雁夜おじさんが勇者王を召喚して地球がやばい (主(ぬし))
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雁夜おじさんが勇者王を召喚して地球がやばい

第一話と第二話はけっこう前に緑の星から電波を受信してArcadiaさんやPixivさんにうpしておりました。もうすぐ第三話にして最終回が完成するので、先に一話と二話をハーメルンさんに持ち込ませて貰いますた。
元気な雁おじの姿にみんなホッコリしていってね!!


<第四次聖杯戦争 一日目深夜 冬木市港湾区>

 

 

騎士ディルムッド、騎士王アルトリア、征服王イスカンダル、英雄王ギルガメッシュ。

四騎の強大な英霊は、新たに戦場に姿を現したその金色の英霊に目を奪われていた。

 

正確には―――その暑苦しさに。

 

 

「マスターッッ!!敵は手強そうだ!!宝具(ガオーマシン)の使用許可をッッ!!」

『だ、だけどアレは成功率30パーセントなんだろう!?』

「心配ない!!後は勇気で補えばいい!!」

『はあ!?―――ええい、もうやけだ!!後は野となれ山となれ!!ファイナルフュージョン、承認!!』

「よっしゃあ!!ファイナルッッ!!フュ―――ジョ――――ンッッッ!!!!」

『魔力が吸い取られぎゃああああああ!!』

 

マスターの悲鳴を弾き飛ばす雄叫びを皮切りに、突如としてその英霊の背後に巨大な獅子が現れ、彼を顎門内に(格納)する。直後、獅子が空高く飛び上がって人型に変形したかと思いきや、腰部からエネルギー流を噴出しながら激しく回転し、巨大な竜巻を形成した。

突然の事態に置いてきぼりを食らった四騎のサーヴァントが呆然と見上げる天空で、轟々と大気を掻き乱しながら人型のシルエットが大きく膨れ上がる。

途方もなく巨大な機械同士が高速で駆動し、擦過し、接続し、激しく重なり合う轟音が大気を振動させたかと思いきや、やおら竜巻を弾き飛ばして、超巨大な黒鉄の英霊が冬木市の夜空に顕現した。

 

黒鉄のボディを持ち、金色のドリルを備え、翠緑のクリスタルを輝かせる英霊が、全身全霊の力で咆哮する。

 

 

      遂にこの夜、我々の待ち望んだ真の勇者が誕生した!!

      その名も、勇者王―――

 

 

『ガオッッ!!ガイッッ!!ガ―――――ッッッ!!!!』

 

名乗りだけで全てのデリッククレーンを吹き飛ばした 勇 者 王 (ガイガイガー)が、眼下の人工物を根こそぎ踏み潰して大地に降り立つ。轟、と頭部にあたる箇所から超高温の排気が激しく噴出し、地面に熱風を叩きつける。それだけでウェイバーはどこかへ吹っ飛んだ。

勇者王の胸部で唸る獅子の双眸が圧倒的な強者の波動を放ち、己を見上げる者全てを問答無用で威圧する。

 

「な、な、なあ、せせせ征服王?あああアレには誘いをかけんのか!?」

「よ、よ、余も誘ってみたいのは山々なんだが、ちと背が高すぎるかな~、なんて思ったり?」

「こここ、こら、アーチャー!貴様、アレにも難癖つけてみろ!!同じ金ピカだろう!!あれにも同じ態度をとれたら真の王だと認めてやるぞ!?」

「なっ!?せ、セイバー、貴様!?」

『まずはお前からか!!行くぞッッ!!』

「おわーっ!?」

 

勇者王の鋭い巨眼がギルガメッシュを捉える。その隙に他の陣営は我先にと一目散に退散した。

 

「卑怯者どもめ~~!でで、でかいからと舐めるなよ雑種めが!!我が最強宝具、乖離剣(エア)天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)を喰ら―――」

『ヘルッ!アンドッ!ヘブンッッッ!!ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォオッッ!! ウィ―――タ―――!!!!』

「うっぎゃあああああああああああああ!!!」

 

自慢の対界宝具を真正面から粉砕され、英雄王は呆気無く塵と消えた。それを見た全てのサーヴァントとマスターは、戦わずして自らの敗北を悟る。

 

かくして、聖杯戦争の勝利者は開始早々に決定したのであった。

これは我らが勇者達の熱き 神 話 (マイソロジー)である。

 

 

 

余談だが、マスターである間桐雁夜は最初の宝具解放の段階ですでに息絶えている。

 

 

 

 

 

【ステータス】

 

 クラス    : 破 壊 神 (デストロイヤー)

 真名     :獅子王凱

 身長     :200cm

 体重     :200kg

 属性     :勇気

 イメージカラー:金色・黒色

 特技     :宇宙船の操縦

 好きなモノ  :卯都木命

 苦手なモノ  :コンニャク

 天敵     :ない

 CV     :檜山修之

 

 

【パラメーター】

 

 筋力:EX

 耐久:EX

 敏捷:EX

 魔力:EX

 幸運:EX

 宝具:EX++++

 

 

【保有スキル】

 

 熱血    :EX

 勇猛    :EX

 戦闘続行  :EX

 自己改造  :EX

 怪力    :EX

 カリスマ  :EX

 勇気ある誓い:EX

 

 

【宝具】

 

ギャレオン

 ランク :EX

 種別  :対ソール11遊星主宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

ガオーマシン

 ランク :EX

 種別  :対地球侵略者宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

ガオガイガー

 ランク :EX

 種別  :対地球侵略者宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

ハイパーツール群

 ランク :EX

 種別  :対地球侵略者宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

ブロウクンマグナム

 ランク :EX

 種別  :対地球侵略者宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

プロテクトシェード

 ランク :EX

 種別  :対地球侵略者宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

ヘルアンドヘブン

 ランク :EX

 種別  :対地球侵略者宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

ゴルディオンハンマー

 ランク :EX

 種別  :対地球侵略者宝具

 レンジ :EX

 最大捕捉:EX

(※使用した場合、雁夜は死ぬ)

 

 

 

 

これが勝利の鍵だ!!↓

 

 

【隠し宝具】

 

ゴルディオンクラッシャー

 ランク :EX++++

 種別  :対木星級超弩級型敵性体用決戦宝具

 レンジ :EX++++

 最大捕捉:EX++++

(※使用した場合、みんな死ぬ)




そんな純粋な気持ちで書きました(ゲス顔)


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雁夜おじさんが勇者王を召喚して宇宙もやばい

二次創作において受け身役が固定されている雁夜おじさんが多い中、一人だけまったく違うキャラがを書いてもいい。自由とはそういうものだ。


「消えて、いく……?」

 

誰ともなく、呆然と呟く。

それは気絶から意識を回復させたウェイバーだったかもしれないし、マスターを置いてバイクで遁走するセイバーだったかもしれない。

彼らが見上げる視線の先には、現世への顕現を維持できずに消滅していく巨大な英霊―――勇者王の崩れゆく姿があった。

 

『くっ……マスター……!!』

 

勇者王の苦悶の声を聞くまでもなく、消滅の原因は明白だ。マスターの魔力切れである。強大無比だと思われていたアーチャーを一蹴して余りあるその力は、人の身で支えることなど到底不可能だ。例え令呪全ての補助を受けたとしても、それを英霊に送る機関であるマスターへの負担は重すぎる。

考えても見て欲しい。ネズミが回す滑車の動力で、戦車を動かすことが可能だろうか?答えは、非情なまでに『否』だ。

 

マスターの魔力をその命ごと食い潰した英霊が蹌踉めき、激しく地に膝をつく。起きるはずの地響きはない。額に輝く翠緑のクリスタルがその神々しい光を失えば、その後を追うように巨体が陽炎のように揺らめく。

崩壊が始まった。

鋼の手足が砂細工のようにぼろぼろと崩れ、風に舞って光の粒子と化してゆく。

ついにその頭部までもが夜闇に溶ける寸前、黒金の巨神が宙に向かって語りかける。それは、今はもういない、己のマスターへの“勇気ある誓い”。

 

『マスター……いや、雁夜!俺は信じている!お前もまた、真に勇気ある者、勇者である、と!お前が喚ぶ限り、俺は、何度でも、また……―――』

 

そして―――第四次聖杯戦争を終わらせると思われた英霊は、たった数分の偉容を誇り、現世から消え失せた。

 

 

 

 

 

聖杯戦争の参加者の誰もが安堵の溜め息をつく中、一蹴されたはずの“王”が浜辺にごろりと打ち上げられる。

ざばぁんと一際大きな飛沫を浴びて強制的に覚醒させられた王が金髪を振り乱して慌ててその場に立ち上がる。気管に入った海水を吐き出せば、遠くには勇者王の消えた夜の虚空が見えた。

それを認めた瞬間、血のように紅い双眸がうるると涙に潤う。

 

「い、生きてる!我生きてる!」

 

そう、彼こそは英雄王、ギルガメッシュその人である。唯一無二の王を自称する彼は、なんと勇者王の苛烈極まる攻撃に対峙して辛くも生き残ることに成功したのだ。

 

勇者王のヘルアンドヘブンが目前に迫った瞬間、ギルガメッシュは咄嗟に天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)の出力を最大にした。

それでも一向に止まらぬ勇者王の疾走に悪寒を感じ、さらに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を全開にして己が持つありとあらゆる宝具をぶつけた。

それでも少しも怯まない破壊の奔流に涙目になりながら虎の子の天の鎖(エルキドゥ)を発動させて雁字搦めにしようとした。

それでもエルキドゥを引きちぎって豪腕を振りかぶる圧倒的な()()()()を見上げ、いよいよ恐怖の限界に達して絶叫したギルガメッシュは武具を全て放り捨てると近くにあった海面に一目散に飛び込んだのだ。

 

生まれて初めて感じた生物的な戦慄に総身を震えさせながら、ギルガメッシュはフラフラと遠坂邸への帰路についた。

彼が自信を取り戻すまでしばらくの時間を要したが、元々の神経が図太かった英雄王は戦争が佳境に入る頃には何とか戦えるまでに精神を回復させた。主たる武装はほとんど全てを消費してしまったが、幸運なことに乖離剣(エア)だけは無事であった。逃げ出す際に放り捨てた結果、ヘルアンドヘブンの破壊から免れたのだ。勇者王に踏まれたせいで刀身はペチャンコに歪んでしまったが、見た目さえ気にしなければその世界を再誕させるほどの攻撃力に遜色はない。

 

間桐雁夜の早々の敗退後、第四次聖杯戦争は残った陣営によって再開された。その流れは、予め決まっていた運命とほとんど変わらないものだった。

まずアサシンが蹂躙され、次にキャスターが消し飛び、ランサーが自害し、ライダーが満足気に遠征を終えた。内心ヒヤヒヤとしながらも征服王の疾走を跳ね除けたギルガメッシュは、ライダーのマスターにドヤ顔で格好つけた後、冬木市市民会館へ急いだ。そこで一目惚れしていたセイバーに告白をしたはいいものの、ちょうどいいところで、何をトチ狂ったのか「聖杯を破壊せよ」というセイバーのマスターによる命令によって台無しにされてしまった。それだけならまだしも、突然上から降り掛かってきた得体のしれない泥を全身に浴びてしまった。彼は自らの不運を呪いながら泥の中に沈んでいった。

 

しかし、奇しくもその暗黒の泥は、汚染された聖杯の中身であった。全てを融解させてしまう膨大な邪悪の質量は、並の英霊などではコンマ数秒とて持たずに飲み込まれてしまうだろう。そして、ギルガメッシュは並の英霊ではない。願望機に蓄積されていた泥は、彼に現実の血肉を与えて受肉させ得るものであったのだ。

ようやく回ってきた幸運に、ギルガメッシュはほろりと涙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、くだらぬ問いを繰り返すことを許して欲しい。

 

ネズミが回す滑車の動力で戦車を動かすことは、本当に不可能だろうか?

