ゼロの使い魔と伝説の勇者 (過労死志願)
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プロローグ・土くれ騒動
プロローグ


 イエット王国。

 この国は昔この国に島流しにされた犯罪者達によって創られたといわれている。

 そのため、これといった政府や王族はおらず、複数の犯罪組織が権力を握りこの国を統治していた。

 

 そんなヤバげな国の最西端に彼らはいた。

 

「たく。ヴォイスの奴……仕事の報酬出し渋りやがって。俺がどれだけただ働きしたと思ってやがる」

 

 それは二人組の男女。

 

 一人は、異常なほど眠たそうな雰囲気を垂れ流し、ダラダラと壁に向かって指を動かしている男。名前はライナ・リュート。

 

 ローランド最高の魔術師にして《複写眼(アルファ・スティグマ)》の保持者。

 

 将来の夢は昼寝王国の建国。

 

「ふむ。まったく、その通りだな。お前が夜な夜な町へ繰り出し、町に立ち寄る度に二十人もの女を孕ませたりするから。ここに来るのにも随分と時間がかかってしまった」

 

 もう一人の人物は絶世の美女。

 

 艶やかな金髪に、白磁のようなきめ細やかな肌。神の手によって創られたかのような整った容姿は、町を歩けば、十人中十人が振り向くといっても過言ではない。しかし、何故か無表情。

 

 フェリス・エリス。

 

 ローランド最強と謳われるエリス家の長女にして重度のだんご狂。

 

 将来の夢はだんご王国の建国。

 

 彼らは現在とある国の国王の命令によって、魔王や、悪魔すら滅ぼす《勇者の遺物》を探して旅をしていた。

 

「はいはい」

 

「……」

 

 戯言を軽く流すライナに、フェリスは無表情の中に少しだけ不満を混ぜたが、ライナが指を動かすのを止めたので、遊ぶことを渋々切り上げた。

 

「それで、今回の遺物はどんなものなんだ?」

 

 突如振動を初め、下にスライドし始めた壁をつまらなさそうに見つめながら、フェリスはライナに尋ねた。

 

「《ハルケギニアの銀鏡》っていう遺物で………多分、瞬間移動するための道具」

 

 完全に扉が開ききると二人は何の躊躇いもなく、壁の向こうに出現した真っ暗な通路に足を踏み入れた。

 

「求めるは光輝>>>闇砕(からさぎ)

 

 ライナが指を動かすと瞬時に、魔方陣が空中に浮かび上がり中央から光の球を吐き出す。

 

 その光の球を先頭に二人は通路の奥へと進んでいった。

 

「らしい? なんだそのいい加減な情報は? ふっ、所詮はライナか……」

 

「だから、それなんかムカつくからやめろって。一応今までの伝承の中じゃ一番信憑性があるんだぜ。実際近くの村には鏡を使った人間を見た。飲み込まれた人間を見たって人が多数いたしな」

 

「では、なぜあんないい加減な言い方をした?」

 

 ペラペラと喋りながら二人は歩をすすめる。

 

 途中に侵入者ようの物と思われる罠がいくつも発動するが、ライナはだるそうにしながらもしっかりとよけ、フェリスは無表情のまま罠を剣で切り裂いていく。

 

「いやな、どうも鏡を使った人間が全員帰ってきたわけじゃないみたいなんだわ。鏡を使った人間は伝承の物を合わせて十六人。でも確実に瞬間移動して帰ってこれたのはどれだけ調べてもたったの二人だ。だから俺は今回の遺物は瞬間移動する遺物じゃないと思うんだよな……」

 

 再び壁に突き当たり、ライナはめんどくさそうに両目を意識する。

 

 ライナの両目にはいつの間にか、五芒星が浮かび上がり壁を解析していく。

 

 予想通り壁に見せ掛けた魔法式だったのでライナは壁に手をつっこみ、その魔法式を弄って破壊する。

 

 コレが複写眼の力だった。

 

 ライナの複写眼は魔法式を瞬時に解析して自分のものにできる。

 

 当然解析した魔法は仕組みがわかっているので壊すことも簡単だ。

 

 ものの数秒も経たないうちに、壁は砂になって崩れ、再び通路を出現させた。

 

「では、いったいその鏡は何の道具なんだ?」

 

「いや、それは……わからないけど」

 

 そうこう言っているうちに、二人は目的地に到着した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 広い広い部屋のなかに、何の装飾もされていないただの鏡が銀色の光を発しながらフワフワと浮かんでいた。その下の地面には白い線でサークルが書かれていた。

 

「あれが勇者の遺物か?」

 

「ああ。間違いない。伝承どおりだ」

 

 二人はゆっくりと鏡に近づいていく。

 

「どうやって使う?」

 

「鏡の中に手か何処かを突っ込めば勝手に引き込まれるらしい。だから不用意に触るなよ」

 

「うむ。解った」

 

 そして、二人がサークルに足をふみいれた瞬間!

 

 ゴァ!!

 

「「!!」」

 

 二人はとてつもない力によって鏡に引き寄せられ為す術もなく、鏡に取り込まれた。

 

「ライナ! 触らなければ大丈夫じゃなかったのか!?」

 

「ここだけ、伝承が曲げられていたのか!? サークルは遺物の力が発動している範囲の境界線だったのか!!」

 

 今さら後悔してももう遅い。

 

 二人は諦めたような表情で鏡の中に消えた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ファーストキスだったんだからね!!」

 

 桃色の髪をもつ少女が容赦なく黒髪の少年を殴り付けた!!

 

 どうやら洒落にならない威力だったらしく少年は呆気なく昏倒した。

 

 少女の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 

 本日使い魔を召喚したピッカピカのトリステイン魔法学院の二年生。

 

 年齢の割に未発達な体と魔法が使えないことがコンプレックスな美少女。

 

 対する黒髪の少年は特にこれといった特徴もないギャルゲーの主人公のような少年だった。

 

 この世界唯一の日本人にして、本日めでたく(笑)使い魔になった少年──平賀才人。

 

 本来なら、ルイズは気絶してしまった才人を乱暴に引き摺りながら自室へと帰るはずだった。

 

 だが、何の運命の悪戯か……。この後すぐに、ルイズは再び異世界の住人を出迎えることになる。

 

「まったく、冗談じゃないわ!! なんで、ラ・ヴァリエールである私の使い魔がこんな貧相な平民なのよ!!」

 

 ルイズがそう言いながら才人を引き摺ろうとしたその時!!

 

『──ァァ……………』

 

 何処からともなく聞こえてきた悲鳴のような声を聞きつけ、ルイズは思わず固まってしまった。

 

 何よ、今の声……。

 

 ルイズは辺りを見回してみるが、他の生徒達はフライで帰ったはずなので辺りには誰もいない。

 

「き、気のせい……よね?」

 

 気味が悪くなり及び腰になるルイズに今度ははっきりと悲鳴が降り掛かった!

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「う、うえ!?」

 

 いよいよ『幽霊っ!?』と思い半泣きになりながら上を見上げたルイズは天空から無数の魔法が降ってくるのに気付いた。

 

「は?」

 

 幽霊以上に異常な事態に、ルイズは少しだけ固まり、地面に直撃した魔法が織り成す爆風によって吹き飛ばされた!!

 

「何なのよ、一体ぃぃぃいいいいい!?」

 

 ルイズの叫びをかき消すように、魔法の雨は地面につきたち続けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 鏡を抜けると……そこは青い空!?

 

「って、フザケンナァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 パラシュートなしのスカイダイビングをリアルに体験するという、貴重を通り越して一生に一度しかできなさそうな(終わった瞬間死亡は確実だから)、経験を積みながら、ライナはこの状況から打破できる案はないかと必死に頭を巡らせる。

 

「ふむ、飛び降り自殺か?」

 

「前と違って、思いっきり自分に跳ね返ってきているなからそれ!!」

 

 随分とまえに遺跡の縦穴に突き落とされたことを思い出しながらライナはツッコミを入れる。

 

「ふむ、それもそうだな。なんとかしろライナ」

 

「いや、俺にばっか任せてないでお前も少しは協力しろよ!!」

 

「私は剣士だ。あらゆる状況で常に実力を完全に発揮できるように訓練する。しかし裏を返せば、それは実力以上の事態に対応できる能力はないということだ。だから……」

 

 何故かとてつもなく良い笑顔で(ライナ以外には無表情にしか見えないが……)ライナの右肩に手を置く。

 

「逝ってこい、魔法使い」

 

「この前と字が違うぅうううううううう!?」

 

 絶叫を上げながらも、ライナは高速で手を動かしながら、この状況を打破できそうな魔法をとんでもない展開していく。ローランド最高の魔術師の面目躍如といったところだろうか?

 

 幸いなことに、二十の三十乗ぐらい展開された魔法によって、ライナたちの落下速度はみるみる減速していき、地面が見える頃には一般人には致命的だが二人なら受け身を取ればなんとかなる程度にまで押さえることができた。

 

「ラストォオオオ! 『求めるは震牙>>>倒地』」

 

 最後に打ち込まれたライナの改造魔法によって、本来地面を隆起させ敵を無数の大地の槍で貫くための魔法は、地面を柔らかい砂に変え天然のクッションになる。

 

「よくやった、ライナ! ご褒美をくれてやろう!!」

 

「は? 何だよいきなり……て、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 もっとも、最終的にライナはフェリスに踏み付けられてしまい、顔面から砂に着地する事になってしまったため、あまりクッションの意味はなかったが……。

 

「てんめぇ、フェリス! フザケンナ! 今回はマジで洒落にならなかったぞ!!」

 

「ん? 何を怒っているライナ。ヴォイスが言うには、お前は女性に踏まれる事を至上の喜びとし、夜な夜な街に繰り出しては、女に踏み付けてくれと懇願して、踏みつけた女を貴様の魔術で孕ませていると……」

 

「何度も言ってるけど、してないからなそんなこと!! ていうかお前、またあの変態の言うこと信じたのか!!」

 

「勿論だ!! この噂をイエット中に広めれば私が指定しただんご屋のだんごを一年分くれるといっていたからな。噂を広めるにはまずは自分がその噂を信じねばなるまい。ちなみに最後によった村では噂が広まり過ぎていたのか、お前のモンタージュ写真と賞金額が書かれていた紙がずらりと貼られていたな」

 

「俺もう表歩けないだろそれぇええええええええ!!」

 

「ちょっと、アンタたちこっちを向きなさい!」

 

 こんな状況でも漫才をやめない二人に、鋭い声と杖が突き付けられた。

 

「あ、アンタたち一体何者よ! ここをトリステイン魔法学院と知っての狼藉……キャア!?」

 

「ふむ、ライナ、とりあえずこの小娘にここが何処なのか聞くとしよう」

 

「いや、まあ、それはいいんだけど……離してやれよ、フェリス。顔が紫色になっているぞ」

 

 しかし、杖を構えて気勢を上げていた少女はあっさりとフェリスに杖を奪われ、襟首を掴んだフェリスが首を締め上げるように彼女を持ち上げたため窒息しかけていた。

 

「バカを言うなライナ。この娘からは拷問をしてでもここが何処なのかを聞き出さねばならない!」

 

「ひっ!」

 

「冗談だからな、本気にするなよ!!」

 

 平然と物騒な言葉を吐き出すフェリスに恐怖し、真っ青になる少女にライナは必死にフォローをいれた。

 

「そして、ここで一番美味いだんご屋の情報を仕入れなければならないのだっ!!」

 

「そんなことだろうと思ったよ……たく」

 

 ライナはこんな状況でも自分のペースを崩さないフェリスに呆れつつも、落ち着いて話を聞ける場所を探した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「異世界ぃいいいいい!?」

 

「ハルケギニアねぇ……」

 

 フェリスが広げただんごセットのシートの上で、ライナがひどくだるそうな、ルイズがあからさまに胡散臭いと言外に含めた声を上げる。

 

「要するに、ここは魔法が使える一部の特権階級が貴族として人民を統治する、ハルケギニアという世界のトリステインという国なんだな?」

 

「ふむ……さきほどルイズが上げた《東方》というところが私たちのいたメノリス大陸ということはないのか?」

 

「十中八九ありえねーよ。確かに文化や技術はうちとさほど変わらねーみたいだけど、月が2つあるっていうのはな……。場所が違うだけじゃ説明ができないだろう?」

 

「確かに……」

 

 一応真剣に話しているように聞こえなくもないが、ライナたちは現在お茶を飲み、だんごを貪りながら話をしているため今一真剣みに欠けた話し合いだった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 異世界からきたなんていくらなんでも突拍子がなさすぎるわ!! 証拠があるなら信じてもいいけど……」

 

 二人の話についていけず、混乱するルイズの言い分をフェリスはバッサリ切り捨てた。

 

「ふぉふぁへにしふひぃてもはふぁなふほぉふぉ……」

 

「フェリス……だんご食ってから話せ」

 

 モギュモギュ……。

 

切り捨てた!

 

「別に信じて貰わなくても構わない。私たちはこのままここを出てメノリス大陸に帰るすべを探す」

 

「ああ? だったら現地での協力者はいたほうがいいだろう。この子に手伝って貰おうぜ」

 

「そう言って少女に優しく接し、油断した少女が部屋に連れ込んだ瞬間、野獣となったおまえは……」

 

「おそったり、てごめにしたり、ましてや攫って荒野を駆け抜けたりしないからな」

 

「むぅ……」

 

 再びライナに封殺されてしまい、フェリスは若干不満げな顔をする。

 

「まあとにかくだ、こいつの力は借りない。こいつはどうみても子供だし、ましてや箱入りの貴族のご令嬢だ」

 

「お前とはえらい違いだな……ギャァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 フェリスの剣に殴打され吹き飛ぶライナ。

 

 きり揉みして吹っ飛んでいく彼にルイズは『えっ! 大丈夫なの!!』とばかりに目を見開く。

 

 グッシャァアアアア! と音を立てて地面に倒れ伏すライナを尻目にフェリスは平然と話を続けた。

 

「私達が求めている遺物の情報は持っていないだろう」

 

「まあ、そうだな」

 

 そして平然と立ち上がってくるライナにルイズは再び驚愕した。『え、なんで無事なの!?』と。

 

「というわけだ。行くぞ、ライナ。来られる遺物があったのだ。帰る遺物もあるはずだ」

 

「了解」

 

 二人はそういうと、魔法学院の校門をくぐり、さっさと何処かへ行ってしまった。

 

「なんなのよ、あいつらは……」

 

 ルイズは暫く呆然としたあと、

 

「これ、どうしよう……」

 

 フェリスが置いていってしまっただんごセットを途方に暮れたように見つめた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「で、これからどうするんだよ?」

 

 深夜、何故かライナとフェリスの二人は薄暗い裏街道に立っており、月を眺めながら何かを待っていた。

 

「ふむ。ライナなにをするにも先立つものが必要だ」

 

「ああ、金か……。でも働くのめんどくせぇ」

 

「そういって貴様は、自分が手にかけた女たちを馬車馬のようにこき使っているのだな」

 

「使ってねーよ。ていうか女に手を出した覚えもねーよ」

 

 フェリスワールド全開な相棒にため息を突きながら、ライナはそのまま地面に寝転がる。

 

 ライナはその気になればどんな所でも──最悪歩きながらでも──睡眠をとることができるという特技を持っていた。

 

「寝るなァアアアアアアアアアアアアアアア、ライナァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 フェリスはそんな相棒に優しく声をかけ、剣を引き抜き――その首に向かって勢い良く!

 

「って、アッブナアアアアアアイ!」

 

 ライナは慌てて目を見開き全力で回避。なんとか自分の首と胴体の離婚を防ぐことができた。

 

「危なかったなライナ! 危うく永遠の眠りにつくところだったぞ!!」

 

「主な理由はお前だけどな!」

 

 そんなふうに、二人が漫才を繰り広げているとき、

 

「へへへへ。今日はついているな、おい」

 

「おお、こんな上玉が手に入るとはな……」

 

 下品な笑みを浮かべ、汚い服装の男たちが四十人以上姿を表した。

 

「ふむ。獲物が来たようだ」

 

「あぁ? ……あそういう事」

 

 フェリスの言葉に何かを察したライナはめんどくさそうに立ち上がり、服についた埃を払う。

 

「へへへ、さておまえらグボォア!」

 

 そして男の一人がフェリスたちを恫喝しようとしたとき、突如とんでもない勢いで吹き飛び地面を三回バウンドしたあと沈黙した。

 

 男たちは一瞬何が起きたかわからず、ポカンとしたが、

 

「さて、先立つものを手に入れるために……ライナ、こいつらが溜め込んだお宝をすべていただくぞ!」

 

「了解、あねさん」

 

 自分達が手を出してはいけないものに、手を出してしまったことは良くわかったそうだ……。

 



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ライナの就職活動日誌

トリステイン首都。トリスタニア。

 

 ここにある、とある高級宿がライナとフェリスの今の拠点だ。

 

 この一週間、首都周辺を縄張りにしていた、騎士団ですら倒すのが難しい大盗賊団を立て続けに粉砕したライナとフェリスの懐は、かなり贅沢な暮らしをしても半年は過ごしていける程に暖まっていた。

 

 久しぶりに高級ベットに寝ることができたため、ライナはとても満足そうに暮らしているが……。

 

 今回は、本気でめずらしことにフェリスが死にかけていた。

 

「おい、フェリス……いい加減他の飯も食えって。体を壊すぞ」

 

「いや………ダメだ…………」

 

 美しい美貌を悲惨なぐらいにやせ衰えさせながら、フェリスは固い決意をした目でライナを見つめる。

 

「私は……あれ(・・)を見つけるまで、ほかのものは食べないと誓ったのだ!」

 

「といってもなあ……」

 

「わ、私のことは放っておけ色情狂が! はっ! まさか弱った私を襲い自分の欲情をぶつけ……」

 

「ないから安心しろ」

 

「むう……」

 

 二人が何時ものように不毛な会話を続けていたときだ。

 

「「「「「フェリスさまぁああああああああああああ!」」」」」

 

 突然みすぼらしい格好をした男たちが、フェリスが倒れている部屋に入ってきた。

 

「み、見つけましたよ!」

 

 男のうち一人がいった言葉に、フェリスはやせ衰えているとは思えないスピードで立ち上がる。

 

「それは本当か!」

 

「はい、フェリスさま!」

 

 この男たちは、フェリスとライナが潰した盗賊団のメンバーで、なぜかフェリスに心酔してしまい、馬車馬のように扱き使われている哀れな男たちだった。

 

「ガリアに来た東方の商人が、それらしい粉とそれを作り出すことができる苗を売っていたそうです!」

 

「でかした、お前たち!」

 

 フェリスはそれだけ言うと、電光石火の早さで宿を飛び出していった。

 

「あーあ。行っちまった。まあ、気持ちはわかるけど」

 

「ライナさんはどうされますか?」

 

「パス。せっかくアイツが俺のこと忘れて出ていったんだから、鬼のいぬまに洗濯しとく……」

 

 ライナはだるそうにそういったあと、一つの袋を元盗賊たちに投げ渡した。

 

「フェリスが倒れたら、それは多分空腹のせいだろうから、これを使え」

 

「なんですか、これ?」

 

「腹の中で膨れる栄養剤。飯じゃないって言って渡すんだぞ」

 

 ライナの説明を聞き終わった元盗賊たちは一礼をしたあとフェリスの後を追うために、宿を出ていった。

 

「たくっ、まさか異世界にあれがないとはな……」

 

 だれもいなくなった宿の一室で、ライナはひとりごちた。

 

 それは、フェリスにとっては魂に関わるもの。

 

 ライナたちの世界では一部では神と崇められ、職人たちが競い合って、優劣をきめあい、フェリスをそれの姫とまでいわせたもの…………。

 

 

 

 

「まさか……………………………………………………………………異世界に団子がなかったとは!!」

 

 とんでもなく下らない理由で死ぬ寸前までいく相棒に、ライナは少しだけ、泣けてくるのだった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 「魔法の勉強がしたい? なにいってんだい。魔法は貴族様しか使えないんだよ。私が魔法の使い方なんてしるわけがないだろう」

 

 

「魔法に関する参考文献? そんなもんが平民に出回ったら異端になっちまうよ」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「あーメンドクセェ。この国の魔法を調べるだけでなんでこんなに苦労しないといけないんだよ」

 

 トリスタニアに最近できはじめたらしいカフェのオープンテラスに怠惰な表情を浮かべながら突っ伏す男の姿があった。

 

 紹介するまでもないとおもうが、ライナ・リュートである。

 

 フェリスがだんご探しの旅に出た後ライナは、元の世界に帰るため、この世界の魔法について調査を開始していた。

 

 祖国では魔導の天才。孤児院の仲間からは魔法オタクと呼ばれた彼の理解力はだてではないので、魔法を見ることができるのなら、全ての魔法を解析し自分のものにできる複写眼(アルファ・スティグマ)の助けも借りて直ぐに魔法を使いこなす自信はあったのだが……。

 

「なんで誰も魔法を使わねーんだよ。魔法に関する文献もねーし」

 

 この世界の魔法は宗教的観点からみれば神の御技である。町中でほいほい使っていいものではないらしい。しかも、ここトリスタニアは王家のお膝元だ。その分魔法や武器の行使については厳しい規制が設けられており、よほどのバカか権力者でもないかぎり貴族は魔法を使わないというのが現状だった。

 

 魔法の文献がないのは、魔法は貴族にしか使えないという厳然とした事実があるからだ。

 

 この話をライナは物凄く胡散臭いと思っている。大方貴族の権威を守るためなでっちあげだろうとあたりをつけてはいた。が、魔法の実物を見ていない以上確かめようがない。その上、この話は市民たちに意外と根強く信じられているため、《使えないものの使い方の本》などというものには一切需要がないようだ。

 

 そのため一般的な本屋には魔法に関する本は一切売っていない。図書館などといった気のきいたものはこの世界にはないようなので、ライナの魔法研究は完全な手詰まりになってしまっていた。

 

「あーあ。めんどくせぇ。っていうか、なんで俺こんなに頑張っているんだよ。それもこれも全部シオンの……」

 

 その時だ、ライナに天啓が降りてきたのは!!

 

 ───シオン……? そう言えばここ最近あいつの脅迫状が届いていない。

 

 よくよく考えてみれば当たり前のことだ。

 

 ここは異世界だ。いく方法がわからなければ帰る方法もわからない異世界だ。

 

 そしてこの世界には、俺に仕事の押し付けや嫌がらせをしてくる《いじめっ子嫌がらせ脅迫ワーカーホリック大魔王、シオン・アホターレ》は存在しない! フェリスは一応いるけど、アイツはしばらくはだんごの開発とそれの布教で忙しいだろうから俺に構ってはいられないだろう。幸い金は置いていってくれたので、暫らくは衣食住に困ることはないだろうし、なくなったら面倒だがまた賞金稼ぎでもして金をためればいい。

 

 そう、今の俺は完全にフリーな状態になっている。つまり……。

 

「やべぇ……え、もしかしてこのまま夢叶っちゃうの? 1日五十時間眠るという俺の夢が叶っちゃうの!?」

 

 こうしてはいられないとばかりにライナはとんでもない早さで宿へ舞い戻り布団を被って寝てしまった。

 

 

 

 

 

三日後…………。

 

 

 

 

 

「マジで誰も起こしにこなかったああああああ!」

 

 歓喜の声を上げながら、空腹を訴えるお腹を無視してライナは自分の部屋で踊り狂った!!!!

 

 長かった! 思えばここまでの道程は本当に長かった!!

 

 やれ仕事をしないといわれてフェリスに一週間程飯を抜かれたり、

 

 やれ飯をやるといわれて詐欺師の少年に一週間程ただ働きさせられたり、

 

 やれ報告書を上げろとシオンとの連絡役の変態槍使いに一週間程安眠を妨害されたりと……今までろくな環境にいなかったことにちょっと悲しくなりながら、ライナはそれでも踊っていた。

 

 だってようやくしっかりした睡眠がとれたから! ちょっと寝すぎてしまい腹が空腹で本格的にやばいが、些細なことだ!

 

 ここはきっと異世界ではなく天国なんだ!!

 

 当然あの世界に帰る気はもうしなかった。

 

 だってここならいくら寝ても怒られないから! 誰も邪魔しにこないから!!

 

「……やべぇ、俺ここに永住してもいいかも」

 

 そのとき、魔法学院でいっしょだった赤毛の少女の顔が、

 

「……」

 

 亜麻色のポニーテールをもった少女の顔が、

 

「………………」

 

 孤児院で一緒だった水色の髪に赤い瞳をもった少女と、達観したような表情をする金髪の少年の顔が、

 

「………………………」

 

 そして、三つ編みになった長い銀髪をもった、シオン・アホターレの顔……

 

「………………………………………………………!」

 

 だけは殴り飛ばして、ライナは覚束ない足取りで宿の食堂へとおりる。

 

「よし。魔法の研究を再開するか」

 

 異世界に骨を埋めるには、ライナは向こうに大切な人を残しすぎていたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そんなこんなで再びトリスタニアに出てきていたライナだが、珍しく運がいいことにそこで知り合いに合うことができた。

 

「あれ、ルイズじゃねーか?」

 

「げっ! あんたは!!」

 

「なんだ、ルイズ? 知り合いか」

 

 この世界に来て初めてであった桃色の髪をした少女と、自分と同じ黒髪黒目の少年に出会ったのだ。

 

「前に話したでしょ。アンタが気絶したときに落ちてきた変な二人組のこと……」

 

「あ、俺と同じ異世界のひとか……。でも俺の世界の人じゃなさそうだな?」

 

「んあ? じゃあお前も《ハルケギニアの銀鏡》を通ってきたのか!?」

 

「銀鏡? いや俺はルイズにサモンサーヴァントで呼ばれて……」

 

「サモンサーヴァント!?」

 

 

 

『しばらくオマチクダサーイ...』

 

 

 

 落ち着いて話すために場所を変え、ライナ行きつけのカフェに三人は訪れた。お互いの事情を聞き終えたライナとサイトはお互いにため息をつき、慰めあった。

 

「お互いに苦労してんな。」

 

「ライナさんはこっちにきて楽になったみたいですけどね……」

 

「どうだろうな……。相棒が帰ってきたらまた無理難題をいわれるだろうし」

 

 苦労人の二人が通じあった瞬間だった。

 

「ていうかアンタ、メイジだったの? 杖がないみたいだけど?」

 

 次はルイズが口を開いた。フェリスがいないため、今回は余裕たっぷりといった表情でライナの行きつけのカフェの紅茶を飲んでいる。

 

「俺の世界の魔法はお前たちの魔法よりも軍事色の強い兵器みたいなものだ。しかも近接格闘の補助に使われる物もあるから基本的に両手は開けておくんだよ」

 

「貴族じゃないの?」

 

「貴族は基本的に搾取するだけだったな……」

 

「なによそれ……」

 

 誇り高い公爵家に生まれたルイズはライナの世界の貴族に反感を覚えたようだ。

 

 根はいい子なのかもな……。その様子をみてライナはそう思ったが口に出すことはなかった。

 

 サイトの扱いが酷すぎたため完全に見なおすことができなかったのだ。

 

「それで、元の世界に帰るためにこっちの魔法を調べているわけか……」

 

「見ることができれば覚えるあてはあるんだけどな……」

 

「なに言っているのよ! 魔法は始祖ブリミルが私達貴族に授けて下さった奇跡の御技なのよ!! そうそう簡単に覚えられるわけないじゃない!!」

 

 目に見えて機嫌が悪くなるルイズに少し驚きながら、ライナはサイトにこそっと事情をきいた。

 

『ルイズは魔法が使えないんですよ』

 

『? サモンサーヴァントはできたんだろ』

 

『それも何度か失敗して漸くできたそうです。他の魔法はからっきしで、爆発ばっかしているんですよ』

 

 爆発……ねぇ。ライナとしてはそれだけでも結構武器になりそうな気はしたがルイズ自身が失敗といって落ち込んでいるのだから失敗なのだろう。

 

 この世界の魔法をよく知らないライナはそう結論づけてその話を軽く流した。

 

「あーあ。どっかで魔法を実演してくれるところないかなぁ~」

 

「だったらうちに来たら?」

 

 ライナが大きな声をあげて机に突っ伏すのをみて、ルイズはそういった。

 

「え!」

 

「いいのかルイズ!!」

 

 コレにはサイトもライナも驚き、熱でもあるのか? 天変地異の前触れ? などと言ってしまい、ルイズの多彩な足技によって沈められた。

 

「《黒足》かよ……」

 

「何言ってんのよサイト? とにかくこのまま放っておく訳にもいかないでしょう? 魔法を覚えるためとかいって貴族を襲撃して魔法を使わせるかもしれないし……」

 

「さすがにそこまではしねーよ」

 

 フェリスがいたら無理矢理させられるかもしれないが……。

 

「丁度男子寮の管理人が田舎に帰ったらしいし、異世界の魔法を見せたらミスタコルベールかオールドオスマンが取り立ててくれるわよ」

 

「恩にきるよ、ルイズ」

 

 とにかく、これで魔法を覚えるメドは立った。一歩前進だ。

 

「フェリスにはどう伝えよう? 宿に言伝を頼んでおけば大丈夫か?」

 

 とりあえず宿の解約をするためにライナはルイズたちをカフェに待たせて一旦宿に帰るのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「それにしても……これから一体どこに行くんだ? 学園に行くんじゃないのか?」

 

「それは私たちの用事が終わってからよ」

 

「用事?」

 

「そう。こいつに剣を買いに来たの」

 

「剣? サイトにか?」

 

 宿を解約し、ひとまず荷物だけ預かってくれるように頼みこんだライナは再びルイズたちと合流しトリスタニアの街を歩いていた。だが、今彼らが歩いているのは先ほどのような大通りではなく、ゴミやら汚物やらが転がっている薄暗い裏路地だ。

 

「そうよ。こいつ剣を持つと実はすごいんだから!」

 

「そうなのか?」

 

「あ、あはははは……。そうみたいです」

 

 若干眠たげな雰囲気をにじませたライナは、そこに不思議そうな雰囲気を上乗せさせサイトの方を見る。視線を向けられたサイトはどことなく気恥ずかしそうな、バツが悪そうな微妙な表情になった後、愛想笑いをうかべながらその視線から逃れるように目をそらした。

 

 そんなサイトの振る舞いを見ながら、ライナはさらに大きく首をかしげた。なぜなら、元軍人のライナがパッと見た限りではサイトはどう考えても剣をふるって戦えるような体つきをしていなかったからだ。

 

 確かにひ弱ではないのだろう。筋肉もしっかりついているし、運動はむしろ得意そうだ。だが、剣を使った実戦ともなると必要な筋肉がまた違ってくる。ライナは別にそっち方面の専門家でもないので明確なことは何とも言えないが、少なくとも彼が知っている剣術の達人たちと比べるとどうしてもサイト体つきは見劣りしてしまっていた。

 

「う~ん。まぁいいや」

 

 だが、ライナとしてはやっぱりそんなことはどうだっていいのでそこまでで考えることをやめてしまった……。もとよりライナはめんどくさがりや。よっぽど重要な魔法の解析でもない限り、わからないことがあったらわからないで済ませてしまう主義だった。

 

 俺の目が曇ったんだろ……。最近フェリスに頭ばっか殴られてたし……。

 

「って、ちょっと……何いきなり泣き出してんのよ?」

 

「いや……ちょっと、日ごろの理不尽な光景を思い出して」

 

「??」

 

 サイトはそこから何かを感じ取ったのか同情が多分に含まれた視線を向けてくるが、どちらかというと暴君(フェリス)側だったルイズにはわからなかったらしく、彼女は小さく首をかしげただけだった。

 

「で、その武器やっていつつくんだ……。いいかげん俺、歩くのめんどくさくなってきたんだけど」

 

「まだ一時間も歩いてないじゃない!? ちょっと待ちなさい! えっと……ピエモンの秘薬屋の近くだから、この辺のはずなんだけど……」

 

 地図と現在地を何度か確認した後、ルイズはようやく剣が描かれた古ぼけた看板を発見した。

 

「あ……あった」

 

 どうよ! と言わんばかりに胸を張るルイズに、おざなりな拍手をするサイトと、歩きながら寝るという高等技術を披露するライナ。

 

 ルイズはとりあえずライナをたたき起こした後、堂々とした足取りで武器屋の扉を開いた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「旦那! 貴族の旦那!! うちはまっとうな商売してまさぁ。お上に目をつけられるようなことなんかこれっぽっちもありませんや!」

 

 第一声からして怪しい……。ローブを着こんだルイズの姿を視認した瞬間、真っ青になって平伏しかねない勢いで言い訳を始めた店主を見て、ライナが抱いた印象がそれだった。

 

 おまけに、ろくなもの置いてないし……大丈夫かよこの武器屋。と、ライナが見渡した店内には宝石屋ら金やらで派手な装飾が施された美しい武器たちが並んでいた。しかし、ライナが評価を下した理由はその武器たちではない(いや、まぁ明らかに儀礼用の装飾武器を実戦用として売っていることも理由となってはいるが)。問題なのはそれらの陰に隠れるように置かれている普通の武器たちだ。

 

 もとより客の目に付くところに置いてある商品というのは看板や宣伝の意味合いが強い。もしそれを買うにしても、それ相応の金を持った裕福な貴族や商人が買うのだろう。金を持っていない平民たちに普段売られているのはその後ろの隠れている武器たちというのがライナの世界では常識だった。

 

 そしてその後ろに隠れている商品だが、どれもこれも錆びついていたり刃こぼれしていたり……。あまりまともなものは置いていなかった。

 

 これなら武器屋というよりも鉄くずやと言ってくれた方がまだ納得がいく……。

 

「おいルイズ……ほんとにここで大丈夫?」

 

「ちょ……黙ってて! あんたこっちの世界に来たばかりなんだから、こっちの武器の見分け方なんて知らないでしょうが!」

 

 まったくもって正論だったのだが、ライナはルイズが売りつけられそうになっている《錬金の魔法がかかった名剣!!》とやらに、こっそりとばれないように複写眼(アルファ・スティグマ)を向けた。

 

 当然その剣には魔法の痕跡などみじんもなく、ただの剣に金メッキと宝石を埋め込んだだけの偽物だったわけで……。

 

「おぉ……すげぇ!! ルイズこれほしい!」

 

「そうねぇ。これくらいなら私の従者が持っていても問題ないでしょう? おいくら?」

 

「…………」

 

 なんか純粋に喜んでいるサイトや自信満々に値段を聞いているルイズをみて教えるのがやや心苦しいが、とりあえずルイズに警告の言葉を告げようとしたライナの視界に、一振りの剣が入り込んだ。

 

「おいおい……剣の価値も知らねぇようなガキどもがバカなこと言ってんじゃねぇ! 悪いことは言わねぇからさっさと帰りやがれクソガキども」

 

「なっ!?」

 

 けたたましい罵倒が店内に響き渡るのを聞き、ルイズは眉を吊り上げ発生源を探しだす。だがそれはすでにライナが見つけていた。

 

 そしてそれを見たライナは驚愕のあまり見事に氷結してしまっていた。

 

 なぜならライナが視線を向けた先には、この店に置いてあるほかの剣とは一線を画するほどの複雑かつ精緻な魔法式が編みこまれた錆が浮き出た剣が鎮座していたからだ。

 

 なん……だ、あれ? 見た目と違ってこんなところで置いていていいもんじゃないぞ!?

 

 内心をそんな言葉で埋め尽くしながら固まっているライナの視線の向いている方向の気づいたのか、サイトが不思議そうにライナに問いかける。

 

「あの剣がどうかしたんですか?」

 

「はっ! 大体お前さんみたいなガキが剣を振るうだって? バカ言っちゃいけねェ! テメェにゃ棒キレがお似合いだよ!」

 

「なんだとこらっ!? って、剣がしゃべった!?」

 

 突然ぶつけられた罵声に思わず言い返したサイトだったが、それを発しのたのが目の前の剣だということに気付くと目を丸くして、驚嘆の声を上げた。

 

「……なにこれ? インテリジェンスソード? 初めて見たわね」

 

「こっちの世界じゃ剣がしゃべるのは珍しくないのか?」

 

「珍しいけど、あり得ないことじゃないわ。あんたの世界は違ったの?」

 

「自称槍を名乗る豚のぬいぐるみが話していたことはあったけど……あれはもうちょっと異次元だからな」

 

「??」

 

 かわいた笑みを浮かべ、何もかも諦めきったようなうつろな声を漏らすライナにルイズは再び首をかしげた。

 

 ライナの脳裏に浮かぶのは、もう異次元に住んでいるとしか思えないバカすぎる槍使いと、自身を槍と言い張る豚のぬいぐるみたち。いったいあれのせいで何度死にかけたことか……とライナは内心で号泣する。

 

 というわけで、先ほどまで剣に組み込まれた魔法式に驚いていたライナだったが、その株価は一気に急降下。ライナが内心で「近づかないでください、お願いします」と土下座で頼み込んでしまいそうの勢いで落ち込んだ。

 

「なんだこれ面白いな……。ルイズ! やっぱ俺これにする!」

 

「ちょ……何考えてんのよ。やめなさいそんな汚いわけのわからない剣。こっちのきれいなの買ってあげるから。で、いくらなのよ?」

 

「こっちの剣はエキュー金貨で二千でさぁ」

 

「さぁサイト。それ買って帰るわよ?」

 

 どうやらルイズの懐は思った以上に寒いようだ。貴族らしくないルイズの貧乏くさい態度変更にライナは何とも言えない複雑な表情を向けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「次はあんたの杖ね。うちの学園に来るんだったら少なくともそれを持っていないと話にならないわよ?」

 

「もうこれでいいって……」

 

 続いてライナ達が訪れたのは大通りに面する巨大な商店だ。ルイズが言うには貴族御用達の魔法の杖を売っている場所らしい。

 

流石は貴族御用達の武器屋は格からして違うのか、先ほどのぼろい武器屋とは違い、やたらと豪華な剣や軍杖、煌びやかな指輪や腕輪、ついにはなんに使うのかもわからない豚のぬいぐるみまで置いてある……。というか、あのフォークとナイフが頭についた豚のぬいぐるみ……やたらとライナのトラウマを刺激するが、

 

「……こ、これでいいって」

 

 ライナは全力現実から目を背けることにした。とりあえず目についた腕輪類へと手を伸ばし適当にその中の一つを手に取り掲げてみる。

 

「だめよ! メイジにとって杖はとっても重要なものなの!! ちゃんと選びなさい!!」

 

 しかし、そんないい加減なライナの態度が気に入らなかったのかルイズは即座にその腕輪を奪い取り、元あった場所へと戻した。

 

「え~。もうマジめんどくせ~。お前は俺のお母さんかよ……」

 

 ルイズにブチブチ文句を言いつつ、ライナは気だるげな様子で店内へと入っていった。サイトもそれの続き興味深そうに入ってくるが、今のライナにはどうでもいいこと。とりあえず悩んでいるふりでもして、適当に時間つぶせばルイズも納得するだろう。と、姑息なことを考えながら、特に何の目的もないままふらふらと店の中を徘徊していく。

 

 さすがは貴族御用達といったところか、複写眼(アルファ・スティグマ)で解析してみると出るわ出るわ魔法のよる強化の数々。これだけでも結構めっけもんだと思いつつ(とはいっても杖職人しか使わなさそうなものばかりなので今後使うことはなさそうだが……)

ライナが、ほんの少し杖を眺めるのが楽しくなってきたときだった。

 

「んぁ? サイト……か?」

 

 数分前に分かれて武器型の杖を見に行ったサイトが、一本の剣型の杖を手に持ち眺めているのを見てライナは思わずそう尋ねてしまった。

 

 なぜなら、サイトがまとっていた雰囲気がまるで歴戦の戦士のような鋭いものへと変貌していたからだ。

 

 おかしい……いくらなんでも激変しすぎだろ? 初めは自分の目が曇ったのだと思っていたライナだったが、だとしてもこの急激な変貌は異常だ。ライナはあわてて複写眼(アルファ・スティグマ)でサイトを観察し、彼の体を覆うように展開している不思議な力場を視認した。

 

 複写眼(アルファ・スティグマ)の解析結果が、その力場によって現在のサイトの実力を底上げされていることを如実に示してくれている。

 

「おいおい……。なんだよこの魔法……」

 

 そしてその魔法を見たライナは、思わずうめき声を漏らしながらこの世界の魔法に対しての警戒心を少しだけ強めた。なぜなら、ライナの世界でこれほどの身体能力上昇魔法は副作用が凶悪すぎて《禁呪》として封印されてしまっているからだ。

 

 一応エスタブールの身体強化の魔法があるにはあるが、あれは脳内のリミッターを外し限界以上の駆動を行う魔法。こんな異質な身体強化ではない、もともとの人間の体に眠る性能を引き出す魔法だ。

 

 術式が緻密すぎて即座の解析は不可能だが、これほど不自然な身体強化なら、おそらく禁呪並みの副作用が発生している可能性が高い。

 

 そんな魔法を平然と人間にかけるその神経がライナには信じられなかった……。

 

「あとでルイズに話を聞くか……それによって魔法学院で何を調べるかも変わってくるし……」

 

内心で『あ~もう。俺ってこんなこと考えるの柄じゃないのに……。あぁ、今すぐ宿帰って寝たい……』とぼやきながらライナは再び自分の杖探しへと思考をシフトさせる。

 

 その時だった。ライナの視線が一つの指輪が止まったのは。

 

「あ? え?」

 

 いや。止まったのではない……。ぽっかりと空いた異質な空白にライナが思わず視線を吸い寄せられてしまったのだ。

 

 そこに陳列されているのは、緑の宝玉が埋め込まれたシンプルな指輪。どうやら子供用の練習杖なのか、杖としては最低限の性能しか積まれていない。だが、それは問題ではない。ここは杖を売っているのだからそういう杖があってもおかしくはないのだろう。

 

 問題なのは、その魔法がかけられている指輪の方だ。

 

「おいおい……なんで複写眼(アルファ・スティグマ)でも指輪の解析ができないんだ!?」

 

 ライナがあわてて店員を呼びこの指輪について聞いてみると、

 

「あぁ。これ数日前にとある貴族様が売りのこられたのですよ。なんでも借金を返すために家宝の指輪を売りに来たのだとか……。一応昔からのお得意様でしたので買い取らせてもらいましたが、うちは杖屋ですから、指輪の処理なんか頼まれても困るわけでして……。仕方なしに魔法でもかけて商品として売り出すかと思ったのですが、どういうわけかその指輪が魔法を全く受け付けず、唯一無理やり定着できたのが最低限の杖機能だけ。仕方がないので子供用の練習杖として売っている次第です……。お買い上げになられるのですか?」

 

「あ……あぁ。いくらだ?」

 

「子供用ですから1エキューほどでよろしいですよ? 採算もそれくらいでとれますし」

 さっきの武器屋とはえらい違いだ。と、感心しつつライナは懐から財布を取出し金貨を一枚渡す。

 

「お子様用ですか? 魔法を教えられる年齢になったんですね……」

 

「いや……使うのは俺なんだけどな?」

 

「え、はぁ!?」

 

「いや、なんでもない……」

 

 信じられないライナの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げる店員に苦笑しつつライナは指輪へと視線を戻した。

 

 間違いない……これ、あの黒ずくめの男が持っていたのと同じ――《勇者の遺物》だ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 トリスタニアでの買い物を無事に終えたライナたち一行は学園から乗ってきた馬に乗って街道を走っていた。

 

 ライナはサイトが乗ってきた馬の後ろにのりつつ、先ほど買った指輪をいじっていた。

 

 魔法の杖としての補助能力をつけるのを阻害している術式を探しているのだ。

 

 『勇者の遺物だから』という可能性もあるが、はっきりいって勇者の遺物は完全なブラックボックスだ。そうでない可能性もある。

 

「あの……ライナさん何をしているんですか?」

 

 先程から後ろでゴソゴソしているライナにサイトは尋ねるが、作業に没頭しているライナには届かなかった。

 

「えーっと……これは杖の式か? この細かいのは勇者の遺物の機能だろ? なに書いているのかはわからないけど……」

 

 虫眼鏡がほしいな……と愚痴りながら、ライナは順調に解析を進めていく。設備はなくても杖の術式と勇者の遺物の仕組みを分別することぐらいは、複写眼で充分できる。

 

 結果……。

 

 

「おっ……発見」

 

 ライナは杖の術式、勇者の遺物の仕組みのどちらでもない術式を見つける事ができた。

 

 かなり複雑な式ではあるが、どうやらライナの世界では、金庫によくつかわれる封印術式のようだ。

 

「えっと……宝石を磨いて、人差し指にはめると開く仕掛けなのか? 術式のわりに随分シンプルだな」

 

 ライナはそれの術式の解析を終えると、手順どおりに指輪を操作し術式を解除する。

 

 別に壊すこともできたが、正直面倒だったので、順当に術式を解除することをえらんだ。

 

 瞬間。指輪が光輝き、宝石の中央から一枚の巻き物がでてきた。

 

「ちょ、なに!」

 

「何をしたんですかライナさん!?」

 

 突然の閃光に馬達が驚き歩みを止める。

 

 乗馬の経験があるルイズやライナはそこまで慌てなかったが、初体験のサイトはいつ馬が暴れだしてしまうかと戦々恐々としていた。

 

「いや、わりい。指輪にへんな魔法がかかっていたからさ」

 

「はあ!? ディティクトマジックも使っていないのにそんなものわかるわけ……」

 

 その時だ、ルイズはライナの両目を見て驚愕した。

 

「ちょっと…………なによその目?」

 

「あ、まず……」

 

 ライナの複写眼はこうして露見してしまったのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「見ただけで魔法を解析して自分のものにする!? どんな反則よ、それ!?」

 

「すげー。写〇眼みてぇだ。」

 

 あのあと、腰が痛くなってきたサイトの要請と、ライナの目に関して聞きたいことがあったルイズは一旦馬を下りて休憩をとることにした。

 

 ライナは初め渋ったのだが、結局は暴走のことは上手く隠して複写眼の能力を話した。

 

 別に秘密にする理由もなかったし、何よりここで上手く言い訳してそれからずっと騙し続けているほうが絶対にめんどくせぇ。結果オーライだ。結果オーライ。

 

 ライナはそんな言い訳をしながら指輪から出てきた巻物(スクロール)をいじる。

 

「で、それは一体なに?」

 

「わかんねぇ。多分この指輪の取り扱い説明書だと思うんだけど……」

 

「取り扱い説明書? 指輪にそんなものがいるんですか?」

 

「いろいろと事情があるんだよ、サイト」

 

 ライナはそういうと、二人の前で巻物をひろげる。

 

 当然それはライナの世界の文字でかかれていたためルイズやサイトには読めない。

 

「なんて書いてあるのよ、ライナ?」

 

「いや、これ多分古代文字だわ。一応解読はできるけど読むには時間がかかる」

 

「なんだ」

 

 ルイズやサイトはそれっきり興味を失うが、ライナは目をキラキラと輝かせていた。

 勇者の遺物からでてきた古文書。おまけにライナの世界のものだ。

 

 これさえ、解読すればほとんどのことが謎に包まれている勇者の遺物の秘密が何かわかるかもしれない。

 

 ライナは久しぶりに見つけた大発見に心を踊らせるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 とはいえ、まずは魔法学院に入り込みこの世界の魔法について調べないといけない。というわけで、

 

「ここで働かせてください。」

 

 ライナはそういってだるそうに頭を下げる。

 

 その表情が苦痛に染まっているように見えるのは決して勘違いではないだろう。

 

 ライナは基本的に働いたら負けかなと思っている人間である。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 現在ライナがいるのはトリステイン魔法学院の院長室。

 

 目の前には真っ白な髪と髭を限界までのばした威厳溢れる老人がいる。

 

 学院長──オールド・オスマン。

 

 この学院のトップにして、教育──生徒のためなら王宮の要請すらはねのける誇り高き、

 

「ほほ、モートソグニルや。今日のミス・ロングビルの下着はピンクか。黒が似合うとゆーとるのになあー、モートソグニル」

 

「……っ!!」

 

「あ、痛い、痛い、ゴメン! もうしない!?」

 

 

 

 スケベジジイである。

 

「でぇ……なんじゃったかいの? レイナ・リュートくん」

 

「ライナです、オールドオスマン」

 

「おお、そうじゃった。で、ここで働きたいのじゃったな? ふむ? 魔法はどれくらい使える」

 

「え? まあ、一通りは……」

 

「そうではない。クラスをきいておる」

 

「クラス?」

 

 真剣にわからないライナは、推薦した責任として一緒に学院長室についてきたルイズに助けを求めるが、ルイズも驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 

「え、なに? あなた、もしかしてクラスをしらないの!!」

 

「だから、クラスってなんだよ!」

 

 ルイズは信じられないとばかりに額をおさえ、オールドオスマンは話にならないとばかりにため息をついた。

 

「いい? クラスっていうのは使える魔法の強力さを示す魔法使いのステータスよ。属性を一つ使える人はドット。二つを掛け合わせることができる人はライン。三つの人はトライアングル。四つの人はスクウェア。それで、アンタはいくつ掛け合わせることができるの?」

 

「いや、まず属性がわからないだけど……」

 

 もう、空気が一気に白けてしまった。

 

 オールドオスマンはこう見えて忙しいひとだ。

 

 かの有名な公爵家の三女、ルイズ・ラ・ヴァリエールの推薦というので無視するわけにはいかなかったが、正直彼としてはこんな得体のしれない人物を学園にはおきたくないのだ。

 

 美人じゃねーし。なんか眠そうだし……。

 

 少し漏れてしまった本音は置いておくとしても、彼の反応を見るかぎりではお話にならない。魔法の基礎も知らないではないか!?

 

 もうさっきの受け答えを見た瞬間、寮の管理人からは外すつもりだったが、先程もいったようにラ・ヴァリエールのご息女から紹介だ。あまり蔑ろにはできない。

 

「ふむ。では実力を見せてもらうかの」

 

 オールドオスマンはそういうと、老骨を引きずりライナとルイズを校庭に連れ出した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「レビテーション」

 

 校庭にでたオールドオスマンは適当な板キレを宙に浮かべてライナを促した。

 

「魔法を使ってあの的を打ち抜きなさい。できたら就職は考えてみるのでな……」

 

 あくまで考えるだけだか。

 

 かなり意地の悪い事を考えながらオールドオスマンがふり返ると……。

 

 ライナが、まるで凍り付いたかのように何の支えも無しに宙へと浮かんだ的を凝視していた。

 

「どうしたの、ライナ?」

 

「あれ……なんで浮いているんだ!?」

 

「はぁ! あなたレビテーションも知らないの!?」

 

「いや、まて! お前らもしかして空を飛べたりするか!?」

 

「フライとレビテーションを使える人なら大抵飛べるわよ」

 

「冗談だろ!」

 

 ライナの世界では実用的な飛行魔法は作成不可能となっており、魔法の壁の一つとして数えられている。

 

 空を飛ぶためだけの遺物があり、それが再現不可能としてライナに驚愕を与えたのは記憶に新しい(その遺物はブタのぬいぐるみにとられてしまったが……)。

 

 それがこの世界では実用されているのだ。ライナの驚きは背景に雷が落ちるほどのものだった。

 

 やべぇ……これはマジでヤベェ。帰るためだけにこの世界の魔法を覚えようとしていたけど、これ覚えるだけでも一財産築けるぞ……。

 

 まあ、そんなことをする気は毛頭ないが。

 

「どうしたのかね? はやくしてくれんかの」

 

「あ、はい」

 

 とにかく今は就職である(ライナのやる気が五百減った)。

 

 この世界の魔法を覚えるために一生懸命働かないと(ライナのやる気が一億減った)!

 

 ……………………ヤベェ。昼寝がしたい。

 

 いやもう、こんなの俺のキャラじゃないじゃん。なにやってんの俺? なに頑張ってんの俺? お前の夢は昼寝王国を作ることだろうが!? と内心でそんなバカな葛藤をするライナ。しかし現実は残酷だ。そんなライナに時間を与えてくれはしない。

 

「ハァ~」

 

「なにため息ついてんのよ」

 

「異世界にきてもままならないなと思って……」

 

「?」

 

 まあ、いまため息をついても仕方がない。

 

 とにかく今はどんなことをしてでもこの学院においてもらう必要性があるのだ。

 

 ライナは無理矢理自分を納得させて、自分が最も得意な魔法を使い宙に浮かぶ的を粉砕した。

 

 

すなわち!

 

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)

 

 瞬間!ライナの手元に作成された魔方陣から雷が飛び出し、浮かんだ的を跡形もなく消し飛ばした!!

 

 ライナはめんどくさそうに頭をかきながら二人を振り返る。

 

「これでいいですか?」

 

 そこでライナは初めて気が付く。

 

 様子を見ていた二人が先程の自分と同じように固まっていることに……。

 

「あんた……風のスクウェアだったの?」

 

「はい!?」

 

 ルイズの質問にライナはわけがわからず首を傾げるしかなかった。

 

 ルイズの世界では雷を発生させ攻撃に使うには風属性の高い魔力が必要だ。

 

 つまりはあらゆる魔法使いたちの頂点に立つスクウェアメイジでしか操れない超高難易度魔法なのだ。

 

 

 

 その翌日。教師になってくれと頼み込むオールドオスマンをなんとか押さえ、ライナは男子寮の寮官となったのだった。

 



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土くれフーケ

『この世界にきてから十年がたった。ここにいる人々は私の国とおなじように貴族に弾圧されていたが、意外とちゃんとした領主が多く、殆どの民が平和に過ごしていた。

 

現在のローランドとは雲泥の差である。

 

しかし、どうやら私は帰らなければならないらしい。昨日女神の刺客がやってきた。

 

幸い撃退することができたが、そいつがいうには指輪を持ったローランド王が一人の部下を使い中央大陸へと侵略をはじめたらしい。

 

世界の終わりがちかい。だが、まだあの世界は崩壊するべきではない。

 

 今回の伝説はなにかが違う。あの世界に脈々と受け継がれてきた崩壊のプロセスが崩れはじめている。

 

 《聖剣》《墜ちた勇者》《寂しがり屋の悪魔》《女神》《司祭》…………。

 

 それら全てが狂いはじめている。

 

 あの世界が救われるのか、はたまた違う崩壊が起こるのかそれはわからない。だが、昨日没した《未来眼(トーチ・カース)》の少年は遠い未来、確実に変革が起きると私に保証してくれた。ならば、私は少しでもあの世界を存続させるためにもあの世界に帰るべきなのだろう。

 

 ガンダールヴに剣と《先住》を教わり、ブリミルたちにはここの魔法を教わった。

 

 黒叡の指輪程度なら私にもどうにかなるだろう。

 

 この手記を手にとっているかたは、おそらく私があの世界から持ち出した四つの指輪のどれかを見つけられたのだろう。

 

 わけがわからないかも知れないが、この指輪を異世界へと持っていくのはやめていただきたい。

 

 万が一にも私の世界に帰ってきた時には、もうとりかえしがつかない。

 

 折角、女神たちの目の届かないところへ忘却欠片(ルール・フラグメ)を送り出す事ができたのだ。外した歯車をもとに戻すのはやめてほしい。

 

 それさえ守っていただけるなら、その指輪はアナタの強力な武器になるだろう。

 

 青の《水乱の指輪》。

 赤の《炎架の指輪》。

 緑の《風坐の指輪》。

 黄の《地留の指輪》。

 

 これらの指輪の異世界渡航は固く禁ずる。

 

 私はこれらの指輪をバラバラに捨てにいった。

 

 サハラ。

 トリステイン。

 アルビオン。

 ガリア。

 

 それぞれ、前人未到の未開の地である。

 

 何らかの間違いでどれかの指輪をもっているどなたか……他の指輪を探しにいくのはやめておいた方がいいと言わせていただく。

 

 さて、訳のわからない話に最後までつきあっていただき感謝する。

 

 そのお礼と言ってはなんだが指輪の使い方を教えよう。

 

 簡単なことだ。指輪の頭文字の後に『○よ、有れ!』と言ってくれるだけでいい。

 

 あとはイメージするだけでいい。獣に武器……様々な自然現象が様々な形状になりアナタを守ってくれるだろう。

 

 ブリミルがゲートを開いてくれた。どうやら帰る時がきたようだ。

 

 ガンダールヴ。ヴィンダールヴ。ミョズニトニルン。《────(劣化が激しすぎたため解読不能。)》。

 

 そして、その主ブリミル。

 

 私と同じ世界からきたひとがコレを読んでいるのなら、彼らに頼るといいだろう。きっと力になってくれるはずだ。

 

 汝の頭上に大いなる星の恵みがあらんことを。

 

筆者

『ハルフォード・ミラン』より        了 』

 

 

「やっぱり……あの黒叡の指輪と同じ遺物だったか……。だが、帰った手段は明記されていないな。《ゲート》って言葉だけじゃな…………類推も難しい。にしても、子孫とえらくちがうな、聖騎士ミラン」

 

 古文書を読み解いたライナは疲れた目を押さえつつ、あの真っ黒な危険人物を思い出した。

 

「にしても途中でわけがわからない文字が出てきたな………《女神》やら《勇者》やら…………。一体なんだったんだ?」

 

 ライナは何度か古文書に目を通してみるが、やはり理解できなかった。

 

「まあ、あいつの先祖だしどこかしらおかしくても仕方ないか……」

 

 結局、狂人の戯れ言と結論付けてしまったライナは、その言葉に関して考えるのをやめてしまった。

 

 ここに『空から落ちてくる声』『複写眼』などのワードがあれば、ライナも真剣に思考したのだろうが、あいにくとこの古文書には載っていなかった。

 

 そしてローランドに帰った彼は、後で『どうして面倒がらずにきちんと考えなかったんだ!』と後悔することになるが、それはこの物語で語られるべきことではない。

 

 いまいえることは、

 

「解読のために夜更かししちまったからマジで眠い……。暫く寝よ」

 

 この後に、ライナが安眠を妨害されるであろうということだけだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ドッゴォオオオオオオオオオオオオン!!

 

 ライナが惰眠を貪る夜にその音は響き渡った。

 

 あまりの轟音にライナは一瞬だけ額に皺を寄せたがなにかがギャーギャー騒ぐ音がきこえたあとすぐに静かになったので、この時は起きずにすんだのだ。

 

 しかし、

 

 ズンズンという足音と共にライナの寝室の窓に巨大な何かの影がうつった。

 

 ライナはそれでも布団を頭まで被りなんとかたえる。

 

 残念ながら無駄な抵抗になってしまったが……。

 

 

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 筆舌にし尽くしがたい、轟音を通り越して爆音にまで昇華された空気の波が、ライナに叩きつけられた。

 

「って、ウルサイワァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 もうキレた。ぶちギレた。

 

 ライナは怒声とともにパジャマのまま窓から外に飛び出す!

 

 ライナの部屋は管理人室なので寮の一階にある。だからこんなまねができるわけだが……………よい子の皆はちゃんと玄関から出入りしようね!?

 

 そして、外に飛び出したライナは見た。

 

 月をバックに歩く巨大な人影を。

 

「ああ!?」

 

 さすがのライナも一瞬だけ思考が停止してしまうが、両目の複写眼によってそれがこの世界の魔法による産物だということに気付いたのでそこまで混乱はしなかった。

 

『おいおい……無機物をまるで人のように動かすなんて、何でもありだなこの世界は』

 

 とはいえ、巨大さゆえか、その重量ゆえかはまだ解析できないが、動き自体はぎこちない。あれならフロワードが生み出した悪魔のほうがまだ怖い。

 

「にしても夜中に派手なことをするやつがいたもんだな……何年のバカだ?」

 

 その時、草原の中央まで歩いた巨人が突然崩れ始めた。

 

 空中で旋回するドラゴン(おそらく)が気になりはしたが、ライナはそれ以上に気になる存在を見つけた。

 

 巨人の大規模な崩壊とともに、巨人の肩から飛び降り、一つの魔法をつかい土煙をわざと増やした人影を見たのだ。

 

 それは、暗部にいたライナの目から見てもなかなか手際がいいものであり、逃走に関しては一流の雰囲気を漂わせていた。

 

「魔法の演習でもしてたのか? たく、もっと静かにやれっての」

 

 土煙に紛れてこちらに逃げてきた人影に向かって、ライナはそういった。

 

「っつ! お前……なぜここに!!」

 

「あんなでかい音たてられて目が覚めないほうがどうかしているだろう? 学生だからってはしゃぐのも大概にしろよ」

 

「……………え?」

 

 ローブを被った逃走者──《土くれ》のフーケは今言われた言葉に固まったが、ライナの反応は当然と言えた。

 

 ライナは今日男子寮の寮監になったばかり、しかも今まで王都の下町に滞在していたためこの世界の貴族なんてものは数える程度しか見たことがない。

 

 フードを被った全身ローブの人物を見ても、こんな恰好が流行ってんのかな…………としか考えられないのだ。

 

 おまけに彼は、フーケが盗みに入ってきたことは知らない。フーケの名前ぐらいは聞いたことがあるが、まだこの世界にきて間もないライナに、彼女がフーケだと気付けと言うほうが酷だろう。

 

「あ、あはは…………す、すいませんねぇ。トライアングルを唱えられるようになったから、ちょっとはしゃぎすぎちゃって。」

 

 どうやらフーケは学生で押し通すことにしたらしい。あからさまな愛想笑い(顔が見えないから意味がないが……)を浮かべながら、じりじりとライナから離れていく。

 

 嫌われたか? どうでもいいけど。

 

 その態度に若干傷つき、すぐにいつもの態度に戻ったライナは、めんどくさそうに頭を掻きながら寮に帰る。

 

「たく、今度からは静かにやれよ。」

 

 それだけ言い残すと再び窓から自室に侵入。しっかりと鍵をかけ安らかな眠りの世界へと旅立ったのだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 本当に寮に帰ってしまったライナにポカンとしたあと、フーケは慌てて学園を飛び出し、念のため用意しておいた仮初めの宿に向かった。

 

 夜の闇の中を素早く走り抜けながら、フーケは先程の眠たそうな黒髪の男を思い出していた。

 

 裏稼業に身を落としてから随分と経つ。

 

 そんな自分に人がとる態度はいくつか種類があったが、今回のような気さくで気を使ってくれている対応はなかった。

 

 それに、なんだか落ち着くのだ。普段から気をはって生きている自分だが、あの眠そうな男の前だと、その生き方がバカらしく感じてしまうのだ。

 

 男の勘違いとわかっていながら、そのことを懐かしく、嬉しく感じてしまっている自分に愕然としながら、フーケは夜の道をひた走った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 翌朝。

 

 ライナは崩壊した巨大な壁の前にできた人だかりを見て首を傾げていた。

 

「なにかあったのか?」

 

 朝早くに学院長から呼び出しをくらったライナは眠い目をこすりながら、珍しく早起きをしていた。

 

 ライナはそういいながら、とくに気にした様子もなくそこをスルー。

 

 さっさと学院長室へと歩いていく。

 

「失礼します。」

 

 だらけきった態度と、明らかにやる気がなさそうな声音で学院長の返事も待たずに入ってきたライナにここに集まっていた貴族たちは明らかな不快の表情を浮かべていた。

 

 まあ、ライナにとってはどうでもいいし、こんな視線は子供の頃から向けられているので気にするほどのことではない。

 

「おお、ミスタ・ライナ!ようやく来られたか!?」

 

「なんかあったんすか?」

 

 隠そうともせずに欠伸をかますライナに、ギトーが顔を真っ赤にしながら食って掛かった。

 

「何かあったかだと!? 土くれがでたのだよ、新入り!! あの王都を騒がせている土くれのフーケが、ゴーレムを使い我が学院の宝物庫からまんまと《破壊の杖》を盗みだしたのだ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすギトーを鬱陶しく思いながら、ライナは何故かいるルイズに近づき、こう尋ねた。

 

「なあ……ゴーレムってなに?」

 

 場の空気が一気に白けて、全員がライナから視線を外す。

 

「あんた、ゴーレムも知らないの!? 土の魔法で、大地を材料に魔法使いの意のままに動く人形をつくるの!!」

 

「仕方ないだろう。俺は異世界人なんだから。で、おまえらはなんでここに?」

 

「昨日の夜、学園の宝物庫に泥棒が入ってお宝を盗んでいったんですよ。その犯行の現場を俺たちが見ていて呼ばれたんです」

 

 ああ、あいつ泥棒だったんだ。

 

 内心で気の抜けるような感想を抱きながら、ライナは少しだけ困ってしまった。

 

 基本的に仕事をしたくないニート思想をもつライナだが、今回は元の世界に帰るためにこの職場をクビになるのは困る。

 

 しかし、ライナは、ばれたら即首になってしまうぐらいの失態を犯してしまっていた。

 

 フーケを素通りさせたなんてばれたら流石にやばいよな? バレる前になんとかしないと。

 

「ああ。マジメンドクセェ」

 

 ライナがそう呟き、ルイズとサイトが慌てて口を塞ごうとしたとき……!

 

「失礼します」

 

 オールドオスマンの秘書にしてセクハラの被害者であるミス・ロングビルが室内に入ってきた。

 

 ライナは彼女を見て少しだけ目を細め、無言になった。

 

「ミス・ロングビル! どこにいっていたのですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 

 興奮したコッパゲがロングビルに詰め寄るのを見つめて、ライナはすぐにまた眠そうな表情になり視線をそらす。

 

「申し訳ありません。朝から急いで調査をしておりましたの」

 

「調査?」

 

 ライナがあからさまに不信の声を上げ他の教師たちに睨まれているのを尻目に、ロングビルはペラペラと自分がしてきたことを話し始めた。

 

「今朝方起きたら大変な騒ぎではありませんか。そして宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、コレが国中を騒がせている大怪盗の仕業と知りすぐに調査を始めました。」

 

 他の教師たちが感嘆の声を上げる。流石はオールド・オスマンの秘書である。

 

「で、結果は?」

 

 そしてコッパゲが先を促す。

 

「はい、フーケの居場所がわかりました。」

 

「な、なんですと!」

 

 というか、驚きすぎだろこのコッパゲ。

 

 とライナは素っ頓狂な声を出すコッパゲに呆れたような視線を送る。

 

 先程からの彼の仕草を見ているとどうも軍人くさい印象を受けるのだ。

 

 それもかなりできるはずの。今は退役して鈍っているのかも知れないが、それを差し引いてもひどい取り乱しかたである。

 

「なあ、ルイズ。あの人どんな人なんだ?」

 

「コルベール先生のこと? 《炎蛇》って呼ばれる《火のトライアングル》なんだけど、優しい人よ。ちょっと……変わっているけど。」

 

 暗に『変人である。』といったルイズに苦笑しつつ、ライナはコルベールを見つめた。

 

 実力を隠して過去を隠すか……ヤバイことをやっていたのかもな。

 

 これ以上深く突っ込むのは文字どおりやぶ蛇になりそうなので、ライナはコルベールの観察をやめた。

 

 いつの間にか話題は討伐隊の結成に移っており、教師たちが立候補しないのを見るとルイズがすかさず手を上げた。

 

 となりにいた赤毛と青髪の女子たちもだ。

 

「オールドオスマン! わたしは反対です! 生徒達をそんな危険にさらすわけには」

 

 ふくよかな女性教員からはなかなか好感が持てる意見がでたが、

 

「ではきみが行くかね、ミセス・シュヴルーズ」

 

 というオールドオスマンの言葉にあっさりとひっこんでしまった。

 

 まあ、教師なんてこんなもんだろう。

 

 と、今までろくな教師にあってこなかったライナはそう判断し、指輪がはまった手を上げる。

 

「おれがつきそいでいきます。それなら文句はないでしょう」

 

「おお! ミスタ・ライナ、君が行ってくれるか!!」

 

 意外なところからきた立候補に少々おどろきながらも、オールドオスマンは顔を緩めた。

 

 色々と理由付けをしてみたが、彼自身も教育者の一人である。正直生徒達だけで行かせるのは不安に思っていたところなのだ。

 

 風のスクウェアの彼なら、土のトライアングルと噂される土くれごときに遅れはとるまい。(いまだに勘違いをしているオールドオスマン。)

 

 そう考えたオスマンは諸手を上げて喜んだ。

 

 ライナにはライナの目的があるのだが、それは秘密である。

 

「それでは、トリステイン魔法学院の名誉にかけて、《破壊の杖》を取り戻すのじゃ!」

 

 ルイズたちは貴族らしい一礼を、ライナは大きな欠伸を返し、オールドオスマンの命令をうけたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

街道をかなりの早さで進む馬車。

 

 そこにはフーケ討伐隊の面々がのっていた。

 

 イライラとサイトを見つめるルイズ。腕から伝わってくる感触に鼻の下を伸ばすサイト。自分の胸を押しつけるようにサイトと腕を組むキュルケ。それらを一切無視して本を読み耽るタバサ。そして激しく揺れる馬車の中でも爆睡し続けているライナだ。

 

 御者はミス・ロングビルが行っていた。

 

「ミス・ロングビル………手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」

 

 キュルケが黙々と手綱を握る彼女に話し掛けた。

 

「私は貴族の名を無くした者ですから」

 

 ミス・ロングビルはそういって苦い笑みを浮かべながら手綱を操っていた。

 

「アナタはオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」

 

「ええ。でもオスマン氏は貴族や平民ということはあまり拘らないおかたです」

 

「差し支えなければ事情をお聞かせ願いたいわ。」

 

 曖昧な笑みを浮かべて口を閉じるロングビルを、いつの間にか起きていたライナはつぶさに観察して一つの結論を出した。

 

 だが今はそのことは言わない。

 

 いや……めんどくさいだろ? 色々と……。

 

「ふーん。まあいいわ。」

 

 ライナがいつもの病気を発症させている時、キュルケはルイズからの注意を聞きロングビルへの質問を切り上げた。本当なら食い下がって尋ねたいのだろうが、今回はもう一人根掘り葉掘り事情を聞きたいひとがいた。

 

「そちらの男性はどなたなのかしら?」

 

 そう。ライナである。

 

「ああ?俺か。俺は異世……」

 

 あっさり真実を話そうとするライナの口をルイズとサイトが飛び掛かってふさいだ。

 

『馬鹿!なにあっさり話そうとしてんのよ。』

 

『はぁ!? いや、なんでダメなんだよ。別にばれて困ることなんてないだろう?』

 

『あんたは貴族って思われているから男子寮の管理人やれて魔法の資料も閲覧できるのよ! 異世界からきた平民なんてバレたら即効で下働きに落とされて魔法に関する資料閲覧も禁止されるわよ!』

 

 サイトが自分の扱いのひどさを思い出しながらかなり深刻な表情で何度も頷く。

 

『じゃあどうしろって言うんだよ!』

 

『いいから、私に話をあわせなさい!』

 

 それだけいうとルイズはライナの口から手を離し、咳払いをしたあと、平然とした表情でウソをつらつらと並べていく。

 

「こいつは昔ヴァリエールに仕えていた騎士なの。でも父親が領(うち)の税金をちょろまかしたから貴族の階級を奪われたの。昨日トリスタニアで物ごいしていたのを偶々見つけて、可愛そうだったからオールド・オスマンに頼んで男子寮の管理人にしてもらったのよ。こう見えて風のスクウェアだしね!」

 

 貴族には《嘘八百》のスキルがデフォルトで備わっているのか? とサイトが下らないことを考えていたが、ライナはその話にのった。

 

「どうも、ライナ・リュートです。よろしく」

 

 大あくびをかましながらペコッと頭を下げるライナには貴族らしさなど微塵も感じられなかったが、キュルケのいるゲルマニアには金で成り上がったにわか貴族も多いので特に気にすることもなかった。

 

 タバサは少しだけ不信そうな目を向けてきたが最終的に関係のないことと割り切ったのか、本に視線を戻した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 馬車は薄暗い森のなかに入ってしまい、六人は徒歩で森のなかを進むことになった。

 

「お前、本気でその剣で戦うつもりなのか?」

 

「え、そうですけど。」

 

「まあ、おまえがそれでいいなら別にいいけどさ……………。」

 

 ライナは先ほどサイトがキュルケから貰っていた剣を見ながら、「大丈夫かよこいつ」と思っていた。

 

 武器屋の親父が実戦用と売り払おうとしていた儀礼用の剣だ。

 

 ライナの見立てでは間違いなく戦闘の途中でへし折れる。

 

 だが、まあ、今回は別にいいだろう。わざわざ注意してキュルケに敵視されるのはめんどくせぇし。戦うつもりは毛頭ないし。

 

 ライナがそんなことを考えながら歩を進めると、開けた場所に出た。

 

 森のなかの空き地といった風情である。

 

 広さは魔法学院の中庭程度。その中央には木こり小屋の廃墟がポツンと建っている。

 

「私の情報ですとあの中にいるそうです。」

 

「偵察が必要」

 

 口を開いたのは青い髪を持つ痩せっぽっちな少女──タバサだった。

 

 ライナは彼女のことも気になっていた。凍てついたような無感情さが、初めて会ったときのフェリスに似ていたからだ。

 

 こいつは一回地獄を見ている。昔のローランドのようなものは、流石にないだろうが……………。

 

「ったく。なんだよ、探せば結構めんどくせぇ奴がいるじゃねーか」

 

 ライナがガリガリと頭を掻いているうちに作戦が決まった。

 

 偵察役に選ばれたのはサイト。剣を持つとやたらとすばしっこくなるらしいので、満場一致で押しつけられてしまったようだ。

 

「私はこの近辺にフーケが潜んでいないか調査してきますね」

 

「ああ、俺も面倒だしパス。ヤバくなったら呼んでねー」

 

 そういって地面に寝転ぶライナを見て全員が呆れたような表情になった。

 

「どうする?」

 

「ほっときなさい。今はかまっている暇はないわ」

 

 サイトの疑問にルイズが答え、サイトを先行させたあと合図をもらい、四人は小屋へと向かった。

 

 四人を見送ったあとミス・ロングビルは邪悪な笑みをうかべながら森の中に消えた。

 

 

 そして、

 

 

「ったく、マジでめんどくせぇ……」

 

 ライナはそう言って起き上がり、ミス・ロングビルが消えた方向と同じ方向へ向かった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 小屋へと潜入したルイズ、サイト、キュルケ、タバサはあっさりと破壊の杖を発見してしまい拍子抜けしていた。

 

 その中で一人だけ、サイトが目を見開いていた。

 

「お、おい、これは本当に破壊の杖なのか!」

 

「ええ、間違いないわ。私見たもの、宝物庫を見学したときに」

 

 キュルケからの証言ももらい、サイトはまじまじとその破壊の杖を見つめた。

 

 その時!

 

「あ、あれ!」

 

「どうした!」

 

 ルイズが大声を上げて窓のそとを指差した。

 

 そしてそこには、森の中に起立する巨大な土のゴーレムがうつりこんでいた。

 

「フーケのゴーレム!」

 

「でも、どうしてあんなところに……?」

 

 瞬間!

 

 一条の稲妻がゴーレムに直撃して巨大なゴーレムにたたらを踏ませる!

 

「あれは…………ライナ!」

 

 ルイズの言葉を聞いたサイト達は慌てて小屋を飛び出し森の中にいるゴーレムに向かった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 森の中の広い広場に出たミス・ロングビルは杖を振るい朗々と呪文を唱え始める。

 

 すると、みるみるうちに土が変形、集合し巨大な人形を作り出した!

 

「ふふふ……これを使って」

 

「めんどくせぇことは止めてほしいな」

 

「……………!」

 

 ミス・ロングビルがゴーレムに小屋への突撃を指示しようとした時、突如森の中から声があがり、ロングビルの指示をかき消した。

 

 ロングビルが油断なく杖を構える様子を見て森から出てきたのは、眠そうに大あくびをしながら頭をかくライナだった。

 

「あ…………ら、ライナさん! 丁度良かった。さっきここでフーケを見かけまして、私のゴーレムで倒そうとしたんですけど逃げられてしまって……いまならそう遠くには、」

 

「はーい、もうめんどくせぇから、最初からほんとのこと言ってこうぜ。ほんとはあんた自身が《土くれのフーケ》なんだろう? ロングビルさん」

 

 本当にめんどうそうに眉をしかめながらそういうライナにミス・ロングビルは目を泳がせる。

 

「な、なんのことでしょうか?」

 

「実は俺、ガキの頃は特殊な施設で育てられてさ、一度あった人間は忘れないんだわ。声を聞いただけでも、人物を特定することもできるぞ。普段はめんどうだからやらないけど」

 

 ライナのセリフが終わると同時に、ミス・ロングビルはその場を飛び退きライナから距離を取った。

 

 瞬間! 凄まじい轟音を立ててゴーレムの拳がライナの立っていたところに突き立った!!

 

「ば、バカな男だね! 気付いても話さえしなければこんなことにはならなかったのに!」

 

「それがお前の地なの。うわ、マジめんどくせぇ! すっかり騙されちまったじゃねーか。フェリスもミルクもエステラも、女ってのはマジでコェー」

 

「……………!」

 

 ロングビル──フーケが慌てて振り向くとそこには無傷のライナが走りぬけており、手元に不思議な方陣をうかべながら聞いたこともない呪文を唱えていた!

 

「求めるは雷鳴>>>稲光!」

 

 詠唱が締め括られると同時に魔方陣から稲妻がほとばしりゴーレムを直撃! その衝撃で巨大なゴーレムを後退させた!!

 

「な!? なんだいその魔法は!!」

 

「いやいやいや、ちょ、ちょっとまてよ、土くれ! 俺はちょっと話をしにきただけなんだって!?」

 

「話を聞かせたいなら、力ずくで聞かせてみせな!」

 

「ああ、もう! ホント、マジにめんどくせぇ!!」

 

 ゴーレムの肩に飛び上がったフーケを睨み付けながらライナは高速でゴーレムの攻撃をよけ続ける。

 

 実はライナはフーケの前に姿を表すとき、事前にエスタブールのリミッター解除の魔法をかけていたのだ。そのため、相棒のフェリスには到底追い付くことはできないが、この世界では十二分に早い回避速度を実現していた。その上相手は愚鈍なゴーレム。集中さえ切らさなければ避けることはたやすい。

 

 だが、

 

「うわぁ…………マジでまずい。決定打がねぇ。」

 

 ライナの世界の魔法は複数人の魔術師によって発動する《大規模破壊魔法》をのぞき、殆どが対人戦闘用の魔法で威力が低い。それでも人の体程度なら一撃で消し飛ばす力は持っているのだが、巨大土人形なんて規格外を相手取るには少々こころもとないきがした。だが、

 

「あれ……………なんだ。意外と簡単な攻略方があるじゃないか」

 

 ライナは全ての魔法の組成を読み取る複写眼を持っていた。

 

 この目はみた魔法を深く理解し自分の物にすることができる瞳だ。そしてそれは理解した魔法の弱点も知ることができるということ!

 

「求めるは侵入>>>蝕走(しら)

 

 ライナは高速の早さで動きながら魔方陣を完成させ発動する。

 

 その魔方陣からは黒い煙が走り、ゴーレムを包み込んだ。

 

「な、なんだいこれは!」

 

「侵食魔法っていってな。相手がかけた魔法を侵食して支配する力がある」

 

 黒い煙がはれると同時にライナは指を弾いた。

 

 一瞬、ゴーレムの動きが固まり、そして、

 

「え…………きゃああああああああ!」

 

 まるで波にさらされた砂の城のようにあっけなく崩壊してしまった。

 

 突然のことだったためフーケはフライの呪文を唱えることもできずにかなりの高さから落下してくる。

 

 その時、ライナがもう一つの魔方陣を完成させ発動させた。

 

「求めるは震牙>>>倒地(ちがしら)!」

 

 詠唱が締め括られると同時に、地面に無数の罅が入り、地面がフーケに向かって隆起していく。そして、ある程度の高さで止まると、

 

「きゃう!」

 

 落ちてきたフーケを、砂に変わり優しく受け止め地面へと無事に下ろした。

 

「………………………」

 

 卓越した土を制御する呪文、先程の風の上位呪文(と思われる雷)を同時に使ったライナを茫然としながらフーケは見つめた。

 

「んで、話はきいてくれんのかよ」

 

「……………貴族に……………。いや、私に二言はないよ」

 

 どうせ逃げられそうもないしね。

 

 フーケはそう思いながら両手を上げて杖を捨てる。

 

 ライナはようやく交渉ができることに安堵の息をついたが、ルイズたちの気配が近づいてくるのに気づき、場所を移動しなければ行けないことに、うんざりしながらため息をつくのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 森の最深部。

 

 ライナとフーケはそこにあった木を魔法で少しだけ切り倒し会話ができるように場所を整えていた。

 

 ライナの目の前ではフーケが額を押さえており、今までライナがいった情報を整理していた。

 

「ええっと…………。つまりアンタは異世界から来ていて、元の世界に帰る方法を探している。そのためにこの世界の魔法を覚えようとしていて、魔法学院で働くことはまさに渡りに船だった。だけどそこに私がきて、アンタがそれを知らなかったとはいえ素通りさせてしまった。このままでは絶対責任を取らされるだろうから、もし捕まったとしてもそのことについては口をつぐめと……」

 

「ふぁ〜。ああ、そうだ」

 

 あくびをするライナを見てフーケは一気に脱力した。

 

 こんな下らない理由で自分の計画は潰されたのかと思うと、ライナの鼻っ柱を叩き折ってやりたい気分だが、負けは負けである。

 

 素直に捕まるか…………。

 

「ほれ」

 

「ん?」

 

 突然両手をだしてきたフーケを不思議そうに見つめて、ライナはそれを指差す。

 

「なにこれ?」

 

「え、何って…………王宮に突き出すんだろ?」

 

「なんで俺がそんな面倒なことしなきゃいけないんだよ」

 

 逆に三白眼を向けてくるライナにフーケは心底驚き慌てた。

 

「だって、《土くれ》だよ!? 捕まえたらかなりの賞金がもらえるんだよ!!」

 

「…………別にどうでもいい。俺は飯とちゃんとした寝床があれば満足だし。今の寝床は高級だしな(高級枕、高級ベッド、高級羽毛布団。盗賊退治の金で真っ先に買った。)。もうこれ以上金はいらん」

 

 学院での教員の食料費は給料から差っ引かれているかわりに食堂で食事もとれるので食事の心配はいらない。今のライナはまさに夢の快適空間(第一位は人質。第二位は牢屋。双方ともフェリスがいないとき限定。)を手に入れていたのだ。

 

 後は睡眠欲さえ満たされればライナはもう何もいらない。

 

「で、でも私は盗賊で……。」

 

「ああ……まぁ、確かに盗みは悪いし、今すぐにでもやめて欲しいんだけど……」

 

 ネルファでは魔法騎士団の鎧を、ルーナでは貴族の馬車や教会のシンボルの貴金属をパクっていた男のセリフとは思えないが、今は棚上げしておく。

 

「ま、なんか理由があったんだろうし……。俺も貴族嫌いだし……。殺さなきゃいいんじゃないか?」

 

 考えるのが面倒になってきたのか投げ遣りな返答をしたライナにフーケはしばらく呆然としたあと……………。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 突然大声で笑いだした。そして……。

 

 

「ハハ……………ハハハ……」

 

 最後には泣きだしてしまった。

 

 フーケ自身も悪いことをしている自覚はあった。ただ、フーケは自分の妹のような存在を養うために盗賊という手段に手を染めるしかなかったのだ。

 

 罪の意識を貴族への憎悪でごまかし、悪業を続けてきた自分。いつか捕まり天罰が下ると思っていた。

 

 だが、自分を捕まえた男は平然とこういってのけたのだ。

 

 別にいいんじゃないか、と……。

 

 そうするしかないんだったら仕方がない、と……。

 

「お金が必要なんだ、姪のために……だから私は……盗賊をするしかなかったんだ。オールド・オスマンは私を秘書として雇ってくれたけどその給料じゃ……姪は養えないから……だから破壊の杖を盗んで売り払おうとしたんだよ」

 

 泣きながら自分のことを告白するフーケに困ったような表情を浮かべていたライナだったが、何かを思いついたのか、めんどくさそうにしながらもフーケに一つの提案を出した。

 

「フーケ。だったらオレにも雇われてみないか?」

 

「え?」

 

「さっきもいったように俺はもう給料はいらない。だけど魔法の知識はほしい。だから、俺はおまえに給料を全部やる。そのかわり、お前は俺にこの世界の魔法を教えてくれ」

 

「…………………………」

 

 先ほどまでの涙はどこへやら、センチメンタルなフーケは引っ込み、リアリストなフーケが顔を出し算盤をはじきはじめる。

 

『こいつに魔法の講師をするか……。飲み込みは早そうだし《複写眼》もあるからかなり楽な仕事になるだろうね。おまけにオールド・オスマンはスクウェアのコイツ(勘違いだけど)が離れていかないように給料にかなりのイロをつけていた。書類は秘書の私が確認したから間違いない。それがまるまる私のポケットに入るなら……』

 

 ボロい!!

 

 リアリストフーケの目が瞬時に金貨にかわる。

 

 定期的な収入がある分、むしろ盗賊よりももうかるくらいだ。

 

 危ない橋も渡らなくていいし、なによりあの子達に顔向けができるちゃんとした金を送ることができる。

 

 フーケの答えは決まっていた。

 

「いいよ! その契約……うけるよ!」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 後日談

 

 というか今回のオチ。

 

 あの後、結局フーケのゴーレムはライナが倒したが、フーケ自身は逃亡。姿を暗ましたということにした。

 

 破壊の杖自体はちゃんと戻ってきたので学園長から文句は出なかった。

 

 ルイズ達には勲章が送られ、ライナには特別教員枠を与えるとオールド・オスマンは言っていたが、ライナにとってはありがた迷惑以外の何物でもないので丁重にお断りしておいた。

 

 そして現在。

 

 毎年の恒例行事だという《フリッグスの舞踏会》にて、ライナはタバサと並び大いに食べていた。

 

 なんやかんやで空腹だったのである。

 

 見た目眠そうなライナにはダンスのお誘いなんてものはいっさいかからず、ライナの食事を邪魔するものは誰もいなかったのだか……。

 

「踊っていただけませんか? ジェントルメン」

 

「んあ?」

 

 ライナの隣には髪と同じ緑色のドレスをまとったフーケ──ミス・ロングビルが立っていた。

 

「なんで俺がそんなめんどくさいこと……」

 

「主役が踊らないと格好がつかないじゃないか。今回の主役は《土くれのフーケ》から見事に破壊の杖を奪還した私たちなんだよ」

 

 ライナに耳打ちするときはフーケの口調でしゃべる、ミス・ロングビル。

 

 彼女は耳から顔を離すと悪戯っぽい笑みを浮かべ強引にライナの手をとりダンスの中央へて躍り出た。

 

 そこでは、可憐に着飾ったルイズと顔を赤らめた(酒と恥ずかしさの両方で)サイトが優雅なダンスを踊っていた。

 

 ライナがきちんとゴーレムを倒すところを見せるためにフーケとの交渉の後、ルイズたちと合流し共にゴーレムを倒したのだが、(芸達者なことに、フーケもライナたちと一緒にゴーレムと戦いアリバイを作った。)どうやらその時にいいかんじになっていたらしい。

 

 二人とも顔を真っ赤にしながら満更でもないような笑みを浮かべて踊っている。

 

 ライナはその光景に少し驚きながらミス・ロングビルのステップに会わせて隠成師時代にならった潜入任務用のダンス知識で、なんとかダンスを続ける。

 

「一応できてるね。必要最低限のことだけ」

 

「しかたないだろ。こんなの使ったのは十年ぶりぐらいだ。ほとんど忘れてる」

 

 軽口を叩きあいながらも、二人はステップを踏みサイトとルイズに並ぶ。

 

 気をきかせたのか、楽団が二つのペアに合わせて曲調を緩やかなものにしてくれた。

 

「ああ、そういえば、お前はなんてよべばいいんだ? フーケはダメだろ。でもミス・ロングビルって言いにくいんだよな。俺育ちわるいし……」

 

「こんなとこでそんな正体が露見するような発言するんじゃないよ」

 

 かなり危うい会話をかわしたあと、フーケは暫く悩む素振りを見せたあと、目をあわせずにこう告げた。

 

「マチルダ・ロングビル。ロングビルは偽名だけどマチルダは本名だよ。呼びにくいならマチルダって呼びな」

 

「わかったよ」

 

 顔を赤くしたロングビルと眠そうな目をしたライナはつくづく不釣り合いではあったが、ミス・ロングビルは今までにないほどに幸せそうな顔をしていたそうだ。

 

 因みに…………。

 

 コルベールを筆頭に学院の男性教員たちが、凄まじい形相でライナを睨み付けていたのはまた別の話。

 

 さらに因みに…………。

 ライナの後ろで閃いた鉄色の閃光についてはまた次回に話すこととしよう。

 



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狂気の吸血鬼騒動
プロジェクトX 団子補完計画とたまたま吸血鬼


 金色の美しい髪をもつ女神のような美貌を持った絶世の美女、フェリス・エリスは土に塗れながら畑を耕していた。

 

 すべては彼女の神のため、至高の存在のために、彼女はその美しい美貌を土で汚してしまっていた。

 

「あねさん! ソロソロ休んで下さい!! このままじゃ姐さんの体が持ちませんよ!」

 

「そうですよ、姐さん! 畑は俺達に任せて姐さんは休んでください!」

 

 フェリスをそういって休ませようとしているのは、トリステインで山賊をしていたあの男達。彼らが心配するのも当然の事だった。現在フェリスは三日間ほど不眠不休で働いており、その目元には大きな隈ができている悲惨な状況になっていたのだ。

 

「だ、黙れ! 私は団子神様復活のために一刻も早くこの畑を耕さなければならないのだ!!」

 

 もとより団子はこの世界には無いものなので復活もクソもないのだが、フェリスにとってはどうでもいい事だったりする。

 

 それほどにまで、彼女は追い詰められていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 フェリスはトリステインを出た後、数人の信者(さんぞく)を引き連れてガリアへと向かった。途中ほかの山賊に戦いを挑まれたりもしたが、すべてフェリス一人で一蹴。

 

 団子の苗を買うのにすこしでも足しになるかと思い、殴り飛ばした山賊たちから財宝を奪い取りながらフェリスはガリアに到達することができた。

 

 本来なら、ルーナのように貴族を襲って一気に金をためたかったのだが、ライナから厳重注意を受けていたためそれは自重している。

 

 ライナ曰く『ここの世界では、いける国はトリステイン・ガリア・ゲルマニア・アルビオン・ロマリアの五国しかない。ルーナみたいに通り過ぎるだけならまだしも、この地域に恒久的に滞在する以上ほんの少しでも厄介ごとは減らせたほうが良い。』とのこと。

 

 フェリスとしても、国同士のつながりが元の世界より強いこの国で貴族を襲えばろくなことにはならないということは判っていたので、いつもは聞かないライナの忠告を素直に聞いていた。

 

 おまけに、この世界の山賊どもはやたらと金を溜め込んでいたためフェリスは金銭面においてはそこまで困窮していなかったのだ。

 

閑話休題。

 

 ガリア首都に到着したフェリス一行。幸いなことに東方からの商人はまだ帰っておらず、フェリスはなんの問題もなく団子の苗を入手。そのときは歓喜のあまり信者とともに朝まで飲み明かしてしまうという失態を演じてしまったのだが、このことはライナには内緒である。

 

 ただ、不思議なことに朝起きてみたら信者達は何者かにボッコボコにのされており、事情を聞いたときには涙ながらに二度と酒は飲まないでくれと頼まれてしまったのだが、フェリスは彼らの身に何があったのは気になって仕方がなかったりする。

 

 さて、とにかく苗の購入をスムーズに終えたフェリス一行はガリアの片田舎に小さな家と広大な土地を購入。そこで団子の苗の栽培に移ろうとしたのだが……。

 

「広すぎやしたね……………お頭」

 

「今は団子教信者二号だ七号。だがまあ、確かに広すぎる。これじゃとてもじゃないが耕しきれない……」

 

 そう、購入した土地が広すぎたのだ。

 

 もちろん彼らは何度となくフェリスに適当な広さを耕したらそこに苗を植えて育てていこうと進言したのだが、団子禁断症状が出ていたフェリスには聴く耳を持ってもらえず、今に至るわけだ。

 

 しかし、それでもフェリスは褒められるべきだろう。本来なら開発に半年は掛かるだろう広大な土地をわずか三日で半分以上も耕したのだから。

 

 そのとき、一人の信者が何かに気づき、ポツリと漏らした。

 

「ていうか……それ、東方から来たんですよね?」

 

「そうだが?」

 

「だったら、ここの気候で育つんでしょうか? 環境の違いで枯れてしまうのでは?」

 

 瞬間、信者達は見事に氷結した。たまたま彼らのそばに来ていたフェリスもだ。

 

「あ、姐さん」

 

「な、なんだ?」

 

「とりあえず一つ苗を植えてみましょうぜ? 畑を耕すのはそれからでも遅くはないでさ」

 

「そ、そうだな」

 

 無表情のまま冷や汗をだらだらと流すフェリスの許可を取り男達は苗の栽培にようやく着手することができた。

 

 

結果、

 

 

「「「「「「「…………………………………………」」」」」」」

 

 苗は見事に枯れてしまっていた。

 

 フェリスを休ませることはできた。一歩前進もした。しかし、その代わりに、彼女らは絶望的なほど分厚い壁にぶつかってしまったのだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 さて、フェリスたちが団子の苗を枯らしてしまってから一週間が経った。あれから目立った発展は無く、彼らの《団子補完計画》は完全に行き詰ってしまっていた。

 

「貴族様の援助でももらえたな…………」

 

 一人の信者がそんなことを呟いたのは、そのときだ。

 

「貴族の援助? そんなものを貰ってどうするのだ?」

 

 ライナから貰った自称栄養剤もそこをついたため、再び絶食生活に戻ったフェリスは、呟いた盗賊に血走った目を向けてそう尋ねた。もはや藁にもすがる思いなのだろう。

 

「いえね、土系のメイジが土地開発に協力してくれれば、魔法を使って立派な畑を作ってくれるんすよ。そうすれば団子の苗もきちんと育つのではないかと……」

 

「貴様それを先に言わんか!」

 

 大声を上げて立ち上がったフェリスは、全身から覇気を放出しながら剣を引っつかみ、家を出ようとした。おおかた適当な貴族を襲撃して、無理矢理援助をさせようという魂胆なのだろう。

 

 しかし、それは元山賊の頭目によって妨げられた。

 

「いや、待ってください姐さん! 土系メイジができるのは土地の開発であって、本来この土地に存在しない植物を成長させるなんて事はできませんよ!」

 

「むう。そうなのか」

 

 再び落胆の表情になり、椅子に座りなおすフェリスを見て盗賊たちは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 なにげにフェリスの無表情の中にある表情を、ライナほどとは行かなくても読めるようになってきた彼らであった。

 

「と、とにかく! もう少し頑張ってみましょうぜ姐さん!! 何か良い案が浮かぶかもしれませんし!」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 そして今日も何の進展もないままフェリス達の一日は終った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 深夜。

 

 空腹のあまり寝付けないでいたフェリスは、二階にある寝室から抜け出し、団子の苗の様子を見るために家のなかを徘徊していた。

 

「うう。こんなときにあいつがいれば憂さ晴らしができたのに」

 

 無論あいつとはライナのことである。とんだ逆恨みであった。

 

「あれ、姐さん? どうしたんですかい、こんな時間に」

 

 フェリスが一階に降りるとそこには、肥料の工夫を任されていた山賊の頭目がろうそくの明かりを頼りに肥料の成分表を書いているところだった。

 

「少し眠れなくてな」

 

「いいかげん飯食って下さいよ。このままアンタが倒れちまったら兄貴に申し訳がたたねえ」

 

 苦笑交じりに食事をするように懇願されたフェリスはそれをにべもなく断り、それを予想していた頭目は溜息をついて成分表とのにらめっこを再開した。

 

「姐さん」

 

「なんだ」

 

「もう少し待っていてくださいね。俺達は兄貴みたいに姐さんの隣に立つことはできないけど、あんたを支えることぐらいはして見せますから」

 

「………………………そうか」

 

 無表情の中にほんの少しだけ笑みを浮かべて、フェリスは自分の寝室に帰ろうとした。

 

 その時!!

 

「!」

 

 異様な気配を察知したフェリスは、剣を引き抜き頭目の後ろに立った!

 

「あ、あ姐さん? どうしたんで……」

 

「静かにしろ。この家に何かいる!!」

 

 フェリスがそういった瞬間!

 

 空気を引き裂き、見えない弾丸がフェリスに襲い掛かってきた。

 

「しっ!」

 

 しかしフェリスは剣の一族。ローランド最強の武家の出身者である。雷すら叩ききる彼女の剣はその見えない弾丸にきちんと対応し一刀両断した!

 

「魔法!? 風系のメイジです姐さん!!」

 

 盗賊の忠告を頭の端に入れ、フェリスは暗闇の中に隠れている襲撃者に気配を頼りに近付きその剛剣を振るう。

 

「ちっ!」

 

 襲撃者は小さくしたうちをした後、剣を避けるために暗闇から飛び出し窓を突き破り逃げ出した。

 

「まて!」

 

 フェリスは慌てて後を追おうとしたが、突如足から力が抜けてその場に座り込んでしまった。原因は言わずもがな、極度の空腹のためである。

 

「姐さん! 大丈夫ですか!?」

 

「ああ。外傷はない。ただ、力が入らなくてな」

 

「良かった。あいつ相手じゃ姐さんでも分が悪いですよ」

 

「? あいつが何者なのか知っているのか」

 

「…………………………………………ええ。すれ違いざまに牙が見えましたから、間違いありません」

 

 頭目は冷や汗を流しながらその忌まわしい名前を口にする。

 

「人と同じ姿をしながら、その性は残忍にして狡猾。エルフと同じ《先住》魔法を行使する人食いの魔獣。吸血鬼ですよ、姐さん」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 翌朝。彼らの食卓には普通に朝食を食べるフェリスの姿があった。

 

「あ、姐さん!? ようやく食べる気になってくれたんですね!! でもいきなりどうして?」

 

 他の山賊たちが驚き、慌てふためく中でフェリスは無表情のままこういった。

 

「なに。少し厄介ごとが持ち上がってしまってな。力をつけておく必要があるのだ」

 

 フェリスのその言葉に、山賊たちは嵐の予感を感じ取っていた。

 

 

 それから数日後、この村の少女が一人干からびて死んでいるのが発見された。

 

 村の住人達は口をそろえてこの事件の犯人の名前をささやく。

 

 それは王宮から派遣された騎士すら返り討ちにし、村人達を恐怖のどん底に突き落とした。

 

 人狩り。夜を歩くもの。狡猾にして残忍な最も凶悪な魔獣。

 

 吸血鬼。

 

 そして()は闇の中ひそかに潜んでほくそ笑んだ。

 

「ああ。あの金髪の美女! 彼女の血はとても美味しそうだったなあ!!」

 

 狂ったような哄笑を上げながら、彼は再び闇へと消えた。

 



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雪風到来

「ああ……吸血鬼なんてマジで信じられねぇ。どうしてこんな時に来るのかね?」

 

「でも、姐さんなら余裕でぶっ飛ばしそうだよな」

 

「馬鹿。相手は最強の妖魔だぞ。いくら姐さんでも分がワリイよ」

 

 元山賊の二人はそんなことを言いながら畑を耕しに外に出た。今まではフェリスがやっていたのだが、この前のように吸血鬼の襲撃があってはいけないので、現在は盗賊たちによってローテーションが組まれ、順番に畑を耕すことになっている。

 

「でも、苗の状態は芳しくないんだろ?」

 

「ああ。どんな肥料を使っても枯れちまうしな……。先住魔法でも使えたら話は別なんだろうが……」

 

「吸血鬼にでもなってみるか? 先住魔法使えるみたいだし」

 

「冗談。そんなことしたら姐さんに真っ二つにされちまうよ」

 

「ちげーねー」

 

 談笑をしながら歩いていた二人はようやく畑の端に辿り着いた。今日はここからである。

 

 畑の面積もずいぶんと広がり、今日ですべての土地を耕し終える予定になっている。

 

「さっさと終らせて家に帰ろうぜ。姐さんにお茶頼んでさ」

 

「ああ、姐さんのお茶はうめーからな!」

 

 そんなときだ。

 

 ドサリ……。

 

 何かが倒れる音が二人の耳に入った。

 

「ん?」

 

「なんだ!?」

 

 二人が慌てて音のしたほうに駆け寄るとそこには、傷だらけになった少女が倒れこんでいた。

 

「た、たいへんだ!」

 

「オレ、姐さんをよんでくる!」

 

 山賊の一人は少女に駆け寄り、もう一人は家へと走る。

 

「おい! 嬢ちゃん!! 大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 

 駆け寄った山賊はそう言いながら少女の頬をペチペチ叩き意識の覚醒を促した。

 

「うう……」

 

「だめだ。完全に意識を失ってやがる。とりあえず、家に運ぶか」

 

 山賊はそう言いながら少女を担ぎ家へと運び込んだのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それから3日後。とある美女と少女が村を訪れた。

 

「今度派遣されてきた騎士様は大丈夫かしら?」

 

「若い女の人みたいだね?」

 

 長く青い髪を持った女の騎士。その傍らには荷物もちの少女が待機していた。

 

「呆れた。女の子を連れていらっしゃるよ」

 

「こないだ来られた騎士様のほうが何ぼかお強そうだ」

 

 他の村人達が落胆する中、それを見に来ていた金髪の美女とやたらと目つきが凶悪な男はヒソヒソと意見を交換し合っていた。

 

『どう思う?』

 

『騎士と名乗っているほうはたいしたことありやせんね。メイジ専門で仕事してきやしたが、貴族特有の教育の跡が感じられやせん。多分偽物でしょう……問題はガキのほうで……』

 

『私もそう思う。あれは相当な修羅場をくぐってきているな』

 

 自分と同じように表情を欠落させた少女を見て、フェリスは特に何の感慨もなさそうに淡々とした口調で今回の騎士にたいする評価を下す。

 

 仮にもローランド最強の名を冠する剣の一族。眼鏡を掛けた少女とでは年季が違いすぎた。どうやら少女の計画はこの二人には通じなかったらしい。だが、

 

「この前のよりかは期待できるな。」

 

「そうですね。この前来た奴は貴族ってだけで負けるわけがないとか考えていた勘違いヤローでしたし」

 

「とにかく、我々は計画に専念するぞ。養わなければならない人間も増えたしな」

 

「そうですね。食料かってさっさと帰りましょう」

 

 ある程度の騎士の観察を済ませた二人は、もう用はないとばかりにタバサから視線をはずしこの村で唯一商売を続けている商店へと急いだ。

 

 そのとき二人は気づいていなかった。眼鏡をかけた少女が二人のことを視線で追っていたということ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 眼鏡をかけた少女――タバサは人ごみの中に消えた二人を視線で追っていた。

 

 あの二人……男は大したことないけど、女のほうはかなりの使い手。要注意。

 

 今回の敵、吸血鬼は巷で噂されているような、強力な妖魔などではない。むしろ単体での戦闘能力は決して高くないというのが専門家同士の共通の見解である。

 

 先住魔法はエルフに劣り、筋力という面では人間と同じ。吸血による強化が個体によってまばらな為、いまだにそのあたりは謎のままだが、だがそれにしたって一度の吸血で向上する能力はたかが知れている。

 

 正面きって戦えばメイジにとっては決して恐い相手ではないのだ。

 

 だが、吸血鬼の恐ろしさはそこにはない。彼らが真に恐れられる理由はその狡猾さにある。

 

 人とまったく見分けがつかない容姿を武器に、町や村に潜り込み、幾重もの罠を張り巡らし獲物を狩る。

 

 ……人狩りの怪物。

 

 油断するわけには行かない。

 

「シルフィード」

 

「はいなのお姉様」

 

「あの二人。しっかり覚えて。要注意」

 

「わかったのね!!」

 

 まともな頼みごとをされたのがよほど嬉しかったのか、人に化けた風韻竜・シルフィードは喜々として二人をガン見しだした。

 

 流石にこの露骨な視線には気づいたのか、金髪の美女――――フェリス・エリスが振り返ってきたので、タバサは慌ててローブで隠れているシルフィードの足を踏みつけ視線を無理やりそらさせた。

 

「いたい!! 痛いのね、お姉様!!」

 

「……」

 

 悲鳴を上げる自分の使い魔に嘆息しつつ、タバサは村長の家へと歩き出すのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。騎士様」

 

 この村の村長をしている老人はぺこりと礼儀正しく頭を下げたあと、シルフィードの顔をじっと見つめだした。

 

「ん? なんかついてる?」

 

 人に化けたことなど数えるほどしかない青い髪を持つ美女――シルフィードは自分が何かとんでもない失態をしているのではないかと、慌てて自分の顔に触りまくった。

 

 そんな使い魔の様子を見て、タバサは再び嘆息しながらシルフィードに耳打ちをする。

 

「名前……」

 

 そう言われ、シルフィードはようやく自分がしなければならないことに気づき慌てて姿勢を正す。

 

「ガリア花壇騎士。シルフィード! 風の使い手なのね」

 

 しかし、頑張ったシルフィードに待っていたのはポカンとした村長の顔だった。

 

 な、なにかまずったのね!? 再び慌てふためくシルフィードは隣にいるご主人に救援を求めるが、主人も困ったような顔をして手助けをしてくれる様子はない。

 

 絶体絶命?!

 

 シルフィードの脳裏に作戦を失敗させてしまったお仕置きに、肉の代わりにハシバミサラダを口に突っ込まれる自分の姿が掠める。

 

 いくら使い魔になったからと言って、彼女はドラゴン。肉食動物だ。あんなクソ苦いサラダ食べれるわけがない!!

 

 シルフィードがそう考えながらがたがたと震え始めたときだ。

 

 助け舟はやってきた。

 

「村長、花壇騎士ともなれば平民に名乗る名前などないのでしょう。先ほどのお名前は世を忍ぶ仮のお名前に決まっているじゃないですか」

 

「む!おお、そうでしたなキリスどの!! 私としたことがとんだご無礼な態度を!! シルフィード……風の精霊の名前とは、なかなかご趣味のいい渾名ですな」

 

 村長がそう言ってこちらが恐縮するほど頭を下げてきたので、シルフィードは慌てて頷いた。

 

「そ、そうなのね! そうに決まっているのね! アナタは気が利くのね。ありがとう!」

 

 そして、先ほど助け舟を出してくれた旅人のような格好をした、村長の後ろに立つ青年に頭を下げた。

 

「いえいえ。私も貴族崩れにございますので騎士様のご苦労は重々承知していますから」

 

「貴族崩れ?」

 

 次に口を開いたのはタバサだった。

 

 そんなタバサの疑問に、青年は嫌な顔一つせずに笑顔で答えてくれた。

 

「いえ。元々は辺境伯をしていたのですが、先のガリアでの動乱で家名を没収されてしまいましてね。今は風の向くまま気の向くまま、旅を続けているしだいで。ああ、失礼。まだ名乗っていませんでしたね。私の名前はキリス・ローデンスと申します」

 

 先のガリアでの動乱………。その言葉にタバサは少しだけ表情を動かしたがそれ以上の変化は見せずに説明をしてくれた青年に頭を下げた。

 

 ローデンス家といえば魔法具の開発と研究で、父親のオルレアン公に取り立ててもらった辺境伯家だ。彼の言葉に嘘はないのだろう。

 

 暗い表情で黙り込むタバサによって、場の空気が一気に重くなる。

 

「さて、事件の話をしてほしいのね村長さん!」

 

「ああ、そうでしたな!!」

 

 その空気を払拭するために、わざと明るい声を出したシルフィードに便乗して、村長は事件について詳しい説明を始めるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 村長から話を聞き終えたタバサは早速村の調査に乗り出した。と言っても昼の間にできる吸血鬼調査には限りがある。

 

 基本的に奴らは夜行性だ。そのため事を起こすのは昼間ではなく夜だ。おまけに、日光をひどく嫌うという特徴があるとはいえ、別に耐えられないほどの苦痛を受けるわけではないのでそこそこ根性がある吸血鬼なら昼間でも平然の外出をする。

 

 そんな中で吸血鬼を探し出すのは至難の技だ。よって、現在タバサに調べることができるのは吸血鬼にかまれた跡があるはずのグールの捜査。および、きちんと戸締りがされた家屋に吸血鬼がどうやって侵入したかだ。

 

 とりあえず、タバサは手始めに被害にあった家に出向きそこの調査をはじめた。

 

 タバサが辿り着いた家はで入り口の扉以外はすべて釘付けがされており蟻の子一匹は入れないほどの厳戒な戸締りがされていた。

 

 しかし、吸血鬼はその防衛線を一つも壊すことなく家に入り込み、そこの住人の血をすすったのだという。

 

「眠りの先住魔法が使われていたみたいなのね。あれは空気さえあればどこでも使えるから……」

 

 住人の話を聞き、そうあたりをつけながら、シルフィードはなおうなり続けた。

 

 吸血鬼が侵入した方法がわからないのだ。

 

 窓は完璧に釘付けされており出入りする扉には頑丈な鍵。もしそれが破られたとしても、その扉の前にはタンスや本棚といった重量のある家具が配置されており、それらに痕跡一つ残さずに扉を開けることは不可能だろう。

 

「あの……騎士様」

 

 そのとき、村の案内役として着いてきていたキリスがそう尋ねてきた。

 

「? なんなのね。」

 

「吸血鬼は蝙蝠に変身して家の隙間から入ってくるといわれていますが、本当なのでしょうか?」

 

「ああ、それは迷信なのね。あいつらに何かに化けるなんて高度な魔法を使えないわ。あいつらの恐ろしいところはその狡猾さなの!」

 

「そうですか」

 

 キリスが痛ましい顔をして、娘の死を嘆き悲しんでいる夫婦を見つめた。

 

「くそ……。なんてひどいことをしやがるんだ」

 

「……………」

 

 シルフィードもかける言葉が見つからず、つらそうな顔をして目をそらした。

 

 そのとき、暖炉のほうから何かごそごそとする音が聞こえて来るのとともに、タバサが上から落ちてきた。

 

「おねえ……もとい、タバサや。何かわかったかい。キュイ!」

 

 今までの空気を忘れるためにか、精一杯ご主人ぶるシルフィード。

 

 タバサは、暖炉なんかにもぐっていたせいか、白い肌や高価な服はススで汚れてしまい真っ黒になっていた。

 

「煙突なんて調べてどうするんだい! こんな細いところくぐれるわけないじゃないの!キュイ! ちゃんと調べなさい!」

 

「ごめんなさい」

 

「まったく使えない子ね。たまには気の利いたこともお言いなのよ」

 

 ノリノリで、タバサのことを杖で突っつくシルフィードを見て、キリスは憐れむような目をタバサへと向けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 続いてタバサがやってきたのは、とあるおおきな農家だった。

 

 昔は先代の村長一家が住んでいたらしいのだが、先代が死去するとともに一家は別の領地へ引越し、空き家となっていた。そこに、最近引っ越してきた首都からきた旅人達が土地ごと買い取り住んでいるらしい。

 

「お、おほん。あけるのねー! 首都から吸血鬼退治にやってきた騎士様が直々に調査に来たのねー!」

 

 そんな大きな家の前でシルフィードは力いっぱい怒鳴っていた。なぜなら、家の中に人の気配はあるのに誰一人として外に出てこようとはしなかったからである。

 

 ちなみに、キリスはこの家に行くと聞いた瞬間に、真っ青になって逃げ出してしまっていた。

 

 一体なにがあったのか非常に気になりはするが、今は関係ないことなのでタバサは理由を聞こうとはしなかった。

 

「な、なんなのね! 仮にも貴族に居留守を使うなんていい度胸なのね! キュイキュイ!!お姉様! 杖をかしてなのね!!」

 

「貴方にはつかえない」

 

「脅しぐらいにはなるのね!! キュイキュイ!!」

 

 シルフィードはどうやら相当ご立腹らしい。

 

 悔しそうに地団駄をふむ自分の使い魔に嘆息しつつタバサは無造作に杖を振るいかけた。

 

 そのとき、

 

「私の家に何か用か?」

 

「!?」

 

 突如としてタバサの背後から声が掛けられた。

 

 それは両手いっぱいに食料を抱えたフェリスだった。

 

 話しかけてきたのが自分を見ていた手練の美女だということに気づいたタバサは、慌てて杖を放し魔法の行使を止めようとする。しかし、詠唱は既に完了しており後は魔法を放つだけとなってしまっていた。

 

 結果、魔法の発動は止めることはできず、なかなか出てこない不届きな住人に協力的になってもらうための脅しを含んだ《エアハンマー》は家の扉を粉砕するために発射された。

 

 今回ばかりは自分のミスだ。

 

 タバサは反省した。誰もいないから、平民だからと油断してしまった。

 

 これで自分が魔法使いであるということがバレ、シルフィードを囮とする作戦は完璧に水泡に帰してしまった。

 

 おまけにタバサが手練と睨んだ美女の目には、わけもわからず自分が住んでいた家の扉が粉砕されたかのように見えただろう。

 

 これでは好意的な調査協力などしてもらえるはずがなかった。

 

 タバサがそんな風に猛省をしていた時だった。

 

 フェリスがまるで瞬間移動のように扉の前に現れ、少し寝かせた剣を軽く振るった。

 

 瞬間。金属を殴りつけたような音ともにエアハンマーが天高く打ち上げられたのだ。

 

「は…………?」

 

「え…………!?」

 

 タバサとシルフィードの二人は何が起こったのか一瞬わからずに呆然としてしまった。

 

 風が空気を切り裂く音は聞こえるかもしれないが、基本的に風の魔法は見ることができないものだ。

 

 それを平然と受け止めただけではなく、打ち上げることなど本来できるはずがない!

 

 フェリスの人間離れした剣技に呆然としていた二人が現世に戻れたのは、フェリスと食料を買いにでていた男に肩をポンと叩かれてからだった。

 

「姐さんの剣技にいちいち驚いていたらキリがありやせんぜ騎士様。あと居留守については申し訳ありやせん。近頃この村は物騒でして姐さんが帰るまで絶対にドアを開けるなと中の奴らには言っておいたんでさ」

 

 苦笑交じりに謝罪をする男を見て、フェリスはフンと鼻を鳴らし、男に預けていた荷物をひったくると家のほうへ歩いていく。

 

「さっさと入れ。話を聞きのきたのだろう」

 

 自分と同じ無表情なフェリスにタバサは自分と同じ臭いを感じた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 …………………………………………のだが、勘違いだったようだ。

 

「つまり、団子とは全世界の人間を幸せにする究極の食べ物なのだ!!」

 

「凄いのね!」

 

「さあ、貴様も団子神様に全てをささげるのだ! いまなら入信料はお得な金貨十枚!」

 

「お姉様! 早く払うのね!!」

 

「…………少し黙ってて」

 

 頭痛でもするのか無表情のまま額に手を置いたタバサは二つ名の通り、極寒の寒さを感じる声音を使い魔に叩きつける。

 

 シルフィードはその声音にようやく主が怒っていることに気づきガタガタと震え始めた。

 

「あははははは。すいませんね。姐さん団子のこととなると見境なくて…………。でも普段はいい人なんですよ」

 

 苦笑交じりにお茶を出してくれたのは先ほどフェリスと一緒にいた盗賊の頭目。名前はエヴァンソンというらしい。最近はフェリスの味に近づけるように日夜、お茶汲みの特訓をしているようで、お茶は普通のものに比べるとかなり美味しい。

 

「要するにあなた達は、東方の食べ物の《団子》という食べ物を再現するためにここで研究をしているの?」

 

「まあ、ザックバランに言っちまえばそういうことで。あんまり上手くはいってねーんですがね」

 

「吸血鬼事件は知っている?」

 

「知っているから戸締りを厳重にしていたんですよ、騎士様」

 

「ふむ。一度襲われたしな」

 

 エヴァンソンに出されたお茶を批評した後、フェリスがそんな爆弾発言をした。

 

 かなり美味しいお茶を出されて少しだけ機嫌が直っていたタバサと、恐怖が和らいでいたシルフィードはその言葉を聞いて氷結した。

 

「ちょ、襲われたって……何で村長さんに言わないのね!」

 

「一応言ったんだがな。認めたくなかったのか、キリスとか言う色情狂に追い返された」

 

「し、しきじょう……」

 

「き、キリスさんってそんな変態だったのね!?」

 

「ああ、なんかそんな顔しているだろう」

 

「していませんよ姐さん……」

 

 フェリスワールドの被害にあっていたライナを知っているため、これでも被害はましなほうだと割り切りながらもエヴァンソンは一応ツッコミを入れるがフェリスは華麗にスルー。タバサやシルフィードにキリスの無いこと無いこと(・・・・・・・・)を吹き込み始めた。

 

 そんな様子にエヴァンソンが溜息をついたとき、部屋の扉から金髪の美少女がトコトコとエヴァンソンに近付いてきた。

 

 人形のように可愛い子どもだ。

 

「エルザ? どうした。」

 

「ミロウお兄ちゃんが新しい肥料ができたからエヴァンソンさんを呼んできてって」

 

「ありがとうな。いま、騎士様と大事な話しをしているから後で行くと……」

 

「まぁ、かわいい!」

 

 エヴァンソンの言葉をさえぎり可愛いもの好きのシルフィードは、愛らしいエルザを見て立ち上がった。

 

 しかし、エルザはなぜかビクンと震え物腰柔らかいシルフィードより、無骨な剣を下げた(それでも美しさだけ(・・)はシルフィードの何倍も上だが)フェリスの後ろに隠れた。

 

「ありゃん。そんなに私が恐いの? 綺麗なはずじゃないの、キュイキュイ」

 

「キュイ?」

 

「すんませんねシルフィードさん。こいつ両親をメイジに殺されてて……。うちの近くまで逃げてきたのを俺達が保護したんですよ」

 

「そうだったの。ゴメンネ、キュイキュイ」

 

「だから、キュイとはなんなのだ?」

 

 不思議そうに尋ねたフェリスの疑問は黙殺された。

 

「エルザ。上に上がっていろ」

 

「……うん」

 

 びくびくと震えながら、部屋を出て行こうとするエルザ。しかし、

 

「まって」

 

 それにはタバサがストップを掛けた。

 

「グールじゃないか調査する」

 

「こんなガキもですかい!?」

 

「例外は認めない」

 

 エヴァンソンは、おびえるエルザを、疑いを晴らすためにしばらくここに置くか、疑われるのを覚悟でここから出させるかしばらく葛藤していたが、結局前者が勝ったのかエルザを自分の隣に座らせた。

 

「それで、俺達は何をすればいいので?」

 

「服を脱いで」

 

「「「「…………………………………………。」」」」

 

 部屋に居た面子はしばらく無言になった。

 

 流石に言葉が足りなかったかとタバサが追加の説明をしようとしたとき、

 

「その年で幼女趣味の同性愛者か。ライナなみに救いがたいな」

 

「…………………………………………」

 

「あ、お、お姉様! 杖をとって何をする気なのね!」

 

「お、お姉ちゃんがメイジだったの!?」

 

「き、騎士様!落ち着いて……ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 その後、その家の中からは剣と氷が激突することによって発生した轟音が、しばらくの間響き渡り続けることになるのだが、それはまた別のお話。

 



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吸血鬼よりもなおおぞましく

  深夜。

 

 闇に包まれたフェリス達の家で、何かの影が行動を開始した。

 

 それは寝室の窓から外に抜け出し二階分の高さを落下した後、軽やかに着地。そのまま村に向かおうとした。

 

「ずいぶんとはしゃぐものだな。」

 

 そのときだ。その影の後ろから淡々とした声が掛けられ、影はびくりと固まってしまった。

 

「なるほどなるほど。若いリビドーを迸らせた貴様は、満月の夜になると野獣に変身し婦女子を襲うというのか。あの万年昼寝馬鹿の弟子にでもなりに行くのか?」

 

 満月の光によって作られた家の影。その闇から出てきたのは流れるような金髪をなびかせた、女神のように美しい美女。

 

 そう、フェリス・エリスだ。

 

「気づいていたの?」

 

「猫をかぶっていたようだがあいにく私には通じないな。最近私の近くには、詐術を使い増やした借金を盾に幼女を誘拐する変態情報売買組織の長や、自分のことを世界一の美女と勘違いした三流女詐欺師がいたものでな。嘘を見抜く目はそれなりに持っている」

 

「……………あなた一体どこにいたの?」

 

 呆れたような声音とともに、影はその全貌をあらわにした。

 

 綺麗な金髪に人形のような容姿。幼さが残るどころか、まんま幼いその風貌はちょうどフェリスの妹のイリスぐらいの年頃だ。

 

「エルザ……お前が吸血鬼か?」

 

「ええ。そうよ」

 

 桃色の唇から覗く牙。それだけが昼間の姿とは違うところだった。

 

 そう、エルザだった。

 

「だが村を襲っているのはお前ではないな?」

 

「!?」

 

 フェリスの言葉にエルザは驚く。てっきり村を襲っているのは自分だと断じて斬りかかってくるものと思っていたのだ。

 

「私を見くびるな。私達を襲撃した奴と貴様とでは体格が違いすぎる。あれは間違いなく男だった」

 

「……………グールだとは考えないの?」

 

「あれは生きた屍などではなかったな。動きに生きもののキレがあった」

 

 フェリスはライナと一緒に墓荒らしをしたことがあったのだが、その際にライナとした無駄話の中に死体を操る魔術についての考察について聞いていたのだ。

 

 何でも、死体を操る際にもっとも注意しなければならないのはどこまで意思を持たせるのかということらしい。

 

 生活面は別に適当でもいいが、問題は死体に戦闘をさせるときだとライナは言っていた。

 

 もしも今回のように普通の村人の死体を操る場合は生前と同じ意思を持たせるのは非常にナンセンスらしいのだ。

 

 どう考えても倫理観が邪魔をしてくるし、なにより何の訓練もしていない村人では大した戦力にはならない。体を何らかの仕組みで強化するにしても、生前と違いすぎるスペックを持つ体ではうまく意思が定着しないそうだ。

 

 よって、一般人の死体操作を行う場合は次のような処置をとるのがベストとされている。

 

 戦闘時は生活時に使っている人格と死体を切り離し、獣のような意識を与える。こうすることによって死体は勝手に動くうえに敵をオートで攻撃してくれる。しかし、そのためにその死体は高度な思考、柔軟な発想、臨機応変な対応を失ってしまう。

 

 この世界の魔法がどうなっているのは知らないが、手下どもから聞いた話ではグールも大体そんな感じらしい。

 

 昼間は好青年だったのが夜になると豹変しまるで獣のようになるのだそうだ。

 

 だが、フェリスを襲った吸血鬼はどう考えても高度な意思を持っており、戦略的撤退を行える程度には臨機応変な対応をしていた。

 

「吸血鬼は……もう一人いるのだな?」

 

「……………」

 

「お前はそれを追ってきたのだろう?」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「勘だ!」

 

「………………………………………。そんな理由で私が納得すると思うの?」

 

「美人は何を言っても納得してもらえるのだ!」

 

「……………………」

 

 その場にかたまるエルザとフェリス。エルザはあからさまに三白眼になっており、フェリスは少しだけ顔を赤らめて、目をそらした。

 

「じょ、冗談だ。」

 

 ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのはエルザの秘密である。そして、エルザは観念したのだ。この人にごまかしはきかないと。

 

「ええ。そうよ。私はあいつを追ってきた。」

 

 エルザの冷たい怒りをはらんだその言葉にフェリスは無表情のまま先を促すのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 エルザが住んでいたのは小さな寒村である。そこの住人達は人間とは違う。翼人、コボルト、オーガ、トレント、ケンタウロス、はぐれエルフ、そして吸血鬼。

 

 そう、その村は亜人の村だった。

 

 その村では様々な亜人がエルフの力を借りて、人に化けて交易を行い平和にくらしていた。

 

 エルザの両親はそこで農業を営んでおり、質のいいブランドの野菜を作る農夫としてそこそこ高い水準で収入を得ていた。エルザは両親に愛されて育ち、吸血をしなくても生きていくすべを叩き込まれていた。

 

 もとより吸血鬼は、血をすわなくても生きていける種族らしい。吸血を欲するのは本能的に魔力の向上を欲するため。エルザの両親はその本能を押さえ込むすべを体得した唯一の吸血鬼らしい。

 

 そのような両親の元に生まれたエルザは人間に対する偏見もなく、貿易に来ていた商人たちにもよく可愛がられていた。

 

 しかし、そんな平和な日々はたった一人の男の手によって打ち砕かれた。

 

 ある日の深夜。

 

 エルザは近くの森で先住魔法の練習をしていた。エルフの教師に筋がいいとほめられて、その日は少しはしゃいでいた。

 

 本来なら吸血鬼らしい行動を避けるため、夜は両親に強制的に寝かしつけられるのだが、この日は早くから家を抜け出し遅くまで魔法の練習をしていたのだ。

 

 自分が満足できる魔法が使えるようになり、エルザは意気揚々と村へと帰る。

 

 そして、目撃した。

 

 深紅の炎に焼かれる自分の村と、首を切り取られて広場に並べられた村の住人達。

 

 そして、その中央に立ち狂ったように笑い続ける仮面をかぶった一人の人間を!

 

『ふはははははははははははは! 凄い! 凄い力だ! これほどの力があれば僕を馬鹿にした王家の連中を見返してやることができる!! 僕は最強の存在になったんだぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 エルザはそれを見て呆然と立ちすくんだ。

 

 現実が認められなかった。

 

 両親の死が認められなかった。

 

 しかし、エルザは見つけてしまった。

 

 首のない死体の中に、自分の両親と同じ服を着た死体があることに!!

 

「あ、ああ、あぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 泣き声か悲鳴かもわからない。そんな声をあげてエルザは両親の死体にすがりつく。

 

「お父さん!お母さん!おきて!! おきて!! 起きてよぉおおおお!!」

 

「ああ? なんだ、生き残りがいたのか」

 

 しかし、男はそんな事微塵も気にせずに少女に近付いた。

 

「ゴミはゴミ箱に捨てないとねぇええ!」

 

 喜々とした声で呟く男は、精霊と契約を結び極大の火炎を出現させる。

 

「そんな……どうして人間が、精霊魔法を!!」

 

「君は知る必要のないことだ」

 

 仮面から覗く瞳を喜悦の表情にゆがめながら、男はその焔を解き放とうとした。

 

 その時!

 

「《炎よ…有れ!》」

 

 絶叫とともに、深紅の獣が男に体当たりしその体を弾き飛ばす。

 

「何をしている! 早く逃げろ!」

 

 そこに立っていたのは、両親とよく商談をしに来ていたゲルマニアの商人だった。

 

 エルザも何度か遊んでもらった『フール叔父さん』。彼は右手に深紅の指輪を光らせて炎の獣を従えていた。

 

「で、でも」

 

「俺でもこいつに勝てるかはわからないんだ! あいつを押さえて置けるうちに早く!」

 

 エルザはどんと背中を押され泣きながら走り出す。

 

 男の怒声と、叔父さんの怒りの叫びを聞きながらエルザは男に対する復讐を誓ったのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「それが大体二十年前。その男はガリアの貴族で今は没落してしまったということはきいだんだけど他はさっぱりわからなかった。この村でたまたま見つけて襲撃してみたんだけど、結果は惨敗。命からがら逃げ延びて貴方達の畑に逃げ込んだのよ」

 

「フム。つまりはこういうことか」

 

 話を聞き終えたフェリスはもっともらしく頷いてから、

 

「野獣に襲われそうになって逃げてきたと!! まったく、男とはみんなそうだ! 何時も泣かされるのは私達女なのよ!!」

 

「話し聞いていたのかしら!?」

 

 いつものように、フェリスワールド全開のフェリスにエルザは思わずツッコミを入れる。

 

「それで、お前は一体、村で何をしようとしていたのだ?」

 

「…………………………………………」

 

「やはり、吸血か。」

 

 フェリスに言い当てられ、エルザはギリリと歯を食いしばる。

 

「し、しかたないじゃない。あいつはどういうわけか、どんどん力を増していっている。このままじゃ、あいつには一生勝てない!! だったらもう、吸血して魔力を上げるしかないじゃない!」

 

 エルザは怒声を上げて立ち上がった。

 

 その小さな体からは、子どもが出すのはありえないほどの殺気がもれている。

 

 当然といえば当然である。彼女の話を聞く限り、彼女の実年齢は確実に二十歳以上。フェリスよりも年上なのだ。積んできた経験は単純にフェリスを上回っている。

 

 しかし、フェリスはそんな殺気に当てられても平然としていた。

 

 これなら、まだ兄様のほうが恐い。そして、自分と相棒のほうが強いと。それだけの環境で彼女は生きてきた。いまさら高々数年の経験値の差程度で怖気づくような彼女ではない。

 

 だからフェリスは平然とその殺気を受け流し、いつも通りの無表情でエルザに質問をぶつけた。

 

「ふむ。一つ聞くが、その先住魔法とやらは植物の成長を助けることはできるか?」

 

 ……今回の事件とあまり関係のない質問を。

 

「え、ええ。できるけど、それが何よ」

 

「ふむ。いけるか?」

 

「??」

 

 なにやら不穏な発言をブツブツと繰り返した後、フェリスは唐突に立ち上がる。

 

「フム。お前の復讐、なんなら私が手伝ってやってもいいぞ?」

 

「はあ!?」

 

 突然のフェリスの申し出に、エルザは驚愕の声をあげた。

 

 それはそうだろう。吸血鬼とバレた以上、石をぶつけられて追い出されても……いや、今朝来た騎士に突き出されてもおかしくないと思っていたのだ。

 

 それなのに何だ、この対応は?

 

「別にただで助けるわけではない。対価を貰う。」

 

「対価?」

 

「ああ。だが、損な申し出ではないと思うぞ。私の剣の腕は今朝存分に見ただろう? かなりの戦力になるはずだ。おまけに今は騎士が来ている。こんな状況で短絡的に吸血など行えば捕まるのは目に見えているだろう」

 

 エルザはしばらくの間、何を考えているんだこいつといった視線をフェリスに向けていた。しかし、最終的にフェリスの説得と、両親の教え《吸血はせず》という言葉を取ったようだ。

 

 決意を秘めた目で、フェリスを睨みつけエルザは口を開く。

 

「対価をいいなさい。私の命でも何でも、好きなものをくれてやるわ」

 

「私が望むものはたった一つだ」

 

 フェリスはそういうと、エルザにヒソヒソと耳打ちをした。

 

 その内容を聞き、エルザは目を丸くする。

 

「そ、そんなことでいいの!?」

 

「ああ。私の悲願だ。」

 

 このとき、欲望にまみれた二人の美(少)女のタッグが完成したのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

  夜。

 

 タバサはひっそりと隠れて不寝番をしており吸血鬼の出現を待っていた。

 

 囮は人の姿になったシルフィード。杖はタバサに預けており、本当にメイジだったらかなり無防備な状態である。

 

 先ほどまで散々、『囮は嫌だ!』とダダをこねていたのだが、げに悲しきは宮仕え。主に無理矢理押し切られてしまい、今はお酒を飲んで恐怖を紛らわしていた。

 

 その顔は完璧に酔っ払いの顔であり作戦のことなんか完全に忘れてしまっているようである。

 

 ベロンベロンに酔っ払ったシルフィードは先ほどからタバサに対する愚痴ばかり呟いている。

 

「まったくあのチビスケは!」

 

とか、

 

「私を誰だと思っているのね!?」

 

とか、

 

「食事にお肉が少ないのね!!」

 

とか、

 

「あんな苦い草ばっかり食べて……だからあんな仏頂面になってしまったのね! キュイキュイ!!」

 

 などなど。

 

 作戦があるので隠れていたタバサは何も言おうとしなかったが、実は無表情の下でかなり怒っている。たとえ吸血鬼が来なくても、シルフィードが明日の朝日を五体満足で見られるかどうかは正直微妙な状態だっただろう。

 

 そんな時だ。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 隣の部屋から悲鳴が上がり、タバサは驚愕で目を見開いた。

 

 隣の部屋には、昼間のうち村から避難させた少女達をかくまっていた。

 

 そこには、水のスクウェアメイジとわかったキリスを待機させていたので吸血鬼程度が襲撃を仕掛けたところで軽くあしらえるはずだったのだ。

 

 だからこそ無防備な状態のシルフィードをあえて隣に置き、囮としたのだがその作戦は完璧に裏目に出てしまっていた。

 

 どうして!? キリスは何をしている!!

 

 若干の苛立ちを覚えながら、タバサは慌てて部屋を飛び出し隣の部屋のドアをぶち開ける。

 

 シルフィードも慌てて後を追いかけようとしたが、あいにく彼女は酔っ払っていたためまっすぐ走るのも難しい状態だった。

 

「どうしたの?」

 

「きゅ、吸血鬼が!!」

 

 おびえて一塊になっていた少女たちの中の一人がおびえながら窓を指差す。

 

 そこには漆黒のマントを纏った小柄な人影。ちょうど今朝会ったエルザぐらいの背格好だろうか? 中からはあふれるような豊かな金髪が覗いている。

 

「キリスは?」

 

「私達が起きた時にはもう……」

 

 そこには石の様に固まり事切れているキリスの姿があった。

 

「クッ!」

 

 おそらく、不寝番で疲労していたところで不意をつかれたのだろう。彼の死体には争ったような形跡がまったく見られなかった。

 

「あなた、何者?」

 

「ずいぶんと余裕だな、従者風情が。私に勝てると思ったのか?」

 

 瞬間。虚空に突如出現した氷の矢がタバサに向かって殺到する。

 

 しかし、

 

「ウィンディ・アイシクル。」

 

 タバサの杖の一振りによってそれは迎撃された。

 

「何!?」

 

「私がメイジ。今までのは囮」

 

「クソ!」

 

 慌てて白い霧を撒き散らし逃走しようとする吸血鬼。タバサはそれをただの目くらましと思い無防備にその中に突っ込んだ。

 

「!?」

 

 しかし、相手は抜け目ない吸血鬼。この霧がただのきりであるはずがなかった。

 

「スリープ・クラウド……先住にもあったの。」

 

 タバサは風を操り白い霧を吹き飛ばす。

 

 しかし、強力な麻酔効果のある《眠りの霧》を食らってしまったタバサの意識は既に朦朧としており立っているのがやっとの状態だった。

 

「ふふふふ。北花壇騎士団も意外と大したことないのね。ガリア最深の暗部だって聞いたけど意外とぬるいじゃない」

 

「どうしてそれを……!!」

 

 文字通りガリアの最も暗い暗部の存在を言われ、タバサは眠りに落ちかける意識の中で驚愕をあらわにした。

 

 吸血鬼風情がこのことを知っているはずがないと。

 

「今から死ぬ貴方にそんなことを教える必要があるのかしら?」

 

 フードをかぶった吸血鬼は凶悪な笑みを浮かべながらタバサに近付いていく。その手にはいつの間にか美しい氷の槍が握られており冷たい光を放っていた。

 

「ねえ知ってる? 氷で体を貫くと本当に気持ちがいいの!! この感覚を教えて上げられないのが残念だわ」

 

 そして、とうとうタバサの目の前にやってきた吸血鬼は氷の槍をタバサに突きつける。

 

「さようなら。ちいさくてかわいい子どもの騎士様」

 

 村の娘達がこれから起こるはずの惨劇に恐怖し目を閉じる中、タバサだけはしっかりと吸血鬼を睨みつけていた。

 

 そして、

 

 ザシュ!

 

 鈍く低い、何かが体を貫く音が部屋に響き渡り少女の影に巨大な氷を付き立つシルエットを月明かりは映し出した。

 

 しかし、貫かれたのはタバサではない。

 

「え……」

 

「私はその感覚を知っているのだけれど、貴方のように気持ち良いとは思えない」

 

 巨大な氷柱に貫かれたのは黒いローブをつけた吸血鬼だった。

 

 ジャベリン。現在トライアングルクラスのタバサが打てる最強の魔法である。

 

「うそ、何で? 意識が朦朧としていて魔法が使える状態じゃなかったはず……」

 

「先住魔法を使えるのは貴方だけじゃない。」

 

「お姉様! 大丈夫なのね!? きゅいきゅい!!」

 

 無表情のまま立ち上がるタバサに駆け寄ってきたのは魔法で無理矢理アルコールを抜いたシルフィード。タバサに掛けられた眠りの魔法を解いたのも彼女だ。

 

 彼女の正体である風韻竜は、先住魔法の扱いの卓越さにおいてエルフに次ぐといわれるほど先住魔法を得意とする種族だ。

 

 吸血鬼が掛けた眠りの魔法の解除など、彼女にとっては造作もないことだった。

 

「私の魔法は特性上部屋の中では使い勝手がわるいし村の人たちに被害が出る可能性があった。だから貴方が私の《必殺》の間合いに入ってくるのを待っていたの」

 

「ふふふふふ。人間は私達以上に狡猾ね。感服するわ」

 

 氷に貫かれたことによってずれたフード。そこから覗く口に血を滴らせながら吸血鬼は不敵な笑みを浮かべた。

 

「これで私を倒したつもりでしょうけど、残念だったわね。私はこの程度じゃ死なないわ」

 

「ウソはよすのね! どう考えても吸血鬼風情がどうこうできる傷じゃないのね!!」

 

 愛する主人を殺されかけた怒りに狂うシルフィードは、笑い続ける吸血鬼に食って掛かった。しかし、吸血鬼は笑う事をやめない。

 

「われ永遠に不死なり!! 覚えておきなさいお嬢さん。必ず甦って貴方に復讐してあげる!!」

 

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 吸血鬼はしばらくの間狂ったように笑い続けたあと、その表情のまま沈黙した。そしてそのまま二度と動くことはなかった。

 

 フードが完全に取れたその素顔は、タバサと大喧嘩をした、気に食わない金髪美女に保護された娘、エルザにとても似ていた。

 



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吸血鬼編完結・暴力の女神

 キリスの葬儀は粛々と行われ、棺桶に入った彼は静かに村にある教会の墓地に埋められた。

 

 ハルケギニアに火葬の習慣はない。棺桶に死体を入れてそこに土をかぶせる土葬が主流である。

 

 タバサは自分の作戦で死んでしまったキリスに深い黙祷をささげた後、マントをはためかせて会場を出た。

 

 あの、エルザという少女に尋問をするためである。

 

 あの吸血鬼の少女。あれほどそっくりな顔を持つ人物をタバサは見たことがなかった。

 

 他人の空似という可能性もないわけではないが、やはり何か関係があると考えるのが自然だろう。

 

 本来ここでの任務は吸血鬼を倒した時点で終っている。しかし、タバサはなんとも言いがたい、得体の知れない不安を感じていた。

 

 それは暗部に身を置くタバサを助けてきた勘から発せられるものであり、吸血鬼の言葉をただの戯言と断定するのは危険だという理性から来るものでもあった。

 

 だが、タバサは少し遅かったようだ。

 

 タバサが家に着いたときには、彼らの家には深紅の炎が放たれ轟々と音を立てて燃えてしまっていたのだから。

 

「チクショウ! チクショウチクショウ!!」

 

「俺達を騙しやがって!!」

 

「あのガキもきっと吸血鬼だったんだ!! あんなそっくりな顔をしていたんだ!! 間違いねぇ!!」

 

「あのゴロツキみたいな奴らも協力していやがったに違いねぇ!!」

 

「娘の敵だ!! 死ね、シネェエエエエエエエエエ!!」

 

 タバサは狂乱する村人達を呆然と見つめた後、悲しそうに目を伏せて家に向かって黙祷をささげる。

 

 彼らが生きているのかどうかは知らないが、もう二度と会うことはないだろうと。

 

 そして、タバサがローブを翻しシルフィードを呼びに行こうとしたそのとき、

 

「お、おねぇちゃん。助けて」

 

 路地裏からか細い声が響いてきてタバサの歩みを止めた。

 

「エルザ?」

 

「助けて、お姉ちゃん。フェリスおねえちゃんが……フェリスお姉ちゃんがぁあああ!!!!」

 

 そこには、煤で黒く汚れたエルザが泣きじゃくりながら立っていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 エルザに案内されるまま、日が暮れて暗くなった森の中に入ったタバサは、彼女達の状態を聞き眉をしかめた。

 

 どうやら村人達は彼女達が寝ている間に家を襲撃。油が入ったつぼを大量に家に投げつけ火をつけたそうだ。

 

 男達は火に巻かれてしまい全滅。エルザを助け出し、命からがら逃げ出しフェリスも重度のやけどを負ってしまい動けないらしい。

 

 一応吸血鬼と関係はないかと確認を取ったが、エルザは首を横に振り否定の意を示した。

 

 タバサはその言葉を聴きエルザの行動から総合して彼女が吸血鬼に関係していないと結論を出す。

 

 もし彼女が本当に吸血鬼の関係者なら先住の魔法を使うことができるはず。

 

 村人の火炎瓶に遅れをとることはないだろうし、やけどの治療もタバサに頼らずとも自分でできるはずと考察したのだ。

 

 

 しかし、彼女はまだ甘く見ていた。

 

 

 吸血鬼でなくとも狡猾なものはいる。

 

 今回の事件の黒幕のように。

 

「雷鳴よ。天空をかける閃光よ。地を這い敵をうて。」

 

 厳かな詠唱とともにタバサの体に雷が直撃する!

 

「!!!?」

 

 全身に痺れが回り指一本動かせなくなってしまったタバサはそのまま地面に倒れこみ、歩み寄ってくる人物を見つめることしかできなくなった。

 

「あ…………う!?」

 

「何が起こったのかわからない。そんな顔をしているね、タバサちゃん」

 

 その人物は不気味に笑いながら、こちらに歩いてきた。タバサを引き連れていたエルザはいつの間にか無表情になり、そして地面に崩れ落ちた。

 

 その姿は見る見るうちに生気を失っていきエルザとは別人の死体になった。

 

 それは、この村で始めて吸血鬼被害にあった少女の遺体だ。

 

「水の精霊が守っているといわれるアンドバリの指輪とエコーの変化の先住を使ってみたんだがなかなかどうして上手くいくものだ。先住魔法と言うのはひどく便利なものだね」

 

「な…………で…………」

 

「ん? 何で僕がこんなところにって聞きたいの? それとも何で生きているのって聞きたいの? まぁ、待ちなよ、タバサちゃん。事情は全部説明してあげるから。っと、その前に」

 

 その人物は、草木を操りタバサを縛り上げ、杖をタバサの手の届かないところに蹴り飛ばした。

 

 父の形見を蹴り飛ばされて、タバサの瞳に怒りの炎が宿るが今の彼女は何もすることができず、人物の話を黙って聞くしかなかった。

 

「さて、まずどこから話そう。ああ、そうだ僕を切り捨てた無能な王族の話からしようか?」

 

 人物――――キリス・ローデンスはいやらしい笑みを浮かべてそういった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ローデンス家は代々太古の魔法具の研究を行っていた一族だった。

 

 彼らは魔法具に囲まれて育ちそれを調べるのが当たり前と化している一族だった。

 

 当時のこの家の次男、キリス・ローデンスもその一人である。

 

 まだ幼く好奇心旺盛だった彼は親の言いつけも守らず、決して入ってはいけないといわれた呪われた魔法具を保管している部屋に足を踏み入れてしまったのだ。

 

 そこで、彼は出会ってしまう。

 

『メルキウシの眼光』と名のついた呪われた首飾りと。

 

 その首飾りは『他者を殺害しその血潮を浴びせることによりその者の能力を写し取ることができる』という禁断の能力を持っていた。

 

 本来ならそのような能力を持つ魔法具を見つければ、子どもは恐れおののき使おうとすらしないだろう。

 

 しかし、キリスは良くも悪くも研究者だった。

 

 始めの犠牲者は七つ年上の腹違いの兄だった。

 

 彼は妾腹の子どもでありながら父の寵愛をうけ次代の当主にと望まれていた。魔法のうでも一流で、たった十歳で火のスクウェアクラスの魔法が使えるようになった超エリートだった。

 

 キリスはまずその兄の寝首をかき殺害。彼の血を首飾りにすわせて火のスクウェアを手に入れた。

 

 これは彼にとって衝撃だった。

 

 水のドットでしかなかった自分が炎のスクウェアを使いこなせるようになったのだ。幼心でそれを実感し、味を占めた彼は次々と強力な力を持つ人物を殺害。力を飲み干していった。

 

 しかし、彼は子ども過ぎた。

 

 彼の稚拙な犯行はすぐさま王に知られるところとなり、次代の国王と目されていたオルレアン公が捕縛に向かったのだ。

 

 幸い狭い世界しか知らなかった彼が吸収できた力は、各種のスクウェアクラス魔法とメイジ殺しの剣術のみ。

 

 圧倒的質量攻撃を行ったオルレアン公軍の敵ではなかった。

 

 彼は命からがら軍隊から逃げた彼は王族への復讐を誓い闇の中に消えていった。

 

 この事件は、家の恥をさらすことを恐れた当時のローレンス家当主と王族の密約によってもみ消され、闇から闇へと葬り去られた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ひどい話だと思わないかい? 僕はこの首飾りが、どこまでいけるのか確かめるためにやったって言うのに……。父上も父上だよ。僕らの仕事は道具の研究であって政治じゃない。それなのに不用意に首を突っ込んだりするから、オルレアン公派の大粛清に巻き込まれちゃって。馬鹿みたいだよね」

 

「どう…………………て…………………先住を…………………」

 

「あれ、痺れ取れてきたの? じゃあもう一発」

 

 タバサの体を再び雷が打ち抜きタバサは声にならない悲鳴を上げた。その悲鳴をまるで甘美な音楽でも聞くような恍惚とした表情で聞いたあと、キリスはさらに得意げな顔で説明をつづけた。

 

「先住が使えるのはね、僕の復讐を完成させるためにある村を襲ったからさ。そこの村は人に化けた亜人たちが暮らす村でね。その噂を聞きつけた僕は即座にその村に飛んで亜人達を殺しその能力を奪ったのさ。エルフがいてくれたのは嬉しい誤算だよ。おかげで先住魔法がフルパワーで撃てる。ちなみに、僕が死んでいるように見せたのもエルフだけが使える先住の魔法だよ。《仮死》というそうだ。そこで教師をしていたエルフを拷問してやり方を聞き出してね。試しに使ってみたんだけで案外上手くいくものだ。まぁ埋められたところから土を掻きわけて出てくるのは大変だったけど。でも、その力も吸血鬼に比べるとかすんでしまうね」

 

 キリスは壊れた笑みを浮かべニィッとわらった。口からは鋭くとがった牙が覗いている。

 

「この首飾りはね、能力は複写してくれるけど知識と魔力だけは複写してくれなくてね。魔法を撃つにも先住を使うにも、僕が使えるのは僕の魔力だけなんだ。幸い僕は人より魔力が多くてスクウェア四発をうてるぐらいには魔力があったんだけど、それだけで王軍を相手にするのは心もとないだろ? だから僕は吸血鬼の力を欲したんだ」

 

 キリスはそういうと、懐から血液の入ったビンを取り出し豪快にそれを飲み干した。

 

 瞬間。

 

 キリスの体から信じられないほどの魔力が迸り周囲の草をなぎ倒した。

 

「吸血鬼の魔力――正確には彼らが体内に内包できるエネルギーの上限はない。人の血を摂取すればするほどその量はまして行く。ほら、彼らの体はほとんど人間と変わらない脆弱さを持っているにもかかわらずえらく長生きだろう? その原因がこれさ! 彼らは人間の血液を吸うことによって、自分の体内にチャージできる魔力の絶対量や、先住で使う精霊の力を取り込む容量を拡大することができるのさ! それもその要領に見合う魔力の回復速度の上昇というおまけもついてね。当然それはメイジの魔力のキャパシティも底上げしてくれる……まさに夢の力。メイジすべての夢……始祖にすらいたれる、最高の(アビリティ)だ!!」

 

 壊れた笑みを浮かべて哄笑するキリスをみて、タバサは始めて恐怖を覚えた。そんな人外の力を使ってでも、復讐を遂げようとする男の姿に……。

 

 この男は、壊れていると。

 

「さぁて、可愛い可愛い騎士様? 僕の糧になってくれないかな? 王軍を相手取るにはマダマダ魔力の容量が心もとなくてね」

 

 狂気の笑顔のままキリスはタバサに近付いていく。

 

「やだ……」

 

「?」

 

「死にたくない……」

 

 タバサは無表情のままそう呟いた。

 

 別に命が惜しくなってこんなことを言っている訳ではない。彼女にはまだやらないといけないことがある。果たさなければいけない復讐がある。

 

しかし、タバサの必死な言葉を聴いても、吸血鬼は無情に苦笑を浮かべただけだった。

 

「知らないよ、君の事情なんて。まぁ、気が向いたら僕がかなえといてあげる。うっとうしいから聞く気なんてないんだけど」

 

 その時!!

 

「危ない!!」

 

 訳のわからない叫び声とともに鉄色の閃光がひらめき、キリスの顔面を殴り飛ばした!

