量はズバ抜けているため、魔力切れを起こすことはないだろうが、ここまで魔力を消費してしまうのは久しぶりだ。

 

 改めて、彼が自分と同等――いや、それ以上の実力者であるとこを認識させられる。

 

 そして分かる―――彼がこの程度で倒れるはずがないと。

 

 

「――成程。そういうことか」

 

 エルザの目の前に、綱吉がまい戻っていた。体のいたる所に傷があり、息も少々乱れている彼の状態見る限り、確かにダメージを与えたのは確かだ。だがそれでも、決定打にはなっていないようだ。

 

「別空間に保持している様々効果をもつ武具を呼び出し行使する、それがお前の”魔法”か」

 

「その通りだ。これが私の”魔法”、《騎士(ザ・ナイト)》!」

 

 剣、槍、斧といった様々なカテゴリーの得物。一つ一つによって様々な魔法効果を持つ鎧。

 その無数とも言える手札という名の魔法武具を達人並に扱える武術の腕。更に戦いを自分の思い描く状況へ運べる冷静さと機転の良さ。

 彼女は間違いなく《妖精の尻尾(フェアリーテイル)》最強の一人といっても過言ではないだろう。並の魔道士なら数秒も持たず地に伏せられることは間違いなしだ。そのことに、綱吉も文句はなく認める。

 

 

 だがそれでも―――

 

 

 

―――山本、良平、雲雀、スクアーロ、幻騎士———一つの武術を極限まで極めた武人達の重みと比べれば―――まだ(・・)、軽い!!

 

 

 合図もなく、再び綱吉は己の速さをもってエルザの視界から消える。しかしエルザは動じることもなく――

 

「換装、《飛翔の鎧》!!」

 

 自身が持つ最速の鎧を身に着け、彼女もまたこの場から消える。そしてすぐに、視界でしっかり視える高速移動する綱吉に向かって、双剣を構え彼に劣らぬ速さで走りだす。

 

「無駄だぞツナ! お前の速さは目を見張るものだが、《飛翔の鎧》を装備した私には通用しな――」

 

 

 

 

「―――心外だな。まさか俺の速さの限界がこの程度だとでも?」

 

 

 

 ―――その言葉が耳に届いた瞬間、今までしっかり目で追えていた綱吉の姿が消えた。




あー。早く幽鬼、バトルオブ、六魔、そして天狼に入る前のオリジナル編を早く書きたい―――話が全然進んでいないのに何言ってんだお前!?と言いたくなりましょうけど、もうどういう展開していくか考えついちゃったから仕方ないでやがりますよ!!

一応、この話の後編は大体構成はできているので、もしかしたら早く出せるかもしれません。で、できる限り頑張りますので、どうか暖かい目でいただけると嬉しいです!!

次回も楽しみに待っていて下さい!

後、感想があれば是非お願いします!

後後! 活動報告も上げているのでお願いします!



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標的8 大空vs妖精女王 後編

まずはじめに――――ごめんなさい。

早めに投稿したいと言っておきながら、仕事が忙しかったことや、予定していたこの話の文字数が少なかったゆえに描写を増やしたりとしたため、遅くなりました。もう一度言いますけど、本当にごめんなさい。

後、今回の話は独自解釈の部分もありますので、ご了承ください。

では、どうぞ!





 

『はぁ……はぁ……』

 

 疲れがピークに達し、何とか踏ん張っていた足の力が抜けてしまったことにより、綱吉は大の字になって倒れてしまう。

 

 

 

 10年前の過去の世界への帰還と真実を知るため、《ミルフィオーレファミリー》の”晴”の《六弔花》――《軍将》入江正一率いる《メローネ基地》。

  そしてボンゴレ狩りの筆頭で、匣アニマルと機械を融合させた半機獣(ハーフメカニマル)の危険な実験を行う―――《黒焔鬼》ブリガンテス率いる《ミルフィオーレファミリー》の特殊暗殺部隊《ベラドンナ・リリー》。

 

 彼らとの対決に向け、10年前の世界から来た沢田綱吉、獄寺隼人、山本武、リゾーナは―――それぞれ強力な家庭教師と共に鍛錬を行っている。

 

 山本は、綱吉の普段の家庭教師であり殺し屋である”晴”の《アルコバレーノ》―――《最強の殺し屋》リボーン。

 獄寺は、自身の姉にして毒物を得物とする殺し屋―――《毒蠍》ビアンキ。

 リゾーナは、《降霊術》の鍛錬用プログラムという形であるが、この世界の10代目《エヴォカトーレ》のボス―――《霊界師》アルビート。

 

 最初の頃は三人共、10年前とは違う新たな武器と力を上手く操作ができなかったこと、そして家庭教師の強さと無理難題と言っても過言でもない修行法によって行き詰っており、中々進展が見られなかった。

 

 しかし、数日前のある出来事によって明確な目的が定まったおかげなのか、それともボスである綱吉の決意を聞いたからなのか―――三人はみるみるうちに実力が飛躍していった。

 

 それは彼らの友人としてとても喜ばしいし、綱吉は嬉しく思う。

 だが、自分の今の状況から考えると、今は彼らのことを考えている場合ではない。3人には悪いが、自分が行っている修行の方が彼らよりも難易度が遥かに上だと言える。

 