 

例え、その小さくて弱いネズミに、無限の勇気が備わっていたとしても?

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふん、期待させおって、最期はそのザマか。興ざめだよ、雁夜」

 

しわがれた声を蟲蔵に響かせ、悪辣の権化、間桐臓硯が唾を吐き捨てた。淫猥な形状をした蟲がその唾を啜る。吐き気を催す邪悪極まる地下空間には、一つの死体が打ち捨てられている。ミイラのように干からびてひび割れたその瞳に、すでに生気はない。命ごと魔力を吸い尽くされ、とうの昔に絶命しているのだから。

彼の死体がこうして蟲蔵に持ち込まれたのは、ただ単に()()()を有効活用しようという間桐臓硯の悪意に満ちた発想によるものだ。即ち、次代の間桐を―――臓硯の野望を担う()()への教育材料だ。

 

「見ろ、桜。儂に楯突いた者の最期を。実に惨めであろう?情けないであろう?」

「―――はい、お祖父様」

 

間桐桜の目にも、すでに生気はない。希望を失った幼い彼女は、もはや臓硯から生かされているだけの道具に過ぎない。臓硯の庇護の手を振り払った瞬間、自分は目の前の哀れな叔父と同じ道を辿ることになる。

 

(……馬鹿な人、お祖父様に逆らうから……)

 

桜の足元で、牙を向いた蟲たちが雁夜の死体に群がる。蠢く蟲の山に飲まれ、とうとう雁夜の姿が見えなくなる。ガリガリ、ボリボリ、とナニカを砕き、削る音が鼓膜に滑りこむ。

山が小さくなっていく。音が小さくなっていく。

 

(……本当に、馬鹿な人……でも……)

 

生気を失った紫の瞳から、桜の最後の心が零れ落ちる。

 

(―――ありがとう、雁夜おじさん)

 

ポツリ、と。足元で雫が弾けた。少女に残っていた、人間らしい心の欠片が、一筋の涙となって流れ落ちたのだった。

こうして、桜は自ら心を捨てた。かつて心があった場所にはぽっかりと虚ろな穴が空き、眼差しは死体も同然となった。もはや、彼女を救う者はいなくなった。

救おうとしてくれたただ一人の男は、今はもう、蟲たちの腹の中―――

 

 

 

 

「――――()()()……()()()()ッ!!」

 

 

 

 

「むっ!?」「えっ!?」

 

蟲蔵に、男の声が爆発した。闇が埋め尽くす地下室には余りに似合わない精悍な声が、気合を伴って言葉を紡ぐ。

その発生源は、桜の足元の蟲の山だ。否、その内部から翠緑の光を発する、()()()()()からだ。

哀れな死体を覆っていた蟲がすっくと盛り上がり、男がその全容を露わにする。神々しいエネルギー光でもって邪悪な蟲を一匹残らず焼き払いながら、生まれ変わった彼が桜の頭に手を置く。優しげな微笑みが、桜の瞳に光を灯す。

 

「き、貴様……貴様、雁夜、どうして、」

「―――()()

 

震える声で問いかけた臓硯は、その否定の声音に怖じた。翠緑の瞳に強く射抜かれた瞬間、清浄にして不可侵の波動が空間を揺らして臓硯を胸中の魂ごと叩き揺らしたのだ。

さっきまで死体だった男とは思えない。そもそも、サーヴァントすら圧倒する強烈な存在感は生きていた頃からもかけ離れている。今や人間の域からさらに高みへと到達した己の子孫()()()男に、臓硯は再び問う。

 

「なれば……お前はいったい何なのだ!?」

 

我知らず地に膝突きながら吠えた臓硯を見下ろし、彼が咆哮する。もう、間桐雁夜は存在しない。

今ここにいるのは、Gストーンと生機融合を果たした人類の進化系。

勇気ある者だけが到達できる、弱者の味方にして悪の天敵。

 

そう、彼こそ―――

 

 

「俺は、エヴォリュダ―・カリだッッッ!!!」

 

 

掲げた右手の甲で幾何学的な模様が眩い閃光を発する。それはGストーンのエネルギーと令呪が融合した、まったく新しい『G令呪』だ。

G令呪の閃光が地下空間を圧倒し、膨張し、天井を爆砕する。地上の屋敷すら貫通するほどの超破壊的なエネルギーを内包した閃光は、暗雲立ち込める闇空を真っ二つに切り裂いて()()()()へ着弾した。マグマのように赤黒く燃える泥を吹き飛ばし、ついに閃光が泥の内部で()()していた英霊の額のクリスタルに吸い込まれる。

 

「目覚めろ、ガオガイガー!!!」

 

 

 

 

獅子の双眸が、開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――誰が認める?誰が許す?誰がこの悪に責を負う?

 

―――愚問なり。問うまでもなし。王が認め王が許す。王が世界の在り方の全てを背負う。

 

 

聖杯の泥の中で、ギルガメッシュはその持ち前の強烈な自我によって受肉をする寸前にあった。ここまで行けば万々歳である。マスターからの供物に頼らずとも好き勝手に動きまわり、天下を制することが出来るようになるのだ。

さあ、あと一歩だ。あと一押しで、泥はギルガメッシュを吸収できなくなり、不純物の結晶体として彼を現世に受肉させる。

ついに泥が問う。「王は何者か」と。

ギルガメッシュがにやりと口端を吊り上げ、一度息を吸う。そして宣言のために口を開く。

 

「即ち、この我に―――」

 

 

 

『これが―――Gストーンを持つべき、勇気ある者の―――!!!!』

 

 

 

「え゛っ」

 

足元に広がる泥。その遥かに深い場所から、今もっとも聞きたくない声がした。

なぜ気が付かなかったのか。ギルガメッシュすら飲み込めない泥に、()()()()()()が吸収されるはずがない。

忘我して泥の深部を見つめる中、ウルテクエンジンが唸りを上げる轟音が這い上ってくる。黄金の角が泥を切り裂き、黒金の巨躯が捻り潰し、翠緑の輝きが触れる邪悪全てを浄化していく。胸部に備えられた獅子の頭部が咆哮すれば、泥は自ら膝を屈してその英霊に道を開ける。

冬木市を燃やし嘗め尽くすはずだった泥が黒煙と化して消えてゆく。マグマすら超える熱量の邪悪を、それをさらに超える勇気のエネルギーが蒸発させていく。

轟々と天に突き立つ蒸気の渦が、内側から爆砕した。冬木の上空に、再び翠緑色の太陽が顕現する。

 

『絶対勝利の力だぁああああああああああああああああああああ!!!!!』

 

この世の全ての悪(アンリマユ)は大きな間違いを犯してしまった。泥が飲み込んでしまったものは、よりにもよってこの世の全ての悪を駆逐し尽くす『破壊神』だったのだ。

 

しかも、救いようのないことに―――この英霊は何の不条理を使ったのか、己の力だけで受肉を果たしていた。

 

「……やっぱやーめた」

 

こんなバケモノがいる世界に受肉なんてしたくないと言わんばかりにギルガメッシュは自ら泥の中に再び飛び込んだ。今回、彼には運が回って来なかったようだ。

 

 

 

 

 

 

こうして、エヴォリュダ―・カリとガオガイガーはこの世界に爆誕した。

彼らはやがて、世界を救い、勇気ある仲間を世界中に作り、地球やそれが属する星系を滅ぼそうとする強敵と相対したりすることになるのだが、それはまた後に語ることにしよう。

 

だって収集がつかないからね。




誰かがね、この作品の感想にね、「ソルダート・Jも召喚されれば面白いのに」とか書いてくれたんだよ。その時主に電流走るって感じだったね。うん。これ以上は言わない。


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雁夜おじさんが勇者王を召喚してもうなにがなにやら 前編

雁夜おじさんが幸せなら皆が幸せ。


かつて、この世界には“表”と“裏”があった。

表から秘匿された裏の世界は、『魔術』という人智を超えた()が支配していた。マグマのような破滅的な力とヘドロのような強烈な腐臭を秘めた影に満ちていた。

その影がほんの少しでも表の世界に滲み出れば、故意無故意に関わらず表に生きる生命は無慈悲に刈られ、奪われ、陵辱されていた。青年、母親、老婆、赤子。何の罪もない人々の日常が喰われた(・・・・)

彼らの悲痛の叫びは誰にも届くことはなく、裏の秩序を頑なに守らんとする2つの巨大組織、『聖堂教会』と『魔術協会』によって踏み潰されていた。

 

 

 

 

『ガオッッ!! ガイッッ!! ガ―――――ッッッ!!!!』

 

 

 

 

―――そう、()()()は。

 

裏の世界を覆い隠していた分厚い闇は、たった二人の男によって跡形もなく消し飛んだ。

一人の 超 人 (エヴォリュダー)と一柱の 破 壊 神 (サーヴァント)によって、文字通り()()()()()

 

20世紀も終わりに差し掛かった頃、極東の地にて突如出現した彼らは、永遠に続くと思われていた表裏の 理 (ことわり)に対して真正面から“否”を突きつけた。身勝手な探求心のために無辜の命を犠牲にすることを厭わない魔術師を、その悪行を悪行とも認識せずに看過する影の組織を、彼らは“絶対悪”と見定めた。

 

 

『カリナイフッッッ!!』

 

 

自身こそ至高の存在であると過信しきっていた異能者や人外たちは、彼らを遥かに超越した 超 人 (エヴォリュダー)の前では羽虫ほどの抵抗も出来なかった。如何に特別な能力を振りかざそうと、如何に強大な殺傷力でもって挑もうと、絶対不可侵の翠緑の輝きには爪先ほどの傷すら刻むことは叶わなかった。

 

 

『ブロウ゛クンッッッ!! マグッッナ゛――――――――ムッッッ!!!』

 

 

自分たちこそが世界の掟を守護し、維持する執行者であると信じて疑わなかった2つの組織は、巨神が体現する()()()()の前では気狂いの詭弁者にすら劣った。数世紀を超えて彼らが必死に押し隠していたこの世の裏側はたった一夜にして白日の下に晒され、全世界の知るところとなった。

 

 

『『ヘルッ! アンドッ! ヘブンッッッ!! ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォオッッ!! ウィ―――タ―――!!!!』』

