少年、彼の地にて斯く暮らしたり (長財布)
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プロローグ

自衛隊以外の人が特地にいてもいいじゃないか。
自分だったらこうするんじゃないかなんて思って書いてみました。

一応原作は最後まで読んでいます。

因みに自分が書く呪文とか特地の言語はデタラメです。


特地第4偵察隊は特地の情報収集でワカ村という集落を訪れていた。

 

ワカ村は近くに川が流れており、漁や灌漑農業を行うなど他の村より少し技術が優れているようだ。こうした水資源のお陰で食糧や衛生状態が保たれ、飢餓や病気が少ないのだという。

 

隊員たちは村人と何やら話したり家や畑などをカメラで写真に収めたりしている隊員も居た。

 

「ねぇねぇ、何やってんの?」

 

一人の子供が隊員に駆け寄ってきた。

 

「この村の風景を写真に収めているんだよ」

 

片言ではあるが隊員の言ってる事は子供に伝わったらしい。

 

「それ知ってるよ、"すまほ"っていうんでしょ?」

 

「え!?」

 

隊員は心底驚いた表情をした。

 

「コレを知ってるのかい?」

 

隊員は手にしていたiPhoneを見せる。

 

「うん、カイトお兄ちゃんが持ってたんだ」

 

「カイト、お兄ちゃん?」

 

「そうだよ。あ、カイトお兄ちゃんだ!」

 

そう言ってある少年の元に走っていく子供。

 

隊員が見たのはこの世界ではある筈の無いワイシャツにネクタイという格好をした一人の少年の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ・・・何処だよここ」

 

橋立帆斗(はしだて かいと)は目を覚ますと見知らぬ土地で仰向けになっていた。

 

「――――、――――!」

 

「――――――――!?」

 

「――――?」

 

変な服を着た人たちが俺の周りを囲んでいる。何か言っているがさっぱりわからない。

 

「あ、あの・・・ここは何処ですか?」

 

誰か日本語が理解できる人が居ないだろうか、帆斗はそんな希望を抱いていた。

 

「――――?」

 

「――――――――。」

 

しかし回りにいる人たちは首を振るばかり。彼の微かな希望は潰えてしまったようだ。

 

すると人混みを割って入るようにして一人の女性がやって来た。

 

「――――。」

 

女性は帆斗の頭に手を置いた。

 

「え?ちょっと、何!?」

 

そして女性の指示で周りの男達が手足を押さえた。力を入れてなんとか逃れようとするも体格が良い男が2人がかりで手足を押さえているのでびくともしない。

 

「Modessei sarumenia kono setigugadelios・・・」

 

女性がなにやら呪文のようなものを唱えだしたかと思うと激しい頭痛が帆斗の頭を襲った。

 

頭のなかを電気が流れているような感覚、頭を抑えようと手足を動かそうにも押さえられているため動かせない。

 

俺はコイツらに人体改造をされてしまうのか・・・帆斗はそう思った。

 

しばらくすると頭痛が収まり始める。

 

「――――のか?」

 

「――り苦しんでたぞ・・・」

 

「今はだいぶ落ち着いてきたみたいね」

 

意識がはっきりして来ると何故か彼らの話していることが解り始めたのだ。

 

「あれ・・・どうして?」

 

さっきまで全く分からない言語だったはずがそれが母国語であったかのように理解できる。しかもネイティブに発音している自覚があるのだ。

 

「苦しい思いをさせてしまって申し訳ない、ただ現段階ではこうする外なかったんだ」

 

そう言って女性が頭を下げた。年は20代だろうか、真っ赤な長髪に磁器のような真っ白な肌、メガネを掛けた彼女は知的な印象だ。

 

「どうして急にあなた達の言葉がわかるようになったんです?もしかしてさっきの頭痛と関係が?」

 

「あぁ、恐らくそうだろう、キミの頭のなかを弄らせて貰ったんだ」

 

サラッと恐ろしい事を言うもんだから帆斗はしばらく自分のされた事の重大さを理解するのに時間がかかった。

 

「はいぃ!?」

 

「簡単に言えばキミの脳の言語野を中心に魔法を掛けたんだ。成功してよかったよ」

 

人体改造と言うのはあながち間違っていなかったようだ。現に脳みそを弄られたのだから。

 

「魔法だって?」

 

魔法なんてまるでファンタジー小説のようだ。なんて思ったがそれ以外に今の現象を説明できなかった。

 

「そうだ。私の名前はリュウ・ローレ・サイード、職業は魔道師だ。キミの名前は?」

 

「橋立帆斗、高校生です」

 

「コウコウセイ・・・それは職業か何かか?」

 

「えぇ、まぁそう言われればそうですね・・・」

 

コウコウセイ?聞いたことあるか?とか。いや、初耳だ。とか聞こえてくる。どうやらこの土地の人間は高等学校というものを知らないようだ。

 

「カイト君、と言ったね?」

 

「あ、はい」

 

初老の男性に声を掛けられた。

 

「私はこのワカ村で村長をしておるラーダじゃ」

 

「あぁ、よろしくお願いします」

 

差し出された手を握り返す帆斗、どうやらこの土地にも握手という概念はあるようだ。

 

「ところでカイト君、キミは何処からやって来たのかい?」

 

「え?」

 

帆斗は返答に戸惑った。ここが何処だか分からない上に魔法が存在しているということはここは地球ではないかもしれない。

 

もし自分が魔法の召喚的な儀式でこの世界に連れてこられたのだとしたら・・・

 

小説でこんな目にあった主人公を帆斗は見たことがあった。まさかそれが自分になってしまうとは・・・

 

「日本という所からなんですが・・・」

 

「ニホン、知らない国だな」

 

やっぱりそうか。帆斗はなんとなく予想していた。小説でもそうだったからだ。

 

「帰る方法もわからないわけか」

 

「はい・・・」

 

帰ることが出来るなら一刻でも早く帰りたい、しかしどうして、どうやってここに連れて来られた分からない以上帰る方法も分からないのだ。

 

「私の家に泊まるといい、空き部屋もあるし豪華ではないが食事だって出せる」

 

周りの人が皆驚いた表情を見せた。

 

「いやでもリュウさん、彼はまだ10代ですよ・・・」

 

「構わないさ、それに彼がどうやってここに来たのか調べる必要がある。他に誰か匿ってやれるのか?」

 

皆が一斉に黙ってしまった。口ではそう言うものの自分達が帆斗を匿うのは遠慮したかったのだ。

 

「そういうことだ、少し汚いが気にしないでくれ」

 

「ありがとうございます、リュウさん」

 

 

 

 

こうして橋立帆斗の特地での暮らしが始まった。



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早過ぎる技術

感想にてボルトアクションのライフルを簡単に作りすぎとのクレームが多かったので一部改変しました。


「ほう、コレはなかなかおもしろい構造じゃのう」

 

ラーダ村長は帆斗がノートに書いた設計図に興味を抱いていた。

 

「私が居た世界ではかなり前の技術なんですが構造もそれほど複雑では無いですしこの村でも作れるのではないかと思いまして」

 

「うむ、鉄工を生業にしておる知り合い相談してみようかのう」

 

ノートに書かれていた設計図は手押し式ポンプだった。井戸水を汲み上げる方法の一つで田舎の方では使われては居ないが置いてある所もあるのではないだろうか。

 

「これでわざわざ井戸の中に桶を投げ入れる必要がなくなると思うんです」

 

「確かに、これだと取っ手を上げ下げするだけで水が出てくるんじゃからのう」

 

ラーダはノートの切れ端を懐に仕舞うと早速外出の支度を始めた。

 

「しかしカイトよ、お前さんの知識には毎度驚かされるわい。若いのにコレほどの事を知っておって、お前さんの居た世界はよほど進んだ技術を持っておるのだろうな」

 

「えぇ、そうですね・・・」

 

話し合いを終え村長宅から出ると家の前にリュウが立っていた。

 

「会合は終わったのか?」

 

「えぇ、早速村長が知り合いに話を付けてくれるそうです」

 

帆斗がこの村に来てから3ヶ月、彼は元居た世界の技術をこの村にもたらした。技術自体は地球ではすでに忘れ去られかけているものばかりではあるがこの村にとっては最新鋭の技術であった。

 

「カイトの知恵はこの村の発展に大いに役立っている。私はあの水車がお気に入りだな」

 

この村には近くに川が流れている。この川の水を使うことが出来れば畑に水を供給することが出来るのだが村が川よりも少し高い位置にあるため水を運ぶことが出来なかったのだ。

 

そこで帆斗は水車を使って一旦高所へ水を運びそれを水路を使って村まで運ぶという案を提示した。

 

お陰で畑に水をやるのに井戸から汲み上げるか川まで行く必要がなくなり効率化も測ることが出来た。それらによって村人とも良好な関係を築けている。

 

「それよりリュウさん、こんな所に何か用ですか?」

 

「いや、カイトに用があってここで待っていたんだ」

 

「俺にですか、なんでしょう?」

 

「ちょっと来てくれないか?」

 

そう言われリュウに連れてこられたのは人気のない河原だった。

 

「ちょっとお前の知恵を借りたくてな・・・」

 

「はぁ・・・でも魔法関係は全然知識無いですよ」

 

「それは分かっている、私が聞きたいのは使い道の事だ。ちょっとコレを見てくれ」

 

そう言ってリュウが取り出したのは緑色の小さな鉱石だった。それを地面へと放ると・・・

 

ドォン!

 

突如爆発音が響いた。

 

「これは投げると爆発する石なんですか?」

 

この世界ならこのようなものがあってもおかしくない。帆斗はそう思った。しかしリュウは首を横に振る。

 

「いや、爆轟の術式をこの鉱石に記憶させたのだ。そうすることで複雑な魔法式を組み立てる時間を省くことが出来る。それを何らかの刺激、今回は地面に衝突した際の衝撃をきっかけに術を起動させたのだ」

 

「石に魔術を記憶ですか・・・」

 

魔術を記録するフラッシュメモリのようなものだろうか、ともかくコレならば魔術を使えない人間でも現象を起こすことが可能になるのではないだろうか。

 

試しに帆斗自身がその石を投げてみる。すると先程と同じように爆発が起こったのだ。

 

「ただコレだと一瞬の熱と爆発音と光しか出ない、なんとかコレを応用することが出来ないかと思ったんだ」

 

帆斗は手渡された鉱石を眺めた。ウズラの卵くらいの大きさで色は透き通った緑、光にかざしてみると薄く文字のようなものが刻まれているのが見える。

 

「これ、もう少し小さく作ることは出来ますか?」

 

「具体的にどれくらいだ?」

 

「これくらいですね・・・」

 

勿論のことだがこの世界でメートル法は使われていない、独自の単位があるらしいのだが帆斗にはよく分かっていなかった。

 

「なるほど・・・かなり小さいな」

 

帆斗の要求した大きさはおよそ直径9ミリ、長さが44ミリだった。これは5.56ミリNATO弾の薬莢とほぼ同じサイズになる。

 

「これをこのようにして金属の筒に入れるんです。爆発のエネルギーが漏れないようにきちんと密閉してないといけません」

 

ノートに薬莢の図を書き始めた。通常薬莢の中にはガンパウダーと呼ばれる無煙火薬が入っている。それを爆轟魔法を封じた鉱石を代わりに使うという考えだ。

 

「そしてこんな形の金属の塊を飛ばします、この金属が飛翔するので威力は十分かと」

 

薬莢の図に弾丸を書き加えると見た目では普通の5.56ミリ弾と同じであった。

 

ノートに書かれた図を見てリュウは感嘆の声を上げる。

 

「なるほど、爆発自体に威力をもたせるのではなくそのエネルギーで別のものを動かすのか!」

 

「さらにこれを飛ばす機構ですが・・・筒の中に螺旋を刻むんです。これで弾道が安定して命中精度と飛距離が上がります」

 

「これがカイトの世界の最新技術か」

 

「いや、これ俺の居た世界では100年以上前から使われているんですよね・・・」

 

「なん・・・だと」

 

リュウは心の底から驚いたようだ。

 

「設計図を書いて村長が紹介してくれた鉄工業の人に試作品を作るようお願いしてみます」

 

 

 

 

 

 

「やはりダメじゃったわい・・・」

 

「そうでしたか」

 

帆斗は銃の開発に行き詰まっていた。

 

この世界の金属加工レベルではどうしてもクリアできない課題があったのだ。

 