 

「な!」

 

 突然の衝撃に驚いたキリスはドリルのように回転しながら吹っ飛んでいき、首から地面に激突した。

 

「危なかったな! 危うくあの連続婦女暴行誘拐変態大魔王の魔の手に掛かるところだったな!! だがこの勧善懲悪美少女天使フェリス様がきたからにはもう安心だ!! 恩返しがしたいのなら団子十年分をすぐさま私に届けにくるのだな!!」

 

「団子一年の摂取量がわからない上に、団子自体まだ出来ていないでしょうフェリス姉さま! 少し黙って!!」

 

 流れる金髪と、あふれる金髪。美しい金色の髪を持つ美女と美少女がようやく戦場に現れた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

  フェリスは自分が殴り飛ばした男を、いつものようにふざけながらも注意深く観察していた。

 

 動きはそこそこいいようだ。

 

 先ほどの一撃からフェリスはそう推察する。

 

 フェリスが完璧に不意を打ったにもかかわらず、キリスは剣による打撃に即座に反応。自分から後ろに飛ぼうとすることで衝撃を殺そうとしていた。

 

 おそらくはまだ死んでいない。だが、

 

「お、おぇええええ」

 

 無事でいないこともまた事実だ。

 

 地面から何とか立ち上がり顔をこちらに向けたキリスはそのまま嘔吐してしまった。

 

 当然だ。本来フェリスの剣撃は、殴打にとどめるにしても熊程度なら一撃で失神するほどの威力がある。何度くらっても平然と立ち上がってくるライナのほうが異常なのだ。

 

 キリスの場合は、反応はできたが体がその反応速度に追いつかなかったというところだろうか? ライナのように衝撃を完璧に逃がすことができずに脳をゆらされ三半規管が狂ったのだ。

 

「く、くそ。なんなんだお前は!? 初めて襲い掛かっていったときも、暗闇の中にいた僕に平然と攻撃をしてきやがって。亜人か!?」

 

「違う。私は……………」

 

 フェリスはそこで言葉を切り、剣を鞘に収めながら堂々と胸を張る。

 

「美人だ!」

 

 空気が凍りついた。

 

 タバサとキリスはぽかんと口を開け、エルザは三白眼でフェリスを睨み付ける。

 

 しばらくして、その沈黙に耐え切れなくなったのかフェリスは少し顔を赤らながらそっぽを向いた。

 

「じょ、冗談だ」

 

 今までの真剣な空気が音を立てて崩れていくのをタバサは感じた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 さて、一旦空気が崩れてしまったこの現場だったが、タバサがピンチだったことには変わりない。エルザは戦力になるかもと思い、タバサに先住の魔法をかけて治療を施し先ほど拾った杖を渡す。

 

「あなた、何者?」

 

「吸血鬼よ。こいつに壊滅させられた村出身のね」

 

 その言葉だけで大体事情は察することができたのかタバサは無言でエルザの隣に立った。

 

 タバサが、少なくとも敵意を抱いていないことを目視で確認しながらフェリスはキリスに向かって疑問を投げかけた。

 

 そんなフェリスをキリスは苦々しく見つめていた。

 

 初めて彼女を襲撃した後、キリスは彼女をナンパしていた。

 

 昔は自他共に認める美男子だった彼は、ほんの少し歳をとったいまでも充分いい男だった。ルックスに自信があった彼は、無謀にもフェリスに声をかけ自分の部屋に連れ込み血をすおうと画策していたのだ。

 

 結果。

 

『ふむ。つまり貴様は変態色情狂なのだな?』

 

『え、あいや、ちが、普通にお茶に誘っただけで………………』

 

『この犯罪者がぁああああああああああああああ!!』

 

 わけもわからず、言い訳するまもなくフェリスに思いっきり殴られた。当然まったく予期していなかったキリスはガチでその攻撃を受けてしまい家屋の壁に頭から埋められてしまった。

 

 それ以来キリスはフェリスの事が大の苦手である。その理由は、訳がわからない暴力を振るうから。この一言に尽きる。

 

「ふむ。ところで貴様。吸血鬼だったのか? だとしたら何故エルザの村を襲ったのだ? 同じ仲間だろう」

 

「吸血鬼!? 僕は吸血鬼の力を手に入れただけのただの貴族ですよ。どうして僕があの害獣と一緒に並べられなくてはいけないのですか?」

 

「力を手に入れる? どういうことだ」

 

「この首飾りの力ですよ!!」

 

 自慢げに首飾りをかざしながら、キリスは先ほどと同じ説明をフェリスに向かって展開した。

 

 フェリスはその話を聞き進めていくごとに真剣な表情になっていき、聞き終わった後には何かを真剣に考えていた。

 

「おやおや、どうされましたか? この首飾りの力に恐れをなしましたか!!」

 

「フェリス姉様? どうしたの」

 

 なにやら騒がしい外野のことは完璧に無視して、フェリスはブツブツと独り言を呟き始める。

 

「あれは……………しかし……………いや……………だが……………ありえるのか?」

 

 そして、フェリスは顔を上げ、キリスの顔ではなく首に掛かっている首飾りを凝視する。

 

「あの手品師と同じ系統のものか、それともルーナの姫君と同じものか? 後者は少し厄介そうだが、前者ならまだ何とかなるな。どちらにせよ《遺物》と決まったわけではないし、とにかく奪い取ってあいつに見せるか?」

 

 結論を出したフェリスは、再び剣を抜き戦闘体勢にはいる。

 

「事情が変わった。エルザ、今回の戦闘は私に譲れ」

 

「え、でも!!」

 

「あいつは生きたまま捕らえる。復讐はその後いくらでもしろ。騎士、捕縛系の魔法は使えるか?」

 

「大丈夫。でも、剣士ではあいつに勝てない。メイジの魔法に先住魔法。火力は私よりも高いから剣士で近づくのは至難の技」

 

「安心しろ。その程度ならばどうとでもなる」

 

 フェリスのその言葉を聴いたとき、キリスの頭に血が上った。

 

 自分が体現したメイジの極みをフェリスはその程度で一蹴したのだ。それは怒りも覚えるだろう。

 

「一撃入れたからと言って図に乗るなよ、平民風情が!!」

 

 瞬間、キリスの右手に炎の精霊が集まり巨大な火の玉に変わり始める。

 

「赤く照らす灼熱の火! 我にしたがいてッブウウ!!」

 

 しかし、その魔法は発動途中で霧散してしまう。フェリスが瞬時に間合いを詰めて詠唱途中のキリスの顔を殴り飛ばしたからだ。

 

「遅い。遅すぎる。あいつとは比べるべくもない。」

 

 フェリスはそう言いながら、初めて自分に向かって魔法を撃ってきた男の顔を思い出す。そいつに会う前のフェリスは魔法というものを見たことがなかった。否、自分に敵対して魔法を撃てた存在というものを見たことがなかったのだ。

 

 なぜか? その答えは簡単だった。

 

 フェリスが早かったからだ。敵対した魔道士たちが魔法を発動する前に殴り飛ばすことができる程に。

 

「この世界の魔法も呪文が必要なのだろう? だったら対策は簡単だ。唱え終わる前に殴り飛ばせばいい」

 

 このとき、魔道士殺しの暴力の女神が森の中に降り立った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 キリスは焦っていた。

 

 魔法が思うように唱えられない……いや、唱えさせてもらえないからだ。

 

 詠唱の準備に入ると同時にフェリスの剣が顔の骨格が歪むんじゃないかと思えるほどの威力で放たれ、小声で詠唱しようとしても、家族に地獄の特訓をさせられてきたフェリスはアッサリそれを看破し殴ってくる。距離をとろうにもフェリスの移動速度はキリスのはるか上を行っているためかなわず、詠唱が必要ない簡単な呪文ではフェリスを倒すことはできない。

 

 完璧に八方塞だった。

 

「く、くそ! なんでそんなに早いんだよ!!」

 

 この戦闘の結果には異世界との価値観の違いが大きく関わっていた。

 

 この世界では魔法を使える貴族が主流となり戦闘を行ってきた。そのため、その魔法を上回る可能性がある武術は貴族達の手によって抹殺されてきた。

 

 そのため、この世界では魔法に対抗する手段は魔法しかなく、まれに魔法を使わずにメイジを倒す人々の事をメイジ殺しとしてもてはやすのだ。

 

 しかし、フェリスがいたローランドは違う。

 

 長年愚王によって統治されてきたこの国は常に戦争がたえなかった。そんな中、適性によって大きく成長率が上下する魔法のみでは良質な兵の数を維持することができないのだ。そのため、ローランド帝国では魔法に並び、体術、剣術といった武術も立派な戦闘手段とされきちんと継承、発展が行われてきた。

 

 おまけにローランド最強は剣術の名門エリス家。彼らの存在が、武術を魔法に並び立つほどの強力な武器として大きく発展させていた。

 

 革命の英雄クラウ・クロム、カルネ・カイウェル、ルーク・スタッカートといった達人達にいたっては体術のみでこの世界のメイジ殺し達を軽く凌駕する力を持っているはずだ。

 

 おまけにフェリスはエリス家の長女。体術のみならば先ほど上げた英雄達よりも格段に上だ。

 

 結果、最初から魔法にも対抗できるように発展してきた剣術に、キリス(メイジ)は手も足も出なくなってしまったというわけだ。

 

「クソッ、クソクソクソクソッ!! 僕は神になるんだぞ! 神になったんだぞ!! それなのにそれなのにそれなのに!! どうして人間風情に!!」

 

「神? 笑わせるな。そんなものはこの世にはいない。ここにいるのは自分の復讐に関係のない亜人を巻き込んだクズと、幼い少女達を最低の理由で殺した、薄汚い殺人者だけだ」

 

 淡々とキリスの言葉をいなしながらフェリスは剣を振るった。

 

 だがしかし、相手にも意地があったのだろう。

 

「がぁああああああああああ!!」

 

「!!」

 

 絶叫を上げながら痛む体に鞭をうちキリスは剣の軌道上に腕を伸ばす。

 

 当然剣は直撃するが、所詮は剣の腹。その衝撃はキリスの腕をへし折ったが、鬼気迫る男の詠唱をとめることはできなかった。

 

「しまった!!」

 

「うわぁあああああああああああああ!!」

 

 悲鳴を上げながら詠唱を終らせたキリスの体を茶色い光が被ったあと、雲散霧消する。

 

 そしてキリスは痛む体を引きずりながら一目散に逃げ出した。

 

「ちっ!!」

 

 フェリスは慌ててそのあとを追いかけ剣を振るうが、その剣はまるで鋼鉄を殴りつけたかのようにはじきとばされる。

 

「な!! 馬鹿な! どうなっている」

 

「それは《反射(カウンター)》よ。フェリスお姉様。エルフが多用する魔法の一つで、あらゆる攻撃を跳ね返すわ!!」

 

 エルザはそう言いながらフェリスの後に続きその剣に魔法を施す。

 

「どうする。そんな魔法がかかっているのなら私の捕縛魔法は効かない」

 

 同じようにこちらについてきたタバサはそう尋ねてくる。いちおう用意だけはしておいてくれたのか、タバサの杖には魔力が既に宿っており、いつでも発動できる体勢になっていた。

 

「ふむ。剣で斬れるか?」

 

「お姉様ならできないことはないだろうけど相当面倒よ。安心して。私が魔法をかけたから普通に殴れるはずよ」

 

 そういって、先ほどキリスが使った魔法と同じ、茶色い光を宿した魔法をフェリスの剣にかけるエルザ。

 

「?? なにをした、エルザ。」

 

「終ってから教える。それにしてもお姉様、どうして全部片付けちゃうのよ!! これは私の復讐なのに!!」

 

「それについては問題ない。あの首飾りさえ回収できればようはない。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

 若干の怒りをはらんだエルザの抗議を、どうでもいいとばかりにいなすフェリス。そんなフェリスの言葉に、今度はタバサのほうが若干表情を険しくしてフェリスに話しかけた。

 

「……あの首飾りで何をする気?」

 

「なんだ、不服なのか」

 

「当然。あれは危険すぎる」

 

「ああ。だからこそ私の相棒が研究しているのだ」

 

「??」

 

 突然のフェリスの言葉に、タバサは首をかしげた。

 

「不安があるならトリステインのトリスタニアまで見に来い。団子作りのめどが立ったのでな。私はそこで団子を作っている。信者達は先に帰って郊外に土地を買って耕しているはずだ」

 

「!?」

 

 意外な場所がフェリスの口から上がりタバサはすこし驚いた。

 

 ガリアを拠点とした人たちじゃなかったんだ。と、

 

「ふむ。無駄話もここまでにしておこう。ソロソロ本気で追いかけないと逃げ切られてしまう」

 

 フェリスはそういうと、一人だけスピードを上げ見る見るうちにキリスとの距離をつめていく。

 

 魔法も使わずに信じられない速度を出すフェリスを見て、タバサは感嘆の声をあげた。そしてこうも思った。

 

 あの剣術を教えてもらいたい。そうすればあの叔父に牙を付きたてることができるかもしれないと。

 

「ところで、あの剣になにをしたの?」

 

「同じ反射の魔法をかけたのよ。そうすれば攻撃が通るわ」

 

「……使えたの?」

 

「全身を覆うなんてまねはできないけどね。先住魔法を最も得意とするのはエルフだけど、別に他の種族がエルフの魔法を使えないわけじゃないわ。きちんとした訓練さえつめば、あなた達人間のように成長して強力な先住魔法を使えるようになるのよ」

 

「その話し詳しく聞きたい」

 

 シルフィードに覚えさせることができるかもしれない。

 

 そんな考えばかりが頭を埋め尽くしているタバサを見て、エルザも感じるところがあったのか、機会があればね。とぶっきらぼうに答えた。

 

 そんな話をしている二人の眼前では、キリスが弧を描きながら吹っ飛んでいくのが見えたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 キリスが目を覚ました時、世界が逆転していた。

 

「どういうことだ」

 

「吊るされてんのよ。そのくらい気づきなさい、クソヤロウ」

 

 キリスが疑問の声をあげたとき、頭上から可愛らしい声が聞こえてきた。なんだと思いキリスが上に目を向けると、そこには逆転した世界に立っている一人の少女。

 

「ああ。木に吊るされているのか。害獣、見た目に似合わず悪辣なまねをする」

 

「私が見た目に似合わない年齢をしていること知っているくせに、良くそんなことが言えたわね」

 

 憎しみがあふれる瞳で睨みつけてくる吸血鬼に、キリスはどことなく壊れて笑みを浮かべた。

 

「先ほどから精霊の気配を感じないな。僕の首飾りをどこへやった」

 

「危ないから回収させてもらったわ。持っているのはフェリスお姉様だから取り返すのは不可能だと思いなさい」

 

「それは残念」

 

 キリスはそこで言葉を切り、蔑みの感情を多分に含んだ声でエルザに話しかけた。

 

「それにしても生き延びているとはね。とっくにくたばったかと思っていたよ。でさぁ、生き延びるために何人殺した? 百か? 二百か?? そのことはあの女は知っているんだろうな」

 

「………………」

 

 そう、キリスの言うとおり本来吸血鬼は人を殺して生きるものだ。吸血自体は絶対にしなければならないわけではないが、一定期間血を飲まないと発狂してしまうほど強烈な飢えを彼らはあじわうことになる。

 

 普通の吸血鬼なら、血をすわずに生きていくことなどほぼ不可能なのだ。

 

 そう。普通の吸血鬼なら。

 

「ふはははははは。お前の殺した人間の数を知ったらあの女はどんな顔するだろうなおい……。きっと後悔がにじみ出た美しい顔を……」

 

「ゼロよ」

 

「はあ?」

 

「私は今まで生きてきて、一人たりとも殺したことはないわ」

 

「何の冗談だ、害獣」

 

「私の両親は血を飲まずとも生きていくすべを知っている特別な吸血鬼でね。私も子どものころは言葉を覚える前に吸血衝動の抑制を叩きまれたわ。だから私は、今まで生きてきた中で、誰一人として人を殺したことはない。でも……」

 

 エルザはそういうと、精霊を手のひらに集めて深紅の炎を出現させた。

 

「それも今日までみたいね。私の初めてになるんだから、感謝しなさい。下等生物」

 

 瞳に写る怒りの炎と同じような紅蓮を手に出現させ、エルザは裕然とした歩みでキリスに近付いていった。

 

「私が何でこんなことしているのか。わかるわよね」

 

 アナタは私の家族を殺したんだから。

 

 エルザの顔に黒い笑みが浮かび、手に集まったか炎の火力が上がっていく。そして、それは、

 

「はぁ? わかんねぇよ」

 

 キリスの信じられない言葉によって鎮火した。

 

「何でお前が俺を殺そうとしているのかがわからねえ」

 

「あ、あなたは私の両親を殺したのよ」

 

「ああ。そうだな」

 

「だったら、私にうらまれていることもわかるでしょう!!」

 

「だからぁ……」

 

 キリスは本気でわからないといった表情でエルザにこう言った。

 

「なんで吸血鬼の夫婦を殺したからって、俺がうらまれなきゃいけねェんだよ」

 

「え」

 

 戸惑いの表情を浮かべるエルザに、キリスはいやらしい笑みを浮かべて畳み掛けた。

 

「吸血鬼は見つけたら殺すだろう? 外の世界を見てきたならわかっているはずだぜ、害獣。お前らみたいな化物は見つけたら即座に殺されんだよ。別に俺が殺さなくてもなぁ!!」

 

「だ、だまれ!! アンタが私の両親を殺したことにかわりはない!」

 

「ああ。だってお前達は吸血鬼だったんだから。存在自体が殺すに値するんだかから。殺されたって(・・・・・・)文句は(・・・)いえないだろうが(・・・・・・・・)

 

「お、お前ェエエエエエエエエエ!!」

 

 せせら笑う意を浮かべながらエルザを嘲笑するキリスに、エルザは顔を真っ赤にして怒りの声を上げる。キリスはそんな彼女の顔を見てまるで三日月のように口をゆがめ不気味な笑みを形作った。

 

「どうしたよ、害獣。俺は事実を言っただけだ。別に俺は殺されてもいいがよ、おれを殺してもなんも解決しねえよ。変わらずテメェらは殺し続けられる」

 

 真っ黒な笑みに真っ赤な口が開き悪魔のささやきがこぼれる。

 

「恨むんなら世界をうらめよ。お前らを害悪と断じ、排除しようとする世界を恨めよ。おれを恨むのはお門違いだぜ、小娘」

 

「あ、あぁ……」

 

「さぁ、早く本当の復讐をしな。お前が恨むべきは人間すべてなんだから……」

 

 その言葉が終わった時、エルザの顔からは怒りが消え茫洋とした表情が浮かんだ。そして彼女は何かに操られるかのように、フラフラとその場を離れようとする。

 

 それを壊れた笑みを浮かべながら眺めるキリスの口の中には、緑色の宝石が含まれていた。

 

 《ロクスウェルの戯言》と呼ばれるその魔法具は、それが口に含まれている間に会話をした相手を洗脳するという凶悪な道具だ。キリスはこれを常に削った歯の中に収納しており、ピンチになったら歯からこれを取り出し逃げ延びるという手段をとってここまで逃げ延びてきたのだ。

 

 同時に洗脳できるのは一人まで。おまけに一度使うと半年以上は使えないし、洗脳できるのは半日までというデメリットもあるが、なかなか使い勝手のいい道具だとキリスはほくそ笑んだ。

 

 これを使うのは二十年ぶり。あの村を襲った時に、炎の獣を操る男に殺されそうになって以来だ。それにしてもあのクソ(アマ)ども。次に会った時はどうやって殺してくれよう?

 

 キリスがそんなことを考えながら、隠し持っていたナイフで自分を吊るしている縄を切ろうとした時……それは訪れた。

 

『悪い奴が人間。馬鹿を言うな。悪いのはどう考えても、お前だろう』

 

「は?」

 

 突然聞こえてきた声に、不思議そうに辺りを見回したキリスは次の瞬間……真っ暗なところに沈み込み、二度と戻ってくることはなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 林の中に入りかけたところで意識を取り戻したエルザは振り返ってみて、傷口が黒焦げになった上半身がないキリスの死体を発見した。

 

 しばらく呆然としていたエルザは、ギシリと歯を食いしばりながらも、キリスの死体を地面に下ろし先住魔法で穴を掘った後そこに埋めた。

 

 その様子を林の奥から見ていた浅黒い肌を持つ壮年の美丈夫は申し分けなさそうな顔をしながら、フェリスやタバサの待つ村へと帰っていくエルザを見送った。

 

「すまんなぁ、嬢ちゃん。でもよ、おれもあんたのことを娘みたいだと思っているから、できれば血で汚れてほしくなかったんだよ」

 

 男はそういうと、戻ってきた炎の獣を一なでして消し去る。

 

「ツェルプストー様。そろそろ……」

 

 男がその作業を終えた後、男に後ろに黒装束まとった女が一人現れる。

 

「ああ。わかってるよ。嫁に内緒で来ちまったからなぁ……怒っているだろ? あいつ」

 

「おそらくは……」

 

「ったく。婿養子は肩身が狭いぜ。ガリア土産でも買って行くかぁ」

 

 深紅の髪の毛を揺らしつつ、昔は豪商であり、亜人の村の全てを知っていた男は快活な笑みを浮かべてその場を後にした。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 復讐をする。そういって一人森の中に残ったエルザを心配しながら、タバサは必死に謝ってくるシルフィードをなだめていた。

 

「ゴメンナサイなのねぇ、おねぇえさまああああああああああ!! お姉様の危機に助けに行けなかったなんて、シルフィー使い魔失格なのねぇええええええ!! きゅいきゅい!!」

 

「もういいから落ち着いて」

 

「ほう。この世界の竜は喋るのだな」

 

 そんなシルフィードを見ながら平然とした表情でだんご(・・・)をほおばるフェリスを見て、タバサは呆れたような目を向ける。

 

 この人はあの子が心配ではないのだろうか。タバサはそう思った。

 

「ん」

 

 そんな時、フェリスは食べ終わった団子のくしを無造作に捨てて森に駆け寄っていく。

 

 何事かと思い後を追ったタバサとシルフィードはフェリスの視線の先にこちらに向かって歩いてくるエルザがいるのに気づいた。

 

 まさか、心配でずっと気配を探っていたのだろうか?

 

 まさかね……。

 

 タバサは自分の頭に浮かんだ考えを、即座に否定しつつタバサは彼女に駆け寄った。

 

 復讐をしたときの気持ちを聞いてみたかったのだ。

 

 将来の自分もそうなるのかもしれないから。

 

 しかし、エルザの話はタバサの望んだ結果の話ではなかった。

 

「復讐はできなかった。でもあいつは死んだわ。多分、自殺だと思う」

 

「そうか」

 

 つらそうに顔を伏せているエルザをフェリスはそっと抱きしめる。

 

 エルザの押さえられた泣き声が響き、フェリスはその間何も言わずにじっと立っていた。

 

 期待した話は聞けなかったが、その光景を見たタバサは、なぜか少しだけ安心してしまった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ガリアの王宮に報告に帰ったタバサを見送ったあと、トリステインに帰るため配下の者達が残していった馬車に乗りフェリスは無言で御者を務めていた。

 

 後ろの荷台にはエルザが乗っており、こちらも無言のままである。

 

 そんな重苦しい空気がしばらく続いた後、エルザはフェリスに話しかけた。

 

「お姉様。一つ聞かせて」

 

「なんだ」

 

「前にも話したけど、私は化物よ」

 

「…………………………………………」

 

「人の生き血をすすり、命を貪り食う化物。そんな私でもお姉様は必要と……」

 

「私の相棒はな……」

 

 しかし、その話しを強引にさえぎり、フェリスはライナの話を始めた。

 

「私の国では化物と呼ばれていたよ」

 

「!!」

 

「時々意識を何かにのっとられて破壊を撒き散らすんだ。近くにいたものはチリも残さず消されてしまう」

 

「………………」

 

「だけど、私は知っている。あいつは……本当は変態で、馬鹿で、間抜けで、どうしようもないめんどくさがり屋で、果てしなく女の敵で、世界一ダメ男ランキングを三世紀の間独占し続けていて……寂しがりやな男なんだって」

 

「………………」

 

「そんなあいつが化物のはずがない。他の奴らがなんと言おうと、あいつは私の奴隷で、下僕で、相棒で、茶飲み友達だ」

 

「………………」

 

「お前もだぞ、エルザ。他の者達がなんと言おうとお前は化物ではない。お前は私の大事な……だんご製造機だ」

 

「……そこはもっといいものにしてよ、フェリスお姉様」

 

 2%の呆れと、18%の安堵、そして80%の喜びを胸に、エルザは狂った吸血鬼からようやく開放されたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 後日談というか今回のオチ。

 

 エルザを新装開店していた《エリスダンゴ店》に預けたフェリスは、ライナがいるはずの宿に向かったのだが、そこはいつの間にか引き払われていた。

 

 宿屋の店主の話を聞くとどうやら魔法学院とやらに引き取られたらしい。

 

 フェリスは『あの色情狂は!! 何を勝手に動いているのだぁあああああああ!!』と怒り、わずかながらに笑みを浮かべながらトリステイン魔法学校に乗り込んだ。その笑顔の中に会ったのは《怒り》か、《ようやく相棒を殴れる嬉しさ》かは宿屋の店主には判別しかねたそうだ。

 

 そして、魔法学院でフェリスは、自分と比べれば格段に落ちるが……そこそこの美人とライナが踊っているのを目撃してしまい、やたらムカッ腹が立ったので死ぬほど殴りつけてやったのだが、それはまた別の話である。

 



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閑話・残された二人

「わ♪わ♪私は正義の魔法つかーい!! 悪い奴らをやっつける―♪♪」

 

 ここは犯罪者によって作られたといわれるイエット共和国。

 

 日々強盗や恐喝が行われ、犯罪が起こらない日がないとまで言われるこの国は凄まじく治安が悪い。

 

 そのため、子供たちは常に親の目が届く範囲で遊ぶように言われており、本人たちも親の近くを離れるの危険と分かっているのか、この約束が破るような子供はまずいない。

 

 そんな中。たった一人で、危険な裏路地を歩く一人の少女の姿があった。

 

 亜麻色の髪に、クルクルとまかれたポニーテール。クリクリお目目に丸い童顔。

 

 背格好からして、年は十六から十七といったところのはずだが……どことなく子供っぽい雰囲気がぬぐい切れていない少女だった。

 

 ミルク・カラード。

 

 こんなんでもローランド帝国において、若干十六歳で『忌破り追撃部隊』の隊長となったエリートと呼ばれる少女である。

 

「今日こそライナを捕まえてやるんだから!! あんな美人なだけの女には負けないんだから!!」

 

 ちなみに、彼女の仕事は忌破りとして出奔したライナの捕縛。それが不可能ならば抹殺である。

 

 この仕事がおろそかにされると自分が所属する国が、どこかの国と戦争をしなければならない、かもしれないという非常に重要度の高い任務だ。

 

 だが……。

 

「私にかかればライナなんて一ころのコロコロなのよ!! そして、私と結婚の約束をしたことをちゃんと思い出してもらうんだからぁああああああああああ!!」

 

 ……彼女はそのことをきちんと理解しているのだろうか?

 

 まぁ、そんなこんなで裏路地をずんずん突き進む少女。

 

 しかし、ここは治安が究極に悪いイエット共和国である。こんな絶好の獲物を悪党たちが見逃すわけがなかった。

 

「へへへへ……お嬢ちゃん。ちょっといいかな?」

 

「ん? なに?」

 

 声をかけられ素直に振りむいてしまうミルク。振り返った先にはスキンヘッドに入れ墨を入れた男が一人……。

 

 手には鋭く輝くナイフが握られており、顔には下卑た笑みが浮かんでいる。

 

「ちょっとおじさんと一緒に来てくれないかな? おとなしくいうこと聞かないとちょっと痛い目に会ってもらうことになるよ」

 

 あからさま過ぎる誘拐だ。

 

 普通ならここで警察がやってくるか、近所の人たちが何らかの対策をとり、ミルクを助けてくれるものなのだが、ここイエット共和国ではそんなことは絶対に起きない。

 

 自分の身は自分で守れ!! それができないやつは不幸になれ!!

 

 それが、この国の基本的思想である。助けなんてものはやってこない。

 

 そう、この時一人の人間の命が危機にさらされていた!!

 

 

 

 

 

 

 だが勘違いされては困る。

 

 この場合、不幸になるのは、不用意にミルクをタゲってしまった誘拐犯だ。

 

「あぁあああああああ!! おじさん悪い人だね!! ミルク知ってるんだよ!! 悪い人には近づいちゃいけないってルークに言われてるもん!!」

 

 とても現役軍人のミルクが言うことではないが、この容姿ならそれも許されてしまうと思ってしまうのはなぜだろうか?

 

「ごちゃごちゃぬかしてんじゃねぇ!! ついてこないってなら力づくだ!!」

 

 男はそう言って、ナイフを構えて襲いかかってきた。

 

 なかなか手なれた動作。おそらく誘拐を生業として生計を立てているプロなのだろう。

 

 しかし、

 

「もう!! 悪いことしちゃダメでしょ!! ミルクが成敗するんだから!!」

 

 そんなことをかわいらしく言ってから、ミルクは信じられない速さで走り、即座にその懐に飛び込んだ!!

 

「え、ちょ! アブフぁ!!」

 

 そして、情け容赦ない掌底で男の顎を打ち抜き、男の脳を直接揺らす。

 

 一瞬で行動不能に陥りかけた男だったが、何とか踏みとどまり震える体で何とか逃走をはかろうとした。

 

 お、おれが声をかけたのは可愛い女の子なんかじゃない……悪魔だ!! 

 

 心の中でそんな悲鳴を上げ泣いている男の耳に、かわいらしいミルクの声が追い打ちをかけた。

 

「悪いことしちゃダメぇえええええええええええええ!!」

 

 振り向いた男の顔面に容赦ないドロップキックがヒットし男の意識を刈り取った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 最終的に持ち前のかわいさと、一生懸命さを武器に男を骨抜きに…………もとい、改心させたミルクは、男に買ったもらったアメちゃんをなめながらホクホク笑顔で彼女の部下たちが待っている、宿に帰った。

 

「おや、お帰りミルクちゃん。そのアメちゃんどうしたんだい?」

 

「あ、おばさん!! えへへへ。やさしいおじさんがくれたんだぁ!!」

 

「そう。それは良かったね」

 

「おお、ミルクちゃんおかえり!! どうだい、ミルクちゃんが追っているヒョウロク玉を見つかったかい?」

 

「おじちゃんこんにちは!! それがね、ライナったらどこ探してもいないの!! きっとまた、あの美人なだけの女と楽しいことしてるんだよ!!」

 

「そうかい、残念だったね……。まったくミルクちゃんみたいなかわいい子ほったらかしにしてほかの女と旅行なんて、とんでもない男だなそいつは!! どうだい、そんな男はほっといておじちゃんと結婚しないか? って、ぎゃぁあああああああああああ!!」

 

「まったくあんたはなにいってんの!! ごめんねミルクちゃん。この馬鹿の言ったことは気にしなくてもいいから!! 彼氏見つかるといいね」

 

「うん。ありがとうお姉さん!!」

 

「これより異端審問を開始する!! 罪人の罪状を述べよ」

 

「はっ!! 被告人クスラ・リリーオルはミルク・カラード親衛隊のおきてを破り抜け駆けを働こうとしました!!」

 

「うむ。よくわかった。さて諸君。この馬鹿は一体どうするべきだろうか?」

 

「「「「「「「「「「即刻処刑!!」」」」」」」」」」

 

「よし、十字架と油を用意しろ!!」

 

「御意」

 

「いや、そんなことされたら死んじまうだろうがぁああああああああ!!」

 

「貴様の魂にYESロリータNOタッチ! の言葉を刻みつけてやる!!!」

 

「ぎゃぁあああああああ!!」

 

 

 宿でも大人気なミルクだった……。

 

 

 まぁ、いろいろあったがミルクは部下たちが泊っている部屋に帰ってきた。

 

「ただいま! ルー……………」

 

 そしていつものように元気なあいさつとともに部屋に入ろうとしたその時!!

 

「ライナ・リュートとフェリス・エリスが消えただと!!」

 

「え……………………………」

 

「ルーク先輩!!」

 

「あ!!」

 

「た、隊長……………!!」

 

 信じられない言葉が、ミルクのもとに届いた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「情報だとこの洞窟に入った後彼らの足取りが途絶えました。おそらくこの鏡が何らかの関係があるのだと思います」

 

「………………………そ、そんな」

 

 無表情の中につらそうな表情をにじませながら、ミルクの部下の一人であるリーレはそう報告した。

 

 場所はライナたちが鏡に吸い込まれた洞窟奥地。そこにあった、輝きを失いながらもいまだに浮遊している鏡の前にミルクたちは立っていた。

 

 

「うそ、そんな………………ライナぁ!!」

 

 泣きそうな顔をしながら鏡に近づいていくミルクの腕を、兄弟で忌破りをしているラッハとムーが掴み止めた。

 

「ミルク隊長!! だめですよ、不用意に近づいちゃ!!」

 

「そ、そうだよ!! ミルク隊長!! 危ないよ!!!!」

 

「で、でも………………ライナが!!」

 

 その時、ルークがあくまで前に行こうとするミルクの前に立ち彼女の両肩をつかんだ。

 

「落ち着いてください、ミルク隊長!! ここで正常な判断を下さないと危険です!!」

 

「で、でも、ライナが、ライナが消えちゃったんだよ!! 落ち着いてなんていられないよ!!」

 

「ここで隊長まで消えってしまったら、いったい誰があの忌破りたちを助けるんですか!!」

 

「!!」

 

「彼らはおそらくまだ死んでいません!! 現地調査をしたところ、この鏡は使用した人物をメノリス大陸とは違う、異なる大陸に送るものだと考えられています!! 周りに張ってある方陣も殺傷性のあるものではなく鏡が発動している間に、中に入った人物を中央に引き寄せるという単純なものでした。つまり、あの忌破りたちはどこかで生きている可能性が高いです!!」

 

「ほ、本当!?」

 

「ええ。ですから、ミルク隊長。落ち着いてください!! 今彼らを助けられるのはミルク隊長しかいないんですよ!!」

 

 ルークの言葉に、ミルクはしばらく躊躇っていた。

 

 彼女にとってライナは何物にも代えられないほど大切な存在だ。しかし、彼女自身は彼らの隊長でもある。

 

 自分には彼らの身の安全を守る義務があるし、何より彼らのこともライナと同じくらい大切だと思っている。

 

 ライナは死んだわけではない。二度と会えないと決まったわけではない!!

 

 何とか自分自身の心に整理をつけることができたミルクは、固い決意を秘めた表情になり部下たちを見つめた。

 

「わかりました。いったん本国に戻りミラー少佐の指示を仰ぎます!! 話にあった銀色の光が収まっていることからこの鏡はおそらく稼動していません。厳重に梱包して本国に持ち帰ります。ラッハ、リーレ、ムー。運搬お願い」

 

「「「了解しました。隊長!!」」」

 

 ミルクの指示を受けて、きびきびと働きだす三人を見つめながら、ミルクはルークに頭を下げた。

 

「ありがとうルーク。そして、ごめんなさい。私、隊長なのにとりみだしちゃって……」

 

「いいんですよ、隊長。よく我慢してくれました」

 

 ルークはそう言って。頭をなでてくれた。

 

 待っててね。ライナ。私が必ず…………助けてあげるから!!

 

 心の中でそう決意し、ミルクはこぶしを握り締めるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ライナとフェリスが消えただと!!」

 

「ええ。ルークからの報告なのでおそらくは間違いないかと。今彼らはその原因と思われる遺物を持ってこちらに向かっています」

 

「……わかった。報告ありがとう。ミラー」

 

「いえ……。では私はこれで」

 

 そう言って、しかめっ面の中年男が謁見室から出て行ったあと、銀髪金眼の美青年は玉座に座りなおし、額を抑えた。

 

 シオン・アスタール。

 

 英雄王。

 

 長きにわたり続いていた隣国・エスタブールとの戦争をたった一人で終わらせた英雄にして、腐った王権と貴族を粛清した天才帝王。

 

 そして世界を裏から操る神話の化け物の力をその身に宿し、その呪われた運命に逆らう《堕ちた黒い勇者》である。

 

「彼のことが心配かな? シオン」

 

「ルシルか……」

 

 そして、彼の目の前に現れた優しげな笑みを浮かべて青年に、シオンは鋭い瞳を向けた。

 

 人間離れした美貌に、笑みを浮かべているのに体からあふれでる異常なまでの殺気混じりの存在感。

 

 ルシル・エリス。フェリス・エリスの兄にして剣の一族の現頭首。

 

 昔から代々王の護衛を務めてきた彼の身にもまた、シオンと同じ異質な力、《すべての式を編むもの》が刻み込まれている。

 

 神をも殺す力を持つ彼は時々こうしてシオンの前に現れて彼を試していく。

 

 この国の物語を動かす歯車として、きちんと機能しているかどうかをみるために……。

 

「こんな時まで俺を試すのかルシル……。お前だって、フェリスがいなくなって心配だろうが!! おまえはフェリスを助けるために、人間をやめたのだから!!」

 

「いや。だからこそ、彼女は帰ってくるべきではないと思っている……。その理由は、言わなくてもわかるだろう。シオン」

 

「………………………」

 

 ルシルの言葉に沈黙を余儀なくされるシオン。そんなシオンを見ても、ルシルは変わることのない笑顔を浮かべながら、シオンの顔を覗き込んだ。

 

「君はどうなのかな? シオン。君としては素晴らしい解決案だろ? 親友を殺さずに、世界の仕組みをゆがめることができる。彼に救いを与えることができる……」

 

「……そんなに都合のいいことが起きるわけがないだろう」

 

 悔しそうな声を出しながら、シオンはそう答えた。

 

 その悔しさはルシルに言い返すことができない自分のふがいなさから来たものか、それとも、女神たちにいまだに反抗できない自分の脆弱さを怨むことから来たものか……。

 

「ライナたちは必ず帰ってくる。世界も女神も……そんなに甘い存在じゃない」

 

「正解だよ、シオン。だからこそ僕たちは今まで通り準備を進める必要がある。彼が帰ってきたとき少しでも女神たちに反抗できるように……」

 

 君はまだ殺さなくてもいいようだね……。

 

 ルシルはそう言って、姿を消した。

 

 部屋の中から完璧に消えた圧倒的な威圧感から解放され、シオンはため息をついた。

 

 そして、玉座から立ち上がった彼は窓へと歩み寄り、自分が作り上げた平和な王都を見つめた。

 

 一見平和な王都だが、一皮むけば彼が許可を下し行われている人体実験が……その他有象無象のローランドの闇がうごめいている。

 

 すべては、神話に描かれた最悪の結果を変えるために。

 

 すべてが滅ぶことを回避するために……。

 

 しかし、

 

「そこにお前の平和はないんだったな………ライナ」

 

 彼はいずれ、覚めることのない無限の苦しみを味わうことになる。シオンが目指すものを実現するために、シオンが彼にその責め苦を与えてしまう。

 

「おまえはこのままそっちにいたほうがいいのかもしれない。そうすれば、この腐った世界の決まりから外れて、平和に暮らせるんだろう」

 

 だが、それでも彼はこう願わずにはいられなかった。

 

「帰ってきてほしいよ……ライナ。俺は弱いから……俺は泣き虫だから……少しでも近くにいてほしい」

 

 たとえその先には、最悪な結果しか待っていなくとも……。

 

「ライナ……おまえはこんな俺でも親友と呼んでくれるか?」

 

 その答えは返ってくることはなく、ローランドに立ち込めた暗雲が雨を吐き出してくる。

 

 水滴で見えづらくなってしまった王都。しかし、シオンはその目をそらすことなく、いつまでもいつまでも窓の外を見つめ続けた……。

 



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アルビオン動乱!!
姫殿下来訪


 オリキャラが出ます……。

 イロイロ無茶苦茶なキャラですが、生暖かい目で見守っていただけると幸いです。


 世界は睡眠でできている。

 

 あらゆる快楽は睡眠におとり、森羅万象は枕と布団に姿を変える。

 

 朝の微睡はどれほどの金よりも代え難く、二度寝はこの世の至宝である。

 

 つまり、何が言いたいのかというと…………………。

 

「修行とか勉強とかマジでめんどくさいから、このまま夜まで二度寝を決め込もうか……とか馬鹿なことを考えようとしていたんですけど、もちろんダメですよねフェリス様!! 重々承知していますから寝ている俺に向かって剣を振りかぶるのをやめろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ライナの日常は悲鳴から始まる。

 

 本当に久しぶりで懐かしい起こされ方をしたため、ライナの目からは感動の涙があふれていた。

 

「ち、畜生。お、おれの安眠快適ライフ……短かったなぁ……」

 

「さぁライナ。さっさとこの国の魔法を覚えてもらうぞ。団子の危機は救えたとはいえやはりウィニット団子店の味が恋しいのだ」

 

「俺の安眠は?」

 

「団子に比べれば髪の毛ほどの需要さもない、とるに足らないものだな」

 

「あれぇ、さすがにちょっとカチンと来ちゃったぞ? おいこらフェリス今回ばかりはさすがにちょっと許しちゃうから剣は抜くな……おぼふぅ!!」

 

 野球のバットばりにフルスイングされたフェリスの剣がライナの頭をジャストミートし、窓から飛び出したライナがホームラン級の飛距離をだした。このことはしばらくの間学園の七不思議として語られることになるのだが、ライナはそのことを知らなかった。

 

 まぁ、とにかく、ライナにフェリスのいる日常が帰ってきた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「どうしたんだいそのたんこぶ?」

 

「いろいろあってな……」

 

 衰弱しきった顔で中庭にやってきたライナにロングビルは驚きの声を上げた。

 

 今日は授業が始まる前にここで魔法を教えてもらう予定だったのだ。まぁフェリスがいなかったらすっぽかしていただろうが……。

 

「じゃ、魔法を発動するよ。あんたは見ただけで魔法が使えるようになるんだったね」

 

「ああ。まぁ、よろしく頼むよ」

 

「じゃぁ」

 

 杖をふるい、ロングビルは詠唱を開始する。

 

 文字、言語の種類はルーン。この世界に伝わる古代語だ。

 

 体の奥からあふれてくる魔力を呪文によって統制し杖に一点集中させておく。

 

「メイク・ゴーレム!!」

 

 そして、杖が振り切られた瞬間、鋼鉄でコーティングされた等身大ゴーレムが作成された。

 

 本当なら、土くれの巨大ゴーレムのほうが彼女としては性に合っているのだが、まさか犯行に使っていたゴーレムをこんなところで出すわけにもいかず、大きさを削る代わりに素材を向上させることによりトライアングル級の魔力を消費したのだ。

 

「はぁ!?」

 

「どうだい? 使えるようになったかい」

 

「い、いや……すまん」

 

「?」

 

 ライナは魔法を見終わった後だらだらと冷や汗をかきながら、青い顔でこう言った。

 

「どうもこの魔法……俺には使えないっぽい」

 

「はぁあああああああああああああ!?」

 

 ロングビルの驚きの声が、中庭で響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ライナの複写眼(アルファ・スティグマ)の解析の結果によると、どうにもこの世界の魔法は遺伝的に伝わる特別な遺伝子が必要なようだ。

 

 その遺伝子を持つ者はエルフたちが言う精霊を見る目を失う代わりに、体の奥から湧き上がる魔力という特別な力に目覚めるらしい。

 

 その力はライナが魔法を使う時にいつも操作している光の粒というやつに似てはいるのだが、やはり微妙に違っており、ライナの手によって再現することは難しいそうだった。

 

「ということは何か? つまりお前はナメクジほどの役に立たない屑だと?」

 

「あ、そういうこと言うか!! だったら魔法も使えないお前はなんなんだよ!!」

 

「なにを言っている、ライナ。私は……美人だ!!」

 

 現在。食堂にやってきたライナとフェリスは貴族のために作られたやたらと豪華な料理に舌鼓を打っていた。

 

 昨日のパーティに突如乱入してきた挙句、男子寮の管理人を殴り飛ばしてしまったフェリスであったがこの学園の人々の受けはかなり良かった。

 

 それは、彼女が女子寮に住ませてくれといったときに多数決で許可が出されたことで顕著に現れているといっていいだろう。

 

 むろん賛成したのはこの学園の男性教員たちである。

 

 剣を腰に佩き、明らかにこの世界の貴族には見えないフェリスではあったが、その美貌によって男性教員たちがほだされてしまったのだ。

 

 もちろん、そんな男性たちを数少ない女性教員たちは白い目で見ていたのだが、それに気づかないほどに男たちはフェリスに見とれてしまっていた。

 

 そんなこんなで学園に居座ることに成功したフェリスは客室剣士というわけのわからない役職とともに学園に受け入れられた。ふつうならこの食堂で食事をとることすらいい顔をされない彼女が平然とやってきているのはこのあたりが原因だったりする。

 

「それで、一体どうするのだ? この世界の魔法に関しては望みがついえたのだろう?」

 

「いや、まだだ」

 

 ライナはそういうと、一枚の紙を取り出した。

 

「なんだこれは?」

 

「俺がつけているこの指輪。勇者の遺物でな。あの真黒な奴がもっていたのと同じタイプのもののようなんだ」

 

「!! あの悪魔を呼び出した…………。勇者の末裔だったか?」

 

「ああ。そのあいつの先祖のハルフォード・ミランの書き残しを見つけてな。そいつが言うにはどうもこの世界の魔法を体得することができたらしい」

 

「だが、さっきお前はできないといっていたではないか?」

 

「ああ。だがそれをした人間がいるっていうことは、何らかの方法で使えるようにできるんだ。俺はそれを調べようと思っている」

 

「ふむ…………長い道のりになりそうだな」

 

「ああ。そうだな。とりあえずお前が言っていた先住魔法ってやつも知りたいから、今度お前の団子屋に連れて行ってくれよ。そこにいる吸血鬼と話がしたい」

 

「ふむ。いいだろう。ついでに部下たちが新開発したニガヨモギ団子も試してもらおうか」

 

「うまいのか……それ」

 

 昨日のパーティーで誤ってニガヨモギを食べてしまったライナの顔がひきつっていたかいないかは、定かではない。

 

「ところでライナ。お前はそこそこの給料をもらっていると聞いたのだが……」

 

「ああ、それなら魔法の先生に授業料代わりに渡すことになってるぞ。ここは金がなくても生きていけるからなぁ……」

 

「それはあの野菜みたいな緑色の髪をしたメガネの女のことか?」

 

「お前、もうちょっと言い方ってものがあるだろう……」

 

「ほほう。つまりおまえは私の団子様を差し置いて、そこら辺の男にやさしくされただけですり寄るような、三流美人に金を貢いでいると……」

 

「え、あ、あれ? ふぇ、フェリス、どうしたんだ!? やけに機嫌が悪そうだけど……」

 

「ふふふふ。いやいや、別になんでもない。ただ団子様の重要性を再び貴様の体に刻みつけてやろうと思ってな……」

 

「ちょ、ふぇ、フェリスゥウウウウウウ!! 刃はシャレにならない!! シャレにならないからぁあああああああ!!」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 二人がそんな感じの会話を終え、食事に専念しだした時だ。

 

 食堂の入り口がにわかに騒がしくなり始める。

 

「は? ふぁんふぁ?」

 

「フェリス……団子食ってからしゃべれ」

 

 団子を口に入れながらそちらを向くフェリスにライナはあきれを含んだ声を上げる。

 

「ラ・ヴァリエール嬢が何かしているみたいよ」

 

「おお、なんだ、遅かったな」

 

 そういいながらどんとライナの左隣に座ったのは若干機嫌が悪そうなロングビルである。昨日いろいろとフェリスに邪魔をされてしまった彼女はフェリスとの折り合いがかなり悪かった。

 

 今も横目で超然とした顔で団子をむさぼるフェリスを睨みつけている。

 

「学園長の仕事の手伝いをしていたんだよ。まったくあのセクハラ爺が……」

 

「ふむ。だが貴様のように誰にでも尻尾を振るような女なら、どこぞの干からびた老人でも満足だろう?」

 

 ビキィ!!

 

 すさまじい音を立ててロングビルの額に青筋が浮かぶ。背中に暗いオーラを背負いながら顔には笑顔を浮かべ、ロングビルが舌戦の口火をきった。

 

「ここは貴族しか食事をとってはいけない神聖な食堂なんですが、どうして剣を持った平民風情がここにいらっしゃるのかしら? 平民は外で食事をお取りください」

 

「ふむ。学園長の許可はもらっているぞ? そしてなにより、美人は何をしても許される」

 

「そんな馬鹿な……」

 

「ふむ。ところでお前はこの色情狂にずいぶんと肩入れしているようだが、やめておいたほうがいいぞ」

 

「どういうことですか? ライナさんはあなたの物とでも言うつもりですか?」

 

「私はお前のためを思って言っているのだがな」

 

「おい、お前まさか……」

 

 フェリスが何を言おうとしているのか察知したライナは若干の呆れとともに、フェリスを三白眼で見つめる。しかし、フェリスはそんなことを一切気にした様子もなく、団子を掲げながらいつものごとく言葉を吐き出した。

 

「こいつはあらゆる食堂に出没して目についた女を連れ帰り拷問部屋に監禁した挙句にあんなことやこんなことを…………な、なにぃ!! そんなことまで!?」

 

 なんとこを言いつつ、無表情のまま顔を赤らめるという高等技術を披露しながらひとしきり盛り上がり、

 

「ま、まぁ、とにかく、信じられないような不埒な真似をした挙句殺してしまうという凶悪犯罪者なのだ!!」

 

「また、お前そんなあることないこと吹き込みやがって……。大体そんなでたらめこいつが信じるわけ……」

 

「そ、そんな!! 一見眠そうな顔をしておきながら、あんたがそんな恐ろしいことをしてるだなんて!!」

 

「あ、あれ、し、信じちゃうの……。まぁ、いいけど、いつものことだし……」

 

 若干ショックを受けたような顔をしつつ、ふて寝を始めようとするライナに、

 

「「まぁ、そんな冗談はさておいてだ」」

 

 そんな二人の声が聞こえた。

 

「お前ら絶対に仲いいよな!!」

 

「ふむ。ところであのピンク色の頭をしたいかにも、あれな感じの少女はいったい何者だ?」

 

「あれっておまえ……もうちょい言い方ってもんが……」

 

「あれはこの国の有力者の公爵の令嬢ですよ」

 

「ほう。あれがこの国の公爵令嬢か?」

 

 フェリスの脳裏に浮かぶのはやたらと腹黒い策略を張り巡らせた挙句、エリス家を吸収しようとしてルシルにボコボコにされた、ステアリードくらいなのだが、彼女からはそういった雰囲気は感じられなかった。

 

「この国の貴族はローランドの貴族とは違うようだな」

 

「ああ。俺があった貴族はそうだな。まぁ中には屑もいるんだろうけど、ローランドほどひどくはない」

 

「そうでしょうか……」

 

「?」

 

「貴族なんてみんな屑の集まりですよ」

 

 なにか嫌なことでもあったのか、苦々しくそう吐き捨てるロングビルを、ライナは冷めた目で見つめた。

 

 まぁ、昔のローランドと変わらない奴もいるよな……。

 

 フェリスは――そんなことに反応することはなかったが、ライナが何を感じているのかはわかるのか、無言で剣を引き抜いた。

 

「え、ちょ、フェリス!! なんでいきなり剣を抜いてんの!?」

 

「黙れ色情狂。貴様は今その女を観察してどうやって犯そうか考えていたのだろう!!」

 

 わ、わかっているのだろうか?

 

「この、変態色情狂がぁああああああああ!!」

 

 そんなことを叫びながら、いつものように振るわれる剣に、ライナはあきらめきった表情でため息をついた。

 

「いや、まぁわかっていたけどさ……。さよなら、俺の平和な日々……」

 

 そして、ゴンという轟音と共に剣の腹の直撃を食らったライナは錐もみ状に回転しながら砲弾のように食堂を飛んでいく。そして、頭から食堂の入り口付近に芸術的着地を決めたライナは、そのままバタッと倒れ、動かなくなった。

 

「って、ライナさん!? 大丈夫ですか!!」

 

「ちょっとあんた!! どこから飛んできたのよ!?」

 

 さすがにこれは見逃すことができなかったのか、聞きなれた声とともに二人の人物がライナに駆け寄ってくる。

 

「……返事がない。ただの屍のようだ」

 

「なんであんたが知ってんだ!!」

 

「ちょ、いきなりわけのわからないこと言ってないで起こすの手伝いなさいよ、サイト!!」

 

 そして、ライナは自分の体を起こそうとする力を感じ、いや、もうこのまま寝かせてくれよ……。若干恩をあだで返すような気持を抱きつつ、目を開ける。

 

「いやいや、俺はもう死んだから、できれば起こさないで……」

 

 そして、目を開けたライナはそこで、

 

 鞭を持っているルイズと、

 

 ぼろ布で作られた耳と箒で作られた尻尾をつけたサイトを目撃してしまい……。

 

「むしろお前たちのほうが大丈夫なのか!?」

 

 思わずそうツッコミをいれてしまった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ふむ……だんだ美味くなっていっているな。さすがはわが部下たち。一流の団子職人になるのもそう先の話ではないな」

 

 トリスタニアから毎朝おくられてくる団子を食べながら、フェリスは部下から届いた手紙を読んでいた。

 

 ライナは書庫にこもり伝承の調査。

 

 なんでも、始祖ブリミルと同じように武神と信仰されている『四獣の聖騎士』について調べるようだ。それがどうにも彼女たちの世界で、敵対していた漆黒の獣を操る男の先祖らしい。

 

「世の中は意外と狭いものだな……」

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今重要なのは……。

 

「暇だ…………………」

 

 ほんとうならライナをからかいにいって暇をつぶすところなのだが、今回ばかりは調査がはかどってもらわないと彼女としても困るので、自重していた。

 

「まぁ、目を離すとすぐに寝るからなあの色情狂は……私がいなくてもしっかり働くように私の代わりを何かおいておく必要があるな」

 

 さっそく面白いことを思いついてしまった、と自分のことを内心ほめたたえるフェリス。

 

 ワイヤーを使った自動人形でも作ろう。名付けてスーパーフェリスちゃん人形。

 

 その時ライナの背筋にえも言われない悪寒が走ったとか走っていないとか……。

 

 彼女が無表情の中にライナだけがわかる微妙な変化をさせていた時だ。

 

 フェリスがもたれかかって座っていた壁の向こうがにわかに騒がしくなる。

 

「なんだ?」

 

 さすがに気になってしまい、彼女が中を覗き込むと、そこには……!!

 

『いだい!! やめっ! やめてっ! やーめーてッ!!』

 

『いたい? 『わん』でしょ! 『わん』でしょ-がッ! 犬は『わん』でしょうッ!』

 

 桃色の髪を振り乱した少女が、黒い髪にぼろ布の耳・箒のしっぽを付けた少年を痛めつけているシーンだった。

 

「……こ、この世界の子供たちは意外と進んだ……を受けているみたいだな。た、多少問題はあると思うが、今は春だしああいった輩も湧くだろう」

 

 変な知識を持っているくせに、意外とうぶなフェリスであった。

 

 と、そんな風にフェリスが顔を赤らめてその光景から目をそらそうとした時だ。彼女はその壁の向こうがいつの間にか静かになっていることに気づいた。

 

「?」

 

 フェリスが不思議に思い、中に再び目を向けてみると中の人々は、窓から中を覗き込んでいたフェリスに気づいておりその美貌に氷結していた。

 

 ハルケギニアの貴族の令嬢でもフェリス程の美貌の持ち主はまずいない。そのため、女性に対してはかなり目が肥えた貴族の子息、令嬢であってもフェリスの顔を間近に見てしまえば固まりもするし見とれもするだろう。

 

「うわぁ、すげぇ……ルイズなんか足元にも及ばないような美人だ」

 

 ちなみに、思わずそう口を滑らせてしまったサイトは般若のように顔をゆがめたルイズに教室に叩き出されることになるのだが、彼はまだそのことについて知らない。

 

 そして、窓から教室の外に叩き出されたサイトを見て、

 

「ふむ。ちょうどいい暇つぶしができたな」

 

 フェリスがそう思うことも……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ふむ。お前が私たちと同じように異世界からやってきた人間だったか。フェリス・エリスだ。あの色情狂の飼い主をしている」

 

「し、しきじょう!? 誰のことっすか!!」

 

「うむ? ライナのことに決まっているだろう。そんな顔をしていただろう?」

 

「い、いやそれはどうかなぁ?」

 

 若干冷や汗をかきながらサイトはそう答えた。

 

 や、やばい!! この人なんかやばい!! 具体的に言うと不用意に口を開けばいつの間にか自分が色情狂としてトリスタニアの全住民に認知させられそうなくらいやばい。

 

 具体的にして決して間違っていない危機感ではあるが、彼は十分に色情狂ではあるのでライナのように嘆き悲しむのはおこがましいと思う……。

 

 まぁ、ともかく、こうしてサイトとフェリスは出会ったのだった。

 

「ふむ。ところでお前は剣士なのか? 剣を持っているようだが」

 

「ええ、一応は。ただ俺今まで剣なんて握ったことなかったんですけど……剣を持ったら急に体が軽くなって、使えるようになったんですよ」

 

「なに?」

 

「武器を持ったら体の中にその武器の情報が流れ込んでくるっていうか……」

 

「ふむ?」

 

 その時、フェリスは彼の左手に刻まれた文字のようなものを発見した。

 

 ローランドの人体実験で魔方陣を刺青にして体に刻みこむというものがあったが……あれと同じものか?

 

 だとしたらこの少年は自分たちと同じように漆黒の闇を抱えていることになるのだが、彼の様子からはそんなところは見受けられない。体つきもどう見ても素人のそれだし、どうなっているのだ?

 

 剣士たるフェリスはライナよりも正確にサイトの実力を見抜くことができる。実際戦ってみるまでは正確なことは言えないが、それでもフェリスの目はサイトが彼の言うとおり完全な素人であることを見抜いていた。

 

 ガスタークの使者のこともあるので、そこまで完全に見分けることができるわけでもないが……。

 

 ふむ。おそらくは何らかの魔法で強化を施されているのか?

 

 そう考えもしたのだが、あいにくなことにフェリスは魔法に関してはずぶの素人だ。相棒のように正確なことはわからない。 

 

 まぁ、そっちのほうはライナに任せるとして、自分も少し試してみるか。

 

「よし。サイトとか言ったな。剣を抜いて打ち込んでこい。少し確かめたいことがある」

 

「って! なに言ってんですか!! 俺はメイジを倒したこともあるんですよ!! そんなことをしたら危ないじゃないですか!!」

 

 サイトが何かを言っていたが、フェリスとしてはそんなことはどうでもいい。さっさと抜けと言わんばかりに剣を引き抜き、サイトから少し離れたところで構える。

 

「どうした。早く抜け」

 

「どうなってもしりませんよ……」

 

 サイトはそういいながらデルフリンガーに手をかける。フーケとの戦いでは獅子奮迅の戦いを見せた(それでもかなり手加減していた)ライナの相棒とはいっても所詮は女……。ちょっとは手加減してやらないとなぁ。

 

 サイトはそんな身の程知らずなことを考えながら、デルフリンがーを引き抜く。

 

『相棒…………悪いことはいわねぇ。あの娘っこと戦うなら今すぐ降参しな』

 

 残念なことに、デルフの開口一番の忠告はどうやって手加減するかで頭がいっぱいなサイトには届かず、サイトはそのままフェリスに向かって駆け出してしまった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 はやいな……。

 

 サイトの動きを始めてみたフェリスの評価はそれだった。大体リミッターを外したライナと同じ速度。なるほど、これならこの世界のメイジごときでは手も足も出ないだろう。

 

 だが、

 

「それだけだな………………」

 

 戦う体になっていない彼は、確かに何らかの力に覆われて素早くはなっているが剣を効率的に動かせていない。実戦経験が足りていないのはもちろんだが、なにより剣に振り回されすぎている。ところどころに熟練した動きは見受けられるが、それ以外は脳の指令に体が追い付いていない感じだ。

 

 当然、フェリスと打ち合えるほどの実力には到底達しておらず……。

 

「ふん!」

 

「ぶぎゃぁああああああああああああああああああ!!」

 

 カウンター気味に決められた剣の腹の一撃があっさりとサイトの意識を刈り取り、しばらくの間浮上させることはなかった。 

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 とある馬車の中での出来事。

 

「これで十三回目ですぞ、殿下」

 

「なにがですの?」

 

「ため息のことでございます」

 

「下らんことを気にするなマザリーニ。こいつが誰も見ていないところでため息をつこうが、何ら問題はない。人が見ているところできちんと笑えさえすれば問題はないだろう」

 

 真紅のローブにメガネをかけた青年が白いドレスを着た少女と、特徴的な帽子をかぶった老人にそう吐き捨てた。その手にはゲルマニアとの婚約についての書類が持たれており、その内容を読んではアンリエッタに渡していく。そして、受理しないものに関しては握りつぶした上に手から発生する漆黒の炎で焼却押して行った。

 

 ドレスの少女は、先代国王の忘れ形見アンリエッタ姫。特徴的な帽子をかぶった老人は、マザリーニ枢機卿。そして、真紅のローブを着た少年はこの国の宰相バーシェン・フォービン。

 

 東方から来たといわれるこの宰相は、行き倒れているところを遠征に来ていたこの国の国王に拾われ忠誠を誓った人間だった。

 

 しかし、彼が死にアンリエッタが代わりに国のかじ取りをしなければならなくなったと聞いた時に一時期姿を消してしまっていたのだ。最近になってマザリーニによって見つけ出された彼はようやく政務に復帰。マザリーニとともに国を何とか安定させるために尽力している。

 

 嫌いなものは無能な王族。アンリエッタは残念なことに彼に無能の烙印を押されてしまっている……。

 

「バース………その言い方はもう少し何とかならんのか?」

 

「見えるところではキチンと敬ってやっているだろう。感謝しろ」

 

「おまえは……」

 

「いえ。いいのです。マザリーニ枢機卿この方にいまだ認められていないわたくしが悪いのですから」

 

 悔しそうに唇をかんだ後、見事な笑顔を披露してマザリーニを止めるアンリエッタ。そんな彼女を見ても、バーシェンは鼻を鳴らすだけだった。

 

「それにしてもなぜ突然魔法学園なんかに? いろいろと忙しいといったはずだ」

 

「いいではありませんか。未来のトリステインを担う人材を見るのもわたくしの役目ですわ」

 

「このままではゲルマニアに吸収合併だがな。まぁ、それも仕方あるまい。伝統ばかりにこだわり血を薄めているからこういうことになるのだ。まぁ、今はそんなことはどうでもいい。俺たちはいかにしてゲルマニアに好条件で受け入れてもらうかを考えるだけなのだから」

 

「バース!!」

 

「これだけは否定はさせんぞ、マザリーニ。わかっているはずだ。今のトリステインでは空の軍勢に勝てる要素はない。アルビオンが落ちれば次に襲われるのは間違いなくここトリステインだ。それによる民の死を一人でも減らすために私たちはこうして働いているのだ」

 

「王族の心情はどうなる!! 姫様とて人間なのだぞ!」

 

「違う。王族は人間じゃない。人形だ。そうでなければならんのだ!」

 

 くだらないこと言うなとばかりに、書類をたたきながらそう叫ぶバーシェンにアンリエッタは悲しそうな瞳を向けた。

 

「先代のようにきちんとした志を持ち、それを実現させる力があるならそれもいいだろう。人権などいくらでも認めてやるし、好きにやればいい。俺が全力でサポートしてやる。だがこいつはどうしようもなく無力で無能だ!! こんな王族は国にとっては害悪でしかない!!」

 

「……………」

 

 笑顔のままその表情を崩さないアンリエッタを、マザリーニは心配そうな視線を送る。しかし、バーシェンは止まらない。彼自身やめるつもりは毛頭なかった。

 

「初めに言っておいてやる。国に必ず必要なのは王ではなく国民だ!! きさまの人権など、国民の命と比べれば塵にも等しい重要性しかない。それが嫌だとでもいうなら、今すぐにでも王族をやめろ!! 救うべき一人の国民として俺が救ってやる、無能な姫殿下殿!」

 

「バース!! 言いすぎだぞ!!」

 

 マザリーニの怒声に、バーシェンはようやく口を閉じ書類に視線を戻す。

 

「アンリエッタ。お前は果てしなく無能な存在だ。だったらせめて国民のためにお前の女としての幸せぐらい切って捨てるぐらいの器量を見せろ」

 

「はい……………」

 

 そういって笑顔で答えるアンリエッタに、バーシェンは舌打ちをした後、馬車のドアを開ける。

 

「どこへいく」

 

「殿下も私がいたら息苦しいでしょう。わたくし目は自分の幻獣に乗っていきます」

 

 そういったとたん、彼の右腕から真紅の鳥が飛び出しバーシェンを背に乗せとんでもない速度で上昇して行った。

 

「…………枢機卿」

 

「なんでしょうか殿下」

 

「わたくしはどこで間違えたのでしょうか?」

 

「姫様は何も悪いことをされていません。バースもそのことは重々に承知しております」

 

「ではなぜ、彼は私にこれほどまでつらく当たるのでしょうか……」

 

「彼が苛立ちを覚えているのは、姫殿下にではないのでしょう。ああは言っていても優しい男です」

 

「では……」

 

「彼は時代に苛立っているのでございましょう。国とあなたを……犠牲にしなければ国民を守れない。そんな時代に……」

 

 マザリーニの言葉に、アンリエッタは唇をかみしめた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「何をしているのだ、色情狂?」

 

「今回は俺が来たかったわけじゃねぇぞ。寮を夜中に抜け出したバカがいたから、追いかけてきたんだ」

 

 フェリスがサイトをブッ飛ばした日の夜。女子寮にいたライナを発見してしまったフェリスは、ライナが泣きながら許しを請うまで殴りつけたあと、ぐったりと倒れ伏しているライナの背中に乗り事情を聴いているところだった。

 

「ふむ。お前の弟子が侵入してきたと。それは一大事だな。お前程とはいかなくてもお前の弟子だ。吐く息で女をはらませることはないだろうが、会話をすることで女を妊娠させることぐらいはできるはずだ。乙女の純情を守るため私が動かなければならないだろう」

 

「はいはい。もうそれでいいよ」

 

 そういって、服についたほこりをパンパンと払いながらライナは立ち上がった。

 

「それにしても今日はなんか外が騒がしかったな。なんかあったのか?」

 

「ああ、この国の王族が訪問してきたらしい」

 

「王族が? へぇそりゃ珍しい。この国の王族はシオンと違ってめったに外には出ないって聞いたんだけどなぁ。おまけに今生きている王族は王女と先代国王皇妃だけだって話だけど」

 

「それを聞いたお前は『うへへへへへ。トリステインの花と敬われる王女様か……だが俺にとっちゃどんな女であろうとも関係ないぜ。いつか必ずさらって……』」

 

「監禁したり、犯したり、荒野を駆け抜けたりはしないから安心しろ」

 

「むぅ……」

 

 事前にフェリスワールドの展開を阻止されてしまい、若干不満そうな顔をするフェリス。ライナは本当に疲れ切った表情でそれを見ている。

 

 まぁそんな感じに無駄話をしながら二人が歩いていると、金髪の優男がドアに耳をつけて何かを聞き取ろうとしているのを発見した。

 

「何やってんだあいつ」

 

「ふむ。あいつがお前の弟子か?」

 

「弟子じゃねぇけど……もうそれでいいや。はいはい、弟子ですよ」

 

 いいかげん諦めきった表情をしつつ、そういうライナ。そして、彼は耳をつけていた男子生徒の首根っこをつかみ連行を開始しようとした。

 

「はいはい。ギーシュ。夜の女子寮への侵入はご法度だぞ。昨日遊びに来た時に言ってやっただろう」

 

「な、ら、ライナさん!!」

 

 彼の名前はギーシュ・ド・グラモン。ライナが寮監に就任した時真っ先に遊びに来た男子生徒である。

 

 本当はライナにおべっかを使い、夜の女子寮への侵入を黙認してもらおうと思っていた彼だったが、なぜかライナと気が合ってしまい、ライナにそういう汚いことをしようとはしなくなった。

 

 ライナ自身も変なプライドを持っておらず気さくに話しかけてくるこの元帥家の四男坊には意外と好意を持っており、たまに遊びに来る彼にフェリスやシオンについての愚痴をきかせていたりする。

 

 まぁ、それはともかくだ。寮監として彼の行為を見逃すわけにはいかないライナはめんどくさそうに頭をかきながらギーシュを引きずっていく。

 

「さっさと帰るぞ。お前が女子寮に忍び込もうが何しようがどうでもいいけど、怒られんのは俺なんだからな」

 

「ああ、待ってください!! ライナさん!! これにはわけがあるんです!!」

 

「わけ?」

 

「ええ。さきほど僕がモンモランシーに送るための詩を書き綴っていたのですが……」

 

「モンモ……誰だそれは」

 

「こいつのモトカノ。二股してたのがバレて振られたんだってさ」

 

「ふ、ふられてません!」

 

「流石はお前の弟子だな。きっとこいつもそのうち……………」

 

「吐く息で女を妊娠させたり、野獣に変身して荒野を駆け抜けたりしたりしないしな。あと俺の弟子じゃないし。ああ、もうとにかくしばらく黙ってくれフェリス!! 話が進まないだろうが!!」

 

 最終的に若干切れてしまうライナを見て、フェリスは満足そうに頷き懐から団子を取り出した。

 

「うむ。私ももう満足だ」

 

「そうかよ……話を続けていいぞ、ギーシュ」

 

「あ、はい!! というかライナさん、そのきれいな人紹介して……」

 

「フェリースいつものよろしく」

 

「うむ」

 

「あ、あれ、ちょ………ぎゃぁあああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

―しばらくお待ちください―

 

 

 

 

 

 

 

「と、というわけで、この女子寮に一人怪しいフードをかぶった人物が入っていったわけですよ」

 

「フードの人物ねぇ……。で、そいつが今この部屋にいると?」

 

「はい!!」

 

「どうするよ、フェリス」

 

「うむ。問題ないな。それを解決するのは我々ではなく女子寮の寮監だ」

 

「だよなぁ……俺も極力そんなめんどくさそうな奴に関わり合いになりたくないし。というわけでギーシュ。寮監にそのことを話したらさっさと帰るぞ」

 

「そ、そんなぁ!!」

 

 二人がそんな結論をだし、さっと踵を返しギーシュが哀れな声を上げた時だ、

 

『姫殿下になにしてんのよ!! いいいいい、犬ぅううううううううううううううううう!!』

 

『わん…』

 

「何してんだ、あいつら……………」

 

 ギーシュが先ほど盗み聞きしていた扉から聞こえてきた聞き覚えありまくりな怒声にライナは眉をしかめた。そして、

 

「ふむ。だが、いま姫殿下とか言っていたな……………」

 

「ま、まさか!!」

 

 瞬間。ギーシュがとんでもない力でライナの拘束を振りほどき、その扉をけ破り中に突入した!!

 

「きさまーッ! 姫殿下にーッ!! 何をしておるかーッ!!」

 

 そんなギーシュを見てライナはため息をついて中に突入する。正直関わり合いになりたくはなかったが、ギーシュはライナの友人である。見捨てるわけにもいかない。

 

「ふむ。流石は色情狂。姫と聞いたからには犯しに行くのだな」

 

「……もうヤダこんな生活」

 

 ライナがちょっとだけ泣いたのは内緒である。

 

「決闘だ! ばかちんがぁああああああああああああああああ!!」

 

 怒声を上げて、中でルイズに踏みつけられていたサイトにとびかかっていくギーシュ。サイトはそれに反応して瞬時に立ち上がりギーシュの顔面を殴りつけたあげく、しこたま蹴り飛ばし今までのストレスを発散していく。

 

「決闘だぁ? ボケガ! テメェが俺の腕を折ったの忘れてねぇぞ! こちとらぁ!!」

 

 今までルイズにボコボコにされてしょげかえっていたサイトの豹変ぶりにライナは若干引きながら、とりあえずギーシュを助け、杖を奪う。

 

「はいはい、そこまで。何してんだお前ら……」

 

 そして、ライナはそこで真っ白なドレスを着たこの国の姫を目撃するのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ふむ。つまりお前は自分のしりぬぐいを親友(笑)のこのピンク頭にやらそうというのだな?」

 

「ちょ、あんた姫様になんてことを!! あと私のこともバカにしなかった!?」

 

「ああ、ルイズ。こいついっつもこんな感じだから気にしてたら体がもたないぞ……」

 

 怒り狂うルイズをしり目に、もうちょっといろいろありすぎて疲れてしまったライナは、ルイズの布団にもぐりこんで寝てしまいかけている。

 

「って、あんたは何勝手に寝ようとしてんのよ!!」

 

「いいじゃん別に……うわ、この布団マジでフカフカだ。流石は貴族。お昼寝マスターたる俺には分かる。これは俺が使っているメーカーの最高級羽毛布団だな!!」

 

「当たってはいるけど、果てしない観察眼の無駄遣いね!!」

 

 ちょっとしたカオスがルイズの部屋の中に降り立つ中、ひとりクスリと笑う純白の少女にライナはめんどくさそうな目を向ける。

 

 アンリエッタ王女殿下。ここの国最後の正式な血統を持つ王族であり近々ゲルマニアに嫁ぐことが決まっている殿上人だ。

 

 その女王様がなんと子供のルイズたちに戦場に行って特殊な任務をこなして来いと言っているのだ。

 

 ローランドよりも狂っているな……。

 

 ライナがこの世界に来て初めてそう思った瞬間だった。

 

「なぁ、姫様」

 

「姫殿下と呼びなさい!!」

 

「……ルイズちょっと黙って……」

 

「なんでしょうか? ライナさん」

 

 ベッドからよっこいしょと起き上がったライナは今まで見せたこともないような鋭い視線をアンリエッタに向けた。

 

「あんたこいつらに何をさせようとしているのかわかっているのか? 何の訓練も受けていない人間を戦場に送り込むことがどれほど危険なことか理解しているのか?」

 

 昔のローランドでも、さすがにそんなことはしなかった。まぁ、効率的ではないこと知っていたからなのだが……。

 

「で、でも、ルイズたちはあの土くれを撃退した勇者ではありませんか。きっとこの任務もきちんと成功させて帰ってきてくれます」

 

「戦場と泥棒を捕まえるのではわけが違うんだよ。それぐらいわかるだろ姫様……」

 

 声はそれほど強くはない。しかし、そこにこもっているのは何よりも凄惨な戦争というものを知っている者の声である。

 

 声の重みが違う。

 

 ルイズやギーシュ。そしてふだんの眠たそうなライナしか知らないサイトでさえも、ライナの言葉に黙り込んでしまった。

 

「俺が元いた国はさ……年がら年中戦争をしている国でさ、俺もガキの頃から特殊な訓練を受けてろくでもない任務ばっかりさせられていたよ」

 

「そんな国が……」

 

「ら、ライナは東方から来たんです姫様!!」

 

「そう……あの方と同じ……」

 

 ライナの話を聞いて不思議そうに首をかしげるアンリエッタに、ルイズは慌ててフォローをいれた。

 

「最終的に停戦まで入ったんだが、俺は孤児だったからさ、戦争が終わっても施設に入れられて学校に通わされた。その学校には孤児や犯罪者の子供が集められ、次おこる戦争のための訓練を積まされていた。そして、始まっちまった戦争で……俺の仲間たちはたった二人の友人を残して全員死んじまったよ。敵の最精鋭部隊に待ち伏せを受けちまって……」

 

 ライナの言葉にアンリエッタは息をのみ、ルイズたち真っ青になった。

 

 戦場とはそういった世界なのだ。使命感や忠誠心では生きていけない。力あるものしか生き残ること許されない。そういう世界……。

 

「ルイズの使命感、忠誠心は立派なもんだ。だがそれだけじゃ戦場はわたっていけない。任務なんて果たせずにどこかで骨をうずめるのがおちだ。だから姫様……こいつらを巻き込むのはやめてくれ」

 

「でも……それなら私はどうすればいいのですか!?」

 

 ライナの話を聞き終えたアンリエッタは泣きながら床に座り込んでしまった。

 

「もう……王宮に頼れる人はいないの!! 私の味方はルイズしかいないの!!」

 

 泣き崩れるアンリエッタをしり目に、ライナとフェリスは立ち上がり部屋の出口へと向かった。この程度でほだされてしまうほど、二人は軟な精神をしていない。ましてや今回の話は人死に関わることだ。賛成するつもりも協力してやるつもりもない。

 

「なぁ、姫さん。あんたは少し考えすぎだよ。別に頼るのはあんたの味方じゃなくてもいいだろ。今回の話は国益にかかわることだ。国のために死ねると思っている奴はあんたが思っているほど少なくはないはずだぞ。ルイズたちにではなくそういった奴らに頼れ。ガキに頼るのはお門違いだ……」

 

「うむ。そういうことだ。サイトとか言ったな?」

 

「……あ、はい」

 

「明日の朝広場にこい。少々暇だからな。剣の稽古をつけてやる」

 

「え、でも!?」

 

「返事は『はい』しか受け付けんぞ。遅刻をしたらライナの刑だ!!」

 

「なんで俺の名前が刑罰の中にはいてるんだよ!?」

 

「うむ。普段お前にしていることをそっくりそのままサイトにやる」

 

「サイトォ!! 絶対遅れんなよ!! 遅れたら死ぬからな!!」

 

 最後はいつもと同じ軽い空気をまといながら退室する二人を、アンリエッタたちは茫然と見送ることしかできなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その日の夜中。ライナは窓の外に人が立つのを感じて、めんどくさそうに頭をかきながら、カーテンを動かし窓を開けた。

 

「なんだ……ルイズか」

 

「ライナ……ちょっと話があるんだけど」

 

「ああ、だったら明日にしてくんない? 俺超眠くて死にそうなの……」

 

「ダメ。このまま聞いて」

 

 ルイズにそう言われて、ライナは心底めんどくさそうに眉をしかめながら窓枠にもたれかかる。

 

「ライナ……。あなたが私たちの心配をしてくれたのはうれしいわ。あなたの話を聞いてからよくよく考えてみたら、私だってそんなところに行くのは震えが止まらなくなるくらい怖い……」

 

「だったら……」

 

「でも、でもね……」

 

 そこでルイズは言葉を切り決意を秘めた瞳でライナの顔を見つめた。

 

「私にとっては、初めて誰かに頼られたことなの……」

 

「…………………」

 

「ゼロの私が、できそこないの私が………落ちこぼれの私が初めて誰かに頼られた時だったの。私それが嬉しかったの!!」

 

「……………………………………くそ」

 

「だから私行くわ。アルビオンに」

 

 ルイズの言葉を聞き、ライナは頭をかいた。まったく。あの王女はこうなると分かっていたのだろうか? だとしたらシオン以上の悪王だな……。

 

 ライナがそんなことを考えるとは知らないルイズは、踵を返しライナに背を向けた。

 

「私はこれを言いに来ただけ。おやすみなさい、ライナ。心配してくれてありがとう」

 

 そしてルイズの姿が女子寮に消えるのを見届けると、ライナは窓とカーテンを閉めベッドに寝転んだ。

 

「どうするつもりだ、ライナ?」

 

「フェリスか? どっから入った」

 

「私は基本的に床下からやってくる」

 

「今度から注意してみとくわ」

 

 若干の冗談を交わした後、ライナはフェリスに謝った。

 

「悪かったな。お前がサイトを行かさないようにやりたくもない稽古の提案をしたのに……」

 

「実際暇だったしな。気にするな」

 

「さて……俺たちはどうしたらいいんだと思う」

 

「ほっておけ。私もあのくらいの年に戦場に出ていた。戦いに行くわけではないし死ぬ可能性は低いほうだろう」

 

「だがないわけじゃない……」

 

「…………………………」

 

 ライナの言葉にフェリスは黙り込む。先ほどの言葉だって気休めにすぎない。戦場がそれほどまで甘い場所でないことは、彼女自身もよく知っている。誰であろうと死ぬときは死ぬのだ。

 

「まったく……お前は相変わらずだな」

 

「? なにがだよ」

 

「あんなちんちくりんな少女に欲情してしまう変態色情狂なところがだ」

 

「はいはい………そうですね」

 

 いつもの空気に戻っているフェリスを見て、ライナもめんどくさそうに首を振りながら布団の中にもぐりこむ。話をしたところで無駄なのだ。

 

 ライナの結論はもう出ている。

 

「ふむ。では私も寝るとするか。夜更かしは美容の大敵だからな」

 

 フェリスはそういいながら、窓を開け窓枠に足をかける。彼らの辞書には出口入口という言葉がないのだろうか?

 

「あ、そうだライナ」

 

「ん?」

 

「行くなら一人で行くなよ、相棒」

 

 最後にそれだけ言って姿を消すフェリスに苦笑しながらライナは頷いた。

 

「了解……相棒」

 

 そして、ライナは寝返りをうち、大好きな睡眠をうっちゃって思考の海に沈みこむ。今後の計画を立てるために。

 

「ああ……まじでめんどくせぇ」

 

 そうつぶやきながら……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その頃王宮では……………。

 

「その話は本当か?」

 

「はい」

 

 バーシェンとアンリエッタが向かい合っていた。その隣にはマザリーニ枢機卿が控えており、バーシェンから立ち上る殺気に肝を冷やしていた。

 

「何をしたのかわかっているのか小娘? 下手をすればこの国が亡ぶんだぞ? 王族がそんな軽々しいまねをしていいと思っていたのか!!」

 

「バース子供のやったことだ……それぐらいにしてくれないか?」

 

「くっ!!」

 

 さすがにこれで怒るのは大人気ないと思ったのか、それ以上は何も言わずにバーシェンは椅子に座りなおす。

 

「それで、俺にいったいどうしてほしい?」

 

「手紙を取り戻していただきたい。そのためにあなたの部下の力をお貸しください」

 

「……いいのか? お前はいま、望まない結婚を蹴ることができる手札を手に入れているのだぞ。私が行うからには失敗はない。そうなればお前は晴れてゲルマニアのクソジジイの奥さんだ。それでいいのか」

 

 確認を取るかのように尋ねるバーシェンに、アンリエッタは何の迷いもなく頷いた。

 

「すべては国民のため。私の幸せなど気にする必要はありません」

 

「……少しはましな顔になったじゃないか」

 

 バーシェンはそういうと、紅いローブを脱ぎ捨て、前が開いている真紅のロングコートを手に取った。

 

「どうする気だ、バース」

 

「今回の任務、失敗は許されない」

 

 そして、普段はつけていない指先に四枚の爪状の刃がついた手袋を両手に装着した。その際にあらわになった両腕には黒と赤の文字で術式が刻み込まれている。

 

 まるで蛇のようにとぐろを巻いて彼の腕に絡みつくその術式を発光させながら、バーシェンは凶悪に笑った。

 

「俺が出る。しばらくここは任せるぞ。マザリーニ」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 早朝。

 

 学園の門を二つの人影が通り過ぎようとした。

 

 その影は騎乗しており、目深にフードをかぶった黒いローブ姿の人物だった。

 

「ほんとに行くのかよ。ライナさんも言っていたじゃないか。ほんとに死ぬかもしれないだぞ」

 

「それでも私は……姫様の親友なの。助けたいと思うのは当然じゃない」

 

 そんな会話を繰り広げるその人物たちに、

 

「おーい。どこ行く気だ、お前ら」

 

「ふむ。勝手な外出は校則違反だぞ」

 

 突然声がかけられる。

 

「「!?」」

 

 二人が慌ててふりむくと、そこには頑丈そうな皮鎧を装備したフェリスと、ローランド魔法騎士団のローブ調の鎧を着こんだライナが立っていた。

 

「はぁめんどくせぇ。マジで帰って寝たい。って、ぎゃぁああああああああああああああ!!」

 

「うむ。お前たちには相棒がいろいろ世話になったようだしな。みすみす死なせるわけにはいかない」

 

「……なによ……止めに来たの?」

 

 警戒心をあらわにしてフードを取るルイズ。サイトもデルフリンガーに手をかけ、構えを取る。

 

「いや、あんだけ話してもやめなかったんだ。どうせ言っても聞かないだろう」

 

「ならば私たちもついていくとしよう。お前たちを守ってやる」

 

「え……」

 

「な、なんで! 昨日はあんなに反対していたのに」

 

 そして、馬を引いてくるライナは少しだけ真剣な声を出しながらこういった。

 

「俺はもう友達が死ぬのを見たくないんだ……」

 

 その言葉に、絶句してしまうルイズとサイトをしり目に馬に乗ったライナとフェリスは二人を追い越した。

 

「さっさといくぞ。できるだけ俺たちの言うことは聞けよ」

 

「うむ。早くしろ。今週中に帰らなければうちの店が開く団子フェスタに間に合わないからな」

 

「え、もうフェスタなんて開くの?」

 

「あたりまえだ!! 団子をあらゆるに人に広めてこそ団子神の敬虔な信徒!! そのためにフェスタは必要不可欠ではないか!!」

 

「いや、まぁいいけどね……」

 

 いつものような会話をする二人に、サイトとルイズは少しだけ苦笑を漏らし後に続く。

 

「ありがとうねライナ」

 

 その言葉を、忘れずに言って……。

 



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とある宿屋の狂想曲

 トリステイン領の街道上空を、凄まじい速さで駆け抜ける騎影が二つ。

 

 片方は真紅の炎に包まれた巨大な極楽鳥。もう片方はグリフィン。どちらも相当な腕の御手によって操られているのか、一糸乱れぬ編隊を組みながら素晴らしい速さで目的地へと向かっている。

 

「どこから嗅ぎつけたのだ、貴様? まさかアンリエッタが漏らしたわけではあるまい」

 

 ごうごうと気流が吹き荒れる上空での会話は非常に困難なはずなのに、極楽鳥に乗った騎士たるバーシェンは魔術を操り気流を操作。きっちり普通の音量で会話が可能なように細工をしていた。

 

「マザリーニ枢機卿に頼まれまして……。滅びの直前とはいえ、アルビオンの王族の方に無礼を働かれては困るので、監視しろと」

 

「下らん。わたしが死人に鞭を打つような非道な真似をする男だと思っているのかあいつは?」

 

 普段の態度から見ればそう思われても仕方ないんじゃないか? と思いながら、グリフォンの騎士……ワルドは顔をしかめた。

 

「大方何を考えているのかはわかるが、あまり表情に出さないほうが身のためだぞ。私は王族の次に貴族が嫌いだ、子爵」

 

「我が国の権力の半分を握っているお方のセリフとは思えませんね」

 

 軽口をたたきながらもワルドは真剣に表情を引き締め微動だにしないように調節した。先代国王が行った遠征で、この宰相はたった一人で殿を務め数万近い軍勢を屠ったという伝説が残っている。

 

 おそらくはかなりの誇張が入っているのだろうが、その時この男が数十近いエルフたちからトリステイン軍を無傷で守りきったのは、軍関係者たちにとって厳然とした事実だった。下手に逆らわないほうがいいし、何より自分の考えがばれるわけにはいかない。

 

「ふん……。それでいい。ではさっさと行くぞ。ついてこい!!」

 

 その言葉と同時に、バーシェンは極楽鳥の腹を蹴り飛ばし、さらなる加速を指示する。

 

「っつ!! まだ早くなるのか!?」

 

 慌てて加速の指示をするワルドを置き去りにしてバーシェンは白の王国へ向かって旅路を急ぐのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 二人の軍人(片方は元)が国の存亡をかけ凄まじい速度でアルビオンを目指している時……のんびりとした雰囲気で馬に乗って街道を進んでいたサイトは、隣でぐったりとしているライナにこれから行く国のことについていろいろ聞いていた。この世界についていろいろ調べていたライナの知識は、何故か原住民たるルイズの知識を上回ってしまっており、説明もわかりやすいのでサイトは解説を聞きたいときはもっぱらライナに尋ねるのだ。

 

「白の国?」

 

「ああ……今から行くアルビオンの別名だな」

 

 本当なら全速力でアルビオンに向かわなければならないほどの重要事項なのだが、どれだけ使命感を熱くしようとも、ルイズとサイトは悲しきかな、学生であった。姫の頼みごとということでかなり張り切ってはいたのだが、いまいちことの重要性が理解できていないのだ。

 

 こういう時は、年長者であり戦場経験者であるライナたちがフォローを行うべきなのだが、

 

「ああ……。マジでやべぇ。早起きしすぎたせいでマジで、眠い。昨日はいろいろあったから結局寝るの遅かったし、もォだめだ……お休み」

 

 そんなことをブツブツつぶやいた後、本当に寝てしまうライナに、

 

「ふむ……」

 

 またろくでもないことを考え付いたといわんばかりに、ライナだけにわかる表情の変化を見せつつフェリスはすらりと剣を抜く。そして!!

 

「居眠り運転禁止!!」

 

 なんてとんでもないことを言いつつ、剣をライナの背中にぴったりとつきつけた……だけではなく、あろうことかそのまま背中に剣をずっぷりと!!

 

「って、ぐっぎゃぁあああああああ!! お、おいおいおいおい冗談だろ!? てめぇフェリス!! 今のマジでちょっと刺さったじゃねぇか!!」

 

 その感触に悲鳴を上げて飛び起きるライナに向かい、フェリスはさらに剣を構えた。

 

「ふむ……うまくよけたな。ではこれならどうだ?」

 

「って、ぎゃぁああああああああああああああああああ!!」

 

 そして、とんでもない速度で打ち出されるフェリスの剣をライナは悲鳴を上げながら馬上で立ったりバク転したりしながらよけまくった!!

 

 そのうち何度か落ちそうになったが、フェリスはなぜかさらに笑みを濃くしてさらに剣を突き出す速度を上げる。

 

「ふふふ……さぁ、踊れ踊れ罪人め! 死の踊りを踊り狂うといいわ!!」

 

「どんな設定だそれぇえええええええええ!!」

 

 何とか剣の範囲外から逃れたライナはそういって怒鳴る。

 

 フェリスはしばらくの間、剣を何とかライナに届かせようとしていたが、やがて断念したのか剣をスチャッとおさめて一言。

 

「ふむ……。まぁ、そういうわけで居眠り運転は危ない……」

 

「お前の剣のほうがよっぽど危ないわ!!」

 

 ライナの怒声に激しく頷きながらサイトとルイズは乾いた笑みを浮かべた。

 

 なるほど、これはライナが苦労するわけだ。自分なら三日と持たないぞ?

 

 サイトはそんなことを考えながら、ライナの援護のために先ほどの説明の続きを促す。

 

「で、なんで白の国なんて言われているんですか?」

 

「さぁ、さすがにそこまでは調べられなかった」

 

「ふむ……所詮はライナだからな」

 

「ああ、はいはいもうそれでいいよ」

 

 疲れ切った顔でぐったりと馬に倒れこむライナにフェリスは満足げな表情を浮かべ、うむと頷いた。

 

 そんなふうに戦闘不能になってしまったライナを見てため息をつきつつ、ルイズが代わりに説明を引き継ぐ。

 

「アルビオンはそれに浮かぶ大陸の上にある国なの。だから、大陸から大量の滝が落ちてきて、それが水蒸気になって雲となり、あたり一面を覆うから白の国と呼ばれているのよ」

 

「いや、ちょっと待て!? それに浮かぶ大陸だって!! そんなものがこの世界には普通にあるのかよ!!」

 

 あらゆる大陸が地面にくっついている世界からやってきたサイトにとって、その存在は新鮮どころか異常といっていいほどである。

 

「俺もそれ聞いた時はマジでおどろいたぞ。なんでも風の力をため込んだ魔法石があるみたいでな、それが地面を下から持ち上げているらしい」

 

「飛行石かよ……」

 

 ラピ〇タもびっくりなほどの規格外っぷりである。バルスで崩壊したりしないだろうな?

 

 そんな益体もないことをサイトが考えている時だった!

 

 突如ライナが空間に魔方陣を出現させ、フェリスが剣を引き抜き馬から飛び上がり、ルイズとサイトの後ろに着地した。

 

「え、どうしたんですか!?」

 

「馬鹿者。剣をぬいておけ」

 

 フェリスがそういうと同時に、飛来してきた何かを一刀両断する!

 

「な!!」

 

 真っ二つになった弓矢がサイトのほほをかすり通り過ぎた時、サイトはようやく剣に手をかけ馬から飛び降りた。

 

「相棒、さびしかったぜ……。鞘に入れっぱなしなんてひでぇや」

 

 デルフリンガーが何か言ってくるが、そんなことを気にしている余裕はない。次の攻撃に対してサイトはようやく迎撃態勢を取った。

 

 しかし、ライナとフェリスはさらに次の行動を行っている。

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)!!」

 

 呪文の終了とともに魔方陣からは雷が飛び出し、街道沿いに並んでいた木々の間に隠れていた男たちを容赦なく追い立てる。

 

「な!? 雷!! 風のスクウェアがいるのか!?」

 

「聞いてねぇぞ!? ただの学生じゃなかったのかよ!!」

 

 襲撃者達はそんな悲鳴を上げながら森から飛び出してくる。そんな男たちに閃光のごとき速さで近づいたフェリスは、

 

「ん」

 

 そんな軽い声とともに、剣を一閃! 男たちを容赦なく殴りつけその意識を一気に刈り取る。

 

「す、すげぇええええええええええ!!」

 

 二人の流れるような連携に、サイトは驚愕と憧れの入り混じった歓声を上げるが、まだ戦闘は続いている!

 

「ぼさっとするな!!」

 

 若干強めの声を出しながら、フェリスがルイズを馬から引きずりおろしサイトの髪を引っ張り地面に伏せさせる。

 

「な、なにすんのよ!?」

 

「いってぇえええええええ!!」

 

 二人がそんな悲鳴を上げたとき、先ほどライナが山賊たちを追い立てた森の中から、さらに松明が放り込まれた。おそらく先遣隊がやられた時のために待機していた別働隊だ。

 

 突如として目の前にころげ出でてきた松明に、戦い用に訓練をされていない馬たちが驚き興奮して、前足を振り上げるように立ち上がる。

 

「フェリス! そっちは頼んだ!!」

 

「わかった」

 

 フェリスの返事を聞きながら、ライナは空中に文字を描き、魔法を完成。脳内リミッターを外し、身体能力を底上げする。

 

「我・契約文を捧げ・大地に眠る悪意の精獣を宿す!!」

 

 そして、信じられないほどの跳躍を見せて森の中に飛び込み、弓を構えていた男たちの真ん中に降り立ったライナに、男達は驚愕で目を見開く。彼らはとある男から彼らの妨害を依頼された傭兵なのだが、歴戦の傭兵である彼らの知識にもこのような魔法はなかった。

 

「な、なんだおめぇ!?」

 

 リーダーと思われる男がおびえた声でそう聞いてくるが、ライナは心底めんどくさそうな声を出しながらダラッと頭をかく。

 

「ああ、なんだって聞かれた寮監だって答えるしかないんだけど……。ていうか結構いるじゃん。これ全部捕まえないといけないのか……。あぁ、まじめんどくせぇ。早起きしちゃったせいで眠いしさぁ、フェリスには苛められるしさぁ、もうちょっとここで寝ていいかな?」

 

「「「「「「何しに来たんだ、お前!?」」」」」」

 

 そして、わけのわからないことを言いながら突如としてやる気を失い、その場に寝転がろうとしたライナに男たちはそんなツッコミを入れた。

 

 その時フェリスが、サイトが持っていた剣をひったくり、それに何かを二三つぶやいた後、それをライナに向かって投擲!! 屈んだライナの頬をかすめ木に突き刺さったデルフリンガーにライナはだらだらと冷や汗を流す。

 

「旦那。姉さんから伝言だ」

 

 そして、何故か若干震えながら、デルフリンガーはライナにこう伝えた。

 

「『次は当てる』だそうだ」

 

「さぁて!! 俺もうやる気いっぱいでこいつら捕まえちゃう気満々だから、フェリス剣しまって!?」

 

 ちょっとだけ泣きながら、ライナは加速された体を駆使しリーダーと思われる男を肉薄。そして即座に掌底をもって顎を打ち抜きその意識を刈り取る。

 

「な!!」

 

「は、はやいぞ、こいつ!?」

 

「これでもフェリスよりかは遅いんだぞ……」

 

 ホントどこまででたらめなんだあいつは。と、相棒の異常さを再確認した後ライナは素晴らしい速度で男たちを制圧していく。

 

 回し蹴りを頭に叩き込み、魔方陣を即座に完成させ雷を放つ。トントンと軽く男たちの腕の腕に触れるだけで関節を外し、何をしたのかわからないほどの速度で関節を決め投げ飛ばす!!

 

 それにはフェリスのような圧倒的な速さはなかったが、老練された技術と堅実さがあった。

 

 時間にしてわずか数分。ライナは気絶さえた男たちを、持ってきていたロープを用いてアニメのようにぐるぐる巻きにして連れてきた。間抜けな光景に見えるが、こう見えてどんな手段を用いても抜け出せないようになっているローランド軍部直伝の束縛術だ。

 

「おわったぞ、フェリぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 デルフリンガーを木から引く抜き、男たちを連れて戻ってきたライナの報告は途中から悲鳴に変わってしまった。ライナはその時に出会ってしまったのだ。本当の敵に!! 彼の天敵に!!

 

「って、なんで剣投げてきてんだてめぇええええええええええ!!」

 

「ふむ。先ほど言ったはずだ。次は当てると」

 

 むろんフェリスのことだが……。

 

「さぁ色情狂、さっさとお前のお仲間を一人起こせ。なんでこんなことをしたのか聞くぞ」

 

「つぅか、俺をこんなやつらと一緒にすんのやめてくんない? ようやくまともな世界に来れたと思ったら最近トリスタニアでもイエットみたいに俺が色情狂って噂が流れてんだけど?」

 

「ふむ。団子屋のやつらにそういううわさを広めるように言っておいたしな!!」

 

「やっぱりお前の仕業か!?」

 

 そんな風に軽口をたたきながらじゃれあう二人を見て、サイトは茫然としていた。フーケとの戦いでライナの強さの一端は見ていたが、これほど強いとは思っていなかったのだ。おまけに、相棒のフェリスもかなりできる。剣を持ちガンダールヴ状態になった自分ですら視認することが難しいほどの速度で動き、どう見ても華奢な体から放たれる剣は鉄の鏃すら両断する。

 

「あ、あんたたち……こんなに強かったの!? サイトよりも強いじゃない!!」

 

 さすがに驚きを隠せないルイズがそうつぶやくのを聞いて、サイトはショックを受けた。

 

 そして、先ほどの戦闘での自分を振り返り……。

 

 あ、あれ? オレなにしたっけ?

 

 危うく初めの矢で死にそうになったサイト。感心しすぎるあまり松明攻撃に気づけなかったサイト。最後には、剣をひったくられ何もできなかったサイト……。

 

 そういえばフーケ戦でもそんなに活躍していなかったような……?

 

「や、やべぇ……………このままじゃおれやべぇ………」

 

 このままじゃいらない子確定じゃね? そう考えてしまったサイトの脳裏に、ライナたちに抱き着いているルイズが思い浮かび……。

 

『もぉ、ライナたち大好き!! 私の使い魔になってよ! え、サイト? いらないわよあんな洗濯も満足にできない使い魔なんて。どこえなりとも行けばいいわ』

 

 なんとことを嬉々として言っているルイズが簡単に想像できて……。

 

「つ、強くならないと!!」

 

 動機はかなり不純であったが、ようやく事態の深刻さに気付いたサイトは最低でもフェリス並みに剣を使えるようになることを決意するのだった。

 

 

 

 ちなみに、男たちはフェリスの手によって拷問されてしまい彼らが知っていることを洗いざらい話すことになってしまう。

 

 その工程で、ライナに新たなトラウマが刻まれてしまうのだが、あまりに凄惨な拷問方法だったのでここでの明記は避けさせてもらう。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 アルビオンへの港町。ラ・ロシェール。ライナたちはそこで休憩を取ることになったのだが、そこで問題が起こった。

 

「なんで一銭も持ってきてないのよ!?」

 

「しかたないだろ? ルイズたちがもってきていると思ったんだから………」

 

「ふむ。というかお前たちはなぜ二人で出る予定だったのに金を持って生きていないのだ?」

 

「も、持ってきてるわよ!! でも、まさかあの宿があんなに高いなんて思っていなかったのよ!」

 

 そう。彼女たちは宿に泊まる金がなかったのだ。ライナは学園から支給する給金をすべてロングビルに渡しているし、フェリスに至っては元の世界でもかなりの浪費家だった。(主に団子関連で……。ほとんどライナの借金ということになっているのだが)。この二人が金を持っているわけがない。

 

 対するルイズも似たり寄ったり。本来なら必要経費は姫様から支給される予定だったのだが、今回の件は一度断った後の独断専行のためそんなものが出るわけがなく、実家からの仕送りで暮らしているルイズがそれほど金を持っているわけがない。

 

 異世界から来たサイトに至っては論外である。

 

「まったく……どうすんのよ?」

 

「まぁ、野宿しかないよな……」

 

「ふむ。それしかないだろう」

 

 ライナとフェリスはそんなことさらっと言いながら、野宿できる場所を探そうとする。彼らとしても宿に泊まりたかったが泊まれないというなら、それはそれで別に気にしない。もともと旅をしている間はまともな宿に泊まれることのほうが少なかったのだし、彼らにとって野宿はさほど苦にならないのだ。

 

 しかし、ほかの二人……特にルイズは違う。

 

「野宿って……そんなこと考えられないわ!!」

 

「安い宿でもいいから、部屋とりましょうよ!!」

 

「それもだめよ!! 貴族がそんな安い宿になんか泊まれないわ!!」

 

「どーしろっつーんだよ!?」

 

 思わずサイトは怒鳴ってしまうが、ライナとフェリスは肩をすくめただけで流す。

 

 貴族なんて大体こんなもんだと割り切っているのだ。もともと腐った貴族たちと付き合ってきた彼らはこの手の耐性は高いほうである。

 

 といっても、夜中に騒がれても迷惑だし、貴族云々はほっておいて確かに宿に泊まれるならそれに越したことはない。

 

 フェリスに拷問された傭兵たちによると、どうやら自分たちは仮面をつけた風の使い手のメイジに狙われているらしいのだから。壁や屋根があったほうがありがたいといえばありがたいのだ。だが……。

 

「金がねぇんじゃ仕方ないだろ?」

 

「ふむ。我慢しろ」

 

「う~」

 

 結局いろいろ考えた後野宿しかないと結論を出したライナやフェリスに言い含まれて、ルイズは不満げに頬を膨らませる。

 

 そんな時!

 

「ルイズ? ルイズじゃないか!?」

 

「へ?」

 

 突然声をかけられた後、ルイズは突如何者かに抱き上げられクルクル回り始めた。

 

「こんなところで会えるなんて、運命の神はなんて粋なことをしてくれるんだ。僕の可愛いルイズ! 会いたかったよ!!」

 

「わ、ワルド様!?」

 

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。それがルイズの婚約者との初めての接触だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「捨ててこい。俺たちにガキのお守りをしている余裕はない」

 

「犬猫じゃないんですからもう少し言い方があるじゃないですか……」

 

 ワルドによって《女神の杵》亭と呼ばれる宿屋につれてこられたルイズたちは静謐な殺気を放つ真紅の魔法使いの前に連れてこられた。なんでも現在のワルドの上司だそうだ。

 

「ですが彼女たちも女王陛下から理由も聞かされているみたいですし……このまま放置というわけにはいかないでしょう」

 

「ワルド子爵……正直言わせてもらうと、私はガキが戦場に出るという行為そのものが嫌いだ。先のある若者があんな場所で命を落とすべきではないと思っている。国の裏事情を知られたからといってガキを巻き込んで戦場に一緒に連れて行くほど、腐ってはいないつもりだ」

 

 真紅の魔法使の言葉に、ライナは感嘆の声を上げフェリスは少しだけ表情を動かした。

 

 なかなかどうして、あんな女王のもとにも立派な人物はいるものである。

 

「だからガキはさっさとおうちに帰ってクソして寝てろ小娘」

 

「な、なんですてぇええええええええええええええええええええ!?」

 

 惜しむらくは、口が悪すぎて喧嘩を売っているようにしか聞こえないことであろう。真紅の魔法使いが本当にルイズのためを思っていたとしても、これでは焼け石に水である。

 

「私は姫様に直々に頼まれてこの任務に就いたの!! どこの馬の骨かは知らないけど、公爵家であり殿下の勅命を受けた私たちを止めることはできないわよ!!」

 

「公爵家? どこだ?」

 

「ラ・ヴァリエールよ!!」

 

 どうだ! といわんばかりにない胸を精一杯張る様子に、真紅の魔法使いは少し眉を動かしただけでこんなことをのたまった。

 

「ふん。カリンの娘だったか。あの小娘は元気にしているのか?」

 

「え……………」

 

 突如として挙げられた名前にルイズは真っ青になる。その変化を不審に思ったライナたちは寄ってたかってルイズを元に戻そうとしたが、どうやら完全に処理落ちしてしまっているらしく治るのにしばらくかかりそうだ。

 

「殿下……カリンどのとは?」

 

「私の古き良き思い出だからな。正直貴様のような、知り合って間もない者には教えたくない」

 

「そうですか」

 

 明確どころか、いっそすがすがしいほどはっきりとした拒絶されてしまいワルドは口元をひきつらせながら引っ込んだ。そして、それと同時にルイズが処理落ちから復活。震える声音でこう尋ねる。

 

「あ、あの……一つお伺いしたいのですが、母とはどのようなご関係で」

 

「なに……大した関係ではない。お互いに命を救い救われた間柄というだけだ。戦場経験者ではさして珍しい経験ではないさ」

 

 普通の兵士だったらそうだっただろうけど………。こと、ルイズの母親に関してはそんなことはありえない。

 

 常勝無敗。一騎当千。無敵無双。最強の騎士…………。綺羅星の如く輝くトリステインの英雄たちの中で最も恐れられもっともミステリアスな存在とされた、前王時代最強の騎士。烈風のカリン。それがルイズの母親である。

 

 そんな騎士を助けられる存在なんて……。

 

 そこで、ルイズは思い出してしまった。マザリーニと同格の地位におり、あの厳格かつ他人を見る目が誰よりも厳しい父から、絶対に逆らうなと言わしめた男の名を。

 

「も、もしかして……あなた、いえ、あなた様はバーシェン・フォービン卿ですか?」

 

「ようやく分かったか小娘。カリンに似て頭のめぐりはかなり悪ようだ。あいつの短絡思考……もとい突撃思想には何度苦労させられたことか……」

 

 若干嫌なことを思い出しているのか、鉄面皮の額にしわがよるがそんなことは些細なことである。今問題となっているのは……。

 

「階級がわかったのなら、貴様に命令をくれてやる、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。初めからこうしていればよかったのだ」

 

 バーシェンはそういって、一枚の書類を書き上げルイズにつきつけた。

 

「さっさと帰れ。宰相命令だ。破った場合爵位の剥奪を貴様の実家に言い渡す」

 

 悪魔のような脅迫をして、バーシェンはさっさとその部屋を出ていくのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 結局夜も遅いということで、その宿屋にはバーシェンのおごりで(ただし請求書はルイズの実家行き)で泊めてもらえることになった四人は、フカフカのベッドに寝転びうめき声をあげながらバタバタと足を暴れさせるルイズに閉口していた。

 

「なぁ、ルイズ。そんな落ち込むことないだろ? もともと俺は反対だったし、口は悪かったけどあの宰相さんが言っていたことは正しいよ。わざわざ俺たちが危ないことしなくてもあの人が何とかしてくれるみたいだし……俺たちはおとなしく帰ろうぜ」

 

 面倒くさがりのライナと、基本的に団子のこと以外はどうでもいいフェリスは当然のごとくルイズを慰めるなんて気の利いたまねはしない。そのため、その役割は付き合いがこの中で一番長いサイトに自然に回ってきた。

 

「ダメよ……あいつなんだか信用できないわ。口悪いし、私のことガキっていったし、口悪いし、見た目いいし、口悪いし、頭いいし、口悪いし、母様の戦友だし…………」

 

「口悪いって何回いうつもりだよ……。あと最後あたりは褒め言葉だ」

 

「仕方ないでしょぉおおおおおおお!! バーシェン卿っていったら、先の国王の時代で烈風のカリンと並び立つほどの実力者で、《紅蓮の大賢人》の称号を先王陛下に直々に賜った英雄なのよ!? おまけに新しい魔法の開発や、領地経営の手腕は他の追随を許さないし、どれだけ年をとっても全盛期を美しい姿を保っている超絶美形宰相なのよ!? ぶっちゃけあんなこと言われなかったら、サインもらっておきたいぐらいなんだから!! そしたら一生女友達に自慢できるのよ!?」

 

「そんなにすげーのあの人!?」

 

 サイトとしてはそっちのほうがびっくりだ。まるで彼の世界のアイドルではないか!!

 

「おまけにまだ結婚されていないし……舞踏会に出てきたときなんて社交界の名だたる強者が目の色変えてアタックするぐらい人気あるんだから!!」

 

 はいはいそうですか……。ったく、美形なんて死ねばいいんだ。と、若干僻みが入った思考を巡らせながら、サイトはルイズの横に座る。

 

「で、あきらめんのかよ?」

 

「あきらめるしかないでしょう……あんなこと言われた後じゃ。さすがに実家に迷惑はかけられないわ」

 

「でもさぁ、爵位剥奪なんて宰相にできんのか? あれは国王だけの特権だろ?」

 

 そこでようやくライナが口を挟んできた。

 

 少なくともライナの世界では爵位剥奪なんてまねはよっぽどのことをしない限り実行されることはない。あんまり横暴なことをしていると反乱の芽を残してしまう可能性があるからだ。そのため、爵位剥奪は公開処刑並みの重罰で国王しか使えないようになっているのだが……。

 

「私たちトリステインは前王陛下が崩御されてから、国王の座が開いているの。本当はアンリエッタ様かお后様がそこに座る予定だったんだけど……お后様は前王陛下の喪に服しておられるから即位を辞退。アンリエッタ様はお若い上にまだまだ王をするには経験不足と貴族院に判断されて即位を見送られたの。だから、本来国王が持つはずの権限を枢機卿と宰相閣下で分担して行使されておられるのよ。宰相閣下がもつその権限の中に……」

 

「爵位剥奪権があったというわけか……」

 

 なるほど、なかなか厄介な相手のようだと、ライナはあの宰相への認識を改めた。

 

 ライナたちがそんな会話をしている時だった……。

 

 部屋の扉がコンコンと叩かれ、ルイズが返答をする前に一人の男が入ってきた。

 

「ルイズ……。ああ、すまなかったね。僕の力が及ばないばっかりに!!」

 

 かなり大げさな身振りをしながら入ってきたのは、もちろんあのジャック・ワルドだ。

 

「すまない皆さん。私たちは二人きりで話したいから……少し席を外してくれないか?」

 

 そういわれて、サイトはむっとした。なんだかこいつは気に食わないのだ。先ほどの宰相とは違い、非の打ちどころのないイケメンだし、よくよく話を聞いてみるとなんとルイズの婚約者というではないか!?

 

 その事実を聞いた時サイトのワルドに対する敵意はマックスを振り切っている。とにかくこいつのすべてが気に食わないといったところである。

 

「ワルド様……」

 

 おまけにルイズは恍惚とした表情で顔を真っ赤にしているし。(サイト主観)

 

 気にくわねぇぜ……ひょろもやしの貴族のくせに!!

 

 この前のギーシュを基準として貴族というものを評価してしまっていたサイトは、怒りで目が曇っていたこともあり、ワルドの強さに気づけなかった。

 

「そんなこと知らねぇよ。俺はルイズの使い魔だ。話があるなら俺を同席させろ!!」

 

 思わずそんな対応を取ってしまうサイトをみて、ライナは面倒だなといわんばかりに顔をしかめ、フェリスは特に表情を変えることもなく団子をほおばる。

 

「君が使い魔? 面白い冗談だね、少年」

 

「それは本当のことよ、ワルド様。こいつ……この人は私の使い魔の平賀才人よ」

 

 学園のメンバーと同じようにサイトのことをバカにされてしまい、さすがにむっと来たルイズが援護射撃をする。それには真剣に驚いたのか、ワルドは目を見開き……そしてうれしそうに微笑んだ。

 

「なるほど。どうやら私の目に狂いはなかったようだ。ルイズ……やはり君は特別だ」

 

「?」

 

 突然わけのわからないことを言いながら、ルイズに近づいていくワルドの前にデルフリンガーを手に持ったサイトが立ちふさがる。

 

「おい!!」

 

 さすがにこれは黙っているわけにはいかないと思ったのか、ライナがそう注意の声を上げるが、サイトは聞こうとしない。

 

「……貴族の前で剣に手をかけるということがどういうことか、わかっているのかな、少年?」

 

 それを見てもにこやかな笑みを崩さないワルドに、サイトはさらに敵愾心を増した。どこまで完璧なら気が済むんだこいつは!! と………。

 

「わるいですね子爵閣下。あいにくと、主人を守るのが使い魔の仕事なもんで……。たとえばロリコン趣味の変態子爵から主人を守るとか?」

 

「言ってくれるね……。ルイズは十分可愛いと思うけど?」

 

 さらっとキザなセリフを吐くワルドに、サイトの怒りのボルテージはさらに上がり真っ赤になって照れるルイズがその勢いに拍車をかける。

 

「ルイズと話をしたきゃ俺を倒して行けよ!!」

 

「ちょ、サイト!! 何言っているのよ!! やめなさい!! ワルド様は魔法衛士なのよ!!」

 

 兵隊のメイジの中でもエリートとされる部隊の一員たるワルドに、剣が多少振るえる程度の実力しか持たないサイトが勝てると思うほど、ルイズは無知ではなかった。

 

 ギーシュとの決闘の時みたいに使い魔がぼろぼろになるのを恐れて、ルイズは何とか二人を止めようと試みるが……あいにくとワルドのほうにもスイッチが入ってしまっているらしい。

 

 ワルドはさわやかな笑みを崩すことなく、肩をすくめた。

 

「いいだろう少年。ルイズを守る使い魔がどの程度できるのかも見ておきたいし……その勝負うけよう」

 

「ちょ!! ワルド!?」

 

「ようやくそう呼んでくれたねルイズ。さま付けは正直他人行儀な気がして嫌だったんだ。これからはそう呼んでくれ」

 

 そして、キザに一礼をしたあと、サイトのこう提案した。

 

「だが今日はもう遅い。決闘は明日の朝でどうかな? どちらにしろ私たちは『スヴェル』の月夜までここで足止めを食らうことになっているしね。時間はたっぷりとある」

 

「わかりました。じゃぁ中庭でやりましょう。逃げないで下さいよ!!」

 

「逃げないよ。貴族に二言はないからね。では、お休みルイズ」

 

 そういってワルドが部屋を出て行ったあと……。

 

「何勝手なことしてんのよアンタはぁああああああああああああ!!」

 

 話も聞かずに勝手に決闘を取り付けてしまったサイトに、ルイズは強烈な折檻を加えた。

 

「フェリス~。うるさくて寝れないからお前ちょっとサイト助けてこい」

 

 そして、今まで黙ったまま事の成り行きを見守っていた……と思ったらなんと目を見開きながら爆睡するというライナ流睡眠真拳を発動していたライナがようやく目をさまし、心底面倒だといわんばかりにフェリスにそう頼んだ。

 

 しかし、フェリスはフェリスで、

 

「ふむ……私は今団子で忙しいからな。助けるならお前が助けてこい」

 

 なんてことを言ってきており……。

 

「お前はどこまで非情なんだよ!」

 

「連続婦女暴行魔に言われたくないな」

 

 なんてことを言いながら、不毛な争いを始めてしまっていた。

 

 結局どちらも助けてくれないんだから、両方とも同じぐらいに非情だろ!? とルイズに殴られながらサイトが思ってしまったということは……言うまでもないだろう。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「火葬されたいのか?」

 

「冗談に聞こえません」

 

「冗談ではないのだがな……」

 

 早朝。朝早くから起こされてしまい若干不機嫌なバーシェンを介添え人として、サイトとワルドの決闘は今開始しようとしていた。

 

「なぁ、フェリス……どっちが勝つと思う?」

 

「決まっている。あのロリコンだ」

 

「だよなぁ……」

 

 ロリコン認定されたんだ……。フェリスに言葉に埒もないことを考えながらも、ライナはじっとワルドを見つめた。

 

 ちなみに二人がこの場にいるのは、いざというときのためにサイトとワルドを止めてもらおうと、ルイズが招集したのだ。

 

「あいつかなり訓練されてるよ……。まさしく《軍人》って言った感じだな。まぁ、お前どころかシルにも勝てねぇだろうけど」

 

「だがあいつは魔法使いなのだろう? それを考えれば……」

 

「ああ……サイトに勝ち目はねぇよ。というか、魔法使われなくても勝てるかどうか怪しい」

 

 そして決闘はライナたちの言う通りになった。

 

「それでは……始めろ!!」

 

 めんどくさそうに言われた開始の合図とともに、神速の速さでサイトがワルドの懐に入り込む。しかし、ワルドはさっとバックステップを踏みデルフリンガーの間合いから逃れる。そして、魔法衛士用に改良されたローブをひるがえしながら杖を一閃。デルフリンガーを強烈に打ちすえサイトのバランスを崩す。

 

「なるほど……速さに自信があるようだね。だが、魔法衛士隊のメイジにはそれでは勝てないよ」

 

 その言葉とともに、バランスを崩したサイトに向かって杖による刺突を放つワルド。サイトは必死にそれを捌くが、二つの突きがその防衛網を抜け額と右腕を強烈に打ちすえる。

 

「く!!」

 

 利き腕に走ったダメージにサイトは思わずデルフリンガーを取り落としてしまう。

 

「相棒!!」

 

「魔法衛士隊は杖を剣のように扱い呪文を完成させる。軍人の基礎中の基礎だ。君の動きは確かに早い。さすがは伝説の使い魔……ガンダールヴだ」

 

「っ!! どうしてそれを!?」

 

「よそ見をしている暇があるのかい?」

 

 その言葉とともにワルドは杖を一閃サイトの腹を強く打ちすえる。

 

「がぁ!!」

 

 サイトはその一撃を受けながらも、何とかデルフリンガーを回収再びガンダールヴの状態になるが……。

 

「ああ、相棒。こりゃ負けたわ」

 

 デルフの言葉とともにワルドが唱えていた呪文が完成した。

 

「エア・ハンマー!!」

 

 呪文の終了とともに空気の槌がサイトを一撃。サイトはきれいに吹き飛び壁際に詰みあげてあった樽の中に突っ込み、それを粉砕なしながら倒れこんだ。

 

「どれだけ早く動けようが、君の動きは素人のそれだ。それでは、ルイズを守ることはできない」

 

 最後にそう言い残し、バーシェンから勝ちの判定を受けたワルドはルイズの手をとり裕然と部屋へと帰って行った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その夜。サイトを一人にしたほうがいいというバーシェンの判断のもと、部屋を分けられたフェリスとライナは自分たちの部屋の中でのんびりとくつろいでいた。

 

「まぁ、ああいう経験も必要だよな……。俺らの場合は負けたら即死亡だったから負けることなんてできなかったけど……」

 

「うむ。お前は常勝無敗ともっぱら噂の変態色情狂だからな。私以外の人間に負けることなどプライドが許さなかったから、負けたらそいつを犯して口封じしていたんだろう」

 

「はいはい……」

 

「むぅ……」

 

「あれ、なんだ? 不満なのか?」

 

「お前が嫌がらなければなにも面白くない」

 

「そう言われてもねぇ……」

 

「ふむ。やはり首だけお散歩させる必要があるようだな」

 

「首だけ散歩したら死ぬだろうが!?」

 

 ようやくライナの突っ込みがもらえてご満悦なフェリスは団子セットを取り出し窓際に並べた。

 

「まぁ、そんな戯言はさておき、月見団子をするぞ、ライナ。付き合え」

 

「ああ……もういいけどさ。いつものことだし……」

 

 若干疲れた表情を浮かべながらライナがフェリスからもらったお茶に口をつけた時だった。

 

「あの…………………すいません。フェリスさんはいますか?」

 

「なんだ?」

 

 扉の外からの呼びかけに、フェリスはそう返事を返した。すると、扉を開けてサイトが入ってくる。

 

「何か用か?」

 

「ふむ。お前も月見団子をしにきたのか? だがあいにく団子は二人分しか無くてな……」

 

「いや……たぶん違うから安心しろフェリス」

 

 二人がそんなことを言いながら、いつもの不毛な言い争いに移ろうとしたとき、突如サイトが頭を床につけて土下座をしたのだ。

 

「な! 何してのお前!?」

 

「ふむ。天地が二つに割れるほどの私の美貌にひれ伏したのだろう」

 

「フェリスぅ。ちょっと黙ってぇ」

 

「お願いします!! 俺に剣を教えてください!!」

 

「「………………」」

 

 サイトのその言葉に二人はようやく事態を飲み込んだ。

 

「おれ……強くなりたいんです!! もう二度と負けないために……ルイズを守れるように!! 強くなりたいんです!!」

 

 そんな涙交じりの言葉を聞きながら、ライナはフェリスのほうを見た。

 

 一度フェリスはアルアという少年を鍛えたことがあるのだが、あれは非常事態だったからこその奇跡といえる。

 

 フェリスのあの圧倒的な剣術は幼少期の文字通り地獄(・・)の訓練によって手に入れたものだ。そんなフェリスのことだ、あまり剣に関しては教えたくはないのかもしれない……。

 

 しかし、ライナの心配は杞憂に終わった。

 

「ふむ。いいだろう。私がお前を強くしてやる」

 

 その返事に、ライナは少しだけ驚き、サイトはパッと顔を上げた。

 

「ただし、訓練は学園に帰ってからだ。それまでは待て」

 

「はい……わかりました」

 

 サイトはそれだけ言うと、何度も頭を下げて部屋を出て行くの見届けるとライナはダラッとしながらフェリスに疑問をぶつける。

 

「なんで教えようなんて思ったんだ?」

 

「ふむ。というか剣を教えることに関してはそれほど抵抗はない。よく道場で兄様の代わりに剣術を教えていたりするからな」

 

「ああ……そういえばエリス家ってそうだったな」

 

 ローランド最強の称号を持つあそこは貴族の剣術指南もしているのだった……。フェリスの妹のイリスもよく道場で遊んでいるとか言っていたし……。

 

「それに私は学園で特にすることもないしな。暇つぶしにはちょうどいい」

 

 まぁ、そんなところだろう。前々から剣を教えるとか冗談半分で言っていたし。

 

「あんまいじめんなよ……」

 

「ふむ。善処しよう」

 

 世渡り上手だった自分の弟子の悲鳴を思い出しつつ、ライナはサイトに向かって手を合わせるのだった。

 

 その時!!

 

 ゴッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 すさまじい轟音とともに、宿屋の一階から煙が噴き出した!!

 

 

「っ!! なんだ!?」

 

「爆発か? 下に行くぞ、ライナ!!」

 

「わかってるよ!!」

 

 二人はそう言いながら、全速力で下への階段へと駆け出した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、下に下りたライナたちを待っていたのは、

 

「どういうことだ? 襲撃を行うならもっと早い段階でできたはずだ。なぜ今になってあんな奴らがここに奇襲を仕掛けている?」

 

 横倒しにしたテーブルを盾にして思考をしているバーシェンと無数の武装をした傭兵たちだった。

 

「何があったんだ!?」

 

「ん? 確かライナ・リュートとかいったな。なに大したことはないタダの襲撃だ」

 

「襲撃って時点で『タダの』はついちゃいけないだろ!?」

 

 そんな軽口をたたきながら、ライナとフェリスはおんなじように机の陰に隠れた。

 

「どうして反撃しない」

 

「考えなしに攻撃しても碌なことはないからな。とりあえず襲撃の理由がはっきりとしてから反撃する主義なんだよ。襲撃の理由はおそらくおれたちの任務の妨害だろうが、もっと早くに襲撃できたはずなのに今の段階で襲撃してくる理由がわからん。お前たち何か知らないか?」

 

 バーシェンの質問に、ライナたちは今まですっかり忘れていたことをようやく思い出した。

 

「ああ、そういえばおれたち変な仮面のメイジ狙われているんだった」

 

「……詳しく話せ」

 

 そして、ライナがこの前受けた襲撃について話すと、バーシェンはため息をつきながら、

 

「もっと早くに言わんかこのバカ者が!!」

 

 容赦ない目つきをライナの目に叩き込んだ!!

 

「目がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 どこかの天空の城を狙っている悪役のような悲鳴を上げながら、のたうちまわるライナを放置しバーシェンは再び思考の海に潜りこむ。

 

「くそ!! さっさと帰してももう巻き込まれているってことか!? どこで知ったのかは知らんが、おそらくその黒幕は姫がお前たちに任務を与えるということだけを聞いたんだろう。それで、結果的に本命のおれたちではなくお前たちを狙っているというわけか……厄介なことになった」

 

 そして、思考の海から帰ってきたバーシェンは涙をいっぱい流すライナに向かって、指を突き付けた。

 

「小僧。どの程度戦える!?」

 

「ま、魔法と体術が少し。あの程度の相手だったら余裕で勝てる」

 

「よし、お前は俺とここで殿をしろ!! 遠距離攻撃の手段があるほうがいいからな。剣士はワルド達にこのことをしらせて、裏口から逃げろ!! ワルドにルイズ嬢とサイトの坊やの護衛をさせる。腐っても魔法衛士だ。何とかするだろう?」

 

「ふむ。私のことはいいのか?」

 

「そこそこ戦えるんだろ? ワルドよりかは強いと言っているのが決闘のときに聞こえたぞ。期待している!!」

 

 それだけ言うと、バーシェンはあたりに紙の束をばらまく。

 

「何してんだ?」

 

「奥の手はあんまり使いたくないのでな。これは故郷のポピュラーな魔法だ」

 

 瞬間、紙たちがまるで生きているかのように旋回を始め空中を複雑な手順を踏みながら通り過ぎていく。

 

「符縛炎帝!! 《炎界(YanJie)》!!」

 

 そして、バーシェンの呪文の詠唱が締めくくられると同時に、ライナの瞳は見た!! ライナたちの国では正体不明とされており、この世界では精霊と呼ばれる無数の光の粒が一点に収束し最後には爆発するかのように拡大し深紅の炎をともすのを!!

 

 瞬間!! 先ほどとは比べ物にならないほどの爆音とともに、深紅の炎が宿の一階を蹂躙。中に入り込もうとしていた傭兵たちを容赦なく焼き払った!!

 

「うわぁ……結構威力たけーなこれ」

 

 魔法の解析と習得を終えたライナはその威力を見て顔をひきつらせた。

 

「きさま………その目は一体何だ? いや、まぁいい。そんなことにかまっている暇はないしな」

 

 そして、テーブルから悠然と歩き出たバーシェンに向かって無数の銃口が向けられる。

 

「ではな剣士。あいつらのことを頼んだぞ。魔法使い、ついてこい。報酬ぐらいは払ってやるからしっかり働け!!」

 

「え、ちょなに勝手に……ああ、もうめんどくせぇ!!」

 

 ライナ自身そうするしかないと思っていたのか、テーブルの裏でさせっせと魔方陣を作り上げ、稲光を放出させる!!

 

「ふむ……ではライナ、死ぬなよ」

 

「わかってるよ!!」

 

 フェリスは最後にそう言うと、さっさと宿屋に二階にあがりルイズたちをたたき起しに行くのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 宿屋の襲撃を受けて約二十分が経った。宿屋はもはや原形を残しておらず、黒焦げになった傭兵たちの死体が無数の転がっている。

 

「おまえ……やりすぎだろ」

 

「黙れ。やらなければやられていた。殺さなくていいという選択肢はよほどのことがない限り存在しないものだ」

 

「それはそうだけどさぁ……」

 

 傭兵たちの実力は、一人ひとりならばたいしたことはなかったが、対メイジように編成された特殊部隊だったのかライナとバーシェンは苦戦を強いられてしまった。その結果がこの惨状だ。さすがのバーシェンもあんなことを言ったが若干後悔しているほどの凄惨さである。

 

 とはいえ、アルビオン行の船が出港したのは先ほどバーシェンが視認した。おそらくワルドが足りない風石の分を魔力で補うとでも言って無理やり出させたのだろう。さすがは魔法衛士。判断が速いと、バーシェンは珍しく他人の行為に感心した。

 

「それで……黒幕自らお出ましとは、奴らを追わなくていいのか?」

 

「そうそう。いまどき陰謀とかマジで面倒だから、いますぐやめてほしいんだけど」

 

 そして、彼らの前に立つのはたった一人の男。漆黒のローブに不気味な仮面をかぶり、男は佇んでいた。

 

 フェリスが引き出した男の特徴と一致する。おそらくはこの男が傭兵を差し向けてきた男なのだろう。

 

「何が目的だ……と、聞く必要もないな。だが一応は情報をは引き出させてもらうぞ。おとなしくつかまれ」

 

「フフフフフフフフフフフ」

 

 バーシェンがそう言いながら、手袋をつけた手を男に向けた時だった。男は不気味な笑い声をあげながら、ローブをひるがえした。

 

「いやいや……これでいいのだよ、バーシェン卿。私の目的はあなたを私から引き離して、ルイズをこちらに連れてくることだったのだから!!」

 

「な!! 貴様、まさか!!」

 

「何言っているんだ、こいつ?」

 

 意味がわからないライナを放置し、男はまるで空気に解けるように姿を消した!!

 

「な!!」

 

 そこでライナはようやく複写眼(アルファ・スティグマ)を使用。男が魔力で構成された偽物だということを解析する。

 

「おい、いまの!!」

 

偏在(ユビキタス)!! 犯人はあいつか!! くそ、俺の幻獣はアルビオンまで飛べないぞ!!」

 

 犯人にようやく目星がついたのか、バーシェンは苦々しい表情をしながら、額を抑えた。再び思考の海に入り解決策はないかと模索しているのだろう。

 

 その時、ライナは自分の指に装着されている指輪のことをようやく思い出し、バーシェンに提案した。

 

「なぁ、俺多分アルビオンまで行く手段があるんだけど、乗ってみるか?」

 

「なに?」

 

 きらりと輝く指輪を掲げ、ライナは本当に疲れ切ったため息をついた。しかし、その瞳には珍しいことに、かなりの真剣み帯びていたという。



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亡国の王子の葛藤

 ライナたちの頑張りによって、何とか無事に船に乗れたルイズたち一行は空を飛ぶ船の中でのんびりとくつろいでいた。

 

「それにしてもフェリスさんどうしたんだろう? 突然倒れちゃったけど……」

 

 サイトはそんなことを言いながら、甲板の上でモゾリと動いた。

 

 なんとあのフェリスが、船が出港した瞬間に、「気持ち悪い……」といって失神してしまったのだ。現在は船の医務室で静かに眠ってしまっている。

 

「いったいどうしたんだ? 変な病気じゃないといいんだけど」

 

 この時サイトは知らなかったが、フェリスは重度の船酔いを患っているだけだったりする。彼女は極端に船に弱く船に乗った瞬間気絶してしまうのだ。ライナがその事実を知った時はいい話を聞いたとばかりに笑ったのだが、その直後に彼はフェリスを船に乗せたことをひどく後悔をすることになるのだが……今はそんなことは関係ない。

 

 とにかく、そんな不安定要素を残したまま船はゆったりと空の旅を航行していた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「アルビオンが見えたぞぉおおおおおおお!!」

 

 甲板に座り込むようにして眠っていたサイトは、そんな船員の騒がしい声によって眼を覚ました。

 

 布団ではなく硬い甲板で寝たためか体のあちこちが痛かったが、体を動かすのに支障になるほどの痛みはなかった。

 

 そのことを大きく伸びをすることによってたしかめたサイトは、船員たちが騒いでいたほうに歩いていき、のんびりと下を覗き込んだ。

 

 そこに広がるのは、真っ青な海。今の日本では海洋汚染などでめったに見れなくなってしまった美しい海だった。

 

「って、陸地なんてどこにもないじゃないか……」

 

 そういって、二度寝を決め込もうとするサイトをいつの間にかやってきていたルイズが蹴り飛ばし少し上のほうを指差しサイトの注意を促した。

 

「どこ見てんのよ。あっちよ、あっち!!」

 

「うえ?」

 

 そして、サイトは見た。雲の隙間で黒々とそびえる巨大な地面の塊を。

 

 その上には無数の緑の山々が起立しており、地面の淵からは無数の川の終着点が除いており、そこから大量の水を滝のようにして、空にばらまいている。

 

「……ラピュタはほんとに、あったんだ」

 

「突然なに言ってんのよアンタは……。アルビオンだって言ってるでしょ!」

 

 若干とげとげしいルイズのツッコミにサイトはおびえるように肩をすくめる。昨日の決闘騒ぎが原因なのかルイズの機嫌はすこぶる悪い。

 

 サイトが弁明するように口を開こうとしたその時!!

 

「船がこっちに近づいてきます!!」

 

「大砲を用意しろ!!」

 

 見張り台で外を見張っていた船員の一人が大声を上げて船長に報告する。

 

「アルビオンの貴族派の船か? お前たちのために荷物を運んでやっているんだと伝えてやれ」

 

 いたって平然とした口調で指示を出す船長を見ながら、サイトは感心した風に頷いた。

 

「この船、大砲なんて積んでいるんだな……」

 

「ここら辺は空賊の多発地帯だからね。用心するに越したことはない」

 

 そう言って歩み寄ってきたのはサイトと同じように、甲板で眠っていたワルドだ。こちらは体が痛くなることはなかったのか、いつもと同じようにピッシとした姿勢で立っている。

 

 ここら辺でも違いが出ているなぁ……と今更ながら実感したサイトは、悔しさを紛らわすために饒舌にしゃべり続ける。

 

「もしかして、あの船が空賊だったりして」

 

「どうやらその通りになりそうだ」

 

「え?」

 

 そして、ワルドの言葉とともに船の上がにわかに騒がしくなり急旋回をはじめようとした!!

 

「あの船、旗がないぞ!!」

 

「くそ!! 空賊だったのか!?」

 

「面舵いっぱい!! 全速力で逃げるんだ!!」

 

 悲鳴じみた声を上げながら甲板をあわただしく行き来する船員たちを見て、サイトはようやく事態に気付いた。あわてて隣に立てかけておいたデルフを手に取るが、ワルドにそれを止められる。

 

「なんで止めるんですか!?」

 

「よく考えてみたまえ。剣一本で大砲同士の戦いにどうやって介入する気だ?」

 

「う……。じゃぁ、メイジのワルドさんならなんとかなるんじゃないんですか?」

 

「あいにくこの船をうかべるために魔法を使ってしまったからね。今日は打ち止めだ」

 

「くそ!!」

 

 サイトがそういうと同時に、空賊船から船の進路を阻むように大砲が一発発射される。

 

 サイトたちが乗った商業船は停船を余儀なくされ、空賊たちの侵入を許してしまうのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 船の中に強烈な揺れが襲う。

 

 空賊に大砲を撃たれてしまったために急停止してしまった反動が来たのだ。

 

 しかし、空賊もこの船もの船員も、この振動が一人の悪魔を呼び覚ますことになるとは思いもしなかっただろう。

 

 その悪魔は医務室の中で目をさまし、白い布団をのっそりとどけて、しっかりとした足取りで床に立つ。絶世の美貌に流れるような美しい金髪を揺らし、ちょっと表情に欠ける端正な顔立ちのまま、その悪魔はつぶやいた……。

 

「き、気持ち悪い……何とかしなければ……やられる前に……やるっ!?」

 

 その声は……なぜかひどく虚ろだったという。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 メイジも乗っていた空賊船にただの商業船たるこの船が勝てるわけもなく、空賊たちはあっさりと船を占拠して物資を強奪していった。その際に見つかってしまった魔力が打ち止めなワルドとルイズは、人質になるかもという理由で船に物資と一緒に運び込まれ今は船室の一つに軟禁されている。無論使い魔のサイトも一緒である。

 

「フェリスさんのことは言わないほうがいい。一人でも自由な人員がいたほうが助かる確率が高いからね」

 

「はい」

 

「わかっています」

 

 ひとまずフェリスは見つかっていない。奥深くの医務室に運び込まれたのが幸いした。今はそこまで空賊の調査の手が及んでいないようだ。

 

「でもいつかはばれますよ?」

 

「なかなか強い剣士なのだろ? だったらこの事態にも気付いているはずだ。何とかしてくれるさ」

 

 その時、船室の外がにわかに騒がしくなり空賊船があわてて商業船から離れる!!

 

「な、なんだ!?」

 

「一体どうしたんだろうね?」

 

 突如として急発進した空賊船にサイトとワルドが不信の声をあげるが、一人商業船を心配そうに見つめていたルイズが悲鳴を上げる。

 

 なんとその商業船が鋭利な刃物で切断されているかのように分解バラバラに解体され、海の藻屑ならぬ空の藻屑へと姿を変えつつあるからだ!!

 

「なんだ!? 一体何が起こっている!!」

 

「あ、悪魔だ!! 悪魔があの船に乗っていた!!」

 

「怖い怖い怖い怖い!!」

 

「全速力でにげろぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 船室の外からはそんな空賊たちの悲鳴が聞こえてくる。

 

「あの船、硫黄のほかにも何か積んでいたの!?」

 

「戦争で使えそうな魔法生物か何かを積んでいたんだろう。それの手綱を空賊が誤って解いてしまったんじゃないかな?」

 

「のんきなこと言っている場合ですか!? フェリスさんが!!」

 

 その時、ひときわ大きな音を立てて船が完全に崩壊してしまった。まるでフェリスの剣に(・・・・・・・)切断されたかのような(・・・・・・・・・・)美しい切り口を見せながら崩壊する船を見て、サイトは絶望と後悔の念を含んだ声でこう叫んだ。

 

「ふぇ、フェリスさぁあああああああああああああああん!!」

 

「そ、そんな。うそ!!」

 

 ルイズが愕然とした表情で口を押さえワルドが厳かに帽子を外し黙祷をささげる。

 

 泣きながら、床を叩くサイトをあざ笑うかのように船はゆっくりと地面へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、フェリス・エリスは一時的にこの旅から退場することになるのだった……。 

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ルイズは今の状況に少しついていけていなかった……。

 

 空賊につかまったと思ったら、なんか使い魔は反抗的だし、ワルド様は役立たずだし(今はだけどね!!)、自分の護衛をかってでてくれた二人とは離れ離れになってしまうし、

 

 空賊の統領が王子様だし……。

 

「失礼した。貴族に名乗らせるならこちらも名乗らなくてはな。アルビオン王国皇太子……ウェールズ・テューダーだ」

 

 空賊の統領らしく見せるためにだろうか? カツラやら付け髭を取っ払った男の顔は、まごうことなき、現在《レコンキスタ》と呼ばれる貴族の集団によって国が滅びかけている、アルビオンの王子様のものだった。

 

「先ほどまでの無礼な対応……深く謝罪させていただきたい。さて、ご用向きをうかがおうか? トリステインの大使殿」

 

 先ほどまでの空賊の荒々しい態度とは違い、王侯貴族然とした優雅な笑みを浮かべルイズに話をするようにやさしく促してくれる王大使殿下。

 

 いや……。そんなこといきなり言われましても……。

 

 しかし、ルイズは完全にこの状況に乗り遅れてしまったため、正直いきなり話をしろと言われても無理だった。

 

 とりあえず、隣に立ちながら『なぁ? これなんてご都合主義? なんてご都合主義?』と聞いてくるサイトの足を思いっきり踏みつけて撃沈させておく。

 

 口をパクパクと動かすことしかできないルイズを見かねたのか、代わりにワルドがこちらの要件を応じに話してくれた。

 

「アンリエッタ姫殿下と、バーシェン宰相閣下より密書を言つかってまいりました」

 

「ふむ……。君は?」

 

「グリフォン隊隊長ワルド子爵。そして、姫殿下から大使の大任を仰せつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔の少年にございます」

 

 本当は大使の任を受けたのはバーシェンなのだが、いろいろな不幸が重なって今はいないので便宜上ルイズが大使ということにしたらしい。

 

 まさか「独断専行でやってきました!!」などと、王族の前でいうわけにもいかなかったのでルイズとしてはありがたかったのだが、素直に感心するウェールズ皇太子を見ると、少しだけ罪悪感がわいてくるのも事実だった。

 

 ワルドと社交辞令を交わしながら、にこやかに会話を続ける皇太子殿下を眺めながら、ルイズは若干申し訳ない気分になりながらも、何とか心に整理をつけ声を出すことに成功した。

 

「あ、あの……」

 

「なんだね?」

 

「本当に皇太子殿下?」

 

 訂正。どうやらいまだにここが現実かどうかの判別がつかなかったらしい……。

 

 ウェールズはそんなルイズの態度に苦笑をうかべながら、仕方ないよね? といわんばかりに肩をすくめた。

 

「さっきまでの姿を見られてはそう思われるのも無理はない……か。では、こうしよう大使殿」

 

 そういうと、ウェールズは自分の手から一つの指輪を取り外しルイズの手へと渡した。

 

 透明な結晶をまるでルビーのように丸くカッティングした指輪。

 

 ガラス玉? とルイズは一瞬首を傾げかけたが、その指輪から甚大な魔力が放出されていることに気づき顔を引きつらせる。

 

「こ、これは……まさか!?」

 

「そう。アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。いまのところ僕の身分を証明できるものがそれしかなくてね……。不足だろうか?」

 

 ブルブルブル!! と壊れた人形みたいに首を勢いよく横に振るルイズ。そんなルイズを見ていつの間にか復活していたサイトが「バカな……あれが質量をもった残像(顔だけ)かっ!?」とか言っていたので、再び踏みつけて沈めておく。

 

 その光景を見てワルドや、皇太子の護衛についていた騎士たちが若干顔を引きつらせるが、ウェールズはにこやかな笑みを浮かべたままスルーする。

 

 さすが皇太子。この程度の体罰(ちょうきょう)では眉一つ動かされないわ。まったく、サイトもライナも見習いなさいよね!!

 

 と、内心でとんでもない暴言を吐きながらも、ルイズは恭しく指輪をウェールズへと返還する。

 

「も、申し訳ありません。十分にございます王大使殿下……」

 

 そんなルイズの姿に「楽にしてくれて構わないよ。所詮亡国になる国の王子だ」と、ウェールズは苦笑をうかべながら手を振った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ですが殿下に一つ……申し上げたいことがあります」

 

 変わった子だな。ウェールズがルイズを見て初めていだいた印象はそれだった。

 

 トリステインは歴史と伝統を重んじる国。それは十分に承知していることだった。だが、ここまで貴族らしい生きざまを見せつけてくれた貴族はそうはいない。

 

 それもこれほど幼い少女が……だ。

 

 自分の敵という設定にしておいた盗賊に向かって「私たちは王族派よ!!」と三行半をたたきつけたり、自分の前に引きずり出されても「大使としての待遇を要求します!!」と、言い放ったり。

 

 傲慢ととるべきか、誇り高いと取るべきか……。いろんな意味で将来が楽しみな子だ。

 

 ウェールズがそう思っていた時、ルイズは突然そんなことを言い放った。それもかなり怒りがこもった瞳で、ウェールズを睨みつけてだ。

 

「? なにかな?」

 

「わたくしたちの仲間を……不慮の事故とは思いますが、あなた様が殺めてしまったことについてです」

 

 そういわれてウェールズはルイズが何を言いたいのかを悟った。

 

 あの船の落下事件のことか。と、悲しげに眉をしかめながらウェールズはため息を漏らす。

 

 どうやらあの船の中にはまだ彼女のツレがいたらしい。それは……申し訳ないことをした。

 

「確かにあれは不慮の事故だった……。正直私たちもあの船に化け物が乗っているとは知らず無茶をしてしまったことを悔いている……。というのは、言い訳だな。申し訳ない。すべては指示を出した私の責任だ。煮るなり焼くなりスキにしてくれて構わない」

 

 もっと慎重にやるべきだった。そうすれば、あの船の崩落に巻き込まれたウェールズの部下も、彼女のツレも死ぬことはなかっただろう。

 

 だからこそウェールズは潔く頭を下げた。

 

 椅子から立ち上がり深々と……亡国になりかけているとはいえ、一国の王子がただの一貴族の娘に頭を下げたのだ。

 

 さすがにそこまでは予想していなかったのか、驚きのあまり怒りが引っ込んだルイズは慌てふためいた様子でウェールズに話しかける。

 

「あ!? え!? い、いや……べ、別にそこまでしていただきたいといったわけでは」

 

「……他になんか謝罪の方法があるのかよ?」

 

「黙りなさい!!」

 

 床にぐったりと臥せっていたサイトがボソッとつぶやくのを聞き、ルイズは再びサイトを踏みつける。

 

 あの少年ホント大丈夫なんだろうか……。と、内心で顔をひきつらせながらそのことを微塵も表情に出さずウェールズはルイズのほうを向きながら顔を上げた。

 

「いや……。人の命にかかわる問題だ。軽々しく扱うことはできない……」

 

 ウェールズはそういうと、少し泣きそうな顔になりながら再び椅子に座った。

 

「何せ僕の部下も数人……あの船の崩落に巻き込まれてしまったからね」

 

「っ!!」

 

 ウェールズの言葉を聞き、ルイズは目を見開き、そのあとすぐに申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

 そんな顔をする必要はない。悪いのはすべて僕なんだから……。

 

 内心でそうつぶやきながら、ウェールズは船に巻き込まれた部下から最後に上げられた報告書をルイズに渡した。

 

「私の部下が命がけで届けてくれたあの船の崩落の原因だ。なんでも、部下の話では崩落は医務室から始まったらしい」

 

「医務室……ですか?」

 

 どうしてそんなところから……。問いたげに眼を見開くワルドに、ウェールズは首を振る。

 

「なんでもそこには凶悪な亜人が捕えられており、部下の一人が医療品略奪のために不用意にそのドアを開けてしまったせいでそれが解き放たれてしまったらしい」

 

 そして、ウェールズはその亜人の姿を詳細につづったもう一枚の報告書に目を落とし、その詳細を読み上げた。

 

「その亜人は……まるで女神のような美しい顔立ち、立ち姿をしておりながら、その性はとても凶悪で残忍。『やられる前に……殺るっ!?』と虚ろな表情で呟きながら、右手に持った剣のような武器で船を切り裂いていったらしい。流れるような金髪に、青い瞳……そのことから私はこの亜人がエルフの亜種ではないかと……どうかしたかね?」

 

 そこまで言って、ウェールズはようやくルイズとサイトの異常に気付いた。

 

 さっきまでの怒りはどこえへやら……。二人とも顔を真っ青にしながらガタガタと震えている。まるで何か……気づいてはいけないことに気づいてしまったような。

 

 いや……そういえばワルドもなんだか苦虫をかみつぶしたような顔をしているきが……。

 

「あ……あぁ……いえ。こ……皇太子殿下。所詮死んだ亜人の話ですし、これ以上の詮索は無意味かと……」

 

「しかし、もしこの亜人がほかにもいるようなら我々アルビオンはともかく、トリステインやほかの国は甚大な被害を受けることに……」

 

「ああ!! ウェールズ皇太子殿下!! そういえば姫様の手紙とやらはいったいどこにあるのですか!?」

 

「わ、ワルド子爵? いきなり何を……」

 

「どこにあるんですか……ウェールズさん!!」

 

「ど、どこって……今向かっているニューカッスルの砦において……というか少年。あれほど踏みつけられていたのに元気だね?」

 

 突然何かに慌てた様子で話題の変更をしてくる三人に、ウェールズは少し戸惑いながら「まぁ……客人たちも混乱しているみたいだし、この話は後に回そう……」と、渋々とその報告書を机の中にしまった。

 

 皇太子殿下でしょうがァアアアアアアアアアアアア!! ギャァアアアアアアアアアアアア!!

 

 と賑やかに喧嘩を始めた、ルイズとサイトの様子に首をかしげながら、ウェールズは部下に「ニューカッスル砦へと急げ。客人が疲れて混乱されているようだ」と告げておく。

 

 こうして……とある団子バカの化け物剣士の罪はうやむやのうちに揉み消されることになるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 白の王国……アルビオンの上空ならぬ、下空。

 

 そこには、不自然な薄い緑色に彩色された風をまとう……いや、緑色の風によって作られた巨大な竜が翼を広げてとんでもない速度で飛行していた。

 

 疲れも知らず、限界もない。ただただまっすぐ飛ぶためだけに作られた意思無き風の竜。

 

 それに騎乗するのは三人の人物。

 

「もっとスピードは出んのか……。これでは間に合わないかもしれんだろうが!!」

 

 完全な鉄面皮でありながら、かなり焦った雰囲気を声ににじませる真紅の宰相。

 

「いや……そんなこと言われてもこまるって。大体俺ってさ……『めんどくさい』の『め』っていうのも『めんどくさ!!』って思うような怠け者なんだぜ。それを完徹で竜操らせるとかどうなのよ?」

 

 やる気というものが死滅しきっているとしか思えないだらけきった雰囲気を放出する、異国情緒あふれる鎧をまとった黒目黒髪の男。

 

「ふむ」

 

 そして、その男に対して軽く頷いた後、目にもとまらぬ速さで剣を鞘から引出し、男の頭部に向かって遠慮なく剣の腹を振りかぶる、女神のような美しさを持つ美女。

 

「おっと……。これはまいった。あと二時間ぐらいでつかないとお前の体が大空をお散歩することに……」

 

「全力全開で頑張るから剣をしまってフェリスゥうううううううううううう!!」

 

 しかし、今日の美女はいつもとは一味違ったようだ。

 

 いつもは寸止めされるはずの剣はとんでもない速度で男の頭部に吸い込まれ、

 

「え、あれ? うそ? 止めてくれなぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 男の頭部を剣の腹でジャストミートした美女は、数秒の間大空を舞った後、絶叫とともに重力に従い落下していく男を見て、ひどく無表情なまま剣を鞘におさめ腕で額をぬぐった。

 

 ……まるで「いい汗かいたな」といわんばかりに。

 

「……おい。あれ死んだんじゃないのか?」

 

 さすがにこの光景は宰相も看過できなかったのか、鉄面皮だった顔を少しだけひきつらせながら美女に向かって問いをぶつける。

 

「この程度で奴が死んだら……世界はとっくの昔に平和になっている。そういえばお前には奴の本当の正体を教えていなかったな。奴は、普段はだらけきった雰囲気を垂れ流して、人を油断させているが、夜になるとその本性を現し、夜な夜な王都を徘徊しては婦女子を襲って孕ませるという変態色情狂なのだ!!」

 

「ほぉ……。そういえば最近トリスタニアでそんな変態が出没しているという噂が流れていたな……」

 

「そう! 奴こそが現在トリスタニアを震撼させている変態色情狂王……『ライナ・エロュート』なのだ!!」

 

「どうでもいいが……その名前どうやって発音した?」

 

 表情を再び鉄面皮に戻しつつも、目だけにあきれきった雰囲気を乗せながら美女を見つめる宰相。

 

 彼らが乗っていた竜の下ではもう一頭竜が生み出されており、『そんなことしてねぇええええええええええ!! っていうかフェリス……マジでぶっ殺すぞぉおおおおおおおおおおお!!』と、その竜に騎乗していた男が叫んでいた。

 

 彼らがアルビオンにつくのは……いったいいつになるのだろうか?

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 ウェールズは結婚式に立ち会うのにふさわしい礼服を着こみ、新郎新婦の準備が整うのを砦の自室で待っていた。

 

 昨夜、最後の客人として迎えたとある二人の貴族――トリステインの公爵家三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵の結婚式の立会人を、ワルドがウェールズに求めてきたのだ。

 

 なんでも、自分たちの結婚を、戦場を死に場所と決めた勇気ある王子殿下に見守ってほしいとのこと。

 

 本来なら片方が公爵とはいえ一貴族……それも他国の貴族の結婚の立会人をするほどアルビオン王族の名前は安くはない。しかし、今の自分はあと数時間もすれば戦場に立ち、そこで命を散らせる予定の男だ。

 

 そのため今の彼は王族の名に縛られていないに等しい状態。だったら、これからも生きていく前途もあり、勇気もある貴族たちを祝福して送り出すことができるのは彼にとっては幸福なことだった。

 

 嬉しそうに自分に立ち会いを頼んできたワルドの顔を思い出しながら、ウェールズは少しだけ微笑みを浮かべ……そのあと、悲しみをその顔ににじませた。

 

 私も……祖国がこんなことにならなかったら、アンリエッタとあのような結婚式を挙げられたのだろうか?