 

 

今までこの世界を“表”と“裏”に隔てていた悪しき壁は、二人の圧倒的な()()によって完膚なきまで破壊し尽くされた。

今や、この世界に闇の存在は毛ほども許されない。もしも身勝手な目的のために邪道に踏み込む者があれば、その者は覚悟をしなければならない。何の非もない生命に毒牙を掛けようとした瞬間――――その者の頭上には翠緑の波動を放つ一人と一体の()()が必ず現れ、その汚れた野望もろとも消し飛ばされるということを。

かの勇者たちを前にしては、悪しき異能者にはたった2つの選択肢しか残されてはいない。即ち、“潔く膝を屈して己を改める”か、“無謀にも抵抗して醜く散る”かの2つである。

 

 

彼ら――――『エヴォリュダー・カリ』と『勇者王ガオガイガー』が存在する限り、人々の尊い日常が魔導に侵されることは無い。

 

 

 

 

さて、ここで話は一人の赤い少女へと至る。

 

その少女は、冬木の土地を管理する家系に生まれた。霊格の高い土地に屋敷を構えて冬木の地を魔術的な観点から治めており、古くは“魔法使い”キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを大師父とする由緒ある魔術師の家系である。

彼女は、厳格かつ正道の魔術師であった父親から「魔術師とはかく在るべき」と徹底して教育され、骨身に刻み、魔術師のエリートとしての道を直向きに歩んでいた。類稀なる五つの属性と努力の才能を有していた彼女は、順調に歩めば父の跡を満足に引き継ぎ、一族の誰よりも高い才能と成果を持って魔導の中枢たる時計塔に招かれ、やがて世界に名立たる立派な魔術師として見事に大成を果たしていただろう。

その名は遠坂 凛。遠坂家の長女にして現当主であり、冬木の()セカンドオーナーである。

 

「そうよ! 雁夜おじさんが緑色に光るスーパーサイヤ人モドキにならなきゃ、アホみたいにデカいロボットが時計塔を吹っ飛ばさなきゃ、私だって今頃時計塔からも一目置かれる美少女魔術師になっていたわよ!!」

 

キイーッ!とツインテールを振り乱し、凛が声を荒げた。遠坂邸の暗い地下室にしばし少女特有の甲高い金切り声が反響し、すぐに冷たい石壁に吸い込まれる。後にはぜえぜえと息を切らせて膝に手をつく凛と()()()()()()が残された。

 

この世に人智外の闇が存在すると人々に知れて、すでに10年の月日が流れた。その脅威が自分たちの喉元に突きつけられていれば人々も常に騒ぎ立てていただろうが、勇者たちによって一掃されてしまえばもはや恐るるに足らない。人々は闇の恐怖などすっかり忘れ去り、巨大な拳の形に抉り抜かれた時計塔の残骸をたまに見上げては

 

「そういえば魔術協会なんてのもありましたねえ」

「生き残りはまだ抵抗してるんでしたっけ?」

「さあ? この間は埋葬機関の本部も光になったらしいですし、もう何しても無駄だと思いますけど。そんなことより志貴くん、今日もカレーを食べに行きましょう」

「アンタは故郷のインドに帰れ」

 

などと短い会話で済ませる程度である。

そんな現状を、凛は断じて黙認できなかった。彼女は決して無慈悲で身勝手な魔術師ではない。むしろその逆だ。魔術の弊害を理解し、生命の尊さや日常の大切さを心得て、普段は温厚な女生徒として暮らしている。真理に到達するために一般人に犠牲を出すことは邪道であると捉えていたし、魔術協会が間違っているのであればそれを内側から変えてやろうという熱い気骨すら抱いていた。彼女は“優しい魔術師”であるからこそ、理不尽な現状に怒っているのだ。

それは例えば、突然冬木市の上空で雄叫びとともに爆誕して冬木市の霊脈を根こそぎぶっ壊しやがったハタ迷惑な勇者や、その覇気に感化されて「凛、遠坂家のことはお前に任せた!」と告げてさっさと『 G G G (スリージー)』なる組織―――勇者たちに影響を受けた御三家が持てる資金力などを総動員して創った地球防衛勇者隊―――のメンバーに加入してしまった己の両親などが主な怒りの対象になっていたりする。

 

「ふ、ふふふ……この10年は長かったわ。苦節十年とはまさにこのことよ」

 

GGGが旗揚げし、知り合いが勇気だなんだと吼えながら次から次に世界へと飛び出していく中、凛だけはその勢いに着いていけなかった。今では無理矢理にでもテンションを上げて着いて行けばよかったと後悔している。そうしていれば、こんな損ばかりな留守番役を押し付けられる羽目にはならなかっただろう。

まだ幼かった凛は、いなくなった無責任な大人たちの代わりに必死に働いた。グチャグチャに乱された冬木市の霊脈を一から調べ直したり、世界の理が激変して混乱する冬木の魔術師たちを一人ひとり説得して鎮めたり、両親がGGGに全財産を持っていったために財政難に陥った遠坂家を立て直したりと、とにかく奔走した。頼りたくなかったがこの状況では仕方がないと言峰 綺礼に助けを求めて教会に出向いたこともあったが、教会の看板がいつの間にか『GGG冬木市支部』という不吉なものに変わっていたため慌てて引き返した。もう関わりたくなかったのだ。

それから何年も、彼女はひたすらに頑張り続けた。誰も褒めてくれなくてもいい。誰も認めてくれなくてもいい。()()()()を達成するためならと、死に物狂いで努力し続けた。

 

だが、それももう()()()だ。

 

「ついにっ! ついについについに、私の血と汗が実る時が来たわ! あは、あはは、あーはっはっはっはっはっ!!」

 

眦にうっすらと涙を滲ませながら、両手を上げて万歳三唱を繰り返す。目の前の男がドン引きするのも厭わずに高笑いする彼女の足元には未だ魔力の残滓を残す魔法陣があり、その華奢な手の平には赤い紋様―――即ち『令呪』がその喜びに呼応するようにピッカピッカと光っていた。

 

そう、『聖杯戦争』は終わってなどいなかったのだ。『聖杯』は生き残っていたのだ。

元々、聖杯の本体である超巨大超複雑魔法陣―――『大聖杯』は円蔵山の地下にある巨大洞窟に敷設されていた。硬い岩盤と幾重もの防御結界に護られたこの魔方陣は冬木の霊脈と直結しており、常にマナを吸い上げ続け、不可能を可能にする膨大な魔力を蓄え続ける。この大聖杯さえ健在であれば、戦争は何度でも執り行えるのだ。

 

 

『ドリルニ――――ッッッ!!!』

 

 

当然、勇者王が戦争の原因になるようなモノを黙認するはずもなく。

勇者王の膝部に備えられた巨大ドリルが猛回転し、轟音とともに円蔵山を抉った。山頂にあった柳洞寺を巻き込みながら円蔵山がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく壮絶な光景を、凛は一夜足りとも忘れたことはない。柳洞寺を構成していたはずの瓦礫を前に呆然とする柳洞一家の背中も忘れたことはない。

 

「私の10年の無念、巻き込まれた人たちの無念、全てを()()()()()()にする!! 使われなかった今までのマナとこの10年分のマナ、膨大なそれを溜め込んだ聖杯になら、勇者王を()()()()()()()にすることだって出来る!!」

 

それこそ、凛の目的。願望器に叶えてもらう奇跡の願い。全ては、得るはずだった栄光の10年を取り戻すために。

最初は破れかぶれだった。諦め半分だった。“もしかしたら”というちっぽけな希望に縋り付いていただけだった。凛はたった一人、暇な時間を捻出しては山の斜面をスコップで掘り続けた。雨の日も風の日も、柳洞寺が着々と再建されていく様子を視界の隅に入れながら、歯を食いしばって汗に濡れた土と格闘し続けた。

 

そして、見付けたのだ。1つだけ残っていた防御結界のおかげで辛うじて生き残っていた大聖杯を。

溜めこまれた膨大な魔力故か、はたまた聖杯の一部になったとされる初代ホムンクルスの生存本能故かは定かではない。だが、そんなことはどうでもいいことだ。聖杯が無事なまま凛を待ってくれていたことが重要なのだ。聖杯発見時の凛の狂喜乱舞っぷりは形容しがたいほどであり、思わず指先から乱射したガンドによって再建中の柳洞寺の大黒柱に多数の穴が穿たれたほどである。

しかも―――凛は知りもしないことだが、勇者王の清浄なる波動によって聖杯の穢れ(アンリマユ)は浄化され、純粋な願望器に立ち戻っていた。この時の凛には確かに類稀なる幸運が回ってきていたのだ。

頭上に掲げた令呪を穴が空くほど見詰め、凛はうっとりと恍惚の表情を浮かべる。

 

「こうして令呪が分配されたということは、聖杯がちゃんと機能しているという証拠!聖杯が小聖杯の宛てを見付けたという証拠! 誰も予想していなかったであろう、第五時聖杯戦争の始まりが近いという証拠! そして私だけは、ただ一人だけ完璧な準備が出来ている! 完全な装備と()()()()()()()()()を携えている! 勝利は近いわ! 理不尽の終りはすぐそこだわ!

アンタもそう思うわよね、()()()()()!?」

 

凛は調べていた。第四次聖杯戦争の折、自らの父、遠坂 時臣が召喚した強力なサーヴァント(アーチャー)の正体を。

なんとそのサーヴァントは、未だ生きて受け止めた者のいない勇者王の必殺技『ヘル・アンド・ヘブン』を前に五体満足で生還を果たし、再び戦争に戻って聖杯戦争の決勝戦まで戦い抜いたというのだ。稀代の魔術師や人外のバケモノが束になっても敵し得ない勇者王の攻撃に堪え抜く防御力、熾烈極まる聖杯戦争を勝ち抜く攻撃力―――まさに最強の英霊と呼ぶに相応しい。

()こそ、世界最古の英雄譚にその威名を残す、英雄の中の英雄にして王の中の王。

 

「……よもや、(オレ)をそのようなくだらぬ些事のために喚び出す戯けがいるとは夢にも思わなかった」

 

そう言って、ソファに深く腰掛けた()()()()がこめかみに指をやる。怒りを覚える気にもならぬとばかりに深々とため息を吐き落としたこの男こそ、凛の期待を一身に背負う猛者―――『英雄王ギルガメッシュ』その人である。

 

「10年前に貴様の父親めに召喚されたという我はさぞ迷惑を被ったのだろうな。まあ、最後の最後に現界を諦めたという話を聞くと、所詮は我の歪な模造品だったのだろう。同じギルガメッシュとは思えん。とんだ面汚しだ」

 

