IS ~Identity Seeker~ (雲色の銀)
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プロローグ 俺は誰か

 俺は誰だ?

 

 

 ごく普通の家庭に生まれ、両親にも愛されながら育っていった。特に目立ったところはないが、不自由のない極めて普通の生活。

 だからこそ、俺は自分が何なのか考えずに生きてきた。学校でも家でも、言われたことをして過ごしてきただけ。自分で考えて動こうともしなかった。進学先も進められた学校へ行き、部活動も最初に勧誘に来たものに入っただけ。

 自分の歩むレールは、いつも誰かが敷いてくれていた。傍から見れば、つまらない人生だっただろう。それでも、俺は今まで不思議に思わなかった。

 

「おっと、今日は月曜だった」

 

 高校からの帰り道、今日は俺がいつも読んでる週刊誌の発売日なのを思い出して、コンビニに入る。

 店員の気の抜けたような声を無視して、俺は漫画を手に取って立ち読みした。周囲には同じく立ち読みしてる学生もいる。注意されることはないだろう。

 

「うわ──」

 

 その時だった。誰かの怯える声が聞こえたかと思いきや、目の前から何かが突っ込んで来た。ガラスを破り、本棚越しに俺を跳ね飛ばす。商品棚に叩き付けられた俺は、そのまま何かに押しつぶされた。

 店に突っ込んできたのは、軽自動車だった。運転していたのは老人で、ギアを間違えてバックにしたままアクセルを踏んでしまったらしい。

 周りで立ち読みしていた学生達は直前に気付いて、逃げたから軽傷で済んだようだ。だが俺は違った。漫画に気を取られたため、最期まで車に気付かないままだった。

 

 

 つまらない人生を歩んできた俺は、こんなつまらないことで生涯の幕を閉じたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「と、まぁこれがお前の生前だったわけだが」

 

 気付くと、俺は()()にいた。周囲は雲の中みたいな白い靄が包んでいて、他には何もない。目の前の黒いローブを着た男を除いては。

 男は手からスクリーンを出し、俺に自分が死ぬ時の映像を見せて来た。正直、いい気は全くしない。

 というより、自分が死んだという自覚すら持てなかった。確かに、はっきりとした意識もなく、自分の全身は白いクレヨンで塗りつぶされたように掻き消されていて見えなかったが。

 

「いやー、つまらん死に方だったな。トラックに轢かれた方がまだ豪快に死ねたぞ。それにしても、あの爺さんももれなく人殺しって訳だ。ほら、逮捕されたぞ。よかったな」

 

 黒ローブの男はケラケラと笑いながら俺に話しかけてきた。

 つまらない死に方だったのは俺もそう思う。けど、一々指摘されるのも腹が立つ。

 

「ここは死後の世界か? 地獄か? 天国か?」

「死後の世界ってのは当たり。だが、天国でも地獄でもない」

 

 死んだはずの自分がいるんだから、死後の世界なのは確実だ。

 だが、一般的なイメージとはかけ離れていた。閻魔大王みたいなのがいて、天国と地獄のどっちに行くとか決められるのかと。

 

「じゃあお前は誰だ?」

「俺は──お前等の言葉で分かりやすく言うと、神様ってヤツだな」

 

 死後の世界にいる、目の前の男は神様を名乗った。

 こんなふざけた奴が神様? 全然信じられない。神様のイメージと言えば、大体白い衣装のおじいさんだろうに。

 全身黒ずくめの見た目も合わさり、どちらかと言えば死神の方がお似合いだ。

 

「俺がここにいる理由は? 死んだなら、天国か地獄にでもいるだろ?」

「普通は、な。俺がお前の魂だけをここに呼んだ」

「何でだ」

「そりゃ、神が普通じゃないことをする時の理由と言えば、気まぐれしかないだろ? お前があそこで死んだのも、単に別の奴が死ぬところをお前にすり替えたのさ。別にいいだろ? たった約70億分の1なんだし、好きに弄ってもさ」

 

 神様はそう言って、またケラケラ笑って見せた。何が気まぐれだ。そんなことの為に殺されたのなら、いよいよ持って俺は何の為に生きて来たのか分からなくなる。

 俺が死んだ真の元凶である、ふざけた神様を睨もうとする。しかし、今の俺に目はないので出来なかった。

 

「ふざけるな」

「ふざけるな、ねぇ。じゃあさ、さっきの質問をそのまま返すぞ」

 

 今更だが、口すらない俺はどうやって喋っているのかも分からない。けど、せめて言葉で不快感を表す。

 神は俺の前に立つと、不気味なまでに顔いっぱいの笑顔を見せながら俺を指差して言い放った。

 

 

「お前は誰だ?」

 

 

 神の質問に、俺は何も返せなかった。

 死んでから自分の記憶が曖昧になっているのもあるが、それ以上に自分が生前何者であったか分からなかった。

 俺は──他人のレールを歩んでいた誰か。何も思わず、何も成せなかったただの人間。既に、自分の名前すら思い出せなくなっている。

 あの世界で俺は、一体誰だったんだ。

 

「答えられない、か」

 

 神は俺から離れると、雲の上に座り込んだ。

 一体いつまで、俺は神の気まぐれとやらに付き合わされなきゃいけないんだ。

 

「なら、チャンスをやる。今のままじゃ無理だった、お前が何者かになれるチャンスをな」

「何……?」

 

 けど、神の言う何者かになれるチャンスという言葉に、俺は反応してしまった。

 そりゃ、前世に不満があったわけじゃない。

 なのに、生前の自分が"ボケ老人に殺された不幸な少年"のまま処理されてしまうと思うと、やるせなく感じてしまうのも確かだった。

 

「ありのまま起こったことをそのまま受け入れるのか? 自分で決めて行動しようとは思わないか? テンプレートに用意されたような人生で、本当によかったか?」

 

 神は畳み掛けるように訴えて来る。

 そうだ。俺だって、あんなところで死にたくはなかった。たった十数年だけでなく、もっと生きたかった。

 そして、自分が一体誰なのか。アイデンティティを持ちたくなった。

 

「これはその一歩だ。このまま死んでいくか、もう一度自分で決めた人生を謳歌するか。選ばせてやる」

 

 そう、これは自分が誰かになる為の第一歩だ。誰かが敷いたレールじゃない。自分の選んだ道を歩き出す為のスタートライン。そのチャンスを、目の前の神はくれると言っている。

 生きたいか死にたいかなんて、答えは一つに決まってる。

 

「俺は──生きたい」

 

 選択を決めると、神は顔いっぱいに笑った。まるで俺が生きる方を選ぶことを待っていたかのように。

 

「じゃあ、頑張りな。もう会うことはないだろうが、お前の行く道は見ててやる」

 

 神はそう言うと右手を高く上げて、パチンと指を鳴らした。すると、俺の真下に穴が開き、急に吸い込まれてしまった。手も足もない俺は足掻く間すら与えられず、深い深い闇の中へと落ちて行った。

 

「うわあぁぁぁぁ──!」

「精々、いい暇潰しになってくれ。神様ってのも退屈なんだ」

 

 神の最後の言葉も聞こえないまま、俺の意識は消えていく。

 

 そして、俺の第二の人生が始まって行った──。

 

 

◇◆◇

 

 

「──はっ!?」

 

 バスに揺られ、うたた寝をしていた俺は急に目を覚ます。妙な浮遊感を感じたが、尻は座席に付いていたので気のせいだと分かる。

 ……そうだ、思い出したのだ。自分がかつて神の気まぐれで死に、転生させられたことを。

 当然ながら、生まれ変われば赤ん坊から人生が始まる。なので、転生のことについては覚えていなかった。それが15年経った今、突然思い出したのだ。

 どうして今になって思い出したのかは分からない。

 

「うっぷ……」

 

 頭の中では前世の記憶と、生まれ変わってから今までの記憶がこんがらがってきた。吐きそうなぐらい気持ち悪い。

 

〔次はー、○○ー〕

 

 アナウンスで次が降りるバス停じゃないことを確認して、俺は今の自分のことについて整理する為に素性を一つ一つ思い出していった。

 

 名前は……蒼騎(あおき)凌斗(りょうと)。年齢は15歳。性別は男。髪の色は濃い紺で、右側の前髪が横に長く垂れている。彼女歴はなし。好物はリンゴ。

 そうだ。俺は学校へ向かう途中だったのだ。……高校ではなく、中学校だ。

 

 第二の人生でも、俺は両親から愛されて育てられた。ただし、進むべき道は自分で決めていたはずだ。そう……決めなければいけなかった。

 

「今、各国から注目を浴びているイギリスの第三世代IS、ティアーズのーー」

 

 隣のサラリーマンが携帯で見ているニュースの音が漏れる。

 以前とは違い、今の世界では"インフィニット・ストラトス"──通称"IS"というマルチフォーム・スーツが存在していた。

 これは宇宙空間での活動を想定して作られたらしいが、各国からは兵器としての運用を注目されてしまい、思惑が絡み合った今ではスポーツの名目で使われている。()()()()、だが。

 

 そんなパワードスーツだが、女性にしか使えないことと世界にたった467機しか存在出来ないという、致命的な欠点が存在していた。特に、女性にしか扱えないことはISを扱える女性が偉いという風潮に繋がり、女尊男卑の社会が出来上がってしまったくらいだ。それほどISが世界に与えた影響が強いということだが……短絡的だとは思う。

 

「聞いた? 男がIS動かしたって話」

「聞いた聞いた。ちょっとイケメンなんだってー」

 

 前の席では女子中学生が噂をしている。そう、先程の常識を覆すかのように、女性しか扱えないはずのISを男が動かしたのだ。前代未聞の話に世界では大騒ぎであった。日本政府はすぐに要人保護プログラムを発動させてその該当者の保護に当たったらしいが……。

 とにかく、世界の常識がまたもや崩れ去ろうとしている。この下らない女尊男卑の世界が終わるのなら、俺はそれでいい。

 

「……つまらん世界に生まれたものだ」

 

 男性が住みにくい社会ということを除いても、俺には個人的にISに対して嫌な記憶があった。

 

 俺の祖父母は海外でリンゴの果樹園を持っていた。所有地は広く、旬を迎えるとよくリンゴが送られてきた。俺はそのリンゴが大好きだった。よく遊びに行き、祖父を手伝ったこともある。

 けど、それも長くは続かなかった。ISが世に出てから、研究所が世界中に作られ始めた。国を挙げての研究の為、その敷地として祖父母は果樹園を手放さなくてはならなかった。

 当然、最初は反対したが、最後には国からの圧力に負けた。果樹園を失い、やりがいをなくした祖父は次第に弱っていき、去年亡くなった。祖母は唯一残された家でひっそりと暮らしている。

 

「これだけは鮮明に思い出せる……」

 

 鞄の中に弁当代わりとして入れていたリンゴを見つめ、俺は自分に言い聞かせるように呟く。

 奴等が最後に果樹園を手放すよう交渉に来た時。祖父が権力に屈するのを見越して、サインをすると同時に果樹園の撤去作業を始めたのだ。

 その場には俺もいた。大切に育ててきた木々を薙ぎ倒され、未収穫の果実が地面に落ちる。

 ふと、祖父が肩に手を置く。安心させるように優しく声を掛けてくれるが、その表情からは明らかに生気が抜けていた。大事なものを奪われた、渡すしかなかった。そんな悲しみから、俺は祖父を救うことが出来なかった。

 

「だからこそ、俺は力を手に入れる。そのための進路だ」

 

 俺はもう二度と権力に屈しない、あんな悲しい顔を誰かにさせるような奴等に負けない力が欲しかった。そのために、今から勉強して国を動かせる程の力を手に入れるのだと誓った。

 男性が女性に屈したのも、ISという力の所為だ。ISが登場してから、過度な女尊男卑論者が多く現れて男が住みにくい社会が形成された。

 この世界では所詮、力が全て。なら、俺はそれすら凌駕する力を手にするまでだ。

 その力が、この世界で自分という存在をも証明する手段になると信じて。

 

〔次はー、××ー〕

 

 おっと、降りる所だな。

 初めてじゃないはずなのに、俺はゆっくりと自分のことを思い出しながら日常を送ることにした。

 今日、この日から"蒼騎凌斗"の運命が大きく動き出すとも知らずに。

 

 

 

「えー、突然ですが、本日は男子生徒のIS適性診断を行います」

 

 全校集会で、それは告げられた。

 副校長が告げたことに、どよめく生徒達。自分もISを動かせるんじゃないかと自惚れる男子生徒。片や、男性まで動かせるようになって、自分たちの領域を侵されることのではと不安になる女子生徒。思惑は様々だった。

 なぜこんなことになったか。簡単な話だ。先日、ISを動かせる男子というイレギュラーが出てしまったのだ。そんな貴重な存在が他にもいるんじゃないかと思うのは当然だろう。

 

「ですので、1年から順に検査していきます。呼ばれるまでは通常授業を受けるように」

 

 でもまぁ、女子にとっては面白くない話だろう。自分達は全く関係なくいつも通りの授業なのだから。

 全校集会が終わり、俺達のクラスが呼ばれるまでに現れたIS操縦者は一人もいなかった。

 結局、イレギュラーはただ一人。俺達にも何の関係もない話だ。

 

「次、どうぞ」

「はい」

 

 不正防止のカーテンで仕切られた中に入る。こうしてみると、健康診断のようだ。

 中には静かに書類を見つめる研究員達と、黒いIS"打鉄(うちがね)"が俺を待ちかまえていた。

 

「近くで見るのは初めてだ……」

 

 世界を変えた元凶たる兵器を、俺は睨んだ。

 どうせ触れても動くことは出来ないのだから、こんなことをしても意味がない。

 

「ゆっくりと触ってみて」

 

 研究員の指示通り、俺はISに手を触れた。

 

 

「な……っ!?」

 

 

 その瞬間、甲高い金属音が鳴ったと共に、俺の頭の中に様々な情報がまるで濁流のように流れ込んできた。

 ISの基本設定や操縦方法、バッテリーや装備の扱い方まで、このISにとって必要な情報は全て、ものの数十秒で脳内に叩き込まれたのだ。

 

「がっ!? くぅぅ……あああああああっ!」

 

 熱い。まるで脳味噌をオーブントースターで焼かれたようだ。

 つい先程、前世の記憶を思い出したところに大量の情報を流されたせいで、俺は喉の奥から今までの自分ごと吐き出しそうになった。

 

 

◇◆◇

 

 

「思い出したか」

 

 靄が掛かった空間で黒ずくめの神が笑う。

 その眼に映されているのは、蒼騎凌斗が転生した世界だ。

 

「が、この女だけが動かす機械。コイツも動かせるようになっていたとはな」

 

 凌斗がISを起動させたことについて、神自身も静かに驚いていた。

 この出来事は、実は凌斗の魂が世界線を越えたことにより発生した小さなバグのようなものだった。あまりにも小さすぎて、神ですら今まで見落としていたほどである。

 

「それ以上に、あの男。短時間で脳に負荷を掛け過ぎてるな。精神に異常でも起きないといいがな」

 

 台詞とは裏腹に、こんなイレギュラーな状況すら見物して楽しむ。それこそが神の唯一の娯楽でもあった。

 

 

◇◆◇

 

 

「──そうか。そうだったのか」

 

 情報の濁流が止み、俺は気付かぬ内に膝を地面についていた。

 俺の異変に周囲がざわつく中、俺は渦を巻いていた脳内からある結論を導き出した。

 俺もイレギュラーだったのだ。この世界で自分を見出すための力を、全ての権力をやがて超え従える力を、俺は今まさに手に入れたのだ。

 あの時。神が俺を転生させると決めた時からこうなることは決まっていたのかもしれない。

 

「くっくくくく……おえええええっ! っははははははははははは! あーっはははははははははは! 力! 俺はもう手に入れたんだ! 世界を再びひっくり返すための力を!」

 

 勉強なんてして、ゆっくりと権力を追いかける必要もなくなった。そんな悠長なことをしなくとも、この力で全てを屈服させればいい! 

 嬉しくて嬉しくて、俺は吐きながらにも関わらず、高笑いした。

 俺の急な豹変に周囲が「気でも触れたか」だの心配する。だが俺は無視して、大いに喜んだ。

 今までの憐れな弱者(じぶん)は死に、世界を変えるほどの力が、自己(アイデンティティ)を探求するための力が手に入ったのだから。

 

 

 俺は誰か。俺の名は蒼騎凌斗。

 世界で二人目の、男性でISに適合した者。



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第1話 奇妙な出会いは幸か不幸か

 周囲から感じる視線、視線、視線。

 それらの全てが好意的なものでなく、動物園の珍獣でも見るようなものであることは俺にもすぐ分かった。

 

「ま、こうなるか」

 

 ISは女性にしか動かせない欠陥兵器。ならば、その操縦者を育てるIS学園に女子しかいないのは当たり前の話だ。

 そして、その中に放り込まれた男子の俺は、さぞ珍しい生命体だろうな。

 

 

◇◆◇

 

 

 俺がISを動かせると判明した瞬間、国の研究員達の行動は迅速だった。

 要人保護プログラムが発動し、俺の身柄は拘束された。両親は運がよかったのか、俺の高校進学と同時にフランスにいる祖母の下に行って面倒を見る予定で、既に日本を発っていた為、国内で拘束されることもなかった。ただ、SPは数人飛ばすようだが。

 

 さて、俺は世にも珍しい二人目の男性でISを動かせる者となった訳だが、突然手に入れた力を俺個人が活用しない訳にもいかない。なので、速攻でIS学園への入学を志望することにした。

 それに、IS学園の生徒はあらゆる国や組織の干渉を受けないと聞いた。つまり、誘拐や非人道的な実験を行う連中から最も楽に身を守れる場所、ということだ。

 

「まだ、入学試験は受けられますよね? それとも、この珍しい存在を逃すと? 最初の1人だけでデータが十分とれるとでも?」

「す、すぐ確認を取るから待っててくれ」

 

 笑顔で尋ねると、傍にいた役員は慌てて確認を取ってくれた。

 IS学園にて得られたISに関するデータ等は全ての国に開示しなければならない。つまり、IS学園はISのデータ収集にも打って付けの場所なのだ。

 データは多く取れた方がいい。それはどの国も変わらない。とりわけ、希少なデータはな。

 

「確認が取れた。今回、特別に入学を許可するそうだ」

「ありがとうございます」

 

 IS学園の入試倍率はとんでもない数値だと聞く。が、最初の1人もそうだったように、勉強をしていないだろう男の俺は無条件で入学出来るらしい。

 よしよし。これで、準備は整った。俺が憎むものを、俺自身の力にするための準備がな。

 

 

◇◆◇

 

 

 と、あれよあれよという間に4月に入り、俺はめでたくIS学園の生徒となった。

 今までの勉強が無意味になった、と考えれば惜しい気もしたが、それはそれだ。

 

「あれがニュースでやってた男なのにISを動かしたって人?」

「えー、二人いたよね? どっちの方?」

「蒼騎凌斗だって。顔写真と一緒だもん」

 

 教室の外でも、野次馬がワーワーと騒いでいる。

 俺の存在も、最初の奴と同様にニュースで大きく取り上げられることになった。テレビや新聞の取材がウチまで来たり、ことあるごとにもう一人の方と比べようとしたり。クイズバラエティの問題で自分の名前を見た時は、もうどんな反応をしてよかったのやら。

 とにかく、プライバシーもクソもない有名人になった訳だ。流石に疲れる。

 

「よっ」

 

 外で好物のリンゴでもかじろうかと考えていると、女子だらけの場に似つかわしくない低い声で話し掛けられた。

 目の前には、黒髪短髪の優男がまるで仏でも見るような笑顔で立っていた。

 

「蒼騎凌斗、だよな?」

「お前は……織斑一夏か」

「あぁ、よろしく。同じ男子同士、仲良くしようぜ!」

 

 織斑一夏(おりむらいちか)。世界初の男性IS操縦者の肩書きを手に入れた、幸運なのか不幸なのか分からん男。

 あぁ、そうか。コイツもさっきまでの俺と同じ環境にいたのか。

 つまり、異性から圧倒的なプレッシャーを感じる……いや、もう忘れよう。不愉快極まりない。

 

「そうだな、同性の味方はいた方がよさそうだ」

「だろ? 右も左も女子ばっかでさ。凌斗がいなかったらどうしようかと」

 

 本気で安堵する一夏。

 だが、よく見てみろ。周囲は俺達が会話してることに、更に興味を持ってきているぞ。

 

「織斑君×蒼騎君……行けるかも」

「どっちが受け?」

「どっちもいい……」

「優しそうなイケメンと、知的だけどワイルドそうなイケメン……妄想が捗るわぁ」

 

 おい、やめろ。

 その危ない妄想をこっちにぶつけて来るんじゃあない。

 

「どうした? 凌斗」

「世の中には知らん方がいいこともある」

 

 あぁ……ダメだ。一夏の顔を見ただけで少し吐き気がしてきた。

 あと、イケメンなんて前世含めて初めて言われたが、恐らく勘違いだ。男子が少なすぎるからそう見えてるだけだ。

 

「それと、敵対するつもりはないが、俺達はライバルでもある。それを忘れるな」

「ライバル?」

「他に競い合える相手がいないだろ」

 

 データ収集的な意味で。それに、退屈しない生活を送る為にも競える相手は必要だ。

 俺はもっと高みを目指さなきゃいけないんだ。今以上の力を手に入れて、この世界をブッ壊す為にもな。

 

「それじゃあ、SHR(ショートホームルーム)を始めますので、席に着いてくださーい!」

 

 これからも気持ち悪い妄想の対象になるのか、と頭を抱えていると、教卓にはいつの間にか教師らしき女性が立っていた。

 緑色のショートヘアに、若干大きめなメガネ、そして小さい身長に不釣り合いな巨乳。女教師の挙動に合わせてぷるんぷるん揺れてる。

 

「皆さん入学おめでとう。私は、副担任の山田真耶(やまだまや)です」

 

 山田真耶……回文になってるな。

 そんなどうでもいいことはさておき、おっとりしていてタレ目。教師としては頼りないが、悪い人間ではなさそうだ。……好みのタイプではある。

 

「えぇ、あれ? じゃ、じゃあ自己紹介からお願いします。出席番号順で」

 

 妙に緊張している所為か、山田先生への反応はなく、先生はちょっと狼狽えた。

 出席番号順……俺は2番じゃないか。すぐだな。

 1番の相川が終わり、次は俺の番に。自己紹介、自己紹介……何を話すべきか。

 

「蒼騎凌斗だ。好物はリンゴ。嫌いなものは食べ物を粗末にする奴と……いや、以上だ」

 

 そこまで言って、俺は席に着いた。

 IS学園でISが嫌いです、なんて言うバカはいないだろうからな。俺の胸の内にでも納めて置くさ。

 そうだ、気になることが一つあった。今目の前にいるおっぱ……山田先生は副担任と言っていた。

 なら、担任はどんな人物だ? エリートを鍛える場なのだから、相当優秀な人物でなくては勤まらんだろう。流石にテンガロンハットを被った口汚い軍人は出てこないだろうが。

 

「えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 教室の方に意識を戻すと、一夏が緊張しながら自己紹介をしていた。

 俺の時と同様に、周囲からの注目がすごいことになっている。こういう時は、無難に窓の外でも見ながら、好き嫌いを言って座ればいいんだ。

 一夏はそれが出来ないらしく、「それだけ?」という周囲からのプレッシャーの中で立ち尽くしていた。

 

「以上です」

 

 がたがたっ、と周囲は一斉にずっこける。あんまりな自己紹介に、俺も椅子からずり落ちそうになった。

 何も話すことがないなら無駄に溜めるな!

 

「いっ──!?」

 

 次の瞬間、一夏の背後にスーツとタイトスカート、髪の色まで黒一色の女性が現れ、奴の後頭部を出席簿で殴っていた。

 パァン! と余りに大きく鳴ったから、出席簿であんないい音が出るのかと思わず感心してしまった。

 

「挨拶もまともに出来んのか、貴様は」

「げぇっ、関羽!?」

 

 驚愕する一夏に、女性──関羽? はまた出席簿で一夏を殴った。さっきよりも大きな音を出して。

 なるほど、三国志の英雄ならあんなに強そうでも問題ないな。けど、関羽って今は確か商いの神様だったような……。

 

「キャー! 本物の千冬様よー!」

「サインください!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

 

 関羽の登場に合わせ、クラスの女子が一気に沸き上がる。なんだなんだ、このクラスは歴女ばっかりだったのか。

 ……冗談はさておき、この女教師。千冬とか呼ばれてたな。この体罰教師が担任か?

 胸はデカいが……山田先生の方が好みだな、俺は。

 

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるな。それとも、私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 

 女子からの黄色い声に、女教師はウンザリしながら呟く。

 毎年のことらしい。となると、かなりの有名人ということか。

 

「ち、千冬姉」

「織斑先生だ」

 

 一夏は三度目の出席簿アタックを喰らい、頭を押さえながら席に着く。千冬姉……奴の姉か?

 織斑……千冬……!?

 

「っ!?」

 

 思わずガタッ、と立ち上がる。

 そうだ、思い出したぞ。織斑千冬(おりむらちふゆ)。第一世代ISの日本代表にして、第一回世界大会の総合優勝者、初代"ブリュンヒルデ"の称号の持ち主。要約すれば、世界最強のIS操縦者だ。

 そんな人に教えてもらえるのなら、女子達がハシャぐのも無理ない。

 

「なんだ? 貴様は……蒼騎凌斗か」

 

 目の前にいる最強を前に、俺は()()()()していた。

 こんな近くに俺が越えるべき指標がいるなんてな。しかも、ソイツが俺を鍛えてくれる。運命が俺に味方してくれているとしか思えない。

 クククッ、楽しみで仕方な──。

 

「おい」

 

 スパァン! と爽快な音が耳に響く。織斑先生の出席簿アタックが俺に飛んできていたのである。

 咄嗟に右腕でガードしたが、甘かった。織斑先生は、ガードを突き抜けて俺を殴っていたのだ。その出席簿、ガード貫通効果でもあるのか?

 

「急に立ち上がってどうした、と聞いている」

「あ、いや……夢に呂布が出てきたので」

 

 適当な嘘で誤魔化そうとすると、織斑先生は俺に再度攻撃を仕掛けようとしてきた。

 フッ、同じ攻撃は喰らわん。既に見切った!

 

「だっ!?」

 

 が、やはり甘かった。

 真剣白刃取りをしようとしたが、最強の攻撃を捕らえることは出来なかった。

 ……今の俺、すごく格好悪い。

 

「…………」

 

 そのまま、俺は無言のまま席に着いた。

 今の格好悪い出来事をなかったことにするかのように。

 周囲からの視線が痛いが気にしたら負けだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「凌斗、お前はあの授業分かったのか?」

「あぁ、当然だ。勉強していればな」

 

 二時間目の休み時間。馬鹿を露呈した一夏が俺の元にやってきた。

 コイツ、一体何を思ったのか電話帳ほどもある参考書を読まずに捨てていたのだ。

 おかげで基本情報すら頭の中には入っておらず、授業中はずっと挙動不審で過ごしていた。

 こんな奴が本当にライバルでいいのか、俺は不安だ。

 

「ぐっ。だよなぁ」

 

 参考書は後日、織斑先生が再発行してくれるらしい。但し、内容を一週間で丸暗記しろ、とのことだが。

 ……仕方ない。競う相手は別に探すか。コイツじゃ話にならん。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「あ?」

 

 そこへ、いかにも育ちの良さそうな金髪ロールの白人女子が声をかけてきた。

 佇まいだけで俺達庶民とは違う高貴な雰囲気が出ており、フワッとした長い金髪と玉のような白い肌、吊り上がったサファイアのような瞳は、何処ぞのお嬢様であることを証明するような気品に溢れていた。

 

「あなた方、訊いてます? お返事は?」

「なんだ。何か用か?」

「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の」

「誰だよ、お前」

 

 知らない相手に敬意を示すほど、俺は優しくないんでな。

 

「おい、一夏。知り合いか?」

「いや、俺も知らない」

 

 自己紹介も強そうな奴以外は覚える気がなかったから、まともに聞いていなかった。おかげで名前も全く覚えていない。

 ムカつく女は俺達の態度が気に入らなかったようで、キッと目を更に吊り上げて続けた。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを?」

「何!? セシリア・オルコットだと!?」

 

 セシリア・オルコットの名前を聞き、俺はガタタッ、と席を立つ。オルコットといえば、イギリスの名門貴族じゃないか!

 対するセシリア・オルコットは、慌て出す俺の様子にさぞ満足したように小さく笑う。

 

「ふふっ、やっとわたくしが誰かお気付きになって?」

「いや、全然」

 

 続く俺の答えに、周囲が勢いよくずっこけた。

 オルコットは知ってるが、コイツのことは全く知らん。

 入試主席? 代表候補生? 男性操縦者(こっち)の方が希少価値は上だぞ。

 

「あ、あなた! ふざけてますの!?」

「ああ。面白くなかったか」

「全っ然! これだから極東の猿は……」

「ほう、猿か。猿が牙を向けば貴族の小娘一人簡単に八つ裂きに出来るぞ。いいのか?」

 

 一方通行なやり取りを繰り返していると、会話に入って来れなかった一夏が俺の肩に手を置く。

 

「おい、凌斗」

「なんだ」

「代表候補生って──」

「学がない奴は黙ってろ! 後で教えてやるから!」

 

 後ろの馬鹿はさておき、コイツは面白くなってきた。

 目の前の高飛車女は性格がアレだが、入試は首席で代表候補生。つまりは、強い!

 IS初心者の俺だが、織斑千冬(さいきょう)の前に張り合うには不足なしだ。因縁を作っておいて損はないだろう。

 

「こほんっ! 代表候補生とは、選ばれしエリートのことですわ。本来、わたくしのような選ばれた人間と机を並べて勉強出来るだけでも幸運なのよ? その現実をもう少し理解していただける?」

 

 ああ、俺にとってはかなりの幸運だ。

 エリート様をぶっ倒せる機会を、一年生の最初っから得られるなんてな。

 

「あなた達、よくこの学園に入れましたわね。世界で二人しかいない、ISを操縦できる男性だと聞いていましたから、少しくらいの知的さを感じさせるかと思っていましたけど……期待はずれですわね」

「俺に何か期待されても困るんだが」

「貴様の期待を得るためにここに来たわけではないのだが」

 

 一夏も俺も、何も知らなくても特例で入ってきたからな。

 今の言い分はセシリア・オルコットが正しいのだろう。それ以前にコイツの言い方は気に入らないが。

 

「ま、まぁでも? わたくしは優秀ですから、あなた達のような軟弱な男性にも優しくしてあげますわよ。ISのことで分からないことがあれば……まぁ、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ」

 

 だとさ、一夏。よかったな。教えてもらう時は目薬を持って行くといい。

 

「何せわたくし、入試で()()教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 唯一を強調し、同年代の中ではかなり大きい胸を張る。

 なるほど。コイツ()()()()()を知らないな。"自分は絶対的な勝者である"という自覚が増長させて、プライドの強い性格に仕上がってるのか。

 

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

「は……?」

「俺もだ」

「はあああああ!?」

 

 そう、俺達も入試というか、実力テストのようなもので教官を倒していたのだ。

 といっても、俺は呼び出せる武器を片っ端から投げつけて、錯乱させた上の不意打ち。一夏は何故か教官側が突っ込んできて自爆したらしいが。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが……」

 

 セシリアは"唯一教官を倒した"という矜持を打ち砕かれたのがショックだったか、驚きを隠せないでいた。

 

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

 一夏が余計なことを言った所為で、ピシッといやな音が聞こえたような気がした。

 あーあ、琴線に触れたか。

 

「つ、つまりわたくしだけではないと……?」

「まぁ、そうなるな」

「あなた達も教官を倒したって言うの!?」

「あ、ああ。まぁ、落ち着け」

「これが落ち着いていられ──」

 

 肩を震わせながら詰め寄ってくるセシリアを邪魔したのは、三時間目開始のチャイムだった。

 ふぅ、やっとこのうるさい問答も終わりか。

 

「ッ……! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!? フン!」

 

 捨て台詞を吐いて、怒りをため込んだままセシリアは自分の席に戻っていった。

 自らを鍛えるために付き合ってやるのは構わないが、あの性格は何とかならんのだろうか……。

 

「で、代表候補生って何だ?」

 

 片やISド素人のマヌケ。片や動くプライドとでも呼べる高飛車女。

 俺は今後を憂うかのように大きな溜息を吐いた



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第2話 気高きお嬢様は最悪の運命を共にするか

 セシリア・オルコットとの騒動もありつつ、午前の授業は無事に終わりを迎えた。

 まるで勉強していなかった一夏は、頭から煙を吹きそうになっていたが。かくいう俺も、基本事項しか頭に入れていなかったので、分からないところはあった。そこは追い追い身に付けていけばいいだろう。

 

「ゼロからのスタートの方が、より上を見やすい」

 

 女尊男卑の社会で2人以外は皆女子。ISの知識も経験も他の連中に負け越しているだろう。

 そんな境遇を、俺は逆に喜ばしく思っていた。ここから夏までにどれくらい上まで上がれるのか、非常に楽しみなのだ。

 特に、すぐそばには険悪な仲の代表候補性がいる。奴を出し抜きさえすれば、大幅なレベルアップが期待出来そうだ。

 

「お前、そんなもの持ち込んでたのか」

 

 そんなことを考えていると、一夏が俺の傍にやって来る。

 俺が今いる場所は食堂。昼休みにすることと言えば、昼食だ。

 だが、俺は食堂の定食を買わずに、鞄の中に大量にしまい込んでいたリンゴをかじっていたのだ。

 

「人が何食おうと構わんだろう。ルール違反ではないはずだ」

 

 俺は構わず、シャクシャクとリンゴを食う。言っておくが、分けてやる気は全くない。

 ふと、一夏の隣に知らない女子がいることに気付いた。黒髪のポニーテールに、女子にしてはやたら敵意をむき出しにしたような目。胸は……日本人ながら、セシリア・オルコットよりデカいと見た。

 あぁ、そういえばクラスメートにいたような気がするな。一夏め、女子の相手はウンザリしていたんじゃないか?

 

「一緒に食っていいか?」

「好きにしろ。そこの……ええと?」

「コイツは篠ノ之箒(しのののほうき)だ」

「……そうか。箒も座ればいい」

「そうさせてもらう」

 

 4人席しか空いておらず、俺は1人で食べていたからな。あと3人分は空いている。特に気にすることもなかったので、一夏と箒を座らせた。

 それにしても、篠ノ之……か。

 

「お前、箒と何処で知り合った?」

「幼馴染なんだ。6年ぶりにここで会ったんだけど」

 

 あぁ、幼馴染ね。そうかそうか。

 つまりは、織斑先生と箒も知り合い。そして──ISの開発者、篠ノ之束(しのののたばね)と織斑先生も知り合い。

 これは果たして偶然なんだろうか。世界最強のブリュンヒルデ、織斑千冬の弟と、世界を変えた科学者、篠ノ之束の妹が幼馴染だと。

 

「何だ。私の顔に何か付いているのか」

「いや。不愉快だったら謝る」

 

 ジロジロ見ていたことに気付かれ、箒に睨まれる。俺はすぐに視線を逸らし、リンゴをかじる。

 ここで箒との仲を拗らせれば、篠ノ之束に繋がる情報も得られなくなる。世界を変えたいと思っている以上、あの女科学者とはいつか敵対するかもしれないからな。

 

「悪いな。昔からこうツンツンした奴でさ」

 

 一夏がこっそりとフォローに入る。今のは俺に非があった分、気にしてはいないが。

 ところで、さっきから箒はチラチラと一夏を見ては視線を逸らしている。俺と相席することになった時にも、少し不満そうな表情を見せていたし。

 そして、幼馴染にして6年ぶりの再会、と。

 これで気付かない程、俺は空気の読めない男ではない。

 

「俺はもう行くぞ」

「え? もう食い終わったのか?」

 

 芯と種だけになったリンゴをその辺のゴミ箱に捨てて、俺は食堂を後にした。

 

「あとは2人で、ゆっくりするといい」

「なっ!? お、おい! それはどういう意味だ!」

 

 主に箒への捨て台詞を残して。

 

 

◇◆◇

 

 

「あらあら、この学園には猿がいらっしゃるのね」

 

 教室に戻って来た俺は、鞄からもう一つリンゴを取り出してかじる。やはりリンゴは丸々1個、皮ごと喰らうに限る。

 リンゴをかじっている時が一番落ち着くというのに、高飛車な台詞が俺に向けて放たれる。

 それが誰の台詞かは、姿を見なくとも分かる。

 

「リンゴをそのままかじっているだなんて、猿以外の何ですの?」

「人の自由をとやかく言う権利は、お前にはないはずだが?」

「まぁ、まだ分かってないの? エリートの私にそんな口の利き方をするだなんて、本当に野蛮な人」

 

 セシリア・オルコットは嘲笑を含みながら、オーバーな物言いを続ける。

 エリートエリート煩い奴だ。コイツから肩書きを取ったら何も残らないんじゃないかってくらいに、自分の功績を盾にしている。

 

「いいか、代表候補生。今はお前が上だろうと、いつか必ず俺がお前を下に引きずりおろしてやる。敗北の泥を舐める日を、楽しみにしてるんだな」

「うふふ、今の冗談も面白くありませんわ。ジョークセンスのない殿方は、女性に好かれませんわよ?」

「お高く留まった女なんかいらん」

 

 リンゴを食ったまま、セシリア・オルコットを睨みつける。上を見ようともせず、下ばかり見て悦に浸るような奴は好かん。

 たとえ容姿が良くとも、俺好みのボディスタイルを持っていても、性格が悪ければ話にならない。

 俺がセシリア・オルコットを気に入らないように、俺の態度の一々が気に食わなかったのかセシリア・オルコットの眉がヒクヒクと動いている。

 

「……ふん!」

 

 そして、一瞬笑ったかと思いきや、俺が持っていたリンゴを手ではたき落とした。

 

 かじりかけで。

 まだ食える部分のあるリンゴが

 床に。

 落ちて。

 汚れる。

 

 この時、複数ある俺の記憶から鮮明なビジョンが蘇った。

 果樹園の木を切り倒す男達。大事に育てたはずの果実が落ち、潰される。

 ああ、なんて勿体ないことか。

 

「あら、手が滑っ──」

 

 気が済んだのか、にこやかに微笑むセシリア・オルコット。

 だが、その表情は次の瞬間には驚愕に歪むことになった。

 

「貴様……」

 

 俺は隙を突いて、セシリア・オルコットの首根っこを掴もうと腕を伸ばしていた。

 だが、奴も伊達に代表候補生を名乗っている訳ではなく、咄嗟に手首を掴んで防ぐ。

 けど、誰であろうと許さない。食べ物を粗末にする奴は、決して。

 

「何を……!」

「拾え。今すぐにそれを拾え」

「誰が……っ!」

 

 静かに怒りながら、俺は首を狙う腕の力を緩めようとしない。

 セシリアも、俺の手首を決して離そうとしなかった。

 このまま力で勝負してもいいが、セシリア・オルコットに勝てるかは分からん。

 

「チッ、食べ物を粗末にするな。それを作る為にどれだけの苦労があるのか、貴様知っているのか?」

「そんなこと! ……もういいですわ。お猿さんの相手にも疲れましたし」

 

 俺は引き下がり、床に落ちたリンゴを拾った。……大丈夫。まだ食える。

 それに対し、セシリア・オルコットは汚らわしいと言わんばかりにハンカチで手を拭いていた。

 

「で、まだ何か用か?」

「けど、覚えていなさい。いずれ、後悔させてあげますわ」

 

 プライドが富士山よりも高い女は、俺を恨めしく一睨みし、そそくさと自分の席に戻って行った。

 ……奴の土俵であるIS戦なら、セシリア・オルコットに圧倒的な分があるしな。

 

「それもいつまで持つかな」

 

 あの高飛車女のことは大分分かってきた。デカいプライドと高圧的な態度。それをボロボロに崩せば大人しくなるだろう、と。

 リンゴを完食した俺は、ゴミを外に捨てに出た。幸い、外から今のやり取りを見ていた女子は誰もいなかったらしい。流石に学園の生徒全員を敵に回すような真似はまだ早いからな。

 

 

◇◆◇

 

 

 初日が終わり、流石に疲れがドッと押し寄せてきた。

 織斑先生の授業は、一言で言えば「超スパルタ」だ。理論としては合っているのだが、説明が強引すぎる。まるで軍人学校にでも入れられたのかと錯覚してしまった。

 これでも初歩の初歩らしく、周囲の女子達は問題なくついてきていた。超倍率を勝ち上がってきたエリートというのは、間違いでもないらしい。

 

「うぅ……」

 

 おかげで一夏は今にも死にそうになっていた。

 コイツの場合は専門用語が片っ端から分からない所為もあるだろうが。本当に一週間で詰め込めるのか?

 

「生きてるか?」

「い、意味が分からん……なんでこんなにややこしいんだ……」

「……骨は拾ってやろう。せめてもの情けだ」

「勝手に殺すな!」

 

 吠えるだけの元気があれば十分だな。

 

「ああ、織斑君、蒼騎君。まだ教室にいたんですね。よかったです」

「山田先生?」

 

 気分転換のリンゴでもかじろうかと思っていたら、山田先生がトテトテとやってきた。手には数枚の書類を持っている。

 授業はもう終わったが、何か事務的な用事でも残っていたのか?

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そうだ、ここは全寮制の学園だった。確かに、ISの操縦者は将来の国防のためにも重要な存在だ。優秀な生徒は守らなければならないし、同時に他国の操縦者は是が非でも勧誘したい。

 そうなると、色んな意味で生徒達を守る為、自宅からの通学よりも全寮制で身近に置いておいた方がいいだろう。

 男もいないから貞操面での心配もない──いや、なかったか。今は俺達2人の男が、この女の園に足を踏み入れるのだ。学園側としても、貞操面で最大の注意を払わなければなるまい。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

 俺もその手筈だった。本当に急な入学だったから寮の部屋が用意出来ていなかったとのことで、それまでは学園で用意したマンスリーマンションを使えと言われていたのだが。

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……織斑君、蒼騎君。そのあたりのことって政府から聞いてます?」

 

 山田先生は最後ら辺で俺達に耳打ちしてきた。日本政府の話はあまり大きな声で話したくはないだろう。

 政府側としても、当然男の操縦者である俺達には保護と監視を付けたいだろうし、この処置は当然と言えば当然だな。全く聞かされていなかったのはどうかと思うが。

 

「そういう訳で、政府特命もあって、とにかく寮に入れることを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば、個室の方が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

 

 申し訳なさそうに、山田先生は俺達にそれぞれ鍵と書類を渡してきた。こういう謙虚な態度は好感が持てるな。どこぞの誰かとは違って。

 しかし、受け取った俺はある異変に気が着いた。

 

「あの、先生」

「はい、蒼騎君」

「俺と一夏が相部屋、じゃないんですか?」

 

 俺と一夏に渡された鍵は、それぞれ別の部屋のものだった。

 普通なら男2人で相部屋だと考えるべきだと思うのだが。もしや、先生が間違えたのかと書類の方も確認するが、やはり別々の部屋割りになっていた。

 

「えっと、さっきも言った通り、無理矢理変更したので別々になってしまったみたいです。一ヶ月ぐらいで二人の相部屋が用意されますので、それまでは我慢してください」

「……はぁ」

 

 そうか、無理矢理なら仕方ないな。管理体制ぐらいしっかりしておけよ、IS学園。

 俺と一夏は大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 それから寮までの道。俺と一夏の後ろを、興味深々と言った風に大勢の女子達が付いてくる。

 まるで親鳥を追うひよこのようだ。この視線の雨にも、そろそろ慣れて行かねばなるまい。

 

「じゃ、俺はこっちだから」

「そうか。また明日な」

 

 一夏と別れ、俺は更に廊下を進んでいく。入口には近い方が良かったのだが。

 

 さて、ここで俺なりにある推測を立ててみた。何故男の一夏と俺が同じ部屋でないのか。

 それは恐らく、俺達を守る為のIS学園の策だろう。二人しかいない貴重な男性IS操縦者が同じ部屋に集まっているのならば、誘拐するのにも楽だ。

 そこで、より強力な防衛システムを完成させることと、俺達が自衛出来るまでの準備期間として一ヶ月を設けた、と。

 

 そんな風に考えながら、鍵の番号と部屋の番号を照らし合わせつつ歩き、やっと自分の部屋に着いた。

 

「ここか……いや、待て」

 

 鍵を差し込んで不用意に扉を開けようとした手を止める。部屋割りを無理矢理変更した、ということは向こう側にいるのは必然的に女子ということだ。ここで普通に入って行けば、何かしらのトラブルが発生する確率が高い。

 ダメだ、それはダメだぞ。見知らぬ女子にセクハラ染みた行為なんかすれば、確実に刑務所行き。社会的には抹殺され、挙げ句には即解剖という目に遭いかねない。

 たとえ学園側や政府側の非であろうと、この世は女尊男卑。俺の言うことなぞ誰も信じてくれないだろう。

 ならば、男として最低限の節度とエチケットは誠心誠意守るべきだ。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐いて呼吸を整えてから、俺は扉をコンコンと大きめにノックした。防音設備の整った環境なら、これぐらいしないと聞こえないだろうに。

 

「はい、どなたですの?」

「ここで相部屋になった者だ。一応、ノックさせてもらった」

「まぁ。では、少し待ってくださる? シャワーを浴びていたところでして」

 

 よかった。本当によかった。

 女子がシャワーを浴びてるところに入るだなんて、変態もいいところだ。

 きっと頭を割られて死ぬ未来がやって来るだろう。

 

「お待たせしました。どうぞ」

「ああ、失礼する」

 

 向こうの準備も整ったようなので、鍵を開けて中に入る。

 女子の園、と言うべきか、部屋からはいい匂いがした。この辺りも非常に気にするのが女というものなのだろう。

 中はまるでホテルのように片付いている。目に入ったのは2つの大きなベッド。テレビや冷蔵庫、IHコンロなどの設備も非常に充実している。相部屋とはいえ、こんな部屋を与えられるとは、まるで天国のようだ。

 

 

「私はセシリア・オルコット。1年の間、どうぞよろしくお願い致します……わ……」

 

 

 だが、相部屋の相手を見た瞬間、天国は一瞬で地獄のようにまで感じた。

 よりにもよって……よりにもよって!

 

「い、いやぁぁぁぁぁっ!? な、なんであなたがここにいるの!?」

「それはこっちの台詞だ! それにドア開いてるんだから大声出すな!」

「あ、あなたの方が声が大きいですわ!」

「いや、お前の方が……今は落ち着こう」

 

 無意味な言い争いをする前に、やることがある。

 俺は頭に血が上る前に、まずはドアを閉めた。防音設備十分とはいえ、ドアが開いている状態で怒鳴り散らせば、当然廊下まで響く。

 そうすれば、興味を持った野次馬がまたぞろぞろと湧くことになるだろうからな。

 

「さて、と。貴様が同じ部屋だと?」

「それはこっちの台詞ですわ! 誰があなたのような野蛮な猿なんかと……」

 

 人のことを猿としか言えんのか、この女は。

 頭を抱えたくなった俺は、最後の望みに賭けることにした。

 

「ちょっと待ってろ。織斑先生のところに行って、部屋の相方を入れ替えてくれないか交渉してくる」

「私も同行しますわ。あなたに任せるなんて出来ません」

「好きにしろ」

 

 こういう時ばかりは気が合うのか、俺とセシリアは急いで寮長室に向かう。

 

「ダメだ。大人しく部屋に戻れ」

 

 が、交渉は即座に却下されてしまった。

 寮長、織斑千冬先生は教鞭を振るっている時と同様にキツイ視線を向けて来る。

 

「何故です。別にこの女でなくてもいいでしょう?」

「そうですわ! 大体、男女が同じ部屋だなんて納得がいきません!」

「これは学園の決定だ。素直に従え」

 

 抗議しても、決定事項だの一点張りで取り合ってくれない。これで万が一問題が起きて、俺が訴えられでもしたら最悪だ。

 

「男性のIS操縦者を保護するため、でしょう?」

「……そうだ。分かってるなら早く部屋へ」

「一夏の相方は? 別のクラスの代表候補生ですか?」

 

 IS学園には、現在二十人近くの代表候補生が在籍している。その内、一年生はわずか四人。

 大きなアドバンテージを持ったセシリア・オルコットが選ばれるのは当然だが、他の三人の存在はどうしたのか。

 

「いや、織斑のルームメイトは篠ノ之だ」

「箒が?」

 

 奴は専用機も持っていないはず……いや、篠ノ之束の妹という事実を考えれば分かることだった。

 一夏は()()()のISを動かした男にして、世界最強(ブリュンヒルデ)の弟。篠ノ之束の妹と一緒の部屋にしておけば保護対象を同時に守れる。

 そして、所詮は()()()の俺は専用機持ちの代表候補生に守ってもらおうって寸法だ。

 

「代表候補生は他にもいるはずですが?」

「だからどうした。変更はもう効かん。相部屋が気に入らんのなら、廊下で寝てもいいんだぞ」

 

 俺からの質問攻めにいい加減ウンザリしてきたのか、織斑先生は敵意を込めて俺を睨む。並大抵の人間なら裸足で逃げ出すような覇気に、俺は体温が一気に下がっていくのを感じた。

 とはいえ、これ以上は本気で取り合ってくれなさそうだ……。

 

「……一ヶ月後を楽しみにしてますよ」

 

 俺は捨て台詞を吐き、無意識の内にセシリア・オルコットの手を引いてズカズカと部屋へ戻っていった。

 気に入らない。俺の待遇が、価値が一夏よりも下だなんてな。

 

「あ、蒼騎君だ」

「蒼騎君! 部屋何処か教えて!」

 

 俺と織斑先生の言い合いを聞いていたのか、途中で部屋着のまま出て来た女子達に追いかけられる。だが、俺は一切答えないまま歩くスピードを速めた。

 部屋に入りバタンッと扉を閉めて、野次馬が中に入ってこれないよう鍵を閉める。これで、一安心のはずだ。

 

「クソッ、奴等にとってはたかが二匹目の(どじょう)か!」

「ちょ、ちょっと! いつまで手を握ってるんですの!?」

「あ、悪い」

 

 セシリア・オルコットを連れて逃げたから、俺は握っていた彼女の手を離す。

 すると、セシリア・オルコットは俺から距離を取って、握られていた手を抑えながら睨んでた。拾いたての子猫か、貴様は。

 

「……一ヶ月。我慢するしかなさそうだな」

「うぅ~~~っ!」

 

 一ヶ月。短くて長いような期間を、このプライド塗れの代表候補生と部屋を同じくしないといけないとは。

 この時ばかりは、自分の置かれた境遇に嘆くしかなかった。



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第3話 エリートとの決着は代表決定戦にてつくか

 IS学園での生活が始まって二日目。

 俺は食堂で憂鬱な雰囲気を纏わせながら朝食を取っていた。

 

「どうした、凌斗? 朝からそんな暗い表情で」

 

 すると、俺とは逆に呑気な雰囲気の一夏が和食セットを持ってやってきた。後ろには、箒も連れている。

 因みに俺は洋食セットだ。流石に三食全部リンゴだけだと飽きるしな。

 

「あぁ……相部屋で少し問題があってな……」

「そ、そうか」

 

 思い出すだけでも頭を抱えたくなる。

 一夏も思い当たるようで、箒の顔色を伺いながら引き攣った笑いを浮かべていた。

 そして、当の箒は依然不機嫌そうな表情で一夏を睨んでいる。お前は昨日、何をしたんだ。

 

「いや、俺は箒と同じ部屋になってさ……」

「知っている。あれだけの騒ぎを起こしておいて今更だ」

 

 既に1年生の間では、一夏の部屋番号と相部屋の相手は知れ渡っている。

 俺が織斑先生との交渉に失敗した後、一夏と箒が一騒動を起こしたのだ。全く、ドアまで破壊しておいて隠すも何もないが。

 

「そういうお前は?」

「……セシリア・オルコット」

「……生きろ」

 

 相手の名前をボソッとつぶやくと、一夏は同情の眼差しを向けながら肩を叩いてきた。余計なお世話だ。

 ふと、別の席で朝食を取っているセシリア・オルコットに視線を向けると、こちらをジッと睨んで、すぐに視線を逸らしていた。嫌われたものだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 話は昨日まで遡る。

 セシリア・オルコットが落ち着いてから、今後のことについて話し合うことにした。

 シャワーの使用時間、私物の置き場、着替え等。この辺は俺としても決めておかないと、知らない内に犯罪者扱いはゴメンだからな。

 

「で、では、シャワーはわたくしが七時から八時。あなたが八時から九時ということでよろしくて?」

「ああ」

「ベッドと机はあなたが窓側。キャビネットはわたくしはここからここまで。あなたはその一角を使うということで。よろしくて?」

「ああ」

「……やけに素直ですわね。まさか適当に聞き流しているのではなくて?」

「譲歩してるつもりなんだが?」

 

 俺は基本的に荷物も少なく、部屋についての要望もない。逆に、金持ちのお嬢様となると、その辺で気になるところとかが多いのだろう。服とか、化粧品とか。

 

「……で、ではそのように」

「あ、そうだ。冷蔵庫は?」

「冷蔵庫? わたくしは飲料水以外は特に入れませんが……ひょっとして、リンゴですの?」

「当然だ。いつまでも外に放置してたら腐るだろ」

 

 今は最低限の荷物しか持っていないが、その内自宅から大量のリンゴを送らせる予定だ。

 寝床とシャワーとリンゴ。後は筋トレ用と勉強用の道具さえあれば俺は別にどこで暮らすことになっても構わない。

 

「呆れましたわ。そこまでリンゴがお好きなんて」

「貴様にはやらん」

「いりません」

 

 セシリア・オルコットは深い溜息を吐いて、椅子に座ると教科書を広げ始めた。

 

「……勉強か?」

「放っておいてくださいまし。気が散りますわ」

「そうかよ」

 

 ツンツンした態度は相変わらずで、俺のことなど視界に入れたくもないらしい。ヘッドフォンを付けて声まで遮ろうとする始末だ。

 まぁ、私生活では下手に関わってくれない方がこちらとしてもありがたい。

 

「……フン」

 

 俺は俺で、筋トレでもするか。

 勉強も大事だが、強くなるには肉体も鍛えるべきだ。ISを動かせるようになる前からの習慣だが、力を手に入れてからはより励むようになった。

 

「……ん?」

 

 鞄に入れていたペットボトルをダンベル代わりにしようと思ったのだが、肝心の鞄が2つ並んでいる。

 これではどちらが俺の鞄か分からん。

 

「セシリア。おい、セシリア・オルコット」

「話し掛けないでくださる? 猿の臭いが部屋に充満しますので」

 

 セシリア・オルコットに聞こうとしても、俺の言葉を聞こうともしない。それはアレか? 俺に呼吸するなと?

 ……仕方ない。両方の鞄を持ち、重い方を開けることにした。俺の鞄にはリンゴが入ってるし、普通よりも重くなっているはずだ。

 

「よっ。右、か」

 

 右の鞄を開ける。すると、まず目に入ったのは──黒い布地の何か。

 

「左だな」

 

 今の俺は織斑先生の出席簿攻撃を避けられるほどのスピードが出せたと思う。

 瞬間的に右の鞄を閉じ、左の鞄を開けた。中から出て来たのは赤いリンゴだ。

 

「やれやれだ」

 

 自分の鞄をベッドに運んで、筋トレを始めた。

 互いに気を付けていてもこの有り様だ。全く、注意を払わないとな。

 

 

◇◆◇

 

 

「それから、テレビはわたくし優先ですわだの、リンゴを食べる音がうるさいだの、何をするか分からないから腕を縛って寝てくださるだの……」

「大変だな」

 

 気に食わなければ指をさして指摘しやがる。流石の俺も、行動の一々を封じられればストレスも溜まるぞ。

 嫌なら出ていけ? 廊下で寝ろ? それやったら日本政府から何を言われるやら。

 

「お前は昔馴染が同室だろう? 気を無駄に張り詰めなくていいから楽だな」

「そうでもないぞ。昨日なんて箒のブラ」

「ふん!」

 

 一夏が余計なことを言おうとしたからか、箒のチョップが一夏の脳天に刺さった。

 いや、今の文脈から想定するとお前が悪い。

 

「いてて……箒、まだ怒ってるのかよ」

「怒ってなどいない」

「顔が不機嫌そうじゃん」

「生まれつきだ」

 

 男に対して頑なな態度を取るのは最近の女子のトレンドなのか?

 箒と一夏のやり取りを横目で見つつ、俺はサクサクにトーストされた食パンを頬張った。ん、朝はやはりトーストとコーヒーに限る。

 

「あ、蒼騎君。私達も隣いいかなっ?」

「ん?」

 

 そこへ、今度はトレーを持った女子三人組がこちらへ話しかけてきた。少し緊張しているらしく、俺の反応を待ちわびている。

 

「ああ、構わないぞ。一夏もいいだろう?」

「別にいいけど」

 

 断る理由もない。

 俺と一夏が許可すると、訪ねてきた女子は安堵のため息をつき、後ろの二人は小さくガッツポーズをした。そこまで喜ぶことか?

 かと思えば、周囲ではざわざわと小さく騒ぐ声も。

 

「ああっ、私も早く声かけておけばよかった……」

「まだ……まだ二日目。大丈夫、まだ焦る段階じゃないわ」

「織斑君なんて、昨日の内に部屋に押し掛けた子もいるって話だよー」

「何ですって!?」

 

 あぁ……騒がしい。噂好きも大概にして欲しいものだ。

 聞かなかったことにすると、隣に座った女子達から質問が飛んできた。

 

「織斑君って、篠ノ之さんと仲がいいの?」

「お、同じ部屋だって聞いたけど……」

「ああ、まぁ、幼馴染だし」

 

 幼馴染というワードに、周囲は更にどよめく。

 そこまで幼馴染がいたことにショックだったのか?

 

「じゃあ、蒼騎君は……」

「昨日、一夏を通じて知り合った程度だが」

「そ、そっか」

 

 俺達の回答ごとに周囲も一喜一憂している様子で、中には「よかったー」などどいう声まで聞こえてくる。

 ……最早何も言うまい。

 

「え、それじゃあ──」

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド十週させるぞ!」

 

 また別の質問が飛んでくる、というところで織斑先生の叱咤が食堂内に響き渡った。

 途端、全員が慌てて食事に戻った。そうだ、IS学園のグラウンドは一周が5kmもあるんだった。それを十週ともなれば、50kmは走らされることになる。

 普通ならば脅しの範疇なのだろうが、相手は鬼教師、織斑千冬。有言は必ず実行するだろう。

 

「話の続きはまた今度だ」

 

 俺は残っていたコーヒーを飲み干して、一足先に食器を片付けた。

 

 

◇◆◇

 

 

「これより、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者とは対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会への出席など……まぁ、クラス長と考えてもらっていい。自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

 

 授業が始まるかと思いきや、織斑先生はそんなことを聞いてきた。

 クラス対抗戦は、1年生は今の段階でほぼ差がない。つまり、代表者は誰が選ばれてもいいということだ。

 その代表者はいわばクラスの顔になる。だとすれば──。

 

「わたくし、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットが自ら立候補致しますわ!」

 

 まず目立ちたがり屋のエリート様が出て来る。プライドの塊のような女だ、自薦しない訳がない。

 さて、俺も手を挙げ──。

 

「はいっ! 織斑君を推薦します!」

「私は蒼騎君がいいと思います!」

 

 ──まぁ、そうなるな。

 世界中でも珍しい男性操縦者の、俺か一夏が推薦されるのも目に見えていた。

 

「では、候補者はセシリア・オルコット、織斑一夏と蒼騎凌斗。他にはいないか?」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな──」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ」

 

 一夏の訴えは速攻で棄却される。やりたくない、という軟弱な答えを許しそうにもないからな。……織斑先生、本当は軍教官なんじゃないのか?

 かくいう俺は、代表者という立場にゾクゾクしていた。戦う場が増えるだけでなく、生徒会や委員会と言った場にも顔が利くようになる。ならば、これを見過ごすわけにも行かない。

 手を上げる前に他薦されたので何も言わないがな。

 

「私は織斑君に一票!」

「蒼騎君がいいかなぁ。織斑君より勉強出来るっぽいし」

「千冬様の弟だよ? これからこれから!」

 

 ちょっと待て、いつから投票制になった。

 教室内では一夏か俺かで意見が段々割れていく。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 その時、一番最初に立候補したはずのセシリア・オルコットがバンッと机を叩いて立ち上がった。

 そうだ、このプライドの高いお嬢様が男の代表なんて許すはずなかったな。それに、自分のことを忘れられて怒らないはずがない。

 

「先に立候補したわたくしを差し置いて、物珍しいからという理由での選出は認められません! 大体、軟弱な男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしにそのような屈辱を1年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 ほう、俺がクラス代表になれば、コイツは1年も屈辱を味わってくれるのか。ならば、是が非でもならんとな。

 屈辱に顔を歪ませた奴の顔を思い浮かべる俺を余所に、セシリア・オルコットの演説は続く。

 

「実力から言えば、代表候補生であるわたくしがクラス代表になるのが必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿達にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

 

 サーカスをする気はない、か。

 

「自分がピエロになりかけてるのに、よく言うな」

「な、なんですって!?」

 

 おっと、口に出てしまったか。

 猿だ猿だと相手の力量も碌に図らずに見下す様は、ピエロに相応しい。

 

「いいですか!? 大体、あんな猿と同じ部屋で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしとしては耐えがたい苦痛で──」

「なら、俺はセシリア・オルコットを推薦する」

 

 さり気なく俺と同室だってバラすなよ!

