【SHIROBAKO二次創作】がんばれ太郎ちゃん! (SHIRO)
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その男、高梨太郎
その仕事はキツい。
初めの頃は「辞めたい」って思った。
でも、「夢」が出来た。
俺は――「監督」になりたいんだ。
武蔵野アニメーション。
略してムサニと呼ばれるアニメーション制作会社がある。
社長である丸川正人氏の下に癖の強い人物が軒を連ねる歴史ある――零細アニメ制作会社であった。
そんなムサニには、少し前に新しい制作進行が入った。
高梨太郎と宮森あおいだ。
年齢は太郎の方が上で、入社も二か月だがこちらの方が上だった。
しかし宮森の方はその元気一杯の様子に好感を持つ人間が多く、人当たりの良さという点では太郎よりも上だった。
そんな後輩が入ってきて、太郎は嫉妬に駆られているのかと言えば――そうでもなかった。
この男はこの男で、自分なりに情熱を持って仕事に励んでいた。
「はい、武蔵野アニメーションです。あ、吉岡さん? どもっす。昨日の留守電聞いてくれました? 例のカット、円さんも期待してるって――え」
瞬間、太郎の顔が引きつる。
かなりマズい。そんな顔で太郎は両手で受話器を抱え、
「ちょ、「やっぱ無理」ってどういう事っすか!? 一昨日の電話じゃ大丈夫って――あ」
謝罪を一方的に告げられ、電話は切られた。
サー、と太郎の顔から血の気が引いていく。
すぐにカレンダーを確認する。
第一話の放送まであと三日。
直ぐに携帯に入っている原画の人をリストアップするも、自分の知る腕の良い人には優先的に重いカットを回しているので、どう考えてもこれ以上はキャパオーバーだ。下手に追加してしまえば、かつての『ぷるんぷるん天国』の二の舞になりかねない。
未だにあの件でトラウマを抱えている人物は多いのだ。監督を始めに。
第二のぷる天は避けねば。
だから太郎は、デスクである本田と三話演出の円に泣きついた。
「円さーん! 例のカット、やっぱ無理って戻されたっす!」
「何ぃ!?」
素っ頓狂な声を上げて長身で眼鏡の男――円宏則が金髪モヒカンの太郎に振り返った。先にその件を聞いたデスクの本田豊も付いてきている。
場所は喫煙所(階段)であり、そこには同じ演出である山田昌志と三話作監である遠藤亮介もいたので事情の説明をすると、「またか」といった顔で溜息を吐かれてしまう。どうやら腕は良いが、こういう事をよくする人物だと知っていたようだ。
「マジかよ……カットは?」
「郵便で送ったって言ってたんで、多分今日の夕方か夜には」
「おいおい。どうすんだよ」
山田も事態の深刻具合に顔を青くした。
「タロー、代わりの原画マンは?」
作監である遠藤がそう訊いてくるが、
「駄目っす。俺の知ってる人、もう結構回してるからこれ以上はキツいですって」
太郎は顔の前で両腕をクロスさせた。
「マジか……」
煙草を片手にうなだれる遠藤。
しかし直ぐに気を取り直して、
「ここはいっそ、俺が――」
知ってるヤツに頼む、と言おうとして、
「お前、作画リテイクまだ残ってるだろ」
そんな遠藤を円が現実に引き戻した。
「それは円さんが一杯バツ出すからでしょうが!!」
「しょうがねぇだろ! 演出なんだから。それにこれ監督の指示だし」
「まままま。ね? 二人とも抑えて抑えて。それより今は戻ってくる超重要カットを誰に任せるか、ですよ」
そんな二人に本田が割って入り、軌道修正を促した。
「そうだな。……太郎、お前のカードは全滅って言っていいんだな?」
「はい。手が空いてそうなのは何人かいますけど、正直ウチの安原さんの方が巧いっす」
ここで大丈夫です、と言うのは簡単だが、絶対に失踪する人間が出てくるのが容易に想像できた。だから正直に無理と答える。
「じゃあ駄目だな」
遠藤がそう切り捨てる。事実このカットは本田が言うように三話で超が付くレベルの重要カットだ。一年で原画に上がった新進気鋭の安原絵麻でさえも描くのは難しいのに、それに劣る人間が描けるような代物ではない。
しかもオールラッシュは五日後。
それまでになんとしてでも作監アップしなければならない。
次々と社内で描けそうな人間をリストアップしていくが、しかし既に仕事を割り振っているか別の仕事をしているか、もしくは描けないかの人間しかいなかった。