はん、と鼻を鳴らして“前回の自分”を嘲笑う。まるで「所詮奴は四天王の中でも最弱」と呟く四天王の二番目のようである。

ここで誤解のないように説いておかねばならないことがある。奇妙な台詞の通り、彼は第四時聖杯戦争の記憶を引き継いでいない。『サーヴァントシステム』とは、本来なら極限定的な召喚しか出来ないほどに上位にある英霊を、彼らより下位の人間が使い魔として使役するために型枠(クラス)に英霊の一面を抽出して貼り付けるという、言わば“英霊の劣化コピーシステム”だ。従って、このギルガメッシュもまた英霊の座に召し上げられた本体から新たにコピー&ペーストされた“第五時聖杯戦争用のアーチャー”に過ぎない。

だから、彼はエヴォリュダー・カリやガイガイガーとは実際に対峙したこともないし、聞いたこともないのだ。それが幸か不幸かと問われれば皆一様に幸せだと言い張るだろう。まさに“知らぬが仏”というやつだ。

 

「大口叩いてちゃってるけど、くれぐれも気は抜かないで欲しいものね。ちゃっちゃとケリをつけて速攻で聖杯を手に入れるのよ。犠牲も最小限に抑えること。あんまり派手にやるとGGGの連中が嗅ぎ付けちゃうかもしれないんだから」

「ふん、それがどうした。雑種の群れが何万匹と来ようが我の敵ではない。そのエヴォリュダー・ガイとやらもガオガイゴーとやらも、我の眼前に立ちはだかろうものなら容赦はせん」

 

究極の美貌にニヤと亀裂を走らせたギルガメッシュに、凛はゴクリと大きく息を呑んだ。その獰猛な美しさのせいではなく、「この命知らずめ」という驚愕のせいであるが。

 

「冗談じゃないわ! あいつらに邪魔されてたまるもんですか! 魔術協会も聖堂協会も吸血鬼どももすっかりさっぱり駆逐されちゃったせいで、雁夜おじさんとガオガイガーは最近動きを見せてない。世界のどこに基地があるのかは知ったこっちゃないけど、あの迷惑な奴らが鳴りを潜めてる今がチャンスよ!」

「ふん、何とも小胆な娘だ、女々しすぎて笑えるぞ。形式的とはいえ我のマスターである自覚があれば居丈高に構えているがいいものを何をそこまで弱気になるのやら。たかが図体のでかい鉄くず相手に異能者共が揃いも揃って手も足も出んとは寒心に堪えんな。我なら指先一つで滅してみせるというのに。

ふむ、情けのない貴様にこれを見せてやろう。エルキドゥから貰ったお護りだ。これがあればもう何も怖くない。このようなちっぽけな戦争などすぐに終わらせられるというものよ。そうさな、この戦いが終わったら故郷のバビロニアに帰って実家の王家を継ぐのも悪くない」

「……フラグ乱立しまくるのやめてくれるかしら」

 

ダメだこいつ早く何とかしないとと言わんばかりに表情を引き攣らせる凛を尻目に、英雄王改め慢心王は相変わらずの慢心っぷりを魅せつけてカラカラと哄笑している。しかし、考えようによってはその自信過剰さはこのサーヴァントの強大さの裏返しともとれる。これほどの英霊であれば、必ずやこの聖杯戦争をGGGに察知されることなく短時間の元に勝利することが出来るだろう。

とりあえずムカつく笑い声を止めさせるためにギルガメッシュの後頭部をスリッパでぶっ叩きながら、凛は希望に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

ここで、遠坂家に伝わる遺伝的な“呪い”について言及しておかねばなるまい。その呪いとは、即ち『うっかりエフェクト』と呼ばれるものだ。肝心なところで重大な何かを見落として後々にひどく頭を抱えることになるという、遠坂家に代々受け継がれてきた呪いである。彼女本人は非の打ち所のない下準備を整えた気になっているが、残念なことに今回もその呪いは発動してしまっている。

見逃したのは凛本人だ。それは間違いない事実だ。しかし、彼女を責めないで欲しい。彼女はただ関わりたくなかっただけなのだ。GGGの本拠地がどこにあるかなど知りたくもなかったのだ。

 

だから、GGGの本部―――通称『ベイタワー基地』が、まさか()()()()()()()()()()()()()()()にあるなど知るよしも無かったのだ。

 




次回予告:ギルガメッシュが泣く


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雁夜おじさんが勇者王を召喚してもうなにがなにやら 中編

後編で終わらせる予定だったのに、字数が馬鹿みたいに多くなったので中編が挟まれてしまいました。ギルはまだ泣いてないです。ちくせう。
予定していたよりも文量がどんどん多くなっていく。僕にブレイブが足りないせいだろうか。


「時に小娘、その赤いペンダントはなんだ?妙な宝石が埋め込まれているようだが」

「“マスター”って呼びなさいよ、金ピカ。

この宝石はね、私のお父様が家から出てく時に寄越したものよ。遠坂家に代々伝わる御守りだとかなんだとか言ってね。底が見通せなくて胡散臭いから仕舞いこんでたけど、今回ばかりはありがたく使わせてもらうわ。魔力が充填された宝石であることに違いはないのだし、もしもの時の魔力タンクにはなるでしょ。

あ、ちょっと!勝手に触らないでよ!」

「ほう、これはなかなか比興だな。魔力を流してやるとそれを溜め込むが、仕掛けはそれだけではないらしい」

「アーチャー、アンタこれの正体がわかるの!?」

「いや、我にもそこまでしか分からん。おそらくはこの星とは違う星で創られたものだろうな。隠された機能があると見えるが、全ては見通せん。小賢しいが、並大抵の宝でないことは認めてやろう」

「あによ、もったいぶって結局分かんないんじゃない。役立たずなんだから」

「……小娘、たしか貴様の父親は我に最高級の敬意を払っていたと聞いたが」

「敬って欲しかったらしっかり働きなさい。さ、学校に行くから霊体化して着いてきて。優等生は無断欠席なんてしないのよ」

「……ふん。だが小娘、此度の戦争は短期決戦ではなかったのか?」

「聖杯戦争は夜に執り行われると相場が決まってんの。日が暮れたら街中を飛び回ってサーヴァントを倒しまくるんだから、覚悟決めときなさい。アーチャー」

「言われるまでもない。有象無象どもなんぞに遅れを取る我ではない。例え雑種が数千数万と束になろうと我の敵にはなりえん。何であろうと掛かってくるがいいわ、ふははは!」

「……何故かしら、嫌な予感しかしないわ」

 

 

 

「そういえばこの()()()()、魔力を流すと表面に()って紋様が浮き出るのよね。なんでかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

アインツベルン城地下200メートル

GGG本部『ベイタワー基地』 司令部

 

 

「むうッ、この反応は……!?」

「どうした、ケイネス?」

 

地球全体の霊脈を監視する魔術監視衛星から送られてきた緊急シグナルに、GGGのチーフオペレーターを務めるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは思わず呻いた。その内容が驚くべきものだったからだ。珍しく色めきだった同僚の様子に、GGGの参謀兼戦闘アドバイザーの衛宮 切嗣がケイネスの手元のディスプレイを覗き見る。一時は命を狙い合っていた両者だが、今や互いに信頼しあうGGGメンバーの仲間である。

ディスプレイに表示されていたデータに目を通した切嗣もまた驚愕に仰け反る。

 

「このエリアのマナの数値は異常だ! しかもこのエリアは……ふ、冬木市じゃないかっ!?」

「霊脈の流れも見てみろ、切嗣! ここ数年沈静化していたはずの霊脈が極端に励起している!この流れを辿ると―――」

 

魔術コンピュータが弾きだした分析結果を冬木市の俯瞰画像と重ねる。冬木市の霊脈は、10年前に円蔵山が聳えていた場所を目指して赤々と脈動していた。

 

「まさか、聖杯が復活したというのか!?」

「断定はできないが、その可能性は高い! 冬木の地に詳しい彼にならもっと詳しいことが分かるはずだ!」

「ああ、そうだな! 時臣、いるか!?」

 

切嗣の声を受けて、司令部の前面に据えられた大型スクリーンに、ベイタワー基地研究開発部の映像が表示される。数秒して、スクリーンに一対の男女が映り込んだ。清潔かつ整頓された空間を背景に立つ、壮年の夫婦だ。朱色のスーツに身を包む紳士然とした男が、顎に蓄えた適度な髭を撫でながら()()に問う。

 

『どうしたね、切嗣。そんなに慌てて私たちを呼び出すなんて君らしくないな』

「それほどの事態なんだ! 二人とも、このデータを見てくれ!」

『……!!こ、これはっ!? そんな馬鹿な、あってはならん、あってはならんことだ!聖杯は破壊されたはずだ! 聖杯戦争が再開されるなど……!!』

『あなた、しっかりして!』

 

途端、遠坂 時臣はそれまでの優雅な立ち振る舞いを忘れてグラリと蹌踉めいた。この冬木の地を長きに渡り管理していた彼は、その霊脈の活動パターンが聖杯戦争の前兆を示していると瞬時に理解したのだ。衝撃のあまりたたらを踏んだ彼の背中を妻が支える。

去りし第四次聖杯戦争の折、アーチャーを擁する勢力として戦争に挑んだ遠坂 時臣とその妻である遠坂 葵。この二人こそ、現在、GGG研究開発部を纏め上げる主任と副主任だ。

愛妻に励まされた時臣が数度頭を振り、冷静さを取り戻す。彼ら夫婦は互いを補い、二人で一個の完成形を成す。

 

『ありがとう、葵。こんな醜態を晒しては遠坂家を支えて頑張っている凛に笑われてしまうな。

すまない、切嗣、ケイネス。取り乱してしまったが、もう大丈夫だ。こちらですぐに詳しい解析を進める』

「ああ、頼んだ。ケイネス、諜報部とも連絡を取ってくれ」

「もうやっている。映すぞ」

 

ケイネスが手元のタッチパネルを撫でれば、スクリーンの映像が瞬時に切り替わる。その慣れた手付きは、彼が機械嫌いなただの魔術師であった頃と一線を画していることの証だ。

赤を基調とする研究開発部から一変して、黒を基調とする部屋を背にして一人の男が投影される。鍛えあげられた肉体を神父服に包んだ彼こそ、GGG諜報部を父と共に牽引する元代行者、言峰 綺礼だ。

切嗣が事態を説明しようと口を開く寸前、宿敵だった男はスッと翳した手でそれを制す。

 

『たった今、こちらでも情報を掴んだ。サーヴァントの召喚を察知する霊器盤が先ほど起動したんだ』

「すでにサーヴァントも!?」

『ああ。今のところ召喚されたのはアーチャーだけのようだが、場所までは特定できない。諜報員を送って調べさせている。私もすぐに赴くとしよう』

「頼もしい限りだが、いいのか、諜報部のサブチーフが現場に出て?現場を退いて久しいんだろう?」

『おいおい、舐めるなよ、切嗣。私はまだ現役さ。それに、凛の様子もたまには見てやらないとな。また門前払いをされるだけだろうが』

「頼むぞ。ついでに僕の弟子の様子も見ておいてくれると助かる」

『任せておけ』

 