 今自分が行っている修行は、常に全力で全神経を集中させていなければ―――問答無用でこの命が無くなっていてもおかしくない。

 

 なぜなら綱吉の家庭教師は―――

 

 

 

 

 

『―――ま、少しはマシになったかな』

 

 

 ―――《風紀財団》総帥にして、10代目《ボンゴレファミリー》の《守護者》のなかでも”最強”の実力者と言っても過言ではない―――

 

 ―――10代目《ボンゴレファミリー》の”雲”の《守護者》―――《孤雲王》雲雀恭弥。

 

 

 綱吉が元いた時代の雲雀の強さは、敵味方問わず誰よりも群を抜いていた。そして10年後の雲雀の強さもこの時代でも相変わらず―――いや、あまりにも強くなりすぎているのではないかと綱吉は思っている。 

 

 なにせ《ボンゴレファミリー》の至宝であり、この時代ではA以上のランクに分類される"雲"の《ボンゴレリング》を所持していないにも関わらず、10年後の10代目ファミリーでも勝機は薄いとまで言われた―――《ボンゴレリング》と同ランクに位置する《マーレリング》保持者である、《ミルフィオーレファミリー》"雷"の《六弔花》―――《電光》のγを全力を出すことなく圧勝してみせたのだ。

 

 その姿は―――そして、今日までの戦う彼の姿は綱吉から見れば―――10年後の雲雀はまさに、完成された戦士としか映らない。

 だがリボーンから言わせれば、雲雀はまだまだ発展途上中。今の雲雀(・・・・)に近い"戦士"は探せばいくらでもいるし、自分が知る体技最強の男にはまだ及んでいないとのこと。

 それを聞いた綱吉は『裏世界どんだけ修羅!!?』と戦慄したのは言うまでもない。

 

 

 閑話休題。

 

 

 綱吉の雲雀との修行内容は――――訓練という名の殺し合いの死闘。

 

 加え、雲雀は全く加減という慈悲の心など持ち合わせていない。今までの修行という名の殺し合いで雲雀は全力を出してないが、彼は本気で綱吉を殺す気で戦りにきているのだ。

 これは別に綱吉に嫌悪感を抱いているわけでも、個人私情があるわけでもない。

 雲雀はいつ、いかなる時でも誰であろうと本気で咬み殺しにいく。特に群れている草食動物。そして、自分を愉しませる肉食―――小動物相手なら特に。

 

 ゆえに、綱吉は本気の全快で雲雀に喰らいつく。でなければ、自分に待ち受ける未来は―――"死"しかないのだから。

 

 

 

 だが、それこそがリボーンが綱吉の修行相手に雲雀を選んだ目的である。

 強くなる一番の近道は、やはり数多の実戦経験だ。それも、ただの力比べという生温い試合ではない。

 

 殺気が入り混じり、善悪の概念など関係なく―――勝者には生を、敗者に死を与える――本物の戦場と言っても過言ではない死闘。

 

 戦場には戦場の独特な空気があり、それは決して訓練程度で感じられるものではない。例え修行で新たな技を身に着けようが、実力が上がろうが―――生死を分けた殺伐とした本来の戦場で、それが発揮されないなど珍しくないのだ。

 

 そして何より、綱吉は《ボス》だ。

 《ボス》とは、背中に数多の者を背負いながら―――護り、戦う者である。ゆえに彼には、獄寺や山本やリゾーナ――現在療養中のクロームは勿論、この時代の《ボンゴレファミリー》の誰よりも強くなってもらわなければならない。

 

 多少のリスクは伴うが、リスクなしで得られるモノなどたかが知れている。だからこそリボーンは、綱吉の家庭教師に雲雀を選んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 基本、一人でいることを好む一匹狼である雲雀恭弥。

 他人と話すときも必要最低限な会話しか行わないし、何よりも人が群れているのを嫌い、その場を立ち去るか咬み殺すを必ず行う。

 それは多少マシになったとはいえ、10年後の世界でも変わらない。

 そんな彼が、何故綱吉の家庭教師を務めることにしたのか。いくら赤ん坊(リボーン)からの頼みとはいえ、自身にメリットがない限りは首を縦に振るじてない。

 

 ゆえにメリットがあったからこそ、雲雀は承諾した。

 

 それは―――――自分が愉しむことだ。

 

 10年経とうが、雲雀の『強者と心ゆくまで戦いたい』という戦闘狂は相変わらずだ。しかし、この時代で自分と対等以上に戦える者は非常に少ないし、現在はそんな暇もない。

 

 《跳ね馬》は別国で《ミルフィオーレ》と戦争の真っ最中で、猿山のボス猿とその集団の一人のカス鮫はイタリアで《ミルフィオーレ》の暗殺真っ最中。沢田家光は妻と共に行方不明で、《エヴォカトーレ》のボスも同様に行方不明。

 

 かく言う自身も、風紀財団や《ミルフィオーレ》のこともあり、自身が満足いく死闘を行えていない。

 つい最近戦った《電光》のγは匣兵器に最近頼りがちのせいで身体能力が鈍ってたのか、それとも力を隠していたからなのか、地力を発揮される前に倒してしまったため、満足度は低い。