「筒の中に線を刻むという方法は聞いたことが無いそうじゃ」

 

最も大きな問題はライフリングだ。銃口内に彫ってある溝、これが再現できなかったのである。

 

「筒の中に線を刻みたいのか?」

 

実験から帰ってきたリュウが割って入って来た。

 

「そうなんです。こういったカンジに―――」

 

帆斗はノートに線を引いた。その線を内側にして丸めて筒を作る。

 

「ほうほう、これは興味深いな・・・」

 

「ただこれが出来なくて、なんかいい方法は無いですかね?」

 

リュウは紙の筒を見ながら唸った。

 

「待てよ?金属の加工に関する論文が論文が・・・」

 

リュウは自室へと戻ると本の山を崩し始めた。雪崩のように崩れる本の中から1冊の本を手に取り戻ってくる。

 

「これならもしかするといけるかもしれない」

 

数日後、帆斗はリュウに呼ばれて実験を行っている河原へとやって来た。

 

「貸してくれ」

 

「はい、どうぞ」

 

バレルを渡す。リュウはバレルを手にとって呪文を唱え始めた。

 

するとバレルが淡く光り始めた。表面には何やら文字のようなものが浮かび上がり始める。

 

そして数分後、光は収まった。

 

「これでどうだろうか?」

 

受け取ると口の部分から金属の粉がこぼれ落ちる。

 

太陽に翳してみると中には薄っすらと螺旋状の溝が見て取れた。

 

「スゲェ・・・成功です!」

 

その正確さに帆斗も驚かざるを得なかった。まるで機械で加工したかのような出来なのである。

 

「どうやったんですか?」

 

「まず術式を材料全体に掛けて残す部分と取り除く部分を区別する。そして指定した部分を取り除いたんだ。その際に―――」

 

帆斗には詳しいことはよくわからないがとりあえずとても複雑で高度な魔法ということは分かった。

 

「こんな事が出来るのにどうして普及していないんですか?」

 

「複雑な式をいくつも重ねて展開する必要がある。それだけ大量に式を一度に展開していては体が持たない・・・」

 

帆斗は納得した。確かにリュウの体力はこの数分でかなり消耗しているようにみえる。

 

「ほんとうに有難うございます。お陰で助かりました!」

 

早速組み上げて試射してみる。結果は成功、帝都の職人の加工もあってライフルはスムーズに動いた。最も、手間が掛かりすぎて大量生産は出来ないだろうが・・・

 

その威力にリュウも驚いていた。なんせ数百年先の技術なのである。

 

「まぁこの世界だとこれが精一杯ですね・・・」

 

地球ではその後、セミオートマチック、フルオートマチックと発展していくのだがこの世界ではまだ無理だろう。

 

帆斗はそう思っていた。

 

しかし1ヶ月後、帆斗の予想を裏切るように戦闘という概念を覆す大きな出来事が起こってしまった。

 

門の出現によって・・・



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陸上自衛隊特地派遣部隊

この世界にはスマホや電話、モールス信号なんてものはない。故に情報が伝わるには時間がかかる。

 

しかも人から人へと広がっていくのでその途中で噂に尾びれ背びれが付いて実際よりもかなり誇張されて伝わってくることが多いのだ。

 

かなりローカルなこの村でも村を中継して貿易を行う商人からアルヌスに何やらおかしな門が出来上がってその門から変な人達が侵入してきたという話が伝わってきた。

 

なんでも帝国が攻めても返り討ちに遭ってしまったのだという。

 

帆斗自身、帝国へは何度も足を運んだことがあった。大体が以前作ってもらった銃の弾薬を取りに行く為なのだが帝国は多くの人口からかなりの国力を誇っている。

 

そんな帝国を返り討ちにあわせ、さらに後から入ってきた情報だが連合諸公国からなる軍隊も壊滅させたという知らせが入ってきてからはこの噂は人から人へと渡っていくうちに脚色されたものだと思うようになった。

 

この世界の兵士は高貴な貴族が多い、装備を買うだけの財力があり、戦争で活躍すれば元老院などでの影響力が強くなるからだ。

 

リュウや帆斗はそんな噂には興味が無い様子で最近の井戸端会議の話題はそのアルヌスでの話でもちきりで正直うんざりしていた。

 

「リュウさん、どう思いますか?」

 

「アルヌスにやってきた人達のことか?あんなもの単なる噂だろう。帝国や属国の連合軍を打ち破ったなんて何かの間違いだ」

 

「ですよねぇ~」

 

帆斗達は村の巡回を続ける。最近ラーダ村長はイタリカへ出張続きでその間の村の治安維持は彼等が行っているのだ。

 

といっても夫婦喧嘩の仲裁や作物の成長具合の確認、施設の維持が主な内容であった。

 

「カイトお兄ちゃんだ」

 

村のやんちゃっ子のイーラがやって来た。

 

「イーラ、どうしたんだ?」

 

「向こうでカイトお兄ちゃんがこの前使ってたすまほを持っている人が居たの」

 

「なんだって!?」

 

帆斗はこの世界に来た時、ポケットの中に幾つかの小物が入っていた。シャーペンやミニノートにスマホ、しかしスマホはこの世界にいても使えないのでここに来た時に写真を撮った位だ。

 

イーラは帆斗が持っていたスマホに興味を示し少し使わせていた。バッテリーが切れてからはずっとリュウの家に置きっぱなしになっている。

 

「その人は今何処に?」

 

「入り口にいると思うよ?」

 

帆斗は駆け出した。スマホを持っている人間がこの世界に他にも居たなんて、俺と同じ漂流者の可能性があったためだ。

 

「ちょっと、どうしたんだ急に・・・」

 

必死に後を追いかけるリュウ。入り口にはイーラの言ったとおりiPhoneを持って家や風景を写真に収めている人が居た。しかしその男性は一般人ではなかった。

 

緑を基本とし濃淡の別れた独特な服装、これは森や草むらの中に隠れた時に自身の姿を見えにくくするもの、さらに腕には見慣れた国旗が施されていた。

 

「日の丸、陸上自衛隊・・・」

 

帆斗が見たのは日本国陸上自衛隊の隊員であった。しかも一人や二人ではない、複数人、およそ1個分隊位の人数だ。

 

彼の姿を見た自衛官もまた驚いた表情をしていた。異国の地で現地に住む日本人を見つけたような感覚、いやそれ以上だろう。

 

なんたって日本と特地が繋がったのはつい最近の事だったからだ。

 

 

 

 

陸上自衛隊特地第4偵察隊隊長の坂出瑞樹二等陸尉は特地の原住民と一緒に暮らしていた日本人が居たことに驚きを隠せなかった。

 

高校指定のワイシャツに大戦時に使われていたようなボルトアクション式のライフルを携えた姿は違和感しか感じない。

 

坂出と副長の宿毛は立ち話もなんだからと言われ村の集会所へと案内された。

 

「えっと・・・日本語は分かりますか?」

 

「懐かしい響きですね、日本語なんて久しぶりに話しました。」

 

その言葉を聞いて坂出は確信した。間違いない、彼は日本人だ。

 

彼の名前を聞いてすぐ本部へ伝え日本政府へ連絡、戸籍を調査した所同じ名前の人物がヒットした。顔写真や年齢も一致したという。

 

「橋立帆斗君、キミはどうやって特地に来たんだい?」

 

「特地ってのはここでいいんですかね?それがよくわからないんです。気がついたらここに居たってカンジで・・・」

 

「ここに来たのはいつから?」

 

「半年前位だと思います。詳しい月日はわかりませんね、こっちは向こうと暦が少し違うんです」

 

坂出の質問に帆斗はスラスラと答える。それを宿毛がメモしていった。

 

「それは?」

 

坂出は帆斗の持っていたライフルを指差した。

 

「自衛のためにこっちで作って貰ったんです・・・銃刀法違反にはなりませんよね?」

 

因みにこれはウソだ。リュウに爆轟魔法の使い道について聞かれた際に興味本位で作ったものだ。これを作った鍛冶屋のおじさんにも口外しないように言ってあるし口止め料も払っている。

 

「うーん、まぁ微妙なところだねぇ。といっても特地は今のところ正式に日本の領土っていう訳でもないし・・・まぁ今回のところは見なかったことにしておくよ」

 

「それはどうも」

 

「最後にだけど、ここは戦闘地域になる。キミが門を通って此方に来てない以上強制は出来ないけど日本への帰国をおすすめするよ。どうする?」

 

ジャーナリストの仕事などでアフガニスタンやイラクなどの戦闘地域に行く日本人は居る。帆斗は現段階では旅行者という扱いでしかない。パスポートなどの正規の出国手続きを行ってはないが仕方がないだろう。

 

「いえ、私は日本にまだ戻る気はありません」

 

帆斗ははっきりと言った。

 

「そうか、我々はアルヌスにある駐屯地に居るから困ったときはいつでも来ていいからね」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

こうして特地第4偵察隊のワカ村からの情報収集任務は完了した。

 

「まさか特地に日本人が居るとは、報告書どう書こうか・・・」

 

駐屯地に帰投するする高機動車の中で坂出は頭を抱える。

 

『あー・・・こちら第3偵察隊、ドラゴンと思われる生物に襲撃された集落を発見。一応周辺の村に情報を伝えておいて下さい』

 

無線機から第3偵察隊隊長、伊丹耀司2等陸尉の声が聞こえてきた。

 

「ドラゴン?」

 

同乗していた瀬戸内三曹が聞き返す。

 

「ワカ村に戻るぞ、松島!」

 

「了解しました」

 

ハンドルを握る松島二曹がハンドルを切ってUターンした。後ろを走る73式小型トラック、軽装甲機動車もそれに続く。

 

高機動車に揺られる中坂出は呟いた。

 

 

「ホント、特地はなんでもありだな・・・」

 

 

 

 



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盗賊退治

「金目の物は全部積んでけ!」

 

盗賊団の首領、ドロは荷馬車を空き家の前へ寄せた。

 

炎竜の知らせを聞いてもぬけの殻になった家は彼等にとって宝の山だ。避難する際に必要最低限の物しか持っていけないため金目の物が残っている場合が多い。

 

このワカ村だけで荷馬車1つが満杯になってしまった。

 

「キケ、あと何軒だ?」

 

「次で最後ですぁ」

 

「早くしろ、次の村が待ってる」

 

「りょーかい」

 

意気揚々と最後の家に入って入って行くキケ。

 

ガタガタと物音がここまで聞こえてくる。

 

「アイツ、自分でパクったりしねぇよなぁ?」

 

「後で隠し持ってないか検査しないと」

 

他の家もあらかた探し終え戻ってきた仲間たちと談笑する。あと2つ集落を回ればしばらくは遊んで暮らせる、他の村も炎竜の噂でもぬけの殻になってるため無駄な戦闘を行うリスクがない。ドロはそう思っていた。

 

女が居ないのは少し残念だが・・・

 

「おい、アイツ遅すぎないか?」

 

「でけぇモンでも見つけだんだろうぜ、いまに入り口から引きずりながら出てくるさ」

 

なんて話していた時、突如破裂音が響く。

 

「なんだ!?」

 

ドロには聞いたことのない音だった。

 

「何かトラブったのかもしれない。カール、見てきてくれ」

 

「わかりやした。全く、アイツ何やってんだか・・・」

 

小言を言いながら家に入るカール、しかしすぐに彼は家から飛び出してきた。胸を紅に染めて

 

カールはそのまま背中から崩れ落ちる。白目を剥いて口からも血を吐いている、絶命しているのは目に見えていた。

 

「カール!?」

 

彼の傍に駆け寄ろうとした部下をドロは手で制す。

 

「待て、炎竜騒ぎで誰も居ないと思っていたが残っている物好きもいるらしいな。武器を取れ!」

 

一斉に皆が荷馬車から剣や斧、鉈を取り出す。必要ないとは思っていたが念の為に持って来ておいて正解だった。

 

「俺の合図で一斉に突入しろ、キケとカールの仇だ」

 

皆が一斉に頷く。

 

「よし、かかれ!」

 

元々戦闘を想定していなかったため頭数は決して多くはない、現状の戦力はドロを含めて4人、だが問題無いだろう。こんな小さい家ではせいぜい1人か2人だ。

 

一斉に家の中に入る部下達。

 

再び破裂音が鳴る。同時に部下たちの悲鳴も聞こえた。

 

「足が・・・俺の足がぁ!」

 

「クソッこの野郎!」

 