心強い笑みで親指をグッと立て、綺礼がスクリーンから姿を消す。宿敵として刃を交えたこともあるからこそ、切嗣は綺礼が未だに衰えていないことを理解している。

かつて第四次聖杯戦争で敵対していた者たちが互いを信頼し合い、情報を何の躊躇いもなく開示して最良の対処をしようと力を合わせている。この光景もまた、()()によって齎された奇跡の一つだと言えよう。

 

「切嗣、私の予想では聖杯戦争はすでに止められない段階に入っていると見ていい。私たちの誰にも令呪が分配されていないのでは、サーヴァントを使って抑止することもできない。すぐに()()を呼んだ方がいい。」

「僕もそう思っていたところだ。至急、各国の衛星を経由して彼らに通信を―――」

 

『カッカッカッ、その必要はないぞ、若造ども』

 

そう。奇跡でも起きない限り、この怪老人が味方になることなどあり得ない。

 

「「()()()()!!」」

 

突如、司令部全体を見下ろす中央ホールが重低音を響かせて駆動を始める。核攻撃にも耐えられる分厚い天井部のハッチが開き、独立したモジュールが降下してくる。それは地上にあるアインツベルン城から直接この司令部に移動できるように造られた長官席だ。そして、その席には現在、小柄な老人―――間桐 臓硯が端座していた。

10年前、間桐 雁夜がエヴォリュダ―へと到達したその日、臓硯の人格は激変した。翠緑の輝きに心身を浄化されたせいかもしれない。己の子孫が体現する理想に、過ぎ去りし日に抱いていた尊い想いが蘇ったのかもしれない。変化の過程はどうあれ、臓硯は確かに変わった。もはやその目に嗜虐的な昏い想念は微塵もなく、自身が蓄積した知識と経験を世界平和に役立てようとする純粋な熱意が火の粉を舞わせて煌めいている。

切嗣とケイネスを制した臓硯が、訝しげな顔の二人に向かって「心配無用じゃ」と不敵に口角を釣り上げる。心なしか皺が減り肌にも張りが満ちているようにも見えるのは、彼の心が若かりし日の炎を取り戻した証だ。

 

「わざわざ機械を使う必要もない。人々に危機が迫る時、そこに必ず駆けつけるのがあ奴等じゃからな。のぉ、()?」

 

 

「―――勿論です、お義祖父(じい)様」

 

 

それまで口を開くことのなかった少女―――GGG参謀部機動部隊オペレーター、間桐(・・) ()が確信に満ちた声を返した。

一時は絶望の淵まで追い詰められた彼女だが、夏の碧天を思わせる強い眼差しにはその名残は一切見られない。彼女もまた、雁夜の覚醒と共に勇気の波動に目覚め、己の意思でGGGへ参加したメンバーの一員だ。

同年代の少女よりも二回りは豊かな胸部を揺らし、すっくと立ち上がる。煌めく蒼い瞳は、司令部の分厚い装甲天井を貫き、数千キロ遠くに聳える()()の背中を然と見据えている。

 

そう。彼らを呼ぶのに叫喚を上げる必要など無い。

ただ、手を伸ばせばいい。

ただ、目を瞑ればいい。

ただ、求めればいい。

誰かの生命が危機に晒された時、その名をそっと虚空に唱えればいい。

それだけで、彼らの心には必ず届く。

それだけで、彼らは必ず駆けつける。

 

 

「―――来て、おじさん、ガオガイガー」

 

 

 

 

 

 

数分前

南ヨーロッパ  某地方

 

 

 

 

「『ピアニストになりました。良かったら見に来てね』だと……?ロアの奴め、随分と腑抜けたものだ。盟友(とも)だと思っていたが、あのような地に落ちた愚蒙はもはや同類ですら無い」

 

絵葉書の文面に目を通し、途端に湧き上がってきた憤怒に唾棄する。絵葉書の表に印刷された写真―――地方の小さなコンサート会場らしき場所でピアノを演奏しているのは、盟友と思っていた男、“アカシャの蛇”の二つ名を持つ死徒、ミハイル・ロア・バンダムヨォンだ。額に汗を煌めかせながら恍惚の表情で鍵盤を叩くその横顔は、長い付き合いであるはずの自分も見たことのない満ち足りた様子で、それがまた気に食わなかった。

 

「ふん、実にくだらん。永遠を探求するために転生の技を極めつつあったというのに、志半ばでそれを放棄するなど愚の骨頂だ。如何に世界の理が乱れたと言えど、たかがその程度の障害で泣き寝入りをするなどあり得ん話だ」

 

憎々しげに独り言ち、絵葉書をグシャリと握り潰す。足元に向かって放り捨てたそれは、地に落ちる寸前にロングコートの隙間から()()()()()()()()()に喰われて消滅した。食い足りぬとばかりに首を激しく振り乱した狼は、宿()()の鬱陶しげな視線を受けると瞬く間にコートの中に吸い込まれる。狼の興奮に触発されたのか、コートの中身がザワザワと波打つ。その不気味な様子は、まるで奇術によって無数の獣がそこに潜んでいるかのようだった。

 

「やはり、永遠と混沌を求めるべきはこの私―――フォアブロ・ロワインを置いて他にはいない」

 

風のない草原に立ち、周囲の夜闇よりさらに濃い闇を纒った男が確信に満ちた声音で呟く。

暗黒を凝縮したような漆黒のロングコートに身を包む大男。彼こそ、ロアと同じく死徒二十七祖に名を連ねる人外の化け物。人間であった頃の名をフォアブロ・ロワイン―――二つ名を 黒き混沌 (ネロ・カオス)。死徒二十七祖、()()()()()である。

勇者たちによってこの世界が激変し、死徒二十七祖の面々はネロを除いて全員が姿を消した。ある者は死徒として最期まで抵抗し、迫り来る巨大な拳を受け止めて壮絶な爆死を遂げた。またある者は大人しく浄化されてヒトに戻り、田舎でひっそりと余生を暮らすことを選んだ。ロアがその典型である。

しかし、ネロだけは未だ死徒として活動を続けている。永遠を求めるため、真の混沌を己の手に収めるために666もの獣の生命因子を取り込み続けた結果、かつてヒトだった頃のフォアブロとしての意識はアヤフヤになっている。彼を突き動かしているのはもはや永遠と混沌の探求という妄執だけであり、その妄執に群がる666匹の()()()こそがネロの正体なのだ。

獣の塊がギロリと遠方の目標を見据える。ネロの鋭い眼光は、遥か先で眠る村に固定されている。満月の月明かりを受けてしんと静まり返ったその村は、遠目でも小ささが見て取れる。人口が50人にも満たないような質素な家々を彼方の草原から睥睨し、彼はグルルと低く喉を鳴らす。それは獅子のようであり爬虫類のようでもある奇妙な唸り声だった。だがそれらが言わんとすることはただ一つ、「早く喰わせろ」だ。

GGGの追手から逃れるために人喰いを控えざるを得なかったネロは、ここ10年間たった一人すらヒトを喰らっていないのだ。永遠と混沌を探求するための苦い犠牲にネロは必死に堪えてきたが、彼を形作る獣たちにとって空腹は拷問に等しい。身体の内より叫ばれる渇きの鳴き声に堪え兼ねたネロは、遂に今夜、禁忌を犯すことを決意したのだ。

ロングコートの隙間から獣の唾液がボトボトと零れ落ち、大地を汚す。久方ぶりの獲物を前にして獣たちは興奮の絶頂にある。誰も気に留めることのない地方の寂れた村だが、贅沢は言えない。数分のうちに村民全てを食い尽くしてその場を足早に去れば、さしものGGGも気付くことはないだろう。そのために、わざわざこのような山の奥地まで足を運んだのだから。

 

「この空腹を満たせば、またしばらくは活動を続けられる。如何に強大な力を持ってはいても永遠に君臨し続けることは出来ない。エヴォリュダ―だろうが何であろうが、生命であれば何時かは寿命に敗れる」

 

例え獣の集合体と化しても、魔術師であった過去を持つネロは相当に賢しかった。馬鹿正直に勇者王に対抗するのではなく、敵が死に絶えるまで生き残る道を模索し、実行したのだ。ひたすらに逃げ、隠れ、人間社会と接触せず、飢えを忍びながら闇の中に潜み続けた。元より彼の探求するところは『永遠』であったため、この最良の選択は彼を二十七祖の中でただ一人だけ現在まで生き永らえさせることとなった。

 

「目障りな守護神気取りどもが死に絶えた後に、再び我らの時代が来る。それまで待てばいいだけだ。指を咥えて見ていろ、怠惰に溺れた同胞(はらから)ども。私だけは、如何なる犠牲を出そうとも必ずや真理に到達してみせる……!」

 

呪詛の如き台詞とともに、一歩を踏み出す。この一歩から、悲鳴が、苦痛が、恐怖、絶望が生まれる。目を覆うような地獄絵図が生まれる。次元の違う恐るべき化け物を前にして、弱者はただ恐れ慄き涙を流して地に伏せるしか無いのだ。涙で顔を汚す人間を頭から喰らう様子を想像し、ネロはニヤと嗜虐的にほくそ笑む。

ジャリ、と一歩目が地を踏みしめ、

 

 

 

ザアッと、一陣の風が吹いた。

 

 

 

「―――ァ、」

 

ただ、風が吹いただけだ。気配も感じさせない強風が突然背後から吹き抜けた。ただ、それだけのことだ。

 

「―――ぁが、」

 

だというのに、ネロは動かない。否、()()()()。指先一つ動かせない。声一つ上げられない。片足を踏み出した無様な格好のまま、その場に縫い付けられたように固まっている。

なぜ。馬鹿な。有り得ない。疑問と焦燥と後悔が背筋を震わせる。

疾うの昔に不要と切り捨てたはずの汗腺が復活し、全身から汗が噴き出て肌を濡らす。

 

「―――が、ガ、」

 

硬直した視界に、月明かりに照らされた草原が見える。涼し気な月光にも、さわさわと穏やかに靡く草原にも、ネロの動きを止める力などない。

あるとするなら、それは―――――月明かりを大きく切り取る、()()()()()()()に他ならない。

 

 

『―――ネロ・カオス』

 

 

それは果たして、“語りかける”と言える行為なのか。ただ名を呼んだに過ぎないというのに、その声は確かな圧力を伴ってネロを叩き潰した。喉が詰まり、全身から力が抜け落ちる。砂細工のように地に膝をつくネロには、もはや呼吸をする余裕すら存在しない。

その一歩は確かに、悲鳴を、苦痛を、恐怖を、絶望を生み出した。次元の違う恐るべき化け物を前にして、弱者はただ恐れ慄き涙を流して地に伏せるしか無い。

そう、()()()()のように。

 

「が、ガオ、ガィ」

 

顎が震える。呼吸が早くなる。下半身が言うことを聞かない。思考が回らない。だが、1つだけわかる。たった一つだけ、理解できる。

 

 

『ネロ・カオス。貴様のことはずっと()()()()。このまま静かに生きていれば滅するつもりはなかった。だが、貴様は今、無辜の命を奪おうとした。許すわけには、いかない』

 

 

自分はここで、死ぬのだ。

 