 

 内心に浮かんだ未練の言葉を、埒もないと苦笑交じりに切って捨てウェールズは力なく首を振った。

 

 もとより、アンリエッタとの結婚は、ウェールズにとっては数年前に諦めてしまっていたことだった。

 

 あれは……確か、アンリエッタと永遠の愛を誓った数年後のことだったか。

 

 皇太子として空軍の大将を任されたウェールズは、名実ともにアンリエッタの夫となるにふさわしいと思いトリステインに大使として訪れたのだ。

 

 表向きは国同士の友好を深めるための定期訪問。だが、ウェールズにとってそれは、まだ生きていた先代トリステイン王国国王にアンリエッタとの婚儀を認めてもらうための訪問だった。

 

 この当時トリステイン国王はアンリエッタのことを猫かわいがりしており『たとえ始祖がやって来ようがうちの娘は絶対にやらん!!』と豪語していた。どうやらそれは嘘でも冗談でもなかったらしく、アンリエッタに求婚した貴族たちはことごとく黒い笑顔を浮かべた国王の手によって蹂躙され、今までアンリエッタとの婚儀に至ったものはいなかった。

 

 だからこそ、ウェールズは一定の階級を手に入れるまでアンリエッタとの婚儀報告を待っていたのだ。アルビオン皇太子+その空軍の大将だ。階級的にも実力的にも十二分だろう。彼はそう考え、喜び勇んでトリステインへと訪れた。

 

 そして結果は、

 

 

 

 ウェールズは真紅の炎によってみじめったらしく城の外に叩き出され、アンリエッタとの結婚を叩きつぶされた。

 

『この程度の実力で『トリステイン』と『アルビオン』の二国の名を背負おうというのか? 身の程を知れ、小僧』

 

 当時は国王の右腕として活躍していた……宰相バーシェン・フォービンの手によって。

 

 あの時のバーシェンは国王の右腕としてその辣腕を振るっており、今後のトリステインの将来を担うアンリエッタの結婚に関してはかなりシビアな態度をとっていた。

 

 それこそ、国王とは違うベクトルで、アンリエッタの結婚を一切認めないほどに。

 

『な……なぜだ。なぜなんだ……』

 

 炎で焼かれボロボロになったウェールズは、泣きながら自分に向かって駆け寄ってくるアンリエッタを見ながらバーシェンにそう問いかける。

 

 バーシェンはそんなウェールズを睥睨しながら、平然とこう吐き捨てた。

 

『トリステインと同じように貴族主体を貫き、弱体化の一途をたどっている貴様らアルビオンとこれ以上友好を深めていったい何の得があるというのだ、バカバカしい。お前たちの国を丸ごとくれるというのなら考えてやらんこともないが、貴様にそんな権限はないだろうウェールズ。だったら、こいつの結婚は現在勢力を伸ばしつつあるゲルマニアか、遥かな昔から大帝国を築き上げそれを維持し続けているガリアの有力者たちのほうがまだベストだ。そのほうが……国のためになる』

 

 自分やアンリエッタの気持ちなど一切無視したバーシェンの言葉に、ウェールズは思わず絶句した。

 

 そして彼は悟ったのだ。バーシェンが立っている政治的ステージは、自分やアンリエッタとではいっさいとどかないほど高いところにあるのだと。

 

 一見すると、それは人の心を踏みにじった非道な判断に見えるだろう。だが実際、アルビオンもトリステインも、長年の貴族の封建社会によって領地は縮小し借金も溜まっている。トリステインは先代の王になってから、有能な副官であるバーシェンやマザリーニ枢機卿の手によって若干持ち直しているらしいが、アルビオンはそうではなかった。

 

 だからこそ、彼はウェールズとアンリエッタの結婚を認められなかったのだろう。

 

 これから数十年……数百年と、トリステインという国を続けさせていくためには今の弱小のアルビオンとの同盟では弱いのだ。

 

 国のため、未来のため、民のため……そして、何より今代の王を『賢王』と歴史に刻みつけるために、バーシェンは若き日のウェールズ達の夢を叩きつぶした。

 

 正直……当時はかなり恨んだ。国際問題にも発展させようとしたが、さすがに政治的に百戦錬磨のバーシェンといったところか、ウェールズがたてた火種程度、彼は指一つ動かすことなく簡単に消して見せた。

 

 そこで、ウェールズはバーシェンの鼻を明かすため必死に政治を学んだのだが……学べば学ぶほど、出てくる出てくる、自分とアンリエッタの結婚によるデメリットたち。

 

 結局政治家としての彼が出した結論は……バーシェンと同じく『アンリエッタとの結婚はあきらめるべき』という、悲しくも絶対的なものだった。

 

 まぁ、それでもアンリエッタとの誓いの手紙をしつこく持ち続けていたのは、やはり未練があったからだろうな……。と、軽い自嘲を浮かべながらウェールズは昨日ルイズに渡してきた手紙のことを思い出す。

 

 アンリエッタの……涙の痕跡がついた、亡命を進める手紙を。

 

 おそらくバーシェンに気づかれないように急いで書いたのだろう。アンリエッタの可愛らしい字は、まるで内心の焦りを映し出すかのように乱れていた。

 

 正直、この提案にかなり惹かれたことをウェールズは否定しない。だが、バーシェンと張り合うために鍛え上げた政治力が、彼のぬるい願望を容赦なく消し飛ばした。

 

 たとえ亡命に成功したとしても、自分は亡国の王子。聞こえはいいかもしれないが、所詮国を持たねば王はただの人へと成り下がる。いや、自力で生きるすべを知らないため、もしかしたら人以下の存在かもしれない。

 

 おまけに今のアンリエッタはゲルマニア国王との婚儀を控えた身。いくらアンリエッタが泣きわめき懇願したところで、バーシェンが決して許さないだろうし、政治家としてもアンリエッタの元恋人としても、そんな誰もが幸せになれない選択肢を取ることはウェールズ自身が許せなかった。

 

「だから……これでいいんだ」

 

 自分の眼もとからあふれる涙をそのままに、ウェールズはそうつぶやいた。

 

「ゲルマニアの婚儀がうまくいけばトリステインは確実にかなりの力を取り戻すことができる。下手をすればゲルマニアに吸収されるだろうが、政治的に見ても現状維持よりかはかなりましな結果になるはずだ。あの非情なゲルマニア国王も、まさか自分の妻が今まで守ってきた民を冷遇することはないだろう。ましてや、今のトリステインにはあのバーシェン卿がいる。吸収されるにしてもただで吸収されることは決してないはずだ」

 

 これでいいんだ……。何度も何度もそうつぶやきながら、ウェールズはそれでも涙を止めることはできなかった。

 

 情けない男だと自分でも思う。これから死ぬ覚悟もできているのに、最後に最後で愛しい女性のことを思い出し、涙を止めることができないのだから。

 

 それでも、彼は願わずにはいられなかった。

 

 結婚したいなどという贅沢はもう言わない。愛しているといってくれなくてもいい。ただ……最後にもう一度だけ、あの愛しい顔を見てみたかった、と。

 

 そのとき、ウェールズの自室のドアがコンコンと軽くたたかれる。

 

 ウェールズは慌てて涙をぬぐい、皇子の顔としての綺麗な微笑みを浮かべ声を絞り出した。

 

「用意ができたのかな?」

 

『はい……。新郎様、新婦様は礼拝堂前でお待ちです』

 

「わかった……。君は戦の準備に戻ってくれ。手を煩わせてすまなかったね」

 

『いえ……。アルビオンに栄光あれ』

 

 この程度の些事で皇太子殿下を煩わせるわけにはいきません。どうか暫くの間だけでも、英気を養ってください。そういって、ワルドとルイズの準備が済んだら報告する役を買って出てくれた副官に礼を言いながら、ウェールズは座っていた椅子から立ち上がった。

 

 扉に向こうで報告をしてくれたウェールズの副官の気配がきえる。顔も見せなかったということは、どうやらかなりギリギリのスケジュールで動いていたらしい。

 

 まったく、いい副官を持ったものだ。と、苦笑をうかべながらウェールズは礼服をひるがえしながら自室を出る。

 

 向かう先は礼拝堂。これから死にゆくものが……これから生きていく者たちのために、最後の祝福を行う場所。

 

 最後の最後であんなすばらしい夫婦の結婚に立ち会えたのだ。王族の名前も……捨てたものではなかったかな? ウェールズはそう笑いながら、今まで心の中を占めていた悲しみをすべておしこめ、微笑みを浮かべたまま足を踏み出した。

 

 この数時間後……自分がほめたたえた新郎に裏切られるとも知らずに。

 



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アルビオン動乱

 ルイズは目の前で起こった出来事が理解できなかった。

 

 今まで信じていたワルドが、実は自分を必要としていないことを悟ったことはまだいい。人に失望され、失望することは慣れている。ありもしない自分の力を信じて疑わないワルドは少し狂信者じみていて不気味だったので、むしろ結婚しなくてよかったという気持ちが彼女の中を占めている。

 

 ワルドが実はアルビオンの貴族派――彼ら流に言うなら『レコン・キスタ』だろうか?――だったことも……まぁいい。何とか飲み込もう。いまでも少し信じられないが、彼と最後に会ったのはもう何年も前のことだ。その間に、彼の身上に何があったのかは知らないし、知りたくもない。

 

 おかげで「人を見る目が意外とないんですね!」と、バーシェンと合流した時にバカにしてやろうと思う程度の余裕はある。

 

 

 まぁ、ただの現実逃避と強がりで、本当は余裕なんてなかったが……。

 

 だが、最後の一つは許容できなかった。

 

「なんで……」

 

 戦場では人が簡単に死ぬ。ライナの言葉が頭をよぎる。

 

「なんでよ……」

 

 ワルドの杖に貫かれ、真紅の血を吐きながら倒れていくのは……先ほどまで優しく微笑んでくれていたウェールズ皇太子。

 

 絶対不可侵とおそれ敬っていた王族が……人の命が、簡単に、あっけなく、まるで路傍の石ころのようにどうでもいい存在となって……散っていく。

 

 ウェールズの胸から杖が引き抜かれるのと同時に噴出した鮮血が、まるでそれを直に教えてくれているかのように見えた。

 

「いや……」

 

「さて……ルイズ。君ともお別れだ」

 

 ばたりと倒れたまま動かないウェールズ皇太子。それを振り返ろうともせずにこちらへと歩み寄ってくるワルドを見て、ルイズは思わず後ずさる。

 

「……助けて」

 

 泣きそうになったルイズを見て、ワルドはため息まじりに杖を構えた。その杖をとりまくのは風の刃。メイジが近接戦闘の補助として使う基本魔法……ブレイド。

 

 どうやら痛めつけられることはないようだ。と、ぴたりと心臓に向けて構えられたそれを見て、自分の死に直面しているというのに、どこか冷静な思考がそうルイズに告げる。

 

 しかし、そんなことが分かったところで自分の命が助かる要因には一つもならなかった。

 

 今の彼女がわかっていることは、あれほどの鋭い突きを放つワルドの攻撃を自分がよけることができないだろうということと、自分の命があと数分も経たずに消えてしまうという事実だけ……。

 

「本当に残念だよルイズ……。さようならだ」

 

 油断も、隙も……葛藤すら見せず、冷徹な瞳でルイズを見つめていたワルドは、自身にかけた魔法のアシストも借りて《閃光》の二つ名に恥じぬ、神速の刺突をルイズに向かって解き放った。

 

「……助けてよ」

 

 自分に向かって弾丸のように打ち出される死の閃光。ルイズはそれに涙を流しながら、

 

「助けて……サイトッ!!」

 

 最後にそう叫び、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女はいつまでたっても自分に死を告げる衝撃が訪れないことに気づき、ゆっくりと目を開ける。

 

「よぉ……意地っ張りなご主人様」

 

 そして、彼女は見た。

 

「よんだか?」

 

 全力疾走してきたのか、ほんの少しだけ呼吸が荒い……でも、街道で見たライナやフェリスよりも頼もしい、自分の使い魔の背中を。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ガリガリと耳障りな音を立てながら、鉄製の軍杖とデルフリンガーがわずかな火花をこぼれさせながらつばぜり合いを展開している。

 

 本来なら鍛え上げられた軍人相手に、このような拮抗したつばぜり合いを演じることなどサイトにはできない。

 

 しかし、今のサイトは確かにワルドと張り合っていた……いや。むしろ単純な膂力ではワルドをすら圧倒していた!

 

 その理由はひどく単純。

 

 いろいろ言いたいことはあるが……。いろいろと文句はあるが……。それでも……そこそこ気に入ってはいた自分の主人を、この男が手ひどく裏切ったからだ!!

 

 サイトは怒りの炎に身を焦がす。

 

 確かにルイズは気に入らない部分が多々ある。

 

 高慢ちきで、上から目線で、自分を犬呼ばわりするし……いや、むしろ下僕扱いするし、好感度は最悪だといっていい。

 

 だが、それでも……。

 

「こんな可愛い女の子泣かせやがって……。男として恥ずかしくねェのかよ」

 

「!?」

 

 怒りに燃えたサイトの言葉を聞いたルイズは思わず顔を真っ赤にするが、今のサイトはそれに気づくような状態ではない。

 

 溢れ出す怒りを現すかのように、ゆらゆらと揺れながらサイトの体にまとわれていく力。ガンダールヴの恩恵。その力が《主の敵を打倒せよ》と、サイトにささやく。

 

 だからサイトは、

 

「お前は……絶対に、ゆるさねぇえええええええええええええええ!!」

 

 怒りによって助長されたガンダールヴの恩恵を発揮し、弾丸と見まごうほどの速度でワルドに向かって切りかかった!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 この前戦ったときより格段に速い!? と、ワルドは自分に向かって突撃してくるサイトを見て、ピクリと片眉を動かす。

 

 人間というものはどれほど努力をしたところで、そこまで素早く成長できるものではない。特に移動速度……すなわち脚力というものは、長年の研鑽で体を作り上げないとなかなか上がらないものだ。しかし、目の前の少年はあっさりとその壁を越えて見せた。

 

 ガンダールヴ……なるほど、伝説といわれるだけのことはある。と、ワルドは素直にそのことに賞賛しつつも、

 

「だがそれだけだ」

 

「!?」

 

 あっさりとその攻撃をかわして見せた。

 

 怒りのあまり動きが直線的。おまけに思考も曇っているのか、サイトが振るう剣の軌道は歴戦の戦士であるワルドにとってひどく読みやすいものだった。

 

 力はあるが……戦略がない。これだったらまだ亜人のほうが怖い。それが、現在のサイトに対するワルドの評価だった。

 

「それにしても……どうしてこの場所が分かった使い魔君? ああ……その瞳に主の危機でも映ったか?」

 

「うるせぇ……お前に関係ないだろ!!」

 

 怒りに燃える視線を向けてくるサイトに、そのまま怒り狂った魔獣の姿をかぶせながらワルドは嗤う。

 

 それでは、君は一生私には勝てない……と。

 

「それにしても理解しがたい……。お前をさげすみ、蔑視するルイズが危機に陥ったからといって、なぜわざわざ死地に戻ってきた? まさか……主人相手にかなわぬ恋でもいだいたか? 使い魔風情が。貴族であるということ以前に、あのプライドが高いルイズが、家畜のような存在の平民である貴様を、恋愛対象としてみるとでも思っていたのか、バカバカしい」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら、さらにサイトを挑発するワルド。そうすることによって、サイトを包み込む力がさらに増していくのがわかった。

 

 おそらくあの力は怒りや悲しみといった強い感情を使用者が持つことによって増減する。だが、問題なのはそれほど強い感情を持っていながら、戦闘中に正しい判断が下せるかどうかだ。

 

 ワルドの予想では、サイトの人格ではそんな器用な真似はできない。おそらく彼の動きは怒りが膨らめば膨らむほど直線的に……愚直になっていくだろう。

 

 そしてその予想は、

 

「うるせぇええええええええええええええええ!!」

 

 見事に的中する。

 

 自分に向かって、剣を刺突の構えで振りかざし突撃してくるサイトを見て、ワルドはさらに笑みを濃くする。

 

「サイトッ!?」

 

 いつの間にか倒れ伏したウェールズのもとに歩み寄っていたルイズが悲鳴のような声を上げる。どうやら、客観的にこの戦闘を見ていた彼女はワルドの狙いに気づいたらしい……が、いくら叫ぼうがもうすでに手遅れだ。

 

「お休みだ……。使い魔君」

 

「!?」

 

 にやりと不敵に笑った、ワルドはあっさりとその身にサイトの刺突をくらい……心臓をその剣に食わせた。

 

 それと同時に現れる、聖堂の巨大なハリから落下してくる人影……本物のワルドが、サイトに向かって魔法を放つ!

 

「なっ!? ワルドが……二人!?」

 

「風の真髄を開帳されて死ぬのだ……せいぜいあの世で自慢しろ、伝説(こっとうひん)!!」

 

 空中で凶悪に笑うワルドが放つのは、エア・カッター……真空の刃! トライアングルの魔力で編まれた巨大で鋭利なみえない刃は、上空からサイトを裁断せんとその凶悪な力をふるった。

 

 その時だった、

 

『おぉ!! 思い出した。思い出したぜ、相棒!!』

 

 サイトの手元からそんな間抜けな声が上がり、まるで操られるかのようにサイトの腕が不自然な軌道を描く。

 

『お前ガンダールヴか!? 懐かしいなァおい!! だったら俺がこんな恰好じゃしまらねーな!』

 

 その言葉を発するのは、サイトに握られた錆びた剣。それは、主人の体を少しだけ乗っ取り、真空の刃を迎撃する!

 

 そして、魔法で編まれた真空の刃をとんでもない速さですいこんだそれは、

 

「俺は6000年ほど前にお前(・・)に振るわれてたんだぜ?」

 

「で、デルフ?」

 

 見る見るうちに自身に浮いた錆を弾き飛ばし、研がれたばかりのような光を持った、立派な剣へと変貌を遂げた。

 

「さぁて相棒! こっからが本番だ……。このガンダールヴの左腕『デルフリンガー』様がやる気出したからには、相棒は一騎当千の戦士だぜ!!」

 

 絶望的な戦場を打破するために、新たな伝説が目を覚ます!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「いや~。てんで忘れてたわ。あんまりに世の中つまんねーことばっかりだから、隠居するために自分の体錆させてたんだった。いや~悪い悪い」

 

「「早くいえっ!!」」

 

 あっけらかんとした様子で、特に悪びれた雰囲気も見せずそんなこと言ってのける愛剣に、サイトとルイズは思わずツッコミを入れた。

 

 しかし、そのおかげでサイトの頭はずいぶんとクールダウンされ、怒りに満ちた心は冷静な判断が下せる程度まで鎮静化した。

 

 その分ガンダールヴの力が減少してしまったが、今のサイトにとってはまず冷静さを取り戻すことの方が重要だったので、結果オーライだろう。

 

「サイトっ!!」

 

「!?」

 

 一瞬気の抜けた空気を何とかしたかったのか、それともサイトの様子を見て先ほどのように無視はされないと踏んだのか、ルイズはデルフの態度にため息を一つついた後、サイトに向かって声を上げる。

 

「ウェールズ皇太子殿下は……重傷を負ってるけど、まだ生きているわ!!」

 

「っ!? 本当かルイズ!!」

 

 慌ててサイトが振り返ると、そこには倒れ伏したウェールズをあおむけにして、不器用に止血を施そうとしているルイズがいた。どうやら、サイトとワルドが戦闘をしている間にウェールズの体をそこまで動かしていたようだ。

 

 サイトの目から見ても、ウェールズ皇太子の怪我は元の世界だったら間違いなく致命傷ものだった。だが、ここは魔法が実在する世界。サイト自身も一度だけ、強力な魔法がかけられた薬を使ってもらい一命を取り留めた経験がある。

 

 おそらく、あの状態でも何とか助けられる薬があるのだろう。

 

「……私の、ことは、いいから……早く逃げ……」

 

「黙っていてください!!」

 

 しかし、あまり予断が許された状態でもないらしい。かすれた声で自分を見捨てて逃げるように告げるウェールズに対し、ルイズは泣きそうになりながら手持ちのマントや服の袖を使いウェールズの傷口を抑えていった。

 

「サイト……勝って!!」

 

 そしてルイズは、涙でうるんだ瞳を使い魔に向けそう懇願する。

 

「私を見限ってもいい。私が嫌いでもいい……。私をさげすんでくれてもいい……なんでも、なんでもするから!!」

 

 この人を助けるのに……力を貸して!! 

 

 ルイズの声にならない頼みを聞き、

 

「ああ……。わかってるよ」

 

 落ち着いた心の中に、強い何かが宿るのをサイトはしっかりと感じ取った。

 

「俺は……ゼロの使い魔だぜ」

 

 左手を取り戻したガンダールヴは、本来の力を発揮しながら強敵を打ち倒すため再び剣を握りしめる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 参ったな……。

 

 自分に向かって先ほどの怒りににごった視線とは違う、刃物のような鋭い殺気が乗った視線を向けてくるサイトを見つめ、ワルドは少しだけそう思う。

 

 あの速度で冷静な判断力を持つ戦士……。正直かなり厄介だ。と……。

 

 そして彼は一度だけ戦ったことがある、東方からやってきたメイジ殺しの剣士を思い出していた。

 

 『ヒテンミツルギスタ~イル!! あれ? 通じない? 何で?』などと、意味不明なことを言う変態だったが、戦闘となるとその雰囲気は一変。いまのサイトの数倍は鋭い殺気を放ちながら神速の『居合抜き』とやらを放ち、メイジの体を魔法ごと切り裂くその姿は正直いまでもワルドのトラウマのとして残っている。

 

 サイトはさすがにそこまでは至っていないようだが……すんなり勝てるかどうかはかなり微妙だった。少なくともワルドの勘では、片腕の一本ぐらいはとられるだろうという未来のビジョンがやけに鮮明に映し出されている。

 

「フッ……だがまぁ」

 

 勝てないわけでもないか……。

 

 ワルドはそう思いながら、こちらの出方をうかがっているサイトを見つめて不敵に微笑む。

 

「では使い魔君。仕切り直しといこうか」

 

 その言葉と同時に、あたり一帯に風が吹き荒れ!

 

「なっ!?」

 

「先ほど見せた風の真髄……。これこそが、その本当の戦闘姿さ」

 

 ワルドが5人に増えていた。

 

「風の至宝にして最奥……偏在(ユビキタス)!!」

 

「分身かよ!?」

 

「そのような無粋な言葉で説明をつけないでほしいな。風は遍在する……風の吹くところに何処ともなく彷徨い現れ、そしてその力は距離によって比例する」

 

「なっ!?」

 

 そして、そのすべてが見覚えのある仮面を着用するのを見て、サイトはフェリスが拷問して聞き出していた黒幕らしき仮面のメイジのことを思い出す。

 

「お前が……俺たちを襲わせた犯人かよ!!」

 

「バーシェン卿をここに呼ぶわけにはいかないからね。さすがの僕でもあの方が相手では若干分が悪い」

 

 だから、こっちに向かっていた君たちをダシにして、戦力を分断させてもらったのさ。悪びれもなくそう告げるワルドに、サイトはさらに怒りの感情を強める。

 

 こいつは……自分を信頼してくれていたルイズを、初めから裏切るつもりだったのだと理解したからだ。

 

「やっぱりお前はゆるさねェ」

 

「許してくれと……頼んだ覚えはないが?」

 

 仮面をかぶっていないワルドは不敵な笑みを。剣を構えたサイトは怒りに燃える瞳を向け双方の武器を相手へと向ける。

 

 そして、二人が自分の足に力を籠めお互いにとびかかろうとした時だった!

 

「っ!? 無粋な真似はやめろ、《水獣》!!」

 

「!?」

 

 突然目を見開いたワルドがそんな怒声を上げるのと同時に、サイトの首筋に氷柱をつっこまれたかのような悪寒が走った!!

 

「暗殺者に何を求めている、ワルド? 私は騎士でもなければ貴族でもない。戦い方が無粋なのは当然だ。あと、その二つ名はやめろ。目立ってしまうだろうが」

 

 何処からともなく聞こえてきた少しだけ高い女の声(・・・)に、慌ててふりむいたサイトは、

 

 足元から突然湧き出るように現れた水の獣によって、左腕を食いちぎられた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「相棒!?」

 

 千切れとんで腕に握られたデルフの悲鳴が、

 

「っ!? サイトォおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 顔を真っ青にしたルイズの絶叫が、サイトの耳をたたく。

 

 そしてサイトは見てしまった。自分の腕が無残な傷口を晒し、大量の血液を噴水のように吹き出させる光景を。

 

「が、がぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 予想外の場所から発生した激痛に、サイトは思わず悲鳴をあげ、地面に倒れ伏しのた打ち回る。

 

 そんなサイトの背後にはいつの間にか出現していた、漆黒のマントとフードをかぶった女性が複雑な模様を刻んだ仮面をかぶりながら立っていた。

 

「時間かけすぎだ。もうすぐ王軍とレコンキスタの激突が開始される。貴様の最後の任務は内部から王族派の主要貴族を暗殺し、王族軍を混乱させることだろう。ウェールズの暗殺がすんだのならばたかだか学生程度、捨てておけばいい」

 

 この程度のやつらなら、いくらでも処理できる人材はいる。言外にそう告げながら、のた打ち回るサイトが鬱陶しかったのか、その体を踏みつけサイトの動きを封じる女性。

 

 その右手に輝く水色の指輪から、透明な水の獣が湧き出すところをサイトは目撃した。

 

「な、なんだ、それ!?」

 

「きさまが知る必要はないな」

 

 痛みのあまり掠れてしまうサイトの問いかけを耳ざとく聞きつけた女性は、仮面の中から覗く瞳からサイトを睥睨しつつそう吐き捨てる。

 

 そんな女性の姿に、ワルドは舌打ちを漏らしながら杖に装填されていた魔力をキープして暴発を防ぐ。

 

「そいつは伝説だ。私自身が手を下さないと予想外な反撃を喰らう可能性があった」

 

「伝説? この程度の相手がか?」

 

 心底不思議そうな雰囲気を漏らしながら首をかしげる女性に、ワルドはため息を漏らしつつ女性から警戒の視線を外そうとはしない。

 

 この女……仲間からも相当警戒されているのか!? サイトは痛みで鈍る脳を何とか動かし、この意味不明な状況を理解するための全力を尽くす。

 

「同じ伝説の使い手のお前にとってはそうなのかもな。四獣の聖騎士の宝具もつお前なら……」

 

「くだらない。私の伝説はただの偶然で手に入ったものだ。褒められてもうれしくないな」

 

 伝説? 四獣の聖騎士? なんだいったい? 何を言っているんだ!? 痛みで混乱した脳で必死に状況を理解しようとするサイト。しかし、

 

「まぁ……。ワルド。とにかくさっさと戦場へ行け。私は暗殺者だ。表舞台に立つわけにはいかない」

 

「だが……ガンダールヴとルイズは?」

 

「安心しろ。私が処理する」

 

 状況はサイトが理解することを待ってくれるほど、悠長な性格ではなかったらしい。

 

「これは十分舞台裏だ」

 

 女性がそうつぶやくのと同時に、先ほど指輪から湧き出した水の獣がサイトの左腕を食いちぎった時と同じように巨大な咢を開き、サイトの頭を食いつぶさんと近づいてくる。

 

「さ、サイト……逃げてっ!!」

 

「相棒、逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ルイズとデルフリンガーの悲鳴をどこか遠いところから響き渡ってくるように感じながら、サイトは自分の死を覚悟した。

 

「ああ……。クソッ……死ぬんなら、最後ぐらい格好つけて死にたかった」

 

「残念だったな少年。だが、人間死ぬときなんて、大体こんなものだ」

 

 最後に非情すぎる女性の声を聞き、サイトはゆっくりと目を閉じた。

 

 そして、

 

 

 

…†…†…………†…†… 

 

 

 

「風よ……有れ!!」

 

 すさまじい轟音が、サイトの鼓膜を震わせ、

 

「くっ!?」

 

「私の弟子(ドレイ)予備軍に何をしている?」

 

 そんなとんでもない言葉がサイトを励まし、

 

「さて……裏切り者を粛清するとしよう」

 

 灼熱の大気をまとった、絶対零度の言葉がサイトの目を開かせる。

 

「あ……」

 

「サイトッ!! 無事か!!」

 

「ふむ。どう考えても無事じゃないな。とりあえず団子を食べろ! 団子は万能健康食品だ! これさえ食べれば失った腕もにょきにょきと……」

 

「それじっさい起こったらかなりホラーだと思うのは俺だけなのか!?」

 

「おい、そこの怠惰バカに団子バカ。下らん雑談してないで、さっさとガキどもをお前たちの竜に乗せろ」

 

 そして、目を開いたサイトの視界には、

 

「あ……」

 

 頼もしい援軍たちが立っていた。

 

「遅れて悪い」

 

 腕を失ったサイトが殺されそうなのを見て気を失ってしまったルイズを風の獣に護衛させながら、水の獣を、薄い緑色の風の獣で消し飛ばしたライナ。

 

「ふむ。それもこれもすべて貴様が『うへへへへ! あっちに美女の臭いがする、うへ』とか言いつつ寄り道をしたりするからだな」

 

「俺そんなこと言ってねぇえええええええええ!? というか空で寄り道ってどうすんだよ!? おまけにこっちに到着すんの遅れた原因は、お前が解体した船に乗っていた人たちの救助活動してたからだろうがァアアアアアアアア!! ホントお前ぶっ殺す……ああ!? ご、ごめんフェリス!? 冗談! 冗談だから!! もう二度といわないからゆる……グボファ!?」

 

 黒ずくめの女暗殺者を殴り飛ばしサイトから引き離した後、ついでとばかりに怒声を上げるライナと殴り飛ばすフェリス。

 

「さて……ワルド。覚悟はできているのだろうな?」

 

「後ろの光景は全力で無視する方針でいいんですね?」

 

 何となく疲れ切った雰囲気をながすバーシェン宰相。

 

 何とも締まらない援軍だったが……今のサイトたちにとっては、だれよりも頼もしい援軍だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 響き渡る怒声と、爆音。巻き上がる黒煙が、人の死を……戦の臭いを上空まで届けてくる。

 

「クソッ……」

 

 巨大な薄緑色の竜を駆る気だるげな雰囲気を出す男――ライナは、その光景を見て思わず自責の言葉を漏らした。

 

 指輪の力を借り何とかアルビオンに到達したライナたちは、上空からルイズたちの姿を探していた。

 

 指輪の力は風の獣。どうやらこの指輪は《風坐の指輪》だったらしい。ライナはそれを四苦八苦しながらなんとか制御し、たまに学園の上空を飛んでいた竜の形へと獣の形を変形させた。

 

 おかげで疲れ知らずの足ができたのだが、獣だったら十頭は操れる指輪が竜になると三頭しか制御できなかった。そこからかんがみるに、指輪を使いこなすにはまだまだ訓練が必要なようだった。

 

「おい……ライナ・リュート。まだか? 戦争が始まってしまったぞ」

 

「そんなすぐに見つけろって言われても……。ああ、もう! メンドくせぇ」

 

 いつもと変わらぬ悪態をつきながら、しかしいつになく真剣な色を宿した声で、ライナは後ろに乗っている宰相に返事を返す。

 

 そう。戦争が始まってしまった。アルビオン滅亡が決定する最後の戦争が……。

 

 ライナたちは間に合わなかったのだ。

 

 人の命が簡単に散る……人間同士の殺し合い。……見慣れた戦場の風景。

 

 またたくさん人が死ぬ。その中にルイズとサイトがいるかもしれないと思うと、ライナの焦りはさらに募っていき彼の冷静な判断力を奪った。

 

「クソッ……」

 

 ライナが再びその言葉を漏らした時だった。

 

「ライナっ」

 

 宰相の背後に座り、ライナと同じように鋭い視線で戦場を見回していた相棒――フェリスが突然声を上げた。

 

「あそこだ」

 

 フェリスが指をさしたのは、戦時中とは思えないほど小奇麗な印象を受ける礼拝堂。流石は宗教が根強い世界だ……。ライナの世界の宗教大国ルーナと同じ気配をにじませる礼拝堂に少し感心しながら、幼いころから鍛え上げられ続けたライナの瞳は、窓から覗く中の光景をしっかりととらえた。

 

 そこには……腕を失い血まみれになって転がっているサイトと、それを殺そうとしている水でできた獣が佇んでいて、

 

「っ……!!」

 

 ライナは思わず絶句した。脳裏に浮かぶのは自分が助けられなかった人たち。

 

 弟子として育てたある少年の両親。自身が通っていた学校で仲良くなった気さくな仲間たち。そして、あの赤毛の……。

 

「ライナ」

 

 瞬間、ライナの後頭部に衝撃が走った!

 

「イッ!?」

 

 突然の不意打ちにライナは思わず声を上げるが、衝撃を打ち込んだ主はその声すら待たずライナを怒鳴りつける。

 

「呆けている場合か」

 

「あ……。わりぃ、フェリス!!」

 

 相棒……フェリスの怒声を聞いて、ライナはようやく自分を取り戻し素早く判断を下した。

 

 自分のすぐ後ろにいた宰相は既に竜から飛び降り、一直線に礼拝堂に向かって飛翔している。落下速度をそのまま飛行速度に変換しているようなのでかなりの速度が出ていたが、それでは間に合わない。

 

 大方固まったライナを見て「コイツは使えない」と判断して見切りをつけられたのだろう。相変わらず効率的な考え方だったが、ライナとしてはその姿を見てむしろ冷静になれたので、ありがたい。

 

 だからライナはフェリスに頼む。絶対に間に合う策の実現を!

 

「フェリス、頼んだ(・・・)!!」

 

「わかっている」

 

 フェリスの返事を聞いた瞬間、ライナはもう一頭の竜を生み出しとんでもない速度でそれを礼拝堂にツッコませた。ライナの背後にいた相棒は、その上に信じられない速さで飛び乗りその竜とともに礼拝堂にツッコむ。その速度は軽々とバーシェンの飛翔速度を超え、竜の体は瞬く間に礼拝堂へと到達した!

 

 通常の人間なら、これほどの速度で飛行した竜が礼拝堂の壁に激突した瞬間に、その衝撃と吹き飛んだ瓦礫に打たれて死んでしまうだろうが、ライナは相棒のことを信じていた。

 

 だからこそのこの大胆な突撃攻撃。

 

 そして、相棒はその信頼にしっかりと答えてくれる!

 

「ん」

 

 軽くそれだけつぶやくと、竜が壁と激突する瞬間にフェリスは腰に差した剣を一閃。頑丈そうなレンガ造りの壁をまるで紙のように引き裂き、礼拝堂の中に侵入を果たす。

 

 それを確認しながら、ライナはさらに指輪をふるい、

 

「風よ……有れ!!」

 

 今度は風の獣を生み出し、竜と同じ速度で礼拝堂の中にツッコませた。

 

 狙いはサイトを殺そうとしている水の獣。フェリスには、おそらくこの獣を操っているであろう使役者の対処を頼んだ。

 

 いくら遺物の指輪を使っているとはいえ、まさかあのフロワード以上に使いこなしているということはないはず。だったら、あの相棒ならあっさりと指を切り取って指輪使いを無効化してくれるはずだ。

 

 だからこそ、ライナはサイトの助けに専念する。それほど今のサイトは危うい状態だと判断したから。

 

「ほう……意外と使えるではないか魔法使い!」

 

「話は後にしてくれ!!」

 

 ライナが自身の駆る竜を加速しバーシェンを追い抜いた瞬間、バーシェンからそんなつぶやきが聞こえてきたが今は構っている暇はない。

 

 ライナはフェリスが開けた巨大な穴に竜を突撃させ、自身も礼拝堂へと飛び込みサイトをかっさらう。

 

「風よ……有れ!!」

 

 そして指輪をふるうと同時に、風の竜が糸がほどけるように分解され、三頭の風の獣に変化した。

 

 獣たちは瞬く間にルイズのもとへと走り、彼女と彼女が抱きかかえるようにして傷口を抑えていた男の護衛につく。

 

 そこでライナはようやく落ち着いた雰囲気で礼拝堂の中を確認した。サイトの近くに水の獣はいない。先ほどはなった風の獣がうまく撃退したのだろう。ある程度自立行動してくれる遺物で助かった。

 

 そしてフェリスはどうやらうまく指輪の使い手を見つけたらしい。しかしながら、指輪の強奪には失敗したのかライナにしかわからないくらいの表情の変化で、不機嫌さを現している。おそらくフェリスに吹き飛ばされたのだと思われる仮面の女性は、大したダメージを受けた様子もなく立ち上がりローブについたほこりを払っている。おそらく、フェリスの殴打を食らった際に自ら後ろに跳んで衝撃を逃がしたのだろう。

 

 つまり……その女暗殺者は体術もそこそこできるということ示していて、

 

 おいおい……マジかよ。フェリスの打撃受け流すようなやつが指輪使ってるなんて、勝算が……。

 

 限りなく下がる。ライナがそう思いフェリスに注意を飛ばそうとした時だった。

 

 トンっ。という、軽い音ともに怒りに燃える紅蓮の宰相がその場へと降り立った。

 

「さて……裏切り者を粛清するとしよう」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 思わぬところでいい拾い物をした。

 

 バーシェンは保護対象から何とか敵を引き離した後、あくまでサイトやルイズを殺そうと戦いを挑んできた女暗殺者の猛攻を何とか退けつつ、彼の指示に従い迅速に離脱の準備を始める異国の魔法使いと剣士を見つめながらそう思う。

 

 身体能力も、状況判断能力もまるで一流の騎士のようだ。うちのバカ近衛騎士団にも見習わせてやりたいとすら思う。

 

 だが、今はそんなことにかまっている暇はない。そう思い直して、バーシェンは自分の目の前に立つ男へと視線を移した。

 

「……まさか貴様が裏切り者だったとはな。といっても、お前のことは深く知らんから正直そうなってもおかしくないという気構えでいたんだが。意外とうまくいかんものだな……ワルド元子爵」

 

「もう子爵は解任ですか……」

 

「むしろ居座れるとでも思っていたのか? 図々しい」

 

「……まぁ、イイです。レコンキスタがトリステインを侵略すればそれ以上の爵位がもらえる予定なので」

 

「階級目当て……出世目当てでの裏切りか?」

 

 バーシェンはワルドのその言葉に目を細める。

 

「到底信じられんな」

 

「……」

 

「人を見る目は鍛えてきたつもりだ。お前はそんな俗物的理由では動かないだろう? もっと別の目的があるのだろう?」

 

「………」

 

 無言になるワルド。それを見てバーシェンは確信する。この男が何かを叶えたいものを隠しており、それは国を売ってでもかなえたいものだったということを。

 

 だが、

 

「だからといって許してやるわけにはいかないな」

 

「!!」

 

 バーシェンがそうつぶやいた瞬間、彼が着ていたロングコートの袖から、大量の札が吐き出された!!

 

 それらは瞬く間に礼拝堂の中を席巻し、まるで小さな白い鳥が大量に飛び回っているかのような風景をワルド達に提供する。

 

「貴様の願いも、貴様の祈りも……俺にとってはどうでもいいことだ。いま俺にとって最も重要なのは、貴様が国を裏切ったという事実と……」

 

 その時だった、ライナとフェリスと戦いを繰り広げていた女暗殺者が水の獣の一頭をバーシェンに向かって襲い掛からせた。

 

「水よ……有れ」

 

「しまっ!?」

 

「くっ」

 

 サイトとルイズの護衛に集中していた二人は、その急な標的変更に対応することができず、ほとんど素通りといった体で水の獣によるバーシェン襲撃を許してしまう。

 

 だが、

 

「貴様らが……ここで死ぬという未来だ」

 

 突然、何もない空間から湧き出した紅蓮の火柱がバーシェンに向かって襲い掛かってきた水の獣へと降り注ぎその体を弾き飛ばした!!

 

「!?」

 

 この世界の魔法使いには到底反応できないほどの攻撃速度を持つ水獣の攻撃。それが軽々と防がれてしまうのを見て、女暗殺者は仮面の下の目を大きく見開く。

 

「ん? おかしいな。たとえ魔法で作り出されたものだとしても、水ならかすっただけで蒸発するはずだが……。いったい何でできているのだ? その水の獣は」

 

 特に驚いた表情も見せず、特に何の感慨も見せず……鉄面皮を相変わらずに保ちながら首を傾げるバーシェンの周りには、ポツリポツリと真紅の炎の球体が生まれ始める。

 

「まぁいい。どちらにしろ殺すんだ」

 

 死んだ奴の情報など……いらないだろう。

 

 バーシェンがそう吐き捨てたときには、炎の球体はまるでプラネタリウムのように礼拝堂中を埋め尽くし、

 

(Fu)(Fu)(Yan)(Di)(Huo)(Zang)(Liu)(Xing)(Qun)

 

 炎の雨を、降り注がせた!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 バーシェンによって行われる殺戮が始まる前のこと。

 

 クソ……。女暗殺者から救い出したサイトの状態を見てライナは眉を情けなく歪めた。

 

 それはもう明らかな死に体だった。腕を引きちぎられたことによる出血多量。それによって与えられるショック状態を併発し、いつショック死してもおかしくない状態だった。

 

 これが鍛え上げられた軍人だったのならまた話は違ったのだろうが、あいにくと特別な力を持っているとはいえサイトは普通の高校生。腕を獣に食いちぎられて、精神的にも肉体的にも無事でいられる道理がなかった。

 

「ライナっ……サイトはっ!? サイトはっ!!」

 

 そんなライナの様子を見て、先ほど目を覚ましたルイズが泣き声まじりの声をぶつけてくる。

 

 ライナはそれに答えることができない。当然だ……一応ライナは基礎的な医療知識は持っているが、治療魔法なんて上等な魔法は使えない。おまけに、

 

「水よ!!」

 

「くっ!! フェリス!!」

 

「わかっている」

 

 指輪を掲げ尋常ではない速度で動く水の獣たちを使役してくる女暗殺者が、しつこくサイトたちを狙っていた。こんな状況では、ライナが応急処置を行うことすら不可能だ。

 

「ルイズ! 今すぐローブで止血をしろ!! そっちの男は俺が運ぶ!! フェリス……その間、耐えてくれ」

 

「わ……わかった!!」

 

「誰に向かって言っている、泣き虫ライナくん。貴様などこなくても私一人で十分だ」

 

 ライナの苦し紛れの指示に、ルイズは涙を流しながら頷き、フェリスはライナをサイトたちの治療に充てるためにそんな憎まれ口をたたいてくる。

 

 だが、ライナはわかっていた。フェリスが相手取っている女暗殺者は……思っていた以上に強敵だということを。

 

「水よ……」

 

 再び生まれる獣はフロワードが同時に出現させていた獣よりも格段に少ない。しかし、それを補うように水の獣にはある特徴があった。

 

「くっ……」

 

 フェリスは襲い掛かってくる水の獣たちを剣を一閃することで鮮やかに切り裂くが、その獣たちは瞬く間にものと姿を取り戻し、まるで斬撃を食らったことなどなかったかのような素早さで、再びフェリスに襲い掛かる。

 

 そう。水の獣はフロワードが操っていた影の獣とは比べ物にならないほどの、圧倒的な再生力を持っていたのだ。

 

 これではフェリスがいくら獣を切り裂いたところで、これでは完全にイタチゴッコ。先にフェリスの体力が尽きる。

 

 おまけに女暗殺者は水の獣をまるで壁でも形作るかのように展開しており、物量攻撃によってフェリスの猛攻をしのいでいた。そのため、フェリスは女暗殺者に近づけないでいる。

 

 明らかに手数不足……。ライナが加わらなければ、間違いなく彼女の剣は女暗殺者には届かない。 

 

 だが、ライナも離れるわけにもいかない。ライナがこの場を離れてしまえば、サイトを治療できる人間がいなくなってしまう。

 

 冷たい現実を再確認してしまい、ライナが悔しそうに風の獣によってこちらに運ばれてくるルイズと、水の獣と交戦するフェリスを見比べた時だった。

 

「ら……ライナさん」

 

「!? サイトっ!!」

 

 今まで意識を失っていたサイトが突然目をさまし、残った右腕でライナの服をつかんだ。

 

「お、おれのことはいいから……あの暗殺者を……」

 

「けどっ……お前は!!」

 

 死にかけているんだぞ……。ライナのその言葉をさえぎるように、かすれた声でサイトは叫ぶ。

 

「俺……弱くて、使えなくて……自分で守るって決めた女の子を泣かせちゃうようなダメなやつですけど」

 

 傷口からの出血によって体力が奪われたサイトの絶叫はちいさく、弱々しかった。だが、その声は確かにライナへとどき、

 

「俺のせいで……その女の子を守れなくなってしまうような情けない奴には、絶対になりたくないんです!!」

 

「っ……!!」

 

 ライナはサイトの決意の言葉に目を見開き、

 

「必ず助ける……待ってろ」

 

 それだけ告げて相棒のもとへと走り出した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 フェリスは自分の隣に立った相棒の姿を見て、無言で剣を構えなおした。

 

「いいのか?」

 

「いいわけあるか……だから」

 

 人を死ぬのを何より嫌う情けなくて……優しい相棒が本気になって彼女の隣に立っている。

 

「2分だ。それ以上の時間をかけると……サイトがやばい。できるか? フェリス」

 

「誰に言っている。この天地開闢美少女天使フェリスちゃんの手にかかればあの程度の三流ブス、敵ではないな」

 

「え~? あいつブスなの? 仮面つけててそんなのわかんないじゃん」

 

「だからこそだ。ああいった手合いは、私のような美少女を目の前にすると眩しすぎて目をつぶすからな。だからその対策のためにあの仮面を……」

 

 その時だった、若干動きが鋭くなった水の獣がフェリスへと襲い掛かりその首筋に食らいつこうと咢を開ける!

 

 だが、

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)

 

 ライナはとんでもない速度で魔方陣を作り上げ、その中から雷を放出! 水の獣を打ち据えて爆散させる!!

 

「ふん。行くぞ、相棒」

 

「オッケ~。我・契約文を捧げ・大気に眠る悪意の精獣を宿す」

 

 負ける気がしなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 でたらめな奴らだ。女暗殺者は仮面の下の顔をゆがめながら、相手に聞こえないようにそうつぶやいた。

 

 今回の依頼人にやとわれた際報酬まじりの支給品としてこの指輪を渡されてから、彼女が暗殺に失敗したこと……また、戦闘で敗北したことは皆無だった。

 

 彼女としてはこの指輪を渡してきた依頼人は少し胡散臭かったので、この指輪を使うと何となく危ない気がしてあまり多用したくはないのだが、ただの平民である彼女がメイジと真っ向をきって互角に戦うためにはこのくらいの力が必要だった。

 

 だがしかし、

 

「化物かこの二人は……」

 

 先ほどとんでもなく失礼なことを抜かした無表情の女剣士は、ただの剣士とは思えないほどの速度で動き、女暗殺者を守るため壁のように配置した水の獣を瞬時に切り裂いていく。

 

 先ほどまでは再生が間に合う程度の速度だったのだが、今ではもう全く駄目だ。水の獣の再生が終わっている時にはすでに女剣士はかなりの距離を走り抜けており、着実に自分への距離を近づけていた。

 

 もう一人の男の魔法使いも異常だった。メイジとは思えない素早い身のこなしに、見たこともない魔法を駆使し水の獣を消し飛ばしてくる。

 

 厄介な相手だ。おそらくこのまま戦闘を続ければ、自分は負けてしまうだろう。長年の経験から女暗殺者はそのことを確信していた。

 

 だが、

 

「今の私の目的は、別にお前たちと戦うことではない…」

 

 ボソッとつぶやいた言葉が聞こえたのか、女剣士と男魔法使いの視線が女暗殺者のもとに集まった。

 

 それは致命的な隙だ。女暗殺者は仮面の下の口の両端を吊り上げ、指輪をふるう。

 

「水よ……有れ」

 

 ライナとフェリスに向かってではない。こちらに背を向けてワルドを睨みつけている、宰相に向かってだ!! 

 

「しまっ!?」

 

「くっ」

 

「あいにくと状況が変わった……。一騎当千と謳われるあの方が参戦してきた以上、死体になりかけの学生に手をかけてやるわけにはいかない」

 

 女暗殺者はそういいながら、自分の勝利を疑うことなく水の獣をはべらせる。

 

 自信を持って放った一撃が、天から降り注ぐ火柱によって吹き飛ばされるのを見るまでは……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その攻撃は完全な不意打ち。バーシェンが気付けるはずもない、完全な背後からの攻撃だった!

 

 しまった! ライナの思考をそんな言葉が埋め尽くす。

 

 もとよりあの暗殺者は、もう死にかけているサイトなど狙っていなかった。だが、自分とフェリスの戦力はかなり厄介だと踏み、あえてサイトたちを狙うことによってサイトたちがいる場所にくぎ付けにしたのだ。

 

 そうすることにより、バーシェンは誰にも守られない孤軍奮闘。いくら一騎当千とはいえ、その状況で勇者の遺物の攻撃がよけられるわけがない!!

 

 ライナはそう思い、慌てて警告の言葉を発しようとしたが、

 

 

 

 ライナの瞳がそれをとらえた。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 それはまるで粗い水墨画のような術式。世界に干渉しているというのに、どういうわけか融和が取れ、異質感がない自然な……芸術的な術式だった。 

 

 ライナの複写眼(アルファ・スティグマ)ですら、それが魔法の術式だと気付くのには時間がかかった。ライナが、本格的にそれが魔法だと気付いたのは、その水墨画の隙間から炎の柱が降り注いだとき。

 

 水墨画の隙間から、差し込むように現れたそれは水の獣を照らしだし、邪魔だといわんばかりに弾き飛ばす!!

 

「は?」

 

 その瞬間、水墨画は――いや、バーシェンが干渉し水墨画のように並べ立てた光の粒……この世界では正式に《精霊》と認識されている力の固まりは、大きく変動を開始した。

 

 うごめく濁流のように千変万化と姿を変え、無数の隙間を生み出しその中から高密度な力の固まりを作り出し吐き出していく。

 

 そのたびに力の流れは見る見るうちに小さくなっていき、最後に消えたときにはそのすべてが高密度な力の固まりに代わっていた。

 

 赤く輝く紅蓮の光。それを観測した複写眼(アルファスティグマ)は、その一粒一粒が炎の《大規模破壊魔法》だとライナに教えてくれる。

 

「なっ!?」

 

「どうした、ライナ」

 

 ライナはその信じられない光景に、思わず口を開けたまま氷結する。

 

「大規模破壊魔法……」

 

 ライナの世界の大軍用魔法。たった一撃で数百人単位の敵兵を殺す虐殺用術式。

 

 だが、それは本来ならそれを発動するために特別に訓練された魔導師が数十人単位で魔方陣を書き上げ発動するべき高度な魔法だったはずだ。

 

 しかし、目の前の男はたった一人でそれを行って見せた。それもこれほど膨大な数の術式を……!! あの短い時間の間に!!

 

「フェリス、今すぐサイトたちをかばえっ!!」

 

 ライナはそう悲鳴を上げながら、指輪をふるい風の獣をいま作り出せる限界の頭数まで召喚。自分たちに向かって襲い掛かってくると思われる、バーシェンの魔法の余波を防ぐため簡易的なバリゲードを作り上げた。

 

 ライナの死にもの狂いといっていいその様子に何かを感じ取ったのか、フェリスは女暗殺者に向けていた剣を素早く鞘へとしまい跳躍。自分のローブを必死にサイトの肩口へと当てていたルイズを引き倒す。

 

 そして、

 

「水よ……!!」

 

 初めて焦った雰囲気を出しながら女暗殺者が指輪をふるうと同時に、炎の雨は礼拝堂の床へと降り注ぎ、

 

 ゴッ!! 

 

 一気に空気を燃焼する轟音を立てながら爆裂した!!

 

「っ!!」

 

 凄まじい余波が、ライナが作り上げた風の獣のバリゲードをたたく。しかも、その余波だけで十数頭の風の獣が消し飛んだ。勇者の遺物で作り上げたあの獣たちがだ!!

 

「室内でなんて威力の魔法を使ってるんだ!!」

 

 このままでは建物ごと吹き飛ばされる!! ライナがそう思い、何とか威力を減衰させることはできないかとバーシェンの術式に干渉しようとした時だった。

 

 ライナの複写眼(アルファ・スティグマ)がさらに信じられないデータをライナに提示する。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「しまったな……。久しぶりに使ったから少し制御が甘いか?」

 

 仙術……。バーシェンの故郷ではこの魔術はそう呼ばれていた。

 

 当然ハルケギニアにあっていい術式ではない。つまり、彼はサイトやライナ達と同じ……異世界の住人だった。

 

 神仙になるための仙丹研究でいろいろやっていた彼は、ある実験の失敗から異世界への門を開き、そこに引きずり込まれてしまいこの世界にやってきたのだ。

 

 霞を食って生きていけるなどといわれるこの魔術だったが、彼はある事情から神仙に限りなく近づいていながらも最終目標である《世界回帰》に至るまで、俗人と同じ生活を送っていた。

 

 当然突然異世界に放り出された彼が金を持っているわけもなく、ハルケギニアの常識が無かったため職に就いて生活費を稼ぐことすらままならなかった彼は、疲労困憊と空腹でぶっ倒れてしまった。

 

 そこを通りかかったのは当時のトリステイン王。彼は直感でバーシェンが面白い奴だと悟り、彼を助け雇い入れた。

 

 その恩を返すためにバーシェンは自身が生まれた国の哲学や知識を持ち込み、イロイロと問題を抱え込んでいたトリステイン再興に着手したのだった。

 

「いろいろと懐かしいな……」

 

 某烈風とともに駆け抜けた戦場の記憶を掘り起こしながら、バーシェンは己が放った炎の制御(・・)を行い始める。

 

 燃やしたくないものをよけるように。余波が城を崩してしまわないように。敵のみを確実に抹殺できるように……。

 

 彼の世界回帰の対象は《炎》。つまり、彼が仙術を極めた先にあるのは彼自身が炎――炎気となり世界に自我という存在を溶かし込む、自然との一体化だ。

 

 そこに至るための基礎技能として、仙人は自身が作り出した《回帰する対象》を自由に操れる能力を獲得していた。当然それをマスターしているバーシェンが放った炎は、城一つ消し飛ぶ大火だろうが、大陸の地形が変わる業火だろうが彼が指先一つ動かせば従順に従い、焼き払う対象にだけ襲い掛かる。

 

 そう。もちろん……この爆炎もだ!!

 

「身の程知らずの風使い……。己の欲望に焼かれて死ね」

 

 バーシェンが操る炎は見る見るうちにその勢力を縮めていく。

 

 いや……縮めたのではない。一点へと圧縮していっている!!

 

 まるで生き物のように風の獣の壁から離れていく炎を、中にいるライナは愕然とした瞳で見つめていた。

 

 バーシェンはそのライナの態度の気づき、ほう? と関心の声を漏らす。

 

 この光景を見た奴はたいてい「なんだ……もう火力切れか?」と思うものだが……。どうやらあいつは俺がこの炎を操っていることに気づいているらしいな。と、ほんの少しの驚きを込めてバーシェンはライナの瞳を見つめた。

 

 真紅に輝く五芒星。虹彩異常という可能性が無きにしも非ずだが、おそらくは何らこの呪い……もしくは自分と同じように魔法を埋め込まれたのだろう。それによって俺の魔法の正体に気づいたといったところか? とバーシェンは予想する。 

 

 ハルケギニアでは魔法は神聖視されているため、そういった外道実験は行われない。つまり、このライナ・リュートとかいう男は自分と同じように違う世界から来たのか? それなのにこんな面倒な事情に首をツッコむとは何とも難儀な男だ。

 

 ライナのことをそう評価しながら、バーシェンは敵のほうへと向き直った。

 

 そして、

 

「……なにっ?」

 

 マグマに匹敵する温度を放つ圧縮された炎の中で、敵が持ちこたえているのに感づき鉄面皮を少し動かす。

 

 その敵はワルドを後ろに庇いながら、薄い水の膜を自分の周りに展開しバーシェンの業火を防ぎ切っていた。

 

 少し異常な水だなと思っていたが……少しどころではなかったらしい。俺の圧縮した業火を喰らったなら、普通の水ならどれほど強固な魔力を込めようが消し飛んでいる。まさかとは思うが……伝説の四獣の聖騎士の魔法具か? 

 

 ほんの数秒見ただけでその力の正体にあたりをつけたバーシェンは思わず舌打ちを漏らす。

 

「クソッ……。こんな時に面倒な相手を引いた。時間はかけていられない(・・・・・)。手遅れになってしまう前に……」

 

 バーシェンはそうつぶやいた瞬間コートを脱ぎ捨て、

 

「決着をつける」

 

 漆黒の漢字の入れ墨が彫られた……両腕をさらした。



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アルビオン動乱編完結・紅蓮の大賢人

 ライナは見た。

 

 見てしまった。

 

 漆黒の揺らめきを見せる両腕に、ライナの世界ではありえない、魔法であって魔法でない……何か、違うものが埋め込まれていることに。

 

 あれは……あれに準ずるものは……。

 

「勇者の……遺物か!?」

 

「それは《異世界の神器》のことか? あいにくと俺の力はあそこまで異質で呪われてはいない」

 

 その言葉が聞こえたのか、漆黒の両腕に魔力を流し込み発光させていたバーシェンはライナに背中を向けながらそう答えた。

 

「むしろそれに近いのは……貴様の両目ではないのか? 魔術師」

 

「っ!!」

 

 バーシェンにそう問われ、ライナは思わず目を見開くが、

 

「水よ!!」

 

「まぁ……今はその話はいい」

 

 バーシェンの魔術による炎が、完全に引いたのを確認した女暗殺者が水の獣を飛ばしてくるのを合図に、バーシェンは右手を前に突き出しそこに刻まれた魔法を発動させる。

 

「言ったはずだ。決着をつけると」

 

 バーシェンが呟くのと同時に、漆黒の炎が右腕から湧き出し、

 

禁咒(JinZhou)黒火(HeiHuo)

 

 その炎が、水の獣を打ち据えた!! それと同時に、ライナの目が再び見開かれ、

 

「っ!! なんだそれ!?」

 

 複写眼(アルファ・スティグマ)がその炎の異常性を、彼に伝える。

 

 絶対に……あの炎は食らうなと。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 女暗殺者は目を見開く。

 

 ありえない。声にならないこえで、そうつぶやく。

 

 自分の無敗を支えてきた水の獣たち。

 

 その体はもとより属性的に相性がいい炎はもちろん、風の魔法による雷撃すら完全に防ぎ切ってくれる《水でありながら水でない》不思議な液体によって構成されている。たとえ見た目が少々異常な炎であっても、それが炎である限り水の獣たちが屈することは決してないと、彼女は信じていたのだ。

 

 だが、その常識ははかなくあっさりと焼き滅ぼされた。

 

 水の獣を瞬く間に食いつくし、焼き尽くした漆黒の炎が津波となって押し寄せてくることによって!!

 

「っ!!」

 

「伏せろっ!!」

 

 先ほどは自分が庇ったワルドが、怒声を上げながら自分に体当たりし覆いかぶさりつつ、エアシールドを張ってくれる。

 

 しかし、その風のシールドすら、黒い焔にふれた瞬間、まるでなかったかのように瞬時に消え去り掻き消える!!

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 自分をかばうようにかぶさったワルドがあげる悲鳴は、黒い焔に対する恐怖の悲鳴か、圧倒的存在に殺されてしまうことへの絶望の絶叫か……。

 

 とにかく、その黒い焔はワルドの最後の小さな抵抗すらあっさりと蹂躙し彼らの体を飲み込んだ!

 

 そして、

 

「!?」

 

「なん……だと!?」

 

 黒い焔は彼らの体を素通りすると、金属の装飾や、女暗殺者のナイフ、ワルドの鉄製の軍杖などを焼き滅ぼした後、あっさりと鎮火した。

 

「俺の黒火(HeiHuo)は不燃物……すなわち、通常の炎では決して燃やすことができないものしか焼けない。よかったなお前ら。普通に火葬できる体で」

 

 一瞬死を覚悟した二人に、冷たい声が投げかけられ二人は慌てて顔を上げる。

 

「だが……魔法が使えなくなった身で、はたして俺の魔術をしのぎ切れるのか?」

 

 瞬間! 紅蓮の流星が再び彼らに向かって降り注いだ!!

 

 

 

…†…†…………†…†… 

 

 

 

「……ありえない」

 

 まさかこのタイミングで援護が来るとはな。どこまで悪運が強い……あの小僧。

 

 真っ黒な煙を上げブスブスと焦げ臭いにおいを放つ礼拝堂内に、両腕を組んで君臨していたバーシェンはつぶやく。

 

「やはり……次の攻撃は行わないのですね?」

 

 そこには、彼の目の前には、もう一人新たな敵が立っていたからだ。

 

 口元しか確認することができない巨大なフードをかぶったローブ姿の人物。声からしておそらく女……。そう予想をつけつつも、バーシェンはフンと鼻を鳴らしその人物に向かって傲然とした言葉を放った。

 

「気まぐれだ。貴様に話を聞きたくなった。ただそれだけのこと……。そこの二人はもう使い物にならんしな」

 

 バーシェンが言葉と同時に顎で示した先には、紅蓮の炎にまかれかけ意識を失ったワルドと女暗殺者が倒れ伏していた。そしてその周りには、

 

 礼拝堂の建築材(レンガ)で作られた……狼のような獣が数十頭、彼らを守るように待機していた。

 

 ライナや女暗殺者とは格が違う、圧倒的な物量。それを確認したバーシェンは彼女が一筋縄ではいかない存在だと悟りつつも、

 

「さて……答えろ。貴様は何者で、何が目的で、いったいバックにはだれがいるのかを」

 

 自分の優位性を全く疑っていない様子でそう言い放った。そんな彼の態度に、ローブの女はクスクスと笑い声をあげる。

 

「ふふっ……。そこまで鉄面皮だと本気でハッタリかどうかわからないものね。でも残念……あなたはもう魔法を打つことはできない」

 

「何を?」

 

「体のほうは大丈夫なのかしら?」

 

「……」

 

 女の言葉を聞き、バーシェンの表情が初めて動く。その表情は……まごうことなき驚愕の表情だった。

 

「きさまっ……。それをどこで」

 

「ふふっ……。企業秘密とだけ言っておきましょう」

 

 とはいえ。そういって女は指輪がはまった手を振るうことで獣たちに命令を飛ばし、気を失ったワルドと女暗殺者を回収し、胸元から出した小さなコインを掲げた。

 

「貴男級の化け物がこれほど早くに参戦してくるなんてこちらも予想外だったの。貴女が魔法を使えないとはいえ、今の私の装備ではあなたを殺し切ることはまず不可能。だから今回は、逃げさせてもらうわね」

 

 女の身勝手な発言に、再び鉄面皮を取り戻したバーシェンは思わず声をあげ、

 

「させると……」

 

「思っているわ。あなたが一体何のために、命を削って先代トリステイン王時代にその名を轟かせた《禁咒(JinZhou)》まで使ったのか……私は十分理解しているもの」

 

 私にかまかけている暇なんて本当にないのでしょう?

 

 クスクスと不気味な笑みを浮かべながらそういった女がコインをはじく。そのコインはクルクルと回転しながら天高く舞い上がり……目がつぶれるほどの金色の光をまき散らした。

 

「くっ!! まてっ!!」

 

 バーシェンが怒声を上げ、小さな火球を手元に作りだし女たちがいた方向へ飛ばす。しかし、その威力は先ほど解き放った炎の雨と比べると格段に小さく、その火球は金色の光の中でボンという貧弱な爆発を起こして消滅する。

 

 そして、金色の光は徐々におさまり完全に消えたときには礼拝堂の中は静まり返っており、女もワルド達の姿もなかった。

 

「……また伝説か。しかも今度は《異世界の神器》使い」

 

 そして……。と、バーシェンはそこで言葉を区切りこちらに向かって走り寄ってくるライナたちを振り返り怒声を上げる。

 

「何をしているバカ者!! 脅威は去った。いまさら援軍など不要だ。それよりも、さっき腕を食いちぎられていたガキの居場所を教えろ。今すぐにだ!!」

 

 あの女……一瞬だけだが、額が光っているように見えたぞ。内心でそうつぶやきながら、バーシェンは「うぇ~。せっかく心配してやったのに……」「ふむ。貴様はそんなことを言いつつ『ウェ~ッへへへ。あいつが弱っているところを襲ってやるぜ!! 俺は男でも行けるからな!!』と……な、なに!? そ、そんな不埒な真似私が断じて許さん」「フェリス……今そういうのいいから!!」と言い合いを続ける二人にため息をつきつつ、女たちが消え去った場所に背を向けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 狂ってやがる。ライナは敵をあっさりと一蹴して帰ってきたバーシェンを見てそう思った。

 

 途中でやたらと眩しい光が見えたため、ライナはあの戦闘がどんなふうに決着したのか知らない。だが、それでも彼はバーシェンのことをこう評する。

 

 狂っていると。

 

「あんた……なんでそんなことしてんだよ?」

 

「ん? あぁ……。やはりそれは魔法を見切る眼なのだな。これは油断した……。できれば他言無用で頼む」

 

「……そんなこと言っている場合じゃねェだろ!!」

 

 ライナがそう絶叫を上げるのをきき、先頭を走っていたフェリスは不思議そうな視線を向けた。

 

「あんたの体は!!」

 

「その話は後にしろ……ライナ・リュート」

 

 しかし、ライナのその言葉はバーシェンのその言葉によって封殺された。

 

「傷の具合はどうだ?」

 

「だ、だめなの……。血が……血が止まらなくて」

 

 ローブを血まみれにしながら必死にサイトの止血を行っていたルイズのもとへと、到着したからだ。

 

「腕ごと切り取られたんだ。大きな動脈や静脈も損傷しているだろう……。圧迫止血では限界がある」

 

 バーシェンはそういうと、再び自分の腕に魔力を通し、

 

「焼け……黒火(HeiHuo)

 

 漆黒の炎をサイトに向かって解き放った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「え?」

 

 ルイズは目の前で起こった信じられない光景に、思わず氷結した。

 

 必死に助けようとした……助けたいと思った自分の使い魔が……まるで絶望を現したかのような真黒な炎に、包まれてしまったのだから。

 

「さいと……。いやぁああああああああああああああああああああ!! サイトぉおおおおおおおおおお!!」

 

 悲鳴を上げ慌てて炎を消そうと、両手でサイトの体をたたき始めるルイズ。しかし、黒い焔はルイズの脆弱な消火活動をあざ笑うかのように、一向にその勢いを衰えさせない。

 

「きさまっ!!」

 

 そんな彼女の隣では珍しく感情をあらわにしたフェリスが剣を引き抜き、突然の行動の驚愕から立ち直ったライナが魔方陣を作成しバーシェンに向かって構えていた。

 

「何のつもりだ!!」

 

「何のつもりだ? 普通に人命救助をしただけだが?」

 

「あれが人命救助!? ふざけんじゃねェ!!」

 

 ライナの怒声を軽く流し、バーシェンはサイトのほうを指差す。

 

「よく見ろ、ライナ・リュート。貴様にならわかるはずだ」

 

「なにを……」

 

 そして振り返ったライナは、

 

「え?」

 

「なっ」

 

「……うそ」

 

 勢いを失い消えつつある黒い炎と……まるで腕を損失したのが夢だったかのように五体満足の状態で安らかに眠っているサイトの姿だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「俺の黒火(HeiHuo)は《不燃》なものを焼き払い消滅させる。それは何も物質に限定されたものではない。概念・感情・事象・事実……それらすべては通常の炎が燃やせないもの……《不燃》だ。だから黒火(HeiHuo)なら燃やせる。その気になれば神すら燃やすことができる超上位仙術なのだぞ」

 

 まぁ……体得にはそれ相応の犠牲を払ったが。と、サイトの傷の具合を確認したバーシェンは、ライナをひきつれとある人物のもとへ歩いていた。

 

 フェリスとルイズは置いてきている。あまり聞かれたくない話だし、何より傷が治ったとはいえサイトはまだまだ予断を許さない状況だ。誰かが近くにいた方が安心できる。

 

 バーシェンとしては、ライナもそこにおいていきたかったのだが、あいにくとこいつは自身の秘密に気付いてしまった。ならばそれ相応の話をして口を閉じてもらう必要がある。だから、バーシェンはライナをひきつれ先ほどの事象の説明を行っているのだった。

 

「先ほどの治療はあの少年が『重傷を負った』という事実を焼き払って消し去ったのだ。それによってあの少年は傷を負ったということ自体がなかったことになり、五体満足な状態に戻ったというわけだ」

 

「なんつーでたらめな……」

 

 バーシェンの説明を聞きながら、ライナはそう声を上げた。そんな彼の態度に、バーシェン鼻を鳴らし内心で自嘲の笑みを浮かべる。

 

 そこまで便利な魔法でもないし……これの習得条件を知ったら、まず間違いなくライナは嫌悪の表情を浮かべるだろうと思ったからだ。

 

 だから彼は言葉を重ねる。「どうやったらその魔法を覚えられる?」などと聞かれる前に、

 

「だが、この魔法はデメリットが存在する」

 

「っ!!」

 

 バーシェンの言葉を聞きライナは固まった。そのライナのしぐさを見て、そのデメリットに関しては大方予想がついているのだろうと判断しつつも、バーシェンは説明をやめることはしなかった。

 

「というか、この魔法というか仙術全般にかかわるデメリットなのだがな。我々の魔術宗派……『仙道』は最終目標として『魔術による自然との一体化……回帰』を目標としている宗派だ。そのため、それを極めていけば極めていくほど術者の体は魔法となり……最後には」

 

「消えてなくなる」

 

 ライナがぼそりとつぶやいたその言葉に、バーシェンは鼻を鳴らしながら肩をすくめ、

 

「還元されるといえ。大自然にな」

 

 平然と言ってのけた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ライナは信じられないという気持ちでいっぱいだった。

 

 初めから消滅することを目的に魔術を極めていく存在がいるなど、ライナとしては信じられなかった。そんな不幸なあり方……信じることができなかった。

 

「何回だ?」

 

「ん?」

 

 だからライナは疑問をぶつける。

 

「あと何回で……あんたは人でいられなくなる」

 

 複写眼(アルファ・スティグマ)で……体の80%以上を解析できてしまう(・・・・・・)バーシェンに尋ねる。そして帰ってきた答えは、

 

「……基礎魔法の(Fu)(Fu)(Yan)(Di)でも一分以上の連続使用は厳禁。それを超えると消滅する。それを守ったところで、せいぜいあと10回戦闘に出れれば御の字だ。黒火(HeiHuo)に至っては……」

 

 そこでライナのほうをふり返ったバーシェンは、二本の指を立ててライナに明言する。

 

「二回だ。あと二回使ってしまえば、俺の体は完全に魔術になり……この世界の精霊となって消滅する」

 

 それは、完全な人からの脱却を意味し……《人間》バーシェンとしての死を意味する。

 

「いや……正確に言うなら、あと一回になるのだがな」

 

「え?」

 

 そして、彼らはようやく目的の人物へと到達した。

 

 ルイズが施した不器用な治療の跡が残る……亡国アルビオン皇太子・ウェールズのもとへ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 足音が聞こえた。ウェールズは朦朧とする意識の中でそれに気づいた。

 

 先ほどまで泣きながら自分を看病してくれていた少女の姿はもうない。戦闘に巻き込まれて離れざる得なかったのか、もっとほかの理由があったのかは、彼は知らない。

 

 ただ、

 

「生きていてほしいな……」

 

「だったら安心しろ。ルイズはちゃんと生きている。お前よりも大事な人物が死にかけたから今はそっちに行っているだけだ」

 

「?」

 

 そうつぶやいた時、ウェールズは信じられない声を聞いた。この場にはいないはずの……聞こえてはいけない、あの忌々しい鉄面皮の声。

 

「……あ」

 

 事実を確かめるために、ウェールズは必死に瞼を持ち上げ声を放った人物を確認する。

 

「……バーシェンさん」

 

「久しぶりだな。ボンクラ王子」

 

 彼の視界に映ったのは、相変わらず何の感情も映そうとはしない……微動だにしない顔をした真紅の宰相だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 何とか間に合ったようだな。

 

 かすれた声を出しながら目を覚ましたウェールズを見て、バーシェンはとりあえず安堵の息を漏らした。

 

 死んでいないなら行幸だ。さすがの黒火(HeiHuo)も蘇生などというでたらめな真似はできないからな。

 

 だが……。と、バーシェンはウェールズを一瞥した。

 

「生きる気力がないのはいただけんな……」

 

「はははは……。仕方ないじゃないですか」

 

 バーシェンの言葉を聞いたウェールズは、かすれた声で笑った。ふがいない自分を……嗤った。

 

「最後に……貴族らしい死すら見せることができなかった。アルビオンの栄光を、守れなかった」

 

 大方玉砕覚悟で敵につっこみそれなりの被害を与えてから死のう。そんなことを思っていたのだろうとバーシェンは予想する。それなのに、自分はこんなところで死にかけている。部下たちが次々に華々しく散っているというのに……。と、

 

「だから……もういいんです。死なせてください」

 

 聞きづらい、揺れる声でそう懇願するウェールズにバーシェンは大きくため息をつきながら、何かを言おうと口を開いた。

 

 その時だった。

 

「えぇっと……ウェールズさんだっけ? ちょっと話していいかな?」

 

 彼の隣から声が聞こえてきた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ライナは涙を流しながら自分を責めたてる死に体の男――バーシェンが言うのは皇太子らしい――をみて、自分の親友の姿に重ねた。

 

 魔法騎士団に仲間を屠られ、自分のせいだと声を上げた友人。そしていつの間にか王になっていたというのに、まだまだたくさんの何かを背負っていた友人。

 

 正直頑張りすぎだとライナは思う。つらいなら……苦しいなら、眠ってだらけてそれが通り過ぎるのを待てばいいのにと思う。

 

 だがその友人は違った。つらいことがあっても、苦しいことがあっても、自分のように逃げたりせず、放り出したりせず……歯を食いしばって『より良い世界』を目指して歩み続けていたのだ。

 

 だからこそライナは言葉を漏らす。友人と同じ王族の彼が、こんなところでいろんなものをあきらめていくのは、見るに堪えなかったから。

 

「俺の国の王様はさ、仕事バカで物すごっく弱くて、俺のことマダムキラーの変態だとか広める性悪なやつなんだよな」

 

「……」

 

「そいつもあんたみたいにいつも泣いていたよ。自分の力じゃ何も救えない、助けたい人を助けられないって……。いつも世界に絶望して、挫折して、泣いていた」

 

 そこでライナは言葉を切り、

 

「でもさ、そいつは今でも生きているよ。生きて、救えなかったやつら以上の人間を救おうと今でも王様やっている。誰もが笑って暮らせる世界を作るんだって、俺に嫌がらせしながらいつも楽しそうに語ってくれる」

 

「!!」

 

 ライナの震える声を聞き、ウェールズは朦朧とする意識の中、目だけをゆっくりと動かし声の主へと視線を向けた。

 

「そいつを見ていた俺だから思うんだ。貴族の栄光とか、王族の責任とか、そんな複雑な話は俺みたいな育ちの悪い奴にはわからないけどさ……。王様の責任って、多分死ぬことじゃないと思うんだ……」

 

 そしてライナは、

 

「そしてそれ以前に、俺はいつもあいつに思っていたことをアンタにも聞きたい」

 

 爽やか炸裂な笑顔で頑張り続けるあのバカに、言ってやりたかった言葉をライナは代わりにウェールズへと告げた。

 

「王様云々以前にお前たちも人間だろう。あんたら……やりたいこととか、思い残したこととかねぇのかよ?」

 

 そして最後にその言葉を聞き、

 

「……あるさ」

 

 ウェールズは初めて涙を流した。

 

「アンリエッタを守りたかった。アンリエッタを助けたかった。アンリエッタを抱きしめたかった。アンリエッタと笑いあいたかった……」

 

 涙を流しながら、声をからしながら彼は愛しい人の名前を呼び続ける。永遠の愛を誓い合ったある女性の名前を……。

 

「でも、もう叶わないんだ……。私はすべてを失った。国を失い、部下を失い、地位を失い、父を失った。そんな私が……彼女の隣に立つことなんて」

 

 できるわけがない。

 

 最後に吐き出されたウェールズの言葉に、ライナは思わず息をのむ。そして、ライナは理解した。

 

 あぁ……こいつは、俺と同じように……全部失っちまったんだな。

 

 気が付いた時には両親はおらず、子供時代の友人はすでに死んでいるか、自分を化け物といって遠ざけたか……。

 

 国を出た奴らもいた。そいつらと別れたその直後に入った孤児院の仲間たちは、自分が皆殺しにした。隠成師に入った後出会った人たちは、敵か味方の二択だけ。その味方だって明確に記憶しているのはたったの二人だ。しかもそのうちの一人はすでに死んでいる。

 

 その時ライナは……確かにすべてを失っていたのだ。だが、

 

『ライナっ! いつまで寝ているの? 授業全部終わっちゃったじゃない!!』

 

『聞いた話によると、ライナは孤児院の先生に告白したらしい』

 

『ふむ!! とにかく何が言いたいのかというと、団子とは世界を救う……話を聞け』

 

 次に思い出せるのは、ライナが手に入れていった者たち。

 

 頼んでもいないのに、お節介にも手を伸ばしてすべてを拒絶していたライナを、引き上げてくれた人たちの顔だった。

 

 そんな俺でもここまでこれたんだ。だったら……

 

「何もないんだったら……あとは手に入れていくだけじゃないか」

 

「!?」

 

 ライナの言葉に、ウェールズは思わず息をのみ、

 

「俺だってさ……ホントがんばるとか今でもだるいし、泣きたいほどつらいことあったし、今でもそういったことはあるし、どうしようもなく死にたくなるときだってあるんだぜ? でもさ、そうなったときにかぎっておせっかいで鬱陶しいバカが現れて『死ぬな』っていってくれるんだ。だから……」

 

 ライナが差し出した手を見つめた、

 

「俺がいずれあんたの近くに現れるバカの代わりに言うよ。死ぬな……生きてくれ」

 

 めんどくさがりやな俺には、このくらいしかできないけど……。ライナのその言葉を聞き、ウェールズは目を見開いた後、

 

「……っ!!」

 

 涙でにじんだ視界の中で何とかライナの手をつかみ、

 

「生きたいよ……。生きて……アンリエッタに会いたい」

 

 最後に……ようやく、そういった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 変な奴。巨大な薄緑の竜に乗ったバーシェンは、爆音と黒煙を上げるニューカッスルの城を眺めながら今回の旅に同行してきた、異常な瞳を持つ男……ライナ・リュートをそう評した。

 

 暗殺者のような鋭い動きに、《異世界の神器》を圧倒する戦闘能力……そこからかんがみるに、まず間違いなく彼は軍人だったはずだ。

 

 なのに彼は人が死ぬことを極端に恐れた。仲間の少年が死にかけたところを見て取り乱したのはまだわかるが、見ず知らずのウェールズにまで手を差し伸べた理由がバーシェンにはどうしてもわからなかった。

 

 バーシェンなら見捨てている。少なくとも、見ず知らずの人間のために労力を割くほど彼は慈愛に満ち溢れてはいない。しかし、ライナは救った。見ず知らずの……今日初めて会ったばかりの人間を。

 

「……なぜだ?」

 

 何か目的があるのか? バーシェンがそう思ったとき、

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

 バーシェンの思考を埋め尽くしている人物がバーシェンの隣へとやってきていた。

 

「……俺たちがもっと早くについていたら、もうちょっと多くの人を」

 

「やめろ。救えなかった人間を数えることほど、虚しいことはない」

 

 今は救えた人間のことだけを考えろ。と、言うバーシェンの言葉に、彼の隣に立っていたライナは後ろを振り返った。

 

 安らかに眠るサイトに膝枕をしつつ、竜の背中に生えたとげに背中を預け眠っているルイズ。いつの間にか取り出した団子セットを展開し、すっかりくつろいでいるフェリス。その隣で落ちないように竜のとげに縛り付けられ、寝苦しさにうんうんうなされているウェールズ。

 

 たったこれだけ。彼らが連れて帰れるのは、たったこれだけだった……だが、

 

「確かに俺たちは……こいつらを救ったんだ」

 

 まぁ、ほとんどが身内なのが笑えないがな。

 

 バーシェンの自嘲の言葉を聞いたのか、ライナは大きな欠伸をしながら腕を伸ばす。

 

「あんたさ……意外と優しいんだろ?」

 

「なにを……」

 

 そして唐突にライナが放った言葉に、バーシェンは眉をしかめた。

 

「だって、ラブレターを手に入れた以上、皇太子には特に用はないはずだろ? だけどあんたはそれをはじめから救うつもりだった。じゃなきゃ、あそこで黒火の使用回数減らしたりしないし」

 

「くだらん邪推だ。あれはアルビオン皇太子が、トリステインの繁栄のために利用できそうと思ったから行っただけに過ぎない。でなければ貴重な黒火(HeiHuo)を使ったりするわけないだろう」

 

「ふ~ん。んで? その利用方法って?」

 

「トリステインが独力でアルビオンを落とす。時間がかかるかもしれんが、船で包囲網強いて貿易管制を行えば、土地がトリステインの次に小さいアルビオンは、他国との貿易による補給という手段が取れず完全に干上がるはずだ。そしてあちらが降伏を申し出てきたときに、完全にアルビオンを掌握し、トリステインの属領とする」

 

 ウェールズという外交カードを手に入れた瞬間、バーシェンの脳内ではすでにアルビオン征服のための手段が組みあがっていた。いくらか面倒な問題が残っているが、バーシェンは十分いけると予想している。

 

「トリステイン単独で戦争に勝ったのだから他国は口をはさむことはしないはずだ。ましてや、アルビオンの正式な王族は現在ウェールズのみ。そのウェールズも命を助けられたという絶対的な恩義をトリステインにもっているため無理やり『自分に統治権を戻せ』といってくることもないはずだ……。まぁ、予防策として……」

 

 バーシェンはそこで言葉を切り、

 

「アンリエッタと結婚させて、アルビオン領の擬似統治をさせることもやぶさかでは……おい。なんだその『やっぱりか』といわんばかりの顔は? 本当これは俺の本心とかそんなのではないからな。あくまで国の利益のために……」

 

「お前はお前でマジメンドくせぇな……」

 

 シオンとは別のベクトルで……。そういいながら隣から去っていく、ライナを見送りながらバーシェンは鼻を鳴らす。

 

 そして彼はしっかりとみていた。バーシェンが最後に行った方策を聞いて、ほんの少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべたライナの顔を。そして、バーシェンはようやくライナのことを理解した。

 

 ああ……なるほど。あいつはただの、

 

「優しいバカなのか」

 

 死にかけた奴がいたら助けずにはいられない。絶望している奴がいたなら手を伸ばさずにはいられない……そんなお人よしなのだろう。

 

「まったく……軍人としては長生きできない人間だな」

 

 だが……うらやましい生き方ではある。内心でそうつぶやきながら、金髪の剣士に滅茶苦茶言われた挙句ぶん殴られているライナを見て、バーシェンはほんの少しだけ笑うのだった。

 



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閑話・戻ってきた日常と、望ましくない来訪者

「ご苦労様でしたバーシェン様……。ウェールズ様を連れ帰っていただき、本当に感謝しています」

 

「貴様のためではない。トリステインのためになると思ったからやっただけだ」

 

 涙ながらにウェールズに抱き着き、不機嫌そうな雰囲気を垂れ流す鉄面皮にお礼を言う姫様を見てライナは大きく欠伸をした。

 

 激動のアルビオンから帰ってきて数時間後。ウェールズ皇太子を引きずって(文字通り)帰ってきた宰相に王宮内はいったん騒然となった。

 

 だが、さすがはこの国の実質ナンバーワンの権力を持つ男といったところか、バーシェンはウェールズに跪きそうになる近衛隊達を一喝し、王宮で彼の期間を待っていたアンリエッタを呼びつけた。

 

 そして彼ら王の間へと通され、こうして姫様に礼を言われているわけなのだが……。

 

「まじねみぃ……」

 

「ちょっと、ライナ!! こういう時ぐらいシャキッとしてよ!!」

 

 そんないつものだらけきった態度をとるライナの姿に、ウェールズの姿を見て感涙していたルイズが眉を吊り上げて怒鳴ってきた。もちろん、姫様には聞こえないように小声で……だが。

 

「いやそんなこと言ったってさ……」

 

「ふむ。この色情狂は昨日の夜中突然起きだし「うぇ~へへへへ。ルイズたちも寝静まっていることだし、今がチャンスだ!!」とかいって荒野を駆け抜けたからな。その無理がたたって眠くなっているのだろう」

 

「いや……もう『空の上でどうやって荒野を駆け抜けるんだよっ!!』とか『昨日の夜はルイズたちとはぐれちまってそれに全力で追いつくために貫徹で竜操作していただろうが!!』とか『そもそも俺は色情狂じゃねぇええええええええええええええええ!!』とか、ツッコみたいことはいろいろあるけどTPO読める俺は、あえてツッコまないでおくよフェリス」

 

「いや……ライナさん。口に出している時点でメッチャ聞こえてますし、姫様こっち見て半笑いになってますよ?」

 

 もう、本気で空気読まずに普段の声量でそんなことを言ってのけるライナを見て、空気読まないことでは定評があるサイトですら、顔をひきつらせながらライナの自制を促した。だが、本当は自制を促すべき相手はもう一人いたことに、彼は気づくことができなかった。

 

「ほう。貴様がさっき言わなかった言葉が、すべて私に向いているというのならば、私は『おいライナ。首をはねるぞ?』と、言わないといけないのだが、私もTPOぐらい読めるからな。あえて言わないでおいてやる」

 

 と言ったフェリスは『よし』といった後、ゆっくりと立ち上がり剣をさやから引き抜いた。

 

「え? ちょ……フェリスなにする気?」

 

「むろん、いつもの掛け声なしに貴様の首を……刎ねる」

 

「いやいやいやいやいやぁあああああああああああああああああ!? さすがにここはまずい!! ここは他国の王宮だから!!」

 

「ふふふふ……。きっと赤いだろうな?」

 

「く、くそ……そっちがその気なら俺もやってやるぜぇえええええええええええ!! いつまでもやられっぱなしだと思うな……」

 

「やめんかバカども」

 

 そんな二人の激突を事前に止めたのは、アンリエッタに一通りの報告を終えこちらに戻ってきたバーシェンだった。

 

 跪くルイズたちの横へゆっくりとした足取りでやってきた彼は、立ち上がり戦いの構えを取っている二人に向かって、両腕の魔法を解放!

 

 遠慮ない漆黒の炎をぶちかまし、ライナとフェリスを遠慮なく焼き払おうとして……

 

「って……ちょ、まっ!? お前、その魔法もう使えないんじゃ!?」

 

「ふふふふふ……シネ」

 

 しかし、どういうわけらライナのツッコミはバーシェンには届かなかった。何故か虚ろな笑みを浮かべて黒火(HeiHuo)を引っ込めようとしないバーシェンに、ライナは若干嫌な予感を感じる。

 

「え、ちょっ!? おい、フェリス!! もめている場合じゃねェ、なんかバーシェンが……」

 

「シネェエエエエエエエエエエ、ライナぁああああああああああ!!」

 

「お前もかァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 なんか、やばい!! 本能的にそれを察知したライナは、慌てて隣に立っていた自分の相棒に声をかけるが、その相棒もどうやら壊れていたらしい。奇声を上げ剣を振りかざしとびかかってくる自分の相棒の姿を見たライナは、慌てて身をよじりその攻撃をかわした。

 

 しかし、

 

「いっ!? さ、サイト!!」

 

「死んでください……らいなっさぁああああああああああああああああああああああああん!!」

 

 こちらも壊れているのかいつの間にか抜刀していたデルフリンガーで、ライナを切りつけてくるサイト。そのタイミングはもう不意打ちするには完璧なタイミングで……正直ライナでも避けられそうにない。

 

 ゆっくりと自分の首に向かって近づいてくるデルフリンガーの刃。ライナはそれをしっかりと確認しつつ『あ、これ死んだ……』とあきらめの境地に達しつつ……

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました。

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 あまりに悲惨すぎる&意味不明すぎる夢に、目を覚ました瞬間ライナは上半身を跳ね上げようとして、

 

 自分の首にひんやりとした鋭いものが当たったのを感じ取り、慌ててその動作を止めた。

 

「チッ……。惜しかったな。もう少し勢いよく起き上がっていればその首バッサリと……」

 

「あぁ……またお前か、フェリス」

 

 どこかでやられた覚えがある、フェリスのイタズラ――寝ているライナに剣を突きつけ悪夢の原因を作る――風景にため息をつきながら、ライナは光が差し込んでくるカーテンへと目を向ける。

 

 アルビオンの革命が終了してはや数日。ライナたちは無事に魔法学園へと帰ってきていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その頃のローランドでは……。

 

「頼んだぞ」

 

「お任せください」

 

 シオンが銀色に光り輝く鏡を前に、一人の男に指示を出していた。

 

 その男はシオンが手渡した一枚の手紙を恭しく受け取ると、何のためらいも見せずに銀色の鏡へと体をくぐらせる。

 

 そして男が見えなくなった瞬間、シオンの背後にルシルが出現した。

 

「本当に彼でよかったのかい?」

 

「あぁ。異世界……それも本当に帰ってこられるかどうかわからないとなると、『円命の女神』の可能性があるミルク・カラードたちは送れない。イリスちゃんでもよかったんだが、彼女の場合は異世界まで行かせるとなるとやや不安が残る。やはり、実力的にも年齢的にもなんとかなりそうな彼が適任だろう」

 

「そうかな?」

 

 意味深な笑みを浮かべて姿を消すルシルに、シオンはため息をつきながら鏡を見つめた。

 

 その鏡は、もう輝きを失い無言で浮遊しているだけのただの鏡に成り果てていた。この勇者の遺物……忘却欠片(ルール・フラグメ)の名は《ハルケギニアの銀鏡》。女神が作ったものではない異端の忘却欠片で、その効力は定期的に異世界への門を開くというもの。

 

 その周期は本来なら数十年といった単位なのだが、今回はシオンとルシルの力によってこの異物を無理やり動かしたのだ。

 

 その副作用なのか、この鏡はもう遺物としての力を失っている。こちらからの連絡手段は……完全に断たれたといっていいだろう。

 

 だから、シオンは祈るしかなかった。

 

 自分が送り込んだ助っ人が……ちゃんとライナたちを連れて帰ってくれるように。

 

 ローランドの《英雄王》シオン・アスタール。しかし、今の彼は英雄王としてではなく……一人のシオンとして、心配そうな表情をその顔に浮かべていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その人物は槍を携えていた。

 

「ここが……異世界ですか」

 

 その人物はひどくさわやかな笑みを浮かべていた。

 

「ライナさんもフェリスさんも……無事ならいいのですが」

 

 その人物は……何やら珍妙な物体を抱えていた。

 

「なにせ……まだ槍が世界最強の武器だと、示せていないのですからァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 その人物はやたらとさわやかな笑みを浮かべつつ、残像でも残るんじゃないかと思えるほどの速度まで加速し、自分が出現した森を抜けるために爆走を開始した。

 

 この人物が、ライナに悪夢を見せるまで……あと数日。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

『はい……。はい……。かしこまりました』

 

 ひっそりと、闇の中にたたずむ主の背後に控えた女暗殺者は、主が定期報告を終えたのを確認すると慎重に言葉を選びながら口を開いた。

 

「あのお方は何と?」

 

「興味を持った……だそうよ」

 

 つまり、あの二人を調べろということか。女暗殺者は今までの経験から主が何を求めているのかを即座に察し、少しだけ眉をしかめた。

 

 今二人の話題に上っているのは、バーシェンが引きつれてきた女剣士と、見たこともない魔法を操る男のメイジ。

 

 バーシェンが無双していることなど、いまさらすぎるので黒幕殿は何も言わない。せいぜい「厄介だな」という感想程度しかもらっていなかったことを、女暗殺者は主の定期報告を聞きながら確認していた。

 

 だからこそ、今回興味を持たれたのはあの二人だろうと女暗殺者はあたりをつけたのだ。

 

「ええ。虚無の二人のほうは、私が調べましょう。あと……」

 

「はい?」

 

「ウェールズを殺してきなさい。このまま冷静な判断で兵糧攻めにされたのでは……あの方の楽しみが減ってしまうわ」

 

「御意……」

 

 女暗殺者は『暗殺』という過激な命令に眉一つ動かすことなくそう答えると、自分が被っていた仮面をゆっくりとはずしその素顔をさらす。

 

「では……トリステインに潜入してまいります。一か月ほどかかりますが、よろしいですか?」

 

「ええ。期待しているわよ……。えっと……」

 

 主が自分をどう呼ぶか逡巡するのをみて、女暗殺者は「そういえば、まだ今回の依頼での名前を決めていなかったな……」といまさらながら思い出し、言葉を付け足す。

 

「今回の任務中では……《ビオ・メンテ》とお呼びください」

 

 真紅の瞳に真紅の髪。二つの(アカ)を宿した暗殺者は、その整っているといっても問題ない顔立ちを、まるで凍りついたかのように動かさないまま……そう答えた。

 



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閑話・吸血鬼エルザのト・ク・べ・ツ♡魔法講座!!

 トリステイン魔法学院の昼下がりの庭。そこに設置されたベンチと机には、やる気というものが死滅しきっているとしか思えない黒目黒髪の男がつっぷしており、ぴたりとその動きを止めていた。

 

 その男に近づいていく一つの人影。緑の髪を持ち眼鏡をかけた理知的な美人だ。トリステイン魔法学院学院長秘書……ロングビルである。

 

 彼女は、ベンチと机を一つ占領し固まった男――ライナ・リュートに心配そうに話しかける。

 

「魔法を使えるようにはなったのかい?」

 

 毎日恒例のロングビルのスーパー魔術教室は、現在のところ停滞していた。

 

 ライナがメイジ魔法に必要な魔力の生成にいまだに成功していないからだ。

 

「zzzzzzzzzzzzzzzzzz……」

 

「……」

 

 アルビオンから帰ってきてこのかた、この世界のメイジ魔法について考察を深め、何とか魔力生成に着手しようとするライナを、ロングビルは黙って見守っていた。

 

 しかし、今日に限ってライナの解析の手が止まっているのを見てとうとう行き詰ったかと思った彼女は、意を決して話しかけたのだが、

 

「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」

 

「……………………………」

 

 ライナは寝ていた。もうこれ以上ないといわんばかりの爆睡っぷりだった。鼻提灯を膨らませ、涎を垂らしつつも、座った体勢で完全に固まっているライナはもういっそのこと芸術といっていいのではないかと錯覚してしまうほどの、微妙なバランスで座りながらの睡眠を体現していて、

 

「………………………………」

 

 それを見ていたロングビルはしばらく固まった後、

 

「はぁ。まったく風邪ひくよ?」

 

 自分のローブを脱ぎ、優しくライナに……

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

「「!?」」

 

 かける前に荒まじい悲鳴が響き渡り、ライナを睡眠から引きずりあげ、ロングビルを思わず氷結させる。

 

「な、ななななな!? なんだい!?」

 

「うぇ……え、あ? サイト?」

 

 さすがは元『最高』といったところか。ひたすら混乱を示すロングビルをしり目に、ライナは的確に悲鳴の主を言い当て、思わずその悲鳴が聞こえた方へと合掌する。

 

「い、いや……ちょ、ちょ!!? まって、誤解です!! 誤解なんですっギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

「そ、そそそそ……その年で、る、ルイズと一緒のベッドで寝ているなど……は、は、破廉恥!! やはり男は狼ばっかりなのね!? これはもう、火山大噴火粉じん爆発美少女天使フェリスちゃんが、ルイズちゃんの貞操を守らないと~♡」

 

「い、いや!? 何で突然女口調ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 まぁ、合掌したところでサイトのダメージが軽減されることはないが……。

 

「というか……剣の修行はどうしたんだよ。まぁ、そのなんだ……サイト。ツヨクイキロヨ……」

 

 若干虚ろな目になって遠くを見つめるライナを見て、ロングビルは顔を真っ赤にしていそいそとローブを着こんでいく。いまなら、やり直しがきくと思っているのだろう。

 

 しかし、もともと暗部で油断のならない生活を送っていたライナが、そんな動作を見逃しているわけもなく、

 

「ところで、マチルダ……お前ローブ脱いでなにしてんの?」

 

「……………………………………」

 

 ライナの言葉を聞き、顔を限界まで真っ赤にしたロングビルはローブを着る動作を3倍に速め、着終った後無言で杖を一閃した。

 

「メイク・ゴーレム!!」

 

「え、あ、ちょまっブッ!?」

 

 地面から突き出た巨岩の拳によって、ライナは見事なお星さまとなった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「そ、それで! 魔法が使えるメドはたったのかい!!」

 

「いや……なんかもう、だるいうえに全身痛くて寝たいんですが」

 

「そんな状態で寝たがるとかどんな神経してるんだい……」

 

 華麗にかっ飛ばされた後、這いずるように戻ってきたライナに若干ビビりながらロングビルは疑問をぶつける。

 

 そんなロングビルの態度にあきれながら、ライナはいつものようにだらりとした様子でベンチへと這い上がり、うつぶせの状態でそこに寝転ぶ。

 

「もう……無理無理無理無理無理無理無理。ただでさえあの傍若無人・無表情怪物女に変な夢見せられてろくな目覚めじゃなかったのに、これ以上働けとか本気で無理だって~。おれってばさ~、『メンドクセェ』の『メ』の字を言うことすら『メンドクサっ!!』って思っちゃうようなお昼寝のエリートだぜ? それが何でこんな必死こいて魔法の開発なんてしなくちゃいけねェ……」

 

 その時だった。何処からともなく飛来した大剣が、ライナの顔面スレスレをかすりベンチと机の間にすっぽりジャストフィット。サクッという軽い音とともに地面につき立った!!

 

「……」

 

 思わず無言になるロングビル。

 

「………………」

 

 ギギギギギ……という音が聞こえてきそうな、壊れたブリキ人形に用にゆっくりと剣の方を向くライナ。ちなみにその顔は今までにないくらい真っ青だった。

 

 そして、飛来した大剣――デルフリンガーは、柄についた飾りをカチャカチャとならし震える声で伝言を告げる。

 

「ライナの旦那……フェリスの姐さんからの伝言だ。『あはっ!! あんまりサボっていると、次はこの色情狂みたいに首と体を離婚させちゃうぞ♪』」

 

 やべぇ……とライナは思う。何がやばいって、しばらく前からサイトの悲鳴が聞こえないこともそうだし、何よりフェリスが珍しく女口調を使っていることも通常の理不尽度の数万倍はやべぇ。と、ライナはガタガタ震える。

 

「ふぇ、ふぇ……フェリス!? ちちちちち、違うんだよこれは!? ほ、ほら!! サイトがこの前話していた、あいつの世界にある睡眠学習的なものを試していただけで、決して本気で寝ていたわけじゃ……」

 

 しかし、悪魔はそんな言い訳聞き届けてくれなかったらしい。

 

 再び近づいてくる何かを切り裂くかのような音を感知したライナは、慌ててその場から飛びのき、必死に空中に文字を刻む!

 

「我契約文を捧げ……」

 

「おそい」

 

 しかし、悪魔のほうが早かった。

 

 大分離れた庭の反対側にいたはずの悪魔は、金色の髪をなびかせ目も覚めるような速度でライナに向かって爆走してくるではないか!!

 

 必死に文字を書き上げていくライナ。その速度をライナの世界の住人が見れば、間違いなく度肝を抜かれるほどの速度だ。しかし、悪魔はそのさらに上をいく!!

 

「あはっ♡ 死んじゃえ!!」

 

「こんな恐怖しか覚えない笑顔は初めてだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 魔法の文字が完成する前にライナの目前へと到達した悪魔は、普段は絶対に見せないであろう満面の笑みを浮かべながら、自身の剣をフルスイング!!

 

 ライナは顔を真っ青にして魔法作成を中断。ブリッジするように体をのけぞらせ剣をよける。

 

 空気を裁断し、すさまじい速度で通り過ぎる大剣。鋭く光り輝くその刃はライナの首が存在したところをとてつもない速度で過ぎ去……

 

「って、刃ァアアアアアア!! 思いっきり刃だろそれぇえええええええええええ!? えぇぇえええええええええええええええええええ!? 何で今回は、いつもみたいな打撃じゃ……」

 

 しかし、ライナが言えたのはそこまでだった。

 

 フェリスの神速の一撃を回避するために、無理な回避を行ったため今のライナは隙だらけ。当然フェリスがその隙を逃すわけなく、

 

「ん」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 容赦ないフェリスの蹴りが、ライナに見事にヒット!! 彼の体を天高く打ち上げた。

 

「ん。まったく……またお前は女をはらませることに執心し魔法の研究を怠っていたな。そんな悪い子には美少女天使フェリスちゃんがオシオキしちゃうぞ?」

 

「いや……オシオキ云々どころかあれ死んだんじゃないかい?」

 

 クルクルと錐もみ状に回転しながらしばらく空中遊泳を楽しんだライナは、力なく地面へと落下。その頭を大地に強打した。その際に『アダッ!?』という悲鳴が聞こえたのは決してロングビルの空耳ではないだろう……。

 

 地面にぐったりと倒れたまま動かなくなったライナを見て、ロングビルは思わずため息を漏らすのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「………………………………………」

 

 その頃のルイズは、なかなか帰ってこない使い魔を心配して訓練を行っているといっていた広場に来ていた。

 

 アルビオンから帰ってきてこの方、ルイズはだんだんとサイトのことが気になり始めていた。

 

 自分の危機に立ち上がってくれた騎士。なんて……かっこいいものだとは思っていない。でも、自分のために戦ってくれて、腕一本失う結果になっても自分のそばを離れないといってくれた使い魔。ルイズにとって、好意(まぁ、恋かどうかといわれれば首をかしげざるえないが……)を抱くには十分な理由だった。

 

 それに……

 

『わりぃ……ルイズ。ちゃんと守ってやれなくて……。俺、強くなるから。誰にも負けないくらい……強く!!』

 

「あんな顔して、あんなこと言われたら……心配になっちゃうじゃない、バカ」

 

 アルビオンから帰ってきた夜、ルイズのベッドで寝ることを許されたサイトが漏らした涙混じりの決意の言葉を思い出し、ルイズは思わず眉を悲しそうにしかめた。

 

 あの夜のことは二人だけの秘密だ。いまは誰にも話す気はない……。サイトもそれを望んでいるだろう。

 

 だが、だからこそ……今のサイトの危うさを唯一知ると自覚しているルイズだからこそ、サイトのことを心配せずにいられなかった。

 

 あいつ……無理していないといいけど。ルイズがそう思いながら、広場に足を踏み入れた瞬間!

 

「っ!!!」

 

 ルイズは悲鳴を飲み込んだ。なぜならそこには……

 

 

「てんめぇフェリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 今回ばかりはマジでゆるさねェ!! ぶっ殺してやるから覚悟しやがれぇえええええええええええ!!」

 

「ふん。貴様にこの美しい心根を持つ美少女天使フェリス様が倒せると? 色情狂の分際で……私の神聖さに触れて浄化されるがいいわ」

 

「ちょちょ……ま、まって。待ってください二人とも……せめて俺の避難がすんでからウビュルファ!?」

 

「……魔法の訓練はどうしたんだいあんたら」

 

 なぜか頭に巨大なたんこぶを作って、珍しく怒りに燃えた様子のライナが高速で魔方陣を描きそこから雷を放つ。

 

 いつも通りの無表情でありながらどことなく楽しそうな雰囲気を出している――気がしないでもないフェリスは、その雷を剣で切り裂く。(あれ? 雷って斬れたかしら……と、この時ルイズは率直な疑問を抱いた)。

 

 錬金でも使ったのか、小さな石の椅子を作ったロングビルが紅茶を片手にそれを観戦。

 

 そして肝心な自分の使い魔は……どうやらロングビルのように逃げることはかなわなかったらしく、二人が激突する戦場のど真ん中で悲鳴を上げながら二人の攻撃の余波を喰らいまくっていた。

 

「ちょまって……グボフェア!? あのちょま……アブラフェア!? す、すいません……ちょっと死線くぐったからって調子こいて……アバランチェ!? もうヤダ、おうち帰るぅうううウううううううう!!」

 

 なんかいろいろあったせいで、混乱しているのか情けない悲鳴を上げながら号泣するサイト。そこにはルイズが感じ取り心配していた無茶しそうな悲壮感はまるでなかったのでひとまず安心。

 

 そして、フェリスの剣とライナの魔法が同時にサイトに直撃するのを見て、思わず顔をひきつらせた。

 

 サイトの焦りを取り除いてくれたことを喜ぶべきなのか、それとも遠慮なく自分の使い魔を痛めつけている(本人たちに一切自覚はなさそうだが……)二人を怒鳴るべきなのか……。正直判断に困るルイズだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「話を戻すけど、魔法の習得はできそうなのかい? 今朝になって糸口掴んだとか言っていたけど?」

 

 あれから数分後。フェリスとの激闘を終え、結局予定調和といわんばかりにボロボロにされてしまったライナは、傷ついた体を引きずり何とかロングビルが作り出した岩のベンチまでたどり着いていた。

 

「え? なに? あんたまだ魔法使えてなかったの?」

 

 ライナたちの激闘が終わり、ボロボロになったサイトを何とか回収したルイズは、ロングビルの言葉を聞き少し目を見開いた。

 

 何せ初めて会ったとき、ライナは見ただけで魔法が習得できるといっていたのだ。じっさい特殊な目を持っていたのは事実なのでルイズとサイトはその言葉を信じていたのだが……。

 

「イロイロ事情があるんだよ……」

 

 あちこちに擦り傷や打ち身を作ったライナは、疲れ切った声音でそう返しながらベンチに突っ伏し、一冊の本を取り出した。

 

「なんだそれは?」

 

 ライナを痛めつけて満足したのか、今は穏やかに団子を頬張るフェリスはそれを見て首をかしげる。

 

「いや……。実はこの前の盗賊退治の報酬として学園長に宝物庫の中に入る許可をもらったんだよ。これは、そこで見つけた古文書。どうもあのハルフォード・ミランの手記らしい」

 

「ハルフォード・ミランて……あの始祖の右腕といわれた『四獣の聖騎士』のことかい!?」

 

 しまった……私としたことがそんなお宝見逃すなんて!? と愕然とするロングビルに『お前盗賊やめたんじゃねーのかよ。まぁ、いうのもめんどくさいから言わないけど……』と内心でツッコミを入れつつ、ライナは手記へと視線を戻す。

 

「ここには、聖騎士ミランが行ったある研究に関してのレポートがかかれていてな……。要約すると『精霊魔法使いがメイジ魔法を使うための技術書』なんだよ、これは」

 

「なっ!?」

 

 今度はルイズも驚いた顔をしライナの話に食いついた。

 

「そんな……馬鹿な話があっていいわけないでしょ!! 魔法は始祖ブリミルが私たちに授けてくださった神聖な技よ!! それが、精霊魔法なんてわけのわからないものに複写できるわけが……」

 

「それがそうでもないんだよな……。ロングビル、メイジの魔法系統って土・水・火・風の四属性でいいんだよな?」

 

「あ、あぁ……。それであっているよ。あとプラスで虚無って属性もあるけどあれは伝説だからね……」

 

 今はなくなった系統さ。ロングビルの追加説明に少し頷いてから、ライナは古文書の記述の一部を指差した。

 

「実はここには精霊魔法についての記述があってだな、それによると精霊魔法が操る精霊も四種類『土精』『水精』『火精』『風精』の四種類の精霊と契約を結んで魔法を発動するらしい。つまり、メイジが使う魔力と精霊魔法が使う精霊の魔力は非常に酷似しているって、ハルフォード・ミランは仮定したんだ。そこでハルフォード・ミランは考えた。『この四つの精霊を何らかの方法で変質させることによって、メイジの魔力に似たエネルギーを生成することができるのではないか?』と。そこで考えられた魔方陣が……これだ」

 

 次にライナが開いたページには、やたらと幾何学的な文様が刻み込まれた複雑な魔方陣が描かれていた。

 

「なにこれ? ルーンが描かれていないじゃない。魔法の構文も無茶苦茶だし……こんなもの作ってもなんの儀式も行えないわよ?」

 

「あぁ……。ハルケギニアの魔法使いにとってはそうなんだろうな。だが、俺たちの世界の魔法使いにとってはそうじゃない」

 

 その言葉に今までダメージが抜けきらず、ぐったりしていたサイトが何かを悟ったのか、勢いよく身を起こしライナのほうを見つめた。

 

「もしかして……その聖騎士ミランって人、ライナさんたちの世界の人なんですか!!」

 

 サイトの言葉に、ルイズとロングビルは驚いた様子でライナのほうを見つめた。聖騎士ミランといえばハルケギニアでは『騎士の原点』といわれる最古にして最強の武人。彼が操ったとされる魔術にあこがれ、いまでも多くの魔法使いたちが自身の魔法で操れる獣型のゴーレムの制作に躍起になっていたりする。

 

 あの烈風にカリンですら、若いときには自身の風で竜を作り、箔をつけようとしていたことがあるなどといううわさがまことしやかに流れるほど、彼の知名度は高いのだ。

 

 それがまさか異世界の人間だったとは……。幼いころから彼の英雄譚にふれてきたハルケギニア人としては少し驚きが隠せないでいた。

 

「あぁ。子孫にあったことがあるからまず間違いない」

 

「そ、それって本当!?」

 

「さ、ささ……サインとかないのかい!?」

 

 ライナがその事実を告げると、ほかの二人が勢いよく食いつくほど彼の知名度は異常だった……。

 

 い、いえない……。その聖騎士の子孫は平然と子供殺しに来る暗殺者ですよ? とか口が裂けてもいえない……。

 

 こちらに向かって身を乗り出してくる二人を押しのけながら、自分たちの恩人であり数日の間宿を借りていた青年を殺しに来ていたあの真黒な殺戮者を思い出し、ライナは思わず顔をひきつらせた。

 

「だが、方法が見つかったのならもったいぶらずにとっとと使え。それとも魔法オタクライナちゃんは『うへへへ~。これが俺の世界の魔法なんだぜ~。なんなら手取りあれとり教えてあげようか~』とか言いつつ、ルイズや三流美人を自室へと連れ込み手籠めにしようと……いや~!! そ、そんな……ライナきさま、外道だとは思っていたがまさかそんなことまで!?」

 

 そんな二人をしり目に、フェリスは相変わらずフェリスワールド全開でそんなことを言いながら、ライナに向かって剣を向けてきて……。

 

 それにライナは三白眼を向けながら、何度ついたかもわからないため息を漏らし、

 

「もう……それでいいけど、話が終わるまで邪魔するなよ」

 

「むっ……」

 

「ていうか三流美人って私のことじゃないだろうね?」

 

 サラッと流した。ライナのつれない態度に不満でも残ったのか、ほんの少しだけつまらなさそうな表情を顔に浮かべるフェリス。例によって例のごとく、ライナにしかわからない微妙な変化だったためほかのメンツは気づかなかったが……。

 

 そんなフェリスと、若干額に青筋を浮かべてフェリスを睨むロングビルを無視してライナは話を続けていく。

 

「それがそういうわけにもいかないんだよ……。この魔方陣を使いこなすには、俺の世界ではなかった概念が一つだけ必要になってくる」

 

「それっていったいなんなんですか?」

 

 サイトが首をかしげて訪ねてくるのを聞き、ライナは大きなため息を漏らしある記述を指差した。

 

「精霊魔術――こっちでは先住魔法だったか? それが魔法を覚える前に必ず体得しないといけないとされている特殊技術……精霊を見分ける目が必要なんだよ」

 

 そこにはこう記されていた。『火精2・水精3・土精1・風精4の比率で魔方陣を構築すべし……』という、無情な記述が書き記されていた。

 

「先住魔法ですって!?」

 

「エルフや先住種が使う魔法じゃないか!!」

 

 ライナの信じられない一言を聞き、ルイズをロングビルは目を向いた。

 

「あぁ……。使える知り合いがいないかと思って聞いてみたんだけど……やっぱりだめか?」

 

「ダメうんぬん以前の問題よ!? 先住魔法を使える種族は数いるけど、メイジにとって彼らの魔法は天敵よ!!」

 

「特にその使役者の筆頭がエルフだからね……。メイジはあいつらにいろいろと痛い目にあわされているから、苦手意識どころか忌避感すら持っている感じだね。まぁ、裏の稼業での捕獲や討伐依頼が出たら遠慮なく狩りにいく程度には対応できるけど……」

 

 できることならあまりお近づきになりたくはないね……。ロングビルとルイズの共通見解を聞きライナは思わずため息をついた。

 

 ライナがこの魔法を覚えるためには、精霊を見分ける目が必須だ。なにせ今のライナでは精霊はただの光の粒にしか見えない。どれが火の精霊で、水の精霊かなどと聞かれても首をかしげるしかないのだ。

 

 別にライナの世界の魔法を使う時には困らない。あっちと同じ感覚で並べればきちんと答えてくれる。

 

 だが、それではメイジ魔法は永遠に使えない。この世界に長期滞在するために、できるだけ不自然な点は消して溶け込みたいライナとしては、それではいろいろと問題が発生するのだ。

 

 だが、今の知り合いたちではどう考えても精霊魔法を教えてくれそうな人物のつてがない。いっそどこかに隠れている先住種たちでも探すか……。うわぁ……マジめんどくせぇ。

 

 ライナが若干のあきらめと、再びどこかに旅に出ないといけないという事実の、あまりのめんどくささに打ちひしがれた時だった。

 

「ん、先住魔法? それなら私の団子屋で働いている吸血鬼が使えるが?」

 

 ほんの少し不機嫌そうだったフェリスが、唐突に放った爆弾発言によって、

 

「え…………」

 

「は?」

 

「なっ………!?」

 

「???」

 

 目を見開くライナ。恐怖で固まるルイズとロングビル。そして「吸血鬼なんていたんだ……あ、でもそれって危険じゃないのか?」と元の世界の知識と照らし合わせて首をかしげるサイト。

 

 四者四様の反応を見せた後、

 

「それって本当か!?」

 

 というライナの言葉は、

 

「「きゅきゅきゅきゅきゅ……吸血鬼だってェエエエエエエエエエエエ!?」」

 

「ああ、やっぱり危険だったんだ……」

 

 真っ青な顔をしたルイズとロングビルの悲鳴によってかき消された。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「いくらなんでも怯えすぎだろ……」

 

 首都トリスタニアへの大通りを馬に揺られながら進むライナは、結局ついてくることは断固拒否したルイズとロングビルがいる学園のほうを振り返りため息を漏らした。

 

『なに非常識なこと言っているのライナ!! 吸血鬼って人を食べるのよ!!』

 

『絶対スキを見せるんじゃないよ!! あんたならまず負けることはないだろうけど、でもあいつらは狡猾だからね!!』

 

 学園を出る際に散々注意してきた二人の言葉を思い出しながら、ライナは肩をすくめた。

 

「あいつらわかっていないな~。たとえどんな化け物が出てきたとしても、俺の隣にはあのいじめっ子極悪悪魔のフェリスがいる……」

 

 走る衝撃。鳴り響く打撃音。吹き飛びライナ。

 

 いつものプロセスを経た後、錐もみ状に回転して空中遊泳をした後地面へとばたりと倒れるライナを見て、ライナの馬に追従するかのように歩いていた馬に騎乗したフェリスは満足げに頷く。

 

「うむ。また一つ……変態色情狂の脅威が減ったな」

 

「おい……わりとシャレにならないんだけど?」

 

 後頭部を遠慮なくぶん殴られたためかいつもより揺れる脳に閉口しながら、ライナはふらふらと立ち上がりフェリスを睨みつけた。

 

 そんなライナを見てフェリスは少し安堵したかのような表情で、

 

「チッ……。生きていたのかライナ!! 心配したぞ?」

 

「思いっきり舌打ちが聞こえたんだが……」

 

「生きていたのかライナ!! 残念だぞ?」

 

「舌打ちぬいて本音が漏れてんだけど……。あの、俺に対する配慮とかほんとにしないのお前?」

 

 わりと傷つくんだけど。という、ライナの結構切実な抗議に、フェリスは一つ頷いた後、

 

「ふむ。よかろう。確かに今回はやりすぎた気がしないでもないしな……。この騒ぎの始末は私がつけてやろう」

 

「んあ? 騒ぎ?」

 

 フェリスに言われあたりを見回したライナは、大通りを歩いていた人々がこちらを見て氷結しているに気づき、『あぁ……』と思わず漏らした。

 

 そりゃこんな大通りで人が一人殴り飛ばされたら誰だって驚くだろう。確かにこのまま何のフォローもなしに出ていくのはなかなか問題がありそうだ。

 

 だからライナは少し感心したような視線をフェリスに向けた。

 

「おぉ……。お前もやればできるじゃん。他人への配慮とかできたのな」

 

「当然だ。私は完全無欠美少女天使フェリスちゃんだぞ」

 

 ふふん。と、ライナにしかわからないほんの少し得意げな顔をしながら馬を飛び下りる。

 

「では……」

 

 そして、フェリスは大きく息を吸い込むと……

 

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「………………」

 

 突然かわいらしい女の子らしい悲鳴を上げ始めた。

 

 その声を聞き「あぁ……お前にちょっとでも感心した俺がバカだったよ……」といわんばかりに落ち込むライナ。しかし、事態はそんな彼を置き去りにして進んでいく。

 

「いや……またそんないやらしい目で私を見てぇえええええ!! このストーカー! もう私に付きまとわないでって言ったじゃない!?」

 

「えぇ……。今回そんなめんどくさい設定なの」

 

 というか……そんなことを言っている場合ではなかった。フェリスの言葉を真に受けた人々が一斉にざわめきだし、何人かの人がどこかへかけていく。

 

 おそらく自警団とか駐屯警護兵とかそのあたりに駆け込みに行ったのだろう。

 

「いや……フェリスホント勘弁して」

 

「勘弁してですって!? 私の下着を知らない間に盗んだり、それを頭にかぶって奇声を上げながら街中を駆け回ったりしたくせに!! も、もう、あなたにはうんざりしているの!! 家で暴力を振るわれたって構わない!! 私は……あなたの恐怖と戦うわ」

 

「してねぇよぉおおおおおおおおおおおおおおお!! というか俺からしたらお前のほうが恐怖だわァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 しかし、ライナの魂の叫びは往々にして通じない。

 

「ちょっと君……うちの駐屯所まで来てもらおうか?」

 

 案の定、善良な市民からの通報を受けた警護兵がやってきてライナの腕をつかむ。

 

「あ、ちょ……まって。違うんです……。あれ全部あいつの妄言で……」

 

「君みたいな犯罪者は大体そういうんだよ。署までご同行願えるかな?」

 

 そんなライナの姿に満足したのか「うむ」と頷いたフェリスは、再び颯爽と馬にまたがった後、

 

「ではなライナ。先に団子屋に行っているからさっさと来いよ?」

 

「あ、ちょまて、フェリス。てめぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 後ろから響き渡るライナの絶叫を聞き、フェリスはほんの少しだけ満足げな笑みを浮かべていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「案外下町というのもいいものですねバーシェン卿」

 

「時々はお忍びでこういうところも訪れないとな……。住民の意見を聞くのも政治家の立派な仕事だ。王政の良い点は権力集中による決断の速さとフットワークの軽さだが、だからといって国民の意見をないがしろにしていいということにはならない」

 

 いつものような品質のいいローブではなく、旅人が着るようなすすけたマントをまとった美男子が二人、トリスタニアの大通りを露店の串焼きをほおばりながら歩いていた。

 

 宰相バーシェンと、最近彼のもとで政治の勉強を始めたウェールズである。

 

 アルビオンから命からがらの脱出を果たしたウェールズ皇太子は、渋りながらも自分の国がトリステインに吸収合併されるのを認めアンリエッタとの婚約を行った。

 

 自分の国が完全に消滅するのを是とした彼の気持ちは計り知れないが、少なくとも今は後悔をしている様子は見えない。おそらく、かなりの葛藤の末割り切ることに成功したのだろう。

 

 とはいえ、彼もこのままなにもしない王女の夫という立場に甘んずるつもりはなかった。それはバーシェンも同じだったようで「私に仕事をください!!」といいに行く準備をしていたウェールズの前に現れ「貴様を俺がいなくなった後の次期宰相候補として推しておいた。今からビシビシ鍛えていくから覚悟しておくように」と、先手を打って宣言したのだ。

 

 それから先は大忙しの日々だった。

 

 アルビオンのレコンキスタ駆逐のための空中艦隊の整備やら、「寝取った女のもと婚約者との決着ぐらい自分でつけろ」と「言い方に気を使ってください」アンリエッタにギャンギャン抗議されていたバーシェンから命令をうけ、一人怒り狂うゲルマニアの王に謁見しに行ったりと……。なかなかハードな日常を過ごしていた。

 

 しかし、今日はそんなめんどくさい話を抜きにしての休暇――トリスタニア観光だった。相方がバーシェンというのはいささか不安だったのだが、さすがは市民至上主義の宰相といったところか。彼は、トリスタニアの観光名所や隠れた穴場などを的確に説明し、連れて行ってくれた。

 

 もっとも、『上に立つ者として市民の生活も知っておけ』というのはわりと本気らしかったが……。

 

「さて、次はどこに……」

 

 そして、トリスタニアの大通りで見るべきものは大体見終わった後、次に行く場所を決めるかと地図を広げかけたバーシェンは、突然ある一点を見つめながら動きを止めた。

 

「ん? どうしたんですかバーシェン卿」

 

「………………」

 

 ウェールズの問いかけにバーシェンは答えない。ただ、彼は普段はめったに動かない鉄面皮を見事な三白眼に変えて、ある建物へと向かって歩き出した。

 

 不思議に思いウェールズもその後へと続く。

 

 バーシェンがたどりついた先は、王都警備隊の詰所。

 

 そこでは一人の男がいつものだらけきった態度をけし、もう泣きそうな顔で警備兵に話をしていた。

 

「いや……だから、俺ホントそんなことしてなくて」

 

「いつまでも黙秘していると、ためにならんぞ?」

 

「いや……ホントしてないんだって……」

 

「こんなところで何をしている……」

 

 その男は、ウェールズがアルビオンから逃げ出す際に協力してくれたあの魔法使いで……。

 

「ほんと……何してるんですか……」

 

「フェリスに……はめられた」

 

 その痛々しい声は、ちょっとウェールズの憐れみを誘ったという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「……」

 

 トリスタニアの郊外に位置するとある大きな街道に、その店はたっていた。

 

 その名も《エリスダンゴ店》。結構人気があるというのに小ぢんまりとした店を改装しようともしないその店は、妙な清潔感にあふれる、落ち着いた雰囲気のお店だ。ただ、小さくてボロイというわけではなく、かわいらしいほのぼのするといったイメージを持つ店で、悪いイメージは持ちづらかった。

 

 そんな店の前に一人の男が立っていた。

 

 どういうわけか疲れ切った顔。げっそりと頬がやつれたその顔からは不健康で陰気くさい雰囲気が漂わせながら、目は爛々と殺気を放ちながら輝いている不気味な男。

 

 というか……ライナだった。

 

「フェリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」

 

 結局あの後「貸し一つだ。今度トリステインのためになんかただ働きしろ」というバーシェンの一声によって何とか警備兵から解放されたライナは、自分に無駄な疲れを蓄積させた相棒に復讐するためにとんでもない速さでこの団子屋に……やってきたわけではなく、あちこちのオープンカフェがある店に入り浸り、時々休み、時々昼寝をしながらやってきていた。

 

 というわけで現在の時刻はすっかり夕刻。ちなみに彼が疲れ切った雰囲気を出しているのは『おれ、このまま休みまくったぜ!! みたいな雰囲気で行ったら『私を待たせるとは……いい度胸だ』とかいってフェリスが殴りかかってこないか?』という不安を覚えたため『つい今まで警備兵の連中につかまってたんだぞコルゥア!?』という雰囲気を出すための彼の精いっぱいの演技だったりする。

 

 そんなライナが演技まじりの怒声を上げるのを聞き、店先で掃除をしていた見覚えのある男が「やっと来たか……」といわんばかりの顔でため息をついた後、ポケットから取り出した紙を見ながら、

 

「って、なにそれ?」

 

「ああ……フェリスねぇさんからの言伝っす」

 

 男……元山賊Bはそんなことを言いながら朗読を開始した。

 

「『ふはははははは!! のろまなライナくん、貴様は本当に色情狂でのろまだな。あまりにお前が来るのが遅かったから、エルザと一緒に新しい団子を探求する旅に行ってくる。魔法のことが聞きたいのならゲルマニアの『ニャルラトホ……』なんといったか? とにかくそういったところに来るといい!!』だそうです」

 

「ふざけんなぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 通常だったら軽い冗談だと笑って流すような悪ふざけ。しかし、フェリスの場合はわりとその言葉はシャレにならなかった。彼女が全力疾走すれば一晩でローランドから山脈を越えてイエットに入ることすらできるのだ(彼女より実力が下と思われる槍使いが、これを実行していたのでこれは間違いないとライナは確信している)。トリスタニアから隣国のゲルマニアへ移動するなど彼女にとっては物の数ではないだろう。

 

「えぇ……。マジで? マジであいつ旅とやらに出ちゃったの?」

 

「ええ。そりゃもう楽しそうな声で『ライナの泣きっ面が目に浮かぶわ!』とかいいながらエルザを引きずって地平線の彼方に」

 

「もうそのまま帰ってくんなよ……」

 

 山賊Bが言った光景がまざまざと想像できてしまったライナは、思わず本音を漏らしてしまったが、

 

――ガタタッ!!

 

 店の奥にあるカウンターの影からそんな音が聞こえてきたのを聞き思わず目を細めた。

 

 山賊Bは慌ててカウンターの後ろへと駆けていき、そこにいる何かとこそこそ会話を開始する。

 

 それと同時にどこかで見たことがある白魚のような美しい白い手がカウンターの後ろから突き出され、山賊Bに何か紙のようなものを渡した。

 

 疲れ切った顔でふたたび店先に出てくる山賊B。もう何となくカラクリがわかってしまい黙り込むライナ。

 

 そんな間抜けな光景を展開しながら、二人の寸劇が始まる。

 

「えぇ……ごほん。い、いや~。ライナの兄貴はよくそんな風に姐さんのことを邪険にするけど、姐さんって実はメッチャいい人なんだぜ? 薄汚れた色情狂兄貴なんて『はぁああああ!! フェリス様ぁ……ずっと俺の近くにいてきたない俺を浄化してくださいぃぃいい!!』なんて、泣いて頼みこまないといけないくらい良い人なんだぜ?」

 

「ふ~ん」

 

 もう何がしたいの? といわんばかりに疲れ切った顔で(今度は本当に疲れ始めていた)相槌を打つライナに『すんません……。もうちょい付き合ってください』と必死にアイコンタクトを送りながら山賊Bの茶番は続く。

 

「実は数日前のことだったんだけどよ、フェリスの姐さんが久しぶりにうちの店に訪れたときトリスタニアの貴族のえらいさんが馬車暴走させちゃってね。大通りで遊んでいた子供をあわや撥ねそうにになったんだよ。そこを颯爽と現れたフェリスの姐さんが体を張って子供を助けた!!」

 

「おお……。そりゃすごいな」

 

 まぁ、なんやかんやでフェリスは子供に甘かったりするのでそういったこともするのだろう。と、ライナは思う。前に《あらゆるものを作り出すことができる遺物》の使い手と戦ったときも、彼女は体を張って巻き込まれた子供を助けていた。

 

「そうなんだよ! もうその子供をかばいながら地面に転がっちまったから、もう姐さんはボロボロに傷だらけになっちまって」

 

「ん?」

 

 そんな風にボロボロになってフェリスが帰ってきたことはないんだけど? ライナが山賊Bの話に一瞬首をかしげた時だった。

 

「そんな風に姐さんは子供を助けたんだ!! 1万人ほど!!」

 

「………………」

 

「あわや大惨事を未然に防いだ英雄だよ姐さんは!!」

 

 もう『兄貴……なんかツッコんでください……』という懇願の瞳を向けてくる山賊Bに若干の同情の視線を走らせながら、ライナは思わずその光景を想像してしまう。

 

 暴走し凄まじい速度で大通りを走り抜ける暴走馬車。それに轢かれるのを待つかのようにその進路に一直線に並ぶ子供一万人。それを一人一人ズザーゴロゴロズザーゴロゴロと助け続けるフェリス……。

 

「うん、もう大惨事だね。きっとその子供たち禁呪かけられてるからな? 呪われてるからな? 轢かれるうんぬん以前の問題だからな?」

 

 もう、そんな悪夢としか思えない光景に思わずそう漏らしながら、ポンと山賊の肩に手を置いた。

 

 お疲れ様……。という感情がありったけ込められたライナのねぎらいに山賊Bは涙を流し『ありがとうございます』といわんばかりに頭を下げる。

 

 そんな一人の男に敬意を表しつつ、ライナはエリスダンゴ店へと入り奥にあるカウンターへと足を運ぶ。そしてその裏を覗き込むとそこには……!!

 

『他にも火事に巻き込まれて死にかけていたサラマンダーを7億6000兆匹ほどたすけているのだ? どうだ参ったか、コルゥア!!(この『ルゥア!!』の部分をできるだけ強力な巻き舌で頼む)』というツッコミどころだらけのカンペを書いているフェリスが三角座りで身をひそめていて、

 

「何してんだフェリス?」

 

 頭上から降り注いだライナの声に、フェリスはびくりと震えた後とんでもない速度で先ほどまで書いていたカンペを粉みじんに引き裂き、なにくわぬ顔で立ち上がった。

 

「おう。ライナ遅かったな! あまりに遅かったせいでゲルマニアの……『テンベルクシュタイナー』に行って帰ってきてしまったではないか!!」

 

「ああ……。うん。そうだね。遅くてごめんね」

 

 もう、初めに言っていた都市と一文字もあっていない都市名がライナに向かって告げられるが、正直もう付き合うのもめんどくさくなったライナは適当に相槌を打っておく。

 

「でさぁ、フェリス……お前に引きずられていったその吸血鬼とやらはいったいどこにいんの?」

 

「うむ? 奴なら今旅の疲れをいやすために部屋にいるから貴様のような色情狂に合わせるつもりはないぞ? 本人も『バーカバーカ。ライナの変態女装趣味~』とかいっていたしな」

 

「それ明らかにお前の悪口だろうがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! つーか俺が女装しなくちゃいけなくなったのは十割がたお前のせいだろうがァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 ルーナにあった悪夢のピッキーランドの記憶を掘り返され思わず怒声を上げるライナ。

 

 そんな彼に向かって一つの人影が飛びついてきた。

 

「んぁ?」

 

「わ~い!! お客さんだお客さんだ~!! お兄さん何食べる? みたらし団子? 餡ダンゴ? 三食ダンゴ? 私のお勧めはハシバミダンゴだよ?」

 

 やたらとかわいらしい笑顔を振りまく絶世の美少女。正直言ってフェリスの妹のイリス・エリスに匹敵するくらいその少女は可愛かった。

 

 あふれる長い金髪に、桜色の柔らかそうな頬。天真爛漫な笑顔は疲れ切った大人の心に温かい光を差し込ませてくれることだろう。

 

 そんな無邪気な少女の服の上には小さなダンゴのロゴが入った紺色のエプロン。どうやら彼女もこの店の店員らしい。

 

「おいおい……こんなガキまで働かせてんの?」

 

 何かわけがあるのだろうが、さすがにあまり関心はできない。そう思ったライナがフェリスにそう抗議しようとした時だった。

 

「エルザ!! そいつからすぐに離れろ!! そいつは前から言っていた変態色情狂だ! 下手に触ると妊娠するぞ!!」

 

「しねェよっ!! って、エルザ?」

 

 フェリスがあげた怒声に反射的にツッコミを入れつつ、ライナはその少女の名前に首をかしげる。

 

 それって確か吸血鬼の名前だったんじゃ……。

 

 その時だった。少女は顔をうつむかせるとゆるゆるとライナの体に回していた手を放していき、

 

「チッ……。な~んだ。金づるじゃないんだ」

 

 あからさまに邪悪な表情を浮かべて舌打ちを漏らした。

 

 そんな彼女の態度に、ライナはイエット共和国のとある詐欺師少年の顔を思い出し思わず頬をピクリと動かし顔をひきつらせた。

 

 こうして、ライナとエルザの初めての接触は心象最悪なところからスタートすることになる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「にしても精霊魔法を習いたいなんて……あんた本当に人間なの? 普通はそんなこと考えないわよ?」

 

「……」

 

 先ほどとは打って変わって不遜な態度をとりながら机の上に座って胡坐をかく少女――エルザに、ライナは顔をひきつらせながら口を開いた。

 

 場所は先ほどの店ではなく、店の裏側に設置された店員=元山賊たちの居住スペース。結構な人数がいるため、小さな食堂が設置されておりライナたちはそこで話をしているのだ。

 

「いや……。それ以前にお前、それがお前の普段のしゃべり方なの?」

 

「はぁ? あたり前じゃない。あんな口調を身内でもつづけるなんて鳥肌が立つわ。私が接客でああいった態度を取るのはそっちの方が客の金払いがいいからよ。私の愛らしい笑顔を見て大人は癒されて、私たちの財布は潤う。どっちも損をしない素晴らしいシステムだと思わない?」

 

 それは相手がだまされていることを知らないこと前提の話だよな? と、ライナは思った。

 

 フン、と鼻を鳴らし元山賊が入れてきたお茶をズズーとすするその姿はまさしく貫禄があるおばさんそのものだ。なんというかもう、吸血鬼なんて言葉は忘却の彼方へと追いやられ、詐欺師の文字しか思い浮かばない。

 

「いや……。もういいけどさ。女って怖いのな」

 

 とりあえず深く考えてもめんどくさいだけなので、ライナはそう自己完結しその話題は一切無視することにした。深く考えてもどっちにしろ今のライナには関係のないことなのだから。

 

「それで、精霊を見分ける方法について教えてもらいたいんだけど……」

 

「フェリス姉さまから聞いてるけど……私としては『何で見分けがつかないのよ?』って、言ってやりたい気分ね。普通精霊を見れるようになると同時に見分けなんてつくようになるわよ?」

 

 不審そうな視線を向けたエルザが語るには、精霊を見分ける方法はいたってシンプル。精霊には各属性によって色がついているため、それによって判別を行うらしい。

 

 炎の精霊なら赤。風の精霊なら緑。水の精霊なら青。土の精霊なら茶色。

 

 エルザが見る精霊たちにはそれぞれそんな色が配色されているらしかった。

 

「でもあんたにはそうは見えないのよね? こんな質問しにわざわざ学院くんだりから首都にまで足を延ばすくらいだもの」

 

「ああ。俺には全部光り輝く物体がふわふわ浮いているようにしか見えねェ」

 

「う~ん」

 

 少し考え込むように顎に手を当てて唸るエルザ。その傍らでは二人の魔法談義の意味が分からず飽きてしまったフェリスが、元山賊のかしらを呼びつけ新作ダンゴに試食をしている。

 

「ほほう……これは、塩が入っているのか?」

 

「へい。食べ物の甘さを引き立てるためには全く逆の材料を使うのも一つの手だと教えていただきやして……。そしてこれを。また東方から団子の材料に使えそうなものが入ってきたので買い占めておきやした」

 

「こ、これは……きな粉ではないか!?」

 

「さすが団子神の姐さん。この材料の名を知っておられやしたか……。これでウチの団子のレパートリーがまた一つ増えやした」

 

「ふむ……。たゆまぬ努力を続けているようだな!!」

 

「ですが姐さん……一つ問題が」

 

「ん? なんだ?」

 

「その……。これ買い占めちまったせいで、少し借金が……」

 

「名義は?」

 

「姐さんの指示通り『ライナ・リュート』にしてありますが……。よろしかったので?」

 

「うむ。ならばいい。問題など何もないな」

 

「大ありだぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ちょ、あんた……人がせっかく考えてあげているんだから集中しなさい!!」

 

 聞き捨てならない言葉を聞き勢い良く立ち上がるライナ。それに驚いたエルザはライナに向かって怒声を上げるが、もう今のライナにはそんな言葉耳に入らなかった。

 

「ちょ、お前フェリスゥウウウウウウウウウウウウウ!? また俺の名義で借金しやがったのかお前!? いくらだ……いくら借りたぁああああああああ!?」

 

「え……えっと。あ、安心してください兄貴!! ほんの10万エキューですって!!」

 

「それもうこの世界では城一つ買える額だろうがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「仕方なかったんだライナの兄貴!! きな粉をは東方から来る貴重な食材……それを買い占めるためにはこのくらいの金が必要だったんです!! それに、フェリスの姐さんが『所詮ライナの金だからね。スキに使え』っていったから……」

 

「フェリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! もうかんべんならねぇ……表でろやゴルァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ふん」

 

「グボファ!?」

 

 キレたライナがフェリスに向かって襲い掛かるが、当然フェリスがその攻撃を予想していないわけもなく、彼女の剣の一撃によってライナは見事なお星さまへと変貌を遂げた。

 

 いわゆる場外ホームランというやつだった。

 

「ふっ……。団子神様にその身を捧げられたというのにごちゃごちゃうるさい奴め。まぁいい。悪はほろんだ」

 

「どちらかというとお姉さまのほうが悪の気がするんだけど……。まぁいいわ。外に出る手間が省けたし」

 

 実際は窓を突き破り店の裏庭へと叩き出されたライナを見つめながら、エルザは手をひらひら降りながらライナに話しかける。

 

「ちょっと~」

 

「……なんだよ。おれもうちょっと絶望するような額の借金のめんどくささのあまり現実逃避したいんだけど」

 

「あ~。その気持ちはわからないではないけど、今は魔法の習得に集中しなさい。とりあえず……」

 

 エルザはそこで言葉を切り、

 

「あんたが使っているっていう特別な魔法……。ちょっと私に見せてくれないかしら?」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)

 

 空中に浮かび上がる魔法陣から稲妻がとびだし、ライナの指示を受けてどこかにぶつかる前に霧散する。

 

 さすがに魔法学園のような広い敷地がないところで、何かに直撃させるのは危険だろうと思ったライナが発動する際にちょっといじったのだ。

 

 だが、ライナの世界では驚かれた『お手軽感覚魔法改造』にはエルザは目をくれることもなく、代わりにライナが作り出した魔法陣のほうを凝視していた。

 

「はぁ!? 何でそんな無茶苦茶な精霊比率で雷の魔法が打てるのよ!?」

 

「そういわれても俺全然精霊のこととかわからないんだけど……」

 

「あんたバカぁ!? どう考えてもおかしいでしょ!? あんたが作った魔法陣に風の精霊なんてスズメの涙程度しかなかったわよ!! ほとんど炎と水で構成されていたわよ!! それで何で雷が出んのよ!!」

 

 ギャンギャンわめくエルザに閉口しつつ、ライナは少しエルザをちょっと観察した後、二三度虚空に指をふるう。その後再び魔方陣を作成。作り出した状態で待機させている魔法陣に視線を落とし、エルザへと問いかけた。

 

「ちなみにこれは炎の魔法なんだけど、精霊的にはどんな感じ?」

 

「100%水の精霊で構成されているけど……」

 

 適当に割り振ったとは思えない奇跡的な比率の出現に、『偶然って怖いわね……』と戦慄するエルザ。しかし、ライナはいたって普通にその魔方陣を見つめ。

 

「あぁ……なるほど。やっぱりこれが水の精霊だったか……」

 

「!?」

 

 とつぶやいてしまい、エルザの目を大きく見開かせた。

 

「え、ちょ……まさかもう見分けつくようになったの?」

 

「あぁ。大体だけどな……」

 

 ライナはそう告げながら自分の目を親指で指示した。

 

「俺の目が魔法を解析するのは知ってる?」

 

「え、ええ。フェリスお姉さまからは聞いてるわ」

 

「それでお前のことをほんのちょっと解析したんだけど……」

 

「なっ!?」

 

 まさかスリーサイズまで図ってないでしょうね!? と戦慄を覚え、虫けらでも見るような目でずざざざっと下がるエルザにライナはちょっとだけ泣きそうになる。

 

「あのさぁ……念のため聞くけど、お前の中で俺ってどんな立ち位置?」

 

「え? 変態色情狂でしょ? フェリスお姉さまからそう聞いたわよ?」

 

 エルザの真剣な声音を聞き、ひざをついてうなだれてしまったライナは悪くないと思う……。というか山賊……フォローしてくれよ。内心で全く働いてくれないあの男たちにため息をつきながら、ライナは目に意識を向ける。

 

 それと同時に浮かび上がる真紅の五芒星に、エルザは息をのんだ。

 

「それによるとさ、初めて精霊魔法を使ったときに術者はちょっとした祝福を精霊からもらうらしいんだよ。それが……」

 

「精霊を見分ける目でしょ? 私も師匠からそう教わったわ」

 

 自分の師匠……エルフの魔法をほかの種族が使えないか? と、先住魔法の研究に命を燃やしていたはぐれエルフの背中を思い出しながら、エルザはそう答えた。

 

「なら話が早い。それってつまりちょっとした魔法による改造だろ? まぁ改造っていえないくらいのちょっとしたもんだけどさ。視力が1.0から1.5になる程度の違いでしかないけど……魔法であることに違いない」

 

「……だから?」

 

「俺はその魔法を解析して精霊と簡易契約を結んで、祝福もらったんだよ。いまの俺はお前とおんなじように精霊が見える」

 

 エルザはその反則すぎる瞳に、少しの間無言になった後……

 

「え? じゃあ私が教えることは?」

 

「ごめん。もうない……」

 

 ライナの言葉にエルザはうつむき、暫くの間居心地の悪い沈黙が降り立った後……。

 

「あは♡ 人がせっかく時間作ってあげたのに……もう、ライナちゃんてば~♡」

 

「え? あ、ちょ、まっ……ブッ!?」

 

 土の精霊に頼んで作り出した岩の拳によって、遠慮なくライナを殴りつけた!!

 

 それを見ていたフェリスに「なかなかいい攻撃だったぞ!」とエルザが褒められたかどうかは……定かではない。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ちなみに、その後日。

 

「……なんでいんの?」

 

「誰だいこの子?」

 

 あっさりと古文書を読み解き精霊をメイジの魔力へと変換することに成功したライナは、ようやく本格的なメイジ魔法の勉強に入ったのだが……ロングビルとのツーマンセル授業だったはずのその場所には、何故かメモ帳を持ったエルザの姿があった。

 

「私だけ一方的に魔法を搾取されるのは気に食わなかったのよ。だから、あんたの世界の魔法を私に教えなさい!!」

 

「……」

 

 思わず無言になるライナ。全身からあふれ出るメンドクセーオーラ。それと同時にロングビルが何かに気づいたのか、顔から血の気を引かせて後ずさる。

 

「え、てことはまさか……この子が、ライナに先住を教えた吸血……」

 

 瞬間。どういうわけかバッド方面でベストなタイミングで、またも折檻でボロボロになったサイトを引きずってきたルイズがその言葉を聞いてしまい、

 

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!? 吸血鬼ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 と悲鳴を上げ騒然となってしまった。

 

 当然ライナはその騒動に巻き込まれてしまい、エルザの無害さを証明するために孤軍奮闘。その日一日をつぶすことになってしまうのは、また別の話。

 

「ああ……もう、めんどくせぇええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 とにかく、その日のトリステイン魔法学院ではそんな風な泣きかけの悲鳴が響き渡ることはいうまでもないだろう。

 



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最強? 最狂? とにかくすごいぜ槍使い!!

 申し訳ありません。夢見たメイドの前に一話入るのをすっかり忘れていました……。

 にじファン方付き合ってくださっている方はお分かりでしょうが、ライナが壁直さなければならなくなった原因の事件です。


  夜のトリステイン魔法学院にて、一人の男が首飾りを手にぶら下げながらぐったりとした様子であるいていた。時刻は深夜。普段は教室や食堂へ行き来する生徒たちであふれているこの廊下も、今は誰もおらず静まり返っている。

 

「うぁ……しまった。集中しすぎた……」

 

 そんな静かな廊下を歩きながら、男――ライナ・リュートは己が信念を曲げてしまったことに悪態をつきながら、自分の部屋へと向かうのだった。

 

 一日、72時間……眠れますか? が標語の彼がなぜこんなところにいるかというと……それは昼間に、フェリスが呟いたある言葉が原因だったりする。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 あれから順調にメイジ魔法に関しての造詣を深めていったライナ。あの魔法陣のおかげで魔力に関しては足りなくなったら空気中の精霊を変換させて補充すればいい彼のメイジ魔法には打ち止めというものがなく、好きな時に好きなだけ魔法が使える。

 

 そのため、魔法の使用を躊躇しなくてもいい彼はバンバン魔法を使い、魔法の習得を速めていった。

 

 そんなある日のことだった。いつものようにロングビル監修の元、魔方陣を使って風のトライアングル級の魔力を身に宿し『この状態で空を飛んだらどうなる?』というちょっとした興味本位の実験を行おうとしていたライナに、その様子をダンゴをほおばりながら眺めていたフェリスが呟いた。

 

「ああ……そういえばライナ」

 

「んぁ? なんだフェリス? 今制御に集中しているから手短にな」

 

「エルザのやつな……」

 

「うん」

 

「勇者の遺物らしきものを持っているぞ?」

 

 驚きのあまり制御に失敗したライナがお星さまになったのは言うまでもない……。

 

 数時間後……なんとか落下による人間ミンチになることは免れたのか、ずぶぬれになったライナがちょっとした木の棒を杖代わりにつきつつ戻ってきた。どうやら池に落ちたらしい。

 

 そして、彼が開口一番に告げた言葉は、

 

「え……?」

 

 

 ……どうやらまだ現実が認識できていないようだった。

 

「だから、エルザが遺物らしきものを持っているといっている」

 

「いや……それってあの黒ずくめが持っていた黒叡の指輪的な?」

 

「お前がアルビオン帰りに言っていた四つの指輪のことか? あいにくながら違う……だが、かなり不吉で危険な道具だ」

 

 無表情のフェリスの顔にほんの少しだけ険が宿る。どうやらライナが知らないところでその遺物に厄介な目にあわされたらしい。

 

 長年の付き合いでそのことを悟ったライナも、ほんの少しだけ緊張を浮かべた表情を見せ、

 

「うぇ~。マジメンドクセェ……てことは他にも遺物があるかもってことだろ? つまりここでも遺物探ししてできることならレポート書いてローランドに送る必要があるってことだろう?」

 

「あぁ……。遺憾なことにその通りだ……。ここに奴の目は届かないから、言わなければ大丈夫だが、万が一にもばれてしまった時のリスクが計り知れない。もしばれてしまったら……」

 

「ばれてしまったら……」

 

 俺(わたし)の大切なもの……ダンゴ&睡眠時間がまた削られる!! 元いた世界でライナたちの帰りを虎視眈々と待ち『あはっ? 勝手にいなくなるなんて、ライナちゃんたちはまったくも~ホントにしょうがないな♡ これはもう帰ってきたときに帰還おめでとうの意味を込めて6ヶ月ぶっ続けのお仕事マラソンを開催してやらないと♡』と笑っている銀髪金眼の悪魔の顔が瞬時に過り、二人の顔が引きつった(フェリスは本当にちょっとしか動かしていないが)。

 

 彼らは別に遺物が危険だからどうとかではなく、純粋に彼らの上司(シオン)の逆鱗に触れてしまうことを恐れたのだった。

 

「なんだい? その遺物って? 金目のもんかい?」

 

 二人の尋常ならない怯えようにやや引きながら、ロングビルは本能に忠実な質問をぶつけてくる。

 

「お前は本当に盗賊癖が抜けないよな……」

 

「うっ……。仕方ないじゃないか。半生をこれで生きてきたんだから……」

 

「ほう、なるほど。さすが三流美人は生き方からして三流だな……。まさかこの変態色情狂(したぎどろぼう)のご同類だったとは」

 

「……死ぬ覚悟はできてるんだろうね?」

 

 びりびりと肌を震わせるような強烈な殺気を放ちながら杖を構えるロングビル、

 

「いいだろう。この勧善懲悪美少女天使フェリスちゃんがきさまを浄化してやろう」

 

「いや……もういいけど、ここに置いてある魔術論文とかは傷つけんなよ?」

 

 もう日課となりつつある二人の喧嘩に、ライナはため息をつきながら数冊の本を安全圏へと移動。ライナの世界の魔法の試し打ちを兼ねた模擬戦を行っているエルザとサイトに向かって歩き出した。

 

「あ、やった……やっとできた!! 我契約文を捧げ……」

 

「遅いっ!!」

 

「なっ!? う、うぅうううううううううう!!」

 

 エルザは、何やらサイトに苦戦している様子だった。もとより精霊が見えていた彼女は魔法を覚えるのに一番時間がかかる精霊の視認というステップはすぐにクリアできたのだが、問題なのは精霊の配列が絶望的に遅いことだった。慣れていないからなのだろうが、一つの魔法を完成させるのに一分近くかかっている。これでは戦闘には使えない。

 

 当然のことながらフェリスに鍛えられて、ガンダールヴの力も合わさり高速戦闘を戦闘スタイルにしはじめたサイトが相手では、その程度の構築速度で対抗しようなど片腹痛いわけで……。

 

「ふははははは!! 吸血鬼、おそるるに足らず!!」

 

 サイトは調子に乗っていた。エルザは先住魔法を封じ、ライナの世界の魔法しか使っていないからサイトに勝てないだけであって、本気を出して部分反射まで使いだすと今のサイトでは勝てないことを彼は知らない。

 

 だがしかし、エルザは強かだった。今の状態でも勝てる方法を彼女は知っている。

 

「ルイズおねぇちゃぁあああああああああん!! サイトがいじめるぅうううウウウウウウ!!」

 

「ちょ、おまっ!?」

 

「小さい子苛めてんじゃないわよ!!」

 

 エルザがぺたんと尻餅をつき突如号泣。その泣き声の合間にルイズの名前を挟むことによって、ライナの奮闘により、すっかりエルザを気に入ったルイズがバーサーカーとして召喚された。

 

 ルイズが言うには『うちは姉ばっかりだったから……こういう妹がほしかったのよね~』とのこと。どういうわけかそれを盗み聞きしていたエルザは、しっかりとルイズの前では猫をかぶり順調に好感度を上げていたのだ。

 

 結果……サイトはルイズの今日のパンツの観賞を代償に、その顔面に美しいドロップキックを喰らい宙を飛んだ。

 

 いつものフェリスに殴られた自分のように錐もみ状に回転し吹き飛ぶサイト。その姿を見たライナは思わず顔を引きつらせるが、今ようがあるのは彼ではないので放置することにした。

 

「ごめんねエルザちゃん!! いたくなかった? サイトにはあとできつく言っておくからね!!」

 

 地面に倒れ伏して動かないサイト。どうやら意識が刈り取られてしまったらしい。地面にあふれる真っ赤な液体はきっと血液ではないと思いたい。

 

 いやいや……あれ以上何を言い聞かせる気だよ? と、ライナは内心でツッコミを入れる。

 

 そんなライナの感想も知らずに、ルイズは泣き続けるエルザを抱きしめた。

 

「うわ~ん。怖かったよルイズおねぇちゃ~ん。サイトが……サイトが、一生懸命作ったエルザの魔法を壊しちゃった~」

 

「なんですって!? ホント酷いことするわねあいつは!! これはもう言葉じゃ足りないわ! 折檻よ!!」

 

 お前らの折檻風景って若干倒錯的だから、エルザの前でいうのはどうかと……。サイトを犬扱いしながら鞭でたたきまわすルイズの姿を思い出しライナはさらにげんなりする。しかも、ふらふらと立ち上がったサイトに向かって、ルイズには見えないように舌を出すエルザがの顔が見えて、さらにげんなり。

 

 怒りに震えるサイト。喜色満面といった顔でそれをあざ笑うエルザ。フェリスとライナの弟子であるこの二人はどうやら犬猿の仲になったようだった。

 

「お~い。ルイズ~ちょっとエルザ借りていい?」

 

 まぁそんなことはいまのライナには関係ないので、流すことにする。今重要なのはエルザが預かっているという遺物らしき首飾りだ。

 

「っ!? あんなあぶねーもんいったい何する気……ですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間エルザの瞳が鋭くなり語調も荒くなるが、ルイズが不思議そうに首をかしげるのを察知した彼女は慌てて猫をかぶりなおした。

 

 ……案外ルイズがこいつの本性を知るのは早いかもな。内心でそんな予想をしながら、ライナは事情を話しエルザから首飾りを譲ってもらうのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 とまぁ、そんなわけで元の世界に帰った際にシオンに出すレポートを作成していたライナは、久しぶりの『勇者の遺物』解析につい夢中になってしまいこんな時間まで図書室にこもってしまったのだ。

 

 学園を囲む森からフクロウの鳴き声が聞こえる。ホーホーという声に『お前らこんな夜中に起きててよく平気だな。俺なんて夜のもうこんな時間まで起きちゃってたこと自体が奇跡なんだぜ? いや、奇跡っていうか異常事態なんだぜ? もうお前ら明日には世界が亡んじゃうくらいの事態なんだぜ?』とラチもないことを呟きながら、自分の桃源郷(しんしつ)へと急ぐ。

 

 そこでは愛しい愛しい(まくら)愛人(フトン)が彼の帰りを待ってくれているのだ。これ以上時間をかけるわけにはいかない!!

