希望と絶望を司る (虹好き)
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強さを求める少年

初めまして、虹好きです。

作者のちょっとした妄想から始まった物語。

どうぞよろしくお願いします。


 ーー俺はただ、強くなりたかった。

 

 ーーあんな悲劇を起こさせないためにも、せめて、この両手が届く範囲の人たちを助けられる力が欲しかった。

 

 ーーだから俺は、誰かを護れる強さを手に入れるために、この門を叩いたんだーー

 

 

 〜〜〜

 

 

 道場の床に滴る夥しい量の血。これでもかというほどの血を流しながら、しかし、口からは新たな血が吐き出され、床を赤く汚していく。

 

 身体は動くような状態ではなく、既に満身創痍。眼からはとめどなく涙が溢れ、骨も何本折れたか分からない。ただ分かることは、

 

(……まだだ……まだ、足りない。この程度で根を上げてちゃ、この先生きていけない……)

 

 自分の無力さだった。

 

 床で動くことのできない少年に対し、少年をこうなるまで徹底的に壊した存在。相対していた男性は、ゆっくりと少年に近づき、優しく抱き上げた。

 

「やるようになったじゃねぇか。これならそろそろ、"崩月流"の真骨頂である"角"の力に耐えられるんじゃないか?」

 

 もはや虫の息と言っても過言ではない少年に普通に話しかける男性。しかし、少年は瀕死状態とは思えないほどしっかりとした口調で、笑みすら浮かべて返事をした。

 

「まだまだですよ。まだ一撃も与えられてませんし。それにしても、相変わらず修行の時もバーテン服っておかしくないですか?静雄さん」

 

 静雄と呼ばれた男性は、少年の言う通り、バーテン服を着ており、青いサングラスをかけた、明らかに場違いの格好をしていた。

 

「"角"に耐えられるだけの身体造りっつぅ名の肉体改造で夕乃に頼まれたから、万屋の俺にとっちゃあ一種の仕事と変わらねぇよ。ついでに、バーテン服は俺の正装だ。この服装に文句を言うようなら更にしばくぞ」

「これ以上はちょっと……」

 

 割と本気でこれ以上は危ないため、顔を青くしながら乾いた笑みを浮かべる少年。

 

 それにしても、と静雄が言葉を紡ぎ、

 

「もうある程度回復したのか?いくら何でも、まだ12歳のガキの癖してここまで身体ができてるなんてな。その回復力も異常だし、さらに言えば、お前は"神器"まで宿してる。そんでもって最後は"角"って、お前は人間やめる気か?」

 

 半ば呆れ混じりの静雄の言葉に、少年は苦笑いしかできない。

 

 静雄の言う通り、少年は、生まれながらにして神器という物を身体の中に宿していたらしい。分かったのは最近であり、出し方も分からないのでどうもできないのだが。

 

「本当に化物じみた強さを持つ"平和島"の静雄さんが言わないでくださいよ。それに、"俺たち"はみんな、普通じゃないから(・・・・・・・・)家族になれたんじゃないですか」

 

 血塗れになりながらも、しっかりとした温かさを持つ少年に、静雄は軽く笑い、煙草を口に咥えた。少年に煙が直接あたらぬよう、注意を払いながら紫煙を吐き、

 

「そうだな。ったく、夕乃の奴は速く帰らねぇとうるせぇからさっさと帰るぞ、一誠」

「はい」

 

 

 

 道場から静雄に抱きかかえられ、家ーーというには大きすぎる施設に帰ってきた一誠。玄関を開け、最初に出てきたのは、ーーエプロンを身に纏い、おたまとフライパンを両手に装備した少女。一誠にとっての姉的存在、崩月夕乃だった。

 

「おかえりなさい。イッセーさんに静雄さん。今日もボロボロですね。静雄さんちゃんと手加減してます?」

「俺が本気出したらこいつの胴体千切れるぞ」

「静雄さんと夕乃さんが言うと心臓に悪いのでやめてもらいたいんですけど……」

 

 帰ってくるなり、物騒な会話に思わずゲンナリとしてしまう一誠。そんな一誠に夕乃は太陽のような笑みをつくり、

 

「今日もお疲れ様でした。晩御飯はまだなので先にお風呂済ませて来てくださいね」

 

 母のような優しさで接する。夕乃と一誠は1歳しか変わらないのだが、夕乃は年不相応なぐらいに大人びているため、まるで頭が上がらない。

 

(ははっ、敵わないな、夕乃さんには)

 

 夕乃はそのままリビングの厨房に戻り、まだ1人では余り動けない一誠を抱き抱え、静雄はそのまま風呂場へと向かった。一誠も最初の頃は羞恥心があり、抵抗しようとしたが、手を貸されなければ重傷で動けないため、無駄なプライドは捨てて大人しく運ばれている。

 

 脱衣所へと入ると、そこには先客が2人いた。

 

「んん?おんやぁ?イッセー君とシズちゃんじゃないっすかぁ!いつものことだけど、イッセー君大丈夫?絶対大丈夫じゃなくね?なんでそんな状態で普通の表情してんのか、俺っちには不思議で不思議でしょうがないわけなんですけどぉ」

「次シズちゃんっつったら殺すぞ」

 

 変わった喋り方をする白髪の少年が、タオルで髪を拭きながら話し掛けてくる。静雄に殺気をあてられ冷や汗を浮かべ、顔を青くしている少年の横にいた、黒髪の少し暗い表情をした少年は、白髪の少年の発言に溜め息をつき、

 

「フリード、それだけ過酷な修行をしているんだ。というか、お前もイッセーぐらいボロボロになって帰ってくるときあるし、表情もいつも通りだろ」

「いやいや、イッセー君には負けるっての。俺っちも頑張ってるつもりだけど、イッセー君は毎日コレなんだぜ?キンジ君」

 

 フリード・セルゼンと遠山キンジは、どちらもイッセーと同い年の12歳であり、イッセーとは別部門の修行に身を置いている身だ。どちらもイッセーにとってのかけがえのない存在であり、親友である。

 

「フリードやキンジも俺に劣らず頑張ってると思うよ。俺なんて、ようやく回復力が上がってきたかってぐらいだからね」

 

 イッセーの謙遜の言葉に、いやいやいや、とフリードとキンジは手を振り、

 

「俺っちにキンジ君も回復力が人とは思えないくらい異常って言われてんのに、その軽く5倍上を行くイッセー君にようやくもクソもないっての!」

「そうだぞ。しかもイッセー、お前この間岡部さんから"神器"のこと話されてたろ。人間やめる気か?」

 

 後ろで静雄もフリードとキンジの言葉に頷きながら、

 

「だから俺もさっき言ったろ?人間やめるのか?って」

「俺ってそこまで人間離れしてる?」

「「「いや、自分で気づけよ」」」

 

 

 

 フリードとキンジ、ついでに静雄から盛大に突っ込まれたイッセーは、首を傾げながら静雄に連れられ風呂場へと入った。脱衣所に1人分の着替えがあったため、気付いてはいたが、風呂場にも先客がいた。

 

「ん?おぉ、静雄にイッセーではないか。ふむ、イッセー改造計画はだいぶ完成へとその足を進めているようだな。これも全て、俺の計画通り、フゥハッハッハッハッハ!!」

 

 少々痩せ細った不健康そうな顔つきをした男性がイッセーと静雄の姿を見るなり芝居掛かった口調で喋り、そして笑い始めた。

 

 イッセーは静雄に抱かれながら、

 

「どうも、倫太郎さん。研究の進み具合はどうですか?」

 

 岡部倫太郎はワザとらしく顎に手をあて、含み笑いをしながら応える。

 

「あぁ、俺の研究もだいぶ進んできた。イッセーの中にある"神器"についてもある程度分かってきたしなッ!夕飯の時にでも詳しく聞かせよう。まずは、今日の疲れを湯船でとるのだ」

「分かりました」

 

 イッセーの身体の様子を観察し、脱衣所へと向かっていく岡部。芝居がかった口調がなければ普通に良い人のはずーー

 

「それと、イッセーよ」

「なんでしょう?」

「俺の名は岡部倫太郎ではない……《鳳凰院凶真》だ!!」

 

 訂正、これさえなければ相当マシのはずだ。

 

 決まったとばかりにドヤ顔をしながら脱衣所に入っていく岡部。静雄は溜め息をつきながら、

 

「とりあえず、さっさと風呂に入らなきゃ風邪引いちまうぞ」

「そ、そうですね」

 

 流石に自分の身体ぐらいは気合いで洗い、静雄と湯船で温まる頃には、イッセーの身体は万全とはいかずとも、ほぼ完治と言って良いほどまで回復していた。

 

 その様子を見ていた静雄は感嘆の一言。

 

「本当に俺みたいになってきたなお前。流石にその年でその回復力は脱帽もんだな」

「俺的には回復力よりも技量をあげたいんですけどね」

 

 身体の調子を確認するために軽い体操するイッセー。とても数時間前まで満身創痍だった同一人物とは思えない。

 

「そろそろ上がるか。晩飯できてるだろうしな」

「そうですね」

 

 湯船から自分の足でしっかりと床を踏み、何処にも支障が無いか確認しながら歩くイッセー。やがて、確認を終えると晩御飯の為にも、急ぎ足で脱衣所へと向かった。

 

 

 

 施設のリビングルームでは、夕乃が作った出来立ての料理の数々が湯気を立てていた。人数分の料理を夕乃が運び終えると、狙ったかのようなタイミングでフリードがリビングルームに入ってくる。

 

「おぉ!?今日も俺っちが1番乗りですかぁ!?んでもって、やっぱり夕乃ちゃんが作った料理は美味そうだこと!!」

 

 無邪気な笑顔で椅子に座るフリードに、夕乃は優しい笑顔で、

 

「そんなに褒めても料理しか出ませんよ?もう少しだけ待っててくださいね?みんな揃ってから食べるので」

「あーい」

 

 姉的存在の夕乃の言葉に、素直に返事をするフリード。まるで本当の姉弟のような絵だ。

 

 少し間を空け、ニット帽を深くまで被った金髪の長髪を持つ男性が入ってきた。目元が全く見えないため、胡散臭さMAXの男性は、料理を見るなり、

 

「これは、自分の好物のグラタンやないか!!」

「ハッハッハ!昨日も似たようなこと言ってたぞジョーカー。夕乃ちゃんが作った料理全部好物じゃないっすかぁ。俺っちもだけどねぇ」

 

 関西弁を喋るジョーカーと呼ばれた男は、笑みを絶やさず、

 

「いやいやバレてたかぁ!夕乃ちゃんのおかげで毎日の飯が楽しみで楽しみで楽しみで、もう結婚しようや夕乃ちゃん!!」

「お断りします♪」

「グハァッ!?即答やとッ!?」

 

 その場で撃沈した。ちなみに、告白してから断るまでの時間は0.2秒。無論、フリードは椅子の上で大爆笑。腹を抑えながら机をバンバン叩き、

 

「ハッハッハッハ!!夕乃ちゃんにそれはダメだぜジョーカー!イッセー君しか眼中に無いんだからッハッハッハッハッ!!腹いてぇ!!」

「賑わいすぎててうるさいぞ」

 

 続いてキンジが入ってきた。床で撃沈しているジョーカーを見て一言。

 

「大体の察しは付いているし、話し声も聞こえていたが、あえて聞こう。こいつはなんで撃沈してるんだ?」

「夕乃ちゃんに勢いで告って0.2秒で断られた男の末路がコレだぜ☆」

「0.2秒て……」

 

 ジョーカーを無視してキンジが席に座り、続いて岡部が資料を持ちながら入ってきた。その際にジョーカーに気付いたが、あえて無視した。

 

 それから数分後、今度は眠た気で大人しそうな少女が入ってきた。茶色の髪を結ぶ黒いリボン。ジョーカーもそうだが、室内でマフラーを巻いており、口元を覆っている。季節的にはそんな防寒具は必要無いのだが、上はスタジャン、下はホットパンツといった変わった服装の少女だ。スタジャンの背中には、大きなドクロマークと、『Fuck off!』という挑発的な文字。

 

「……ジョーカーさん、どうしたんですか?」

「一瞬で心を折られた者の末路や。気にせんでええよ、切彦ちゃん」

 

 切彦。男のような名前だが、れっきとした女の子だ。この施設の住民はみんな普通じゃない。それは、斬島切彦にも言えることなのである。

 

「……そ、そうですか」

 

 いそいそとジョーカーを避け、自分の席につく切彦。最後に、静雄とイッセーが入ってきた。

 

「待たせちゃったか……何してるんですか?ジョーカーさん」

「ほっとけ。邪魔くせぇから蹴り飛ばすか」

 

 静雄が足を振り上げると、ジョーカーは跳び上がって自分の席まで避難する。

 

「静雄君、それ洒落になっとらんで!?君が暴れたらこの家も一瞬で瓦礫に早変わりや!!」

「なら俺が暴れないよう心掛けるんだな」

「ハハハッ」

 

 夕乃を除く全員が席に座ったのを見て、夕乃も席に座り、手を合わせる。

 

「それでは、頂きましょうか」

 

 その一言で、各々が手を合わせ、食事を始めた中、イッセーは岡部に研究のことを聞いていた。つい先週、イッセーは岡部に身体を調べられており、その時に"神器"の存在を知った。存在が分かっても、肝心の神器が何なのかが分からないため、岡部が調べていたのだ。

 

 岡部はうむ、と一呼吸おき、

 

「イッセーよ、お前の中に眠っている神器だが、俺の調べた限りだと、かなりのレア物、"神滅具"言われる最上級神器の一つである『赤龍帝の籠手』でほぼ間違いないだろう。詳しい事はまだ俺にも分からんが、俺の予想が正しければ、もうすぐ、お前の力で発現することが可能になるはずだ」

 

 一息、

 

「それに、崩月流の修行をしているイッセーならば、発現すればある程度の能力は使えるだろう。フッ、俺の『リーディングシュタイナー』を使ってまで調べたのだ。これはもはや確実、フゥハッハッハッハッ!!」

「『運命探知』を使ったのか。良かったなイッセー、信憑性の高いお言葉だぞ」

 

 熱弁する岡部を軽くスルーして、今言われた事を心の中で反芻する。

 

(『赤龍帝の籠手』か……神器は想いの強さに比例して力を与えるって岡部さん言ってたし……当分は神器の使い手として恥ずかしくない実力を身につけなくちゃな)

 

 岡部の言った『運命探知(リーディングシュタイナー)』とは、名前のままの能力を持ち、さらに、少し先の未来を見ることもできる岡部の"能力"だ。神器とは違う、岡部が生まれ持った超人的な能力なのである。

 

 岡部だけじゃなく、この施設にいる者たちは、1人1人違う能力を持っており、普通じゃない。世間一般では生きていけなくなった者たちが集まった場所なのだ。

 

 岡部の言葉にフリードが反応し、興味津々といった様子でイッセーに向かって話しかける。

 

「神滅具って言ったら、文字通り、神に通用する力って訳だよなぁ?それにイッセー君はシズちゃーー静雄さんとの修行で毎日肉体改造。俺っちも頑張らねぇとヤバいっすな!!と、とりあえず、その拳仕舞おうぜ、静雄さん!」

 

 フリードがシズちゃんと呼ぼうとしたため、振り上げられた拳にビビりながら、フリードは冷や汗混じりに喋り、ついでに静雄を宥める。

 

 神という単語に反応したジョーカーは、忙しなく動かしていた箸やスプーンを止め、

 

「神を滅する道具はちと大袈裟やと自分は思うけどなぁ。ま、でもおめでとさん。少しずつやけど、日々頑張ってるイッセー君には良い報せやないか」

 

 ニット帽の下を笑顔にしてイッセーに祝いの言葉を贈った。キンジもジョーカーに便乗し、

 

「俺も置いていかれないように頑張らないとな。イッセーも頑張れよ」

「あぁ、ありがとうキンジ」

「俺っちも負けねぇかんなイッセー!お互い頑張ろうぜ!」

「おめでとう、ございます。お兄さん」

 

 フリードに切彦からも激励の言葉を貰った。

 

「ありがとな。フリード、切彦ちゃん」

「そうですね。イッセーさんの身体もそこそこ出来てきましたし、次の段階に入っても良さそうですね」

 

 夕乃も手を止め、優しげな表情でイッセーに告げる。ただし、イッセーの顔色は凄まじい速さで青くなった。

 

「夕乃さん?次の段階っていうのは一体……」

 

 それに対する返答はとても優しく、そして、楽しげに言い渡された。

 

「修行の本格化です。まぁ、ざっとーーー今の修行の3倍程度ですかね?」

 

 その場が凍りついた。

 

 イッセーのみならず、夕乃と静雄を除く全員が顔を青くする程だ。それもそのはずで、現段階の修行ですら、イッセーの全身の骨を全て1度折っているのにも関わらず、その3倍。

 

「……イッセー君。俺っち神父として結構異端児扱い受けてるし、神とかジョーカーとか位しか信じてないから信仰心もクソも無いけどさ……素直に明日からの君の生還を祈らせてもらいますわ……アーメン」

「フリード!?洒落になってないから!?」

 

 割と本気で祈り始めるフリードを止めようとしたイッセーの肩に、キンジの腕が静かに置かれる。

 

「強く生きろ」

「それ半分諦めてんだろオイ!?」

 

 死ぬつもりなんて毛頭無い。イッセーには生きてやり遂げなければならないことがあるからだ。

 

「でもなイッセー君。君、今日も1人で歩けへんくらいボロボロやったやろ?……その3倍やで?」

 

 3倍の単語に再び凍りつく場。その中、夕乃から放たれるプレッシャーにイッセーはようやく気付いた。

 

「えと……夕乃、さん?」

「イッセーさん……明日から私も修行に加わって、イッセーさんを鍛えようと思ったんですが、私は必要無いですか?」

 

 冷や汗が止まらない。放たれるプレッシャーから察するに、ここでの返答を間違えると、イッセーの明日は無い。首を動かし、周りに助けを求めるが、ーーー全員が露骨の眼を合わせず、岡部なんかは電源の入ってない電話を耳にあて、1人で現実逃避をしている。

 

(ダメだ……味方がいない……)

 

 フリードの祈りが聞くことを祈りつつ、夕乃に向き直り、

 

「お、お願いします……」

 

 その一言で、花開くように笑顔を咲かせる夕乃。施設内の夕食は毎日のように騒がしく終わった。

 

 

 〜〜〜

 

 

 ーー誰かと手を繋いでいる。

 

 あぁ、これは夢だ。無意識の内に理解できてしまった。イッセーが顔を上げると、自分と手を繋いでいる女性の顔があった。恐らく、母親だろう。視線を移せば、父親らしき男性の姿も見えた。その横には姉もいる。

 

 みんな笑顔だ。周りは沢山の人でごった返すような賑わいを見せており、手を離すと、すぐに迷子になってしまいそうな人だかり。

 

 少し先を歩いていた父親と姉がこちらを向き、手招きをする。そこに母親と向かおうとした瞬間ーーー全てが弾け飛んだ。

 

 ーーー風景は全てガラクタに変わり、ところどころ炎が燃え盛り、周囲は阿鼻叫喚に包まれていた。

 

 アメリカにて起こされた、国際空港爆破テロ事件。未だに犯人グループは見つからず、犯行に使われた兵器すらも不明。世界を恐怖のドン底に落とした前代未聞の大事件。

 

 兵藤一誠は、その事件の生き残りだ。その場にたまたま居合わせた"万屋"の平和島静雄、ジョーカー、岡部倫太郎に救助され、今の施設に来た。

 

 ーーベットから勢いよく上半身を起こす。

 

 呼吸は乱れ、全身は汗だく、涙も流していたようだ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 胸の辺りを抑え、ゆっくりと深呼吸する。ーー呼吸が安定し、精神も落ち着いてきた。

 

(大丈夫だ……もう失わない。あの悲劇を2度と起こさないためにも、そして、あの事件を起こした奴の息の根を止めるために、俺は生きている)

 

 もう1度ベットに横になろうとした時、扉がノックされた。

 

「お兄、さん……大丈夫ですか?」

 

 どうやら切彦のようだ。上体を勢いよく起こしたからか、音が響いていたのかもしれない。平静を保ち、

 

「大丈夫だよ。少しだけ寝つきが悪かっただけ。心配させてゴメンね」

「いえ、ならよかったです……おやすみ、なさい」

「あぁ、おやすみ。切彦ちゃん」

 

 扉から遠ざかる足音を聞き、再度イッセーは心に固く決意する。

 

(そうだ、俺は強くなる。明日からも頑張らないとな)

 

 ベットにゆっくりと横になる。切彦の声を聞いたからか、不思議と不安感は薄れていた。




修正する可能性があります。


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家族には愛を

どうも、虹好きです。
明日にしようかと思いましたが、やっぱり連続投稿しました。
感想など書いて頂けると、今後の励みになります。


 あれから2年後、イッセーの身体は成長し、過酷な修行のお蔭で崩月の"角"に耐えられるだけの身体が出来上がった。とはいえ、あくまで耐えられるだけなので、使いこなすにはさらなる修行をこなして身体を造らなければならないが。

 

 同じく同年代のフリードとキンジも実力を上げていき、フリードは外国で最年少の天才エクソシストとまで言われるようになった。

 

(信仰心もクソもないとか言ってたフリードの事だからか、信憑性は限りなく低いけどな……)

 

 尚、フリードは師から既に免許皆伝を受け、正式に後継者となったらしいが、基本的にその技術は表舞台では見せていないそうだ。

 

 キンジもフリード同様、免許皆伝を受けており、静雄の"万屋"の仕事を手伝っている。こちらもフリードと同じで、基本は現代武器で事を片付けているらしい。

 

 イッセーはまだ修行中の身なのだが、今日は夕乃から休むよう言い渡され、1日どうするかベットの上で悩み中である。

 

 岡部は相変わらず研究。ジョーカーは街にナンパしに行き、キンジと静雄は仕事。夕乃は道場で用事があるから留守で、フリードは外国だからいない。後に残っているのは切彦のみ。

 

(切彦ちゃんって普段何してるんだろ?仕事は依頼形式だから基本フリーな毎日のはず。たまに一緒に出掛ける時は基本ゲームセンターだけど……)

 

 切彦はイッセーたちと同年代でありながら、下手すれば静雄の匹敵する強さを持つ、天性の才能を持った少女であり、最初の出会いは衝撃的だった。

 

(普段は大人しくて良い子なんだけどな……)

 

 そんなのことを考えていると、不意に扉の外から気配を感じた。イッセーは悪戯っ子のように口元を歪めると、気配を消して扉に近づき、勢い良く扉を開けた。

 

「ひぅっ!?」

 

 そこには、今まさにノックをしようとしていた切彦の姿があり、突然勢いよく開いた扉に驚いたのか、眼の端に少しだけ涙を溜めていた。

 

「ご、ごめん。ちょっとビックリさせようとしただけなんだけど」

 

 慌てて謝るイッセー。この様子を見る限り、とても静雄に届くような実力者には見えないが、斬れる物(・・・・)を手にした時、切彦は同一人物とは思えないほど豹変するのだ。

 

「……だ、大丈夫です」

 

 モジモジしながらイッセーへと向き直る切彦。

 

「ところで、切彦ちゃんは俺に何の用だい?」

「そ、その……今日はお兄さんが、修行おやすみと聞いたので……私も仕事無いですし。さ、散歩でもどうかなって……」

 

 そう言いながら上目遣いでイッセーを見つめる切彦に、胸から湧き上がる"愛でたい"という感情を抑え込んで返事をする。

 

「あぁ、丁度暇だったし、行こうか。準備するから少し待ってて」

「は、はい」

 

 今頃だが、切彦が何故イッセーを"お兄さん"呼ばわりしている理由は、イッセーが切彦にとって大人びているように見え、家柄余り他人と接することのなかった切彦にとって、初めて親しく接してくれた人だからだ。初めての"友達"でもある。

 

 キンジやフリードは名前で呼ぶのだが、イッセーのみ"お兄さん"のため、特別感があり、意外とイッセーは気に入っていたりする。

 

 サッと準備を終わらせ、切彦と外へ出ると、長閑な風が身体を包み込み、優しげな太陽が全身を照らした。

 

 雲ひとつ無い快晴。

 

 切彦は軽くはにかみながら、

 

「……良い天気だったので」

 

 眩しい太陽を手で遮りながら、イッセーは笑みを浮かべる。

 

「確かに。誘ってもらって良かったよ。あのままだったら1日ベットで過ごすところだったからね」

 

 切彦は頰を染めながらイッセーの横につき、2人でブラブラと歩き始めた。

 

 イッセーはまだ幼さを残しているが、その顔立ちはなかなかのイケメンを思わせる顔立ちであり、切彦も身体に無駄な脂肪が全く付いていないため(胸も含め)、一部を除けば綺麗な身体をしている。そして茶髪美少女。そんな2人が歩けば、嫌でも絵になる訳であり、道行く若い男には嫉妬と羨望の視線をこれでもかというほどあてられた。

 

 そんなものは華麗にスルーし、切彦と人気(ひとけ)の無い少し遠く公園付近まで来ると、イッセーは軽く溜め息をついた。

 

 心無しか、切彦もムスッとしている。

 

 そう、さっきまで嫌という程人にすれ違ったというのに、この公園に近づくたび、周囲から人の気配が一切消えたのだ。まるで、この公園に近づけさせないように。

 

 そして、明らかに人では無い者の気配がハッキリと感じる。何をしているのかは分からないが、切彦と共に、公園を覆う木々の陰に隠れて公園の中を覗くと、少し遠くに翼を生やした悪魔がいて、地面に倒れている動物に手を翳しているところだった。

 

「あの翼……フリードから聞いた悪魔で合ってるよな。地面に倒れてるのは……2匹の猫だと思うけど、相当傷ついてる。早く手当てしなきゃダメだ」

「……ッ」

 

 イッセーの言葉を聞いた切彦は、眉を顰めながら周囲に素早く眼を向ける。そこで眼に入った物は、公園内にある笹の"葉"だった。悪魔は既に瀕死の2匹に止めを刺そうとしている。

 

 イッセーは覚悟を決め、切彦に聞いた。

 

「切彦ちゃん、"刃物"は見つかった?」

「はい……」

 

 静かに応える切彦に頷き、同時に木の陰から飛び出る。イッセーは悪魔へ、切彦は笹の"葉"へと。

 

 イッセーが近づく音に反応した悪魔は驚愕を顔に浮かべ、イッセーへと振り返る。

 

「貴様、何故ここに入れるーーっ!!」

 

 それに対する返答は、走る勢いを乗せた右の回し蹴り。悪魔の方も手練れなのか、不意を突かれながらも片腕でしっかりと防御する。

 

「なっーーーッ!!」

 

 だが、それだけでは終わらない。素早く足を降ろし、回し蹴りの回転力が消えない内に身体を捻り、足を入れ替えて鋭い左足蹴りを見舞った。

 

 流れるような動作で行ったため、反応できなかった悪魔は防御が間に合わず、鳩尾にイッセーの足がめり込み、遅れてきた衝撃で数メートル吹き飛ばされた。

 

「ぐ……まさかこの俺が人間のガキ如きに痛みを覚えさせられるなんてな……」

 

 イッセーは何も言わず、しゃがんで倒れている黒猫と白猫を抱きかかえる。白猫は気を失っているようだ。逆に、黒猫は意識があっても身体がボロボロすぎて逃げる体力も残っていないように見える。

 

(それでも白猫を庇おうとしてるってことは、家族なのかもな)

 

 イッセーは2匹を優しく撫で、

 

「大丈夫だよ。俺たちは敵じゃない」

 

 そう言い聞かせると、黒猫は警戒を解いたのか、糸が切れたように気を失ってしまった。2匹を優しく抱いて立ち上がろうとするイッセーの背後から、悪魔の苛立ちの声がかかる。

 

「おいおい……無視は酷いなぁガキィ。何もう終わった風だしてんだオイ?」

 

 イッセーは動きを止めた。声の発生源は真上。つまり、さっきの悪魔はイッセーの背後で攻撃の準備が整っている。

 

 イッセーは大きな溜め息を一つした。それも、かなり大袈裟に。悪魔はその行為にさらなる怒りを覚え、

 

「テメェ……とことん俺を怒らせてぇみたいだなクソガーーー」

 

 悪魔の怒号は途中で止まり、声の代わりに、首から綺麗に切断された悪魔の頭部がイッセーの前に落ちてきた。

 

「何でさっさと攻撃しないで要らない会話を吹っ掛けてるんだ?バカだろ?」

 

 人間は頭部のみになっても約1分間は意識が残っているという。悪魔が同じかは分からないが、イッセーは悪魔の頭部に罵倒を浴びせた。

 

「大丈夫か?お兄さん」

 

 悪魔の頭部を切断した張本人。いつもとは違う、ハッキリとした口調の切彦から声がかかり、イッセーは立ち上がって振り返る。

 

「あぁ。猫たちも無事だ」

 

 そう言って、笹の葉を指で挟め、眼つきが鋭くなった切彦に猫たちを見せると、ホッとしたような表情を浮かべた。

 

 切彦は、刃物の扱いが途轍もなく上手い『斬島』家の人間で、刃物を持つことで、性格が豹変するのだ。急に饒舌になったり、口調は勿論、一人称も私から"オレ"に変わる。ちなみに、切彦の特技は英語らしいが、通常時だと完全に棒読みなのに対し、刃物を扱っている時は発音がしっかりしている。

 

 猫たちをずっと見つめる切彦。

 

(……抱きたいんだな。でも怪我が酷いから刺激したくないっていうのもあるんだろうけど)

 

 小さな声で、「……pretty」とか言ってる切彦に苦笑いを浮かべたイッセーは、

 

「俺1人で2匹持つのはちょっと厳しいかな。怪我してるし、切彦ちゃん1匹お願いできるかな?」

 

 そう言って黒猫を切彦に近づける。切彦は何を慌てたのか、笹の葉を捨て、上着のチャックを開け、割れ物でも扱うように慎重に黒猫を受け取った後、上着の中に顔以外をスッポリと入れた。

 

 恐らく、落とさないように上着の中に入れたのだろう。心配そうに傷だらけの黒猫を見つめている。

 

「早めに帰って傷の手当てを使用か」

「は、はい」

 

 どちらも、かなりの傷を負っているため、早歩きで施設へと急ぐイッセーと切彦。

 

(あの悪魔、最初に何で入れるとか言ってたけど、やっぱりあそこには人払でもかけられてたっぽいな。それに、この2匹の猫もただの猫じゃなさそうだし……)

 

 そんな思考を巡らせながら施設に辿り着き、岡部を呼びに研究室まで足を運ぶ。

 

 無駄に厳重な扉を開き、資料と睨めっこしている岡部に、

 

「岡部さん、この子たち怪我してるみたいなので手当てしてあげて欲しいのですが」

「だぁかぁらぁ、俺の名は鳳凰院凶真とーーーん?」

 

 声をかけるといつもの流れに乗ろうとするので、傷ついた猫たちを見やすい位置に持つと、岡部はほう、と茶番を止めて興味深そうにこちらに近づいてきた。

 

「ふむ、この2匹の傷跡……どこにいたんだ?この2匹は」

「ここから少しだけ距離のある公園です。悪魔に襲われてたんで、俺と切彦ちゃんで倒してきました」

 

 イッセーの言葉に、んん?と首を捻り、

 

「悪魔?イッセーとシャイ子はデート中に悪魔に遭遇したのか?」

 

 シャイ子とは切彦のことである。

 

「デート程ではないんですけど……まぁ、そういうわけです」

 

 やけにデートの単語を強調する岡部を軽く流し、経緯を伝えると、

 

「ふぅむ、俺からすれば、2対1に不意打ちとはいえ、無傷で出会うのも初めてな悪魔を圧倒したことも凄いと思うが……まぁここに住んでいれば、そんな非日常如きに驚かない強靭な精神を作ることくらいは容易いか」

 

 一息、

 

「話は大体分かった。手当てはこの、鳳凰院凶真に任せておけ。フゥーハッハッハッハッハッ!!」

 

 岡部のテンションについて行けず、苦笑いしか返せないイッセーに頭を軽く下げる切彦。

 

「して、手当てはいいが、その後はどうするんだ?」

 

 その問いに思わず切彦と顔を合わせるイッセー。答えは最初から決まっているため、お互いに同意見かを確かめるために向いたのだがーーーどうやら要らぬ世話だったようだ。お互いに頷き、

 

「「飼います」」

「ならば、この2匹は今日から新たな家族だな。名はどうする?」

 

 眠るように気絶している2匹に、イッセーと切彦は少し考え、

 

「シロが良いと思います」

「こ、こっちはクロが良いと……思います」

「了解した。傷だらけだが、目立った外傷は見当たらん。数日で完治するはずだ」

 

 岡部にそう言われ、礼を言って研究所を後にする。

 

 

 

 切彦と一緒に施設の廊下を歩いていると、急に切彦が足を止めた。イッセーが振り返ると、

 

「お兄、さん、今日は、楽しかったですか?」

 

 頰を染めながら聞いてきた。確かに、そんな遠出はしていないが、楽しかった。

 

「あぁ、切彦ちゃんと一緒で楽しかったよ。家族も増えたしね。今日はありがとう」

 

 そう言うと、切彦は優しく微笑み、

 

「ゆーあーないすがい」

 

 棒読みの英語を言ってくるのだった。

 

 

 〜〜〜

 

 

 数日後、岡部の言う通り、クロとシロは傷跡一つ残さず全快した。どうやら姉妹だったらしく、岡部が言うには、クロが姉でシロが妹らしい。

 

 2匹はすぐに施設に馴染み、フリード以外のみんなには顔合わせも済んで、最近のイッセーの癒しの一つとなっている。

 

 クロのお気に入りは切彦の上着の中。よく切彦の胸から顔を出しているのを見かける。シロのお気に入りはイッセーの膝の上だった。膝の上で寝転がるシロを撫でるのがイッセーの日課になった。どんな過酷な修行に後でも、シロとクロが入れば疲れが吹き飛ぶ。

 

 2匹とも、助けられたからか、イッセーと切彦に対しての懐き方は凄まじいものだった。よく、布団にまで潜ってくるのだ。嫌ではないため、喜んで招き入れるが。

 

 2匹は施設のアイドル的な存在となったが、何故か、キンジだけは苦手そうにしていた。

 

(苦手なのは女性のキンジだけど、まさか、動物の雌もダメなのか?それとも、ただの猫じゃないことに気づいてるのか?まぁ、そんな深く考える必要はないだろう)

 

 こうして、施設内は前よりも賑やかになった。

 

 

 

 

 新しい家族が増え、修行も順調に進んでいる中、ある日、イッセーは岡部に呼ばれた。

 

 研究所に向かい、扉を開くと、クロとシロにオヤツをあげている岡部がイッセーに気づき、

 

「よく来たなイッセー」

「えぇ、緊急とまで言われたので焦りましたが、一体どうしたんですか?」

「あぁ……実はな……」

 

 岡部にしては珍しく、茶番のない真剣な雰囲気を放っていた。普段とのギャップの差に、思わず背筋を伸ばしてしまうイッセー。声のトーンも真剣そのもの。研究所内が岡部から滲みでるプレッシャーに支配され、イッセーの頰に一雫の汗が流れた。

 

「……ドクターペッパーが、尽きたんだ……」

「……はい?」

 

 思わず聞き返す。

 

 岡部は真剣な表情を崩さぬまま、右腕を開き、半身になってこちらに向け、

 

「……ドクターペッパーが、尽きたん「失礼しました」冗談だイッセー!!いや、冗談ではないが冗談だ!!本題は違う!!」

 

 

 回れ右した身体をもう1度半回転させ、溜め息を一つつき、

 

「で、本題は何ですか?」

「あぁ、実はお前の中に、神器とは別の、俺の『リーディングシュタイナー』と同じ特殊能力があるかもしれなくてな」

 

 思った以上に事は大きかった。

 

「茶番混ぜずにそれを先に言ってくださいよ……」

「なっ、茶番などではない!!ドクターペッパーは選ばれし者の為に存在する至高の飲み物だぞ!?」

「分かりましたから続きをどうぞ」

 

 岡部のテンションには正直ついていける気がしないため、なるべく話しを脱線させないようにする。

 

「むぅ…まぁ、あくまで可能性があるということだけだ。その能力も、いつどのタイミングで発現するか分からんからな。神器の方はだいぶ使いこなせているのか?」

「はい。これを使っても夕乃さんや静雄さんには全く敵いませんけどね」

 

 最近の修行は、神器を使った修行も多くなってきた。『赤龍帝の籠手』の使い方、二天龍の片割れドライグともコンタクトを済ませている。初めこそ驚きはしたが、意外にも話しやすい相手だったため、今ではよく精神世界で会話する仲だ。

 

「ドライグ、と言ったか?イッセーの中にいるならば、他の力を感じるかどうか聞いてみたら良いだろう?」

「あ、それもそうですね。ドライグ、起きてる?」

 

 左腕に声をかけてみると、最近では見慣れた赤い籠手が出現し、甲の所に付いている宝玉が輝いた。

 

『どうした、相棒』

「ほう、こちらにも声が聞こえるのか。初めましてだな、赤龍帝ドライグよ。俺の名は、鳳凰院凶「岡部倫太郎さんだよ」何故にさっきから遮るのかッ!!」

「いえ、話が進まないので」

『それで?どうした、急に呼び出して』

 

 岡部は一つ咳払いをし、ドライグに語りかける。

 

「聞きたいことがあるのだ。貴様はイッセーの中にいるドラゴン。中にいるということは、イッセーの内部に存在する力の一つが貴様ということになる。それでだが、ドライグよ、何か、別の力は感じたりしないか?」

『確かに2つ程感じる。一つは凄まじい剛のエネルギー。もう一つは、よく分からないが不思議な力だ』

 

 ドライグからの返答に、岡部の口角を上げ、

 

「やはり……剛の方は十中八九"角"だが、もう一つは、伝説の二天龍をして不思議と言わせるほどのもの。イッセー、分かったと思うが、能力はいつどのタイミングで発言するか分からん。だが、いざ使う時がきた時、心して使えよ」

「は、はい」

 

 最後の方は、本当に真剣な口調だったため、軽く気圧されたが、同時に嬉しくも思った。能力がどんなものかはまだ未知だが、これで、また一つ護るための力が増えたと。クロとシロも祝っているのか、イッセーに向けて可愛い鳴き声をあげていた。

 

「さてイッセー、積もる話は終わりだ。そろそろ俺も喉に染み渡る潤いが欲しい。だからリビングからドクターペッパーの箱を運んでくれまいか!!」

「ふぅ……了解しましたよ」

 

 良い情報を貰った以上、せめてそれくらいはと動くイッセーであった。

 

 

 

 夕食時、いつものようにみんなで食事をしている中、"万屋"の仕事に慣れてきたキンジが、

 

「最近、主に天使や堕天使、悪魔絡みの戦闘が増えてきたんだよな」

 

 と、何げない様子感じでイッセーに呟いてきた。イッセーもそうだが、最近は"人外"との戦いが多くなってきた。シロとクロの時は悪魔、キンジは静雄と神社で堕天使に襲われている母親と娘を助けたらしい。

 

「そうだな。フリードもあっちで無理してなきゃいいけど……」

 

 イッセーが帰って来ない兄弟を心配していると、横からジョーカーが肩を組んできて、

 

「そんな心配せんでも大丈夫やって!!フリード君だって死に物狂いで修行してきたんや。そこら辺のはぐれ悪魔なんかに負けへんよ」

「本当に死ぬのか分からないぐらいタフだからな、あいつ」

「でもイッセーさんが心配してると分かったら喜ぶと思いますよ?」

 

 静雄さんと夕乃さんも含め、心配していないようだ。イッセーも思考をポジティブに変え、

 

「それまでに、しっかりと修行して強くならないとな」

 

 家族を信じて待つことにした。




誤字脱字等ありましたら、どうぞご指摘ください。


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幕を開けるは非日常

ストックもう少し溜め込んでおけば良かったかかもしれません。

では、お楽しみください。


 あれからさらに3年の月日が経ち、イッセーは高校2年生となった。

 

 歩き慣れてきた通学路を進む。

 

 そもそも、学校自体高校が初であり、正直、行く必要性を感じなかったが、岡部と静雄、ジョーカーから言われたため仕方がなく通うことにした。

 

 ちなみに、切彦、キンジ、夕乃も同じく駒王学園に通っており、夕乃のみ1歳年上のため最高学年である。夕乃は見た目からして大和撫子と言われ、駒王学園の3大お姉さまの1人となっている程絶大な人気を誇っていた。

 

 切彦は恥ずかしがり屋且つ大人しい雰囲気で、制服の上から季節外れのマフラーを巻くという独特の雰囲気から、2年生のマスコットキャラとして、男子女子共に人気がある。

 

 キンジも暗そうな雰囲気こそあるものの、顔は整っていてクールな様子から、女子からはなかなか好印象を持たれ、休み時間によく告白されている現場を目撃したりするが、キンジ自身が女子が苦手なため、日を空けてイッセーが労っていることもしばしばあった。

 

 しかし、一部の女子の前で失敗したことがあり、遠山一族特有の一面を見せてしまったことから、キンジに惚れる者は後を絶たないようだ。

 

 そして、イッセーも女子からはよく告白を受ける。無論、全て丁寧に断っているが。キンジにも言えることだが、2人は恋愛云々よりも、接したことのある異性が極端に少ないため、非常に鈍感なのだ。

 

 しかも、基本的にイッセーとキンジは、松田と元浜という、駒王学園の変態2人組と悪友であり、その2人と切彦を含んだ5人で行動することがほとんど。その輪の中に踏み込もうとする人間はなかなかいない。

 

 ついでに、イッセーとキンジ、切彦は戸籍上、全員が違う家系だが、家が施設なだけに、通学路は同じ。その施設に居候という形で住んでいる、駒王学園3大お姉さまの1人の夕乃も同じ通学路。いつも4人で登下校をする輪に入れる人間は1人もいない。

 

 簡単に言えば、4人は高嶺の花であって、憧れても手が出せない存在となっているのだ。そんなこと、4人にはどうでもいいことだが。

 

 なんだかんだで高校生活を満喫しているイッセーたち。だが、この3年間は良いことだらけでもなかった。

 

 施設で飼っていた大事な家族であるシロとクロがいなくなったのだ。飼ってから1年ほどたった時、先にクロが施設から風のようにいなくなり、それに続くようにシロもいなくなった。

 

 フリードにも会わせたかったが、フリードが帰って来る直前の出来事で、みんなが悲しだ。特に、切彦の悲しそうな表情は今でもイッセーの中に残っている。余りに悲しすぎてーーー夜、泣きながらイッセーの布団の中にまで侵入してくるほど混乱したのだ。

 

 岡部を含む、というよりも、実質切彦以外のみんなはこうなると大体予想していた。切彦自身、気付いていたのかもしれないが、あの2匹は明らかに普通の猫ではなかった。

 

 それに、死んだわけではない。生きていれば、また出会えるような感覚がしたため、施設ではまだクロとシロの食器などが大切に仕舞われている。

 

(あれから2年経ったのか……時間って早く感じるモンだな)

 

 何処までも青い空を見ながら、キンジたちと通学路を進んで行く。学園まではまだ距離があるため、イッセーはもう少しこの3年間を振り返ることにした。

 

 修行は一応、及第点というところまで辿り着いた。まだまだ鍛錬は欠かしていないが、『赤龍帝の籠手』もだいぶ使えるようになり、ドライグからは、このまま行けば、そう遠くないうちに"禁手化"が可能と太鼓判を押されている。

 

 イッセーの強さをドライグに聞いてみたところ、そこら辺の敵では太刀打ち出来ない程度には強いらしい。

 

 また、フリードは、1度帰って来たときにはぐれ神父になったと報告を受け、教会側から狙われる存在になったらしいが、今はフリーで傭兵として仕事しているとのこと。

 

 置き手紙を残し、旅に出たのには驚いたが、どうせヒョッコリ帰ってくるだろうと、施設全員が心配せずに気長に帰りを待っている。

 

 一応、置き手紙にはこう書いてあった

 

『ヘイ兄弟(ブラザー)!!ちょっくらフリーの傭兵でもして荒稼ぎしてくるZE☆少ししたら金沢山持って帰ってくるから楽しみに待ってな!!』

 

(今どこにいるのか分からないが、年を重ねるごとに金の亡者になっていくなフリードの奴……)

 

「イッセーさん、そろそろ着きますよ?ボーッとするのはそろそろ終わりです」

「あ、すいません夕乃さん」

 

 夕乃に指摘され、現実に意識を戻すと、もう駒王学園の門の前まで来ていた。

 

 今日も今日とていつもと変わらず、周りからは黄色い歓声が聞こえる。

 

『3大お姉さまの1人、崩月夕乃様よ!!』

『クールなキンジ君もいるわ!!』

『イッセー君やっぱりカッコいい!!』

『切彦ちゃーん!!今日も愛くるしさマジLOVE1000パァァァァセントォォォォォ!!!!』

 

「キンジ」

「分かってる。……最後の奴だけは俺が消しておく」

「2人ともお兄ちゃんですね」

 

 上品に笑う夕乃の前で、果てしなく黒い感情を晒け出す義兄弟。熱血ラブコールを贈られた当の本人である切彦は、ただ照れるだけで何も心に響いていないが。

 

 玄関で夕乃と別れ、キンジと切彦とともに教室へと向かう。何の偶然かは不明だが、イッセーとキンジと切彦は同じクラスだった。

 

 イッセーが教室の扉を開けると、まず視界に入ってきたのはーーー強固に固められた拳が2つ。悪友であるはずの松田と元浜からの右と左のストレートだった。

 

「イッセェェェェェェェェェッ!!!!!」

「キンジィィィィィィィィィィッ!!!!!」

 

 イッセーはその場でしゃがむ。その後ろにいたキンジがカバンを床に素早く置き、2人の拳を受け止め、ガッチリホールド。イッセーは反動によってロクに防御もできず、ガラ空きになった松田と元浜の腹部を狙い、ジャンプする時の反動で勢いをつけた掌底を両手で放つ。

 

「「グハァァァァァァァッ!!!」」

 

 物凄く手加減をしたが、それでも教室の入り口から橋まで吹っ飛ばした。

 

 イッセーは何事もなかったかのように、キンジは汚れを落とすように手を叩きながら、床に置いたカバンを回収した。

 

「「おはよう」」

「お、おはよう、ございます」

 

 遅れたように切彦も挨拶する。ほぼ毎日のことなので、クラスのみんなは変態2人には眼もくれず、普通にイッセーたちに挨拶をしていた。

 

 イッセーとキンジは自分の席にカバンを置くと、伸びている松田と元浜の2人の頰を叩きながら起こす。

 

「んおっ!?今日も負けたのか……俺たちは」

「……そのようだな」

 

 まるで悟ったかのようにやりきった感満載の悪友2人に、イッセーとキンジは溜め息をつきながら、

 

「学習能力無いな」

「お前ら、あれは戦いのたの字もしてないからな?」

 

 呆れたようにそう呟いた。

 

 

 〜〜〜

 

 

 放課後、校門の前で夕乃のことをキンジと切彦と待っていると、長い黒髪の少女がイッセーの前まで歩いてきた。

 

(こんな子いたっけ……それに、この感じ……)

 

 キンジは自然な動きで制服の左胸ポケットに右腕を入れる。キンジは制服の下に防弾装備をしており、制服の中には愛用の銃とナイフが隠されているのだ。

 

 切彦は自分のカバンの中に手を入れている。

 

 2人とも気付いているようだ。特に、キンジの反応の良さは、静雄と"万屋"で汚れ仕事を経験しているためでもあり、今目の前にいる少女のような皮を被った人外を数多仕留めてきたからでもあった。

 

(こいつ……堕天使か。イッセーに接触するってことは、イッセーの中に眠る神器が目的と考えるのが1番シンプル且つ正答率が高い)

 

 しかし、今の時間帯は下校時間。ここで問題を起こすには、人の眼がありすぎる。しかも、この堕天使の力は精々中級がいいところだ。

 

 イッセーも警戒していることがバレないよう、自然体を装っている。

 

 やがて、黒髪の少女は恥ずかしそうに話し始めた。

 

「兵藤一誠君、私は天野夕麻って言います。その、私ずっとあなたに、あ、憧れてきたんです!お願いします、私と付き合ってくだ「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」、て、え?」

 

 告白の言葉が終わる前に断られた少女、天野夕麻。何がどうなったのか分からないのか、軽く思考停止を起こしているようだ。

 

 キンジと切彦も夕麻の反応を見て、警戒を解く。

 

 キンジは軽く息を吐いて夕乃が来ていないか玄関の方を見てーーー固まった。

 

 そして、そのままゆっくりと首を動かしてイッセーに顔を向ける。見れば、切彦も顔を青くしているではないか。2人のタダならぬ様子に、イッセーは訝しげに玄関の方を見てーーー動けなくなった。

 

 玄関の入り口にて、こちらを見つめる3大お姉さまの1人、崩月夕乃がいた。物凄い笑顔で。だが、瞳は笑っていないのだろう。それは、夕乃から滲み出るオーラが語っている。そこで、突然夕乃の姿が消えた。

 

 と、イッセー、キンジ、切彦はそう思った。どう移動したのかは不明だが、夕乃はイッセーの目の前にいたのだ。

 

(……イッセー、南無三)

 

 その表情は笑顔。途轍もなく美しい笑顔。……瞳は一切笑っていない笑顔。

 

「……イッセーさん、さっきの女の子、誰ですか?」

 

 暗い笑顔から放たれるは普段よりも随分と低く、ドスの聞いた声。

 

(……これは、死ぬかもしれない)

 

 イッセーは必死に言い訳を考えるが、徐々に近づいてくる夕乃の瞳孔が開いた眼力に勝てず、

 

「こ、告白サレテマシタ……」

「告、白ゥ?」

 

 いつの間にか、キンジは切彦を連れて避難しており、逃げ場が無い。夕麻すらいなくなっている。

 

「告白……告白ですか……それで、返事は?」

「も、勿論断りました……」

 

 下手な事を言えば、確実に殺される。蛇に睨まれたカエルとは、まさにこのことだろうと、イッセーは軽い現実逃避気味に考えていた。

 

 こうなってしまった夕乃を止められる存在は、静雄ぐらいだろう。

 

 夕乃は昔からイッセーにゾッコンであり、何度もアプローチをかけているのだが、肝心の本人は天性の鈍感さで全て回避。しかし、それでもめげない夕乃は、イッセーに取り付く女子に対して強い敵対心を見せ、切彦以外の女子が近づくことを極限まで嫌うのだ。

 

 先ほどのように、知らない女子と話したりしていると、精神力の弱い人間なら視線で殺せるのでは?というほどの殺意を放つ、俗に言うヤンデレ状態になるのだ。

 

「まさか、邪な感情を持っていたりはしませんよね?イッセーさん?」

「め、滅相もございません」

 

 天野夕麻を名乗る堕天使も、夕乃の迫力に気圧され、この場を離脱している。

 

(こうなれば仕方ない……これ以上ことを大きくしたくないし)

 

「夕乃さん、今度の休日、どこかに出掛けませんか?」

 

 場の雰囲気が一転し、夕乃の表情もこれまた一転、僅かに染めた頰に手を当て、

 

「急にお誘いなんて……全く、イッセーさんは仕方ありませんね」

 

 瞬時に夕乃の機嫌が治った。イッセーの大切な休日を1日削って。同一人物とは思えないほどテンションの差が激しい夕乃から少し遠ざかったところでは、キンジがイッセーに向かって親指をグッと立てている。

 

 もう苦笑いしかできない。

 

 すっかり天野夕麻の存在を忘れた夕乃に急かされ、イッセーたちの慌ただしい1日は終わりを遂げる。

 

 帰ろうと学園へ背を向けようとした時、旧校舎の窓からイッセーを見つめる、紅い髪を持つ美少女と目が合った。駒王学園3大お姉さまの1人、リアス・グレモリーその人である。

 

 旧校舎といえば、リアスが部長を務めるオカルト研究部があり、そこにはこの学園でイッセーたちと大差ない人気を誇る人たちが集まっているのだが……

 

(部員全員が悪魔なんだよな……)

 

 駒王学園で人気を誇る人間は、大抵が悪魔なのだ。オカルト研究部のみならず、生徒会全ての生徒が悪魔でもあり、この学校を納めているのは悪魔を統べる魔王なのでは?と、割と本気でイッセーは考えている。

 

 その悪魔であるリアスが、何故イッセーを見ていたかは不明だが、イッセーは気付かぬ振りをして帰路に着いた。

 

 

 〜〜〜

 

 

 駒王町に唯一存在する教会の中。教会とは言っても、既に廃墟で、ボロ屋敷と言っても過言ではないほど中は汚れ、神々しさ皆無の神の像は、半ばヒビが入って今にも崩れ落ちそうだ。

 

 辛うじで原型を保っている椅子の一つに座るフリード・セルゼンは、教会内で暴れる今回の雇い主、堕天使レイナーレに眼を向ける。

 

 件の彼女は、イッセーから受けた屈辱、夕乃から受けた圧に恥ずかしながら恐怖してしまった自分に苛立ちを覚えーーー簡単に言えば、癇癪を起こし、子供のように物あたっていた。

 

 側から一生懸命レイナーレを止めようしている部下たちが不憫でしょうがない。

 

「あぁもうなんなのよ彼奴は!!せめて全部言ってから断りなさいよぉぉぉっ!!」

「れ、レイナーレ様!!これ以上は教会が保ちません!!」

「知ったことじゃないわそんなこと!!キィィィ腹立つわね!!」

 

 レイナーレが今日何をしていたのか、フリードには知る由もないが、とりあえず……

 

(うわぁ……すんごくガキ臭いんだなぁ、あの堕天使)

 

 一応そこそこの金で雇われているため、文句を言うつもりはないが、折角地元にいるのだから、せめて施設に帰りたいものだ。こんな小汚い場所で寝たくないのが1番の理由でもある。

 

 しかし、そろそろ止めなければ、本当にこの教会が崩壊しかけない。重たい腰を上げ、

 

「部下の言う通り、そろそろ止めないと、ここ崩れちゃいますぜレイナーレサマー」

 

 非常に面倒臭そうに言い放った。余りにもやる気の無い声音に、怒り狂っていたレイナーレは、その矛先をフリードに向ける。

 

「あんたには関係無いでしょ!?雇われた分際で主に楯突く気!?」

「いやいや、楯突くも何も、ちょっと壁とか見ればこの教会の脆さとか一目瞭然だと思いますぜ?ついで、レイナーレサマーも一応中級堕天使なんだから自分の力考えろってことっすわぁ」

 

 気怠そうにしながらも、壁のヒビなどを指差し、懇切丁寧に説明したつもりのフリード。側から見れば、煽っているようにしか見えない。レイナーレも額に青筋を浮かべ、部下がビクビクしているがーーーフリードに敵わないことが分かるのか、何とか怒りを抑える。

 

「そ、そうね……確かに少し大人げなかったわ。明日にはアーシアも来るというのに。それはそうと、そろそろあなたも私のことを少しは主らしく扱ってくれないかしらね?何よレイナーレサマーって。ふざけているでしょう?」

「俺っちはこれが普通だぜ?貰った分の働きはしっかりするからそんなお難くなんなって。ちゃんとサマつけて呼んでんだからどうでもいいでしょーがー」

 

 この男、わざと煽っているのだろうか?いいや、これがフリードにとっての"普通"なのだ。こんなんでも、たった1人でレイナーレたちを全滅させられるであろう実力を持っているのだ。下手に刺激し、反感を買うのは得策ではない。レイナーレも、これ以上相手してもただ長引くだけと理解したのか、溜め息をつきながら、

 

「分かったわよ。あなたには明日、"アーシア・アルジェント"を迎えに行ってもらうわ」

「ヘイヘーイ承りましたぁ。ところでレイナーレサマーは何でそんなに激おこプンプンなのでごぜぇますか?」

 

 舐めた態度だ。怒りを抑え、あくまで淡々と、

 

「あなたには関係ないわ。任された仕事を全うして頂戴」

 

 その言葉に、フリードは特に異論もなく、

 

「アイアイサー」

 

 それっきり、言葉を発さず、座っていた椅子に座り直した。

 

(何とか計画に支障をきたさないようにしなきゃ……最悪、あの赤龍帝は諦めて、儀式だけでも成功させなきゃ)

 

 己の欲に思考を働かせるレイナーレを、フリードは興味無さそうに横目で一瞥した。

 

 〜〜〜

 

 

 翌日、イッセーは学校帰りに買い物の用事があった為、夕乃たちとは別の道から帰っていた。

 

 買い物の最中に、何やら怪しげなチラシを貰ってしまったが、貰ったものは仕方がないのでポケットに突っ込んでおく。

 

 目当ての買い物を済ませ、レジ袋を持ちいざ帰ろうという時に、こんな街中ではやたらと目立つ格好の少女ーーー金髪のシスターが困っているのを見かけた。

 

(フランス語……道を訪ねてるのか。そりゃあ今の日本でフランス語を聞き取れる奴なんてほとんどいないわな)

 

『ほう、相棒は話せるのか』

 

 頭の中に、ドライグの声が直接響いた。今のは中から直接声をかけてきたのだろう。ドライグとは、心の中でも会話できるため、暇な時などはよく他愛も無い世間話などするぐらいだ。

 

(まぁ、"万屋"の手伝いで少しばかり、な)

 

 シスターの少女に近づき、声をかけるイッセー。突然同じ言語で話しかけられたことに驚いたのか、

 

「はぅ!?わ、私の言葉が分かるのですか?」

 

 独特な雰囲気を持つ少女だが、悪い子ではない。それが、イッセーが少女に感じた第一印象だった。

 

 同時に、

 

(不思議な力を感じる……これは、神器?)

 

『相棒は力に敏感に反応するな。そういう特殊な環境で育ったのだから仕方ないのだろうが』

 

 施設育ちのため、そういう溢れ出る力に対し、イッセーたちは非常に敏感に反応できるようになっていた。天野夕麻を一瞬で堕天使と判断できたのもそのお陰だ。

 

「えぇ。少しだけだけどね。何か困っているように見えたものだからつい」

「はい、実は、この町の教会に行きたいのですが、場所が分からなくて。迎えの者を送るとも聞いたのですが、いつまで経っても来ないものですから、道を聞いて自力で行こうと思ったのです。ですけど……」

「まぁ、外国語が通じる人がいない、と」

「そういうわけですぅ」

 

 短く嘆息するシスターに、イッセーは笑みを浮かべ、

 

「教会の場所なら分かるよ。案内してあげる」

「本当ですか!?あぁ、この出会いも主の導きあってのもの。主よ、感謝します」

 

 手を組み、天に祈りを捧げるシスターを見て、イッセーはフリードの事を思い出した。

 

(あいつ……はぐれ神父になったんだよな……フリードもこうやって祈りを捧げてたのか?似合わなすぎる)

 

 祈りが終わったのか、笑顔で近づいてくるシスター。

 

「お名前を教えていただけませんか?」

「あぁ、そういえば自己紹介してなかったね。俺は兵藤一誠。気軽にイッセーと呼んでくれ」

「イッセーさんですね!私はアーシア・アルジェントと申します!」

「よろしく、アーシア」

「はい!よろしくお願いしますね、イッセーさん!」

 

 見た目通り、良い子そうだ、と思わず頬を緩めてしまうイッセー。

 

「早速案内しよう。行こうか」

「はい!」

 

 案内中に分かったことだが、アーシアは純白なぐらい純粋なシスターだった。ここまで良心のみでできた人間がいるのかと。世界は意外と広いことをイッセーは知った。

 

 さらに、アーシアの神器の正体も分かった。公園に差し掛かった時、転んで膝を擦り剥いた少年をアーシアが見つけると、その少年のもとまで走っていき、怪我した箇所に両手を翳した。すると、両手から優しげな光が傷口を照らし、あっという間に傷を完治させたのだ。『聖母の微笑』というらしい。

 

 ポカンとしていたイッセーに、アーシアは少し胸を張り、可愛いドヤ顔をしてきたりと、なかなか茶目っ気もあるようだ。

 

「あれがこの町唯一の教会だよ」

「あそこですね!!」

 

 そうこうしているうちに、教会が見える所まで来た。今はもう使われていない教会に何の用かは分からないが、シスターの事情があるのだろう。まだ少し距離があるとはいえ、もう迷うことは無いだろうが、案内役を買って出た以上、途中でやめる気は無い。

 

 案内再開しようとしてーーーしかし、イッセーは足を止めた。いや、止めざるを得なかった。

 

「アーシア、ここまで来たならもう迷うことはないだろう?そろそろ暗くなるかもしれないから、急いで教会に行くといい」

「イッセーさんはここまでしか来れないのですか?」

 

 恐らく、アーシアはまだ気付いていない。ーーー少しでも速く、この場からアーシアを遠ざける為に、イッセーは笑顔で、

 

「あぁ、本当に悪いんだけど、俺の家は門限にうるさくてね。そろそろ戻らないと間に合わないんだ」

「そ、そうだったんですか!すいません付き合わせてしまって……」

「言ってなかった俺にも非があるさ。ほら、暗い中女の子1人っていうのも危ないから、急いで行くんだ」

 

 その言葉にアーシアは頷き、

 

「はい!イッセーさん本当にありがとうございました!!また会いましょう!!」

「あぁ。またね」

 

 駆け足で教会の方へと向かっていく。イッセーはその背中に手を振り続け、曲がり角を曲がったのを見送ってから、後ろへと振り返った。

 

 そこに居たのは、黒い外套に身を包み、オールバックの髪にサングラスをかけた外人の男性だった。アーシアを逃したのは、この男が尋常じゃない殺気をイッセーに向けてきたからだ。それも、イッセーのみを狙って。

 

 イッセーが向かい合って、初めて分かったことだが、この男は危険だ。放たれる殺気は酷く冷めており、職人が手がけた銘刀を幾つも喉元に添えられている感覚。何よりも、この男から滲み出るオーラに、身体が過剰なまでの拒否反応を起こしているのだ。幸い、今ここに人はいない。

 

(こいつは一体……何でかは分からないけど、物凄く、怖い)

 

 イッセー感じているのは、正しく恐怖だった。それも、【本能的な恐怖】。まるで、目の前の存在とイッセーは、相性が最悪の関係のような。

 

 そして、その予想は、激しく的を得ていた。

 

 イッセーの中に響く、これまでにないほど焦ったドライグの声。

 

『相棒!こいつは危険すぎる!!ドラゴンにとって最悪の敵であり、この上無く邪悪な存在。"最強の龍殺し"邪龍サマエルを宿している!!」

「……ッ!?」

 

 本能的な恐怖の理由が分かり、この場での選択が逃げの一択になったのは良いが、肝心の逃げ場が全くと言っていいほど無い。

 

 目の前の男に隙が見当たらず、下手に動けないのだ。

 

 イッセーが動けずにいると、突然、目の前の男が喋り出した。

 

「良い警戒心だ。殺すのが惜しいくらいに」

 

 外人とは思えないほど綺麗に発音される日本語。イッセーは警戒を解かず、鋭い目つきのまま、

 

「随分と物騒なご挨拶だな。初対面でいきなり殺すは無いと思うんだけど?」

「もう私の中にいる邪龍の事は聞いているだろう?兵藤一誠、貴様の中にいる、赤き龍から」

 

 イッセーは左腕に『赤龍帝の籠手』を出現させ、構えをとる。

 

『貴様、一体何者だ?どこで俺の存在を感知した?』

 

 構えすらとらない男に、ドライグが直接問いかけると、

 

「ふむ、聞いたところでどの道死ぬが、まぁいい。私の名はアルバート・ウェスカー。分かっているとは思うが、邪龍サマエルを身に宿した存在だよ。さて、最強の龍殺しであるサマエルは、龍の気配に途轍もなく敏感でな、貴様の存在を感知できた理由は簡単だ」

 

 一息、

 

「地球上、どの場所にいようと、サマエルは全ての龍の存在を感知出来るだけ。そう、邪龍の力は世界全土に影響している」

 

 その言葉に、イッセーとドライグは驚愕した。同時に、絶望した。

 

 遠回しに、イッセーの逃げ場は無いと言われたのだ。そして、ウェスカーの放つ闘気は、今のイッセーを遥かに凌駕している。

 

 俗に言う、絶対絶命の状況だった。

 

「さて、話は終了にしよう。冥土の土産程度にはなったかね?今の自分の状況がよく分かっただろう?」

 

 もはや戦闘は免れない。イッセーは舌打ち混じりに倍加を始めた。

 

『Boost!!』

 

『相棒、分かっていると思うが、今の相棒ではッ!!』

 

(分かってるさ!こいつは強すぎる。何とか隙を作り、逃げるしかないッ!!)

 

 ウェスカーは未だにその場から動かない。倍加は10秒毎に1回ずつ行われるため、イッセーは時間をかければかけるほど強くなる。

 

 しかし、そんなことをウェスカーがさせるはずがなかった。

 

 その動きは、ノーモーションから突然起きた。勢いよく着火するような音がしたと思いきや、ウェスカーは一瞬でイッセーの真横まで移動し、手刀を放っていたのだ。

 

「ーーーこのッ!!」

 

 首を手刀の方向に思いっきり捻りスレスレで回避する。イッセーはその過程でわざとバランス崩し、サマーソルト気味の回し蹴りをウェスカーの側頭部を狙って放った。

 

 生身で触れるのも危険と判断し、靴ならばどうだという発想からの決死の一撃だった。しかも、ウェスカーも手刀を放った直後。ならばどんな身体能力があろうと、この一撃はかわせない。

 

 しかし、先程聞こえた着火の音が間近で聞こえたと思うと、ウェスカーはさっきとは全く違う体勢になっており、まだサマーソルトの動きの最中にいるイッセーの鳩尾に右手が添えられていた。

 

(嘘、だろ?コンマ何秒の戦いが出来るんだよこいつは……ッ!!)

 

 そこから放たれる抉るような掌底に、イッセーはなす術無く数十メートル吹き飛ばされた。しかも、掌底を放つ瞬間に、ウェスカーの袖の中からーー恐らく邪龍サマエルの一部であるドス黒い鎖のような触手に腹を貫かれてしまった。

 

 何回も転がり、仰向けに倒れると、盛大に吐血する。

 

「ガハッ……ハァ……ハァ……」

 

『グッ……相棒、気をしっかり持て!!』

 

 貫かれたところから、全身にかけ、灼けるような、死ぬ方が楽に感じるほどの激痛に襲われ、声も出せずに、荒い呼吸を続けるイッセー。

 

 サマエルの毒は、精神世界にも影響しているようで、ドライグも苦しげに呻いていた。

 

 余りの痛みで勝手に痙攣する身体。薄れる意識の中、近づいてきたウェスカーは、イッセーの様子を見るなり、もう長くないと判断したのか、着火音とともにその場から消える。

 

(クソ……悪魔かよ、あいつ……いや、悪魔っていったら……駒王学園にいる、リアス先輩とか、か……って、最後に何考えてんだか……死にたく、ないなぁ……まだ、何も守れてない、のに)

 

『おい、相棒!返事をしろ!相棒!!』

 

 ドライグが必死に叫ぶが、イッセーの耳は、何も聞こえなくなっていた。

 

 ブラックアウトする視界の中、最後に映ったものは、紅い長髪だった。




少々急ぎ足すぎましたかね?
修正の可能性があります。
誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いします。



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2度目の生は悪魔で

どうも、虹好きです。
お気に入り登録されてくださった皆様に深い感謝を。

これからもよろしくお願いします。

では、本編どうぞ。


「強く、なりたいか?」

 

 ーー片手で大木を担ぎ、煙草を咥えたバーテン服の男が言った。

 

「こんな悲劇を2度と起こさせないような、運命すら変えられるような、そんな強さが欲しいか?」

 

 ーー紅蓮の翼を背から出している、白衣の男が言った。

 

「君の人生や。どんな結末を迎えるかは君次第やで?君の正しいと思った道に進むのが、1番正しいはずや」

 

 ーー必殺の雷を帯びる、歪な三叉槍を掲げた、ニット帽の男が言った。

 

「正義は常に理解されず、その現実から目を背けることはできん」

 

 ーー幾つもの剣を創造する、赤い外套の男が言った。

 

「それでも強くなりたいなら、この門を叩き、お前の道を示せ」

 

 ーー漆黒の防弾コートを靡かせた、美しい長髪を持つ男が言った。

 

 ーーそして、少年は、己の生き様を決めた。

 

 

 〜〜〜

 

 

 イッセーが目を覚ますと、そこは、自分の部屋のベットの上だった。身体を起こすと、僅かに気怠さが残っており、鈍く響く頭痛に思わず眉を顰める。

 

「やっとお目覚めか兄弟(ブラザー)。新たな生を実感した感想はどうだ?」

 

 横から声をかけられ、そちらを向くと、顰めっ面をしたキンジと心配そうな表情をした夕乃、そして、何故か悪魔であるリアス・グレモリーがいた。

 

 リアスの存在を確認した直後、記憶がフラッシュバックする。すぐに着ているシャツを捲り、腹部を見てみると、ウェスカーに貫かれた場所には、塞がってはいるものの、蜘蛛の巣状の傷痕がクッキリと残っていた。毒性が強く、大幅に傷痕が残ってしまったのだ。

 

「……俺は、死んだんじゃないのか?」

 

 記憶は、ウェスカーに貫かれ、薄れていく視界の中で、最後にリアスが現れたところで終わっている。

 

 何故あそこでいきなりリアスが現れたのか分からないが、その説明をするためにリアスがこの場にいるのだろうとイッセーは判断し、返事を待った。

 

 やがて、リアスは静かに語り出す。

 

「えぇ。あなたは一度死んだわ。それは、今確認した傷を受けたあなたが1番理解しているはずよ。でも、死ぬ間際に、あなたは心の中で私を思い浮かべたのでしょうね。あなたが持っていた転移陣が発動し、私が召喚された」

 

 一息、

 

「召喚されたのは良いけど、あなたは既に息を引き取るところだったの。普通の人間だったら助ける気はなかったけれど、あなたは、いえ、あなたたちは普通じゃない(・・・・・・)。だから、私があなたの命を悪魔に転生させ、2度目の生を与えさせてもらったわ」

 

 夕乃は悲しげに目を瞑り、キンジは表情を変えない。イッセーは、最初のキンジの言葉の意味をここで理解した。リアスの言葉は続く。

 

「実は私も個人的にあなたたちのことは調べさせてもらっていてね、施設の場所は把握していたし、あなたを連れてお邪魔させてもらったってわけ」

 

 多少端折ってはいるのだろうが、ある程度のことは把握した。イッセーはベットの上で姿勢を直し、リアスと真正面から向き合い、

 

「大体のことは分かりました。リアス先輩、この度は命を救っていただき、本当にありがとうございました。この御恩は生涯忘れません」

 

 丁寧に頭を下げた。リアスは少し照れたように笑みを作り、

 

「そんな畏まらないでちょうだい。まだ説明しなきゃいけないこともあるし、あなたも聞きたことが沢山あるでしょう?」

 

 イッセーは頭を上げ、では、と気になる点を聞いていく。

 

「転移陣っていうのは何ですか?俺は持っていた記憶が無いんですが……」

「それはこれよ」

 

 そう言ってリアスが見せてきたのは、あの日にもらった怪しいチラシだった。『あなたの願いを叶えます』というキャッチフレーズが書かれたチラシの中心に、魔法陣が描かれており、それが転移陣とイッセーは納得した。

 

「これは、私たちグレモリー眷属専用の転移陣なの。私たち悪魔は、これを使い、人間たちの願いを叶え、代わりに契約をもらうという仕事をしているわ。このチラシに向かって私たちの中の1人を思い浮かべると、その悪魔が召喚に応じ、その人の願いに応えるシステムよ」

 

 成る程、とイッセーは納得し、次の質問に移る。

 

「では、俺が死んだ後、悪魔に転生させたと言ってましたが、どう転生させたんですか?」

 

 イッセーの問いに、リアスはチラシをしまい、今度はチェスの駒を取り出しながら、

 

「これは、【悪魔の駒】と呼ばれる悪魔の中で行われる、チェスを模した特殊なゲームで使用する際の自分の下僕を示す駒よ。悪魔の中でも、上級悪魔以上の爵位を得た者達のみが持つことを許されるもので、多種族を悪魔に転生させることができるわ」

 

 一息、

 

「駒にも種類があって、それぞれ転生する際の特典は違うのだけど、転生させる者の強さに応じて、複数駒を使わなきゃいけないがあるのよ。でも、駒の中には突然変異によって、たった一つの駒で強い存在を眷属にできる駒があって、【変異の駒】と呼ばれているわ。何の偶然か、あなたに召喚される直前に変異した駒が一つあってね、幾つ分の価値かは分からないけれど、あなたはその駒一つ分で転生させることができたのよ。少しだけ運命を感じたわ」

 

 微笑みながら話すリアス。"運命"の部分に過剰反応を起こした方が約1名。あえて見ていないことにし、イッセーは今の説明を頭の中で整理する。

 

「……軽く整理すると、俺はその【悪魔の駒】のお陰で生きてはいますが、それは同時に、リアス先輩の下僕の1人となった。つまり、俺はリアス先輩の所有物になったということですよね?」

 

 その言葉にリアスは頷き、

 

「そう、だからあなたには私のためにこれからの人生を捧げてもらうことになった、ということよ」

 

 リアスはそう言って話を終わらせた。成る程、確かに悪魔らしい。しかし、そのお陰でイッセーは生きているのだ。また、家族の顔を見ることが出来たのだ。

 

 夕乃の顔は優れない。イッセーが生きていることに関しては素直に喜ばしいのだが、悪魔になったということに対しての感情の整理が上手くいっていないのだ。

 

 逆に、キンジは酷く落ち着いていた。腕を組み、静かに目を瞑っている。

 

 イッセーは少しの間の後、

 

「説明ありがとうございました。そして、これから1人の下僕として、よろしくお願いしますリアス先輩」

 

 もう一度頭を下げた。

 

 リアスは、どういう反応をするか試すために、あえてああいう言い方をしたのだが、どうやら、予想以上にイッセーという男は頭の回転が早い事を思い知らされ、優しく微笑んだ。

 

「えぇ、これからよろしくね。それから、今日からあなたは私の家族よ。下僕なんて、所詮はゲームでの駒呼び方にすぎないわ。私たちグレモリー家は、眷属を家族同然に愛しているから。兵藤一誠、いえ、イッセーと呼びましょうか。私はあなたを歓迎します」

 

 その言葉に、イッセーは今まで無駄に警戒していた自分を恥ずかしく感じた。何て寛大な心の持ち主なのだろうか、と。今は自分も悪魔になった身だが、悪魔も人と同じなのだということを知った。

 

 そこからは、悪魔として転生した以上、悪魔として生きなければならないので、ひとまず、リアスが部長を務めるオカルト研究部に入部することになった。詳しいことは翌日部室で聞かせてくれるとのこと。

 

「さて、次はイッセー、あなたの番よ。何があったか教えてちょうだい」

「分かりました」

 

 そこから、イッセーはウェスカーとの戦闘のことを細かく説明した。話している最中、誰も口を挟まなかったが、キンジが"ウェスカー"と"邪龍サマエル"の単語に反応しているところをイッセーは見逃さなかった。

 

「邪龍サマエル……そんな大物が……」

「ウェスカーは、地球上どこにいたとしても、ドラゴンの存在を感知できると言っていたので、俺が生きていることも既に知られているでしょうね……」

 

 イッセーの言葉に、夕乃は、

 

「でも、イッセーさんの腕を遥かに上回るとは……しかも"角"を使っていないとはいえ、"崩月"流で鍛えた身体をいとも簡単に突き破る攻撃力、もし次襲われれば、もう後がありません」

 

 冷静にウェスカーのことを分析する。キンジは難しい顔をし、

 

「クソッ……俺が近くにいりゃあもう少しマシな結果になったかもしれないのに……一度でも死なせちまうなんて……」

 

 イッセーの事を、まるで自分の事のように悔やんでいた。リアスはその様子を見て微笑み、

 

「良い家族を持ってるのね、イッセーは」

「はい、最高の家族です」

 

 イッセーは心から心配してくれる大切な家族に、自然と笑みを浮かべ、

 

「ウジウジ悩んでも仕方無いですよね。これからは1日1日大切に生きるようにします」

 

 そう言いながらキンジの肩を叩いた。折角もう一度チャンスをもらったんだからと。キンジもイッセーの顔を見てから、

 

「……そうだな。例え悪魔になろうと、俺たちの絆は無くならないよな兄弟(ブラザー)

「あぁ」

 

 綺麗に事が終わると思いきや、そこにラスボスが舞い降りた。

 

「では、イッセーさん?……さっきの死に際に思い浮かべた人がリアスさんだった件についてですが」

 

 室温が一気にマイナスまで下がった。キンジは瞬時に扉まで移動し、親指を立てて出て行く。

 

(おい!?絆は!?)

 

 リアスも夕乃の豹変ぶりに顔を青くし、「じ、じゃあ話も終わったし、失礼するわね」と退出。味方は誰一人としていなくなり、光の消えた瞳でゆっくりと近づいてくる夕乃を止める存在は、いない。

 

 その日、施設全体にイッセーの悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 〜〜〜

 

 

 翌日の放課後。朝、リアスから使いを出す言われているイッセーは机の上でダラけながら使いの悪魔を待っていた。同情の視線を送るキンジに、イッセーと同じように疲れた様子の切彦も一緒にいる。

 

 切彦は、昨日イッセーが運ばれた時に、刃物を持って物凄い勢いで施設から出て行ったらしい。夜が明けるまで犯人を探していたらしいが、そもそもイッセーを殺した犯人の姿や名前を知らない為、実質ただ町を駆け回っていただけ。どこか抜けている。

 

 キンジはあれから少しリアスと話をして、リアスが駒王町を統治するグレモリー家の責任者など、色々な情報を得ていた。

 

(簡単に言えば、この町はリアス先輩の家の物なんだよな。どんな金持ちだよ)

 

 そんな事を考えていると、入り口から1人の生徒が入ってきた。イッセーは立ち上がり、キンジと切彦を連れてその生徒に近づく。無論、悪魔だからだ。

 

「すいません、イッセー君ってーーーもう分かってたか、リアス部長から聞いてると思うけど、ボクに付いてきてね」

 

 使いとして来たのは、駒王学園が誇る美少女の1人、そして、悪魔の1人でもある木場結菜だった。

 

 廊下には夕乃さんもおり、結菜に案内され旧校舎のオカルト研究部に向かっていく。

 

 その途中、変態コンビが血の涙を流していたり、女子生徒たちがイッセーたちを見て何か騒いでいたがーーー全て無視した。

 

「ここだよ」

 

 案内された扉の上にはオカルト研究部と書いてあるプレートがついてある。

 

「部長、来ていただきましたよ」

 

 その扉を開き、結菜を先頭にしてイッセーたちも部室の中に入っていくと、

 

「凄いな……」

「黒魔術の儀式場じゃねぇか」

「ちょっと、怖い……です」

「雰囲気出てますね」

 

 それぞれがそれぞれの感想を述べた。中はまさにオカルト専門といった、暗い雰囲気を醸し出す空間だった。それでも、なかなか設備が整っているようで、奥の方にはシャワー室があり、リアスはそこでシャワーを浴びているいうだった。

 

(あ、ほとんど女子しかいない。キンジは大丈夫か?)

 

 そう考えながらキンジの方を見るイッセー。案の定、大丈夫ではなかった。

 

「……何でこんなに女子の香りが充満してんだよ」

 

 物凄い顔を顰めている。体質のせいで、女子が苦手なキンジにとって、ここは一種の戦場なのだ。イッセーからは、耐えろとしか言えない。

 

 そこで、夕乃と似た雰囲気、大和撫子を想像させる女性が近づいてきた。

 

「あらあら、初めましてイッセーさんにキンジさんに切彦さん。私は姫島朱乃と申します。以後、お見知りおきを。それと、先ほど振りですわね、夕乃さん」

「また会いましたね、朱乃さん」

 

 朱乃は夕乃と親しい関係のようだ。夕乃、リアス、朱乃という、駒王学園3大お姉さまがまさかのオカルト研究部にて集結である。確かに、お姉さまオーラを纏っている感じがする。

 

 次に自己紹介してきたのは、使いであった木場結菜だ。

 

「さっき使いとして案内したけど、ボクの名前は木場結菜です。クラスは違うけど、イッセー君たちと同じ2年生だよ」

 

 柔かな笑顔が特徴の少女で、誰にでも同じように接し、人によって態度を変えず、身体を動かすことが好きなボーイッシュ系女子。持ち前の明るさで、男子女子両方から人気を誇っている。

 

 そして最後、というか、イッセーと切彦にとって、1番気になっていた白い髪を持った少女。実は、イッセーや切彦は廊下でよく出会う。

 

 イッセーたちが部室に入った時からずっとそわそわ落ち着いていない少女で、何故か、とても懐かしい感じがするのだ。

 

「……搭乗、小猫です。よろしくお願いします」

 

 頬を若干染めて挨拶する小猫に、切彦は何を思ったのかゆっくり近づいていく。近づくたびに頰の赤みが増す小猫。手に持っていた羊羹をテーブルに起き、ジリジリソファの端に後ずさっていく。

 

(名前の通り、猫みたいだな小猫ちゃん)

 

 切彦はゆっくりと両手を広げ、そのまま一気に小猫へと覆い被さった。

 

「えい♪」

「……にゃあ!?」

 

 切彦の両腕でガッチリとホールドされた小猫は、本物の猫のような悲鳴を上げ、そのまま切彦に頬擦りなどをされている。嫌がっているように見えて、満更でもなさそうな小猫。

 

(良いなぁ……ハッ!?俺があんなことしたら警察沙汰だ!!)

 

 イッセーは邪念を振り払うように両頬を叩く。キンジは未だに1人でブツブツ呟いており、夕乃は朱乃と仲良く世間話。切彦は小猫に抱きついて愛でまくっている。

 

 そこで、シャワーの音が止みーーー突然隣でキンジが自分の事を殴り飛ばした。

 

「キンジ!?どうした!?」

 

 余りの出来事に、イッセーは驚きを隠せない。キンジは眼を硬く瞑り、イッセーに鋭い一喝を放った。

 

「イッセー!!シャワー室を見るな!!殺されるぞ!!」

 

 言いたいことは瞬時に理解できた。要するに、リアスが丸裸でシャワー室から出て来たのだろう。

 

「了解!!」

 

 イッセーも素早く反転。背後から、殺意の篭った夕乃と平然としたリアスの会話が聞こえるが、とにかく平常心を保つ為にも、イッセーとキンジは心を無にする。

 

「あなたたち、もう着替えたから起きなさい」

 

 リアスの声で意識を取り戻したイッセーとキンジ。恐る恐るリアスの方を見るとーーーしっかり制服を着たリアスが椅子に座っていた。

 

 とりあえず、最悪の状況は免れた為、胸を撫で下ろすが、夕乃の額にはまだ青筋がある。

 

 リアスは咳払いを一つして、オカルト研究部に関する説明を始めた。ある程度は昨日の説明通りで、今日からでも仕事は始めるとのこと。

 

 入部の話の時に、キンジたちも全員入部することになった。それと、部としてのケジメをつけるため、リアスのことは部長と呼ぶ事になった。

 

 それから、レーティングゲームに関する話を聞いている最中に、昨日聞き忘れた、肝心のイッセーに使った駒のことを思い出したため、聞いてみると、

 

「《兵士》よ」

 

 一番前線で戦う駒らしい。しかし、イッセーは特に落ち込む事無く、

 

「なら、1人の兵士として、部長を守らないといけませんね」

 

 と、むしろやる気になった。流石に予想外だったのか、

 

「もっと落ち込むと思ったのだけど……案外平気そうね?」

「はい。《兵士》でも《王》は討ちとれますから。それにチェスが基盤なら、それに準ずるルールとして、《プロモーション》とかあるんじゃないですか?」

 

 リアスは確信する。やはり、イッセーの頭の回転は速い。そう、チェスと同じように、レーティングゲームでの《兵士》は、敵陣地に辿り着く事で、好きな駒に《プロモーション》することが出来る。また、《キャスリング》も可能だ。

 

「やっぱり、あなたを眷属にして正解だったわイッセー」

「褒めすぎですよ」

 

 笑顔で言うリアス。その横では、夕乃が笑みの中に暗い何かを宿し始めているので、割と死の危険を感じているイッセー。

 

 話がひと段落つき、朱乃が淹れてくれた紅茶で喉を潤していると、

 

「……イッセー先輩、羊羹食べますか?」

「良いのかい?」

「……はい」

「じゃあ、ありがたくいただくよ」

 

 小猫がお菓子を分けてくれた。その光景を見たイッセーたちを除く他の部員達が、顔を驚愕に染め、

 

「小猫がお菓子を分けた……?」

「あらあら、珍しいこともあるんですわね」

「こんなこと初めてだよ」

 

 口々に驚きの言葉を発する。イッセーたちにはよく分からない事だが、小猫のことをよく知っているリアスたちからすれば、相当なことのようだ。

 

 話が続く中、キンジは朱乃の事がやけに気になっていた。

 

(あの時助けた子に似てるんだよな……まぁ、単なる人違いかもしれんが)

 

 それは、朱乃にも言えることで、

 

(キンジさん……あの時助けてくれた方に似てますけど……気のせいでしょうか?)

