ハイスクールDevil×Hero (ずみさん)
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第1話 再開
始まりには間違いなく日常があった、しかし既にその記憶はあまり残っていない。それは旅先で不運にも出くわしてしまった悲劇に奪われた。
その日、それまでの僕は確かに死んだ。
その瞬間までの自分は日常の中に生きており、また日常の中に生きていたからこそ、そこに自分としてあった。
それ自体はきっとありふれたことだろう、子が育つ前に親が死んだだけだ。
その単純な事柄に(悪魔)という存在が絡んでいなければの話だが。
再開した母はただの肉塊として子の目に映り、悪魔の目にはその子も肉として映っていた。
「安心しろ、直ぐにお前も俺の腹の中で母と会える。」
そう言いながら、眼前の怪物は僕へと醜い手を伸ばした。
何故か、恐怖は湧かなかった。それどころかこの体は、自然に前へ歩みを進めていた。
僕の体には巨大な力が満ち、手には先程までどこにも無かった黒い剣が握られ、それは炎に包まれ赤く眩く輝いていた。
「ようやく私を起こしたか…いや、起こしてしまったか。ならば再び力を振るうべき時が来たのだな…あの時の様に。」
母を食らった悪魔は驚愕し、何かを言おうとしていた。だがその前に悪魔の体は二つに分かれ、次の瞬間には灰となり、そしてそれすら消えた。
その日から俺が過ごした日々は悪い夢のようだった。
母の残骸の前で呆然自失としていた俺は、様子を見に来た宿の従業員に通報され、警察によって署へと運ばれた。
そして母親殺害の容疑者として尋問を受けることになった。
「悪魔?まさか気でも狂っているのか?せめてもう少しまともな言い訳でもしろ!?凶器は?動機は?とっとと答えるんだ×××!」
俺は何度この言葉を聞いたのだろうか?
わざわざ数えては居ないが十は超えていたのではないだろうか。尋問を行う刑事は俺を何度もこの部屋に呼びつけては「お前は殺人犯だろう!」と繰り返した。
刑事はひたすら威圧を繰り返していた、尋問を行っている側の癖に、俺を恐れていた。俺を監視する、事情を知らされた全ての人間はそうだった。
当然だ、俺に殺されたということになっている母の遺体は重機でも使ったのかというくらいには滅茶苦茶に壊れていた。
そんなものは周囲に無かった、誰もあの遺体をどうすればあの場所に作れるのか説明できなかった。
未知なる存在ほど恐ろしいものは無い、目の前の刑事には俺が人では無い何かに思えて仕方ないのだろう。
目の前に居る刑事に恐怖を感じることは無く、怒りもまた一切感じない。
むしろそんなモノの前にこれだけ居続けられるこの刑事の勇気には敬意すら覚えていたし、哀れとすら思った。
「申し訳無い、俺も何も分からないんだ。信じる事など無くて当然だろうが…。」
「いつまでそんな白々しいことを…!」
こんなやり取りが一月ほど続いた後、結局は証拠不十分で釈放された。
遺体に対して成された破壊は俺には不可能である、またその場に居ながらも何も語らないのは心理的ショックによる記憶喪失。
これが法の出した結論だった。
俺は再び自由を手にしたが、人間というものは結果と過程の両方に拘る生き物であり、真実そのものに関しては案外と無頓着な生き物だ。
そして、それは彼らが形成した社会も同じだった。
釈放されたとしても、俺は殺人犯と同等の扱いを周囲から受けることになった。
「自分の母親を解体した猟奇的殺人者」を世間が見逃してくれる筈も無く、以前と同じ日常へ帰る事は叶わないことのようだった。
父は俺が生まれてすぐ事故死しており、ついに両親の居ない子供になった俺だったが、親戚は当然ながら誰も俺を引き取ろうとはしなかった。
だがそれほど激しい攻撃を受けることもなかった、何をしてくるか分かったものじゃない俺を親戚は恐れ、今後の生活資金と保護者としての名義だけは貸してくれたのだ。
今は遠い親戚と暮らしている、という設定で俺は事件の後も家族と暮らした家に居続けることが出来たのだった。
それから一月も経った頃、ある人物が俺に接触してきた。またゴシップ誌あたりの取材か嫌がらせか、その類いかと思ったがそうでは無かった。
メール越しに何の用事かと尋ねると、彼はこう言った
「君に起きた悲劇と悪魔のことについて話したい」
「やあ、今回が初めまして…になるのだろうね、私の名前は(ルイ・サイファー)…悪魔の専門家の様なものだ。」
身なりの良い金髪の男は胡散臭い笑みを浮かべている。見た目からは推測しがたいが…その雰囲気からかなりの歳のように感じた。
「………初めまして、ですよ。少なくとも俺に金髪の知り合いは居ない筈ですから。」
「ははは、良かった。(他人のそら似)だったらどうしようかと思っていたんだよ…うん、やはり君だ。」
俺の言葉に何故か気を良くして独り言を言う金髪の男は、まるで俺を元から知っていたかのようだった。
「おっと、そろそろ本題に入ろう…君が悲運にも出会ったもの、つまり悪魔について。」
それから聞かされたのは、この世界を取り巻く人ならざる者達の存在、天使・悪魔・堕天使etc…そして世界各地の神話の神々、かつてそれらを巻き込んだ大戦争のあらまし。
普通の人間なら只の与太話、あるいは狂人の戯言として相手にすらしないような話だった。
だが実際に出会いそしてこの手で殺した俺は、この男は確かに真実を語っていると感じた。
「さて、実は私はこのことを話す為だけに君を探していた訳ではない…単刀直入に言うと、×××君、私は君の助けになりたいと思う。」
「胡散臭過ぎて、逆に清々しいな。」
金髪の男は確かに真実を語っていた、だがそこに善意や好意、良い感情をあまり感じなかった。
敬語は最初だけですぐに崩した、目の前の相手は馴れ馴れしかったし自分も目の前には居る相手にそうするのが自然だと思ったからだ。
「なに、警戒せずとも良いんだよ、何故なら君の汚名は単なる濡れ衣だ。それによって苦しむ人が目の前に居る、だから救いの手を差し伸べる。至って当然のことだろう? 」
金髪の男は微笑む、天使の微笑みと言える美しい笑みだが凄まじく胡散臭かった。
間違いなく本音では無い思ったし、それを隠そうと思ってもいないように見えた。
「まあいい、一体何をしてくれる?とりあえず詳しく聞こう。」
「簡単だ…君のその名が君を縛っているのならその名を取りはずそう、君は別人としてこれから生きる、手筈はこちらで整えよう、現在と同等の生活水準も保障しよう、望むなら今以上を。少なくともあの低俗な悪魔の影響を君から取り払う。」
この男と話しながらずっと思っていた事があった…そしてこの言葉でついにそれは確信に変わる。
「………そういうお前も、悪魔だな。」
金髪の男は、この言葉を聞いた瞬間にそれまでとは全く違う、作られたものではなく、子供が欲しいおもちゃを与えられた時のように、確かに笑った。
「さて、その件にはまだノーコメントとさせていただこう、君が新たな人生を歩むのなら、きっとその先で私の正体も知ることになるだろうからね。」
金髪の男は立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「さあ君の答を聞かせてくれ、怪物の汚名を雪ぎたいか、再び人として生きるかを。」
夢を見ている…白くぼけた、淡い色の道を歩んでいる…
突然目の前に顔の彫られた壁が現れる
「ここを通らんとする者は何者ぞ!名乗らぬ者を通すわけにはいかぬ!」
答える、自分の本当の名前を
「×××ならば秘められし力が有る筈」
悪魔を凌駕するだけの力が有った
獣を超越した速さが有った
堕天使でさえ手玉に取れる知恵があった
悪魔にさえ劣らぬ魔力があった
何者にも負けない体を持っていた
容易くは死ねない幸運を持っていた
×××よ扉をくぐりし汝を待ち受けるは光のもとに選ばれし民の法と秩序か、力を頼る者どもが相争う混沌か、汝の天秤に二つをのせこぼれ落とさぬよう歩むがよい。
更に先へと歩いていく…通路の先に一つの扉を見つけた。開くとそこにはとても美しい泉、そこでは美しい女が水浴びをしていた。
「あら…あなた×××ね?わたしはゆりこ。私、あなたをずっと待っていたのよ。永遠のパートナーとしてね…」
ではまた会うときまで悪魔に体を乗っ取られないよう
お気をつけください…
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第2話 新生活
DDS-NETがプログラムを受信しました…
ダウンロードします
朝、目を覚ますとこんなメッセージが自作のアームターミナル型COMPに表示されていた。
自分のCOMPが起動した途端に勝手に見知らぬプログラムをダウンロードしており、当然驚いた。
プログラムの名称は(悪魔召喚システム)…作成者、STEAVEN?知らない名前だ…少なくとも、最近ネット上では話題になっては居なかった筈だ。
………俺はこのプログラムを知らないのか?本当に?そんな疑念が頭を過る…何故だろう、俺は全く同じものを見たことがあるような…
メールを受信しました、送信者名(ルイ・サイファー)
「やあ、新生活はうまくいっているかね?×××君…いや、君はもはや×××君では無いのだが、この名前が私には一番しっくり来るのでね。」
名前に対しての違和感は俺自身が最初に悩んだものだった。…やはり生まれたときから持っていたものだけあって、なかなか慣れることは無かった。
「さて、プログラムは無事に届いたかね?それを君に返す。それはこれから君に必要となるものだ、大事にしたまえ。さらに私からの心付けとして、とある機能をそれに付けておいた。役立ててくれれば幸いだ、では幸運を祈る。」
一体このプログラムが何に、どう役立つのかは分からない。
しかし予感があった、近いうちに俺は確実に面倒事に巻き込まれ、このプログラムに頼ることになると。
ルイ・サイファーについて現状分かっている事はほとんど無い。正体も、目的も。分かるのは絶対的強者であるという事だけだ。
現在、俺は遥か離れた駒王町でかつての名前を捨て別人として暮らしている。
さらに、どうやったのかは知らないがネット上からあの時の事件の情報が完全に消えていた。
俺が新しく手に入れたのは、新たな名前と戸籍、町の郊外にある小さな一軒家ともう一つ。
「バウバウ!バウ!」
犬だ、これも彼から突然送られて来たものの一つ…パスカルと名付けた。名前の由来はなんとなくだ、だが妙にしっくりときて、これ以外の名前を付けようと思わなかった。
「じゃあ、今日も留守番を頼むなパスカル」
「バウバウ!」
なんとなくだが、会話が成立しているような気がする。別にそこまで長い時間を共に過ごした訳では無いのにここまで通じ会えるというのはとても珍しい事では無いだろうか?