 

 そんな風に珍しくやる気に萌えた彼の内心を反映するかのように、日本の足はゆっくりと……しかし着実に彼を部屋へと運んでいく。

 

 そして、

 

「あ゛~。マジで眠い……ヤバイ死ぬかも」

 

 寝室に到着した彼は、感極まったかのように扉を開け部屋に入ってすぐのところに広がるベッドへとその身を投げ出した!!

 

 フッかフッかの羽毛布団。ライナがかけた体重をゆっくりと吸収する低反発枕(魔法にて制作)。そのすべてが疲れ切ったライナの身を癒すために彼の体を包み込んでくれる。

 

 あぁ……。お前らはやっぱり最高だよ。ほんと、この優しさをあの暴力無表情悪魔チックダンゴ娘にも見習ってほしいな……。

 

「と俺は思うわけなんだけどどう思うフェリス?」

 

 そんな風に布団に寝転んだライナは、そのまま顔を横に向け首都のバザーにて二束三文で買い取ったクローゼットへと視線を向けた。

 

 そこから……気配を感じたから。

 

 極限まで薄められ素人ならまず気づかないほどの薄い気配。しかし、暗殺者として……殺戮兵器として育てられたライナにとって、その隠行はあまりに稚拙だった。

 

 だが、この世界では、これほど気配を薄くできる人間はいないとライナは知っている。かろうじて以前軍人だと見抜いたコルベールあたりができそうだが、今は昼行燈の教師となっている彼がここまで気配を消してライナの部屋に侵入するとは考えにくい。

 

 だからライナは、この気配を……あえてわずかに気配を漏らした相棒(フェリス)が何らかのいたずらを仕掛けるために放っているのだと判断した。

 

「あのさぁ……俺久しぶりに仕事して疲れてんだぜ? 朝早くからマチルダやエルザが起こしに来るから寝坊もできないしさ……。もうほんとこのまま爆睡して52時間ほどぶっ続けで寝ときたいわけだよ昼寝王国総理大臣としては」

 

 いつの間にか称号が変わっているがライナにとってはそんなもの関係ない。睡眠マスターのライナにとって、いま何よりも優先するべきなのは睡眠をとること、それ以外のことなど些事なのだ。

 

 だから、

 

「お~い。あんまりしつこいと俺このまま寝ちゃうぞ? 早く出て来いって~」

 

 ライナは寝ころんだまましつこくクローゼットに隠れ続ける相棒に呼びかけた。近づいてしまってはアウトだ。間違いなくあのフェリスの意味不明フェリスワールド的罠に引っかかってしまう可能性が高い。

 

 だがしかし……。

 

「…………………」

 

 ライナがいくら待ってみても、クローゼットからは物音一つしなかった。

 

 どうする? と、ライナはうめき声を上げる。このまま無視して寝るのは簡単だ。だがそんなことをすれば、イタズラに引っかからなかったライナに対してフェリスがどんな仕打ちをするかわかったものではない。おまけにライナは睡眠中。何をされたって気づけないのだ……。

 

 そんな危機的状態で安眠などできるか? 否……否である。そんなことをしたら、翌朝の学園のごみ集積場でライナの生首が見つかってしまう可能性のほうが高い!!

 

 だったらどうする? 眠気で働かない頭を必死に動かし、ライナはとりあえずエスタブールのリミッター解除の魔法と、フライを最小限にかけることによって体重を極限まで軽くし移動速度を上げる。

 

 こうすることによって、もし罠にかかってしまっても全力で回避できる状態を作り出す。

 

 成功した。魔法の制作の間、邪魔ははいらなかった。それほど今回の罠に自身があるのか……。緊張のあまり息をのむライナ。しかし、安眠のため……彼はもう止まることはできない!

 

 スルリと……音を立てずクローゼットへと接近するライナ。暗殺者時代の全力の気配隠蔽を行い、自分がクローゼットに近づいていることをフェリスに気づかせないようにする。

 

 今回の敵はあのフェリス。ほんの少しの油断が命取りだ……。だからこそライナは油断しない。ゆっくりと、着実に……ライナはクローゼットとの距離を詰める。

 

 そして、クローゼットの前にたどり着いた彼は、

 

「いい加減にしろ、フェリス!!」

 

 勢い良くクローゼットを開けて、

 

 

 

 

 

 この世の地獄を目撃した………………。

 

 

 

 

 

 

 中には確かに人がいた。しかし、それはライナが予想していた相棒ではなかった。

 

 ライナと同じ黒髪でありながら、キレイに整えられた美しい髪。まさしく好青年を絵に描いたような美形面。その眼は、いまは閉じられており規則正しい呼吸音が聞こえる。どうやら眠っているらしい。

 

 そして彼の手には、

 

「むむっ!! ようやく帰ってきたか!! (マスター)、魔術師めが帰ってきましたぞ!!」

 

 眠っている主人の頬をたたき、必死に起こそうとしている頭にナイフとフォークがついた豚の縫いグル……。

 

「っ!」

 

 そこまで認識した瞬間、ライナは勢い良くクローゼットのドアを閉めた。そして即座に魔方陣を展開。

 

「求めるは魔力>>>四力印(しりょくいん)!!」

 

 そしてライナにまとわれる圧倒的な量の魔力。スクウェアどころか、一人では到達できないとされるヘキサゴンほどの量はあるのではないだろうか?

 

 ライナはその魔力のすべてを、

 

「ロック!!」

 

 コモンマジックである《ロック》につかった。本来ならこの魔法は、鍵を閉めるだけの簡単なコモンマジックであるはずだが、ライナが使ったこの魔法にはライナの世界の封印概念すら追加されている。

 

 すなわち、鍵がない扉でも強固な封印を施し、開かなくすることができるのだ。

 

 このコモンマジックを見つけた時のライナの歓喜は、まさしく狂喜乱舞といっていいものだったが(部屋の入り口にこれをかけてさえおけば、フェリス達に邪魔されず昼寝が可能だから)、内側からも外側からもあかなくなるという致命的な欠点を見つけてしまい、今では禁呪指定をかけ使わなくなった呪われた魔法だ。

 

 すなわち、このクローゼットは永遠に扉を開けることができない開かずのクローゼットと化したわけだが……。

 

『あ、ぶーちゃん。おはよう。なに? ライナさんが帰ってきた!? それは大変だ、早く話を聞いてもらわないと!! って、あれ? ドアが開かない?』

 

 クローゼットの中から聞こえてくる声の主を封印できたことを考えると、必要な犠牲だとライナは頷いた。

 

「いや~。それにしてもおれよっぽど疲れてんのかな? だってこの世界にあいつがいるわけないじゃな~ん……。まったく、夜更かししたから昼寝神様が怒っていらっしゃるんだな? すいませ~ん昼寝神様。俺が悪かったです!! もう二度と仕事に明け暮れて夜更かししたりしません!! これからは常に睡眠をとり、隙あらば昼寝を行うことをここに誓います!!」

 

 それはもう、まごうことなくダメ人間宣言だったが、この場にライナにツッコミを入れてくれる人間はいない。

 

『あれ!? あれ!? 何であかないんだ!? ぶーちゃん!!』

 

『あいわかった(マスター)!!』

 

 ライナの不安をかきたててくる人間(?)ならいるが……。

 

「ははっは……。これはまいったな~。とうとう幻聴まで聞こえてきたよ……。はははっ……やっぱり夜更かしは俺の天敵だな~」

 

 あくまで現実逃避を続けるライナ。だがしかし、神……この世界でいうならブリミルだろうが、彼であってもこんな理不尽な相手を呼び込んでしまったことに関するもんくを言われても困りそうなので、この場合はライナの世界の神様……は非情だった。

 

『スパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアク!!』

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

「えぇ……。もう勘弁してよ……」

 

 ちょっとだけ涙声が混じったライナの懇願は聞き届けられず、クローゼットの中からあふれだした光がロックの魔力を無理やり粉砕し、クローゼットの扉を吹き飛ばした!!

 

 それだけでは飽き足らず、ライナの部屋を横切った閃光は――どうやらそこから侵入したと思われる――開き切ったライナの部屋の窓から飛び出した。そして、最近修理が終わり新しくなった宝物庫へとつきたちその壁を爆散させた!!

 

 フーケの侵入があったため、あの壁の厚みは以前の三倍。かけられた固定化の魔法はスクウェア300人分の魔力を注ぎ込んで強化されたといわれたのだが、その話がまるで嘘か何かのように、宝物庫の壁はボロボロに粉砕されていた。

 

「どうですかライナさん、貴方たちがいなくなってから再び会いまみえて再戦をすると誓い、日々改良を重ねた最強の槍……ぶーちゃんマークⅢδ(デルタ)の威力は!! はははははは! 驚きのあまり声も出ませんか!!」

 

 宝物庫が爆撃されたと気付いた宿直の教師が悲鳴を上げて騒ぎ出す。それを聞きつけた学園教員や生徒たちが集まり、宝物庫の前には見る見るうちに野次馬が形成されていった。

 

 その光景をしばらく呆然と見つめていたライナは、ギリギリという音が聞こえてきそうなゆっくりとした速度でその光景を生み出し人物(ばけもの)のほうをふり返り、

 

「てかもうそれ……槍じゃねェえだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 いつものようにツッコミを入れた。

 

 だからこそライナは気づかなかった。ぶすぶすと煙を上げ、もう使い物にならないだろうなぁと思われるクローゼットの中から一枚の紙がひらひらと落ちてくるのを……。

 

 そこには、宰相の印鑑と直筆のサインとともに、ほとほと困りきったような印象を受ける文面が描かれていて……。

 

『お前の国の王との契約は成立した。だがこんなやつを送り込まれても困る……お前たちで何とかしろ』と……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 時は数時間前にさかのぼり……トリステイン王都・王宮内にて。

 

「変な旅人に助けられた?」

 

「はい……」

 

 何とも言えない顔でアルビオンの偵察から帰ってきたマンティコア隊隊長の報告を、謁見室で聞いていたアンリエッタは不思議そうに首をかしげる。

 

 近々アルビオンを包囲して兵糧攻めを行うトリステインは大々的に空軍の増強と、それに伴う兵力の増強を行っていた。

 

 バーシェンが言う「メイジ殺し」という戦士たちを徴用したり、戦で功績をあげれば『シュバリエ』の授与を行う用意もあると市制に発布したり、明らかにスケスケな戦力増強を行っていたのだ。

 

 表向きは『大々的な軍事改変が目的であり、決してどこかに戦争を仕掛けるわけではない』と発表しているが、そんなもの信じる国はどこにもない。そして、むしろそれが狙いだとバーシェンは凶悪に笑いながら言っていた。

 

 ちなみにその理由はアンリエッタには教えられていない。最近すっかりラブラブになったウェールズは大まかな理由の見当はついているらしいが、こちらも教えてくれなかった。「君は(お前は)王になるんだから、これくらいはわかるようになってもらわないと……」というのが二人の言。ちなみに、真っ先に頼ったマザリーニからは「このくらいもわからないとは嘆かわしい!!」と小言を喰らい、事が起こる前にこの政策の狙いと、それによって発生するであろう他国の動きを予想したレポートを書くようにと怒鳴られてしまった。

 

 どうやら彼らは本気で自分を王にするつもりらしい。以前とは違う、明らかに期待がかけられている態度を嬉しく思いながらも、もうちょっと初心者の自分に優しくしてくれてもいいんじゃないか……と、最近めっきり厳しくなった家臣たちの態度が、最近のアンリエッタの悩みだった。

 

 それはともかく、

 

「でしたら、ぜひ王宮に呼んでください。貴女を助けてくれたお礼と褒賞も渡さなくてはなりません。なにより、今はメイジだろうが平民だろうが、身元がしっかりしていなかろうが、実力がある人ならぜひともトリステインに力を貸してほしい状況です。引き込めそうならこちらに引き込みたい……」

 

 バーシェン卿ならこういうでしょう、と内心であたりをつけながらほんのちょっと威厳を含ませた声で指示を出すアンリエッタ。

 

「急造だからこそ頭が少し足りんのは仕方がない。だったらまずは形からだ」と辛らつに言ってくれたバーシェンの手によってこの一週間でみっちりと叩き込まれた『王らしい態度』の勉強による成果が地味に出ていた。

 

 まぁ、女王ということもあって厳しさよりも優しさがあったほうがいろいろと効果的というマザリーニの意見も取り入れられたためか、それ以上の厳しい態度を求められなかったのが僥倖といえば僥倖なのだろうが……。

 

「それが……そのもの、少し不思議なことを言っておりまして。なんでも、『ローランド帝国』という国からやってきた使者だと申して居るのです」

 

「はい?」

 

 ローランド帝国? 聞いたこともない国の名前にアンリエッタは思わず態度を崩し、彼女らしい無垢な声でそう漏らしてしまう。

 

 それと同時に、今日の分の書類仕事を終え決済を求めにやってきたバーシェンが謁見室に遠慮なく入ってきて、その返答を見事に聞いてくれた。

 

 しまった! とアンリエッタが思う。いや、まだ聞かれていなかったかも!? と、きわどいタイミングで入ってきたことに関しての一縷の望みを託すアンリエッタだったが、その望みは怒気まじりの笑顔を浮かべて「後でお説教な?」と口パクいってくるバーシェンによって木端微塵に打ち砕かれた。

 

 突然絶望にうなだれるアンリエッタを見て、驚くマンティコア隊隊長。そんな彼に背後から歩み寄ってきたバーシェンが言葉をぶつけ、話を進めた。

 

「構わん。連れてこい」

 

「え? あ、バーシェン卿!? も、申し訳ありません!!」

 

 自分が入ってきたことに気づかなかったことを謝っているのだろう。マンティコア隊隊長の突然の謝罪の理由にあたりをつけながら、バーシェンは下らんことを気にするなといわんばかりに手をひらひら振る。

 

「どんなミョウチキリンなことを言っていようとその者に借りができたことに相違ない。他国の密偵だろうがなんだろうが、一度は恩義を返す格好を取らねばならんのだ。会わんという選択肢は我々にはない。だから連れてこい。時間は掛けるな。いまのトリステインは多忙だ……この程度の些事は早めに済ませておくに限る」

 

「は、はっ!!」

 

 自分の恩人の紹介を些事と言い切られたことに若干頬をひきつらせながら、泡を食って謁見室を出ていくマンティコア隊隊長。

 

 そして、その場に残されたアンリエッタは、自身に振り返ったバーシェンが一体どんな小言をいってくるのかとビクビクしながら待っていた。しかし、そんなアンリエッタの危惧とは裏腹にバーシェンは無言のまま、決済申請書類の束を置いた後、さっと身をひるがえし謁見の間の出口へと向かう。

 

「マザリーニとウェールズを呼んでくる。そいつが本当に他国からの使者なら少し面倒なことになりそうだからな」

 

 あれ? 小言は無しですか? ほっと安堵の息をつきながら、珍しく甘いバーシェンの判断に首をかしげるアンリエッタ。しかし、その安堵は、

 

「ただこれもいいイレギュラー経験だ。対応はお前が取れアンリエッタ。ただし、失敗したらどうなるか……言わなくてもわかっているよな?」

 

 後ろを向いているため全く表情が見えないバーシェンだったが、その声に含まれたナニかをしっかりと聞き取ってしまったアンリエッタは、ガクガクと壊れたからくり人形のように首を振り、冷や汗を流すのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そしてアンリエッタはいま困っていた。

 

 これに対していったいどういう対応を取ればよろしいのでしょうか?

 

 自分の左右に立っているバーシェンやマザリーニ、そして最愛のウェールズに質問の視線を投げかけるが、だれもかれもが勢いよく目をそらし返事を返そうとはしてくれない。

 

 自分を鍛えてくれるためと思いたいのですが、明らかに厄介ごと押しつけていますよね!? と、珍しく怒気がこもった視線をバーシェンにぶつけるアンリエッタ。しかし、相手は百戦錬磨の宰相だ。シレッとした顔でその視線を受け流すのを見て、アンリエッタは盛大なため息を漏らした。

 

 そして彼女は向き直る。自分の頼もしい宰相にすらどう反応するのか考えあぐねさせる、とても厄介な他国に使者に。

 

(おもて)を上げなさい」

 

 その声とともに、自分の前に片膝をついて礼の姿勢を取っていた青年が顔を上げる。整えられていた黒髪に、好青年を絵にかいたようなさわやかな甘いマスク。その顔にはこれまた完璧なさわやかな笑みがうかべられており、ウェールズとラブラブでなかったらアンリエッタは思わず見とれてしまっていたことだろう。

 

 彼の手に持たれている物体がなければの話だが……。

 

「私の大切な兵を救っていただいたそうですね。改めて感謝を申し上げます」

 

「もったいないお言葉でございます女王陛下」

 

 礼儀も言葉遣いも完璧だった。おそらくかなりの上流階級で育てられたことがうかがわれる。これで、他国の使者という彼の言葉が真実である可能性が増した。

 

 彼の手に持たれている物体がなければの話だが……。

 

「こ、こちらとしてはあなたに対する恩義に報いるために、褒賞を渡す用意がありますが……何か入用なものはありますか?」

 

「いえ。わたくしめは人として当然のことをしたまでです女王陛下。強いてあげるなら、あなたと謁見したいことでしたが、それはいま叶っておりますので……」

 

 そうやら本気でそう思っているらしい。一点の曇りもない眼できっぱりとそう言い切られてしまい、アンリエッタは少し驚き、バーシェンは感嘆の吐息を漏らした(もっとも、表情は相変わらず動いていないが……)。

 

 彼の手に持たれている物体がなければの話だが!!

 

「あ、あの……」

 

 もう我慢できなかった。おい……といわんばかりの視線を飛ばしてくるバーシェンを『貴方だって気になるでしょう!!』と睨みつけた後、アンリエッタはひきつった笑顔を浮かべながら彼が持っていたある物体を指差した。

 

「それは……なんですか?」

 

「これですか?」

 

 心底不思議そうな顔で「わかりませんか?」という感情を込めた声音で彼は答える。……その手にもった、ナイフとフォークが頭部に接合された豚のぬいぐるみを持ち上げながら。

 

「これは私が開発した史上最強の武器にして、至高の……槍です」

 

「うむ。まったく失礼な奴らだなマスター。私のどこをどう見たら槍以外のものに見えるというのだ?」

 

「まったくだねぶーちゃん」

 

「「「「……」」」」

 

 突然しゃべりだしながらトチ狂ったことを吐き散らす豚のぬいぐるみを見て、その場にいた全員の『槍』という概念がゲシュタルト崩壊を起こしたことは言うまでもないだろう……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして時は戻り、騒然となる深夜のトリステイン魔法学院。シル主観の王宮に召喚されるまでの武勇伝を聞き流しつつ、ようやく発見したバーシェンからの手紙を読み終えたライナは思わず額を抑え崩れ落ちる。

 

 その手紙にはシルが王宮へと持ち込んだ親書の内容と、それに対するトリステインの対応が描かれていた。

 

『異世界……というものがあることは、私だけではあるがある程度の理解を示した。アンリエッタもマザリーニもかなり半信半疑だったが、とりあえず説得することは成功した。それで、本題のお前たちの王からの親書の内容だが……お前たちがこの世界に来た事情と(なんでも、魔術実験の失敗に巻き込まれたそうだな)お前たちの保護を頼んできた。どうやらその王はお前たちのことをかなり心配していたらしい。保護をしていただけるなら万難を排しても貴国に礼を尽くさせてもらうと親書には書かれていた。よほど大切にされていたようだな……。まぁ、うちとしてもとりあえずその要求を呑むのはやぶさかではない。ウェールズの一件もあるし、アンリエッタもその恩に報いることは大いに賛成した』

 

 ライナはその文章を読んで少し驚きの表情を見せた。ライナたちが旅をしている間は、隠密行動が必須条件だったため、シオン自らが親書をかくということはなかった。だが、さすがに行ったのが異世界とあってはシオンも動揺を隠しきれなかったようだ。どうやらいつものような隠密任務ではなく、国としてライナたちが飛ばされたはずの場所を収める組織へと助けを求めたらしい。もっとも、遺物については伏せたようだが……。

 

 バーシェンらしい几帳面なくらいの整った文字によって告げられたその事実に、ライナは『一応心配はしてくれたんだな~』とちょっとだけ感心しつつ、視線を走らせる。

 

『だが……あちらとしてはお前たちがそんな功績を立てている事情は知らないだろう。だから、あちらの王様は保護をしてくれるならあることをしていいと条件を付けてきてくれた』

 

 そして、最後に記されていたその文にたどり着いてしまったライナは、シオンが悪だくみをしているのを察知した時のような悪寒を感じ、思わず体を震わせた。

 

『ローランド国王の親書の最後はこう締められていた。『こちらが無理な要望をしていることは百も承知。ならば、それに対する対価を払わさせていただきたい。そちらで保護されている間はライナ・リュートとフェリス・エリスを最低限の賃金でこき使っていただて結構だ』と記されていた。まぁ、さすがに本格的な戦争の参戦は禁じられたが、包囲戦による兵糧攻めや、盗賊の殲滅戦程度なら十分許容範囲だろう。むろん……うちでの書類仕事の手伝いも禁じられていない』

 

 よかったなライナ・リュート。仕事が増えるぞ? 最後にそう括られたバーシェンからの手紙を読み終ったライナは、

 

「やべぇ。あいつ俺たちのこと骨までしゃぶりつくす気だ……」

 

 ガタガタガタと……熱病にでも侵されているのではないかと思ってしまうほど体を震わせていた。というか、親書の本文を読んでいないから何とも言えないが、シオンも確実に勝手に消えた自分たちについて激怒している。だからこそのあの条件であり、嫌がらせだろう。

 

 おまけにその嫌がらせはまだ終わっていないと来ている……。

 

「さて、ライナさんっ!!」

 

 キタっ!! 自分の武勇伝を一通り話し終えたシルは爛々と輝く瞳をライナに向けた。

 

 シルとももう結構な付き合いだ。この後コイツが言うセリフなんてライナはすでに予想済み……。

 

「ここであったが百年目!! 今日こそ僕はあなたを打ち倒し、槍こそが世界最強の武器であることを教えて差し上げましょう!!」

 

「お前ここまで来てそれやるとはマジでありえねェだろぉおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 魂の悲鳴を上げ、脱兎のごとく窓から逃げ出すライナ。

 

 もうなんなの? ただでさえ寝不足なのに、何で俺こんなバカに睡眠時間削られないといけないの!? 異世界で自分の帰りを待っているであろう自分の親友の怨嗟の怒声をぶつけながら、瞬く間にエスタブールの身体強化を行いめざましい速さで逃げだすライナ。

 

 しかし、シルはそれを見逃すほど甘い戦士ではない!!

 

「逃がさんっ!! ぶーちゃん!!」

 

「わかったマスター。魔術師たちがいない間に鍛え上げた……コンビネーションを見せる時だな!!」

 

「というか、槍が持ち主とコンビネーションするとか、ありえないことにいい加減気づい……ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 律儀にツッコミを入れようとしたライナに向かって、先ほど宝物庫を吹き飛ばした閃光が飛来する。

 

 紙一重でよけるライナ! 爆風に乗るように跳躍するライナ! さらに距離を稼いだライナ! 目の前に現れた人物を見て、絶望するライナ……。

 

「ふぇ、フェリス……」

 

「ふむ……何やら騒がしいから来てみたら」

 

 それはいつもライナをイジメまくる自称勧善懲悪天使。どういうわけか彼女は美しい金髪を夜風にたなびかせながら、鞘から引き抜いた抜身の剣をライナに向けていて……。

 

「やはり貴様が……夜の野獣となってルイズたち清純な婦女子に襲い掛かったのだな!!」

 

「ちょ、まってフェリスぅううううううう!! 今俺ちょっとお前の悪ふざけに付き合ってる余裕はナブッ!?」

 

 そんな悲鳴を上げてもやっぱり一発はなぐられるライナ。もうヤダこんな生活……とわりと切実な涙を流し吹っ飛んだあと、地面にばたりと倒れた彼に、何やら満足した様子で頷いたフェリスは、

 

「ふむ。それで、いったい何が起こったのだ?」

 

「お前わかってるなら、初めからそう聞けよ……」

 

 ぐったりと地面に倒れ伏したまま不満を漏らすライナに「一日一ライナ殺しが私の目標だからな!!」となぜか胸を張って言ってのけるフェリス。

 

 そんな彼らのもとに、

 

「見つけましたよぉおおおおおおおおおおおおおおおおライナさん! おや、フェリスさんもいるじゃないですか? これは好都合です……喰らえ、ランダムスパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアク!!」

 

 迷槍師が接触し、事態はさらに混迷してきた!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「まったく……なんで俺がお前なんかの面倒見ないといけないんだよ」

 

「こっちのセリフだっての。この変態ヤローが。久しぶりに結構上等なベッドで寝れると思ったら……」

 

 ライナとフェリスが、自分の世界からやってきた馬鹿と激闘を繰り広げ始めてから数分後。サイトとエルザはブツブツ互いをののしりながら、中庭を歩いていた。

 

 宝物庫が何者かの襲撃を受けたため、学園は今や非常事態宣言が発令されており生徒ですら総動員して宝物庫襲撃の犯人を捜索しているのだ。

 

 当然その捜索に生真面目なルイズが関わらないわけもなく、誰よりもいち早くローブ姿に着替えた彼女は杖を片手に勇ましく学園長室へと駆けて行った。しかし、彼女はいろいろあって今夜だけエルザを部屋に泊めていた。

 

 いくら吸血鬼とはいえこんな小さな子を宝物庫襲撃があった学院に一人にさせるのは忍びなかったルイズは、自分の使い魔の命令を下した。すなわち、この娘を守って……と。

 

「それにしてもフーケが侵入してから警戒厳重になった宝物庫に襲撃しかけるなんて、そいつよっぽどのバカなんじゃない? まともな手を使って侵入なんてできるわけないでしょうに」

 

「なんか、宝物庫がスクウェアの砲撃数千発食らったみたいに溶けてたらしいぜ?」

 

「……それ、学院でどうにかなるような相手なの?」

 

 少なくとも先住でそれだけの火力をだそうと思ったらエルフの手助けが必要なので、エルザはサイトの報告を聞き思わず顔を引きつらせる。

 

 その時だった!

 

「スパァアアアアアアアアアアアアアアク!!」

 

「あう……。もうやだ……」

 

「ん」

 

 とんでもない掛け声とともに、後者の影からライナとフェリスが飛び出してきて、

 

「あれ? ライナさんフェリスさん?」

 

「こんな夜中になに騒いでんのよ、お姉さまに色情きょ……」

 

 その二人を貫くようにすさまじい光量の閃光がほとばしった!

 

「「…………………」」

 

 信じられないその光景に唖然とするサイトとエルザ。しかし、この程度の攻撃日常茶飯事だといわんばかりに、

 

「クソッ……シオンのやつ……絶対ぶっころぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおす!?」

 

「ふむ、それに関しては同感だ。面倒な奴を送ってきたな……」

 

 ライナは軽やかにその攻撃をよけ、フェリスに至っては剣で打ち返す。

 

 光打ち返すとかあの剣もう魔剣の類かなんかだと思うんだけど……。自分の世界のゲームやらファンタジー小説に出てきた数々の魔剣を思い出しながらその光景を呆然と見つめるサイト。だが、ライナが言うにはあの剣にはなんの魔法もかかっていないというのだ。それなのにあんなことができるなんて理不尽なことこの上ないとサイトは思う。

 

 そのときだった。

 

 フェリスが打ち返した閃光が、校舎の影で爆発する轟音を呆然と聞いていたサイトとエルザを見つけたライナとフェリスは、お互いに素早く目配せをし、

 

「これはこれは! 俺とフェリスの一番弟子のエルザとサイトじゃないか!!」

 

「うむ。なんだ……免許皆伝を待ちきれなかったのか? 明日まで待てといっただろ?」

 

「「え?」」

 

 突然の修行終了フラグにわけもわからないまま、首を傾げる二人。しかし、フェリスとライナはわざとらしいほど大きな声でとんでもないことをのたまっていく。

 

「もうお前たちは俺たちを超えちまったからな……。そりゃ待ちきれないのも無理はない!! もうこいつら倒したら、俺ら倒すよりもすごいことになるからな!!」

 

「ああ。まったく……お前たちの才能には嫉妬すら覚える。お前たちと比べたら私達なんて塵芥も同然だ」

 

「あ、あの……ライナさん? フェリスさん? 突然何を……」

 

「お姉さま……腐った団子でも食べた?」

 

 何やら不自然なくらい自分たちを褒めちぎるライナとフェリスに言い知れない悪寒を感じた二人は、必死に事情の説明を要求するが、

 

「なるほど……」

 

悪魔(シル)はそんなもの……待ってはくれなかった。

 

「つまり……その子たちを倒せば、槍に世界最強の称号が授与されるわけですね!!」

 

「あぁ! そうだぜ! 何せこいつら俺とフェリスが二人がかりで挑んでも平然とあしらうしな!」

 

「あぁ。この前の模擬戦なんか『ふはははは! 団子神官風情が私に逆らうなど片腹痛いわ。もはや私の階梯は団子神。そう、私は神になったのだ!!』と、言いながら私とライナをダンゴに変えるという荒業を……」

 

「いや誰だよそれっ!? っと、そ、そうだったな! いや~あの時は手も足も出なかったぜ!!」

 

 ダメ押しとばかりにそれだけ言うと、ライナとフェリスはエルザとサイトのもとへと疾走し、

 

「ンじゃ、あと任せた。俺ちょっと昼寝神様が呼んでるから参拝してくるわ。夢の中で」

 

「うむ。私も明日は団子屋の仕込みを手伝う予定だからな。早く寝なければならないのだ」

 

 二人はそれだけ言うと、夜の闇の中へと消え去り……豚のぬいぐるみを持った好青年と、呆然と二人を見送ることしかできなかったサイトとエルザだけが取り残された。

 

「……え?」

 

「……えっと……」

 

 そして、サイトとエルザが振り返ると……。

 

「あの二人を片手であしらえるなんて……。さすが異世界。まだ僕が知らない強者がたくさんいるのですね……ですが、負けるわけにはいきません」

 

 なにやら感動した様子で打ち震えていた青年が、自分の手に持った豚のぬいぐるみを掲げ、

 

「僕が最強と信じ続ける……槍のためにも!!」

 

 槍? あれが? と同時に首をかしげたサイトとエルザ。しかし、二人がそんな風に余裕があったのはこの瞬間が最後だった。

 

 ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

 

 不吉な音を立て、異様な力がチャージされる豚のぬいぐるみの瞳。そして、その力が臨界に達した瞬間!!

 

「スパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアク!!」

 

 シルの掛け声とともに、白銀の閃光が二人に向かって飛来した!!

 

「「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!?」」

 

 喰らったらやばいということぐらいは本能的に察することができたのか、悲鳴を上げその場を飛び退くエルザとサイト。

 

 エルザは先住を、サイトはガンダールヴを全力で使い何とかその閃光の回避に成功した!!

 

 そして、よけられたその閃光は、

 

 ヒュゴッ!!!!!! という轟音と共に地面に突き立ち、すさまじい激震を大地に走らせる爆発を引き起こした!!

 

「「………………………………」」

 

 もう唖然としてその光景を見つめるしかないサイトとエルザ。そんな二人の姿に、自分の槍に恐れをなしたと思ったのか、意気揚々とシルが決め言葉をぶつける!!

 

「どうですか……この僕が長年の研究と研鑽を重ね、ついに作り上げた史上最強の槍……ぶーちゃんマークⅢδの威力は!!」

 

 自慢げに豚のぬいぐるみを掲げるシルのほうをギギギギという音が聞こえてきそうなほどゆっくりと振り返ったサイトたちは、

 

「「てかもうそれ……槍じゃねェえだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 

 ライナがいつも叫んでいるツッコミを、シルに向かって叫ぶのだった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ちょちょちょちょちょ……!? なにあれ!? あれも魔法具か何かなのか!?」

 

「んなわけないでしょうエロガッパ!! あんなでたらめな武器見たことないわよ!!」

 

「誰がエロガッパだ!」

 

 そんな悲鳴を上げながら、夜の魔法学院を駆け抜ける二つの人影。

 

 《伝説》神の左手(ガンダールヴ)・平賀才人と《妖魔》吸血鬼(ヴァンパイア)・エルザだ。

 

 言い合いながらもどこか息の合った逃走姿を見せる二人。何らかの力の補正でも受けているのか、その動きはさながら疾風がごとき速さを見せ、一般人ならその姿を見ることすら困難だろう。

 

 だが、彼らにとっては残念なことに、彼らを追いかけている怪物は一般人ではなかった。

 

「スパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアク!!」

 

「「ぎゃぁああああああああああああああああああ!?」」

 

 見事にシンクロした悲鳴を上げ、慌ててその場を飛び退くサイトとエルザ。そこにつき立つのは光。さながらどこかの海軍大将の攻撃が如くでたらめな破壊力を持ったその一撃は、サイトとエルザが数秒前までたっていた場所をかすめ地面に直撃。

 

 すさまじい轟音を響かせながら、着弾地点から数十メートルにわたる爆発を発生させた!!

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!? あれ人に向けていい攻撃じゃねェだろぉおおおおおおおおおおお!?」

 

「これをよけますか!! さすがライナさんたちの弟子にして彼らを超えたお方たちですね」

 

 サイト切羽詰まった悲鳴を見事に聞き流しながら、魔法による強化の形跡もないのに軽々とサイトたちに追走してくるさわやか笑顔の好青年(ただし右手に殺人光線を放つブタのぬいぐるみを所持)――シルワーウェスト・シルウェルト。彼らが全力疾走で逃げている……おそらくライナたちの知人の……怪物だ。

 

「全力で勘違いです! エルザみたいな可愛い女の子がそんなことできるわけないよ! ほとんどサイトおにいたんの力で勝ったようなもので……」

 

「エルザ!!」

 

「あぁ? なに? いまさら何見捨てようとしてんだ! とか言わないわよ……」

 

「もう一度サイトおにいたんっていって! 俺頑張れる気がする!!」

 

「しねっ!! 全力疾走で死んでくれ!!」

 

「……なるほど、詭道も戦闘のうちですか! 危うくだまされてしまうところでした。さすがライナさんのお弟子さん!」

 

「しまったぁあああああああああああああ!! 逃げ損ねたぁあああああああああああああ!!」

 

 テメェのせいだぞコラっ!! ふはははは! 一人だけで逃げようなんてそうはいくか。地獄の底まで付き合えや!! などと、仲睦まじく言い争いをしながらサイトとエルザは逃走を続ける。

 

 目指すはライナが住んでいるはずの男子寮管理人室。そう、二人は自分たちにこの化け物を押し付けてきた、あの睡眠馬鹿にこの怪物を押し付け返す気なのだ。

 

 そして二人の目標の達成は目前だった。

 

「見えたぞエロガッパ!」

 

「でかした合法ロリ!!」

 

 お互いの呼び名を聞き仲良く(殺気だった)視線を交わす二人。後で殺す……という気持ちを存分に込めながら、二人はようやく見えたゴールに近づく。すなわち男子生徒寮へ!!

 

 二人は一階に設置された管理人室の窓へと飛び込み(どういうわけか開いていた)、ゴロゴロと受け身を取った後(美しくシンクロした受け身だった……)その部屋で寝ているはずの男に向かって絶叫を上げる。

 

「ライナ!」

 

「ライナさん!!」

 

「「後は任せた!!」」

 

 とりあえず有無を言わさず押し付けることに二人は決めたらしい。キメ顔でそんなことを言ってくる二人に対し、ベッドで寝ていた、

 

『おう。任されたからお前らに任し返すわ』

 

 枕で作られたダミー人形の頭部に張られた小さなメモが、二人をあざ笑うかのようにパタパタとはためいた。

 

「……そうだよね。あの人がこんなところで手を抜くわけないもんね」

 

「クソッ……。神は死んだ」

 

 絶望した顔で虚ろに笑うサイトと、吸血鬼らしくない言葉を吐きガクッとうなだれるエルザ。

 

 しかし、敵はそんな二人の様子をおもんぱかってくれるような生易しい相手ではなかった。

 

「ここが戦場ですね!! 決着は始まりの場所とは……なかなかいいセンスをしています! さすがお二人を打ち負かしたお方だ」

 

 なんだか姿を見るのも億劫といわんばかりに顔を上げ部屋の外を見た二人の視界に、もうトラウマになりつつある爽やかスマイルを浮かべた青年が立っていて、

 

「しかぁし!! この僕が極め、日々研究を重ねた槍の前にはたとえどのような存在であろうとも無力!! さぁ、出てきてください二人とも!! 僕はここであなたたちを打ち倒し、槍こそが世界最強の武器であると世界に知らしめるのです!!」

 

 な~んて……手に持った豚のぬいぐるみをさながらご神体のように掲げながらそう叫んできていて。

 

 『いや、もう……あれのどこが槍なんだよ?』とか、『世界最強とか知らんし……私たちお姉さまや色情狂に一度も勝ったことないし……』とか、二人の脳裏にはそんな言葉が一瞬過るが、

 

「「は……はははははははははははは!!」」

 

 最後には若干壊れた雰囲気を感じる、二人の狂った笑い声が部屋の中から響いてきた。

 

 そして二人は最後に窓から身を乗り出すと、

 

「「やったらぁああああああああああ!!」」

 

 なんかもう自暴自棄といった感じでそう叫んだ。別に彼らはシルに勝てるなんて微塵も考えていない。先ほどの鬼ごっこである程度の実力差ぐらいは把握している。

 

 だからこそ、彼らはもう戦いを挑むしかなかった。戦って意外と強くないことがわかればシルもライナたちに騙されたことに気づくだろうと二人は考えたのだ。

 

 そうなればシルは怒り狂ってライナたちの方に行くはずだ。その過程で多少痛い目に合ってしまうのはいただけないが……少なくともこんなわけのわからん相手からずっと逃げ回るよりかは数倍ましだ。と、若干追いつめられつつある二人はそう判断を下した。

 

「あんた前衛!! 私後衛!! 時間できるだけ稼ぎなさい。デカいので一撃のウチに仕留めるわよ!!」

 

「サーイエッサー!!」

 

 しかし、やるからには全力だ。相手はライナやフェリス級の実力者。(といっても口ぶりから考えるにライナたちに勝ったことはないらしい……。その一番の理由は彼がバカだからだろうが)手を抜けばすぐにばれる。そんなことになったら「なるほど……僕程度には全力をだせないと? いいでしょう……ならばあなた方が全力を出すまで、僕は何度でも戦い続けます!!」とかいいかねない。

 

 それだけは何としても避けたかった。だからこそ二人は初めから全力でシルに挑む。

 

「さぁ……殺し合いをはじめましょうか?」

 

 殺気だった……なおかつ追いつめられた小動物のような切羽詰まった雰囲気を視線に乗せたエルザの宣言を聞き、デルフリンガーを構えガンダールヴの力を全開にしたサイト。彼は床を踏み砕くような力強い震脚とともに、弾丸のごとく部屋から飛び出す。そして一直線にシルに向かって襲いかかった!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 早い。自身に向かって突撃してくる黒髪に変わった服を着た少年を見て、シルは初めの評価を下す。

 

 どうやらフェリスのことを師事していたというのは本当のようで、まるで一流の剣士が如く整った構えで少年――サイトはこちらに向かって襲い掛かってきた。

 

 だが、

 

「フェリスさんとは比べるべくもありませんね!!」

 

 彼女は鍛え上げられた自分の目にすら映らないほどの速度で攻撃を仕掛けてくる。自分がしっかりと攻撃の軌道が読めている時点で速さに至っては論外だ。到底フェリス達に勝つような実力者には思えない。

 

 ではフェリスさんに勝っているのは力か? そう思った彼は、勢いよく槍☆を跳ね上げサイトの顎に向かって綺麗なカウンターを決めようとした。

 

 その時だった、

 

「相棒! 下だ!!」

 

「っ!!」

 

 どこからともなく聞こえてきた声が、突然シルの耳朶をたたく。それと同時に単純な突撃を行っていたサイトが、まるで今までとは別人のように体を動かし、剣の軌道を変質。その槍の一撃を受け止めた!

 

「ぐっ!!」

 

 その見た目に反してあまりに重い槍☆の一撃。それを受け止めたため、サイトの体が一瞬浮く。

 

 そんな情けないサイトの姿を見ながらも、空中を漂うサイトに向かってシルは追撃を行おうとはしなかった。

 

 なぜなら、彼は自身の攻撃を見事に受け止めたサイトの不自然な動きに目を見開いていたからだ。

 

「まさか……今のは」

 

「わりぃデルフ! 助かった……ていうか、何であんなのの一撃がこんな重いんだよ!?」

 

「きをつけな相棒。こいつ、フェリスの嬢ちゃんよりかは弱いがかといって今まで戦ってきた奴と同じだと思っていい相手じゃねェ」

 

「十分承知しているよ!」

 

 カチャカチャと飾りを鳴らししゃべる(・・・・)剣に返事を返し、サイトは再びゆらりと剣を構えた。

 

「……まさかその剣。自分の意識を持っているのですか?」

 

 唖然とするシルに初めて意表をつけたかと、サイトは不敵に笑いながら愛剣の切っ先をシルに向けた。

 

「おう! 挨拶が遅れたうえに不意打ちしちまってすまねぇなにぃチャン。俺の名前はデルフリンガー。神の左手ガンダールヴの……」

 

 当然その反応に気をよくしたデルフも意気揚々と自己紹介を始めたのだが、彼らの認識は甘かった……。

 

 シルはいつでも一般人の予想の斜め上をゆく存在だ。ライナがこの場にいれば間違いなくそう告げて全力で逃走していただろう。

 

 しかし、もうその手段はとれない。サイトたちの逃走のタイミングはすでに消え去り、彼らは理不尽という混沌の中に足を踏み入れることしかなくなった。

 

 そして、

 

「なんとっ! 私以外に、気合で主のために喋る機能を得た武器があるとはっ! この世界の武器もなかなか気合が入っているではないか!」

 

「そのとおりだねぶーちゃん!」

 

 デルフの自己紹介をぶった切り、プルプル震えた豚のぬいぐるみが突然人間臭い動きをしながら口を開く。

 

 唖然とするサイトとデルフ、当然だ。自身がインテリジェンスという存在なのだからぬいぐるみが話すというのもあながち間違った事象ではないのだが、かといって……武器でもないタダのぬいぐるみに、実際に会話ができるまでの自意識までつけようと思うと、金も時間も技術もとんでもない水準で必要となる。だからこそ、ぬいぐるみにインテリジェンス機能を付けるなどというトチ狂ったまねをする奴は古代においてもいなかった。

 

 だが、目の前にそんな理不尽な魔法の体現が存在している。どう考えても無駄にしかなりえない機能を持った物体が……豚のぬいぐるみという信じられない形態をもって降臨してしまっている。

 

 だから、サイトとデルフは思わずこう絶叫した。

 

「「ぶ、ぶたのぬいぐるみが喋ってるぅウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?」」

 

「むっ!? 何をぬかすか貴様ら! 私はブルジュワーノ・ジュリオールという名のついた立派な槍だぞ!」

 

「俺より立派な名前付いてるし!?」

 

「ていうかどこが槍だぁあああアアアアアアアアアアアア!?」

 

 あんまりのもあんまりすぎるぶーちゃんの爆弾発言に、戦いも忘れて思わず魂のツッコミを入れてしまう一人と一本。

 

 そんな時だった。このカオスに幕を引く一撃が……

 

爆震地(アース・シェイカ)ァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 エルザによって放たれたのは!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 巻き上がる土砂。吹き飛ぶ景色。そんな光景をノンビリに眺めながらエルザはいい汗かいたといわんばかりに額を服の袖で拭った。汗なんて微塵もかいていないくせに。

 

「やぁ、わざわざ必要以上に時間をかけてここら辺一帯の土精霊全部と契約を結んでよかったわ。ちょっと自分でもびっくりするぐらいの範囲吹き飛んじゃったせいで、エロガッパも巻き込んじゃったけど仕方ないわよね。うん……私まだまだ未熟ものだもん♡」

 

 アースシェイカーはいわゆる倒地(ちがしら)の広域殲滅版の精霊魔法だ。半径数百メートルにわたる広範囲の地面を爆破しそれによって巻き上がる土砂で相手を天高く吹き飛ばす魔法で、直撃すれば少なくとも全身の骨を粉状に変質させてしまう程度の威力は持っている。

 

 要するに即死である。だが、それだけの威力を確保するためにはかなりの時間をかけて数万近い地の精霊と契約を結ぶ必要があるので、ほとんど陣地防衛用にしか使われないトラップ魔法だったりするのだが……。

 

「前衛いるだけで大分使い勝手がよくなるものよね~、巻き込むけど。今度もあのエロガッパと共闘してライナやお姉さまに挑むのも悪くないわね。巻き込むけど」

 

 まぁエロガッパならいいでしょう。あいつが言っていたギャグ補正とかが働きそうだし……。と自己完結した後、エルザはおそらくボロボロになっているであろうサイトを回収するために、アースシェイカーが発動していた場所へと足を延ばす。

 

 魔法の効果はとっくに切れており、今その場所は濛々とした土煙に覆われてはいるが穏やかな様相を見せてはいた。

 

「エロガッパー? 無事? だったらもう一発叩き込むけど?」

 

 鬼かお前は……。あぁ、吸血()だったな。誰かが聞いていれば間違いなくそう言うであろうセリフを平然と吐きながら、エルザは土煙の奥に向かって呼びかける。

 

「それにしても、魔法叩き込む直前あいつが持っていたぶたが喋っていたような……。いや、気のせいよエルザ。そんな精神衛生上不健康にしかならない現実からは目をそむけないとダメ」

 

 色々とダメすぎるセリフを吐きながら、エルザが首を振った時だった。

 

「ランダム……」

 

「え?」

 

 信じられない人物の声が聞こえてきた。エルザの体は見事に氷結し、土煙の奥で輝く光を見てイヤイヤと首を振る。どうやら現実のあまりに厳しさに言葉を発することもできないようだ。

 

 だが残念なことに、現実はそんなエルザの態度など知ったことではないといわんばかりに牙をむいてくる。

 

「スパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアク!!」

 

「……………」

 

 もう黙ってへたり込むしかなかったエルザだったが、今回はそれが功を奏した。

 

 エルザの頭上を過ぎ去り遥か彼方へと消えていく閃光。後ろにあった学生寮がすさまじい轟音を立てて爆発した気がしたが(ちなみに爆心地はライナの部屋)、今のエルザはたまたま命が拾えたことに感謝をすることしかできない。

 

 文字通りランダムに撃っているのだろう。というか、あの人形が空中で360度回転しているとしか思えないほどランダムな方向に打たれる閃光たちが、あたりを覆っていた土煙を吹き払い、中の様子を鮮明にした。

 

「なるほどっ! たった一人で大規模攻撃魔法を撃ってくるとはすばらしい腕だエルザさん! でも残念でしたね、僕の無敵の槍の前には先ほどの攻撃は児戯にも等しいものでしたよ!!」

 

 どこがだ……。土煙を切り裂き現れたシルの姿を見て、ようやく安堵できる材料を見つけたエルザは内心でそうツッコんだ。

 

 さすがのシルもあれを喰らって無事というわけにはいかなかったのか結構悲惨な格好をしている。体は土まみれになり、あちこちに擦り傷ができ、呼吸も少し荒く、四肢は若干震えている。まぁ、本当なら全身粉砕骨折級のダメージを与える魔法を喰らって、被害がその程度というのはかなり規格外な話ではあるが……。実際サイトだったナニカはちょっと……なんというか、言い表せないくらいの感じになってしまっているし。人間の進化行程に軟体動物ってあったかしら? と、内心で首をかしげながらエルザは一言、

 

「というか……あの攻撃から持ち主守る槍なんてもう槍じゃないと思うのは私だけ?」

 

「何をわけのわからないことを! 槍は槍ですよ!!」

 

 豚のぬいぐるみが? よっぽどそういってやろうかと思ったが、いつの間にか赤いマントを着用して空を飛んでいたぶたのぬいぐるみが、プルプルと震えながらこちらを見つめいたので、なんか怖くなってやめた。下手なこと言ってあのレーザーが飛んできたら、前衛を失った今のエルザでは対処できないからだ。

 

「ま、参ったわ……降参よ」

 

 なのでおとなしくエルザは両手を上げた。もとより負ける予定だったので、この行動をするのにためらいはない。

 

 そんなエルザの殊勝な態度を見たシルは、目をきらりと輝かせて空中にいるぶーちゃんと決めポーズ。

 

「やはり槍こそが最強!! 剣などという前時代的な武器に負けるわけがないのです!」

 

 まぁ、正確には剣と魔法だけどね……。エルザはそう思いはしたが何やら越に浸っているシルに水を差して、再び喧嘩を吹っ掛けかれるのもあれなので黙って聞き流す。

 

 これでようやく平和が訪れるわ……。彼女が内心でそう思い安堵の息をついた時だった。

 

「ようやく見つけたわよ! 曲者!!」

 

 どこかで聞いたことがある、ツンデレ臭漂う声が聞こえてきてエルザは思わず氷結した。

 

「る、ルイズおねえチャン?」

 

 笑顔が引きつりそうになるのを何とかこらえながら、エルザギリギリと振り返る。

 

 そこには――いったい曲者を探している工程で何があったのかはわからないが――目が完全に逝っちゃっているルイズが、シルに杖を向けて笑っていた。

 

「こ~こにょ~トリステイン魔ヒョウ学ヒンニもぐりこんだにょがうんにょちゅき~」

 

「おえねちゃん本当にどうしたの!? 最後あたりもう何言ってるかわからないよ!?」

 

「ほう。新たな挑戦者ですか? いいでしょう。最強は挑戦者を拒みません!!」

 

 最高にハイになってしまっているシルはそんなことにも気づかずにルイズに向かって胸を張る。そんなシルに向かってルイズは問答無用といわんばかりに杖に魔力を込め始めた。詠唱内容はファイアー・ボールのもの。しかし残念なことにルイズの魔法はすべて爆発に変換される。

 

 しかもどういうわけかいまのルイズは理性のタガが外れてしまっており、本来必要ないほどの魔力をその魔法に注ぎ込んでしまっていて……。

 

「え、ちょ……お、おねえチャン? う、嘘だよね? そんな魔法撃ったらエルザも巻き込まれちゃうよ? ね、ねぇ……おねえチャン? お姉ちゃんてばぁああああああああああああ!?」

 

 しかし、今回のエルザはとことん不幸だった。目が逝っちゃっているルイズが彼女の懇願を聞いてくれるわけもなく、ルイズは遠慮なく魔力を解放。あたり一帯を爆発の嵐で包み込んだ!!

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 エルザの断末魔の声が、夜のトリステイン魔法学院に響き渡ったという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 トリステイン魔法学院の宝物庫前に、一台の豪華な馬車が止まっていた。

 

 そこに乗ってきたのはバーシェン・フォービンとウェールズ元皇太子改め、ウェールズ宰相補佐。さすがにあいつらの故郷の知り合いとはいえ、あれを丸投げするのはよくなかったかな~。と珍しくも反省したバーシェンが、ライナたちの様子を見に行くためにこんな夜遅くに馬車を走らせてトリステイン魔法学院にきたのだが……。

 

「おい、ウェールズ。俺の見間違いだったらいいのだが……これ、揮発してしまっているよな?」

 

「まぁ、これだけ大きな瓶の中身がなくなったところを見ると盗まれたことよりもそれを考えた方が妥当かと……」

 

 どういうわけか巨大な穴が開いてた宝物庫に入り込んだバーシェンが無表情のまま指差すのは、ちょっとしたタンクほどの大きさがある巨大なフラスコ。そのフラスコの中央にはまるでレーザーの直撃でも食らったのではないか? と、思ってしまうほどのフチが融解した巨大な穴が開いており、中にあった液体を空にしていた。

 

「これの中身……揮発しても効力があるものだったよな?」

 

「何せ始祖ブリミルの時代の初代ミョズニトニルンが作ったものですからね……。おそらくは揮発しても効果があるかと……」

 

 何とも言えない顔でそう告げたウェールズに、バーシェンは初めて顔をひきつらせて宝物庫の外の方へと視線をやる。

 

「あれの原因……これだと思うか?」

 

「むしろこれ以外に何があるんですか?」

 

 その視線の先では、どういうわけか目が逝っちゃっている教師や生徒たちが暴れまわっていた。

 

「ふははははは! われ最恐ゆえにわれあり!!」

 

「その程度ですかなコルベール先生……ならば次は吾輩の番ですなぁあ!?」

 

「アァアアアアアアアアアアアアアアアアサァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「お前に足りないものは、それは~!! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そしてェなによりもォ―――――――速さが足りない!!」

 

「吹き飛べ虫けらども!!」

 

「よろしい……ならば戦争だ!!」

 

 わけのわからない言葉を言いながらひたすら戦闘行動を続ける生徒や教師たち。錯乱どころか、この世界にいてはいけない存在までいた気がしたがきっと気のせいだとバーシェンは思う。

 

「とりあえず揮発した薬はもう完全に雲散霧消したようですが……どうします?」

 

 ウェールズにそう聞かれて、バーシェンは無言のまま数秒間考え。

 

「仕方がない。兵隊呼んでこの学院を封鎖させろ。鎮圧は俺が行う」

 

「お供しましょうか?」

 

「いらん。この程度なら一分もかからん。それよりもお前にはやってもらいたいことがある」

 

「はい? なんでしょう?」

 

 首を傾げるウェールズの両肩に、バーシェンは勢いよく手を振りおろし、

 

「ライナ・リュートとフェリス・エリス……そしてシルワーウェスト・シルウェルトを捕縛して来い。あと、今回の件で発生した被害の損害賠償金の算出をしておけ、奴らに請求する」

 

「……貴族が一生かけても稼げない金額になると思うんですが」

 

「ならばあれか? きさまが肩代わりしてくれるのか?」

 

「全身全霊で奴らを捕まえて御覧に入れます!!」

 

 逃げるように宝物庫を出て行ったウェールズに鼻を鳴らした後、バーシェンは再びフラスコのほうをふり返りそこに刻まれた薬の名前を読んだ。

 

「よりにもよって狂化薬とは……」

 

 これを飲んだ人間はすべてのステータスがワンランク上がる代わりに理性がなくなる……。まるでどこかの世界のサーヴァントみたいな効果だが、初代ミョズニトニルンは狙って作ったわけではないとバーシェンは信じたかった……。初代ミョズニトニルンがまるでどこかの世界のオタクらしい恰好をしながら「うはっ……バー〇ーカーとかキタコレ。これでカツル!!」とか言っていたと記載された古文書があったりもしたのだが、それはバーシェンの手によって完全に焼却されその存在は闇へと葬られたという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 後日談……というか、今回のオチ。

 

 結局トリステイン魔法学院の狂乱が静まったのは、朝になってからだった。狂化薬を飲んだ生徒や教師は一様に昨夜のことを覚えておらず、ただひたすら自身の頭を襲う頭痛にうめき声を上げることしかできなかった。無論ルイズもその一人だ。

 

 ちなみに主犯格であるシルは沈静化した学園の尖塔に黒こげになって逆さに吊るされているところが発見されたらしい。吊るされてもなお爽やかな笑顔のまま本人が語るには「あれほどの実力者がまだいたとは……。この世界もなかなか侮れませんね!!」とのこと。何があったのかは推して知るべきといったところか……。

 

 ちなみに、今回の件で見事に逃走を決め込んだライナとフェリスは王都のお団子屋で発見され丁重に王宮に招かれることになった。

 

 そこで二人は美しい顔を見事な笑顔へと変えたバーシェンと対面し、シュヴァリエの爵位と今回の一件によりでた被害総額の請求書を同時に授与された。

 

 のちの歴史書が記すには、絶望するような顔をする二人にむかって、バーシェンは情け容赦なくこう言ったらしい。

 

「保護とかもう一切関係ない。損失分の補てんが終わるまで、貴様らはただ働き確定だ。あぁ、逃げることは許さん。もし逃げたら、宰相権限を使い貴様らが嫌がることをとことんやるからな。覚悟するように」

 

 この時ライナとフェリスはこう語った。神は死んだ……と。

 



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タルブ戦乱
夢見たメイド


 目を開くと……そこは薄暗いある部屋の中だった。装飾品から見てかなり裕福な人間がすんでいると予想されるが、現在は深夜だ。夜中の明かりについては平民と大して変わらないのか、部屋のほとんどが闇に包まれることによって隠されてしまい、豪華な雰囲気はみじんも感じられない。

 

 今回は誰のものでしょう?

 

 そんなところに紛れ込んでしまったのは一人の少女。少女は自分が平民であることも知っているし、このような部屋にいていい存在でないことも知っている。

 

 だからこそ、少女はこの光景が現実のものではないと瞬く間に看破した。

 

 私早く寝たいんですけど……。

 

 そんな素朴な願いが聞き入れられるわけもなく、わけのわからない(無駄に)豪華な世界は勝手に動き始めてしまう。

 

「ルイズ……ルイズゥ……」

 

 はぁはぁ……。荒い息をしながら部屋の中でうごめく不審人物。どうやらかなり興奮しているようだ。戦闘でも行うのだろうか? いいや違う。と少女は長年の経験からそのことをあっさりと見抜く。

 

 これは性的に興奮している時の鼻息だ。

 

 あまり良い結果を生みそうにない展開に、少女は眉をしかめながら仕方なくふらりと歩みを進めた。

 

 都合よく月明かりが窓から差し込み、ベッドに寝ていたこの部屋の主を照らし出した。桃色のブロンドに、本当に自分と近い年頃なのかと疑ってしまうほどの小さな体(むろん、身長のことだ。体の一部もそうだが、ばれたら間違いなく大激怒されるので考えないようにする)。

 

 ルイズ・ラ・アリエールだったか? 本当はもっとくそ長い名前だった気がするし、何か間違っている気もするが、少女が思い出せるのはここまでだ。

 

 もとより貴族の中でも最高位の爵位を持つ公爵家の令嬢と、平民である自分に接点があるわけでもなし……名前がうろ覚えなのは勘弁してほしい、と少女は自己完結し、その華奢な令嬢に向かってうごめく人影の方へ視線を向けた。

 

 鼻の穴を大きく膨らませ、顔を真っ赤にし、いまにも鼻血が噴き出すんじゃないかと思ってしまうほど興奮した顔をしている黒目黒髪の少年。

 

 コック長が「我らの剣!!」と呼んではばからないとある剣士の少年が、わりと残念な顔をしながらそこに立っていた。

 

 少女は自分の気持ちに正直になり、こちらに向かってふらふらと歩いてくるその人物からできるだけ距離を取るために壁側へといそいそ移動する。

 

 明らかにルイズの貞操が危険そうではあったが、所詮現実ではないのだしと自己完結。シエスタは黙って壁のほうを向き、耳をふさぐ。

 

 自分の背後ではさぞえげつない夜の光景が広がっているのでしょう……。と、ほんのちょっとだけ耳年増な自分を呪いながら、思わずその光景を思い浮かべてしまい真っ赤になる少女。

 

 そのときだった、

 

 少女の背後から何かが飛来し、少女の背中にぶつかり……通り抜けた。

 

「あら?」

 

 少女は自分の体をすり抜けるようにして飛来し、とんでもない勢いで壁に叩き付けられた少年の顔を見て少し驚きの色を浮かべた。

 

 その人物は驚いたことに、先ほどまでハァハァ言っていた我らが剣殿だった。

 

 この世界で失敗するなんて、ありえない……。だってここは……サイトさんの夢の中なのに。

 

 少女は目の前で起こった異常事態に少しだけ目を見開いた。そう。ここはサイトの夢の中。サイトのためのサイトによるサイトだけの世界。この世界で起こるすべてはサイトの都合のいいようになり、サイトにできないことは何もない。そんな世界のはずだったのに……。

 

 少女は慌てて後ろを振り向き、サイトを吹き飛ばした何かの姿を確認しようとして……。

 

「………………」

 

 思わず顔をひきつらせた。なぜならそこには、まるで物語に出てくる怪物『メデューサ』のように髪をうねらせ、悪鬼のような表情をしたルイズが鞭を片手に素振りをしていたからだ。

 

「ここここここ……このイヌっ!! 性懲りもなく、またぁああああああああああああああああ!!」

 

「ゆ、許してルイズ!? 俺が悪かったぁあああああああああああああああああ!!」

 

 鞭を片手にこちらに迫ってくるルイズに、サイトは泣きながら許しを請う。当然そんなもので空を飛行するアルビオンよりも高い公爵令嬢のプライドが許しを与えるわけもなく、ルイズは凄まじい速さでサイトに向かって鞭を振りおろし!!

 

 

 

 

 

 

 そこで目が覚めた。

 

 目の前に広がる見慣れた天井をしばらく呆然と見上げた少女は、ゆっくりと体を起こしいまだにしょぼつく目をごしごしとこする。

 

 そして、少しはましになった寝起きのぼんやり感の余韻を感じつつ、少女――シエスタは、先ほど見た夢の感想を述べる。

 

「夢の中でも折檻って……どんだけ調教行き届いているんですかサイトさん……」

 

 その両眼には、真紅の輝きを放つ二つの点が刻まれていた。……夢置眼(エブラ・クリプト)。この世界にあってはならない異端の力。その力が再び見せたはた迷惑な光景を思い出し、シエスタは小さくため息を漏らすのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「その顔……あんたまた誰かの夢覗いたわね?」

 

 使用人用の食事をとるために食堂裏に一時的に設置される簡易食堂へとやってきたシエスタを見て、にやりとした笑みを浮かべたのは赤い髪に赤い瞳をもったシエスタと同い年くらいの少女――同僚であるアリスだ。シエスタと同じ時期にこの学院にやってきた彼女は何かとシエスタにちょっかいを掛けてくるおせっかいメイドとして有名だった。

 

 まぁ、そのおかげで魔眼のせいで若干人間不信になりかけていたシエスタも、彼女のおかげで随分とまともになり、通常の生活を送ることも友人を作ることもできた。感謝してもしきれないほどの恩人だったりするのだが……。

 

「で!? 今回はだれの夢なの? 夢の内容は? やっぱりピ―――――(規制されました)やバキュ――――ン(抹殺されました)な内容だったの!?」

 

 自分が事故で覗いてしまった夢のことを、根掘り葉掘り聞いてくるところだけはかなり迷惑だったが……。

 

「大した夢じゃないわよ。またサイトさんのところ」

 

「またぁ? あんた実はあの人のこと気になってんじゃないの?」

 

「否定はしないけど……恋愛感情とは違うわよ」

 

 というか、夢の中であんな変態チックなことをする人間を好きになったりしないわよ……。内心でそう呟きながら、マルトーさんが出してくれた薄味のスープ(平民はこのくらいに押さえておかないと、後で貴族の馬鹿ガキどもが何を言ってくるかわからないため)を口に運びながら、シエスタはそう漏らした。

 

 彼女が初めて人の夢を覗いたのは5歳の時だった。あまり覚えていないが彼女の故郷である村の誰かの夢だったと思う。その夢では別に問題はなかった。その人は夢の中でおなかいっぱいの高級料理を食べており、見ているシエスタもその幸福感をほんの少しおすそわけしてもらえた気さえした。

 

 だが問題だったのは意図的に夢が覗けるようになってからだった。初めてみた夢で味をしめたシエスタは片っ端から他人の夢を覗き始めた。とりあえず顔を知っている人は顔を思い浮かべれば間違いなく夢を覗けることがわかったので、魔眼を使うことに苦労はなかった。

 

 そこでシエスタは様々な夢を見ることになる。農具で貴族を打倒し英雄になる夢。イーヴェルディになりきり悪竜退治に出かける夢。空飛ぶ巨大な戦艦の将校になる夢(ちなみにシエスタの弟の夢)……いろんな夢をめぐりちょっとした観光気分を味わうのが当時のシエスタのマイブームだった。

 

 そんな時……シエスタは生まれて初めて恋をした。

 

 相手は、当時彼女の村を含む領地を治めていた領主さま。年若く、平民にすら慈悲深かった彼はよくさまざまな村々を訪れては領民たちとの交流を行っていた。

 

 シエスタはそんな彼が村を訪れたときに、優しく微笑まれ頭をなでられたことに好意を抱き、幼い恋心を抱いてしまったのだった。

 

 彼女が彼の夢を垣間見てしまったことは必然といってもよかっただろう。そしてその夢の内容は……。

 

 

 

 

 メイドハーレムだった……。メイド服を着た美女たちを大量にはべらせ、鼻の下を伸ばしている彼の映像がまざまざと、幼いながらもかなりの夢を覗き見たせいで結構精神年齢が高かったシエスタの視界に広がった。

 

 普通にひきましたよ……。当時のシエスタはそう語る。しかも夢の内容は夜の生活にまでおよび、結構生々しい夢を見てしまっていた。

 

 子供が見るものではありませんでしたね……。現代のシエスタは顔を真っ赤にしながらアリスにそう語った。

 

 そんなこんなで幼い恋心を見事粉砕されてしまったシエスタはもう恋なんてしない……と、割と切実に誓ったのだったが。

 

 彼女の苦難はさらに続く。あれ以来反省して他人の夢をむやみやたらにのぞくのはやめたのだが、ときどき魔眼が暴走して、誰かの夢を本人の意思も関係なく提供してしまう事態が多発してしまったのだ。幼い頃はなかった力の暴走。成長したことにより力がもてあまし気味になってしまった結果だったのだが、当時のシエスタはそんなことは知らないし、知る必要もない。問題だったのは、彼女の知人たちが思春期に入ってしまっていたことだった。

 

 少女の夢だったらまだしも、男子の夢は最悪と言っていいものだった。内容は大体察してもらいたい……。ときには夢の中に自分が出てきて鳥肌を立ててしまったことは今も記憶に新しい。

 

 まずい……このままじゃいろいろまずい。

 

 胸が人より膨らんできたこともあり、男子の夢の中ではシエスタの出演率が8割を超えたあたりでシエスタは真剣にノイローゼになりかけていた。おまけに現実のほうでは男子たちは、普段と変わらない顔でシエスタに接してくるので、なおのこと不信感が募る。

 

 このままでは狂う……。そう思いながら、シエスタが再び自分が出演した夢を見て、必死に涙をこらえていた時だった。

 

 シエスタにはじめてアレな夢を見せた領主さまからお触れがあったのは。

 

 人間不信になりかけ、あまり外に出なくなったシエスタでもさすがに貴族のお触れを無視するわけにはいかず、外に出てそのお触れの掲示を見に行った。

 

 そして彼女は希望を見つけた。

 

《求む、魔法学院で働く下働き人員を》

 

 新たな職場に行くことによる、この環境からの脱却の希望を。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「とはいえいまだに男性不信が治ったわけでもなく……」

 

「お~いシエスタ~!!」

 

 食事を終えアリスと別れた後、朝の洗濯をしていたシエスタは、こちらに向かって走ってくる黒目黒髪の我らが剣殿を視認し、あわてて笑顔を取り繕った。

 

 しばらく前に洋服洗いを免除された彼は、すっかりここには来なくなっていたので油断していた。もう二度と会うことはないと思っていたのに……。

 

 内心で舌打ちをしながら表面上はにこやかにサイトに接するシエスタ。当たり前だ、メイドとは下働き以前に接客業。どんな相手であろうと、不快感を与える対応を取ってはならない。トリステイン魔法学院に入って真っ先に教えられた基礎中の基礎のことがらだった。

 

「どうされたんですかサイトさ……ん?」

 

 だが、近づいてきたサイトの姿を見てシエスタはついうっかりと、その教えを破ってしまった。

 

「ん? どうしたのシエスタ」

 

 それはこっちのセリフなのですが……。と、シエスタはどういうわけか包帯まみれで松葉づえをついているサイトに、ほほを引きつらせる。

 

「え、えっと……お元気でしたか? 最近来られませんでしたけど……」

 

「ん? あぁ、元気元気!! 最近剣術の修行してたから来れなかったんだ。んで、今日はちょっとやれそうにないから御休み」

 

 元気って意味わかって答えてますか? と、内心で激しくツッコミを入れつつ、シエスタは震える指で包帯が巻かれた部分指さした。

 

「えっと……その傷、どうされたんですか?」

 

「ん……あぁ……昨日の晩いろいろあって」

 

 気まずそうに眼をそらしたサイトの視線の先には、現在一人の教師が修復中の宝物庫の壁があった。

 

 そういえばアリスが言っていましたね、昨日かなりの大騒動があったって……。

 

 能力つかわれるときの睡眠はかなり深い深度で脳が一時的に休息をとることが多い。その休息時に騒ぎが起こったようで、シエスタは昨日のバカ騒ぎの詳細をいまいち知らないままだった。

 

 ただ、その宝物庫を直している黒目黒髪の先生が見覚えのない紅の髪を持つ王宮の偉そうな人に、

 

「きびきび働け。安心しろ、うちは火葬施設完備しいてるから」

 

「やべぇ……俺過労死するまで働かされるんだ……」

 

 と、いった感じにこき使われているのが印象的だった。たぶんあの先生が昨日の騒ぎの主犯なのだと思われた。

 

「それより何か手伝うことある? ちょっと暇で暇で仕方なかった……」

 

「そんな状態で働こうとか頭おかしいんですか!?」

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今はこの意味がわからないバカを何とかしなければ!! と、シエスタはあわてて手伝いを申し出てくるサイトを怒鳴りつけた。

 

「どう考えても骨折してますよねそれ!? 松葉づえどころか寝たきりになってないとおかしいランクの傷ですよねそれ!?」

 

「いや、見た目確かに重症っぽいけど、案外無事なんだぞ? 全身の骨にひびが入ってるから絶対安静って怪我見てもらった先生には言われたけど……」

 

「絶対安静の意味わかってるんですか!?」

 

 シエスタの的確なツッコミに、サイトは松葉づえをついていない左手でガッとシエスタの肩をつかみ、どことなく鬼気迫った顔で、

 

「い、いいから手伝わせてくれよシエスタ……俺まだ、空腹で死にかけた時に君に助けてもらったお礼してないし……」

 

「い、いや、目の前で人が倒れたら助けるのは当然のことですし……お礼なんて、そんな」

 

 な、なに!? 何がこの人をここまで労働に駆り立てるの!? シエスタがあまりに異常に仕事に執着するサイトの姿に恐怖を感じた時だった。

 

 本当の地獄がこの場に訪れたのは、

 

「サイト! こんなところにいたの!?」

 

「「!?」」

 

 聞きなれない声が聞こえ、シエスタが視線を向けると同時にサイトもバッと声が聞こえた方向を振り向き、だらだら冷や汗を流し始めた。

 

「る、ルイズ……」

 

「もう、あのシルウェルトとかいう奴に殺されかけたんでしょ? 安静にしてなきゃだめじゃない!! ほら、あんたが言っていたお粥ってのもライナに教えてもらった通りに作ってきたから、さっさと食べなさい」

 

 そう言って、昨日シエスタの夢に出てきた桃色髪の少女が、白い容器に入った何かをサイトに向かって突き出してきた。

 

 シエスタはその中にある物体を見て思わずウッ……とうめき声を上げる。

 

 なんかそれは……黒かった。いや、いっそのことグロかったと言ったほうが的を射ている。真っ黒な液体の中を、ドロドロになった何かが滞留しておりときどき何かの目玉のようなものが浮いたり沈んだりしている。

 

 お粥という料理は知らないが、少なくともこんなゲテモノ系の食べ物ではないとシエスタは確信した。

 

「そうだよサイトお兄ちゃん! エルザを守ってあんなことになったんだから、安静にしてもらわないと困るよ!!」

 

 精神を守るためか、サイトがそのお粥から必死に視線をそらしながら「あー……えっと」と必死にそのお粥(?)を食べなくてよくなるような理由をひねり出そうとしているところに、さらなる追い打ちを金髪の美少女がかけてくる。彼女はにこやかな笑顔を浮かべながらあるものをサイトに差し出してきた。

 

「そのあとには、エルザ特製の薬草団子をあげるよ!! 大丈夫!! すぐに痛みなんてなくなっちゃうから!!」

 

 一瞬その笑顔が「永遠にな……」と言わんばかりに凶悪にゆがんだ気がしたが、シエスタは自分の精神衛生上あまりよろしくないその事実を全力で無視することに決める。その手に握られている紫色の串団子の中からのぞく草が、平民の間では猛毒と知られるとある植物だった気がしたが、気のせいだと信じ込む!!

 

「あぁ……おまえ、マジで俺を殺して証拠隠滅する気だな!?」

 

「ん~? 何のことかわからないよお兄ちゃん?」

 

 かわいらしい笑顔を浮かべてスットボケるエルザに、サイトは本気で戦慄したように愕然とした表情を浮かべていた。男性不信のシエスタから見ても、その表情はとても憐れみを誘うもので、死刑間際の囚人を彷彿とさせる顔だった。

 

「ま、待ってくれルイズ!! 俺はもう平気だから!! そ、それにほら……俺ちょっと恩人のお手伝いしないといけないし!!」

 

「お手伝い?」

 

 そんな中、必死に言い訳をひねり出したサイトはあわてて体を動かし後ろに待機していたシエスタをルイズたちの前に出す。

 

 な、何してくれてんですかこの人はぁああああああああああああああああ!? と、厄介事に巻き込まれたと本能的に悟ったシエスタがガクブルしているのを見て、ルイズは鋭く瞳を細めながら一言、

 

「あんた……本当にこんなけが人に手伝い頼んだの?」

 

「いいえ!! 微塵も頼んでいませんわ!! 貴族さまの使い魔さまにそんな……めっそうもない!!」

 

「ちょ!?」

 

 最後の命綱に裏切られ絶望の声を上げるサイト。そんな彼のことをしり目に、ルイズは大きく頷き、

 

「そう。ごめんなさい、このバカが仕事のじゃましちゃったみたいで」

 

「い、いえ……」

 

 最後に謝罪だけ残してサイトをドナドナしていった。その際サイトが「助けてっ!!」と言わんばかりの哀れな視線でシエスタを見つめてきたが、

 

「……………………」

 

 ごめんなさい。という気持ちをめいいっぱいこめて、シエスタは頭を下げた後そそくさと洗濯へと戻った。

 

 私はしがない平民なんです……。貴族さまには逆らえないんです……。と、内心でシエスタが必死に言い訳をしている間に、サイトのこの世のものとは思えない絶叫がルイズの部屋から響き渡った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そこは真っ赤な……真っ赤な世界だった。

 

 その中で数十人近い人が、まるで演劇をするかのようにうごめいていた。

 

真紅の鎧と大きな鎌が特徴的な武装をした、かなり強そうな騎士たち。しかし、その人々はたった一人の化物によって蹂躙されていた。

 

 その化物は、シエスタと同じような黒い髪に黒い瞳を持っている。しかし、その瞳の中央に輝く真紅の模様はシエスタの二つの点とは違う、禍々しい五芒星。

 

 その瞳から五芒星が飛び出し、ぺたりと武装をしていた人々のうちの一人にに張り付いたかと思うと、突然、

 

《逆らうな。お前は分子の砂になって消えろ》

 

 その通りになった。男はまるで夢か幻のように、小さな粒になって消滅した。

 

 その光景を見て思わず悲鳴を上げるシエスタ。しかし、そんな彼女を無視して惨劇は続く、

 

 慌てふためく鎧たち。その姿からはもう完全に戦意は見えない。しかし化物は攻撃をやめない。不気味な笑顔を追うかべながら、次々と兵士たちを虐殺していく。

 

《神。悪魔。邪神。勇者。化物。貴様らはなんて呼ぶ? 貴様らはなんて呼ぶ? はははははははははははははははは》

 

 化物の口は動いていないのに声が響く。不安を掻き立てるような不気味な声。

 

 もうやめて……。その声を聴き、シエスタは思わずつぶやく。

 

 もうやめてよっ!! 聞こえないと分かっていても、夢の中にいるのだと分かっていても、それでもシエスタは必死に叫んだ。だが、

 

 すべて終わった。シエスタの懇願むなしく、兵士たちは全滅した。

 

 あるものは破裂し、あるものは潰れ、あるものは消え、あるものは弾け、あるものは砕けた。

 

α(はじまり)は破壊だ。我は何も生み出さない。恵まない。救わない。ただ消すだけ……真っ白に》

 

 真紅に染まった大地に、たった一人で立ち己が行った殺戮に酔いしれる化物。シエスタは恐怖に染まった視線で呆然とそれを見続け、そして、

 

《見つけたぞ……すべての式を解く者っ!!》

 

 突然、今まで殺戮を行っていた人の姿を破り捨て、姿を現した悪魔のような化物に、シエスタはっ!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「あだっ!?」

 

 机に伏すようにして寝ていたシエスタは、恐怖のあまり飛び起きた。そして、彼女の後頭部に鈍い衝撃。それと同時に上がった悲鳴の声は、シエスタの聞き覚えのある声だった。

 

「あ、え……アリス?」

 

「仕事中に居眠りなんて……いい度胸してんじゃないシエスタ」

 

 どうやらシエスタが飛び起きた際に頭をぶつけてしまったらしいあごの部分をさすりながら、顔を凶悪な笑顔へとゆがめるアリス。

 

 それを見てシエスタは確信する……。あ、これはめちゃくちゃ怒っている顔だ、と……。

 

「メイド長が来る前に起こしてあげようと思ったけど……気が変わったわ。ちょっと、今すぐ呼んでくる」

 

「ちょ、ま、まって!! お願い待って!! 後生だからそれだけは勘弁してぇえええええええええええええ!!」

 

 先ほど見た夢がいったい誰のものなのか考えながら、シエスタは全力全開で自分の居眠りをチクろうとする友人をなだめるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

翌日の早朝。

 

「あぁ、ひどい目にあった……」

 

 結局ルイズの部屋へと連行されたサイトは、そこで待っていた精神力が回復した水魔法の先生の手によって、何とか傷を完治させ、ルイズのゲテモノ粥とエルザの暗殺団子を食べなくてもよくなった。

 

 もっとも、急速に骨を治すためにずいぶんと無理をしたため、すさまじい激痛が走り思わず絶叫を上げてしまったが……。

 

何とも情けない姿を見せちゃったな~と、サイトは羞恥心で顔を赤らめながら小さく反省。

 

 とにもかくにも、本当の命の危機はなんとか脱することができたので現在の彼はすがすがしい表情で、デルフを片手にいつも朝練をしている広場へと向かっていた。

 

 ライナとフェリスは現在不眠不休で労働中らしい。一昨日自分たちにあんな化け物押し付けたんだ……いい気味だ!! と、内心で烈火のごとく怒りながらも、組手相手がいないことをほんの少しだけ寂しさを感じつつサイトは無事に広場へと到着する。

 

「じゃ、はじめるかデルフ」

 

「おうよ!! フェリスの姉さんがいないからとりあえず俺が指示する通りに俺を振ってみろ。基礎的な能力は大分付いてきたんだ、後は型やら何やら覚えて下地作っていくぜ相棒」

 

「了解!!」

 

 とりあえず今は素ぶりだ。気分を入れ替え心機一転! サイトが豪快に大剣のデルフを振ろうとしたその時っ!!

 

「サイトさん!!」

 

「ぶっ!?」

 

 何かが勢いよく背後からぶつかってきた!!

 

 完全な不意打ちだったため、思わず変な悲鳴を上げばたりと地面に倒れてしまうサイト。そのさい背骨がすごい音を立てた気がしたが、ルイズの折檻のほうが痛いので大した被害はないと思われる。

 

「ちょ、な、ななななななに!?」

 

 とはいえ背後からの不意打ちというものは、大なり小なり人の精神に被害を与える。鍛えていたとはいえまだまだ初心者気分が抜けきらないサイトは、みっともなく狼狽の声を上げあわてて背後を振り返った。

 

 そして、

 

「さ、サイトさん……恩が残ってるって言ってましたよね!!」

 

 泣きそうな顔をした、いつぞやに空腹でぶっ倒れていた自分を助けてくれたメイドの少女――シエスタがサイトの背中に、

 

 ムニュッ……とした、少女の二つのやわらかいクッションの感触が背中から伝わる密着具合で自分の背中に抱きついてきていて。

 

「ふぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 なんだかそれだけでHP的な何かが回復する錯覚を覚えるサイト。とりあえず鼻の奥からこみ上げてくる何かをこらえるために、あわてて鼻を押さえる。

 

 シエスタはそんなサイトを涙でうるんでいるにもかかわらず、明らかに蔑みの色が見えてしまうほどの白い目で見つめた後、フルフルと首を振って思考を入れ替え本題に入った。

 

「手伝ってもらいたいことがあるんです!! 助けてくれませんか!!」

 

「え?」

 

 何とか鼻血を我慢しきることに成功したサイトは、シエスタの切羽詰まった嘆願に思わず首をかしげた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ライナさんがそんなことを? 信じられないな……」

 

「本当ですって!! 私は確かに見たん(・・・)ですって!!」

 

 物陰に隠れながら壁を直しているライナを監視しているシエスタは、護衛として引きずってきたサイトにすべて話した。自身の能力のこと、昨日見た夢のこと、そして今朝になってライナの顔を見て、その夢に出てきた騎士団を殺戮した人物の顔がライナにひどくそっくりだということに気付いたことを。

 

「でも……所詮夢の話だろ?」

 

 才とは正直、シエスタの特殊能力に関しては眉唾程度の認識しかしていなかったが、彼女のあまりの必死な様子に逆らうこともできず結局ここまで引きずってこられたのだが、やはりシエスタの言を信じることができなかった。

 

「サイトさん!! 夢を馬鹿にしてはいけません!! 夢とはすなわちその人の願望……つまり、ライナさんは……殺戮衝動のある超危険人物かもしれないんですよ!!」

 

「いや~……ないわ~」

 

 シエスタが一息に告げてくるライナ危険人物説を、サイトは半笑いで聞き流しながら否定する。

 

 あの万年昼寝したがり男が? フェリスさんにいつもフルぼっこにされている人が? バーシェンさんに強制労働を命じられて今も泣きながら城壁直している人が?

 

 なんの悪い冗談だ……と、サイトは苦笑を通り越して失笑を浮かべた。きっとシエスタが見た夢もライナにそっくりな誰かの夢だろう。サイトはそう当たりをつけて、ガタガタ震えるシエスタの肩をたたいた。

 

「まぁ、そんな心配なら俺が聞いてきてあげるよ。どうせ違うだろうけど」

 

 そういって、サイトはシエスタとともに隠れている物陰から立ち上がり、

 

「お~い、ライナさ……」

 

 と、呼びかけようとしたところでシエスタにすごい力で引っ張られ地面に引き倒された。

 

「いたたたた!? ちょ、なに!?」

 

「ほんと、なんでそんなに馬鹿なんですか!? あの人が危険人物だったらそんなこと聞いた瞬間首が体からはなれますよ!?」

 

「ライナさんはそんなことしないから!?」

 

 むしろしそうなのはその相棒のほうだよ!! と、サイトはいつも修行と称して自分の首を容赦なく刎ねに来る金色の髪をもった暴力の女神を思い出し顔を引きつらせる。

 

「だいたい、認めなかったとして、安全に帰ってきたとして……その人が本当のことを言っている保証なんてどこにもないじゃないですか!!」

 

「じゃぁ、どうしろって言うんだよ?」

 

 こっちの世界に来てからいろいろと助けてくれている恩人に対して、明らかな暴言を吐きまくるシエスタにほんの少しだけ機嫌を悪くしながら、サイトは根気強くシエスタの要望について尋ねてみた。

 

 なんやかんやで美人には弱いサイト。彼女に強く怒りを向けることはしなかった。

 

 だからシエスタは大きく頷いた後、

 

「今日一日あの人のことを監視します!!」

 

 こうして、サイトとシエスタの一日が始まった。

 




再投稿を終えてようやく新作^^

 週一更新……できたらいいなぁ……

っ「とある外道の少年探偵(http://syosetu.org/Novel/658/)」

 こっちもかいていますし……。


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夢から覚めて

 ライナの観察記録・朝の部

 

「はぁ~……なんで俺がこんなこと」

 

 サイトとシエスタが物陰からじっとライナを見つめる中、ライナは地面を錬金し次々とレンガを生成。それ一つ一つにスクウェアクラスの固定化をかけ、片手間に作って置いた小型のゴーレムたちに運ばせる。

 

 本職の土魔法使いが見れば卒倒しかねないほどの魔法の大盤振る舞い。普通なら瞬く間に魔力が枯渇し意識を失っている。だが、精霊の魔力変換という反則技によって魔力が無限と言っていいほど使えるライナには、大した負担にはならない。

 

 というわけで、突貫作業で見る見るうちに修復されていく宝物庫の壁たち。それを傍らで見ていたバーシェンは感心したように言葉を漏らす、

 

「ふむ……思った以上にいい拾い物をしたな」

 

「そう思うなら、休ませてよ~。もう何時間働いたと思ってんだよ~」

 

「……まだ二時間もたっていないぞ馬鹿者」

 

 そう言い合う二人の背中を見つめながらシエスタとサイトは目を見合わせる。

 

「今見張っても進展なさそうですね……」

 

「なんか忙しそうだしな……」

 

 今見張ってもそんなに意味はないだろうな~と判断した二人は、

 

「ちょ、ライナさんの仕事終わったらまた呼んでくれ。俺向こうで素振りしてくるし」

 

「お付き合いしますよ?」

 

「え? いいの?」

 

「えぇ、ちょうど護身術とか習いたいな~と思っていましたし。渡りに船です」

 

 結局朝はライナの監視をあきらめて違う用事を片づけに行った。

 

 

 

ライナ観察記録。昼の部。

 

 

 

 宝物庫の壁修理を、直った壁全体ににヘキサゴンクラス級の固定化を掛けることによって終えたライナは、ようやくバーシェンから一時休憩の許可をもらい、自室へ向かって歩みを進めていた。

 

「さぁ! 今度こそ監視開始です!」

 

「なぁ……もうやめね? あの人今にも倒れそうだぞ?」

 

 久しぶりの強制労働に精神的に参ってしまっているのか、ライナの歩みはどことなく頼りなくふらふらと揺らいでしまっている。

 

「何をいってるんですか! 一刻も早くあの人が危険かどうなのか確認しないと、私たちが安心して学園生活を送れないじゃないですか!!」

 

 シエスタが鋭くサイトをいさめた時だった。

 

「な、なんじゃこりゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 自室を除いたライナがそんな悲鳴を上げたのは。

 

「な、なんです!?」

 

「え? え? ライナさん撃たれたの!?」

 

 あわてて二人は隠れていた物陰から顔を出し、そして、

 

「うぁ……ひどい。だれがあんなこと……」

 

「…………………………」

 

 シエスタは思わず息をのみ、サイトは冷や汗を流しながら目をそらした。

 

 なぜならいつもライナが寝ていた部屋は、みるも無残に黒焦げになっており、ベッドやら何やらは跡形もなく消し飛んでいたからだ。

 

 無論言うまでもなくシルとサイトたちが戦ったときの流れ弾がライナの部屋を粉砕してしまったせいだ。

 

 しかし、当然そんな事情を知らないシエスタとライナは茫然自失といった様子でボロボロになった部屋を見つめており、事情を知っているサイトだけは「いやいやしらないよ~。俺は何も知らない。て言うか俺は何も悪くないし……」と必死に内心で言い訳していた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 というわけで自分の部屋での就寝を諦めざるえなくなったライナは、トリスタニアの行きつけの宿へ向かうため、寝不足(一日五十時間寝られないときはライナにとっては寝不足)で重い体を引きずり、首都へと足を運んでいた。

 

「うあ……くそ。シルを放置したのが裏目に出た……。こんなんだったらサイトたちに押し付けるんじゃなくてフェリスだけに押し付けるんだった……」

 

 自分は絶対シルの相手をしたくないことは変わらないらしい……。その言葉を物陰で聞いていたサイトは、先ほどの申し訳なさなどどこへやら。昨夜自分をひどい目にあわせた元凶を思い出し、ぶるぶると怒りに震えていた。

 

「あ、あの人には反省って言葉がないのか……」

 

「人のこと言えないと思いますけど……」

 

 だが、その隣でサイトの視線を追っていたシエスタは、サイトの視線がしっかりとライナの右後方へと流れ、ライナとすれ違った胸がエクスプロージョンしている女性にしっかりとターゲットされていることを確認した。

 

 ほんと男ってバカばっかり……。と、内心で吐き捨てながらシエスタは当初の目的を忘れずライナをじっと観察する。今のところ怪しい仕草は見つかっていないが、ほんの少し視線を外すことが命取りになるかもしれない……。そう思いながらライナを監視していると、

 

「っ!」

 

 シエスタはある張り紙を発見してしまった。それを見たシエスタはぶるぶると震えながら、その貼り紙をはがし、バンバンとサイトの背中をたたく。

 

「ちょ、いたいいたいいたい!? 何シエスタ? 今あの人切れた靴紐直そうと前かがみになっているすごいところで……おぉ、お、た、谷間が」

 

「いつまで見てるんですかド変態!! それよりサイトさん、これ見てください!!」

 

 シエスタがどなりながら差し出してきた張り紙に、名残惜しそうに女性から視線を外したサイトはじっと見て。

 

「あぅ……」

 

 ひくりとほほを引きつらせる。なぜならその貼り紙は指名手配所で、そこには若干人相が悪くなってはいるがライナらしき黒目黒髪の男の似顔絵が描いてあったからだ。

 

「で、生死問わず(デッドオアアライブ)って、書いてありますよ!? ほら、あの人やっぱり凶悪犯だったんですよ!!」

 

 そう言って慌てふためくシエスタの肩をサイトはぽんぽんと叩き、

 

「あぁ……シエスタ……俺、字が読めないから何とも言えないけど、それもしかして《変態色情狂》とかそれに準じる罪状が書かれていない?」

 

「え? えぇ……。連続婦女暴行犯だって……ひ、ひどい。そんなことする人だったなんて……」

 

 やはり私の夢は本当のことだったのね!? と、慄然とするシエスタをしり目にサイトはぶるぶる震えながら、首を横に振った。

 

「いや……どっちかっていうとそれ完全に冤罪というか……」

 

「はぁ? なんでそんなこと言いきれるんですか?」

 

 やけにはっきりと否定するサイトに、シエスタが首をかしげた瞬間!

 

「おぉ、ライナ! こんなところにいたのか?」

 

「「っ!?」」

 

 そんな澄んだきれいな声が聞こえた瞬間、離れているはずのライナとサイトの体が

同時にピクリと震える。

 

「ふぇ、フェリス……」

 

 ライナが声の聞こえたほうへと向くのと合わせるように、視線を動かしたシエスタはその声の主を確認し思わず絶句した。

 

 そこには女神が立っていた。

 

 流れる長い金髪に、均衡の取れたスタイル。神が自ら腕を振って完成させたかのような究極の美がそこにはあった。

 

「あ、あのひと……最近私たちの間でうわさになっている、美人女剣士さん」

 

「しっているの?」

 

「有名人ですよ! 剣士なのにその強さを認められて学園で暮らすことを許されたんですよね? 平民のあこがれです!!」

 

 力強くそう説明してくれたシエスタに、サイトは思わずうつろな笑い声をもらした。まさか、彼女が美人だったから、男性教員全員が結託して許可を取ったなど彼女には言わないほうがいいだろう……。

 

 だが、どちらにしろシエスタの憧憬の念はこの時壊されることになった。

 

「ちょうどよかったライナ。私もあの鬼畜宰相に回された今日の分の仕事が終わったところでな、後は私のライフワークをするだけといったところ……」

 

 フェリスがそう言いながら、どういうわけか満面の笑みでライナに近づいてくる。ライナはそれに得体のしれない威圧感でも感じたのか、顔を真っ青にして踵を返し、

 

「我・契約文を捧げ・大地に眠る悪意の精獣を……」

 

「遅い」

 

「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 とっさにリミッター解除の魔法を使って逃げようとしたのだが、やはりフェリスはその数倍素早く、その魔法は剣によって真っ二つに切り裂かれてしまった。

 

「だ、だが俺にはまだフライがあるぅうううううううううううううううう!!」

 

 しかし、ライナもやられてばかりではいなかったようで城壁修理で若干使ったのが残っていた風の魔力を使用し、宙へと飛ぶ。

 

 自分の手の届かない空へと逃げたライナを見て、フェリスは若干不満げな顔をして、

 

「む……」

 

「ふはははははははははは!! ずっとお前にいじめられているわけじゃねーンだよ!! バーカバーカ! ざまぁみろ!!」

 

 フェリスがこちらを追撃してこないとわかったとたん、空中ではしゃぎ勝ち誇るライナをみて、一気に機嫌を悪くした。

 

「ふん!」

 

「のぁ!?」

 

 腰に差していた長剣をとんでもない速度でブン投げるフェリス。その狙いはとてつもなく正確で、空を飛び油断していたライナのほほをかすめ空へと消えていった。

 

「や、やばっ!?」

 

 ライナはそれを見てあわてて逃げの体制をとるが、もう遅い。悪魔フェリスの仕込みは数日前にすでに終わっているのだから……。

 

「きゃぁあああああああああああああああああ!! 見つけたわ! 女の敵の連続婦女暴行犯よぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「なっ!?」

 

 フェリスが突然女らしい悲鳴を上げ、ライナを驚かせた瞬間、

 

「とうとう見つかったのかい!」

 

「みんな武器を持ちな!!」

 

「今日こそとっ捕まえて山に埋めてやる!!」

 

 そこらの民家や商店から、出るわ出るわ箒やら麺棒やら包丁やらで武装した女性の方々。どういうわけかその瞳には戦意が満ち溢れており、

 

「あいつか!?」

 

「空を飛んでるよ!? メイジかっ」

 

「かまうこたぁない!! 簀巻きにしてやりな!」

 

「ちょちょちょちょ……貴族に対する忌避感とかは!? てめぇフェリス何しやがった!!」

 

「ふむ。最近トリスタニアで見た貴族があまりに横暴が過ぎたのでな、私が指導し女性の自警団を作ったのだ。その名も《変態色情狂をぼっこぼこにしたあと、ハルケギニア全土にその悪名を広めて、人生根こそぎだめにしてやった後、何食わぬ顔で助けてやって襤褸ぞうきんになるまで働かせてそのすべてを絞り取ってやろう》の会だ。ちなみに記念すべきターゲット第一号は、《無限の魔力があるのをいいことに好き勝手女を襲っては荒野を駆け巡る変態魔法使い》ライナ・リュートだな」

 

「お前またないことないこと広めて俺が外を歩けなくしやがったなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 なぜか号泣しながら空を飛び逃げようとするライナ。しかし、さすがフェリスに鍛えられたというべきか、外に出てきた女性たちは精密な狙いで空を飛ぶライナに向かって各々の武器を投げてきて、

 

「ちょ、あわ!? あいたっ!? って、包丁はやばいってぇえええええええええええええええええ!?」

 

 次々と飛んでくる武器たちをかわせるほどフライに慣れていなかったライナは、体のあちこちに走る衝撃と鈍痛にあっさりと撃墜。怒り狂う女性の波にのまれて消えた……。

 

 そんなライナを見て高笑いするフェリス。彼女の背中を物陰から見ていたシエスタとサイトは……。

 

「しゅ……首都って怖い」

 

「いや、むしろこわいのはフェリスさんだろ……」

 

 といって、本来の目的も忘れライナが生きていることを切に願うのだった。

 

 

 

ライナ監視記録・夕方の部。

 

 

 

「や、やっとたどり着いた……」

 

 ライナが命からがら女の波から抜け出してから数時間後。ライナはようやくぼろぼろといった体で宿屋にたどり着いていた。

 

 その間、フェリスとフェリスが作ったと言っていた組織の連中のしつこい追撃を食らい、それはそれは見ごたえのある――魔法や剣術すら飛び交う――知恵が絞られた追いかけっこを披露してくれたのだが、脳内が「早く寝たい」一色のライナが片方の陣営になっている以上、見ている者にとってはフェリス陣営がボロボロの相手をいたぶっているようにしか見えず(実際その通りなのだが)、ただひたすら涙を誘った。

 

 だから、ライナを監視していた二人は、

 

「よ、よかった……」

 

「ようやく、ようやくここまでたどり着いたんですねライナさん……」

 

 物陰からライナを見守りながら滂沱の涙を流していた。もう気分は初めてのお使い終盤。いろいろと心配だった末っ子が艱難辛苦を乗り越えお使いを終えようとしているところだ。

 

「やっと、やっとだ……やっと寝られる」

 

 ライナ自身ももう涙を流さんばかりに感動し、フラフラと、しかし着実に一歩一歩宿屋に向かって歩みを進めていた。

 

 しかし……運命は非情に、残酷なものであった。

 

「あぁ! こんなところにいたんですかライナさん!!」

 

「「「え?」」」

 

 ライナがあと一歩足を踏み出せば宿屋に入るというところで突然かけられた声。どこかで聞き覚えがある……どころか、条件反射的に逃げてしまいそうになるあの声を聴き、サイトは全力全開で逃げようとしてシスタに捕まり、ライナはまるで油の刺されていないさびたブリキ人形のようにギギギギギと声が聞こえた方にゆっくりと顔をむける。

 

「もう、探しましたよライナさん! バーシェン卿の遣いで参りました。休憩時間は終わりだそうです。今度は王宮に出仕して馬車馬のように働けと」

 

「もういやだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 今度は正真正銘泣きながら、シルから逃げようとするライナ。そんなライナを見て、シルはさわやかな笑顔を浮かべつつ一言、

 

「あと、バーシェン卿からの伝言ですが『べつに逃げても構わんが、その場合こちらで預かっている貴様の最高級羽毛布団と最高級ブランドのベッドは今度こそ灰燼と帰すが、かまわんな?』と」

 

「ぐはっ!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間血反吐をまき散らしぶっ倒れるライナ。もう涙が止まらないシエスタとサイト。

 

 こうしてライナの一日はまだまだ続く……労働という悪魔との戦いは……。

 

 

 

「ところでライナさん? あなたの後ろを着けてきていた二人ですが、いったい何していたんですか?」

 

「もう疲れて死にそうだからほっといたんだ。だからしらね……」

 

 シルとライナがそんな会話をしていたことなど、サイトとシエスタは知らない……。

 

 

 

ライナ観察記録・まとめ

 

 

 

「で、ライナさんが凶悪なシリアルキラーだ!! って、証拠は見つかったのかよ?」

 

「……見つかりませんでしたけど」

 

 サイトに問いかけられたシエスタは眉を情けなくゆがめながら、殺人者どころか死にかけている今日一日見続けたライナの姿を思い出していた。

 

「でも……私は夢で確かに」

 

「はぁ~。あのなぁシエスタ」

 

 しかし、あくまで自分の持論を曲げようとしないシエスタの姿にサイトは大きくため息を漏らし、呆れたような口調で話しながら頭をかいた。

 

「確かにシエスタが見た夢は本当なのかもしれない……。ライナさんが見た夢は、確かにひどいものだったのかもしれない。でもさぁ……ひどい夢をその人が見たからって、その人のことを最初から悪人だって決めつけるのは間違ってないか?」

 

 サイトが言ったその言葉に、シエスタは自信なく伏せていた視線をゆっくりと上げた。その瞳には「なにいってんだこいつ?」と明らかに、バカにしきった色を宿した光が見えたが、

 

「夢は確かに人の願望を表すものだけど、それ以上にみたい夢が見れているわけでもないだろう?」

 

 サイトがそっけなく言った言葉が、シエスタの胸に響き渡った。

 

「え?」

 

 今までシエスタが考えもしなかったことを指摘され、シエスタは思わず目を見開きサイトの顔をジッと見つめた。

 

「シエスタだって悪夢を見ることがあるだろ? 見たくない夢を見て、必死になって否定しようとしているのに、いつまでたっても悪夢は消えない。悪夢っていうのはそういうものだろ?」

 

 そういわれてシエスタの脳裏に浮かぶのは、悪夢を見て飛び起きた自分。その夢はサイトが言うように確かに望んでみたものではなかった。

 

「必死に夢を否定して、それでもやっぱり見ちゃって……何度も何度も何度も、見ないように努力してもやっぱり見てしまう。そんな人たちの夢を覗いて「お前は悪い奴だ!」って、言い張るのは……なんか、違うだろ?」

 

 サイトが客観的に見た自分の姿の評価をきき、シエスタは思わず目を閉じてその姿を思い浮かべる。

 

 思った以上に醜悪な姿だった。思った以上に最低な行いだった。そんな自分の姿がまざまざと思い浮かび、シエスタは思わず声を震わせる。

 

「そう……ですね」

 

 誤解をしていたのは自分の方なのかもしれない、とシエスタは思った。

 

 自分だって恋をしたとき思わず貴族様の夢を覗いてしまった。幼い自分から成長し、力を持て余すあまり爆発したあまりに激しい思慕の念は、時として思いがけない暴走を生み出す。思春期というものはそういうものだ。

 

 現実ではもっときれいな恋をしたかったのかもしれない。夢で出てきた――大好きな人物を自分の妄想で汚してしまったことを、必死に否定して、泣きながら押さえつけて、それを仮面の下に隠しながら苦しんでいた人もいたかもしれない。

 

 夢で酷いことをしたからといって、シエスタはその人物を見ることをやめていた。もしかしたら、シエスタに申し訳なくて罪悪感に押しつぶされそうになっていた人もいたかもしれないのに。

 

 あんな夢を見てしまって、死にたいほど後悔をしていた人がいたかもしれないのに……。

 

 そんな人がいたかもしれないのに、シエスタは夢の内容だけでその人々を評価し、毛嫌いした。

 

「あぁ……」

 

 今ならシエスタにもわかった。あんな夢を見たにもかかわらず、普通の人として働き、普通の人として知り合いに接していたライナを見たからこそ分かる。

 

 自分の力が万能ではないと。人の願望というものは、決してその人の人格には直結しないのだと。

 

「夢ってのは綺麗なものばかりじゃない。人間なんだ。いろいろ間違えることだってあるし、魔がさすこともきっとある。でも、だからって……その夢が間違っていたからって、現実の人柄への評価に直結させていいことには、絶対にならないと思うんだ」

 

 サイトが拙いながらに主張した、ライナをかばう言葉は、シエスタの心にきちんと届いた。

 

「えぇ……。そう、ですよね」

 

 シエスタはサイトの言葉を聞き、思わず自嘲の笑みを浮かべる。それを見たサイトは少し驚いた顔をしたが、次の瞬間、

 

「ありがとうございます、サイトさん。こんなバカな私の戯言に付き合ってくれて……目が覚めた(・・・・・)気分です」

 

 シエスタがそう言って晴れやかに笑うのを見て、サイトは安心したといわんばかりに笑った。

 

 いい笑顔だな。お互いの笑顔を見て、二人は同時にそう思い、それが何となく伝わったのか、どちらからともなくクスクスと笑い声を上げる。

 

「わたし……今度里帰りしたときに、幼馴染たちと一杯話そうと思います。今度は夢じゃなくて現実で、あの人たちを見ていきたいです」

 

「あぁ、それがいいよ」

 

 そして、新しい決意を胸に秘めたシエスタの言葉に、サイトは大きく頷いた後再び笑った。

 

 こうして、長い間悪夢を見ていた一人の少女は目を覚まし、本当の現実を知ることとなる。その道は長く険しいものだったが、それでも少女は晴れやかに笑い続けた。

 

 

 

「でも、サイトさんがエロいことには変わりありませんけどね~。なんか夢で発散できない分ずいぶんと溜まっていらっしゃるようですし?」

 

「なっ!? 俺の夢まで覗いてたの!?」

 

「いや~。なかなか調教が行き届いていらっしゃるようで?」

 

「どの夢だ!? いや言わなくていい!! いいから忘れてくれぇええええええええええええええ!!」

 

 必死に叫びサイトをからかいながら、シエスタは彼に追いつかれないように学園への道をひた走る。

 

 自分の新しい生活の、第一歩を踏み出すために。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 後日談。

 

 ルイズの部屋にて、

 

「こんな遅くになるまでどこに行っていたのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

「あぁ、言い訳はいいのよ? あんたが一人のメイドと一緒に首都にデートに行った情報はしっかりとつかんでいるから?」

 

「…………………………」

 

「ははははは。まったくこの犬っ……。ご主人様が、最近頑張っていたからちょっと報いてあげたらすぐ調子にのって……。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ……尻尾を振ってぇええええええええええええええええ!!」

 

「る、る、る……ルイズ……こ、こ、これには深い事情が……」

 

「い、い、いいわ。どうやら躾が甘かったみたいね……さぁ、犬っ! 選びなさい!」

 

 1ルイズに土下座してから折檻を受ける。 2ルイズに折檻を受けてから土下座する。

 

 ルイズ……ルイズ。選択肢がない気がするんだ……。

 

 サイトは、何やらわけのわからない怒りを自分に向けてくるご主人に「わけがわからないよ(◕ω◕)」状態になっていたが、ただ一つだけ確信することがあった。

 

 それは、

 

「あぁ、今夜は眠れないな」

 

 もちろん暴力的な意味でですよ? と、サイトが内心でシエスタに言い訳した瞬間、鞭がしなる音が聞こえた。

 

 

 

 そのころのシエスタはというと、

 

 

 

 彼女は再び真紅の世界にいた。

 

 だが、その世界にいた男は以前見た夢と違いすぎる姿をしていた。

 

「っ……ひどい、誰がこんなこと」

 

 男……ライナは鎖に繋がれ、まるで罪人のように拘束されていた。その体には無数の拷問の跡と思われる傷が刻まれており、なぜ生きているのか不思議なくらいぼろぼろだ。

 

「い、いま助け……」

 

 シエスタがあわてて駆け寄ろうとしたとき、突然世界に声が響き渡った。

 

 化物め。

 

 災厄をまき散らす化物め。

 

 飼ってやっているだけ有難いと思えよ……。

 

 いうことも聞かぬじゃじゃ馬が。《暴走》から戻れる個体でさえなければ……。

 

 さっさと死ねばいいものを。

 

 お前は生きているだけで害悪だ……。

 

 蔑み、嘲笑(わら)い、見下した声達。そのあまりの醜さに、シエスタは思わず耳を塞ぎうずくまる。

 

「やめて……やめて……やめてぇええええええええええ」

 

「俺のために苦しむことはないよ」

 

「っ!?」

 

 その時だった。うずくまったシエスタに向かって、鎖に繋がれたライナが声をかけてきたのは。

 

「俺は確かに化物だ……」

 

「……」

 

「自分の力も抑えきれず、友人も知り合いも、まとめて殺してしまう化物だ……」

 

「……ちがう」

 

「だから俺みたいなやつのために泣くなんてやめろ」

 

「違う……」

 

「お前は人間で、俺は化物。蔑まれるのは慣れているさ……」

 

「ちがっ……」

 

 シエスタはライナの言葉を必死に否定しようとした。だって、あまりに彼があまりに自分をあきらめた目をしていたから。望むべく関係など望めず、生きていることすら許されず、そんな扱いを受けることを仕方ないと思ってしまっているから。

 

 どれだけ悲しい瞳をしていても、ライナは諦めきったような顔で笑っていた。

 

 だが、

 

「化物でもいいっ!!」

 

「っ!?」

 

 突然自分の背後から聞こえてきた声に、シエスタはあわてて後ろを振り返った。そして彼女は悟る。

 

 ライナは自分に話しかけていたわけではなく、後ろにいる一人の少女に話しかけていたのだと。

 

 その少女は亜麻色の長い髪を揺らした、可愛い……しかし、まるで奴隷のようなボロボロの服を着た少女。

 

「ライナは私を助けてくれた……誰も助けてくれなかった私を……。だったら、私はあなたが化物でも構わない!」

 

 泣きながら、縋るようにそう叫ぶ少女の隣に、今度はひとりの女性が現れた。

 

 赤い髪をした、瞳に涙をためた女の人。年は大体ライナと同じくらいだろうか?

 

「ライナは化物なんかじゃない。少なくとも、私は化物なんて思わないよ」

 

 次に現れたのはフェリスさんだった。ボロボロになった姿で、鎖に繋がれ地に膝をつけているライナを抱きしめながら、いつもは浮かべていない綺麗な笑みを浮かべていた、

 

「よく戻った、ライナ。流石は私の茶飲み友達だ」

 

「ふぇ、りす……」

 

 思わずそうつぶやいたライナに、一つの手が差し伸べられた。

 

「俺にはお前の力が必要だ」

 

 その手を差し出した人物は、シエスタが見たことないくらい美しい、銀髪と金の瞳を持つ魅力的な青年で、

 

「化物のおれの力が必要だって?」

 

「あぁ、そうだ。ライナ……俺はこの国を変える。だから、俺と一緒にこい!」

 

 自嘲する色を含んだライナの言葉に、青年は力強く言い切りライナの手を握った。

 

「「「「ライナ。こっちへこい」」」」

 

 その手はいつの間にか四人の物へと増えており、傷だらけのライナの体を癒しながら彼を縛り付けた鎖の拘束を振りほどいた。

 

「はは……お前ら……ほんとバカだな」

 

 でも、ありがとう。そういったライナはシエスタの隣を過ぎ去り、四人のもとへと歩き出す。

 

 その顔にはあの悲しげな笑みは浮かんでおらず、ただの友人ができたことを心底嬉しそうに笑いながら、涙を流していて……。

 

 

 

 そこで彼女は目を覚ました。

 

「……」

 

 無言のうちのムクリと起き上る彼女に、

 

「あれ、どうしたのシエスタ?」

 

「ふえ……?」

 

 同室のアリスが声をかけた。

 

「いい夢でも見た? 笑いながら泣いてるわよ?」

 

「あ……」

 

 そこでシエスタは自分が泣いていることに初めて気づき、

 

「うん……。久しぶりに、良い夢を見たわ」

 

 アリスが今まで見たことがないほどの、美しい笑みを浮かべた。

 




 サイトがシエスタにフラグを立てたかだって?

 それはもちろん……神のみぞ知る!!


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さぁ野郎ども、お宝探しの時間だ!!

ようやく三巻に本格的突入……。

 閑話長すぎるだろ……。


「まっちゃく……ふじゃけんにゃよ~。おれはにゃ~おれはにゃ~、おまえのぺっとじゃにゃいんだにゅ~」

 

「ぼかぁねぇ……ぼかぁねぇ!!」

 

「何やってんの、おまえら……」

 

 バーシェンから地獄の5万枚書類処理を申しつけられ、三日間不眠不休で働かされたライナは、ようやく帰還許可をいただきこうして学園に帰ってきていた。

 

 学園にあるライナの私室はシルの襲来でもはや住むことは不可能な惨状になっていたはずだが、ようやく休憩を言い渡されて泣きながら帰るライナに向かってバーシェンが「ほら飴をくれてやるぞ駄犬が」と、冗談なのか本気なのかいまいちよくわからない無表情で、部屋は自分の部下が勝手に直しておいたと教えてくれた。

 

 なんとなくいろいろなことをそれでチャラにされてしまった気がしないでもないライナだったが、とりあえず高級羽毛布団もベッドも元のものに戻っているようなのでそれはありがたいとフライを使い一気に学園まで駆け抜けた。

 

 そして、学園上空へとやってきたライナは校庭に見慣れないテントが張ってあることに気づき、なんだなんだ? と、そこに降り立って中の様子をのぞいてみたのだが、

 

「うわっ……酒臭っ。お前ら酒飲んでんのかよ……」

 

 そこには顔を真っ赤にして酔っぱらっているサイトとギーシュの姿があった。その周囲には困ったような顔で、酔っぱらった彼らに絡まれている使い魔たちと、溜息まじりサイトの愚痴を聞いているデルフリンガーの姿があって、

 

「何でこんなことになってんだ? ルイズはどうした?」

 

 ライナはとりあえず、気になったことをまともに話ができそうなデルフに聞くが、その答えは彼の背後から帰ってきて。

 

「どうも怒らせちゃったみたいで追い出されたみたいですよ?」

 

「んぁ?」

 

 ライナが、答えが聞こえてきたほうへと振り向くと、そこにはバスケットの中にいくつかの食料を突っ込んで立っている一人のメイドがいた。

 

「あぁもう……飲みすぎはやめてくださいって言ったじゃないですか。昨日の悪酔いしたサイトさんのゲ○、誰が掃除したと思っているんですか?」

 

 若干舌打ちをもらしかねない勢いで怒った後、メイドの少女はライナを押しのけテントの中に入り、手に持ったフランスパンによってサイトとギーシュの頭をパンパンとたたく。

 

「ほらご飯持ってきましたよ。さっさと顔洗うなり水かぶるなりして酔いを醒ましてきてください。じゃないと夕食はあげませんからね?」

 

「「うぅ~。すいません……」」

 

 どうにも上下関係がはっきりしているらしく、悪酔いしていた二人はシュンとしながら近くに設置してある井戸のほうへととぼとぼ歩いて行った。

 

「……えーっと、だれ?」

 

 そんな二人の態度の唖然としながら、ライナはとりあえず少女の名前を聞いておく。

 

「あぁ、現実(こっち)では初めてでしたね? はじめまして、シエスタって言います」

 

 ライナの質問に、シエスタと自己紹介した少女はぺこりと頭を下げた後、

 

「どうも私がサイトさんとアリエール様のケンカの原因みたいですので、仕方なくケツ拭いているとことです」

 

 少女らしくない豪胆な言い草に、ライナは思わずほほをひきつらせた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それからしばらくして、真紅の豊かな髪を揺らした褐色の肌を持つ美少女が、サイトたちが管を巻いていた小さなテントに訪れた。

 

 というか、キュルケだった。

 

「こんばんは~。サイト元気にって……あら? 先客?」

 

「おぉ、キュ……キュルケだっけ? とにかくこいつら何とかしてくれ」

 

「今晩は……えっと……えっと、フォン様!!」

 

 キュルケがテントを覗いて驚いた声を上げる。なぜならそこには彼女が予想していなかったメンバーが集っていたからだ。

 

 まず一人目はルイズに捨てられグッタリと泣きくれている使い魔のサイト。数日前ルイズと大喧嘩しているところを目撃し、いまだにルイズのもとに帰ってきてないのを見てほんの少し気になって探していた人物。まぁ、校庭見廻せば割とあっさり見つかってしまって拍子抜けしたが……。

 

 二人目はどういうわけか寮をおいだされたわけでもないのにテントに入り浸っているギーシュ。頭を痛そうに押さえているところを見ると、どうやら今まで酒を飲んでいたらしい。

 

 三人目は稀代の風魔法使いとオールドオスマンが絶賛しながら、なぜか男子寮の管理人なんて位置にいるわけのわからない魔法使いライナ。数日前に王宮に召し抱えられたと聞いたが、学園に帰ってきているところを見るとどうやらただのデマだったようだ。

 

 最後の一人は見たことあるようでよく覚えていない、食堂から持ってきたと思われるスープとパンを三人にふるまうメイド少女。おそらくかなり頻繁に会ってはいるのだろうが、あいにくとハルケギニアの貴族は下働きの少女の顔まで覚えていなかったりする。まぁ、あちらもキュルケの名前をうろ覚えだったようなので、これはおあいこだろう。

 

「なぁに? 落ち込んでいるかと思ったら案外賑やかじゃないのダーリン」

 

「賑やかなんかじゃねーよ、ちくしょう……いくとこねーし、かえれねーし、どこにもいけねーし。ねェライナさん……俺フェリスさんの団子屋で住み込みさせてもらえませんかねぇ?」

 

「サイト……血迷ったことを言うな。あいつは嬉々としてその提案を受け入れるだろうが、その代り過労死させかねない勢いで団子づくりを手伝わせるからな?」

 

 過労死しかねない労働をする《団子屋》ってどんな店よ……と、キュルケは思わずライナの忠告にツッコミを入れてしまいそうになるが、今日の彼女の用事はべつにこのメンバーとの雑談ではないのでぐっとこらえる。

 

「ライナさんに、サイト……まぁ、ギーシュでは心もとないけど、あとは私のあの子がそろえば戦力的には問題ないわね?」

 

「ん?」

 

 キュルケの不穏なつぶやきを耳ざとく聞きつけたのか、ライナはほんの少しだけめんどくさそうな顔で、酔いも覚めたはずなのにどんよりと落ち込み愚痴を吐き散らしてくるサイトを押しのけながらキュルケの方へと視線を移す。

 

「さぁ、あんた達、出かける用意をしなさい」

 

「出かけるって……」

 

「どこにだい?」

 

 まるで駄目な男たち……略してマダオことギーシュとサイトがぐったりとした様子でキュルケを見上げる。キュルケはそんな二人の視線に嫣然とした笑みを返しながら、

 

「当然決まっているでしょう。女に捨てられたアンタたちの信用を取り戻すために……」

 

「あの、僕は捨てられていないんだが」

 

「二股してフラれたところだろうが……」

 

「だまっていたまえ!」

 

 ギャーギャー言い争いを始めたマダオ二人に火球をとばすキュルケ。そして悲鳴を上げてテント中を転げまわり必死に消火活動をする二人と、それを見て顔を引きつらせるライナとシエスタの抗議の視線を無視しながら、彼女はさっくりと言い切った。

 

「一攫千金……宝探しよ!」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「え……えっと、風が吹いたら桶屋が儲かる!」

 

「ん? なぜ桶屋が儲かるのだ?」

 

「え……えっと、な、なんで?」

 

 ところ変わって、ここはルイズの寝室。

 

 

 

 三日ほど前サイトと大喧嘩したあげく彼を追い出してしまったルイズは、何とも言えない寂しさにとらわれてしまい、ベッドの中でサイトへの不満を漏らす日々が続いていた。

 

 そんなときにひょっこり顔を出したのが、ライナに仕事をすべて押し付け逃げてきたフェリス。バーシェンとしてはノルマ分の仕事ができればよかったのか、特にとがめられることなく彼女は意気揚々と言った様子でここに帰ってきていた。もっとも、彼女が提示した参考書類《ライナをうまく転がす1000の方法》という書類が面白がられて見逃された可能性も否定できないが……。

 

 とにかくフェリスは二日ほど前にはもうこの学園に帰ってきていた。とはいえ、彼女の知り合いといってもまだ学園に来てから日が浅い彼女。ロングビルと日課の喧嘩をしたあと、割とすぐにやることがなくなってしまい、「ふむ。ライナの奴め、私の暇つぶしに付き合わないとは……あとで折檻なんだからねっ♡」ととんでもない八つ当たりをしつつ、仕方なくルイズのもとへ何か面白いことはないかと足を運んだのだ。

 

 そうしてひょっこり顔を出したフェリスに、ルイズは思わず抱き着き今までの事情を話した。

 

 サイトが自分をないがしろにして、ちょっと胸が大きいだけのメイドとイチャイチャしていたと。

 

 それを聞いたフェリスは怒った。そりゃぁもう、烈火のごとく怒った。

 

「そ、そんな……やはり男なんて(けだもの)なのね!? いつも泣くのは私たちか弱い女よ!?」

 

 と、普段は使わない女性言葉で絶句するほど怒った!!

 

 ……まぁ、明らかに悪ふざけがにじみ出ている気がしないわけでもなかったが、これでも彼女は怒っていた。

 

 というわけで二人は《サイト(あととばっちりでライナ)チョー許さないからマジで》同盟を結成し、二人が謝りに帰ってきたときいかにひどい目にあわせてやろうかと話し合うことで時間をつぶしていた。

 

 そんな賑やかな日々を過ごしていたある日、ルイズは突然何かを思い出したかのような顔をした後真っ青になり、フェリスに白紙の書物を見せてきた。

 

「なんだこれは?」

 

 と、首をかしげるフェリスにルイズは「こ、これとかいわない!!」と、ちょっとだけ怒った後、

 

「こ、これは始祖の祈祷書と言って姫様のウェールズ様の結婚式の時に、これを持って四つの属性の精霊に感謝の祈りを込めた詩を読むんだけど……」

 

「結婚? もうするのか?」

 

「遅くても早くてもどうせそんなに影響は変わらないってバーシェン卿が言っておられたらしいから、多分近日中には……」

 

 そう言われてみると、ライナが処理していた書類の中に何か結婚式関連の書類があったような気がしないでもないフェリス。なるほど、着々と外堀は埋まっていると……と、彼女が内心で空の大陸で出会ったあの皇太子の手腕に感心しているなか、ルイズは若干困った顔をしながらフェリスの服の袖を引っ張った。

 

「で、でも私詩なんて作ったことなくて……」

 

「ふむ! なら私に任せろ!」

 

「え、ふぇフェリス、詩なんて作れるの!」

 

「当たり前だ! わたしを誰だと思っている、美少女雪崩爆発清廉潔白美少女天使フェリスちゃんだぞ! 私に不可能はないっ!」

 

 美少女二回言ったとか、天使と詩作は関係ないんじゃとか、言いたいことは山ほどあるルイズだったが、とりあえず頼れるものが何もない彼女はひとまずフェリスの詩を聞いてみる。

 

「じゃ、じゃぁ火についての詩をお願い!」

 

「うむ! まかせろっ!!」

 

 ルイズに請われて、無表情のままフンスと鼻息を鳴らすという高等技能を披露したフェリスは、しばらくの間考え込んだ後、

 

「できたっ!」

 

「はやっ!?」

 

「火はメラメラあっついぞ~!!」

 

「………………………………………」

 

 ルイズはそれを聞いてしばらく無言になった後、

 

「ゴメンフェリス、やっぱり自分で考えるわ」

 

「なぜだ!?」

 

 

 

 そうして冒頭に戻るわけだが……。

 

「やっぱりプロでもないのに詩作なんて無理よ……」

 

 結局ルイズとフェリスに詩作活動はどん詰まりに行き当たっていた。もとより一つの才能が飛びぬけすぎたため、ほかの才能が根こそぎそれに吸われてしまった可能性すらある二人だ。頭をひねるだけ無駄な努力だったのだろう。

 

「もう……ご主人様が困ってるのに、なんで帰ってこないのよ、サイトっ……」

 

 そりゃ自分が追い出したからなんだけど……。と、一人落ち込みながらベッドへと身を投げ出すルイズ。そんな彼女の隣では、いい加減詩作に飽きてきたのか団子セットを広げ御月見を始めてしまっているフェリスの姿があって……。

 

「サイト……今ごろ何しているのかしら?」

 

 ほんの少しだけの寂しさを言葉ににじませ、窓から覗ける明かりがともったテントを見下ろした。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「宝探しってお前……当てがあるのかよ?」

 

 キュルケの突然の提案に、サイトはほんの少しだけ胡散臭そうな顔をしながら姿勢を正した。

 

 それにはギーシュも大いに同意したのか、こちらも胡散臭そうな視線をキュルケに向けていた。

 

 ライナにに至っては問題外。もとよりそういった任務についていた彼は、お宝は学生がちょっとした思い付きで探しに出て見つかるものではないと知っているため、はなから信じてはいないようだった。

 

「だからこうしてわざわざ首都まで行って宝の地図買って来たんじゃない」

 

「「宝の地図ぅ?」」

 

 今度こそ素っ頓狂な声を上げるサイトとギーシュに、ライナはほんの少しだけめんどくさそうな視線を、シエスタは少し驚いたかのような視線をキュルケに向け、

 

「ほらっ、これがそれよ」

 

 といってキュルケが床にぶちまけた羊皮紙たちに取りあえずといわんばかりに視線を通した。

 

 そして、それを一通り見たライナは一言、

 

「思いっきり胡散臭いぞこれ……。ここに書いてある物語に説明文も、ここトリステインに伝わる民話や神話には出てこない名前ばっかりだし……」

 

 十中八九地図製作者の創作だろう……。と、プロのライナはあたりをつけたが、

 

「でも可能性がゼロなわけじゃないわ!」

 

「……」

 

 とキュルケに言われて、思わず唸り声をあげ黙り込む。

 

 最近は魔法の研究ばかりで、勇者の遺物関連の情報収集をすっかり忘れていたライナ。おまけにシルの襲来も重なり、エルザが渡してくれた遺物らしき首飾りの研究も中途半端な感じで終わっている。はっきりいって、こっちの世界のお宝関連の知識はまだまだど素人といっていい領域だった。

 

 可能性はゼロじゃない。そういわれると否定はできない。そう、否定自体は……十中八九偽物だと彼の勘は告げているが。

 

「サイト、あんたはルイズを見返したくない?」

 

「見返すったって……」

 

「お金を手に入れれば、うちの国ならそれで爵位を買えるわ。そうして貴族になって、ルイズを見返すことができるわよ?」

 

「…………………」

 

 キュルケにそうまで言われると、普段ルイズに虐げられているサイトだからこそ、その誘いは甘いものに聞こえてくる。

 

 爵位が買えるほどとは言わなくても、これからルイズを当てにできないとなるとサイトには金が必要だった。だったら、多少体と時間をかける程度で、大したリスクも伴わないこのギャンブルは、むしろ乗った方がいいのではないかと、サイトの冒険心はむくむくと頭を上げていく。そして、

 

「よしわかった……のろう」

 

「俺はパス……。ちょっと前まで不眠不休で働いてて眠いんだよ」

 

 そんなサイトをしり目に、一人断りを入れてさっさとテントを出ようとするライナ。それはそうだ。何せ宝探しなんてめんどうなこと、ただでさえ数時間前まで仕事地獄に陥っていたライナがしたがるわけもなかった。

 

 だが、

 

「あ、ライナさん!! ちょうどいいところに、バーシェン宰相から次の仕事の日時についての通達が……」

 

 どうやらライナを探しに来ていたと思われるシルが、とんでもないことをのたまいながら校庭を横切るように走ってくるのを見て、ライナは思わずテントの中に逃げ込み、

 

「今から宝探しに行くぞっ!?」

 

「え、え? ちょ、さすがにそれは急なんじゃ……」

 

「それならせめて、ここから逃げるっ!! 宝探しには付き合うからちょっとこっちにも付き合ってくれっ!!」

 

 そう言いながらライナは指輪をふるい指示を出す。瞬間、指輪から湧き出た薄緑色の突風が竜を形作り、あっさりとテントごとライナ達を持ち上げてシルから逃げ去る。

 

 あ、ちょっとまってください!? らいなさぁあああああああああああああああああああん? という声が遠のくのを聞き、ひとまず安堵の息をつくライナ。そして、

 

「はぁ……結局付き合うことになっちゃったよめんどくせぇ」

 

 魔法の限界を軽々と超越した速度での突然の急上昇急加速についてこられなかったのか、目を回して気絶しているサイト、ギーシュ、キュルケ、シエスタの姿を見て小さくため息をつくのだった。

 



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武器に縁がある宝くじ

 トリステイン王宮にて、

 

「なに? ライナ・リュートが?」

 

「はい……。物凄い勢いで、僕から逃げたかと思うと昨夜のうちにどこかに出かけたみたいで」

 

「逃げたな」

 

 何のためらいもなく平然と部下を疑ってかかったバーシェンのセリフに、傍らで書類処理をしていたウェールズがおもわず顔を引きつらせる。

 

「ば、バーシェン卿……信じるという言葉をご存知ですか?」

 

「三日間ほど奴の様子を見ていたが、こと仕事に関しては奴の信頼は常に底辺這いだ」

 

「……」

 

 バージェンにすげなくそう言いかえされたウェールズ。彼の脳裏に浮かぶのは、隙を見ては逃げ出そうとするライナ、意味不明な歌をつくってバーシェンに休ませろと抗議するライナ、ところ構わず昼寝をするライナと、まぁなんというか……確かに仕事に関してはあんまり信頼できないライナの姿ばかりで。

 

「いや、まぁでも……三日も徹夜で働かせちゃったんですから、そのくらいの休暇は」

 

「はぁ? 何を言っているウェールズ。これから俺とお前とあいつで『一カ月間働けますか? チキチキ、アルビオン包囲網船団編成予算♡』の書類地獄を片付ける予定だったのだぞ? これで奴が抜けてしまえば不眠不休の労働時間が2ヵ月までかさましだ」

 

 ライナさん……僕もいますぐ逃げたいんですけど。

 

 脳裏にトリステイン中の地図を浮かべて即座にアンリエッタを連れて逃げられる逃走経路の割り出しに全力を注ぐウェールズ。当然そんな彼の考えはお見通しだったのか、バーシェンは鈴を鳴らし部下を召喚。アンリエッタを適当な部屋に幽閉するように指示を出しておく。

 

「さぁ、馬車馬のように働けウェールズ。さもなくばアンリエッタがどうなるか……わかっているよな?」

 

「宰相ごときがやっていい所業じゃない!?」

 

「不満があるならその宰相ごときを黙らせられる権力を身につけろ戯けが」

 

 ぐうの音も出ないといった様子で泣きながら書類仕事に戻ったウェールズ。そんなウェールズを満足げな顔で(といっても無表情の為、場の雰囲気からの推察だが)みたあと、バーシェンはとりあえずメッセンジャーの仕事に失敗し帰ってきてシルへと視線を戻した。

 

「ちなみにライナはどこに逃げるとか言っていなかったのか?」

 

「はい。さすがにそれは漏らさない程度には警戒していたようで……。あ、でも同行された生徒の一人が宝探しに行くとかなんとか言っていたそうで」

 

「宝探し?」

 

 バーシェンはその言葉を聞き少し考え込むように、手を組んだ後数枚の羊皮紙を取出し、

 

「ふむ、指令内容を変更するシルワーウェスト・シルウェルト。ライナ・リュートを発見し次第極力気づかれないように追跡。隙を見て奴らが持っている宝の地図にこれを紛れ込ませろ」

 

「紛れ込ませろといわれましても、地図が一枚だけだったら紛れ込ませることは困難だと思うのですが……」

 

「なに、安心しろ。あいつはしばらく私のところで働いていたから、何の下準備もできていないことは分かっている。そんな状態で宝さがしに行くのだ、あちらとてまともな調査はできていないはず。だったら数打ちゃ当たる理論で、そのへんの売店で宝の地図と呼ばれる胡散臭い地図をまとめ買いした可能性が高い。奴らは九割の確率で宝の地図を複数保有しているはずだ」

 

 まるで見てきたかのようにライナ達の行動を見透かすバーシェン。だてに最高の宰相といわれていない。

 

「ですがこれはいったい?」

 

「ん? なに……ロマリアがちょっかいかけてくる前に回収しておきたい、本物のお宝だよ」

 

 バーシェンは鼻を鳴らして渡したものはトリステイン領内や、トリステイン近辺の地図。そしてその地図の一か所にはバツ印が書かれており、そこにある宝の名前だけが記載されてある。

 

「極力ロマリアに気付かれないようにしておきたかったから軍が動かせずに困っていたのだが、ちょうどいい。渡りに船だ。仕事をさぼった分せめてほかのことで我が国に貢献してもらおう」

 

 ククククククク。と鉄面皮のまま声だけで不気味な笑い声をあげるバーシェン。シルはその笑い声を聞きそそくさと退散し、ウェールズは極力その声を聴かないようにしてただ黙々と書類仕事を続けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 とあるトリステイン領の森の中。

 

 そこに巨大なコロニーを作り上げたオークたちは、周囲の村を襲い略奪を繰り返しながら着々と勢力を増やしていた。

 

このままいけば天下をとれるのではないか? とあるオークが言い出した言葉だ。脳が若干残念な感じである彼らの種族の特性上、何の天下かはわからなかったが、とりあえず天下という言葉にすばらしい感動を感じることはできた。というわけで本日の彼らは普段以上のやる気を見せて手あたりしだいに人間を襲い始めていたのだが、

 

 彼らの天下はあっさりとその姿を消すこととなる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 崩壊は静かに、

 

「zzzzzzzzzzzzzzzzzz」

 

 どころか、爆睡しながら森の中に寝転んでいた。

 

 こいつバカかと、頭の弱いオークたちですら思わずそう思い、森の中で寝転び爆睡しているあわれな男に同情の視線を向ける。

 

 ローブ調の白い鎧をまとった黒髪の男。身なりからしてかなりの上流階級の人間だと思えるが、なにぶんその体から流れ出すだらけきった雰囲気が、彼に高貴なイメージを感じさせなかった。

 

 メイジか? オークたちは一瞬そう思い警戒の視線を男に向けるが、

 

「うぁ……ふぇ、フェリス。やめろ……それしぬ」

 

 なんて寝言をもらし呻き始めた男の姿を見てその警戒はすぐに消えた。たとえメイジだったとしても、自分たちがこれほど接近しているのにも気づけないようでは大した敵ではないと、幾度もの戦闘経験がオークたちにそう告げた。

 

 なので、

 

「「「ぶがぁああああああああああああああああああ!!」」」

 

 オークたちは鬨の声を上げ男に突撃し、その首を刎ねるべく巨大な鉈を振りかざしながら突撃を開始する。

 

「んぁ? なんだようるさいな……人がせっかく久しぶりの睡眠を」

 

 その鬨の声を聞いた男がようやく目を覚まして起き上がる。そしてその視線をオークたちに向けた瞬間、

 

「ん? あぁ、はいはい。お前らターゲット? とりあえず、求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)

 

 え? とオークたちが思う前に、男が突然生み出した魔法陣から雷が放たれ、オークたちを黒焦げにした。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その数分後、

 

「お~い。大体終わったけどそっちどんな感じ?」

 

「だめね。またはずれ。変な短剣しかなかったわ……」

 

「これ……サバイバルナイフ? なんでこんなところに。こっちはダマスカスのレプリカナイフ……」

 

 心もとなくなってきた宝探しの資金集めのために近くの兵士の詰め所で、オークコロニーの討伐の依頼を受領していたライナは、ささっとそのコロニーをつぶし近くの遺跡で宝探しをしていたサイトたちに合流した。

 

 そんなサイトたちも今回は空振りだったらしい。遺跡の出口で座っているサイトが握っている変なナイフ二本が今回の戦利品のようだが、あまり高価そうなものではなかった。

 

「だから言っただろ? ろくなもんでないって」

 

「ま、まだよ!! まだあと五枚も宝の地図残っているじゃない!!」

 

 サイトの隣に立っていたキュルケが差し出してきた宝の地図に目を通し、ライナは何となく嫌な予感がして顔をしかめる。

 

 その地図を形作る線のタッチが、どことなく三日間ほどライナを強制労働させた、あいつの筆跡に似ている気がするからだ……。

 

 なんでだろう? 手のひらで踊り狂わされている気がする……。と、あの鉄面皮の笑い声を思い出し背筋を震わせるライナ。

 

 宝探しを始めてから数日が経った。サイト世界の武器と思われる物体(サイトが言うには手榴弾とリボルバーという武器らしいが、どちらも錆びついていて使えそうにはないとのこと)以外いまのところ回収できたお宝はなし。

 

 宝探しは難攻を極めていた。

 

「は~い、皆さん集合。御飯の時間ですよ~」

 

 そんな風に言い争うライナとキュルケに割って入るかのように、元気な少女の声が遺跡の近辺に響き渡った。

 

「お、もうそんな時間か」

 

「相変わらずあの子手際がいいわね……。これはちょっとした拾い物?」

 

「まぁ、旅先でもちゃんとした料理が食えるっていうのはありがたいよな」

 

 ライナ、キュルケ、サイトの三人は各々そんな言葉をもらしながら声が聞こえたほうへと歩き出した。人間おいしい食事の前には、どんな喧嘩も些事に代わるものだ。

 

「今日はウサギが取れたのでお鍋にしてみました。うちの故郷の名物料理のヨシェナヴェです。どうぞ召し上がれ」

 

「「いたたぎます!!」」

 

 三人がその場所にたどりついたころには、すでに自分たちの担当区域の調査を終わらせたギーシュとタバサがいち早く匙と食器をとってなべの攻略に取り掛かっていた。

 

 結局この旅行についてくることになったシエスタは、現在は食事係としてこのメンバーに貢献していた。

 

 ライナやサイトたちとしてはわざわざつき合わせるのも悪いとは思っていたのだが、シエスタ曰く、

 

『サイトさんが落ちぶれたのは私の責任ですから。このまま浮浪者になって野垂れ死にされても後味悪いですし、自立できるまでは付き合いますよ』とのこと。

 

 最初からルイズに許してもらえることなんて考えていないのが、なんとも世知辛い現実をサイトに突きつけてくれる結果になった。

 

「ちょ、私たちの分も残しておいてよ!?」

 

「……鍋に分け与えの精神など存在しない。食材を先にとったもの、それが勝者」

 

「いってくれるじゃない!!」

 

 どうやらこの数日でシエスタの料理をすっかり気に入ったと見えるタバサがそんなとんでもないこと言いながら、匙をキュルケに突きつける。そんな彼女の態度にキュルケの負けん気がむくむくと頭をあげたのか、こちらも即座にシエスタから食器を受け取り鍋戦線に参戦した。ギーシュはそんな二人の争いを苦笑いで見つめながら要領よく自分の取り分をキープする。

 

 そんな三人にあきれたような苦笑を浮かべつつ、ライナとサイトはギーシュの隣に座る。

 

「で、そっちはどんな感じだった?」

 

「宝箱なんてみつからなかったよ」

 

「……同じく。オークのほうは?」

 

「あぁ、大したことなかったよ」

 

 「へ~」とライナ以外のメンバーはそう漏らして食事に戻った。かれらは《コロニーが》大したことなかったと言ったのだと思ったのだが、ライナが言った大したことなかったは《オークが》大したことなかった、だ。

 

 コロニー自体はトリステインの通常軍が一週間近くかけてようやく鎮圧できるくらいの規模だったのだが、近接戦闘もできる魔法詠唱が極端に短いライナにとっては、さしたる問題ではなかったらしい。

 

「それにしてもどうするんだい? 資金のほうはライナさんが何とかしてくれたからいいけど、いい加減授業の単位がまずいだろ?」

 

「うっ」

 

 なべの具を丁寧によそおいながらギーシュがつぶやいた意外なほどの正論に、キュルケはタバサとの激闘の手を止め、思わずため息をつく。

 

「正直赤字旅行だしね……。化物退治の正当報酬はきちんと入っているとはいえ、肝心のお宝がこれじゃぁ」

 

 ギーシュが視線を走らせた先には今回の遺跡で見つかったほぼ欠損がない二本のナイフ。黒い錆止めがされたサバイバルナイフは言わずもがな、固定化でもかけられていたのかダマスカスナイフもほぼ完全な形で手に入れることに成功した。

 

 しかしここは魔法社会。伝説の金属もメイジ達から見ればただのガラクタだ……。この二本はサイトの戦力としてサイトの武器シリーズに収められることになるだろう。

 

「そうねぇ……もうそろそろタイムリミットも近いし」

 

 そして、この宝探しツアーをすることになった原因のほうへと視線を向ける。キュルケの視線移動に気付いたのか、サイトは苦笑いを浮かべながら手をひらひらと振った。

 

「あぁ、気にしたなくてもいいって。みんなと冒険したおかげでいろいろ吹っ切れたし。一度学園に帰ってルイズとまた話してみるよ。許してもらえなかったら、そうだな……首都にでも行って適当に賞金稼ぎでもするか?」

 

 案外生きていけることもわかったしな。と、つぶやくサイトに背中に背負われた大剣、デルフリンガーが鞘から少し顔を出し、

 

「まぁ、フェリスの姉さんにあれだけ鍛えられてんだ。さっきくらいのことはできねぇとな」

 

「だな。できなかったなんてことになったらフェリスさんに何されるか……」

 

 そう言って突如がたがた震えだすサイトに、全員が同情の視線が含まれた視線を送る。フェリスの苛烈な訓練はこのメンバーのだれもが知る周知の事実だからだ。

 

「さっきって何かあったのか?」

 

「あぁ、遺跡にちょっとしたモンスターがいてね。不意打ちされてちょっとピンチになったんだけどサイトが壁になってくれて戦線を立て直せたんだ」

 

「へぇ~」

 

 意外や意外。サイトもちゃんと成長しているらしいとライナは少し感心しながら、鍋へと手を伸ばそうとして、

 

「……」

 

 その鍋がすでに出汁だけの濁ったお湯になっていることに気付いた。

 

「えぇ~まじで?」

 

 あわててライナはほかのメンバーに視線を走らせるが、全員自分の食器が空なのを見せつけるように、それぞれの食器を地面に置く。

 

 どうやらシエスタの料理はすでにみんなの腹の中のようだった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「とはいえ、このまま引き下がるのはゲルマニア貴族としてなんとなく癪だわ」

 

「まぁ、その気持ちはわかるけどね……」

 

 一応幼いながらも貴族としてのプライドを持つギーシュとキュルケがそう言うのをきき、ライナは小さくため息を漏らす。この後何を言うのかが大体わかったからだ。

 

「じゃぁ、どうすんだよ?」

 

「そうねぇ……。あと一枚! あと一枚だけ見たら帰ることにしましょう!!」

 

 ライナの予想通り往生際悪くそう叫んだキュルケは荷物の中に突っ込んであった宝の地図から一枚、適当な地図を引き当てる。

 

 すると、

 

「え~っと、なになに? タルブ村の《竜の羽衣》?」

 

 キュルケがその名前を読み上げたとき、真っ先に反応したのは近くの村で補給した水筒の水で食器を洗っていたシエスタだった。

 

「竜の羽衣ですか?」

 

「しってるの?」

 

「いえ、知っているも何も……」

 

 あれうちが管理しているガラクタですから。と、シエスタから告げられたとんでもない事実に宝探しメンバーたちは思わず目を見合わせた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「もともとは遠い国からやってきたって自称する私のひいお爺さんさんがもってきたものなんですよ」

 

 タルブ村に向かう乗合馬車の中でシエスタはこれから見に行く竜の羽衣の来歴を教えてくれた。

 

「なんでも魔法を使わずに空を飛ぶためのアイテムらしいんですけど、燃料がないからもう飛べないって……」

 

「燃料? 風石?」

 

 シエスタの説明を聞いたタバサが真っ先に質問した。風の属性も得意とする魔法使いである彼女にとって、空を飛ぶための燃料というと真っ先にそれが思い浮かぶのだろう。だが、

 

「いえ。違います。若いころの私のひいお婆さんが羽衣にそれを突っ込もうとしてひいおじいさんにめちゃくちゃ怒られたそうですから。そんなもん突っ込んだら壊れてしまうっ! て。まぁ、そのあとひいお爺さん、ひいお婆さんのファンだった人たちに袋叩きにあったらしいですけど」

 

 その光景が思い浮かんだのかギーシュの顔が思いっきりひきつる。何気に女たらしな彼はよくそういったことをされかけるのだろう。主にマリコルヌが筆頭に立って……。

 

「当然村人たちはひいお爺さんのほら話だって信じていなかったんですけど、なぜかうちのひいお婆さんだけは信じちゃったみたいで……『私、夢の中であの人と一緒にあれに乗って空を飛んだのよ? 本当よ!!』って言ってひいお爺さんをかばったらしいんです。おかげでひいお爺さんはホラ吹きとして村八分を食らわずに済み、ひいお婆さんの婿養子になったわけなんですが……」

 

 多分シエスタと同じ能力持っていたんだろうな~と、ほかのメンバーが「なかなかメルヘンなお婆さんだったみたいね……」と呆れているのをしり目に、シエスタの力についてい知っているサイトはひとり思考する。

 

 それはつまり、その竜の羽衣が本当に空を飛ぶための道具である可能性が高いということで……。

 

「いや、まぁ、シエスタの夢判断の精度を見る限りそんなにあてにも……」

 

「サイトさん? 今失礼なこと考えませんでした?」

 

 ぼそりと呟きかけたサイトの方へと視線を向けたシエスタは、満面の笑顔の中に絶対零度の瞳を宿しながらサイトを睨みつけた。

 

「いいいいいえ、かかかか考えていません。始祖に誓って!!」

 

「そう。ならいいです」

 

 ふん。と鼻を鳴らして説明に戻るシエスタにほっと息をつくサイト。地味に尻に敷かれているのだが、そのことは気づかない方がいいだろう……。

 

「結局ひいお爺さん自身その羽衣以外に関しては、まじめで誠実な人でしたからすぐに村に溶け込んで大往生しました。でも、その羽衣は借り物らしくて「できれば、陛下に返したい……」っていって、自分のお小遣い全部はたいて、高位の土メイジ様に固定化をかけてもらったそうです。おかげで今でもそのがらくたはタルブ村に残っており、村人みんなで処理に困っていると」

 

「要するに邪魔なんじゃないの……」

 

「要しなくても邪魔ですね」

 

 ひいお爺さんには悪いですけど、とそっけなく告げるシエスタにキュルケは思わず顔をひきつらせた。平民が貴族相手に話をしているというのにここまで傲然と、明け透けな態度をとる(メイド)も珍しい。と、

 

「で、その羽衣っていったいどんな物なんだよ? 羽は動くのか? まさかマントとかじゃないよな?」

 

 空を飛ぶための羽衣という言葉に、あの豚のぬいぐるみの真紅のマントを連想してしまったライナは、若干冷や汗を流しながらシエスタに質問を放つ。

 

 これであの赤マントだったとしたらライナは全力でタルブ村から逃げることを進めただろう。だが、

 

「いえ。なんというか……羽はあるんですが動かないですし……。変な模様が入った鉄の塊なんですよ」

 

「鉄?」

 

「鉄の塊が空を飛ぶっていうのかい?」

 

 いくらなんでもほらを吹きすぎだろうと、ギーシュが呆れた声を漏らし、タバサとキュルケが同意の意を示さんとばかりに首を縦に振る。

 

 だが、

 

「……まさか、な」

 

 サイトだけは何か予想をつけたらしく、ほんの少しだけ疑念が混じった声を小さくもらし、

 

「お客さんら~。みえましたぜ~」

 

 乗合馬車の御者の声を聴き、全員があわててホロの中から顔を出す。

 

「あれがタルブ村……私の故郷です」

 

 シエスタがそう告げるのと同時に、小さな家が立ち並ぶ小ぢんまりとした村と、

 

「……っ」

 

 サイトが予想した通り……広場に安置された、小型戦闘機――俗称ゼロ戦と呼ばれる、第二次世界大戦で日本の主力を担った戦闘機が姿を現した。

 




 ようやくゼロ戦登場!!

 三巻は果たしていつ終わるのかっ!?