しばしの物音の後、沈黙が流れる。

 

「おい、何があった!?」

 

呼びかけても誰も反応しない、ドロは最悪の事態を予想した。

 

「畜生!」

 

ドロは剣を抜いて駆け出した。

 

武装した体格の良い男性4人が短時間で倒されるなど信じたくはなかったのだ。

 

閉じかけていた戸を蹴破り中に入る。

 

「まだ居たのか」

 

物陰から掛けられた声に振り向くドロ。

 

「お前は・・・」

 

目の前に立っていた人物にドロは驚きを隠せなかった。

 

まだあどけなさも残る少年、年齢はおそらく10代後半だろうか。

 

目や顔立ち、髪の色からこの辺りの土地の人間ではないらしい。武器だろうか、木と金属で作られた棒状のモノを持っている。

 

「ガキ、テメェが殺ったのか?」

 

「そうだと言ったら?」

 

にやりと笑う少年、自分よりも遥かに年下の人間に馬鹿にされているという屈辱的な感情がドロの中を支配した。

 

ドロは剣を鞘から引き抜いた。帝国軍に従軍していた時に使用していたもの、何年も前のことではあるが剣は未だに輝きを残している。

 

「舐めんなよクソガキ!」

 

中世に西洋諸国で使われていたの諸刃の剣、ロングソードは重さが5キロとかなり重量級だしかしドロはそんなロングソードをまるで木の枝であるかの様に片手で振り回していた。

 

机や棚に深い切り傷が刻まれる。丸太のような腕から繰り出されるパワーは帆斗の想像を遥かに超えていた。

 

帆斗はそんなドロの肩を狙って引き金を絞った。

 

放たれた弾丸はドロの肩に命中した。しかしドロはそれを意に介さない様子で帆斗に襲いかかる。

 

振り下ろされた剣を間一髪で躱す帆斗、しかし彼の額から鮮血が流れる。

 

「伏せろ!」

 

リュウの声でとっさに身を屈めると突如背後から突風が襲った。リュウの魔法である。

 

ドロの居る一方向に向けての指向性の高い風、あの巨体が壁を突き破って外まで飛ばされてしまった。

 

「お前はそこにいるんだ」

 

ドロの元へ走っていったリュウ、無力化するために睡眠を誘導する魔法を掛けるようだ。

 

「ガキの次はアマか、ナメられたもんだな」

 

「ぐっ!」

 

魔法を展開するには多少の時間がかかる、その隙にドロはリュウの首を掴んで持ち上げる。

 

「リュウさん!?」

 

慌ててライフルを拾い上げて構える。スコープを覗いた時、帆斗は自分の体の違和感に気付いた。

 

帆斗は出血のせいで貧血状態に陥っていた。焦点が定まらず周りが目が眩んだような感覚、このような状態で撃ってしまうとリュウに当たりかねない。

 

「クソッ、どうしちまったんだ・・・」

 

目をこすったり頭を降ってみるも逆効果、今にも意識が飛びそうになっていた。

 

その時自分のモノとは別の銃声が聞こえてきた。帆斗が使っているものよりももっと大きな、口径の大きい物。

 

「ガハッ、お・・・お前らは・・・」

 

頭から血や脳漿を散らせて倒れるドロ、貧血のせいか帆斗には何が起こったのか理解できなかった。

 

空気を求めて喘いでいリュウの背中を優しくさすっている人物を見て初めて状況を理解した。

 

「さっきの自衛隊の・・・どうしてここに?」

 

「大丈夫ですか?出血がひどい・・・日向!」

 

前に炎竜の情報を教えてくれた自衛隊の人達であった。先ほどの銃声は自衛隊の隊員が手にしていた64式7.62ミリ小銃のものだったのだ。

 

隊員の一人が帆斗の頭の血を見て人を呼ぶ。

 

日向と呼ばれた女性自衛官は帆斗の傷口を確認するとなれた手つきで応急処置をし始める。

 

「あ、あの・・・リュウさんは?」

 

「安心してください、無事ですよ」

 

そのまま帆斗は自衛官に抱えられ高機動車へと横たえられる。傍には若干戸惑った表情のリュウが同乗していた。

 

「こんな乗り物は見たことがない、あなた達は一体・・・」

 

一番最後に乗車した坂出が言った。

 

 

 

「我々は日本という国から来た陸上自衛隊です。貴方がたを駐屯地の自衛隊病院へとお連れします」

 

 



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自衛隊特地駐屯地

久々の投稿で申し訳ないです・・・


「なんだこれは・・・」

 

上空を通過した鉄の塊を見てリュウが驚嘆の声を上げる。無理も無いだろう。

 

帆斗も高機動車の側面に設けられた布のような窓から一瞬見ることが出来た。

 

「アパッチ・ロングボウ・・・」

 

陸上自衛隊が所有している攻撃ヘリ、AH-64Dアパッチ・ロングボウだ。ヘリまで持って来ているとは・・・

 

帆斗は体を起こして窓に近付く。

 

「コラ、起きちゃダメですよ」

 

日向一曹の制止を無視して窓から外を覗いた。轟音を上げて大地を這う鉄の土竜、さらに風車で空を飛ぶ方舟。

 

「74式戦車にチヌーク、コブラまで・・・」

 

「よくご存知ですね」

 

ハンドルを握る松島二曹がバックミラーを見ながら呟いた。

 

「家の近くに駐屯地があってよく行ってたんです」

 

松島は「あぁ、なるほどね」と言って前を向く。見えてきた陸上自衛隊アルヌス駐屯地を見て帆斗とリュウは驚愕した。

 

「私は少し前にこのあたりを通ったがその時はなにも無かったぞ・・・」

 

アルヌス駐屯地は周囲から襲ってくる敵に対処するために六芒星の形をしている。

 

中はプレハブ製と思われる建物が幾つもある。この中で装備やら何やらを管理しているのだろう。

 

ヤベェな、俺自衛隊の秘密に迫ってる気がするぞ・・・

 

帆斗は内心ドキドキであった。

 

程なくして高機動車は停止する。目の前には赤十字が描かれた建物、これが自衛隊の病院施設なのだろう。

 

「意識もはっきりしてきましたので治療をした後はすぐ仮設住宅に移ってもらっても大丈夫だと思います」

 

日向の言葉に隊長である坂出が頷く。

 

「後は病院の人に任せよう、俺は報告書を書かないといけないし」

 

やっぱ自衛隊って大変だよな・・・

 

帆斗は彼らのやり取りを見て思った。

 

 

 

 

 

自衛隊病院で傷口の縫合を終えた後、帆斗とリュウは仮設住宅へと向かった。

 

「私達以外にも住人がいるぞ」

 

仮設住宅の周りには老若男女様々なこちら側の世界の人が居た。聞いた所によると避難の際に炎竜に襲われ難民となった人達だという。

 

帆斗とリュウは別の部屋を割り振られた。まぁ仕方ないか。

 

中はシンプルだが生活できる最低限の設備はある。なによりコンセントがあるのはとても嬉しい。

 

隊員からiPhoneの充電器を借りて自分のiPhoneを充電する。

 

この辺りは電波も入るらしくインターネットに繋ぐことが出来た。

 

「半年ぶりのネットだな・・・」

 

ニュースサイトを見るとこれといってなにかが起こったわけではないようだ。国会議員の不祥事やマスコミの偏向報道など帆斗が特地に行く前と殆ど変わってない。

 

久々のネットに耽っているとドアを叩く音がした。

 

「何でしょう?」

 

外には迷彩柄の作業着を来た隊員が立っていた。

 

「あの、陸将がお呼びなのですがお時間はありますか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「こちらに」と促され隊員について行く。

 

陸将も来てるなんて、特地って重要な所なんだな・・・

 

この駐屯地の中ではそこそこ豪華な部屋であろう応接室のような場所に案内された。

 

「初めまして、特地方面派遣部隊指揮官の狭間浩一郎です。よろしく」

 

「どうも、橋立帆斗です」

 

帆斗は差し出されたてを握り返す。

 

自衛隊のかなりエライ人と聞いて強面のゴツイ男と思っていたが実際会ってみるとそこら辺にいそうなおっさんだった。

 

「来て早々で悪いんだがキミに協力を仰ぎたいんだ」

 

「協力ですか?」

 

それを聞いて帆斗は内心ホッとしていた。自作のライフルについて咎められるのではないかと内心ヒヤヒヤであったのをなんとか隠していたのだ。

 

ちなみにあのライフルは4偵の隊長である坂出が預かっている。この駐屯地内は日本領であるため持たせるわけにはいかないとのことだ。

 

「実は君たち以外にも現地住民を保護していてね」

 

「あぁ、仮設住宅に居た人達ですね」

 

「そう、炎竜に襲われて親をなくしたり生活必需品を投棄せざるを得なくなった難民を保護したんだ」

 

「なるほど・・・」

 

「そこでキミには特地の現地住民の通訳をして欲しい」

 

「はぁ、通訳ですか」

 

「キミ以外に特地の言語に長けている日本人が居なくてね・・・」

 

確かにそうだ。俺はリュウから危なっかしい魔法でこっちの言葉をインプット(・ ・ ・ ・ ・)されたが隊員達はそうではない。

 

すこし見せてもらったが彼らは文庫本サイズの簡易翻訳本を持っておりそれを使ってなんとか意思疎通を図っていたのだ。

 

「分かりました」

 

「協力、感謝します。早速ですまないが彼の指示に従ってほしい」

 

そう言って狭間陸将が紹介された男性は周りと雰囲気が全く違っていた。

 

なんというか自衛隊の隊員っぽくない、なんというか・・・オタク?

 

「あ、どうも・・・第3偵察隊隊長の伊丹です。よろしく~」

 

なんとも気の抜けた自己紹介に帆斗は拍子抜けしてしまった。

 

 

 

 



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オタク自衛官

「あの、伊丹さん」

 

「ん?」

 

「伊丹さんはオタクですか?」

 

帆斗は難民達の居る居住区へ向かう途中、第3偵察隊隊長の伊丹耀司2等陸尉に思い切った質問をした。

 

「あ~わかっちゃう?」

 

「えぇ、まぁ雰囲気とかが周りの人と違いましたから」

 

それと友人に似ているというのも理由の一つだった。

 

「オタクでも自衛隊に入れるもんなんですか?」

 

「ていうか、自衛隊ってオタク結構多いよ」

 

「え、そうなんですか?」

 

てっきり筋肉ムキムキのゴツイ男の人ばかりだと思っていたのだが・・・

 

言われてみると確かにそのような人はあまり少ないように思える。

 

「自衛隊っていうのはあんまり外に出れないでしょ?だから室内で済ませられる趣味の方がいいのさ。部屋のベッドでポスター貼ってる人とかもいたし」

 

「あぁ、なるほど」

 

伊丹の言葉に帆斗は納得した。てっきり彼の父親のような人ばかりだと思っていたのだ。

 

外に出ると先の現地住民が集められていた。

 

「さて、ちゃっちゃとリスト作ってゆっくりしようかねぇ」

 

伊丹はそう言って部下達と一緒に難民の身元確認を始めた。

 

帆斗の仕事は自衛官と現地住民の通訳だった。

 

「リュウ・ローレ・サイード、ワカ村で魔術を研究していた。日本から来たカイトを保護したのも私だ」

 

まずはリュウを紹介する。彼女のことは4偵の坂出隊長が報告していたらしく詳しく話す必要はなかった。

 

「儂の名前はカトー・エル・アルテスタン。こっちは弟子のレレイ・ラ・レレーナじゃ」

 

続いて魔導師の老人と弟子の少女。レレイは少し話しただけで俺が元は日本人であることを見抜いた。言動などから察するにとても頭がいいのだろう。その彼女を教える立場のカトー老師もまた然りだ。

 

「私はコアンの森出身でホドリューの娘、テュカ・ルナ・マルソー」

 

次にTシャツにジーンズ姿のエルフ、彼女は保護した際に意識を失っており、脈拍やバイタルをチェックする際にやむを得ず着ていた衣服を切ったのだという。

 

そして最後に・・・

 

「暗黒の神エムロイに仕えるロゥリィ・マーキュリー」

 

真っ黒なゴスロリ衣装はこっちの世界の神官服、簡単に言えば巫女さんの巫女服、シスターの修道着みたいなものだ。

 

「ロゥリィ・マーキュリー!?」

 

思わず大声を上げてしまった。自衛官が何事かと俺を見た。

 