 途中、自身と同等以上に殺り合えるであろう特殊暗殺部隊《ベラドンナ・リリー》のリーダーであるブリガンテスと遭遇したが、とある理由から彼は戦わずして去って行った。

 

 以上のことより、表情には出していないが、雲雀の不満とイラつきはかなり溜まっていた。

 

 

 だが、それは見事に発散することができた―――――今倒れ伏している、10年前の沢田綱吉によって。

 

 

 もし綱吉に自身が戦う価値がなければ、本当に雲雀は綱吉を殺していたかもしれない。一応味方側であろうが、相対する以上容赦も欠片もなく雲雀は潰しにかかる。赤ん坊(リボーン)からも好きにして良いとも言われており、遠慮はしない。

 

 だがそんな自分相手に―――沢田綱吉は今日まで、生き残っている。

 

 

 

 歴代ボンゴレのボスの中でも最年少で、ボンゴレボスとなるための試練を乗り越え―――彼は"Xグローブ"を"XグローブVer.VR"へと進化させた。

 

 その後のこの日までの自身との死闘。

 実力は完全に自分が勝っており、勝率は圧倒的に自分が上だ。しかし沢田綱吉は、圧倒的な格上相手でも決して諦めず、自分が予想しない方法で勝ちの道筋を見出し行使してきた。

 

 そして一つの戦闘事に驚くべき速さで着実に力を伸ばしており―――今の沢田綱吉は、初日の彼とは全く見違える程の強さとなったのだ。

 

 

 

『―――確かに、経験も体力も知力も今の俺達よりも遥かに劣る。だがあの時の俺達が、仲間との毎日の中で一番の成長力と意外性を持った―――白蘭を倒せる一番の可能性をもった俺達だ』

 

 

 成程。10年後の彼の言ってた通りかと、雲雀恭弥は内心で笑みを浮かべる。

 

 

 だが、今のままじゃ"まだまだ"だ。

 今の綱吉なら――最強の剣士と名高い《幻霧の剣王》幻騎士を除いた《6弔花》級を相手にも引けは取らない程に成長している。しかし、この程度じゃ《ミルフィオーレファミリー》のボスにして"大空"の《マーレリング》保持者――――《天魔》白蘭には全く及ばない。

 

 そしてこれは雲雀……10年後の綱吉も気づいているだろうが、白蘭は現在公開している組織以外に、何か別の組織を隠している(・・・・・・・・・・)

 勿論それは勘によるもので本来なら宛てにすることは馬鹿らしいが、最悪のケースを考えていて損はない。

 

 自分を除いたボンゴレ側の人間は、メローネ基地襲撃作戦を最後の戦いを思っているだろうが、それは間違いだ。

 メローネ基地に集った《ミルフィオーレファミリー》の戦力をくぐり抜け―――入江正一に辿り着くのはゴールではなく、やっと本当のスタート地点に立てるのだ。

 

 だからこそ綱吉には、自分がよく知るこの時代の沢田綱吉レベルの戦闘力を超えてもらわなくてはならない。

 

 この時代の沢田綱吉と、もう一人の協力者が託した希望のために。

 そして、自分が愉しむためにも。

 

 だからこそ、普段なら決して行わない助言を、雲雀は二つ口にした。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「―――心外だな。まさか俺の速さの限界がこの程度だとでも?」

 

 

 ―――その言葉が耳に届いた瞬間、今までしっかり目で追えていた綱吉の姿が消えた。

 

 そして下手をすれば1秒にも満たない瞬間―――エルザは殴打の痛みが奔ると同時に、吹き飛ばされることに気付かされた。

 

「かっ――!」

 

 咄嗟に自身が手に持つ双剣を無理矢理地面に突き刺すことで、これ以上吹き飛ばされることはなかった。しかし、先程受けた拳撃は思っていた以上に重かったのか、今まで余力があったエルザの息が上がっていた。

 

 

(な、何故だ!? なぜ急にツナの動きを見切ることができなくなった……?) 

 

 そう、先程までしっかり目で捉え、その速さと互角に立ち振るえたはずなのに、突然反応しきることが出来なくなった。一瞬、自分が気を緩めてしまったのではないかと思ってしまうが、すぐに要因が分かった。

 

 綱吉の速さが最初の時よりも、遥かに段違いであったことに。

 

 何故急に綱吉の速さが上がった? まさか先程まで手を抜いて―――いや、それを実際に剣を交えたエルザは否定する。彼は間違いなく本気で自分に向かって来ているのは、この戦いを通して分かっている。 

 

 そう、エルザの言う通り確かに綱吉は本気をだしていた――――

 

 

 ―――だが、まだ全力(・・)ではなかった……ただそれだけの話。

 

 

 

 そして思考に悩むエルザに、綱吉は休む暇を与えなかった。

 気配を感じ取るよりも体に次の動きを伝達するよりも速く、エルザの背後へ高速移動した綱吉の裏拳による一撃が襲った。

 

 しかし、エルザとてS級"魔導士"として、伊達に死線を超えていない。

 