轟。

突如として大気が激しく捻り、周囲の木や草が根こそぎ巻き上げられる。巨木の群れがメキメキと音を立ててへし折れ、草原を埋め尽くしていた草花が宙に吸い上げられて消えていく。あまりの強さに質量を与えられた暴風が鼓膜を穿ち、カマイタチとなって皮膚と肉をズタズタに切り裂く。

 

「ぶ、ぶ、」

 

歯の根の合わない顎で呻く。ネロはこの現象を知っていた。天変地異にも等しいこの()を網膜に焼き付けていた。

それは、かつて最期まで抵抗を続けたアルトルージュ・ブリュンスタッドを、その忠実かつ最強の下僕であるプライミッツ・マーダーを、一撃のもとに彼らの居城ごと粉砕して葬り去った。その様子を見ていた死徒たちは一斉に「なんかもうどうでもいいや」と戦意を喪失してバタバタと卒倒した。ネロを形作る666匹の獣全てが恐怖に震え上がるあの悍ましい感覚を忘れられるはずがない。

 

「ろ、」

 

ネロは背後を振り返ることが出来ない。だけども、背後で何が起こっているのかは嫌でも理解できる。あの恐怖の光景が脳裏で再生されるのだ。

 

「う、」

 

天を突き上げる漆黒の巨腕が猛然と回転する。視認できない速度に達した腕は巨大な竜巻を形成し、空を覆っていた雲を散り散りに吹き飛ばす。物理法則を踏み越えた破壊力が轟々と渦を巻き、豪腕に蓄積されていく。

 

「く、」

 

大地が鳴動する。空気が引き攣る。空間が揺らぎ、ビリビリと悲鳴を上げる。この星そのものが、これから起こる大破壊を前に恐れ慄いている。

 

「ん、」

 

誰も逃さず、誰も許さず、誰も耐えられない。

絶対悪に永遠の終焉を齎す、()()()()

天を切り裂き、大気を震わせ、地殻を抉る、回避不可能防御不可能、文字通りの()()()

その名を――――

 

 

『ブロ゛ウクン゛ッッッ!! マグナ゛―――――!!!』

 

「ひぃいぎゃああああああああああああああああああああああああああっっっ!!??」

 

もはや体面も誇りもかなぐり捨て、ネロは泣いた。啼いて鳴いて泣き叫んだ。幼児のように、敬虔な信徒のように、頭を抱えて許しを請うた。迫り来る圧倒的な死の気配に、ギュッと目を詰むって身体を丸めた。死を切り抜けようとする走馬灯が脳裏を過ぎっては諦観に消えていく。

限界まで爆発力を蓄積したブロウクンマグナムが遂に解き放たれる、まさにその瞬間、

 

 

『―――ガオガイガー、桜ちゃんが呼んでいる。行かなければ』

 

 

すぐ近くで、精悍な声が囁かれた。強靭な精神力に満ち溢れた、若い男の声だ。きつく閉じた瞼の裏から、翠緑の輝きが透けて見える。

 

『―――わかった、カリ』

 

 

 

 

 

 

再び、ザアッと一陣の風が吹いた。

 

「………?」

 

何も、起きない。死んだ感覚はなかった。衝撃も感じていないし、痛みも覚えていない。

不審げに薄く目を開けて、恐る恐る周囲を見渡す。しんと静まり返った様子が逆に不気味だ。少し怖じた後、思い切って背後を振り返ってみる。

 

「こ、これは、いったい?」

 

今のは夢だったのだろうか。背後に聳え立っていたはずの勇者王は忽然と姿を消していた。動転して首を四方八方に動かすが、どこにも姿は見えない。それどころか、周囲の光景は一分前とまるで変わっていなかった。どこまでも続く若緑の海原がさわさわと波打ち、優しげな月の光が辺りをそっと包み込んでいる。穏やかな草原には、勇者王がいた痕跡は微塵も見当たらなかった。

アレは何だったのか。欲望に負けた己の理性が垣間見せた幻だったというのか。それとも、本当に―――。

 

「……いや、やめよう」

 

思い出すだけで汗が吹き出す。精神衛生上よくない。

未だ震えの止まらぬ足を叱咤して立ち上がり、涙で濡れた目元をコートの袖でグシグシと拭う。鼻水を啜り上げてキリリと表情を引き締めれば、後には常の“黒き混沌”ネロ・カオスが残った。生まれたての子馬のように足をプルプルと震えさせているのを除けば、の話だが。

あれが現実だったのか夢だったのか、そんなことはどうでもいい問題だ。これから為すべきことはすでに決まっているのだから。

 

目的の村まで辿り着いたネロは、まだ明かりの灯っている家に当たりをつけて歩み寄る。木製の質素な玄関扉まで近寄れば、中からは老夫婦らしき男女が談笑する声が聞こえた。思わぬ好都合にニヤと笑みを浮かべ、ドアを控えめにノックする。

真夜中の訪問者を訝しげな顔で出迎えた老夫婦に、彼は第一声を放つ。

 

「夜分にすいません。私は動物学者をしているフォアブロ・ロワインという者ですが、道に迷ってしまいまして……。あ、いえ、決して怪しい者ではありません。はは、」

 

誰だって死にたくはないのだ。

 

 

 

 

 

数時間後

衛宮邸 土蔵

 

 

 

 

 

「なんでさ」

 

彼がそう呟くのも無理はない。彼は完全なる被害者なのだから。

()()()()()()()の彼は、まだ少年だった。故郷の穂群原学園に通う、ちょっと変わった高校生である。彼はいつも通り学園に通い、常と変わらない学生生活を送り、ちょっと友人から頼まれた野暮用を済ませて、それから帰宅しようとしていただけだった。

10年前、冬木市の上空に顕現した勇者二人。黒鉄の巨体で天空に君臨する巨神と、それに匹敵する存在感を放つ翠緑の男。その神々しい波動、雄々しい背中、熱い魂は、当時幼かった彼の心に強烈な憧れを抱かせた。もしも勇者たちがいなければ自分も周辺住民も黒い泥に呑まれて死んでいたと知らされてからは、その想いは“信仰”と言っていいレベルにまで跳ね上がった。

「命の恩人たちに報いる。その隣に立ち、共に世界平和のために正義を行なう者となる」。

憚ることなくそう公言して止まない彼が“正義の味方”を本気で目指すようになったのは必然だった。

かくして、彼はGGGメンバーである衛宮 切嗣に何度となく頼み込んで弟子入りを果たし、日夜勇者になるべく修行に励んでいる。師匠がいない間は広大な武家屋敷の体を成す衛宮邸の管理を一人で担っており、努力を怠ることを知らない直向きな少年である。努力はやがて結果へと結びつく。そう信じて、彼は毎日を研鑽に費やし続けた。

 

そんな彼の人生は、この日、唐突に激変した。

夜の学校で繰り広げられていた、人外たちの戦闘―――青装束に身を包む槍兵と、黄金の鎧に身を包む()()の戦闘を目撃したことは、彼の生涯の大きな転換点となった。

王者の風格に漲る金色の男が高笑いしながら槍兵を弄ぶ。その攻撃たるや、まさに異常だ。男の背後から綺羅びやかな宝剣が現れては飛び去り、槍兵を襲う。槍兵は間合いに近づくどころか、逃げることも構えることも出来ない。完全に圧倒されていた。圧倒されているのは少年も同じだった。早く立ち去ってGGGに報告をしなければならないのに、目の前の異能者たちの戦いは恐ろしくも見事で、その緊張感に呑まれて身動きが出来なくなっていたのだ。

よほどストレスが溜まっていたのか、勝者の楽しみを噛み締めた金色の男がカンラカンラと声高々に笑う。さも愉快そうな笑い声はこちらにもよく届くほどに五月蝿かった。次の瞬間、「遊んでないでさっさと止めを刺しなさいよ金ピカ!」という女の子の声と共に男の後頭部にスリッパが振り下ろされ、男の攻撃がピタリと止む。戦場に張り詰めていた空気がふっと緩み、身体の自由を取り戻す。逃げなければ、と摺り足で後退する。

それがいけなかった。

 

「誰だッ!?」

 

いったいどんな聴覚をしていれば、数十メートルも離れているはずのこちらの足音を察知できるのか。槍兵はギロリと少年を射抜くと、持ち前の俊足でぐんぐんと迫ってきた。

少年は走った。普段から鍛えていた彼の脚力はそれなりのものだった。命の危機ともなれば、その速度は眼を見張るものがあった。……とは言え、人外相手にそんなものは亀にも劣る。彼はあっという間に追い縋られ、異形の長槍に胸を突かれて苦しむことなく絶命した。

 

「……なんでさ」

 

と思いきや、彼は生きていた。血の跡はあれど、胸には傷ひとつ見られない。なぜか赤い宝石を埋め込まれたペンダントがその場に放置されていたが、それだけだった。誰かが治療してくれたのかもしれないが、礼を言おうにも相手がわからない。その内、死ぬ前に見た戦いの光景が幻覚なのかどうかもアヤフヤになってきて、彼は帰宅することにした。

首をひねりながら帰宅した彼は、一応師匠に一報を入れていくべきだろうと考えて電話に手をかけた。同時に衛宮邸に鳴り響く、けたたましい鳴子の音。衛宮 切嗣が対侵入者用に敷設した結界の音だった。

 

「小僧、まさかてめぇが魔術師だったとはな。道理で死なねえわけだ」

 

全身を走る怖気に振り返れば、先ほどの槍兵が獰猛な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。彼は咄嗟に強化魔術を用いて防御を繰り出すが、人外の前ではまったく歯がたたない。

 

「なんでさー!?」

 

理不尽な状況に叫びつつ、彼は庭へ吹き飛ばされる。

骨まで痺れる激痛に、もはやこれまでかとグッと臍を噛む。だが、師匠から受けた数々の修行の中に「諦める」というものは無かった。最後まで戦って戦って、絶命する瞬間まで戦い抜いてやる。

 

「へえ、いい根性してやがるじゃねえか。鍛えりゃいい線行ってたかもしれねえのに、殺すのは残念だ」

 

心から残念そうに、心から楽しそうに、槍兵は少年を追い詰めていく。歯を食いしばって立ち上がった少年は、武器になるものを探して土蔵の中に踏み入った。記憶を頼りに暗闇を探り、目当ての物を掴む。

 

「行くぜ、小僧!精々頑張ってくれよォ!!」

 

地を踏みしめ、槍兵が槍を突き出して土蔵内に突入する。木刀を手にした少年が決死の反撃に打って出る。

一瞬にして木刀が木くずと化して散逸する。ペンダントが衝撃で滑り落ちる。床に落ちたペンダントが赤く輝く。

少年の眼前に切っ先が迫り―――

 

 

「プラズマソードッ!!」

 

 

土蔵を()()()が満たした。

 

 

 

 

次回予告:

対機界31原種撃滅用決戦兵器 恒星間航行型 ジェイアーク級超々弩級宇宙戦艦 VS ギル




ギルを泣かせるはずがネロが泣いてしまった。ネロかわいそう。全部ギルが悪い。


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雁夜おじさんが勇者王を召喚してもうなにがなにやら 中編その2