「彼女がどうしたの?」

 

伊丹が帆斗に尋ねた。

 

「あ、いやぁ、なんでもないです」

 

死神ロゥリィ、名前は聞いたことがある。でもなんで彼女が自衛隊に保護されたのだろうか・・・

 

「どうしたの?私の顔に何かついてるぅ?」

 

「い、いえ。何もついてないです」

 

取り敢えず敵対してないっぽいのでスルーしておく。もっとも、帆斗自身彼女に目をつけられるようなことは何もしていないのだが。

 

その後も老人から子供まで出身や年齢を聞いて隊員に伝えた。

 

「さっきの子で最後みたいです」

 

黒川二曹が最後の少女を送って仕事は終わりとなった。通訳って意外と大変な作業なんだな。と帆斗は呟く。

 

「お疲れ、しばらく自由にしてていいよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

帆斗は伊丹から冷たい缶コーヒーを受け取る。一口飲むと懐かしい味だった。

 

「失礼するよ」

 

伊丹が帆斗の横に座る。

 

「倉田さんから聞きましたよ。あの人達、伊丹さんの独断で連れて帰って来たらしいですね」

 

「倉田のヤツ・・・余計なこと言いやがって」

 

なんて呟く伊丹であったが表情は柔らかいものだった。

 

彼は人の命を第一に考える。例えそれが命令に背くものであっても。

 

帆斗はこの伊丹耀司が銀座事件での英雄と謳われる理由がすこし分かった気がした。

 

 

 

 

「カイトよ、彼らは一体何者なのじゃ?」

 

ある晩帆斗はカトー達が行う会合に呼ばれていた。

 

「儂らはあの人達に何から何まで世話になっているのに向こうは何一つ見返りを要求しない。長い間生きてきたがそんな軍隊は聞いたことがない」

 

彼らは自衛隊の手厚い保護に若干戸惑っているのだ。たしかに保護してもらってなんでも支援してもらえるのは有り難いことだ。しかし同時に不安にもなる。

 

ある日突然手のひらを返したかのように大きな対価を要求し来るのではないかと思ってしまうのだ。これはある意味正しい感性なのかもしれない。

 

「やっぱりあの人達に体を売るしか無いのかなぁ」

 

テュカが呟くと回りにいた女性達が一斉に怯えた表情を見せる。

 

此方の軍隊は一言で言えば野蛮そのものだ。そして冷酷である。

 

確かに盗賊達を追い払ってくれる。しかしその後は彼らの好き勝手に自分のテリトリーを引っ掻き回されてしまう。

 

女はレイプされ金目の物は奪われる。さらに戦争で劣勢になってくると焦土作戦に強制労働。ぶっちゃけて言えばどう転んでもいい方には向かないのだ。

 

「そんなことしたら大問題ですよ。そういうことをしてはいけないって向こうの世界では決められているんです」

 

「本当に?」

 

テュカがこちらを向いて尋ねる。

 

「えぇ、それに彼らは軍隊ではありません」

 

「そうなのぉ?あの人達、帝国の軍隊よりも規律がしっかりしてるように見えるけど」

 

ロゥリィも興味津々の様子で聞いてきた。

 

「ジエイタイ、私達の住む日本の文字でこうやって書きます」

 

俺はノートを取り出し、シャーペンで「自衛隊」と書いた。

 

「凄く綺麗な紙ねぇ」

 

ノートを見てテュカが驚嘆の声を上げた。

 

「自、この文字は己、自分達という意味です。そして衛、これは守るという意味、そして隊、これは統一された集合体という意味です」

 

「1文字1文字の意味がある、私達の文字とはぜんぜん違う」

 

ノートを覗き込むレレイ。彼女は好奇心旺盛だなぁ・・・と思いながら帆斗は続ける。

 

「つまり自衛隊は自分の国が危うくなった時にしか出動しません。他国に攻めることが絶対無いのがこっちの軍隊とは違うところでしょうか」

 

「なるほど・・・しかしそれが彼らが儂らに対価を求めない理由になるのかのう?」

 

カトーの疑問に帆斗は補足した。

 

「日本は海に囲まれた島国で長い間戦争に巻き込まれずにずっと平和でした。その間にこんなに平和なのだから自衛隊はいらないんじゃないかって思う人達が出てきたのです」

 

「なるほどのぅ。愚かな考えじゃが、ずっと争いがないと危機感が麻痺してしまうのじゃな・・・」

 

「そういった自衛隊の存在を喜ばしく思わない人達からすると自衛隊の不祥事は格好のネタになるのです」

 

ここまで言うと彼らは理解してくれたようだ。

 

「カイトよ、お主の言いたい事はよく分かった。しかしこの先ずっとジエイタイの世話になるわけにもいくまい、なんとかして糧を得る方法を探さねば・・・」

 

「その事なんですけど、翼竜の鱗とかっていくら位で売れるんですか?」

 

帆斗はそう言いながら翼竜の鱗を3枚テーブルに置いた。すると回りの眼の色が変わる。

 

「カイト、これを何処で手に入れたんだ!?」

 

ずっと黙っていたリュウも身を乗り出して俺に聞いてくる。そんなに貴重なのか、これ・・・

 

「ここに来る途中に翼竜の死骸が沢山あったんですよ、多分帝国軍のものだと思うんですけど。噂通り、本当に帝国軍を撃退していたみたいですね・・・」

 

「これは中々の代物じゃぞ、あれをなんとか分けてもらえればいいのじゃが・・・」

 

立派な顎髭を弄りながら悩むカトーに帆斗が提案する。

 

「なんとか掛けあってみましょう、自立する為って言えば悪い顔はしないでしょう」

 

午後に見た時はその翼竜を射撃の的にしたり戦車の障害物にしていた。それくらいしか使っていないなら問題無いだろう。

 

「本当か?手間を掛けさせて済まぬのう・・・」

 

帆斗が「いいんですよ」と言いながら席を立ったところで会議はお開きとなった。

 

「もうこんな時間、お父さん部屋で待ってるだろうから早く帰らなきゃ」

 

テュカが窓の外を見ながら呟く。

 

「え?」

 

帆斗は疑問に思った。

 

 

 

 

 

 

 

テュカの父親ってここに来てたっけ?

 

 

 



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イタリカへ

「なに!?それは本当か」

 

「えぇ、聞いた所自由に持って行っていいそうです」

 

帆斗、リュウ、カトー、レレイは駐屯地の外、翼竜の死骸が放置してある場所に居た。

 

伊丹にダメ元で聞いた所返ってきた言葉は「まぁ、いいんじゃないの?」だった。

 

念のために狭間陸将の所まで聞きに行った所二つ返事でOKしてくれたのだ。

 

「なんと・・・これだけの翼竜の鱗が手に入ったらしばらく生活には困らんのう」

 

数日後、皆を集めて翼竜の鱗の最終作業が行われた。

 

「うわ、くっせぇ・・・」

 

しばらく放置されていた翼竜は腐敗して強烈な匂いを放っている。

 

「こんな薄布一枚でよく耐えれるもんだよなぁ・・・」

 

せっせと翼竜を解体していく住民を見て帆斗はしばらく布を口元に巻いて奮闘していたものの途中で我慢の限界が来てしまった。

 

自衛隊の人に頼んでガスマスクを借りてきた。息苦しいが腐臭を嗅ぐよりは何倍もマシだ。

 

1日で大きな麻袋3つ分の鱗や爪などが集まった。しかしまだ沢山残っている。

 

「この鱗とは何に使われるんです?」

 

帆斗が重たい麻袋を運びながら尋ねる。

 

「防具などの表面に使われるんじゃ。翼竜の鱗は軽くて硬い故、胸当てや甲手に付けるらしいのう」

 

「なるほど」

 

ドラゴンの鱗で防具作るなんてモンハンみたいだな。と帆斗は思った。

 

手に入った鱗は自衛隊の方にも幾つか渡した。日本に持って帰って材質や耐久などを分析するのだという。

 

「これだけの鱗、売るなら信用のおける人物に頼みたい」

 

「確かにこの量だとそこら辺の貿易商に頼むのは気が引けるからな」

 

レレイの提案にリュウが同意した。

 

「誰か居ませんかねぇ?」

 

「そうじゃのう・・・あぁ、イタリカに儂の知り合いが店をやっておるんじゃ。彼に頼むといい」

 

「イタリカ、ですか・・・」

 

イタリカはテッサリア街道の先にある都市だ。アルヌスからとなると少し距離がある。

 

「この量を運ぶには少し難儀ですねぇ」

 

そう呟く帆斗にカトーが笑いながら言う。

 

「なんじゃ、自衛隊の使っているあの荷車を使えばいいではないか。馬などの動力がないにも関わらず人を20人乗せても平気で動いておったんじゃ、鱗の1袋や2袋くらいどうってこと無いじゃろう」

 

「あぁ、車があるんだった」

 

特地での暮らしが長かったせいか帆斗は自動車なる近代文明の利器を完全に忘れていた。

 

自衛隊側に頼んでみると第3偵察隊の人達が協力してくれた。イタリカの偵察も兼ねているらしい。

 

仮設住宅がある場所に3台の車輌が停車した。

 

「偵察ってこんなのでやってるのか・・・」

 

隊員たちは高機動車に73式小型トラック、軽装甲機動車に分乗しているようだ。荷物を高機動車に乗せて自分たちも乗り込む。

 

「自衛隊の車輌に乗れるなんて夢にも思わなかったなぁ・・・」

 

駐屯地に担ぎ込まれた時は意識が朦朧としていてあまり見れなかったが改めて見回してみると内装はとてもシンプルだ。

 

シートは座り心地は二の次のようだ。こんなのに座って何時間も揺られるとはさぞ大変だろう。

 

「あぁ帆斗君。これ、検査終わったから返すよ」

 

伊丹が取り出したのは帆斗が持っていたライフルだった。

 

「どうも、でもいいんですか?」

 

「まぁキミは微妙な立場なんだよね、でも日本籍の石油とか運ぶ船の乗では武装した警備員の乗船も許可されてるし大丈夫でしょ」

 

なんとも危なっかしい考えだがこれから向かうイタリカで何が起こるか分からない、最悪責任を伊丹に押し付ければよいと考え有り難く受け取ることにした。

 

先頭を走る73式小型トラックに後ろの2台が続く。馬車道だが自衛隊の車輌も余裕で通れるほどの幅がある。

 

すでに地図は作成してあるらしく桑原曹長がコンパスを片手に方位を確認していた。

 

それを興味津々で見つめるレレイ。

 

「あぁ、これはコンパスと言ってこの赤い部分が必ず北を向くようになってるんだ」

 

「おぉ・・・」

 

さらに説明を続ける桑原をバックミラー越しに倉田が眺める。

 

「鬼軍曹って呼ばれてたあの桑原曹長が孫娘を見るような目でさー。こちとら候補生の時に散々ハイポート走させられたってのに・・・」

 

「銃しょって長距離走るやつですよね、やっぱ自衛官でもキツいんですか?」

 

毒づく倉田に帆斗が尋ねた。

 

「そりゃキツいってもんじゃ無いよ、銃は重いし絶対に体から45度の角度じゃないと駄目なの、それに教官が笛を吹いたら強制ダッシュでさぁ、死ぬかと思ったよ。そんで、その時の教官が桑原曹長だったって訳。ホントに鬼軍曹だったよ」

 

鬼軍曹と聞いて帆斗は「フルメタルジャケット」のハートマン軍曹が思い浮かんだ。

 

「それは大変ですねぇ・・・」

 

「多分キミの思っている10倍は大変だと思うよ」

 

それだけのことをしないと国というものは守れないのだろう。帆斗は自衛隊の存在の重みを感じた。

 

「隊長、あれなんですか?」

 

帆斗が指差した方、進行方向の大分先に黒煙が上がっているのが見えた。

 

言うまでもなく隊長とは伊丹のことだ。隊員ではない帆斗が言うのはおかしい気もするがこの集団を引っ張っていっているのは彼なのであながち間違ってはいない。

 

そして何より彼自身が伊丹を隊長と呼ぶことを気に入っているのだ。

 

「俺たち、煙の方に向かって行ってない?」

 

伊丹が双眼鏡を覗きながら呟いた。

 

「イタリカの近くで火事でしょうか?」

 

「桑原さん、地図見せてもらっていいですか?」

 

「あぁ、どうぞ」

 

帆斗は桑原から地図を受け取り現在の位置とイタリカの位置を確認する。

 

「もしかしたら煙の発生源、そのイタリカかもしれませんね・・・」

 

 

 

 

 

 

「これは、手厚い歓迎だな・・・」

 

リュウが呟く。

 

イタリカへ入る門の前に到着すると城壁の陰から沢山の人間が顔を覗かせていた。

 

しかもその人達は鎧に剣を装備している。ボウガンやバリスタなどの此方の世界での遠距離武器を帆斗達に向けているも者も居る。

 

「私が行く」

 

そう行って高機動車を降りたのはレレイだった。次いでテュカ、ロゥリィと続いて降車する。

 

「あの人達だけで大丈夫なんですか?」

 

帆斗が尋ねると伊丹が頭を掻きながら悩む。ぶっちゃけあのロゥリィがいれば問題ないようにも思える。

 

「まぁ俺は行きますけどね」

 

「私も降りる」

 

高機動車のドアを開け帆斗とリュウも降りる、念のためライフルのボルトを操作し、弾薬を装填しておいた。

 

「ちょっとまって、そんなにみんな行ったら俺も行かないといけなくなるじゃん!」

 

伊丹が慌てて降車する。という訳でレレイ、テュカ、ロゥリィ、帆斗、リュウ、伊丹という大所帯で門に向かうことになった。

 

「隊長、よろしくお願いします」

 

「お願いって・・・どうすればいいのさ?」

 

「ノックでもすればいいんじゃないですか?」

 

帆斗が適当に答える。

 

「じゃぁなんかあったらそれで対処してよ」

 

伊丹が俺のライフルを指差してドアの方に向き直る。そして拳を門の扉に叩きつけようとした時・・・

 

バァン!!