 

 予想通り、キンジは一度、朱乃の事を助けたことがあるのだが、まだそのことには気づかない2人であった。

 

 

 〜〜〜

 

 

 廃墟となった教会にて、フリードは、堕天使レイナーレの傘下に入ったばかりのアーシアの監視役を命じられていた。

 

 アーシアの迎えを命令されていたのにも関わらず、堂々と寝坊し、自力で教会付近まで来たアーシアを連れ帰った時に、レイナーレから大目玉を喰らい、その罰のようなものだ。

 

 しかし、そんなフリーダムなフリードも、アーシアの話を聞いた時は驚いた。

 

 なんでも、フリードの義兄弟である、イッセーと接触したらしく、教会の近くまで送ってもらったらしいのだ。

 

 懐かしい義兄弟を思い浮かべ、アーシアにそのことを話すと、アーシアは大層喜んだ。

 

「フリードさん!」

「なんだい、アーシアちゃん?」

「イッセーさんにまた会えますか?」

 

 傭兵として雇われているフリードは、レイナーレの計画を把握している。そのため、アーシアの今後も知っていた。ロクな結果を迎えない。

 

(こんな良い子なのに……可哀想に)

 

 しかし、フリードとしても、仕事な以上、私情を挟むことは出来ない。契約分(・・・)の働きはするつもりだ。

 

「フリードさん?」

 

 いつまで経っても反応しないフリードに、アーシアは不安そうに名を呼ぶ。我に帰ったフリードは、すぐに笑顔を浮かべ、

 

「安心しな、信じれば、必ず会えるさ。このフリード神父が保証しちゃう!!」

 

 無理矢理テンションを上げて反応した。アーシアも満面の笑顏で、

 

「はい!!」

 

 そこからも、フリードがバカみたいなテンションで騒ぎ、アーシアを沢山笑わせた。

 

「うるッさいわねぇ!!静かにできないの!?」

 

 と、怒鳴り込んでくる堕天使がいたが、敢えて無視した。

 

「って無視するなぁー!!本当にあんたは雇われてるって自覚あんの!?」

「失礼な!!俺っちは何時でも本気だZE☆!?金に関することにはな!!」

 

 指で金マークを作り、ドヤ顔をキメながら小煩い堕天使たちに言い放つ。

 

「金は1番万能なんだよどさんピンがぁ!!世の中所詮は金で回ってんだよ!!金が最強!!金がジャスティス!!金をバカにする奴ァ俺が直々にブチ殺してやらぁ!!ヒャッハァァァァァァァァァッ!!!!!!」

 

(ダメだこいつ……早くなんとかしないと……)

 

 堕天使でも制御できない自由の象徴、フリード・セルゼン。今日も軽快に暴走中。純粋すぎるアーシアは、フリードのテンションに頑張ってついて行こうとするが、流石に無理だった。

 

 レイナーレたちも、フリードがはぐれ神父ということは知っているが、教会を追放された理由が分かったような気がした。この外道神父を置いておきたい教会など存在しないだろう、と。

 

 ……計画の時間は、刻々と近付いている。




誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。


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独りだったシスター

独自設定を追加しました。
分かる人には分かることだと思いますが、この作品はかなりごちゃまぜ感溢れています。
読者の要望などにも答えられる限り答えていく所存です。

では、本編お楽しみください。


 イッセーが悪魔に転生して数日、悪魔としての仕事にも段々と慣れてきた。

 

 願いを叶える代償に、それに見合った契約料を払うというもので、イッセー自身、初めはどんな願いを言われるのか少々不安だったが、幸い、イッセーは一部の特殊な性癖を持つ漢女や、漫画についての語り合いなど、軽い契約のものが主で、なんとかこなすことができている。

 

 何度も同じ人ーーーお得意様に呼ばれることもしばしばあり、新人悪魔にしては出来過ぎなぐらいだ。

 

 オカルト研究部の部員には、イッセーの神器である『赤龍帝の籠手』がどこまで使えるか伝えておいた。人間の時は、何かのきっかけで"禁手化"になれるはずだったのだが、悪魔に転生してから、力にリミッターようなものがかかっており、数段階グレードダウンしてしまっているのだ。

 

 実戦で証明するのが1番良いのだが、オカルト研究部もう一つの仕事である、はぐれ悪魔の討伐は、ここ最近ないらしい。というよりも、誰かに先取りされていると言った方が正しい。

 

 犯人は今のところ不明だが、ここ最近、はぐれ神父と言われている者が頻繁に出没しているらしいので、そいつの仕業かもしれないとのことだ。

 

 その説明中、イッセーはどこかに金稼ぎに行った義兄弟を思い出した。置き手紙に書いてあった内容には、はぐれ神父という単語が記されていたことを思い出す。

 

 リアスからは、施設で話している時に夕乃が呟いた"角"についても聞かれたが、崩月流の事情もあり、現段階では我慢してもらった。

 

 また、悪魔の身体というのは人間の時よりも強化されると聞いたが、イッセーの身体が特殊なせいか、眼が良くなる以外は人間の時と変わっていない。

 

 キンジと切彦、夕乃もオカルト研究部での仕事(主にイッセーを見守る)を交代制で行っており、ウェスカーの時のようにイッセーを1人にしないようにしている。

 

 そして、休日。ウェスカーと対峙した時に買っていた物ーーー結局回収できなかったので買い直しに、キンジと2人で町中を歩いていると、教会のシスター、アーシア・アルジェントにを見つけた。

 

 

 〜〜〜

 

 

 アーシア・アルジェントは、フリードに連れられ、町中に出てきていた。

 

 教会でいつも通りお祈りをしていたところ、暇そうに椅子に寝転がっていたフリードが突如跳び起き、

 

「ダメだ!!」

「はぅ!?ど、どうしたんですか?フリードさん」

 

 声に驚いたこともあるが、軽く苛立ったように頭をかくフリードに、アーシアは恐る恐る尋ねる。フリードは思いっきり背筋を伸ばし、

 

「こんな埃クセェ場所にいつまでもいたら健康に悪りぃわぁ!!ってか退屈なんじゃーい!!」

 

 後半が本音だ。傭兵として雇っておいて、肝心の仕事内容は、たまに出るはぐれ悪魔の討伐で、後はアーシアのお守りである。

 

 この前も、バイザーとかいう悪魔を討伐しに行ったが、5秒かからず瞬殺したため、身体が鈍っているような感覚なのだ。

 

「で、ですが、レイナーレ様方は今教会を留守にしていますし……教会からは出るなと」

 

 純粋に、愚直なまでに言われたことを守ろうとするアーシアに、フリードは悪い笑みを浮かべ、

 

「アーシアちゃん?逆に考えるんだ。今、堕天使どもはいない。つまり、監視の目はない。たかが口約束程度、後で頭下げりゃあ許してもらえるさ。ルールは破るためにあるんだZE☆!?」

 

 ブレないフリードに、アーシアは苦笑いしか返すことができない。この男は、己がその監視役ということを全く自覚した上で発言しているようだ。

 

 何かを言おうとしたアーシアの手を取り、少しばかり強引に外へと連れ出し、

 

「ふ、フリードさん!?」

「まぁまぁ、全部俺っちのせいにしていいから、遊びに行こうぜぇ!!」

 

 そのまま町までアーシアの手を引いていった。

 

 

 

 

 そして、フリードは悩んでいた。町中に似合わない神父服の上から腕を組みーーー

 

「アーシアちゃんは何処に行ったのかなぁ?」

 

 アーシアを連れ、町に着いたのはいいのだが、フリードが少し眼を話した隙に、アーシアとはぐれてしまったのだ。眼を話したとはいえ、それはたかが数分。

 

(まぁ、アーシアちゃんの事だし、大方教会関係の物につられたか、老人の介護とかしてそうだが……ま、ボチボチ探しますかー)

 

 フリードはただ単に退屈な教会から抜け出し、外を散歩出来れば良いと考えていた。アーシア自身も、そう遠くえは行っていないだろうと、そこから動き出した。

 

 

 〜〜〜

 

 

 イッセーとキンジがアーシアを見つけた時ーーー彼女はかなり胡散臭い露天商に出会っていた。

 

 アーシアはシスターの格好をしているため、教会関係の物を売られそうになっているのだ。立ち止まるアーシアに、胡散臭い露天商は、怪しい商品の有る事無い事を吹き込んでいく。顔は東洋人のはずなのに、何故か流暢なフランス語を話す露天商。もしかすると、イッセーやキンジよりも上手いかもしれない。

 

 さらに悪いのは、アーシアが純粋すぎて、露天商の話を真面目に聞き、眼を輝かせ始めたことだ。あの眼は、明らかに露天商の言葉を信じている。アーシア自身は、言葉の通じる相手がイッセーたちの他にもいたことが嬉しいというのもあるが。

 

 アーシアのことは、イッセーがウェスカーに殺された件の話をした時に話したため、キンジも把握している。

 

 イッセーはキンジと顔を合わせ、同時に軽く溜め息を吐くと、アーシアに近づいていった。

 

「久しぶりだな、アーシア。

「あ、イッセーさん!お久しぶりです!えっと、隣の方は……」

「初めまして。俺の名は遠山キンジだ。キンジと呼んでくれ。君のことはイッセーから聞いてるから、自己紹介は必要無いぞ、アーシア・アルジェント」

「初めましてキンジさん。私もアーシアと呼んでください!」

「あぁ」

 

 今まで楽しそうに商品の自慢をしていた露天商を無視し、イッセーとキンジはアーシアの手を引いて行く。流暢なフランス語で何かを叫んでいる奴がいるが、イッセーが柔かに笑いかけてやると、顔を青くしながら何も発しなくなった。

 

「それで?アーシアはなんであそこにいたんだ?」

 

 小腹が空いていたこともあり、ファストフード店でハンバーガーを摘みながらイッセーが問う。

 

 アーシアは初めてのハンバーガーに四苦八苦しながら、

 

「ユニークな神父さんに連れてきていただいたんです。……逸れちゃいましたが」

 

 フリードから、他人に名を教えないでほしいと言われていたアーシアは、その約束を律儀に守り、フリードの名を伏せて応える。それでも、2人の頭には1人の人物が思い描かれたが。

 

(ユニークな神父……そんな神父は聞いたことがない。……あいつを除いて)

(ユニーク……はぐれ神父になら心当たりが……)

 

 しかし、まさかフリードが駒王町に戻っているとは夢にも思わず、勘違いだろうとイッセーとキンジは思考を振り払った。アーシアも意図的に名前を伏せているようなので、無理に聞く気もない。

 

 キンジに包装紙を開けてもらい、シスターらしく上品にジャンクフードのハンバーガーにかぶりつくアーシア。途端に瞳を大きく開き、

 

「こんな美味しい食べ物、生まれて初めて食べました!!」

「そりゃあ良かった」

「アーシアは教会からあまり出たことがないんだな」

 

 ここまで純粋な少女なのだ。きっと、小さい頃からシスターとして教会で生きてきたのだろう。

 

「……私の話、聞いてくれますか?」

 

 キンジの一言で雰囲気が一転したアーシアが、突然そんな事を言ってきた。

 

「あぁ、俺も気になっていたところだから丁度いい。ーーー何故、廃墟となった教会に住んでるのかとか、な」

 

 アーシアは弱い笑みを浮かべ、「やっぱりバレてますよね」っと、彼女自身の過去についてゆっくりと話し始めた。

 

 イッセーとキンジは静かに聞き耳をたてる。昼間の騒がしいファストフード店の中、この席だけは空間が切り離されたように静かになり、アーシアの声だけが響いた。

 

 ーーーそれは、奇跡の力を持つ、不幸な少女の物語。

 

 幼い時に、両親に捨てられたアーシアを拾った教会。その時からシスターとして生き始めたアーシアはある時、傷ついた犬を助けたい一心で、己の中に眠る神器、『聖母の微笑』を発現させ、犬の命を救った。

 

 神器の知識がない教会の者達は、アーシアの力を奇跡の力と呼び、"聖女"として崇め立てた。

 

 そこから、毎日のようにアーシアの神器の力を求め、教会には人が殺到した。どんなに疲れても、アーシアは持ち前の優しさで人々を癒し、"聖女"としての名はますます有名になった。

 

 しかし、アーシアは、たった一度の失敗で、全てを失うことになる。

 

 ある日、教会の前に傷だらけの青年が倒れていた。

 

 アーシアは当然のようにその青年の傷を治したのだが、その青年は"悪魔"だった。

 

 聖なる教会にとって、悪魔は対となる存在。簡単に言えば、光と闇。

 

 神器は想いの強さによって、その力は大きく変動する。

 

 アーシアの奇跡の力は、神より愛を与えられし人間のみならず、悪魔すら治してしまったことから、教会の者たちは態度を一変させた。

 

 散々自分たちで"聖女"と持ち上げておきながら、アーシアを"魔女"として教会から追放したのだ。

 

 行くあてを失くしたアーシアは、堕天使レイナーレに保護され、この駒王町にある廃墟と化した教会で、堕天使の加護を受けながら生活している、というところで話は終了した。

 

 話が終わってから、しばらくの間、3人の中で会話は無かった。重苦しい空気が漂う中、その沈黙を打ち破ったのはアーシアだった。

 

「でも、今はレイナーレ様の御蔭で不便のない生活をさせていただいているので、何も心配はいらないですよ!」

 

 話している時は、涙を溜めていたのにも関わらず、話終わった途端、笑顔を作ることができる。イッセーとキンジからすれば、バレバレの演技ではあるが、素直に、強く優しい子だな、と思った。

 

 そして、ただならぬ怒りを感じた。

 

(この子にこんな過去を背負わせた奴らは、許せないな)

 

 突然、キンジがその場で勢い良く立ち上がり、

 

「今日は遊ぼうぜ兄弟(ブラザー)

 

 アーシアはポカンとしている。イッセーはその表情に笑みをつくり、

 

「そうだな。アーシア、今日は疲れるくらい楽しませてやるから覚悟しろ」

 

 そう言って、イッセーも立ち上がる。アーシアは先ほどのようなつくり笑いではなく、満面の笑みで立ち上がった。

 

「はい!」

 

 そこからは、ただただ遊びつくした。

 

 3人で回れる限りの娯楽施設を巡り、クレーンゲームでアーシアが欲しがったラッチュー君を今日の記念として取り、アーシアにプレゼントすると、

 

「ありがとうございます!イッセーさん!キンジさん!」

 

 華のような笑顔を向けてくれた。やはり、彼女にはこの表情がよく似合う。

 

 時刻は既にに夕暮れとなり、公園のベンチで3人仲良く座りながら、キンジがアーシアに聞いた。

 

「今日1日振り返ってみて、どうだった?」

「凄く楽しかったです!生まれて初めての体験が沢山できました!!」

 

 その言葉が聞ければ十分だとばかりに、イッセーに目配せする。それに頷き、

 

「アーシア」

「何ですか?イッセーさん」

「俺たちのところに来ないか?」

「イッセーさんたちの、ところ?」

 

 頷き、施設の話をアーシアにした。実は、アーシアの話を聞いた時に、この町に住んでいる堕天使の話で、気に食わない部分があるのだ。

 

 "魔女"として教会を追放されたアーシア。その身には神器が健在。堕ちた天使は邪な事を根に持つ。それに、最近の堕天使の動きは怪しいらしい。

 

 静雄曰く、裏で何やらコソコソ行動しているらしく、町中で、多数のはぐれ神父が教会に向かっているところを目撃したのだとか。

 

 極め付けは、神器を宿すイッセーにまで接触を試みようとしたことだ。不安要素の排除かは不明だが、あの時接してきた天野夕麻は、微かに殺気を放っていたのだから。

 

 しかし、悪魔に転生してから、リアスから教会に近づく事を固く禁じられている。悪魔にとって、教会とは対となる存在であり、相性が最悪なのだ。

 

 だから、最悪、アーシアがこの誘いを断っても、オカルト研究部に内緒で殴り込みに行こうと考えていた。

 

「お誘いは嬉しいのですが……レイナーレ様方はこんな私を保護してくださいましたし」

「いいかアーシア、よく聞いてくれ」

「はい?」

 

 イッセーは先ほど考えていたここ最近の堕天使の不穏な行動などをアーシアに教えた。

 

「そういえば、確かに最近新しい神父さんたちを沢山見ます。みんな目が虚ろなので、怖くて話しかけれないのですが……」

「イッセー、そんだけ神父を集めるとすると、大人数で行う大規模術式の可能性も浮上してくるぞ」

 

 キンジの言葉に、流石のアーシアも不安になってきたのか、

 

「私、術式とかに関してはあまり知識が豊富なワケではないんですけど……教会の地下に大きな円が書かれ、その中心に磔台があったんです」

「「ビンゴかよ」」

 

 思わずハモる。しかし、そうなると、アーシアの命が危険だ。このまま施設に連れて帰り、"万屋"である静雄に頼んだ方が良いかもしれないとイッセーは考えるが……そこで、周囲に人をがいない事に気づいた。

 

「ッ!俺としたことが……話してたぐらいで気づかないなんて」

 

 キンジが苦虫を噛んだような表情をし、上を見上げる。イッセーとアーシアも上を見上げると、

 

「やぁ、何故悪魔と行動しているのかは不明だが、迎えに来たぞアーシア・アルジェント」

 

 紺色のコートを着た堕天使が3人を見下ろしていた。キンジは何時でも愛銃"ベレッタキンジモデル"が抜けるように構え、イッセーはアーシアの前に立って堕天使を睨みつける。

 

「そんな警戒するな。私はただ単に、アーシア・アルジェントが余りにも帰りが遅いため、探しに来ただけにすぎん」

 

 その言葉に、アーシアはイッセーの前に出て、

 

「この方々は、私の"初めて"の友人です。大人しく帰りますから、手荒なことはしないでください」

「アーシア?」

 

 予想外の行動に出たアーシアに、イッセーとキンジは虚を突かれるが、振り返ったアーシアは小さな、イッセーとキンジにしか聞こえない声で、

 

「待ってますから……イッセーさん、キンジさん」

 

 そう言って、華のように笑い、降りてきた堕天使の方に向かって行く。アーシアを連れ、飛び上がった堕天使は、「さらばだ」と言って教会へと飛んで行った。

 

 その瞬間、公園を囲っていた夥しい量の気配が一斉に教会へと消えていくのを感じ、

 

「気付けなかった俺たちの落ち目だけど、助けられちまったな」

「あの数相手にこの武装じゃ無理があったしな」

 

 構えを解いたキンジは教会の方に目線を移し、

 

「御指名が入ったぞ?誘ったのは俺たちだ。勿論、友だちは助けに行くよな兄弟(ブラザー)?」

「あぁ、今日にでも大規模術式を起こされるかもしれないしな。バレないように、奇跡の聖女様を救いに行こうか兄弟(ブラザー)

 

 2人は施設へと急いだ。

 

 

 〜〜〜

 

 

 町中を歩きながら、アーシアを探していたフリードは、全く見つからないシスターに頭を悩ませていた。

 

「一体全体アーシアちゃんはどこに行っちまったんだぁ〜?マジでそろそろ見つけなきゃ暗くなっちまうじゃねぇか。暗い中、か弱いシスター1人なんて俺っち許しませんよ!?」

 

 相変わらずのハイテンションでアーシアを探すがーーー人払いの結界が張られた瞬間、盛大に溜め息をついた。

 

「何かしら今の溜め息。フリード、私はアーシアと教会での待機を命じたはずよ?今日がどれだけ大切な日か、あなたに教えてるはずよね?ねぇ?」

 

 震える声を発しながら舞い降りたのは堕天使レイナーレ。青筋を痙攣させ、いかにも爆発寸前という感じだ。フリードの応えはーーー

 

「たかが口約束で俺が縛れるとでも!?」

 

 物凄くバカにしたような態度で、謎の決めポーズとともにそう言い放った。怒りが一周回って冷静になってしまったレイナーレは、

 

「はぁ……まぁ、アーシアの回収はドーナシークに任せたしーーーあなたにも最後の仕事があるのだから行くわよ」

 

 その言葉に、フリードは一瞬だけ真顔になった。次の瞬間にはいつものふざけた表情を浮かべていたため、レイナーレが見ることはなかったが。

 

「了解了解ーっと。んじゃあ、行きますかねぇ」

 

 そう言って、フリードはレイナーレの後を追いながら教会へと向かった。

 

 

 〜〜〜

 

 

 イッセーとキンジは施設に戻っていた。

 

 しかし、玄関に立っていたのは……鬼のような笑顔を浮かべた夕乃とリアス。

 

 予想外すぎる展開について行けず、その場でフリーズするイッセーとキンジ。

 

 最初に語り出したのは、夕乃だった。

 

「おかえりなさい、イッセーさんにキンジさん」

「た、ただいま夕乃さん」

「た、ただいま。何でそんなに怒っているのか聞いても?」

 

 キンジの問いに、夕乃は眼光を鋭くし、

 

「イッセーさん……キンジさんと買い物をしに行ったんですよね?」

「は、はい……」

 

 冷や汗は止まらないイッセー。夕乃眼光は鋭さを増していき、

 

「では、何で女子が一緒だったのですか?」

「……何処でその情報を?」

「"偶然"イッセーさんたちを見かけた小猫さんに聞きました」

 

 成る程、なら、リアスが施設にいて、怒っている理由も検討がつく。大方、小猫につけられ、堕天使に遭遇したところを見られ、先回りしてリアスに連絡し、それを聞いたリアスが飛んできたのだろう。もともと言うつもりであったので、イッセーは正直に話すことにした。

 

「えぇとですね、恐らく部長は知っていると思うのですが……」

 

 説明し終わると、さっきとは打って変わってアーシアを憐れむ夕乃と、腕を組み、何かを考えているリアス。その様子は、迷っているようだった。

 

 少しの間考え、リアスは腕を解き、観念したように、

 

「あなたたちの事だから、イッセーを止めれたとしても、悪魔ではないキンジはどんなに私たちが止めても行くでしょう?」

「当たり前です。奴らの行おうとしていることは悪だ。それを裁かないのは俺の掲げる"正義"に反するので」

 

 即答するキンジ。リアスはその言葉に笑みをつくり、

 

「私たちも行くわ。私の眷属は誰一人欠けさせない。そこであなたの力を見せてちょうだいイッセー」

「はい!」

 

 その様子を見つめる夕乃は、1度眼を瞑り、

 

「イッセーさん、キンジさん。必ずその子を連れて帰って来てくださいね。晩御飯の準備はしておきますので」

 

 優しい表情でそう言った。イッセーとキンジは笑みをつくり、

 

「任せてください」

「必ず」

 

 口々にそう返した。その時、研究所へと続く廊下から岡部が現れ、

 

「イッセー、キンジ。俺の崇高なる『リーディングシュタイナー』の導きにより、一部屋空けておいたぞ。この"運命"は絶対だ。それとキンジ、お前の武装だ、受け取れ」

 

 突然の言葉とともに投げ渡される武装に驚いたが、キンジはしっかりと受け取った。岡部がわざわざ『運命探知』を使ってまで未来を見てくれたのだ。岡部には、結末が見えているのだろう。2人は無言で頷き、玄関の扉を開けると、

 

「あらあら、もう準備はよろしいんですの?」

「こっちはいつでも行けるよ!」

「……行きましょう」

 

 朱乃、結菜、小猫が既に待っていた。さらに、

 

「遅いぜ?お兄さん。助けんだろ?」

 

 リビングから、"カッター"を手に持った切彦が出てきた。いつもと全く違う雰囲気の切彦に、リアスたちオカルト研究部のメンバーを瞬きを何回もする。

 

「行こうぜ兄弟(ブラザー)。"初めて"の友人として、アーシアを助けに」

「そうだな、あいつはもう、独りじゃないよ」

 

 アーシアの待つ教会に向け、イッセーたちは動き出した。




誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いします。
また、感想もお待ちしています。


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救世主悪魔

ーー最初から悪の道に堕ちている者は、例外を除いて、ほとんどいない。

ーー悪に堕ちた者がみな、必ずしも初めから悪とは限らないのだ。


 廃墟と化した教会の中、半壊した神の像に腰掛け、教会の扉を見つめるフリード。周りには誰もいない。みんな地下で、アーシアの神器を取り出す大規模術式を行っているからだ。

 

 レイナーレから任された最後の仕事は、この儀式を中断させないこと。いわば、侵入者の排除だ。

 

 意外なところで律儀なフリードは、払われた対価分の仕事はする。

 

(ま、ギリギリまでは待ってやるかぁ)

 

 正直、侵入者なんているのか、と思ったりしたが、儀式直前のアーシアと話した時に、

 

「迎えが来るんです」

 

 と、彼女は華のような笑顔を浮かべて言ってきた。どんな奴が来るかは分からないが、こんな犯行予告をする相手だ。そこそこ楽しませてはくれるだろう。

 

 しかし、フリードは嫌な予感がしてならない。

 

(なぁんか、あいつらが来そうな気がすんだよなぁ。俺っちの勘だけど……)

 

 ーーーそこで、教会の外から、複数の気配を感じた。

 

 いきなり現れた気配。転移でもしてきたのだろう。

 

 個々から放たれる力は強いが、この教会に集まってきたはぐれ神父たちの人数に比べると少しばかり物足りない程度。主に、フリードがこちら側にいるせいだが。フリードがいなければ、この人数で十分制圧できるだろう。

 

 しかし、その中の3人の力、どうも懐かしい感じがしてならない。1名は悪魔の力も感じる。

 

 そして、突如、教会の外から鈍い打撃音が聞こえたかと思うと、扉がフリードに向かってかなりの速度で迫ってきていた。

 

 神父服の中から柄のみの剣を出し、スイッチを入れる。すると、柄から光の刀身が現れーーーそれを下から上へと一閃した。

 

 対悪魔仕様の光剣であり、フリードはこれの他に、二丁の銀銃を神父服の下に装備している。

 

 対悪魔仕様とはいえ、その切れ味はなかなかのもので、飛んできた教会の扉は、切れた箇所からフリードを避けるように左右へと開いていき、そのまま後方に飛んで行った。

 

 たった今、扉を殴り飛ばした主犯であろう、拳を振り切った白い髪が特徴の少女の後ろから、複数人の影が見える。

 

 やがて、月の光に照らされた侵入者に対し、フリードはとりあえず一言。

 

「うわぁお……マジかよ」

 

 

 〜〜〜

 

 

 イッセーたちは、リアスが用意した転移陣で教会の入り口の前に転移した。

 

 教会の中から、大人数の魔力が練られているのが分かる。相当時間が無いかもしれない。

 

 小猫が扉の前に立ち、拳を振りかぶる。

 

 小猫で本当に大丈夫か?とイッセーとキンジ、切彦は思ったが、リアスが大丈夫と言ったので、こんな小柄で華奢な身体のどこにそんな力があるのか見ていると、

 

「……戦闘開始の合図は派手にいきます……えい」

 

 気の抜けた掛け声とともに放たれた拳は、決して優しいものではなく、鈍い打撃音を響かせたかと思うと、扉がかなりの速度で吹っ飛んでいった。

 

 あまりの強さに呆気に取られそうになったが、扉が飛んで行った方向ーーー半壊した神の像に腰掛ける神父が、綺麗な太刀筋の一閃で扉を真っ二つにしたため、そちらに注意を向ける。

 

 月の光が神父の後ろから入り、逆光となっているせいで姿がよく見えない。

 

 すると、神父の方から声が上がった。

 

「うわぁお…マジかよ」

 

 その声は、やけに懐かしく、忘れようの無いものだ。逆光が弱まり、ハッキリと見えた神父はーーーイッセーたちの家族である、はぐれ神父のフリード・セルゼンであった。

 

 そんな関係とは露知らず、リアスたちグレモリー眷属は、戦闘態勢を取り、

 

「あなたはーーーはぐれ神父のフリード・セルゼンね。その類稀なる戦闘のセンスから最年少天才エクソシストとして名を上げたと聞いているわ。でも、教会に逆らい追放され、はぐれの身。まさか、この町にいるとは思わなかったけれど、堕天使に加担するなら容赦はしないわ」

 

 リアスが紅い魔力を全身から溢れさせながらフリードに向けて言い放つ。

 

 しかし、フリードは構えすら取らず、ましてやリアスたちには眼もくれずに、イッセーたちの方を凝視していた。イッセーたちもフリードを凝視している。

 

 それを、余裕と受け取ったのか、苛立ったリアスは紅い、滅びの魔力をフリードへと放った。

 

 そこでようやく我に返ったフリードは、銀銃を取り出し、連射してリアスの一撃を防ぐ。

 

 結菜もそれに続き、

 

「行くよ、『魔剣創造』!!」

「あらあら、悪い子にはお仕置きですわ」

 

 結菜の神器である『魔剣創造』で創り出した魔剣を握り、フリードに突撃し、朱乃もそれに続いて雷をフリードに放った。

 

「ちょっち気が早くないかねぇ!!」

 

 振り抜かれる魔剣に、フリードは神像から飛び退くことで回避し、迫り来る雷は瓦礫とかした椅子を蹴り飛ばすことで相殺。

 

「まぁ待てって!ちょいと戦闘前の会話しようぜか、い、わ」

「あなたと話すことなんてないわ」

 

 即答で応じるリアス。対しフリードは、「俺にはあんだよ!」と、子供のように地団駄を踏み、イッセーたちに向き直った。

 

「よぉ、久し振りじゃねぇか、兄弟(ブラザー)

「あぁ、帰って来てたなら一回くらい顔出せよな」

 

 随分と親しそうに話し始めるイッセーとフリードに、リアスたちはまたもや驚愕し、

 

「イッセー?あなた、フリードと知り合いなの?」

 

 その問いに答えたのはキンジだった。

 

「まぁ、家族ですしね」

「あらあら」

 

 フリードの姿を確認してから、一切攻撃していない小猫も、何故か納得したような表情をしている。朱乃も珍しいそうな顔をしていた。

 

 まさか敵の本陣に家族がいるとはーーー可能性はあると思っていたイッセーたち。今度は切彦が、

 

「お前、傭兵として堕天使に雇われたのか?」

「そうそう!いやぁ、これでも結構気前良んだよ地下にいる堕天使ちゃん!だから俺っちも契約金分の働きをすんのは当たり前っしょ?」

 

 つまり、

 

「障害として、オレらの前に立ってるってことでいいんだよな?」

 

 切彦の好戦的な発言。フリードは侵入者の排除をレイナーレから命令されているがーーーアーシアの命は、今も徐々にその輝きを失っているのだ。

 

 故に、フリードは笑い、

 

「そういうこと、と。だがしかぁし、いくら俺っちでも、この数相手は流石にキビーッしょ?だから、誰か1人くらいなら足止めできるが、他は下行っていいぜぇ。ほら、ここが地下への入り口」

 

 そう言って地下の入り口を親指で示す。イッセーたちはその言葉の真意を一瞬で理解し、

 

「部長、行きましょう」

「え?本当に良いの?」

「大丈夫です」

 

 そう言って、フリードの横を通り、地下の階段を駆けていく。横を通りすぎる時、

 

「絶対助けろよ、兄弟(ブラザー)

 

 その言葉に、イッセーはしっかりと頷いて地下へ急いだ。

 

 フリードの前に残ったのはーーー切彦。苦笑いを浮かべ、

 

「やっぱり切彦ちゃんが残ったかー」

「あの中でお前とまともに戦えんのはオレとキンジとイッセーだけだ。友達救いに行くのに、救うって言った本人が行かねぇのはオカシイだろ。ついでに、今の(・・)キンジはまともに戦えねぇからな」

「それには同感だわ」

 

 フリードは右手に光剣、左手に銀銃。対する切彦はカッター。

 

「最近雑魚しか相手してなかったからさぁ、俺っちってばフラストレーションドバドバ溜め込んでんだよ。だから、しばらく付き合ってもらうぜ?」

「あぁ。俺もつまらねぇ"殺し"には飽き飽きしてたところだ。It's show timeーーー行くぜ」

 

 教会内にて、2人の強者がぶつかり合った。

 

 

 〜〜〜

 

 

 上の階から戦闘音が響き、イッセーたちは階段を下りきった。目の前には、奥へと続く一本道。大規模な魔力はこの先から感じられる。急ごうとするイッセーを、リアスが呼び止めた。

 

「イッセー、あなたに一つ言い忘れていたことがあるから伝えるわ。大事なことだからよく聞きなさい」

 

 真剣味を帯びたリアスの声音に、イッセーは緊張感を覚える。

 

「『プロモーション』のことは覚えているわね?悪魔の駒を与えられたあなたは、ゲームでなくても、私が"許可"した場所での『プロモーション』を可能とするのよ」

 

 それはつまり、ただの『兵士』が特殊能力を持つ他の駒への昇格が可能となるわけで、戦況を大きく揺るがすものだった。

 

「だからイッセー、"許可"するわ。全力で行きなさい」

「はい、『プロモーション、女王』!!」

 

 その瞬間、イッセーの身体の奥から力が溢れ出てきた。その力は、リアスたちが眼を見張るほど濃密で強力なものだ。時間が惜しいため、奥へと急ぐ。

 

 イッセーがそのまま扉を蹴り開け、奥の部屋へと入るとーーーそこには大量の神父、堕天使がいた。その中心には堕天使レイナーレに幹部クラスの堕天使が3人いて、アーシアは磔にされていた。

 

 大規模術式の途中だったのだろうが、扉を蹴り飛ばして侵入してきたイッセーたちに、そこにいた全員の眼が向けられた。勿論、アーシアもイッセーたちに気づき、元気の無い顔を上げた。そのアーシアに、イッセーは笑顔で、

 

「アーシア、約束通り迎えに来たよ」

「イッセー、さん……それに、キンジさんも……」

「あぁ、約束は破らない主義でな」

 

 リアスたちはすでに戦闘体勢をとっている。周りの神父たちもそれぞれ光剣や銀銃を取り出し、一触即発の雰囲気だ。

 

 その中、イッセーはレイナーレと紺色のコートを着た堕天使ーーードーナシークに気付いた。

 

「あいつは……天野夕麻とかいう女の子の皮を被ってた奴か」

「やはり、俺たちの読みは当たっていたようだな」

 

 キンジがイッセーの隣で堕天使たちを睨みつける。そこに、結菜と小猫が、魔剣とオープンフィンガーグローブを着けた拳を構え、神父たちに突撃した。

 

「個人的に神父は嫌いなんだ。だから、こっちは任せて!イッセー君にキンジ君!」

「……ちゃんと救ってあげてください」

 

 リアスと朱乃は、紅い滅びの魔力と雷を放出しながら、

 

「お二人共行ってくださいまし。私と部長で格の違いを見せつけてあげますわ」

「堕天使の雑兵は私たちが受け持つわ。だから、行きなさい!」

 

 堕天使へと放出した力を放っていった。中心部へと広がる道をイッセーとキンジは走り抜け、

 

「ドライグ、頼む」

『久しぶりに呼ばれたぞ、相棒』

 

『Boost!!』

 

 倍加を始める。目の前には堕天使の幹部3人にアーシアのもとにはレイナーレがこちらを睨みつけていた。

 

「自己紹介をしていなかったな。私は堕天使ドーナシーク。まさか、また相見えるとは思いもしなかった」

「今から殺す奴に名乗っても仕方がないとは思うけど、ここまで乗り込んできた勇気を讃えて名乗ってあげるわ。あたしは堕天使ミッテルトよ」

「堕天使カラワーナだ」

 

 堕天使特有の黒い翼を出し、手には光の槍を持つ3人に、キンジは右手に愛銃、左手には、緋色に輝くバタフライナイフを握ってイッセーに呟く。

 

「行ってこいイッセー」

 

 その言葉に、イッセーは厳しい視線を寄越し、

 

「良いのかキンジ?今の(・・)お前じゃあ2割も力が出せないだろ。それに、堕天使とはいえ女が2人……苦戦しそうだけど」

「この程度なら2割出さなくても勝てるさ。心配しすぎなんだよ。ーーー今は1秒でも時間が惜しい。アーシアの様子を見れば分かるだろ?兄弟(ブラザー)

 

 イッセーはアーシアに眼を向けた。大規模術式は発動されてしまっているようで、アーシアから緑色の光が溢れ出ており、アーシアは衰弱してしまっている。堕天使に対しての苛立ちが募るイッセーは、キンジに頷いて堕天使3人を通りすぎた。

 

 行かせるものかとイッセーに光の槍を放とうとする堕天使に、キンジの愛銃が火を噴いた。

 

 放たれた弾丸は3発。それらは寸分の狂いもなく堕天使たちの手首を貫き、光の槍を落とさせた。苦悶の表情を浮かべる堕天使たちに対し、先ほどとは全く違う雰囲気を纏うキンジは静かに、しかしながら内側では激しく燃え滾る怒りを露わにしていた。

 

「アーシアのあの表情を見てなっちまった(・・・・・・)じゃねぇか。ま、"こっち"のモードはまだ兄弟(ブラザー)にも教えてねぇから気付かねぇのも納得いくがよぉ。今の俺は女にも優しくねぇ。一瞬で方付けてやる、お前らの相手は俺だぜ?堕天使」

 

 乱暴になった口調に、人間技とはとてもいえない銃技を扱うキンジに、3人は等しく脅威を感じ、目の前の少年を潰すべき敵と認識した。

 

 後ろで激しさを増す戦いには眼もくれず、堕天使レイナーレのもとに辿り着いたイッセー。レイナーレはイッセーに厳しい眼を向け、

 

「……あいつ、手を抜いたわね……雇われの身のくせに……ッ!!」

 

 フリードに対しての怒りを露わにしていた。イッセーはそんなレイナーレをひと睨みし、

 

「……天野夕麻を名乗っていた堕天使、今すぐこの術式を止めて、アーシアを解放しろ」

 

 その言葉にレイナーレは激怒した。

 

「そう言われて、はい分かりましたと大人しく解放すると思う?舐めてるんじゃないわよッ!!どれだけの覚悟でこの計画を進め、ここまで来たと思ってるの!?」

 

 レイナーレは両手に光の槍を出現させ、宙に浮かぶ。その瞳には激しい怒り、焦り、そして哀しみがあった。

 

「全てを失った私にこの力は必要なのよッ!!少しでも私"たち"を罵った"あいつ"に復讐するためにも!!」

 

 悲痛な叫びに聞こえた。レイナーレの叫びには、並々ならぬ覚悟があり、説得力があった。どれだけ酷い目にあってきたのかは分からない。レイナーレ自身、そこまで教える気はない。だが、イッセーの怒りが揺らぐことはなかった。

 

「深くは追求しない。お前たちの事情なんて分からない。だが、お前の復讐とやらのために、アーシアの命を奪うのは間違っている。俺たちにとって、アーシアはもう掛け替えのない存在なんだ。だから……お前を倒すよ」

 

『Boost!!』

 

 今ので7回目の倍加。背後で戦うキンジはすでに戦闘終了目前だ。

 

「行くぞ、ドライグ」

 

『Explosion!!』

 

 ただでさえ『女王』に昇格し、強化されたイッセーの力が大幅に増加する。イッセーの身に纏うオーラに、レイナーレは一筋の汗を流し、

 

「アアアアアアアアアァァァァァッ!!!!」

 

 両手の光の槍を全力で投擲した。迫り来る、悪魔にとって脅威となる二槍に、イッセーはーーー地面を強く踏みしめ、正面から飛び込んだ。弾丸のように迫るイッセーと二槍。

 

 接触する寸前に、イッセーは身体を力の限り捻り、二槍の間にあいた、僅かな隙間を通る。光を間近に感じているせいか、身体が熱せられたように熱いが、それもほんの一瞬の出来事。凶器の間を無事に通り抜けたイッセーは、拳を握りしめ、レイナーレへと距離を縮める。

 

「なッ……!!!」

 

 己の全身全霊を込めた、全力の一撃に真正面から来るばかりではなく、ギリギリで避けてみせたイッセーに、レイナーレは驚きと同時に、顔を焦燥で染めた。

 

 しかし、それもすぐに諦観へと変わった。レイナーレは、この男に決して勝てないと思ってしまった。

 

(……また、私は敗者となるのね)

 

 怒りも忘れ、敗北を悟ったレイナーレに、イッセーは手加減無用の拳を振りかぶる。

 

「喰らえ、堕天使」

 

 ーーー音は余り響かなかった。しかしその一撃は、確実に堕天使レイナーレの腹部を穿った。

 

「カ……ハッ……」

 

 瞬時に拳を抜き、地面に着地するイッセー。

 

 堕天使レイナーレは力無く、重力によって地面へと落ち、レイナーレの腹部からは大量の血が流れ出た。

 

 それと同時に、魔力を供給する存在が消えたからか、発動していた大規模術式も動きを止め、アーシアから溢れていた光が、アーシアの中に戻っていく。

 

 イッセーはすぐにアーシアを磔台から下ろし、アーシアの状態を見るが、酷く衰弱し、呼吸も荒くなってしまっている。しかし、アーシアは笑顔を浮かべていた。

 

 イッセーは一先ず安堵し、微笑む。

 

「ごめん、少し遅れたみたいだ」

「……いいえ、こうして約束通り迎えに来てくださいましたから。それに、来ると分かっていたので、自然と苦痛にも耐えることができました」

 

 顔色は良くないが、精一杯の笑顔で応えるアーシア。そこへ、戦闘を終えたキンジがイッセーのもとに来た。雰囲気が元のキンジに戻っており、その背後では、今まさに消える寸前といった様子の堕天使の3人組の姿。

 

 無事に勝ったようだ。

 

 それぞれ戦闘を終えたリアスたちが集まって来て、アーシアの周りに集まる。

 

「部長、どうです?彼女は助かりますか?」

 

 イッセーの問いに、リアスは『悪魔の駒』の一つである『僧侶』の駒を取り出して応えた。

 

「今の状態だと難しいわ。だけど、ここで悪魔に転生させるなら話は別よ。私としても、この子をここで終わらせたいとは思わないわ。けれど、決めるのはその子よ」

 

 そう言って、リアスはアーシアに話しかける。

 

「アーシア・アルジェント。私の眷属、悪魔として2度目の生を生きるか、それが嫌ならここでその生を終えるか、あなた自身で決めなさい。あなたの人生、私は悪魔だけど、あなたの人生を私の判断のみで左右したりしないわ」

 

 イッセーたちはただ黙ってアーシアの答えを待つ。だが、その答えは最初から決まっていた。

 

「……お願いです。私を悪魔にしてください」

「分かったわ。1人でよく頑張ったわね」

 

 リアスは慈愛の眼差しでアーシアを見つめ、その頬を撫でる。イッセーはアーシアのことをリアスに任せ、少し離れた場所で倒れているレイナーレの場所へと向かった。みんなは敢えて何も言わずに行かせる。

 

 腹部を貫かれたレイナーレは、瀕死の状態で天井を見上げており、もう助からないことは眼に見えていた。

 

 レイナーレの血で染まった床を踏み、レイナーレを見下ろすイッセー。レイナーレは徐々に光を失い始めた瞳でイッセーを見つめ、

 

「……笑いに、きたの、かしら?」

「違う。君がさっき叫んでたことが気になってね」

「……あなたには、関係、ないでしょ。でも、もう叶わない、ことだし。……先に、逝っちゃったけど、ね……私の、もとに、いた、他の堕天使、たちは、みんな、堕天使に、なってから、酷い、迫害を、受けてたのよ」

 

 途切れ途切れだが、話し始めるレイナーレ。イッセーは黙って聞く。

 

「何とか、力を、上げて、中級まで、はなれた、けど……コカビエル、ていう、堕天使のせいで、私たちの、迫害が、なくなる、ことはな、かった。毎日のように、弄ばれ、暴力を、受ける、私たち、このまま、奴隷のように、嬲られて、死ぬのか、と思ったら、せめて、少し、でも力をつけ、て……復讐、してやろう、と思って、この計、画を、練ったの」

 

 ゆっくりと顔をアーシアへと向けるレイナーレ。かなりの数の堕天使がいたと思ったが、その全員の想いを、レイナーレが1人で憎き相手にぶつけようとしたようだ。それだけ、部下たちはレイナーレのことを慕っていたのだろう。

 

 本来の彼女は優しいのかもしれない。今、アーシアを見つめるレイナーレは、心の底から悪いことをしたと反省しているようにイッセーは思えた。

 

「結局、計画は、失敗。私たちは、全滅。ふふ、復讐なんて、考えるから、こうなるの、かしらね」

「一つ、聞かせて欲しい。学園で俺に接してきたのは、計画遂行の上で、俺の存在が危険だからか?」

「……それも、あったわ。でも、もう一つ。……一目惚れ、したの、かもね。あなたに、告白を、言い終える前に、断られた時、物凄く、哀しいって、感じる、私が、いたのよ。ふふっ……女に、何てことを、言わせるの、かしら……」

 

 か弱く、しかし恋する乙女のように微笑むレイナーレ。イッセーは血で汚れることも無視して床に膝をついた。

 

「天野夕麻。俺は人間の時の君の名前しか知らない。本当の名前を教えてくれないかな」

「堕天使、レイナーレ」

「レイナーレ……コカビエルだったな。お前の復讐を潰えさせた贖罪というつもりはない。でも、君みたいな子をここまで貶めたそいつを、俺が君の代わりに倒そう」

 

 レイナーレの瞳が大きく開かれた。そして、イッセーに向かって弱々しく手を伸ばす。

 

「こんな、ことを、託して、いいの?私、アーシアを、利用して、殺そうと、したのよ?」

 

 イッセーはその手を優しく握りしめ、

 

「それは確かに許されることじゃない。だが、その発端を作ったのはコカビエルだ。だから、俺が決着をつける。だから、安心して眠るといいレイナーレちゃん」

 

 その言葉に、レイナーレは涙を流し、

 

「ふふっ……お腹を、貫かれた、相手に、情を、かけられる、なんて……でも、ありがとう、イッセー君。やっぱり、この気持ちは、嘘じゃなかった、みたい。私たちの、想い、託すわ、ね」

「あぁ、見ていてくれ」

 

 レイナーレは、まるで眠るように眼を閉じた。手から力が抜けるのを感じる。しかし、その顔は、堕天使のものとは思えない、美しい少女そのものだった。

 

 涙のあとをふき、手を胸の前で合わせ、イッセーは立ち上がる。その場で黙祷し、振り返ると、悪魔に転生したアーシアが立ち上がり、イッセーの方を見ていた。キンジはバツの悪そうな顔をしてレイナーレを見ている。リアスたちも微妙な表情でレイナーレを見つめていた。

 

 やがて、レイナーレの姿は光となって消えた。安らかに眠る少女が光に包まれる光景は、堕天使ではなく、天使を想像させた。

 

 イッセーはレイナーレの想いを胸に秘め、アーシアに笑顔を向ける。戦いは終わったのだ。今は、それだけでいい。アーシアの笑顔をまた見られるのだから。

 

「帰ろう、アーシア」

 

 歩きながらイッセーが言う。アーシアの顔に、笑顔が生まれた。そうだ、やはり、彼女にはこの表情が似合う。

 

「はい!」

 

 華のような笑顔が。




ストックが…もう残り少ない…

想像を凝らして読んでいただけると幸いです。

誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いします。
感想もお待ちしています。


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新たな家族

どうも、虹好きです。

軽い区切りですね。

それでは本編お楽しみください。


 イッセーたちが教会の地下から戻ると、そこには瓦礫が錯乱していた。機嫌の悪そうな切彦が大きめの瓦礫に腰掛けており、フリードの姿はどこにも見当たらない。

 

 階段から顔を出したイッセーたちに気付いた切彦は、瓦礫から腰を上げ、

 

「無事、救えたみたいだな」

「お蔭様で。ところで、あいつは?」

 

 イッセーが聞くと、明らかに機嫌を悪くする切彦。その反応に、イッセーは大体の察しがついた。

 

「あの野郎……自分の"力"を使わねぇどころか、途中で勝負を捨てて逃げやがった」

「珍しいな、あいつが戦いを捨てるなんて」

 

 キンジも軽く驚いたようだ。さらに、切彦に追跡を許さずに逃亡できるということは、フリードも手を抜いていない証拠でもある。"力"を使っていないとはいえ、本気で動いておきながら勝負を捨てるような男ではないのだ。

 

 切彦は舌打ち混じりにカッターを捨てる。すると、その表情はたちまち眠そうな、覇気の無い表情へと変わり、

 

「……今日は疲れたです」

 

 言動も、いつもの大人しい彼女になった。

 

 テンションの格差が激しい切彦に、リアスたちオカルト研究部の面々はついて行けず、ただ苦笑いを返すだけだった。

 

 切彦は小猫の方に歩いて行き、両腕抱きつく。オカルト研究部では既に慣れた光景。小猫も慣れたというより、そこまで嫌でもないのか、頰染めてされるがままになっている。

 

 そのままの状態で切彦はアーシアに向き直った。顔を合わせるのは初めてである。しかし、これから施設で共に暮らす仲間。イッセーとキンジが身体を張って助けに来るほどだ。切彦にとっても、大切な存在になるであろうアーシアに、切彦は頭下げる。

 

「……斬島切彦です。これから、よろしくお願いします。……私も同じ施設なので、家族ですね」

「あ、アーシア・アルジェントです。よろしくお願いします。ところで……切彦"さん"で合ってるんですよね?」

 

 オカルト研究部のメンバーすら触れなかった切彦の名に、純粋なアーシアは疑問を持って聞いた。イッセーとキンジは自然な動きで眼を逸らす。これから起こるであろう現象を視界に入れない為に。

 

「えっ?えぇっ!?何やってるんですか!?切彦さん!?」

「……あります、小さいけど」

「……切彦先輩……」

「なんてコメントすればいいのかしら?」

「あらあら、大胆な行動ですわね」

「ボクはノーコメントで……」

 

 切彦の行動に対し、それぞれがそれぞれの反応を見せるが、イッセーはことが済むまで眼を逸らし続ける。キンジにいたっては、邪念を払うためか、眼だけではなく、耳まで塞いでいた。

 

「……良かったら下も」

「も、もう十分分かりましたからッ!!腕を引っ張らないでくださいぃ!!」

 

 聞こえるのはアーシアの悲鳴。無力なイッセーは、その光景を直視することすらできない。

 

 切彦は、家系の事情でそういう名を名乗っているが、やはり、"切彦"という名は男の名だ。そのため、姿は美少女でも、どうしても相手から疑問をぶつけられる。イッセーも最初はそうだった。

 

 イッセーも、アーシアのように声には出さなかったが、思考を読まれたらしく、切彦に腕を掴まれーーーおもむろに胸に引き寄せられたのだ。予想外すぎた行動に、ロクに反応できなかったイッセーは、切彦の、小さいが確かな柔らかさのある胸を触ってしまい、未だにその感触が忘れられなかった。

 

 そして、先ほどのアーシアと全く同じ言葉を言われたのだ。やはり、どこか抜けている少女である。

 

 声が収まったため、視線を戻してみると、小猫に正面から強くホールドされた切彦。顔を真っ赤にしたアーシア。どこか疲れた表情のオカルト研究部のメンバーがいた。

 

 小猫は切彦の動きを止めるためにしているのだろうが、切彦は、小猫が抱きついてきたものだと勘違いしたらしく、幸せそうな表情になっている。

 

 イッセーは現実逃避中のキンジを呼び戻し、リアスに声をかけた。

 

「部長、そろそろ行きませんか?」

「そうね。戦闘で埃が凄かったし、早く帰りましょうか」

 

 そう言って、グレモリー眷属の転移陣を用意するリアス。やがて、イッセーたちは転移の光に包まれた。

 

 

 〜〜〜

 

 

 切彦との戦いに逃げたフリード。次なる依頼人のもとへと向かいながら、フリードは神父服の懐から、ボロボロになった光剣や銀銃の残骸を取り出し、おもむろに一言。

 

「いやぁ……いくら俺っちでも、切彦ちゃん相手に獲物無しじゃあ勝てるはずないわなー」

 

 銀銃は切彦のカッターで真っ二つに、光剣にいたっては、途中で本気を出さざるを得ない状況まで追い込まれたフリードが全力で振るったら、その剣圧で自壊した。あんなところで"力"を見せるわけにもいかず、切彦の大好きなイッセーの話で狼狽させた直後に、逃亡用の閃光玉で逃げ出したのだ。

 

(そりゃあ、偽物とはいえ、"宝具"を使いこなすために修練してきた身。しかも、お師匠さんがあんな強力な人なら自然とそれに馴染むような身体つきになるっての。あれ?俺っちって意外にも人間やめてる?)

 

 適当なことを考えながら、その残骸を捨て、携帯を取り出して次の依頼人に電話をかける。やがて、3コールほどででた相手に、親しそうな様子で会話をするフリード。

 

「よぉ、バルパーのおっさん。今からそっちに向かうから"コカビエル"の旦那によろしく言っといてちょ!!」

 

 電話から呆れたような声が響くが、無視して電話を切る。電話を神父服のポケットの中にしまい、代わりに、青く輝く結晶を取り出した。

 

「次の仕事で最後だ。"あいつら"の為に、クソみてぇなあの面ブッ飛ばしに行ってやっかぁ!!お師匠さんから受け継いだ《正義の味方》として、いっちょ成敗してやるZE☆!!金稼ぎも忘れずにな!!……だから、もう少しだけ待っててくれ兄弟(ブラザー)

 

 フリードは、教会で顔を合わせたイッセーの所属しているオカルト研究部の中で、『魔剣創造』を使う木場結菜のことを気にかけていた。神父服を着たフリードを視界に入れた瞬間、ほんの一瞬だったが物凄い憎悪を感じた。

 

 フリードは、何度か師に連れられ、《正義の味方》としての戦場を見たことがあり、戦ったことがある。

 

 その戦場は、全てが凄惨なまでに残酷で、悲嘆なまでに"死"を直視させられた。初めてその光景を見た時は、フリードともあろう者が、自然と恐怖に支配されたほど。理不尽な暴力の嵐の中、勇敢に《正義》としての在り方を、身体を張って師から教えられた。今でも覚えている師の言葉。

 

『誰かに理解されようとするな。戦場では、どんな《正義》も、等しく多くの命を散らす。私の掲げる《正義》が悪だと罵る者も多い。私の真似をしろとは言わない。お前は、お前だけの《正義》を胸に、これからを生きて行け』

 

 そに言葉を胸に、フリードなりの《正義》の在り方のキッカケを見つけたのは、教会関係のとある事件が関係している。

 

 そこは、戦場ではなく、しかしながら、フリードがはぐれ神父となる原因をつくった場所でもあった。フリードが、唯一本気で怒りを覚えた事件であった。

 

 何故かは分からないが、木場結菜の瞳を見た時に、フリードはこの事件のことを思い出しており、無性に胸がざわつくのだ。

 

 結晶を大事にしまい、闇の中を走る。その背中は、孤高の戦士を想像させた。

 

 

 〜〜〜

 

 

 アーシアを連れ、施設の玄関まで来たイッセーたち。オカルト研究部のメンバーは、各々の家に解散し、ここに居るのはイッセー、キンジ、切彦、アーシアだけだ。

 

 アーシアは、これから家となる施設を見て感嘆の声をあげていた。大体、初見の人はアーシアと似た反応をする。それもそのはずで、施設は岡部と静雄とジョーカー、フリードの師にキンジの師の5人がそれぞれ資金を出し合って建てたらしいが、その大きさは、一種の大豪邸を思わす大きさなのだ。

 

 外見はフリードの師とキンジの師と静雄、さらにジョーカーが好む古い屋敷風。そのため、ヤクザや暴力団の住処に間違えられることもしばしば。全体的に頑丈に造られすぎており、警備などはいないのに、岡部が趣味で造りだした兵器が倉庫に溢れかえるほど置かれているため、半ば要塞化している。

 

 ちなみに、キンジの愛銃、ベレッタM92Fを改造し、"キンジモデル"へと仕立てあげたのは岡部であり、これまた趣味で強力な特殊弾などを製造している。

 

 そんな岡部のお蔭で、日本では自衛隊と並ぶか、その次程度には武器の貯蔵されているため、この施設の敷地内は、表と裏の世界から不戦条約というもの結ばれ、世界一安全な場所となっているのだ。

 

 それに加え、施設の責任者は、裏世界でトップクラスの腕を持つ"万屋"の平和島静雄、厨二病をこじらせながらも、凄腕の研究者の岡部倫太郎、《正義の味方》として世界を駆け回るフリードの師、代々世界に蔓延る悪を成敗してきたキンジの師がいるのだ。……ジョーカーも責任者の1人だが、酒と女と戦いをこよなく愛する変人のため、イマイチ迫力にかける。

 

 しかし、見た感じがヤクザの屋敷。しかも、岡部たちが許可した人間しか施設に保護されず、施設の大きさに対し、住人が大していないこともあり、裏世界からは有名な不戦条約地帯でも、表の世界からはお化け屋敷扱いをうけていたりと、微妙な印象をつけさせる施設である。

 

 そんなトンデモ施設に感動しているアーシアを手招きで呼び、玄関の扉を開けると、岡部がドクターペッパーを手にイッセーたちを迎え入れてくれた。

 

「そろそろ帰って来る頃だと、俺の『リーディングシュタイナー』が反応してな。ふむ、そこの金髪シスターが例の少女、か。歓迎しよう。ようこそ我が施設へッ!俺がこの施設の責任者の1人、"鳳凰院凶真"だッ!!」

「アーシア、本名は岡部倫太郎だから、岡部さんって呼ぶんだぞ」

「分かりました!私はアーシア・アルジェントと申します。これからよろしくお願いします!岡部さん!」

 

 岡部の歓迎の言葉兼偽自己紹介をバッサリと切り落とすイッセー。アーシアもイッセーを信じているため、岡部さんとして認識されるようになった。間違っていないため、イッセーにはなんの非も無いのだが。

 

 しかし、目の前の厨二病は、一度や二度、三度や四度程度では全くめげない男。そのまま厨二トークを続けようとする。

 

「フフフ……ピュアーシアよ、岡部倫太郎は仮の名。我が本名は鳳凰院凶m「お、帰ってきたのか。夕乃が飯を用意してくれてるから早く来いよ」……」

「分かりました静雄さん。さ、行こうか」

「はい!」

「今日は凄い腹減ってるから、さっさと食おうぜ」

「……岡部さんも行きましょう?」

「シャイ子、俺の味方はお前だけだ」

 

 切彦以外の3人にスルーされ、崩れ落ちる岡部。切彦は、「……シャイ子じゃないです」と言いながらイッセーたちの後を追う。初対面のアーシアに、もうアダ名をつけているあたり、岡部らしい。誰も反応しなかったが。

 

(静雄め……絶妙なタイミングで会話を被せるとは……狙ったのか?)

 

 くだらないことに思考を巡らせながら、岡部もリビングルームへと足を運んだ。

 

 リビングルームでも、アーシアは珍しそうに視線を動かしていた。外見は屋敷のくせして、リビングルームとこれまた謎に洋風を加えた空間。居間もあるが、そこではあまり食事をしない。特に理由はなく、単純に、食事を運ぶのが面倒くさいだけである。

 

 先に来ていた静雄にジョーカー、料理を運んでいる夕乃がおり、無類の女好きのジョーカーは、アーシアが入った瞬間、一番最初に反応した。

 

「おお!これまた可愛ええ子連れてきたなイッセー君!全く、羨ましい限りや」

「ひぅっ!?」

 

 ニット帽の胡散臭いジョーカーは、いつものようにハイテンションでアーシアに近寄る。目元が見えないに加え、イッセーを軽く超える身長のため、見る人によっては危険な場面のようにも見え、ジョーカー自身は意識してなくとも、その巨躯から滲み出る圧はアーシアを軽く萎縮させてしまった。

 

 そんなことはつゆ知らず、初対面でアーシアに怖がられたジョーカーはその場で時が止まったように凍りつき、

 

「あー、アーシア。この人はジョーカーさんっていうんだ。こんななりだけど、悪い人じゃないから怖がる必要はないぞ」

「あ、すいません。ビックリしてしまっただけです。私はアーシア・アルジェントといいます。これからよろしくお願いします!」

 

 イッセーのフォロー、そこからのアーシアの対応の速さに、身体に纏わりつく氷を一瞬で吹き飛ばしたように身軽な動きでニット帽を抑える。

 

「ええ子や……自分は今イッセー君に紹介された通り、ジョーカー言います。まぁお兄さん程度に考えてくれればええよ、アーシアちゃん。よろしゅうな」

 

 本当の妹のように、アーシアの頭を軽く撫でるジョーカー。ジョーカーもアーシアと同じ金髪のため、余計に違和感が無い。その後ろから、バーテン服に煙草を咥えた静雄が顔を出し、アーシアの横に並んだ。

 

「俺は平和島静雄。後で部屋に案内してやるからな」

 

 軽く挨拶を済ませ、イッセーの方に顔を向ける。ライターで煙草に火をつけ、一度紫煙を吐いてから、

 

「さっきグレモリーの奴から連絡が入ってな。アーシアの編入が決まり、明日から駒王学園に通うことが決まったらしい。」

「分かりました」

 

 イッセーは頷き、静雄はもう一度アーシアの方を向く。

 

「それと、夕乃がアーシアの生活用品等をネットで注文してくれてたから、明日には届くだろ。明日着る制服、今日の寝間着は夕乃が貸してくれるようだから、今日はそれで過ごせ」

「分かりました。何から何までありがとうございます!」

「気にすんな。お前はもう、俺たちの家族なんだからな」

 

 そう言って、自分の席に戻る静雄。やはり優しい人だ、とイッセーは静雄に感謝した。キンジと切彦はもう自分の席に座り、岡部もリビングルームに来ていた。夕乃が料理を運び終え、イッセーたちもついた。

 

 いつものように、夕乃は最後に席に座る。施設の母親兼姉のような存在の夕乃は食事を始める前に、

 

「アーシアさん、私が崩月夕乃です。年は私の方が上なので、これからは姉のように何でも頼ってくださいね」

「はい!沢山のご迷惑をおかけするかとは思いますが、よろしくお願いします!」

「そんなにかしこまらなくてもいいですよ。ですが……」

 

 そこで、何故か夕乃の雰囲気が変わり、イッセーとキンジは首を傾げる。岡部とジョーカーはニヤニヤと笑い、静雄は明後日の方向を見つめていた。ここでこの雰囲気の意味に気付いていないのは2人だけのようだ。

 

「切彦さんを含め、1人の女としては負けるつもりはありません。そこは理解できてますね?」

「えぇと……」

 

 訂正、言われた本人も理解していないらしい。切彦は夕乃の言葉に相槌を返しているが。

 

 鈍感すぎる2人は、女には女の事情があるのだろうと無理矢理決めつけ、思考をやめる。

 

 その後の食事はだいぶスムーズに進み、アーシアもしっかり施設の家族として馴染めていた。夕乃がデザートを取りに行った時に、ふと、イッセーはキンジに声をかける。

 

「そういえばキンジ、お前、よく女の堕天使と戦えたな。しかも、ヒステリアモード(・・・・・・・・)なのに容赦がないし、通常のやつよりも強く感じたんだけど、あれは何?」

 

 そう、教会で堕天使ドーナシーク、堕天使ミッテルト、堕天使カラワーナの3人を相手にしたキンジなのだが、その中の2人は女性。キンジの『ヒステリアモード』とは、通称『HSS』と呼ばれ、簡単に説明すると、キンジが大量のβエンドルフィンを抽出、例えるなら、異性に対して性的興奮を覚えることで発症し、身体を大幅に強化する『遠山』の血筋の者しか使えない特殊な力のことだ。

 

 強力な力なのだが、その力を解放する鍵の一つが性的興奮、つまり、キンジが女性を苦手とする理由は、無闇矢鱈にこのモードにならない為でもある。ジョーカーのような女好きにはうってつけの力なのだが、もとから女性に一歩引いて接するキンジからすれば、厄介極まりない力なのだ。

 

 さらに、この力を使っている間、キンジは切彦のように雰囲気が一変する。やたらと、女性が好むキザなセリフを吐いたり、過剰なまでに女性に優しくしたりと、まさにプレイボーイのような感じになってしまうのだ。本人は無意識にやってしまうらしく、力を解除した時は、必ず盛大な後悔と羞恥心で悶絶するほど。

 

 しかし、教会でキンジは『ヒステリアモード』になるトリガーを引いていない。そのため、気になって声をかけたのだ。キンジはあぁ、と説明を始める。

 

兄弟(ブラザー)にはまだ教えてなかったものでな。イッセーも知っている『ヒステリアモード』は、『ヒステリア・ノルマーレ』と言って、女を"守る"モードなんだが、そもそも、『ヒステリアモード』ってのは数種類存在するんだ。今回の『ヒステリアモード』はその一つ、『ヒステリア・ベルセ』と言って、女を"奪う"『ヒステリアモード』だ」

 

 イッセーはあの時のアーシアの状態を思い出す。

 

「そのモードのトリガーは、女を他の男に奪われた時。公園で堕天使ドーナシークにアーシアを奪われた時から軽くこのモードになっててな。あの教会でのアーシアの状態を確認した時に、一気に発症した。と言っても、相手は奪った対象じゃなければならない。だからこそ、"俺"からすれば、奪ったも同然の堕天使ドーナシークを相手にしたわけだ」

「なるほど、"奪う"から通常の『ノルマーレ』と真逆の攻撃的なキンジになったと」

「あぁ。その時は敵が女だろうと容赦がなくなるし、『ヒステリア・ノルマーレ』よりも強力な状態になる」

 

 キンジの話を聞き、納得したイッセー。しかも、話を聞く限りだと、『ヒステリア・ベルセ』を超えるモードもありそうである。『ヒステリア・ベルセ』はあくまでも、『ヒステリアモード』の派生型の一つでしかないのだから。

 

 アーシアもキンジの話を聞いていたが、話の途中に出てきた"奪う"という単語に、顔を赤面させていた。本人の目の前で堂々とそういう単語を言えるのは、天性の鈍感さ故である。

 

 夕乃が持って来たデザートも完食し、自室のベットに仰向けに寝転がり、堕天使レイナーレの最後の言葉に出てきた"コカビエル"について考えるイッセー。

 

 中級にまで這い上がったレイナーレを奴隷扱いできるほどの権力者となると、自然と堕天使の中で上級の存在と思考は判断する。そのレベルの敵の強さがどのようなものかイッセーはまだ知らない。

 

 そうでなくても、イッセーはウェスカーに一度殺されている身。あの時のような不覚をとらないために、今一度覚悟を改める必要があった。

 

(そろそろ、鍛えた身体のみの戦いは限界を迎えそうだな。これからの戦いは、死ぬ気の覚悟(・・・・・・)が必要になりそうだ)

 

 己の右腕を真上に掲げ、軽く握りしめる。"護る"ために身につけた力、仲間のために振るわずして、何が護るための強さか。

 

 イッセーが腕をグーパーして調子を確かめていると、左腕のドライグから声がかけられた。

 

『ついに、使う気か?"角"を』

「使うべき時が来るならば、俺は、胸を張ってこの"角"を解放するよ。最近、【大切】が増えたからね」

『……相棒、二天龍の片割れである俺が言うのもなんだが、その力、相当危険な代物だぞ』

 

 そんなことは百も承知している。同じく"角"を宿す夕乃からも厳重に封をかけられ、解き放つ際には、死んでも相手の喉笛を掻き切る位の覚悟がなければならない。

 

「安心しろ、ドライグ。俺自身も、使わないことを願ってはいるさ。お前っていう心強い相棒がいるんだしな」

『そうか……』

 

 それっきり黙り込むドライグ。こう見えて、実はなかなか相棒想いのいい奴なのだ。

 

 もう寝ようと、眼を瞑ろうとするイッセーの顔に、見覚えのある影がかかった。窓に眼を向けると、そこには何も居らず、月明かりが優しく部屋の中を照らすのみ。しかし、イッセーは先ほどの影に、懐かしさを感じた。

 

(クロ……)

 

 突然この施設を去った家族。それを思い出させるシルエットだった。やはり、寂しさは残っていたようだ。

 

 何やら胸騒ぎがする。まるで、これから先、さらなる困難が襲いかかってくるように。

 

 そして、その予感が当たることを、イッセーはまだ知らない。




誤字脱字のご指摘、どうぞよろしくお願いします。
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ストックが切れました…


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悪魔にも色々ある

どうも、虹好きです。

原作を読み返しながら執筆中。

ちょいと更新速度遅いかな。


「おめぇの腕と頭の中にはなぁ、"人の形でありながら、人ならざる者"の証が入ってんだよ」

 

 ーー齢70を超える、崩月流当主であり、少年の師"だった"男。少年が尊敬する人物の一人、崩月法泉が言った。

 

「俺たちの一族以外で天然物を見ることになるたぁな。世の中生きてみるもんだ。しかも、一族よりも強力な奴ときちゃあ、こっちの面子丸潰れだっつーの。ま、そんなこと気にせず、崩月の全てをおめぇに教えるんだけどな」

 

 ーー穏やかで、明治の文豪を思わせる服装をし、戦いとは無縁のような優しい師だった。しかし、戦いとなると、一切手を抜くことはなく、その腕は、一度裏世界で最強の名を手に入れたほど。

 

「手に入れた力の使い道はおめぇ自身が決めろ。だがな、崩月流を名乗るのは、死んででも勝ちを取りに行く、死ぬ気の覚悟(・・・・・・)を持った時だけにしろ。良いな?」

 

 ーーある日を境に、突如失踪した、少年が尊敬する1人。

 

「安心しろって。おめぇはもう独りじゃねぇ。俺たちゃ家族だ。そして、この崩月法泉の弟子でもあんだよ。チョロッと解決して帰ってくっからよ、しっかり夕乃と待ってな。美味いもん買ってきてやっから」

 

 ーーそれっきり、どこへ行ったのかは分からない。それでも、少年は願う。いつか、出会えることを。そして、法泉の言葉を護り、死ぬ気の覚悟(・・・・・・)を持つまでは、この身に宿る"角"の力は使わないと。

 

 

 〜〜〜

 

 

 突き出した拳が空を切る。が、半身になって躱された。精錬された動きから繰り出される手刀が喉元を狙っている。角度的には確実に、こちらを一撃でダウンさせる一撃。真下から手で払う。その際に身体を捻り、片足を軸に回転の力を加えた裏拳。

 

 しかし、しゃがむことでその頭上を拳が通過した。勢いを殺せず、振り切ってしまい、一瞬だが大きな隙を見せてしまう。

 

 その無防備な顎に放たれるは、細かな重心移動から爆発的な威力を叩き出す掌底。咄嗟に両腕をクロスさせようと脳で指令を送るがーーー間に合わない。

 

 吸い込まれるように打たれ、両足が床から浮く。頭の中がシェイクされたかのような不快感。視界が点滅し、ロクな受け身もとれずに床に全身が叩きつけられる。肺の中の空気が全て吐き出され、立てなくなる。

 

 肩が上下に動き、荒い呼吸が繰り返され、全身は汗まみれ。そこに声がかかった。

 

「はい、今日の組手はこれで終了です」

「……ありがとう、ございました」

 

 ボロボロの身体に鞭打ち、何とか正座で挨拶をした後、もう一度仰向けに倒れる。全身から疲労感を訴えるイッセーに対し、イッセーをここまで圧倒した相手ーーー夕乃は涼しい顔をしながら冷たい水で絞ったタオルを持ち、動けないイッセーの顔を優しく吹き始めた。

 

 情けないとは思うが、夕乃の優しさについつい甘えてしまう。眼を瞑り、タオルの冷たさを肌で感じていると、徐々に体力が3割ほど回復してきた。

 

 いつまでもこの状態だと、イッセーのプライドが許さないため、身体を起こして軽くストレッチを始める。夕乃は名残惜しそうにイッセーを見ていたが、イッセーの内心を理解しているのか、何も言わずにその場から立ち上がった。

 

「まだまだ荒い箇所が多いですね。ですが、この前の堕天使に遅れをとらず、一撃で終わらせたのは賞賛できます。何よりも、"角"を使うような事態にならず、本当に良かった……」

 

 心の底から安堵するような声。どれだけ心配をかけていたかが伺える。イッセーが悪魔になったとしても、生きて帰ってきたことに、夕乃は大層喜んでいたらしい。

 

 フリードからすれば、討伐対象になってしまったわけだが、はぐれとなった今では、果たしてイッセーを忌むべき敵として見るかも分からない。というか、教会であったときも普通に義兄弟として接してきたため、これまで通りの生活をおくれるだろう。

 

「……師匠との約束がありますから、本当にその時がくるまで、解放は絶対にしません」

 

 夕乃を安心させるため、イッセーは全力を出したことは未だに一度もない。施設の者たちはみな、底が知れない。"万屋"を営む静雄は、人外との戦いも少なくないし、岡部やジョーカーの腕もほぼ未知数だ。人外に慣れているフリードやキンジ。裏世界で生きてきた切彦。崩月の夕乃にイッセー。

 

 シロやクロの正体に気付いておきながら普通に飼ったり、この町の管理を務めるリアスに警戒心すら抱かないのは、例え襲ってきたとしても負ける要素がないから。

 

 そうーーー施設の人間はいずれも、普通じゃない(・・・・・・)のだ。

 

「生きているか?イッセーよ」

「まだまだ夕乃には勝てねぇか?」

 

 道場の入り口から岡部と静雄が入ってくる。ボロボロのイッセーの様子から、組手の結果は知られたらしい。岡部の手には買い物袋があり、その帰りに道場へと寄ったようだ。

 

「師匠の正統なる後継者ですし、俺なんかよりも修行の年季が違いますからね。教わることが多いです」

「そうだな。一度、裏世界一の実力を誇った奴の娘だし、才にも恵まれてる」

 

 そう言いながら静雄は煙草を咥える。それを横目で見ていた岡部が、買い物袋を持っていない方の手で指を鳴らした。

 

 刹那、マジックのように、先端が燃え上がる煙草。

 

「悪いな」

「なに、買い物に付き合ってもらった礼とでも思え」

 

 イッセーは長い間施設にいるが、岡部とジョーカーの力に関して、ほとんどの情報を持っていない。しかし、静雄と肩を普通に並べられる以上、それ相応の実力があると見ていた。

 

「イッセーさんにも才はありますよ。戦闘面で、何度も私に一撃を当てれそうでしたし、何より、イッセーさんはカウンターが上手いですからね」

 

 夕乃がフォローをいれてくれるが、イッセーは一撃も夕乃の攻撃を当てれていない。実力は上がれど、この壁だけはいつ越えられるのか分かったものではないイッセー。夕乃の言葉には最早苦笑いしか返せない。

 

「夕乃がそこまで言うってことは、そこそこ誇れる力はあるってことだ。それでも今は成長の途中、鍛錬を怠らなけりゃあまだまだ強い身体を手に入れられるぞ。せめて、俺の一撃に耐えられる程度には強くなれ」

「静雄、お前の一撃に耐えられる身体となると、俺の推測ではこの町が瞬時に荒地へと早変わりする気がするんだが……」

「ダメですよ静雄さん。イッセーさんに本気になったら」

「ならねぇから安心しろ。自分の力ぐらい制御できるようになったっての。なぁ、イッセー」

「え、えぇ……」

 

 同意を求める静雄。返す言葉が見つからず、とりあえず肯定の意を見せるイッセー。今までだいぶ手加減されていると自覚はしていたが、町を破壊できるとは思いもしなかった。それでも本気ではないのだろうが。イッセーが本気を出したとしても、静雄に追いつける気がしない。

 

「さて、そろそろ戻るとするか」

「そうだな。またなイッセー、夕乃。なるべく早く帰って来いよ」

「はい」

「分かりました」

 

 岡部と静雄が道場から去り、夕乃と共に掃除を始める。ほぼ毎日利用する道場は、使うたびにこうして隅々まで綺麗に掃除するのだ。堅牢な造りをしているため、時代の流れにも一向に衰えを見せない道場は、イッセーが崩月に弟子入りしてから全く変わらない外見を保っていた。

 

 夕乃には先に着替えに行ってもらい、道場の中を掃除するイッセー。数分後、着替え終わった夕乃が戻り、イッセーが交代で着替えに行こうとすると、

 

「……何で袴?」

「似合いませんか?」

「似合ってますけど」

「良かった、イッセーさんはこういうのが好みだと思って着てみたんです。ムラムラします?」

「……まぁ多少は」

 

 袴姿の夕乃に軽く顔を逸らしながら応えるイッセー。夕乃は生粋の大和撫子。それ故か、和服が良く似合う。ついでに、イッセーの好みでもある。ただでさえ一切の曇りもない純白の如く美しさを誇る夕乃だ。それに華麗なる美を持つ袴が合わさることで、その華やかさは一層際立って見えた。

 

 渋りながらも本音を漏らす。夕乃にはイッセーの考えなど筒抜けだからだ。華やかさの中に、艶やかさもある。邪な感情を持つなという方が無理な話だ。

 

 イッセーの感想に頰を朱色に染め、嬉しそうにはにかむ。その笑顔も輝く太陽のように眩しく、こちらの顔まで熱くなっている気がして、イッセーは早足で着替えに向かうことにした。

 

「それじゃあ、すぐに着替えてきますね」

「あまり無理しなくても良いですよ?身体の傷もまだ新しいし、ゆっくり着替えてきてください。掃除は私の方でやっておきますので」

「すいません、じゃあお願いします」

 

 その言葉に甘え、傷ついた身体を労わるように、着替えをするための更衣室に向かう。道場から聞こえる夕乃のご機嫌な鼻歌をBGMにしながら。

 

 肩甲骨を回し、大きく伸びをして、身体に血液が循環し始めたことを確認してから着替え始める。ゆっくりとは言われたが、ものの3分もしないうちにイッセーは着替えを終えてしまった。

 

 昔からの癖で、イッセーは動けなくなるほど壊されなければ、必ず掃除を手伝おうとしてしまう。夕乃や静雄は無理するなと言ってくれるが、それでも日頃の感謝を少しでも形にして返したいと無意識に行動してしまうのだ。

 

 それでも、身体が辛いことには変わりはない。夕乃もああ言ってくれたことだし、軽くストレッチをしてから手伝いに行くことにした。骨が小気味良い音をたてる。あまり身体には良くないらしいが、どうしてもやってしまうイッセー。この一瞬でも楽になるような感覚がなんとも癖になるのだ。

 

 身体を伸ばしながら、ふと最近起きた出来事を思い出す。

 

 新しく施設の家族となったアーシア・アルジェント。イッセーと同じく悪魔に転生した彼女だが、今ではすっかりとその生活にも慣れ、リアスが早急に手続きを行って駒王学園に入り、オカルト研究部に所属することになった。イッセーと同じクラスになるよう配慮もされたため、今のところは友達もでき、平和に過ごすことができているし、悪魔の仕事も着々とこなしてきている。初めの方は神に祈りを捧げ、頭痛を受けている場面をよく見かけた。信仰を捨てきれないのだろう。イッセーもよく被害を受けた。

 

 悪魔は天使と相対の存在。天使の行う信仰は、悪魔からすれば存在の否定。相手に十字を切られたり、悪魔が聖書の神を信仰したりすると、それは頭痛となって自身へと返ってくるシステムなのだ。天使も邪な思考を持った場合、翼の色が白から黒に変化し、堕天してしまうらしい。

 

 しかし、今まで信じてきたものをいきなりやめろと言われれば、それは無理な話だ。イッセーも悪魔になってから知ったことだが、悪魔にも優しい心を持った者は確かに存在する。例えば、イッセーとアーシアを悪魔に転生させた主、リアス・グレモリー。彼女は身内となった者に等しく愛を与え、それが傷つけられれば、まるで自分のことのように怒る。

 

 彼女は生まれが悪魔というだけで、その心は天使にも通用するものだとイッセーは思っていた。アーシアが神への信仰をやめられない旨を伝えた時、ダメージのことも語られたが、それと同時に、アーシアの信仰をとめなかった。

 

「信じる行為は人それぞれ違うわ。アーシアはアーシアの信じるものを信仰すれば良い。多少ダメージはくるでしょうけど、その程度でアーシアの信仰が消えるわけないでしょう?」

 

 あんな慈愛に満ちた主人をイッセーは悪魔と思えなかった。あの時のアーシアの嬉しそうな表情は今でも覚えている。

 

 さらに、アーシアには使い魔も出来た。【蒼雷竜】と呼ばれる、龍の中で上位に位置するドラゴン。"ラッセー"とつけられたドラゴンは、まだ子供でありながら度胸は人一倍と将来有望な使い魔だ。

 

 逆に、イッセーには使い魔が出来なかった。道中、使い魔として有力な魔物を何体か見つけたが、何故かイッセーの気配を感じた瞬間散り散りになって逃げてしまう。恐らく、二天龍の片割れであるドライグとイッセーの中にある"角"、ついでにイッセーの中に眠る謎の力のオーラに怯えたのだろう。

 

 決して、使い魔ができなくて凹んでいるわけではないのだ。リアスにも、イッセー自身のオーラに魅せられた強力な魔物が、自ら使い魔になりたいと進言してくるだろうと言っていたため、それに期待する。

 

 そんな思考に浸りながらストレッチが終わり、更衣室から出ることにした。軽く肩を回しながら扉を開けると、玄関の方からアーシアとキンジが入ってきていた。キンジはイッセーの事を視界に入れると、片腕を上げながら挨拶をしてくる。それに合わせ、アーシアも挨拶してきた。

 

「よぉ兄弟(ブラザー)。そろそろ終わる頃だと思ってな。迎えに来たぜ」

「どうも、イッセーさん。どこか痛むところはありませんか?良ければ治しますけど」

「あぁ、キンジにアーシア。今掃除中だからもう少し待っててくれ。アーシアには帰ってからお願いするよ」

「なら俺たちも手伝おう。アーシアも良いよな?」

「はい!」

「悪いな、助かるよ」

 

 そう言いながら道場に足を運び入れる。相変わらず似合いすぎている袴姿の夕乃がせっせと掃除をしていた。イッセーたちに気づき、キンジとアーシアに笑顔で挨拶をする。

 

「どうも、キンジさんにアーシアさん。イッセーさんのお迎えですか?」

「はい、ついでに少し掃除を手伝おうかと…」

 

 若干視線を逸らしながら反応するキンジ。昔からキンジは年上に弱い。同い年や年下にはある程度態度を崩さないが、年上となると、やけに落ち着きがなくなるのだ。イッセーでも心を動かされるような夕乃の袴姿。キンジはその姿を直視できずにいた。ヒス性の血流が巡りそうになっているのだろう。

 

「そんな悪いですよ。掃除は私がやっておきますから、イッセーさんと一緒に帰ってて良いですよ?」

「1人よりも数人でやったほうが早く片付くでしょう?イッセーもやる気みたいですし、俺も手伝いますよ」

「私も手伝います!」

「ふふっ、じゃあ一緒にやりましょうか」

 

 必死に己と戦うキンジ。イッセーは軽く同情しながら掃除用具を手に持つ。なんだかんだ、夕乃も1人でやるより人数がいた方が嬉しいらしい。笑みを絶やさずに掃除をしていく夕乃の姿一つをとっても、まさに大和撫子を想像させた。

 

 己に打ち勝ったキンジは極限まで集中力を高め、掃除をしていく。アーシアも、慣れないながらもしっかりとした手付きで床の雑巾掛けをしていた。イッセーも自分の掃除を行う。

 

 4人で掃除すると、予想以上に早く終えることができ、キンジとアーシアは夕乃から感謝されていた。そのまま帰り道を4人で歩き、それぞれの会話を弾ませる。

 

 そこでフリードからの手紙が届いたことを耳に挟むイッセー。堕天使レイナーレに雇われ、切彦と対決したフリードだが、本気を出すまでもなくその場から逃げたらしい。どこをほっつき歩いているのかは不明だが、手紙が送られてきたということは、そこまで切羽詰まった状況ではなく、少なからず余裕があるということだ。

 

 キンジから教えてもらった手紙の内容は、

 

『次の仕事で一時的に傭兵業は休止することにしたぜ!!多分そんな時間もかからねぇし、もうちっとだけ待ってくれや!!』

 

 とのこと。

 

 もう少しで施設の家族が勢揃いするとなると、自然と笑みが浮かんだ。キンジも楽しみなようで、この件を早く伝えたいがために道場まで足を運んだと言う。

 

 アーシアにも既に伝えてあるが、あの時は大層驚かれた。アーシア自身、フリードには結構世話になっていたらしく、会うのが待ち遠しいようだ。

 

 施設の玄関前では、切彦がイッセーたちの帰りを待っていたようで、イッセーたちを見つけた途端、小走りでイッセーに抱きついてきた。刃物を持たなければ大人しいので、当たり前のように抱きとめる。

 

「……おかえりなさいです」

「あぁ、ただいま切彦ちゃん」

 

 それだけで嬉しそうにイッセーの胸に顔を埋める。その様子に癒され、思わず優しく頭を撫でるイッセー。突如生まれた桃色の空間に、アーシアと夕乃の顔から表情が消える。その横にいたキンジが身震いをし、顔を青くしているが、イッセーと切彦は気づかない。

 

 夕乃は前からそうだが、アーシアも最近毒されているような気がしてならない。あんな純粋な瞳を持っていたシスターは、今は焦点を失いながらイッセーと切彦を捉えている。

 

 そのただならぬ気配に漸く気がついたイッセーは、ゆっくりと切彦を剥がし、流れる冷や汗もそのままに、努めて夕乃とアーシアのことを見ないようにしてキンジと施設に入って行く。

 

 少しばかり残念そうな切彦に心の中で謝罪しつつ、固まった笑顔のまま施設の中に逃げるイッセーとキンジ。背後では3人の女性が修羅場を展開しているため、か弱い男たちは小動物のように逃げることしかできない。

 

 中に入ると、リビングルームでコーヒーを飲んでいた岡部と静雄が不思議そうな顔をしながらイッセーとキンジを見る。修行の最中よりも顔色が悪くなっているのだ。当たり前だろう。

 

「どうした?随分と顔色悪いが」

「えぇ…ちょっと色々ありまして」

「マジで死ぬかと思った…」

「大体把握した。先程、シャイガールの奴がスキップしながら出て行ったからな。いつものだろう」

 

 修羅場もこの施設内では日常茶飯事だったりする。これだけで通じる家族に、イッセーとキンジは深く感謝した。

 

 静雄にコーヒーを淹れてもらって一息つく。苦く、熱い液体が喉から胃の中へと流し込まれることで、思考が落ち着き、冷静になることが出来た。イッセーと同じく落ち着きを取り戻したキンジが机の上で銃の整備を始めた頃、顔を軽く引き攣らせたジョーカーが帰ってきた。

 

「何であの子達は玄関でガン飛ばし合ってるんや?」

「大体想像つくだろう。いつものだ」

「てか、まだやってんのかよ」

 

 イッセーとキンジは無言を貫く。ジョーカーは苦笑いを浮かべ、イッセーたちに習ってコーヒーを飲み始めた。

 

 結局、夕乃とアーシアと切彦が施設内に入ってきたのはそれから約1時間後。ご機嫌斜めの夕乃とアーシアを必死に構い、機嫌を取り戻そうとするイッセーが、かなり不憫に見えたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 夜、ベットに寝転がりながら、イッセーはドライグと共に会話をしていた。内容は大したことではなく、他愛もない会話。しかし、定期的に会話を挟んだり、ドライグの潜む精神世界に入ったりと、イッセーはコミュニケーションを頻繁にとっている。特にこれといって特別な理由もないが、自身の中に住んでいる以上、互いのことをよく知ることは必要だし、仲が悪い状態でいたくないという単純な思考故だ。

 

 最近は、イッセーの中に眠る力についてや、"角"などのことをよく聞かれる。同じ身の存在のため、隠し事は不要。答えられることはどんどん答えていくイッセー。それでもやはり、自分でも理解できない力に関してはなんとも言えなかった。

 

『やはり、どれだけ深くまで潜っても、相棒の力には近づけん。"角"には強力な封印、もう一つは力が強大すぎて思うように近づけなくなっている。なかなか難しいものだな。相棒の身体は』

「俺の"角"は本当に極稀の最強と謳われた存在のものらしい。いまいち実感が湧かないけど、使いこなせれば相当強くとは言われるよ」

『だろうな。この二天龍である俺が近づけないなんて、並の封印じゃない。しかも、ここまで強固な封印をされてなお、溢れ出るオーラ。一体何が封印されてるのやら』

 

 右手をさすりつつ、天井を見上げる。その時だった。

 

 突然、天井に赤い光が反射し、イッセーは軽く眉を顰める。反射しているということは、光源は床。イッセーの部屋にそんな道具はない。つまりは魔法の転移陣。そうなると、オカルト研究部の誰かがイッセーの部屋に転移しようとしていることになる。

 

(誰だ?)