 頭よりも速く、自分の身の危険を本能がとっさに反応し、無意識に双剣を交差させた盾によって防御したのだ。五感とは違う、戦士として高みを登っていく者のみが持つことが許される新たな感―――それが、エルザをこの危機から救ったのだ。

 ただ、威力まで上手く殺すことができなかったために、エルザは大きく後退させられる結果となった。しかし反撃のため後退させられる最中、今度は見逃さまいとエルザはしっかり綱吉から眼を離さずにいた。

 そして、《飛翔の鎧》の速さをもって綱吉に剣を振るおうとし―――

 

 

「―――ぐはっ!!」

 

 ―――何もできず樹木に叩きつけられてしまった。 

 

 腹に痛みを感じることから、殴打か蹴りで飛ばされたということが何となく理解したと同時に、綱吉に驚愕を隠せなかった。 

 

 しっかり眼で綱吉を捉えていた。どんな彼の些細な動きに対応できるよう、全神経を集中させていた。

 そのおかげで、彼の初動を見極めることができたが―――――それだけだ。

 

 初速があまりに速すぎて、エルザの今の反射神経では対応が全く追いつかないのだ。

 

 エルザは決して速さを極めた魔導士ではないが、それに近しい速さを誇っている。そして速さを一点に上昇させる《飛翔の鎧》が加わることで、その速さは《妖精の尻尾》の上位に入るナツやグレイでも捉えることは難しい。

 だからこそ、そんな彼女を逆に速さで圧倒する綱吉に彼女は驚嘆………そして僅かに悔しさが湧き出る。

 

(《飛翔の鎧》でも反応できない……ツナのこの速さ―――ラクサスにも決して劣らない!!)

 

 自身が知る《妖精の尻尾》最速の男にも全く劣らない速さにエルザは驚くと同時に、まずいと感じる。この戦いの流れは完全に綱吉の方へと傾いてしまったことを。

 

 

 

 

 かつて10年後の世界―――《ミルフィオーレファミリー》との戦闘に向け、10年後の雲雀恭弥が綱吉の家庭教師であった時、綱吉は彼から二つ助言をしてもらった。

 

 その一つが――――速さだ。

 

『君の速さは目を見張る程度はある。だけど、君のその速さはグローブの炎の噴射による推進力だけによるものだ。そこに君自身の脚力は使われていない。折角恵まれた身体能力を持っているのに、勿体ないと思わないわけ?』

 

 その助言をいただいた時、綱吉は"XグローブVer.V.R"を使いこなし始めた時であった。

 

 ボンゴレの業を引き継ぐ覚悟が試される試練を乗り切ったことで進化した、指に装着した"大空"の《ボンゴレリング》を手の甲に宿した"XグローブVer.V.R"。

 

 "Xグローブ"の時よりも純度が高く爆発的な威力を持つ炎を灯せることは可能だ。

 しかし、通常の"Xグローブ"とは異なり、徐々に炎圧が上がるのではなく、急激に炎圧が跳ね上がる特性があり、それに伴って気力の消耗も通常時よりも激しくなる。

 そのため、最初の頃のそれは格段に制御が難しいじゃじゃ馬だったが、最初と比べ今では完璧とはまだ言えないが、実戦に使える程度にはなった。ゆえに、綱吉の速さは修行開始前よりも段違いに上がった。

 

 しかし、そんな綱吉の速さに―――雲雀は容易く見極め、追いつき―――照準がずれることなく綱吉にトンファーを振るってくるのだ。

 

 ただ純粋に鍛え上げた、自身の身体能力だけで。

 

 

 ゆえに、雲雀の言葉に一理あると綱吉は思ってしまうが、やれといってもそう易々とできる物ではない。

 

 綱吉は高速移動の際、両手に身に着けているグローブによる炎の噴射の推進力によって行っているため、他の"戦士"と比べ全く脚力を使わないというわけではないが、足による負担は格闘技のみ。そのため、腕にかかる負担は大きく、常人ならば炎の噴射の速さに追いつけず、手首は簡単にイかれてしまう。

 綱吉の腕が壊れていないのは、綱吉が鍛え上げた、伸びしろ高い本来の身体能力のおかげでもあり、移動や飛ぶ際に体を上手く動かす技術があってこそ。

 

 だからこそ今の状態でも、高速移動はそう易々行えるものではなく、そこに新たな動きを取り入れるなど綱吉にとって無茶もいいところだったのだ。

 

 しかし雲雀は構うことなく、まず自身の身体能力だけでグローブの炎の推進力の速さと同等程度になり、身体能力の速さと炎の推進力の速さと同時併用ができるようにと、無理難題を押し付けられたのだ。

 

 

『そんな滅茶苦茶な!! というか、仮にそれができたとしても地上だけで、空中じゃそんなこと―――』

 

『―――そんなの簡単さ。足裏に炎を纏っていれば、数秒とはいえ空中を足場にすることができる。その程度の時間があれば移動に脚力を使うのに全く問題ない。現に僕も、10年後の君も容易くやってるけど?』

 

『なに不条理のことやってんの10年後の俺!?』

 

 

 

 