他の例を調べたことなど無いので詳しくは無いが、ここまでの絆を築くにはそれこそ生まれた時から一緒にいるくらいの時間は必要になるものだろう。
俺が現在通っているのはこの町の私立駒王学園だ。無論、俺の事を知っている人間は誰も居なかった。どういう手を使ったのかは知らないが、面倒な手続き等も全て終了していた。
「ようジン!今日も迷わず学園に来れたみたいだな!」
勾田尋(マガタ・ジン)これが現在の俺の名前だ。この名前を使い始めてから半年も経つのに、今でもやはり反応が少し遅れてしまう。
話しかけてきた奴の名は兵藤一誠(ヒョウドウ・イッセー)といい、この学園で最も有名なトラブルメーカーであり、俺と特に親しい友人の一人である。
「一体、何時まで挨拶にそのネタを使うつもりだ一誠。あれは断じて迷ってた訳じゃない、ただ何となく町中を歩き回りたい衝動を抑えられなくなっただけだ。」
お陰でこの地域の地形は頭に納める事が出来た、余程の事が無い限り迷う事はもう無いだろう。
転校してから数日経った頃から、何故か俺はいつも通らない方の道を通りたくて仕方がなくなり、その思いを抑える事が出来なくなった俺は登校そっちのけで探索へ出てしまった。
どういう理由があるのか分からないが、俺は近辺に行ったことや入ったことが無い場所が有ると知ると、一度は直接行って確認せねば気が済まないのだ。
結局その日の午前は探索に消えた、連絡などしていなかったので高校の担任には当然叱られた。
学生服でそこら中を歩き回っていれば時間帯によっては目立つものだ、噂を立てられ、盛大な迷子疑惑がかけられたりもした。
その噂を耳にした連中に街をしらみ潰しに歩く姿をつけられ、学内に話された。その結果として一時期、俺は(マッパー)などと喚ばれることになった。
まあ、確かに頭の中にはこの地域の地図が完成してしまっているが。
「お前はたまーにだけど、滅茶苦茶変な行動するよな。あのマッピング癖はその代表例だ、お前の前世は旅人か?伊能忠敬か?」
「さて?現世の自分に前世の自分が影響しているならお前の前世は余程の好色漢か、あるいは来世に持ち越すほどに性欲を持て余していたのか…おっと、そろそろ先生が来るから早く席に戻れ、お前はあの先生に目の敵にされてるんだろう?」
その先生は女性で、かつ一誠の起こす問題には大抵エロが絡む。
事情はご理解いただけるだろう。
「おっと了解。あ、そうだ。ジン、今日の放課後空いてるか?実は松田の奴が良い新作を仕入れてたんだ。」
「無論、遠慮しておく。今日の放課後は既に先約が入ってるからな。気持ちだけ受け取る。」
放課後、教室で早速何やら一誠達と女子が揉めていたので一応仲裁な入る、エロ本の持ち込みが原因だったのでそれを窓から投げ捨てて1ターンで処理完了だ。
急がねばならない、少し予定より遅れている。
彼は別に多少の遅れを責め立てる奴では無いが、人の善さにつけこむような真似は嫌いな性質だ。
俺は現在剣道部に所属している、特に理由らしきものは無い、強いていうならなんとなくだ。
どうやら俺は才に恵まれていたらしく、初めての大会でもなかなかの成績を修めた。
負け惜しみに聞こえるかもしれないが優勝も狙えた、かつての経験から全国的に目立つことを避けたかったので全国大会前に敢えて敗退したのだ。
他の部員には圧倒的な実力差を付けているが、桁外れの天才というものは探せばいるもので、俺と互角に打ち合う事が出来る奴がこの学園に居る。
約束の相手、そいつは俺が剣道場に着いた時には既に道着に着替え、防具も全て装備して待っていた。
「やあ勾田君、こんにちは。」
挨拶と共に向けられる笑顔は普通の女子が直視すれば鼻血を噴くこと間違いなしのパーフェクトスマイルだった。
この男の名前は木場裕斗、駒王学園で最も女子に人気の有る男子である。
見た目が良いだけでは無くスポーツも万能という圧倒的なステータスを持つ男だ。
だが木場は剣道部では無い、確か所属しているのは(オカルト研究部)、略してオカ研という謎のクラブに所属している。
その才能は実に惜しいが、彼には彼のやりたいことが有るのだろう。案外、理由はかの美人部長あたりだったりするのでは無いだろうか?
「随分と、早くから来てたみたいだな。」
「ああ、前回の続きが楽しみで仕方なかったんだ。だから早く用意してきてくれ、僕はウォーミングアップでもしておくよ。」
木場の言っている前回について説明しよう、あれは先日の事、体育の選択加科目の一つに武道が有り俺と木場は同じ剣道を選んでいた。
参加者の全員と一度は試合をするのだが、この一度が問題だった。
2つ、木場との打ち合いから気になることが出たのだ。
1つは、腕前そのものだ。木場がスポーツ万能な言葉を知っていたが、何と木場は俺と互角に打ち合ったのだ、その技量は高く、ある程度の経験があると俺に感じさせた。
自分自身、戦いの経験を積んでいる訳でも無いのに何故かそう感じたのだ。
更にもう1つ、その試合中に一度だけ有効打となりそうな攻撃があった、その瞬間の事だ。
木場の動きを一瞬、完全に追い損ねたのだ。
消えたと錯覚するほど高速で木場は動き、俺の死角へ移動していたのだ、振り向くと木場の竹刀はすぐ目の前まで迫ってきていた。
ギリギリで避けられたのは無意識の動きだった、それを見た木場の驚愕の表情は印象的でよく覚えている。
その後は結局、授業が終わるまで勝負がつかなかった。
次の日の事だ、それまで俺と木場はクラスが違うからあまり話す事は無かったのだが、突然木場が教室に来て俺にこう言ったのだ。
「もう1度僕と戦ってみてくれないか?今度は時間がある時に」と。
かくして今に至る、どうやら木場はクールなように見えて以外と熱い男だったのだな、などと考えながら用意を終えた。
剣道場へ付くと何故か人だかりが出来ていた。
何ごとかと思えば単なる見物客だった、見ればいつもの木場のファンしか居ない。
いや、一部違う顔ぶれも居た。途轍もなく目立っている。
彼女たちは姫島朱乃とリアス・グレモリー?木場と同じオカルト研究部だと聞いている。
どうやら木場がここに居るという情報がどこからか漏れたらしい。他の部員も迷惑そうだ、これは後で謝らねばならない。
「勾田君の方も準備は出来たみたいだね、出来れば今すぐにでも始めたいんだけど良いかな?」
「気が合うな木場、丁度俺も同じ事を考えていた。とっととケリを付けよう、この野次馬には早々に散って貰いたい。」
「はは、じゃあ始めようか。」
そう言うと木場は竹刀を構える、特に変わったところは無く一見普通に見える構えだ…だが。
「木場、聞くんだが、お前はもしかしてフルーレやフェンシングの経験があるんじゃないか?」
「ん?何故そう思うんだい?」
「構え方に若干癖がある、いつもは片手で剣を振っているんじゃないかと思ってな。」
木場はいつも竹刀を構える前に一度片手で振る癖がある、そして実際に打ち合う時もそんな立ち回りをしていた
「……まあ、一応ね。でもそういう君も同じじゃないのかい?」
そして俺も同じような癖がある、まるでもう片方の手は何か別の事に使っていたかのような
「さあな、特に身に覚えはない。余計な事を聞いて済まなかった、では、改めて。」
こちらも竹刀を構える、あくまで基本に忠実な型に。
「はじめ!」
審判の合図と共に俺たちは竹刀をぶつけあった。
…次回の投稿までに悪魔に体を乗っ取られないようお気をつけください
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第3話 復習
(sideリアス・グレモリー)
裕斗と(例の彼)の試合が始まってからそろそろ1分…私と朱乃は既にその戦いの様子に圧倒されていた。
裕斗はこの試合、全てでは無いものの最初から悪魔の力を使って戦っている…少なくともまともな人間に追える速度ではない…筈なのだが。
例の彼はそれと難なく渡り合っている…始まった直後には裕斗が若干圧していたのだけれど、既にその差は無くなって逆に危ない場面もいくつかあった。
朱乃と小猫も驚きを隠せないようだ
「…朱乃、彼は本当に人間なのかしら?裕斗は既に(騎士)の力も使い始めているわよね?」
「ええ部長…少なく見積もったとしても5割…いや、6割は出しているでしょうね…でも、それは彼も同じに見えるわ」
「私も同じ意見です姫島先輩…先輩はいつもの訓練と同じくらいの力を使っていますが、彼にもまだ余裕があるように見えます…」
なんという超人…そう思わずには居られない。裕斗は同世代の騎士の中でも特に秀でた力を持つのに…
「彼が悪魔祓いであるという可能性は?」
「どうでしょうね…本当に派遣されてきたエクソシストならば私達に気付かない筈が無い…あれだけの実力が有るならば尚更ですわ。何かの企みがあるなら話は違いますが」
「…っ先輩!試合が動きました!」
…とりあえずは様子見に徹するべきね
(Side change 木場裕斗)
くっ…攻めきれない!これだけ速度を出しても付いてくるのか勾田君は!
僕は既に悪魔の基本的性能から(騎士)の力まで使っていた。これまで、追い詰められる度に力を解放して反撃を試みてきたが…押し返せるのは少しの間だけ、彼はすぐに対応してまたじわじわと圧されていく…
見ている側からは恐らく互角に見えている筈、だが実際はそんな事はない。ただこちらが消耗していくだけの一方的な戦いだった。
「くっ!?…」
彼の放った突きが首を掠めた。いけない、考え事なんてしてる暇は無いんだ…
前回の試合で、僕は(彼と僕は同じくらいの技量)だと判断していた…だがそれは全くの誤りだった。こうやって打ち合っている今ですらだんだんと彼の動きは良くなってきている…
それはまるで、長いブランクを実戦の中で取り戻してきているかのように…本当に何者なんだ彼は!