 

 そこまで考え、漸く顔を床に向けるイッセー。転移陣の紋様はグレモリー眷属のものだ。光は一層眩く輝くと、中に人影を創り出し、それと同時に収束して消えていく。人影の正体はーー何やら思い詰めた表情をしている我らが部長であるリアス・グレモリー。

 

 イッセーは起き上がり、ベットに腰掛ける形でいきなり現れたリアスに声をかけた。

 

「えっと、部長。どうしたんですか?急ぎの仕事でも入りました?」

 

 表情が優れないリアスにそう問うイッセー。何やら緊張しているように見えるのは気のせいではないだろう。落ち着きも無い。理由は分からないが、リアスは焦っているようだ。それほどマズイことが起きたのかと、イッセーは軽く身構えるが、次のリアスの言葉に思わず放心してしまう。

 

「イッセー、私を抱きなさい」

 

 空間フリーズ。いや、この場合、イッセーは悪くない。よく考えてみて欲しい。夜遅く、ベットで寝転がっていたら部長が突然転移陣で現れ、何事かと緊張感を張り巡らせた空間の中、放たれた最初の言葉がこれ。

 

 羞恥心に顔を真っ赤に染めるという、らしくもない珍しいリアスが目の前にいるが、当のイッセーは未だ現実逃避中。返事が返ってこないことに痺れをきたしたリアスは、服を脱ぎ始め、そこでイッセーは我に帰った。

 

「いやいやいや!急に何言ってんですか!?ここどこか分かってます!?」

「えぇ。それは重々承知の上よ。でも、どうしても、今あなたに私の処女をもらってほしいの」

 

 既にブラすら外し、下着一枚のリアスが、イッセーににじり寄りながらそんな事を言ってくる。余りの出来事に軽くテンパるイッセーは、何もできずにただベットの上で後ずさるのみ。リアスもベットの上に上がり、イッセーに覆いかぶさってきたため逃げ場がもうない。

 

 大人の階段を一気に駈け上がりそうな場面だというのに、イッセーは全く別の危機を想像していた。

 

 ここは、ただの一軒家ではない。施設という名の大規模な屋敷。しかも、この施設の中に住む人は全て、普通じゃない(・・・・・・)。イッセーよりも実力が上というより、全くもって逆らえない人物がいるのだ。その人にこの現状を見られたら……確実にイッセーの死が確定する。

 

 自然と青くなる顔。リアスも怪訝そうにイッセーの顔を覗き込むが、そこで再度部屋を光が満たし始める。

 

 今度は何事かとイッセーは片眉を上げ、リアスが溜め息を吐いているの見た。状況が掴めない。その一言に尽きる。

 

「……一足遅かったわけね……。ゴメンなさいイッセー。いきなりすぎて驚かせちゃったわよね」

 

 そう言ってベットから降りるリアス。急展開を継げる場面について行けず、とりあえず次の客は誰かと転移陣の紋様を見てみるとーーまたもやグレモリー眷属。しかし、そこから現れたのは、銀髪の長髪を持つメイドだった。瞬時に理解するイッセー。このメイドは強い、と。

 

 メイドはイッセーとリアスを視界に収めると、静かに口を開く。

 

「こんなことをして破談へ持ち込もうというわけですか?」

 

 顔は無表情だが、声には呆れが混じっており、その言葉を聞いたリアスは眉を吊り上げ、

 

「こんなことでもしないと、お父さまもお兄さまも私の意見を聞いてくれないでしょう?」

「このような下賤な輩に操を捧げると知れば、旦那様とサーゼクス様が悲しまれますよ」

 

 1人蚊帳の外のイッセーは、メイドからの罵倒を聞き流し、今の件について軽く考えていた。

 

 リアスはグレモリー家の後継ぎ、つまりは次期当主だ。リアスとメイドの言葉から察するに、リアスの兄がサーゼクス。そのサーゼクスか旦那様ーーリアスの親が現当主。グレモリー家は貴族として名高い。そして、ヤケに焦った状態でイッセーに貞操を捧げようとしたリアス。簡単に纏めると、他の力ある貴族の家から声がかかり、結婚の話でもあるのではないだろうか。

 

 リアスは美人だ。それは確実言えることであり、磨けば強力な力をその身に宿している。貴族の中で、親が計画的に結婚を決めることは珍しくもないだろう。それを無理にリアスが断ることもできない。何しろ、グレモリー家という看板を背負っているのだ。私情を挟み家を潰すか、親に従いこれからも名高い貴族としてグレモリー家を繁栄させていくか。答えは初めから決まっている。

 

 リアスに選択権などないのだから。貴族の社会は普通の競争社会よりも、その激しさは増すことだろう。自分の代で家を潰したり、名を落としたりすると、これから未来永劫そのレッテルを貼られ、周りから嘲笑われることになるからだ。

 

 そんな感じの思考を巡らせ、合っていようがいまいが、余りよろしくない話と察したイッセー。目の前では睨むリアスと静かに佇むメイド。

 

「私の貞操は私のものよ。私が認めた者に捧げて何が悪いのかしら?それに、私の新たな眷属となった者を下賤呼ばわりしないでちょうだい。たとえ、あなたでも怒るわよ、グレイフィア」

 

 どうやらリアスは、イッセーが出会い頭に罵倒された件についても腹を立てているようだ。グレイフィアと呼ばれたメイドは嘆息しながら床に脱ぎ捨てられたリアスの上着を拾う。

 

「何はともあれ、あなたはグレモリー家の次期当主なのですから、無闇に殿方へ肌を晒すのはおやめください。ただでさえ、事の前なのですから」

 

 そう言いながらリアスに拾った上着を羽織らせる。そして、考えがあながち間違っていないことを理解し、再び考え込もうとするイッセーに向かって頭を下げてきた。

 

「はじめまして。私は、グレモリー家に仕える者です。グレイフィアと申します。以後、お見知りおきを」

「あ、いえ、ご丁寧にどうも。俺は最近部長の眷属にさせていただいた兵藤一誠と言います。みんなからはイッセーと呼ばれていますね」

 

 丁寧な挨拶をしてくるため、イッセーも畏まって頭を下げる。イッセーの挨拶に、グレイフィアは軽く眼を見開き、

 

「イッセー?まさか、あなたが?」

「えぇ、私の『兵士』よ。『赤龍帝の籠手』の使い手であり、『変異の駒』で転生に成功した者よ」

「……『赤龍帝の籠手』、龍の帝王に憑かれた者……」

 

 イッセーを見るグレイフィアの視線が、異質なものを見るそれに変わる。確かに、上位の『神滅具』の一つである『赤龍帝の籠手』だ。知識ある者ならば、警戒するのは当然のことだろう。

 

「……それで?グレイフィア、あなたがここへ来たのはあなたの意思?それとも家の総意?……それとも、お兄さまのご意志かしら?」

「全部です」

 

 イッセーを見たまま固まるグレイフィアを現実に戻すリアスの言葉。話の内容が内容なため、イッセーは静かに静聴を決めた。

 

「そう。兄の『女王』であるあなたが直々人間界へ来るのだもの。そういうことよね。分かったわ」

 

 リアスは服を着て、イッセーの方に向き直る。

 

「本当にゴメンなさい、イッセー。さっきまでのことはお互いに忘れましょう。私も冷静ではなかったわ」

「そうですね。部長がそう言うなら、忘れましょう」

 

 そのままグレイフィアの方へと再度向くリアス。

 

「グレイフィア、私の根城へ行きましょう。話はそこで聞くわ。朱乃も同伴でいいわよね?」

「『雷の巫女』ですか?私は構いません。上級悪魔たる者、『女王』を傍に置くのは常ですので」

「よろしい。イッセー」

「はい」

 

 次はイッセー自身がベットから立ち上がり、リアスの近くに寄った。何があるか分からないため保険のつもりだったが、その必要は全くもって皆無だった。

 

 リアスはイッセーに歩みより、頬に軽くキスをしたからだ。またもや違う展開に、イッセーは思考が追いつかない。

 

「今夜はこれで許してちょうだい。迷惑をかけたわね。明日、また部室で会いましょう」

 

 そうこうしているうちに、リアスはグレイフィアと転移陣を使用し、その光の中へと消えていった。

 

 イッセー以外気配の消えた部屋。キスされた頬を軽くさすり、暫くボーッとしていたイッセーだったが、ドアから突如感じた気配に冷や汗を流す。

 

 ゆっくりと開くドア。その奥にから見える長い黒髪。半分だけ顔を見せるのは、溢れ出る殺気を隠そうともしない夕乃。さながらホラーである。

 

「……イッセーさん、リアスさんといた私の知らない女性は誰ですか?そして、3人でこの部屋で何をしていたんですか?」

 

(あ、これ今日は寝れないパターンだ)

 

 何の気配も感じなかったため、緊張感を解き、あまつさえキスまでされたさっきまでの自分を殴りたい。

 

 夕乃は今笑っていない。つまり、かなり頭にきている。こうなってしまえば、弁解など聞く耳を持たないため、イッセーにできることは一つーー、

 

「洗いざらい全てを話してもらいますよ?正座」

「……はい」

 

 ーー夕乃の気がすむまで説教を受けることだった。




ご感想、誤字脱字等のご指摘、お待ちしています。


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高貴なる不死鳥

どうも虹好きです。

冬ですねー……寒いですねー……。

では、本編をどうぞ。


 結局、昨夜はほとんど寝かせてもらえず、延々と説教三昧だったイッセー。幾度も飽きずに込み上げる欠伸を嚙み殺し、学園への通学路を歩く。傍らにはアーシアと切彦、その後ろからキンジと夕乃がついている感じだ。

 

 夕乃の機嫌は余り良くないが、昨夜に比べればだいぶ落ち着き、修行の内容をハードにすることで説教を打ち止めしてもらった。イッセー的には死刑宣告を言い渡された気分だが。

 

 ちなみに、アーシア以外の施設のみんなは突然のリアスとグレイフィアの訪問に気づいていたらしい。気づいておきながらイッセーの部屋に来なかった理由は、夕乃が向かったからであり、理不尽な怒りをぶつけられたくなかったからだ。

 

 身体全体から滲み出る疲労。それを見て同情するキンジと切彦。何も分かっていない純粋すぎるアーシア。当然だとばかりにまだ少しスネ気味の夕乃。

 

 どんなに怒ったとしても、いつものように弁当を作ってくれる夕乃に、イッセーは感謝しても仕切れないくらいだが、今その言葉は心の内にしまっておくことに決めた。

 

 玄関にて夕乃と別れ、教室へと向かう。疲労により元気の無いイッセーに、いつものように飛び交う怒号。扉を開くと、イッセーとキンジとよくつるむ仲間の松田と元浜が何故か大粒の涙を流しながら、硬く握った拳をイッセーとキンジに向けていた。

 

「おいイッセー、キンジ!!お前らそんなに毎日見せびらかして飽きないのか!?」

「何故お前たちに美女が集まる!?何故俺たちには女が寄って来ないんだ!?」

「俺からしてみれば、毎朝そうやって元気に涙を流す、お前らが飽きないのかって聞きたい」

「とりあえず、そういうところがクラスの女子の好感度を下げてるんじゃないか?」

 

 松田と元浜による、魂の慟哭を面倒そうに切り捨てるイッセーとキンジ。それを咎める者は、このクラスには存在しない。アーシアは苦笑い、切彦は眠そうにボーッとしているだけ。

 

 朝からドッと疲れたイッセーは溜め息混じりに席に着くのだった。

 

 

 〜〜〜

 

 

 放課後、いつものようにオカルト研究部がある旧校舎に向かう途中、夕乃と結菜に合流したイッセーたち。

 

 しかし、イッセーはあまり行く気にならなかった。見れば、夕乃の機嫌がすこぶる悪くなっているのが分かる。簡単に言えば、オカルト研究部から感じる気配がいつもより一つ多いのと、その気配に心当たりがありすぎるのだ。

 

「どうしたのみんな?」

 

 結菜が足を止めたイッセーたちを不思議そうに見つめる。アーシアも結菜と似たような感じに軽く首を傾げていた。この2人では、この距離感でまだあの存在に気づけないらしい。

 

 しかし、行かないわけにもいかないため、勇気を振り絞ってイッセーは進みだした。

 

 キンジと切彦も、夕乃の顔色を伺いながら旧校舎に向かって歩き出す。夕乃はいつものように微笑みを浮かべているため、結菜とアーシアには分からないが、その奥に相見える激情は、下手に刺激すれば爆発するんじゃないかというほど。

 

 本来なら要らぬ緊張感が3人を包み込んだ。

 

 旧校舎に入り、オカルト研究部の前まで来て、初めて結菜はもう一つの気配に気づいた。

 

「このボクが、ここまで来て漸く気づくなんて……っていうか、みんな分かってたの?」

「あぁ、だいぶ前に」

「えっ!?何にですか!?」

 

 普通に返すイッセーに呆れた表情の結菜。全く気配を読めないアーシアには、扉を開ければ分かると言い、さっさと開けてしまう。

 

 そこには、予想通りの人物がいた。

 

 室内にはリアス、朱乃、子猫ーーそしてグレイフィア。リアスはいかにも不機嫌ですという雰囲気を醸し出し、朱乃はいつもの笑みを浮かべながらも、どこか困り顔という感じがしており、子猫は居心地悪そうに部屋の隅で椅子に座っていたのだが、扉からイッセーたちが入ってきたのを機に、勢いよくイッセーの胸に飛び込んできた。それを優しく抱きとめる。

 

 グレイフィアは昨夜と変わらず無表情で佇んでいた。夕乃から溢れるオーラが大きくなるのは、この際無視して、リアスたちに挨拶し、リアスが座るソファの対面のソファに腰をおろす。

 

 キンジはいつものように窓際で腕を組み、なるべく女子に近づかないよう距離をとり、切彦とアーシアはソファに座ったイッセーの左右を陣取り、子猫はイッセーの膝の上をとる。出遅れた夕乃は少し残念そうにイッセーの後ろに立った。結菜は出来上がった光景に苦笑いをしながらキンジの近くの壁に寄りかかる。

 

 当たり前のようにイッセーの周りを囲む少女たち。この空間を支配していたプレッシャーが瞬く間に消え、対面に座るリアスですら軽く毒気を抜かれたように感じる。

 

 首だけを器用に動かし、キンジに助けを求めようとするが……

 

(あいつ……露骨に眼を合わせないようにしてるし……自分の苦手分野に関してはとことん薄情な奴だな)

 

 リアスが部員のメンバー全員を確認し、一瞬抜けた緊張感を取り戻しながら口を開く。

 

「全員揃ったわね。今日は、部活をする前に話があるの」

「お嬢様、私がお話ししましょうか?」

 

 横から声をかけるグレイフィアにいらないとばかりに手を振っていなす。

 

「実はねーー」

 

 そうリアスが口を開いた瞬間、部室の床に描かれた転移陣が光だした。全員の視線が転移陣へと向けられる。リアスの眷属はすでに全員揃っているため、グレイフィアのようなグレモリー眷属からの使いが来るものかとイッセーは思っていたが、転移陣の紋様が、グレモリーから変化し知らぬ形になったのを見て、首を傾げる。

 

「ーーフェニックス」

 

 イッセーの疑問に答えるように結菜から言われたのは、伝説上の生物の名前。イッセーの知るフェニックスは神聖な不死鳥であり、聖なる存在。正反対の悪魔側にもフェニックスが存在するとは初耳だった。

 

 室内に眩い光が溢れ、男性のシルエットが浮かび上がる。それと同時に、激しく炎が転移陣から飛び出し、室内に熱気が充満した。傍迷惑な登場の仕方をする。肌を焦がすような熱気に、ただでさえ疲労で気分が悪いイッセーのテンションはダダ下がり。

 

 それにしても、炎自体はなかなかの威力を持っていた。感じる力の大きさは、リアスに匹敵するかその上を行くーーつまり上級悪魔のそれだ。

 

 炎の中に佇む男性が腕を凪いだ。それだけで炎は消え去り、そこから現れたのは、赤いスーツを不良のように着崩したいかにもやんちゃなホストのような男だった。

 

「ふぅ、人間界は久しぶりだ」

 

 男は部室内を見回し、イッセーを囲む女子たちを見て眼を丸くしたあと、リアスを見つけ、ワイルドな格好とは裏腹に意外と爽やかな挨拶をした。

 

「やぁリアス。会いに来たぜ」

 

 まるで、幼馴染に対する挨拶のような気軽さを兼ねている。昨夜の話から察すると、この男がリアスと家絡みの複雑なことを起こしているようだが。当のリアスはただただ半眼で男を見るだけ。

 

「考えてくれたかい?」

 

 冷たいリアスの態度にも臆することなく声をかける男性。初見でのイッセーの心境は、どうしてもこの男が悪い奴に見えないだった。

 

「答えは聞かなくてもわかってるでしょう?ライザー」

 

 リアスは若干低くなった声音でそう返す。ライザーと呼ばれた男は、ある程度予想はついていたようで、リアスの返答にもやっぱりかと肩をすくめるばかり。

 

「グレイフィアさん、この方って部長の何なんですか?」

「おや?リアス、話してなかったのか?」

「別に、話すことでもないでしょう」

 

 グレイフィアに対するイッセーの問いに、ライザーは苦笑いを浮かべていた。

 

「これは手厳しいな。だが、初対面の者がいるのに名乗らなかった俺に非がある。遅れてすまないが、俺の名はライザー・フェニックス。純血の上級悪魔であり、古い家柄を持つフェニックス家の三男だ。リアスとは、婚約を交わした身だよ」

「これはご親切にどうも。俺は最近悪魔に転生したばかりの兵藤一誠です。みんなからはイッセーと呼ばれています」

「敬語なんて堅苦しいからいい。そうか、イッセーは最近転生したばかりか。なら、悪魔についての知識が浅くても仕方ないな」

「あぁ、話がわかる奴で助かるよ」

 

 グレイフィアの代わりに、ライザー自身が全てを話してくれた。内容は大体予想通り、しかしそれよりも、イッセーはライザーに対し、評価を改めていた。ライザーは悪い奴ではない。

 

 純血の上級悪魔つまり、悪魔の中での貴族。さらに有名どころのフェニックスときたものだ。家は相当力を持つ家だと分かる。リアスと婚約が出来るということは、グレモリー家と同等ぐらいではないだろうか。なのに、貴族特有の高圧的な態度が一切見られず、下級悪魔であるイッセーにタメ口を許すほどの寛容な心の持ち主。

 

 それでいてさっきの炎の威力の高さ。ライザーはフェニックス家でも生粋の強さを持つと見た。

 

 今ライザーは、朱乃が淹れた紅茶をリアスの隣に座って飲み、褒めすぎなくらい賞賛している。隣に座りながらも、リアスにベタベタ引っ付くわけではなく、適度な距離を保っていた。本当に、見た目に反して紳士である。誰にでも平等に優しさを与えそうな男だ。リアスも困ったように嘆息していた。

 

「さて、リアス。君の反応はハッキリ言って予想済みだ。だけど、悲しいかな。俺も家の看板を背負い、この場にいる。君も同じ立場だから分かるだろう?純血の悪魔の危機を。ま、悪魔に成り立てイッセーのためにも、歴史を踏まえ、少し悪魔について話そう」

「はぁ……そうね。そこの部分は教えてなかったし、良い機会だわ。でもライザー、私の決意は変わらないわよ?」

「あ、やっぱり?まぁ、変わるとは思ってないけどね。ただ、主の事情を知らないというのは、眷属からすればあまり面白いことではないだろう?」

 

 イッセーのみならず、キンジたちもライザーの話に耳を傾ける準備をした。リアスとライザーの複雑な家庭事情に繋がる話を聞かせてくれるのだ。女に囲まれたイッセーに爽やかな表情を崩さず、ライザーは説明を始める。

 

「古来より、悪魔と天使と堕天使は戦争をしてきた。今は集結したが、その時に負った傷は深く、純血悪魔はその戦争でほとんどの命を散らしたんだ。堕天使、神陣営とも拮抗状態。それだけじゃなく、戦争を集結したあとに現れた最凶の存在、"絶対悪"との戦いで、『七十二柱』と称された悪魔も大勢殺されて、今や半数いるかいないか。」

 

 一息、

 

「ただでさえ、純血悪魔の数が減っている中、堕天使とのくだらない小競り合いによって、大事な跡取りが殺され、御家断絶したなんて話も少なくない。純血の新生児はとても貴重でね、俺やリアスのように、貴族同士での婚約などは当たり前のように行われている。その中、新鋭悪魔ーーイッセーのように転生した悪魔だが、その悪魔たちが幅をきかせている。でも、純血悪魔を途絶えさせるわけにはいかない。当たり前だけど、純血の新生児は純血悪魔同士でしかつくれないからね。つまり、今回の婚約の話も、一種の悪魔の未来を思ってのことなんだ」

 

 まぁ、俺たちの意思はなく、親同士が勝手に決めたことなんだけど、と付け足すライザー。貴族同士の結婚云々の話はイッセーの考えとほとんど同じだが、他の話は大変タメになった。

 

 リアスも大人しく聞いていたが、やはり、納得はできないのだろう。ライザーが付け足すように言っていたが、親同士が勝手に決めたこと。だからこそライザーも最初から大して色の良い返事を期待していなかった。

 

 そして、それはグレイフィアも予想していたことだ。こうなった時の対処も考えているだろうとライザーはグレイフィアの視線を送る。

 

「はい、こうなることは旦那様も、サーゼクス様も、フェニックス家の方々も重々承知でした。この場が最後の話し合いの場だったのです。ここで決着がつかなかった場合のことをみなさまは考え、最終手段を用意されています」

「最終手段?それは一体なんなの?」

 

 待っていたとばかりに説明を切り出したグレイフィア。その言葉に疑問を抱くリアス。

 

「お嬢様が御自分の信念を貫き通すと仰るのなら、ライザー様との『レーティングゲーム』にて、今回の件に決着をつけていただきます」

「ーーーっ!」

 

 レーティングゲーム。爵位持ちの悪魔同士が行う、眷属を用いたゲームのことだ。そのゲームが出来たからこそ【悪魔の駒】が生まれ、そのおかげで今のイッセーはこの場にいる。

 

 リアスは言葉を失ってしまっていた。それもそのはず、レーティングゲームのことはリアスから聞かされていたが、公式のゲームは成熟した悪魔しか参加できないと聞いている。リアスは成人ではないため、今回のゲームは非公式。ここでこの方法を提示するということは、レーティングゲームはこういう御家同士のいがみ合いなどでよく使用されるのだろう。

 

 しかし、ライザーは成人しているため、公式のレーティングゲームに何度か出ているのではないだろうか。そうなると、リアスは今回の勝負、経験という面でかなり不利となる。

 

 そして、それはリアスも理解しているようで、少なからず身体から殺気を漲らせていた。

 

「つまり、お父さま方は私は拒否したときのことを考えて、最終的にゲームによって婚約を決めるわけね?……どこまで人の人生を弄れば気が済むのかしら……」

 

 ライザーもリアスの様子に同情しているように見えた。今回のゲーム、ライザー側が有利すぎるのだ。ゲーム経験は勿論のこと、もし、ライザーが聖なるフェニックスと同じく不死身だった場合、今のリアスでは勝率が限りなく低くなってしまうからだ。

 

 だが、今この場で深く考える時間をグレイフィアが与えるはずもなく、

 

「ではお嬢様はゲームも拒否すると?」

「いえ、まさか、こんな好機はないわ。ライザー、ゲームで決着をつけましょう」

 

 勝負を承諾してしまった。

 

 ライザーはリアスの言葉に苦笑いをしながら頷く。

 

「まぁ、自然とそうなるよな。だけどなリアス、見ての通り俺は成人した身だ。レーティングゲームも経験し、今のところは勝ち星の方が多い。ハッキリ言って、今回の勝負は俺にかなり優位な局面だが、それでも俺を倒すか?」

「えぇ。やるからには、あなたを消し飛ばしてあげるわ、ライザー」

 

 ライザーは一度眼を瞑り、ポケットに手を突っ込んだ。顔には先ほどの苦笑いはなく、好戦的な、彼本来の表情であるはずの強気な笑みが貼り付けられていた。

 

「なら、君が勝てば好きにしていい。御家に関係なく、ね。だが、俺はフェニックス家のため、俺が勝ったら結婚してもらう。これでいいか?」

「えぇ」

 

 こうして、グレイフィアが審判を務めることになり、リアスの結婚がかかったレーティングゲームが行われることになった。

 

 そこまで話が進み、ライザーはオカルト研究部のメンバーを1人ずつ見回す。リアスの眷属を確認しているのだろう。全員を見終わると、少し難しい顔をしたライザー。

 

「最初から気になってはいたが、君たちは悪魔じゃなく人間だろう?なんでリアスは正体を隠さず接しているんだ?ここにいる以上、ただならぬ関係と見て話を進めてしまったけど」

「その通りです。私の名は崩月夕乃、この子は斬島切彦、あそこにいるのは遠山キンジで、みんなイッセーさんの家族ですよ。詳しいことは詮索しないで頂けると嬉しいのですが」

 

 その問いに答えたのは夕乃。隠すことでも無いため、堂々とライザーに人間であることをバラす。ライザーがどの程度気配に気付けるかは不明だが、気付けているならば、夕乃たちが只者ではない存在として少しばかり警戒するはずだ。

 

 しかし、ライザーは警戒することなく、夕乃の言葉を間に受けた。

 

「そうか、すまない。家族だったとは意外だが、気を悪くしないでほしい」

「あぁ、大丈夫だ。あんたは知らなかったことを疑問に思い、聞いただけだろ?」

「……のーぷろぶれむ」

 

 ライザーの謝罪に、キンジと切彦も気にしていないことを伝え、ライザーは改めてリアスの眷属を数え始める。

 

「リアス、君の眷属はこれで全部かい?」

「えぇ、何か問題でも?」

「いや……問題は無いんだが……一応、俺の眷属を紹介しよう」

 

 そう言いながら指を鳴らすライザー。転移陣が発動し、そこから何人もの人影が現れた。全員女子で、キンジが激しくむせていたが、その人数にリアスは目を剥く。

 

【悪魔の駒】は、魔王から16個配布され、その一つは【王】つまりは自分のものとなる。つまり、実質15個なわけだが……ライザーの眷属は15人全員が揃っていた。

 

【悪魔の駒】は、イッセーのように【変異の駒】を使わない限り、転生させる者の潜在能力の高さで使用量が変わる。眷属が15人揃わない上級悪魔もいるらしいが、ライザーは全員に一つずつーーーレーティングゲームでの最大人数を眷属にしているのだ。

 

 単純な戦力では、15対6と、こちらの圧倒的不利。キンジたちはリアスの眷属じゃないためゲームに出れず、観戦のみとなる。

 

 イッセーは少し難しい顔でライザーの眷属を見回した。個々の戦力では、イッセーたちが勝っている。しかし、総力戦となると、ライザーの方が断然有利だ。

 

(ゲームだもんな……でも、部長の運命をかけているってところはゲームじゃない。ゲームなんかで片付けちゃいけないことなんだろうけど……)

 

 思わず子猫を抱く手が少し強くなってしまう。子猫はそんなイッセーを腕の中から見上げ、何を思ったのか、甘えるようにイッセーの胸に頭を擦り付けてきた。

 

 慌てて力を抜くが、子猫は半身になり、逆にイッセーに抱きついたため、さっきよりも間近に子猫の髪の香りが舞い上がる。動こうにも、甘えている子猫に悪いと思い、その場から動けなくなるイッセー。両端のアーシアは頬を膨らませているが、切彦は子猫を見て和んでいた。むしろ、抱きつきたそうにも見える。

 

 夕乃もその様子を羨ましそうに見るが、名残惜しそうにイッセーの頭を撫でるだけ。そのせいでますます動けなくなるイッセー。

 

 突如として起こった桃色空間に、ライザーは眼を丸め、苦笑。リアスもまた気を抜かれつつあった。キンジのみが、頑なに窓の外へと視線を飛ばして現実逃避をしていたが、その空間は長くは続かなかった。

 

「……上級悪魔たるライザー様の前で、そんな軽々しい行動を起こすなぁ!!」

 

 怒号と共にイッセーに向かって飛び込むライザーの眷属の1人。手には獲物であろう棍が持たれ、一直線にイッセーへと放った。突進にも似た一撃。

 

「おい、ミラッ!!」

 

 ライザーが止めようと声をかけるがもう遅い。攻撃モーションに入ってしまっている。

 

 結菜が慌てて動きのとれないイッセーを守ろうとしたが、夕乃が止め、ミラと呼ばれた少女の攻撃はイッセーの頭部に吸い込まれていく。しかし、イッセーは慌てることなく、子猫を優しく抱きしめ、無茶な姿勢から鋭い蹴りを放った。

 

 狙う場所は棍の先端部分。ミラはもう攻撃を放ち、そのモーションの途中のため、動きをキャンセルすることができない。つまり、弱い一撃でも向かってくる攻撃の向きさえ変えられれば、相手は自然と重心移動が上手くいかず、バランスを崩す。

 

 そしてイッセーの思惑通り、真っ直ぐに突かれた棍の下から斜め45度程度の角度を狙っての鋭い蹴り。

 

「あっ……!?」

 

 案の定、棍はあらぬ方向に軌道をずらされ、勢いを殺しきれないミラはバランスを崩してしまう。そのままイッセーに覆いかぶさろうとしたとき、子猫がミラの鳩尾を的確に撃ち抜いた。

 

 容赦のない打撃はミラの内部まで衝撃を走らせ、ライザーのもとへ吹っ飛んでいく。

 

「おっと、俺の眷属はすまない。ミラは俺の眷属の中で1番最後に眷属となった身でね、経験も浅いんだが、何よりも喧嘩っ早いんだ」

 

 なるべく衝撃を殺すようにミラを抱きとめたライザー。ミラはその腕の中で悔しそうにイッセーと子猫を睨むミラ。イッセーは苦笑、子猫はミラのことなど眼中にないように、イッセーに抱きついていた。

 

「悪い、ミラって子の言う通り、俺の方もこんな感じだから、その子が怒る理由も分かるよ」

「……君もなかなか大変みたいだな、イッセー」

「お互い様さ」

 

 何故か、ライザーとは仲良くなれる気がするイッセー。ライザーも眷属に手を焼いているようだ。ミラにはアーシアが駆け寄り、『聖母の微笑』で傷を癒していた。

 

「少々脱線したが……リアス、これが俺の眷属たちだ。15人全員が揃っている。プライドを傷つけるかもしれないが、君は初心者であり、ゲームの経験が一切無い。だから、ゲームの開始は10日後にしないか?お互い、準備は必要だろう?」

 

 言外に込められた言葉の意味をリアスは理解し、微かに眉を顰めたが、ライザーのハンデは正直ありがたい。

 

(この10日間で、少しでも実力を上げてこいってわけね……)

 

 リアスの人生がかかった大勝負、負けるわけにはいかないため、リアスはライザーの言葉に頷いた。

 

「そうね」

「よし、なら10日後、ゲームで会おう。長い間邪魔したな」

 

 そう言って転移陣を発動し、眷属と共に光の中に消えるライザー。消える寸前に、ライザーはイッセーたちにこう言い残した。

 

「君たちの一撃が、リアスの一撃となる。良い勝負をしよう」

 

 その言葉への返答は、ゲームで返せとでも言うように、ライザーも光の中に消えた。




ご感想、誤字脱字等のご指摘、よろしくお願いします。
もし、出して欲しいキャラ等がございましたら検討しますので、案を出していただけると嬉しいです。

では、また次回をお楽しみに。


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タイムリミットは10日間

どうも虹好きです。

少しの間、更新速度が落ちるかもしれません。

試練が待っているのです。

では、本編をお楽しみください。


 ライザーとの縁談が終わり、解散となったのだが、その帰り道、キンジは"フェニックス"について考えていた。フェニックスについて考えると、自然と頭に思い浮かぶのは施設の責任者。

 

 施設の責任者たちはイッセーやキンジ、フリードの師を除いて、露骨に力の片鱗を出そうとしない。単純に、家族でありながら素性が全く知れないのだ。それが、1年程度の付き合いとかならば話は別だが、そんな言葉では片付けられないくらいに、イッセーたちは施設での暮らしが長い。そのため、趣味などについては分かるし、食べ物の好みなんかも把握している。

 

 しかし、いざ日本で自衛隊の次に武器が揃っている施設の責任者たる力量を問われれば、たちまち頭の中は疑問符で埋め尽くされてしまうのだ。静雄は"万屋"を営んでいるため、揉め事を処理することもしばしば。それでも、ほとんどが一瞬で終わるため、肝心の力量が測りきれない。

 

 ジョーカーについては全くの未知数。たまに布に丁寧に包まれた獲物を見るくらいだ。静雄曰く、岡部もジョーカーもイッセーたちの師と張り合い、静雄と大差ない力の持ち主らしい。化物である。未だ爪を隠してはいるが、本気を出した時が怖い。

 

 何故フェニックスについて考えているのに施設の責任者の名前が出てくるのかと言われれば、イッセーから聞いた話、岡部が指を鳴らすだけで煙草の先端を燃やしたと聞いたからだ。

 

(しかも、フェニックスは日本神話で"鳳凰"に置き換えられ伝えられている。本来の姿である聖なる不死鳥だろうが、岡部の厨二病ネームが"鳳凰"院凶真だからな……ただの偶然?鳳凰、炎……偶然にしちゃ出来過ぎと考えられなくもない、か)

 

 帰ってから聞くのもありだが、濁される可能性も無いとは言えない。今まで全然教えられていないのだ。何か隠す理由でもあるのかもしれない。

 

 キンジは前を歩くイッセーの背中を見つめ、人知れず拳を握る。己の知らないところで一度、その命を散らした義兄弟を。

 

(ゲームとは聞いたが、どんなイレギュラーな事態が起こっても問題無いようにしないとな。……もう二度と死なせはしない)

 

 当のイッセーは、師の崩月法泉のことを考えていた。ライザーが最後に残した言葉、眷属の一撃がリアスの一撃。その通りだ。レーティングゲームはチェスをもとにした戦略ゲーム。

 

【王】が指揮をとり、勝利へと導くのが本来の戦。他の駒は【王】の手足となり、戦場を駆け巡るのが仕事だ。故に、駒の一撃は等しく【王】の一撃となる。その眷属が弱ければ、【王】の器はその程度と鼻であしらわれるのだ。

 

 本気を出すのは必然。『赤龍帝の籠手』を宿すイッセーなら良いところまで戦えるはずだ。しかし、フェニックスがどれだけ強敵なのか分からないこの現状。"角"のことも考慮しなくてはいけなかった。

 

(師匠……俺がこの力を使うとして、本当に使いきれるかな。身体は出来ても心は弱いままか……)

 

 拭いきれない不安。こんなんじゃ自分に強さを教えてくれた法泉に顔を合わせられないと自嘲気味に苦笑した。

 

 

 

 

 施設へと戻り、静雄たちにことの顛末を伝えたイッセーたち。レーティングゲームの相手がライザー・フェニックスと話した時の岡部の反応をキンジは見ていたが、予想の遥か斜め上の岡部たちの反応に、キンジだけではなく、イッセーと切彦、果てには夕乃までもが思わず眼を剥いた。

 

「ほう、あの小さかった三男坊も既に成人か……時の流れとは早いものだな、静雄よ」

「そうだな。もしかしたら、そのうちここに訪れるかもしれないし、いつでも会える準備はしておくか」

「イッセー君が悪魔になったっちゅうから、いつか会うかもとは思うとったけど、こんな早く顔を合わせるとは思いもせんかったわ」

 

 施設の責任者たちは全員がライザーのことを知っていたのだ。唯一不思議に思わないのは、純粋すぎるアーシアのみ。今も、岡部たちの言葉に、「岡部さんたちって色んな方々と面識があるのですね!」と反応していた。

 

 しかし、ライザーがまだ小さい頃に会っているとしたら、明らかに岡部たちは年齢はかなり上になる。というか、岡部たちの見た目は、イッセーがこの施設に入った時から一切変わっていない。本当に人間かと疑いたくなるほど、老いを見せないのだ。

 

「なぁ、静雄。"万屋"の仕事で人外との戦闘を経験し、悪魔程度では驚かないと思ったが、驚くどころか何でその上級悪魔であるライザーを幼い頃から知ってるんだ?」

「色々あってな。昔、ちょっとな。話す時が来たら話すから今は聞かないでくれ」

 

 キンジの問いを手で制し、止める静雄。なら、と今度は岡部に問いをぶつける。

 

「ライザーはさっき言った通りフェニックスなんだが、岡部はなにかフェニックスの弱点とか知らないか?」

「フェニックスとはいえ、ライザーは悪魔。悪魔ならば、聖水や十字架が効果的だろう?それか、再生できないほど強力な、それも神の一撃に匹敵する攻撃であれば、殺すことも可能だろうな。それができなければ、精神をヘシ折るしかあるまい」

 

 こちらは律儀に答えてくれた。ライザーを倒す術は分かったが、次のゲームまでにそこまでライザーを追い詰められるかと、イッセーは難しい顔をする。夕乃も同じように、眼を瞑ってレーティングゲームについて考えていた。

 

 辿り着く答えは、勝率約15%という絶望的な数字。夕乃の中では、どうしてもその程度しかリアスの勝つビジョンが見えなかった。夕乃やキンジ、切彦がゲームに出れば勝率はグッと上がるだろう。本来なら、イッセーがいるため、勝率は60%程度と考えていたが、イッセーは今不安定状態なのだ。

 

 悪魔に転生してから、『赤龍帝の籠手』の力を十分に引き出せない状態になり、禁手化も出来なくなってしまったイッセー。並の状態でも"崩月流"で鍛えた身体があるため善戦できるだろうが、不死鳥を相手にするとなると話は別。

 

 無限のストックがあるライザーに、イッセーがどこまで戦えるか夕乃は思考を凝らし、素のままでは確実に負けると判断した。ライザーは上級悪魔、そのオーラはリアスに匹敵するほど。"角"を使えば確実に勝てるだろうが、イッセーはまだ使わないだろう。あれは相当の覚悟が必要だから。

 

 そうなると、ゲームまでの10日間で、イッセーを鍛え抜く必要がある。どれだけレベルが上がるかは分からないが、多少無茶をしてでも鍛えれば、勝率が30%程度までは上げられるはずだ。

 

 そこで、携帯の着信音がリビングルームに鳴り響いた。切彦の携帯からだった。画面を見て、すぐに出る。切彦は相手と二、三言かわすと携帯を切り、

 

「……明日から10日間、部長さんの別荘で修行をするそうです」

「そやね、話聞いた限りやと、限りなく時間がないようやし。自分らは行けへんけど、修行してくるといいで」

 

 切彦の言葉にジョーカーが笑いながら賛同し、静雄も吸っていた煙草を灰皿に押し付けながら肯定の意を込めた頷きをする。

 

「大体のことは分かったしな。今日は早く休め」

 

 そう言われ、イッセーたちは一斉に席を立ち、各々の部屋に向かった。キンジのみが残り、岡部に疑問を投げかける。

 

「なぁ、岡部。この前、道場で炎を出したってイッセーから聞いたんだが、お前ってもしかして、聖なる鳳凰とかそういう類の奴なのか?」

 

 ドクターペッパーを飲む岡部の手が止まった。静雄とジョーカーは静かにコーヒーと酒を飲みながら話を聞いている。数秒後、岡部はドクターペッパーをテーブルに置きながら口を開いた。

 

「……さっき、フェニックスの弱点について俺に聞いてきたのはそれが理由か?」

「まぁ、な。お前、自分のことをよく"鳳凰"院凶真って名乗るだろ?」

 

 頭の回転が早い岡部は、その言葉で全てを把握し、芝居掛かった笑い声を上げた。

 

「フッ、フッフッフ……フゥーハッハッハッハ!!まさか、悪魔のフェニックスに会うだけでここまで見破られるなんてな」

 

 キンジはその言葉で確信するが、ここまで簡単にバラすとは思わなかった。

 

「なぁ、何で今まで自分のことを隠してたんだ?」

「別に隠しているつもりなどない。聞かれなかったから言わなかっただけだ。俺の正体など知ったところでどうもしないだろう」

 

 その答えにずっこけそうになるキンジ。つまり、キンジが今まで秘密にされていたと勘違いしていただけであって、岡部たちからすれば、聞かれれば答えるが、自分から言うほどのことでもないということだ。

 

(まぁ、なんというか……考え方がちとズレてるよな。正体って結構大事なもんだと思うが。そう考えると、静雄とジョーカーのことも気になるが、今度でいいか。疲れたし)

 

 何故か短時間でドッと疲れたキンジは、自室に戻り、寝ることにした。オカルト研究部の修行に、キンジもついていくからというのもある。岡部たちに寝ると伝え、自室へと足を運ぶキンジ。今日はゆっくり眠れそうだと足を進めた。

 

 

 

 

 

 リビングルームでキンジを見送った岡部と静雄とジョーカー。新しい煙草を口に咥えながら静雄は岡部に聞いた。

 

「良かったのか?あんな簡単に教えちまってよ」

「キンジにも言ったが、俺は知られたところで大して問題無いからな」

 

 指を鳴らしながらそう答える岡部。道場の時と同じように、勢いよく煙草の先端が燃え上がった。1人で酒を満喫しているジョーカーは、その様子を見て、

 

「やっぱ便利やなぁ。自分も炎を自在に使ってみたいわ」

「そうか?炎に憧れを持つとは、お前が戦場を駆け巡ればそれだけで火の海と化するだろうに」

「自分のはただの災害やし、そうやって細かく調整できるのってえぇな思うてな。ついでに、正体がバレてもいいって楽やなぁもう」

 

 岡部は正体がバレたところで、大した問題は無い。静雄もどうも思わないだろうが、ジョーカーだけは違った。

 

 諸事情とはいえ、ジョーカーは易々と正体をバラすわけにはいかないのだ。何故かと問われれば、それすらも気まずくて答えられないほど。だが、先ほどのキンジの様子から見て、聞けば教えてくれると思われているだろう。

 

「しっかし、フェニックスって相当な神やと自分は思うんやけど、キンジ君の反応は薄かったなぁ。仮にも、日本を代表する鳳凰なんやで?」

「そんなもんだろ。あいつからしてみれば、神ってのは身近にいるもんだからな」

 

 紫煙を吹かしながら、残っているコーヒーを飲みきる静雄。

 

「もうすぐサーゼクスとかにも会えるかもしれねぇな」

「また懐かしい名前やなぁ。元気でやっとると思うけど」

「顔を合わせるとすると、"絶対悪"を封印したあの時以来か。あれから随分経ったな」

 

 3人して懐かしむようにそれぞれの飲み物を口に運ぶ。イッセーたちの成長を見守りながらも、密かに出会いを待つ責任者たち。まだ長い夜は始まったばかり、3人の話は夜が明けるまで続いた。

 

 

 

 

 翌日、朝早くからイッセーたちは大荷物を抱え、険しい山道を登っていた。何でも、この先にグレモリー家の別荘の1つがあり、そこで10日間の修行が始まるわけだが、延々と続く坂道に、これだけでもいい修行になるとイッセーとキンジは考えていた。

 

 道中、今日の晩御飯にしようと眼に入った山菜類を摘むため、坂道を蛇行していたので、さらに疲労感は増す。山菜を摘むのはイッセーとキンジと子猫。イッセーとキンジの荷物もなかなか重いが、子猫の荷物はその倍は軽くあった。それを軽々背負い、イッセーたちと一緒に山菜を摘むぐらいだ。

 

(『戦車』の駒の付与能力は攻撃と防御の特化だったな。こんな小柄なのにスゴイ子だよ)

 

 イッセーが感心しながら見ていると、子猫と眼が合う。キンジはせっせと山菜を摘む中、子猫はイッセーの隣まで移動し、腰の辺りに軽く抱きつく。最近、イッセーに対しての子猫の甘えっぷりがエライことになっていた。やたらとイッセーにくっついてくるのだ。イッセー自身、別にどうもしないためされるがままになっているが、夕乃あたりからの嫉妬のが酷く、その分修行が厳しくなるということをここ数日続けていた。

 

 説教混じりにボコボコにされ、毎度同じ言葉をかけられる。

 

「いいですかイッセーさん。イッセーさんのような殿方が付き合うのは絶対に年上の女性がいいのです。年下をそういう眼で見ることは許しません。いいですね?」

 

 イッセーとしてはそんな眼で子猫を見たことはないのだが、その場は流れに合わせていた。だが、いつものように甘える子猫。こんな場面を夕乃に見つかったら……。

 

「イッセーさん?まだ反省が足りませんか?」

 

 すでに時は遅く、イッセーの心を鷲掴んで握りつぶすような、底冷えした低音が夕乃の口から発せられていた。キンジは安全圏へ、子猫も逃げるように退避して行く。

 

「え、いや、あの、夕乃さん?」

「なんでしょう?」

「怒ってます?」

「分かりませんか?」

「……いえ、分かります」

 

 顔にはいつもの優しい笑みだが、声は激情。イッセーはこの10日間で死を覚悟した。その様子を見て、呆れたように笑みを零すリアスたちに、イッセーは祈るばかり。

 

 今回の修行は過酷そうだ。

 

 グレモリー家の別荘は、それはそれは豪華な木造建築の建物だった。普段は魔力で人前に現れないようにしているらしいが、その話を聞いたキンジは、魔力の便利さに感心する。

 

「さぁ、荷物を置いたら早速始めましょうか」

 

 リアスの一言で、みんな荷物を与えられた各部屋に持って行き、そのまま着替えて一旦集合することになった。イッセーはキンジと二人部屋、女子は全員で大部屋を使うようだ。

 

「頑張れよ兄弟(ブラザー)。生還を祈る」

「キンジ……死んだら骨、頼んだ」

「おい、だいぶ洒落になってないぞ」

 

 着替えながら笑えない冗談を言うイッセーに、キンジは頬が引き攣る。だが、夕乃のあの状態では、万が一もあり得ると思ってしまうキンジ。

 

 全員が着替え終わり、集合したところで、リアスから修行内容を言い渡された。

 

 イッセーは夕乃と、キンジは子猫と、切彦は結菜と、アーシアは朱乃とペアで修行。細かいことは後で説明するということになった。

 

 

 

 

 そして今、キンジは夕乃と対峙している。リアスから言われた修行内容は、夕乃に全て任せるというものだった。今まで崩月流で修練してきたイッセーにはそれが一番だと判断したのだろう。イッセーもその考えは間違っていないと思うが、ーー今の夕乃だけは絶対に相手にしたくないとも思っていた。

 

 黒いオーラが漂う夕乃は、いつもと変わらない笑みを浮かべている。

 

「では、イッセーさん。始めましょうか」

「……はい」

「私のお話がしっかり身に染みていないようなので、そのような煩悩に惑わされぬよう、徹底的に扱き倒しますので覚悟してくださいね?」

「……はい」

 

 確実に怒っている夕乃。イッセーは生き延びるために拳を握った。

 

 

 

 

 

「俺たちは徒手格闘による模擬戦か」

 

 樹々が生い茂る林の中、キンジは子猫と向かい合っていた。修行内容はキンジの言った通り模擬戦。子猫の手にはオープンフィンガーグローブをはめ、小さな拳を構えている。

 

 対するキンジは自分がもっとも動きやすい我流の構えをとり、子猫に鋭い視線を送っていた。銃などは全て外しており、正真正銘の丸腰状態だ。『ヒステリアモード』でもないため、通常のキンジはレイナーレ戦の時にイッセーに言われた通り、本来の力をほとんど出せない。

 

(かと言って、子猫でヒスったら俺はただの変態じゃねぇか。いや、そもそも、あいつ(・・・)に殺される。今は眠ってるからいいが、起きた時が面倒だ)

 

 そんなキンジの思考も知らず、子猫は地面を踏みつけキンジに迫ってきた。

 

 

 

 

 切彦と結菜はそれぞれの獲物を手に取り、お互いを牽制しあっていた。リアスからは、キンジたちと同じように、模擬戦をいいつかっている。調理用の安物の包丁を持った瞬間から人格が変わったようにオーラが増した切彦に、結菜は冷や汗をかいていた。『魔剣創造』の魔剣は、本物に比べ、ある程度スペックが劣る。しかし、そこらの剣よりは頑丈であるし、攻撃力も高い。安物の包丁ごときでは一合打ち合うことも叶わないはずなのだが、何故か切彦が持つと、どんなものでも切れる名刀のように見えてしまう。

 

 ただでさえ、切彦は人間で結菜は悪魔だ。身体能力が大幅に上がっている結菜に対し、切彦はもとの人間のまま。ハンデも良いところだが、結菜は修行前、包丁を持った直後の切彦の言葉が脳裏をよぎる。

 

「オレを人間だと思わない方がいい。じゃないと、死ぬぜ?あんた」

 

 自然と魔剣を握る力が強くなる結菜。酷く緊張しているのが分かる。一手間違えれば瞬時に敗北するだろう。切彦は緊張感が一切無い状態。包丁で肩を叩き、結菜の出方を見計らっているようだ。一見、隙だらけのようでいて、全く隙が見当たらない。

 

 結菜が攻めあぐねていると、切彦は段々イライラしてきたのか、包丁を結菜に向け、一言。

 

「なぁ、来ないならこっちから行くぞ」

 

 その後の行動は速かった。瞬時に詰められた距離。結菜の五感を遥かに上回る速度で自分の間合いまで詰めた切彦は、神速の凶刃を振るった。

 

 

 

 

 ところどころで戦闘音が鳴響き始めた頃、アーシアは室内で朱乃から魔力の扱い方を教わっていた。後でイッセーにも教えるという。

 

「アーシアちゃんは私の次に魔力の適性が良さそうですからね。自衛の術などを身につけておいて損はありません。慌てなくても基礎からしっかり教えてあげますので、一緒に頑張りましょうか」

「はい!」

 

 他の3組とは違う雰囲気の修行となっているが、純粋なアーシアはみんなもこのレベルだと信じて疑わない。

 

 時折聞こえる破砕音に小首を傾げる程度だ。また鳴り響く音に、アーシアは小首を傾げ、

 

「これってなんの音ですか?さっきから随分と聞こえますけど」

「あらあら、みなさん張り切ってるようですわね。アーシアちゃんも頑張りましょう」

「みなさん凄い頑張ってるんですね!私も負けられません!」

 

(この子にあんな激しく修行は無理ですものね。それにしても、本当に激しいですわね)

 

 純粋に修行を頑張るアーシアをレクチャーしつつ、他の組を心配する朱乃。特にイッセーが生きているかを一番心配していた。夕乃の怒りが怒髪天をつく勢いだったためである。

 

(生きていてくださいね、イッセー君)

 

 

 

 

 そんな朱乃の心配は見事に的を射ており、イッセーは夕乃に半ば半殺しにされていた。

 

「夕乃さん!それは流石の俺も死ぬから!?」

「聞きません!お姉さんの言う事を聞けない悪い子にはお仕置きです!」

 

 夕乃の拳が大地を割り、足場を崩されバランスを崩したイッセーの顔面に向かって、強固な右ストレートを放つ。その拳に左手で逆ベクトルの力を加えた手の平をあてると、そのままの勢いに任せ、背負い投げの動作に入った。

 

(ーーまだまだ甘いですねっ!)

 

 夕乃は不安定なイッセーの足を軽く蹴り、背負い投げをキャンセルさせる。さらに、イッセーの腕を引き、逆方向に叩き叩きつけた。

 

「カハッ……」

 

 受け身をとれず、肺の空気が全て吐き出される。純粋な崩月家の者は、生まれつきその身に"角"を宿し、その副作用で強靭な肉体を持っているため、夕乃にとって、人間はとてつもなく軽い存在なのだ。そのため、圧倒的暴力的な戦い方を行うことができる。

 

 イッセーを片手で振り回せる剛腕。イッセーは崩月の人間ではないが、イレギュラーな存在として崩月の家族の一員となっている。勿論イッセーもそこそこの力を持つが、夕乃に比べると霞んでしまうほど、夕乃は馬鹿力を持つのだ。

 

 頭上に影がかかり、追撃の拳が振り下ろされる。歯を食い縛り、身体を思いっきり捻った。地面を転がり、すぐに立ち上がる。拳は地面に激突し、一瞬でクレーターができ、砂埃が舞った。再びバランスを崩しそうになるが、バックステップで距離をとり、再び構える。

 

 砂埃が晴れるのを待たず、イッセーは夕乃に向かって突撃し、撃ち際に回転を加えた右フックを放つが、冷静にイッセーの足を払い、イッセーの腕を掴んで再び反対側の地面に打ち付けた。

 

 夕乃は剛腕でありながら、そればかりに頼らない所謂オールラウンダーな戦い方をする。時に拳、時に投げと一つの技能に執着しない戦闘法は、次の一手が読めないせいで、非常に戦い辛い。

 

(ーーなら、こっちもそうするしかない!)

 

 夕乃は踵落としの動作だ。下着がモロに見えているが、そんなことはどうでもいい。『赤龍帝の籠手』を使えれば防御ともに上げられるが、夕乃レベルだと、禁手化しなければロクに倍加もできない。

 

 ならば、とイッセーは夕乃の軸足を力いっぱい打撃する。夕乃ほどではないが、剛腕を持つイッセーの打撃。夕乃の眉が微かに動き、踵落としをやめて膝をつき、拳に切り替える。しかし、その間に跳ね起きたイッセーは跳ね起きからスムーズな、尚且つ鋭い回し蹴りを夕乃に放っていた。

 

「ーーーッ!!」

 

 咄嗟に腕で防ぐ夕乃。それでもイッセーの蹴りの威力は殺せず、鈍い音と共に地面を抉りながら数メートル後退させられた。腕を伝う痺れ。軽く腕を振りながら、追撃をするために動き出したイッセーの懐に一瞬で迫り、右手掌底の形でイッセーの腹に触れると、後方約数十メートルまで軽々と投げてしまう。

 

「ちょっ!?」

「すいません、イッセーさん。少しだけ本気になっちゃいました」

 

 空中にいるため、身動きがとれないイッセー。そこに、数十メートルを僅か3歩程度で踏み抜き、イッセーの落下点まで先回りした夕乃が、硬く硬く握りしめた拳を引くのが見える。

 

 そこで、イッセーは漸く気づいた。

 

(さっきの回し蹴り、初めて夕乃さんにあたったんだ。もしかして、それが悔しいからこんなにエンジン上げてんの?)

 

 その思考に対する応えは身体を粉微塵にしてくれそうな恐ろしい拳。

 

 もうヤケだと両腕をクロスさせ、防御を試みるが、そんなもの崩月の剛腕の前では紙切れ同然。

 

 イッセーの防御を楽々突破した拳は、そのまま腹部に吸い込まれた。




感想、誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。

また次回でお会いしましょう。


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十分な土台造り

どうも虹好きです。

次ぐらいまで投稿が遅くなるかと思いますが、気長にお付き合いください。


 イッセーと夕乃による激しい破砕音は、キンジと子猫の耳にも届いていた。

 

(道場ではこんな激しくやり合うことはなかった。イッセーの奴生きてるといいが……)

 

 子猫の打撃を流しながらイッセーの心配をするキンジ。一瞬の思考が仇となり、子猫の小柄な身体が懐に浸入するのを許してしまう。

 

(ーーっ、しまったな)

 

 抉りこむように打たれる拳打。距離をとろうとするが、子猫はそれを許さず、小さいが故に脅威となる拳が鳩尾に打ち込まれた。小柄とはいえ『戦車』の駒は伊達じゃなく、キンジの身体は塵のように吹き飛び、大木に全身を打ち付けられてしまう。

 

 全身がズキズキ痛むが、キンジはなんとか立ち上がり、子猫に向き直った。そこに、子猫から不満そうな声がかかる。

 

「……キンジ先輩、なんでちゃんと修行に付き合ってくれないんですか?」

「……」

 

 子猫の言葉通り、キンジは子猫との模擬戦で、一度も攻めに転じることができていなかった。子猫の言葉に返すのは沈黙。キンジの実力上、子猫相手なら圧勝できるはずなのだが、そうできない理由があった。

 

 ここまで制服を呪うことになろうとは、キンジ自身が思いもしなかった。というよりも、何故修行にまで制服なのかと突っ込みを入れたい。スカートで修行なんかするなと。もし不慮の事故など起こした時には、『ヒステリアモード』になって暴走してしまうというのに。

 

(そんなこと言えるわけないだろ……ヒスりたくないからとか)

 

 子猫はその沈黙を舐めているととり、眉を吊り上げた。

 

「……そんなに真面目にやりたくないなら、徹底的に痛めつけます」

 

 そう言って、再び突進。キンジは一つ嘆息し、どこから攻撃されてもいいように、防御重視で構える。子猫は助走をつけ、ーージャンプをしながら回し蹴りを仕掛けてきた。

 

(マジかよッ!?)

 

 目標はキンジの側頭部。小柄故に考えついたことだろうが、ジャンプの時の反動でスカートが捲り上がった。白い単色の下着。慌てて眼を背けようとしたが、そんなものは無意味で、バッチリと見えてしまっている。

 

 これはキンジ自身無自覚なことであるが、キンジは、とある理由から小柄な女性でのヒス化がなりやすくなっており、尚且つ、女性に対しての免疫が限りなく低いことから、単純なことで『ヒステリアモード』なってしまう。普段から女性を避けているのはその所為でもあるのだが、今回は完全に失敗した。

 

 子猫は小柄であり、何度も拳を重ねたり、躱すために身体に触れてしまうこともあった。女性特有の柔らかい身体っていうことも理解している。女性経験の全くないキンジ。

 

 簡単に言えば、なってしまった(・・・・・・・)

 

 子猫の渾身の蹴りを片手で受け止める。そればかりか、その足を引き、子猫の軽い身体を上に放り投げ、優しく抱きとめた。

 

 所謂、お姫様抱っこである。雰囲気も普段のキンジとは変わっており、微笑を浮かべていた。

 

 いきなりの変化に戸惑う子猫に、キンジは優しく声をかける。

 

「ちゃんと相手できなくて悪かったね。でも大丈夫。これからはしっかりと相手しよう」

 

 そう言って子猫を下に下ろす。そして、キンジは無手で構えた。子猫もキンジの並ならぬ気配に警戒し、一度距離をとる。

 

 互いの距離は3メートルほど。キンジと子猫なら一歩で自分の攻撃範囲に持ち込める距離。警戒し、動くべきタイミングを待つ子猫に、微笑を浮かべて佇むキンジ。その顔に緊張感は一切なく、されど、隙は一切見当たらない。

 

(……別人格、ですか?)

 

 そう考えていいほどキンジの変化は大きかった。いつもなら少し暗い雰囲気を出すのだが、今のキンジからそういう雰囲気は全くしない。表情も穏やかだ。

 

 漸く修行らしくなってきたと、子猫は姿勢を低くし、地面を踏み込んだ。

 

(……行きます!)

 

 さっきと同じくキンジの懐に潜り込み、重い打撃を与えようと拳を握り込む。しかし、それが叶うことはなかった。

 

「同じ手は悪手だよ。これが実戦だったら危なかったね」

 

 そう言いながらキンジが行ったのは、懐に入ってきた子猫の股下に片足をつき、その場から子猫側に傾くこと。それにより、攻撃のスペースを阻害された子猫は、攻撃の動作に急激なバックギアをかけてしまい、踏み止まってしまう。重心もやや後ろ気味になり、そこを狙ったキンジが子猫の頭を軽く押すだけでバランスを崩してしまった。

 

 自分の身に何が起きたのか理解できず、仰向けに倒れそうになる子猫の背に手を伸ばして支える。

 

「驚いたかい?普通の相手ならこんな技術は使ってこないだろうけど、どんな強敵が出てくるか分からないからね」

 

 子猫を立たせ、また距離をとるキンジ。子猫の頬に一筋の汗が流れる。キンジが言った通り、これが実戦だったらと思うと、その次の相手からの一手で子猫は命を落としていたかもしれないからだ。

 

 同時に、俄然としてやる気が出てきた。

 

「さぁ、もう一度やろうか」

「……はい!」

 

 

 

 

 甲高い音が鳴り響き、もはや何十本目か分からない魔剣が刀身を切断された。周辺の地形は歪にその姿を変えていた。その中心で片膝をつき、服もボロボロ、身体も傷だらけなのは結菜。呼吸が乱れ、満身創痍にも見える。その正面で安物の包丁を肩に乗せ、結菜を見下ろすのは切彦。服装には一切の乱れもなく、呼吸も正常で疲れている様子は一切ない。

 

「もう終わりか?魔剣使いさんよ」

「くッ……まだまだッ!『魔剣創造』!」

 

 新たな魔剣を創り出し、『騎士』の特性であるスピードを駆使して切彦の真横から一閃。姿が霞むほどの速度でありながら、切彦は余裕の表情で包丁を振るい、結菜の魔剣と切り結ぶ。剣圧による衝撃波が大地を奔る。綺麗な重心移動からの両手での一閃だ。結菜の渾身の一撃である。それに対し、切彦はただ腕を振っただけ。視線すら向けていない。

 

 それだけでも力の差は歴然。強張った顔の結菜と涼しい顔の切彦。そのまま鍔迫り合いが続くと思いきや、切彦が結菜に顔を向け、

 

「躱せよ」

 

 その言葉に悪寒を感じた結菜は咄嗟に剣を手放し、バックステップで距離を稼ごうとしたが、それよりも圧倒的に疾い斬撃が結菜の剣を真っ二つにし、その剣圧で結菜は後方に吹き飛ばされた。

 

 剣を掴んでいた両手が痺れ、まともに受け身もとれず、地面に叩きつけられる結菜。何度も咳き込み、それでも立ち上がるが、目の前まで近づいてきた切彦が結菜の首に包丁を突きつけた。

 

「チェックメイト。まだまだ甘いな」

「……切彦ちゃん強すぎないかな?」

「まぁな。一応、家を継いだ身だからよ」

「なるほど。遠いね」

 

 包丁を遠ざけ、軽く伸びをする切彦。

 

「さ、どっからでもかかってこいよ。まだまだやれんだろ?」

「勿論」

 

 新たな魔剣を創り、構える。切彦は包丁を持った右手をぶら下げ、一切力の入っていないリラックス状態をつくり、左手をポケットに入れて仁王立ち。

 

 一瞬の間の後、2人の姿は同時に掻き消えた。

 

 結菜が切彦正面から剣を振るうが、それを遥かに超える速度で結菜の斜め後ろまで踏み込んだ切彦が振り向きざまに包丁を凪いだ。

 

 もう一本の魔剣を創り出し、防御に使うが、拮抗することなく一瞬で砕け散る。その剣圧で1メートルほど後退るが、それを機に手を地面に翳した。

 

「『魔剣創造』!!」

 

 直後、地面から無数の魔剣が突き出し、切彦に襲いかかった。しかし、切彦は慌てることなくバックステップで範囲外に逃れる。その間に両手に新たな魔剣を創り出す結菜。

 

 それを見た切彦が、一度の跳躍で魔剣の群を飛び越え、結菜に切り掛かるが、両手の魔剣で迎えうつ。

 

 切彦の素人感丸出しの雑な剣戟。しかしながら、一撃一撃が必殺な上、動きが疾すぎる。まだまだ手加減しているのだろう。防御に徹することでなんとか捌くことができるが、攻めなければ戦いには勝てない。

 

 切彦が一際大きく踏み込み、その凶刃を放った。両手の魔剣が両方真っ二つにされ、返す刃が襲ってくる瞬間に、結菜は速度を重視した創造を行い、地面から1本の魔剣を切彦に向けて突き出す。本来は無数なのに対し、1本。紛れもなく結菜の中で最速を誇る一手。

 

(ちったぁ考えたじゃねぇか!)

 

 それでも切彦の刃は正確にその魔剣を破壊する。それを予想していた結菜は、間髪を容れずに魔剣を創造し、両手で全力の一振りをした。

 

 無論、切彦は防御したが、その軽い身体を遠ざけるには十分過ぎる威力だった。地面を浅く削りながら後退する切彦。

 

「ハァ…ハァ…結構いける気がしたんだけどね」

「否定はしねぇよ。こっちも予想外だったしな」

 

 呼吸を整えながら、されど如何なる動きにも対応できるよう全神経を集中させて。

 

「あんなことができるなんてな。『神器』ってのは意外と万能型らしい。でもよ、まだ実りきってないよな?俺が本気でやり合いたいのは『禁手』に至った奴なんだよ。イッセーのことを見ていると、さぞかし強いんだろうなって思うし」

「そこまで知ってるなんてね。ボクも早く『禁手』に至りたいよ。そうすれば、君の本気を見られるかもしれないからね」

「そう簡単に追いつかせはしねぇよ。ま、せめてもっと上質な刃物をオレに使わせるぐらいにならないと話にならないな」

「うっ……切彦ちゃんってビシビシ痛いところついてくるよね」

 

 容赦の無い言葉に結菜は軽く頬を膨らます。しかし、切彦の言葉は正論のため、返す言葉もないが。

 

「休憩はこんなもんでいいか。さっさと構えろ。漸く乗ってきたところだからよ」

「え?乗ってきたって?どういうこと?」

「準備運動にはもってこいだったぜ?次から本格的に行くぞ」

 

 みるみる結菜の顔色が青くなっていく。それもそうだ、本気の結菜の攻撃を難なくいなし、何度も負かしながら、今までのが準備運動だというのだ。つまり、陸上で例えるなら軽いジョグ。剣道で例えるなら素振り。その程度だったということだ。

 

「どうした?さっさとしろよ。っていうか、何で顔色悪くしてんだ?」

 

 何も答えない結菜に片眉を上げて切彦が問いかけるが、結菜は何も返さない。小首を傾げながら、まぁいいやと包丁を軽く振り、

 

「よし、始めるか」

 

 そこから暫く、結菜の悲鳴が途絶えることはなかった。

 

 

 

 

 アーシアが修行の大半を終え、朱乃とともに夕食を作っている頃、見事ボロボロになったイッセーたちが帰ってきた。

 

 イッセーは全身打撲のような跡が絶えず、結菜は切り傷が絶えず、キンジは羞恥心が絶えないようだ。イッセーと結菜は見るからに疲労困憊状態。キンジにいたっては、壊れたように独り言を呟いている。後ろでは夕乃と切彦はやりすぎたと反省しているようだ。子猫だけはキンジの様子に小首を傾げているが。

 

 痛々しいイッセーたちに困ったように笑う朱乃。アーシアは料理を中断し、イッセーと結菜の回復に専念することにした。心の痛みまでは癒すことができないため、キンジには何もできない。

 

(何故、ヒスッた俺はあんな感じになっちまうんだ……)

 

 己自身に絶望を感じるキンジは夕食まで自室で休むことになり、力無い背中を見送ったイッセーたちは、その背に同情の視線を向けることしかできなかった。

 

「傷はだいぶ無くなったと思うんですが……」

「あぁ、ありがとうアーシア」

「ごめんね、アーシアさんも修行で疲れてるのに……」

「そんな気にしなくても大丈夫ですよ。みなさんほどハードな修行ではなかったので」

 

 その言葉に、朱乃は確かにと独り頷いた。何とも分かりやすく夕乃と切彦は顔を背けている。傷が完治したイッセーと結菜は身体の調子を軽く確かめるが、どこにも異常はない。

 

 もう一度アーシアに礼を言い、イッセーと結菜はキンジと同じく夕食まで部屋で休みに行く。出て行く際に、入れ違いのようにリアスが入ってきた。

 

 朱乃とアーシアは料理を再開し、夕乃と切彦は椅子に腰掛ける。

 

「初日から随分と追い込んだわね。これから夜の修行だというのに……」

 

 少々呆れのはいったリアスの言葉に、眼を泳がせる夕乃と切彦。朱乃とアーシアは苦笑いを浮かべる。

 

「まぁいいわ。ちょっと意見を聞きたいのだけど、イッセーはレーティングゲームで力を発揮できそうかしら?」

「そうですね。生身での実力は相当ついてきてます。初めて一撃を入れられたので。『赤龍帝の籠手』の方は分かりませんが」

「一撃ってことは、あれだけ轟音を響かせ、そのほとんどがあなたの攻撃だったと。イッセーもよく死ななかったわね」

「……反省はしています」

 

 さて、と切彦に眼を向けるリアス。切彦は眼を泳がせて逃げようとするが、逃げ切れないことぐらいは分かっているため、大人しく白状する。

 

「……しーいずうぃーく。まだまだ甘さがありました」

「そう、あの結菜が一回も触れられないくらいだし、あなたの実力は私でも未知数だわ。でも、あまりやりすぎてはダメよ?」

「……すいません」

「よろしい」

 

 そこへ、アーシアから声がかかった。

 

「部長さんは今日何の修行をしていたんですか?」

 

 料理を作る手を休めず、リアスに問うアーシア。

 

「修行っていうほどでもないけど、ずっとこれをやってたわ」

 

 そう言って持っていたノートを掲げるリアス。表紙には何も書いていないため、それだけでは分からないが、所々に細かく付箋などが貼ってあり、分厚く膨らんで1つの研究日誌のようになっていた。

 

「今更悪足搔きも良いところだけど、せめて、ライザーの隙をつける戦術を1つくらいは考えなきゃね」

 

 リアスはリアスなりにこのレーティングゲームを勝つための準備を進めていた。今日の約半日を戦術を考えるために使い、そのために必要な力を、この期間でイッセーたちに身につけて欲しいのだ。

 

「ライザーとの戦いは、堕天使レイナーレの時とは別次元の戦いとなるわ。今回の修行で、みんなにはまた1つ成長してもらいたいの」

 

 リアスの言葉は、自分のことのみならず、眷族全員のことを考慮した言葉だった。グレモリー家は情の深い悪魔の家系と再び理解させられる。

 

「あらあら。これはアーシアちゃんもみんなに負けずに頑張らなければいけませんわね」

「はい!」

 

 朱乃が微笑みを浮かべながらアーシアの頭を撫でる。アーシアが笑顔を浮かべて大きく返事するのを、リアスたちは微笑ましそうに見ていた。

 

 

 

 修行は順調すぎるほど効率良く進み、最終日の前日までで、イッセーは倍加せずに夕乃と1分程度なら対峙出来るようになり、朱乃の監督のもと、まだ少しだけだが魔力を扱っての攻撃も使えるようになった。

 

 子猫は近接戦でのカウンター技が上達し、まだ甘いがキンジからライザー戦では活躍できるとお墨付きだ。尚、キンジは毎晩枕に顔を埋め、羞恥心で悶え苦しんでいた。

 

 結菜は切彦との模擬戦で、さらなる速度を手に入れた。また、『魔剣創造』の速度も上昇し、そこから流れるような動作で相手を切り伏せることが可能となった。

 

 アーシアはイッセーとともに魔力を扱う修行で、イッセーよりも長けた魔力の扱いができ、自衛程度だが攻撃魔法や防御魔法を覚え、『聖母の微笑』の回復速度の上昇、また、『聖母の微笑』の光をある程度の距離まで飛ばすことが可能となった。

 

 限られた期間の中で、最高ラインの成長だろう。これ以上は流石に時間が足りない。それでも、リアスは予想を遥かに凌駕する成長ぶりに満足していた。

 

 

 

 そして、修行最終日前日の夜。リアスは1人、リビングで戦術を纏めていた。考えをする時は眼鏡をかけた方が頭が回転する気がするため、眼鏡をかけながら戦術ノートを確認している。

 

 そこに、1つの足音。水を飲みに来たらしいイッセーがリアスを見つけた。

 

「部長の起きていたんですか」

「えぇ。丁度良いわ。少しお話しましょうイッセー」

「それはいいですけど、部長って眼が悪いんですか?」

「これは気分的なものよ。眼鏡をかけていると頭がよく回る気がするの。フフッ、人間界での生活が長い証拠ね」

 

 イッセーはリアスの隣に座り、リアスの戦術ノートに眼を走らせる。そこには数々のフォーメーションが纏められ、1つ1つの作戦について事細かく書き記されていた。どれもよく考えられた内容だ。しかし、イッセーは難しい顔をし、リアスの顔に視線を移すと、リアスは軽く肩を竦める。

 

「分かっているのよ。この戦術がなんの気休めにもならないことはね」

「フェニックスで大体の予想はついています。……不死身、なんですよね。ライザーは」

 

 意外そうな顔をするリアス。それもそうだろう。リアスから言おうとしていたことを、イッセーが既に知っていたからだ。

 

(施設の誰かの入知恵もありそうね。フェニックスの名は有名だし、悪魔のフェニックスもほとんど能力の差異は無いからそんなに難しい内容でもないもの)

 

 夕乃辺りからも何か言われていそうだとリアスは自嘲気味に笑みを浮かべる。

 

「なら、今回の戦いが厳しい戦いになることも分かるわね?」

「はい。俺自身、勝率は良くても五分無いと思っています」

 

 とても現実的な数字だ。ここまで修行でレベルを上げても、同じ土俵に立つことすらできていない。しかも、それの大部分を占めているのが不死の存在。今更勝負を受けたことに後悔はないが、こうも現実を突きつけられると、いくらリアスでも顔が僅かに曇る。

 

 そこに、でも、とイッセーが言葉を紡いだ。

 

「たとえ不死だろうと、俺は主人である部長の『兵士』として、勝利を掴み取ります。俺の日常から部長が消えるのは断固として嫌です。俺がここに居られるのは、リアス部長のおかげですから」

 

 瞳の奥の揺るぎない意思。真っ直ぐな視線でリアスを見つめる。不意に心臓が大きく脈打ち、頬が赤くなるのをリアスは感じた。初めて芽生えた感情に、鼓動が早くなる。さっきまでの不安が一瞬で吹き飛ばす何かが、その言葉の中にあった。

 

(これって……もしかして……)

 

 どんな男性にも感じなかった感情を上手く表現できないリアス。ただ、それがとても心地いい。

 

「部長、顔が赤いですけど大丈夫ですか?もしかして調子が悪いとか?」

「あ、だ、大丈夫よ。どこも悪くないわ。むしろ、良くなったかも」

 

 珍しく取り乱すリアスに、訝しげな表情をするイッセー。それでも、本人が大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろうと割り切る。

 

「それで、1つ聞きたいこと、それの内容によっては頼みたいことがあるんです」

「何かしら?遠慮せずに言っていいわよ」

「俺の勘違いであったならば謝ります。では……部長は俺の力を封印とかしていませんか?前まで使えた『禁手化』ができなくなってまして」

 

 直後、リアスの眼が細くなった。纏う雰囲気も、先ほどとは真逆になり、難しそうな顔になる。

 

「……だとしたらどうする?」

「できれば、それを解いてほしいです」

 

 即答する。当たり前だ。リアスも分かっているようで、困ったように嘆息しながら片手で額を抑える。

 

「確かに、私はイッセーの身体に封印をしたわ。イッセー自身の力が強すぎてね」

「というと?」

「簡単に言えば、『悪魔の駒』が身体に馴染んでいない時から強すぎる力を持つと、駒がその力に耐えきれなくなって肉体諸共消滅してしまう可能性があるのよ。追々話そうとは思っていたけれど、やっぱり気づいてたのね」

 

 頭痛に悩むように額を揉み解しながら、リアスは言葉を続けた。

 

「本来なら、数日程度で馴染むのだけど、流石は赤龍帝のみならず、複数の力を持つ人材だわ。まだ時間がかかりそうなのよ。封印自体も多重にかけて漸く抑えることに成功したし。いくつかは解けても、全ては解けないわね」

「つまり、次のゲームまでに『禁手化』を取り戻すことは不可能ということですか」

「そういうことよ。黙っててごめんなさい」

 

 リアスは素直に頭を下げる。イッセーとしては、何か理由があるものだと理解していたし、悪気があってしているわけではないと分かっていたので、即座に頭を上げさせた。

 

「封印した理由は理解しました。早めに馴染むよう、俺も努力します。そろそろ明日に備えて寝ることにしますね。お疲れ様でした」

 

 そう言って椅子から立ち上がる。その様子を見ていたリアスは、口から溢れるように言葉を発した。

 

「……本当にあなたって優しいのね」

「……俺はただの弱い存在ですよ。優しくもなんともない、自分のために力を求める弱者です」

 

 返ってきたのは自虐。そのままリアスの返事を待たず、背を向けて部屋に向かうイッセー。その背中が見えなくなるまで見つめたリアスは、誰もいなくなったリビングで1人呟く。

 

「優しいわよ。だって、あなたは私を『グレモリー』ではなく、『リアス』として接してくれるから」

 

 リアスの本心を聞く者は誰一人していない。

 

 決戦の日は、もうすぐそこまできている。




ご感想、誤字脱字等のご指摘どうぞよろしくお願いします。

いつも読んでくれる皆様に感謝を。

では、また次回でお会いしましょう。


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初陣

どうも虹好きです。

遅れるはずだったんですけどね……随分とスムーズに進みまして。

タイトル通り戦闘なんですけど、序盤からやたらと飛ばしていきます。

それでは本編お楽しみください。


 修行は無事に終わり、今日はライザーとのレーティングゲームで、リアスの人生をかけた一世一代の大勝負の日だ。ゲームまでの残り時間は2時間を切り、イッセーは部室に行くための準備をしていた。レーティングゲームは基本的に、その眷属の正装で行われるらしく、リアスには好きな服装で良いと言われたが、イッセーは学園の制服に身を包んだ。

 

「ドライグ、解放された力はどれくらいか分かるか?」

 

 修行の最終日に、イッセーはリアスから施された封印をいくつか解いてもらっていた。全盛期の頃から比べると、まだ足りない感じもするが、ある程度力は戻った気がしている。だが、ドライグからの返答は少しばかり重いものだった。

 

『……正直、まだ『禁手化』は難しいだろうな。それでも、かなりの力は戻っているはずだ。あと一押しというところだが、今回は間に合いそうにない』

「そうか。まぁ、仕方ないかな」

『俺だけならば今の状態でも『禁手化』できるんだがな。いかんせん、他の2つの影響が大きいようだ』

 

 そんな会話の最中、扉をノックする音が部屋に響いた。

 

「イッセーさん。お邪魔してもよろしいですか?」

「アーシア?どうぞ」

 

 扉の先にいたのはシスターの格好をしたアーシアだった。アーシアはこの格好で戦闘に臨むようだ。部屋に招き入れ、2人でベットに腰掛ける。

 

「突然すいません」

「別に大丈夫だよ。怖いんだろ?戦いが」

「はい……」

 

 アーシアの身体が震えていることに気づいていたイッセーは、なるべく優しげに声をかけ、頭を撫でた。いままで戦いとは無縁の生活をしていたアーシアだ。初めての戦いに多大な緊張と不安を抱えている。その不安を少しでも拭えればと、イッセーは少しの間、アーシアの頭を撫で続けた。

 

 夕乃たちも理解しているのだろう。扉の向こうから気配がするが、いつものように入らず、空気を壊さないようにしていた。

 

 数分程度だが、アーシアの震えは止まり、しっかりとした表情でベットから立ち上がる。

 

「ありがとうございました。そろそろですよね?」

「あぁ。行こうか」

 

 笑顔で、されど静かに闘志を燃やしつつアーシアとともに部屋を出ると、キンジと切彦、そして夕乃が待っていた。2名が若干不機嫌そうだが気にしない。

 

 玄関まで行くと、静雄と岡部がおり、ジョーカーはリビングから顔を覗かせていた。

 

「全力でやって来い」

「修行でさらに一皮剥けているようだからな。結果を楽しみにしていよう」

「折角修行したんやし、一泡吹かしてやるんやで」

「頑張ってきます」

 

 3人からの激励。これは負けられないと一層気合を入れる。レーティングゲーム開始まで、残り1時間半を切った。

 

 

 

 オカルト研究部の部室内では、それぞれがそれぞれのやり方でリラックスしていた。結菜と子猫は全力装備で本気の雰囲気を漂わせている。

 

 メンバーだが眷属ではないため、ゲームに不参加のキンジと夕乃と切彦は、グレイフィアから観客席の提供がされ、ゲームを観戦するらしい。

 

(もう1人の『僧侶』はやはり出られないのか)

 

 修行の最終日、イッセーはリアスからもう1人の『僧侶』の存在を聞いていた。この旧校舎に厳重な封印が施されている場所があるのだが、その中にいるらしい。何でも、能力は強力だが制御が不安定のため、能力が暴走するとか。この戦いにも参加できないとなると、イッセー並に危険な存在なのかもしれない。

 

 刻々と時間は過ぎていき、ゲーム開始10分前になった時、部室内の転移陣が光りだし、グレイフィアが現れた。

 

「みなさま、準備はお済みになられましたか?開始10分前です」

 

 全員が立ち上がり、それを確認したグレイフィアは説明を始める。

 

「開始時間になりましたら、みなさまを別の異空間へと転送いたします。戦闘用に作られたフィールドなので、どんなに暴れられても大丈夫です」

 

 その言葉に、少なからず安堵するイッセー。もしこれが街中だったりしたら、イッセーは周囲を考慮し、全力で戦えないからだ。

 

 イッセーが本気を出せば、そこら辺の建物など一瞬で消し飛ばすことが可能だろう。『赤龍帝の籠手』の力があればその範囲はさらに広がるため、イッセーの存在はなかなか危険な立ち位置にいるのだ。

 

 だが、異空間で好きに暴れられるとなると、力の出し惜しみをする必要がない。無論、殺さないよう心掛けるが。

 

「今回の『レーティングゲーム』は両家のみなさまも他の場所から中継でフィールドでの戦闘をご覧になられます」

 

 今回の戦いは非公式の、それも御家同士のいざこざで行われるもののため、これも当たり前だろう。

 

「また、魔王であるサーゼクス・ルシファー様もご覧になられます」

 

 リアスの眉が僅かに動いた。

 

「そう、お兄様も来るのね」

 

 一瞬の沈黙。それは仕方が無い。なんせ、いきなり魔王をお兄様と自分の主が言い始めたのだから。悪魔に転生したばかりのイッセーたちはその事実を知らない、というか知らされていなかった。声に出して驚きこそしなかったが、イッセーたちは時が止まったように動かなくなってしまった。

 

(おいおいおいおい、魔王様ってあれか?簡単に言えば悪魔の長だろ?そんな奴を兄に持った妹の眷属になっちまったのかイッセーは)

(……魔王って強いんですか?)

(リアスさんって実は貴族の中でもかなり上の爵位を持つ御令嬢だったんですね)

(えっと……これは喜べば良いのでしょうか……)

(そりゃあ部長と婚約をしたがる輩が殺到するわけだ)

 

 少しばかり思考が遠くに行きそうになったが、今は目の前の勝負に集中するため、多少無理して思考を変える。

 

「イッセー君たちは知らないよね?部長のお兄さんが魔王様っていうのは」

「まぁ、知らなかったけど、それは後からいくらでも聞けるからいいよ。今は先にするべきことがあるし」

「真面目なイッセー君らしいね」

 

 集中しているため、少々淡白な反応になってしまったかと思ったが、結菜は気にせず微笑んでいた。こういうところが男女問わずに結菜が人気な理由の一つだろう。

 

 軽い雑談を交えているうちに、時間はどんどん過ぎていき開始時間となった。グレイフィアが全員に声をかける。

 

「では、時間となりましたのでみなさまを戦闘フィールドへ案内いたします」

 

 部室内を眩い光が包み込み、イッセーたちは異空間へと転移した。

 

 

 

 眼を開けると、そこには先ほどと何も変わらない部室が広がっており、周囲を見回すとリアスたちも同じく部室にいた。キンジたちの姿はないため、この空間が異空間に創られた戦闘フィールドなのだろう。窓に向かい、外を見てみると、空が白く変色している以外は駒王学園の校内そのものだった。

 

 そこに、校内放送からグレイフィアのアナウンスが響く。

 

『みなさま、この度グレモリー家、フェニックス家による『レーティングゲーム』での審判役を担うこととなりました。グレモリー家の使用人、グレイフィアでございます』

 

 そこからそれぞれの陣営について説明された。リアスは旧校舎のオカルト研究部部室、ライザーは新校舎の生徒会室が本陣であり、『兵士』が『プロモーション』を行う際は相手の本陣の周辺まで赴けとのこと。

 

 一通りの説明が終わった後、リアスから小型通信機を渡され、そのタイミングでゲームスタートの合図であろう学校の鐘が鳴り響いた。

 

『ゲームスタートです。なお、制限時間は人間界の夜明けまでとさせていただきます』

 

 リアスの人生を賭けたレーティングゲームが始まる。

 

 

 

「さて、まずはライザーの『兵士』を撃破しないといけないわね」

「全員に『プロモーション』されると厄介ですしね」

 

 部室のテーブルの上に学園内の地図を広げ、要所に印をつけていくリアス。『レーティングゲーム』はチェス同様長時間をかけて行われることが常だ。短期決戦はほとんどなく、互いに策略を練って兵をぶつけ合う。

 

 ライザー側もそう簡単には動かないだろうと、リアスは少し策に時間をかけ、じっくりと戦略を練っていた。

 

 グループを分け、結菜を森へ、イッセーと子猫を体育館へ、朱乃は上空へと細かく指示を出しながら言い渡していく。リアス自身はアーシアと本陣に残り、徹底防御。この中で一番先頭に出るのはイッセーと子猫となる。

 

 詳しく作戦を説明されたイッセーと子猫は大きく頷き、それを確認したリアスは時間を見てみる。

 

 開始から約15分。ライザー側も動き始めていると考えていいはずだ。

 

 初陣を華々しく飾るため、みんなに喝を入れるように声を張り上げて言う。

 

「よし、みんな手筈通りにお願いね。さぁ、私たちの力でライザーを消しとばしてあげましょう!!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 

 

 キンジたちはグレイフィアに用意された特別なVIP席のモニターからリアスとライザーのゲームの様子を見守っていたが、両陣が動き出したところでキンジはリアスの作戦を軽く考え、感心していた。

 

(あの配置だと、イッセーと子猫が先陣を切り、初手から重戦力を投入したと相手に思わせることができる。だが、多分本命は朱乃先輩だな)

 

 切彦も同じことを考えていたが、同時に、そこまでする必要があるかとも考えていた。

 

 ライザーは『兵士』を3人、『戦車』を1人体育館に設置している。一箇所にそこそこの人数だが、イッセーと子猫の腕なら、ライザーの眷属相手なら複数人相手だろうと倒し切ることが可能だと思ったからだ。

 

(……相手の裏をかく手を考えているんでしょうね)

 

 夕乃は静かにモニターを見据えており、その中で要となるであろう人物の動きを俊敏に追っていた。

 

 ……主に1人を徹底して見ているようにもみえるが。

 

 

 

 イッセーと子猫は体育館の裏口から忍び込むように入っている最中だった。

 

「本当に1人で任せて大丈夫だったのか?」

「……結菜先輩ですか?朱乃先輩が幻術をかけてくれましたし、ライザー側も投入するとすれば『兵士』だけだと思うので、結菜先輩の力なら無傷で倒せます」

「なら安心だ。おっと、分かりやすく侵入したとはいえ、全員に気づかれるなんてな」

 

 体育館内にいるのは4人。意識が全てイッセーと子猫に向いているため、コソコソ隠れずに堂々と出て行く。

 

 そこにいたのは チャイナドレスの女性と小柄な双子、棍を構えた少女だ。チャイナドレスの女性が『戦車』でそれ以外が『兵士』。棍を構えながらイッセーに鋭い視線をぶつける少女はライザーとリアスの会合でイッセーに襲いかかり、まともに相手をされなかったミラという子であった。

 

「……イッセー先輩は『兵士』をお願いします。3対1で少し相手が多いですが……」

「気にしなくて良いよ」

 

 子猫の笑みを返し、それで安心させながら軽く腕を回しながら『兵士』である3人の前に立つ。

 

 子猫にはチャイナドレスの女性が中国拳法らしきもので襲いかかっており、子猫は落ち着いてそれを捌いていた。

 

(あれなら大丈夫だな)

 

 余所見をしながら子猫の様子に安堵しているイッセーに、ミラが怒号をぶつける。

 

「余所見とは余裕の表れですか!?この前のようにはいきません!!」

 

 そう言ってイッセーに突進を仕掛けてくるが、正直すぎる攻撃にイッセーは半身になるだけで躱してしまい、ガラ空きのおでこにデコピンをして隙をつくる。

 

「ふゆっ!?」

 

 変な声を上げながら軽く仰け反るミラの左右から、挟み込むように双子がチェンソーを構えて切り掛かってきた。

 

「1人でダメなら!」

「2人ならどうかしら!」

 

 首と足を狙って真横に綺麗に振られるチェンソー。このゲームは殺し御法度のはずと、今はどうでもいい思考を巡らせながらーー首に迫る刃は拳で、足に迫る刃は足裏でそれぞれ刃の側面を正確に打ち、軌道をズラすついでに双子がバランスを崩した瞬間を狙ってチェンソーを破壊した。

 

 そして、なるべく優しく双子の鳩尾に拳打を加え、すぐには動けない程度のダメージを与える。刹那の攻防に、ミラは今自分が見た現実を否定したくなった。

 

(こんなのに勝てるわけないじゃない!私たちの眷属の中でこの男に勝る実力者はライザー様くらいしかーー)

 

 その思考が最後まで続くことはなかった。イッセーが最低限の動きでミラの懐に踏み込み、蹴りを放ち、ミラは両腕をクロスして防御したからだ。思考する時間すらイッセーは与えない。『神器』すら使わずに、生身の身体で3人を圧倒する。

 

 子猫もチャイナドレスの女性を大きく後方に吹き飛ばしたのを見て、イッセーは素早く体育館の中央口まで走り出した。子猫もそれについていく。端から見ても全力で戦線を離脱しようとしていた。4対2でも十分な戦い振りだったのにもかかわらずだ。

 

 突然の行動に呆気にとられるライザー眷属だが、その理由を察する頃には全てが遅かった。イッセーと子猫が全力で中央口から外へ飛び出したのとほぼ同時に、強大な雷の柱が体育館を跡形もなく破壊したからだ。大きな破砕音が辺りを支配する。

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士』3名、『戦車』1名戦闘不能!』

 

 グレイフィアの放送がフィールド中に響き、それを聞いた朱乃が一言。

 

「撃破」

 

 かなりの大技なのだろう。肩で息をしている様子から、連発はできない。この破壊規模だと魔力の残量的に撃てて後1、2回というところか。以前結菜から聞いた、"雷の巫女"という二つ名は伊達じゃない。

 

『みんな聞こえる?朱乃が派手なのを決めてくれたわ。でも、魔力の消耗が激しいから連発は不可能よ。朱乃の魔力が回復ししだい、私たちも出るからそれまで各自でお願いね』

 

 通信機からリアスの声が聞こえ、子猫と一緒に頷く。初撃で4人を撃破したのは大きいが、相変わらず人数負けしているため油断大敵だ。

 

 そのままいざ子猫と次のポイントまで行こうとした時、イッセーは悪寒を感じ、急いで子猫を抱き締めその場に屈んだ。

 

「……先輩!?ーーっ!」

 

 いきなりの行為に驚いた子猫だが、直後襲い掛かる爆撃に思わず舌打ちをしそうになった。子猫には一切攻撃が通っていない。イッセーがその背で全て受け止めているからだ。

 

 連続で聞こえる爆発音。

 

「くっ……」

 

 いくら崩月で鍛えているとはいえ、こうも強力な攻撃を連発されればイッセーでも体力は勢いよく減ってしまう。顔を顰め、苦悶の声を上げるが、それでも子猫だけには攻撃が届かないように自分の身体で最後まで防ぎきった。

 

 砂埃が舞い散り、攻撃が止んだのを確認してからゆっくりと子猫を離すイッセー。イッセーの制服は背中の部分がほぼ消え、傷だらけとなっていた。

 

「……イッセー先輩」

「俺は大丈夫だ。どこか怪我は?」

「……先輩のお蔭でどこも。でも、先輩が……」

 

 自分のせいで傷ついたイッセーに泣きそうな表情をする子猫。あの爆撃は一つ一つが確実にこちらに大ダメージを与える威力であり、倍加も使わずに生身で受け続けたイッセーは、今こうして無事なだけでも奇跡に近いのだ。かく言うイッセーも、気丈に微笑んではいるが、大幅に体力を削られたことに変わりはなかった。

 

「そんな表情しないでくれ子猫ちゃん。まだ俺は戦闘不能じゃないだろ?」

「……はい」

 

 優しく子猫の頭を撫でながらそう言うと、子猫もまだ涙目だが頷いてくれた。

 

 イッセーは上空からの気配に警戒しながら立ち上がる。少しフラつくが、まだ倒れるほどではない。相手は砂埃が収まるのを待っているのか、魔力を溜めたまま動かない。

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士』3名戦闘不能!』

 

 そこに響くグレイフィアの放送。どうやら、結菜が倒したらしい。それを聞きながら、イッセーは自分の行動を考えた。

 

(さっきの威力から考えると、相手の『女王』が攻めてきたってところか……序盤から戦場を荒らしてくれる。できれば後半まで温存しておきたかったけど、やるぞドライグ)

 

『Boost!!』

 

『赤龍帝の籠手』を出現させ、倍加を始める。子猫もイッセーの隣で上空にいる相手を睨んでいた。

 

 砂埃が消え、上空で佇んでいたのはフードを被り、魔導師の格好をした女性。ライザーの『女王』だった。その瞳は面白そうな物を見つめるもので、不敵に笑いながらイッセーと子猫に声をかける。

 

「2人とも撃破する気で放ったつもりだったのだけど、あなたなかなかやるわね『兵士』の坊や」

「あんたの爆発もかなり効いたよライザーの『女王』」

 

 イッセーは首を鳴らしながら応え、こちらに向かってきている朱乃を見つけると子猫に声をかけた。

 

「子猫ちゃん、あいつは俺が止めるから朱乃さんと次のポイントに行ってくれ。あの人もまだ魔力が回復しきっていないから時間を稼ぐよ」

「……先輩は、大丈夫ですよね?」

「あぁ、ちゃんと後から追いつくよ」

 

 その言葉に子猫は強く頷き、朱乃の方へと走り去る。ライザーの『女王』はそれをただ見送るのみ。攻撃をしようにも、その瞬間にイッセーから瀕死の一撃を与えられそうで、そちらを警戒したからだ。それほどのプレッシャーをイッセーは全身から放っている。それにーー

 

『Boost!!』

 

 ーー今ので3度目の倍加。自慢の爆撃を生身で受け切った存在をこれ以上強化させるなと、ライザーの『女王』の第六感が全力で頭の中に危険信号を流しているからでもあった。

 

(やはり、この坊やが一番の強敵ね。ライザー様のためにも、ここで散ってもらうわ!!)

 

 頬に一筋の汗を垂らしながら、爆撃の準備をするライザーの『女王』。朱乃は助けに入ろうとしたが、イッセーの雰囲気を感じ、子猫とともに次のポイントまで行った。

 

「さて、やる前に名乗ろうかしら」

「名乗る程度の実力はあると認められたってことで喜ぶべき?」

「そうね。私の名はライザー・フェニックス眷属の『女王』ユーベルーナ」

「リアス・グレモリー眷属の『兵士』兵藤一誠」

 

『Boost!!』

 

 ーー4度目の倍加。イッセーは眼を瞑り、軽く息を吐く。

 

(行くぞ、ドライグ)

 

『Explosion!!』

 

 イッセーに呼応するように輝く籠手の宝玉。音声とともに全身に流れる4度分の倍加の力。力の上がりようを目の前で見たユーベルーナは自分の腕が震えていることに気づいた。

 

(これは、恐怖?まさか、ここまでとはね)

 

 紅いオーラが身体から溢れるイッセー。上空のユーベルーナを真っ直ぐに見据え、地面を踏み締める。

 

「行くぞ」

 

 刹那、イッセーの姿が消え、地面に小さなクレーターを作りながら一直線にユーベルーナへと突っ込んだ。速さに驚きこそしたが、それでも流石はライザーの『女王』。油断せずにイッセーへと質量を調節した大きめの爆撃を放った。

 

 空中にてぶつかる拳と爆発の嵐。その余波は駒王学園のレプリカのみならず、異空間全体まで及び、運動場でライザーの『騎士』と戦闘していた結菜、そこに向かっている最中の子猫と朱乃、本部で動き出そうとしていたリアスとアーシアのところにも強めの風圧が来た。

 

「イッセー君、頑張ってるんだね」

 

「……朱乃先輩、急ぎましょう」

「えぇ、そうですわね」

 

「部長さん、これは……」

「多分、イッセーでしょうね。……無理はしないでほしいわ」

 

 その後も連続で爆発音が鳴り響いていた。イッセーは地上でユーベルーナの爆撃をひたすら躱し続けていた。隙を見つけては飛び込んで攻撃しようとするが、ユーベルーナは上空から防御を重点的に固め、イッセーを最大まで警戒したヒットアンドアウェイな戦法を使っていた。

 

 イッセーが地上にいる時は弾幕を張り、飛び込んできたなら巨大な爆撃で地上に戻す。『禁手化』しなければ空を飛べないイッセーにとって、上空から攻撃してくるユーベルーナの戦法は苦手な分類の一つだ。ユーベルーナは持久戦を狙っているのだろう。リアスの眷属で一番の火力を持つイッセーを釘付けにし、その間に他の眷属を倒すつもりなのかもしれない。

 

 何より、このままでは倍加の効果が切れてしまう。

 

(あれをやるか)

 

 爆撃の弾幕を躱しながら、イッセーは右腕に魔力の塊を作り出す。このままではジリ貧。確実な隙を狙って強力な一撃を放つのだ。その隙を作るために一番簡単な近道は、身体を囮に使うこと。イッセーはその場で立ち止まった。

 

 弾幕を躱していたイッセーがいきなり立ち止まったのを見て、ユーベルーナは嫌な予感とこの好機を逃さないという二つの考えが現れ、玉砕覚悟で極大の魔力を溜める。

 

 魔力の塊を出現させた右腕を弓のように引き、左腕は標準を合わせるように真っ直ぐとユーベルーナへと伸ばす。右足を軸に、大地を砕く勢いで左足を大きく踏み込み、力を溜めに溜めた右腕で魔力の塊を撃ち抜いた。

 

「『天龍の咆哮(ドラゴン・ショット)』」

「『爆破魔導球(ディオス・ジャッジメント)』!!」

 

 一直線に空を翔ける4倍されたイッセーの魔力圧縮砲。対するユーベルーナは、彼女が使える中で最強の魔術。二つの膨大な力の奔流がぶつかり合い、異空間の空を2つに割った。




ご感想や誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。

次こそ遅れるかもしれません。……勉強しなくては。

それでは、また次回をお楽しみに。


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お互いの意地

どうも虹好きです。

試練も無事乗り越えました。

これからも頑張ります。

では、本編をどうぞ。


 結菜はライザーの『兵士』3人を倒した後、『騎士』の特性を生かしたスピードでイッセーたちとの合流地点であるグランドに着いていた。目の前にはライザーの『騎士』、『僧侶』、『戦車』が1人ずつ配置されており、1人の結菜は戦力的に大きな差が生じている。

 

(それも仕方ないよね。重要ポイントである新校舎への侵入ルートは大きく分けて2つに絞られ、その中の一つ、体育館を破壊されたわけだから、戦力をもう一つのポイントに集中させるのは普通のこと)

 

 相手は三方から結菜を凝視し、臨戦態勢をとっていた。3対1だと圧倒的に不利。本来ならばイッセーと子猫が合流する予定だったのだが、流石は戦場。予想だにしないイレギュラーな事態は多々起こるようだ。

 

 お互いに緊張感が伴った睨み合いが続く。突如として、ライザーの『騎士』が『僧侶』と『戦車』を手で制し、数歩前へと出てきた。創造した魔剣を身構え、いつでも一歩を踏み込めるように準備をする。

 

「私はライザー様に仕える『騎士』のカーラマイン!リアス・グレモリーの『騎士』よ、こそこそと腹探り合いをするのには飽きてきたところだ。いざ尋常に剣を交えようではないか」

 

 結菜は素早く他に視線を送った。『僧侶』も『戦車』も肩を竦めながら嘆息し、『騎士』の一騎討ちを許すかのように後方に下がった。要するに、いつものことなのだろう。

 

(情熱に熱い人なんだね。でも、真っ直ぐな人は嫌いじゃないよ)

 

 甲冑に身を包んだ女性はさながら中世の西洋騎士を彷彿とさせる。構える姿は長年愚直に剣の道を歩み続けた者のそれだ。

 

「ボクはリアス・グレモリー眷属の『騎士』、木場結菜。一騎討ちの申し出、快く受けさせてもらうよ」

「良い闘志だ。お前のような『騎士』がリアス・グレモリー眷属に居て嬉しいぞ。久方ぶりに本気を出せそうだッ!!」

 

 言葉とともに大きく飛び込んでくるカーラマイン。彼女の剣は西洋の大剣。剣圧を受け流すためにカーラマインに合わせて魔剣をあて、ベクトルに乗り、受け流す要領でカーラマインの力を相乗した回転斬りを見舞った。

 

「ッ!」

 

 結菜の狙いを寸前で察したカーラマインは咄嗟に大剣で防御したが、己の力に結菜の全力の力がプラスされた一撃はカーラマインを楽々数十メートル吹き飛ばす。

 

「ハァッ!!」

 

 カーラマインが結菜の一撃で体勢を崩しているのを見逃さず、数十メートルの間合いを数歩で詰め、気合いの籠った一閃を放った。

 

「ッ!この程度でやれると思うなよ!!」

 

 崩した体勢のまま、無理矢理回転し、結菜の一閃に大剣での薙ぎ払いをぶつける。甲高い音と火花が散り、ぶつかり合った衝撃で、互いに後方へと地面を抉りながら下がる。たった二合しか打ち合っていないのに、カーラマインは肩で息をしていた。それだけ結菜との相対は集中力が必要ということ。

 

 再び大剣を構え、間合いを測るカーラマイン。結菜も構えるがーーそこで体育館側から大量の爆発音が聞こえた。イッセーたちが合流に遅れた理由もこれが原因だろう。敵から奇襲をかけられたのだ。

 

(ライザー側の『女王』かな。『爆弾女王』と呼ばれるくらいだから、今の戦力を考えると、戦っているのはイッセー君だ)

 

 奇襲に対応できたのはイッセーの高い危険察知能力故だと考え、カーラマインへの警戒を怠らずに体育館に視線を送る。

 

「頑張ってるんだね、イッセー君」

 

 その直後、駒王学園のレプリカの空中で大きな二つの力がぶつかり合った。

 

 

 

 拮抗したのはほんの一瞬だけだった。4倍されたイッセーの『天龍の咆哮』は、ユーベルーナの『爆破魔導球』を容易く貫き、威力を殺さぬままユーベルーナへと迫る。

 

 己の集大成とも言える最強の魔術を一瞬で突破されたユーベルーナは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、全力で防御障壁を幾重にも張り巡らせた。急激な、それでいて強力な魔術を多々使用したために、脳が焼き切れるような感覚に襲われるが、それだけやってもイッセーの一撃を止められるとは思えないため、身体強化の魔術を使ってその場からの離脱を図る。

 

(やられたわ。でも、私の仕事はまだ終わってないのよ……!)