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お前の好意はたぶん……

 サイトたちが村にたどり着いた日の夕方。

 

 サイトはやさしい風は吹きぬける、夕日に染まったタルブの平原をじっと眺めていた。

 

 あれからサイトは《竜の羽衣》――ゼロ戦が自分たちの世界のものであること。シエスタの曾お爺さんはおそらく自分と同じ世界の出身であることを告げた。そののち、『これを少し貸してほしいんですけど』と、懇願してくるサイトに村人たちとシエスタは協議の結果遠慮なくゼロ戦を譲ることにした。

 

 もともと何の役にも立たないオブジェと化していた代物。シエスタの曾お爺さんが残してくれていた『墓石の文字を読めたものに遺品の一切を譲る』という遺言も功を奏し、ゼロ戦は順当にサイトのものとなった。

 

「……これで」

 

 帰れる足がかりはつかんだ。そう漏らしたサイトに対し、

 

「まだ決まったわけじゃないけどな」

 

 草原に心地よさ気に寝転んでいたライナが慎重な意見を述べた。

 

「えぇ。でも足ができたのはありがたい」

 

「そんなにすごいのか?」

 

「えぇ。きちんとした整備と燃料さえあれば、あれ一機で小さな海程度なら渡れます」

 

 へぇ。と、イエットに入る際、船旅を経験しいろいろと苦労を知っているライナはその言葉を聞き感嘆の息を漏らした。サイトの言葉が本当だとするなら、このゼロ戦とやらかなりの高性能な機械のようだ。

 

「俺の複写眼(アルファ・スティグマ)で解析できないところをみると魔法のアイテムでもないんだろ?」

 

 ギーシュたちに、何かの高価な魔法のアイテムではないか調べて! とすがられ、めんどくさがりながらもライナが複写眼で解析した結果、複写眼が写したのはあくまで飛行機にかけられた固定化の魔法のみ。ゼロ戦の本体そのものはなんの魔法の痕跡も見受けられないただの鉄やら何やらの塊だと判明してしまっている。

 

 だからこそライナは信じられなかった。ライナ世界の魔法では絶対に無理とされた飛行を、魔法に頼らずいともやすやすとかなえてしまったそのゼロ戦とやらが。

 

「ほんとに飛ぶのかよこれ……」

 

「飛びますよ。俺の世界ではこれと同じ形をしたこれよりでかい機械が飛んでる」

 

 サイトが自信を持って答えたその事実に、ライナは思わず首をかしげたが、

 

「まぁいいや。飛ぶって言うなら飛ぶんだろ? ふぁ~あ。というわけで俺はもう眠いから寝るわ……。お前らたからさがしで俺をこき使うからおれもうボロボロだよ」

 

「こき使うって……ライナさん旅の間よっぽどのことがない限り馬車で昼まで寝ていましたよね?」

 

「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」

 

 呆れきった声で真実を告げるサイトだったが、そんなこと知らないと言わんばかりにライナは目を閉じた瞬間に夢の世界へと旅立っていた。

 

 そんなライナに若干の呆れを含んだ苦笑をサイトが浮かべた時だった、

 

「どこか遠いところを見ている顔ですね? 足元に気をつけないと転びますよ」

 

「シエスタ」

 

 今度はいつの間にかサイトに歩み寄ってきていたシエスタが声を掛けてきた。

 

「父さんが、夕食ができたからサイトさんを呼んで来いと。あと、私を助けてくれてありがとうと……」

 

「ギーシュとのもめごとのことか?」

 

 むしろ世話になりっぱなしで礼を言われるようなことをした覚えがなかったサイトは、小さく首をかしげながらとりあえず思い当ったことを挙げてみるが、

 

「いえ、それは私の中では、あなたの食糧事情の改善を行うことでチャラになっているので言っていません。それに、主犯が目の前にいるとなると相手が貴族さまであってもうちの父は我慢しないでしょうから……」

 

 昔から短気で、喧嘩っ早くて困っています。と、言いつつも親しみを込めた苦笑を浮かべるシエスタに、サイトはとても深い家族の情を感じた。

 

 そしてこうも思った。俺の母さんは、突然いなくなった俺のことを探しているんだろうな、と。

 

「帰るんですか?」

 

「っ!?」

 

 そんなサイトに突然わいた望郷の念を鋭く感じ取ったのか、シエスタは世間話でもせんばかりの軽い口調でサイトにそう尋ねた。

 

 もとより人の深層心理である夢を渡る能力を持っているシエスタだ。軽い心理予想程度ならお手の物だろう。

 

「帰れたらいいな……とおもっている」

 

「弱気な発言をするあなたは普段の三倍カッコ悪いですよ、サイトさん。私を助けてくれるためにギーシュさんに啖呵きったあなたのほうがまだましです」

 

 それって結局おれが総括的にかっこ悪いって言っているんじゃ……。と、わずかに含まれた言葉の毒にサイトが顔をひきつらせた時だった、

 

「おじいちゃんは東から竜の羽衣に乗ってやってきたそうです。本人からの証言なので間違いないかと」

 

「……そうか」

 

 そっけなくシエスタが教えてくれた帰郷のためのヒントに、サイトはしばらく絶句した後、なんだかんだいってシエスタは自分を心配してくれているんだと理解しちょっとだけ微笑みを浮かべる。

 

「東にはメイジよりも強力な魔法を使うらしいエルフがいますから気を付けてください。人間に対してかなり排他的な種族だと東方の商人からよく聞きますし」

 

「わかった」

 

「おじいちゃんの遺品で使えそうなものは竜の羽衣に積んでおきましたから、よかったら使ってください」

 

「何から何までありがとう」

 

「……」

 

 そして、そこまで一気に言い終えたシエスタが突然何かを言い淀むような表情で口を閉ざした後、

 

「サイトさん、今のあなたにこんなことを言うのは間違っているのかもしれません。ですがやっぱりいわないと後悔しそうだから言わせてもらいます」

 

「?」

 

 今までとは雰囲気が違うシエスタの真剣な表情を見て、サイトは思わず姿勢をただした。

 

「なんだ?」

 

「先ほど父が言ったお礼についてですが、あれはあなたが私をこの瞳の力の呪縛から解き放ってくれたことについてでした」

 

「なっ!?」

 

 シエスタがそう言ってさらした、深紅の二つの点が刻まれた瞳。シエスタからの話ではその瞳については家族には話していないとのことだったのだが、

 

「ひいおばあちゃんから言い含められてどうやら知っていたみたいですね。ひいおばあちゃん、私と同じ眼をもっていたみたいですし、私が突然誰にも会わないって駄々をこね始めた時から何となくは気付いていたそうです」

 

「そう……か」

 

 それを知っていて尚シエスタを嫌わなかった彼女の父親に、サイトは思わず小さな笑みを漏らす。

 

「私もそのことに関しては少なからず感謝しています。あなたは私の人生を変えてくれた」

 

「大げさだな。大したことはしてないぞ?」

 

「ええ、そうですね」

 

 みとめんのかよっ!? と、サイトの謙遜にさっくりと同意を示したシエスタにサイトは固まってしまう。

 

 そんなサイトを見て「してやったり」と言わんばかりの悪戯っぽい笑みを浮かべながら、シエスタは話を続けた。

 

「でも、私はその大したことにすら気づけずに、人を避けてずっと過ごしてきていました」

 

「……」

 

「村に帰ってきて、幼馴染たちと普通に話せたのは、ひとえにあなたのおかげですよサイトさん。本当に感謝しています」

 

 シエスタの率直だからこそよく伝わってくる感謝の言葉に、サイトは思わず顔を赤らめ恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「そしてだからこそ、私はあなたに親愛の情を感じています」

 

「……は?」

 

 だが、その次に続いてきた言葉を聞きサイトは思わず氷結する。

 

「これが恋なのかどうなのかは人付き合いの経験が少ない私は何とも言えません。ですが、私はこの好意は普通の好意とはまた違ったものだとは理解しています。だから私はあえてここではこういわせてもらいます」

 

 シエスタはそこで言葉を切ると、大きく深呼吸し、

 

「あなたが好きです。サイトさん……」

 

「………………………………………」

 

 突然の告白に、思わず絶句することしかできないサイト。正直こんなかわいい子に告白されて、彼女いない歴=年齢の彼の内心は有頂天に達している。だが、

 

「だから、このままずっとここにいてください。遠くになんて、行かないで」

 

「っ………………………………」

 

 シエスタが最後に告げた懇願を聞き、その感情は一気に冷えた。

 

 そしてサイトは申し訳ない気持ちと、こんなかわいい子を悲しませないといけない罪悪感に押しつぶされそうになりながら、必死に言葉を絞り出した。

 

「ごめん、シエスタ。俺には、待ってくれている母さんも父さんもいる。そのお願いは……きけない」

 

「そうですか」

 

 シエスタはサイトの返答を聞き、いつも通りのそっけない口調に戻ると、

 

「ライナさんを起こしていきますから、サッサと食事を食べに行ってください。早く行かないとうちの弟が全部食べてしまいますよ?」

 

「え、で、でも……シエスタ」

 

 まるで先ほどの告白なんてなかったかのようにいつもどおりに戻ったシエスタを見て、さっきのは夢か幻だったのかと慌てふためくサイトに、シエスタはちょっとだけ声音を強くして、

 

「いいから、さっさと行ってくださいっ!」

 

「は、はい!?」

 

 突然のシエスタの怒鳴り声に、転がるようにシエスタの家へと戻っていくサイト。

 

 シエスタはそれを見送った後、草原に寝転び寝息を立てるライナを一瞥して一言、

 

「寝ていませんよね?」

 

「……いいやねている。これは寝言」

 

 目を閉じ、冷汗をだらだら流しながら片言で言い訳するライナに嘆息しつつ、シエスタは「では本格的に起きてもらうとしましょう」と、いってライナの頭を蹴り飛ばさんと言わんばかりに黄金の右(みぎあし)を振り上げる。

 

「起きた、今起きたっ!?」

 

 当然蹴られてはたまらないとあわてて身を起こすライナ。シエスタはそんな彼に鼻を一つ鳴らすと、

 

「盗み聞きなんて趣味が悪いですよ?」

 

「……わりぃ」

 

 今度は素直に謝るライナを見て、どうやら意図的にやったのではないと理解したシエスタはとりあえずその謝罪で矛を収めることにした。

 

「さて、サッサとご飯に行きましょうか。さっきも言いましたけど、早く行かないと弟が夕食全部食べちゃいますから」

 

「いや……お前はまだ行かないほうがいいだろう?」

 

「え? 何でですか?」

 

 突然のライナの制止の声に、サイトと同じように自分の家へと帰ろう体の向きを変えていたシエスタは、思わずライナのほうを振り向く。

 

「お前、泣いてるぞ?」

 

「え?」

 

 ライナの指摘があったと同時に、シエスタの頬を暖かい何かが通り過ぎた。

 

 それが涙だと彼女が気付いた瞬間、その液体は次から次へとシエスタの瞳からあふれ出し止まらなくなる。

 

「あれ? え?」

 

 なんで泣いているのか分からない。自分は先ほどサイトに断られても、仕方ないと割り切れたはずだ。

 

 自分の内心は自分がだれよりも知っている。人の深層心理を知るが故にそう思い込んでいたシエスタは、本気で自分がなぜ泣いているのかも分からずただただ困惑の声をもらし続ける。

 

「どうして?」

 

「そりゃお前……サイトが遠くに行くのがさびしいからだろ?」

 

「さび……しい?」

 

 そんなわけない。自分は確かにあのとき仕方ないと思えたはずだと、サイトさんを待っている人がいるなら当然そこに帰るべきだと、自分はそれを応援できる人間のはずだと、シエスタは内心で必死に叫ぶが、

 

「うぅ」

 

 流れ出る涙は止まってくれない。それどころか先ほど以上にあふれ出しており嗚咽すら漏れはじめた。

 

「わた、しは……ちゃんと、サイトさんが、帰れるように……祈って」

 

 必死に涙の言い訳をしようとするシエスタに、ライナは何も言葉をかけてやれない。化け物の自分には、そういった経験がないから。誰かを好きになる前に諦めたから、誰かが好きになってくれても遠ざけたから、

 

 ずっとそばにいてほしいなんて、本気で思うことすらおこがましいおぞましい化け物だから、そういった感情をあきらめていたライナはシエスタにかけられる言葉が見つからない。

 

 ただ、

 

「俺さ、お前と同じように告白する女の子を見たことあるんだけど」

 

 内心で牢屋の格子越しに告白してくれた赤毛の同級生に謝罪を告げつつ、ライナは、

 

「お前、あいつとおんなじ顔しているよ」

 

「……っ」

 

「サイトのこと、好きなんだよな?」

 

 たぶん、お前の好意は恋なんだよ。と、自信なさげにそう告げた。

 

 最後にそれを聞いたシエスタは、その言葉がすとんと自分の心の足りないところにはまるのを感じ、

 

「う……あぁ……あぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 我慢できずにライナに飛びついて泣きじゃくった。

 

 どうして彼は自分の世界の人ではなかったのかと。どうして、自分はそんな人間を好きになってしまったのかと。どうして彼は私と一緒にいてくれないのかと。どうしてあちらの世界より自分を選んでくれなかったのかと。どうして、どうして……!

 

 そういった汚い感情を涙と一緒に吐き出す。そうしないと、次にサイトの顔をまともに見れない気がした。

 

 そうしないと、サイトと今までのように話せない気がした。

 

 だから申し訳ないと思いつつも、シエスタはライナを悲しみのはけ口にした。

 

 だが、ライナはそのことに文句ひとつ言わず、黙って自分の胸を貸してくれた。その優しさに心の底から感謝しつつ、シエスタは自分の心から汚いものがいなくなるまでいつまでも泣き続けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その翌日の学園に、一つの巨大な鉄の塊が降り立った。

 

「こ、これは!?」

 

 突然の珍妙なオブジェの飛来にあぜんとする生徒や教師たち。

 

 そんな中、ただ一人だけ……ジャン・コルベールだけが目を輝かせてその鉄の塊を見つめていた。

 

 そして、

 

「コルベール先生!!」

 

 その鉄の塊から降りてきた少年が、

 

「手伝ってほしいことがあるんですけど!」

 

 お時間開いてますか? と、訪ねてきたとき彼は間髪いれずに、

 

「ぜひとも協力させてくれたまえ! 時間? そんなものなくても無理やり作ろう!!」

 

 話もきかずに協力を約束してしまい、周りや少年にひかれてしまったのは仕方のないことだっただろう。

 




 あれ……おかしい!?

 最低でも、サイトとルイズの仲直り……ベストはタルブ村襲撃まで行く予定だったのに!?

 進んでいない……だとっ!?


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雨降って、地固まる

「ほう! 魔法を使わずに飛ぶ機械? 仕組み的には以前授業で見せた愉快な蛇君と同じか! 興味深い……実に興味深いぞサイト君!!」

 

「え、あ、はぁ……喜んでもらえて何よりです」

 

 興奮冷めやらぬといった様子でゼロ戦をぺたぺたと触り口早に考察をまくしたてるコルベールに若干ひきつつ、サイトはとりあえず当面の目的である、

 

「サイト……そろそろ」

 

「わかってる。あの……先生?」

 

「ん? 何だね?」

 

「あの……ゼロ戦運ぶのに竜籠使ったからその代金がほしいんですけど」

 

 意外と下世話な金の話から入った……。

 

 

 

 そんなサイトたちの交渉を離れた場所から、寝ころびつつ眺めていたライナは、気前良く払うといったはいいが意外と高かった竜籠の代金に「もうちょっと負けてもらえんかね……」と涙ぐましい努力の値切りを行うコルベールの姿に涙を流す。

 

「うん……まぁ、金がないと大変だよな~」

 

「割と切実に聞こえるのがシャレにならないわね……」

 

「貧乏貴族?」

 

「好きでなったわけじゃねーよ」

 

 そして竜籠とほぼ同時に帰ってきたシルフィードをライナの近くへと軟着陸させ歩み寄ってきたタバサ、キュルケ(ちなみにシエスタはない。まだ休暇が残っていたので、もうちょっとだけ故郷に残り人間関係の修復に努めるらしい)の言葉に若干へこみつつライナは一応の抵抗を試みた。

 

「それにしても、帰ってきちゃったな……」

 

「サイトあれ見つけてから忘れているみたいだけど、ここにはあの子がいるのよね?」

 

「……嵐の前の静けさ」

 

「ちなみにサイトの致死率幾つぐらいだと思う?」

 

 ライナはキュルケにそう問われ、しばらく考えるかのようにあごに手をあてるが、

 

「ルイズオンリーなら結構低いんじゃね? なんやかんやいってサイトのこと大切にしているみたいだし?」

 

「そのほかに誰かサイトを殺しそうな人がいるの?」

 

 驚いた顔をするキュルケに、ライナは一つ頷いた後、

 

「ああ、とびっきりに悪魔が一人……」

 

 瞬間、ルイズの寝室と思われる窓から一人の女性が飛び出してきて、

 

「ふんっ!!」

 

「ぐべっ!?」

 

 地面に寝ころんでいたライナの腹部にドロップキックを決めるように着地! 普段はめったに動かない無表情な顔を、目をほんの少し細める程度に動かしながら、交渉を終えたコルベールとともにゼロ戦を動かす燃料の相談をしているサイトを確認し、

 

「この変態色情狂がぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

「って、ふぇ、フェリスさん!?」

 

 意味不明な怒声を上げながら一直線にサイトへと向かって突撃を開始した!

 

「貴様、ルイズから聞いたぞ! しばらく前にメイドと乳繰り合った挙句『ウェッヘヘヘヘヘ。金がなくなったテメェになんかもう用はねぇよバーカバーカ!! もう新しいカモ見つけた以上てめぇに用はねぇぜ。今まで俺に貢いでくれてありがとよ、馬鹿な侯爵家三女様!!』とルイズをののしって、メイドの元へ情夫(ヒモ)しに行ったそうだな!!」

 

「誰ですかそんないい加減なこと教えたの!?」

 

 根も葉もないうわさどころか、がっつり根を生やし葉っぱどころか花すら咲かせているとんでもなく誇張された自分とルイズの喧嘩内容にサイトは思わず怒声を上げる。

 

 だが相手はそんなことを気にするような相手ではない。自称勧善懲悪美少女天使(ライナ流に言うならフェリスワールド全開迷惑悪魔)だ。人の話は、もはや通じない……。

 

「問☆答★無☆用♡」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 サイトが抗議の声をあげている隙に彼のもとへと急接近したフェリスは、今まで見たことがないくらい綺麗な笑みを浮かべつつ剣を一閃。

 

 ふるわれた剣の腹は、見事にサイトの頭をジャストミートし、ちょっと人類の頭部が立ててはいけない危ない音を響かせながらサイトを天高く打ち上げる。

 

 そして、天高く打ち上げられたサイトの体は先ほどフェリスが飛び出してきたルイズの部屋の窓へと飛び込んでいき、

 

『きゃぁあああああああああ!? な、なに!? なに!? って、サイトぉおおおおおおおおおおおおおお!? どうしたの、血まみれよあんたぁあああああああああああ!?』

 

 と割とシャレにならないルイズの悲鳴を辺り一帯に響かせた……。

 

「ふん、悪は滅んだ」

 

「「「「うわぁ……」」」」

 

 そんな悲鳴を聞きながらなぜか満足げに剣を下し頷くフェリスの姿に、その光景を見ていたキュルケ、タバサ、ギーシュ、コルベールは思わず青い顔になりながらそんな声を上げる。

 

 そんな中、先ほどフェリスに踏みつけられ地面に頭をめり込ませていたライナがようやく地面から頭を引き抜き、

 

「てんめぇ、フェリス!? いきなり何しやがんだ!!」

 

 と、久しぶりに会ったせいかやたらとフェリスに反抗的な態度をとりつつ仁王立ちする彼女に食ってかかろうとしたときだった、

 

「やぁやぁ、ライナ・リュート。随分と長い無断欠勤だったが、帰ってきてくれて何よりだよ」

 

「……………………」

 

 突如背後から聞こえてきた、一番聞きたくない人物の声を聞いたライナは、ギギギギギという音が響き渡りそうなくらいゆっくりと後方へと振り向き、

 

「さて、貴様が無断欠勤しているときにたまった仕事がたくさんあるのだ。是非ともすぐに城に来てくれ!! もちろん、断ったらどうなるか、わかっているよな?」

 

 背後にどす黒い怒りの炎を顕現させたバーシェンがそこに立っているのをはっきりと確認し、思わず絶望の吐息を洩らす。

 

「は、ははははは……お、俺意外とモンスターとか倒してトリステインのために貢献したりしたんだけど……」

 

「そうか、それは素晴らしい。まぁそんな些事は置いておいて、最近私とフェリスエリスが共同開発した画期的な人形がちまたで大流行していてな」

 

「そっちのほうが些事じゃね!?」

 

「その名もスーパーフェリスちゃん人形というのだが、どんな怠け者にでも仕事をさせられる優れものなのだ」

 

「うむ。あれはなかなかの出来だぞライナ。お前もぜひ試してみるといい」

 

「まてまてまてまてまて!? お前らの共同開発って時点でかなり危ない感じがするんだけど!?」

 

 そんな戯言を言いながらだんだん距離を詰めてくるバーシェンとフェリスに身の危険を感じたライナは、あわてて指をふるいエスタブール流の文字を書く魔法を発動させようとする。

 

「失礼なことを言うな、ほんのちょっとしたギミックを仕込んだだけだ。な~フェリス?」

 

「うむ。簡単なワイヤーを使ったギミックでな。相手が姿勢正しく仕事をしている時はいいが、疲れて居眠りをしそうになり姿勢を崩した瞬間に背後に立ったスーパーフェリスちゃん――略して、スパフェリちゃんが手に持った剣を一閃させて相手の首を自動的に散歩させ心機一転させてくれるという優れもので……」

 

「心機どころか相手の魂すら一転されるだろうがぁあああああああああああああああああああああ!?」

 

 と、やたらと仲がよさそうな様子で人形の説明をしてくる二人に、ライナが悲鳴をあげて「やばい……ここで捕まったらおれ殺される!?」と割と正当な判断を下し、エスタブールの身体強化魔法を使いとんずらここうとしたその時、

 

「逃がさん」

 

「なっ!?」

 

 いつの間にかバーシェンが装備していた手袋から伸びた数十近いワイヤーがライナをとらえ、動きを阻害し、

 

「フェリス・エリス!」

 

「ん」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 その間に距離を詰めたフェリスの剣の一撃によってライナはあっさりと撃沈。バーシェンが操るワイヤーによって二重三重と縛りあげられあっさりと捕縛される。

 

「さて、では王宮に帰るか……せっかくうちにもライナ用にスパフェリちゃんを配備したんだ。是非とも使ってみないとな」

 

「私もそろそろ団子屋昼の部の仕込みの時間だからな。ライナのことはそちらに任せるぞ」

 

「あぁ、散々苛め抜いておくからいつでもみにこい」

 

 と、本当に仲良さそうに会話をする二人が魔法学院の門から出て行くのを見て、

 

「「「「…………………………」」」」

 

 唖然としてその急展開を見守っていた広場の四人は、無言のまま手を合わせ二人の冥福を祈った……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「まったくもう……。帰ってきて早々にご主人様びっくりさせるとか何考えてんのよあんた。ビックリ箱だってもうちょっと自重するわよ」

 

「す、すきであんな状態になったわけじゃないんだけど……」

 

「だまってなさい。まったくもう、うちの女子寮中巻きこんじゃったじゃないの」

 

 若干顔を赤らめながらベッドに寝かせたサイトに文句を言いつつも、いまだにフェリスに殴られた衝撃が抜けないサイトを看病していた。

 

 血まみれのサイトが部屋に飛び込んできたのであわてたルイズは、取りあえず女子寮に残っていた水の使い手の生徒たちに片っ端から頭を下げサイトの怪我の具合を見てもらったのだが、フェリスもフェリスで加減をしてくれていたらしく、サイトの傷は額についた切り傷たった一つ。もともと血が勢いよく出やすい場所なので負った怪我以上の出血をしてしまっていたらしい。

 

 取りあえず水のメイジたちに傷をふさいでもらい、サイトの顔中に付着した血をぬれた布で何とかぬぐい取り一心地着いた後、ルイズは一つため息をつき、

 

「で?」

 

「で、でって?」

 

「……あんた、ここ数日ご主人様ほったらかしにしてどこ行っていたのよ?」

 

 底冷えするようなルイズの詰問に、ただでさえキリキリと痛い頭痛がさらにひどくなるのを感じた。

 

 必死に何かいい言い訳はないかと「あ~、う~」と、痛みにもだえるふりをしながら脳味噌を高速回転するサイト。そんなサイトをしばらくの間冷ややかに見た後、

 

「は~。もう……心配したんだからね」

 

 ルイズは今までの攻めるような雰囲気をかき消し、純粋に心配の念が込められた声でサイトの頭をやさしくなでた。

 

「え?」

 

 サイトはそのしぐさにあぜんとした後、

 

「お前……何か悪いもんでも食ったのか?」

 

 ルイズの遠慮のない空手チョップが先ほど傷が治ったサイトの額に叩きつけられた。

 

「っ~~~~~~!?」

 

 再び走る激痛に悶絶するサイトに向かって、顔を真っ赤にしたルイズが食って掛かる。

 

「べ、別にあんたのことが気になったとかそういうことじゃないのよ!? あくまで使い魔として心配したの!! 使い魔のあんたが変なことしたらその主人である私の名誉に傷がつくんだからね! わかってんの!?」

 

「いだっ!? いだっ!? わかった、わかったからルイズ、追撃すんのやめろ!? 俺のライフはもう0よ!?」

 

 バッコンズッコンと、いつの間にかとり出していた予備の枕で自分を袋叩きにするルイズに、サイトは必死になって抗議の声を上げる。

 

「もう、もう……ほんとに、もうっ!!」

 

 ルイズとしてはサイトに対する怒りはもうきれいになくなってしまっていた。ご主人さまをほったらかしにしてほかの(メイド)とデートしたのいうのは許し難いが、まぁいい……。その怒りは先ほどきれいにフェリスがはらしてくれた。というかオーバーキル過ぎて逆に怒りより心配のほうが上回ってしまった。

 

 そうなってくると、今度は今までサイトがいなかったときに感じていた寂しさだけがぽっかりと残ってしまうわけで、

 

「も、もう帰ってこないかと思ったんだから……」

 

「え? る、ルイズ?」

 

「い、いつもいたテントにはいなかったし……。本気か冗談かわかないけど、あんたに惚れてるいって言ってるキュルケや、あんたとデートに行ったメイドと一緒にどっかいったって聞いて、さ、サイト……もう、帰ってこないんじゃないかって」

 

「……」

 

 だんだん声がかすれてくるルイズの言葉に、サイトは唖然としたあと、

 

「そ、その……ごめん」

 

「バカっ……。バカバカバカバカバカっ!! 嫌い、私をこんな気持ちにさせたあんたが嫌い! 私にこんな心配させたあんたが嫌いっ! 私にやさしくしてくれないあんたが嫌いっ!! 大っ嫌い!!」

 

 おろおろと謝るサイトにルイズは涙を流しながら喚き散らす。そして最後にはサイトの胸にすがりつき、

 

「でも、でも……遠くに行っちゃヤダ……近くにいてくれないとやだあっ!!」

 

 女の最強兵器《女の涙》を使われてしまったサイトは、困り果てた顔で身を起こし、

 

「わかった、わるかった……しばらくは近くにいるよ。だから泣くなよ、ルイズ」

 

 と、不器用に泣き続けるルイズを慰めた。

 

 

 

 ちなみに、

 

「ちっ……なによ、もう仲直り? ドロドロの波乱がもうひとつぐらい起こるものと思っていたのに」

 

「雨降って地固まる……」

 

「というか、サイト追い出したのルイズじゃなかったかい?」

 

「だからあんたは女に逃げられんのよギーシュ。とりあえず女の子が泣き出したら男は全面降伏するしかないの」

 

 なんだか納得行かないんだが……。と、一緒に出歯亀していたキュルケの言に首をかしげるギーシュだったが、部屋の中で必死にルイズを慰めているサイトを見て「なるほど、確かに真理かもね」と一応の納得を見せる。

 

 そして、

 

「まあ、宝は見つからなかったけど一番宝を必要としていたやつが元の鞘に戻ったみたいだし、まるっきり無駄というわけでもなかったんだろうね」

 

 と、納得してイイハナシダナーと言わんばかりに、ハンカチを取り出し流れてもいない涙をぬぐうふりをしてこの話を締めた。

 

 だが彼らは知らなかった、

 

「それはよろしいのですが、今まで散々さぼりまくったツケはきっちり支払ってもらいますよ? ミス・ミスタ」

 

「「「げぇっ!? ミス・シュヴルーズ!?」」」

 

 いままで好き放題授業をさぼった不良生徒たちに制裁を加えるべく集まった教師につかまり、一週間の清掃活動の罰を科されることなど……。

 




 ようやくルイズと仲直り……。

 そして次回、とうとうあの凶器の人形が登場!!

 ふるわれる剣閃! おののくライナ!! はたして彼の命運は、首のお散歩? 永遠の眠り? どっちだ!!

 あ! アルビオンの艦隊も出るよ? たぶん……


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始まる戦争・来訪するメイジ殺し

 ライナが必死こいて働いている宰相執務室。そこには恐怖の権化が存在していた。

 

「あ、ありえないって……四日間連続で徹夜仕事とか、人間の所業じゃねェ」

 

 ブルブル震えながら必死にペンを動かすライナ。だが、ライナが帰ってきてからすでに4日の時間が過ぎている。

 

 その間の彼の睡眠時間=プライスレス。

 

 もうだめだ……俺死ぬ。このままだと確実に死ぬ……割とシャレにならないことをライナが考えていた時だった。

 

「ら、ライナさん……追加の、書類です」

 

 ライナと同じように不眠不休で働いていたウェールズがげっそりとした様子で巨大な書類の山を運んできて、ライナの机へと置いた瞬間……

 

「ぐはっ……。ごめん……アンリエッタ。私は、どうやら、ここまでの……よう、だ」

 

 と割とシャレにならない声音で呟きを漏らしそのままばたりと倒れ、ピクリとも動かなくなってしまった。

 

 その光景を見てライナはさらに冷や汗を流す。そして、

 

「あぁ……やべ。おれもそろそろ」

 

とうとう彼にも限界が訪れ、

 

 《知らない書類》

 

 《瞬間、心おられて》

 

 《ドリームダイバー》     次回も、サービスサービスゥ♡

 

 のコンボが炸裂しライナを速やかに夢の世界へと送り込んだ。

 

 当然そうなるとライナの体勢は崩れ、ぐらりと机に向かって大きくかしぎ、その瞬間彼の首に巻きつけられたワイヤーが引っ張られ、

 

「っ!? 起きてる!! 起きてるからっ!!」

 

 その感触にもう本能的に目を覚ますスイッチを取り付けられてしまったライナはあわてて脳を覚醒させ、背後に向かって悲鳴を上げながら姿勢を正す。

 

 その瞬間、ライナの首筋にひやりとしたなにかが薄皮一枚というところまで押しつけられ!

 

「っ!!」

 

 ライナが悲鳴を上げる前に、ゆるゆると元の場所へと戻っていった。

 

 それを確認したライナは冷や汗を流しながら、後ろを振り返る。そしてそこには、先ほどライナの首を刎ね飛ばしかけた恐怖の権化が鎮座していた。

 

 大きな、人形だった。金色の髪が付けられ、それはどこかで見たことあるようなセットを施してあり(というか明らかにライナの相棒の髪型だった)、妙にニコニコ笑っている羽ペンで書かれただけの顔がやたらと威圧感を振りまいた。

 

そしてその人形の腕にはライナの首から延びたピアノ線が連動しており、ライナの首が大幅に動くとどういう仕組みになっているのか手に持った大剣をライナの首に向かって一直線に、

 

「ってぇええ!? 起きてる起きてる起きてるからぁああああ!!」

 

 ライナがあわてて姿勢を正すと同時に人形は元の体制に戻り、

 

『さっさと仕事をしろムシケラが』

 

 音声まで流れるハイクオリティぶりだった……。

 

 そしてその胸には一枚の張り紙がなされており、

 

『バーシェン・フェリス共同作品! すーぱーフェリスちゃん人形、略してスパフェリちゃん!! すーぱーと首をスパッとはねるをかけているの。可愛がってあげてね♡』

 

「可愛がれねぇよっ!!」

 

 ライナ・リュート魂の叫びだった……。

 

「いや、というかライナさん……よく生きていますね。バーシェンさんがほかの仕事しない貴族達にも送りつけたんですけど、全員三日もちませんでしたよ? ……命が」

 

「回収騒ぎが起きるランクの商品だよなこれ!?」

 

 フラフラと復活を果たしたウェールズの言葉を信じるなら結構な人数の死人が出ているらしいこの人形に、ライナはさらに戦慄を覚え再び振り返った。

 

 ……なんだかこの人形が血塗られた人形に見えてきた。

 

「ふむ……第一の犠牲者はオルバルトという男でな。突然執務室から悲鳴が上がるのを聞き使用人が様子を見に行けばそれは見事に首をスパフェリちゃんにお散歩させられているあの男の姿があったらしいぞ?」

 

「普通に猟奇殺人だろそれ!? ていうか来てるなら手伝えよ!!」

 

『チャンス!!』

 

「そんな音声まで入ってんのかぁあああああああ!?」

 

 三日前に「では私は寝てくる。流石に一日徹夜は疲れた……」なんてふざけたことをぬかしてどこかへ行ってしまっていたバーシェンがようやく執務室に帰ってきたのを見て、ライナは怒鳴り声を上げながら立ち上がろうとしたが、当然スパフェリちゃんがそれを許すわけもなくワイヤーによってギミックが発動した彼女は遠慮なくライナの首をなぐように剣をふるった。

 

 当然そんなものを食らえばライナの命はないので、ライナはあわてて椅子へと座り姿勢を正す。そしてライナの頭上を凄まじい勢いで通り過ぎた剣の風切り音に、つかれた顔をさらにひきつらせた。

 

「ふむふむ、スパフェリちゃんはちゃんと働いているようだな。流石は私とフェリスの最高傑作。こいつのおかげで「こいつ明らかにレコンキスタのスパイだろ?」と思った奴を、何人屠ることができたか」

 

「俺スパイじゃないから外せよ!?」

 

「なにをいう? それが本来の使い方なんだぞ? 暗殺はあくまで応用法だ」

 

「応用で暗殺に使えるような人形を後ろに立たせてんじゃねぇえええええええええええええええええ!?」

 

 なんかもう好き放題言ってくるバーシェンに血涙を流しながらツッコミを入れるライナ。もうあきらめればいいのに……と達観しきった顔でそんな賑やかな光景を見ながら、ウェールズはとりあえずバーシェンがこの執務室に帰ってきた事情を聴く。

 

「で? どうしたんですかバーシェン卿? 間諜の大掃除が終わったとはいえ、その後始末と後釜の人事移動でまだ忙しいでしょうに」

 

「え? こいつさぼってたわけじゃないの?」

 

「ハハハハ、ライナ・リュート。あんな戯言を信じるとはお前もまだまだだな」

 

 声だけ笑い完全に表情を動かさないイラつくバーシェンの笑みにライナは思わず握りしめていた羽ペンをへし折り、ウェールズは必死に聖書の文章を思い出すことによって精神攻撃をかわす。

 

「ふむ、少々面倒なことになってな。今から会議だ。ウェールズ、ついてこい」

 

「会議?」

 

「えぇ? なんか急だな? どうしたの?」

 

 三日間不眠不休で仕事をしていたためかライナはこの城の政治活動のスケジュールを大体把握していた。定期会議はあと5日ほど先で、それまでウェールズやバーシェンが招集される大きな会議はなかったはずだが?

 

「ふむ、なんでも……」

 

 バーシェンはそこで言葉を切り、

 

「タルブ村をレコンキスタの連中が侵略してきたらしい。宣戦布告もなしの不意打ちだそうだ」

 

「「なっ!?」」

 

 ウェールズが思わず息を飲み、ライナが聞き覚えのある地名に思わず立ち上がる。そして、

 

『首のお散歩たぁいむ♡』

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああ!?」

 

 存在を忘れられたスパフェリちゃんが、かまってと言わんばかりにライナに向かって剣をふるった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それから数時間ほど前の出来事だった。

 

 アルビオンとの国境に面する領空を哨戒飛行していた数隻の軍艦があった。

 

「にしても、いくらアルビオンが仮想敵国になったからといってちょっと気合い入れすぎじゃありませんかね?」

 

「ふん、バーシェン卿も英雄といっても所詮は昔の御方だ。いまだに大戦時代の物騒な考えが抜けておられないんだろうよ」

 

 この艦隊の旗艦の上に二人の人物が立っていた。甲板に立って海兵(?)たちの働きぶりを査察していた艦長と副艦長だ。この二人は数週間前、アルビオンが完全に陥落した際にトリステインに対する侵略が行われないかどうか哨戒にあたるようにバーシェンに命令されここにやってきた。

 

 だがしかし、彼らは同時にそれなりの爵位を持つ生粋の貴族。それも、こんなところで哨戒に当たらずども王都でふんぞり返っているだけで一生暮らしているけるような爵位を持つ貴族だった。

 

 当然、そんな自分たちをこんなところに飛ばしたバーシェンに不満もたまっている。

 

「まったく、バーシェン卿にも困ったものだ。元軍属とはいえ、政治屋は政治屋らしく大人しく王宮で杖をふるっていればいいものを」

 

「はは、まったくですな~」

 

 出るわ出るわバーシェンに対する不満、不満。最近好き勝手やっている宰相に、ねっとりとした嫌味をぶつけていた。

 

 だが、彼らは無能ではなかった。当然だ……開戦の際真っ先に矢面に立たされる哨戒船の艦長たちにバーシェンが無能な人間を当てるわけがなかった。

 

「敵影らしき船影を確認! 距離、300!!」

 

「「何っ!?」」

 

 マストの上からするすると降りてきた小柄な海兵が青い顔をして、そう報告してくるのを聞き二人は度肝を抜かれた。

 

 あわてて艦長が部下に望遠鏡をとってこさせ、海兵が告げた方角へとそれを向ける。

 

「む……確かに軍艦のようだな」

 

「えぇ、ですが白旗を掲げていますぞ?」

 

「……大方こちらに対して何らかの軍事的要求をしにきた軍使殿のだろう。警戒態勢を解け。あちらの要望がなんであれ今戦闘をするわけではない」

 

「一応王宮の方の知らせを出しておきましょうか?」

 

「あぁ、そうだな。鳩を一羽トリスタニアに。『軍使殿来る。何らかの軍事的要求を求めている可能性高し。内容は追って知らせる』と」

 

「サーイエッサー!!」

 

 きびきびと答え、船に乗せられている鳩たちのもとへと走っていく海兵を確認し艦長は双眼鏡から視線を外した。

 

「さて……要求はなんだ? 開戦か? 和睦か?」

 

「ふん。おそらくは我々トリステインの軍艦を見て恐れをなしたのでしょう!」

 

「だといいが……」

 

 いくらバーシェンに不満があるとはいえ歴戦の軍人である艦長は手を抜かない。長年の経験から、嫁の浮気と命の危機に関しては非常に鼻が利く彼の第六感が、嫌な予感を彼に感じさせて仕方なかった。そして、その勘は見事に的中することとなる!

 

「て、敵船! 突然回頭を始めました!!」

 

「なにっ!?」

 

 マストに残っていたもう一人の海兵の報告に、艦長は目をむきあわてて双眼鏡をとり敵船を見た。だがその時にはもう遅く、大砲の射程範囲にすでにもぐりこんでいた敵船はすでに回頭を終え、船の横から大量の硝煙と発砲音を生み出し、

 

「っ!?」

 

 哨戒する軍艦たちに食いつく、凶悪な砲弾を発射した。

 

「敵襲! 敵襲だ!! 総員戦闘配置!!」

 

 船を襲った衝撃からして、船自体のダメージは低いと即座に看破した艦長は、地震でも起こったかと錯覚してしまうほどゆれる甲板の上に立ちながらも、気丈に仁王立ちしたまま海兵たちに指示を出す。

 

「まさか宣戦布告もなしに攻撃してくるとは!? 敵は礼儀がなっておりませんな艦長!!」

 

「ふん、もとより卑怯な不意打ちと戦略でアルビオンを打倒した薄汚れた軍隊だ。貴族の誇りなど、いまさら求めるのが間違っていたか!」

 

 おそらくバーシェン卿はこれを警戒していたのだろうと、艦長は盛大に舌打ちを漏らし砲撃部隊に指示を出す。

 

「敵は所詮一隻だ! 我等は哨戒船とはいえ、数に勝る! 恐れることはない、単独で我等にケンカを売ったことをあの世で後悔させてやれ!」

 

「「「「サーイエッサー!!」」」」

 

 甲板中から轟きわたる威勢のいい海兵たちの返答。艦長はそれを聞き、勝利を確信し、

 

「て、敵影! 上空より接近! 数、じゅ、十数隻!!」

 

 マストの上から悲鳴のように聞こえた海兵の声に、艦長は今度こそ度肝を抜かれ、上を見上げた瞬間、

 

「っ!?」

 

 巨大なアルビオン軍ロイヤル・ソヴリン級巨大艦『レキシントン』号が率いる数十隻の軍艦が今まで隠れていた雲からその威容を現し、下にいる自分たち哨戒船にむかって一斉砲撃を食らわせる光景が目に映った。

 

 それが、彼が見た生涯最後の光景だったという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「哨戒船は全滅か……。軍使来たるから報告が遅いと思っていたら」

 

「敵はそののち南東へと進軍を開始。タルブ村にて侵略行動に移りました!」

 

 トリステインの重鎮たちが集められた会議で、哨戒船から命からがら逃げのびた竜騎士の一人がボロボロの体を無理に押して報告をしてくれていた。

 

 おかげでアルビオンの唐突な侵略行動を知ることができこうして対策をとることができた。

 

「報告感謝する。今はゆっくり休め」

 

「はっ……」

 

 バーシェンのそっけない、しかし最大限の感謝の念が込められた賛辞に竜騎士はほんの少しだけ微笑み、気を失った。崩れ落ちそうになる竜騎士の体を会議室のわきで控えていた騎士たちがあわてて抱き起し、会議室から医務室へと連れて行く。

 

 そんなやり取りをしり目に、バーシェンは厳しい瞳を会議場の上座に座るアンリエッタへと向けた。

 

「さて、どうなされますか国王陛下?」

 

「そんなもの聞かれるまでもない!!」

 

 しかし、答えたのはアンリエッタではなく元帥杖を腰に差した壮年の貴族だった。グラモン元帥家と肩を並べる古参の元帥家、アストラーゼ家の当主だ。

 

「敵は恥知らずにも宣戦布告もなしに侵略行動を開始したのですぞ! これを見逃せば我らトリステインの威信は地に落ちる! 撃滅! 撃滅です!! あの愚か者どもに、トリステインの威光をしらしめてやらねば!!」

 

「相変わらず脳筋なのは変わっておらんなアストラーゼ」

 

「なんだとっ!?」

 

 怒りに打ち震えるアストラーゼの発言を遮ったのは、トリステイン内政に携わる文官長の一人だった。

 

「今のトリステインはまとまりが取れておらん! 多くの貴族たちが――国の主要人物たちがレコンキスタの間者とわかり間引かれたところじゃ! 艦隊の整備もいまだ途中の段階で、動かせる兵力すらそれ程そろっておらんのじゃぞ!?」

 

「そんなもの、我が精強なトリステイン軍ならば物の数ではない!」

 

「戦は数だよ、アストラーゼ卿。君がいかに精神論で物を語ろうが、その事実は変わらん」

 

 憤るアストラーゼが怒鳴り散らすのを、バーシェンが止めた。

 

「では、なんとされるバーシェン卿! まさかこのまま奴らの侵略行動を見逃せというのかっ!!」

 

「そうだ」

 

「「「「!?」」」」

 

 そして、バーシェンが返したそっけない答えに会議に出席していた貴族やアンリエッタ達は等しく驚愕の嵐へと叩きこまれた。

 

「い、いまなんと……」

 

 信じられないといわんばかりの顔でアンリエッタが問いかける。そのアンリエッタの問いかけに、バーシェンはよどみない答えで返答を返した。

 

「幸いなことの今回のあいつらの狙いはわかりやすい。我々が戦力を整えられていないのと同じように、あちらもおそらく戦力が整えられていないのだろう。トリステインの空中警備は私が事前に配置しておいた哨戒船たちを抜けばほとんどザルだ。にもかかわらず奴らは首都トリスタニアを目指さず、侵略とタルブ村で行った。つまり、まだウチと全面戦争をするほどの余力が敵にもないのだ。だからこそ、我々トリステインの土地をタルブ村から西にわたって切り取ることによりそこから兵力を整える資材を得るつもりなんだろう」

 

 本格的なトリステイン侵略はそのあとに始まる。バーシェンが告げた予想にほころびは見つからず会議室に居並ぶ面々は苦々しげな顔で同意を示した。

 

「だが、兵力の補てんや軍備の増強はこちらの方が早く行っていた。そのため、軍の調整はあと一週間すれば完了する。対する向うは島国だ。地続きの我々とは違い兵力の補てんには空輸という面倒な手段が必須となる。そこを嫌がらせがてらにたたいておけば奴らの兵力補てんは大幅に遅れ、我々は悠々と奴らを蹂躙できる兵を手に入れることができる」

 

 奴らが今回とったのは下策だ。と、バーシェンは凶悪な色を声に宿し、アルビオンの軍略を鼻で笑った。実際バーシェンに言われてその通りだと思ったのか、会議室の面々たちの顔には少しだけ余裕が戻り、落ち着いた雰囲気が会議室に満ちてくる。

 

 だが、

 

「今侵略が行われている……タルブや、その後侵略が行われるトリステイン西部の民たちはどうなされるのですか?」

 

「………………」

 

 アンリエッタがはじめて告げたそのことに、会議室の空気は凍りつき、

 

「そ、それは……」

 

 全員が、気まずそうな顔をして目をそらした。対してバーシェンはたった一人冷たい瞳をアンリエッタに向け一言、

 

「捨てろ。大を助けるために小を切り捨てる器量を持っておくのも王の務めだ、アンリエッタ」

 

「っ!!」

 

 その冷たい氷の一言に、アンリエッタの目が大きく見開かれた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 一方そのころ、王宮内を悠々と歩く絶世の美女が一人。

 

 フェリス・エリスだ。彼女は今朝がた彼女の部下たちからもらった新作団子を片手にホクホク笑顔で(ライナ以外にはわからないが)ライナが働く執務室を目指していた。

 

 この団子を、最近ご飯を食べる間もなく働いていたライナの目の前で食べて、彼をおちょくる算段のようだ……。

 

 そんなときだった、

 

「ん?」

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああ!?」

 

 聞き覚えのある悲鳴を上げながら、一人の男が全力疾走しながらこちらへ向かってくる。その後ろにはガッシャンガッシャンと明らかに人形が立ててはいけない足音を響かせながら、金髪を振り乱し何度も何度も男の首を狙い、剣をふるう騒がしい人形がついてきていて……。

 

「む、サボリ犯は着実に撃滅されつつあるようだな。流石はスパフェリちゃんだ」

 

「言ってる場合かぁああああああああああああああ!? ていうかこの人形どういうギミックで動いているんだぁああああああああ!?」

 

『さようなら~』

 

「ぎゃぁあああああああああああああ!?」

 

 というかライナだった……。どうやら執務室から抜け出したはいいものの『スパフェリちゃんバーサークモード』を発動させてしまったらしい。

 

「説明しよう! スパフェリちゃんバーサークモードとは、席を立った人間の首がいつまでたっても刎ねられなかった時に発動する究極粛清モードだ! 体は赤く変色し、剣速は通常の三倍。相手にワイヤーがつながっている限り地の果てまで追いかけてくるぞ!」

 

「ざけんなぁああああああああああああああああ!? いいから助けろぉおおおおおおおおおおおおおお!! やばい、割とマジで死んじゃうからぁあああああああ!!」

 

『認めたくないものだな……若さゆえの過ちというものは!』

 

「ぎゃぁあああああああああああ!?」

 

 サイトがいたら割と本気でツッコミを入れていたであろうセリフ(もちろんバーシェン編纂)を叫びながらスパフェリが剣をなぎ、ライナがそれをかがんでよける。瞬間、スパフェリの剣が城の壁に盛大にめり込み、スパフェリは剣をふるえなくなった。

 

「ちっ……外したか」

 

「外したかじゃねぇえええええええええええええ!?」

 

 なんかもう泣きそうな絶叫を上げながら、ライナはブレイドの魔法を発動しスパフェリのワイヤーを切断する。そうやってようやく自由を手に入れたライナは、もうちょっと疲れ切った顔をしながら指輪の付いた指をふるった。

 

「ん? どこかへ行くのか? ライナ?」

 

 そしてその指輪から風の竜を顕現させたライナに、フェリスは一瞬「貴様、良い年した大人が人形遊びで遊んだ後どこへ行く気だ! ま、まさか、また女を……やはり貴様を生かしておくわけにはいかない!!」とかいって嫌がらせを発動しようとしたのだが、

 

「あぁ、ちょっと……」

 

 珍しいライナの真剣な顔を見て、ちょっとだけ考え直した。

 

「知り合いが戦争に巻き込まれたそうだから、助けてくる」

 

 そしてライナが告げた言葉に、

 

「ん、そうか」

 

 フェリスはごくごく自然といった様子でライナが作り出した竜に乗り込んだ。

 

「ではさっさと行け色情狂」

 

「え~お前ついてくんの?」

 

「当たり前だ。貴様のことだ、どうせ助けに行くのは女なのだろう? ならば、その女助けたどさくさに紛れて『大丈夫ダイジョウブ、おれきみをたすけたじゃ~ん。だからちょっとだけ、ちょっとだけ? ね?』とかいってその女を犯す気の貴様を野放しにするわけにはいかない!!」

 

「あのさぁ、俺もちょっと徹夜がひどくてお前の御ふざけに付き合ってやれる余裕ないよ?」

 

「むぅ……」

 

 そんないつものやり取りを交わす二人を乗せた竜は、優雅に羽を一度振るい、

 

「キュイキュイ!!」

 

 その所作からは考えられないほどの速度で、天へ向かって飛翔を始めた!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころの、トリステイン王宮前の門にて、

 

「はいは~い、トリステイン王軍参加者受付はここだよ~。ならんでならんで~、ならんで、ならべ、ならべっつんてんだろうがこらぁああああああああああああああ!?」

 

 トリステインがはじめた平民の王軍参加の呼びかけに応じたものたちが集まりつつあった。理由は様々だろう。武功を立てて出世したい、国のために働きたい、兵隊になりたい、安定した収入がほしかった……などなど。

 

 当然そういったやつらは腕に覚えのあるやつが多く、同時に荒くれどもも多かった。当然並ぶなんて行儀のいいマネをする連中は少なく、先ほどからこの列を管理している魔法衛士が何度もブチギレて怒声を上げている。

 

「ふん」

 

 そんな光景を眺めるすでに受付を終えた傭兵たちの中に彼女の姿はあった。

 

 金色の短い髪に、まるで聖騎士が着込むような長いマントが合わさった白の鎧。デザインからしてかなり古い鎧に思われたが、その鎧には傷一つなくまるで新品のような輝きを放っていた。顔だちは少し鋭い目つきをしている以外は非常に整っており、美女……といっても差し支えない容姿をしている。

 

 当然そんな彼女の姿を荒くれどもが見逃すわけもなく、

 

「おいおい、おねーちゃん。こんなところで何してるんだい?」

 

「まさか王軍に参加したくて来たのかい?」

 

「かはははは、だったらおじちゃんたちが手取り足取りいろいろ教えてあげようか~? 無論お礼は体で払ってくれてもいいんだぜ?」

 

 ヒヒヒヒヒヒと、下卑た笑みを浮かべながら二人の男たちが彼女に突っかかっていた。彼女は男たちを一瞥した後、

 

「けっこうだ、失礼だが私はあなた方よりも腕が立つのでな」

 

「な、てめぇ!!」

 

 シレッと男たちを見下した発言を漏らした彼女に、話しかけた男たちは瞬く間に逆上し彼女に襲い掛かる。

 

 だが、

 

「まったく」

 

 彼女はそれだけつぶやくと、左手で腰の剣を目にもとまらぬ速さで抜き放ち一人の男の首筋へと突きつけ、右手で懐に隠しておいた拳銃を引き抜き、撃鉄を上げた状態でもう一人の男の額へと突きつけた。

 

「続けるか? 悪いが手加減はできないたちでな。これ以上続けるようなら、死ぬか……最低でも四肢のどれかを一つ犠牲にしてもらう覚悟をしてもらうが?」

 

「「ひっ!?」」

 

 圧倒的に実力が違うことをそのことで思い知らされた男たちは、思わず腰を抜かし這いつくばる。

 

 彼女はそれを確認した後男たちにはもう目もくれず、その場を立ち去ろうとして、

 

「ん?」

 

 頭上を一つの影が通り過ぎたのを感じて、視線を上に挙げた。

 

 そこには龍にまたがる二人の人間。魔法使いと思われる男と、剣士と思われる絶世の美女が空を舞っていて、

 

「剣士? 先に採用されていた人間か?」

 

 それにしても、いったいどこへ行く気だ? と、彼女は首をかしげ、

 

「アニエス・ミランさん。質疑応答を行いますのでこちらまで来てください」

 

「はい」

 

 今は自分のことが先決か……と思い直し、王軍入隊に対しての試験を受けるために返答を返した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 人がたくさん死んでいく。

 

 そんな地獄絵図のような場所を、シエスタは幼い妹弟たちの手を引き必死に森の中を逃げていた。

 

 タルブ村は真っ先に侵略軍の侵攻を受けていた。

 

 家は焼き払われ、逃げ遅れた人々は殺され、使えそうな若い人間はとらえられた。

 

 父はひいお爺さんからある程度戦う術を教わっていたらしく、村の戦える人々と共に女子供が逃げる時間を稼いでいる。

 

 ここら辺一帯を治めている領主様(あのメイド好きさんだ)はすぐさま領軍を率いて駆けつけてくれたが、何分今まで平和な土地を収めてきた軍隊だ。ハルケギニア最強と言われたアルビオンの火竜騎士団相手では分が悪く、父たちと同じように時間を稼ぐのが精いっぱいだった。

 

 領主様は、シエスタの目の前で殺された。

 

 弟の一人が転び逃げ遅れたのを、命がけで助け起こしてくれた彼は背後に忍び寄ってきていた竜のアギトによって絶命した。

 

 ごめんなさい……。シエスタは心の中で何度も謝る。

 

 たった一つの夢で彼に失望してしまった自分が恥ずかしかった。

 

 笑いながら弟を助け起こしてくれて「よかった」とほほ笑んでくれた彼を蔑んでいた自分が恥ずかしかった。

 

 だが、泣くわけにはいかない。彼女の両手には泣きながらも必死に自分についてくる弟や妹たちがいる。自分が泣いてしまったら、彼らの絶望はさらに加速しもう足を動かすことはできないだろう。

 

 だからシエスタは気丈に笑う。誰もが泣き叫び、誰もが絶望する戦場で……笑う。

 

「大丈夫……大丈夫よ! きっとお父さんは帰ってくるし、きっとお母さんも無事だから。もうすぐトリステインの軍隊も助けに来てくれるから……だから」

 

 もう少しだけ、がんばろうね。

 

 シエスタの言葉に、弟と妹たちは涙を流しながらガクガクと頷く。そうしてようやく森の中へと逃げ込めた彼女たちは、無数の木立の中に身を隠した。そこにはほかの村人たちもいて、突然の侵攻にガタガタと身を震わせている。

 

 それを見てシエスタは祈らずにはいられなかった……。

 

 どうか、誰でもいいから……なんでもいいから、私たちを、助けてください。と、

 




バーシェン卿超悪役だった……。


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トリステインの王

 バーシェンの言葉に愕然と固まるアンリエッタ。しかし、彼女は仮にも王になるために教育を受けていた女性だった。内心の動揺を完全に抑えきった彼女は、毅然とした表情で顔をあげた。

 

 途中、バーシェンの背後に控えていたウェールズから『大丈夫?』と心配そうな視線が送られてきたが、彼女は彼を安心させるような笑みを浮かべてその返答とし、次にバーシェンを睨み付ける。

 

「民を見捨てることが……王の務めなのですか?」

 

「あぁ、そうだ。王は常に選択を迫られる。だったらより大多数の人間を救える方法をとるべきなんだよ」

 

 それが、人の命を数千数万と預かる王がすべきことだ。と、バーシェンは語った。

 

 その言葉は多分間違っていないのだろう。王とて人間だ。人間である以上救える人数には限度がある。

 

 何もかも救って見せるなんて、おこがましいことを語れるほどアンリエッタは偉大な王ではない。ならいっそのこと、何かをあきらめる度量を持つことも王としては正しい選択なのだろう。

 

 だが、

 

「ご、ご報告申し上げます……」

 

 突如として会議室に転がり込んできたボロボロの騎士。その姿に会議室にいた貴族たちが驚きの声をあげ、会議室の護衛をしていた王宮の騎士たちがあわててその騎士を連れ出そうと飛びかかる。

 

 だがその騎士はボロボロの体で必死に抵抗し、自分の役目を果たした。

 

「た、タルブ村の防衛に出られたデュークー辺境伯は戦死。我々デュークー辺境騎士団も壊滅しました。敵はタルブ村を拠点に略奪を開始してします。多くの民が殺され、つかまり慰み者にされています! どうか、どうか王軍の救援を! われらの故郷を、お助けください!!」

 

 涙ながらの必死の懇願だった。自分の故郷を守れなかった不甲斐なさを、涙を流しながら懺悔し、情けないと知りながらもそれでも騎士は命をかけてこの国の王へとすがる。

 

 アンリエッタはその姿に、思わず言葉を失った。

 

 命をかけて私のもとにやってきた騎士を……民を守るために散った辺境伯の覚悟を、トリステインの中心たるこの場所は、何の良心の呵責もないまま「仕方ない」という理由で打ち捨てようとしていたから。

 

 答えることができないアンリエッタの姿に、隣に座っていたバーシェンが立ちあがる。

 

 騎士の瞳に希望が宿った。それはそうだろう。

 

 先代国王時代、バーシェンは宰相としてではなく一軍の長として無数の戦場を駆け巡った猛者だ。

 

 その勇名はトリステイン中に轟いており、魔法騎士団の中では今でも彼を神聖視している騎士もいる。

 

 そんな彼が立ち上がってくれた。きっと騎士の内心では、自分の故郷を救うため一軍を率いて城を出ていくバーシェンの姿が幻視されただろう。だが、

 

「すまんな騎士殿。その要望は聞けない」

 

「っ!?」

 

 バーシェンの口から発せられた絶望的な決定に、騎士は信じられないと言わんばかりに大きく目を見開いた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころ、魔法学院では。

 

「ちょっと、サイト!! どこ行く気なのよ!!」

 

「タルブ村が――シエスタの故郷が襲われたんだ!! シエスタはまだあっちに帰省している! 絶対戦争に巻き込まれている!! 助けに、助けに行かないと!!」

 

「っ!? 何言ってるの!? ハルケギニア最強の空軍が侵略しているのよ! あんたなんかが行って勝てるわけないじゃない!」

 

 二人の主従がもめていた。

 

 一人は黒い髪を持ち、巨大な鉄の塊を飛ばそうとする少年――サイト。

 

 もう一人は、桃色の髪をなびかせ、必死に死地へおもむこうとする使い魔を止めようとする少女――ルイズ。

 

 一人は恩人を見殺しにできないと義憤に燃え、一人は再び大切な人(本人は絶対認めないが)がいなくなることに恐怖し、とどまってくれと懇願した。

 

 二人の主張は平行線をたどり、結局二人がわかりあうことはなく……。

 

「あぁっ!! くそっ……ガソリンが足りねぇ!! とにかく止めんな、ルイズ! おれはまだ、シエスタに受けた恩を何も返せていないんだ!!」

 

 そう言ってサイトはゼロ戦の操縦席から飛び降り、ガソリンを作ってくれているコルベールのもとへと走った。

 

 ルイズはそんな必死な様子の彼の背中を見て、思わず臍をかみしめる。

 

「もう……バカ。なんで、なんでアンタはそうなのよっ!」

 

 戦うなんて嫌だ。おっかない、怖いとうそぶいておきながら、肝心な時には立ちあがって誰かのために戦う。そんな勇者のようなサイトの姿に、ルイズは小さな憧れを抱くとともに、得体の知れない不安も抱いていた。

 

 このままでは、サイトは誰かのために死んでしまうのではないか? と。

 

 命をかけて戦って、そのまま死んでしまうのではないか? と。

 

 アルビオンから帰ってきてしばらく経つ。ルイズを守るために立ち上がり、そして味わった敗戦への焦りはライナやフェリスがごまかしてくれていた。だが、それで彼の焦りが消え去ったわけではない。敵の不意打ちを食らい主人である自分を危機にさらしたことに対する焦燥感は、たぶんサイトの心の奥底で強く根付いているんだろう。ルイズにはそのことが何となくわかった。

 

 もっと強く、もっと強く……誰をも守れるくらい、強く。この三日間フェリスもライナもおらず一人で剣の素振りをするしかなかったサイトの背中からは、そんな声が聞こえてきた。

 

 そんなサイトをルイズは何とかしてあげたいといつしか思うようになっていた。だが、悲しいことに彼女は《ゼロ》。貴族として誇るべき魔法は常に失敗し、何の役にも立たないと烙印を押されたできそこない。そんな彼女が、腕の立つサイトに対してしてやれることなんて何もなかった。

 

 無力な自分に歯噛みするルイズ。部屋を出る際にうっかり持ってきてしまった始祖の祈祷書を思わず握りしめる。

 

 その時だった。彼女はふとゼロ戦の操縦席の背後に人がもう一人乗りこめるだけのスペースがあることに気付いた。

 

「……」

 

 何の役にも立ってやれないならせめて……とルイズは何のためらいもなくゼロ戦の操縦席を目指す。

 

「一緒に……戦ってあげるわ、サイト」

 

 私はあんたのご主人様なんだからね!! と、ルイズは戦場を使い魔とともに行く覚悟を決める。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 バーシェンは王政府の決定をそっけなく告げた後、絶句した騎士を無理やり警護の騎士に立たせ、会議室からたたきだすよう命じた。

 

「っ!? お待ちくださいバーシェン卿! なにとぞ、なにとぞお考え直しください!! 私の故郷には、まだ大勢と民たちが……」

 

「そんなことは理解しているよ騎士殿」

 

 そこでようやく意識を取り戻した騎士は、まるで狂ったように暴れながらバーシェンに必死に懇願した。しかし、バーシェンから帰ってくるのは氷点下よりも冷たい言葉ばかりだった。

 

「今のトリステインではやつらと戦ったところで勝てん。だが、あと一週間もすればやつらを蹂躙しつくせるほどの軍備が整う。そうすればタルブ地方の奪還など容易だ。なぁに、永遠に見捨てるわけではない。必ず助ける……だから今は雌伏の時を」

 

「民は今苦しんでいるのですよ!!」

 

 バーシェンの言い訳にも近い淡々とした説明を遮り騎士は絶叫を挙げた。彼は見てきたから、現在攻め込んできているアルビオン軍が非道な行いをし、民たちを惨殺していく姿を。

 

 彼の仕える君主である領主は勝てぬとわかっていても、少しでも多くの民をそこから救い出すために軍を出し……戦死した。その気高き心を守るために、騎士は命を賭けてでもタルブを救ってもらうために王軍の出陣を願わねばならなかった。

 

 だが、

 

「くどいぞ……。先程も言ったはずだ。そんなことは理解していると。理解したうえで貴様らを見捨てると私が判断を下したのだ。一かいの騎士風情が、このトリステイン宰相の決定に異論を申し立てるというのか?」

 

「っ!?」

 

 冷たく冷えた、変わらぬ言葉。バーシェンのその言葉を聞きもう自分の故郷は決して助からないのだと騎士は悟り……絶望した。

 

 

 

 そこまでが彼女の限界だった。

 

 彼女は会議場を上から見間渡せる玉座から立ち上がり、階段を駆け降りる。

 

「その方を離しなさい!」

 

 そして、すべてに絶望し動かなくなた騎士を引きずり会議場から出て行こうとする護衛の騎士たちに鋭い命令を浴びせた。

 

 彼女が動いたというのに微動だにしないバーシェンの隣をすり抜け、彼女は絶望する騎士のもとへと駆け寄る。

 

「騎士殿……」

 

「じょ、女王陛下」

 

 光のともらぬ瞳で彼女を見上げる騎士の瞳を、アンリエッタは優しく見つめ返し抱きしめる。

 

「ご安心ください。王軍は今すぐ派遣いたしましょう。必ずや……あなたや、あなたの領主さまが守ろうとしたタルブの地を守りきって見せます」

 

「あぁ……あぁ……」

 

 アンリエッタの言葉を聞き、涙を流す騎士に向かい、アンリエッタは毅然とした声で決定を下す。

 

「トリステイン王国の王として約束しましょう」

 

 ありがとうございます……。ありがとうございます……。そう繰り返した騎士は静かに意識を失いアンリエッタにもたれかかった。

 

 彼女は護衛の兵たちに彼をあずけ医務室に連れて行くように命令した後、自分を見下ろす国の重鎮たちに視線をむけなおした。

 

「トリステイン王国女王として命じます。国軍の編成。そののち、タルブ地方を宣戦布告もなしに侵略してきた者たちを迎え撃ちなさい」

 

 毅然としたトリステインの女王の命令に、しかし会議室にいた面々は困惑したような顔でバーシェンとアンリエッタを見比べた。

 

「貴様……今自分が何をしたのか分かっているのか?」

 

 無表情でありながらバーシェンがはきだした言葉は震えていた。その声の調子から捉えるに、彼の声をふるわせる原因は間違いなく……激怒。

 

「勝てんのだ。この百戦錬磨と謳われたおれが保障してやる。絶対に勝てないんだよっ!! 兵数は相手がはるか上をいき、空を守る艦隊はハルケギニア最強の空軍! 一兵士が持つ装備を比べてもその差は歴然としているっ!! そんな状態で、貴様は一体何を根拠に戦争を仕掛けようというのだっ!!」

 

 その言葉と同時にたたきつけられるのは絶対的な怒気。常人なら気絶してもおかしくないほど濃密なそれに、会議場にいた面々は一斉に顔から血の気を引かせる。

 

 だが、そんな中にあっても、アンリエッタは表情を変えることはなかった。

 

「あなたこそ何を言っているのですか?」

 

 なぜなら、アンリエッタも、

 

「確かにあなたが言ったことは正しいのでしょう。われわれの軍備では今侵略をしているアルビオン軍には決して勝てない。だったら、一時的に侵略を許し、民を見捨て、確実に勝てるようになるまで雌伏の時を過ごすのもまた正しい王道なのでしょう」

 

 バーシェンに負けないほどに、

 

「ですが」

 

 怒り狂っていた。

 

「この国の王は私です! 私の王道を宰相風情が決めるなっ!!」

 

「っ!?」

 

 バーシェンに負けぬほどの凄絶な怒声。王としての一喝。このとき、初めてアンリエッタは自身のことを王と名乗った。

 

「あなたが何といおうと、私はまいります。助けを求める民の声を無視できるほど私の王道は賢くはありません。それでもあなたが自身の考えを曲げぬというのなら」

 

 アンリエッタはそう言い捨て、頭上に戴いた王冠をむしり取りバーシェンに向かって投げつけた。

 

「あなたが王になられればいいわ!」

 

 そう吐き捨てたアンリエッタは走るのに邪魔になる巨大なスカートを破り捨て、会議室を出ていく。

 

 会議室にいた面々はしばらく唖然としていたが、

 

「各々がた? 何をしておられる? 女王陛下一人を戦場に送りだしたなどと知れればトリステインは歴史に名を残す恥をさらすことになりますぞ?」

 

 バーシェンが座っていた席の背後に、微笑みながらたたずんでいたウェールズの言葉に、会議室の面々は一斉に引き締まった顔をして席を立った。

 

「今すぐ軍の編成を! 急げ!」

 

「女王陛下に続け! 民を守らずして何が王か!!」

 

「出られるものは今すぐに出ろ! 女王陛下を一人で行かせるな!!」

 

 怒号と命令を飛ばしながら、会議室にいたメンバーたちはあわただしく会議室を出て行った。結局、彼らもバーシェンの非情な判断についていける気がしなかったのだろう。

 

 効率的に国を治めるのは機械でもできる。だがしかし、効率的でなくとも、決して正しくなくとも……人が治めるからこそ、人々は王を敬い王につかえるのだ。

 

 そして、静かになった会議室で、

 

「悪役もなかなか大変だな……バーシェン」

 

 先ほどの会議では推移を見守るだけで決して発言をしなかったマザリーニ枢機卿が苦笑を浮かべながら会議室の中央にたたずんだバーシェンに話しかけた。

 

「ふん。落第だな、あの王は?」

 

「民を見捨てられなかったことがか?」

 

「いいや、むしろあれは満点だろう」

 

 シレッととんでもないことを漏らすバーシェンに、やはりか……とマザリーニはため息を漏らす。

 

 この男はこんな非常時でもアンリエッタを試していたのだ。王としてふさわしいかどうか。自分が仕えるに値する王かどうかを……。

 

「だが、軍を出す理由は感情論ではなくもう少し理詰めのほうがよかったな。冷静に論理的に抗弁されていたらどうするつもりだったのだあの女王は?」

 

 バーシェンが肩をすくめたあと王冠を拾うのを見て、マザリーニは先ほどバーシェンが提案した作の穴を上げ始める。

 

「お前がしてほしかった抗弁は『国土の半分近くを失えば、こちらとて補給のペースは落ちてしまう。たとえ空輸の通路を絶つといういやがらせをしても相手の軍備が整うのと、こちらの軍備が整うのはおそらくほとんど同時だろう』ということと『国土のほとんど半分を奪われるような国を他国が放っておくわけがない。おそらく侵略戦にはゲルマニアとガリアが『保護』という名目で参戦してきて、トリステインは三つに割かれてしまうだろう』ということかな?」

 

「相変わらず聡いなマザリーニ。いっそのこと貴様の脳みそをあの馬鹿女王に移植してやりたい気分だ」

 

 あっさりその推論が正しいこと認めたバーシェンは「なぜそのくらいパッと思いつけないんだろうな……。まぁ、ほかの臣下も気づいていなかったが。それはそれでにかなり問題があるな……。ほんとにどこまで質を落とせば気が済む……堕落するにもほどがあるぞ」とぶつぶつ不満を漏らし始めた。

 

「だが、実際われわれの軍では勝てぬだろう? バーシェン」

 

「……」

 

 マザリーニが告げた厳然とした事実に、バーシェンは不満を漏らしていた口を閉じた。

 

「一体どうするつもりだ。先ほどの案が提示した今だからこそ軍を使って購うしかないことは分かるが、それにしても勝算が低すぎる。我々ははたして、あの空に居座る最強たちをはねのけることができるのか?」

 

 マザリーニの問いかけに、バーシェンは彼のほうを振り向き一言、

 

「勝てるのか? じゃないさマザリーニ。勝つんだよ。あの王の時代はそういう無理を通してきただろうが。ルイン街道撤退戦や、リュンクス領防衛戦に比べればこの程度、危機の内に数えられんさ」

 

 また懐かしい話を……と、マザリーニは苦笑を浮かべて席を立つ。

 

「行って来い……トリステイン最強の魔術師。姫様を頼んだぞ?」

 

「あぁ、行ってくるさ、トリステイン最高の頭脳殿。留守は任せる」

 

 どこからかとりだした深紅のローブをはおり会議室を出ていくバーシェンの背中を、マザリーニは黙って見送った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 弟や妹たちをかばい木の陰に隠れたシエスタは、現在危機を迎えていた。

 

「お~い。こっちにもいたぞ?」

 

「いや、いやっ!! いやぁああああああああああ!! 離して、離してくださいぃいい!!」

 

「おとなしくしていろこのくそアマっ!!」

 

 乱暴な声と、人を殴りつける音が、シエスタたちが逃げん込んだ森に響き渡る。その音ともに竜の唸り声が響き渡り、シエスタにかばわれた弟や妹はビクリビクリと震えて涙を必死にこらえる。

 

 シエスタはそのたびに、大丈夫。大丈夫だからと言い聞かせてなんとかなだめていたが、もうそろそろ限界らしかった。

 

 声と唸り声がどんどん近付いてくる。それも複数……たぶん竜騎士隊の小隊か何かなのだろう。今は森の中をくまなく探すために竜から下りているようだが、一般平民が勝てる相手では到底ない。

 

 だからシエスタは覚悟を決めた。

 

「いい、みんな聞いて」

 

「え?」

 

 突然シエスタが話し出したことに驚いた弟たちは、目を丸くして耳を傾ける。

 

「これから私がこの木の陰からあいつらに向かって飛び出すわ。その隙にあなたたちはもっと森の奥へと逃げるの? わかった?」

 

「そ、そんな」

 

「お、お姉ちゃんも一緒に!!」

 

「駄目よ。それではあなたたちが逃げられない。それにお姉ちゃんは大丈夫だから……」

 

 お姉ちゃんにはひいおばあちゃんがついてくれているから、とシエスタは自分の真紅に輝く瞳をさらす。

 

 もちろん夢置眼(エブラクリプト)は戦闘用の魔眼ではないため竜騎士をどうこうできる力なんて持ち合わせていない。だが、弟たちはその瞳が放つ不思議な力は本能的に感じ取ったようで小さく頷いた。

 

「きっとまた会えるから、だから今は逃げて」

 

 涙をこらえながら何度も頷く弟たちの頭を「いい子ね」となでた後、シエスタは深呼吸を一つすると、木の陰から飛び出す。

 

「いたぞっ!」

 

「女だ!!」

 

 竜騎士たちの声が森中に響き渡る。シエスタは少しでも時間を稼ぐために必死に駆けだす。だがしかし、

 

「はい、残念」

 

 シエスタが駆けだした方向から声喜悦がにじんだ声が響き渡り、シエスタは思わず固まった。

 

 当然敵がそんな隙を見逃すわけもなく、声の主――木陰に潜んでいた一人の竜騎士は、凶悪な笑みを浮かべてシエスタをとらえる。

 

「おいおい、まさかただの村娘のお嬢ちゃんが俺達から逃げられると思ったの~?」

 

 騎士とは……貴族とは思えないほど下卑た笑い声をあげる竜騎士を、シエスタは毅然とした顔で睨みつける。しかし、それが竜騎士の嗜虐心をあおったのか竜騎士はますます笑みを深くして、

 

「いいねぇ……そそるねぇその顔。若い奴らは根こそぎ捕えろって言われているから殺さないけど、べつにつまみ食いしちゃいけないって言われてはいないし?」

 

 その言葉の意味を悟ったシエスタは、今度は完全に顔から血の気をひかせる。そして、周りの騎士たちが「お前一人で楽しむんじゃねェぞ!!」と飛ばしたヤジにいいかげんに答えながら、竜騎士の手がシエスタの胸へと伸びたときだった、

 

「おねえちゃんから離れろっ!!」

 

 木陰から小さな影が飛び出し、竜騎士に向かって敢然ととびかかっていった!

 

 それは、先ほどシエスタが逃げろと言った弟の一人!

 

「バカっ! 早く逃げなさい!!」

 

「あぁ? なんだよこのガキは? 鬱陶しいな」

 

 自分に向かって走ってくる子供に舌打ちを漏らした竜騎士は、自分の傍らに控えていた火竜に指示を出す。指示を受けた火竜はのっそりと立ち上がり、その巨大な口をひらき喉の奥から火炎を絞り出す。

 

 一撃で鉄すら溶かしつくす火竜の業火の息吹――ブレス。

 

 その人に向けられるにはあまりに凶悪な攻撃が、シエスタの弟に向かって解き放たれようとした。

 

「やめて……やめてぇええええええええええ!!」

 

 絶叫を上げるシエスタ。その声を聞きさらにおもしろいといわんばかりの笑い声をあげる竜騎士。そんな地獄絵図は……、

 

「ぎゃぁああ!?」

 

 竜騎士の口が突然何かに無理やり閉じられたことによって終わった。

 

「あぁ?」

 

 驚く竜騎士の眼前で、逃げ場所を失ったブレスは竜の口内で暴発し竜の強靭な頭を吹き飛ばす。

 

「なっ!? 誰だっ!!」

 

 当然竜騎士は自分の龍を殺した相手を血眼になって探すが、どういうわけか見つからない。その時、だった、

 

「いってっ!!」

 

 突然竜騎士は足を抑え飛び上がりシエスタから手を離す。その時シエスタは目撃した。竜騎士の脛に大きな口を開けて噛みつく一匹の水でできた蛇がいたことを。

 

「なに? あれ?」

 

 もしかして、噂に名高い水の精霊様? と、シエスタが驚く中竜騎士は怒り心頭といった様子でその透明な蛇をはぎ取り地面にたたきつける。

 

「こんの腐れ蛇が!! あぁ? なんだこいつ? 透明な蛇なんて珍しいじゃねェか!」

 

 地面にたたきつけられてもいまだに戦意を失わない様子の蛇に、竜騎士は額にしわを作る。

 

「まさか、てめぇか? さっき俺の火竜の口封じやがったのは」

 

 当然蛇からその返答は帰ってこなかった。代わりに蛇はまるで夢か幻だったかのように見る見るうちに透明さを増していき、空気の中へ溶けて消える。

 

「「「「なっ!?」」」」」

 

 魔法とも思えない異常な怪現象に、騎士たちは初めて度肝を抜かれた。だから彼らは気づかなかった。

 

「ん」

 

 森の中に翼竜の影が差し、そこから一人の金髪の美女が彼らの背後に降り立ったのを。

 

「あっ!!」

 

 シエスタは地面に鮮やかに降り立ったその金髪の美女を見て、思わず歓声を上げた。

 

「フェリスさん!!」

 

「なっ!?」

 

 シエスタの歓声を聞き竜騎士たちが後ろを振り向くがもう遅い。

 

「ふむ……とりあえず貴様らは変態色情狂ということでいいのだな?」

 

 と、いつものセリフが言い終わるか言い終わらないかの間に彼女はすでに駆け出していた。

 

 神速で接近する彼女に竜騎士たちは驚愕で目を見開くことすら許されなかった。

 

 一撃、二撃、三撃!! 鳴り響く鉄で人を殴りつける打撃音と、竜の首を斬りおとす斬撃音。

 

 瞬く間に三人の竜騎士とその愛竜を打倒され、シエスタを捕まえた竜騎士は思わず絶句する。

 

「な、な、なんだ!?」

 

 しかし、彼の意識が保たれていたのもそこまでだった。

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)!!」

 

「なっ!?」

 

 背後から急襲してきた黒目黒髪の男が、信じられない速度で詠唱を締めくくり彼に向かって雷を放ったからだ。

 

 当然不意をつかれた竜騎士はもろにその攻撃を食らってしまい、感電により意識を刈り取られる。

 

 小隊で来ていたため当然竜騎士はまだ三騎残っているが、先ほどの一瞬の戦闘で、その二人との実力差は圧倒的であることを悟らされ、竜騎士隊の隊長は思わず攻めあぐねいてしまう。そのスキに二人はシエスタと、何とか彼女のもとへとたどり着いた弟を背中で庇うように前に出た。

 

 そんな二人の鮮やかな手並みに、シエスタは思わず絶句し、

 

「遅くなった。助けに来たぜ?」

 

「ふむ、優しい言葉に惑わされるなよメイド。こいつはこんなことを言って貴様を油断させた後、夜になると凶悪な野獣に変貌し、貴様を連れさり夜の荒野を駆け抜けるのだ!!」

 

「駆け抜けねぇよ!?」

 

 そんないつもの間の抜けたやり取りをしながら、それでも油断なく竜騎士たちを牽制してくれる二人の頼もしい姿に、

 

「あぁ……」

 

 シエスタは、ずっと我慢していた涙をようやく流すことができた。

 



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それぞれの戦場

 タルブ上空へ至ったライナ達は、戦場となっている平原や村の手前にある巨大な森で、大きな炎が放たれるのを目撃した。

 

「ん? なんだあれは?」

 

「魔法じゃない……竜のブレスか?」

 

 その炎がアルファスティグマに反応しない普通の炎だと悟ったライナは、その森で何らかの戦闘が行われていることを悟る。

 

 ……こんな時に戦場から離れた場所で戦闘? しかも反撃が見えないということは、

 

「追撃……もしくは、捕虜の確保か?」

 

「どうやらそのようだな」

 

 長年戦場に身を置いていた経験から、その場で起こっていることをなんとなく推察したライナに対し、フェリスはジッと森を見つめその考えの裏付けをとる。

 

 森の木々の隙間からは真紅の鱗を持つ火竜を率いた竜騎士が、数人の人々を追い回している光景を確認することができた。

 

「くそっ! フェリス!!」

 

「言われるまでもない」

 

 そいうと同時に彼女は何の躊躇いもなくライナが作り出した風の竜から飛び降りた。

 

 ……本当はもうちょっと下降してから降りてもらうつもりだったんだけど。と、ライナはちょっとだけ思ったが、どうやら無事に着地できたようなのでこの際気にしないことにする。

 

 そしてライナは指輪をふるい、

 

「降りろ」

 

 率直に告げて竜を静かに降下させた。狙いはフェリスに気を引きつけられた騎士たちを背後から急襲すること。

 

 できるだけ静かに降りろという内心の指示を竜は忠実に守る。

 

 ライナは最近になって気付いたのだがこの風で編まれた竜、その気になって操作すれば極端に羽ばたきの音を減らせる――というか消せる。風を打つ音である羽ばたきだが、もともと風で編まれたこの竜にはそんなものを消すことは簡単なことなのだろう。

 

 そしてすべるように空を降下した竜は、

 

「あ、やべっ」

 

「「!?」」

 

 まだ若干、ライナの操作が未熟だったせいで、フェリスと対峙していた竜騎士の背後にはおりることができたが、まだ残っていた三人の竜騎士の視界にはばっちり入ってしまう位置に降りてしまって、

 

「本気で魔法の研究いったん止めてこっちの練習するべきか? いや、でも魔法のほうが習熟速度早いんだよな、おれ」

 

 どっちのほうが便利か? と、割と今後の自分の時間の使い方について悩みながらライナはとりあえず自分に気づいていない騎士に向かい、

 

「求めるは雷鳴>>>稲光(いづち)

 

 魔法は狙いたがわず竜騎士を打ち抜き、その意識を刈り取った。それを確認したライナは再び指輪をふるい、竜を分解。それと同時にフェリスと合流しシエスタをかばうように竜騎士たちと対峙した。

 

「遅くなった。助けに来たぜ?」

 

「ふむ、優しい言葉に惑わされるなよメイド。こいつはこんなことを言って貴様を油断させた後、夜になると凶悪な野獣に変貌し、貴様を連れさり夜の荒野を駆け抜けるのだ!!」

 

「駆け抜けねぇよ!?」

 

 お前こんな時までこんなんばっかか!? とライナがちょっと怒ろうとして、

 

「あぁ……」

 

「うぉ……ちょ、泣くのは勘弁しろ!?」

 

 安堵したのかぽろぽろ涙をこぼし始めたシエスタ。そんな彼女にあわてた様子のライナ。

 

「あ~あ。な~かした~」

 

「だぁ、もううるさ……」

 

「ん?」

 

「くないですごめんなさい!!」

 

 当然のごとくいつも通りうっとうしいフェリスにライナは思わずキレるが、それよりも切れる(物理)剣を首筋に突きつけられ泣きながら謝った。

 

 そんなライナたちの様子に、

 

「お、おまえらぁああああああああああ!!」

 

 完全に無視されている形になっていた竜騎士団の隊長がキレた。それはそうだろう……いきなり敵が襲いかかってきたかと思うと、目の前で突然コントを繰り広げ始めたら誰だって怒る。

 

 だが、

 

「んじゃフェリス。ちょっと時間ないみたいだし、さっさと片付けるぞ」

 

「うむ。貴様が野獣に変身してしまう時間も近いしな。さっさとあの貴様のご同類たちを片づけて私たちも貴様から離れないと危険だ」

 

「あぁ……うん。もうそれでいいけどさ」

 

 ちょっとだけ心をへし折られそうになりながらライナは素早く魔方陣を形成。

 

「求めるは魔力>>>四力印」

 

 発動する魔方陣。それと同時にライナの中に膨大な量に魔力が宿る。

 

「――カッター・トルネード!!」

 

「「「っ!?」」」

 

 そして何のためらいもなく放たれたスクウェアクラス魔法に竜騎士たちは度胆を抜かれ、竜に飛び乗る。

 

 それはそうだろう。どのような大魔法使いであっても、スクウェアクラス魔法はかなりの魔力を食う。確実に一撃必殺できる状況でもない限り、そうやすやすと打てるような魔法ではないはずなのだ。

 

 だがしかし、ライナ先ほどの魔方陣のおかげで無限の魔力を持つに等しい魔法使いだ。

 

「――ライトニング・クラウド」

 

 真空の刃をいくつも織り込んだ竜巻が森の木々を切り倒す。しかし、竜騎士たちが竜に騎乗しかろうじてその攻撃を逃れることに成功したのを確認したライナは、情け容赦なく再びスクウェアクラスの魔法を放った。

 

「なっ!?」

 

「冗談だろう!? どんな魔力量してるんだあいつ!」

 

 再び自分たちに襲いかかってくるスクウェアクラスの猛威に、竜騎士たちは思わず悲鳴を上げるが、

 

「もう遅い」

 

 ライナがそう告げると同時にライナの指輪から黒雲が湧き出し竜騎士たちに向かって飛来する。

 

 それと同時に雲からあふれ出す無数の雷光。いかに空を制する竜騎士であろうとも、雷光の速度に勝てるわけもなく、彼らはあえなくその雷に打たれる。

 

「ぐぁ!?」

 

 空へ舞い上がった竜騎士のうち、感電し気を失った二人が墜落し、

 

「ぐぅっ!」

 

 さすがは小隊長というべきか、豪華な鎧を着た男だけが何とか対抗の防御魔法を成功させ耐えきる。

 

 だが、

 

「ん」

 

「っ!?」

 

 カッタートルネードによって輪切りにされ、天高く吹き飛ばされた木々の破片たちを足場に、あっさりと天へと昇ってきたフェリスがその竜騎士が騎乗する竜の背中へと降り立ち、

 

「終わりだ」

 

 剣を一閃! 竜騎士の隊長は頭蓋骨がひしゃげかねない衝撃とともに意識を失い、騎乗していた竜からたたき落とされた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 アンリエッタは王軍を率いタルブ平原へと到着していた。

 

 ユニコーンにまたがり小高い丘に立った彼女は、王族の戦装束に身を包み眼下の平原を埋め尽くすアルビオン軍を見下ろす。

 

「……多い、ですね」

 

「わかりきっていたことではないかい?」

 

「……バーシェン卿が勝てないといわれる理由がよくわかりましたわ」

 

 ウェールズの苦笑を見てほんの少しだけ落ち着いたアンリエッタは、やはり私はまだまだ未熟な王なのですね。と、周囲の兵には聞こえないよう小さく漏らした。

 

 眼下に広がる兵の数はぱっと見ただけでもこちらの兵力の倍はいっているのではないだろうか? 正確な人数を誰かに調べさせてもいいが、そんなものを割り出してしまえば士気にかかわる。それほどに圧倒的な物量差だった。

 

「勝てる可能性はあると思われますか? ウェールズ様」

 

「普通の戦なら無理だ。平地での戦闘は数がものをいう。おまけに彼らは空を押さえる巨大艦隊の援護すら受けるんだ。元アルビオンの空軍将軍として言わせてもらうなら、勝てる可能性なんてゼロだよ」

 

 でも……と、ウェールズはそこで言葉を切りアンリエッタを振り向かせる。

 

 そこには一人の棋士がボロボロになった姿で膝をついていた。

 

 数少ないデュークー辺境騎士団の生き残り。

 

「先ほど敵の捕虜にされかけていた村民たちの奪取に成功しました。しかし、どうやら我々が思っている以上に捕虜の収容は進んでいるようで……」

 

 捕まった村人たちはおそらくあの軍の本陣奥地にとらえられているものかと……。そう報告してくれた騎士の手が怒りに震えているに気付いたアンリエッタは、静かに問いを投げかけた。

 

「……助けられた村人たちはどのような状態だったのですか?」

 

「っ……!」

 

 その問いに、騎士はしばらくの間ためらいを見せた後、

 

「姫様のお耳汚しになりますので……」

 

 最後に、言わないことを選択した。それはつまり、アンリエッタには到底教えられないような惨状だったということで……。

 

「わかりました……」

 

 アンリエッタはそれだけ返すと再び敵軍のほうを見下ろした。しかし、その視線には先ほどまでの弱気な色は感じられない。

 

「勝ちますよ……ウェールズ様」

 

「今は王族ではありませんよ女王陛下」

 

「わかりました……では、ウェールズ。力を貸してください」

 

 アンリエッタの力強い命令に、ウェールズは少しだけ笑って頭を下げる。

 

「すべては王の申されるがままに……」

 

「では、まずは……」

 

 アンリエッタは怒りに燃える瞳で忌々しげに空に浮かぶ巨大艦隊をにらみつけた。

 

「あの空にいる不届き者どもを駆逐します」

 

「できますか?」

 

「できます」

 

 そう言ってアンリエッタは杖を差し出す、ウェールズはそれで彼女が何をしようとしているのか気付き、彼も杖を取り出した。

 

「ヘクサゴン・スペルを使います」

 

 四王家にのみ許された対城魔法の使用を決断した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その頃、タルブ上空の艦隊を守る竜騎士たちに異変が起きていた。

 

「なんだあれは?」

 

 それに気づいたのは哨戒にあたっていた一騎の竜騎士。彼はどこからともなく響いてくる爆音に驚きその音源を探していたのだが、

 

「あれは……竜、か?」

 

 爆音の音源はすぐにわかった。

 

 羽ばたかぬ翼をもち、頭にはわけのわからない回転する物体。まるでクリスタルのような透明な膜に覆われ騎乗者を守る異質な竜。

 

「どこの竜かは知らないが……」

 

 ハルケギニア最強の騎士団に単騎でいどむとはいい度胸だ。と、竜騎士は久々に骨がありそうな相手の出現に口角を釣り上げる。

 

 最近のアルビオン竜騎士団は先の革命において多くの騎士を失ったせいか、急遽騎士団に任命された(にわか)が激増してしまっていた。

 

 そいつらにいくら騎士団の誇りを説こうとも「おれたちは最強の竜騎士なんだからそんなもの気にせず好きにすればいい」と、ばかげた答えが返ってくる始末。

 

 これはもう性根をたたきなおしてやるしかないと思った彼は決闘を挑もうと杖を抜いたのだが、そいつらはそれを見た瞬間あわてて逃げだし上司に告げ口。彼はあっさりと隊長職を下され、こうして哨戒任務にあたっていた。

 

あまりの性質の悪さに憤激した彼は新たな彼の主となったクロムウェルに抗議へと向かったのだが、

 

『君の言いたいことはよくわかる。だがしかし、いま必要なのは誇りではなく確実に敵ののど元をかき切れる力なのだ』と、期待した答えとは随分と違う答えが返ってくるばかり。

 

 そんなわけでいろいろとストレスがたまっていた彼は、いらだち交じりに罰則としての哨戒任務にあたっていたのだが……。

 

 そんなときに降ってわいた自分の心を躍らせる勇猛な騎士の姿。彼が興奮しない理由がなかった。

 

「さぁ、こい!」

 

 長年連れ添った愛竜の腹をけり、彼はその竜に突撃を開始する。その時、

 

「っ!?」

 

 彼の背中に得体のしれない寒気が走り、彼は本能的に自分の竜に指示を出し急速下降をさせた。

 

 瞬間、彼が飛んでいた空間を見えないほどの速度で何かがかすめる。

 

「あれは……弾丸か!?」

 

 聞き覚えのある風切り音に、最近平民が使い始めた武器を思い出し度胆を抜かれる騎士。それはそうだろう。彼が今まで見てきた銃は先込め式の火縄銃に近いマスケット銃。ライフルリングの技術もなければ連射機構なんて夢のまた夢なこの世界の銃に対し、その銃撃は圧倒的な速度と連射速度をもってその空間を貫いていた。

 

 しかも風切り音が聞こえる距離すらその銃撃はマスケット銃よりもはるかに長い。それだけ射程が長いということだ。

 

 勝てるか? 歴戦の猛者である騎士は自分にそう問いかける。

 

 答えはノーだ。いくら魔法が使えるからといってあれほどの弾速、射程距離、連射速度を持つ相手に空の覇者とはいえ飛行技術においては風竜に劣る火竜に騎乗する自分では、いずれあの攻撃にとらえられる。

 

 しかし、撤退という選択肢も彼にはなかった。彼は騎士だ。騎士とは武器をふるう強きものを騎士と呼ぶのではない。

 

 敵に背中を向けず、君主を守るから騎士なのだ。

 

 だから彼は、

 

「悪いが付き合ってもらうぞ!」

 

 自分が取れる最善の策をとる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「くそっ! 何なんだあいつちょこまかと!!」

 

『ありゃ対風メイジ用の高度な機動飛行だぜ相棒。どうやらやっこさんおれたちの攻撃の正体に気づきやがったらしい』

 

 なかなか頭のいい野郎だ。そういったで流布にサイトは思わず歯噛みした。

 

 数分前タルブ上空へと到着したサイトたちはすぐさまゼロ戦の機動力と、この世界ではオーバーテクノロジーである機銃を使い上空を制圧する竜騎士たちを一蹴した。

 

 しかし、最後に一基だけ残っていた哨戒騎士を倒そうと挑んだ瞬間その風向きが変わり始めた。

 

 初撃で数々の竜騎士を沈めてきた機銃による一撃を彼は初見でかわし、先ほどから攻撃をする様子も見せずただひたすら機銃の攻撃をよけることに専念している。

 

『やっこさん、おれたちの銃の弾切れを狙ってやがる! 相棒が使っている銃ならいずれ自分をとらえると分かっていながら、自分が囮になることでできるだけその弾丸を削って、味方の被害を抑えることに戦いの重点を置きかえたんだ! まったく、敵ながら見上げた忠義心だぜ!』

 

「感心している場合か!」

 

 サイトは舌打ちをもらしながら現在機銃に残っている弾数を確認。弾数約数発。連射などしてしまえばすぐに尽きてしまうほどの少なさだ。

 

「くそっ……どうしたらいい!」

 

「ちょ、ちょっと……何してんのよ! さっきみたいにパパーっとやっつけちゃいなさいよ!!」

 

「それができたら苦労は……って、え?」

 

 その時、唐突に聞こえてきた聞き覚えありまくりな声に驚いたサイトはあわてて首を後ろに回し声の主を確認する。

 

「る、ルイズ!?」

 

「な、なによ?」

 

「何でいるんだよ!」

 

「あ、あんただけ戦わせるわけにはいかないでしょうがぁああああああ!! 私はあんたのご主人さまなんだからね!!」

 

 突然始まったなれない空中戦に目を回してしまっていたのか、どことなく混乱した様子で現れた自分のご主人さまにサイトは思わず悲鳴を上げた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「なんだ?」

 

「きゅい?」

 

 突然軌道が気こちなくなった爆音を上げる竜に、騎士は思わず首をかしげた。

 

 先ほどまでの切れるような鮮やかな機動は鳴りをひそめガタガタブルブルと変な振動が走っている。

 

 まるでなかで誰かが暴れているかのように……。

 

「と、とにかくチャンス……なのか?」

 

 先ほどまでの軌道を見る限り油断はできない。だがしかし、明らかに機動がおかしくなっているのも事実で、

 

「仕方ない。勝負に行くぞ、エリアーナ」

 

「きゅぃ!!」

 

 長年連れ添った相棒に指示を出す騎士。それに答える火竜。一人と一頭のペアは息が合った動きで踊るように身をひねり、

 

「おぉっ!!」

 

 空に見事な円を描きながら、震える竜の後ろに回り込んだ。

 

 愛竜がブレスの用意をするのを感じ取り、彼も錬金を行う。

 

 土の三乗。空気中の水分をすべて油へと変換する油分練成。

 

「燃え散れ!」

 

 彼がそう指示を出し、愛竜がブレスを吐き出した瞬間だった!

 

 

 

ゴウッ!!

 

 

 

 と、濁流を伴った鋭い竜巻がまるでレーザーのように伸びてきて、騎士と愛竜を弾き飛ばし彼らの渾身の一撃をかき消した。

 

 なんだ!? と、驚く竜騎士の視界にはその竜巻によって貫かれる自軍の旗艦が映る。

 

 しまった! と、自分の職務が果たせなかったことを悔やむと同時に、一撃で旗艦を沈めたその魔法の威力に息をのむ。どうやら自分な旗艦を沈めるために放たれた魔法のとばっちりを受けてしまったらしい。

 

 使ったのは? と視線を走らせるとそこには杖を交差させる二人のメイジ。

 

 一人は豪奢な戦装束に身を包んだ、トリステインの《姫王》アンリエッタ。もう一人は、豪華さは欠けるが実直で堅実な鎧に身を包んだ貴公子、

 

「ウェールズ皇太子殿下!?」

 

 生きておられたのか!? と驚く騎士が首をめぐらせると、沈む旗艦以外の船へと向かう奇妙な竜の姿があった。

 

 させない。せめてほかの船は……と、彼は自分の愛竜に指示を出そうとするが、

 

「きゅいぃ~」

 

「くそっ!」

 

 先ほどの衝撃で脳を揺らされたのか、自分の愛竜が目を回して気絶しているのを確認し思わず自分を罵った。

 

 これでは戦闘はできない。自分の魔法で愛竜を安全に地面に下ろしてやらないといけないから自力での飛行も不可能だ。

 

「運が良かったな……あいつら」

 

 そして俺には運がなかった。やっぱり王族裏切った報いかね……。と、ちょっとだけレコンキスタに参加したことを後悔しながら彼は戦場から離脱した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「……やり……ましたか?」

 

「あぁ、旗艦は見事に沈んだよ」

 

 自分たちの魔法が直撃し粉砕された旗艦を、空軍で鍛えられた視力で確認したウェールズ。そんな彼の報告を聞き、アンリエッタはとりあえず安堵の息をもらす。

 

 これで相手の空中戦力の足並みはしばらくそろわない。あとは、

 

「地上の彼らを何とかしましょう」

 

「とはいえさっきの魔法で僕らの魔力は打ち止めに近い。もうヘクサゴン・スペルは撃てないよ?」

 

 どうする? 問いかけるウェールズに、アンリエッタは歯噛みする。

 

 ここに彼がいてくれたら……。と、アンリエッタは思わずある宰相の顔を思い出すが、

 

「来てくれは……しないでしょうね」

 

 自分と彼は敵対したのだ。まさか助けてくれる甘さが彼にあるなど到底考えられない。

 

 アンリエッタがそう考え、ほかの可能性を模索しようとしたときだった。

 

「さて、始めるとしよう……」

 

 戦場一帯に無数の符が舞い踊る。

 

「なっ!?」

 

 驚くアンリエッタに対し、ウェールズはどことなくげんなりした顔で後ろを振り返り、

 

「これが世にいうツンデレですか?」

 

「死にたいのか貴様」

 

 背後に立っていた男を見つめた。

 

 男はいつもの鉄面皮を動かすことなく、ゆっくりと歩みを進めアンリエッタの前に立つ。

 

「アンリエッタ女王殿下。おそばせながら、宰相バーシェン。只今参上つかまつりました」

 

 紅のローブを身にまとったトリステイン最強の一人とされる宰相は、いつものようにそっけない声音で自らが仕える女王に一礼した。

 




ようやく更新できた……。

 ただ……戦争するだけにタルブ編なげぇえええええええ!?


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正史に無き激闘

「す、すいません……もう大丈夫です」

 

「あ、あぁ……別にいいけどよ」

 

「何が大丈夫なものか!? なんということを……お前はもう孕んでいる!!」

 

「フェリス……お前もうほんと何しに来たの?」

 

「うむ! 私は毎日ライナを苛め抜くことが仕事だからな! すなわち私は仕事をしに来たのだ!!」

 

「はぁあああああああああああああああああああああ……」

 

 軽い冗談なのだろうが割と真実味があるのが笑えない。

 

 普段のフェリスの仕打ちを思い出したライナが、打ちひしがれて両膝をつくのをみて、まだ泣いてしまった余韻が残っていたシエスタがようやくその顔に笑顔を見せる。

 

「あ、ありがとうございます、ライナさん、フェリスさん」

 

「いや、まぁ……そんな大したことしてないよ」

 

「うむ、確かに貴様にとってはそうだろうな。貴様はありとあらゆる変態の上に立つ《変態マスター》ライナ・リュートだからな。あの程度の変態力しかもたない変態では貴様の前には立つことすらできまい」

 

「お前の中で俺ってどんなキャラになってんだよ!?」

 

「変態力5か? ふっ……ゴミめ」

 

「なにそれ?」

 

色情狂Jr.(サイト)が言っていた。圧倒的に格の違う者が、格下の者を見下す時に使うセリフだそうだ。ちなみに私は常に色情狂Jr.(サイト)に使っている」

 

「あいつ、そんなんでよくお前の剣術教室に通ってるよな……」

 

 そしてとりあえずあいつの人生終わったな……。と、フェリスのサイトの呼び方を聞き何となく悟りながら、ライナはあたりを見回し、周囲の安全を確認する。

 

「じゃぁさっさと逃げるぞシエスタ。こんなところに居てもロクなことにならないだろうし」

 

「うむ、そうだな。先ほどいい『足』も見つけたし、さっさとここから逃げるとしよう」

 

「あぁ? 『足』ってなんだ……」

 

 よ、といいかけ振り返ったライナの視界に、

 

「ん?」

 

 フェリスに手綱を引かれる、もうかわいそうなくらいガタガタ震えた、先ほどの騎士が連れていた騎竜がいて。

 

「おい、それ……」

 

「先ほどそこに落ちていてな。せっかくだから拾った」

 

 騎乗手半殺しにしておいて、その乗っていた竜を鹵獲するのははたして拾ったの分類になるのだろうか……。おまけに、獰猛なはずの竜が小動物みたいなおびえた目でフェリスを見ているところを見ると、どうやら鹵獲する際に一悶着あったのだと思えてならない。

 

 いったい何をしたんだ? と、ライナはちょっとだけ不安を覚えるが、

 

「……まぁいいや」

 

 よくよく考えたらいつものことなので、考えるのもめんどくさくなりツッコミを放棄する。

 

「それじゃいくか。シエスタ、弟とかいたろ? ちょっと怖いかもしれないけど我慢して乗ってもらってくれ。この竜フェリスの言うことなら大人しく聞くだろうから」

 

「ま、まってください!!」

 

 早速逃走体勢に入った二人をさえぎり、シエスタはあわてた様子で木の陰に隠れていた弟たちを呼びながら、どこか固い決意を秘めた瞳で告げる、

 

「私もここに残ります!」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「まだ……お父さんたちが村に残って、私たちが逃げる時間稼ぎをしてくれているんです!!」

 

「まじかよ……」

 

 シエスタの必死な声での報告に、ライナは思わず顔をしかめた。

 

 それでは確かにシエスタは逃げない。それどころか、ここにいる子供たち全員が残るといいかねない。

 

 だが正直それはライナとしても困る。竜騎士をあっという間に倒したライナ達の腕を見て、シエスタたちは先ほどの不安の反動もあってかなり気が大きくなっているのだろうが、さすがに足手まといである彼女たちを抱えて、竜騎士クラスと戦い続けるのはライナとフェリスであっても難しい。

 

 だから、

 

「悪いシエスタ。だとしてもやっぱりお前はこのまま逃げてくれ」

 

「でも!」

 

「お前のお父さんたちは俺が何とかする!」

 

「っ!?」

 

 ライナの言葉に食い下がろうとしたシエスタ。だが、ライナは珍しく強い語調でそれを封殺した。そして、

 

「たのむ……任せてくれ」

 

「……わかり、ました。無理を言ってすいません」

 

 これがライナのできる精一杯の提案なのだと、シエスタはライナの顔を見てさとる。そして彼女は弟たちをひきつれ、フェリスに睨まれ怯えきっている竜へと乗り込んでいった。

 

「……というわけで、俺はここに残ることになった」

 

「ふん。相変わらずの色情狂め。今度はあの娘の父親が狙いかっ!!」

 

「えぇ……そのノリまだ続けるの?」

 

 いい加減寝不足とやる気不足で死にそうなんだけど……と、グッタリしながらつぶやくライナに満足げにうなずいた後、フェリスはさっさと村に向かって歩き出す。

 

「ではいくぞ、ライナ」

 

「ちょい待ち」

 

「ん? どうした?」

 

「フェリスは悪いけどシエスタたちについて行ってくれ」

 

「……」

 

「いや剣抜くな、剣抜くな!? 理由が、理由があるんだって!!」

 

「ふむ、聞こう」

 

 くだらない理由だったら首と胴体が離婚するがな。と、腰に差した剣の柄に手を当てたまま聞く体制になったフェリスに、ライナは顔をひきつらせながら慌てて説明する。

 

「相手は仮にも軍隊だ。捕虜鹵獲の部隊があれだけだとは考えにくいし、そいつらだって竜騎士の可能性がある。シエスタたちにはまだ護衛が必要だ」

 

「あれに任せればいいではないか?」

 

 フェリスがクイッと指差す先には、先ほどから怯えまくっている竜。フェリスに指差されたことで大きく震え、乗ったはいいもののり慣れない獣におっかなびっくり乗っていたシエスタ姉弟に悲鳴を上げさせた。

 

「いや、だめだ。学園の文献で読んだけど、あいつら生きている個体はかなり気難しい。お前無しでシエスタたちだけ騎乗ってなると確実に言うことをきかなくなる」

 

「やっかいな……」

 

 無表情の中に、舌打ちでも漏らしかねない険しさをわずかに滲ませるフェリスに、ライナは思わず苦笑をうかべた後、指輪を掲げる。

 

「なに、安心しろフェリス。いざとなったらこの指輪もある。適当にシエスタの親父さんたち助けた後、すぐに追いかけるしさ」

 

「……別に貴様の心配などしていない」

 

 そんなフェリスを安心させるかのようなセリフを吐くライナに、フェリスはすげなくそう返しながらガタガタと震える竜に向かって歩いて行った。どうやら納得はしてくれたらしい。

 

 だが、

 

「すぐに追いかけてこい。もし私の命令に背いたときは」

 

 振り返った彼女の瞳には、明確な苛立ちと、ほんのわずかな心配が見えていた、

 

「その首、私が直々に斬りおとしに行ってやる」

 

「そ、そうならないように頑張るわ」

 

 つまり、来るのが遅いようなら助けに来てくれる……で、いいんだよな?

 

 長い間旅をしてきた仲である相棒の言葉の裏を読みながらも、その瞳に映る明確な怒りをも読み取れてしまうライナは、内心で自信なさそうに呟きながら村に向かって足を向けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 天空にて乱れる自軍の空中艦隊の様子に、タルブ平原に布陣を果たしたトリステイン侵略軍の長――アルビオン陸軍大将グランベル・ド・アイン・メイゼン侯爵は舌打ちを漏らす。

 

 そして、対する敵――タルブ平原にある小高い丘に布陣したトリステイン軍を見て、さらに苛立ちを深くした。

 

「トリステインの骨董品どもめ!! 怖気づいたか!! えぇい、あの眠りの雲(スリープクラウド)はまだ晴れんのか!!」

 

「げ、現在風系メイジ達に全力をもって霧払いをさせておりますが……敵もどうやら次々と魔法を重ねてあの霧の結界を維持しているらしく」

 

 そう。あの強烈な魔法によって一撃のもと彼らの旗艦を沈めたトリステイン軍は、それによってできた余裕をまるで誇示するがごとく、無数のスリープクラウドを軍周囲に展開。それに紛れてしまうことによってできた霧の結界に籠城を決め込んだ。

 

 当然その霧は吸い込んだ相手に極度の睡眠を促す《眠りの雲》。不用意に近づいては、兵士を無用に失うことになりかねない。

 

 だからこそ、グランベル大将はこうして部下たちが霧を晴らすのを待っていたのだが、

 

「もうよい!!」

 

 霧の結界が張られてからすでに1時間近くたつ。

 

 アルビオンの艦隊は、旗艦を指揮官諸共に失ったせいかいまだに立て直しの兆候が見られないし、これ以上戦が長引けばトリステインの周囲の諸侯たちも国軍へと加わり、数による絶対的な戦力差が覆される危険すらある。

 

 だから自身がスクウェアクラスのメイジでもある彼は、自らの杖を手に取り詠唱を開始した。そして、

 

竜巻(トルネード)!!」

 

 その杖から螺旋に渦巻く巨大な大風を放つ!

 

 それによってようやく眠りの雲が晴れ、トリステイン軍の状態をあらわにした!

 

「なっ!?」

 

「なんだあれは!?」

 

 驚きを示す副官たちをしり目に、グランベル大将は逆に頭に血を上らせる。

 

「人形の軍勢ごときで我らの相手は十分ということか――我々を侮辱するも甚だしいぞ、トリステイン!!」

 

 なんと先ほどまでトリステイン軍が陣を張っていた小高い丘には、まるで壁のような鉄の大軍が大盾を構えて控えていた。

 

 そのすべてが等身大の騎士の甲冑の姿をしたゴーレム。おそらくトライアングルクラスのメイジ達が総力を結してこの光景を作り出したのだと思われるが、中には鉄ではない粗雑な青銅の騎士ゴーレムすら存在しており、それがさらにグランベル大将の怒りに拍車をかける。

 

「所詮は子供のママゴトの域を出ぬ、バーシェンの傀儡女王が率いる軍か。戦と人形遊びが違うことを教えてくれる!! 全兵士、整列……あのバカバカしいうつろな騎士どもを蹂躙するぞ!!」

 

 怒号を響かせながらトリステインに上陸を果たしたすべての兵士たちに号令をかけるグランベル大将は、そばにいた御付の者に指示をだし自らの馬を持ってこさせた。

 

「ま、まさか大将閣下もお出になられるおつもりですか!?」

 

「かまわん、国難を人形に任せるような脆弱な軍……もはやおそるるに足らぬ!」

 

 熱く檄しやすい。だからこその戦巧者で有名なグランベル大将ではあったが、今回はその性格が裏目に出た。

 

 愛馬にまたがり自ら先陣を切り飛び出した彼に、追従するアルビオン軍全兵士たち。

 

 その軍勢はまさしく巨大な突撃槍のような形となり、丘を守る盾のように陣を構える騎士人形たちに激突する。

 

 そして、

 

「押せっ押せっ押せっ押せっ押せっ押せっ押せっ押せぇええええええええええええ!!」

 

「「「Glory be to Reconquista!!」」」

 

 激烈な大将の号令と、その大将自身が先頭を切り鋼の騎士たちを魔法がかかった杖で叩き潰していくのを見て、アルビオンの兵士たちは士気を高める鬨の声を上げながら見る見るうちに、騎士人形たちを蹂躙していった。

 

 騎士人形たちはそれに恐れをなすかのように、波が引くように道を開け始め、様子を窺うように騎士団の周囲を固める。

 

 しかし、アルビオン軍はその程度では止まらない!!

 

「進めっ進めっ進めっ進めっ進めっ進めっ進めっ進めぇええええええええええええええ!!」

 

 怒号交じりの大将の号令と共に、初めの突撃の勢いを全く落としていなかった彼らは、とてつもない速度でトリステイン軍深部へ突っ込む。

 

 立ちふさがる騎士人形は叩き潰して、踏み潰し、蹂躙した。それを見た騎士人形たちは先ほど以上の速度で後退し、怯えるように軍の周りをうろつくばかり。

 

 そんなことを続けていると、いつのまにか騎士人形たちは、アルビオン軍に道を譲るかのように両脇へとよけアルビオン軍の進軍を妨げるものはいなくなった。

 

 だが、

 

「ご苦労だったな、グランベル」

 

「っ!?」

 

 グランベルはその瞬間、最も聞きたくなかった男の声を戦場で聞く。

 

「相変わらず貴様が短気すぎる性格で何よりだったよ。では――死ね」

 

 騎士人形がいなくなりアルビオン軍前方の視界は開けた。だが、そこに待っていたのは、その通路を塞ぐように横一列で整列し、魔法が装填された杖を構えるメイジ達と、それを指揮するバーシェン・ フォービン の姿。

 

 鋼の騎士人形と近接戦を繰り広げたため、今アルビオン軍の中に杖に魔法を装填しているメイジがいない。

 

 つまり、彼らがこの状況でとれる手段は一つだけだった。

 

「にげ……!」

 

 ろっ……と、息を飲んだ後瞬く間に回復したグランベルが叫ぶ前に、周囲で待機していた騎士人形が動く。

 

「防げ、捨て駒ども」

 

 バーシェンの冷たい命令と共に、ザッと音を立てて先ほどから使おうとしなかった大盾を再び構える騎士ゴーレム。それによって彼らは、アルビオン軍が通ってきた道の両端に突破不能の巨大な盾の壁を作り上げた!

 

「なっ!!」

 

 これが狙いだったのか!? と、久しぶりに色濃く感じる死の予兆に、グランベルの背中につららを突っ込まれたかのような悪寒が走った。

 

 だが、バーシェンはそんなものを感じさせることすら惜しいといわんばかりに盾の壁ができた瞬間、瞬時に手を振り降し、

 

「殺れ」

 

 魔法を待機させていたメイジ達に指令を下す。

 

 瞬間、吹き荒れるのはトライアングルやラインクラスの《突破系魔法》。横に広がる範囲系ではなく、竜巻や、波涛、熱線といった敵陣奥地まで攻め入るための活路を開くために作られたそれらは、一直線に破壊を行い、直線上にいた敵を滅ぼす。

 

 本来なら軍を攻め入らせるための魔法だが、このように一直線の通路に敵軍を閉じ込め、友軍と共に横一列に並んで放ったそれは、

 

「ぐあぁあああああ!?」

 

「な、なん!?」

 

「ま、前で何がっ!?」

 

 強力な殲滅魔法へと姿を変える!!

 

 次々と放たれる直線の凶悪な破壊。その攻撃に最も有効な左右への回避を、盾の壁によって阻まれたアルビオン軍は次々とその身に魔法をうけ、蹂躙され、その命を散らしていく。

 

 だが、

 

「まだだぁああああああああああああああああ!!」

 

 大将であるグランベルと、彼に追いつき先陣を共に切っていたアルビオン国軍精鋭部隊の幾人かは、強烈な破壊をもたらしたその魔法の嵐になんとか耐え、再び突撃を開始した。

 

 次の破壊はもうない、とグランベルは長年の経験から踏んでいた。

 

 突破系魔法はどれだけランクが低くともラインクラスを必要とする中級魔法だ。おまけに軍隊を相手取るとなると、限りなくトライアングルに近いラインクラスが放つことが最低条件。

 

 トリステインの国軍がいくら優秀であろうとも、自分たちの突撃を迎撃するために次の詠唱を間に合わせることは困難だ!

 

 と、いままでの戦の常識から考えたグランベルは、怒声を上げながら自分の軍を蹂躙した愚か者どもに鉄槌を下そうと愛馬の腹をける。

 

だが、

 

第二陣(・・・)

 

「っ!?」

 

 バーシェンが告げた絶望的なひと言に目を見開き、彼は見た。

 

 先ほど魔法を放ったメイジ達が素早く後ろに後退し、

 

 代わりに魔法を装填したメイジ達が姿を現すのを!

 

「撃て」

 

 もはや何の感慨もなく言い放たれたバーシェンの命令を、トリステイン軍は何の躊躇も見せず実行する。

 

 今度はグランベルも食らった。

 

 愛馬の首が消し飛び、自分の左半身が雷を伴う烈風にのまれ消滅する。

 

 その事実が信じられず、彼はまだ残っている瞳を不思議そうに瞬きしながら、

 

「第三陣……撃て」

 

 続いてやってきた三度目の破壊に、彼の意識は今度こそこの世から姿を消した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「まだこの世界では早い戦術なのだがな……」

 

 俺に反則を使わせたんだ。誇っていいぞ、グランベル……と、現役時代ですら使わなかった戦術《回し打ち》をついに解禁してしまったバーシェンは、目の前で頭を消し飛ばされ死んだ敵に敬意を表する。

 

 異世界から来た彼はその世界での知識を使い、彼のいた世界で《魔王》と呼ばれるとある武将が使ったあの《回し打ち》を魔法で行ったのだ。

 

 まず横一列で隊列を組みそれを4列ほど配置しておく。

 

 敵が近づいて来たら遠距離まで届く魔法を使い、敵を殲滅する。

 

 それに続くように第二陣、第三陣と次々と隊列を入れ替え、一番初めに魔法を使った列は後方で再び魔法の装填。打ち止めになったものは後退しその抜けを埋める。ということを繰り返す。

 

 それによって強力な魔法のほぼタイムラグなしで連射するという離れ業をバーシェンはやってのけた。

 

「凄まじいですね……この連射法。これが世に知れ渡れば、戦の概念が変わりますよ」

 

「あぁ、そうだな……。そして、この方法が本当に世界に染み渡ったのなら」

 

 もはや魔法の出番はなくなるかもしれん。と、バージェンが呟きそれを聞いてしまっていたアンリエッタは感嘆の表情をぎょっとした顔にかえバーシェンを見つめた。

 

 バーシェンが言ったことはあながち間違いでもない。この戦術は本来《銃》を用いて行う戦術だ。

 

 最近ではマケット銃の中にも、腕のいい職人がつたないながらもライフリングを刻み、魔法以上の射程を生み出した銃ができているし、冶金技術の高いゲルマニアではすでに完全なライフリングについての研究が始まっている。

 

 世間の人々がこの戦術を聞けばだれもが気づくだろう。魔法でできるなら銃でも……と。

 

 そして、それが可能となった時、今まで魔法使い(きぞく)に虐げられていた平民たちは、

 

「いったいどんな行動に出るんだろうな」

 

 中には貴族の治世に満足している平民たちもいるが、大半の平民はそうではない。そんな中で魔法にも勝てる銃の運用法がわかれば、間違いなく各地で反乱がおき、世間は混沌の渦へと叩きこまれるだろう。

 

「だから今まで黙っていたんですか? この戦術を」

 

「――今はまだ貴族の治世が主流の時代だ。いくら射程が伸びようと、所詮銃は魔法に比べると汎用性がまだ低すぎる。反乱を起こせば多少苦戦を強いられるだろうがそれだけだ。最終的に圧倒的な数の力でもまれて鎮圧される。せめて連射、狙撃ができるようになれば話は別だが」

 

 それができるのはおそらく数百年単位での先だろう。

 

「だからこそ、民たちはまだ静まっていなければならない。例え民の意見が正しく、もはや貴族に改善が見込めないのだとしても、内輪もめで犠牲を出している余裕は、今のトリステインにはない」

 

 そしてバーシェンは告げた、

 

「この戦い、たとえ敵が投降してきたとしても生かして返すな。皆殺しにしろ。この戦術を世界に広めるわけにはいかないからな」

 

「……もし、私がそれをためらえば?」

 

「すまないが、お前を殺して――俺も死のう」

 

「っ!」

 

 何のためらいもなく、自国の王を殺すと言い切るバーシェンに、アンリエッタは思わず息を飲み、この戦術があの宰相をここまで慎重にさせるほど重要なものだと理解する。そして、

 

「わかりました……。血の運命(さだめ)を背負うのもまた王の仕事です」

 

 毅然とした態度で血しぶきをあげて死んでいく敵兵たちを見つめるアンリエッタに、バーシェンはほんの少しだけ感心の吐息を漏らした。

 

「それにしても――空の様子がおかしいな」

 

 そして、そこで話は終わりだといわんばかりにバーシェンは地上から目をはなし、陸の味方が蹂躙されているにもかかわらず、いまだに隊列を整えて砲撃してこようとしない天空の艦隊に視線を向けた。

 

「少しさぐってみるか?」

 

 その言葉と同時に、陸の戦場の各地へと散りバーシェンに戦場の状態を教えてくれていた札が、蝶のように一斉に舞い上がり空へと登っていく。

 

 そして、バーシェンは、

 

「っ!? これはっ……」

 

 天空を舞う、鋼の竜を発見した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 アニエスはトリステイン軍士官受付に着ていた目立つ鎧を、アルビオン軍のボロイローブで隠しながら敵地奥まで潜入していた。

 

 突然のアルビオンとの開戦。トリステインにとっては窮地に立たされる事態かもしれないが、傭兵としては戦が起こったというのはむしろチャンスだった。

 

 ここで戦功を上げれば、トリステイン軍に取り立ててもらえる可能性が高くなるからだ。

 

 これでもソコソコ傭兵業界では名の知れた自分ではあるが、所詮は平民の傭兵。貴族の間での知名度などたかが知れていた。

 

 だから、彼女は腕に覚えのある傭兵を集めてウェールズが直々に下した依頼――《敵陣に潜入し、捕まった捕虜の解放を行え》――を何のためらいもなく引き受けた。

 

 ほとんどの傭兵がしり込みするような難しい依頼。しかし、これを完全に完遂してのければ、間違いなくアニエスの名前は王宮に売れる。おまけに依頼をしてきたのはあの亡国の皇太子ウェールズだ。無下に扱われることは決してないはず。

 

 それに、アニエスにはこの作戦が成功すると踏んだ確かな理由があった。それは、

 

「あのバーシェン閣下が自ら指揮を執っておられるのだ。この戦、一筋縄でいくわけがない」

 

 傭兵どころか、戦いに身を置くものならば誰もが一度はその武勇伝を耳にするトリステイン最強――いや、ハルケギニア最強の男、バーシェン・フォービン。

 

 彼が指揮を執った戦では負けはなく、彼自身もたった一人で軍隊を蹴散らす魔法を打つなどという《烈風》カリンに匹敵する離れ業をやってのける大魔導師。たとえどのような不利な戦況であったとしても、彼が動くなら間違いなくアルビオン軍は辛酸をなめさせられるだろうと、絶対的確信をアニエスは抱いていた。

 

 そして、その予想は見事に的中していた。

 

「グランベル閣下が戦死されただと!?」

 

「だ、だから正確なことは分からんと言っているだろうが! だが丘から帰ってきた兵士の報告では……」

 

「空中艦隊は何してんだよ!!」

 

「俺たちどうなっちまうんだ!?」

 

 もはや士官も一般兵も関係ない。蜂の巣を殴りつけた上に、もぎ取って火にかけたのような騒ぎのアルビオン軍本陣の様子に、アニエスは小さくほくそ笑む。

 

 これなら依頼も簡単に完遂できそうだと、彼女はその騒ぎに紛れ悠々と敵本陣へともぐりこんでいく。

 

 

 

 だが、彼女は知らなかった。

 

 その数秒後、

 

「くっそ……タルブ村に残っていた兵士を締めたらここだって言ってたけど、生きてるよなシエスタのおやじさん」

 

 と、ブツブツ言いながら、真剣な顔をしているはずなのになぜかだらけきった雰囲気が抜けない黒目黒髪の男と、

 

「……」

 

 その男を監視するかのように尾行してきた、仮面をつけた紅い髪の暗殺者が同じようにこの陣地へと乗り込んできたということを。

 




 さ、サイト活躍させるはずだったのに!?


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天空を舞う神の左手

 サイトは戦闘機内にかかる苛烈な荷重に身をさらしながら、必死に操縦桿を操作していた。

 

「くっそぉおおおおおおお!!」

 

「相棒……やめとけって。あれ無理……」

 

「ふざけんな! こっちでひきつけとかないとあの砲撃が下に行くんだぞ!!」

 

 先ほどからサイトは、だんだんと統制を取り戻し始めていたアルビオン艦隊につっこみ、もはや数がかなり厳しい弾薬を消費しながら艦隊たちを牽制していた。

 

 その飛行技術はガンダールヴの加護があるため、どのような無茶なアクロバット飛行でも可能だ。そのおかげでいまだに艦隊からの被弾は0という奇跡的戦果を挙げていた。だが、

 

「っ!? 相棒! 急上昇しろ!!」

 

「言われなくてもぉおおおおおおお!」

 

 サイトが背後におかれたデルフリンガーの言葉にそう返し、操縦桿を一気に引き上げる。それと同時に竜ですらあり得ない急上昇を行ったゼロ戦の下に、

 

「くるぞ!」

 

「っ!?」

 

 無数の小さな鉄球が、弾丸のような速度で通り過ぎた!

 

「散弾だ! あいつら、小さな鉄球を大砲に詰め込んでぶちかましてきやがった!」

 

「くそっ!」

 

 このハルケギニアの空中格闘戦では無類の戦闘能力を誇るゼロ戦だが、これは所詮敗北した国の兵器。

 

 敗北したのは敗北したなりの理由がある。その一つが、

 

「大体この飛行機ってやつ? 装甲薄すぎんじゃねーの? 相棒の世界の奴らよくこんなものにのって空飛ぼうと思ったね?」

 

「生身晒して竜にのるよりかましだろうがっ!!」

 

 それは先ほどデルフリンガーが告げた、極端な装甲の薄さだ。

 

 ゼロ戦はより高速の空中格闘を実現するために、その機体を極限まで軽くする努力がなされた。

 

 資源が失われた太平洋戦争後半では木材だけを材料にしたゼロ戦を空に飛ばそうとする研究までされていたと、まことしやかにうわさが流れるほどの紙装甲。それがゼロ戦が当時の戦場で空中格闘最強の称号を得られた理由だった。

 

 そんな装甲であったとしても、竜までなら簡単だった。

 

 どれだけ固い鱗を持っているといっても所詮相手は生物。鉄板を複数枚ぶち抜ける銃撃を遠距離からくらわせてやれば即死して大地へ帰っていく。

 

 だがしかし、もとより砲撃を受けてもある程度の飛行を可能とし、またそういう相手に対して有効的な砲撃を可能とする巨大艦が相手では、

 

「くそっ……手も足も出ねーじゃねェか!!」

 

 これで機銃の弾数が残っていれば話は違ったのだろうが、先ほどのやたらと動きのいい竜騎士のせいで現在弾丸は在庫切れだ。もはやサイトの乗るゼロ戦に遠距離攻撃の手段は戦艦相手ではかなり心もとない、小口径の7.7mmの機銃と、その弾丸数発しか残されていない。連射などすれば0,1秒で消費しきってしまうものだ。

 

 正直、サイトとしてはもう囮ぐらいしかできることがない歯がゆい状況だった。

 

 だというのに……。

 

「ちょっと、もっと丁寧な運転できないの!?」

 

「「無茶いうな!!」」

 

 後ろにいるこの女はいったいなんなんだ!? とサイトは泣きたくなりながらデルフと一緒にツッコミを入れる。

 

「大体なんで乗ってんだよお前!? なんで搭乗しちゃってるの!? あんなに戦場でるの嫌がってただろ!?」

 

「それは、あんたが出るのが嫌だったの!! あんたこんなところに出ようとするのが嫌だったの!!」

 

「なんでだよっ!! 使い魔は戦うのが仕事だろ! 特に俺は、それくらいしかできることがないんだから!」

 

「だからよっ!!」

 

 うまくいかない初めての戦場。以前のアルビオンとはわけが違う、確実に命をとられる可能性があるこの場に来てしまったサイトは、ほんの少しではあるが錯乱状態に陥っていたのかもしれない。

 

 思わず怒鳴りつけるようにルイズをなじった彼に対し、初めての戦場で若干テンパっていたルイズも思わず自分の本音を告げる。

 

「あんたアルビオンから帰ってきてから、どんな態度で剣振るってたかわかってんの!?」

 

「え?」

 

「フェリスやライナがいた時はまだよかったけど、いなくなってからはもうダメだった! 一心不乱に剣振るって、これじゃ足りないって言いたそうに遅くなるまで体鍛えて……」

 

「……客観的に聞くといいことじゃないか?」

 

 ルイズにとっても損はないと思うんだけど? と、何もわかっていないサイトはそう聞くが、ルイスはその返答として即座に首を振る。

 

「アルビオンに行く前のあんたはそうじゃなかった! 死にたくないって……戦場なんか出たくないって、女王陛下に頼まれて喜んでいた私を止めようと必死だった」

 

「それは……」

 

「でも、今のあんたは違う。知り合いのために平然と命を懸けてこんなところに来ている。それが悪いことだって私は言わない。サイト、あなたがやっていることはとっても尊いものだと貴族の私は知っている!」

 

「だったら」

 

 なんで俺を責めるんだ! と、サイトが怒鳴ろうとしたとき、ルイズはそれよりも大きな声で、

 

「でも、あんたこのままじゃ……人を守るためだって言いながら死にそうだった!」

 

「っ!!」

 

「死ぬ戦いだってわかっていても、平然と一人でつっこんでいきそうな――そんな気がしたの!」

 

 そしてそれは、ゼロ戦出撃前に行った言い争いで如実に表れていた。

 

 ルイズは何度も言ったのだ。アルビオン空軍がいかに精強で、いかに恐ろしいかを。以前のサイトならそれを聞いたなら多少の尻込みを見せただろう。

 

 それを責めることは本来できない。当たり前だ、貴族の子弟だって――近代兵器を与えられるといっても――世界最強の空軍に単騎突撃したがるわけがない。

 

 アルビオン以前のサイトなら、少しは尻込みしただろう。シエスタの為だといっても、ほんの少しぐらいは怯える様子を見せてくれたはずだ。

 

 だが、今のサイトは違った。シエスタを救うためだ、下にいるトリステイン軍を助けるためだと、怯えの色一つ見せずに軍艦へと突撃して見せた。

 

「そんな、そんな……いつ死んでもいいなんて思っているような、嫌な戦い方しないで。もっと自分の命を大切にしてよ、サイト。あなたは、私のたった一人の使い魔なのよっ!」

 

「っ!!」

 

 ルイズの涙交じりの懇願に、サイトは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

 そして、それによって、サイトは初めて自分が焦っていたことを自覚した。

 

 アルビオンでルイズを守れなかったことが、結局ライナ達のお荷物になってしまったことが、思った以上に自分の責め苦になっていたことを自覚した。

 

 そして同時にあることに気付いた。

 

 それは自分の右腕がもぎ取られたときのルイズの気持ち。自分を失ってしまうんじゃないかと思ってしまった時の、彼女の気持ちだった。

 

 もしもサイトがルイズを同じように失いかけたなら、

 

「サイト……あんたが知り合いを――大切な人を見捨てられないのは知ってる。まだで会ったばかりの私を助けるためにフーケのゴーレムと戦ってくれたアンタだもん。いろいろお世話になってるあのメイドを助けるななんて、私には言えない。でもね」

 

 サイトがそこまで考えたとき、ルイズは瞳に涙をためたまま必死に言葉を紡ぎながら、サイトに懇願した。

 

「死なないで……サイト。必ず生きて帰れるような、そんな戦いをして」

 

 本当ならもう、戦いの場に出てほしくない。あの右腕をもがれたときのような怪我を再びサイトがするかもと考えているルイズとしては、本当はそう言いたいのだろう。

 

 だが、彼女は身を引き裂かれるような思いでサイトの意志を理解してくれた。その上で、戦場に出ることを許してくれる。

 

「代わりに私も戦うから……何もできない私だけど、私はあんたのご主人様だから。だから、あんたが戦うときは、そばにいるから!」

 

「ルイズ……」

 

 ルイズの言葉に、サイトは思わず操縦桿を殴りつけてやりたくなった。

 

 主人であるルイズにここまで言わせてしまったことが――こんな風に泣かせてしまった自分が許せなかった。

 

 サイトの瞳からは自然と悔し涙があふれ始めていた。だが、泣いていいのは自分ではないとサイトは理解している。だから、

 

「……ごめん。ルイズ」

 

 サイトは自分が泣いていることを必死に押し隠し、ルイズに謝罪の言葉を継げた。

 

「サイト?」

 

「ごめん……勝手なことばかりして」

 

「……それはお互いさまよ」

 

 私たちはまだまだなご主人様と使い魔なんだから、これからもっとよくなっていきましょう? と、ルイズはサイトの声が涙声になっていることに気付かないふりをして、サイトに笑いかけてくれた。

 

 この時、二人は本当の意味で強い絆を作ることに成功したのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そんないい話で終わればよかったのだが、

 

「あぁ、お二人さん。いい感じなところになってるところ悪いんだけどさ、散弾くるぞ?」

 

「「!?」」

 

 デルフの申し訳なさそうな声でようやく状況思い出した二人は、とたんに顔を真っ赤にしそれぞれの作業に戻る。

 

 ルイズは始祖の祈祷書で、紅くなった顔を仰ぐようにして冷まし、

 

 サイトはフットバーをけりつけ、飛行機を急速旋回させる!

 

「くそっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 それでも回避は間に合わなかったのか、わずかな衝撃がゼロ戦を襲った。

 

 サイトはあわてて風防の中から気体の状態を視認する。幸いなことに被弾は尾翼それも小さな穴が複数開いただけだった。

 

 だが、だからといって安心できない。ゼロ戦が損傷を受けたのは事実だし、次直撃を受ければまずいことも事実。そして、このまま戦い続けても埒があかないことは、ルイズと和解し冷静になったサイトにはわかっていた。

 

 このままではよけ続けることはできても削り殺される。燃料も無限ではないし、事実弾丸はもう削り切られているに等しい状態だ。

 

「いったん距離をとりたいけど……下の方はどうなっているかな?」

 

「ちょ、ちょっと待っていま見るわ!」

 

 戦闘中のサイトによそ見をさせるわけにはいかないと思ったのか、後部座席に座っていたルイズが率先して下を覗いてくれた。

 

 正直一緒に戦ってくれるという言葉を信じてはいたのだが、こうして目に見える形で手伝ってくれると、その言葉が本当なのだと実感でき、それだけでサイトが勇気が湧いてくる気がした。

 

 我ながら安い男だとは思うが……。

 

「にしても相棒は軽い奴だね……。俺だって今の相棒どうかな~って思っていたけど、剣だし? 持ち主に意見するのはなんか違うだろう? と思って黙っていたのに、結局女に説得されてデレデレじゃねーか」

 

「わかってたらな注意しろよ!?」

 

 先ほどの会話をガッツリ聞かれていたのだと知りまっかになるサイト。それをからかうようにカタカタ振るえるデルフに、サイトはさらにブルブルと体を震わせる。

 

 こいつ……ほんとにやな剣だ!! と、久しぶりに最低評価を相棒に下したサイト。そんな風にもめる二人の主従をしり目に、

 

「下は……だ、ダイジョウブというか、なんというか……」

 

「どうしたルイズ!?」

 

 若干言いよどみながらこちらに視線を戻してきたルイズに、サイトは問いかけ、

 

「バーシェン宰相がいらっしゃるわ……」

 

「………………」

 

 なんか、心配するのもおこがましかったんだな……。と、ちょっとだけ切なくなりつつも、

 

「ならほんの少しだけここから離れる」

 

「相棒、上いきな。そこに大砲の死角がある」

 

「了解!!」

 

 仲間たちの助けを得て、神の左手は天空へと登る。

 

 その時だった、

 

「っ!?」

 

「なに!?」

 

「なんだぁ?」

 

 突然ルイズの始祖の祈祷書が輝きだし、三人を驚かせ、

 

「やぁ、ガンダールヴ。どこへ行くんだ?」

 

「「「っ!?」」」

 

 続いて天空から響いてきた声に、ルイズとサイトの思考が固まった。

 

 二人があわてて声が聞こえてきた方――ゼロ戦が向かっている上空へと視線を向けると、そこには一頭の風竜を駆った、

 

「以前は邪魔が入ったからな。今度こそ正式な決着をつけるとしよう」

 

 鎧と、魔法で強化されたマントという戦場の装備をしたワルドが、月を背後に従え待ち構えていた!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ぐぁっ!?」

 

「はい、わりぃね」

 

 混乱のさなか、不安そうな表情をしながら捕虜収容所の入り口にたたずんでいた歳若い監視兵を、背後から急襲し音もなく締め落としたライナはため息を漏らしながらあたりを見廻した。

 

 この場にいた監視兵は締め落とした彼以外は誰もいない。正直言って不用心だと思うのだが、

 

「他の監視兵は、この混乱の理由を聞きに慌てて上に上がったとみるべきか……」

 

 中の人たちがこいつ一人で抑えられるくらい弱っているかのどっちかだな……。と、ローランド暗部時代の癖で最悪の可能性が頭をよぎる。

 

 何せ戦時中のローランドでは捕虜なんてものは貴族の遊び道具(・・・・)になるか、人体実験の材料になるかどちらかの末路しか待っていなかったのだから。

 

 多少普通の生活をさせてもらっていた奴らもいたが、そいつらは裏でローランドに家族や大切な人を人質に取られ、無理やりいうことを聞かされている多角スパイでしかない。もう家族が殺されているとも知らず誰かを裏切りながら過ごす、哀れな人々……。

 

 それを考えるとまだこの世界の倫理観は捨てたものではないと信じたいんだが……。と、ライナはため息をつきながら考え、

 

「んじゃ、開けますか」

 

 覚悟を決めて、扉を開けようと手をかけ、

 

「っ!?」

 

 中から発せられた殺気に気付き、慌てて後ろへと飛びずさる!

 

 瞬間、中の殺気の主はライナの行動に気付いたのか、「ちっ」と小さく舌打ちを漏らしながら、

 

「はぁっ!」

 

「っ!? おいおいウソだろ!?」

 

 無数の斬撃によって扉を瞬時に解体し、肩をぶつけるようにした突撃(チャージ)でライナの体にタックルを決めようとする!

 

「よっと!」

 

「なっ!?」

 

 しかし、ライナとしてもその程度の攻撃は簡単に喰らうわけにはいかない。何せ普段からこれよりも数十倍は早いフェリスの剣をいなしたりしているのだ。重装甲とはいかないまでも全身を鎧で固めた相手の突撃など遅すぎて、話にならない。

 

 ライナにあっさりとよけられたその騎士――短い金髪で帯剣した白い鎧の女性騎士は、さらに舌打ちを重ね腰の剣を引き抜きながら、

 

「私はこいつをここで食い止める! すまないが皆は自力で敵本陣から脱出してくれ!」

 

「いや、ここまでしてくれただけでもありがてぇ! 感謝する!!」

 

「え?」

 

 捕虜収容施設から次々と出てくるタルブ村やその近辺の村に住んでいた住人たちに呼びかけ、逃げるように指示を出す。

 

「えぇ!? おいおいおいおい、ちょ、ちょっと!?」

 

 どうやらライナが監視兵の一人だと勘違いされていると理解したライナは、慌てて手を振り「俺もその人たち解放に来たんだけど……」と誤解を解こうとするが、

 

「動くなっ! メイジッ!!」

 

「ぬおわっ!?」

 

 目も覚めるような速さで左腰のホルスターから抜かれた拳銃が火を噴き、ライナの眉間に向かって弾丸を放つ。

 

 長いハルケギニア生活で銃の存在を知っていたライナはかろうじてそれに反応しよけることに成功するが、

 

「あっぶね!?」

 

 弾丸の速度はフェリスの剣打(ライナおちょくりversion)に匹敵する速さを持っていたため、割と真剣に命の危機を感じたライナは、顔をひきつらせながらに三度バクテンしつつ後方へとのがれ女騎士との距離をとる。

 

 しかし、相手は対魔法使いの戦闘に慣れているのかすぐにライナとの距離を詰めようと、疾走を開始しており、

 

「あぁ、もう……めんどくさいな」

 

 これはいっぺん倒さないと話聞いてくれない……と、思ったライナは、詠唱に時間がかかるメイジ魔法ではなく、

 

「求めるは雷鳴>>」

 

「!?」

 

 使い慣れたローランドの魔法を行使する。

 

稲光(いづち)!!」

 

 瞬時に作成された魔法陣から飛び出す雷。女性騎士は一瞬だけ驚いた顔でそれを見るが、

 

「っ!!」

 

 メイジ相手に足を止めることの愚かさを知る彼女は、鎧についたマントを引っ張り前へと突き出す。

 

 そのマントは実は彼女の特注品で、とある理由で貴族をやめたある魔法具屋に売ってもらった彼女の切り札。そのマントには固定化の魔法がかかっておりある程度魔法を遮断してくれる働きがあるのだが、

 

「くっ!?」

 

 熟練の魔導師であるライナの電撃を完全に防ぎきることはできなかったのか、ほんの少しだけ彼女の体にバリバリとした痛みが走る。

 

 だがそれだけだ。彼女の疾走を止めるには至らない、

 

「お、おぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 そして、マントに視界を隠されたまま突撃を続けた彼女は、記憶の中から何とかライナがいたであろう位置を割り出し、マントを振り払いながら剣を翻すが、

 

「なっ!?」

 

 そこにはすでにライナの姿はなく、

 

「はい、ちょっとごめんな?」

 

「しまっ!?」

 

 跳躍し、壁をけり、天井の出っ張りを掴んで瞬時に失速した後、女性騎士の背後に着地したライナがそう声をかけると同時に、女性騎士はあわてて振り返ろうとする。が、すでにその手はライナにとられている。

 

「ほ~い」

 

「ぐぁっ!?」

 

 そうなってしまえばライナの独壇場だ。とった手の関節をきめ、足を払い体を回転させた後、あっさり彼女を投げ飛ばしたライナは、地面にたたきつけられたことにより絶息を起こしている彼女をうつぶせにして、逃げたり暴れられたりしないよう関節を決め直し、

 

「動くな……って、はぁ……俺ってばこんなに運動してもう明日死ぬんじゃない?」

 

「くっ……殺すなら殺せ!!」

 

 ナイフを女性騎士の首筋に突きつけあっさり無力化した。

 

「はぁ……。なんでこんなめんどくさいことになってるかな。とりあえずあんた、誰に頼まれて、こんなことしたの?」

 

「誰が話すかっ!!」

 

 まぁ、敵だと思われていたらその返答が返ってくるのは当たり前だよなぁ……。と、ライナは内心で埒もないことを考えつつ、このめんどうな状況を打開する説明を――自分でするのもメンドくせぇえええええええええええええ!! と、内心で嘆きながら、

 

「あぁ、もういいや……。シエスタのお願い終わったし。もう俺不眠不休で働いてたから眠くして仕方ないんだわ。俺もう……ゴールしちゃっていいよね?」

 

「え? え? ちょ、ちょまて!? どこへ行く気だお前!? ゴールってどこだ!?」

 

「zzzzzzzzzzzzzzz」

 

「か、関節きめながら寝るなァアアアアアアアア!?」

 

 結局最後は病気が再発してしまい、秘儀《いやいやこれ寝てるんじゃないよフェリス? 実は恒久的に関節を締めたまま寝たふりをすることによって相手に精神的苦痛を与えているんだ。だから剣を抜くなフェリス!?》を発動、

 

「うぅ……なんでだ? 涙が止まらねぇよ」

 

「今度は泣きだした!?」

 

 もうなんなんだこいつは!? といわんばかりに錯乱する女性騎士に、ライナはとりあえず事情を説明することにした。

 

 いや、ほんとにメンドくせぇえええええええ。と思いながら。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「くそっ……しつけぇぞ、ひげ男爵ならぬひげ子爵!! いつまでフラれた女のケツ追ってる気だ!!」

 

「ふむ? 何やらその竜が出す爆音がうるさくてよく聞こえないが、とりあえずバカにされたことは分かったよ、使い魔君!」

 

 そのころのタルブ上空では、高速で飛翔する鉄の竜と、暴風をまき散らすメイジを乗せた風竜が激闘を繰り広げていた。

 

 しつこく後ろから風魔法を放ってくるワルドの攻撃を、現代知識とガンダールヴの加護によって行える巧みな操縦によって何とか紙一重で交わすサイト。

 

 もとよりゼロ戦はその性質上パイロットの腕がそのまま空戦能力に直結する機体だ。ガンダールヴによって十全に機体を操ることができるサイトにとって、人間のメイジが放つ攻撃程度なら何とかかわすことができる。

 

 だからサイトは、いったん視線をワルドからはなし、

 

「おい、ルイズ! さっきその本光っていたけど大丈夫か!?」

 

「う、うん……大丈夫というかなんというか」

 

 先ほどから、後部座席の方で、光り輝いた《始祖の祈祷書》とやらを読んでいたルイズに声をかけた。

 

「なんか……わたし、とんでもないものに目覚めちゃったかも」

 

「あぁ? なに!? とんでもないものってっ!!」

 

 何やら打ち震えてるルイズにそう返しながら、操縦桿を殴りつけるように押し倒し急降下。ワルドのエア・スピアーを辛くもよけたサイトは、今度はきちんと振り返りルイズの顔を見る。

 

 その顔には、嬉しさと戸惑いが混ざったような複雑な表情が浮かんでいた。

 

「あ、あのね……この祈祷書にはある失われた属性の使い方が記してあって、ど、どうにもそれ私が使えるみたいなんだけど」

 

「攻撃魔法か!?」

 

「た、多分? で、でも、初歩の初歩って言っているしそんなに威力高くないかも」

 

「いや、それでもありがたい!! よくやったルイズ!! 愛してるぜご主人様!!」

 

「な、なによ!? あ、あんたに褒められたからって全然うれしくなんかないんだからね!!」

 

「いや……お二人さん、お取込み中悪いんだけど、上」

 

「「っ!?」」

 

 デルフの忠告を聞いたサイトは、操縦桿を平行飛行状態に戻した後足元のペダルをたたく様に踏みつける。

 

 それによって落下を無理やり止められたゼロ戦内部に凄まじい荷重がかかるが、サイトとルイズは必死にそれに耐えながら、ゼロ戦の急旋回を乗り切る。

 

 それと同時にゼロ戦が今まで飛んでいたところを貫く不可視の槍。

 

 それを放った敵は、こちらも鮮やかに竜を操りぴったりとゼロ戦の後ろへと付ける。

 

「くそっ……。あいつ、こいつ相手の空戦の仕方を心得てやがる!!」

 

「この飛行機の攻撃は前にしかできねーって気づかれたんだな、きっと」

 

 まぁ、あれだけ大立ち回りしてりゃ弱点見つけることぐらいわけないわな。と、デルフが漏らすのを聞きながら、サイトは思わず舌打ちを漏らした。

 

 ゼロ戦の武装は主翼につけられた二挺の機関銃と、機種につけられた7.7mm機関銃二挺。

 

 しかし、そのどちらもが旋回機能など持ち合わせておらず、ただ前の敵を打倒すためだけに取り付けられた武装だ。

 

 ひとたび当たれば強力な近代武装。しかし、それが当てられない背後に回られるとゼロ戦は一気に敵を狩る鷹から、鴉に追われる雀へと成り下がる。

 

 だからサイトは、再び晒してしまった己のふがいなさに歯を食いしばりながら、

 

「ルイズ、頼みたいことがある」

 

「わかってるわ、サイト。約束したもんね……一緒に戦うって」

 

 そんなサイトに、ルイズは笑って答えを返してくれる。そして、彼女は目覚めた始祖の祈祷書をめくり、そこから魔法を得ようとして、

 

「な、なによこれ!?」

 

 そこに記されたあまりの呪文の長さに悲鳴を上げた。

 

 これではサイトを守れない。そう言いかけたルイズに、今度はデルフリンガーが答える。

 

「あぁ……貴族の娘っこ。ソリャ仕方ないわ。だって虚無だもん」

 

「どういうことよ!?」

 

「虚無ってのはそれを受け継ぐ血筋もさることながら、一番の問題とされたのはその膨大な力を操るだけの制御技術なんだよ。デカイ力を使うなら、それ相応の時間と手間が必要だ。だから、そいつの呪文はそんなに長い」

 

「で、でも……これじゃ戦えないじゃない! こんな長い呪文――戦っている間に唱えられないわよ!!」

 

「でも使っちまえばすごいんだぜ? 確か嬢ちゃん生まれたときからまともに魔法使ったことないんだったよな?」

 

「それがどうかしたの!?」

 

「そうだな~。それだけの間にため込んだ魔力を使えば……」

 

 デルフはそこで言葉を切り、かちゃかチャト自分の身を鳴らしながら、ゼロ戦の視界に巨大な艦隊がよぎるを見て告げる、

 

「あの艦隊程度なら一発で沈められるね。その初歩の初歩で」

 

「「はぁ!?」」

 

 そのあまりにでたらめな威力に、ルイズとサイトは思わず息を飲み、

 

「そして、それだけの魔法を打つためには時間が必要だ。だから、呪文詠唱の間に主人を守る使い魔――ガンダールヴが作られたんだよ」

 

「「……」」

 

 デルフから告げられた真実に、サイトは覚悟を決めた顔をし、ルイズは驚きの表情のまま固まる。

 

 そして、

 

「ルイズ……」

 

「さい……と?」

 

「お前の魔法はあの船たちを沈めるために使ってくれ」

 

「っ!?」

 

 使い魔は決断を下した。

 

「で、でも……そんなことしたらここで、この竜の羽衣をワルドに落とされちゃう! そしたらあんたは」

 

 せっかく手に入れた帰る手段を、なくすことに……。と、ルイズが告げようとするのを聞き、サイトはワルドの攻撃を受けているにもかかわらず、やせ我慢の笑みを浮かべながら、ルイズを振り返った。

 

「安心しろ……。今度は絶対負けないから。俺は――虚無(ゼロ)の使い魔だぜ?」

 

「……」

 

 サイトのその笑顔を見て、ルイズは思わず息を飲む。そして、

 

「わかったわ……。がんばって」

 

「あぁ!!」

 

 使い魔の信頼に答えるために彼女は目を閉じ、

 

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ――!!」

 

 詠唱を開始する。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ゼロ戦を追いかけ、いたぶるように魔法を放っていたワルドは、そのゼロ戦から急激な魔力の高まりを感知した。

 

「まさか……ルイズかっ!?」

 

 使い魔の少年に魔法が使えないのは以前の戦いで知っている。だからもしも魔力を操ったというのなら、それは使い魔の少年の後ろに座っているのが見えたあの桃色髪の元婚約者しかありえない。と、ワルドは戦闘の合間のわずかな時間に即座に答えをはじき出す。

 

「はははは……やはり君は特別だったか!!」

 

 そして、トライアングルどころか――スクウェアすら越えながら膨大なまでに威圧感を増していくその魔力の高まりに、ワルドは思わず哄笑を上げた。

 

 やはり、自分の目に狂いはなかったと。やはり彼女は特別だったのだ、と。だが、

 

「おしい……実に惜しいよルイズ。そんな君を、僕自身の手で殺さないといけないなんて……」

 

 これも運命かな? と、不気味な笑みを浮かべながら呪文詠唱に入りかけたワルド。その時、

 

「っ!?」

 

 突如ゼロ戦が身をくねるように機体を旋回させ、ワルドの視界から姿を消す!