 それはさておき、セシリア・オルコットの発言を遮って俺は高らかに宣言した。

 

「なっ!? ど、どういうつもりですの?」

「何、これで候補者全員が誰かからの推薦を受けたってだけだ。同じ条件でここに立っているのなら、決める方法は一つだろ?」

 

 確かに、このままでは折角立候補したセシリア・オルコットには明らかに不公平だ。

 そこでコイツには同じ土台に上がってきてもらうことにした。他薦された人間に拒否権はない、ということは不本意に降ろされる心配もない。

 

「さぁ、どうする? 猿達と同じ土台で、喧嘩でも始めるか?」

「……いいでしょう。決闘ですわ! 貴方達、二人に決闘を申し込みますわ!」

 

 よりにもよって、見下されていた相手に勝負の場へ引きずり出されたお嬢様はプライドが勝手にズタズタになったのか、遂に俺達へ決闘を申し込んできた。

 

「いいだろう。ここで、貴様と決着を付けておこう」

「俺も!? ま、まぁ四の五の言うより分かりやすいけど」

 

 ここまで呑気に話を聞くだけだった一夏も実は鬱憤が溜まっていたようで、セシリアとの決闘に応じる。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い──いえ、奴隷にしますわよ」

「へぇ、じゃあお前が負けたら俺の奴隷だな」

 

 よせばいいのに、余計なことをポンポン言うせいで自分の首を絞める。

 そんなセシリア・オルコットが滑稽で、俺は怒るどころか笑いすら込み上げてきた。

 

「そうですわね……ハンデとして、お二人まとめて掛かってきても構いませんわよ」

「ん? いや、俺達の方がハンデつけた方がいいんじゃねーの?」

「ったく……」

 

 ヒートアップする2人のバカさ加減に、俺だけが頭を抱えた。特に、一夏の無知ぶりは教室からはドッと爆笑が巻き起こるくらいだ。

 

「織斑君、それ本気で言ってるの?」

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

「織斑君と蒼騎君は確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎだよー」

 

 一夏がバカなのは、この期に及んで男が女よりも強いと思ってハンデを付けなきゃいけないんじゃないかと考えたこと。

 そして、セシリア・オルコットがバカなのは女が優位でも俺達を侮ってハンデを付けようとしたこと。

 

「一対一ずつでいいだろ。ハンデなんぞいらん」

「えー、蒼騎君。それはそれで代表候補生を舐めすぎだよー」

「いや、別にいい」

 

 たとえ代表候補生がどれだけ実力が上でも、奴のお高い鼻を盛大にへし折るには一対一の方がいい。

 あと、一夏とタッグなんか組んだら間違いなく邪魔だ。

 

「さて、話はまとまったな。では、勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑、蒼騎、オルコットの三名は準備をしておくように。それでは授業を始める」

 

 ずっと黙っていた織斑先生が話をまとめ上げ、きっぱりと完結させた。

 まさか、こうも早くセシリア・オルコットと戦う機会が来るとはな。自分のチャンスの恵まれ度合に鳥肌が立つぐらいだ。

 そうと決まれば、俺もさっさと行動せねばなるまい。

 

 

◇◆◇

 

 

 放課後、俺は生徒用のトレーニングルームの真ん中に立っていた。

 

「蒼騎君、本当にいいの?」

 

 心配そうに尋ねて来るのは、赤茶系の髪をおさげにした女子。名前は確か、谷本癒子(たにもとゆこ)と言ったか。

 

「ああ。手加減なしで頼む」

「手加減って、私達も素人なんだけど……」

 

 真剣に頼む俺に、黒いヘアピンを付けた黒髪の女子が引き攣った笑みを浮かべる。彼女は、夜竹(やたけ)さゆかだったな。

 

「じゃあ、いっくよ~」

 

 最後に間延びしたピンク髪の女子、布仏本音(のほとけほんね)が手にした銃を構える。その銃口が向いているのは、俺の姿。しかも、俺を中心に三人の女子に囲まれている状態だ。

 俺は今朝の食堂で同席した女子三人組に頼み込んで、一対他の戦闘訓練に協力してもらっていた。

 とはいえ、ISはコア数の限られた貴重なもの。訓練機でもおいそれと貸し出されるはずもなく、使用するのには書類申請してから一ヶ月は待たなくてはならないらしい。

 当然、俺には悠長に待っている時間はない。ならば、せめて戦い方だけでも学んでおくべきだ。

 

「でもでも、なんで一対多数? オルコットさんとは一対一でしょ?」

 

 癒子が尤もな質問を投げてきた。

 普通は一対一を想定して、一人ずつと戦った方が良いのだろう。

 

「ISというのは飛行して、高速で移動しながら戦うんだろ? なら、周囲360度に注意を向けなくてはならない。普通の一対一では前しか気を使わないから、これぐらい相手がいた方がいい」

 

 ISのハイパーセンサーは周囲全てを捕えることが出来るらしい。が、人間の目は基本的に前を見るように出来ている。いくら高感度なセンサーが付いたところですぐに360度見回して戦えというのは、酷な話だ。

 だから、ここで周囲をよく見て、反射神経を身に付ける訓練をする。何処から来るか分からない攻撃に対し、いかに集中力を切らさないで対応出来るか。

 

「でも、素人の弾で訓練しても意味ないんじゃ」

「ようは状況に慣れることが目的だからいい。それに、ISは絶対防御とやらを持っている。避けきれなかったからといって、怪我はしないだろう」

「ま、まぁ蒼騎君がそう言うなら」

 

 俺達が扱うことになるISには、操縦者を守る絶対防御と言うものがある。エネルギーを大幅に消費するものの、これによって宇宙での活動も安全に行える──はずらしい。だから、万が一この訓練が無駄でも心配はいらない。

 癒子もさゆかも、イマイチ納得は出来ていなさそうだったが、とりあえず本音と同じように俺を狙う。

 因みに、これは訓練用のモデルガン。少し痛いらしいが、大きな怪我は負わない……らしい。

 

「よし!」

 

 一方、俺の武器は木の棒一本のみだ。

 射撃はあまり得意じゃなくてな。使うISもデュノア社製の"ラファール・リヴァイヴ"より近接戦闘向けの"打鉄(うちがね)"にするつもりだ。

 

「えーいっ」

 

 目の前の本音が発砲する。が、撃った途端に銃口があらぬ方向を向いている。

 結果、放たれたペイント弾は俺に当たることなく明後日の方角へと飛んでいった。

 

「ふっ!」

 

 訓練とはいえ、これは戦い。すでに始まっているのだ。

 俺は棒を振るって本音の持つ銃を弾き落とす。

 

「隙あり!」

 

 俺の背後を癒子が狙う。

 だが、俺は咄嗟に左へ転がったため、ペイント弾は俺の真ん前に立っていた本音に命中してしまう。

 

「ぎゃん!?」

「あっ、ごめん!」

「何処を見ている!」

 

 シアン色のペイント塗れになった本音に謝る癒子。隙だらけになった彼女にも棒を振り、銃を弾く。

 残りは一人。俺はすぐに振り向き、棒を構えようとする。

 

「えいっ! えいっ!」

 

 最後に残ったさゆかが俺にペイント弾を連射する。棒でガードする俺だったが、二発だけ防ぎきれずに腕と肩を汚す。

 軽く舌打ちしつつ、さゆかに近付いて銃を叩き落す。

 

「……まだまだだな」

 

 ペイント弾の跡は洗えば落ちる。が、これがもし本番だったらこの汚れが俺の致命傷に繋がるかもしれない。

 俺は棒に付いた汚れを振り払い、三人の中心に再び立つ。

 

「さ、次だ。頼むぞ」

「い、一回だけじゃないの!?」

「協力してくれたなら、学食のデザートを奢ろう」

「よーし!」

「じゃあ、がんばろ~!」

 

 デザートで協力者達を釣りつつ、照準が不安定な銃弾を捌いていく。ステップを踏みながら躱し、避けられないものは棒で弾く。

 こうした鍛錬を繰り返していく内に日が暮れ、気付けば動き回っていた俺以上に銃を乱射していた本音達の方がヘトヘトになっていた。

 

「も、もうだめ~……」

「流石、男の子だね……」

「体力が全然違う……」

 

 座り込む癒子達の制服にも、流れ弾を受けたのか汚れが付いていた。

 白い制服だから汚れが目立ちやすい。悪いことをしてしまったか……。

 

「いや、今日はここまでにしておこう。助かった、ありがとう」

 

 かくいう俺も至る所に被弾していて、全身シアン塗料だらけだ。

 肩で息をしながら、俺は疲れ切った3人に頭を下げた。こういう協力者を早々に得られたのは幸運だ。

 一夏の奴は、上手くやっているのだろうか。

 

 

◇◆◇

 

 

 大浴場へ行く本音達と別れ、俺も夕飯前にシャワーを浴びようと部屋へ戻る。

 

「あ、蒼騎君。こんな時間まで訓練ですか?」

 

 その途中で、山田先生と鉢合わせる。書類を抱えていることころを見ると、先生はまだ仕事だったようだ。

 

「はい。そうだ、一つ聞きたいことがあったんです」

「なんですか? 勉強のことで分からないところでも?」

 

 山田先生は大きな瞳を輝かせる。まるで先生として頼ってくださいとでも言いたげだ。まぁ、普段の先生は頼りないからな……。

 けど、生憎と俺の質問は勉強のことではない。

 

「来週の代表決定戦で使う機体のことです」

 

 セシリア・オルコットと戦うことが決まった後、俺はある問題と直面していた。

 相手は専用機持ちのエリート。対する俺は訓練機で戦うのか。それでは分が悪すぎる。

 

「ああ、そのことでしたらちょっと待ってください。えっと……蒼騎君の専用機は土曜日の放課後に到着予定だそうです」

「……はい?」

 

 山田先生は持っていた書類から一枚取り出し、見ながらさりげなくすごいことを答えてくれた。

 俺が、専用機をもらえるのか?

 

「普通は国家の代表候補生か組織に所属する人しか専用機を持っていませんが、蒼騎君と織斑君は事情が事情なので特別に国から支援が出るそうです」

 

 そうか……男性操縦者なんて、貴重なデータサンプルを採るまたとないチャンス。

 特例で専用機を渡すのも当然といえば当然だ。

 

「そ、それで、どんな機体が来るんですか? 装備は?」

 

 必死にニヤつきを押さえながら、山田先生に次の質問を聞く。

 あぁ、恵まれすぎていて自分が怖い。

 

「それはまだ分からないんです。機密事項ですし、蒼騎君のISはイギリスの方で開発しているので」

 

 ……なんだと?

 日本人である俺のISを、何故イギリスで作る必要が?

 日本で有名な企業と言えば、打鉄を開発している倉持技研だ。あそこには第三世代も作れる技術があったはず。人手不足か、予算不足か。いずれにせよ、気分のいい話じゃない。

 

「日本の倉持技研は織斑君のISを製作するのに手一杯で、代わりにイギリスが支援を受け入れてくれたんです。日本も丁度財政難でしたし」

 

 ああ、そういうことか。確かに、前例のない男性用ISを作るとなると今まで以上に手間がかかる。それを二機同時になんて、無理もいいところだ。

 しかし、最初に発見された一夏の専用機を優先させるのはいいとして、俺の機体はイギリスか。一体どんな縁なんだか。

 

「あっ、も、もちろん、オルコットさんとの決闘のことは話していません」

「そうですか」

 

 それなら安心だ。専用機とはいえ、データ取りの試験機の役割も持っている。同じ会社の機体となると、どちらかのデータを効率強く採るためにリミッターを付けられるかもしれない。

 真剣勝負なのだから、部外者からの横槍は避けたいものだ。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。では、また明日」

 

 礼を言うと、山田先生は笑顔で会釈して去っていった。

 専用機か。俺の、俺だけの力。それがまもなく手に入る。

 

「……今夜は寝れそうにないな」

 

 どうしようもない高揚感に襲われつつ、俺は帰路に就いた。ああ、土曜日が待ち遠しい。



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第4話 蒼い男爵は青い雫を討つ力となるか

 クラス代表決定戦まであと数日。セシリア・オルコットは普段通り、自室での復習を行っている……はずだった。

 机に向かい、参考書を開いていても勉強に集中出来ない。その理由は新しい環境に未だ不慣れだから、だけではなかった。

 

(……あの方)

 

 大きなウエイトを占める要因は自身の背後、ベッドで同じように授業の復習をしている男性にあった。

 しかも器用なことに参考書は足で開き、右腕には蛍光ペン、左腕にはダンベルを持っている。筋トレしながら勉強もする姿は、セシリアには滑稽に見えた。

 

(名前は確か、蒼騎凌斗と言いましたっけ)

 

 セシリアは凌斗に奇異の目を向けながら、今日の放課後のことを回想する。

 

 

 射撃型の戦闘スタイルであるセシリアは、放課後になると射撃訓練場で自主練を行っていた。合計スコアは3年の先輩と比べても謙遜ないぐらいの優秀さだった。

 今日も、ターゲットを全て撃ち抜き、余裕の態度を示していた。

 

「あら、いましたの?」

 

 ふと気付くと、隣では凌斗が慣れない手つきでライフルを構えていた。目の前のターゲットをゆっくりと狙い、引き金を引く。しかし、エネルギー弾はターゲットの右端に掠っただけだった。

 

「ふふっ、その程度でわたくしと戦うなんて、よく言えましたわね?」

 

 素人丸出しの結果に、セシリアは鼻で笑う。だが、凌斗はセシリアを一瞥しただけですぐにライフルを構え直す。

 無視されたセシリアは額に青筋を立てるものの、諦めてすぐに帰るだろうと自主練を再開させた。

 ところが、待てども待てども隣から人がいなくなる気配は一向にしない。

 

「……まだ、いたんですのね」

 

 夕食時になり、周囲で訓練をしていた生徒もいなくなってきた。セシリアもそろそろ引き上げようとした時でも、凌斗は変わらない場所で訓練を続けていた。集中して引き金を引くと、エネルギー弾は見事にターゲットを捕える。

 

「ああ、お前もまだいたんだな」

 

 大きく息を吐いて集中を解いた凌斗は、ようやくセシリアと向き合う。

 スコアも大したことなく、構えも狙撃も下手糞。なのに、凌斗の態度からは絶対に屈しないという強い意志を感じさせた。

 

「……どうせ、無駄ですのに」

「無駄かどうか、お前が決めるなよ」

 

 自分の呟きにも強く返し、凌斗は一足先に去っていく。

 折れない、媚びない、諦めない。そんな凌斗に、セシリアは不思議と嫌悪感が薄れていった。

 

 

(あんなにわたくしにはっきりと言い返す男性、初めてですわ)

 

 面と向かって物を言う強い眼差しは、セシリアに父親を逆連想させていた。

 

(父は、母の顔色ばかりうかがう人だった。他の男だって、家の財産や地位目当てに媚びを売るような人ばかり)

 

 名家であるオルコットに婿入りした父は、母に多くの引け目を感じていたのだろう。

 弱い父親の姿を見たセシリアは、幼少の頃から『将来は情けない男とは結婚しない』という思いを抱くようになっていった。

 逆に、女尊男卑の社会が出来る前から強かった母をセシリアは尊敬していた。自分もいつかはそうなりたいと、思わずにはいられないほどに。

 

 そんな真逆の印象を抱いていた両親は、今はこの世にいない。三年前、大規模な鉄道事故で他界した。とても、あっさりと。

 それからセシリアの世界が変わった。手元に残された遺産を金の亡者から守るため、あらゆる勉強をした。

 母のように、強くあるように気丈に振る舞った。少女だったセシリアは、エリートであり選ばれた女になるために努力を惜しまなかったのだ。

 

(そう、私はイギリスの代表候補性、セシリア・オルコット。負けのない、優雅なる強者。男なんて軟弱な生き物に負けるはずない)

 

 父やすり寄ってきた男達の姿を強く思い出し、凌斗のイメージをかき消す。

 この男も、どうせ他の連中と同じ。自分に負ければ、きっと媚び出すに違いない。

 絶対的なプライドを信じ、セシリアは勉強に集中するのだった。

 頑なな心とは別に、彼に対する特別な興味に気付かないまま──。

 

 

◇◆◇

 

 

 クラス代表決定戦、当日。

 ピットで俺は一夏、箒と共にその時を待っていた。

 

 俺は専用機が来るまでの間、やれることはしたつもりだった。

 本音達と行った一対多による反射神経の訓練以外では、主に射撃訓練を熟しつつIS操縦の基本項目を勉強した。勉強机はセシリア・オルコットが隣に座らせることを拒んだので、ベッドで勉強する羽目になったのだが。

 

「……エリートも地道な努力から、か」

 

 思い返せば、一緒の部屋でセシリア・オルコットが遊んでいるところを見たことがなかった。シャワーや化粧の時間以外は勉強机に向かっていることの方が多かったのだ。

 射撃訓練場でも鉢合わせることがあった。奴のスコアは今の俺では到底追いつけないものだ。最も、戦闘スタイルがまるで違うので追いつこうとも思わないがな。

 俺達の間に会話はほとんどなかったが、セシリア・オルコットのプライドを強固なものにしている秘訣の断片が垣間見えたような気がした。

 他人──特に俺や一夏は見下すが、それ以上に自分に厳しいのだ。自分への努力に手を抜くということが一切ない。湖の上を優雅に泳ぐ白鳥は、一目に触れない海面下で必死に泳いでいると聞くが、セシリア・オルコットもプライドを保つ為に必死なのだと感じ取った。

 そういう頑な努力を怠らない"強さ"、嫌いじゃない。

 

「が、勝負は勝負。全力でお前という強敵を超えてやろう」

 

 既にアリーナにいるであろうセシリア・オルコットへ、静かに宣戦布告をする。

 

 

「なぁ、箒。ISのことについて教えてくれるって話は──」

「今日はいい天気だな。絶好の決闘日和だ」

「そうだな。ところで──」

「あー、お前のISはまだ来ないのかー」

 

 

 それに比べて。

 隣では、一夏が困った風に話しかけ、箒がそれをかわすという漫才が繰り広げられていた。

 どうやら、コイツらはこの6日間ずっと剣道場で竹刀振ってただけらしい。一夏の専用機もまだ来ておらず、"初期化(フォーマット)"も"最適化(フィッティング)"も当然のように済んでない。

 IS戦は剣道と違うんだぞ? 相手が射撃タイプだった場合どう対処するつもりだったんだ?

 

「お前は本当に戦う気があるのか」

「し、仕方ないだろ! 箒が全然教えてくれないし!」

「私のせいだというのか!」

 

 呆れてものも言えない。

 このままでは、料理初心者の素人に包丁持たせるような危険な状態になってしまう。そんな奴に戦わせたくないし、戦いたくもない。

 

「もういい。俺がセシリア・オルコットと戦っている間、その貧弱な頭にでも叩き込んで置け」

 

 俺は一夏に吐き捨て、右耳に付けたシアン色のイヤーカフスを触る。これが俺のISの待機形態だ。

 

「蒼騎君、準備はいいですか?」

 

 とてとてとこちらへ走って来る山田先生の声に、俺は大きく頷く。

 いよいよだ、と思うとアリーナ搬入口が開いた。外では、セシリア・オルコットが空を飛びながら待ち構えている。

 

「"最適化(フィッティング)"した時に確認済みだとは思いますが、各部動作などの異常はありませんか?」

「問題ないです。それを、今から見せましょう」

 

 この場にいる人間、全員に見せるんだ。俺が手に入れた力を。

 高揚する気持ちを抑え付けながら、俺はゲートに進み己のISを展開した。

 

 

「俺を導け、"シアン・バロン"!」

 

 

 俺に呼応するかのように、イヤーカフスからISが展開される。

 その名が示す通りシアンをベースカラーにしていて、一部の装甲やラインの色は黒。遠目で見ると、落ち着いた印象を受けるカラーリングになっている。

 バロンが繋がっていくことで、俺の感覚はよりクリアなものになっていった。武装の種類、エネルギー残量、敵の位置と詳細。一番最初、あの始まりの日にISを動かした時の暴力的な奔流とはちがい、整理されたそれらの情報が優しく頭に入って来る。

 目を開けると、そこから見える世界は今までとはまるで別のもののように感じた。身体の感覚もどこか違う。俺が纏っているものが巨大な機械の塊だとは思えない程、身体に馴染んでいる。背後で浮遊している非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)ですら肉体の一部のようだ。

 土曜日にシアン・バロンが来て、"最適化(フィッティング)"の為の試運転をした時以来の感覚だが、やはり心地いい。とてつもない力が身体を巡り、今すぐにでも飛び立てそうな気分になる。

 

「これが凌斗のISか!」

「シアン・バロン。蒼い男爵、という意味だそうだ」

 

 若干胡散臭い名前だが、まぁいいだろう。

 それより、セシリア・オルコットの情報を頭に叩き込む。ISネーム"ブルー・ティアーズ"。中距離射撃型で、特殊装備あり。

 射撃訓練場に奴がいたから射撃型の可能性は十分考えていたが、どうやら大当たりのようだ。

 

「勝てそうか?」

「さぁ。俺もコイツも初陣なもので、はっきりとは言えません」

 

 傍にいた織斑先生の質問に正直に答える。"初期化(フォーマット)"と"最適化(フィッティング)"を済ませただけで、コイツが何処まで戦えるかは知らない。

 それに、相手は代表候補性。素人に毛が生えた程度の俺が勝てる見込みは低い。

 

「──けど、負ける気はありません」

 

 それでも、俺は負けを選ぶことはない。野望を果たすまで、一歩も引くことを許さない。それが俺の信条だ。

 それだけ聞くと、織斑先生はフッと笑った。ISのハイパーセンサーでないと分からないような微量の笑みだが。

 

「一夏」

 

 最後に、一夏に呼びかける。

 

「上で会おう」

「ああ!」

 

 上で会う。それは、俺がセシリア・オルコットに勝った後で戦うということだ。

 一夏の大きい返事を背に、俺はようやく手に入れた力で外へと飛び立った。

 

 

◇◆◇

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

「ああ、お前を倒したくてウズウズしていたところだ」

 

 腰に手を当てて待つセシリア・オルコットと、約一週間ぶりの会話を果たす。

 

「そのIS……イギリスで開発されたようですわね。ですが残念。もうスクラップになってしまうなんて」

「お前こそ、自慢のISがズタボロにされて泣いてもいいようにハンカチは持ってきたか?」

「あらあら、あなたにお貸しするハンカチなんて、持ってませんわよ?」

「準備の悪い女だな。泣き顔がドアップで晒されても隠すものがないなんて」

 

 会話と呼ぶにはあまりに一方通行なやり取りに、お互いの青筋が浮かんでくる。

 本当に口の減らないお嬢様だな。けど、それも今日限りにしてやるさ。

 

「同じ部屋の(よしみ)で、最後のチャンスをあげますわ」

「最後のチャンス?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくてよ?」

 

 いかにも小物臭い言い回しに、俺は一瞬呆れてしまう。ここまで来て謝るくらいなら、最初からこの学園に来ていない。

 そう、俺は一度転生してまでも自分というものが得たかった。その為に、今は力を欲している。この世界をブッ壊すだけの力をな。こんな小娘なんかに、俺の道を邪魔されてはたまったものではない。

 すると、左目でセシリア・オルコットのIS、ブルー・ティアーズが射撃モードに移行したことを確認する。手に持ったレーザーライフル"スターライトmkⅢ"でこちらを撃つつもりなのだろう。

 

「御託はもういいから──始めるぞ!」

 

 俺は右手に片手用のランス"スペリオルランサー"を出現させ、セシリア・オルコットに突っ込んでいく。

 

「そう? それなら、お別れですわね!」

 

 セシリア・オルコットも俺の攻撃は読んでいたらしく、後ろに下がりながら狙撃してきた。

 初弾はスペリオルランサーで弾くことが出来たが、二発目は頬を掠める。今のでシールドエネルギーが削られてしまったようだ。

 

 ISバトルは、相手のシールドエネルギーを0にすれば勝利となる。

 ただし、バリアを突き抜けると実体がダメージを受けてしまう。その際、命の危険に関わるような攻撃なら、操縦者が死なないように"絶対防御"という能力が発動してあらゆる攻撃から守ってくれる。

 その代わり、この絶対防御が発動するとシールドエネルギーを大幅に消費してしまい、負けに繋がる。

 要するに、死ぬことはないがバリアを貫通するようなダメージを受けると、エネルギーを大量に消費してしまう、ということだ。

 

「チッ」

 

 今の攻撃はバリアを貫通したものの、命に危険のあるものではなかったので絶対能力は発動しなかった。

 その分、実体がダメージを受ける羽目にはなったが。頬の掠り傷から流れる血を拭い、軽く舌打ちをする。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 まるで舞台を演じる女優のように、オーバーな振る舞いをするセシリア・オルコット。次の瞬間、奴の周囲に浮いていた4つの自立機動兵器が、一斉にこちらへ銃口を向けてきた。

 なるほど、これがブルー・ティアーズの特殊装備か。

 

「このBT兵器、"ブルー・ティアーズ"を試験的に搭載したからこそ、わたくしのISも同じ名前が付けられましたの」

「ああ、そうかよ。ややこしいな!」

 

 自慢げに語るセシリア・オルコットを尻目に、俺はそのBT兵器──通称"ビット"から雨のように放たれるレーザーを必死に避けていた。

 上下左右斜めと三次元的に攻めてくる4つのビットに、俺は一対多数の訓練もやっておいて本当に良かったと心から思うのだった。

 

「蒼騎君頑張れー!」

「あおっちファイト~!」

 

 ふと、観客席を見れば訓練に付き合ってくれた布仏本音、谷本癒子、夜竹さゆかが応援してくれていた。

 因みに、"あおっち"とは本音に付けられた渾名だ。気が抜けるので、あまり気に入ってはいないが。

 

「逃げてばかりでは、面白くありませんことよ!」

 

 ビットに加えて、セシリア・オルコットの射撃まで飛んでくる。

 流石に全弾避けるのは難しく、徐々にシールドエネルギーが削られるのが感じ取れた。装甲に掠っただけで数字がどんどん減らされていき、少しばかり焦りが生まれる。

 アイツの言う通り、避けてばかりではダメだ。この状況を何とかするか。

 

「うっせぇんだよ!」

 

 俺は急旋回し、擦れ違い様にビットを一つ切り払う。上手く攻撃の当たったビットは火花を散らして爆散した。

 だが、セシリア・オルコットは焦るどころかフフッと笑う。

 

「隙だらけですわ!」

 

 急旋回したため、数瞬の間だけ動きが止まってしまったのだ。

 その隙を逃さず、セシリア・オルコットはビットの射撃を俺の背中に浴びせてきた。

 

「ぐぅっ!? クソッ!」

 

 エネルギー残量が大きく減った。背部装甲にも損傷が出た様子だが、飛行に問題はない。

 この方法でビットを破壊するのは無理だと悟った俺は、再びセシリア・オルコットの周囲を飛び回った。

 

「もう諦めて、降参してはいかが?」

「断る!」

 

 勿論、この程度で諦める俺ではない。

 他者から見れば圧倒的不利だが、それでも俺はもう上がる口角を隠そうともしなかった。

 

 楽しい。めちゃくちゃ楽しい。

 

 攻撃を受けてなお、力が溢れるのが感じ取れる。シアン・バロンが俺に合わさっていくのが感じられる。

 これこそが俺の力。望んで手に入れた、俺の強さ!

 俺が俺自身(アイデンティティ)を強く感じる瞬間!

 

「ああ、もう分かった」

「あら、力の差をかしら?」

「いや──この力の使い方だ!」

 

 俺はスペリオルランサーの柄を持ち変える。

 スペリオルランサーは穂先の大きさに反し、柄は片手で扱えるように短い。そのPの字のような形をした柄は、実は付け根にトリガーがある。それを引くと、槍の中間にある銃口からレーザー弾が放たれた。

 

「えっ!?」

 

 そう、スペリオルランサーは射撃も可能なランスだったのだ。

 連射こそ不可だが遠距離の相手には射撃、そして近距離ではランスとして使用出来るオールレンジ対応の優秀な武器だ。

 放たれたレーザーはビットの一基に命中し、破壊させる。残りはこれで二基。射撃訓練も、これで活きたな。

 

「ついでに、お前の弱点も見えた」

「減らず口を!」

 

 見下していた相手にビットを2機も破壊されて、セシリア・オルコットの表情が変わる。

 射撃の数が減れば、こちらもかわしやすくなる。

 

「行くぞ」

 

 ずっと飛び回っていたのは、何も攻撃を避けるためだけではない。俺はずっとセシリア・オルコットの攻め手を観察していたのだ。そして、奴の弱点を見つけた。

 ビットを引きつけた俺は、セシリア・オルコットめがけて急速接近を仕掛ける。

 

「お馬鹿さん。一直線に飛んでくるなんて、的にしてくださいって言ってるようなものですわ!」

 

 セシリア・オルコットは俺を嘲笑し、照準を合わせてくる。タイミングは一瞬だ。

 

「……今だ!」

 

 俺は体を横に回転させ、機動を反らす。

 セシリア・オルコットの照準の先には、迫り来るビット。このまま同士討ちでもしてるがいい!

 

「フフッ、まさかこの私が同士討ちをするとでも!」

 

 だが、セシリア・オルコットは俺の手を読んでいた。

 ビットは操縦者を回避し、奴の後ろへと飛んでいく。そしてライフルを構えたまま、背後を向いた。目論見が外れた俺を狙撃するために。

 

「さぁ、閉幕(フィナーレ)と参りましょう!」

 

 セシリア・オルコットは再び照準を合わせ、引き金を引こうとした。

 だが、すぐに異変に気付く。自分をかわして飛んでいったはずの男がいない。正面にも、右にも、左にも。

 

「貰ったぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺は隙だらけのセシリア・オルコットに、真上から切りかかった。

 BT兵器の弱点。それは、指示を出さなければ動かない。セシリア・オルコットを急に避けられたのも、あの時即座に指示を出したから。

 そして致命的な弱点が、BT兵器は制御するのに集中しなければならないことだ。

 

「お前はビットを動かしている間は動くことすらできない」

 

 俺を見失ったのも、ビットに指示を送ったためだ。ISの全方位視界接続は完璧なので、情報さえ整理しておけばすぐに見つかったはずだ。

 だが、初心者の俺が単調な動きしかできないと侮ったセシリア・オルコットは、すぐに後ろを向けば簡単に見つかると思いこんでいた。

 慢心さえなければ、防げたかもしれないミスだったな。

 

「くっ……!」

 

 セシリア・オルコットの目尻が引きつる。高すぎるプライドが完全に足を引っ張った証拠だ。

 エリートの金メッキも、もうすぐ剥がれ落ちるだろう。

 

「これでっ! お前のビットも封じたっ!」

 

 セシリア・オルコットへの攻撃は、気を散らせるためでもある。

 すぐに奴から離れ、指示待ちで浮遊してるだけのビットをスペリオルランサーで破壊した。

 特殊装備を失ったセシリア・オルコットに残っているのはスターライトmkⅢと、使い慣れてないであろう近接装備"インターセプター"のみ。

 代表候補生に王手をかけた俺は、槍を構えて突っ込んでいった。

 

「──かかりましたわ」

 

 にやり、と追い詰められているはずのセシリア・オルコットが艶美に微笑む。

 すると、奴の腰部から広がるスカート状のアーマーの突起が外れて、こちらを向いた。

 

「お生憎様! "ブルー・ティアーズ"は6機あってよ!」

 

 そう、レーザー射撃のビット以外にも、弾道型のビットを2機隠し持っていたのだ。

 避けられない。そう感じた俺は、反射的にスペリオルランサーを投げつけた。

 俺の主武装はミサイルにぶつかって爆発する。直撃は避けたが、主武装を失ってしまった。

 

「チッ……」

「仕留め損ねましたが、結果は変わりませんわ。ここまでわたくしを手こずらせたことだけは褒めて差し上げてもよくてよ」

 

 レーザーライフルを構え、得意げに振る舞い続けるセシリア・オルコット。

 ランスを持たない俺は恐れるに足らず、といったところか。すぐに撃たずに、またベラベラと喋り出した。

 

「あなたのような軟弱な男がわたくしに勝とうだなんて、所詮無理な話ですわ」

「…………」

「うふふ。でも、ただで終わらせるのも勿体ない──ので、まずは左足から頂いていきますわ」

 

 完全に勝ちを悟ったセシリア・オルコットは、宣言通り俺のISの装甲をスクラップにしていくつもりのようだ。

 だからこそ、愉快極まりない。

 

「セシリア・オルコット」

「あら、何かしら? 今更命乞い?」

「お前、IS戦で負けたことは?」

「もちろん、ありませんわ。エリートですもの」

 

 やっぱりな。

 コイツが知ってるのは勝つことであって、負けないことではない。

 自分が負けることを知らないから、油断が生まれる。

 

「言いたいことはそれだけ?」

「ああ」

「では、今度こそ終わりですわ!」

 

 セシリア・オルコットのライフルからレーザーが放たれる。

 それを合図に、俺はさっきの会話中に溜めた全スラスターのエネルギーを一気に解放した。

 奴から一瞬で距離を取り、そのまま全速力で飛び回る。

 

「また鬼ごっこですの!?」

 

 獲物を逃がしたと認識したセシリア・オルコットは、憤慨しながらビットを飛ばす。あの二つのビット、今までのレーザー射撃型よりも速い。

 一方の俺は、左足の装甲の損傷を無視しながら、最後のタイミングを計っていた。

 負けない、というのは例え泥塗れになっても、たった一つの勝利条件をもぎ取ることにある。

 綺麗なまま勝とうとするセシリア・オルコットなら、左足を犠牲にしても生き残る、なんて発想は思い付かないだろう。

 

「チャンスは一度……」

 

 さっきの急襲でセシリア・オルコットのエネルギーも大きく削っている。

 やるなら一撃でしとめた方がいい。

 

「いい加減になさい! 武器のない貴方に何が出来ると──」

「隠し玉を持ってるのは、お前だけじゃない」

 

 俺の呟きがセシリア・オルコットに聞こえたかどうかは分からない。

 そんなことがどうでも良くなるくらい、俺の動きは俊敏だった。

 今は奴を殺す勢いで、突っ込む!

 セシリア・オルコットとビットが直線上に並んだ時、俺はまた一気にスピードを上げて突っ込んだ。

 

「えっ」

 

 セシリア・オルコットが驚くのも無理はない。擦れ違ったビット2機は、ミサイルを撃つ間もなく真っ二つに裂かれて爆発したのだから。

 そして、詰め寄った俺の右手にはフェンシングで使うような刀身の細い剣、レイピアが握られていた。

 

「ひっ──!?」

 

 セシリア・オルコットを斬って、終了……のはずだったが、最後の最後でかわされてしまい、致命傷には至らなかった。

 だが、今度こそビットは全て破壊した。このまま押し切れば!

 

「……ないで……」

 

 しかし、俺はセシリア・オルコットの異変に気付いた。

 俺を見る目が変わっている。まるで、肉食獣を目の前にして怯えているような目に。

 

「来ないでっ!」

 

 自慢のビットを全て壊され、俺の殺気に当てられて錯乱したセシリア・オルコットは、照準の合っていないライフルをがむしゃらに撃ち続けた。

 いや、俺を恐れたんじゃない。俺に負けることを恐れたからか。ここまで自分が追い詰められるなんて、想像すらしてなかったんだろうな。

 

「無茶苦茶しやがって……っ!」

 

 無様にもライフルを撃ちまくるセシリア・オルコットに、俺は思わず苛立った。

 代表候補生になれるような、エリートだと胸を張れるような、そんな力を持っているんだろうが。

 目の前に映った女子は、もう気高き強者ではない。迫りくる敗北に怯える、ただのか弱い少女だった。

 

「弱い奴が」

 

 再度、スラスターのエネルギーを振り絞る。シアン・バロンのエネルギーも残り少ない。これが、正真正銘最後の一撃。

 力とは、強い人間が持ってこそ相応しい。こんな弱い奴が、周囲を無造作に傷付けるような弱い奴が扱っていいものではない。

 

「気安く力を、振るうなぁぁぁぁぁっ!」

 

 飛び交うレーザーの雨を掻い潜って、俺はセシリア・オルコットの懐に飛び込んだ。そして、レイピア"スーパーノヴァ"を素早く振り抜いた。

 セシリア・オルコットの背後で、レイピアを振るったままの姿勢で止まる。そして、決着を告げるブザーがアリーナに響き渡った。

 

《試合終了。勝者──蒼騎凌斗》

 

 ドッ、と歓声が沸く。俺の勝利を皆が驚き、称える。

 素人が代表候補生に勝った。その事実を受け入れられない奴もいる様子だった。

 とにかく、俺は強い人間にまた一歩近付いたのだ。

 振り向くと、ISが消滅して落ちそうになるセシリア・オルコットが見えた。さっきまで錯乱していたからか気が抜けていて、何が起きたか分かっていない。

 俺はスーパーノヴァを拡張領域(バススロット)にしまい、セシリア・オルコットが落ちないように両手で抱え込んだ。全く、世話の焼けるお嬢様だ。

 

「ほら、しっかりしろ」

「え……!? あ、貴方! なんで……」

「なんで? 勝負は俺の勝ちだ。これ以上、争う必要はないだろう」

 

 所謂、お姫様抱っこの形で俺はセシリアを抱え、ゆっくりと地上に降りていく。これ以上いがみ合う必要のない相手を見捨てる程、俺は血も涙もないつもりはない。

 同じクラスメイトで、同室の相手だしな。

 

「じゃあな。俺はもう一戦あるから」

「あ……」

 

 セシリアを降ろすと、俺は一夏がいる方とは反対側のピットへと飛んでいった。

 この時、俺を見上げるセシリアの視線が若干潤んでいたことに、俺は気付かなかった。



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第5話 白の覚醒は蒼の待ちわびたものだったか

 セシリアとの戦闘を終えた俺は、一先ずシアン・バロンのエネルギー補給を済ませていた。

 紛失したスペリオルランサーも予備をインストールして、準備は万全の物となった。

 

「ISは自己修復出来ますし、装備も予備があります。でも、蒼騎君の体力はすぐには戻りませんから、気をつけてくださいね」

「はい」

 

 山田先生の忠告を聞き流して、俺は再びアリーナに出る。リンゴも食ったし、少しは休めたから大丈夫だ。

 因みに、セシリアはプライベートチャネルで部屋に戻ると言っていた。負けたことがショックだったのだろう。

 

「キャー! 蒼騎くーん!」

「こっち向いてー!」

 

 アリーナの客席からは、大きな歓声が沸き上がる。

 代表候補生に勝ってしまったのだ。観客からの人気も熱い。

 

「さぁ、来い。織斑一夏!」

 

 まぁ、別に人気が欲しくて戦っているのではないがな。

 俺は黄色い歓声を背に、対戦相手の名を呼ぶ。シアン・バロンのセンサーには、ピットゲートにたった今起動したISの反応が示されている。

 名前は"白式(びゃくしき)"。戦闘タイプは……俺と同じ近距離格闘型のようだ。

 

「待たせたな」

 

 少し経ってから、ピットより勢いよく飛び出してきたのは白──というより、灰色に近い色のISを身に纏った一夏だった。翼のような2つの巨大スラスター以外は、至ってシンプルな形をしている。

 ただ、機動性を重視した結果、曲線の多いデザインのシアン・バロンとは対照的に機械的な凹凸の目立つISだとは思った。

 

「それがお前のISか」

「ああ。白式だ」

 

 力を手にしたライバル候補を見て、俺はフッと笑みを零す。

 目の前の白い鎧武者が何処まで俺の強さのステージを上げてくれるのか、楽しみで仕方ないのだ。

 

「武器の出し方は、分かるな?」

「あ、ちょっと待て」

 

 俺もさっきまではそうだったが、相手はとりわけ初心者。せめてものハンデにと、初期操作には慣れさせてやる。箒には教えてもらえなかったらしいし。

 一夏は装備一覧を眺め、若干困惑した表情を浮かべながら一振りの刀を出した。

 

「近接ブレード……それがお前の武器か」

 

 剣道の練習をしておいてよかったな、と一夏に同情を含んだ視線を投げる俺だった。

 これで射撃型だったら目も当てられなかったぞ。

 

「行くぞ!」

「さぁ、来い!」

 

 剣を振ろうと向かってくる一夏に対し、俺はスペリオルランサーで受ける体勢を取った。まずは、奴の一撃がどれほど重かいのか確認したかったのだ。

 流石に剣を振る鍛錬を積まされていただけあって、何の変哲もない刀でも十分な威力を持っていることが分かった。

 

「一週間でこれとは、剣の才能があるんじゃないか?」

「言ってなかったか? 俺、子供の時にも剣道やってたんだぜっ!」

「それは初耳だっ!」

 

 経験者ならば、余計に一撃の重みに納得がいく。これならセシリアに勝てずとも、少しなら耐えられただろう。

 

「だが、その程度で俺を倒せると思ったか!」

 

 パワーの調べは済んだ。俺は防戦一方だった状況から一転させ、ランスを軽々と一夏に振った。

 一夏も負けじと近接ブレードで防ぐが、身のこなしは俺の方が上手のようで、ガードされたところから突き刺すことでシールドエネルギーを削っていく。

 

「隙が多い!」

「くっ!?」

 

 これは剣道ではない。ISバトルだ。

 空中で戦っている以上、剣道の踏み込みは何の役にも立たない。加えて、自身が振り慣れていない得物での戦闘だ。動作の隙が大きくなるのも当然と言えば当然である。

 そこを見逃してやるほど、俺も甘くはない。

 

「ははははっ! どうした! 攻めなければ、勝ちは狙えないぞ!」

 

 槍による猛攻のトドメに蹴りを入れ、一夏を向かいの壁まで吹っ飛ばす。

 いいぞ、この力。セシリア戦の時以上に、シアン・バロンが俺に馴染んでいく。

 

「この程度で終わってくれるなよ、一夏! 俺はまだこの力を使っていたいんだ!」

 

 気持ちいい。力を解放するこの快感は、俺の脳細胞を征服していく。

 だが、まだだ。まだ物足りない。もっと俺に自分の力を認識させてくれ!

 

「終わるわけ、ねぇだろ!」

 

 復活してきた一夏が俺に斬りかかって来る。

 そうこなくては! 喜々として、俺も一夏へと掛かって行った。

 蒼と白。二つの光はアリーナの中央でぶつかると、二重螺旋を描きながら場内を飛び回った。光が重なるごとに金属音が鳴り、花火のような衝撃は観客を大いに沸かせた。

 

「くっそぉぉぉぉっ!!」

「いいぞ一夏! 互いの最高の力でぶつかり合っている! この衝動、この熱気、たまらない!」

 

 ヒートアップした俺は高笑いしながら一夏に競り勝ち、奴を地面へと突き飛ばした。土埃が奴の体を覆うが、すぐに出てきて俺の眼前まで飛んできた。

 そして、もう一度鍔迫り合いになる。

 

「……が、やはり差はあるか」

「な──がはっ!?」

 

 俺は上がっていたテンションを少し落としながら、一夏を薙ぎ払った。

 最初の方こそ、一夏は俺のスピードに付いてこれていた。だが、やはりISの操縦すらろくに経験のない初心者。一週間、真面目に鍛錬に励み、代表候補生にすら勝てた俺の敵ではなかった。

 

「俺のスピードに付いて来れるか!?」

 

 俺は一夏を突き放して、アリーナ中を飛び回った。勿論、攻撃も忘れない。スペリオルランサーを持ち替え、多方からレーザー攻撃を仕掛ける。

 近接ブレードを振り回すことで防ぐ一夏だが、俺から見れば隙だらけにしか見えない。

 

「まずは、腕っ!」

 

 隙の見えた一夏へ、俺は宣言した箇所へレーザーを撃ち込むべく構えた。スペリオルランサーの射撃能力はあくまでおまけ的意味合いが強い。それでも、連射が出来ない分一発の威力も油断できない程高く設定してある。

 今、まともにこれを喰らえば装甲を抜き、もう一発で絶対防御が発動するだろう。そうすれば白式のエネルギーは0になり、一夏の敗北が決定する。

 

「ぜああああっ!」

 

 だが、一夏は無理矢理加速を加えて突進することで、スペリオルランサーの照準を狂わせたのだ。しかも、今の衝撃でこちらのシールドエネルギーも少しばかり下がってしまった。

 トドメの一撃は避けられたが、それでも無駄な足掻き。俺の絶対優位は変わりない!

 

「くっ! このっ!」

 

 レーザーを薙ぎ払いながら、一夏は俺に迫って来る。そうだ、こんな戦いを俺は望んでいたんだ!

 一方で、俺の脳裏にはあることがよぎっていた。

 

 ああ、コイツはダメだ。と。

 

 IS初心者の癖に、操縦技術も学ばない。基本的な知識は予習もせず。おまけに、武装はさっきから近接ブレード一本に絞っている……いや、近接ブレードしか持っていないのだろう。

 何がライバル候補だ。織斑一夏は強敵にもなりえない。

 

「センスは認めてやるが……正直がっかりだ。拍子抜けだ、一夏」

「何……っ!?」

 

 スペリオルランサーの穂先を一夏に向ける。俺の表情は戦いを楽しむものから一転し、敵意を剥き出しにしたものへと変わっていた。

 弱者がこれほどの力を振るうことが、何より気に食わないのだ。

 本当にこの程度の実力しかないのなら、この先コイツの出番はないだろう。

 

「そういえば、お前はこの学園に望んで来た訳じゃなかったよな。ISも、動かしたくて動かしたのではないと。なら、その力はいらないな」

 

 俺は違う。ここへは望んでやってきた。

 ISの登場で捻じ曲げられた世界を、俺が力によって再び変える為。俺以外の力に二度と屈しない為。何より、世界最強の自分という自己(アイデンティティ)の探求の為。

 これらの野望を全て叶えるべく、俺は強くなることを欲していた。なのに、こんな弱者が俺と同じ場所に立っている。

 力を扱いこなせない弱者に、身の丈以上の力なんて必要ない。俺は一夏の白式を徹底的に壊すことを思いついた。

 

「その力を、手放すがいい!」

「断る!」

 

 一夏は息切れしながらも、俺の突撃をブレード一本で封じる。だが、力の差は歴然で、食い縛っていた一夏は次第に押されていく。

 無駄だ。お前なんかが俺とシアン・バロンに勝てるわけがない。俺は一夏を見下しながら、邪魔なブレードを払い捨てた。

 

「これでお前を守るものは、そのバリアだけだ」

 

 あっけない決着だ。心の奥底で落胆しながら、俺は再びスペリオルランサーの切っ先を一夏に向けた。

 悔しそうにこちらを睨む一夏に対しても、何の感慨もわかない。これがセシリア相手だったら愉悦に浸れるのだが、相手は力の使い方もままならない雑魚。

 

「消えろ!」

 

 シールドを突き抜けて白式を破壊すべく、俺はスペリオルランサーを大きく振りかざした。

 

 

◇◆◇

 

 

「一夏っ……!」

 

 ピットのモニターで一夏の戦いぶりを眺めていた箒は、思わず声を上げてしまう。

 ISを動かせると判明してから、今日までの期間は凌斗も一夏も大差ない。

 ならば、ここまでの実力差を生んでしまったのは自分が一夏を上手く鍛えてやれなかったからだと、箒は後悔していた。

 その傍では、千冬と真耶も静かに一夏と凌斗の戦いの様子を眺めている。

 弟の劣勢に暫く顔を顰めていた千冬だった──が、ふとその表情が安堵を含んだものへと変わる。

 

「ふん、馬鹿者め」

 

 鼻を鳴らす千冬の傍で、真耶は目を大きく開いて驚いている。

 その視線の先では、一夏は未だ白式を身に纏っていた。

 

「我が弟ながら、運だけはいいようだな」

 

 無事だっただけではない。凌斗が攻撃の手をやめた理由もしっかり存在していた。

 灰色に近かった機体のカラーリングは"白式"の名前の通り純白に変わり、ダメージを受けていた装甲も瞬く間に修復されていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 最後の一撃を一夏に与えようとしたその瞬間、奴のISが光り輝くのが見えた。

 

(な、なんだ……?)

 

 一夏も困惑の表情で自分の変化を見つめている。目の前に現れたボタンを押すと、更にISの変化が起こった。

 甲高い金属音が響いたかと思えば、ISの装甲が光の粒子に弾けて消えて、新しく形成していく。機体の色はくすんだ白から輝かしい純白に変わり、デザインそのものも洗練されたフォルムへと変わっている。

 

「これは……」

 

 この現象に、俺は見覚えが有った。つい数日前のことだ。

 俺も30分ほどISに乗って動かしていると、"初期化(フォーマット)"と"最適化(フィッティング)"を終えたという表示とボタンが出現した。そう、この現象は──。

 

一次移行(ファーストシフト)……貴様、まさか初期設定で今まで戦っていたのか」

「……らしいな」

 

 一夏にもよく分かっていなかったらしい。

 てっきり、俺がセシリアと戦っている間に済ませたものだとばかり思っていた。

 だが、これで純白の機体は改めて織斑一夏専用ということになった。

 デザインは最初の機械的な凹凸が消えて、シャープなラインが増えている。そして何よりの変化は、武器だろう。弾き飛ばしたはずの近接ブレードは消失し、一夏の手に握られていたのは日本刀のような反りのある刀だった。

 

 ──近接特化ブレード"雪片弐型"。それが、あの刀の名称。

 

「……ああ、俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

 刀を握る一夏の姿は先程以上に鎧武者という言葉が似合うと思えた。俺が蒼い槍騎士で、一夏が白い鎧武者というのも対照的だ。

 一夏は雪片弐型を見ると、何処か誇らしいような表情を浮かべていた。

 

「じゃあ俺も……コイツを使うからには、とりあえずは、千冬姉の名前から守る!」

 

 一夏は何か吹っ切ったようで、雪片弐型を構える。

 やる気になったのは別にいい。問題は、そこではない。

 つまりは、今の今まで初期設定で戦っていたということだ。俺を相手に、コイツは。

 

「俺を、舐めていたのか……?」

 

 屈辱だった。パワーをセーブした状態を相手に、俺は全力だと勘違いして挑んでいたのだ。

 これは、格下だと思っていた相手に手を抜かれていたのと同義だ。

 

「許さん……絶対に許さんぞ、一夏ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 スペリオルランサーを構え、一夏に特攻していく。

 一次移行を今更終えたところで、シールドエネルギーは戻っていない。叩き伏せれば、それで終わりだ。

 だが、一夏は先程まで以上の反射速度で対応してきた。雪片の刀身でスペリオルランサーの穂先を捕え、上に弾くとそのまま薙いで俺ごと吹っ飛ばした。

 

「なん、だと!?」

「行ける……行けるぞ!」

 

 最適化が終わった白式は、一夏の手足も同然。動きが悪かった初期設定とはまるで違うのだ。

 身体能力自体も高い一夏はISの動かし方をすぐに理解し、俺に反撃を仕掛けてきた。

 

「この力は、守られるだけの俺から誰かを守る俺になる為のものだ! もう、易々と手放したりはしない!」

「ぬかせ! 弱い奴が何を言っても聞いてはもらえない! 強さで示せ!」

 

 もう、先程までの一夏ではない。俺は目の前の相手に集中すべく、槍を構え直す。

 雪片弐型とスペリオルランサー。二種類の武器が漸く本気でぶつかり合い、火花を散らす。一夏が袈裟懸けをしたかと思えば俺はそれを受け流し、擦れ違い様に俺が突き刺そうとすれば一夏が切り払って俺の攻撃を逸らす。お互い一歩も譲らない連続の打ち合いに、周囲も唖然として見つめている。

 徐々に刀身に光を纏っていく雪片に対し身の危険を感じ取ったが、俺はそれ以上にとてつもないワクワクを感じていた。これだ、これこそが俺の真に望んでいた戦い。互いが凌ぎを削り、一歩も譲らずに切磋琢磨する。

 

「うおおおおお!!」

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

 何かが発動したような音がした。エネルギーがより密度を増した雪片弐型の逆袈裟払いが俺のスペリオルランサーを捕える。

 防いだ、と思った。だが、その考えは事実に裏切られる。

 雪片はスペリオルランサーの穂先を斬り裂き、俺の元まで辿り着いたのだ。

 マズい、と考えた時には既に遅く、身体が斬り裂かれる。

 

「が、は──」

 

 真っ二つに裂かれて爆発する槍を手放し、俺は飛びそうな意識をしっかりと抑え込む。

 まだ、負けていない。絶対防御は発動してしまったが、シールドエネルギーは残っている。

 俺は踏みとどまり、レイピア"スーパーノヴァ"を粒子空間から取り出して一夏に対抗しようとした。

 

「これで!」

 

 しかし、雪片のエネルギーはまだあるようでその刀身は眩しい程の輝きを放っていた。

 

 負けた。

 

 防ぐ術もない雪片の一撃に沈む。俺はそう覚悟した。

 

 

「試合終了。勝者──蒼騎凌斗」

 

 

 ……え?

 試合終了のブザーと共に、勝利者の宣言がなされる。だが、一夏はまだ何もしておらず、雪片の光が誕生日ケーキの蝋燭のようにフッと消える。

 一夏も俺も、何が起きたかさっぱり分からず、ポカンとその場を飛び続ける。客席も予想外の事態に騒めき出す。

 ピットにいる山田先生や箒も俺達と同じ心境で、何が起きたか分からないようだ。

 そして、ただ一人。織斑先生だけは呆れたという表情で頭を抱えていた。

 

 そのまま、試合は終了。俺の勝ちということで、アリーナの使用時間が終わって全員解散という形になった。

 

 

◇◆◇

 

 

「どういうことだ貴様!」

 

 試合後、俺はピットで一夏の首を絞め上げていた。

 あんな勝ち方で納得など出来る訳がない。

 

「お、俺にも何がなにやら……」

「そんなわけあるか! 貴様が何か変なことをしなければ、あのまま貴様が勝っていたんだ! こんな勝利、認められるか!」

「く、くるし……!」

 

 ブンブン、と一夏の首根っこを揺さぶる。あの意味不明な勝利者宣言さえなければ、一夏が俺を切って試合終了だった。

 試合に勝って、勝負に負けた。こんな中途半端な結果では、俺の気が済まない。

 責任追及していると、背後から気配を感じた。

 

「そこだ!」

「馬鹿者」

 

 パシッ、と手を叩く乾いた音が響き、直後にチョップが俺の脳天に繰り出される。

 真剣白羽取りのタイミングを読んで流してからの攻撃……見事としか言えない。

 

「理由はどうあれ、結果は出た。それを受け入れろ、未熟者」

「……はい」

 

 未熟者。その言葉が胸に刺さる。

 試合結果は俺の勝ちだ。しかし、勝負は完全に俺の負けだった。相手を侮って軽く見た結果、力を見誤り負ける寸前まで追い詰められた。

 これでは、セシリアのことを悪く言えない。

 

「今日のところは解散だ。帰って寝ろ」

 

 そう言い残し、織斑先生は引き上げていった。後に残された俺は、改めて一夏に向き合う。

 

「次だ。俺とお前の決着は、次に預けておく」

 

 クラス代表の座も俺は辞退することにした。こんな負けを引きずったままでは、クラスの顔なぞ務まらん。

 

「覚えておけ。お前はやはり俺のライバルに相応しかった、と」

「……おう。また、戦おうぜ」

 

 それだけを言い交わし、俺は自室に戻っていった。

 織斑一夏、白式。口惜しい最後ではあったが、自身のライバルが改めて出来たことが内心嬉しく、誰も見ていないところで口角を緩めるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 部屋に戻るとセシリアの姿はなく、代わりに水音だけが微かに聞こえてきた。

 

「あー、俺だ」

「っ! ……蒼騎凌斗、さん」

 

 戻ってきたことを告げると、シャワールームからセシリアの苦そうな声が聞こえた。

 

「邪魔なら、外に出るか?」

「い、いえ! 着替えならありますので、お気になさらず……」

 

 ……ふむ?

 普段のセシリアなら、男は邪魔だから出て行け、と言うと思ったのだが。

 負けた後だからか、妙に沈んだ雰囲気のセシリアを少し気にしつつ、俺はリンゴをかじった。

 

「……あの!」

「ん?」

 

 珍しく、セシリアから話しかけてくる。

 何だ? 別に覗いてないぞ。

 

「どうして、凌斗さんはそこまでお強いのですか? 誰かに媚びたりもせず、自分の強さを信じていられるのですか?」

 

 唐突なセシリアの疑問に、俺は思わず首を傾げた。

 そう、言われてもな。"自分というものを探求し、証明するため"なんて言っても分からんだろ。

 転生のことについても言う気はなかった。誰も信じやしないしな。

 

「俺は……俺だから。そうとしか言えないな」

「……そうですか」

 

 また、水音だけが二人の間に響く。

 

「男だ女だの、そんな小さいことはどうでもいい。俺は純粋に強くなりたい。誰よりも強くなって、この世に俺の存在を証明したい」

「……あなたらしいですわね」

「馬鹿にしてるのか?」

「いえ、今のは正直な感想ですわ」

 

 そうか、と俺は妙に嬉しそうになったセシリアに背を向けてリンゴを貪った。

 今日のは勝利も敗北もない、何だか甘酸っぱいような味だ。



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第6話 お嬢様は強き瞳の男爵に未知の感情を抱くか

「……で、これはどういう訳だ?」

 

 突然の出来事に、俺はかじっていたリンゴを落としそうになった。シャワールームから出て来たセシリアが、いきなり俺の前で土下座をしてきたのだ。

 水気を帯びた金髪がちょっと色っぽいと思いつつも、頭の中は不思議と冷静でいられた。きっと、あまりに唐突な出来事だったから頭の中での処理が追いつかなかったに違いない。

 

「わたくしは、あなたに負けました。負けた方は、奴隷になると約束しましたので……」

 

 いや、言ったけど。お前が余計なことを口走ったからこっちも売り言葉に買い言葉で言ったけど。

 

「とりあえず、顔をあげろ。別に気にしてなんて」

「わたくしの気が収まりません!」

 

 どうしたものか。強情なお嬢様を前に、俺は頭を悩ませた。

 オルコット家の人間を奴隷にするとなるとイギリス国内で大騒ぎになるだろうし、そもそも女尊男卑の社会で男が女を奴隷だなんて、それこそ世界の鼻つまみ者にされるだろう。

 大体、学生の口約束にそれほどの効力なんかない。

 

「……じゃあ、命令一回で終わりだ。いいな?」

「……わかりました」

 

 けど、このプライドの高いお嬢様は一度そうだと決めたら曲げないのだろう。

 仕方なく、俺は一度だけ命令する権利だけを主張して、この約束を終わらせることにした。

 

「ふむ」

 

 しかし、いざセシリアにしてもらうこととなると、思いつかないものだ。こいつは一体何が出来るのか。

 まぁ、無難なところで言えば家事だな。

 

「……決まりましたか?」

 

 上目遣いで俺を見て来るセシリアは、同年代とは思えない程の色気を持っていた。

 いやいや、思春期とはいえそれはダメだろう。前世でも経験はなかったし。

 

「……もう少し待て」

 

 "キスをしろ"なんて命令、出来る訳がない。

 やはりもっとこう、普通の願いで終わらせよう。

 

「そうだな。料理でも作ってもらおうかな」

「……へ?」

「聞こえなかったか? 今度、俺に飯を作れ。それで今回のことはチャラだ」

「はぁ……それでいいのでしたら」

 

 セシリアは一瞬キョトンと目を点にして、その後少し残念そうに頷いた。

 何だ? 料理は苦手だったか?

 

「……あの、凌斗さん」

「あ?」

 

 隣のベッドに座ったセシリアは、遠慮がちに俺の名前を呼んだ。

 そういえば、セシリアに名前を呼ばれたのは初めてだな。今までは"貴方"とか"極東の猿"とか呼ばれてたし。

 

「その……今まで、申し訳ありませんでした」

「お、おう」

「わたくしも大人げなく怒ってしまったことを反省してます。今までの情けない男性像に捕われて、あなたという人がどんな人物か見誤ってしまった」

 

 慎ましく、自分の反省を口にするセシリアに俺は少し不気味ささえ感じていた。

 あのプライドの塊でエリート自慢に事欠かない、唯我独尊お嬢様のセシリアが。

 

「男も女も関係なく、全く媚びようともしない強い精神。感服いたしました」

「そうか」

「ですから……今までのことは水に流して、仲良くしてもいいと思いますの」

「そうか……ん?」

 

 今、聞き間違いでもしたか?

 仲良く()()()()()

 

「わたくしのようなエリートと親しくするに相応しい方だと認識を改めましたの。ですから、凌斗さん。これからもよろしくお願い致しますわ」

「お、おう……」

 

 セシリアは、スカートの端を持って礼儀正しくお辞儀をして見せた。

 揺るがないプライドと気品。そして、上から目線。ああ、コイツはやっぱりセシリア・オルコットだ。

 その姿に少しイラっとしながらも、少し安心しながら俺はまたリンゴをかじった。ん、勝負の後のリンゴは美味い。

 

 

◇◆◇

 

 

 代表決定戦の後の夜。

 セシリアはまた眠れずにいた。シャワーは随分前に浴びたはずなのに、身体の火照りが消えないのだ。

 

「……またですわ」

 

 ゆっくりと起き上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出す。

 少し飲んでから、セシリアは火照りの原因である少年をジッと見た。

 

「凌斗さん……あなたのせいですわ」

 

 小さく悪態を吐くセシリアは、暗くてよくは見えないが頬を赤く染めていた。この蒼騎凌斗という少年が、自分の理想とする男性にピッタリと当て嵌まってしまったからだ。

 実力が上の人間を相手にしても全く媚びない強い瞳。逆境に晒されても諦めようとしない意思。そして、あんなに失礼な態度を取り続けた自分を助けてくれた紳士的な態度。

 

「あなたに会ってしまってから、わたくしは……」

 

 セシリアは、凌斗に対する未知の感情に戸惑っていた。これが"恋をする"ということかどうかは分からない。

 理想的である反面、凌斗は生意気で態度も口も悪い。こんな野蛮な男性を好きになるはずがない、とセシリアは思い込んでいた。

 好きなのか嫌いなのか。モヤモヤした感情が胸の内で渦を巻き、セシリアは眠れずにいたのだ。

 そっと起こさないように近付くと、凌斗は小さな寝息を立てて眠っている。

 

「寝ている時は、こんなに大人しいのですわね」

 

 自分に一歩も引かずに言い返してくる昼間の凌斗を思い出し、そのギャップにクスッと笑うセシリア。

 もうすぐ口付けが出来てしまいそうな距離まで近付いたところで、サッと自分のベットに戻った。

 

(わ、わたくし、今何を……!)