 

 最後の力を振り絞り、自分の側面に魔術障壁を展開。それを足場に、全力で回避する。『天龍の咆哮』はユーベルーナ自慢の防御障壁を紙切れの如く破砕し、全力で回避を行なったのにも拘らず、ユーベルーナは片足を失った。激痛に眉を顰め、懐から何やら液体の入った瓶を出すと、反撃のため一息に煽った。

 

 イッセーは拳を振り切ったまま空を見上げていた。爆煙が空中を覆い、ユーベルーナの姿は見えない。しかし、直撃はしていないだろう。もし直撃したならば、即座にグレイフィアからの放送が入るはずだからだ。それほどの威力を『天龍の咆哮』は秘めていた。

 

(だが、躱しきれてもいないはず……。体力は大幅に削ったと考えていいな。気配も力の余波に紛れて感じない。あれを喰らったんだ。遠からず戦闘不能になるだろう。とりあえず、合流しに行くか。通信機も壊れちゃったし、とりあえず状況を確認したい)

 

『赤龍帝の籠手』の力も無くなり、多量の魔力を消費したことによる軽い倦怠感を覚えながら、イッセーはグランドへと走ろうとした時、イッセーへと向かってくる複数の気配を感じた。

 

 獣の耳を生やした2人の『兵士』だ。思わず訝しげな表情を見せるイッセー。今頃イッセーに『兵士』を向かわせたところで、時間稼ぎにもならない。他に敵がいないということは結菜たちと交戦中と考えられる。

 

「ねぇねぇそこの『兵士』の人ー」

「なんだ?」

 

 イッセーに声がかかり、敵意が混じった返しをしてしまった。それだけで軽く怯むライザー側の『兵士』の1人。萎縮してしまったため、仕方なくもう1人が話し始めた。

 

「ライザー様がね、あなたたちの『王』と一騎討ちをするんだってー」

 

 その言葉にイッセーは絶句する。『王』同士の戦いならば、リアスの方が圧倒的に不利。勝てる見込みは皆無だ。だが、幸い、イッセーの目の前の『兵士』2人は戦闘力がそれほど高いとは言えない。すぐに倒せば今からでも間に合うだろう。

 

 すぐに決めるため、一歩を踏み込もうとしたその瞬間、空中から強力な魔力を感じ、咄嗟に腕で上半身を覆った。

 

 次の瞬間、圧倒的な破壊力を持つ爆撃がイッセーを含む後方約数メートルを爆破させ、イッセーはその爆風で大きく吹き飛ばされる。

 

 運悪く倍加も効果を切らしていたため、爆破の衝撃を生身で受けたイッセーは、制服のほとんどが爆風で爆ぜ飛び、身体中が煤だらけ。おまけに内臓にまで響いたらしく、その場で吐血をしてしまうほど。

 

(まさか、『天龍の咆哮』を受けてなおこれほどの魔力を扱えるとは…どんな手品を使ったんだ?)

 

 空中で優雅に佇むのはところどころ服が破れボロボロになっているものの、外見は無傷に等しいユーベルーナ。イッセーの一撃で失ったはずの足は何事もなかったかのように揃っていた。その余裕は口元にも現れ、口角を上げ、次の爆撃の準備をしている。

 

「リアス・グレモリー眷属の中で一番脅威となり得るのはあなた。私たちの役目は『王』同士の決着が着くまであなたの足止めをすること。倍加の効果は切れたわよね?悪いけど、休ませる気はないのよ!」

 

 ユーベルーナが爆撃を、その間を『兵士』の2人が掻い潜り、イッセーに拳打を放つ。イッセーは舌打ちをしながら防御に徹するしかない。

 

(……『兵士』2人だけならば倍加しながら凌げるけど、そこに『女王』が加わると話は変わる。いちいちリセットされてちゃいつまでも倍加の力を使えない。かと言って、この3人のコンビネーションもなかなか手強いな。上手く反撃に移れないなんて)

 

 一撃よりも手数で勝負するタイプらしい2人の『兵士』の猛攻を防ぎきり、ここぞとばかりにカウンターを放とうとするが、まるでそれを待っていたかのようにユーベルーナの爆撃がイッセーを襲い、決して軽くはないダメージが蓄積されていた。

 

 しかし、どんな戦略にもいつかは穴があく。一瞬の隙も見せない二段構えも、その動きは俊敏かつ恐るべき集中力が必要となり、呼吸一つが敗北へと直結するのだ。つまり、ほぼ無酸素状態で全力の動きをしていた『兵士』2人は、いくら獣人といえどその体力は無限ではなく、そして魔術師として有能なユーベルーナも、バテて急に動きが鈍った仲間に動きは合わせられない。反面イッセーは、致命的な攻撃にこそ集中するが、3人揃っての猛攻よりも、夕乃1人の方が手こずったため意外と余裕がある。

 

 そして、2人のテンポが一気に崩れたのを見計らい、大きく足払いを放った。

 

「「ッ!?」」

 

 軽い衝撃。しかし、多少の重心移動の乱れでバランスは崩れる。2人して驚愕の表情を浮かべるが、既にイッセーの意識は上空のユーベルーナへと変わっていた。今の状況で爆撃を仕掛けられると、ユーベルーナの攻撃範囲的に、『兵士』2人が巻き込まれて『犠牲』となる。それでも、ユーベルーナは爆撃を放ってきた。予想通りに。範囲はイッセーと『兵士』2人を含み、それに簡単に逃げられないよう、範囲は約10メートルほど膨らみそうな爆撃だ。

 

(ここだ!)

 

『Boost!!』

 

(来い、ドライグ!)

 

『Explosion!!』

 

 イッセーは足払いの姿勢からたった2倍の倍加をして、そのままクラウチングスタートの体勢へと持って行き、全力で範囲外まで走る。2倍の身体能力、それもイッセーならば、たった数歩でその範囲から出ることができ、出たと同時に地面を殴打。粉砕した瓦礫の一つを持ち、ユーベルーナへと投げつける。それと同時に爆撃が地面に衝突し、爆発した。『兵士』の2人はそれに呑み込まれ、悲鳴を上げる暇さえ与えられずに消え、範囲外に出たイッセーにまでその熱風は襲いかかってくる。イッセーの苦し紛れの反撃は、ユーベルーナにあたる直前に爆撃で破壊された。

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士』二名、戦闘不能!』

 

 すかさずグレイフィアの放送がかかる。上からイッセーを睨むユーベルーナは肩で息をしており、なんだかんだ余裕ではなさそうだ。

 

「クッ、『犠牲』覚悟ではあったけど、これすら躱されるとあの子達も浮かばれないわ」

「時間が無いんでね。悪いけど、手を抜いていられないんだ」

「フフフ、安心なさい。さほど時間はかからないから。あなたというイレギュラーさえいなければ、リアス・グレモリー眷属全員が寄ってたかったとしてもライザー様には勝てない」

 

 イッセーは眉を顰める。何となく分かったからだ。それだけの力を持つのが不死鳥であり、それだけの信頼を眷属から受けているのがライザーという男。

 

 だからこそ、その言葉に怒りを感じた。確かに力の差は歴然。だが、勝負はどこでどんでん返しがあるか分からない。弱小と呼ばれる者が、強者の喉笛を噛みちぎることさえあるのが戦いというもの。故にリアスは勝負を引き受けた。少しでも勝てる可能性を増やすために、厳しい修行もした。それを、その努力を正面からハッキリ勝てないと断言されるのはイッセーからすれば理不尽そのもの。

 

 右腕を引き、右腕に眠る力を解放しそうになるほど。

 

『やめておけ相棒。師との約束なんだろう?』

 

(……そうだな。あくまでこれはゲーム、殺し合いじゃない)

 

 しかし、ドライグの声に我に返り、"角"ではなく、二天龍の片割れに力を借りる。まだ倍加の力は続いているが、2倍しかしていないため、4倍の時ほど強力な攻撃はできない。

 

(ーーなら、質量じゃなく手数で勝負しようか)

 

 イッセーは周囲に微量の魔力の塊を無数に出現させた。イッセーはもともとの総魔力量が多くないため、数を出すにはそれだけ一つ一つの質量を小さくしなければならず、今のように無数に展開するにはBB弾レベルまで小さくしなければならない。

 

 イッセーの突然の行動にユーベルーナは警戒を強め、爆撃を始める。複数の爆撃を放ちながら、ユーベルーナは大きめの声でイッセーへと問いを投げつけた。

 

「そろそろあなたも限界でしょう?大人しく敗けを認めなさい!」

 

 それに対する返答は、イッセーの周囲から無数に放たれる『天龍の咆哮』。しかし、一つ一つは大して脅威ではなく、ユーベルーナの爆撃と相殺していた。だが、いかんせん数が多すぎる。ユーベルーナが視線を向けると、そこには周囲の魔力の塊を連打で撃ち抜き、無数の『天龍の咆哮』を放つイッセーの姿。

 

 2倍の身体能力で出せる最高速度で魔力の塊を撃ち抜く一撃は、されど散弾の如くユーベルーナを逃すことはない。

 

(こんな使い方もあるの!?本格的に化け物じゃない!?)

 

 必死に防ぐが、ユーベルーナの魔術発動速度を遥かに上回り、その上数も無数、イッセーが魔力の塊を撃ち尽くした時、ユーベルーナの姿は満身創痍もいいところだった。

 

 宙に浮くことすら難しいらしく、ゆっくりと降下してくる。イッセーの倍加も時間を切り、元の状態に戻った。

 

 その直後、結菜たちがいる方向から特大の雷の柱が立ち、数瞬遅れてグレイフィアの放送がかかった。

 

『ライザー・フェニックス様の『僧侶』2名、『戦車』1名、『騎士』2名、戦闘不能!』

 

 ライザーはリアスとの一騎討ちのために、自分の戦力の全てを足止めに使ったようだ。しかし、これで残るライザーの駒は『女王』のユーベルーナただ1人。そしてそのユーベルーナも、あと一撃で戦闘不能となるだろう。

 

 イッセーは確実に倒しきるため、ユーベルーナに近づきながら一つの疑問を聞いた。

 

「さっき、4倍の俺の一撃を喰らっていながら、傷らしい傷が無かったのは魔術の一種か?」

「……"フェニックスの涙"よ。これは一度の『レーティングゲーム』で2回まで使用可能で、その場で傷を全快出来る特殊なもの。フェニックス家で高価で取引されるものよ」

「なるほど、納得した。それで、まだ続けるか?」

 

 イッセーの言葉に、ユーベルーナは立ち上がることで返答した。先ほどの応えからすれば、今回はユーベルーナと結菜側の誰かが所持していたのだろう。

 

 見るからに満身創痍のユーベルーナは、されど一切衰えない闘志をイッセーに向けていた。何がここまで彼女を動かすのか、イッセーは一瞬考えたが、戦闘時での無駄な思考は切り捨て、静かに構える。

 

「これが最後、行くわよ」

「あぁ、お前の最強の一撃で来いよ」

「言われなくても」

 

 その言葉を最後に、2人は同時に動き出した。イッセーは思いっきり前へ。ユーベルーナは前方に魔力障壁を展開し、それを蹴って後方へ。なけなしの魔力を全て次の一撃にそそぎ込み、せめて相打ちをとイッセーが躱せない距離を図る。

 

 対するイッセーは魔力障壁を横切る際に、再びドライグを使った。

 

(ドライグ!)

 

『Boost!!』

 

(来い!)

 

『Explosion!!』

 

 2倍となり、急激に動きが俊敏になる。ユーベルーナが次の一撃にかけていることを見抜くと、勝負を仕掛けるため、魔力の塊を一つだけ腕から放出して真正面から突っ込んだ。

 

 互いの距離が5メートルを切った瞬間、同じタイミングで一撃を放つ。

 

「『爆破魔導球(ディオス・ジャッジメント)』!!」

「『神速の天龍(ドラゴンブースト)』!」

 

 しかし、互いの攻撃がぶつかり合うことはなかった。イッセーに真っ直ぐ最大攻撃を放ったユーベルーナに対し、イッセーは斜め後ろに魔力の塊を宿した手の平を向け、2倍の力で放射し、強引な超高速移動をしたからだ。ユーベルーナは、視界から一瞬でイッセーが消え、自分の最大魔術がまたも外れたことに焦燥を浮かべる。

 

 その真横から出てきたイッセーは、魔力を使い切ったユーベルーナの正面に入り直し、少し強めにデコピンした。

 

「うっ!?」

 

 2倍の衝撃が脳味噌を揺らし、ユーベルーナは眼を回して倒れ、光に包まれる。

 

『ライザー・フェニックス様の『女王』1名、戦闘不能!』

 

 グレイフィアの放送が流れ、これでライザーの眷属は、『王』であるライザーただ1人となった。対するこちらの眷属は、疲弊こそしながらも全員が残っている。相手が幾らフェニックスだろうと、この差を覆すことは容易ではないはずだ。

 

 しかし、イッセーは疲弊しすぎた。身体の気怠さが増しており、傷の方もなかなか酷い。

 

(少し休みたいけど、あれを見てるとな)

 

 イッセーが見つめる先は新校舎の屋上。フェニックスの象徴たる炎と朱乃の雷、そしてリアスの滅びの魔力がぶつかり合っている。リアスは総力戦を仕掛けているのだ。残っているのはイッセーのみ。

 

(ドライグ、頼む)

 

『Boost!!』

 

 倍加が始まり、新校舎に向かって走り出す。その時、一際大きな炎の塊が屋上全体を炎上させ、空中の細かい破片などが引火したのか、粉塵爆発の如き爆発が起こった。

 

『リアス・グレモリー様の『女王』1名、『戦車』1名、『僧侶』1名、『騎士』1名、戦闘不能!』

 

 その放送に絶句した。リアスとイッセーを除く、全ての眷属が今の一撃で戦闘不能となったのだ。これが『王』の一撃。ライザーは確かな実力者だ。

 

『Boost!!』

 

 2度目の倍加。イッセーは苦虫を噛み潰したかのような表情をし、ライザーとリアスが戦っているであろう屋上を目指して全力で走り出した。

 

 

 

 リアスは肩で息をしながら目の前で炎の翼を出し、こちらを睨むライザーと対峙していた。

 

 結菜たちはライザー側の重戦力に苦戦しながらも、朱乃が回復するまで時間を稼ぎ、朱乃の一撃でこれを打倒した。その前からアーシアと共にライザーと対峙していたリアスは、これを喜んだが、その時からライザーの雰囲気は変わり、先ほどイッセーがユーベルーナを倒した瞬間、ライザーは激変した。

 

 新校舎の屋上全てを吞み込む大火球。リアスを護るために援護に来た結菜と子猫が身体を張り、朱乃とアーシアが防御魔術を使用し、リアス自身も防御のための滅びの魔力を放ったが、その悉くを破壊され、リアスとここにはいないイッセーを残して他の眷属は全てやられた。

 

 ライザーは普段の雰囲気とは真逆の、冷静かつ冷徹な表情でリアスに止めの一撃を放とうと右腕を前へ突き出す。その腕から膨大な魔力を纏う炎が生み出され、先ほどと同じ火球の形を形成した。

 

 それを見てもリアスは躱そうとせず、その顔は焦燥に駆られている。自慢の眷属が一撃で負けたのだ。ボロボロで露出が激しくなった制服を隠そうともせず、ただ呆然とリアスは棒立ちしている。

 

「……最後のチャンスだリアス。『投了』してくれないか?どうやら俺自身、少しばかり冷静じゃないみたいだ。手加減できそうにない」

「……」

「……残念だよリアス。これで、終わりだ」

 

 ライザーの手元から放たれる火球。それに秘められた恐るべき破壊力を理解しながら、されど動くことができないリアス。防御も張らず、自然体のまま、不死鳥の炎が自らを呑み込むのを静かに待っていた。視界すら閉じてしまっているため、いつ自身が燃えるかも分からない。

 

 無慈悲な火球は勢いを衰えさせず、リアスの間近まで迫った。視界を閉じても感じる恐ろしい熱。

 

(ーー眷属を傷つけたのは私の責任。私だけ傷が無いのはプライドが許さない。これで、いいのよ)

 

 刹那、屋上に火柱が立った。

 

 しかし、リアスは意識が残っていた。それどころか、炎に呑み込まれてすらいない。熱風は感じるが、まるで自分の眼の前に誰かが障害物のように割り込んだかのようだ。

 

「このタイミングで来るなんて、君はなかなかのラッキーマンだな」

 

 苦笑混じりのライザーの声。リアスは閉じていた視界をゆっくりと開けていく。そこには、己の背を盾にし、リアスを守るイッセーの姿があった。上半身はさっきの火球で全て消え、鍛え上げられた逞しい身体がこれまでにないほど頼もしかった。

 

「部長、あなたの『兵士』、兵藤一誠只今参上いたしました」

「……イッセー」

「まだ負けてないですよ。俺が来たんですから。まだ、あなたの眷属はここにいます」

「……ありがとう」

 

 リアスは近づき、イッセーを優しく抱きしめる。ゆっくりと力が抜けていくイッセー。その様子をライザーは静かに静観していた。リアスは朱乃たち以上にボロボロとなったイッセーの身体に涙を流し、自分の考えの間違えに気づく。

 

(こんなボロボロになってまで、こんな私を『王』として扱ってくれるのね。間違っていたわ。本当にありがとうイッセー)

 

 立ったまま気絶したイッセーをもう一度優しく抱きしめ、見えないように口付けをした後、リアスはライザーに向きなおった。

 

「『投了』します」

「……あぁ」

 

 リアスの人生を賭けた、最初で最後の大勝負は、見事に完敗だった。




ご感想、誤字脱字等のご指摘どうぞお待ちしております。

原作楽しい。


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崩月の戦鬼

どうも虹好きです。

ちょっと展開早かったかもしれません。

次で2巻終了の予定です。

では、本編どうぞ。


 ーーいつもの地獄のような修行の後、突然法泉は小さな少年にこう語った。

 

「知ってっかイッセー。荒事ってのは案外、力でなんとかなったりすんだよ。どんなに正論吐こうが、そこに力が無けりゃあただ吠えてるだけの犬ころと同じだ」

 

 ーー不思議そうに見上げる少年に優しく笑みを浮かべ言葉を続ける。

 

「逆にな、いくら暴論を叩きつけようと、力があれば正論にできちまう。滅茶苦茶だろ?でもよ、それが通用すんのが俗に言う裏社会だ」

 

 ーー力こそ正義。それが裏の世界。その時の少年には大きすぎる壁だった。

 

「おめぇはその圧力に負けねぇ程度には力つけねぇとよ。おめぇが守りてぇって言ってるものは大きいんだぜ?」

 

 ーー強く頷く少年の頭を、法泉は暫くの間撫でていた。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 ゆっくりと瞼を開く。見知った天井、見知ったベット、見知った空気、見知った部屋。紛れもなくイッセーの自室だ。今の時間帯は夜のようで、倦怠感が抜けない身体を起こして周りを見る。

 

『起きたか、相棒』

 

 イッセーの内に響くドライグの声。何故か少し懐かしい感じがするのは恐らく、イッセーが決して短くは無い間眠りについていたからだ。

 

「……何日眠ってたんだ?」

『3日だ』

「長いな。ゲームの方は俺たちの負け?」

『相棒が倒れた後、リアス・グレモリーが『投了』してな』

「そっか……」

 

 そこまで話し、記憶が蘇り出す。あの時、イッセーは4度分の倍加を施し、『神速の天龍』で屋上へ跳んだ。そこには今にも火球に呑まれそうなリアスがおり、無我夢中でリアスと火球の間に割って入り、リアスを守ったのだ。4倍の防御をしていながらも、体力の限界がきていたらしく、何かをリアスに言ったまでは覚えているが、何を言ったかまでは覚えていない。リアスに抱きしめられたと同時に意識がブラックアウトしたらここにいた、というところだ。

 

 勝ちを捧げると約束しながら、ライザーに勝てない自分自身に恥を感じ、静かに俯く。

 

『自分を責めるな。相棒は最善を尽くした』

「でも、勝てなかった」

 

 ドライグのフォローも、イッセーはまともに受け取れない。結果が変わらないからだ。悔いしか残らない戦いだった。

 

 そこでふと、イッセーの部屋の扉が開き、そこからアーシアと夕乃が現れた。アーシアは、イッセーが起きてるのを見た途端に抱きついてきて、夕乃も安堵の表情を浮かべて近づいてくる。

 

「良かったです……ずっと眼を覚まさなかったので」

「迷惑をかけたね。身体の方は大丈夫だよ」

 

 涙目のアーシアを撫でながら、イッセーは夕乃に声をかけた。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「いいえ、あの戦闘は仕方が無いでしょう。フェニックスの殿方の実力は確かに強大、疲弊していたとはいえ、イッセーさんがたった一度の攻撃で気絶したのですから」

「……部長はどうなりましたか?」

「今、フェニックスの殿方と婚約披露宴の最中とのことです」

 

 イッセーの腕が微かに動いた。命を救われておきながら、守ることすらできなかった自分に恥じて。それを見た夕乃は、イッセーの心情を察してか、いつもより柔和な笑みを浮かべてイッセーの頭を優しく抱きしめる。

 

「悔しいでしょう?これがもし死闘ならば、リアスさんの命はありませんでした」

「……えぇ」

「失敗は誰にでもあります。ですが、決して失敗してはいけない(・・・・・・・・・)時というものもまた、誰にでもあるんです」

 

 優しく、しかしながら厳しくイッセーを叱る夕乃。アーシアも顔を上げ、夕乃を見ていた。イッセーは、夕乃の言わんとしていることを理解し、一つ頷く。

 

「あなたに覚悟はありますか?」

「はい」

「あなたに強く想う心はありますか?」

「はい」

「なら、次はありません。イッセーさんの答えを見つけてきてください」

 

 そう言って差し出されたのは、1枚の転移陣が記された布。何故夕乃がこれを持っているのかは不明だが、師匠代理の姉的存在の夕乃のことは信じている。イッセーは無言で受け取ると、静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

「婚約披露宴の会場に直接赴くことができるようです。頑張ってくださいね」

「はい」

「イッセーさん、本当に行くんですか?」

 

 アーシアに眼を向ける。瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情だ。イッセーの身体は確かに全快ではなく、無茶をすれば、再び倒れる可能性も否定出来ない。それでも、イッセーは首を縦に振った。

 

「俺は、あの人に命を救われた。だから、俺もあの人のため、命をかけてあの人を救うよ」

 

 イッセーの揺るぎない覚悟。もう止めることは不可能と悟ったのか、アーシアはゆっくりと離れていく。夕乃に頭を撫でられ、夕乃も立ち上がった。

 

「イッセーさん、一つだけ約束してください」

「なんだい?」

「絶対に、生きて帰って来てください」

「あぁ、必ず帰って来る。俺の居場所はここだ」

 

 イッセーの返答に微笑み、アーシアは夕乃と共に部屋から出て行った。入れ替わるように入って来たのはキンジと切彦。既に準備は万全でいつでも行ける。

 

「夕乃さんから貰ったな?殴り込みに行こうぜ、兄弟(ブラザー)

「グレイフィアから俺らも行けるよう許可は貰った。取り戻すんだろ?部長さんを」

「そうだな。……ところで、悪魔のパーティーはどこで開かれてんだろ?」

「はぁ、聞いてないのかよ。なかなか面白い場所だ。この世の地獄、所謂"冥界"らしい。本来なら人間は入れないみたいだが、潜在能力の高い人間ならそこの環境にも耐えられるみたいだ」

「……ん?なんかナチュラルに話されてるけど、内容的には相当アレな気が」

「気にしちゃダメだぜお兄さん」

 

 

 

 ライザーは婚約披露宴での正装姿で、1人思案顔をしていた。イッセーが倒れ、リアスが『投了』をしたゲーム。グレモリー眷属は、自分の眷属に深い情愛を持つと有名だが、ライザーもそれに負けないほど眷属を大切にしていた。

 

 そのため、自分以外の眷属全員が戦闘不能となった時、ライザーは一瞬だけ我を忘れ、リアスの眷属を一撃で追い詰める炎を放ってしまったのだ。

 

 そもそも、今回の『レーティングゲーム』での作戦を考えたのは『女王』であるユーベルーナ。ライザーは『犠牲』を伴う作戦はあまり好まないのだが、眷属たちの鬼気迫る表情に負け、その通りに実行することにした。正直、大健闘だったと思う。実の妹であるレイヴェル・フェニックスも今回の戦いのみとライザーの眷属に入り、朱乃たち相手に眷属たちの指揮をとっていたほどだ。

 

(我ながら、良い妹を持ったよ。だが、あいつの『王』はあいつが見つけなければな)

 

 それでも進行を止められなかったのは、リアスの眷属たち個人個人のスペックが恐ろしく高く、ここでという場面で会心の一撃を決めることが出来たからだろう。それと、イッセーを足止め出来る存在がユーベルーナしかいなかったため、ライザーの最大戦力を割けなかったことも理由の一つだ。

 

(結局はこちらは勝ったが、やっぱあんな勝ちでは俺は満足できないな。サーゼクス様も快く了承してくれたことだし、何よりも、リアスのあの表情はあまり見たくない)

 

 ライザーが1人で考え込んでいる理由。それの最大の問題は、リアス自身だった。ゲーム終了後、イッセーが眼を覚まさないことを聞かされてから、ずっと表情の変化が乏しくなっているのだ。いつもの気丈な彼女らしくない。時折、瞳から涙を流している姿も見かける。今宵の婚約披露宴では、イッセー以外のグレモリー眷属が出席することとなっており、今のリアスを見たらどうなるかライザーは心配だった。

 

 だが、リアスはリアスなりの覚悟を決めているようで、ライザーに対し、今までよりも柔らかく接するようになり、結婚の件も承諾した。まるで、心に空いた穴をその覚悟で無理矢理埋めるように。リアスは変わった。

 

「ライザー・フェニックス様、準備が整いました」

「分かった。すまないね」

「いえ、これも仕事ですので」

 

 婚約披露宴の準備を終えたメイドの1人がライザーを呼びに来た。メイドの案内に従い、一呼吸してからライザーは会場へと足を進めた。

 

 

 

 リアスの姿は豪華なウェディングドレス。今、会場ではライザーが他の上級悪魔や貴族、魔王でありリアスの実の兄でもあるサーゼクス・ルシファーなどに挨拶をしている途中で、リアスもそろそろライザーに呼ばれるところだ。

 

(イッセー、眼を覚ましたのかしら?)

 

 こんな時でも考えてしまうのは己の勇敢なる『兵士』。せめて、もう一度だけ会いたいと考える。最後まで身体を張り、リアスを守り抜いた優しい『兵士』。

 

 覚悟は決めた。リアスはこれからの人生を家のために使うと。

 

 ライザーからの呼び声が聞こえ、リアスはゆっくりと会場へ足を踏み入れる。

 

 しかしながらその背は、年相応の少女の背であった。

 

 

 

 転移陣で着いた場所は、紫色の空をした世界。少し先に見える大きな建物が婚約披露宴の会場のようだ。イッセーたちは今物陰に潜んでおり、その建物を確認していた。

 

「警備が少し多いな」

「でも派手にやるんだろ?」

「今回の件はどうやっても大事になんだから穏便には済ませないと思うな」

「ていうか、2人とも本当に何ともないの?ここの空気吸って」

 

 イッセーは自然体でいるキンジと切彦に聞くが、2人はどちらも軽く首を傾げて応える。

 

「何か違和感感じるが、それだけだ」

「オレも同じだな。戦闘に支障が出るほどでもねぇし、何とかなんだろ」

「……ならいいけど」

 

 本来、地獄の別名でもある冥界に人間が来ると、あまりの環境の違いに最悪死に至るのだが、それすらも凌駕するのが施設の人間。潜在能力が既に人間という個体の中に収まりきらないのだ。率直に言ってしまえば、人間をやめている。それは悪魔になる前のイッセーにも言えることだが、本人は全く自覚していない。

 

 警備を警戒しながら、イッセーは使い終わった転移陣をポケットにしまった。

 

 キンジと切彦から転移陣のことを聞いた際に、これはライザーからの果し状だと教えられた時は驚いた。何でも、ライザー自身が『レーティングゲーム』での勝利を納得せず、サーゼクスを通じて最大戦力であろうイッセーに勝負を申し込んできたのだとか。サーゼクスもこれを快く了承。というか、逆に眼を輝かせたという。魔王がそれでいいのか疑問に思うが、イッセーからすれば、それはとても魅力的な申し出だった。

 

(主の日常を取り戻したければ、それ相応の力を掲示しろって感じか?師匠に言われたな、荒事ってのは大抵力でなんとか出来るって)

 

 軽く拳を握り、キンジと切彦と息を整え、ーーーー3人揃って正面の門を目指して走り出す。警備の悪魔たちが気づいたようだが、銃を構えたキンジとバターナイフを手に持つ切彦が率先して足止めをし、イッセーのための道を作ってくれた。事を大きくしすぎないため、決して殺してはいない。

 

「速攻で終わらせて追いつくから、お前の本気を見せてみろ兄弟(ブラザー)!」

「楽しみにしてるぜ!」

「それが目的か?まぁ、やるからにはしっかりとやるさ!」

 

 単純にイッセーの本気が見たいがためについて来たような激励を背に、イッセーは力一杯に会場の扉を蹴り開けた。

 

 

 

 

 ライザーの口からリアスの紹介がされている中、ライザーは会場の外が騒がしくなっているのを感じた。思わず口角が上がり、口を閉じてしまう。周囲の上級悪魔や貴族も異変に気づき始め、外へと警戒し始める中、リアスの眷属として婚約披露宴に参加していた朱乃、結菜、子猫は頭の中に1人の仲間の姿を思い浮かべ、リアスに至っては、眼を見開いて扉を見つめていた。

 

 やがて、外の喧騒は会場に近づき、扉の前まで辿り着いたらしく、会場内にも外の状況がよく分かる程度まで配置した警備の怒号が聞こえた。その怒号すら流水の如く流し、勢い良く扉を蹴り開ける1人の人物。

 

「駒王学園オカルト研究部兼リアス・グレモリー眷属『兵士』、兵藤一誠。主を迎えに上がりました」

 

 静かに、されどその声は会場内に響き渡り、リアスの耳にハッキリと届いた。溢れる涙。朱乃たちも驚きの表情と共に笑みを浮かべる。

 

 他の上級悪魔と貴族は突然の事態に混乱を生じ得ないが、それを分りきっていたかのように1人のリアスによく似た男性が手で制し、声を張り上げた。

 

「みなさまこれは何もイレギュラーな事態ではないのでご安心を。彼はライザー君が正式に招待した者です。先ほど名乗り上げたように、我が妹であるリアスの眷属の1人」

 

 イッセーはその男性に眼を向ける。リアスの兄。座っている場所は婚約披露宴のため親族の席ではあるが、その身に纏う魔力の大きさは尋常じゃない。和かに話しているが、別に外用の顔と言うより、単純に裏表が無いようにも見えた。それでも、相当の手練れと見てまず間違いないだろう。

 

 そして、そこで漸く『レーティングゲーム』の時にグレイフィアがリアスの兄は魔王と言っていたのを思い出した。

 

(え?あれが魔王様?いや、あれって失礼だな。でも、あんなフランクな感じでいいの魔王って。でも、俺とライザーの決闘を眼を輝かせて了承って相当だよな)

 

 イッセーは何とも微妙な表情しかできない。今も上級悪魔の1人が何か物申しているが、何とも朗らかにイッセーとライザーを決闘させ、勝った方の願いを一つ叶えるというところまで話が進んでしまった。

 

(いや話なんか拡大してんだけど)

 

 なんだかんだ話はひと段落つき、ライザーが会場のステージから降りてイッセーへと近づいて来る。その顔は相変わらず憎めないほど爽やかで、触れたら火傷しそうな熱を持っていた。

 

「話は聞いているだろう?」

「要するに本気の俺と戦いたいって受け取ったよ。全ての眷属を倒した上で改めて部長にプロポーズでもするのか?」

「なに、単純に俺なりのケジメってやつさ。あのゲームはハッキリ優劣が別れていたし。俺から誘わなくてもイッセーなら殴り込みに来たんじゃないか?」

「まぁ、命を救ってもらったわけだし、主が望まないことは眷属も望まないっていうかなんというか」

 

 イマイチ言葉が纏まらないが、要するにイッセーが言いたいことは簡単なことだ。

 

「まぁあれだ。命を救われた以上、その人のために俺は命をかける」

「……大きく出たな」

「あぁ、覚悟は決めてきた。この前のゲームみたいにはならないから、お前も本気で来いよライザー」

 

 イッセーの大胆発言。ステージのリアスはその言葉に頬を染め、眷属のみんなはイッセーの覚悟に驚愕し、サーゼクスはイッセーに俄然興味が湧いた。

 

 即席で造られた戦闘空間の中にイッセーとライザーは転移させられ、荒廃した戦闘闘技場のような場所に降り立った。

 

 即席の割にはイッセーたちの会話も拾える高い技術の空間。両者対峙する中、ライザーはスーツを着崩し、いつものワイルドな格好に戻す。その瞳には燃えるような熱を潜ませ、その背からはフェニックスの象徴たる炎の翼が現れた。

 

「俺がどうしてイッセーと決着をつけたかったか、その本当の理由には辿り着いたかな?」

「さっきので合ってないのか?」

 

 イッセーの返答にライザーは苦笑する。

 

「やっぱり気づいてないか。いや、なら良いんだ。ただ、リアスの心は俺に向いていない。それだけさ」

「……お前って部長が好きなんだな」

「まぁ、他の邪な思惑を考える競争者を蹴り落とすくらいにはね。だが、それでも俺は俺のやり方で、リアスを幸せにしたいと思っている。そのためにはまず、前回のゲームを俺とリアスが納得のいく形で終わらせたい」

「なるほど。つまりこれはゲームでまともに相対しなかった俺を倒し、本当の意味での勝ちを手に入れたいと」

 

 今度はイッセーが苦笑した。やはり、ライザーは良い奴だ、と。しかし、ライザーの言う通り、リアスは形こそライザーの物だが、その心まではそう簡単に手に入れることはできない。そして何よりも、イッセーはリアスのいない日常を望んでいない。

 

「やっぱお前とは良い関係を築けそうだよ。でも、今回の件に関してだけは本気だ。"リアスを取り戻したいなら殴り込んで来なさい"。今回の招待は言わばそういうこと。それを魔王様を通じて俺に伝えてきた。つまりだ、これは魔王公認。この戦いに勝てば、御家同士のいざこざなんて無視して堂々と部長を連れて帰ることができる」

 

 会場でその言葉を聞いたリアスが息を呑んだ。ライザーも眼を軽く見開き、驚きを露わにしている。サーゼクスも感嘆の吐息を漏らした。

 

「ーー流石、頭の回転が早いな。フェニックスの涙を使用し、尚且つ『犠牲』まで使ったユーベルーナを倒しただけのことはある。なら、そろそろ始めようか」

「あぁ」

 

 ライザーは両手に炎を宿し、イッセーを睨む。イッセーはそれを一瞥し、右足を引いて半身になり、姿勢を低く構えた。その状態から、会場のリアスに語りかけるように紡ぐ言葉。

 

「ーー修行最終日の前日の夜、俺は言いましたよね。あなたのいない日常は嫌だと、俺がここにいられるのはあなたのお陰だと。そして、あなたの、リアス・グレモリーの『兵士』として、勝利を捧げると言いましたよね」

 

 心の中に施された、厳重な封印を解く。

 

『やるのか、相棒』

 

(あぁーーー今本気にならず、いつなるんだ)

 

 イッセーの中にある"人でありながら人ならざる者の証"。それを解放する。

 

「ーーだから俺は、死ぬ気であなたを救います」

 

 骨が裂けるような激痛。それに続いて、右肘の皮膚を内側から何かが突き破った。血を滴らせたそれは、ほのかに輝く水晶にも見える、鋭角な物質。そこから熱風の如きエネルギーが全身に流れ込んでいく。身体中の血液が入れ替わるような興奮。身体中の細胞が生まれ変わるような歓喜。込み上げる破壊衝動。暴れ狂おうとする手足を統率し、イッセーは己の行動を定める。

 

 倒すは1人、救うも1人、ーーーー果たす力は我にあり。

 

 ライザーは頬に一筋の汗が流れるのを感じた。変化なんて生易しいものじゃない。まるで、目の前の標的が生まれ変わったかのような感覚。オーラの量がゲームの時の何倍にも膨らみ、今まさに爆発しそうなぐらいまで溢れていた。外側が静の気とすれば、さしずめ内側は荒れ狂う動の気だろう。

 

 リアスは、会場でイッセーの言葉に涙した。朱乃たちが近寄りみんなでイッセーを見守る。イッセーのオーラは別空間だけに留まらず、会場全体をも震わせており、サーゼクスも驚きのあまり席から立ち上がるほど。

 

 ライザーは正面からイッセーを見定め、両手の炎を更に一回り大きくした上で、イッセーに問いかけた。

 

「命をかけるって言ったな。なら、それ相応の対応をしなければな。俺も命をかけさせてもらうよ」

「不死のくせにか?」

「小さいことは気にしない。さて、始めるか」

 

 滾る炎と闘気。まさに一触即発。二つの力で空気すら震える空間。

 

「純血上級悪魔フェニックス、ライザー・フェニックス」

「崩月流甲一種第二級戦鬼、兵藤一誠」

 

 イッセーにとって初めての名乗り。死んでも退かない意志表示。

 

(良いよな、師匠に夕乃さん。あの人を救うことは、命をかけるだけの価値がある)

 

 互いの前進から戦いは始まった。両手に炎を宿しながら走るライザーの懐に、ほぼ一歩で踏み込んだイッセー。死ぬ気な以上、手を抜くことはせず、力一杯に拳を突き出す。それに驚愕したのはライザー。一瞬、イッセーの姿が霞んだかと思えばいつの間にか懐で拳を振り抜く寸前まで動作を終了させているのだから。

 

 しかし、そこは上級悪魔の意地を見せ、あえて躱そうとせず、拳を受ける寸前に両手の炎を爆発させようとした。ゲームの時とは二つとも2倍以上の大きさを誇っており、一発喰らえば復帰したてのイッセーだと多大なダメージを負うことになる。そこを狙って挟み込むように両手をイッセーに振ろうとしたがーーーー考えが甘かった。

 

 ライザーの視界が一瞬真っ黒に染まり、再び光が宿った時にはイッセーとの距離は数十メートル空いていた。不死でありながら身体全体が軽く麻痺している。後ろを見れば闘技場の壁がライザーを中心に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせ、あと一撃加えれば砕け散るであろう有様。

 

 ライザー自身もフェニックス家自慢の自己再生を行っており、身体全体が修復されている感覚がする。イッセーへと視線を戻すと、拳を振り切ったままの状態でこちらを睨んでいた。

 

「ーーこれほどとは、ね」

 

 つい言葉に出てしまった素直な賞賛。これは易々と使えない剛力だ。一体あの"角"は何なのか。そんなことを考えそうになったが、軽く頭を振り、ライザーは思考を切り替える。甘く見ていたつもりは無い。だが、ライザーの五感を持ってしても反応すらできない速度、カウンターすら許さない圧倒的な剛力。これが、"崩月"の戦鬼。

 

 イッセーが再び姿勢を低くし、足に力を溜めているのが見えた。ライザーは炎の翼の放出力を高め、最大速度を出せる準備をし、同時に飛び込んだ。

 

 ライザーの速度が一気に上昇し、イッセーに翼から炎の塊を撃ち出しながらジグザグ状に闘技場を駆け巡る。イッセーはその全てを躱し、更にライザーの動きを読んで先回りまでしてみせた。ライザーは炎の槍を5本形成した上ですぐさま撃ち出すが、イッセーは軽く拳で粉砕し、ライザーへと肉薄する。

 

 しかし、それを待っていたとばかりにライザーは右腕を真上に掲げ、長大の炎の大剣を創り出した。

 

「『爆炎剣』!」

 

 絶妙なタイミングで振り下ろされる炎の大剣。爆発能力が付与されているため、相手に確実な衝撃を与えることが可能な魔術剣。しかも使われている炎はフェニックスの炎。そこらの炎より圧倒的火力の一撃がイッセーを襲う。

 

 それに対するイッセーの対応はとても簡単なものだった。殴り飛ばす、ただそれだけ。

 

「ーーー意外と軽いな、お前の一撃は」

「ーーーッ!?」

 

 拮抗もせずにライザーの『爆炎剣』はイッセーの拳から放たれる衝撃波に敗け、ライザーの右半身を根刮ぎ抉り取った。イッセーはそれだけで止まらず、殴った勢いを殺さず、二歩目を踏み込んでその場で回転。軸足となる右足に強い摩擦力を働かせる。更に踏み込み左足にその回転力を乗せて回転力を増加、竜巻のような砂埃を舞い散らせながら最後に、右足を正面で驚愕の表情を隠さないライザーの左斜め前に正確に踏み込んで、強烈な裏拳をライザーの右頬に放った。

 

 半身の回復が終わらないライザーはバランス感覚もまともに知覚出来ず、強烈な衝撃を受け、身体を捻らせるように回転させながら、先ほどのように闘技場の壁に激突した。まだイッセーは止まらない。

 

 強烈な衝撃を頭部に受け、不死と言えど脳の震えによって平衡感覚すらままならないライザーの目の前に一瞬で踏み込むイッセー。この好機を逃さず、これで決める。

 

 イッセーから放たれる剛力の連打。一つ一つが本気の殺意を込められており、ライザーに復活の隙を与えること無く全身を破壊する勢いでラッシュをする。

 

 イッセーの眼に慈悲は無い。ライザーの顎を蹴り上げ、空中に高く飛ばす。力無くされるがままのライザー。炎の翼も消え失せ、ボロボロだが、その眼はまだ闘志が宿っていた。何とか自己再生を間に合わせ、五体満足状態 に治した。

 

 そのライザーにトドメを刺そうとイッセーが空中へと跳ぶ。ライザーを楽々越え、右腕をライザーに向かって構える。ライザーも最後の悪足掻きとばかりに両手に炎を溜め込み始めた。

 

 イッセーに撃たれる二つの大火球。それを拳一振りで払い退けると、イッセーはライザーに向かって弓を張るように拳を引き、一気に解き放った。その一撃に穿たれる直前、イッセーはライザーが笑ったように見えた。

 

「これで、終わりだ」

 

 その拳は確実にライザーを撃ち抜き、その衝撃波は闘技場をほぼ全壊させた。ライザーはフェニックスでありながらイッセーからの傷が癒えず、気絶している。そこへ、イッセーを勝者と宣言するアナウンスが響き渡った。




読めば分かると思いますけど、崩月の戦鬼が強すぎるだけであって、ライザーが弱いわけでは決して無いんですよね。

予想外に爽やかなライザー、果たして次回はどうなることやら。

ご感想、誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いします。

また次回でお会いしましょう。


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また一つ賑やかに

どうも虹好きです。

ようやく2巻完結ですかね。

では、本編をお楽しみください。


「今頃イッセー君たちは決着つけてる頃やろか?」

 

 施設のリビングルームにて、酒を手に静雄と岡部に話しかけるジョーカー。普段通りの緊張感が一切無い空間となっている中、岡部は資料に眼を通しながら適当に相槌をする。

 

「恐らくだが、"角"を解放しているはずだ。なんだかんだと言って、イッセーも男。義理堅い奴でもあるからな、命をかけて正面対決でもやっていそうなものだろう」

「それについては同感や。 そんで、ついでにアーシアちゃんの時と同じよう、ここに連れて帰ってきそうやな」

「お前の中ではイッセーの勝ちは確定なんだな」

 

 静雄も会話に加わり、施設内でのよくある構図が出来上がった。静雄の言葉に大仰に頷くジョーカー。

 

「やっぱ家族が勝つと信じとるわ。それに、イッセー君の"角"はマジもんの化け物が宿っとるから、下手したら静雄にも届くんとちゃう?」

「"崩月"の血筋じゃない天然。それも正統な血筋を超えた、暴れる鬼神の角だからな。もしもって可能性は確かにある」

「ほう、我等が総大将"平和島"の静雄を超えるか。まぁ、可能性は限り無く低そうだな」

「お前、その"平和島"のってバカにしてんだろ?」

「ま、待て!テーブルは投げる物ではないぞ静雄!」

「自分退散〜」

 

 うるさくなったリビングから酒瓶を手に脱出してきたジョーカーは、自室に向かいながら少し昔のことを思い出していた。

 

「"結果は誰にも分からない"、やったか?確かに、岡部君の力を越えた未来予知でもできんと確定した未来なんぞ分からんなぁ」

 

 ジョーカーがまだ施設の仲間と出会っておらず、自由気ままな生活をしていた頃に戦った、とある男の言葉。廊下の窓から見える夜空はどこまでも暗く、まるで、これからまだまだイッセーたちに試練が訪れようとしているかのようだった。

 

 

 

 半壊した空間から会場に戻ってきたイッセー。気絶したライザーはそのまま医務室送りとなった。イッセーの腕はもとの状態に戻っており、"角"がある肘の傷も既に完治寸前だった。下級悪魔が上級悪魔を圧倒する事態に付いていけない周囲の悪魔たち。そんな空気を物ともせず、イッセーはリアスのもとまで歩いていく。

 

 リアスは舞台の上で膝を着き、涙を流していた。イッセーがライザーとの戦いでリアスに言った言葉が胸に響き、決意を揺らいでしまった。同時に、とても嬉しいとも感じている。ライザーがイッセーを招待したことは予想外だ。それでも、リアスを助けるという一心でここまで来てくれたことが、リアスにとっては堪らなく喜ばしいことだった。

 

 涙の痕を拭うこともせず、イッセーを見上げるリアス。イッセーは頬を指で掻きながら舞台に上がり、リアスの前まで来ると、視線を合わせるために片膝をついた。

 

「遅くなりましたが迎えにあがりました、リアス・グレモリー様」

 

 その言葉に更に涙を流してしまうリアス。感極まり、何も喋れず俯いて静かに嗚咽を漏らしてる主に安堵し、イッセーは立ち上がってサーゼクスを含むグレモリー家とフェニックス家に身体を向けた。その中でも一番の権力者である魔王ーーサーゼクスに視線を向ける。

 

「では、約束通り、リアス様は俺が連れて帰ります」

「あぁ。悪魔は強欲だが、それ故約束事には口煩い者が多い。私もその一人だ。君の好きにすると良い」

 

 柔らかな表情で応えるサーゼクス。両家も納得しているようだ。イッセーは一礼し、リアスに手を差し出した。

 

「さぁ、俺たちの日常に帰りましょう部長」

「……えぇ」

 

 今度こそ涙を拭い、しっかりとイッセーの手をとる。イッセーがエスコートしながら舞台を降り、会場の出口へと向かう中、朱乃たちとキンジと切彦が近づいてきた。みんなの表情は全て笑みで統一されていた。

 

「良かったですわね。まさか会場に乗り込むとは思いませんでした」

「本当に驚いたよ。でも、そのお蔭で部長が帰って来たから、イッセー君たちには感謝してる」

「……かっこよかったです」

「あんな強力なモンだとは思わなかったぞ兄弟(ブラザー)。あれは確かに安易に使えないな」

「本当の殺し合いとか以外では使えないとはいえ、ありゃあ素直に強いと思ったぜ」

 

 後半の2人はイッセーの"角"が見れて大層ご満悦のようだ。切彦は未だにバターナイフを手放しておらず、もしこの場で2人きりだったら襲いかかってきても可笑しくないくらいに殺気が溢れていた。そのせいで周りのメンバーも少し冷や汗をかいている。

 

 会場の雰囲気はもはやパーティーなんてものではないが、後始末などイッセーは考えていないので、堂々と会場の外へ出た。そこで見た惨状にイッセーは暫し思考が停止する。リアスやオカルト研究部のメンバーも固まり、キンジと切彦は分かりやすく視線を明後日の方向に向けた。

 

「部長、これを何も知らない一般の悪魔が見たら、明らかテロと勘違いされると思うんですが……」

「た、多分お兄様が何とかしてくれるわ。多分……」

 

 会場から一歩出た先の光景はまさに阿鼻叫喚。辛うじで命のみを繋がれた悪魔の警備員たちがそこには居た。ほぼ全員が悶えるように痙攣し、五体満足の者は誰一人としていない。イッセーは犯人である2人にジト目を向けると、2人揃ってお互いを指差し、

 

「「こいつがやった」」

 

 互いを売り出した。同時に自分が売られたことに苛立ち、口喧嘩が勃発する。

 

「おいおい待て切彦。この腕が片方綺麗に切断されてる奴はお前の仕業だろう。俺はこんなのできねぇぞ」

「それを言うならならあそこに風穴空けて転がってる奴はお前だろうが。オレは刃物しか使わねぇよ」

「明らかお前の方が数多いぞ。お前の斬撃の痕は分かりやすいからな」

「確かに切り裂いたがよ、それでもまだ動くからってオーバキルの鉛玉をプレゼントしたお前が言えることじゃないだろ」

 

 内容が内容なだけにイッセーは軽く頭痛を覚え、それを察した子猫がイッセーに背中から抱きつく形で軽く甘えてきた。今のイッセーにはそれだけが癒しである。リアス達は1秒でも早くこの場から離れようと転移陣を構成していた。そろそろ転移の準備ができる頃合いを見計らい、イッセーは2人に声をかける。

 

「まぁどっちもどっちでいいだろ。誰も死んでないんだし、部長の言う通り魔王様に何とかしてもらおう」

「む、そうだな。最終的にはあっちから攻撃してきたと言えば正当防衛として見てくれるんじゃないか?」

「ヤられたからヤり返した、か。それでいいんじゃない?そうやって句切らなきゃいつまでも終わる気がしない」

 

 切彦はそう言ってバターナイフを放り投げた。同時に彼女の雰囲気が一転。眠そうな大人しく少女に早変わりした。

 

「3人とも準備できたよ」

 

 結菜に呼ばれ、イッセーたちは馴染みのオカルト研究部に転移した。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 ライザーは見慣れぬ天井を見上げていた。真っ白なベット。レーティングゲームなどで戦闘不能になった者が運ばれる場所ーー医務室だ。フェニックスの特性である不死の身体のお蔭で目立った外傷を負ったことがないライザーにとって、人生で初の医務室送り。格好はボロボロとなった婚約披露宴の正装姿のため、運び込まれてから時間は余り経っていないとみえる。

 

(俺は、負けたんだったな。言葉は悪いが、リアスを賭けたイッセーとの戦いで)

 

 完敗したはずなのに、不思議と悔しいという感情は湧かなかった。それどころか、清々しいとさえ感じさせる。そこへ、入り口から慌しい足音が多数聞こえたかと思えば、ライザーの眷属全員が血相を抱えて扉から流れ込んできた。全員が同じく泣きそうな表情をしており、それを見たライザーは思わず微笑んでしまう。

 

「どうしたお前たち。俺は死んでないぞ」

 

 ライザーのことを大層心配していたのだろう。ライザーの言葉というより、声を聞いた何人かの眷属は涙を溢れさせ、そのままライザーへとダイブしてきた。ライザーは何とか受け止める。他の眷属達もライザーのベットを囲んできた。

 

「運ばれた時、ライザー様の容態はそれは酷いものだったのですよ。フェニックスの象徴たる不死の力が働かず、傷が全く塞がらなかったのですから」

 

 みんなを代表してユーベルーナが言う。ライザーは気絶していたため記憶には無いが、医務室送りにされた理由には薄々気づいていたため、焦ったような様子はない。

 

「もしかして、今完治しているのはフェニックスの涙を使ったから?」

「はい。不死身のフェニックスが傷を負い、消滅に向かっていたのです。判断までは時間がかからず、すぐに使用許可は下りましたので」

「そうか。感謝するよ」

 

 抱きついている仲間の頭を撫でながら、もう片方の腕を回す。身体機能の異常は無い。報告を終えたユーベルーナに礼を言い、ライザーはベットから降りた。眷属は腕に抱いたまま。腕から降ろし、眷属に背を向けたまま、ライザーは静かに話だす。

 

「負けてしまったよ。今回の件で、俺の評価は地の底まで落ちたと思う。俺の下から去りたい者は、妹ーーーレイヴェルのように、母に頼んでトレードしてもらうことも可能だよ。知っているとは思うけど、悪魔の社会は人間界よりも競争本能が激しい。ここから這い上がるにはそこそこの時間が必要となる。後でもいい、俺から去りたい者は言ってくれ」

「いませんわ」

 

 即答したのはレイヴェルだった。ライザーの頼みで母とのトレードを了承した彼女だが、そうでもされなければ彼女とてライザーの眷属を辞めるつもりはなかった。レイヴェルとしては、自分が付き添いたいと思う相手を見つけろとライザーから言われたが、ライザーこそが自分の『王』に相応しいとすら感じていた。

 

「ここにいる者達はみな、それぞれの想いを胸に兄様の眷属となったのです。私ですら、兄様直々の言葉でなければ辞める気はありませんでしたし。それに、兄様ならすぐにでも名を上げることができますわ」

「レイヴェル……みんなも同じ気持ちなのか?」

 

 振り返りながら聞くライザー。その問いに対する答えは、力強い頷きだった。自然と笑みになってしまう。

 

(あぁ……本当に、俺なんかには勿体無いくらいに出来た眷属たちだよ)

 

 そして、いつまでも弱々しい姿を見せられないと表情を引き締めながら眷属たちに言った。

 

「これからも宜しく頼むよ、俺の眷属たち」

 

 眷属全員が笑顔で返事をする。医務室に似合わない、元気な声が響き渡った。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 すっかり馴染み深くなったオカルト研究部の部室も、何故か今はとても懐かしく感じられた。ところどころに張り巡らされた黒魔術のような陣の数々、高校生の部室としては多少思考がズレていると言えるが、悪魔にとっては普通の部屋。

 

 イッセーはリアスの近くに寄る。他のメンバーは邪魔せぬよう部室の端まで移動し、しかし聞き耳だけはしっかりと立てていた。それに気づきながらもイッセーはリアスの横に立って喋り出す。

 

「結構、やりすぎたとは思っているんです。部長は上級悪魔、そのパーティーを丸々ぶち壊したんですから。どんな罰でも受けます」

「……罰なんてないわ。あなたは私を救ってくれたんだもの」

 

 でも、とリアスは言葉を続け、

 

「覚悟もしていたのよ?一応ね。だけど、漸く自分の気持ちに素直になれる気がするわ。さっきまでのリアス・グレモリーは死に、新たなリアス・グレモリーとして生まれ変わった気分よ」

「俺の主はあなただけです。あなたの願いを叶えるために出来ることがあるなら幾らでも言ってください」

 

 イッセーの言葉に、リアスはまるで年相応の少女のような、柔らかな笑みを浮かべ、そっとイッセーの唇にキスをした。流れるような動きだったため、イッセーは一瞬何が起きたか分からず、何度か瞬きをする。そんなイッセーに、イタズラが成功した子供のような表情でリアスは言い放った。

 

「私のファーストキスよ。あなたにあげるわ。これからも宜しくね、イッセー」

「えっと……はい」

 

 その様子を見ていたギャラリーは、話し声が丸聞こえかつ、リアスの見せつけるような大胆な行動に赤面している者も居れば、口角を分かりやすく上げ、ニヤニヤ顔を作っている者もいた。

 

 これから散々からかわれたりするのだろう。しかし、イッセーは柔らかな笑みのリアスを見ると、不思議と仕方ないという気持ちになるのだった。

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 翌日、イッセーはいつもより早い時間に目覚めた。それだけならば大した問題にはならない。誰にでもそういうことはあるだろう。しかし、今日は何かが違った。寝惚け眼で天井を見つめるが、完全な覚醒をしているわけでもないのにイッセーは只ならぬ違和感を感じていた。というか、1人用のベットがやたらと狭く感じる。そして、ここ最近嗅ぎ慣れた女性特有の甘い香りがイッセーの鼻腔を刺激しているのだ。

 

『相棒、逃げずに現実を受け容れろ。隣に眼を向ければ全てが解決する』

 

(やっぱそうだよなぁ……)

 

 現実逃避をやめ、恐る恐る隣で眠っているであろう女性に眼を向ける。そこにはーーーリアスに良く似た女性がいた。リアスのように美しい紅髪に女性らしい肉付きをしているが、その女性はショートボブヘアーーー簡単に言えばリアスよりも髪が短いのだ。リアスは腰まで伸びる長髪の持ち主。リアスの親族の誰かであろうか。何故か全裸でイッセーの横を陣取り、安らかな寝息をたてている。

 

(とりあえず、これは朝から刺激が強すぎる。何とかしなきゃ、夕乃さんに殺されるぞ)

 

 イッセーはその女性に布団をかけ、勤めて平常心を保つよう意識を集中させた。ツッコミどころの多いこの状況、もしツッコんでしまえば施設内のアーシア以外にバレることになる。

 

 しかし、イッセーはその時忘れてしまっていた。この施設の人間は気配に敏感であることを。ベットで寝ている女性の気配が明らか悪魔のそれだということを。

 

 突如扉の向こうから感じる、溢れるような殺気。寝惚けていたからか、それとも今までその殺気を抑えていたのかは分からないが、イッセーは瞬時に悟る。

 

(あ、コレ死んだわ)

 

『相棒!?諦めるのは早過ぎるぞ!?いくらあいつでも話ぐらいは……』

 

 ドライグの言葉を最後まで聞くことはなかった。無論、扉が開き、そこから怒気と殺気を孕んだ微笑みを浮かべる夕乃がいたからだ。微笑んではいる。しかし、その足取りは幽鬼のように覚束ないもので、イッセーは言われなくても自分から正座をした。

 

「おはようございます、イッセーさん」

 

 全く口元が動いていない。どこから声を発しているのかが分からない。それでも微笑んでいるのが更に怖い。

 

「お、おはようございます夕乃さん」

 

 平常心とは一体何だったのか。イッセーは恐怖のあまり声が上ずっていることを自覚しながら引き攣った笑みを浮かべる。額からは滝のような汗。全身は小刻みに震え、イッセーの人間としての本能が死を直感していた。表情を変えずに夕乃はゆっくりと首を傾げる。……綺麗に直角90度、もうホラーだ。

 

「ずっと気になっていたんですよねぇ……昨晩いきなり施設内の気配が増えたと思いきや、場所はイッセーさんの部屋。心配で心配で眠れませんでしたよ」

 

 何と、つまり夕乃は昨晩から一睡もせずイッセーの部屋の前で張り付いていたとでもいうのか。いつ殺されるか分からない緊迫の嵐の最中、この場をつくった元凶が眼を覚ました。

 

「ん……?あらイッセーに夕乃、おはよう」

「あら、おはようございますリアスさん。色々と問いただしたいことはありますが、とりあえず一つだけ……何故ここにいるんです?」

 

 夕乃の矛先がリアスらしい女性へ向き、修羅場が発生した。イッセーは眼を丸くしながら変わったリアスを見つめる。

 

「え?部長なんですか?」

「あら、気づかなかった?昨日言ったでしょ?これまでの私は死んで、これからは新しい私として生きるって。分かりやすく髪を切ってみたんだけど……どうかしら?」

「凄く似合っています、はい」

 

 どこか恥ずかしそうに髪を弄り、上目遣い気味にイッセーに言うリアス。全身を布団で隠しているため、正直全裸よりも恥じらいがある分妖艶に感じてしまい、頬を赤く染めて即答してしまうイッセー。夕乃の殺気が2倍になった気がする。

 

「イッセーさんは黙りなさい、というかここから出なさい。リアスさんはその後に着替えてもらいます」

「えっと夕乃さん?部屋は壊さないでいただけると「早く出なさい」ーーはい」

 

 極力視界を狭めて部屋から逃げるように出るイッセー。幸い、大事な家具等は少ない。イッセーは全壊しないことだけを願い、リビングへと歩いて行く。早い時間のため、リビングには静雄と岡部しか居らず、イッセーの疲れた表情を見てある程度のことは察したのか、静雄がコーヒーを淹れてくれた。

 

「朝から大変だなイッセー」

「ありがとうございます。何で部長がいるんですかね」

 

 コーヒーを受け取り、一口飲んでから席に着く。熱い液体がその温度を全身に伝え、幾分か脳が働くようになった。

 

「岡部が『運命探知』でまた一部屋空けていたかと思えば、まさか"あいつ"の妹が来るなんてな。つか岡部、お前俺に教えておきながらイッセーたちには教えてなかったのか。夕乃はやたら殺気立ってるし、この施設消えるんじゃないか?」

「その方が面白そうだったのでな。後悔も反省もしている」

「何楽観的に破滅的な思想を話しあってんですか……ところで静雄さん、"あいつ"って誰ですか?部長が妹となると、1人しか思い浮かばないんですが」

 

 同じく席に着いて煙草に火を着ける静雄と、朝からドクターペッパーを煽っている岡部。静雄が何気無く言った一言にイッセーは反応した。静雄は聞き返されると思っていなかったようで、軽く間を置いて紫煙を吐く。

 

「あー……まぁ、別に隠すことでもないしいいか。俺たちな、現魔王のサーゼクス・ルシファーと知り合いなんだよ。結構前からな。岡部の『運命探知』で知ってから久しぶりに連絡を入れてみたら妹がこの施設に住みたいらしいってんで、許可したら髪を切ったリアスが転移してきたってわけだ」

「……なんかもう、朝から疲れました。納得はしましたけど。それなら、部長の部屋はもうあって荷物も引越し済みなんですか?」

「そっちは多分そろそろ終わると思うんだが……」

 

 そこでタイミングを図ったかのようにジョーカーがリビングに入ってきた。イッセーと似たように疲れた雰囲気を醸し出している。この男にしては珍しことだ。

 

「おー、イッセー君やん。漸く引っ越しの荷物を運び終わったで。何で女の子ってあんなに荷物多いんかな」

「悪いな、少し待ってろ。今コーヒーを淹れてくる」

 

 静雄が立ち上がり、席に着いたジョーカーの前に淹れたてのコーヒーを置く。相変わらず室内でもニット帽を被っており表情が伺えないが、大抵雰囲気で喜怒哀楽を表しているため、この施設内で一番分かりやすい人物だ。今も椅子にだらしなく凭れ掛かり、ダルいオーラを溢れさせている。イッセーは苦笑いしかできない。

 

「ジョーカーさんも起きてた……というより寝てない感じですか?」

「ま、そういう感じやね。でも急にあの嬢ちゃんが住む言われたときは驚いたわ。また家族が増えて賑やかになるって感じ?」

「今頃イッセーの部屋で夕乃に説明しているのではないか?ピュアーシアも馴染みの仲間が増えれば過ごしやすくなるだろう。金銭面も特に困ってはいない。危険が伴ってもここなら守り通せる。何も問題はないだろうな」

 

 岡部もリアスが住むことに関して賛成のようだ。こうなればイッセーからは何も言うことができない。イッセーの部屋からは夕乃の怒号が絶えずに響き渡っており、自然とリビングに人が集まってきた。

 

「朝から元気だな、夕乃さん」

「……殺気がダダ漏れで怖いです」

「い、イッセーさんの部屋の壁がヒビ割れてましたよ?」

 

 キンジと切彦とアーシア。アーシアの一言でイッセーは遠い目となってしまった。主に自分の部屋が儚く消えることを素直に受け止めたらこうなった。

 

 それから10分後、夕乃は額に青筋を浮かべ、リアスはいつもの凛とした部長顔でリビングに入ってきた。

 

「これから施設で共に生活することとなったリアス・グレモリーです。よろしくね」

 

 みんなの前で改めて挨拶するリアス。何も知らなかったキンジ達は少しの間惚けていたが、大体の事情を理解すると普通に歓迎していた。夕乃もなんだかんだ反対する気はないらしく、施設のルール(というか主に不純異性交遊を極限まで禁止するだけ)を口すっぱく言っているが、恐らく何の意味も成さないだろう。そこに爆弾を投下するのはジョーカー。

 

「年頃なんやし、そういうイベント一つあってもええんやないか夕乃ちゃん?君らぐらいの時はあれやろ?思春期なんやし、そんな制限する事ないと思うんやけど」

 

 イッセーたちはジョーカーの発言に一瞬死を覚悟した。夕乃はその辺に大層厳しいため、何気ない言葉が怒りのスイッチとなることも可能性的には十分あり得るのだ。しかし、当の夕乃の反応は意外すぎるもので、暫く間を空けたかと思えば、多少難しい顔をしながらも了承したのだ。

 

「そうですね。ジョーカーさんの言い分も一理あります。もう高校生ですしね……ある程度の節度を持ってならば許すことにします。ただし、行き過ぎた場合は……私からキツいお仕置きです」

 

 それでもやはり夕乃は夕乃。お仕置きのところで静雄たち責任者以外の施設の全員が身震いをした。

 

「じゃあ、これからは一緒に寝ましょうかイッセー」

 

 そこに再び投下される核爆弾。ジョーカーなどは「羨ましいくらいにお熱いんやね〜」などとニヤけながら言っている。イッセーは夕乃の顔色を伺うが、案の定その顔は修羅が宿っていた。血の気が引くイッセー。

 

「あれだけ言ったのに本当に反省がない人ですね!やっぱりダメです!不純異性交遊は認めません!」

 

 その怒鳴りに一瞬だが落ち込んだのが数人、明らか喜んだのが1人。イッセーはまた一つ賑やかになった施設で困ったように笑みを溢す。それは、自然かつ純粋な喜楽の笑みであった。




ご感想または誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。

リアスの髪型はToloveるダークネスのモモ辺り、というかモモが紅髪になったと想像してくださるといいかと。

やっぱ正規ヒロインなので、オリジナリティ溢れながらもそこは原作通り行きます。

次回は3巻、そろそろ施設の家族を揃えてあげたいですね。

リクエスト等もお待ちしております。

それではまた次回でお会いしましょう。


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聖なる剣は日常を切り裂く

どうも虹好きです。

今回からオリジナル要素がどんどん増えていく予定です。

だいぶ原作と時間軸もズレたりします。

それでは本編をお楽しみください。


 ーー何故自分が生まれてきたのか理解出来なかった。

 

「I am the bone of my sword.」

 

 ーー死を覚悟したあの時、陰陽を示す夫婦剣で絶望を二つに裂いたあの赤い外套を眼にするまでは。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 稀代の元天才神父、フリード・セルゼンは最後の依頼人のもとに来ていた。神聖な雰囲気を持つ神父服を身に纏っているが、フリード自身はなかなかおちゃらけた性格なので、似合う似合わないは兎も角、フリードをよく知る者からすれば違和感の塊のような姿だ。

 

 そんな彼の目の前には、これまた司祭の格好をした多少歳をとった男がおり、剣を中心に魔術陣を組んでいた。その剣はかの有名な聖剣エクスカリバーが分裂した一つらしいが、七つに分裂をとはいえ、限りなく本物に近いモノ(・・・・・・・・・・・)を眼にしたことがあるフリードからすれば、拍子抜けの出来映えである。

 

 そんなフリードの残念そうな視線にも気づかず、熱心に魔術で聖剣の力を引き出そうとしている男ーーバルパー・ガリレイ。その眼は一種の狂信者のような危険な色を宿しているが、依頼金の払いがいいため文句は言わずにフリードは黙っている。

 

 そして、その近くで腕を組み、聖剣を凝視しているもう1人の傭兵。フリードと同じく雇われた身だが、フリードとは別の意味で有名な者だった。白髪を持つ男だがその実、"レッドキャップ"という二つ名を持つ"殺し屋"。噂を聞けば、狙った獲物は二度と動かなくなるまで壊し続けるのがモットー。返り血でその白髪を赤く染めることからその名が出来た。敵としても、味方としても油断できない存在だ。

 

(あー……まぁた面倒な仕事になりそうでございますなぁ)

 

 今回の仕事、雇い主自体はバルパーなのだが、ボスは別。堕天使の幹部である十翼のコカビエルという、イかれた戦争オタクだ。しかしながら実力は三大勢力の戦争で生き残るほどのもので、その力はバカに出来ない質量を誇る。今は顔を出していないが、その内来るはずだ。

 

「よし……これで通常以上に聖なる力の出力を上げられるはずだ」

 

 その時、聖剣に魔術を行使していたバルパーが肩で息をしながら満足気に独り言を呟いた。フリードは聖剣に眼を向ける。確かに魔術を行使する前とは聖なる輝きの質量が段違いに上がっていた。それでも、フリードの心を動かすことはないが。

 

「さて、この剣はお前が使うんだフリード」

 

 バルパーが振り返ってフリードに言う。フリードはダルそうにしながらも大人しく聖剣のもとまで歩いてその柄を握り、少し天に掲げて出来映えを確認してみるが、やはり何も感じることはなかった。

 

「……この程度で聖剣か……」

 

 誰にも聞こえない程小さく漏れた言葉。その言葉は直様空気に溶けたかと思えたが、"レッドキャップ"だけはその言葉を聞き取り、無表情ながら口角を微かに上げていた。

 

「この剣の試し斬りに丁度良い相手が駒王町で我等を嗅ぎ回っている。そいつもエクスカリバーの1本を持っているはずだ。そいつから聖剣を略奪してこいフリード」

「何故俺っちの雇い主は、揃いも揃って人使いが荒いんでございましょーかねぇ」

「グダグダ言わずにサッサと行け。金は弾んでやる」

「どこまでもついて行きやすぜ旦那」

 

 フリードの変わり身の速さは異常なレベルだ。金が絡めば基本的にそちら側についてしまう。それがフリードという男なのだ。聖剣を肩に担ぎ、目的の敵を排除しに向かう。そのフリードの隣から顔を出すのは"レッドキャップ"だ。

 

「君は別の仕事があるんじゃねぇんですかい?勝手に持ち場離れても俺っち知んねーぞ」

「ここいらでコカビエルに刃向かおうとする輩はほぼゼロ、たとえ刃向かったとしてもコカビエルが苦戦しそうな奴なんてそうそういないさ」

「俺っちに付いて来る理由は?」

「聖剣の性能を知りたいだけだ。まぁ、1人より2人の方が早く方がつく」

「そりゃそうだろーが……まぁいいや」

 

 フリードは敢えて言葉を区切り、仕事に集中することにした。すべきことは決まっており、これが最後の仕事なのだから。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 イッセーはここ最近寝不足気味だ。理由はとても簡単、新しい住民がとても行動的で、毎度毎度夜な夜なイッセーのベットに潜り込んでくるためである。それだけならまだマシだが、それに対抗心を燃やした他の施設の女子も真似してイッセーのベットの入ってくるのだ。狭いわ、女性特有の匂いはするわ、毎回夕乃の雷が長引くわでイッセーはここ最近ほとんど寝ていない。

 

 たった今もベットの両脇とイッセーの上を支配している主犯者たちのせいで眠ることが出来なかった。右側にリアス、左側にはアーシア、上では切彦がそれぞれ安らかな寝息を立てている。尚、リアスは全裸で寝ているため、イッセーは首を痛めるほどアーシア側へと視線を移動させていた。アーシアと切彦は可愛い寝間着である。

 

 最初の頃はイッセーの部屋に忍び込んだだけで夕乃にバレ、説教を喰らっていたのだが(何故かイッセーも一緒に)、いつの間にやら夕乃の五感すら捉えることが不可能になるほど気配を隠せるようになっており、今ではこの通りイッセーと何回も寝ている。気配の薄さは驚くもので、イッセーですら偶に見失うのだ。

 

 しかし、一夜明ければ気配など関係無く一発で居場所がバレる。これも毎度のことなのだが。今の膨大な殺気が部屋に接近しているのをイッセーは感じ取り、朝から血を見ることになりそうだと心の中で自分の合掌する。

 

 退かすことは簡単ではあるが、こんな安らかな寝息を立てられては、起こす方が罪悪感を覚えるというものだ。これもイッセーの悩みの一つと言える。

 

 そして、部屋の扉が勢い良く開けられ、その音に眼を覚ます主犯者3人。一斉に視線を向ける先には、額に青筋を浮かべながらいつもと変わらず麗しい笑みをしている夕乃。イッセーは静かに両耳を抑える。次の瞬間、雷の音にも負けない怒号が施設全体を襲った。

 

「毎回毎回いい加減にしてくださいよッ!!せめて服を着なさい服を!!切彦さんも猫みたいに丸くならない!!アーシアさん隠れてもバレてますよ!!」

「私、服を着ると寝れないのよ」

「……あいむすりーぴー」

「え、えと……先越されたくなくて……」

 

 それぞれの言い訳に夕乃は遂に堪忍袋の尾が切れた。イッセーは静かに切彦を上から降ろし、ベットの中から抜け出し、逃げるように部屋から出て行った。夕乃はそんなイッセーすら眼中に映らなくなっているようで、これはまた暫く終わるまいとリビングに逃げていく。今日も今日とて施設の住民はみな元気だ。

 

 イッセーの部屋から聞こえる怒号をBGMに、リビングで一服している静雄。何時ものことと割り切っているため、何も言うことはない。ジョーカーもイッセーの姿を見ると軽く苦笑いを返し、岡部は集中力が削がれるか、資料は放って椅子に凭れ掛かっている。キンジも先に来ており、テーブルの上に突っ伏していた。イッセーを見つけると気怠そうに怒号の根源の苦言を吐く。

 

「朝っぱらから元気すぎだろ。もう少し静かにして欲しいもんだ」

「いや、その、何かゴメン」

 

 イッセー自身がことの発端のため、強く反論できない。寧ろ謝ってしまうほどだ。リアスが来てから、施設は毎日のように賑やかになった。それは喜ばしいことではあるが、イッセーとしてもキンジと同じく、朝はもう少し静かにしてもらいたい。

 

「そういえば、昨日部長が明日の部活を施設でやりたいとか言ってたよな?何でも今日は旧校舎の定期的な大掃除の日だとか。まぁ、使い魔辺りにやらせるんだろうが」

「確かに。静雄さん、ここって使わせてもらえます?」

「施設内、か。俺的にはお前らの部屋とかでやんなら特に言うことはないな。岡部とジョーカーはどうだ?」

「俺の研究所の入らないのならば好きにしていい」

「自分はこれと言って反対することは何もあらへんな」

「分かった。んじゃ、後で部長に伝えとく」

 

 結局、夕乃たちがリビングに来たのはそれから30分後だった。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 学園に登校している途中、イッセーたちは横を通る駒王学園の生徒達から注目されっぱなしだった。それもその筈で、学園の三大お姉様の1人であるリアスが持ち味の長髪を切り、今までとは一味違う雰囲気を持った少女に変わっているのだから。イッセーたちと登校しているのも一つの理由かもしれないが、大元の理由はそれである。しかも、登校中は基本的にイッセーの横を陣取り、時には腕を組むなど、イチャイチャなカップルみたいな行為をしているのだ。その時は大抵夕乃がキレる。

 

(俺からは断じてそういう行動をとっていないはずなんだけどな……)

 

『お前は歴代の所有者の中で一番女に好かれているぞ。喜べ、相棒』

 

(何か嬉しくねぇ)

 

 精神世界のドライグと意思疎通を計りながら校門を潜ると、少しばかり元気の無い結菜が歩いているのを見かけた。

 

(いつものあいつらしくないな……何かあったのか?)

 

 イッセーはリアスたちに一言言って結菜に駆け寄る。その背はいつもの活気溢れる少女のものとは全く別の、何やら厄介なものを背負っている重たい背中だった。

 

「おはよう結菜、なんか天気が無いようだけどどうした?」

「あ、イッセー君おはよう。ちょっと考えごとをしていただけだよ」

「考えごと?」

 

 いつも笑顔を絶やさない明るい結菜が表情を暗くするほどのこと。イッセーは軽く考えてみるが、いかんせんイッセーは結菜の出で立ちなどを知っているわけでは無いため、早々に考えるのを諦めて素直に聞く。

 

「うん……朝からこんなこと言うのは申し訳ないんだけど、イッセー君なら頼れるし言っていいかな?」

「悩み事は1人で抱え込むより相談できる人に話した方がいい。俺で良ければ聞くよ」

「ありがとう。えっとね、実は昨日、フリード・セルゼンに会ったんだ」

 

 イッセーは思わず眉を顰めた。少し前にあった堕天使レイナーレとの戦闘の際、レイナーレに雇われていたのがフリードであり、イッセーとキンジの義兄弟なのだが、フリードは基本的に高額の金が手に入る仕事しか受けない。それはつまり、下手すれば命に関わる仕事ということも十分あり得るのだ。

 

(こんな短期間にあのバカは……)

 

 レイナーレの時もこの駒王町。そして今回も結菜が接触したということは、また駒王町が舞台だ。この町は何か特殊な呪いでも掛けられているのだろうか?龍殺しの類ならば全力で逃亡を計りたい。

 

 結菜は言葉を続ける。やけに細かく、そして丁寧に、その口調はまるで体内で暴れる激情を無理矢理抑え込んでいるかのようだった。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 昨日、結菜は夜道を歩いている時、何やら殺伐とした気配を感じた。見れば、見覚えのある白髪の神父ともう1人の見知らぬ白髪の持ち主が教会の神父と対峙していた。常闇が広がるような夜道であったが、悪魔である結菜には昼間と全く同じに感じる視界で、フリードは神父に襲いかかる。その手に握っていたものは、忘れようにも忘れることのできない最悪の代物。

 

「ーーー何であれが……エクスカリバーがフリードの手に……?」

 

 思わず呆然と呟き、思考が真っ白になってしまった結菜。結菜は神父に対し、並ならぬ憎悪の念を持っている。しかし、聖剣に対しては、その倍以上と言っても過言では無いほどの憎しみが結菜の身体を蝕んでいた。自分でも気付かぬ内に『魔剣創造』を発動しており、右手にしっかりと握る。

 

 フリードは神父に峰打ちをして意識を失くすと、ーー最初から気づいていたのだろう、結菜に視線を向けた。その顔は、見られたくないものを見られたという感じのものだ。その少し後ろで立っている白髪の男ーー"レッドキャップ"は無表情のまま結菜のことを見つめている。

 

 結菜はもう一度だけフリードの手の中にあるものを確認した。距離は多少空いているというのに、しっかりと肌で感じる聖なる力。まごうごとなき聖剣である。それを見届けた結菜は、その場から一気にフリードへと駆けた。同一人物からはとても考えられない鬼気迫る表情だ。

 

「ん?あれ?もしかして俺っち何か粗相でも働きましたかねぇ!?」

 

 フリードからすれば、軽く挨拶でもしようかと言う感じだったのだが、結菜からの視線が、教会で向けられたあの視線と同じだったため、少し出方を窺ってみたのだが、ーーまさかあんなに本気で殺りに来るとは夢にも思わなかった。

 

「ハァッ!」

「っとぉ!オイオイオイ!?結菜ちゃんってこんなにお熱いタイプのキャラだったっけ!?俺っちだいぶ心臓バクバクいってんだけど!?」

 

 結菜が渾身の力を込めた全力の一閃を何とか防ぎ、抗議にもなっていない叫びを口にするフリード。"レッドキャップ"はその様子を興味有り気に見ている。決して手出しをする気はない。

 

 フリードの言葉に耳を貸さず、『騎士』の特性を活かした切り込みを行う結菜。フリードは口調はふざけながらも、怒りと憎悪に身を任せている結菜の斬撃を精確に弾き、大きく踏み込んで聖剣を大振りの一太刀を魔剣目掛けて振り抜く。流石は分裂はしても名目上有名な聖剣。結菜が想像した魔剣を見事に真っ二つに割った。そこからの追撃は行わず、フリードはバックステップで距離をとる。

 

「……やっぱこの程度ですかい」

 

 手元の聖剣を見ながらつまらなそうに呟くフリード。結菜はフリードが本気じゃないことに対して怒りを露わにしたが、ーーそこに肉を千切り、砕く音が響いた。

 

「……ありゃ?"レッドキャップ"君、その名の通りになっているでございますけどもしかして殺っちゃった?」

「それ以外に何がある?」

 

 フリードですら半ば呆然と"レッドキャップ"の姿を視界に収め、結菜はその足下の残骸に眉を顰めた。フリードが気絶させた神父が四肢をもがれ、血塗れで倒れ伏している。その返り血の影響だろう、"レッドキャップ"の髪は鮮血で染められ、その名の通りの姿となっていた。フリードは聖剣の柄で頭をかき、軽く嘆息すると懐から閃光玉を出す。結菜は気付くのに一歩遅く、既に腕を振り上げ、閃光玉を地面に投げつけるモーションにはいっていた。

 

「興が削がれちまったから今日の所は帰りましょ。こいつも聖剣を持ってなかったし。んじゃ、ちゃらば!」

 

 眩い閃光が辺りを包み込み、結菜はその光から逃れるため眼を硬く閉じる。光が止んだ時にはフリード達の姿は消え、惨殺された神父の遺体のみが残されていた。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「と、いうわけなんだ。朝からこんな話、本当にゴメンね?」

 

 申し訳なさそうに眉を下げる結菜。イッセーとしても正直、リアスの件が終了してからこんな短期間で更なる事件が起こるとは微塵も思っていなかった。

 

「結菜は個人的に神父を嫌ってるんだったな。そして、聖剣のことも嫌ってる。その類のことに関して俺は余り知識を持たないから詳しいことは分からないけど、お前をここまで思い詰めさせるんだ。色々あったんだろ?力は幾らでも貸すから、部長たちにも相談したらどうだ?聖剣のこととかも詳しく知りたいしな」

「……迷惑にならないかな?」

「大丈夫だよ。俺たちを信じろ。それに、フリードが関わってるなら俺たちにも無関係なことじゃないしな」

 

 ここで立ち話するような内容ではないというのと、HRまでに終わるような内容ではないと判断したイッセーはそう提案するが、結菜の顔は浮かない。瞳の奥底には暗い闇が広がるようで、結菜の周りの空気は張り詰めていた。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 放課後、部室にて結菜は改めて昨日の話をリアスたちに話した。聖剣の単語に著しく反応したのはリアスと意外なことに切彦だった。

 

「……それって、"あの計画"に使われてた……」

 

 話が終わった直後に切彦の口から溢れるように呟かれた言葉。イッセーとキンジ、夕乃は首を傾げたが、リアスと特に結菜は眼つきを鋭く、今にも射殺さんばかりに切彦に迫って肩を掴む。

 

「何で君がそれを知っているんだい?」

 

 トーンの低い結菜の声。見れば、身体を小刻みに震わせている。刃物を持たない切彦は物静かな少女のため、結菜の変わりように軽く恐怖したのか、両眼に涙を溜めていた。

 

「……む、昔フリードが師匠さんと一緒にやった仕事を教えてもらったんです。その時に出てきた聖剣の名前が同じだったので」

「それってまさか、"聖剣計画"とかって名前じゃない?」

「……そうです」

 

 結菜の握る力が強くなり、切彦はイッセーに視線で助けを求める。結菜の劇的な変化。イッセーは結菜の片手を軽く叩き、切彦を自身の胸に抱き寄せた。結菜も無意識からなのか、自分の両手を凝視している。切彦の頭を撫でるイッセーの代わりに、キンジが結菜に質問した。

 

「俺たちも初耳だ。あいつ自身、切彦にしか伝えてないんだろ。俺たちは互いに互いをあまり知らないから、その"聖剣計画"とやらを含め、結菜が何故そこまで神父や聖剣を嫌うのか教えてもらえないか?」

「……」

 

 しかし、結菜は何も答えない。普段からは想像もつかない憤怒表情のまま微動だにしない。そんな結菜を庇うように、リアスがキンジの問いに答えた。

 

「"聖剣計画"とは、聖剣エクスカリバーを人工的に扱えるようにする実験よーーー結菜はその計画の生き残りなの」

「それだけを聞くと穏やかな内容ではありませんね」

 

 夕乃の言葉にリアスは頷き、言葉を続ける。

 

「そもそも、聖剣は悪魔にとって最悪の相性を持つものでね、強力なものは私たちが触れるだけでたちまち身を焦がしてしまうほどのものよ。また、エクスカリバーのように有名かつ強力な聖剣というものは聖剣自身が持ち主を選ぶらしいの。その被験者として結菜を含む何人もの教会の子供達が実験された。でもね、結菜を含む全ての子供が適応することができなかったの。教会の人間はそんな子供達を不良品と見定め、『処分』したのよ」

 

 最後の処分のところで、結菜の身体が大きく震えた。トラウマなのだろう。処分とはつまり、殺したということ。だから結菜は生き残り。

 

「『処分』の方法は毒ガス、子供達はなんとか結菜だけを外逃すことに成功し、それでも結菜の身体には吸ってしまった毒がまわってしまっていた。瀕死の状態で倒れている中、当時たまたま留学してその場に居合わせた私が眷属として悪魔に転生させたということよ」

 

 この説明で一番のショックを受けてたのはアーシアだった。元教会の修道女であるアーシア、教会が裏でこんな悪逆非道なことを行っていたなど早々には信じられないだろう。オカルト研究部のメンバーも知らなかったらしく、みんなが言葉を失っていた。そこで、結菜の視線が切彦に向けられる。

 

「フリードが仕事で"聖剣計画"に関わっていたらしいけど、それはどういう風に関わっていたの?切彦ちゃん」

 

 その言葉は、遠回しな殺害予告だった。フリードは師匠とよく世界を周り、《正義》の味方として活動していたことはイッセーも知っている。だから決して悪にはつかないと信じたいが、もし万が一があった場合、結菜は次にフリードと出会った時に刺し違えても殺しに行く気だ。どのように切彦が話を聞いているか分からないが、イッセーは腕の中で縮こまる切彦に心配そうな視線を向ける。

 

「……すみません。詳しくは何も言っていないんです」

「……そう、分かったよ」

 

 イッセーの心配を他所に、困ったように答える切彦。そこで漸くイッセーは思い出す。フリードは仕事などに関してはなかなか口が硬いことを。

 

 結菜も深く追求はせず、しかし、早足で部室から出て行ってしまう。それを止めるべきかとイッセーは逡巡するが、リアスが首を横に振ったのを見てやめた。1人で考えるということも必要だろう。

 

 イッセーたちの日常は、ここに来てまた崩れ始めていた。




ご感想、誤字脱字等のご指摘よろしくお願いいたします。

それではまた次回でお会いしましょう。


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光と影

お久しぶりでございます、虹好きです。

長い間をあけてしまい、大変申し訳ございません。

年末と年始はスケジュールが詰み詰みで…本編がどこまで進んだのかすら忘れていました。

ちょっとごちゃごちゃしてるかもしれませんが、本編お楽しみください。


「Steel is my body, and fire is my blood. 」

 

 ーー少年は眼前に広がる剣戟の極地を眼にし、これだと感じた。この力があれば、己の生に何か意味を成せるかもしれないと。今見てる世界が変わって見えるかもしれないと。

 

「I have created over a thousand blades. 」

 

 ーー赤い背は、そんな少年からの羨望の眼差しを受けながら、迫り来る悪鬼を猛々しく唸る双剣で切り裂いた。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 ここ最近、結菜の表情は憂いを帯びたものばかりであった。来週には球技大会を控え、部活対抗の競技もある。そのため、リアスは闘争心を燃やし、悪魔の時間帯である夜間が訪れるまでの部活は球技大会の練習が主となっていた。【レーティングゲーム】での敗北から、今までより一層勝利への執着心が高まったリアスはオカルト研究部の中で一番やる気を漲らせて練習に励んでいる。

 

 しかし、その中でも結菜は常に何か考え事をしているようで、競技の一つである野球の練習中も1人上の空だった。幸い、オカルト研究部はイッセーたちの入部で人数がそこそこ増えたため、今回の球技大会は結菜が無理をして出る必要は無いと言える。部員たちもそれを理解し、リアスの言う通り、部の一員として練習には参加させているが、強要はせず結菜に考える時間を与えているのだ。

 

 結菜は夜間の活動が終わった後も街中を警邏していた。聖剣を探しているのだろう。フリードと接触したことから、敵の根源はこの駒王町に潜伏していることが分かっていた。結菜がよっぽど危険な状況にならない限り、介入の必要は無いとリアスからの指示を受けているため、みんな心配はしながらもそっと様子を見ているといった状態だ。

 

 今日もこれから球技大会に向けての練習で、イッセーはキンジと旧校舎に向かっていた。掃除のため夕乃と切彦とアーシアには先に行ってもらい、急ぎ足で向かっている。旧校舎が近くなってきた頃、2人して珍しい気配を感じ、旧校舎の部室の方を見た。

 

「生徒会長?悪魔ということは知ってたけど、やっぱ部長と面識あったんだ」

「最近悪魔になった奴の気配もあるな。また面倒ごとか?」

 

 大事な話だったら困ると軽く走りながら言葉をかわす。部室の扉を開き、中を覗けばソファに礼儀正しく座る生徒会長の支取蒼那、その後ろに佇む新たに書記となった匙元士郎がいた。この学園に在籍悪魔の名前は一部を除いて覚えているイッセーとキンジは、先輩である支取に一礼し、対面のソファに座るリアスの後ろまで行く。

 

「すいません、少し遅れました」

「理由は聴いてるわ」

「それで、生徒会長と書記が来てますけど、何かありましたか?」

 

 イッセーがリアスに聞くと、支取の後ろに立っていた匙が鼻を鳴らした。

 

「なんだ、リアス先輩、俺たちのことを兵藤たちに話してなかったんですか?」

「ん?あぁその点については問題無いぞ匙元士郎。最近生徒会長の悪魔になり、書記になったんだろ?この学園の悪魔は殆ど熟知しているからちゃんと名前も覚えてるし、自己紹介も必要はない」

「ま、そういうことで同じ悪魔としてこれからよろしく」

 

 匙に答えたのはキンジ。イッセーからはサラリと挨拶される。悪魔ではない普通の人間であるキンジに正体がバレていたことに眼を丸くするが、既に主である支取から普通ではない人物のことはあらかじめ教えられていたため、「お、おう」と渋々引き下がった。恥ずかしかったのか、顔が若干赤くなっている。

 

 そんな自分の眷属に嘆息し、支取がイッセーとキンジに視線を向けた。

 

「ある程度は予想されていると思いますが、私はこの駒王学園の生徒会長である支取蒼那もとい、上級悪魔であるシトリー家の後継者のソーナ・シトリーと申します。私の『兵士』がつまらない粗相をしてしまい、申し訳ありません。あなたたち、特に兵藤君に関して詳しく教えていなかったもので」

「はぁ。俺も最近悪魔になったばかりなので匙とは何ら変わりないかと思いますが」

 

 礼儀正しい支取もといソーナに、イッセーはそう返してしまうが、そこでまたもや匙が割り込んできた。

 

「変わりない?おいおい、一緒は勘弁してくれよ兵藤。俺は『兵士』の駒を4個も消費したんだぜ?」

「へぇ、それはすごいな」

 

 自慢気に語る匙。ソーナは再び重い溜息を零すが、イッセーは特に何も感じなかったようで、適当に返事をしてしまう。正直、だからなんだという感じだ。匙はイッセーの淡白な反応に苛立ったようだが、何かを言う前にソーナに止められた。

 

「匙、私に恥をかかせるのはやめてください。兵藤君は通常の駒8個全てを注ぎ込んでも転生させることができず、『変異の駒』転生した特別な悪魔。何個分の潜在能力かは定かではありませんし、あのライザー・フェニックス相手に"神器"を使わず勝利したのですよ」

 

 ソーナの言葉にイッセーと匙を除く部室内全ての者たちが頷いた。一斉に同じタイミング。これは真実としか言いようがない。

 

 匙の顔から余裕が一切消える。それもそのはずで、ライザーはリアスと肩を並べる上級悪魔の1人で、更に成人もしており実力的にはリアスをも超える強さを持つのだ。その上不死身である。そのライザーが悪魔に転生して日が浅く、しかも人間が人外と対等に戦えるための武器である"神器"を使われずに敗北したときた。本来ならば鼻で笑って軽く一蹴する言葉だが、まさか自分が最も心酔しているソーナの口から聞いてしまったのでは簡単に聞き流せない。

 

「それって、マジで言ってんすか?俺はてっきり朱乃先輩かリアス先輩が倒したものだと……」

「婚約披露宴で部長を助けに行ったのに、その部長がライザーと戦ってたら色々可笑しいだろ。俺らの殴り込みの意味考えろっての」

 

 話の内容を忘れるくらいにはショックを受けてしまったらしい匙に、キンジが嘆息混じりにツッコミをいれる。そういえば、と今度はキンジたちの方を凝視する匙。

 

「何で悪魔じゃない夕乃先輩や切彦、キンジがいるんだ?」

「聞いてきてないんですか?」

「そんくらい把握してこいよ……」

「……同じたいみんぐで入部したんです」

 

 匙の残り少ないライフを繋いだのは大人しい切彦だった。いつも通り棒読みの英語だが、ちゃんと聞き取ることができた。匙は唯一まともな返しをしてくれた切彦に感激したのか、軽く涙を流している。

 

「……今この場で俺に味方してくれるのは君だけだ」

「……ふぁいと」

 

 問いの尽くが容赦の無い切返しにされた匙だが、結局聞きたいことが聞けず、頭の中はこんがらがったまま。その様子を苦笑いしながら見ていたイッセーは、自分たちのことを説明することにした。

 

「ーーま、こんなところかな」

 

 イッセーが大体のことを説明し終わると、匙は漸く納得がいったという感じの表情で頷き、同時に少々悲痛な表情をしていた。イッセーが話した内容の中に、イッセーが悪魔に転生した時のことも一緒に話したのだ。ウェスカーについて何か知らないか聞いてみたが、悪魔の間では余り知られていないらしい。逆に、"邪龍サマエル"に関しては、これ以上にないほど匙とソーナが反応した。それだけ有名な龍のようだ。いい意味ではないが。

 

 ライザーとの戦いに関しても、施設のことを混じえ、キンジたちのことと一緒に"角"の話までし、その力でライザーを倒したと語った。その説明中、匙の中でこいつだけは絶対怒らせないと固く決意をしたりするが、それは本人以外誰も知らない。

 

「悪いな兵藤、俺は少しお前を誤解していたみたいだ」

「あえてその誤解がどういう誤解かは聞かないでおく。ーーそろそろ話を戻した方がいいんじゃないですか?俺たちのせいで脱線したみたいですが」

「えぇ、そうですね」

 

 イッセーたちが来た途端、話が大いに脱線することとなったが、そもそも何のことについて話しているのかイッセーとキンジは分からない。

 

 ソーナの話が再開されたが、話の内容はイッセーたちルーキーの悪魔たちに対しての紹介が目的で、イッセーが説明していた時点でその話は終わっていたようだ。イッセーたちが来る前までは、リアスが髪を切った理由などを聞いていたらしい。簡単に言えば、部室でガールズトークを開いていたのである。それまで匙は蚊帳の外だったようだ。

 

「さて、私は生徒会の仕事がありますので、これで失礼させてもらいます。リアス、球技大会が楽しみね」

「えぇ、本当に」

 

 互いに闘志を燃やし、好戦的な笑みを浮かべながら別れるリアスとソーナ。基本的に大変仲が良いようだ。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 人気の一切無い廃屋。辺りには嵐でもきたかのようにガラクタや生物であったであろう残骸が存外に散りばめられ、壁には赤というよりはドス黒いといった方がしっくりくる液体が雑に広がっていた。暗さ故にその不気味さを数倍以上にしていた。ここにはもともとはぐれ悪魔が己の住処としていた隠れ家なのだが、そのはぐれ悪魔であった者は、原型を留めないほどミンチにされ、廃屋の壁に叩きつけられていた。臓物もひたすら抉りだされ、部屋の中に乱雑な状態で捨てられている。

 

 異臭が激しい廃屋の中、その惨状に背を向け、窓からの外を眺めるフリード。その手には彼が駄剣と称した聖剣エクスカリバーが握られている。その背後では、はぐれ悪魔をここまで残酷に壊した張本人である"レッドキャップ"が半壊したテーブルに腰掛け、首を鳴らしていた。

 

「ここ数日、この町の神父っつぅ神父に奇襲をかけております俺っちたちですが〜、未だに駄剣二号に巡り会えていない事実。どうしろってんじゃい」

「仕方ないさ。当たりが来るまでの辛抱だ」

「ここ最近神父がこんなに出没してる理由分かるっしょ?教会からの派遣よ?じゃあその1人を吊るし上げて聖剣持ってる奴の特徴でも聞き出せば良いと思った訳ですよ。なぁのぉにぃ〜、な・ん・で聞く前に毎度毎度ぶっ殺しちゃうん!?」

 

 頭を抱えながら身体を大きく背後に逸らすフリード。ここまでこの破天荒な男を狂わせるとは、なかなか腐っている性格の持ち主の"レッドキャップ"。荒ぶるフリードに、肩を竦めながら応えた。

 

「仕方ないさ、獲物は動かなくなるまで徹底的に壊すのが俺の主義でね。そこに手加減などあるわけがない」

 

 遠回しでもなく、ど直球で反省無しの言葉がフリードに突き刺さった。さも当然というように語る"レッドキャップ"。普段は破天荒なフリードも、払われた分の仕事は律儀にキッチリとこなす性格なため、彼の行動はただの足手まといに他ならない。実力は確かなのだが、敵と判断した相手を見境無く殺してしまえば仕事にならないのだ。

 

「そろそろ教会側も俺っちたちに警戒してくる頃だろうしなぁ。そうなると意図的に俺っちたちの縄張りを遠ざけて行きそうだわ〜」

「突入させた神父たちの悉くが消息不明だからな、そう考えるのが利口だ。しかし、そうなると仕事が進まんな」

「お・ま・え・のせいだかんな!?こんな早々に目立ったらボスさんに何言われるか分かんねぇしバルパーのおっさんに急かされるし神父たちには避けられるし負の連鎖がエンドレスしそうじゃあ!!」

 

 いつもと立場が逆になっても口調まではあまり変わらないフリード。頭を抱えながらもその様子はどこか余裕を漂わせているようにも見える。それすらも察していたのか、一頻り叫び終わったフリードに"レッドキャップ"は含みのある声音で聞いた。

 

「なら、そろそろお遊びは終わりにして本格的に動くか?こうなった時の術は持っているんだろう?」

 

 どこまでこの男に情報を握られているのか、フリードは喚き散らしていた雰囲気とは一変、真面目な顔をつくる。はぐれとはいえフリードは元神父、しかも最年少の天才児と呼ばれた実力者だ。それほどにもなれば自然とフリードを味方につけようと情報提供などをしてくる輩などがいるわけで、その際に聞いた新しい聖剣の適性者を探せばいいだけ。

 

(あれ、最初っからそうした方が効率良くね?)