 

「なんだとっ!?」

 

 高速戦闘を得意とする《閃光》の二つ名を持つ彼であっても、思わず見失ってしまうほどの速度で行われたその軌道は、The Immelmanと呼ばれる曲芸飛行とほぼ同じ。

 

 それによって行われた高速の方向転換によって、はるか上空へと登ったゼロ戦はワルドを置き去りにして反対方向へと逃走を開始する。

 

「はっ!! やってくれる!!」

 

 いったいどうやった? 竜にできる機動ではない? あれは本当に竜なのか? そもそも生き物なのか? などなど、以前はグリフォン、現在は風竜と様々な幻獣に騎乗し空を制してきたワルドですら知らない飛行に、ワルドの血は熱くたぎった。

 

 だから彼は、

 

「面白いじゃないか……ガンダールヴぅううううううううう!!」

 

 騎乗する相棒の腹をけりつけ、自らが持つ最高の飛行技術でゼロ戦の後を追いかける!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 かかった! と、コックピットに置かれていたミラーを使い背後にワルドがおってきているのを確認したサイトは、何度も深呼吸をしながらシートベルトを外す。

 

 チャンスは一度。ここで撃ち落とせなかったら、もう攻撃手段を失いつつあるサイトに勝ち目はない。

 

 失敗は許されない。

 

 サイトは内心でそんな風に自分にプレッシャーをかけかけて、

 

「あぁ、バカか俺は! こんなところで緊張してどうする!!」

 

 もっと自信をもて。もっと気楽にいけ! 俺ならできる、できるんだよっ!! と、サイトは何度も自分に言い聞かせようとする。

 

 そんな彼を見かねたのか、彼の左手に握られたデルフリンガーがカチャカチャと音を立てながら声をかけてきた。

 

「なぁ、相棒。結構無茶するんだな」

 

「無茶じゃねぇ! 俺ならきっとできる!!」

 

「あぁ、そうだな。だって相棒、今までずっとフェリスの姉さんに鍛えられてたんだから、むしろできなきゃおかしいだろ?」

 

 そう言ってくれたデルフに、サイトはぽかんと口を開け、

 

「はは……あぁ、そうだな。あの地獄の特訓受けといて負けましたなんてフェリスさんにばれたら殺される」

 

 緊張した色を顔からけし、ようやくリラックスした笑みを浮かべた彼は、

 

「じゃぁ、ちょっと行ってくる!」

 

 呪文詠唱によって瞑想状態にはったのか、微動だにしないルイズに笑いかけながら、

 

「おらっ!!」

 

 デルフリンガーの柄につけられている革ひもを、操縦桿やフットバーを固定するように巻きつける!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ワルドは追跡していたゼロ戦が突如視界から消えたのをみて、舌打ちをもらし、背後から聞こえてきた発砲音に、竜の体をけりつけ急上昇させる。

 

 後ろか!! と、その発砲音を聞き、それによっておこった空気の震えから、ゼロ戦がどこへ向かっているのか理解したワルドは、瞬時に振り返り、自分の向かって凶悪な機首を向ける鋼の竜を目撃した。

 

 だが、

 

「どうやら今度は失敗のようだね!」

 

 ゼロ戦はワルドと同じ高度にとどまることに失敗し、ワルドのはるか下の空へと機体をおろし、そこでとどまってしまう。弾もうち切ってしまったのか、カチカチという耳障りな音しか響いていない。

 

 最後の最後で凡ミスか……がっかりさせてくれる。と、ワルドはその光景にため息を漏らしたが、しかし彼は軍人だ。敵であるなら、たとえ好敵手であっても容赦はしない。

 

「さらばだ、使い魔君。主を守れないまま眠れ!!」

 

 そして、ワルドは空を無様に飛ぶ鋼の竜に向け、エア・スピアーを放ちとどめを刺そうとした。

 

 その時!

 

 

「どこ見てんだよ」

 

「っ!?」

 

 上空から何かが降ってきた。

 

 そしてそれは杖を突きだしたワルドの眼前を通過すると同時に、

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「ぐあぁあああああああああああ!?」

 

 左手にもつ剣をひらめかせ、落下の力を利用しつつ、ゼロ戦を打ち抜くため、杖を構え突き出していたワルドの左腕のひじから先を見事に両断し、切り取る!

 

 そして、ワルドの優れた動体視力は、自分の左手気を斬りおとした敵の正体を的確につかんだ!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「貴様っ――使い魔ぁあああああ!!」

 

「俺は平賀サイトって名前があるんだ、覚えとけフラれ野郎!!」

 

 自分の左腕を斬りおとした敵に怒りの絶叫を上げるワルド。それに負けないほどの絶叫を上げながら、サイトは落ちる。そして、

 

「うがっ!?」

 

「相棒……もうちょいかっこつけてもいいと俺は思うぜ?」

 

「無茶言うな!!」

 

 初めてのスカイダイビングをパラシュートなしでやった恐怖に、心臓をバクバク鳴らしながらサイトは思わず情けない声を上げる。

 

 そうサイトは空中で縦に一回転しようと頂点に達したゼロ戦から飛び降り、上空からワルドを急襲したのだ。

 

 近代曲芸飛行技術を使って背後に回っての銃撃も、ゼロ戦の弱点を知り尽くしたあのクラスの騎士なら確実に対抗策を練っている。それに弾丸は直線にしか飛ばない。よほどうまくターゲットできたとしても発砲音と同時に急加速や急降下をされてしまえば弾丸では届かない可能性があった。

 

 だからサイトは確実にワルドを倒すために、この方法をとった。なけなしの弾丸は囮に使い、ワルドに背後を向かせ自分の急襲に気付かせないようにし、上空から剣の一撃で敵が杖を持っている手を切り裂く。

 

 そしてその攻撃は見事に功を奏し、サイトは無事、下に控えていたゼロ戦の座席への着地を成功させていた。

 

 まぁ、着地の体制は尻から座るような形でだし、足を曲げそこなったせいで盛大にかかとをメーター各種に打ち付けてしまったがそれはご愛嬌ということで。

 

「ワルドは!」

 

「安心しろ。空戦では何よりも重要とされるのは、幻獣にのりながら自由に飛ぶために必要なバランス感覚だ。だが、あいつはバランスをとるための重要な器官である左手失ったんだ。たとえ死んでなくても今の戦場じゃもう戦えねえよ。杖もねえしな」

 

 デルフが言った通り、サイトが上空を見上げるとそこにはひじから先がなくなった腕から、血の雨を降らせながら風竜の背中にうずくまるワルドの姿があった。あれでは確かに戦えないだろう。

 

「そう……か」

 

 サイトはそれを見て安堵の息をつき、

 

「さぁ、最後の大仕事だ相棒!」

 

「あぁ、わかってるよ!!」

 

 ゼロ戦の機首を艦隊に戻し、空を制した伝説は再び戦場へと馳せ参じた。

 




 ようやくサイト大活躍ww

 何気にこのお話ではワルドにようやく勝てたという……ねぇ。

 おせぇよ主人公orz


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聖騎士の末裔

「つ、つまりお前はタルブ村の住人に頼まれて、私と同じようにここに捕まっている人々を解放しにきた傭兵だと?」

 

「あぁ、まぁ……そんなかんじ?」

 

「いい加減だな!?」

 

 しゃきっとせんか!! と、ギャンギャン吠えてくるアニエスの追及を、両手で耳を防ぐことでかわしながら、ライナはひとまず誤解が解けたことに安堵する。

 

 今回は独断専行なのでバーシェンとアンリエッタの名前が出せない。そのため説得には時間がかかってしまったが、とりあえず成功したのでいいだろうとライナ自己完結する。そして、彼は地面に這いつくばらせて押さえ込んでいたアニエスからひとまずどき、さっきの戦闘で着いてしまった服の汚れをパンパンとらはらい落とした後、大きく伸びをした。

 

 ずっと関節を決めながら話していたため、すっかり体が固まってしまっていた。

 

「んじゃ、さっさと村人のところ行こうぜ。いくら元気があっても、あれだけの人数だ……。兵隊に見つからずにこの陣を出られる可能性は低いだろうし」

 

「む、そう言われればそうだな」

 

 本来なら私が護衛として脱出させる予定だったんだが……。と、呟きながら、こちらもライナと同じように立ち上がり、忌々しげに睨み付けてくるアニエスに、ライナは思わず眉をしかめる。

 

 えぇ……勝手に勘違いしたくせにそりゃなくね? とか、俺の話きかなかったのお前じゃん。とか、言いたいことは腐るほどあったが、

 

「あぁ、もうそれすらめんどくせぇ……。もういいよ、だいたい俺のせいでもういいよ」

 

「投げやりすぎだろう!?」

 

 もとよりカッチリした性格をしているアニエスには、そんなライナのふまじめな態度が気に入らないのか、やはりあまり機嫌は良くなさそうな視線でライナをにらみつけ、

 

「くっ……この作戦が終わったら貴様の性根をたたきなおしてやる!」

 

「あぁ、もうはいはい。それでいいよ」

 

 俺、魔法学院男子寮管理人兼バーシェン付きの文官(どれい)だから傭兵なんて二度と会う機会ないだろうし……。と、アニエスの宣言から逃げ切れる自信があるライナは平然とアニエスの怒声を受け流す。

 

 彼は知らない……。この後、王宮を訪れるたびに彼女と会うくらいになってしまうほど、彼女が出世しまくることなど……。

 

 だが、そんなことよりも、

 

「でも、その前に」

 

 今はもっと片づけないといけない問題がある。

 

 それを感知していたライナは、鋭く収容所の影へと視線を走らせ、

 

「いいかげん出てこいよ。森から付いてきているのはわかってんだぞ?」

 

 そこに向かってだるそうな詰問をぶつけた。

 

 反応はない。そんな様子を見て、アニエスは突然影に向かって話しかけたライナを《頭おかしいのか?》と言わんばかりの顔で、視線を向け、

 

「っ!?」

 

 ライナに向かって無音のまま投擲されたナイフを見つけ眼を見開く。

 

 いつの間に投げられた!? と、彼女の視線がそう言っているのをライナは知覚する。

 

 当然、自分に向かって飛んできているナイフなどとっくの昔に気づいていた。

 

 そのため、

 

「はぁ、マジめんどくせぇ……」

 

 暗殺者かよ。と、敵の戦闘スタイルから、そういった戦闘が得意な職種を予想として挙げつつ、ライナは即座に右手を翻し、自分に向かって飛来するナイフの柄をあっさりつかみ取り、その飛来を制止。

 

「返す」

 

 と、軽く告げつつ投げられたときの倍以上の速度でナイフを投げ返した。

 

「っ!?」

 

 驚いたのは暗殺者のほうだ。まさかあのタイミングでナイフをつかみとられた揚句、自分の投擲技術をはるかに上回る速度でナイフが返されるなどと、思っていなかった暗殺者は、沈黙の中に驚きの空気を放ちつつもそのナイフを回避。

 

 しかし、それによって暗殺者の体は潜んでいた収容所の影から飛び出さざる得なかった。

 

「って、おまえ!?」

 

 だが、ライナはそんな暗殺者の姿を見て驚く。

 

 明らかに体術では自分の各下とわかった相手の姿を見て驚く。

 

 それはそうだろう。なぜならその暗殺者は、

 

「水よ……」

 

「まずい!?」

 

「は?」

 

 右手に青い指輪を着けた、

 

「有れ!!」

 

 アルビオンでライナ達を苦しめた、《勇者の遺物》使いの暗殺者だったからだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 何なんだこいつらは? と、アニエスは思わず舌打ちをもらしそうになる。

 

 彼女には理解不能な人物は現状二人存在する。自分を体術だけで倒せるほどの実力があるくせに、常にやる気が見えないメイジ。

 

 こいつに関してはまぁいい。人間としての在り方にいろいろ言ってやりたいことがあるが、一応味方だ。理解できなくても許容はしよう。

 

 だがもう一人は完全に駄目だ。

 

 黒いフード付きのローブに、顔を完全に隠す仮面といった不審者仕様の暗殺者。こいつは、杖や魔力など一切使っているように見えないくせに――信じられない速度で動く水でできたオオカミのような獣を一体召喚し、襲いかかってきた!

 

「おい、ダルそうなメイジ! あれは敵でいいんだな!?」

 

「たぶんそのはずだ! アルビオンでレコンキスタ軍として参加しているのを見ている!」

 

 アルビオンの革命騒ぎのときにもいたのか……。と、さらに謎が深まるライナの存在に、思わず眉をしかめながら、

 

「なら、たたき切る!」

 

 アニエスは、とりあえず自分の安全を確保するために横とびに獣の突撃を交わした直後、その獣の処理をライナに任せ、瞬時に疾走体制に入り獣を放つ仮面の暗殺者に突撃を仕掛ける。

 

 だが、

 

「おそい。あの時の相棒とは比べるべくもないな、魔法使い」

 

「っ!? さがれアニエス!」

 

「つっ!?」

 

 瞬間、ライナの警告が飛ぶ前に、アニエスの傭兵としての長年の勘が、彼女の背中に氷を押しあてたかのような悪寒を走らせる。

 

 アニエスは長年自分を生かしてきたその直感に従い、あわてて突撃を止め急停止。後ろに跳ねるように飛びずさり、

 

「まだいるのか!?」

 

 地面から泉のように湧きだした水が、アニエスの足が通ったであろう場所を食い千切るオオカミの頭に変わるのを目撃し、思わず冷や汗を流す。

 

「何だあれは!」

 

「勇者の遺物……。こっち風に言うなら異世界の神器? 《四獣の聖騎士》ハルフォード・ミランが使ってた、四つの指輪の一つだ!」

 

「……なに?」

 

 ハルフォードの、遺産!? と、この世界に住むものならだれもが知っている英雄の名前に、アニエスは度肝を抜かれつつ、

 

「それは……確かに厄介だな」

 

 経験者(・・・)として、苦虫をかみつぶしたような顔で、思わずうめき声をあげた。

 

 あれは確かに、味方として戦ってくれるなら頼もしいが――敵に回れば恐ろしいほど厄介な存在だと。

 

「って、あれ? し、信じんの?」

 

「この状況で疑ってどうする?」

 

「いや、普通はメイジの魔法だって思うもんだと思うんだけど……」

 

「……」

 

 しまった、下手を打った。と、アニエスは思わず舌打ちを仕掛けた。

 

 それはそうだろう。ライナが言うように普通はあんな異質な獣を見たところで、まずはメイジの魔法か先住の魔法かを疑う。突然伝説のアイテムの力だ! なんて言われたとこで、鼻で笑って切り捨てることが本当なら正しい反応だ。

 

 だが、アニエスは最初からライナの言を信じた。

 

 まるで、その遺物のことを深く知っていて――実在していることを疑っていないように。

 

「……そうか? あんな魔法を使うメイジはそういないだろう?」

 

「……」

 

 だが、半ば疑われているにしてもここで真実を話すわけにも、話すつもりもないしな……。と、アニエスはあくまでしらを切りとおすことを選択したのか、シレッと言い切り後方に控えていたライナから視線を外した。

 

 当然、そのライナ派からは何か言いたげな視線が飛んでくるが、

 

「――水よ」

 

「あぁ、もういっか。ただでさえメンドくせぇ状況なんだし……」

 

 彼のめんどくさがりな性格が功を奏したのか、ライナはそれ以上特に言及することなく、

 

「俺がこいつらを抑える。あんたは逃げろ」

 

 そう言って、先ほど足元から湧き出した獣に加え四頭となって襲い掛かってきた水の獣たちを迎撃するために構える。

 

 しかし、

 

「私に向かって逃げろと? ふざけるなよ。私は戦士だ」

 

 近接戦では貧弱なメイジを一人置いて逃げられるか。そう言ってアニエスはライナの眼前に立ち、剣を構えた。

 

 背中にライナの驚きの視線がぶつかってくる。それはそうだろう。先ほどライナ相手に圧倒されてしまった自分だ。ハルフォード・ミランが使った魔導具を相手にしてはいささか分が悪いと評価されても仕方がないことぐらい自覚している。

 

「おい、やめろっ!! さっきの攻撃躱せたから勘違いしているのかもしれないけど……」

 

 あの指輪の力はあんなもんじゃない! と、ライナが絶叫する前に、

 

「お前こそ勘違いしていないか?」

 

 私の実力があの程度と思ってもらっては困る。と、アニエスはライナの忠告を切って捨てる。

 

 瞬間、

 

「くだらない戯言はそれまでか?」

 

 先ほどの攻撃とは比べ物にならない速度まで加速した水の獣たちが、いつのまにかアニエスの眼前へと到達し、その獅子へと牙を突き立てようと大口を開いていたところだった!

 

 しかし、

 

「いいや、もう少し付き合ってもらおう、暗殺者」

 

 瞬間、アニエスの腰に差された剣が凄まじい速度で引き抜かれ、右足と左腕に噛みつこうとしていた水獣を一閃のうちの両断する。

 

 目もさえるような速度の太刀筋を見て驚いたのか、暗殺者と水獣の動きが固まる。どうやら一瞬指示を滞らせてしまったらしい。

 

 好都合だ。アニエスは不敵な笑い、懐の銃を先ほどの抜刀ほどの速度で取出し、

 

「喰らえ」

 

 発砲。アニエスの左足に向かって這うように襲い掛かってきていた水銃の頭を吹き飛ばす。

 

「くっ!」

 

 そこでようやく自分の水獣が三体瞬く間にやられたことに気付いた暗殺者は、こちらに向かって最後の水獣を消しかけながら後退しかけた。

 

 おそらく、私たちの視界に入らないところから水獣を生み出しけしかける気だろうが、

 

「させると思っているのか?」

 

 アニエスは小さく笑みを浮かべ、両手に持った剣と銃を投げ捨てる。

 

 そして、

 

「そら、追加だ」

 

「っ!?」

 

 マントに結びつけておいた5丁あるうち二つあるマスケット銃を瞬時に引き抜き、照準――発砲!

 

 襲い掛かってきた水獣と、逃げようとした暗殺者の肩を瞬時に射抜いた!

 

「ぐぅっ!? 貴様!?」

 

「あいにくと私はメイジ専門の賞金稼ぎとして有名でな。魔法に対抗するために、銃はいつも複数持ち歩いている」

 

 おかげですっかり鍛えられてしまった。と、最近女性特有の柔らかな肌を押しのけ硬質な筋肉が顔を出し始めているのをちょっとだけ切なく思いつつ、アニエスは両手に持った二丁の銃を破棄。先ほど捨てた剣と、マントにまだ残っていた最後のマスケット銃を片手ずつに持ちライナに笑いかける。

 

「これでもまだ、私に逃げろとぬかすか?」

 

「……はぁ、マジかよ。さっき俺が勝てたの実はまぐれじゃね?」

 

「戯言を……」

 

 お前だって本気は出していないだろう……。と、内心で舌打ちしつつも、

 

「デカイは魔法で一撃だ。しばらく時間稼いでくれ」

 

「時間を稼ぐのはかまわんが――あまりかかるようなら倒してしまうかもしれんぞ?」

 

 アニエスはそう告げつつ、肩をうがたれた痛みにうめき声を上げながらも、しっかりとこちらを攻撃するための水獣を生成しなおしている暗殺者に向かって、疾走を開始した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 賞金稼ぎだと? と、暗殺者――ビオ・メンテは冷や汗を流しながら、抗議の声を上げかけた。

 

 なぜなら、

 

「傭兵アニエス……。何が賞金稼ぎだ」

 

 奴はそんな生易しいものではない。と、ビオは暗殺者として知っていた。

 

 なぜならアニエスは、彼女のご同輩として裏社会の名を馳せていたからだ。

 

 メイジを嫌う――特に炎の魔力を持つメイジを蛇蝎のごとく嫌うこの女傭兵は、裏社会ではこう呼ばれていた。

 

 《メイジ狩り・メイジ専門暗殺者》アニエスと……。

 

 その依頼達成率は驚くべきことに100%。平民では絶対に勝てないといわれるメイジを専門として取り扱っているのに……だ。

 

「格が違う」

 

 この伝説の指輪を手に入れてようやく化物集団と並び立てる自分では、素の戦闘能力で一歩も二歩も劣っているような各上の傭兵。

 

 まともに取り合っていては命がいくつあっても足りない。

 

 だから、

 

「水よ……」

 

「っ!? また獣が増え……!!」

 

 彼女は何のためらいもなく、逃げを打つために、水の獣による物量ゴリ押しによって敵を足止めする選択肢をとった。

 

 もとより彼女はここで戦闘するつもりはなかった。ライナに気付かれたため、仕方なく交戦したに過ぎない。

 

 本来の彼女の依頼は、ライナ達の暗殺ではなく、ウェールズの暗殺。今回このタルブ平原に来たのも、戦闘のどさくさに紛れてウェールズを殺すつもりでやってきていたのだ。

 

 だが、

 

「めんどくさいことに巻き込まれちゃったわね……」

 

 彼女は結局その依頼よりも、とある野暮用を遂行することを選択した。

 

 幸い暗殺期限はまだまだ先だ。トリステインがアルビオンを包囲することができる戦力を整えるまでにはまだまだ時間がかかる。ここで多少チャンスを逃したところで、ウェールズ程度なら殺す機会はいくらでも……。

 

 と、彼女は自分の心に言い訳しかけて、

 

「何やってんの、私……」

 

 と、思わずため息を漏らした。

 

 暗殺者らしからぬ判断だったと彼女は自覚している。人にやとわれる暗殺者なら、役に立たないとなれば即座に切り捨てられる暗殺者なら、何をおいても依頼を達成するための努力を惜しんではいけないのに……わざわざ火竜騎士団にケンカを売ってまで、ある少女を助けてしまい、あまつさえアフターケアのために男メイジがうまく捕虜を解放できるかどうか見張るなんて、

 

「ほんとうに……最近の私はどうかしている」

 

 普通の生活に、入り浸りすぎたのかしら? と、小さく嘆息を漏らしながら、大量の水の獣に足止めされているアニエスを一瞥し、

 

「水よ!!」

 

 再度、自分が思い描く光景を作り出すため、水の獣に指示を出した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 変化に気付いたのは水の獣たち相手に苦戦しているアニエスを、後方で見ていたライナだった。

 

「っ!? アニエス……気をつけろっ!」

 

「なに……を」

 

 いいだす!? と、いいたかったのか、邪魔をするなといわんばかりの険しい声音で怒鳴りかけたアニエスだったが、自分の目の前で起こった信じられない光景に気付いたのか、思わず息を止めた。

 

「……な、なんだあれは!?」

 

 水の獣が続々とアニエスから引いていき、暗殺者の前に集まると見る見るうちに一つの巨大な塊へと変貌していた。

 

 それはやがて形を整え、その存在を世界へと知らしめていく。

 

 筋骨隆々とした猫背の透明な巨躯。その背中からは巨大な蝙蝠の翼が生えだし、耳まで裂けた口からはぞろりと鋭い牙をのぞかせる。

 

 瞳は金色の色を宿し、その頭部からは牡羊のような巨大な螺旋に巻かれた角が突き出ていて……その姿はまるで、

 

「あ、悪魔か!!」

 

「くそっ!!」

 

 ライナはその光景を見て思わず舌打ちを漏らした。

 

 あの姿は間違いない。自分と相棒が手も足も出なかった、あの漆黒の男――フロワードも使っていた、悪魔の姿だ。

 

 あの時は、首を斬りおとされようが腕を断ち切られようが、平然と元に戻って襲い掛かってきた悪魔に手も足もでず、何とかハッタリでフロワードを脅しひかせたのだが……

 

「逃げろっ! アニエスっ!!」

 

 この場に頼れるフェリス(あいぼう)はいない。

 

 アニエスもかなり強いが、それでもフェリスには劣ることが今までの戦闘でライナには十分わかっていた。

 

 勝てるわけがない! ライナはそう確信していた。だからこそ、ライナはアニエスに逃げるように叫ぶが、

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「くっ!?」

 

 悪魔があげた産声が、アニエスの行動を阻害し逃走をさせない!

 

 悪魔の大音量の絶叫に、アニエスが思わず耳を塞ぎしゃがみこんでしまったからだ。

 

「しまっ!?」

 

 アニエスが悲鳴を上げかけ、

 

「アニエスぅううううううううううう!!」

 

 ライナが絶叫する。しかし、

 

「――!」

 

 間に合わなかった……。

 

 悪魔の丸太のような腕が振るわれ、アニエスの華奢な体を爪でとらえる。

 

 まるで弾丸のように宙を飛んだアニエスは、そのまま壁にたたきつけられ、

 

「がっ……」

 

 動かなくなった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「かはっ……」

 

 ビオは仮面の中で荒い息をもらし、何とかライナ達から距離をとっていた。

 

 やはりまだまだ制御訓練が必要ね……。と、ビオは小さく漏らしつつも後ろをわずかに振り返り、先ほど自分が作り出した悪魔の姿を確認した。

 

 先ほど自分が畏れたアニエスは、どうやら悪魔にやられてしまったのか、グッタリと壁にもたれかかったまま動かなくなっていた。

 

 もう一人の敵であるライナは、そんなアニエスを見てしばらく呆然とした後、

 

「……くそっ!!」

 

 泣きそうな顔になりながら、朗々とルーンの詠唱を再開した。

 

 あの詠唱……おそらく使う魔法はライトニングクラウド。風のスクウェア魔法だ。

 

 自分が作り出した水獣たちには一般的メイジ魔法など児戯に等しい存在でしかない。しかし、スクウェアの広範囲魔法となると、話は違う。

 

 火力もさることながら、その広範囲に至る攻撃魔法を水獣だけで防ぐだけの技量が、今のビオにはなかった。

 

 おまけに、

 

「あの悪魔生成にもかなり無理をしていますしね……おそらくもってあと数十秒」

 

 かなり輪郭が怪しくなり始めている悪魔の姿と、無理して自分の限界以上の性能を指輪に強いているせいで呼吸器系に異常が出始めている自分の体に、ビオは悪魔の顕現限界時間を割り出す。

 

 だがこのままでは、ライナが作り出す魔法によってビオは致命的な一撃を食らうことになる。死にはしないにしても、恐らく自分は確実に気を失ってしまう。そんなことになれば捕虜として捕まり、レコンキスタの情報を引き出すために凄絶な拷問にかけられてしまうだろう。

 

そんな未来が簡単に予測できたため、ビオは最後の力を振り絞り、

 

「いけっ……!!」

 

 悪魔に指示を下す。

 

 その指示は、

 

「なんでもいい……あの男の詠唱を止めろ!」

 

 悪魔は忠実にその指示に従い、

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「っ!!」

 

 ライナに向かって鋭い爪をもつ大きな腕を振りかぶる!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 どうする!? ライナは自分に向かって振るわれる巨大な腕を見て、思考を巡らせる。

 

 ライナの身体能力ならよけられないこともない。だが、ライナはいまだにメイジ魔法を覚えたとはいえ使い慣れたわけではない。

 

 下手に詠唱途中に激しい動きをしてしまえば、魔法の結実に失敗し魔法が発動しない可能性があった。

 

「くそっ!」

 

 中途半端に指輪の制御と、魔法の訓練をそれぞれしていたツケがここで回ってきた。

 

 どうする!

 

 ライナは考えに考えた結果、

 

「仕方ない……」

 

 魔法を崩してでも、悪魔の一撃をよけることを選択した。

 

 それはそうだ。命あってのものだね……。あの危険な暗殺者は逃すことになるだろうが、背に腹は代えられない。

 

 と、ライナが回避動作に移るためわずかに重心を動かしかけたときだった。

 

「やめるな! 魔法を打ち込め!!」

 

「っ!?」

 

 その行動を制止する声が一つ。ライナは思わずその声に従い、瞬く間に魔法を完成させ、

 

『ライトニング・クラウド!!』

 

 雷を内包する黒雲を、捕虜収容所全体に解き放った!

 

「っ!?」

 

 そこから発生する雷の一撃が暗殺者に向かって襲い掛かる。

 

 だが、暗殺者はかろうじてそれの気づけたのか、わずかに体をずらし回避行動をとった。だが、

 

「グぅ!!」

 

 雷撃の速度にはさすがにかなわなかったのか、雷の一撃により、仮面を見事に弾き飛ばされた暗殺者はうめき声をあげてうずくまる。

 

 そして、ライナに迫っていた悪魔の一撃は、

 

「……あに、えす?」

 

「あの程度で私がくたばったとでも思ったのか?」

 

 見くびるなよ? と、不敵に笑い、いつの間にか復活を果たしていたアニエスによって止められていた。

 

「っ!! 何してんだバカっ!!」

 

 ライナの脳裏によみがえるのは、悪魔の爪の一撃をくらい血まみれになったフェリスの姿。

 

 あの時の相棒は、軽く生死の境をさまよいライナの必死の看病と、剣術によって鍛えられていた体によって何とか命をつなぐことに成功したのだ。

 

 そんな一撃を、アニエスは受けた。

 

 無事であるはずがない!

 

 ライナがそう思いあわててアニエスに駆け寄り、

 

「え?」

 

 その体に傷一つ付いていないことに唖然とした。

 

「本当は使いたくなかったんだがな……」

 

 苦々しげにつぶやいたアニエスの体は悪魔の爪によって貫かれるどころか、土一つ付いていない白銀の鎧によって完璧に守られていた。

 

 先ほど振るわれた悪魔の一撃も、アニエスに傷をつけていない……いや。

 

「止まってる?」

 

 その一撃は、アニエスに鎧に食い込む目前――数センチほど手前でまるで見えない壁に阻まれているかのように静止していた。

 

 いったいどうなってんだ!? と、ライナは驚いていたが、

 

「っ……風っ?」

 

「ほう……よく気づいたな」

 

 アニエスの周囲にゴウゴウとうなりを上げて、壁を作り出している風の障壁に気付き目を見開いた。

 

 なぜなら、アニエスを守る風の壁はライナの複写眼(アルファ・スティグマ)に映らなかったから。

 

 すなわち、その壁は魔法によって作られたものではないということ。だというのに、悪魔の一撃を防ぐほど強固な障壁を張っている。となると、そんなことができる物の正体は――ある一点に絞られる。

 

「勇者の――遺物」

 

「勇者か。どちらかというと聖騎士だな……」

 

 魔法は嫌いだから私はあまり使いたくないんだが……。と、アニエスは苦々しげに漏らしつつ、地面にうずくまる暗殺者の方を振り向き、冷たく告げた。

 

「私の名前は――アニエス・ミラン(・・・)。《四獣の聖騎士》ハルフォード・ミランの末裔にして、彼の鎧《フェリペスの外殻》を継承した者だ」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 時分と同じ異界の神器使い!? ビオの脳裏に戦慄が走った。

 

 まずいまずいまずいまずい……!? こんなところで、こんなでたらめな敵に会うなんて予想外すぎる!

 

 ビオは自分の運のなさを呪い、敵の強大さに舌打ちする。

 

 だが、

 

「捕まるわけにはいかないのよ……」

 

 捕まった暗殺者の末路なんてどれもろくでもないものなのだから……。自分の命と尊厳を守るために、

 

「水よっ!!」

 

「なっ!?」

 

 ビオはあえて命令を下す。

 

 命令する相手は、形状維持すら難しくなり始めている悪魔。

 

 指示内容は簡単。

 

 ――自壊せよ。

 

「しまっ!!」

 

「おわっ!?」

 

 その命令を正しく果たした悪魔は、ただの水の濁流と成り下がりアニエスの体を飲み込んだ。それと同時に、後ろに控えていただるそうな男のメイジが、慌ててライトニングクラウドの魔法を解く。

 

 それはそうだろう。使用者のビオだからこそ、指輪で生成されたこの水は通電しない知っているが、普通の人間なら雷に満ちた空間に発生した水を見た瞬間、まずは感電することを恐れる。

 

 だからこそ、ビオは黒雲がなくなった通路を悠々と逃走することができた。

 

 体は引きずっていても、ダメージのほとんどは指輪の酷使によるものだ。しばらく休憩すれば元に戻る。先ほどくらった雷撃も仮面を犠牲にするぐらいで被害は微々たるもの。

 

 あの仮面はお気に入りだったが仕方がない。また新しいものを買おう……。と、小さく今まで愛用していた仮面の名残でちらりと後ろを振り返り、

 

「なっ!?」

 

 男性メイジが自分の顔を見て驚き固まるのを見て、まずいと眉をしかめた。

 

 顔を見られた……。それも素顔の……。いや、任務中はどうせ違う顔になっているし、普段の生活でも素顔を晒したことなんてないのだから別にここでこの男に素顔がばれたところで何ら困りはしないのだが、だからといって暗殺者が素顔を知られることは、あまりほめられたことではないだろう。

 

 そんなことに小さく舌打ちしつつ、ビオはさっさと姿を消す。

 

 男のメイジが――「なんでこんなところにっ!?」と、死人を見るような顔で自分の背中を見つめていることなど知らずに。

 




辞めといたらと友人に言われましたが……。

 せっかく、『ミラン』なんておいしい名前してんだぜ!? 使わない手はない……。

 はい、ごめんなさい……調子に乗りました。

PS.拝啓、
 天国へ行っておられるはずの故ヤマグチノボル先生
 原作が完結していないのに逝かれてしまったのは、一ファンとして非常に悔しいです。最終構想は出来上がっているらしいのですが、はたして続きが出るかどうか……。

 とにかく、お悔やみ申し上げます。

 あなたが描き出した《ゼロの使い魔》はさまざまな二次作家に活躍の場を与えてくださいました(まぁ、二次創作自体あまりほめられたものではないですが……)。一人の二次作家として、このような夢のある世界を描き出していただいたことを、深く感謝いたします。

 敬具

 2013年4月12日

       過労死志願

 ヤマグチノボル様
       侍史


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終わる戦争

 ライナは暗殺者が消えた闇を茫然とした様子で見つめていた。

 

 なんで、どうして!? そんな言葉が彼の内心を埋め尽くす。

 

「なんで――ビオがこんなところで!?」

 

 なぜならその暗殺者の顔は、以前自分の目の前で殺された……いや、自分の魔眼《複写眼(アルファ・スティグマ)》を暴走させるために殺された、自分を愛してると言ってくれた暗殺者――ビオ・メンテの顔とまったく同じだったから。

 

 いったい何が起こっている? 俺、幽霊でも見たのか? と、信じられない事態に珍しく混乱するライナ。だが、状況はそんなライナを待ってはくれなかった。

 

「おい、何をしているメイジ! 追撃はもう無理だ。だったら私たちも早くこの本陣から脱出したほうがいい」

 

「あ、あぁ……」

 

 茫然と立ちすくむライナを現実へと引きもどしたのは、苛立ちまじりに腕を引っ張ってきたアニエスの怒声だった。

 

 そうだ。今はまだ戦場にいるんだ……立ちすくんでいたら死ぬ。アニエスの忠告にようやく暗殺者の素顔を知ったショックから立ち直ったライナは、

 

「ワリィ。すぐ行く……」

 

 そう言って、せめて何か証拠を……。と思い、暗殺者が落とした仮面を拾いその場から離れた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 アニエスはようやく立ち直りともに走りだしたライナに安堵の息をもらしながら、周囲の状況を観察する。

 

 あれからかなり時間もたった……。やはり混乱も落ち着き始めているな。と、アニエスがそう評した先には、中隊単位で固まり大隊長たちに指示を仰ぐ兵士の集団があった。

 

「怖気づくな! たとえ大将閣下がやられたのだとしても、まだ負けたわけではない。数の上ではまだまだ我々のほうが有利。それに我らには空に座す最強のアルビオン艦隊がついて居る! トリステインなどおそるるに足りぬ!!」

 

 声高に各所で号令を下す大隊長の大声に、アニエスは小さく舌打ちをもらした。

 

 まずいな……。混乱に乗じて捕虜とともに私たちも逃げるつもりだったが、これではすぐに!!

 

「おい……貴様ら見たことない顔だな? 所属と上官の名前を言え」

 

「「っ!?」」

 

 アニエスの不安は現実となった。疾走していた二人を呼び止めたのは、本陣各所を走り回り軍の統制を取り戻すための伝令兵。その数約20名。蹴散らすのはたやすいが、

 

「どうする?」

 

「どうするって……ここで暴れたら間違いなくほかの兵隊たちも気づくって。そうしたら間違いなく今よりめんどくせぇことに……」

 

「だな」

 

 伝令兵を蹴散らしなんてしようものなら、自分たちが的だと大声で叫んでいるようなものだ。下手しなくとも周りにいる軍人全員が敵になる……。

 

 だが、ごまかすこともできない。急場の依頼だったため、敵の実情や部隊名、上官名などの情報は全く持ち合わせていない。下手に名前を告げたところで、すぐに嘘だと見破られてしまう。

 

 どうする!? どうする!?

 

 アニエスが内心で脂汗を流しながら、何とかこの状況を打開するすべはないかと必死に頭を巡らせているとき、

 

「おい……なんだあれ?」

 

「あ?」

 

 突如、一人の兵士が上空を指さし騒ぎ出した。

 

 それにつられてアニエスたちの尋問をしていた伝令兵たちも、空を見上げ、

 

「「「えっ?」」」

 

 突如、天空に出現した太陽が、彼らの守護神である最強――アルビオン空軍を飲み干すのを目撃した。

 

「なっ……!?」

 

「おいおい、何だあの魔法!? どんな威力してるんだ!?」

 

 そんな異常な光景に当然アニエスも驚き、魔法を複写眼(アルファスティグマ)で見ていたライナも度肝を抜かれた。

 

 なぜならその魔法は、圧倒的な広範囲に爆風と爆炎をまき散らす魔法であるにもかかわらず、その破壊対象を選別――決してその魔法では船に乗る人員までは傷つけないように例外として設定し、そのすべてを無傷のまま、空の艦隊のすべてを沈めたのだ。

 

 そんな、魔法というにしても異常すぎるその光景にライナはしばらく茫然としていたが、

 

「か、艦隊が……」

 

「おれたちの命綱が……」

 

 絶望したように伝令兵がつぶやきを漏らすのを聞き、我に返る。

 

「おい、アニエス! 今のうちに逃げよう」

 

「あ、あぁ!? そ、そうだな!!」

 

 そうして二人は、再び敵本陣を襲った大混乱に乗じその本陣からの脱出を成功させた。

 

 それとは逆方向からトリステイン王軍が、艦隊を失い、指揮官を失い――四肢をもがれたも同然のアルビオン軍を蹂躙するために、静やかに進軍を開始していることなど知らずに。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「勝ったな、アンリエッタ」

 

「えぇ……。ですがあまり気持ちのいい勝利ではありませんね」

 

 結局われわれは、自らの力で勝ったのではありませんもの……。と、どこかやるせない表情をしたアンリエッタはそう漏らしつつも、この戦争の落とし所についてバーシェンと話し合うことにする。

 

「ところでバーシェン卿。本当によろしいのですか? 生き残った敵兵は貴族以外殺さず放逐するなど……」

 

「構わん。本来ならあの戦略を世に出さないために、皆殺しにするべきなのだろうが……」

 

 そんなアンリエッタの質問に、バーシェンは鋭い瞳を上空へ向け、燃え盛りながら地上に落下するアルビオン艦隊のなれの果てを見つめた。

 

「最後に起こったあの太陽によって、大体の活躍は持っていかれてしまったからな。いまさら、おれが行った小手先の小細工を気にする人間などいないだろう」

 

「ですが……」

 

「それにだ」

 

 虐殺をしなくていいのは良かったが、そんな理由でさっきまで出していた指示を取り下げるなど、理論的なバーシェンらしくない。と思ったアンリエッタの抗弁に、バーじぇんは返事を返した。

 

「あの光はむしろチャンスだ。トリステインには最強の艦隊を一撃で沈める魔法があることが知れ渡れば、アルビオンはおろか、ガリアやロマリア……ゲルマニアであってもトリステインには容易に手出しができなくなる。それを実現するためには、生存者を一人でも多くして、噂の伝播に努めるのが政治的には正しい」

 

「あぁ、やっぱりそういう目的もあったんですね」

 

「ここ、テストに出るからな?」

 

「テストあるんですか!?」

 

「何を言っている? 三日前に作った王族規則のテキストがあっただろう? あれを覚えて実践できるかどうかのテストを来週やるといっただろう? 無論合格点が取れなければウェールズとの結婚は無しだ」

 

「そんな!? 聞いていません!」

 

「今言ったからな」

 

 シレッとそう返すバーシェンに絶望の表情を浮かべるアンリエッタ。そんな二人の王国最高権力者たちの会話に、苦笑を浮かべながらトリステイン国軍は進み続ける。

 

 この戦争の勝者として――その背中には、確かな自信が根付いていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 タルブ地方から避難することに成功したシエスタは、火竜に追われた森の外に広がる平原でじっとライナの帰りを待っていた。

 

「戦争は終わったそうだ。トリステイン軍が勝ったそうだぞ? だからもう、心配するな」

 

「……そうですか」

 

 そんなシエスタに話しかけてきたのは、平原にゴザを引き優雅に団子セットをかっ食らっているフェリスだった。

 

 この人はいつでもぶれませんね……。と、そんな泰然とした態度のフェリスにちょっとだけ感動を覚えつつ、シエスタはそれでも待ち続ける。

 

「でも、まだライナさん達が帰ってきていませんから」

 

「……そうか」

 

 そう言って、団子を食すのに戻ったフェリスだったが、彼女もやっぱりこの場から動こうとはしなかった。

 

 なんやかんや言って、彼女もライナを待っているのだろう。そんな彼女の態度が意外とかわいらしく見えて、シエスタは思わず笑ってしまう。

 

「な、なんだ?」

 

「いいえ。ライナさんが心配なんですね……フェリスさんも」

 

「なっ!? ちちちちち、違う!!」

 

 無表情のままそれでも顔を真っ赤にして否定の言葉を告げるフェリスに、シエスタは小さく笑い声をあげて、少しだけ不安を薄めることに成功した。

 

そして、

 

「きっと、帰ってきますよね?」

 

と、安心しろと言ってくれたライナの背中を思い出しながら、シエスタがそうつぶやいた瞬間。

 

「シエスタっ!!」

 

「え?」

 

 空から爆音とともに声が降り注ぎ、シエスタから少し離れた平地に、鉄の塊が降り立った。

 

「竜の……羽衣?」

 

 なんでこんなところに!? と驚くシエスタをしり目に、ゼロ戦の風防が開き中から、

 

「無事だったか!?」

 

「サイトさん!」

 

 見たことがある黒髪の少年が飛び出してきた。

 

 そんな彼の姿を見て、シエスタの瞳からは思わずといった様子で涙があふれ出した。

 

「サイトさん、サイトさんっ!!」

 

 そして、彼女は走り出し、こちらにむかって駆け寄ってきてくれたサイトに勢いよく飛び着いた。

 

「うわっ!? ちょ、シエスタ……おもっ」

 

「ライナさんが、ライナさんが私のお父さんを助けに行ってくれて……でも、まだ帰ってこなくて!!」

 

 私のせいで、ライナさんが死んじゃったんじゃないかって……。サイトが何か余計なことを言う前に、サイトの胸で泣くシエスタの声に、サイトは少しだけ驚いた顔をし、

 

「え? ライナさん? それなら、今森の中歩いていたのが上から見えたけど?」

 

「……え?」

 

 そのサイトの報告に思わずシエスタが涙を引っ込めてしまったとき、

 

「お~い! シエスタぁああああ! みんなぁああああ!!」

 

「っ!? あなたっ!!」

 

 森から出てきたシエスタの父親の姿を見て、草原で王国の支持があるまで待機していたシエスタの母親が、勢いよく立ちあがり彼に向って駆けていく。

 

 それを皮切りに続々と森の中からあらわれる捕虜となった村人たちに、彼らの帰りを待っていた人々は歓声を上げながら駆けよっていった。

 

 そして、森の中から出てきた人の中に、

 

「あぁ……もう無理。三徹の上あんな激しい戦闘とかマジで無理だから……。あっ……おれもう寝ちゃう。あと三秒で寝るわ……1――グーッzzzzzzzzzzzz」

 

「2と3は!?」

 

 と、馬鹿なことを言いながら歩きながら寝るという高等技能を披露するライナと、そんな馬鹿すぎる技能を持つライナに愕然とする白い鎧を着た女騎士様がいて。

 

「よかった……本当によかった」

 

 そんないつも通りの彼の姿に、シエスタは再び泣き出し、サイトから離れぺたんと座りこんだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そんなシエスタに、サイトは笑いかけながらもう一人ライナを心配していたであろう女のほうへと視線を移し、

 

「ライナぁああああああああああああ!!」

 

 剣を振り上げ勢いよくライナに向かって駆けていくフェリスを見つけた……。

 

「あの人こんな時でもそんなノリなの!?」

 

 と、愕然とするサイトをしり目に、フェリスはとんでもない速さで、寝ながら歩くライナに到達し、

 

「え? なに、なになになになになになになになになになにっ!? 何なのフェリス!? なんでそんなに嬉しげに剣をふりかぶってんの!?」

 

「言ったはずだ。遅ければ首を切り落とすと……」

 

「えぇ!? あれ、あんまりに遅かったら助けに来てくれるってことじゃ、ぎゃぁあああああああああああああああ!?」

 

 結局勢いよく空を飛ぶライナの姿に、サイトは冷や汗交じりの作り笑いを浮かべ、ゼロ戦から下りてくるルイズへと視線を戻した。

 

 ……あっちはなんかすごい怒ってるな。と、若干機嫌が悪そうな顔で、こちらに向かって走ってくるご主人の姿に、サイトは今夜の折檻を覚悟しながらも、

 

「終わったんだな……」

 

 と、ようやくいつも通りの日常になった光景を見て笑い、

 

「って、これが日常って俺どうなの?」

 

 と、思わず涙を流した……。

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「くくっ……ビオは失敗したか」

 

『申し訳ありませんジョゼフ様。次こそは必ず』

 

「よい。劇はゆっくりと見るものだ。ここで終わってもつまらんだろう」

 

 使い魔からの定期報告がなされた水晶玉の機能を切り、ガリア王国国王ジョゼフは不気味に笑う。

 

「さて……次はどのような演目を見せてくれる? 異世界の魔術師」

 

 そいう言って笑うジョゼフの胸には、赤い宝玉がはめ込まれた首飾りが、不気味な光を放っていた。

 




ようやく、三巻終了!!


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閑話・ハルケギニア入浴事情補完計画

「ふ~」

 

 したるお湯。

 

「きもち~」

 

 上気し桃色の変色したほほ。

 

「生き返る~」

 

 湯気に包まれた裸体を心地よさそうに伸ばし、陶然とした吐息を漏らす人物は、何の囲いもない無防備なお風呂に浸かった、

 

「やっぱ日本人にはこういう風呂だよな~。サウナじみた湯気風呂なんて邪道だぜ」

 

 サイトだった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「なんでだがねぇええええええええええええええええ!?」

 

「ぬぉ!?」

 

 そんな光景を見て、血涙を流しながら近くの茂みから飛び出してきたギーシュとマリコルヌに、サイトは思わず飛び上がった。

 

「な、なんだ突然お前ら!? つーかおれのふろを覗いて……ま、まさか、お前らそっち系の!?」

 

「んなわけあるかぁああああああああああああ!!」

 

 そんな二人の姿を見て恐れおののくサイトを置き去りに、ギーシュはサイトが使っている風呂(・・)を指さす。

 

 ライナが宝物庫修復の際に余らせた煉瓦を使ったかまどの上に置かれた、巨大な鍋を……。

 

「ここ最近、平民のメイドたちが『貴族気分が味わえる風呂!!』といって、ここを多用していると聞いてのぞきに来てみれば、なんで最初に来た入浴者が君なんだねぇええええええええ!?」

 

「返してよ! 僕らの夢と希望を返して!!」

 

「ってか、お前らそんなこと企んでたのかぁあああああああああ!?」

 

 謝れ! 必至こいて懐かしい故郷を再現した俺に謝れ!! と、サイトが思わず絶叫を上げるのを聞き、ギーシュとマリコルヌはやれやれといった様子で肩をすくめる。

 

「だがサイト……君も男ならわかるはずだ。入浴をする女子の姿というのは、数多の法を無視してでも鑑賞する価値があるものだと!!」

 

「っ!? そ、それは……」

 

「だから許してほしい……僕たちという罪深い存在ぉおおおおおおおお!!」

 

「――くっ。そ、その気持ちはわかる。でもっ!!」

 

 そんな変態二人のあふれ出る若いパトスに共感したサイトは、その主張に小さく同意しつつも、

 

「でも、だったらお前ら貴族の女子風呂覗けばいいだろ? ルイズに聞いたけど、ここより設備が整っていて、きれいだから女子たちも油断してるって聞いたぜ?」

 

「ばかっ! その整った施設が問題なんじゃないか!?」

 

 どういうことだ? と、首をかしげるサイトに、

 

「もちろん、こんなことをする前に僕たちだって女子風呂を覗くことは考えたさ! それこそ、ほかの女子たちが完全に油断している入学初日の日にね!!」

 

「おい、貴族」

 

 それでいいのかお前ら……。と、半眼になるサイトをしり目に、ギーシュは主張を続ける。

 

「だがしかし、魔法学園の女子風呂は難攻不落! 唯一中を覗ける五メートル上にある天窓には曇り掛けの魔法がかかっており、外からは見えず内側からは覗いている人物はきっちり見えるという鬼畜っぷり。さらには壁にかかっている固定化は宝物庫以上の強度を誇っているし、入り口には女子以外が2メートル以内に近づくと問答無用で襲い掛かってくる、赤土先生謹製のゴーレムが二体配置されている!」

 

「なかなか警戒厳重だな……」

 

 昔にもお前らみたいなバカがいたんだろうな……。と、とんでもない警戒態勢にあきれつつも、サイトは思わず頷いた。

 

「確かに……そいつはのぞけねぇ」

 

「「だろ?」」

 

 彼もそのバカの一人だったからだ……。

 

「だから僕たちはこの風呂で我慢するしかない……。我慢するしかないんだよ!!」

 

「僕たちだって本当はもっと女の子が来るお風呂を覗きたい……。でも仕方がないんだ……。貴族風呂という道が閉ざされた今、僕たちにはもう……こうするしかっ!!」

 

 何やら悲痛な覚悟で仲間を見捨てる部隊長みたいな声音で、唇をかみしめるギーシュとマリコルヌだったが、言っている内容は変態そのものだった。

 

 だが、そんな二人に救いの手が差し伸べられる。

 

「何をあきらめているんだお前ら……」

 

「っ!?」

 

 いったいなにを!? と、サイトが告げたその言葉に、ギーシュとマリコルヌは目を見開く。

 

 その時……二人は天啓を得たのだった!!

 

「すでにある風呂がのぞけないなら……覗きやすい風呂を作ればいいんだ!!」

 

「お、おぉ」

 

「サイト……君が僕らの神だったのかい?」

 

 バカ三人による、ばかばかしい壮大な計画が幕を開けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その数日後、トリステイン王宮の宰相執務室にて、紅蓮の宰相がライナからの書類を受け取っていた。

 

「まったく新しい風呂?」

 

「あぁ……なんかサイトから提案書来てるんだけど」

 

「あぁ。一応あいつ覚えていたんだな……」

 

 以前サイトに『今トリステインは資金不足でな。異世界人なら、何かこちらの世界にない金儲けになりそうな斬新なアイディアはないか? あったら、書類にしてライナにわたせ』と、サイトに行っていたことを思い出したバーシェンは、五徹明けの休日から帰ってきたライナが持つ一枚の書類を受け取り、目を通す。

 

「『日本風露天風呂の可能性について』……か。ふむ、興味深くはあるな」

 

「お前のところにもあったのか?」

 

「あぁ。私がいた国の隣国の民が作った風呂でな。あの民特有の感覚である、《侘び》と《寂び》を感じさせる癒しの空間を体現した風呂だな」

 

「侘び寂びね」

 

 ライナはバーシェンが目を通している書類に書かれた絵を思い出しながら、少し首をかしげた。

 

 自然にあるままの巨岩を風呂の壁として起き、その中に湯を泉のように満たした風呂。正直ライナの世界にもないわけではなかったが、

 

「あんな変わったつくり、この世界で受けるのか?」

 

「ふむ。まぁ、このハルケギニアにはない概念だからな……。何が受けるのかは正直試してみんと分らんとしか言えんが」

 

 だが、ためさんよりかはいいだろう。と、バーシェンは内心でそう思う。彼は確かに、政治は得意だが、民の余暇についての嗜好はさすがに読み切れていない。異国の文化から来た人間なのだ。長くこの土地にいるといってもそれは仕方がないことだろう。

 

「それに、実験段階で作る風呂もきちんと利用するみたいだしな。学園の平民労働者たちにも、疲れをいやす場として開放するという意見はなかなかいいものだと俺は思うが?」

 

「あぁ。なるほど……確かにビジュアル受けはしなくても、風呂はそれだけで需要ありそうだしな」

 

 と、ライナは平民たちが風呂と呼んで愛用しているサウナを思い出しながら頷いた。

 

「じゃぁライナ。この案件は貴様に任せる。以前のように錬金でチャチャッと作って建設してこい。あぁ、その際にサイトの意見をちゃんと聞いておくのだぞ」

 

「え? 俺ぇ……」

 

 だが、自分がそれを作るとなると話は別だ。建設仕事の肉体労働方面はほとんどゴーレムに任せるといっても、魔法を使うのは体力を消耗する。正直ライナとしては書類仕事のほうがありがたいのだが、

 

「仕方がないだろう。私もアンリエッタもウェールズも多忙の身だ。優秀な土メイジたちも、今はアルビオン包囲軍の武装を作るためにフル稼働している状態だ。風呂づくりに人員を割く余裕はない」

 

「でもさぁ……」

 

 だったら別にこの案件はあとまわしでも……。と、ライナが言いかけた時だった。

 

「ば、ばーしぇんさん。書類上がりました」

 

「ご苦労だった。では次にこの書類を頼む」

 

「……」

 

 疲れ果て、ミイラのようになってしまっているウェールズが、一メートル近い書類の束を提出すると同時に、バーシェンから倍近い高さになっている書類の山を突き出されるのを見て、絶望したように黙り込むというとんでもない光景に、思わず顔を引きつらせる。

 

「あぁ。それからそれはまだ今週中に終わらせる書類の6分の1も行っていないぞ? もっと処理のペースを上げろ」

 

「む、無理言わないで下さいよ……。僕もアンリエッタも、もう7日寝てないんですよ? アンリエッタなんて昨日布団が空を飛んでいるって幻覚見てるんですよ?」

 

「なんだ、まだその程度が。文字が書けなくなるまでは大丈夫だ。安心しろ。先日倒れたマザリーニの姿を思い出せ。あのくらいまでならまだ大丈夫だ。蘇生処理できちんと生き返っただろう?」

 

「ほとんど死体みたいな状態だったように思うんですが……」

 

「だから、それくらいになるまでがんばれと言っている」

 

「…………………」

 

 もうかわいそうなぐらいガタガタ震えるウェールズに、ライナは滝のような冷や汗を流す。

 

 そして、おぼつかない足取りで処理を抱え出て行ったウェールズを見送った後、

 

「まぁ、確かに貴様が言うとおり、今の段階で金儲けのことを考えても仕方ないしな。仕方がない、できるだけ早くに着手したほうが後々有利なのだが、この際お前にも書類仕事にまわって……」

 

 とか、バーシェンが言い出したので、

 

「お、おれ風呂づくり超頑張ってきまぁああああああああああす!!」

 

 ライナは逃げ出した……。

 

 やべぇ……。あの宰相、おれたちのことを骨までしゃぶりつくすきだ!? と、戦慄を覚えながら……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 というわけで、ライナはトリステイン学園の近くにある湖畔に、サイトが提唱した露天風呂を作りに来たわけだが……。

 

「まさかお前らまで手伝いに来るなんてな……。授業どうしたんだよ?」

 

「いいえ! 普段世話になっているメイドさんたちをねぎらうために、身を粉に働くのは当然のことですよ!!」

 

「授業なんて何ぼのもんじゃいですよ!!」

 

「そ、そうか……」

 

 なんだかとってもやる気に満ち満ちているギーシュとマリコルヌの姿にややひきつつ、ライナは自分の隣で図面を広げているサイトに話しかけた。

 

「で、どのあたりにつくんの?」

 

「それよりライナさん。お湯ってどこから引くんですか?」

 

「あぁ? あぁ、それは湖の水魔法で浄化して温めるから心配いらんそうだぞ?」

 

「魔法って本当に便利ですね……」

 

 温泉探す段階から始めないとダメかなって思っていたんですけど……。と、少しだけ感心したような声音を漏らしつつも、サイトは湖を見渡した。

 

「そうですね……。露天風呂というからにはロケーションにこだわりたいですし」

 

「でもサイト。あんまり学園から遠いと足を運ぶのが大変だよ?」

 

「それもそうか。この近くで湖が極力きれいに見える場所に作りましょう」

 

「りょうか~い」

 

 ギーシュの忠告を素直に受け入れるサイトの姿に、いい風呂を作ろうとするサイトの熱意を感じたライナは、黙ってその指示に従うことにした。

 

 まぁ、元からこいつの意見でもあるしな……。やる気があるなら考えるのは任せるか。と、やる気が全く感じられない理由も存在したが……それはライナだけが胸に秘めておいたほうがいい秘密だろう。

 

 というわけで、風呂の設置場所はサクサク決まり、いざ建設という段階に移った。

 

 とはいっても、形や風景を実際作り出す建築資材はすべてライナの錬金によって賄える。そのうえ、風呂づくりに必要な自動湯沸しの魔法技術もすでにバーシェンから教えてもらい習得済みだ。

 

 ブッチャケあとはライナが作り出したゴーレム任せの流れ作業となるわけなのだが、

 

「何してんだお前ら?」

 

「え? べ、べつに!? 俺たちも何か手伝おうかなって!!」

 

「そ、そうですよライナさん!! ちょうど男湯と女湯のしきりにちょうどいいものを見つけたのでもってきたのですよ!!」

 

「はい、はい!!」

 

「いや……でもそれ」

 

 明らかに隙間だらけじゃね? と、ライナが呆れきった顔をしながら見つめているのは、サイトとギーシュが担いでいた、細い竹のような植物をまとめた御簾。それを男女風呂の間に立てかけようとするサイトたちの姿に、さすがにライナはものもうした。

 

 なぜなら、

 

「そんな壁、どこからどう見てもスケスケだろう?」

 

 さすがに治安上それはよろしくないと思うが……。と、いうライナのツ鋭いツッコミ。だが、

 

「何を言っているんですかライナさんっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 凄まじい剣幕でライナに食って掛かってきたサイトの姿に、そのツッコミは勢いを失った。

 

「せっかくハルケギニアにはない文化をということで、俺の世界の露天風呂を再現しようとしているんですよ!? その俺の世界では男女風呂のしきりには、こういった解放感と涼やかなイメージがある御簾がベスト! ここで手を抜いてしまっては、せっかくの今までの苦労が水の泡なんですよ!!」

 

「いや、でもさ……」

 

「それに安心してくださいライナさん――わが日本の風呂建築技術は世界一ィイイイイイイイ!!」

 

 そう言ってサイトがミスをよく見るようにライナを促す。

 

 そんなサイトの気迫に逆らえなかったライナは、渋々といった様子でその御簾に顔を近づけ、

 

「って、あれ? 見えない?」

 

「そう! 実はこの御簾は二重構造になっていまして、隙間はあるけどけっして中を覗けないよう、中に詰め物がしてあるんですよ!!」

 

「これなら、このミスとやらが仕切りをしても安心ですよライナさん!」

 

「今ならお値段無料ですよライナさん!!」

 

 何やら胡散臭い通信販売的な発言をしてくるギーシュとマリコルヌは置いておくとして、一応ちゃんと対策されているならライナとしても文句はない。

 

「あぁ……じゃぁ、まぁ、好きにすれば?」

 

「「「アザ――――――――ッス!!」」」

 

 ライナの許可を頂き嬉々として御簾設置へと移るサイトたちに苦笑をうかべつつ、ライナは再びゴーレムに指示を出す作業に戻るのだった。

 

 

 

 のちに、ライナはこの御簾がとんでもない事件を引き起こすことなど……まだ知らなかった。

 




 しってるか? これ……続いちゃうんだぜ……。


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閑話・阿鼻叫喚の風呂

 そしてやってきた……露天風呂解禁の日。

 

 サイトたちが作った露天風呂の脱衣所は、初披露ということもあり大勢の貴族の女性たちで混雑していた。

 

 本来なら平民に開放するべき風呂なのだが、初披露ということと貴族の意見も聞きたいということで、今日は貴族の女性たちも入浴可能な日だ。

 

「へ~。サイトたちが作ったっていうからどんな風呂なのかと思ったら、ここを見る限りは案外ちゃんとしたつくりしているわね……」

 

「平民も入れるというのはポイント高めよね、シエスタ!! あぁ、ちゃんとお湯がはってあるお風呂に入れるなんて夢みたい!!」

 

「アリス、アリス。一応便宜上はこの風呂の中では身分は関係なく過ごせ。とありますが、ぶっちゃけいうと貴族様と一緒に入る以上ある程度の遠慮は必要なのですよ? あまりはしゃがないよう注意を」

 

「わかってるって! シエスタは相変わらず固いなぁ!!」

 

 わかってないと思うのは私だけなのかしら? と、自分の隣で大はしゃぎする赤毛のメイドの姦しい笑い声に眉をしかめるルイズ。

 

 貴族だらけの初入浴に平然と顔を出す度胸は買うけど……いくらなんでもはしゃぎすぎよ。と。周囲の貴族の女子生徒たちから「なんで平民のメイドがいるのよ!?」と明らかに機嫌が悪そうな視線が飛ばされている赤毛のメイドに、ルイズは思わずため息をついた。

 

 そう、貴族()入れるというのはあくまで建前上の話で、本当の目的は貴族たちに対する断りを入れるための、貴族貸切の入浴会だったのだ。

 

 本来貴族とは平民にはあまり贅沢させることを好まない種族だ。そんな平民たちに対して風呂を作ってしまった以上、まずは貴族に風呂に入ってもらい、そのおさがりとして平民に使わせるというプロセスを踏まないと、平民には過ぎた贅沢として貴族たちに風呂の存在が叩かれる可能性があった。

 

 だからこそ、こうして学園にいる貴族の学生たちを使ってその儀式を行ったわけなのだが……。どこの世界にも、空気を読まない存在というのはいるもので……。

 

そんなわけで、かろうじて《平民専用》という風呂の称号と、建前によって実際的被害から守られている危うい赤毛メイド。そんな彼女の隣に立ち「だから、初風呂はいかないほうがいいって言ったのに……」とぐちぐち漏らしているシエスタにルイズは思わず同情の視線を送る。

 

「ラ・アリエール。私は友人関係を見直したほうがよいのでしょうか?」

 

「否定なしないけど、あんたがいないとそこのメイドは早死にしそうだから、縁切る前にもうちょっと常識叩き込むことをお勧めするわ。あと、わたしの名前はヴァリエールよ」

 

「つまり、それまで私はこの子と一緒に貴族様のご不興買わないように綱渡りしないといけないわけですか? 黒エール」

 

「いま私の不興を買っているのはあんただけどね、シエスタ?」

 

 いい加減名前覚えなさいよっ!! いやいや反応が面白くて……。なんて気安くルイズと話すシエスタ。タルブ戦で、サイト関係でいろいろ話した二人は、貴族と平民という距離感はしっかり保ちつつもそこそこ仲の良い関係になっていた。

 

「でもヴァリエール様。私この風呂に関してひとつだけ不安があるんですけど……」

 

「ん? なによシエ……お、おっきいわねあんた」

 

「どこ見てんですかヴァリエール様。それは正直どうでもよくてですね」

 

「ど、どうでもいいって!?」

 

 くっ……。と服を脱いだ時に発見してしまった、自分とシエスタとの圧倒的格差に歯噛みをするルイズをしり目に、シエスタはやや困ったような顔で、

 

「あのサイトさんが作った風呂なんですから……もしかしたらどこかに、覗き用のギミックがあるかも」

 

「あんた……サイトのこと好きなのよね?」

 

「ええ。そうですけど?」

 

 だとしたらもうちょっと惚れた相手のこと信頼してあげなさいよ……。と、はなからサイトのことを疑ってかかっているシエスタの発言に、ルイズは思わずドン引きした。だが、

 

「いいえ。私そっち関連ではサイトさんのこと一切信用していませんから。そういうところもひっくるめて好きですけど」

 

「……」

 

 なんだかすごく負けた気になったルイズだった……。

 

 

 

 

 

「って、なんで負けた気になってんのよ私!? べ、別にあのバカ犬のことなんて好きでも何でもないんだからねっ!?」

 

「って、どうしたんですかヴァリエール様!? 突然暴れだし……って、杖! 杖おろしてください!?」

 

 その数秒後、女子の脱衣場が騒然となったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「諸君、時は来たれり!!」

 

 その頃男子更衣室では、貴族の男子生徒たちが正座で座り、服を入れる用の棚に仁王立ちする一人の、ギアス的な魔眼を持ってそうな仮面をかぶった全裸少年を畏敬の念で見つめていた。

 

 むろん、仮面の少年はサイトである。

 

「諸君らの望みが打ち砕かれて幾星霜。いま、我々はとうとうヴァルハラへの道をつけることができた!!」

 

「「「「ジーク・サイト!! ジーク・サイト!! ジーク・サイト!!」」」」

 

 覗きがじゃんじゃんできる風呂の製作者として、サイトは貴族の男子生徒たちに一目置かれるようになっていた。それがこの光景の理由……。

 

 ちょっとした狂信集団に見えなくもないが、そこはご愛嬌ということで。

 

「人は、平等ではない。

 生まれつき足の美しい者。

 見目麗しい者。

 胸が貧しい者。

 貧弱な体(意味深)を持つ者。

 生まれも、育ちも、才能も、人間は皆違っておるのだ。

 だがっ! 女子裸体は差別される為にはない!

 だからこそ男子(われら)は、知恵を絞り、命を懸け、努力し覗きを決行するのだ。

 覗きは悪ではない! 理性こそが悪なのだ!

 警備を万全にした貴族風呂はどうだ? いつも男子の怨嗟が聞こえる湯につかるだけの場と成り果てている。

 だが、我がサイト式露天風呂はそうではない。

 覗ける場所があり、絶景があり、常に(ばれない覗き場所を建設するために)進化を続けておる!

 露天風呂だけが前へ、未来へと進んでいるのだ!

 今宵貴族の女子たちが子に風呂に入っているのも、露天風呂が進化を続けているという証。

 戦うのだ!!

 考え、息をひそめ、獲得し、覗き、その果てに未来がある!!

 オールハイル露天風呂!!!」

 

「「「「オールハイル露天風呂!!  オールハイル露天風呂!!  オールハイル露天風呂!!」」」」

 

 この光景をライナが見たら確実に頭痛を覚えて頭を抱えただろうが、残念ながらこの場に彼はいない。

 

 風呂を作った後、結局バーシェンに捕まったライナは地獄の書類処理デスハイクに突入。現在王宮で6日目の徹夜へと突入しているところだろう……。

 

 だからこそ、

 

「邪魔者は誰もいない!!」

 

「あぁ、サイト……とうとう僕らは成し遂げたんだね?」

 

「これで僕らの罪を……ヴァルハラで洗い流すことができるんだ」

 

「あぁ……。そうだギーシュ、マリコルヌ。お前たちはよくやった。その功績をたたえてお前たちには私と同じ一番槍の権利を与える」

 

「「はっ!! ありがたき幸せ!!」」

 

 同時に膝をつき平伏する二人の姿には、もはや貴族のプライドなんてみじんも感じられなかった……。

 

「では諸君……突撃ぃいいいいいい!!」

 

「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 

 そして、そんなサイトの声を合図に脱衣所にいた男子生徒たちが一斉に風呂へと走る!

 

 その姿はまさしくヌーの大移動。いけない情熱を持て余したバカどもが、新天地をめざし走る!!

 

「っ! 計画通り!!」

 

「あの《温泉の元》の壁はちゃんと溶けているようだね!!」

 

 そして、一番最初に風呂に入ったサイトたちは、風呂に張られたお湯が白く濁っているのを確認し思わずハイタッチを交わした。

 

 そう。ライナが確認した際、御簾の隙間を詰めていたのは、実はサイトが考えた温泉の元! わざわざギーシュに無理を言って錬金してもらった、サイトがおぼえていた温泉の元の成分を固め凝縮した――お湯に溶けちゃういけない障壁だった!

 

 当然お湯が貼られた湯船にそんなものが浸かっていれば、温泉の元は溶けてなくなり……御簾は元の隙間だらけの障壁と化す!!

 

「いくぞ、サイトっ!! 僕らの桃源郷(ヴァルハラ)へ!!」

 

「うおおおおおおおおお! たぎってきたぁああああああ!!」

 

 明らかに異常興奮した男子たちが、隙間だらけとなった御簾へと走る。

 

 桃源郷はすぐそこまで迫っていた!!

 

 そして、仮面の下で泣き笑いのような表情とともに顔を御簾へと近づけたサイトは、

 

 

 

 

「!?」

 

「「さ、サイトぉおおおおおおおおおおおおおお!?」」

 

 針の穴を通すように、その隙間から飛来した針のようななにかによって仮面の眉間を貫かれ、ばたりと湯船の中に倒れた。

 

 悲鳴を上げサイトに駆け寄るギーシュとマリコルヌ。だが、

 

「さて貴様ら……」

 

 頭上から降り注いだまったく感情の感じられない絶対零度の声を聞き、二人は思わず氷結した。

 

「事情は話さなくていい」

 

 二人が声の聞こえたほうへと視線を上げると、そこには、

 

「ただ私から問おう」

 

 金色の髪を翻した、鎧姿の美女が……剣を携え御簾の上に立っていた。

 

「首の貯蔵は十分か?」

 

 フェリスさん……首は元から一つしかないよ? と、薄れゆく意識の中でそう思ったサイトは、男子たちがあげる阿鼻叫喚の悲鳴を聞きながら、ゆっくりとその眼を閉じるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「サイトさんも馬鹿ですね~。私にかかったら考えが筒抜けなんてことわかりきっているでしょうに」

 

 対策なんかすでにうってありますよ。と、白けた顔でそう言いつつ、温かいお湯の中で大きく伸びをするシエスタ。

 

 そんな彼女のある一点を悔しそうに凝視しつつ、ルイズは御簾の向こうから聞こえてくる悲鳴に首をかしげる。

 

「ねぇシエスタ? 男子風呂のほうがなんかうるさくない?」

 

「さぁ。きっと新しいお風呂で騒いでいるんじゃないですか?」

 

「いや、なんというか……そんな悲鳴じゃなくて、どちらかというと殺人鬼に出会ったような悲鳴なんだけど」

 

「そんな悲鳴今まで聞いたことないでしょう? ヴァリエール様の勘違いですよ」

 

「いや、確かにそうだけど……」

 

 まぁ、確かに殺人鬼じみた人は送り込みましたが……。と、シエスタは内心でつぶやきながら隣の風呂から聞こえる、『助けてぇええええええ!!』『死にたくないっ!! 死にたくないよぉおおおお!!』『ナナリィイイイイイイイイイイイイ!!』という悲鳴を精神衛生上の観点から完全に無視する。

 

「それにしても、このお風呂の出来だけは評価してもいいですね~」

 

「本当ね。いままで見たことないロケーションの上に、外の湖がまた絶景ね」

 

「夕方になると夕日に染まった朱い湖が見られるそうですよ? 夜には風がやんで湖面が凪ぐので、上空の星を照らした鏡みたいな湖が見られるそうで」

 

「いいじゃないそれ!」

 

「また今度見に来ましょう、シエスタ!!」

 

「ええ。そうね」

 

「私も一度見てみたいわね~」

 

「貴族の方も入れるみたいですし別にいいのでは? 問題なのは、平民用の風呂に入るにあたり、確実に傷つくであろう貴族様サイドのプライドだけです」

 

「そのプライドが問題なのよ」

 

「貴族様も大変よね~」

 

「アリス。口調」

 

「おっと、すいません」

 

「絶対反省する気ないでしょ、あんた……」

 

 あきれるようなルイズと、平坦ながらもわずかな笑みが浮かんだシエスタ、騒がしく騒ぐアリスの声が、楽しげに昼の露天風呂で響く。

 

 男子と女子とで雲泥の差のこの風呂は大成功をおさめ、男子風呂と女子風呂の仕切りが一枚の大理石(ライナの手によりヘキサゴンクラスの固定化がかけられた)になることで完成。トリステイン各所に作られる大衆浴場(テルマエ)の走りとなった。

 

 この風呂の存在によって、のちのトリステインでは日本人じみた風呂のこだわりが生まれ次々と斬新な風呂が出来上がることになるのだがそれはまた別の話。

 

 そして、覗きを働こうとした男子生徒たちは……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 男子風呂はもはや、地獄へと変貌していた。

 

 頭に巨大なたんこぶを作った男子生徒たちは根こそぎ意識を刈り取られ、裸体を無様にさらしながら倒れ伏している。

 

 そんな中の一人……仮面をかぶった一人の少年だけは、ほかの男子と比べてもひどい状態で、ちょっと言い表してはいけない感じの死体と成り果てていた。

 

 そんな彼が伸ばした手の先には、彼の血でこう書かれていた……。

 

『はんにんはフェ~』

 

 誰が犯人かは……言うまでもないだろう……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 さらにちなみに、その頃のトリステイン王宮にて。

 

「ライナぁあああああああああああああ!!」

 

「んぁ……なに、ブェリス……俺もう寝不足で死にそ……」

 

「そうか、なら今すぐ死ねっ!!」

 

「え? ちょ、なに? いまお前の冗談に付き合っている余裕はぁあああああああああああああああ!?」

 

「うむ? 死にかけではなかったのか?」

 

「てめぇなにすんだフェリス!? 机が真っ二つになっちゃ……って、なんでお前今回は刃で斬りつけているんだぁあああああ!?」

 

「黙れ、変態色情狂め!! いつかやるとは思っていたが……とうとうしてしまったな! 貴様が魔法学院の男子複数をたぶらかし、変態行為へと走らせことに関しての調べはすでについている!! おとなしく死ねっ!!」

 

「問答無用で死刑!? っていうか、いったい何の話……」

 

「死ねぇええええええええ!」

 

「人の話を聞けぇええええええええええええええ!?」

 

「どうでもいいがライナ。今日のノルマを達成できなかったらお前の休暇はまた一週間先まで伸びるから覚悟しておけよ?」

 

「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 そんな騒ぎがあったとか、なかったとか。

 




あと、一話くらい閑話はさみます


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閑話・慰安風呂

“お゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛”

 

 怨念まみれる怨嗟の声が、夜のとばりが下りたある風呂に響き渡っていた。

 

“なぜじゃぁ”

 

“なぜ覗けなんだ……”

 

“恨めしや……恨めしやぁああああ”

 

 不気味な声を響かせながらあたりを浮遊する形を持たぬ者たち。

 

 その者達があふれる風呂の姿はまさしく人外魔境というにふさわしい。

 

 そんな風呂に、

 

「ふむ。確かにいい感じにゆがんだ奴らがたまっているようだな」

 

“っ――――――――――――!!”

 

 一人の男が侵入してきた!

 

“恨めしやぁあああああ!!”

 

“とりつけぇ!! 再び実体を得て我らは桃源郷に!!”

 

 一斉に体を持つ男に襲い掛かる姿を持たない者たち。彼らの妄執はもはや、生きている人間を害してでも、目的を成し遂げようとする狂気へと変わっていた。だが、

 

「邪魔だ雑霊共。()ね」

 

“!?”

 

 襲撃されたのは実は男のほうではなく、彼らのほうだった!

 

 言葉とともに男は一枚の札を投げつけ、

 

浄火(jinghuo)

 

 

そっけなく告げ、(しゅ)を結ぶ。それとほとんどタイムラグを見せないまま、札から凄まじい炎があふれ出し、

 

“ぎゃぁああああああああああああああああ!?”

 

“無念ンンンンンンンンンン――!!”

 

 形を持たぬ者たちは続々とその炎にまかれて消滅――殲滅された。

 

 それを満足げに見た男は、

 

「さて者ども、風呂掃除が終わったぞ。第一回王宮組慰安用入浴雑談会の始まりだ」

 

「「「う~っす」」」

 

 その言葉とともに、ライナとウェールズとサイトが入ってくるのを見て、男――バーシェンは満足げに頷くのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「というかサイト……。お前どうやったらできて一日もたっていない風呂を、生霊渦巻く人外魔境の作り変えることができるんだ。だいぶ荒んでいたぞ、あの魔法学院の男子生徒たち」

 

「す、すいませんでし……た」

 

「も、もうやめてやれ!?」

 

「サイト君のライフはもうゼロですよ、バーシェン卿!?」

 

 自分に貴重な魔法を使わせたということで、数分頭を踏みつけられ風呂の中に沈められるという罰則をバーシェンに食らったサイトは、今や虫の息で風呂の外に転がっている。

 

 まんま殺人事件じゃねーか!? と、ライナとウェールズがとめなかったら間違いなくサイトの命はなかっただろう……。

 

「それにしても生霊ごときどうにもできんとは……伝説の使い魔が聞いてあきれる」

 

「無茶言わないで下さいよ……。こっちの魔法的力はこれぐらいなんですよ?」

 

「伝説なら伝説らしく、約束されちゃう勝利を導く剣的な何かで一掃せんか」

 

「俺とデルフに対する希望が天元突破しすぎてる件……」

 

 といいつつも、何とか復帰を果たし、ライナたちがつかる風呂へと舞い戻ったサイトは、苦笑いを浮かべながら自分の手にあるルーンを掲げた。

 

 それを見たライナは小さく首をかしげながら、

 

「にしてもそれ変わった方式の魔法だよな……」

 

「そういえばライナ。お前前頼んでおいたガンダールヴルーンの解析はどうなっているのだ? あまり遅いと給金カットするぞ」

 

「今までそんなことする暇ないくらい仕事させまくってたやつが何言ってんだよ……」

 

「ま、まぁまぁ! 今は楽しい慰安旅行なわけですし、仕事の話は一遍忘れましょう!! ね!? ねっ!?」

 

 殺意が混じる視線を怒気のこもった声とともに送り届けるライナと、それを平然と受け止め絶対零度の瞳で見下すバーシェンの間に、ウェールズはあわてて滑り込みなんとかその場を収めた。

 

 ウェールズ元皇太子。何気にこの国に来て苦労性の気が出始めている……。最近は髪の生え際が後退しないか戦々恐々としているとのこと。

 

「ふん。だがまぁ、すべての武器を扱うとなると結構な強化が見込めるのも確かだろう? 魔法武器に関しては果たしてどうか知らんが……」

 

「あぁ、そういやそうだな……。でも、デルフは一応魔法武器だけど、魔法関係の能力に関しては能力で読み取れないんだよな?」

 

「はい。デルフが機能を教えてようやく気付くくらいですしね」

 

「その点もだいぶあてにならないみたいだけどね~。君の剣、かなり物忘れ激しいみたいだし」

 

「言わないでくださいよ……。こっちもどうにかならないかと苦心してるんですから」

 

 温泉につかり、たれウェールズとなっている皇太子に「本当にこの人王子様かよ……」と役職と現実のギャップに苦しみつつ、サイトは反撃とばかりに、

 

「俺ばっかりじゃなくてライナさんはどうなんすか? 見ただけで魔法覚えられるんなら異世界行ったらかなり強化見込めません?」

 

「あぁ? 俺はもう魔法学園で習える魔法は全部覚えたかな? というか思ったんだけどさ、ファイヤーボールのルーン詠唱ってちょっと無駄多すぎね? 俺だったら後、二三詠唱文字削れるけど」

 

「後でレポートにして提出しろ。うちのアカデミアに回して研究させる」

 

 藪蛇だったぁあああああああ!? と、突如増えた仕事の話にライナは風呂でひっくり返った。そんなライナの様子に苦笑を浮かべつつ、

 

「俺の世界の魔法も再現できるかも!? マヒャドとか、マカホンタとか……。カッコいい系で言うなら灰は灰に(AshToAsh)――― ―――塵は塵に(DustToDust)―――」

 

「――吸血殺しの紅十字(SqueamishBloody Rood)!!」

 

「知ってるんですか!? バーシェンさん!!」

 

「日本のサブカルはバカにできんよな~。よく調べられていると思うぞ?」

 

 レンマギの詠唱なんてどこで調べたんだあれ……。と、某影が薄すぎる仙人のことを思い出しつつ、バーシェンはライナのほうを見る。

 

「さっきの詠唱で魔法が組めたりしないか?」

 

「詠唱だけが魔法の術式じゃないってあんたも知ってるだろう? 発動する事象と、それに至る経過の状態。それが宗教系の魔法なら、その宗教が敬う逸話や神話を一言一句たがえずに教えてもらわない解けないし、周囲の魔的礼装まで上げてもらわないとできないって……」

 

「できるなサイト?」

 

「無茶ブリキタ――!?」

 

「うちの王宮は言い出しっぺの法則というものがあってね」

 

 やはり、男性というものは自身の強さにあこがれるものなのか、サイトの世界で花開いていた強力な創作魔法についての談義が勃発した。

 

「でもイノケンめちゃくちゃかっこよくないですか!? カッコいいですよね!!」

 

「炎の中型ゴーレムか……。できないわけでもないんだろうけど……」

 

「操作がかなり面倒ではあるな。単純な殺傷目的なら、適当に炎をぶちまけたほうが早いぞ」

 

「それより俺が聞きたいのは、穂先に映した物の名前を割断して、その物体を切るってやつだな。いったいどんな原理なんだそれ?」

 

「日本には名前というものはその人物の体を表すという志向があってだな」

 

「あぁ、名前に影響があったらその人物にもそれ相応の影響があるって考えなのか……」

 

「僕としては同じ風の使い手として、風遁螺旋手裏剣やってみたいよね」

 

「いや、あれ魔法じゃなくて忍術ですから!!」

 

「何が違う?」

 

「これだから素人は! 忍術と魔法は別物って、あっつぅうううううううううう!?」

 

「誰が素人だ? 焼くぞクソガキ」

 

「焼いてから言わないで下さいよ!?」

 

 ギャーギャーわめきあいながらも、割と仲好さそうな雰囲気で会話は進んでいく。仕事が絡まなければ、これくらい和気あいあいと話が進むのだといういい例だった。

 

「それにしてもサイト。お前昨日もフェリスに負けたらしいな? ダメだろ。男は強くないといかん」

 

「無茶言わないで下さいよ……あれもうきっとエイジャ付きの石仮面かぶった新手の完全な生物か何かですって」

 

「でも実際油断が多いの確かですよね。せっかくガンダールヴがあるんだし、武器を常時付けていたらどうです?」

 

「いや……。どうやらガンダールヴになるにしても魔力が必要みたいで、それしちゃうといざという時に出力不足に」

 

「そうなのか? というかこいつに魔力があるのか?」

 

「ん? あるぞ?」

 

「「「……」」」

 

 瞬間、ライナが告げた温泉一帯に沈黙が下りた。そして、

 

「ちょ!? あるんですか!?」

 

「どういうことだ、ライナ!?」

 

「つまりサイト君は正真正銘の魔法騎士!?」

 

 騒然とする男三人に、だるそうな顔でライナは告げる。

 

「でも、魔力の容量少ないわ、異世界人だからかこっちの世界の人間みたいに外に出す手段がないわで、あんまり役には立ちそうにないな。こっちの世界の魔法も使えなさそうだし」

 

「どういうこと?」

 

 つまりだな……。と言いながら、だるそうにしながらもなぜかやる気に見えるという矛盾した姿をさらしながら、ライナは解説に入る。

 

「この世界の人間にはサイトにはない二つの器官が存在する。まず脳にある《体内魔力を知覚する感覚器官》これがないと魔法の制御はできないからまぁ当然だな。次にあるのは、《体内魔力を外に放出する器官》だ。こちらは主に杖手――つまり、利き腕に集中していることが多い。この器官から出した魔力を杖で統制制御して魔法を使ってるわけな?」

 

 風呂から上がり、洗い場にある湯気で曇った鏡を使って図を描き説明するライナに、三人はふんふんとうなづきつつ、

 

《なぁウェールズ。この知識一体他国にいくらで売れると思う?》

 

《いや、それよりもうちのアカデミーで解析研究したほうがいいのでは?》

 

《それもいいかもしれんが、死体であろうと人の体を開くのはこの世界では禁忌だ。間違いなくロマリアの生臭どもが黙っていないからな……。下手に異端認定されてもことだ。あちらとの交渉をしつつ、金で知識を他国に売りとばしたほうが、収益が出る。借りも作れることだしな》

 

 と、黒い会話を続けるウェールズとバーシェンから、サイトは必死に目をそむけた。

 

「ところがサイトにはこの器官が両方ともない」

 

「え? そうなんですか!?」

 

「ガンダールヴになってる時の体内魔力を見る限りはな。というわけで、サイトにメイジ風の魔法は使えないってことになるわけだ」

 

 そんなライナの言葉にがっかりと肩を落とすサイト。だが、

 

「だがライナ。だったらお前の世界の魔法や私の仙術……は、なしにするにしても、精霊魔法などはどうだ? あれなら《内燃燃料(ガソリン)》ではなく《外燃燃料(コンセント)》だから、魔法は使えるだろう?」

 

 希望の光がさした。が、

 

「それも無理っぽいんだよな……」

 

 という、ライナのすげない否定でさらにへこまされた。

 

「ガンダールヴ状態のサイトは、俺の複写眼(アルファ・スティグマ)でみれば高密度の魔力によって覆われてる状態だとわかる。なんせ人間一人の運動能力を爆発的にあげる魔力だ。それくらいはないと話にならない。ところが、そんな魔力で強化された視力を駆使しているなら、本当なら精霊は見えてないとおかしいはずなんだ」

 

 ライナたちは体内にルイズたちのような魔力を持たない。というか、持っていてもそれを制御する《体内魔力を感知する器官》がない。そのため、精霊を見るためには脳の眠った機能の一部をたたき起こして、視覚可能領域を広げる必要がある。

 

 対してこちらの世界の住人は違う。貴族や精霊魔法を操る連中に限るが、彼らは体内に豊富な魔力を保持している。その魔力を使い、目を強化すれば、割と簡単にライナたちが大変苦労してようやく到達できる、視覚可能領域の拡大を平然とやってのける……のだが。

 

「それなのにサイトには精霊が見えない。一瞬貴族みたいに精霊を見る目を失っているのかなって思ったけど、そうでもないみたいだし……たぶんサイトは」

 

「お、おれは……」

 

 ごくりと息をのみライナの次の言葉をかたずをのんで聞くサイト。そんなサイトにライナは申し訳なさそうに頭をかきながら、

 

「ものすっごい……精霊を見る才能がないんだと思う」

 

 

 

サイトが盛大に風呂の中で四肢を付き落ち込んだことは、言うまでもないだろう……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「でも実際、使用魔力の加減ができるんだったら、常時武器をつけておくっていうのも悪くなくねぇか? 手甲とか暗器とか、こっちにもいろいろあるだろ?」

 

「サイトが枯れた樹海(ラストカーペット)をするわけか……燃えるな」

 

「いやいや無理ですって!? どう考えてもあの人たちの服四次元につながってますよ!?」

 

「だが、むしろ俺としては、腕一本丸々武器にするのがお勧めだな」

 

「義手……ですか」

 

「俺の腕がなくなりますよねそれ!?」

 

「しまった……アルビオンでなぜこいつを助けたのだ!! そうすればロマン武装である機械鎧(オートメイル)がこいつの腕に装備できたのに!?」

 

「もっていかれたぁあああああああ!? じゃなくて、もっていかれるぅうううううううううううううう!?」

 

「うちの世界にも《紅指》っていう武装義手があるけど……」

 

「ちなみにどんな効果だ?」

 

「義手に魔方陣を組み込んで、ノータイムで魔法を発動させることができるようにしたんだ。ちなみに紅指の能力は、腕の周囲に真空刃を展開することだな」

 

「ちなみに触れた相手は?」

 

「死ぬ」

 

「よしサイト! 両腕おいていけ! 右手をオートメイルに、左手を紅指にするぞ!!」

 

 さいと は にげだした!!

 




 この後も、ショーもないガンダールヴ強化をテーマにした与太話を話していました。

 本当はもっとネタ多くしたかったのに、解説で随分と時間を取られてしまった……なぜだ!?


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閑話・神仙一夜物語

 さて久しぶりだな。最近は来られなくてすまない。いろいろ忙しくてな……。

 

 ん? 来なくてもよかったのに?

 

 罪悪感を抱いているようなら、気にされる必要はないのに?

 

 馬鹿を言うな。罪悪感なんてくだらない理由で、私がようやく作れた睡眠時間を削ってまで一人の人間のところまで足を運ぶような人間に見えるのか?

 

 私がここに来る理由はただの興味本位だ。

 

 貴様の病は珍しいものだ。おそらく、この世界に二人といない症例の病だ。

 

 それが治ったのならその治療法を。ないならないで、患者がどのような症状を味わい死んでいくのかをつぶさに観察することで、この病を克服する方法を見つけいずれトリステインの国益へと……おい、なんだ? なぜ素直じゃないですねと言わんばかりに笑う貴様? 失礼だろうが!?

 

 ふん。まぁいい。では、症状観察の時間はぶっちゃけ暇だからな。また何か話をしてやろう。

 

 なにがいい? 日清戦争で、日本側にいた人の形をした化け物(おんみょうじ)と戦った話はしたか? ふむ……以前きた時にしてしまったか。

 

 崑崙山時代の話はしてしまったし、私がわざわざ作って引きこもっていた壺結界の中で行った愉快な酒盛りは? あぁ、これもしてしまったが……。

 

 4000年近い年月を生きてきたが、意外と女を楽しませる話というものはないものだな……。

 

 仕方ない、次に来る時までにネタを考えておこう。ん? どうした?

 

 なぜ私がこの世界に来たのか聞きたい?

 

 なぜだ? はっきりと言っておくが、別に聞いても面白いものではないぞ?

 

 親しい人の来歴を聞きたくなるのは、別におかしいことではない……か。くくっ、否定はしないがな。

 

 では話して進ぜよう。とはいっても、いったいどこから話したものか……。そうだなぁ、まずは、

 

 戦争が終わり、大国のひとつが崩れ、人が神秘を必要としなくなったところから話そうか?

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 時は西暦2012年。

 

 さまざまな問題は残っている現代社会ではあったが、一昔前の時代に比べれば格段にマシになった現代社会。そんな社会の中にある極東の島国、日本の首都――東京を一人の男が歩いていた。

 

 場所の名前は秋葉原。いわゆるサブカルチャーの聖地として知られる場所だが、そこを訪れるには彼の姿はあまりに異質だった。

 

 目がちかちかしそうな真紅のスーツに、クリーム色のマフラーを首にかけ、両肩から垂らすようにかけていたのだ。

 

 その立ち姿はまさしくマフィアのドン。眼鏡をかけたインテリ風の顔をしてはいたが、その体から自然と洩れる圧倒的な存在感が、その印象を打ち消していた。

 

 男はだれかと待ち合わせをしていたのか、きょろきょろと辺りを見回し目的の人物がいないか探す。

 

 そして、

 

「では、メイドの愛を注入いたします!! らぶらぶ・にゃんにゃん! オムライスよ「おいしくな~れ~」!」

 

 メイドと一緒に珍妙な呪文を唱えて、ポーズをとる白髪の青年を見つけ、思わず目を半眼にしながら近づいて行った。

 

「もっかい! もっかいやって!?」

 

「お、お客様……このサービスはオムライス一個につき一回でございます」

 

「何個でも買うからお願い!!」

 

「おい、シオン……」

 

「!?」

 

 そしてそれだけでは足りなかったのか今度はメイドの絡みだす白髪の青年に、半眼から発せられる絶対零度の威圧をプラスしながら、彼――バーシェン・フォービンは震える声をかける。

 

「何やっとんだ貴様は……。仮にも、平安から生きる、不死身の陰陽師が……」

 

「おいおい! 何言ってんだよバース君!? 俺はいつでも永遠の16歳だぜ!? つまりここでメイドさんに色目使ってても誰も文句言わない!!」

 

「お前はもういっそ死んだほうが世のため人のためになると思うのは私だけか?」

 

 そんなことを告げつつ、バーシェンは日清戦争で互いの存在を消し潰すために激突した好敵手と久しぶりの邂逅を果たし……盛大なため息をついたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「で、いったい何の用だよ、バース君? 中国どころか術式かけた壺からすらなかなか出てこない君がこんなところまで足を延ばすなんて……」

 

「人をひきこもりみたいにぬかすな。私だってたまには外出する時がある」

 

「じゃぁ、前外に出たのいつさ?」

 

「ちょっとまて……50年ほど記憶をさかのぼれば思い出せる」

 

「それもう、引きこもり以外のなんだっていうのさ……」

 

 あ! メイドさん!! 今度はメイドのラブラブパスタひとつ!! むろん呪文付きで!! と、手慣れた様子で注文を行う伝説級陰陽師の姿にため息を漏らしつつ、バーシェンは本題を切り出した。

 

「シオン……一応昔なじみのお前には話しておこうとこうして足を延ばしたんだが……私はそろそろ」

 

 そこで、バーシェンは言葉を切り、演出感あふれる沈黙を提供した後、

 

「死のうと思っている」

 

「……へぇ」

 

 あ、ついでにコーラもお願い!! と、そんなバーシェンの一世一代の覚悟の宣言を、シオンは見事に流した後。

 

「いいんじゃね? 別に」

 

 と、割とあっさりと肯定した。

 

「いや、少しは驚けよ……」

 

「驚いて君が自殺やめるんなら止めたんだけどね……。もうそんな体になっている君にいまさら何言っても……ねぇ?」

 

 シオンはそう言って視線をバーシェンの体には知らせ、

 

「もう、体が三割近く概念化してるじゃないか? それを見る限り、世界回帰の実験は終わってるんだろ?」

 

「あぁ……。お前との戦争でついてしまった穢れの浄化は大体終わった。あとは適当に仙術を使いつつ、世界へと身を溶け込ませていくだけだ」

 

 シオンの鋭い指摘に、バーシェンは少しためらいを覚えつつも、やはり教えることにしたのか、自身の概念化が終わっている、右足を撫でた。

 

 バーシェン・フォービンという概念を、「炎」という概念に置き換え、世界へと回帰させる法。

 

 その魔法はすでに完成しており、徐々にバーシェンの体をむしばんでいた。

 

「だが、いまさらになってどうしてっていう感想はあるよな~。崑崙山の封神計画からも「俺は人間のために身を削れるほど、できた仙人じゃない」とかいって、トンズラこいて不老不死を目指した君が、いまさらになってどうして死のうとしているのか? っていう疑問が、さ」

 

 そういって、先ほどまでオムライスを食っていたスプーンを鋭くむけてくるシオンに、バーシェンは苦笑を浮かべながら一言、

 

「なぁ、シオン。今の世の中、魔法使いは生きにくいとは思わないか?」

 

「え? なんで!? こんなめちゃくちゃ楽しい娯楽があるのに、どうしてそんな風に思えるの!?」

 

「とりあえず最後まで話聞こうか、俗物」

 

「君みたいな金の亡者に言われたくないんだけど……」

 

 ちょっとだけ涙をにじませへこむシオンをしり目に、バーシェンは話を続けた。

 

「俺たち神秘使いである魔法使いたちが幅を利かせる時代は終わったよ。今は科学の時代だ。現象は学問によって説明され、魔法はすべて否定される。それはすなわち……俺たち魔法使いの存在否定に他ならない」

 

 そう言い切ったバーシェンは、現代社会にすっかりなじんだ眼前の陰陽師をねめつけた。

 

「なぁ、シオン。お前だってもう魔法使いの限界は感じているんだろう? だからお前は、魔法使いではなく『魔法使いのような手品師』として、現代社会で生活を送っている」

 

「儲かるんだぜ、これ!?」

 

「うん、本気で話し終わるまで黙れ」

 

 お前が口開くたびに空気が壊れていけない……。と、わずかながらに眉をしかめるバーシェンは、先ほどの空気を取り戻すために、真剣な声音で話を続ける。

 

「イギリスに居を構えていたドルイドの末裔たちも、十字教がかこっていた神秘制圧用の奇跡狩り魔法使いも、インディアンたちがたたえていた霊媒師たちも、みな時代の流れに残され不要の存在と自ら悟り……宗教的な最終到達を行い《世界》へと消えた。人間のまま神霊と同格へ至るお前たち陰陽師には理解できないだろうがな、シオン。我々魔術師が最も恐れることは、あがめていた世界から……奉っていた世界から、置き去りにされて取り残されて……最後には不要な存在として、受け入れてすらもらえなくなることなんだよ」

 

 もはやその兆候は表れ始めているとバーシェンは語った。以前なら仙術を使うだけで、自動的に概念存在へといたれた仙人たちが、いまやその存在を現代風にチューンする複雑な儀式を行わないと、その存在を世界の概念として溶け込ませることができなくなっていた。

 

 世界とは人の認識によってその姿を変える。ガリレオが地動説を提唱するまで地球が宇宙の中心だったように、中世まで世界は平たい板だったように。認識によって世界は変わってしまうのだ。

 

 最高峰の魔術師といっても、所詮はまだ人間。魔術師であってもその世界の改編の影響は受ける。

 

 そして、その時代の、世界の、人の認識の変化が……魔術師たちの最終目標を、確かに壊しつつあったのだ。

 

「シオン……お前もいずれ気づく。この世界を楽しんでいるお前も、いずれ冷水をぶっかけられたかのように気付く時が来る。この世界に不要とされた魔術師の末路がいかに悲惨かを。いかに凄惨かを。気が向いて世界回帰実験をしていて俺は思ったよ……こんな世界は、俺が知っている世界じゃないと」

 

 そういって、悲しそうに立ち上がるバーシェンを、シオンは止めようとしなかった。

 

 ただ、自分の目の前に運ばれてきたスパゲッティ―に歓声を上げ、

 

「バース君」

 

「なんだ」

 

「正直、君が言う魔術師の最終目標いうもんは、いろんな宗教のいいとこどりして、人間に使われること前提で作られた陰陽術を操る俺にはわからん話だけどな……。この世界は俺が知ってる世界じゃないって? ちがうだろ?」

 

 世界は世界だ。何も変わっていない。と、シオンは語った。

 

 変わったのは、

 

「過去の栄光に縋り付いたまま、変質を受け入れられへんかった魔術師(きみら)やろ?」

 

 その言葉があまりに正論過ぎて……正しすぎて、

 

 約四千年の年月を生きた大魔導師は、何も言い返すこともできずシオンと待ち合わせていたメイドカフェを出ていくことしかできなかった。

 

 すれ違ったノートパソコンを抱えた、青と白のパーカーを着た少年の笑顔が、今はとても忌々しく思えた。

 

 

その数秒後、後ろから「しまったぁあああああああ!? バース君の分会計させんの忘れてたぁああああああああああ!?」という、悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろうとバーシェンは無視した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それから数か月後、

 

「くっ……世界の変質がここまで進んでいるとは」

 

 バーシェンの世界回帰はいまだに成功していなかった……。理由は依然シオンに話した通り、現代という時代の変質が加速的に進んでいるのが問題だった。

 

 次々と科学の手によって、非常識が常識へと書き換えられていく世界では、バーシェンの魔術による遅々とした時代に合わせた微調整が追い付かなかったのだ。

 

 壺の中に作った異界の中で、思わずうめき声をあげるバーシェン。

 

 現在、彼が自身の体を変質した時代に合わせる作業はこれで12度目となる。

 

 魔術的に自己の存在を変質させる作業は非常に気を使う繊細な作業だ。

 

 いかに天才であり、不老不死であり、神仙であるバーシェンであっても、その作業を何度も何度も繰り返すということは、かなりの負担となっていた。

 

 そんな中、

 

「へ~い!! バース君!!」

 

「っ!?」

 

 壺の中に信じられない珍客が乱入してきた。

 

 この時代において、神仙階級の結界を破れる人物など一人しかいない。むろん、シオンだ!

 

「なぁなぁ! 世界が嫌いになった君のために面白い術作ったんだけど、聞きたい!? 聞きたい!?」

 

「ばかっ! 今繊細な作業中なんだ、近づくな!?」

 

 しかし、シオンはそんな言葉を平然と無視し走り寄ってきた。

 

 その行いはバーシェンの魔術の腕を信用してのことか、それとも「おすなよ!? 絶対押すなよ!?」というフリを食らった気分なのか……。

 

 とにかく笑顔でシオンは近づいてきて、

 

「みよっ!! これが、俺がちょっと本気を出して作った、異世界へと渡るゲート魔法!! このゲートをくぐれば、以前の魔法があふれた世界に限りなく近い世界へと飛べるのさ! よかったね、バース君! これで死ななくていいよ(・・・・・・・・)!!」

 

「おい、やめろっ!?」

 

 そして、近づいてきたシオンは最後の一線を越え、

 

「さぁ、飛び越えて! 次元の果てまでぇえええええええ!!」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」

 

 ふざけた掛け声とともに、一枚の札を投げつけ、それが生み出した銀色のゲートがバーシェンを包み込む。

 

 その瞬間角の魔力的干渉がバーシェンの体に働き、存在の時代調整がプラスではなくマイナスに働く。

 

50年……それがバーシェンの身に起こった概念的時代退化。それによって、シオンが開いたゲートは過度の干渉を受け、

 

「ん? あれ? ミスった?」

 

 シオンが設定した異世界の時代を50年ほど遡った時代へと、バーシェンの肉体を飛ばしたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「がはっ……ここは……」

 

 そして、バーシェンは目を覚ました。

 

 異世界――といった、わけのわからない世界に飛んでしまったせいか、体の魔力が著しく枯渇している。それは体を半ば魔力化していたバーシェンには致命的なことだった。

 

 下手をすれば、体を世界に溶け込ませる前に死んでしまう……。目標を果たせずただのたれ死ぬという魔法使いとしては最悪の死に方に、バーシェンは思わずうめき声をあげたあと、

 

「あのバカが……帰ったら確実に殺す」

 

 と、憤激の声を上げた。余裕がありそうな態度だが、はっきり言ってこの状況、地力ではどうにもできないくらいの危機だ。

 

 どういうわけか、大気中に含まれている魔力が濃いので早々に死ぬということはないが、神仙のバーシェンが完全回復するにはまるで足りない。おまけに、大気中の魔力を体内に取り込むよりも、負傷によって漏れ出る魔力の方が圧倒的に多かった。

 

 俺はこのまま死ぬのだろうか……。バーシェンが思わずそう覚悟したときだった。

 

「ほう……こんなところに人か。東方から来た人間かな?」

 

「陛下! 不用意に近づかれては……!?」

 

「たわけ。死にかけておる人間に恐れを抱くほど、トリステイン王は落ちぶれておらぬわ」

 

 そんな声と共に、バーシェンのもとに一人の男が歩み寄ってきた。

 

 明らかに良い血統の馬とわかる訓練が施された名馬にまたがったその男は、不敵な笑みを浮かべる強壮な男で。

 

「ふむ。貴様……その目はまだ死ぬべきものの目ではないな? よかろう。このトリステイン王が助けてやろう」

 

「ぐぁっ……トリステインだと?」

 

 どこだそこは? と、言外に呻くバーシェンの言葉を敏感に感じ取ったのか、男はカラカラ笑いながら、

 

「我が治める水の国にして……いずれハルケギニアのその国あり! と、覇を唱えることになる国よ!!」

 

 そこでバーシェンは意識を失い。気が付いたときにはその王に助けられることとなった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 以上が、俺がこの世界に流れ着いてきた経緯だ。その後、恩を返すために先代の命令を聞いていたのだが、命を助けてもらった対価を返すためにいろいろ無茶をしてしまってな……。おかげで異世界に戻るための体を残せなかった。

 

 まぁ、あの世界に未練はないからな。むしろ好都合だったのだが……。問題はあのバカ陰陽師に復讐ができなかったこと……ん? なんだ?

 

 あいつは、私に死んでほしくなかったんだ? はん。お優しいお前らしい意見だな。

 

 ……おい、なんだその笑顔は? まるで分っているんでしょう? といわんばかりに、意地を張るガキを見守るような笑顔は? やめろ。私は一応お前より数千年以上生きている年長者だぞ!?

 

 ……ちっ。あぁ、理解していたさ。あいつが私に死んでほしくなかったことくらい。

 

 そして、まぁ……なんだ。感謝もしている。俺にこんな素晴らしい世界に送ってくれたことを。

 

 神仙として再び生きられた、この世界に送ってくれたことを……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 バーシェンがそう言った瞬間、彼が訪れていた部屋のドアが優しくノックされた。

 

「どうしたのですか? 先ほどから話し声が聞こえますが」

 

「まずっ!?」

 

 いつも寝物語代わりに話を聞かせてくれる紅蓮の男は、思わずといった様子で舌打ちを漏らし窓に足をかけた。

 

「ではな! 今度はいつ来れるかわからんが、それまでに新しいネタを考えておく」

 

「はい。楽しみにしていますね」

 

 私の答えを聞いたバーシェンは、いつも通り全く動かない表情の中に、ほんの少し安堵の色をにじませながら、その窓から飛びだった。

 

 腕から飛び出す紅蓮の極楽鳥――バーシェンが言うには鳳凰という幻想生物を魔法で作り出したらしい――を駆り、瞬く間に夜空の小さな点となっていく彼を見送った私は、心配をかけてしまった母親に返事を返すために、部屋の扉へと歩いて行った。

 

「大丈夫ですよ、お母様。昨日拾ったひばりのヒナに、いろいろお話を聞いていただけですから」

 

『……そうですか。あなたは体が弱いのですから、あまり夜更かしをしてはいけませんよ。カトレア』

 

「はい。ありがとうございます」

 

 そう言って部屋から離れていく母親の気遣いに感謝しつつ、カトレアはバーシェンが消えた夜空をずっと眺めていた。

 

 彼の魔法をカトレアの病気を治すために使わないと決断し、彼女の両親と絶縁してしまった彼を。

 

それでも暇があればこっそりと彼女のもとを訪れ、病気は大丈夫かと? 高価な薬を持って訪れてくれる優しい仙人の背中を、

 

ずっと見つめているかのように。

 




というわけで、バーシェンさんの背景説明回でした。

 ちなみにサブキャラとして出てきた陰陽師さんは、作者が二次創作で体よく出しちゃう異世界移動ができる便利キャラなのであまり気にしなくていいですよ? ここ以外に出番はありませんからっ!?

 ところで、バーシェンがメイドカフェから出たときにすれ違った青いパーカーの少年。誰かに似ているような(棒読み)。

 バーシェンの背景説明とか正直いらないかな……。とおもっていて、今まで書くことはなかったのですが、前の温泉ネタで、時系列的に現代サブカル知ってんのおかしくね? という指摘を受け急遽書くことにしました。

 ち、違うよ!? 帳尻合わせじゃないよ!? 元からこういう設定だったんだよ!?


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各々の任務と日常
お昼寝罪と団子特別課税


 そして、平穏な時は終わりをつげ、時は再び動乱の時代へと動き出す。

 

「とうとう完成したか」

 

「はい」

 

青い髪とひげをもつ狂王は、カーテンを下し真っ暗になった居室にて、使い魔が魔法具を使い生み出した、空中に浮かぶアルビオン周辺の映像を見て笑い声を漏らす。

 

「レコンキスタ包囲艦隊。なるほど、最新の装備を施した艦隊であることも相まっているが、さすがはトリステインにその男ありと言われたバーシェン監修の布陣だ。この布陣は余であっても破るのはいささか難儀なことになりそうだ。特に、アルビオンに向かう船は……アルビオン到着は絶望的と思ってもいいだろう」

 

『どうなされますか? ジョゼフ様』

 

 そういうって水晶玉越しにこちらの様子をうかがってくる使い魔に、ジョゼフは不敵な笑みを浮かべる。

 

「くくくっ……。クロムウェルはどうしている?」

 

『周囲の将軍にたきつけられて何度か軍を派遣したようですが……ことごとくトリステイン艦隊の集中砲火を受け敗北。ただでさえ内乱で減っていたハルケギニア最高の艦隊は、今やその数を三分の一に減らしてしまっています』

 

「当然だ。あの宰相が生半な陣を敷くはずがない。奴が行動を起こすときは、奴の考えが完璧に実現できるという自信と根拠がある時だけだ。陣を敷き、宣戦布告が発布された時点で、もうアルビオンの敗北は決定している」

 

『では、切り捨てますか?』

 

 何のためらいもなく、アルビオンの王とまでなった男を見捨てる提案をしてくる使い魔。そんな、自分の考えを理解している彼女に「さすがは余の使い魔!」と、ジョゼフは手をたたき笑った。だが、

 

「それはまだいささか惜しい。見捨てて滅びの道を歩ませるとしても、その滅びは劇的でなければ詰まらん」

 

『確かに……』

 

 これは彼の娯楽なのだから……これは彼の暇つぶしなのだから。何万人の人間が死ぬ戦争を作り出したというのに、狂った王とその使い魔は全く良心の呵責を覚えることなくそのことを笑い、どうすればもっとひどいことになるのか話し合う。

 

「そうだ。レコンキスタに雇われている凄腕の傭兵たちにトリステインの魔法学園を襲わせよう。入る船は規制していても、出る船は規制しないようだしな。避難民が乗る船に見せかけて抜ければ、簡単に出ることができるだろう。できれば学生の死人が出ればなお面白い。トリステインも包囲戦などと生ぬるいことは言っていられなくなる」

 

 余は誠によいことを思いついた! と、狂気の笑みを浮かべながらジョゼフは水晶玉越しに、使い魔へと指令を下す。

 

 世界をより陰惨に、凄惨に作り替えるために……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのこと、トリステインの王宮にて。

 

「あぁ? アルビオンに潜入」

 

「そうだ」

 

 金髪の女剣士と、黒髪の怠惰魔術師――フェリスとライナが招集されていた。

 

 場所は宰相執務室。紅蓮の宰相直々の招集だった。

 

「うちの国がとうとう本格的にレコンキスタ攻略のために兵糧攻めに移ったことは知っているな?」

 

「あぁ。まぁ……」

 

「最近空が騒がしいからな」

 

 そういって彼らは王宮の空を見上げるように、執務室の天井へとわずかに視線を動かす。その向こう側からは風を引き裂きながら、戦場へと向かう無数の艦隊が飛ぶ音が聞こえてきていて……。

 

「あぁ。戦術自体は全く問題ない。数回ほど包囲網布陣に際して、敵の妨害攻撃があったが危なげなく退けることができたしな。陣が完成した以上、あとは黙って船をローテーションさせながら包囲網を維持していけば――試算では一ヵ月で片が付く計算となっている」

 

「じゃぁ、わざわざアルビオンに行く必要はなくねーか?」

 

 「マジでめんどくせ~し」と、大あくびをしながらさっさと帰ろうとするライナと、「ふむ。私も団子フェスタの準備で忙しくてな」と言いながらそれに追従しようとするフェリス。

 

 そんな二人にため息をつき、

 

「まぁ、聞け」

 

「ぐぇっ!?」

 

「むっ」

 

 バーシェンは、その気になれば鉄すら引き裂く鋼の糸をライナとフェリスの首に巻き付け、その動きを封じた。

 

「って、シャレにならない、シャレにならないぃいいいいいいいい!?」

 

 ちょっとだけ糸から血がにじんできたライナは、思わず悲鳴を上げてあわてて立ち止まる。そんなライナを見て、フェリスもこれはまずいと思ったのか小さく舌打ちをしながらも歩みを止めた。

 

 こいつら……俺がこの国の宰相だということを忘れていないか? と、明らかに無礼千万な二人の態度にわずかに眉をしかめるバーシェン。だが、そんなこと今更だと理解しているがゆえに、彼は鉄面皮のままため息を一つつくという行為を二人への抗議へと代え、

話を続ける。

 

「兵糧攻めで一番苦労するのはなんだと思う?」

 

「あぁ? そりゃ、敵に補給を与えないための布陣設営じゃないのか?」

 

「それは下準備だ。そして、そのちゃんとした用意さえしてやれば、この戦いは補給路と断つという簡単な作業の一点に集約される。現場に監督がいなくとも、敵がよっぽどの奇策を取らない限り回る戦闘だ。ぶっちゃけ始まってしまえばこれほど楽な戦いはない」

 

「では、いったい何に苦労するというんだ?」

 

 フェリスのもっともな質問に、バーシェンは一つ頷きながら、一枚の書類を取り出す。

 

「さじ加減だ」

 

「さじ加減?」

 

「そうだ。この兵糧攻めというものは、どこまでやってどこでやめるかを決めるのが、一番面倒な作業なんだよ」

 

 そういってバーシェンが差し出してきたのは、アルビオンの食料自給率がある程度示された書類だった。

 

「島国のうえ空中に浮くアルビオンは、はっきり言って作物が育ちにくい土地だ。土地が狭いうえに、上空にあるため常にある程度寒冷な気候だからな。だからこそこの国は、他国からの食料輸入によってその生計を立ててきた。そのおかげで、今回の国単位での兵糧攻めが効くわけなのだが……。ここで一つ問題が出てくる。あんまり兵糧攻めをやりすぎると、人民が飢えて続々死んでいってしまい、戦後にそっくりそのまま手に入るはずのアルビオンの土地を、運用できる人間がいない……なんてことにことになりかねないということだ」

 

 つまり、働き手が飢えて死んでしまえば、現在のアルビオンが持つ収益のほとんどが0に返り、また一からあの浮遊島を作り直さなければならないということで……。

 

「そんなことをすればせっかく国一つ手に入れたところで大赤字だ。国単位で一から開拓事業を始めることがいったいどれほど金がかかると思っている」

 

「ええっと……つまり俺たちにしてほしいのは?」

 

「民が飢えて死なない、しかしレコンキスタ幹部たちが切実に困っているラインをアルビオン内で見極めつつ、俺に教えろ。お前たちの報告を見極めて、俺が降伏勧告を出す」

 

 そういって、わりかし面倒どころか……数百人単位のスパイたちが行うはずの命令を下してくるバーシェンに、ライナとフェリスはお互いに目を見合わせて、

 

「あぁ……それってシオンが言っていた協力可能な仕事よりも明らかに外れているよな」

 

「ふむ。つまり、われわれはこれを断ったところでだれも文句を言えないということだ」

 

「む」

 

 ライナとフェリスの同時攻撃に、バーシェンは思わず黙り込み、舌打ちを漏らしかねない雰囲気をにじませながら首を縦に振った。

 

「あぁ。まぁ、たしかに……それは否定しない」

 

「じゃぁ、俺らはちょっと遠慮させてもらうわ。俺一日72時間寝るというお昼寝教信徒の崇高な修行があって忙しいんだ」

 

「うむ。私も団子教信徒としてよりこの世界に団子を広めねばならないという崇高な使命が……」

 

 二人がそう言ってバーシェンの執務室を出ようとしたとき、

 

「おっと……手が滑った」

 

 そんなわざとらしい言葉を、バーシェンが棒読みで告げながら二枚の書類をライナとフェリスの前に落とす。

 

「「!?」」

 

 その書類の内容を見て、ライナとフェリスは固まった。なぜならそこにっ!!

 

『お昼寝罪制定についての意見書』と『団子特別課税制法案』という、信じられない文面が踊っていて……。

 

「おっと、済まないライナ、フェリス。ついうっかり(・・・・・・)ハンコを押す気がなかった書類を、ついうっかり(・・・・・・)落としてしまった。最近仕事続きでな。私もいささか疲れてきた。このまま私が頼りにしていた剣士と魔法使いの二人組が、私が振った仕事を蹴るようなことしてしまったら、私の疲労はピークに達して、ついうっかり(・・・・・・)この書類の許可のハンコをしてしまうかもしれないところだった。あぁ、あぶないところだった!!」

 

 な~んて、バーシェンが棒読みで言いながらライナたちに向かって絶対零度の視線を向けてきたりしていて……。

 

「お、お前っ!?」

 

「こ、この悪魔め!?」

 

「ん? どうしたライナ、フェリス? 顔色がとっても悪いが?」

 

 わざとらしく、微塵も表情を動かさないままこちらの心配をしてくるバーシェンに、ライナとフェリスは思わず歯ぎしりをした。

 

 だが、そんなことをされてしまった以上、二人に選択肢はない。

 

「で、ライナとフェリス。お前たちはこの仕事をけるのだったか? 非常に残念なことに……」

 

「「喜んで引き受けさせていただきます!!」」

 

 数日後、すっごい不満げな顔でアルビオン域の軍艦に乗った剣士と魔法使いの姿が見られることとになった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「これが最後のチャンス……」

 

 その頃、トリステインの魔法学校で、赤毛の少女がそんなことをつぶやいた。

 

「とはいえ、包囲網が敷かれた時点で、もうウェールズ暗殺に意味はない。たとえ今ウェールズが死んだとしても、包囲網は維持されアルビオンはトリステインの手に落ちる……」

 

 まったく、あの宰相が、優秀すぎたのが誤算だった。まさかこれほど早くに艦隊の編成を終わらせるとは……。と、憎々しげに王宮のある方向を見つめながら、少女は床をふくモップに力を込める。

 

「だとするなら、ウェールズ暗殺はもうやめて、代わりにあの二人の情報でも集めたほうが主に対するご機嫌取りとしてはましか?」

 

 少女は自分の命をつなぐために、自身のターゲットを完全に変えることにする。そのターゲットは、

 

「異形の魔法を操る男……ライナ・リュート。魔法使いの天敵……フェリス・エリス」

 

 ジョゼフ様が好きそうな輩だ。と、彼女は小さく鼻を鳴らしながら、

 

「アリス~。そっちの掃除終わった?」

 

「ん~? あとちょっと!!」

 

 同僚のシエスタに微笑みかけながら、暗殺者――ビオ・メンテは今日も偽りの仮面をかぶり、学園のメイドとして働く。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 アルビオン辺境。ウエストウッド村。

 

 その周辺にある森で、キノコや木の実を集めていたフードを目深にかぶった少女。彼女は突如空を駆け抜けた巨大な軍艦に驚き、あわてて空を見上げる。

 

「……こわいですよ。戦争なんて」

 

 はやく、終わってくれたらいいのに。そう思いながら彼女は、たくさんの食料が詰まったバスケットをつかみ直し、急ぎ家路についた。

 




閑話終了!

 原作4巻に入るんだけど……

「あれれ~? おじさん、原作が影も形も見えないよ~?」

「何言ってんだ小僧! 二次創作ではよくあることだろうが!」

「でもおかしいよ! だったらなんでゼロの使い魔原作で小説書いているの?」

 と、某見た目は子供頭脳は大人的な少年探偵に言われかねない事態に……。


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妖精が住む森・ウエストウッド

「ライナとフェリスがどこにいるかですって? 平民のメイドが何でそんなこと気にするのよ?」

 

「い、いいえ、ちょっと頼みたいこととかもろもあったり……タルブでシエスタ助けてもらったお礼がしたかったりぃ~?」

 

 ライナとフェリスがアルビオンへ向かった翌日、シエスタを通してルイズにつなぎを取ってもらったアリスことビオ・メンテは、にこやかな偽りの仮面をかぶりながらライナとフェリスの情報収取へ移ろうとした。

 

 だが、学園中探してもライナとフェリスは見つからない始末。どうやら学園の掃除に熱中している間に、どこかへ行ってしまったらしいとビオが気付いたのはついさっきのことだった……。

 

――まずいわ。最近メイド生活が長すぎて暗殺者としての勘が鈍ってる。

 

 と、いまさらながらそのことを自覚したビオ。とはいえ、そんなことを今気づいてのあとの祭り以外の何物でもないので、とにかく今のライナとフェリスの居場所を聞き出すために、彼らの友人であるラ・ヴァリエールのご令嬢につなぎを取ったわけだが、

 

「あの……なんかお忙しそうですね」

 

「戦争が始まっちゃったから実家から招集がかかったのよ。いっぺん顔を見せに来いって!」

 

 心配性なんだから。と、やや膨れながらも一応自分を心配してくれていた家族の言葉に、すこし顔がにやけるのを抑えきれないルイズ。

 

 非常にかわいらしい態度だったが、その背後で大荷物を抱えたサイトが業者に紛れてこき使われているのが非常にシュールだった。しかもそのサイトは、

 

「うぉおおおおおおおおおおお! 見ろ、デルフ!! 俺今ものすごくしんどい。つまり俺今すごく鍛えられている!? このままいったらおれの筋肉インフレ起こさね!?」

 

『相棒、相棒!! テンション高いのはいいけどこのまま変な道に走っちまいそうで俺すっごい心配なんだが!?』

 

 そのうち『筋肉ぅうううううううう!!』と叫びだすか、上腕二頭筋と話し出すかしかねない勢いで修行バカになりつつあり、やや危ない空気を醸し出していて、

 

「むむ!! さすがはフェリスさんのお弟子さん!! 自らを鍛えることに余念がないとは……僕も負けてはいられません!! ぶーちゃん!! とりあえずトリステイン国境マラソン10周を百セット!! 今日中に終わらせるよ!」

 

「心得た、わが主!! 以前のように『国境侵犯者め!!』とか言って襲ってきた妙なやつらは根こそぎ私が吹き飛ばしてやろう!! だから主はマラソンによって己が身を鍛えることに集中してくれ!!」

 

「さすがはぶーちゃん!! 僕が作った最高の槍だ!! 頼もしい限りだよ!!」

 

 何やら言語を介する豚のぬいぐるみと笑顔で会話を交わすさわやか青年が、ルイズに王宮からの書簡を渡したかと思うと、残像を残しかねない勢いで学園から出ていく。

 

――いつからこの学園はこんなカオスになったんだろう……。と、いまさらながら自分がいる場所に危機感を覚え、潜入する場所を間違えたかと気づくビオ。

 

 とはいえ、あとの祭り以外の何物でもないし、友人となったシエスタと会えなくなるのはいささかさびしくあったので、黙ってその光景を黙殺し見なかったことにする。

 

 そして彼女はルイズの返答を待ち、

 

「う~ん。でもあいつら今アルビオンに行っているらしいから、はっきり言って会うのはかなり難しいと思うわよ?」

 

「アルビオン!? 包囲網に加わっているんですか!?」

 

 そうなると情報収集はかなり厄介になるんだけど……。と、思わず苦虫をかみつぶしたような顔になるビオに、ルイズは黙って首を振った。

 

「いいえ。どうも違うみたい? なんだったかしら……アルビオンを征服した時のために、前もってあの大陸に潜入して地質調査をやるんだとか言っていたわ?」

 

「……」

 

 地質調査というのは、トリステイン軍が昔から使うとある任務の暗喩だ。その任務とはぶっちゃけると『諜報任務』。地質と揶揄された敵内情を探る、暗い闇の任務だ。

 

「そう……ですか。ありがとうございます」

 

「あ、ちょうど話し終わった? アリス」

 

 ビオがそのことに少しだけ目つきを鋭くしながらルイズに謝礼を告げた瞬間、先ほどまで洗濯をしていたシエスタがちょうど通りかかりビオを拾ってくれる。

 

「じゃぁ、一緒に洗濯干すのを手伝って。男子生徒の皆さんが戦争だって浮き足立ってて……服がものすごく汚れてるの」

 

「はいはい。まったくシエスタは私がいないと何にも出来ないんだから」

 

「……その発言はものすごく不本意なんですけど」

 

 じゃぁ、ラ・アリエールさん。アリスのお話聞いてくれてありがとうございます。別にいいけど、私の名前はヴァリエールよ!! と、軽口を交わしあう貴族と友人の姿に驚きながら、ビオは今後の予定を考える。

 

――とりあえず、アルビオンに潜り込むにはどうしたらいいかしら? と。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その頃、空に浮かぶ大陸……アルビオン王国のとある町にて。

 

「なんだこいつ、怪しいやつめ!?」

 

「これほどまでやる気がない男は見たことがない!?」

 

「だがこやつ……我々がこれほど近くに近づいたというのに全く起きないぞ!? 本当にスパイなのか?」

 

「怪しい奴はすべてひっとらえよとのお達しだ。聖帝どのも大分焦ってきているようだな」

 

 四人の騎士に囲まれた、とあるカフェテリアの屋外テーブルに突っ伏し爆睡する一人の男の姿があった!!

 

 ……というかライナだった。

 

 この男は潜入任務など知らぬといわんばかりの態度で、コーヒー一杯頼んだだけでそのカフェテリアに居座り、こうして惰眠をむさぼっている。

 

 はっきり言ってかなり迷惑な客。怪しい奴と、店主が意趣返し交じりに通報しても何ら不思議はない感じの悪行を彼は働いていた。

 

 とはいえ、やってきたはいいがはっきり言って、ライナの姿をみた瞬間かなりやる気がそがれる騎士。

 

 これだけやる気がない男がスパイなんてはっきり言ってありえないのだが、空路はすべて封鎖され、アルビオンはジリ貧になるしかない現状。それを打開する一手への糸口が少しでもほしいのか、現在のアルビオンの支配者はとりあえず片っ端から怪しそうなやつを捕まえて、トリステインのスパイだったらその情報を得ようと躍起になっている。

 

 男を見逃すわけにもいかなかった。

 

「あぁ、おい貴様。起きろ!!」

 

 というわけで、とりあえずライナに声をかける一人の騎士。恫喝じみた言葉だったのは、一応この仕事の内容が捕縛だからだろう。

 

 対するライナの返答は、

 

「え? なんだよキファ……今日日曜日だぜ? もうちょっと寝かしてくれよ……。えぇ、手作り弁当? いいってそんなの……俺今日72時間寝る予定だから」

 

「誰、キファって!?」

 

「というか手作り弁当だと!? しかも明らかに女と思える名前の人物から!?」

 

「こやつ、なんてうらやま……いいやけしからん!?」

 

「これは我々貴族の註罰が必要だな!!」

 

 アルビオン騎士団の特徴――女日照り。そんなありがたくもなければうれしくもない伝統の被害者である騎士たち四人は、ライナのその言葉を聞いて激怒する。

 

 フルフェイスの兜をかぶっていなければ、彼らが血涙を流しているところもはっきりと見えただろう。

 

 そういうわけで一気に怒りの沸点へと到達した騎士たちは、次々と剣型の杖を抜刀。一斉にライナに向かって襲いかかるが、

 

「アースハンド」

 

「「「「!?」」」」

 

 突如地面から生えだした土の腕に足を引っ張られ、大きく姿勢を崩す騎士たち。

 

 それに伴い彼らの眼前に出現したのは、その華奢な体では到底操れないように思える長大な剣を構えた金髪の女神。

 

「ん」

 

 その女神は完全な無表情をたもったまま、その手に持った長大な剣を一閃させ、

 

「え、ちょちょちょ……ぎゃぁああああああああああ!?」

「ちょっと待とう、か……ぐやぁあああああああああああ!?」

「あれ!? なんか悲鳴に乗ってどこかの姫の名前がぁあああああああ!?」

「お、おまえらぶっ!?」

 

 一撃二激惨劇死撃と、ボッコボコのズッタズタにされた騎士たちは悲鳴を上げて吹っ飛び某犬神家風の体勢になりながら首から地面にたたきつけられて気絶する。

 

「ん。これで情報源ゲットだな」

 

「いや……本気でやるのかい? 騎士たち脅して軍の情報横流ししてもらうなんて……」

 

「当然だ!! この国にはまだ団子が布教されていないのだぞ!? だったらまずは上層部の情報を知り、可及的速やかに団子を広める方法を探るのが最初にやらなければならない任務だろう!!」

 

「あんたこの任務の内容覚えてるのかい? ついでに言うけど、今兵糧攻め中だからあんたが食べる以外の団子の輸入は禁止だよ?」

 

「なん……だと!?」

 

 愕然とする金髪の女神――フェリス・エリスに、先ほどまで物陰に隠れてアースハンドを操っていた緑色の髪を持つメガネをかけた美女、マチルダ・ロングビルはあきれ交じりのため息をつく。

 

「まったく、あんたたちがアルビオンで潜入任務するっていうからついてきてあげたのに……あんたたち本当に潜入任務する気があるのかい?」

 

「あるに決まっている……団子を広めればいいんだろ!!」

 

「あぁ、了解。とりあえずあんたが潜入任務を根本的にはき違えていることが分かった……」

 

 胸を張り自信満々といった様子で言い切るフェリスの姿にやや疲れたものを感じながら、ロングビルはそのまま爆睡を続けるライナへと視線を移し、

 

「ふん」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああ!?」

 

 もう何も言うことなく、大型のアースハンドを生成。情け容赦なく、机もろとも、ライナをアースハンドのアッパーカットで吹き飛ばした。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「まったく、あんたたちはまったく!! 潜入する気が全然ないだろ!?」

 

「いやいや、潜入ならできてるし」

 

「うむ。入ってしまえばこっちのものだ。あとは野となる山となる」

 

「なるわけないだろ!?」

 

 ロングビルはそう怒声を上げながら二人を引きずり、先ほどフェリスが散々脅しつけ協力を約束させた騎士たちと別れた町を後にする。

 

 その顔には、潜入なめきっているライナとフェリスに、元盗賊として明らかな怒りが見えている。だが彼女は知らない……彼らが故郷であるローランドからいろいろ命令されて、様々な国に潜入した猛者であることを。

 

 そして、大概のことは本気で野となり山となり……とある教会のシンボル切り倒そうが、墓をあらそうが、貴族からやたら豪華な馬車ぬすみ出そうが、国の最高戦力である魔法騎士団から身ぐるみはごうが、彼らは何とかしてきた実績があることなど……彼女は知らない。

 

 ともかく、そんな二人をこのまま放っておくわけにはいかない!! と、責任感にかられた彼女は、とりあえずしばらく安全に過ごせる場所を提供しようと、とある森を訪れていた。

 

 ウエストウッド……《西の森》と呼ばれるこの森には、森の妖精が住むといわれ現地民たちからは、入ると妖精にいたずらされると恐れられている、立入り禁止の森だった。

 

 じっさい、この森に入った人物が森の中での記憶を失った状態で迷い出てきて、村で保護されるという事件が何度か起きているらしく、この話の信憑性を増すのに一役買っていた。

 

 だが、そんな予備知識がないライナとフェリスにとってはこの森はただの森だ。

 

「なんだ? 森なんかに来ても拠点になるような場所はないだろ?」

 

「……そうか。貴様とうとうライナ菌にかかってしまったのだな!? かわいそうに……」

 

「おい、まてフェリス。なんだその甚だ不愉快な名前をした菌は!?」

 

「ん? 知らないのか? ライナ菌……学名《ライナリュートハフェリスサマノドレイ》という名前の細菌で、感染すると変態色情狂ライナ・リュートの毒牙にかかり妊娠出産の後、クズい男につかまり馬車馬のようにこき使われ最後は骨と皮だけになって死ぬ病気で……」

 

「もう、突っ込みどころ満載でどこから突っ込んでいいのかわかんねぇよ!?」

 

「つ、つっこむだと!? 貴様なんて卑猥なことを!?」

 

「もうどうしろっつーんだよぉおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

「うむ。もう満足した。貴様が困る顔が見れたからな」

 

「俺もう泣いていいかな!?」

 

 なんていつものやり取りを交わす平常運転名二人にため息をつきながら、ロングビルは黙って森の中へと入り、彼らを誘導した。

 

 この二人の会話に付き合うと疲れるというのはこの数か月間の付き合いでなんとなく悟っていたからだ。

 

 そして、

 

「んあ?」

 

「ん?」

 

「かわってないね……ここは」

 

 ロングビルがしばらく森の中を行くと、突如その森が開け小さな村が出現する。

 

「ここは……?」

 

「ウエストウッド村……ちょっとわけありの子たちが住んでいる村でね。私が金を送っている子が住んでいる村でもある」

 

「ここがか!?」

 

 驚くライナに微笑みかけながら、ロングビルはまっすぐその村にある一軒家へと進み、

 

「ティファニア。マチルダだよ。あけてくれ」

 

『マチルダ姉さん!?』

 

 コンコンとその扉をノックし、家の住人に来訪を告げる。

 

 ロングビルによっぽど懐いていたのか、その人物はとてもうれしそうな声をだし、扉をあけ、

 

「おかえり、マチルダねえ……さん」

 

 その隣に要るフェリスとライナを見て絶句する。

 

 普段かぶっているフードをつけていない。つまり彼女の顔がさらされている。そんな状態で彼女が初対面の人間に会う意味を、マチルダは何より理解していて、

 

「ね、姉さん……その人たち!?」

 

 顔を青くしてあとずさる姪っ子に、マチルダは自分の失態を知り思わず舌打ちを漏らしかける。

 

――しまった、もうちょっと気を使うんだった!! と。

 

 だが、その状況を打開する言葉がマチルダの背後からとぶ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――みられた!?

 

 ウエストウッドの住人にして課長であるティファニアは、姉が連れてきた二人の人物に自分の顔が見られたことに驚き……おののく。

 

――みられた!?

 

 いや、正確には顔を見られたのが問題ではなくその顔の横についている耳を見られたのが問題だった。

 

 ほそく長く、尖った耳……人間とは違う、人間が恐れる『エルフ』の象徴!!

 

――この人たちも私を殺そうとする!? この耳を見られた以上、どれだけ優しくしてくれた人であっても、その顔を恐怖にゆがめ自分を化け物とののしることをティファニアは知っていた。だから、

 

「姉さん……その人たちは!?」

 

 必死に混乱した頭で、姉が彼らを連れてきた理由を考えながら、あまりよろしくない理由ばかり浮かぶ自分に泣きそうになり、彼女は隠し持っていた杖へと手を伸ばそうとして、

 

「あぁ、事情説明は後でいい……俺今それよりも結構長い距離歩いてきたせいで眠くってさ……できればお客様用のベッドとか寝室に案内してくれるとありがたいんだけど?」

 

「……え?」

 

 とつじょ、ロングビルの隣にいた男があげたあっけらかんとした声に、思わず呆然とし、

 

「む。ダメだぞ少女!? この男はそんなことを言って貴様をその寝室に引きずり込み……あんなことや、そんなことを……な、なにぃ!? そんなことまで……貴様、本当に人間かライナ!?」

 

「えぇ……なに? ここでもそのノリ貫くの?」

 

「うむ。ライナ一日一虐めが私の人生の標語だからな」

 

「やべぇ……割とマジで死にたいんだけど……」

 

「うむ。娘、ロープを用意しろ」

 

「え?」

 

「ふふ……きっと青くなるだろうな」

 

「え、えぇっと……ごめんなさいフェリス。冗談だから許して……」

 

 そんな間の抜けた会話を繰り返す二人の姿にティファニアは呆然とし、杖から手を話し、

 

「いや。事情説明なしで連れてきちゃってすまないねティファニア。でも、見てもらったらわかると思うけど……こいつらはエルフ云々(まずエルフという存在自体を知らないから)であんたをしいたげることをいうような奴らじゃないから、安心しな」

 

「……………」

 

 信頼する姉が彼らを連れてきたのは、ただ単に彼らを絶対的に信用しているからだと悟り、ようやく彼女は杖に伸ばしていた手を下すのだった。

 




ようやく投稿!!


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ゼロの帰省と虚無の調査

――……どうしてこうなった?

 

 サイトはとある大きな馬車のなかに座りながら、内心でそんなことを考える。

 

 自分の隣には、ほんの少し機嫌がよさそうに見えるシエスタ。

 

 サイトの腕を抱きしめるようにつかみながら隣に座った彼女。その彼女が持つ二つの山脈が、サイトの腕を挟み込んでいる。

 

 だが、サイトはそれによって頭を茹らせることはできなかった……。なぜなら、彼が乗っている馬車の前方にはさらに大きな馬車が走っており、中からどす黒い殺気をこちらに向かって飛ばしてきているからだ。

 

 むろん、いうまでもなくルイズが乗っている馬車である。

 

――やばい。俺このままだと殺される……。と、本能的に察知したサイトはひきつった声でシエスタに忠告を飛ばす。

 

「し、シエスタ……い、今すぐ俺から離れるんだ。命が惜しいなら」

 

「あら? 女の胸はお嫌いですか?」

 

「お好きです!!」

 

「ならいいじゃないですか」

 

「そうだね!! はっ!?」

 

――お、俺のバカ!? またシエスタに乗せられちゃって……シエスタ、恐ろしい子!!

 

 と、サイトが現実逃避気味に独り芝居をしているとき、

 

 馬車の眼前で凄まじい爆発が起きた!!

 

「うぎゃぁあああああああああああああ!?」

 

「あらあら……」

 

 驚く馬と御者に、もう泣きながら飛び上がるサイト。

 

 平然と笑い流すシエスタ。

 

「安心してくださいサイトさん。ルイズさんはあれ以上できませんし」

 

「なんで!? なんでそんなに余裕なのシエスタ!? というか、出かける前にルイズに何言ったの!?」

 

「さ~て、なんでしょうね~」

 

 と心底楽しそうに笑う、余裕あふれるシエスタの横顔に、サイトはさらなる戦慄を覚えた。

 

 ほんと、どうしてこうなった……と。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 時は少しさかのぼり、

 

「ふぉぉおおおおおおおおおおおおおお!! 筋肉ぅ!! 強靭★無敵☆最強!! 粉砕☆玉砕★大喝采!!」

 

「脳筋は嫌いよ、サイト。あんまりその性格続けるようなら使い魔解約するから」

 

「……」

 

 ちょっと訓練のし過ぎで頭がハイになっていたサイトが、ルイズの冷水のような一言で正気に戻った時だった。

 

「最近変だったんだけどほんとにあんたの一言で治ったわねシエスタ……。あんた本気でいったい何者よ?」

 

「いいえ。ただのメイドですよ」

 

 一気に頭を冷やして普通の状態に戻ったサイトが、あわてて言い訳しようとルイズに視線を向けると、ルイズの隣にニコリと笑ったシエスタが立っていて、

 

「って、あれシエスタ? どうしてここに? メイド服も着てないし」

 

「話聞いて……ませんでしたよね。サイトさんですし」

 

「いや待ってくれ。それだと俺の存在そのものが全否定されそうな予感がするんだけど!?」

 

「所詮サイトさんですし」

 

「余計に悪くなった!?」

 

――俺シエスタに何かした!? と驚くサイトをクスクス笑いながら見つめた後、シエスタはいつものメイド服ではなく、平民らしい若草色のワンピースの裾を持ち上げくるりと回った。

 

「いえ、ちょっとアリエールさんが『実家に帰るのにメイドの一人もひきつれていないと激怒しそうな姉さまがいるの……』と、おっしゃられていたので、ちょっと弱みを握っていたオールドオスマンを脅し……交渉して、ついていくことにしたんです。サイトさんもアリエールさんも目を離すと厄介ごとにかかわりそうな性格していますし」

 

――今ものすごい不穏な言葉が隠されたような……。と、にこやかな笑顔で笑うシエスタに、冷たい汗を背中に流すサイト。

 

 そんな彼をしり目に、ルイズは小さく肩をすくめつつ追加の説明を入れた。

 

「まぁ、実家に帰るだけでそんな事件なんて起きないでしょうけど、確かについてきてくれるっていうのならありがたかったし、一緒に連れて行くことにしたの。帰るまでの雑事とかは全部任せるつもりだから、サイトも手が空いたら手伝ってあげなさい」

 

「あいあい、ご主人様」

 

――最近この二人仲がいいよな……。と、わずかばかりにルイズのシエスタに対する態度が柔らかいことに驚きながら、別に不満のある指示でもなかったのでサイトは黙ってルイズの指示にうなづいておく。

 

 だが、問題はここからだった。

 

「じゃ、行くわよ」

 

 といって、ルイズが目の前の大きな馬車に乗り込もうとした時だった。

 

 なんでもその馬車は実家から送られてきたルイズを迎えに来るためだけの馬車だそうで、やたら豪華なしつらえがしてあった。

 

――そんな馬車を見て『さすがは貴族』と、サイトが驚きながら同じように乗り込もうとした瞬間!

 

「ちょっと待ちなさい。サイトさんはこっちです」

 

「ぐえ!?」

 

 突如シエスタに襟首を掴まれ、サイトはつぶれたカエルのような悲鳴を上げる。

 

「ちょ、なにしてんのよ!?」

 

「し、シエスタ……突然引っ張るのはさすがにやめて」

 

「いえ。だって仕方ないじゃないですかサイトさん。従者が貴族の馬車に乗れるわけないでしょう? 私たちはあっちの馬車です」

 

「え?」

 

 そういってシエスタが指し示したところには、ルイズが乗った大きな馬車に追従するそこそこの大きさの馬車があって……。

 

「あれ?」

 

「あれです」

 

「いや、べつにこっちに乗ったって大丈夫だろ? まだまだ乗れるぜ?」

 

「そ、そうよ!! それにサイトは私の使い魔なんだから、別に一緒の馬車に乗ったって問題ない……」

 

「大ありです、アリエール様」

 

「ヴァリエールよ!?」

 

 しつこいわよあんた!? と、キレる十代(ルイズ)を無視し、シエスタはサイトに向かって無言で地面を指をさす。

 

――あ、これあれだな。お説教だな。と本能的に悟ったサイトは黙って地べたに足をつき、砂利だらけの地面で正座を敢行。割と痛くはあったが鍛えているので、我慢できないでもない痛さにさいなまれながら、サイトは黙ってシエスタの言葉を聞く。

 

「いいですかサイトさん? いくら貴族の使い魔になったからって、私たちは平民。ルイズさんは貴族様です。守らなければならない分別というものが存在します」

 

「で、でも……ルイズもいいって言っているし」

 

「これからルイズさんは実家に帰られるんでしょう? それも音に聞こえた厳格と有名なラ・ヴァリエール領に。帰った時に平民としか見えない男性と一緒に馬車に乗っているルイズさんを見て実家の方々は何と思うでしょう。平然と乗っているサイトさんを見て実家の方々は何と思うでしょう? 次の三択の中から選びなさい。

 

A:超死刑

B:超説教

C:超幽閉

 

さてどれ?」

 

「いやいやACとかありえんだろう? せいぜいBだって」

 

「ぶっぶー!! ふせいか~い。さてルイズさん答え!!」

 

――なんでこんなノリノリなんだ!? と、サイトが驚いている中、シエスタに突然話題を振られたルイズは、さっきよりも若干顔を青くしながら、

 

「え……た、たぶんC」

 

――まって!? 今はじめになんて言おうとしたの!? エー!? Aっていおうとしたの!? と、盛大に目をそらしながら、冷や汗交じりの答えを告げてくるルイズ。そんな彼女を見て彼女に実家に対して恐怖を覚えたサイトは、おとなしく使用人用の小さな馬車へ歩みを進めた。

 

 その背後では、

 

「あ……」

 

「なんですか? とっても残念そうですねルイズさん?」

 

「べ、別に残念とかそういうことは思ってないわよ!?」

 

「ですよね~。高貴で尊い貴族であるルイズ様が、まさか平民の使い魔と一緒に馬車に乗れなかったくらいでそんな落ち込んだり、私と使い魔が一緒の馬車に乗ったくらいで嫉妬したりしませんよね~」

 

「ぐ、ぐぐぐ……し、シエスタあんたまさか初めからこれが狙いで!?」

 

「あら? 何のことでしょうか? 私はただサイトさんに一般常識お教えただけですよ?」

 

「は、図ったわねぇえええええええええ!?」

 

「あは♪ ではルイズさん、我々使用人一同……あなたの旅が快適であるよう尽力しますので、どうぞあなたは馬車でごゆるりとお過ごしください?」

 

 なんてやり取りがあったなんて知らずに……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 というわけで、いろいろ波乱を孕んだルイズの帰省だったが、その旅ももう終わりへと近づいていた。

 

 ルイズたちが乗った馬車はすでにラ・ヴァリエールの領地へと入っており、城が見えるまですぐそこといった位置にあったのだ。

 

「にしてもちょっとからかいすぎましたね~。まさか最後の最後であんな爆発ぶつけてくるなんて」

 

「し、シエスタ。本気で勘弁してくれ。俺自分の命削ってまでルイズからかうなんてしたくないんだ……。というか、ルイズからかうために俺の心をもてあそぶのもやめて」

 

 そんなこんなで疲労がたまりすぎてげっそりとしながら、若干膨れるという高等技能を披露するサイトの言葉に、シエスタは思わず苦笑を浮かべて、そのほほに指を突き立てる。

 

「ぶっ!?」

 

「あら? 別に私はルイズさんをからかうためだけに、あなたに好意的な態度を示しているわけではないですよ? まぁ、たしかにルイズさんの不器用な感情表現は見ていてかわいく思いますが。それ以上に……前に言った言葉を、私はまだ忘れていませんから」

 

「え?」

 

「あなたが好きです。サイトさん……」

 

「………………」

 

 突如告げられた告白の言葉にサイトは思わず氷結し、

 

「っ!?」

 

 タルブ村での告白騒動を思い出し、思わず顔を真っ赤にし。頭を茹らせる。それくらいシエスタの言葉をサイトの脳髄に直撃した。

 

「たとえいつか居なくなるのだとしても、たとえあなたが私を選ばなくても、私のこの気持ちは変わりません。だから……」

 

――私決めたんです。あなたを決して諦めないって。と、シエスタニコリと笑いつつ、目下のところの恋敵が乗る馬車へと視線を移す。

 

 心配そうにどころか、まるで嫉妬に狂った化け物のような形相でこちらの馬車を覗こうと必死に目を凝らしているルイズを。

 

――まったく、そんなに不安があるならあの時私の理詰めなんかに従わずに、貴族特権の力技で奪えばいいものを。と、いささか子供じみた感情表現しかできないルイズをかわいらしく思いながら、シエスタは小さく笑う。

 

 そして、

 

「まぁ、今のところ本格的にあなたを落とすつもりはないのでそこのところはご安心を」

 

「ほ、本格的に落とされるってなったらどうなるの?」

 

「そうですね……。この旅で既成事実の一つか二つは作れたかと?」

 

「ぶっ!?」

 

 突如出された下世話な話に吹き出すサイトを笑いながら、シエスタは向こうの馬車にいるルイズにも笑いかける。

 

――今はこういった関係も、悪くないと思っていますしね。と、普通の娘らしい恋の経験などしたことがなかったシエスタは、嫉妬し嫉妬され、一人の男の子を奪い合いながらも、仲良く情報交換をする。そんな楽しい恋愛模様を楽しみ、この関係を崩すことを惜しく感じ、

 

「でも、今はこれでいいんです。今はこれで私の精一杯。そこから先は、もう少し大人になってからでいいですよね?」

 

「え、ちょ、なにをいって……」

 

 ルイズに見せつけるように、サイトの額に唇を落とした。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころのルイズは?

 

「キィ――――――――――――――――――っ!! し、シエスタ……あんなことまで!? 私の使い魔にあんなことまでっ!! く、くぅ……ここが実家じゃなかったら言ってやったのに!! 私の使い魔にちょっかい出すなって言ってやったのにぃ!!!」

 

――というかあの子、楽しんでるわよね!? 私おちょくって楽しんでるわよね!? ほんとなんなのよあの子!? 一番の強敵であるけど勝てる気がまったく……って、強敵って何よ!? べ、別に私はサイトのことなんて好きでもなんでもないんだくぁwせdrtgyふじこlp!?

 

 と、大分テンパっていた……。が、

 

「ルイズ様。おかえりなさいませ」

 

「!?」

 

 突如馬車の窓が開き、そこから入ってきた一羽のフクロウを発見し、ルイズの顔に緊張が走った。

 

「旦那様も奥様も、エレオノーレ様もカトレア様も、ルイズ様の帰りを首を長くしてお待ちです」

 

「わかったわ。こっちは元気です……すぐにつきますと伝えなさい」

 

「かしこまりました」

 

 そういって再び窓から出ていくフクロウの後ろ姿に、ルイズは小さくため息をつく。

 

「今思ったんだけど……サイトのことどう説明しよう」

 

 そう……問題なのは自分の使い魔について。普通人間を使い魔にするなんてありえないし、聡い姉達のことだ。そんなことを話したら、もしかしたら自分の属性について気付くかもしれない。

 

――タルブ平原で使って以来、王宮からは何の音さたもないから厄介ごとを避けるように口をつぐんではいるんだけど、それもいつまでもつかわからないし……。

 

 と、ルイズは自分の得意系統……虚無の存在を扱いあぐねながら、小さくため息をつく。

 

 そしてそんな風に自分が悩んでいるというのに、

 

「……」

 

 窓から見えた後ろの馬車で、シエスタがサイトの額に口づけをしているのを見て、ルイズの目が死ぬ。

 

――うん。もういいわよね私。もうゴールしちゃっていいわよね? と、不吉な笑みを浮かべながらルイズは黙って杖をふるった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころ、トリステイン王宮では。

 

「そういえば、タルブ平原での奇跡の炎についての捜索がまだできていなかったな」

 

「最近船団の編成でいろいろ余裕がありませんでしたからね……」

 

「もう……あんな、書類仕事はこりごりです」

 

「ふむ。だが、もはや我々の勝利が揺らがぬものになった以上、あちらに手を付けるのも悪いことではないですな」

 

 と、つい先日までの書類の山がなくなったバーシェンの執務室にて、慰安を兼ねたお茶会を開いているトリステイン上層部……女王・アンリエッタ、宰相・バーシェン、枢機卿・マザリーニ、宰相補・ウェールズは、いまさら思い出したといわんばかりにタルブ村で起こった大多数の戦艦を沈めた魔法の存在を思い出した。

 

「確か、珍妙な竜が空を飛んでいたところまでは分かったんでしたっけ?」

 

「あちらは目撃者が多かったですからな。鹵獲したアルビオン竜騎士からも詳細が聞けましたし」

 

「妥当に考えるなら、あの竜が何かしたと考えるのがいいんでしょうが……」

 

 そういって意見交換するアンリエッタ、マザリーニ、ウェールズの言葉を聞きながら、バーシェンは思考を巡らせる。

 

 そして、

 

「一人、心当たりがないでもない」

 

「本当ですか!?」

 

「バーシェン卿は何でも知っておられますね」

 

「なんでもは知らない。知っていることだけだ」

 

 と、どこかの完璧委員長のようなことを言いながら、バーシェンはアンリエッタとウェールズに視線をむける。

 

「ちょうどいい、貴様らの結婚報告がてら話をするとしよう。ちょうど実家に帰っているはずだし、行くぞ……ラ・ヴァリエール領に」

 

 そう告げてバーシェンは勢いよく立ち上がり、すぐさま王族の旅行予定をくみ上げるための書類作成へと移った。




今回のアルビオン攻略編は閑話色が強い話となると思います。

中心としてはアルビオンのとある町と、ラ・ヴァリエール領での夏休み……かな?

アルビオンではティファニア中心に話を進め、

ラ・ヴァリエール領では基本的にサイト中心に話を進めたいと思います。

おっと、忘れていた。魔法学園襲撃は……無論やりますよ?


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ラ・ヴァリエール公爵様の変更点

修正してやる!!

メタすぎたので修正してやる!!