 脚力とグローブの炎の推進力の同時併用――――結果としてそれはできるようになった。と言っても、メローネ基地潜入戦、チョイス戦、最終決戦を経たことによって、10年後の戦いでの白蘭との死闘でやっと可能になったのだ。

 ちなみに余談だが、どうやって出来るようになったのかと仲間が聞いた際、綱吉は―――『え? 気づいたらいつの間にかできるようになったんだ。それにコツをつかんだら、そこまで難しいものじゃないしね』と、仲間達の顔を引きつらせ、獄寺は目をキラキラとさせ尊敬の眼差しを向けたり、リボーンは『これでコイツも人外の仲間入りだな』と、ニヤっと笑みを浮かべていたらしい。

 

 

 閑話休題。

 

 

 綱吉はエルザとの戦闘の際、炎の推進力を利用する技であるXバーストを除いて――――自身の脚力だけで移動していた。

 別にエルザを舐めていたというわけではなく、単純に自分の力がこの世界でどこまで通用するのか、少しばかり力の範囲を限定したのだ。

 だが、エルザの実力は想像以上で、《妖精の尻尾》最強の一人というのは伊達ではなく、本気のままではコチラが敗北していた。だからこそ綱吉は、今の状態(・・・・)で出せる全力で戦うことにしたのだ。

 

 

 

 

 樹木に叩きつけられたエルザは、そのまま反撃に出ることなく、冷静に綱吉を分析していく。

 

 自分の剣技と綱吉の格闘技は五分五分と言っていいだろう。頭の回転も応用力も恐らく互いに負けていない。

 だが速さに関しては――――悔しいが綱吉の方が遥かに上だろう。難しいが、視る回数と時間さえあれば、見極めることはできなくはないかもしれない。……が、目の前の少年がそれを許すとは思えない。 

 

 理解している。一度向き始めた勝利の追い風は、確実に勢いを増して――――覆すことが決してできなくなることを。ましてや、綱吉のような強者ならなおの事。

 

 

 ならばどうすればいいか……答えは簡単だと言わんばかりにエルザは笑みを深くする。

 敵に向いた風よりも、こちらに大きな勝利の風を呼び込めばいい!!

 

 先程の異常な速さのように、綱吉にはまだ何かを隠していると自身の戦士としての"勘"が告げている。だけどそれはこちらも同じこと!!

 

 だからこそ、もう出し惜しみはしない!!

 

 

「―――換装、《煉獄の鎧》!!」

 

 エルザが呼び出したのは、黒く禍々しい形状の鎧。

 今までの一点に強化されたものではなく、効撃力、防御力、速さなどといったあらゆる全ての能力がバランスよく強力な万能型の鎧だ。

 そのため、この鎧はエルザが持つ鎧の中でも最強クラスの鎧といっても過言ではない。

 

 綱吉もまた、エルザが呼び出した鎧はは今までと違うことを肌で感じ取った。そして――――この戦いの決着が間もなくであることを。

 

 

 

「いくぞツナ!! 私の全力をもって、この勝負―――勝たせてもらう!!」

 

「なら俺も、全力をもって答えるだけだ」

 

 二人は同時に互いの標的に駆け出す。

 《飛翔の鎧》程ではないものも、《煉獄の鎧》を身に着けたエルザの速さはS級を除いた《妖精の尻尾》上位メンバーを超える程。だがそれでも、綱吉の全力には及ばない。

 

 綱吉は真っ直ぐな突進と見せかけ、自身の速さをもってエルザの後ろへと回り込み、彼女の首に手刀を振り下ろす。綱吉の全速は今だエルザに見極められていない。

 だからこそ、これでエルザの意識を刈り取れる――――はずだった。

 

「っ!」

 

 綱吉がこの世界に来て、初めて驚愕な表情を表に出してしまった。なにせエルザの後ろ首を狙い振り下ろした手刀が―――彼女が右手に持っていた巨大な大剣によって防がれたのだ。それも、エルザは後ろを振り向かずに。

 

「驚くことじゃないさ。確かにお前の速さは私が知る中でも最速に等しい、正直まだ眼が追いつかない程にな。だが、移動ルートを逆算し軌道を読めば、眼で追えずとも防ぐことはできる。と言っても本当にギリギリだったがな」

 

 常人なら決して実行することが出来ないやり方を難なく行ったエルザは瞬く間に大剣を利用し、防いだ拳ごと綱吉を空中へ弾き飛ばす。

 

 そしてエルザは両手で、決して大剣では振えるはずがない速い剣速で、一瞬にして空中で身動きができないはずの綱吉がいる方角に五振り。

 

 ただそれだけで―――――剣を振るった先の、大地も樹木が粉々に消しとんだ。

 

 人間が当たりでもすれば、それこそ命が無くなっても可笑しくない。

 勿論エルザは力の調節しているため、そのような事態に起こることはまずあり得ないが、それでも当たればただで済まないのは明白。

 

 だが、それは当たればの話だ。

 

 Xグローブの炎の推進力を利用すれば、空中を移動することなど造作もない。ゆえに綱吉は斬撃が当たらない範囲をとっさに見極め、炎の推進力と自身の速さをもって、大剣の斬撃を安易に躱す。そしてエルザが武器を振り下ろした後の僅かな隙を見逃さず、音速を超えた自身の速さを利用した飛び蹴りがエルザの無防備の腹を襲った。