 

 無意識の内に自分がしようとしてたことを思いだし、セシリアは顔を更に赤くする。触れようと思えば、すぐにでも触れられる。そんな距離にいるからこそもどかしい。

 本当にどうしてしまったのか。まだよく分からない感情を抱いてしまった少女は結局、悶々と夜を過ごしていくのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日のSHR(ショートホームルーム)。山田先生が黒板に書いた事柄を見て、一夏は呆然としていた。

 

「では、一年一組のクラス代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいいですね」

 

 全くだ。何でも一番を取れそうで縁起がいいじゃないか。

 頷く俺を尻目に、一夏はスッと挙手した。

 

「先生、質問です」

「はい、織斑君」

「俺は昨日の試合で凌斗に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんですか?」

 

 確かに、試合は一夏の負けで終わった。通常なら俺がクラス代表になって然るべきだろう。

 

「俺が辞退したからに決まっている」

 

 山田先生の代わりに、俺が一夏の質問に答えた。

 あんな勝ち方、俺は絶対に認めない。本当なら、俺はあの場で斬られて負けていた。何が要因かは知らんが、俺自身が負けを悟ったのだ。

 

「俺はお前を侮っていた。初心者で、何の力も取り得もない男だと。だが、結果はどうだ? 自分の力に自惚れた結果、お前の力量を正しく見ることが出来なかった。だから、あの勝負はお前の勝ちだ」

「いや、だから──」

「言うな! お前も織斑先生と同じことを言うんだろ? ならば、これは勝者の命令だ。未熟なままの俺が代表より、一本を取ったお前こそ代表に相応しいんだ」

 

 一夏の言いたいことを遮って、俺は一夏を推し進める。

 試合は俺の勝ちだった。だが、自分の未熟さと負けを認められないで今後強くなれやしないからな。

 

「俺はそんなクラス代表なんて」

「一夏。強くなりたいんだろう? 守るものの為に」

 

 俺は昨日の一夏の言葉を思い返し、その意図を探っていた。

 その結果、どうやらあの雪片弐型はかつて織斑千冬が第一回モンド・グロッソ大会で使っていた武装と同型のものらしいことが分かった。

 一夏は今後、姉の面影を背負って戦うのだ。ならば、姉の名に泥を塗らないよう強くなるべきなんだ。

 

「クラス代表は実戦を積む機会に恵まれている。だから、もっと強くなれ。いつか、俺が代表の座を奪いに来るまではな」

「凌斗……」

 

 俺と一夏は通じ合い、熱く拳を突き合わせる。それでこそライバル。それでこそ、俺が認めた男だ。

 この瞬間、女子から黄色い悲鳴と共に「この組み合わせ、行ける!」だの「攻めは蒼騎君、受けは織斑君」だの聞こえてきたが、俺は無視した。一々取り合っていたら精神が持たない。

 

「あのー、クラス代表は一年間変わらないんですけど……」

 

 ……そういえば、そうだった。山田先生の気弱な声に、俺は頭を抱えた。あぁ、やっちまった……。

 それでも、まだ来年が残っている。その時に俺の力を示して、代表の座に付けばいい。

 

「では、クラス代表は織斑一夏。異存はないな?」

 

 はい、とクラス全員がまとまって返事をした。

 セシリアも少しは大人しくなったし、これから1年いいクラスになりそうだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 それから数日後。

 俺は以前の約束である、"セシリアに料理を作ってもらう"を実践してもらっていた。

 

「あの、わたくし料理は不慣れでして……作っているところは見ないでもらえます?」

 

 と言われたので、俺は部屋の外で待機だ。リンゴも、すきっ腹で食べることを条件にされたのでかじっていない。

 自分で言うのもなんだが、俺は強さを何処までも追い求める探究者だ。それもこれも、全ては俺自身(アイデンティティ)というものを見つけ出す為。

 そんな俺も、立派に男で学生だ。異性の手料理には心が躍る。

 

「お待たせしました」

 

 まだかまだかと落ち着きなく待っていると、遂に部屋の中からエプロン姿のセシリアが現れる。

 何というか……女子のエプロン姿にもまた心を躍らせるものがあるな。

 

「ん?」

 

 あくまで平常心を装いながら入ると、まず感じたのが"異臭"だった。

 これは、狭い電車やエレベーターの中で嗅いだことのあるような、呼吸をしたくなくなるような異臭。

 正体が何かは分からないが、不快感を煽る異臭に高揚していた俺の気分は一気に底まで叩き落された。

 

「さあ、召し上がれ」

 

 イスを引いて待ってくれているセシリアの姿は実にいい。元がかなりの美少女なだけに、俺でも似合うと断言できる。

 だが、机の上に乗っている()()()()()()料理がやけに不安をあおった。

 俺はこれを本当に口にすべきなのか。危険察知能力がフルで働いている中、セシリアも不安そうにこちらを覗き見る。

 

「どうしました? ひょっとして、お嫌いなものがありました?」

「いや、頂く」

 

 そう、例え怪しくても、これはあのセシリアが俺の為だけに作ってくれたものなんだ。俺が口にしないでどうする!

 俺は両手を合わせ、最初に目に入った唐揚げを口にした。

 きつね色に輝く唐揚げはサクッとした衣から肉汁が溢れて、そこにからしの風味が……絡ん……で──

 

 

 

「よう」

 

 気付くと、俺の意識は見覚えのある場所にいた。

 雲のような白い靄に囲まれた空間。一つだけ違うのは、俺の姿はハッキリと見えているということ。

 そして、目の前には。

 

「お前、こっち来るの少し早かったんじゃね?」

 

 黒いローブの男──神様が若干困った風な顔で俺を見ていた。

 そんなことを言われても、何が起きたのか俺にはさっぱり分からない。

 ただ分かることと言えば、口の中が痛いということ。辛いとかではなく、痛い。

 

「あの女の料理、そんなにヤバい代物だったのか……や、それよりお前は()()()()本当の自分なのか見出せたか?」

「何の話だ?」

 

 どっちが?

 本当の自分?

 一体どういうことだ。

 

「まぁ、いいや。臨死体験はその辺にして、さっさと帰れ」

 

 神様は頭をポリポリ書くと、俺の額を指で小突く。

 すると、俺の意識は何か引っ張られるように落ちて──

 

 

 

「ハッ!?」

 

 目覚めると、俺はベッドの上で寝かされていた。

 今のは夢……なのか?

 状況を急いで思い出そうとする俺だが、直前まで何が起きていたのか思い出せずにいた。

 

「あ、目が覚めましたか?」

 

 ふと、声が聞こえた方を向くと、セシリアがホッとしたような表情でこちらを見ていた。

 

「もう、急に倒れるなんてビックリしましたわ」

 

 眉を逆ハの字にして、セシリアは今度は俺に怒って見せた。

 急に倒れた?

 ……なんだ。思い出してはならないようなことが、頭の中に引っかかっている。

 

「具合が悪いのでしたら、先に言ってくださいまし」

「あ、ああ。すまなかった……?」

 

 具合が悪い? なんのことだ?

 俺は蒼騎凌斗として生まれてから滅多に風邪を引いてないし、さっきまでピンピンしてたような気が。

 そして、俺は視界に"ソレ"を入れてしまった。机の上に未だ鎮座する、禍々しい異臭を放つ"ソレ"を。

 

「では、元気になりましたらまた食べてくださいね?」

 

 セシリアの可憐な笑顔が、今だけは死と恐怖を呼ぶものに感じられた。

 そして、俺はこの日学んだ。例えエリートでも、努力を積み重ねた秀才でも、苦手なものがあるのだと。自分の蒔いた種で、予期せぬ試練が訪れることがあるのだと。



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第7話 強さの糧は選ばれし代表候補生達か

「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、蒼騎、オルコット。試しに飛んで見せろ」

 

 四月も下旬に入り、俺達がIS学園に入学してもうすぐ一月が経とうとしていた頃。

 織斑先生の指導の下、今日はグラウンドで実際にISを動かす授業を受けていた。毎日座学だけでは、操縦テクニックは身に付かないからな。

 専用機を持っている俺達3人が、まずは手本を見せることになった。即座に、俺は右耳のイヤーカフス──シアン・バロンに意識を集中させ、ISを展開する。ここまででざっと10秒ほどか。

 

「もっと早く展開(オープン)させろ。熟練した操縦者は1秒とかからないぞ」

 

 マジか……。これでも早くなった方なんだがな。

 シアン・バロンをもらって、初めの頃は名前を呼んで起動させていたぐらいだ。それが今では頭の中で指示するだけで展開できるようになった。

 そんな進歩も認めない程の鬼教師が、この織斑千冬なのだが。

 

「集中しろ」

 

 俺もセシリアも展開出来ているというのに、一夏のIS"白式"は未だ腕輪(ガントレット)のままだった。コイツはどうやら、まだISの扱いに慣れていないらしい。

 一夏は左手で腕輪を掴み、強く念じることで漸く展開することが出来た。

 

「よし、飛べ」

 

 間髪入れず、織斑先生の次の指示が来る。俺とセシリアは、とりあえず上昇して地上から遥か離れたところで静止した。

 俺も代表決定戦以来、自分のISで特訓を重ねてきたからな。これぐらいは造作もないことだ。

 

「何をやっている。スペック上では白式の方が一番上のはずだぞ」

 

 織斑先生が一夏を叱る声が聞こえる。未だISに慣れない一夏は、飛行操縦にすら時間を割いていた。俺との戦闘では飛べていたはずだが……。

 それと、ISのスペックで見るとシアン・バロンとブルー・ティアーズは姉妹機に近いのでそれほどの差はなく、白式のスペックがイギリス製第3世代ISを上回っていた。

 だが、操縦者がまだまだお粗末なので、スペックを上手く出し切れていない。

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分のやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

 俺の隣でセシリアが一夏にアドバイスを投げかける。代表決定戦で俺に負けて以来、一夏に対しても普通に接することが出来るようになっていた。まぁ、性別だけで見下すことがなくなっただけで、上から目線のエリート思考なのは変わりないが。

 飛行方法については、自分の前方に角錐を展開するイメージで飛べるようになる……らしい。実は俺もその辺りのイメージは曖昧で、自身が人型ロボットのように空を飛んでいるイメージで操縦しているのだ。

 子供の頃、そういうアニメが好きでよかった。

 

「貴様、俺との戦いの時はどうしていたんだ?」

「いや、あの時は無我夢中で……」

「それであそこまで戦えるのなら、誰も苦労しない」

 

 無意識と言うものは怖い。俺は改めて、呆れながらそう思った。

 

「もしよければ、今日は凌斗さんにもわたくしが教えて差し上げてもよくてよ」

「ふむ……」

 

 セシリアの提案も悪くない。最近、何かと俺と一夏のコーチを買って出るようになってきたのだ。

 一夏にとっては願ってもない申し出だったので受けているが、俺は別にいいと断り続けている。

 というのも、当面は一夏に勝つことを考えなければならないのに、コイツと同じ内容を教わっても仕方ないからだ。

 

「俺はまだ俺個人でトレーニングを続ける。お前はこの情けないクラス代表を鍛えてやれ」

「……凌斗さんがそう仰るのでしたら」

 

 そして、俺が断ると何故かセシリアは残念そうに口を尖らせる。俺なんかより、一夏の方が教え甲斐があるだろうに。

 それとも、一度自分を負かした相手の弱点探りでもしたいのだろうか?

 

「織斑、蒼騎、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ」

「了解です。では、凌斗さん、一夏さん、お先に」

 

 一夏が到着すると、織斑先生から次の指示が入る。

 言われてすぐ、セシリアは愛想よく俺達に微笑むと地上へ向かった。その姿はどんどん小さくなっていき、やがてピタッと止まった。

 流石はセシリア。基本操縦は難なくクリア出来ている。

 

「一夏。俺達も行くぞ」

「おう」

 

 セシリアに続くように、俺達も地上へと急降下を始めた。

 どんどん高度が下がっていき、地表から10センチのところで──ズドォォン!──と、墜落した。

 グラウンドに出来たクレーターには、情けない男が二人転がっている。衝撃などはISによって守られているが……本当に情けない。

 

「馬鹿者共が。誰がグラウンドに穴を開けろと言った」

「「す、すみません……」」

 

 女子達のクスクス笑いと、織斑先生のお叱りに迎えられ、俺達は姿勢制御しながら地面から離れた。

 急停止だけはどうしても苦手だ。こんなもの、戦闘で使うのか……?

 

「情けないぞ、一夏。昨日、私が折角教えてやったというのに」

 

 腕を組んで待ち構えていた箒が一夏を睨む。

 が、一夏曰く──

 

『ぐっ、とする感じだ』

『どんっ、という感覚だ』

『ずがーん、という具合だ』

 

 ──という教え方だったらしい。箒、それは教えたとは言わない。幼稚園児の感想だ。

 

「大体、お前は昔からだな」

「凌斗さん、お怪我はなくて?」

 

 箒の説教が始まった横で、俺のそばにセシリアが寄って来る。

 一夏だけでなく、セシリアも競い合うライバルだ。そんな奴に格好悪いところを見せてしまったか……。

 

「た、大したことはない。一夏に合わせていたら俺も少しミスしただけだ」

「まぁ、そうですの?」

 

 強がって、自分のミスを一夏のせいにする俺にセシリアは素直に頷いた。

 ぐああ、やめろ! その「凌斗さんなら当然ね」みたいな視線をぶつけるのは!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「と、いうわけで! 織斑君クラス代表おめでとう!」

「おめでと~!」

 

 クラッカーのなる音と拍手が巻き起こり、この場にいる全員が飲み物入りのコップを掲げる。

 夕食後の自由時間になると、クラスメイト達による"織斑一夏クラス代表就任パーティー"が開かれていた。一組の人数以上に人がいる気もするが、祝いの席だ。気にするな。

 当の本人である一夏は浮かない顔をしているが……夕飯でも食いすぎたか?

 

「これでクラス代表戦も盛り上がるね」

「ほんとほんと」

 

 代表戦か……譲ってやった身だが、戦う機会があるのが羨ましい。

 私闘を挑むのもいいが、時間が掛かる上に相手の都合というのもある。更に言うと、アリーナの使用制限もあるからな。

 公の場でのびのびと、己の力を示すと言うのがどれほど気分のいいものか。

 

「機嫌が悪そうですわね」

「フン」

 

 ソファーに座ってリンゴジュースを飲んでいると、セシリアが隣に座って来る。機嫌が悪いわけではない。ただ、乗り気でない一夏に少しイラついているだけだ。

 あの時、奴も力を欲していたはずだ。家族を守りたいと言った、あの瞳は確かに俺と似たものだった。なのに、今はあの腑抜けた面だ。

 

「はいはーい、こっちの専用機持ちにもご挨拶。私は新聞部二年、(まゆずみ)薫子(かおるこ)。よろしくね」

 

 そこに、新聞部を名乗る眼鏡の女子が名刺を持ってやってきた。ほう、新聞部か。丁度いい、俺の宣伝もしてもらおうか。

 

「じゃあ、蒼騎君にセシリアちゃん。一夏君にコメント頂戴」

「勝て。以上だ。それより俺の宣伝もしてみないか?」

「んー、それはまたでいいかな」

 

 なん……だと……!?

 俺のことはどうでもいい、と? ク、ククククッ! ならば、今の俺の強さをその身に刻み込ませてやろう!

 

「まぁまぁ、抑えてくださいまし。凌斗さん」

「おやおや? ひょっとして、お二人は付き合って──」

「ち、違いますわ!」

 

 新聞部の発言に、俺を宥めようとしていたセシリアが今度は顔を真っ赤にして怒る。まぁ、プライドの高いコイツなら、俺みたいな男はまず選ばないだろう。言うことを聞かないから。

 それより……俺が眼中にないとはどういうことだ!

 

「ふーん。じゃあ二人のことは適当に捏造しておくから。一組の専用機持ちカップル、代表に熱いエールを送る、と」

「話を聞け!」

「話を聞いてくださいまし!」

 

 俺とセシリアの怒号はあっさりとスルーされたのであった。このパパラッチ、いつかシメる。

 それから、パーティーが終わる十時頃まで俺はずっと考え事をしていた。

 

「……どうかしまして?」

 

 部屋へ戻る途中、俺の様子が気になったのかセシリアが尋ねて来る。

 

「いや……大したことじゃない」

 

 そう、そこまでの疑問ではない。

 俺が経験値を上げるために、まずは一年の代表候補生全員と戦っておく必要がある。

 イギリス代表、セシリア・オルコットには辛勝した。そこで次に気になるのと言えば当然、自国の代表候補生だ。

 日本の代表候補生とは、果たしてどんな人物なのかをずっと考えていた。

 

「セシリア。日本の代表候補生について、なにか知っていることはないか?」

「そうですわね……四組の更識(さらしき)(かんざし)さん、ということぐらいしか知りませんわ」

 

 情報をまるで持っていなかった俺は、試しにセシリアに聞いてみた。

 するとセシリアも、詳しくは知らないようだ。知っているのは名前とクラスだけ。専用機の情報もないのだ。

 

「でも、どうして知りたいのですか?」

「それは勿論、戦うためだ」

 

 何故か妙に警戒しているセシリアに訳を話すと、これまた何故かホッとした様子で一息吐いた。

 戦う以外に、一体何の用があると思ったのか。

 

「それに、自国の代表候補生なら、倒せば代わってくれるかもしれないだろ?」

「りょ、凌斗さんらしいお考えですわね……」

「当然だ。俺が目指すのは最強の力だ」

 

 一夏に後れを取らないためにも、まずは積極的に対戦相手を見つけねばなるまい。

 

「……でしたら! わたくしが! いつでもお相手をしても! よろしくてよ!?」

「そ、そうか」

 

 目尻を吊り上げ、豊満な胸を揺らしながら詰め寄って来るセシリアに、俺は一瞬たじろいでしまう。

 いや、挑んでくれるのはこっちとしても嬉しいのだが……同じ相手ばかりと戦っても仕方あるまい。

 

「けど、今は一夏を鍛えてやってくれ」

「……もう、一夏さんばかり気にかけていますのね」

「あんなのでもクラス代表なんだ。代表戦で負ければ、俺達も恥をかくことになる」

 

 とりわけ、直接勝負で負けた俺は恥の上塗りになる。そんなのは絶対にゴメンだ。

 

「だが、俺も奴に教えてやれるほど器用じゃない。箒や、他の奴も同様だ。つまり、お前だけが頼りだ」

「わ、私だけ?」

「ああ」

 

 実際、クラス内で一番操縦の上手い奴と言えば、セシリアを置いて他にいないだろう。

 操縦の上手さがISバトルで勝つ絶対条件ではないが。

 

「そうですか。そこまで仰るのでしたら、このセシリア・オルコットにお任せあれ!」

 

 セシリアはやっと機嫌をよくしてくれたのか、背筋を反らして堂々とした振る舞いで応じてくれた。

 本当に実力もあるし、その裏でかなりの努力を重ねてきた。この性格さえよくなればなぁ……。

 

「でも……たまには、私に構ってくれても……ごにょごにょ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 IS学園のIS整備室。

 本来は、二年生から始まる"整備科"の授業の為の設備だが、その場所で一人の女子が作業をしていた。

 眼鏡越しの虚ろな瞳はディスプレイを見つめ、白く細い指が黙々とキーボードを叩く。外見が美少女でも、暗い空間で無表情のままカタカタと作業する様は根暗、気味が悪いなどのマイナスの印象を与えるだろう。

 

「…………」

 

 その眼差しが見据えているのは、本当にディスプレイなのか。変わらない表情の裏側で考えているのは何なのか。

 他人を寄せ付けようとしない少女──更識簪の作業は今日も長く続いた。

 

 

 

 一方で、数時間前。この日密かにIS学園を訪れていた少女がいた。

 くしゃくしゃに丸めた紙を広げ、受付を探し回る少女。が、大雑把で短気な性格がすぐに分かる程、不機嫌そうに眉を寄せていた。

 

「それじゃあ、手続きは以上です。IS学園にようこそ、(ファン)鈴音(リンイン)さん」

 

 凰鈴音、と呼ばれた中国人の少女は愛想のいい事務員とは対照的な、イラついた態度である質問を問いかける。

 

「織斑一夏って、何組ですか?」

「ああ、あの噂の子? 織斑君なら一組よ。凰さんは二組だからお隣のクラスね」

 

 隣のクラスか、と鈴音は心の中で舌打ちする。

 クラスを変えてもらおうか、と我儘な考えを巡らせていると事務員が思い出したように話題を出した。

 

「そうそう、あの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生の弟さんなだけはあるわね」

 

 クラス代表。その言葉を聞き、鈴音はまた別の考えを巡らせた。

 

「二組のクラス代表はもう決まってるんですか?」

「ええ、決まってるわよ」

「名前は? どんな子?」

「え、えっと、聞いてどうするの?」

 

 立て続けに聞かれ、事務員はすこし戸惑いながら頭に疑問符を浮かべる。

 それに対し鈴音は10人中10人は可愛いと答えるだろう、満面の笑顔でこう答えた。

 

「お願いしようかと思いまして。代表、代わってって」

 

 無邪気な笑顔に、事務員が背筋の凍るような寒気を感じたのは言うまでもない。



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第8話 他人の修羅場は犬の餌にすらならないのか

 今朝の教室は何やらいつも以上に賑わっていた。女子というのは噂好きなので、騒がしいことは普段通りなのだが。

 そういえば、食堂でもなにか噂が出ていたな。なんでも、隣の組に転入生がやってきたらしい。何故、この時期になって今更入って来たのかは知らんが。

 なんにせよ、遅れて来るような奴なら大して強くないのだろう。興味を持たない俺はさっさと席に付く。

 

「知ってる? 噂の転校生、中国の代表候補生なんだって」

「詳しく聞かせろ」

 

 だが、相手が代表候補生なら話は別だ。俺は思わず、近くで話していた女子の会話に割って入る。

 女子の会話に男子が割って入る、なんて数週間前は出来なかったが……慣れと言うものは怖いな。ここには女子しかいないからなんとも思わないのだ。

 

「この時期に、代表候補生が?」

「あら、ご存じなくて? IS学園への転入は、試験の他に組織や国からの推薦がないとできませんの。ですから、こんな時期に来る転入生と言えば代表候補生を置いて他にいないのですわ」

 

 セシリアの解説に、俺は考え直す。そうか、超倍率のIS学園に転入なんて真似、普通なら無理に決まっている。それが出来るのは、そもそも入学出来るであろう実力の持ち主に限る。

 しかし、代表候補生が増えるのは喜ばしい。戦う相手が増えるのだから。

 

「けれど、それを差し引いてもこの時期の転入は珍しいですわ。もしや、このわたくしを危ぶんでの転入かしら?」

「それはないだろ」

「りょ、凌斗さん!」

 

 突っ込まれて激怒するセシリアを放置して、俺は隣の二組へ乗り込もうとする。目的は勿論、転入生に模擬戦を挑む為だ。行動は早いに限る。

 すると、少し遅れて一夏と箒がやってきた。気の抜けた一夏と、気を張り詰めすぎな箒。よく見なくとも正反対のコンビと言える。

 

「おお、凌斗。なんか騒がしいけど、なんかあったか?」

「隣に転入生だそうだ。それも、中国の代表候補生」

「へぇ、今の時期に?」

 

 俺とは違い、少し驚いてから一夏は慌ても騒ぎもせずに席に着いた。

 ここまで気が抜けていると、クラス代表戦で勝ち残れるのか不安になってくる。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのこともあるまい」

 

 箒も別に気にも留めてないようだ。こういう噂話、好きな性格でもなさそうだしな。

 

「どんな奴なんだろうな」

「気になるのか?」

「ああ、少しは」

「……ふん」

 

 だが、一夏が気にするようなことを口にすれば、敏感に反応する。一夏が少しでも他の女子のことを気にすれば、こうして不機嫌になるのだ。

 分かりやすいが、もう少し余裕を持ってもいいだろうに。

 

「それより、お前は代表戦の準備は大丈夫なのか?」

 

 俺は各企業から送られてくる"後付装備(イコライザ)"のパンフレットを眺めながら一夏に尋ねる。

 専用機持ちだと発覚した以上、少しでも自分の商品を売ろうと躍起になって来るのだ。俺としては力が増えるのは歓迎だが、自分に合わない装備をもらっても仕方がない。"拡張領域(バススロット)"のことも考えながら取捨選択していかねば。

 

「ああ。まぁ、やれるだけやってみるさ」

 

 当人からは、このような気の抜けた返事しか返ってこない。しかも、コイツも後付装備のパンフレットは貰っているはずだが、手を付けようともしない様子だ。

 確かに、白式の雪片弐型は強力だが、それだけでは勝ち残れない。

 

「織斑君、頑張ってね!」

「今のところ、専用機持ちのクラス代表は一組と四組だけだから余裕だよ!」

 

 四組の代表……昨日、セシリアの言っていた日本代表候補生、更識簪のことか。

 代表戦の前に、俺が戦いたいものだ。

 

 

「その情報、古いよ」

 

 

 教室の入り口から聞き覚えのない声がする。全員が声の主の方を向くと、そこにはクラスの人間ではない、ツインテールの女子がいた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったから、そう簡単に勝てないよ」

 

 小柄な少女は挑発的な態度で俺達に話してくる。大胆な改造が施された制服は、今まで学内でも見かけたことがない。

 コイツが噂の転入生で中国の代表候補生か。

 

「鈴……? お前、凰鈴音か?」

「そ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 ほう、面白い奴だな。胸は小さいが気に入った。

 勝気な少女、凰鈴音は小さく笑みを零して一夏を指差す。

 

「何格好付けてるんだ? すげぇ似合わないぞ」

「んなっ! なんてこと言うのよ、アンタ! 台無しでしょーが!」

 

 が、一夏の台詞によって余裕ぶった態度は一瞬にして瓦解した。セシリアの金メッキよりもずっと脆いな。ベニヤか?

 それはさておき、一夏はかなり親しそうに凰鈴音と話している。さっきも"鈴"と略称で呼んでいたし、どうやら知り合いのようだ。

 

「おい」

「なによ──っ!?」

 

 カッとなっていた凰鈴音は、背後に迫る鬼教師こと織斑先生に気付かず、そのまま出席簿を頭に食らってしまう。

 おお、今日もいい音出しているな。

 

「SHRの時間だ。さっさと自分の教室に帰れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと退け、邪魔だ」

「す、すみません……」

 

 織斑先生とも知り合いの様子だが、さっきまでとは真逆の態度で入口を譲る。頭を押さえながら震える凰鈴音はまるで小動物のようだ。

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

「さっさと戻れ」

「は、はい!」

 

 妙に小物染みた捨て台詞を吐いて、織斑先生に睨まれながら凰鈴音は二組に戻って行った。

 あれが中国の代表候補生……面白かったが、国には同情する。

 

「い、一夏。今のは誰だ? 知り合いか? やけに親しそうだったがっ!?」

「席につけ、馬鹿共」

 

 すぐに箒が一夏に噛み付く。そのせいで、織斑先生の出席簿の次なる餌食にされてしまった。

 そして、一夏の周囲に群がっていた女子は蜘蛛の子を散らすように席に座った。まぁ、誰も食らいたくはないな。箒が一夏を睨んでいるが……逆恨みでしかない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「待ってたわよ! 一夏!」

 

 昼休み、食堂へ向かっていると例の代表候補生がどーん、というエフェクトでも付きそうなくらいの仁王立ちで待ち構えていた。

 俺達には関係のない話だ。アレは一夏に片付けてもらおう。

 

「とりあえず、そこどいてくれ。食券が出せない」

「わ、分かってるわよ!」

 

 分かってるならそもそも立つな。凰鈴音が食券期の前から退くと、一夏を前にして並びだした。

 その間、凰鈴音はラーメンを持って待っている。一体いつ頼んで、いつから待っていたんだ?

 

「のびるぞ?」

「うるさいわね! 大体、アンタを待っていたんでしょ! なんでもっと早く来ないのよ!」

 

 待ち合わせしてたわけじゃないのに、随分勝手なことを言うな。

 こうしたやりとりをやっている間も、箒はただただ不機嫌そうに一夏と凰鈴音を睨んでいた。

 

「痴話喧嘩は犬も食わない、ですわね」

「よく知ってるじゃないか」

 

 セシリアの言う通りだな。とりあえず、俺達は自分の分の食券を手に入れてから一夏達のやりとりを眺めていた。

 

 

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが」

 

 テーブル席に移り、一夏と凰鈴音、箒、俺とセシリアが座る。更にその周囲をクラスの女子達が囲んだ。

 全員、目当ては転入生……というよりも、一夏の女性経歴だった。

 

「凌斗さんは、幼馴染とかはいませんの?」

「俺? 別に親しい女子はいなかったが」

「そうですか。安心しましたわ」

 

 ふと聞いてきたことに答えると、セシリアを含めた周囲の女子達は安心の笑みを浮かべる。

 ……お前等はいいだろうが、俺はこんなことで安心されて複雑な心境だぞ。

 

「ま、まさか、付き合ってるのか……!?」

「べべべ、別に付き合ってるわけじゃ──」

「そうだぞ。ただの幼馴染だ」

 

 一夏のあっけらかんとした発言に、これまた安心する女子達。

 一方、凰鈴音は付き合っていると誤解された時は顔を赤くしていたが、否定されると鬼のような形相で一夏を睨んでいた。

 

「幼馴染……?」

「ああ、そうか。お前等入れ替わりだったな。箒が引っ越したのが小四で、鈴が転校してきたのが小五の頭。それから、中二の時に国へ帰ったから丸一年ぶりってところか」

 

 一夏の説明に傍聴していた女子全員が納得する。一夏の幼馴染というポジションだが、二人に面識がなかったのはこういうことだったのか。

 共通の友人を持つ者同士だが、箒と凰鈴音はお互いにお互いを警戒し合っていた。こういうドロドロした状態、確か前世のテレビドラマで見たことあったっけか。

 険悪なムードに、一夏も少し冷や汗をかいている。しかし、その原因が自分自身にあるということには一切気付いていない様子だった。

 

「初めまして、これからよろしくね」

「ああ、こちらこそ」

 

 火花を散らす箒と凰鈴音を、女子達は面白そうに見ていたり、出遅れていることに悔しがっていたり、特に関心がなかったりと様々な反応を見せていた。

 俺? 他人の痴話喧嘩には興味ない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 放課後の第三アリーナでは、セシリアによる一夏の訓練が行われていた。

 行われていたのだが、何故か"打鉄"を装着した箒も訓練に交じっていた。理由は、凰鈴音が一夏にISの操縦を見てあげると言ったからだ。

 そこは別のクラスだし、俺がセシリアに頼んだので断ったが、対抗心を燃やした箒が──

 

「近接格闘戦の訓練なら私の出番だな!」

 

 ──と名乗りを上げたのだ。

 中距離射撃型のセシリアとしても、近接格闘は専門外なので了承はした。ただ、今までの経験から箒は教える側には向いてないのでは……?

 そんな不安を余所に、俺は整備室で後付装備の確認を行っていた。

 

「まずは、簡単な射撃装備でも増やすか」

 

 ディスプレイに表示されたサンプルデータを眺めながら、使えそうな装備を選ぶ。

 こうしている内に、俺は前世の母親のことを思い出していた。確か、こうやってパンフレットを見ながら家具やダイエット器具を選んでいたっけか。結局買ってないけど。

 現在の母親は、カタログなんて見ない。仲のいい父親と一緒にウィンドウショッピングを楽しむからだ。今までならそれが普通に思えていたが、こうして両方の記憶を持つと、違和感というか……混乱する。

 

「……今は、自分のことに集中しよう。俺は俺……のはずだ」

 

 未だにはっきりとしたアイデンティティを持てずにいた俺は、がむしゃらに装備を流し見した。

 そして、適当に選んだ装備をシアン・バロンに付けてみる。

 

「ぬおっ!?」

 

 だが、よりにもよって出て来たのは大型のミサイルランチャー。しかも、右肩に出て来たことによりバランスが悪くなり、俺は思わず倒れそうになってしまう。

 こ、このぐらい……俺は耐え……れるか!

 

「く、クソが!」

 

 キーを押し、サンプル装備を消す。そもそも、シアン・バロンは機動性が売りの機体。その機動性を殺す装備を付けてどうするのだ。

 そうだな、セシリアの持っているスターライトmkⅢぐらいが丁度いい。

 

「ったく、こっちの機体のことも考えて勧めて来いよ……」

 

 シアン・バロンから降りた俺は、スポーツドリンクを飲みながら愚痴を呟く。

 しかし、整備室には多くのISが並んでいる。その殆どが打鉄か、デュノア社の量産型"ラファール・リヴァイヴ"だ。

 

「……ん?」

 

 無意識の内に歩き出し、ISが整備されている様子を眺めていると、ある区画で足が止まった。

 そこでは打鉄に近いデザインのISを、一人の女子が整備しているところだった。髪の色は機体のカラーリングと同じ淡い水色で、癖毛が内側を向いている。内向的な雰囲気の少女は、今の時代では珍しいメカニカル・キーボードでコードの打ち込みをしていた。

 見たことのない機体は、恐らく専用機だろう。つまり──強い。

 

「少し、話してもいいか?」

 

 即座に、俺はその女子に話しかけていた。知らない女子に話しかける、というのはあまり経験がないが、疚しい目的ではないので気にしないことにする。

 ところが、その女子生徒は俺を一瞥もせずに黙々と作業を続けていた。この距離なら、聞こえなかったということもないはずだが……。

 

「俺は蒼騎凌斗。この専用機に興味がある」

 

 ピタッと作業の手が止まり、こちらを見る。長方形の眼鏡の奥に見える、細い目は俺を睨んでいる風だった。が、覇気がないので全然怖くない。

 そしてすぐ、女子はディスプレイに視線を戻して作業を再開した。

 

「アンタ、名前は?」

「……更識簪」

 

 ボソッ、と呟いた言葉に俺の方が目を見開き驚いてしまった。

 コイツが日本の代表候補生。この根暗女が。胸もどちらかと言えば膨らみがある程度の小娘が。

 

「そうか。よかったら、俺と戦わないか?」

「イヤ……」

 

 俺の誘いを、またしてもか細い呟きで断る。しかも、即答だ。

 

「理由を聞いてもいいか?」

「……疲れるから」

 

 代表候補生が模擬戦をやらない理由。それは、疲れるから。

 そんな怠惰な奴が国の代表候補生だったとは……しかも、こんな専用機を持っておきながら!

 

「お前はこの力(専用機)を思い切り使いたいとは思わないのか?」

「……使えない」

「使えないとかじゃ……ん?」

「……打鉄弐式(うちがねにしき)は、未完成。だから、無理」

「お、おう。悪かった」

 

 未完成なら、仕方ないな……。ただ、やる気がないだけではなかったらしい。

 当てが外れてしまい、腑に落ちないまま俺は自分の区画に戻ろうとする。だが、一人黙々と作業をする更識簪の姿に、新たな違和感を抱かずにはいられなかった。

 

 

「アイツ……なんでたった一人で未完成のISを整備しているんだ……?」

 

 

 通常ならば、代表候補生のISともなると国からの支援が出るはずだ。未完成ならば、余計に力を入れるべきだろう。

 それに、IS学園で組み立てるにしてももっとピットクルーがいるべきだ。なのに、更識簪は一人で作業をしている。一年生なら、余計に上級生が手伝うべきだろう。

 

「更識簪……打鉄弐式……なにかあるのか?」

 

 アイツのいる区画を見ながら、俺は消えない違和感に頭を悩ませていた。

 日本の代表候補生と戦えるのは、まだまだ先になりそうだ。



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第9話 アニメオタクの少女は協力者を望んでいたのか

 更識簪と会った次の日。

 生徒玄関前廊下に、クラス対抗戦(リーグマッチ)の日程表が張り出された。我らの代表、一夏の対戦相手は噂の転校生にして二組の代表、凰鈴音。

 全く、運命というものの巡り合わせはすごいな。

 

「はぁ……」

 

 しかし、当の一夏は何やら浮かない様子だった。おまけに、頬にうっすらと引っ叩かれた跡が残っている。

 箒も──こちらは普段通りだが──不機嫌そうだったので、恐らくは箒にやられたか。

 

「セシリア。昨日なにかあったか?」

「いいえ。訓練中は特に変わった様子は……そういえば、何故か訓練後に二組の代表が一夏さん達と一緒にいましたわ」

 

 それだ。

 箒なら、一夏が怒らせた時には竹刀か木刀を持ち出す。つまり、ビンタなんて滅多にしない。

 あの叩き跡を付けたのが凰鈴音だとすれば……ドロドロした試合になりそうだ。

 

「で、何を言って怒らせたんだ?」

「それが分かれば、苦労しねぇよ……」

 

 一夏自身、何故相手を怒らせたのか分からないらしい。まぁ、この鈍感男にそれが分かれば複雑な話にはなっていまい。

 箒の方を見れば、腕を組んでそっぽを向いている。お前、同室なんだから少しは味方してやれよ。

 

「落ち込む暇があったら、アイツに負けないよう鍛えるんだな」

「凌斗さんの言う通りですわ。このまま負ければ、貴方は情けないままでしてよ?」

 

 援護射撃のはずのセシリアが一番酷いことを言っていた。確かに、女に成すがままの一夏は情けないが……。

 ふと教室の外を見れば、話の渦中にいる中国人、凰鈴音の姿が見えた。SHRにはまだ時間がある。

 

「そこの代表候補生。止まれ」

「あ? 何よ?」

 

 初めて話しかけたソイツは、見るからに「私、メチャクチャ怒ってます」といった態度を取った。

 これはセクハラ程度の内容じゃないな。本当に何したんだよ、一夏の奴は。

 

「ウチのマヌケな代表と、昨日なんかあったか?」

「なんでそれをアンタに話さなきゃいけないのよ」

「逆に聞くが、あの朴念仁に聞いて納得のいく話が聞けると思うか?」

「……無理ね」

 

 自分で怒らせた理由の分からん奴に聞いても仕方ない。一夏が朴念仁だという点で、俺は凰鈴音と意見が一致した。

 

「けど、私からも無理。一夏の奴がどうしても謝りたいとか、どうしても反省してるとかいうんだったら教えてあげてもいいけど」

「じゃあ別にいい」

 

 教えない、という奴から無理に教えてもらうほど重要な話でもないしな。

 

「な、なんなのアンタは!? 戻ってきなさいよ! 男ってのはドイツもコイツも馬鹿ばっかりなんだから!」

 

 俺がスタスタと引き下がると、凰鈴音は怒り心頭といった風に俺と一夏に暴言を吐き散らした。

 とにかく、これは一夏の責任だ。手前の修羅場の収集は手前でやれ、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 放課後になり、一夏達の訓練風景を少しだけ眺めた後、俺は俺の装備を見直す作業に入った。

 やはり、予備動作抜きの射撃装備が欲しい。肩か足に装備出来る、軽い奴が。

 

「ミサイルポッド、電磁砲、バルカン……これだけでも種類豊富だな」

 

 頭を使う時でも、やはりリンゴは手放せない。

 真っ赤なリンゴを一かじりすると、ふと更識簪のいる区画が視界に入った。

 アイツは今日も一人、黙々と作業をしているのだろうか。

 

「……よう」

 

 試しに見に行くと、やはり更識簪が一人。それ以外の人間はいない。

 俺のところにも整備班と呼べる人間はいないが、本格的な整備もしていないし、装備の整理と追加だけで整備室を使っているだけなので不自由はない。

 けど、コイツは違う。未完成のISをたった一人で組み立てようとしている。何処か虚ろな瞳をしているが、俺には必死に足掻いて力を欲する人間のものに感じた。

 

「……また来たの?」

「ああ。退屈、だからな」

 

 更識簪は俺を一瞥し、素っ気ない態度で話す。

 

「そのIS、未完成の理由は? 確か、打鉄は倉持技研の開発だろ。その弐式だっていうなら、倉持に協力してもらえばいいだろうに」

 

 倉持技研の名前を出した瞬間、更識簪はギロッと効果音が出そうな勢いで睨んで来た。

 更識簪自体は怖くなかったが、段々とコイツの置かれた状況が分かりつつあった。

 

「……打鉄弐式は、初めは倉持で作られる予定だった」

「初めは?」

「……その後で、他の機体を急いで開発する為に人員が割かれて、打鉄弐式は放置された」

 

 ……なんだそりゃ。自分達の仕事を放って、別の仕事に手を出したのか。救えねぇ馬鹿共だな。

 けど、国の代表候補生の専用機を後にするほど、重要な機体だったのか?

 

「……ん? 倉持技研……確か、一夏の白式も、倉持の開発だったな」

「……その白式のせい」

 

 あー……うん。そりゃ優先するわ。世界的にも珍しすぎる、男性のIS操縦者の専用機だもんな。

 しかし、一夏も色んな所で反感を買っているな。しかも本人の知らぬところで、というのが非常に性質が悪い。

 

「それなら、別のところに頼めば」

「……私一人で組み上げる。そう決めたから」

 

 強い。

 更識簪の返事はか細くて低い声だったが、強い信念を感じた。

 理由は分からないが、ここまで強いものを見せられてしまっては俺に放っておく理由がなくなってしまった。

 

「……更識」

「……名字で呼ばないで」

「簪」

「……名前でも呼ばないで」

「代表候補生」

「…………」

「あ、4組のクラス代表だっけ。じゃあ代表」

「……貴方とはクラスが違う」

 

 呼び方を悉く突っ撥ねられてしまう。

 参ったな。仇名を考えるのは得意じゃない。

 

「じゃあ」

「やめて。名前の方がまだマシ……」

「そうか。じゃあ簪。俺にも手伝わせてくれないか」

 

 簪の細い瞳が大きく開かれた。俺の申し出は余程予想外だったようだ。

 

「……貴方に手伝ってもらう理由がない」

 

 が、すぐ興味がなさそうにディスプレイに視線を移す。

 それでも動揺しているのは隠し切れないらしく、キーボードのタイプが遅くなってる。

 

「理由ならある。お前はコイツを完成させたい。俺はお前と戦いたい。それに、ISっていうものについてもっと知らないといけないしな」

 

 力を求める身としては、ISのことを知る必要がある。機体性能におんぶにだっこの状態では、強くなったとは言えないからな。

 その点、簪はよく知っていそうだ。なにせ、一人でISを組み立てようとしているのだから。

 それでも、人手不足には逆らえない。とりわけ、簪のような小柄な女子は力仕事には向かなそうだ。

 

「だから、簪が俺にISのことを教える。俺は教わりながら打鉄弐式の組み立てを手伝う。そして、完成したら戦う。な、これでイーブンだ」

 

 我ながら、お互いに損のない話だと思う。その証拠に、簪の手はすっかり止まっていた。

 

「……どうして」

「あ?」

「どうして、そこまで私なんかを……?」

 

 初めて面と向き合いながら、簪は俺に問いかける。

 無表情だった顔は、今では何かに怯えているように見えた。何かに追い詰められ、切羽詰まっている。けど、誰にも頼れない。そんなことを訴えられているような気がした。

 

「別に、大した理由はない。ただの──気まぐれって奴だ」

 

 ああ、胸糞悪い奴の台詞使っちまった。無意識とはいえ、自分の発言に吐き気すら覚える。

 けど、深い理由なんてないのだから仕方ない。代表候補生で専用機持ちだから気になって、たまたま強い意志を持っていたから手伝いたくなった。それだけだ。

 

「それとも、理由が必要か? なら、今から考えてやるから待ってろ」

「……いい」

 

 また頭を捻ろうとしていた俺を、簪が止める。そして、本当に小さくだが笑った。

 

「……ありがとう」

「礼はまだ早い。さて、と。俺はなにからすればいい?」

 

 こうして、整備室で違うクラスに二名による共同作業が始まった。

 そのやり取りを、見ている影がいることに気付きもせずに。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 凌斗という協力者を得た、その日の夜。

 簪は自室で布団を頭まで被って、携帯電話のテレビを眺めていた。

 そこでは、ヒーローが悪人から人々を守るシーンが映し出されている。

 

「…………」

 

 傍から見れば、無表情でアニメを眺めているだけだが、内心では楽しんでいた。簪の密かな楽しみが、このアニメ鑑賞だった。好きなジャンルは、勧善懲悪のヒーロー物だ。

 しかし、簪の頭の中ではディスプレイに映る無敵のヒーローとは別の、ある人物のことが浮かび上がっていた。

 

(蒼騎凌斗、っていったっけ……)

 

 整備室で出会い、いきなり戦いを吹っかけて来た奇妙な人。

 次に会った時には、自分にもISの組み立てを手伝わせろと言ってきた。

 そんな変な人物が、今になって気になり始めたのだ。

 

(……手伝って、なんて初めて言われた)

 

 具体的には、初めてではない。

 倉持技研から白式開発の為に完成時期が未定になると言われた時、身内である使用人や、姉からは手伝いを希望されたことはあった。

 しかし、簪は手伝いを断った。特に、完璧超人の姉からは。

 

(……受けちゃったけど、いいのかな)

 

 相手の言い分に呆気にとられ、手伝うことを了承してしまった。

 未だにそれがよかったのか迷っているが、不思議と悪い気はしなかった。

 

(……なにもなくとも、手伝ってくれる人……)

 

 簪には、凌斗の姿が大好きなヒーローと重なって見えた気がしていた。口調は粗暴だし、戦闘意欲が尋常じゃないほど高いけど。

 もしも、彼が簪のずっと待ち望んでいたヒーローだとしたら──。

 

(…………)

 

 ぼうっと物思いにふける簪。

 画面では、ヒーローアニメは既に終わっていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「りょ、凌斗さん!」

「お、おう。どした?」

 

 クラス対抗戦の日程表が発表されてから数週間後。

 一夏達の様子を見て帰ろうと思ったら、何故かセシリアに詰め寄られていた。

 なんだなんだ? 一夏の奴が骨折でもしたか?

 

「先程、一緒にいらっしゃったお方はどなたですの!?」

「一緒に……ああ、更識簪だけど」

 

 そういえば、簪も途中まで一緒だったっけ。白式の動く姿を一度見ておきたかったとか。

 

「そ、その簪さんと仲がよろしそうでしたが……?」

「一緒に(ISの)作業してるからな」

「いいい、一緒に作業!?」

 

 さっきから何を動揺しているんだ、コイツは。

 俺がISを弄ることがそんなに不安か?

 

「わ、わたくしだって二人きりでの共同作業なんてしたことがないのに……」

「ん? 俺のIS、そんなに見たかったのか?」

 

 悲観に暮れるセシリアに、俺はどう接したらいいのか途方に暮れる。共同作業も何も、お前はこの前まで俺のこと嫌ってただろうが。

 大体、言えば別に見せてやってもいいんだがな。というか、製造元が一緒なんだし、俺の装備について何かヒントが得られるかもしれない。

 

「セシリア、見てもらってもいいか?」

「え?」

「シアン・バロンに遠距離用の装備が欲しいんだ。射撃専門のお前なら分かるだろう?」

「……知りませんわ!」

 

 俺が頼むと、セシリアは頬を膨らませて立ち去ってしまった。

 ……俺の頼み方がおかしかったのか? 一夏の二の鉄は踏みたくないんだが。

 

 

「こんにちわ」

 

 

 俺も部屋に戻ろうかと考えていると、背後から話し掛けられた。振り向くと、扇子を持った女子が悪戯っぽい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 制服のリボンは二年生の物で、デカい胸が腕の上に乗せられてこれでもかというくらい強調されていた。

 そして、髪の色は簪と同じ水色。だが、癖っ毛は簪とは違い外側にはねている。

 

「ん? ああ」

「調子はどうかしら。蒼騎凌斗君」

 

 今、この場には俺とこの女子しかいない。それでいて、俺の名前を呼ぶ目の前の二年生は余裕すら感じられた。

 一見すれば無防備だが、その笑みと態度から来る不気味な感じは、俺の脳にただものではないことを訴えていた。

 

「まぁまぁ。で、アンタは誰だ?」

「あら、この学園の生徒会長の顔も知らないの?」

 

 二年生は"生徒会長"と書かれた扇子を広げ、口元を隠す。恐らく、無知な俺を笑っているのだろう。

 ここでやっと、俺は目の前の人物が何者かということに思い当たった。

 

「……いや、思い出したよ。IS学園生徒会長、更識楯無(さらしきたてなし)

 

 IS学園の生徒会長。それは、学園に通う生徒の中で"最強"を意味していた。

 そのことを思い出せば、目の前の先輩が俺に何の用があったのかなんてどうでもいい。

 

「生徒会長、つまり学園最強ってことは──」

 

 俺は右腕にシアン・バロンを部分展開し、スペリオルランサーを装備する。

 ISの操縦技術が上がった俺は、これくらいの部分展開に時間を要さなくなっていた。

 

 

「──今ここでお前をぶっ倒せば、俺が最強ってことでいいんだな?」

 

 

 学園最強の座がこんなところで手に入る機会が来るなんて。

 ランスの穂先を更識楯無に向け、俺は満面の笑みを浮かべた。



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第10話 学園最強は粗暴な戦闘狂を見定めるか

「今ここでお前をぶっ倒せば、俺が最強ってことでいいんだな?」

 

 腕に部分展開したシアン・バロンが持つスペリオルランサー。その穂先を、俺は目の前にいる女子──IS学園生徒会長、更識楯無──に向けていた。

 学園最強がわざわざこんなところまで会いに来てくれるなんてな。

 

「ええ。いいわよ」

 

 更識楯無は余裕の態度を崩さないまま、ニッコリと微笑んでいる。眼前に槍を突き付けられているにも関わらず、だ。

 

「君に倒せるのならね」

 

 余裕──いや、それどころか恐れを微塵も感じさせない。

 なるほど。俺はすぐに納得して、部分展開を解いた。目の前の人物がIS学園最強を伊達や酔狂で名乗っているわけではないと分かったのだ。

 

「あら、いいの? 目ぐらいは取れたかもしれないのに」

「ご冗談。俺も誰彼問わず、すぐに噛み付くほど愚かじゃない」

 

 俺が今すぐ倒すべきなのは、同学年の代表候補生。その遥か上にいるこの人を、今の俺が倒せるわけがない。

 大人しく引いたことが分かると、目の前にいた更識楯無は液体となって床に落ちた。

 

「へぇ、意外と頭が回るのね。安心したわ」

 

 そして、俺の後方にある柱の陰から、ISを起動させていた更識楯無が現れた。

 彼女のISの能力が、水で分身を作ると言うことか。実体のない分身だから、ランスを突き付けられても平然としていたのか。

 そんなことまで出来るなんて……やはり、強さの次元が違う。

 

「それで、生徒会長が俺になんの用だ? ただの御挨拶ってことじゃないだろうに」

 

 ISを解除して、さっきの偽物と同様に扇子を広げて蠱惑的に笑う更識楯無に、俺は用件を聞く。

 新入生への挨拶なんて時期でもないし、わざわざあんな分身を用意もしないだろう。

 

「生徒会長としてじゃなくて、個人的に貴方がどんな人か見ておきたかったの」

「何故?」

「最近、血の気の多い男が妹の周りをうろついている、だなんて聞いたらやっぱり気になるでしょう?」

 

 俺に弟も妹もいないから分からん。

 それより、妹って……もしかして簪のことか? 更識なんて苗字の奴、他に聞かないしな。

 

「簪とは、そういう仲じゃない」

「けど、整備室では二人きりで仲良く話してるそうじゃない」

「装備のことを教わっているだけだ」

「ふーん……」

 

 何処か含みのありそうな表情でこっちを見る更識楯無に、俺はさっきまで感じていた不気味さがスッと消えていくのを感じた。不快感はより増していったが。

 本当に妹の身辺調査のためだけに接触してきたようだ。

 

「それだけか?」

「……ええ。貴方のことも、一応信用に値すると思えるようになったし」

「そんなに簡単に信用していいのか?」

「最初は粗暴な戦闘狂って聞いてたけど、意外と理性的なところもあるみたいだしね」

 

 意外と、は余計だ。

 なんて思っていると、更識楯無は改めて俺に向き合って頭を下げてきた。

 

「妹をお願いします!」

 

 ……あ?

 俺は更識楯無の言っていることがよく分からなかった。お願いします、っていうのはどういうことだ? なんで今、コイツにそんなことを言われなきゃいけないんだ?

 あれこれ考えを巡らせていると、ある答えに行きついた。

 

「……アンタ、ISは自作か?」

「え? ええ。なんで分かったの?」

 

 そりゃ、分かるさ。簪の並々ならない、専用機を自作すると言う執念を見ればな。

 けど、そのことについては更識楯無には言わないでおいた。こんなところでバラせば、それは簪の影の努力を踏み躙ることになる。

 

「……くだらねぇ」

「ちょ、ちょっと!」

 

 俺は考えを改めることにした。生徒会長はどうやら暇な時期もあるらしい。こんなくだらねぇ用件でわざわざ俺に会いに来るなんてな。

 ボソッと呟いて立ち去ろうとすると、更識楯無に呼び止められる。なんだよ、夕飯まで自室で休ませろよ。

 

「妹のことについて──」

「んなもん、お前に頼まれなくとも見ている」

「──え?」

 

 身内が心配なのはよく分かった。

 けど、それを本人に言わず俺のところに来たということは、姉妹間の仲が拗れているということだ。簪が異様なまでに力を渇望しているのも、ここまで強くて何でもできる姉がいるからなんだろう。

 だが、妹のコンプレックスを更識楯無は知らない。だからこそ、親しそうな俺に簪のことを頼もうとしたんだろう?

 

「簪は一人で足掻いている最中だ。力を望んで、己を欲して、たった一人で頑張っている。そんな簪の強さを邪魔することだけは、俺が絶対に許さん」

 

 余計な介入をしようとしていた更識楯無に対し、俺は敵意を剥き出しにして睨みつける。

 そして、何も言えないアイツを残し、俺は自室に帰った。

 

「……よかった。彼なら、大丈夫そうね」

 

 一人になった更識楯無は、怒るどころか安堵の笑みを浮かべていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「機体の方は概ね完成ってとこか?」

 

 対抗戦まであと数日、というところでようやくIS本体が完成というところまで来た。

 まぁ、放置されていたとはいえ、基部や装甲部の殆どは組み立てられた状態だったし、俺がやったことと言えば資材運びと整理ぐらいだ。コードの打ち込みなんかは簪が全て終わらせてしまった。

 ……役に立ったのかどうかは分からんが、とりあえずクラス対抗戦までには間に合いそうでよかった。

 

「武装が……まだ……。それに……稼働データも取れてないから……今のままじゃ実戦は無理……」

 

 しかし、簪は残念そうに首を振りながら言った。

 俺達が完成させたのは本体のみ。武装は勿論、それらの最適化、稼働データや調整など、ここからが勝負どころらしい。

 つまり、対抗戦に打鉄弐式は間に合わない。

 

「そう、か」

「うん……分かってたから……最初から打鉄で出るつもりだった……」

 

 間に合わないことは簪も分かってたらしい。けど、本当はコイツで戦いたかっただろう。

 

「そういや、打鉄弐式の武装って?」

「……マルチ・ロックオン・システムによる高性能誘導ミサイル……あと、荷電粒子砲も……」

 

 へぇ、打鉄とは違って豪快な装備が多いな。

 簪に渡された資料を眺めながら、俺は目の前のISからミサイルがドカドカ打ち出される光景を思い浮かべた。……使い方次第じゃ、えげつないな。

 そして、荷電粒子砲についても目をやる。

 

「……この荷電粒子砲っての。コイツの稼働データが欲しいのか?」

「……うん。あるの……?」

「いや、まだな」

 

 マルチ・ロックオン・システムなんてモンは無理でも、コイツなら。

 

「かーんちゃーん~!」

 

 そこへ、聞き覚えのある間延びした声がした。ぱたぱたと足音も聞こえ、振り向くとダボダボの余った袖を振る女子がこちらにやってきた。

 布仏本音。俺のクラスメイトの中でも、異様なくらいのんびりした女子だ。一夏からは"のほほんさん"と呼ばれているが……名前を知った上での渾名だよな?

 

「おおっ、あおっちがなんでいるのー? 裏切り~?」

「何故そうなる。ちょっと手伝ってただけだ」

 

 四組の代表を一組の俺が手伝っていれば、確かに裏切り行為になるかもしれんな。

 けど、それとこれとは話は別だ。白式の情報も売ってないし。

 

「かんちゃーん~、私もお手伝いに来たよ~?」

「本音……」

 

 のほほんとした本音の姿を見た途端、簪の表情が若干曇った。

 コイツ等、知り合いだったのか? 本音は親しい人間に対しては変な仇名を付けて回っているし……簪だから"かんちゃん"ってお前……。

 

「どうせまた……姉さんから言われて、来たんでしょう……?」

「え~? 違うよー。私はっ、かんちゃんの専属メイドだからー、お手伝いするのは当然なんだよー。えへんっ!」

 

 簪の疑いの目に、本音は制服の上からでも分かるデカい胸を張って堂々と答える。

 姉──更識楯無が接触してきたことについて、結局俺は何も言っていない。言ったところでなにかが変わる訳でもないしな。

 それより、専属メイド……だと……?

 

「本音、お前メイドだったのか……?」

「そうだよ~? うちはむかーしから、代々更識家のお手伝いさんなんだよ~」

 

 更識家と布仏家……双方とも、聞いたことのない家柄だが、それなりの大きさと歴史がありそうだ。

 が、それを考慮しても、目の前の少女がお手伝いだなんて思えない。家事、出来るのか?

 

「月曜から木曜まで、暮らしを見つめる布仏本音です!」

「見つめてないだろ。俺がいることを知らなかったんだから」

「はっ!? そ、そうだったー!」

 

 オーバーリアクションすらのんびりで、わざとやってるとしか思えない。

 しかし、それが場を和ませるための能力だとしたら大したものだ。本音を前にして戦意を向けられる奴なんていなさそうだ。

 

「さてと、どこからやっちゃうー? 機体のシステム最適化しようか~? それとも火器管制システムのサポ~?」

「火器管制システムは、私じゃないと無理……。制動システムも私がやるから……本音は……」

「シールドエネルギーの調整だねー。りょうかいっ!」

「き、聞いて……。装甲のチェック、して……」

「えへへ、わかりましたぁ!」

 

 その証拠に、すっかり毒気を抜かれた簪は本音に仕事をやることになった。って、装甲のチェックは俺の仕事じゃなかったのか。

 仕方ない。武装のデータ取りの為にも、シアン・バロンに合いそうな装備を探すとするか。

 

「あおっちはすごいよねー」

「あ? なにが」

 

 仕事をしようとすると、本音が簪に聞こえないように話しかけてくる。

 

「だって~、私が手伝うって言っても、中々手伝わせてくれなかったんだもんー。あおっちに先越されちゃった~」

 

 俺は簪と最初に出会った時の態度を思い出す。

 簪と本音は昔からの仲だと言っていたが、そんな幼馴染にも手伝わせなかったのに俺は手伝っていた。それがすごいことだ、と本音は言いたかったのだ。

 ……そいつはどうかな。俺はほぼ無理矢理手伝わせるよう、アイツに言っただけだ。それも、自分の興味のためだけに。

 

「……そう思うなら、今までの分までもっとアイツを支えてやれよ。本音」

「もっちろんっ!」

 

 バッサバッサと袖を振って答える本音。勢い余って俺の顔に当たってるが……もういい。指摘する気にもならん。

 こうして、その日から3人で作業をすることが多くなった。クラス内では、何故か俺だけが裏切り者扱いだったが。どういうことだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 そして、迎えた対抗戦当日。

 第二アリーナで行われる一夏と凰鈴音の試合に、客席は満員。通路すら、立ち見する生徒で埋め尽くされた。会場に入れなかった生徒や関係者達も、リアルタイムモニターで見ているとなると、どれほどこの試合に皆が注目しているのかが分かる。

 片や代表候補生。もう片方は世界的有名になった、男性IS操縦者ともなれば、当然の結果ではあるが。

 

「……見に行かなくて、いいの……?」

 

 簪が不安そうに尋ねて来る。俺は整備室で簪の乗る打鉄の調整を見てやっていた。

 勿論、見るだけで手伝いはしないが。弐式の作業ならまだしも、試合に使う量産機なら俺の出る幕はない。自分のクラスの為に手を施したと思われるのも心外だしな。

 

「今回の戦いは、半分以上がアイツの抱える問題だ。わざわざ窮屈な会場やピットに出向いてまで見るようなモンじゃない」

 

 凰鈴音と俺が戦う時に、参考程度に眺めるかもしれんが。

 アイツの修羅場については応援する気も出歯亀する気もない。

 すると、簪は視線を俺から横に逸らす。

 

 

「……なにか?」

 

 

 その先にいたのは、セシリアだった。何故か、今日に限っては整備室にまで付いてきたのだ。

 

「お前、一夏の師匠役だろ。ピットで──」

 

 ──見ててやれよ。そう言いかけたところでギロッとすごい剣幕で睨まれたので、口を閉じる。

 なんでここまで機嫌が悪いのか。今の俺には理解出来ない。

 

わたくしの(・・・・・)クラスの方と一緒にいて、何かご不満でも?」

「いえ……不思議に思っただけです」

 

 自分のクラスであることをやけに強調し、セシリアは簪に敵意を剥き出しにする。対する簪は、少し気圧されてはいるが、セシリア相手に引くこともなかった。

 ……ひょっとして、これはアレか? セシリアの奴、嫉妬でもしてるのか?