もう手加減している余裕は無い…体力の消耗も考えて決めにいくなら今しか無い…そう思って僕はセーブしていた残りの力を一気に解放した…その時だった
(Side change ×××)
…不思議な感覚だ。試合が始まって最初の内は木場の動きが速くて仕方がなかった、無我夢中で反応して攻撃を防ぐのが精一杯だったのだが…それが今では一変している。
遅い…そして軽い。それが現在の感想だ。無論、木場の動きに目が、体が慣れた…というのは有るのだろうがそれだけではない。
過去の経験を思い出す感覚…というのだろうか?戦いが続くに連れて自分自身の感覚が鋭く研ぎ澄まされていくのが分かる…
だがそれと同時に俺は妙な感覚に悩まされていた…気配だ
戦っている中で、木場から妙な気配を感じるようになってきた…それは段々と強くなっている。また、試合を見ている観客の一部分からも同じような質の気配を感じる…
この妙な気配は一体何なのか?自分はその答えを知っている…何度も間近で経験しているような
思考が深くなり始めた瞬間、木場から感じる(妙な気配)が突然膨れ上がった。
次の瞬間、木場の竹刀が既に目の前に迫っていた。
完全に見逃した…もはや間に合わない。そう確信した…だが俺の体は勝手に動き木場の竹刀を弾いていた。
木場の動きに目は付いていかない、何度も何度も見失ってしまう…そして完全な死角から攻撃が放たれる
反応などできていない、これは確実に負けたという確信が何度もあった…だが無意識の行動がそれを覆していく
木場の顔が焦燥に染まっている、この猛攻で確実に決めるつもりだったのだろう…そしてその焦燥は次第に動きに影響を及ぼす。
そしてついに、俺の目は本気を出した木場の動きに追い付いた。…迫り来る竹刀は、まるでスローカメラで再生されているようだ、もはや、恐れるに値しない
その一撃を敢えて見逃し、ギリギリまで引き付けわざと体制を崩すような形で回避する…そこを木場は見逃さない
体制を崩した俺へ、木場が二撃目を放つ…完全に読み通りの軌跡だ、焦燥と、隙を作った事への油断は木場の剣に余分な力を加えてしまっていた
木場の竹刀は吸い込まれるように俺の竹刀へと当たり…そのままま逸らされる。今度は逆き木場の体制が大きく崩れる
狙うのは急所への突き、たとえ奴が悪魔だとしても逃さない…必ず殺す…殺気を籠めた必殺の一撃を放つ
「ぐふっ…」
木場が呻き声を漏らしてその場に停止した、良く見ると俺の竹刀が木場の左胸に打ち込まれ、防具が少しへこんでいる。
木場はその場で膝を付いて倒れ、観客から悲鳴が上がる
「な…そ、そこまで!」
その声で俺は正気を取り戻す…今、俺は何を考えていた?「必ず殺す」…なんていくらなんでも過ぎた考えだろう…おかしいとしか思えない思考だ
木場がふらつきながら立ち上がった、どうやら想像以上に深いダメージを負っているらしい…いくら竹刀とは言え当たりどころが悪ければ十分致命傷足り得るものだ
「勾田君…君は本当に何者なんだ?一体何をすればここまでの強さに至れるんだ…」
「……そんなもの、俺が教えて欲しいよ」
この世界は不可思議な事が多すぎる…その最たるものは常に自分自身だ。
俺は…何だ?
×××は65535の経験値を得た
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第4話 対話
あの試合の後、俺は木場の様子におかしな点が見られない事が確認できたら直ぐ様帰宅することにした…あのままあそこに居ればその場に居合わせた観衆達に取り囲まれてしまっただろう。
だが今はそんな気分では無かった。木場との戦いの中で目覚めていった俺の感覚は、俺に凄まじい違和感を伝えていた。
まるで自分以外の存在が自分の中に居るような…異物の存在を体の内から感じ取れるようになっているのだ
熱い…燃えるような熱さが体の奥底から伝わってくる…
いつもの通学路を通り、人気の無い道へ出た時
「ほう…もはや目覚める寸前と言ったところか?ただの人間が此れ程の力を発するとは…その身に宿るのは余程の神器のようだな」
突然、目の前に表れた黒い男…内から湧き上がる力に注意を奪われ過ぎて今まで気が付かなかった…だが、この男を目にした瞬間、体の奥底から湧き出していた熱がなりを潜める
「お前は…なんだ?」
ただ者ではない、いや、そもそも人間では無いと言うことが今の俺には良く分かる…この男からは力を感じる、それは神聖なもののようでもあり…同時に禍々しさも感じる独特なモノだ
「ほう、既にある程度は力を制御できているようだな。先程まで無秩序に放出されていた力が収まっている…これなら名乗る程度の価値は有りそうだ。私の名はドーナシーク、ご察しの通り人間などではなく、堕天使だ」
そう言うと男はその背から黒い翼を出現させた。それは神話などで語られる通りの禍々しさを宿している
堕天使…元は清らかであった天使が何らかの要因によって穢れ、神の怒りによって地に堕ちた存在
「……その堕天使が一体人間に何の用だ?この地に敬遠な信徒は居ないぞ?とうの昔に教会は打ち捨てられている」
「ふん、そんな事は知っているし神の下僕に対してわざわざちょっかいをかけるほど私は暇ではない…私が用が有るのはお前、もといお前の中に有る神器だ」
神器、これはそう呼ばれているのか。神の器、そう呼ばれると妙にしっくり来る感じがした、おそらくこれはそういうものなのだろう…
「ふん、どうやら何も知らんらしいな…まあ良い。人間、多少は知能を持つようだから選ばせてやる、その神器を私に大人しく譲り渡すならば苦しまないように逝かせてやる。だがもし抵抗するなら力ずくでその身から引きずり出してやろう」
「…その物言い、どうやらどちらにしても俺は死ぬようだが?どうやらお前は交渉の仕方も分からないみたいだな」
「はっ…人間風情が何を偉そうに、悪魔か神の贄になるしか能の無い人間が我ら堕天使の役に立てるのだ、その命程度安かろう…どうやら物分かりは悪かった様だな」
堕天使は右手に光の槍を作り出す、恐らくあれが奴の得物だろう。人間を殺す程度なら容易そうな力を感じる
「面倒ではあるが予定通りでもある…人間よ、ここで死ぬが良い。その命、我らが役立ててやる」
そう言うと、堕天使は俺へ向けて光の槍を投げてきた…昨日までの俺ならば掠るくらいはする程度の速度だ
だが、今の俺からしたら余りに鈍い…少し体をずらすだけで容易く回避できてしまう…そしてまた思考が日常から戦闘へと移る
俺はあの日、悪魔に出会ってから常に護身用として武器を持ち歩く癖が出来ていた、現在持っているのは小さく、隠し持って歩きやすい(アタックナイフ)。
大したものでは無いが、有るだけマシ…その程度の武器だが目の前に居る相手になら十分…素早く懐に潜り込み首筋へ一閃
「なっ!?」
だが相手もそこまで易い相手では無い、寸の所で体を反らし回避、そのまま空へと逃げる
「ちっ…既に半ば覚醒に至っているだけはあるか!…だが、どうやら貴様は飛ぶことも出来ず飛び道具も持たないのだろう?」
そう言うと奴は新たに光の槍を生成、今度は空からの投擲を行う。先程よりは速さも威力も増している…
大した脅威では無い…体を軽く捻って回避…だが相手が空中に居るのでは反撃の手段が無い…さて、どうするか
一つ、ナイフの投擲…これは不可だ、安全ではあるが致命傷には遠く及ばないだろう
二つ、跳躍して敵の位置まで…それも不可、先程の反撃で相手も警戒している以上、その場に滞空したまま回避しない可能性は低いだろう。むしろその隙を狙われ死ぬ可能性が高い
電柱を足場に跳躍すれば意表を突けはするが…それでも迎撃されるリスクを考えれば実行は避けたい…
ではどうするか…ここは三つ目の手段に掛けるとしよう。リスクは変わらないが、敵の意表を突くならこの手が最も良いだろう。
思考を終了、単体の槍では容易く回避される事を学んだのかドーナシークは槍を複数同時に作成しこちらへ飛ばしてくる。
「どれも狙いが甘い…目を瞑っていても回避できる。堕天使の力などこんなものか?」
さいしょの槍と同じように体を捻り回避…そして挑発。呆れたような仕草も付けておけば効果は増すだろう
「貴様ァ…人間の分際で図に乗るな!」
成功…ドーナシークは光の槍を今度はより長い時間をかけて作成し…丸太の様な太さまで巨大化させた
「肉片となり吹き飛ぶが良い!」
その槍を投擲、これまでのものと違ってこれは最低限の回避では衝撃で吹き飛ばされてしまうだろう…ならば、避けなければ良い…全ては狙いの通り
姿勢での回避はしない、前進、そして跳躍…巨大な光の槍が俺を奴の視界から隠したその瞬間…俺はその槍そのものを足場として利用してさらに高く跳躍する
そしてそのまま奴の居る位置まで到達…完全に虚を突く形となり既に奴は眼前に在る…俺はそんな奴の首をナイフで…
正確には、ナイフの峰で首を撫でた…ここでは敢えてクビを捕らない。そのまま俺とあいつは交錯し、俺は落下
着地、そして奴の方へと振り返る。手で首を押さえている、切られたと反射的に考えてしまったのだろう
だが、理由があるからこそ首を刈らなかったのだ。むしろ、三つ目の策はここからが本番だ
「………ここらでやめにしないか?堕天使ドーナシーク」
「…なんだと?」
「やめにしよう、そう言ったんだよ。お前の槍は俺に届かない。だが俺もお前を殺せるほどの攻撃は出来ない…このまま続けてもお互い不毛なだけだ」
TALK(対話)、これこそが俺の戦略…戦って苦しいならば戦わなければ良いだけの話だ…無論、それが上手くかは…やってみなければ分からないが
「はっ!人間風情が粋がるなよ!?いくらお前が素早くとも所詮お前は人間なのだ!今はかわせてもいつか一撃でも刺さればお前は死ぬ!」
「いや、無駄だ。先に疲労して死ぬのはお前だよ、堕天使」
「そこまで言うならば…この槍を砕いてでもみるんだな!」
そう言うと奴は俺の左胸目掛けて槍を投げてくる…俺はそれを右手で掴み、握り潰した
それを見たドーナシーク顔からは一切の余裕が消えた
「なっ!?…バカな…いや、認めよう。確かに貴様は強い…この場は退いてやる!次に会うときまでその首洗って待っているが良い!」
そう言い残すと、堕天使ドーナシークは飛び去っていった。どうやら、TALKには成功したようだ。
だがあの様子では近い内にまたやってくるだろう…今度は仲魔でも引き付けれて…こちらも備えをしなければならないが…さて、どうしたものか
堕天使 ドーナシーク は たちさった
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第5話 装備
堕天使ドーナシークが立ち去った後、俺は急いで帰宅した。理由は単純、一つは別の堕天使と出会わない為…もう一つは次の戦いへ向けて備えるため。
玄関を明けるとそこにはパスカルが待っていてくれた。
「バウ!…バウ?」
「ごめんなパスカル、今からちょっと忙しいんだ」
折角待ってくれていたのにすまないとは思うが、今は少しでも装備を整えておきたい。恐らくあの堕天使は今度こそ確実に俺を殺しに来るだろう。実力の差を理解している以上、今度は仲魔も引き付れてくるかもしれない
「この匂い…どうやらご主人にまた面倒な連中が近寄ってきたようだな…まあ、この程度なら問題は無いか」
自室へ入り、部屋に置きっぱなしだったCOMPを手に取る。恐らく、ルイ・サイファーが言っていた(必要な時)とは今、この様な時に違いない…ならば
「悪魔召喚プログラム、起動…マニュアルを表示…機能についての説明を行います。
SUMMON(召喚)自らが仲魔とした悪魔を代価を支払い呼び出します。
TALK(対話)アクマとの会話。言語を持たぬ種族に対しては意思伝達補助を行います
RETRUN(回収)契約した仲魔をCOMP内に電子情報化し、収納します。情報化している間は魂の欠損などは発生しません。
ANALYZE(索敵)戦闘情報を自動収集し分析、保存します
AUTOMAP(自動地図記録)COMPの移動記録を解析し自動で地図を作成し保存します。魔力などによる妨害がある場合は機能しない場合があります。
ITEM(道具)取得物を情報化しCOMPに収納しておきます
MAG(マグネタイト)回収したマグネタイトを情報化しCOMP内に収納します
UNKOWN(未公開)現在使用不能」
…………ルイ・サイファーの(贈り物)は危険なまでの機能を有していた。この悪魔召喚プログラムはそれ単体でただの人間に悪魔召喚士(デビルサマナー)の力を与える
だが今欲しいのはそんな便利さでは無い…もっと直接的な力となるものだ…俺はとりあえずITEMを開き中を確認してみる…するとそこにはとてつもない数の道具が納められていた
いくつか試しに取り出してみる。…一番数が多かった魔石…たはだの小石に見えるが握りしめてみると体から疲れが抜けていく感じがした。
次にマハブフストーン…これもただの石に見えた、だが適当に放っていてうっかり手から取りこぼした瞬間、落ちた床が凍り付いた。…これは使えそうだが取り扱い注意だ
マハラギストーン…名前が似ていると思って試しに外へ投げてみたら今度は空中で炎を撒き散らした…順番が逆だったら大惨事になっていただろう…
他にもマッスルドリンコや傷薬など良く知っているものや、エメラルドやアメジストなどの宝石まで様々なものがあった。これらはその内何かの役に立つだろう…
問題は普通ではない道具達だ…ベレッタ92F…MP5マシンガン…本物の銃火器類…そして三節紺や模造刀などから始まる武器類まで山のように納められている
これもルイ・サイファーからの(贈り物)だろうか?だがそれにしては品揃えが豊富すぎる…というよりは雑多すぎる。銃やら剣やらをこんなに大量に入れる理由がない。
……分からないモノを考えても仕方がない、とりあえず必要なモノを選んで取り出していくことにする
…まずは剣、次に銃と装填する銃弾…防具等もあるがこれは付けていると目立って仕方がないので装備はできない。
隠し持てるモノは制服の内に入れておく…先程の魔石など役立つものもいくつかポケットに入れていつでも使えるようにする剣は流石に隠し持つ事は難しいので直ぐに見つかる場所にデータを移動しておく…
全ての準備は出来た、いつかは分からないが…また奴等が襲撃してきたとしても十分に撃退可能だ…
これ以上することも無いので今日は大人しく寝よう…そう思った時だった
また、同じ事を繰り返すのか?
