モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜 (地沢臨)
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参考資料
「手羽先(L)」設定資料


公開日:12/20
最終更新:2/21

スキルや魔法、アイテムの掲載は本編で登場した物から順に並べています。
(一部本編中では正式名称が出ていない物を含めています)
本編の更新と共にこちらも随時追記予定。


《アバターネーム:手羽先(L)(てばさきえる)》 Lv.100

 

 

【挿絵表示】

 

 

・種族レベル

 天使(10)

 大天使(10)

 権天使(5)

 主天使(5):派生3種の内、バランス型のステータスを持つ

 死神(10):天使・アンデット・レイス種の特殊派生として

 ペイルライダー(5):同上

 

・職業レベル

 クレリック(10)

 バプティスト(4):「洗礼を行う者」の意

 ビショップ(15)

 パラディン(15)

 クルセイダー(10)

 ベルセルク(1)

 

・取得種族による基本特殊能力(一部)

 飲食不要

 酸素不要

 毒・病気・睡眠・麻痺・即死無効

 能力値ダメージ無効

 クリティカルヒット無効

 上位物理無効Ⅲ

 上位魔法無効Ⅲ

 精神作用耐性Ⅲ

 神聖・正属性エリアでの能力値アップⅢ

 即死魔法強化

 飛行(パッシブ)

 天眼:種族・状態異常表示+視覚阻害無効

 死神の眼:HP・MP・モンスターのエネミーネーム表示

 変化(人間種):表示される種族とアバターの外見を人間種に変更する

         レベル・取得魔法・取得スキル・基本特殊能力は継続使用可

         基礎ステータス中、種族ボーナスによる上昇分は適応されない

 

・取得スキル(一部)

 祝福・神聖魔法耐性Ⅳ

 物理強化Ⅲ

 打撃武器強化Ⅳ

 祝福・神聖魔法強化Ⅳ

 浄化のオーラⅠ~Ⅴ:Ⅰ〜Ⅲ=不死者禁忌・Ⅳ〜Ⅴ=神聖属性ダメージ

 パリィ

 ミサイルパリィ

 シールドアサルト:盾で殴る

 無形の洗礼:アイテムの聖水を消費し、モンスターを一時的にテイミングする

       ※ゲーム中ではプレイヤーの召喚したモンスターは効果適応外だった

 

・取得魔法(一部)

《ホーリー・スマイト/善なる極撃》

《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》

《オラトリオ・メサイア/救世主の聖譚曲》:信仰系補助魔法

 総合攻撃力上昇・総合防御力上昇・総合耐性上昇を兼ねる。効果音がとてもうるさい

《ブレイズ・オブ・グローリー/燃え立つ栄光》:信仰系補助魔法

 効果中に攻撃判定が複数発生する攻撃を受た場合、初段のパリィ判定を2段目以降に反映させる

《キリエ・エレイソン/憐れみの賛歌》:信仰系補助魔法

 使用者とパーティーメンバーの正属性耐性を高める。効果音がうるさい

《サモン・エンジェル・~/天使召喚》:※第9位階まで

《ゲッシュ/禁忌の誓い》:禁止ワードやアクションを設定してダメージを与える低位の呪詛

《命令の光/レイ・オブ・オーダー》:信仰系魔法版のドミネート

《土は土に/アース・トゥ・アース》:超位信仰系魔法、退散魔法を超越したなにか

 モモンガの「あらゆる生ある者の目指すところは死である」の退散魔法版が内臓されている

《灰は灰に/アッシュ・トゥ・アッシュ》:第10位階信仰系退散魔法、上位退散耐性Ⅲを貫通する

《塵は塵に/ダスト・トゥ・ダスト》:信仰系退散魔法

 

・装備アイテム(一部)

 

「ザバーニーヤ(死天使の鎧)」:ゴッズ

 即死・呪詛魔法の無効化および強化と、カルマ値の変動を止める効果がある

 頭・胴・腕・下半身・靴の装備スロットを全部塞いでしまい、装備すると外装が統一される

 外装をアルベドの鎧と同じ作者に依頼しており、脚部のモデリングが使い回されている

 

「背信者の振り香炉」:レジェンド

 司祭杖の先に振り香炉がぶら下がっている。魔法攻撃力が杖並に高いフレイル

 「不浄への施し」という特殊効果が付いており、信仰系の魔法でアンデットを回復させたりバフをかけたりが出来る

 

「秘めたる信仰の鏡盾」:レガシー

 基礎防御力と基礎攻撃力を捨て、パリィ時のカット率とカウンター率だけに特化させた大盾

 パッシブカウンターの特殊効果と派手なエフェクト付き。

 

「大剣(対天使用)」:レリック

 とある古典漫画作品をオマージュした、大きく分厚く無骨で大雑把な外見の両手剣

 ゲーム内で無料配布された外装に、対天使特効のデータクリスタルを限界までつぎ込んでいる

 

「明けの明星」:ゴッズ

 竜すら薙ぐ光の刀身を持つ巨大な両手剣、待機状態は刀身が消えて笏に見えるギミック付き

 外装とギミック再現に必要なデータクリスタルのリストは外部Wikiで無料配布されていた

 名称は外装の製作者に因む



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序章「黄昏の向こう側」
半年ぶりの再開


まだゲーム内


「そういえばモモンガさん、公式サイトは見ました? 」

 

 次々と襲い来る《霜巨人(ヨトゥン)の軍勢》の真っ只中で、たった2人の即席パーティーが討伐の片手間に世間話をしていた。最近の狩場情報や時間沸きボスの競争率、バザーの相場等々から始まったその話は、ついにお互いがあまり触れたくない領域へと達してしまう。

 

「見ましたよ……はぁ、ついにユグドラシルも終わりなんですね……」

 

 悲しみを示すアイコンを貼り付けた骸骨が、それ以上の哀しみを込めた声で嘆きながら《破裂(エクスプロード)》を発動する。途端目の前に迫っていた巨人の一体が重々しい悲鳴をあげて消滅し、周囲に金貨とデータクリスタルを撒き散らす。

 

「オワコンと言われ続けて早数年、サービス開始から……12年でしたっけ? 」

 

 話題は今まさに彼等のいる空間。DMMORPG『ユグドラシル』のサービス停止についてだ。

 

「12歳となると、もうすぐ小学校も卒業って位でしょうか……」

「下手したらゲームも卒業の歳ですね……」

 

 ですねぇ、と嘆きのアイコンを出す隣の天使は、その片手間に左腕の盾で迫る巨人を弾き飛ばし、その背後の巨人諸共フレイルの一撃で亡き者にしていた。

 2人がぐだぐだと世間話や思い出話を続ける間にも、周囲を埋め尽くしていた巨人は瞬く間に数を減らし、既に軍勢は壊滅状態となっている。

 

「この辺でちょっと休憩にしましょうか。《ホーリー・スマイト(善なる極撃)》いっきまーす」

 

 ルーチンワークにすっかり飽きたらしい天使がそう宣言するなり、分厚い暗雲を切り裂いて膨大な光がその頭上に降り注ぐ。轟音と共に周囲一帯を覆い尽くしたそれが消えた後には、骸骨と天使と、地表を埋め尽くさんばかりのドロップだけが残されていた。

 

「……手羽先(L)さん……」

「スイマセン……ま、まあ今はパーティー組んでるんだから食らわないし、ちょっと位いじゃないですか」

「それにしたって心臓と目に悪いんですよそれ! 身構える余裕くらい下さいよ!! 」

「ハイ……反省してます……」

 

 骸骨による怒りアイコンの連打に、冷や汗と謝罪のアイコンで受け答える天使。廃人向け高レベルエリアで愉快なやりとりを繰り広げる者達こそ、ユグドラシルにその名を轟かせたプレイヤーの、今では数少ない生き残り。

 

 1人は悪名高き異形ギルド、嘗てはユグドラシル最凶とも言われた『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長。オーバーロードの「モモンガ」

 

 そしてもう1人は、ソロプレイヤー界の綺羅星にして辻PKKの奇行士。

 死の主天使「手羽先(L)」その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルド外部の数少ないフレンドすらログインしなくなって早半年。最後のギルドメンバーがログアウトした後の空席を見つめていたモモンガは、やり切れない悲しみに振り上げた拳を、結局振り下ろせずにいた。

 

【"手羽先(L)"が侵入しました】

 

『お久しぶりですモモンガさん、行ける所まで突っ込んでもいいですか? 』

「ふ……ふざけてんですかアンタは!! 」

 

 突如目の前にポップしたメッセージウィンドウと、唐突にかかってきたフレンド通話に。先程吐き出そうとした言葉に近いものが、随分と意味合いを変えて口から飛び出す。

 いくら最終日とは言え、事前連絡も無しに知り合いのギルドホームへ単身襲撃をかけるのはどうなのか。しかもこの人物、過去に1度同じ事をしているはずだ。あの時はギルドメンバーの中でもその手のRP(ロールプレイ)を好むウルベルトと示し合わせての行動であり、被害を受けたのは激闘の舞台となった地下7層の一部分だけであったが。消し飛んだ金貨の桁だけでもトラウマに近い記憶を掘り返されたモモンガは、普段の低姿勢をかなぐり捨てて吠えていた。

 

『今行きますから! 絶対にそこを動かないで下さいよ! 』

『はーい、じゃあ聖域出して待ってますね』

 

 振り上げっぱなしの拳を下す勢いでショートカットを呼び出し、予めセットしてある転移先の一つをクリックする。大急ぎで地下1層の入り口に向かえば、アンデットの群れの中で6翼の天使が緊張感もなく佇んでいるのが見えた。香炉を吊り下げた司祭杖と鏡の様に磨き上げられた大盾を両手に携えた天使が着込んでいるのは、美しくもどこか禍々しい青白さを湛えた鎧だ。

 

「いやー、半年ぶりですね。来ちゃいました」

「なんで手前で連絡くれないんですか手羽先(L)さん!? ここアクティブモンスターだらけですよ! 防衛ギミックだって置いてるんですよ!? 」

「いやぁ、折角だから魔王の城に単身攻め込む天使ごっこ、兼ナザリックタイムアタックでもしようかなーと。ほら最終日ですし、装備だって叩き売りのゴッズアイテムでそれらしくしましたし」

 

 最終日に何を始めるつもりかと言外に詰ってはみるが、相手は悪びれる様子もなくその場でぐるりと回って見せる。更にドヤ声で装備を切り替え始めた「手羽先(L)」に慌ててパーティー申請をしたモモンガは、それが受理されたのを確認してどっと息を吐いた。こうしておけば、いくら暴れても拠点の防衛システムは反応しないので一応は安心だろう。

 流石はお一人様の綺羅星、糸の切れた凧のごとき自由人。るし★ふぁーとは別のベクトルで疲れる年下である。今だけでも精神作用無効のスキルが実在の物になればいいのにと、モモンガはこの時間も職場で働いているだろう神々(運営)に祈った。

 

「そういえば他の皆さんは? 」

 

 専用エフェクト付きの両手剣を構えた手羽先(L)は、いかにもそれらしいポーズを決めてからふと首を傾げる。

 

「さっきヘロヘロさんがログアウトしたところですよ」

「あー……。やっぱり皆さん忙しいんですね」

「仕方がありませんよ。手羽先(L)さんは大丈夫なんですか? 」

 

 気まずそうな声に苦笑いのアイコンを出したモモンガは、努めて明るく尋ねた。つもりだった。

 

「いや、大丈夫と言うか……実は今ちょっと仕事してなくてですね」

「えっ? 」

「半年くらい前にまあ、ちょっと持病がぶり返しまして。暫く入院してたんですよ」

 

 今は自宅療養中で暇なんです、と殊更気まずそうな声で答える手羽先(L)は。無意識なのだろうが、アバターには存在しない膝の辺りをしきりにさすっている。昨今珍しくもない話とは言え、実際にそれを受け入れるのは辛いものがあるのだろうと。モモンガ――鈴木悟はそっと目を伏せた。

 

「そう、でしたか……」

「まあ折角の最終日ですから、リアルの事は置いといて。今日はサーバーダウンまでパーッと遊び倒しましょう!」

 

 笑顔のアイコンと共にばっと手を広げたその頭上から、高らかなハレルヤのコーラスが響いたのを耳にして。鈴木悟はアバターの向こうでひっそりと苦笑を浮かべた。

 

「そうですね、じゃあ折角ですし玉座の間に行きましょうか」

「いいんですか? 部外者ですよ? 」

「”魔王の城に攻め込む天使” やりましょうよ。それにやっぱり、最後はあそこで迎えないと締まらないじゃないですか」

 

 地下9層の大廊下にゲートを開いて、モモンガは手羽先(L)に手を差し出す。

 

「攻め込むはずが歓迎されてません? 」

「じゃあ……魔王と天使が手を組んだとか? 」

「あー、ウルベルトさんとかるし★ふぁーさんとかが好きそうな設定ですね」

 

 お互いに照れくさそうな声で笑い合いながら、お人好しの骸骨と楽観的な天使は大墳墓の奥底へと消えて行く。

 世界の終焉と、輝かしい思い出の全てを、その記憶に焼き付ける為に。



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ログアウト不能

「あ、大変ですよモモンガさん! 日付変更まであと10分ありません!! 」

「え、あああセバス!! セバスえっと”待機”! 」

 

 玉座の間で突発のSS(スクリーンショット)撮影大会を繰り広げていたモモンガと手羽先(L)は、時間を確認するなり一気に慌て始めた。

 

「スクショ保存も! 」

「”ピクチャスクロール” ”出力”! ……ふぅ、危うく渾身の一枚が無に帰る所だった……」

 

 調子に乗って撮り貯めた画像は後日外部ストレージ経由で渡す事を約束して、モモンガはようやく椅子に腰を降ろすと天井に顔を向ける。部屋の両側に掲げられたギルドメンバーを象徴するエンブレムは、全て仲間のデザイナーが肝いりで作ってくれた一点ものだ。

 

「あれが俺で……たっち・みーさん、ぷにっと萌えさん、死獣天朱雀さんにタブラさん、餡ころもっちもちさん、ヘロヘロさん、ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさん、ウルベルトさんに……」

 

 エンブレムを1つずつ指し示しながら、ギルドメンバーの名前を口に出す。思っていたよりもすらすらと口を付くプレイヤーネームに、鈴木悟は思わず苦笑してしまった。自分はここまで女々しい奴だったのかと。

 

「そう言えば、結局全員とは会わなかったなぁ」

 

 改めてお気に入り装備で全身を固めた手羽先(L)が、NPC「アルベド」が設置された逆の位置で空中に腰を降ろす。横目で確認をした時計は既に残り5分を切っており、今のモモンガ達に出来る事はもはや他愛のないお喋り位しか残っていなかった。

 

「最もオフで合った事がある人は半分も居ませんけどね、お世話になった手羽先(L)さんとも結局合わずじまいですし」

「そう言えばそうですね……年末辺りにオフ会とか、開けたらいいんですけどねぇ」

 

 1年前に案だけ持ち上がったオフ会の話を思い出したのか、手羽先(L)は頬杖を付いてしみじみと天を仰いでいた。

 残り時間はもう1分を切ろうとしている。最後くらいGMのアナウンスを聞いてみようかとショートカットに手を伸ばした所で、手羽先(L)があ、と間抜けな声を上げた。

 

「そう言えば、もう少ししたらWEBNEWS辺りで顔バレするかもしれませんよ」

「え? 」

「私、涼って名前でモデルやってるんですよ。半年前まで男装で、来年位からは多分、男装義足の」

 

 図った様なタイミングで明かされた衝撃の告白に、鈴木悟――モモンガは、天使の中に潜む最上級悪魔の姿を見た気がした。

 

 

 

 

 

「ネナベか!! 」

 

(いや天使系はシステム上中性扱いだし別に男だとも言ってなかったから違うのか? って言うかそもそもがやまいこさんが連れてきた訳だしぶくぶく茶釜さんの知り合いだったって言うオチもあったしその割にペロロンチーノさんとかウルベルトさんが妙に熱心な勧誘してたっち・みーさんに怒られて……いやそれは性別関係ないか……って、あれ? )

 

「……ん? 」

 

 半ばパニック気味にこれまでの思い出を反芻していたモモンガは、しかしそこではたと冷静な思考を取り戻す。

 

「サーバーがダウンしていない? 」

「手動でログアウトしろって事なんですかね? 」

 

 隣では尻餅を付いていた手羽先(L)が、同じ様に周囲を見回しながらコマンドを呼びだそうと手を伸ばし――その勢いで倒れ、椅子の肘掛けで米神を強打した。

 

「システムメニューが呼び出せない?! 」

「こうなったら強制……っクソ! 本体も駄目か!! 」

「そうだモモンガさん! ギルドメニューからGMコール使えませんか!? 」

「俺も今そっちを……駄目だ、いくら送ってもシステムメッセージすら返って来ません」

 

 ぶり返したパニックにあちこちの操作を試みるが反応はなく。ゲーム内部から助けを求める術を完全に失ったモモンガは、ぐったりと椅子に身を沈めて顔を覆う。

 

「アクセス集中で一部システムがダウン……なんて訳はないよな」

「サーバー単位で電脳誘拐されてる、って方がまだ現実的だと思いますよ」

 

 もし本当に手羽先(L)の言う通りであるのなら。何かしらの手段でサーバーダウンを誘えば、デバイス側の安全装置が作動するかもしれない。そう考えたモモンガは、改めてスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴むとアルベドが装備したままのギンヌンガガプに眼を向け――困惑した表情で2人の様子を伺っているNPC2体と、眼を合わせてしまった。

 

「……モモンガ、様? 」

 

 控えめに響くのは滑らかな女性の声だ。微かに怯えたその声も、ギンヌンガガプを握りしめる指先の震えも、プログラムとは思えない程滑らかで生々しい。その肩越しにこちらを伺うセバス・チャンの視線からは強い自制の――まるで本当に生きて、自の意思を持っているかの様な気配が感じられた。

 

「アルベド……セバス……」

「はっ、申し上げますモモンガ様。僭越ながら先程よりの盟友手羽先(L)様との会話を拝聴するに、現在御二方の身が不測の事態に晒されているものと認識いたしました」

 

 モモンガの呟きをどう捉えたのかは不明だが、アルベドがそれまでの怯えを素早く押し殺して言葉を紡ぐ。

 

「あ、ああ。どうやらそう……その様だ。ログアウトはおろかGMコールも繋がらない」

「お許し下さいモモンガ様、無知な私にはその【GMコール】と言うものについてお答えできるだけの知識がございません」

 

 ですよね、と返しそうになるのをぐっと堪え。モモンガはぷにっと萌えさんの教えと仕事で培われたトラブルシューティングのイロハを必死で思い出しながら、今すべきことを素早く脳内にリストアップする。

 まず、運営側のトラブルによるサーバーダウン延長の可能性はほぼ無いと言えるだろう。新しいゲームへのアップデートについても、プレイヤーをログアウトさせずにサーバーメンテナンスを行う事は法令で禁止されている以上有り得ない。電脳誘拐の線は確かめる必要が残っているが、どこの世界にわざわざ手に入れたサーバーへ「現実と見紛うほどに精巧な行動ルーチンと表情マクロ」などというオーバーフローを起こしかねないプログラムを組み込む人間が居るのだろうか。

 

「……まずは情報だな。セバス、大墳墓の周辺確認を命じる。もし仮に会話のできる者が居た時は、交渉して友好的にここまで連れて来い。調査範囲は周辺1㎞だ」

「了解致しました」

「念のためにプレアデスから1人連れて行け、だがあくまで目的は情報収集だ、戦闘は極力避ける様に」

 

 NPCが果たして大墳墓の外へ出られるのだろうかという疑問はあるが、それは後で確かめるしかない。手羽先(L)にしっかりと一礼して去っていく姿を見送ったモモンガは、少し躊躇いがちに隣の守護統括者を呼ぶ。

 

「アルベド」

「モモンガ様、何なりとご命令を」

 

 途端に向けられた恋に焦がれる少女の様な視線に一瞬たじろぐが、ここで怯んでいる場合ではないと己を叱咤して威厳のありそうな声を絞り出す。

 

「各階層にいる守護者達の安否を確認の上、動ける者を第6階層のアンフィテアトルムへ集めておけ、時間は1時間後だ。それからギンヌンガガプについてはこちらで預からせてもらうぞ」

 

 そう言って手を出せば、アルベドは多少逡巡するも大人しくギンヌンガガプを手放してくれた。その事にほっと胸を撫で下ろしたモモンガは、今しがた回収したワールドアイテムを預けようと背後を振り返り。そこで思わず首をかしげてしまった。

 

「どうしたんですか、手羽先(L)さん? 」

「その……脚が何かこう違うと言いますか……た、立ち方がわかりません」

 

 地に倒れ伏したまま3対目の翼をばたつかせている天使の姿は、モモンガの緊張を癒やすには少し物悲しすぎる光景だった。




オリキャラのスペック説明は次話にて。
今までにない酷さの幕開けと化した気がします。


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状況確認

 残っていたプレアデスの数人によってようやく助け起こされた手羽先(L)を前に、モモンガは一体何をどう説明するべきなのか気を揉んでいた。

 

「あー、お前達は第9階層の警戒に入れ。私は手羽先(L)さんと話がある」

 

 体良くメイドたちを追い出し一息付くと、まずは彼女の状態確認から始めようと声をかける。

 

「ええと、もう倒れたりは……」

「え、嗚呼ハイ。足元が覚束ないのは相変わらずなんですがこう……覚束ない事に大分慣れてきました」

 

 当初は初心者が操作するラジコンヘリの様な挙動をしていた手羽先(L)も、一度しっかり立ってしまえば後は早かった様で。一通り前進後退や旋回、上昇下降を試すと安堵の息を漏らした。

 

「何が起きてるんでしょうね、コレ。NPCもバリバリ喋って動いてますし」

「その事で一点試したい事があるんですが、手羽先(L)さん負属性耐性はどの程度ありますか? 」

「負属性ですか? 魔法無効と盾で弾けるんで素の耐性しかありませんけど」

 

 それがどうしたのかと首をかしげる手羽先(L)に手を出すよう促したモモンガは、鎧の隙間から手首が覗いている事を確かめると。その部分に己の親指をゆっくりと押し当ててみた。

 

「……脈、ありますね」

「あのモモンガさん、地味になんか、なにかが痛いんですが」

「やっぱり《負の接触(ネガティブ・タッチ)》が効いてしまう様ですね……少し耐えて下さい、多分こうすれば……」

「あ、痛くない」

 

 フレンドリィ・ファイア解禁という互いの不都合でしかない状況に無い眉を潜めていたモモンガだが。先ほどまでの手羽先(L)の状況から、パッシブスキルのオン・オフについてはある程度の検討が付いていた。

 

「パッシブスキルについては、ある程度意識すれば自由に切り替えが出来そうです」

「嗚呼なるほど、さっき私が落っこちたのは」

「座っている意識の方が強すぎて、パッシブの飛行が切れてしまったんでしょう」

 

 ユグドラシルにおいて天使を含めた一部の異形種は、常時飛行のスキルを所持していた。その為着席モーションは段差の無い場所でもいわゆる「空気椅子」の状態だったのだが。どうやら現状では一事が万事そう言う訳にもいかないらしい。恐らくこれは他の部分でも発生しているだろうと考えたモモンガは、脳内のToDoリストに「スキル効果の確認」の一文を書き加えた。

 

「本当に何が……まさかネトゲに閉じ込められたとか、異世界に転生したとか。そういう大昔のSFネタが実際に起きてるんでしょうか」

「どちらにせよ、今は出来る事と出来ない事の洗い出しが先決ですよ。この様子だとスキルについては問題がなさそうですから、まずはギルドのギミック、次はアイテム、それから魔法ですね」

 

 ならば手分けをした方が早いだろうという手羽先(L)の提案に。モモンガはレメゲトンのゴーレムを相手にした動作チェック、手羽先(L)はアイテムボックスとアイテムの確認をそれぞれ行う事にする。