 

「オイ、セシリア」

「なんですの? 裏切り者の──」

「俺はちゃんとお前のことも見てるぞ」

「──凌斗さ……んっ!?」

 

 最近、簪ばかりに構っていたからな。けど、セシリアのこともちゃんと見てるぞ。

 そのことを告げると、セシリアは急に顔を真っ赤にした。

 

「…………」

 

 だが、今度は何故か簪の視線がキツくなったような気がする。

 女っていうのは、そんなに独占欲が強いのか?

 

「そ、その……見ている、というのは……?」

「ん? ライバルとしてだが」

「……そうですわね。次の模擬戦でボロボロにして差し上げますわ」

「おう、楽しみにしてる」

 

 恥ずかしそうに指をツンツンしてるかと思えば、最後には冷たく睨んで宣戦布告までしてきた。

 表情がコロコロ変わって面白い奴だ。その理由は全く分からんが。

 そして、簪は何故だかホッと安心している様子だった。本当に、最近の女子の思考は分かんねぇな。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 第二アリーナでは負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く、という裏ルールの下で、一夏と凰鈴音が対決している。

 一夏としては、頑なに怒る幼馴染の心を開く為に絶対負けられない試合でもあった。

 そのために、姉の千冬から"瞬時加速(イグニッション・ブースト)"という切り札を習ったほどだ。

 

「本気で行くからな」

 

 真剣に相手を見つめ、加速体勢に入る一夏。瞬時加速は爆発的な加速力を得る代わりに直線的にしか動けず、この奇襲は一回しか使えない。

 加えて、白式の単一仕様能力"零落白夜"はバリヤーを無効化して、相手に直接ダメージを与える最大の攻撃技だが、反面エネルギーの消費がとんでもなく、こちらも一回こっきりしか使えない。

 つまり、外したら一夏の勝利はない。

 

 そんな一か八かの状況の、遥か上空では、全身灰色の装甲で覆われた謎のISが出現していた。

 見た目は両手が異様な程大きく、つま先よりも下に伸びているほど長い。更に、頭と肩が一体化していて首が存在しない。そんな異質なデザインのISは、真下に存在するIS学園のアリーナ目掛けて、今にも襲撃をする準備を整えていた。

 

 

「よう、そこのIS」

 

 

 ふと、誰かに呼びかけられる。謎のISは学園を襲撃する前に、その声の主の方を見た。

 青いISが二機、こちらを見ている。一方は槍を構え、もう一方は後方でライフルの銃口を向けている。

 

「今、下じゃ一生懸命戦ってる奴等がいるんだ。それを邪魔するなら──」

 

 槍を構えている方──つまり、俺が喋る。

 一夏達が必死に戦っているところに無粋な横槍を入れるのは、例えどこの誰であろうと俺が決して許さない。

 

「──その前に、俺達と殺ろうぜ」

 

 今、対抗戦とは別の戦いの火蓋が切られた。



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第11話 即席タッグは謎の襲撃者を食い止められるか

 それは全くの偶然だった。

 試合まで、簪はまだしばらく時間がある。空いた時間を使って打鉄弐式を簡単に調整していたのだが、最適化の途中だったマルチ・ロックオン・システムが、突然何かに反応しだしたのだ。

 初めは誤作動かと思ったが、確認してみるとIS学園の上空に何かがいることが判明した。所属不明のIS。しかも、明らかにこちらへ攻め込もうとしている様子だ。

 

「……せ、先生達に知らせた方が……!」

「いや」

 

 急な事態に慌てる簪を、俺は制止する。

 今、ここで先生達に報告すれば大会が中止になりかねない。そうすれば、凰鈴音に勝つために鍛えてきた一夏や、面倒を見て来たセシリアの頑張りが無駄になる。

 なら、やることは一つ。

 

「見つかる前に俺がアイツを捕まえれば、済む話だ」

 

 ピットから出れば即座に見つかるので、俺は学園の入り口でISを起動させるべく整備室を出ようとした。

 

「お待ちになって、凌斗さん!」

「セシリア」

「このわたくしも参りますわ。このような非常事態、見逃せません」

 

 そこへ、セシリアも付いてくると言い出した。確かに、セシリアの実力は高いし近接戦闘メインの俺と組むなら申し分ないだろう。

 しかし、自分が鍛えた一夏の活躍を見てやるのも、師匠役の務めなんじゃないか?

 

「それとも、お一人の方が負けた理由を考えやすいのではなくて?」

「……好きにしろよ」

 

 上から目線は直らないらしく、挑発的に微笑むセシリア。

 今回は相手の情報がよく分からない。加えて、学園のシールドを破壊しようとしている奴だ。

 そんな奴を相手に一人で挑むのは明らかに難しい。なら、お供はいた方がいいだろう。

 

「……私も」

「ダメだ。お前は残れ」

 

 更に同行しようとする簪は、またもや俺が止めておいた。

 当たり前だ、クラス代表。

 

「お前はこの後で試合がある。それを守る為に出るのに、参加者側のお前まで出る必要はない」

「けど……」

「大丈夫だ。俺はこんなところで負けたりしない」

 

 一夏に負けてから、俺だって何もしてないわけじゃない。槍も剣も、より上手く扱えるよう一人で鍛錬を積んでいた。

 心配そうな眼差しを向ける簪を残し、俺とセシリアは未確認のIS退治に出掛けて行った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 そんなやり取りがあった後、俺とセシリアは全身装甲のISと対峙していた。

 敵はIS学園の遮断シールドを破る為に溜めていたエネルギーを霧散させ、こちらを見つめるのみ。一言も喋らず、表情すら見えないので何を考えているのか全く分からない。

 一夏と凰鈴音の戦いは見てないが、きっとまだ一夏は隙を伺っている最中じゃないだろうか。

 アイツ等には、大会での勝敗以上の意味がこの戦いにある。それを邪魔させないようにするのも、強者の務めだ。

 

「本当は自分の力を確かめる相手が欲しかっただけでしょう?」

「……余計なことを言うな」

 

 図星を突かれ、俺は苦々しくセシリアを睨む。

 そう。打鉄弐式のデータ取り用に、新しく積んだ荷電粒子砲の試し打ちにも最適だと考えていたのだ。

 敵も俺達を邪魔者だと判断したらしく、バカデカい腕を広げて来る。

 

「来るぞ、セシリア!」

「分かってますわ!」

 

 次の瞬間、敵ISは俺達の想像以上のスピードでこちらに向かってきた。センサーで相手が仕掛けてくることは分かっていたが、スラスターの出力が尋常じゃない。

 

「っ!」

 

 俺は間一髪で回避するが、もし槍で受けていたらそのまま遮断シールドまで吹っ飛ばされていただろう。

 そもそもこのIS、おかしなところだらけだ。国籍も操縦者の素性も不明。ISの形状からも何処の国が開発したのか分からない。

 おまけに肌を一切露出しない全身装甲(フル・スキン)が一層不気味だった。本来はシールド・エネルギーで身を守っているのでISの装甲は大して意味を成さない。だから、文字通り全身を覆うISなんて聞いたこともなかった。

 

「凌斗さん!」

 

 セシリアがプライベート・チャネルで呼びかける。と、同時に敵からのビーム射撃が俺目掛けて飛んできた。

 髪を掠めつつもギリギリ躱し、俺はその熱量に驚く。センサーが伝えた熱量は、敵のビームがセシリアの"ブルー・ティアーズ"以上の出力を持っていることを表していた。

 そうだよな。これくらい普通に撃てなきゃ、遮断シールドなんて破れないよな。

 

「危なっかしくて見てられませんわ」

「今のは敵の動向を見てただけだ」

「……そういうことに、しとく……」

 

 整備室にいる簪も俺達の戦闘を見てたらしく、普段以上に冷たい言葉を突き刺してくる。

 ああ、そうかよ。そんなに俺の実力が疑わしいのかよ!

 

「だったら、黙って見てろ!」

 

 俺はスペリオルランサーを構え、敵ISに特攻していった。しかし、敵のスピードは巨体に似合わず素早く、槍を振るってもまるで当たらない。

 仕返しと言わんばかりに敵は独楽のように回転し、ビームを何本も放って来る。一つ一つの威力も馬鹿に出来ないので、俺は距離を取りながら身を躱していく。

 こんなもの、セシリアの四方から来るビットの射撃と比べれば、避けるのはそれほど難しくもない。

 

「見てられませんことよ!」

 

 今度は、セシリアがレーザービット四機を飛ばして敵を追撃する。それでも、敵の方が速いようでビームは掠りもしない。

 あのスラスターの出力も尋常じゃない。こんなものを作れる技術……一体何処の国か企業なんだ?

 

「チッ、いい加減に!」

 

 俺はボヤキつつも、ビットから逃げる敵を仕留めるべく俺は槍を突き立てた。

 槍での攻撃は腕の異常に分厚い装甲で防がれてしまうが、本体は目と鼻の先。ここで俺は右肩に取り付けた荷電粒子砲を稼働させ、敵の胸に狙いを定める。

 射撃自体はあまり得意ではないが、この距離ならわざわざ照準を細かく合わせなくても当たる!

 

「喰らえ!」

「喰らいなさい!」

 

 俺とセシリアの声がハモる。そして、敵ISにビームが──。

 

「ぐあっ!?」

「りょ、凌斗さん!?」

 

 ──当たらず、何故か俺の背中に直撃した。

 セシリアの射撃の方が速く、おかげで俺のビームは敵ISの肩へズレてしまった。

 敵はダメージを受けた俺を跳ね除け、距離を取る。あと少しでエネルギーを大幅に減らせたというのに……!

 

「セシリア……お前、何処を狙っているんだ!」

「わたくしはしっかり相手を狙っていましたとも! 凌斗さんが照準の中に入って来たのですわ!」

「サポートするなら俺の動きも計算に入れろ!」

「無茶苦茶言わないでくださいまし!」

 

 プライベート・チャネルで喧嘩を繰り広げる俺達。即席コンビとはいえ、連携もクソもない。

 

「……二人とも、集中して……!」

「そ、そうですわね……味方同士で争っても何にもなりませんわ」

「ああ」

 

 簪に叱られ、俺とセシリアは一旦喧嘩のことを忘れようとする。

 たまたま敵が攻撃してこなかったからいいものの、今のは隙が大きすぎた。狙ってくださいと言ってるようなものだ。

 それから、セシリアは再びビットで相手を狙い、俺は槍での近接戦に持ち込もうとした。

 動きは速いが、それは直線での動きに限りだ。四方からくるビームに敵の動きは段々と細かくなっていき、自慢のスピードも出せなくなっていった。今なら、俺の本分である近接戦闘に持ち込める。

 

「もらった!」

 

 隙を逃さぬように"シアン・バロン"のスラスターを全開にし、スペリオルランサーでの突撃により力を籠める。

 操縦者はシールドで守られているので、遠慮なく串刺しにするつもりで行く!

 

「あ」

 

 穂先は硬い装甲を貫き、獲物を破壊することに成功はした。

 問題はその対象が敵のISではなく、ビュンビュン飛び回っていたセシリアのビットってことなんだけどな。

 

「ちょっ、凌斗さん! 何してくださってますの!?」

「いや……すまん。まさか直線状に入って来るとは──というか、お前がちゃんとコントロールしてないからだろう!」

「はぁー!?」

 

 スペリオルランサーに刺さったビットの残骸を振り払い、俺はまたしてもセシリアとの口喧嘩を始める。

 大体、勝手についてきた癖に足を引っ張りすぎなんだよ。まるで俺のことを考えていないような戦い方をしているしな。

 ……相手を考えない戦い方?

 

「……二人とも、いい加減に……」

「分かってる! セシリア、少しいいか」

「あら、この期に及んで作戦会議ですの?」

 

 見てるだけの簪が喧嘩ばかりの俺達にイラつき出している。まぁ、気持ちは分かるが。

 それよりも、この状況を打開しつつ敵を倒す方法が分かった。

 

「わたくしも、少し敵について分かったことがありますの」

「本当か?」

「ええ。わたくしの邪魔をもうしないのでしたら、教えて差し上げてもよろしくてよ?」

「……それはもういいから。早く教えろ」

 

 セシリアも戦いの中で頭を働かせていたようだ。流石は代表候補生と言ったところか。

 しかし、ビットを破壊されたのが気に障ったらしく、言い方に一々棘があるように感じた。お前……こっちは背中を撃たれてるんだが。

 

「まず敵の動き。行動パターンがまるで機械のように決められていますわ」

「……!」

 

 そうか。最初はこちらの動きを見て防御するか回避。そしてビームを打ち、距離を置いてまたこちらを観察する。

 ビームの打ち方も、独楽のように身体を回転させる打ち方を繰り返している。そんな自分の感覚を鈍らせるような動き、普通の人間ならしないはず。

 

「それに、今みたくわたくし達が会話をしている時には、基本的に攻撃をしてきませんわ。まるで会話内容に聞き耳を立てているような……」

「……攻撃を仕掛けて来れば、向こうも攻撃をする。行動パターンが一定……」

 

 全身装甲の相手の奇妙な行動の数々……結びつく点は一つ。

 俺とセシリア、簪はほぼ同時にそのことに気が付いた。

 

「敵の正体は」

「……ロボット……」

「で、間違いなさそうですわね」

 

 けど、ISの無人機なんてものは存在しない。聞いたことすらないし、そもそもISは人が乗って初めて効力を発揮するもの。

 こんな何世代も先を行くような技術……思い当たる限りでなら、出来る人間は一人しかいない。

 

「でも、まさか無人機なんてものが襲撃してくるなんて……」

「いや、かえってやりやすくなった」

「え?」

「相手が人間じゃないのなら、リミッターを外して殺すつもりでやってもいいってことだろ?」

 

 普段の訓練で的を破壊するように、俺はシアン・バロンの出力リミッターを外す。

 セシリアもフッと微笑み、リミッターを解除する。これで残す問題は、フレンドリーファイアの件だ。

 

「セシリア。俺達が潰し合わないようにする方法があることにはある。ただ、それは難しいぞ?」

「どのようなものですの?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「行くぞ、セシリア」

「ええ、凌斗さん」

「……本当に、それするの……?」

 

 これで奴を討つ準備は整った。

 簪の不安そうな声を余所に、俺はスペリオルランサーを構えて飛ぶ。敵も俺の動きを見ていたので、すぐに迎撃態勢に入った。

 

「そこですわ!」

 

 その時、俺と敵の真下からセシリアの操るビットの射撃が襲い掛かる。

 敵はそれすらも読んでいたようで回避し、俺の攻撃も腕の装甲で受け流す。

 

「ここでっ!」

 

 シアン・バロンのアラートが鳴ると同時に、俺は槍を支えにして敵の頭上へ回る。

 そして、丁度俺のいたところへセシリアのレーザーが放たれていた。

 危ねぇ……少しでも回避が遅れていたら、また俺の背中に当たるところだった。

 

「おらよっ!」

 

 俺は敵の頭上からもう一度槍を振るう。しかし、バロンのセンサーが捕えていたのは()()()()()()()()()()

 小さく飛来する()は辛うじて俺の一撃を避け、俺の方に向き直るとレーザーを撃って来る。

 

「……本当に、お互いを敵として見ながら戦ってる……」

 

 簪の言う通り、俺とセシリアが取った作戦とはお互いを敵としてみなし、1対1対1を実現させることだった。

 味方として見るより、お互いを敵と認識する方が攻撃を避けやすい。

 まぁ、リミッターを外してる分、一歩でも間違えればとんでもない状態にはなるが。

 

「楽しいダンスですわね、凌斗さん!」

「お前にとってはそうだろうな!」

 

 セシリアにとってはビットの操作に集中してればいい分楽だろうが、俺はほとんど近接戦しか出来ないので楽しい状態とは言えない。

 しかし、俺達の作戦は成功のようで、敵には俺とビットの動きが不可解に見えるらしかった。

 俺が回避した流れ弾はセンサーで読み切れず、次々に被弾していく。

 

「そろそろだ! セシリアァァァッ!」

 

 最後の仕上げに、俺はスペリオルランサーを下から敵に突き刺した。

 予想できない攻撃に防御体制を構えていた敵ISは、死角から襲い掛かる俺に一瞬反応が遅れてしまい、黒い胴体に風穴を開ける。

 

「終わりですわ!」

 

 突き刺さったスペリオルランサーを抜かず、俺は敵から離れる。

 すると、セシリアの持つスターライトmkⅢから放たれたレーザーがスペリオルランサーを見事に射抜いた。

 槍はそのまま敵を巻き添えにして爆発を起こした。これで中身もズタボロだな。

 

「ふぅ。やりましたわね、凌斗さん!」

「まだ油断は出来ねぇよ」

 

 敵は無人機。身体に穴を空けても、動いてくる可能性は十分にある。俺はサブウェポンのレイピア、スーパーノヴァを出して敵の動きを見張る。

 その時、爆炎の中からバカデカい腕がこちらに砲口を向けているのが見えた。

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺はその砲口にレイピアの刀身を刺し、肩の荷電粒子砲を敵の頭に向けた。

 これでやっと、コイツを試すことが出来る。

 バシュン! と、レーザーが放たれる音が空に響く。気付けば、敵の頭部らしきものがあった箇所にはもうなにも残っていない。

 が、まだテストには十分な結果を残していない。

 

「オラオラオラァッ!」

 

 二発、三発、と俺は幾度も荷電粒子砲を敵に向けて撃つ。

 照準なんてもうどうでもよかった。身体、腕、脚……とにかくあらゆる場所に撃ちまくった。

 

「凌斗さん、その辺でそろそろおやめになったら」

「ハハハハハ……ハァ、そうだな」

 

 セシリアが止めに入ったところで、俺は荷電粒子砲の連射を止め、砲身を折りたたんだ。

 敵ISは最初に見た時と比べると、既に原型を留めていなかった。ただ、内部構造も丸見えで火花を散らしており、コイツの正体は無人機だという俺達の予想が当たっていたことが分かった。

 前例のない無人機のコイツをこのまま木っ端微塵に吹き飛ばすのは惜しい。

 

「さて、回収を──」

 

 しようか。そう言いかけたところで、敵ISは力尽きた。

 ここはIS学園の上空なのだ。完全停止すれば、次に起こることはすぐ想像が付く。

 

「あ、落ちました」

 

 ISの残骸は重力に従い、その身を地上へ落とす。

 その落下先には学園を守るシールド。壊れかけのISを完全に破壊するだけの出力はあるはず。

 

「セシリア、急げ! 回収しないと俺達の身が!」

「ええっ!?」

 

 コイツを撃破し、その身を回収すればある程度の無茶な行動は見逃されるだろうと踏んでいた。

 しかし、特に手柄もなく無断出撃をしたとなれば……あの鬼教官のことだ。何をされるか分かったもんじゃない。

 

「ま、間に合えぇぇぇぇぇ!!」

 

 必死に伸ばした腕は無人のISを掴んだ。同時に、俺はスラスターを全開にしてその場から離れる。

 あともう少しでシールドに触れるところだった……。

 

「よし、間に合っ──」

 

 ガクンッ、と何かに引っ張られる感触。そして、何かを告げるアラートが響く。

 

「凌斗さん!?」

「りょ、凌斗!?」

 

 それがシアン・バロンのものであり、原因がエネルギー切れで今度は自分が落ちているのだということに気付くのは、地面に叩き付けられて気を失う直前でのことだった。



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第12話 彼らが守ったものの結末はどうなったか

 気が付くと、俺は白い靄のようなものがかかった空間にいた。以前にも来たことのある場所だ。

 自分自身の姿は……ハッキリとある。手も足も、認知することが出来た。

 

「久しぶりだな。この前は……まぁ予想外だったけど」

 

 そして、ここには()()()がいた。神様を名乗る、黒いローブの男。

 前の世界での俺を殺し、今のISがある世界へ転生させた張本人だ。

 

「それよりも、どうだ? あの時の問いに答えられるようになったか?」

 

 あの時の問い、というのは最初に会った時のものか。

 だが、今の俺は蒼騎凌斗として生きている。自分が誰なのか、答えるのは簡単だ。

 

「ああ。俺は──」

「本当に"蒼騎凌斗"だと、答えられるのか?」

 

 蒼騎凌斗だ、と答えようとした俺よりも先に、神はニヤついた顔で更に問い詰めて来た。

 なっ……本当に、とはどういう意味だ?

 

「今のお前は"蒼騎凌斗"本人だと呼べるのか? ISの登場で変わってしまった世界を裏側から変えるため、勉学に励んでいた少年と完全に同一人物と言えるのか?」

 

 ……なるほど。神は全てをお見通しってことか。

 確かに、今の俺は"蒼騎凌斗"という一人の人間としてこの世界に生きている。だが、昔の蒼騎凌斗と比べれば、明らかに性格が変わっているだろう。

 前世の平凡に人生を過ごしてきた自分と、記憶が目覚める前の蒼騎凌斗としての自分。二人分の記憶を持つ俺は、果たしてどちらが真の自分自身なのか。

 

「前世の記憶と、蒼騎凌斗としての記憶が入り混じっただけのお前は、本当にアイデンティティを獲得したと胸を張って言えるのか」

「俺は……」

「まだ、お前は誰でもない。何者にもなれてない」

 

 神の言葉通り、結論を出すにはまだ早かった。俺は、俺自身(アイデンティティ)を見つけていない。

 

「そうだ。だからこそ、この世界で一番強くなると決めた」

 

 果樹園を諦めた時の祖父のように、屈することのないように。何も出来ない無力さを感じないように。

 俺は手に入れた力で誰よりも強くなる。

 

「その調子だ。何処まで足掻くことが出来るのか、まだまだ観させてもらおう」

 

 そう言って神が笑うと、俺の額に指を置いて強く押し出した。

 俺の身体はそのままバキュームに吸い寄せられるかのように落ちて行き、暗転していった──

 

 

◇◆◇

 

 

「う──ッテテ……」

 

 次に目が覚めた時、俺はまず身体中に走る痛みのせいで小さく悲鳴を上げた。

 白い天井にベッドとカーテン、身体に巻かれた包帯。それだけで、ここが保健室だと分かった。

 

「目が覚めたか」

 

 突然、カーテンを開けて来た織斑先生から声を掛けられる。

 俺が目覚めるまですぐそばで待っていたようだが……今の悲鳴だけで起きたと判断したのか。もし寝言だったらどうするつもりだったんだ。

 

「ええ、なんとか……」

「それはよかった。死んだら懲罰を与えてやれないからな」

 

 織斑先生の言葉に、俺は一瞬背筋が凍った。

 そうだ、俺はセシリアと共に、謎の無人ISと戦っていたんだ。そして、倒すことには成功したが、バリアとの衝突による完全破壊を防ぐために敵を捕まえて、その瞬間にエネルギーが尽きて……。

 

「って、あの無人ISはどうなったんです?」

「今、先生達で解析中だ」

 

 なんとか、解析出来るぐらいには残っていたと分かってホッとする。

 あれだけ苦労して倒したのだ。戦果が残ってなければこの傷も割に合わない。

 

「結局、何だったんですか?」

「さぁな。あの無人機は現状、何処の所属か分かっていない。誰が、何のために、どうやって作ったのか。勿論、これらのことは機密事項だから、判明したところでお前に教えるつもりはないがな」

 

 機密事項……それだけ厄介な相手ってことか。

 所属も不明。開発者も、どこの技術が使われたかも。そもそも、無人機なんて代物を作れる国や組織は現在存在しない。全てのISの母、篠ノ之束を除いては──。

 

「それよりもだ。連携訓練も受けていない、一年生の未熟者2人で、よくもやってくれたものだ。おまけに無断出撃。当然、それ相応の罰を受ける覚悟くらいは出来ているんだろうな?」

「ぐ……」

 

 敵について思考を巡らせていたが、織斑先生の棘のある言い方に俺は現実へ引き戻される。

 戦果を持って帰ったとはいえ、違反は違反。ある程度の罰は受けるつもりだったが……頭を抱えたくなる。

 それよりも、もう一つ気になっていた点があることを思い出した。

 

「それと一夏と凰鈴音の試合、どうなりました?」

 

 俺が先生達に何も言わずに出た理由が、一夏の試合だった。

 連絡すれば、緊急事態として試合が中止になりかねない。それは、男としてけじめを付けるために試合へ臨んだ一夏(強い奴)への酷い侮辱だ。

 俺の問いに織斑先生はフッと笑い、身体を横にずらした。

 

「それは本人に聞け」

 

 織斑先生の後ろにはやや怒ったような顔をした一夏と、今にも泣きそうなセシリアがいた。

 なんだ、お前等も待っていたのか。

 

「懲罰については後で伝える。今は身体を休めろ」

 

 そう言い残して、織斑先生は保健室を後にした。

 同時に、一夏が食って掛かる。

 

「凌斗お前! なんて無茶してんだよ!」

「うるさいぞ。傷に響くから黙れ」

「お、おう。悪い」

 

 傷に響く、というのは嘘だがな。

 普段やる気のなさそうな奴も、まさか自分の試合の為に動いてボロボロになる人間がいるとは思わなかったらしい。

 

「それで、勝ったのか?」

「……ああ、勝ったよ」

 

 気に食わない様子だったが、勝ったようだな。

 そうでなくては、鍛えてやったセシリアや箒も浮かばれないだろう。

 

「けどな、俺の為にもう二度とこんな無茶するなよ」

「はぁぁぁぁ……」

「な、なんだよ!」

 

 一夏の言い分に、俺は深い深い溜息を吐いた。

 俺が? 一夏の為に無茶を? ハッ、笑わせるなよ。

 

「いいか、俺はお前の為に動いたんじゃない。俺が許せるか許せないかで決めたんだ。自惚れるなよ」

「そ、そうかよ……」

 

 今度は一夏が溜息を吐き、頭を抱え出した。

 

 因みに、後から聞いたところによると、凰鈴音は俺達の戦闘に気付いたらしい。

 その隙を狙って、一夏が零落白夜を撃ち勝利を収めたとか。その所為で一夏側はイマイチ腑に落ちなかったようだが。

 

 

◇◆◇

 

 

「あの……凌斗さん」

 

 暫く休んでから部屋に戻ると、ここまで一言も口を開かなかったセシリアが漸く話しかけてきた。

 なんだ。ダメージが残ってて気分でも悪いのかと思ったが。

 

「今回の件、わたくしがもっとしっかりとサポートをしていれば、このような傷は……」

 

 セシリアは上手くコンビネーションが取れなかったことを悔やんでいたようだった。

 確かに、フレンドリーファイヤは当たり前。お互いに相手を敵として認識することで、味方の攻撃を避けつつ相手に予測不能の行動をする。こんなものをコンビネーションとは呼ばない。

 もしも、自分達がもっと連携を取って立ち回っていれば、シアン・バロンのエネルギーはもっと持っていたかもしれない。俺が墜落して、余計な傷を負うこともなかったかもしれない。

 

「そうだな」

「っ!」

「織斑先生の言う通り、俺達はまだまだ未熟だ。言い換えれば、もっと強くなれる」

 

 俺もセシリアも、もっと上を目指せる。今回は二人がかりでやっと倒せるような敵も、いずれは一人で戦って確実に倒せるように。

 今回の襲撃者がまた来るかもしれないのだ。当然、今のままではダメだろう。

 

「だから、そう自分を責めるな。俺の分の責任まで抱えようとするな」

「凌斗さん……」

 

 今にも泣き出しそうなセシリアの顔を見ずに、俺はベッドに座り込んだ。

 プライドの高い奴は、誰かに泣き顔を見せるのを嫌うからな。右腕にギプスをしてるせいで耳は塞げないが、見ないようにすることは出来る。

 

「悔しいのなら泣け。明日泣かないように、思う存分泣け。俺は泣く奴を指差すような弱い奴じゃないからな」

「……すみ、ま、せん……」

 

 声を殺して泣き出すセシリアを背に、俺は目を瞑って今後のことを考えていた。

 今回のことは、寧ろ好機だ。あのムカつく神の言う通りなのは癪だが、俺はまだまだ自己の探求が途中なのだ。もっと強くなって、"過去の自分"のどちらでもない"蒼騎凌斗"という存在を手に入れる。

 まだ上を目指せると思うと、自然と頬がほころぶのだった。

 

「こ、こうしてはいられませんわ!」

「うおっ!?」

 

 泣いていると思っていたセシリアが急に声を上げて立ち上がる。

 何なんだ、感情の起伏が激しい奴め。振り向くと、セシリアは目のあたりを必死に擦っていた。

 

「も、もういいのか?」

「ええ! それよりも凌斗さん、その腕ではディナーが食べられないのでは!?」

 

 そういえば、左腕は動くものの飯は食いづらいな。リンゴをかじるのに不自由はないが。これではペンも握れないので、右腕が治るまでは罰は免除だな。

 けど、セシリアは何を必死になっているんだ?

 

「で、では、仕方がありません……私が」

 

 ……まさか、食べさせると? セシリアが俺に?

 悪くない。悪くはないが、そうかそうか。動かないんじゃ仕方ないな。決して怪我人の役得ではないぞ!

 

「手料理を食べさせて差し上げます!」

「メディィーーーーック!!」

 

 今、手料理っつったなコイツ!

 セシリアの手料理と言えば、前に俺を殺しかけた奴じゃねぇか! アレのせいで神も戸惑う程の早さで奴のところに行く羽目になったんだぞ!

 この状況でそんなものを食わされたら、今度こそお陀仏だ! 冗談じゃねぇぞ!

 

「さ、凌斗さんは是非とも休んでてください。あれから、わたくし腕を上げましたのよ?」

 

 何の腕だ? 殺しの腕か?

 コイツ、まさか俺がビット壊したことをまだ根に持ってるんじゃないのか?

 

「そ、そうだ……リンゴ! 冷蔵庫からリンゴを取ってくれ!」

 

 リンゴで腹を膨らませれば、断ることが出来る!

 

「いいえ、それではお腹が一杯になってしまいますわ。我慢してください」

 

 しかし、セシリアは頬を膨らませて首を横に振った。

 ああ、望みは断たれたか……折角、まだ自己の探求が出来ると思っていたのに!

 

「……と、その前にシャワーを浴びて来ます。待っていてくださいませ」

「お、おう」

 

 が、セシリアは鏡に映った自分の顔を見たようで、俺の方を向かずにシャワールームに姿を消した。

 寿命が延びたようだな。今が好機!

 

「俺は外に出るから、時間かけててもいいぞ!」

「えっ!? ちょ、凌斗さん!?」

 

 水音が聞こえてきた瞬間を見計らって、俺は部屋の外へ出た。フッ、これでセシリアは俺を追って来れまい。

 

「あっ」

 

 部屋を出てすぐ、俺は見覚えのある奴に出くわした。

 ツインテールと、肩を露出した改造制服が特徴的な少女。二組のクラス代表、凰鈴音(ファンリンイン)は俺を見るや否やバツの悪そうに睨みつけた。

 

「なんだ? 俺の所為で負けた、なんて言わないよな?」

「言わないわよ。あたしが気を取られたのが悪いんだし、それでアンタをどうこう責めるつもりはないわ」

「そうか」

 

 思ったよりは話が通じそうだ。

 凰鈴音は初めて会った時の覇気を感じさせず、代わりに呆れた風な表情をこちらに向けていた。

 

「んなことより、アンタは大丈夫なの?」

「この程度、何ともない」

「そ。一応、お礼だけは言っておこうと思って」

「礼?」

 

 コイツに礼を言われるようなことをした覚えはないが?

 

「あたしと一夏の試合、守ってくれたんでしょ?」

「ああ、そのことか」

「クラス対抗戦(リーグマッチ)自体は中止になったけど、決着は着けれたし」

 

 そう、クラス対抗戦は侵入者──教師達から"ゴーレム"と呼ばれるようになった──の影響で、一回戦以外は中止になることが決定したのだ。

 俺が出なければ、確実に一夏と凰鈴音の試合は中断されていただろう。

 

「それで、一夏の奴と仲直りは出来たのか?」

「まぁ、誤解は解けたというか……それだけよ」

 

 反応を見る限りだと、一応の和解はしたようだ。そこからの進展は全く望めない様子だが。

 箒もいることだし、すぐには無理だろうな。

 

「それよりも、だ。頼みがある」

「何よ」

「俺の腕が治ったら、戦ってくれ」

 

 一夏との問題がなくなったのなら、俺との練習試合も断らないだろう。中国代表候補生の実力、存分に確かめたい。

 凰鈴音は一瞬キョトンと目を丸くしたが、すぐに好戦的な表情を浮かべる。

 

「いいけど、また腕を折ることになるかもよ?」

「その時はその時だ、凰鈴音」

(リン)、でいいわ。皆そう呼んでるし」

「じゃあ、鈴。戦える時を楽しみにしてる」

 

 俺と鈴は約束の印として、握手を交わした。左手なのは失礼だったが、まぁ仕方がない。

 

 

「あ……」

 

 

 鈴と別れると、すぐに別の人間に出会った。

 この髪飾りと眼鏡は四組のクラス代表、更識簪だ。

 

「簪か。どうした?」

「……様子、見に来た……」

 

 コイツも、俺の心配をしてくれたのか?

 つい最近まで素っ気なかった簪がねぇ……。それとも、俺の持つシアン・バロンの荷電粒子砲のデータが欲しいからか?

 

「データなら結構取れたと思うけどな。渡しておくか?」

「……そうじゃなくて、りょ、凌斗の……」

「俺の、心配を?」

 

 大きく頷く簪。心なしか、頬が赤くなっている。

 そういえば、俺のことを名前で呼んだな。たどたどしくはあるが、段々と親しくなっていってるようで悪くない。

 

「ありがとな。簪」

「……う、うん。人手が減ったら困るし……」

 

 ……ああ、そういうことね。

 折角手伝うようになったんだし、人手が減れば作業に支障が出るよな。それは大事だ。

 

「悪いが、もうしばらくは手伝ってやれない」

「……分かってる。だ、だから……」

 

 打鉄弐式の完成は少し先延ばしになりそうだ。

 簪は小さく頷くと、さっきから後ろに隠したものを俺の前に差し出してきた。

 

「……お見舞い……」

 

 それは小さな包みで、中にはカップケーキが数個入っていた。見た感じ、手作りなのだろう。

 手作り、と聞くと嫌な予感しかしないのだが……まぁ、例外もいると信じよう。

 

「貰っていいのか?」

「……うん……」

「ありがとう」

 

 簪からの見舞いの品を受け取る。こういうところで普段の行いが出るんだな。

 ……まぁ、そもそもの目的は日本の代表候補生と戦うことだったのだが。

 

 

 

「楽しそうなところ、失礼しますわ。凌斗さん?」

 

 

 

 背中から嫌な鳥肌が立つ。普段は何ともないはずのハスキーボイスも、今では凄まじく恐ろしい。

 ああ、身の危険を感じるのに動けない。蛇に睨まれた蛙、というのは正にこのことだ。

 振り向くと、そこにはにこやかに微笑む、艶やかなセシリアの姿があった。シャワーを浴びた後だから一層輝いて見えるのだろう。

 しかし、同時に謎の威圧感を放っているようにも感じた。逃げ出したのがそんなに気に食わないか。

 

「ディナーの支度が整いましたので、戻ってくださいます?」

「お、おう……」

 

 逃げられない。逃げ道を完全に塞いでいる。

 ふと前を見ると、簪がジト目でこちらを睨んでいた。普段からほぼ無表情な奴だが、この時は不機嫌なのが何故か手に取る様に分かった。

 

「……じゃ、お大事に……」

 

 簪は数瞬、セシリアと睨み合った後でその場を去っていった。

 この二人の仲の悪さは一体何なんだ。前世で殺し合いでもしたのか。

 

「さ、凌斗さん」

 

 セシリアに呼ばれ、俺は戦々恐々として部屋に戻ることとなった。

 

 

 ──結果として、体調の回復がかなり遅れたことだけ伝えておく。



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第13話 新たな予感は転校生と共に訪れるのか

 携帯の耳障りなアラームが鳴り、熟睡していた俺は夢の世界から現実へと引き戻される。

 微睡む目で携帯を開き、目覚ましとしてセットしていたアラームを止める。時間は7時丁度。

 もう朝か、と思いながら俺はベッドから降りて朝飯の支度をし出した。

 

 今日は父親も母親も仕事で既にいない。俺も朝食(これ)を食べたらすぐに学校へ行かなきゃ。

 食パンにジャムを塗りながら、今朝のニュースに目を向ける。テレビからは自分とは関係ない小さな事件や、芸能界の動きなんかを忙しなく伝えている。老人がアクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしたとか、イケメン俳優が結婚したとか。

 

「……ん?」

 

 朝食を済ませ、身支度を整えて家を出ようとした時に大きな違和感に襲われた。

 本当にこれが俺の日常だったか?

 淡々と学校へ行き、授業を受けて、流されるように日々を送るだけの人生だったか?

 そもそも、俺の名前はなんだったか?

 一度湧いた違和感から、確かに見覚えがあるはずの風景が崩れ落ちる。

 

「そうだった。俺は──」

 

 

◇◆◇

 

 

「ん……」

 

 目を覚ますと、つい最近まで見覚えのあった天井。ふかふかのベッドは、明らかに夢の中の物よりも寝心地がいい。

 ああ、なんつー夢を見ていたんだ。自分のことを思い出し、俺は嫌悪感から顔を手で覆った。

 今まで夢で見ていたものは、俺の前世の記憶そのものだった。何もない平凡な、だけども不自由のない世界。その中で、流されるまま生きてた俺は結局何者にもなれなかった。

 アイデンティティを得るまでもなく、それを不思議とすら感じずに生きて死んだ。今の俺には恥ずべき記憶だ。

 

「はぁ……顔でも洗うか」

 

 今日は日曜日。授業は休みなので熟す予定も何もなく、俺はとりあえずのろのろと洗面所に向かった。

 冷たい水を顔にぶっかけ、微睡む目を完全に覚ます。鏡に映った自分は、もうあの平凡な学生ではない。

 

「俺は、蒼騎凌……」

 

 自分の名を呟くが、最後まで自信を持って言えなかった。

 現世の自分は、蒼騎凌斗という存在としてIS学園に通っている。だが、この前神に言われたことがどうしても引っかかっていた。

 

「蒼騎凌斗の皮を被った何か……」

 

 前世の記憶を取り戻す前の蒼騎凌斗は、今の俺とは性格が明らかに変わっている。思想も、目的も。

 蒼騎凌斗は武力で世界を手に入れようとする人間ではなかった。ISに支配された世界を変えるために、権力を手に入れるべく努力を重ね続けてきた。

 しかし、今はそのISを動かせるようになり、世界最強の力を手にすることで世界をひっくり返そうとしている。

 昔の自分が今の俺を見たら、なんというだろうか。

 

 その時、俺の携帯が鳴った。

 相手を確認すると、母親からだった。……そういえば、ISを動かしてから一度も話してなかったな。

 

「……も、もしもし」

「あ、凌斗? 久しぶりねー! 大丈夫だった?」

 

 変わる前の自分を思い出しながら、電話を取る。すると、聞こえてきたのは記憶の中にある通りの明るい母親の声だった。

 今は確かフランスの祖母の家にいて、保護プログラムの下で監視されてるんだっけか。

 受験中に俺の邪魔をしてはいけないと日本を発っていたが、まさかこんなことになるとは思っても見なかっただろう。

 

「うん。まぁ、何とかやってるよ」

「そ。ねぇ、IS学園って女の子ばっかりなんでしょ? 彼女、出来た?」

「まさか。いないよ」

 

 比較的、砕けた口調で話す。

 性格が急に変わったことで余計な心配をかけたくはないしな。

 

「俺よりも、母さんたちはどう? 歯医者には行ってる?」

「歯医者? なんで?」

 

 だが、ふと気を緩めてしまったことが仇となった。

 歯医者に行っていたのは、前世の母親だったのだ。今の母さんは歯医者どころか、病院にも滅多に行かないほど健康だ。

 

「あ、いや……学園の方で歯科検診があったんだよ! それでどうかな、と」

「へぇー。別に問題はないわよ? 凌斗はどうだった?」

「俺も問題はなかった。うん、元気そうでよかった」

 

 なんとか誤魔化した俺は、学校で起きた近況などを簡単に説明してから電話を切った。

 最後にリンゴをまた沢山送るよう頼むことも忘れずに。

 

「……ふぅ。やはり、俺は「蒼騎凌斗」ではないのだな」

 

 母親との会話で俺がまだ何者でもないことを決定付けられてしまった。前世の俺とも違う、どっちつかずの存在。

 朝から気分が滅入るが、ここで立ち止まってはいられない。無意識の内に、俺は右耳に付けたイヤーカフス──待機状態のシアン・バロンを触る。

 

「ならば、もっと強くなって自分を追い求めるしかない」

 

 それこそが自分自身を手に入れる為の方法なのだ。

 

 

 

 アリーナ上空に不規則に並ぶ射撃の的。それらを()()()()に何かが射抜く。

 全てがど真ん中に命中、とまではいかなくとも全弾ヒットの表示を見て、俺は安堵のため息を吐いた。

 

「使えるな、これ」

 

 今、俺は新しい武装の射撃訓練の為にアリーナへ来ていた。その新武装が予想以上に俺の腕にフィットし、思わず感心しながら眺めていた。

 射撃訓練、とは言ったが銃の類ではない。俺が手に持っているのは、特殊な形をした弓だった。

 この装備"ヒュドラ"は弓ではあるが、個別に矢を用意するものではない。弦の真ん中には引きやすいようにグリップが付いており、これを引くと鏃のような部分にエネルギーが溜まり、光の矢を放てるという訳だ。

 更に優れているのが、エネルギーを溜めれば同時に何本も拡散して矢を放つことが出来ることだ。多少威力は落ちるし、消費エネルギーも高くつくが、多数の敵を同時に攻撃する手段が出来るのはとても心強い。

 

「射撃もお上手になりましたわね、凌斗さん」

 

 ヒュドラをくるくる回して手に馴染ませていると、射撃のコーチ兼遠距離武装選びのアドバイザーを頼んだセシリアが珍しく褒めて来た。

 訓練を始めた時は拡散させてもほとんど的に当たることはなかったのを考えれば、上達した方ではあるな。

 

「オートロックオンのおかげでもあるがな」

「そうとも言えますわ」

 

 一々、銃や弓矢の初心者である俺が照準を合わせてたら、当たる物も当たらない。

 俺はヒュドラのグリップを引き、上空のデカい的目掛けて矢を放つ。今度は拡散せず、一本の強力な矢として的を射抜いて粉々にした。

 よし、ヒュドラは購入確定だな。これで俺の装備は3つに増えた。

 

「でも、弓矢型だなんて珍しいものをお選びですのね」

「銃の扱いは慣れてなくてな」

 

 結局、以前使った荷電粒子砲も外したし。どうも銃との相性は悪いようだ。

 

「それに、基本装備のビットまで外してただなんて……」

「仕方ないだろ。使えないものをぶら下げてても」

 

 実はシアン・バロンはブルー・ティアーズの姉妹機として設計されたものだった。なので、初期設定ではブルー・ティアーズとは仕様の違う近距離用のビットが付いていた。イギリス側は男性操縦者のデータとBT兵器のデータを両方取りたがっていたようだ。

 しかし、生憎と俺のBT適正はD。満足に扱うことも出来ず、最初に動かした時は思わずリアクティブアーマーだと思って一気に全部地面に放ってしまった。おかげで早く動くことが出来たが。

 そんなこともあってか、"最適化(フィッティング)"の段階でIS側が不要だと判断してイギリス側に送り返してしまったらしい。

 今でもビットを使わないか、という勧誘があるがその度に断りを入れてる。使えないものを持ったってただの重りにしかならないだろうが。

 余談だが、俺が使うはずだったビットは設計し直されて別のISに転用されるらしい。名前は……"サイレント・ゼフィルス"とか言ったか。

 

「ところで、本当によかったのか? 俺の訓練に付き合わせて」

 

 今日は折角の日曜日。セシリアも羽根を伸ばして休みたかっただろうに。

 しかし、俺の知る限りでは射撃が最も上手いのはセシリアだ。ISも姉妹機を使っているので、アドバイスも得やすい。だから、こうして付き合ってくれているセシリアには感謝している。

 

「勿論ですわ! 部屋が別になってしまった以上、教える機会も少なくなってしまいましたし!」

 

 そう、つい数日前に部屋の調整が済んだので俺が引っ越すことになったのだ。相部屋の相手も一夏になり、貞操面でも負担が減った。

 セシリアは何故か落ち込んでいたが。お前……最初は死ぬほど嫌がってただろうが。

 

(それに……こういう時でないと一緒にいられないじゃないですか……)

 

 妙に積極的なセシリアの考えは読めなかったが、俺としては訓練が捗るのでありがたい。

 彼女の労に報いる為にも、俺は復活したターゲットへ再び弓を構え直した。

 

 

◇◆◇

 

 

「今日は、転校生を紹介します! それも二名です!」

 

 休み明けのSHRにて、山田先生のハスキーボイスが響く。唐突な転校生の知らせに、クラス中がざわついた。

 ……待て。つい最近、二組の方に転校生が来たばかりだろうが。しかも一組には二人も?

 何か作為的なものを感じるが、その疑問もすぐに晴れることになった。

 

「なっ……!?」

 

 教室に入ってきた二人の転校生。その内一人は背が小さく、長い銀髪に左目の眼帯が目立つ少女だ。

 そしてもう一人はブロンドの髪を後ろで束ねており、中性的な顔立ちにスラッとした細い身体。何よりも他とは違うのは、着ている制服だ。

 この学園では制服の改造は自由に行ってもいい。セシリアのようなドレス風のロングスカートや、鈴のように露出度多めの動きやすい服装など、十人十色である。

 だが、それでも男女の仕様の違いはある。俺や一夏、そして目の前の転校生がそうだった。

 

「三人目の、男性操縦者だと?」

 

 転校生が来るというざわつきは、一斉に男性操縦者が現れたことへの驚きに変わっていった。

 いや、おかしすぎるだろう。今の今まで三人目が現れたという情報は何処にも流れてこなかった。それに、今更か?

 一夏がISを動かした日から、世界中で男性操縦者の捜索が行われていた。が、俺以外の操縦者は見つけられなかったはずだ。それを、今更三人目が見つかった?

 

「で、では自己紹介を」

「はい。シャルル・デュノアです。この国では」

 

 デュノア。

 その名前を聞いた瞬間、俺の中の何かが沸騰するかのように感じた。衝動のあまり急に立ち上がり、周囲の視線をシャルル・デュノアから奪っていく。

 果樹園、開発、立ち退き──デュノア。

 

「えっと……蒼騎君?」

「あ、いや……何でもない」

 

 困惑する山田先生に呼びかけられ、俺は我に返って席に座り直す。

 あの目の前にいる金髪の男がデュノア社に関係するのなら、因縁めいたものを感じざるを得なかった。

 

「……どこかで会ったっけ?」

「いや……別に」

 

 ニッコリと微笑むシャルル・デュノアに話しかけられ、俺はバツの悪そうに視線を逸らした。

 そうだ。いくらデュノアでも、コイツには一切関係ないことだ。決めたんだ。俺は自分の力で世界を変える。コイツ一人に八つ当たりをしたところで何も解決はしない。それは弱者のすることだと。

 一旦、感情を落ち着かせてからもう一人の方を見る。隣に珍しい男性操縦者がいるにも拘らず、ソイツは微動だにせず表情すら変えなかった。

 背筋を伸ばして直立姿勢を崩さない姿は、軍人のような印象を持たせる。

 

「ラウラ、挨拶をしろ」

「はい、教官」

 

 織斑先生の声掛けに応じ、ラウラと呼ばれた女子は漸く口を開く。

 教官という返事……ますます軍人のようだ。

 

「私はもう教官ではない。ここでは、織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 織斑先生の注意にもハキハキと返事を返し、半歩前に出る。

 もう、ということは前に教官をやっていたのか。ただし、今でも教師というよりは軍の教官といったほうがしっくりくるが。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 そう名乗ったボーデヴィッヒは、また半歩下がって直立姿勢に戻った。それだけ? と言いたげな空気が蔓延する中、溜息を吐く織斑先生。

 すると、ボーデヴィッヒは俺の元へやって来る。シャルル・デュノアはともかくとして、俺はお前に用はないが?

 

「お前が織斑一夏か?」

「違う。あっちのボケっとした奴がそうだ」

「そうか」

 

 短いやり取りだけをして、ボーデヴィッヒは今度は一夏の元へ移動する。

 そして、容赦なく一夏の横っ面を平手で打った。……アイツ、また自分の知らないところで恨みを買ってたのか。

 

「認めない。貴様があの方の弟など……!」

 

 それまで表情を崩さなかったボーデヴィッヒは、まるで親の仇のように一夏を睨む。

 急に殴られた一夏は顔に紅葉模様を作ったまま呆然とボーデヴィッヒを見つめ、状況把握が出来たと同時に食って掛かった。

 

「いきなり何すんだ!」

「フン」

 

 が、一夏の言葉に聞く耳は持たないようで、ボーデヴィッヒはすたすたと教壇に戻っていった。

 まぁ、今回は一夏というより、ボーデヴィッヒと織斑先生の間に何か起きたらしく、一夏は完全に被害者のようだが。

 

「あー、ではHRを終わる! 各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合だ。今日は二組と合同訓練を行う。以上だ!」

 

 織斑先生の号令で各自が行動を開始する。女子は教室内で着替えをするので、俺と一夏は空いている更衣室を使わないといけないのだ。

 しかし、急いで移動しようとした俺達を織斑先生が呼び止めた。

 

「織斑、蒼騎。デュノアの面倒を見てやれ」

 

 まぁ、そうなるな。素性はどうあれ、男子生徒ならここで平穏に過ごすには難しすぎる。

 

「よろしくね、二人共」

「ああ。まずは更衣室に行くぞ」

 

 爽やかな笑顔を浮かべるシャルル・デュノアを連れて、俺達は第二アリーナ更衣室へ向かった。

 だが、俺は内心穏やかではなかった。何故なら「蒼騎凌斗」がISを憎む理由となった、祖父の果樹園を潰した会社。それがデュノア社なのだから。

 

 シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ。二人の転校生の存在が、新たな騒動の幕開けとなることを俺達は誰も気付いていなかった。



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第14話 彼の正体は因果に報いる結果なのか

 転校生、しかも三人目の男性操縦者が来たこともあって、今日はクラスどころか学園中が浮足立っているように感じた。

 その話題の渦中にいるフランス人、シャルル・デュノアが正しくブロンドヘアーの貴公子とでも言い換えられそうな容姿をしていることも、騒めきに拍車をかけていたようだ。

 二組との合同訓練でも黄色い声援が起こり、昼食時になれば是非ご一緒にと誘いが押し寄せていたぐらいだ。俺達と既に食べるつもりだったので、一つ一つ丁重に断りを入れていたが。

 

『お気持ちは嬉しいのですが、僕のようなものが可憐な花と一時を過ごすことは身に過ぎた幸せ。眺めているだけで胸がいっぱいになってしまいます』

 

 とかなんとか、俺や一夏じゃあ口にも出せないような台詞をペラペラと話していた。

 こういうところで、育ちの良さが出るんだろうな。

 

「改めて、よろしく。シャルル」

「うん、よろしくね。一夏、凌斗」

「……ああ」

 

 夕食を終えて、部屋に戻って来た俺達は改めて挨拶を交わす。

 シャルルは三人目の男ということもあり、俺と一夏と同じ部屋になった。三人同室というのは流石に狭く感じるが、三人とも私物が少ないので特に困りはしなかった。

 楽しそうに会話をする一夏とシャルルに対し、俺はリンゴをかじりながらシャルルを見つめる。

 

「……えっと、凌斗?」

 

 俺の視線に気付き、シャルルが若干困った風に訪ねてきた。まぁ、一日中見られてたら気付かない方がおかしいか。

 

「僕、何かした?」

「いや……何でもねぇよ」

 

 そう、()()()()()()()()()()()

 俺と因縁があるのはあくまでデュノア社──つまり、シャルルの実家の方だった。

 俺が、"蒼騎凌斗"がISへの印象を決定的に悪くし、この世界を変えたいと強く思うようになった理由がそのデュノア社なのだから。

 

「でも、さっきから僕のことを」

 

 シャルルの言葉を遮って、俺は奴の白く細い腕を掴んだ。

 代表候補生ともあろうものが、俺に腕を取られるほど油断してるなんてな。

 

「シャルル、お前──」

 

 ずっと気になってた。

 アリーナの更衣室で着替えた時から。既に着ていた特注品のインナー、そこから除く女のような柔肌。そしてこの中性的な顔立ち。

 俺の言葉にシャルルは息をのんだ。

 

 

「──ちゃんと鍛えてないだろ?」

 

 

 ガッシャーン、とシャルルがズッコケる。

 おかしいと思っていたんだ。今までISを動かしたことすらない男のはずなのに、もう代表候補生だなんて。

 時期をずらしたのも、フランスの男子が弱いところを見せたくないという見得だろう。転入までの間にある程度の知識と武器の扱いさえ頭に叩き込んでおけば、ISバトルでもある程度は戦える。

 勿論、筋力もあるに越したことはないが、つい最近までなよなよのお坊ちゃんに要求するには土台無理な話だ。

 

「だよなー。シャルルって線細いし」

「あ、あはは……よく言われるんだ」

「だが、喜べ。俺がライバルとして、貴様をIS操縦者として相応しい身体に鍛えてやる」

 

 新たなライバルがフニャフニャした体では張り合いがないからな。

 だが、今日のところは素直に転入生を祝ってやるとしよう。

 因縁も、何もかもを忘れ、俺達三人は就寝時間まで男同士で語り合ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 時間が経つのも早く、シャルルとラウラ・ボーデヴィッヒが転入してから五日目。

 俺は自由時間である土曜の午後を簪と過ごしていた。これから、打鉄弐式の稼働テストを行うのだ。

 

「で、今日は何をするんだ? 戦闘か?」

「……今日は、飛行テスト。戦闘はまだ……」

 

 何だ、つまらん……じゃないな。ISが空を飛ぶのは当たり前の認識だ。その当たり前の部分で不備でも生じたら目も当てられない。

 ISスーツに着替えた簪は、打鉄弐式を纏って整備室を出る。……こういうのも何だが、姉と妹で一部分に圧倒的な差があるな。何処とは敢えて言わないが。

 

「……今日は、あの人はいないの……?」

「あの人?」

「……金髪の……」

「ああ、セシリアなら今日は一人で射撃訓練をするそうだ」

 

 新たな武装を手に入れた俺に、今月末に開催される学年別トーナメントで勝つ為らしい。ライバルとして、張り切ってくれるのは大いに結構だ。

 

「……負けられない……」

「そうだな。俺もお前も」

 

 簪の呟きに頷くと、何故かジト目で睨まれてしまった。まるで意味が違う、とでも言いたげにだ。

 そういえば、トーナメントの優勝者には何か特別賞が出ると噂が出ていたな。強さの証明さえ出来れば、副賞に興味はないが。

 簪は打鉄弐式の状態を確認しながら、ピットから勢いよく飛び出していった。

 

「特に問題はなさそうだな」

 

 長い間、飛ぶことを望まれていた水色の機体は、同じ色をした空を軽やかに飛び続けている。

 今まで無表情だった簪も、専用機を羽ばたかせることに成功し嬉しそうに笑っていた。

 やった。私はやり遂げた。そう高らかに伝えんとばかりに、簪は舞い続けた。この後起きるアクシデントにも気付かずに。

 

「……ん?」

 

 ピットから簪を眺めていた俺は、すぐに異常に気が付いた。打鉄弐式は爽やかな機体の色に似合わない、灰色の煙を上げていたのだ。

 楽しそうだった簪の顔が一転し、焦りを含む。スムーズだった動きもぎこちなくなり、腕や足も動かなくなっていく。

 

「簪、応答しろ。簪!」

 

 プライベートチャネルで呼びかけるが、応答はない。この土壇場で機体にトラブルが起きてしまったようだ。

 稼働テストは、やはり大事だった。

 

「ちっ! バロン!」

 

 俺は右耳のイヤーカフスに触れ、ピットの出入り口から飛び降りる。

 するとすぐに学園の制服はISスーツに変わり、シアン・バロンが展開されていく。

 専用機持ちは、パーソナライズを行うことでISスーツまで即座に展開することが出来る。その際、着ていた服は分解されISの領域に保存される。

 ただし、これはエネルギーも大幅に消耗するので緊急時以外では使うことを避けた方が良い。最も、今はそんなことを言っている場合ではないのだが。

 

「簪っ!」

 

 落下していた簪を空中で受け止めると、俺はゆっくりと降下していった。全く、嫌な汗をかかせるな。

 簪は酷く震えながら俺を見ていた。身動きが取れない状態で上空から落ちれば誰だって怯えるに決まっている。

 

「りょう、と……」

「稼働テストは失敗だ。悔しいか?」

「…………」

 

 ピットまで運んでやると、簪は無言のまま頷いた。

 

「なら、早いとこ直すぞ。悔しいからと言って、立ち止まる時間なんて惜しいからな」

「……うん、分かってる……」

 

 自信を失くしたように、簪は打鉄弐式を待機形態に戻して整備室に向かった。

 

「……辛いな、互いに」

 

 苦手な相手が近くにいるというのは、辛い。

 コンプレックスを抱く相手にやっと近付けたと思ったら、逆に遠ざかってしまった。簪の気持ちを代弁するとしたら、そんなところだろう。

 

 その時だった。展開しっぱなしだったバロンのセンサーが知らないISを捕えていた。所属はドイツ。操縦者はラウラ・ボーデヴィッヒ……反応はアリーナの方からだ。

 

「……何してるんだ、アイツ等は」

 

 気になってアリーナの方を向けば、特訓中だった一夏とシャルルがラウラ・ボーデヴィッヒに絡まれていた。

 一夏、というよりも織斑千冬と浅からぬ因縁を持つ女、ラウラ・ボーデヴィッヒ。奴の素性は知らないが、転入早々に一夏の頬を引っ叩いたことは記憶に新しい。

 今日も一方的に喧嘩を売られたのだろう。この前まで中国からの幼馴染と仲を拗らせていたというのに、忙しい奴だなアイツも。

 

「……凌斗……?」

「ああ、今行く」

 

 簪に呼ばれ、俺はシアン・バロンをイヤーカフスに戻した。

 因縁を呼び込む奴より、今は因縁に打ち勝とうとしてる女に手を貸すとしよう。

 

 

◇◆◇

 

 

 打鉄弐式の修理を終えて、今日のところはひとまず終了となった。

 今後はデータの調整ばかりで俺に出来ることはほとんどなくなるらしい。

 

「それはそれで、何か物寂しくなるな」

「……凌斗には感謝してる……ありがと」

 

 最後にボソッと何か呟いてから、簪は顔を伏せたまま部屋に駆け足で戻っていった。

 ……まだ落ち込んでいるのか? 自分を追い詰め過ぎなければいいが。

 

「感謝してる、か」

 

 満更悪い気分のしない俺も、かいた汗を流すべく部屋へと戻る。

 すると、シャワールームから水の打つ音が聞こえてきた。一夏かシャルルのどちらかが先に浴びていたのか。

 

「なら、リンゴでも食いながら待つか」

 

 冷蔵庫に手を伸ばしたところで、俺は替え用のボディーソープのボトルを見つけた。

 そうか、昨日なくなったから新しいのを用意してもらったんだったな。しかし、今入ってる奴はそれを忘れていたらしい。

 一夏もシャルルも抜けている部分があるからな。仕方ない、置いといてやるか。

 

「おい、ボディーソープ忘れてるぞ」

 

 俺がボトルを持って脱衣所のドアを開けるのと同時に、シャワールーム側からもドアが開いた。

 丁度いいと思ったのも束の間。そこで、あり得ないものが視界に飛び込んで来た。

 

「りょ、凌斗……?」

 

 濡れたブロンドヘアーと整った顔は、この五日間で見慣れたものだった。

 だが、胸部と臀部にふっくらと丸みを帯び、あるべきものがない肉体は明らかに俺が知っている男のものではなかった。

 

「……シャルル、お前……」

 

 前から女みたいな奴だとは思っていた。肌は白くて細いし、声も男にしては高い。着替える時も頑なに一人でいることを選び、男なら誰でも通るような話題について行けない素振りを見せたことだってあった。

 まさか、本当に女だったとは。俺はその女性らしく美しい肢体から、羞恥心で真っ赤に染まった表情に視線を移す。

 

「い、いやあああああああああああ!!」

 

 彼女が悲鳴を上げたと同時に、我に返った俺はドアを勢いよく閉める。

 一度冷静になれ。相手は確かにシャルル・デュノアだった。たった五日間だが、同じ部屋で過ごした奴の顔を忘れるはずがない。

 

「シャルル、だよな?」

「……うん」

 

 一応、確認を取ると聞きなれた声が帰って来る。

 この状況を結論付けると、シャルルは男を名乗っていた女だった、ということになる。

 だが、何故わざわざ男と名乗っていたのか。フランスの代表候補生としての入学ではダメだったのか。頭の中に次から次へと疑問が浮かぶ。

 

「……とにかく、まずは話をしよう」

「……分かった」

 

 気まずい空気の中、着替えたシャルルと俺は一夏が戻ってくるのを待ってから話をすることにした。

 

 シャルルの話を要約するとこうだ。

 

 彼女の実家、デュノア社は経営難に陥っていた。理由は、第三世代のIS開発が大幅な遅れを取っていたからだ。

 欧州連合の総合防衛計画"イグニッション・プラン"にもフランスは除名されており、非常に焦りを感じていたらしい。今度の次世代主力機のトライアルでデュノア社が選ばれなければ、国からの援助は停止され、開発許可も剥奪されてしまうそうだ。

 追い詰められたデュノア社は、広告塔かつIS学園にいる他国のISのデータを盗むスパイとして、シャルルを第三の男性操縦者に仕立て上げたのだ。確かに、同じ男ならイレギュラーの俺達に接触がしやすい。他の連中にも怪しまれず、常に傍にいられるからな。

 

 そんな無茶苦茶な命令に、シャルルは逆らえなかった。

 シャルルは社長の愛人の娘で、母親が死んだ二年前にデュノアに引き取られた。妾の子として煙たがられていたシャルルは、ある日IS適正が高いことが分かり非公式のテストパイロットを務めることになったのだ。

 立場の危うさから、シャルルは選べない一本道を進むしかなかった。

 

「と、まぁそんなところかな。けど、凌斗達にバレちゃったし、本国に呼び戻されるだろうね」

「そんな、それで──」

「シャルル」

 

 シャルルの話を親身に聞いている一夏の言葉を切って、俺は奴を呼びかける。

 事情は分かった。分かった上で、コイツに話すべきだと思った。

 

「俺の祖父母はフランスでリンゴの果樹園を営んでいた」

「……え?」

「凌斗、今はそんな」

「いいから聞け」

 

 俺はあくまで冷静さを保ちながら、思い出話を続けた。

 

 祖父母の家はフランスの郊外にあり、広大なリンゴの果樹園を所有していた。俺は……いや、"蒼騎凌斗"は祖父が育てたリンゴが好きだった。そして、大変ながらも充実した祖父の笑顔を見るのが好きだった。

 そんな日々をぶち壊したのが、ISの登場による企業の躍進だった。

 フランスの企業、デュノア社も例外ではなく、ISの研究や開発の為に広い土地を欲していた。そこで目を付けられたのが、ウチの果樹園だったのだ。

 祖父は何度も土地を売ることを断った。老い先の短い男の数少ない趣味を奪うな、と。だが、国からの支援を大々的に受けているデュノア社が引き下がるわけもなく、とうとう祖父は圧力に負けてしまった。

 今まで丹精込めて育ててきた木々が切り倒され、熟す頃合いを待っていた果実が地に落ちて潰れていく。残酷な光景を前に、俺は生気を失い呆然と立っている祖父の横顔を眺めることしか出来なかった。

 

 もし、力があれば。

 国や企業からの圧力に屈することのない力があれば。

 俺はあの時の無念さを二度と味わうことも、誰かに味わわせることもないはずだ。そう信じ、強さを渇望し続けたのだ。

 

「これが、俺がISを嫌い、ISに乗ることを決めた理由だ。お前の実家に汚された想いを背負うと、自分で決めたことだ」

「……それで、僕のことを恨んでるの?」

「まさか。お前個人に恨みはない」

 

 そう、シャルルに恨みなどなかった。ないと思いたかった。

 

「だが、お前は俺のISのデータを盗みに来たスパイだ。それを今、俺の前で明かすということは──」

 

 俺はシャルルに近付きつつ、右腕にシアン・バロンを部分展開させた。手には、スペリオルランサーを握らせている。

 

 

「──この場で殺されても文句はないなっ!!」

 

 

 次の瞬間、俺は吠えながら目の前の敵に槍を突き出した。



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第15話 探求者は悲観する人形を断罪するか

 デュノア社の人間、というだけで俺は因縁を感じていた。

 祖父の果樹園を潰し、俺に無力さを味わわせたのはコイツじゃない。そう思い、せめて俺の強さを見せつけてデュノアの連中を見返してやろうと思っていた。

 だが、シャルル・デュノアはスパイだった。俺のISのデータを盗む、敵。ならば──

 

「──この場で殺されても文句はないなっ!!」

 

 俺はISを部分展開させた右手に握らせているスペリオルランサーをシャルルの眼前に突き出した。

 もちろん、その端正な顔に風穴を空けるために。

 

 しかし、穂先は対象を貫く前に現れた物体によって遮られてしまう。

 いつの間にかシャルルの腕に展開されていた橙色の腕。その肘の部分に繋がれた盾が、俺の攻撃を防いでいたのだ。

 俺よりも遅く出したにもかかわらず、俺よりも早いスピードでの展開(オープン)に、コイツが腐ってもフランスの代表候補生であることを思い知らされる。

 

「凌斗……!」

 

 シャルルが苦々しく俺の名を呟く。

 一度弾かれたぐらいで俺が止まるはずない。すぐにスペリオルランサーを持ち替え、ビームガン用の銃口をシャルルに向けていた。

 同時に、シャルルも右手に一瞬で呼び出したアサルトカノンを俺に向けていた。引き金に指を掛けたまま、数瞬前までは落ち着いて話をしていたとは思えない程の硬直状態に突入する。

 

「凌斗! いきなり何やってんだよ!」

 

 この場で唯一状況に付いていけていなかった一夏が俺に口出しする。

 俺には、そもそもなんでコイツが呑気にシャルルの話を聞いていられたのか、不思議で仕方なかった。

 

「言ったはずだ。コイツはスパイ、つまりは敵だ。このまま放っておくよりも捕まえて先生に突き出すか、殺してしまった方がいいに決まっている」

「殺すって、何言ってんだよ! 相手はシャルルだぞ!」

「だからどうした! 敵であることに変わりないだろうが!」

 

 もっと用心しておくべきだった。

 三人目の男が今更転入なんて都合のいい話、疑っておくべきだったんだ。

 この五日間でどれだけのデータを盗まれたか分からない。ならば、これ以上被害が広がる前にコイツを始末するべきだ。

 

「……そう、だね」

 

 すると、シャルルは部分展開していたISを収納(クローズ)し、両手を広げる。

 

「僕はここで死んだ方が、楽になれるのかも。このまま本国に呼び戻されてもよくても牢屋入り、悪ければ重罪人として死刑。なら、いっそここで終わるのもいいかな」

「おい、シャルル! それでいいのかよ!」

「良いも悪いもないよ。僕には選択肢なんてないんだから」

 

 本国に味方もいないしと、悲しそうに微笑みながらシャルルは諦めの言葉を口にする。

 納得出来ずにいた一夏の叫びにも、首を横に振った。

 選択肢がない、だと?