 

突然ドアが開き外開きの扉が伊丹に直撃、伊丹はその場に倒れてしまった。

 

唖然とする5人、そして視線が一斉に門の前に立っている一人の女性に注がれる。

 

「もしかして、妾が?」

 

門の前には帝国の第三皇女、ピニャ・コ・ラーダが立ち竦んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ワルキューレの騎行と共に

「おいカイト、こんなところで寝ては風邪を引くぞ」

 

「え、あぁ・・・大丈夫です」

 

リュウに起こされると帆斗はゆっくりと立ち上がった。

 

「無理しなくてもいいんだよ?眠かったら車の中で休んでいても・・・」

 

「あんな板張りの椅子で寝れませんよ、大丈夫ですから」

 

伊丹の提案を帆斗は丁重に断った。

 

彼らは現在、盗賊や諸王国軍の敗残兵からイタリカを守るという重大な任務の真っ最中だ。

 

イタリカは今、盗賊や諸王国の敗残兵によって構成された部隊から襲撃を受けていた。その真っ最中に帆斗を始めとする3偵の人達が到着し、紆余曲折を経て帝国の皇太女ピニャ・コ・ラーダに協力する形になってしまったのだ。

 

自衛隊員を始めとするこの部隊は重武装な火器を有し、一番攻め込まれる可能性の高い南門を守ることになった。

 

「隊長、全く来る気配が無いのですが・・・」

 

帆斗が双眼鏡を覗きながら尋ねる。

 

「うーん・・・斥候も居たからこっちの南門から奇襲してくると思ったんだけどなぁ」

 

伊丹が頬を掻きながら呟いた時、別方向の東門が騒がしくなっていることに気付いた。

 

「敵は東門の方から来たっぽいですね・・・」

 

「東門からの応援要請は?」

 

「まだ何も・・・」

 

この戦闘も国連の平和維持活動のようなものなのだろうか、相手方からの救援要請がなければ現段階では動くことが出来ないらしい。

 

「どうしてぇ!こっちに来るんじゃぁ無かったのぉ!?」

 

急にロゥリィが艶めいた声を上げる。

 

「おいおいどうした、大丈夫か?」

 

ロゥリィの急変に伊丹が駆け寄ろうとするのをテュカとレレイが止める。

 

いまの俺達には彼女をどうしてあげることも出来ない。

 

「んっ、くぅっ!」

 

「隊長、若干名此方に人を残して俺たちは向こうに行くっていうのはどうですか?」

 

押し寄せる衝動に身悶えするロゥリィを見て帆斗は伊丹に意見を具申することにした。

 

「だめぇ!おかしくなっちゃうのぉ!」

 

伊丹はゆっくりと頷いた。

 

「栗林はロウリィについてやってくれ。俺と倉田で東門に向かう」

 

「了解しました!」

 

栗林と倉田が返事する。73式小型トラックに向かう彼らを帆斗とリュウは追いかけた。

 

「はいちょっと、詰めてくださいね~」

 

3人が乗り込み終わる寸前、飛び乗ってきた帆斗達に皆は驚愕した。

 

「君らはダメだ。前線に民間人を連れていく訳にはいかない」

 

伊丹が厳しい口調で言った。

 

「矢の方向が不自然に変化していた。風か重力を操る魔法を操る魔法が使われた可能性がある。護衛はカイトに頼んでいる、足は引っ張らない。」

 

リュウの言葉の意図を伊丹は理解したようだ。渋々と言った表情で発進を指示した。

 

主戦場である東門は文字通り死屍累々だった。装備を見ると鎧や剣を持った者よりも身軽で質素な服装の者の方が多い、敵のほうが優勢だろう。

 

屋根伝いに走るロゥリィを73式小型トラックで必死に追いかける。入り組んだ狭い道で全速力というわけにはいかないが彼女は車と同じ速さで走っている。

 

「絶対に前に出てはダメですよ!」

 

伊丹はそう言い残して栗林や倉田と共に73式を降りた。

 

「高い所に向かうぞ、この辺りに城壁へと登るハシゴがあった筈だ」

 

リュウと帆斗は城壁へと上り広場が見渡せる場所へ移動した。

 

「コイツはひでぇな」

 

広場は阿鼻叫喚の嵐であった。身包みを剥がされたイタリカの住人と思われる死体を馬車で繋ぎ引き回る者。

 

体の一部を柵の向こう側に投げ込み挑発する者。

 

激怒した住民たちが柵を超え混沌とした戦場を作り出していた。

 

「まだ居たぞ!」

 

此方に弓を向ける兵士達、リュウは咄嗟に火炎魔法を展開し真下に向かって火炎を放射した。

 

火は木製の盾や衣服に燃え移り兵士たちが地面にのたうち回る。

 

「真下は頼みます!」

 

ライフルのボルトを後退させ薬室に弾薬を装填した。

 

狙いは敵の指揮官、馬に跨がり豪華な装飾を施しているため判別は容易い。

 

「クソッタレ盗賊どもが・・・」

 

引き金に力を込める。兜に風穴が空き馬から落ちた。

 

2人目、3人目と上官を排除していく。

 

「畜生、平民が調子にのるな!」

 

「クソッ・・・カイトよ頼む!」

 

城壁に登っていた生き残りの兵士がリュウに斬りかかる。とっさに帆斗が目視で撃つ。

 

彼の放った弾丸が脇腹に命中、そのまま兵士は地面に落下した。

 

「ありがとう、お陰で助かった」

 

「もう少し前に行きましょう、ロゥリィさんや栗林さんが接敵しています!」

 

城壁を伝って前へ移動する。帆斗は死神ロゥリィたる所以をこの目で目撃した。

 

「嘘だろ、あれが死神ロゥリィ・・・」

 

小さい体が飛んだり跳ねたり、その際に回りにいた兵士が切り裂かれていく。

 

一定の距離を置ける槍も無意味だった。彼女の身長を超える大きなハルバードの方が攻撃射程共に勝っているのだ。

 

轟く銃声。

 

栗林の持つ64式小銃の物だった。7.62ミリ弾の前では鎧も盾も無意味、何をされたか解らないまま兵士たちは事切れていった。

 

ズドォォォォォン!

 

突如爆音が響いた。見れば城壁に大きな穴が開いている。

 

「何か来るぞ!」

 

リュウが空を指差す。その視線の先には・・・

 

「ヘリだ・・・」

 

微かにローターの回転音が聞こえてきた。それも1機や2機ではない、コブラやヒューイ、ニンジャやOH-6で構成された大編隊が此方に向かってきていた。

 

「何だあれは!?」

 

「バケモノだ!」

 

逃げ惑う兵士たちに容赦なく降り注ぐ弾丸、突如現れた空飛ぶ物体に兵士たちは震え上がる。

 

「ワルキューレの騎行」とともに盾を貫き剣を折る銃弾しかし此方からは何も出来ないという屈辱と恐怖。隠れられる場所は無い。

 

壁際に展開していた兵士達の前に1機のコブラがホバリングする。

 

そして・・・

 

ヴォォォォォォォォォォォォン!

 

途切れることのない銃声、コブラが装備しているガトリング砲が火を吹いた。その音はまるで怪獣の咆哮だった。

 

「これが・・・カイトの居た世界の兵器なのか」

 

リュウも目の前に広がる光景を見て立ち竦んでいた。

 

「航空支援が来ました。もう大丈夫です」

 

帆斗の声にリュウは我に返る。

 

「そ、そうか・・・ならば下に降りるとしよう」

 

ヒューイからロープが垂らされ隊員が次々と降下してくる。残存兵の処理、投降した者の拘束が行われる。

 

「ちょっとお前さん」

 

下に降りると家に隠れて見ていた老婆が話しかけて来た。

 

「何でしょうか?」

 

「あの大きな翼竜みたいなのを連れてきたのは何処の軍隊なんだい?私はこれまで生きてきた中であんな物は見たことが無いよ」

 

老婆の問いに帆斗は答えた。

 

 

 

 

「彼らは自衛隊、日本という国を守る最強の人達です」

 



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イタリカへ逆戻り

とてもお久しぶりです・・・
間が空きまくってすみません


俺、橋立帆斗はイタリカでの戦闘を終え、本来の目的であった翼竜の鱗の売却を行っていた。

 

「こんな時にすみませんねぇ・・・」

 

「いえいえ、こんな時だからこそ大口の依頼が来て助かりましたよ」

 

イタリカで激しい戦闘の後、事後処理やら何やらで忙しいなか尋ねたことを詫びると商人、リュドーは笑って引き受けてくれた。

 

「それでは早速、こちらなんですがね・・・」

 

俺達は爪や鱗がぎっしりと詰まった袋をテーブルの上に置いた。

 

「翼竜の爪に鱗ですか、こんなに沢山どうやって?」

 

「近くに沢山翼竜の死骸が転がっている。地主に許可を貰ってそこから剥ぎ取ってきた」

 

レレイの説明にリュドーは納得したらしく袋から鱗を1枚1枚取り出す。

 

「なるほど、鑑定いたしますので暫くお待ち下さいね」

 

リュドーは鱗や爪を1枚1枚確認する。どれも手で丁寧に剥ぎ取ったものだ状態は決して悪くないと思うが。

 

やがてリュドーは椅子から立ち上がり、部屋の奥へと消えていった。しばらくするとジャラジャラと音を立てながら戻ってきた。袋の中は言うまでもなく現金だろう。

 

「お待たせしました。こちらがシンク金貨200枚、ナデリ銀貨4000枚については1000枚は現金で・・・」

 

ある程度は予想していたがいざこうやって並べられるとすげぇな。

 

日本で売ったら幾らになるんだろうか・・・

 

「最近はこんな情勢で貨幣が不足しておりまして、残り3000の内2000は為替で」

 

この世界にも為替ってあるのか、初めて知った。というか為替なんて向こうで生きてたら殆ど関わることなんて無かっただろうな。

 

「わかったリュドーさん、では1000枚分割り引く代わりに仕事を依頼したい」

 

「どのような?」

 

レレイの要求は情報の収集であった。1000枚の銀貨で情報を購入するというわけである。

 

さすがだなぁ・・・

 

俺が感心している内に交渉はトントンと進んでいき、重たい現金の袋を自衛隊の人達に手伝ってもらい高機動車に詰め込んでイタリカを後にした。

 

「これ、全部金ですか・・・」

 

黒川2等陸曹は金貨銀貨が詰められた袋を見て驚きの声を上げた。

 

「すっごい重いんですよねぇ、紙幣とかあればいいのに・・・」

 

「まぁ、紙幣って国の信頼の証みたいなものですから。こういった場所ではやはり金本位制の方が危険が無いんですよ」

 

黒川の説明に俺は納得した。

 

「たしかに・・・そうですよねぇ」

 