 

「あ、モモンガさんアイテムボックス開けました。ショートカットもこの通り健在です」

「そうですか、ギルドのギミックも取り敢えずは問題なさそうですね。それじゃあ暫くの間ギンヌンガガプを預かっていて下さい」

 

 目の前の裂け目からポーションやスクロールを出し入れして見せる彼女の姿に、これなら当面の身の安全は図れそうだと安堵の息を漏らす。

 

「いいですけど、私信仰系のビルドだから威力落ちますよ?」

 

 差し出されたギンヌンガガプに視線を向けた手羽先(L)は、自分自身の装備を見せつける様にその場で両手を広げた。

 釣られて大きく羽ばたいた3対6枚の翼は、天使系上位種の1つ「主天使」の特徴に他ならない。装備している鎧もゴッズアイテムの一種、即死や呪詛の魔法を無効化する「ザバーニーヤ(死天使の鎧)」であるし、左手に装備している「秘めたる信仰の鏡盾」もレガシーアイテムとしては破格を通り越し「レガシー詐欺」と呼ばれた性能の武器だ。先の両手剣はゴッズアイテムの中でも作成難易度が低く市場に氾濫していた様な物だが。今装備しているフレイルは愛用品という事もあり、モモンガの様なアンデット種とのパーティプレイには非常に勝手の良い作りになっている。その他の装備についても、ロールプレイ好きの彼女らしい遊びと、ソロプレイに耐えられるだけの性能を両立させた構成と言えるだろう。

 手羽先(L)は狩場で背中を預けるには十分な実力を誇るプレイヤーだが。それでも不安が残るのが、アインズ・ウール・ゴウンが誇る階層守護者達なのだ。

 

「それでも。もしもを考えると、MP消費無しで広範囲にある程度のダメージを確実に叩き出す手段は複数あった方がいいんです」

 

 自分にはギルド武器もあるからと半ば無理矢理押し付けると、彼女は渋々と言った様子でそれを武器の交換用スロットらしき場所に放り込み。かわりに一枚のスクロールをモモンガに見せた。

 

「次はアイテム使用と魔法ですね。取り敢えず一番使いそうな《伝言(メッセージ)》辺りから試してみましょうか」

 

 確かにスクロールならばアイテムの使用状況と魔法の挙動が一度に掴める上、MPの消費も抑えられて一石三鳥である。

 

『――もしもしモモンガさん、こちら手羽先(L)です。繋がってますか? 』

『はいこちらモモンガです。挙動に問題はなさそうですが……なんと言うべきでしょうね』

『この感覚は、うっかり考えてる事垂れ流しになっちゃいそうですよね』

 

 骸骨のモモンガは言うに及ばず、全身甲冑の手羽先(L)も表情は分からないのだが。顔を見合わせた2人はついクスクスと笑い声を上げていた。

 

「じゃあこれはこのまま維持して、そろそろ第6階層に移動しましょう」

 

 転移手段の無い手羽先(L)の事も考えて《ゲート(転移門)》を使用したモモンガは。闘技場の薄暗い通路を進む道すがら、今後の身の振り方に関する1つのプランを彼女に説明する。

 

『まずNPCに対する態度ですが。敵対する意思が無い場合も、ある程度上に立つ人間として振る舞った方が良いと思うんです』

『モモンガさんはギルドマスターですからね。さっきのアルベドちゃんの様子から考えて、皆ご主人様万歳みたいなキャラになってる可能性もありますし』

『あれは多分、補足テキストに書いておいた設定のせいだと思います……その、俺も悪いと言えば悪いんですが』

 

 まさかギャップ萌えを主張して憚らないタブラ・スマラグティナに対し「いくらなんでも最後までビッチ設定なのは可哀想だ」と主張した結果がアレだとは言い出せず。モモンガは話を強引に進める事でその場を切り抜ける。

 

『ともかく。NPCの統率が取れたとして、次に問題になるのは手羽先(L)さんの立ち位置です。ユグドラシル本来の仕様がどこまで生きているのか分からない以上、下手に新しいギルドメンバーだと言いはるのは不安が残ります』

『じゃあどうするんです? 』

『今まで通り、俺の友人として紹介します。その上でアインズ・ウール・ゴウンの同盟者、客人として俺と同じように扱う事を徹底させます』

 

 その為に一芝居お願いします、というモモンガの言葉に。手羽先(L)が見せたのは実に気持ちの良いサムズアップであった。




この話の中での設定として、プレイヤー種族の「主天使」は権天使から分岐する種族の1つという扱いにしています。
イメージとしては天使から大天使を経て権天使までが一本道。そこから近接特化の力天使、魔法特化の能天使、バランス型の主天使にツリーが枝分かれする大器晩成型になります。


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円形劇場の大勝負

※独自スキル、独自魔法、独自アイテムの名称にMTGのカード名をパロディしている物があります。


「行きますよ手羽先(L)様! 」

「さあ、どこからでもかかっておいで」

 

 アウラの放つ天河の一射(レインアロー)が、手羽先(L)の構えた盾に吸い込まれる様に集中すると甲高い音を立てながら反射されて行く。多段防御を可能にする信仰系の補助魔法《燃え立つ栄光(ブレイズ・オブ・グローリー)》と防御系スキルであるミサイルパリィ、さらに「秘めたる信仰の鏡盾」が持つ破格のダメージカット性能とパッシブカウンターを組み合わせた彼女の防御スタイルは。その派手なエフェクトや挙動を古のプロゲーマーになぞらえた「全自動ウメハラ」という名誉とも不名誉とも取れる呼び方をされていた。その十八番が階層守護者に対しても問題なく発動している事に安堵と感嘆の息を漏らしたモモンガは、一つ気を引き締めると打ち合わせ通りの「演技(RP)」を再開した。

 

「アウラ、手羽先(L)さんも、一先ずはそこまでにして貰おうか」

 

 跳ね返された光の矢を全弾回避して息の上がっているアウラと、隣で固唾を呑んで見守っていたマーレに無限の水差しから水を注いでやると。2人は子供らしい照れ笑いを浮かべてそれを受け取った。

 

『手羽先(L)さんも飲みますか? いくら主天使の耐性が高いとは言え、プライマル・ファイヤーエレメンタルに近寄るのは熱かったでしょう』

『あー……頂きます』

 

 伝言を介した手羽先(L)の反応は妙に歯切れが悪かったが、モモンガは特に気にするでもなく3つ目のグラスを彼女に差し出す。意を決したらしい手羽先(L)が兜に手をかけると、それはあっさりと脱ぎ去られ、内側から煌くような純白の顔が現れた。

 

『……そういえばその装備、全スロット一体(きぐるみ)型の装備でしたね。迂闊でした』

『脱いだ瞬間全部外れたらどうしようかと思いました』

 

 ひっそりと安堵の息を吐いた手羽先(L)がグラスに口を付けると。二杯目を貰っていたアウラが、何故か目を丸くして傍らの弟と顔を見合わせる。

 

「ん、どうしたのかな? 」

「えっと。手羽先(L)様は天使で食べ物が要らないはずなのに、どうして水を飲まれたりするのかなって……思い、まして……」

 

 煌く雪花石の如き相貌――とユグドラシルの公式設定には書かれていたが、どちらかと言えば未塗装のフィギュアに近い顔の手羽先(L)に見つめられて。弟のマーレがもじもじと視線を泳がせながら疑問を呈した。

 

「そ、それはだな……」

「命を維持する為に何かを食べる必要はないけれど、水の冷たさや果物の甘さを楽しめない訳じゃない……といった所かな? 」

『ナイスフォローです手羽先(L)さん』

『いえ、私も今の今まで飲食不要持ってたの忘れてましたから……』

 

 手羽先(L)の素早いアドリブで命拾いをしたモモンガの歓声に、当の彼女は何故かナーバスな反応を返して来た。それが同じ様に飲食不要、かつ見た目からして食事を取れるとは思えないモモンガに対する後ろめたさである事に気付いた彼は内心でじたばたと暴れ回りながら、どうにか彼女のテンションを僅かでも回復させようと声をかける。モモンガより4段程落ちる精神作用耐性Ⅲしか持たない手羽先(L)は、平常心を保ちやすくなった一方で、感情の起伏が度を越すと中々立ち直れないという弊害を抱えているらしい。

 

『ゲ、ゲームでも天使系はポーション使えましたから仕方がないですよ! それよりもそろそろ1時間経ちますよほら! RP、RP! 』

「私と手羽先(L)さんでは種族が違うからな。そも同じ種、同じ性質を持つ者であっても考え方は千差万別なのだ。それを一纏めに考えている様では足元を掬われるぞ」

「も、申し訳ありません!! 」

「気にしないでおくれよ。アインズ・ウール・ゴウンで天使と言えば堕天使のるし★ふぁーさんとか、本当に数える程しか居なかったからね」

 

 そんな状態でも振られたロールには全力で応える辺り、流石はウルベルトさんをして「不倶戴天の友(プロのRP)」と言わしめただけはある人物だ。手羽先(L)の切り替えの速さとアドリブ力にモモンガは感心しきりだが、これが果たしていつまで通用するのかには不安が残っていた。やはりもう少し設定をちゃんと練るべきだったか、こんな事ならタブラさん主催の「ゾンビでもわかるTRPG講座〜円滑なロールのコツ編〜」に参加しておくべきだった等と精神作用無効が発動する一歩手前の精神状態に陥ったモモンガの耳に、ゲートが開く時の特徴的なSEが届く。

 

「――おや、私が一番でありんすか? 」

 

 モモンガの懸念と後悔の念は、シャルティアを皮切りに続々と集まって来た階層守護者達によって一時保留となった。

 

 

 

 

 

 その後、アルベド主導による忠誠の儀なる小恥ずかしいやり取りや、帰ってきたセバスによる衝撃のナザリック周辺緑化宣言といった多少のアクシデントは続いたものの。モモンガと手羽先(L)の立てたシナリオは概ね破綻する事なく進行していた。

 

「さて、現在我々が如何なる状態に置かれているかは分かってもらえただろう。次いで各階層での対応だが……そうだな。その前に2つ、皆に伝えなければならない事がある」

 

 先程よりトーンを落としたモモンガの言葉に、階層守護者達が皆一斉に息を飲む。

 

「まず1つ。これより先、ナザリック地下大墳墓の外へ出て行くにあたり、私はこのギルドの――アインズ・ウール・ゴウンの名を背負おうと思う」

 

 それは予めモモンガが決め、手羽先(L)が賛同した事だ。その他の理由はあるものの。「ここ」が「どこ」なのか、「誰が」居るのかも分からない現状。せめてゲーム内で有名だった名を名乗る事で、同じように巻き込まれてしまった人が見付けてくれるのではないかという淡い期待がそこにはあった。

 

「あくまで対外的に名乗るだけだ。ここに集まった皆にとって、私はあくまで【ギルドマスターのモモンガ】である事を忘れないでほしい」

 

 ざわつく守護者達に素早く牽制を返したモモンガは、一度深呼吸をして精神作用無効のスキルが発動したのを確かめる。彼にとっての本番は、ここから先と言っても過言ではないのだ。

 

「2つ目に。私はこの未曾有の事態に立ち向かう為、新たな友をこのナザリック地下大墳墓に迎え入れようと思う」

 

 モモンガとしては随分と芝居がかった動作で自分の背後に手を差し伸べれば、先程まで微動だにしていなかった手羽先(L)が音もなくモモンガの隣に移動する。アルベドと双子を除いた守護者達の突き刺す様な視線を受けても余裕を失わないその姿は、芸能に疎いモモンガの目から見ても、彼女は間違いなくモデルなのだと直感する程に堂々としている。

 

「既に知っている者もいるだろうが、改めて紹介しよう。我が友――否、我々の友。手羽先(L)さんだ。彼女はその信念からギルドに属す事は無かったが、これまで私を含めた多くのギルドメンバーと懇意にしてきた長年の友であり。この異常事態に晒された今、共に手を取り合うべき頼もしい同盟者でもある」

 

 じわじわと猜疑心らしきものを滲ませ始める守護者達にモモンガは背中に無い汗をかく心持ちになるが。すかさず手羽先(L)が「浄化のオーラⅠ」を発生させて助け舟を出す。この段階では低位のアンデットを跳ね除ける程度の効果しかない浄化のオーラだが、レベルを上げれば耐性の低い悪魔やアンデットを塵にする程度造作も無いのだ。それをモモンガの目の前で平然と使い、モモンガも意に介さない所を見せてしまえば、この妙に聡い守護者達はこちらの関係性や力量を勝手に納得してくれるだろう。というのが手羽先(L)の計画だった。

 打ち合わせ通り、片手の一振りで浄化のオーラをやめさせたモモンガはローブの袖に片手を差し込むと、そこに開いたアイテムボックスから1つの指輪を取り出す。

 

「手羽先(L)さん。アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓の全てを代表する者として、貴方を歓迎しよう。お互いの為、これからも力を貸して頂けるだろうか? 」

「モモンガさん。多くの友らによって作られ、貴方が守り続けたこのアインズ・ウール・ゴウンは私の友も同然の存在です。その申し出、喜んでお受け致しましょう」

 

 受け取った指輪を迷うことなく右手の人差し指につけた手羽先(L)が、ショートカットから出したフレイルの様な司祭杖を守護者達の前に掲げて高らかに宣言する。

 

「私は手羽先(L)、天使(ドミニオン)にして第四の騎士(ペイルライダー)の末席に名を連ねる者。我が友とこの指輪に誓い、私の力をアインズ・ウール・ゴウンの為に振るう事を約束しよう! 」

 

 杖の先に吊り下げられた香炉がどす黒い靄を吐き出し、スポットライトの様な光が闘技場を照らすと共に何処からともなくハレルヤの大コーラスが響き渡る。途端眩いオーラに包まれた守護者達は、それが信仰系の魔法であるにも関わらず全員に付与された事に驚きの声を上げた。

 

『……ちょっと派手すぎませんか? 』

『初見のインパクトは大事ですし、信用してもらうにはこれが手っ取り早いじゃないですか』

 

 何の事はない、彼女が愛用するフレイル「背信者の振り香炉」の特性で《オラトリオ・メサイア(救世主の聖譚曲)》のバフ効果がアンデットや悪魔にも正しく付与されたというだけの光景なのだが。職業スキルも魔法も豊富なユグドラシルにおいて、この手の搦手は所詮ネタプレイの領域であり。侵入してくるガチビルド勢の相手ばかりをしていた守護者にとって未知のそれは、まさしく奇跡にも等しい光景として映った事だろう。

 

「手羽先(L)様の素晴らしいお力、感服致しました」

 

 守護者統括のアルベドが感極まった様子で頭を垂れたのを見届けて、モモンガは話を再開する。この様子なら、殆どギルドメンバーと同じ様に扱わせても文句は出ないだろう。

 

「これより先、手羽先(L)さんは客将としてギルドメンバーと同等の権限を持つ事になる。よって扱いについても私と同等に、礼を欠く事がないように頼むぞ」

「とは言え君たちの主はあくまでもモモンガさんだからね、基本的にはそちらを優先で頼むよ」

 

 ギルドマスターに比類する実力を持ち、信頼を受けながらもあくまで客人として一歩引いた所に立つ。各階層の防衛について指示を飛ばすモモンガの傍らで静かに笑みを浮かべている手羽先(L)は。最初に2人で打ち合わせた通りの立ち位置を、既に着々と築き始めていた。

 

「――では、私と手羽先(L)さんは今後のナザリックについて話し合う事がある。何かあれば私の私室に来い」

『手羽先(L)さん、さっき渡した指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)の使い方は先程説明した通りですから。一度私の部屋で休憩しましょう』

『嗚呼、じゃあ先に部屋で待ってて下さい。あと1つだけ、この場でやりたい事がありますから』

 

 達成感で今にも精神作用無効が発動しそうなモモンガに、手羽先(L)は悪戯っぽい声を返して軽くウィンクをした。

 

『危ない事はやめて下さいよ……あと、守護統括者を刺激する様な事も』

『はーい』

 

 分かったのか分かっていないのか怪しい反応に肩を落としたモモンガは。色々な感情の微妙なせめぎ合いに対して精神作用無効は基本無力だという新事実を噛み締めながら、1人自室へと転移して行った。



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思案と外部

カルネ村が遠い。


 至高の四十一人を統べる存在であるモモンガと、彼の友人にしてアインズ・ウール・ゴウンの客将に迎えられた手羽先(L)。その2人が去った後の闘技場では、プレッシャーから解放された守護者達が各々安堵の息を吐いていた。

 

「……手羽先(L)様って、思ってたよりずっと……不思議な人だね、お姉ちゃん」

「優しそうなのにいきなりあんな……ねえ? 」

 

 手羽先(L)が浄化のオーラを放った事に対して何か言いたいのだろう、アウラとマーレは困惑気味に顔を見合わせている。アンデットとは言え至高の御方であるモモンガの身に危険が及ぶ訳が無いと確信している2人だが。この場に居る守護者の内半分に危害を及ぼす事も出来る力を見せつけながら、同じ力で不浄なる者にも加護を与えてみせた彼女の行動は不可思議にして不可解そのものとして映ったのだ。

 そんな双子の会話を聞いたアルベドは、やれやれとでも言いたげに彼等と向き合った。

 

「手羽先(L)様は我々の不信を諌める為にあの様な事をされ、モモンガ様もそれをお許しになられたのですよ」

「確カニ。アノ御方ノ気迫ニハ、迷イヤ邪念ヲ取リ払ウ様ナ清ラカサヲ感ジタ」

 

 続くコキュートスの発言はユグドラシルにおける同スキルの設定と一致していたのだが、NPCである彼等にとっては知る由も無い事だ。

 流石は至高の御方の友と呼ばれる方だ、なんと深いお考えを持つ方なのだろうと手羽先(L)の事を褒め称える守護者達の中にあって。デミウルゴスだけが、未だ拭えない困惑を伏せた両の眼に押し込めていた。

 

「――ならば何故、『あの様な事』を態々聞いて行ったのだろうね? 」

 

 姦しい同胞達には届かせる事の無かったその呟きも、セバスの鋭敏な聴覚はしっかりと拾い上げていた。

 

 

 

 

 

 

『モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も――』

「残って何やってるかと思ったら何やってるんですか!! 」

 

 闘技場から遅れて戻ってきた手羽先(L)にゲーム内ボイスレーコーダーである所のアイテム「仄聞壷」を渡されたモモンガは、そこに吹き込まれていた守護者達の賛辞の嵐を耳にするなり身悶えながら精神作用無効のエフェクトを数秒おきに光らせていた。

 

「いやいやモモンガさん、こういうのは本人が居ない所で聞いた方が本音が出やすいんですって」

「だからといってコレはっ! ……あまりにもっ! ……」

 

 度を越した恥ずかしさとプレッシャーに忙しない明滅を繰り返す姿を、さも微笑ましい光景かの様に見守る手羽先(L)の姿は。モモンガから見れば天使の顔をした悪魔以外の何物でもない。

 

「……手が空いたら手羽先(L)さんの印象をナザリック中で聞き回ってやる」

「嗚呼、それは私も気になるんで録音お願いしますね」

 

 恨み節に笑顔でマジレスを返されたモモンガは。内心でそっと、彼女に対する評価を「ウルベルトさんの悪友」から「るし★ふぁーよりは常識人」に下方修正した。

 

「で、さっきそれの録音ついでに軽く『天眼』と『死神の眼』が使えるか試して来たんですけど」

「え……あー。確かに探知スキルの挙動は不安要素でしたからそれは有り難いです。それで使用感はどうでしたか? 」

 

 やっと建設的な話題が出てきた事に安堵したモモンガが先を促すと、手羽先(L)は少し眉を寄せてから2、3度瞬きをして見せた。それに合わせて白い瞳が、青に赤にと変化したのを認識する。

 

「この通りきっちり発動はするんですけど、流石にユグドラシル通りとは行かない様でして……」

「見えなくなった部分があると? 」

「正直に言って、見えないと言えば全部見えないんですよ。種族は一番高位の奴が直感で判る感じですし、HPやMPも直感でこの位かな? って言う。視界に入るだけでパパっと確認出来るのは楽なんですけどね」

 

 同時発動も出来ますよ。と右目を青に、左目を赤に変化させた彼女に若干の古傷を抉られたモモンガは。それを忘れる為に早速次の行動を起こした。

 

「とにかく、一方的に相手の力量を図れる手羽先(L)さんのスキルは大きなアドバンテージです。まず大まかに探知魔法で周辺を確認した後は、直接探査に出る事も検討しておきましょう」

「嗚呼、それで遠隔視の鏡が出しっ放しになってたんですね……そう言えばタブラさん謹製のアレは使わないんですか?」

「一応指示は出していますが……陵墓の隠匿が終わるまでは、周辺監視に専念させる予定です」

 

 一時はセバスやプレアデスの名前をすっかり忘却していたモモンガだが、タブラさん謹製のアレ、もといニグレドの存在と有用性は忘れていなかった――尤も、今の状況で腐肉赤子まみれのあの部屋へ足を踏み入れる勇気は無かったが。流石にそれを素直に告白するのはなけなしのプライドに関わるので、彼は如何にもそれらしい理由を付けて遠隔視の鏡を手元に引き寄せた。

 そこに映し出されているのは夜の草原。スクロールすれどもスクロールすれども只々夜風にそよぐ大草原が広がっているという、今のモモンガ達にとっては不毛な光景である。

 

「……因みに手羽先さん、ズームとかのやり方わかりますか? 」

「……確か普通のタブレット端末とそんなに変らなかったはずなんですけど……」

 

 何故か触れる事なく操作が可能になってしまった遠隔視の鏡を相手に、ソロプレイでモモンガより使用頻度が高かったはずの手羽先(L)も首をかしげ神妙な顔にならざるを得ない。彼女の発言で大まかな操作方法を思い出したモモンガは、もしや拡大縮小だけは元の仕様が残っているのではと片手で鏡の表面に触れようとした。

 途端、鏡の中の草原が先程よりも拡大された映像になる。

 

「あ……」

「……やったねモモンガさん、作業が捗るよ」

 

 何故今までそれを試していなかったのかと言いたげな手羽先(L)の視線に気付かないふりをして、モモンガは鏡の画角を精一杯広げる事に専念した。一度限界まで引いた後はナザリック地下大墳墓の全景が見渡せる程度に画面を調整し、陵墓の周辺に問題が無いかを確認する。セバスの報告通りその周辺は完全な草原と化しており、毒沼どころか水溜りの1つも見当たらなくなっていた。

 

「これは……想像以上に目立ちますね」

「下草を周りと一緒にすればもう少し違和感も和らぐ様な……もしくは半分くらい埋めて、『地殻変動でうっかり入り口が開いた古代遺跡』風を目指すとか」

「埋めるのは流石に……いや、壁の周辺だけでも土を盛って内側は精神系の魔法で偽装すれば案外行けるかもしれませんね」

 

 手羽先(L)の発言で廃墟化したアーコロジーの写真画像を思い出したモモンガは、思い付いた構想を簡単な図として卓上のメモ用紙に書き留める。ペンを走らせている間に浮かんだ構想も加え、必要な資材を思い付く範囲でリストアップする。

 

「魔法だけだと心許ないから……霊廟の入り口と数カ所には本物の瓦礫……いざと言う時の為に偽装したゴーレムの方がいいか」

 

 早速企画書の下書きと化したそれを満足気に見返したモモンガは。この拠点を手に入れたばかりの頃、表層の景観にどこまで手を加えるかでPvP一歩手前の大論争が繰り広げられた時の事を思い出していた。

 

「あの時は確か、攻略祝いに来てくれた手羽先(L)さんも巻き込んでしまって……」

「あ、モモンガさん見てください。第一村人発見ですよ」

 