 

「せめて、あまり痛くないようにしてね……?」

 

 そうして、シャルルは目を瞑る。自身の終わりを迎え入れるかのように。

 どうせ重罪人として死刑になる? ここで死んだ方が楽?

 

 ふざけるな。

 

 ふざけるな!

 

「生き死にも自分で選ばないとはな」

 

 俺はシャルルに怒りを通り越し、呆れながらバロンを収納する。

 そして、シャルルの胸倉を掴んだ。

 

「言え! 俺のデータをどれだけ盗み、どれだけデュノア社に送ったのか!」

「おい、やめろって!」

 

 シャルルを揺さぶる俺を、一夏が引き離して止める。

 座り込んで咳をするシャルルは、本当に女子の仕草そのものだった。

 

「落ち着けよ凌斗! こんな尋問みたいなことして何になるって」

「落ち着けだと? 貴様のデータもコイツに盗まれてるかもしれないんだぞ! 個人情報やISの能力。それらを盗まれれば貴様への対策などいくらでも打てる。拉致や誘拐、人質を使った交渉なども十分可能。白式を量産されれば、貴様はもう用済みとして消されるかもしれない。そういった最悪のことすら、貴様は何故考えもしない!」

「それは……!」

 

 俺の怒りはいつまでも呑気な一夏にも牙を剥く。

 危険に晒されるのは自分自身だけではない。周囲にすら及ぶというのに、俺との戦いで大切な人を守ると息巻いていたコイツはどうして平気でいられるんだ。

 黙り込んだ一夏を突き飛ばし、俺はもう一度シャルルと向き合う。

 

「さっさと吐け。そうすれば、望み通り楽にしてやる」

 

 当然、嘘だ。

 絶対に楽に殺してやるものか。情報を引き摺り出してからISを奪い、織斑先生に引き渡す。後は然るべきところで煮るなり焼くなり好きにすればいい。

 

「……まだ、何も盗んでない。本当だよ」

「信じられるか。そのISにでもデータを収納してるんじゃないか?」

「なら、調べてもいいよ」

 

 恐怖すら感じさせず、しかし諦めきった表情でシャルルは首にぶら下げた待機形態のISを手渡す。

 この態度。どうやら、本当に何もデータを取っていないらしい。

 俺はともかく、一夏なら隙だらけでデータも取りやすかっただろう。なのに、本来の役目すらまともに熟してないとはな。

 

「……貴様には、殺す価値すらない」

 

 呆れかえって頭が冷静になった俺は、ISを投げ返してベッドに腰掛ける。

 殺されると思っていたシャルルも、何も出来ずにいた一夏も呆然と俺を見ていた。

 

「なんで……?」

「自分の生き方も死に方も自分で選ぶ気のないような奴が、ここで死んでもいいかもだと? 笑わせるな」

 

 母親が死んでデュノア社に引き取られることも、IS学園に男子生徒として来たことも、正体がバレて俺に殺されることも、全ては状況に流されたままの出来事だ。

 それが俺には、前世の自分とダブって見えていた。いや、より最悪な方だ。

 あの頃の俺は他人のレールの上を進んでいて、それが当然のことのように思えていた。苦痛もない日常風景に、誰が疑問を抱けたか。

 神の気まぐれによって誰かにすらなれずに死んだからこそ、その人生が無駄に終わってしまったからこそ、俺は第二の生で自己認識(アイデンティティ)を得たいと願うようになったのだ。

 

 だが、コイツは違う。シャルルは辛かったはずだ。選択肢が見えていたはずだ。

 家を出ること、父親の言うことを拒否すること、実家を捨てて国に助けを求めること。

 それを諦めて、気付いたらこんなところまで来ていた。

 

「じゃあ、どうしたらいいの? 僕はもうここにいられない。凌斗や一夏にバレちゃったんだから……」

 

 正体がバレた以上、シャルルは本国に強制的に呼び戻される。

 しかし、それは学園側にバレたらの話だ。

 

「……いや、ここにいられる」

「え?」

「特記事項第二一」

 

 ここで黙っていた一夏がようやく口を開く。徐に生徒手帳を開き、IS学園の特記事項を読み出した。

 この学園の生徒は在学中、あらゆる国家や組織の介入を受けない。これはあらゆる勧誘や脅迫から生徒を守る為のもの。

 

「ほう、こんなものがスッと出て来るとは、やるじゃないか」

「俺だってちゃんと勉強してるんだぞ」

 

 珍しく褒めてやる。そういえば、同室になってから分かったが一夏は予習復習をきちんと熟していた。

 初日後しばらくの間からは想像も出来ないことだ。

 

「だから、この学園にいる間に何か考えようぜ? シャルルが無事に過ごせる方法をさ。凌斗もそれでいいだろ? スパイなんてしてなかったんだしさ」

 

 素性を偽って入学した以上、既に立派なスパイ容疑が立証するんだが。

 やはり一夏はアホだ。

 

「……見定めてやる。貴様がどんな道を自分で選ぶのか」

 

 いい機会だ。

 今まで流されるままに生きてきた人形がどこまで出来るか、見てやろうじゃないか。

 

「いいの?」

「勘違いするな。俺は貴様をまだ許したわけじゃない。これは執行猶予期間だ。少しでも怪しい真似をすれば、即座に学園側に突き出してやる」

 

 これはシャルルにとっての最後のチャンスだ。俺にも神の気まぐれで与えられたものと同じ。

 まだ燻っている苛立ちの焔を今は消す為、俺はリンゴをかじった。……今日は、やたらと酸っぱい。

 

 

◇◆◇

 

 

「ええ!? それって本当!?」

「本当だって! 学年別トーナメントで優勝すれば、織斑君、蒼騎君、デュノア君の内好きな方と交さ──」

 

 月曜の朝。俺は周囲の噂話すらろくに耳に入らない程、苛立ちを募らせていた。

 理由は当然、シャルル・デュノアのことだ。土曜の夜に正体が明らかになってから、奴の顔を見るだけで虫唾が走るようになっていた。

 

「何の話題だ? 俺達のことみたいだけど」

「知るか」

 

 一夏は一夏でシャルル・デュノアのことをなんとかしようと言っておきながら、具体的な案を全く考えつかない。鼻から期待はしていないが、本当に何も思い付きやしないとはな。

 終始お気楽な男と、スパイ容疑のフランス人形が傍にいる生活に、俺はストレスが溜まっていくのを感じていたのだ。

 

「交、までは聞こえたからどうせ交戦だろ? 俺達と戦いたいのは結構だが、勝手に景品にしやがって」

「違うと思うなぁ……」

 

 フランス人形(シャルル・デュノア)の言葉に耳を貸さず、俺は教室で今月届いたばかりの武装カタログに目を通していた。

 しかし、どれもいい武装とは思えない。いや、中身が頭に入らないのだ。

 

「……どうしましたの? 凌斗さん。今日はいつにも増して不機嫌そうですが」

「気にするな。()()()()()ではない」

 

 あまりに怒りを出し過ぎていたのか、セシリアが不安そうに話しかけてきた。

 そう、ただの人形が俺の周辺をうろついてるだけの、些細な問題だ。

 

「凌斗……」

 

 人形が俺の名を呟くが、決して話すことはなくSHRの時間となった。

 

 

◇◆◇

 

 

「やはり変ですわ」

 

 放課後。第三アリーナに向かう途中、セシリアに面と向かって言われる。

 

「何がだ」

「凌斗さんが、です。なんだかこの土日で嫌なものに遭遇したかのようにピリピリしてらっしゃいますもの」

 

 ……驚いたな。そこまで分かりやすく態度に出していたとは気付かなかった。

 が、それほどシャルルの素性や態度が気に食わなかったということだ。

 

「よく分かったな」

「そ、それは……いつも見てますから」

 

 ほう、ライバルの観察か。感心だな。

 ……確かに、俺は自分のことに固執しすぎて周囲をよく見てなかったのかもしれない。

 シャルルのことも……いや、奴には同情心を抱く気になれない。

 

「……なぁ、セシリア」

「は、はい?」

「お前から見た俺は、どう映っている?」

 

 セシリアの大きく見開かれた、サファイアのように綺麗な瞳を見つめる。

 そこに映っている俺の姿は、果たしてどんな人間なのか。

 

「りょ、凌斗さ……!」

 

 ジッと見つめていると、セシリアは顔を真っ赤にしながら目線をキョロキョロと動かし、しまいには瞳を閉じてしまった。

 おい、閉じたら見えないだろが。しかも口まで尖らせて、何の真似だ。

 

「セシリア、答えてくれ。俺は一体何なのか。いつも俺を観察してるんだろ?」

「……凌斗さんは、乙女心がまっっっったく理解出来てませんわ!」

 

 改めて問いただすと、セシリアは急に怒り出してそのままアリーナの方へ駆けて行った。

 ……乙女心? そんなもの理解して、一体何になるというんだ。そんなことで強くなれるのか。

 

「……今の凌斗さんは、焦っているように見えます。そう、今日はずっとそんな感じでした」

 

 最後にそう言い残し、セシリアは行ってしまった。

 俺が焦っている?

 しかも、シャルル・デュノアの正体を知ってから?

 

「何を焦る必要がある。俺は……」

 

 ふと前を向くと、俺と向き合っているシャルル・デュノアの姿がそこにいた。

 

「教えて欲しいんだ、凌斗のこと」

「ハッ、何を言うかと思えば。そうやって、貴様は俺の情報を聞き出すつもりなんだろ。このスパイめ」

「違う!」

 

 俺の蔑むような言葉を強く否定するシャルル。その表情には、一昨日のような諦めの色は感じさせなかった。

 

「知りたいんだ、凌斗のこと。あんなに怒っていたのは、きっと僕が素性を偽ってたからだけじゃないって思ったから……」

 

 何故そう思うのか。どうして、俺はフランス人形ごときに隠せない程の怒りをぶつけていたのか。

 そんなこと、俺にだって分からない。

 

「……人形と話すことなど、何もない」

「凌斗!」

 

 詰め寄ろうとするシャルルに、俺は展開したレイピア"スーパーノヴァ"の切っ先を向ける。

 近付けさせるものか。コイツに、フランス人形に、デュノア社の回し者に!

 

「そんなに知りたいのなら、力づくで聞き出してみろ。一対一で、俺に貴様の力を証明してみろ」

「凌斗……分かった」

 

 真剣な面持ちのまま、シャルルは一歩も引かずに頷いて見せる。

 そうだ、最初からこうすればよかったんだ。思惑も疑念も過去も関係ない。力だけが全ての決闘で、全てを決めてしまえばよかったんだ。

 

「来い。アリーナで、決着を付けるぞ」

「うん」

 

 一度装備を収納した俺はアリーナに向かって歩き出す。

 しかし、そこで目に映った光景は予想すらしていなかったことだった。

 

 

「きゃああっ!?」

 

 

 アリーナの中心では、鈴と先程別れたセシリアがワイヤーブレードによって締め上げられていた。

 身動きの取れない2人に一方的な攻撃を仕掛けるのは、見たこともない黒い機体。

 

「どうした! そんなものかぁ!」

 

 黒いISを駆っているのはドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 奴が怒りを向けている相手は一夏のはずだ。それが何故、セシリアと鈴を屠っているのかは分からない。

 

 が、まるで弱者をいたぶって楽しんでいるような姿は俺の癪に障った。

 

「あっ、凌斗!」

 

 アリーナの出入り口から中へ向かうと、俺はシアン・バロンを展開する。

 そして奴に近付きながら、"ヒュドラ"の矢を放った。

 

「フン、なんだ貴様」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒはセシリア達を離し、矢を回避する。その隙に、俺は二人とラウラ・ボーデヴィッヒの間に立ち塞がった。

 この二人を相手に一人で戦うとは……かなりの腕の持ち主のようだ。

 最も、他者を執拗に痛め付けるような戦い方をする奴を、強者と認めるつもりはない。

 

「俺は、弱者を潰しにきた者だ」

 

 今までの分の怒りすらぶつけるつもりで、俺は目の前の敵を倒すべく見据えた。



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第16話 それぞれの思惑は学年別トーナメントで交錯するか

「弱者を潰しにきた者だと?」

 

 いきなり飛び出してきた俺に対し、気に入らないとでも言いたげな表情を見せるラウラ・ボーデヴィッヒ。

 正直、コイツの考えていることは何一つとして分からない。転入時に一夏へビンタを喰らわせたのも、織斑先生を教官と呼んでいた事情も。

 だが、今のコイツが気に入らないのは俺も同じだ。力で相手をいたぶり、悦に入ってる様は俺の嫌いな人種そのものだった。

 

「敗者を執拗に痛めつける。弱い者いじめが好きな弱者、だろ?」

「ふっ。私を弱いと言いたいのなら、まず私に勝ってからにしろっ!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが吠え、奴の黒いIS"シュヴァルツェア・レーゲン"の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)からワイヤーブレードが四つ射出される。これか、セシリアと鈴の首を絞めていたものは。

 俺はヒュドラのリムにエネルギーを走らせ、近接武装としてワイヤーブレードを弾きつつラウラ・ボーデヴィッヒから距離を取る。

 遠近両用のコイツはスペリオルランサー同様使いやすい。

 

「凌斗!」

「シャルル、二人を連れて行け!」

 

 オレンジ色の機体"ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ"を纏い、遅れてきたシャルルに俺は指示する。

 セシリアと鈴はISが強制解除されるほどのダメージを負っており、自力でここから逃げる力も残っていない。

 

「えっ!? 凌斗は!?」

「さっさとしろ!!」

 

 俺の心配なんていらないんだよ! 特に貴様のなんぞいらん!

 強引に吐き捨てて、俺はラウラ・ボーデヴィッヒに矢を放つ。大きな光の矢は飛んでいく途中で分散して襲うが、器用にもワイヤーブレードで叩き落されてしまう。

 縦横無尽に飛び回るワイヤーブレード、奴の右隣に浮く巨大なリボルバーカノン。どれも強力な武装だ。

 しかし、それだけではない。あの二人がいとも簡単に負けてしまうような相手だ。もっと別な何かがあるに違いない。

 頭の中で冷静さを取り戻しつつ、俺はラウラ・ボーデヴィッヒの出方を伺っていた。

 

「どうした! 攻めてこないのか!」

 

 距離を保とうと動き回る俺をラウラ・ボーデヴィッヒが追いかける。セシリア達は……よし、退避したな。

 

「遊びは終わり──」

「ああ、ここからだっ!」

 

 俺はヒュドラにエネルギーを込め、足元を大きく削った。

 アリーナの地面が抉れ、周囲に砂埃が舞う。今日は良く乾いているからな、目眩ましには丁度いい。

 

「小賢しい!」

 

 勿論、こんなものはISのセンサーですぐに見破られてしまう。

 一瞬の目眩ましにしかならない。が、勝負はいつだって()()()()()()()()()()()

 

「何処へ逃げようと……っ!?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの言葉が途中で止まる。

 ISのセンサーで俺の位置を探っていたのだろう。が、そんなことは無意味だった。

 何故なら、俺は一歩も動かず、その場でスペリオルランサーをラウラ・ボーデヴィッヒ目掛けて投げていたのだから。

 

「無駄だ」

 

 だが、スペリオルランサーはラウラ・ボーデヴィッヒに突き刺さることはなかった。それどころか、空中に浮いたまま奴の眼前で停止していた。よく見ると、右腕から空間を歪ませるような何かを放出している。

 なるほど、それがコイツの真の切り札って訳か。

 

「これならどうだっ!」

 

 俺もボサッと立っているわけではない。ヒュドラの弦を引き、エネルギーを溜めていたのだ。

 照準も定まり、俺はグリップを握る右手を離してエネルギーを解き放った。矢は動き回りながら射っていた時よりも本数を増やし、舞っていた砂粒を砕きながらラウラ・ボーデヴィッヒへと突き進む。

 ラウラ・ボーデヴィッヒも負けじとリボルバーカノンで矢を落としつつ、空いていた左手でスペリオルランサーを掴み、残った矢を弾き落としていった。

 

「貴様、俺の武器を!」

「なら返してやる!」

 

 俺の槍を勝手に使った挙げ句、ラウラ・ボーデヴィッヒは意趣返しと言わんばかりに投げてきた。

 当然、シアン・バロンにはシュヴァルツェア・レーゲンのおかしな能力はないので、俺はヒュドラで防ぐ。

 が、それがまずかった。

 

「動きが止まったぞ!」

「しまっ……!」

 

 今度は俺に隙が出来てしまい、ラウラ・ボーデヴィッヒがそれを見逃さずに右腕を伸ばす。

 奴の射程圏内に入った俺は、ヒュドラの弦を引いたまま身動きが取れなくなってしまった。くそっ、まるで体が石になったみたいだ……!

 

「これでその厄介な矢も打てなくなったな」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは嗜虐的に笑うと、ワイヤーブレードで俺の首を絞めて来た。

 

「が、はっ……」

「もう一度言ってみろ。私が弱者だと?」

 

 動けないのをいいことに、ラウラ・ボーデヴィッヒは俺の顔を殴りつける。

 まだシールドエネルギーが残っているから肉体へのダメージは少ないが、代わりに屈辱が刻まれていく。

 

「貴様も、このシュヴァルツェア・レーゲンの前では有象無象の──」

 

 次の瞬間、ラウラ・ボーデヴィッヒの台詞をまた切るかのように、銃声が響き渡った。

 奴も気付いたようで、俺を突き放して銃弾の雨を避ける。

 

「ゴメン、話の途中だった?」

 

 襲撃者の正体はシャルル・デュノアだった。

 ニコリと微笑みつつも、アサルトライフルはラウラ・ボーデヴィッヒにしっかりと向けられている。

 

「全く……ガキ共が何をしているかと思えば」

 

 更に驚くことに、普段のスーツ姿の織斑先生までもがアリーナ内に乱入していた。いつ入って来たのか、全く分からなかった……。

 しかも、その手にはIS用の近接ブレードまで握られている。生身でIS用の武器まで扱うのか、この人は。

 

「模擬戦をやるのは勝手だが、アラートを無視して命を危険に晒してまで戦えとは言ってないぞ? 保険医の仕事をこれ以上増やすな」

「……教官がそう仰るのなら」

 

 織斑先生の言葉に、ラウラ・ボーデヴィッヒは素直に従いISを解除すると、そのまますたすたと去っていった。

 

「織斑先生を呼んでて遅くなっちゃったけど、大丈夫?」

「……二人は?」

「大丈夫。保健室に連れて行ったよ」

「なら別にいい」

 

 一件落着したことを確認し、俺とシャルルもISを解除する。少し足元がフラついたが、寝れば治るだろう。

 さて、ここからは俺達二人の問題だが──。

 

「学年別トーナメントまで一切の私闘を禁じる。いいな?」

 

 という、織斑先生の指揮によって決着は流れることとなった。

 

 

◇◆◇

 

 

 騒動から少し経った後の保健室。

 俺の手当ても兼ねて負傷したセシリアと鈴の様子を見に行くと、二人は何故か膨れ面でこちらを睨んでいた。

 

「別に、止めなくてもよかったのに」

「そうですわ。あのままでも十分勝機は」

「ほざけ。操縦者生命危険域(デッドゾーン)行ってた癖に、説得力があるものか」

 

 あのままラウラ・ボーデヴィッヒの攻撃を受け続けていれば、最悪の場合死んでいただろう。

 現に、かすり傷ばかりの俺と比べて、二人は大事にこそならなかったが十分痛手を負っている。そんな奴がまだやれたと言っても、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 

「けど、お前等なんでこんなことになったんだ?」

 

 事態を聞いてきた一夏も、強がるほど元気な二人の姿に呆れつつ、事の発端を尋ねる。

 あの女、ラウラ・ボーデヴィッヒがただ喧嘩を吹っかけて来ただけではあるまい。……直情的な二人のことだから否定しきれないが。

 

「べ、別に大したことじゃないわよ」

「そうですわ。凌斗さんが気にすることではありませんわ」

 

 あ?

 なんで俺がお前等の喧嘩の理由を一々気にしなきゃいけないんだ。

 

「……あ、ひょっとして好きな人をバカにされ──」

「わああああああああ!!」

「なななな何をバカなことを! そそそそんな邪推をされては困りますわね、フン!」

 

 シャルルの言葉に、セシリアも鈴も急に慌て出す。病人が騒ぐな、喧しい。

 好きな人、ねぇ……。鈴はどうせ一夏だとして、セシリアにも相手がいるのか。この高飛車がどんな男を好いているのやら。

 

「とにかく、もう平気ですから! その、凌斗さんの方は……」

「ああ、問題ない。寝れば治る。お前等のおかげだ」

「わ、私の……?」

 

 俺が少しでも長くラウラ・ボーデヴィッヒと戦えたのは、事前にセシリアと鈴が戦っていたからだった。

 俺は奴の実力は知らなかったが、この二人が戦って敗けた姿を見たことで、油断せずに相手の能力を測りながら戦うことが出来た。

 そうでなければ、あの奇妙な能力に捕まってすぐに──。

 

「凌斗さん?」

「あ、ああ。お前等のおかげで命拾いできた。礼を言う」

 

 ここは素直に頭を下げておいた。

 ……が、結局俺はラウラ・ボーデヴィッヒに()()()のだ。

 

「ん?」

 

 ふと、一夏が何かに気付く。保健室の外から何やら騒がしい音が近付いているようだ。

 次の瞬間、保健室のドアが爆破したかのような音と共に開かれ、外から大量の女子生徒が流れ込んで来た。

 な、なんだ!? 革命か!?

 

「織斑君!」

「蒼騎君!」

「デュノア君!」

 

 俺達の名前を呼びながら手を伸ばしてくる女子の群れ。

 これはなんなのだ? ゾンビか何かか? とりあえず斬り飛ばした方が良いのか?

 

「な、なんだなんだ!?」

「ど、どうしたの……皆落ち着いて」

「これ!!」

 

 混乱する俺達に、女子軍団が差し出してきたのは一枚の紙切れだった。

 よく見ると申込書のようなもので、名前を書く欄が二ヶ所ある。

 

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする』」

 

 シャルルが紙の上に書いてあった文章を読み上げる。

 おいおい、コンビでの参加だと? 急な変更だな……。

 

「『なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』、か」

 

 ああ、なるほど。無理にペアを作らずとも、当日抽選を行ってくれるのか。それは親切だな。

 

「是非私と組んで!」

「私と~!」

 

 で、俺達と組みたいから慌ててやってきた、と。ここに押し寄せてきた女子は全員一年生のようだ。顔は知らんが、リボンで分かる。

 

「一夏。お前、シャルルと組め」

「あ、ああ。そうだな」

「えっ!?」

 

 俺は伸びてくる手を無視して一夏に指示する。

 こんな状況じゃ埒が明かない。揉めるくらいならコイツ等で組ませた方がいい。

 一夏もそれが分かるからか、すぐに頷く。シャルルだけは分からん様子だったが。

 

「ってことだ。コイツ等は諦めろ」

「そういうことなら……」

「まぁ、男同士ならね……」

 

 目論見通り、女子達は納得する。

 

「けど、蒼騎君は相手がいないよね!」

 

 一人残った俺に、また手が伸びる。まるで牢屋の外に置かれた飯を前にした、餓えた囚人みたいだ。

 さて、俺の相手だが……セシリアは今回の負傷で大会には間に合わないだろう。簪も打鉄弐式の修復に時間を割きたいはず。連携訓練なんてしてる暇もない。

 と、なると。

 

「俺は誰とも組む気はない」

 

 えぇー、と非難の声が聞こえる。

 

「別に無理に決めなくとも、抽選で選んでくれるんだ。自分でわざわざ弱い相手を選ばなくていい」

 

 抽選ならまだしも、何故俺がわざわざ足手まといを選ばなくてはならない?

 

「それか、俺と戦って勝つ自信がある奴となら組んでやるが?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒやシャルル・デュノアに勝つには、足を引っ張る雑魚など不要だ。

 

「う……じゃ、じゃあいいです」

「仕方ないよねー」

 

 イヤーカフスを見せて一睨みすると、女子達は蜘蛛の子を散らすようにゾロゾロと帰って行った。

 ふん、腰抜け共め。

 

「一夏! アタシと組みなさいよ!」

「凌斗さん、是非私と!」

 

 が、今度はベッドの方から喧しい声が聞こえる。

 ボロボロのお前等はそもそもトーナメントに出られないだろうが。

 

「ダメですよ。お二人のISもボロボロなんですから、当分は修復にしててください。ISのダメージを放置したままですと、後々に大きな欠陥となりますからねっ」

 

 俺に代わって止めてくれたのは、女子の大群が去った後に残されていた山田先生だった。波に呑まれてここまで来たんだろうか。ご苦労様。

 それよりも山田先生の言っていることだが、ISは全ての経験を元に進化するよう出来ている。その経験の中には損傷時の稼働も含まれ、ダメージレベルがCを超えると不完全な状態の癖みたいなものが付いてしまうんだとか。

 無理をすればするほど壊れやすくなる。その辺は人体と似ている。

 

「わ、分かりました……」

「非常に、非常に不本意ですが! トーナメント参加は辞退します……」

「よかった、二人共分かってくれて」

 

 その辺のことも、代表候補生である二人は分かっていたようで大人しく従うのであった。

 

「凌斗」

 

 ふと、いつのまにか保健室の入口に立っていた一人の女子に呼ばれた。

 長いポニーテールと他人を寄せ付けまいと吊り上がった瞳が特徴的なクラスメート、篠ノ之箒に。

 

 

◇◆◇

 

 

「頼む、私とペアを組んでくれ!」

 

 保健室から出て二人きりになった途端、箒は頭を下げて懇願してきた。

 先程の話を聞いてなかったわけではあるまい。

 

「俺は誰とも組まない、と言ったはずだが」

「それでも、だ」

 

 拒む俺に、箒は引き下がろうとしない。

 何か学年別トーナメントにて勝たなくてはならない理由でもあるのか?

 

「……ダメだな。お前は特に」

「な、何故だ!」

「お前は弱い」

 

 他の連中よりも、俺は箒と組むことだけは良しとしなかった。

 はっきりと断られた箒は憤慨し、下唇を噛んでこちらを睨む。俺が一夏で箒の手に竹刀でも握られていたら、一瞬で面に一撃喰らっていそうだ。

 

「専用機がないからか?」

「それだけだと思うか?」

 

 専用機がない。それが理由なら、俺は簪と組むことすら考えていない。

 ただ、今は奴にはここで俺とペアを組むよりも向き合うべき相手がいる。それだけだ。

 

「答えろ。このトーナメント戦で何が起きている? 何もなければ、女子達がこうも騒いではいまい。お前でも、話くらい聞いてるんじゃないか?」

「……そ、それはだな」

 

 おおよそ、検討はつく。俺達がトーナメントの景品として勝手に祭り上げられているのだろう。でなければ、同学年の奴等が浮足立つわけがない。

 しかし、箒の口から語られたのは俺の予想の斜め上を行くものだった。

 

「なるほど。つまりはお前の告白を朴念仁が勘違いし、尚且つ聞いていた他の連中が勘違いした結果、根も葉もない噂だけが独り歩きした、と」

「そういうことになる。だから」

「余計に却下だ、バカ」

 

 くだらねぇ。実にくだらねぇ。

 俺は落胆しつつ、保健室へ戻ろうとする。それを箒が引き留めようとした。

 

「だから! 私が勝って、もう一度ちゃんと告白したい。そのために力を」

「貸すと思っているのか? だからお前は弱いんだよ」

 

 俺は目の前に立ちつくす箒と視線を合わせた。互いが互いを睨むが、覇気は俺の方が上回っていた。

 

「本当に欲しいと思うのなら、自分の力で勝ち取れ。最初から他者の力に頼ろうとするのは弱者のすることだ」

「だったらどうすればいい! 私には、お前のような専用機もない!」

「貴様だけが違う条件だと思うな! 他にも専用機がない奴はいくらでもいるだろうが! 今、正に自分で作っている奴もいるんだぞ! 努力もせず、自分には力がないと嘆き、他者にすがろうとする奴に協力なんかするか!」

 

 専用機がない。そんな嘆きの言葉、簪からすれば侮辱以外の何者でもない。

 自分は弱いからお前の力が欲しい。そんなのは、自分の力で頂点を目指す俺や、努力を怠らなかったセシリアにとっては恥ずべき言葉でしかない。

 

「貴様にとっての強さはなんだ? 篠ノ之箒。力とは? 貸し借りの出来るただの道具か? 欲しいものを手に入れるだけの手段か?」

 

 箒は答えない。それどころか、凍ったかのように動かない。思うところがあったのか、絶望したかのような瞳から少しばかりの覇気を取り戻しつつあった。

 

「俺の力は自己を証明する為の、気に入らない弱者をねじ伏せる為のものだ。貴様に貸す為のものじゃない」

 

 そう言い残し、今度こそ保健室へと戻った。

 

 

「分かっていれば、あの時の私は──」

 

 

 去り際に箒が呟いた言葉は、俺には聞こえなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「あ、あの、凌斗?」

 

 セシリア達を保健室に残し、夕食を取った後。

 部屋に戻ってきて、シャルルが口を開く。そういや、決着が学年別トーナメント終了まで流れちまったな。

 

「さっきは、助けてくれてありがとう」

「は?」

 

 決闘のことで話があるのかと思いきや、シャルルは礼を言ってきた。

 俺はコイツに対し何もしていないし、何かしてやるつもりもないのだが。

 

「保健室で、トーナメントのペアのこと決めてくれて。一夏も、僕と組んでくれてありがとう」

「いや、だって当然だろ? シャルルが女の子だってバレたらマズいし」

 

 ……ああ、そういうことか。確かに、ペアを組んだ相手にシャルル・デュノアの正体が女かつスパイだってバレたら大変だろう。

 俺はそんな事情、考えてすらいなかったが。一夏はまだ未熟だし、シャルルと組むのは論外。そして、一夏とシャルルが組んで俺と戦うことになれば、まとめて叩き潰すいい機会になる。

 

「そうだな。気にするな」

 

 けど、まぁそういうことにしとくか。

 

「でも、あんなに自然に他人を気遣えるなんてすごいと思う。僕は嬉しかったよ」

 

 シャルルは俺達を見事に褒めちぎってくれる。天然のことなんだろうが褒め方にも品があり、貴公子と呼ばれるだけのことはある。

 

「勘違いするな。俺は貴様をまだ許したつもりはない。決着はトーナメントで付けてやる」

「あ……そう、だよね。ごめん」

 

 そんなシャルルを俺は冷たく突き放す。どんなに愛想が良くても、どんなに好意的に接しても、素性の知れたコイツはただの人形にすぎない。

 俺の態度にシャルルは若干顔を伏せて離れる。

 

「凌斗、そんな言い方ないだろ?」

「一夏、貴様もだ。トーナメントでソイツと組むことになった以上、俺と戦うことも考えて置け」

 

 この際だから、コイツの甘い考えも徹底的に改めさせた方がいいな。

 ……と、肝心なことをもう一つ忘れていた。

 

「それと、明日からセシリアと鈴に代わって貴様を鍛えてやる。対ラウラ・ボーデヴィッヒに向けて、だ」

「えっ、お前が!?」

 

 露骨に嫌そうな顔をするな。

 が、ラウラ・ボーデヴィッヒが真っ先に狙うであろう相手は一夏だ。対策は練っておいて損はない。

 今まで鍛えていたセシリア達はしばらく保健室を出られないだろうし、あの変な兵器を身に受けたのは二人を除けば俺だけだ。

 

「奴の機体には動きを止める兵器がある」

「AICのことだね」

「……え、AIC?」

 

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称"AIC"。慣性停止能力とも呼ばれるが、あれがそうだったのか。

 ISを浮遊、加速、停止させるパッシブ・イナーシャル・キャンセラー、通称"PIC"という機能があるが、AICはそれを応用させたものだ。

 慣性停止結界の範囲に入った物体の動きを止める。決まれば、この上ない強力な捕縛兵器になる。

 

「コイツはエネルギーによって空間に作用させる。だから、お前の零落白夜なら斬り裂けるだろう」

 

 シャルルがバカに説明している間に、AICの突破口を考える。

 白式の単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)、"零落白夜"はエネルギーを無効化して斬り裂く、ISに対しては一撃必殺の能力だ。その分エネルギーをドカ食いするため、扱いづらいのが難点だが。

 

「じゃあ心配いらねぇじゃん」

「バカ。零落白夜を当てる前に動きを封じられたら意味ないだろう。それにお前の動きは直線的で読みやすい。ラウラ・ボーデヴィッヒ程の実力なら、お前の持つ零落白夜などただの付け焼刃のようなものだ」

 

 俺やセシリア、鈴とは違ってラウラ・ボーデヴィッヒは油断しない。一夏を殺すつもりで挑んでくるだろう。

 今の一夏ではラウラ・ボーデヴィッヒに勝つのに課題が多すぎる。

 

「じゃあどうするんだ? あと少ししかないのに」

「正攻法で勝てないのなら、あとは奇策を練るしかないだろう」

「そうだね。零落白夜を当てればこっちのものだから、そのための作戦を練ろう。それでいいんだよね、凌斗?」

「……ああ。今は一時休戦にしといてやる。一夏を鍛えるのに俺だけでは手が足りん」

「酷い言われようだな、俺」

 

 当然だろう、未熟者。

 こうして、当日まで俺とシャルルによる織斑一夏の対ラウラ・ボーデヴィッヒ&シュヴァルツェア・レーゲン攻略作戦を考えることになった。

 

 その夜。

 部屋の明かりは消え、ルームメイトの二人も眠りについている頃。

 俺は一人、眠れずに何もない空間を見つめていた。

 

 

『貴様も、シュヴァルツェア・レーゲンの前では有象無象の──』

 

 

 アリーナでの戦闘の時、ラウラ・ボーデヴィッヒが勝ち誇りながら放った台詞。

 その時はシャルルの乱入で最後まで聞けなかったが、意味は何となく分かった。

 

「俺が、この俺が有象無象だと? 世界最強にならなくてはならない俺が、あんな弱い心の奴に敗けただと?」

 

 格上に敗けるのならまだ分かる。織斑千冬や、更識楯無。彼女等に今の俺が勝てるとは考えていない。いずれは追い越すがな。

 だが、ラウラ・ボーデヴィッヒに敗けることだけは認められなかった。あんな、自身の力を敗者を嬲ることに使うような弱い心の持ち主に敗けたなんて事実。

 

「あの時、指を離していれば矢は放たれていた。そうすれば、AICでは止められない矢が奴のエネルギーを削っていた。俺は、勝っていたはずなんだ……」

 

 弱くない。

 弱くない弱くない弱くない!

 俺が奴よりも弱いなど、あり得ない!

 少しでも手を離せば消えてしまいそうな自我を必死に掴むように、俺は頭の中で唱え続けた。

 次の相手には敗けない。どんな奴が相手でも、必ず勝つ!

 

 

◇◆◇

 

 

 凌斗が眠れずに天井を見つめている、そのすぐそばではシャルルも壁を見つめながら考えていた。

 

(凌斗はどうして、あんなに僕に怒りを向けるんだろう……)

 

 勿論、自分が犯した罪のことは忘れてはいない。

 仲間だと思っていた人間のスパイ行為。普通なら、教師に突き出されてもおかしくない。

 それを差し引いても、シャルルは凌斗に何かあると考えていた。

 

(昔の……ううん。もっと別にあるんだ。凌斗が絶対に許せないことが)

 

『生き死にも自分で選ばないとはな』

 

 凌斗が自分に向けて言い放った言葉を思い出すシャルル。

 今まで実家のいいなりになって動いていた彼女は、自分の道を選ぶだなんて考えたことすらなかった。

 

(凌斗……君は、どんなことを思って、僕に問いかけたの?)

 

 自分を嫌悪してるのは間違いない。けど、それはデュノア家のように自分の存在を煙たがってのことではない。

 もっと、"シャルル・デュノア"という存在に向き合うかのように。

 

(僕は……)

 

 視界が微睡んでいく。

 家族ではなく、一人の男のことを考えながら、シャルルは眠りについた。

 

 

◇◆◇

 

 

「──え?」

 

 大会当日。男子更衣室のモニターに映ったトーナメント表を見て、一夏が呆然とする。

 

「これって……」

 

 シャルルも信じられないという風に目を擦る。だが、結果は変わらない。

 

「……面白いじゃないか」

 

 驚く二人とは対照的に、俺は口角を上げていた。

 トーナメント表Aブロックの第1回戦の対戦カードにはこう書かれていた。

 

 

 織斑一夏、シャルル・デュノア組 対 蒼騎凌斗、ラウラ・ボーデヴィッヒ組



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第17話 戦場は少女の意思を聞く為のものだったか

 試合が始まる少し前。ピットでは機体の最終調整とペア同士のブリーフィングの時間が与えられた。

 学年別トーナメントは外部からの来賓も来る。学園側も、下手な試合を見せたくはないだろうからな。

 

「邪魔をしなければ、それでいい」

 

 俺とは離れた場所から、ラウラ・ボーデヴィッヒが冷たい口調でこちらに一声かける。

 今は一応、味方同士のはずだ。俺のISも奴の専用機と一緒にドイツ軍からのスタッフに点検してもらっている。

 

「それはこちらの台詞だ。貴様の目的は、織斑一夏だろ?」

「…………」

「俺はシャルル・デュノアに用がある。一夏ならくれてやるが、こちらの邪魔をすれば貴様を潰す」

 

 ペアの相手とはいえ、ラウラ・ボーデヴィッヒのことは気に入らないままだ。あの時は負けたとはいえ、コイツが弱者だという認識を改めるつもりはない。

 ラウラ・ボーデヴィッヒも俺のことは好いていないらしく、フンと鼻を鳴らすだけだ。

 

「……何故一夏を狙う? 奴に何の恨みがある?」

「貴様に言う必要はない」

 

 他人には冷徹な態度を取り続けるラウラ・ボーデヴィッヒだが、一夏への執着は異常と呼べるほどだ。

 

「第二回モンド・グロッソ、織斑千冬、織斑一夏誘拐事件」

「っ!」

「貴様と関係しているのはこの辺だろう? 一夏から聞いた」

 

 奴との戦闘後、一夏にもラウラ・ボーデヴィッヒから因縁を付けられる理由はないかと聞いてみたのだ。その結果、過去に起きたとある事件が浮上してきた。

 第二回IS世界大会"モンド・グロッソ"。その決勝戦に織斑千冬は進出していた。"世界最強"二連覇を賭けた試合だったが、同時に一夏が謎の組織に誘拐されるという事件が起きた。

 最終的に、織斑千冬は一夏を救うために試合を捨て、ドイツ軍の協力を得て救出に成功した。そして、協力の条件として織斑千冬は一時期、ドイツ軍の教官をすることになった。

 これだけのピースが揃えば、ラウラ・ボーデヴィッヒが一夏を恨む理由なんて簡単に察せる。本人の言葉から聞くつもりだったが。

 

「単なる逆恨み。それも全く関係のない第三者である、一教え子の醜い──」

「貴様に何が分かる!」

 

 俺が推測を並べていると、ラウラ・ボーデヴィッヒは激昂しながらナイフを俺の首筋に当てていた。

 微動だにしなかった視線が僅かに震えている。コイツにとって、織斑千冬はそこまで心を掻き乱す存在なのか。

 

「あの人は、私の全てだ! 完璧な理想形なんだ! それを汚す、織斑一夏の存在を私は決して許さない!」

「……ああ、そうかよ」

 

 長い沈黙の後、落ち着いたらしいラウラ・ボーデヴィッヒはナイフをしまい、俺から離れる。

 この女の考えがようやく分かった。こいつは織斑千冬への憧れからか、その姿を自分に重ねているんだ。そして、そこに残る()()()()()が許せない。

 自分の意志なんてなく、織斑千冬になりたいだけの追っかけファン。それが力の誇示のためだけにセシリアと鈴を痛め付けた。

 

 ああ、くだらねぇ。

 

「蒼騎さん、点検が終わりました」

「変なところを弄ってないだろうな?」

「勿論ですよ。さ、わが国の大事な代表候補生をよろしくお願いします」

 

 一足先にアリーナへ進むラウラ・ボーデヴィッヒの背中をつまらなそうに見つめ、俺はイヤーカフスを受け取って後に続いた。

 一夏の奴、折角鍛えてやったんだ。こんな弱い奴なんか蹴散らしてしまえよ。

 

 

 

「……こちら整備班。ええ、蒼騎凌斗のISにも取り付けました。どちらかが発動すれば、もう片方も強制的に発動します」

 

 

◇◆◇

 

 

 アリーナの中央に集まる4機のIS。その全てが違う色、違う国によって作られた機体だ。

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けた」

「そいつはこっちも同じだぜ」

 

 ドイツ製の黒いIS、"シュヴァルツェア・レーゲン"を身に纏った少女──ラウラ・ボーデヴィッヒが目の前にいる日本製の白いIS、"白式"を操る男──織斑一夏へ向けて口を開く。

 対する一夏も、ラウラ・ボーデヴィッヒには好戦的な口調で返す。

 

「決着を付けるぞ、シャルル・デュノア」

「凌斗……」

 

 一夏の隣、オレンジ色のフランス製IS"ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ"を使うシャルル・デュノアへと宣戦布告するのが、シアンカラーのイギリス製IS"シアン・バロン"に乗る俺──蒼騎凌斗だ。

 まずは、何よりも気に入らなかったフランス人形との決着を付ける!

 

「叩きのめす」

 

 試合開始の合図と共に、一夏とラウラ・ボーデヴィッヒが同じ言葉を発する。

 その直後、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行う。一手目で詰めて、AICを使わせる間もなく決められれば有利になると考えたんだろう。一夏にしては、悪くない発想だ。

 

「開幕直後の先制攻撃か。が、貴様の動きは読みやすい」

 

 しかし、折角の奇襲も失敗してしまえば無意味だ。特に、一夏は戦い慣れしていないことと武装が雪片弐型しかないことから、動きが単純化している。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは前方に停止結界を貼ることで簡単に一夏を捕えてしまっていた。これが一対一なら、この時点で一夏の負けが確定しただろう。

 

「呆気ないな、ここで死ね」

「させないよ」

 

 レールカノンが動けない一夏の頭に狙いを定めていると、その上を飛び越えたシャルル・デュノアがアサルトカノン"ガルム"の爆破(バースト)弾を浴びせて来る。

 そう、これは二対二のタッグマッチだ。一夏が先制攻撃によって囮になり、シャルル・デュノアがその隙を突く。俺達が事前に組んだ作戦通りの展開になった。

 

「くっ!」

「逃がさないよ!」

 

 射撃によってレールカノンの照準が狂い、ラウラ・ボーデヴィッヒが距離を取ったことで一夏も解放される。

 間髪入れず、シャルル・デュノアは左腕にアサルトライフルを呼び出し、畳み掛ける為に突撃姿勢へと移行する。

 

 シャルル・デュノアの専用機はこの中では唯一の第二世代ISのカスタム機で、単純な機体性能なら恐らく一番下だろう。

 それを補って余りある戦闘力を引き出しているのが、基本装備(プリセット)を外した上で倍近く増設された拡張領域(バススロット)と、そこに収納された重火器をリアルタイムで呼び出すスキル"高速切替(ラピッド・スイッチ)"だ。

 様々な種類の重火器を、戦闘を行いながら次々に呼び出す。シャルル・デュノアの器用さと判断力があってこそのものであり、機体の特性と使用者の技能が見事に噛み合ったが故の恩恵である。

 

「貴様の相手は俺だ!」

 

 その大量の重火器も、接近戦に持ち込めば然程怖くはないがな。

 一夏が囮を務めることを読んでいた俺もまた、ラウラ・ボーデヴィッヒを囮に使わせてもらった。おかげでシャルル・デュノアを俺の距離に引きずり込むことが出来た。

 俺はスペリオルランサーでアサルトカノンを突き刺し、一夏とラウラ・ボーデヴィッヒから距離を離すべくシャルル・デュノアを引っ張りながら移動した。

 

「凌斗!」

「無駄だ!」

 

 シャルル・デュノアが向けて来たアサルトライフルを蹴り落とし、俺はそのまま慣性に従って奴を投げ飛ばした。

 だが、二丁の銃を失ったところで、シャルル・デュノアにはあまり効果はない。すぐに次の銃を取り出しながら俺へ発砲してくる。

 

「チッ」

 

 俺はスペリオルランサーを地面に突き刺し、無理矢理方向転換することで発砲を回避。

 移動しながら次に呼び出したヒュドラの弦を引く。どうせ近寄らせてはくれないだろうからな、矢で対抗してやるさ。

 

「シャルル!」

「何処を見ている!」

 

 シャルルが引き離されたことで、孤立する一夏。なんとか合流しようとするも、ラウラ・ボーデヴィッヒのワイヤーブレードがそれを阻む。

 一夏はラウラ・ボーデヴィッヒの攻撃をかわしつつ、一人で隙を伺いながら戦うことになった。

 これもまた、訓練の中に入れておいた事例通りとなったのだがな。

 

「凌斗、まさかこうなることを読んで!」

「仮に貴様等と当った時に、一夏に邪魔をされたくなかったからな!」

 

 一夏にはあらかじめ、シャルル抜きでも戦えるよう相手の攻撃を()()()()()()()訓練をさせておいた。

 勿論、これは対ラウラ・ボーデヴィッヒの為の策でもあった。AICで動きを封じる奴に、接近戦はあまりにも不利。なら、発射速度の遅いレールカノンはまだしも素早く相手を翻弄できる6本のワイヤーブレードをかわしながら隙を作らせた方が無難だ。

 そして今、一夏は訓練通りワイヤーブレードを見切り、雪片で捌きながら対抗して見せている。素人同然の剣道小僧からは確実な進歩が感じられてた。

 そうでなくては、俺とシャルル・デュノアが戦いに集中できないからな。

 

「そんなに僕が、デュノアが憎いの!?」

 

 シャルル・デュノアが叫びながら二丁のショットガン"レイン・オブ・サタディ"を放つ。

 が、俺のシアン・バロンは基本装備だったBT兵器を全て外し、身軽になった機体だ。素早くジグザグに動く回り、ショットガンの連射を回避した。

 

「ああ、憎い! 貴様のことも、デュノア社のことも!」

 

 デュノア社はどちらかと言えば、憎いに決まっている。下らない理由だと笑う奴もいるだろう。祖父の果樹園を、唯一の生き甲斐を奪っただけ。その後の死因に深く関わっているわけではない。

 それでも、俺や祖父の想いを権力で握り潰したデュノア社が自分の弱さの象徴のように思えた。だから、心の奥底では怨んでいた。

 シャルル・デュノアについてもだ。自分に対するスパイなんて、許せるはずがない。裏切り者を、一夏のようにすんなりと許し、受け入れられるほどの聖人君子じゃないんだ。

 

「だがそんなこと、今はどうでもいい!!」

 

 そう、今の俺の怒りの矛先はデュノア社でもコイツのスパイ行為でもなかった。

 ヒュドラの弧にエネルギーを込めて振るい、シャルル・デュノアのショットガンを破壊する。

 このまま奴がどんな銃器を取り出そうと、一撃だけは喰らわせる!

 しかし、シャルル・デュノアが取り出したのは近接ブレード"ブレッド・スライサー"だった。ブレードによってヒュドラの攻撃は防がれてしまい、火花が俺達の間を舞う。

 

 

「お前は誰だ!」

「えっ」

 

 

 俺から投げかけられた質問に、一瞬戸惑うシャルル。

 その隙を見逃さなかった俺は弧でブレッド・スライサーごと奴の腕を押さえながら、ヒュドラの弦を素早く引いて離す。

 光の矢を真っ向から受けたシャルル・デュノアは衝撃で吹っ飛ばされるが、すぐに体制を持ち直した。

 

「お前は誰だと聞いているんだ!」

 

 すぐに距離を詰め、俺はもう一度問いかける。

 

「僕は──」

「デュノア社の操り人形か!? フランスの代表候補生か!? 俺達の仲間か!? 母親を失った憐れな子供か!?」

 

 奴には色んな側面があった。だが、そのどれもが目の前にいる()()()()()()ではない。

 高速切替で銃器を呼び出しては切り捨てられ、シャルル・デュノアは二重の意味で追い詰められていく。ISバトルでも、精神面でも。

 

「自分が何をしたいのか、どう生きたいのか! 自分の道くらい自分で選べ!」

「だって、僕には居場所が」

「そんなもの、自分で作れ!」

 

 俺がコイツに一番抱えていた怒り。それは自分の道を諦め、決めようとすらしなかった虚ろな態度にあった。

 命令だから仕方ない。自分には居場所がないから、選択肢なんてない。逃げの言葉ばかりで、自分の意思をまるで感じさせないシャルルに苛立ちを募らせていた。

 俺は右手にヒュドラ、左手には新たに呼び出したレイピア"スーパーノヴァ"を握り、判断力を失って両腕の盾で防ぐことしか出来なくなったシャルル・デュノアを斬りつけていく。

 

「俺はまだ! お前自身がどうしたいのかを聞いてない! 命令だからだとか、選択肢がないだとか、そんな弱い言葉で逃げるな!」

 

 スーパーノヴァを投げ捨て、ヒュドラの弦を目一杯引きエネルギーを充填する。そのまま、動揺のあまり隙だらけのシャルル・デュノアへ巨大な光の矢をぶつけてやった。

 まだエネルギーは余力を残しているようだが、倒れたままのシャルルの瞳は高速切替を使いこなせるほど落ち着いてなどいなかった。

 

「じゃあ、どうすればよかったのさ。僕は、僕の存在は誰にも必要とされてないのに!」

「簡単だ。そんな連中、斬り捨ててしまえばよかったんだ」

「そんな、簡単なものじゃ……」

「簡単なんだよ。数回しか話さない、そんなに会ったこともない。自分のことを道具扱いするような奴、親だと思い続ける方がどうかしている」

 

 傍に突き刺さっていたスペリオルランサーを引き抜き、俺は淡々とシャルルに向かって言い放つ。

 問題なんて、常に自分がどうしたいかなんだ。俺が転生することを選んだのも、世界最強のIS操縦者になると決めたのも、全て俺がそう生きた末の自分自身(アイデンティティ)を見つけたいから。

 

「さぁ、言ってみろ。お前の言葉で、お前がどうしたいか。その先の障害を排除することぐらいなら手伝ってやる」

 

 お前がスパイとして生きるというのなら、全力で相手になってやる。デュノア社と決別したいというのなら、その追手から守ってやる。ただの女として亡き母を慈しみたいのなら、その墓前に花を添えてやる。

 弱者の願いに答えてやるのも、強者の務めだ。

 

「……本当? 僕は、選んでもいいの?」

「シャルル・デュノアがそうありたいと、願うならな」

 

 ずっとそう伝えたかったのかもしれない。お前の人生なんだから、自分で行く道を選んでもいいんだと。

 いつからこう怒りっぽくなってしまったんだろうな。前世でも、現世の"蒼騎凌斗"でもこんな性格ではなかったというのに。

 シャルルは涙を流しながら、ゆっくりと立ち上がる。

 が、その空気を壊すかのように、俺達の間へ巨大な流れ弾が撃ち込まれた。

 

「シャルル!」

 

 シャルルを庇うように倒れ込み、俺は砲撃を回避する。今のは、恐らくシュヴァルツェア・レーゲンのレールカノン。

 会場の反対側を見ると、未だに攻撃をかわしながら戦う一夏と、周囲のことなど意に介さずに一夏をつけ狙うラウラ・ボーデヴィッヒが鬼ごっこの真っ最中だった。

 

「……言ったはずだな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。邪魔をすれば、貴様を潰すと!」

 

 まるでやかんの中身が沸騰するように、頭に血が上る。

 俺はヒュドラを手で一回転させる流れで構え直し、弦のグリップを力強く引く。エネルギーチャージを告げるシグナルが赤に変わった。狙いは──シュヴァルツェア・レーゲン。

 

「一夏、零落白夜の準備をしろ」

「りょ、凌斗?」

 

 プライベートチャネルで一夏に指示しながら、俺はグリップを握る指をそっと離した。

 引き絞られた弦は元の位置に戻り、弧の中央にある(やじり)のような部分に溜め込まれたエネルギーは巨大な光の矢として直線状に解き放たれる。

 

「何っ!?」

 

 矢はシュヴァルツェア・レーゲンの黒い装甲に当たり、エネルギーが炸裂する。

 予想外の攻撃を受け、ラウラ・ボーデヴィッヒが憤怒の籠った眼差しを俺に向ける。

 

「この裏切り者がっ!」

「ラウラァァァァァァッ!!」

 

 余所見は禁物だ。

 俺に気を取られたラウラ・ボーデヴィッヒへ、一夏が叫び向かって行く。

 

「甘いっ!」

 

 しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒも目の前に敵がいるのに注意を逸らすほど馬鹿ではない。

 一夏の声がした方向へ腕を伸ばし、AICによる停止結界を張り巡らせた。あとは動けなくなった一夏をレールカノンで打ち抜くだけだ。

 

 

「お前がな!」

 

 

 一夏が素直に引っかかっていればの話だが。

 停止結界の中に一夏の姿はなく、代わりにいたのはアサルトライフルの弾丸だった。

 加えて、結界の範囲外からも同じアサルトライフルからの射撃が放たれ、ラウラ・ボーデヴィッヒを襲う。

 予想外の事態に、ラウラ・ボーデヴィッヒは混乱する。一体何が起こったのか、その答えはすぐに出た。

 

 一夏が使っているのは、元はシャルルが使っていた銃だった。他人の武装でも使用許可さえ下りていれば使用可能になる。

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに搭載されている重火器は通常の倍近い。その内のいくつかを戦闘中、一夏に貸し与えることなんて容易いことだ。

 これこそ、白式の武装が雪片弐型のみだと思い込んだラウラ・ボーデヴィッヒを欺く、一夏とシャルルの最後の奇策だったのだ。

 

「この死にぞこないがぁぁぁぁ!」

 

 吠えるラウラ・ボーデヴィッヒだが、何もかもが遅い。

 既に間合いを取られ、零落白夜も発動済み。もし、パートナーの俺にでも頼み込めば、助けてやらんこともなかったのにな。

 

「はああああああっ!!」

 

 雪片弐型の一閃が遂にラウラ・ボーデヴィッヒを斬り裂く。

 

「バカ、な……私が……」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが手を伸ばす。まるで力を求めるように。

 そんな願いとは裏腹に、黒いISは解除する兆候をみせた。

 

 

◇◆◇

 

 

「いよいよですね」

「ああ」

 

 来賓の席に座るドイツ軍の男達が満足そうに微笑む。

 自国のISが負ける瞬間だというのに嬉しそうだと感じる様子に、誰もが不思議に思うだろう。最も、周囲は試合に夢中になっているのでこの男達のことなんて気にも留めていないのだが。

 

「"VTシステム"が発動する」

 

 男の台詞に応じるかのように、アリーナでは二ヶ所で異変が起こり始めていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ああああああっ!!」

 

 敗れ去ったと思われたラウラ・ボーデヴィッヒが叫び出す。更に、解除しかかっていたシュヴァルツェア・レーゲンからも眩い雷が走った。

 その衝撃で一夏が吹き飛ばされる。同時に、零落白夜も役目を終えたように消えてしまった。

 

「な、なんだ……?」

 

 次の瞬間、奇妙な光景に目を疑った。

 シュヴァルツェア・レーゲンがドロドロの蝋燭のように溶け出し、ラウラ・ボーデヴィッヒを包み込んだのだ。

 浮遊部位も、レールカノンも、自慢だった武装やラウラ・ボーデヴィッヒ自身が身に纏っていたISスーツすら形を失い、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。

 やがて泥の塊は一つの形状を高速で作り出していった。ボディラインはラウラ・ボーデヴィッヒのものだが、腕や足の装甲はシュヴァルツェア・レーゲンのものではない。更に奇怪なのは、頭を覆うフルフェイスアーマー。目の部分は赤いセンサーが光っている。

 

全身装甲(フルスキン)……」

 

 全身を黒く染めた姿に、俺は先月戦った無人機の存在を思い出す。姿形は似ても似つかないが。そして、今回は中に人間がいる。先月のようになりふり構わず攻撃する、ということは出来なさそうだな。

 

 

「ぐっ、あ、あああああああっ!!」

 

 

 が、異変はこれだけでは済まなかった。

 何故か、ダメージをそこまで受けていない俺の方にも同様の現象が起きそうになっていたのだ。

 

「凌斗!」

「がああああっ! こ、これは……!」

 

 一瞬で悟った。アイツ等の仕業だ。

 試合前、ドイツ軍が変なものを仕込んだに違いない。もっと警戒していれば……!