突然、俺が乗っていた高機動車がゆっくりと停車した。前を見ると先行する73式小型トラックの横に馬が群がっている。そして掲げられていた旗章は―――

 

「例の騎士団って奴ですな、馬の割にはかなり早く来ましたね・・・」

 

騎士団の一人と73式の運転手が一言二言話した後、騎士団はこちらにランスを向けた。

 

マズイ、協定がある今戦闘に発展させる訳にはいかない。

 

「意思疎通が上手く行かなかったんでしょう、通訳してきます!」

 

「あっ、待て!」

 

伊丹の制止を無視して俺は後ろの扉から高機動車を降りて車列の前へ向かった。

 

「あの~、何か誤解してるんじゃないでしょうか?」

 

「貴様も異世界の軍隊の仲間か!?」

 

金髪縦ロールの騎士が俺の方を向く、今にも剣を抜かんとする剣幕で俺の尋ねた。

 

だが俺は大丈夫だと確信していた。武器は年齢・・・

 

「自分は17です。軍役につける年齢ではありません」

 

この騎士団は皇帝直属ではなく皇太女の騎士団、民間人に手出しすると皇太女の立場が危うくなってしまう、迂闊に手が出せない筈だ。

 

「確かに・・・」

 

何とか納得してくれたようだ。だが状況は相変わらず悪いままだ。

 

俺の口からきちんと説明すれば、協定のこともあるし分かってくれるだろう。

 

「あのですねぇ、私たちは――――」

 

「あの~部下が何か失礼でも?」

 

伊丹がやって来た。 すると騎士の一人が伊丹に剣を向けた。

 

最悪だ、ここで伊丹に手を出すとすべてが終わりだ。背中に背負っている銃で威嚇したいが協定がある以上何も出来ない。

 

「あの、話せば分かりますから」

 

「聞く耳は持たぬ!」

 

団長と思しき縦ロールの彼女は騎士との押し問答に嫌気が差したのか伊丹に歩み寄り、そして・・・

 

バシッ!

 

伊丹にビンタしたのだ。

 

「伊丹さん!」

 

伊丹に駆け寄ろうとした時、俺の首筋にランスの先端が当たった。

 

「貴様、たしかに兵隊では無いようだがこれ以上の行動は敵対行為とみなすぞ!」

 

「クソッ!」

 

俺は女騎士を睨む。

 

終わったな、色々と・・・

 

軽装甲機動車のルーフに据えられた12.7ミリ重機関銃M2が騎士団の方へ向ける。それを必至に桑原が止める。

 

「逃げろ!」

 

伊丹が叫んだ。

 

「今は逃げるんだ!行け!!」

 

一斉に車列が動く街道を外れて3台は遠ざかっていく。

 

スキール音とエンジン音に驚いた馬が興奮している。騎士団はそれを必至に宥めていた。

 

さて、その矛先は・・・

 

勿論伊丹に向いた。

 

はい・・・俺達、イタリカに逆戻りです。

 

騎士達は伊丹を縄で縛って拘束する。

 

「貴様も同行してもらう、イタリカでこってり絞ってやるからな!」

 

俺にも縄が掛けられる。手足を縛られて乱暴に馬へと乗せられた。

 

「いってぇな!お前ら、こんな事をして皇太女が許すと思うなよ!」

 

負け惜しみとも取れる俺の言葉に女騎士は鼻で笑った。

 

「フン、ピニャ様にぃ?褒められることはあれどどうして罰せられるのだ」

 

その言葉・・・覚えとけよ。

 

宮殿に到着すると出てきたメイド達はとても驚いていた。無理もないだろう、先程までの英雄が変わり果てた姿で戻ってきたのだから、特に伊丹・・・

 

ピニャの元へ通されると俺達を見た彼女の顔ときたら、怒りとか焦りやらでもう、ね・・・

 

「き、貴様らは・・・」

 

震える手で盃を手に取り―――

 

「なんてことをしてくれたんだ!」

 

騎士団団長、ボーゼスに盃を投げた。盃は彼女の額にクリーンヒットし、額から一筋の血が流れる。

 

それ以上にダメージを負ったのは彼女の心だろう。

 

敵司令官を捕まえたと言って意気揚々とピニャに見せたらすごい剣幕で盃を投げられたのだからな。

 

「あの、すみません。これ解いてくれますか?」

 

「はっ、はい!今すぐに!!」

 

メイドの一人が縄をナイフで切ってくれた。そのまま俺は床に仰向けになった。あぁ、体の自由が利くって素晴らしいな・・・

 

その行為が重症であると思われたのか、ピニャは意識があるのか無いのか微妙な伊丹と俺を交互に見て両手で顔を覆った。

 

「メイド長・・・」

 

「かしこまりました」

 

伊丹にメイドが駆け寄り体を支えながら立ち上がらせる、俺は別になんともないので駆け寄るメイド達に断って自力で立ち上がった。

 

「こちらへ」と促され俺達は部屋を後にする。去り際に例の女騎士の方を見る。

 

なんともバツの悪そうな表情をしていた。ただの戯言だとバカにしていたらその通りになったんだからな。

 

ベッドに寝るように言われ、言われたとおり横になる。

 

「お怪我はございませんか?」

 

「大丈夫ですんで・・・ホントに」

 

大丈夫じゃないのは伊丹の方だろうな。

 

メイドの中には人間以外にもウサギやらネコの耳が生えたメイドも居る。さすが異世界だ。

 

「御用の際はなんなりと申し付けください」

 

数人(匹?)のメイドが一斉に俺に頭を下げた。すげぇ・・・

 

「あの・・・」

 

「何でしょうか?」

 

「腹減ったんですが、ご飯あります?」

 

「かしこまりました。すぐに作らせますので暫くお待ち下さい」

 

メイドが数人出ていった。そして残ったネコ耳のメイドに・・・

 

「あの・・・」

 

「何でしょうかニャ?」

 

「その耳は本物ですか?」

 

「本物ですニャ、触ってみますかニャ?」

 

マジで・・・

 

ネコ耳(本物)メイドのテラさんは俺の横に座って頭をこちらに持ってくる。

 

そして恐る恐る人差し指で―――

 

ツン・・・

 

「マジでネコの耳だ」

 

小さいときに家で飼っていたネコと同じ耳の感触だった。

 

摘んだり軽く引っ張ってみたり・・・間違いなく本物だコレ。

 

ってことは

 

ウチのネコは耳の付け根あたりをカリカリしてあげるととても喜んでいた。ってことはテラさんも?

 

カリカリカリカリ・・・

 

「ニャぁん・・・くすぐったいですニャぁ。それになんだかとても気持ちいいニャ・・・」

 

目がトロンとしてきた。やっぱり普通の猫と同じなのか。

 

首筋やらアゴやらを撫でると喉を鳴らしながら気持ちよさそうにしていた。

 

戯れはご飯を持ってきたメイドに注意されるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

何やってんだ俺・・・

 

 

 

 

 

 



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国会議事堂にて

物語の途中ですが視点を第三者から主人公に変えました。
そっちのほうが書きやすいのですが読んでる側からはどうなのでしょうか?


極上の食事を堪能した後、俺はベッドで横になっていた。伊丹の意識はまだ戻っていないらしい、あとで謝りに行かないとな・・・

 

ぼんやりと天井を眺めているとある重大な事に気がついた。

 

「あれ、俺って今拉致被害者なんじゃね?」

 

伊丹は自衛隊の隊員だから一応捕虜という扱いだろう。しかし俺は民間人という事になっている、そんな俺が敵国の兵士に捕らえられたのだ。

 

邦人救出作戦とかで大編隊が来たらどうしよう・・・

 

なんて考えていると部屋の外でメイドたちが慌ただしく動き回っているのが見えた。

 

廊下に出てメイドの一人をつかまえる。手には伊丹のボロボロになった迷彩服を持っている。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

「いや、その・・・伊丹隊長は目が覚めたんですか?」

 

「えぇ、先程」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

伊丹の部屋へと向かう。中にはメイド長を始めとする人間+ケモ耳のメイドたちが居た。

 

「あ、帆斗君。無事で何よりだよ・・・体の方は大丈夫?」

 

俺は伊丹に頭を下げた。

 

「すみませんでした!」

 

周りが一気に静まり返った。メイドたちも驚いた表情で俺の方を見ている。

 

「い、いや・・・そんな、頭を上げてよ」

 

「俺が先に出たばっかりにこんなことになってしまって・・・」

 

「まぁ良かったよ、こんなケモ耳のメイドさん達に会えたし」

 

えぇ・・・

 

てっきりドヤされるかと思ったのに、それにケモ耳って・・・ブレないなぁ。

 

「でも次からはあんまり先走って前に出ないでよ」

 

「はい・・・」

 

その後、俺達はやって来た第3偵察隊の人達に連れられ、今度こそイタリカを後にした。その間にゴタゴタがあったのだがここでは割愛しておく、ピニャ殿下には今度胃腸薬を差し入れしよう・・・

 

ひと足先に降ろされ自衛隊から事情を聞かれた。拉致られたカンジになっているのだから仕方ないか。

 

「あの、連れて行かれる際などに酷いことはされていませんでしたか?」

 

「だ、大丈夫ですよ。皆さん、て、丁重に扱ってくれました」

 

大嘘だが。

 

「その割には随分と衣服がボロボロでしたが?」

 

「それは馬から降りるときにミスって落っこちちゃったからですよ。自分で・・・」

 

担当の自衛官は頭を抱える。我ながらかなり無理がある言い訳なのは分かっていた。

 

だが事を荒立てたくない伊丹の気持ちを尊重してのことだ。ここで変なことを言ってしまえば講和自体がご破算になってしまう。

 

「べつに伊丹の為だとか思わなくて良いんですよ?」

 

もう一人のメガネに自衛官が言った。見た目からして厭味ったらしいカンジがムンムンと伝わってくる。実践の訓練とかでは見たこと無いから事務員的なポジションなのだろう。

 

「あ、自分は柳田といいます」

 

「はぁ、別に伊丹隊長のためとかじゃないんで・・・」

 

「そうですか?私が聞く限りそう聞こえるんですがねぇ」

 

この人もしかして超能力者か何かだろうか?しかし俺がここでゴリ押しで通しておいたら何もできないだろう。

 

「いいんですよ、自分が蒔いたタネですし・・・」

 

「そうですか、まぁ今回のことはあまり深く思い詰めないでください。伊丹も美人の騎士達に踏んづけられてもらって喜んでるでしょう」

 

ひでぇ・・・

 

それを横で聞いていた自衛官がコホンと咳払いして口を開いた。

 

「まぁ今回はそういうことにしておきますんで・・・」

 

そしておもむろに立ち上がると俺に向かって頭を下げる。

 

「危険な目に合わせてしまい申し訳ありませんでした」

 

「えぇ・・・そんな、本当に違いますから!!」

 

ここまで謝られて思い詰めるなってムリだろ・・・

 

「ああそうだ。数日後、国会で参考人招致があります。日本の民間人という視点から証言していただきたいのです」

 

「国会にですか?でも証言って・・・」

 

「大丈夫です、聞かれることは予めこちらで用意しておきますし、答えたくない質問はべつに答えなくて構いません」

 

「・・・まぁそういうことでしたら、自衛隊の方にも迷惑かけっぱなしですし」

 

「ありがとうございます。では後日、お迎えに上がりますので」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

日程の調整を終えて建物を出ると―――

 

「カイト!」

 

リュウが立っていた。俺を見るなり駆け寄って抱きしめた。

 

「リュウさん、苦しいです」

 

「馬鹿者!私達がどれだけ心配したことか・・・」

 

涙を流しながら抱きしめるリュウに俺はただならぬ罪悪感を感じた。

 

「はい、すみませんでした。リュウさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「久々の日本だなぁ・・・」

 

東京で買ったジャケットを羽織り俺はタンクローリーやトラックが行き来する門の前に立っていた。

 

季節の移り変わりが無いこちらとは対象に日本は今冬だという。同行するテュカ、レレイ達も厚手の服に戸惑いつつ迎えを待っている。

 

ロゥリィはいつもの服装、寒さなどは感じないのだろうか。

 

高機動車が目の前に停車する。中から富田や栗林が降りてきた。彼らは国会に出るわけではないので普段着姿だ。

 

そして黒塗りの高級車がやって来た。中にはピニャとボーゼスが先に乗っていた。

 

「あれ、この二人も一緒にいくんですか?」

 