 

 今の今まで忘れていたなど決してない。ないったらない。顔だけはシリアス、内面は言わずとも分かるであろう状態のフリードは大仰に頷きつつ適性者の情報を思い出す。

 

「確か……最後に聞いた1番新しいのはどっちも女だったような……」

「今まで殺した奴の中に女性はいない。これからは女性を中心に殺せば良いということか」

「いやいや良くない良くない」

 

 サラッと殺害予告をする"レッドキャップ"に頭を抑え、エクスカリバーを肩に担ぎ直す。殺害する気はないが、黙っていたとしても何も始まらない。行動を起こすことに意味があるのだ。

 

「とりあえず、俺っちの記憶力を信じてそれっぽい女を探しますかねぇ」

「出会い際のボディタッチは即セクハラとして警察にぶち込んでやろう」

「やらねぇよ!!」

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 球技大会当日、大会は大盛況だった。全ての種目が白熱する中、一際人気を見せたのがリアスとソーナのテニス対決。お互いこの学園を代表する美少女であるが故に、コートは応援する生徒で囲まれて公式戦決勝のような雰囲気を醸し出していた。リアス、ソーナ共に上級悪魔であり運動神経が抜群なため、プロ顔負けの試合展開に場は更なる盛り上がりを見せる。両者のラケットが壊れ、引き分けで決着は着かなかったが、観客たちは満足した表情をしていた。

 

 部活対抗戦の種目はドッチボール。正直、どの種目に出たとしても圧倒的な身体スペック上圧勝という形で終わりそうなのだが、意外なことに、イッセーは戦いにおいて尋常ならざる身体能力を持っておきながらスポーツに関しては大した運動能力を発揮できないため、頭を唸らせていた。唯一の弱点かもしれない。

 

 その横では同じく切彦が頭を唸らせていた。刃物を持たない時の切彦は運動神経がイッセーよりも低くなり、アーシアより少しマシ程度まで下がってしまうのだ。そのため、ドッチボールのように激しく動いたり反射神経が必要となる運動は苦手だったりする。

 

「足を引っ張らない程度に頑張るか……」

「……はい」

 

 その様子を和やかに見ていた夕乃は運動神経抜群の万能なお姉様。イッセーとは大違いだ。

 

「私も全力でカバーしますから楽しんでくださいね?」

「はい」

「……はい」

 

 そして迎えたドッチボール。それはそれは一方的な蹂躙劇(主に夕乃と朱乃とリアスと子猫による)となった。相手が投げたボールを夕乃が全て余さずキャッチし、上記の3人にパス。そこから投げられる悪魔の剛速球に耐えられる生徒はこの学園にはごく僅かしかいないだろう。

 

 ただ突っ立っているだけで終わってしまったイッセーは、何やら他部活に対しての罪悪感に苛まれたが、これも一つの勝負、勝負はいつも残酷と割り切って考えることを放棄した。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 キンジは動く度に揺れる凶器から必死に視線を逃していた結果、イッセーと同じく何もすることなく試合を乗り切った。ゴッソリと削られた精神を回復させるため、自販機で買った缶コーヒーを飲む。

 

(あぁ……これだから体育系の大会は苦手だ。一々ヒスってたらいつ警察に出頭することになるか分からねぇ)

 

 コーヒーを飲みきり、イッセーたちに合流しに行こうとしたところで、飲み物を買いに来たらしい結菜と出くわした。結菜もイッセー同様立っていただけで試合を終えた。今日も浮かない顔をし、ずっと何かを考えているようだ。キンジと眼があっても、すぐに逸らしてしまう。キンジは軽く嘆息した。

 

「ここ最近お前が笑顔を見せないモンだからみんな心配してるぞ。考え事は纏まらないのか?」

「……うん。心配をかけてるのは分かってるんだけど、どうしても頭に思うのはあの聖剣のことだけ。頭から離れないんだ。ゴメンね」

 

 すっかりと慣れてしまった結菜の浮かない顔。どれだけ溜め込んでいるものを吐き出そうが、過去を変えることはできない。瞳の中には衰えを一切見せない深い深い憎悪が見てとれた。

 

 ここでその場を知らないキンジが何かを言うのは結菜の怒りを買う恐れがある。

 

(何も言わないでおくか、だが、このままだとこいつが壊れちまそうだし、どうしたもんか)

 

 腕を組み、少しの間思考に浸る。仲間がピンチとあれば、キンジは必ず手を差し出す男だ。自分の手が届く範囲の人々を守る力、それがキンジの願った力であり、そのためにこの身体を修行で苛め抜いた。『ヒステリアモード』も、そのためならば全力で使う。

 

「血眼になって復讐するのを俺は止めない。だがな、お前がもし道を踏み外そうになったり、命の危機に瀕した時は否が応でも助けに入るからな」

 

 その力を使う時まで、助けを求める声が聞こえるまで、キンジは静観を決めることにした。様々な感情で生きている人間たちがいるが、その中でキンジは冷酷な感情を持っていると思われてしまうかもしれない。止められるかもしれない仲間の正しいとは言えない行動を見逃す。親しい者からすれば、許された行動とはとても言えないかもしれない。

 

「うん、やっぱりイッセー君とキンジ君は優しいね」

「そういう環境で育ったからな。先に行ってるぞ」

「うん」

 

 キンジは他人にはよっぽどのことが無い限り不干渉を決め込んでいる。単純に人見知りなところや体質的なものもあるのだが、キンジは無意識に壁を作ってしまっているのだ。しかし、先ほど結菜に対しては嘘偽りない言葉を送った。キンジの本心である。

 

 結菜の横を通り、みんなの元へと向かう足取りはいつも通りのものだが、その表情はどこか決意に満ちたものであった。




急ぎで多少短めです。

いつも読んでくださる皆様に感謝を。

ご感想、誤字脱字等のご指摘お待ちしております。

それではまた次回でお会いしましょう。


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聖剣使い

どうも、虹好きです。

何時もより少し長めです。

勢いで書いてたら途中から自分でも何書いてるか分からなくなりまして…。

これまたオリジナル要素てんこ盛り状態になっております。

それでは本編お楽しみください。


 誰もが寝静まった深夜、切彦は1人で外に出歩いていた。手にはどこから持ってきたのか両刃ノコギリを持ち、いつもの眠そうな表情ではなくヤンチャな少年を思わせる鋭いツリ目。

 

 暗く、風が吹く音しか聞こえない夜道を、何か探すような仕草をしながら歩く。

 

 何故こんな時間に外出しているか。それは単純なことで、結菜が心配なのと、また良からぬことに手を貸しているであろうフリードがいないか探すためである。

 

 結菜がいつ行動しているかは読めないが、フリードに関しては静雄からの情報でまだこの町に潜伏していることだけは分かっていた。何でも、まだ神父狩りは続いているらしく、この町に現れた神父の殆どが謎の失踪を図っているらしい。結菜が一度その現場でフリードに出会っていることから、これに関してはほぼ確実当たっているといえる。

 

(次会ったらこの前の借りを返さねぇとな)

 

 切彦は一度、レイナーレに雇われたフリードと戦ったことがある。その時は実力の半分も出さずにフリードは逃げを選択した。その件に対し、切彦は異常なまでの苛立ちを感じていた。3発ぐらい本気で切り裂かなければ気が済まない。

 

(それに、お兄さんの負担を少しでも減らすことができれば万々歳だ)

 

 ノコギリの柄で肩を叩き、綺麗な夜空を眺めながらそんな事を考える。初めての感情を教えてくれた、優しく強い、それでいて脆く弱い大切な人。外面では強さを見せながら、内面ではよく泣いている人を。

 

(よく突っ走るからな、オレが支えてやんねぇと……す、好きな訳だし)

 

 人知れず赤面する顔に、マフラーを上げて口元を隠すことで羞恥心を和らげようと試みる。"殺し屋"として生きていた頃、恋愛など知らなかった切彦を変えたイッセー。本人は無自覚かもしれないが、あの時の出来事は今も鮮明に記憶していた。だからこそイッセーが一度死んだ時、我を失うほど激昂したことを覚えている。

 

 そこで、突然切彦は表情を引き締めた。一般人とは思えない、明らかに異常な気配を纏った存在を感知したからだ。

 

(フリードじゃない……結菜でもない。だがこの感じ、オレは知っている)

 

 切彦が隠しもせずに放つ殺気に気が付いたのか、相手も切彦に向かって歩いて来た。距離が近くなり、切彦は露骨に嫌な顔を、相手は微かに上げた口角と対照的な表情で向かい合う。

 

「久しぶりだな"ギロチン"」

 

 最初に口を開いたのは相手の方だ。"殺し屋"としての通り名で切彦を呼ぶ。"殺し屋"同士、相手の名を知る機会というものは少ない。"ギロチン"のように、殺しの特徴を捉えた二つ名や通り名で呼び合いをするからだ。だから、顔は知っていても名前は知らないというのが殺し屋の中では一般的なものだったりする。今もまさにそのままのもので、相手は切彦の通り名を知るだけで『斬島切彦』という本名は知らない。そして、それは切彦にも言えることで、目の前の相手を二つ名で呼ぶ。

 

「なんでテメェがここにいんだよ"レッドキャップ"」

 

 切彦としては出来る限り会いたくなかった同業者だ。

 

「釣れないこと言うなよ、仕事さ。お前こそこんな時間にお出かけとは、獲物の首を狩りに行くのか?」

「色々あんだよ。今はテメェに割いてる時間なんてねぇし、理由を教える必要もねぇだろ」

 

 そう言って横を通ろうとする。これも"殺し屋"の中でのルールのようなものだが、同業者と鉢合わせたとしても仕事内容を軽々しく聞いたり、口にしたりしてはいけない。腕に自信があろうが、戦場では何が起こるか分からないため、極力情報が相手に伝わらないようにするためのものだ。

 

 故に、切彦は"レッドキャップ"との会話を早々に切り上げようとしたのだが、そこで新たな気配に気づき、意識をそちらへと向ける。そこにいたのは少々物騒な装備をした神父で、憎々しげに"レッドキャップ"を睥睨していた。

 

「見つけたぞ。最近我々の同士たちの多くが謎の失踪を遂げている中、貴様の存在が現場の付近に必ず確認されていることが分かった。何故ここにいるのかは知らんが、それを含め貴様には色々と問いただしたいことがある。共に来てもらうぞ"レッドキャップ"」

 

 いきなり現れ物騒な物言いをする神父だが、言動から察するに"レッドキャップ"が聖剣関係の問題に関与しているようだ。切彦は思わず溜息を吐いてしまった。

 

(大体、こいつ程の実力者が此処にいる時点で怪しいもんな)

 

 しかし、溜息は"レッドキャップ"に対してのものではない。命知らずの神父に対してだ。どうやら教会の裏の人間は、世界の闇に蔓延る"殺し屋"の恐ろしさというものを知らないらしい。口頭で喧嘩を売れば、賭けるのは己の命。"殺し屋"の沸点は基本的に低い。要するに喧嘩っ早い輩が多いわけだが、"レッドキャップ"はその中でも片手で数えられるほどトップクラスの短気さを持つ男だ。

 

 いつも無表情ながらその実、殺しに関しての拘りは強く、狙った獲物は動かなくなるまで徹底的に壊す(・・)。そして何よりも恐ろしいのは、露骨に殺気を表に出さないのだ。

 

「ん?俺に何の用だ神父さん。今彼女と話していたんだけど、それよりも神父さんの用は俺にとって大切なことになるのか?」

 

 今も、多少面倒そうな表情をするものの、そこに殺意などは片鱗一つ無く、髪の色などが特殊でなければそこら辺によくいる一般人と見分けがつかない。神父は沈黙をするだけで返事をせず、"レッドキャップ"は切彦に少し待っていろとジェスチャーを送る。

 

(別に待たなくても良いが、無視したら無視したで後が面倒か)

 

 切彦はポケットに手を突っ込み、事の行方を見守ることにした。既に哀れな神父に対しての合掌も心の中で済ませた。

 

 "レッドキャップ"が切彦から離れ神父に近づくと、それを待っていたように神父は口を開く。

 

「下手な動きはしないことだ。教会の神父はまだまだいるのでな、貴様が暴れたところで「煩いな、サッサと黙れよ」ーー」

 

 言葉は最後まで続かなかった。"レッドキャップ"問答無用で首をヘシ折ったからだ。神父には何が起こったのか理解できなかっただろう。この殺し方に慣れているのか、矢鱈と自然な形から一瞬で死を見せた。膝から倒れ沈む神父に眼もくれず、切彦のもとに戻ってくる"レッドキャップ"。

 

「……今日は随分と綺麗な殺し方するじゃねぇか」

「まぁそう言うな。懐かしい顔に出会えたのに殺しに長いこと時間をかけるのも悪い」

「何が懐かしいだ。昔殺し合っただけだろ」

「そうだな。俺が唯一殺せなかったのがお前だ、"ギロチン"」

「そうかよ」

 

 切彦はソッポを向き、その場を去ろうとするが、"レッドキャップ"から更なる声がかかった。

 

「仕事のことに関しては何も言う気が無いが、一つ耳寄りな情報をやろう。まぁ、半ば予想みたいなものなんだが、ーー近いうちに俺はお前と戦うことになる。いや、もし仲間がいるとなるとお前たち、か」

「……」

 

 一瞬歩みを止めてしまったが、何も返さずに歩き去る切彦。しかし、内心は大きく舌打ちをしており、表情には出さないものの苦虫を100匹ほど噛み潰したかのような想いだ。

 

(あいつは只の"殺し屋"じゃねぇ。あいつがフリードと同じとこに雇われてるとすると、相当厄介だ)

 

 帰路につき、このことを一刻も早く静雄たちに伝えようと切彦は決断する。今回の戦いは、今まで以上に激戦になることを予想しながら。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 翌日、眠そうな切彦からの話を受けたイッセーたち。一部を除く施設内の全員が難しい顔をしていた。切彦が評価する"殺し屋"が敵にまわる可能性、それもその相手直々に宣言されてはかなり高確率なのだろう。

 

 リアスとアーシアはよく分からないと言った表情をしているが、それも仕方がない。方や元教会のシスター、方や悪魔の貴族、人間界の裏事情など知ろうと思わなければ深く探らないものだ。

 

 "レッドキャップ"という男だが、その名前に反応したのは"万屋"を営む静雄。煙草を吸ったまま動きを止め、何やら考え込んでしまった。イッセーとキンジは知らない名だが、切彦の実力を知っているため、その切彦が警戒するほどの相手なら強敵というイメージを頭に湧かせている。夕乃は男の特徴を聞いてから、思うことがあるのか、静雄同様何かを考え込んでいた。

 

 岡部とジョーカーに関しては、一切知らない名のようで、頭をただ捻らせている。これといって危機感などを感じている訳でもないらしい。

 

 当分は警戒しながら過ごすという風に話が纏まったところで、リアスから話があると声がかかった。

 

「今日、教会から2人の聖剣使いが派遣されて来るわ。この土地を管理している私に直接会いに来るようだから先に言っておくけど、この前言った通り聖剣は悪魔にとって最悪の相性となる類の武器よ。神に誓って私たちに対して攻撃は行わないらしいけれど、彼女たちの信仰がどれほどのものか分からないから、間違っても対立することはないようお願いね。さっきの切彦からの話から嫌な予感がするし」

 

 まさかこのタイミングで接触してくるとは思わなかった。イッセー的には結菜がとても心配で仕方がない。キンジも聖剣の単語で頭痛を覚えるように片手で頭を抱えている。

 

 リアス自身予想外の訪問らしいため、結菜が暴走しないよう止める役をイッセーはキンジと共に買って出ることにした。静雄と夕乃は終始思案顔だったが、夕乃の顔つきはどこか哀しげであった。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 翌日の放課後、イッセーたちが部室に向かうと最初に眼に入ったのは白いローブのようなものに身を包んだ見知らぬ女性2人。1人の傍に布に包まれた巨大な物体が置かれていた。恐らく聖剣だろう。もう片方からも聖なる力を多々感じるため、何処かに帯刀している筈だ。そして、視線を横に向けてみれば、案の定怨恨の眼差しでその物体を睨む結菜の姿があった。

 

 リアスに目配せすると、眼を瞑って首を横に振っている。

 

(どうしようもないってところか。見た感じ、一応部長から止められているようだし)

 

 イッセーは再度教会の聖剣使い2人に眼を向けた。1人は青髪に緑色のメッシュを入れた短髪の女性で、もう1人は栗毛のツインテール。そこで、栗毛の女性がイッセーの顔を凝視していることに気付いた。

 

「えぇと、俺の顔に何か?」

 

 自分の顔に何か付いているのかと不安になったが、どうやらそうではないらしい。栗毛の女性は残念そうに、それでも嬉しそうに椅子から立ち上がってイッセーの元へと歩いてきた。キンジたちは女性の突然の行動に、頭の中に大量の疑問符が湧いていた。

 

「運命って残酷ね、イッセー君」

「ーーえ?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。しかし、確実に名を呼ばれたことは分かる。名も名乗っていない初対面の筈なのだが、やけに親しげな対応だ。イッセーの反応は予想通りだったらしく、栗毛の女性は軽く苦笑いをしている。

 

「流石に分からないか。昔よく一緒に遊んだでしょ?紫藤イリナよ、昔は男の子っぽい格好ばっかりだったから」

「……あ、あぁ。思い出したよ、随分と変わっていたから分からなかった」

「うん、お互い色々と変わっちゃったみたいだね」

「……そうだな」

 

 今度は思い出した。この栗毛の女性ーーイリナはあの事件が起こる前、イッセーの家族がまだ健全だった頃、近所で良く遊んだ友達だ。クリスチャンということは知っていたが、聖剣使いになっていたとは思いもせず、しかもイリナ自身が言った通り、昔は男の子と勘違いするような格好ばかりだったため、女性らしくなった彼女に気付けなかったのは仕方ないといえる。

 

 イリナからの言葉に込められたものを読み取ったイッセーは、口数少なめに返すことしかできない。彼女は教会の聖剣使いとなり、イッセーは対をなす悪魔の身だ。立場上、昔のような関係にはなれないということだろう。

 

 イリナはそれだけ言うと席に戻っていった。今の会話であの事件のことを思い出してしまったイッセーは、いつもはキンジのポジションである窓際に寄り掛かって冷静を保つ為に腕を組んで眼を瞑る。イッセーの内心を察したキンジたちは何も言わずにイリナともう1人の女性の話を聞くことにした。

 

「これで全員揃った、ということで良いかな?リアス・グレモリー」

「ええ」

「では、まず軽く自己紹介をしよう。君たちの名は知っているが、さっき自分から言ったイリナはともかく、私の名前も知らないまま話を進めるというのは少し気まずい。私の名はゼノヴィア、教会の聖剣使いに選ばれた1人だ」

 

 最初に口を開いたのはメッシュの女性ーーゼノヴィアだった。今の所、敵意らしきものは感じないが、キンジと夕乃はいつでも動けるように間合いを測っている。

 

 ゼノヴィアの自己紹介が終わると、イリナが今回の話の核となる部分についての話を始めた。

 

「本題に入らせてもらいますが、先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

 そこでキンジたちは疑問を覚える。聖剣などに詳しくはないとは言え、エクスカリバーの名は有名だ。それがどれほど強力かも知っている。だが、今の話を聞く限り、聖剣エクスカリバーが複数存在している様な話し方をしているため、疑問を覚えたのだ。そんなに量産出来るほど聖剣というのは低コストな武器なのかと。

 

「勘違いしてると思うから言うわね。聖剣エクスカリバーそのものは現存していないわ」

 

 口にこそ出さなかったが、リアスは知識として教えていなかったことを思い出し、イリナたちに聖剣エクスカリバーについての説明込みで教えてもらえるように頼んでくれた。

 

「エクスカリバーは、大昔の戦争で折れたの」

「今はこのような姿さ」

 

 そう言いながらゼノヴィアが傍の布を取り、中身を持ち上げる。まさか聖剣使いがかの有名な聖剣エクスカリバー使いだとは思いもせず、キンジたちは暫くその刀身を見つめていた。

 

「大昔の戦争で四散したエクスカリバー。折れた刃の破片を拾い集め、錬金術によって新たな姿となったのさ。その時7本作られてね、その一つがこれだ」

 

 7本の内の1本と言われながらも、そこから放たれる聖なる力の質量は凄まじいものだった。

 

「私の持っているエクスカリバーは『破壊の聖剣』。カトリックが管理しているものだよ」

 

 ゼノヴィアは抜き身の刀身に再び布を被せる。強すぎる力を抑えるための拘束具的な要素を含む布のようだ。普段はそうやって封印して持ち運んでいるらしい。

 

 イリナは懐から長い紐を取り出した。すると、その紐が命が芽吹いたかの如く動き、日本刀の形へと変化する。

 

「私の方は『擬態の聖剣』。さっきみたいに形を自由自在に変えれるから持ち運びは楽なの。これはプロテスタント側が管理しているわ」

 

 ご丁寧に能力のことまで説明してくれるイリナ。キンジからすれば、名前で大体の能力が分かるため不要であったが、わざわざ説明してくれるのならありがたく記憶しておくことにする。

 

 ゼノヴィアは能力を教えてしまったイリナに呆れ顔しながら嘆息していた。

 

「イリナ……能力まで教える必要なんてないだろう?」

「今回はこちらが頼む側なんだから下手に行くのは当たり前でしょ?いくら悪魔とはいえ、信頼関係を築かなきゃ。それに、ーーー能力が知られても私たちがここの悪魔の方々に遅れをとることは無いわ」

 

 イリナの言葉には、絶対的な自信が感じられた。悪魔に限定していることから、本能的に夕乃とキンジ、切彦は只者じゃないことを理解した上で話しているのだろう。……悪魔の巣窟に入り浸っている人間に警戒するなという方が可笑しいかもしれないが。

 

 イッセーに対しての警戒が無いことから、イッセーの実力は測れていないようだ。

 

(ま、こいつら程度に感知されるような柔な修行はしていないからな。俺たちはただ単に人間ってだけで警戒されてるみたいだし)

 

 キンジはイリナとゼノヴィアの様子を観察し、そこまで脅威じゃないことを悟っていた。最小限の警戒はしているが、本気を出すまでもないと考えている。しかし、一つだけ懸念していることがあった。

 

(だが、結菜は少し危険だな。眼の色が変わっている)

 

 ゼノヴィアとイリナのエクスカリバーを見た時から、結菜から放たれる殺気は誤魔化しきれないレベルで部室を支配している。いざとなったら止めなければいけないため、ゼノヴィアたちよりも結菜に対しての警戒を強めるキンジ。

 

「……それで、奪われたエクスカリバーがどうしてこんな極東の国にある地方都市に関係あるのかしら?」

 

 リアスは態度を崩さず、凛としたまま話を進める。

 

「カトリック教会の本部に残っているのは私のを含めて2本だった。プロテスタントのものも2本。正教会にも2本。残る1本は神、悪魔、堕天使の三つ巴戦争の折に行方不明。そのうち、各陣営にあるエクスカリバーが1本ずつ奪われた。奪った連中は日本に逃れ、この地に持ち込んだって話なのさ」

 

 その内容にリアスは額に手を当てて息を吐いていた。少なからず予想はしていたみたいだ。

 

「私の縄張りは出来事が豊富ね。それで、エクスカリバーを奪ったのは?」

 

 リアスの問いに、ゼノヴィアは眼を細める。

 

「奪ったのは、『神の子を見張る者』だよ」

 

 その答えに、リアスは眼を見開いた。

 

「堕天使の組織に奪われたの?失態どころじゃないわね。でも、それぐらいしか考えられないか。悪魔の上層部は聖剣に興味を持たないから」

「奪った主な連中は把握している。『神の子を見張る者』の幹部、"コカビエル"だ」

 

 そこで、今まで眼を瞑って話を聞いていたイッセーが眼を大きく開き、寄っ掛かっていた壁から立ち上がる。突然の行動にゼノヴィアたちは唖然としたが、イッセーはそんなことはどうでもいいとばかりに聞きたいことだけを質問した。

 

「そのコカビエルがこの町にいるんだな?」

「あ、あぁそうだ」

「そうか、分かった」

 

 それだけを確認すると、イッセーは元の体勢に戻り眼も瞑ってしまう。イッセーの迫力に気圧されたゼノヴィアはイッセーの様子に疑問を感じるが、話を続けることにした。リアスに顔を向けると、こちらも苦笑している。

 

「コカビエル……古の戦いから生き残りである堕天使の幹部。聖書にも記された者の名前が出るとはね」

「あぁ。先日からこの町に神父ーーエクソシストを秘密裏に潜り込ませていたんだが、尽く始末されている。しかも、"殺し屋"である"レッドキャップ"を雇っているとも聞いた」

 

 切彦が眉を顰める。名前を聞くだけでも苦手な分類だと分かるくらいの反応だ。

 

 ここまで聞く限り、相手の戦力はかなり過剰なものといえる。夕乃ですら厄介だと思う程度には戦力が整っていた。

 

「私たちの依頼ーーいや、注文とは私たちと堕天使のエクスカリバー争奪の戦いに、この町に巣食う悪魔が一切介入しないこと。ついでに、そこにいる『普通』の人間たちもだ。ーーつまり、そちらに今回の事件に関わるなと言いに来た」

 

 その言葉の意味をキンジは一瞬で読み取り、リアスの顔色を伺う。要するに、リアスたちが堕天使と繋がっている可能性があるかもしれないから手を出すな。さっき信頼関係云々などほざいておきながら、信頼の欠片も持っていないゼノヴィアたちにキンジは気付かれないよう溜め息を吐く。

 

(もっと言葉選べよな。わざわざ喧嘩を吹っかけるとかバカだろ)

 

 リアスは貴族の出だ。余りそういう雰囲気は出さないタイプだが、やはりプライドというものはある。こうも分かりやすくお前たちは信用出来ないと言われれば頭にクるのは当たり前だ。しかも、ここはリアスの領土。自分の領土で勝手な行動は許さないと言われたのだ。沸点の低い者ならこの場でテーブル版卓袱台返しでもしているのではなかろうか。

 

「随分な物言いね。それは牽制かしら?」

「仕方がないことだ。本部がそう判断しているのだから」

 

 怒りに肩を震わせながらも、冷静さを欠かさないよう努めるリアス。

 

「上は悪魔と堕天使を信用していない。聖剣を神側から取り払うことが出来れば、悪魔としての脅威が一つ減る。万々歳じゃないか?堕天使共と同様利益がある。それ故手を組む可能性が否定できない。だから、先に牽制球を放つ。ーー堕天使コカビエルと手を組めば、我々はあなたたちを完全に消滅させる。たとえ、そちらが魔王の妹でもだよ。ーーと、私たちの上司より」

 

 淡々とした口調で話を進めるゼノヴィア。今度こそ、キンジは盛大に嘆息してしまった。

 

(教会の奴等ってそんなに頭悪いのかよ)

 

 半ばキレていたリアスも、キンジのワザとらしい嘆息に話すタイミングを持って行かれ、キンジに眼を向ける。夕乃は笑いを堪えるかのようにソッポを向き、イッセーはキンジに同意する様頷いていた。切彦は相変わらず眠そうだが。他のオカルト研究部のメンバーは、結菜を除いて不思議そうにキンジを見やる。

 

 明らさまにバカにしたような態度にゼノヴィアとイリナは苛立ちを覚えているようだが、散々此方をバカにしているのだから容赦する気は無い。

 

「まず、教会の上の奴等に対してだが、神様神様と毎日崇めまくって頭のネジが取れたんじゃないか?考え方がバカらしすぎて反吐がでる」

「何だと?」

 

 キンジの安い挑発に簡単に引っかかるゼノヴィア。眉を吊り上げ露骨に苛立ちを表しているが、キンジは鼻で笑うばかり。イリナも眉を顰めてキンジを睨んでいる。

 

「何が信頼関係を築きましょうだ。ハナから信用していないのは見え見え、たかがその程度の腕で自信過剰、おまけにこちらのことを事前に調査できていないとみた。俺たちは最近、『神を見張る者』の一部を叩きのめしたばっか。そんなつい最近まで殺しあっていた奴等が、今更たかだか聖剣のために団結するかっての。そもそも、堕天使は兎も角、悪魔は触れるだけでも危険とされる聖剣相手にそんなリスクを侵してまでただの学生である俺たちが出しゃ張る訳ないだろ」

 

 一息、

 

「普通、確実に神側に大打撃を与えたいなら、悪魔側も堕天使側ももっと手練れを寄越すはずだ。部長はまだ学生の身でしかも魔王様の妹。そんな後々の悪魔社会を支えるであろう貴重な人材をこんな最前線に投下するか?まだ学生の身だぞ?堕天使の方も幹部が1人で、しかも"殺し屋"まで雇っているとなると組織として動いているというより、そのコカビエルって奴が単独行動していると考えた方がしっくりくる。ま、バックアップが無いと言えるわけじゃないがな。そんなことも考えずに人の領地を汚して、更にはその領地を統治している領主に勝手な行動はするな。何様だよお前ら。むしろ、勝手に領地を荒らされる部長の身にもなってみろ。お前らは傍迷惑の塊だ」

 

 キンジ自身、予想以上に苛立っていたようだ。挑発するように口からドンドン言葉が出てきてゼノヴィアとイリナに放つ。少なくともイリナは理性的なのか、それとも痛いところを突かれたのか、ぐぅの音も出ないといった様子だが、ゼノヴィアは完全にキレていた。

 

(流石に言い過ぎですよキンジさん)

 

 夕乃もキンジの発言に思わず苦笑い。キンジはまだ言い足りないようだが、ゼノヴィアたちの出方を窺っている。

 

「……貴様の言い分は理解した。確かに、こちらの情報収集不足だ。しかし、私たちが自信過剰だと?」

 

 キンジの言いたい事は大方伝わっているようだが、それでも侮辱された苛立ちはそう簡単に拭えないようだ。聖剣エクスカリバーの担い手として選ばれた身であるためか、それとも、自身の腕を信じていたのかは分からない。ただ、ゼノヴィアは己の力を見せてもいないのに"その程度"と決めつけられたことに強烈な怒りを感じていた。

 

 そんなことは関係ないとばかりに、キンジは話を続ける。

 

「じゃあ聞くが、さっきこの町のエクソシストの尽くが始末されていると話されたが、お前たちの他に教会側の戦力はいないのか?正教会からの派遣は?」

「……奴等は今回この話を保留にした。仮に私とイリナが奪還に失敗した場合を想定して、最後に残った1本を死守するつもりなんだろうさ」

「つまり、お前たちのみってことだ。さて、お前たち2人だけで"殺し屋"をも雇っている堕天使の幹部相手に果たして勝つことが出来るか?答えは否だ。昔、聞いたことがあるが、今の信仰者っていうのは常軌を逸していると聞いている。死ぬ気で来てるんじゃないか?」

 

 キンジの言葉は2人の核心をついているようだ。そして、ゼノヴィアとイリナはキンジの言う通り、死ぬ気で来ていたらしい。キンジに全てを見透かされていると悟ったのか、ゼノヴィアは降参したかのように怒りを鎮めた。

 

「あぁ、参った。君には大抵のことを勘ぐられたらしい。私たちは高確率で聖剣を取り戻すことは出来ないと踏んでいる。最悪、教会は堕天使の手から聖剣を失くせればそれで良しとしているのさ。つまり、破壊するってこと。そのためなら私たちは命を賭ける、死んでいいんだ。エクスカリバーに対抗できるのは、エクスカリバーだけだからね」

 

 ゼノヴィアの言葉からは並々ならぬ覚悟が伝わり、キンジは何か秘策があるのか逡巡するが、何か手があろうとどうでもいいと思考を切った。

 

「お前たちはあまり俺たちを調べていないようだから一応言っておく。俺たちは俺たちで行動するが、もし、教会とやらが部長たちオカルト研究部のメンバーを消滅させようと襲撃をかけるなら、『施設』の仲間が総出でお前らを消す。それだけだ。この言葉に信憑性を感じないならいつでも来いよ。俺からの話はこれで終了」

 

 キンジは一方的に話を切ったが、ゼノヴィアとイリナは"消す"という単語の部分で放たれた圧に冷や汗をかいていた。『施設』の仲間という意味深な単語と共に一瞬で見せつけられた格の違い。眼を凝らしてみれば、キンジの身体から普通の人間には見えないくらい微量の紅いオーラが出ていた。

 

 教会に逆らうような真似はしたくないが、この男を敵に回すのは少々厄介と無意識に決めたゼノヴィアとイリナは、静かに頷くことしかできなかった。こればかりは無知の己を恥じるしかない。

 

 突然のキンジ乱入であったが、話は少しだけリアスたちにとって良い形で途絶し、これ以上聞くこともなくなった。

 

「こちらが話す前に内容は理解されてしまったが、伝えたいことは伝えたつもりだ。まぁ、君たちの言葉が怖いから、私たちは君たちの行動に眼を瞑ることにするよ。上には心苦しいが嘘を吐くしかあるまい」

「それでいいの?ゼノヴィア」

「あぁ、彼の言葉の真意を掴めない今、下手なことをすれば本当に教会全体の問題となってしまう恐れがある。そうなるのはあまり宜しくないだろう?」

「それもそうね。事を大きくしてパニックを呼ぶわけにもいかないし」

「そういうことだ。それじゃあそろそろお暇させてもらおうかな」

 

 そう言ってゼノヴィアとイリナが立ち上がる。イッセーは一瞬結菜に眼を向けたが、ちゃんと喰い止まっているようで安心した。

 

 去ろうとした直後、2人の視線がイッセーの近くにいたアーシアに集まる。だが、何かを言われる前にイッセーが2人を制した。

 

「アーシアも『施設』の仲間の1人になっている。余計なことを言うと、堕天使の前に寿命を縮めることになると思うけど?」

「……そのようだ。長い間邪魔して済まなかったね」

「じゃあね、イッセー君」

 

 そう言って帰っていく2人。

 

 アーシアは何が何だか分からないといった感じだが、教会関連でアーシアを知っている者というと、アーシア=魔女と認識されている可能性が高い。そう指摘されれば、アーシアが悲しむ。それを見越しての制しだ。イッセーは大量の疑問符を頭上に浮かべるアーシアの頭を撫で、何でもないと伝える。

 

 リアスも過保護染みたイッセーに苦笑いを送っていた。

 

「さてと、ちょっと大変なことになったわね」

 

 リアスが先程の話の事を考えながら思案顔を作る。これからの部活動を暫くの間変更するかどうか迷っているのだ。折角キンジが半ギレ状態で脅しを入れ、リアスたちが自由に行動できるようになったのだから、こちらはこちらで調査していくべきだろう。

 

 少なくとも、イッセーは単独でも調査する気でいた。レイナーレとの約束を守るために。それとは別だが、結菜も調査することだろう。その瞳は激しい炎のように揺らめいていた。




やりすぎた感がありますね…。

施設の人たちってどれくらい強いんだろう?

ご感想、誤字脱字等のご指摘お待ちしております。

では、また次回でお会いしましょう。


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盤上の駒は動き始める

大変お久しぶりです、虹好きです。

すみません、間を空け過ぎました。

少々設定の見直し、それによる描写方法の変更を行いました。

久しぶりすぎてしっかり書けてるか不安ですが、本編をお楽しみください。


「Unknown to Death. 」

 

 ーーおもむろに手を伸ばす。それは、助けを求めるものではなかった。

 

「Nor known to Life. 」

 

 ーーその背中が語る己の生き方とは何かを知りたくなった。その人生にはどんな意味が込められているのかを。

 

 ーーやがて、その背中はゆっくりと少年に振り向いた。

 

 

 

 ○

 

 

 

「で?何故俺はこんなところに呼ばれたんだ?」

「聖剣エクスカリバーを破壊するに至って、生徒会書記殿の意見を頂こうかと」

「うん兵藤、お前の言葉は俺には難しいようだ」

「お前は猿か」

「……現実逃避はダメです」

「遠山、お前って俺にかなり辛辣だよな。切彦ちゃんも逃してはくれないとーーそもそも子猫ちゃんに捕まえられてるから逃げれないんだけどよぉ!?」

「……逃がしません」

 

 イッセーたちは駅前に匙を呼び出していた。先日のイリナたちの訪問の際に牽制をし、半ば脅しのような形にはなったが自由に行動することが可能になったので、結菜のために少しでも行動を起こそうというわけだ。何故匙を呼んだのかは、単に『兵士』の駒を4個使って転生した者の"神器"の力を知りたいとキンジが強引に呼んだ。

 

「待て!お前らは良いかもしれんが、俺はこのことが会長にバレたら殺される!聖剣の特性知ってんだろ!?」

「駒4つを消費したとか自慢気に話してたくせに、聖剣相手となると随分と萎縮すんのな」

「掠っただけでも俺たち悪魔には致命傷になるかもしれねぇんだぞ!?しかもかの有名な聖剣エクスカリバーだ!むしろ何でお前らはそんなやる気になってんだよ!?」

「俺は聖なる力なんて効かないからな」

「ツッコミどころが多すぎて捌き切れねぇ!?」

「安心しろよ。お前は俺たちの護衛として雇うだけだから。戦うだけで良いんだ、楽だろう?」

「全然安心できねぇよ!?」

「ったくうるせねぇ奴だな。こんな公共の場でそんなに喚いて恥ずかしくないのか?」

「お前らのせいだかんな!?」

 

 キンジに怒鳴る匙。当の本人は涼しい顔で流している。イッセーは微妙な表情をしているが止めはしなかった。1人で行動を続ける結菜のために、少しでも人数が欲しいのだ。リアスたちも各々のやり方で探りをいれている。

 

 必死に逃げようともがくが、子猫が匙をしっかりホールドして離さず、引きずられるようにして連れて行かれる匙。

 

「子猫ちゃぁんっ!?こんな時に『戦車』の特性を存分に引き出さなくても良いんだよ!?っていうか離してくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「……ダメです」

 

 匙の味方はこの場に1人として存在していなかった。

 

 

 ○

 

 

 近くの公園まで匙を引きずりながら来たイッセーたち。匙は既に抵抗を止めており、大人しくされるがままになっていた。抵抗の無意味さを知ったのかもしれない。

 

「さて、匙は何か聞きたいことあるか?」

 

 公園の周囲に人がいない事を確認してから聞くイッセー。聖剣のことしか匙には伝えていないため、幾つかの疑問が湧くことは分かりきっていた。協力してもらうには、それ相応の対価を支払おうとイッセーたちなりのケジメである。

 

「結局強引なのな」

 

 軽く不貞腐れた表情の匙。しかし、もう半分ほどヤケクソになっているのか、先ほどのように喚いたりはしない。

 

「聖剣や堕天使については、この前学園に来た2人の聖剣使いから聞いた話をリアス先輩経由で俺たちの耳にも届いてる。でも、何でお前らがそんな血眼になってその聖剣をぶっ壊そうとしているのは知らない。協力を仰ぐんならそれぐらい教えてくれてもいいだろ?」

 

 もっともな言葉。そして、イッセーの予想通りの内容だった。イッセーは一つ頷き、言葉を返す。

 

「勿論、教えるつもりだ」

 

 そのまま結菜のことを匙に話すイッセー。匙も最後まで静かに聞き、途中から肩を震わせていた。

 

「ーーーとまぁ、こんなところだ」

「そんなことが……あいつ、いつも笑顔でいたのにそんな過去を持っていたなんて……」

 

 話が終わると、子猫が手を離しても匙は喚いたりせず、腕を組んでそう呟く。キンジはその様子を見て軽く感心していた。単なるバカではなく、こうやって考えることも出来たのかと。

 

 ……最初の顔合わせがあれじゃあ人間、いや悪魔か?分からないモンだな。

 

 そんなキンジの思考に誰も気づくはずもなく、匙は決意したかのように胸を叩いた。

 

「よし、俺も協力しよう。会長にバレようがなんだってんだ。木場の奴がそんな過去背負っていながら生きてきたなんて酷すぎる」

「感謝するよ」

 

 そう言いながら移動を開始するイッセーたち。かと言って、これといった情報がほぼ皆無に等しいため、もう一度イリナとゼノヴィアに接触する必要がある。そのためにはあの白いローブという変質的な格好をしている人を探すわけだが、そう簡単に見つかるとは考えていない。いずれも教会の選ばれし者なら人の眼に付くような大胆な動きはあまり見せないはずだ。

 

 虱潰しに探すしかないということで、人が最も通るであろう町中に足を踏み込んだのだがーー

 

「えー、迷える子羊にお恵みを〜」

「どうか、天の父に代わって哀れな私たちに御慈悲をー」

 

 ーーまさかこんなに簡単に見つかるとは思いもしなかった。

 

 あまりにも哀れなその姿、教会の人間は軍資金すら彼女らに渡していなかったのか。それとも何か宗教的な偶像崇拝の道具に惑わされ、金が吹き飛んだのか。

 

 匙は指を指しながらイッセーの方へと顔を向ける。その顔はとても微妙なもの。それに対するイッセーたちの反応もやはり同じく微妙な表情で頷くだった。

 

 どのような形であれ、接触するべき対象には出会えたのでこの後どう交渉するかをイッセーは考える。接触する主な理由は聖剣に関する情報。教会側もその程度の情報までは掴んでいるだろうと考え、どうにかしてコカビエルが雇った聖剣を使える者の情報が欲しかった。

 

 切彦がこの前顔を合わせたという"レッドキャップ"と呼ばれる殺し屋。切彦と同じく異名がつけられているのはそれだけの実力者を示していることを昔、切彦自身から教えてもらった。切彦の予想では、"レッドキャップ"はほぼ確実にコカビエルに関わっているとのことだ。去り際に意味深な言葉を残していったらしい。

 

 ……聖剣が使える猛者……どんな条件の下聖剣が使えるようになるのかは分からないけど、あいつなら確実に使えるんだろうなぁ……。

 

 イッセーたちと同じく施設の家族であるフリード・セルゼン。過去に最年少天才エクソシストの称号を与えられながらアッサリと教会を裏切ったはぐれ神父。金さえ貰えばどんな仕事でも引き受ける、静雄の"万屋"と似たようなものだが、フリードは基本的に高額な仕事しか受けない。そして高額な仕事となると、自ずと命を張る必要がある内容のものが増えていく。

 

 そのため、フリードは"万屋"というよりは"傭兵"の方がしっくりとくる感じだ。

 

 かつて、天才エクソシストと言わしめたその腕は今も尚磨きがかかり、イッセーとて本気を出して勝率は五分に持ち込めばマシといったところ。切彦から逃げ延びる実力の持ち主だ。しかも、その真髄は未だ隠しているため、本当の実力は計り知れない。

 

 ……考えていても仕方がない。今は情報を手に入れるのが先決だな。

 

 イッセーは思考を断ち切り、口論を始めた哀れな2人の信仰者に救いの手を差し伸べに行った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 某ファストフード店では、店内に似つかわしく無いフリードと"レッドキャップ"がいた。フリードは疲れが溜まっているかのように背もたれに身体を預け、"レッドキャップ"はその正面でポテトを摘んでいる。怠いオーラを隠しもせず、世の神父を侮辱した態度のままコーラに手を付け一口飲んだ。

 

「おいフリード、本当に女で合っているのか?今までの神父で1人も女はいないが……」

 

 その様子を見ながら、同じようにコーラを飲みながら聞く"レッドキャップ"。フリードは半眼になりながらソッポを向いた。

 

「そういうこと言うのやめてちょ。自信が無くなって紙メンタルがビリビリになるから」

「そうは言ってもな、こうも連日同じような雑魚ばかりだと腕が鈍る感じがして嫌なんだが」

「決して弱いわけじゃないと思うんだけどなぁ?誰だって出会い際に視認すんのもしんどい速度で迫られちゃビックリして硬直しちゃうと思うわけですよ。その直後を狙って瞬殺されたら何も反応できないと思うんだよねぇ。俺っち何回殺さずに捕らえようって話したっけかなぁ。ついでに、その言葉に何回快い返事がもらえたことか……」

 

 止まらないフリードの小言に、分かりやすく耳を塞いで聞こえないふりを決め込む"レッドキャップ"。

 

「……」

「……ん?終わったか?それでだ、早く強者と戦いたいんだが?」

「こんなの俺っちのキャラじゃねぇっすわぁ……」

 

 テーブルにグッタリと蹲ってしまうフリード。己の在り方に疑問を覚えるほど精神的にやられているらしい。目的の聖剣使いに出会える気がしないが、払われた分はしっかり働こうと、相変わらず変に律儀なフリードであった。

 

「そういやぁ」

「どうした?」

 

 突然のフリードの切り出し。

 

「バルパーのおっさん、もう1人助っ人呼んだとか言ってた覚えがあるよーなないよーな」

「確かに言っていたな。詳細は何も聞かされなかったが、忠告だけはされたな。確か、"死を見る黒き怪談"だったか」

 

 あと、

 

味方であろうと殺す(・・・・・・・・・)とも言われたな」

 

 ○

 

 

 

「美味い!日本の料理は美味いぞ!」

「帰ってきたって感じがするわ!」

 

 ファミレスのテーブルに並べられた料理の品々を片っ端から胃袋に収めていくゼノヴィアとイリナ。その食べっぷりは度肝を抜くものであったが、ここはキンジが1人で会計をしてくれる。仕事で貯めに貯めた金を使うには良い機会だと、義兄弟ながらなかなか太っ腹だ。子猫もキンジの懐に甘えてパフェを飲み物のように平らげていた。

 

 イッセーはコーヒーを飲みながら瞬く間に消える料理の品々に苦笑いを隠せず、落ち着くまで結菜に連絡をしながら待つことにした。最近の科学は素晴らしい。メールじゃなくても気軽にメッセージを伝えることが出来るのだから。

 

「さて、私たちに接触した理由を聞かせてもらおうか」

 

 一息ついて切り出すゼノヴィア。見れば、見事にテーブル上全ての食事を平らげた2人。子猫は10杯目を越すパフェと格闘中だ。真面目な話なのだが、イッセーと切彦の心のオアシスのためそのまま食べさせておいた。

 

「単刀直入に言わせてもらうと、お前たちが持つ聖剣エクスカリバーについての情報を提供してもらいたい。先日、やむ得ない状況ならば聖剣を消滅させることも厭わないっていう話だったよな?」

「それはつまり、我々の手助けを買って出てくれる、というわけかな?」

「遠回しに言えばな」

 

 キンジの言葉に顎に手を当て、少しだけ考え込むゼノヴィア。

 

「正直に言うと、それ自体はとてもありがたい。私たちだけで全ての聖剣を堕天使側から取り戻すことは難しいと考えていた」

「ちょっとゼノヴィア、本当にいいの?イッセー君たちの実力は私たちの耳にも届いてはいるけど、その全てが真実である保証はないのよ?しかも……イッセー君は悪魔だし」

「そんなもの、ここで御馳走になった時から悪魔の囁きに唆されている様なものだから今更さ」

「おいコラ聞き捨てならねぇな。ここの会計すんのは俺だぞ」

 

 イリナとゼノヴィアの会話にキンジは青筋を立てるが、2人はガン無視を決め込む。しかし、話の雲行きは決して悪いものではなく、イッセーはコーヒーに口をつけながら結菜に連絡した。どうやら、結菜もここへ来るようだ。

 

 イッセーは外を歩く人々に目を向けつつ、コーヒーを啜る。ふと視界に入った1人の男。それは、余りにも黒く、長身で痩身、異様に腕が長かったーー。

 

 

 ○

 

 

 ゼノヴィアは赤龍帝達の出方を窺っていた。

 

 前回の話し合いの場での赤龍帝から感じたプレッシャー。それは相当なもので、悪魔には抜群の相性を誇る聖剣を所持していながら、その気迫にいとも容易く呑まれたのだ。

 

 ゼノヴィア自身、己の力量については重々理解しており、今回の任務の難しさ、生き残れる可能性程度は考えれる脳を持っている。

 

 ……まだ切り札を出していないとはいえ、今代の赤龍帝はなかなか強者(つわもの)らしい。

 

 それも、本気を出したゼノヴィアとイリナを圧倒できるであろう程の。

 

 そして、ゼノヴィアが警戒しているのは赤龍帝だけではなかった。気怠げな表情を隠そうともしない、パッと見暗そうな印象を与える男。

 

 何故かは分からないが、信仰心を一切感じない雰囲気を持っておきながら、この男からは、微かだが神性を含んだオーラを感じるのだ。

 

 しかも、この男は悪魔ではない。と言うよりも、その実ただの人間なのだ。赤龍帝と何らかの繋がりがあるようだが、ゼノヴィア達と同じ、人間でありながら特別な祝福を受けているようにも見えない。

 

 ……明らかに生身の人間だ。それなのにあれだけの圧力を我々にかけていただと?

 

 ゼノヴィアは最後のイレギュラーに目を向ける。パフェにガッつく猫のような悪魔の少女の隣で、注文したコーヒーをひたすら付属のティースプーンで掻き混ぜている大人しそうな少女だ。

 

 一緒に頼んだフレンチトーストには手を付けず、時折隣の少女に目を向けてはコーヒーを掻き混ぜることだけに集中しているように見える。

 

 一見無害そうな存在だが、それ故のイレギュラーであった。

 

 神性を感じる男と同じく人間であることもそうだが、驚くほど何も感じない(・・・・・・)のだ。

 

 ……日本の諺には、"能ある鷹は爪を隠す"というものがあるらしいが、コレに該当するのがこいつか?

 

 つくづく、魔女アーシアに突っかからなくて良かったとゼノヴィアは思う。

 

 任務の前に五体満足でいられなかった可能性があるからだ。

 

 ……だが逆に、これだけの戦力があるならば、堕天使幹部であるコカビエルを打倒することも不可能ではない。

 

 ゼノヴィアは、滲み出たような期待が胸を支配していく感覚を感じた。

 

 それに内心驚き、表情には出さないものの自嘲の笑みを心に浮かべた。

 

 ……命を賭けた任務のはずだったんだが、どうも、私は覚悟が足りなかったようだ。今更死にたくないなんてな。隣に座るイリナに失礼じゃないか。

 

 クリスチャンだからと言って、己の全てを主に捧げたいとは思えない。いや、思いたくない。

 

 ゼノヴィアには一つだけ夢があった。

 

 死ぬ前に叶えたい夢ではあるが、今のままでは絶対に叶えることはできない夢。

 

 それは、何にも縛られることなく、自由に生きることだった。

 

 ゼノヴィアが違和感を感じたのは、イッセーの表情が凍りついたのを見てからだった。

 

 

 

 ○

 

 

 

「計画は順調なのか?」

「ああ。このままいけば、新たな戦争の火種としては申し分ない出来となるだろう。相変わらず、あの2人は空回りを続けているが、聖剣すら回収できれば、いつでも次の段階へと進めるさ」

 

 人気の無い森の奥底で、10の翼を持つ堕天使と神父の声が響く。【神の子を見張る者】の幹部であるコカビエルと、【虐殺の神父】のバルパー・ガリレイだ。

 

「ふむ、漸くか。待つのは好きじゃないが、今回手を出す場所が場所だからな。慎重にことを運ばなければ、俺たちは一瞬で殺されるだろう」

「君ほどの実力者が警戒するほどの猛者がこの町に居るのかね?所詮、魔王の妹程度だろう?」

 

 バルパーの言葉を鼻で笑うコカビエル。

 

「分かっていないな。少しは聖剣以外にも興味を示せバルパー。いくらお前でもこの名は知っているはずだぞ。"平和島の静雄"の名を」

「……確かに、その名は私も聞いたことがある。だが、私が聞いた話では、ただの眉唾ものだったが?存在すらも怪しいとされているのだろう?」

「奴は現役の英雄さ。かの大戦を経験したこの俺が言うのだ」

「君の言葉を疑う気はないが……そいつは"レッドキャップ"にフリード、そして君が束になっても敵わない程の力を持つと?」

 

 いまいち納得のいかないバルパー。理由は単純。己の目で見定めていないからだ。

 

 どのようなものも、聞くのと見るのとでは異なる。百聞は一見に如かずとはまさにこのこと。

 

 そのバルパーの内心を汲み取り、だからこそ敢えて応えるコカビエル。

 

「そうだ」

「……分かった。ならば、これからは迅速に行動しよう」

「ああ。エクスカリバーを完成させ、戦争の火種を作り次第、撤退を図らねばなるまい。……余興は終いだ、これからは俺も動こう。最悪、この辺一帯全てを破壊する必要すら出てくるかもしれん」

「それはまた急かすな。まぁ、こちらは任せておけ、既に手は打ってある。フリードに"レッドキャップ"、そして、奴がいれば、邪魔者は全て皆殺しさ」

「流石だな。ーーならば、世に混沌を与えに行こうではないか」

 

 コカビエルは、その瞳を獰猛に歪め、バルパーを残してその場から飛び立った。

 

「待っていろ、サーゼクス。貴様の喉笛を噛みちぎる種は出来つつある」

 

 

 

 ○

 

 

 

 結菜はイッセーからの連絡を確認し、みんなが待つファミレスへと向かっていた。

 

 早歩きで進む町中、脳裏によぎるはエクスカリバーに対する憎悪の感情。

 

 思い出されるバルパーの狂気染みた実験の日々。

 

 時の流れが最も遅く感じられた苦痛の中、同じ境遇の仲間と共に、希望を捨てずに唄った聖歌。

 

 しかし、最後は『処分』された仲間たち。そのみんなのお蔭で今を生きる自分。

 

 苦しむ声を背後に聞きながら、振り向かずに逃げ延びた卑怯な己。

 

 無情な世界は、結菜にかつて無い程の絶望を与え、生への執着心を消してしまった。

 

 ……そう、ボクは憎しみを動力源として今日まで生きてきた。

 

 リアスという、深い慈悲を持った主人の元での生活というものは、結菜の心に確かな光を宿していた。

 

 しかし、それでも、過去の出来事を無かったことになどできない。

 

 このチャンスを逃せば、次はいつになるか分からないのだ。

 

 この命一つで仲間の無念を晴らせるのならば、喜んでこの命を差し出そうではないか。

 

「みんな、もう少しだけ待ってて」

 

 目の前にはイッセー達のいるファミレスのドア。

 

 一度呼吸を整え、結菜はドアの奥へと脚を踏み込もうとした時、一瞬だが違和感を感じた気がした。

 

 そして、結菜が周囲を警戒すると、その違和感は確実なものとなった。

 

 ……人が、いない?

 

 そう、人がいない。ここは町中のファミレス店のある通りだ。近くには多くの建物が立ち並び、時刻は日中を指している。人が少ないという点のみだったらまだ違和感程度で済むが、人、いや、"一般人"の存在がこの世界から消えたのだ。

 

 ……違う、これは、ボクが世界から離されたのか。まるで世界がそのまま鏡写しのように、広範囲に渡って結界が張られてる……!

 

 結菜が諸悪の根源を見出そうと、"一般人"とは程遠い気配を複数持つ場所に視線を移すのと、ファミレスの中から爆炎が立ち昇るのは、ほぼ同時のことだった。




誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いいたします。

また次回、お会いしましょう。


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怪談

どうも、虹好きです。

何か、全員が全員主人公っぽく描写してしまうせいで、なかなか筆が進まない今日ですが、頑張りたいと思います。

本編どうぞ。


「Have withstood pain to create many weapons. 」

 

 ーー正義の背中は、とても重く、とても哀しく、とても虚しく、とても寂しそうで、とても美しかった。

 

 

 

 ○

 

 

 

「……なぁ、岡部君。静雄君また仕事に行ってしもうたけど、意外とこの町危ない状況やないか?」

 

 施設のリビングルームで椅子の背もたれに寄っ掛かりながら、ジョーカーは向かいの席でドクターペッパーを豪快に煽る岡部に問いかけた。

 

 数度喉を鳴らし、軽く息を吐いた岡部は片眉を上げ、それこそ意外だというように悪戯な笑みを浮かべる。

 

「何だジョーカー。貴様ほどの男が施設の人間を心配するとは……明日の天気は嵐か?」

「そこまで自分変なコト言ったかいな。でも、今回に関しては、あの子達だけじゃ厳しい気がするんやけど?フリード君はフリード君で、今回も敵やろ?それに後2人ついてくるんやで?」

「戦力的には負ける気がしないんだがな」

 

 いやいや、とジョーカーは胸の前で手を振り、言葉をつくる。

 

「確かにイッセー君たちだけなら良かったんや。でも考えみぃ。この町の管轄はグレモリーやで?リアスちゃんも戦いに参加することを考えると、守りながら戦うのはちとキツイと思うんや」

「ならば、イッセー達と接触する前に、あの煩わしい羽虫を消せば良いだろう。あの程度なら1秒かからずに殺せるだろうに」

 

 岡部の言葉に押し黙るジョーカー。訳ありで無闇矢鱈と戦闘出来ないジョーカーとしては、戦えない自分の代わりに岡部か静雄に頼みたかったのだが、先程口にした通り、静雄は仕事で留守にしており、頼みの綱である岡部はこの反応。思わず溜め息が溢れた。

 

「こういう時に、あの『英雄』君達が居てくれると自分的には大いに助かるんやけどなぁ……」

「諦めろ。あいつは兎も角、残り2人は自由奔放すぎる。この世界を堪能しているか、新たに手に入れた身体で更なる高みを目指すかしているのだろう」

「しかし、あれやなぁ。生前、武を極めた者が再び世界に受肉を果たし、その先を目指す。人の身でありながら、自分ら(・・・)と同じ土俵に立つ実力は正直恐れ入ったわ」

 

 ドクターペッパーをもう一口煽り、喉を湿らせる岡部。

 

「最初はあんなにいがみ合っていたのにな。しかし、ここであいつらの話をすると、そろそろあいつの料理が恋しくなってくるところだ」

「せやな。ま、イッセー君達には頑張ってもらうしかないことやし、暇な時間は酒で潰しましょ」

 

 台所から一升瓶を持ち出して来るジョーカー。

 

「貴様も飽きんな」

「そういう岡部君もドクペ何本目や?」

「今日はまだ6本目だ」

「自分と変わらんやないか」

 

 

 

 ○

 

 

 

 切彦は、外から突如として自分達を襲って来た爆炎の塊を、半ばから断ち切ることでイッセー達を守りつつ、素早く周囲を警戒した。

 

 真っ二つにされた爆炎は、ファミレス内を6割程呑み込んで爆風を起こす。

 

 イッセーは小猫と匙を、キンジはゼノヴィアとイリナの壁となるように炎に背を向けていた。

 

 ……"レッドキャップ"とフリードはこんな技を使わねぇ。何処のどいつだ?

 

「オイオイオイ!?何だ今の!?つか何で急に人がいなくなったんだよ!?」

「どうせ結界でも張ったんだろ。お前は男なんだから自分の身は自分で守れよ」

「こんな時でもお前は辛辣なのな!」

 

 匙の叫びを適当に流すキンジを横目に、切彦は外に踊り出る。余りにも突然の出来事で相手も分からないこの状況、囮は必要だろうという判断からだ。

 

 ……目立った気配は一切ねぇ。

 

 爆炎の余波によって破壊、または融解された通路以外、特に変わった箇所は一切ない。

 

「今のは一体何だったんだ?」

「こんな広範囲に渡る結界なんて聞いたことないわ」

「……イッセー先輩、襲撃者は分かりますか?」

 

 小猫たちを守るような間合いで倍加を始めたイッセーに問う小猫。それにイッセーが応えるより早く、声を上げるものがいた。

 

「みんな大丈夫!?」

「……結菜先輩?」

「おお、お前もいたのか!」

 

 慌てた様子の結菜が魔剣を携えながら走り寄る。小猫と匙が反応することで、無事を確認したのか、ゼノヴィアとイリナの、正確にはエクスカリバーをひと睨みしてから安堵の息を吐いた。

 

 ……結菜もいるってことは、何らかの神器や能力を持つ者を強引にこの空間に引きずり込んだってところか。

 

 手元にあるバターナイフで何処まで応戦できるか不明だが、幸運なことに武器になりそうな物はそこら辺にいくらでも転がっている。

 

「ったく、面倒クセェがsearch&deathだぜ」

 

 

 

 ○

 

 

 

「あの炎が来る直前、異様な人間?を見たんだ」

「おいおい兄弟(ブラザー)、何でクエスチョンマークつけんだよ?確かに、こんなこと出来る奴がいるなら、気配で感知できるだろうが、生憎、何も感じなかったぞ?」

「それについては私も同意しよう」

「ボクも分からなかったな」

 

 キンジ達の意見に、イッセーも同意した。

 

「それについてなんだけど、俺も気配は全く分からなかった。でも、確実に言えることは、俺たちを襲ってきたのはそいつ以外に考えられないってことかな」

「どんな奴だったんだよ?」

 

 今度は匙が聞く。

 

「身長は凄く大きかった。多分、2メートルは越えてる。そして、人にしては長すぎる腕を持ってた」

「……2メートルの身長に長すぎる腕、それって……」

 

 小猫の反応に、みんなの視線が集中する。

 

「何か知ってるのか?」

「……えぇと、確信を持って言えるかと言われると微妙なんですけど、イッセー先輩が見たその人?は異様に全身が黒く、瞳は赤くありませんでしたか?」

「うんそうだった。そして、顔を見た瞬間、消えた(・・・)んだ」

「……やっぱり」

 

 合点がいったように頷く。それはゼノヴィアとイリナも同じようで、顔色を少々歪めていた。

 

「マズイことになったな。まさか、ここで"怪談"に遭遇することになるとは」

 

 ゼノヴィアの含んだような物言いに対し、疑問を浮かべるキンジ。

 

「"怪談"、だと?」

「そう、私達は昔、実在する怪談話を聞かされたことがあるの。話の締めに、"もし、奴に出会ってしまった場合、即座に逃げよ。背をむけ、振り返るな。絶対に、顔だけは見るな、殺されるぞ"ってね」

 

 イリナの言葉に、イッセーとキンジ、そして匙が目を見張った。

 

 小猫は2人の話に相槌を打ちつつ、

 

「……恐らく、教会でお二人は聞かされたものだと思いますが、これは、悪魔側でも言い伝えられる怪談なんです。曰く、それに気配は無い。曰く、それに心は無い。曰く、その顔を見てはならない。……古くから伝えられてきた、その怪談の名はーーー【エンダーマン】と言われてます」

 

 小猫の呟きとほぼ同時、イッセーはファミレスの外にいる切彦に目を向けた。

 

 切彦の真正面に、黒の存在がいた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 まるで、いきなりその場に現れたような黒い存在を目の当たりにし、切彦は自然とバターナイフを握る手に、力が籠るのを感じた。

 

 ……何も感じなかった。こいつ……!

 

 バターナイフで逆袈裟斬りにしようと、黒い"顔"に目を向け、赤く染まる瞳を見た刹那、対象が消えた(・・・)

 

「……!?」

 

 次に感じたのは真横より迫り来る熱の塊。

 

 先程切彦達を襲った爆炎だ。

 

 その向こう側。そこに、今しがた切彦の目の前にいた筈の黒の存在がいた。

 

 ……どうなってやがる?

 

 身体を大きく回転させ、本来なら黒の存在を斬るはずだった逆袈裟斬りで爆炎を断つ。

 

 断った隙間から黒の顔が目に映りーーーまたしても消えた(・・・)

 

 代わりに聞こえるのは、風を凪ぐ音。

 

「……!」

 

 その音は、正確に切彦の首を刈る軌道を描き、吸い込まれるように行った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 イッセーは切彦のもとへ行こうと、ファミレスの床を蹴り、窓から飛び出そうとしていた。

 

 目の前には、切彦の敗北が映し出されようとしている。

 

 切彦の"死"という敗北が。

 

「……動けよ……!」

 

 既に3回分の倍加を身体にかけており、切彦の場所までなら一歩半程で辿り着くことができるだろう。

 

 だが、

 

 ……それじゃ遅い。

 

 今の切彦の状態は、チェスで例えるなら、【チェックメイト】を宣言された状態だ。

 

 つまり、確定した敗北。覆すことの出来ない未来。

 

 右手に魔力の塊を宿し、切彦の顔に傷が付かないようの狙いを定める。

 

 黒の手刀は切彦の首から約30センチ程の距離まで縮められており、イッセーは地面を蹴ってファミレスの外に身を投げた状態だ。右手は引いてあり、『天龍の咆哮』の準備は完了している。

 

 目標は切彦と黒の存在の距離を遠ざけること。故に、貫通力は必要無い。魔力は圧縮せず、狭い範囲の衝撃波をイメージする。

 

 顔は見ない。小猫とゼノヴィアの話を聞く限り、そして、先程、切彦との攻防で見せた連続する瞬間移動の鍵の可能性があるからだ。

 

 的が大きいことから、胴体を狙う。

 

【チェックメイト】まで残り20センチを切った。

 

「『天龍の咆哮』」

 

 光が疾駆し、黒の存在を襲った。

 

 

 

 ○

 

 

 

「ナイスだぜ、お兄さん!」

 

 黒の存在はイッセーの『天龍の咆哮』によって向かいの建物に吹き飛ばされた。

 

 切彦はそう言いながらバターナイフを持つ右手を振り上げ、超アンダースローで黒の存在へと追撃を放つ。

 

 空気を味方につけ、無数の鎌鼬を生み出しつつ進むナイフは、真下の道路を割断しながら黒の存在へとぶち込まれた。

 

 建物に無数の亀裂が走り、結界内の建物が音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 フリードは近くのビルの屋上から戦いの様子を見ていた。

 

「うっわ、相変わらず容赦ねぇなぁ"ギロチン"ちゃん」

「それはそうだろう。むしろ、奴相手に手を抜くことなどできん」

 

 崩れ落ちる建物の中、フリードは見ていた。黒の存在ーーー"エンダーマン"が消える(・・・)のを。

 

 ……これ俺っち達の出番無くね?

 

 

 

 ○

 

 

 

 イリナは突然眼前が黒に染まり、驚きのせいで身体を硬直させていた。

 

 その一瞬の隙によって、右手の装飾品に変えていた聖剣ーー『擬態の聖剣』が盗られるまで。

 

 ……な……!?

 

 思わず、痩身の身体を見上げてしまう。

 

 赤い瞳と目が合った。

 

 再び、黒の存在は消えた(・・・)

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……やられた!

 

 ゼノヴィアは反応出来なかった自分を恥じた。

 

 誰も今の出来事に反応出来た者はいない。イッセーと似た雰囲気を持つ遠山キンジでも、ただただ唖然とするばかりであった。

 

 気配が全く無い未知の相手。一心不乱に視線を巡らせるが、何処から襲ってくるか分からない以上、迂闊に聖剣を振り回すこともできない。

 

「どこにいった!?」

「……イッセー先輩!?」

 

 小猫の悲鳴。ゼノヴィアは急いで外にいるイッセーに目を向ける。

 

 イッセーは『擬態の聖剣』に腹部を貫かれていた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 イッセーは、己の腹に植え付けれた聖剣を一瞥し、直後、全身が焼けるような痛みに襲われた。

 

「……っ!」

 

 声を上げられない程の激痛。腹を喰い千切らんばかりに熱を発する聖剣は、一撃でイッセーを戦闘不能直前まで貶めた。

 

 身体に力を入れようとしても、激痛がそれを阻み、力を入れられない。

 

 五指を何とか動かし、聖剣を抜こうとしたが、逆に、イッセーは黒の存在に胸を蹴られ、強引に聖剣から離された。

 

 傷口からは止めどなく流血し、何かが勢いよく喉に込み上げてきた。止まらず口内まで上がりきり、口から滝のように滴り落ちるのは、イッセーの血液。

 

 視界が点滅し、地面に勢い良く膝を着いてしまう。

 

 黒の存在は、それを最後に、イッセーの視界から消え、切彦の絶叫が聞こえた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 小猫は、今までにないくらい真剣な表情でイッセーに駆け寄った。悪魔の弱点である聖剣、その一刺しをまともに受けたのだ。

 

 傷口と口からは、未だ止まることを知らない血が流れている。匙とキンジも駆け寄り、止血を施していく。

 

 切彦は、周囲の建物を全て倒壊させ、黒の存在を探すが、何処にも見当たらない。

 

 ゼノヴィアと結菜も周囲の警戒に全神経を集中させていた。

 

 キンジと匙は険しい表情のまま、止血を行っている。

 

 ……この程度で死にませんよね?イッセー先輩。

 

 

 

 ○

 

 

 

「おいフリード、"エンダーマン"は何処に消えた?」

「俺っちが知るはずないっしょ。でも、聖剣を確保した以上、バルパーのおっさんのところにでも戻ってんじゃないですかねぇ」

「そうか」

「ここに居ると俺っち達にも被害が出るかもしれないから、俺っち的にそそくさとお暇したい気分でござんす」

「ふむ、それもそうだな。あの"ギロチン"と戦えないのが残念だ」

 

 

 

 ○

 

 

 

「止血は完了したぞ、兄弟(ブラザー)

「……ああ、迷惑をかけた」

 

 キンジはイッセーの応急手当てを終わらせていた。イッセーも喋れる程度には回復している。

 

 しかし、聖剣で貫かれた腹部は赤黒く焼き爛れ、暫く思い切った戦闘はさせられない。

 

 ……"エンダーマン"って言ったよな。あの瞬間移動、厄介すぎる。

 

 どんな速さで動けても、瞬間移動には劣る。瞬間移動が出来るだけで、こちらの勝率は皆無だ。速度を武器使う相手とは、それだけ難関な敵なのだ。

 

「……先輩、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。みんなのお蔭で大事には至らなかったからね」

 

 涙目でイッセーに抱きついて離れない小猫。その頭を撫でながらイッセーは弱々しいが、しっかりとした笑みをつくる。

 

 ……さて、問題は……。

 

 キンジはゼノヴィアに宥められているイリナに目を向ける。

 

 幼馴染であったイッセーが、己の聖剣で貫かれたという事実に、深くショックを受けているようだ。

 

「そして、切彦か」

 

 キンジ達を囲む建物は、全て瓦礫と化していた。その瓦礫の中、割れた硝子の破片を手に持ち佇む切彦。

 

 イッセーが無事と分かったのだろう。今は、その凶刃を振るおうとはしない。

 

「なぁ、あんな奴が今、この町にうじゃうじゃといるってのか?」

「……そうなる、な。それだけ敵も本気ってことだろ」

「でもイッセー君が……」

 

 匙と結菜は、戦力になれなかったことを悔いているようだった。

 

 正直、先の戦闘では、キンジ自身も足手纏いとなっていた。戦闘時間はほんの数分。その数分で、イッセーは致命傷になり得る傷を受けた。

 

 ……情けねぇな。

 

 "エンダーマン"が張った結界が、その効力を失い始め、結界が消えた箇所から本物の世界が現れ始めた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 イリナは、地面に膝を着き、虚空を眺めていた。

 

 幼馴染の身体は、己の持つ聖剣にて貫かれた。悪魔の身であったため、その効果は通常の倍以上の物となり、イッセーは意識はあるものの、完璧に回復させることは出来ていない。

 

 原典(オリジナル)程の威力は無くとも、伝説に名を馳せた聖剣の名は伊達じゃないのだ。

 

 並の下級悪魔ならば、触れただけで灰に帰す力を持っている。更に最悪なのは、光が弱点の悪魔は、高位の聖剣の傷を負った場合、確率で後遺症を患うことがあった。

 

 ……この場合、私の所為でイッセー君は負うはずのない傷を負ったことになるのよね。

 

 教会で祝福を受け、聖剣の担い手に選ばれたイリナだが、現実は余りにも残酷なもので、聖なる希望の光は、イリナに真逆の結果を与えてしまった。

 

「……ごめんなさい」

 

 ふと、口に出た言葉。掠れたような声。

 

 恐らく、近くにいるゼノヴィアにすら聞こえなかったであろうその声。

 

 しかし、

 

「うん、許す」

「……え?」

 

 声の発生源。そこには、刺された箇所を抑えながら立ち上がっているイッセーがいた。

 

 額にはまだ痛みが引かないのか、大粒の汗を幾つもくっつけ、しかしながら、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

 そこでイリナは、みんなから注目されていることに気が付いた。

 

 切彦は破壊を止め、キンジはイッセーを支えられるように近くに立ちながら、結菜は顔を悲痛に歪めながら、匙は居心地悪そうに、小猫はイッセーにしがみ付きながら、ゼノヴィアは心配そうな表情で、イリナを見ていた。

 

 イッセーは、小猫を離し、しっかりとした足取りでイリナに向かって歩いてくる。

 

「さっきまで笑顔で飯食ってた奴の顔つきじゃないな」

「それはそうでしょ。だって、私のせいでイッセー君は怪我したんだよ?」

 

 そう、私が油断したから、

 

「聖剣を奪われなければ、イッセー君は怪我しなかったんだよ?全部、私が悪いでしょう?」

「それは、まぁ、確かに」

 

 なら、

 

「なら、全部私がーー「でもさ、俺は生きてるよ?」ーーッ」

 

 イッセーの言葉に、開けた口を噤んでしまう。

 

 いつかの、まだイリナとイッセーが仲良く遊べていた頃と同じ笑顔で言われた言葉。

 

 ……その顔にその言葉は卑怯だよ、イッセー君。

 

 

 

 ○

 

 

 

「済まない。君の家族の手傷を負わせてしまったのは、此方の不手際が原因だ」

「そんな気にしなくていいぞ。アレは"エンダーマン"が強かっただけだ」

「だが、イリナは納得しないだろうさ。ああ見えて、精神面は強くなくてね。信仰心だけで言えば、私の数倍は熱心に祈っているよ」

「素晴らしいクリスチャンだな」

 

 ああ、

 

「だから、出来る限りの協力をさせてくれないか?」

「さっきと立場が逆になってるぞ?」

 

 仕方がないだろう、ここで強気で行ける奴などいるはずが無い。

 

「まぁ、願ったり叶ったりだ。丁度、俺たちにも明確な戦う意味が出てきたしな。ーーーコカビエルだったな?確実にブッ潰す」

 

 キンジの身体から、薄く緋いオーラが滲み出した。

 

 ゼノヴィアは雰囲気が一変したことに息を呑む。

 

「ま、そう考えると良かったんじゃねぇか?死ななきゃどうとでもなんだしよ」

 

 言葉使いすらも変わったキンジ。その表情は、戦を嬉々として楽しむ獰猛な獅子のようで、ゼノヴィアは頬に一筋の汗を流した。

 

「取り敢えず此処から出ようぜ、結界がもう消える」

 

 これから始まる、

 

「俺たちの反撃の為にも、な」




御感想及び、誤字脱字等の御指摘、どうぞお待ちしております。

では、また次回お会いしましょう。


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騎士の帰還

どうも、虹好きです。

だいぶゴチャ混ぜ感出てきました。

割と先の展開見えないです。


「Yet, those hands will never hold anything.」

 

 ーーきっと、全てを救いたかった。

 

 ーー救えると信じていた。

 

 ーーだが、世界は非情だった。

 

 ーーしかし、世界は彼に一つの希望を与えた。

 

「ーー全く、何の冗談だ?」

 

 赤い背中の言葉だ。それに対し、青い背中が呼応する。

 

「そいつはこっちのセリフだ。何の嫌がらせでお前らなんぞと一緒に、何処だか知らねぇ場所に飛ばされなきゃなんねぇんだよ」

「少しは黙らぬか、犬畜生めが」

「ああ!?」

 

 青い背中を嘲笑するように罵倒するのは黄金の鎧。

 

「フン、言葉も理解出来ぬほど脳味噌が腐っているとは……やはり貴様もそこな雑種と変わらぬようだ」

「一応初対面だぞテメェ……来て早々にブチ殺されてぇみたいだなオイ。つぅか、本当に初対面かお前ら?なんか懐かしくも胸糞悪いものを感じるんだが……」

「君達、仲良く喧嘩するのは良いが、少しは目の前の出来事に注目してはどうだろうか?」

 

 それぞれの色は異なり、纏う雰囲気もまたそれぞれだが、彼らには統一された共通点が一つだけあった。

 

「……貴様に言われずとも理解している。どうも不可思議な現象ではあるが、聖杯戦争ではなく、この惨劇を止めるためだけに、この世界が(オレ)を呼び出した、というところか」

「俺達、な。……しっかし、マスターの反応がねぇな。本当にこの世界が俺達に助けを求めでもしたのかねぇ?」

「案外そうなのかもしれないぞ。何の特典かは分からんが、受肉まで果たしている。マスター無しでも存分に全力を出せそうだ」

 

 普通とは異なる異色の圧力を放つ3つの瞳。

 

 ーー救いを求める声が聞こえてきた。

 

 ーー赤い背中にとって、懐かしすぎる紅蓮の炎の中で、その少年を見つけた。

 

「ーー面倒ごとは早々に片付けんのに限る、行くぜ」

 

 真紅の凶槍を携え、炎の先に群がる異形に向かって、青い背中が語る。

 

「ーーフン、実に下らん。だが、少しばかりこの世界には興味が湧いた。その褒美としてーー我が宝物庫を開けてやろう」

 

 自身の背後の空間を静かに波立たせながら、黄金の鎧が何処までも上から目線で惨劇を睥睨した。

 

「ーー始めようか、同調、開始(トレース・オン)

 

 一瞬で両手に白黒の双剣を創り出し、赤い背中は静かに紅蓮を見据えた。

 

 ーー神をも超える半神と謳われた2対に、異なる世界が生み出した無銘の守護者。

 

 ーー彼らは、【英雄】と呼ばれる存在だった。

 

 

 

 ○

 

 

 

「……さて、何か言い訳はあるかしら?」

「「「大変申し訳ございませんでした」」」

「……すみませんでした」

「……ゴメンなさい、です」

「すいませんでした」

「「……」」

 

 オカルト研究部の冷たい床に土下座し、頭を擦り付ける男3人、落ち込みながら頭を下げる少女3人、それを微妙な表情で見つめる聖剣使い2人。

 

 そして、怒りのオーラをこれでもかというほど、全身から溢れさせている悪魔の貴族が2人。

 

 1人は怒髪天を着く勢いの動、1人は流れる流水の如く静と、それぞれ正反対ではあるが、等しく怒りを露わにしていた。

 

「私に何も伝えず、勝手に行動をして、敵の明確な情報を得る前に聖剣を奪われ、尚且つそれで一刺し喰らって死の淵を彷徨ってきたと……」

「返す言葉も御座いません」

「匙、私は貴方を信じていたつもりなのですが、どうやら一瞬の気の迷いだったようです」

「カイチョォォォォォォォォォッ!!そんな冷たい目をしないでください!本当に本当に本ッ当にスンマセンでしたァァァァァァァァ!!!」

「五月蝿いです」

「グハァッ!?」

 

 漫才のような光景だが、本人達は至って真面目だ。

 

「ーーーはぁ、今回は無事だったから良いとしても、次は無いわよ?私の大切な眷属の1人であることを自覚してちょうだい、イッセー」

「はい」

「そしてキンジ、貴方も大切な後輩なのよ?」

「はい」

 

 リアスから放たれる怒気が徐々に小さくなり、いつもの優しさをその声音に取り入れていた。

 

「私からはこれくらいにしておきましょう。ーーー帰ったら夕乃もお話したいみたいだし」

「「…………はい」」

 

 優しさの中に、聖剣よりも恐ろしい凶器を仕込んでいたが。

 

「切彦も暴走したら駄目よ?」

「……そーりー」

「ちゃんと言いなさい」

「……ゴメンなさいです」

「よし、良い子ね」

 

 何だこの差は、とキンジは反射的に思ってしまった。

 

 イッセーとキンジが床に正座している中、切彦は、リアスに頭を撫でられながら甘く許されている。

 

 小猫も同じ様な感じで先に許しをもらっていた。

 

「会長!あっちは良い感じで終わってる風ですよ!?」

「他所は他所、ウチはウチです」

「そんなぁ!?」

 

 隣では尻叩きという、高校生の身としては余りにも不名誉な罰を受けている匙がいる。

 

 一回一回の音が強烈で、匙の悲鳴を聞く限り、相当な力で叩かれているらしい。

 

「あと946回です」

「会長、マジで死にますよ!?」

「死んだら、貴方はそこまでの男だったということです」

「加減する気は無いんですね!」

 

 哀れ、匙。

 

「結菜」

「はい」

 

 リアスは、入り口付近で立っていた結菜に声をかける。

 

 結菜の顔には、彼女らしくない深く落ち込んだ表情が刻まれていた。

 

 しかし、リアスはそれに対し、優しげな微笑みを浮かべる。

 

 最近の結菜は、いつもトゲトゲしいオーラを纏っており、独りになりたいという雰囲気が常にあった。

 

 しかし、こんな形であれ、今はその雰囲気が霧散し、少しだけいつもの結菜らしくなったことを、リアスは喜んでいたのだ。

 

 リアスにとって、眷属全てが等しく愛おしい存在であり、掛け替えのない存在となっている。

 

 そのため、己の眷属に危機が迫ろうものなら、その身を犠牲にしてでもリアスは助けに来るだろう。そんな優しい悪魔だからこそ、結菜もリアスの手を患わせずに事を終えたかった。

 

「少しは気が晴れた?」

 

 厳しい言葉ではない。

 

 涙ぐむ子供に語りかけるように、結菜の心をただ優しく撫でるようにスッと胸の中に入る言葉。

 

 前までの長い紅髪ではなく、短く切り揃えられた髪は、一見、結菜の様に活発で運動好きの少女を思い浮かべさせるが、今のリアスから感じれらるものは、お淑やかな姉の様な印象を結菜に与えていた。

 

「はい、まだ、決着をつけることは出来ていませんが」

 

 強がりの言葉。まだ終わってはいない。結菜の心の中には、確実に憎悪の念が渦巻いている。

 

 この感情は、そう簡単には消えることがない。これが消える時は、きっと、結菜が聖剣エクスカリバーとの決着を経て、いつかの同志達に対しての贖罪が済んだ時に、初めて消えるものだと考えているからだ。

 

「良いのよ、それで。でもね?独りで抱え込んではいけないわ」

 

 結菜は顔を上げる。

 

 少しだけ背が高い彼女の顔を見上げた。

 

「だって、貴方は独りじゃないんだもの」

 

 両頬が、優しいリアスの手で包まれた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……ああ、敵わないな、この人には。

 

 リアスの両手で包まれた頬。その左手に右手でそっと触れ、リアスの温もりを直に感じながら、結菜は初めてリアスと出会った時の事を思い出した。

 

 ーーーあの時は、ただ苦しかった。同志達が作ってくれた一つの逃げ道を必死に走りながら、何度も後ろを振り向きたいという衝動を押し殺し、歯を食い縛って逃げたのを覚えている。

 

 しかし、身体に回っていた毒は着実に結菜の身体を犯していき、白い雪の中に倒れた時は、死を覚悟していた。

 

 何時追いつかれるか分からない。そのまま捕らえられ、再び処分されるとなると、あの苦しみをもう一度味わうことになる。

 

 そんなのは嫌だ。

 

 そうなるぐらいなら、今ここでこの命を散らした方がよっぽどマシだ。

 

 同志達が残った力全てを使って助けてくれた命ではあったが、既に身体を起こす体力も無く、急激に身体が衰弱していくのが結菜にも分かった。

 

 もし生まれ変われたなら、あの実験好きの科学者達に死の鉄槌を。

 

 瞼を開くのも辛くなり、視界に色が消えてきた頃に、目の前から足音が聞こえた。

 

「……随分と傷付いてるわね、まだ生きてるのかしら?」

 

 倒れた身体を起こされる感覚。目は半分閉じかけ、身体も麻痺したように動かない。

 

 それでも、彼女の姿を確認した瞬間、僅かに目が大きく見開いた気がした。

 

 ーーー悪魔の翼。

 

 嫌悪感すら抱かれるその羽根が目の前に映ったのだ。

 

「うっ……あ……」

 

 だが、身体は無意識に彼女を求めた。

 

 悪魔の力を。

 

 果たしてその願いは届いたのか、彼女は結菜の前にしゃがみ込み、うつ伏せで倒れ、顔だけを上げている此方の頬を触れながら呟く。

 

「どうやら、やり残したことがあるようね」

 

 そう、静かに呟いた。

 

 多くは語らず、その後、すぐに契約が交わされ、結菜は悪魔に生まれ変わった。

 

 結菜が次に目を覚ました時には知らぬ天井を見上げ、寝心地の大変良いベットの中。その傍らには己を助けた彼女の姿が。

 

 身体を起こし、彼女に顔を向ける。悪魔の翼を生やした彼女。

 

 そして、結菜自身の腰の辺りから生える二翼の悪魔の翼。

 

「貴方は悪魔へと生まれ変わったわ。これからは、私の眷属として一生を過ごしてもらうから」

「……悪魔、ですか」

「ええ、そうよ」

 

 そんな言葉が言いたいわけじゃない。もっと聞くべきことがあるだろう。

 

 結菜は寝起きの鈍い思考を一転させ、視線を鋭くして聞いた。

 

「何故、助けてくれたんですか?」

「それを聞くかしら?」

「悪魔なんでしょう?ボクを奴隷にでもするつもりですか?」

 

 2度目の生を受けたことについては感謝の言葉しか出ないが、それでも、彼女は悪魔なのだ。

 

 最悪、奴隷として一生を終えてもいい。

 

 だが、せめて、同志達の仇を取らせてはもらえないだろうか。

 

 その考えは、杞憂に終わった。

 

「いいえ、奴隷にするだなんて微塵も考えてないわ。貴方は私の眷属となり、家族となったのよ?それをわざわざ奴隷だなんて。……ああ、そうね、悪魔だからか。それならそう考えても仕方のないことだわ。でも勘違いしないでちょうだい。悪魔だからって、みんながみんな神話とかの悪魔そのままを表現してるわけじゃないのよ?確かに奴隷を得ようと考える輩もいるにはいるけど、少なくとも私はそんなことを考えた憶えはーーーどうかした?」

「……あ、いいえ、なんか失礼なこと言ってすみませんハイ」

 

 予想外すぎる反応に軽く惚けてしまっていたようだ。

 

 現実に意識が戻った途端に妙な罪悪感のせいで謝ってしまう始末。

 

 それが彼女のツボにハマったのか、口に手を当てて上品に笑った。

 

「フフ、でもそうね。ゴメンなさい、まだ正直、自分がどうしてこうなっているのかとか分からないことが多いうちから順序をあべこべにして話しても通じにくいわよね。ーーーじゃあ、まず簡潔に、貴方を何故悪魔に転生させたかを言いましょう」

 

 一息。

 

「貴方が、欲しくなったからよ!」

 

 取り敢えず、寝ることにした。

 

「嘘よ!いいえ、嘘じゃないんだけれど、ちょっと違うの!だから身体をおーこーしーなーさーいー!」

 

 寝心地最高のふかふかな布団を剥がされてしまった。

 

 こんな回りくどいことをするくらいなら直ぐさま言って欲しいものだが。

 

「はい、ちゃんと答えてほしいです」

「うっ……ゴメンなさい、久し振りに眷属が増えたから嬉しくてつい……」

 

 赤面した顔を両手で隠しつつそう答える彼女。

 

 とても悪魔には見えない。

 

「まぁ、いいでしょう。命の恩人ですし」

「それじゃあ、今度こそ真面目にやりましょうか」

 

 彼女の空気が変わる。自然と背筋が伸びるのを感じた。

 

「小難しく説明するのは好きじゃないのよ。だから、簡潔に言うわ、ーーー貴女、やり残したことがあるでしょう?」

 

 真剣な眼差し。

 

「……やはり、分かりますよね」

「ええ、流石にね。それで、答えは?」

「あります。悪魔に魂を売ってでも成し遂げたいことが」

 

 彼女の目を真っ直ぐに見つめる。

 

 少しの間、沈黙が続いた。

 

 互いに目を逸らさず、見つめ合う時間が続く。

 

 身じろぎ一つ許されないような、短いようで長く感じる時間を経て、ふと彼女が表情を崩し、微笑みを作った。

 

「なら、貴女の願いに私が応えた。ーーそれだと何か不満?」

「……」

 

 咄嗟に口を開き掛けるが、返答することが出来ず、彼女の言葉に無言を答えにしてしまう。

 

 ……嘘だ。

 

 そう、思った。

 

 なるほど、彼女は相当な悪魔らしい。

 

 だが、逆に、悪魔に魂を売る行為が、必ずしも不幸を招くことではないんだ、とも思った。

 

「ありがとう、ございます」

 

 気付けば出ていた感謝の言葉。それを彼女は頷くことで受け入れた。

 

「ようこそーーー悪魔の世界へ」

 

 ーーーそれから、結菜はリアスから様々なことを学び、リアスの騎士として生きてきた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 結菜を過去から呼び戻したのは、2つの大きな山だった。

 

 ……あれ?何だか凄く気持ち良い感触だけど、物凄く女として敗北感を与えてくる大きなモノが……。

 

 意識を戻すと、リアスが両頬に当てた手を外し、結菜を胸に抱き寄せているのに気付く。

 

 女性として最上級のプロポーションを誇るリアスの身体。その1番の強調部分である柔らかな胸に抱かれ、回想から現実に戻って来た結菜。

 

 まず最初に感じたのは、場違いにも敗北感であったが、わざわざ表に出すのもリアスに失礼だと思った。

 

 故に敗北感を捨て、今はこの心地良い感触に身を任せる。

 

 ……ああ、本当にこの人は、根っから悪魔だよ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 結菜に巣食う負の感情が和らぐのを見据えたイッセー。

 

 隣で未だ続く匙の悲鳴を華麗に流しつつ、軽く安堵していた。

 

 感情によって戦闘は左右される。有利になることもあれば、不利になることもあるのだが、その比は決して五分ではない。

 

 ……7:3がいい所だし、結菜の場合、感情に流されると動きに隙が生まれすぎるから、これで少しは安心できるかな。

 

「……なぁ、俺らがいる意味あるのか?」

「……正座は反省の意を示すんじゃない?」

 

 小声でボヤくキンジに、同じく小声で応える。目の前の良い雰囲気を壊さない程度に。

 

「……じゃあ、お前はお前で傷の方は大丈夫なのか?」

 

 イッセーは貫かれた箇所を服の上から軽く撫でる。それだけでも鈍い痛みはイッセーの顔をほんの少し顰めさせた。

 

 此処に来るまでは、歩くだけでもぎこちなさを隠せず、切彦と小猫の支えなくしてまともに歩けなかったことから、人間離れした回復力を持つイッセー自慢の強靭な肉体を内部まで侵食する傷ということ。

 

 ……悪魔になってから初めて、聖剣といった、聖なる力を特性とする武器に貫かれたけど、尋常じゃないくらい相性が悪いんだな。身体は鍛えている方だと思うけど、まるで、紙切れを突き破るような感覚だった。これがただの相性の悪さで済む話なら、悪魔はあの武器を持つ相手には相当なハンデを背負うことになる。

 

『その通りだ、相棒。だがな、それだけじゃない』

 

 思考に沈み込む。そこへ、精神世界からドライグが声をかけてきた。

 

 ……というと?