 

「シャル、ル……逃げろ……!!」

 

 頭の中に、何かが入り込んでくる。不気味で、ドス黒くて、違和感しか感じないもの。

 衝撃に吹き飛ばされるシャルルの姿を見つめ、俺の意識は暗い海底に沈むかのように何かに飲まれていった。

 

 

◇◆◇

 

 

『願うか? 汝、自らの変革を望むか? より強い力を欲するか?』

 

 

 意識を飲み込んだ何かが語り掛けて来る。

 強い力……あぁ、そうだな。欲しい。最強の力が欲しい。

 けど、それはテメーに頼まなくたって、俺は必ず手に入れてやる。

 

『何のために』

 

 何?

 

『何故戦う?』

 

 俺が戦う理由?

 そんなもの……あれ、何だったっけか?

 

 頭の中を色んな記憶が駆け巡っていく。

 

 シャルルの正体が発覚したこと。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがセシリアと鈴を倒したこと。

 

 学園へ無人機が攻め込んだこと。

 

 セシリアと決闘すること。

 

『デュノア社』

 

 そして、祖父の果樹園を潰された時のこと。

 

『デュノア社が憎い』

 

 俺は、祖父の笑顔を守ってやれなかった。権力に屈するしかなかったのは、俺も同じだった。

 

『憎め』

 

 だから、俺は力が欲しかった。

 

『憎め』

 

 そうだ。

 

『憎め』

 

 奴等(デュノア)が、憎いからだ。



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第18話 思いの強さは力の強さを打ち破るか

「凌斗さん!」

「何なの、あれ……?」

 

 アリーナの客席で観戦していたセシリアが、思わず声を上げる。

 その隣では、鈴音が変化するラウラのIS"シュヴァルツェア・レーゲン"()()()()()を見て絶句していた。

 漆黒の機体は操縦者を飲み込み、泥人形のような姿へと変異を遂げていた。ボディラインはラウラのものだが、手らしき部分にはシュヴァルツェア・レーゲンの武装にはなかった一本の剣を持っている。

 

「い、一体何が起きて……!? 凌斗は……?」

 

 鈴音の更に隣に座る簪も、凌斗の心配をする。

 ラウラと同じような現象が、凌斗と"シアン・バロン"にも起きていたのだ。

 蒼いカラーリングは濁った水のようにどす黒く変色し、肩の装甲はスライムのように解けて凌斗の頭を包んでいた。

 このままでは、ラウラ同様に泥人形になるのも時間の問題だろう。この事態を目撃した誰もがそう思っていた。

 

『非常事態発生! アリーナの遮断シールドをONにします!』

「そんな、凌斗さん!」

「セシリアダメだって! アンタの"ブルー・ティアーズ"はまだ休ませてる最中なんだから!」

 

 そこから先を見ることも叶わず、観客達はシールドによって外と隔離される。

 凌斗を心配したセシリアが飛び出そうとするが、鈴音によって止められた。

 

「全く……って、箒は?」

 

 だが、実はもう一人。先程まで傍で試合を観戦し、今この場から姿を消した友人の存在があった。

 鈴音が気付くも既に遅く、箒はアリーナからピットへの道を走っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ラウラと同じことが凌斗にも……?」

 

 シャルルの目の前で変色していくシアン・バロン。しかし、姿はそれ以上変化することはなかった。

 泥に包まれた頭部は中世の兜のような形に姿を変え、生身の部分は右目周辺が欠けてむき出しになっているのみ。その右目もハイライトがなく、餌を前にした猛獣のように見開いているが。

 代わりに兜で覆われた左目部分は赤いセンサーライトが怪しく光り、標的を捕えている。

 

「でゅ、の……ア……デュノ、ア……!」

 

 唯一、元のカラーリングを保ったままの右腕で落ちていたスペリオルランサーを拾うと、凌斗は口元の装甲を大きく開いて荒々しく咆哮した。

 

「デュノアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 凌斗の襲撃をかわしたシャルルは、後退しながら一夏と合流しようとした。

 

「テメェェェッ!」

 

 しかし、一夏はエネルギーが僅かしか残っていない白式でラウラだったものに特攻していた。一夏の攻撃は敵が持っていた剣によって防がれ、軽く弾き飛ばされてしまう。

 カウンターを何とか回避した一夏だが攻撃を避けきれなかったらしく、左腕から血を流している。

 

「一夏! 大丈夫!?」

「それが、どうした!」

 

 シャルルが駆け寄って心配するが、興奮状態の一夏は怒りのままに敵へ突っ込んでいこうとしていた。

 

「一夏っ! 何をしている!」

 

 そんな一夏の暴走を止めたのは、打鉄を装備した状態の箒だった。元々、試合の順番が近かった箒にも予め使用する機体が割り振られていたのだ。

 思わぬ方向からの援軍にホッとするシャルルだったが、それでも一夏の激昂は止まらない。

 

「デュノア、無事か?」

「うん。ありがとう、箒」

「離せよ箒! アイツはぜってぇ許さねぇ!」

「落ち着け! お前らしくもない! まず何があったかを説明しろ!」

 

 箒は暴れる一夏を引き摺りながら、シャルルと合流する。その間、ラウラだったものは微動だにせず、凌斗だったものはシャルルをじっと見続けるが同じく動こうとはしない。

 敵と引き離されたことで、一夏も漸く落ち着いてきたのか自身の怒りの理由について説明することにした。

 

「アイツが使った技、千冬姉のものだった。あの姿も雪片みたいな剣も、きっと千冬姉のデータを使ったからだ。ふざけやがって、あんな簡単に千冬姉のものをパクりやがって!」

「一夏……」

 

 敵を睨み続ける一夏を見て、箒は寂しそうな貌を浮かべた。

 一夏の根底にある強さの基準は千冬から出来ている。あの厳格な千冬から教えられたものを守ることこそ、一夏の追い求める強さなのだと。

 だからこそ、それをあんな形で真似する偽物が何よりも許せないのだろう。まるで家族を侮辱されたようで。

 

 

『貴様にとっての強さはなんだ? 篠ノ之箒。力とは? 貸し借りの出来るただの道具か? 欲しいものを手に入れるだけの手段か?』

 

 

 先日の凌斗の言葉が今更になって、箒の心に重くのしかかる。未だに箒にとっての強さの基準は分からないままだ。

 

「お前は、いつだって千冬さんばかりなのだな」

「それだけじゃねぇ。ラウラ本人も許せねぇんだ。あんな訳の分かんないものに振り回されていい訳あるかよ」

 

 ラウラもあの黒い塊の中にいるのだが、本人の意思は全く感じられない。現に、向こうへ攻撃を仕掛けなければピクリとも動かない。そういうプログラムが施されているかのように。

 誰かの力を真似たISと、その力に振り回されるラウラ。そのどちらも一夏は気に入らなかった。

 

「……そうだね。アレが何かは分からないけど」

 

 シャルルもまた、一夏の意見に同意する。

 ついさっきまで自分に"逃げるな"と言った男性。心の弱い自分を断罪し、改めて道を切り開かせようとした人が力に捕われている。こんな滑稽なこと、許していいはずがない。

 

「凌斗の目を覚まさせなくちゃ」

 

 さっきまでとは打って変わり、シャルルは闘志の炎を燃やす。

 

「正気か? いずれ先生達がやって来てこの事態を鎮圧してくれる! お前達が動く必要なんてない!」

「いいや、それは違うぜ」

「うん。全然違う」

 

 これから危険な戦いを挑もうとしている2人を箒が説得する。会場内には非常事態発令の放送が響き渡り、いずれ教師部隊がアリーナ内に雪崩れ込んでくることは容易に想像出来た。

 が、それでも一夏とシャルルは退こうとしない。それぞれが倒すべき敵をジッと見つめ、首を横に振った。

 

「これは"やらなきゃいけない"ことじゃない。"俺がやりたいからやる"ことなんだ」

「他の誰かに任せておしまいなんて、僕は絶対に納得出来ない。僕がやりたいことをここで選べなかったら、この先ずっと後悔することになる」

 

 義務感や責任感よりもずっと重いものを2人は持っていた。ここで退けば、彼等は自己(アイデンティティ)を失くすことになる。

 それほどまでの譲れない何かを前に、箒も最早止めることは出来ないと悟った。

 

「……分かった。だが一夏、白式のエネルギーはもう僅かしかないだろう?」

「そ、それは……」

「お前はいつも通り、一撃に集中しろ。その間、私が時間を稼ぐ」

 

 白式のエネルギーはもう全身の装甲を展開することすら出来ない程に減ってしまっている。使えたとしても、右腕の部分展開がやっとだろう。

 そこで、零落白夜を確実に当てられるよう箒が囮になることを提案した。

 

「いいのか? 箒……」

「私は、お前達程強くはないからな。せめて、これぐらいなら!」

「……ああ、頼む!」

 

 箒は一夏を庇うように立ち、近接ブレードをラウラだった黒いISに向ける。

 強さというものが分からない箒だが、大事な人を守りたいという気持ちは一夏にも負けてはいない。

 

 

◇◆◇

 

 

 箒が戦闘を開始したのと同時に、シャルルも凌斗だったISとの戦いを再開していた。

 動き回りながらアサルトライフルを連射するシャルル。とにかく、得体の知れない状態の相手に近付くのは得策ではないので、離れたところからの射撃でISのエネルギーそのものを削る作戦だ。

 対する敵ISはシャルルのみを見据え、ひたすら追いかけて来る。かと思えば、手に持っていたスペリオルランサーからレーザーを放ち応戦した。

 

「デュノアアアアアアアアアア!!!」

 

 凌斗の声で、まるで野獣のように吠える敵IS。ザクザクと突き出す槍が地面に小さなクレーターを作っていく。

 さっきまでの凌斗とはまるで違う、力任せな戦い方。そして怒号にも似た叫び声から、シャルルはある仮説を立てていた。

 

(ラウラと違って、凌斗の怒りの記憶からデータを取っている……? だとすれば、今の彼はデュノア社に憎悪を向けて……)

 

 シアン・バロンが変質した黒い泥。それを形成したプログラムは、凌斗の奥底に眠る怒りの記憶を呼び覚ましていた。そこからデュノアの人間であるシャルルを標的にし理性なく暴れている、というのがシャルルの推測だった。

 

「全く、冗談じゃない」

 

 シャルルはボソッと悪態を吐くと、その場に立ち止まって凌斗をジッと見つめる。

 そして、ある質問を投げかけた。

 

 

 

「君は誰?」

 

 

 

 一見、彼女の行動は無策にも見えた。だが、敵ISはシャルルの眼前で動きを静止する。

 ギギギギ、と目の前の端正な顔を穂先で貫こうとするが、右腕が何かに縛られたかのように次の動作へ移ることが出来なかった。

 シャルルは確信していた。凌斗の意識はほんの少しだけでも残っている。シアンカラーを保ったままの右腕が、何よりの証拠である。

 

「君は誰だい? 答えてよ」

 

 彼女は異形のそれへ視線を逸らすこともなく啖呵を切る。

 このやり取りは先程まで自分が目の前の相手としていたもの。但し、今は立場が逆である。

 次に彼女は髪を結んでいたリボンを外し、セミロングのブロンドヘアーを解くと大声で宣言した。

 

「僕はシャルロット・デュノア! 君と友達になりたい、ここで君と一緒に強さを学んでいきたい、女の子だよ!」

 

 今、この場に彼女の正体を知らない人間は箒とラウラしかいない。最も、ラウラは意識を失っているのだが。

 それでも、例え周囲に大勢の人がいたとしても、彼女はこうして自身のことを叫んだだろう。

 

「僕に進む道を決めろと言ったのは凌斗だよ! どうしたいのかを決める勇気をくれたのは君だった!」

 

 シャルル──シャルロットは動きの止まったISへ次々に言葉をぶつけていく。

 さっきまで凌斗がシャルロットの心を揺さぶったように、今度はシャルロットが凌斗の心へ問いかける。

 

「僕の知ってる凌斗は強かった! そんなものに操られるような人じゃなかった!」

 

 "高速切替(ラピッド・スイッチ)"によって近接ブレード"ブレッド・スライサー"を呼び出し、一気に距離を詰める。

 反応が少し遅れた敵ISの腕からスペリオルランサーを叩き落とし、そのまま斬りかかろうとするシャルロット。しかし、刃は黒く染まった機械の腕で掴まれてしまう。

 

「デュノアァァ……!」

「確かにデュノア社を憎んでた。けど、それを僕にぶつけてくることはなかった! 何かへの恨みを、他の誰かにぶつけるようなことを凌斗はしなかった!」

 

 硬直状態になったその時、シャルロットが装備していた盾の装甲が弾け飛んだ。

 中からはリボルバーと杭が融合したかのような武装、パイルバンカーが現れる。これこそ、第二世代型が持つ最強威力の武装"灰色の鱗殻(グレー・スケール)"である。

 強力ではあるが至近距離でないと使えないため、シャルルはリヴァイヴの盾の中にずっと隠し持っていたのだ。

 

「だから、目を覚まして! こんなものに、負けないでっ!」

 

 シャルロットは叫びながら、ISの腹部へ左腕を突き出す。すると、パイルバンカーの痛烈な一撃がしっかりと敵を捕らえた。

 衝撃が腹部から全身へと伝わり、デュノアの名前を吠え続けた口からは黒い泥を吐き出す。同時に、変色したシアン・バロンの装甲がドロドロに溶け出していった。

 

「凌斗……?」

 

 やがて泥の中から、右腕の装甲とISスーツを残したままの姿の凌斗が現れる。口元から黒い液体を流し、ハイライトを取り戻した瞳はシャルロットを見つめている。

 

 

「……やれば、出来るじゃねぇか……シャルロット」

 

 

 意識を失う前に、凌斗は残った力を振り絞ってニイッと笑って見せた。もう一度立ち上がる為に頑張った仲間への、今出来る最大の賞賛であった。

 

「……ありがとう。凌斗」

 

 意識を失った凌斗に、太陽のように明るい笑顔を見せるシャルロット。

 彼女がIS学園に来てから、そして母を失ってから初めて心から笑った瞬間だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「く、そ……!」

 

 箒が苦悶の表情で敵を見つめる。装備している打鉄の装甲は、あちこちに切り傷が残っていた。

 対する、ラウラを飲み込んだままのISは全く疲れた素振りすら見せず、雪片を模した黒い剣を箒に向けていた。

 いくらコピーとはいえ、相手は世界最強(ブリュンヒルデ)。ISを満足に乗りこなせすらしない学生一人で勝てるはずもない。

 

「流石に、強いな……」

 

 箒自身も勝つつもりではいなかったようだが、あまりの実力差を痛感し乾いた笑いが出てきてしまう。

 

「だが、お前は()()()()。ただ、力に振り回されてるだけ。昔の私と同じだ」

 

 目の前の相手には聞こえていないだろうが、箒は自虐的に呟く。

 

 姉の束がISという兵器を開発したことで、家族は政府主導の重要人物保護プログラムによって離散することになった。

 その後も西へ東へと転々とし、束が行方をくらませてからは執拗な監視と聴取を繰り返され、箒は心身の休まる時がなかった。居場所を特定されるからという理由で一夏に連絡すら取れず、未成熟な彼女の心が荒んでいくのも時間の問題だったのだ。

 そうして何処かで"誰かを叩きのめしたい"という気持ちが生まれたまま剣道の全国大会に挑み、見事に優勝を果たした。だが、そこで箒が行ったことはただの暴力でしかなかった。

 

「憂さ晴らしで、私は力を振りかざした。醜い有り様だったよ。あんなもの、本当に強いとは言えない。私にとっての強さは──」

 

 箒の言葉に答えるかのように、白い光が後方で輝きを放つ。打鉄のセンサーが伝えて来るのは、居合の構えで一直線に向かう幼馴染の姿。

 良く見慣れた姿だったはずだが、箒には一夏に重なる二つの影が見えていた。一つは、彼の姉であり剣の師でもある織斑千冬。もう一つは、つい最近まで剣を教えていた箒自身。

 

(──そうか、一夏。お前の強さは)

 

 敵はブリュンヒルデの動き通りに袈裟斬りをしてくる。

 が、一夏は想いのこもっていない剣を容易く振り払い、縦に真っ直ぐ断ち切った。

 "一閃二断の構え"。千冬の教えに習い、箒の姿に学び、一夏が己のものにした。

 真っ二つに断たれたISから一糸纏わぬラウラが現れ、力なく倒れる。一夏は彼女を優しく抱えると、フッと笑った。

 

「まぁ、この一回で勘弁してやるか」

 

 

◇◆◇

 

 

「VTシステム、沈黙したようです」

「所詮は試作段階か。しかも片方は正常に作動しなかったようだしな」

 

 アリーナの外では、ドイツ軍の男達が小型モニターを見ながらコソコソと話をしていた。

 映し出されている二つのデータはどちらも既に反応がなく、もう意味を成していない様子だ。

 

「やはり連動しての強制作動ではあまり効果的とは言えないか」

「操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして操縦者の意思……いや、願望か。それらが揃っていないと、な」

 

 第三者の声に、二人の男はギョッと振り向く。

 声の主はIS学園の教師、織斑千冬。女性らしい細い手には、IS用の近接ブレードが握られている。

 

「ヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門優勝者(ヴァルキリー)の動きをトレースするものだが、人道的な理由から全ての国家、組織、企業において開発、研究、使用が禁止されている。ここまで言えば、分かるな?」

 

 VTシステムはIS条約において違法とされる技術であった。それをIS学園において使用したということは、国際指名手配されてもおかしくない。

 

「大人しく、我々と来てもらおうか。」

 

 既に、周囲にはアリーナ突入用に待機していた教師部隊が包囲している。

 逃げ場の残されていない男達は大人しく両手を上げるしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……もう、慣れてきたな」

 

 ぼんやりと白い天井を見つめながら、俺は独り言ちる。

 目が覚めるとどこぞのベッドに寝かされているというのも、数回目となれば何の驚きもなかった。今回は、特に身体の不調は感じないが。

 さて、記憶を遡ろう。確か、零落白夜を喰らったラウラ・ボーデヴィッヒが、突然溶けだしたISに飲まれたんだったな。

 その後で俺のシアン・バロンも──。

 

「まさかっ!?」

 

 一気に顔が青ざめ、起き上って周囲を確認する。あのままシアン・バロンが壊れたとなれば、俺は力を失うことになる。それだけは絶対に嫌だ!

 何処だ、何処にある!?

 

「あ、起きた?」

 

 イヤーカフスは見つからず、代わりに知った声がかけられる。

 その人物はベッドの傍に座り、ジッとこちらを見ていた。

 

「ああ、()()()()()()。俺のシアン・バロンは何処に……ん?」

 

 コイツなら知ってるかもしれない、とバロンの在り処を聞いてみる。

 が、自分の発言に違和感を感じて首を傾げた。俺は今、コイツのことをなんと呼んだ?

 

「凌斗のISなら、コアは無事だったから予備パーツを使って修復中だよ。完成したら、先生が渡しに来るって」

「そ、そうか」

 

 ブロンドヘアーの少女ははにかみながら、俺の知りたい情報を教えてくれた。

 そうか、バロンは無事だったか……よかった。

 一先ず安心はしたが、俺の中に違和感が残り続ける。

 

「……もしかして、覚えてないの?」

「ああ。変なシステムが発動したっていうのは分かったが……」

 

 飲まれてからの記憶は全く残っていなかった。

 ただ、不思議と胸の内に燻っていた怒りの感情が、まるで大掃除でもしたかのようにスッキリとしていた。デュノア社に抱いていた劣等感が、蝋燭に点る小さな火に戻ったようだ。

 

「あと、お前が吹っ切れたことも分かった」

「うん。それは、凌斗のおかげかな」

「俺の?」

「あんなこと言ってくれた人、初めてだったから。自分の道は自分で選べなんて、考えたことすらなかった」

 

 シャルル改め、シャルロットは笑顔で話し始める。自分の決めたことを。

 このIS学園で俺達と共に学んでいきたい。楽しいことも、辛いことも、共有出来る仲間になりたい、と。

 要するに、今まで通りってことだな。

 

「それが、お前の本心か」

「そう。これからはちゃんと自分を抱き締めて生きたい。母さんがくれた本当の名前で」

 

 シャルロットは自分の道を漸く選んだようだ。親の人形でも、企業のスパイでもない。普通の女としての生き方を。

 お互い心の靄が晴れたようで、やっと本当の自身での対話が出来るな。

 

「でも、僕は結局のところ犯罪者。国に戻って、両親と罪を償わなきゃ」

 

 確かに、スパイ行為は許されるものではない。データを盗んでいないとはいえ、素性を偽ってIS学園に侵入している時点でその罪は消えない。

 この問題をどうにかしない限り、シャルロットの生活には常に影が差すことになる。

 

「お前、決めたはずだろう? ここで、俺達と学んでいくって」

「でも」

「それに言ったはずだ。その先の障害を排除することぐらいなら手伝ってやる、と」

 

 シャルロットがデュノア社と手を切ることになった場合のことも、俺は考えていた。でなければ、手伝ってやるなどと無責任なことは言わない。

 ただ、俺の奇策を成功させるにはシャルロットの協力が必要不可欠だ。

 

「ど、どうすればいいの?」

 

 シャルロットが不安気に尋ねて来る。

 なに、よく考えれば簡単なことだ。

 

「お前には、死んでもらう」



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第19話 人形をやめた少女は強い背中に想いを寄せるか

 自室に戻った俺は、ある人物へ電話をかけていた。用心深いことに、番号は身内以外には話していないらしい。

 コールが鳴ってすぐ、相手は出た。まるで電話がかかってくることを待っていたかのようだ。

 

「遅いぞ。定時連絡は入れるよう言ったはずだろうが」

 

 電話に出たのは中年くらいの男だった。

 やや焦り気味の口調で話す男の声を聞き、俺はソイツが目当ての人物である確信を得た。

 

「あー、デュノア社の社長ですか?」

「なっ!? だ、誰だお前は!?」

 

 俺が応答すると、男──デュノア氏は酷く驚いていた。

 当然だ。電話をかけてきた相手がシャルル・デュノアだと思い込んでいたら、知らない男の声が返ってきたのだ。驚かない方が無理というものだ。

 ああ、焦る男の顔が目に浮かぶようだ。だが、笑いで声を震わせるのはまだ早い。

 

「俺、シャルルのルームメイトの蒼騎凌斗というものです。息子さんにはお世話になっていました」

「蒼騎……!? シャルルはどうした?」

「ええ、実は……」

 

 相手が俺だと知り、より焦燥するデュノア氏。そりゃそうだ、デュノア社は俺のデータを盗むためにシャルルを送り込んだのだから。ターゲットから直々に電話がかかるなんて、普通ならあり得ない。

 だから俺はさっさと事態だけを告げてやった。

 

 シャルル・デュノアは死んだ、と。

 

「死んだ、だと?」

「ええ。死んだといっても所謂MIA、行方不明のようなものですが。俺もすぐそばにいたのに助けられず……すみません」

 

 心にもないことを淡々と告げる。だが、携帯の向こうから反応はなかった。

 

「で、俺も危なかったんですが、ある女子に助けられたんです。ソイツ、実はフランス人で見た目もシャルルにそっくり、使う機体も偶然"ラファール・リヴァイヴ"なんですよ」

「……まさかっ!?」

「シャルロット、っていうんですけど」

 

 ここまで()()()()()()()()

 "シャルル・デュノアという男"はシャルロット自身が否定した、つまりは死んだも同然。ただ、死体は出る訳がないから行方不明(MIA)扱いでいいだろう。

 で、恥ずかしい話だが俺はシャルロットに命を救われた。アイツが立ち上がらなければ、俺はあの変なシステムに完全に乗っ取られていただろう。

 

「何が、望みだ?」

「望み? 変だな。俺はただ事後報告してるだけで、まだ脅迫とかはしてませんが?」

「貴様!」

「因みに、この会話は録音してる。発言には気を付けた方がいい」

 

 淡々と電話している俺の耳元では、既に修理を終えたシアン・バロンがデュノア氏の発言をしっかりと録音していた。

 どの道、スパイ行為を行ったシャルロット当人が証言するだけでこの男の人生は一気に崩れ落ちるのだが。

 ただ、それでは俺達の目的を達成したことにはならない。あくまで、シャルロットをデュノアの呪縛から解き放ち、普通の生活をさせることが目的なのだ。

 

「それで、報告ついでに"提案"なんですが、シャルロットをシャルルの代わりにフランスの代表候補生にしてみてはどうでしょうか?」

「……何?」

「当然、デュノア社が全面的にバックアップする形で。丁度、シャルルの忘れ形見であるリヴァイヴのカスタム機も手元にありますし、シャルロットが使っても上手く適合したみたいです。いやー、偶然とは怖いものだ」

「よくも、そんな白々しいことが! 蒼騎凌斗と言ったな! 貴様、私にこんな真似をして許されると思っているのか!」

 

 焦りに苛立ち、捲し立てるデュノア氏。

 ……どうやら、立場が分かってないらしい。

 

「脅迫罪でIS学園に訴え」

「やってみろよ、雑魚が。スパイ行為への教唆、情報詐称、更には虐待と次々にボロが出るのはそっちだ。貴様の築き上げたキャリアが、愛人の子供の為に全部崩れ落ちる。さぞ愉快な光景になるだろうな」

「くっ……!」

「恨むのなら貴様自身の弱さを恨め。父としても、経営者としても未熟で愚かな自分をな」

 

 娘と同い年の男に論破され、ぐうの音も出ない男は自分の机をドンッと強く殴った。

 その音を聞いて、俺は勝利を確信する一方で、落胆すらしていた。これがあのデュノア社の上の人間なのか。俺の祖父から大事な果樹園を奪い、俺に無力さを味わわせた企業のトップなのか。

 

 

「凌斗」

 

 

 そこへ、俺の傍でずっとやり取りを聞いていたシャルロットが手を伸ばしてきた。この男と話したいらしい。 

 俺としてはあまり気が乗らなかったが、シャルロットの強い面持ちを信じて電話を替わってやる。

 

「……父、さん?」

「シャルルか! 今の男はなんだ! 悪い冗談は──」

「今まで、ありがとう」

 

 会話の中身は俺にも聞こえるようになっている。

 シャルロットは表情一つ変えず、俺以上に淡々と自分が今まで言いたかったことを告げていく。

 

「僕を引き取ってくれてありがとう。育ててくれてありがとう。役目をくれてありがとう」

「そ、そうだ。私はお前の父親だ。だから──」

「でも、もういいんです。僕の家族は……母さんだけだから。これで、さようなら。それだけ、言いたかった」

「シャルル!」

「僕の名前はシャルロット。もうあなたの人形(シャルル)じゃない」

 

 一方的に話を終え、シャルロットは俺に携帯を返す。目には少しばかりの涙を溜めていたが、表情は依然変わらず。

 父への情が少しでもあった。そのことへの涙に罪はない。

 強くなったな、お前は。

 

「だから言ったはずだ。シャルルは死んだ、と」

「…………」

「フランス政府にはお前から状況を告げろ。全て上手く事が運べば、お前の企業も潰れずに済む」

「……よくもそんなことが」

「要求を飲めば、報酬代わりに俺のデータを一部くれてやる」

「凌斗!?」

 

 ガタッと立つ音が二ヶ所から聞こえた。その一つ、シャルロットは酷く驚いて俺を見てる。

 当たり前だ。俺だって、脅迫だけで物事が上手く済むはずがないことぐらい分かる。今の俺にそれだけの力はない。

 

「俺からの要求はシャルロットとシャルルの入れ替えと、面倒な手続き全般。そしてシャルロットのサポートと、身の安全だ。それを無事に熟せば、シャルロットが帰国する時にバロンの稼働データの一部を持たせてやる」

「本当か!? 本当だろうな!?」

「嘘かどうか、まずは貴様の態度で示せ」

 

 俺の稼働データ、つまり男性操縦者データは企業なら喉から手が出るほど欲しいもの。

 大部分はイギリス政府が保有するだろうが、俺は別にどこにも所属してるわけじゃないからな。データをくれてやるぐらいは別にいいだろ。

 

「わ、分かった……君の提案を飲もう」

「忘れるなよ。お前はもう逃げ場のない立ち位置だということを」

 

 そう言い残して、俺は電話とバロンの録音を切った。

 取引が成立することになれば、シャルロットの学園での立ち位置も変わることになる。忙しいだろうが、これで無理な男装もしなくて済み、尚且つ今まで通りの生活が送れる。

 

「凌斗、僕の為にそこまで……」

 

 携帯を投げ渡すと、シャルロットは委縮してしまっていた。

 

「これで借りは返した」

「え?」

「俺を助けた、その借りだ。それに、先に協力すると言ったのは俺だからな」

 

 自分の言ったことの一つも守れないで、この先どう強くなるというんだ。

 

「さて、学園側にも報告した後で夕飯にするか」

「……凌斗!」

 

 やることをやったら、途端に腹が減った。

 リンゴを齧りながら職員室へ足を運ぼうとすると、シャルロットが呼び止める。

 

「ありがとう」

「……気にするな」

 

 淡く頬を染めながら、シャルロットは笑顔で礼を言う。

 異性から礼を言われることに慣れてない俺は何だか照れくさくなり、食堂への足を速めるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

『学年別トーナメントは、事故の為中止となりました。ただし、個人データの指標に関係するため、1回戦は後日に全試合行います。場所と日程は各自個人端末に──』

 

 そこまで伝えられると、誰かがテレビを消した。これ以上は見ても無駄だと判断したのだろう。

 クラス対抗の時もトラブルが原因で中止になったので、今回もこうなることは分かり切っていた。

 

「二人の言う通りになったな」

 

 さっき合流した一夏が呑気にラーメンを啜りながらぼやく。

 一応、シャルロットの事情を知っている一夏にも、事の顛末を伝えておいた。

 シャルルは学園側の対応があった後、改めてシャルロット・デュノアとして転入すること。

 それに伴い、部屋割りも俺と一夏だけに戻ること。

 

 そして、シャルロットは学園側──学園長と織斑先生と相談する為、この場にはいない。

 

「当然だ。ISが2機も暴走して、このまま続けられるわけがない」

「だよなぁ」

 

 ズルズルと麺を啜る俺達は、周囲からすれば呆れるほど呑気なものだろう。まぁ、中止ならば仕方ないとしか言いようもないのだが。

 そんな俺達とは裏腹に、テレビを見ていた女子達は酷く陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

 

「優勝……チャンス……消え……」

「交際……無効……」

 

 大体の見当は付くがな。改めて、女子の噂の一人歩きとは恐ろしいものだと思う。

 例え優勝したところで、俺達がNOと言えば付き合える訳もないというのに。勘違いも大概にしろ。

 

「どうしたんだろうな?」

「俺に聞くな」

 

 ゴクゴクと汁まで飲み干し、今日の夕食を終える。因みに一夏は塩、俺は味噌だ。

 食器を片付けようと立ち上がると、何かに気付いた一夏が歩いて行った。その先にいるのは、箒だ。

 

「箒、そういえばこの前の約束だけどさ」

 

 ああ、事の発端となった約束か。

 一夏がそのことを切り出すと、他の女子同様に落胆していた箒に活力が戻った。

 

「付き合ってもいいぞ」

「……なにっ!?」

 

 一夏の発言に、箒は目を見開きガッと食い入る。

 まるでキスでもしそうな距離に近寄るが、そんなロマンチックなものとは全くかけ離れた状態だ。そうだな、例を挙げるならレディースがカツアゲをする現場、か?

 

「ほ、本当か? 本当なんだな!? 本当に、本当に、本当なんだな!?」

「お、おう……ぐるし……」

 

 首根っこを掴んでブンブン揺さぶりながら聞くな。答えを聞く前に一夏がダウンするだろうが。

 幸い、一夏は気絶する前に返事をしながら腕をタップする。

 

「そうかそうか!」

「げほげほ。幼馴染なんだし、買い物ぐらい付き合うって。何でそんなに必死」

「そんなことだろうと思ったわ! この戯けが!!」

 

 女子らしい笑顔から一転。鬼気迫る表情と共に一夏の顔面を殴り飛ばし、箒はそのまま何処かへ行ってしまった。

 笑えば美少女と呼んでもいいのだが、怒れば般若とも呼べそうだ。女と言うものは、感情一つで印象がガラリと変わるものだ。

 

「な、なんで……」

「お前、もう少し学習しろよ」

 

 鈴の時にも同じような間違いしただろうが。

 どうしようもない朴念仁っぷりに思わず溜息が零れる。

 

「そういえばさ、ISってお互いだけの空間を作って会話するって出来るのか? プライベート・チャネルとは違った感じで」

「何だそれは」

「俺だってよく分かんねぇけどさ……そんな感じがラウラの奴と出来たんだよ」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと?

 けど、アイツは織斑先生曰く"VTシステム"とやらで意識を乗っ取られてたんじゃないのか。

 二人だけの空間……か。でも、確かそんなことが何処かに書いてあったような……。

 

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)

「え?」

「……操縦者同士の波長が合うと起こる、特殊な現象……って、聞いたことがある」

 

 俺達の疑問に答えたのは、うどんの器を片付けようとしていた簪だった。

 

「波長か……多分それだな。えっと……」

 

 一夏が納得すると、簪はぷいっとそっぽを向いてそのまま去ってしまった。

 ……ああ、簪は一夏のことも苦手だったっけ。

 

「今の娘、凌斗の知り合いか?」

「まぁな。それより、ラウラ・ボーデヴィッヒと何を話したんだ?」

「それが大して覚えてないんだけど……アイツのこと、分かった気がしてな。お前のことも守ってやるって、言ってやった」

 

 守ってやる、か。

 その台詞を誰かに向けて言い放つということは、ソイツよりも更に強くならなくてはならない。

 つまり、また無責任なことを言ったのか。この男は。

 

「まぁ、どんな結末が待っていても、お前のことだ。俺には頼るなよ」

「お、おう……?」

 

 誰かを手伝うことは出来ても、誰かを守るほどの強さを俺はまだ──。

 

「あ、織斑君、蒼騎君。さっきはお疲れ様でした」

 

 そこへ、今度は山田先生が声を掛けてきた。

 一直線にこちらへ来た、ということは俺達を探していたんだろう。

 

「山田先生こそ、こんな時間までお疲れ様です」

「いえいえ、私は"先生"ですから! これくらいへっちゃらです!」

 

 先生という部分を強調して、山田先生は巨大な胸を張る。

 身長も小さく、顔も童顔なので胸を除けば子供扱いされることの多い山田先生だ。ここぞとばかりに威厳を示したいのだろう。そういう態度こそ、生徒から可愛がられる要因だというのに。

 

「それよりも朗報です! なんと、今日から男子も大浴場が使用出来るようになったんです!」

「おお! 本当ですか!」

 

 ファンファーレでも鳴りそうなほど、山田先生は大々的に宣言する。

 ……俺には喜ぶ要素の少ない朗報だったが、一夏は感動していた。そういや前から風呂が好きだから早く大浴場が使いたいと言っていたな。

 

「はい! 今日はボイラー点検で生徒は元々使えなかったのですが、予定より早く終わったのでどうせなら男子に使って貰おうって計らいになったんです!」

「おおお! ありがとうございます! 山田先生!」

 

 感動のあまり、山田先生の手を掴んで感謝する一夏。こういうことを素でやるから修羅場が増える一方なんだと……言っても分からないか。

 

「あ、あの……そんなに近付かれると、先生困っちゃうといいますか……」

「はい?」

「人にはパーソナルスペースと言うものがあるのを知らんのか、貴様は」

 

 困った山田先生に代わり、一夏の首根っこを引っ張って引き離してやる。

 全く、緊張しすぎて山田先生の顔が真っ赤になってるじゃないか。

 

「あ、ありがとうございます、蒼騎君……ともかく、鍵は私が持って待っていますので、早速お風呂へどうぞ。デュノア君も直に来ると思いますので」

「は、はぁ……」

 

 ……山田先生、まだシャルロットが女だってこと知らないのか。

 気の抜けた返事を返し、とりあえず俺達は部屋に着替えを取ってから大浴場へ向かった。

 

 

◇◆◇

 

 

 さて、どうしたものか。

 一夏はタオルを忘れたと逃げ、もとい部屋に戻った。

 入り口ではテンションの高い山田先生が待ち構えている。ここで風呂に入らずに出れば、折角の好意を無碍にされたと悲しむだろう。

 

「篭には服を脱いだ形跡はないし……シャルロットはまだのようだな」

 

 脱いだ服がないか確認する俺は、傍から見れば変態以外の何者でもないだろう。

 ……気にしないでおこう。それよりも、シャルロットがまだなら一夏と鉢合わせる可能性が高い。

 じゃあ俺はこのまま脱衣所で待っていることもない。丁度体の疲れも取りたかったところだし、素直に風呂に入ることにするか。

 

「ふむ……ここまでデカい風呂は久々だ」

 

 ここ最近では自宅の風呂と、寮のシャワーぐらいしか使ってないからな。

 だが、前世でもここまで設備の良い風呂は見たことがなかった。湯船がいくつもあるが、内一つはジェットが付き、内一つは檜で出来ている。サウナも討たせ滝もあり、ここまで来ると寮いうよりは高級ホテルの浴場だ。

 部屋もそうだが、ここまで力を入れるとは……IS学園、恐るべしだ。

 

「身体を洗ってから入るのがマナー、だったな」

 

 家の風呂では気にしないのだが、ここまで立派だとマナーを守らずに入るのが恥ずかしくなる。

 一先ず汗でベトベトの身体を洗い流し、綺麗にしてから大きな湯船に浸かることにした。

 体が芯から温まる。その極楽っぷりに思わず気の抜けた声が出てしまい、だだっ広い浴場に反響する。俺も日本人だ、こういうのも悪くないだろ。

 

「一夏の奴め、きっと大はしゃぎするな」

 

 一夏ほどではないが、俺も立派な大浴場に感動を覚えていた。

 その時、俺が立てたものでない水音が聞こえた。滝の音でもなく、俺以外に誰かがいることに気付く。

 一夏の奴か、とも思ったが、奴ならもっと喧しくするだろう。じゃあ誰が……!

 

 

「りょ、凌斗……」

 

 

 脳内で答えが出掛かったところで、既に遅かった。

 音の正体は、生まれたままの姿のシャルロット・デュノアであった。

 

「わ、悪い!」

 

 俺は慌てて後ろを向くが、流石に二度目ともなれば目に焼き付いてしまう。艶のある金髪、張りのある二つの膨らみ、その真ん中で光る橙のペンダント、すらっとした細い腰。セシリアには負けるが、凹凸のハッキリしたボディラインは男ならなおさら魅力的に感じてしまう。

 落ち着け、落ち着くんだ俺。これも不可抗力だ。俺は最善を尽くした。そうだ、そもそもコイツが山田先生に女だって明かし忘れたのが──。

 

「えっと……ご一緒してもいいかな?」

 

 いいかなって、もう一緒に入ってるだろうが……。

 だが、ここで追い出すのも気が引ける。何より、出たところで一夏と出くわす可能性すらある。

 

「いや、俺が先に出て一夏を待つ。説明が終わったら、出ろ。いいな」

「そんな、ダメだよ! 入ってすぐに出たら風邪引いちゃう!」

「だからって、女を締め出せるか!」

 

 俺が出ようとすればシャルロットがダメだと言い張り、逆にシャルロットが出ようとすれば俺が引き留める。

 埒が明かず、結局は俺に隠れる形で背中合わせに湯船に入ることになった。

 

「……お前、着替えはどうした」

「コインロッカーに入れたけど……探したの?」

「でなきゃ、入ろうとは思わないだろうが」

 

 コインロッカーは流石に確認してなかった……というか、そんな分かりにくいところ使うなよ。

 それから沈黙が続き、チャポンと天井から雫が落ちる音だけが木霊する。

 

「凌斗」

「なんだ?」

「本当に、ありがとう。僕に選ぶことを思い出させてくれて」

「……そんなことか」

 

 真剣勝負の中で訴えてから、シャルロットは自分の道を選ぶようになった。

 企業のスパイでも、親の人形でもない。シャルロット・デュノア自身の人生を。

 

「俺はただ、きっかけを与えただけだ。そこから何処へ向かうか決めるのはお前自身。だから、俺は礼を言われる筋合いはない」

「それでも凌斗がいなかったら、僕はずっと親の言いなりで動いていたかも。そこから解放してくれたのは、凌斗だよ。そんな強い凌斗だから……」

 

 そこまでシャルロットが言うと、ふと背中に柔らかい感触を感じた。

 白く細い腕が俺の胸元まで回され、シャルロットの顔が近付く。

 

「シャルロット!? お、お前っ!?」

「もう一回、名前を呼んで。母さんがくれた、大事な名前だから」

「しゃ、シャルロット……?」

「うん。僕はね」

 

 自棄に積極的な態度を取られ、俺としたことが完全にペースを握られている。

 何なんだ、これは。読めない。シャルロットの目的が読めない。

 これではまるで──。

 

 

 

「待たせたな、凌斗! おおお! すげー!」

 

 

 

 ガララッ、と戸が勢いよく開かれ、大声で一夏が入って来る。

 同時に、シャルロットは俺の背から離れて隠れるように身をかがめた。

 

「一夏! 背中流してやる! そこ座れ!」

「え、マジ? なんだ、凌斗も風呂満喫してるじゃないか」

「シャルロット、今の内に出ろ。これぐらいの時間だったら怪しまれない」

 

 入口から死角になる場所へ一夏を座らせると、シャルロットに出るよう告げる。

 小さい返事が聞こえると、俺は一夏の背中をゴシゴシと洗ってやった。

 

「いたっ!? ちょ、もう少し優しくてもいいんじゃないか?」

「動くな。頭でも洗ってろ」

 

 一夏を泡塗れにしてから振り返ると、シャルロットの姿はなくなっていた。

 ……なんか、一気に力が抜けた。

 最後にアイツが言いかけたことは、一体何だったのか。大浴場にいる間は、そればかりが気になってしまうのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、翌日。予想通りシャルロットは一足先に部屋から出ており、教室にも顔を出していなかった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒもいないが、奴は奴でまだダメージが残っていたのだろう。VTシステムの事情聴取も俺達より長そうだしな。

 

「皆さん、おはようございます……」

 

 SHRの時間になると、昨日とは打って変わってテンションだだ下がりの山田先生が教室に入ってきた。

 ……ああ、そういえば生徒の部屋割りや面倒な手続きは山田先生の担当だったな。ご愁傷様です。

 

「今日は、皆さんに転校生……? と、いいますか、その……ともかく転校生を紹介します……」

 

 軽く鬱になってそうな山田先生の言葉に、教室中がどよめき出す。

 つい最近転入生が来たばかりだというのに、どんな状況だよ。と、事情を全く知らない人間ならそう言うだろう。

 教室のドアが開き、女子の制服を身に纏った転校生がその晴れ姿を見せる。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 礼儀正しく頭を下げるシャルロット。

 制服と、分かりやすくなった体の凹凸以外はなんら変わりない。少なくとも、俺にとっては。

 

「デュノア君が、女……?」

「つまり、美少年は美少女ってこと……?」

「う、嘘だ! 昨日までの守ってあげたくなる系美少年は何処に行った!?」

 

 死んだよ、と口を滑らせそうになる。

 男だと信じて疑わなかった女子達は、非情な現実に悲鳴を上げる。

 

「あれ? 確か昨日は男子全員で大浴場を使ったって……」

 

 あ。

 しまった、その場で帳尻合わせをしてもシャルロットが正体をバラせば必然と気付かれることじゃないか。

 

「一夏! 貴様、どういうことだ!」

「一夏ぁーーー!!」

「い、いや! ってか、昨日いたのか!?」

 

 教室にいた箒と扉を勢いよく開けた鈴の怒鳴り声がハモる。矛先は一夏だ、俺は知らんぞ。

 

「凌斗さん? 少しお話があります。よろしくて?」

 

 我関せず、を決め込もうと思った矢先、背後からセシリアの冷たく凍えさせるような声が突き刺さった。

 くそ、逃げられないか……!

 

「殺す!!!」

 

 鈴が一夏目掛けて渾身の拳を放つ。って、甲龍を部分展開してるのか!? それは洒落にならないぞ!

 しかし、鈴が人殺しになることも、一夏が教室の壁の染みになることもなかった。

 

 

「大丈夫か」

 

 

 何故なら、瞬時に割り込んだラウラ・ボーデヴィッヒがAICを発動していたからだ。

 おかげで鈴の拳は止まり、一夏は無事だった。

 

「助かっ」

 

 一夏が安堵するのも束の間。

 ISを解除したラウラは、一夏に向き直ると胸倉を掴んで自身の顔に引き寄せた。唇と唇が重なり……周囲の空気が一気に冷え込む。

 いや、まさか公衆の面前でキスをするとは思わなかった。

 

「私は決めたぞ! お前を私の嫁にする! 異論は認めん!」

「……え?」

 

 次いで、ラウラは爆弾発言を放つ。キスされた当人は混乱のあまり、冷静に首を傾げてしまうのだった。

 全く、お前の周囲はどうしてこう賑やかになるのか。

 

「い、いいですか、シャルルさん? わたくしだって一月は同じ部屋でしたのよ? だからそう自慢げに語ることでは」

「でも僕達、裸の付き合いまでしたし」

「はだっ……! りょ、凌斗さん!!」

 

 ……俺の周囲も、いつの間にか喧しくなっていた。

 もう、勘弁してくれ。そう口にする代わりに、溜息しか出ない俺であった。



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第20話 休日の買い物は修羅場の一歩手前か

「では、打鉄弐式の完成を祝して」

「乾杯!!」

 

 整備室から聞こえてくる景気の良い声。

 簪の専用機"打鉄弐式"が今日やっと完成し、その祝いをささやかながら行っていたのだ。紙コップにジュースのみと本当にささやかだが。

 因みに、何故簪ではなく俺が音戸を取ったのかというと、簪本人がこういうことが苦手だったのと俺が最初に手伝い始めたからだそうだ。

 

「いやー、夏休みまでに間に合ってよかったねー」

「夏休みくらいは遊びたいもんね」

 

 この場にいるのは俺と簪、本音だけではない。

 整備科のエースでもあるパパラッチ、黛薫子とその友人2人。彼女等は打鉄弐式の墜落事故以降で機体の調整を手伝ってくれていたのだ。

 俺も学年別トーナメントの準備があって手伝えなかったこともあり、急遽手配した助っ人だったが大いに役に立った。

 

「じゃあ約束通り、蒼騎君と一日デートね」

「ずっちんズルい! 私もデート! あと、2ショット写真希望で!」

「私はぁ、食堂のデザート奢りでお願いしますぅ」

 

 いつの間にか俺が餌にされていたようだが。というか、俺とデートしても楽しいことなんて一つもないぞ?

 

「……じゃあ、一人ずつ。予定を決めてください」

「よしっ! じゃんけんで順番決めるわよ!」

「恨みっこなしですぅ」

 

 先輩達がじゃんけんに気を取られている間、俺は俯きっぱなしの簪に声を掛ける。

 

「やったな。これで前進だ」

「……うん……」

 

 小さく頷く簪。

 今のコイツは姉の影に震えているのでも、自分の殻に籠っているのでもない。

 嬉しくて、ただ嬉しくて震えているのだ。

 

「あ、あのっ! 本当に、ありがとう……ございました……。わ、私一人じゃ、ここまで出来なくて……あの、本当に……ありがとうございました……っ!!」

 

 簪は立ち上がると、たどたどしくも精一杯この場にいる人間に感謝の気持ちを伝えようとした。

 何度も頭を下げて、言葉を詰まらせながら。

 

「かんちゃん、よかったね~」

 

 そんな簪の頭を、本音が優しく撫でる。

 一人じゃどうしようもないのは分かっていた。あの更識楯無だって、恐らくは何処かで誰かの力を借りていたのだろう。

 それほどまでに大変な作業を、簪もまたやり遂げたのだ。もう自信を持ってもいいだろう。

 

「……さて、私達は先に上がらせてもらうね」

「後片付け、よろしく! 男の子!」

「んふふ、蒼騎君ふぁいとですぅ」

「がんばってね~」

 

 そんな優しい雰囲気も束の間。先輩方と本音は俺に後片付けを押し付けてそそくさと帰ろうとしていた。オイ、待てコラ。

 

 

「それじゃ、頑張ってね。更識さん♪」

「……っ!」

 

 

 帰り際に、黛薫子が簪の耳元で何かを囁く。何を言ったのかは知らんが、簪は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 あのパパラッチめ……。

 

「……こうなるとは思っていたがな」

「あ、あの……私も、手伝う」

 

 自由奔放な先輩や本音のことだ。俺に面倒事は押し付けると思っていたよ。

 全員帰るのかと思いきや、簪だけは残って片付けを手伝ってくれた。が、代表候補生とは言え、小さい女に重い物を持たせるのは気が引ける。

 

「ここは俺がやる。お前は自分の機体の方を片付けろ」

「でも……」

「好きでやってることだ」

 

 こういった機材も、いずれは自分の為に使うことがあるだろう。今の内に触れるのなら、これもまた他者より上に行くためのいい経験になる。

 テキパキと片付けを進めていると、打鉄弐式を待機形態に戻した簪がジッと俺を見つめていた。なんだ、待っていなくてもいいのに。

 

「……凌斗のおかげで、ここまで出来た。だから、本当にありがとう……」

「前にも言ったはずだ。大した理由もない、気まぐれだ。それに、俺は早く日本の代表候補生と戦いたいだけでもある」

 

 そう、あくまで俺の目的は専用機を手に入れた簪と戦うこと。

 未だに戦闘面で簪の本気を見ていないしな。自国の代表候補生の実力、楽しみにしている。

 

「……それでも、凌斗のおかげ」

 

 初めて会った時とは比べ物にならないくらい、優しい笑みを浮かべる簪。最初は自分以外全て敵、といった風に警戒していたしな。

 コミュニケーションが苦手なのは相変わらずだが、俺や本音ら数人と会話が出来るようになっただけ大きな進歩だ。

 

「……そうだな。じゃあ一つ、戦う以外での頼みを聞いてもらおうか」

 

 俺はふと、あることを思い出して簪に言ってみた。

 

 

◇◆◇

 

 

 週末の日曜日。普段ならばこういった休日にも訓練を欠かさない俺ではあるが、今日は別だった。

 というのも、来週から始まる臨海学校の準備をしなければならないからだ。どうやら海に行くらしく、学校指定の水着もないので各自で用意しろとのこと。

 が、俺──というよりも、"蒼騎凌斗"は海やプールに行く機会も少なかったので丁度いい水着を持っていなかったのだ。

 

「流石に熱くなってきたが、大丈夫か?」

「……うん、平気」

 

 日差しの強さに、俺は隣にいる簪を気に掛ける。インドア派で肌の白い簪は日差しに弱そうだったからな。

 

 俺の頼みというのは、水着を選んでもらうことだった。

 ファッションには疎いんでな。特に水着は何でもいいといえばいいが、周囲が女子ばかりだと流石に目を気にする。そこで、自分の感性にではなく、親しい女子を頼ることにしたのだ。

 ま、こういうのも気分転換には持ってこいだろう。今まで整備室に籠りきりだったしな。

 

「……それより」

 

 簪は日差しよりも気になることがあるらしく、視線を俺からすぐ横に逸らす。

 

「あら、わたくし達が何か?」

 

 その視線の先、セシリアが笑顔で簪に答える。但し、目は笑っていないように見えるが。

 

「僕達なら大丈夫だから、気にしないでね?」

 

 更にセシリアの隣にいたシャルロットも簪へ笑顔を向ける。ただ、笑顔なのはいいが雰囲気が何処か禍々しく感じるのは気のせいだろうか。

 セシリアとシャルロットも、実は俺が呼んだのだ。どうせ全員水着を買いに行くのだ。一緒に行動した方が、女子同士で情報交換も出来て効率もいいだろう。

 

「……凌斗」

「ん? どうした」

 

 簪が再び俺の方を見る。いや、見るというより何だか睨んでいる。

 

「……馬に蹴られて死ね」

「そうですわね。乙女の純情を弄ぶ殿方は一度蹴り殺されればいいかと」

「うんうん。蹴り飛ばされて死ねばいいよ」

 

 女子三人から死ねと言われる俺。いや、待て。意味が分からんのだが。

 俺がいつ乙女の純情を弄ぶなんてした?

 

「さ、行きましょうか」

「そだね」

「ん」

 

 頭を捻らせる俺を無視して、セシリア達はさっさと駅前のショッピングモールへ向かってしまった。

 全く、最近の女子の思考は本当によく分からん。

 

 

◇◆◇

 

 

 ショッピングモールの二階。シーズンなだけあって、水着売り場が大きく設けられていた。男女別々なのは当然として、大人用に子供用、最近の流行、レジャー用のグッズ等、申し分ない品揃えで区画を占領していた。

 逆にここまで多いと、選ぶのが面倒ではあるが。

 

「それじゃあ、ここで一旦別行動を取るか」

「え? 僕達が凌斗のを選ぶんじゃないの?」

「そのつもりだが、まずは各自で自分のを見た方がいいんじゃないか?」

 

 シャルロットの言った通り、後で見てはもらう。が、男の水着なんてそう大差はないだろうからすぐ終わる。

 しかし、女子の水着は種類も色も豊富だ。特に、今は女尊男卑が主流。水着メーカーは女子用の水着に力を入れている。3人もそれぞれ自分の水着を見る時間が欲しいだろうし、そちらを優先しても俺としては構わない。

 

「そ、そういうことでしたら……」

「そうだね」

「……分かった」

 

 何故かお互いの顔を見合いながら、3人は納得して頷いた。

 何を意味しているのかは知らんが、ここは女子だけの譲れない勝負所なのだろう。首を突っ込まないようにしておく。

 

「じゃあ、12時くらいにここで。その後で飯を食う予定で」

 

 待ち合わせ時間と場所を決め、俺達はそれぞれ水着売り場に向かった。

 少し長めに取ったが、まぁ俺は適当にトランクスタイプでも選んで私服売り場でもぶらついてるとするか。

 

「凌斗さん?」

 

 そこへ、聞き慣れた声が俺の名を呼んだ。

 

「セシリアか。どうした?」

「い、いえ。もう水着は選び終えたのでしょうか?」

 

 女性用水着売り場に行ったはずのセシリアが、俺の様子を伺いながら訪ねて来る。ついさっき別れたばかりなんだが……。

 

「まだだが、何か用か?」

「も、もしよろしければ、わたくしの水着を見ていただけませんか!?」

 

 若干食い気味に俺へ訪ねて来るセシリア。

 な、何だよ。日本の水着はそんなに気に入らなかったのか?

 

「べ、別にいいが……」

「本当ですの!? では、早速参りましょう!」

 

 頷いてやると、セシリアは俺の手を取って足早に水着売り場へ行こうとする。というか、何故そんなに急ぐ必要がある!?

 

「ちょっと! ずるいよセシリア!」

「……抜け駆け禁止」

 

 だが、急ぐセシリアの前にシャルロットと簪が現れる。いや、お前等水着選んでたんじゃないのか。

 

「くっ、もうバレてましたか……考えることは皆さん同じですわね」

「そうだよ。だから、凌斗を渡してくれるかな?」

「……独り占め、禁止」

「よく言いますわね。お二人もそのつもりだった癖に」

「「う……」」

 

 何が何だか分からない……。

 俺を取り合っているとして、コイツ等はそんなに自分で水着を選ぶことに自信がないのか?

 それとも、俺と同じく異性の意見も聞きたいのか。恐らくは後者だろう。

 

「分かった。お前等のもちゃんと選んでやるから、まずは手を離せ」

「……凌斗さんがそう仰るのでしたら」

「絶対だよ?」

「……嘘吐いたら蜂の巣」

 

 針千本飲むより大参事じゃねぇか。

 三人を宥めて、俺は自分の水着よりもセシリア達の水着選びに協力することになった。立場が入れ替わりつつあるが……まぁいいだろう。

 女性用水着売り場は人が多く、周囲はやはりというかほぼ女性しかいない。普通なら居心地の悪さでも感じるのだが、普段から女子に囲まれている所為か俺は何も感じなくなっていた。慣れというのは恐ろしいものだな。

 

「とりあえず、各々選んで来い」

「分かりましたわ」

「逃げないでね、凌斗」

「……待ってて」

 

 妙に気合の入った三人は各自で水着を選びに行った。

 しかし、改めて考えるとセシリア達は美少女と言っても過言ではない。そんな女子達の水着を選んでやる男か……。傍から見れば、きっと羨ましい状態なんだろうな。こんなことも、前世では想像すらしなかったことだ。

 ……巨、大、小。

 

「いてっ!?」

 

 気付くと、いつの間にか後ろに回り込んでいた簪が俺の足を蹴っていた。

 

「変なこと、考えてなかった?」

「ま、まさか。そんなわけないだろう」

「棒読み」

 

 ジト目で睨んでくる簪から自然と目を背けてしまう。くっ、こういうことには勘が鋭い……!

 だが、俺も男だ。女性の一部分が気になるのは仕方ない。

 

「それより、水着は選び終わったのか?」

「これ」

 

 そう言って簪が見せて来たのは、紺一色のワンピースタイプ。飾り気もなく、胸には名前を書く為の白いワッペンが貼ってある。

 

「……スクール水着?」

 

 そう、何処からどう見てもスクール水着だ。それをドヤ顔で見せてくる簪に、俺は思わず頭を抱えた。

 いくら体型が中学生並だからって──。

 

「いだっ!?」

 

 ──と考えた瞬間、またもや簪に蹴られた。他人の思考を読む能力でも持っているのか、お前は。

 

「凌斗はスク水の凄さを分かっていない」

「分かりたくもねぇよ」

 

 簪はそのままスクール水着を持って更衣室に入ってしまった。

 別に本人がそれでいいんならいいけど、臨海学校でそれを着るのは果たして織斑先生が許可するかどうか。

 

「凌斗さん、選び終わりましたわ」

 

 次にやってきたのはセシリア。流石にスクール水着みたいな奇抜なものはないようだ。

 が、問題なのはその量。青や白一色のもあれば、花柄や模様入りのもの。パレオやビキニパンツ、中には布地が少なめのものまで多種多様だ。まさか、これを全て試着するつもりじゃないだろうな?

 

「では、試着して来ますので、これだと思ったものを選んでくださいまし」

 

 どうやら、全部着るつもりらしい。そのどれもが似合いそうなのはすごいと思うが、流石に時間が掛かりすぎる。

 

「おい待てセシ」

「凌斗、お待たせ!」

 

 もう少し絞れと言おうとしたところで、シャルロットの声に阻まれてしまう。

 他二人に出遅れたと思ったらしく、やや急ぎ足でこちらに来たようだ。息を整えたシャルロットは二着の水着を見せてきた。

 片方はセパレートのようだが、背中の方で黒い布がクロスして繋がっている。シャルロットらしく、色は黄色がメイン。もう一つは、涼しそうな水色のビキニパンツだ。

 

「どっちがいいか、実際に着てみるね」

「おう」

 

 俺が頷くとシャルロットは何故か俺の手を引いて、空いていた試着室に入った。

 ……待て。何で俺まで一緒に入る必要がある?

 

「え、えーと……」

 

 シャルロットも無意識の行動だったらしく、気まずい空気が試着室の中を漂う。

 大浴場の時といい、最近のシャルロットは俺に対して大胆な行動を取りすぎている。そんなに俺に対して優位に立ちたいのか?