 しみじみとした気分を綺麗に吹き飛ばす手羽先(L)に、モモンガはもはや何も言うまいと固く誓い――かけた所で慌てて状況を問い直す。

 

「え、村人? 」

「南の方に2kmちょっとずらしてみたら運良く村を見付けまして」

「それ結構近所じゃないですか」

 

 位置関係から考えるに、単に画面を引いただけでは映らない位置に村があったらしい。覗き込んだ鏡には古典ファンタジーに登場する村のお約束を忠実に再現した風景が広がっており、そこを数人の人間が忙しなく動き回っている。

 

「祭り……では無さそうですね」

 

 その動きに違和感を覚えたモモンガは画面を軽くズームさせ、すぐさまその行動を後悔した。

 

「どっちかと言えば収集が付かなくなったデモのアレですね」

 

 略奪なのか虐殺なのか、村の規模から想像するに恐らくは後者なのだろう。騎士の様な格好をした者達が、軽装の村人らしき人々を次々と切り捨てて行く。この世界はこれほど豊かな自然に囲まれていると言うのに、人の命だけは自分達の居た現実と同じ軽さで失われるものらしい。

 身勝手な失望感と、失望している己への僅かな羞恥心にモモンガは繰り広げられる光景から目を背けた。一方の手羽先(L)はと言えばPKKの血が騒ぐのか、画角を広げては村とナザリック地下大墳墓の位置関係を改めて確認している。

 

「一応聞きますけど、何してるんですか手羽先(L)さん」

「え? 殴りに行かないんですか?? 」

「殴りに、って……」

「大丈夫ですよ、HPの量から見てそう大したレベルじゃなさそうですから」

 

 体力がそれ程でもないのは確定としても、耐性が異常に高かったらどうするのか、こちらの防御を抜ける様な攻撃を持っていたらどうするのか。赤い瞳を爛々と輝かせている彼女に対して湧き上がる突っ込みを第二頚椎の辺りで辛うじて押し留めたモモンガは、今日一番の溜息を吐くと重い腰を上げた。




当小説の鈴木さんは素で結構荒んでいます。


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救済、あるいは……

 エンリは天使を信じていなかった。

 

 四大神の神話の中には翼を持つ神様の話も伝わっているが、それは荒ぶる神でありエンリにとっては只々恐ろしい怪物でしかない。遠くのスレイン法国では天使を召喚する神官が居ると言う話も聞いた事はあるが、王都に居ると言うモンスターを呼び出す魔術師とどう違うのか、どちらも本物を見た事の無いエンリに両者の違いが判るはずもない。

 だから彼女は天使と言うものが翼を持ち空を飛ぶ人型の何かだと知ってはいても、それが人を救う神の御使だなどとはこれっぽっちも思っていなかった。

 

 今日、この日この時までは。

 

 激痛に苛まれる身体を庇おうとして更なる激痛に見舞われる悪循環の中、それでも妹を守ろうと身を起こすエンリの視線の先に、ぽっかりと口を広げるどす黒い闇がある。あれはきっと死の国への入り口なのだと思いながら、彼女はそれでもその闇へ向かって走りだそうと細い身体に鞭を打つ。この場に留まっていれば、妹が恐ろしい目に遭ってしまう。それだけが今の彼女を突き動かす全てだった。

 一歩でも前へ、一歩でも遠くへ。どす黒い砂利を荒らして這うように進むエンリを嘲笑うかの様な風が、森の方から彼女に向かって吹き付ける。煽られた彼女が瞳を閉じたその背後から、金属と金属のぶつかり合う澄んだ音が響き渡る。

 

 呆然と振り返る彼女の視界に映ったのは、穢れ無き純白の翼を背負った、美しい天使だった。

 

 

 

 

 

 

 ヒットを確信した瞬間文字通り消し飛んだ騎士に、流石の手羽先(L)も思わずドン引きした。全力で叩き付けた完熟トマトよろしく広範囲に飛び散る元犠牲者に、構えを解くのも忘れて間抜けな声を上げる。

 

「……えぇー」

 

 いくらカンストレベルのパラディンとは言え、前衛特化でもない種族のシールドアサルトなどダメージはたかが知れている。しかも彼女の盾はその圧倒的防御性能を生み出す事に重きを置き過ぎた結果、素の攻撃力は檜の棒にも劣るという極端なパラメーターを持った代物である。挨拶気分で叩き込んだ一発が招いた想定外の悲劇を目の当たりにして手羽先(L)は、恥ずかしさのあまり「もしもたっち・みーさんが同じ事をしたら? 」と身の毛もよだつ様な現実逃避に走った。

 

「何ですか今の音は……って、うわぁ」

 

 手羽先(L)の後からのんびり歩いて出てきたモモンガが、足元の惨状に気付いて迷惑そうにローブの裾をつまみ上げる。遠くの方に転がるひしゃげた板金鎧を回収してみると、それは手羽先(L)が持つ盾の丸みにそって綺麗なカーブを描いていた。

 

「……蘇生、試してみます? 」

「出来たら怖いのでいいです、MP勿体無いですし」

 

 がっくりと肩を落とし、翼を引き摺らないギリギリの低空飛行で踵を返した手羽先(L)は、モモンガの登場にガチガチと歯を鳴らしていた少女の背中にフレイルを向けた。途端にヒッと短い悲鳴が上がるあたり、彼女の中ではモモンガも手羽先(L)も同じ化物に分類されたのだろう。

 

「《ライト・ヒーリング(軽傷治癒)》……うわ、これで全快とか正直MPの無駄遣い…… 」

「まあまあ、今回は治癒魔法のテストって事にしておきましょう。ドンマイですよ手羽先(L)さん」

 

 話しぶりからするに、少女のHP上限は50ポイントにも満たないらしい。ますます肩を落とす手羽先(L)にフォローを入れていたモモンガだが、近くの民家の影に隠れている騎士に気付くとつい嗜虐心たっぷりの声を上げてしまう。こう怖がられるとそれ相応の言動をしてしまうのは、ユグドラシルでの長きに渡る悪役ギルド生活の悪い影響かもしれない。

 

「女子供は追い回せても、毛色の違う相手には怖くて隠れるのが精一杯か? 」

 

 モモンガはてっきり逃げ出すものと予想していたのだが、騎士は何事かを呟いたきり呆然とその場に立ち尽くしてしまった。それはそれで丁度良いと考えたモモンガは、杖を構えると何を詠唱すべきかの思案にかかる。

 

「モ――アインズさん魔法使うんですか? 多分それマジック・アロー使うのも可哀想なレベルだと思いますよ」

「とは言え、一応実験も兼ねてますからね――《ディレイマジック(魔法遅延化)》《マジック・アロー(魔法の矢)》」

 

 わあ勿体無い。という手羽先(L)の呟きと前後して発生した10個の光球が、一定の間隔を空けて騎士に殺到する。

 

「まず1発」

 

 遅れて事態を把握した騎士が逃げ出すよりも早く、初弾が彼の無防備な胴へ吸い込まれる。鎧は大きく凹み、驚愕に開かれた口から大量の血が飛び散った。

 

「2発」

 

 次の光球は体制を崩した騎士の顎に直撃し、衝撃に負けた首が可動範囲外の方向に捻じ曲がる。

 

「3……本当に可哀想になってきましたね」

「ナイスヘッドショット、相手のライフはもうゼロよー……」

 

 耐え切れずに浮き上がった身体が残る光球の餌食になる様をぼんやりと眺めていた怪物2人は、無駄なMP消費による疲労と虚しさについ、乾いた笑いを零した。

 

「……さ、さて気を取り直して次の実験ですよ手羽先(L)さん」

「そ、そうですねモ、じゃないアインズさん。あと忘れてましたがこの女の子達はどうしましょうアインズさん」

 

 精神作用無効で先に徒労感から復活したモモンガが気合を入れ直すと、手羽先(L)が思い出した様に背後の2人を指差す。ちらりと視線を向ければ姉の方はようやく我に返ったのか、切り裂かれた背中に手を回して目を見開くと。妹を抱きしめたままボロボロと涙を零し始めた。

 

「天使様ぁ……ッ! 」

「え? あ、私か。ハイハイ何かなお嬢ちゃん」

 

 どう考えてもこの場合は自分の事だろうと判断した手羽先(L)は、取り敢えず少女と視線を合わせる為に空中でしゃがみ込む様な体制を取る。それでも頭1つ以上の高低差が出来る事に苦笑していると、少女は更に目を丸くした後顔をくしゃくしゃに歪めた。

 

「あっ、ぁりがとう――ござい、ました……私と、ネムを。たす、助けて……くださって……本当に、本当にっ――」

「ええ!? ってあーほら、そんな泥だらけの手で目を擦ったら駄目だって……」

『も、モモンガさんどうしましょう!? 』

『手羽先(L)さんの方がこういうのは得意でしょう? 辻ヒール辻PKKはいつもの事じゃないですか』

『こんなガチな反応なんて初めてですよ! 』

 

 手羽先(L)の奮闘むなしく泣き出してしまった少女に、1人蚊帳の外だったモモンガはこれ幸いと次の実験を始める事にした。先程図らずも嬲り殺しにしてしまった騎士の死体の元へ向かうと、一言手羽先(L)に断りを入れた上でスキルを発動させる。

 

『それより今から上位アンデットの作成を試すので、もしもの時はお願いしますね』

『自分で作ったものの後始末くらい自分でやって下さい! あーもうウルベルトさんきて~はやくきて~』

 

 凄惨な死体がより禍々しい存在へと変貌していく背後では、哀れな天使が少女の煽りを食らってキャラ崩壊を始めていた。緊張感も何もない光景に思わず笑いを零したモモンガは、ギルドメンバーから聞いたあるアイテムの薀蓄を彼女に教えてやる。

 

『精神系の状態異常とするなら、霍香の魔除け香(パチョリ・ポマンダー)とかが効くかもしれませんよ? 現実のパチョリにも鎮静作用はあるそうですから』

「神様アインズ様ありがとう! これでかつる! 」

 

 目の前の少女の事も忘れてアイテムボックスを漁る手羽先(L)に思い切り吹き出した彼が、召喚したデスナイトのせいで思い切り笑われる事になるのは。それから5分と経たない間の事だった。




勘違いの幕開けとも言う。


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あるいは理不尽でいっぱいの地獄

11/9:報告にあった誤字を修正しました。


 デス・ナイトが走っていく。荒々しい雄叫びを上げ、重い足音を轟かせながら駆け回る死の騎士はその巨体に反してかなり俊敏だ。

 手羽先(L)は置いてきぼりを食らったスクワイア・ゾンビ達にクィック・マーチ(早足)をプレゼントしてやりつつ、先を行くデス・ナイトがうっかり村人を殺さないかのチェックを行っていた。とは言え一応は上位アンデット作成の対象に入っているだけあり、デス・ナイトはすこぶる真面目にモモンガの命令を守っている。

 

「こ、このゾンビを操っているのは貴様か!」

 

 逃げ惑っていた騎士の1人が、手羽先(L)の存在に気付くなり捨て鉢な攻撃を繰り出して来た。エネミーネームはスレイン法国軍兵士、種族は人間、HPとMPは概ね剣士職のレベル5相当。ユグドラシルで言えばチュートリアル序盤のスライムと同程度だろうかと、彼女はスキルで得た情報から考察する。正直な話、モモンガと同程度の上位物理無効と前衛職としての防御力を備える手羽先(L)にとっては痛くも痒くもない存在ではあるが。デス・ナイト経由でモモンガから彼女を仲間と認識させられたスクワイア・ゾンビ達がそれを許すはずもない。かくして哀れな騎士は、忠義者なゾンビ達によってあっと言う間にボロ雑巾も同然の姿に変えられていた。

 

『なんという熱い手のひら返しからの自爆』

『まあまあ、神だ天使だと騒がれるよりはいいじゃないですか』

『それは……そうですけど』

 

 ボロ雑巾から立派なゾンビへと転生を果たす元・スレイン法国軍兵士を眺めながら、手羽先(L)は思い切り溜息を付いた。途端に兜の中を満たした生暖かい空気に眉を顰め、やや雑にそれを取り去る。磨き上げられた兜に映るのは、切り詰めた黒髪と白い瞳を除けばごく一般的な人間の顔だ。

 

「懺悔されたり詰られたり……両極端だよなぁ」

 

 天使系の基本特殊技能で人間の外観を得ている手羽先(L)は、久し振りに感じる両足の存在を確かめる様につま先で地面を抉った。パラメーターの劣化を免れない事もあり彼女はこの技能を嫌厭していたが。今から倒そうと言う時にその相手から身に覚えのない赦しを求められたり、求めてもいないのに悔い改められたりするやり辛さを天秤にかければ、まだ辛うじて許容の範囲内だ。

 

『あ、そう言えばさっきの女の子達はどうやって誤魔化そう……』

 

 騎士達の言動はあちらの宗教に絡むものだろうと一先ず結論付けた手羽先(L)は、そこで先程助けた少女達の事を思い出して青ざめた。今は眠らせた上で数種類の防御魔法をかけておいたので生死の問題はなくなったが。生きているなら生きているで、早い内にこの村から姿を晦まさないと何を暴露されるか分かったものではない。熱狂的なファン(狂信者)が面倒くさいのは人類普遍を通り越し遍く世界に共通した法則なのだと、彼女はナザリック生活1日目にして痛感していた。

 

『それについては一応健忘の香を嗅がせておきましたから、効かなかった時は……夢や勘違いと言う事で押し切りましょう』

『嗚呼、イベントリセット用のアレですか……効くといいなぁ』

『効くことを祈りましょう』

 

 ゾンビが取りこぼした騎士をおざなりに殴り飛ばしながら、手羽先(L)は濁った目で空を仰ぐ。嫌味な程に眩しい青空に白い雲がゆっくりと流れて行く様は、地上の惨劇とは無関係な平和そのものだ。この騒ぎを片付けたらひとっ飛び遊覧して来ようと心に誓った手羽先(L)は、気合も新たに前方の敵を見据える。

 

 この村の広場らしいそこには、デス・ナイト達に追い詰められた騎士と、その騎士に追い詰められたらしい村人が集まっていた。ざっくりと全体を見渡した彼女は、その内の1人に目を付けると僅かに目を細める。天眼のスキルは側で喚き散らす男が敵のリーダーだと告げているが。先程から飛ばしている指示の的確さから見て、隣はお飾り、実質的な隊長はこちらの男だろう。見たところのHPもこちらの方が上回っている。

 

『モモンガさん、多分指揮官……と、後一番レベルの高そうな人間見つけました』

『分かりました、デス・ナイト達に捕縛の指示を出すのでサポートをお願いします。私もそちらへ向かいますね』

 

 モモンガの宣言通り騎士達を取り囲む様に動き出したゾンビ達を確認した手羽先(L)は、デス・ナイトの前へ歩み出ると渾身の撮影用スマイルを浮かべて彼等と対峙した。うっかり死にかけでもされれば回復するのは自分なので、穏便に済む事は済ませたいという打算故の行動だった。

 

「やあ皆さん、ちょっとお話しをしませんか? 」

 

 妙な杖と兜を小脇に抱えた人物の登場に、その場に居た誰もが一斉に息を飲む。手羽先(L)が実質的な隊長だろうと睨んだ男だけが、直ぐさま顔を歪めると唸るような声を上げた。

 

「化け物達を操っているのはお前か」

「いや、彼等の主人は後から来るよ。私はちょっと補助を掛けてあげただけのお手伝いさ」

「……つまり、こいつらの強さはお前が原因という事か」

 

 原因という表現に多少の不快感を感じつつ、彼女はその言葉に曖昧な笑みを浮かべる事で揺さぶりをかけた。実際スクワイア・ゾンビの移動速度を上げたのは彼女だが、デス・ナイトの強さはモモンガのスキルに拠る物なので半分正解と言った所か。

 

「お、お前! と、とりひきだ!! かね、かねならいくらでもやるぞっ! 」

 

 遅れて事態を把握したらしいお飾りの方が手羽先(L)に駆け寄ろうとしたが、それはゾンビ達の威圧であっさりと頓挫する。財力のある小物のテンプレートを見せられた手羽先(L)は多少のがっかり感を覚えつつ。じゃあこの位、と空いた右手を開いて見せる。

 

「ご、500金貨だな!! 」

「え? 嫌だなぁ、取引の単位は100万(1M)からって決まってるだろう? 」

「ごひゃ、ごひゃくま――」

 

 単位を訂正されたお飾り隊長が泡を吹いて失神するのを、手羽先(L)は心底不思議そうな顔で眺めてしまった。通貨価値が極端に低いユグドラシルであれば、彼女の出した金額は個人の財布に与えるダメージとして妥当な範囲だったのだが。どうやらここはそう言ったハイパーインフレとは無縁の世界らしい。図らずも有益そうな情報を得た手羽先(L)は、その事を報告してやろうとモモンガとの伝言に意識を向け。結果として、目の前の敵から意識を逸らす事になった。

 そしてそれを見逃す程、彼等も愚かではない。

 

「――今だ! やれ!! 」

 

 鋭い号令と共に笛の音が響き渡り、隊長格の男を含めた数人の騎士が無防備な手羽先(L)目掛けて駆け出した。先行する2人の騎士が追い縋るゾンビ達を蹴散らし、デス・ナイトの気を逸らして道を作った。動かなかった騎士達は円形に集まって防御を固め、その内側から別の騎士が火炎瓶らしきものを投擲する。手羽先(L)の背後に立つデス・ナイトが盾を構えそれを弾くが、その下にはあの男が既に迫っていた。フランベルジェの間合いに仲間の人間が立っている以上、知性のあるデス・ナイトに男を止める術は無い。剣を振るえば、守るべき仲間は間違いなく死ぬのだから。

 文字通り命を投げ打っての見事な連携が、手羽先(L)の喉元に迫っていた。

 

 耳障りな金属音と火花の後に、刃が肉を断つ湿った音が響く。

 

「いやぁ、みんなお見事。流石に本職は違うね」

 

 頬を撫でたフランベルジェを気にする様子もなく。彼女は切り落とされた騎士の首を片腕で抱え、残った胴をその半身で器用に支えていた。

 騎士の剣は完全に砕け散り、陽射しを受けてキラキラと場違いな輝きを発している。

 

「さて、良い物も見せてもらったし。大人しく投降するのなら命の保証はしてあげるよ? 」

 

 刃を突き立てられて尚、朗らかに笑う異様な存在を前に。司令塔を失った騎士達が膝を折るのは当然の事だった。




ロンデスさんが好きなのでこれからも積極的に贔屓していく予定です。


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天使の嗜みと悪魔の困惑

ニグンさんは先送りにされました。


 広場の様相はその数分で様変わりしていた。生き残った騎士は中央に集められ、武器を取り上げた上で手足を拘束されており。先程まで固まって怯えていた村人たちは、今だ不安の残る顔で騎士から取り上げた武器を握り締めている。彼等の傍らでは異国情緒溢れる珍妙極まりない仮面を付けた魔法使いがデス・ナイト達に指示を出し、ゾンビ達が村人の死体を集めて回っている。

 そんな光景からやや離れた家の影で返り血を洗い流していた手羽先(L)は、己の背後で出現したゲートに気付いて苦笑した。

 

「やあ、場所は良いけどちょっとタイミングが悪かったね。アインズさんは今お取り込み中だよ」

 

 闇の様な黒紫の鎧で全身を固めたアルベドにそう声をかける。彼女は特に気にするでもなくバルディッシュを地に突き立てると、片腕で抱えていた白い塊を手羽先(L)に差し出した。ふっくらと仕上がったそれにどんな魔法が使われたのか、知っているのは恐らくメイド達くらいのものだろう。

 

「手羽先(L)様、タオルをお持ちしました。どうぞお使い下さいませ」

「おっと訂正、これはナイスタイミングだ……何だか悪いね、君達にこういう事をして貰うのは」

「至高の御方と同様に、とアインズ様から申し付けられておりますので」

 

 申し訳なさそうな言葉に反してごく普通に髪を拭い始めた手羽先(L)に、アルベドはやや事務的な受け答えをする。兜の奥に隠された不快感の欠片に気付いた手羽先(L)は、何か異常でも見つけたのかと自身の白い鎧姿に視線を落とした。彼女の鎧はアルベドのそれに比べて男性的なデザインをしているが、太腿から下に関しては本来必要としていない事もあり、ほぼヘルメス・トリスメギストスの色違いと言って差し支えがない。実際テクスチャを変えて使いまわしているのだから当然の事ではあるが。

 落とし切れていない血痕は無いかと足元を見回していた手羽先(L)は、そこでもっと簡単な事に気付いて顔を上げた。

 

「嗚呼、人間は嫌いかい? 」

「……下等で脆弱、至高の御方のお側に近付く事すら痴がましい生物かと」

 

 容赦のない表現の割に言い淀んだのは、その下等生物の姿をした手羽先(L)が目の前に居るからか。それとも今まさに、それらがモモンガの周囲に集まっているからだろうか。何はともあれ実に悪魔らしいとも言える感性を披露された彼女は、特に怒るでもなく村人達へ視線を投げた。モモンガと彼等の話し合いはもう暫く続くのだろう。

 その光景に少し目を細めて、彼女はアイテムボックスから煌く羽根の様なものを取り出した。

 

「アルベドはこれが何だか知っているかい? 」

「昇天の羽……人間を天使に変えるアイテムだと聞き及んでおります」

「じゃあ例えばこれを――もちろん『堕落の種子』でも、他の近い性能のアイテムでもいい――君の目の前の人間がそういうものを使って異形種になったとして。君にとってそれは『元人間の異形種』と『異形種になった人間』のどちらなのかな? 」

 

 昇天の羽を陽の光に翳した手羽先(L)は、難しい謎かけでも語る様な口ぶりでアルベドに問いかける。平凡な人間としか映らないその容姿に対して。纏う空気は魚の住まぬ清流の如く、無慈悲な清らかさに満ちあふれている。それを至近距離で受け止めたアルベドは、自分と彼女との格の違いを痛感しながら慎重に口を開いた。

 

「――それは、重要な事なのでしょうか?」

 

 不敬を承知で本当の事を言えば、アルベドは互いの種族を抜きにしても彼女の事が苦手だ。至高の御方に刃を向けながら、それでもナザリックに足を踏み入れる事を許された唯一の例外。恋い焦がれる主人から己の創造主と同等の信頼を寄せられ、当然の様に守護者達を慈しむ不可解な存在。その慈愛と思慮に満ちた心の全容はアルベドの思考を持ってしても実態が掴めない――まさか7割近くその場の思い付きで行動している等とは、当然夢にも思わないだろう。

 

「意外な所で重要になるかもしれないよ? 好きになった相手が『姿は怪物でも心は人間なんだ! 』とか言いださない保証も無いんだしさ」

「モぁっ! アインズ様に限ってその様な事、は……」

 

 突然雲行きの変わった話題につい声を荒げたアルベドは。そこでふと、自分の知り得る「モモンガ」という存在がナザリックの限られた空間内で完結している事に気付いてしまった。アルベド含めナザリックの僕達は皆至高の四十一人によって生み出され、ナザリック内部で生きる事を「そうあれ」と定められていたのだから仕方が無い事ではあるが。考えてみれば彼女は自らの家族でもあるアインズ・ウール・ゴウンというギルドが、どの様にして生まれたのかすら聞いた事がないのだ。これは守護統括者を任された身としても、アルベドという1人の女性にとっても褒められた事ではない。

 兜の口元を押さえたまま固まっているアルベドの反応に、暇つぶしにタブラさん仕込みの雑学を披露するつもりだった手羽先(L)は首をかしげた。確かにユグドラシルのアンデットは生前人間種だったと明言する設定こそ無いが、モモンガのあの骨格はどう見ても人間かその近縁種としか取れないだろう。それ以前の問題として何故ここで彼が話の引き合いに引きずり出されたのかと首を捻った手羽先(L)は、アルベドの言動にやや後ろめたそうな態度を取っていた彼の姿を思い出した。