アルトルージュ「あの時は死んだかと思ったわ」
アルクェイド「窓から白旗振ってたのに気付いてもらえてよかったじゃない。私が“抵抗なんてやめとけ”って助言したおかげでしょ。感謝してほしいわね」
アルトルージュ「うっさいわね!城を木っ端微塵にされてアパート住まいになっちゃったことに変わりはないのよ!」
アルクェイド「あっはっはっはっ!姉さんざまぁ!!」
志貴「お、そろそろ始まるみたいだぞ、ロアのピアノコンサート。ミュンヘンで演奏だなんて、アイツも出世したよなあ」
アルクェイド「ホントだ。生き生きしちゃって、相変わらず楽しそうねえ。
あっ、あれネロじゃない?お~い!」
アルトルージュ「久しぶりじゃない。今なにしてんの?」
ネロ「獣医師」


「問おう、貴様が我がマスター(アルマ)か」

「アル、マ……?」

 

 少年のことを“アルマ”と呼ぶその男は、およそ常人とは思えない風体の戦士―――そう、まさに戦士(・・)としか言いようのない男だった。

 ほんの数秒前まで命の危機に瀕していたことを、少年は忘れた。眼前の男の驚異的な疾さ(・・)を魅せつけられ、言葉を失うしかなかった。確かに、槍の切っ先は少年の眼球に突き立つ寸前まで迫っていた。槍兵の放った刺突は、次の瞬間には眼球を貫いて脳みそをミキサーのように蹂躙するはずだった。しかし、彼は生きている。無傷のまま、両の目で男を呆然と見上げている。

 

 真っ直ぐに迫る槍先が眼球の皮膜を破らんとするまさにその刹那、突如として魔法陣から出現したこの白亜の戦士は、ひと目で少年の危機を悟ると槍兵の動きを遥かに超える一閃で槍を打ち払った。それどころか、返す刀で鍔迫り合いに持ち込むと、人外の膂力でもって槍兵を土蔵の外まで弾き飛ばしてみせたのだ。その一連の攻撃は、時間にしてわずか0.1秒にも満たないほどの神速の業であった。

 およそヒトでは成し得ない動作の直後にも関わらず、男の息は少し足りとも乱れていない。改めて、屈強という言葉では不十分な目の前の戦士を凝視する。天を突くような長身は靭やかに引き締まった筋肉で形作られ、それを鋭角的な白亜の鎧で覆っている。動きを阻害しない程度のそれらは地球の金属とは思えない神秘的な質感を放ち、少年の目を奪った。特徴的な兜に遮られて目元は見えないが、鉤爪のような鋭い鼻梁は猛禽類を彷彿とさせる。

 

しかし、そんな見た目よりもずっと際立っているものがある。……貫禄(・・)が、違うのだ。

 衛宮 切嗣や言峰 綺礼も、目の当たりにしてみれば一級の殺し屋としての“重み”を感じることが出来るだろう。だが、この戦士はそれらとはまったく異なる貫禄を有している。格が違う。次元が違う。否、世界が違う(・・・・・)。まるで、生まれながらに倒すべき宿敵が定められ、戦いの果てに討ち果てることを運命づけられたかのような、儚くも誇り高い男だった。

 孤高の戦士が纒う苛烈な鬼迫(・・)に気圧され、少年は声も出せない。その様子に了承の意を感じたのか、戦士は一度頷くと先と同じく精悍な声で宣言する。

 

「我が名はソルダート・J。ここに契約は完了した。今より貴様が我がアルマとなった。三重連太陽系で最高の戦士が、貴様の敵を一夜にして駆逐し尽くそう。万能の願望器をこの手に収め、必ずや我らの手で赤の星を蘇らせるのだ」

 

 言っていることはまったく理解できない。だが、その言葉に込められた感情が只ならぬものであることはわかる。ギリと決意に固く握りしめられた拳が何よりの証左だ。両肩から立ち上る凄まじい闘気が、土蔵を破裂させんばかりに燃え上がる。何度となく死線を乗り越えた者だけが纒うことを許される、極限まで洗練された闘志の炎だ。

 

 

「―――まさか、小僧がマスターになるとはな。しかも、とんでもねえ奴まで召喚しやがって……」

「―――ッ!?」

 

 鬼神の如き戦士の迫力に呑まれ、思わず忘れてしまっていた。ゾッとして声の方を見やれば、土蔵の入り口を背にして青の槍兵が立ち塞がっていた。青装束の胸元には真一文字の切り傷が刻まれ、ジワジワと血が滲んでいる。十中八九、戦士によるものだろう。あの須臾の交錯の中、この白亜の戦士は槍兵の攻撃を弾くだけに留まらず、なんと反撃の一太刀まで刻んでいたのだ。

 手傷を負った槍兵は先ほどまでの余裕綽々な態度をかなぐり捨て、何時でも攻撃を繰り出せるように腰を低く構える。双腕の筋肉が見る見る膨張し、図太い血管を葉脈のように全身に浮き上がらせる。その表情も、少年を追い詰めていた時とは打って変わって切羽詰まっている。槍兵は本気だ。この戦士と対峙するには命を懸けるしか無いと心得て、不退転の覚悟で望んでいる。彼にも、白亜の戦士から滲み出るナニカを感じ取れるらしい。むしろ同じ武に生きる者だからこそ、少年よりも多くのものを感じているのだろう。果たしてその覚悟は、白亜の戦士を振り向かせるに至るほどのものだった。

 

「青の星の戦士か。私のプラズマソードを間一髪で回避するとは、並々ならぬ猛者のようだな」

「お褒めに預かり光栄だぜ。だが、不可視の剣ってのは反則じゃねえか?いや、実態のない(・・・・・)剣って言った方がいいな」

「……ほお」

 

 猛禽の兜の奥で、戦士の双眸がスッと細められる。対する槍兵も矢張り只者ではなかった。一瞬にも満たない交錯、しかも心臓の位置に一太刀を浴びながら、白亜の戦士を鋭く分析していたのだ。絶体絶命まで追い詰められながらも反撃の糸口を探る猛々しい姿勢は、この槍兵が歴戦の強者であることを物語っている。

 

「詫びよう、青の星の戦士。そして誓おう。次の一撃は手を抜かん」

 

 言うやいなや、組んでいた腕を解き、手甲で覆った両の手を自由にする。剣は手にしていない。否、槍兵の言が真実であるのなら、彼の剣には形がない(・・・・)。とすれば、一見すると無防備に見える飛翔直前の鳥類のような構えこそが、この戦士にとっての戦闘態勢だ。

 

「当然だ、クラス最速(ランサー)を舐めんじゃねえ。次は本気(マジ)だ」

 

 槍を握る手がギリリと音を立て、重心をさらに低くして腰だめに構える。その身構えは、まるで身体そのものを弓とするかのようだ。ならば、異形の槍はまさに引き絞られた巨大な矢だ。矢の穂先がピタリと虚空に固定され、白亜の戦士の眉間を狙う。槍兵はこの穿刺に全身全霊を賭ける腹積もりだ。常人なら正対しただけで気絶するほどの殺気を受けて、しかし戦士は微動だにしない。速度での敗北などあり得ないという矜持と誇りをそのまま瞬発力に変換し、来るべき瞬間に備えて両脚に注ぎ込んでいる。あたかも西部劇のガンマンが引き金に指をかけたまま静止するかのように、たった数メートルの間合いを開けて二人の一切の動きが止まる。

 

 

静寂が、訪れた。

 

 

 割れる寸前の風船のような、火を噴く寸前の銃口のような、肌を引き攣らせる静寂が土蔵を支配する。我知らず、少年はゴクリと喉を鳴らす。乾き切った喉は水分を嚥下できずに上下するだけだ。高圧の殺気に、斬り付けられるような激痛が皮膚を刺す。掌に食い込んだ爪先から血が滲む。キンと張り詰めた鼓膜は今にも裂けて血を吹き出しそうだ。肺を潰されるような息苦しさで目眩がする。開きっぱなしの眼球が血走り、視界が赤黒く濁る。だというのに、少年は目を逸らせない。この戦いが己の命を左右するからではない。この超常の戦闘から目を逸らしてしまえば、これからの人生が何の意味もない時間の積み重ねに成り下がってしまうことを理解しているからだ。

 速度は、白亜の戦士が一枚上手だろう。おそらくは技の練度も。それは一度刃を交えて打ち負けた槍兵が誰よりも理解しているはずだ。その隔たりを理解して尚正面から切り結ぼうとするのなら、きっと次の一撃は、槍兵がその身に積み上げてきた技の粋を極めた絶技に違いない。槍を極めた強者(つわもの)が己の全てを掛けて放つ至高の一撃。例え失明しようともそれを脳髄に焼き付けなければ、この先何千何万回と生まれ直そうとも、同じ光景を見ることは絶対に叶わない。

 雲が流れ、ゆっくりと月が翳る。土蔵に暗闇が落ちて、何も見えなくなる。両肩に伸し掛かる闇に震えながら、少年は悟る。この影が晴れた刹那、すでに勝者は決まり、敗者は地に付しているのだと。

 

「なッ!?」

 

 そして、気付く。槍兵の異形の槍が紅く輝いている(・・・・・・・)ことに。練りに練られた魔力が熱を帯びて発する闇の灯火(・・・・)。暗闇にならなければ気がつけなかったであろう超常の紅光が、槍兵の口元を淡く照らす。果たせるかな、槍兵はギラつく犬歯を剥き出しに必勝の笑みを滲ませていた。

 少年は知るよしもないことだが、その紅い長槍こそ最強の槍兵(クー・フーリン)の得物にして最凶の切り札(・・・・・・)―――その名も『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』である。魔力を充填し、真名解放によってその真価を発揮すれば、例え敵が如何なる駿足や大盾で身を護ろうと因果を逆転させて確実にその心臓を破壊する、神話に語り継がれる魔槍だ。

 

世界に名高いその宝具は、今まさに真名を開放される寸前にあった。

 

「あの女には“宝具は使うな”って言われてたんだが、テメェ相手には無茶な話だ。遠慮無く使わせてもらうぜ」

 

 もはや隠す必要もなくなったのか、槍兵が鋭く笑う。弓のように引き絞ってみせた身体も、渾身の突きの体勢も、全てフェイクだった。全身全霊を賭けた穿刺を放つかのような殺気は、ただの見せ掛け(・・・・)に過ぎなかった。槍兵は、その魔槍に秘められた怪異の力で白亜の戦士を仕留めるつもりだ。彼には速度で挑むつもりなど毛頭なかった。一太刀を浴びた段階で技では敵わぬと見切りをつけ、宝具による決着を付けることを決意して密かに魔力を充填していたのだ。なんということだ。互いに引き金に指をかけて睨み合っているはずが、いつの間にか片方はすでに弾丸を放っていたのだ。