仕方がないので監督である木下誠一に指示を仰ごうと、男五人はそのまま監督のところへと向かうことにした。
事情を知った木下も慌て、どうするかを考える。
本田たちも昔の伝手を頼ってみたが、色良い返事は貰えなかった。
男共の脳裏に、「総集編」の文字が浮かんだ。
「万策尽きたー!」
本田が天を見上げて絶叫する。
計画的な総集編なら良い。だが、計画にない総集編は色んなところで顰蹙を買ってしまう。特に視聴者はその辺はシビアだ。
そしてその事を、木下たちはよく知っていた。
さて、どうしようと頭を悩ませている――そんな時だ。
「お疲れさまでーす。作監アップの回収に行ってきます!」
元気一杯の宮森あおいが目に入った。
そこで木下の脳内が高速で動く。
宮森の担当には、四話作監の瀬川女史がいる。
彼女なら――
「ちょっと待って宮森さん!!」
木下が宮森を呼び止める。
「はい?」
ただならぬ様子の男共の気配に気付き、若干ビビる宮森に六人は「こっちに来い」と手招きする。
怯えた様子の宮森をスクラムに組み込み、事情を説明した。
「ええ!? カットが上がら――」
「宮森ストップ!」
太郎が慌ててその口を抑えにかかる。
今現在、同僚の矢野や落合がいないにしても他の部署の仕事の邪魔をしてはいけない。
宮森は声を小さくして問い掛けた。
「……カットが戻ってくるって、どうするんですか?」
「だからそこでだ、瀬川さんに頼みたいんだよ」
「「ええ!?」」
宮森と遠藤が声を上げる。
「二人とも、声、声……!」
本田がそう言って二人を抑えにかかる。
「まあ、遠藤的にはライバルの瀬川さんに借りを作るのが嫌なんだろうが……」
「そういうんじゃないっすよ」
山田が宥めるようにそう言うと、遠藤は噛みついた。
「まあ、絵の方向性が違う……ってのはありますけど」
瀬川が理論派ならば、遠藤は感覚派だ。
「とは言うけど、他にこの時期空いてそうな知り合いいるか?」
「…………せめてあと二、三日前に解っていれば」
そうすれば使えるカードもあった、と遠藤は言う。どうやら知り合いも今は別の仕事で手一杯だったようだ。
「あー……俺、もうちょいせっついた方が良かったですかね」
苦い顔の太郎がそう言うと円が、
「いや、お前きちんと毎日電話して進捗状況確認してたんだろ? それで突っ返された以上どうしようもないわ」
そう言って慰めてくれた。
「円さぁん……」
眼をうるうるとさせて見上げる太郎。
「キモいから止めろ」
「うっす。俺もそう思います」
「コントやってる場合じゃねぇだろ」
山田の的確なツッコミが入った所で、全員の意思を統一させる。
遠藤が最後まで渋っていたが、瀬川さんに頼むことになった。
そして。
瀬川美里のアパート前にして、太郎は言う。
「いいか、宮森。これから俺は「対原画マン用攻撃型最終陳述兵器」の使用に入る。だが何が起こってもお前はリアクションするな」
アニメであれば劇画調になるような顔だった。
それを見て宮森は若干引いてしまうが、本田はマジ顔をしていた。
「解ってるな、太郎。ここで失敗したら「総集編」だ。下手をしたらムサニの進退にも影響があるんだからな」
「うっす」
そして、彼女の部屋の前。
扉が開く方向の狭い通路に正座した。
本田がインターホンを鳴らす。
「はーい」
扉を開けて、妙齢の美女が顔を出した。
その時だ。
「瀬川さんっ」
声がした方向を見る。
下の方から聞こえた。
見ると――そこには金髪モヒカンの男の後頭部があった。
土下座である。
きちんと三つ指を突き、肘を軽く曲げ――後頭部、首、背中をこれでもかと瀬川に見せつけた。
引いた。
もう三十路も超えて大抵のことには驚かなくなった瀬川美里でも、これには引いた。
そんな彼女を知ってか知らずか、彼は更に言い募る。
「助けて下さい!」
これにより瀬川に重要カットを描いて貰える事となった。
――代わりに宮森が「仕上げ」の新川や「撮影」の佐倉に頭を下げる事になるのだが、そこはご愛敬と言ったところだろうか。
「良くないです!」
ちなみに瀬川さんが頑張ってくれたから、三話のカットもなんとか終わりました。
そしてこの作品では瀬川さんは三十路としています。
……多分、三十五とかそこら辺ではないかと。
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