 

「アルベドちゃん、もしかして……」

「それ以上は仰らないで下さい! 」

 

 最初から見えない顔をさらに両手で覆い隠す彼女の言動に、嗚呼これは恋愛初心者のよくやる奴だと手羽先(L)は確信した。その心中は何となく察せるので直接的な明言は避けつつ、一点どうしても確認しておきたい所だけは聞き出しておく。

 

「……ちなみに、いつ頃から? 」

「ーー一昨日、タブラ・スマラグディナ様が久しぶりにお姿を現された際に……」

「タブラさんが来た時に? 」

「ア、アインズ様と暫くお話になられた後、タブラ様は私をお呼びになり……そのーー」

 

【モモンガに恋している】と指摘を受けたーーというのが本人の認識だったが、恐らくはフレーバーテキストにそう追記されたのだろう。確かに恋をするサキュバスと言うのは一種のギャップがあるのかもしれないと関心した手羽先(L)は、モモンガがああも罪悪感を感じている事に一つ疑問を覚えた。

 

「とにかく、それで自覚したと」

「はい……」

 

 全身甲冑姿で顔を覆いながら身悶えるサキュバス、というカオスの権化を目撃した手羽先(L)はこの一件を忘れる事にしたかったのだが。半ば無理矢理聞き出してしまった手前そうも行かず、結局アルベドの恋愛アドバイザーに就任する運となってしまった。

 

「こちらの話は纏まった……が、2人は一体何を? 」

 

 そうこうしているうちに村の代表者らしき人物との話を終えたモモンガが2人の元へやって来た為、アルベドの奇行はさらに度合いを増す事になる。

 

「ん? 単なるガールズトークですよ。ね、アルベド? 」

「は、はい! 申し訳ありません不敬にもこの様なーー」

「やめろアルベド、手羽先(L)さんが良いのなら私が口を挟む事もない。むしろ盾役を務めるお前と手羽先さんの親睦が深まるのは、私としても歓迎する所だからな。それよりも今は村人の前だ。我等の品位を落とす様な行動は控えろ」

 

 上下関係よりも居住まいを正して欲しいモモンガの制止を受け、アルベドは即座に恋する乙女からナザリックの守護者統括に戻る。少し茶々を入れようかと考えていた手羽先(L)も伝言で釘を刺されてしまい、2人は大人しくモモンガの後へ続く事になった。

 

「そう言えば、あの女の子達は? 」

「村人が迎えに行きました、流石にデス・ナイトでは無理ですからね。手羽先(L)さんこそ、さっき抱えてたあれはどうしたんですか? 」

 

 無限の水差しと濡れても尚ふかふか感を損なわないタオルをアイテムボックスに放り込んだ手羽先(L)に、まさか死体までそこへ押し込んだのではないかとモモンガはいらぬ心配をしてしまう。変異が発生して以降、様々な感性がアンデットの肉体に引きずられていると痛感しているモモンガだが。手羽先(L)に至っては無自覚かつ、自分より大幅に人間の感性から逸脱してしまっている気すらするのだ。

 

「彼ならとりあえずコキュートスの所で一時保管をお願いしましたよ。流石にこの場で蘇生魔法の実験はしたくないですからね」

 

 感性は兎も角、ある程度の常識は保たれている事に安堵したモモンガは。これから先の交渉に向けて意識を切り替えようと前を見据えた――所へ伝言越しに手羽先(L)の容赦ない雑談が襲いかかる。

 

『そう言えばローブの前閉めたんですね』

『幻影魔法で対応するよりは、まだこちらの方が言い訳もできますからね』

 

 本来は装備しているワールドアイテムの都合上開けておくのが理想なのだが、迂闊に幻影魔法を使ってそれを見破られた時の事を考えるとこちらの方が良いだろう。というのがモモンガの判断だった。ところがそれを聞いた手羽先(L)は何を思ったのか、随分と苦笑の混じる声で言いづらそうに言葉を濁す。

 

『あー、確かに。迂闊に肉と皮だけ盛ってもこう……ちょっとワイルドが過ぎますからねえ』

 

 上から見ると骨盤まで丸見えでしたよ。という人間であれば羞恥と屈辱に溢れた(社会の窓が全開)実態を暴露されたモモンガが叫び声を上げなかったのは、ひとえに彼の社会人スキルによるものである。

 今すぐに魔法の一発もお見舞いしてやりたい気分なのをぐっと精神作用無効で押さえ込み、村人達にアルベドの紹介を済ませたモモンガは村長の家へと足を向ける。ここから先はレベルでも魔法でもRPの腕でもなく、鈴木悟という社会人のPSがものを言う番だ。

 

「アルベドは村人に代わり捕虜の監視にあたってくれ。手羽先(L)さんは私と共に。よろしいかな、村長? 」

『連れてきますけどお願いですから余計な発言はやめて下さいよ? 』

『大丈夫、黙ってニコニコしてるのも仕事の内でしたから』

 

 村長と友好的な会話を繰り広げつつ伝言で念入りに釘を刺す、という早速人間離れした芸当を身に付けつつあるモモンガは。先行きの見えないこの世界と隣の自由人に対する不安に、失われたはずの胃がしくしくと痛むのを感じていた。




当作品のアルベドは担任の先生に一目惚れした女子高生くらいのノリでお送りする予定です。


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一寸先の地獄

大慌てで備蓄に走っていたら投稿が遅くなってしまいました。
イベント終了まではまた投稿が遅くなるかもしれません。


 村長宅にてやり口だけは詐欺まがいの交渉を済ませたモモンガは、生まれて初めて自分の能力に自信を抱いていた。高校とは名ばかりの職業訓練校に無理をして通い、その時のツケは今だに奨学金の返済として双肩にかかってはいるが。ゲームに課金できる程度の稼ぎを得られるようになったのは、間違いなく鈴木悟という人間の培ってきた知識と能力の賜物なのだ。

 ユグドラシルでは周囲に上位中流階級とすぐ判る様な人物がごまんと居た事でよくコンプレックスを抱いたが、実際その内の半分程はしがない平社員だった事を、彼は今になって思い出していた。

 

「――それではまず、この辺りの地理について教えて頂けますか? 」

 

 モモンガは自分達を『謎の力により本来の場所から転移させられた魔法使いとその仲間』だと説明し、常識レベルの質問をしている事への予防線を張った上でそう切り出した。これでミズガルズにあった街の名前でも出てきてくれれば、少なくともある程度ゲームの知識で対応出来る世界という事になる。

 地理が知りたい。というモモンガの求めに対し、村長は断りを入れて席を立つと部屋の片隅に置かれたチェストから古ぼけた羊皮紙を取り出してきた。

 

「こちらがこの辺りの地図です。何分古い物で小さな村は殆ど書かれていませんが、戦や魔物の出没で無くなる村も多いですので……」

 

 広げられた地図に目を落としたモモンガは、そこに書かれた文字が全く読めない事に無い心臓を跳ね上げた。ユグドラシルの背景オブジェクト等に使われていた通称「ユグドラシル文字」はルーン文字に似せただけのアルファベットだったので、余程の新規プレイヤーを除けばある程度は読める様な代物だったのだが。この地図に書かれた文字は明らかにそれとは雰囲気が異なる。

 

『て、手羽先さん……』

『モモンガさんここで光ると色々台無しです、KOOLになりましょう、はい深呼吸! 』

『呼吸する肺がありません! 』

 

 伝言を無駄遣いしてのコントにオチが付いた所で。手羽先(L)はこっそり開いたアイテムボックスから目当てのアイテムを取り出した。スチームパンク風の装飾が付いた虫眼鏡は、モモンガの記憶が正しければデータクリスタルが組み込めないアーティファクトの中でも殊更使い道のない、いわゆる「産廃」の一種。「シャンポリオンのルーペ」という、オブジェクトに書かれたユグドラシル文字を日本語に翻訳するアイテムのはずである。

 

「嗚呼、気が回らずに申し訳ありません」

「いえいえ、お構いなく」

 

 ルーペに気付いた村長が慌ててチェストへ引き返そうとするのに待ったをかけて、手羽先(L)が地図を覗き込む。幸い地図には街や砦を見分ける為の簡単な絵も書かれているので、モモンガはそちらを頼りに話を進める事にした。

 

「先程の話からすると頻繁に戦がある様ですが、やはり領土の問題ですか? 」

「はい。特にこの村から南へ行った辺りは王国と帝国、法国の領土が接していますから。帝国などは毎年の様に大きな戦を仕掛けてくるので、辺りの村々は開墾も進まず皆弱っています」

 

 地図の中央辺りを示した村長は、心底疲れ果てたと言った表情でそう零した。

 

「ここがカルネ村で……一番近い街がエ・ランテルで……王都まで結構離れてるね」

「ええ、街道沿いに馬を走らせても2週間はかかります」

「帝国の首都までもそのくらいかな? 」

「私では何とも……この時期は本来停戦中ですから、手続きを踏めば入国は許されると聞いていますが……」

 

 幸いな事にルーペはゲーム外に活躍の場を見出したらしい。手羽先(L)はモモンガにも判るよう、地図を辿りながらさり気なく街の名前を読み上げどんな土地なのかを尋ねていった。尤も村長はあまり村を離れた事がないらしく、エ・ランテルと王都リ・エスティーゼ以外の都市については伝聞の域を出ないあやふやな情報が得られたのみに終わるのだが。

 

「なるほど、大まかな地理については分かりました、そうなるとこの村を襲った騎士達ですが……」

 

 少なくともここがユグドラシルの何処かではない事、そしてこのカルネ村が置かれている状況を理解したモモンガは、事態の複雑さに仮面で覆われたこめかみを無意識に押さえる。

 

「あの鎧は帝国の騎士が身に付けている物かと……」

「え、あれ法国の兵士じゃないんですか?」

「え? 」

「え? 」

 

 顔を曇らせる村長の反応に顔を覆ったモモンガ目掛け、さらなる超位魔法を叩き込んだのは手羽先(L)だった。咄嗟にタイム・ストップ(時間停止)をかけたモモンガは、静止した時間の中で盛大に叫び声を上げる。

 

「手羽先ィィィィィ!!!! 」

「ごめんなさいごめんなさいあとで毟って唐揚げでも煮込みにでもしていいですから!!!! 」

「アンデットは天使食べませんよ大体飲食不要なんですから。まずはこの状況をどう自然に纏めるかを考えましょう、はい魔除け香」

「ふー……そこにマジレスされても困りますって」

 

 アイテムで手羽先(L)を無理矢理沈静化させたモモンガは、さてこの状況から一体何をどうすれば怪しまれずに済むのだろうかと知恵を絞る。

 

「……そう言えばさっき、法国の話をするのにわざわざ生と死の神が云々って説明してたよな……」

「あ、じゃあその路線でなんとか誤魔化しましょう」

 

 タイム・ストップの有効時間が切れる前に改めて深呼吸をした2人は、最初と同じ顔を見合わせたポーズで時の流れが回復するのを待った。こういう時に臆面も無く間抜け顔を作れるあたり、やはり彼女はモデルなのだとモモンガは仮面の下で感心する。

 

「……何故、その様に思われたのですか?」

 

 幸い何も気付かなかったらしい村長の問いかけに、手羽先(L)がこほんと咳払いを一つ。

 

「私がデス・ナイトの側に居る所を見た時の反応が、村の皆さんと少し違ったからね……さっきの話からすると法国には死に纏わる神への信仰があるけれど、帝国や王国にはそれが無いみたいだから。それが理由かなって」

『で、いいんですよね? 』

 

 なんでもない顔を必至で取り繕う彼女の懇願を受けて、モモンガは態とらしく顎に手を当てた後口を開く。

 

「……考えてみれば、この状況で王国と帝国の対立が激化した時に得をするのは第三者の法国ですからね。如何にもありそうな話です」

 

 陽動や漁夫の利を狙う作戦はぷにっと萌えさんも使った手口だ。ユグドラシルでは手羽先(L)の持つ死神の眼の様なスキル、補助魔法はありふれていたのでかなり入念な準備が必要だったが。こちらの世界では恐らくもっと簡単に事が運ぶだろう。

 

「面倒な話になって来ましたね」

「全くです」

 

 あの絶体絶命としか言いようのない局面で笛を鳴らした辺り、恐らくどこかに後詰めが待機しているのだろう。帝国と法国が手を組んでいる可能性はまだ捨てきれないし、迂闊に攻勢へ転じれば王国内からカルネ村ごと危険分子と見なされる可能性すらある。いくらたった41人で1500人を退けた前歴のあるアインズ・ウール・ゴウンとて、複数の国を相手取って戦うのは無理というものだ。

 降って湧いた四面楚歌の危機を前に村長は青ざめた顔で天を仰ぎ、2人の異邦人は異形狩りに追い回された日々を思い出して重い溜息を付いた。

 

「どうします? 」

「取り敢えず捕虜は一度森に隠して……死んだ騎士は主にモンスターのせいにしましょう。村長、トブの大森林はどんな魔物が多いんですか? 」

「村の近くは森の賢王の縄張りですが――森の北東には巨大な虫の魔物やトロルの様に大きな熊が居るらしいと聞いています」

 

 訝しげに答える村長に礼を言うのもそこそこに、モモンガは近くの森――こちらでは「トブの大森林」と呼ぶそこへ偵察に出していたアウラへ伝言を繋ぐ。

 

『――わっ、も、モモンガ様!! 何かご命令でしょうか? 』

『嗚呼そうだアウラ、今私と手羽先(L)さんはナザリック地下大墳墓から南へ行った所の村にいる。状況は追って話すが、お前にはまず次の条件に合った配下を連れて来て貰おう。条件はデス・ナイト以下のレベル.、森林地帯に潜ませても違和感のない獣か蟲系の中型種だ。何か良い配下は居るか? 』

『えっと……はい!ルーンクロー・ベアであれば、モモンガ様のお望みに叶うかと思います! 』

 

 ルーンクロー・ベア(ルーン爪の熊)と言えば、グリズリーのバリエーションながら同レベル帯では魔法防御が高く、駆け出しの魔法職に立ちはだかる関門の様なモンスターだ。レベルや全体的なパラメーターはデス・ナイトに若干劣るが、むしろその位の方が丁度良いだろうとモモンガは判断した。

 

『あれならば問題は無いな。よし、ルーンクロー・ベアを伴い見つからない様に村外れまで来るのだ。到着次第伝言を遅れ、次の指示はその時に示す』

『はい、モモンガ様の御心のままに! 』

 

 アウラとの伝言を切ったモモンガは、村長に仲間の猛獣使いが来る事を伝えると一つの提案をする。

 

「騎士が何処の差し金かはまだわかりませんが、彼らに他の仲間がいる事は確かです。最低でも今夜一晩は集まって過ごした方が良いかと」

「元よりそのつもりです」

「不寝番は我々も手伝いましょう、捕虜についてもこちらに任せて頂けますね? 」

「お願いします」

 

 窓の外に視線を移せば、村人達は既に埋葬の準備へ取り掛かっていた。それを見て騎士の死体をどうしたものかと思考を巡らせたモモンガは。意識の隅にまだ、デス・ナイトとの繋がりの様なものが残っている事に気付き不死の祝福で周囲を伺った。探ってみればゾンビ達はまだ消えておらず、デス・ナイト共々広場の片隅に大人しく集合している。時計を確認できないので正確な事は言えないが、モモンガの体感に狂いがなければ、とうにスキルの有効時間は過ぎているはずだ。

 

「手羽先(L)さん、ゾンビの片付けをお願いします」

「態々ですか? あれ、そんなに長く効くスキルじゃないでしょう」

「そういう訳には行かないかもしれませんよ」

 

 この世界は、自分達の及び知らない事があまりにも多い。それを肝に銘じたモモンガはアルベドに今後の指示を出すべく、村長に続いて外へ向かう。

 

「黒いおねえさん。あの白いひと、ほんもののてんしさま? 」

「人間の分際にしてはよく出来た眼を持っている様ね。ええ、あの方こそ第四の序列に並ぶもの、中位三隊を統べる主天使そのもの――」

 

 敷居を跨いだ直後、モモンガの視界に飛び込んだのは。ナザリック自慢の守護者統括が、今まさに超位魔法を炸裂させた瞬間だった。




大卒の自分は工業高校卒の弟に年収を追い抜かれました
世界って残酷


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ラッパ吹きの不在

この話ではそんな事になりませんが、「神官は神官らしく〜」等と言ってしまうガゼフさんは生き残ってもその内ルプーに撲殺されていた気がします。
やめよう、ジョブハラ(ブロントさんと忍者の関係は除く)


 生き残りの村人達が葬儀の準備を整えている間に少女――確かネムと言う名前だった様に思う、姉らしい少女がそう呼んでいたはずだ。ついでに言うとそちらの少女の名前はすっかり聞き忘れている――をなんとか丸め込んでいた手羽先(L)は、久し振りの多大な精神疲労に今すぐ座り込みたい気分に陥っていた。

 

「ほんとにてんしさまじゃないの? 」

「人はね。困った人や苦しんでいる人に『大丈夫? 』って手を差し伸べるだけで、誰でも天使になれるんだよ」

「ほんとー? 」

「本当本当、だからお兄さんは天使かもしれないけど天使じゃないんだよー」

『なんでちょっと人生の格言めいた話になってるんですか、っていうかやっぱ手羽先さんネナベなんですか? 』

『出 汁 を 取 る ぞ』

 

 自分の監督不行届を棚に上げている骸骨に悪魔も逃げ出すドス黒い伝言を投げつけた手羽先(L)は、ネムが姉に呼ばれて葬列に混ざったのを見届けた所でついに演技も投げ捨てた。モモンガに「女2人を盾にする魔法詠唱者(お座りスペルキャスター)」等という事実だが不名誉な称号が付く事を慮って男を名乗った彼女の海より深い慈悲の心は、悲しいかなモモンガの頭骨には響かなかったらしい。

 壊れた荷車に座り込んでぼんやりと葬列を眺めている手羽先(L)の傍らには、いつの間にかデス・ナイトが無言で仁王立ちをしている。真昼の陽射しを遮る彼のさり気ない気遣いに気付いた手羽先(L)は。その出来る男振りに誰へとも分からない憐憫の情を抱きつつ、只々無言で弔いの光景を眺め続けていた。

 複数回に分けての埋葬作業は日が傾き始める頃まで続き。最後の方は見かねたモモンガと、不用意な発言の反省を言い渡されたアルベドが手伝いに混ざっていた。

 

『――手羽先(L)さん』

『何ですかモモンガさん、まだ弄ってくる様ならホーリー・スマイトお見舞いしますよ』

『やめてくださいしなないけど痛いです、地味に。そうじゃなくて斥候に出した僕がこちらへ向かってくる集団を見つけました』

『えー、もうそれ村に来る前に更地にしましょうよ更地に』

 

 覚悟こそしていたものの、気疲れがピークを迎えた手羽先(L)としてはこれ以上の面倒は御免被りたい所だ。アイテムボックスを漁って期間限定イベントの残り物を引っ張り出した彼女は、小粒の飴玉をまとめて口に放り込みガリガリと咀嚼する。

 

『どうも毛色の違う集団が複数らしいんです。騎士メインの集団はかなり接近しているそうですから、派手な事をすればすぐ村人に見つかりますよ』

『じゃーとりあえず何処の集団なのか確認して、誤魔化し切れないか襲ってきた時はササっと殲滅で』

『……まあ、それなら大丈夫でしょう』

『問答無用で殴りに来てくれたら楽なんだけどなぁ』

 

 手羽先(L)が重い腰を上げる頃には村の見張りも事態に気付いたらしく、向かう先を見遣れば村長以下生き残った男達が額を突き合わせている最中だった。

 

 

 

 

 問答無用で殴りに来なかったその一団は、どうやら自己申告通りの存在らしいと手羽先(L)は視認した。「リ・エスティーゼ王国戦士長」という肩書きを訝しむモモンガにその旨を遠回しに伝えてやれば、彼はすぐに意を汲んで打ち合わせ通りの作り話を戦士長に吹き込みはじめる。

 

「帝国の騎士ばかりか、あの様な魔獣まで現れていたとは……」

 

 村の外れまで案内され、森の手前で無残に引き裂かれた偽帝国騎士達をこれ見よがしに傷めつけているルーンクロー・ベアを見せられた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは眉間の皺を益々深くした。モモンガ達としては簡単に騙されてくれて有難い所だが、こうもあっさり信じ込まれるとガゼフ本人は元より王国全体についていらぬ心配をしそうになる。

 

「あの獣に関しては、恐らく血か煙の匂いを嗅ぎつけて来ただけでしょう。柵沿いに獣除けの魔法を張り巡らせていますから、そっとしておけばその内元の住処へ戻ると思いますよ」

「そう願いたいものですな」

『いいのか、いいのかそれで戦士長。HPだけならレベル30くらいはありそうだけどアレですか、力こそパワー的なアレですか』

『この世界でのHPやレベルがどういう状態なのか確かめずに脳筋扱いするのはほら……やめてあげましょう? 』

 

 裏では天使に馬鹿にされアンデットに微妙なフォローをされている事など知る由のないガゼフは、警護を兼ねて一晩この村で野営をしたいと村長に申し出ている。それを聞いたモモンガはアウラに捕虜と僕の回収時間を変える様に伝言を繋ごうとしていたのだが。直後現れたエイトエッジ・アサシン(八肢刀の暗殺蟲)の報告に耳を傾けると、仮面越しに微かな唸り声を上げた。

 

「どうかしました? 」

「いえ、それが……」

 

「戦士長! 緊急事態です!! 」

 

 ガゼフの部下らしい騎士が広場に飛び込んできたのは、その直後の事だ。

 毛色の違うもう一方、と言うのが下位の天使を従えた集団と判明した事で手羽先(L)個人としては大幅にやる気を削がれてしまったが。カルマ値がマイナスに振り切れたアンデットには思う所があったらしい。ガゼフと二言三言会話を交わしたモモンガは、上手い事丸め込んだ彼に課金ガチャの外れアイテムを渡すと村の外へ放り出していた。

 

「あれ何でしたっけ? 」

「100個集めて限定外装と交換する奴です」

「嗚呼、ゴミですね」

 

 何と言って渡したのかは知らないが、それで士気が高まるのならまあいいか。と手羽先(L)は軽く結論付けて集まった村人に防御や加護の魔法を掛ける。モモンガも幾つかの魔法を掛けてくれたが、必要そうな魔法を使い終わるとすぐガゼフの様子見に移ってしまった。

 

「戦士長はどんな感じなんです? 」

「まあ健闘はしてると思いますが……ちょっと見てもらえますか? 」

 

 そう呼ばれて見せられた水晶の画面(クリスタル・モニター)は。ダメージを負いつつも攻撃の手を緩めないガゼフ達と、一向に減る気配の無い天使達を見下ろしている。戦場を一望した手羽先(L)はへえ、と僅かに感心した声を上げ。迷う事なく戦場の奥を指し示した。

 

「ここにいるプリンシパリティ・オブザベイション(監視の権天使)、これだけ強化済み――でもってこの人間が一番高レベルっぽいので、多分こいつがアインズさんみたいなスキル使ってるんでしょう」

「なるほど。となるとガゼフの勝ち目はほぼ無いのか……」

「でしょうねぇ、ご丁寧に全員呪いが付いてるし」

 

 見た所スリップダメージも行動阻害の様子もないので、呪詛は呪詛でもバフ系統だろう。と補足した彼女はスキルを止めて目頭を揉み解した。ユグドラシルの仕様とは言え、弱体の呪いも竜血の呪いで強化されたベルセルクも天眼の前では同じ呪い状態、というのは恐ろしく不便だ。

 

「片付けどうします? 」

「隠し玉が無いとも言い切れませんし、ここは手羽先さんにお願いしたいですね」

「じゃあセラフ超えが来た時はサポートお願いしますよ? 一応これどうぞ」

 