 槍兵の表情と魔槍に漲る魔力から全てを悟った少年は、その冷徹な決断力に思わず呻き声をあげた。卑怯ではない。反則でもない。槍兵は確かに「本気で挑む」と宣言したではないか。必勝必殺の虎の子を持ち出さなければ倒せぬ敵だと判断したから躊躇いなく実行したのみだ。

 

「その心臓―――」

 

 一言一言に力を込めるように、槍兵が低く唱える。担い手の意思に応じた魔槍がその輝きを増して鮮血の如き紅光を放つ。外が明るくなる。ジワジワと影が晴れていく。雲の切れ目が広がり、月明かりが迫る。再び土蔵内が月光で満たされるまで、あと僅か。

 

「―――貰い受ける―――!!」

 

 ウォン。槍が唸りを上げる。天地自然の条理を覆す神代の武具がギシギシと世界を軋ませて(・・・・・・・)吠えている。敵の血を啜るのを今か今かと待っている。槍兵がその手綱を離せば、次の瞬間には白亜の戦士の心臓は挽肉と化すだろう。

 遂に、月光が入り口から侵入してくる。入り口を背にする槍兵の背中を静かに照らし、次いで白亜の戦士を穏やかに抱いてゆく。槍兵の術中にまんまと嵌った戦士の引き攣る顔が顕になるまで、あと少し―――。

 

「ンだとォ……!?」

 

 驚くべきことに―――戦士は、嗤っていた(・・・・・)。想定外であるはずの必殺宝具を前に、さも満足そうにくつくつとほくそ笑んでいた。

 

「私はこの聖杯戦争とやらを矮小な土地での小競り合いに過ぎないと考えていた。たかが一つの惑星の中(・・・・・・・)での小戦でしかないと過小評価していた。だが、その甘い認識を改めよう。この戦争は、我らソルダート師団の誇りを掛ける価値がある。死力を尽くす意味がある」

「てめえ、いったい何を言っていやがる……!?」

「このような果てなる地で貴様のような強者に巡り会えたのは僥倖だった。これでようやく、私も本気を出せる(・・・・・・)!!」

 

 月光を浴びた白亜の鎧が、ギラギラと光沢を帯びて歓喜に輝く。槍兵の宝具を眼前に突きつけられながらも、怖じた気配はまったく見られない。むしろ、瀬戸際まで追い詰められた状況を楽しんでいる。闘志に火を付けられたことを喜び、最高に高揚している。この余裕の源は何か? 答えは簡単だ。この白亜の戦士には、槍兵の切り札に勝る切り札(・・・)があるからだ。

 それは例えば、戦士が高々と突き上げた左腕で燦然と輝く、真紅の宝石(Jジュエル)だ。

 

「貴様が宝具を解放するのであれば、対峙する私もまた、持てる最強の宝具解放で応じなければなるまいッ!!」

「う、おぉ……ッ!?」

「ぅわあッ!?」

 

 Jジュエルが眩いばかりの烈光を爆発させる。質量を有したスパークが膨れ上がり、まるで目に見えぬ拳のような衝撃を周囲に叩き付ける。烈火のような赤い光は、針先ほどの粒子一つ一つが膨大な魔力の凝縮体だ。余波を受けた物品は一つ残らず粉々に破壊され、分厚い土壁に幾重もの亀裂が走り、柱を基礎を屋根をと次々と欠落させてゆく。

無限の 魔 力 (エネルギー)を溜め込む真紅の宝石は、超々高速複雑精緻な魔力回路の結晶だ。神を使役するため(・・・・・・・・)の宇宙最強の宝具だ。

 

「今こそ、我らソルダート師団の力を全宇宙に示す!!」

 

 マズイ、と。この時、槍兵(ランサー)は心から恐怖した。必勝のために持ちだした奥の手は、最悪にも、彼が未だかつて経験したことのない恐るべきナニカ(・・・)を呼び起こしてしまったのだ。それでも一歩も引かぬのは、槍兵の最後の意地だ。

 何を怯えることがある。まだ勝機はある。例え勝てなくても、相打ちに持ち込むことは出来る。ゲイ・ボルクを放てば、例え次の瞬間に自身が消し飛ばされようとも敵の心臓を確実に貫くことが出来る。必死に自分に言い聞かせると、地響きに揺れる大地を然と踏みしめ、槍兵は切り札を解放する。

 

「げ、ゲイ・ボル―――」

 

 

 恐怖のあまり、彼は忘れてしまっていた。槍兵は、速度では白亜の戦士に勝てないことを。技の速度でも――――宝具解放の速度(・・・・・・・)でも。

 

 

 

 

 

「発進せよ!! ジェイア―――――――クッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、冬木市上空では。

 

 冬木の夜天を、一隻の船(・・・・)飛翔(・・)している。黄金とエメラルドで形作られた見目麗しきその船は、古代インド最古の叙事詩マハーバーラタに描かれた伝説の『ヴィマーナ』である。満月を背にして優雅に空を舞う姿はまさに浮かぶ芸術である。

その光り輝く至宝の船の上では、現在、その持ち主であるはずの半神の男がツインテールの少女に髪の毛を激しく引っ張られていた。

 

「もう、なんですぐに気が付かなかったのよ金ピカ! 間に合わなかったらどうすんのよ!?」

「ええい、五月蝿いぞ小娘! 我が温情で忠告してやったというのに仇で返しおって!」

「ランサーがアイツをまた狙うかもしれんぞムハハハ、なんてワイン飲みながら言われたってこれっぽっちも恩は感じないわよ! いいから急いで! アイツの家まであと少しよ!」

「あだだだだっ! だから髪を毟るな、無礼者め! この我をここまでコケにするとは―――ん?」

 

 王を王とも思わぬあまりに扱いように肩をいきり立たせていたギルガメッシュが、はたと眼下の武家屋敷に目を落とした。眉を潜める横顔が気になり、つられて凛もヴィマーナから身を乗り出して地上を見下ろす。そこには目的地である少年の家がひっそりと鎮座している。庭の一角を占める土蔵を除いて。

 

「……なんで土蔵が崩れかけてんの?」

「我が知るか。そんなことより、入り口を見てみろ」

 

 なぜか、土蔵がガラガラと現在進行形で崩壊していた。まるで内側で何かが爆発したかのようだ。ギルガメッシュに促されて土蔵の入り口に目を凝らすと、申し合わせたように蒼装束の男が大慌てで飛び出してきた。

 

「あ、あれはランサー!? しまった、もう追いつかれてたんだわ! じゃあ、あの土蔵の破壊はランサーが!?」

「……にしては、妙な狼狽えようだな」

 

 言われてみれば、ランサーの様子は確かに不思議だ。ほとんど転がりながら無我夢中で飛び出してきたランサーの態度は、どうにも破壊を起こした張本人のそれではない。土まみれになるのも構わず地面に尻餅をついてヒイヒイと肩を大きく上下させる姿は、まるで何かに怯えているかのようだ。

 

 

ゴウンゴウンゴウン(・・・・・・・・・)

 

 

「よくわからないわね。 状況から見るに、ランサーはアイツの家まで追いかけてきた。おそらくは土蔵まで追い詰めた。だけど、土蔵は崩れて、ランサーはなぜか庭で怖がってる。むう、さっぱりわからないわ。何があったのかしら?」

「おい、小娘。雑種がこちらに気づいたぞ。何か叫んでいるようだ」

「あ、ホントだ」

 

 

ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)

 

 

 持ち前の動物的な勘が働いたのか、ハッと上空を見上げたランサーが驚愕に仰け反った。そのままヘナヘナと地面にへたり込み、ガクガクと震えている。ギルガメッシュがそれほどまでに恐ろしいのか、それともそれ以上に恐ろしい(・・・・・・・・・)何かを恐れているのか、歯の根の合わない口からしきりに何かを叫んで上空を指さしている。

 

 

ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)

 

 

 しかし、近くで工事でもしているのかやけに聞き取りづらい。何故だか月明かりも巨大な雲に隠されてしまったせいで、暗闇では口の動きで探ることも出来ない。

 

「ちょっと、ランサー! なに言ってんのか全然聞こえないわよー!? もっと大きな声で言いなさいよ―!!」

「ふん、役に立たん奴だ。どれ、我が見聞きしてしんぜよう。……ふむ、“う”と“え”を繰り返しているようだな」

「“う”と“え”?」

 

 腐っても 弓 兵 (アーチャー)クラスだ。感覚器官のポテンシャルは高いらしい。

もう一度ランサーの方を見下ろして目を凝らしてみる。なるほど、“う”と“え”と繰り返しながら両手をぶんぶんと振り乱しているらしい。恐怖のあまり錯乱するような英霊だったかと思い返してみるが、そうではないのでますます不可解だ。身振り手振りをしながら喚き立てる姿は、見ようによってはこちらに危険を知らせようとしているかのようでもある。

 

 

ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)

 

 

「くっ付けると……うえ(・・)?」

「“上”か。ふはは、何を馬鹿げたことを。王の領域たるこの空で、我より上に存在するものなどあり得ぬわ」

「それは一理あるわね。―――っていうか、」

 

 

ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)ゴウンゴウン(・・・・・・)

 

 

「さっきからゴウンゴウンうるさいわね! いったい何が―――ムビャッ!?」

「ええい、さっきから暗いぞ! いったい何が―――ギャブッ!?」

 

 撥ねられた(・・・・・)

 言わずもがな、ここは空中である。“撥ねられた”という表現は不適切だと思うだろう。だが事実として、ヴィマーナは撥ねられた(・・・・・)。それはあたかも、不用意に飛び出した50cc原付バイクが大型30トントレーラーに弾かれたかのようだった。トレーラーは通り抜けざまにただ掠っただけだというのに、原付バイクはその余波だけで粉々に大破して注意不足の運転手諸共彼方へ吹っ飛んだ。普通に考えるのであれば、インド神話にその名を残すヴィマーナをスーパーカブに例えるなど正気の沙汰ではない。ガンジーですら助走をつけてバーフバリの如き勢いで殴りかかるレベルの暴論である。大体、現代の航空機程度では古代文明の技術の結晶であるヴィマーナには傷一つ付けられないはずなのだ。だが、その認識を嘲笑うかのように、ヴィマーナは現在墜落の一途を辿りつつある。

 

「な、なに!? 何が起こったっていうの!? ヘリかジェット機にでもぶつかったの!?」

「ば、馬鹿な! 我がヴィマーナをこうもいとも容易く砕くなどあり得ん! 何者だ―――!?」

 

 翼を失い、動力部にも甚大な被害を被ったヴィマーナがひゅるひゅると落下していく。黄金の尾を曳きながら落ちていく様は儚い流れ星のようだ。その流星に必死にしがみ付く二人が、自分たちを叩き落とした何者かを睨め上げる。果たしてそれは、不用意に近づいたヘリコプターか、偶然低空飛行をしていたジェット機か―――。

 

「……なにそれ」

「……あり得ん」

 

 ヘリコプターでもなく、ジェット機でもなかった。現代の航空機ではなかった。そもそも、航空機でもなかった。ヴィマーナの翼を易易ともぎ取ったそれは―――宇宙戦艦(・・・・)だった。




聖杯戦争、壊れる


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