…そんな言葉が脳裏に響いた。(同じ事)とはなんだ?…何の覚えも無い筈なのに…
嫌な感覚に悩まされて結局寝たのは遅い時間だった
翌日、あまりよくは眠れず気分は良好では無かった。だが別に休む程でも無いし、家に立て籠ることに意味が有るとは思えない、COMPを鞄に入れてに学校へ向かう
学校にたどり着くと妙に視線を感じる…好奇心を感じるもの、もう一つは嫌悪…というか怨恨のようなものか?
なんとなく目を向けて見ると何人かに見覚えがあった。昨日の試合を観戦していた連中だ…それで納得がいった、誰かが昨日の事を噂して広めたのだろう
噂の内容は
「勾田の奴が木場をコテンパンにした」
と
「木場君が勾田君に傷物にされた」
とかそんな感じの妙な形で伝わっているに違いない
廊下で木場を見つける…取り巻きの女子達から凄まじい目線を感じた…悪魔も泣き出すくらいには酷い形相だった
木場も既に現状を察しているのだろう…少なくとも笑顔にいつもの輝きが無い…
まあ、特に話したい事も無いのでそのまますれ違おうとしたのだが…
「勾田君、うちの部長が君に会いたいと言ってる…放課後、迎えにいくから待っていてくれ」
すれ違い様、そんな事を言ったものだから周囲に居た女子達は困惑、何やら勘繰ってまた何か噂を始めている…
にしても、自分の用件だけ言ってそのまま…か、あの様子では無理にでも俺を連れていくだろう
先程、木場から感じた昨日と同じ(妙な気配)…俺は早くもCOMPの出番があるかもしれないと思った
お休みの間、悪魔に体を乗っ取られないようお気をつけ下さい
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第6話 前奏
翌朝、目が覚めたのは午前5時頃だった。眠りが浅くあまり気分は良くない…だが、昨日あれだけの経験をしておきながら俺の体には何の不調も起きていない
いつもより時間があったので念の為にCOMPをメンテナンスしておく…自作のものなので手間はかかるが面倒なものではない、何よりいざというときに問題なく動いてもらわねば困る
諸々の準備が終わったらCOMPを鞄に入れる、教師に見つかれば没収される可能性があるが…リスクとリターンの比重を考えれば仕方がない、一応見つかりにくいような配置にしておく
制服の内ポケットには昨日選んだ(ベレッタ92F)と予備の(神経弾)のマガジンを二つ、これは警察に見付かれば問答無用で御用だが…これは天に運を任せよう
「行ってくるよパスカル、留守を頼む」
「バウバウ!バウバウ!」
任せておけ御主人、と聞こえたような気がした
学校に付いてから妙に視線を感じる…それも一部には敵意まで感じられるような…実に不快だ、敵意ある視線の方向へ目を向けるとそこには木場の取り巻き女子の一人が居た…直接事情を聞き出そうと考えたが、目が合った瞬間焦ってどこかへ逃げ去った
………理解した、この妙な視線の原因は昨日の試合だ。
昨日の試合は確かに人間離れした戦いで、それを見ているものからしたら何が起きたのか分からないくらいのものだっただろう。
その結末として訪れたのは(学園のアイドルの敗北)こんな面白いネタを学生が見逃す筈がない、観客達はそれを知人達に伝え、それが面白可笑しく伝えられていき、尾ひれがついて、結果が今のこの現状なのだ
先程の女子が聞いた噂の内容もだいたい推測できる…「木場を勾田がコテンパンにした」とか「案外、木場が大した事は無かった」とかそこら辺だろう…
木場のファンは木場を一種の信仰とも言えるレベルまで慕っている者も居る…そうでなくとも、この学園の女子の大体は木場に憧れを持つ者は多い…この学園は女子の割合が高いのだから先程から敵意のある視線が増えているのは当然だろう
面倒な事になった…が、今の所は実害は無いので放置で構わないだろう…人の噂も75日という
教室へ向かう廊下の途中、その木場本人と遭遇した。相変わらず取り巻きがくっついているのでその背後からは敵意が飛んで来ている…
噂に関して木場は大して気にしていないようだ…元々有名人な奴は噂のタネにされることに慣れているのだろう
「やあ勾田君、おはよう…君も大変だね?」
「その大変になった要因が言えば気遣いも皮肉と変わらないな…早く収束することを願いたい」
「まあ、誤解を解いていけばその内収まるよ…あと、1つ君に頼みたいことがある」
後半、少し声の調子が変わる。多少込み入った話なのだろうか?
「うちの部長が君を呼んでる…放課後になったら迎えに行くよ」
「(頼み)というのは断っても良いことを言う…それは頼み事とは言えんな」
「…まあね、でも、君はもう事情を察しているだろう?」
木場から感じる異質な気配…昨日の堕天使との出会い、これで察せないというならばそれは余程鈍い奴だけだろう
次なる非日常の始まりは放課後、腹を据えてかかる必要がありそうだ
昼休憩、未だに向けられる視線は健在、実に鬱陶しいことこの上無い…何度か視線をぶつけて散らしては見るのだが休憩に入る度にまた別の連中が表れる…
新聞部とかいう連中に至っては接近までしてこようとした、睨みつけると直ぐ様逃げ出した…腰抜けめ
だが飯を食いながら周囲にガンをとばす訳にもいかない…面倒だし、飯が不味くなってしまう
そこに丁度良く兵藤達バカ三人組が目に留まった、彼らの近くに入れば多少は視線避けになるだろうと思い同席させてもらう。こいつらを好き好んで視界に入れる連中はこの学園にはほとんど居ないのだ
別に根性がねじ曲がっているとか、性格が悪いということは無い単なるバカ…それがこいつらだ、確かに頭が痛くなるような騒ぎも起こす、下品な言葉を周囲に撒き散らすのは確かに好ましくないが、俺には下手に賢しい連中よりは遥かに好ましく思えた
気分次第だが何度かこれらと休日を過ごした事もある…如何わしい店を回るのに付き合わされる事もあるが、無駄な賢しい知恵を付けていない分見ている分には問題ない。多少行き過ぎた言動や行動は俺が止めているが…このような戯れ合いは嫌いではなかった
この日の昼食もやはり必要以上に喧しいものでは合ったが…少なくともいつも通りのモノであった。途中までは
「へっへへ…なんと俺!彼女が出来ました!」
この言葉までは
何が起きたのは詳しくは割愛させて戴くが、兵藤の(天野夕麻)とかいう彼女とやらの写真と奴ののろけ話によって松田・元浜は発狂…
「「オレサマオマエマルカジリ!」」
言動が人間のものからかけ離れ始めたところで鎮圧、廊下に寝かせておくことにした
「だが何度考えても不思議だ…駒王学園どころか学外まで悪名が轟いているお前に彼女ができるなんて」
「はっはっは!夕麻ちゃんは可愛い上に優しくて賢いからな!俺の秘めた魅力に気付けたんだよきっと!」
「……財布と携帯の管理には気を付けろよ?」
友人の初彼女が美人局では無いことを願うばかりだ
放課後、兵藤は明日土曜日が初デートのようで家で計画を練るようだ…週明けにその表情が絶望に染まっていないか心配だが…今はそれどころでは無い
兵藤と入れ替わりで木場が教室に入ってきた、いつもの取り巻きは連れておらず、その顔にいつもの人の良い笑みは浮かんでいない
「やあ、待たせたね…じゃあ行こうか」
教室に残っていた連中の視線を振り切り旧校舎へ向かう
旧校舎は現在ほとんど使われておらず、俺は今まで一度も入ったことが無い…俺に限らず、人の出入りなど無い場所だ
他の部活が使っているという話もあまり聞かない…その理由は不明だが、オカルト研究部リアス・グレモリーはこの学園の経営陣と繋がりがあるという噂がある
旧校舎入り口、使われていない割りには綺麗に保たれている…その事を少し思いつつ立ち入ったとき
一瞬、先日とは全く性質の違う力を全身に感じた…まるで膜でも張ってあったかのように。その力は試合の時に木場から感じたモノに良く似ていた
確信する…この木場裕斗という男は人間では無いことを。そしてこの先に待ち構えている存在も同じモノであることは明白
伏魔殿へ足を踏み入れた事を知った
旧校舎最上階、オカルト研究部と書かれた木札のかかった扉が見える。古めかしく意匠の凝ったそれは、生徒会室のそれと似た雰囲気を持っている
「部長、彼を連れてきました」
「御苦労、入って良いわよ」
まるで王と従僕の会話だ、だがその様子に違和感も不思議さも無い
では、対面と行こう
次に出会う時まで悪魔に体を乗っ取られないようお気をつけください…