 モモンガに正属性耐性を高める魔法のスクロールを渡した手羽先(L)は、代わりに受け取ったマキシマイズマジック(魔法最強化)のスクロールをショートカットに追加する。更に武器専用の無限の背負い袋を開けた彼女は、少し考えてから一振のグレート・ソードを手に取った。

 

「よし、手羽先(L)さんはいつでも出撃可能ですよ」

 

 大剣を背負い、仁王立で腕組みを決めた手羽先(L)の宣言を受けて。モモンガは用意していた転移魔法を速やかに発動させる。

 

 彼女と入れ替わりに現れたガゼフは、ほんの少し目を離した隙に満身創痍となっていたが。モモンガはすぐに千里眼(クレアボヤンス)で映し出された光景へ意識を戻すと、手羽先(L)の戦闘を観察する事に没頭してしまった。



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ニグン・グリッド・ルーインの死

12/20:オリ主の設定一部公開と共に章立てを行いました、その都合で話数にズレが発生しております。
    次回投稿は閑話になります。


 振り抜かれた刃は、剣というにはあまりにも大きすぎ、ぶ厚く重く、そして大雑把すぎる代物だった。その一刀が生み出した風圧は周囲の天使を容易く両断し、後方に控えた召喚者をも吹き飛ばさんと荒れ狂う。

 

「……そんな」

 

 辛うじて踏み止まったニグンの耳を、誰かの呆然とした呟きが掠める。奇妙にはっきりとしたその言葉が自分の口から零れたものだと、彼はついぞ気付かなかった。

 

「よっこいしょっ、と」

 

 巨大すぎる両手剣の一振りで殺到した天使を消滅させた存在は、その剣を振るうにはあまりにも相応しくない声を上げて立ち上がった。先程までそこに居たはずのガゼフ・ストロノーフの姿は既に影も形もなく、ただ踏み砕かれた地面が放射状にひび割れているだけである。非常識な胆力を発揮した存在は眩い全身鎧に身を包んで尚、担ぐ大剣のシルエットに大部分が隠されてしまう程華奢で。女とも少年とも付かないその声音も相まって、ニグンにかつて対峙した青薔薇の女の事を思い出させた。

 咄嗟に残った天使達を下がらせ、自らの前へ盾の様に配置させた彼はその背後から注意深くその大剣使いを観察した。先程の一刀から見てもその力は間違いなく英雄の域に達しているが、唯の剣士であれば消えてしまったガゼフ達の説明が付かない。未知の魔法を極めた騎士か、或いは強力なマジックアイテムを隠し持っているのか。見誤れば確実にこちらが殺される事を彼等は既に痛感している。彼の内心を見透かすかの様に、大剣使いは悠々とした動作で周囲に視線を巡らせた。

 

「こんにちは、『陽光聖典』の皆さん。そこの権天使を連れている貴方が隊長さんだね? 」

 

 一切の淀みなく、確信に満ちた声音で告げられた言葉に。祈祷による精神作用への耐性を持つはずの部下達に動揺が走った。大剣使いの視線は炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を透かす様に、迷うことなくニグンに注がれている。その視線に気圧されたニグンは、後退しそうになる己を叱咤して声を上げた。

 

「お前は、何者だ。ガゼフ・ストロノーフを何処へやった」

「おっとごめん、自己紹介は大事だよね。私は――そうだね、こちらでは『テバサキエル』を名乗っているからそれで覚えて貰おうか。しいて言うならまあ、パラディン兼ビショップかな? 」

 

 君達の同業者だよ。と軽い調子で付け加える相手にニグンはつい顔を顰めた。あからさまに偽名である事を仄めかし、その偽名には「神の如き」を意味する「ディーバ」を冠している。挙句に信仰に身を捧げた身分である神官を指して、それがさも数多ある生業の一つ、単なる稼ぎ口であるかの様に貶するという念の入れようである。明け透けな挑発の数々に気を散らさぬ様奥歯を噛み締めた彼は、顎をしゃくって先を促した。

 

「ガゼフ達なら村に戻してもらったよ。その辺に転がってると、天使と一緒に粉微塵になっちゃうからね」

 

 言外にお前達等敵ではないと、こちらには仲間が控えているのだと明かしたテバサキエルに、ついに部下の数名から短い悲鳴が上がる。無意識に懐の切り札へと手をやったニグンは、その確かな質量に僅かながら冷静さを取り戻す。

 

「それじゃあこっちも質問させて貰うよ。名前――は名乗らなくてもいいや、質問は2つ。この先の村にダミーの兵士を送り込んだのは君達だね? 目的は何だい? 」

「ふん、我々を陽光聖典と知ってそれを聞くか」

 

 全ては弱き人間を守る為、この大地に蔓延る魑魅魍魎から己等の生存圏を守る為に人類の結束は急務だ。なれば多少の犠牲には目を瞑り、汎ゆる手段をもって正しき神の元に統一を成す事が、神の僕たる我等の使命。ニグンは狼狽する部下達へ言い聞かせる様に、そうきっぱりと宣言した。

 

「嗚呼、そう。そういう事」

 

 呆れた様な声音でそう呟いたテバサキエルは、それまでの軽薄な態度を消すと身の丈に余る大剣を下段に構える。士気を取り戻した部下達に素早く指示を飛ばしたニグンは、懐の切り札をいつでも使える様に監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を自分の前へ移動させた。部下の操る炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は彼の四方を囲み一糸乱れぬ連携を繰り出すが、テバサキエルはその剣戟ごと大剣の一振りで切り伏せる。袈裟懸けの一刀からの切り上げ、やや高い位置を狙った横薙ぎを引き戻し、踏み込みと共に片腕だけで突き出す。守りの意識すらないその動作は、一見すれば駆け出しの南方剣士の様な粗雑さだが。恐らくは絶対的な自信に裏打ちされた故の手抜きなのだろう。いとも簡単に光の粒となって霧散するアークエンジェルに舌打ちをしたニグンは、部下の1人に向かってハンドサインを出しながらテバサキエルに向かって声を上げた。

 その注意を、わざと自分へ向けさせる為に。

 

「その剣、唯のだんびらでは無い様だな」

「あ、やっぱり分かっちゃうか。まあこれは天使を倒す事だけに力を注いだ、他には取り柄がない唯の大剣なんだけどね」

 

 なかなか格好いいでしょう? と自慢げに正眼で構え直したテバサキエルの声音は、何処か宝飾品を見せびらかす女のそれに近い響きを持っている。彼の脳天気ぶりに薄ら寒い何かを感じたニグンは、一方でその強さが純粋な力量だけでは無かった事に僅かな安堵と嘲笑を浮かべた。

 

「成る程、では――総員、かかれ! 」

 

 ニグンの鋭い一声に呼応して、残っていた天使がテバサキエルに殺到する。それと同時に天使を失った部下達が一斉に詠唱を行い、第一波を薙ぎ払った彼目掛けて雨霰と魔法を叩き付けた。一瞬にして色とりどりの光と土煙に覆い尽くされ、更に再召喚されたアークエンジェルの攻撃を浴びせられたテバサキエルは。それでもまだしっかりと、2本の足だけでその場に立っている。薄ら寒さの正体をその光景に転嫁したニグンは、迷うこと無く切り札の――最強の天使を召喚する魔法を封じたクリスタルを掲げ。祈りを込めて声を張り上げた。

 

「最高位天使よ! 我等に力を!! 」

 

 陽光の様に眩い光の奔流に飲み込まれながら、ニグンは己の信仰に誤りがなかった事を心の底で噛み締めていた。それは伝説の招来を前にした歓喜の様で、ある一方では拭い切れぬ不安に対する自己暗示の様でもあった。

 

 

 

 

 一帯を覆い尽くした光が収束し、ローズマリーに似た清涼な香りが肺に流れ込む。その中に潜む僅かな甘苦さを察知するより先に、視界を取り戻したニグンは現れた威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を仰ぎ。そして、そのドミニオンと対峙する「なにか」の存在を認識した。

 

「あー、ゴメン。質問追加してもいいかな――このドミニオンが一体何だって? 」

 

「なにか」から発せられた声は、間違いようもなく先程から対峙しているテバサキエルの声だ。しかしそれはニグンの遥かな頭上から、絶対の断罪者の如き響きをもって降り注ぐ。呆然と空を見上げていた部下達は、声にならない嗚咽を上げながら次々と跪いていた。

 

「ド、ドミニオン・オーソリティ……かつて魔神の一体を、たった一騎で討ち滅ぼした、最高位の天使……」

 

 うわ言の様にそう答えたニグンの眼が宙を彷徨い「なにか」の全貌を捉えた時、彼は己の信ずる世界が崩れ去る音を耳にした。

 

 テバサキエルと同じ鎧を纏うそれは、3対の翼に複雑な文様を描く光輪を携えた紛れも無い天使。その手には眩い光の刃を持った、竜をも一薙ぎで屠るだろう巨大な両手剣が握られている。何よりその身から発する気配は、恐怖すら感じる程の清らかさで周囲を圧倒していた。

 

サモン・エンジェル・8th(第8位階天使召喚)――スローンズ・イージス(神盾の座天使)ザバーニーヤ・ネメシス(天罰の死天使)

 

 天使が光の刃を掲げ、はっきりとした声量で召喚の言葉を唱えると。天からは呼応する様に光が降り注ぎ、やがて2体の天使が召喚された。濃厚になった香りに、ニグンはそれがミルラの芳香に似たものだと気付く。次いで天使は何処からか取り出した小瓶を開けると、その中身を威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に振りかけた。

 ぷつり、とニグンの意識から何かが切り離される。

 

「――よし、じゃあ”付き従え” 」

 

 命令はたった一言。その一言に吸い寄せられる様に、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が宙を滑る。目の前で傅く様な動きを見せたドミニオンに満足した天使は、ほうと満足げな声を上げた後ニグン達に視線を落とした。

 

「さて、それじゃあ順を追って突っ込ませて――あれ? 」

 

 刀身の消えた大剣を教鞭の様に構えた天使は、しかしニグン達の頭上から視線をずらして小首を傾げる。呆然とその視線を追い掛けた陽光聖典の傍らには、何時の間に現れたのか、黒尽くめの魔法詠唱者らしき存在が立っていた。

 

「アインズさん何ですか? このドミニオンならあげませんよ、折角『洗礼(ゲット)』出来たんですから」

「『ひとのものをとったらどろぼう! 』って言うテイミングゲームの台詞があってですね……まあそれは置いといて。そこの人間が最高位天使がなんとか言い出したから約束通り加勢に来ただけですよ。まあ、結果は何というか……」

「骨折り損のくたびれ儲けって奴ですね、アンデットなだけに」

 

 アインズ、と呼び掛けられた存在は大げさなリアクションで溜息を吐くと、ニグン達の存在を気にする素振りもなく天使の元へと歩いて行く。地表近くまで降りてきた天使と暫く言葉を交わした彼は、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を見上げ、次いで陽光聖典へ視線を移し、再度大げさな溜息を吐く。ざり、と音を立てて振り返ったその姿に、彼等は一斉に息を飲んだ。

 

「はじめまして、スレイン法国は陽光聖典の皆さん。私の名前は――」

 

 振り返ったアインズの胸元は薄い皮膚の張り付いた胸骨が曝け出され、臓腑のあるべき場所には禍々しい光を放つ赤黒い宝玉が収められている。

 

「――スルシャーナ! 」

 

 悲鳴の様に紡がれたその名は、かつてこの地を統べ、そして大いなる罪人により永遠にこの地を去った神の名。

 死と闇を、恐怖と疫病を支配する慈悲深き黒の神は。その権能を示す、骨と僅かばかりの皮膚を備えた死者の姿で伝えられていた。

 

 

「ニグン・グリッド・ルーイン」の人生は、この日、神の再臨と共に幕を下ろした。




(死んだとは言っていない)


天使を召喚した時の香りがローズマリーなのは某痴女がスタイリッシュなゲームのネタです。
ミルラはお香とか男性向けの香水に使われている奴です、これは一応聖書ネタ。


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閑話/ラグナロク・シンドローム:01

回線復活したので取り急ぎ。
※至高の41人のリアル事情と人間関係に多大な捏造が発生しています。


 救急搬送を告げるアラーム音が鳴り止まない。

  

 下のフロアを走り回る同僚達の事を思いながら。瀬名は夜勤の看護師や保育士と共に、不安でぐずり出す子供達を懸命に寝かし付けていた。

 

 瀬名の勤める総合病院はアーコロジーの外れにある。博愛を建前とした統治機構のガス抜き政策の為に建てられたその病院は、常日頃からひっきりなしに患者が運び込まれて来るが。この夜の救急搬送の多さは野戦病院もかくや、もはや異常と呼んで差し支えの無い件数に及んでいる。

 

「瀬名先生。ここは私が面倒を見ますから、先生は救急外来の応援に行ってあげてください」

「すみません、お願いします」

 

 保育士に子供達を任せ、外来に向かう為のエレベーターに滑り込む。3重構造のエアロックで外来勤務用の制服を着込んだ瀬名は、悪い予感に急かされる様にして救急外来の扉を開けた。

 棺の様な覆い付きのストレッチャーが整然と並ぶ大部屋の違和感に、彼ははっと足を止める。

 

「これは……」

「『電脳性意識障害』これでもう19人目よ」

 

 神経内科に所属する先輩医師の言葉に振り返れば、洗浄されたばかりのストレッチャーがガラガラと音を立てて滑り込んできた。通り過ぎ際に垣間見た患者の様子に苦悶はなく、一見すれば只眠っている様にも受け取れる。

 

「状態は?」

「深昏睡、投薬も今の所効果無し――どんなゲームか知らないけど、最後の最後にとんでもない事をやらかしてくれたわね」

 

 渡されたカルテの記載に目を落とした瀬名の耳を、先輩の忌々しげな呟きが深く抉った。

 

 ――DMMORPG『ユグドラシル』――

 

 頻出する懐かしい固有名詞の指し示す恐ろしい現実が、彼の思考を一瞬にして焼き尽くす。

 

 かつては競い合った事もある廃人プレイヤー達、今日もあの円卓で待っていただろうギルドメンバー、奇妙な縁により今も現実での交流が続く気の良い友人。皆無事であってくれと、今すぐにその安否を確認したい欲求を職業倫理で抑え付けた瀬名は。病棟程綺麗ではない外来の空気を深く吸い込むと一歩を踏み出した。

 

「付き添いのご家族に、状況の説明をしてきます。――それから、"延命期間"についても」

「後で事務の連中にさせなさいよ、今話しても殴られるのがオチよ」

 

 何か痛ましい者を見る様な先輩医師の視線に、彼は精一杯の虚勢を込めて肩を竦めた。

 

「俺が殴られるだけで済むなら大歓迎ですよ、これでも悪役は得意ですから」

 

 果たして自分は思った通りに笑えているのだろうか。そんな場違いな不安を抱いた瀬名は、タブレット端末の画面を掻き抱く様にして待合ロビーへ向かう廊下に足を進める。

 

 

 13人目の搬送患者は、彼のよく知る女性と同姓同名、同じ病を抱え同じ治療を受けたばかりだった。

 

 

 

 

 夜更け過ぎに届いた不躾なメッセージに海堂が大人しく従っているのは。それが他ならぬ瀬名からの緊急要請だったからだ。

 

 モモンガがたっち・みーの所謂弟分なら、ウルベルト・アレイン・オードルのそれはるし★ふぁーである――というのがアインズ・ウール・ゴウンとその関係者の不文律だ。尤も「るし★ふぁー」こと海堂は先輩を敬える様なタイプではないが、少なくともあのウルベルトが――瀬名が時と場合を考えずに連絡を送って来る事の重大性と、それを汲む程度の常識は持ち合わせていると彼は自負している。

 

 仕上げたばかりのCADデータをクライアントに送り付け、スマートフォンだの何だのをポケットにねじ込んだ海堂は外出着に袖を通して居住塔の廊下へ出る。彼の住まうファミリー向けの居住塔はモモンガこと鈴木悟の住む単身者向け居住塔と隣接しており、時間はかかるが地下街を経由すれば外気に接触する事なく行き来が出来る関係にあるらしい。らしいと言うのは海堂の住む居住塔には窓が無く、海堂自身が在宅の仕事であまり外出しない事もあり隣の物件の存在をあまりよく分かっていない為なのだが。こういう時の瀬名に全幅の信頼を置く彼はあまり気にする事もなく、メッセージの指示に従ってエレベーターの乗り継ぎを続ける事にした。

 

 ナザリックよりも迷宮染みた地下街を踏破し、再びエレベーターを乗り継いだ先。ありきたりな扉の表札を確かめた海堂は無遠慮にインターフォンを連打する。1分程続けた辺りで鳴り出した通話アプリを起動すると、インカム越しに随分と憔悴した様子の瀬名の声が聞こえて来た。

 

『海堂、モモンガさん居たか? 』

「いんや全然、これもう仕事行っちゃったとかじゃねーの? 」

『どこに居ようが意識があるなら着信切るぐらいはするはずだろ、そこで何か聞こえないか? 』

 

 瀬名に問われた海堂が玄関扉に耳を押し付けると、部屋の中からは微かだが複数のアラームらしき音が聞こえてくる。

 

「ヤベェ、めっちゃ鳴ってる」

『チッ――海堂、急いで管理会社に連絡入れろ、救急は俺が何とかする』

「い、イエッサー!! 」

 

 豹変した瀬名の言動に気圧された海堂が慌てて居住塔の管理会社に連絡を入れると、平素なら塩対応が常の窓口が今日は不気味な程に迅速な対応でオートロック解除の手配を進めていく。手続きの完了と前後して到着した救急隊員の1人が部屋に入るなり、切迫した声が上がった。

 

「鈴木さん? 大丈夫ですか、鈴木悟さん? 」

 

 海堂が数年ぶりに見た鈴木悟は。雪崩れ込んだ救急隊員の向こう、手狭なワンルームの片隅で蒼ざめた顔のまま眠り続けていた。



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密やかな誤解

遅くなりました、本編再開です。
話の区切りを若干見誤りました。


「えーっと、取り敢えず今までの情報を整理しよっか? 」

 

 突如発狂と見紛うばかりのパニックに見舞われた陽光聖典の面々をなんとか宥め、不意打ちの《次元の目(プレイナー・アイ)》に過剰反応するモモンガを落ち着かせ、何故か一緒になって憤慨した上に突如爆発した陽光聖典の一部に《緊急復活(リヴィヴィファイ)》を使い、さらには念のために《集団呪詛除去(マス・リムーヴ・カース)》を施すという作業をこなした手羽先(L)は。じんわりと痛み始めた側頭部をグリグリと揉み解しながら中空に腰を下ろした。

 

「まず君達のモンスター情報がプレイ歴3ヶ月以下のお粗末さんなのは把握した、アインズさんもこの辺は異論ないですよね? 」

「ええ、まあ大体その位でしょう。さっきのプレイナー・アイを考えるとここにいるのが最低レベルの可能性もありますが」

 

 爆発した陽光聖典の発言に拠れば、次元の目は法国の上層部が発動させた様だが。秘匿のひの字も無い無防備ぶりを鑑みるに、今頃は手羽先(L)の攻性防壁で状態異常のバーゲンセールを喰らっている頃だろう。モモンガの攻性防壁以上に舐めて掛かった作りのマクロではあるが、こちらが隠匿系の補助魔法をかける時間位は稼げたはずである。

 

「やっぱり場所を変えませんか? ナザリックの中ならグライアイを持ちだされない限り探知は不可能ですし……」

「心配性ですねぇ……」

 

 しっかりと補助魔法を重ね掛け、それでも尚心配そうに周囲を伺うモモンガに手羽先(L)は呆れた声を上げるが。そこは年長者、かつ精神面でも彼女より大人なモモンガの発言である。今は探知魔法の存在が認知されていると分かっただけで十分だろう。と無理やり自分を納得させた手羽先(L)は、モモンガにカルネ村での工作を丸投げすると陽光聖典を従え帰投の用意に移った。

 初めての相手に向けて伝言をかけようと黙り込んだ彼女の眉間には、気合いの表れが見事な皺となって寄せられる。モモンガに出来るのなら自分もなんとかなるはずだ、という無根拠な自信と共に。彼女はその脳裏に、ひねくれ者の親友が願った理想の姿を呼び起こした。

 

 

 脳髄に絹糸を通される様な感触に、デミウルゴスはふと手を止めた。複数の要素が入り混じったそれは初めての感覚だったが、糸の通る様な刺激は伝言で呼びかけられている証左であるし、そこに乗せられた気配の主には覚えがあるのも事実である。

 彼の反応を固唾を飲んで伺う僕達に何でもないと手振りで示し、デミウルゴスは慎重に伝言を繋ぐ。

 

『やあデミウルゴス、ちゃんと伝言は繋がったみたいだね』

『これは手羽先(L)様、私に何かご用命でしょうか? 』

 

 耳の奥へ届く澄んだ声音は果たして予想通りの人物で、デミウルゴスはそっと唇を歪めると彼女の言葉に耳をそばだてる。

 

『今からそっちに人間連れていくんだけど。ほらあのネイルしてるタブラさんと同じ種類の娘、確かログ抜き(脳の詮索)覚えてたよね? 』

『無論でございます。手羽先(L)様の記憶に留めて頂けたとあれば、ニューロ二ストも喜びましょう』

『じゃあそっち行くから迎えを頼むよ』

『直ぐにシャルティアを向かわせます、今暫しのお待ちを』

 

 鼻腔の奥で立ち昇るローズマリーの香に顔を顰めながら、デミウルゴスは手羽先(L)の望みを汲むべく思考を巡らせた。ニューロ二スト・ペインキルを所望している事から、人間の用途が情報収集なのは明確だが。それだけであればこうして己に声をかけずとも、現地の僕に任せてしまえば良いはずだ。

 手羽先(L)に関する数少ない記憶を紐解いた彼は、かつて己の創造主達と彼女の交わしていた会話の一つに行き当たる。

 

(――折角拷問キャラ作ったんだしさぁ、なんかこうソレっぽい仕掛けの一つも欲しいじゃん? )

(それっぽい……笑いすぎで強制ログアウトになるまでくすぐるとか? )

(手羽ちゃんそれは地味にエグいわー。採用)

(やめろるし★ふぁー、呼吸器疾患持ちにでも当たった日には傷害沙汰だぞ)

(なんという事でしょう手羽先さん! ゲームでは食えない悪役ロールしかしないはずのあのウルベルトさんが! )

(まるでマダムに人気のイケメン小児科ドクターの様な正論ではありませんか! )

(おう表へ出ろ仲良し馬鹿天使共、今日こそ羽毛布団にしてやる)

 

『――お望みとあらば、どの様な趣向でもご用意致しますが』

 

 天使でありながら死を撒く存在でもある手羽先(L)にとって、愚かな人間共に相応しい責め苦を与えるのは己が使命と言う事だろうか。そう推測したデミウルゴスの進言を、しかし彼女は冷徹に一蹴する。

 

『ん? ……嗚呼、一々お遊び(拷問)してる人数でもないから今回はナシね。情報取れたら他の事にも使う予定だし』

『浅慮な進言をお許し下さい。必ずや手羽先(L)様の望む通りに取り計いましょう』

『じゃあお急ぎで宜しくね』

 

 咎めも許しもしないその口振りに、己の矮小さを突き付けられた悪魔は静かに奥歯を噛みしめる。彼は手羽先(L)とはその様な、僕とは全く異なる思想を抱く存在であると理解していながら。しかし一方で、荒野に打ち捨てられた者のそれにも似た、理不尽な反発と悲しみを覚えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

『モモンガさん、牢獄のなんちゃって拷問装置って完成してたんですか? 』

『え? 』

『いや、るし★ふぁーさんが折角だから嫌がらせ用のギミック仕込むって結構前に……』

 