 

『聖なる光とは、悪魔に対してのみ、その輝きを死を嗅ぐわせる毒へと変化させる。身体の傷が焼け爛れて治りが遅いのはそれが原因だ』

 

 ……治る見込みは?

 

『安心しろ。聖剣の毒は、それを上回る魔力やオーラで中和され、自然と解毒される。要するに、聖剣に貫かれた時点で死ななかった相棒は、同時にその毒にも打ち勝っているのさ。傷の回復が遅いのは、解毒に身体の治癒力を使いすぎたため、謂わば後遺症だな』

 

 その言葉に安心したような表情を浮かべるイッセー 。

 

 ……なら、次は勝たないとな。

 

『当たり前だ。あの程度に遅れをとったとなれば、【白いの】に笑われてしまう』

 

 ……いつもお前が話すライバルか。……まぁ、分かったよ。

 

 

 

 ○

 

 

 

「……おいコラ、ドライグと話し込んでるとこ悪いけどな、俺の質問にさっさと答えろ」

 

 精神世界から戻ったイッセーを迎えたのは、隣で仏頂面を浮かべるキンジだ。

 

 質問されたまま、思考の海に沈んだが為に、キンジのことをすっかり忘れていた。

 

「……ゴメンゴメン、大丈夫だってさ。これは後遺症みたいなものだけど、暫くすれば治るらしい」

「……そうか、それならいいんだが」

 

 キンジは片手で後ろ髪を掻きつつ、言葉を作った。

 

「……どんだけ俺たちの人生は波乱万丈なんだよ」

 

 心底ダルそうな雰囲気になったキンジ。イッセーは微笑を苦笑にし、

 

「……俺は嫌いじゃないけどね」

「……そうか。物好きな男だな、イッセーも」

「ああ」

 

 イッセーとキンジの目の前、結菜がリアスの胸の中で、女性としての軽い敗北感を与えられ、それをこれまた微妙な表情で見つめるイリナとゼノヴィア。

 

「会長!これ以上はマジで死にますって!!」

「あと891回も残っているんですよ?たかが100回と9回で根を上げないでください。痛みを快楽に感じる程度でなければ、私たちの兵士とは呼べません」

「それって俺にドが付くMになれと!?嘘だと言ってください会長!?」

「お黙りなさい」

 

 ……いい雰囲気を悉くカオスに変えてくれるじゃないか、匙。

 

 

 

 ○

 

 

 

「なぁなぁおっさん、あそこで赤いコーン被った変人スタイリストがあの【エンダーマン】?ギャグとホラーが混ざって最高にカオスなんですけど。あの全身真っ黒に頭だけ赤いコーンて……」

「まぁ、そう言うなフリード。顔ーー正確には瞳を見られると、こいつは自分の意思に問わずワープしてしまうんだからな」

「使えそうで使えない能力?」

「その為の気配遮断だ」

 

 そうでもしなければ、人の行き交う街中を移動することなど不可能だ。

 

 駒王町を一望できる山の山頂、計画も最終段階に移行するため、フリード達は集められていた。

 

「……」

「バルパー、そうなると、こいつとの共闘はかなり厳しいものになると思うんだが」

「うむ、それについても話そうと思っていた。当日、作戦実行の際、エンダーマンのみ、我々とは別行動になる」

「別行動?」

 

 そこにコカビエルが口を挟む。

 

「エンダーマンは能力上、一対一の戦闘で最も真価を発揮する。逆に、周囲に大勢の敵がいるとして、その全員がエンダーマンの能力を理解していた場合、それ自体が利用されかねん」

「そこで、敢えて個人で行動させ、完全なるサシの対決で相手を闇討ちしていく戦法と。さっすがコカビエルの旦那でさぁ」

 

 レッドキャップは幽鬼のように佇むエンダーマンを見つめ、一つの思考に至る。

 

 こんな奴に深夜出会ったら卒倒ものだ、と。

 

 バルパーは話を進めた。

 

「さて、エンダーマンが確保した聖剣は良しとして、フリードに渡してある3本の聖剣を組み合わせる場所についてだが、学園のグランドを使用しようかと考えている」

「まぁ、アレだけ障害物が無く、広さを持つんだから妥当だな」

「戦争の火種、そして、魔王サーゼクスへの宣戦布告には、ある程度事を大きくして行かなければな。エンダーマンには今日からでも行動を始めてもらい、邪魔者を見つけ次第排除してもらう」

「……」

 

 さて、そろそろ動き出そうか。




誤字脱字等の御指摘、どうぞよろしくお願いいたします。

ところで、今の所出てるキャラの原作は、みなさん理解してるのでしょうか?

分からないキャラがいないことを願います。

まぁ、どっちみちそのキャラも色々とカオス化してるんですがw。


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舞台は整った

どうも虹好きです。

2日連続投稿成功。

超勢いで書きました。

ちょっとよく読まなきゃ分からない描写あるかもしれません。


 駒王町に存在する幾つものビルの上。夜風が心地良く、街の灯りで美しい夜景が一望出来る。

 

 レッドキャップは、活気溢れる街中を眺めていた。

 

 ……何も知らない一般人が、時折、羨ましく感じる。

 

 街中に向けた視線を少し動かせば、敵の住処である施設が見えた。

 

 こんな街中に、アレだけ存在感を醸し出しておけば、嫌でも目に入るものだ。

 

 少々堂々としすぎているのではないだろうか、とレッドキャップは思いもしたが、すぐに理由らしい理由は見つけられた。

 

「それだけ、自分達の腕に自信があるということか」

 

 敵に本拠地が丸見えとは、相手の攻撃を誘発する、つまり、挑発にも等しい行動である。普通、命を狙われる側が、こんな目立つ場所で陣を張ることは無い。もっと、思考を駆使して敵から身を隠すことが必要となる。

 

 ……そして何より、逃げ場が無い。

 

 要するに、施設の者達が追い詰められた場合、あの施設が最後の砦となる。敵は、自ら背水の陣を敷いているのだ。見え見えの本拠地に追い詰められた時、仕留められるのは時間の問題となるだろう。

 

 ……隠れ家一つくらいはさすがに用意しているとは思うが、本当にあそこのみだとすると、施設は、敵に休み無く攻撃されることを良しとし、尚且つそれに打ち勝つだけの備えをしているということになる。

 

 もう、あの施設だけで一つの国として機能しているようなものだ。

 

 その思考を、レッドキャップはハナで嗤う。

 

「そんなところに君はいるのか、ユウちゃん(・・・・・)

 

 親しそうに、愛おしそうに、その名を呟く。

 

 レッドキャップは、視線を輝き続ける街中に戻した。

 

 先の独り言を聴いた者は、誰一人としていない。

 

 

 

 ○

 

 

 

「それで?バルパーとやらの計画について、何か新しい情報は得たのか?」

「それが、聖剣を1本盗られでしまった以外、進展的なことは無いそうなのよ」

 

 施設のリビングにて、向かい合うリアスと岡部。

 

 その中央に置かれているのは焼き立てのクッキー。それを対局面からつまみつつ、今日の出来事を語り合っていた。

 

「あなたの方は何か分かった?」

「分かるも何も、砕けた聖剣を集めてすることと言えば、その聖剣の再生だと俺なら考えるが?」

「やっぱり、そうなのよね。既に4本の聖剣が敵の手中に落ちてしまったとすると、残りは3本。その内の1本はゼノヴィアが持っている『破壊の聖剣』。きっと、次に奴等はそれを狙ってくる」

 

 2階から何か重いものが落ちる音がした。かなりの重量らしく、一瞬、施設全体が揺れる程のものだ。

 

 岡部は上を見上げ、すぐにリアスへと視線を戻す。

 

「今のはイッセーとキンジ、どちらだと思う?」

「イッセーね」

「理由は?」

「夕乃直属の弟子だからかしら」

「それだ」

 

 2階では今、悪い子へのお仕置きが行われている(女子は除く)。執行者は夕乃のため、お仕置きではなく、処刑に等しい可能性が高いが。

 

 今も、「私がどれだけ心配したと思ってるんですかぁ!!」と半泣きの夕乃の叫びが下まで響いていた。

 

「物で叩くというよりは、イッセーを頭からダイレクトに床に叩きつけている音っぽいな」

「あなた、それをよく真顔で言えるわね……」

「アーシアも相当溜まっていたようだからな。夕乃に関してはもう言葉には表せれない程心配していたぞ」

 

 その言葉を聞き、明日、イッセーとキンジが死体で現れないようリアスは祈った。

 

「話を戻すが」

 

 岡部は脱線もそこそこに、口を動かす。

 

「7本の聖剣について、君はどこまで知っている?」

「どこまでって言われると……先の大戦で聖剣の原型が砕かれ、7本に別れたっていうのと、砕かれてなお、その1本1本が強力な武器であるということぐらいかしらね」

「ふむ……では、もっと具体的にいくとするか。君は、聖剣が何本から合成を可能とすると思う?」

 

 岡部の問いに、リアスは一瞬戸惑った。

 

 まさか、と。

 

 岡部が言わんとしていることがリアスの背に悪寒を走らせる。

 

「その顔は、考えたくは無い最悪のケース、と言ったところか」

「……冗談だと、言って欲しかったわ」

「真剣な話に、冗談を混ぜることは、俺はあまりしないな」

 

 岡部の淡々とした態度に、リアスは軽く溜息を吐いた。

 

 自身の紅髪を指先で弄びながら、

 

「つまり、相手は私たちとの戦闘のために、聖剣を幾つか合成してくる可能性があるんでしょ?」

「それそのものが狙いかもしれんがな」

「1本でも十分脅威になるというのに……それに、何かと能力も増えそう。はあ……憂鬱だわ」

 

 また2階から音が響いた。今度は鈍い打撃音だ。

 

 2人は上を見上げ、また話に戻る。

 

「しかし、聖剣の合成には、多大な魔力を消費するはず。それも、伝説の聖剣ともなれば、周囲の被害も甚大なものとなるだろうな」

「具体的には?」

「本数にもよるが……この街を丸々一つ消すくらいにはなるんじゃないか?」

 

 リアスの顔から血の気が失せる。

 

「岡部とかは協力してくれないの?」

「俺たちも出来ればそうしてやりたいが、なかなか面倒な立ち位置でな。動ける面子は、揃いも揃って留守ときた。お手上げだ」

「そう言われると、お兄様のこともあるから何とも言えないじゃない。敵は強大になりつつあるし……どうしようかしら」

 

 リアスはクッキーを1枚摘もうとし、全て無くなっていることに気付いた。

 

「ちょっと岡部?あなた食べ過ぎじゃ無いかしら?」

「いや待て、冤罪だ。俺はそんなに食ってないぞ」

「じゃあいったい誰がーーー」

 

 リアスは顔を右に向け、動きを止めた。

 

 そこには、頬いっぱいにクッキーを溜め込み、幸せそうに咀嚼する切彦がいた。

 

 いつの間に、とリアスが思っている間に、切彦はクッキーの咀嚼を終え、胃に流し込んでしまう。

 

 リアスと岡部の視線に気づいていないのだろう。

 

 両頬に手を当て、幸福を全身で表すほど無防備な切彦はレアだ。

 

 たっぷり15秒ほど、幸せを堪能した切彦は、そこでようやく2人の視線に気づき、急速な赤面を見せた。

 

「……あ、あの」

「どうした?」

「何かしら?」

「……ご、ゴメンなさいです」

 

 恥ずかしそうにうつむく彼女。

 

 岡部は気にするなと手を振るが、甘いものが好きなリアスにここで逃がすような甘さは無い。

 

「切彦、今度の部室でのオヤツは抜きよ」

「……っ!?」

 

 切彦の顔が絶望に染まり、あたふたとリアスに詰め寄るが、リアスはソッポを向き、我関せずを貫き始めた。

 

 岡部はその様子を見つつ、一言。

 

「リアスもだいぶウチに染まってきたな」

 

 

 

 ○

 

 

 

 街灯の無い道。人通りが皆無で、風の鳴く音しかしない。

 

 住宅街のはずだが、そこに人の気配はせず、廃墟が建ち並ぶ、ゴーストタウンのような雰囲気を出している。

 

 そこの電柱の横に、その異形はいた。

 

 エンダーマンだ。

 

 赤いコーンは被っていない。

 

 ここには仲間がいないから。

 

 今、己がするべきことは、計画の邪魔をする輩の排除。

 

 ミリも動かず、銅像というよりは幽霊のように、その場から動かない長身の異形。

 

 ただただ気配を探っていた。

 

 普通じゃない(・・・・・・)気配を。

 

 特に、最近感じたあの2人。

 

 龍と悪魔、そして鬼といった、複数の気配を発する男と、いち早く己に斬り込んできた"ギロチン"。

 

 その気配は、奴等の根城から動いていない。

 

 出来るならば、ああいった輩と血を交わしたいものだ。

 

 ケタケタと、人の声では無い声で嗤う。

 

 いつか、必ず、全力の殺り合いたい。いや、決めた。殺る。

 

 エンダーマンは1人静かに嗤い続けた。

 

 ケタケタ、ケタケタと。

 

 

 

 ○

 

 

 

 どれくらい嗤っていたのだろうか。

 

 エンダーマンは、奇妙な気配に気づいた。

 

 今までの誰とも違う、明らかに違う気配。

 

 ゆっくりとだが、こちらに向かってきている。

 

 操り人形のように首を動かし、その姿を見ようとする。

 

 相手に瞳を見られれば、無条件に『移り変わる視界』が発動してしまうため、相手に気づかれる前に相手の顔を覚える必要があった。

 

 ーーーその男は、赤い外套を見に纏っていた。

 

 ーーーその男は、東洋人にしては顔が浅黒く、脱色した髪を持っていた。

 

 ーーーその男は、まるで、エンダーマンの能力を知っているかのように、上半身ではなく、下半身の足下に視線を置いていた。

 

 そして、消えた。

 

「随分と私を観察していたようだが、何か収穫はあったかね?」

 

 首には黒い刀身があてられている。

 

 一瞬の出来事だった。距離は、相当あった。数百メートルはあるはずだった。

 

 そんな場所から、気配遮断の能力を持つエンダーマンに目を付け、敢えて観察する猶予を与え、タイミングを見計らって背後を取ってきた。

 

 しかも、あの距離をエンダーマンに悟られずして詰め、背後を取り、首筋に剣を突きつける。

 

 人間技ではない。そして、瞬時にエンダーマンは悟った。悟ってしまった。

 

 この男は、今までの相手で一番強い、と。

 

「全く、あのバカ弟子は。この件が片付いたら鍛え直さなくてはな」

 

 何やら独り言を呟いている。一切の油断も許さずに。

 

 ミリ単位、もしくはナノ単位で動いても首を刎ねられるだろう。

 

「しかし、帰ってきて早々に【エンダーマン】に出会うとは思いもしなかったよ。しかも、コカビエルの奴もいるじゃないか。そしてバカ弟子に加え、あの男も。あんなガラクタに執着しているバルパーの奴も笑い者ではあるが……まぁいい、まずは君からだ。

 私は【正義の味方】をしている者なのだが……正義の味方というのは目の前の悪を見逃して置けないものでね、君に選択肢を与えよう、【エンダーマン】ーーーいや、エンダー・イェーガー」

 

 エンダーマンは戦慄した。本名まで知られているとは思いもしなかったのだ。

 

 そもそも、エンダーマンは会話が出来ない。そのため、自身の名前すら言えず、また、言う必要も無かった。

 

 それ故に、背後の赤い外套の情報力に恐れを抱く。

 

 恐らく、この世界で5人いないだろうエンダーマンの本名を知る1人なのだから。

 

 無意識に恐れを抱くエンダーマンに、赤の外套が言葉をかけてきた。

 

「選択肢は2つだ。このまま大人しく首を落とされるか、このまま大人しく冥界へ旅立つか」

 

 どちらも死ねと同じだろうに。

 

「この2つがお気に召さないかね?ならば、強制的にこの剣を一閃するしかなくなるんだが」

 

 エンダーマンは覚悟を決めた。

 

 この男は明らかに格上。今は逃げに徹するべきだと。

 

 男が剣に力を込めようとするのが分かる。

 

 タイミングは逃せない。

 

 エンダーマンは、自身が出せる全力でその男に振り向いた。

 

「勇気と無謀は違うぞ、エンダー・イェーガー」

 

 首の剣を横に引かれる。

 

 間に合わない、そう思った刹那、エンダーマンに視界が突如として変わった。

 

 

 

 ○

 

 

 

「やってくれたな」

「まぁ、そう言うな。ウチの大切な駒の一つなんだからな」

 

 赤の外套はエンダーマンの瞳を見ていない。命を刈り取るため、剣を振るうことにのみ集中していたからだ。

 

 その剣は、エンダーマンの首の皮を薄く斬り裂き、残りは空を切った。

 

「英霊並の目の持ち主かと驚いたものだが、君なら納得出来る」

「光栄だ。現役英雄殿」

 

 今、赤の外套の目の前にいるのは、1人の殺し屋だった。

 

「その英雄というのはやめてほしいな。私は新たな肉体を得た人間にすぎない」

「ただの人間なら、エンダーマンをあそこまで圧倒することなどできまい。それに、あなただからこそ、この俺がエンダーマンとバトンタッチしてきた理由だ」

「なるほど、こちらの素性は把握済みか」

「勿論」

 

 エンダーマンを逃した直後に気配を露わにした殺し屋。その姿は、赤い外套にとって、懐かしさを感じさせるものであった。

 

「ここまで、大きくなっていたとはな。人の成長は早いものだ」

「そのセリフ、凄くジジ臭いぞ」

「ぬかせ」

 

 正義の味方と殺し屋は、自然と構えをとった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 バルパーは焦っていた。ここにきて、イレギュラーな事態が起こってしまったからだ。

 

「【正義の味方】ときたか。レッドキャップがいなければ、今頃エンダーマンは土に還っていたところらしいな」

「ああ。コカビエル、数日中にしようかと考えていたが、奴が帰ってきてしまった以上、こちらは圧倒的な不利。決行は今日にすべきだ」

「それが最善か。良かろう」

 

 コカビエルとバルパーはすぐに行動を開始した。

 

 その背を見送りつつ、口元をヒクつかせている1人の男ーーフリード。

 

 先の話のせいで、急激に身体中が震え始める。

 

「あーらら、これ、俺っち大丈夫でござんすかねぇ?お師匠さん、帰ってきちゃった?」

 

 その隣ではコーンを被って沈黙しているエンダーマン。肩が微妙に落ちているように見えるのは、目の錯覚だろう。

 

「あー、そろそろ潮時かもしれなぜぃ。ま、給料分は働いていきましょうかね」

 

 変なところで律儀なのはいつも通り。フリードはバルパーとコカビエルを追いかけ始めた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 駒王学園のグランドに着いたコカビエルとバルパー。フリードは少し遅れて登場してきた。

 

 着いた直後に、バルパーは聖剣の合成を試みる。必要な魔力をバルパーに与えつつ、コカビエルは周囲を警戒していた。

 

 ……ここに来て奴等が動いてくるとはな。戦争の火種さえ作れればいい。それさえ終われば離脱だな。

 

 バルパーが術式を展開し、魔力の反応が高まってきた。近いうちに近辺に住んでいるであろう悪魔達が出張ってくることだろう。

 

 ……悪魔はいい。問題は、施設の奴等だ。奴等を止めるには、流石の俺とて全力を出さねばなるまい。

 

 横目でフリードを見る。

 

 本気を見たことは無いが、フリードの実力は折り紙つきだと彼は評価していた。

 

 最悪、聖剣が合成されれば、こちらの戦力は爆発的に上がる。ならば、フリードでも複数人を相手することも容易いはずだ、とコカビエルは考えていた。

 

「フリード、聖剣が完成した時、貴様で奴等をーーーグレモリーの悪魔を根絶やしにできるか?」

 

 そにため、フリードの次の言葉にコカビエルは驚愕を隠せなかった。

 

「いや、無理っす」

 

 割とガチなトーンで言われたのは、ハッキリとした諦観の言葉。

 

「……何故だ?」

 

 コカビエルは感情を抑え、冷静さを無くさないように聞き返した。

 

「そういえば、旦那は自分の目で見たこと無いんでしたっけねぇ。あれですぜ?今のグレモリーは旦那でもキビーかもしれないなんつって」

 

 おちゃらけた雰囲気ではある。だが、フリードの言葉には力があった。

 

 ……この俺でも厳しい、だと?

 

 何ということだ。そんな、そんな、

 

「そんなにここには強者が集まっているのか」

「そっす。施設だけ警戒していたら足下すくわれちゃうでゲスよ」

 

 フリードの言葉にクツクツと笑うことで応える。

 

 どうやら、とんだ魔窟に足を踏み入れてしまったようだ、と。

 

「コカビエル、あとは術式が完全に完成するだけだーーー何をそんなに笑っている?」

 

 こちらに振り向きつつ、怪訝な表情をするバルパーに言われ、コカビエルは己の口に手をあてた。

 

 どうも、好戦的な笑みを浮かべていたらしい。

 

「いや、何でも無いんだバルパー。ただ、楽しみなだけなのだから」

「ふむ、そうか?」

 

 そう言ってバルパーは聖剣を合成するための術式に目を向け直した。

 

 ああ、楽しみだ。戦争を起こすことで、血湧き肉躍る強者との出会いを求めていたつもりであったが、こんな道半ばでその願いが実現しようとは。

 

 コカビエルを見つめるフリードには気付かず、コカビエルはその表情を獰猛な笑みに染めていく。

 

 さぁ、本当の意味で、準備は整った。戦争のための戦い(戦争)を始めようではないか。

 

 

 

 ○

 

 

 

 エンダーマンは、コカビエル達を追わず、1人、山の中に残っていた。

 

 今すべき行動を思案していたのだ。

 

 レッドキャップがエンダーマンを強引にワープさせることで、先の戦線を離脱することはできたが、肝心のレッドキャップは1人で戦っているということになる。

 

 殺し屋に仲間意識は殆ど存在しない。

 

 だが、貸された借りは返さなければ、スッキリしない。

 

 要するに、静かに佇んでいるように見えて、エンダーマンは癇癪を起こしているのだ。

 

 感情の起伏が乏しくも、一応は生物。

 

 エンダーマン自身が気づいていないかもしれないが、彼は自身の落ち度に苛立ちを示していた。

 

 ……コロ、ス……。

 

 出てきた言葉はエンダーマンを行動に移すには十分すぎるものだった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 その反応にいち早く気づいたのは、岡部だった。次いで切彦とリアスも同じ方向に視線を送る。

 

「リアス、気付いているな?」

「ええ。まさか、今日の内に仕掛けてくるなんて」

 

 2階から転がり落ちるようにイッセーとキンジが下りてきた。

 

 ボロボロな格好で。

 

「岡部さん、この反応は」

「お前達が想定しているもので正解だ」

 

 夕乃とアーシアもリビングに集まってきた。

 

「反応は私たちの学校のグランドですね」

「だ、大丈夫なんですか?」

 

 落ち着きを持つ夕乃と慌てふためくアーシア。

 

 とても、先程イッセーとキンジをボコボコにしていた同一人物とは思えない。

 

「シトリー眷属が既に向かっているらしいわ。結界を張っているみたいね」

「戦うのは強制的に俺たちなのな」

「お兄様に援軍を頼んでみるからちょっと待ってて」

 

 キンジは銃の確認を素早く済ませており、切彦は岡部から出刃包丁を受け取っていた。

 

「イッセー」

 

 岡部に呼ばれ、イッセーは素直に反応する。

 

「はい」

「今回、お前は前線には出るな。援護に回れ」

「分かりました」

 

 その言葉の意味は理解できている。

 

 逆に、戦えと言われても足手まといになるだけだ。

 

「それと、夕乃」

「どうしました?」

「お前は残れ」

「理由をお聞きしても?」

「すまんが、理由はいずれ分かるとしか言えん。ただ、今回だけは絶対に行かないでくれ」

「……分かりました」

 

 納得はしていないだろうが、夕乃は岡部に頷いた。

 

「連絡はとれたけど、援軍は1時間後になると予測されるらしいわ。キンジ、切彦、あなたたち2人は先に向かってもらってもいいかしら?」

「結菜が突っ走る可能性があるから、ですか?」

「ええ」

「そういうことなら、行くぞキンジ」

「了解だ」

 

 

 

 ○

 

 

 

 岡部は、キンジと切彦が出て行ったのを見送り終えたあと、赤き同士の気配を探っていた。

 

 ……やはり、あいつとの戦いになっているようだな。

 

 夕乃を引き止めた理由としては、単純に、夕乃に合わせたく無い人物がいるからだった。

 

 ……イッセーたちが来る前まで、この施設自体が出来る前までは、ここの仲間だったものだが……時間とは時に残酷なものだ。

 

 このような運命を見せられるとは、と、岡部は自嘲気味に笑う。

 

 リアスたちに感づかれないように、静かに。

 

 ヤケクソとばかりに、テーブルの上のドクターペッパーの口を開き、中身を一気に煽る。

 

 心地いい炭酸で少しだけスッキリした気分になった。

 

 まぁ、なるようになるだろう、と。

 

 

 

 ○

 

 

 

 先に仕掛けたのは、レッドキャップの方だった。

 

 赤の外套の懐に踏み込むように、大きな一歩で加速を図る。

 

 踏み抜いた地面が、一瞬だけ蜃気楼のように歪みを造り、次には蜘蛛の巣状の亀裂を生みつつ陥没した。

 

 そこから得た推進力を、全身のバネで更なる加速に持っていく。

 

 一度の踏み込みで、二度の加速を試みた。

 

 たった一歩。されど、その一歩で音速に届くか否かの速度を得たレッドキャップは、赤い外套の心臓を貫き、一撃で勝負を決めるべく、右手で貫手を放った。

 

 誰もが赤の外套の死を思う、完璧な動作からの一撃。

 

 しかし、赤の外套は、左足を引いた半身で危なげなく躱す準備を終えていた。

 

 その上、姿勢を低くし、右手と左手を交差させている。

 

 反撃の準備まで完了させているのだ。

 

 ……ここから貫手の軌道を曲げることは不可能。ならば……!

 

 レッドキャップは素早く貫手を決めた際の脚の位置が、足の位置が左脚で、踏み込むように突くことを理解した。

 

 だから、貫手に急激なブレーキをかけ、戻しやすくする。

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 貫手が決まる直前に、赤の外套はそう口にした。

 

 その直後に、彼の両腕には黒と白の双極を表すような双剣が握られおり、決まった同時に、交差した腕を開放した。

 

 ……ここが勝負だ……!

 

 レッドキャップは、決まった状態で動作を終了させず、そのまま右脚を腿上げの要領で上に振り上げた。それと同時に貫手をしてすぐに戻した右腕を含め、両腕を使って肘から振り下ろし、迫り来ていた刃をサンドイッチのように挟み込む。

 

 鉄を叩くような音が響き、赤の外套の刃が抜けなくなった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 赤い外套はレッドキャップの防御に少なからず感心を抱いた。

 

 ……考えたな。

 

 しかし、

 

 ……それだけで終わるようでは、まだ甘い。

 

 再び、動きが止まった右手の剣に力を込める。

 

 そのまま力任せに振り抜いた。

 

「くっ……!?」

「仮にも英霊となった身だ。一応、そこそこの力はあるものでね」

 

 不安定なバランスのせいで、耐えることが出来なかったレッドキャップは、赤の外套の膂力のみで数十メートル離れた場所まで吹き飛ばされた。

 

 その一瞬を逃すような素人はここにはいない。

 

 武器を剣から弓に切り替えた赤の外套は、瞬時に50を超える矢を放つ。

 

 ほぼ同時に放たれたように横一線でレッドキャップに迫る矢の軍勢。

 

 そこでレッドキャップがとった行動は、すぐ真横にあった速度制限の標識を引き抜き、棒術のように下から振り上げることだった。

 

 ……直にあたれば一瞬で粉々だろうが、矢の下面を掬うように、人1人分入るスペースを矢の群勢の中に、綺麗につくったというわけか。

 

 早撃ちではなく、何段階かに分けた方が良かったな、と赤の外套は考えつつ、次の矢を番えた。

 

 無論、今の失敗は次に生かそう。

 

 

 

 ○

 

 

 

 レッドキャップは防戦を余儀無くされていた。

 

 ……やはりこの男、強すぎる。

 

 全距離に置いてその真価を発揮するオールラウンダーとはまさにこのことだ。

 

 これでいてまだ本気を出していないのだろう。

 

 手に持つ標識は既に原型を保っておらず、あと2、3本矢を弾けば砕け去ってしまうような儚さだ。

 

 ……卑しく、ちまちまと矢で俺を疲弊させる寸法か。

 

 あれから何本の矢を弾いたかは記憶に無い。

 

 ……500を過ぎてから数えていなかったからな。

 

 肩で息をしながら相手の出方を見る。

 

 赤の外套も、5本の矢を番えた状態でこちらを見据えていた。

 

 身体中に矢が掠ったために、全身が切り傷だらけ。どれだけ時間が経ったのかすら朧げだ。

 

 ……結局、俺が攻撃出来たのは初手の貫手のみか。上には上がいるものだな。

 

 だいぶ呼吸は落ち着いた。

 

 それを見計らったかのように、赤の外套は矢を放ってきた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 バルパーの術式は、ほぼ完成していた。

 

「コカビエル、聖剣の合成が成功するよ」

「それは良かったな。それに、丁度いいタイミングで実験相手が来たぞ」

 

 コカビエルの視線の先、グレモリーの【騎士】である女と、教会の使いがいた。

 

 この学園全体が、シトリーの結界で覆われていることは既に気付いている。

 

 もう少しで、今夜の主役が揃うことだろう。

 

 コカビエルを睨んでいた教会の使いが口を開いた。

 

「コカビエル、それにバルパー・ガリレイ。我が聖剣の錆となる準備は出来ているか?」

「あのー、俺っちも一応いるから無視は勘弁やめてくんろ?」

「と、その他一名を追加しようか」

「その他!?その他って言ったよこの子!?嘘だと言ってよハニー!俺っちが名前すら呼んでもらえないなんて……」

 

 隣でフリードが項垂れているが、無視する。

 

「出来るものならやってみろ、小娘。出来なければ、死、あるのみだ」

 

 目の前の2人が自分の獲物を構えた。

 

 舞台は、整ったのだ。




誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いいたします。

感想もお待ちしてます。

また、次回でお会いしましょう。


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深夜の戦い

どうも虹好きです。

原作と見比べ、サービスシーンが少ないことに気が付いたと同時に、早すぎる展開に我ながら驚かされています。

オリジナル展開しすぎですぜ。


 ーー少年は、3人の強さに見惚れた。

 

 ーーその背は、少年の世界を塗り替えていった。

 

「So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS. 」

 

 ーーそして、少年は誓った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 結菜は、コカビエルから発せられる重圧に、身体が無意識に震えを見せているのに気づいた。

 

 恐怖しているのだ。堕天使の最古参であり、幹部の1人であるコカビエルに。

 

 そして、同時に溢れ出るのは、絶え間無い憎しみであった。

 

 バルパー・ガリレイ。

 

 恐らく、彼は覚えていないだろう。結菜が彼の、いや、彼等の実験モルモットの1人だったなど。

 

 グランドの中心部、バルパーの近くで展開されている術式では、合成の最終段階に入っているのであろう、聖剣エクスカリバーがある。

 

 ……同志たちの、仇……あれさえなければ、みんなは……!

 

 創造した一振りの魔剣を力一杯握り締める。

 

 いざ、聖剣へと駆け出そうとした時、術式から溢れる光の量が飛躍的に増した。

 

 合成された聖剣が、完成したのだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 フリードは、狂喜乱舞しそうなバルパーを横目で見つつ、溜め息を吐いていた。

 

「成功だ!4本のエクスカリバーを一纏めに合成できた!秘めたる力も今までの比ではないレベルだ!」

 

 ……んなたかが4本ごときで大袈裟な……

 

 口には決して出さない。

 

 一応、雇い主だからだ。仲間割れ、ダメ、絶対。

 

「フリード、お前ならば使いこなせるだろう。この聖剣を使えば、あそこの木っ端悪魔など一撃だ」

「へ〜そうつぁすごいでござんすねぇ〜」

 

 適当に相槌を打ちつつ合成された聖剣を手に取り、感触を確かめる。

 

 確かに、1本の時よりは輝きはマシなものとなり、頑丈さも上がったようだ。威力も単純計算なら4倍程度にはなっているのだろう。

 

 しかし、

 

 ……所詮はこの程度、とんだポンコツでさぁ……。こんなの使うくらいなら普通の光剣でいいんですけど。

 

 勿論口には出さない。裏切り、ダメ、絶対。

 

「ん〜じゃまっ、早速、こいつの試し切りと行きますかぁ。ねぇ?お嬢さん方」

 

 聖剣を一振りし、結菜とゼノヴィアに向かってゆっくりと歩を進めていく。

 

 そのフリードの姿を見て、コカビエルは見物に徹することにしたようだ。

 

 ……まぁ、俺っちも色々とストレス溜まりに溜まりまくってっから、そのはけ口になってもらいますかぁ。

 

 視線の先には、創造した魔剣を強く握りしめ、フリードの持つ聖剣を睥睨する結菜がいる。

 

 ……何やら因縁があるらしいですしおすし?このガラクタでも、そこそこ楽しめんだろ。

 

 フリードはニヤけた口をそのままに、おもむろに一歩を踏み込み、一直線に行った。

 

 

 

 ○

 

 

 

「おお……!」

 

 ニヤけた表情を隠しもせず、一直線に突っ込んでくるフリードに、結菜は正々堂々打ち合うため、己も全力の前進を行った。

 

 後方でゼノヴィアが何か叫んでいたが、無視した。

 

 激突の瞬間、互いに剣を振り抜く姿勢をつくる。

 

 結菜は抜き身の抜刀を意識した。

 

 対するフリードは、聖剣を肩で寝かせ、大上段からの振り抜く姿勢だ。

 

 片手で構えているが、両手持ちで繰り出された時、結菜は打ち勝つ自信がなかった。

 

 ……だが片手なら、身体を大きく捻ることで、旋回力が魔剣に加わり、聖剣を弾ける!

 

 フリードは結菜の希望に応えたかのように、片手で叩きつけるように聖剣を振ってきた。

 

 結菜はここぞとばかりに、抜き身抜刀の姿勢のまま力を溜める。

 

 ……ボクの魔剣が上か、伝説の聖剣が上か、勝負!

 

 そして、振り抜いた。

 

「それは悪手ですわぁ!」

 

 フリードの声が響く。刀身がぶつかり合った。

 

 手応えは感じなかった。

 

 その代わり、目に映ったのはーーーぶつかった瞬間、一瞬の拮抗すらみせずに粉砕される己の魔剣。

 

 同時に、結菜に迫る聖剣。

 

 敗北したのだ。完膚なきまでに。

 

 動きを止めている時間は無い。

 

『魔剣創造』で次なる魔剣を生み出そうとするが、聖剣に敗北した諦観か、刃がせまる焦燥感か、創造力が働かず、力が霧散してしまう。

 

 眼前のフリードは嗤っている。愚かな私を。

 

 それが、たまらなく悔しく、また、それが結菜の集中力を阻害してしまっていた。

 

 しかし、

 

「このバカ者ォ!」

 

 結菜と聖剣の間に割り込む者がいた。

 

 教会にしては身体にピッチリとしすぎている、言うなればエロいコスチュームの聖剣使い、ゼノヴィアだった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……重い……!

 

 それが、フリードの聖剣を防いだゼノヴィアの感想だった。圧倒的な破壊力故の防御力を誇る『破壊の聖剣』で防御しておきながら、グレモリーの『騎士』と共に数メートルは後ろに押された。

 

「あ、ありがとう」

「全く、突っ込みすぎだ。君は新たな魔剣をつくっていろ、なるべく丈夫なやつだ。それまでは、私が時間を稼ぐ」

 

 一方的に告げ、フリードに向かって走り出す。

 

「また正面から来るん?もっと頭捻ってこうぜ頭を!」

 

 笑みで聖剣を構えるフリードに、『破壊の聖剣』の力を存分に引き出し、大上段から叩きつけた。

 

 輝く刀身をゼノヴィアの力で振り下ろせば、それだけで地面が割れる威力を持つ。

 

 ……これを受ければ貴様とて無傷では済むまい……!

 

 しかし、フリードはあろうことか、これを片手で防御した。

 

 轟音。そう、轟音だ。鉄のぶつかるような音ではなかった。

 

 フリードを中心とした力の力場は、グランド前面に亀裂を生み、中心部は陥没までしている。

 

 その中で、フリードだけは無傷だった。

 

 飄々とした顔には、先ほどと変わらない笑みを浮かべて。

 

 ……この男……!

 

 思考を続けている暇はなかった。

 

「んじゃ次は、俺っちの番っしょ?」

 

 防御した剣を振り抜き、それを返す形で斬撃を放ってきた。

 

 すぐに聖剣を構え直し、それに合わせて防御を行う。

 

 彼の身長程もありそうな大振りの聖剣を、苦もなく片手で自在に操り、正道とは離れた太刀筋を見せる斬撃だった。

 

 斜め下からの掬い上げのような斬撃、反応が遅れないように聖剣の腹に手をあて、両手で踏みとどまらなければ、次の一撃で死んでいただろう。

 

 フリードは止まらず、振り上げた聖剣をバツ印を描くように振り切った。

 

 1度目は踏み止まり、2度目で敢えて後方に吹き飛ばされるように下がった。

 

「これほどとは、な」

 

 両手が痺れている。

 

 ……舐めていたつもりはないが、これはキツい。イリナを置いてきて正解だったな。

 

 たった数合打ち合っただけで握力のほとんどが無くなった。

 

 こんな相手に、武器の無くなったイリナは太刀打ちできない。

 

 故に、ゼノヴィアはイリナに本土への帰国を勧めた。

 

 ……生きて欲しいという願望なのかもしれんが……間違ってはいなかった。

 

 聖剣を再び構える。

 

 死にたがり屋というわけでは無い。ただ、死ぬかもしれないだけだ。

 

 フリードが来る。

 

 気合いの篭った咆哮と共に、迎え撃った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 フリードはコカビエルの動きに気を配りながらゼノヴィアと打ち合っていた。

 

 今は観戦して楽しんでいるようだ。バルパーも同じく、フリードの聖剣を眺めながら目を輝かせている。キモい。

 

 先ほどは、我ながら力の込めた斬撃を放ったために、ゼノヴィアの振るう剣は、その重みを失くしている。

 

 それでもなお、裂帛の気合いを溢れさせながら振るわれる剣は、フリードに僅かな感心を抱かせた。

 

 ……奥の手を出さないだけのことはある、か。

 

 顔目掛けて放たれた突きを、眼前に聖剣を構え、刀身同士を滑らせるようにして己の左側に弾く。

 

 ゼノヴィアの体勢が崩れたのを見計らい、その場で素早く回転する。

 

 剣を戻してから切るより、剣ごと身体を回転させた方が早く、旋回力が加わって威力の高い斬撃を放てるのだ。

 

「早く構えないと死んじゃいますですよ?」

 

 ふざけた口調で忠告しつつ、回転斬りを見舞った。

 

 しかし、次のゼノヴィアの行動にフリードは思考を停止させてしまう。

 

 ……武器を、捨てるだと!?

 

 フリードの身に、初めて動揺が走った。

 

 剣士を相手にする場合、同じ剣を用いて、ようやく五分の戦いに持ち込むことができる。

 

 その五分の戦いを自ら捨てる。それはつまり、フリードにしてみれば、侮辱行為にも等しい。

 

 剣道三倍段という言葉がある。素手の人間が、剣を持つ相手に勝つには、その3倍の実力が伴っていなければならない、というものだ。

 

 フリードとゼノヴィアには、剣同士の戦いでも壁が存在した。フリードが負ける可能性など、無いに等しい。

 

 しかし、ゼノヴィアは剣を捨てた。ただでさえ実力で劣っていながら、自らを更に窮地に陥れたのだ。

 

 故に、フリードは一瞬、脳裏が沸騰したような感覚を得る。

 

 …………ブチっちゃったじゃねぇですかー。だが、実は解ってんだぜ?

 

 回転斬りが決まり、ゼノヴィアの聖剣ーー『破壊の聖剣』が真横に弾き飛ばされた。

 

 その時、

 

「ゼノヴィア!」

「待っていたぞ!」

 

 フリードの視線の先、ゼノヴィアの後方から結菜の声が響く。

 

 それと同時に、何かが風をきる音を奏でながら、一振りの魔剣が投げ渡されていた。

 

 思わず、フリードは笑みを引っ込めた。

 

 ゼノヴィアが大上段の構える手に、吸い込まれるように結菜が創造した魔剣が掴まれる。

 

「喰らえ!」

 

 流れるような動作で、袈裟斬りがきた。

 

 フリードは聖剣を持つ手に力を込める。

 

 ……ダメですなぁ、時間が圧倒的に足りないでございますよ?

 

 ならば、と左手を懐に潜らせ、光剣の柄を握り、バックステップのために両脚に力を込める。

 

 フリードが出した光剣にゼノヴィアは顔を一瞬顰めるが、気にせず魔剣を振り下ろした。

 

 見事に、ゼノヴィアの一太刀はフリードの光剣を破壊した。

 

 だが、同時にフリードは剣同士のぶつかり合いで、一瞬だけ魔剣の勢いが止まった瞬間を見計らい、魔剣の射程距離から離脱していた。

 

 口元には先ほどまでと同じ笑みが戻っている

 

「甘いぞ、フリード」

 

 ゼノヴィアが笑みとともに紡ぐ、その言葉を聞くまでは。

 

 そして気づいた。

 

 ゼノヴィアの背後、丁度、フリードの視界では見えない位置からの接近を行っていた結菜が、ゼノヴィアを追い越し、悪魔の脚力をもってフリードの眼前に急接近していることに。

 

「マジかよ」

 

 

 

 ○

 

 

 

 結菜は、まだ聖剣を戻しきれていないフリードに肉薄する寸前だった。

 

 両手に創造した魔剣は、ゼノヴィアが稼いでくれた時間を使い、精密な構築をした魔剣だ。

 

 さしものフリードも、この奇襲には虚をつかれたらしい。じゃなければ、先ほどのガチトーンは説明つかない。

 

 ……このまま右腕を斬り落とせば、フリードは武器を失う。その時が狙い目だ……!

 

 多少力技でも構わない。背後のバルパーが何やら叫んでいるが、構う必要もない。

 

「ったく、結菜ちゃんはもう少し、相手の出方を観察した方が良いと思う次第でござんすね」

 

 その声は、眼前のフリードから放たれた。

 

 妙に落ち着き払った、余裕の笑みを戻した顔。

 

 急激に、結菜の背に悪寒が走った。

 

 だが、勢いは止められない。

 

 フリードは再び左手で懐を探り、

 

「俺っち、こいつも使ってたっしょ?」

 

 こちらに構えるそれは、光銃。

 

「コンビネーションは良かったけども、まだ甘々っすわ」

 

 最後の一歩を踏み込んだ結菜に、それは放たれた。

 

 二箇所から、銃声がした。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ソーナ・シトリーは、学園全体を結界で覆っていた。

 

 眷属総動員で、である。

 

 コカビエルの力は凄まじいの一言に尽きる。彼が本気になった場合、この街そのものが焦土となる可能性が高いのだ。

 

 故に、愛する街を守るため、ソーナは全力で結界の維持に務めていた。

 

 ……あの子達、大丈夫かしら。

 

 思うのは、数分前に結界の中に入ったリアスの『騎士』と教会の使いの1人。

 

 何やらいがみ合うような雰囲気であったが、少しでも戦力が来たことは素直に喜ばしいことだった。

 

 しかし、コカビエルを相手にたった2人では、正直死にに行くようなものだ。

 

 ソーナは勿論止めた。

 

 しかし、『中で好き勝手させておいたら、どのタイミングでその力を振るうか分からない。私たちが先に行って時間を稼ぐよ。何、すぐにリアス・グレモリーとその眷属も追いついてくるさ』と、教会の使いに言い切られ、強引に中に入られてしまった。

 

 張っている結界は強固なもので、外から中の様子を覗くことはできない、かつ、街を混乱させないために、防音など、五感を刺激するものは全て封じてある。

 

 それ故に、中の状況が分からない。

 

 ……リアス、早く来て……。

 

 自らが加勢できないことを不甲斐なく思い、心の中で友の名を呼ぶ。

 

「会長、顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 

 結界に集中しながらも、ソーナを心配して声をかけてきたのは匙だ。

 

 何故かは分からないが、ソーナのことに関して、匙は過剰なまでに敏感な反応を見せる。

 

 今のように、ソーナの感情の変化に対し、いの一番に気づくのだ。

 

 ……恐らく、私が恥をかかないように、気を配ってくれているのですね。

 

 心の中で感謝しつつ、しかし、言葉には出さない。

 

「大丈夫よ。あなたは結界に集中してね。これが、最終防衛線なのだから」

「ええ、分かっていますよ。あいつら、負けてなければ良いんですけど、ね」

 

 匙が結界の奥底を睨み付けるように視線を鋭くする。

 

 悔しいのだろう。こんなことでしか力になれない自分が。

 

 その気持ちは、ソーナとしても同じものだった。

 

 空を見上げれば、星の見える夜空。街並みは静かな深夜の時間帯だ。

 

 平和な世界を演じているようでいて、実はいつ爆発するか分からない爆弾が存在している。

 

 それを除去する為に奔走するが、解除そのものではなく、解除に失敗した場合のための防衛線を引くことしかできない。

 

 心は全く落ち着かない。

 

 不安は徐々に大きさを増していく。

 

 だから、その不安を拭うために、強がりを口にした。

 

「負けないわ。よく言うでしょ?正義は必ず勝つって」

 

 嘘だ。そんな言葉はまやかしでしかない。

 

 だが、安心させたい、または安心したいがために言った。

 

「……俺たち悪魔ですけどね」

「それもそうね。でも、今回、私たちは正義の味方、でしょ?」

「そっすね、そうですよね。悪いことはいつか暴かれますから、期待しましょうか」

 

 匙はきっと、ソーナのために話を合わせてくれているんだろう。そう思ってしまう。

 

 ……嫌な主ね、私は。

 

 ふと、後方から誰かが猛スピードで向かってくるのが分かった。

 

 ソーナは結界の維持を両手から片手に変え、半身の状態で後ろに振り返る。

 

 人数は2人だ。どちらも知っている。

 

 悪魔ではない超人、とリアスからは聞かされていた2人だった。

 

 切島切彦と遠山キンジ。

 

 多少キンジが遅れる形で向かってきているが、明らかに人間ではありえない速度で走っていた。

 

 ……この2人が来たということは、リアスがもう直ぐ来る。

 

 そこで、意識を思考に持って行ってしまったのが悪かった。

 

「おいコラ馬鹿キンジ!」

「……ん?」

 

 切彦の静止の声が聞こえる。

 

 その声で、キンジが目の前にまで迫っていることに気づいたソーナ。

 

 キンジも気づき、急ブレーキをかけようと、踏みとどまる形で両脚に力を入れているのがみえた。

 

 それがまた悪かった。

 

 両脚で踏みとどまるとはすなわち、姿勢を低くして重心のブレをなるべく無くした状態へと持って行き、衝撃を下へ流すことだが、目の前で気づいてからその姿勢をとったところで、衝突は免れない。

 

 なおかつ、姿勢を低くするということは、いくらキンジの身長でもソーナの身長以下になることを意味している。

 

 今の目測だと、だいたい胸の辺りに位置していた。

 

 だが、速度の減速には成功したらしく、このままいけば、ソーナごと結界に当たって潰れることは無い。

 

 多少強くぶつかるだろうが、悪魔の力があれば踏みとどまることは可能だ。

 

 要するに、何を言いたいかというと、キンジはソーナの胸に頭を埋める形で抱きつく(ように見える)図が完成した。

 

 それを真横で見ていた匙元士郎は、焦燥にかられた表情で一言。

 

「か、会長オオオオオォォォォォッ!!!!」

 

 

 

 ○

 

 

 

 キンジは、己の中の危険信号が、大音量でキンジに訴えかけているのを感じた。

 

 原因は分かる。

 

 明らかに俺のせいだ、と。

 

 考え事をしながら走っていたのだ。目の前が見えなくなるくらい、思考にのめり込むとは正直、思いもしなかった。

 

 その油断故に、今、顔全体に感じる柔らかい弾力と、優しく鼻腔をくすぐる甘い香りは、キンジの身体に深く浸透していた。

 

 しかも、反射的に相手の背に片手を添え、倒れないように抑えてしまってさえいる。

 

 ……こいつは危険だ、やらかした。

 

 キンジは女が苦手だ。女嫌いと言われる程。可愛い娘から、艶美で妖艶な女人まで、女性そのものに苦手意識を抱いている。

 

 それは何故か?

 

 キンジの性癖があっち系?それは違う。

 

 キンジはしっかりとした男の子だ。

 

 しっかり女の子が好きな男の子である。

 

 だが、これでは矛盾を生んでしまう。

 

 ならば、何故苦手なのか。

 

 それは、遠山の家系が関係していた。

 

 昔から生粋の【正義の味方】として世に蔓延る悪を退治するため、跳梁跋扈していた家系なのだが、遠山家は、ある特殊な体質を持ち、その体質が、正義の味方としての力を底上げしていた。

 

 その力の発動条件は、複数存在するが、統一された1つの条件は、女性(・・)だった。

 

 そして、キンジは根暗な見た目から、女性に対して相当初心である。

 

 それ故か、キンジは昔、暴発気味に能力が作用したり、それに気づいた女子に、彼女たちだけの独善的な【正義の味方】をやらされたりと、この能力を忌避する程度には苦労を強いられてきたのだ。

 

 匙が何かを叫んでいるが、キンジの耳に入ることは無い。

 

 それどころではないからだ。

 

 しかし、キンジにとって、これは好機でもあった。

 

 これから対峙する相手は、堕天使の幹部であるコカビエル。

 

 そんな敵に、出し惜しみをしている場合では無い。

 

 故に、キンジは覚悟を決めた。

 

 ……すいません、生徒会長さん……。

 

 昂ぶっていた血流が一定の水準を超えたかのように、急激に静かになった。

 

 思考は冴え渡り、キンジの身から出る覇気は、いつもの彼を忘れさせるほど大きく、それでいて静かなものだった。

 

【正義の味方】になるためのスイッチの一つは、性的興奮(・・・・)

 

『HSS(ヒステリア・サヴァン・シンドローム)』とキンジは呼んでいる、遠山家の家系に代々受け継がれる一つの特殊な体質は、思考力・判断力・反射神経などを、通常の30倍程度に引き上げるものだった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ソーナは、キンジの雰囲気が変わったことに気がついた。

 

 心臓は、破裂しそうな勢いで鼓動を続けている。

 

 事故だとは分かりつつも、ソーナは男性と一切そういう行為を行ったことが無い、生粋の生娘だからだ。

 

 きっと、顔は誰にも見られたくないくらいに赤面していることだろう。

 

 煙が出そうなくらい熱い。

 

 ……お、おおお落ち着くのよ私。これは、そう、事故!だからノーカウント!何がノーカウントなのかしら……。

 

 思考がグチャグチャだ。

 

 隣で匙が何か叫んでいるが、耳に全く入らない。

 

 正面では、切彦が呆れた目線を向けている。

 

 そこで、背を支える手に、少しだけ力が加えられた。

 

 ソーナの背を支えていた右手が、撫でるように後頭部に添えられ、左手は腰へ添えられる。

 

 普段なら、その時点で押し返していたが、今は状況が状況なため、成されるがままにされてしまうソーナ。

 

 匙以外の眷属もソーナたちに気づき、毒突く者や黄色い声を上げる者など、反応は様々だ。

 

 そして、結界の手が離れない程度の力で腰を少し持ち上げられた。

 

 ソーナは気が動転していることにして、身体の自由をキンジに任せている。

 

 少し腰を持たれたせいで、ソーナの脚は力の関係を崩され、キンジの両腕に体重のほとんどを預けるように、身体を斜めに傾かせた。

 

 キンジの顔が胸から離され、ソーナを上から見つめる形になる。

 

 月の光によって、彼の顔には陰がさしていたが、暗くても分かる表情は、いつもの彼を忘れさせるほど凛々しく、それでいて、優しさを伴っていた。

 

「大丈夫ですか、美しい子猫様。大変失礼な態度、お許しいただけると嬉しいのですが」

 

 その声は、ソーナの胸に直に響いた。

 

「え、ええ、大丈夫です」

 

 なるべくキンジの顔を見ないように反らしながら、無愛想に答える。

 

 しかし、隠せてはいないだろう。

 

 顔は赤面し、満更、嫌でもなかったから。

 

 案の定、キンジは優しく微笑み、ソーナを解放する。

 

「キンジィ!テメェこの野郎、コカビエルの前に貴様をブチ殺してくれるわぁっ!!」

 

 しかし、両手はしっかりと結界を維持するために離さない匙に、キンジはニヒルな笑みを浮かべ、

 

「安心するんだ匙、俺は、美しい花を愛ではするが、穢す気は無いんでね」

「キィンジィィィィィィィッ!!!!」

「ったく、成ったならさっさと行くぞキンジ」

「そうだね、行こうか」

 

 キンジの後ろで、まだ赤面していたソーナは、そこで我に返った。

 

「そうだ、リアスは?」

「我等が主様はもう直ぐ到着しますよ。魔王への打診もしてあります、到着は1時間後らしいですが」

「そう、あなたたちは入るのね?」

「当たり前だろ」

 

 キンジは愛用の拳銃を抜き、切彦は出刃包丁を右手にぶら下げている。

 

 ソーナは一瞬だけ瞑目し、頷いた。

 

「先に結菜さんと教会の方が入っています。2人を、頼みますね」

「やっぱり、か。勿論、任せてください」

「んじゃ、行くぜ」

 

 ソーナは結界の一部を開ける。

 

 キンジと切彦は、そこから中へと駆けて行った。

 

 その背を見送りつつ、隣で血の涙を流す眷属に問う。

 

「匙?さっきからどうしたの?」

「だってぇ!会長が、会長が、あんな男にいィィィィィ!」

 

 思わず、吹いてしまった。

 

 どうやら自分は、随分と眷属に親しまれているらしい。

 

 左手を、匙の頭に伸ばす。

 

 結構ギリギリではあったが、頭に乗せることができた。

 

 不思議そうにこちらを見る匙。

 

 その顔に微笑みかけ、ソーナは告げた。

 

「大丈夫よ匙。私は、ソーナ・シトリーは、どこにも行かないから」

 

 

 

 ○

 

 

 

 キンジは、底上げされた感覚を頼りに、切彦と共に全力で戦闘音の激しいグランドへと駆けていた。

 

 グランドには大きなクレーターが出来ており、その中でフリードとゼノヴィアが打ち合っている。

 

 奥ではコカビエルらしき堕天使とデブ神父がいるが、今は無視だ。

 

 結菜が動き出した。

 

 それを見ただけで、次の局面を脳内に想像したキンジは、愛用のベレッタの射程範囲まで全力ダッシュした。

 

 ……ここだ……!

 

 フリードの様子を見る。

 

 ゼノヴィアとバトンタッチしたように結菜が攻めていた。

 

 しかし、それは悪手だ。

 

 フリードは懐から光銃を出し、結菜に狙いを定めている。

 

 だから、キンジは、確実にゲームオーバーの場面を覆すための一手を放った。

 

 銃口から射出された銃弾は、空気を貫きながら、戦場へと駆けていく。




誤字脱字等の御指摘、どうぞよろしくお願いいたします。

御感想、お待ちしています。

分からないことがありましたら、気軽にご質問ください。

では、次回でお会いしましょう。


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夜空を照らす輝き

どうも虹好きです。

サブタイトルってなんやねん。

某正義の味方をチート化しすぎたかもしれません。


 フリードは、光銃の銃弾が、別の銃弾に弾かれたことを悟った。

 

 視界の端に意識を置くと、愛しの家族の姿がある。

 

 ……ま、『銃弾撃ち(ビリヤード)』をやれる人間なんて、ご近所さんじゃ、キンジ君くらいでしょうなぁ。

 

 勝ち誇り、ついでにカッコつけて1発だけで済まさなければ良かった、と今更ながらに後悔するフリード。

 

 今からトリガーを引いても遅いだろう。

 

 そもそも、フリードの動きはキンジにバレていたのだ。

 

 ……『ヒステリアモード』になってるっぽいじゃねーの。

 

 この銃技は、通常のキンジでは出来ない。というか、超人でなければ不可能だ。

 

 結菜は、フリードの右腕目掛けて、魔剣を振ろうとしている。

 

 予想外の妨害が連続しすぎてしまったために、フリードは、一旦離脱を試みることにした。

 

 態勢を立て直す必要がある。

 

 キンジの近くを見れば、切彦の姿も確認できた。

 

 ……切彦ちゃんは、この前勝負捨てて逃げたせいで激おこだった気がするでやんすよ……。

 

 俺、今日死ぬんじゃね?割と本気で。本気と書いてガチで。

 

 だが、死ぬ気など毛頭無い。

 

 魔剣と己の間に、光銃を添えるように手放し、全力で後ろに飛び退いた。

 

 先程同様、ぶつかり合った直後の硬直を狙った行動。

 

 光銃は見るも無惨な状態になってしまったが、フリードには傷一つない。

 

 結菜はその結果に顔を顰めるが、深追いすることはなく、ゼノヴィアのところまで下がっていった。

 

 ……危ねぇ危ねぇ。マジ空気読めよ兄弟(ブラザー)。俺っち死ぬ寸前だったでしょうがyo!

 

 キンジに非難の目を向けるが、肩を竦めるのみで、まともな反応を返さない。

 

 冷や汗が止まらなかったフリードは、とりあえず危機を脱したこともあり、一息ついて集中し直そうとした刹那、

 

「さっさと死にやがれカスが」

 

 罵倒と共に一瞬で眼前に現れた切彦によって、強制的の休み時間を潰された。

 

 武器が出刃包丁というだけで恐怖感が違う。

 

 振りかぶられる包丁を、聖剣で防御しようとして───止めた。

 

「いやいやいや、切彦ちゅわん!?ガチで()りに来てない!?」

「敵を殺すのは当たり前だろうがよ」

 

 全身のバネを使って真横に跳ぶことで何とか回避したフリード。

 

 たった今、己のいた場所に目を向ければ、ただの出刃包丁では絶対に出せない威力の亀裂がグランドに入っていた。

 

 こんな一撃を、こんな聖剣で防御すれば、聖剣ごと真っ二つである。

 

「今から謝って許してもらえる可能性は?」

「ゼロだ」

 

 取り付く島も無いとはまさにこのことだ。

 

 ───その時、その場の誰もが肥大する敵意に気付いた。

 

 その発生源はフリードの背後に控える堕天使幹部、コカビエル。

 

 獰猛な笑みを浮かべた彼は、戦意を隠すことなく、切彦達を睥睨していた。

 

 

 

 ○

 

 

 

「───仕留めた、と確信したんだがな。まさか、そんなもの(・・・・・)を会得していたとは」

「これは擬似的な神降しの模倣にすぎんさ。しっかりとした手順を踏まえれば、本当の意味で、あなたと打ち合える力を降ろせるんだが」

「それは出来ない相談だ。私は、この街を好いているのでね。そんな力と真正面から衝突すれば、この街、もしくは、日本という一つの国の終焉を飾ることになるだろう」

「違いない」

 

 赤い外套の視線の先には、レッドキャップが無傷で立っている。

 

 一瞬の隙を狙った、勝利を確信させる必殺の一矢は、しかしながらレッドキャップによって防がれた。

 

 その手には、先ほどまでは存在しなかった三叉槍が握られている。

 

 赤い外套が矢を放った直後、その槍を顕現させ、一振りのもとにいなしたのだ。

 

 ……あの三叉槍……まさか、かの有名な、それでいて破壊を司る神のものに酷似している。

 

 もし、赤い外套の推測が正しければ、レッドキャップが本気で神降ろしを行った場合、世界を揺るがす大戦を覚悟する必要があった。

 

 それだけの力を持つ神。それも、悪神に位置する最悪のものだ。

 

 ……下手すれば、ジョーカーと並ぶ実力か。

 

 今顕現しているのは三叉槍のみ。

 

 これ以上面倒事を増やされる前に、芽は摘んでおくべきだ、と赤い外套は思う。

 

 ならば、やるべきことは一つだ。

 

 両手に対を成す双剣を投影し───その片方を真上に向かって投擲した。

 

「どうやら、天秤は俺の方に傾き始めたようだな、正義の味方様?」

 

 その意味を瞬時に察したのであろうレッドキャップは、三叉槍を背後に構え、縮地を超えた超加速を以って、赤い外套に接近した。

 

「やれやれ、まだ君たちは私を見くびっているようだな」

 

 その接近に、動揺すら見せず、むしろ、余裕さえ感じさせる様子で、空いた手で新たな投影を開始する赤の外套。

 

 上では、火球と双剣の片割れがぶつかり合い、その陰からエンダーマンが姿を現していた。

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 エンダーマンが次の一手を放つ前に、赤い外套は一振りの太刀を投影した。

 

 刹那、レッドキャップは赤い外套の心臓部を狙い、三叉槍での一突きを放った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……冗談じゃないぞこれは……!

 

 一突きを入れる直前、目の前の"元"英雄が投影した太刀の正体を瞬時に把握したレッドキャップは、軽い焦燥を覚えながら攻めに力を注いでいた。

 

 上空からエンダーマンも援護に加わろうとしている。

 

 心臓を狙った突きは、双剣の片割れに横向きに弾かれた。

 

 ……守りに入れば殺られる───ッ!

 

 あの太刀の真名を開放させてはいけない。

 

 弾かれた際の衝撃を、遠心力の加速に変換し、鋭い左の回し蹴りを放つ。

 

 それを後方に一歩下がるだけで回避し、右に太刀、左に双剣の片割れを構える赤い外套。

 

 エンダーマンは、次の火球がまだ準備できていない。

 

 レッドキャップは勝負所を把握した。

 

 擬似的な神降ろしは、その武具の能力を数ランクダウンさせてしまうデメリットがある。

 

 しかし、それでも一端の『神器』に匹敵、または、凌駕する力が宿っていることに変わりは無い。

 

 故に、レッドキャップは、己が構える三叉槍にありったけの力を注ぎ込んだ。

 

 三叉槍に輝きが灯る。

 

「ほう、やる気かね?」

「死ぬ気は無いんでな。精々、足掻かせてもらう」

 

 赤の外套が持つ太刀も、レッドキャップの三叉槍に呼応するかのように、刀身から稲妻を生み出し始めた。

 

「行くぞ、【正義の味方】。これが俺の到達した一つの答えだ」

「そのようだな」

 

 両者は至近距離で、その力をぶつけた。

 

「『悪を滅す煌炎の槍(トリシューラ)』!」

「『千の鳥よ、光を喰い千切れ(雷切)』!」

 

 夜の街中で、黄金と紅蓮が立ち上がった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 エンダーマンは、戦いの決着を見た。

 

 雷と炎の宝具のぶつかり合いは、雷に軍配が上がった。

 

 慣れや、出力の違いもあったことだろうが、赤い外套は、その一刀で、煌々と輝く炎ごとレッドキャップを斬り裂いたのだ。

 

 予め、負けることを考えていたのであろうレッドキャップは、致命傷にならない箇所に刃を通し、吹き飛ばされたようだが、もはや戦闘続行は不可能。

 

 素直に隙を見て撤退するはずだ。

 

 だが、己にそんなことは関係無い。

 

 上空から、赤の外套を見つめる。

 

 此方に見向きもしないが、警戒は怠っていないようだ。

 

 解放し終えた太刀は砂のように霧散し、手には双剣の片割れのみ。

 

 ……コロ、ス……。

 

『移り変わる視界』を連続で使用できれば、エンダーマンは、自身に勝算があることを確信していた。

 

 ただ、それが出来ない状況である。

 

 ならばどうするか。

 

 決まっている、奥の手を使えばいい。

 

 奴は、奴だけは確実に殺す。

 

 だから、エンダーマンはその力を解放した。

 

 己を偽り、己を操る。

 

 ───『マリオネットの心』

 

 

 

 ○

 

 

 

 赤い外套は、上にいるエンダーマンの雰囲気が変化したことに気づいていた。

 

 先ほどの一撃で、レッドキャップには戦闘不能の傷を与え、相当遠くまで吹き飛ばしている。

 

 2対1の対立は崩され、サシの戦い。

 

 先の戦いでの経験から、エンダーマンは、赤の外套にその能力を見切られている。

 

 それでも戦いから手を引かないとなると、赤の外套に対して勝算を感じている奥の手があるか、はたまた、無謀な突撃か。

 

 ……奥の手、だな。

 

 その理由は、雰囲気の変化にあった。

 

 エンダーマンは、極度に存在感が薄い。

 

 それは能力故か、そういう類の逸話が力の一端を担っているかは不明だが、少なくとも、正面からの衝突よりも、暗殺系の戦いがお似合いな能力だ。

 

 しかし、今のエンダーマンからは、圧倒的な存在感を感じた。

 

 ……まるで、大きな魔力の岩石のような、圧倒的な存在感。

 

 赤の外套は思った。

 

 また、仕事が増えた、と。

 

 そして、何かに合わせるように、重心を下に下げた。

 

 直後、上から黒の奇襲が来た。

 

 

 

 ○

 

 

 

 レッドキャップは、悲鳴を上げる身体に喝を入れながら、赤い外套とエンダーマンの衝突を見ていた。

 

 赤の外套が持つ双剣の片割れを恐れもせず、真上から一回転で加速力を加えた踵落としをぶち込みに行くエンダーマン。

 

 以前の彼の戦いとは打って変わった近接戦闘に、レッドキャップは訝しげな視線を送っていた。

 

 戦いの邪魔をしないために、エンダーマンの瞳を見ないようにしながら戦闘を見守る。

 

 案の定、エンダーマンの踵落としは重心を下げ、衝撃に備えた赤い外套の剣に防がれたが、それでも、その一撃は大地を陥没させ、静かな地響きを伝えていた。

 

 それよりもレッドキャップが気になったことは、刀身の部分で防がれたのにも関わらず、エンダーマンの脚に傷一つ付いていないことだった。

 

 ……どうなっている?雰囲気の変化のみでここまで変わることなど、本来あり得ないことだ。

 

 エンダーマンは、赤の外套が微動だにしないことを知ると、なんと、刀身に足首を食い込ませ、まだ地面に付いていない身体を横向きに変えた。

 

 そのまま刀身を沿うように脚を滑らせ、赤い外套の手首を刈り取る勢いで足刀を放ったのだ。

 

 赤の外套は双剣から手を放し、その場から後退することで、これを回避する。

 

 その際に、レッドキャップは、手放された双剣の片割れが瞬間的に膨張し、溜め込まれた魔力が暴走を起こすところを見た。

 

 結果、その双剣の片割れは、エンダーマンを丸々吞み込む形で爆発を起こし、その余波はレッドキャップのところにまで及んだ。

 

 右腕で頭部を庇い、視線は爆発の中に置く。

 

 赤の外套は、エンダーマンが無事だと気づいているのだろう。

 

 瞬時に同じ陰陽の双剣を投影した。

 

 そこを見計らったように、某世界的有名な歌手が行う、両脚を軸とした回転で爆発の余波を吹き飛ばしたエンダーマンが不規則な態勢からの特攻を試みた。

 

 操り人形のような軌道を描くエンダーマンに対し、赤の外套は左斜め下から掬い上げるように双剣で回転斬りを見舞う。

 

 それはエンダーマンの左脚の足刀とぶつかり合い、微かな火花を散らせ、赤の外套は振り上げた双剣を頭上で交差し、下に叩きつけるように振り下ろす。

 

 それは、エンダーマンが左足刀の勢いを生かした、右での後ろ回し蹴りと衝突した。

 

 脚を使っていることもあり、エンダーマンに分があるかと思われたそれは、予想を覆し、エンダーマンが推され、態勢を崩す形をつくった。

 

 そこを狙い、双剣を構え、大きく一歩踏み込む赤の外套。

 

 エンダーマンが、不可解な角度から手刀と貫手を繰り出すが、全て双剣で払われ、その身に双剣が突き立てられた。

 

 ……これ程とはな……。

 

 レッドキャップが感心しながら見ている中、吹き飛ばされたエンダーマンに向かって双剣を投擲する赤の外套。

 

 エンダーマンも負けじと両の手から極小の火球を出現させ、赤の外套へと放った。

 

 二箇所で爆発が起きた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 赤の外套は、接近する2つの火球に、7枚の花弁のような盾を投影することで防御を成功させていた。

 

 ぶつかる寸前で、赤の外套の3倍近くまで膨張した火球だが、この盾の前では無力だったようだ。

 

 赤の外套はエンダーマンに目を向ける。

 

 煙に包まれてはいるが、赤の外套にとって、煙などは障害物にならないにも等しい。

 

 ……無傷では無いが、まだ戦えるな。

 

 弓を投影し、トドメを刺すための矢を番え───近づくレッドキャップに嘆息する。

 

「撤退かね?」

「そんなところだ。エンダーマンはまだ戦えるだろうが、俺は限界でね。降参だ」

 

 両手を上げ、降参のポーズをとりながら不敵に笑うレッドキャップ。

 

 身体が悲鳴を上げる程度には痛めつけた筈だが、なかなかどうして、元でもあの流派の人間は、痛みに強い。

 

「【レッドキャップ】なんて大層なニックネームだが、馬鹿弟子と同じ雇い主のもとで活動しているらしいな」

「それが殺し屋だからな。金が出るならどんな仕事でも引き受けるさ。今回の仕事はこれで終わるだがね」

「報酬分の仕事はした、と?」

「そういうことだ」

 

 赤の外套は、動かずにいるエンダーマンに目を向け、

 

「こっちはまだやる気のようだが?」

「なに、ムキになっているだけさ。本当は分かっているはずだ。今の実力じゃ、あなたには勝てないと」

「……はぁ、まぁ、昔のよしみだ。今回だけは見逃してやろう。次は無いと思えよ?───赤馬隻」

「もちろん。次こそは、本当の力を開放してあなたに挑むさ───エミヤさん」

 

 

 

 ○

 

 

 

 去って行くエミヤの後ろ姿を見送りつつ、レッドキャップ───赤馬隻はエンダーマンに声をかけた。

 

「今回は抑えておけ。俺が止めなければ、お前は本当に殺されるところだったぞ」

「……」

 

 エンダーマンは、スイッチが切れたかのように雰囲気が変わり、存在感も極端に薄くなった。

 

 そのまま、音も無くその場を去る。

 

 思い入れは一つもないが、一応は同じ主を持った仲間だった。

 

 次は敵でも、今だけは命を預かってやることにする。

 

 だが、もう直ぐ今夜の戦いも終わることだろう。

 

「次はどんな形で出会うかな。早く再会したいよユウちゃん。そして、弟分」

 

 赤馬の独り言は、駒王学園のグランドに向かって紡がれた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 バルパーは、コカビエルの戦意に半ば呑まれかけていた。

 

 ……これが、堕天使幹部の覇気か……!

 

 流石、かの大戦を生き残った古強者である。

 

 バルパーは、コカビエルが戦意を向けている相手───たった今、フリードに全力の回避を行わせた少女を見た。

 

 確かに、その実力は人間の中では相当上位に位置することだろう。

 

 だが、それも人間の中での話。

 

 堕天使や悪魔は、それ単体で人間を超越し得る存在だ。

 

 人間が悪魔や堕天使に立ち向かうためには、『神器』を身に宿していなければほぼ戦闘にすらならず、その形すら残さぬ灰となろう。

 

 ……哀れな奴だ。ただの人間にしてはこの戦場に来るだけの実力を持っている。だが、コカビエルに目をつけられてしまえば、生きては帰れん。

 

 そこでふと、何故、コカビエルはこんなにも、あの少女に戦意を向けているのかに思考を向けた。

 

 バルパーは戦士ではない。

 

 それ故に、誰がどれほどの強さを有しているかを、ザックリとした感じでしか感じ取ることができない。

 

 だから、コカビエルがここまで獰猛に笑い、戦意を剥き出しにしている理由が分からなかった。

 

 戦場から意識を逸らし、その理由を探ろうとしていたバルパーは、ここでの己の失態を悔いることになる。

 

 思考を逸らさず、戦場での相手の出方を集中して伺っていれば、たった今、両肩を9mmの弾丸で撃ち抜かれることなどなかった筈だからだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……戦場が、動いたな。

 

 ゼノヴィアは、フリードによって弾かれた聖剣を拾い、戦場の動きを確認していた。

 

 今、キンジによって、バルパーがその両肩を撃ち抜かれ、両腕の制御が効かなくなっている。

 

 フリードは、戦意が剥き出しになったコカビエルを見て、彼の隣まで退がっていた。

 

 切彦はそれをただ見送るだけで、敵意をぶつけるコカビエルを睨み返している。

 

 隣の結菜は呼吸を整え、新たな魔剣を創造していた。

 

 ……もう直ぐ、リアス・グレモリーとその眷属が到着する頃か。思ったよりも早く、コカビエルの奴が動き出してしまったな。

 

 不思議と、焦燥はなかった。

 

 肩を抑えようにも、どちらも撃ち抜かれているために、両腕をぶら下げた状態で膝を着くバルパー。

 

 怨嗟のような慟哭が響き渡り、痛みに悶えている。

 

 そして、13箇所の転移陣がグランド内を埋め尽くした。

 

 コカビエルが、動き出したのだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……随分と数が多いな。

 

 キンジは、転移陣の数を数え、緋色のバタフライナイフを取り出した。

 

 もとより、イッセーを傷つけたことから、コカビエル達に関しては、確実にブチ殺すと決めているため、手を抜く気はゼロである。

 

 やがて、転移陣から、巨大な三ツ首の巨大な魔物が姿を現した。

 

 その正体にはすぐさま気づいたキンジであったが、思わず、腕を組んで唸ってしまう程度には面倒な相手であった。

 

 ……まさか、地獄の番犬ケルベロスを召喚するとは思わなかったな。

 

 地獄の番犬ケルベロス。

 

 死神ハーデスの従順なペットとして知られる魔物で、テュポーンなど、凶悪な神話の魔物達と兄弟分である厄介な魔物だ。

 

 しかし、キンジの懸念しているところはそこではない。

 

 ……ケルベロスに、ベレッタの弾は効くんだろうか。

 

 まさにそこである。

 

 一応、主な武器は銃のキンジ。

 

 そのメインウェポンが効かないとなると、残りの武器はバタフライナイフのみ。

 

 ……ナイフだけでどうやってあの犬っころを倒せと───、

 

 目の前で、一頭のケルベロスが、切彦によって真っ二つに両断されていた。

 

 ……ええー……マジかよ。

 

 まぁ、まずは銃から試してみよう。

 

 

 

 ○

 

 

 

 コカビエルは高揚した気分でケルベロスを呼び出していた。

 

 近くで断末魔を上げるバルパーが気にならない程度には気分がいい。

 

 地獄の番犬を相手に、どれだけの戦いが出来るのかを見てみれば、フリードを退けたあの少女が、早速一頭を両断していた。

 

 ……一撃ときたか。人間の皮を被った化物のようだな。

 

 もう1人の男の方を見る。

 

 ケルベロスを相手に、人間の兵器の一つである銃を用いて、的確にケルベロスの目を潰した後、緋く輝くナイフで三ツ首の頸動脈を掻き切っていた。

 

 こちらも人間ではない動きだ。

 

 ケルベロスの攻撃を、全て紙一重で避けきり、されど、放つ攻撃は全て的確にケルベロスを穿つ。

 

 無駄の無い、洗練された達人の動きだった。

 

 聖剣使いと魔剣使いもそれぞれの武器を使い、ケルベロスを倒している。

 

 やはり、聖剣は相性が良いのだろう。ケルベロスをほぼ両断する勢いで斬り裂き、一撃で倒していった。

 

 魔剣使いは多少苦戦しているようだが、地面から針地獄のように魔剣を生やし、ケルベロスを腹部から串刺しにする。

 

 戦い方は様々だが、隣のフリードが口笛を吹いて賞賛を送っており、戦いのプロですら納得のいく効率の良さでケルベロスを打倒していった。

 

「時間稼ぎにもならんな」

「そりゃそうですよ旦那。あの2人が別格すぎっからねぇ。命がいくつあっても足りないくらい、何度チビっても足りないくらい強いんですぜ?」

「認めてやる。あれは、俺が本気を出すのに相応しい相手だ」

「ちょっとはこっちを心配してもいいんじゃないか!?負傷してるんだぞ!?」

「わーぁお。どっかで犬みてぇにキャンキャン鳴いてるような声が聞こえまっせ旦那?」

「それだけ喋る元気があるなら大丈夫だ」

「なんだこれは。一種のいじめかね!?いい歳して私はいじめに合っているのか!?」

 

 バルパーが五月蝿いが、今は無視だ。

 

 そうこうしている間に、ケルベロスは全て倒されてしまっていた。

 

 ……地獄の番犬がなんの戦力にもならないか。

 

 面白い。本当に面白い。

 

「フリード」

「へいへい、なんですかい旦那」

「お前は聖剣使いと魔剣使いをお願い出来るか?」

 

 フリードは意外そうな顔をして、

 

「本気っすか?わざわざあの2人を?こう言っちゃなんですが、危険っすよ?どれくらい危険かってーと、俺っちが裸足で逃げ出すくらい危険っすよ?」

「それほどでなくては困るんだ」

 

 このコカビエルを満足させるには、それほどの強者でなければいけない。

 

 フリードはその意を汲んだのか、一つ頷くと、大振りの聖剣を肩に担いだ。

 

「まぁ、もしかしたら、1人は俺っち狙ってくるかもしれねぇですが、とりま、旦那の要望通りで行きやしょうか」

「早々に負けるなよ」

「あの2人には負けないっすなー」

 

 フリードは軽口を叩きながら、再び聖剣使いと魔剣使いの方へと歩いて行く。

 

 ……ようやく、開幕だ。

 

 手に光の槍を顕現させ、茶髪の少女と銃使いの男の方へと歩みを進める。

 

 その顔は、歓喜に彩られていた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……さぁて、イッセー君はまだですかねぇ。

 

 フリードは、欠伸を噛み殺しながら結菜とゼノヴィアの前に立った。

 

 2人は油断せずに構えているが、フリードは一切構えない。

 

 聖剣を肩に乗せたまま、もう片方の手は神父服のポケットの中。

 

 ぬくぬくやで。

 

 集中など皆無だ。

 

 フリード自身、コカビエルの実力を詳しくは知らないが、人間を辞めている2人に対し、単身で突っ込むなど無謀の極みである。

 

 止めはした。だが、コカビエルは止まらなかった。

 

 ならば、あとの責任は全てコカビエル自身のものとなる。

 

 ……報酬分の働きまではもうちょっとってところですからねぃ。ま、もう暫くは遊ばしてもらいましょーじゃあーりませんか。

 

 聖剣を地面に刺し、大きく伸びをする。

 

 その動作だけでゼノヴィアと結菜には緊張が走るのだが、知ったことでは無い。

 

 身体を伸ばし終え、首を鳴らす。準備体操終了だ。

 

「───ッシャァ!やりますかお二人さーん」

 

 速攻で、結菜が突っ込んで来た。




おかしい……主人公が全然出番無しとは……。

誤字脱字等の御指摘、どうぞよろしくお願いいたします。

感想ドシドシお待ちしてます。

というか、励みになるので書いてくれると嬉しいです。

次回でようやく主人公たち到着ですかね……。

ケルベロスとかもういないし。

あれ?主人公居なくても勝てるじゃね、コレ。

また、次回でお会いしましょう。


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憎しみ渦巻く力の果て

どうも虹好きです。

オリジナル展開すぎて描写困っちゃいました。

主人公達の出番が相変わらず……。

戦闘だけで何話描いてるんですかねー。


「───私達の弟子になりたい、だと?」

 

 ───少年は頷く。力強く、それでいて、覚悟を決めた表情で。

 

「……やめておきたまえ。こんな人生を歩むくらいならば、もっとマシな、───幸せな人生を探すんだな」

 

 ───黄金の鎧と、青い背中は何も言わないが、赤い背中は、少年と同じ目線で優しく言い聞かせる。

 

 ───だが、少年が首を縦に振ることはなかった。

 

「……もう、こんなのはゴメンだ。力が欲しい。悪を穿ち、正義を掲げる力が」

 

 ───少年は無意識に、両手を強く握り込んでいた。その顔は悲痛に歪み、だからこそ、少年から薄っすらと滲み出るオーラに、少年自身が気づくことができなかった。

 

「───貴様、その輝き……まさか、この時代に原石(・・)が存在しているだと?」

 

 ───黄金の鎧が独り言を呟き、少年を見る目が変わる。

 

「フッ、フハハハハハッ!気に入ったぞ童よ!貴様のような器がまだ存在しているとは、いやはや、この世界は随分と(オレ)の興味を引くのが上手いようだ」

 

 ───笑い出した黄金の鎧。よく見れば、青い背中と赤い背中も同じように、少年を、少年の身体から溢れる異質なオーラを見つめていた。

 

「へぇ……こいつぁ鍛えがいがありそうじゃねぇか。おい坊主、名前はなんていう?」

「……フリード。フリード・セルゼン」

 

 ───青い背中は認める。こいつは弟子として鍛える価値があると。

 

「いいぜ。だが、お前のそれは、自分の獲物を持たねぇと機能しないだろうな。───おいアーチャー、お前が一番にこいつの師を受け持て」

「待て。私の意思は無視かね?ランサー」

「お前にも分かんだろ?こいつは、お前との相性が最も良い」

 

 ───赤い背中は渋る。そこへ、少年を擁護するように、黄金の鎧が言葉をつくった。

 

「貴様の贋作には苛立ちを湧き上がらせたが、この童は本当に化けるぞ?この(オレ)が自ら保証しよう。貴様らとて、この世に2度目の生を受けた身だ。これを機に、新たな道を行くのも一興。……ふん、この世界が干渉をかけているのかは分からんが、(オレ)ともあろう者が、随分と甘さを見せるようになったものよな」

 

 ───青い背中と黄金の鎧は答えを示した。赤い背中は少年───フリードへと向き直り、緊張感を漂わせる視線で見つめた。

 

「……君、いや、お前が掲げる想いに到達するには、幾つもの試練を乗り越える必要がある。それでも、私達の手を取るか?」

 

 ───差し出された手に、フリードは迷わず掴み返すことで返答する。

 

「その覚悟、しかと受け取った。ならば、私達がお前の人生の道標となろう。先の2人に言われた通り、君は才能の塊だ。まずはお前自身の武具を創る。私が持ち得る全ての技術を授けよう。───付いて来い」

 

 ───少年は頷いた。赤い背中はそれに対して笑みを浮かべ、己の名を名乗った。

 

「自己紹介が遅れたな。今日から君の師となる───エミヤだ」

 

 

 

 ○

 

 

 

 リアス達は学園の前にいた。朱乃と子猫も合流しており、グレモリー眷属は、1人を除いて全員集まっていた。

 

 シトリー眷属が張っている結界内では、コカビエルのものと思われる、大きな力の奔流が感じられる。

 

 ……もうコカビエル自身が動き出しているのかしら?そうだとすると、少し急がなきゃダメね。

 

 結界に集中しているソーナに声をかける。

 

「ソーナ、中の様子は?」

「相当荒れてるわね。コカビエルが何かを召喚したみたいだけど、すぐにその反応は消えたわ。その代わりに、コカビエルが本気を出した、ここからだとこれくらいしか分からないけれど、貴方の自慢の眷属にその仲間達は奮闘しているととらえてもらっていいわ」

「そこまで分かれば大丈夫よ」

 

 次に、イッセーに声をかける。

 

「イッセー。貴方の『赤竜帝の籠手』の力を頼りにするわね」

「はい。今のうちから溜めておきます」

 

 援軍はまだ来ない。それまではリアス達の力で堕天使の幹部を抑え込まなくてはいけない。

 

 ……倒す気で行くわ。

 

 リアス達は結界内に入っていった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 バルパーは、両肩の痛みに悶えながら、フリードの戦いを観戦していたが、フリードの相手をする、リアス・グレモリー眷属の『騎士』を見て、謎の軽い懐かしさを覚えていた。

 

 ……あの顔立ち、何処かで見た覚えがあるはずだ。

 

 その答えは、すぐに記憶から掘り起こされた。

 

 ……そういえば、昔行われていた聖剣計画で、奇妙な事件が起こったな。

 

 あれは確か、被験者全てが聖剣に適合できず、処分を言い渡し、現場を離れていた時に起きたものだったな、と考えるバルパー。

 

 その日は、被験者全てを毒ガスで処分する日だった。その前日にバルパーは本部に帰還しており、定期的な近況報告をしていたのだ。

 

 事件は、その時に起きた。

 

 ……その場にいた聖剣計画の関係者は、私を除いて皆殺しにされ、被験者達は行方を眩ませた。

 

 その中の1人に、たった今フリードと剣を交える少女と似た者がいたはずだ。

 

 ……あの頃はハーメルンの笛吹きだの、神隠しだので事件は迷宮入りしたが、そのお蔭で私の計画の背景を明るみにされ、教会を追放された。

 

 まさか、このような再会をしようとは思わなんだ。

 

 人違いかどうかをもう一度確認してみたが、あの少女は、フリードと戦っているように見えて、その実、聖剣にしか意識を向けていないことが分かる。

 

 ……隠そうともしないとは、それほどの憎悪を抱かせたか。

 

 回復の術式を両肩にかけ、修復を完了する。

 

 バルパーの聖剣計画は明るみにされたが、あの事件だけは世間に発表されず、被験者は全員死亡したことになっていた。

 

 あの少女がどう生き残ったかは知らないが、今一度、絶望を教えてやろう。

 

 

 

 ○

 

 

 

 結菜はフリードの持つ聖剣に向け、疾風の一撃を見舞っていた。

 

 浅い踏み込みからの袈裟斬り。狙いは正眼に構えられた聖剣の柄。

 

 フリードの腕から聖剣を手放させるつもりで行った。

 

 対するフリードは口角を上げ、初めて聖剣を両手で持ち、袈裟斬りの軌道線上に聖剣の刃を引いてくる。

 

 甲高い音が響き、互いの腕に僅かな痺れが走った。

 

「おお……!」

「良いですね良いですなぁ!」

 

 視認することすら難しい高速の剣戟。

 

 途中、結菜の魔剣が砕け散るが、間髪入れずに『魔剣創造』で新たな魔剣を複製し、フリードと打ち合う。

 

 創造する魔剣は頑丈さよりも、軽さと扱いやすさを考慮した魔剣だ。

 

 それを両手に創造し、手数でフリードに挑むが、なんとフリードは、大振りの聖剣でそのスピードに付いてきた。

 

「くっ……」

「まだまだギアチェンしてきていいですぜ?」

 

 ……強い……!