 

「外で待ってるから、早くしろよ」

「あ、待って! すぐ着替えるから」

「待てるか! 何故着替えるところまで見なきゃいけないんだ!」

 

 無茶な要求を突っ撥ねて、俺はカーテンを開ける。

 しかし、俺はここで後悔することになった。もう少し早く出ておけばよかった、いやそもそも中に入るべきじゃなかった。

 

「凌斗さん? 何をしていますの?」

「変態」

 

 何故なら、既に着替え終えたセシリアと簪が待ち構えていたからだ。

 因みに、簪はさっきの通りスクール水着であざとさを、セシリアは青を基調としたパレオ水着で落ち着いた雰囲気をそれぞれ醸し出している。怒りのオーラで台無しだが。

 

 

 

「凌斗さんは女性のエスコートがなってませんわ!」

「同感」

 

 帰りの電車内でセシリアと簪に説教を喰らう。

 あの後、レストランで昼食とデザートを奢ることでなんとか許されたのだ。なのにまだ機嫌が直らないのか。

 

「悪かったって」

「……冗談ですわ。水着も選んでいただけましたし」

「そこまで怒ってない」

「あははっ」

 

 困った俺の顔がおかしかったのか、三人は笑い出す。

 変わった休日の過ごし方になったが、たまには仲のいい連中で出かけるのも悪くない。

 

 

 この平和な一時が崩れ落ちることになるのを、この時の俺達は予想すらしていなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 数日前。VTシステムの暴走により学年別トーナメントが中止になった日の夜。

 何処かも分からない、ある奇妙な部屋にて一人の女性が何かの動作をしていた。

 紫色の艶やかな長髪に、美人という評価すら月並みに思えるほど整った顔立ち。そして、何よりも豊満なバストが目を引く。そんな絶世の美女とも呼べそうだった彼女を台無しにしているのは、寝不足からくる目の下の隈と奇抜すぎる服装だった。

 ブルーのワンピースにリボンの大きな白いエプロン。ポケットには、金色の懐中時計が入っている。「不思議の国のアリス」の主人公、アリスをイメージさせるが頭には白ウサギの耳が付いたカチューシャを付けている。加えて、ソックスにはトランプの4つの柄が描かれており、アリスもウサギもハートの女王も入った状態だった。

 

「完成っと」

 

 女性──篠ノ之束はナノサイズのISプラモデルを完成させると、その為だけに作られた銀色のカラクリ椅子を簡単に分解してしまった。

 遊ぶのに飽きた子供がパズルを壊すように、部屋の殆どを占めていた椅子は崩れ落ち、束は退屈そうに立ち上がる。

 その時、無造作に置かれた携帯電話からマフィア映画のメインテーマが流れる。

 

「この着信音は!」

 

 束は専用の着信音にすぐさま気付き、携帯のある方へとダイブした。ガラクタだらけの部屋が更に散らかるが、束はお構いなしだ。

 

「もすもす、終日(ひねもす)? 皆のアイドル、篠ノ之たば──」

 

 そこまで言ったところで電話が切れてしまった。

 が、また携帯が同じように鳴り出す。

 

「酷いよちーちゃん! いきなり切るなんて!」

「その名で呼ぶな」

 

 電話の主はIS学園の教師、織斑千冬だった。

 普段、千冬は束に連絡することはないのだが、今回は事情が事情なだけに電話をしたのだ。

 

「聞きたいことがある。VTシステムについてだ」

「ああ、それね。あんな不細工なものをISに組み込むだなんて、ドイツ人は頭悪いよねー」

 

 束は既にVTシステムが暴走した事件について知っていた。この件はまだIS学園側含め何処も発表していないにも関わらずだ。

 

「あと、あれを作った研究所はもうこの星から消えてるよ。勿論、死傷者は0で。束さんにとっては朝飯前なのだー」

 

 挙げ句、束はVTシステムを開発した組織を既に壊滅させていたというのだ。

 死傷者はいないと言うが、束は倫理観を持っているのではなく、単に死者を出さないで壊滅させることすら自身にとっては楽勝だということを示したいだけである。

 聞きたかったことを勝手にベラベラと喋る束へ、千冬は最早溜息すら出なかった。

 

「そうか。話はそれだけだ」

「本当に?」

 

 電話をさっさと切ろうとする千冬へ、今度は束が声のトーンを変えて尋ねる。

 

「聞きたかったんじゃないの? 蒼騎凌斗(イレギュラー)について」

「……何か知っているのか?」

 

 図星を突かれ、千冬は渋々ながら聞いてみる。

 シアン・バロンに積まれたVTシステムがまともに働かなかった理由。それは遠隔操作で条件を満たさない発動だったから、というのもある。しかし、真の理由は凌斗本人にあった。

 凌斗は意識を飲み込もうとするVTシステムへ否定の意思を向け、代わりにシステムは凌斗の中の怒りを読み取って表面化させた。これは本来のシステムの働きからはかけ離れたものだ。

 

「私もよく分かんないんだよねー、アレについては」

「……そうか。では、もう切るぞ」

 

 千冬が電話を切る。今度はもうかかってくることもない。

 

「……本当に、不思議だよね」

 

 放り投げた携帯に束が話しかける。

 幼馴染にも、その弟にも、自分の妹にも向けたことのなかった不思議な興味。それが束の中に湧き上がってくる。

 

「不思議だし、邪魔」

 

 ついさっきまで退屈そうにしていた束は、もう次のすべきことを見つけ、満面の笑顔を見せていた。



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第21話 焦りは少年の水面を揺らすか

 もう日付が変わり、寮中の部屋の電気が消え、全ての生徒達が眠っているであろう頃。

 そんな時間帯にも拘らず、俺はベッドに横たわりながらも意識を覚醒させていた。

 好きで起きているのではない。本来だったら、勉強にトレーニングを熟して頭も体も疲れ切っている。1時間前には夢の世界に旅立っていてもおかしくなかった。

 

「やれやれ、だ」

 

 眠れない理由は分かっていた。自分自身への疑問と苛立ちだ。

 俺は自らのアイデンティティを証明する為に強さを手に入れようとしていた。いずれは世界最強の地位を手に入れ、唯一無二の存在になり上がる為。そして、俺を転生させたあの神に答えを示し付ける為。

 だが、最近は連敗を喫していた。ラウラに敗け、シャルロットにも敗けた。特に、シャルロットとの勝負はVTシステムによる横槍があったものの、敗けた上に命を救われるという結果になってしまった。

 更に、あの簪も遂に専用機を完成させた。セシリアも鈴も、あの一夏すらも前に進んでいる。

 

「俺は、俺だけが弱いまま……っ!」

 

 そんなことを考えるな!

 俺は弱くない。ラウラとの勝負も、シャルロットとの勝負も、全て邪魔が入ったものだった。だから完全な敗けじゃない。

 自分で思い浮かべた疑念を必死に掻き消そうとする。ここで俺が弱いと認めてしまったら、"蒼騎凌斗"というちっぽけな自我が今度こそ消えてなくなってしまうような気がした。

 

「強くなるしかない。奴等よりも、もっと」

 

 動揺を抑え、湧き上がる疑問を振り払う。

 弱くない。弱くないんだ……。

 

 

 

「──斗! 凌斗!」

 

 身体を揺らされて、名前を呼ばれる。

 最近、不眠続きでようやく眠れたところを起こされた俺は、隣でやたらとテンションの高い女子を睨んだ。

 

「……なんだ、シャルロット」

「海だよ! ほら!」

 

 シャルロットが指さす先には、陽の光に照らされてキラキラと輝く青い海原が広がっていた。

 今日は臨海学校初日。雲一つない快晴の中、バスは大勢の生徒を乗せて目的地に向かう。組で分けられているので、普段はいるはずの簪と鈴はいない。

 だからか、俺の前では一夏の隣に座るラウラと、通路を挟んだ隣の箒が火花を散らしている。

 

「海がどうした。毎日見てるだろうが」

 

 IS学園は元々、絶海の孤島。海なんて毎日飽きる程見ているので、何の感慨も湧かない。

 

「そ、そうだね。あはは……」

「そうですわ。シャルロットさん、もう少し落ち着いたらいかがですの?」

 

 俺の通路側の隣から、セシリアのやや不服そうな声が届く。そういや、バスに乗る前に2人で何か交渉していたようだったな。よく聞こえなかったが、最初がどうとか順番がどうとか。

 

「帰りになれば、セシリアも同じ状態になると思うけど?」

「それは……否定出来ません」

 

 何故もう帰りの話をするんだ。

 それより、俺はまだ眠い。着くまではもうひと眠りさせてもらおう。

 

「そろそろ目的地だ、全員座れ。寝てる奴は隣が起こしてやれ」

「だってさ、凌斗」

 

 ……仕方なく、俺はペットボトルの水を飲み干して微睡んでいた目を覚ました。

 それから数分後にはバスも停まり、旅館の前に整列させられていた。名前は確か、"花月荘"と言ったか。

 

「全員、従業員の仕事を増やさぬようにな」

「よろしくお願いします!」

「はい、こちらこそ。今年の一年も元気そうですね」

 

 織斑先生の号令で、全生徒が頭を下げる。どうやら、ここは毎年恒例の旅館らしいな。

 従業員の案内で、女子達は荷物を持って各自の部屋へ移動する。しかし、俺と一夏だけは当然のように例外だ。

 

「織斑、蒼騎。お前達は個室を使ってもらう。場所は教員室の隣だから羽目を外しすぎてもすぐ分かるからな」

「それじゃ、二人共荷物を持って付いてきてください」

 

 無駄に釘を刺されつつ、山田先生の後に続く。日差しが熱すぎる外から一転、中は冷房が程よく効いていて廊下まで快適だった。

 

「ここです。何かあったら、私か織斑先生がいますので教員室まで来てください」

 

 そう言い残して、山田先生はぱたぱたと何処かへ行ってしまった。教員たるもの、こういった場所でも事務作業に追われるのだろう。

 さて、臨海学校初日は終日自由行動となっている。恐らく、既に浜辺に出ている生徒もいるはずだ。

 

「どうする、凌斗。早速着替えて海に行くか?」

 

 荷物を置いた一夏も同じことを考えていたようで、俺に尋ねて来る。

 海は見慣れているとはいえ、浜で泳ぐとなると話は別だ。折角来た訳だし、出て行かない訳にもいくまい。

 

「そうだな。行くか」

 

 

◇◆◇

 

 

 さっと着替えを済ませ、俺達は浜辺に繰り出す。更衣室からすぐに浜に出られるのは楽でいい。

 

「あ、織斑君と蒼騎君だ!」

「嘘!? 水着、変じゃないよね!?」

「二人共ー、後でビーチバレーしようよー」

「俺に挑戦か。いいだろう」

「おう、時間があればいいぜ」

 

 予想通り、既に遊びに出ている生徒が多く、俺達と同じタイミングで隣の更衣室から出て来る女子達もいた。

 普段から女子に囲まれた生活をしているとはいえ、水着姿のような露出度の高い格好だと流石に目を合わせづらくなってしまう。俺だって男だ、気になってしまうのも仕方ない。

 

「あちちちっ」

 

 砂浜を歩く一夏が、足の裏を焼かれ悶える。夏の日差しを受けた砂は素足で歩くにはやや辛いほどの熱を持っていた。これもまた、夏の海の定番だ。

 足早に移動してから、俺達はまず準備運動を始める。ここで足を攣っても間抜けなだけだしな。

 

「い、ち、かぁーっ!」

「うおっ!?」

 

 すると、鈴がいきなり一夏へ飛び掛かってきた。

 オレンジのタンキニタイプの水着を着ており、良く言えばスレンダーな体型で飛びつく姿はまるで飼い主にじゃれ付く猫のようだ。

 

「あんた達真面目ねぇ、準備体操なんて」

「お前もしとかないと溺れるぞ」

「ふふん、あたしは溺れたことがないのよ。きっと前世は人魚ね」

 

 前世は人魚、ねぇ……。

 

「……ハッ」

「ちょっと、何鼻で笑ってんのよ」

「いや、お前みたいなジュゴンがいたと思うと……くくくっ」

 

 ジュゴンとは人魚のイメージの元となったと言われる動物だ。が、実際のジュゴンは一般的な人魚からかけ離れた、白くてむっくりとした海洋哺乳類である。

 俺は鈴の顔をジュゴンにした図を思い浮かべ、思わず吹き出してしまった。

 

「誰がジュゴンよ!」

「ちょっ、暴れんなって!」

 

 ジュゴン呼ばわりされた鈴は一夏によじ登ったまま憤慨して暴れる。

 まぁ、鈴みたいな気性の荒い奴がジュゴンだったなんてありえないから安心しろ。

 

「お前の前世は人魚でもジュゴンでもねぇよ」

「む、どういう意味よそれ」

「そのままの意味だ。大体、前世なんてくだらねぇよ」

 

 そんなもの思い返すだけ無駄だ。

 ……ああ全く、前世がどうのこうのなんて話をした所為で気分が悪くなってきた。

 

「凌斗さん! ここにいらしたのですわね!」

 

 眉間を抑えていると、水着姿のセシリアが俺の方へやってきた。手にはパラソルやシート等を持っており、いかにも夏のビーチを満喫する気満々といった感じである。

 着ている水着はこの前買った青いパレオの奴だ。改めて、何でも着こなせるセシリアのスタイルの良さを実感出来る。出るところは出て、締まるところは締まっている。

 

「ああ。探してたのか?」

「ええ。凌斗さん、是非サンオイルを塗ってください!」

 

 そう言うセシリアはキョロキョロと周囲を警戒しながらサンオイルを差し出してきた。命を狙われてるわけでもないだろうに、何をそんなに慌てているのか。

 一方で、そんなセシリアの大声に気付いた女子達が慌てて道具を取りに行ったり、海水でオイルを落とそうとしていた。いや、もう塗った奴については一切触れるつもりはないぞ。

 

「構わないが何をそんなに」

「で、では! お願いします!」

 

 軽く了承してしまうとセシリアはまた急ぎながらパラソルとシートの準備を始めた。そんなに慌てなくとも俺は逃げないんだが……。

 サッと準備を終わらせ、パレオを脱いで座るセシリア。その仕草は妙に色っぽく、本当に触れていいのかと疑問に思ってしまう。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 漸く落ち着いたらしいセシリアはビキニの紐を外し、胸が見えないよう押さえながら寝そべった。少しでもズレれば見えてしまいそうな危うさに、俺は柄にもなく緊張していた。

 ボディライン自体はISスーツの上からでも分かるが、露出の高い水着では見え方が変わって来る。シミ一つない白い肌、脇から見える形の変わった乳、くびれた腹部とは対照的に肉付きのよい尻。

 もう一度言うが、俺とて男だ。気になってしまうのは本能的なもので仕方がないことなのだ。

 

「こ、このまま塗ればいいのか?」

「いえ、サンオイルは手で少し温めてから塗ってください」

「そうか」

 

 言われた通りに手の平にオイルを出し、すり合わせて温める。

 

「こういうのは初めてなんだ……上手く出来なかったらすまない」

「まぁ、凌斗さんにも苦手なものがありますのね」

「うるさい」

 

 弱みを握られたような気分になり、少しずつ冷静さを取り戻す。いよいよだ。俺はそっとセシリアの背中に触れてゆっくりと塗っていった。

 オイルの所為なのかは分からないが、初めて触った家族以外の女の肌はすべすべしていた。それでいて柔らかく、触れているだけなのに気持ちよく感じる。

 

「ふふっ」

「なっ!? 変なとこでも触ったか!?」

「すみません。けど、あの凌斗さんがこんなにぎこちなくサンオイルを塗っていると思うと……ふふっ」

 

 初めてなんだから仕方ないだろうが!

 謎の敗北感に苛立っていると、背後に人の気配を感じた。その人物は傍に置いてあったサンオイルのボトルを取り、俺と場所を変わる。

 

「凌斗さ──ひっ!?」

 

 ふと背中からの感触がなくなり、疑問に感じるセシリア。だが、すぐにそれどころではなくなり小さな悲鳴を上げた。

 

「オイルなら、私が」

 

 現れた人物、簪はサンオイルを冷たい状態のままセシリアの背中に無造作に塗り付けていく。その手つきは、何処か怒りすら含んでいるようにも見える。

 因みに、簪の水着も先日買ったスクール水着だ。よく着てこれたな、それ。

 

「簪さん!? 何をしまひゃああああっ!?」

「出し抜こうったってそうはいかない……これはバスが別だった分」

「それはクラスが違うからでひいいいっ!?」

 

 悲鳴を上げながら抗議するセシリアだが、黒いオーラを背負った簪は聞く耳を持たない。簪は4組だから行き帰りのバスは違う。

 しかし、恨みはそのことだけではないらしい。心なしか、簪の視線はセシリアの胸を捕えているようだし。

 

「もう、いい加減に!」

 

 遂に我慢の限界を迎えたセシリアが起き上がる。けど、今はブラの紐は外れているわけで。

 

「あ」

 

 簪の目の前で露わになっただろう()()を、俺は拝むことはなかった。こうなることが分かり切っていたので、咄嗟に後ろを振り向いたからな。

 それでもセシリアの羞恥心が収まることはなく。

 

「きゃあああああああっ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 居心地の悪そうな俺の背後では、セシリアの悲鳴と悪乗りしすぎて謝る簪の小さな声が聞こえて来たのだった。

 

「あ、いたいた。凌斗ー」

 

 二人の言い争いに巻き込まれないようその場を離れると、今度はシャルロットと合流した。シャルロットも、俺が選んでやった水着を着ている。ISのカラーもだが、コイツはオレンジ色がよく似合う。

 だが、すぐ傍にいる謎の生命体の所為でシャルロットの水着姿が全く気にならなくなってしまった。バスタオルを何枚も体に巻き付けており、まるでミイラのような風貌だ。ここまでどうやって移動してきたのか。

 

「あれ? 一夏は」

「一夏なら鈴と泳いでるが……そこの変な奴はなんだ?」

「えっと、ラウラなんだけど」

 

 は?

 あのラウラ・ボーデヴィッヒか?

 目の前の不気味な生物がラウラだと言われてもにわかには信じがたい。頭から出ている2本の髪の色がそれらしいだけで、一目でラウラと見抜ける人間は恐らくいないだろう。

 

「別に変じゃないから出て来てもいいんじゃない?」

「い、いや、やはりこういうのは……」

 

 シャルロットが声を掛けると、謎の生命体からは確かにラウラの声が。

 だが普段とは違い、どこか自信がなさそうな声色だ。キリッとした雰囲気で堂々としたアイツのイメージからは程遠い。

 

「大丈夫だってば。それに早くしないと、一夏が鈴に取られたままでいいの?」

「ぐ……ええい、分かった! 取ればいいんだろう!」

 

 シャルロットの説得でようやくラウラがバスタオルを脱ぎ捨てる。

 

「……笑いたければ笑え」

 

 不安そうに睨んでくるラウラの水着は、コイツの愛機と同様に黒を基調としたものだ。暗い紫のレースをあしらっており、露出度の高さからも水着というよりもランジェリーのようにも思える。

 ラウラは鈴みたく凹凸の少な──良く言えばスレンダーな体型をしているのだが、水着を着こなしているおかげで大人の色気というものを醸し出しているように感じられた。

 

「全然変じゃないよ。ね、凌斗」

「似合ってるじゃないか」

「ふ、ふん。口だけでなら何とでも言える」

 

 照れ隠しのつもりか、素直に賞賛を受け取らない。まぁ、ラウラが欲しいのは俺のではなく一夏からの褒め言葉だしな。

 

「それじゃ、一夏呼んでくるね」

「お、おい!? 待てシャルロット! 私にも心の準備が!」

 

 ラウラの制止を無視して、シャルロットは鈴と競争してる一夏を呼びに行ってしまった。

 残された俺達に、奇妙な空気が流れる。

 

「そういえば、こうしてお前と話すのもあの時以来だな」

「……そうだな」

 

 先日の大会、そしてVTシステム騒動以降、俺とラウラは二人きりで話す機会はなかった。ラウラは一夏に惚れ込んでいたようだし、俺も特に用事はなかったしな。

 

「あの時は、済まなかったな。お前の言う通り、私はまだまだ弱かった」

 

 話しかけてきたラウラの表情は何処かスッキリしているようにも見えた。固執していた何かが剥がれ落ち、代わりに新しい「ラウラ・ボーデヴィッヒ」という存在になり始めている。

 ああ、コイツも自分自身(アイデンティティ)を見つけられたのか。

 

「そう気付けただけでも、お前はまだまだ成長出来るということだ。よかったな」

 

 全く、羨ましい。

 やはり俺だけが立ち止まったままだ。ドイツもコイツも先に進んでいってしまう。

 

「ね、一夏。ラウラの水着、似合ってるでしょ?」

「ああ。可愛いと思うぞ」

「か、かわっ!?」

 

 そこへ、シャルロットが一夏を連れてきた。鈴は……何やら何処かへ走り去っていく様子が見える。一夏め、また何かやらかしたのか?

 一夏の飾り気のない褒め言葉に、ラウラは一瞬で顔を真っ赤にしてしまった。

 

「あれ? 凌斗、どうしたの? なんか不機嫌そうだけど」

「……何でもない」

 

 

◇◆◇

 

 

 夕食後、一夏が織斑先生に呼ばれたので一人で筋トレでもしていると、ドアの前で何やら騒がしい声が聞こえてきた。どうやら箒達が織斑先生の部屋の前で聞き耳を立てている様子だ。

 ここの旅館、やや古いせいか大声でも出せば向かいの部屋まで聞こえてくるくらい防音設備が整っていない。ドアに耳でもつければ中の会話など簡単に聞けるだろう。

 

「へぶっ!?」

 

 しかし、すぐに女子があげるものではない悲鳴が漏れる。相手はあの織斑先生だ。中の声が外にも聞こえるということは逆もまたしかり。

 

「今のは箒と鈴、セシリアか……ご臨終だな」

 

 どうなるかは考えたくもない。俺は聞かなかったことにして腕立て伏せを再開させる。はて、今何回目だったっけか。

 

「おーい、凌斗。今から風呂に行くけどお前はどうする?」

 

 用事が終わったのか、一夏が部屋に戻って来る。よく見ると、部屋に呼び出されたはずなのに汗を搔いている。何をしてたんだコイツは。

 

「……そうだな。俺も行く」

 

 かく言う俺も汗まみれになっていたので、風呂に行くことには賛成だ。

 換気の為に窓を開け、俺は着替えとタオルを手に持った。

 

「で、何の用事だったんだ?」

「ああ、マッサージしてくれって千冬姉に頼まれたんだ」

「ほう。上手いのか?」

「まぁそれなりにな」

 

 コイツの特技はどうしてこう、妙に家庭的というか……。

 

「凌斗にもしてやるよ」

「考えておく。ところで、セシリア達はどうなった?」

「多分大丈夫だと思うけどな……くつろげもしないだろうけど」

 

 一夏の様子から、そこまでキツい折檻を受けているという訳ではなさそうだ。

 ただ、織斑先生の部屋だ。弟の一夏以外からすれば、ライオンの檻にでも入れられるようなものだろう。そこでくつろげなんて、一夏も無茶振りが過ぎる。

 そんな会話をしている内に大浴場に到着。旅館というだけあって、IS学園に負けず劣らずの広さだ。そして何よりも、露天風呂がある。

 

「いやー、露天風呂も中々乙なものだよなー」

 

 夕食前に入りに行ったと思ったが、一夏は頭にタオルを乗せてご満悦のようだった。

 特技に反し、趣味はなにかと爺臭い奴だ。

 

「い──」

 

 俺は口を開きかけて、頭にお湯を被った。

 

 今、何を聞こうとした?

 お前から見て、俺は強くなっているか?

 初めてお前と戦った時から進んでいるか?

 

「ん? 呼んだか?」

 

 能天気に一夏が聞いてくる。

 クラス対抗戦では鈴に勝ち、学年別トーナメントではVTシステムに呑まれたラウラを救った。

 そのどちらも直に見ることはなかったが、結果だけ見れば一夏は随分と成長しているように思える。それに比べ、俺はどうだ?

 

「──何でもない」

 

 もう負けられない。これから先、何が立ち塞がろうとも。

 ふと、水面に映る自分の顔が揺らぐ。それはまだ何者にもなれない()を的確に表しているようだった。

 

 



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第22話 襲来した天才は場を掻き乱す兎なのか

 一日目の夜。凌斗と一夏が風呂に入っている間、千冬に呼び出された女子6人はどうしたものかと様子を伺っていた。

 

「どうした? 一夏もくつろげと言っていただろう」

 

 そういう部屋の主だが、あの織斑千冬を前に騒ごうという気にはなれなかった。

 元々無口でクラスすら違う簪はともかく、昔馴染である箒や鈴音ですら緊張で畏まっている程だ。セシリアとシャルロットも談笑出来る心境ではなく、千冬を強く慕うラウラに至っては表情すら崩さずに話題が出されるのを待つばかり。

 

「なら仕方ないな。まずは飲み物をやろう。好きなのを取れ」

 

 委縮した雰囲気に肩を竦めた千冬は、冷蔵庫から6人分のドリンクを取り出して並べる。

 

「いただきます」

 

 このまま放置という訳にもいかず、6人はそれぞれ飲み物を取って一口飲んだ。

 中身は1階の自販機で売っているごく普通の飲料。暑い夏の夜に乾く喉を潤し、少しは緊張する心を落ち着かせてくれた。

 

「全員飲んだな。じゃあ、コイツは他言無用だぞ」

 

 千冬は小さく笑い冷蔵庫から更に1本、缶を取り出す。

 それは未成年の箒達には馴染の薄い缶ビールだった。プシュッ、と缶を空けて一気に中身を口へと流し込む。

 

「ん? なんだ、私とて酒くらい飲むぞ」

「い、いえ……」

「意外というか……」

 

 授業中は当然、寮での生活においても規律を重んじる鬼教官、織斑千冬。そんな人が目の前で豪快に酒を飲んでいることが、6人とも信じられなかった。

 しかし、おかげで随分と緊迫したムードは取り払われた。

 

「さて、本題に移るか。修学旅行の定番と言えば恋話(コイバナ)だが……アイツ等の何処がいいんだ?」

 

 いきなり投げられた話題に、6人全員がビクッと反応する。

 アイツ等、というのは誰かが聞かなくともこの場にいる全員が分かった。

 

「わ、私は……以前より腕が落ちているのが気に入らないだけですので」

「私は、その、腐れ縁だし……幼馴染だし」

 

 箒と鈴音は幼馴染の顔を思い浮かべて言い訳がましく答える。だが、缶ジュースを持つ手は落ち着きがない。

 

「そうか。では一夏にそう伝え」

「「言わなくていいです!!」」

 

 千冬のからかいに2人は顔を赤くして詰め寄る。

 

「で、お前等は?」

 

 千冬が次に話を振ったのはセシリア、シャルロット、簪の3人。共通の想い人がいるのは、千冬にはお見通しだった。

 

「わたくしは……強いところです」

「僕も、強いところ……でしょうか」

 

 全く同じ答えを出すセシリアとシャルロットに、千冬は「ほぅ」と小さく答える。

 

「蒼騎は弱いぞ」

 

 しかし、すぐに一蹴して缶ビールを呷る。実際、千冬から見れば凌斗の実力はまだまだ低い。強いと言ったセシリアやシャルロットにも敗けることすらある。

 2人も分かってはいたが、首を横に振った。

 

「力だけではありません。あの方は……私にはない芯の強さを持っています」

「僕はその強さに救われました。誰にも屈しない、強い意志に」

 

 今、こうしてハッキリと好きな理由を答えられることこそ、2人が凌斗に強く影響を与えた証拠なのだろう。

 千冬はこれ以上何も言うことはなく、今度は簪に視線を向ける。

 

「……私は、優しいところ……?」

 

 簪は凌斗にIS製作を手伝ってもらっていた。だが、裏を返せばそれだけの関係であり、セシリア達のように面と向かって対峙したこともない。

 凌斗へ気を許してはいたが、本当にこの気持ちが恋心かも分からなかった。

 

「蒼騎の奴が優しい、か。そんなところ見たことないがな」

 

 千冬は簪の答えを簡単に突っ撥ねてしまう。

 先程のセシリアやシャルロットとは違い、簪は言い返すことも出来ない。

 

「まぁ、奴とて人間だ。長所の一つぐらいはあるだろう」

 

 実の弟である一夏とは違い、凌斗との付き合いは千冬も短すぎるため評価がしにくい。

 簪のフォローのつもりで茶を濁し、千冬は最後に何も発言していないラウラへと話を振った。

 

「で、お前は?」

「……わ、私は、一夏の方が強いと思います」

「一夏はもっと弱いだろ」

 

 一夏への評価は、千冬はバッサリと斬り捨てた。が、ラウラも珍しく反論する。

 

「強いです。少なくとも、私よりは。でなければ、私は過ちに気付くことすら……」

 

 転入当初は一夏に殺意を向けていたとは思えない程、ラウラは一夏にすっかり惚れこんでいた。

 千冬はそんなラウラの評価に懐疑的だったが、まぁいいだろうと二本目のビールと共に流し込んだ。

 

「蒼騎がどうかは知らんが、一夏は付き合えれば得だな。料理は美味いし家事も出来る。甲斐性があるかはイマイチだが、顔も性格も悪くない」

 

 一夏も凌斗も、女子だらけという環境抜きで見ても整った顔立ちをしている。

 IS学園内ではすっかり人気を二分しており、そういった意味でも付き合えれば相当な得をしていると言えよう。

 

「でだ。欲しいか?」

「くれるんですか!?」

 

 突然の提案に全員が食い付く。

 

「やるかバカ。欲しいなら自分で奪い取れ」

 

 またからかわれた女子達はうっ、と固まり、そんな様子を千冬は酒の肴として楽しんでいた。

 

 

◇◆◇

 

 

 臨海学校二日目。

 今日は一日中、各種装備の試験運用とデータ取りに追われることになる。遊びに来たわけではないから当然と言えば当然だが。

 特に、俺達専用機持ちは量産機よりも大量の装備を試用しなければならない。息吐く間もないとはこのことだ。

 

「では遅刻者。ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

「は、はい。ISのコアは──」

 

 一つ意外だったのは、優等生のラウラが寝坊して集合時間に遅れたことだ。

 何があったのかは詮索こそしないが、予想は出来る。昨日、織斑先生の部屋で何かあったな。セシリア達の方を見れば、危なかったと言わんばかりに顔を強張らせている。

 

「よし、遅刻の件はこれで許してやろう」

「ありがとうございます……」

 

 普段ならばこのままキツイ罰でも待っていそうだが、ラウラの説明が完璧だったからか不問となった。若しくは、自分にも責任の一端があると自覚してるからか。

 

「それでは、各班ごとにISの試験運用を始めろ。専用機持ちは別途用意された専用パーツのテストだ。全員、迅速に行動しろ」

 

 全員が返事をして、各々の行動に移る。

 さて、専用パーツのテスト運用だが気に入ったものがあれば個別に注文してもいいことになっている。ここで自身の武装を増やすのも、重要な目的でもある。

 

「篠ノ之、お前はこっちに来い」

 

 織斑先生が箒を専用機持ち側へ呼ぶ。打鉄用の装備を用意していた箒も、思い当たる節があるのかすぐに来た。

 どういうことだ? まるで箒に専用機でも来るみたいだ。

 

「今日から専用機が」

「ちーーーちゃーーーーーん!」

 

 織斑先生の話を遮るがごとく、大声を上げながら女性らしき人影が走って来る。

 この場に部外者がいること自体が問題なのだが、それ以上に走る速度が尋常ではない。まるで漫画に出て来る、足に強化改造でも施したサイボーグのようだ。

 

「会いたかったよちーちゃん! さぁハグしよう! 愛を確かベッ!?」

 

 何もかもが奇天烈な女性は織斑先生に飛び掛かると、ニコニコと笑う顔面を片手で掴まれた。所謂アイアンクローって奴だ。

 向かってきた女もすごいが、それを何でもないかのように対応して顔面を締め上げる織斑先生もとんでもない。

 

「うるさい」

「いだだだっ、相変わらずの容赦のなさだねっと!」

 

 しかし、謎の女は織斑先生のアイアンクローから即脱出し、華麗に着地して見せた。

 夏の日に煌めく紫色のロングヘアーに整ったにこやかな顔立ち、そして服に収まりきってない豊満な胸が目を引く。青いワンピースと懐中時計の入ったエプロンは不思議の国のアリスのイメージだろうか。

 どんなに美女でも、頭にはピコピコと動くウサ耳付きのカチューシャ。それにツリ目の下に着いた大きな隈からその人物が変人であることに気付く。まぁ、それ以前に行動がその数割増しで変なのだが。

 

「箒ちゃんも久しぶり。何年ぶりだろうね。大きくなったね、特におっぱいが」

 

 箒とも顔見知りらしいが、感動の再会かと思いきや手をワキワキさせて近付く姿は変態以外の何者でもない。

 対する箒もその人物には容赦がなく、触られる前に拳骨で殴った。

 

「殴りますよ」

「うー、殴ってから言った! 箒ちゃん酷いよ! 姉妹のスキンシップなのに!」

 

 姉妹……?

 まさか、この変態があのISの生みの親か?

 

「えっと、この合宿では関係者以外立ち入りが」

「おや? ISの関係者とあれば、開発者である私以上の関係者は存在しないと思うんだけどなぁ?」

「えっ? あ、はい……すみません」

 

 山田先生相手でも態度を崩すことはなく、反論して追い返してしまった。

 気弱な山田先生では、相手が誰でも口論で勝つなんて出来なさそうだが。

 

「束、自己紹介ぐらいしろ。急すぎて生徒達が反応に困っている」

「えー、めんどくさい。どーも、天才の束さんです。終わり」

 

 怒られた反抗期の子供みたく、女性は適当すぎる自己紹介を済ませた。

 

「おい一夏。アレが篠ノ之束か?」

「あぁ、束さんだ」

 

 間違いなく、目の前の変質者が稀代の天才にして世界的指名手配犯の篠ノ之束のようだ。

 色々と突っ込み所が満載だが、突っ込んだところで無意味だろうからやめておく。

 

「全く……コイツのことは無視していいから、作業を続けろ」

「ぶー、冷たいなぁ。折角の再会なんだし、もっと濃厚に愛を」

「黙れ」

 

 篠ノ之束は周囲のことなどお構いなしに、織斑先生とスキンシップを取ろうとする。一体何しに来たのか。

 そろそろ作業の邪魔になってきたので、織斑先生も軽くあしらう。

 

「え、えっと……」

「山田先生は各般のサポートをお願いします。コレと専用機持ちは私が面倒見るので」

「わ、分かりました」

 

 篠ノ之束が来てからただ呆然としてた山田先生も、織斑先生に指示を受ける。

 普段からアドリブに弱い山田先生が織斑先生に指示を仰ぐのは見慣れているが、その様子を篠ノ之束は頬を膨らませて見ていた。

 

「むむ、ちーちゃんが優しい……おのれ、そのおっぱいで誘惑したのかー!」

 

 篠ノ之束は標的を織斑先生から山田先生に変え、豊満すぎる胸を執拗に揉みしだく。

 

「うりうり~、ここか~? ここがええのか~?」

「きゃああああ!? や、やめてくださいー!」

 

 ぐにぐに、と形を変える胸の膨らみ。紅潮する山田先生の頬。そして篠ノ之束の胸もぷるんと揺れ……。

 

「コホン! 凌斗さん?」

 

 背後からの咳払いで我に返り、官能的な光景から素早く目を逸らす。

 けど仕方ないだろう! いきなり目の前で始められたら!

 

「凌斗ってたまにスケベだよね」

「……やっぱり、胸か……」

「ま、まぁ異性に興味を持つのは構いませんけれど、節度を持ってくださいまし!」

 

 シャルロット、簪、セシリアにジト目で睨まれた俺は見苦しい言い訳すら出来なかった。簪に至っては自分の胸に手を当て、まるで親の仇でも見るかのようだ。

 

「そこまでだ」

「ちーちゃんのおっぱいはどのくらい育ったのかなぁ?」

「死ね」

 

 標的を再度、織斑先生に戻そうとしたところで逆に蹴り飛ばされてしまった。そのまま砂浜にダイブする篠ノ之束の姿は、知らない人が見たら芸人が体張ったギャグをやってるようにしか見えないだろう。

 

「はぁ……それで、頼んでおいたものは?」

「ふっふっふ、それなら心配いらないよ……」

 

 呆れた風に溜息を吐き、箒は事前にしていたらしい頼み事について尋ねる。

 すると、篠ノ之束はゾンビのようにゆっくり起き上り、不気味に笑いながら豪快にポーズを決めつつ天を指差した。

 つくづく不思議なんだか、コイツ等は本当に血の繋がった姉妹なのか?

 

「さぁ! 天を見よ!」

 

 その瞬間、篠ノ之束が指さした遥か上空の彼方から謎の金属の塊が振ってきた。

 それは轟音を響かせながら砂浜に着地し、面の一つがひとりでに開いた。中には、見慣れぬISらしきシルエットが収まっている。

 

「本邦初公開! これこそ、箒ちゃんの専用機! その名も"紅椿(あかつばき)"!」

 

 篠ノ之束の紹介と同時に、金属の箱内部に設置されていたアームによって紅いISが外へと運ばれる。

 これが箒の専用機。なるほどな、頼んでおいたもの……。

 

「さぁ箒ちゃん! 早速フィッティングとパーソナライズを済ませよう! あ、紅椿の性能は現行のIS全てを上回るから安心していいよ!」

「……お願いします」

 

 全ISを上回るスペック。そんなものが簡単に出てくる辺り、世界的な大天才にしてISの母という肩書に偽りはないということだな。

 篠ノ之束の操作によって紅椿の装甲が開き、乗り込みやすい高さまで姿勢を落とす。

 

「箒ちゃんのデータはあらかじめ入れてあるから、後は最新のデータに更新するだけ! あと、近接用をベースにした万能型に仕上げてあるからどんな戦い方でもオッケー!」

「それはどうも」

 

 ベラベラと話しながら、手は口の倍のスピードで動いている。そんな騒がしい姉に対し、妹は微動だにせず一言返すのみ。

 本当に、この2人の間には深い亀裂があるようだ。別に立ち入るつもりもないが、空気が変に重い。

 

「あの専用機、本当に篠ノ之さんが貰えるの?」

「ちょっと不公平じゃない? 実力も大してあるわけでもないのに」

 

 目の前で最新型の専用機を、開発者が身内というだけで貰える。そのことに不満は少なからず出る。まぁ、そりゃそうだ。

 

「おや? 歴史に疎い子がいるね。人類史ではいつだって平等だったことなんてないよ。持つ者が富み持たざる者が飢える。たったそれだけでしょ?」

 

 ところが、そんな不満の声すら篠ノ之束は片手間に封殺する。論破されてしまった女子達は何も言えず、そのまま作業へと戻った。

 世界はいつでも不平等だ。権力を持つ者が持たないものを見下す。だからこそ、力が欲しいんじゃないか。

 

「あとは自動調整に任せれば終わりだよ。あ、いっくんお久ー。早速だけど白式見せて」

「はぁ、いいですけど」

 

 サッと作業を終わらせ、篠ノ之束は一夏の方へ向き直る。

 まだ誰も本来のテスト運用を始められてすらいないのに、篠ノ之束は最新機のフィッティングとパーソナライズを終えてしまった。まだ短時間だというのに、何度も相手が天才であることを思い知らされる。

 

「あ、あの!」

 

 一夏が白式を差し出すと、第三者の呼びかける声が。

 

「篠ノ之博士の御高名は兼がね承っております。もしよろしければ、わたくしのISを見て頂けないでしょうか!?」

 

 声の主、セシリアはやや緊張しながら篠ノ之束に頭を下げる。

 相手はISの開発者。世界的に名の知れた有名人に自分の専用機を見てもらいたいと思うのは不思議ではない。

 

「は? 誰だ君」

 

 だが、篠ノ之束はさっきまでの朗らかな態度とは一変させ、まるで害虫でも見るかのように冷たい視線を向けた。

 

「今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんとの感動の再会シーンなんだよ。君みたいな知らない奴がのこのこ話しかけていい場面じゃないんだよ。邪魔なんだよ」

「あ、あの」

「うるさいんだよ、いつまでいるんだよ。あっちいけよ」

 

 篠ノ之束は次々と拒絶の言葉を並べ、セシリアを追い返す。知らない人間に対してはこうも冷たいのか、この女は。

 尊敬の眼差しを向けていたセシリアも、対象に悉く拒絶されてしまいショックを隠し切れない。相手は世界的天才であると同時に、世界的危険人物。不用意に近付こうとするからこうなるんだ。

 

「ん?」

「凌斗……」

 

 篠ノ之束とセシリアの間に割って入る。一夏が首を横に振るが、別にこれから喧嘩をするつもりではない。

 

「失礼した」

 

 そう告げ、俺はセシリアを連れてその場を去った。誰かしらフォローしなければ、セシリアが去るまであの女は口撃を止めなかっただろう。

 

 

「あれが蒼騎凌斗、か」

 

 

 篠ノ之束がボソッと何かを呟いたようだが、俺には聞こえなかった。

 

「すみません、凌斗さん……」

「この程度でへこたれるな。みっともない」

 

 まだ立ち直れないセシリアと共に、俺は自分の作業を再開させる。

 篠ノ之束の方は金髪がどーだの、いっくんや箒ちゃん、ちーちゃん以外はどうでもいいだのとグチグチ言ってるようだが。

 知らない相手に対しあそこまで偏屈だと、さっきの山田先生へのボディタッチは何だったのかとは思うが。

 

「ああいう偏屈な奴は、気に入らないな」

「え?」

 

 俺が呟くと、セシリアはギョッと驚いた風にこちらを見る。

 何だ。その「お前が言うな」と言いたげな反応は。

 

「たたた、大変です! 織斑先生!」

 

 その時、山田先生がさっき以上の慌てぶりで織斑先生の方へ向かってきた。

 

「どうした?」

「こ、これを!」

 

 山田先生の持った小型端末を見た織斑先生も顔を強張らせる。何かとんでもない事件が起きたようだ。

 穏やかじゃない雰囲気に他の生徒達も気付く。すると、織斑先生たちはハンドサインでやり取りを始め、情報漏れを防ぎ始めた。

 

「で、では! 私は他の先生達に知らせます!」

「分かった。全員注目! 特殊事例につき本日のテストは中止! 各班はISを片付けて旅館に戻れ。それから先、指示があるまでは室内待機だ。いいな!」

 

 やり取りが終わると山田先生は慌てて旅館に戻り、織斑先生が号令をかける。

 これから始めようって時に突然の中止。不穏な空気に周囲が騒めき始める。

 

「喧しい! 以後、外に出たものは身柄を拘束する! さっさと動け!」

「は、はい!」

 

 今回ばかりは織斑先生も急を要するのか、脅迫染みた命令を下す。

 気迫に押された女子達はテキパキと片付け始め、旅館へと帰っていった。

 

「専用機持ちは集合しろ! 蒼騎、織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識! それと篠ノ之もだ!」

 

 その中で、俺達だけが直々に呼び出された。今さっき、専用機を貰ったばかりの箒を含めて、だ。

 今までだと巻き込まれない限りは専用機持ちすら関わらせなかったはずだが、今回はそういう訳にもいかないようだ。

 緊迫したムードに包まれる中で、俺は見た。

 

「……ふふっ」

 

 篠ノ之束は小さく、不気味に笑っているのを。

 その視線は明らかに俺の方を向いていたことを。



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第23話 現れたモノは己を否定する鏡なのか

 旅館の奥にある宴会用の大座敷・風花の間に呼び出された俺達へ告げられた事情は、想像以上の非常事態だった。

 今から2時間前、ハワイ沖で試験稼働中だった(アメリカ)(イスラエル)共同開発の軍用IS"銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)"が暴走。管理下を離れ、今なお海上を飛行中とのことだ。そして、衛星カメラの追跡による移動ルートを割り出した結果、ここから2キロ先の海域を通過することが判明した。

 

 つまりは、たまたま近くにいた俺達で暴走中の第三世代機を止めろ、ということだ。

 軍用機が相手ということもあり、代表候補生達はいつになく真剣な面持ちを見せる。

 

「では、これから作戦会議を始める。意見がある者は?」

「はい。目標の詳細データを要求します」

 

 手を挙げたセシリアの言う通り、対処しろというからにはまず敵のことを知らないといけない。

 しかし、相手は二ヶ国が共同開発した軍用機。機密情報ということもあり、閲覧する前に情報漏洩しないという誓約書にサインさせられる羽目になった。これを破ると、査問委員会による裁判と二年の監視が付く。

 

「な、なぁ凌斗。鈴達の会話について行けるか?」

「……いや」

 

 スペックデータを受け取ってから、代表候補生達は瞬く間に分析を始める。ISに対する知識量の差がここで明確になるな。

 対する俺と一夏、箒はその会話に入ることが出来なかった。情けない話だ。

 

「が、自分で分かる範囲で情報を頭の中に入れて置け。ここで置いてかれるようじゃ、前に進めない」

 

 俺はいつかこの場にいる誰よりも強くならなきゃいけない。この程度の事態にも対処出来なくてどうする。

 銀の福音は、広域殲滅を目的とした特殊射撃型だ。攻撃と機動の両方に特化した上、特殊兵装による射撃で近付くことすら困難。加えて、格闘戦のスペックは不明……。

 

「偵察は出来ないんですか?」

「無理だ。目標は今も超音速で移動を続けている。こちらからのアプローチも、恐らく一度が限度だ」

 

 銀の福音を討ち取るチャンスは一度きり。加えて、奴に接触する為に高速で移動しなければならない。

 

「となると、一発で仕留める超攻撃力が必要だね」

 

 この中でISを一発で仕留められるような攻撃を繰り出せる奴。そんなの、一人しかいない。

 

「お、俺?」

「アンタの零落白夜しかないでしょ。チャンスは一回こっきりなんだし」

 

 鈴の言う通り、一夏の白式が持つ零落白夜なら銀の福音がどんな強固なバリアを持っていたとしても破ることが出来る。

 ただし、それ相応のエネルギーを消費するので、移動に使う分のエネルギーが持たない。

 

「……彼を運ぶ役も必要」

「この中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

 残念だが、俺のシアン・バロンはパッケージがまだ用意されていない。

 パッケージというのは追加武装だけでなく、追加アーマーやスラスターなどの装備一式のことを差す。活動用途によって様々な種類があり、中には高機動用のパッケージもあるそうだ。

 が、俺のは急ピッチで作られた挙げ句、特殊兵装をスッパリ削ぎ落として仕様変更までした所為で今回の臨海学校までにパッケージの製造が間に合わなかったのだ。

 

「わたくしのブルー・ティアーズでしたら、強襲用高機動パッケージ"ストライク・ガンナー"が送られていますし、超好感度ハイパーセンサーもついています」

「超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

 

 この中ではセシリアが一番適任のようだな。悔しいが、今回は俺の出番はなさそうだ。

 時間があまりないこともあり、織斑先生もセシリアに任せようとした──その時だった。

 

 

「ちょーっと待った!」

 

 

 大声と共に、天井裏から華麗に降りてくる人影。その様はまるで忍者のようだが、姿格好はそれとは程遠いほどファンシーで目立つものだった。

 天井からやってきた人物、篠ノ之束は一段落付こうとしてた会議に水を差すかのように現れた。

 

「この束さんにはもーっといい作戦があるのだよ!」

「邪魔だ」

 

 訂正、水を差しに現れたらしい。

 しかし、織斑先生には篠ノ之束の話を聞く気はなく、即座に頭を掴んで部屋から引き摺り出そうとした。

 

「いだだだだ! こ、ここは紅椿の出番なんだってば!」

「何?」

 

 紅椿の名が出た瞬間、織斑先生の反応が変わる。その際に力が緩んだのか、篠ノ之束は織斑先生の手から脱出して数枚のディスプレイを出現させた。

 ディスプレイに記載されているデータは全て紅椿のものだ。が、そのスペックはデタラメもいいところだった。

 

「紅椿はパッケージなんてなくても、展開装甲を調整さえすれば超高速機動が出せるんだよ!」

 

 いつの間にかメインディスプレイも乗っ取られ、紅椿の説明がなされる。

 パッケージの換装を必要とせず、本当に装甲の一部を組み替えるだけで高機動形態になれるというのか。

 これまでのどの第三世代型でさえ、パッケージによってようやく活動の多極化が出来るようになったというのに。この天才が作ったものはそれをも上回るのか。

 

「あ、展開装甲っていうのは第四世代型ISの装備のことね」

「第四世代!?」

 

 俺の思考でも読んでいるかのように、篠ノ之束は第四世代型の存在を認める。

 ただこうもあっけらかんと言われると、この場にいる全員が口を揃えて驚くのも無理はない。状況が分かっていない一夏を除いては、だが。

 

「はーい、じゃあよく分かってないいっくんの為に優しい束さんが特別授業~! まず、ISには世代というものがあるのは知ってるよね? 第一世代は『ISの完成』そのものが目的の機体で、第二世代が『後付武装による多様化』、そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵装の実装』。じゃあその次の第四世代はっていうと『パッケージ換装を必要としない万能機』という現在じゃ空想上の産物って訳。はい、理解出来ましたかー? 先生は賢い子が好きです」

「は、はぁ……えーと……? 確か、各国が今やっと第三世代の試験機を作れるようになった段階だよな? それで第四って、えぇ!?」

 

 やっと今ここにある第四世代機の異常さに気付き、一夏は数瞬前の俺達と同じような反応をする。

 この女、たった一人で各国のどの技術すらも上回ったってことだ。それも一学年下の生徒が必死にやってる算数ドリルを簡単に解いて終わらせるかのように。

 

「そうそう、いっくんが持ってる白式の雪片弐型にも展開装甲が搭載されてまーす。試しに突っ込んだものだけど」

 

 ついでのように明かされる事実に、俺達はもう言葉も失って驚くしかなかった。確かに、零落白夜発動時に雪片弐型は装甲を展開するが、あれが第四世代相当の技術だったとは。

 ということは、白式も半分は第四世代と言って差し支えないだろう。

 

「それが上手く行ったので、紅椿には全身のアーマーが展開装甲になってまーす。しかも攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能な発展型だよ。これぞ、第四世代型の目標である即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)って奴だね。いえーい!」

 

 即ち、紅椿も雪片弐型も世界各国が金と時間と人材の全てを次ぎ込んで競い合っている技術をあざ笑うかのような存在だということだ。

 この話を聞いているのが俺達だけでよかったというべきか。この女が全国で指名手配される理由が嫌という程よく分かる。

 

「……束、紅椿の調整にはどれくらいかかる?」

「織斑先生!?」

 

 織斑先生の質問に声を上げたのは、さっきまで作戦に参加するはずだったセシリアだ。

 

「ではオルコット、そのパッケージの量子変換(インストール)は済んでいるのか?」

「それは……まだ、です」

「紅椿の調整は七分あれば余裕で終わるよ~」

 

 パッケージの量子変換は確実に十分以上はかかる。それに引き換え、展開装甲の調整は開発者直々に行うこともあってかすぐに終わるようだ。

 急な作戦変更に憤っていたセシリアは痛いところを突かれて勢いを失い、逆に篠ノ之束は追い打ちを掛けるように余裕綽々と言った態度で応える。

 

「本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜とする。作戦開始は30分後。各員、準備に取り掛かれ。手の空いている者は手伝える範囲で行動しろ」

 

 織斑先生の号令で教師陣が一斉に行動を開始する。篠ノ之束も箒を連れて紅椿の調整を始めたようだ。

 

「織斑先生。俺とセシリアも一夏達に同行してもよろしいでしょうか」

「何?」

「凌斗さん!?」

 

 俺の提案に織斑先生が眉を顰め、セシリアが目を丸くする。

 これは電撃作戦だ。少ない人数で、素早く、確実に行動した方が良いのは承知している。

 

「一夏が仕留める確実性を増すために、近接戦闘要員がもう一人いた方が良いと思います」

「つまり、陽動か?」

「はい。が、この中で高機動パッケージを持っているのは遠距離専門のセシリアのみ。なら、機体重量が軽く格闘戦特化の俺がこの役に相応しいかと」

 

 セシリアに陽動役の俺を運んでもらい、俺が先に奇襲をかける。その隙を突いて、一夏が零落白夜を叩き込めば終わる。

 一夏が一人で突っ込んで零落白夜を当てるよりもずっと確実性があるはずだ。

 

「……分かった。蒼騎、オルコットの両名も出撃させる。遅れずに準備をしておけ」

「はい!」

 

 先程は時間を取って篠ノ之束の案を採用したが、ここで打ち漏らすようなことがあってはならない。

 織斑先生は俺の案も取り入れ、すぐに追加の指示を下した。

 

「あの、凌斗さん……ありがとうございます」

「何がだ」

「わたくしのことを気遣って、陽動を引き受けてくださったのでは?」

 

 シアン・バロンのコンソールを確認していると、セシリアが礼を言ってきた。

 ……さっきは篠ノ之束に分かりやすく拒絶されて、今度は折角の作戦参加のチャンスを横取りされたもんな。不憫だとは思う。

 

「俺はただ、万が一に備えただけだ。特に、失敗する確率の高い奴に対してな」

 

 だが、それよりも俺は視線の先にいる奴──箒に警戒を向けていたのだ。

 仮に紅椿のスペックが他のどのISよりも高く、あっという間に高速機動が出せたとしても。操縦者の箒自身は超音速下での訓練はおろか、専用機に今日初めて乗る訳だ。

 かつては一夏も俺との代表決定戦の時に初めて白式に乗ったのだが、あれは相手が初心者(おれ)かつ試合だったからまだ良かった。しかし、今回は失敗の許されない重要任務。誰よりも経験の浅い箒に不安が残るのは当然だ。

 

「悔しいですが、紅椿のスペックはブルー・ティアーズ以上。箒さんのフィッティングも終えてますし、大丈夫なのでは?」

「そうだな。見た目だけなら問題はなさそうだ」

 

 フィッティングもパーソナライズも終わっている以上、訓練機よりもより箒に合った動きを紅椿はするだろう。もしかしたら、白式以上に経験をスペックで補って余りあるような結果を残すかもしれない。

 けど、俺が箒を警戒している一番の理由は箒の内面にあった。今の奴の顔は俺が初めてシアン・バロンに乗って戦った時によく似ていたのだ。

 新しい自分だけの力。とてつもない高揚感。期待。不安。それらの感情が一気に押し寄せ、胸の内で混ぜ合わされる。そういう時に人間は前後不覚に陥りやすい。

 今の箒は数ヶ月前の自分を見ているようで無性に気に入らなかった。

 

「凌斗さん?」

「ん? ああ、呼んだか?」

「ええ。作戦行動時の打ち合わせをしようかと……大丈夫ですの?」

 

 箒、それと篠ノ之束への警戒を強め過ぎたあまり、前後不覚に陥っていたのは俺の方だったようだ。

 セシリアに余計な心配までかけてしまうとは。

 

「悪かった。問題はない」

「そうですの? それならよろしいんですけど」

 

 俺は心を無理矢理落ち着かせ、セシリアや一夏との打ち合わせを始めた。

 

 自身の中のドス黒い感情に、この時は気付かないフリをしながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 作戦開始時刻の十一時半となり、俺達は目標のいる海域の方へ並んで立っていた。

 

「いいか、箒。これは訓練じゃない。十分に注意を――」

「無論、分かっている。心配するな、お前はちゃんと私が運んでやる。大船に乗って気でいればいいさ」

 

 相変わらず、箒は浮かれたまま何処か楽しそうに一夏と話す。

 

「確かに箒さん、ちょっと危ないですわね」

 

 セシリアや一夏でも、浮ついた箒に気付き警戒している。気付かないのは本人だけ、か。

 そこへ、風花の間にいる織斑先生からオープン・チャネルで通信が来る。

 

〔全員、聞こえるか? 今回の作戦は一撃必殺、短時間での決着を心掛けろ〕

「了解」

「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートに回ります」

 

 各自で応答するが、箒だけは弾んだ声で指示を仰ぐ。

 

〔ん、そうだな。だがあまり無理をするな。お前はその機体での実戦経験は皆無だ。万が一の時のためにオルコットや蒼騎もいるのだからな〕

「分かりました。ですが、凌斗達の出番の方がないかもしれません」

 

 ほう、言うようになったじゃないか。

 あまりにも自信過剰な箒の発言に、癇に障ったセシリアを俺が抑える。

 

「まぁ、待て。今の奴には何を言っても無駄だ」

「凌斗さん、ですが……」

「さっきも先生が言ってたろう。何のために俺達も一緒に出るのか」

 

 自惚れた奴には現実を突き付けてやる方が早い。

 一夏だけならまだしも、俺達までいるんだ。一人ぐらいのミスで作戦失敗にしてたまるか。

 

〔では、始め!〕

 

 少し一夏とプライベート・チャネル話してたようだったが、すぐに切り替わり号令がかかる。

 一足先に箒と一夏が飛び立つ。そのスピードはISの瞬時加速と同等以上で、すぐに遥か上空まで到達してしまう。

 

「セシリア、頼むぞ」

「ええ、しっかりと捕まってくださいまし」

 

 何か意図を含んだような発言だったが、ストライク・ガンナーの加速による衝撃でそんなことを考える余裕はなかった。

 流石、高機動パックと言うだけあって紅椿にも負けない速度で飛行している。

 

「情報称号完了。目標の位置を確認しましたわ、凌斗さん」

「よし、遅れをとるなよ」

 

 衛星カメラからの情報により銀の福音を位置を掴んだセシリアは一気に加速を上げる。前にいる紅椿も同様に速度を増し、目標へ向かって行く。

 しかし、高機動パッケージとしてあらかじめ作られたストライク・ガンナーはともかく、紅椿は一体何処からあれほどのエネルギーを出しているんだ?