 そして同時刻、単なるフレーバーで作られたはずの施設に魔改造の手が及んでいた事を、モモンガは数年越しに知らされていた。



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天使囀って曰く

今更な注意書きではりますが、この小説はギャグとシリアスのミルフィーユ構造でお送りしております。


 モモンガがナザリックに帰還したのは、夜もすっかり更けた頃だった。即座に集まってくる僕達に独断で動いた事を詫び、デミウルゴスから上がってきた報告書を精査すると言って部屋に引き上げる。情報源にされた陽光聖典がまだ生きていると聞き内心嬉しい驚きを覚えるも、手羽先(L)の指示と聞いて彼は何とも言えない虚無感に陥った。

 僕達のカルマ値と直結した思考回路もそうだが、ちゃっかり独断で事を進める手羽先(L)も同じ位、モモンガの頭痛と胃痛の種となりそうだ。

 

 そしてその頭痛の種、もとい手羽先(L)だが。モモンガの私室に呼び出された彼女は、プリンター並に分厚い報告書を前にして、白い顔をより一層青白くして固まっている。赤に青にと忙しない両目は先程から同じ場所を小刻みに往復するばかりで、先に進んでいないのは誰の目にも明らかだ。

 

「……モモンガさん、なんかこう、難しい文章が読める魔法とかありませんか」

「そんなものはありません」

 

 製作者の学力がNPCに影響するのかはさておき、確かにデミウルゴスの用意した報告書はかなり形式張った文章で書かれている。仕事柄この手の書類に慣れているモモンガですらそう感じるのだから、書類仕事とは縁遠かったはずの手羽先(L)が根を上げるのは至極当然の事だった。

 仕方がない、とクラフト魔法でホワイトボードを出現させたモモンガは。ローブの両袖を捲り上げてペンを掴む。

 

「わかりました。今から出来る範囲で説明しますから、出来るだけ一発で理解して下さい」

「ぜ、善処します」

 

 全身からビジネスマンのオーラを放つモモンガに気圧されたのか、相対する手羽先(L)も、まるで新人社員の様に慌てて居住まいを正す。

 

「それではまず報告書5ページ目、スレイン法国の六大神について――」

 

 こうして突如始まった講義ともプレゼンテーションとも付かないモモンガの解説は夜を徹し、痺れを切らしたアルベドの乱入で打ち切られる頃には朝日が昇り始めていた。

 アルベドの私欲むき出しの懇願に屈した2人は、仕方なく表向きは休憩の為に一時解散する。モモンガは入浴を理由にアルベドを引き下がらせると、私室備え付けのジャグジーバスに身を委ねたまま、こっそり伝言で手羽先(L)と相談を再開した。

 

『えーっと、じゃあ取り敢えず陽光聖典は国に帰すって事でいいんですか? 』

『あの報告書を読む限り、一番敵に回したくないのは評議会や竜王国ですから。スレイン法国がそこを抑えているのなら、今は利用するのが得策ですよ』

 

 陽光聖典から得られた六大神の情報は殆どお伽話の様な物だったが。少なくとも、竜王なる存在がユグドラシルとは全く別種の魔法を使う事は真実と見て良さそうである。

 

『問題は、こちらの情報をどう秘密にさせるかですが……』

『私達のゲッシュじゃ細かい指定は無理だし、無形の洗礼も命令の光(レイ・オブ・オーダー)も時間制限ありますからねー』

 

 スレイン法国が陽光聖典にどの様な呪いを使ったのかは解明し損ねたが。モモンガ達の使える一番近い魔法は簡単な単語やアクションに対して一律にペナルティを与えるか、あるいはモンスターを一定時間コントロール下に置くかの2択で、あれ程複雑な誓約を化す事は不可能だと言うのが2人の一致した見解だ。

 

『その辺は上手く脅かすしかないですね。大人しくこちらに降ってくれると楽なんですが』

 

 親父臭い呻き声を上げて湯船に沈み込み、何か使えそうなアイディアはないかと思案する。ふと思い立ってアイテムボックスを漁れば、意味もなく溜め込んだ種族転向用のアイテムがモモンガの手に触れた。

 

『――ヴァルファズルの印章……って確か蘇生も付いてくるタイプでしたよね』

『そりゃレイス系の転向アイテムですから。って言うかそんなものまだ持ってたんですかモモンガさん! あれがばら撒かれたの、失墜アップデートの時ですよ!? 』

『恐らく全部で40個程』

 

 憮然としたモモンガの発言に、流石の手羽先(L)も伝言越しに絶句している。モモンガとて好きで大量収集していた訳ではなく、どうにも処分が付かないままずっと溜め込んで今に至ったのだが。

 

『で、さっきまでの話とソレがどう関係するんですか? 』

『いえ、「バラしたら死ぬ」よりは「死ぬに死ねない」の方が怖いかなーと』

『なーるほど、いやぁモモンガさんも中々のワルですねぇ』

 

 明らかにニヤついているだろう手羽先(L)の声音に、モモンガの返答が嫌味混じりとなったのはごく自然な事だった。

 

『いやいや貴女程では。私なんか、腐っても干からびても所詮はただの人間ですよ』

『あ、ヒドイ。こんなに素敵で人気者な天使をとっ捕まえて、事もあろうにバケモノ扱いですか』

 

 別に手羽先(L)の事を本気で化け物だとは思っていないモモンガだが、昔から「ゲームだから」笑って許される様な行動が多かったのが彼女である。今までは当然それで良かったが、生憎モモンガ達はユグドラシルではない何かに放り出されてしまった身だ。いつまでも遊び半分でいては足元を掬われて窮地に陥るであろうし、そうなった時に生き残れる保証は何処にもない。

 この際なのでその点をしっかり諌めておこう、と考えるモモンガは、結局のところ未だに仕事人間の感覚から脱していなかった。

 

『普段の言動が色々とぶっ飛びすぎなんですよ。さっきもデミウルゴスが散々褒めてましたよ? ただの悪魔じゃなくてカルマ値極悪設定の悪魔に。天使以前に社会人として由々しき問題だと思わないんですか? 』

『知りませんよそんな事。大体アレでしょ、どーせウルベルトさんの受け売りとか刷り込みとかそーいうのなんでしょ気付いてますからね! だってヴィクティムちゃん私の事男だと思ってたもん!! 』

「何次から次へと勝手な事やってんだアンタは!!! 」

 

 思わず湯船で仁王立ちになったモモンガの元へ、両の眼を血走らせたアルベドが強襲を仕掛けたのは当然の反応であり。その収拾に苦慮する事になったのは、やはり自業自得と言って差し支えがなかった。

 

 

 閑話休題。

 

 

「いいですか手羽先(L)さん。そもそも第八階層は大規模なトラップルームであって、ヴィクティム含めた守護者達はその中でも重要なギミックの一部なんです。万が一トラップが作動してフレンドリー・ファイア、即死なんて事になったら俺は自分と手羽先さんを一生呪いますよ。大体――」

「ハイ、ハイ――あ、そこは私も呪われるんdハイ反省してます、ハイ――」

 

 貴重な同種族との戯れの真っ最中にモモンガの急襲を受けた手羽先(L)は、第八階層のど真ん中で彼の説教を受ける羽目に陥っていた。足代わりの翼を器用に折り畳んで正座の姿勢を取ってはいるが、その腕の中には相変わらず階層守護者のヴィクティムが抱えられ、時折そのこぢんまりとした両手をモチモチと揉みしだかれている。

 

「本当に反省してるんですか」

「ホントウニハンセイシテイマス」

 

 逸らした顔をモモンガに両手で鷲掴みにされ、手羽先(L)は渋々と視線を正面に戻す。ステータス上ではどうという事もないモモンガの腕力だが。年上の凄みが載せられたそれに抵抗出来ない辺り、彼女はまだ大人に成りきれていない様だ。

 

「天使もアンデットも、死ぬ時は死ぬんですよ。それで帰れる保証があるのならまだしも、帰れなかったらどうするつもりなんですか? 」

「いや、まあ――その時はその時で仕方がないかなー……と」

 

 頬を掻きながらおずおずと切り出した手羽先(L)に、モモンガは愕然として両の手を離す。家族が在り、モデルと言う輝かしい職業があり、病という苦難を乗り越えてきた彼女の事。当然の様に現実への帰還を考えているのだとばかり思い込んでいた彼にとって、それは俄には理解し難い告白だった。

 

「――帰りたく、ないんですか? 」

 

 呆然と呟かれたモモンガの問いに、彼女は何故か苦笑を零す。

 

「出来るならまあ、いつかは帰りたいと思いますよ? でもほら、そもそも私、向こうに帰っても寿命とかたかが知れてるじゃないですか。その点こっちならそういう理由で死ぬ事は無さそうだし。だったら思う存分今を楽しんでから、飽きたら帰る位でもいいかなー……って」

 

 ダメですか? と困った様に聞き返す手羽先(L)の表情はどこか達観している様で。それが天使という種族の影響なのか、彼女の本質がそうさせているのか。ユグドラシルプレイヤーの手羽先(L)しか知らないモモンガでは、両者の違いを見分ける事は不可能の様に思われた。

 時間にしてほんの数秒、しかしモモンガにとってはとても長い沈黙の後。彼は先程の手羽先(L)と同じ様に、頼りない苦笑いを零した。

 

「……正直俺も、帰れなくても別に困らない、なんて事を思ってはいたんです」

 

 絶望の深さを相対化する事は出来ないが、彼女には彼女なりの逃げ出したい現実があったのだろう。そう己を納得させたモモンガは正座だった姿勢を胡座に崩すと、どっと肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

 

「あー、もう。それならそうと先に言って下さいよ」

「聞かなかったじゃないですかー。ほらヴィクティムちゃんもなんか言ってやって」

〈おふたりのわだかまりがとけたようでなによりです〉

 

 もちゃもちゃと奇妙な言語で全うな事を言うヴィクティムに暫し頬や顎関節を緩ませたモモンガと手羽先(L)は。改めて第八階層とその守護者に対する取り決めを確認し、それから漸く本来の予定に向けて行動を開始した。

 

「えーっと、じゃあ取り敢えず陽光聖典にはギルド名でゲッシュをかけて、ヴァルファズルの印章を持たせて――」

「確か種族転向アイテムにも装備解除不可の呪いは乗るはずですから、それもついでに乗せておきましょう」

「後はもう演出次第ですねー」

 

 こういう事は僕達の邪魔が入らない場所で決めてしまうのが良いだろう、と改めて陽光聖典の処遇についての話し合いを再開したモモンガ達だったが。結局の所話はやはり「如何にハッタリを効かせるか」の部分に終始する事となる。

 

「下手に仲間に率いれるとか言うと、今度は僕の反発を招きかねませんし……」

「なんかもうこう、どうせ印章渡しちゃうんだし頑張って徳を積んだらレイス枠で採用とかでいいんじゃないですかね? ほらこれならアルベドちゃん達には異形種だからオッケーで押し通せますよ」

「……速攻で自殺された場合は」

「それはもう、無慈悲な10位階退散魔法で破ァー! ですよ」

 

 如何とも形容し難いポーズを決める手羽先(L)に、モモンガは骸骨の顔で精一杯微妙な顔をした。このナザリックで彼女の10位階退散魔法《灰は灰に(アッシュ・トゥ・アッシュ)》に耐えられるアンデットはフル装備のモモンガ位のものであり、唯のレイスを相手取って使うにはいくらなんでも過剰攻撃が過ぎると言うものである。意気込みだけを評価するべきか、むしろ超位魔法《土は土に(アース・トゥ・アース)》を持ちださなかった事を褒めるべきかと年長者のスルースキルを発揮したモモンガに対し。当の手羽先(L)はボケが滑った居た堪れなさに、じわじわと精神を蝕まれていた。

 

「……なんか反応下さいよ」

「実際にやる時は塵は塵に(ダスト・トゥ・ダスト)で手を打って下さいよ? 10位階は流石にやり過ぎです」

「ヴィクティムちゃ〜ん、モモンガさんがマジレスでいぢめるよ〜」

〈おしずまりくださいてばさきえるさま、モモンガさまにかぎってそのようないとはございませんよ〉

 

 小さな手足を精一杯広げて慰めようとする健気な階層守護者と、その好意を完全な私欲で利用するどうしようもない天使のやり取りを眺めるモモンガは。改めてヴィクティムの私的な連れ出しは厳重に禁止しておこうと強く決意を固めていた。




はあ……ヴィクティムちゃんかわゆ……

グダグダとした前振りも終わり、次回から漸く本格的な活動スタートとなります。
やっぱりグダグダなプレイヤー2人の珍道中と、知らぬ間にフラグを背負わされる陽光聖典にご期待下さい。


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「異世界冒険奇譚の盛合せ(天使添え)」
賽は転がった


かれこれ一ヶ月近く間が空いてしまいました。やっと新展開――の前フリスタートです。


 

 

 

「神を殺し、畏れを忘れた哀れな仔等よ」

 

 

 満天の星空より、天上の音楽にも似た響きが静かに紡がれる。

 

 

「お前達は愚かにも、僅かばかりの繁栄に目を晦ませ、それが何者の庇護に依って成し得たのかを忘れ去ってしまった」

 

 

 絶対の死を内包する神々しさの前に、しかし怖気付く様な愚者は1人として存在せず。彼等はその姿を両の眼に焼き付けるべく、絶対の存在を遥か頭上に仰ぎ見ていた。

 

 

「その高慢は火を騙り、風を穢し、地を屠り、水を腐し、やがて自らを滅ぼす毒となるだろう」

 

 

 ゆらり、揺れ動く香炉からは濃厚な没薬の香りが溢れ出し、瘴気の様に辺り一面を覆い尽くす。

 

 

「其れでも尚、人の仔よ世に在れと願うのならば

 

 示すのです、愚かな同胞に正しき道を

 

 思い出させるのです、人は人のみに依って生きるのではない事を」

 

 

 煌く相貌の天使はその様をゆっくり一望すると、凛と通る声を張り上げ、彼等に天命を刻んだ。

 

 

「この世に人の仔の縋る神は非ず、しかし我等は尊き者が共に立つ事を厭わない

 

 故に征きなさい仔等よ、お前達は岐路に立つ事を許された

 

 その生を、その魂を、その願いを、その全てを懸けて、人の仔の価値を我等に示すのです」

 

 

 夜明けの如く眩い光を放つ天使の一声に。それまでの静けさから一転、彼等の口から狂喜にも似た歓声が湧き上がる。

 その様を見せつけられたモモンガは、明らかな過剰演出に1人後悔の念を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、我ながらいい仕事でしたねぇ」

「いいえ明らかに盛りすぎです、やり過ぎです。もはや立派なカルト宗教の先導者ですよ貴女」

 

 大演説の高揚感に1人酔いしれる手羽先(L)は、無駄に清々しい笑顔で陽光聖典を見送っている。モモンガの呆れ返ったツッコミも今の彼女にはどこ吹く風らしく、彼女は2人で決めた計画に従い、次の一手を上機嫌で取り出した。

 

「さてと、それじゃあ君達も行ってらっしゃーい! 」

 

 魔封じの水晶をピンク色にした様な2つのそれを発動させると、ピンクのオムツを履かされ、ファンシーな弓矢を携えた天使の様なモンスターが召喚される。

 ユグドラシルのバレンタインイベントで配布された「恋文封じの魔紅水晶」から召喚されるラブ・メッセンジャー・キューピッドはロンギヌスの使用以外で破壊されないという特性を持ちながら、能力は「指定されたプレイヤーに予め吹き込んだ音声メッセージと魅了の状態異常を与える」という、モモンガ達の時代にはとうに廃れた風習を再現するためだけの何とも使い様のない存在だ。今回2人はこのキューピッドをスレイン法国の死と生の神官長に送ろうとしており、音声メッセージには「自分達の行動について一度考え直せ」と言った内容を如何にもそれらしい、勿体ぶった御神託の様な言い回しで吹き込んでいる。法国内に意見対立を起こして行動を鈍らせつつ、あわよくば亜人種に対する反応も軟化させ、後々派遣する予定の偵察をやりやすくする為の大切な一手にはこの上なく好都合な見た目と特性のモンスターに。2人は今や遠いユグドラシル運営陣へ心からの賛辞を送っていた。

 

「しかし、何で手羽先(L)さんはアレを2年分も残してたんですか? 」

 

 暁に照らされる地平線へと飛び去る2匹のキューピッドを見送りながら、モモンガが口にした疑問は素朴ながら尤もなものだ。アイテムそれ自体の利用価値がほぼ無かった魔紅水晶だが。ある年からアイテムの使用に応じて別の有用なアイテムが配布される事になった為、殆どのプレイヤーがアイテム目当てに身内でキューピッドを押し付け合うという事態が発生していたのである。

 

「いやぁ、使う宛はあったんですけどねぇ……」

「す、すみません」

 

 手羽先(L)の反応から彼女の持病が原因なのだろう、と判断をしたモモンガは即座に謝罪する道を選ぶ。社会人として懸命かつ当然の反応が功を奏し、手羽先(L)は特に気分を害した様子もなく話題を切り替えた。

 

「ん、じゃあさっさと次のお仕事しましょうか? 」

「そうですね。法国は陽光聖典からの情報を待てば良いとして、やっぱり先に王国から探っていくのが良いんじゃないかと思うんですが」

「ここ一応王国の領内みたいですからねー。問題はどうやって情報集めるかですけど」

 

 一つ問題が片付けば、息吐く暇もなく次の難題が頭をもたげる。すっかり偽装の済んだ陵墓前からモモンガの私室へ転移した2人は、うんうんと知恵を絞りながら応接テーブルを挟むソファにそれぞれ座り込んだ。

 

「ナザリックの誰かを情報収集に出すとして、まず見た目が人間に近い事が第一条件ですよね」

「僕についてはカルマ値も考慮に入れないと、どうも気性にかなり影響があるみたいですから」

「そんな事言ってもナザリックにカルマ値+のキャラとか居るんですか? 」

「し、失礼な。それなりに居ますよセバスとか……セバスとか、ヴィクティムとかが」

 

 手羽先(L)のうろんな視線に慌てて反論するモモンガだが。悲しいかな、たっち・みー製作のセバスとカルマ値がビルド要素に組み込まれているヴィクティム以外、はっきりしたカルマ値を把握していないのが実情である。辛うじてユリやコキュートスは製作者の性格から善寄りであろうと推測は付くが、巨大昆虫と首なし騎士が人間社会に溶け込むのは無理というものだろう。

 

「セ、セバスは確定として。他のメンバーはまず見た目が人間に溶け込めるかどうかを優先しましょう」

「となるとソリュちゃんとナーべちゃんと……もう1人くらい男手が欲しいよなぁ」

 

 確かに男女一組の方が幅広い情報が得られるだろうが、ギルドメンバーの男女比とNPCの男女比が反比例するのはもはや宿命に近いものである。最悪の場合はモモンガの製作したドッペルゲンガーのパンドラズ・アクターか、シェイプシフターのスキルである程度偽装の効くデミウルゴスを出すしかないと腹を括るモモンガに対し。尚もうんうんと唸っていた手羽先(L)は突如あ、と間抜けな声を上げると興奮した様子で柏手を打った。

 

「そうですよモモンガさん、もういっそ作っちゃいましょう! 」

「は? 」

「持って帰ってきた死体! あれを素材になんかこう、いい感じのモンスターをクリエイトすればいいんですよ! 」

 

 中空を両手で捏ね繰り回しながらそう興奮気味に説明した手羽先(L)に、モモンガもその手があったかと関心する。

 

「見た目がそんなに変らないモンスター……キョンシーか、フレッシュミートゴーレムか? 」

「モモンガさんゴーレム作れましたっけ? 」

「フレッシュミートならギリギリ――いや、まあ、俺以外が作れない訳でもないんです、が……」

 

 一昨日に対面を果してしまった己の黒歴史を思い返したモモンガは、瞳孔代わりの赤い灯火を泳がせて口を濁した。

 

「歯切れが悪いですねぇ……あ、そういえばモモンガさんちの子って私見た事ないんですけど。もしかしてその子が生産系なんです? 」

「ええ、まあ、生産系も出来ると言いますか」

「別に器用貧乏でもいいじゃないですか、元々拠点NPCとか侵攻防衛以外なら消耗品の生産に使うのが一般的って聞きましたよ」

 

 尚も口ごもるモモンガに当てずっぽうなフォローを投げた手羽先(L)は。じゃあ材料取ってきます、と言うなりモモンガの返答も聞かずに指輪で転移してしまった。あの様子では十中八九僕を見せろと言うに違いないと頭を抱えたモモンガは、暫しためらった後、苦虫を噛み潰した様な声で伝言を発動した。

 

『――パンドラズ・アクターよ、至急るし★ふぁーさんの生産用装備を用意して私の部屋まで来い。それから変な口上もドイツ語も一切禁止だ、いいな、()()()()だ』

 

念押しに念押しを重ね、パンドラズ・アクターの長ったらしい返答を聞き届ける事なく伝言を切ったモモンガは。手羽先(L)が戻るまでの数分間を、腹の辺りからせり上がる幻肢痛と格闘する事に費やす事となった。




プロローグで本家ギルメンのかなり重大な情報が公開の運びとなりましたが、当ストーリーでは今後もオリジナル設定でお送りさせて頂きたいと思います。

でもこれだけ言わせて下さい。


シールドアサルトとシールドアタックの差別化どうしよう……


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ロンデス・ディ・クランプの奇妙な再誕

ナーべラルちゃん初めてのお使いとダークォーリア様の両立を目指した結果こうなりました。
リ・ロベルが港町なのは公式の地図を見て推測した独自設定です。





 自分を殺した相手に化物として蘇らされ、永劫の忠誠を誓わされる。

 神を罵倒したロンデス・ディ・グランプに科せられた罰は、その罪に対してはあまりに重く、そして奇怪な仕打ちであった。

 

「……うむ、表を上げよ。その忠誠しかと受け取った」

 

 肩口から黄金の蛇が離れたのを察知して顔を上げると。彼の君主となった「新たな死の神」は上等な天鵞絨張りのソファに腰を下ろし、ロンデスの後方に声をかけた。その声音は刃に似て冴え冴えとしており、奈落へと引き込む様な仄暗い重さに満ちている。

 

「お前達も、これで良いな? 」

「嗚呼、折角なら玉座の間でやれば良かったと思う位には様になっていたよ」

「流石はモモンガ様。不肖パンドラズ・アクター、改めて――」

「お前はもう良い、それ以上口を開くな」

 

 ロンデスが後ろを見やれば、彼が剣を向けた鎧の――純白の翼を背負った天使と。先程までは黒い翼の天使であった、今は禍々しい泥人形を思わせる虚ろな顔に、奇妙な装束を身に纏う痩身の男が和気藹々とした様子でこちらを眺めている。

 

「要件は済んだ、さっさと宝物庫の警備に戻れ」

「あ、返す前にちょっと借りてもいいかな? これに魔法を込め直したいんだ」

 

 1秒でも早く視界から追い払いたいとでも言いたげな君主の態度に俄か落ち込む痩身の男、パンドラズ・アクターであったが。天使が懐から取り出した護符を見るなり、踊る様な動きでその前へと跪いた。鋭敏になったロンデスの耳に君主の重い溜息が届いた所で、彼はなんとなく、この空間に会する三者の関係を把握するに至る。

 

「あー、あの2人の事は暫く無視しろ。お前にはこれよりやって貰う事が幾つかある」

「御意に」

 

 疲れ、呆れている事をもはや隠しもしない君主に、彼は不敬だと思いながらも親近感を覚えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 検証を兼ねたロンデスの強行レベリングが終わるまでの24時間を使い、モモンガと手羽先(L)は改めて情報収集についての検討を行った。玉座のコンソールで僕のカルマ値等を確認してはみたものの、ナザリック内の全ギミックを把握しているジズやプレアデスの取り纏め役であるユリを表に出す訳にもいかず。結局人選それ自体は当初の通りセバスとソリュシャン、ナーベラルに現在盛栄レベリング中のロンデスを交える形で落ち着く事になった。