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第7話 交渉
木場に続いて部室に入る、そこはまさにサバトでも行われていそうな雰囲気の漂う部屋だった。壁から天井までヘブライ語のような文字が刻み込まれ、部室の中心には巨大な魔方陣が描かれている
そして、その全てが本当に意味あるものであると言うことが今の俺には分かる…隠されてはいたようだが、この部室の中は木場から感じていたものと同じ力で満たされている
それは文字や魔方陣に刻み込まれたものでもあるが…何より多くを占めるのは、この部室の中に居た者達…特に、正面のソファーの隣に立つ黒髪の女と、ソファーに座っている紅髪の女から放たれているものだ
この二人は学園内において知らない者などほとんど居ないような有名人だ、黒髪の女が姫島朱乃、もう一人の紅髪はリアス・グレモリー…(駒王学園二大お姉さま)などと呼ばれている
「初めまして、まあ何度か私の事を見たり聞いたりはしてるでしょうけど自己紹介させていただくわ、私はリアス・グレモリー…このオカルト研究部の部長よ」
「丁寧な自己紹介どうも…と言いたいが、力を放出して威圧しながらでは礼儀など有って無いようなものだな…だけどこちらも自己紹介させて貰う、勾田尋、剣道部の二年生だ」
学校の中でこんな力を振り撒いていたならば、例え昨日の出会いが無くとも俺は違和感をこの女に感じていたはずだ。隠す事が出来る力をあえて表に出す、立派な示威行為だろう
「ごめんなさいね…一応警戒しておく必要があるから…念の為に聞いておくけれど、貴方は悪魔祓いでは無いわよね?」
「違う、そしてこちらも念の為に聞いておくが、グレモリー先輩…貴方達は悪魔だな?」
互いの視線がぶつかり、睨み会う
しばし無言の時間が続く
先に口を開いたのは向こうだった
「……貴方は、悪魔の存在について知っていたのね?」
「多少だが、知らされていた」
リアス・グレモリーの目からはまだ疑いが感じられる
「知らされていた…と言うことは貴方に情報を与えたものがいると言うことね」
リアス・グレモリーはこちらを念入りに観察している、だが少なくとも今すぐ殺そうなどとは考えていなさそうだ
俺は懐に入れていた銃とポケットの中のアタックナイフをテーブルの上に置いた
「……まず、俺は悪魔祓いでは無いという事は理解してほしい。また積極的に敵対するつもりも(今の所は)無い」
まずは当面の敵意が無いことを示す、危険な行為だが相手に信用して貰うにはこのくらいのことをするべきだ
すると今まで部室の隅に座っていた小柄な女子がリアス・グレモリーに話し掛ける
「………部長、おそらく問題は無いと思います。この人はそこまで危ない感じがしません」
今まで正面の二人に注意を向けていて気が付かなかったが、この女子も俺は知っている。塔城小猫、男女共にその愛らしさに人気がある一年生だ
「そう…小猫が言うならば問題は無さそうね。疑って悪かったわ勾田君」
どうやら警戒を解いて貰えた様だ、部屋の中に満ちていた力が弱まったのを感じる。そしてここからが本番だ
「恐らく、互いに聞きたいことが山ほど有る筈だ。ここは平等に情報交換をしないか?疑いの余地は出来る限り無くしておくべきだ」
「ええ勿論、こちらも同じ事を提案するつもりだったわ」
情報交換の結果、得られた情報を纏めると。このオカルト研究部とはリアス・グレモリーとその眷属、人から転生した悪魔達の集まりらしい。そもそも、この学園自体がグレモリー家によって作られたものであり、生徒会もまた悪魔の集まりだとか。
良く考えれば、リアス・グレモリー、のグレモリーはソロモン72柱の1つだし、生徒会長の支取、はシトリー…こちらもソロモンの悪魔だ。まさか張本人だとは思うまい
実にとんでも無い話だ、日常に悪魔が紛れ込んでいる話はルイ・サイファーから聞いていたが、まさかここまで暮らしのすぐ側に存在するなど想像もしていなかった
悪魔というのは極端に美しいか醜いかのどちらかで描かれることが多いが…まさか事実通りの描写であったとはこれまた驚いた
こちらからもいくつか情報を提示した、かつて自分が勾田尋では無かった事、ルイ・サイファーと名乗る謎の人物の事、そしてドーナシークという堕天使と出会った事
「そう、貴方は悪魔と出会った事が有ったのね…だからこそ今ここにいる。他意の無い事とは言え、思い出させてごめんなさい」
リアス・グレモリーは本当に申し訳なさそうにそう言った。人と同じような気遣いをしてくれるということがとても以外に感じられた
「別に構わない、悪意をもっての事ならば赦しはしないが…そうでは無いという事は分かっている。それに、過去はいくら語った所で減りも、変わりもしない」
自分でも薄情な事だと思うが、俺はもうあの日の記憶に整理が付いていた。確かに悲しんだ、悪魔を憎んだ。だが、あの悪魔は自分自身の手で滅ぼしたのだ。
普通の人間ならば、あの悪魔への憎悪は、悪魔という種族全てに向けられていくだろう…だが、何故かそうは考えられなかった。
(もう憎悪に囚われるのは嫌だ)
どこから湧き出てきたのか分からないこの気持ちが、×××を勾田尋として生かしている
「それにしても、ルイ・サイファーとは随分とユニークな偽名ね、どうみても(ルシファー)の名前を意識してるじゃない…何者かしらね?普通の悪魔ならそんな名前は決して使わない筈だけど…」
「部長、そちらも気になりますがまずは堕天使の件について調べるべきかと思いますわ。神器を持つ人間を狩り集める…何かを企んでいるに違いありません」
姫島朱乃はどうやら堕天使の件に対して関心が強いようだ…それも、ただ警戒しているだけというわけでは無く、何か拘りがあるような…そんな嫌悪感が表情から見てとれる
「朱乃の言う通りね、とりあえずは私も使い魔をいくつか町に放っておくわ。朱乃、小猫、貴方達もお願い。それと勾田君…」
「む、何か?」
「現状、一番危険なのはおそらく貴方だわ、貴方の中には無意識下ですら悪魔を殺戮しうる程の力を持った神器が有る。それを彼らが一度の敗北程度で諦めるとは思えない…そこで」
リアス・グレモリーは一枚の紙をこちらに差し出してきた
「勾田君、私と契約を結ばないかしら?契約内容は簡単、この件が解決するまでの間、私達オカルト研究部に所属すること、戦力と情報を共有すること、この二つよ」
「………願っても無い好条件だが、そちらへのメリットは?見たところ、貴方達の力量ならばあのレベルの堕天使ならば問題なく対処できるだろう」
まだ戦った事は無いが、勘で理解できる。先日戦ったドーナシークという堕天使とリアス・グレモリーという目の前の悪魔では圧倒的なまでに力の差が有る。
「簡単よ、ここは私達グレモリー家によって守護される土地であり、私達のテリトリー…そこで堕天使に好き勝手されるのは我慢ならないわ」
要するに面子の問題か…確かに彼ら悪魔にとっては大問題だろう。勝手に悪魔に所有権を主張されるのは少し思うところがあるが…まあ、実害は無いようなので許容範囲内だ
「そしてもう1つ…貴方の神器と裕斗を下したその剣の腕」
「…戦力として期待しているということか?」
「ある意味では合っているわね…これよ」
リアス・グレモリーは制服の中からあるものを出した
「これはなんだ?チェスの駒…騎士の様だが」
「その通り、これは悪魔の駒と呼ばれるものよ。勾田君…単刀直入に言うのだけれど…私の眷属にならない?」
次にお会いする時まで、悪魔に体を乗っ取られないようお気をつけ下さい…
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第8話 勧誘
このままじゃ駄目なんだ…今の俺では○○○には勝てない…実力が違いすぎる…力の差が有りすぎるんだ。
俺は…決めたぞ!×××!俺は悪魔と合体する!
巨大な水槽の中に入ってしまった男が溶けて行き…水槽に囲まれた魔方陣の放つ光の中から彼は再び現れた。赤い武者鎧に包まれた体と、時折金色に輝く目が。彼は既に人では無いことを俺に教えていた
悪魔となったその男は、以前よりも荒々しい声でこう言った
俺はもう…誰も負けはしない!
……一瞬、幻覚を見ていたようだ。あの男が誰なのか俺は知らない…何の覚えも無いただの幻の筈なのに、どうして俺はこんなに喪失感と無力感を感じたのだろうか?