 

「――――ぐぅっ!!」

 

 いくら《煉獄の鎧》で防御力が上がっているとはいえ、エルザでさえ今だ視切れない速さを利用した蹴りの重さは尋常ではない。現に彼女は大きなダメージを受け、一瞬足元がふらついてしまった。

 だが、そんな状況の中で、エルザは笑った。

 

「―――捕まえたぞ!!」

 

「―――なにっ!?」

 

 『肉を切らせて骨を断つ』―――その諺の通り、エルザは綱吉の一撃を受けながらも―――その痛みに耐えながら、綱吉の右足を強く掴み捕まえたのだ。これでもう、先程のように彼の異常な速さにやる高速移動を行うことはできないだろう。

 

 しかし、《煉獄の鎧》で握力が高くなっているとはいえ、綱吉程の実力者ならこの程度の拘束を解くことなど少しの時間があれば造作もないだろう。

 

 だからこそ、エルザは瞬く間に次の一手に入る。

 

「換装―――《巨人の鎧》!!」

 

 《煉獄の鎧》から、肥大化した右腕の手甲の鎧―――《巨人の鎧》へと変換させる。

 総合力は《煉獄の鎧》が圧倒的に上だ。しかし、《巨人の鎧》は一点にのみ《煉獄の鎧》を超える能力があり、それが今エルザが求めている力である。

 

 

 

 それは――――投擲力。

 

 

「―――飛んでいけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 《巨人の鎧》の強すぎる投擲力を利用し、まるで人間の人体や重さなど関係ないと言わんばかりに空の遥か彼方へ―――綱吉を投げ飛ばしたのだ。

 

「っ!」

 

 飛ばされる中でも炎を身体強化にあてたためか、綱吉の体内にそこまでのダメージはない。

 しかし、投げられた際に発生した重い空気抵抗と重力が綱吉を襲っていた。普通ならば人体にそこまで影響を及ばすものではないが、投擲力が大幅に強化された《巨人の鎧》によって投げ飛ばされたため、体を襲う空気抵抗と重力は尋常ではなく、いくら綱吉でも容易く身動きができないのだ。

 

 だがそれも時間の問題。時間が経てば次第に威力は無くなっていき、その瞬間に綱吉は即座に動き出すだろう。

 

 ゆえにエルザは――――勝利のための最後の一手を間髪入れずに打つ!

 

「来い――――《破邪の槍》!!」

 

 エルザの右手に、突きに特化した槍がに握られていた。

 それもただの槍ではない。闇を退け、切り裂くと言われる《破邪の槍》―――まさに"魔槍"と呼ぶに相応しい得物。

 

 エルザは"魔槍"と鎧に多くの魔力を注ぎ込み、狙いを現在進行形で飛ばされている綱吉に定め―――いつでも投擲可能とした。

 

 

 

 これこそが、エルザが綱吉に勝つための策。

 

 いくら攻撃力を高くとも、綱吉のような異常な速さを誇る相手には当てることは至難の業。そしてエルザ自身、この戦いで綱吉の速さを見極めることは不可能と即座に判断した。

 

 故に、方法を問わずどんな形でも構わない。綱吉の動きを封じつつ、自身の持てる最大の一撃を。

 

 

 それが、今この状況を生み出したのだ。正直この策が頭に浮かんだのはつい先程で、上手くいく保証はどこにもなかった――――が、エルザのずば抜けた魔法と武術、そして状況を自分の思い描き行使する程の頭脳で、見事に果たすことができたのだ。

 

 綱吉は今投げ飛ばされている最中で身動きができず、自身の速さをいかすことは叶わない―――つまり今の彼は無防備といっても過言ではない。

 ゆえに、魔力を注ぎ込んだこの魔槍を《巨人の鎧》で投擲すれば勝てる!!とエルザは確信する。

 

 確かにこのままいけば、エルザの勝利は確実といってもいいだろう。もし観客に《妖精の尻尾》の仲間達がこの状況を見ても、そう言えるであろう。だけどそれは――――

 

 

 

 

 

「――――オペレーションX」

 

 ―――常識の外にいる、異世界から来た綱吉でなければの話だ。

 

 

「なっ!!?」

 

 攻撃に集中していたにも関わらず、エルザは驚愕の声を上げてしまう。

 

 何せ飛ばされていた綱吉の後ろから―――壮大な炎が噴射しているのだ。そしてその炎の噴射によって、飛ばされていた力を空中で無理矢理を止めることとなった。

 

 それにより、綱吉は身動きがとれるようになったが、炎を噴射したまま綱吉は動かない。

 

 ―――エルザが放とうとしている全力の一撃を、自身の全力の一撃で迎え撃つため。

 

 

 

 

『―――君はまだ、武器を使っていないよ』 

 

 雲雀から教えてもらったもう一つの助言――――それは、進化したXグローブの性能を、全力で発揮させていないことを。

 

 その言葉を聞き、綱吉は"XグローブVerV"でしか使用できない剛の炎を生かす技の開発につとめた。が、当初は剛の炎の爆発的な威力に悩まされ、中々進展しなかった。

 