 

「後は組み合わせと配役ですが……」

「えーっと、この世界って結構な階級社会なんでしたっけ? 満遍なくってなると、一組はそれなりのお金持ち設定にしなきゃですよねぇ」

 

 ギルドメンバーが残していった僕3人のフィギュアと、ロンデスの名前を貼り付けられた騎士の人形を卓上に並べた手羽先(L)はうんうんと唸った後、徐にソリュシャンとナーベラルの人形を手に取った。

 

「髪型は変えれば済むとしても、この辺で黒髪ってのはやっぱり目立っちゃいそうなんですよねぇ」

「村人も捕虜の兵士も、陽光聖典の連中も茶色っぽい髪でしたからね。目立てばその分嘘もバレ易くなるでしょうし」

「その点ソリュちゃんなら、何処かの貴族の隠し子で押し通してもなんとかなりそうなんですよね。素のキャラもそれっぽいし」

 

 そう言ってソリュシャン人形を右に、ナーベラル人形を左に振り分けた彼女は、その下に敷いた紙にそれぞれ「訳ありお金持ち」「旅人」と書き加える。

 

「そうなるとセバスはソリュシャンと組む方向ですか」

「たっちさん、クサい台詞大好きな割に演技力は残念だったもんなぁ……」

 

 演劇経験者が素人の演技力を語るものではないだろう、と言うツッコミを飲み込んだモモンガは、セバスの人形をソリュシャンの側へ、残った騎士の人形をナーベラルの側へ移動させる。

 

「……って事を考えると、結局はこの組み合わせかぁ」

「まあ、読み書きの問題を考えても今はこれがベターでしょう。次は活動地域ですが……」

 

 陽光聖典から拝借したやや詳しいリ・エスティリーゼ王国の地図を卓上に広げ、モモンガはふむ、と顎を撫でた。

 2人の意見は「王都の調査は必須である」という点で一致していたが。ナーベラル組の潜入先については、できるだけナザリックの近隣にするべきだとするモモンガと、新規の情報に期待できる港周辺を推す手羽先(L)の主張とで完全に二分する事なった。

 

「大体RPGのスタートって言えば定番は港町でしょう!? 」

「そんな理由でナーベラルを馬で3週間もかかる縁もゆかりも無い街へ放り出そうって言うんですか! 」

「え、縁もゆかりもないのは何処だって一緒じゃないですか! 」

 

 次第に言い争いの様相を見せ始める会話に、しかし興奮の持続しないモモンガが先にチェックをかける。

 

「大体ナーベラルはゲートが使えない上に騎乗スキルも持ってないんですよ? 」

 

 しかし今回ばかりは手羽先(L)も負けてはいなかった。

 

「そ、それはそうですけど……ほらロンデス! 法国の作戦で焼け出された人が顔を覚えてる可能性もあるんですから、そこを考えるとエ・ランテルよりリ・ロベルの方が安全性は高いじゃない、かと! 」

 

 距離の問題なら私の異界蜂の馬車(課金バイアクヘー)出しますから。と更なる駄目押しをする彼女に、流石のモモンガも唸り声を上げる。

 

「……手羽先さん、最初からそれを見越して――」

「あの時は完全にその場の思い付きで言いました」

 

 予想はしていたがやはり肩透かしを食らう発言に呆れた溜息が口を吐くも。確かに偽装帝国兵による襲撃も落ち着かぬ内に、ナザリック近隣を嗅ぎまわるのは危険が伴うし。万が一ナザリックを離れるような事態が起きた時の為、遠方に拠点を作っておくのは悪く無い話である。そもエ・ランテルについては遠隔視の鏡の捕捉範囲内なのだから、常時誰かを派遣せずとも転移先になる拠点を手に入れれば事足りるのだと気付いたモモンガは。「手羽先(L)さんがそこまで仰るのでしたら」と勿体ぶった前置きの上で結論を出した。

 

「セバスとソリュシャンは王都で主に中央政治と上層階級の様子を、ナーベラルとロンデスはリ・ロベルの周辺地域と物流等について。エ・ランテルについては他の者の手を借りつつ、当面は陽光聖典の一件がどうなるかの様子見としましょう」

「ありがとうモモンガさん! 」

 

 エモーションが使えれば花でも撒き散らしていただろう手羽先(L)に苦笑したモモンガは、彼女から約束のアイテムを受け取ると柱時計に目を向ける。

 

「少し時間が出来ましたね。俺はこれから第6階層でロンデスの様子を見てきますけど、手羽先(L)さんも一緒に来ますか? 」

「あ、私はちょっとゲストルームで荷物の整理してきます。ボックスのどっかに男女兼用の鎧とか持ってたはずなんで」

 

 その鎧を何に使うつもりなのかは分からないまま。モモンガはメイドを手伝いに使う様、去っていく彼女に助言を残すと自分も席を離れた。




パンドラズ・アクターの台詞回しはデミウルゴスとは別ベクトルの難しさがあると痛感しました。
中二病の才能を誰か下さい。


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求めよ、さらば押し付けられん

長らくおまたせ致しました。申し訳ない事に今回はほぼ説明回となります。


「さあさあ! もっと激しく攻め立ててくんなまし! 」

 

 第6階層、円形劇場。レベリングの為に無限湧きするアンデットの撃破を命ぜられていたはずのロンデスは、何故か今、素足が眩しい体操服姿のシャルティアを相手にひたすらスキルを連打させられていた。シャルティアが繰り出す竹刀の一突きに辛うじてイージスの発動を間に合わせた彼は、10メートル程弾き飛ばされた先でルプスレギナのぞんざいな回復魔法を受けると再び立ち上がる。

 その繰り返しを遠巻きに眺めていたアウラは、敬愛する主の気配が背後に現れた事で弛緩しきっていた全身に緊張を走らせる事になった。

 

「ご苦労アウラ、ロンデスのレベルはどの程度――ぉ? 」

 

 転移するなり耳障りな音を立てて転がっていく僕の姿を目撃してしまったモモンガに、アウラは悔悟の念とシャルティア達に対する僅かな憤怒で咄嗟に両手をオーバーに振り回した。

 

「申し訳ありませんモモンガ様! その、ワタシは止めたんですけどコキュートスが『私とばかり戦っていては偏りが出るだろう』って……」

「嗚呼、そうか……うん、確かにコキュートスの言う事も一理ある。シャルティアも手加減をしている様だし――手加減してるよな? とにかくお前達がより良い方法を考えたと言うのなら、咎める必要は無いだろう? 」

 

 心優しいナザリックの支配者は、アウラの言葉に眼孔に揺れる真紅の灯火を少し揺らめかせると。探知魔法で何かを調べる様な素振りを見せ、次いで低く唸り声を上げる。

 

「アウラ、ロンデスのレベルとステータスについてだが――」

「はい、元あった職業レベルとモモンガ様がお与えになられた種族レベル、総合して50レベル程度まで成長させる事ができました。御命令通り、どんな行動で成長が見られたかの記録もばっちり取ってあります! 」

 

 彼の問いかけにアウラが胸を張って差し出したのは、少女らしい丸っこい文字がびっしりと書き込まれた一枚の羊皮紙だった。その内容に素早く目を通したモモンガは、困惑をより一層深めた声でシャルティア達に一時中断を命じる。すわ不手際かとルプスレギナを除いた僕達は一様に身を強張らせたが、直後に手羽先(L)が転移してきた事により、それは杞憂に終わる事となった。

 

「手羽先(L)さん、これをどう思いますか? 」

 

 モモンガからレベリングの記録を見せられた手羽先(L)は、それに目を通すにつれてしきりに首を傾げる様になる。

 暫くの後、何度か紙面を読み返した末に彼女が出した結論は。

 

「――これは久々に詫びアムブロシアが期待できそうな」

「今運営いないからな? 」

 

 早々に現実逃避を始めた手羽先(L)を正気に立ち返らせつつ、モモンガは帰ってきた羊皮紙を見ると改めて目頭を抑えた。

 確かにこれが、もしYGGDRASILの内部で発生していたのなら緊急メンテナンス騒ぎになっていただろう。何しろ「可能性」という単語に並々ならぬ拘りがあったかの運営に対し、今モモンガ達が直面している問題は対極に位置する事態なのだ。剣を振れば筋力が、攻撃を受け止めれば耐久力が、行動によって上昇するパラメーターに違いが発生するというのは現実的だが面倒この上ない話である――尤も此処が現実であるのなら当然の事だが。モモンガ達にとって死亡以外ですら安易なレベルダウンに及べないという事は、より慎重な戦略が必要になるという事にも繋がってくる。

 

「因みにスキルはどうなっているのかな? 」

 

 今から全部見せて、と気易い調子で提案した手羽先(L)は。これまた気易い調子で数体の天使系モンスターを召喚するとロンデスにけしかけ始める。襲われるロンデスの方もこの程度の理不尽には早速慣れた様子で。冷静にランパートやエンデュアの防御スキルを展開するとパリィで初撃を防ぎ、二撃目を回避するとすかさず風斬を発動させて最初の一体を仕留めて見せた。続けて魔法詠唱に入った遠方の一体にフォースブラストを放ち、アクセルブレードで一気に間合いを詰めてとどめを刺す。

 

「……まあ、それなりに戦えるなら別にいいかな」

 

 時には妥協も大切だよね、と濁った目で微笑む手羽先(L)の反応を横目に。やはり本格的なレベルとスキルの検証手段が必要だとモモンガは確信した。

 

「勝手に妥協されては困るな。レベルで遅れを取る事はないだろうが、あれには万が一の時ナーベラルの盾になって貰わねばならないんだぞ? 」

「あの妙な速さだったらヘイトが取れなくても十分庇えるだろうし、回避も耐久も高そうだから、まあ私相手でもデスナイト程度には働くんじゃないかな? ジェリコが抜けてるのはネックだけど、丁度要らない盾にスキル付きの物があるからね、それを使えばいい」

 

 手羽先(L)の言い様に、まあそれなら問題は無いだろうと判明したモモンガは。階層守護者達を玉座の間に集めると潜入調査の意義をそれらしく説明して納得させる作業に移った。尤も守護者達にはモモンガに異を唱えるという発想や気概が無いらしく。むしろ難航する事になったのは、手羽先(L)によるロンデスへの不要装備譲渡の部分であったが。

 

 貴重な宝物を一介の下僕に与えずとも、必要なものは鍛冶長に用意させれば良いのでは。というアルベドの意見に殆どの守護者が同意を示し。対抗手段を失った手羽先(L)に捨て犬の様な視線を送られたモモンガは、長い葛藤と思案の末に口を開く。

 

「お前達の考えはよく分かった、だが今回の供与は同時にナーベラル・ガンマの身を護る為の投資でもある。ナザリックの資材も有限である事を鑑みて、ここは手羽先(L)さんの好意に甘えようじゃないか」

「しかし……」

「そもそも、あれを僕として利用するという案自体が彼女の希望でもある。私達41人とお前達がそうであった様に。自ら選んだ僕には、やはり自ら選んだ装備を与えたい――言うなれば親心という奴だ。それを無下にするのは忍びないだろう? 」

 

 食い下がったアルベドに対するモモンガの一言は効果覿面で、ある者は押し黙り、ある者は無言で目を輝かせている。その反応に視線を巡らせた彼は、一度手羽先(L)と目を合わせると。少し茶化す様な、一転して明るい声を上げた。

 

「そう僻むな。少し先の事になるだろうが、お前達にも何かしら労働の対価となる物を与えたいと考えているんだ」

 

 対価という言葉を聞いて俄にざわつき始める僕を軽く諌めて、モモンガは腕のバングルに視線を落とした。表面に触れて現在時刻を確認すれば、会議を初めてかれこれ2時間程度は経っている。

 

「ふむ、思ったより時間をかけてしまったか。外部調査についての話し合いはもう十分だな。賞与についてはまた別に時間を設けるので、それまでに各々意見なり、希望なりを纏めておくと良い」

 

 そう言って解散を宣言すれば、先程の喧騒が嘘の様に守護者達は各々の持ち場に戻って行く。アルベドに派遣する4名を連れて来る事を命じたモモンガは、彼女が玉座の間を出た事を確認するなり長い長い溜息を付いて玉座の背もたれに沈み込んだ。

 

「あー、何でそっちに反対するかなぁ! 」

「モモンガさん、本当に只の会社員だったんですか? 」

 

 精神無効で肉体面の影響はレジストされるとは言え、感覚的なストレスは一切軽減されていない現状。飲食が出来ないのならせめて煙草にでも手を出そうかと考え始める彼の横で。口を開くだけの元気を取り戻した手羽先(L)は、尊敬と疑問を一纏めにした器用な表情をしていた。

 

「平社員でも10年以上続けていれば、そりゃあ会議の進行くらいは出来るようになりますよ。まして俺は営業ですから」

 

 気の抜けた声を上げる彼女に半笑いで肩を竦めたモモンガは。再び玉座に深く背を預け。アルベドが戻るまでの僅かな時間を、只虚脱感に身を任せて過ごす事にした。




近接攻撃スキルはD&Dから名称を取って来るのが難しいのが困り物。
エンデュアもといインデュアさんにはよくお世話になりました。


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冒険者組合にて

今回も今回とて捏造が捗っています、後ネタに走るのも。


「以上で講習は終了です」

 

 ふう、と安堵の息を付いて。ロフォシャは目の前の二人組に受付嬢として相応しい笑顔を向けた。

 

「おめでとうございます、ロナルドさん、ナーべさん。我々冒険者ギルドは貴方がたを冒険者と認め、共に歩んでいける事を祈っています」

 

 此処は海の街リ・ロベル。リ・エスティーゼ王国で最も大きな港であり、主にローブル聖王国やアークランド評議国との交易拠点という側面を兼ね備えた商業の街でもある。それ故この街は他国からの旅人が多く集い。また航海中の護衛に需要が集中する事から、ギルドに集う冒険者は腕に覚えのある魔法詠唱者や弓兵、野伏の比率が他の街より多いという特徴があった。

 

「半刻程でプレートの発行が完了しますので、その間にギルドの外へ出られる場合はこちらの登録証明書を必ずお持ち下さい」

「以外と呆気無いな」

「そうね」

 

 ロフォシャが差し出した仮の身分証を受け取った“ロナルド”は2枚の内自分の物を懐に収めると、もう一枚を“ナーべ”に手渡そうとし、受け取る気配が無いのを悟るとそれも同じ用に懐へ仕舞いこんだ。今朝方ふらりと現れたこの2人組は当初からずっとこの調子で、2人分の書類を書いたのもロナルドなら、先程の講習を真面目に聞いていたのもロナルド1人という有様である。当初はナーベの美貌も相まって貴族の道楽を危惧したロフォシャであったが。手続きの途中で絡んできた酔っ払いを見事なウォール・オブ・ウィンドで追い返した事から、それはむしろ若くして大成する魔法詠唱者にありがちな、社会性の乏しさに由来するのだろうと彼女は思い直した。

 此処はリ・ロベルの冒険者ギルド、多少の偏屈に動じるようでは務まらない職場である。

 

「プレートが出来上がるまでに依頼を選びたいんだが。何か肩慣らしに調度良い、1日2日で済む様な仕事は入っていないのだろうか? 」

 

 あちらの物は長期の依頼ばかりだからな、と背後に張り出された依頼の数々を示したロナルドに。ロフォシャは待ってましたと言わんばかりに2枚の依頼書を差し出した。

 

「一般的に初めての方々にはポーターの依頼をお勧めしていますが。当ギルドの場合、銅級・鉄級冒険者による低難度モンスターの定期駆除依頼も同様にご紹介しております」

「銅級と鉄級の混成? 」

「はい。リ・ロベルは貿易港という土地柄、上位の依頼ほど募集人数が多くなる傾向にあります。その為ギルドの方針として積極的なチーム登録を推奨しているんです」

「つまり、広く顔を売って早い内に仲間を見つけろと」

 

 どうする? と意見を仰ぐロナルドに、ナーべは不機嫌そうに即答する。

 

「仲間はどうでもいい、けど、魔物狩りの方がまだ退屈しなさそう」

「ではこちらの依頼を。それからチーム登録の件は――」

 

 呆れ顔で相棒に視線を向ける男に。そう言う貴方も自信過剰では、という嫌味を飲み込んだロフォシャは張り付けた笑顔のままマニュアルの一文を諳んじる。

 

「登録は2名から可能です。が、依頼の適性はチーム単位での能力が判断基準となります。当然個々の実力が拮抗していれば、より人数の多いチームが有利となりますので。その点については予めご了承下さい」

 

 これを機に社交性の重要さを痛感して来い、とは口が裂けても言わない受付嬢は。独り身冒険者達から発せられる怨嗟の如き視線から意識を逸らす為、目の前の事務処理に没頭する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ナザリック第九階層。

 ナーベラルとロンデスのギルド登録を見届けた手羽先(L)は、とある事情でずぶ濡れになってしまった全身鎧を鍛治長に預けた足でモモンガの私室へ向かっていた。

 

「モモンガさーん、問題の自称海水さんですよー」

「手間をかけ――何事ですかその格好は」

 

 扉の傍らに控えていたメイドに内心やってしまったと後悔する手羽先(L)だったが、家主もあっさり威厳(RP)を投げ捨てたのでこれ幸いと開き直る事にした。そのモモンガと言えば、彼女の平素とは異なるド派手な服装に若干引いたらしく。両の眼孔に宿る光を半分程に細めては、なんとも言えない顔で無遠慮に手羽先(L)を観察しはじめている。

 

「外装は大昔のゲームに出てくるラスボスの奴です。中身は耐久値の底上げくらいしか入れてませんけどね」

 

 鎧を脱いだ彼女が着込んでいたのは、その豪華絢爛さに対してあまりにもお粗末な性能しか持たない、完全な趣味の装備だった。

 金糸で孔雀の羽根を刺繍した白のカソックに同じ意匠のローブ、肩を覆う白い孔雀の襟巻きという一歩間違えれば悪趣味な出で立ちも。手羽先(L)の中性的な容姿と大きな翼が合わさると神々しく見えるのだから不思議なものである。

 

「嗚呼――そういえば好きでしたもんね、古いゲームキャラの外装集め」

 

 その過程で何度かペロロンチーノの口車に乗せられ、無用な姉弟喧嘩の種を増やしていたのも懐かしい思い出だと。モモンガは気晴らしに持ち出した水煙草を吹かしながら、遠い日の記憶を暫し反芻していた。

 

「その話は置いといて、今はこっちですよ」

 

 彼の声音に良からぬ流れを感じた手羽先(L)は、話を逸らそうと持ってきた品物をデスクの上へ半ば叩きつける様に差し出した。上等なクリスタルガラスの内側で、無色透明の液体がちゃぷりと波打つ。

 

「これがリ・ロベルの海水ですか……見た目は本当にただの水ですね」

 

 渡されたそれをぐるりと眺め回したモモンガは、蓋を開けて匂いを確かめてみる。少し埃っぽい様な、しかしそれほど不快ではない香り。消毒剤の匂いがしない点は無限の水差しから得られる物と変わらないが、この水はそれよりも複雑で、まるで雑踏の中にいる様な印象を受けた。

 

「浄水されていないのは間違いなさそうですが……」

「モモンガさん、私の味覚疑ってますね? 」

「別にそこまでは言ってないでしょう」

 

 それ以前の問題として、どんな影響があるのかわからないものを安易に口にするのはどうなのかという意見はあったが。ブルー・プラネットから「海水は塩辛い」と再三聞かされていたのは彼も同じであり、故に「あの話は本当なのかどうしても確かめたかった」という手羽先(L)の気持ち自体には大いに賛同しているモモンガである。

 果たしてこの世界が地球とは全く異なる環境なのか、或いはこの地域の人々が海と呼ぶそれが実際には別物だったのか。その真相はこれから活動範囲を広げて行く事で自ずと判明してくる事だろう。

 彼女曰く塩気の欠片もないという海水を控えるメイドに任せ、一つ水煙草を吹かしたモモンガはそう思案すると。傍に避けていた遠隔視の鏡をおざなりに操作して溜息を吐いた。

 

「ナーベラル達は暫く様子見、海の件も生産組の解析を待つしかなし。やる事はあっても書類仕事――下手に動けないとは言え、何だかなぁ……」

「折れるの早いですねえ」

「疲れたり眠くなったりしない分、ずっと同じペースで作業できますからね。びっくりする位すぐに飽きますよ? 」

 

 手羽先(L)の存在はモモンガの内心をある程度慰撫してはくれるものの。殊ナザリックの管理運営という点では、事務能力の問題やギルドの部外者であるという面で完全な戦力外である。結局頼る相手の居ないモモンガは、不死者としての特性を大いに活用しつつ、机に向かって孤立無援の消耗戦を繰り広げていたのだった。

 

「あー、じゃあどっか散歩にでも行きます? 」

 

 仕事は手伝えないと早々に理解した手羽先(L)の申し出に、凝り固まった関節をゴリゴリと鳴らしたモモンガは二つ返事で賛同する。

 

「丁度アウラ達がトブの大森林の北で大きな湖を見つけたんですよ、折角だから行ってみましょうか」

「湖! いいですねえ、ユグドラシル風景写真部の腕が鳴りますよ〜」

 

 そうと決まれば、と早速外へ繰り出す2人は。途中デミウルゴスに発見される等のハプニングに見舞われるも。自然の素晴らしさと冒険への憧憬を改めて噛み締めつつ、束の間の息抜きを思う存分満喫してナザリックへ帰っていった。

 

 

 ――この行為が後の禍根を生み出していた事を、彼等が知るのは少し先の話である。




現地民のネーミング問題、他の皆さんはどうしているのでしょうか。
良い知恵があればお借りしたい今日このごろです。



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冒険者組合にて〜もう一つの事例〜

男装女子が増える話とも言う。


 その日、エ・ランテルの冒険者ギルドは奇妙な喧騒に包まれていた。依頼の吟味をそっちのけにして頭を突き合わせる冒険者達は、興奮や焦り、不安の滲む声を出来るだけ顰めコソコソと議論を続けている。

 

「何だこりゃ? 」

 

 朝一番にそんな光景を目撃してしまった冒険者チーム、漆黒の剣は。リーダー、ペテル・モークの呟きに思い思いの表情を浮かべながら、努めていつも通りに歩を進めた。カウンターの周囲を避ける様に形成された人垣を縦列に並んで突破した先、開けた空間に取り残されているのが異様な風体の2人組と薬師のンフィーレア・バレアレその人だと気付いたペテルは。知らず詰めていた息を軽く吐き出して3人に声をかける。

 

「おはようございます、ンフィーレアさん」

「お知り合いですか? 」

 

 黒い鎧の男に問われたンフィーレアが口籠るのを悟るが早いか、ペテルは彼の言葉を遮る様に自己紹介を始めた。

 

「チーム『漆黒の剣』です。ほら、以前リィジ―さんの依頼を受けさせて頂いた。今回の依頼――は先約がいるみたいですね」

「嗚呼、いえ、依頼は確かにあるんですけど。こちらの2人はまだ登録が……」

 

 バレアレ薬品店の依頼は中々に競争率が高い、トブの大森林での薬草採集などは危険が伴うのである程度の実力も必要とされる。ひと目で上等と分かる漆黒の全身鎧や、見慣れない模様が織り込まれた白地の外套を見るに外部の冒険者だろうと踏んだペテルの発言に、当のンフィーレアは困った様に頬を掻く。そう言われて改めて見てみれば、確かに2人の首には何のプレートも下げられていない。

 

「自己紹介が遅れました。私はモモン、こちらは仲間のサキです」

「こちらこそ、私がリーダーのペテル・モークです。手前からレンジャーのルクルット・ボルブ、魔法使いのニニャ『ザ・スペルキャスター』、ドルイドのダイン・ウッドワンダー」