「…俺に悪魔に転生しろと言っているのか?」
「ええ、ただしこれは強制ではないわ。少しの間オカルト研究部に所属はしてもらうけど事が済み次第剣道部に復帰しても構わない…でも、これは悪い提案では無い筈よ。
知っての通り、天使・悪魔・堕天使の三大勢力の間には不可侵条約が結ばれている…上級悪魔である私の眷属になれば彼らは貴方に手出しする事は出来ないわ。契約に違反してしまうことになるもの」
先程から話していて分かったが…彼女は思っていることが表に出やすい性格らしい。リアス・グレモリーから他意は感じられない、何か企みや罠が有るという訳では無さそうだ。だが本気で俺を勧誘している。
「悪魔の社会は実力主義、大いなる力を示すものにはそれに相応しい地位と財産が与えられるわ。人間、それも何の加護も受けていない身でありながら堕天使や悪魔と互角に戦える貴方なら、きっと爵位を手に入れるのもすぐでしょう…それに」
「断る」
迷いも戸惑いも無い言葉で断言する。悪魔となる事で得られるもの対しては興味をそそられるものなど一切無く、この答えしか俺は持ち得なかった
「俺は決して人である事を辞める事はしない。例え襲いかかるものが神であったとしても、世界の全てを手中に収める事が出来るとしても…決してだ」
一体何が俺をここまで人で在ろうとさせるのかは分からない。だが、この思いは命に代えても曲げてはならない、と…自分の中の何かが訴えかけてくるのだ
「…多分断るんじゃないかなって思ってたわ。でもここまできっぱりと言われるのは流石に予想外…これ以上何を言っても無駄のようね。残念だけど大人しく諦めるわ、残りの条件はそのままで契約を結びましょう」
あまりの断固とした言葉に若干戸惑っている様だが、どうやら気分を害したりはしていないようだ
「感謝する…そしてすまない、こちらに都合の良い条件ばかりを受ける結果となってしまった」
「いえ、構わないわ。こちらはとても重要な情報を受け取っているもの、お陰で早めに手を打てるのだから十分対価になるわ」
互いに意見が纏まったと見るとリアス・グレモリーの隣に居た姫島朱乃が羊皮紙を一枚取り出した。準備の良いことだ
まずリアス・グレモリーが条文を書き確認し、サイン。続いて俺も署名する
「はいこれで契約完了…これから貴方の身の安全は私達が保証するわ。契約者としてこれからは貴方をジンと呼ばせて貰うわね」
「ああ…そういえば俺もここの部員になるのだからこれからは部長と呼ばせて貰おう…部長、コンゴトモヨロシク」
「ええ。コンゴトモヨロシク。ジン」
「さて、ジン…これからの活動方針についてなのだけれど…当面はこちらから何か積極的に仕掛けていく事は無いと思うわ」
「了解した、ところで俺は悪魔へ転生しなかったわけだが…こちらの部へ移る意味が他にあるのか?」
三大勢力の間には不可侵条約が有り、悪魔の領域である学園内に堕天使が侵入してまで俺を襲撃するとは考えにくい
「ええ、貴方をオカルト研究部へ勧誘した理由はもう1つ有るの。それは貴方の持つ神器を見極める事よ」
そう言われて納得する。神器とは文字通り神の力の宿ったもの。それは扱いを誤れば何が起きてもおかしくは無い、有る意味不発弾の様なものだ…放置する事はできないだろう
「ジン、貴方がかつて悪魔と対峙した時に現れたという剣が有ったわね?恐らくそれが貴方の神器、魔力で満たされたこの部室ならばその姿をイメージするだけで再び召喚できる筈よ」
言われた通り試してみる…まずあの日の光景をもう一度頭の中に思い描き、その形状をできるだけ思い出す…炎を纏ったあの黒い剣を
「………来い」
右手に熱さを感じる…更に意識を集中させるとそこから炎が吹き出し始めた。だが、黒い刀身が表れることは無かった
より強く念じてみる、だが炎の勢いが強くなっただけで本体は現れない…これ以上強めると何かに引火してしまいそうだ
「暑いです…羊羮が溶けそうです」
ソファに座っていた塔城小猫や木場裕斗が若干汗をかいている。炎の影響で部屋が蒸してしかたがない
「あらあら…窓を開けますわね」
姫島朱乃が換気を始めた。これ以上試しても無駄だろうと判断して俺も炎を収める
「失敗したみたいね…でも貴方の神器はかなり強力だと言うことは分かったわ。完全に出現していない状態の炎でさえ並みの神器と遜色無い力を発揮しているわ…その分、呼び出すためには余程強い思いが必要となるのでしょうね、例えば命の危機に瀕した時とか」
「ああ…実は俺も同じ意見だ、これはそう簡単に呼び出せない。どうする?肝心の本体を見せられなければ正体が分からないだろう」
強い力を宿していると言うことはそれだけの危険性を持つということ…自分の手に負えるかどうかも分からない物をそのままにしておくのは問題がある
「貴方なら大丈夫よ、その実力なら命の危機に陥る事はそうそう無いでしょうし、いざとなったら私達がフォローすれば良いことよ。何れもっと準備を整えてか再挑戦しましょう」
「そうか…なら、部長のその言葉を信じるとしよう」
不安が無いという訳では無いが…彼女が言うのならば大丈夫だろうと思わせる何かがリアス・グレモリーにはあった。これが上に立つもののカリスマ性というやつだろうか?
「学園外では常にこの子を連れ歩くようにしてちょうだい、何か有ったときに私に報せを届けてくれるわ」
リアス・グレモリーが俺に預けたのは紅色の蝙蝠だった。彼女の髪と似た色をしておりいかにもと言った感じの使い魔だ
これを連れておけば悪魔の関係者ということである程度所属を明らかにしておく事ができ、威嚇の意味合いもあるのだそうだ。出来るだけ離れないように心がけよう
不要だとは思うが念のためこちらの連絡先も伝えておいた、何事かあればCOMPに連絡が入るだろう
帰宅中、まさか昨日の今日でまた同じ相手に絡まれるような事は無いだろうと思うが念のため使い魔を連れて警戒しながら路を歩く…
嫌な予感というものは大抵当たるものだ
「おんやぁ?ずいぶんとおかしくて穢らわしい物を連れ歩いてる人がいますねぇぇ?悪魔くせぇ…」
この日、目の前に立ち塞がったのは翼の生えた人外ではなく、白髪の少年神父であった
また会う時まで悪魔に体を乗っ取られないようお気をつけください…
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第9話 神父
気味の悪い男、それが第一印象だった
「初めましてオレっちの名前はフリード・セルゼン…とある組織で神父として悪魔祓いとかやっちゃってる者なんだけど…散歩とかしてたらどこからか悪魔のいやーな臭いがしてきた訳よ…」
喋り方、立ち振舞い、歪んだ表情、どれをとっても狂人のそれだった。まともな人間では無い事は一目瞭然だ
「ほら?オレってば善良な神父様だからさ?悪魔を放置とか出来ない訳よ…くんかくんかと臭いを辿ってみればなんと!使い魔連れて道歩いてるクズを見つけてしまったのでした!」
…まさか(鳥避け)がケダモノを呼び寄せてしまうことになるとは思いもしなかった、完全に想定外だ、俺も運が無い
「……で?その善良な神父様は悪魔に魅せられた哀れな子羊をどうしてくれるんだ?聖水を撒きながら聖歌でも歌ってくれるのだったら見てやるぞ?」
「ノンノン!そんなまどろっこしーい事はいたしません!そもそもオレ聖歌とか大っ嫌いですし!?それではもっともシンプルで効率的なやり方をお教えしましょう!」
奴は懐を漁ると剣の柄の様な物を取り出した、神父がそれを構えると光の刀身が振動音と共に出現する…収納性の高い便利な武器だ…羨ましい
こちらもポケットからアタックナイフを取り出す、COMPの中にある剣を使いたいのはやまやまだが人気が無いとはいえ人が通る事もある道だ…うかつに持ち出せない
「へーえ?やるつもりなんですか?そうですか!?そんなちゃちなナイフで?…へへ…殺すわ、お前」
神父の纏う空気が一変する…先程までの気持ち悪さはなりを潜め、敵意と殺気が充満する
瞬間、神父が獣の如き速度で襲い掛かる。木場裕斗にすら匹敵するその動きから並の人間には視認する事すら困難な一撃が降ってくる
だがその程度の速度は既に慣れきってしまっていた、降りかかる斬撃を体を捻って回避すると逆に剣を握るその手首を掴み捻る、そしてそのまま片腕で神父を放り投げ、その体は壁へと叩き付けられる
俺の身体能力は先日から異常に上昇している、人間ならばひとたまりも無い一撃、命の危険すらある筈だが
「…いってえ…なんつー怪力してんですかねぇ…俺の動きを捕まえた挙げ句片腕で投げ飛ばすとか無茶苦茶すぎるでしょ」
奴は気絶すらしていない、多少ふらつきはしているがまだ戦える程度のダメージだろう。手首を掴んだ時に感じたあの肉体の硬さは本物のようだ…手首をへし折るつもりで握ったのだが
「うっは…こりゃウチの上司様のお力が無ければ神の下へ召されてたかねぇ…」
殺気も敵意も未だ衰える事は無し…生半可な事ではびくともしない上にこれだ…厄介極まりない、今の装備では取り押さえるのは困難だろう…
「○○○○!……クソッタレガァァァ!」
神父が怒り狂い、吼える…神父はまた懐に手を入れると今度は白い色をした拳銃を取り出してきた
最近の悪魔祓いは近代兵器まで使うのか…そんなとこだけ現実的にならんでも良かろうに
神父の銃口がこちらへ向けられた、反射的に銃口の先から飛び退くと眼前を閃光が通り抜けていった
続いて放たれる二射目も回避、三射目は発射のタイミングを見切りナイフで閃光を切り裂き無効化
「へっへっへ…堕天使様特製の光の銃と弾丸だ…光だから銃声なんて響かない…人間にも悪魔にも威力抜群って訳だ」
対人外用サイレンサー…先程も思ったが便利な武器だ…出来れば一丁奪えないだろうか、などと悠長な事を考えている暇は無かった、あの神父がひっきり無しにこちらへ発砲してきている
発射の瞬間さえ見ていれば十分回避は可能な弾速のため対処には困らない、回避するなりナイフで弾くなりするのは容易だった
「鬱陶しいんだよ!ちょろちょろ避けやがって!とっととくたばりやがれこの○○が!」
神父の形相がどんどん酷いものになっていく、このままではどちらが悪魔か識別が付かないような顔になるのではないか?と思う程に
だが早く決着を付けたいのはこちらも同じだ…このまま神父が騒ぎ続ければ誰か一般人がそれを聞き付けて様子を見に来るかもしれない…もし、この現場を見てしまった者が現れた場合、奴は容赦なくその者を口封じするだろう
奴の銃に弾切れは期待できない…反撃するなら早い方が良いだろう、無関係の者を巻き込まないため武器の使用を決断する。
確かポケットの中にはアレも入れておいた筈…あった、光の弾丸の雨が途切れた隙にそれを神父へ投擲する
「しゃらくせえんだよ!石なんざ-ーーーガッ!?」
神父の表情がこれまでとは一変、驚愕に染まり、そのまま文字通り凍りついてしまった
先程投げた石の正体は全日その効果を確認したマハブフストーンだったのだ
それを手で払い除けようとしてしまった神父はその冷気をもろに全身に受けることになり、結果全身が凍りついたというわけだ
そして完全に動きが止まった神父にとどめをさす、制服に潜ませたベレッタを取り出し一発のみ発砲、見事左肩に命中した
「ぐぁぁあ!……畜生…こ…の…」