 

「凌斗さん!」

 

 その時、セシリアの呼びかけと同時にブルー・ティアーズが旋回する。

 数瞬後には、俺達が進んでいた軌道上に()()()()()()()()()()()()が割り込んでくるのが見えた。少しでも回避が遅れたら、大ダメージは免れなかっただろう。

 

〔セシリア! 凌斗!〕

「無事だ。それより、お前等は目標の下へ行け!」

 

 動きが止まった俺達に一夏がオープン・チャネルで呼びかける。

 だが、一夏には銀の福音というすぐにでも仕留めなければならない敵がいる。俺達に気を取られている暇はないはずだ。

 

「それより、今のは――」

 

 俺達を襲ってきたものは、俺の持つ弓型の武装ヒュドラから放たれる矢によく似ていた。

 あれは他の企業が作ったものだから、どのISが持っていてもおかしくはない。

 しかし、矢が飛んできた方を見た俺は思わず目を見開いて絶句した。

 

 

「あれは……黒い、シアン・バロン……?」

 

 

 セシリアの言う通り、襲撃してきたISは全てのカラーリングが黒いこと以外は俺のシアン・バロンと瓜二つだった。

 以前学園を襲った無人機のように全身装甲(フルスキン)で、誰が操縦者なのかは分からない。

 だが、それ以上に専用機のISの情報は国家機密レベルで秘匿されている。イギリスから情報が流出でもしない限り、もう一機のシアン・バロンを作ることは不可能だ。

 

「何だ、お前は……」

 

 鏡映しになったような相手に、俺の感情はマグマのように煮えたぎっていく。

 何故、こんな時に()が敵として現れるんだ。

 未だに自分自身(アイデンティティ)を得られない俺の前に、どうしてこんな奴が出てくるんだ。

 

「貴様は一体何なんだ!! 答えろぉぉぉっ!!」

 

 右手にヒュドラを展開し、リムのエネルギー刃で切りかかる。黒いISは俺と同じようにヒュドラの刃で攻撃を受け止めた。

 相手の表情はまるで分らないが、それが却って自分自身と戦っているような錯覚を感じさせる。

 

「凌斗さん、下がって!」

「手を出すなセシリア! お前は一夏達のところへ行け!」

 

 慌てて銃を構え援護しようとするセシリア。だが、俺には邪魔としか思えなかった。

 俺と同じ姿をした奴が俺の下に現れた。それだけで、これは俺への挑戦だということが分かっていた。

 

「ですが!」

「行け! これは俺一人の問題だ!」

 

 銀の福音は一夏の零落白夜さえ当てれば勝機がある。あとは、箒が失態を犯さなければいい。

 ここで俺一人だけが抜けても、作戦遂行に何の支障もないのだ。

 

「……お気をつけて」

 

 そう言い残し、セシリアは一夏達の後を追う。同時に、俺は全ての回線を切った。

 これで織斑先生からの邪魔もされない。

 

「後でどうこう言われても関係ない」

 

 ヒュドラを収納し、スペリオルランサーを新たに展開。すると、相手も同じくスペリオルランサーを取り出してきた。

 ここまで、俺と敵は同じ動きしかしていない。

 

「相手にどんな考えがあるかも、今はどうでもいい」

 

 今、俺にこんな戦いを仕掛けてくる奴なんておおよその見当は付く。

 あの不気味な兎が何考えてるのかは知らないがな。

 

「俺は、俺に負けるようなことがあってはならない!!」

 

 全く同じ姿勢のまま突撃していく俺達。槍同士がぶつかり合い、同じ姿をしたIS二機が睨み合う。

 晴天の空を背に蒼と黒の軌道は幾度となく交錯し、火花を散らしていく。

 

「この、偽物がぁ!!」

 

 デカい得物同士では埒が明かず、俺はレイピア"スーパーノヴァ"を取り出す。当然のように相手もスーパーノヴァの同型を取り出し、刃を交差させる。

 距離が近付いた瞬間、敵は遂に何か言葉を発した。

 

「……お前は、何者でもない」

「なっ!?」

 

 エフェクトの掛かったボイスでハッキリと告げられ、俺は一瞬動揺を露わにしてしまう。

 艶がかかった奴の黒い頭部に歪んで映るのは、向かい合っている俺の顔。

 

「自分自身にも敗けるお前は、何者にもなれない」

 

 周囲の誰もが前へ進んでいく。俺だけが進むことすら出来ないまま。

 一夏も、セシリアも、鈴も、シャルロットも、簪も、ラウラも。箒ですら。

 

「ただの目障りな弱者は、ここで消えていけ」

 

 奴のレイピアが俺のスーパーノヴァを弾く。

 気付けば、左手にヒュドラを握り、相手は俺を切り裂いていた。エネルギーが減り、アラートが鳴り響くも俺は自分の中の絶望のせいでどうすることも出来ない。

 

「俺は」

 

 誰にも負けない、最強の力を手に入れる。そして、全世界が認めた唯一無二たる俺の存在を確かめる。それだけを目標に、俺は第二の人生を歩んできた。

 

 だが、俺は負け続けた。

 

 シャルロットにも。

 

 ラウラにも。

 

 そして、()()()にも。

 

 

「俺は一体、何なんだ」

 

 

 黒い敵(おれ)の最後の一撃を受け、惨めな弱者(おれ)は遥か下の水面へと沈んでいった。

 

 最早全てを見失った抜け殻のような意識も、暗い海底に呑まれ――。



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第24話 彼の居場所は何処か

 酷く曇った灰色の空。

 厚い雲の下では、今日も人々が忙しなく行き交う。

 残業続きで疲れ切った顔のサラリーマン、友人達と駄弁る女子中学生、子を保育園に預けてパートへ向かう母親。

 

 その群衆の中に「俺」はいた。

 学生服を身に纏い、無表情なままスマホのニュースを眺める。

 不自由なものは特にない。金持ちということではないが衣食住に困らず、一般的な生活を続けられる。こうしてスマホを使ったり、家にはパソコンやゲームだってある。

 両親からは愛されている……んだろう。最近は家で顔を合わせることも少なく特に会話らしい会話もしていないが、虐待やネグレクトという目にも合わない。

 よく漫画やラノベで語られるようなキャラクターの環境と比べれば十分幸せな方なんだろう。

 

 だからこそ、「俺」は特に何も考えずに生きてきた。

 退屈に慣れ切った「俺」はレールの上で流されることを良しとした。その方が頭を使わずに済んで楽だし、事件に巻き込まれることもない。傷付くことも、傷付けられることもない。

 別に今日明日に死ぬわけでもあるまいし。

 

 ああ、ここで「俺」が何をしなくとも世界はゆっくりと回り続けるのだ。無理に何かになる必要なんてなかったんだ。

 

「…………?」

 

 ベチャ、と目の前で赤い果実が落ちる。衝撃で潰れて傷んだ部分はあるが、それ以外はまだ食べられそうだ。

 誰かが落としたのだろうか。勿体ないとは思うが、拾おうとは思わない。どうせこれはゴミになり、虫の餌にでもなるだけだ。

 「俺」は落ちたリンゴを一瞥して、そのまま通り過ぎた。

 

 

◇◆◇

 

 

「凌斗さん!? 凌斗さん!」

 

 シアン・バロンのシグナルがロストし、セシリアが必死に呼びかける。

 だが、反応は帰ってこない。海上でセンサーから消失したということは、凌斗自身も海の藻屑と消えたことと同義なのだ。

 それでも、凌斗の死を受け入れられないセシリアは何度でも呼びかけた。

 

「返事をしてください! 凌斗さん!」

 

 そこへ、銀の福音の射撃が邪魔をする。

 背中にある巨大な翼。スラスターの役割も果たしているそれこそが福音の主武装である。展開した装甲の中には砲口がいくつもあり、高密度のエネルギー弾が一斉に放たれる。

 まるで羽根を撒いて飛翔する銀色の天使のようだが、見た目とは裏腹に相当危険な武装であった。

 

「くっ!」

 

 急旋回して躱すセシリアだが、エネルギー弾は自動で追尾してくる。おまけに、触れれば爆発するという厄介な代物でもある。

 通常時のブルー・ティアーズならビットの射撃で掻き消せるが、今は高機動パッケージ"ストライク・ガンナー"のスラスターとなっているため使えない。

 

「このぉっ!」

 

 飛行し続ける福音を箒の二刀流が攻める。加えて腕の装甲が開き、エネルギー刃を自動で射出する。

 鍛え上げられた剣の実力と展開装甲による自在な戦法に、飛び回り続けていた銀の福音もついに防御姿勢を取った。

 

「よし!」

 

 僅かに出来た隙を狙って、一夏が零落白夜の特攻を仕掛けようとする。しかし、福音は高い機械音と共にスラスターの砲口を全て開いた。

 視認出来る全ての敵への一斉掃射。その光弾の雨を三機は回避していく。

 

「だが、行ける! 私の紅椿ならっ!」

 

 躱し切った箒が福音を再び押さえつける。これでまた隙が出来た。

 この時、箒の思考に僅かな驕りが生まれていた。

 

 目の前の敵は大したことがないのではないか。

 相手は第三世代。第四世代の紅椿の敵ではない。

 このまま、自分が倒してしまえば、きっと一夏(アイツ)も自分を見直すだろう。

 

「私なら、コイツにっ!」

 

 欲に目が眩んだ箒は押さえておいた二本の刀"空裂(からわれ)"、"雨月(あまづき)"を振り切り、更に追撃を続けた。

 紅椿の機動性ならば、例え福音が逃げようとしてもすぐに追い付ける。いくら引き離されようと、間合いを詰めながら箒は福音を追い詰めていった。

 

「深追いするな! あとは俺がやる!」

「任せて置け一夏! この程度の敵、私が!」

 

 作戦のことすらも忘れ、箒は与えられた力を楽しむ。心配が現実のものとなり、一夏はこれ以上余計なことが起きないよう福音を仕留めに行く。

 が、ツケはすぐに回ってきた。

 

「なっ!?」

 

 福音がせめてもの反撃に箒の手から刀を叩き落とす。落ちた雨月は海に吸われることなく、空中で粒子となって消えた。

 続いて箒が握っている空裂も光の粒子となる。これは、具現維持限界(リミット・ダウン)──つまりエネルギー切れを示していた。

 長距離の音速飛行に加え、高機動による猛攻。いかに第四世代のISとはいえ、エネルギーの消耗が激し過ぎたのだ。

 

「箒っ!」

 

 エネルギー切れのISの装甲は脆い。そして、今はIS学園の訓練ではなく実戦だ。

 あの弾丸の雨を受ければ一溜まりもない。

 

「あ――」

 

 容赦のない光弾が炸裂し、青空に似合わない爆煙が上がる。

 紅椿はまだ健在だった。攻撃を浴びたと思った箒は、敵の攻撃ではない何かに包まれていることに気付く。

 

「あ、ああ……」

 

 光弾を受ける寸前で一夏が割って入り、箒を庇うように抱き締めていたのだ。

 しかし、一夏のダメージは無視出来ないほど大きかった。箒側からは見えないが、白式のアーマーは無残にも破壊され、背中は熱で焼け焦げていた。

 

「い、一夏ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 箒の叫びが空に木霊する。

 一夏は箒が無事なことを確認すると、がくりと気を失った。

 しかし、福音は未だ健在である。すぐにウイングスラスターから次の攻撃が繰り出されようとする。

 

「一夏さん! 箒さん!」

 

 福音の背中を一発のレーザーが焼く。

 一瞬バランスを崩したことで発射タイミングがズレてしまった。その隙を狙い、セシリアは箒と一夏を掴んでその場から一気に離脱した。

 

「セシリア!? 一夏が、一夏が!」

「今は逃げることを考えなさい!」

 

 自分のせいで一夏が瀕死になり、戦意を喪失した箒をセシリアが一喝する。

 音速飛行で逃げる敵を、福音も追う気はないようだ。最も、エネルギー効率面を機械が考えて出した結論ではあるが。

 

(凌斗さん……!)

 

 最後まで反応が返ってこなかった凌斗を思い、セシリアは目に涙を浮かべる。

 本当ならば沈んだ場所に向かって助けに行きたい。

 だが、今一夏と箒を運んで逃げられるのはセシリアだけである。その自分が、仲間を見捨てて意中の男を探しに行くことは出来ない。

 

(後で必ず、探しに行きますから!)

 

 女の涙も、一人の男も深く飲み込んだ青い海は、変わらず穏やかに水平線を揺らしていた。

 

 

 

 遠い海岸線を見つめる束。その表情は普段のにこやかさとは裏腹に、何処かつまらなそうに冷めている。

 

「あんな出来損ないに負けるなんて拍子抜けだなー」

 

 誰かに話しかけるかのように呟くが、この場にいるのは束ただ一人。

 海に沈んだ凌斗への言葉だったが、答えるのは波の音だけだった。

 

「所詮、イレギュラーって言ってもただの人間。相手にする価値すらなかったなぁ。まぁ、死んじゃったしもうどうでもいいか」

 

 黒いシアン・バロン――"ゴーレムⅡ"に敗れた凌斗に対し、一つ一つ文句を言う束。

 期待外れもいいとこであり、不満が爆発しそうだったがすぐに切り替える。

 

「いっくん、生きてるかな?」

 

 

◇◆◇

 

 

「見ろ。あれがお前の転生前の姿だ」

 

 死んだ魚のような目で歩き続ける「俺」を、後ろで俺と黒いローブ姿の神が見ている。

 そうだ、あんなに退屈そうな人生を歩んでいたのが過去の俺だった。代わり映えのない日常は、あの事故の瞬間までは不変のものだった。

 

「今のお前じゃ考えられない程のつまらん人生。だが、今みたいに傷付くことも悩むこともなく楽に生きることが出来る」

 

 あの「俺」の生活が灰色だとしたら、蒼騎凌斗として生まれ変わってからの生活は間違いなく色鮮やかだった。

 しかし、その分苦労も多かった。自己の為、強くなるために頭を働かせ、戦いの中で幾度となく危険に晒された。

 その挙げ句の果てが――。

 

「結局、俺は何者にもなれずに死んだのか」

 

 自分自身に殺られる、憐れな末路だった。転生したところで、俺が得たものは何もなかったのだ。

 俺に、蒼騎凌斗の人生に意味はあったのか。もうそれすらも分からない。

 

 ふと、「俺」のそばを誰かが通りすがる。

 従者を従えて、周囲に尊敬されながら我が道を進むイギリス人の令嬢。

 両親に可愛がられ、甘えながら旅行を楽しむフランス人の少女。

 歳の近い姉と仲良くウィンドウショッピングをする、眼鏡をかけた日本人の女子。

 

 知っていたはずの人物達の、あり得たかもしれない現実。だが、そこに「俺」の入り込む余地はない。

 横を通り過ぎるだけで、あの眩しすぎる彼女等の一部にはなれない。

 

「そうだな。そんなお前に最後のチャンスをやろう」

 

 呆然と眺めていた俺に、神が肩を叩いて囁く。

 そして、真っ黒なローブから覗く細い指で、黙々と歩き続ける「俺」を差した。

 

「お前を元の生活に戻してやろう。あの平凡でつまらなく、安全な人生に。ここで起きたことを夢のように綺麗さっぱり忘れてな」

「……何?」

 

 本来の暮らしに戻れるのか?

 このまま蒼騎凌斗であることをやめれば、あの灰色の人生を元通り続けられる。

 

「お前は生まれ変わっても、アイデンティティを見出すことも出来なかった。なら退屈な人間のまま死んでいく方がいいんじゃないか?」

 

 ……ああ、その通りだった。

 何も為せなかった。自分を証明できるものも残せなかった。俺の居場所なんて、元々なかったんだ。

 それなら、流されるままに生きていた頃に戻ってもいいんじゃあないか。それが本来の俺自身の人生だったのだから。

 

 

「俺は」

 

 

◇◆◇

 

 

『作戦は失敗だ。以降、状況に変化があれば招集する。それまでは現状待機だ』

 

 戻ってきたセシリア達を迎えたのは、千冬の事務的な言葉だった。

 千冬はボロボロになった一夏の手当てを他の教師に任せ、作戦室に戻ろうとする。セシリアがそれを引き留めた。

 

「待ってください。凌斗さんはまだ見つかってません」

「……蒼騎を探している時間はない」

「ですが!」

「話は以上だ」

 

 千冬はそれ以上聞く耳を持たず、作戦室の戸を閉めた。

 後に残されたのはセシリアと箒のみ。

 

「私は……結局何も変わらないのだな」

 

 箒は自嘲的に呟く。

 憂さ晴らしで力を振るった時のように、今度も優越感に浸り驕り昂ったまま力に浸った。

 しかも、その所為で恋い焦がれた人を死に目に追いやってしまったのだ。

 

「……何処へ行く」

 

 そんな箒とは逆に、セシリアは踵を返して表に出ようとする。

 

「決まってます。凌斗さんを探しに行きますわ」

「待機だと言われただろう」

「待機中にどうしろとは言われてません」

 

 覇気を失った箒とは違い、セシリアの瞳には落胆も絶望もなかった。

 あるのは凌斗の生存を信じ、助けて見せるという意思のみ。

 

「箒さんこそ、このまま終わってもよろしくて?」

「私は……」

 

 意気消沈したままの箒をキツく見据え、セシリアはハッキリと言葉を発する。

 

「あなたにとっての強さは何ですの? 貸し借りの出来るただの道具? それとも欲しいものを手に入れるだけの手段?」

「そ、それは……」

「以前、凌斗さんにそう言われてましたわね」

 

 学年別トーナメントにおいて、箒が凌斗にペアを組むよう頼んだ際に言われたことを今度はセシリアに投げかけられる。

 あの時、保健室にいたセシリアにも聞かれていたようだ。

 

「姉である篠ノ之博士に頼んで、そうまでして手に入れた力で何がしたかったんです? こんな無様な思いをするため?」

「違う! 私は……」

「……どうするかはあなたの勝手。ですが、わたくしの邪魔はしないでくださる?」

 

 厳しい言葉を残し、セシリアはその場を後にする。呆然としたままの箒は虚ろな表情で一夏の眠る部屋へ歩を進めた。

 ふと、セシリアが廊下の角を見ると、鈴音が壁に背を預けたまま一部始終を聞いていた。

 

「あと、お任せしてもよろしいかしら?」

「はぁー、しょうがないわね。シャルロットと簪が探してるから、必ず拾ってきなさいよ?」

「ええ、勿論ですわ」

 

 箒を鈴音に任せ、セシリアは浜へと走っていく。

 あの普段から強気で、鈍感で、戦うこととリンゴしか考えていない偏屈な男がそう簡単に死ぬわけがないと信じて。

 

 

◇◆◇

 

 

「な、に……?」

 

 口を開きかけた瞬間、背中や腕を引っ張られる感覚が襲った。

 気が付くと俺の意識は生前の「俺」の中にあり、服の後ろを掴んでいたのは三人の女だった。

 

 セシリア・オルコット。険悪な出会いから始まり、最初に相部屋となって、俺が初めてISの実戦をした相手。プライドの高い性格は相変わらずだが、態度は徐々に軟化していき、今では肩を並べて戦えるまで信頼出来るようになった。

 

 シャルロット・デュノア。素性を偽ってまで学園に忍び込み、正体を知った俺の怒りを買った女。だが、自分自身と向き合い、己の本当にしたいことを告げて成長した。今では、良き好敵手だ。

 

 更識簪。未完成の専用機を自分の力だけで組み立てようとしていた、無口な少女。最初は戦いたい一心で手伝ったのだが、何でも出来る姉への反骨心の強さに感銘を受け、完成した後でも交流が続いている。

 

「凌斗さん」

「凌斗」

「……凌斗」

 

 三人とも、()()()()を呼ぶ。

 

「お、俺は……」

「蒼騎凌斗さん、ですわ」

「僕達と関わって、変えてくれた蒼騎凌斗はただ一人だよ」

「貴方、だけ」

 

 セシリア、シャルロット、簪は俺をじっと見つめてあるものを差し出してきた。

 さっき道に落ちた、赤い果実。生前の「俺」にはただの食べ物でしかないが、今の俺にとっては特別なもの。

 

「……は、はは」

 

 口からは笑い声が込み上げてくるが、目からは涙が零れ落ちた。

 

 確かに()()()()はここにいたんだ。

 

 他の誰でもない――生前の「俺」でも現世の記憶を取り戻す前の蒼騎凌斗でもない――俺自身があのIS学園に存在したんだ。

 目の前にいる3人や一夏、箒、鈴、ラウラ達と過ごした日常は紛れもなく俺だけのものだったんだ。

 

「否定出来るはずもなかった」

 

 一口、リンゴを齧る。

 苦い敗北の味が口の中に広がる。

 

「負けの数なんて関係なかった」

 

 二口目を喰らう。

 酸っぱさは、苦しみと怒りの記憶を蘇らせる。

 

「今は弱くても、前に進み続ける力こそ俺の強さ!」

 

 三口目を貪る。

 その甘さは、勝利の美酒と呼ぶに相応しい。

 

「全てを含めて俺自身だったんだ。退屈な時間も、敗け続けた日々も、全てを乗り越えていける。それこそあの世界、あの場所にいた唯一無二の蒼騎凌斗(おれ)なんだ!」

 

 右耳のカフスを触る。俺が手に入れた、自分を証明する為の力。

 前世の学生の姿から元の"蒼騎凌斗"の姿に戻った俺は、シアン・バロンを展開した。蒼いISは光を放ち、薄暗い光景を吹き飛ばしていく。

 

「ほう」

 

 重苦しい灰色から白く神々しい空間に変わっていき、黒フードの神が感心した風な声を漏らす。

 セシリア達も光に消えて、この場には俺と神しかいない。あれはなんだったのだろうか。

 いや、それよりも俺にはやることがある。

 

「あの自分に戻りたくない、というのは嘘になる」

 

 俺は神に向かい合い、口を開く。

 元はと言えば、この神が俺を殺さなければ何事もなくあの生活を送れたのだ。未練が全くないという訳じゃない。

 

「だが、俺にはやり残したことがある。今の世界で最強になり、世界に俺の名前を刻みつける。そして――」

 

 セシリア、シャルロット、簪。あいつらの下に帰りたいと思う自分がいる。

 それだけでも、どちらの世界を選ぶかなんて明白だ。

 

「……なら、もう一度問おう。お前は誰だ?」

 

 最初に神に問われた質問。それをもう一度問いかけられる。

 さっきまでの俺ならば、また答えられなかっただろう。果たして俺は前世と現世、どちらの人格なのか。はたまた、全く別の誰かなのか。

 

 だが、今の俺はハッキリと答えられる。

 前世も、現世に生まれた俺の前身も、全てを含めた上で俺はここにいるんだ。

 

 

「俺は、蒼騎凌斗(あおきりょうと)。最強のIS操縦者になる男だ」

 

 

 それまで、こんなところで死んでたまるか!

 俺の模造品に負けたまま終われるか!

 

「クッ、ハハハハハハッ! まぁ合格にしてやろう!」

 

 神は高笑いしながら手をかざす。すると、俺の背後に巨大な扉が現れる。

 ここから自分で戻れ、ということなのだろうか。

 

「迷いがなくなった以上、お前はここにはもう来れないだろう。完全に死ぬまではな」

 

 神に課された課題をクリアした、ということでコイツに会うのもこれが最後になるらしい。そう何度も死にかけるのもどうかとは思うが……。

 っと、戻る前にこの神には聞きたいことがあったんだ。

 

「待て。いくつか質問に答えろ」

「……いいだろう」

 

 神はかざした手をそのままに、ゆっくりと頷いた。

 

「俺は何故ISを扱える? 転生者だからか?」

「ああ。お前の魂が世界線を超えて入り込んだ時に生まれた小さいバグの影響だ」

 

 一つ目の疑問に神はあっさりと答える。

 束の関係者である一夏はともかく、特別な生まれでもない俺がISを動かせた理由。それは世界線によるバグのようなものらしい。

 なんだ、コイツに与えられた力じゃないのか。

 

「なら二つ目だ。篠ノ之束。アイツも、転生者か?」

 

 俺の次の疑問は、世紀の天災について。

 俺に偽物をぶつけたのは十中八九あの女だ。あの偽物の前にも、IS学園を襲撃した無人機を作ったのはISの生みの親である篠ノ之束で間違いない。そして、俺を知っていたかのような素振り。怪しむなという方が無理な話だ。

 そもそも、あの異常なまでの天才ぶり。この世のものとは思えなかったが、もしも目の前にいる神の手が入っていたとしたら?

 

「いいや、違う」

 

 しかし、神は首を横に振った。

 

「篠ノ之束は、所謂あの世界が独自に溜め込んだバグの影響でああなった、お前とは別の意味での"異端者(イレギュラー)"だ」

 

 神の回答に俺は目を見開く。

 転生者ではないにしても、あのハイスペックぶりも世界の異常が招いた結果か。

 

「最後だ。何故俺を選んだ?」

「ハッ! 大した理由はないさ。別に退屈しのぎが出来れば誰を殺して生き返らせてもよかった」

 

 神は最後の質問に対し鼻で笑い飛ばす。

 

「ただ、強いて言うなら――お前が一番つまらなそうに生きていたからだ」

「そうか」

 

 不思議と怒りは湧いてこなかった。

 多分、心の何処かで退屈さを疎ましく思っていたのかもしれない。そして、この神様も退屈さを嫌っていた。だから俺が選ばれたのだろう。

 

「いい暇潰しになってくれ。神様ってのも退屈なんだ」

「ふん。精々そこで楽しんでろ。俺の生き様を」

 

 捨て台詞を吐き、俺は扉の向こうへと飛び立った。

 

 雲を突き抜けて何処までも飛び続けていく。無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)の名に相応しく、遥か彼方の高みまで。

 この力と共に、俺は上へと目指していく。

 

 それこそ、蒼騎凌斗の真の人生なのだ──。

 

 

◇◆◇

 

 

 微睡む意識の中に、波の音だけが入り込んでくる。

 次に感じたのは身体を揺らす水の動き。

 

「……ぅぐ……」

 

 気が付くと、俺は何処かの浜辺に打ち上げられていた。

 ISスーツのままだからかとても寒い。

 

「俺、は……」

 

 まだ死ねない。死んでたまるか。

 至る所が痛む身体を動かし、浜から起き上がる。

 口の中が塩辛い。海水をどれくらい飲み込んだのかも分からない。けど、まだ生きている。

 

「戻るんだ……俺の、居場所に……」

 

 無意識に右手を伸ばし、フラフラと歩き出す。

 歩みを止める訳にはいかない。今は、一刻も早くあいつらのいるところへ戻りたかった。

 

「俺自身を、見つけたんだ……!」

 

 体力が尽き、足が躓く。俺は再び浜に倒れ込んだと思った。

 だが、伸ばしていた右腕を掴まれ、身体が地に着くことはなかった。

 

「俺は……」

 

 ぼやけた視界に映るのはロングスカートと細い腕。

 ああ、漸く戻ってこれたんだ。それだけを感じ取って、俺はまた意識を手放した。



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第25話 手にした自己は限界を超える槍となるか

「まさか本当に生きてるなんて」

 

 砂浜で独りごちる篠ノ之束。その目の前にいるのは、死んだと思っていた蒼騎凌斗だった。恐らく浜に流れ着くまでISの生態維持機能が生きており、ギリギリ生き延びることが出来たのだろう、と瞬時に推測した。

 だが束がそれ以上に驚いたのは、凌斗が倒れ込む寸前まで伸ばしていた手を無意識の内に掴んでしまったことである。

 相手が目の前まで歩いてきたとはいえ、何故自分が手を取ったのか。

 

「……運がよかったね。蒼騎凌斗(イレギュラー)

 

 どうでもいいか、と考えを斬り捨てた束はヒョイと凌斗の体を持ち上げるとそのまま旅館の前まで持っていった。

 華奢な細腕の何処に高校男児を持ち上げる程の力があるのか、と傍から見た一般人なら思うだろう。

 

「今度こそ、きっちりと君自身の手で終わらせてあげるから」

 

 ニコニコと微笑む様子からはあまりにもかけ離れた冷たい声で、束は凌斗に呟く。

 

 捜索から帰ってきたセシリア達が旅館の扉の前に放置された凌斗を見つける頃には、束はまたもや姿をくらませた。

 

 

◇◆◇

 

 

「うぅ……ここ、は……?」

 

 再び目を覚ますと、木の天井が視界に入る。身体は浜に投げ出されているのではなく、柔らかな布団に包まれていた。

 布団の感触よりも先に痛みが身体中を巡ったのだが。

 

「凌斗!」

「うおおっ!?」

 

 不意に横から名前を叫ばれ、変な悲鳴をあげてしまう。

 声の主は簪だった。表情を見るとかなり焦燥としている。……心配、してたのか。

 

「……よかった、無事で」

「……易々とくたばってたまるか」

 

 普段は感情の起伏が鈍い簪が、珍しく見て分かるように安心していた。

 それだけで戻ってきた価値があるのだが、よく見ると部屋には俺と簪以外誰もいない。

 

 落ち着いて状況を振り返れば、それも納得であった。今は銀の福音討伐のための極秘任務中だ。

 俺も一夏や箒、セシリアと同行した。しかし、途中で現れた黒いシアン・バロンに似たISの襲撃を受けたのだ。

 俺はソイツに負け、自分自身を否定され、海に堕とされた。

 

「簪、福音はどうなった? 状況を教えてくれ」

「福音は健在。織斑一夏は箒を庇って撃墜、セシリアが二人を連れ帰ってきた」

 

 予想通り、箒が足を引っ張ったか。福音を討ち取るはずの一夏がやられては、作戦遂行どころではない。

 

「なら、今は作戦会議中か?」

「……残った代表候補生達が福音の討伐に出て行ったところ」

「は?」

 

 簪から告げられた信じられない報告を受け、俺は呆気に取られる。

 いくら切羽詰まってるとはいえ、織斑先生も生徒の命を預かる教師だ。そんな頭数でゴリ押す無茶な出撃を許可する訳がない。

 

「先生達には?」

「内緒」

「無断出撃か……アイツ等──つぅぅっ……!」

 

 呆れて立ち上がろうとするが、まだ体が痛む。

 けど、戦えないレベルじゃあないな。

 

「まだ動かない方が……」

「お前は、俺を看ててくれって頼まれたのか?」

「わ、私は……」

 

 他の連中が出ているのに、簪が残っている理由を尋ねる。

 

「実戦が怖かった……この子で実際に戦うのが初めてで、でもあんなに強い相手と戦うなんて……」

 

 福音がどんなに強い奴かは見ていないから分からない。

 だが、これが簪と打鉄弐式の初陣だと思うと、恐怖の方が勝るのも無理はなかった。元々、簪は臆病な方だからな。姉へのコンプレックスを抱え、人を信じられず、自分の殻に籠り続けた。

 芯こそ強いが、外へ向かうためにはまだまだ力不足だ。

 

「凌斗は怖くないの?」

「……怖くない、というのは嘘になる」

 

 痛みに軋む身体を立ち上がらせ、置いてあったシアン・バロンを右耳に付ける。

 確かに怖いさ。ここで俺が出たとして、またあの黒いISが俺を襲ってくるだろう。ソイツに負ければ、今度こそ俺は自分自身(おれ)に完全に否定される。

 

「何も出来ずにこの世界から消えていく。そんな終わり、考えるだけで恐ろしい。けど、それは()()()()()()()()にはならない」

 

 ここで指を咥えて見ているだけなら、それこそ"蒼騎凌斗"の人生を否定することになる。

 世界を変えるほど、唯一無二の存在として刻み付けるほど鮮烈に生き続けるには、こんなところで足を止めてなんていられない。

 

「凌斗……」

「今は怖いのならそれでいい。ここで俺の戦いを見ていれば、お前の進む道も見えてくるはずだ」

 

 簪が挑む相手は別にいる。学園最強という高い高い場所に。

 俺達は挑戦者という点で似た者同士だ。ならば、強者の戦いが簪に進む勇気を与えると信じよう。

 

「……気を付けて」

 

 簪のか細い声援を背に受け、俺はそっと部屋を後にした。

 

 

 

 教師の目を盗み、外へと出る。シアン・バロンは自己修復のおかげで無事に動けそうだ。

 福音の場所は衛星からの情報で分かる。今はセシリア達が交戦中だから大きくは動かないだろう。

 

「お互い、こっ酷くやられたな。一夏」

 

 黄昏色の海を臨み、俺は話しかける。

 相手はいつの間にか隣へと並んでいた一夏だった。夕陽が煌めく水平線を眺める男二人。ドラマのようなシチュエーションだが、どちらも包帯グルグル巻きで痛々しい。

 

「俺さ、夢を見たんだ。女の子と騎士が出てくる夢」

「夢?」

 

 いきなり何を、とは思ったが俺も似たようなものなので大人しく聞く。

 

「騎士に聞かれたんだよ、何のために力を欲するかって。自分のことなんだけど、不思議とハッキリ答えられたんだ」

「ほう、なんと言ったんだ?」

「仲間を守るため、だ」

 

 そういえば、初めて一夏と戦った時にこんなことを言っていたな。

 

『この力は、守られるだけの俺から誰かを守る俺になるためのものだ』

 

 まだこの考えが一夏にあるのなら、箒を庇った程度で終わるはずもないな。

 

「凌斗はどうだ? 何のために強くなろうとしてるんだ?」

「俺は世界最強になり、俺の名をこの世に刻み付ける。そのためだ」

 

 今までの俺は他者に縛られない何者かになるための力を追い続けていた。世界最強というのもアイデンティティを得るのに最も分かりやすい指標に過ぎなかった。

 だがこれから先は、蒼騎凌斗の人生の目的を成し遂げるために強くなると決めたのだ。理由はどうあれ、俺が蒼騎凌斗として自分で決めた初めての指標なのだからな。

 

「……そうか」

「俺達が目指すものは違う。だが、行かなければならないことだけは同じだ」

 

 一夏は仲間を救うこと。俺は立ちはだかる壁を砕くこと。

 傷付いた体を奮い立たせ、命を賭けるに値する戦いだ。

 

「行くぞ、一夏」

「ああ!」

 

 俺達は同時にシアン・バロンと白式を身に纏い、海の彼方へと飛び立った。

 

 

◇◆◇

 

 

 途中で一夏と別れた俺は、想定通りに現れた黒いシアン・バロンと相対する。

 この偽物の先にはあの女もいるのだろう。

 

「自らに敗けた弱者が、何をしに戻ってきた」

 

 最初の時と同じく、エフェクトの掛かったボイスで俺に呼びかける。

 この声も俺のものとそっくりに出来ている辺り凝っているな。まるで自分自身に問いかけられているような錯覚を感じる。

 

「今度は勝ちに来た」

 

 今の俺には確かな実感がある。帰るべき居場所も、目指すべき高みも俺個人のものとして落とし込むことが出来た。

 

「何者でもないお前が勝てるわけが」

「俺は蒼騎凌斗だ。お前を叩き潰して、それを証明してやる」

 

 スーパーノヴァを展開し、切っ先を黒いISに向ける。

 すると、相手も同じ動きで挑発して見せた。俺と一寸違わぬ正確すぎる動きは、やはり学園を襲撃してきた無人機を思い出させる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 蒼と黒の騎士が曲線の軌道を描きながら、何度も刃を交えていく。

 細身の剣同士がかき鳴らす金属音は、まるで激しいオーケストラの一部のようだ。

 

「何度やっても無駄だ」

 

 俺と全く同じ動きをしながら、黒いISは心を乱そうと呼びかけて来る。

 確かに、このまま戦い続けても埒が明かないだろう。いや、人間の体力と機械とでは比べ物にならない。

 1()()()1()0()()()()()()()なら、の話だがな。

 

「だぁぁっ!!」

 

 響いていた音に変化が出たのはそれからすぐのことだった。

 俺と敵の動作にも差が表れ始める。俺が剣を完全に振り抜いているのに対し、相手は若干の傾きがある。

 これは、俺の剣を振るスピードが敵よりも速くなっていることの証拠だった。刃を撃ち当てる箇所がズレてきているので、奴は勢いを殺しきることが出来ないでいたのだ。

 

「俺は常に強くなっている! 1分、1秒前の俺よりも!」

 

 奴はいわば少し前までの俺自身。なら、今の俺はそれより一歩でも先を行けるはずだ。

 

「負ける道理はないっ!!」

 

 俺の攻撃は遂に敵のレイピアの根元を捕え、刀身を砕く。

 そのまま奴の胴を突くが、散々打ち合わせた俺のレイピアの方も限界が来ており、シールドに衝撃を与えた瞬間に折れてしまった。

 すかさず、俺達は刀身の無くなった剣を捨て、今度はスペリオルランサーを展開する。

 

「まぐれだ、デタラメだ」

「いいや、真理だ!」

 

 至近距離でのランスのぶつかり合いも互角。しかし、交わす言葉からは奴の方が押され始めているように感じ取れた。

 どうやら、コイツの背後にいる奴も計算外で驚いているようだな。

 

「俺は、俺を超えて行く!」

 

 槍の穂先はさっきのレイピアよりも鈍い音を奏でさせる。

 無我夢中で得物を振り回す俺は、段々と体の内側から何かを放つような感覚に襲われつつあった。

 

 そう、もっとだ。もっと、俺の力を示せ!

 

「なっ──!?」

 

 敵の喉の奥から小さな悲鳴が聞こえた気がした。この光景を見ている側なら当然だろう。

 何せ、俺の腕が4本に増えたのだから。

 

 突如現れた腕はシアン・バロンの3つ目の武装であるヒュドラを持ち、黒いISの槍をしっかりと受け止めていた。

 勿論、俺の身体から直接生えたものではない。シアン・バロンのカラーリングのように蒼く光り輝き、付け根の部分で薄く途切れている。

 まるで、ISのエネルギーが3、4本目の腕として具現化したようだった。

 

「もらったァッ!」

 

 これが何なのかは出した俺にも分からない。けど、そんなことを気にしている余裕もない。

 俺は攻撃を受け止めていた腕を振り払い、本物の手で握っていたスペリオルランサーで敵の槍を弾き落とした。

 獲物を再び失った黒いISへ、間髪入れずに刺突を繰り返していく。正体が何だろうと、ISはIS。攻撃を喰らえばシールドエネルギーは減っていく。

 

「予測不能。計測不能。戦闘続行」

 

 急に機械染みた言葉を喋り出した敵は俺から距離を取り、最後に残った武装であるヒュドラを出してグリップを強く引く。

 敵の動きを先読みした俺がスペリオルランサーを収納すると、増えた腕は出てきた時と同様にいきなり消滅し、ヒュドラだけが落ちて来る。

 瞬時に弓を引き、構えたまま俺達は向き合う。

 

「はぁっ!!」

 

 エネルギーで構成された矢が放たれる。

 が、先に弦を離したのは相手の方だった。強力な光の奔流は途中でいくつもの矢に分散し、俺を追撃する。

 

 俺ならここで撃つだろうな、と思った通りだ。

 ヒュドラの矢を拡散して撃つ場合、着弾するまでタイムラグが発生する。その間まではエネルギーを溜めることが出来る。

 俺は後退しながら目一杯絞った弦を解放した。鏃型の発射口から放たれた光の矢は拡散することなく、速度を維持したまま黒いISの胴を捕えた。

 

「ぐぅぅっ!? お前の動きはもう予想出来る!」

 

 何せ俺の動きなのだから。こういう状況の時、俺なら拡散する矢を放つことで相手の行動を狭め、状況を立て直すことを考えたはずだ。だからこそ、隙を突いて威力の高い直線型の矢を放った。

 拡散された矢は防ぎきることは出来なかったが、数本はリム部分の刃で落とすことが出来る。

 そして、ダメージ自体は向こうの方が大きい。

 

「ここでっ!」

 

 俺達はお互いに距離を詰め、ヒュドラの刃で斬り結ぶ。

 バチバチとエネルギーが衝突し、蒼い閃光が火花と共にが散る。離れてはまたリムをぶつけ、互角の力で斬り合ったかと思えば空いた左手でグリップを引いて矢を放ち合った。

 一歩も譲らない攻防に対し、ISのエネルギーはどちらも徐々に減っていく。特に俺もシアン・バロンも完全に回復した訳じゃなく、限界が近い。

 

 その時、ヒュドラにヒビが入る音が鳴った。昼からの連戦で酷使し続けたからな。気付けば、相手のヒュドラも砕けかけていた。

 これで奴の武装はなくなった。

 

「俺にはまだこれがある!」

 

 割れて使い物にならなくなったヒュドラを捨て、最後に残ったスペリオルランサーを再び取り出す。

 敵もまた、俺と同じように構えて槍を取り出そうとするが、奴が持っていた槍は既に海の中だ。

 

「今こそ叫んでやる」

 

 スラスターを一気に加速させ、俺は敵の懐目掛けて突っ込んでいく。

 構えたランスは一切ぶれることなく、俺の生き様を貫き通す。今までも、これからも。

 

「俺こそが蒼騎凌斗だ! 紛い物は砕け散れぇぇぇーーーーーっ!!」

 

 速度の乗ったランスの一撃は黒いISのシールドエネルギーを瞬く間に0にし、身体の装甲をぶち破った。

 突き出た槍の先に突き刺さっていたものは人間の臓器ではなく、機械のケーブル。そして、コイツのISコアと思われる物体。

 

「ア、オキ……リョウト──」

 

 コアを穿たれた無人機はギギギ、とぎこちない動きで俺に腕を伸ばしてくる。が、すぐに活動を停止した。

 スペリオルランサーを抜き取ると、黒い残骸は重力に従って海へと墜ちていく。

 突き刺さっていたISコアも完全に砕け、破片は跡形もなく消えた。

 俺は自分自身に打ち勝ったのだ。

 

「奪い返したぞ、俺の……」

 

 勝ちを確信したその時、握っていたはずのスペリオルランサーが粒子になって消える。

 完全に修復も終わっていないシアン・バロンにも限界が訪れていた。

 俺の方も集中が切れ、全身から力が抜けていく。元々、治り切っていない重症の身だ。今の一戦が出来るほどの体力は残っていなかった。

 あぁ、今度は死ぬかもな。

 

 

「……全く、仕方のない」

 

 

 そのまま海に没しようとした瞬間、呆れかえった声と共に俺の身体は何かに支えられていた。

 水色の装甲は下半身に集中し、周囲を巨大なスラスターが2つ宙に浮いている。

 操縦者は相変わらず無表情だが、眼鏡を通してみる瞳は何処か安心したように俺を見下ろす。

 

「なんだ、来たのか」

 

 本部で待っていたはずの簪が、完成した打鉄弐式を駆って来ていたのだ。

 俺と簪、本音達で完成させた専用機はいつぞやのように墜落したりしない。……まさか、コイツに助けられるなんて思わなかったが。

 

「私も、もう逃げたくないから」

 

 強い意志を固める簪に、俺はフッと笑う。

 コイツも、立派な専用機持ちだしな。

 

「福音は?」

「あぁ、もう俺達の出番ないかもな」

「……どういうこと?」

 

 本来の標的である銀の福音。今頃は一夏が戦っている頃だろうが……心配の必要などなかった。

 

「アイツ、第二形態移行(セカンド・シフト)しやがったんだ」

 

 

◇◆◇

 

 

 銀の福音事件は思っていたよりもあっけなく幕を下ろした。

 専用機持ち達が相手をしていた福音は、白式の第二形態"雪羅(せつら)"によって討ち取られた。

 正直なところ、瀕死の重傷を受けた一夏が何故第二形態移行出来たのかはよく分かっていない。恐らくは、一夏の言っていた夢が関係してくるのだろうが。

 福音の暴走を止め、操縦者"ナターシャ・ファイルズ"も救出。これにて一件落着──。

 

「作戦完了と言いたいところだが、独自行動による命令違反の数々。貴様等、懲罰を受ける覚悟は出来ているんだろうな?」

 

 ──とはいかなかった。

 帰還した俺達を待っていたのは泣きそうになっていた山田先生と、額に青筋を立てて猛獣のようなオーラを醸し出す織斑先生だった。

 確かに勝ちはしたが、待機命令を無視した無断出撃をこの鬼教師が許すはずもなく。

 ボロボロのまま俺達は正座をさせられていたのだ。

 

「織斑先生、もうその辺で……怪我人もいることですし」

「ふん、全く……」

 

 正座の状態から約30分後、やっと山田先生から助け船が出された。

 この姿勢に慣れていないセシリアなんかもう顔が真っ青だぞ。これは暫く起ち上がれなさそうだ。

 

「じゃ、じゃあ少し休憩してから診断します。ちゃんと全身を見せて……あっ、もちろん男女別ですよ!」

 

 重い雰囲気だったからか、山田先生はいつも以上にあたふたしている。給水パックを人数分持って来たり、救急箱を持って来たり。転んでぶちまけないかと内心冷や汗ものだ。

 それより男女別、というところで周囲からキツい視線を浴びせられるが……見たいと思うほどの体力も戻ってない。

 

「……な、なんですか? 織斑先生」

 

 スポーツドリンクを飲んでいると、ふと織斑先生が一夏をジッと睨んでいることに気付く。

 一夏も居心地の悪い視線に気付いて、戦々恐々と先生に尋ねた。

 

「……まぁ、よく全員無事に戻ってきたな。ご苦労だった」

「え……」

 

 今、織斑先生が俺達を褒めた?

 すぐに背を向けたので表情は分からないが、あの視線はどう言葉をかけるべきか悩んでいたものなのだろう。

 そう思うと、なんだかこちらもムズ痒くなってしまう。

 

「やったな、凌斗」

「……ああ」

 

 俺は己を取り戻し、一夏は仲間を守ることが出来た。

 今回の戦いにおけるそれぞれの目標は達成したんだ。俺達は勝利を祝うよう、どちらからともなく軽く拳を打ち合わせた。

 

 

 

 今回の詳細をクラスの誰にも打ち明けることもなく、平和な臨海学校の一時に戻ってきた。

 その夜、俺は一人で海岸沿いを歩いていた。静かな波の音が、あの神とのやり取りを思い出させる。

 

「"異端者(イレギュラー)"、か」

 

 俺の存在はこの世界にとっての異端者。だからこそ、男の身でISを操ることが出来る。

 そして、もう一人の異端者が俺を狙う理由にもなりうる訳で。

 

「俺に用があるんだろう? 篠ノ之束」

 

 音もなく、俺の背後に立つ女に呼びかける。

 

「いい夜だね、蒼騎凌斗(イレギュラー)君」

 

 もっと怒りの感情をぶつけるかと思っていたが、振り返った先にいた篠ノ之束は妖艶に微笑んでこちらを見ていた。

 



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第26話 彼は何者なのか

「いい夜だね、蒼騎凌斗(イレギュラー)君」

 

 満月の光が照らす姿は今まで見てきたどの女よりも美しく、どの怪物よりも恐ろしく感じた。

 綺麗な紫色の長髪やフリルの付いたスカートが潮風に乗ってふわりと揺れる。が、俺を一瞬で捕えた緊張感はそんな優しいものではない。

 

「ああ、そうだな。篠ノ之束」

 

 にこやかに微笑む篠ノ之束とは対照的に、俺は表情を変えずに答えた。いや、表情を変えることが出来なかったという方が正しいか。

 こう見えても目の前の女はISの生みの親にして世界を煙に巻く逃走者。その気になればすぐに世界を混乱に陥れることが出来る、稀代の天災。警戒なしに接するなんて出来るはずもない。

 

「それにしても、よく生きてたよね。一度は負けて海に落とされたっていうのに」

「ああ、なんでだろうな」

 

 篠ノ之束の発言に俺はまた素っ気なく返した。

 浜に打ち上げられていたのは運がよかったんだろうが、海中に沈んだ時点でいつ死んでもおかしくはなかった。

 山田先生曰く、「ISの生態維持装置を動かすだけのエネルギーがまだ残っていたため、水中でも窒息することなく流されてきたのだろう」とのことだ。

 けど、あの神のところにいたってことは精神面でも死ぬ寸前だったことになる。これでもしもこっちの世界に戻ってくることを選ばなかったら……。

 

「あと、君が戦ったIS。君のデータが入ってたらしいけど、つまりは同じ実力の機体に勝っちゃったことになるね」

 

 何をいけしゃあしゃあと。

 俺とシアン・バロンの戦闘データを完全コピーした上で無人機に仕込んで俺を襲わせる。そんな芸当が出来るのは世界中で篠ノ之束しかいない。

 理由は分からないが、コイツは間違いなく俺を殺そうとした。しかも、俺自身に襲わせるという悪趣味な形で。

 

「俺は常に自分を超えているからな。あんな機械に殺されるほど(やわ)じゃない」

 

 俺はあの紛い物に打ち勝つことで、今までの俺自身を超えた証明が出来た。

 が、それとは別に俺もあの戦いの中で気になることがあった。ランス同士で打ち合ってる時に突然増えた俺の腕だ。あれは本物ではなく、ISのエネルギーで出来た疑似的なものだ。

 シアン・バロンにはそんな機能はなく、かといって調べても特に追加された要素も見当たらなかった。

 あれは一体、何だったのか。

 

「ふーん」

 

 ニコニコと子供のように純粋無垢な笑顔を浮かべていた篠ノ之束。

 しかし、瞬く間に俺の眼前まで詰め寄ると下から真顔で覗き込んで来た。

 

「君は何者? 普通の人間じゃないよね?」

 

 篠ノ之束は異物を見るような眼を俺に向けて来る。

 コイツは最初から笑ってなどいなかった。表情だけはにこやかに見えて、瞳の奥では俺に敵意を向けていたんだ。

 ……蛇、いや兎に睨まれた蛙のような気分だ。

 

「お前こそ、何が目的だ? 実の妹にISを与えておきながら、幼馴染と共に死地に追いやる。一歩間違えればどっちも死んでたんだぞ」

「……さぁ? 何のことかな?」

 

 俺を狙う模造品。箒の専用機"紅椿"。暴走した"銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)"。そして、これらは()()()()同時に現れた。

 その内2つに絡んでるなら、福音の暴走にも篠ノ之束が関与してるはず。

 当然のように白々しい態度を取るが、篠ノ之束は俺から視線を外すことはなかった。

 

「それよりも君のことだよ。この束さんにも分からないことなんて、この世にありうるはずがない。男でありながらISを動かし、無人機を二度も撃破した。ドイツ人の作った不細工なシステムも君にだけは想定外の反応を示した」

 

 この世のいかなることもお見通しである篠ノ之束にも予想出来なかったことが列挙される。

 それらは、転生してきた俺が残してきた数少ない影響だった。俺の存在そのものが篠ノ之束の計算外にいたようだ。

 まぁ、分かるはずもないか。篠ノ之束の疑問への答えは単純に、俺の魂が転生したことで引き起こされたものだからだ。そもそも、転生自体が神の所業である以上()()()()()()()()()()に分かる訳がない。

 

「お前と同じさ」

「え?」

 

 篠ノ之束が納得出来そうな答えは、こんな感じだろう。

 

 

「俺は"異端者(イレギュラー)"だからだ」

 

 

 神の言葉を思い返す。俺が無理矢理に世界線を超えて出来た"異端者(イレギュラー)"なら、篠ノ之束はこの世界が生み出してしまった"異端者(イレギュラー)"であると。

 ならば、(ことわり)から離れた似た者同士ということだ。

 俺の答えを聞いた篠ノ之束は目を大きく瞬かせると、思わず吹き出してしまった。

 

「あははははっ! 君がこの束さんと同じ? 冗談はやめてよー! あっはははははは!」

 

 一緒にされたことがありえなかったようで、篠ノ之束は腹を抱えて爆笑する。

 しかし、俺が冗談など言ってないと分かると急に笑いを止めた。

 

「笑えないよ」

「だろうな。笑い事じゃない」

「君みたいな凡人が、私とどう同じだって? あんなガラクタに殺されかけて対人戦の戦績もよくない、大した実力もないお前なんかが」

「その凡人の行動を読めなかったのは何処の天才だ?」

 

 痛いところを突かれるが、何とか冷静に返せたぞ。

 俺なんかが与えられた影響は微々たるものだ。未だに何も為すことが出来ず、ちっぽけな存在のままだ。

 それでも確実に足跡を残している。目の前の天災にも予想外の結果を出せているんだ。蒼騎凌斗(おれ)の存在は無駄なんかじゃなかった。

 

「全く、お前は兎じゃなくてチェシャ猫のようだな」

「……なんて?」

「その恰好。兎に時計、トランプのスートのハイソックスと来ればピンとくる。けど、にやにや笑いを浮かべては真意を話そうとしない。チェシャ猫のようだ」

 

 世間一般に知られるチェシャ猫は紫色だったか。髪色と合わせて、ますますお似合いだな。

 それでいて傲慢なふるまいはハートの女王といったところか。服装そのものにコイツの中身が現れているように思えた。

 

「……そして、世間と相容れない"異端者(イレギュラー)"。世間から疎外された身は不思議の国に迷い込んだアリス……か?」

 

 推測だけで物を言っているが、間違ってないのかもな。

 

 ISは元々宇宙空間での活動を想定されたマルチフォーム・スーツ。けど、世間はISの発表から一月後に起きた"白騎士事件"を契機に現行兵器全てを凌ぐスペックに注目し、現在の飛行パワードスーツという扱いを受けることになった。開発者の意図を無視して世界はISによって勝手に変わってしまったのだ。

 篠ノ之束が何を考えてISを作ったのかは俺にも分からない。今は何が目的で姿を消して独りで動いているのかも分からない。

 だがその根底は、世界からの理解を得られず孤立した少女なんじゃないか?

 

「……い」

 

 ま、単なるこじつけだがな。

 そんなことを考えていると、篠ノ之束は呆然と立ち尽くしたまま俺を見つめていた。ただ、さっきまでと違うのは視線に敵意が籠っていないことか。

 

「すごい! そこまで見抜けるなんて、ちーちゃんだけだと思ってたけど! なるほど、"異端者(イレギュラー)"かぁ……そっかそっか!」

「……あ?」

 

 篠ノ之束はいきなり目を輝かせ、うんうんと頷きながら何かに納得していた。

 いきなりどうしたっていうんだ。

 

「やっと分かったよ。君と私は同じだっていうことに。だからこそ、私の相手に相応しいんだって」

「お、おう……?」

 

 相手?

 いきなり態度を変えてきた篠ノ之束の話についていけない俺は、ただ気圧される一方だった。

 

「それにりょーくんは私とも戦いたいんでしょ? 世界最強になりたいから。あ、これからはりょーくんって呼ぶね!」

「は? ま、まぁそうだけど……りょーくん?」

 

 何だりょーくんって。

 確かに篠ノ之束は俺が目指す道の最後に君臨するだろうとは考えていた。けど、その話が何で今出てくんだ。

 

「つまり、必然的に私たちは殺し愛う運命だったんだよ!」

 

 こ、殺し愛い?

 最早何を言ってるかさっぱりな篠ノ之束は織斑先生や箒と話している時のような、親愛を向ける笑顔を俺にも向けてきた。

 

「りょーくんはこの世界で頂点に立ちたい。ちーちゃんは世界を守る側に立つ。目的の違う私達はいつか全力でぶつかり合うしかない」

 

 篠ノ之束はどうやら、俺か織斑先生との戦いを望んでいるらしい。お互いに分かり合えるけど相容れず殺し合う関係。だから殺し愛いか。

 

「あ、勿論今すぐにじゃないよ? だって私と戦うにはりょーくん弱すぎるもん」

「……あっそ」

「でもずっと待ってた。私と対等に立って、考えて、戦える存在を」

 

 さり気なくバッサリと言われ、少しだけ凹む。

 いや、"地上最強(ブリュンヒルデ)"や"人類最高(レニユリオン)"と比べれば圧倒的に弱いが!

 

 

「早く強くなって、私と殺し愛おうね?」

 

 

 そう言い放ち、篠ノ之束は俺の顔に近付き――頬に唇が触れた。

 一瞬何をされたのか分からなかったが、我に返った時には篠ノ之束の姿は消えていた。

 

「な、何だったんだ……?」

 

 結局何も分からないまま、ただとんでもない約束だけしてしまったようだ。

 急激に赤くなっていく顔を月と星だけに見られて、俺は暫くそこから動けずにいた。

 

 

 

「はぁ、酷い目にあった」

 

 旅館の部屋に戻ると、同じく何処かへ出ていた一夏がボロボロの状態で帰ってきた。

 どうすれば夕食の後から今まででそうなるんだ。

 

「一応聞いてやるが何があった?」

「いや、少し泳ぎに行ったんだけど箒と会ってさ」

「あー、もういい。大体分かった」

 

 どうせ箒、鈴、ラウラと何か揉めたんだろう。事件が終わったばかりというのに元気な奴らだ。

 

「そういう凌斗は? なんか顔赤いぞ」

「……蚊にでも刺されたんだろ」

「いや、蚊に刺されてもそんな茹蛸みたいには」

「俺より自分の心配しろ」

 

 さっきのことは虫に刺されたぐらいに考えることにした。頬にとはいえ、異性にキスされたなんて信じがたいにもほどがある。

 おまけに相手はあの篠ノ之束だぞ。絶対何かの間違いに決まっている。

 

「……お前、怪我はどうした?」

 

 ふと、俺は引っかかった違和感について聞いてみた。

 背中に気を失う程のダメージを受けてたはずなのに泳ぎに行った?

 普通なら、海水どころか風呂に入ることすら困難なのにか?

 

「ああ、白式起動したらなんか治った」

 

 しかし、一夏からは予想もしない答えが返ってきた。

 いくらISに操縦者の自動回復機能があるとはいえ、それは一時的なものだ。決して肉体を再生させるものではない。

 

「背中、見せてみろ」

「え? なんで」

「いいから見せろ」

「わ、分かったよ……」

 

 渋々と服を脱いだ一夏の背中は、本人が言う通り火傷どころか傷跡一つ残っていなかった。

 バカな……。

 

「もういいか?」

「あ、ああ。第二形態移行(セカンド・シフト)した時のことを覚えているか?」

「んー、実は全く覚えてないんだよ。目が覚めたら雪羅が使えるようになってたし」

 

 白式の第二形態、雪羅。急に目覚めた力で一夏は銀の福音を倒してしまったのだ。

 ただ、零落白夜のエネルギー効率は相変わらず悪いようだし、折角追加された武装"雪羅"もエネルギー問題のせいでイマイチ使いにくいようだ。

 

「その時見てた夢の内容と関係あるんじゃないのか」

「みたいだけど……正直もう思い出せないんだよな。ぼんやりとしてて」

 

 折角目覚めた新しい力だというのに、一夏は相変わらず無頓着だ。

 俺と並んで出撃した時には、誰かに「何のために力を欲するか」と聞かれたとか言ってたな。

 

「力、か……」

 

 修理のため、俺のシアン・バロンは先生達に預けている。

 あの腕が出た時も、俺は力を望んでいた。より強く、今の自分より上に進み続けるために。

 

「いずれまた、あの力を使う時が来るさ」

「凌斗?」

「俺も必ず、第二形態まで到達してみせる。俺が最強になるために」

「……ああ。俺も皆を守るために、もっと強くなってみせる」

 

 今は一夏(ライバル)との差が広がってしまっただろう。

 今は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)も第二形態も持たないだろう。

 だが、俺はここから更に進むことが出来る。

 上へと昇ってみせよう。その先にいる篠ノ之束と、望み通り殺し愛いとやらを果たすために。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌朝、俺達は朝食後にISの各種装備の撤収作業を行った。

 福音の暴走事故のせいで、結局データ取りや試験運用はほとんど出来ないままだったな。

 それから来た時と同様にクラスごとにバスへ乗り込む。昼食はサービスエリアで取るそうだ。

 

「だ、誰か飲み物持ってないか……?」

「知らん、ツバでも飲め」

 

 一夏は昨晩の揉め事のせいで鈴やラウラから邪険な扱いをされていた。撤収作業の時もやけに扱き使われていたり。

 一方の箒は一夏と顔を合わせようとせず、そっぽを向きっぱなしだ。

 

「何かあったのかな?」

「知らん」

 

 通路側の方からシャルロットが尋ねて来るが、俺にとってはどうでもいいことだ。

 

「いつものこと、ですわ」

 

 冷たいことを言いつつも、何処か声が弾んでいるセシリア。行きの時とは違い、俺の隣に座っているのだが……そんなに窓側が良かったのか?

 シャルロットといい、窓からの景色が好きな奴もいるものだな。

 

「それよりも凌斗さん。わたくしが隣にいるのですから、行きのように寝て過ごすことは許しません」

「は? 車内でどう過ごそうと俺の勝手だろ」

「あら、怪我を負った身で独断行動をしてわたくし達に心配をかけたのは何処のどなたかしら?」

 

 う……それを言われると弱い。

 黒いバロンを倒した後で合流した時に、セシリアとシャルロットには散々泣かれたからな。

 それに今はこいつらと過ごす時間こそが俺の居場所だと分かっている。そう雑には扱えないか。

 

「織斑一夏君って、どの子かしら?」

 

 出発を控えた俺達のクラスのバスへ、知らない女が入ってきた。

 青いカジュアルスーツを身に纏った金髪の女性。俺はその女に見覚えがあった。銀の福音の操縦者、"ナターシャ・ファイルス"だ。

 福音戦後に救助されていたんだったな。もう国に帰ったかと思ったが。

 

「俺ですけど」

「へぇ……君が白いISの」

 

 一夏が前に出ると、ナターシャはその場でジッと一夏を眺める。

 福音の暴走を止めたのは一夏と白式。言わば、ナターシャにとっては恩人のようなものだ。帰国前に見ておきたかったのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ナターシャは一夏に顔を近付け──。

 

「助けてくれてありがとう、ナイトさん」

 

 ──頬に口付けをした。……うわ、嫌なものを思い出した。

 

「ふふっ、じゃあね」

 

 満足したようで、ナターシャはヒラヒラと手を振ってバスを降りる。

 残された一夏はボーっと手を振り返していたが、すぐにハッと後ろを振り向く。そこには、ミネラルウォーター入りのペットボトルを持った箒とラウラが立っていた。

 さっき飲み物欲しがってたからな、一夏の奴。

 

「どうぞ!」

 

 ただし、ペットボトルごとぶつけられる羽目になったが。

 

「凌斗さん、どうして顔を赤くしてらっしゃるんです?」

「しかも頬に手が触れてるけど、羨ましかったの?」

 

 無意識の内に束にキスされた箇所を振れていたらしく、両脇から怪しむ視線を浴びせられる。

 

「ま、まさか。ありえないな」

 

 必死に脳内からあの夜のことを消し去り、平静を繕う。あんな……反応に困るもの、羨ましい訳あるか。

 

「ふーん、てっきり経験あるのかと」

「まぁ、凌斗さんに限ってそれはありませんわね」

 

 納得はした風なセシリアとシャルロットだが、言葉に棘がある気がするのは考えすぎか?

 しかし、一夏の奴は倍率がまた高くなったな。福音のパイロットに選ばれるようなアメリカ人まで狙ってくるとなると、いよいよ世界中の女を落としかねない。

 

 ……そういえば、ずっと不思議に思っていたことがあるんだった。

 俺が最後に神に会った時、俺をこの世界に引き戻したのはセシリア、シャルロット、簪だった。あれが仮に俺の深層意識の出来事だとしたら、そこにこいつらがいることになる。

 それはつまり……?

 

「なぁ、セシリア」

「はい?」

「人を好きになるってどんな感じなんだろうな」

「っ!?」

 

 ミネラルウォーターを飲んでいたセシリアが急にむせる。そんなに俺の質問はおかしいことだったか?

 悪いが、俺は前世でも彼女なんていなかったし作ろうとも思わなかった。転生した後も自分がやるべきことを優先して来たから浮いた話なんて一つもない。

 

「い、いきなり何を言い出しますの凌斗さん!?」

「一夏の奴を見てたら気になってな」

「あ、あはは……だよね」

 

 セシリアはやたらと狼狽え、シャルロットは何処か気を落とした風だ。まるで望んでた話かと思ったら違かったような。

 

「因みに、凌斗は好きな人とかいる?」

 

 すると、今度はシャルロットがおずおずと俺に問いかけて来る。だから好きになるという感じが分からないと言っているだろうに。

 だが……まぁ、深層心理にいたこいつらのことは好きになって来ているのだろう。

 

「そうだな、よくは分からないが……お前らのことは好きらしい」

「っ!?!?」

 

 質問に答えてやったというのに、両脇ではまた盛大にむせていた。お前ら水ぐらいゆっくり飲め。

 

「そそそ、それはつまり……」

「れれれ、恋愛の意味でだよね……?」

 

 顔を真っ赤にし、執拗にどもりながら2人は尋ねてくる。

 確かに恋愛か、それとも親愛なのかも計りかねるな。

 

「うーん……それは」

「いえ! やはりそこまでは言わなくて結構です!」

「そうそう! まだ分からないなら無理に答えを出さなくていいんじゃないかな!」

「そ、そうか……?」

 

 セシリアとシャルロットに必死に止められた俺は、ひとまずこのことについて考えるのをやめた。

 これは俺のことだ。追々、整理も付くことだろう。

 それからサービスエリアに着くまで、両隣の2人は一言も口を聞いてはくれなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 誰もいなくなった海岸に、篠ノ之束は一人立っていた。

 青い空と海は彼女のワンピースとよくマッチしている。だが、本来は波の音しか聞こえない静かな空間に、空中投影されたキーボードが不協和音を奏でていた。

 

「やっぱりね」

 

 ディスプレイを見た束は一人で満足そうに笑う。

 映し出されている光景は、凌斗と黒い無人機――"ゴーレムⅡ"との戦闘データ。その中でも凌斗がエネルギーの腕を出現させているところだった。

 彼のデータを完全コピーさせた束にも、シアン・バロンにこんな機能がないことは分かっている。

 

「不完全な単一仕様能力……こんなものを発現させちゃうなんてりょーくんは本当に面白いなぁ」

 

 束は既に凌斗の能力の正体について察していたのだ。

 単一仕様能力とはISと操縦者の相性が最高になった時に発現する固有能力である。が、この時の凌斗は無意識の内にシアン・バロンとシンクロし、無理矢理能力を引き出した状態だった。

 

「特殊兵装を取っ払った機体に不完全な単一仕様能力、そして男性操縦者……"異端者(イレギュラー)"って言葉がよく似合うね」

 

 束すら予想しない事態を次々と引き出す凌斗へ、束は皮肉めいた言葉を独りで投げかける。

 シミ一つない綺麗な指でキーを弾くと、映像は一瞬で設計図のような図面へと切り替わった。

 

「早く私に追いついてね、りょーくん」

 

 束の言葉は誰に聞かれることもなく、水平線に消えていく。

 返事として帰って来たかのような小波には黒い金属の破片が緩やかに揺れていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 自己(アイデンティティ)の探求は終わらない。この世界に生き続ける限り。

 再び生まれ直したこの世界でどう生き、どう最強を目指すのか。答えを見つけるために俺は戦い続けるのだろう。

 

 俺は誰か? 俺の名は蒼騎凌斗。

 自分自身を追い求める、自己探求者。




どうも、雲色の銀です。

これにて当初より構想していた話は完結となります。最初は24話完結にする予定でしたが、2話オーバーする形になってしまいました。

この話は神様転生に対するメタ的な視点から書き始めました。
テンプレでないと転生は書けないのか。転生することで主人公に目的を持たせることは出来ないのか。特典は必要なのか……etc
結果、やりたかった要素を詰め込み過ぎてよく分からないことになってしまいましたが。

最後に、この作品を最後まで読んで頂きありがとうございました。


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