 しかし、笹川京子とと三浦ハルの何気ない助言で技の構想が浮かび、実践で使用できるようになり。

 

 スパナが開発した『X BURNER専用のコンタクトディスプレイ』によって技が真の意味で完成した。

 

 そして数々の戦いを経て、この技は自身の奥の手の技の一つへと昇華したのだ。

 

 

 

 綱吉が一体何をするのか一瞬理解できなかったが――――今ここで攻撃の手を止めてはいけないという直感が頭に響いた。ゆえにエルザは躊躇うことなく―――

 

 

「―――貫け、破邪の槍!!」

 

 《巨人の鎧》で極限まで強化された投擲力によって放たれた"魔槍"。更に投げる際、"魔槍"に可能な限りの回転を加え、威力を倍増させた。

 例え強固な障害物があろうと構わず粉砕しながら劣らえることなく標的に向かう威力で、腕が立つ魔導士ですら眼で全く追えない程の速度で、空中に待ち構える綱吉に向かう。

 

 

 だが綱吉は恐れることは全くなく、眼で追えないはずの魔槍をしっかり見定め――――数秒にも満たない一瞬で、自身の奥義の一つを放つ。

 

 

「―――X BURNER(バーナー) AIR(エアー)

 

 エネルギーが常に発する"柔"の炎を支えとし、"柔"の炎とは比べ物にならない、爆発的な威力を発揮する"剛"の炎のエネルギー砲が放たれる。

 

 触れる物全てを飲み込み、圧倒的な力をもって破壊する。

 真っ直ぐに放たれたそれは、全てを貫く一本の巨大な槍と言っても過言ではないほどに。

 

 本来、X BURNERは"柔"の炎と"剛"の炎のFVの数値が同等でない限り、安定した状態で撃つことができないため、当初この技を使うために時間をかなりかけなければならなかった。

 しかし数々の戦いを経て、綱吉はX BURNERを僅か数秒で最大に近しい威力を放てるまでの領域に至ったのだ。だからこそ、この状況は必然である。

 

 

 炎のエネルギー砲と"魔槍"が激突する。

 

 

 二つの技のぶつかり合いの余波は今までの比ではなく、離れているにも関わらず森林と地盤は勿論、空中と地上にそれぞれいる綱吉とエルザですら、下手をすれば吹き飛ばされても可笑しくない程。

 

 時間にして数秒、数十秒……いや、時の流れを感じる暇もない程、矛同士の激突は拮抗していた。

 

 技の威力は互いに同等。

 ゆえに、このまま決着がつかず、そのまま互いに空気に溶けるように消えてしまってもおかしくないと言えるかもしれない。

 

 

 だが、今回の勝負の勝敗は決することとなる。

 

 

 ミシミシと、ひび割れる音が響いた。

 

 最初は小さかったが、やがて音は大きくなっていき、そして―――

 

 

 ―――《破邪の槍》は粉々に砕け散ったのであった。

 

 

 武器には強度というものが存在し、限界を越えれば壊れてしまうのは道理。

 

 しかし《破邪の槍》は上位に入る魔装武器。強度もそれに見合う程に頑丈で、げんにエルザがこの武器を数年使っても、キレも強度も全く劣ることはなかった。

 

 じゃあ何故今、砕け散ったのか―――それは至極単純。

 

 それ程にまでX BURNERの威力は桁違いであり、《破邪の槍》ではそれに耐えきることができなかった……ただそれだけだ。

 

「………」

 

 《破邪の槍》を飲み込みながら、炎のエネルギー砲が自身に向かってくるにも関わらず、エルザはその場を動かなかった。様々な鎧の換装に加え、魔槍に多大な魔力を使用したため、体を動かすのが安易で無くなったのだ。

 もしこれが生死を分けた戦いであるのであれば、次の勝利の一手を思案しながら体を無理矢理動かしていただろう。現に彼女はそれぐらい可能な余力はあった。

 

 だが、それでもエルザは動かない。

 今この状態でX BURNERを受ければ自身の敗北は必至である関わらず、彼女の表情はどこか満足気だ。

 

 互いに全力を出して剣と拳を交えたからなのか……

 それとも最大の技同士の激突の結果が、そのまま自身の勝敗になると悟ったからなのか……

 

 だからこそエルザは、なんの躊躇いもなく口にする――――

 

 

「――――私の負けだな」

 

 自身の敗北を認めた瞬間、彼女は炎に飲み込まれていくのであった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「大丈夫か、エルザ?」

 

「……あぁ、大丈夫だ。心配をかけて済まないな」

 

 

 勝負は綱吉の勝ちとなった、

 悔しいという気持ちがないと言えば嘘になるが、それでもエルザは満足している。

 

 新たな仲間になる綱吉の実力を知ることができたこと。

 この戦いで、自分は更に強くなっていけることを。

 

 ―――何よりも戦いを通して、綱吉の人柄を理解できたことが。

 

「ありがとうツナ。今日君とここで戦えて、本当に良かった。だが、次の勝負は私が勝つ!」

 

「……できればもう遠慮したいんだが」

 