「ニニャ・ザ・スペル――? 」

 

 各々が軽く声を上げた所で、「サキ」と呼ばれていた白い外套の人物が僅かに首を傾げる。女とも男とも付かない背格好と顔立ちのその人は、見れば目元を厚い黒布で隠していながら、まるで意に介さない様子でモモンと顔を見合わせている。

 

「ほら、やっぱり二つ名とか恥ずかしいだけじゃないですか」

 

 そら見た事かとペテルに食って掛かるニニャに、合点がいったらしい2人は慌てて訂正の声を上げた。

 

「嗚呼すみません。ダインさんがドルイドで『ウッドワンダー』だから、ニニャさんも魔法使いの家系でそういったファミリーネームなのかなー、と」

「そういうものであろうか? 」

「そういう事もたまにありましたから」

 

 いやあお恥ずかしい、と兜の後頭部を掻くモモンの言動は、身なりの割に随分と謙虚なものだ。これまで何処の街でも冒険者登録をしていない事と言い、どうにも不思議な人達だと分析していたペテルの脇腹を。唐突にルクルットの肘が小突いた。

 

「どうした? 」

「そろそろ場所を変えようぜ」

 

 促されて周囲を見回せば、遠巻きに屯する冒険者達が先程より騒がしくなっている。大方モモン達の素性が割れた所で、カウンターを占領される苛立ちが警戒心を上回り始めたのだろう。

 

「お待たせしました、こちらがお2人のプレートになります」

「ありがとうございます。――さて、これ以上の立ち話は皆さんの迷惑でしょうし。我々も依頼探しがありますのでこれで」

 

 それはモモン達も自覚していたのだろう、軽く会釈をして2人はその場を立ち去ろうとしていた。ンフィーレアは途端に不明瞭な声を上げ、再度動いたルクルットの肘を、今度はペテルの片腕が妨害する。

 

「その事で一つ提案なんですが。我々と共同で依頼を受けては貰えませんか? 」

「共同で、ですか? 」

「ええ、そうすればお2人も銀級までの依頼に参加できますし。こちらは前衛が増えて大助かりって話です」

 

 一瞬訝しんだモモンが納得の声を上げた所で、話の展開に気付いたンフィーレアが今度こそ声を上げる。

 

「だったら! モモンさんとサキさん、それに漆黒の剣の6人で僕の依頼を受けて下さい。日数はかかりますが、この編成なら十分問題がないはずです! 」

 

 見事バレアレ商店に恩を売る事が出来た喜びに、ペテルとルクルットは後ろ手で硬い握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

『いやあ、こういう悪友っぽい関係。何か懐かしいなぁ』

『……それ、具体的にはペロさんとかるし★ふぁー辺りの事思い出してますよね』

 

 一方の新米冒険者モモンとサキ――に身を窶したモモンガと手羽先(L)は、青年達の隠しきれない燥ぎようを微笑ましく眺めつつ今後の予定について話し合っていた。当初は適当な討伐依頼をこなしつつ、ナザリック産の多少強いモンスターを倒して功績を高め早期のランクアップを図るマッチポンプ作戦を計画していたのだが。事は想像以上に上手く運ぶものである。

 ンフィーレアが指名依頼を発注する手続きを待つ間、通された個室で改めて自己紹介をする事になった漆黒の剣の面々は。手羽先(L)と同世代の割に妙な所で純朴な、冒険者と言う言葉の実によく似合う青年達だった。

 

「目が見えなくても困らないなんて、凄いタレントじゃないですか」

「ニニャ君のタレントも十分凄いと思うよ? 私も魔法を覚えるまで結構大変だったんだから」

「――所で、モモン殿は先程から兜を被ったままだが。サキ殿と同様に何が事情があるのであろうか?」

 

 スキルの発動がバレない様に隠した手羽先(L)の目を『タレント』というこの世界の概念で上手く誤魔化した所で、この場の誰もが気にかけていた部分にダインが初めて言及する。固唾を呑むサキとモモンの視線が一瞬交錯し、彼はゆっくりと、言葉を選ぶように話し始めた。

 

「……この事は、出来るだけ内密にして欲しいんですが――実は昔、厄介な呪いをかけられてしまいまして」

 

 そう言って押し上げられたフェイスガードの下にあったのは。見たこともない文字を刻んだ包帯で覆い尽くされ、その僅かな隙間に醜く変色した唇や、色合いの反転した眼球を覗かせる男の顔。

 

「これは――」

「嗚呼安心して下さい、本当に見た目を損なうだけの呪いです。――尤もそれだけに誤解されがちで、滅多な事では人前で鎧を脱げないんですけどね」

 

 素早くフェイスガードを戻したモモンガが苦笑する傍らで、手羽先(L)はこの偽装が暴かれはしないものかと何時になく警戒心を尖らせていた。何せハロウィンガチャ産のこのマスクは表面のポリゴンを上書きして表示する仕様だから、幻術でごく普通の容姿を取り繕うよりトータルのリスクが少ない。とモモンガに主張したのは他ならない彼女である。

 

「成程、そうでしたか……」

「分かりました、この事は誰にも話しません」

「俺達に手伝える事なら相談に乗りますよ」

「配慮が足らなかったのである、申し訳ない」

 

 旅人だという事前の説明とモモンの容姿から大まかな事情を想像したらしい面々に、手羽先(L)もやっと胸なでおろす事ができた。容姿を変える呪いについてはニグン達が知っていたおかげで存在だけは確定していたが、ここまで人間要素が薄くても案外納得されるものらしい。この調子ならルプスレギナ辺りは誤魔化しが効きそうだと思案を始めるモモンガを他所に、話題は再びサキの事へと戻っていく。

 

「失礼ついでにもう一つ、サキさんとモモンさんってどういう関係なんですか? 」

「同郷の友人って所かな。元々私は辻で傷付いた人を癒やして回る様な事をしてたんだけど、その時色々あって助けてもらって。で、話を聞いたら昔個人的に教わってた人の仲間で――」

 

 PKを擦り付けに来た相手が、やまいこが以前バイトしていたオンライン塾の担当生徒だった――という思い出話を手羽先(L)がそれらしく言い換えていると。手続きを済ませたンフィーレアが、受付嬢に案内されて部屋に現れた。

 

「皆さんお待たせしました、これが今回の正式な依頼書です」

 

 受付嬢が差し出した2枚の依頼書、その一方にざっと目を通した漆黒の剣の面々は互いに顔を見合わせ、少しにんまりと表情を崩す。一方のモモンとサキは表情を変える事もなく、淡々とその内容を吟味している様だ。

 

「薬草採集と道中の警護――目的地はトブの大森林ですか」

「出立は明日の朝になります。皆さん、よろしくお願いします」

「私達漆黒の剣にお任せを、モモンさん達も頼りにしてますよ」

 

 すっと頭を垂れたンフィーレアに。ペテルは揚々と胸を張り、モモンも声音を崩して応える。

 

「こちらこそよろしくお願いします。この依頼、必ず成功させましょう! 」

 

 ――こうしてモモンガ達の、小さな波乱に満ちた初依頼の幕は開けたのだった。





地元の有名人がバックに居るだけで話がスムーズになる事、現実でも結構ある話ですよね。


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小さな夜の話

ちょっと今回は短めです。



 月と星の明かりしかない夜道を、背の高い2人組が連れ立って進んでいく。

 影に溶け込む漆黒の鎧を纏った人物の背には2振りのグレートソードが背負われており、それらとの干渉を防ぐ為、彼は口と底の部分が皮で補強された布袋を両手で抱えていた。対する白い外套を纏った美形の同行者は、その高い身の丈より尚長い金属製の杖を片手で突きながら、時折くるりくるりと体全体で振り返っている。統一感のない、街の様相から浮いた印象を見せる2人は堂々とした足取りで。時折脇道を覗き込みながら、ゆっくりと目的地を目指していた。

 

「それにしても、部屋探しのはずが何だか回りくどい事になっちゃいましたね」

「そこは正々堂々冒険が出来る、丁度良い口実が出来たって事にしておきましょうよ」

 

 カモフラージュと後々の検証用に買い込んだアイテムを抱え直したモモンガは、半歩先を行く手羽先(L)の感嘆に半笑いで応えた。

 ナーベラル達の派遣と平行して先行調査をする事3日。エ・ランテルで不動産を扱う全ての場所にエイトエッジ・アサシンを侵入させ、取引に関わる一通りの書類を拝借させて頂いた結果。モモンガ達に突きつけられたのは「相応の物件を手に入れるには相応の身分が必要である」という悲しい程に身も蓋もない現実だった。これが他の町ならナザリックの潤沢な財力で領主を丸め込む事も吝かではないのだが。国王直轄地、尚且つ国境に近い軍事面でも重要な地域で不正を働くのは疑ってくれと言うようなものである。

 幸いこの国の冒険者制度ならば、多少素性が怪しくとも働きが良ければ身分を保証されるという事で。それならモモンガの仕事で培われた社交力と手羽先(L)の人間種になれるスキルを駆使するのが一番安全かつ早いだろう、という結論の元、2人はこうして堂々とナザリックの外を出歩いているのだった。

 

「手羽先さんはまだしも、俺なんてこういう口実があってやっと本当に息抜き出来る立場なんですよ? 」

「まあ私じゃ無理でも、また何かあった時にはパンドラ君に上手い事他の皆を丸め込んでもらいましょう」

「本当に不思議な程好かれてますよね、パンドラズ・アクターに」

「その辺は日頃の行いって奴ですよ」

 

 燭台を模した長杖を得意げに揺らす手羽先(L)の向こう、エイトエッジ・アサシン達が遠巻きにこちらを見守っている事を視界の隅に映しつつ、モモンガは今日の宿を探す事に意識を向けた。人通りの途絶えた道はがらんとしているが、所々にある酒場からは笑い声や怒号が響き、漏れ出す灯りと共に通りを少しだけ明るく見せている。その内の一つの前に辿り付いたモモンガは、吊り下げられた看板の文字を注意深く確認し直すと、知らぬ間に強張っていた肩をゆるゆると緩めた。

 

「ギルドで案内された宿はここですね」

「ココですかぁ? 」

「まあ一時の辛抱ですよ」

 

 モモンガの言葉に、手羽先(L)が不安そうな声を上げて周囲を伺う。確かにナザリックと比べれば何ともみすぼらしく、YGGDRASILの施設と比較しても見劣りのする宿ではあったが。その佇まいは周囲の景観から特別浮いている、という程の物ではない。恐らく美意識の問題だろう、と踏んだモモンガは。彼女の背を叩いて日焼けしたスイングドアに手をかけた。

 

 ぎい、と如何にもな音を立てて開いた扉の向こうに広がっているのは、ファンタジーと言うよりはウェスタンの雰囲気が漂う酒場の姿。

 

「冒険者ギルドで紹介を受けて来た、宿を貸して欲しいが空きはあるだろうか? 」

 

 多種多様な装備と雰囲気を纏った客の間を縫い、店主と思しきカウンターで酒を注ぐ男に声をかける。背中に突き刺さる値踏みする様な視線が何とも言えない不快感を呼び起こすが、手羽先(L)は職業柄なのか、意に介した様子もなくマイペースに視線を巡らせていた。

 

「相部屋で1人5銅貨、飯は付くが肉が欲しけりゃ追加で1銅貨になる」

「食事は自分達で用意する、その代わりに出来れば2人部屋を用意して貰えないだろうか」

 

 疑問形で言外に強要する、というかつて散々苦しめられたクライアントの常套手段を行使したモモンガに、周囲の視線がより一層強く突き刺さる。たっぷり数秒間の睨み合いを経て、店主は鼻を鳴らすとカウンターの下から2つの鍵を取り出し、1人5銅貨を先払いだとモモンガに告げた。

 

「3階の突き当りだ」

「サキさん、階段はこっちですよ」

 

 目の見えない仲間を気遣う風を装い、その実放っておけば余計な出費に及びそうな相棒を咎めたモモンガは。店の奥に見える階段へ向かってゆっくりと歩き出す。近くの冒険者が態々脚を投げ出して来るのを、期待に答える義理もないと無視を決め込み背後を伺った彼は。その瞬間に己の選択を深く後悔した。

 

「きゃっ! 」

 

 可愛らしい手羽先(L)の悲鳴をかき消したのは。石を砕く様な鈍い破壊音と、いっそ断末魔に近い男の咆哮。

 哀れ。冒険者の投げ出されていた足には、前衛職だけで見てもレベル40相当のパワーと物理防御力を持つ存在が躓いた事により、明らかに不自然な凹みが生じていた。

 

「あー……2人共、大丈夫か? 」

 

 床をのたうち回る男に対し。手羽先(L)は左肘で床板の一部を粉砕しながらも、どうにか顔面の強打だけは免れていたらしい。冒険者の仲間らしき者達は男の尋常ではない痛がり様に若干怯えつつも、当初の手筈通りなのかモモンガ達に因縁をつけようと試みている。

 

「て、てめえなんてことしてくれやがる! 」

「すみません、完全にこっちの不注意です……」

「この落とし前はどう――」

「モモンさん、ヒールかける間ちょっと押さえてて貰えますか? 」

「足が! あ、あし――あれ? 」

 

 それらの茶番を平然と無視した2人は、男の足を粛々と軽傷治癒で回復させると。破壊した床の修理費として金貨数枚を店主に握らせ、騒ぎの余波でポーションを割った冒険者への詫びにはバレアレ商店のポーションを渡し。誰一人としてサキの異様な腕力や、信仰魔法について口を挟まない事を見届けるや否や。お詫びに今夜の酒は我々の奢りにさせてくれ、と言い残してそそくさと階段の奥へ姿を消してしまった。

 

 

 ――後に残された酒場の、何とも言えぬぎこちのない雰囲気に。路地裏に潜んだ人影はふと、何かがおかしいと感じ始めていた。




これを書いている人物はポケモンGO中に見事な捻挫をやらかしました。


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小さな確変

息をするように捏造設定が出てくる。
ここに来てようやく、主人公のそれなりに暗い要素が直接的に垣間見えてきました。


「いいですかモモンガさん、今の貴方はぶっちゃけ両手ワンドで殴り縛りしてる様な状態です。ノースキルで適当に振り回すなんてドヤ顔ダブルなんとか界の恥、武さんと二式さんが草葉の陰で泣いてます! ――と言う事で、まず初歩的なステップを絡めたジャストアタックから練習しましょう」

「手羽先さん……昨日俺だけナザリックに帰った事、まだ根に持ってるんですか? 」

 

 まだ日も昇り切らぬ早朝、宿から近い空き地に人祓いの結界を張る手羽先(L)に、モモンガは半ば呆れ気味に疑問を投げかけた。

 

「イヤダナー、ワタシハココロノヒロイテンシサンデスヨー? 」

「おい棒読み」

 

 両手にメイスを構えたまま微笑まれた所で説得力は皆無に等しく。モモンガは今朝何度目かも分からない溜息を吐くと仕方なく肩を回す等の準備体操を始めた。効力があるのかは分からないが、なんとなくそうしておいた方が良い気がしたのだ。

 

「まあ確かに、前衛の動きは専門外なのでレクチャーは有り難いですが……具体的には何を? 」

「まずは連続ステップからですね、盾を持たないスタイルはキチッと回避しないと装備もHPもすぐにドボドボですから」

 

 すらりと2振りのグレードソードを抜いたモモンガの問いに。手羽先(L)はそう言うと自身の周囲に《守りの障壁(ウォール・オブ・プロテクション)》を出現させ、次いでアイテムボックスから何故かメトロノームを取り出した。

 

「このリズムに合わせてウォール・オブ・プロテクションの縁をぐるぐるして下さい、きちんと出来れば6ステップで1周できます。じゃあ取り敢えず10周始め! 」

 

 唐突に鳴り出したメトロノームで虚を突かれたモモンガは、返事もそこそこにバタバタと足を動かし始める。ステップで回る、と口で言われると単純明快で簡単そうだが。実際にやってみると後ろに下がってしまったり、前のめりになって障壁にぶつかったり、きちんと回れたかと思えばタイミングが合わず1ステップ増えてしまったりと。回避や防御を魔法に頼り切っていたモモンガには中々難しいものがあった。

 ラスト2周でようやく動きをものにしたモモンガに、手羽先(L)は若干の渋い顔をして口を開く。

 

「あー、うーん……まあこの練習は今後も時々やるとして、取り敢えず次行っちゃいましょう、うん」

 

 障壁とメトロノームを片付けた彼女は、《聖霊召喚(サモン・スピリット)》で手頃な的を用意すると二刀流の要領でワンドを構えた。

 

「次、基本のステップJA(ジャスアタ)! ステップの勢いが一番乗る所で思いっきり武器を振る、それだけです! 」

 

 妙に気合だけが入った説明と共に、手羽先(L)が足元の土を強く蹴る。地上を滑る様に飛び出した彼女が右手のメイスを勢い良く振り抜けば、靄のようなスピリットの身体半分が、見事に文字通り霧散する。

 

「――まあこんな感じに。基本片手武器の動きは打撃も斬撃もそんなに変わらないんで、結局は慣れの問題ですね」

 

 もぞもぞと再生し始めたスピリットを気にする様子もない手羽先(L)は、空の様子と手元の時計に目を向けると。1時間あれば形にはなるでしょう、とモモンガにとって鬼のような一言を言い放った。

 

 その後、約束の時間までになんとか初歩の動きを身に付けたモモンガは、心なし疲弊した気分のまま冒険者ギルドの前へと辿り着いた。見れば通りの向こう側から漆黒の剣の面々もこちらへ歩いてくる所で、ルクルットなどはサキの姿を見つけるなり大げさに手を振って存在をアピールしている。

 

「……昨日も思ったんですけど、なんで中身が女だってバレてるんでしょうね」

「さあ、大方仲間で慣れてるとかでしょう」

 

 珍しく引き攣った笑顔で手を振り返す手羽先(L)に少し溜飲を下げたモモンガが、彼女に代わって彼等と雑談を交わす。その内に馬車を連れたンフィーレアが合流し、簡単な打ち合わせを済ませた一行はカルネ村に向けて出立した。

 

 

 

 

 

「――そう、ニニャ君の故郷でもそんな事が……」

「何処へ行っても、貴族なんて同じ様なものなんですね――期待はしていなかったけど、改めて聞かされると何だか落胆しちゃいました」

 

 カルネ村へ向かう道中、朗らかな快晴に似つかわしくない空気を漂わせているのはニニャとサキの魔法詠唱者二人組だ。似たようなタイプだからなのか、すぐに打ち解けた2人はお互いの話で盛り上がっていたのだが。話がサキの(無論こちらの世界に合わせて多少改変した上での)来歴に及んだ辺りで雲行きが怪しくなりはじめ、ニニャが自らの家族について明かした頃には、既にどん底まで落ちきった空気が周りを覆い尽くしていた。

 

「――な、なあモモンさん。あの2人、放ったらかしでいいのか? 」

「サキについては問題ない……と思う、切り替えの速さが取り柄の一つでもあるからな」

 

 せっついてきたペテルが声を顰めているのは、迂闊な事をすればニニャの努力が水泡に帰すと分かっているからなのだろう。何とも仲間思いな行動に懐かしさと羨ましさを感じているモモンの背後で、突然サキの声が響いた。振り返れば一瞬ぎょっとする程の美丈夫オーラを纏ったサキが、うっすらと憂いを帯びたニニャの手を取り。そこから急転、花の様に破顔すると二人分の拳を高々と突き上げている。

 

「よし! じゃあ私もニニャ君のお姉さんが早く見つかる様、出来るだけ協力しようじゃないか! 」

「本当ですか! サキさんみたいな司祭(クレリック)が力になってくれるなんて、すごく心強いです! 」

 

 出立時の振る舞いは何処へやら。すっかり年頃の女性らしい明るさを隠すことなく手を取り合う2人にペテルとダインは苦笑を零し、モモンはそら見たことかと肩を竦める。ようやく和やかさを取り戻した一行にンフィーレアが安堵の息を吐いた所で。先を行くルクルットが一変、驚くほど真剣な声で警戒を促した。

 

「オーガだ、恐らくゴブリンも居る。今はこっちが風下だからまだ気付かれちゃ居ない、どうする? 」

 

 馬車を隠せる場所が無い現状、この「どうする」は何時仕掛けるべきかという事だろう。そう判断したモモンの目配せに、無言で頷いたサキは馬車の前で祈る様に跪いた。

 

「――オーガ2、ゴブリン15。周辺に伏兵なし、ゴブリンに散開の兆候なし」

「全く、羨ましいね」

 

 奇跡の眼、とでも言うべきサキのタレントに苦笑を零して。ルクルットは背負っていたロングボウを手に構える。

 

「モモンさん、オーガ1体任せてもいいですか? 」

「2体でも構わないが」

「そいつは頼もしい。じゃあこっちはいつも通り、何があっても馬車には近付けさせるなよ」

「サキさん、念のため全体の回復支援とンフィーレアさんの護衛を。後は漆黒の剣に合わせましょう」

 

 たったそれだけの会話で、場の空気は様変わりしていた。サキとニニャは馬車を庇う様に並び、ルクルットが弓を引き絞る。

 風向きが変わる、その一瞬より僅かに早い速度で放たれた矢が、ゴブリン達の10メートル程手前に突き刺さった。

 

リーンフォース・アーマー(鎧強化)

シールド・オヴ・フェイス(信仰の盾)

 

 ルクルットが第二射に移るより早く、ニニャとサキの防御魔法が発動する。1体、2体と撃ち抜かれるゴブリンの数が増すにつれ、オーガとの距離はあっと言う間に開き始める。更に2体のゴブリンが倒れた所でダインの《植物の絡みつき(トワイン・プラント)》が発動され、彼等は完全に分断される形となった。同時にペテル、後を追う様にモモンが駆け出し、すれ違い様にゴブリン数体の首を跳ね飛ばす。オーガと共に足止めされていた数匹のゴブリンは、ニニャの放った《魔法の矢(マジック・アロー)》に胸を撃ち抜かれて沈黙した。

 

ガイディング・ボルト(導きの矢)

 

 それでも馬車に向かってくるゴブリン達に、サキが四本の光の矢を放つ。それぞれ脳天に直撃を食らったゴブリン達は、血を流す事なく静かに崩れ落ちていった。残りは4体、ゴブリンの数だけを見れば、勝敗は決したと言えるだろう。

 ワルツを踊る様に滑らかな足運びでオーガの背後を取ったモモンの一刀が、無防備な首を一閃の元に切り落とし。そうして転がり落ちた首を片足で止めた彼は、改めて戦況を把握すると軽く息を吐いた。

 視線の隅ではオーガの棍棒を受け止めたペテルがうめき声を上げたが、それも即座に発動したサキの《軽傷治癒(ライト・ヒーリング)》で事なきを得る。そのまま彼は武技――YGGDRASILで言う所のスキルを発動させてオーガの胴を両断し。ゴブリンの方もルクルット達2人の手によって仕留められる。

 

「いやぁ、何っつーか……やっぱり人は見た目に拠るもんだな」

「やはり専門の司祭には敵わないのである、精進せねば」

「私とモモンさんだけじゃこうは行かないよ。皆の役割分担が出来ているおかげで、こっちも自分の仕事に専念できたからね」

 

 実際問題。通常攻撃しか使えないモモンとアタッカー寄りビルドのサキが、ンフィーレアに不信感を抱かせない配慮をした上であの集団を倒すのはそれなりに骨の折れる仕事だっただろう。

 頭数が揃う事のありがたみを噛みしめる2人を他所に。漆黒の剣とンフィーレアは、モモンの類稀なる豪腕とサキの的確な魔法捌きを思い出して。もしかして自分達は、何かとてつもない伝説の幕開けに立ち会ってしまったのではないかと思い始めていた。

 

 

 

 




女の子の友情もいいよね!

あの終末世界における芸能、というものについて考えた結果を少し出してみました。


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