ラ・ヴァリエール公爵の内心修正。

羅・刃離得々流公爵から

普通の親ばかへとジョブチェンジできたはず……。


「…………………」

 

「……あなた」

 

「なんだいカリーヌ?」

 

「あなたがせわしなく動いたところでルイズは早く帰ってきませんよ」

 

「なにを……私はせわしなく動いたりしていない」

 

 完全に揺らがない威厳のある顔でそんなことをいう夫の姿に、カリーヌは小さくため息を漏らす。

 

 ルイズが帰ってくる日になってからかれこれ6時間ほど。彼女の夫は、誰よりも早く屋敷の玄関にやってきて、先ほどからずっと玄関前に広がるホールをうろうろ歩いているのだ。

 

 どう考えても落ち着いていない。というか、ぶっちゃけ、事情を知っているものが見れば誰もが娘を待ちきれずに浮かれきっている父親の姿だとわかるだろう光景だ。

 

――まぁ、もっとも、長年鍛え上げた鉄面皮のおかげで、そういったこの人の親ばかを読み取れる人間は数少ないですが。

 

 と、その数少ない読み取れる人側に属している公爵夫人カリーヌは、小さくかぶりを振った後、

 

「あなた……」

 

「っ!?」

 

 いつもより一オクターブほど、声の調子を下げて話しかける。

 

――長年連れ添った夫だ。それで自分が一体どういう気分になっているのかわかってくれるだろう。と、カリーヌは信頼していた。

 

 つまり、彼女がものすごーく機嫌悪いことを……。

 

 ……長年連れ添ったからではなく、長年の調教のたまものとか言ってはいけない。そんな事実は断じてないのだ。たとえ事実だったとしても、そんな事実は口にした瞬間どうなるかは自明の理だ。

 

「ルイズは私が迎えます。あなたは執務室でお待ちください」

 

「だ、だが……」

 

「聞こえなかったのですか?」

 

「……はい」

 

 と、鉄の無表情の中に滝のような冷や汗を流したヴァリエール侯爵は、若干肩を落としながらホールから執務室にある二階へとつながる長い段を上ろうとして、

 

「ルイズ様、お帰りです!!」

 

「!?」

 

「ちっ……」

 

 扉の開け閉めを担当していた召使の言葉を聞き、公爵は威厳あふれる表情の中であるにもかかわらずまるで子供のように目を輝かせ、結局父親の威厳を守れそうにない夫に、カリーヌは舌打ちする。

 

――わが娘ながらなんてタイミングの悪い。

 

 と、小さく内心で洩らしながらも、

 

「まぁ、いいでしょう。今回は見逃しますが……後でお話がありますからね?」

 

「っ!?」

 

 簡潔な死刑宣言を告げた後、優雅に夫の隣へと移動するカリーヌ。そんな彼女の姿に瞳だけを絶望に染めながらも、鉄面皮を貫く公爵。

 

 夫婦の上下関係が分かりやすい図だった……。

 

 さて、そんなわけで公爵側の迎えの準備が整い、扉というより門といったほうがしっくりくる巨大な扉が、ゆっくりと音を立てて開きだす。

 

 かわいい愛娘の帰還を祝って。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――カリーヌがマジで鬼畜な件。私この後何されんの!?

 

 と、戦慄する私の名はラ・ヴァリエール公爵。広大なラ・ヴァリエール領を統治する、王家の血を引く由緒正しき公爵家の当主である。

 

 今は愛娘のルイズが久しぶりに学園から帰ってくるので首を長くして待っているわけだ。

 

 本来は厳格で他人に厳しく自分に厳しいと評される(私としてはそれ相応にやさしいつもりではあるのだが……)私であっても、この時ばかりは浮足立つ。

 

 自分に威厳を求める妻の怒りを買う程度には……。

 

 べ、別に尻に敷かれているわけではないのだぞ!? 私はただ単に妻を立てる素晴らしい夫というだけであって、決して妻の眼光が怖いとか、年取ってさらに迫力ましたなとか、アァ昔の可愛くてチビッコイカリーヌはどこにとかは、一切考えていない……って、カリーヌ!? やめて!? 人の心勝手に読んで無言の制裁はやめて!? ごめんなさい謝ります! 土下座でも何でもしますから、後ろ手で杖突きつけるのはやめてぇええええええええええ!?

 

 ご、ゴホン。と、とにかく私は浮足立っていたのだ。

 

 なぜならそれほどわが末子のルイズはかわいい!!

 

 

(親バカ注意・精神汚染危険性有)

 

 

 あのふわふわした桃色ブロンドの髪に、抱きしめれば私の胸の中にすっぽり入ってしまう小柄な体。

 

 釣り目気味の瞳は小柄で頼りなさげな彼女に凛々しさを与えると同時に、それが緩んだ時に見せるあの優しげな表情とのギャップを楽しませてくれる。

 

 貴族としての品格を見せる立ち居振る舞いは幼いころから私たちが徹底的に叩き込んだおかげでほとんど芸術の域だし、それでなくともあのカモシカのような足や白魚のような手が動くだけでわれわれの目を楽しませてくれる!!

 

 鼻筋はきれいに中央を通り均整の取れた顔を作り上げ、顔のパーツの位置はすべて黄金比。不敬だとは分かっているが、おそらくこの国の女王アンリエッタ殿下であろうともルイズの前にはその美しさをかすませる。

 

 その彼女がようやく、ようやく私のもとへと帰ってくる。

 

 あのかわいらしい口で私を『お父様!』と呼んでくれる!

 

 あの美しい顔で私に微笑みかけてくれる。

 

 あの天使のような声音で、私の耳をいやしてくれる。

 

あぁ、おそらく彼女こそが女神が遣わした私たちの可愛い天使(アンジュ)!!

 

 だが、私にはそんな彼女に一つの懸案事項があった。

 

風のうわさで婚約者にしておいたワルドが裏切ったと聞いたのだ。あわてて裏を取らせてみたら、どうやらそれは本当にようで、ワルドは今アルビオンにテレコンキスタに参加していると聞くし……。

 

 まったく、私の可愛いルイズを傷つけるなんて何を考えているんだあのひげ男爵。よほど命がいらないと見える。

 

 とりあえず今度会ったらどうしようか。王宮に行ったときはワルドをとらえたらぜひ我々のところにといったのに、いまだに色よい返事がもらえないし……。

 

 女王陛下もあの程度の要望ごときで顔を引きつらせるとはまだまだ、王としての経験がなっていませんな。あのぼんくら宰相に頼りきりだからそういったことになる……。

 

 ほんのちょっと、ワルドを一角獣の角にて、尻から脳天にかけて串刺しにして、ハルケギニア中でさらした後、全身をミンチになるまで私の魔法で引き裂いて、火竜山脈の火山に投げ入れるといっただけなのに、なんであんなにおびえておられたのだろうな、女王陛下は。まったく解せない……。

 

 とにかく、ルイズはきっと今傷ついているだろう。それこそ、男なんてもう見たくないといわんばかりに。

 

 おまけに、アルビオンとの戦争はつい最近始まったばかり。いくら裏切られたとはいえ元婚約者のワルドのことを、心優しい(この時、近くまで来ていたルイズの使い魔は、盛大に首をかしげなければならないような衝動に駆られたらしい)彼女はきっとまだ心配しているはず。

 

 きっと夜も眠れない日々を過ごしているだろう……あぁ、かわいそうなわたしのルイズ!!

 

 これは私が父親として、慰めてやらねば……。カリーヌもエレオノーレもそういった方面では一切合財役に立たんしな。うん。これは家長である私の務め……け、決して愛娘と少しでも一緒にいたいとかそういったことは考えてないんだからね!?

 

 って、あ、ごめんカリーヌ。別にふざけてるわけじゃないんだ……ちょっと娘へのあふれる愛が止められなくて。だってほら、最近エレオノーレがあんな感じになったし……また娘が傷つくのは嫌じゃないか。

 

まったくだからあの婚約はやめておけといったんだ。あんな軟弱な男が、君にそっくりなエレオノーレのあの性格に耐えられるわけがないって。いやほんとに、あの青年にはかわいそうなことをした……トラウマになってないといいけど。

 

って!? ち、違うよ!? 別に君の性格がきついとか怖いとか、正直私の抜け毛が速いのは全部君の性格のせいとかそんなこと全然思ってないよ!? ほんとだよ!? 

 

え、ちょ、杖抜かないで!? 許して!! え、許さない? 修正する? ちょ、まっ!? さ、さすがに娘迎えた後すぐに夫婦喧嘩は威厳が!?

 

 

 っとぉ!! ほらカリーヌルイズが帰ってきたぞ!! ちゃんと顔、顔作らないと! かっこいい母の顔が台無しだ!!

 

 って、ん?

 

 あれ? 

 

 あれれ~。

 

 ルイズちゃ~ん。

 

 そのいけ好かない、黄色いサルは一体全体ドコノダレカナ?

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――なんだろう。ルイズのお父さんからものすごい殺気を感じるんだけど……。と、屋敷への入り口をくぐった瞬間飛んできた、刺すような中年からの視線にサイトは思わずたじろいだ。

 

 その豪奢な服装と威厳からして、おそらく彼こそがルイズの父親であるラ・ヴァリエール公爵なのだろう。

 

 その隣では、おそらくルイズは将来こうなるんだろうなと思わせる、苛烈な人の上に立つ者の気配を放つ女性が一人。おそらく彼女がルイズの母親だ。

 

「よく帰った、ルイズ。父はうれしいぞ」

 

「学園からあなたが選んで連れてきたメイドもなかなか優秀なようですし。なかなかいい目をするようになったようですねルイズ。貴族としては(・・・・・・)なかなか目覚ましい成長を遂げているようで安心しました」

 

「あ、ありがとうございます……お母様。お父様」

 

 その二人から聞こえてくる声も、当然威厳あふれる逆らうことすら許されない威圧を持ったもの。はっきり言って慣れていないサイト、はその声と雰囲気だけで圧殺されそうだった。

 

――ルイズはよく、こんな家で暮らしていられるな。と、ちょっとだけご主人様を見直すサイト。だが、

 

「ところでルイズ。その隣に立っている猿……もとい平民は何かな?」

 

――俺人間扱いすらされてないのぉ!? と、突如公爵が吐いたとんでもない暴言に、サイトは思わず硬直する。

 

「こ、こいつは……」

 

 さすがのルイズも返答に困ったらしく、しばらく何かをためらうかのような顔を見せたが、結局素直に話すこと話すことにしたのか、毅然とした表情で顔をあげ、

 

「か、彼は私の使い魔です」

 

 はっきりとそういった。

 

 その言葉を聞いた途端、ルイズの母親からはわずかな驚きが漏れるのを、サイトは感じ取った。

 

――それはそうだろう。人間の使い魔なんて今まで前例がないんだから。と、サイトは召喚された当初、ルイズに教えられたことを思い出しその反応には納得した。だが、

 

「人間が……使い魔? 馬鹿な……魔法が使えずとうとう気がふれたのですかルイズ」

 

 それよりも意外だったのは、

 

「いや、カリーヌ。今はそれは重要なことではない」

 

「?」

 

 今までだんまりを決め込んでいた公爵が、サイトに鋭い視線を向け、

 

「私が聞きたいのはたった一つだ、ルイズ。使い魔ということは……その男とコントラクト・サーヴァントをしたのかね?」

 

「え?」

 

 そんな質問をしたうえ、

 

「え……えっと、はい!! その証にほら、こいつの左手には使い魔の刻印が!!」

 

 ほら早く手をあげなさい!! と、うまく説得できると勘違いしたルイズの指示によって、あわてて左手を挙げたサイトに向かい、

 

「そうか」

 

 平然と、泰然と、そして自然に、

 

「では死ね」

 

「え?」

 

 何のためらいもなく大魔法をぶっ放したことだった!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころの公爵の内心は、

 

――ここここここ、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスッ!!

 

 その愉快な唇で誰の何に触れただと!? 許さん……断じて許さん!! 跡形もなく消し潰す!!

 

 うちの大事な愛娘を……よくも傷物にぃいいいいいいいいいい!!

 

 といった感じで、もうちょっと手が付けられそうになかったという……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 突如父親の杖から放たれた濁流にのまれ、扉を突き破りながら外に叩き出されたサイトと、それを追って鬼のような形相で外に飛びだす父親の姿に、ルイズは思わず唖然とした。

 

――え? なに? 何が起こったの?

 

 ちょっと事態の急展開具合についていけないルイズに、母親は珍しく鉄面皮を緩め小さくため息をつく。

 

「はぁ、まったく……これは予想外でしたね。あなたはいつも私たちの予想の斜め上を行く。困った娘です、ルイズ」

 

「え……あ、すいませんお母様」

 

「謝る必要はありません。娘に迷惑をかけられるのは親の役目です。そして間違っていたら謝っても許してやらないのもまた親の役目です」

 

「ひっ!?」

 

 そんな母親の冷然とした言葉に戦慄を覚えるルイズ。

 

――そうだった。私のお母様は上っ面だけの謝罪を何よりも嫌う人だったと。

 

「私の教えはたった一つ。そうだったはずですねルイズ。では復唱してみなさい」

 

「ま、間違ったら謝る前にまず行動。間違えた時の損失を補てんして初めて人は謝罪を許される」

 

「では、自分ではどうしても、その損失を補てんできない場合は?」

 

「だ、黙って折檻を受ける」

 

「正解です、ルイズ。ですがまぁ、折檻のほうはあなたの使い魔が受けているようですし……今回のところは見送って差し上げましょう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 そんなカリーヌの慈悲の言葉に、ルイズは安堵の息を漏らしながら、思わず膝をついた。

 

 信頼もしているし、尊敬もしているし、愛情も抱いているが、相変わらず苛烈すぎる自分の両親には勝てる気がしないとへこむルイズ。

 

 だが、そんな彼女をしり目にカリーヌは小さくつぶやいた。

 

「それに、せっかく帰ってきた大事な愛娘をわざわざ傷つけたいわけではありませんしね……。その点、あの人は良くやってくれました」

 

 と。

 

 「ですが」とさらに彼女は言葉をつなげる。

 

「父親の威厳を守れなかったのは減点。事情も聞かずすぐにキレて襲いかかったのは減点。使い魔自身にも、ルイズ自身にも、おそらくやむにやまれぬ事情があったというのに無視したのは減点。屋敷の扉を破壊したのは減点……あらどうしましょう。評価がマイナスになってしまいました」

 

 仕方がないですね。今夜は激しくなりそうです……。と、不気味な笑みを浮かべて杖をしならせる公爵夫人から、その場にいた人間は一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られたらしい。

 

 屋敷の中がそんなこんなで別の意味で荒れ狂っているとき、屋敷の外でも嵐が巻き起こっていた。

 

 伝説の使い魔と、とてつもない実力者である公爵が激闘を繰り広げていたからだ!

 



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決闘

 ゴウッ!! と、正直水が出していい音ではない音を出しながら、自分の頬を掠める水流に、サイトは顔をひきつらせながら、必死にデルフをさやから引き抜き、ガンダールヴの状態へと移行する。

 

「おいおい、相棒。俺ャ悲しいよ……だって相棒こんな時にしか俺抜いてくれないんだもん……」

 

「お前は剣だろうが!? 抜かれないほうが本当は平和でいいんだよ!!」

 

「そりゃそうだ。で、今回俺が抜かれた理由はかなりめんどくさそうだな」

 

 デルフがそういうと同時に、再びサイトに向かって襲い掛かってくる濁流。

 

 今度はサイトの体を飲み干しかねない、巨大な水の竜巻!!

 

螺旋水流(シュトローム)だな。食らったら、水の檻に捕らえられて吹っ飛びながら溺死するぜ。気をつけな相棒」

 

「もう魔法の選択が確実に殺しに来てるだろこれっ!?」

 

――ルイズ早く助けてっ!? と、内心で悲鳴を上げながら、その濁流を必死にデルフで受けるサイト。

 

 それにより、敵が放った濁流はデルフの力によって見る見るうちに吸い取られ、その力をすべてデルフに食らいつくされる。

 

「む……どうやら面倒な剣を持っているようだな」

 

 その光景を見て舌打ちした敵の名前はラ・ヴァリエール公爵……ルイズの厳しいお父様だ。

 

「ま、待ってくださいお父さん!? 話を聞いてください……あれは不可抗力というかノーカンというか……とにかく違うんで……」

 

「だだだだだ、だれがお義父さんだと!? 貴様にお義父さんなどと呼ばれる筋合いはないわ!! それとも、もうルイズとはそういう関係だと、暗に示しているつもりか貴様ぁ!!」

 

「だめだこの人!? 絶対話聞くきねぇよ!?」

 

「相棒……もう出会った瞬間からそれはわかりきっていただろ?」

 

 あきらめな……。と、言外に告げてくる愛刀に抗議の声を上げながら、サイトはあわてて怒り狂った公爵が放つ水の濁流を交わす。

 

「くぅ……ちょこまかと猪口才な!! ならばこれならどうだっ!!」

 

「っ!?」

 

 そんなサイトの姿に、怒り狂いはしていても戦士としての冷静な判断力は残していたのか、怒声を上げながら公爵は呪文の詠唱の内容を変える。

 

――いったい何が来る!? サイトがそう身構えたとき!

 

「っ!? やべぇ相棒!! 伏せろ!」

 

「っ!?」

 

 デルフの警告と同時に、フェリスとの訓練時はしょっちゅう感じていた、命の危険を示す悪寒が背中に走るのを感じ、サイトは本能的にデルフの指示に従い、素早く地面にスライディング。その体を低く保つ。

 

 そんなサイトの頭上を、瞬時に薙ぎ払う濁流が一つ。

 

 だが、ただの濁流ではない。

 

 先ほどのような大きさはない、まるでレーザーのように収束された流水。

 

 だが、その流動速度は先ほどまでの濁流と比べ物にならず、サイトが気付いた時のはその頭上を通り過ぎ、薙ぎ払うように振るわれ、

 

「……え!?」

 

 サイトの背後にあった、庭に彩りを添えるために設置されたと思われる森の木々を、サイトの首の高さあたりですべて両断する!

 

「ウォーターカッターだ! スクウェアクラスになると鉄すら切り裂く威力を得ると聞いていたが、まさかここまでなんてな! 相棒……あの魔法は受けるな! 俺が吸収する前に刀身をざっくり切られちまう!」

 

「どんなめちゃくちゃな魔法だぁああああああああああ!?」

 

――あと、やっぱり俺殺されるよね!? と、背中に戦慄を走らせながら、サイトはデルフを正眼に構える。

 

「む」

 

 そのサイトのたたずまいに何か先ほどまでとは違うものを感じたのか、詠唱をやめ思わず警戒の体勢に移る公爵に、サイトはほっと安堵の息をつきながら、フェリスとの訓練生活に感謝した。

 

――死ぬかもしれないと思ったけど、殺される!? とも思ったけど、あの訓練は確かな血肉となり、俺に力を与えてくれているっ!! それを自覚したサイトはさらに闘志を研ぎ澄ませ、不恰好ながらも、殺気に準じる濃密な気を放ち始める。

 

――話は聞いてくれそうにないし、もうやるしかない。とりあえず死なない程度のダメージを与えて落ち着かせる! と、サイトは主人の父親に剣をふるう覚悟を決め、腹をくくった。

 

「戦いの基本は気組みで始まる……飲まれたほうが負ける」

 

 フェリスが教えてくれた訓戒を呟き、

 

「ゆえに、意思をしっかり持て。その段階で相手に負けるようでは、どのような戦いでも勝利はおぼつかない……!!」

 

 勢いよく踏切り、疾走を開始した!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――速いっ!? 

 

まるで突風のように自分に向かって疾走するサイトの姿に、ラ・ヴァリエール公爵は思わず目を見開いた。

 

「平民が出せる速度ではない……いったいどんなトリックを使っている!」

 

 そんなことを呟きながらも、先ほどまでの怒りに濁った思考を捨て、戦士としての冷徹な思考を正しく展開する公爵。

 

 それほどまでに今のサイトは、油断のならない殺気を放っていた。

 

――良い師がついていたのか、我流で才能があったのか……どちらにしろ、先ほどまでのように怒りにまかせて魔法を放ちまくっていい相手ではないか!

 

 若いころ何度か戦ったメイジ殺しの武芸家たちと同じ気配を放つ少年に、公爵は油断なく杖を構えバックステップ。

 

 ほんのわずかにサイトとの距離を稼ぎながら、

 

「ウォーターカッター!」

 

 先ほどまでの高速水流による斬撃を放つ!

 

 だが、先ほどと同じようにサイトは当然と言わんばかりに、その攻撃をかわした。

 

 水流が貫く点を紙一重で見切ってかわし、薙ぎ払われる水流からは跳躍して逃れる。

 

 だが、

 

「ばかめっ! 血迷ったか!!」

 

――遠隔攻撃手段を持つメイジ相手に、身動きが取れない空中への跳躍は愚の骨頂。

 

「ハチの巣にしてくれる!」

 

 そう告げ、ルーンを詠唱し空中に莫大な水を出現させた公爵は、その水を数ミリリットルの水滴へと分割し、その水滴をすべて凶悪な針へと変貌させる。

 

 ウォーターニードル・ファランクス。水のスクウェアスキルで、大人数に対する圧倒的制圧魔法。

 

 高速で飛来するそれらの貫通力はウォーターカッターすら上回り、鉄の壁すらやすやす貫く。

 

 だが、

 

「っ!?」

 

 公爵がそれを射出するためのルーン詠唱を締めくくる前に、空中で身をひねったサイトの袖口から、何かが煌めき飛来した!

 

 それは二本の短剣。

 

 サイトが宝探しの際に見つけた、ダマスカスナイフと黒塗りのサバイバルナイフ!

 

 サイトのガンダールヴのスキルと、フェリスとの訓練によって鍛えられた筋力よって、正確無比な狙いと、人の体程度ならやすやす貫く貫通力を持ったその二本は、見事に水の針たちの隙間を縫うように公爵のもとへ飛来し、彼の右肩と左ひざを打ち抜きかける!

 

「なっ!?」

 

 当然それを許すような公爵ではない。慌てて杖をふるい水の障壁を生み出すことによって、なんとかそのナイフを受ける公爵。

 

 だがしかし、さしもの歴戦のメイジであっても、スクウェアクラスの魔法とほかの魔法の同時展開は辛かったのか、空中に展開された無数の針は水滴へともどり、まるで突発的集中豪雨(スコール)のように、庭に降り注ぐ。

 

 庭の空間がすべて水滴に代わり、公爵の視界を奪う。

 

「ちぃ!!」

 

 貴族らしからぬ優雅ではない舌打ち。思わずそれを漏らす公爵にむかって、

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 土砂降りのカーテンを切り裂き、大剣を刺突の体制で構えたサイトが、公爵の首を狙い容赦なくその刺突を打ち放つ!

 

「っ!!」

 

 視界を奪われてしまっていたため一瞬対応が遅れる公爵。

 

 先ほどまでの貴族らしい圧倒的火力の制圧は不可能。だから彼は、

 

「ブレイド!」

 

「なっ!?」

 

 若かりし頃は、そんじょそこらの大規模魔法よりも愛用し――絶対的強みとして使っていた得意魔法を瞬時に展開、その刺突を受け止めた。

 

 目を見開くサイトの顔には勝負を決められなかったことに対する悔しさが浮かんでいる。

 

 だが、それ以上に公爵は自分自身にこの魔法を使わせたサイトに瞠目していた。

 

「まさか……ここまでやるとは!」

 

――態度を改める必要があるか。そう判断した公爵は、杖によって大剣を弾き返し先ほどのような荒れ狂う動作ではなく、貴族らしい優雅な歩調で一二歩下がり、

 

「先ほどの無礼……詫びよう剣士殿」

 

「え?」

 

 貴族としてさすがに頭は下げなかったが、謝罪の言葉を口にした。

 

 今までとは違う彼の態度に驚いているのか、油断なく剣を構えながらもぽかんと口を開くサイト。

 

 そんな彼に向かって、公爵は再び杖を構える。

 

「だがしかし、私も娘のことの関しては引くつもりはありませんでな……。あなたほどの実力者が使い魔となったのであれば、娘の身の安全に関しては安心できるということは理解しておりますが、あの子は公爵家の娘。人間の使い魔といった異端な使い魔、いったいどれほどの嘲笑にさらされるか分かったものではありません」

 

――なので。と公爵はつぶやきながら、再び杖にブレイドをまとわせる。

 

「今度は本気で、実力……試させていただいてよろしいだろうか? あなたを使い魔にすることで、娘に降りかかるであろう数々の困難を、あなたが斬り払えるかどうか?」

 

 それは、懇願でありながらも確かな命令だった。

 

 対峙するサイトはそれを敏感に感じ取ったのか、断ることはできないと悟り、小さく鋭く呼気をもらし、

 

「平賀サイト……行きます!!」

 

 ガンダールヴの力を使い、弾丸のように飛び出す!

 




知ってるか……これまだ続くんだぜ?

今回のアルビオン包囲戦編で唯一のサイトの戦闘シーン。

飛行機によるドッグファイト?

七万の軍勢への突撃?

 え? ないけど?


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大魔王はすぐそばに……

 ヴァリエール公爵に向かって突撃したサイトをまず襲ったのは、閃光のような信じられない速度の刺突だった。

 

 当然フェリスの剣速よりかは遅かったため何とか対応することができたサイト。攻撃力が一点に収束する、一点突破の神速攻撃を何とかデルフの刀身で受け止めた。

 

――大剣の面目躍如って、ところか? と、自分の腕が震えるほどの攻撃を受け止めても、まだなお健在な自分の剣に感心しつつ、サイトはその刺突をはなったヴァリエール公爵の姿を見る。

 

「フェンシング……か? この世界でその呼び方があっているかはわからないけど」

 

 伸び上がるような体勢で、刺突を放ちそれを受け止めたデルフと拮抗する公爵の姿は、まさしくサイトの世界で最も有名な刺突剣技のそれだった。だが、

 

「威力も、対応力も……競技用とはけた違いだ!」

 

 サイトがそういった瞬間にはもう、サイトの眼前から公爵の杖は消えていた。

 

――つばぜり合いをするような剣技ではない。攻撃が失敗しても、何度でも攻撃できる連続剣技!

 

 にわかとはいえ、ほんの少し前に武術にはまっていたサイトは、それを悟っていた。

 

――今は悪しき黒歴史だけど、こんな世界に来たら本気で役立つな!

 

 いわゆるチュウニビョウ……。大体の人間が黒歴史として封印するその時の記憶を、サイトは無理やり引き出し、次いで来るだろう攻撃に備える。

 

 瞬間、サイトの読み通り第二撃の刺突が、デルフを力強く打ち据えた!

 

「くっ!」

 

「まだまだぁあああああああああああああああああああああ!」

 

 再びそれを受け止めるサイトだったが、そんなことは知らんと言わんばかりの公爵は連撃を開始する。

 

 受け止められようがどうしようが関係ない。受け止められたなら、受け止められなくなるまで攻撃を叩き込むだけだ!

 

 そういわんばかりの神速の刺突の嵐に、サイトは歯を食いしばり必死に耐える。

 時にはサイトの防御を抜け、その肩や頬に小さな裂傷を走らせる攻撃もあったが、それすらサイトは無視した。

 

 なぜなら、サイトは教えられていた。

 

 高速連続攻撃の致命的な弱点……それは、

 

「息切れが早いことだ!」

 

 フェリスから教えられたその言葉通り、数秒後、公爵の連撃がわずかに緩む。

 

 ガンダールヴ状態になったサイトなら見ることができる、決定的な(チャンス)が訪れた!

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「なっ!?」

 

 刺突の濁流の中にできたほんのわずかな間隙。サイトはその中に体を滑り込ませながら、跳ね上げるようにデルフを一閃! 圧倒的な破壊力を持つ、大剣の一撃を持って、公爵の体を切り裂こうと迫る。

 

 だが、

 

「ウォーターロード!」

 

「なっ!?」

 

 いつの間に詠唱を済ませていたのか、公爵の口から漏れ出る呪文。

 

 それが発せられた瞬間、サイトの足元に違和感が走った。

 

 足場が命の格闘者としてその違和感は致命的。ほんのわずかにぶれた剣線は、公爵の体をかすめるにとどめ、その攻撃を外してしまう。

 

「なんだ!?」

 

――いったい何が起こった!? と、驚くサイトがあわてて下を見て、

 

「っ!」

 

 息をのむ。なぜなら彼が立っていたその足場は、突如として巨大な鏡となっていたからだ。

 

――いや、違う。これは、鏡は鏡でも水鏡……!

 

「さっきのどしゃ降りでたまった水を、魔法で水鏡にしたのか!?」

 

「ほう、いい観察眼だ!」

 

――でも、それに何の意味が!? と、驚くサイトをしり目に、公爵は飛びずさるようにサイトから距離を開け再びフェンシングの構えをとる。

 

「水とは通常時でさえ足を取る物質だ。それを私の魔法である程度の活動を停止させた。流れず、ふるえず、ただ凪の状態を保つ水。我々のような剣士にとっては、その水の活動阻害は致命的と言っていいだろう。だがしかし、水は我々水メイジの友人だ。それゆえに、水が私の活動を阻害することは決してない」

 

 そうつぶやいた公爵は、水鏡の上(・・・・)にたたずんでいた。

 

「っ!? 行動阻害魔法!? 貴族のくせにやることが汚いじゃないですか!!」

 

「馬鹿を言え。互いに対等と認めた以上、どのような手段を講じて勝とうとしても汚いと汚名を被る道理はないな」

 

 さらにいうと、君は一つ勘違いしている。ヴァリエール公爵はそうつぶやくと、

 

「この魔法がただの行動阻害魔法だと……いったい誰が言った」

 

「なん……だと!?」

 

 サイトがちょっと緊迫した空気を和らげるためにネタに走った瞬間だった、

 

「っ!? やべぇ、相棒! 構えろ!」

 

「なっ!?」

 

 先ほどとは比べ物にならない速度で、ヴァリエール公爵がサイトに刺突を叩き込んできたのは!

 

 デルフの助言とフェリスの訓練のおかげで何とか反応することができたが、

 

「やばい……今の速度、少なくともシルさん級だ!?」

 

 変な豚のぬいぐるみを《槍★》と言い張る変態だが、実力は確かなさわやか詐欺槍使いの顔を思い出しながらサイトは顔を引きつらせる。

 

 つまりそれは、サイトの現在の動体視力では反応が難しいほどの相手ということだ。

 

「凪いだ水の接地摩擦力はほぼゼロと言っていい。むろん先ほどのような力強い踏込はできないが、代わりの推進力は足場である水が計上を変形することによって、私に提供してくれる。そして、その水面を滑るように動けば……私は爆発的加速をそのまま君にたたきつけることができる」

 

「っ!?」

 

「さて使い魔君……これだけ不利な状況になってもなお、君はルイズを守ることができるかな?」

 

 瞬間、ヴァリエール公爵の姿がサイトの眼前から消える。

 

「しまっ!?」

 

「相棒、右だ!」

 

 遅い! そんな叱責がサイトの耳朶をたたいた瞬間、サイトの体に衝撃が走り、彼の体は勢いよく吹き飛ばされた!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――打点を外した。あの速度の攻撃に対応したというのか!? 

 

 ヴァリエール公爵は、まるで氷上を滑るかのように、なめらかな滑走を続ける自分の体を制御しながら、先ほど吹き飛んだ使い魔の周りを周回した。

 

 水鏡にする魔法によって、波紋が立たない水面。そんな動きにくい水面にたたきつけられたサイトは、ゲホゲホとむせながら先ほどの公爵の刺突が叩き込まれた右肩を抑えた。その姿から見るに、おそらく骨にひびが入っている。かなりのダメージが与えられた証。だが、

 

「肉をえぐるつもりで叩き込んだはずだ」

 

 当然だ。たとえ実力を認めたとしても、娘の隣に勝手に立って、ファーストキスまで奪った男に加減してやる理由がヴァリエール公爵には存在しない。

 

 だがしかし、実際の被害は骨にひび程度。

 

 その原因はおそらく、

 

「攻撃が叩き込まれる瞬間に、自ら攻撃が走る方向へと飛び、衝撃を逃がしたのか!?」

 

 その事実に行き着いたヴァリエール公爵は、

 

「ははっ!」

 

 今度こそ本当に笑みを浮かべた。

 

 その脳裏に浮かんでいるのは若かりし頃の血の気が多かった時代。

 

 貴族平民問わず、強力な敵と戦い続けた戦場の記憶!

 

「久しぶりに、たぎってきたぞ……剣士殿!!」

 

 瞬間、ヴァリエール公爵の足元の水面が変形、まるでロケットのようにヴァリエール公爵の体を打ち出す!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「相棒! 大丈夫か!?」

 

「これが大丈夫に見えんのかよ、クソっ!!」

 

 激痛が走る肩を抑えながら、思わず舌打ちを漏らすサイト。

 

 だが、舌打ちを漏らしたところで事態は好転しない。

 

 敵が滑るように水面を移動しているということは、その速度はどんどん加算されていくということだ。

 

 なにせ、最も加速を邪魔する力の一つである接地摩擦の力が相手には働かない。空気摩擦はその分強くなるだろうが、それにしたって音速を超えない限りメイジにとっては許容範囲。魔法でいくらでも融通が利くはずだ。

 

――速度じゃ完全に押される。

 

 今までガンダールヴ任せの加速で相手を叩きのめしてきたサイトであったが、今回の敵はその速度を軽々と凌駕してきた。同じ手は通用しない。

 

「どうする、相棒?」

 

「……………………」

 

 そんな事実に不安げな声を出すデルフ。だが、

 

「はっ……デルフ。なに不安がっているんだよ」

 

 サイトにとってこんな窮地、日常茶飯事の何物でもなかった。

 

――水のせいで足の動きが遅い? それがどうした。脳天ガチで揺らされて小鹿状態で戦わされるよりかはましだ。

 

――おれより早い? だからなんだ。今まで俺以上の速度で動く人たちと何度模擬戦をしてきたと思っている。

 

 サイトの脳裏に浮かぶのは、自分を鍛え上げた金髪の悪魔。

 

『あ……あの、フェリスさん。今回の訓練やめません……もうちょっと、脳震盪で吐きそう』

 

『何をぬかすか! 色情狂一日一殺が私のノルマ! お前はまだ死んでないだろう!!』

 

『……』

 

 本当に、

 

『うぉおおおおおおおお! 命の危機+理不尽への怒り=心の力30倍!! 目を見開けフェリスさん! 35倍の加速を得た俺の怒りの一撃ぃいいいいいい!!』

 

『ふん』

 

『って、あ、あれ……う、うそだ、今のおれより早いなんて、そげぶ!?』

 

 殺しに来ているとした思えない訓練風景を……。

 

「お、おれよく今まで生き延びたよな……」

 

「相棒、相棒!! 涙涙! 滝みたいな涙流してる!?」

 

――デルフ……僕もう疲れたよ。と言わんばかりの顔でぐったりするサイトに、デルフからの忠告が飛ぶ。

 

 だが、そんな悪ふざけをしている間にも敵は待ってはくれない。

 

 ぱしゃり。と、水面が変形する音が聞こえる。

 

 おそらくヴァリエール公爵が更なる加速に入った音。

 

 それを、サイトは聞き逃さなかった!

 

「たとえどれだけ早くても、音速を超えることはないんだ」

 

 だからこそ、目で見えないなら耳で、サイトは敵の位置を把握するすべを覚えた。

 

「まぁ、これでもフェリスさんはとらえられないんだけど……」

 

――あの人もしかして生身で音速超えているんじゃ……。と、ちょっと物理的におっかないことになりそうな推論を、サイトは今だけは棚上げすることにして、

 

「はっ!!」

 

 デルフの鞘を、水面をぶち抜き地面に突き立て、そこの足をかけ跳躍!

 

「なっ!?」

 

 水面の行動阻害から逃れることによって、信じられない高さまで上り詰めたサイトの眼下では、突如として水面から消えたサイトに目を見開く、ヴァリエール公爵が出現していた!

 

「どうしたよ、メイジ? まさかあんたの力が絶対だなんて愉快な戯言信じていたわけじゃないだろ?」

 

「っ!? 上か!!」

 

 そう叫び、杖を振り、水面から無数の濁流を呼び起こし、サイトを攻撃するヴァリエール公爵。

 

 だが、そんなものはあの槍★が放つ閃光に比べれば、ハエが止まるような速度でしかない!

 

「あんたの唯一の敗因は、自分の剣術に驕り高ぶり、俺のステージで戦おうとしたことだ! メイジが前線に出るなとは言わないけど、剣術で剣士に勝とうなんていささか虫が良すぎたぜ!」

 

 デルフをふるい、濁流を飲み干させるサイト。

 

 さらには自分に直撃しない、残った濁流を足場に下向きに跳躍し、サイトは落下速度に合わせた下方向の加速を行う!

 

「剣士なめるなよっ! 魔法使い!!」

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 信じられない速度で落下してくるサイトの迎撃のためか、雨のような刺突の濁流を放つヴァリエール公爵。だがしかし、サイトはその攻撃を振りかぶったデルフによって、

 

「故郷流にいうならこうか? チェストォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 示現流――一撃必殺を主とした、斬り捨て御免の大剛剣。達人のそれは鉄すら引き裂くといわれる、力強い剣戟を再現したサイトの剣は、雨のような刺突を引き裂き、一刀のもとに、ヴァリエール公爵の杖を切り捨てた!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「お父様の杖が!?」

 

 その光景を屋敷の玄関から見ていたルイズは、大きく目を見開きぽかんと口を開けていた。

 

 メイジは杖がないと魔法が使えない。公爵の父のことだから予備の杖くらい持っているだろうが、そんなことは問題ではない。メイジが杖を砕かれるということは実質の敗北を意味しいているのだから。

 

「あいつ……いつの間にあんなに強く」

 

「及第ですね……いい使い魔を持ったようですね、ルイズ」

 

 母に次いで絶対強者として君臨していた父の敗北の姿に、呆然としていたルイズの隣から、まるで鉄でできたような硬質な声が聞こえた。

 

 ルイズの母親――カリーヌの声だった。

 

「とはいえ、対メイジ用の戦術がまるでなっていません。あの戦いはあくまであの人が剣術主体の戦いに切り替えたからこそ勝利できたようなもの。魔法と剣術を両方使う戦いをあの人が演じれば、あなたの使い魔では勝てなかったでしょう」

 

「ひっ!?」

 

 淡々とつぶやいているように聞こえるカリーヌの言葉。だがしかし、その声には確かな怒りがにじみ出ていることにルイズは気づいていた。

 

「あ、あの……お母様?」

 

「なんですルイズ?」

 

「も、もしかして……お父様が負けたこと怒っておられるのでは?」

 

「……」

 

 瞬間、自分に向けられたカリーヌの目を見て、ルイズは「余計なこと言っちゃった」と、自分の口を呪った。

 

 お、お母様。めちゃくちゃ怒っている……と。

 

「ルイズ……話を聞いていなかったようなので言っておきますが、あの人は負けてはいません。あくまで勝ちを譲っただけです」

 

「は、はい!」

 

「まぁですが、確かにはたから見れば負けと見えなくもない光景ですね。これは後であなたの使い魔を鍛える傍ら、あの人と久しぶりにOHANASHIする必要があるようです」

 

「………………………」

 

 カリーヌの顔に、めったに見せない笑顔が浮かんでいるのを見て、ルイズは内心似て自分の使い魔と父親に合掌する。

 

 目の前の二人は、いい戦いだったとなぜかさわやかな笑みを浮かべて握手を交わしていたが……。

 

「本当の戦いは……まだまだこれからよ、お父様、サイト」

 

 自分の傍らにたたずむ大魔王の気配に、ルイズはただただひたすら祈りを続けることしかできないのだった。

 




これにて、ラ・ヴァリエール到来はひとまず終了。

続いてアルビオンにいるライナたちに視点はうつります。

時々サイトたちの視点が来ると思いますが、まぁ、おそらく閑話的な話が続くと思いますのでしばらくお待ちを^^;


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アルビオン潜入編!?

 ところ変わってアルビオン、サウスゴータ。

 

 無数の街道や運河が交差する一大商業都市として、アルビオン首都にも匹敵するこの町にも、トリステイン軍による兵糧攻めの効果はじわじわとではあるが現れ始めていた。

 

 食料の物価は上がりつつあり、それ以外の生活用品の値段も徐々に上昇傾向にある。

 

 もとより、作物系の特産品が少ない国だ。諸外国からの輸入をカットされてしまえば、この事象は当然といえた。

 

 とはいえ、現状では多少食べ物の値段が高いというだけで、一般人たちの生活はちょっとだけ苦しくなったという程度。

 

 まだまだ、町の日常が崩れるのは先の話だろうと思われた……そんな、張り詰めた雰囲気といえなくもない、かりそめの平和が続く微妙な時期。

 

 そんな、時期のサウスゴータにあるとある喫茶店のテラスにて。

 

「zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」

 

 もうとっくの昔に飲み干されて、入れられていたコーヒーが蒸発し、茶色いしみを作り出したカップを片手に爆睡する黒目黒髪の男がいた。

 

 むろん、ライナである。

 

 彼は、兵糧攻めにあったアルビオンが、降伏勧告するのにちょうどいい状態になる時期をバーシェンに知らせるために、こうしてアルビオンの大都市に潜入しているわけなのだが、

 

「むにゃむにゃ……なんだよ、シオン……まだまだ寝れるって」

 

 夢の中でも昼寝の夢を見ているらしいライナ。どこまで寝ることに貪欲なんだと、コーヒー一杯で居すわられてしまい非常に迷惑している喫茶店の店主は、そんなライナに眉をしかめた。

 

 ライナ・リュート……彼に仕事をする気は? と、尋ねるのは、むろん愚問であろう。

 

 そんな時、

 

「きゃっ!?」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああ!? 折れたぁああああ!? これ絶対腕折れたぁああああああ!?」

 

「んぁ?」

 

 彼の安眠を妨害せんといわんばかりに、けたたましい怒声が一つ町の中で上がる。

 

――なんだよいったい? と、ライナがそんな怒声にたたき起こされて目を覚ますとそこには、男にぶつかって倒れたと思われる、しりもちをついた金髪の長い女性に向かって、腕を抑えながらガンを飛ばす、明らかに悪してますといわんばかりの巨漢が三人。

 

「あ゛!? どうしてくれるんじゃあ゛!? あにぃのうであ゛折れちまったあ゛じゃねぇかあ゛!?」

 

「どない落とし前つけてくれるぅんじゃおるぅぁ!? いしゃりぃよう三百万憶エキューはるぅわんかいこるぅあ!?」

 

 あ゛あ゛うるさいヤンキーと、巻き舌がひどくで逆に聞き取りにくいヤンキーが、腕を抑えたリーダー格と思われるヤンキーをかばいながら、そんな風に女性に向かってすごむ。

 

――なんというか、慰謝料頭が悪そうな金額あげてるな。と、ライナはそんな印象を受けた後、

 

「ふわぁ……ねむ。もっかいねよ」

 

「いや助けろよ!?」

 

 めんどくさくなってまた寝ようとしたところを喫茶店の店主に止められた。

 

「あんた一応傭兵だろ!? 強いんだろ!? 助けてあげなよ、かわいそうじゃないか!?」

 

「いや、だってめんどくさいじゃん。ああいったやつらってタマ~にシャレにならない組織がバックについていることもあるしさ、もうこういうのは穏便に行こうぜ。おれたちにとって」

 

「あ、悪魔だ!? 悪魔がここにいる!?」

 

 あんたは眠たいだけだろうが!! と、怒鳴り声をあげる店主の声を右から左に聞き流し、ライナは机に突っ伏しつつも横目で凄まれている女性のほうを観察する。

 

――それに、あいつに不用意にかかわるのはやめたほうがいいし。と、内心で彼が漏らした時だった、

 

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 金髪の女性が突如悲鳴を上げ――腰に下げていた長大な剣を目にもとまらぬ速さで抜刀。剣の腹で凄んできた男たちの頭を根こそぎジャストミートし、まとめて彼らを天高く打ち上げる。

 

「え?」

 

 当然そんな光景に驚いたのはヤンキーのリーダー格だと思われる男のほうだった。

 

 鎧や剣を装備してはいたが、体つきは華奢で弱そうに見えたために、この女は傭兵になりたてのカモだ!! とおもい、当たり屋として襲いかかった男たち。あわよくばいろいろやろうと思っていたがこの反応は正直予想外。

 

 まさか成人二人の頭を薙ぎ払って吹き飛ばすような女に、彼女が見えるわけないのだから。

 

 だが、そんなヤンキーたちの反応などしらんといわんばかりにその女性は、

 

「お、男はいつもそうよ。私の体にいったい何をするつもりなのぉおおおおおお!?」

 

 とかなんとかわざとらしい女口調で、平坦な悲鳴を上げながら券を振りかぶり、

 

「よし、では貴様を拷問する大義名分もできたところで、やるか」

 

「ま、まって!? 今大義名分ってぐぶふぅあ!?」

 

 容赦なく、折れていたはずの腕を上げて降参ポーズをとるヤンキーの脳天に、剣の腹を叩き付ける。

 

 悲鳴を上げて倒れ伏す男だが、女はその程度では容赦はしない、

 

「この女の敵、女の敵、女のてきぃいいい! あなたみたいなのがいるから、世界は平和にならないのよ!!」

 

「ぐぼっ!? げふっ!? グワハッ!?」

 

 なんて、とんでもないことを言いながら男を殴打しまくる女剣士。その光景はむしろ彼女こそが暴力の権化といわんばかりのこうけいで、周りで女性が絡まれた時から見ていた人々ですらドン引きするほどの景色だった。

 

 そんな中、当然と言わんばかりに悲鳴を上げ、

 

「も、もうゆるしてぇええええええええ!? なんでも、なんでもするから!?」

 

 そういったが最後、

 

「ふむ。よかろう。ならば貴様は今日から私の奴隷だ。もしも私の命令に歯向かったら……わかっているな?」

 

「は、はい!! 私は一生姉さんに奴隷の忠誠を誓います」

 

「うむ。ならばゆるす」

 

 と女からの許可を得て、脱兎のごとく逃げ出す男。とはいえ、その男の身分証は女が殴打する際にしっかり掏り取っており、もう彼が彼女から逃げることは決してかなわないだろう。

 

 そんな凄惨な暴力シーンを作り出した女性は、カフェテラスで突っ伏すライナを発見した後、

 

「いや~ん♡。ライナくんったら~。またこんなところでさぼっちゃって、人がせっかく頑張って私の代わりにぼろ雑巾になるまで働いてくれる奴隷君たちをたくさん作ってるのに~」

 

「え、ちょ、ま、待てフェリス!? これは別にサボっているとかじゃぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 女性――長い金髪をもち、女神のような造形をした顔を完全に無表情にした美少女剣士、フェリス・エリスは今日も今日とて平常運航。

 

 さぼりまくるライナに向かって、その大剣を叩き落とす!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「はぁ、何やってんだいあいつら……」

 

 そんな光景をはたから見ていた、緑髪の眼鏡をかけた美女――マチルダ・ロングビルは、「てめぇ、今回ばかりはもうガマなんならねぇフェリス!!」「ん」といいながら、派手な戦闘をおっぱじめる仲間のスパイ二人にため息をつきながら、

 

「あ、おばちゃん。このおいしそうなリンゴ二つ。今日姪がアップルパイ作ってくれるらしくてね」

 

「あら、それはいいね」

 

 と、八百屋の女将と雑談を交わしながら今日の夕飯に必要な食材を買っていく。

 

 だんだんあの二人の空気に毒され始めたことを、彼女は気づいていない。

 

 そんな彼女が買い物を終えたとき、二人の大ゲンカの決着も付いたようで、

 

「ま、待ってフェリス!? おれが悪かった、おれが悪かったからぎゃぁあああああああああああああ!?」

 

「死ねっ、色情狂!!」

 

 先ほどのヤンキーたちと同じように天高く打ち上げられるライナを見て、彼女はため息を一つつく。

 

「まったく、だれがアレ回収すると思ってんだい……」

 

と。

 

 彼らのアルビオン潜入記は、まだまだ始まったばかり……。

 




アルビオン潜入編開幕!!

雰囲気的には「とり伝」テイストで行こうと思っています。

 始まりというわけでプロローグ的な意味があるので今週はここまで……。というか、現実が普通に忙しいので……えぇT-T

 ギャグ的な意味での使い捨て新キャラとかわりと出ると思うので、ご容赦ください^^;


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本当の天使はどっちだ!? 女神降臨伝説!!

 チュンチュンと、小鳥たちの声がカーテンの隙間から差し込む朝日と共に届けられる。

 

「ん……う~ん!!」

 

 ウェストウッド村の知る人ぞ知る名物――巨乳妖精ティファニアの朝は早い。

 

 母親から受け継いだ横に伸びた長い耳をピコピコと動かしつつ、眠気を払った彼女は男子が見れば釘付けになるであろう、凶悪な《胸部装甲》を盛大に揺らし彼女はベッドから跳ね起きる。

 

「さて……朝ごはんの用意をしないと」

 

――子供たち以外にもお客様増えたし……。と、つい数日前に慕っている姉が連れてきた風変わりな客人たちの顔を思い出し、ティファニアは思わず笑みを漏らす。

 

 なぜなら彼らは、自分のこの長い耳を見ても顔色一つ変えなかったから。

 

 たいていの人間がティファニアに出会った瞬間、怯えて震えるのに、彼らは平然とした顔で自分に接してくれた。

 

 子供たちや姉以外に新しくできた自分におびえない知り合い。その貴重な存在は、彼女にとって、どうしようもなく嬉しいものだった。

 

 とはいえ、

 

「今日は何にしようかしら? 姉さんが昨日市場で買い物してきたから、リンゴがまだ残っていたし」

 

 手放しでその存在が喜べるのかと言えば、

 

「起きろ、ライナァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

「…………………」

 

 朝から聞こえてくるけたたましい悲鳴と、

 

「ねーちゃん、ねーちゃん、ティファニアねーちゃん!? フェリスさんがまたライナさん殺そうとしてる!?」

 

「…………………………………」

 

 朝も早いというのにその悲鳴にたたき起こされ、血相変えて自分の部屋に飛び込んでくる子供たちの様子を見る限り、とってもお人よしの彼女であっても思わず首をかしげざるえないわけだが……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「お前もうほんとなんなの……。今日の俺はなんであんな危険な目覚ましでたたき起こされたの?」

 

 ティファニアが起きてから30分後。何とか相棒のデンジャラス目覚ましから逃げきったライナは、安眠を妨害されたことによりややげっそりしながら、目の前でティファニアが作ったパンやサラダなどに舌鼓を打っている相棒を睨みつける。

 

「ん? ライナ……その事情を説明するために少々込み入った話をする必要がある」

 

 そんなライナの問いかけに答えるのは、女神のような美貌をもった金髪青眼娘――ただし顔は無表情――の相棒、フェリス・エリスだ。

 

「実は私の夢枕に女神が立ってな」

 

「ほう」

 

「長い金髪に、海のような青い瞳。その美貌はまさしく火山爆裂驚天動地美少女天使……」

 

「って、お前じゃねーか!?」

 

「ばかな……。私などあの方の足元にも及ばない。話の腰を折るな、ライナ! そしてその方はこうおっしゃったのだ。『私……そろそろライナを殺す時間ですよ?』と」

 

「もう認めちゃってんじゃないかい……」

 

「隠す気絶対ないだろオマェええええええええええええええええ!!」

 

 最終的に隠すのが面倒になったのか、完全な法螺で話を締めくくるフェリスの理不尽さに、思わず悲鳴交じりの怒声を上げるライナ。そんな彼の隣に座っていた緑の長い髪を持つ眼鏡美女――《土くれ(フーケ)》ことマチルダ・ロングビルは半眼になってポーズをとりドヤ顔(ほんのちょっとだけ無表情な彼女の表情の変化がわかるようになってきたマチルダだった)するフェリスを座らせる。

 

「食事は静かに食いな。ティファニアがせっかく作ってくれたんだから」

 

「いいよ、マチルダ姉さん。賑やかな方が楽しいし」

 

 そんな彼らを笑ってみているのは、早朝大変な目にあっただろうにそれでも彼らに微笑みかけてくれる天使――ティファニアだ。

 

――天使名乗るんだったらこいつの方だろう。と懐の深いところを見せるティファニアの姿に、半ば本気でそう思いながら、相棒にばれたら殺されるのでその内心は完全に伏せきるライナ。

 

 そして、とりあえず普通(?)の優しい少女ティファニアに迷惑をかけるのはどうかという常識くらいは持ち合わせていたのか、大人しく席に座ったフェリスに向かって再び、

 

「で、本当の理由はなんなんだ?」

 

「ん? 本当の理由」

 

「あぁ。お前も仮にもプロなんだから、まさか本当にそんな戯言じみた理由で俺に剣振り下ろしたりは……」

 

 そこまで言ってライナの脳裏によぎるのは、イエット王国での彼女の暴挙の数々。そのたびに死にかけたあげく、最後には捨てられて死にかけていた野良猫にすら慰められる始末の自分の姿。

 

「……あぁ。やっぱいいわ。そんな理由で殺されかけることなんて掃いて捨てるほどあったわ」

 

「うむ。お前は存在そのものが女の敵である変態色情狂だからな!! むしろ、お前が殺されない理由の方が私は知りたい」

 

「……俺もう泣いていい?」

 

 が、頑張ってくださいライナさん!? と、一応声援を送ってくれるフェリスの隣に座るティファニアの姿に、ライナはほんのちょっとだけ勇気をもらった。

 

「ふむ。そんな戯言はさておいてだな」

 

「あ、やっぱりそうなの?」

 

「うむ。お前の泣きそうな顔見られたからもう満足だ」

 

「お前マジで悪質極まりないよな……」

 

 ティファニアと同じ金髪の長い髪もっているくせに対照的な性格をしている自分の相棒に顔をしかめながら、ライナも目の前の食卓に並ぶ食事に手を伸ばす。

 

「実は昨日の夜、この前町で手に入れた奴隷たちが報告に来たんだが、深夜にやってきて私の安眠を妨害したから、まず生まれたことを後悔させる勢いで殴りつけた後……」

 

「あぁ、お前がこの前町に行ったとき、ボッコボコにしたあげく両親と兄弟を闇討ちするぞって脅しをかけて、現在馬車馬のようにこき使っているあのヤンキーモドキたちのことか?」

 

「あ、あのマチルダ姉さん。今の話の中で物凄い言葉がいくつも飛び交っていたような気がするんだけど……」

 

「気にするんじゃないよ、ティファニア。聞かなかったことにしな」

 

 聞き捨てならないから言っているんだけど……。と、ほんのちょっとだけ顔色が悪いティファニアは無視する形で二人話を続ける。

 

「そいつらの話によると、近頃アルビオンで妙な組織の名前が出てきたらしい。なんでもアルビオンの救世主だとかなんとか……」

 

「妙な組織? ちょっと待て。それ俺たちの任務に関係あるのか?」

 

――ちょっと関係なさそうな気がするんだが? と、ライナは内心でそうつぶやきながら、なにやら真剣な表情と雰囲気を演出するフェリスに呆れた視線を向ける。

 

 彼らの任務は、アルビオン内の動向と、物価の上がり具合を調べることだ。断じて妙な新興宗教のデータを送ることではない。

 

 というわけで、ライナとしては、

 

「もうそういうめんどくさそうな仕事じゃない話は全部うっちゃってこのまま昼寝にゴーした……らだめですよね、フェリスさん!?  わかってるからその剣をしまえ!?」

 

「まったく、話は最後まで聞け、色情狂」

 

 ガタッとイスから立ち上がり、いつの間にか鞘から抜き放たれていた大剣を構える相棒の姿に、ライナは思わず戦慄を覚える。

 

「まぁ、確かにこの組織は新手の新興宗教だ。おおかた補給を絶たれ混乱したアルビオンでなら、どんな無茶な主張もまかり通ると思い旗揚げした集団なのだろうが……」

 

「だ、だろ?」

 

――だ、だったらわざわざ調べなくても? と、ライナが言いかけたとき。

 

「だが、その集団が主題に掲げている話が……自分たちなら、アルビオンを包囲するこの包囲網を破る策を持っているというものだ」

 

「っ!?」

 

 フェリスの最後の一言を聞き、ライナは思わず顔色を変えた。

 

 その主張はダイレクトにライナ達の任務に関係するものだったからだ。

 

 それはそうだろう。兵糧攻めを行うことによって、アルビオンはどんどん困窮していく。そういった前提条件があってこその、アルビオンの食糧事情の監視命令だ。もしもその前提条件がある包囲網が破れるなどということになったら、ライナ達のスパイ行為もすべて水の泡だ。

 

 だからこそ、ライナは戦慄した。

 

「し、仕事しないといけないじゃないか……!?」

 

「あのマチルダ姉さん。ライナさんたちっていったい何しに来たんでしたっけ?」

 

「それはひどく哲学的な問いかけだね、ティファニア。答えを出すのに時間がかかる……」

 

「あ、あの、そんな難しい質問した記憶はないんですけど……」

 

 自分の隣がなにやらやかましいがかまっている暇はない。

 

「というわけでライナ。今その集団は長とサウスゴータに来ているようだし渡りに船だ。ちょっと足を延ばして様子を……見てこい」

 

「おいちょっと待て、フェリス。俺の聞き間違いじゃなかったらお前今確かに……見て来いって言った!?」

 

――お前は来ないつもりかよ!? と、ライナがそう叫んだ瞬間、フェリスの手もとから鉄色の閃光がっ!! 

 

「あぶねぇえええええええええええ!?」

 

 イスからのけぞりながらはね飛ぶことによって、かろうじてフェリスの剣閃を躱すライナ。

 

 わずかに喰らってしまった前髪が何本か宙を舞う!!

 

「って、斬れてるぅううううううううううう!? はぁ!? お前今刃ぁ使ったのかよ!?」

 

 打撃ではなく斬撃によって自分が攻撃されたことを知り、今度こそ肝を冷やすライナ。よけていなかったら間違いなく首と胴体が離婚していた。

 

「ライナ……私は最近忙しいのだ?」

 

「い、忙しいって何が? 情報収集な意味で?」

 

 確かにフェリスは以前町でノシた不良を複数奴隷として使い情報収集しているため、いつでもそいつらから情報をもらえるようにしておく必要があるが、だからと言って忙しいというのはどうなのだろうか? と、ライナが首をかしげた瞬間。

 

「あぁ。この不景気を吹き飛ばそうとトリステインから流れてきた新触感の菓子……DA☆N☆GOのキャンペーンが近々この森の近くの村で行われるらしくてな。私はその手伝いに行かねばならない。地道に布教した団子の女神として……」

 

「って、やっぱり団子かよ、お前ぇえええええええええええ!?」

 

――どこ行ってもほんとぶれてねぇよな!? と、ほんの僅かばかり尊敬の念を抱きつつも、それ以上の激怒の気持ちによって言葉を紡いだライナは、ついうっかり口を滑らせ、

 

「お前ほんといい加減にしろよ!? お前だって同じ仕事してるんだろうがっ!? なんでお前だけそんなんばっかなの!? ほんとぶっ殺すよ!!」

 

 といった瞬間だった。

 

 ティファニアの横からフェリスが消える。

 

「え!? え!?」 と、その光景を間近で見ていたティファニアは度肝を抜かれ、フェリスをキョロキョロと探している。

 

 そんな彼女を見てライナはこう思った。

 

――ティファニア。ティファニア……まずこっちを向う。そしてフェリスの存在に気付いたらついでに俺の命の危機について気づいてくれっ!?

 

 内心でそう懇願しつつもライナは言葉を発することができなかった。

 

 なぜなら彼の背後には、瞬間移動じみた速度で回り込んできたフェリスが、抜身の刃をライナの首にぴったりと添えているからだ。

 

 そりゃもう、ライナが首をわずかでも動かせばサックリいって、血が噴水のように飛び出しかねない微妙な力加減で……。

 

「さて、ライナ。お前は村に行きたくないというが、朝起きたら妻や子供が首だけになっていたらさぞかし愉快な一日の始まり……。と、前に妻子供はいなかった。仕方がないからここにいる二人で賄うとして……」

 

「フェリス~。とばっちりはやめてほしんだけどね?」

 

――他人事だと思いやがってぇええええええええ!? と、食事が終わりブレイクタイムコーヒーを楽しみだしたロングビルに、ライナは思わずそう叫びかけ、

 

「っ!?」

 

 ちょっとだけ刃が首に食い込み血がにじみ出るのを見て、もう泣きそうになった。

 

「あぁ、ライナ。すまない……私にはもうこれはどうすることもできないことなのだ。お前がサボると、だれかが死ぬというのは偉大なる団子神様が定めた運命だからな。だからライナ、願わくば……本当に願わくば、私が今日でかけて帰ってくるまでにお前がこの村を出てサウスゴータの町に行くことを私は願っている」

 

 そんな風に言いたいことだけ言って、さっさと部屋から出ていくフェリス。おそらく団子フェアとやらに向かったのだろう。

 

 そんな彼女の後姿を呆然と見つめた後、ライナはボソリと一言。

 

「もうヤダ……こんな生活」

 

ハルケギニア(こっち)に来る前からそんな感じだったんだろ? 諦めな」

 

 ロングビルのそんな辛辣な言葉に涙を流しながら、ライナは食卓に突っ伏すのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころサウスゴータでは。

 

「ママ~。あれなに?」

 

「しっ!! 見ちゃいけません!!」

 

 子供たちが遊ぶために作られた大きな広場。のちの公園の原点となるその広場は、いつもなら子供たちの遊ぶ声と、その様子を見ている親たちの雑談の声が響き渡っているのだが、今日はそれらの声が全く聞こえなかった。

 

 当然だ。なぜならそこには、老若男女関係なく集まった無数の群衆が、血走った目で広場におかれた小さなステージに立つ女性を見つめていたからだ。

 

 その女性はあでやかな唇で言葉を紡ぐ。

 

「世界は誰の物ぞ?」

 

『世界は美しいあなた様のものです!!』

 

 つややかな黒髪を揺らす。

 

「では、世界一美しいのは?」

 

『もちろん、美の女神の生まれ変わりであるあなた様です!!』

 

 異国情緒あふれる巫女服のような衣服に身を包んだ女性は――言葉通り絶世の美女であった。

 

 つややかな黒髪にきめ細やかな肌。釣り目君の瞳に、均整がとれた美しい体。

 

 神の芸術。そう言われても過言ではない、彼女の正体は!!

 

「ではいつも通り……会則斉唱、始めっ!!」

 

『はっ!! 聖女エステラ信奉会会則!

 

一つ。一人暮らしの寂しい老人がいれば、行って幸せのツボを売りつけ冥土の土産に幸せな気分にしてやる!!

 

一つ! 女に飢えてそうな男がいれば、行って色香でまどわし、巻き上げるだけ巻き上げた後、最後には人生の厳しさを教えてやる!!』

 

 はた迷惑かつとんでもない会則を斉唱する集団。その何人かはのぼりを上げており、そこにはこんな言葉が書かれていた。

 

《聖女エステラ信奉会・アルビオン支部》

 

――ほかの国にもあんのか!? と、そののぼりを見たサウスゴータの住人達は「もうこの世界だめかもしれない……」と、ちょっとだけ世界に絶望しながら、彼らの視界に入らないようそそくさと逃げていく。

 

『この世の生きとし生けるものすべてのものたちに、本当の幸せとは、聖女エステラ様にお仕えすることだと教え、全財産を寄付させる!!

 さらに一度入会したら二度と脱会は許さない! 聖女様を裏切ることは死を意味することとたっぷりと教え込ませてやる!!』

 

 某世界の某犯罪王国。そこで行われていた悪夢が再びここでも展開されていた!

 

『我々は振り返らない! 常に上を見続ける! すべてはエステラ様の為! 誰よりもポジティブに、誰よりも幸せな笑顔で、すべてを奪い尽くす!! そう、すべては我々の物! 我々の王エステラ様の物!! 

 聖女エステラ様万歳!

 聖女エステラ信奉会万歳!!』

 

 わぁっと歓声が上がる。いまどきアイドルのライブでもここまで盛り上がらんだろうという歓声。

 

 そんな歓声を心地よく聞きながら、巫女服の美女は不敵な笑みを浮かべる。

 

「くくくくっ。お婆様に最後の戦いを挑んで返り討ちにあったあげく、うちの家宝の珍妙な鏡に投げ入れられ別の世界にやってきて、帰るための鏡がないと気づいたときはどうしようかと思うたが、やはりわらわはどこに行っても女神だったようじゃな!!」

 

 自信にあふれるその笑顔は、もはや止まるところを知らない自分のカリスマに酔いしれていて、

 

「ここならお婆様も、忌々しいイエット一の犯罪組織の長であるヴォイスも、あの勘違い金髪三流美人もおらん。わらわの天下じゃ!!」

 

 彼女は哄笑した。

 

「ビバっ、新天地!! アーハハハハハハハハハハッ!! アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 数時間後、ロングビルに引きずられてやってきたライナが絶望した顔で逃げ出しそうになった理由。

 

 アルビオンを危機的状況の陥れているトリステインの包囲網を破る策があると吹聴し、レコンキスタ幹部陣すらだましかけている――元犯罪帝国イエット№2の勢力を誇った犯罪組織の長をしていた女性。

 

 詐欺師――エステラ・フューレル。

 

 ライナとフェリスにえらい迷惑を振りまいたハイテンション女神風美女詐欺師は、今日も今日とて全力全開で、人をだますことに勤しんでいた!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そんなカオスな人物のもとに、更なるカオスが舞い込んでくる。

 

「ここがアルビオンですか。空を浮く大陸とはまた珍妙な。さて、バーシェンさんの命令を果たすために、早くライナさんたちを探さないと! いくよ、ぶーちゃん!!」

 

『了解した、我が主!!』

 

 隠密行動中のライナ達との連絡役を任された実力者――とある異世界の槍(?)使いと、その主武装である《槍☆》が、アルビオンの大地に降り立つ!!

 




 サブタイに偽りは……ないつもり!!

 久しぶりに更新できた~!!

 これから週一更新に戻る……かも!!


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月影の女神?VS 槍☆

「というわけでサウスゴータにやってきたわけなんだけど……」

 

 ロングビルはそんなことを言いながら、とある広場にいる異常な集団たちを物陰から観察していた……。

 

「なんなんだいありゃ?」

 

 聖女エステラ信奉会。ここに来るまでに行ったサウスゴータの住人への聞き込み調査では、どうやら『月影の女神』なるものを崇め奉る宗教団体らしい。

 

 そんな、頭に虫でも湧いているんじゃないかと思うくらいの狂気度を誇るその名前に眉をしかめながら、ロングビルは隣で顔を青くして、先ほどまで全力逃走しようとしていたライナに視線を戻した。

 

「で、つまりのところあれの真ん中にいる教祖様的な何かは、あんたの世界にいた凄腕詐欺師ってことでいいんだよね?」

 

「いや、まぁ、凄腕かどうかはともかく……フェリスと同じくらいの迷惑度を誇っていることだけは確かだ。魔法の腕も俺級だし……」

 

――それもう私らが何もしなくてもアルビオンが滅びるランクなんじゃないのかい? と、割と酷いがあながち的外れではない評価を下しつつ(実際ライナ達の世界に無事戻った彼らは、数日後イエットという国を地盤諸共海の底に沈めて滅ぼした)、ロングビルは、今度はちょっとしたステージの上に立つ巫女服を着た美女に視線を走らせた。

 

『聖女! 聖女!! 聖女!!! 聖女!!!!』

 

「ほーっほほほほ!! よいぞ! もっとわらわをほめたたえるがよい!!」

 

――確かにちょっと真剣に関わり合いになりたくはない相手だね……。

 

 とはいえ、そうも言っていられない。相手が詐欺師とはいえ、『トリステインの包囲網を破る策』という話が本当なのかどうなのか真偽確認ができていない以上、下がるわけにはいかないのだ。

 

 なぜなら、このまま帰っても無表情で待ち構えるフェリスが家におり、手ぶらで帰ったなんて知られたらライナと同じようにどんな罰を受けるかわからないから……。

 

 いや、基本ライナみたいな理不尽は、よっぽど気に入った相手か、殺しても構わないと思っている相手にしかしないことはここ数カ月の付き合いでわかってはいるが、だとしてもあまり被害には会いたくない相手には違いない。

 

「さぁ、行くよ、ライナ。あの集団に潜入して話聞いてくるから」

 

「まて……マチルダ」

 

 そう言ってあの集団に向かって紛れ込もうとするロングビルに、ライナはきりっとした凛々しい表情を作り、

 

「俺は面が割れているからエステラの前には顔を出せない。いちおうこの世界のエステラっていう可能性が無きにしもあらずだが、極力正体がばれるのは避けたい」

 

「え? あ、あぁ……そ、その通りだね」

 

――し、仕事の時にライナがまともなこと言うなんて……明日は槍の雨か火山の噴火が起こるんじゃ!? と、ロングビルが内心で戦慄を覚えていることなどつゆ知らず、ライナは鋭い瞳でエステラを睨みつけながら、

 

「というわけで、俺はここで昼寝をしているからあっちに行くのはマチルダだけで……いたたたたたたた!? じょ、冗談!? 冗談だから離してマチルダ!?」

 

 結局いつも通りだったライナに半眼になりながら、アースハンドでアイアンクローを食らわせつつ、聖女エステラ信奉会へと引きずっていくマチルダ。

 

 何気なくチームワークが磨かれてきたような気がする光景だった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――いやいや、マジメンドくせぇ。こっちに来てまでエステラにかかわることになるなんて、実は神様俺のこと大嫌いだろ?

 

 と、内心で考えつつライナは極力気配を殺し聖女エステラ信奉会の人ごみの中に隠れた。

 

 だが、その瞬間、突如気配を感じなくなったライナの姿に一緒に来ていたロングビルがとても驚いていた。

 

「え? なに? この世界気配消したりとかしないの?」

 

「するけど……あんたみたいな異常な消し方するやつなんてメイジにだっていないよ」

 

――んなバカな? 剣士のフェリスだってこの程度は余裕だぞ? と、ライナは内心で驚きながら、隠成師時代にいた気配を隠すことに関してはライナを凌駕していた、メイド殺しのド変態や、自分のもとにやってきては、運命の子とかいう初恋の少女の自慢をしてくる模擬戦バカの顔を思い出しながら、ライナはちょっとだけこの世界の戦士大丈夫かと不安を覚える。

 

――とはいえ、今はそんなことどうでもいい。相手はあのエステラだ。正直気づかれたくないからこそこうして気配を隠してはいるが、それでもあいつに見つからないかどうかは五分五分だろう。

 

 性格はともかく――魔法一点押しでフェリスと渡り合えるあの戦闘センスは本当に一流なのだから。

 

「はぁ……考えれば考えるだけ鬱になってきた。なぁ、マチルダ……俺もう帰っていい? むしろ逃げていい?」

 

「ダメに決まってるだろ? こんな頭おかしい連中の中に、私みたいなか弱い美女おいていくきかい?」

 

「か弱い美女……?」

 

――どこにいるんだ? と本気でわからなかったので辺りをグルグル見廻すライナに、ロングビルはいい笑顔になって、ライナの足を思いっきり踏みつける。

 

「いった!?」

 

 思わず悲鳴を上げるライナ。エステラをほめたたえるシュプレヒコールの中で上げられたその異質な声は、思った以上によく響いてしまい周囲のエステラ信者たちからいらない注目を集めてしまう。

 

「げっ!?」

 

――まずい!? と、一斉にこちらを向くエステラ信者たちに、ライナは顔を青くしながらロングビルに助けを求めようとして、

 

「……」

 

 いつの間に人ごみの中を移動したのか、はるかかなたの人ごみに紛れてシレッとしているロングビルの姿を発見し、ライナは顔を引きつらせる。

 

「あいつ最近、ほんとフェリスに似てきたよな……」

 

「ちょ!?」

 

 さすがにその言葉は聞き捨てならなかったのか思わず抗議の声を上げかけるロングビルだったが、それより先に、

 

「なっ!? き、貴様は!?」

 

 ステージにたっていたエステラが、まるで信じられないものを見たといわんばかりにこちらを指差していた。

 

――あーあ。バレちまった。と、ちょっとだけ切なくなりつつ、ライナはひとりため息を漏らす。

 

 そして、

 

「あの金髪無表情勘違い三流美人の腰ぎんちゃく!? 何故ここに貴様がいるぅううううううう!?」

 

「…………」

 

 ライナは確信した。

 

――あぁ。こいつうちの世界のエステラだ……。と。

 

 そしてもう一つの事実を確信する。

 

――このまま俺がライナだと認めてしまうと、絶対ロクなことにならない!! と。

 

 だからライナは数度深呼吸をした後。

 

「え? 何の話ですかエステラ様!? 俺は今日この聖女エステラ信奉会に入信したライナ・オリュートですよ!!」

 

 満面の笑顔でシレッとうそをついた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――何言ってんだいあいつ? と、とんでもない大ぼらを吹いたライナを離れたところから見ながら、ロングビルは黙って事の進ちょくを見守った。

 

 これは好機だと、ロングビルは思ったからだ。

 

 先ほどの発言から、教祖エステラはどうやらライナの世界のエステラだということは判明した。それだけでも一つの収穫ではあったが、問題なのはあの教祖の言葉がどこまで本当なのかだ。

 

 そこで、ライナのウソが生きてくる。真っ先に声をかけられたためこのままエステラと会話を続けても不自然ではないし、新入りということはまだ組織について知らないことも多いだろうから、売り文句にしている宣伝『トリステインの包囲網を破る策』について質問しても怪しまれることはないはずだ。

 

――調査をするには絶好の機会!! さぁ、そのままその女をだまくらかして情報を搾り取れるだけ搾り取るんだよ!!

 

 ロングビルはそんなことを考えながら、盗賊時代によく浮かべていた人の悪い悪党の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――なんだかマチルダが凄い顔してるんだけど。

 

 ライナは人ごみの中から見える今回の相方の表情を、精神衛生上の観点から極力見ないようにしながら、満面の笑顔のままエステラの方をじっと見つめた。

 

「ん? ライナ……という名前かどうかは忘れてしまったが」

 

――いや覚えとけよ。

 

「あの剣士の腰ぎんちゃくではないのか?」

 

「剣士? 私はこの町で過ごしていた警備兵で、剣士の知り合いはいますが女の三流美人剣士というのはとんと見かけたことがないですね~」

 

 慣れない笑顔に、なれない口調。正直それだけでもうめんどくさくて死にそうなのだが、ライナは必死にそれらを取り繕い続けた。

 

 そうしないと、もっとろくでもない事態に巻き込まれるのは今までの経験から理解していたからだ。

 

「ふむ。確かに言われてみれば、腰ぎんちゃくのあの腐った魚のような目や、ゾンビのように覇気のない雰囲気、道端に捨てられた動物の死骸のようなやる気のなさが感じられぬし……本当に別人?」

 

「…………」

 

 さすがにそこまで言われたのに笑顔を取り繕い続けるのにはかなりの精神力を擁したが。

 

「新天地に来たからには同じような顔をしたものがいてもおかしくないしな……。うむ、そこの信者。妙なことを言って悪かったな」

 

「い、いえ」

 

 ひとまずライナ別人説には納得してくれたのか、疑いの視線をやめてくれるエステラにほっと安堵の息をつきながら、ライナはこちらを見ている視線を感じふたたびロングビルの方を向く。

 

「――!! ――!!」

 

 彼女は必死といった様子でエステラを指差し、口をパクパクさせながら、何かを引き出すようなジェスチャーをしていて、

 

「……?」

 

――エステラ? 呼吸困難? 引き出せ? 何言ってんだあいつ? と、地味に真意が伝わらないライナ。

 

 本当は『エステラと話をして情報を引き出せ!』なのだが、さすがにジェスチャーだけで意思疎通ができるほどライナとロングビルはまだ付き合いが長くなかった。

 

「ふむ。ところで新たな信者よ。汝はなぜわらわの信奉会にはいったのじゃ?」

 

「っ!?」

 

 とはいえ、さすがに間違えただけでは格好がつかないと思ったのか、エステラの方から勝手に話しかけてきてくれたので、結果オーライと言えばそうなのだろうが。

 

「え……えーっと。そ、そう! トリステインが今空にしいている包囲陣を突破できる方法があると教えていただいたものでして!!」

 

――うぇ~。勘弁しろよ。いいかげん俺に興味なくして視線外してくれよ……。と、正直SAN値が削られるので、エステラと話すこと自体をめんどくさがっているライナだが、一応今回のサウスゴータに来た目的は覚えていたのか、彼は冷や汗交じりの愛想笑いをうかべつつ何とか彼の目的である話を始めた。

 

「あぁ、そのことか」

 

 そんなライナの質問は今まで何度もされてきたのか、エステラ不敵な笑みを浮かべ、さらりとした黒髪をかき上げながら、

 

「それは本当だ、新信者よ!」

 

 威風堂々としたいでたちで、なんの気負いもなくはっきりとしたセリフで言い切った。そんなエステラの自身のあふれる立ち姿にライナは思わず息をのみ、

 

「あぁ、やべぇ。流石はイエット随一の詐欺師集団の頭目。ウソつくときの目つきとかが完全に事実言っているときの目だ」

 

 まったく信じていないセリフをボソリとつぶやく。

 

「あの~。できれば参考までに内容とか教えていただいたら」

 

「ふむ! よかろう。哀れな仔羊に道を示してやるのもまた《龍神の女神》たるわらわの務めじゃ!」

 

――月影の女神どこ行ったよ。と、言うツッコミはこの際しない。言い出したらきりがないのは、今も前の世界でも、変わらないことが分かっただけでも行幸だ。なにせ、以前イエットでおちょくられまくったツッコミすぎの病にかかる可能性がまたあるという事実が、わかったのだから。

 

 ちょっとだけ泣きそうとかそんな事実はない。ないったらない。

 

「では括目してみよ、新信者!!」

 

――どうでもいいけど新信者ってごろ悪くね? と、ほんとにどうでもいいことを考えながら現実逃避をしつつ、ライナは極力SAN値が減らないように精神的防壁を張る。

 

「これがトリステイン艦隊を蹴散らすわらわの力、わらわの化身!!」

 

 そう言ってエステラが指をさした先には!!

 

 

「!?」

 

 

 広場の空を大尽くすほどの巨体を持つ、巨大な赤い竜が鎮座していた!

 

「なっ!? 火竜!? それもあのサイズの竜を従えているだって!?」

 

 と、エステラの本性を知らないロングビルは本気で度肝を抜かれた顔で空に浮かぶ竜を見ていたが、ライナは違う。

 

 なぜなら……その竜は、

 

「お、おまえ……」

 

 人の目では視認が難しい……しかし、ライナの複写眼(アルファ・スティグマ)なら見るのが容易な、魔法の糸によって綺麗に空中に吊るされていたからだ!

 

「二度のネタじゃねェかぁああああああああああああああ!?」

 

 まんま以前海賊のところで海神の女神だか龍神の女神だか法螺吹いていた時のトリックと同じものを見せつけられ、ライナは思わず盛大なツッコミを入れる。

 

 当然エステラほどの実力者がその言葉を聞きのがすはずもなく、

 

「二度ネタ!? 貴様……本当はあの剣士の腰ぎんちゃくだな!?」

 

「しまったぁあああああああああああああああああああ!?」

 

 自分のバカさ加減にライナは思わず悲鳴を上げながら、慌ててドラゴンを見て不安になったのか、近くに寄ってきていたロングビルの手を掴み走り出す。

 

「なっ……ちょ、ら、ライナ。い、いきなりそんなお強引な……!?」

 

 と、そんな役得にちょっとだけ嬉しそうにしていたロングビルだが、

 

「うむぅ!? ということがそのフードをかぶった女らしき人物があの金髪勘違い三流美人だな!! 詐欺師であるわらわをだますとは……許さんぞ!!」

 

 とか言いながら、ライナがよく使う魔法陣の魔法のように空間に模様を描き出すエステラ。魔方陣とは違い円をいくつも重ねる模様だったが、ライナ世界の魔法の攻撃力はここ数カ月の付き合いでよく知っていたので、ロングビルは思わず笑顔をひっこめ顔を青くした。

 

「ちょ、離しな、ライナ!? 巻き込まれたくない!?」

 

「いまさら何ってんだよ! もうおそいって!!」

 

 慌てて自分からパージしにかかるロングビルに怒声を上げながら、ライナはそのまま逃げようと、振り返ることなく全力疾走をつづけ、

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおお! こんなところでこれほどの竜に会えるとは! バーシェンさんが言っておられました!! この世界の老成した竜は一般の兵隊一万人に匹敵する戦力を持っているとぉおおおお!! これは素晴らしい修行の相手……行くよぶーちゃん!!」

 

「心得た! 我が主ぃいいいいいい!!」

 

「だぁああああああああああああああああああああ!?」

 

 この状況で……どころか、どんな状況であろうとも聞きたくなかった変体槍使いの声を聴き、ライナは思わずスライディングずっこけ。

 

 そのまま絶望で動かなくなる。

 

「ら、ライナ……」

 

 幸いずっこける際に手は離されていたのか、ロングビルはひとり放置され佇んでいたが、流石に倒れたまま動かないライナに不安になったのか、慌ててライナに駆け寄ってきた。

 

だが、

 

「だ、大丈夫かい!?」

 

「もうだめだ。俺ここで死ぬんだ」

 

「ホントに諦めきった顔してる!?」

 

 どこまで絶望しているんだい!? と、思わずといった様子のロングビルのツッコミにこたえるため、ライナはゆっくりと顔を上げ、

 

「くらえっ!! ランダムスパァアアアアアアアアアアアアアアアアアク!!」

 

「ぎゃぁああああああああ!? わらわの竜がぁあああああ!? おのれ貴様何者ブフォッ!?」

 

『エステラ様ぁあああああああああああ!? ぎゃぁあああああああああああああ!?』

 

 マントをなびかせた豚のぬいぐるみに持ち上げられ空を飛んでいた《槍☆使い》――シルが気力と、変態力あふれる絶叫を上げると同時に、豚のぬいぐるみの目がギュインギュインと音を立て、破壊光線をランダムで辺り一帯に撒き散らし、宙に浮かんでいた糸で吊るされた竜――やっぱりというかなんというか、鉄の支柱をもとに作られた張りぼての竜だった――は穴だらけになり撃沈する。

 

 太陽を背景に飛んでいたシルが見えなかったのか、詰問の声を上げながら魔法円の向きを変えようとしたエステラだったが、それよりも早くスパークとやらが飛んできて玉砕。爆炎と共にどこかへ飛んでいく。

 

 それを見て悲鳴を上げた信者たちの前にも、破壊光線は降り注ぎほぼ壊滅。逃げた人員もトラウマを植え付けられたようで、大の大人が流すべきものではない涙を大量に流しており、もうエステラ信奉会にはこないものと思われた。

 

 ひとまず危機は去ったと言えるだろう。ライナ達の任務は完了だ。

 

 だから、

 

「いや、もうここは無視して早く逃げよう。命が惜しい」

 

「それに関しては盛大に賛成だよ!!」

 

 と、ライナとロングビルは慌てて立ち上がり、逃げようとするが、

 

「あっ! そこにいるのはライナさん! ライナさんではないですかぁあああああああああ!!」

 

「ぎゃぁあああああああああああ!? 見つかったぁあああああああああああ!!」

 

――知らなかったのか? 変態からは、逃げられない!! と、ライナの脳裏でなぜかサイトがドヤ顔で出てくるが、そんなものに構ってはいられない。

 

 いまそれよりも重要なのは!

 

「久しぶりの再会を祝して……ここで一戦!!」

 

「なんでそうなるぅうううううううううう!?」

 

 ライナのツッコミなんて知らぬ存ぜぬ感知せぬ。そう言わんばかりの理不尽な光線がライナとマチルダに飛んできて、彼ら飲み込んだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ど、どうしたんですか二人ともっ!?」

 

 結局、あの後サウスゴータから命からがら帰ってきたライナとマチルダは、ボロボロになった状態でウエストウッド村へとたどり着いた。

 

 そして、

 

「いや! それにしてもこれは美味しい御嬢さん! いい料理の腕をされていますね」

 

「あ、ありがとうございますシルワーウェストさん!」

 

 なぜか自分たちより早く小屋にたどり着き、ティファニアの料理に舌鼓を打っていたシルと、

 

「ん? なんだ貴様ら。仕事はちゃんとしてきたのだろうな?」

 

 なんてことを言いながら、満足げに今日の団子フェアで買ってきたと思われる団子に舌鼓を打っているフェリスを見て、

 

「「……はぁ」」

 

 もう何もかも諦めきった顔で、深い深いため息を漏らすのだった。

 




 もう一本アルビオンにて!!


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この残酷な世界に

 上空遥か高くにあるアルビオンのとある岸辺。

 

 そこに一隻の大きな船が難破していた。

 

 いや、難破というのも生易しいだろう。船は真ん中からボッキリと折れ、マストは全滅。乗組員は全員海の藻屑になったものと思われ誰も見つからず、積んでいた荷物すら存在しない。

 

 実はこの船、現在物価が高騰しつつあるアルビオンで一稼ぎしようとした、バカな闇商人たちが出した密輸船なのだ。どんな時代、どんな世界にも、ギャンブルをしようとする人間は後を絶たないものだ。

 

 とはいえ、往々にしてそういった無謀な賭けは失敗する。

 

 この密輸船も結局アルビオンにつく前にトリステイン艦隊の手によって補足。サーチ&デストロイの精神で粉砕玉砕大喝采された。

 

 だが、そんな船から一人……這いずり出てきた少女がいた。

 

「し、死ぬ……死ぬかと思った」

 

 青いゆるふわウェーブの髪に、勤勉そうな眼鏡とそばかすだらけの野暮ったい顔。

 

 この時代なら薄幸そうなメイドしていそうな顔立ちをした少女は、グッタリとした様子で船から抜け出した後、ばたりと地面に倒れ伏した。

 

「こ、こんな方法しかなかったとはいえ……もうちょっと手段を選ぶべきだったわ……。船代は格安だったけど、わけあり云々以前の問題じゃない」

 

 少女の名前はアンジェリカ――ということになっている。海に投げ出された乗員名簿を調べれば少なくともそう記載されているはずだ。

 

 とはいえ、こういった犯罪者が操る船の乗組員など大抵は偽名上等な奴らだ。彼女もその例に倣って偽名を使いこの船に乗り込んでいた。

 

 では、彼女の本当の名前は?

 

「はぁ……。でもまぁ何とかたどり着けたわけだし、さっさとあの眠そうな男と、化物剣士探し出して、誘拐なりなんなりしてジョゼフ様のもとに連れて行かないと……」

 

 彼女の名前はビオ・メンテ。

 

 ハルケギニア最高の暗殺者として知られる、ガリア北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)二号。

 

 いつもは赤毛のメイドとして変装している彼女だったが、流石に戦時中のアルビオンに彼女の姿のままいるのはまずいと、急遽別人の変装を施しこのアルビオンに乗り込んできたのだが……。

 

「さて、じゃぁ行きますか」

 

 彼女は知らない。こののち、彼女がアルビオンにやってきたことを盛大に後悔する羽目になる事件に出会うことを……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「オト・コ・ノコ村? なんだ、その珍妙な村の名前は」

 

「へぇ、なんでも最近噂になっている魔物が住む村だそうで……」

 

 空中大陸アルビオンの商業都市――サウスゴータ。

 

 トリステイン艦隊の兵糧攻め作戦で目に見えて物価が上がり始め、だんだんと市民から不満の声が上がり始めた不穏な空気のこの町の一角に、その喫茶店はあった。

 

 外に机といすを出す、これといった特徴はない一般的な喫茶店。

 

 そこに座って話をしているのは3人の人間。

 

 この国で諜報活動を行っているトリステイン軍の助っ人、ライナ・リュート、フェリス・エリス、マチルダ・ロングビルの三人だった。

 

「じゃぁ、問題ってなんだい?」

 

 そんな三人はあいも変わらず、とてつもない暴力によって、フェリスの奴隷に落とされたチンピラ三人がもってきた、アルビオン全域における食料の値段高騰の状況と、その状況を打開しそうな事件の報告を聞いている真っ最中だった。

 

「なんでもそこに凄腕の錬金術師がいるらしくて……。驚くべきことに、土から無数の《肉》を錬成することに成功したらしいんですよ」

 

「む」

 

「へ~。そりゃすげ~」

 

「ちょ、できないわけでもないけど……食糧錬成なんて、今まで誰も挑戦したことがない未知の領域だよ!?」

 

 チンピラからの報告を聞き、フェリスとライナは別に驚いた様子ではない驚愕の声を上げ、ロングビルだけが真剣に驚いたような声を出した。

 

「でもさ、相手はたった一人の錬金術師だろ? ドンだけ頑張ってもこの食糧難を打開できる量の食糧の錬成は無理だと思うんだけど」

 

 そう尋ねたライナの指摘は事実だった。どれだけ優秀なメイジであっても所詮は個人。自身の魔力を使うこの世界の魔法では、錬成できる肉の量に限界がある。

 

「いや、それがですね、その村には出るんですよ……これが」

 

「これ?」

 

 両手をだらりとたらし何やら珍妙な仕草をするチンピラに、ライナとフェリスは首をかしげ、ロングビルは眉をしかめる。

 

「これって……モンスターかい?」

 

 ロングビルがさすモンスターとは、ハルケギニアでは一般的に知られるいわゆるドラゴンや、サラマンダーといった存在が確認されている魔法生物とは違った、一種の未確認生物のことだ。

 

 ちなみに、ハルケギニアでは存在が証明されていない幽霊(ゴースト)もこの中に分類されているため、良くそう言った生物を指し際の代表例としてそういったジェスチャーがとられる場合がある。

 

 だが、そういったものは大半、眉唾物の噂として語られるものの為、ロングビルはチンピラの情報がうさん臭くて仕方がないのだ。

 

「その村から命からがら逃げかえってきたやつが相当ヤバいって話しているそうですよ。おまけにその村ではそのモンスターを飼っているようでして……魔力も膨大。そいつを使って錬成肉の大量生産を行っているらしいんすよ」

 

「なっ!?」

 

 だが、さすがにその報告はライナであっても驚いた。

 

 人体改造に、平民のメイジ化。正直言ってトリステインの包囲網どころの騒ぎではない。噂が事実だとするならば、世界がひっくり返るとんでもない事態だ。

 

「どうするフェリス」

 

「ふむ。そこまでの情報が入っているなら行くしかあるまい。無視したとなれば割とシャレにならないランクでバーシェンが怒り狂いそうだしな」

 

「だね。あぁ、ティファニアにしばらく帰れないって連絡しておかないと……」

 

 と、ライナ達三人はそれぞれ今後の予定を立てつつカフェテラスから立ち上がる。

 

 そして、フェリスは最後にチンピラたちの方を振り返り、

 

「というわけだ。ご苦労だった。今週の情報収集はそのくらいで許してやろう。だが来週ロクな情報が持ってこれないようならば……貴様の家族がどうなるか、わかっているな」

 

「は、はいっ!! 誠心誠意フェリス様のために働かさせていただきます!!」

 

 そういって青い顔をして頭を下げてくるチンピラの姿に、ライナは何とも言えない顔をしながらこう思った。

 

――どっちが悪党かわかったもんじゃねぇな。

 

 ……彼がその片棒を担いでいるという事実に気付くのは、いったいいつのことになるのだろうか?

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「と、いうわけで……そのオト・コ・ノコ村についたわけなんだが」

 

 それから数週間後。アルビオンのはずれにある小さな町を訪れたライナ達は、その村の前にたたずみ眉をしかめる。

 

 いちおう害獣を警戒してか村の周囲に張り巡らされた木製の壁は……まぁいい。害獣避けは割と死活問題だ。下手に何の対策もせず放置していると作物を荒らされ村自体が危機に陥ることもある。何も珍しいことではない。

 

 問題なのはその壁に設置されている門に書かれたとある文字。

 

『資格あるもの以外の入村を禁ずる』

 

 村の名前が書かれた看板にでかでかと書かれた注意書きだった。

 

「資格ってなんだよ……」

 

「少なくとも私らが持ってないことだけは確かだね……」

 

 ロングビルの率直な意見に大きくため息をつきながら、ライナはあたりを見回してみて、状況を打破できるようなものは何もないことを確認したのち、

 

「よし、資格がないんじゃ仕方がないな……。帰るか」

 

 いつものめんどくさい精神を発揮した瞬間、彼の後頭部に凄まじい速さで大剣が叩きつけられ、ライナはそのままばたりと倒れる。

 

「あれ死んだんじゃないのかい?」

 

「安心しろ。峰うちだ」

 

「いや、だから峰うちでも死んだんじゃないのかいって言ってるんだけど……」

 

 ロングビルが呆れるように見つめる撲殺現場を作り出した美女――フェリス・エリスは、そんなロングビルのツッコミなどモノともせずに、倒れ伏したライナを足蹴にする。

 

「わからないならばライナ、お前があの村に侵入してどういった人間が住んでいるのか調べてこい」

 

「えぇ~。マジで? めんどくさいんだけど。いいジャンもうあきらめたら。よくよく考えてたらそうとうヤバイモンスターを手懐けて、肉を作らせているとか絶対ガセネタ臭いって。そうとうヤバイモンスターなんだから、そうとうヤバい感じに人間の言うことなんて聞くわけないだろ?」

 

 といいながらも、やっぱりというべきかなんというべきか平然と倒れ伏したまま口を開くライナに、ため息をつくロングビル。

 

 ライナはフェリスに必死に言い訳をしているから、彼女のそのため息の理由に気付かない。

 

「ライナ……そんな平然としていたりするから、フェリスの暴力がエスカレートするんだよ」

 

 いじめっ子は元気な奴ほど苛めたがる。ある意味この世の真理的なロングビルのつぶやきは、風に流され消えていき、代わりにライナの耳に入ってきたのは、フェリスによる、

 

「もうライナったら! あんまり駄々をこねないの……殺すぞ」

 

 いつもなら似合わない女口調ののちに放たれた絶対零度の殺意の言葉だった。

 

 哀れライナはガタガタ震えながらフェリスの命令を了承し、するすると木の壁を登り誰にも気づかれないまま村への侵入を果たすのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「とはいったものの……どうしたもんかね」

 

 村の中に入ったライナは、建物の陰にこそこそと隠れながら村の様子をうかがう。

 

 彼の視線の先にあるには、村人が何人か居座りながら選択をしていた井戸端だ。

 

「って、あれ?」

 

 そこの様子を見てライナはある異常に気付いた。

 

――いやいや、待て待て。もしかしたら勘違いかもしれないし……。と、ライナはその結論を一時的に保留にし、続いて村の端にある畑へと向かってみる。

 

 そこでも、先ほどライナが確認した異常がみられて、

 

「こりゃ……」

 

――どういうことだ? 小さく首をかしげながら、ライナは次々と村の各所を網羅していく。

 

 とある一軒家の中。水を汲みに来ると思われる小さな小川。食料を貯蓄している倉庫etc...。

 

 そのありとあらゆるところで、ライナが確認した異常が見られて。

 

「こりゃ俺がここに長くいるのはまずいな……」

 

 そう言ってライナは慌て敵の壁をよじ登り、村から撤退を余儀なくされた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ん? もう帰ってきたのかい?」

 

「なにぃ!?」

 

「いやいや、さぼってない! さぼってないからフェリス……お願いだから剣抜くのやめて!!」

 

 と、いうわけで、ライナが帰ってくるまで一応村人に警戒されないよう、近くの林で身を隠していたロングビルとフェリス。

 

わずか数分で帰ってきたライナの姿を確認し、ロングビルは思わず呆れたようなつぶやきをもらし、フェリスはどういうわけか嬉々とした表情で剣の柄に手をかける。

 

それをライナが青い顔をしてそれを必死に押しとどめながら、村の状態を話し出した。

 

「あの村……くまなく調べてみたんだけど、女しかいないみたいなんだよ」

 

「なんだって? 確かに今アルビオンは戦時中だから、若い男は兵力として徴兵されているかもだけど……」

 

「ふむ。老人すらいないのか?」

 

「あぁ。きっちり調べてきたからそれは間違いない」

 

 珍しく本気を出したのか、自信あふれる声でそんな太鼓判を押してくるライナにロングビルは思わず首をかしげた。

 

――徴兵されたにしては、老人の男性すらいないっていうのはいくらなんでも不自然だね。それに、話を聞く限りでは農業やその他の産業も他の村と同じような状態。それをやろうとするならどうしたって男手は必要になってくる。そうじゃないと村の運営が成り立たない。

 

 元領主家の娘としての常識に当てはめて考えるに、ありえない村。そんな村の様子にロングビルが首をかしげている間に、

 

「ふむ、ではやることは決まったな」

 

「え?」

 

「なんだって?」

 

 平然とした様子でフェリスが告げた言葉に、二人は思わず首をかしげた。

 

「つまり、その村は女性しか入ってはいけない村なのだろう?」

 

「あぁ、なるほど」

 

「資格ってのはそういうことだったのかい……」

 

 フェリスの率直な意見と判断を聞き、思わず納得の声を上げるライナとロングビル。つまり、村に入る資格とは性別が女性であることだったのだろう。

 

「つまり、村には私とフェリスが入れば解決だね」

 

「おう。頼んだぜ二人とも。俺はここで村に不審な行動が起こってないか見守っておくから……」

 

「とか言いつつ早速横になって何してんだいアンタ……」

 

――絶対寝る気だね。と、どこから取り出したのかわからない高級枕を取出しその場で横になるライナに、ロングビルは呆れた視線を向けた後、

 

「そんなことしてたらまたフェリスに殴られる……よ」

 

 といいながら、早速剣を抜いているであろうフェリスの方へと視線を向けた瞬間、

 

 

 固まる。

 

 

「……フェリス、それなんだい?」

 

「ん? なにって……ドレスだが?」

 

「いや、それは見たらわかるんだけど……」

 

――明らかに、私とアンタ様にしてはデカくないかい? と、二メートル近い身長に合わせたような大きなドレスをどこからともなく取り出したフェリスに、ロングビルは盛大に顔を引きつらせる。

 

 そんなロングビルの問いかけを聞いたのか、早速横になってさぼろうとしていたライナも思わず目を見開き、震える声で質問を飛ばす。

 

「お、お前まさか……」

 

 以前ライナが体験したピッキーランドの悲劇。そのトラウマを刺激されたのか、ライナは思わずガタガタ震えながら、違ってくれという願いを込めてそう尋ねる。

 

 だがその日、ライナは思い出した……。

 

――そうだ……この世界は……残酷なんだ。

 

「さぁ、ライナちゃん。きれいっきれいしましょうね~♡」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 悲鳴を上げ逃げるライナ。だがしかしフェリス・エリス(だいまおう)からは逃げられない。

 

 あっさりとライナに追いついたフェリスによって打撃されたライナは、そのまま意識を狩りとられ、ずるずると木陰に引きずり込まれていく。

 

 ロングビルは黙ってそんなライナの姿に黙とうをささげ、せめて彼の人間としての尊厳ができるだけ傷つかないようにだけ祈るのだった。

 




 二週間に一回更新ぐらいに下げます^^;


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OTOKONOKO村~略してTKNK

――そして、数時間後の村の出入り口にある小さな門の前に、三人の女性が立ち並んだ。

 

 一人は絶世の美女。流れる絹のような美しい金髪に、陶磁のような白いきめ細やかな肌。完成されたプロポーションに、髪が造形したといわれても頷ける美貌。腰に下げた大剣が、またアクセントを効かせる雪崩爆発大地創成美少女天使。

 

 もう一人は、まぁソコソコ美人名緑髪の眼鏡女。

 

「おい、明らかにアンタと私とでは差がつきすぎていないかい?」

 

 とうるさいソコソコ女。

 

 最後の一人は言わずもがな、美少女天使が慈悲を授けた一人の少女。

 

 女性とは思えない上背に、やたらとゴツイ肩幅。もう見られたらちょっと外歩けないくらいひどい化粧をした顔。

 

「おい……」

 

 分厚く塗られた口紅は、唇をまるでたらこか何かのように錯覚させてしまい、これでもかと塗りたくられたアイシャドーは、皮膚すら見せず、もはや完全に鏡のよう。

 

「おい」

 

 そう、それは少女というより、真夏のとある日に現れたら暑さなんて忘れてしまう存在……。

 

「おぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

「ん? なんだうるさいぞ、ライナ? せっかく人がきれいにしてやったお前を紹介してやっているというのに」

 

「綺麗っていうか解説がすでに不穏だろうがぁああああああああ!? なに、俺の顔今どうなってんのォオオオオオオオオオ!?」

 

 何やらわざとらしくカンペを広げて、誰に向けてでもない自己紹介を続けるフェリスに、強制的にまったく似合わない女装をさせられ、涙を流しているライナは思わずそう怒鳴った。

 

「ぷふっ……。あ、あんしんしなよ、ら、らいな……。い、いうほど、悪くないよ?」

 

「そういうのは俺の顔見て言えぇええええええええええ!?」

 

 ブルブル震えながら必死に笑いをこらえるロングビルに、ライナは思わず涙を流した。

 

――もうやだ。俺もう嫁にいけない。

 

 と、ショックのあまり内心の口調が変になっているが、そんなこと気にしてられないくらい今のライナは疲れ切っていた。

 

「もう、死にたい」

 

「ま、まぁ落ち着きなって。確かに化粧には無理あるし、どう頑張っても女には見えないけどさ。そのおかげで、多分入村の審査段階でアンタは跳ねられると思うし、そうなるとさっき言ってたみたいに仕事さぼり放題だよ?」

 

 と、一応フォローを入れてくれるロングビルだったが、そんなことでライナの心の傷はいえなかった。

 

――もう俺いっそのことひきこもりになろうかな? と、割と真剣にサイトが言っていた社会も代の一つに憧れるライナ。だが残念。彼の近くにいるのは、息子が心配だから近づけない気の弱い親ではなく、部屋に引きこもろうものなら、部屋の扉を両断し強制侵入。ひきこもるライナの首を剣で刎ねようとする天使の顔をした悪魔である。

 

「何を言っている? 審査段階でライナが跳ねられるようならその時はこの関所を粉みじんにして、村人たちをとっ捕まえて拷問――もとい、お話を聞くに決まっているだろう」

 

「……」

 

 元アルビオンの人間として、この女を真剣に捕まえるべきかどうか悩むロングビルをしり目に、フェリスは一向に意に介した様子を見せず、村の門を高らかに叩いた。

 

「たのもー」

 

「お前はどこに入るつもりだ」

 

――いや、腰の剣からして間違ってないのかもだけど。と、ライナはツッコミを入れつつ、村に剣術道場なんてなかったから、やっぱり不自然か……。と、自己完結。

 

 そんな風に彼が現実逃避をしている間にも、村の門は徐々に開き。

 

「は~い。あら? 旅人の方たちかしら?」

 

 気さくな笑みを浮かべて、明るい雰囲気をした、金髪ショートヘアの女性騎士が、門の隙間からひょっこり顔を出した。

 

「いいえ、実はわたくしたちこちらで食肉の生産を行っていると聞きまして訪れたものでして。ほら、今アルビオンは何かと食糧不足ですので」

 

 と、フェリスの代わりに会話の対応にあたるのはロングビルだ。

 

 当然これは、こういった交渉事をフェリスに任せるわけにはいかない!! と、嫌というほど思い知ったロングビルの独断ではあったが、ライナとフェリスは特に文句を言うことなくその行動を流した。

 

 当然だろう。理不尽な性格ではあるが、フェリスは自分にできないことは分かっていたし、ライナはもう、ちょっと再起不能なのでいろんなものからほっとかれたい気分だった。ロングビルが何をしようと気を使ってやれる状態ではない。

 

 だが、ロングビルの交渉は早速難関にぶつかってしまったようだった。

 

「食肉……ですか?」

 

「え?」

 

 ロングビルに尋ねられた質問に、女性騎士は『ちょっと何言ってるのかわからないです』と言わんばかりの態度で首を傾げた体。

 

「あの、申し訳ありませんけど何かの勘違いでは? うちは牧畜流行っていないので、肉の入手は行商人や猟師の方々に頼んでいるくらいで、売るほど手に入るような状態ではないのですが」

 

「いや、そんなはず?」

 

――まさかガセだったのか? と、ライナは一瞬考えるが、その疑問はすぐに否定される。

 

 さすがにヤンキーたちが集めた情報だけで動くのは面倒――もとい、危ないと思ったのか、そのあたりの情報固めはロングビルがきちんとやってくれているのだ。その彼女ですらこの噂は信憑性が高いといった。

 

 元盗賊の情報収集能力が是とだした結論だ。早々間違うことはない。

 

 だからこそ、交渉にあたっているロングビルも、大いに首をかしげているわけなのだが……。

 

「それに、申し訳ありませんが、うちの村は基本的に女性の立ち入りは禁止していまして……」

 

「「「え!?」」」

 

 これにはさすがの三人も驚いた。なぜなら、目の前で話している女性騎士は、どこからどう見ても女性……。

 

 今度は三人が「何言ってんだこいつ?」と、言わんばかりの視線を女性騎士に向けた瞬間だった。

 

「っ!?」

 

 女性騎士の視線が、ライナの姿をロックオンした。

 

「げっ。まずっ……」

 

「ふむ。きっと貴様のことを新手のモンスターと思ったに違いない。これから警備の騎士がわんさかと出てくるぞ? まったく、これだから変態色情狂は……」

 

「いつもなら諦めて流すけど、今日は全部お前のせいだろうがぁあああああああああああ!?」

 

――もうやだこいつ、誰かなんとかしてくれ。と、内心で泣きながら自分を罵ってくるフェリスに言い返すライナ。だが、そんなライナに対し、

 

「あ、あなた……」

 

 女性騎士は近づいてきて、

 

「ようこそうちの村に! 本当の目的はあなたの入村だったのね!? だったら早く言ってくれればいいのに!!」

 

「え?」

 

 ライナの腕をがっしりとつかみ、村の門の中へと引きずり込んだ。

 

「え、ちょっ!? まっ!?」

 

「そこの二人は護衛の人たちだったのね? わかる、わかるわ……。この世界は、私たちには住みにくい世界だもんね。でもその化粧なに? 自分でやったの? 最近目覚めた新規さん? だめよ! 素材は悪くないんだから、なる(・・)ならなる(・・)でちゃんと勉強しないと!」

 

「いやいや、なに!? 何言ってんのこいつ……ちょ、思ったより力つよっ!?」

 

 と、歴戦の戦士であるライナですら振りほどけない膂力によって掴まれた腕を見て、ライナは思わず愕然とする。

 

――身体強化の魔法でも使ってんのか!? そうでもなけりゃこの細腕でこんな力出せるわけ……!? と、ライナが内心で驚き、フェリスとロングビルが唖然とする中で、とうとうライナは村の中へと引きずり込まれ、

 

「では護衛の方々! 道中ありがとうございました。この子の面倒はこちらでしっかり見させていただきますので!!」

 

 といって、女性騎士は門を閉め、フェリスとロングビルの二人を締め出したのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その数秒後、あっという間の誘拐劇を呆然と見ていたフェリスとロングビルは、

 

「「ど、どういうこと?」」

 

 思わず同時にそんな間の抜けた声を上げるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ライナは混乱していた。

 

「もう! 何そのメイクは!? あなた素地は悪くないんだから、もっとそういったところで気を使わないとダメでしょう!」

 

「え、え!? ちょ、ちょっと何言ってるかわかんない……」

 

 そんな風に混乱するライナを置き去りにして、女騎士はすれ違う村人たちに元気よくあいさつしながら、ある一軒の家へと向かった。

 

 そして、その中は!

 

「みなさ~ん! ご新規様ひとりご案内!!」

 

「っ!?」

 

 どういうわけか、無数の美女たちが何人かの店員に綺麗に化粧をしてもらっていた。

 

 当然この時代に化粧なんてものは贅沢品だ。ましてや、それを誰かにやってもらうなど貴族の人間ぐらいしかしていない。

 

 だが、この村人たちはそんな場所をあっさりと作り出していて、

 

「まぁ! 仲間が増えるのね!」

 

「まだまだ拙い化粧の腕ね……腕が鳴るわ!」

 

「すぐにきれいにしてあげるからね~」

 

 なんて言いながら、今まで化粧を施していた女性たちも、女性騎士と同じように目を輝かせながらこっちによってきた。

 

 その、目の輝き具合に流石に身の危険を感じたライナは、やや引きながらこの場から後ずさり、

 

「え、えっと……ちょ、ま、間に合ってます」

 

「「「いいから私たちに任せなさい!」」」

 

 

「ちょ、人の話をき……ぎゃぁああああああああああああああああああ!?」

 

 突如としてとびかかってくる化粧屋たちに悲鳴を上げながら、わけもわからず呑まれていった。

 

 

 そして、数分後。

 

 

「え?」

 

 鏡の前に立ったライナは愕然とした。

 

 フェリスのようにやたらと化粧品を塗りたくった下品な顔は瞬く間に直され、気づかないほど最低限に。

 

 ゆるく眠そうな瞳はアイラインによって力強い印象を持つように直され、チークやその他の化粧品によって顔は小さく印象付けられるように設定。

 

 ただし女性特有の丸みは完全再現されており、薄く刺された口紅が何とも言えない大人の女の色気を醸し出す。

 

 まったく似合っていないドレスは払しょくされ、今度は男が切るようなスーツ着用。ただし、それはもともと男性にしては細身だったライナも無理なく着られる、貴族御用達の男装用女性礼服。

 

 それに隠されるように履かされた、女性用のヒールによってライナの身長はさらに伸ばされ、ガタイの良さは縦の比重が伸びることにより何とか誤魔化された。

 

 そう、そこに立っていたのはどこからどう見ても、男装をした絶世の美女……。社交界とかで女性の憧れを一身に受けそうな、女性の貴公子。

 

「って、誰だこれぇええええええええええええええ!?」

 

 ライナがそんな絶叫を上げても仕方ないと思えるほど、いまのライナは女だった。

 

「やったわ、私たち。私たちはまた悩める同志を救ったのよ……」

 

「綺麗よ、ライナ。今のあなた輝いているわ」

 

「あぁ、私がオトコノコでなかったら、惚れてしまいそうなほどきれい……」

 

「いやいやいやいや、待ってくれよオィイイイイイイイイイイイ!?」

 

 口々にそんなことを言いながら頬を染める化粧士(メイクアップアーティスト)たち。そんな彼女たちに勢いよくツッコミを入れながら、ライナは思わず彼女たちに食って掛かる。

 

「いったいなんだ、これ!? お前らいったいなんなんだ!?」

 

「それはわたくしがご説明しましょう」

 

「っ!?」

 

 そんな風にライナが騒いでいた時、一台の馬車が店先に止まり化粧屋さん(メイクサロン)の中へと入ってくる。

 

 入ってきたのは、美しい金髪に緩やかなウェーブを当てた、ライナより身長が頭三つほど小さな、豪華なドレスに身を包んだ、胸だけは貧相な、華奢な美少女。

 

 どこからどう見ても、それはこの村を治めているのであろう高位の貴族のように思えて。

 

 その少女の姿を見て、ライナ以外の村の住人達は慌てて従者のように立膝になり、

 

「エリーナお姉さま!」

 

「あぁ、今日もお美しゅうございます」

 

「みなさん、宜しいのですよ。ここはわたくしたちの美の研鑽場にして最前線。楽にしていただいて結構ですわ」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

 その言葉を聞いた彼女たちは、一段と気合を入れた様子でメイクをしたり、メイクを受けたりといった仕事に戻る。

 

 そんな彼女たちに呆然とするライナに、馬車から降り立った貴族令嬢はニコリと笑い、

 

「ライナさん、同志たるあなたが驚くのも無理はありません。なにせ、あれ(・・)あれ(・・)にする技術に関してここまで高い水準をもっているのは、私たちだけでしょうから」

 

「あれを……あれに?」

 

「まぁ、とぼけるのがお上手ですわね。男を……女にですわ」

 

――!? と、音もなく、脳内をそんな記号でいっぱいにして固まるライナを放置し貴族令嬢は話を続ける。

 

「私はこの村を統治するエリーナ・イェーガー・ド・コーンウォール。本名を、エレン・イェーガー・ド・コーンウォール。れっきとした男ですわ」

 

「…………………………………」

 

 そんなでたらめな追加情報にさらに固まったライナは、数秒間の沈黙ののち、

 

「えェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」

 

 本日最大の絶叫を上げた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「エェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」

 

 そんなライナの絶叫に、何とか村に潜入したロングビルの絶叫が重なったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

「ふむ……」

 

 と、いつものように落ち着いた反応をしている、一緒に潜入したフェリスですら、若干その頬に冷や汗が流れているように見えた。

 

 なぜなら、彼女たちから見てもこの村に住む人々はどこからどう見ても女性。十人すべてが某公爵令嬢並みの胸なのが気にかかるくらいで、それ以外ではまったくと言っていいほど違和感がなかったのだから。

 

 声も高ければ、男性特有のごつさも感じられない。むしろ線の細い女性的な雰囲気ばかりが目立って、男性らしさなど全く見受けられない。

 

「どどどど、どういうことだい!?」

 

――ともすれば、自分の女性としての自信を木っ端みじんに打ち砕いてきそうな美人だっているのに、それが……男性!?

 

 あまりの事実にめまいを覚えるロングビルを置き去りに、領主エレンの説明は続いた。

 

「わたしは貴族社会ではいわゆる――男らしくない。線が細くてかわいい。むしろ人形としてお持ち帰りしたい。はぁはぁ、エレンタン萌え。と、貴族の令嬢方から言われるちょっと女の子の雰囲気が高めの《しょた》なる分類をされる男の子でした」

 

「いや、最後のホントに貴族令嬢かよ!?」

 

 と、こんな理解不能な事態に陥っているのに一応冴えわたっているライナのツッコミ。これもフェリスとの旅の成果だと思えば……なぜだろう? ロングビルの目から涙があふれて止まらなかった。

 

「そんな風に言われ続けているうちにそれを嫌がっていた私自身も、いい加減自分と向き合わなければならないと思いました。仕方がない。似合わない自分がいくら男らしくしても、意味はないんだ。無理をしても誰も受け入れてはくれないんだ。だったら自分らしく有れるように今度からは過ごそう。ありのままの自分を受け入れよう。そうだ、女の子になろう……私はそう決意したのです」

 

「途中まではよかったのに最後は明らかにおかしいからなっ!? 開いちゃいけない扉開いちゃったからな!?」

 

 いったいその間に何があったんだ!? とライナが盛大にツッコミを入れているが、それにはロングビルも激しく同意だった。

 

「そうして私は女として社交界デビューしみんなの人気者になりました。ですが、その時私は気づいたのです。男なのに女のようだとからかわれる同志たちが、他にもいっぱいいることを。これはいけない。みんな《性》という、生まれながらのどうしようもない問題に苦しんでいる。羞恥心。ただそれさえ捨て去ってしまえば解決する……そんな些細な問題なのに、多くの人たちが苦しんでいる。私はそれを嘆き悔みました。そして、この村を立ち上げる決意をしたのです!」

 

 そういって、彼女は両手を広げ、まるで慈悲があふれる聖女のような笑顔で一言、

 

 

 

「ここは、男の娘(・・・)による男の娘(・・・)のための楽園。性の垣根など飛び越え、自分らしくあるための世界……《男の娘村》なのですっ!!」

 

「「……………………………」」

 

 そんなとんでもない彼女の宣言に、ライナとロングビルの常識陣組は思わず絶句し、フェリスは器用に気の上で団子セットを広げ茶会をしている。

 

 そして数秒後、

 

「「わけわからんわぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」」

 

 ロングビルとライナのほぼ同時と言っていいそのツッコミに、フェリスは一言、

 

「ふむ。要するにこの村はあの変態女装マニアと同類が集う村というわけなのだな」

 

 納得した。と、一人頷きながら茶を飲んでいた。

 

――女装させたのアンタじゃないかい。という、ロングビルの小さなツッコミはこの時フェリスには届かなかったという。

 




あれ? 二話で終わるはずだったんだけど……あれ?


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ようやく終わるぜ!! 男の娘村……

――やばいやばいやばいやばいやばい!? 貴族の少女――にしか見えない少年と共に馬車に乗っているライナの思考はまさしくそれだった。

 

 だってこの村、変態しかいない……。

 

 何も女装が悪いとは言わない。オカマだってかかわるの嫌だが、まぁ悪い人間ではないことくらいライナにだって理解できる。

 

 問題なのは、自分がその同族と勘違いされ盛大に女装させられつつあるというこの状況だ!!

 

「……どどどどどどど、どうする!?」

 

 身の危険を感じた。貞操の危機とかそんな安っぽいものではない、もっと恐ろしい何かの身の危険を。

 

――今すぐにでも全力でこの場から離脱したい!! と、ライナは内心でそんな悲鳴を上げていたが、それがかなわない願いだということも彼は気づいていた。

 

 なぜなライナは感じ取っていたからだ。

 

 この馬車に並走するように、二つの気配が隠れながら疾走しているのを。

 

 極限にまで気配を薄めたローランドの剣士特有のものと、潜入隠密を生業とした泥棒の気配。

 

 まず間違いなくフェリスとロングビルの気配だった。

 

 その二人が助けに来ないところを見ると、恐らくは作戦続行中。その状況で自分が逃げ出すようなまねをすれば、

 

「ふぇ、フェリスに殺されるっ!?」

 

「ん? どうかなさいましたか?」

 

「い、いや!? なんでもねーよ!?」

 

「フフフ。ライナ姉さま(・・・)ったら。確かに姉さまは男装の麗人設定ですけど、口調はちょっと女らしくされた方がよろしくてよ?」

 

――俺もうすでに女扱いになってんの!? と、何気ない風につけられた自分への敬称にちょっとだけ絶望しながら、ライナは必死にこの状況を打開するために口を動かす。

 

「そ、そういえばエレンさん」

 

「エリーナと、そうお呼びくださいライナ姉さま。あぁ、そういえばライナ姉さまも女性の名前に変えた方がよろしいですわね!! あとで何か可愛らしいお名前を考えておきますわ!」

 

「けけけけけけ、けっこうです」

 

「遠慮なさらずに」

 

――遠慮なんかしてねーよ!? と、にこやかな笑顔を浮かべるエレンことエリーナに、よっぽどそう怒鳴ってやろうかと思ったが、さすがにそんなことをすれば潜入は失敗するので、ライナは必死に口を閉ざす。

 

 そして、馬車がある程度進んだところでようやく内心が落ち着き、

 

「え、エリーナ。少し聞きたいことがあるんだけど」

 

「はい! なんなりと! 同士の疑問を払拭するのも私の務めですわ!」

 

 そういって、快くライナの質問を聞いてくれる何の穢れもない笑みを浮かべるエリーナ。

 

 その笑顔はまるで無垢な少女そのもので、見る者の心を瞬く間にいやしてくれる天使の笑顔だった。

 

 だが、男である……。

 

 そんな信じがたい事実にちょっとだけ絶望しそうになりながら、ライナは表情をひきつらせながらも、何とかこの村に来た一番の目的である噂の真偽を聞いてみた。

 

「あぁ……この食糧難の中、エリーナ達は肉を作ることに成功したと風のうわさで聞いたんだけど……それは本当か? だとするなら、俺ちょっと腹減ってるから飯が食いたいんだけど……」

 

 そう。この村が魔法による肉の生産を可能にしたのかどうかということを……。

 

――これさえ聞いてしまえば、あとはさっさとこの村から逃げればいい! それなら、フェリスだって文句は言えないはずだ!! と、内心で考えるライナ。だがしかし、彼は忘れていた。

 

 物事が彼の思い通りに運んだことなど、数えるほどしかないという事実を……。

 

「あぁ、その噂ですか……。どういうわけか噂が変質しちゃったみたいで……困るんですよね。そういうの」

 

 そんなことを言いながら、エリーナは苦笑をうかべその事実を否定する。

 

――やっぱりガセか……。と、ライナは一瞬思いかけたが、

 

「って、ん? 噂が変質?」

 

「はい」

 

「つまり、そういったうわさになる何かの錬成には成功したと?」

 

「……………すぐにわかりますよ」

 

 帰ってきたそんな言葉に、ライナは言い知れない悪寒を感じ思わず体を震わせた。

 

 そして、その瞬間。

 

「エリーナ様。到着いたしました」

 

「ありがとうございます」

 

 馬車の御者をしていた騎士の声と共に馬車が止まり、エリーナは何のためらいもなくその扉を開け、馬車から降りる。

 

 そして、

 

「ここが、ライナさんを《男の娘》として完成させる場所です」

 

「え?」

 

 ライナは、巨大な石造りの館へと招かれたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――なんだここは?

 

 前を歩くエリーナにつき従いながら、キョロキョロと周囲を見回すライナ。

 

――やたらと頑丈な石造りに、建材一つ一つに固定化やサイレントの魔法がかけられた耐衝撃・防音建築。一貴族の館にしてはずいぶんと防備と隠匿性が高いな。

 

 正直、何らかの違法な人体実験が行われているといわれても、納得してしまうほどの充実した設備に、ライナは警戒心をあらわにする。

 

 もっとも、それをエリーナに感じ取らせるようなへまはしていない。ヤバい雰囲気の中、警戒心に気付かれたが最期、どんな攻撃が襲ってくるかわからないことを、ライナは十二分に承知していた。

 

 だからこそ、ライナはいつも通りのだるそうな雰囲気を出しながら、周囲に存在する気配の察知に全力を尽くした。

 

 隠匿性が高い建物のため酷くわかりにくいが、フェリスとロングビルの気配は近くに感じられる。うまく館に侵入できたようだ。

 

 続いて使用人と戦士の気配だが、正確なところは分からないが素人じみた気配が十数人と、ソコソコ鍛えられた人間の気配が数人。

 

――兵力としては言うほど高くはない。現状ならば逃げることは難しくないだろう。

 

 だから、

 

「一体ここはなんなんだ?」

 

 ライナはためらうことなくその疑問を口にした。

 

 それはある程度身の安全を確保できたという保証を得たからでもあるし、

 

「ふふふ……すぐにわかりますわ」

 

 目の前を歩いていたエリーナが、とうとう一つの扉の前で足を止めたからでもある。

 

 その扉は無数の装飾が施されていた。

 

 頭上にいた額ヤギの頭を筆頭に、扉に描かれていた無数の髑髏にぼろのマントを纏った死神たち。ブリミル教のシンボルである十字星は無数の悪魔の三叉の矛によって串刺しにされている。

 

「あ、あ~! 俺ちょっと用事思い出したわ!! 俺一日48時間寝ないと生きていけない体質……」

 

 といって、ライナが逃げようとするのも無理らしからぬこと。だがしかし、その逃走はライナの服の襟首を捕まえたエリーナによってあっさり防がれ、

 

「では、参りましょう……私たちのヴァルハラへ!」

 

 と、エリーナは悪気なんて一切ない純粋で……狂信的な笑顔を浮かべていて、

 

「い、いやぁああああああああああああああああああああああ!?」

 

 女にしか見えなくても中身は男。他人より強いとはいえ、筋力は言うほど高くないライナは、必死の抵抗をしてみるもあっさりと引きずられエリーナの手により、その不気味な扉をくぐらされたのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ちょ、放して……放しなさいよぉおおおおおおおおお!!」

 

 ライナが部屋に入ると、真っ先に聞こえてきたのはけたたましい少女の怒声だった。

 

「あ、エリーナ様!」

 

「ちょうど今から術式をかけるところですわ!」

 

 そんな声が聞こえてきているにもかかわらず、まったく慌てた様子がないローブ姿の二人の美少女が、扉から入ってきたエリーナに笑いかけ、背後にいるライナに不思議そうな視線を向けた。

 

「彼は栄えある私たちの先駆けとなるかたです」

 

「まぁ!」

 

「ようやく決意された方がもう一人こられたのですね!!」

 

「え、え? な、何の話?」

 

 相変わらず自分に何の相談もないまま、自分にとってかなり重要なことが進んでいそうな空気にライナは冷や汗をかきながら、先ほどから怒声を上げまくっている少女に視線を移した。

 

 部屋には床一杯に書かれた巨大な魔法陣。

 

 その中央にどういうわけか、十字架らしき何かで固定され捉えられている、赤毛で赤い瞳をもった、どこかで見たことあるような少女がとらえられていて。

 

「って、おまえっ!?」

 

「げっ!?」

 

 というか、あのビオそっくりな水の獣を操る暗殺者だった。

 

「うぅ!? な、なんでよ!? なんでこうなるの!? せっかく気合い入れて、高かったフェイスチェンジのかかっている指輪まで買って、変装完璧にしてアルビオンに潜り込んだのに……。なんでしょっぱなからターゲットに素顔知られた挙句に、とっ捕まった状態なのよ!?」

 

 世界の理不尽を呪うビオのそっくりさん。正直言ってライナが知っている彼女より何割増しかぐらいで明るい気がするが気になると言えば気になるが、むしろそれはいい変化だと思うので深くは突っ込まない。

 

 それはともかく、

 

「あ、あの……なにしてんの、これ?」

 

 明らかにどこぞの悪魔召喚の生贄らしき儀式に、彼女が巻き込まれているのが問題と言えば問題だった。

 

「彼女は数週間前うちの村に流れ着いてきた難民さんです。どうやら、現在アルビオンを包囲しているトリステイン艦隊にのっていた船を撃ち落とされたらしく、こうしてわが村に流れ着いてきたのです」

 

「ふ~ん」

 

――まぁ、ガリアの暗殺者だから、ここに潜入しようと思うならどこかの密航船に乗るか、トリステイン軍の将校に化けて、トリステイン艦隊に潜り込むかぐらいしか手段がなかったのだろう。

 

「で、その難民さんをなんで生贄にしようと……」

 

「いけにえ!? 失礼なことは言わないでください! そんなおぞましいマネするわけないでしょう!!」

 

――鏡見て言え。と、よっぽど言ってやろうかと思ったが、ライナは話を進めるために必死にこらえる。

 

「ふむ。その目はまだ疑っていらっしゃいますね! では、ライナさんの疑いと解くために説明をさせていただきましょう!」

 

 そう言ったエリーナは大げさな手振りで部屋に描かれた魔法陣を示し、胸を張った。

 

「先ほどライナさんはおっしゃいましたね? ここで肉の製造を行っていると聞いたと。それは実は事実ではないと同時に、事実だったのです」

 

「あぁ? どういうことだ?」

 

「なに。簡単な話ですよ。ここで食用ではない肉を作っているのです!!」

 

――あぁ、なるほど……。と、ライナはその説明に納得しかけた後、

 

「ん? でも、それっていったい何の意味があるんだ?」

 

「よく聞いてくださいました!!」

 

 小さく首を傾げたライナの率直な疑問に目を輝かせながら、エリーナはさらに説明を続けていく。

 

「先ほどの話からも分かるように、私たちは常に女――それも、とびっきり美しい女に近づくために研鑽を積んできました。化粧を学び、均整のとれた肉体を得るためにエクササイズし、肌の手入れも髪の手入れも怠りませんでした。ですが、私たちにはたった一つだけ……どうしても実現しえない女らしさがあったのです」

 

「なんだそりゃ?」

 

――今でも詐欺じみた美しさがあるというのに、それ以上に何を求めるんだ? と、ライナは首をかしげる。そんなライナのもっともな疑問に、エリーナは一つ頷いた後。

 

「胸です」

 

「……………」

 

 ちょっと信じたくない一言を言った。なぜならそれは、

 

「えっと……胸筋?」

 

「いいえ違います。バスト。乳房。おっぱいです」

 

――お前一応男なんだから、そう言うの恥も外聞もなく言うのはどうなんだ? と、ライナがやや呆れているさなか、エリーナは熱く語りだす。

 

「あぁ、おっぱい!! それは、女らしさの象徴! 男性にはなく女性にはある夢の器官。それがあるだけで、男性は女性になったとすらいえ、ない人はもういっそのこと男性と同じとまでも言われる代物」

 

 世界のどこかで、某公爵家の令嬢が言いようのない怒りを覚えていることなどつゆ知らず、エリーナはひたすら語り続ける。

 

「ですが、私たちはどれだけ美しさを磨こうと所詮は男……どれだけ頑張ろうと私たちの胸に、おっぱいができることはありませんでした。ですが……!!」

 

 そして、エリーナは地面に書いてある魔法陣を指差した!

 

「私の蔵にあった《英雄》……ハルフォード・ミランの手記が私たちを救済しました!! その書物には何と、人体を作り変える魔法を実現しうる魔術が描かれていたのです!!」

 

「っ!?」

 

 

 人体改造。ライナの出生国であり、軍事国家のローランドですら禁呪の多い呪われた技術。その言葉を聞いた瞬間、ライナの瞳に一瞬険しい色が宿るが、

 

「その書物を見た瞬間私は天啓を得ました! これはハルフォード・ミランが……始祖ブリミルが、私たちの長年の夢であったおっぱいをつけろという思し召しだと!!」

 

「………………………………」

 

 そのエリーナの信じられない言葉を聞いた瞬間、ライナの体から一気に力が抜けずっこける。サイトがいたら「お笑い芸人!?」と驚きかねないほどの見事なコケっぷりだった。

 

「そんな思し召しあるわけねえだろォおおおおおおお!!」

 

 そして迸る盛大なツッコミ。だが、どこか逝っちゃった目をしているエリーナにその言葉は届かない。

 

「そして、私は必死になってこの魔法陣を読み解きました! なんだか、人の体をいつでも水や炎に変化できるようにする改造とか、死体を動かす方法とか、呪いに対して圧倒的抗体を得る方法とか、いろいろほかの魔法ができちゃいましたが、そんなものはどうでもいいので全部破棄!!」

 

「結構すごいのあるぞ!?」

 

「なんだか先住魔法チックな要素も含まれていましたが、メイジ魔法用の魔力で十分代用可能だったので些細なこと! たとえ千十ん技術だったとしても、私たちをとがめることはできない! 何せ私たちはブリミル様に天啓を頂いた身!! 多少の異端などへでもありません!!」

 

「いや、そこは止まれよっ!!」

 

「そして私たちはようやく……人の体内の中で脂肪を錬成し、それを胸部につける人体改造魔法の製造に成功したのです!!」

 

 あくなき執念か、女性へのあこがれか、とうとう信じがたい魔法を完成させてしまったらしいエリーナの笑みを見て、ライナは戦慄を覚える。

 

――こいつ、正真正銘の信じがたいバカだ!!

 

「ですが、さすがの私たちも人体改造なんて物騒な魔法を自分で真っ先に試すのはゴメンでした」

 

「おい」

 

 とはいえ、そのくらいの常識はあったらしく、割と酷いことを言うエリーナに突っ込みを入れつつ、ライナはちょっとだけ「あぁ、そういう普通の感性は残っていたんだ……」と安心しかけ、

 

「そこで私たちは、このたまたま流れ着いた胸の抉れたまな板少女に、慈悲を授けることにしたのです」

 

「ぶっ殺すわよ!!」

 

 そんなことを言って、エリーナが手で示したビオを見て顔を再び引きつらせる。

 

 そう言えば、昔まじまじと見たわけではないが、あの時のビオの胸は結構小さい部類だったことをライナは思い出した。

 

 男にも変装できるうえに、無い方が素早く動けるから、ローランドの実力のある女暗殺者たちは基本的にひん乳傾向ではあった。ビオもその例に漏れていなかったのを記憶の片隅で覚えていたライナは、すっとはりつけにされているビオへと視線を写し、

 

「な……なによ」

 

「う、うん」

 

「何その反応!? ちょっと、何か言ってよ!!」

 

 泣きそうな声でわめいてくるビオの胸が、ライナの記憶にあるものと大差ないことを確認したライナは、冷や汗交じりの顔を再びエリーナに向けなおす。

 

「い、いや……え、エリーナさん。さ、さすがにそれはどうかなー? 見ず知らずの人にそんなことをするのはちょっと違法性が強すぎるというか……」

 

「安心してください。天啓を受けた私が正義です……」

 

――いや、多分それ幻聴か何かだから。と、基本的に神様を信じていないライナはそんなツッコミを入れながら、必死にこのイカレタ実験を止めるための言葉を探す。

 

 敵とは言え、

 

 自分を殺そうとしているらしいとはいえ、

 

 さすがにビオと同じ顔をした少女を見殺しにできるほど、ライナは冷酷ではなかった。

 

「ね、ねぇ……ち、違うのよ!? わ、私の胸は別にここでカウンターストップというわけじゃなくて、まだまだ成長段階で!! ぎ、牛乳だって毎日飲んでるし!」

 

 何やら必死に言い訳しているビオ(仮)に、『いや、そんなこと言っている場合じゃないだろ』と内心でツッコミを入れつつ、ライナは何とかしようと口を開きかけ、

 

「安心してくださいライナさん。この実験が終わって安全性が確認できたら、次はあなたにおっぱいをつけてあげますからね! やはり上背がありますからそれなりに大きなものの方がいいですよね?」

 

 それを聞いた瞬間、ライナは有無を言わせず稲光(いづち)を作り出し、部屋の中にぶっ放した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 一本の落雷が地下室の壁に当たり、そこを爆発させる。

 

 瞬時に粉塵に包まれる地下室内。中にいたエリーナと、改造魔法を遣おうとしていた二人のローブたちは慌てふためいたような悲鳴を上げる。

 

 その隙をつき飛来した電撃が十字架をへし折ると同時に、ビオは袖口に隠し持っていたナイフをひらめかせ、自分を十字架に拘束していた縄たちを切り裂き自由を得る。

 

 それと同時に、どういうわけかとんでもないきれい系美女になっていたライナが駆け寄ってきて、

 

「共同戦線だ! 今このときだけでも今までの行いは水に流して、ここから逃げるために協力しよう!!」

 

「奇遇ね! 私もそれ今言おうと思っていたところ!!」

 

 背中合わせになり、敵の襲撃に備える。

 

 さっきの視線の動きはすごく気にくわない上に、結構な回数殺し合いをしている相手だ。本来ならば共同戦線などありえない。

 

 だが、その殺し合いの経験がビオにあることを教えてくれていた。

 

――この男、かなり強いわね! と。

 

 だからこそ、ビオは安心してライナに背中を任せ前方からやってくる攻撃だけに集中する。暗殺に苦労しそうと悩んでいた相手の背中が、誰のものよりも頼もしく思えるとは皮肉な話だ。

 

 そんな風に自嘲の笑みを浮かべながら、逆手に持ったナイフを油断なく構え辺りを軽快するビオ。そして、

 

「もう、何をするんですかライナさん!」

 

 瞬間、とてつもない勢いで粉塵を切り裂き、ビオの顔面を横殴りにする軌道で豪華なヒールによる回し蹴りが飛来した!

 

「なっ!?」

 

 驚きの声を上げながらも、暗殺者の鋭い反射神経で何とかその攻撃をよけ地面に転がるビオ。ライナもそれに合わせて移動を行い、ビオに死角を殺す位置へと転がってくれていた。

 

 だが、それ以上に問題なのは、

 

「ねぇ……今の蹴りあなたの目から見てどのくらい?」

 

「俺とほとんど遜色ないように見えたんだが……」

 

「私もよ」

 

 信じられない真実を確認し、二人の顔が盛大に引きつる。

 

「うふふふ。実は美しい体を保つために私の家の蔵にあったとある魔法書の通りエクササイズをしていたら《ちょ、あの人の蹴りいま鉄の剣へし折ったんだけど!?》《もはやエリーナ姉さまは男の娘に非ず……(ヲトコ)の娘よ》と言われちゃうくらい強くなっちゃいまして。まぁ、乙女のたしなみですわね」

 

 一冊の、見たこともない彩色豊かな表紙を持つ本をひらひらと見せながら、粉塵を切り裂く鋭い蹴りを見せたエリーナは嫣然と微笑む。

 

 ちなみにその本は、表紙には『女性でも簡単! 男を殺せる護身術!! 《阿修羅》編』と日本の文字で書かれている。一時期女性が痴漢を一撃で蹴り殺してしまうという本物の殺人事件が起こってしまった日本のいわくつき雑誌である。もっともそのことは、ライナ達は知らない。

 

 知らないが、

 

――そんな乙女いないわよ……。とビオは冷や汗をかきながら、内心で理不尽すぎる世界を呪う。

 

 知らなくても、その攻撃が脅威であることが戦闘を長い間生業にしてきた二人にはわかったからだ。

 

「まったく……あんたの家の蔵にはどうしてそう余計な本ばっかりおいてあるかな」

 

「父が収集家だったもので。春画(エロ)本から哲学書までなんでもございますわよ? 今度見に来ませんかライナさん?」

 

「人体改造しないって誓うなら行ってもいいけど」

 

「それはできませんわ。今のライナ様は、おっぱいつけるために生まれてきたような美しいお姉さまですもの」

 

――もう本気で死ねばいいのに……。と、内心でそう吐き捨てながら、先手必勝と言わんばかりに、

 

「水よ!!」

 

 有れ!! と、怒声交じりに水の獣を作り出し、エリーナを襲わせる。だが、

 

「あらあら……」

 

 困ったちゃんですわね? と言わんばかりに、エリーナはニコリと笑い、

 

「えっ!?」

 

 瞬間粉じんの中から先ほどのローブ姿の二人の男の娘が飛び出してきて、もはや分身しているんじゃないのかと思えるほどの速度で蹴りを放ち、水の獣を蹴手繰り殺す。

 

 まるでマシンガンのような蹴撃を食らい、穴だらけになって撃沈する水の獣。

 

 その獣を呆然として見つめるビオに、エリーナは嫣然とした笑みを浮かべる。

 

「言ったでしょう? エクササイズしていますと。この村にいる男の娘たちは全員この本を見てエクササイズしていますのよ? それに、私たちは二つの性別を持つ性別を超越した超人類。あなたのような単一性別をしかもたない存在が勝てる相手ではなくてよ?」

 

――この村化物の巣窟じゃない!? それに何その理論!? と、意味不明な理論を展開するエリーナに、今度こそビオは冷や汗を流す。

 

 だが、

 

「いや、そうでもないぜ」

 

「はい?」

 

 ライナはそこで不敵な笑みを浮かべ、

 

「女でも信じられないくらい強い奴はいるって話さ!! おい、フェリス! 援護頼むっ!!」

 

 ライナはそう言って天井に呼びかけるように声を上げた。

 

――まさか、援軍がいるのっ!!

 

 ビオはそんなライナの動作に目を輝かせ、期待するように天井に目を向ける。

 

 そして、

 

「……」

 

 天井から降ってきた一枚の紙をライナがキャッチし、目を半眼にして見つめるのを見て、不思議に思ったビオはその紙を覗き込んだ。

 

 そして、

 

『こ、この変態色情狂!? 女に化けてどうするつもりなの!? また変態的何かをするつもりね! 女をさらって荒野を駆けるつもりね!! もうそんな変態はしりません!! 胸なりなんなり付けて、ついでに去勢もしてもらって、世界平和に貢献しなさいふははははははははははははははははははは!! byお前がどれだけ美人になろうと私には及ばない美少女天使フェリス・エリス』

 

 最後にノリノリで書かれた明らかな嘲笑の文字を見て、とりあえず援軍は期待できないことを悟る。

 

――終わった。そんな言葉がビオの脳裏に浮かんだ時だった。

 

「もしかして、先ほど護衛についてきていた方々の援軍を期待されていたんですのライナ姉さま」

 

「お願いします。姉さまはやめてください……」

 

「無駄無駄無駄ですわ!!」

 

 ライナの必死の懇願を無視し、エリーナは笑う。

 

「たとえどれだけ美しかろうと、どれだけ強かろうと……先ほど言ったように、単一性別ではそのすべてが私たちに劣りますわ。どんな勘違いをしているのか知りませんが、たとえあの二人があなたたちを助けに来たとしても結果は同じ。たった一つの性別にすがって美しさを競うしかできないあの程度の三流など、私の敵ではありません」

 

 そう、エリーナが自信ありげに言い切りかけたとき、彼女の背後に金髪の美女が降り立ち、

 

「ん?」

 

「え?」

 

 手に持つ大剣をフルスイング。エリーナが反応できないほどの速度で振るわれたその大剣は、見事にエリーナの顔面をジャストミートし、エリーナの体を、扉をぶち破らせながら部屋から叩き出す!

 

「「え、エリーナお姉さまァアアアアアアアア!?」」

 

 突如として起こったそんな信じがたい事態に、悲鳴を上げるローブ姿の男の娘たち。そんな二人が隙だらけな様子でエリーナに向かって駆けて行こうとするところで、

 

「アースハンド」

 

「「きゃぶっ!!」」

 

 地面に生えた手が勢いよく二人の足をとり転倒させた後、地面からさらに手が生えてきて彼女たちの体の各所を掴み拘束する。

 

「で、誰が勘違い三流女だと?」

 

「あんた、助けるならもっと早くにいいなよ。本気で見捨てる気なのかと思ったじゃないか?」

 

――いや、多分見捨てる気満々だったと思うわ……。と、先ほどの手紙の内容を知っていたビオは盛大にツッコミながら、床からひょっこり顔を出した緑髪の女性を見つけた後、大きくため息を漏らしながら膝をついた。

 

「た、助かったの?」

 

「とりあえずはな……」

 

 そう言って同じようにへたり込んだライナに背中を預け、ビオはようやく安堵の息を漏らすのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 結局フェリスにボロボロにされたエリーナは、先ほどの魔法陣が敷いてある地下室に反省を促す正座をさせられ(ここには絨毯が敷いておらず石畳なため、ものすごく膝が痛そうだった)、『本当の美の女神はフェリスさんです。僕なんて足元にも及びません……』という下げ看板を下げることで許された。

 

 それによってフェリスの怒りも収まったのか、今の彼女は悠々とした様子で団子セットを広げ、一人お茶を堪能している。

 

「はぁ、にしても今回超無駄足だったな」

 

「まぁ、この珍妙な書物は面白いっちゃ面白いけどね」

 

 と、エリーナの実家であるイェーガー家歴代の執念なのか、わけのわからない言語の隣に、びっしりと文章の横にハルケギニア後の訳文が書いていある、《おっぱい製造法》という名の《人体改造魔法書》と、エクササイズ書という名の《殺人拳秘伝書》を領収したロングビルは、その二冊を手で弄びながら「こっちのエクササイズ所はティファにでも読ませようかね……最近何かと物騒だし」とか言っている。

 

 ライナとしては真剣にやめてほしいのだが、今はそんなこと言っても仕方ないので、とりあえず一番の問題であるビオの方へと視線を向け、

 

「って、あれ?」

 

 いつのまにか先ほどまでいた場所から姿を消していたビオに、驚きの声を上げる。

 

「ふぇ、フェリス? ここにいたあの赤毛の暗殺者しらね?」

 

「ん? あぁ、そいつなら『うぅ、装備が見つからない。このままじゃ文無しになる……』と困っていたから、ライナの財布を渡しておいたぞ。『ありがとうございますフェリス様!! あと、今度あなたの団子やで『団子セット』百個ぐらい買いますから見逃してください』とか言っていたから、みのがしてやったが……。ふむ、奴はなかなか見どころがある」

 

「見どころがあるじゃねぇよぉおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 慌てて、化粧室で脱がされたあとロングビルがこっそり持ってきてくれた自分の服の捜索をするライナ。だが、そこにライナの財布はやっぱりなくて、

 

「って、本気で無くなってるぅううううううううう?! お前、何しちゃってくれてんのぉおおおおお!? 今度は俺が文無しだろうがぁあああああああああああ!?」

 

 もうちょっとこの世の理不尽に泣きながらツッコミを入れるライナ。そんなライナの魂の慟哭を、フェリスは鼻で笑った。

 

「ふん。何を言っているのだライナ。貴様に自由にできる金などあるわけないだろう。貴様は日がな一日ギャンブルしほうだいしたあげく、負けて帰ってきては毎日酒をカッくらって「やめてぇ!! それは子供の給食費なのぉ!!」「うるせぇ! 今度は勝てる気がするんだよっ!! 一時間後には三倍にして返してやるから待ってろ!!」とかいって、金をするだけすった、後なんやかんやで世界滅亡をさせるぐらいの、ダメなことしかしてないだろうが」

 

「世界滅亡までのプロセスがすごいいい加減だろうがっ!! てめぇ、フェリス……今度こそゆるさねぇ!!」

 

 と、今日は見捨てられかけたこともあっていい加減我慢の限界に来ていたライナが、フェリスに向かって飛びかかるが、

 

「ふん!」

 

「ぐはっ!?」

 

 やはりフェリスには勝てず、勢いよく振るわれた大剣の一撃でキリモミ状に回転しながら、魔方陣の中央に落下し気絶するライナ。

 

 そんなライナの姿に、フェリスは一つ頷いた後、

 

「ふむ。ではエリーナとか言ったな? ライナをかわいくしてやってくれ!」

 

「えっ?」

 

 その信じられないセリフを聞き、エリーナは盛大に目を見開いた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「あぁ、ひどい目にあったわ……」

 

 村にあったローブをこっそり拝借し、顔を隠しながら村から脱出したビオは、舌打ちを漏らしながらまだターゲットがいるであろうおかしな村を振り返る。

 

――あのライナってやつ無事かしら? あの剣士かなり理不尽そうな匂いがしたから、関わらないように逃げてきたけど。

 

 そんなことを考えながら、自分の背中を守ってくれたライナの姿を思い出してしまい、思わず顔を赤くしてしまったビオは、慌てたように頭を振り顔の熱を覚ました。

 

――ま、まぁ……多少頼もしくはあったけど、あいつは私の敵! 殺す必要はないかもしれないけど、ジョゼフ様が情報を欲しがっている相手!! 油断するわけにはいかないわ!!

 

「こ、今回は貸しにしておくけど……次は目に物を見せてやるからっ!!」

 

 そんな決意表明をライナにしつつ、ビオは森の中へと消えていった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 さて、そんな決意表明をされたライナはというと……。

 

「………………………………………………………………」

 

「く、くくく……に、にあってるじゃないかライナ」

 

「なかなかお似合いだぞ?」

 

「あぁ、私の見立てに間違いはありませんでしたわ!!」

 

 絶望したような顔で、気絶している間につけられた、自分の胸部についた二つの脂肪の塊を見つめていたのだった。

 

 

 

 結局この後、ライナを元に戻すための魔法陣開発には数日の時間が要された。

 

 その間ライナはタユンタユンの胸部装甲を揺らしながら、男の娘村の頼れるお姉さまとして、泣きながら魔法陣開発を行うことになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、そのころの某公爵領にて、

 

「ど、どうしたんだエレオノール、ルイズ!? 突然戦時中のアルビオンに行きたいなど!!」

 

「そ、そうだぜルイズ、危ないってっ!!」

 

「いやっ! 離してお父様!!」

 

「私たちは……今すぐアルビオンに行かないといけない気がするのっ!!」

 

 そんな言い争いがされていたとかいないとかは……諸君の想像にお任せしよう。

 




 はい、ようやく完結!!

 これでやっとルイズとサイトの視点に移れる。

 現在二人がいるのはラ・ヴァリエール領ですが、そこに姫様御一行がやってきます。

 護衛として某槍使いを連れて……。

 はたして、サイトの平穏なお休みは守ることができるのかっ!?

 エレオノールは気絶しない? カトレア病状悪化しない?

 そんなお話をかく予定……。


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踊るラヴァリエール領!! プロローグ

「ウォーターミスト!!」

 

「あ、ちょ!? きたねぇ!!」

 

 いつもの必殺技パターンに持ち込まれ悲鳴を上げるサイト。だが、そんな彼の抗議など知ったことではないといわんばかりに、敵は完全な隠遁を霧の中で行う。

 

 一寸先は霧。そう言って差し支えないほどたちこめる深い霧。視界が真っ白になり自分の手元さえ見えない状態になってしまった周囲の景色に、サイトは思わず舌打ちし、

 

 ……ザッ。

 

「そこかぁああああああああああああああああああ!!」

 

 地面を踏む人の足音。それを敏感に感じ取ったサイトは、即座に身をひるがえし手に持つデルフリンガーを一閃させる!