俺の質問に柳田は頷いて返す。

 

「えぇ、彼女達は国会とは別件ですが」

 

帆斗達は高級車へと乗り込み、門へと向かう。

 

「そういえば門、初めて通りますね・・・」

 

「そうだったねぇ、君は転生されてきたんだから」

 

転生・・・最近ライトノベルでよくあるヤツだ。別に俺死んでないけどな・・・

 

門の中は長いトンネルのようだった。暗闇がずっと先まで続いている。

 

やがて出口が見えてきた。そこを抜けると――――

 

見慣れた風景・・・ではなかった。

 

コンクリートの壁が設置してあり警備として自衛隊が立っている。

 

チェックを終えて壁の向こうへと出るすると今度こそ見慣れた銀座の町並みが現れた。

 

「こんな街のど真ん中に門ができてたのか・・・」

 

横には慰霊碑が建立されている。先の銀座事件の犠牲者の名前がかかれているそうだ。

 

「あの、橋立さん」

 

「何でしょうか?」

 

女性自衛官が声を掛けてきた。

 

「これを狭間陸将から貴方に渡してくれって頼まれていました」

 

「あぁ、わざわざすみません」

 

手渡されたのは花束だった。

 

慰霊碑の話を聞いて俺も花を供えようと狭間陸将に掛け合った所、断られてしまった。此方の世界の植物を日本へ持ち込むわけにはいかないとのことだ。

 

それで日本で買った物なら問題ないということで陸将が手配してくれていたようだ。

 

献花台に花束を置いて手を合わせる。銀座事件以降、俺の知り合いの一人が行方不明になっているらしい。俺は向こうで暮らす身、やっておくべきだと思ったからだ。

 

ちなみにロゥリィ達は帰りに行うらしい。

 

国家公安委員会の駒門さんに案内され俺達はバスへと乗り込む、途中テュカのスーツをあしらえたり牛丼を食ったりして国会議事堂へと到着した。

 

2ちゃんねるのまとめサイトには誰が書いたのか、国会にエルフが出るというスレが立ってせいでそれ界隈が大賑わいしていた。SNSも幾つか巡ったがどこもトレンドには「国会 エルフ」という単語が見て取れた。

 

そしていつもならチャンネルを変えるであろうNHKやニコニコ生放送の国会中継、特にニコ生の方は立ち見ができるなど、前例のない程のカウントが回っていた。

 

伊丹を先頭に中へと入る、中はいつもテレビで見ている後継そのままだった。カメラに多数の与党、野党の議員、その中に俺達は居るのだ。

 

テュカを見て回りがざわつく。当たり前だろうな・・・

 

「えー、皆さん、コレより特地に関する参考人質問を始めます」

 

委員長の声とともに俺達への質問が始まった。

 

「社民党、幸原みずき君」

 

「はい」

 

幸原議員は与党議員の向かいの台に立ち1枚のパネルを置いた。そこには炎竜と遭遇した際の犠牲者の人数が大きく書かれていた。

 

「伊丹参考人にお伺いします。自衛隊の―――」

 

幸原議員の質問は犠牲者を出してしまった事に対する自衛隊の不手際の有無だ。

 

委員長が伊丹の名前を呼ぶ。

 

伊丹が前に出て言い放ったのは・・・

 

「それは、ドラゴンが強かったからじゃないんですかね・・・」

 

さらに追求する幸原議員に伊丹は自前の理屈を展開、自衛隊がこんな事言って良いものだろうかと不安になってくる。

 

防衛省の補足説明も加わり幸原議員は渋々ながら質問を終えた。

 

レレイやテュカへの質疑応答もあったが相手の思っていた答えでは無かったようだ。

 

そして俺の番・・・

 

「橋立帆斗参考人」

 

「はい」

 

俺は深呼吸して壇上に立つ。

 

「貴方は門が開く半年ほど前から特地に居たそうですね」

 

「はい、どういった理由かはわかりませんが気がついたら向こうにいました。ただ半年と言うのは向こうの日にちで日本の暦では分かりません」

 

俺の答えに辺りがざわつき始めた。

 

「特地に日本人が?」

 

「一体どうやって・・・」

 

「静粛に!」

 

委員長の注意で質問が続けられる。

 

「貴方も自衛隊に保護されたようですが難民キャンプでの生活に不自由はありませんか?」

 

「はい、自衛隊の方たちは私達を保護してくれたのに加え、世話までしてもらっています。むしろ私の方が自衛隊に迷惑を掛けっぱなしです」

 

「そうですか」

 

幸原議員の表情は不満げだ。自衛隊の不手際を聞き出せず焦っているようにも思える。

 

「炎竜に対する犠牲者について、自衛隊の対応に問題はありませんでしたか?」

 

「分かりません、私ともう一人、魔導師の女性が居たのですが、コダ村ではなくワカ村という集落から避難してきました。ですからあのボードは少し間違っています。それに自衛隊が保護したのは炎竜により親族を亡くした子供や老人、生活必需品を失った家族達です。無事だった人達は他の村に避難したと聞いています」

 

野党議員が一斉にバツの悪そうな顔をした。小声で「おい、話が違うぞ・・・」とも聞こえてきた。

 

その後、特地での暮らしや炎竜の脅威などを話して俺の質問は終わった。

 

ロゥリィと幸原議員の一触即発の事態もあったが何とか無事に答弁を終えることが出来た。

 

帰りのバスで再びSNSを見るとトレンドタグに俺の名前や異世界転生とか書いてあった。

 

観光も兼ねて箱根へと向かう伊丹達とは別行動で俺は東京で少し買い物をした後、一足先に門へと戻った。

 

後々考えればそれは賢明な事だったと思う。

 

数時間後、伊丹たちを米露中の工作員が襲ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

ご愁傷様です。主に工作員の皆様方・・・



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魅惑のダークエルフ

「うわぁ、こりゃすげぇな・・・」

 

アルヌスの門から少し離れた場所、難民キャンプから始まった集落は今や商人を始めとする人々が行き交う大きな街へと発展していた。

 

竜の鱗が収入源になり、自衛隊が生活用品の配給を止めて自立して生活していけるようになったのである。

 

「PXあるしわざわざ日本にまで買いに行く必要性なくなっちまったなぁ・・・」

 

そんな活気付く街を歩いていると・・・

 

「ハシダテ様!」

 

「て、テラさん!?」

 

フォルマル伯爵領、イタリカのメイド、テラがそこに居たのである。

 

「どうしてここに?」

 

「アルヌスの街で人手が足りないから手伝いに行ってこいってメイド長から言われたのニャ」

 

「なるほど~」

 

改めて店を見ると食堂で働くケモ耳娘が多数いる。イタリカから来てたのか・・・

 

「ハシダテ様に再びお会い出来て私も嬉しいですニャ~」

 

そう言って俺の腕にしがみ付くテラ。

 

「俺もですよ~。よーしよしよし―――」

 

くしゃくしゃと頭をかき回してやるとテラはとても嬉しそうな表情を見せる。

 

「そうだ・・・お店の主人に挨拶に行かないと行けないんだったニャ。ハシダテ様、またニャ~」

 

「はい、ではまた」

 

いつまでも手を振るテラに早く行けと手で促しつつ俺は再び街をブラブラと歩き回る。

 

暫く歩き回っていると見慣れた顔が一人、通りをうろうろしていた。

 

「テュカさん、どうしたんですか?」

 

「あのねカイト、私のお父さん知らない?」

 

え?

 

俺は俺達がこのアルヌスに来たときの事を思い出した。その時俺は通訳として難民の名前を一人ひとり聞いて紙に纏めていたのだ。

 

その時も確か彼女はお父さんが云々と言っていた気がする。

 

「い、いや・・・お父さん、知りませんねぇ・・・」

 

「そう、全く・・・どこに行ったのかしら?」

 

再び人混みの中に消えていったテュカを見ながら俺は思った。

 

お父さん、居ないってオチは無いよな?

 

俺は駐屯地へ戻る高機動車に便乗させてもらい、駐屯地へと向かった。

 

「テュカが?」

 

「はい、なんか毎日父親を探しているみたいなんですよ」

 

俺はその事を第3偵察隊の黒川二曹に相談した。なんでも彼女は特地に来る前、自衛隊中央病院に配属していたらしく看護資格も持っているという。

 

「そのことは私も心配しています。彼女は炎竜の被害に遭ったある集落の唯一の生存者だったんです」

 

「・・・ということはテュカさんの父親はもしかして?」

 

「はい、おそらくは・・・」

 

直接言わないにしても分かる。つまりテュカの父上はもうこの世には居ないという事だ。

 

そんな亡き父親を毎晩探すということは・・・

 

「もしかして、父親の死を受け入れられずに・・・ってやつですか?」

 

「分かりません、もしかしたら故人をいるかのように扱うと言う風習があるのかもしれません。そんな話知りませんか?」

 

「いえ、自分は聞いた事無いですね。でもエルフって結構生態が謎でして・・・」

 

「そうですか、まぁこのことは隊長に報告しておきます。知らせてくれてありがとうございました」

 

 

 

 

アルヌスへと戻ると商人や住人に混じってなんか変な格好の女性が居ることに気付いた。

 

ラテックスっぽい素材のなんとも露出の激しい(主に胸元が・・・)服装のダークエルフ。

 

ムチでも持たせたら日本の怪しいお店の女王様的な彼女は俺の視線に気がつくと妖艶な雰囲気を漂わせながら手招きする。

 

知らない人に付いていくなとは小さい頃からよく言われていたがそれはエルフにも適応されるのだろうか?

 

念のため背中に背負っている銃のセイフティを解除して近づいてみる。

 

「あの、何でしょうか?」

 

「実は坊やに話があってだな・・・」

 

坊やて・・・でもエルフからしたら俺なんてガキと変わらないか。

 

「ここでは話せない、こっちに来てくれ」

 

そう言って褐色のダークエルフは俺を路地へと連れて行った。

 

そして人目が無いことを確認すると・・・

 

「話って何でしょ・・・あの、何やってるんですか?」

 

徐に羽織っていたマントを脱いで俺の腰に手を回す。

 

「坊やぁ、私はすっごく困っているのだ」

 

耳元で艶めいた声で囁く彼女、その声と吐息に体がビクッと震えた。

 

「お、お金は持ってないです。それにこういう事はまだダメっていうかなんというか・・・」

 

俺は17歳、手を出したら1発でアウトだぞ。

 

腰に回された手を払って逃げようとするとダークエルフは逃さんとばかりに俺の手を掴み壁へと追いやった。

 

俺、異世界でダークエルフに壁ドンされてる・・・

 

「分かっている。こういったことは初めてなんだろう?私がしっかりリードしてやるから安心しろ」

 

何も分かってねぇじゃんか!

 

しかしこのダークエルフの攻撃的な身体、それに何どんな香水を付けているのかは分からないが頭がポーッとするし息も荒くなってきた。

 

シャツのボタンを外される。あ、もうダメだ・・・

 

「よ、要求はなんです?」

 

何とか声を絞り出す。ぶっちゃけもう要求とかどうでも良くなってるんだが。

 

「ある人物を紹介してほしい」

 

「ある人物?」

 

「緑の人だ。炎竜を追い払ったという噂を聞いてやって来た」

 

緑の人、炎竜を追い払った?もしかして・・・じゃなくてもしかしなくても自衛隊の事か!?

 

その瞬間、俺の理性は完全に復活した。何とか体を振り解きダークエルフに向かって銃を向けた。

 

「なんだ、まだまだこれからだぞ?」

 

「アンタ何者だ?自衛隊に何の用だ」

 

人を惑わす露出の多い服装、あの素振り・・・間違いない、コイツはスパイだ。どこかの国がダークエルフを使って諜報を行っているんだろう。

 

「炎竜の退治をお願いしたい」

 

「炎竜の退治だと?」

 

確かに自衛隊に接近するにはこれ以上の理由はないな。

 

「信じられるかよ。アンタ、エルフだろ?精霊かなんかにでも頼んどけ」

 

この場から去ろうと踵を返した時、ダークエルフは俺の腰にしがみついた。

 

「頼む!こうしている間にも炎竜によって同胞の命が危険にさらされているのだ!なんとか、なんとか私に緑の人を紹介してくれまいか!?」

 

涙ながらに懇願するダークエルフ、嘘をついているようには見えない・・・

 

「アンタ、名前は?」

 

「我が名はヤオ・ハー・デュッシ、シュワルツの森から族長の命を受けやって来た」

 

シュワルツの森って言ったら滅茶苦茶遠いじゃんか・・・

 

ヤオは族長の命であることを示す書類とクソデカいダイヤモンドも見せてくれた。

 

この大きさはそんじょそこらの山で採れるものではない、となると彼女の言っていることは本当なのか?