 やっぱり受けるべきじゃなかったか、と若干後悔気味の綱吉。そんな綱吉にフフと笑みを零しながらエルザは立ち上がろうとするが、全力の激闘を行った後なのか、力があまり入らなかった。

 

「っ! ここまでの状態になるまで戦ったのは久しぶりだな。仕方ないが、少し休んで―――」

 

「――いや、それには及ばないさ」

 

「? なにを――――――――ってなぁっ!!?」

 

 突如として浮遊感を感じるエルザ……が、すぐに状況を理解した瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まったのである。もし《妖精の尻尾》のメンバーがいれば、『レアだ……』と思わず呟き目を丸くするのは目に見える。

 

 なにせ今エルザは綱吉によって背中と足に手を回され―――――所謂”お姫様抱っこ”で抱えられているのだ

 

「ま、まままままままま待て待て待て!! こ、これは一体どういうことだ!!?」

 

「お前がこうなってしまったのは俺の責任だ。だから俺がギルドまでエルザを連れていく」

 

「な、ならせめてこの抱え方はやめてくれ!! そ、その………恥ずかしすぎる!!」

 

「? 何を恥ずかしがる。お前が俺を連れて来た時と同じ抱え方をしているだけだが」

 

「なっ!!?」

 

 "超直感"―――歴代ボンゴレボスの血を引く者だけが持つ、常人の域を遥かに超えた直感力。人の感情を感じ取ることは勿論、相手の些細な筋肉の動きや思考を視ることで相手の次の行動を読み取るなど、予知に近い直感を感じ取ることができる―――いくら観察眼を鍛えても決して辿り着くことはない、ある意味"異能"に近いものと言っていいだろう。 

 

 しかし、"超直感"をもってしても読み取ることができない感情がある。

 

 

 それは―――――自分に向けられる異性に対する感情。

 

 

 そういう方面に関しては、"超直感"は全く働かない。そう、全く! 

 だから綱吉は、何故エルザが顔を赤くし恥ずかしがっているのか全く理解できず、首を傾げている。

 

 抱えられているエルザはというと、これ以上ないぐらい顔を真っ赤にさせており、アワアワと焦りまくっている。自分がするならまだしも、相手側から―――しかも異性からなど、彼女は平常ではいられない。だがそれは仕方ない。

 

 ある意味で、彼女はまだ"生娘"であるのだから。

 

「さて、これ以上は《妖精の尻尾》のみんなにいらぬ心配をかけてしまうかもしれないから、そろそろ行こう。少し飛んでいくから、俺の首にしっかり腕を回していてくれ」

 

「ま、待ってくれツナ!! わ、私は大丈夫だから―――」

 

「それじゃ――――行くぞ」

 

「―――やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 その後、その光景を目にし大笑いしたナツとグレイはエルザの拳によって沈められ、あのエルザに恐れることなく”お姫様抱っこ”した綱吉にギルドメンバーの多くは尊敬な眼差しを向けるようになったり、『可愛いわよエルザ~♡』とミラに写真を取られたり、『わ、私の先輩としての威厳が……』とエルザが落ちこんだり、『なんでこんな状況になってんのー!!?』と鈍感な綱吉が慌てたりと、色々な意味でカオスになったとさ。

 

 

 




 はーい。今読者の皆さんが今思っていることを当てましょうか。


―――――なにこのツッコミどころがありすぎる話は!!? でしょ。

 なので皆さんが思っている疑問を、答えられる範囲でお答えしましょう!



 Q.原作やアニメで見たことないキャラがいるんだけど、まさかオリキャラ?

 A.オリキャラですけど、これは天野先生が考えたゲームオリジナルキャラです、ハイ! この小説では、リボーンのゲームオリジナルキャラが出てきますので、よろしくお願いします! 今回名前が出たのはアルビート、リゾーナ、ブリガンテスの3人です。


 Q.なんかキャラにそれぞれ見た事ない異名があるんだけど!?

 A.はい。それは自分が考えてつけました! ま、色々な作品に影響されて、リボーンキャラに異名つけよう!ということになりました。と言っても、自分ネーミングセンスはあまりよろしくないので、誰かが考えて下さるとありがたいなーと思ってます。もし良かったら、そのまま採用しますので!


 Q.今回の綱吉vsエルザの戦いって、一応手合わせレベルのはずだよネ? 明らかにそれじゃ済まない戦闘になってると思うんですけど!!?

 A.だって~、エルザは熱が入ったらいつもやり過ぎちゃうし~、綱吉もそれに応えるためにも本気で応じなきゃいけなくなるし~――――そもそも頭によぎって勢いのまま書いちゃったんだから、是非もないよネ!!


 Q.最後の描写―――まさかエルザはヒロインの一人に!!?

 A.入ってませんよ!! まだ投票結果でてないんだし!!


 以上でQ&Aは終了でーす。これ以上の質問は個人的にお願いします!

 次回後1話をやった後、遂に原作突入―――つまりルーシィが登場です! それと同時にヒロイン投票も終了ですのでお忘れなく。

 それではまた次回お会いしましょう!

 後、感想があればぜひお願いします! たくさん来ると、自分超ハッピーになりますので!!


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