それでも神父はまだ抵抗する意思を見せたが数秒後、彼は沈黙し何も喋らなくなった
「安らかに眠れ…」
まあ、神経弾の効果で眠らせただけなのだが
さて、この神父がいくら頑丈だとはいえこのまま放置すればそのうち死んでしまうのだが…その心配は無い
「おい、一体いつまで見ているつもりだ?とっととそこの神父を回収していけ!」
空から黒い羽と共に二人の女が舞い降りてくる、どちらの背にも黒い翼があり、ドーナシークと同じ堕天使である事が見てわかる
「ふむ…姿は術で隠していたし、十分距離もとっていた筈だが…いつから気付いていた?」
「そこの神父が襲いかかってきた時だ、近くに人間の気配が無かった代わりに妙な気配があったから警戒しておいたんだ…不意打ちでも食らったらたまらんからな」
「あちゃー、最初から気付かれてたって訳っすか…自信無くすっすよぉ…」
……金髪の方の堕天使の喋り方は独特だな、ああいう堕天使も居るのか
「ドーナシークを圧倒したという力は本物の様だな、まさかフリードまで無傷で封殺されるとは思わなかった…その力に敬意を表し名乗ろう、我が名は(神の子を見張るもの)の堕天使カラワーナ」
「人間なんかに名乗るなんて本意じゃないっすけど特別に教えてやるっす…(神の子を見張るもの)の堕天使、ミッテルトっす。ほら、こっちが名乗ったんだからそっちも名を名乗るっす」
青髪でデカい女がカラワーナ…金髪ゴスロリがミッテルト…か、これで出会った堕天使は三体…まだ居るのだろうか
「勾田尋、それでカラワーナとミッテルトとやら、お前達の目的は俺の実力を確かめる事だけか?ならばとっととその神父を持って帰れ、ここで死体になられても面倒だ。…それとも今度はお前達がやるのか?」
「いや、今日は大人しく退かせて貰おう。認めたくは無いが容易くは勝てん相手の様だからな…それにこの神父も死なせるには惜しい」
カラワーナがそう言うと、彼女達を取り囲むように魔方陣が現れる
「いずれまた会う時が来るだろう…その時はその身に秘めたる神器、貰い受ける」
「首を洗って待ってるが良いっすよ!」
魔方陣の光に包まれて、堕天使達と神父の姿は消え去った
どうにか今日も危機は脱した…だが、結果として奴らにより警戒を強めさせてしまうことになった。恐らく次に会うとき彼らは万全の状態で待ち構えているだろう…面倒だ
考えに耽っていると目の前に紅い魔方陣が出現した、これはオカルト研究部の部室にあったもの…
「遅い」
救援に来るならばもう少し早くして欲しいものだ…
では、次に会うときまで悪魔に体を乗っ取られないようお気をつけ下さい
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第10話 人道
「……何はともあれ、無事でいてくれて何よりよジン、まさか助けに来る前に敵を追い払い終わってるなんて」
「うふふ…ジン君には加勢なんて不要だったかしら?」
魔方陣から現れたのはリアス・グレモリーと姫島朱乃の二人だった。使い魔からの報せを受けたリアス・グレモリーは姫島朱乃と合流してからこちらに飛んで来たらしい…
物語の上での悪魔というのは呼べば神出鬼没なものだが…彼らの場合は自分の生活がありいつでも出てこられるという訳にはいかないのだろう。
「流石に買い被りすぎだ副部長…相手は堕天使二匹だったんだ、下手したらあの神父が起きてきた可能性もある…少なくとも無傷という訳にはいかないところだった、感謝はしてる」
いくら俺に悪魔や堕天使を凌駕する身体能力と装備があったとしてもそれは悪魔で個人の力の域を過ぎない、更に肉体そのものが人間である以上、ただ一度剣で切られるだけ、銃で撃たれるだけで致命傷を受けてしまう可能性すらあるのだ
「それにしても…神父が堕天使と手を組んでいるのは意外だった、普通のメシア教徒からすれば堕天使も悪魔もほとんど同じ存在だろうに…」
「メシア教徒?また随分珍しい呼び方をするのね…貴方が戦ったのは(はぐれ悪魔祓い)と呼ばれる者よ」
何となく倒せば強くなれそうな名前だな…確かに動きは素早かったし雰囲気もドロドロしていたが…
「はぐれ悪魔祓い、私たち悪魔にとっては只の悪魔祓いよりも厄介な連中よ…悪魔祓いの儀式というのは神への信仰を以て神の敵を打ち倒すある神聖な儀式のようなもの…でも、その中には歪んだ感情、ただ殺すことへの快楽を求める者も居る」
目的と手段の逆転か…面倒な手合いだ、下手に目的だったものが存在するせいで自らの行動を正当化する大義名分を持っているからな
「そういった者達は教会の中でも異端とされるわ、破門され、追放され、誰にも知られる事無く始末される…それに目をつけたのが堕天使達よ。」
「神に見放された者同士、仲良くしましょうってことか? 」
「そういうこと…はぐれ悪魔祓い達は堕天使と契約することでその光の力を受け取るの。例え堕天使の光でも悪魔にとって毒である事には変わりない」
使っていた光の武器はそれか…便利だから奪って使おうかと思っていたのだが契約が無ければ使えないのか…残念だ
「彼らは数自体はそこまで多くは無いわ、でも倫理や規則の無い彼らは悪魔にとって高い脅威となる」
少数精鋭…という訳か、もしはぐれ悪魔祓いが皆あのクラスの強さを持っているとしたら…かなり面倒だな
だが、堕天使との契約によって力を得ているということは
「…堕天使さえ押さえてしまえばはぐれ悪魔祓いの戦力も同時に奪える…という訳だな。…安心したよ、アレほどの戦力を殺さずに押さえ込むのは一人でも苦労するからな」
俺のこの言葉を聞いてリアス・グレモリーの表情が曇る
「…悪いけどジン、例え堕天使を倒して、それに仕えるはぐれ悪魔祓いを無力化できたとしても彼らを見逃す事はできないわ」
その言葉は、まるで子供に言い聞かせるようなものだった
「例え一度力を失ったとしても、彼らが再び堕天使と契約しないとは思えないわ…暴れる場所を変えるだけよ。ジン、貴方が人を殺したく無いと考えるのは人として当然の事よ。でも…これはそれでは解決できないことなの」
……彼らは殺す為に(はぐれ)になったのだ、例え力を取り戻す事がなかったとしてもそれは変わらないだろう…悪魔を殺せないなら人を殺せば良いだけの事、彼らを生かしておくという事は、誰かを殺させるということなのだ。
「すまない…甘い事を考えていた。…この世界も、そういうものなんだな。」
…この言葉を、長い間忘れていたような気がする
「ジン、貴方はきっと人としては正しいわ。元々この争いは私たち悪魔と神と堕天使の争いよ、私たちで決着を付けるわ。」
「…さて、話していたらもう暗くなってるわね。一晩に二度も襲撃してくる事は無いでしょうけど、一応気を付けてね」
「念のためにこれを渡しておきますわ」
姫島朱乃から御札を数枚受け取った
「これは…?」
「それは私の雷を込めたものですわ、空を飛ぶ堕天使達との戦いでは必ず役に立つ筈…いざとなったら叩きつけて差し上げて下さいな」
強い魔力を感じる…かなりの威力を期待できそうだ。だが扱いには注意しよう…特に電化製品に近付けたりしないように
「良いですか?堕天使との戦いにおいて重要なことは決して容赦しないことです。彼らはプライドが高く、悪魔や天使よりも強い個々の目的意識の強さがあります…騙し討ちなど卑怯な手も使うでしょう。決して油断してはいけません」
姫島朱乃の言葉から堕天使への強い嫌悪感を感じる…堕天使に対してここまでの嫌悪感を抱くということは、彼女自信もそのような体験をしているのだろうか…
「了解した…注意しておく」
だが、まだ二度しか堕天使と出会った事がない俺では堕天使が持つという危険な面を理解できていない…いつか、彼の堕天使達とも対話する事が在るのだろうか。
ふと思った、再び堕天使達と戦う事になった時、俺は彼らを殺すことになるのだな…と
アクマをころしてへいきなの?
頭の中に声が響いた…どこかで聞き覚えのある声だ…どこで聞いた言葉なのだろう
この言葉は何故かずっと頭の中から離れず、また眠れない夜を過ごした。
では、次に会うときまで悪魔にカラダを乗っ取られないようお気をつけください…
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第11話 間隙
でもそれは別物、あの家に僕は帰れない
二日続けて命を狙われ、気が付けば休日の朝。だというのに眠りは浅く、まだ暗い時間帯に起きてしまった。二度寝する眠気は無かったので仕方なく床を出る。
「…バウ?」
「まだ寝てたか…すまないなパスカル」
どうやら足音で時間を勘違いさせてしまったらしい。少し早いが…詫びついでに餌を出してしまおう。
………パスカルの餌が残り少ないな、買いに行かないと。ついでにあのカフェに行こう、今から電車で行けば朝食時に着く筈だ。
駒王町の駅…この町は財政に余裕があるため、大体の施設が恵まれた環境を持っており、この駅もそこそこの規模だ。土曜日の早朝でも利用する客は多い。
ふと、違和感を覚え立ち止まる。
何か妙な気配を感じる…だが、その出所が良く解らない。下の方だというのは分かるが、これ以上は下に続く道が無い。
旧校舎にあったような気配を隠す結界だろうか?正確な位置を把握できない。
駅全体を探索してみたがその正体は解らないままだった。危険な気配では無かったのでとりあえずは問題ないだろうが、次にリアス・グレモリーと話すときに聞いてみよう。
駅の探索に時間をかけたせいで少し朝食時に遅れてしまった。
「おはよう、ジン君。調子はどうだい?」
「良くも悪くも無いって所かな…朝食セット、コーヒーを頼むよ。」
「かしこまりました…そちらのカウンター席へどうぞ」
この店は、いつぞや街をマッピングしていた時に見つけた。何となく気になって入ったら、ここのブレンドコーヒーが何故かとても気に入ってしまい、以来ここの常連となっている。
いつも座っているカウンター席は、コーヒーの香りがよくする場所だ。この香りに包まれる時間は、何処か懐かしい気がする…
「あら、こんな所で出会うなんて奇遇ね×××…やはり私たちは運命で結ばれているのかしら?」
背筋に寒気がする程に美しい声がした。何時の間にか隣に黒髪の女が座って、俺を見つめていた。
この女を…知っている。夢の中で俺は彼女と出会った…名前は
「ゆりこ…?」
「ええ、そうよ…私はゆりこ。私はアナタと出会えるのをずっと待っていたのよ、たとえ世界を違えたとしてもね」
彼女の目から目が逸らせない。その美しさに意識を支配されてしまっている。耳に良く通る声、鼻腔に入り込む彼女の香り、彼女の持つ全てに魅了されてしまっている。
「やっぱり今のアナタなら私でも夢中にさせてあげられるのね…でも、そんなものは私の欲しいモノじゃないわ…あの時を繰り返す事になるだけ…そんなのは嫌。」
ゆりこは悲しそうにそう言い、席を立った。
「今はまだ一緒に居る事は出来ない…でも、どうか忘れないで…私は何時でもアナタと共に在る事を。」
我に帰ると、ゆりこの姿は消えていた。
「はい、朝食セット、コーヒーで御座います…どうしたんだいジン君?誰も居ない席を見つめてたけど。」
マスターにはゆりこが見えていなかったらしい、まさか幻覚だったのだろうか?