 

 が、

 

「相棒、まずい! フェイクだ!!」

 

「っ!?」

 

 デルフの声はすでに遅く、

 

「これで私の99連勝だな」

 

 サイトの首筋にピタリと当てられた鉄の軍杖の感触が、サイト自身に敗北の事実を突きつける。

 

「ち、ちくしょぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ラ・ヴァリエール領にやってきて一週間がたった。サイトは現在、ルイズの護衛として十分な力を得るために、公爵自らがかって出てくれた模擬戦をしていたのだが……結果はご覧のありさまである。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「あぁ、サイトまた負けちゃった……」

 

「あたりまえでしょ。お父様はトリステインにその人ありと言われた歴戦の勇士よ? この前みたいに得意魔法のほとんどを封じた状態でさえなければ、あの手程度の剣士くらい簡単にひねれるわ」

 

 そんな試合を観戦していた二人――普段着として貴族らしいドレスを着こんだルイズとエレオノールは、そんな雑談を交わしながら優雅に紅茶を飲んでいた。

 

 ルイズがラ・ヴァリエール領に帰ってから1週間がたった。

 

 結局あの後タルブ戦での出来事を根掘り葉掘り聞かれてしまったルイズは、何とか自分の得意属性が虚無であることを隠し通そうと東奔西走してみたのだが、そこは自分よりも一枚も二枚も上手な父親と、もはやトラウマと言っていい恐怖を覚えさせられてしまっている母親が相手だ。ロクに抵抗もする暇もなく、すべて洗いざらい白状(ゲロ)してしまった。

 

 まぁ、唯一の救いはそんな彼女の話を聞いても父と母は、

 

「なんだそんなことだったのか……必死に隠すから何事かと思ったぞ?」

「とにかく、魔法が使えなかった理由がわかっただけでも大きな進歩です」

 

 と、特に目の色を変えてルイズを権力闘争の道具にしようとしたり、心配すぎるからいっそのこと幽閉しようなどといった極端な対応をとらなかったことだろう。

 

 だが、

 

「ですが、そのような重要な位置についていしまった以上、あなたにはかなりの脅威が降りかかってくることは間違いありません、ルイズ」

「というわけで、しばらくラ・ヴァリエール領(ウチ)にいなさい、ルイズ。そのあいだ、使い魔ともどもある程度の火の粉は払いのけられるように鍛えてあげよう」

 

 という、トンデモ提案(めいれい)を食らってしまったのは、どう考えても災難だが。

 

 というわけで、サイトの対メイジ用戦闘の訓練を公爵が。ルイズの魔法を使った戦闘の指導をカリーヌ夫人が行っており、二人はこの一週間地獄を見ることとなった。

 

 実際サイトの模擬戦が終われば次はルイズとカリーヌの試合があるため、ティーカップを持つルイズの手は某超振動(プログレッシブ)ナイフバリに震えており、数分後にやってくる恐怖と戦っていた……。

 

 無駄な努力ではあろうが……。

 

「カチャカチャうるさいわよルイズ?」

 

「ひぅ!? ご、ごめんなさい姉さま!?」

 

「まぁまぁ」

 

 エレオノールの忠告にすら小動物のようにガタガタ怯えるルイズの姿に、苦笑いを浮かべながら紅茶のお代わりをもってきたシエスタがそう声をかけた。

 

「なに、メイド? 私は今、貴族としての立ち居振る舞いをルイズに教えているところなのだけれど?」

 

 だが、当然純正な貴族として育て上げられたエレオノールがそんな彼女の介入を許すわけもなかった。

 

 口をはさむな。引っ込みなさい平民。と、高圧的な雰囲気で内心金切り声をあげているのがルイズにはなんとなくわかる。

 

 が、残念なことに相手は人間としての器が一枚も二枚も上手なシエスタだった。伊達に変な経験して人生経験は積んでいない彼女は、

 

「昨日夢見が悪かったからと言ってそんなに妹さんにあたることはないじゃないですか? バンカーD伯爵でしたっけ?」

 

「なっ!? なんであなたがそれをっ!? っていうか、バーガンディよ」

 

 と、羞恥と怒りでエレオノールが顔を真っ赤に染め立ち上がった瞬間、

 

「あらあら? 姉さま……後悔されいてるくらいだったらもうちょっとバーガンディ様にやさしくしてあげればよかったのに……」

 

「か、カトレア!?」

 

 まるではかったような(実際はかっていたのだろう……シエスタ。恐ろしい娘!?)タイミングで現れたラ・ヴァリエール家次女カトレアがその話を聞き、にっこりエレオノールに笑いかけてきた。

 

「そうとわかれば、さぁ! 一緒に伯爵に謝りに行きましょう? 私もついていきますから!!」

 

 カトレアはとても純真でまっすぐな優しい性格をしている女性だ。そのため、姉の離婚話を聞いたときは、「姉さまはとってもいい人なんだから、きちんと話し合えばバーガンディ伯爵さまも、きっと離婚はとりさげてくださいますわ!!」と、何の疑いもなくいってくるのだ。

 

 当然、伯爵がガチで怯えながら離婚話を斬りだしてきて、さらには土下座までされて離婚を迫られたエレオノールとしては、さすがに彼が心の底から本気で離婚話を切り出したことくらいわかっていたため、これ以上改善の見込みがないことも十二分に承知していた。

 

 だからこそ、この妹の純粋な信頼がつらい……ので、

 

「い、いいって言ってるじゃないのぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 良心の呵責に耐えられなくなったエレオノールは、ちょっと泣きそうな顔になりながら逃げだした。

 

「あ、待って姉さま!」と言ってそのあとを追いかけるカトレア。「ルイズ! 今日の魔法の練習頑張ってね?」という、妹に対する気遣いも忘れないのはさすがだ。

 

 というわけで、まずは身近な重圧が消えたのに安堵の息をもらし、何とか手の震えが止まったルイズは、紅茶のお代わりを注いでくれるシエスタに感謝の言葉を送った。

 

「あ、ありがとうシエスタ……」

 

「いいえ。あ、でもルイズさん? この紅茶飲み終わったらちゃんとお着替えしてくださいね?」

 

「わかってるわよ。さすがにドレス姿で戦いの練習するわけにもいかないし」

 

 母様はそれでも十分戦えるんだけど……。と、不動の体勢からの杖の一振りで大地をめくり上げる爆風を放つ母親の姿を思い出し、大きなため息をつくルイズ。

 

 だが、

 

「いえ、違いますよ?」

 

「え?」

 

 シエスタがその忠告を告げたのはもっと別の理由らしかった。

 

「今日の訓練は中止です」

 

「ほんとっ!?」

 

 シエスタが突如告げた嬉しい知らせに飛び上がるように立ち上がるルイズ。そんな彼女の姿に「どんだけ訓練嫌だったんですか?」と、ちょっとだけ冷や汗を流しながらシエスタはさらに続ける。

 

「先ほど公爵夫人様より言伝を頂きまして……。本日昼ごろ、女王殿下が結婚報告がてらこちらにやってこられるそうです」

 

「まぁ! アンリエッタ様がこられるのね!?」

 

 ラ・ヴァリエールは仮にも王族の血に連なる公爵家だ。確かに結婚するともなればその報告に来るのもおかしくはない。

 

――あぁ、姫様もようやくウェールズ様と結ばれることになるのね! よかったわ! と、アルビオンから命がけで助けたイケメン王子の顔を思い出しながら、本当にうれしそうに笑うルイズ。

 

 しかし、残念なことにそんな彼女の笑顔は、

 

「それに同伴して憎き宰相もやってくるから、馬車ごと吹き飛ばすそうです。というわけで、日ごろの訓練を見せるときですよ? ルイズ。と、公爵夫人が」

 

「……………………………………………………」

 

 続けて告げられたその言葉によって、ルイズは口から血を吐き倒れ伏した。

 




 というわけでプロローグ!! え、短編じゃないのかって?

 はははは!! そんなもの、前ので諦めたよ?


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激……闘? って、あれ? おかしいな……ギャグ展開シリーズのはず……

「ラ・ヴァリエール領まであと少しと行ったところか?」

 

「休暇……あぁ! なんて甘美な響き!!」

 

「落ち着いてアンリエッタ……。ところでマザリーニ枢機卿に仕事全部任せてきてかまわなかったのでしょうか?」

 

「かまわん。書類仕事は落ち着いているしな。前みたいなデスマーチをする必要はない。紅茶片手にのんびりしながらやっても、あいつのスキルなら十分夜までに終わる程度の決済だ。国王の決裁が必要なものは全部残しておけと言ってあるしな」

 

「待ってください!? それ、私が城に帰ったらその書類に押しつぶされるってことじゃ?!」

 

――きこえんな~。と言わんばかりに目をそらしたバーシェンの仕草に、アンリエッタの顔は即座に青ざめる。

 

 彼らが今いるのはラ・ヴァリエール領に続く大きな街道だった。

 

 巨大な王族用馬車とそれを守る無数の魔法衛士たちに守られたその馬車を襲うほど気合の入った盗賊などは数か月前に現れた、《暴力の女神》と《やる気なし悪魔》と言われる二人組の傭兵が殲滅したらしいので、馬車に乗る三人――アンリエッタ、バーシェン、ウェールズの旅路は非常に順調に進んでいた。

 

 そう。この時までは。

 

「ところでバーシェン卿」

 

「ん? なんだ、ウェールズ」

 

「ずっと思っていたんですが、どうしてこんな巨大なエアシールドを常にはらせているんですか?」

 

 ウェールズがそう言って窓の外を見るとそこには魔法衛士たちが展開した、半透明の風の幕が馬車を守るように展開されていた。

 

 先ほども言ったようにもうこのエリアの王族を襲えるほどの大規模な盗賊はすべて殲滅されている。

 

 だというのにこの厳戒な警備体制。はっきり言って過剰防衛以外の何物でもない。

 

 が、

 

「いいや。これでもまだ足りないくらいだ」

 

「え?」

 

 バーシェンはまるで襲われるのを確信しているかのような態度でそんな言葉をシレッと吐いた。

 

 さすがのウェールズも「何言ってんだこの人」と言わんばかりのいぶかしげな顔でバーシェンを見つめ、アンリエッタも可愛らしく小さく首をかしげている。

 

 そんな二人に、「まだ分からんのか……」とあきれた雰囲気を込めたため息をついたバーシェンは、一度鼻を鳴らした後告げる。

 

「いいか? 私は厳しい宰相だ」

 

「「知ってます」」

 

 ほぼ同時、異口同音に答えたウェールズとアンリエッタ。さすがにそこまで勢いよく肯定されるとバーシェンとしても何か言いたいことがあったのか一瞬の沈黙が馬車の中に降りる。

 

 だが、

 

「それ故に結構敵が多い」

 

 結局大人の度量で無視することにしたのか、バーシェンはそのまま話を続けた。

 

「結構?」

 

「敵だらけの間違いじゃ……」

 

 アンリエッタとウェールズがコソコソ話している言葉は、魔術師特有の鋭敏な聴覚でしっかり聞き取っていたわけだが、城に帰ったら仕事10倍にしてやろうという意趣返しで済ましてやる程度にはバーシェンは広い心をもっていた。

 

「つまり、この領にも私の敵がいるというわけだ」

 

「命知らずな人がいたもんですね……」

 

「その人殺される前に止めるよう、魔法衛士の方々に言っておかないと……」

 

――どういう意味だ? と、よっぽど言ってやろうかと思ったバーシェンだったが、

 

「む? 来たか」

 

「え?」

 

 敵は思った以上に迅速に行動していたのか、バーシェンの予想よりも早くそれはやってきた。

 

 魔法衛士が騒ぎ出す。

 

「な、なんだあれは!?」

 

「ま、まて……。甲冑とローブを見る限り、あれはうちの騎士?」

 

「だが、大分古い型の甲冑だぞ?」

 

 どよめく魔法衛士たちの声を不思議に思ったのかウェールズとアンリエッタは馬車から顔を出す。

 

 だがバーシェンは不動の体勢を貫いていた。やってきたのが誰なのかは十二分に承知していたからだ。

 

 そう、それは巨大なマンティコアを従える、鉄仮面をかぶった騎士。

 

「ま、マンティコア!? あれほど老成した個体は初めて見ます」

 

「すごく……大きいです」

 

「あぁ、ウェールズ」

 

 意見を交換し合うアンリエッタとウェールズに対し、バーシェンは少し疲れたような声音で一言。

 

「アンリエッタを連れて外に出ろ。巻き込まれるぞ?」

 

「え?」

 

 ウェールズが不思議そうに首をかしげた瞬間、

 

「トルネード……」

 

 騎士が杖を掲げた瞬間、巨大な螺旋の大剣が馬車の前に立ちふさがった騎士の杖の先に形成され、

 

「っ!?」

 

「あ、あの魔法はまさかっ!?」

 

 幼少期聞かされた煌びやかな伝説の騎士たち。アンリエッタは、その中でも異彩を放っていた『男装の麗人』という秘密を持つ生きた伝説の名を、思い出していた。

 

 その名も……。

 

「《烈風》のカリン!!」

 

 アンリエッタが悲鳴じみた声を上げた瞬間、螺旋の大剣が馬車に向かって振り下ろされる。

 

 ウェールズはそれを見てあわててアンリエッタを抱えながら馬車から飛び出し、バーシェンは平然と馬車の中に座っていた。

 

 そして、魔法の完成が告げられる!

 

 

 

「カリバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 瞬間、轟音と共に暴風の大剣はバーシェンが乗っていた馬車を飲み込む!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「おかぁさまぁあああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 眼前で母の最大魔法に飲み込まれる王家の馬車の姿を見て、カリーヌの指示を聞き近くの茂みに潜んでいたルイズは思わず悲鳴を上げた。

 

 まぁ、それも仕方がないことだろう。

 

 王家の馬車を襲撃する貴族……。何の疑いもなく100%ただの謀反以外にありえない光景だ。そんな光景を自分の母親が唐突に作り出したとなると、ルイズが悲鳴を上げるのも当然と言えた。

 

「ななななななな、な、にゃにを!?」

 

「ルイズ落ち着け……素数を数えるんだ!!  素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……。俺達に勇気を与えてくれる!!」

 

 当然この世界にある程度慣れ始めたサイトにとってもその光景はショッキングすぎた。

 

――俺これから反逆者か……。と彼の内心に絶望の嵐を吹き荒れさせる程度には。

 

「「2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 43 47 53 59 61 67 71 73 79 83 89 97 101 103 107 109 113 127 131 137 139 149 151 157 163 167 173 179 181 191 193 197 199 211 223 227 229 233 239 241 251 257 263 269 271 277 281 283 293 307 311 313 317 331 337 347 349 353 359 367 373 379 383 389 397 401 409 419 421 431 433 439 443 449 457 461 463 467 479 487 491 499 503 509 521 523 541 547 557 563 569 571 577 587 593 599 601 607 613 617 619 631 641 643 647 653 659 661 673 677 683 691 701 709 719 727 733 739 743 751 757 761 769 773 787 797 809 811 821 823 827 829 839 853 857 859 863 877 881 883 887 907 911 919 929 937 941 947 953 967 971 977 983 991 997……」」

 

「何してるんだお前たち……」

 

 突如としてブツブツ数字を唱え始める二人の背後から、そんなドン引きしていますといわんばかりの声がかけられる。

 

 ルイズたちがあわててその声に振り向くと、そこには先祖伝来の固定化によって防御力があげられた戦装束をまとう父親の姿が……。

 

「って、父様もですかぁあああああああああああああ!?」

 

「うわっ!? なんだルイズ!?」

 

 そんな絶叫を上げながら突如自分にとびかかってくる愛娘に、目を白黒させるヴァリエール公爵。

 

 だが、そんな彼の軽い態度など関係なく、ルイズは必死といった様子で公爵を抑え込みにかかる。

 

 当然だ。母だけでも一軍に匹敵する戦力なのに、このうえ父まで参戦すればもはや謀反は洒落にならない規模に達する。

 

 まだアンリエッタに忠誠を誓っている身としては、これ以上の両親の暴挙を許すわけにはいかなかった。

 

「目をお覚ましくださいお父様!! 陛下に牙をむくなど……きっと何か悪い病気にかかっているのですわ!!」

 

「陛下に牙? いやいや、何を勘違いしているルイズ」

 

 だが、そんな父親から聞こえてきたのは意外な言葉だった。

 

「謀反では……ないと?」

 

「あたりまえだ。どうして私が陛下に反旗を翻さねばならん。陛下ならほら……きちんと馬車の外に退避されておられるだろう? そのくらいの余裕をもった攻撃をカリーヌはしている」

 

――いえ。どこからどう見ても母様の嵐に巻き込まれて地面ゴロゴロ転がっておられるのですが……。と、暴風に揉まれ、ウェールズ達や近衛兵と共に悲鳴を上げて吹き飛ばされているアンリエッタの姿が視界の端によぎるのを見て、ルイズは盛大に顔をひきつらせながら、

 

――と、とりあえず両親の真意を聞くのが先よ!! と、現実逃避交じりにアンリエッタの姿を必死に視界に収めないよう視線を動かす。

 

「で、では言った母様はどうして王家の馬車に魔法なんて……」

 

「決まっておろう? あのいけすかない鉄面皮宰相をぶち殺すためだ」

 

 結局謀反じゃねェか!? と、ルイズの背後でサイトが盛大にツッコミを入れるのを聞きながら、ルイズは必死に現実を認めるために公爵の言葉を咀嚼し……。

 

「あぁ、なるほど」

 

「納得しちゃった!?」

 

 大嫌いだったあの男の鉄面皮を思いだし、ついうっかりざまぁ見ろと思ってしまう。

 

 が、流石にアンリエッタまで巻き込まれているとなるとシャレにならない。あの男が死のうがみじん切りになろうがルイズとしては知ったことではないが、アンリエッタまで巻き込むのはまずい。

 

――おまけにあの人、理由はよくわからないけど、ライナが「魔法はもう使えないそうだから、あんま迷惑かけんなよ?」とかいっていたし、母様の魔法を食らって無事なわけもないでしょう。

 

「ですが父様。もう馬車はとっくの昔にバラバラでしょうし、あの男も無事ではすんでいないでしょう……。もうそろそろお母様に、嵐を止められるようにおっしゃられては?」

 

「ルイズ……甘いな」

 

「え?」

 

 だが、そんなルイズの停戦の提案を公爵は苦笑をうかべ跳ねのけた。

 

「あの腐れ外道が私たちの領に来るのに、あの程度の攻撃でどうこうなるような戦力で来ていると本気で思っているのか?」

 

「あの、お父様……いったいあの人と昔何があったんですか?」

 

 そんな褒めているのか、罵倒しているのかよくわからない信頼の言葉にルイズが首をかしげた瞬間だった。

 

「すっ……ぱぁああああああああああああああああああああああああああああああく!!」

 

 絶対聞きたくなかった声と共に、母親の嵐の剣を一条の光が貫いた。

 

 ひきつった顔のルイズとサイトが振り返ると、そこには油断なく杖を構える母に対峙する……珍妙な豚のぬいぐるみを構える美青年(へんたい)がいて……。

 

「陛下と宰相が乗車される馬車に向かい魔法を放つなど不届き千番!! 最強の槍☆使いであるこの僕……シルワーウェスト・シルウェルトがあなたに天誅を下します!!」

 

 鋭い眼光。心胆が凍えるような殺気。右手に掲げられたプルプル震えるぬいぐるみ……。

 

 カオスがそこで生み出されていた。

 

「ふむ。あいつが今回のやつの手駒か……。カリーヌの嵐すら穿つとは、なかなかの使い手」

 

「え!? お父様それだけ!? 言いたいことそれだけ!?」

 

「もっといっぱい感想とかツッコミとかあるでしょう!? ほら明らかに理不尽な何か握ってるじゃないですか、あの自称槍使い!!」

 

 サイトと必死にそんなことを言うルイズだったが、もはや公爵はそんな二人の声など聞こえていないのか、凄絶で獰猛な笑みを浮かべフライによって天高く舞い上がる。

 

「では、ここで見ているといいルイズ。父と母の生きざまを!!」

 

「待って父様!! あんな変態空間にっちゃダメぇえええええええええええ!?」

 

 必死なルイズの静止の声すら振り切り公爵はそのまますごいスピードで戦場に飛来する。

 

 そんな彼の気配を察したのか、どういうわけか完全に無傷だった馬車の中から、物騒な手袋を装備し降りてきた紅蓮の宰相。

 

 彼は自分に対峙する二人の昔なじみの顔を見て、盛大に鼻を鳴らしながら、

 

「俺がこの領に来ると触れを出した瞬間、貴様らがこういうことをしてくるだろうというのは分かっていた」

 

 そう言うと同時に、彼は手袋をつけた手のひらを空に向けるようにして突き出した後、

 

「貴様らがこうする理由は痛いほどわかるし、私も意見を曲げるつもりはない。ゆえに、今回の暴挙は見逃してやる所存だ、ラ・ヴァリエール。ゆえに存分に力をふるえ……」

 

 何かを握りつぶすかのように、手を握る。

 

 瞬間、轟音と共に彼の力によってあたり一帯の地盤が持ち上げられ、地割れを起こしながらばらばらの高さに隆起し、両親と紅蓮の宰相――バーシェンの間に巨大な遮蔽物として立ちふさがった。

 

「無論……俺もみすみす貴様らに痛い目に合わせられるつもりはないがな」

 

 見るものが見れば、その隆起はバーシェンの手袋から延びた糸が大気の精霊によって強化され、地面を先端につくスパイクによって固定。バーシェンの腕力によって無理やり引き上げられたのが見えただろう。

 

 当然、バーシェンがそんなでたらめな糸を武器として使うことを知っている公爵家の二人は、その光景を見ても何ら驚いた様子も見せず豪気に杖を構えた。

 

「今日こそイエスと言っていただきます。バーシェン」

 

「貴様の四肢を斬りおとしてでも、了承をとらせてもらうぞ」

 

「何度もやってできなかったことを……今またできると本気で思っているのか?」

 

 笑わせてくれる。明らかの嘲笑が混じったバーシェンの言葉に激したかのように、二人は怒号を上げバーシェンに向かい襲い掛かった!!

 




一か月近くも放置してごめんねぇええええええええええええ!?

いや、ちょっと理由があって!? 身内の不幸とか風邪とかがあって……。

こ、これからは二週に一本に直すので勘弁してくださいT―T


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ようやく戻る日常

 カトレアは珍しく体調がいいので少し機嫌がよさそうに鼻歌を歌いながら、ラ・ヴァリエール公爵家の館(城?)の中を歩いていた。

 

 両親たちの話を聞いた彼女のペット(本人にとってはお友達)の小鳥に聞いたのだが、どうも今日は女王陛下がこの領を訪れるそうなのだ。

 

――女王陛下がこられるってことはもちろんあの方も来られるのですよね。

 

 そんな考えと同時に浮かぶのは、よく両親に内緒で自分の部屋に忍び込んでくる一人宰相。

 

 ずいぶんと前に両親とケンカして堂々とこの領を訪れなくなっていた彼だったが、今回の訪問理由は女王陛下の婚前旅行兼有力貴族への結婚報告。

 

 国事も国事。大国事だ。きっとあの両親も彼の訪問を無碍にはできないはず。

 

 そんな風に久しぶりに彼の顔を正面から見れるのをほんの少しだけ嬉しく思いながら、カトレアが窓の外へと視線を移す。

 

「あら?」

 

 そこから見える風景の一角で、なぜか轟音と土煙が上がっていた……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「カッタートルネード!!」

 

「ウォーターブレイド!!」

 

「ふははは! 届きませんよっ!! ランダムスパーク!!」

 

「元気いいなお前ら……」

 

 真空の刃が織り込まれた竜巻が、

 

 レーザーがごとき水流が、

 

 すべてを爆発させる閃光が、

 

 触れたものを切り刻む鋼の糸が、

 

 その一角で入り乱れ、作られた大地の障壁を粉微塵に、木端微塵に、粉砕玉砕大喝采していく。

 

 その光景を見たサイトとルイズ、そして巻き込まれたウェールズとアンリエッタは思わずこんな悲鳴を上げた、

 

「「「「どこの怪獣大戦争だぁああああああああああああああああああああ!!」」」」

 

 それぐらいその光景は陰惨かつはた迷惑だった。

 

 実力者が四人も激突すればこうなるのか……。と、四人は思わず戦慄しながら巻き込まれないよう遠くの丘に護衛の兵士たちを連れて逃げ、肩を寄せ合う。

 

「なに!? 何があって私の両親あんなに怒っているんですか姫殿下!?」

 

「ルイズ落ち着きなさい。今の私は女王陛下です……」

 

「アンリエッタこそ落ち着いていい加減現実を見てくれ!! 今そんなことを言っている場合じゃないだろっ!!」

 

「と、とにかく原因の究明を……なんか瓦礫が飛んできたぁああああ!?」

 

 慌ててルイズ・アンリエッタ・ウェールズの三人が杖をふるう。

 

 爆発が、水流が、暴風が何とかその瓦礫を払いのけたが危機的状況であることには変わらない。

 

「お父様とお母様……きっと私もあの中に入るのを望んでいたんでしょうね」

 

「無理無理無理無理無理!? あんな戦いの中に首突っ込めるか!? 粉微塵どころか骨すらのこんねぇよ!!」

 

 巻き起こる爆風。交差する人影。ちょっともう視認することができない変態槍使い。

 

 あんな化け物同士の戦いに直接介入できる自信なんて、サイトは到底持てなかった。

 

『ふははははははははは! その程度かサンドリヨン、カリン!! その程度では我に傷一つつけることすらかなわんぞ!!』

 

「なんかバーシェンさんもテンション振り切ってるし!? いつにないわざとらしい笑い声とか上げてるし!!」

 

『くっ……負けるかぁああああああああ!!』

 

『あの子のために……この勝利、この一勝!! 必ずもぎ取って見せる!!』

 

「お父様とお母様もなんか壊れてる……」

 

「どこの少年漫画だよっ!!」

 

『我がシルウェルト家の槍は世界一ィイイイイイイイイイイイイイ!!』

 

「お前のは槍じゃねェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 サイトのツッコミのオンパレードである。ライナ二世を彼が継ぐことになる日も近いかもしれない。

 

「やっぱりこうなりましたわね……」

 

 そんな若干テンションが壊れている四人の激突に、サイトたちにもアッパーテンションが入りかけていた時だった。

 

 冷静沈着かつ呆れきったような声が四人の背後から聞こえてきた。

 

「え、エレオノール姉さま!」

 

「いたんすか? 影薄いから気づきませんでした」

 

 そっけないサイトの疑問に、彼らの背後に現れたブロンドの気の強そうな美女――エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールの額からピキリと嫌な音が鳴る。

 

 数分後。

 

「お父様と一緒の馬車でやってきたのよ? 何かただならぬご様子でしたし」

 

「そそそそそそそ、そうですか……」

 

 ガタガタ震えるルイズをアンリエッタが必死に支え、エレオノールの背後でぼろ雑巾になっているサイトを「大丈夫かサイト君!? 気をしっかり持つんだ!?」ウェールズが介抱している。

 

 そんなカオスはともかくとして、

 

「あの、エレオノール様。ラ・ヴァリエール公爵様たちはどうしてバーシェン卿にあんな真似を」

 

「陛下。あなたはもうトリステインの王となられたのですから、私のことはエレオノールとお呼びください。王が貴族に対しへりくだった口調を使うなど、あってはならないことですよ」

 

「あぅ……。す、すいません」

 

 幼いころの癖の口調でつい話しかけてしまったアンリエッタを叱責しながら、エレオノールはため息をついた。

 

「まぁ、理由は至ってシンプルに……カトレアの治療を断られたからなんですけどね」

 

「え!?」

 

「あの人、姉さまを治せるの!?」

 

 ここ数日でラ・ヴァリエール家の良心と言われてもおかしくない次女カトレアとソコソコ仲良くなっていたサイトは、その言葉に驚き、

 

 信愛する姉の病を直さないと言い切った人物がいると聞いたルイズは、驚きながらも怒りに燃える瞳でバーシェンを睨みつける。

 

 だがよく考えれば二人もその可能性に気付いたはずなのだ。何せアルビオンで致命傷を負ったサイトを異形の炎で治したのは、何を隠そうあの宰相なのだから。

 

 カトレアが焼かれるというのは縁起でもない話だが、確かにあの炎なら理屈など一切合財無視してカトレアの病を治すことができるハズ。

 

 だが、唯一冷静にその事実を受け止めていたエレオノールはルイズの頭をポンポンと叩き、

 

「まぁ、今のあなたみたいに当然両親はあの人に対して怒り狂ったわ。でもカトレア本人があの人の言葉に納得しちゃっていてね……。『高々小娘一人のために国の行く末すら左右できる俺の魔法を使うとでも思っているのか? 一国の命運と小娘の命。天秤にかけるまでもなくどちらが重いかは語るまでもないだろう?』だったかしら? 私も昔はあの人に杖を向けたことがあるけど、本人が『その通りですわ』って笑ってバーシェン卿のことを許したのに、外野がとやかく言ってもしょうがないでしょう?」

 

 珍しく冷静なエレオノールの言葉に、ルイズとサイトは目を見開く。

 

――この人、ただヒステリックでおっかないだけじゃなかったんだ!? と。

 

 瞬間、エレオノールからゴルゴンもびっくりな恐ろしい眼光が飛んだため二人は慌てて目をそらしたが。

 

 そんな二人の態度にふんと鼻を鳴らしつつ、エレオノールはある言葉をアンリエッタに告げる。

 

「では陛下。申し訳ありませんがしばしお待ちを。もう少しすれば到着するはずですわ」

 

「な、何がですか?」

 

「このバカ騒ぎを止められる存在がです」

 

 そんなエレオノールの言葉にアンリエッタは息をのみ、いまだに爆風荒れ狂う戦場を眺め、

 

 一言。

 

「そ、それは……新種、いえ。神種の魔獣か何か?」

 

「違います」

 

 バカ言わないでください。と言わんばかりのエレオノールのそっけない否定にちょっとだけアンリエッタは凹んだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ふむ……」

 

 自分に向かって飛来してくる巨大な氷塊の大槌。

 

 バーシェンはそれを眺めながら一つ鼻を鳴らした後、

 

「下らん」

 

 シレッとそう吐き捨て公爵との近接戦で弾き飛ばされてしまい、自分の傍らに戻ってきたシルに手で指示を出す。

 

「潰せ」

 

「了解ですっ!!」

 

 瞬間、彼の手に持った豚のぬいぐるみからギュンギュン珍妙な音が響き渡り、その口から信じられない速度でナイフとフォークが射出され、氷の大槌を遠慮なく粉砕する。

 

 爆音。散開。霰のように小さな氷の塊となって大地に落下する氷塊たち。

 

 それによってバーシェン達の視界が一瞬だけ劣化する。

 

 その隙を見逃す公爵たちではない。

 

「きたか?」

 

 まず現れたのはバーシェンが立っていた地盤の中から突き出される流水の槍だった。

 

 光速で旋回する水を纏ったその槍はまるでドリルか何かのように槌を掘削し、術の使用者の地中での活動を可能にしたもの。

 

 当然、こんな器用なまねができる人物をバーシェンは一人しか知らない。

 

「歳を考えたらどうだ公爵」

 

「なぁに。まだまだ現役だ」

 

 バーシェンを貫く軌道で放たれた土中からの水の槍の一撃。それを跳躍しながら鮮やかにかわしたバーシェンの揶揄の言葉を公爵は平然と切り捨てながら、

 

「ウォーターミストっ!!」

 

 辺り一帯に深い霧を発生させた。

 

 乳白色一色に視界が埋め尽くされる中、バーシェンは着地しながら次の敵の動きを予想するため思考を巡らす。

 

――現役時代のカリンとの連携の必勝パターンだ。俺はともかくあの槍使いはまずいか?

 

 バーシェンがそう判断した瞬間それは訪れる。

 

氷雪せよ(ユル・イーサ・イース)!!」

 

 鮮烈にして冷徹な声音と共に発せられた呪文に、霧は瞬く間に氷結し薄い六角形の巨大な雪の結晶となった。

 

 極薄の巨大結晶たちはそれだけで鋭利な刃物となる。

 

 触れれば切れるその刃物たちは、

 

暴風をここにっ(エイ・フライ・ローズ・リスメ)!!」

 

 ルーンの詠唱によって派生した暴風にからめ捕られ、信じられない速度で渦を巻きながらバーシェンに襲い掛かった。

 

「スノー・ブレード・テンペスタっ!!」

 

 氷雪の輪舞。最も美しい大量殺戮魔法として先王時代で名を馳せたカリンと公爵の連携魔法。

 

 王家の六属性魔法(ヘキサゴンスペル)とはまた違った、トライアングル魔法同士の合体攻撃。

 

 当然、とある事情で魔法が使えないバーシェンに対して使えば、確実に彼が粉微塵になると分かりきっている魔法だ。

 

 だが、それでもバーシェンは慌てない。

 

「先王時代に言ったはずだぞ? おれに《宴会芸》は通じない」

 

 バーシェンはそういった瞬間ワイヤーが伸びる手袋をつけた手を複雑に動かし、先ほどわずかに持ち上げ隆起させた地盤を、今度は完全に空中に引き抜く。

 

 バーシェンの眼前に設置された巨大な地盤が、無数の氷雪の刃を受け止め完全に封殺する。

 

 驚くべきことにこの術。魔力が使われていない。

 

 いや、実際は使われているのだろうが、それはバーシェンが糸を強化するために流した微々たる量。このくらいの量ならまだ自分の体の精霊化は抑えられると判断された、絶妙な量の魔力放出。

 

 圧倒的な才覚と神仙に至るまでに高められた経験によって最大限の効率で、魔力を運用する彼にとっては糸を強化するだけでもこのくらいのことは平然と実現できた。

 

 だがそれでも、

 

「なめるなっ!!」

 

「カリン……押し切るぞっ!!」

 

 敵対している公爵らも、バーシェンと轡を並べ戦場をかけた勇者だ。ただの土ごときで彼らの魔法が止められるわけがなかった。

 

 次々と氷雪の刃がぶつかり端からボロボロと崩れていく土の盾に、バーシェンは二人に聞こえぬよう小さくため息を漏らした。

 

――やはり魔力封印状態でこの二人の相手はきつい。そのためのあの槍使いを連れてきたのだが、この魔法の前ではあちらも自営が精一杯だろう。

 

 どうすればいい? バーシェンはこの状況を打開するための策を必死に頭の中で考える。

 

 そして、考えついたのは、

 

「む……」

 

 とある少女を利用しこの戦いを止めるという物。

 

 正直言ってバーシェンとしては気が進まない。彼女は例の得意な病状の推移を見守る検体だ。こんなくだらない戦いに巻き込んで体調が悪化したりなどしたら、バーシェンが今まで予定に無理に穴をあけてまで薬を運んでやった意味がない。

 

――却下だ。

 

 即座のその選択肢を切り捨て別の方策を練るバーシェン。

 

 だが、そんな彼が切り捨てた策はくしくもすぐに実現することとなってしまった。

 

「お父様っ! お母様っ!! 何をなさっているんですかっ!!」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 突如響き渡った聞き覚えのある女性の声に、戦いを続けていた四人のうち三人が思わず氷結し、ついうっかり魔法を解いてしまう。

 

 戦場に再びの静寂が訪れた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 静まり返った戦場。荒れ果てた街道。復旧には少なく見積もって数カ月の時間を要しそうなその惨状に、戦場に現れた人物は普段めったに起こらないであろう穏やかな作りの眦を、怒ったように少しだけ吊り上げ固まっている自分の両親のもとへと歩を進める。

 

「お父様っ! お母様っ!! 仮にも国事でやってきてくださったバーシェン卿になんて仕打ちを……っ!!」

 

「い、いや。だがカトレア……」

 

 女性――カトレアにあくまで言い訳をしようと口を開く公爵。だが、その口はすぐさま鉄仮面をかぶったカリンのよって閉じられ、封殺された。

 

「そうですねカトレア。私たちが間違っていました。すいません……」

 

 即座に自らの過ちを認めたカリンの姿に、普段家出の姿を知っているルイズやサイト、そしてさきほどまでの苛烈な戦闘を見ていたアンリエッタとウェールズは、あんぐりと口を開け、その姿を呆然と見つめる。

 

だがエレオノールは特に何も言うことなく、その四人から離れカトレアのもとに歩いて行った。

 

その理由は言わずもがな。

 

「だいたい、ばーえしぇん様が私を助けられないのはちゃんとした理由があるっておっしゃって……っ!!」

 

 体の無理を押してやってきたであろう妹が発作を起こすことくらいわかりきっていたからだ。さきほどカリンが公爵の言い訳を封じたのもこれ以上カトレアに無理をさせないため。

 

 公爵家の館から外に出ることすら困難な彼女が、こんなところまでやってきてしまっているのだ。親としてこれ以上負担をかけるわけにはいかない。カリンはそう考え公爵の口を塞いだのだろう。

 

 突如胸を抑え荒い息を吐き苦しみだすカトレアの体を、何とか抱き留めることに成功するエレオノール。

 

 それを見てあわてる両親をしり目に、地盤を大地に降ろしたバーシェンが落ち着きを払った様子で二人に近づいてきた。

 

「すまなかったなカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ フォンティーヌ。不忠者たちを制止する手腕みごとであった」

 

 それが今苦しんでいるこの子に言うことか? そう言わんばかりの怒りがにじみ出たエレオノールの視線がバーシェンをうがつが、本人はいたって平然とした様子でその視線を弾き返す。

 

 そんな彼に向かって、カトレアは脂汗を流しながらも笑顔をうかべ、

 

「い、いえ……。こちらこそお見苦しいところお見せいたしました。私たちラ・ヴァリエールの一族はアンリエッタ女王陛下と宰相閣下のご来訪を、心より歓迎いたしますわ」

 

 貴族としてふさわしい優雅で貴い歓迎の言葉。

 

 それを機に、突如勃発した街道の戦闘は幕をおろし、ようやく物語が進み始める。

 




公爵家とバーシェンの戦いを見て考えた、戦闘面での強さ相関図。

一般人(シエスタ)<ルイズ<アンリエッタ<サイト<ウェールズ<バーシェン(魔法封印状態)・アニエス<シル<ライナ・フェリス≠公爵・烈風

といった感じ。

 実は現在作中最強の公爵家。ライナとフェリスが本気で殺す気でかかれば互角ぐらいだったり。

 もともと魔法使い職で体を動かすのが得意でないバーシェンさんは、魔法使わなかったら実はこの程度。魔法が仕えれば作中最恐(・・)になったりはしますが……。

 以上、ラ・ヴァリエール家がどんだけバーシェンさんが嫌いかが分かったお話でした。


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逃げ出したい晩餐会

 優雅な音楽がホールに響き渡り、技術の粋が尽くされた料理が、食卓を彩る。

 

 そして、そんな空間で豪勢な食事をしながらも……ルイズは全身から流れ出る冷や汗が止められなかった。

 

 どうやら自分の傍らに座る使い魔や、賓客として上座に座っているアンリエッタやウェールズも同じ気持ちのようで、心なしか食器を持つ手が震えていた。

 

 なぜか? その理由は簡単。

 

「…………………」

 

「……………………………………………」

 

「あらあら」

 

「チッ」

 

「フン」

 

 カトレアの隣にのんびりと座りながら、あんなことがあったにもかかわらずふてぶてしく料理を食べるバーシェンに、対面するように座った両親の殺気が突き刺さっているからだ。

 

 正直に言うと、その殺気が空間に満ち溢れて、ルイズたちにとてつもない重圧となってのしかかってくる。

 

 唯一止めてくれそうな姉二人も、カトレアは困ったように苦笑いするだけ。エレオノールはどちらかというと両親寄りの感情をバーシェンに抱いているため、それを見ていい気味だと言いたげに鼻を鳴らす。

 

 まるで湖でおぼれたかのような気分に陥りながら、ルイズは必死に出された食事を嚥下しつつ、

 

「こんだけ逃げ出したいと思った食事は初めてだわ……」

 

「俺も俺も……」

 

 サイトと視線を合わせた後、殺気を放つ当事者たちに聞こえないよう、小さくため息をつくのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「どうにかしないといけませんわね。主に私たちの精神衛生上のために……」

 

「といっても、チィ姉さまの病気の件でもめているなら、かなり根が深いですよ?」

 

 その夜、久々に幼馴染とお話がしたい――という名目で姫の部屋に召喚されたルイズとサイトは、ため息をつきながら姫の提案に首を振った。

 

 ほぼ部外者といっていいサイトも、ここ最近ラ・ヴァリエール領で過ごしていたため、ヴァリエール夫妻二人の苛烈さは分かっていた。

 

 そして、そんな二人が病弱な娘をどれだけ案じているのかも……。

 

「でもルイズ……食事のたびにあんな状態になるんじゃ、正直本気で俺たちの身が持たないって」

 

「といってもねぇ……本気で怒った二人を止められる人なんて、この屋敷にはいないし」

 

「まぁ、噂に名高きラ・ヴァリエール家だからね」

 

 泣き言をいうサイトに、苦笑いをしながら、初めて見たトリステインの猛将といわれた二人の怒りを思い出し、ウェールズは肩をすくめる。

 

 結果話は堂々巡り。どうあがいてもこの状況を打破できる手段など、この場にいる面子には思い浮かばなかった。

 

 部屋の中に、辛気臭い空気が充満する……。

 

「あぁ、もう! やめましょう姫様っ!! せっかくあの殺気から解放されたのに、私室でもこんな空気になる必要はありませんわ。換気のために窓を開けますよ?」

 

「え、えぇ……。そうね。気分転換に奏してください、ルイズ」

 

 心得ましたわ。と、アンリエッタの言葉にルイズは一つうなづきながら、アンリエッタの部屋の窓を開け、吹き込んでくるすがすがしい夜の風をしばらく堪能する。

 

 そして、

 

「あら?」

 

 対面に見える一室の窓から、光が漏れているのを見て首をかしげた。

 

 その部屋は確かカトレアの私室の窓。

 

 だが、こんな時間にその部屋に明かりがついているのはおかしかった。

 

 カトレアは、自身の病弱さをだれよりもよく理解しているがゆえに、基本的に健康的な生活を心がけている。

 

 早寝早起きも当然と言わんばかりに実践する、生活だけなら健康優良児なのだ。

 

 なのに、そんな姉の部屋にこんな時間でも明かりがついているということは、

 

「誰か来ているのかしら?」

 

「どうしたルイズ?」

 

 へんねぇ? と、首をかしげいつまでたっても窓から離れないルイズを心配したのか、サイトもルイズに近づき頭越しに窓の外をのぞきこんだ。

 

「あれ? あれカトレアさんの部屋だよな?」

 

「そうよ。でも誰か来ているみたい」

 

「誰かって誰だよ? この家にいるのって、俺たちと姫様たち。あとはヴァリエール家の人たちだけだろ?」

 

 そのメンツから考えるに、わざわざカトレアのところを訪ねる人間がいるとは思えない。と、サイトが首をひねる中、ルイズは一つ頷き、

 

「行ってみましょう。もしかしたら泥棒が入ったのかもしれないし」

 

「こんな要塞みたいな屋敷に侵入する命知らずなんて、ル○ン三世くらいだろ?」

 

「だれよ、それ?」

 

 俺の世界でかなり有名な大泥棒。と、サイトが漏らすのに「あんた泥棒の知り合いなんていたの?」と、首をかしげながら、ルイズは姫とウェールズにどうするか尋ねに行くのだった。

 



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ロミジュリ?

「いいですか? 静かに……静かにですよ。敵は泥棒。きっと気配を読む能力に長けているはず」

 

「ノリノリだねアンリエッタ」

 

「あんがい昔はお転婆でしたから、姫様」

 

「まぁ、いざとなったらこの変態槍使いもいますし」

 

「変態とは失敬な。僕は常に女性に優しく、真摯であれと姉さまに言われて育てられましたから、常に紳士であることを心がけていますよっ!!」

 

――あぁ、確かに常に紳士だな。その槍を握っていなきゃだけど。と、サイトは若干遠い目をしながら、たまたま通りかかったので、護衛として連れてきたシルの手の中でプルプル震える豚のぬいぐるみを見つめる。

 

「ん? なんだ、貴様。そんなに私を見つめて……はっ!? まさか私の弱点を」

 

「……………………………………………………」

 

 なんか平然としゃべった気がしたが、ここは剣が会話をする世界だ。豚のぬいぐるみが話しても何ら不思議はないだろうと自己完結。

 

 お前みたいな理不尽の塊に弱点なんてあるのかよ? という、本人が聞けば割と喜びそうなツッコミを入れながら、サイトは背中のデルフリンガーの柄を握り、

 

「行きますよ!」

 

「えぇ」

 

「了解だよ」

 

「やってしまいなさい!」

 

「腕が鳴ります!!」

 

「ふん、盗人ごときわが刺突で血祭りにしてくれる」

 

 ルイズの緊張気味の首肯と、

 

 杖を握って臨戦体制に移ったウェールズの返事、

 

 何やらノリノリな姫様の指示と、

 

 やっぱり連れてくるんじゃなかったと後悔した、不穏すぎる変態二人の発言を背中に、

 

 サイトはたどり着いたカトレアの部屋のドアを、勢いよくあけてっ!!

 

「べ、べああああああああああああああ!?」

 

 突然眼前にぬっと顔を出した黒い巨体――クマの顔を見て思わずビビる!!

 

――いや、だって日本人にとって熊って、会った瞬間死を覚悟しなきゃいけない動物だしっ!? と、思わず間抜けな悲鳴を上げた言い訳を、内心でするサイトに背後から罵声が飛ぶ。

 

「バカっ! サイトなに止まってんのっ!!」

 

「サイト君、不意打ちは、敵が状況を整理する前に行わないと、成功率がガクッと下がるんですよっ!!」

 

 突然止まったサイトの背中に花をぶつけて抗議するルイズと、武人として意外とまともなことを言ったシルの叱咤だった。

 

 だが、それよりもサイト驚かせた罵声は、

 

「病人の部屋で何しとるんだ、お前らは」

 

『え?』

 

 ベッドに腰掛け、驚いたように目を見開くカトレアをかばった、バーシェンだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「え、えっと……なんでこんなところに?」

 

「質問をしているのはこちらだが?」

 

 それから数分後。結構無理やり開けてしまったせいで傷んだ扉の修復を、バーシェン監修の元魔法でやったサイトたちは、そのまま部屋の床に正座させられ、無数の動物たちに小突かれながら、冷たい視線でこちらを見下ろしてくるバーシェンの詰問をうけ、がたがた震えていた。

 

「え、えっと……普段なら寝ているチイ姉さまの部屋に明かりがついていたから、泥棒か不法侵入者だと」

 

「この要塞の警備はそんなものを通すほどゆるいのか?」

 

「ゆるくないです……」

 

 正論すぎる言葉をたたきつけられしょげ返るルイズに、サイトは思わず立ち上がる、

 

「る、ルパン三世ならできますよっ!!」

 

「現実の話をしているんだ。漫画の読みすぎだな、サイト。現実を見ろ、夢見がちな少年」

 

 ファンタジーすぎるやつに現実を見ろって言われた……。と、割とショックを受けたサイトが四肢をつき再起不能になる中、いちおう階級として上であるアンリエッタが、ようやく慣れない正座が与える苦痛に耐えながら口を開いた。

 

「で、ではバーシェン卿はどうしてここに?」

 

「領主の娘にあいさつするのに何の問題がある」

 

「いや、こんな時間に女性の部屋に訪れるなんて、明らかに夜這い……」

 

「あぁ、夜這いだが何か?」

 

「ちょ!?」

 

 それはそれで問題があるのではっ!? と驚くアンリエッタだったが、その直後、バーシェンの言葉に苦笑いを浮かべて、楽しげにこちらのやり取りを見つめているカトレアに気付いた。

 

 あの顔は、何か楽しいことを隠している顔だ。と、幼いころの付き合いからなんとなく察したアンリエッタは、バーシェンの夜這い発言が、その裏にある真実を隠すためのブラフであると察知。ほんの少しだけ真面目な空気を漂わせながら、バーシェンに命令する。

 

「バーシェン卿。本当のことを言いなさい。トリステイン王国女王としての命令です」

 

「職権乱用だな。拒否権があると思うが?」

 

「仮にも国の命運を左右する大貴族との娘との関係を、王が知らないままでいていい道理がないでしょう? そして、あなたにはそれくらいの重大な行為をしているという、自覚があるはずです」

 

「む……。いうようになったな」

 

「そうなるように、あなたに教育されましたから」

 

 熾烈な視線のぶつかり合いで、空中で火花が飛ぶ。

 

 そんな二人のやり取りを見て、くすくす笑っていたカトレアもようやく口を開き、

 

「もういいじゃないですか、バーシェンさん。悪いことしているわけではないですし」

 

「いいや悪いな。助けないといった女に手を伸ばすなど、完全なただの偽善だ。俺的には無知な人間の善意くらいにたちが悪い悪徳でだな」

 

「あなたはいつも極端すぎますよ。バーシェンさんは、よく私の病気に効くかもしれない、各地の霊薬を手土産に持ってきてくれるんですよ」

 

『え!?』

 

 意外なカトレアの告白に、ルイズたちは思わず信じられないと言いたげな視線を向け、バーシェンは普段揺らがせない鉄面皮にほんのわずかな不機嫌そうな色を乗せ、

 

「なんだ? 言いたいことがあるなら、体で聞いてやるが」

 

「いや、それ俺たち焼き殺される……」

 

 とりあえず明らかに機嫌が悪そうなバーシェンの相手はサイトに任せることにして、ルイズたちは話の通じるカトレアに、さらに事情を詳しく聞いていった。

 

 カトレア曰く、なんでも彼女の治療を断った後、さすがの鉄面皮バーシェンも、戦友の涙ながらの懇願を無碍にしたのが、いろいろ気が咎めてしまったのか、よく両親には内緒で、この城を訪れ、カトレアに霊薬を届けてくれていたらしい。

 

 もとより、カトレアとしても治ればいいな。と思っていた程度のことだったので、バーシェンに治療を断られても何ら恨みは抱いておらず、むしろ自分のために薬を持ってきてくれたバーシェンに感謝していた。

 

 そういうこともあってか、二人の関係は意外と良好に進んでいき、そのうちだんだん雑談を交わすようになっていった。

 

そんなこんなで、こうして定期的に薬を届けてくれるバーシェンを少しだけ部屋にとどまってもらい、病のせいであまり外に出られないカトレアはバーシェンから、トリステインや、外国の様子などをきいて、夜の退屈を紛らわせていたらしい。

 

「だから、今夜のことは誰にも言わないでね? お父様とお母様にばれたら、きっとまたバーシェンさんと喧嘩になっちゃうから」

 

 霊薬をよこすくらいだったら力を使えって。と、苦笑しながら唇の人差し指を当て、沈黙を願うカトレアに、ルイズたちは何も言えなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それからしばらくして、これ以上邪魔をしては悪いということでカトレアの部屋を出て行ったルイズたちは、自分たちの寝室に変えるために城の廊下を歩きながら、いまだに明かりがつき、ほんのわずかに聞こえてくるカトレアの笑い声を耳にしながら、複雑な顔をしていた。

 

「チイ姉さま、楽しそうだったわね」

 

「あれは恋をする乙女の目でしたね。間違いなく」

 

「いや、さすがにそれは決めつけすぎじゃ……。それに、万が一恋愛だとしても、今のラ・ヴァリエール家とバーシェンさんじゃ無理があるでしょう」

 

 目をキラキラ輝かせ、新たなラブロマンスに思いをはせるアンリエッタに苦笑しながら、ウェールズは現実的な意見を告げる。

 

 そんな三者三様の反応に、ずっと黙っていたサイトは、

 

「なんとかして、あの二人が堂々と会えるようにしたいな。確かに、ルイズのご両親が起こる理由はバーシェンさんが全面的に悪いんだけど、カトレアさんのあんな顔を見ると」

 

 再び三人の間に落ちる沈黙。

 

 彼らの脳裏では、今回の一件を踏まえた、この問題にかかわる損得勘定のそろばんがはじかれている。

 

 そして、

 

「仕方ないわね。私たちの精神の安全のためにも、チィ姉さまの楽しい生活のためにも、ちょっと頑張ってみますかっ!!」

 

 ルイズたちは、怒り狂う悪鬼羅刹となった両親と、戦うことを決意した

 



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仲直り緊急会議

更新遅れてすいません^^ 毎週日曜あたりに更新するようにします!!


「というわけで、第一回! チキチキ・ヴァリエール公爵家とバーシェン卿を仲直りさせよう会議ィイイイイイイイイイイイ!!」

 

「無謀な挑戦だな……」

 

「私たちは明日の朝日を拝めるのでしょうか……」

 

「はい、サイトと姫様っ!! せっかく私が目をそらしていた現実を、わざわざ抉り出さないでくださいっ!」

 

 というわけで、カトレアの部屋から退室したルイズたちは、そのままルイズの部屋へと直行し、膝を突き合わせながら、何とかあの険悪すぎるバーシェンとヴァリエール公爵家の関係改善ができないかと、こうして相談を始めたのだった。

 

「やってみないと分からないじゃないですかっ! バーシェン卿と言っても人間……あの鉄面皮の裏にも、人間らしい感情があると分かったんですから、何か解決の糸口くらいあるかもしれませんっ!」

 

「あ、問題はバーシェン卿にあるのは確定なんだ……」

 

「それ以外何があるの?」

 

――いや、確かに、ここまでこじれたのはバーシェン卿の口の悪さだろうけどさ。と、微塵も自分の両親に疑いをかけず、寧ろキョトンとした様子で首をかしげるルイズに、サイトは思わず顔をひきつらせた。

 

「ルイズもルイズでバーシェンさんの子とかなり嫌いだよな……」

 

「あたりまえでしょっ!? 好きになる要素がどこにあるのっ!!」

 

「まぁまぁ、人間的には破たんしていますけど、あぁ見えて優秀な人なんですよ?」

 

 力強くバーシェンに対する不満を言ってのける幼馴染に、アンリエッタは苦笑いを浮かべながら、一応上司としてのフォローを入れておく。

 

 そんな彼女のとりなしによって、ひとまず落ち着いたルイズは咳払いをし、会話の軌道を修正。

 

「えぇ、ではまず、仲直りをする手段について、みんなで話し合っていきたいと思います! みんなって仲直りするときってどうするの?」

 

 まずは仲直りさせるための糸口をつかもうと、この場にいる全員の仲直りの方法を聞きだすことにしたらしい。

 

 最初に手を挙げたのは、意外なことにシルだった。

 

「あらシルが一番手?」

 

 どことなく不安そうな顔をするルイズ。サイトもその感情にはすごく賛成だった。

 

――この型破りな好青年の殻をかぶった悪魔のことだ……。いったいどんな的外れなことを言い出すか。

 

 が、そんな二人の杞憂をしり目に、シルが言い出したのは普通のことだった。

 

「無論、仲たがいをしたなら決闘で決着をつけるのがいいかとっ!!」

 

「決闘?」

 

 だがそれは、

 

「はい! 武人同士であるならば、大概の意見が食い違ったのなら、やはり決闘が一番あとくされないっ! 飛び散る汗と火花。交差する刃。そして、勝っても負けてもお互いの間に残るのは、熱い友情と、互いの信念を全力でぶつけ合った充足感! これこそ「雨降って地固まる」ならぬ「汗降って地固まる」!!」

 

「はい却下」

 

「………………………なぜです」

 

 心底不思議そうな顔をするシルに、ルイズは頭を抱えながら、

 

「それはもう街道でやったじゃない! もう一回やったらうちの領が焦土と化すわっ!!」

 

「ん? おや、あれはそういう戦いだったのですか?」

 

――そういばこいつ、細かい理由は聞かずに、あの二人が襲ってきたから迎撃に来ただけだったな……。と、サイトは驚いたように目を丸くするシルに、ため息をついた。

 

 やはり彼は話し合いでは役に立たないらしい。

 

「まぁ、決闘はともかく、何かで決着をつけるというのは有効かもしれませんわね……」

 

 だが、意外なところからシルの意見に助け舟が出されたのはその直後だった。

 

 発信者は、

 

「アンリエッタ様?」

 

「いや、武術とか魔法とかそういった物騒な手段ではないわよ、ルイズ」

 

 いまさら何を言っているんですか。と言いたげなるいずに一言断わった後、アンリエッタは自分の案を告げる。

 

「さすがにもう一度、物理的威力を伴った決闘をさせるのはさすがの私も承服しかねます。これ以上トリステインの国土が荒れるのは、王族としてもありがたくないですしね。ですが、真剣勝負になるのは何も戦闘だけではないでしょう。たとえば……ゲームとか?」

 

「ゲームですか……」

 

 サイトの脳裏には真っ先に、テレビとハードが浮かんだが、この国にそれはないことを思い出し、ついで浮かんだのがチェスと言ったボードゲームだ。

 

――まぁ、確かにあれなら安全にできるかな。と、サイトは一人頷き、

 

「そこで私監修の元、お二人にはこのボードゲーム……《MomotaroTrain(ももてつ)》をやっていただこうかと」

 

「まてぇい!!」

 

 仲直りでそれは絶対選んじゃいけないゲームっ!? と、サイトはどこから取り出したのかもわからない、人生ゲームのボードのようなものを広げる姫に待ったをかけた。

 

 というか、

 

「それもしかしてバーシェンさんが作った奴ですかっ!?」

 

「あら、よくわかりましたね。バーシェンが開発したゲーム《SUGOROKU》を改良したものなのですが、幻惑の魔法によって普通のSUGOROKUにはない様々な効果を発生させることができる、中々エキサイティングなゲームなのですよっ!! 徳のこの貧乏神というキャラクターが可愛らしくてですね」

 

「気に入ったのは分かりましたし、それの面白さについては否定しませんが、この状況でそのチョイスはやめてください姫様っ!!」

 

 サイトの脳裏では、白熱しすぎて、リアルファイトに移行する二人が幻視された。妨害、蹴落としなんでもありのこのゲームは、面白い分下手に熱中すると、現実世界での仲に亀裂を入れることでも有名なのだから。

 

――というかバーシェンさん……もうちょっとソフトなゲームがあっただろう。とサイトは、サラッとすごろくからこのゲームを作ったバーシェンのチョイスに、若干の悪意が見えるような気がしてならなかった。

 

「ふむ。まぁ、サイトがそんなに言うならモモテツはなしにしても、ゲームというのは悪くない手かもしれないわね」

 

 ルイズはそう言いながら、手元のメモ帳にゲームという文字を記載する。

 

「で、そういうサイトは何かいい案があるの?」

 

「いい案も何も、大人しく話し合わせるしかないじゃないか。古今東西、被害が出ない争いの調停なんてそれくらいしかないんだから。バーシェンさんが、カトレアさんに対して悪いと思っていると素直に言えば、公爵だってわかってくれるよ」

 

「それを言わせるのが難しいんじゃないの」

 

「その難しいことをするしかないだろう?」

 

「むぅ……最終手段として候補に入れておくわ」

 

 バーシェンに素直に悪かったといわせる難しさは、この場にいるだれもがわかっているため、ルイズは渋々といった様子で《最後の手段:話し合い》とメモに記載する。

 

「ウェールズさまは……」

 

「う~ん。皇太子という身分上あまり喧嘩をしたことがないからね。万一喧嘩なんて事態になると、それはもう政争だし……」

 

――まぁ、そういわれると確かに。と、サイトは思わず頷いた。いずれ王になるためにいろいろ教育を施されていたであろうウェールズの周りは、彼の将来性に期待していた貴族しかいないだろうし、その貴族たちが皇太子に喧嘩を売るとも思えない。

 

 喧嘩の経験はあまりないといった彼の言葉は、大げさではないだろうとサイトも内心で納得した。

 

 その時だった。

 

「あ、でもアンリエッタとは喧嘩したことがあってね」

 

「え? そうなんですか」

 

「うん。アンリエッタがあまりにもしつこくキングを押し付けてきてね……」

 

「モモテツやってんじゃねぇよ!?」

 

――そしてやっぱり破壊されているじゃん!? 何がとは言わないけどっ! と言うツッコミを入れかけた、サイトだがルイズが真面目に参考にしようとしているのに気づき、ため息をついて口を閉ざした。

 

 邪魔をしたとなると、後で何を言われるかわからないからだ。

 

「その時は、どうやって仲直りしたかな……。あぁ、そういえばお茶会を開いて、うちの宮殿の庭を案内したんだっけ」

 

「えぇ。あの時のウェールズ様ったら、必死に私の機嫌を取ろうとなされて。ちょっと可愛らしかったですわ」

 

「おいおい、こっちはまたキミに笑ってほしくて必死だったのに、内心でそんなことを考えていたのかい?」

 

――あの、桃色空間の展開はいいんで、早いこと本題に入ってもらえませんか? と、突然微笑みあうカップルに、一瞬サイトはキレかけるが相手は王族ということで鋼の自制心を発揮する。

 

「結局決め手は、夜に開かれたお祭りですわ」

 

「お祭り?」

 

「えぇ、ちょうどその時はアルビオン先代国王陛下の誕生日でしたので、大々的にお祭りがおこなわれていましたの。紙と木で作った街頭で町を照らしていて……それはそれはきれいな物でした。ウェールズさまはそれがすごくきれいに見えるところに案内してくれて。もう喧嘩していた時の怒りなんてそれで忘れてしまったんです」

 

「ほう……それはまたロマンチックな」

 

 そんなことを言いながら、サイトはこの案はあまり参考にならないなと思った。

 

 そんなシュチュエーションはあくまで甘ったるい恋人がやるからこそ有効なのであって、ずいぶんと長い間険悪になっている、バーシェンとヴァリエール家の関係修復には、いささか威力不足だろうと。

 

 そう思いルイズの方を見てみると、

 

「お祭り……と」

 

「……………………………………………………」

 

「ん? どうしたのよサイト?」

 

「いや、べつに? ルイズがそれでいいならいいんだけど……」

 

――むさい男二人と鉄面皮のお母さんが、アンリエッタ達と同じような状態になるって……娘としてそれオッケーなの? と、サイトはよほど言いたかったのだが、ルイズは全く疑問を持っている様子もなさそうだったので、愚問になるだろうと口を慎む。

 

 とにかく、

 

「案は出そろった感じね」

 

「いや、まぁ、そうだろうけど……。これっていう決め手がないよな。これなら絶対に仲直りできるぜっていう計画があればよかったのに」

 

「まぁ、ないものねだりしても仕方がないわ」

 

 実行に移すのは不安だと語るサイトに、ルイズは小さく肩をすくめながら、

 

「で、どれにするんだ?」

 

 というサイトの問いに、

 

「どれって……決め手がないんだから」

 

 あっけらかんと言い切った。

 

「全部やるに決まっているじゃない?」

 

 まさかの数うちゃあたる方式に、本当に明日大丈夫なんだろうかと、サイトは頭痛を覚えながら言い知れない不安を感じていた。

 



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祭りじゃぁあああああああああ!!

fate/stay nightが関西地上波で放送されないと聞いて失意のどん底中……。

なぜだMBS……。zeroはやったじゃないか……。もっと熱くなれよっ!!


「祭りを開く?」

 

「えぇ」

 

 朝。執務を開始したヴァリエール公爵は、突然自分のもとを訪れて、そんなことを言い出したルイズに、首をかしげた。

 

――いきなり何を言い出すんだ?

 

「せっかくアンリエッタ姫や、ウェールズさまが御行幸に来られたというのに、我がヴァリエール領は、何もしていないではありませんか。それも今回の訪問の目的は、栄えあるウェールズさまと、アンリエッタ様の結婚報告だと聞きます。お祝いせずにこのままお返しするのはあまりに失礼かと」

 

「む……」

 

 言われてみればその通り。バーシェンへの反発やら、喧嘩の準備やら何やらで、すっかり忘れてしまっていたが、王族が自領に来たのであれば、盛大に祝いもてなすのが貴族の常識だ。

 

「この後、他の公爵領にもお顔を出されるそうですし、その際には盛大な祭りの用意がされていると聞きます。このままでは我が領だけがアンリエッタ様の来訪を祝わなかったということで、よくたない立場に置かれてしまう可能性がありますわ」

 

「……今日のルイズはよく口が回るな?」

 

 もっとも、そんな貴族的常識が、今までほとんど政治には口出ししてこなかった末娘の口から出るのは、少々違和感があったが。

 

「え!? い、いえ別に。いつも通りですわよ、お父様」

 

「ん~?」

 

――そうかな? と、やはり違和感を禁じ得ないヴァリエール公爵が首をかしげる中、しどろもどろになったルイズが畳み掛けるように、

 

「と、とにかくこのままではまずいですから祭りを開かねばなりません!」

 

「まぁ、それに対して否はないが……準備がなぁ。両陛下ともども、明後日には帰られてしまうわけだし、そんなにたいした祭りは開けんぞ」

 

――ならいっそのこと、うちの屋敷(・・)でパーティでも開いた方が。と、自分の館がほぼ城だということを利用し、盛大な宴会を開く方向へとシフトしかけたヴァリエール公爵に、ルイズはニコリと笑って、

 

「ご安心ください、お父様。実はサイトの故郷の祭りをしたいと思っていまして……サイトが言うには故郷の祭りは、人でさえあれば一日で賑やかなものにできるそうなのです」

 

「ほう?」

 

 ここ数日で武人としてすっかりサイトと親しくなった公爵は、彼が常々語っていた《東方》の文化とやらに少し興味を持ち始めていたところだった。

 

 その一端が見られるというのなら、公爵としても悪い話ではない。

 

「一応、基本的な祭りの内容は姫様にも確認はとっております。こちらがその書類です。いささか警備の兵の人員が多くなりますし、ちょっとした専用の衣装もあるようなので、お針子たちを総動員させなければいけませんが……」

 

「まぁ、そのくらいなら構わんかな? 予算も大して使わんようだし……」

 

 そう言いながら、ルイズが提示した書類に目を通した公爵は、最後の一文に目を眇めてひとこと、

 

「平民も参加するのか?」

 

「いわゆる賑やかしという物だそうです。この祭りは賑やかじゃないと、面白くないということですので」

 

「うむ。だがしかしなぁ……」

 

――仮にも王族が参加される祭りに……。と、その一文にだけ難色を示す公爵。

 

 これはべつに、平民が下賤だからという理由で難色を示しているわけではなく、万が一でも自領の民が貴族に対する対応を間違えると、あっさり首が飛びかねないからだ。

 

 王族にぶつかるだけでも、無礼打ちをされてもおかしくない。平民の命はそれくらい軽く扱われる。

 

 だが、

 

「お父様。いくらこちらが祭を一日で用意して、アンリエッタ様たちをお祝いできたとしても、招待状を出してすぐにうちの領にやってこられる貴族は何人います?」

 

「む……」

 

 準備期間一日という異例の祭りだ。おそらく、来られる貴族などほとんどいないとみていい。

 

 多分この祭りは、ヴァリエール家とアンリエッタ達ご一行お祝いすることとなるはずだ。

 

「そんな状態では、せっかく楽しみにしておられる姫様を失望させることになりますわ。そうなるくらいだったら、たとえ平民であったとしても、その場を楽しんでもらった方が姫様は楽しい空気に浸れるのではありませんか? 時間の関係でうちの平民と、他貴族との関係がこじれる心配もございませんし、姫様もこの件に関しては、『祭りの間に限り無礼講』でいいとおっしゃってくださいます。たとえ間違いがあったとしても、寛大に許してくださるとのことですわ」

 

「なんと、そこまで根回しがしてあるのか?」

 

 ずいぶんとしっかりと計画されているのだな。と、ヴァリエール公爵はそこまで手をまわしていた末娘の、意外としっかりとした一面に感心する。

 

 そこまで考えているなら、もう任せてもよいかと思ってしまう程度には。

 

「わかった。では、ルイズ……両陛下御行幸の祝いの祭りはお前に一任する。姫様はお前には甘いから、多少のことは大目に見てくれるだろうが……ヴァリエールの娘として、恥ずかしくない祭りにしなさい」

 

「はい! ありがとうございます!! お父様っ!!」

 

 公爵がそう言うと同時に、まるで大輪の花が咲くような笑顔を浮かべて、うきうきと執務室を出ていくルイズ。

 

 そんな娘の成長を、ちょっぴりさびしく思いながら見送ったヴァリエール公爵は、

 

『許可もらえましたか?』

 

『バッチリよっ! ありがとうシエスタっ!! あんたが根回ししてくれたこと全部役だったわ』

 

『お二人とも、勢いとノリだけで何でも解決できるのは学院の中だけですよ? 今度からはしっかりと計画立案と根回しをすることです』

 

『……なんで平民のアンタが、私より貴族の事情に明るいのかが、逆にちょっと不思議だけどね?』

 

『ルイーズさまは、物を知らなさすぎます』

 

『伸ばすなっ!? どういう意味よ、それっ!!』

 

『あのシエスタ。俺もその呼び方はどうかと……』

 

『おや、緑の配管工の名前がお気に召しませんか?』

 

『召すわけないでしょうがっ!? 何で亀踏んづける、背の高いひげ親父にならないといけないのよっ!?』

 

『あるの!? この世界にマ○オあるの!?』

 

――訂正。どうやら成長したわけではなく、いい参謀が着いたらしい。と、扉の外から聞こえてくるやかましい言い合いに苦笑いを浮かべながら、ヴァリエール公爵は執務に戻った。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、祭り当日。

 

 サイトは昨日一日かけて完成させた、あの懐かしい光景に思わず、

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 テンションが上がっていた。

 

 祭りの中心である神社の参道がないので、代わり湖に向かって伸びる街道を利用していた。

 

 その両脇に立ち並ぶのは、ランタンの明かりに照らされた、色とりどりの布で飾り付けた屋台。

 

 火事には気を付けなければならないので、一軒一軒に目立つところにバケツが置いてあるのが違和感と言えば違和感だが、そんなものはいささかも気にならなかった。

 

 要するに縁日である。日本独特のお祭りであるっ!!

 

「いいねぇいいねぇ。まさかこの景色がこの世界で見られるなんて思ってなかったよ……」

 

「なくほどか? 日本人は外国に行くと、よく自分の国を懐かしむ奴らだとは聞いたことがあるが……」

 

 滂沱の涙を流し郷愁の念に駆られるサイトにドン引きしながら、いつもの紅い宰相服に身を包んだ、バーシェンは、あたりから立ち込める屋台料理独特の、おおざっぱだが食欲を刺激する匂いに鼻をうごめかせた。

 

「まぁ、悪くはないが……」

 

「それにしても屋台メインの祭りとは。サイトの国は変わっているんだね」

 

「いや、ウェールズさん。べつに屋台がメインってわけじゃないから……」

 

「だが、パレードも何もしないのだろう?」

 

 基本的に祭りと言えば、軍や貴族によるパレードが一般的なハルケギニアにとって、こんな小さな街道で開く祭りというのは、いささかみすぼらしく感じるものなのだ。

 

 実際屋台を展開している平民の皆様方も「本当にこれでいいのか?」と不安げな表情で視線を交わし合っている。

 

 そんな彼らに「大丈夫ですから」と、手を振りながら、サイトは言う。

 

「パレードの代わりにすごいものを用意していますから! バーシェン参監修ですから、品質は絶対に保障します! それに、俺の国の祭り独特の遊戯も取り揃えていますし、飽きさせることはありません!!」

 

 それに。とサイトは言葉をいったん切った後、

 

「そういう不安は祭りに人が入ってから言ってもらいましょうか!」

 

「ん?」

 

 そう言った途端、サイトは現地での実行委員を任せていた、この街道界隈にある町の町長を呼び、

 

「祭りの始まりを宣言しておいてください! 本日は公爵様からの慰安の意味もありますから、王族がこられるからと言って、固くなる必要はないですよ?」

 

「しょっちゅう準備覗きに来られるたびに、ご本人様方にもそう言われていますから、いまさらそんな念押しされなくてもわかってますだよ、使い魔様」

 

 町長は苦笑いを浮かべて、傍らに立つウェールズに一礼した後、町の方へ走って祭りの開始を宣言しに行く。

 

 そして、しばらくすると近くの町から続々と人々が集まってきて、祭りの会場に入っていった。

 

 たちまち騒がしくなる祭りの会場。そこには先ほどまでの空の会場にはなかった熱気と、人々の喧騒が響き渡り、貴族が参加する祭りと比べるといささか騒々しい……だが確かな楽しさが感じられる、会場へと早変わりした。

 

「これは……」

 

「ね? 人がいれば貧相に見える会場でもそこそこの物にはなるでしょう?」

 

「まぁ、パレードだって人がいなければ恥ずかしいだけだが、人いて騒ぎさえすればどれだけつまらんもので、立派な祭りになるからな」

 

「ちょ!?」

 

 いきなりのバーシェンの暴言にウェールズが顔をひきつらせながらも、こういう祭りも悪くないかと思った時だった。

 

「ところで、なんで女性だけ服が違う? この祭りのユニフォームだか何だか知らないけど、あんな衣装を作る必要はないんじゃ?」

 

「ふふふ。ウェールズさま……その言葉、姫様が来られてもまだ言えますか?」

 

「なにを……」

 

 そう言いかけたウェールズの背中に、先ほどまで衣装替えをしていたアンリエッタの声がかかる。

 

「はぁ、はぁ……お待たせいたしました、ウェールズさま。この服の着付けに手間取ってしまって」

 

「あぁ、いや。大した時間は待ってっ!?」

 

 そして、その声に反応して振り返ったウェールズは、アンリエッタの姿を見て絶句する。

 

 わずかに紫がかった髪色に合わせたのか、菫色の布に白いユリの刺繡が施されたその着物――浴衣という着衣は、普段のアンリエッタにはない魅力を彼女に付与していた。

 

 なんというか、普段着ている服よりも体のラインは分かりづらいのだが、どこか神秘的な雰囲気をアンリエッタは感じさせていたのだ。

 

 いわゆる、肌色の面積によるお色気は存在しない。だがしかし、襟から覗くうなじや、たおやかな袖から延びる白魚の手。

 

 何よりも、その着物によってどこか抑えられつつも、逆にそれによって男の妄想を掻き立てる、つややかさが今の彼女にはあった。

 

 普段のアンリエッタが、全力でその美しさを主張する大輪の花だとするならば、今の彼女はそっと誰かに寄り添いながらさく、しめやかな花。だがしかし、それは美しさが損なわれたわけではなく、その好意を向けられる相手にははっきりとわかる、奥ゆかしくも艶めかしい美しさで。

 

「ぶはっ!?」

 

「うぇ、ウェールズさま!?」

 

 そこまで考えたとき、ウェールズの鼻から情熱が迸った。

 

 慌てて駆け寄ろうとするが、浴衣で走ると乱れた合わせから、足が見えてしまうのがわかっているのか、ちまちまとしか走れないアンリエッタ。その姿もまた可愛らしく、

 

「サイト君。いいものだ……あれは本当にいいものだ。君の国の文化に僕は戦慄を禁じ得ない」

 

「わかっていただけましたかウェールズさま」

 

「…………………………………」

 

 何やってんだこいつら? と言わんばかりの視線を二人に向けていたバーシェンだが、アンリエッタの後に続く4人の姿を確認し、目を細めた。

 

「お前らも着てきたのか?」

 

「なによ。この祭りに参加する女性は全員着用だってサイトが言うから」

 

「サイトさん、似合ってますか?」

 

「おぉ! ルイズ、シエスタっ!!」

 

 最初にやってきたのは、若干恥ずかしそうな顔をしながら、髪をアップにしてまとめたルイズだ。髪色に合わせて選ばれた桃色の浴衣は、どちらかというと子供っぽいデザインをしているが、それがまたか彼女の可愛らしさを引き出している。

 

 対するシエスタは肩までの黒髪をいつも通り降ろしており、藍色に白の朝顔という、彼女から感じられる日本らしさをさらに感じさせるものを着用していた。

 

 というか、

 

「その着物……染め抜きか?」

 

「はい。ひいおばあちゃんが、ひいおじいちゃんに作ってもらったって、大事にしていた服だそうです。家を出るときにおまもり代わりにって、もらったのをすっかり忘れていて、トランクの中のこやしになっていたんですが……まさかこうやって着るとは」

 

 てっきり上着かと……。と驚いているシエスタに、お前のひい爺さんも救われないなと、バーシェンは呟く。

 

 まさか使い方すら理解されていなかったとは……せっかく気合を入れて日本独自の染め抜きまで使った、ひいおじいさんは草葉の陰で泣いていることだろう。と、彼は内心で考えていた。

 

 そんなことはともかく、

 

「ところで、お前まで来ていたのかカトレア? 体の方は大丈夫なのか?」

 

「はい。幸いうちの屋敷の近いところですし、ほんの少しなら参加しても大丈夫だろうとお医者様も」

 

「いらない心配は結構ですバーシェン様。カトレアの面倒はわたくしがキッチリ見させていただきます」

 

 たおやかに笑いながら心配してくれたバーシェンに頭を下げるカトレアは、髪色と合わせることによって、妹とかぶらないようにするためか、白に近い青に、桃色の桜が散る模様が描かれている浴衣を着ていた。

 

 それが普段は明るくたおやかな彼女の態度に隠れている儚さを、より一層際立たせ、バーシェンも思わず心配するような言葉をかけてしまうほどだった。

 

 触れれば折れてしまいそうな幽玄の花。守ってあげなければ死んでしまいそうな……そんな雰囲気を今の彼女は色濃く放っている。薄青色で描かれた水を彷彿とさせる模様が、爽やかにそれを洗い流してくれているのがせめてもの救いか。

 

 そんな彼女の雰囲気にしっかり当てられたのか、ルイズと同じように髪を纏めてあげているエレオノールは、威嚇するような視線をバーシェンに向け、庇うようにカトレアの前に立った。

 

 黒に様な種類の赤い花が刺しゅうされたその鮮烈な着物は、彼女のするどく尖ったような雰囲気を和らげつつも、凛とした芯の強い態度を顕著にしていた。

 

 触れれば折れてしまいそうなカトレアとは対極的な、たった一人で逞しく咲き誇る花と言ったところか。どんな風雪にも耐えきり、その花を咲かせるようなそんな力強さをエレオノールはもっていた。

 

「ふん。公爵令嬢というよりは騎士だな、エレオノール」

 

「なっ!? 女らしくないとおっしゃりたいので!!」

 

「いやいやまさか。最近は女騎士も出てきたし、立派な女の部類だと思うぞ? なぁカトレア」

 

「バーシェン様。エレオノール姉さまをあまりからかうのはおよしになって?」

 

 バーシェンのいきなりの暴言に、顔を真っ赤にして憤るエレオノールを、カトレアが苦笑いをしながら落ち着かせ、バーシェンもたしなめた。

 

 ルイズはそんな自分の手に負えない二人を、あっさり鎮静化させたカトレアの手腕に感心しながら、

 

「ルイズ~! 予想通りやっぱりよく似合っているよっ!! 俺の思った通りだ! かわいいよルイズマジかわいい!!」

 

「そ、そう?」

 

「む」

 

 珍しく自分を全身全霊で褒めてくるサイトに、悪い気はしていなかった。たいして、不満げな顔なのはシエスタだ。

 

 そんなシエスタを見返し、ルイズは普段から買われている意趣返しがてらに鼻で笑ってやる。

 

――ふふん。どんなもんよ! 私が本気出せばこんな犬、魅了するのなんてチョチョイのちょいなんだから!

 

 そう言いたげなルイズの態度に、シエスタは思うところがあったのか、

 

「あぁん。帯が」

 

「なっ!?」

 

 とつぜん服をまとめていた帯を緩め、自分の胸の谷間をはだけさせた。

 

――ひ、卑怯よアンタ!? と戦慄するルイズに、にやりと笑うシエスタ。

 

 だがその勝負は、

 

「バカ野郎っ!!」

 

「「っ!?」」

 

 突然のサイトの怒号によってさえぎられた。

 

「浴衣は……露出で魅力を引き出す服じゃねェ!! わざと着崩すなんて言語道断だっ!!」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「あたりめぇだっ!! いいか、シエスタ!? どうして大きい方が好きな俺がわざわざ体系を隠すように、おなかにタオルを巻いて帯を締めさせたと思っている。確かにそんなことをすれば、女の魅力としてかなり重要なあそこの大きさは隠れちまう。だが、わからないからこそ……わからないからこそ男はそこにロマンを感じるんだっ!!」

 

「は、はぁ……」

 

 突然始まったサイトの熱弁に困惑するシエスタとルイズ。

 

「浴衣のエロスは体の形を見せつけて感じるものに非ず。あえて体系を隠す奥ゆかしさ、そしてその奥ゆかしさに隠れる秘密の花園……それを男ににおわせることによって、初めて浴衣のエロスは完成するんだっ!! ルイズを見たまえ!!」

 

 今度は矛先が自分に向き、ルイズは思わず固まってしまう。

 

「え、私?」

 

「そうだ! この完全な幼児体型……普通なら隠す必要なんてないじゃん、大した体してないのにと思われるだろう!! だが浴衣を着ることによって、普段にはない――奥ゆかしい色気が出ることによって、たとえこのようなツルーンペターンツルーンであっても、思わず許してしまえるほどの愛らしさが宿っているだろうっ!!」

 

「た、確かに……言われてみれば!!」

 

 もっとも、次の瞬間ルイズの目は死んだが。

 

 後ろでバーシェンと言い争っていたエレオノールも同様だ。

 

「そう、浴衣はもともと大きい方のための服に非ず。小さな方が着ることによって、はじめてその魅力が最大限に引き出されるのだっ!! あえて見せつけない、あえて主張しない。隠すことによって初めて生まれる神秘性とエロスッ!! それを作り出す服だからこそ、この服はルイズのような娘が着て初めてその美しさが完成されるッ!! まさしくこの着物は、ルイズのようなペッタンコのために生まれたものだといっても過言ではないのだっ!! つまり何が言いたいのかというと……ペッタンコ万歳っ!! ひん乳はステータスだっ!!」

 

 力強くそう言い切るサイトの大演説の迫力に飲まれていた、メンツは思わずその演説に拍手を送ってしまう。

 

 今回のことで浴衣の魅力に気づいた男性などは「おぉ! 奴が神か!!」「浴衣大明神サイト様ぁ!!」とか言い出す始末。

 

 周囲の熱気が上がり「サイト! サイト!!」とシュプレヒコールが男性の間で広がる。

 

 そんな歓声を受けたサイトは「ようやく浴衣の正しい魅力がわかったかっ!!」と満足げに頷き、

 

「よしお前らっ!! 祭りじゃァアアアアアアアアアアアアアアアア!! 存分に楽しみ騒ぐがいいっ!!」

 

『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 

 そんなサイトの呼び声に答え、無数の男性の野太い声が上がる。

 

 祭りの雰囲気は最高潮。

 

「本当に人を盛り上げる才能だけはもっているな……あいつは」

 

「まぁ、悪いことではないですけどね」

 

 まるで神輿のように担ぎ上げられるサイトを眺めながら、常識的男性人二人はため息をつきながら、ぽかんと口を開けている女性陣のフォローに回るのだった。

 

 そんなこんながあり、祭りの雰囲気はいやがおうでも盛り上がる。

 

 祭りの最奥である湖の湖畔に作られた特設ステージでは、町長が主催者として祭りの開催の宣言をし、人々の歓声が響き渡った。

 

 そして、祭りが始まる……。

 

 はた迷惑な宰相と公爵家の因縁に、決着をつけるための祭りが……ようやく、始まるのだ!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 余談ではあるが、

 

「サイトく~ん? 生きてる」

 

「まったく。無茶しやがって……」

 

 その賑やかな祭りの始まりの傍らで、ルイズとエレオノールによって、ギタギタにされぼろ雑巾のようになり打ち捨てられたサイトが転がっていたことは、もはや言うまでもないだろう。

 



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シャトー・ド・オルニエール

「これはまたなんとも……」

 

「随分とエキゾチックな祭りのようですね」

 

 トリステインの貴族の権威を見せつけ、貴族が場の空気を作り出すパレード祭ではなく、多くの人がごった返しながらも、各々が楽しげな雰囲気を作り祭りを盛り上げる光景。

 

 ハルケギニアではなかなかお目にかかれないその光景に、遅れてやってきたヴァリエール公爵と、カリーヌ公爵夫人は、目を丸くしていた。

 

 まさか娘がここまでするとは思っていなかったというのもあるし、何より異国の祭りが思った以上に悪くないことに驚いていたのだ。

 

「貴族らしい洗練された雰囲気は足りませんが、たまにはこういった雑多な雰囲気の中で楽しむのも悪くはないのかもしれませんね」

 

「下劣な。と、眉をしかめるのは簡単だが、そう言わせたものすら飲み込む活気があるのは良いな。むしろ豊穣祭や、豊作祈願祭と言った平民メインの祭りは、こちらの形態でやった方がいいかもしれんな」

 

 そんな彼らが話すことはと言えば、祭りの雰囲気を見ての、この祭りの形態の有用性だとか、そんな実益的な物ばかりなのがいささか情緒に欠けるが。

 

 そんな彼らを見かねたのか、意外なところから彼らにし対して非難の声が上がる。

 

「まったく、何祭りで下らん些事の話をしているのだ」

 

「む」

 

「バーシェンですか」

 

 いきなりかけられた無礼千万なセリフ。とうぜん、自分たちの領地で、そのような不届きな口のきき方をする人間などいないと分かっていた二人は、即座にその声の主を割り出し声の方向へと視線を向けた。

 

 そこにいたのはやはりというべきか、フォービン・バーシェン。トリステインが誇る紅蓮の宰相。だが、

 

「……何しとるんだ、お前は?」

 

「らしくないですね……」

 

「故郷の匂いがわずかでも感じ取れる祭りに来ているんだぞ? はしゃがない理由がないだろう」

 

 右手に淡水魚の塩焼き。左手にサイトが制作を命じた焼きそばや、お好み焼きと言ったパック類の食べ物各種。

 

 さらには、頭にお面のようにかぶるようにつけた仮面に、最近トリステインの名産品になりつつあるバーシェンが作り出したゴム製の風船に水を入れたものを、紐のゴムでつないだ玩具を、パンパンと上下させている。

 

 というか、

 

「満喫しすぎだろう……。お前本当にバーシェンか?」

 

「失礼な奴め。俺のそっくりさんでも見たことがあるというのか?」

 

「世界はそこまで残酷ではないと私は思っているが」

 

「あまり舐めた口をきくと灰にするぞ、雨男」

 

「ほう? 決闘か。いいぞ、いいかげんにお前との決着をつけねばならないと思っていたところだ」

 

 途端物騒になる周囲の雰囲気に、祭りを楽しんでいた人々は飲まれ、恐怖のあまり固まる。

 

 本来もてなす相手であるバーシェンを害するなど、あってはならないことなのだが、何分因縁が多すぎる相手だ。本来とめるべきカリーヌもこの時ばかりは夫と一緒に戦闘態勢に入っている。

 

 そして、頭に血が上った三人には、凍りついた周りの雰囲気など目に入らず、二人は即座に懐に隠してある各々の武器を盗ろうとして、

 

「ストップストップスト――――――ップ!」

 

「私の行幸を祝う祭りで何をするつもりですかあなた方は」

 

 慌てて割って入ってきたルイズと、彼女についてきたアンリエッタの非難交じりの叱責に、三人は舌打ちを漏らしながら武器を収めた。

 

「これは姫。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。初めて着る服に妻が戸惑いまして、少々参上が遅れました」

 

「それに関しては許します。私もちょっと手間取りましたしね」

 

 そして即座に貴族らしい王族に対する臣下の礼をとるヴァリエール公爵に、アンリエッタはそっとため息をつきながら、立つように指示を出した。

 

「問題なのは、遅れてきたことではなく我が宰相といつまでも揉めている方です」

 

「こればかりは貴族のプライドの問題ですので」

 

「いくら王族といえども、内政干渉は控えていただける契約ですが」

 

 だが、そんな礼をとっているがバーシェンに関しては譲るつもりはないのか、領地持ち貴族らしい独立精神を盾に、二人はアンリエッタの苦言を突っぱねた。

 

 だが、このくらいはすでに予想済みだといわんばかりに、アンリエッタはわざとらしいため息をつき、

 

「そうはいっても、この領地に過ごすものは等しくトリステインの民でもあります。いつまでもあなた方のような大魔法使いがいがみ合って、周りに被害を出すような状況は、王族としては看過できません」

 

「む……」

 

「ほう。言うようになったではないか」

 

 さすがにそこまで言われては黙るしかなかったのか、うなり声をあげて口を閉ざす公爵を見て、バーシェンは鉄面皮のまま感心したような声を出す。そんな二人の態度に、アンリエッタは内心「かかった!」と思いながら、計画の第一段階が成功したことを喜びつつ、

 

「そこで、差し出がましいようですが、あなたたちの闘争の調停を、私が行うことにいたしました」

 

 その安堵をおくびにも出すことはなく、アンリエッタは背後に広がる祭りの会場を示した。

 

「この会場では、食べ物を買う場所のほかにも、祭りを盛り上げるための様々な遊戯を催している屋台があります。あなた方は私が指定したその屋台を回っていただき、そこでの遊戯で優劣を決め、最終的に総合得点が多い方が勝者とします。そして、敗者には必ず勝者の言うことを聞かせると、トリステイン王家アンリエッタ・ド・トリステインの名において宣誓したしましょう」

 

 そして、そこでアンリエッタはがらりと自らの表情を変える。

 

 ここ数カ月でバーシェンに鍛え上げられた王族の顔。貴族を従えるこの国の頂点の顔を、彼女はあえてここで使った。

 

 それを見て、いまだどこかルイズと遊んでいた姫の印象を拭えっていなかったヴァリエール公爵は思わず息をのみ、バーシェンはわずかに真剣な雰囲気を纏い始める。

 

「この戦い、この闘争を持って……あなた方の因縁に終止符を打ちなさい。これは姫としての嘆願ではなく、女王としての勅命です」

 

「……御意」

 

「国益のため、必ず勝利をお持ちいたしましょう、我が主」

 

 勅命を持ち出されてしまっては、流石の二人も従うしかない。最近はあまり敬意を払っていない態度ばかりをとっていたが、彼らとて貴族。王族の命令に従うのは、貴族の役目としてむしろ当然のことだ。

 

 ヴァリエール公爵とカリーヌはそのままアンリエッタの頭を垂れ、バーシェンは瞳をするどくとがらせながら、祭りの中にあった屋台を思い出しつつ、勝利するための方程式を頭の中で組み上げていく。

 

 今ここに、《第一回・トリステイン遊戯戦争》の火ぶたが、切って落とされることになったのだっ!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「はー。これでようやくヴァリエール領に平和が訪れますね」

 

「バーシェン卿が来てからピリピリしているみたいだからね。何とかなって本当によかったよ」

 

 そんな光景を見ていた人物たち――サイト・ルイズ・ウェールズ・シエスタ・シル達は、いがみ合っていた三人に女王権限でつつがなく遊戯勝負をさせることができたアンリエッタを、内心で褒め称えながら、互いに勝利の盃を交わす。

 

 もうここまでくれば一安心だろうとだれもが思っていたのだ。

 

 戦う内容は遊戯勝負。周りに被害など間違っても出ようはずがない。

 

 各々の心情的には「勝った! 第三部完!!」と言ったところ。

 

 もう彼らは、勝ったつもりでいたのだ。

 

 だが、

 

「なに、あんた達? もしかして、ヴァリエール家とバーシェン卿の因縁を解決するためのこんな祭りを開いたの?」

 

「建前として使った理由も、きちんと真剣な理由ではあるのよ、お姉さま」

 

「こじつけられるだけこじつけましたけどね……。理由は」

 

 そんな彼らの祝勝ムードに、エレオノールが冷水をぶっかけた。

 

 そんな姉の空気読めていない態度に、ルイズはいささか膨れながら共犯者であるシエスタと一緒にエレオノールに食って掛かる。

 

 が、

 

「あまいわね。とろとろの蜂蜜をかけた、クックベリーパイよりも甘いわルイズ」

 

「ちょっとおいしそうですわ、お姉さま」

 

「あの人たちが勝負事をして、熱くならない道理がないでしょう」

 

 エレオノールがそう言った瞬間だった。

 

 初めに三人が向かった屋台で、爆音が響き渡ったのは。

 

「「「「「……………………………………」」」」」

 

 それを聞き思わず黙り込んでしまった五人の耳に、おっとりとしたカトレアの声が突き刺さる。

 

「あらあら、お父様もお母様も、昔みたいにずいぶんとはしゃいでおられるみたいですね」

 

「主な原因はあの宰相だと思うけど?」

 

 そんな姉妹の話を聞き、五人は慌ててその場から立ち上がり爆音が聞こえた屋台へと向かった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

《ヨーヨー釣りの屋台にて》

 

 最近になってトリステインが錬成に成功した不思議物質――ゴム。

 

 バーシェン監修のもと生成されたこの物質は、揺れがひどかった馬車の車輪に使われ、乗り心地を格段に良くしたり、空気を詰めて膨らませることによって子供のおもちゃにしたり、電撃を完全に遮断するという特性から、金属鎧の下に着こみ、雷系の呪文を防ぐ防具にされたり、固めのゴムによって銃の弾丸を作り、暴徒鎮圧用の弾丸として使われたりと――その利便性の高い物質は、現在トリステインの様々な新製品開発に使われていた。

 

 ゲルマニアやガリアからの輸入の依頼もひっきりなしにきており、現在ハルケギニアは空前のゴム市場がにぎわっているといっても過言ではない状態であった。

 

 そして、ゴム発祥の国であるトリステインでは「まずはうちで、ゴムを素材に開発できるものを開発できるだけして、他国とのゴムの利用技術の水準を広げられるだけ広げ、技術に関するイニシアチブを握る」というバーシェンの命令のもと、貴族から平民まで幅広くゴムが広げられ、ちょっとした遊び道具の素材にもなるくらい、ゴムが普及していた。

 

 この屋台――水風船で作った《ヨーヨー》という玩具も、そういったゴムブームに乗っかって現れた商品の一つである。

 

 無論これは日本風の祭りをするなら外せないということで、サイトが作らせたものなのだが……。

 

 何気にトリステイン初のヨーヨーが誕生した瞬間ではあるが、これがそんな玩具史にのこるようなちょっとした歴史的瞬間であることなど、今のバーシェン達には関係なく。

 

「せ、制限時間は1分です。それまでに多くのヨーヨーを釣れた方が勝ちということで」

 

「公平を期すために、ヴァリエール公爵サイドは、どちらかが代表になって戦ってくださいね?」

 

「ふむ。では水関係ということでここは私が出るべきか」

 

 燃え滾る闘志を鉄面皮の底に隠したバーシェンと、

 

 表面上は穏やかな水面だが、その下では獰猛な鮫が潜んでいるような、底の見えない激情を潜ませるヴァリエール公爵に、ヨーヨー釣りの屋台を任されていた親父さんが涙目になる。

 

 そんな彼に内心で謝りながら、アンリエッタは進行役としての役目を果たすべく、

 

「では……スタートっ!!」

 

 まぁ、そんなたいしたことにはならないだろうと、気軽に試合開始のゴングを鳴らした。

 

 瞬間。ヨーヨーが浮かんでいた水面が爆散した!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 飛び上がった水しぶきの中、ランタンの明かりに照らされたヨーヨーが空中を乱舞する。

 

 それが一瞬幻想的な光景にも見えてしまう景色を作り出したかと思うと、そのヨーヨーたちは、瞬く間に宙を翻る鉤爪によって、持ち手のわっかの部分を引っかけられ、バーシェンの手元に戻った。

 

「貴様っ……ちぎれやすい部分に魔力を通しているな!? そしてそれを依り代に伸縮自在の魔力の鎖を作り出すとは……堂々と不正ではないかっ!! というか魔法は使えぬのではなかったのかっ!?」

 

「ふん。コモンマジックにも分類されんこの程度の魔力応用ならば、俺にたいしたリスクはないさ。というより、開始早々妨害で水面を爆散させた貴様に言われたくないな。なにより、メイジは魔法を使うものだ。魔法を使ってはいけないと、ルールには記載されていなかっただろう?」

 

「減らず口を!」

 

「悔しければご自慢の水魔法で、ヨーヨーの一つでも奪ってみたらどうだ?」

 

「言われずともそうするつもりだっ!!」

 

 瞬間、公爵が手に持っていたヨーヨーをつるためのコヨリ紙に水を纏わせ、神をドロドロに溶かし尽くしながら、バーシェンの魔力の鎖と同じような、水の鎖を作り上げる。

 

――コヨリ紙が入っていれば反則じゃないとか、そういうルールじゃないんですが。と、アンリエッタはよほど突っ込みを入れようかとおもったが、最初からクライマックスに入った二人の耳にはもはや届いていない。

 

 水の鎖と赤く輝く魔力の光が夜の闇を乱舞し、飛び上がったヨーヨーたちを次々と奪い去る。

 

 そして、そのヨーヨーの数が減ってくると今度は、

 

「っ!? ヴァリエール……貴様どこまで落ちる気だっ!!」

 

「お前が最初にやりだしたのであろうがっ!!」

 

 ヴァリエール公爵の水風船の内部にある水が、瞬く間に気体化し、風船が爆発。

 

 同時に、バーシェンが持っていた水風船からは水が針になって飛び出し、見る見るうちにその風船たちをしぼませ始めた。

 

 双方とも、互いが保有するヨーヨーを壊すことによって相手に敗北を与える、妨害作戦を行い始めたのだ。

 

 様子を見に来たサイトがそれを見て思わず「俺の知っているヨーヨー釣りじゃねェ!?」と叫んだのは無理らしからぬこと……。

 

 結局、一分間にわたる壮大なヨーヨー釣り合戦の決着は、1対0でバーシェンの勝利となった。

 

 途中で相手の風船を爆裂させることよりも、相手の魔法干渉を防ぐ方向へシフトしたのが功を奏したのだろう。

 

 だからと言って、その的確な判断を褒める気には、微塵もなれないアンリエッタだったが。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

《射的屋の屋台にて》

 

 最近日本ではすっかり見なくなった、おもちゃの銃によってコルクを飛ばす射的。

 

 銃の技術が確立されてから、非殺傷用の暴徒鎮圧武器として、エアガンなる技術もそこそこ広まるようになったトリステインでは、先込め式のそれが何とか完成していた。

 

 とはいえ威力は、せいぜい当たったものがちょっと痛い程度で、開発の目的である暴徒鎮圧用の武装としては到底役に立たないデキになってしまった品だ。当然開発もとっくの昔に中止されており、現在この銃を持っているのは珍しいモノ好きの貴族や、子供の遊び道具としてそれを求めた数人の貴族くらい。

 

 ヴァリエール領は後者であったらしく、なかなか外に出られないカトレアのために、何か暇をつぶせる玩具はないかと、いろいろ集めていた時期があったらしく、その先込め式の低威力エアガンも、倉庫の中で眠っていた。

 

 何か祭りで使えないものはないかと屋敷のあちこちをあさっていたサイトがそれを見つけ、こうして射的の屋台が完成することになったわけだが。

 

 ヒュンッ!!

 

 と、到底射的用の銃が立ててはいけない音とともにコルクが飛び、たてられた商品の名前が書かれた札を穿つ。

 

 比喩ではない。文字通り穴をあけてうがったのだ。

 

 到底そんな威力を出せない射的銃で、そんな暴挙を起こしたのは風の専門家カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。

 

 若いころ抱いていた《烈風》の二つ名はだてではないのか、魔法によって極限まで圧縮された空気によって放たれるコルクは、もはや殺人級の威力を叩きだし、屋台の親父の顔色を真っ白にする。

 

 だが、対するバーシェンも負けてはいない。

 

 機能には絶対ないはずに火薬の爆発音と同じ、パーン! という発砲音を響かせながら、エアガンの銃口から噴き出るマズルフラッシュ。

 

 それと同時に半ば燃えているコルクが、商品の書かれた札に飛来し、爆発。周りの札を根こそぎ粉砕し、すべて自分の取り分とする、

 

「優雅さに欠ける真似を……。生まれの低さがしれますよ、バーシェン」

 

「わるかったな。どうせこの国の貴族ではない。それに……勝てばいいだろう? 勝てば。国益のためにも負けるわけにはいかんのだ」

 

「国益、国益と……。あなたが言うセリフはすべてが効率的です。ですが」

 

 効率主義では覆せないものがあるということを、あなたに教えてあげましょう。と、そう言い切ったカリーヌの言葉と共に、バーシェンが火炎弾によって粉砕した札以上の数を、瞬く間にカリーヌが放ったコルク弾が穿ち貫いた。

 

 ついでに、後ろにあった屋台の壁もハチの巣になり、親父が白目をむいて気絶するが些細なことだろう。

 

「戦いはまだ始まったばかりですよ」

 

 単発式銃で、ほぼ連射と変わらない速射を行った、常識はずれのカリーヌの技量に、今回はバーシェンが敗北することになった。

 

 その後ろでサイトたちが、「え? なにこれ? ゲームだよね? ゲームなんだよね!?」とちょっと混乱しているのは言わぬが花だろう。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのごもヴァリエール夫妻と、バーシェンの戦いは熾烈を極めた。

 

 型抜きでは、バーシェンの精密動作に軍配が上がり、

 

 小魚すくいでは、水魔法を自由に操る公爵が独壇場。

 

 千本釣りでは、カリーヌの直観がさえわたり、

 

 ヒヨコ釣では、小魚すくいでの反省を生かし、殺気でヒヨコを凍りつかせたバーシェンが、凄まじい勢いでヒヨコを総取りした。

 

 それを見ていたサイトは思う。

 

――俺の知っている屋台遊びじゃねぇ!? と。

 

 祭りの雰囲気も、三人の鬼気迫る闘気と殺気によってすっかり冷え切っており、参加されていた平民の皆様は、次に何が起こるとガタガタ震えている感じだ。

 

――皆さん本当にすいません! と、サイトは誠心誠意謝りたい気持ちに駆られる。

 

 だが、次で最後だ……。次でこの理不尽すぎるゲームに、決着がつく。

 

「さ、最後の種目はこれ……ラムネ一気飲み一本勝負!!」

 

 何気に炭酸ジュースがすでにあるトリステイン。どちらかというとアルコールのない果実発泡酒というのが正しいのだろうが、祭りでその名称はどうだと思い、サイトが祭限定でその飲み物の名前を『ラムネ』と改名したのだ。

 

 ちなみに、あの独特の形状をしたガラスの容易にビー玉がきちんと入っている手の込みようである。

 

 あの短い時間で、いったいどうやってこれを作ったのかは甚だ謎だが。

 

「ふん。これで我々の雌雄が決するのだが」

 

「カトレアは必ず救う……」

 

「それは、俺に勝てればの話だ」

 

 そして二人はともにラムネの便をとり、

 

「え、えっと……でははじめてください」

 

 もうすっかり疲れ切っているアンリエッタのゴングと共に、双方ラムネに口をつけた。

 

 瞬間、

 

「っ!? 公爵……貴様っ!!」

 

「おまえこそ……やりやがった」

 

 バーシェンのラムネ瓶の中身が、瞬く間に凍りつき、公爵の瓶は違う意味で中の液体が泡立つほどに沸騰し、公爵は思わずラムネ便を取り落した。

 

 地面に落下したラムネ瓶は当然のごとく砕け散り、中の飲み物は地面の汚いしみになる。

 

「千年氷結術式。おのれ、高々遊戯勝負程度でここまでするかっ!?」

 

「おまえこそ……。ここにきて最大火力の沸騰術式を……恥を知れっ!!」

 

 醜い言い争いを展開しながら、相手の妨害工作に必死になる二人。

 

 そんな汚い大人二人を見つめて、サイトたちは思わず半眼になる。

 

 そんなときだった。

 

「あ、スイマセンお姉さま。もうそろそろお薬の時間ですので」

 

「え? 薬? あんた薬なんて飲んでいたっけ?」

 

 どの医者の薬も「申し訳ないけどどうせ効かないし」と飲まなかったじゃない。と突然立ち上がったカトレアに、エレオノールがそんな疑問を呈する。

 

 すると、

 

「バーシェン様が東方から、魔力由来の不調によく効くお薬を取り寄せてくださったそうなんですよ。手に入れるのに大変苦労をされたようなので、恩を返さないのはちょっとと思って」

 

「ぶっ!?」

 

「な……にっ!?」

 

 シレッとカトレアから放たれた暴露話に、最上級凍結魔法で凍りついたジュースを、必死に溶かしていたバーシェンは鉄面皮のまま吹き出し、新しいものを持つたびに熱湯に変わるジュースに四苦八苦していた公爵は固まった。

 

 瞬間、湖の上からシュルシュルと一本の白い線が伸び、空中に鮮やかな色の炎で、大輪の花を作り出した。

 

「あぁ、そういえば仲直りイベントの最後のシメとして、花火のイベントを用意していたわね」

 

「お、おれの渾身の力作……。こんな雰囲気で使われるなんて」

 

「いや、申し訳ないとは思うけど……サイト。これでお父様達とバーシェン卿仲直りできたと思う?」

 

「むしろどこに仲直りをする要素があった?」

 

「ですよねー」

 

 そんな間の抜けたルイズとサイトのやり取りを最後に、湖から打ち上げられる数千発の花火に、カトレアがはしゃいだ声を上げ、ウェールズとアンリエッタは頭を抱える。

 

 唯一シルだけが「御三方とも素晴らしかったですよっ!! 遊びですら闘争の修行に変えるなんてっ!!」と、的外れな関心をしつつ、ルイズ主催の仲直り大作戦は、失敗のまま終わったのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 あの祭りが終わってから数時間後。

 

 色々疲れてしまったサイトたち祭り主催者サイドは、片付けは明日にすることにしてひとまず公爵家の館へと帰った。

 

 最後はいろいろグダグダだったが、こちらの事情はいまいち分かっていない領民の皆さんは、花火をきちんと楽しんでいたのが唯一の救い。

 

――俺が作った花火もこれで浮かばれるよね? と、ちょっとだけ苦笑いをうかべつつ、サイトは夜中に起きだし、屋敷の中を徘徊する。

 

 別に妖しいことをするわけではなく、単純にトイレに行きたくなっただけだ。

 

 そんなとき、サイトが歩いていた廊下の窓から外を見てみると、

 

「ん?」

 

 月明かりに照らされた屋敷の広いテラスで、小さな丸テーブルを囲んだバーシェン、ヴァリエール公爵、カリーヌ公爵夫人がワインのボトルを開け、グラスに継ぎあい何かを話していた。

 

 その雰囲気は、祭りの時に見たとげとげしいものではなく、どこか落ち着いたもので……。

 

「あぁ……これ夢だな。あの人たちがあんなに落ち着いて話をするわけないもん」

 

 なんだよ畜生。夢なら夢って言ってくれよ……トイレ行き損じゃないか。と、ぶつぶつ言いながら、サイトは自分が泊まっている部屋に戻った。

 

 そんな彼の勘違いなど知ったことではないのか、三人は昔のような穏やかな関係のまま、ワインのボトルを開け、空に浮かぶ二つの月を、夜が明けるまで眺めつづけるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その翌日。祭りの後片付けをしたサイトたちは、他の公爵領に行幸に行くアンリエッタについていく形で、学園に帰ることになった。

 

 屋敷の扉の前では公爵たちが見送りに来てくれて、ルイズとサイトとの別れを惜しんでくれた。

 

「長期休みになったらまた来なさい。しごいてあげよう」

 

「まだまだあなたの対メイジ戦闘にはムラがありますからね。逃げたら承知しませんよ?」

 

「い、イエスマム!!」

 

 というかサイトは脅されていた。特にカリーヌの厳しい視線には、思わず居住まいを正させられて、サイトはガタガタと震えだしてしまう。

 

 そんな自分の使い魔を憐れな者を見るような視線で見ながら、ルイズはスカートをちょこんとつまみ貴族令嬢らしい挨拶を行う。

 

「では、行ってまいります。お父様、お母様」

 

「うむ。しっかりな、ルイズ」

 

「コモンマジックが使えるようになったからと言って、鍛錬を怠らぬように。あなたは得意属性にまだ目覚めていないのですから」

 

「わ、わかっていますわっ!」

 

 本当は虚無に目覚めているなんて言えない。と、思わず視線をそらすルイズに、カリーヌは持ち前の勘の良さで首をかしげる。

 

 だが、今回は娘ばかりにかまっているわけにもいかないと、彼女は即座に身をひるがえしアンリエッタが乗る馬車へと近づいた。

 

「お見苦しいところばかりをお見せしてしまい、申し訳ありません女王陛下」

 

「いいえ。た、楽しい滞在でしたわ」

 

 まったくです。胃に穴が開きそうでした。とは、空気が読めるようになったアンリエッタは言わなかった。

 

 顔は引きつってしまっていたが、彼女は何とか女王としての体裁を保つことができていた。

 

「そのお詫びとしてはなんですが、こちらをお納めください」

 

「? これは……」

 

 カリーヌが差し出したワインを手に取り、アンリエッタはその銘柄を確認する。すると、

 

「なっ!? お、オルニエールの200年物ではありませんかっ!?」

 

 シャトー・ド・オルニエール。しかもその200年物と言えば、伝説と言われる醸造魔法使い――シャトー・ド・リアーノが作った最高傑作と知られるワインだ。

 

 当時良質なブドウがとれたオルニエール地方は、色よし、かおりよし、味よしと、もんくのつけようがないワインを多く輩出したことで知られている、ワイン造りの聖地と言われた場所だ。

 

 その上、伝説の醸造士と言われたシャトーは、醸造したワインを劣化させないために、特殊な固定化魔法を開発した人物として知られている。その固定化の効果は、長い年月がたてばたつほどワインの味に深みが出て、うまみも増していくという、当時どころか現在でもワインの常識を覆しまくっているもの。

 

 おまけにその魔法を継承する前に彼は死んでしまい、現在ではその魔法の再現はほぼ不可能。

 

 そのため、彼が生きた時代である200年物。それも、生前彼が自身の最高傑作と謳った、オルニエールで作られた《シャトー・ド・オルニエール》は伝説のワインと謳われ、美術的・歴史的価値、そして固定化魔法の魔法的価値を含めると、トリステインが国庫を逆さに振ろうと足りないであろう値段になるといわれる、国宝級ワインなのだ。

 

――それを……土産に!?

 

 入手経路は分からないが、まず間違いなく家宝にしてしかるべきワイン。それを、こんなに気前よくっ!? と、女王らしからぬ「マジ信じられんわ」と言いたげな顔をするアンリエッタに、カリーヌは無表情のまま肩をすくめる。

 

「城に帰った時に、マザリーニ枢機卿や皆と共にお飲みください。バーシェン卿もご一緒に」

 

「はっ!」

 

 その言葉の意味をなんとなく察知したアンリエッタは、慌てて馬車に乗って視線をそらしているバーシェンの方に視線を向ける。

 

 バーシェンは何もいわない。むしろ、こっちを見るな、鬱陶しいと言いたげな雰囲気を放って、完全にアンリエッタの視線を無視していた。

 

 だが、その背中が確かに、わずかな明るい雰囲気を出しているのを見て、

 

「はい。わかりました……有難く受け取っていきます」

 

 アンリエッタはわずかに微笑みながらそのワインをうけとり、

 

「そうですか」

 

 あくまでそっけなく、平然とした態度をとり続けるカリーヌに「似た者同士ですね」と、苦笑をうかべながら、

 

「ではルイズ、途中までの同行、お願いいたしますよ」

 

「あ、はい! 姫様っ!! じゃぁ行ってきます、お父様! お母様! エレオノール姉さま! チィ姉様!!」

 

 親友のルイズと、彼女のメイドと使い魔をともない、ラ・ヴァリエール領をあとにするのだった。

 




大人げないバカどもの闘争の終了

ようやくライナたちになるのかな?

これが終わったら、学園襲撃やって……アンドバリ大活躍編やって……。

やべぇ。おわる気がしねぇ……。


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サウスゴータの起死回生

遅れてすいません^^;

ようやくライナたちの出番です


「どうしたものかのう……」

 

「どうしたもんですかねぇ……」

 

 アルビオン、シティオブサウスゴータ。

 

 王都ロンディニウムと、貿易の要所である港町ロイサスをつなぐ要所であり、政治のほとんどを貴族が握っているこの世界では珍しい、貴賤を問わぬ優秀な知識人の集まりである《議会》が町の運営方針を決定している。ハルケギニアでは珍しい政治形態をとる町。

 

 いま、その議会の会議場で議員たちが頭を抱えていた。

 

 彼らを苦しめる理由は二つある。

 

 一つは最近トリステインが行っている貿易封鎖のせいで、徐々に顕在化しつつある食糧難。食物の物価は天井知らずに吊り上るぐらいだったらまだましだったが、今では商店に食糧が並ばない日もざらにある。

 

 金があっても飯が食えないという民が続出し始めているのだ。

 

 そして、それに追い打ちをかけるようにもう一つの問題が、彼らの首をギリギリと締めていく。

 

 その問題とは、

 

「もはやあちらに出せる食糧はすべて出した……。新王陛下は我等に飢え死にしろというのか」

 

「反乱の時に中立を気取ったのが仇となったか。あくまで自由貿易都市としての気風を守ったのはよいが、『反乱の意無しと示したいなら、食料を渡せ』といわれるとは」

 

「大体あのときに、レコンキスタの味方をしていればっ!!」

 

「なにをっ! 大恩ある太守様がおらずとも、太守様の『民が自由に暮らせる領をつくりたい』という志を守るといったのはお主であろうがっ!!」

 

「やめんか! 今ここでそのような争いをしてどうする!」

 

 血走った眼で責任の擦り付け合いを始めかけた議員たちを一喝し、中央にある議長席に座る老人――《議会最高議長》バルバレド・ヴィ・エストランテイルは嘆息した。

 

「とにかく、食料を何とか捻出し、レコンキスタに渡さねばならん。さもなくばサウスゴータに兵が差し向けられ、我等が領内は戦場になる」

 

「食料などない! それは先ほどの議論で答えを出したではないかっ!!」

 

 一喝され不満げに席に座った議員がそう言うと同時に、議席に座るほとんどの議員から、ため息交じりの同意の声が響き渡った。

 

「どこかの町に金を払い、余剰の食糧を買い取るというのは……」

 

「どこにそんな食糧がある。アルビオン随一の貿易領である我等の領地にないものが、他の領地にあるわけがないだろう」

 

 万策尽きた。と、ひとりの議員がため息をつくのと同時に、他の議員たちにもそれが伝染し、議会の会議場にお通夜が如き湿った空気が充満した。

 

 それを見た議長は眉をしかめ、

 

「諦めるのが早いだろうおぬしら。何か他にないのか?」

 

「何かといわれても……」

 

「ない袖は振れん」

 

 こんな時に太守殿でもいてくれたら。と、彼らはそっとため息つく。

 

 今でこそ形骸化している太守の地位だが、議会がない昔、太守は絶大な権力を持っていたのだ。

 

 天空に浮かぶがゆえに気温が低く、空気も薄いため中々作物が育たなかったアルビオンの大地を土魔法で開拓し、一つの巨大な領地になるほどまで発展させたのが、初代サウスゴータ太守であったとこの町では伝えられている。

 

 つい十数年ほど前に処刑された太守も、その初代太守の行いに感銘を受けて、自ら進んで土魔法をつかい、農地の開拓をしてくれる立派な太守であったのだ。何やら王家が事情を隠蔽したせいで詳しくは理由がわからなかった処刑が実行され、太守が帰らぬ人となった後も、議会は太守の遺志を継ごうと、民のために全力を持って町の運営にあたってきた。

 

 戦に巻き込まれ、民が傷つくのを防ぐために、王室とレコンキスタの内乱の際、中立を宣言したことから、そのことは読み取っていただけるだろう。

 

 それほど彼らは、太守のことを慕っていた。

 

「だが、あの方はもういない……。唯一あの方の跡を継いでくだったであろう、マチルダ様も今はどこにおられるのかもわからん」

 

「クソッ王族め……。太守様一族の助命嘆願を受け入れてくれたのはいいが、マチルダ様を国外追放に処すなど」

 

「まだ、成人もされていない年頃でしたな。今はどうしておられるのか……」

 

「生きていてくださればよろしいのだが……」

 

「滅多なことを言うな!」

 

 町を窮状から救うための会議が、いつのまにか王族に対する恨みつらみが重なる、愚痴大会に変貌していた。

 

 太守が斬首されてから、議会会議が終わるまでに、だいたい一回はこの流れになってしまうのが、今の議会の通例だった。

 

――あまりいい通例ではないが……。と、議長は内心で嘆息しながら、

 

「愚痴はいいから意見を出せっ!」

 

 と、話を修正しようとして、

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

 一人の女性メイジが、杖を上げ挙手をしたのを見て、議長は胡乱げにそちらに視線を向けた。

 

 この女メイジはリュリュと言い、もともとはガリアの貴族だったそうだが、民の《飢え》をなくすために家を捨て諸国を放浪し、『食えないものを食えるようにする研究』をしている、変わったメイジだ。

 

 実際彼女の研究は、錬金によって土から肉を作り出すことに成功しており、今の食糧難のアルビオンにはとてもありがたい存在となっていた。

 

 だからこそ議長は、彼女にこの議会に参加する権利を与え、食料の捻出にいろいろ知恵を貸してもらおうとしたのだが、生来気が弱いせいか、喧々囂々とした議会の議論にオドオドするばかりで、まともな意見を出してくれていないのだ。

 

――これはハズレだったかもな。と、議長が半ば見限っていたところに、彼女の挙手。

 

 議長の、期待が微塵も感じられない態度も仕方ないと言えた。だが、

 

「しょ、食料はまだあります」

 

「なに?」

 

「ら、ライスという穀物がこの町には死蔵されています」

 

――何を言うかと思えば。と、議長は半ばあきれながら、太守が処刑されるより以前に東方の行商人から大量に買い込み、固定化をかけて貯蔵していたあのわけのわからない自称穀物を、脳内に浮かび上がらせる。

 

 あの食料品は太守が半ば趣味で買い込んだもので、定期的にやってくる東方の商人から、徐々に買いためて一つの食料庫一杯になるまで集めたという、いわくつきのものだ。なんでも成人したときに飲んだ東方の酒、「ホン酒」という物を作るために買ったのだと言っていたが……。

 

 酒を造ることしか使えない穀物など、思いっきりただの無駄遣いでしかなかったので、怪しい金の流れに気付き、その存在を突き止めたあの時の議長は、盛大に太守を怒ったのだが「い、いや……荒れ地でも育つように品種改良されているらしいから、無駄遣いじゃないって!?」と太守は見苦しく言い訳をしたあと、「いざというときのために」と決してその《ライス》とやらを捨てようとはしなかった。

 

 まぁ、そんな太守の黒歴史の塊ではあっても、一応太守の思い出ではあるので、固定化をかけて保存してあるのだが、

 

「酒を造るだけにしか使えん、あの固い茶色い種を一体何に使おうというのか?」

 

 はっ。と内心議長が考えていた言葉を、鼻を鳴らしながら言い放つとある議員。議長も内心ではそれに同意していたのだが、次にリュリュが放った言葉が議会を一変させる。

 

「いえ、あれ本当に東方では麦以上の主食として使われているみたいでして。とある東方の商人さんと一緒に夕食をとる機会があったのですけど、その時に私あれの調理法を習っています」

 

「………………………え?」

 

――ただの酒の材料というわけではなかったのか? と議長は目を見開き、

 

「そ、倉庫にあるのでどれくらい持つ!?」

 

「わ、私はまだ書類上でしか存在を確認していませんから、実際の状態と量を見るまで何とも言えませんが、結構おなかにたまる食糧ですし、ギリギリまで食い詰めれば、レコンキスタのこちらの余剰食糧を渡しても……だいたい三カ月はもつかと」

 

 何を思ってこんなに大量のライスを買ったのかは、わかりかねますけど……。と、リュリュが突っ込んでほしくなかったその言葉を発するのを無視し、議長は脳内で必死にそろばんをはじく。

 

 レコンキスタにこちらの食糧をすべて渡して三カ月も持つのなら、その間にトリステイン軍が動きだし、この戦争に決着をつけるはずだ。

 

 というかアルビオンの食糧難はもう割とシャレにならない領域にまで来ている。地方では餓死しかけているものが出始めたというくらいなのだから、その問題は深刻だ。

 

 レコンキスタの討伐と語っているが、あくまで目的はこちらの領土であるはずのトリステインにとって、下手に民を追い詰めすぎて占領した後反抗されるのも得策ではないはず。

 

 きっと折を見て、こちらに食糧を乗せた船を出し、飢えている民たちを救済。レコンキスタの非道を訴えつつ、アルビオンの民の信頼を勝ち取りながらレコンキスタが君臨する王都へと王手をかけるはず。

 

 その期間は早くて一か月。遅くて二か月後。それがアルビオン全体に飢えが蔓延し、シャレにならない数の餓死者が出ないギリギリのラインだ。

 

 その三カ月の間町の住人達を食べさせていけるというのならば、これほどありがたい話はない。

 

「だが、ずっと同じ調理法では、民に不満が出るのでは……」

 

「飯が食えるだけありがたいと民も心得ているだろう」

 

「しかし不満が出ないかといわれるとそれはありえんぞ」

 

「ならばレコンキスタにライスを送るというのはどうだ?」

 

「無理だ。こちらですら碌に調理法がわかっていない食材を、あちらに送ってどうしろというのだ」

 

「のうリュリュ殿。そのライスの調理法というのは一つだけなのかの?」

 

「もうしわけありません……。私が教えてもらったのは一つだけで」

 

――ふむ。と、先ほどまでの湿っぽい空気ではなく、にわかに活気づき始めた議会の議論に、議長は一つ頷き。

 

「祭りを開くのはどうじゃ?」

 

『は?』

 

 信じられない提言をした。

 

「祭りと言ってもただの祭りではない。私の見立てではライスを食料として遣って放出すると、民を飢えから守り、トリステインがこちらに介入まで耐える期間に一か月ほどの余裕が出てくる。その余裕である一か月分のライスを民に使わせて、ライスの調理法を研究させるのだ。リュリュ殿が知っている調理法を民に一度周知させたうえで、そこから新しい料理を作らせる。そうすれば民がライスに飽きることはないはずだ」

 

「それで、それと祭りがどう関係するので?」

 

 眼鏡をかけ優しい笑みを浮かべた老人議員の指摘を聞き、議長は宣言する。

 

「そのライスを使った料理を競う、料理大会を開き、祭りとして造られた料理をふるまうのだ。この祭りには二つの目的がある。

 

 一つは、民のリフレッシュだ。戦時中であるため民は抑圧され、食糧難に陥り心身的に参っておる。一歩間違えばレコンキスタに対して反乱が起きかねん。ただでさえ内乱が起こった直後に、トリステインの貿易封鎖が起こり、この国はぼろぼろだ。そんなことになってしまえば、この国はもはや国としての体裁を保てなくなる。それを防ぐために、この祭りで民を慰労し、いたわることによってひとまず心身ともにリフレッシュをさせるのだ。

 

 二つ目は、レコンキスタに対するライスの宣伝だ。先ほども言ってもらった通り、こちらの余剰食糧をすべてレコンキスタに渡し、ライスだけでこちらは生活するという計画はいささか無理がある。そこでレコンキスタに献上する食糧には、必ずライスを入れ、余剰食糧をある程度こちらの手元に残さないといけないわけだが、そうなると食えない食糧を送りつけたと言って、レコンキスタがこちらに言いがかりをつけてくるかもしれん。そうならん為にこちらである程度調理法を確立し、うまい料理を徴収官に食わせれば、文句を言わずに持っていくはずだ」

 

 なるほど。一理ある。と、議会の様々な場所から、納得の声が上がるのを聞きながら議長はようやく見えた希望の光に、ほっと安堵の息をつく。

 

――これから二か月。食料のやりくりは厳しくなるだろうが……苦難を乗り越える道は開けた。それも太守様が「いざというときのために」と残しておいた食糧によって。

 

 議長はそれに運命的な物を感じながら、そっと天に向かって祈りをささげる。

 

「太守様、どうぞ始祖ブリミルの身元にて、我等をお守りくださいますよう……」

 

 そのことを太守に感謝しながらも、どうかもう少しだけサウスゴータをお助けくださいと、太守に祈りをささげるのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 さて、そんなこんなで題料理大会(米限定)が開かれることになったサウスゴータ。町では盛大な宣伝が行われ、近隣の食うに困った住人達や、町の人々も今か今かとその料理大会を待ちわびており、参加する料理人たちは、議会から支給された未知の食材に四苦八苦しながら、腹を空かせた人々を喜ばせる一品を作り出すため、心血を注ぎ始める。

 

 そして、そんな活気を帯び始めた町で、ひとりの金髪美女の剣士があらわれ、町中に張り出された料理大会のポスターを一枚はぎ取った。

 

 その女性はポスターに穴が開きそうなほど、じっとそのポスターを見つめ続けた後、それを抱えて一目散にサウスゴータをあとにし、町からはるか離れた森の中に入り、その奥にある小さな集落の小さなウッドハウスに殴り込み。

 

「うぅ……フェリス。それ、腹やない。刃や」

 

 と、悪夢を見ているらしく、うなされている黒髪の男に向かい剣を振り上げ、

 

「ライナぁああああああああああああああああああああ!!」

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああ!?」

 

 そんな絶叫を上げ、剣の刃を男の首めがけて振り下ろした。どういうわけか男はそれを超人的感覚で察知し、悲鳴を上げながら緊急回避。ベッドの隅に向かって勢いよく転がりながら、ほんのちょっと首の皮を切られ冷や汗を流す。

 

 同時に勢い良く振り下ろされた剣によってベッドは見事に真っ二つ。轟音を立てて、崩れ落ちた。

 

 自分の楽園があっさり粉砕されたのを見て、黒髪の男――ライナ・リュートは、口をパクパクさせながら、金髪美女の剣士――フェリス・エリスに食って掛かる。

 

「てめぇ、フェリス、なにやってんだぁあああああああああああああああああ!? 今の刃だったよね!? 避けてないと俺死んでたよな!?」

 

 悲鳴なのか、泣き言なのかよくわからない抗議をしながら、ライナはフェリスに食って掛かる。だが、そんなライナの態度など知ったことではないといわんばかりに、フェリスはサウスゴータから勝手にかっぱらってきたポスターをライナの前に掲げ、

 

「ライナ! ダンゴダダーンゴダンゴ祭りが開催されるぞ!! 参加するから、首をかせ」

 

「ツラじゃなくて!? いや、ツラでも問題だけど……って、団子祭り?」

 

 なんだそりゃ? と不思議そうに首をかしげる相棒に、フェリスは鼻息荒く祭りの詳細を語りだすのだった。

 



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祭りだ!

ようやくこの章での最後の平和な話が始まりました。

もうちょっと祭りやってから、学園襲撃編で、アルビオン戦争に終止符ですかね……。

ながく……なりそうだな。

あ、忘れてた。

更新遅れてすいません(´・ω・`)


 シティオブサウスゴータ。アルビオン王国において、貿易の中枢を担うこの大都市は、現在……最近は見られなかった賑やかな空気で満たされていた。

 

 空に打ち上げられ煙を出す炸裂砲。それによって祭りの開催が周りに告げられ、人々の熱気はさらに上がっていく。

 

 レンガ造りの町の道路には、様々な色の屋根で精いっぱい飾り立てた屋台たちが立ち並び、その前では若干痩せているお客様たちが、今か今かといわんばかりに開店時間を待っている。

 

 そして、

 

「おはよう、サウスゴータ市民と、近隣からやってきたお客様方。本当なら丁寧なあいさつをするべきなのだろうが、今の君たちにはそんな挨拶を待っている余裕もないだろう。というわけで挨拶はこのくらいにして、さっさと始めようではないか……せいぜい掻き込めっ! そして屋台の連中は祈るがいい……己が頭上に、優勝の栄冠が輝くのをっ!! では、《サウスゴータ主催! チキチキ・ライスハン(・・)大祭!!》開幕じゃごらぁあああああああああああああああ!!」

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 風属性魔法によって町中に拡散されたサウスゴータを統治する最高議長の言葉に、人々は叫び声をあげながら、料理を並べだす屋台に突撃した。

 

 そんな突撃された屋台の一つに、

 

「とうとう来たぞ、ライナ、眼鏡、ティファニア……目指すは優勝ただ一つっ!」

 

「は、はい! 頑張りますっ!」

 

「あんたいいかげん私の名前をよびなっ!!」

 

 昨夜ライナと共に徹夜で仕込んだ団子を片手に、気炎を上げるフェリスの背後で、状況がよくわかっていないがとにかく頑張ると、かわいらしくおしとやかに拳を上げるティファニアと、半眼に成りながら新しい団子づくりに精を出すロングビル。

 

 そんな彼女たちの後ろで、同じように団子を作っていたライナは、そっとため息をつきながら、

 

「なんでこうなった……」

 

 と、思わずそうつぶやいてしまうのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 事の起こりは数日前にフェリスが持ってきた、とある祭りの開催を知らせるポスターだった。

 

「んぁ? なんだこれ?」

 

 ライナが首をかしげながらそのポスターに書かれている文字を読むと、

 

「『祭りだ集まれ! サウスゴータ主催! チキチキ・ライスハン大祭!!』……なんだよこれ?」

 

 やっぱり意味が分からなかったのか、同じ疑問を繰り返すライナに、無表情の中に隠したバカにしきった表情を浮かべるという、フェリス特有の高等技能を披露しつつ、フェリスはライナに事の次第を説明する。

 

「これを読んでまだ分からんとは。貴様それでも団子教の信者か!?」

 

「いや、違うし」

 

「うむ。そうだったな。奴隷だったな。つい先日もお前の口座から、我が団子教へのミカジメ料が届いたし」

 

「ランクダウンしろって言ったわけじゃねぇよっ!? おまけにいつの間にか俺の金が好き勝手に使われてるぅうう!?」

 

 てめぇ、フェリス! いったいいくら使いやがった!! と、血涙を流しながらフェリスに食って掛かるライナを、フェリスは片手で握った剣でいなしながら、事の次第を説明するっ!!

 

「つまりだ、『ダンゴダダーンゴダンゴ祭り』が開催されるということだっ!!」

 

「いや、一言もそんなこと書いてないじゃないか……」

 

 うぅ。またフェリスに飢え死にさせられそうになる生活が来るのか……俺明日から一体どうすれば。と、どんより落ち込み部屋の隅で膝を抱えるライナや、そんな彼を必死に励まそうとするティファニアをしり目に、唯一まともに活動できるロングビルがフェリスに冷静にツッコミを入れた。

 

「む。なにをいう。米の祭りが開催されるということは、米の料理がふるまわれるということ。そして団子粉の原材料の筆頭として挙げられるのが、米を粉末状にした団子粉だ!」

 

「ふむふむ」

 

「だからこれは団子祭りなのだ!」

 

「ふむふむ……ん?」

 

 話題が一気に飛んだような……。と、ちょっとついていけないロングビルに、ティファニアに慰められ何とか復活したライナが「団子関連の話で、こいつの戯言は気にしちゃいけない」フォローを入れつつ話をまとめる。

 

「つまりフェリスはこの祭りで優勝して、団子の存在をアルビオンに知らしめようってわけだな」

 

「うむ!」

 

 わかっているではないかっ! と、若干嬉しそうにするフェリス。だが、ライナとしてはこの話は少々まずい。

 

 何せライナ達はアルビオンが食用難になってもらわないと困る側なのだ。この食糧難のご時世に、わざわざ食糧系の祭り、それも(らいす)などという変わった食材メインの祭りとなると、サウスゴータは何らかの方法で食糧難を脱する手段を得たと考えた方がいい。

 

 それの手伝いをするのは、任務内容と上司の性格上、非常にまずいことに思われた。

 

 だが、

 

「いいんじゃないかい? 別に」

 

「え?」

 

 フェリスの援護射撃は意外なところから入った。団子関係のフェリスの言動は真に受けてはいけないと学んだ、ロングビルだ。

 

「だって、まずいだろ? 何らかの条件で食糧難打破されちゃったら、絶対バーシェンの奴怒り狂うぞ?」

 

「なにいってんだい。餓死者が出かけている今の状態で、できる手なんてほとんどないよ。あんたもちょっと前に送った報告書で『もうそろそろ救援の手を』っておくったじゃないか。万一食糧難を打破できたとしても、そいつはせいぜい数か月寿命を延ばす程度。だったら、私らの正体がばれた時の保険として、今のうちに町の住人に恩を売っておくのも悪くはないてだ」

 

「あぁ、なるほど……」

 

 ロングビルの提案に、ライナは納得のうなり声をあげ、

 

「まぁ、頑張るのはフェリスだし、バーシェンの奴に妙な脅迫状を送る理由を作らないって言うなら……頑張ればいいんじゃないか? 俺は参加しないけど」

 

 予防線を張りつつ後退。絶対にかかわりあいにならないという姿勢を崩さないまま、フェリスから遠ざかっていく。

 

 もとよりライナはめんどくさがり屋。祭り? 何それ美味しいの? を素で行く人間だ。任務外である祭りに関わる理由はどこにもない。というか、任務ですら本来はさぼりたいのに、定期的に送られてくるバーシェンの脅迫状のせいで、真剣に取り組むはめになっているのだ。ぶっちゃけ、関わらなくていいなら余計なことはしたくない。というか、もう今からでも部屋に帰って寝たい。

 

 そうだ、そうしようっ! 俺は今からお昼寝央国へと旅立つんだ!

 

 と、これからは団子関係で忙しくなるフェリスの妨害をうけず、悠々自適に昼寝ライフを満喫できると、取らぬ狸の皮算用にいそしむライナ。当然、本人もわかっている……これがただの現実逃避だということを。

 

 そして、そんなライナに対し、予想通りにフェリスは鞘から剣を引き抜き、逃げようとするライナにフルスイングっ!!

 

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああ!?」

 

 キリモミしながら飛んでいくライナに、またかと言いたげに肩をすくめるロングビルと、最近ではすっかりこの光景に成れてしまったティファニアの苦笑いが、吹っ飛び地面に這いつくばったライナに向けられる。

 

「何を言っているライナ。売り子と料理人が足りない。お前も手伝え」

 

「ふ、ふざけんな! 俺には48時間御昼寝するという崇高な昼寝信者としての使命が……」

 

「ん?」

 

「なかったようなので、喜んで団子づくりに協力させていただきますっ!!」

 

 首筋に当てられた鋭い剣に、滂沱の涙を流しながら無条件降伏するライナに、フェリスは満足げな笑みを浮かべて(はたから見ればただの無表情だが、ライナには笑っているのがわかった)、

 

「うむ! 眼鏡にティファニアに、色情狂! このアルビオンで、団子神様の覇を唱えるのだっ!!」

 

「はいはい」

 

「あ、あの……私街に出られない気が」

 

「うぅ……俺の、俺の貴重な昼寝時間が」

 

 そんな仲間たちの頼もしい(?)声援を背中に受けながら、フェリスは意気揚々とサウスゴータに戻り、祭りの参加申請を行うのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして祭り当日。ライナ達はサウスゴータの一角にできた、とある屋台にいた。ここが彼らの店。彼らの戦場だ。

 

 清算用のカウンターと、カウンターに囲まれて隠された、団子とお茶の制作スペース。その隣には、フェリスがライナを強制労働させ作り上げた、紅い敷物を強いた長椅子がならべられ、その場でお団子を食べられるように配慮されている。

 

 カウンターに隠された生産スペースでは、黄色いエプロンとナフキンを装備したロングビルとライナがお茶と団子を制作しており、カウンターの清算役はフェリス。店で食べる人に団子を渡すウェイターとして、ティファニアがそれぞれの持ち場についていた。

 

「いや、ティファニアと俺の配置には特に文句はないんだけど、フェリスとマチルダの配置はおかしくねェ?」

 

 あいつに接客できるとは思えないんだけど……。と、もくもくと団子を作りながらそんなことを言うライナをしり目に、ここ数週間みっちりと団子に会う美味しいお茶の入れ方をフェリスに仕込まれたロングビルは、はらはらとした様子で人間と同じ耳をしている――ようにみえる、フェイスチェンジの魔法がかかったイヤリングをはめたティファニアを見ていた。

 

 あのイヤリングは、つい最近フェリスが殲滅したアルビオンの盗賊団が持っていたもので、人相を隠したいときは何かと重宝している逸品だ。

 

 とはいえ、あくまでその効果はティファニアの顔に幻影をかぶせて、耳の形を錯覚させているだけのこと。触られればばれるし、何かの拍子でイヤリングが取れたら、それこそ目も当てられない事態になる。

 

「そんなことどうでもいいよ! それよりもテファ……本当に大丈夫なんだろうね。あんなかわいい子を接客に置くなんて、何かあったらどうするんだい」

 

「お前も大概過保護だよな……」

 

 むしろこの店で暴れるような奴は、そいつの方がかわいそうに思えるくらいの制裁を、フェリスにされると思うんだが……。と、ライナが今後起こるかもしれない惨劇に、思わず身を震わせたときだった。

 

「むっ! きさまはっ!!」

 

「げっ!?」

 

 聞き覚えのある声が店の前で響き渡り、ライナは恐る恐るといった様子で調理スペースから立ち上がり、顔を出す。

 

 そこにはやっぱりあいつがいた。

 

 つややかな黒い髪に、少し吊り上った気の強そうな瞳。均整のとれた体つきと顔つきは、フェリスと為を張れるほどの美貌を誇っている

 

 自称月影の女神――詐欺師、エステラ・フューレルの姿がそこにはあった!!

 

「ほほう、貴様もこの祭りに参加し懸賞金を狙っておるのか、三流美人」

 

「そういうおまえは、相変わらずいかがわしい商品を売りつけているのか、偽女神。今日は食の祭典、貴様のいかがわしい幸運の壺の出る幕はないぞ?」

 

「お前そんなもん売ってんのかよ……」

 

 いまどき小学生でもひっかかりそうもない胡散臭すぎる商品の名前に、ライナは思わず半眼になる。それでも一定の利益を上げてしまうあたりに、エステラの優秀さと性質の悪さを感じるが。

 

「ふん、やはりその程度の美貌では、わらわの深謀遠慮も読み切れんようじゃな。貴様に言われずともそのくらいは理解しておるわ。わらわとて参加するに当たりきちんと料理は作ってきた」

 

 そう言ってエステらが目の前の屋台に入る。どうやらあそこがエステらの店の様だった。

 

 祭りの間あいつとずっと向かい合わせで商売するとかなんの悪い冗談だ。と、ライナが考えているうちに、屋台から何やらとってきたエステラは、それを店の前にある竿に掲げる。

 

 そこには、

 

『幸運のチャーハン』とかかれていて……。

 

「壺が焼き飯に変わっただけだろうがぁああああああああ!」

 

「なっ! 焼き飯ではないチャーハンだっ!」

 

「どっちでもいいよっ!」

 

 渾身のツッコミを入れるライナの隣で、フェリスは分と鼻を鳴らす。程度が知れたなと言いたげな態度だ。だが、そんなフェリスの態度を見ても、エステラの余裕は崩れない。

 

 なぜなら、

 

「ふん、余裕でいられるのも今の内じゃぞ?」

 

「なに?」

 

「今回の祭りの優勝は、米の消費量によって問われる。そしてわらわには、その消費量を上げる秘策がある」

 

「どうせ、お前のいかがわしい教団の信者に、しこたま食べさせるんだろう?」

 

「…………………………」

 

 ライナのあてずっぽうな発言に、エステラは思わずといった様子で黙り込んだ。どうやら図星だったらしい。

 

「くっ、腰ぎんちゃくのくせに生意気なっ!」

 

「あの、いい加減その呼び方はやめない」

 

「まったくもってその通りだ。前にも教えただろう? こいつの呼び名は《史上最悪の性犯罪者》《色情狂オブロード》《第六色情魔王》ライナ・リュートだと教えたはずだ」

 

「余計な装飾おおすぎねぇ!?」

 

 相変わらずないことないこと吹きこみやがって……。そりゃおぼえられねぇよ!! と、思わず納得するライナに、エステラも一つ頷き、

 

「まったくじゃ。愚民の名前など覚える価値もない。わらわに覚えられるのはせいぜい《史上最悪の性犯罪者》《色情狂オブロード》《第六色情魔王》ぐらいじゃ」

 

「何でそこだけ覚えるんだよっ!? 名前だけ憶えろっ……ゲホゲホっ」

 

 突っ込みすぎでむせるライナに、なにやら愉悦を覚えるような笑みを浮かべるフェリスとエステラ。もしかして俺遊ばれている? と、いまさらながら気付いたライナの肩に、諦めなと言いたげに首を振ったロングビルの手が置かれた。

 

 そんな彼女の思いやり溢れた最後通告に、ライナが思わずうなだれた瞬間だった。

 

「あら、ライナさんじゃないですかっ! あなたもこの祭りに参加されるのっ!」

 

「っ!?」

 

 エステラと同じくらい会いたくなかった人物の声に、ライナは油の切れたブリキ人形のように、声の聞こえた方へと振り返る。

 

 そこには、優雅に日傘をさしてこちらに向かって歩いてくる、桃色のフリフリ服を着た、どこからどう見ても可愛い女の子にしか見えない――(へんたい)がいて。

 

「お久しぶりですわ、ライナお姉様! こんなところで会うなんて奇遇ですねッ!」

 

「うわぁ……お前までくるのかよ」

 

 その人物の名前は、エリーナ・イェーガー・ド・コーンウォール――正式名称、エレン・イェーガー・ド・コーンウォール。どこからどう見ても可憐な少女である()はれっきとした男である。

 

 ちょっと前にとある事件に巻き込まれたライナ達が懲らしめた人物で、現在はとある村の村長としてノンビリとした生活を送っているはずなのだが……。

 

「なんできてんの?」

 

変身(けしょう)施設の維持管理には何かとお金がかかりますのよ。食料は、仕方なくあのおっ○い製造術式を改変して、食用肉や、野菜類を地面から錬成しているので何とかなっていますが」

 

「今すごいこと言わなかったかこいつっ!?」

 

 道理でやけに健康体に見えるわけだよっ!? と、ライナは本気で戦慄する。

 

 あの敷設型魔法陣が100もあれば、今のアルビオンの食糧難はあっさり解決しかねない。だが、

 

「ご安心をライナお姉さま。わたくし、ライナお姉さまと敵対するつもりはありませんの……いろんな意味で」

 

「その、いろんなという言葉に含まれている事情を事細かにききたい気分だけど、ショックうけそうだからいいや……」

 

「その方がよろしいかと。なにより私一応旧アルビオン王家側でしたから。反乱鎮圧よりも重要なことがあったため、反乱その他もろもろはいろいろ流しましたが、先代国王やウェールズ様にはいろいろとお世話になりました。なので、積極的にレコンキスタのためになるようなことはしたくないんですのよ」

 

「いやもう、反乱鎮圧に出なかった時点で、あんまり信用できねぇよ」

 

 そう言った外の事情にかかわりあいに成りたくないならわかるけど……。と、長年男を女にするために心血を注いでいた、変態発狂学者(ひきこもり)のエリーナにそんなことを言いながら、ライナは隣の屋台を見つめた。

 

 少し前までは、店全体を隠すように黒い覆いをかぶせていたその屋台が、突如としてその屋台の覆いをとりさり、店の全容をあらわにしたのだ。

 

《気まぐれ女の子(仮)のパエリア!!》そんな料理名が書かれているその屋台では、ほんの少し前にであった、女――に見える男たちが集っていて、

 

「エリーナ様っ! おまちしていました~」

 

「ライナお姉さまもお久しぶり~!」

 

「きゃ~、ライナお姉さまぁ~!!」

 

「………………………………」

 

 次々と歓声を上げながら、こちらに手を振ってくる男の娘たちに、ライナは思わず顔を引きつらせる。

 

 その後ろでは「お姉さま?」と不思議そうに首を傾げるティファニアに「しっ、深くは聴いてやるな!」とロングビルが諭しているが、そんな事実は、認識した瞬間ライナの精神が限界を迎えそうなので、シャットアウトしておく。

 

 そうこうしているうちに、なにやらド派手な破棄を纏っている連中が、ライナ達の屋台の前を通り過ぎ、

 

「むっ! おまえたちは」

 

「ふ、やはりあんたもきたか……団子狂いのお嬢ちゃん」

 

「だがしかし、この戦いは俺たちが頂く」

 

「サウスゴータで覇権を握っているのは、我等《サウスゴータ食料品店連合》だ! 外様の連中に好き勝手させr……」

 

 何やらフェリスと熱い視線を交わすこいつらからも、隠しきれない変態の匂いが漂ってきて……。

 

「もうやだ、こんな祭り……」

 

 いますぐウェストウッドの森に帰りたい。と、頭を抱えるライナだったが、時は無情にも過ぎ去っていき、

 

『では、《サウスゴータ主催! チキチキ・ライスハン(・・)大祭!!》かいまくじゃごらぁあああああああああああああああ!!』

 

『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 元気のいい最高議長の呼び声と共に、地獄の釜の蓋が今開いた。

 



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祭りに訪れる不穏な風

待たせましたっ!

たまにですが更新していくことになるかと……。


 なんやかんやあったが、まぁライナ達の屋台の滑り出しは順調と言っていいだろう。

 

 なにせ、ほかの店が食事に使えるような、料理を出しているのに対し、フェリスたちが提供しているのは米を使った甘味――デザートだ。

 

 ほかの、主食系料理とは系統が違うためほかの店との客の取り合いが起きず、米を使ったデザートなど他では作られていないため、食後のデザートとしての立場を完全に確立できていた。

 

 食後のデザートを食べたいなら絶対ここ。という評価をこの祭りに来ている人々に、与えることができたのだ。

 

 何気に戦略勝ちだと言えよう。もっとも、

 

「フェリスはそんなこと考えてないだろうけど……」

 

「だね」

 

 ライナとロングビルが裏で団子粉をこねながらそんなことを呟いていると、店の方からは相変わらず淡々と無愛想な対応をしているフェリスの声が聞こえた。

 

「ふむ。三食団子3本にみたらし団子3本。会計は60スウだ。そちらはお茶と三食団子3本だったな? なに? おいしかった。当然だ、私を誰だと思っている!」

 

「いや、作っているの俺達だしな……」

 

 お前はなんもしてないだろ。と、厨房代わりの天幕で呟きながら、ライナはそっと嘆息を漏らす。

 

 どうじに、その天幕の隙間から覗けるティファニアの方を見てみるが、

 

「は、はい! 草団子三本に、緑茶一杯ですね。少々お待ちを……って、ひゃっ!?」

 

「へへ、ねーちゃん良い乳してまんな。ちょっとお客さんにサービス……ふぇぶっ!?」

 

 なにやらセクハラおやじにつかまりかけていたが、そのセクハラおやじは会計カウンターから飛来した団子の串が眉間にぶっ刺さり、白目をむいて気絶する。

 

 そんな光景をライナがダラダラ冷や汗を流しながら眺めている中、天幕の後ろからは、

 

「ん? 今手がかすんだように見えた? 気のせいではないか」

 

 と、あっけらかんとしたフェリスの声が聞こえてきていて……。

 

「やべぇ……この店いろんな意味でやべぇ」

 

「そうかい? 私としてはとっても安心だけど」

 

 そりゃお前にとってはそうだろうよ。と、ライナは内心呟きつつ「お、お客さぁああああああん!?」と、悲鳴を上げて気絶した客を介抱しようとしているティファニアの救援に向かう。

 

 かれこれセクハラ客が死にかけること10数回。すっかり対応に慣れきってしまったライナだった……。

 

「なんで俺こんなことしてんだろう……」

 

 その疑問に答えをくれるものは、今この場にはいない……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ぐぬぬぬ……。おのれあの団子娘め。何故わらわの店より、あの三流美人の店の方がもうかっておるっ!?」

 

 一方こちらはフェリスの店の反対側で《幸運のチャーハン》という明らかに胡散臭い商品を売り飛ばしているエステラ・フューレル。

 

 一応彼女が作っているものもそこそこおいしいのだが、ただのチャーハンのくせに割高な値段と、団子に魂をかけているフェリスと比べて味が一段堕ちることが、今の売れ行き不調の理由となっていた。

 

 それでも言葉巧みに人々をだまし、割高なチャーハンを売り飛ばすエステラの腕はさすがといったところなのだが……。

 

「くっ、こうなっては仕方ない!」

 

 いつものように、策を弄して妨害工作をっ!! と、エステラが考え、カウンターの陰に隠れてあくどい笑みを浮かべたときだった。

 

「エステラさんっ! 三番テーブルのお客さんに注文の幸運チャーハンと、御通し持って行ってくださいっ!!」

 

「えっ!? い、いやちょっと妾用事があって……」

 

「何を言っているんですかっ! こんなところで休んでいては、フェリスさんたちには勝てませんよっ!」

 

 キリッとした顔をしたシルワーウェスト・シルウェルトが、アツアツの湯気を上げるチャーハンと水を乗せたトレーを厨房から持ってきた。

 

 実はこのシル、ライナとフェリスにバーシェンからの脅迫状を届けに来たところをエステラにつかまり、その口車に乗ってこうしてエステラに雇われているのだ。

 

 ライナがその姿を見れば思いっきり顔をひきつらせていただろう……。

 

 エステラとしては、どうもライナ達はこの男を恐れているような(正確には彼の届けるバーシェンからの脅迫状を恐れているのだが……)気配があったので、ライナ達に対して何らかの牽制になると思いシルを雇ったのだが……どうにも話が通じず、御しきれていない感じが否めない。

 

「くっ、まさかこの世界に妾の口八丁が通じぬ輩がいるとはっ!!」

 

「さぁ! 此処から頑張って巻き返していきましょうっ! 大丈夫です、エステラさん美人ですから、お客さんはきっと来てくれますっ!! フェリスさんたちにもきっと負けません!!」

 

「そ、そうかのう? まぁ、シル殿がそう言うのであれば、そうなのだろうが!」

 

 まぁ、制御云々はともかくシルの飾らない素直な称賛に、エステラもどうやらまんざらでもないようだった……。

 

 だが、エステラは一つだけ汁に対して不満があった。それは、

 

「うむ。では主人、私もスパークの劫火にてチャーハンのコメをよりぱらぱらにして見せようっ!」

 

「頼りにしているよ、ぶーちゃん!」

 

「いや、屋台が燃えそうだからさすがにそれはやめてくれ……。というか、なぜ豚のぬいぐるみの瞳から熱線が……」

 

 自称槍の豚のぬいぐるみが、始終彼から離れないことだった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ふむ。どうやらうまくいっているようだな」

 

「コメの利用案も結構いいものがそろっていますしね。この祭りのレシピと同時に米を放出すれば、食糧問題はしばらくのあいだ鎮静化するかと」

 

 祭の屋台をめぐりながらそんな会話をするのは、先ほど祭りの開催宣言をした最高議長と、その側近である副議長だ。

 

 彼らの手にはポン菓子と名付けられた穀物の菓子が詰まった袋が持たれている。

 

 横目に見た屋台では川魚や山菜と共に調理をした『パエリア』や、パスタの代わりに米を引いた『ラザニア』なる商品が売られており、かれらの目を楽しませる。

 

「すべては太守様のおかげですな」

 

「この事態を見越していたとは思えんが……まぁ、否定はせん」

 

 いや、もしかしたら見越していたかもしれんな。どこまでも食えない人だったし……。と、議長は独りごちながら、久々に見る活気があるサウスゴータのように頬を緩ませた。

 

「これであと二か月……我々は戦える」

 

「はい。始祖様の身元で太守様も喜ばれておられることでしょう」

 

 そうだな。と、最高議長は返事をしながら、一つだけ残った心のしこりにため息をつく。

 

 これで、マチルダ様もいてくだされば……と。

 

 そんなときだった。

 

「む、議長。ここが暫定一位の売り上げを誇っている屋台ですな」

 

「ふむ。そうか。では一つ我等もこの屋台の料理を味見するとしよう」

 

 《フェリスとゆかいな仲間たち団子屋》という、少々変わった名前をした屋台の暖簾を、二人はくぐった。

 

 そして、

 

「お客さん!? 大丈夫ですか!? しっかりしてくださいっ!?」

 

 最高議長たちは目撃する。

 

 額から串を生やし気絶する男を介抱する、妖精のような美しさを持った爆乳少女と、

 

「ちょっとティファニア、大丈夫かい!? その男じゃなくてあんたの方が! そっちの男は生ごみ入れにでも捨てておきなっ!」

 

「ちょ、姐さんなんてこと言うのっ!」

 

 見覚えがある顔立ちをした眼鏡をかけた美女の姿を。

 

 というか、

 

「ま、マチルダお嬢様っ!?」

 

「んぁ? 誰だいいきなり人の名前を……って、げっ!? バルバレド!?」

 

 突然の再会を果たした二人は、思わぬ人物の登場に眼を剥いた。

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 時を同じくして、

 

 

「サウスゴータが珍妙な行事を開いておるらしいな?」

 

「なんでもこのご時世に祭だとか……」

 

「ふん、あの能天気どもめ。我等が血と汗を流しながら働いておるというのに、何をしておるのか……」

 

 一台の馬車に乗った男が一人、サウスゴータへの街道を進んでいた。

 

 その体はでっぷりと太っており、食糧難だというのに、その手には豪奢な菓子がわしづかみにされている。

 

 そんな光景を見ていた彼の秘書は「働いているって……だれが?」と言いたげな視線を一瞬だけ男に向けたが、その表情はすぐにかき消される。

 

 秘書もまだ命は惜しい。この男に妙な不興をかわれては、自身の命が危ないことくらい心得ていた。

 

「まぁよいわ。所詮サウスゴータは、我等が血を流し手に入れた革命での勝利に貢献しなかった外様。何かと理由をつけて幾らでも搾り取れる便利な相手だ。我が到着した暁には、あの町にあるすべての食糧を治めさせようぞ」

 

「はっ、偉大なるフェリペ公爵の仰せのままに」

 

 こうして、人々を救うために行われた起死回生の祭りに、波乱が訪れようとしていた。

 



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