 

 フリードに対し、純粋に思った感想。

 

 全ての攻撃に的確な防御をし、更には隙すら見つけてそこを突く動きは、結菜に焦燥を与えるのに充分なものであった。

 

 戦闘の焦りは、思わぬミスを生み出す。

 

 結菜が、フリードとの間に感じてしまう壁。

 

 それによって生じた、勝ちを急ごうとする動きは、フリードにとって反撃を行うには絶好のチャンスだった。

 

 聖剣を下から斬り上げる。

 

 結菜の魔剣はそれを防いだ瞬間に砕け、焦燥感を高め、創造力に僅かな齟齬を生じさせた。

 

「あっ……!?」

 

 その場で起こした致命的なミス。

 

 それは、『魔剣創造』の失敗。

 

 フリードは、斬り上げと同時に地を蹴り、空中で両手持ちに変えた聖剣を振り下ろす準備を済ませている。

 

 その聖剣から放たれる輝きに、憎悪の感情が湧き上がるが、───これだけはダメだ。

 

 ……どうしても、躱せない。

 

 奥のバルパーが、この私を見て、嗤った気がした。

 

 ゼノヴィアは、結菜を助けようと駆け出してくれている筈だ。しかし、間に合わない。

 

 ……突っ込んだのはダメだったなぁ……。

 

「やっぱ、主役は遅れて登場するものなんですかい?」

 

 フリードが、口元をひくつかせながらそんな事を言った。

 

 その時、この空間を震わせるほどの圧力を結菜は感じた。

 

 萎んだ風船を、瞬時に破裂させたような、急激な膨張。

 

 恐らく、そんな力の底上げをする者は、この街に1人しかいない。

 

 あのフリードが、先ほどまでの余裕の態度を崩し、口元をひくつかせているのだ。

 

 よく見れば、バルパーも目を見開いている。

 

 後方で、急激な魔力の圧縮を感じた。

 

 そして、その声は、確かに結菜に届いてきた。

 

「『天竜の咆哮(ドラゴン・ショット)』!」

 

 破壊を産む龍の咆哮が、フリードを呑み込んだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 イッセーは、自身の一撃が、フリードを確かに穿ったことを確信した。

 

 ……手応えはバッチリ。

 

 無茶するな?大丈夫、こんなの無茶の内に入らないから。

 

 リアス達が引いてる?そんなわけない。

 

 ただ、5倍で『天竜の咆哮』をぶっ放しただけだ。

 

 こうしなければ、結菜が死んでいたのだから、致し方無い。

 

『天竜の咆哮』をまともに喰らったフリードは、バルパーの真横にまで吹き飛ばされ、その身体を軽く痙攣させているが、死んではいないので良しとする。

 

「……イッセー?夕乃に無茶はダメって言われなかったかしら?あなたは援護担当よね?一応」

「これっきりにするので大丈夫です」

「……でも、フリードが……」

「ああ、あいつなら、ほら、もう立ち上がってるし問題無いよ」

 

 子猫がフリードへと顔を向ける。

 

 イッセーの言う通り、神父服がボロボロになっていることを除けば、無傷同然に立ち上がっていた。

 

「彼、5倍のイッセー君の一撃を受けたはずですわよね?」

 

 朱乃はフリードの驚異的な回復速度に驚愕していた。

 

 ……それもそうか。

 

 イッセーは頭を揺さぶりながら聖剣を構え直しているフリードを見つめて思う。

 

 イッセー達施設の人間は知っているため、当たり前に感じてしまうが、全快の状態では無いと言っても、5倍にしたイッセーの力を直に喰らってピンピンしているのだ。

 

 4倍でかのライザーの『女王』である、ユーベルーナの切り札を圧倒したイッセーの、その上をいく5倍の『天竜の咆哮』。

 

 それは、睨み合いを続けていたコカビエルの目を見開かせる程度には強力なものらしい。

 

 そして、コカビエルさえもフリードが死んだと勘違いしていたのか、無傷のフリードに言葉を失っていた。

 

 ……まあ、フリードに埋め込まれている聖遺物は、エミヤさんが免許皆伝の証にと受け継がせた【神造兵器】だし、これくらい当然なんだよな。

 

 説明しようにも、まことに信じられない事柄であるため、唸るイッセー。

 

「部長、長くなるので今度纏めて説明するってことでこの場は勘弁してもらえませんか?」

 

 イッセーの妥協点に、リアスもこうなるだろうと予想はしていたらしく、頷きながら返事をした。

 

「ええ。今は、コカビエルに集中しましょう」

 

 戦場に意識を戻す。

 

 その時、バルパーが吼えた。

 

 

 

 ○

 

 

 

「フリード!何故全力で戦わないのだ!」

 

 バルパーの苛立ちを交えた声に、結菜は視線をそちらに向けた。

 

 バルパーの言わんとしていることは分かる。

 

 フリードは、今まで一度もエクスカリバーの能力を一つも使わず、剣のみの戦いを行っていた。

 

 ……本当なら、私なんて瞬殺出来るはずなのに、何で……。

 

 魔剣を創造し、フリードの答えを待つ。

 

 正直、真剣勝負に手加減などされていたら、結菜はフリードを許さないだろう。どんな戦いであれ、命をかけてここに立っている結菜を侮辱する行為と変わらないからだ。

 

 フリードはバルパーに顔だけを向け、面倒そうに声を出す。

 

「いやいや、バルパーのおっさん。相手が本気を出してないのに、こっちが本気を出す必要ってあるん?」

 

 その言葉に、結菜は疑問を感じた。

 

 何を言っているんだこいつは、と。

 

 しかし、同時に思い至るものがあり、ゼノヴィアに顔を向ける。

 

「……気づいていたのか」

「そりゃあ、ねぇ?俺っちってそういうとこ鋭いですしおすし?」

 

 おちゃらけた雰囲気だが、フリードはゼノヴィアの奥の手を知っていたようだ。

 

 そして、フリードはもう一つ、と声を上げた。

 

「バルパーのおっさん」

「なんだ?」

「結菜ちゃんもおっさんに用あるみたいだし、おっさんもあんじゃね?って俺っち思うわけでさぁ。さっきからそれが気になって本気もクソも出せなかったってのはダメですかね?」

 

 その言葉に、結菜は心臓を鷲掴みされたような感覚を得た。

 

 

 

 ○

 

 

 

 バルパーはフリードに怪訝そうな眼差しを送っていた。

 

 ……こいつ……気づいていたのか?

 

 聖剣計画のことを。まさか。

 

「そんな顔しなさんなって。ちょっと考えりゃあ分かることでしょーよ。ま、今はちとその話で場を盛り上げて欲しいってなわけでして」

 

 どこまで知っているかは分からないが、全てが終わった後、キツく釘を刺す必要がありそうだ。

 

 そのことを頭の隅に置きつつ、バルパーはグレモリー眷属の『騎士』───結菜に視線を向けた。

 

 憎悪を混ぜた視線で睨み返してくる結菜。

 

 ……やはり、そうか。

 

 自然と笑みが溢れた。

 

「貴様、【聖剣計画】の生き残りだな?」

「いいや、一度死んだよ。悪魔として転生することで命を繋いだ、あなたに復讐するために」

 

 即答だった。ますます笑みが深まる。

 

「全く、数奇なものだ。こんな極東で出会うことになるとは」

「教会の非道な実験で命を落とした同志達の無念、ここで晴らさせてもらう」

 

 バルパーは笑った。どうも、この小娘は知らないらしい。

 

 高らかに笑いあげ、その顔を憤怒に変える。

 

「無念?無念だと?生き残りがいると聞いて希望を得たというのに、貴様すら知らないというのか」

 

 バルパーの変化に、結菜は軽い戸惑いを隠せていない。

 

「【聖剣計画】は貴様の代で鎮座したよ。大々的にはな」

「何だって?」

「そもそも、何故聖剣を扱うことに適性があるか知っているのかね?」

 

 結菜は押し黙る。

 

「聖剣を扱うには、因子が必要なのだ。その因子が適性に位置する数値に至っていなければ、上位の聖剣を扱うことはできない。この研究結果は、貴様らのおかげで出たと言っても過言では無い。

 ───だがな、教会の力を借り、大々的に研究出来たのも貴様らの代までだ。何故だと思う?」

 

 結菜の額から、一筋の汗が流れた。

 

 バルパーは、容赦無くその一言を放つ。怒りを露わにしながら。

 

「これは、教会の中で最重要機密事項とされ、公にすることを許されなかった大事件だ。

 ───皆殺しにされたのだよ。現場を離れていた私以外の【聖剣計画】の研究員達が。そして、貴様の同志とやらは、全て、謎の失踪を遂げた」

 

 

 

 ○

 

 

 

 結菜は混乱していた。仇を討つために今まで生きてきた。

 

 だが、バルパーさえも知りえない大事件によって、仲間達は行方を眩ませたと聞けば、今までの自分の人生全てを否定されたかのような衝撃を受ける。

 

 近くまで来ていたリアス達もその話を聞き、バルパーを見つめていた。

 

「私は、行ってきた実験の全てを洗いざらい報告され、教会を追放された。しかし、協力者を募り、細々と研究を続けていた。貴様らの時に、被験者のほぼ全員に因子があることは分かっていた。ただ、適正となる数値に至っていなかっただけなのだからな。その研究は長い月日を経て功を成し、因子の結晶を精製することに成功した。被験者の身体から、因子のみを抜き取り、合成するという形でな」

 

 結菜の隣にまで歩いてきたゼノヴィアが、その言葉に反応した。

 

「まさか、聖剣使いが祝福を受ける時、身体に入れられる結晶は───」

「その通り。私が創り出したものだ。教会にも腹黒い人間は数多くてな。私に協力的な人間に困ることは無かった。その報酬に、私は因子の結晶という『奇跡』を与えていたのさ」

「ミカエル様を欺いた、と?」

「ああ。聖剣使い自体が少ないだろう?多く造れば、ミカエルにバレる可能性が高まる。だが、少人数ならば、天然物として特別扱いされることだろうな」

「因子を抜いた、被験者はどうしたの?」

 

 結菜の搾り出したような声。バルパーは結菜に無表情の顔を作った。

 

「微量でも因子が詰まっているということは、その身体の一部分を因子が担っていることになる。つまり、それを抜き取った身体は治療不可能の障害を得るのと同じ。───だから、殺したよ。貴様たちだけだ。私の実験で死ぬことのなかった者など。

 いや、貴様だけかもしれんな。今日まで行方不明の仲間なぞ、生きているはずがなかろう」

 

 その言葉は結菜の理性を壊すには十分過ぎる刃であった。

 

 止めどなく涙が溢れる。

 

 ……ずっと、思っていた。ボクだけが生きていいのかって。

 

 思い浮かぶ仲間の顔。

 

 最後の最後まで、自分を逃がすために全力を費やしてくれたみんな。

 

 ……もう、良いかな?

 

 散々この機を待った。

 

「結菜?大丈夫か?」

 

 隣でゼノヴィアが声をかけてくるが、顔も向けずに無視した。

 

 だって、そんなことできる状況じゃ無いから。

 

 ……ボクよりも、夢を持った子がいた。ボクよりも生きたがっていた子がいた。ボクよりも平和を望んでいた子がいた。

 

 その全てを、目の前の男は奪い去っていた。

 

 結菜の仲間だけじゃなく、その後も、何度も、何度も。

 

「結菜……」

 

 部長の声がした。向ける顔が無い。こんな顔を向けたく無い。

 

 嗚咽は無いのに、涙は止まらずに頬を延々と流れ続けていた。

 

 今、あの悪を断ち切る力があれば、どんなに良いことだろう。

 

 あの邪悪を斬り裂ける剣があれば、どれだけ良いことだろう。

 

 ふと、無意識に、口が動いた。

 

「───」

 

 実験の最中、唯一の希望としてみんなで歌った聖歌だった。

 

 あの地獄の中で、唯一夢を保たせ、生きる糧となってくれたもの。

 

 ああ、あの巨悪を討てるにならば、(ボク)は喜んでこの命を捧げよう。

 

 結菜の身体が眩く輝き、学園全体を覆った。

 

 

 

 ○

 

 

 

『相棒、あいつ、至ったな』

 

 ……ああ。

 

 イッセーは倍加を行いながら、結菜の姿を見ていた。

 

 眩い輝きは神々しいの一言に尽きる。

 

 ……所有者の想いを糧に変化と進化をしながら強くなる【神器】の別の領域、それは、所有者の想いが、願いが、この世界に漂う「流れ」に逆らうほどの劇的な転じ方をしたときに起こる。

 

『そう、禁手(バランス・ブレイカー)だ』

 

 ……嬉しそうだな、ドライグ。

 

『そうか?いや、そうなのかもしれんな。さて、あちらは任せて、こちらに集中するとするか』

 

 ……ああ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 光が収縮していく。

 

 ……ボクは、剣となる。

 

 フリードは、相変わらずの笑みを浮かべていた。

 

 だが、そんなことはもうどうでもいい。

 

 自分の中で、魔と聖の力が融合しているのを感じる。

 

 これは、昇華だ。

 

 その力を操り、言葉を紡ぐ。

 

「『魔剣創造(ソード・バース)』」

 

 2つの力が急激に手元で一つに収束し、一本の剣の形をとりはじめた。

 

 不思議と、創造の過程はスムーズに行われた。

 

 手元に現れた剣を握りしめ、バルパーを睥睨する。

 

「───禁手(バランス・ブレイカー)双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)。聖と魔を有する剣の力、その身で受けてみるといい」

 

 バルパーの目が大きく見開かれた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ゼノヴィアは、禁手に至った結菜の剣を見つめ、小さく笑った。

 

 ……これは、私も本気を出さねばならないらしい。

 

 フリードに顔を向ける。

 

 あちらもこちらを見ていた。

 

 良いだろう、見せてやる。

 

 左に聖剣を持ち変え、空いた右手を上に掲げた。

 

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

 

 詠唱を唱え、空間に歪みを発生させる。

 

 その中心に手を突っ込み、無造作に探った。

 

 そして、目当ての柄を掴むと、勢いよく引き抜いた。

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する。───デュランダル!」

 

 その手には、光り輝く大剣が握られていた。

 

 フリードは口角をあげ、三日月のような笑みを作っている。

 

 その顔に、笑みを浮かべ、結菜の隣に立った。

 

「御一緒させてもらっても構わないかな?」

「うん、背中は任せる」

 

 聖魔剣にエクスカリバーに並ぶと云われる聖剣デュランダル。

 

「───お膳立てには十分だろう?」

 

 

 

 ○

 

 

 

「バカな……聖と魔の融合体だと!?相反する2つが組み合わさることなど、普通はありえない!」

 

 フリードは、バルパーの嘆きに近い叫びを聞きながら、聖剣を強く握りしめた。

 

「バルパーのおっさん、どんなもんでも、バランスってのは大切なものですぜ?均衡するバランスが、何処かで崩れたとすれば、こんくらいのイレギュラーは日常茶飯事っしょ?」

「そうか!先の大戦で、先代の魔王は死んだ!それと同時に───」

「はいはい、奴さんの戦意を削ぐよーなことしないでねー。折角盛り上がってんのに、おっさんの一言で盛り下げたら全てがクルクルパーになっちゃいますですよー?」

 

 バルパーが気づいた真実を口にさせるわけにはいかない。

 

 ……ただでさえ紙メンタルなんだからもー。

 

 しかし、と。

 

 フリードは結菜とゼノヴィアの持つ剣を眺め、自身の手元の聖剣と見比べる。

 

 ……こんな駄剣で勝てる気しないんですけど。

 

「フリード、勝てるのか?」

「任せてちょーだいっすよ」

 

 ゆっくりと前に進みながら答える。

 

 コカビエルの方の戦いも激化し始めていた。

 

 愛する家族達が堕天使の幹部と戦っている。

 

 ……そろそろ、頃合いだよなぁ。

 

 正直、時間もあまり無い。

 

 起爆の術式が起動する前にカタをつけよう。




誤字脱字等のご指摘、どうぞよろしくお願いいたします。

感想もお待ちしてます。

設定が厳しくなってきた今日この頃。

また、次回でお会いしましょう。


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空に聳える極光の柱

どうも虹好きです。

そろそろ3巻終わるかなぁってところです。

もうちょっと詰め込みたい感が強いですね。

誤字の修正を行いました。


 キンジと切彦は、コカビエルとの戦いが激化していくのを感じた。

 

 主に、キンジのみの力で。

 

 ……切彦、フリードに苛立つのは分かるけど、せめてもう少しこっちに集中してほしいな。

 

 コカビエルは空中から光の槍を投擲し、キンジは躱しながら銃で応戦しているのだが、切彦は躱すのみ。

 

 コカビエルの方すら見ず、結菜たちと戦うフリードに視線を送っていた。

 

 流石のコカビエルも、切彦の戦意が己に向いていないことを理解しており、その怒りでキンジ達に対する攻撃が激化しているのだ。

 

 ……俺たちは飛べないから、コカビエルに直接攻撃する手段が限られている。

 

 リアスたちも追いつき、それぞれコカビエルに攻撃を放ってはいるが、堕天使幹部という肩書きは伊達では無いのか、此方の攻撃は全てコカビエルの光の剣か槍に防がれてしまっていた。

 

「切彦?君ならあいつを引きずり下ろせるだろ?」

「うるせぇ」

 

 酷い。

 

「部長、どうにか出来ませんか?」

 

 メンタルに軽いダメージが入ったキンジは、リアスに助けを求めることにした。

 

 リアスか朱乃ならば、コカビエルをどうにかできるのでは無いかという、勝手な願望で。

 

「流石に、格が違いすぎるわね。イッセーの譲渡にも寄るけれど、それでもコカビエルの一撃と拮抗できるかどうか……」

「よし、兄弟(ブラザー)さっさと譲渡するんだ」

「良いけど、多分部長の言う通りの結果になると思うよ」

 

 冷静に返されてしまった。

 

 だが、イッセーが戦うにしても、先のような無茶は許されない。

 

 今も、朱乃がコカビエルに向かって雷の魔力弾を放っているが、どれもコカビエルの武器で裁かれてしまう。

 

 ……あー、これは面倒だな。

 

 その時、コカビエルが急激に魔力を高めるのを感じた。

 

 手元の光の槍に魔力は集中され、その質量を何倍にも膨れさせていく。

 

 ……煩わしいから纏めて消えろ、みたいな?

 

 コカビエルは大気を震えさせながら、大質量の光の槍を構え、キンジたちに向かって投じた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……コレはどうだ?

 

 投じた光の軌道を見るコカビエル。

 

 ありったけの魔力を注ぎ込んだ槍は、グレモリー眷属など塵一つ残す事なく消し飛ばすはずだ。

 

 現に、目下のサーゼクスの妹は焦燥に駆られた表情で赤竜帝の小僧に何かを言っている。

 

 だが、もう遅い。

 

 今から魔力を込めたとしても、コカビエルが放った光の槍の質量には届かない。

 

 それに通じる魔力の充填を完了させる前に、光の槍は違いなく目標を穿つからだ。

 

『女王』が必死に雷撃で応戦するが、そんなものはコカビエルの魔力の前では無力同然。

 

 ……こんなものなのか?

 

 コカビエルの目に、少しばかり失望の色が窺えた。

 

 己に匹敵する強敵との戦いだと胸を躍らせたものだが、あれはただのハッタリだったのか、と。

 

 光の槍が着弾するまで、残り30メートルを切った。

 

 そこで、コカビエルは、眼前で起きた出来事に、目を大きく見開いた。

 

 コカビエルの放った大質量の光の槍。

 

 それが、真っ二つに断ち切られたのだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 断たれた光の槍から、鎌鼬の如き剣圧の衝撃波がコカビエルに向かっていく。

 

 それを紙一重で回避したコカビエルの目は、やはり信じられぬ物を見るかのような、驚愕の眼差しのままであった。

 

 それを行った張本人───切彦は、その事実を誇るわけでもなく、淡々と告げた。

 

「こんなモンで終わりかよ?堕天使」

 

 その言葉は、コカビエルの中にあるプライドの一つを盛大に刺激し、理性を暴走させるには十分なものであった。

 

 コカビエルが憤怒の咆哮を行うと同時に、宙に10の光の槍が形成された。

 

 

 

 ○

 

 

 

 その近くで、一つの決着がつけられようとしていた。

 

「ふぅむ、これは、なかなか厳しーものがあるっすねぇ。うん、性能の差が決定的すぎるんすわ」

 

 数合打ち合うだけで、刀身の一部が砕け散った聖剣を見てそうボヤくフリード。

 

「いや、誇って良いと思うぞフリード。このデュランダルを前に、数合打ち合って折れていないのは、貴様が相当扱いの上手い証拠だ」

「でも、もう勝負はつくね」

 

 目の前で構えを取る2人に、苦笑いしか湧かない。

 

 正直な感想を言えば、こんな鈍だろうと、ゼノヴィアと結菜ごときに遅れをとるフリードではなかった。

 

「フリード!勝てる見込みはあるのでは無かったのか!?」

 

 そう叫ぶバルパーに目を向け、フリードは思う。

 

 ……タイムリミット、ですなぁ。

 

 金額分の働きは終えただろう。コカビエルは切彦の挑発にまんまとかかり、我を忘れて暴れ、その余波は此方にまで及んでいた。

 

 そして、コカビエルが暴走気味に周囲へと放った光の槍。

 

 ───その1本が、バルパーの腹を背後から貫いた。

 

「───なッ……!?」

 

 光の槍はすぐさま消失し、空いた穴からはとめどなく流血を迸らせる。

 

 だが、その顔は、フリードの持つ聖剣にのみ向けられていた。

 

 一つ、息を吐く。

 

 構えていた聖剣を下ろし、後ろの髪をかいた。

 

 そんなフリードに、バルパーへと意識を向けていた結菜とゼノヴィアは訝しげにしながらも、緊張感を張り巡らせたのが分かる。

 

「バルパーのおっさん、その傷じゃあ助かりやせんぜ?俺っちも旦那も回復術式なんて出来ねぇですし、計画丸潰れじゃないっすか?」

 

 既に、こと切れそうなのだろう。バルパーは、脂汗滴る顔で、荒い呼吸を数度繰り返し、辛うじてフリードに応えた。

 

「……金は、全て持って行けフリード。あの山に残りは残してきた。だが、最後、その聖剣で、お前が戦う姿、それだけを見せてくれ」

 

 もう、その顔は青白く変わりつつあった。この言葉は、バルパー・ガリレイ生涯最後の言葉になる。

 

 ならば、最後に夢くらい見せてやろう。

 

「おっさん、報酬に応じて最後の願い聞き届けますぜ。でも、こんなガラクタじゃ、冥土の土産にもならねぇっしょ?見せてやるよおっさんに。

 ───本物ってヤツを」

 

 バルパーが目を見開くのが分かる。

 

 これは、慈悲でも何でもない。

 

 あくまで、冥土の土産だ。

 

 フリードは、聖剣を投げ捨てた。

 

 雰囲気の変化に、結菜とゼノヴィアが息を飲むのを感じた。

 

 先程とは似て非なるフリードの圧力。

 

 そして、その瞳は、一瞬のみだが、水面を感じさせる静謐を仄かに感じさせる、神聖な輝きを得ていた。

 

 そして、目を閉じる。

 

「結菜ちゃん、喜ぶといいぜ。君のその剣は、聖剣を超えたよ。今後の自慢になるっすよ?でも、もう少しだけ。もう少しだけ俺っちに付き合って欲しいんすわ」

 

 右手を上に掲げた。

 

 神聖なる光の輝きがその右腕に収束され、一つの形を形成していく。

 

 3人の衝撃は、相当なものだ。

 

 黄金の輝きは、フリードを呑み込まんとする勢いで周囲に膨張し、大きく膨れ上がる。

 

 そして、

 

「───同調、開始(トレース・オン)

 

 その言葉をトリガーに、再び収束。フリードの右手に、1本の剣が握り締められていた。

 

「この輝き、おっさんなら知ってるんだろ?冥土の土産に、しっかりと脳裏に焼き付けるといいぜぇ。

【聖剣計画】の最中に起こった不可解な大事件。あの日、あの場所では、通常ではあり得ない高濃度の聖なる輝きの反応が探知された。実験に加担してた科学者は皆殺しにされ、被験者は全員、神隠しでもあったかのように姿を眩ませた。

 ───アレやったの、全部俺っちなんすわ」

 

 これが、報酬に対する対価だ。

 

 最後に希望を見せる?バカじゃねぇの?

 

 裏切り、ダメ、絶対?バカじゃねぇの?

 

 最初から、金でしか通じ合ってねぇ人間を【仲間】と思ってんじゃねぇよカスが。

 

 フリードは、輝く一振りの剣を、バルパーに見せつけるように掲げなおした。

 

「くだらねぇ実験で、人の命を弄んだあんたら(・・・・)に対する冥土の土産は、此奴の真名解放ってことっすわ」

 

 バルパーは、フリードの行動に混乱しつつ、その剣に目を奪われていた。

 

 視界は霞み、もう剣全体の輪郭すら見えていないだろう。

 

 だが、コレならば確実に視界に映り込むはずだ。

 

 フリードは、ありったけの魔力を手の剣に注ぎ込み、我を失っているコカビエルへと向き直った。

 

 ……出力は、大体3割くらいでOK。この街を消し飛ばすのはマズイから、上の旦那目掛けて。

 

 刹那、フリードの剣から極光が生み出され、フリードの身体を包み込んだ。

 

「おっさん、そんでもって、結菜ちゃんにゼノヴィアちゃん。よく見とけ。これが、本物だ」

 

 極光を大上段に構え、フリードはその一撃を解放した。

 

「『約束された(エクス)───勝利の剣(カリバー)』!」

 

 その輝きは、悪しきを滅する聖の極致。例え3割だろうと、周囲をその風圧のみで圧倒する姿は、伝説の聖剣の名に恥じぬものだ。

 

 薙ぎ払うように放たれたそれは、極光の柱となり、コカビエルの左半身を大きく穿ち抜いた。

 

 それだけでは止まらず、学園を覆っていた結界さえも、その極光は容易く穿った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 コカビエルは、急激な脱力感に襲われていた。

 

 身体が軽くなったのだ。まるで、左の半身が綺麗に削げ落ちたかのように。

 

 そこで、理性を取り戻す。

 

 激痛は、直後に訪れた。

 

「───……ッ!?」

 

 左半身が、脇腹から肩にかけて抉るように消し飛んでいた。

 

 直撃すれば、己の存在をこの世から永久に消したであろう。

 

 それを放った本人、フリードは、コカビエルに向かっていつもの笑みを向けていた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ソーナは、天高く聳え立つ光の柱に、目を奪われていた。

 

 シトリー眷属が全力で支えていた結界をいとも容易く貫いた一柱の輝き。

 

 紛れもなく伝説級の聖剣の力に他ならない。

 

 ……でも、どうやって?幾ら何でも、不完全な聖剣が出せる威力ではない。明らかに、この街を破壊できる一撃。

 

 一気に不安が押し寄せるが、今は、結界の再構築に力を注がなくてはいけない。

 

 ……無事でいて、リアス……。

 

 

 

 ○

 

 

 

 結菜は、呆然とした表情でフリードを見つめていた。

 

 バルパーは、フリードの放った宝具の輝きを見届けた後、眠るように崩れ落ち、コカビエルは痛みに耐えながらフリードを睨んでいる。

 

 ゼノヴィアは言葉を発することが出来ないようで、それは、リアスたちにも言えることだった。

 

 イッセーたち以外は。

 

「おいフリード!またオレの邪魔したなおい。そろそろぶっ殺すぞコラ」

「いや待って切彦ちゃん!今のは不可抗力っしょ!?キンジ君もイッセー君もそのジト目止めてもらえます!?俺っち一応みんなに加勢した身ですぜ!?」

「いや、今の今までそっち側だった奴に言われたくはないな」

「おおう、痛いとこついてくるねぇキンジくぅん!?」

 

 普段のフリードに戻っていた。

 

 だが、大事なのはそこでは無かった。

 

「ねぇ、フリード」

「ん?どうしましたかな結菜ちゃん?」

「さっきの話、本当?」

 

 大事なのは、さっきフリード自身が話したことだ。

 

 あの内容が本当のことならば、どうしても聞かなければならないことがある。

 

 フリードには、結菜が何を言おうとしているのか分かっているようだった。

 

 そのためか、左の手でストップを掛けながら、結菜に一言言った。

 

「勿論っすよ。俺っちは、自分の成してきた事に嘘は吐かない主義でしてねぇ。でも、それは全てが終わったあと、ゆっくり話ことにしましょーや。ま、そこで見ていてくだせぇ」

 

 結菜は、全身の力が抜けるのを感じた。それは、安心からか。はたまた、緊張感が切れたからかは不明だ。

 

 膝から崩れるように倒れそうになった結菜を、我を取り戻したゼノヴィアが支える。

 

「───っと、大丈夫か?」

「……うん、ありがと」

 

 

 

 ○

 

 

 

「部長?朱乃さん?子猫ちゃん?そろそろ戻ってきましょう?」

 

 イッセーは、未だに呆然としていた3人に声をかけた。

 

 それも仕方ないことだと言えるが。

 

『約束された勝利の剣』。この世界にも存在する伝説の聖剣だが、その形は全くと言っていいほど異なっていた。そして、その威力もだ。フリードの内包する魔力で本気を出せば、この世界の一部を壊滅させたであろう神造兵器の一つ。

 

 ……今回の威力は3割ってところか?

 

『そうだな。コカビエルが原型を留めているのが何よりの証拠と言えよう』

 

 その聖剣は、真名を解放したと同時に、光となって消えた。

 

 リアスたちからすれば、驚天動地といったところだろう。

 

 ……明らかに異質だもんな。

 

 リアスたちは我に返っていたようだが、イッセーの方に向き直りながら口をパクパクさせている。

 

 もう分かりましたって。

 

『ヒステリアモード』のキンジはそんなフリードに微笑み、切彦は興が冷めたのか、コカビエルに背を向けている。

 

 コカビエルの敵意は、フリードにのみ向けられていた。

 

 ……先に、レイナーレとの約束、果たしにいこうか。

 

 倍加は7倍分まで溜まっている。これだけあれば満足の行く結果となるはずだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 フリードは、近くに歩いてくるイッセーに、無邪気な笑顔を向けていた。

 

「いやぁ、久しぶり振りですなぁイッセー君」

「まぁ、この前会ったけどな」

「まぁまぁ。でも、これが終われば、俺っちもやっと帰りますよっと。金はそこそこ集めれたし」

「じゃあさっさと終わらせてくれよ?今力を譲渡するから」

 

 そう言ってイッセーは、フリードの肩に触れる。

 

『Transfer!!』

 

 刹那、フリードは軽く目を見開いた。

 

「8倍ですかい?そんなにいりますぅ?」

「こんだけ溜まっちゃったのさ。好きに使え」

「んじゃま、ありがたく使わせてもらいましょーか」

 

 そう言って、フリードはコカビエルに目を向けた。

 

 消しとばした左半身に擬似的な再生を行っていたようだ。腕までは再生出来ていないが、肩までは光で輪郭を作れている。

 

 力が8倍と恐ろしいまでに底上げされたフリードを上から睥睨していた。

 

「貴様らは、一体何者なのだ?」

「そんなことより、一つ聞きたいことがある」

 

 容赦ないイッセーの切り返し。流石のコカビエルも青筋を立てているが、爆発させないように抑えつけていた。

 

「何だ?赤竜帝」

「あんた、堕天使レイナーレのこと覚えてるか?」

「あの木っ端堕天使か。弱いくせによく吠えたものだ。そいつがどうした?」

「そのレイナーレから、あんたをブッ飛ばすよう頼まれていてさ。その役をフリードに任せることにする」

 

 ……いやそれ聞いてないんですけどぉ!?

 

「ほう?貴様らがあいつと知り合いだったことは意外だが、何故堕天使なんぞに肩入れする?」

「ただの気紛れだよ」

 

 マズイ。俺っち置いて話が進んでる。

 

 フリードは口を挟もうとするが、そのタイミングでイッセーに肩を叩かれた。

 

「安心しろよ。どうせ、あんたはここで死ぬんだ」

 

 その言葉で、再びコカビエルが憤怒したのが分かった。

 

「んじゃ、後は頼むぞ」

「あ、マジ?」

「マジマジ大マジ。頑張れよ」

 

 そう言いながらリアスたちの方へと歩いていくイッセー。

 

 取り残された身のフリードは、とりあえず上を見た。

 

「この俺をここまでコケにするか」

「え〜。責任転嫁っすよ旦那」

「黙れ。そろそろ正体を明かしてはどうなんだフリード」

 

 奴さんはやる気満々。コロコロフィーバータイムだ。

 

「んじゃ、最後に俺っちからも一つ質問させてくだせぇ旦那。何、そんなに時間は取らせませんよ。その間に身体の再生まで完了させてくださいや。こっちも時間制なんでね」

 

 その言葉に、コカビエルは眉を顰めたが、余力を残して倒せる相手とも思っていないのか、再生に集中力を回し始めた。

 

 それを見計らい、フリードは言った。

 

「旦那、あんたは先の大戦での悲劇を知っているはずだ。それなのに、何故もう一度戦争を引き起こそうとするので?あの悲劇が繰り返される可能性も捨てきれないんですぜ?悪意ってのは何時でも蔓延るもんですからねぇ」

 

 その問いに、コカビエルの目の色が変わった。少なくとも、フリードはそう感じた。

 

「……そんなことを知ってどうする?」

「単純な好奇心ですわ。旦那が好戦的ってのは知っていましたが、それだけで戦争を起こしたがる理由になるのかどうかを知りたいと捉えてもらって結構っす」

「フリード。先の大戦、途中からの【絶対悪】の乱入によって、三大勢力の重鎮たちの多くが命を落としたのは知っているな?」

「勿論ですぜ」

 

 コカビエルは静かに言葉を紡ぐ。再生は、肘まで完了していた。

 

「お前も言った通り、俺は戦いが好きだ。だが、それだけで戦争を起こそうとはしないというのも的を得ている。察しの良い貴様なら気づいているはずだ。先の大戦で失ったものは確かに大きい。堕天使は多くの同志を、悪魔は四大魔王を、───天使は、()を失った」

 

 その言葉は、イッセーたちを除いた者たち全員に衝撃を与えた。特に、アーシアとゼノヴィアの衝撃は凄まじく、アーシアは崩れ落ちたところをキンジに支えられている。

 

 ゼノヴィアも、その表情を大きく崩していた。

 

「そんな……主は、主は、いらっしゃらないのですか?」

「ならば、今まで私たちが受けていた愛は……」

 

 その2人を見て、コカビエルは言った。

 

「そういえば、貴様らには伝えられていないのだったな。当たり前か、神が不在などどうして言える?その存在がなければ、貴様らなどは心に拠り所のない不完全な存在にすぎん。それ故に、この情報を知っているのは三大勢力の中でもトップに位置する者たちのみだ」

 

 一息、

 

「だが、ミカエルの奴はよくやっている。貴様らの言う、主からの愛というやつは、神が残した『システム』だ。それがあれば、ある程度の加護は機能する。だが、神が居なくなってから与えられる加護にも限りが生じてきてな。そこの小娘、貴様が本来交わる事のない聖と魔の剣を創り出せたのも、このバランスが大いに崩れているのが原因だ」

 

 コカビエルは腕をまで完全に再生させた。

 

「旦那旦那、それと、旦那が戦争の火種を作るってのにはどんな関係があるので?」

「そんなのは簡単だフリード。あの大戦をきっかけに、どの勢力の奴も腑抜けになってしまった。次なる脅威に備え、力を合わせることが必要とほざく奴まで現れる始末。俺はな、他の勢力を許せないんだよ。あのまま【絶対悪】の介入無く戦争が続けば、勝っていたのは俺たち堕天使だ」

「なるほど。つまり、旦那的には、今一度本当の頂点ってヤツを決めてぇわけですか」

「ざっくりと言えばな」

 

 フリードは腕を組み、コカビエルの言葉を吟味しつつそう返した。

 

 コカビエルは再生した 腕の調子を確かめつつ、フリードを睥睨している。

 

 そんなコカビエルに、フリードは言った。

 

「くだらねぇ」

 

 大声で言ったわけではない。しかし、その言葉は、不思議と全員の耳に届いていた。

 

「……貴様のように、そう切り捨てた奴もいたな。全て、力で教えてやったが」

「そっすか。なら、俺っちを殺せるんですよねぇ?」

「無論だ。あの油断はもう無いと思え」

 

 それだけで良かった。

 

「《衛宮》三代目純正魔術師フリード・セルゼン」

「堕天使幹部が一人、コカビエル」

 

 様々な感情が入り混じる視線の中、その名乗りの元、決戦の火蓋は切って落とされた。




誤字脱字等のご指摘、お待ちしています。

感想もお待ちしています。

この世界観のコカビエルってどんくらいの強さなんでしょうね?

白竜皇の出番が……。

ま、まぁ、何とかなるでしょう。いえ、何とかします。してみせます。

では、また次回お会いしましょう。


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戦場を彩る鮮血の華

どうも虹好きです。

あと何話で3巻分(一応)の内容が終わるのか分かりません。

前回、誤字の報告の御協力ありがとうございました。




「おお……!」

 

 10翼の黒翼を一斉に羽ばたき、フリードへと突っ込むコカビエル。

 

 その手には、光を圧縮して造られた光の槍と光の剣を携えていた。

 

 ただの人間がその身に刻めば、瞬く間に輝く熱によってその命を散らす。そんな熱量を秘めた光の刃は、悠々と佇むフリードを貫くために、刃の部分の熱量を底上げしていた。

 

 端から見れば、決着を急いでいるように見えなくもない。

 

 事実、コカビエルの表情は険しく、この一撃に賭けていた。

 

 超加速からの、両刃による斬撃と一突き。

 

 ……《衛宮》とこいつは言った。それが本当ならば、フリードが先程の聖剣を創り出したことの説明となる。

 

 何よりも誤算だったのは、

 

 ……こいつが施設(・・)の人間だったということだ……!

 

 明確な実力が未知数なフリード。

 

 故に、短期決戦を行う理由にしては上出来すぎる。

 

 両の武器を握る力が強くなり、コカビエルはフリードの眼前に、激突したような着地を成功させた。

 

 腰を屈め、重心を低く、フリードとの距離は1メートル程。

 

 ……左の槍で貫き、そこから遠心力を用いた回転斬りで殺し切る……!

 

 フリードは、コカビエルの着地に合わせて、右脚を引いた半身の状態だ。

 

 あくまで自然体。確実に、何かの手をうってくる。

 

 ならば、それを超える速度で必殺の一手をうてばいいだけのこと。

 

 ───だが、それは叶わなかった。

 

「ッ……!?」

 

 何故なら、眼前のフリードが、刹那の間に弓に矢を番え、今にもその一矢を放とうとしていたのだから。

 

 しかも、その矢はただの矢ではなく、神性を帯びた、一つの宝具だったのだから。

 

「躱してみせてくだせぇ、旦那」

 

 コカビエルは、全力で身体を捻った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 その矢は、コカビエルの右腕の肘から先を消失させた。勿論、握られていた光の剣も同じ様に。

 

 ……やるじゃねーっすか。

 

 コカビエルは痛みを感じる間も無く、躱した事実を確認すると同時に、左の槍でフリードを貫きにかかった。

 

 多少軌道がずれたとはいえ、フリードの首を目掛けて来る光の槍。

 

 回避することは、そう難しい事ではない。だが、フリードは敢えて攻める姿勢で行くことにした。

 

 フリーとなった右の手に一振りの魔剣を投影。それで光の槍の柄を横から凪ぐようにはらう。

 

 高い金属音が響き、槍は、その軌道をフリードの身体から外した。

 

 そこを見計らい、左の弓を消し、新たに先ほどの魔剣よりも少々小ぶりではあるが、同じ類の魔剣を投影し、コカビエルへと斬り込んだ。

 

 その2振りの魔剣は、どちらも至近距離限定ではあるが、一度のみ『約束された勝利の剣』と似たり寄ったりの威力を生み出す。謂わば、対城ではなく、対人のエクスカリバーだ。

 

 真名と共に斬れば、対象を確実に殺しきるであろう一撃へと変わる。

 

 まだ、真名を解放していないとは言え、コカビエルにもこの脅威は十分に伝わっているらしく、バックステップをすることで、紙一重といった具合にこれを躱した。

 

 ……だが、逃がさねぇっすよぉ!

 

 フリードは、斬り込みの際に、重心を深くその方向へと倒し、次の踏み込みのための加速へと繋いだ。

 

 両の魔剣を構え、コカビエルの懐に一歩で踏み込む。

 

 コカビエルは、光の槍で追撃を防ごうとするが、槍の弱点は、リーチの効かない懐に入られること。

 

 それを理解したのだろう。

 

 ……ま、そうくるでしょーな。

 

 コカビエルは、もう一度後方に大きくバックステップをした。10翼の黒翼を使い、瞬時に距離を稼ぐべく動く。

 

 それと同時に、光の槍をフリードに全力で投擲した。

 

 やはり、堕天使幹部というのは一筋縄では行かないらしい。

 

 フリードは震脚を踏みながら、無理矢理その場に踏み止まり、音速などとうに超え、宇宙速度に匹敵しそうな槍の投擲を、苦もなく一振りの元に弾いた。

 

 それだけでは終わらず、コカビエルから幾つもの魔力弾が放たれる。

 

 一つ一つはそう脅威とはなりえない。

 

 フリードは両の魔剣を巧みに操り、迫る魔力弾の悉くをいなしていく。

 

 その間、コカビエルは右腕の修復に取り掛かりつつ、自分の真上に多大な魔力を圧縮させた、通常の10倍はあるであろう光の槍を造っていた。

 

 ……ふむ、そうきちゃいましたか。四肢の修復にかける魔力は相当なモンですしおすし、追撃の方に集中しつつ、片方の真名を解放してあのクソデケェ槍を相殺しやしょーかね。

 

 魔力弾が弾幕に近いレベルとなってきた。

 

 ……質より量。時間稼ぎですよねぇ。

 

 なら、付き合う義理はない。

 

 フリードは、弾幕の奥にいるコカビエルに向かって駆けた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……この中を攻めてくるか……!

 

 コカビエルは魔力弾を控え、向かって来るフリードへと特大の光の槍を投擲した。

 

 その質量は、この街を軽々破壊するもの。

 

 コカビエルが両腕を使い、全力で降り下ろさなければ投げることもできない質量だ。

 

 天から地へ。街ごと殺す気で光の槍は投擲された。

 

「街ごと呑まれろ、フリード……!」

 

 

 

 ○

 

 

 

 リアスは、内心ハラハラしながら戦いの行方を観ていた。

 

 イッセーは「大丈夫です」の一点張りだが、あの光の槍の質量は、正直ヤバい。

 

 フリードはそれに向かって大地を蹴り、一直線に向かって行く。

 

 ……あれに対抗出来るのは、さっきの宝具だけのような気がするけれど。

 

 激突の瞬間、コカビエルの顔がこれ以上無いというほど歪んだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……この程度で呑まれろはないっすわ旦那ぁ。

 

 片方の魔剣に魔力を込めながらグランドの土を蹴り、向かい来る槍へと前進していく。

 

 大気の水蒸気が蒸発しているのか、光の槍からは白い煙が湯気のように流れ出ていた。

 

 成る程、この質量ならば街を完全に吞み込む大災害を産むだろう。

 

 だが、そんな厄災の産ぶ声など聞きたくはない。

 

 ……真正面からブチ抜いてやるっすよ。

 

 魔剣使いの結菜の顔が、驚愕の表情になっているのが分かる。

 

 フリードの魔力を吸った魔剣の力に魅了されたのかは不明だが、少なくとも、その感情は羨望に近いものだった。

 

「ったく、こんだけギャラリー多いと俺っちも滾っちまうねぇオイ!」

 

 テンション上がってきた。

 

 ノリノリの気分で真名を解放する。

 

「『大なる激情(モラルタ)』!」

 

 暴走したかのように、フリードの魔剣から漏れる魔力が膨れ上がり、相手を殺しきる為の魔剣の本当の姿を顕現させた。

 

 その力を、正面からブチ込む。

 

 2つの力が衝突し、星を揺るがす一撃へと変わったそれは、新たに張られた結界にヒビを与えるものとなった。

 

 しかし、それも数秒と続かず、2色の輝きは、1色に染められることになる。

 

 フリードの魔剣『大なる激情(モラルタ)』によって、コカビエルの特大光の槍の力を吹っ飛ばしたのだ。

 

 だが、両者にリアクションの時間は与えられない。

 

「おお……!」

「ハッ……!」

 

 コカビエルとフリードは、空中で鍔迫り合いとなっていたからだ。

 

 歯噛みするコカビエルに、好戦的な笑みのフリード。

 

 しかし、空中での攻勢は、上空から落下の衝撃を乗せたコカビエルに軍配が上がった。

 

 フリードは残った魔剣を両手で握り、コカビエルの膂力に負けぬよう踏ん張っていたが、流石に地べたに脚が着かねば、踏み止まれる一撃にも負ける。

 

 フリードは、空中からグランドに勢い良く身体を押し飛ばされた。

 

 その時、フリードの持つ魔剣の刀身が砕け、柄のみの姿となる。

 

「こいつも遠慮無く貰っていけ……!」

 

 コカビエルは油断なく、押し切ったことを少しもプラスに考えずに、自身の全力を惜しげもなく発揮した。

 

 その手に握られているのは光の槍に変わりはない。

 

 だが、その色は黄金ではなく青白さを強調していた。

 

 コカビエルの周囲の空間が歪むほどの魔力を圧縮し、槍の形状を成すプラズマへと変換する。

 

「死ね」

 

 グランドに衝撃を殺すように着地したフリードは、新たな武器を投影せず、砕けた魔剣の柄を握りしめている。

 

 これほどのチャンスは、もう巡ってこないはずだ。

 

 ……これで───終わらせる。

 

「───『怒り狂える天雷(ゴルディバ)』」

 

 コカビエルは、自身最大の切り札をフリードへとブチ込んだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

「待ってたっすわ、本気の一撃」

 

 未だ、着地の衝撃から抜け出せないフリードは、その輝きを見つめつつ、冷静に呟いた。

 

 そして、砕けた魔剣の柄を両手で握り、滑らせるように右脚を引く。

 

 姿勢は低く、魔剣も右側に構えた。

 

 リアスたちの焦った声が聞こえる。

 

 当たり前だ。どう見ても、フリードが敗北する局面にしか見えないのだから。

 

 コカビエルから感じる戦意に衰えは無い。

 

 フリードの行動の感じるものがあるのだろう。

 

 ……何のために刀身を砕いたか、教えやんよ。

 

 迫る脅威に、フリードはこれ以上無いほど冷静に、手の魔剣に魔力を込めた。

 

 何故、フリードが新たな宝具を投影しないのか。

 

 その理由は単純で、する必要がないからだ。

 

 宝具にも、その真なる力の解放に条件があるものがある。

 

 その一つが、フリードの握る魔剣───『小なる激情(ベガルタ)』だ。

 

 先ほど放った『大なる激情(モラルタ)』に名前負けしているようではあるが、この宝具は、刀身が砕け、柄のみの状態になった時に真名を解放すれば、超至近距離ではあるが、『大なる激情(モラルタ)』を超えた斬撃を産みだす諸刃の剣。

 

 本来であれば、その真名が解放できるのは一度切りである。

 

 だが、宝具を投影(・・)し、尚且つその真名を解放して扱うことのできるフリードは、魔力が尽きぬ限り、何度でも創造することが可能だ。

 

 一度のみの究極の斬撃を、何度も使用することが可能となっているのだ。

 

 勿論、そのためには、必要最低限の条件をクリアしなければならないが、今、手元にある魔剣は、その条件をクリアし、今にもその真価を発揮する準備が出来ている。

 

 だから、フリードは、コカビエルの奥の手に対し、なんの恐れも抱くことなく、その魔剣による究極の斬撃を放った。

 

「唸れ───『小なる激情(ベガルタ)』!」

 

 脈打つように砕けた刀身が、フリードの呼び声に呼応する。

 

 柄から産まれた一刀の斬撃は、見事にコカビエルの奥の手を相殺した。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……こんな……ことが、あり得るのか?

 

 完璧過ぎるほど、綺麗に相殺しあった二つの力。

 

 コカビエルには分かる。

 

 ……フリードは、手を抜いていた。

 

 そう。己の最強の技を前に、周囲への被害を考え、力を相殺させることで、街を軽々破壊し尽くすであろうコカビエルの一撃による衝撃を消したのだ。

 

 少しでも込める力を間違えれば、その衝撃は街中にまで流れ込み、全てを焦土と化していただろう。

 

 ……こいつ、俺の力量を遥かに上回っている、だと!?

 

 信じられない。

 

 たかが、10年と少ししか生きていない餓鬼に、かの大戦すらも経験した歴代の猛者であるコカビエルが弄ばれたという事実。

 

 それを、コカビエルは認めることが出来なかった。

 

 内から込み上げる怒りは、自身のプライドをこれでもかというほど貶されたことから、全身を痙攣させるように震えることでその大きさを表している。

 

 眼下では、先の二振りの魔剣を投影し直したフリードが、余裕の表情で立っていた。

 

 街が破壊されるまで、あと5分を切っている。

 

 このままではジリ貧。ならば、殺されないよう時間を稼ぎ、術式で街と共に瓦礫の底に眠らせてもいい。

 

 コカビエルは、怒り狂う感情を、残り少ない理性で抑え込み、勝率の高い手段で行こうとした。

 

「だぁんなぁ。まさか、今の切り札真っ向から破られて焦ってます?その鳥頭に詰まっている知識なんて使い物になりやせんぜ?三下が幾ら捻ったところで、一流には勝てないんすわ」

 

 その言葉に、コカビエルの動きが止まる。

 

 それは、コカビエルにとって、この上無い侮辱だったからだ。

 

 ……この男、今、俺のことを三下に鳥頭と言ったか?

 

 脳内で繰り返しリピートされるフリードの罵倒。

 

 時間にしてみれば5秒とない沈黙の中、怒りに震えていた身体がその動きを止めた。

 

 刹那、コカビエルの中の感情が、爆発した。

 

「貴様ァァァァァァアアアアアアッ!!」

 

 コカビエルは最後の理性を捨て、フリードへと突っ込んだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 フリードは、両の手の魔剣を構えつつ、迫り来る理性の欠片も失くしてしまった堕天使の動きを見ていた。

 

 暴走による影響か、10翼の黒翼がそのリーチを自在に変化させてフリードを狙っている。恐らく切り札が効かなかった時のために残した、時間稼ぎのための戦術だったようだが、理性を失くしたコカビエルには、ただフリードを殺すためにその10翼を操っているためか、その標的はフリード1人を対象としていた。

 

「ハッ……所詮は鳥頭じゃねぇですか」

 

 その罵倒に反応するようにコカビエルが吼えた。

 

「アアアァァァァaaaaaaaaッ!」

 

 その咆哮すら獣のそれに近しくなりながら、10翼の黒翼でフリードを全方位から囲む。

 

 重い質量で無理に刺突を繰り出してきた。

 

 例えるなら、鉄骨を用いた高速の石突き。貫通と殴打の2種類で、フリードを殺しにかかってきていた。

 

 だから、フリードは正面から防がず、一翼一翼の側面を魔剣で叩き、或いは翼に沿って魔剣を滑らせるように動かすことで、全方位からの暴力をいなした。

 

 舞を踊るように捌き続けるフリード。そこで、翼の軌道に微妙なズレが生じていることに気づいた。

 

 暴走気味のコカビエルが、光の剣で白兵戦を仕掛けて来たのである。

 

 合計11の武器に、時折コカビエルから放たれる魔力弾。

 

 神父服を靡かせながら、コカビエルの攻撃に対応するフリードは思った。

 

 ……この鳥頭、暴走した方が強いじゃねぇかよ。

 

 少し挑発しすぎたか、と反省しつつ、コカビエルの暴力を後退しながら防いでいく。

 

 両サイドから襲い来る翼に、両手の魔剣で斬撃を浴びせて軌道をズラし、間髪入れずに身体を反時計周りに回転させた。

 

 正面から一点を定めて刺突しにきた4翼に、回転の力を加えた両の魔剣を叩きつけることで左に逸らす。

 

 その際に、回転仕切るのではなく、左脚に力を込めて震脚を踏み、コカビエルが左から放った袈裟斬りを右の魔剣で弾いた。

 

 多少力を込め、少しでもコカビエルの重心を逸らす。

 

 そして、真上からフリードを串刺しにしようと高速で迫る4翼をバックステップで回避した。

 

「AAAAAAAaaaaaaa!!」

 

 決定打を与えれないことに苛立ったコカビエルは、距離の空いたフリードに黒翼を伸ばす。

 

 それに対し、フリードは両の魔剣を投擲した。

 

 ナイフを投げるように一直線に投げられた魔剣は、先陣を切った2翼に衝突した瞬間、意図的に魔力を暴走させたかのように大きな爆発を産み、2翼を破壊した。

 

「AAAAAAAAaaaaaa!?」

 

 激痛に叫びながらも、残りの8翼をフリードへと走らせる。

 

 それに対し、フリードが次に投影したのは弓だ。

 

 瞬時に翼の軌道線上に8本の矢を放ち、先ほど同様の魔力の暴走による爆発を起こす。

 

「AAAAAAAAAaaaaaaa!」

 

 ついに、全ての翼を傷つけられたコカビエルは、光の剣を携えてフリードへと駆ける。

 

 理性を失くしたコカビエルの動きは、それでも俊速と言えるほどの加速を生み、フリードの目の前で剣を振りかぶった。

 

 ならば、と。フリードは弓を消し、大小2振りの魔剣を投影し、左の小魔剣を逆手持ちにし、今度は時計回りに高速回転を行う。

 

 コカビエルが振り下ろした光の剣に逆手の魔剣を当てて、真上へと弾いた。

 

 ……終わりだぜ、旦那。

 

 その回転力を殺さず、コカビエルの左側に大きく踏み出す。

 

 右の魔剣が、コカビエルの右脇腹から左肩にかけての逆袈裟斬りを放った。

 

 

 

 ○

 

 

 

「カッ……!?」

 

 コカビエルの身体は繋がっているが、一目で致命傷と分かる深さの傷からドス黒い血が流れ落ちており、手練れの回復術式でなければ、あと数分の灯火となっている。

 

 崩れるように膝を落とし、グランドに向かって喀血すらしていた。

 

 その様子から、フリードは己の完全勝利を確信する。

 

「頭は冷えやしたか、旦那?───俺っちの勝ちっすよ」

「……ああ、俺の、負けのようだ」

 

 掠れた声で、絞り出すように吐き出されたコカビエルの言葉は、それでも、背を向けているフリードの耳にこれ以上無いほど鮮明に聞き取ることができた。

 

「随分と潔い宣言じゃねぇですかい旦那。もっと駄々こねると思ってたんだけどなぁ?」

「ハッ……バカを言え。俺とて最古参のプライドがある。誰の目から見ても、貴様の圧勝だろう」

 

 満足とでも言いたげなコカビエルの言葉。顔は見ていないが、その表情も同じように安らかであるように感じる。

 

 ……ったく、こんなの俺っちの役目じゃねぇっての。

 

 思わず溜め息を吐きたくなる。

 

 そこへ、コカビエルから声がかかった。

 

「街を破壊する術式は解除された。全く、計画をここまで急いてまで火種を作ろうとしたんだがな、いつも最期は呆気ない結果で終わる」

「同情はしねぇよ?数ある傭兵の中から俺っちを選んだのはあんたらなんすから。それに、戦争起こすまでもないっしょ?」

「……そうだな。全力を出して負けるなど、何時ぶりか……」

 

 リアスたちが何やら喚いているのが聞こえる。

 

 そろそろ、終わらせよう。

 

 コカビエルも同じことを考えていたらしく、苦しそうに、グランドに血の海を広げながらゆっくりと立ち上がった。

 

「永年、渇きに渇ききった旦那も、流石に潤ったんじゃないっすかね?」

 

 その言葉に、クツクツと肩を震わせて笑いを嚙み殺すコカビエル。

 

「慣れないことはよせ、フリード。下手な同情など、何の糧にもならん。だが、そうだな、

 ───もう、十分に現世を楽しんだ。次は、煉獄の中にでもこの身を投じるとするか」

 

 その言葉が、戦いの決着を決める、最後の合図となった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 一瞬だった。

 

 両者が背を向けた状態から、反時計回りに回転。

 

 向き合った両者は、手の中の獲物にて、相手の命を断つべく一直線に距離を詰める。

 

 光の剣と2振りの魔剣が交差し、刹那の殺し合いの敗者の首がグランドの宙を舞い、頭部を失った断面部から、噴水のような血を噴出させた。

 

 力無く倒れる首無しの死体。

 

 その直ぐそばに、敗者───堕天使コカビエルの頭部が落ちてくる。

 

 血に濡れたその顔はしかし、酷く満足げな表情であった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 リアスは、その確かな決着を、一切視線を逸らさずに見送った。

 

 堕天使の幹部を圧倒した実力者であるフリードは、両手の魔剣を霧散させて此方へと歩いてくる。

 

 終わったのだ。

 

 ……私、今回何もしてないじゃない……。

 

 美味しいところを全部フリードに持って行かれた気がする。

 

 分かっているのだ。此方はフリードに助けられた身。本当は感謝しなければならないということに。

 

 ……むぅ……でも、何かしらね、この不完全燃焼感というか、何というか言葉にしにくいものは。

 

 その時、切彦が笑顔で歩いてくるフリードに向かって、死角をついた全力のシャイニングウィザードをフリードの側頭部に極めた。

 

「kiss my ass!」

「グハァッ!?」

 

 思わずガッツポーズを決めてしまったリアス。すぐに止めたが、誰にも見られていないことを願う。

 

 ……でもあれ、死んだんじゃないかしら?

 

 

 

 ○

 

 

 

「ねぇ、アルビオン」

『どうした?』

「もしかしなくても私、出遅れちゃった?」

『そうだな』

「どうしよう……アザゼル怒っちゃう」

『まぁ、寝坊して遅刻したとあれば流石にな』

「お尻叩かれちゃうの……?」

『涙目になるな相棒。あと、アザゼルがそんな奇行に走ったことはないだろう?』

「でも、コカビエル死んじゃってるよ?」

『まぁ、彼奴が破れる強さを持った神父には驚かされたな』

「じゃあ、私いる必要ないよね?アザゼル怒るかもしれないけど、回収予定のコカビエルは死んじゃったってことで報告するしかないし」

『まぁ待て。ちと懐かしい顔がいてな。少しだけ顔を出させてくれ』

「えー」

『怒りを鎮めるよう、私からアザゼルに打診してやるから』

「行こう。すぐに行こう」

 

 

 

 ○

 

 

 

 コカビエルという脅威が無くなったことから、結界が解除された直後、ドライグがイッセーに声をかけた。

 

『ふむ、相棒。懐かしい顔がいる』

 

 ……懐かしい顔?

 

 怪訝そうな表情で辺りを見回すが、ドライグにとって懐かしい顔で頭に思い浮かぶのは、

 

 ……例の『白いの』?

 

『その通りだ。気配を消そうと、対なる俺たちは互いを引き寄せあっているようなもの。俺たちは自分の存在を教え合っているのと同じなのさ』

 

 ……自分の意志とは裏腹に?

 

『ああ。まぁ、上を見ていろ。現れるぞ』

 

 イッセーは星の輝く夜空を見上げた。そこで、頼りなさそうな飛行をする白い少女が見えた。

 

 どうも、自信の無さそうな印象を受ける雰囲気だが、彼女は、真っ直ぐにイッセーを見ている。

 

 倒れているフリード以外、全員が彼女に目を向けていた。

 

 特別警戒はしていないが、切彦だけが、軽く出刃包丁を握っているのが見える。

 

 彼女から感じる気配で、イッセーはようやく合点がいった。

 

 ……確かに、龍の気配がする。

 

 彼女から───正確には彼女の中に存在する龍から声をかけられた。

 

『久し振りだな、赤いの』




誤字脱字等の御報告、または御感想お待ちしています。

ちなみに、フリードの使う宝具に関しては、なるべくエミヤ師匠と違う宝具を使わせたいと考えています。

話で出てきた『大なる激情』と『小なる激情』は、ディルムッド君が所持している魔剣であり、構造は作者の想像で描写しています。凄いざっくりですが、とりあえず、大なるは大きく、小なるは小さく、モンハンに登場するオーダーレイピア的な双剣で良いんじゃないかなみたいな感じです。

まぁ、フリードが最も得意とする武器が剣と決まった訳ではありませんから、とりあえずはこんな設定でいきたいと考えています。

何かリクエストがありましたら、この無知な作者にお教え頂けると幸いです。

しかし、コカビエルを殺すことになってしまった……。

白龍皇の登場が……。

ですが、何とかします。ええ、してみせますとも。

また、次回でお会いしましょう。


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その身に宿すは……

どうも虹好きです。

今回は6000文字もいってません。短いです。

白龍皇が可愛い可愛い女の子になっちゃいました。

後悔はしていません。

この話で、ようやくこの話のタイトルの意味がほんの少しだけ記されます。

本当意味不明ですよね、希望と絶望を司るとか。


「久し振りの我が家、といったところか?」

「ただいまくらい言え馬鹿者」

「すまないな、久し振りすぎたものだから、少しばかり感傷に浸っていた───いくつになっても厨二病から抜け出せない、可哀想な友人を見ると、ついな」

「施設に対してではなく、俺に対して感傷に浸っていたと?帰ってきて早々地獄に送られたいか?貴様」

「冗談だ冗談。そうまに受けないでくれたまえ鳳凰院凶真殿」

「……まぁいい。さっさと入って手伝え」

「何だ?たった今一仕事を終えて来たばかりなんだが、また厄介ごとか?」

「夕乃が不貞腐れてしまってな。正直、俺には荷が重い。お前の助力を乞いたいのだ」

「やれやれ、相変わらず人遣いが荒いな」

 

 

 

 ○

 

 

 

『ああ、そうだな白いの』

 

 空中から此方を見下ろしている彼女は、その視線をイッセーにのみ集中させていた。

 

 初対面の異性に、ジロジロと見られるのは、正直むず痒いものであり、イッセーはしかめっ面になってしまう。

 

 どこかのバカが、全力で「その気持ち、痛いほど分かるぞ」と視線で訴えてくる気がするが、気のせいだ。

 

 ……『ヒステリアモード』切れたのか。

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 彼女は、まるでイッセーを品定めするかのように、表情一つ動かすことなく視線を固定している。

 

『此度の相対は異性となったか』

『確かに、基本的に同性での相対が多かったな。だが、これも一つの運命。ハンデなどと考えるなよ、白いの』

『安心しろ赤いの。今回の白龍皇は、───歴代最強だ』

 

 赤と白の、対を成す二天龍。

 

 本人たちからすれば、他愛の無い世間話であるだろうが、その言葉の一つ一つから発せられる重圧は、この空間を支配するに値するものだ。

 

 白の天龍が断言した、『歴代最強』の言葉に偽りは感じられない。

 

 見た目とは裏腹に、彼女はかなりの強者らしい。

 

 その言葉に反応しない赤の天龍───ドライグが臆したとでも思ったのか、白の天龍は言葉を繋げた。

 

『そちらはどうだ、赤いの。私には違和感を感じるものの、底が見えないのだが』

 

 リアスたちがイッセーに顔を向けた。イッセーの中にいるドライグの言葉を待つ。

 

 "二天龍の力を受け継ぎし者は皆、互いを殺し合う運命にある"。

 

 此度の殺し合いにて、白の天龍は、これまでにないほどの切り札を引き当ててしまった。

 

 その切り札に対し、相手をする価値があるか否かを問いているのだ。

 

 リアスたちの顔には不安げな表情が張り付いていていた。

 

 だが、そんな不安は、ドライグの言葉で瞬時に消し飛ばされることになる。

 

『奇遇だな白いの。此度の俺の宿主も、"過去未来おいて無敵"の赤龍帝だ』

『───……』

 

 白の天龍が、沈黙した。彼女の顔も、一瞬だけ呆然としたような表情を見せ、慌てて先ほどの顔に戻していた。今のが素か。

 

『赤いの、自分が言った意味を理解しているのか?撤回は許さんぞ?』

『撤回する意味が分からんな。事実を述べただけだ』

『"過去未来おいて無敵"だと?あり得ん』

『まぁ、まだお前は分からんかもしれんな』

『何だ?我らの間に隠し事は無しのはずだが?』

『ならば、まずお前の素を表に出せ。そうしたらヒントくらいやろう』

 

 そこで、イッセーは疑問を感じた。

 

 どうも、白の天龍は自身の性格を偽っているように感じるが、あんな紳士的な口調の天龍が実は粗野で凶暴な口調のはずなど───

 

『キハハハハッ!ンだよ連れねェなァオイ!一応、テメェの前以外じゃあの性格貫き通してんだぜ?あっちもあっちでちゃんとした素の俺だっつーの』

 

 ───コレが素か。

 

『オラ赤いの!この空気どうしてくれんだ!?目ェまん丸に開いて心ここにあらずじゃねェかよアァ!?」

『それだけお前の豹変ぶりは目を見張るものがあるのさ』

 

 満場一致で首を縦にふる。彼女もポーカーフェイスに限界がきたのか、オロオロとした表情で視線を泳がせ始めた。

 

「コラッ、みんなビックリしてるよ?アルビオンのせいで」

『そいつァいただけねェな。誰にでも表の顔や裏の顔ってのはあるモンだぜ?』

「でも、アルビオンのはその……強烈すぎるというか」

『ンなこと気にすんじゃねェ!』

「ひぅっ……ゴメンなしゃい」

 

 ……アレが、運命の相手、か。

 

『相棒、遠い目をするな。辛い現実を受け止めることも、時には必要なんだ』

「でも、アレで歴代最強なんだろ?」

『ああ』

「うーん、どっちかっていうと、歴代ぶっちぎりのアホの子とか、そういうオチじゃないの?」

『全部聞こえてんぞソコォ!』

 

 イッセーは思考を現実に戻し、今を受け入れることにした。

 

 ……え、なんで泣いてるの?

 

『相棒の言葉が原因だな』

 

 何故か、彼女は両手で顔を覆い、啜り泣いているようだった。

 

 白の天龍───アルビオンが苛立った声をあげている。

 

『テメェ、ウチのマイスウィートハニーを泣かせるたァ良い度胸じゃねェか。今すぐブッ殺してや「アルビオンが怒ったぁ〜」……」

「ドライグ?」

『落ち着け相棒。あの子は予想よりも遥かに上を行く猛者だ。心情を読めないのも仕方ない。なんせ、歴代最強なんだからな』

「その言葉を使えば全て解決出来ると思うなよ?」

 

 誤魔化すように言葉を紡ぐドライグに、ドスの効いた声で釘を刺した後、もう一度空を見た。

 

「それで?結局君は何をしに来たんだい?」

『あ、ああ。赤いの、これ以上は良いだろう。さっさと教えろ。今回は顔合わせのみで終わらす予定なんだ』

『そうだな。言ったらさっさと帰るんだぞ?』

『分かっている』

 

 まだ少し涙を溜めている彼女は、端から見ても分かるくらい落ち込んでいた。

 

 一度怒鳴られただけで、ココまで凹むとは、なんともメンタルが低い。

 

 ……本当に最強なのかな?

 

 そんなイッセーの思考を他所に、ドライグは大々的にイッセーに秘められた力の可能性を誇示する。

 

『今代の宿主は、俺を含め、3つ(・・)の力をその身に宿している。その中で、俺と張り合う力の存在が一つ。そして、もう一つは───俺たちが永遠に辿り着けない(・・・・・・・・・・・・・)本当の頂点に位置する力だ。相棒の身体の中に巡る力を数字で表すのなら、1:1:8と言える』

『───』

 

 言葉を失う、とはまさにこのことを言うのだろう。

 

 リアスたちですら、ドライグが口にした言葉の意味を理解しきれていない。

 

 イッセーの身体の中に眠る力は、岡部とドライグが協力しあって漸くその尻尾を掴んだもの。名前すら定かではなく、イッセー自身に何らかの形で接触を図ることもない。

 

 ただ分かるのは、イッセーの身体の最深部には、その圧倒的な力が眠ってるということだけ。

 

 そして何よりもアルビオンが驚いたことは、ドライグが己の力を謙遜したことにあった。

 

『赤いの、本気か?』

『本気だとも。同じ身体の中にいるのだ。お前もここに来れば分かる。───己の矮小さに、恥すら忘れることになるぞ』

『……一体、そいつの身体の中に居るのは何なんだ?』

『分からん。アレだけ圧倒的な力を見せつけておきながら、俺たちの前には姿すら見せんからな』

 

 淡々と、あくまで淡々と喋るドライグ。

 

『俺と同等か、瞬間的になら俺を凌駕する存在もいるしな。この時点で、相棒は歴代最強だ。それに加え……この得体の知れない奴も相棒に力を貸せば、相棒は無敵(・・)だ。最も強いでは無い、戦う敵が、いなくなる。

 まぁ、こいつはいつ出てくるかも分からんから、俺は勝手にこう呼んでいる。

 ───希望と絶望(・・・・・)、とな』

 

 

 

 ○

 

 

 

『我らが永遠に辿り着けない頂点というのも、本気のようだな』

『太陽にとって地球とは、米粒ほどの存在らしい。なぁ、白いの。

 地球と太陽が衝突して、地球に軍配が上がると思うか?』

 

 それだけで、もう十分だった。

 

『ハッ、ハハハハハッ!今代の戦い、楽しみになってきやがったなァ、赤いのォ!』

 

 アルビオンは唐突に笑い出し、本性を剥き出して大いに笑う。

 

 二天龍とまで謳われた自分達を超える存在など、【無限】と【夢幻】のみだと思っていた。

 

 しかし、今目の前にいる男の中に、それすらも超えるであろう存在が息を潜めている。

 

『早く殺りあいてェモンだ!』

 

 狂ったように笑うアルビオン。それだけ強者に渇望していたのだ。

 

 楽しみであったドライグとの戦い。その楽しみが、3倍に増えた。

 

 最高だ。

 

『多分だが、近いうちに一度はテメェとぶつかるはずだ。ったくよォ、今すぐにでも殺りてェのは山々だが、こちとらそこで死んでるカラスの報告をしなきゃならねェ。ああ、でも今すぐに殺りてェ……』

 

 恐ろしいまでの高揚感で、理性が飛びそうだ。

 

 そんな、今にも暴走しそうなアルビオンを止めたのは、彼の宿主だった。

 

「アルビオンが怖い……」

 

 その一言で、アルビオンは我に帰った。

 

 

 

 ○

 

 

 

「茶番を見てる気分だ……」

『そう言うな相棒』

 

 目の前で、暴走しかけていたアルビオンが、宿主の表情一つであたふたと焦りまくっている。

 

 怒鳴ったり、冷静になったり、高揚感により暴走しかけたり、情緒不安定すぎる龍だ。

 

 今は一生懸命、宿主を宥めていた。

 

『とりあえず、今日はもう帰った方が良いんじゃないか?白いの』

『う、うむ、そうだな、赤いの』

 

 もしかしたら、あの丁寧な口調は、宿主を怖がらせないために、アルビオンが作った偽りの人格なのではないだろうか?

 

 下手くそすぎるが。

 

 何とか宥めることに成功し、コカビエルの遺体を持った彼女は、最後にイッセーの顔を見た。

 

「私、ヴァーリ・ルシファー。あなたの名前は?」

「俺は兵藤一誠。みんなからはイッセーと呼ばれてるけど、好きな呼び方で良いよ」

「じゃあイッセーって呼ぶね。私もヴァーリって呼んで」

「分かった」

 

 それだけ言うと、ゆっくりと飛び去っていく。

 

 怒涛の展開に、幾分か思考がついいて行けていないが、一先ず落ち着いたことだろう。

 

 ……ヴァーリ・ルシファーか。ん?ルシファー?

 

 イッセーは口を挟めずにいたリアスに聞いてみることにした。

 

「部長、俺の勘違いだといいんですが、ルシファーって……」

「いいえ、そんなことよりも聞きたいことは山ほどあるわ。それも重要だけれど、とりあえず、そこでノビてるフリードを連れて帰るわよ」

「え、でも「いいわね?」はい」

 

 リアスの顔が怖い。

 

 

 

 ○

 

 

 

 

『珍しいな、ヴァーリ。お前が自ら名乗るなんて』

「別にいいでしょ。っていうか、話かけないで。私はまだアルビオンのこと許してないから」

『……コレが、反抗期というやつか』

「……怒るよ?」

『スイマセンデシタ』

 

 

 

 ○

 

 

 

「ゴメンなさい、ソーナ。重要な用事ができてしまって、魔王様にはあなたから状況を伝えて欲しいの」

「それぐらいなら全然構わないわ。でも驚きよ、まさか、本当に倒してしまうなんて」

「……私は何もしてないけど」

「何か言った?リアス」

「いいえ。とりあえずお願いね」

「ええ」

 

 無事にコカビエルを倒したというリアスを労いつつ、後始末を全て請け負ったソーナ。

 

 途中、聴き取れないところがあったが、問題は無いだろう。

 

 それよりも、かなりの激戦であったため、すぐにでも親友には戦いの傷を癒してほしいという気持ちが大きかった。

 

 ……張り直した結界を再び破壊されそうになったのだし、相当疲労が溜まっているはず。

 

 帰っていくリアスとその眷属。心配の種であったキンジと切彦も無事だったようだ。

 

 キンジと目が合う。申し訳なさそうに目を逸らされた。ソーナ自身も、頬が上気していることが分かる。

 

 その様子を見た匙が、キンジに憤りの視線を送るが、華麗にスルーされた。

 

 ……そういえば、兵藤君に背負われているのは、フリード・セルゼン?彼は敵じゃないのかしら?

 

 気絶しているようなので触れずにいたが、リアスはどうするつもりなのだろう?

 

 

 

 ○

 

 

 

「終わった、か……」

 

 思った以上に、潔い幕引きであったと、レッドキャップ───赤馬隻は思う。

 

 結界が完全に消えたことを確認し、電柱から飛び降りた。

 

 エミヤに付けられた傷の回復には、数日を必要とする。

 

 次の戦いまでには、万全の体調へと戻しておかなければならない。

 

 ……それにしても、戦い奴が多すぎるな。

 

 今回は惨敗だった。だが、次は違う。

 

 歩く度に、全身に走る激痛を物ともせず、隻は、暗い夜の空に向かって嗤った。

 

「ああ、鬼神と悪神、どちらが強いのかな」

 

 そう零し、隻眼は闇の中へと消えた。

 

 

 

 ○

 

 

 

「久し振りだな、イッセーにキンジに切彦、そしてバカ弟子。

 君たちとは初対面だな。初めまして、私はエミヤと言う」

 

 イッセーたちが施設に帰ると、懐かしい顔がいた。

 

 エプロンを身につけている様子から、料理を作っていたらしい。

 

「帰ってきてたんですね、エミヤさん」

「ああ、ついさっきな」

「おいフリード、隠れる必要ないだろ」

「いやちょっと匿ってキンジ君。マジでマジで、お師匠さん怒ってる気がする」

「……お久しぶりです」

「よしバカ弟子、明日にでも手合わせをしてやろう。偶には腕が鈍ってないか確認しなければな」

「ホラァッ!絶対そいやって俺っちを半殺しにするんだぁ!」

 

 自業自得。

 

「フリードさんも帰ってきたんですね。お久しぶりです」

 

 夕乃も玄関に来た。人数の多さに少し驚いているようだったが、笑顔で招き入れてくれる。

 

 フリードは、夕乃に泣きついていた。

 

「夕乃さぁん、お師匠さんが俺っちをイジメるぅ」

「フリードさん、自業自得って言葉、知ってますよね?」

「俺っちの味方がいない件について」

 

 言葉に一刀両断され、その場に崩れたフリードに、リアスたちも苦笑いしか返せない。

 

「とりあえず、皆さんでいらしたということは、積もるお話があるということですよね?料理を準備していますので、中でゆっくりとしていってください」

 

 

 

 ○

 

 

 

「さぁ、何から聞くことにしましょうか」

 

 リビングで一息つくと、リアスはすぐに話を切り出してきた。

 

 岡部とジョーカーもリビングで椅子に座っており、施設内にいる人は、全てリビングに集合している。

 

「フリード君、久し振りやなぁ」

「まさか、エミヤと同じ日に帰ってくるとはな。傭兵稼業に疲れたか?」

「疲れた訳じゃないんすけど、だいぶ金は稼いだし、そろそろ施設に帰ろうかと思ったんすよ」

 

 久し振りの再会に、ジョーカーと岡部とフリードは話が弾んでいた。

 

 リアスは、フリードの横顔をずっと見つめている結菜に気づく。

 

 まずはそこからで良いだろう。ゼノヴィアも聞く気満々のようだし。

 

「フリード。話し込み中失礼するけど、あなたの話から聞かせてもらうわ。良いわね?」

「お?良いっすよ〜。と言っても、俺っちの話を一番聞きたいのは結菜ちゃんっしょ?結菜ちゃんの質問に答えよーじゃあーりませんか」

 

 すっかりいつもの調子を取り戻したフリード。

 

 リアスは結菜の顔を見て、軽く頷いた。

 

 好きにしろ、と。

 

 その意を汲み取った結菜は、フリードに視線を向けた。

 

「フリード、【聖剣計画】のことについて、君の知る全てを教えてもらえないかな?」




誤字脱字等のご指摘、または感想、お待ちしています。

勘の良い方ならば、イッセーの中に眠る力を読み解くことが出来るかもしれません。

それと、何かリクエストなどがございましたら、話のネタにするかもしれないので、感想にて教えて頂けると幸いです。

この場面なら、このキャラを沢山使うべきとか、他作キャラ(作者が分かる範囲で)で出して欲しいキャラがおりましたら、教えて頂けると嬉しいです。

決してネタ切れではありませんハイ。

女体化ヴァーリちゃんの容姿はどうしようか迷い中です。

では、また次回でお会いしましょう。


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強き意志の下、仲間は集う

どうも虹好きです。

ちょっと間が空いたのは、FGOの第七特異点を楽しんだり、色んな小説を漁ったりしてたのが理由です。

とりあえず、この話にて3巻完結……のはず。

それと、聖剣計画についての間話を挟もうかと考えたのですが、大体想像つくのではないか思い、本編の最初にその時の描写を軽く描くのみで終えています。

どこかで挟んでもいいのですが、それも、読みたいというリクエストがあれば描く、という形でいこうと思います。


 ───そうか、ココは地獄だ。

 

 ───ここまで、世界は腐っていたんだ。

 

「───師匠さんのいう、【正義の味方】の難しさっての?今ならすげぇ分かる気がするわ。きっと、俺っちもこんな地獄から救われたんだよな」

 

 ───何が主は我らを導いてくれるだ。そんな綺麗事を並べていた張本人共が、こんな絶望を見せつけておいて、どの面を下げて神を崇めよと言い張る?

 

「───いや、違うな。もしかしたら、こいつが世界の真理なのかもしれねぇ。こんな話を聞いたことがあるんすよ。この世界に、真っ白な人間など存在していない。逆に、真っ黒な人間もまた、この世には存在していないってね」

 

 ───おいおい、何で後退る必要がある?語りかけているだけだぞ?

 

「どんなクソ犯罪者、あんたら風に言えば、悪魔か?まぁそんな奴等を悪と切り捨ててっけど、そんな奴等にも、白いところってのは存在してんすよ。どんなに小さなことでも良い。例えば、道端のゴミを拾うとかでもね。

 それと同様に、あんたらのような白い人間にも、黒いところってのは存在してるわけだ。

 ───俺っちからすりゃ、あんたらのしたことは重犯罪と何ら変わらねぇ、真っ黒そのものなんですけどねぇ」

 

 ───怯えたように此方を見つめる瞳。そして、力無く腰に縋り付いてくる重み。

 

 ───その中で、独り、加害者達へと和かに嗤いかける。

 

「ああ、何も言わなくていいぜぇ?むしろ喋られたら、その口閉じるために全力出しちゃうよ俺っち。どっちにしろ死ぬことに変わりはねぇわけですがねぇ」

 

 ───腰の重みを優しく撫でる。意識が朦朧としており、見上げる目は虚ろなモノだが、しがみ付く力が少しだけ強くなった気がした。

 

 ───この時のために鍛え上げた力。圧倒的な正義を執行する力。

 

「悪りぃんすけど、俺っち、キレてるんですわ。あんたらの私利私欲のためだけに利用された魂、今だけその全てを背負い、あんたらに苦痛を刻む刃になってやんよ」

 

 ───こいつらが求めた力は偽りのものにすぎない。ならば、ここで限りなく本物に近い品を用意してやろう。

 

「I am the bone of my sword. 」

 

 ───驚いたか?コレが、あんたらが辿り着こうとした果ての輝きだ。

 

 ───地獄に、悪を貫く眩さが産まれた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……あの時の話を全部ときたかぁ……。

 

 予想はしていたけど、とフリードは唸る。

 

 結菜の希望には応えたいと考えていた。しかし、極端に端折らなければ、長話になるのは確実。

 

 ……でも、結菜ちゃんには伝えなきゃいけないこともあるしなぁ……。

 

 結菜の顔が、少し悲しみを帯びていた。フリードが難しい顔をしているからだろう。

 

 仕方が無い。

 

 キッチンの方の師匠に軽く目配せをする。師匠は何も言わず、小さく頷いた。

 

「……あー、ちと長くなるんで、全てってのは今度、時間あるときにゆっくり話しますわ。ただ、それに関して、俺っちからも結菜ちゃんに伝えなきゃいけないことがあるんすよ」

「うん。それでいい」

 

 結菜が頷いた。

 

「んじゃ許可も頂きましたし、言いましょーかね」

 

 フリードは一呼吸入れた。

 

「あの時の言葉は本当っす。【聖剣計画】を根絶やしにしたのは俺っち。んで、それと同時に教会のエクソシストも綺麗サッパリ引退しますた」

 

 結菜、ゼノヴィア、アーシアと、元教会関係のメンバーが息を飲んだ。

 

 それだけでは終わらない。

 

「一番重要なのはここからなんすけど……結菜ちゃん、君、その名前になる前はなんて名前だったか教えてもらっていいっすか?」

「え、うんいいよ。部長からこの名前をもらう前までは、イルミナって名前だったんだけど、もしかして……」

 

 どうやら、結菜はフリードの言わんとしていることを悟ったらしい。恐らく、全く真逆の意味で。

 

 目に涙を溜めている時点で、フリードは少し罰の悪そうな顔をした。

 

「ま、こんな回りくどいことしなくても、結菜ちゃんの代が最後ですしおすし、言いたいことは一つなんですわ。泣きそうなところ本当に悪いんすけどね。

 ───実は、結菜ちゃんと同期のメンバー、全員きっちりかっちり助けますた」

 

 ドヤ顔と共に吐かれた言葉。

 

 コレには結菜たちのみならず、施設のメンバー以外の全員が呆然とした。

 

「いやぁ、どのタイミングでカミングアウトすっか、スゲェ迷ったんだぜ?あんな覚悟を見せられちゃあ、あの場ではなかなか言い出せないっしょ?」

「いや……あの……えっと……」

 

 結菜の気持ちは分かる。

 

 非常に、よく分かる。

 

 今知らされた衝撃の事実を受け止めきれていないのと、同時に溢れ出た疑問の山に思考回路がショートしたのだ。

 

「【聖剣計画】が潰された事件に関しては、被験者も含めて全員死亡したことになっていたが、よく考えれば明らかに裏があるように思える内容だった。実際、あの時君が話した内容ともだいぶ齟齬を生じさせていたし」

 

 考え込むように口を開いたのは、ゼノヴィアだ。

 

「だが、全員助けたと言うのなら、被験者となった者たちは何処に?」

 

 続けて言われたその言葉に、結菜も反応した。

 

「みんながボクを逃がしてくれた時、あの場には毒ガスが大量に散布されてた。逃してもらったボクですら、部長に助けてもらわなければ命を落としていたんだ。

 君は、どうやってみんなを助けてくれたの?」

 

 尤もな質問だ。

 

 そう、フリードは思った。

 

 ただ、

 

「……そんな仔猫みたいに震えて身構えながら聞かなくても良いと思う俺っちなんですけどー」

「こねっ……茶化さないでよっ」

 

 いやだって、その顔はズルい。これが上目使いってやつ?

 

 ……あーらら、クラッときちゃうじゃない。

 

「誰の眷属に色目使ってんのかしら、全く、いい度胸ね」

「部長が殺気立ってるぞイッセー」

「俺にどうしろと?」

 

 よし、真面目に行こう。OK?

 

「助けた方法に関しては、ちょっとした裏技っすわ。まぁ、さっきの戦いでご存知のとーり、俺っちの力見たっしょ?それの応用っつーか、上位互換っつーか、そんな感じで助けたって感じ?

 そんで、神隠しとかなんとか言われてんのは、単純にこの【施設】が運用してる児童養護施設をちょいとひと気の無い、豊かな場所に設けましてね。時たま顔出しに行くと、元気に飛びついてきやすぜ───えっ?」

 

 最後に疑問形が入ったのは、柔らかい抱擁に包まれたからであった。

 

 結菜に抱きつかれたと気づくまで、数秒は費やしただろう。

 

 そして、結菜が涙を流しながら抱きついていることに気づくのは、そのすぐ後だ。

 

「ありがとう……本当に、ありがとうっ」

 

 柔らかく、いい匂いをさせる髪が、顔のすぐ近くにまで接近している。されるがままになってはいるが、この場合、どういう反応が正解なのかフリードにはよく分からなかった。

 

 ……What、What、What!?なんだなんだよなんなんですかァ!?

 

 首だけを動かし、イッセーへと助けを求める。

 

 こんなシチュエーション予想してない。保護者共は、ニヤニヤといやらしい笑みを向けてくるし、リアスからは殺気を帯びた視線が。ゼノヴィアとアーシアは、結菜の大胆な行動に感嘆の声すら上げている。

 

 アイコンタクトでイッセーとキンジに、全力のSOSを送った。

 

『このシチュでの正しい行動を教えてくれ、兄弟(ブラザー)!』

『『さぁ?』』

『お前らに兄弟愛はねェのか!』

『『兄弟愛?なにそれ食えんの?』』

『この薄情者共め!』

 

 こうなれば、様々なれ修羅場をくぐり抜けてきたであろう師匠に───

 

「さて、次の料理は……」

 

 コッチに見向きもしてねェ!?

 

 ……ワザとだろお師匠さぁん!?

 

 結菜が離れる気配は無い。というか、むしろ強く抱きついており、女性特有の柔らかい部位が、フリードの身体を神秘服の上から押し付けられているのだ。

 

 ……冷静になれ、冷静になるのだ俺っち。帰ってきて早々おもちゃにされるたぁ思いもしなかったが、まだ伝えるべきことを伝えきれてねーし。

 

 気を取り直し、話を脱線から戻す。

 

「結菜ちゃんに名前を聞いたのは、その子たちが心配してたからなんすよ。自分たちは俺っちに助けてもらえたが、自分たちの力で逃した彼女は無事かどうか分からないってね。その時に具体的な容姿とか聞きましてねー、名前まで確認して、仕事であちこち巡りながら探してたら、どうもその特徴にどストライクしてる結菜ちゃんみっけたわけですよ。

 まぁ、色々と動き回ったせいで敵と間違えられることもしばしばありやしたが、結果オーライ?」

 

 結菜が小さく頷きながら、抱きしめる力を強くしている。ちゃんと聞いてくれたようだ。

 

「部屋は余分に余っているからな。使えるよう、空けておこう」

 

 サラリと言ってのける岡部に痺れる。

 

 

 

 ○

 

 

 

 話がひと段落ついた。

 

 ……次は、イッセーのことね。

 

 結菜、もといフリードの件も無視できないものであったが、イッセーの件も同じくらい重要なものだ。

 

 リアス的には、出来ることならば、赤龍帝直々に話してもらいたいところだが……。

 

「イッセー、あなたの力についてなのだけど……」

「あ、すいません。ええとですね、その件に関してなんですけど、俺自身、いまいち実感に欠けるというか、具体的に説明できるとすれば、俺よりもドライグの方だと思うので、ドライグに喋らせます」

 

 少しの間が空き、別の声が響いた。

 

『あの力の説明ときたか……。先の説明でほとんど出し切ったつもりなんだがな』

「そこをもう少しだけお願い出来ないかしら?もしかしたら、今まで計り知れなかったイッセーの底が知れるかもしれないの」

『ふむ、では、おさらいという形になるかもしれんが、現時点で確認出来る相棒の力について説明させてもらおう』

 

 

 

 ○

 

 

 

『まず、第一に、相棒の身体の中に存在する力は、俺を含めて3つ存在する。コレは言っていなかった気がするな。正確には、現在、相棒の左腕を占領しているのが俺、右腕を占領しているのが"角"、その他が【希望と絶望】といったところだ。

 俺たちの力は、相棒の血にまで溶け込み、身体全体を循環しているため、互いの存在を感じることが出来、精神世界においては、意思疎通やなども可能。まぁ、角はたまにしか顔を出さんし、奴に限っては、俺たちとすらコンタクトを取ろうとしないものだから、正体すら不明なわけだが』

「ちなみに、"角"と称してますが、一応【暴鬼神】という鬼の力です」

『うむ。そしてだ、この力の比が1:1:8といった具合に分かれていてな。相棒は今まで、俺と角の力のみで戦っている。その力も、限界まで引き出せていないことから、実質、相棒は実力の1割に届くかというレベルでしか戦えていないことになるのだ。理論的には、な』

 

 リアスたちの顔が、総じて驚愕のものに変わった。改めて説明すると、なかなかに人間を止めていることに気づくものだ。

 

 そこへ、フリードが口を挟む。それも、余計に場を混乱させる一言を。

 

「まーアレですぜ?まぁ、単純なスペック的に考えて、俺っちとキンジ君とイッセー君で比較すっけど、イッセー君<キンジ君<<<俺っちくらいっしょ?」

「いや、ちょっと待ちなさい。あなた、それ本気で言ってる?」

 

 先ほどフリードの強さを間近に拝見していた者を代表して、リアスが待ったをかけた。

 

 今の言葉に、まだフリードに抱きついている結菜も顔を上げ、教会側のゼノヴィアですら目を丸くし、一部の者以外が何度目になるかも分からない驚愕の表情を浮かべていた。

 

 アレだけの力を見せつけておいて、自分はそんな強くないですよアピールをされれば、誰でもそういう反応になると思う。

 

「本気ですよー部長さん。まぁ、使い勝手は圧倒的に俺っちのが上なんですがねぇ。イッセー君のは、まだ自分から引き出せない。キンジ君はちょいと問題児な力なんで、滅多に使えない。それに比べ、俺っちのはそういう制約的なモンは一切ナッシングなんで使いたい放題」

「でも、その説明だと、もしその力を使ったら、絶対にイッセーとキンジに勝てないように聞こえるけど?」

「まぁ、逆立ちしようと勝てないモンは勝てないんでどうしようもないっつーか。正直、俺っちは所詮【人】の領域から出られないんすよね。これから、もしかしたら使えっかもしれねーんすけど、現時点じゃ勝ち目0っすわ」

 

 劣等感を感じてるわけでもなく、ただ淡々と事実を述べているフリード。飄々とした態度から読み取れるのは、自分が下であると認めていることだけだ。

 

「イッセーはともかく、キンジも力を隠してたの?あの銃の腕前は、正直凄いと感じたけれど、それだけじゃないってこと?」

 

 面倒そうに頭をかいているキンジに、リアスはそう問いた。

 

「ったく、余計なこと言うなよフリード」

「いやメンゴメンゴ。まさか、話してなかったとは思いもしなかったっすわ」

「……まぁ、いいんだけどな。そろそろ隠しきれないとも思っていたし」

 

 キンジが軽く溜息を吐きながらも、話す姿勢をつくった。

 

「あー、とりあえず、フリードの言ってることは全部事実です。俺が本気(・・)を出した程度ならば兎も角、俺の中のコイツ(・・・)を使った場合、イッセーにすら負けない可能性があります。

 今更ですが、俺が部長の眷属にならないのは、ならないじゃなくて、なれないからっていうのが理由で、もしなれたなら、まぁ、イッセーもいることだし、入ってたと思いますよ」

 

 リアスの目が点になった。浴びせられるように、いきなり様々な事実を真っ向からぶつけられると、どうも頭がこんがらがる。

 

「……ええと、もしかして、切彦や夕乃も?」

「……そうです」

「そうですね。同じ種族にはなれませんが、家族を助けていただいたのですから、形だけでも助けになればと思いまして」

 

 ここのメンバーは、どうも余った駒でも眷属にはできないほど強者らしい。

 

 そこで、更に爆弾発言をかますフリード。

 

「あ、ぶちょーさんぶちょーさん。俺っちなら多分転生出来るんで、後で試してもらって良いっすか?」

「はいぃ!?」

 

 何気ない笑顔で眷属に入りたいと言うフリード。

 

 眷属とは、ザックリいえば、主人のための駒だ。主人のために一生を捧げる必要があるのだが、そう簡単に、人としての生を捨てて良いものなのか。

 

 確かに、フリードを味方に加えることは、大幅な戦力の増強になる。というか、フリードの宣言を聞いた瞬間に、結菜の顔が喜色に満ちた気がしたのは気のせいだろうか?