 

「・・・一応、紹介はしてあげます」

 

後は自衛隊に任せよう、こういったことに関しては向こうのほうが専門だろう。心理カウンセラーやら自白剤やらもあるだろうし。

 

「本当か!?」

 

「はい、付いて来てください」

 

通りに出ると丁度MP(警務)という腕章を付けた自衛隊員が居た。

 

「あ、すみません」

 

「おぉ、橋立君やないか。調子はどうや?」

 

「問題ないですよ。それでですね、この人なんですけど」

 

ヤオを見せた時、隊員達の顔色が変わった。

 

「特徴が一致するな」

 

「イタリカに送還ですかね?」

 

「日本人も被害に合ってたら地検送りやが・・・」

 

え・・・もしかしてこの人本当に悪い人?

 

警務の隊員達は俺に向かって敬礼した。

 

「ご協力感謝します!」

 

「いや、その。えぇ・・・」

 

なんか混乱してきた。

 

「一緒に来てくれますかね?」

 

「あぁ、話、ちょっとき、聞かせてほしい」

 

言葉の通じる自衛隊員にヤオの表情が一気に明るくなった。いや・・・絶対誤解してるぞ。

 

俺からも事情を聞きたいと言われ同行することになった。また駐屯地行くのか・・・

 

個室に通され、俺は路地裏での一件のことを話した。

 

「それは、災難だったというかなんというか・・・むしろご褒美なんじゃないか?」

 

「いやぁ、あのときはヤオさん、どこかの国のスパイかと思ってましたからねぇ」

 

「俺からしたら羨ましいことこの上ないぞ、あんな体のダークエルフに誘惑されるなんてさぁ」

 

「自衛隊がそんなこと言って良いんですか?」

 

ヤオの正体がはっきりしたところで俺への聞き込みは半分雑談の様になっていた。なんでも周りとは服装や顔立ちも違う俺を自衛隊の関係者だと思ったらしい。

 

酒場での伊丹との一件で周りの皆があまり関わりたくないというカンジだったので強硬策であるハニートラップをしたとの事。節操なさすぎだろ・・・

 

 

 

 

 

 

ラッパの音と共に国旗と自衛隊旗が後納されるのを俺は自衛隊病院のベンチに座って眺めいていた。

 

「炎竜退治をしたいのはヤオも自衛隊も同じなのに場所が他国の領土じゃなぁ・・・」

 

ヤオの訴えはレレイとともに狭間陸将へと届けられた。しかし陸将の答えはヤオにとって非情なものであった。

 

ヤオの故郷はシュワルツの森、エルベ藩王国領内である。いくら炎竜退治のためとはいえ、自衛隊が越境して進軍することは出来ないのだ。

 

「なんじゃ、若いもんがこんな所でたそがれておって・・・」

 

「え?」

 

声の方を向くとそこには傷痕だらけの老人が立っていた。たしか自衛隊病院に入院している農家の人だって黒川さんが言っていたな。

 

だが俺はこの顔に見覚えがあった。この爺さん、決して農民なんかじゃない。

 

「座らせてもらうぞ」

 

「あぁ、どうぞ」

 

老人はゆっくりとベンチに座り松葉杖を壁に立てかけた。この老人、左手と右足は義肢なのだという。

 

そして俺はその老人に向かって単刀直入に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルベ藩王国の国王がこんな所で何やってるんですか?」



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親の温もり

「エルベ藩王国の国王が何やってるんですか?」

 

俺の言葉にデュランは目を丸くした。

 

「自衛隊より先に気が付くとは・・・少年、やりおるな」

 

「俺、自衛隊の人よりもここでの暮らし長いんで」

 

この老人こそがエルベ藩王国の国王だ。俺がワカ村にいた時、リュウが贔屓にしていた魔道具の店がエルベ藩王国にあったのだ。

 

そこで見た国王の顔を俺は覚えていた。だってこんなおっかない顔してるんだもの。

 

「自衛隊の人達は言ってないんですか?」

 

「あぁ。アルヌスに門が開いてすぐの時、儂は自衛隊と戦った身じゃからのう・・・まぁその結果がこの様なんじゃが・・・」

 

そういってデュランは俺に義手を見せて笑う。機甲科の戦車砲やら特科の榴弾砲やら普通科の銃撃やらを受けて生き残ってんだからそれだけでも凄いことなのだが。

 

「まぁじきに儂の正体を明かす日が来るであろう、それまでは農民じゃ」

 

「いや、農民って言うには無理があると思いますけどね」

 

すると白衣を着た自衛隊員がデュランの所へやって来た。

 

「デュランさん!勝手に外出されては困ります!」

 

彼はまだ義肢のリハビリ中で出歩いたらいけないらしい。でも普通に歩き回ってるし全然元気だなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

アルヌスの街へ戻った頃には日はすっかり沈んでしまっていた。

 

「カイト、今までどこに行っていたのだ?」

 

通りにずぶ濡れのリュウが居た。

 

「リュウさん、こんなびしょ濡れで・・・何やってたんですか?」

 

「カトー老師に指導してもらっていたのだ。私はロンデルには殆ど行かない故。老師に見て貰える機会なんでそうそう無いからな」

 

なるほどな・・・

 

カトー老師、あんなジジイだが業界では有名な魔術師らしい。

 

「もう夕飯の時間だ。せっかくだから何か食べに行かないか?」

 

「そうですね、でも着替えてきてくださいよ」

 

一旦部屋へと戻りリュウが着替えるのを待った後、俺達は酒場に向かった。

 

「ハシダテにリュウの姉御、いらっしゃい!」

 

ヴォーリアバニーの給仕、デリラが出迎えてくれた。

 

席に案内されて食事を頼む、素材はこっちの物なのに味は日本風、なんでも元料亭料理人の古田二曹が監修したらしい。

 

「二人共、飲み物はビールで良いかい?」

 

「俺はジュースでお願いします」

 

こっちに来て初めてビールを飲んだ。こっちには飲酒に関する法律が無いから一応飲むことはできるのだが試しに飲んでいみると苦いだけで何が美味い美味いと言って皆が飲むのか理解できなかった。

 

「カトーさんに指導してもらってどうですか?」

 

「見逃しがちな細かい点まで指導してくれる。さすがは老師だ」

 

リュウは最近、魔術の研究を再開した。収入を得るためというのもあるだろうが自分よりも年下のレレイへの対抗心が大きいだろう。

 

酒場は正装の騎士やら非番の自衛隊員、商人などで賑わっていた。最も、自衛隊員は給仕のデリラを始めとする獣人を一目見ようと集まっているのだろうが。

 

リュウはビールを気に入ったらしく、気が付けばジョッキを何本も空けていた。それに頬を朱に染めて目も虚ろだ。大丈夫かよ・・・

 

「ワカ村に居たときは周りに魔導師なんて居なかったからマイペースに研究してきたがアルヌスに来てそうも言ってられなくなった。」

 

ジョッキを持ったまま涙を流しながら机に突っ伏すリュウ。この人、泣き上戸か・・・

 

「レレイ達が居るからですよね?」

 

「あぁ。彼女の魔法は素晴らしい、老師の教えもあったのだろうがあの年でここまでやる人が居るなんて思ってもみなかった」

 

やっぱりレレイのことは気にしてたんだな。いつもクールにしてて何考えてるのか表に出さない彼女だったが結構思い悩んでいたんだな・・・

 

「それで、研究は上手くいきそうなんですか?」

 

「効率化が課題だな。鉱物に術を記録することには成功したがもう少し術式を簡素化できる余地があると思う。それに鉱物の相性もまだ研究段階だ」

 

その後出された食事を平らげて俺達は帰路に就いた。

 

「なぁ、カイトよ」

 

「なんですか?」

 

「お前はどうしてニホンに帰らないのだ?」

 

夜道、ふと投げかけられたリュウの質問に俺は答えられないでいた。

 

「・・・」

 

「なにか言いたくない理由があるのか?」

 

「いえ、その・・・」

 

あまり人には言いたくない理由なのだ。だがリュウとの付き合いも長い、やはり言っておくべきだろう。

 

 

 

 

 

 

橋立帆斗 10歳

 

10歳の時、俺の父親が死んだ。自衛隊員だった父はあまり家にいなかったが休暇で帰って来たときは色々な所に遊びに行ったし、ハワイに旅行に行ったときは銃も撃った。米軍との合同軍事演習の際に知り合った米軍の人がガンコレクターだったのだ。

 

長い勤務を終えてもうすぐ実家に帰ってくる、そんな矢先の訃報だった。

 

高速道路を走行中、渋滞に嵌まり停車した所後ろから居眠り運転の大型トラックに追突されたのだという。

 

葬式の場で親族は俺に慰めの言葉を掛けてくれたが手を貸してくれる人は居なかった。

 

「お母さん、お腹空いた」

 

「・・・冷蔵庫にチャーハンがあるからレンジて解凍して食べなさい」

 

「肉じゃが食べたい」

 

「うるさいわね!あっち行きなさいよ!!」

 

甲高い声を上げて俺に酒瓶を投げる母。父が居なくなって母は壊れてしまった。毎日朝から晩までリビングのソファに寝転がって酒を煽るだけ、当時小学生の俺からでも間違いなく体に良くないことは分かった。

 

酒を取り上げようとしたこともあったが大暴れ、隣に住んでいた知り合いがすっ飛んでくる位発狂していたのだ。

 

俺は母がどうなってしまったのか、なにか良い対処法は無いかと様々な本をを読み始めた。しかし、結局母をどうすることはできなかった。

 

それから俺は暇さえあれば本を読むようになった。本を読み始めると時間はあっという間に過ぎるし何より現実を忘れられるから・・・

 

そして母の代わりにずっと自分で家事を行った。母と一言も言葉を交わさない無言の食卓、とても寒かった。

 

高校1年の頃、ずっと家にこもりっぱなしだった母が毎日外へ出かけるようになったのである。

 

胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は外へ出ていったっきり数日帰ってこなくなった。

 

理由を聞いても「関係ないでしょ」としか言わない。

 

ある日、学校をサボって自分の母を尾行した。母は知らない男性と会っていた。

 

カフェで暫く話した後そのままラブホテルへ、当然のことながら俺は入れなかったが中で二人が何をしているかは容易に想像がつく。

 

返ってきた母に問い詰めるとそのまま口論へと発展し、母は出て行った。

 

学校帰りに本を買って家で朝まで読む、暫くはそんな生活を繰り返していた。そんなある日・・・

 

「あれ、無い・・・」

 

金を下ろそうと銀行へ行くと預金の残高が殆どなくなってしまっていた。母が引き出したのである。

 

父の保険金はそこそこの額で受取人は俺、高校を卒業するまでは生活できるだけの蓄えはあった。

 

何度見返しても表示されている数字は変わらない。

 

「マジかよ・・・最悪だ・・・」

 

残っていた数千円を手に家へと向かう。俺は途方に暮れた。

 

何気なく寄った公園のベンチに座っていると俺はそこで意識を失った。

 

そして気がついたらワカ村に居たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺の話をリュウはただ黙って聞いていた。軽い気持ちで聞いてしまったことを後悔しているようにも見える。

 

「だから俺、日本に帰らないじゃなくて帰りたくないんですよ。日本に戻ってもなにも無いし、母親があんなだったから村に来た時、リュウさんが俺を匿ってくれた上に何かと気にかけてくれて・・・本当に嬉しかった」

 

「そうだったのか・・・嫌なことを思い出させてしまって済まなかったな」

 

「いえ、良いんです。もう気にしてませんし・・・」

 

「私にはそうは見えないんだが?」

 

「え?」

 

リュウは俺の頬に手を当てる。それで初めて自分が涙を流していたことに気付いた。

 

そのまま手を回して俺はリュウの胸に顔を埋めた。そして彼女も優しく俺を抱きしめてくれる。

 

「す・・・すいません・・・もう少しだけ、このまま・・・で・・・お願いします」

 

「あぁ・・・いいとも」

 

俺はリュウの胸で静かに泣いた。そして俺が落ち着くまで彼女はずっと抱きしめていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが親の温かみなのだろう・・・



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