「いや、何でも無い…ちょっと考え事をしていただけだよ」
まだ、ゆりこの甘い香りが残っている様な気がする…コーヒーの香りで上書きしてしまおうとする、だが、彼女の声と姿が頭に焼き付いていた。
「はい、いつもの豆と合わせて2,600円だよ。コーヒー代はおまけしとく。」
「いつもありがとうマスター、また来るよ。」
朝食を終え、多少落ち着くことが出来た。時刻はそろそろ11時になる。別に急ぎの用事は無いので適当にあたりを散策する事にした。
少し歩いた所で前から気になっていた店を見つけた。(骨董)とだけ書かれた看板を置いただけの店。どんな物が置いてあるのかと気になっていた。
他に客は居ない…緊張するが勇気を出して店に入る。
「………」
店の中には店主と思われる男性、スキンヘッドにサングラスの厳つい見た目をしている…これでは普通の客は怯えて近付かないだろう。店主はこちらを一瞥しただけで何も言わない。営業はしているようなので品物を見て回る事にする。
水墨画、だるま、書…ごく普通の骨董品ばかりだった。特に興味を牽かれる物は何も無い…外れだったかと思ったその時
「お前にはこっちの方が入り用みたいだな」
店主はそう言って、店のカウンターをひっくり返すと、そこから大量の銃と弾丸が現れた。そういえば噂で聞いた事が有る。裏で銃を売買する店の話を…ここがそうだったのか。
「………どうしてそう思うんだ?」
この店が銃を扱っている事に驚きは無かった。それより、自分が銃を扱うという事を見抜かれた事が気になった。
「こういう商売をしていれば、そういう奴ばかり相手にする事になる。お前はその中でも一等ヤバイ…俺の勘がそう言ってる。隠そうとしたって無駄だと思うぜ?」
……何の根拠も無い言い分だというのに、否定が出来なかった。
「…銃のメンテナンスを頼む」
先日使った銃を見せてみる事にした、使い込まれているようだったので、どこか古くなっているかもしれない。
「見せてみろ…やっぱりな、ここまで使い込まれた銃は久し振りに見た、その上手入れも良くされている…これに命を預けてた証拠だよ、少し待ってな。」
店主は銃を分解するといくつか部品を取り換えていった。
「細かいパーツが古くなってただけでそれ以外は問題無しだ、まだまだそれは使えるぜ。今回の代金は初回サービスってことにしといてやる。銃を大事扱ってくれるみたいだからな、また来いよ。」
受け取った銃を店主に見えないようにCOMPに収納する。
「……また来る」
この銃は一体誰が使っていた物なのだろうか?恐らく、ルイ・サイファーは知っているのだろうが…彼に聞こうにも連絡を取る術は無い…
「あれ?ジンじゃないか、こんな所で会うのは珍しいな」
店から出て少し歩いた所で一誠と出会った、大きな袋を抱えているが…
「………お前、一人か?彼女持ちともあろうものが、一人でここらで買い物をしているのか?」
「一人で、一人で言うんじゃねーよ!ちゃんと明日は夕麻ちゃんとデートだっつの!デート用に下見したり服とかいろいろ買ったりしてたんだよ!」
「ふむ、明日がデートで、今日に買い物か…明日のデートの費用は大丈夫か?」
「当たり前だろ!いくら俺でもそこまでバカじゃないっつの!きっちり余裕をもって明日のデート分残してある!」
ああ、やはりコイツは危惧した通りのバカだ。2回目以降のデートの事を考えていない…交際経験の無さ故の過ちか…これは早ければ来月にも失恋報告が待っているかもしれない。
いや、天野夕麻という女性が、本当に一誠のその性格を見ていたなら…もしかしたらその一途さも評価するかもしれない、まだ絶望するには早い、友人の恋の行く末は未だ霧の中だ。
「そうか…まあ、応援しておこう…くれぐれも妙な間違いをしないようにな。まあ、お前にそんな甲斐性は見えないが。」
「おうっ!?てめえ今に見てろよ!来月には卒業宣言してやるからな!」
まあ、例え一誠の恋が単なる黒歴史になったとしても、それは大した問題では無いだろう。松田と元浜がからかい、慰め、一誠が怒り喧嘩をし、例のブツの観賞会でもやって、また日常が始まる…きっと、あいつらならそれが出来る。
おっと、織れも買い物を済ませないと。パスカルは餌を忘れたら機嫌をそうそう直しそうにない…近くにドラッグストアがあるからそこで買おう。
「ありがとうございましたー」
小さなドラッグストアだが、必要な物は揃っている良い店だ。何より、マッスルドリンコが売っているのはここくらいだ。
これで用事は済んだ、余り長く彷徨いていると面倒な連中に鉢合わせするかもしれない、早く帰ろう。
そう思った時、道の向こうで叫び声が聞こえた。
「おい!みんな離れろ!こいつナイフ持ってる!危ないぞ!」
ドラッグストアの裏の道に行ってみると、そこにはナイフを構えた男が居た。派手な服装、妙な装飾が施されたダイヤモンドの指輪が特徴的だ。
「く、来るな!誰も近付くなぁ!」
明らかに様子がおかしい、錯乱している。野次馬をナイフを振り回して追い払おうとしている…異常なまでの怯え方だ。膝が震えている。恐怖で動けないのだろうか?
警察への通報は既に何人かが携帯を取り出していた、到着するまであのままで居てくれれば問題ないだろう…そう思った時、人混みの中から男に近付いていった者が居た。
暗い青色の服、金色の長い髪、黒と赤の二つの人形を抱えたその女の子は、まるで男の様子など目に入っていないかの様に、男の前に立ってこう言った。
「ねえ、おじさん?あなたの持ってるそのキレイなダイヤモンド…私にちょうだい?」
では、次に会うときまでアクマにカラダを乗っ取られないよう、おきをつけください…
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第12話 少女
「な、なんなんだオマエは!?ち、ち…近寄るなって言ってるだろ!?」
「お嬢ちゃん!危ないから早く離れて!」
周囲の人々は一斉に混乱した、錯乱している男は少女に向けてナイフを構える、周囲の人々は少女に逃げろと叫ぶ、しかし直接助けようとするものは居ない。
「ねえねえ、ちょうだい?そのキレイなダイヤモンド。そのゆびわはキライだからいらないの、ついてるダイヤモンドだけ…ちょうだい?」
少女は周りの様子など目に入っていない様だ、更に男へ一歩近づく。あまりの異様さに男は一歩後ずさる。
「ひ、ひぃ…ク、クソガキ!そこから一歩でも近寄ってみろ!?そ、それ以上近寄ったらオレのナイフで…」
まずい、男が追い詰められ過ぎている。このままでは何をしでかすか分かったものじゃない!
「…くれないんだ。わたしはそのダイヤモンドがほしいのに……くれないんだ?じゃあ…」
少女は更に一歩前へ、男に近付く。
「う、うわぁぁあ!?」
男はついに恐怖の限界に達したのか、ナイフを思いきり振り上げる。
「………しんでく「ごぶぁ!?」…あれ?」
男がナイフを降り下ろそうとした瞬間、素早く少女との間に割り込み、そのまま体当たりを叩き込む。人間相手なので配慮したのだが、やはり焦りがあったのか、少し威力が強すぎたようだ。
男は10メートル程吹き飛び、遠巻きに眺めていた野次馬に激突、全員まとめて道路に転がっている。うめき声をあげているので、どうやらそこまで重症な者は居ないようだ。
「……おにいちゃん?」
後ろから声が聞こえて振り向く、先程の少女がこちらを見ている。信じられないモノを目にしたように。
この少女は…自分をおにいちゃんと呼んだ…先程の男は確か(おにいさん)だったのに?
「やっぱり、おにいちゃんだ…あはは、こんな所で会っちゃうんだね?」
…どこかで彼女と会った事があるだろうか?記憶には無いが見覚えが有るような気がする。
「あ、あの子か!おーい、大丈夫ですか!?」
記憶を探っていると、誰かの通報で駆け付けたのであろう警察官が表れた。
「こっちだ!そこに倒れてる派手な男がナイフを持っていた!」
この子の事も気になるが、まずは先に警察への事情説明が大変そうだ…
「ふむふむ…そういう事ですか、まあ、巻き込まれたのは野次馬連中ですし、自業自得でしょう。体当たりしかしていないのであれば過剰防衛にもならないでしょうし、問題はありません…ところで、貴方は?」
警察への事情説明は滞りなく終わったが、自分の身分証明を持っていない…少し困った。
「ねえねえ、お兄ちゃん。いつまでこのおじさんとおはなししないといけないの?」
事情聴取の長さに嫌気が差しているのか、少女がシャツの端を引っ張ってくる。
「ああ、この子のお兄さん…道理で。こんな話をこの子に聞かせ続けるのもなんです、今日はもうお帰りになられて結構ですよ。後日、改めてという事で。」
そう言うと、警察は例の男と共に引き上げていった。どうやら、この子のお陰で面倒を避ける事が出来たらしい。
「お兄ちゃん、おわった?アリスもうつかれちゃった。」
この少女の名前はアリスというらしい…名前もどこかで聞き覚えがある様な気がするが…
「もしかしたら……人違いをしていないか?俺に妹は居ない筈なんだが…」
「ああ、なあんだ…まだおもいだしてくれたわけじゃなかったんだ…」
少女はとても残念そうな顔をし、そして突然、何かを思い付いたように笑みを浮かべた。
「ねえねえ、お兄ちゃん。アリスはヒランヤが欲しいの」
「………ヒランヤ?」
ヒランヤ…確か、どこかで見た名前だ…そういえば。
急いでCOMPを取り出し、ITEMを一覧…あった、回復アイテムの中に混ざっている…何故、これの事を知っているんだ?
「……これで、合っているか?」
「うん!これだよ!ありがとうお兄ちゃん!……ねえ、今ので何か思い付かなかった?」
「何か…?ぐっ!?」
突然、強い頭痛に襲われる。…そして、頭の中にいくつかの言葉や光景が浮かび上がってくる…
「×××…×××…!いつまで寝ているの!休みの日だからっていつまでも寝ていては駄目よ!早く起きてきなさい!」
「知ってる?イノガシラ公園で殺人事件ですって…わたし、こわいわ」
「そ、それ以上近付くな…それ以上近付いたらオレのナイフで…グ、グェッ!」
「おまえが×××か…大いなる力を使いこなせるかもしれんな」
なんだ…これは?
「どう?なにかおもいだした?」
「思い…出す?俺は…何を忘れている?」
頭痛が収まらない、頭が働かない
「うーん…まだあんまりおもいだせない?こまったなぁ~…あ、そうだ!おにいちゃん!アリスのおうちにいこう!」
「……何故だ?」
「だって、おにいちゃんにアリスのことをおもいだしてほしいもの!あそこでなら、きっとおもいだせるわ!おねがい!」
……このままでは、何も分からないままだ。それでは、俺の忘れたモノにたどり着けない。
「行こう…そこへ連れていってくれ」
「やった!じゃあ、アリスについてきてね!」
アリスに連れられて来た場所は、街の一等ホテル。部屋によっては一泊で札束が必要だったはずだ。
「ここだよ!」
アリスは無邪気に笑いながら廊下を駆けていく。
「おい、廊下を走るな…人とぶつかるぞ、危ない。」
「だいじょうぶよ!このフロアーはみんなおじさまがかりてくれてるの、だからここにいるのはわたしたちだけ!」
……人の気配がしない、本当のようだ。
「ねえねえ、おにいちゃん…このホテル、あのばしょによくにているとおもわない?」
あの場所?…良く観察してみる、赤いカーペット、薄い桃色の壁…実に良くあるホテルの内装に見える…だが、そこへアリスが写り込んだ瞬間
「ぐっ!」
また頭痛が激しくなる、視界がぼやけ、何か別のモノが見える…これは、牢屋か?
『助けて…×××、私…何になってしまったの?』
頭の中に響く声…自分と同じくらいの歳の女…体のあちこちが腐り落ち痛々しい…
「あはは、おにいちゃん…いろいろ、おもいだしてるでしょ?…もうすこしで、アリスのお部屋だよ。」
それでは、またお会いするときまでアクマに体を乗っ取られないようお気をつけ下さい…
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