 

「あなた、意味は分かって言ってるの?私としては、歓迎したいのは山々なのだけど、命運を分ける緊急時でもないのに、あなたの人生を変えるというのはちょっと……」

「あれ?思ってたのと反応違うんすね。悪魔というより、聖女に見えてきたっすわ」

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……まさか、こうも早くに自らの力量を馬鹿正直に伝えてしまうとはな。

 

 人数が人数のため、必然的に多くなってしまう料理を、少しの苦にも感じずにその腕を振るいながら、エミヤは思った。

 

 エミヤはフリードの師である。

 

 それ故に、フリードの言葉の意味が理解できてしまい、少々頭が痛い。

 

 ……イッセーは正体不明の力、キンジの力はこの星の中の存在ではない。だが、フリードが扱える奇跡に関しては、この星の中にて生まれた力の権化だ。だからこそ、フリードは絶対に【人】の域を出ることは出来ない。あの2人のように、神と人との間に生まれたのならば兎も角として……。

 

 だがその分、イッセーとキンジにはない、フリードのみが扱える奇跡を応用すれば、決して極限には届かないが、それに限りなく近い形まで再現することが可能だ。

 

 ……もっと自信を持つことだ。馬鹿弟子よ。

 

 

 

 ○

 

 

 

「聖女ほど、私は綺麗じゃないわ」

「そんな真っ向から真面目に答えられても、反応に困っちゃう参っちゃう。───覚悟なんて、いつでもしてるんすよ。俺っちみてぇな人間が、いつまでヘラヘラ暮らしてられるかなんて分かんねぇし、部長さんには感謝もしてますしねー」

 

 リアスが首を傾げた。

 

「感謝?」

「イッセー君が今もこうやって生きてんのは、部長さんが助けてくれたからでしょ。一応、俺っちも家族の一員なんで、ちゃぁんと感謝してるんですぜ?

 この人生を、部長さんのために使ってもいいと思える程度には、ね」

「────」

 

 リアスが言葉を失った。

 

 フリードという人間を、図り違えていたのだ。

 

 ……恥ずかしいわね。これじゃあ、フリードのみならず、施設のみんなに失礼になってしまうわ。

 

 リアスは表情を柔らかい笑みに変えた。

 

「それは本当に失礼したわ。あなたの覚悟、確かに受け取りました。もう一度だけ正式に聞かせてちょうだい。

 ───フリード・セルゼン。あなたはこの私、リアス・グレモリーのためにその人生を使うことが出来るかしら?」

 

 フリードは、不敵な笑みと共に答えた。

 

「もちろんっすよ」

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……さて、だいぶ脱線したが、これも一つの重要な案件だったのだ。それが終わったのなら、路線を元に戻すくらいの手伝いは許されるだろう。

 

 岡部は、リアスとフリードの契約話が終わった数秒後を狙い、声をかけた。

 

「では、話を戻すとしよう」

「あ、ごめんなさい。話し込みすぎたわね」

「気にすることはない。ドライグ、頼む」

『ああ。締めの辺りになったところだが、フリードの話から、大体の想像はつくだろう。【希望と絶望】は、この星に留まっていてはいけないレベルの力を内包している。それも、俺と角を地球として、太陽、いや、それ以上の大きさかもしれんな』

 

 伝説の天龍に、これだけのことを言わせる【希望と絶望】。

 

 ……やはり、興味が尽きぬな。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ──荒れ果てた、何処かの潰れた集落の中心部。密集していた家屋全てが瓦礫と成り果て、しかし、住民がいたような形跡は一切無いその場所で、2つの力がぶつかり合い、まさに今、戦闘の終了合図する一撃を叩き込んでいた。

 

「──……逃げたか」

 

 硬く握った拳を突き出した姿勢で、舌打ち混じりに吐き捨てたのは、施設創設者が1人、平和島静雄。

 

 強い風に煽られた程度に、シワが出来たバーテン服を直しもせず、煙草を咥えて火を着ける。

 

 煤などで外面的には汚れているように見えるが、実質身体は無傷と言っていい。

 

 口内に溜まった紫煙をゆっくりと吐き出しながら、つい先程まで命の殺り取りをしていた相手のことを考える。

 

 ……あー……ブッ殺しきれなかったなぁ、あの野郎。イッセーに接触する前に片付けちまいたかったが、こうなると、最悪、イッセーが戦うことになるかもしれねぇ。

 

 失敗した、と静雄は目を細めた。

 

 今回の静雄の仕事は、邪龍の撃退、または駆除。

 

 少しばかり因縁のある相手故に、殺す気満々で来たのはいいが、相手も相当な使い手であった。

 

「こいつは一悶着あるな」

 

 

 

 ○

 

 

 

「あ、それとイッセー君」

「ん?」

「俺っちも明日から学校通うから、そこんとこよろしくぅ」

「ああ、分かったよ」

 

 とりあえず、今公開出来る限りの情報をリアスたちに伝えたイッセーたちは、夕乃とエミヤが作った料理を食べつつ雑談をしていた。

 

 結菜もフリードから離れ、隣の席で食事を摂っている。若干顔が赤い。

 

 その時、ゼノヴィアから声が上がった。

 

「リアス・グレモリー、少しいいだろうか?」

「ええ、改まってどうしたの?」

「こういうのもなんだがな……その、私も、あなたの眷属の1人にしてはくれないか?」

 

 全員が、ゼノヴィアを見た。そのせいでゼノヴィアは目を泳がせてしまった。

 

「急にどうしたの?」

「いや、な。コカビエルから神の不在を言い渡された時、私の今までの人生はなんだったのかって思ってしまってね。流石に、いもしない主を信仰することは、私には難しい。だから、フリードのように、教会に見切りを付けようかと思った次第さ。戦力としてならば、力になれると思うんだが……」

 

 正直、リアスにしてみれば、願ったり叶ったりだ。

 

「とても嬉しいわ。歓迎するわよ」

「……自分から言っといてなんだが、そんな簡単に私を信頼していいのか?結果的には共闘したが、初めはかなり君たちと敵対的になっていたはずなんだが」

「でも、結菜と一緒に戦ってくれたでしょ?息ピッタリだったみたいだしね」

「む」

 

 ゼノヴィアが擽ったそうに視線を逸らした。

 

「もう一部屋開けた方がいいか?」

 

 岡部が面白そうな顔でそんなことを呟いていた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……やっぱ、この空気は和むなぁ……。

 

 フリードは、賑やかな食卓で、そんなことを考えていた。

 

 これからは、家族との生活を楽しもう。

 

 そして、もう一つ、フリードは心に決めたことがあった。

 

 隣の結菜を横目で見る。

 

 憑き物が取れたように笑顔を浮かべる結菜は、眩しい太陽の光を存分に受けて育った、向日葵のような印象をフリードに持たせる。

 

 ……ああ、決めたよ、()は。




誤字脱字等のご指摘、またはご感想、お待ちしています。

なんとなく、3巻の内容では、フリードがだいぶはっちゃけ、強い印象が付いてるかと思いますが、まさかのって感じにしてみました。

いや、フリードも充分チートですぜ?

ついでに、影が薄くなりつつある彼を、4巻の辺りで登場させたいと考えています。

では、また次回でお会いしましょう。


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修羅場から始まる何か

お久しぶりです。

虹好きです。

えー、忙しい年末年始を乗り越え、さぁ筆を進めようと意気込むまでは順調。

しかし、考えていた内容を頭から完全に抜けさせてしまい、四苦八苦しながら書いた今年一発目の投稿がまさかの7000文字いかず、ここからどう話を進めようか悩む毎日を送っております。

サブタイトルすら閃かない今日この頃、心待ちにしていただいていた皆様には大変申し訳なく思います。

それにしても、幼女戦記最高ですね。


 ──懐かしいな、この感覚。

 

 ──たまに引きずりこまれる、この夢という名の精神世界。

 

 ──周りは宇宙を模した黒一色と、無数の星を模した輝きに包まれている。

 

「今回はなんの用だ?」

 

 ──俺をこの場に呼んだ張本人は、機嫌悪そうに俺のことを睨んでいた。

 

「別にっ、特に理由はないけど、あんた最近私のこと呼んでないわよね?」

 

 ──それが理由っていうんだよ。

 

「それが何か問題か?お前を呼ぶ必要が無いくらいに平和なだけさ。それとも、戦場でも無いのにお前みたいな核兵器の数段危険な奴を呼べってか?」

「む、その言い方は気に入らないわね」

 

 ──頬を膨らませる姿は、愛らしいものだ。そのまま黙っていれば、さぞや美しい美少女だと持ち上げられるであろう。

 

「ちゃんとその時が来たら呼ぶから、それまでは待ってろ」

「本当?絶対よ?絶対の絶対の絶対よ?」

「ああ、絶対の絶対の絶対だ」

 

 

 

 ○

 

 

 

 ……最近、随分と子猫ちゃんの癒し成分が倍々になってる気がする。

 

 イッセーは、膝の上でこちらに抱きつきつつ眠る子猫を撫でながらそんなことを思った。

 

 コカビエルの事件から既に3週間以上経ち、悪魔の仕事をこなす毎日となっている。

 

 あの後、フリードは『兵士』の駒を7個、ゼノヴィアは『騎士』の駒を1個使うことで、リアスの新たな眷属として迎い入れられた。

 

 戦力増強という面で、リアスは満足気だったし、フリードとゼノヴィアも悪魔の特性にも慣れたようだ。

 

 ゼノヴィアは一度、教会と正式に決別するため、ヴァチカンへと帰省をした。その際に、イリナにも悪魔になったことを伝えたという。ゼノヴィアは笑いながら語っていたが、突然友に敵の陣営に寝返ったという話をされたイリナの心境はどうだったのだろうか。

 

 ゼノヴィアは、己の問題のために口出し無用と言ってはきたが、少しばかり辛そうであった。

 

 そんなゼノヴィアとフリードだが、2人とも駒王学園に転入生として入ることになった。それも、イッセーのクラスに。

 

 ……あの時の結菜の絶望顔はビックリしたな。

 

 あの時から、フリードにベッタリくっ付いている結菜は、1人だけ別クラスという疎外感に寂しさを感じているようだ。また、フリードとゼノヴィアが同じクラスということもあり、何か危機感を感じたのか、毎時間イッセーの教室へと足を運ぶようになった。

 

 仲良きことは美しきかな。

 

 さて、現実逃避気味に、ここ最近の記憶を掘り起こしていたイッセーは今、自室のベットの上にいる。ちなみに、切彦も隣に座っている。

 

 イッセーの胡座の上で子猫が寝ている形であり、その目の前では、女の戦いが繰り広げられていた。

 

「今日という今日こそは、私がイッセーと2人きりでお風呂に入らせていただくわ」

「いいえ、私だってイッセーさんと一緒に入りたいです!」

「そもそも、あなたたちの考えが間違っていると何度言えば分かるのです?年頃の男女による混浴は認めていないと、私言いましたよね?」

 

 睨み合うリアスとアーシア。その間で、笑顔のまま額に青筋を立てているのは夕乃だ。

 

 ……ああ、子猫ちゃんは可愛いなぁ……。

 

 だが、現実逃避を癖にするとロクなことにならないような気がしてならない。

 

「夕乃だって隙あらばイッセーと一緒にお風呂に入りたいっていう願望があるんじゃないの?」

「なっ!?そ、そそそんなことありません」

「真っ赤な顔で否定されても……」

 

 うん、無理。

 

 ……そういえば、ヴァーリのことを聞きそびれたなぁ……。

 

 そうして、イッセーは再び思考を逃す。

 

 

 

 ○

 

 

 

「どうすればフリードみたいに丈夫な剣が創れるのかなぁ」

 

 幾つもの失敗作が散らばる庭で独りごちる結菜。

 

 その横で、フリードは苦笑いを浮かべていた。

 

「まー、俺っちやお師匠さんは、複雑な工程と様々な過程を瞬時に処理してこいつらを投影してっからなぁ……コレばっかりは、結菜ちゃんの努力次第っつーかなんつーか」

 

 神器ではなく、己の技量のみで到達しうる最高峰。それがエミヤとフリードの力の神髄である。

 

 結菜には力をつけてほしいという反面、そう簡単に追いつかれたくはないという、年相応の若い闘争心が芽生えるフリード。

 

 ……俺っちは天才型とかお師匠さんに言われてきたけど、それなりに死に物狂いで修行してきたつもりだし、女の子に負けるのは正直悔しいんで、修行関係でも全力でいきやすぜ?

 

 だが、頼まれれば頼まれるだけアドバイスはしてしまう。微妙な心境のフリード。

 

 しかし、結菜もなんだかんだ筋が良い。

 

 フリードは極稀、それこそ数百、数千万に一人の逸材といえよう。

 

 それに比べてしまうのは少々酷だが、結菜も、同じ神器を扱う者の中で、数百人に一人程度の逸材なのだ。

 

 要するに、結菜で天才剣士。フリードでタガの外れた化け物ということになる。

 

「フリード先生質問です」

「ふむ、何かね出席番号1番結菜くん。先生って響きが途轍もなく気に入ってしまったので、フリード先生若干テンション上がってますよ?」

 

 ノリの良い会話だ。

 

「想像した魔剣の担い手になるにはどうしたらいいですか?」

「おぉう、そうきたか」

 

 結菜の言いたいことはつまり、フリードやエミヤが使用する宝具についてのことだ。

 

 フリードとエミヤは、武器を投影する際に、その武器の逸話や歴史、伝承を深く理解し、術式として構成の過程に組み込むことで担い手の真似事が可能となり、その真名を開放することで、かつての英雄たちに近い力を再現することができる。

 

 その力の大本は、その武器の逸話と歴史、伝承によるものが大きい。

 

 元から存在している宝具ならばともかく、結菜は『魔剣創造』の使い手。しかも、フリードやエミヤのように、宝具ならば何でもござれというわけにもいかず、魔剣(・・)に限られてしまう。

 

 さらに、フリードやエミヤがあっさりと行っている投影魔術は、基本的に常人では不可能な領域の技量を必要とする。投影自体は出来るだろうが、その過程に様々な情報を組み込まなければ、宝具としては成り立たないからだ。

 

 投影、結菜の場合は創造であるが、その過程に力を開放する情報を組み込むには、通常なら脳が焼き切れても可笑しくないレベルの情報処理能力が必要とされており、常人がこの組み込みに成功したとして、最低でも3日はかかる。それを瞬時に行い、武器を創造、果てにはそのまま真名解放まで行うとすると……とても今の結菜には不可能な技術力が求められるのだ。

 

 それも、かつての英雄が扱った宝具の模倣でこれだけの技能が必要なのである。

 

 ……結菜ちゃんは全くのオリジナル(・・・・・)を自分だけの宝具にしたいってことなんだろうなぁ。どっちみち、最難関だぜぃそれ。

 

 先ほど記した通り、創造物を宝具として成立させるには、その力の源である歴史などを組み込む必要があるわけで……。

 

 いわば、武器そのものにそれ相応の歴史が無いことには、宝具はただの丈夫な武器に成り下がってしまうのである。

 

 ……でもなぁ……それをどストレートに言うのもかわいそうだし……。

 

「フリード?どうしたの?」

「……言えるわけねぇっすわぁ~……」

「?何か言った?」

「いえ、何にも言ってねぇっすよ。結菜ちゃん、まずは魔剣を創造する速度を鍛えるとこから始めやしょうか。そこから今度は魔剣に組み込む術式、結菜ちゃんの神器では使いたい力の創造っすかね。その練度を高めていけば、魔剣の担い手に相応しい力を使えると思うっすよ」

 

 さりげなく難しいということだけをやんわりと伝えてみた。

 

「ざっくりな割に、結構理論的だね」

「フッ、一応、先生っすからね」

 

 

 

 〇

 

 

 

「こうも毎日賑やかだと、いい加減慣れるものだな」

「そうだな、これも平和な証拠と考えられるのだろう」

「我ながら、久方ぶりの帰省ではあるが、平和というわりには、帰ってきて早々面倒事に巻き込まれた身なのだが……」

 

 海鮮類をふんだんに使ったオイルパスタを手際良く作りながら愚痴るエミヤに、腹を鳴らしながら横目で料理の出来を待つ岡部。

 

 ジョーカーもいるにはいるが、二日酔いなのか、テーブルの上でグッタリとしていた。

 

「それに関しては黙秘を貫こう」

「その物言いだと、君が事の一端になっているかのように聞こえるぞ。———っと、できたぞ」

 

 エミヤはパスタを二人分の皿へと移し、テーブルへと運ぶ。

 

 そのタイミングを計っていたかのように、ジョーカーが顔を上げた。

 

「待ちくたびれたぞ」

「流石エミヤ君、しっかりと自分の分まで忘れずに作ってくれるとは、感謝感激雨嵐やね」

「そういうことにしておこう」

 

 階段を下りてくる音が聞こえた。

 

 ……イッセーか。しろ……今は子猫で通しているんだったな。彼女も一緒にいるようだし、いい加減疲れてきてしまったか。

 

 ならば、とエミヤは二人のためのコーヒーとココアを淹れにキッチンへと入っていった。

 

 

 

 〇

 

 

 

 ……頭が痛い。

 

 イッセーは階段を下りながら片手で側頭部を抑えていた。子猫はイッセーの背におぶられている。

 

 リビングに顔を出せば、オイルパスタを口に頬張っている岡部とジョーカーがいた。

 

 二階にまで美味しそうな匂いが漂っていたためか、実物を前にすると、何も入っていない胃が悲鳴を上げ始めた。

 

 子猫もよだれをたらさんとする勢いでオイルパスタを凝視している。

 

「豪華な食事で羨ましい……」

「最初の挨拶がそれとは、お前も疲れが溜まっているようだな、イッセー」

「あんなカワイ子ちゃんたちに囲まれて疲れが溜まるなんて、男やないなぁイッセー君」

「すいませんね、ジョーカーさんみたく振舞うことが難しいもので」

 

 椅子に腰かけ、ため息をつく。

 

 最近、爺臭くなってきている気がしなくもない。

 

「ジョーカー、誰もが女性に囲まれることで喜びを得られるわけではないのさ。そういう意味では、イッセーの心境がよく分かる。

 ほら、コーヒーに、隣の子……子猫だったな、君のためのココアだ」

「ありがとうございます。エミヤさんも同じような体験をされたのですか?」

「……ありがとう、ございますエミヤさん」

「うむ。その話はいつか、な」

 

 そう言って、エミヤは再びキッチンへと入っていった。

 

 淹れたてのコーヒーを一口飲む。美味しい。

 

 ……エミヤさんって、本当に多才な人だよな。それでいて器用貧乏というわけでもない。そもそも、フリードの師匠だし。俺には無理だな。

 

 子猫の方を見てみれば、幸せそうにココアを飲んでいた。甘めに作られたのだろう。

 

 ……子猫ちゃんの胃はバッチリ掴んだな、エミヤさん。

 

 美味しいコーヒーのおかげで、少しだけ頭痛が軽減された気がする。

 

「イッセー、子猫、朝食を作るから少し待っていてくれ」

「分かりました」

 

 そういえば、と。イッセーは、最近悪魔の仕事でよく依頼をしてくる堕天使の総督のことを思い出した。

 

 初めて出会ったとき、正体を隠していたようだが、一発で見抜いてしまい、そこからは開き直ったように堕天使総督アザゼルと名乗ってきた。

 

 ……今日も呼ばれるのかなぁ。

 

 

 

 〇

 

 

 

 高級アパートの一室、一人の男が、高級そうなソファに身体をうずめていた。

 

 部屋の中は、物という物で埋め尽くされていた。

 

 その種類は統一されることなく、様々な嗜好品や骨董がある。

 

「今日は、こいつの相手にでもなってもらおうか、赤龍帝君」

 

 名はアザゼル。

 

 その手に持つのは昔のカーレースゲーム。

 

 ここ数日、古いゲームの収集にはまっているのだ。

 

 だが、一人だけでプレイするのは空しい。

 

 だから、毎日のように呼んでいる赤龍帝をお供にしようと思っている。

 

 ……出会い頭に正体見破られるたぁ正直ビビったが、何かとノリは良いからなあいつ。暇つぶしには丁度いい。

 

 意外だったのは、赤龍帝の飼い主であるリアス・グレモリーにアザゼルのことを伝えていないことだ。

 

 ……俺としちゃあ好都合だが、何を考えてやがんだ?俺とて一応、悪魔と対立している堕天使のトップをやっている身なんだが……。

 

 楽観的な考えの持ち主か、それとも、

 

 ……俺を敵とも思ってねぇのかもしれんなぁ……。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 

「そろそろ休暇も終了かもしれんな。三大会議の日も近い」

 

 赤龍帝に接触できたことは、とても幸先良いと思っておこう。

 

 研究詰めで疲れた身体も適度にリフレッシュさせることができた。

 

 赤龍帝の小僧も、アザゼルの正体が分かっているからか、悪魔になってからの話を聞かせてくれた。

 

 主に、戦った強敵などの話であったが、アザゼル自身もよく知る情報を、更に細かく説明してくれたという感じだった。

 

 なぜここまでアザゼルに対して友好的に接してくるのか分からないが、何か裏があるはずだ。

 

 そうじゃなきゃ、敵対戦力の長にただで情報を売るなんてバカな真似はしないだろう。

 

 ……やれやれ、今の全力がどんなモンかは分らんが、聞いた限りだと、俺が全力出そうが太刀打ちできない実力は持っていると考えているんだが……頼むから敵対しないでくれよ坊主。

 

 近いうちに行われる三大会議では、和平を結びたいと思っている。

 

 そのあとのことも考え、繋げられるだけのパイプは築いておきたい。

 

 だが、そんなことは一先ず置いておき、今日はどのようにして赤龍帝をもてなすかを考えることにした。

 

 なんだかんだで仲は良いのだ。

 

 

 

 〇

 

 

 

「美味しいね、子猫ちゃん」

「……はい、すごく美味しいです」

「そう言ってもらえると、こちらも作った甲斐があったというものだ」

 

 エミヤの料理は、和食を最も得意とする夕乃の料理とはまた違った特徴で、夕乃を和の王道と掲げるのであれば、エミヤの料理は全てにおいての道を征く、覇道と掲げるのが妥当なところだろうか?

 

 未だにイッセーの部屋では女の戦いが行われ続けている。

 

 いい加減終わりしなければ、学校にも間に合わないと思わなくもないが、戦場に顔を突っ込むのは自殺行為だと断定したい。

 

 本気になった女の前では、いかに強くなろうと、男は無力の塊でしかないのだ。

 

 だが、ここでもう一つの鬼門があった。

 

 学校に行く=制服に着替える必要がある。

 

 そして、その着替えがあるのはイッセーの部屋。

 

 つまり、戦場の最中である。その中に入ることすら精神的にクルものがあるというのに、言葉が通じるか分からないあの人たちが居る中で着替えをしろと?

 

 部屋の外に持ち出すことは、夕乃から固く禁じられている。

 

 曰く、お行儀が悪いから、と。

 

 破った場合?

 

 とりあえず、地獄を見るだろう。生き地獄という名の地獄を。

 

 ……平和な日常ほど、俺は死にそうになることが多い気がするけど、厄神かなにかの恨みでも買ってるのか?

 

 ため息は幸せを逃がすというが、つかずにはいられない。

 

 自分が戦いの理由になっていることにも疑問を感じる反面、あんな美少女たちからの好意を受けているという嬉しい気持ちも少なからずはある。そう、あるにはあるのだ。

 

 しかしながら、それにも度があるとイッセーは思う。

 

 ああ、主よ、我が罪をお教えください。

 

 直後、脳天に響く激痛。悪魔は祈りを捧げてはいけないのだ。それを行えば言わずもがな、今のイッセーの二の舞となるであろう。

 

 ……答えはコレですかそうですか。というか、聖書の神って死んでたんだっけ?既に亡くなっている神に聞いたところで何も得られるわけないか。

 

 もういい。覚悟を決めよう。

 

 

 

 〇

 

 

 

 切彦は、イッセーのベットの上で、論争と言っていいのかすら分からない女の戦いを傍観していた。

 

 朝は苦手なため、イッセーが部屋から出て行った時も、ボーっとしたまま反応することができず、置いてけぼりにされてしまったが、まだイッセーは学校の制服に着替えていない。

 

 どういうことかというと、イッセーは必ずこの部屋に戻ってくるということだ。

 

 だから、その時にイッセーにくっつけばいい。

 

 自分も着替える必要があるわけだが。

 

 崩れた正座のまま、リアスとアーシアと夕乃による、イッセーを巡る戦いに耳を傾ける。

 

 始め、夕乃は止めに入っていたはずなのだが、いつの間にか参加している形になっていた。

 

 ……あれだけ大きいなら、みんなで入ればいいと思いますけど……。

 

 口を挟むのが怖いので、心の中でそっと突っ込んだ。

 

 目の前のアーシアが涙目になって喋っているところとか、子犬が可愛く吠えているようにしか見えない。

 

 なんとなく、三者三様を見てみた。

 

 一番余裕そうなリアスは、自身の自慢な胸を大きく張り、二人を牽制している。

 

 夕乃も負けない大きさの胸を持っているが、恥じらいの部分が大きく出ており、リアスほど誇張できていなかった。

 

 アーシアはアーシアで、秀でているわけではないものの、確かな柔らかさを感じさせる二つの山が、寝間着を通して存在感を主張している。

 

「…………」

 

 切彦は、己の胸を揉んでみた。

 

 あるのかないのか微妙なラインだが、あの三人に対し、圧倒的に戦力で劣っている自分に気が付いてしまった。

 

「……むー……」

 

 何とかして大きくは出来ないものか。

 

 そもそも、どうすれば胸は大きくなるのだろうか。

 

 切彦の思考は続いた。




誤字脱字等のご指摘、またはご感想、お待ちしています。

話の構想を練ることが出来れば、筆の速度が上がるはず。

それにしても、バイオ6のジェイクってカッコいい。見惚れちゃう。

取り乱しましたすみません。

やっぱ格闘戦はあれぐらい迫力あった方がいいよねうん。

伏線っぽい言い回しですが、どうなることやら。

では、また次回でお会いしましょう。


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黒翼のお得意様

どうも虹好きです。

話が進まなくて難航していますが、そこを無理矢理にでも進めるのが物語です。

思い出しつつ筆を進めてみました。

抜けている部分は多分無い……はず。

低速で進む話を描きつつ思ったこと。

……今回も戦闘シーンぐちゃぐちゃになるんだろうなぁ……。


 ───私の身体は、既に人間のそれとは大きく異なったものとなっている。

 

 いや、人間の皮を被った怪物というのがしっくりくるのかもしれない。

 

 この身体に秘められた質量は、おおよそ通常の人間が内包してはいけない程のものであり、人の形をしているのが不思議なくらい、身体の中身の構造も違っている。

 

 そも、初めからこうなったわけではないのだ。

 

 だが、私は、なるべくしてこの身体を持ったと自負している。

 

 約束された運命とでも言うのだろうか。

 

 全てのウィルスの抗体を持ったり、全ての龍という龍を殺す呪いを持つ邪龍を宿したりと、我ながら碌でもないものを背負ったものだ。

 

 一時はウィルスを用いた、世界征服でもしてみようかと、くだらないことも考えた。

 

 特に意味の無い生。この世界を混沌に陥れるのも一興かとも思ったが、それ以上に私の興味を引いたのが、私を宿主に選んだサマエルだ。

 

 少々特異な体質故か、邪龍の呪いにも耐えうる身体を気に入られ、サマエルとの契約を結んだ。

 

 サマエルは、全ての龍の存在を感知することが出来る。

 

 龍とは、それぞれの個体が別々の力、また、同種でも最も力の優劣が生まれやすいものであり、何が言いたいかというと、一度でも私の記憶に残った龍種は、この世界のどこにいようと、私にはその場所が筒抜けとなるのだ。

 

 そして、龍は強さの塊を意味し、龍=強者といっても過言ではない。

 

 私───アルバート・ウェスカーがサマエルとの契約を容易に結んだ理由、それは、強者との闘いである。

 

 人生の過程で、効率良くかつ圧倒的に相手を壊す術を会得しておきながら、そんなものを使うことなく終わる人生。

 

 ……そんなものはつまらない。どうせならば、己のしたいように人生を歩みたいものだ。

 

 サマエルとウェスカーの相性がいいのか、ただの打撃でもサマエルの呪いを使えてしまうようになり、相対してきた龍は全て死んだが、悪い戦いではなかった。

 

 だが、まだ足りない。どうせなら、世界の強者を全て殺し切ってから死のう。

 

 そろそろ、面白い奴に再び出会うことが出来るのだ。

 

 今まで、ウェスカーと戦って生き残った者はいない。いや、いなかった。

 

 ……赤龍帝だったか?どちらにせよ、殺しきれなかったのは初めてだ。

 

 どのようにしてあの状況から生き残ったのかは不明だが、最近は、その実力も上がってきていると聞く。

 

 上位の悪魔を軽々倒したとの情報を得たときは驚いた。

 

 もしかしたら、元々それだけの実力を持っておきながら、サマエルの呪いを持つウェスカーの前に、本来の実力を出せずに終わってしまったのかもしれない。

 

 いずれにせよ、命を懸けた戦い、己が実力を発揮できないのは未熟な証なのだが。

 

 ……次は必ず殺すぞ。

 

 人生は楽しまなければならないのだ。

 

「───さて、そろそろ動き出すべきだな」

 

 ウェスカーは、集落だった(・・・)場所の近くで野宿をしていた。

 

 少し前に、ウェスカーと似たり寄ったりの、適度に人間をやめた存在との戦いを行い、移動が面倒となったために、ここで体力の回復を図っていた次第だ。

 

「平和島静雄と名乗っていたな。神と龍以外、そもそも、人間に苦戦したのは初めてだ」

 

 人間など総じて脆い種族だと思っていたが、存外、そうでもないらしい。

 

 人間らしかぬ荘厳な態度でウェスカーを殺しにかかってきたときは、しばらくぶりに死の危険を感じたくらいだった。ウェスカーが殺しきれなかったもう一人の存在である。

 

 あの男との戦いは、とても楽しかった。

 

 ……奴とはもう一度殺り合いたいものだな。

 

 傷を負ったこと自体、数年ぶりだったことから、初心に還った気分となった。

 

 サングラスを取り、紅の瞳を外の世界に曝け出す。

 

 こういうところから人外感満載なのだが、ウェスカーからすれば今更のことだ。

 

 普段は大事にならないよう、なるべくサングラスをかけて生活するよう心掛けている。

 

 サングラスは良いものだ。適度に目の部分を隠し、表情すら読みづらくなる。

 

 何より、イケている。これが全てだ。怪しまれる理由となっているのも主にサングラスのせいなのだが。

 

 その他にも、全身が黒いスーツや外套、金髪オールバックなどから、時たま警官からの視線が刺さることがあるが、大抵ウェスカーのオーラに気圧されて突っかかってくることはない。突っかかる命知らずは土に還した。

 

 サングラスを掛けなおす。

 

 ……そろそろ行くか。

 

 そこまで急ぐ理由も無いため、のんびりと龍狩りへと行こうか。

 

 

 

 〇

 

 

 

 夜、イッセーは悪魔の仕事で、堕天使総督のもとへ訪れていた。

 

 玄関のチャイムを鳴らせば、その約2秒後には扉が開かれる。

 

 ……三大会議があるとはいえ、そんなに暇なのか、堕天使の総督っていうのは。

 

 総督がサボってるから、他の堕天使が好き勝手してるのではないだろうかとも思ってしまうが、今この場では、一応イッセーの客である。

 

 お客様は神様です。本来の神は死んでいるそうだが関係無い。

 

 悪魔の仕事というのは一種の接客業。ザックリと言ってしまえば、コンビニなどの接客と変わらない。

 

 変わるのは取り扱う商品(?)である。

 

 以上のことから、我々悪魔の業界においても、お客様は神様です。

 

 事実、よっぽどのことがない限り奇跡など起こしてくれないケチな神様とは違い、願いを叶えることに対しての対価をくれる客の方が神として尊い存在だ。

 

 少々思考が飛んだが、イッセーは現実に戻ることにした。

 

 朝から色々あり、疲れているのかもしれない。

 

「よぅ、赤龍帝の坊主。いつもわりぃな」

「毎度どうも、アザゼルの対価はいつも豪華だからむしろ商売繁盛だよ。あと、俺の名前は一誠な。お互いの名前知ってるなら、それで呼ぶのが普通だと思うけど?」

「んー、そうだな。そうだよな、俺とお前の仲だ。それでは改めて、今夜もよろしく頼むぞ一誠」

「こちらこそ」

 

 家の中に入れてもらう。

 

 アザゼルの部屋には何度も来ているが、来るたびに新しいものが増えており、それは今日も同じだった。

 

「また増えてる。アザゼル、お前の収集癖は本当にすごいな」

「いやなに、興味をそそられるものは全て集めたいタイプでな。こればっかりはいつまでもやめられねぇ」

「だからって……お前が何歳かは知らないけど、お前の歳でこういったフィギュアに手を出すのはちょっと見てて引くものがあるんだけど」

 

 新しく増えていたものは、様々な作品のキャラを立体的に表現して作られたフィギュアだった。

 

「しかも、女子ばっかって……このむっつりスケベが」

「おいおい人聞き悪いこと言うなよ。俺はいつでもオープンだ」

「いやどっちにしろ残念だよ」

 

 本当にこれが堕天使のトップなのかと毎回思う。

 

 だが、アザゼルから発せられる気は強者のそれと同じものであるため、やはり、この男が堕天使の中で一番の実力を持っていることに間違いはない。

 

「それで?今日は何がお望みなんだアザゼル。またゲームか?」

「ああそうだ。こいつの相手をしてほしいんだよ」

 

 アザゼルが見せてきたのは古いカーレースゲーム。

 

 アザゼルはゲームが上手い。多分、感覚を掴むのが早いのだと思うが、今まで対戦したゲームでは、全てにおいてイッセーに圧勝しているのだ。

 

「そのゲームはやったことないな」

「それ昨日も聞いたぞ。つぅか、現代人のくせして、一誠はあまりこういうものに手を出さないんだな。お前がやったことあったって言ったのは格闘ゲームだけだろ」

「たまにゲーセン行くくらいだからな、俺は」

「つまり、今日も俺の圧勝ってことで良いな?」

「強気だな」

「当たり前だろ。今までの戦績を見れば一目瞭然だぞ?」

「今日こそ俺が勝つ」

「上等だ」

 

 火花を散らしながら、イッセーとアザゼルはテレビの前に腰を下ろした。

 

 

 

 〇

 

 

 

「なっ!?ここでエンストするかよ普通!?」

「ハハハッ!これがお前と俺の差だ一誠。このレースも俺が頂く!」

 

 約三時間後、テレビの前では両手でガッツポーズをするアザゼルに、地に両手をつけるイッセーの姿があった。

 

「これで通算40勝目。一誠、お前本当に弱いな」

「お前の顔面に今すぐ『天竜の咆哮』をぶち込みたい……」

「負け犬の遠吠えかぁ?らしくないなぁ一誠くぅん」

「ぐぅ……」

 

 やはり、アザゼルはこの手の感覚を掴むことに長けている。

 

 だんだん差は縮まってきているものの、この調子でいけばあと30連敗は覚悟しなければならない。

 

「そういやぁ一誠」

「ん?」

 

 次のレースの車を選択している最中に、アザゼルがかしこまった様子で話しかけてきた。

 

「かれこれ、こうやってお前を呼んで俺の趣味に付き合ってもらっているわけだが……ご主人様に俺のこと伝えてないだろ?」

「え、それって必要なことなのか?」

 

 アザゼルの目が点になったように見えた。

 

「あのなぁ、俺がこんなこと言うのも可笑しいけどよ……俺って一応堕天使の総督やってる身だぜ?

 お前らに危害を加えてる連中のトップだぞ?」

「だから?」

 

 アザゼルが大きくため息をつく。呆れているようだ。

 

「だからってよぉ……お前自身は俺のことどう思ってんだ?」

「お得意様」

「それ以外」

「……友人?」

 

 本当にアザゼルの目が点になった。

 

「なんだよ?割と気が合うし、一緒にいて苦にならないし、友達感覚だったんだけどダメだったか?」

「だから主人のリアス・グレモリーにも俺のことを伝えてないってか?」

「それに関しては、単純に客の詳細を聞かれないから言ってないだけだよ。まぁ、お前が危険思考の奴だったらさすがの俺も考えるけど」

 

 イッセーの言葉をどう捉えたのかは分からないが、アザゼルはもう一度ため息をついて言葉を作った。

 

「じゃあ、帰ったら主人に俺のことを伝えろ」

「なんでだ?」

「お前が俺の正体に気づいておきながら言ってねぇことが問題なんだよ。バレた時のことを考えろ。お前が隠しているって勘違いされれば、お前が密に俺ら堕天使と繋がってるって疑われんだぞ?」

「そしたら多分、アザゼルのとこ来れなくなるぞ?」

「それが普通だろ」

「お前って客が一人減ると、俺の取り分が無くなるんだよなぁ」

「テメェ……さっき友人云々語ってたくせして、結局は儲けが全てか」

 

 車の選択が終わり、画面が切り替わる。

 

「とりあえず分かったよ。帰ったらアザゼルのことは部長に伝えておく」

「そうしとけ。暫く帰す気はないがな」

「俺も勝つまで帰る気無いさ」

 

 随分と歳が離れた友人を作ってしまったらしい。

 

 結局、それからもゲームは続き、一誠がアザゼルに一勝するまでにかかった敗北数は、想定していた30連敗を大きく上回り、50連敗にまでなった。

 

 ……アザゼルの奴、手加減してやがったとは。今度やったら半殺しだな。

 

 

 

 〇

 

 

 

 一誠が帰った後、アザゼルは取り寄せた高級酒で一杯やっていた。

 

「ったく、あそこで育つ人間にまともな奴はいないのかっての」

 

 半ばやけ酒であった。

 

 アザゼル自身、何故こんなにも親身になってしまっているのか分からない。

 

 しかし、あの大戦にて、施設の者達に借りを作ってしまったこともあり、施設の者と接する機会は多かった。

 

 それも一つの原因なのかもしれない。

 

「俺がここに居ることもとっくに知ってるくせして、何の連絡もありゃしねぇ……そんなところもあいつららしいが」

 

 ふと、アザゼルは今回の三大会議の内容に出るであろう議題を思い出した。

 

 ……そういえば、あいつ(・・・)の封印が解けてきてるんだよな。

 

 更に、昔、施設の管理人の一人である岡部倫太郎から教えられた重要な情報。

 

 ……俺たちだけでは封印が精いっぱいだったあいつを倒しきる可能性……ほかの陣営にこの情報がいってるかは不明だが、施設の人間の一人にその奇跡を実現できるかもしれない力を持つ者がいるというが……まさか、一誠がその可能性ってわけないよな?

 

 そもそも、公になっている施設の人間の力が、その力の一端といったものばかりで、根本の力を出しているように見られるのは一誠とフリードのみ。

 

 ……これだけじゃあ分からねぇんだよなぁ。だが、現時点で分かってるのは、一誠は赤龍帝の力と角の力、フリードはあの赤い英雄の力をそのまま模倣したような感じだった。

 

 こう考えてみると、少なくとも一誠は正真正銘の化け物だ。あの身体の中に、神を殺せる力が2種類も内包しているのだから。

 

 だが、それだけでは足りない(・・・・・・・・・・)

 

 ……ってことは、他の奴がそれだけの力を持つ何かを有しているってことになるんだが……。

 

 これ以上、一誠の中に神を超える力が入っていた場合、既にアザゼル達では手の施しようがない。

 

 ……いや待て、一誠がそれだけの力を持ってるってことは、他の奴らもそれと同等かそれ以上の力をがあるって考えた方がいいのか?

 

 思考がどんどん深くなっていくが、そんなことどうでもいい。

 

 酒を飲む手すら止め、アザゼルは己の世界へと入る。

 

 ……仮に、もし施設の人間がそれだけの力があると計算し、今回の会議で和平を結べたとする。……最終的な目標は封印されているあの野郎の完全消滅だが、目下の問題はもう一つ、いや、優先順位だったらこっちの方が先だな。いつ目覚めるか分からない災厄よりも、現在進行形で面倒事を起こしてるテロ組織への対応が先決だろう……。

 そうなると、施設の人間たちはこれ以上ない戦力となる。現状、一誠が悪魔に転生したことによって、施設全体が悪魔側についたといっても過言じゃない。

 

 堕天使側のパイプといえば、アザゼルのみ。

 

 今回の会議で悪魔と手を組むことが出来なければ、何かの拍子に戦争になった場合、天使と堕天使は圧倒的な戦力の前に平伏すことになるだろう。

 

 無論、アザゼルは戦争断固反対であるが。

 

 ……あー、いいなぁ。ったくサーゼクスの奴、俺よか頻繁に施設に行ってたから、あいつらとも仲いいんだろうなぁ。魔王のくせして本当羨ましいったらありゃしねぇ。

 

 転生した時の情報も、アザゼルはしっかりと頭の中に叩き込んでいる。

 

 ……一誠は邪龍サマエルを宿した野郎に殺されて転生したんだよな。ヴァ―リにもちゃんと言い聞かせなきゃな。あのお転婆娘、放っておいたら何するか分かったもんじゃねぇし。

 

 名前も出したくない災厄、面倒事をバンバン起こすテロ組織、龍の天敵にして赤龍帝を殺した邪龍サマエル。

 

 ……これ、絶対和平だよな。普通に考えて。いがみ合いなんてしてる場合じゃねぇだろ。……まず、糾弾されるのは俺なわけだから、そこをしっかりと乗り越えていかないとな。

 

 個人的には、和平にしてもらわなければ困る。それはもう物凄く。

 

 ……簡単に人間界歩けなくなったら気軽に買い物できねぇからな。それに、面白そうな奴もたくさんいるし。

 

 最終的に、何者も本気を出すときといえば、自分の趣味が関わっているときなのだ。

 

 

 

 〇

 

 

 

「イッセー、何故正座させられているか分かる?」

「皆目見当もつきません」

「そうよね、だから膝の上で子猫を愛でてるのよね」

 

 只今絶賛部室の床に正座をさせられているイッセー。

 

 その目の前には紅髪の部長ことリアスが仁王立ちで腕を組み、イッセーを見下ろしている。

 

 リアスの表情はシリアス一辺倒だ。リアスは。

 

 だが、イッセーは違った。正座の形は大変見事である。

 

 背筋もしっかりと伸びており、ダメな箇所など一つも見当たらない完ぺきな正座。

 

 膝の上にお菓子を食べている子猫を乗せているが、それ以外は一寸の隙も見当たらない見本のような姿勢である。膝上の子猫を除けば。

 

「子猫?今大事なお話の最中なんだけれど、どいてもらえる?」

「……分かりま……にゃあ……」

「イッセー?これ見よがしに子猫の頭を撫でて行動を妨害するのはダメよ?子猫が動けなくなってるでしょう?」

「それを狙ってやっています」

「怒るわよ?」

「……何か気に障るようなことしましたっけ?」

「なうでやってるじゃない」

「……部長がなうって言うの初めて聞きました」

 

 空気が台無しになってしまっている。

 

 その様子を見ていたフリードは、普段とは違う雰囲気のイッセーに笑いをこらえていた。

 

「あのイッセー君がキャラチェンして帰ってきたとは……。アザゼルって堕天使とよっぽど仲良くなったんすねぇ」

「でも、堕天使の総督をやってる人だよ?ボクは少し警戒した方がいいと思うけど」

「見聞きした情報と、実際に会って現実を知るのとは全く別っすよ?それこそ、百聞は一見に如かずって言うじゃないっすか。イッセー君はアザゼルと関わって、何かを感じたのかもしれないっすねぇ」

 

 事実、アザゼルもイッセーに何か仕掛けようとしたことはない。趣味に付き合わせていただけだ。

 

「もう、そのままでいいから聞きなさい。確かに、アザゼル自身はあまり悪い噂を聞かないけれど、私たちはこの前、堕天使幹部のコカビエルと戦ったばかりなのよ?

 例え、相手に敵意が無いとしても、まだ完全な味方かも分からない堕天使との関わりは無駄な揉め事の種になるの。それが堕天使総督ならなおのことよ」

 

 アザゼルが言っていたのはこういうことか、とイッセーは子猫を撫でながらリアスの言葉を頭の中で嚙み砕く。

 

 確かに、ここでイッセーが悪魔側にマイナスの印象を与える行為をしてしまうと、その飛び火はリアスたちへと向かってしまうのだ。

 

 リアスは魔王の妹である。そう意味でも、悪魔たちの信頼を失くすわけにはいかない。

 

「では、少なくとも、完全に堕天使と和解を果たすまで、極力堕天使とは関わらないようにします」

「ええ、そうして頂戴」

 

 イッセーは正座から解放された。

 

 名残惜しそうにする子猫を一撫でして膝上から降ろす。

 

「それにしても、アザゼルって最初からイッセーのことを指名したのよね。イッセーの神器が狙いかしら?」

「確かに、アザゼルから神器への情熱みたいなものは聞かされましたが、強硬手段をとってこようとはしませんでしたよ?」

「アザゼルさんでしたら、昔、何度か施設に遊びにいらしていたので、そういう意味でイッセーさんを指名したんじゃないですか?」

 

 いきなり口を挟んできた夕乃の言葉に、リアスは「ふぇ?」と間抜けな声を出した。

 

「そ、それってどういうこと?」

「?そのままの意味ですよ?まだイッセーさんや私が小さい頃でしたが、岡部さんとよく研究話をされていましたし、ジョーカーさんや英雄の方たちと飲み友達ですし、静雄さんとも仕事の話をされてましたし、気前のいい殿方でしたが……」

 

 珍しく、リアスが口を開けたまま硬直している。

 

「あなたたちは知ってたの?」

 

 イッセーたちに聞いているのだろう。

 

「「「いや、全く」」」

 

 見事にハモッた。

 

「みんなあの頃は一日の大半が修行の毎日でしたからね。切彦ちゃんは憶えてますよね?」

「……あの、だんでぃなおじさんのことですか?」

「そうです」

 

 なんてことだ。

 

「じゃあ、夕乃は私たち以上にアザゼルに詳しいわけね。お兄様が施設に出入りしていたことは聞かせてもらったけど、まさか、堕天使の総督までとは……もうなんでもありね。まさか、ミカエルもなんてことは……」

「その方は施設に来たことはありませんよ?」

「あら、そう聞くとなんか意外ね」

「なんでも、恐れ多くて来訪することが出来ないらしいですよ?会いづらい方でもいるのでしょうか?でも、度々外で出会うことはあるそうですね」

「結局、三すくみのトップ全員と面識あるのね、施設の管理人って」

 

 イッセーたちも初耳である。

 

 しかし、今頃あの人たちに常識など通用するわけないと断定。

 

 存在が非常識の塊みたいなメンバーに常識など求められるハズがない。

 

 そもそも、あの中の何人がまっとうな人間であるかすら定かではないのだから。

 

「その管理人とやらは、君たちよりも人間離れしているのかな?」

 

 聞いてきたのはゼノヴィアだ。

 

 あれは人間離れなんてレベルでは無いような気がする。

 

 あくまで、イッセーがその目で見た管理人たちの実力は、だが。

 

「そもそも、普通の人間が宝具なんて使わないよな」

「角なんてもっといないと思うんすわ」

「興奮して強くなるってのも聞かないな」

「そうか、君たちの師匠にあたる人たちが、たかが人間離れ程度で済むはずがないとよくわかった」

 

 納得してくれて何より。

 

「皆さん、とても優しい方ばかりでしたけど……実はすごい方たちだったのですね」

「基本、働いてるのは静雄さんとエミヤさんと金一さんだけだからなぁ……」

「金一さん?」

「ああ、アーシアと部長はまだ会ったことないか。キンジの実のお兄さんにして師匠なんだよ」

「お兄さんがお師匠様なんですか」

「スパルタの塊だぞ」

 

 アーシアと朱乃はキンジの兄である金一がどんな人かを想像しているようだ。

 

 これは会った時が楽しみかもしれない。

 

 その時、イッセーたちは濃密な二つの魔力の波導を感じた。転移してくるつもりなのだろうが、素体にしてこの絶大な、そしてどこか懐かしい魔力のオーラはあの二人だろうと、イッセーたちは瞬時に悟る。

 

「まぁ、とにかく、あなたたちが少なからずアザゼルのことを知っていたのが驚きだけど、顔見知りなら、アザゼルだけはそこまで警戒しなくてもいいかもしれないわね」

「アザゼルは昔からああいう奴でね、そんなに身構える必要はないよリアス」

 

 突然、この場には居ないはずの声にリアスが驚愕した。それと同時に展開されるのは転移陣だ。

 

 紅い光が部室内全体を照らし、自然とその場の視線を独り占めする。

 

 そこから出てきたのは、いつぞやの魔王とそのメイドであった。

 

 柔和な笑みを浮かべながら部屋の中を見渡す魔王に、リアスは驚愕したまま言葉を発した。

 

「お、お兄様!?」

「うん、愛しのお兄様だよリアス」

 

 一斉に跪く眷属たち。そんな中、イッセーとフリードを含む施設のメンバーは軽い会釈をするのみであった。

 

 一応、紹介すると、サーゼクス・ルシファーとグレイフィアである。




誤字脱字等のご指摘、またはご感想、お待ちしています。

今回は朱乃さんを多めに出したい予定。

問題は誰とくっつけるかですが、Freeなのって一人しかおりませんやん。

ついでに、着々と進んでいる施設の仲間チート化政策ですが、純粋な人間なんているのかと最近思い始めました。

ちょっとここに、イッセーたちをチートにしていった師匠たち(仮)を紹介していこうかと思います。

一誠の師匠……平和島静雄、崩月夕乃、崩月法泉

フリードの師匠……エミヤ、???、???

キンジの師匠……金一、???

切彦……無し

こんな感じ?

名前を出してないメンバーの名前は流石に出さない方がいいかなと思って伏せてます。

大体想像通りかと思います。追加する可能性もあります。

切彦に関しては、出会った時点で完成形であったことにしています。

余裕が出来れば、閑話として出会いなんかも描けるかもしれません。あくまで、余裕が出来ればの話ですが。

少し長くなりましたが、今回はこの辺で。

また次回でお会いしましょう。


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心技体全てにおいて肉体派

どうも虹好きです。

サブタイトルは無視してください。

一応、意味はあるんですが、考えるほどのことでもありません。

そして物語の進行速度がもんのすんごく遅い。

とりあえず、本編をどうぞ。


 ───今まで、色んな奴と一緒に生きてきた。

 

 ───時に喜び、時に怒り、時に哀しみ、時に楽しんだ。

 

 ───でも、殺すときは殺したし、奪うときは奪った。

 

 ───あたしは恨まれる存在かもしれないし、恐ろしい存在なのかもしれない。

 

 ───一緒に居てくれたみんなは、そんなことを一切言わず、あたしと居れて幸せだとまで言ってくれた奴もいる。

 

 ───まぁ、みんな残らず死んだけど。

 

 ───結局、あたしはみんなとは相容れないんだと、ずっとそう思ってた。

 

 

 

 〇

 

 

 

「探したぞ」

「…………」

「そう構えるな。別に殺し合おうとか、そんなことは考えちゃいない。前回は互いに油断のしすぎだった、だからどちらも辛酸を舐めさせられたのさ」

「…………」

「近い内に、悪魔と天使と堕天使のトップが会議を開くらしいが、やられた分を倍返ししに、殴り込みに行かないか?」

「…………」

「言うまでもないだろうが、こいつは味方になれとかそんなくだらない誘いじゃないぞ。俺たちは殺し屋だ。同じ依頼で互いに惨敗したんだ。前回の好で誘っているだけに過ぎない」

 

 一息、

 

「ただ、やられているだけじゃ腹の虫が治まりそうにないんでな、そういう意味では、お前は俺以上に腸煮えくり返っているだろう?

 だから、共に殺りに行こうと言っているんだ」

「…………」

「フッ、そうこなくちゃな」

 

 

 

 〇

 

 

 

「それにしても、ここは殺風景な部屋だね。年頃の女子高生が集まるような部室にはとても見えないな」

「それすっげぇ同感っすわ」

「だろう?話が分かるねフリード君」

「いえいえ、魔王様にそんなこと言われるなんて照れやすぜ」

「ちょっ、お兄様って、フリードも!失礼でしょう!?」

 

 フリードとサーゼクスは初対面のはずだが、随分と慣れ親しんだ様子である。

 

 イッセーたちを除く眷属たちは、みな畏れ多いとばかりに、跪いて頭を垂れる中、フリードのせいで空気がイマイチ閉まらない。それに乗るサーゼクスもサーゼクスだが。

 

「なに、今はプライベートで来ている。楽にしてくれたまえ」

 

 眷属たちの力が抜けた。緊張感を解いたのだろう。

 

 初めから敬おうとすらしなかった施設のメンバーだが、リアスが一睨みすると、一斉に明後日の方向を向いた。元から悪魔ではないキンジたちまでする必要は無いのだが、シンクロでもしているかのように、同じタイミングで別々の方向に顔を逃がす。

 

 それを見たサーゼクスは苦笑していた。

 

 そのまま夕乃に顔を向けて告げる。

 

「それにしても、あなたもお久しぶりですね、夕乃さん」

「そうですね。何年振りかも忘れてしまいましたが、お久しぶりですサーゼクスさん。グレイフィアさんには少し前にお会いしましたね」

「はい、あの時は再会を喜ぶ暇すらありませんでしたが、今日は私用で参りました」

 

 その光景は、かなりシュールな光景であった。

 

 魔王と対等に話せる人間という時点で卒倒ものである。

 

 無論、先ほどリアスが言っていた通り、アザゼル同様サーゼクスも施設に顔を出していた一人だ。

 

 イッセーたちはもちろん会ったことがない。

 

「ところで、お兄様はどういったご用事で?」

「ああ、あれだよ。授業参観」

 

 フランクなサーゼクスの言葉に、リアスは絶句する。

 

 イッセーたちは、その気持ちがなんとなく分かる気がした。

 

「妹が勉学に励む姿をぜひともこの目で見たくてね。つい来ちゃった」

「グレイフィア?グレイフィアでしょ?お兄様にバラしたの」

「はい」

 

 リアスが分かりやすく肩を落とした。

 

「報告を受けた瞬間に、休暇を入れてきたよ」

「魔王ってだいぶ忙しいんじゃないですか?」

「ハハハ、妹の授業参観の方が大事さ」

 

 キンジは思った。そんな魔王で大丈夫か?と。

 

「リアス、父上も来られるから、頑張るんだよ」

「父上まで……」

 

 リアスがだんだん小さくなっているように見える。

 

 しかし、流石に休暇というのは冗談だろう。ここ最近の三すくみの問題は多く、会議まで開かれるのだ。

 

 こんな多忙の時期に、休暇を取るなどまず不可能といえる。

 

「サーゼクスさん、リアスさんも困ってますし……」

「む、確かに」

 

 リアスはこの数分間で相当疲れが溜まったようだ。

 

「意地悪すぎたか。安心したまえリアス。ここに来たのは完全な休暇というわけではない。しっかり、魔王としての仕事を全うしに来たのさ」

「授業参観は?」

「もちろん参加する。仕事の内容は会場の下見かな」

「会場って言うと、三大会議の会場のことですか?この町に、そんな重要な会議を行えるような場所ありましたっけ?」

 

 サーゼクスは子供っぽい笑みを浮かべた。

 

「ここで行うことになった。だから、授業参観兼会場の下見だね」

「なるほど。まぁ、何かと縁がありますからね。襲撃受けたり、襲撃受けたり、襲撃受けたり」

「そういうこと」

 

 話はひと段落ついた。

 

 

 

 〇

 

 

 

 駒王町の中でも、人通りの少ない通りにひっそりと佇む喫茶店。

 

 レンガ造りの建物には円筒が付いており、そこから芳しい香りが外へ運ばれる。

 

 ここは、知る人ぞ知る、主な客は普通の人間ではない者ばかりの店だ。

 

 静雄は、そこで一服していた。

 

 客は静雄のみ。

 

 5本目の煙草を灰皿に押し付け、新しいものを出す。

 

 ……呼び出しには応えたが、来るまでまだ時間があるな。

 

 ほとんどの音が遮断された空間に、ライターの着火音が響いた。

 

 静雄はある二人と待ち合わせをしていた。

 

 待ち合わせより、帰宅待ちの方がしっくりくるかもしれない。

 

 イッセーが悪魔になってから、様々な事柄が急加速したかのように動き出し始めている。

 

 万が一に備え、手札を揃えておきたい。

 

 ……過剰戦力ぐらいが丁度いい。

 

 これもイッセーが悪魔になったことで、第三の力に何らかの動きが生じたのか、ここ最近の面倒事はイッセーを中心に起こっているように感じられる。

 

 何の因果か、当たり前であった日常は、イッセーの死とともに殺伐としたものに変わってしまった。

 

 ほんの少しのミスで命を落とす戦いに身を置くことになったイッセーたち。

 

 些細なことで死ぬような、やわな育て方はしていない。

 

 だが、事実、イッセーは一度殺された。

 

 ……あのサングラス野郎は逃がしちまうし……。

 

 イッセーを殺した男と戦った静雄。

 

 逃がしはしたが、感想としては強敵といえる相手だった。

 

 今のイッセーでも簡単に殺されてしまうだろう。

 

 これは、技量の問題ではなく、単純な相性の問題だ。技量で互角だろうと、邪龍の毒は軽い接触のみでもイッセーの身体を容易に蝕むだろう。

 

 しかも、あのサングラスはトリッキーな戦闘を得意としていた。

 

 そういう意味では、初めから角の力を開放しない限り、サングラスの動きすら読むことはできない。

 

 どのタイミングで襲撃されても対応できるよう、静雄は施設の戦力増強を図っているのだ。

 

 死角を失くすという目的もある。

 

 ……もうすぐ行われる三大会議……確実に邪魔が入ると考えていい。トップに反発する輩は、どの時代にもいるもんだ。

 

 敵の出方によっては、静雄自ら戦線に加わるのも吝かではない。

 

 6本目の煙草を灰皿に押し付け、口内に溜まっている紫煙を吐き出す。

 

 その静雄の前に、淹れたてのコーヒーとサンドウィッチが置かれた。

 

「煙草ばかりでは飽きるだろう。サービスだ」

「いいのか?金はあるぞ」

 

 財布を出そうとする静雄を手で制するのは、この喫茶店を経営する店主だ。

 

「言っただろう?サービスだ、と。いつも仕事を頑張ってくれる静雄君にね」

 

 眼帯を付けた店主は、人の好さそうな笑みでそう言う。

 

「……悪いな、ブラッドレイ。なんか困ったことがあったら言ってくれ、一度だけ無償で受けるから」

「いらんよ。この程度、私の話し相手をしてくれるだけで事足りる」

 

 静雄はコーヒーを一口飲んだ。

 

 やはり、ここのコーヒーは美味い。

 

「誰と待ち合わせているのかね?」

 

 自分の分のコーヒーを淹れつつ、ブラッドレイが聴いてくる。

 

「あいつらだよ。黄金に青」

「ほう、彼らか。懐かしいな。しかし、ここでは名前を隠す必要は無いぞ静雄君」

「すまん、いつもの癖でな」

「ハッハッハッ───あるあるだな」

「ああ、あるあるだ」

 

 普段、危険な仕事を多々受けている静雄は、仕事の最中、連絡をとる時など、相手の名前を決して呼ぶことはない。

 

 そのスイッチが完全に切れるのは、施設に帰った時だけ。

 

 故に、こういった間違えを起こすことがあった。

 

「ブラッドレイは、もう現役復帰することは無いのか?」

「もう、血を見るのも疲れてしまったようでね、私のような老衰には、こういった仕事の方が性に合っている」

「そうか」

「再び剣を握る時は……そうだな、大事な友人の危機かね」

 

 ブラッドレイは自分用に淹れたコーヒーの出来に満足したように、笑みを作る。

 

 そして、ハムと卵のサンドウィッチを美味しそうに咀嚼している静雄に向かって言った。

 

「手を貸してほしい時は、遠慮無く言ってくれたまえ」

「……ああ、頼りにさせてもらう」

 

 

 

 〇

 

 

 

「ねぇねぇアルビオン」

『どうした?非常識の塊』

「む、なんでそんなこと言うの?」

『高度1万5千を超えた空で眠るような奴を非常識と言って何が悪い』

「だって暇なんだもん……」

『昼寝をするなら普通に部屋のベットで良いだろう』

 

 ヴァ―リ・ルシファーは暇を持て余していた。

 

 高度1万5千の空で昼寝をしてしまう程度には暇だった。

 

『全く、私がいなければとっくに死んでいるぞ』

「死んでないからいいじゃん」

『はぁ……もっと大人しく出来ないのか』

「暇なんだもん」

 

 何もすることがない。

 

 それは、ヴァ―リにとって、これ以上ない苦痛であった。

 

 戦いでもなんでもいいから暇つぶしをしたい。

 

「もうひと眠りしたら、なんか無いか考えよう」

『全く……赤いのに笑われるぞ』

 

 アルビオンの声は、ヴァ―リの耳に届いていない。

 

 

 

 〇

 

 

 

「さて、イッセー君たちに一つ頼みがあるのだが……」

 

 話が区切り出来たのを確認してから、サーゼクスがそう切り出してきた。

 

 大体予想はつく。

 

 サーゼクスは施設の管理人たちと面識があることから、今夜、施設に顔を出したいのではないだろうか。

 

 そのついでに、一泊していくとか。

 

 イッセーたちに、特に断る理由などはなかった。

 

 この場にいる施設の仲間を代表して、夕乃が反応した。

 

「施設への宿泊ですか?サーゼクスさんとグレイフィアさんならいつでも大歓迎ですよ」

「おお、これは話が早くて助かります」

 

 リアスのみ抗議の声を上げようとしたが、朱乃が流れるような動作でリアスの背後に回り込んで、その口を塞いでしまった。

 

「んーっ!んーっ!?」

「あらあら、部長も賛成なさっております。自分がお世話になっている場所ですからね。兄であるサーゼクス様にも紹介したいのではないでしょうか?」

「んーっ!?」

「全力で首を横に振ってるように見えますよ、朱乃さん」

「部長が首を横に振る時は、肯定を意味しているのよキンジ君」

 

 涙目のリアスが少しかわいそうだ。だが、可愛くも見える。

 

「家のリアスが何かご迷惑をお掛けしたりはしていませんか?」

 

 何やら、保護者の会話に発展しているように見える光景だ。

 

 今のサーゼクスの言葉に、夕乃は一瞬の間を置き、

 

「ええ、家族が増えたようで、施設の中が賑やかになり、感謝こそすれど、迷惑なんてことは一切ありません」

「そう言ってもらえると、こちらも嬉しい限りです」

 

 本当に、保護者の会話のように感じる。

 

 そもそも、何故サーゼクスは夕乃に対して敬語を使ってるのだろうか。

 

 それは、かつての大戦時、施設の者の助力のおかげで、完全という形では無いとはいえど最小限の犠牲でことを収めることが出来たため、その感謝の気持ちを込めて夕乃たちを敬っているのだ。

 

 イッセーたちはその大戦を経験していない。いや、別の形で経験した、という方が正しい。

 

「では、積もる話は施設でしましょうか」

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

 今日の部活はこれでお開きとなった。

 

 

 

 〇

 

 

 

『なぁ、鬼神の』

 

 マグマのように赤い何かが流動している空間。ここは、イッセーの精神世界だ。

 

 たった一人の人間の身体に、複数の神殺しが宿ると、精神世界もその力に影響されるらしい。

 

 赤い流動は、時折血管が脈打つかのような動きを見せており、一種の不気味さを兼ね揃えている。

 

 その中心で、ドライグは、存在が確認できているもう一体の神殺しに呼びかけた。

 

『ああ?』

 

 反応する声は、大気を揺るがすドスの利いた威圧的な声だ。

 

 特にイラついているわけではなく、これが通常の反応なのである。

 

 通常なら、一つの器に複数の神性を持つ化け物を収めることなど出来るはずもなく、そういう意味で不機嫌なのかもしれないが。

 

『急激に物語が進んでいるように見える状況になってきたように感じるが……お前はどう捉えている?』

 

 互いに姿は殆ど見せない。

 

 この場に響いているのは龍と鬼の声のみだ。

 

『野郎が、動き出す可能性があるとでも言いてぇか?』

 

 低い、獅子が唸るような声が返ってきた。

 

 その一言で互いの空気が重くなることを察したドライグ。

 

 ドライグは天龍であり、神を殺せると謳われた神滅を司る存在だと、自他ともに理解しているつもりだ。

 

 そこそこの神であれば、ドライグを前にして息を続けられる者などいないといっても過言ではない。

 

 だが、今対話している鬼神は違った。

 

 互いに姿を晒したことは無い。

 

 それでも分かる圧倒的な力。天龍であるドライグをもって、勝てるかどうかと問われれば、難しいと答えるであろう。

 

 ……これが、全てを無に帰す破壊を生んだといわれる、暴鬼神。こんな奴がよくイッセーの身体に宿っていたものだ。

 

 たった一言で場の雰囲気を変える。

 

 言葉を発するだけで、殺伐とした空気に侵される。

 

 これも一種のカリスマとなのだろうか。

 

『極端すぎるかもしれないが、つまりはそういうことだ』

 

 鬼神は、鼻で笑った。

 

 嘲笑とも受け取れるような反応だった。

 

 何の危機感も感じていないようだった。

 

 鼻で笑った直後にはいつもの荘厳とした態度を崩すことなく、ドライグに向けての言葉を零した。

 

『二天龍がビビってんのか?』

 

 挑発の言葉だと思った。

 

 しかし、ドライグは、鬼神の声色から別の意味を見出した。

 

 侮蔑である。殺気すら込められていた。

 

 ドライグの言葉に、敵への畏怖を感じていると思ったのだろう。

 

 鬼神は、精神的な弱者を嫌う傾向にあった。

 

 肉体的な弱さは、いくらでも補うことができる。

 

 イッセーは、まぎれもなくそれを成した一人だ。イッセーのみに留まらず、フリードやキンジも同じく、肉体的な強さを求めていた。

 

 だからこそ、自身の力に振り回されることなく、己の技量に見合った力の運用を可能としている。

 

 だが、精神的な弱さは、それを克服しない限り、いつまでも付きまとうものだ。

 

 例え、身体をいくら鍛えようと、いざ力の証明を行おうとする時に足が竦んでしまえば、実力の半分も出せずに終わるだろう。

 

 精神的な弱者は、命を懸けた場面で必ず足を引っ張る。

 

 鬼神にとって、弱点要素となる存在など邪魔なだけだ。

 

 それが、神を滅ぼせる天龍ともなれば、その怒りは最もなものである。

 

 だが、ドライグは多少の焦燥感は感じていようと、臆したわけでは決して無い。

 

『人聞き悪いことを言うな。お前ほどの豪傑が、言葉の真意を読めぬほど落ちぶれているわけではあるまい』

 

 あえて、挑発し返すような返答になってしまったが、ドライグとて二天龍としての意地がある。

 

 ……言葉で通じ合えぬのならば、次に出るのは暴力一点張り。

 

 ドライグは静かに鬼神の出方を窺った。

 

 次のアクションによって、ドライグはとるべき行動は変わってくる。

 

 なるべく、平和的にことを進めたいものだ。

 

 今回、またイッセーの前に強敵が現れることは明白。

 

 不倶戴天の敵が出てくることも否定すことはできないのだ。

 

 ここで鬼神と争ってしまえば、イッセーに多大な負担をかけてしまう。

 

 二対の神を超える力が衝突し合えば、人間一人の精神世界など容易く崩壊してしまうのは自明の理。

 

 イッセーの精神世界が崩壊するということは、イッセーという一個人の内面を殺すに等しい。

 

 それを第三の存在、『希望と絶望』が見過ごすことは無いはずだ。

 

 良くも悪くも、ここで争う=イッセーの死を意味する。

 

 ……そうならないためには、何方かが一方的に消滅することが望ましい。

 

 この場合、鬼神は手を抜くことは無いと考えられる。

 

 死ぬのは、ドライグだ。

 

 衝突を起こせば、イッセーの自我が崩壊するだろうが、片方のみならば、何とか耐えられる。

 

 ドライグは身体の力を抜いた。

 

『喧嘩を売ったわけじゃねぇんだが、こいつぁとんだ誤解を生んじまったようだ。安心しろよ、ここで殺り合うつもりなんざねぇ』

 

 どうやら、死ぬ必要はないらしい。

 

 ドライグはこの短時間で相当な疲れを感じていた。

 

 一言一言にどんな意味が込められているか分かったものではない。

 

 ため息の一つでも吐きたい気分だ。

 

『では、先の質問にも答えてくれるだろう?』

 

 鬼神が野郎(・・)と言った存在。

 

 再びその足を地上に降ろせば最後、世界の破滅は確実であろう。

 

 イッセーたちが戦うには、まだ早すぎる絶対の悪の権化。

 

 この世界の頂点に座する奴は、何者にもその席を譲ることは無い。

 

 人類にとっての最終試練として、彼奴はその力を大いに振るうことだろう。

 

 そんな敵を前に、鬼神は何を思うのか。

 

『知ったことかよ』

 

 ドライグの思考を、その一言で一蹴した。

 

 鬼神は、本気で興味なさそうにそう言い捨てたのだ。

 

 楽観的な思考の持ち主なのか、将又、宿主が死のうと自身には関係ないと考えているのか。

 

 鬼神の思考がいまいち読めない。

 

 鬼は、強者との闘いを好むといわれていた。

 

 この鬼神も例のごとく、絶対悪との戦いを心待ちにしているとでもいうのか。

 

 直接対峙するのは鬼神ではない。

 

 イッセーなのだ。

 

 それをこの鬼神が理解できぬはずがない。

 

 黙り込むドライグの思考を読んだかのように、鬼神が口を開いた。

 

『勘違いすんじゃねぇ。いつ危機が訪れるかなんざ分からねぇ。だがよ、敵として出てくるってんなら、その時、正面からぶちのめせばいいだけだろうが。そのサポートするのが俺らだろう?』

 

 理不尽な暴論だった。

 

 打倒できないほどの強敵が現れるかもしれないという話のはずなのだが、鬼神には全てが強弱関係なく、敵として出てくるのならば倒すという。

 

 全く、脳筋の思考だ。

 

 秘策も何もありゃしない。

 

 それなのに、この鬼神が口にすると、言葉そのものが力を持ち、その暴論をも正論として押し通すような力強さがあった。

 

 ……どこの暴君だこいつは。

 

 それとも、今回の宿主を泡沫の夢のように、儚く消えるものだと考えているのだろうか。

 

 流石にそれはないなとドライグは考え直した。

 

 確かに脳筋の考えだ。

 

 しかし、実際に行動を起こすのは宿主であるイッセーなのだ。

 

 ならば今、ドライグたちの運命はイッセーと共にある。

 

 ここは、鬼神に乗ってみるのも一興かもしれない。

 

『その通りだな。向かい来る者はみな、等しく我々の敵だ。なればこそ、お前の言うとおりだった、鬼神の』




誤字脱字等のご指摘、またはご感想、大変お待ちしております。

出したいキャラが一杯で困ってしまう今日この頃。

コーヒー片手に、脳に浮かんだ妄想を片っ端から打ち込んでいる次第でございます。

気づけば、お気に入り数が80を超えており、三回ほど目薬を打ち込みました。

大したことない駄文ではございますが、これからも気軽に足をお運びください。

皆様が楽しめるような物語を描けるよう、これからも頑張っていこうと思います。

では、また次回でお会いしましょう。


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魔王の皮をかぶった……

お久しぶりです、虹好きです。

忘れた方も多いのではないでしょうか。

この数か月間色々ありました……。

この物語の大まかな設定などを保存していた端末が粉々になり、半ば心が折れかけていました。

こんなどうでもいい話は置いておいて、本編をどうぞ。


「久しぶりだな、サーゼクス・ルシファー、そして、グレイフィア」

「こちらこそ、久しぶりだね鳳凰院凶真」

 

 岡部の顔が、歓喜に満ち溢れていた。

 

 施設に帰れば、既にその運命を見定めていた岡部がイッセーたちを出迎え、今に至る。

 

 イッセーたちはあずかり知らぬことだが、この厨二病な名前を呼ばれないことに岡部は脹れていた。

 

 見た目は20代に見える岡部が、そんな子供のような態度を見せれば、例外なく施設の全員が引くだろう。

 

 そちらの方が、心にクルものがあるため、岡部は今の今まで心の内に抑えていた。

 

 しかし、サーゼクスのお陰でそんなストレスともおさらばだ。

 

「ふむ、やはり持つべきは気の合う友人だな」

 

 イッセーたちが憐れみを込めた視線を向けているような気がするが、そんなものは無視一択。小さいことは気にしてはならない。

 

「その設定はいつまで付きまとうんだ?」

 

 キンジのジト目すらも今は軽く流すことが出来る。

 

「うちのリアスが世話になっているね」

「基本的にこの施設は来る者拒まずだからな。誰だろうと、施設に悪影響を起こさない限りは受け入れるさ」

 

 岡部は両腕を広げ、自信ありげな表情を作る。

 

「例え、それがこの星全てを飲み込む巨悪だろうと、な」

 

 それに、サーゼクスは笑みで応えた。

 

「相変わらず、君たちはすごいな」

 

 

 

 〇

 

 

 

 悪とは何か。

 

 単純に考えれば、悪いことを行っている輩のことを指す。

 

 では、何が悪いことなのか。

 

 その例えは無限にあるだろう。

 

 窃盗然り、殺人然りと大事に発展するものもあれば、ゴミのポイ捨てや人の悪口といった、小さなものもある。

 

 そして、それを罰するのが正義というものだ。

 

 細かなことを割り切って考えると、つまりはこういうことになるであろう。

 

 だが、仮に、悪と正義を色で表すとしよう。悪が黒で、正義が白だ。

 

 正義を執行する者が、必ずしも白一色である保証がどこにあるというのか?

 

 窃盗や殺人を犯さなくとも、ゴミのポイ捨てや人の悪口程度の小さな悪を働いたことがあるのではないか。

 

 何が言いたいのかというと、完全なる白はいないということ。

 

 そして、それは、完全なる黒もまた、存在などしていないということだ。……たった一つの例外を除いては。

 

 その空間は、黒の、悪の感情をその内に多く潜めた者達が集まっていた。

 

「計画は順調だ。新たな戦力の増強も図り、このままいけば、我々の悲願は達成されることだろう」

 

 頷く同志たち。

 

 互いに、同じ悲願を掲げ立ち上がった者達だ。

 

 この計画自体は悪とされるものだろうが、それも全て、これからのことを思ってのこと。

 

「この長い因縁にも終止符を打とうじゃないか」

 

 

 

 〇

 

 

 

 どこの世界にも、物好きという者はいるらしい。

 

 ただの一勢力の一つに過ぎない団体が、世界のバランスを担う三大勢力に喧嘩を売る。

 

 その行動の意味とは何か?

 

 滑稽としか言いようのない無意味そのものだが、当事者たちにとってこの事柄はとても重要な意味を持つらしい。

 

 結果は火を見るよりも明らかである。

 

 だが、彼らは前進することを止めない。

 

 どんな障害が現れようとも、全力を以って超えようとするだろう。

 

 ……面白い。

 

 正直、興味本位で付いて来たに過ぎなかった。

 

 所詮は正義の前に敗北する子悪党の所業そのもの。

 

 とても、有意義な時間を過ごせそうにはなかった。

 

 だが、いざ面子を見てみればどうだ?

 

 これは、一騒動起きそうだ。

 

 実にいい。

 

 三大勢力が完全に手を取り、対抗してきたとしても、上手く事を進めることが出来れば、勢力の一つくらいなら崩すことも可能かもしれない。

 

 ……イレギュラーさえ現れなければな……。

 

 それにしても、これだけの手札が揃っているのいるのならば、少しばかり遊んでいくのも悪くはないかもしれない。

 

 知らずに口角が上がっていたようだ。

 

 三日月を描くように、薄く、薄く、口角が上がっていた。

 

 我ながら思うが、不気味な笑みだろう。

 

 良いぞ。

 

 もっと派手に暴れようではないか。

 

 生命が一番輝く時はいつか。

 

 それは、命を懸けた瞬間だ。

 

 その時が、一番、命は美しく、そして、儚く散る。

 

 ……ああ、待ち遠しい……。

 

 

 

 〇

 

 

 

 施設内は大いに盛り上がっていた。

 

 かつてからの旧友であるサーゼクスの来訪により、岡部とジョーカーが、多少羽目を外すことを(勝手に)許可したことにより、軽い宴会状態になっていた。

 

 羽目を外す許可を出したのは岡部とジョーカーなので、必然的に全ての責任は二人が背負うことになる。

 

 故に、エミヤや夕乃も便乗(悪乗り)し、場を盛り上げることに助力していた。

 

 とりあえず、最低限の安全確保のため、イッセーとキンジは輪の外で様子を見守っているが、フリードは輪の中心でやりたい放題している。

 

「おいおい、いいのかあれ。確か、静雄さんが一番重宝してる酒だった気がするんだが」

「まぁ、良くはないだろうね。多分、10分の9殺しで許してくれるかどうかだと思うけど」

「……それもう死んでると思います」

 

 イッセーの隣でオレンジジュースを少しずつ口に運んでいる切彦も口を挟んできた。

 

「おお、なかなかの飲みっぷりじゃないか。ますます殺されるな」

「自ら首を締めにいくとは、フリードのそういうところだけ尊敬するよ」

「……面白がってますよね?二人とも」

「「否定はしない」」

 

 目の前で半裸で一升瓶をラッパ飲みしている兄弟がいるのだ。

 

 この状況を楽しまずして何が人生か。

 

「まぁ、静雄さんに殺されそうになったら、少しくらい弁護してやるか」

「可哀そうだしね」

「それで刑の執行が止まるかと言われれば、何とも言えんが」

「むしろ悪化したりして」

「……やっぱり優しくないです」

 

 切彦の視線がさらに冷たくなったように感じる。

 

 そうこうしている間に、フリードは一升瓶を一気飲みし終わり、岡部達からの歓声を浴びていた。

 

「あの量を一気飲みして生きているって、相当だな」

「人間の皮を被ったバカだからじゃない?」

 

 一升瓶の一気飲みには、流石のエミヤも苦笑いだ。

 

「というか」

 

 イッセーはサーゼクスへと目を向ける。それにつられ、キンジと切彦もそちらに目線を向けた。

 

「なんか、これが魔王様の本性なんだろうけど……なんていうか、ただの酔っ払いにしか見えないな」

「同意する」

 

 そこには、酒の入った盃を片手に、子供のような笑顔でフリードを讃えるサーゼクスの姿があった。

 

 隣で静かに盃を傾けるグレイフィアとは真逆だ。

 

 グレイフィアは仕事上、メイドという立場の為、初めは遠慮していたが、やはり、岡部とジョーカーには逆らえないらしく、言われるがままに酒を口に運んでいた。

 

 そもそも、グレイフィアはサーゼクスの妻なので、この場でそんな堅苦しくしてほしくはない。

 

 たまに、横目でサーゼクスを見たとき口元が綻んでいるのは、見間違いではないはずだ。

 

 ふと、イッセーが口から零れたかのように言葉をつくった。

 

「たまにはこういうのもありかもしれないな」

「そうか?」

「……」

「なんか、嫌なことを全部忘れて楽しめる空間っていうのかな。俺は嫌いじゃないよ」

 

 最近は、大きな事件が立て続けに起こり、全員が全員安らげるという時間はそうそう無かった。

 

 そういう意味では、此度のサーゼクスの来訪は良い息抜きになったのではないだろうか。

 

「確かに、たまには、な。毎日だったら御免被るが」

「……楽しいのは好きです」

 

 キンジと切彦も、笑みを浮かべていた。

 

「……だが、一人は今の状況を楽しめていないようだぞ?」

 

 キンジがソファの端で丸くなっているリアスを指さす。

 

 宴会の序盤で幼少期の写真をばらまかれ、同じく恥ずかしいエピソードを暴露されたリアスは、止める術がないと知ったか否か、この状態となって現実逃避をしていた。

 

 正直、同情しまくりである。

 

「部長はちょっと諦めよう。今は、そっとしておいた方がいいと思うんだ」

 

 よく見れば、小刻みに体が震えている。あんな辱めを受けたのだ、仕方ない。

 

「部長は強いよ。俺だったら死んでる」

 

 肉体的な攻撃はいくらでも防ぎようがあるが、精神的な攻撃は、防ぎようがない。

 

 少なくとも、イッセーがリアスと同じ目に遭うくらいなら、コカビエル100体と戦った方が1000倍マシだ。

 

「本当に、死にたい気分だわ」

「お、起きた」

 

 そんな軽口を叩いている間に、リアスが体を起こしていた。

 

 相変わらず半泣き状態で、その顔はリンゴのように赤い。

 

「気分はどうです?」

「最悪よ」

「デスヨネー」

 

 凄く分かる。

 

 

 

 〇

 

 

 

 ……彼に、任せてみるのも悪くはないかもしれない。

 

 羞恥心で半泣き状態(自分のせい)のリアスを慰めるイッセーを見ながら、サーゼクスは思った。

 

 元からそのつもりではあったが、改めて、イッセーという男を見直した。

 

 ……これからは、世界が荒れるだろう。その中で、イッセー君のような者が少しでも増えれば、一悪魔として嬉しいものがあるんだが……私たちの都合だけで彼らの自由を奪うとなると、申し訳ない気持ちになってしまうな。

 

「あの二人が気になるか?」

 

 サーゼクスの正面で飲んでいた岡部が、小声で尋ねてきた。

 

「気づかれていたか」

「雰囲気でなんとなく、な。

 確かに、イッセーはもう悪魔だ。お前の庇護下にいるといっても過言ではない。あいつがどんな人生を歩むにしろ、俺たちはそれを見守るのが仕事だしな。イッセーが悪魔の未来を担うのならば、それも一つの道としてありえる結末だろうよ」

 

 岡部は、少しだけ口調をずらして話す。保護者らしい愛情を宿した瞳をしている。

 

「まだ、完全に決めたわけではないよ。でも、こんなにも早くに許可をもらえるということは思わなかった」

「それだけの信頼を勝ち得ていると考えておけ。お前の頑張りは聞いている。

 だからこその信頼だ」

 

 岡部の言葉に苦笑する。

 

 古今東西、あらゆる書物や伝承にて、悪魔は心を誑かす悪として世に伝えられてきた。

 

 故に、一般的な悪魔というものは、人々に恐れられる存在だ。

 

 最近は純粋な欲望を叶えるために悪魔を召喚するもの好きも多いが、昔は、やはり精神のどこかに狂気を孕んだものたちが悪魔を召喚していた。

 

 悪魔は取引さえ成立すれば、相手の願いを叶える存在だ。よっぽど不可能なものでない限り、その願いを成就させるために行動を起こすことだろう。

 

 そういう意味でも、悪魔は悪として認識されるしかなかった。

 

 それが変わったのは、魔王がサーゼクスに変わってからのことだった。

 

 サーゼクスが魔王となってから、悪魔は変わった。

 

 まだまだ一部の変化でしかないが、こうして、施設の管理人とも友好的になることが出来た。

 

 精進せねばならない部分は多々あれど、確実に良い方向に向かっているのは違いない。

 

 その前進の一歩が、此度の三すくみの会議なのだ。

 

 結果的に、どの勢力も和平が一番の解決策だろう。

 

 アザゼルがイッセーに接触していた以上、彼の性格を考えれば、悪魔側に対しては友好的にいきたいと考えているはずだ。

 

 ……最近は、不穏な動きを見せる組織も出てきたわけだしな。

 

「……宴会の場にそのような顔は似合わないのではないですか?」

 

 隣に座る、グレイフィアが横目でそう言ってきた。

 

 思わず、自分の口元に触れ、サーゼクスは笑みを作る。

 

「うむ、そうだな。ちょっと、いらない思考に浸ってしまったようだ」

 

 今は、この宴会を楽しむ。

 

 久しぶりに友人の家に来て飲んでいるのだ。今日ぐらい、嫌なことを忘れて騒ごうではないか。

 

 

 

 〇

 

 

 

 宴会の次の日。

 

 イッセーは、オカ研のメンバーとともに、駒王町の案内をしていた。

 

 相手はもちろん、サーゼクスとグレイフィアだ。

 

 正直、道中のサーゼクスのテンションは観光そのものだった。

 

 今、一同は某ハンバーガーショップで昼食を摂っているところなのだが……なぜか、サーゼクスは全メニューを注文し、他の客をドン引きさせていた。

 

「本当に、それ全部食べるんですか?」

「もちろんだ。私は、食事を残すということが嫌いでね」

「でも、食べきれるんですか?」

「これくらいなら食べきれるよ」

 

 恐るべし、魔王。

 

「それに、冥界にもこの手のチェーン店を作りたいと思っていたところなんだ。そのためにも、その全ての味を知っておかないとね」

「なんか……頑張ってくださいね」

「任せたまえ。こう見えても、記憶力には自信があるんだ」

 

 横に座るグレイフィアがため息をついているが、これが平常運転だとすると、魔王よりも、その補佐の方が疲れそうである。

 

「流石のおれっちも、あそこまでジャンクに染まることはできねーっすわ」

 

 サーゼクスの前に広げられた、ハンバーガーショップ全メニューを前に、フリードも苦笑いであった。

 

 唯一羨ましそうに見ていたのは小猫だけである。

 

 

 

 〇

 

 

 

 ……まさか、本当に完食するとは……。

 

 サーゼクスの食欲に、軽く戦慄を覚えそうだ。

 

 初めの方は、本当に食べきれるのか心配であったが、5分経ったあたりで、その心配が杞憂であったことがわかった。

 

 ……あの体格、体型であの量を楽々完食とは……上級悪魔っていうのは総じて大食いなのか?

 

 サーゼクスの食いっぷりは、イッセーの想像をはるかに超え、周りの客も開いた口が塞がっていなかった。

 

 どこぞの大食い選手だと勘違いされるまでだ。

 

 リアスがリンゴのように顔を真っ赤にしていたのを覚えている。とてもかわいかったです。

 

 食べ進めるほど客たちのテンションは上がり、最後の方には歓声が上がっていた。

 

 当の本人も乗せられると、それに応えるべく、食べる速度を速めるので、店内では突如現れた超美形外国人大食い選手として捉えられていた。

 

 サーゼクス自身も、満更ではないらしいので良いだろう。

 

 しかし、あれだけの量を胃に収めたにも関わらず、体型が一切変わっていないとはこれ如何に。

 

 単純にあの量を収めた腹は、妊娠した女性のものと同じになる気がするのだが……。

 

 イッセーは隣を歩くサーゼクスに目を向ける。

 

 そこには、朗らかに笑いながら、先のハンバーガーの感想をグレイフィアに述べるサーゼクスの姿が。

 

 改めて言う必要は無いだろうが、体型は一切変わっていない。

 

「いやぁ、やはり、日本は素晴らしいねイッセー君」

 

 相変わらず朗らかな笑みのまま、サーゼクスが話しかけてきた。

 

「色々な文化が発展していますからね」

「うむ。数々の国を見てきたが、私個人としては日本が一番好きだな。だからこそ、この国を中心として悪魔の活動を行ってきたわけなんだが」

「アザゼルもそうでしたが、日本の何を魅力としているんですか?

 アザゼルはかなりマニアックな方面で収集をしてましたけど」

 

 イッセーの疑問に、サーゼクスは笑みを深めた。

 

「私もアザゼルとあまり変わらないかもしれないな。私は日本の技術力そのものに魅力を感じているんだ。日本人は手先が凄く器用だろう?

 そういった、機械ではなく人が自らの技量を以って作るものが、私はたまらなく好きなんだよ」

 

 そう語るサーゼクスは、とても子供のような笑顔をしている。

 

「機械で作るものは確かに精巧で、完ぺきなものが多いだろう。だがね、そこに個性があるかと問われれば、私はどうしても首を傾げてしまうのだよ。

 だが、この国の人々が作ったものには、個性が溢れていると思うんだ。だが、それぞれの形が疎らかといわれれば、それも違う。同じものだが、違うものなんだ。まるで、人の一生のように感じられないかな?」

 

 少し難しいことを言ったかな?とサーゼクスは付け足すが、イッセーは首を横に振った。

 

 なんとなくではあるが、言いたいことは分かるような気がしたからだ。

 

 フランクな人とばかり考えていたが、やはり、魔王の一角。様々な面で思考し、自分なりに哲学をしているようだ。

 

「次はどこに行かれますか?」

「神社に行ってみようと思うんだ」

 

 ふと、イッセーの頭に新たな疑問が生まれた。

 

 ……悪魔が神社に入ることは可能なのだろうか?あそこは清らかな神気で満ちてるから、お祈りでもダメージを喰らう俺たちには縁のないものと思っていたけど。

 

 顔に出ていたのか、サーゼクスが答えた。

 

「神社には、そこの管理人から許可を得て、悪魔専用の特別な護符を頂かない限り、相当な負荷がかかるよ。具体的には、地獄の業火に身を焼かれるような痛みを覚える」

「物凄く行きたくないんですが」

 

 誰が好き好んで地獄の業火に焼かれるというのか。

 

「まぁまぁ。俺っちにゃ関係ねーことっすけど、魔王様はそこの許可を取っているってことっしょ?」

 

 フリードが横からサーゼクスに確認する。

 

 先の説明では、悪魔が神社の中に入るための最低限の通過儀礼のように聞こえたため、イッセーもそこまで今のセリフをまともに受け止めていなかった。

 

「いや、取ってないよ?」

 

 殺す気か。

 

「あばよ兄弟(ブラザー)、来世でまた会おう」

 

 キンジが別れの言葉をかけてきた。洒落になっていない。

 

「お兄様、あまりイッセーをいじめないでもらえます?」

「そんなつもりはなかったんだが……イッセー君、私たち悪魔が神気に触れるとそれぐらいの負荷がかかると言ったね?」

「ええ」

「なら、触れないように、全身を魔力で覆ってしまえば良いだけさ」

「ええ……」

 

 困惑した。まさに、脳筋の考えだ。

 

 グレイフィアが冷たい視線でサーゼクスを見つめているが、本人は全く気付いていない。

 

 だが、その脳筋な考えを実行できるからこそ、誰もサーゼクスに対して物言うことが出来ない。

 

「もちろん、君にもできるはずだよイッセー君」

「そんないい笑顔で言われましても……」

 

 本当に行きたくない。

 

 仮に、全身を魔力で覆うことに成功したとして、そこまでして神社に行く意味もないのだ。

 

 最悪、その時だけイッセー抜きのメンバーで行ってもらい、イッセー自身はどこかで寛いでいればいい。

 

 というか、そもそもの話、イッセーの他にも、リアスや他の眷属のみんなも神社には行けないのではないだろうか。

 

「俺だけじゃなく、部長たちも危険ではないですか?」

「ああ、それに関しては大丈夫だよ。いくら場所が分からなくとも、神社の入り口まで案内してもらえればそこからは一本道だろう?」

「まぁ、迷う方が難しいですね」

「だから、神社の入り口付近で待ってもらおうと思っているんだ」

 

 なら、別にイッセーの案内も要らないだろう。

 

「では、俺も部長たちと待ってますね」

 

 何故そこで残念そうな顔をするのか?

 

 

 

 〇

 

 

 

 リアスはイッセーと楽しそうに話す兄の姿を見ていた。

 

 先日あった堕天使コカビエルとの戦闘によって、その後処理などに追われ、普段よりも一段と忙しい身にも関わらず、会議の場を見学するという名目で妹の参観日を見に来てしまうサーゼクスに、リアスは様々な感情を抱いていた。

 

 ……ま、まぁ?家族として、魔王という多忙な身でありながら妹のために時間を割いてくれるのはとてもありがたいことよ。でも、別に参観日にくる必要は無いんじゃないかしら?参観日なんてただの授業でしょ?私的には極力目立ちたくないのだけど……。

 

 要するに、恥ずかしいだけなのだ。

 

 ……兄さまが来てからずっとテンションが上がらないわ。イッセーの隣も占領されちゃうし……なんで毎度参観日にはきっちり来るのかしら。

 

 いつもの凛々しいリアスはどこかに行ってしまったようだ。

 

 

 

 〇

 

 

 

 結局、サーゼクスは見事に有言実行し、神社の中を探索してきた。

 

 参拝までしてきたという。

 

 悪魔が神に何を祈るというのか。

 

 それから数日後、サーゼクスとグレイフィアは施設から出立していった。

 

 ……なんというか、魔王というよりかは日本好きの外国人観光客って感じがしたな。

 

 感じではなく、そのままであった。




誤字脱字等のご指摘、、またはご感想お待ちしています。

原作と見比べて、全く話が進んでいないことに気づいた今日この頃、まだこの作品を待ち続けてくれている方がいるのか不安になりつつ静かに投稿させていただきます。

では、また次回おあいしましょう。



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