少女少年 ~シンデレラガールズ~ (黒ウサギ)
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少女少年は星になる
小さなステージに立つ彼女を初めて見たのは、中学の三年、桜が散り夏に向けて気温が高まるころだった。
あばら家と比喩されるこの舞台に、何故彼女ほどの女性が歌っているのかと不思議で仕方なかった。そんな風に思わせるほど、彼女は綺麗で、空に輝く一番星の様に眩しかった。
永遠に続くかと思っていた舞台は、終わりを告げて、ライブに参加した少数のファンと彼女は撮影をするみたいだった。私もそれに参加するため集まり、運が良かったのか彼女の隣に立つことができた。
目を奪われるとはまさにこのことだろう。ふんわりと広がるようなボブカット、左目にある泣き黒子、左右で色の違う透き通るような瞳。私と並ぶような女性としては長身な彼女と、肩を並べ写真に写るという現実がとても嬉しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、気が付けば私は現像された写真片手に外に立っていた。素晴らしく、忘れられない、一生の思い出になったと言える今回のライブ。
--私も、あんな風に輝いてみたい・・・
そんな気持ちが生まれたのは、不思議な事ではないのかもしれない。スターになりたい、彼女のように輝きたい。
居ても立っても居られず、その場から走り出し帰路につく。
(歌いたい!)
初ライブを乗り越えた彼女のように歌いたい
(伝えたい!)
初ライブで完璧なまでに人を惹き付けた彼女のように
「やるぞー!!!」
叫びながら走り続け、頭の中では歌詞を考えながら、10分程。家に着く
「ただいま」
帰宅の言葉を告げるが、返事は帰ってこない。当然であるが少し寂しかった。リビングの照明を付けて、放り出されていたノートに文章を書き綴る。
カリカリと集中して書いているうちにふと気が付いてしまった。歌詞が出来ても、音源が無い
「アカペラ・・・だったかな、それでもいいや!」
音は自分の声だけでも十分!希望的観測に過ぎないが、だからと言って音源を誰かに作ってもらう宛もない。幸いなのかわからないが、声変りはまだ来ない。中性的な声、ハスキーボイスと例えられた声で勝負するのも楽しいじゃないか。
「ダンスは・・・無理だろうなぁ・・・。」
運動神経が悪いわけではないが、いかんせん振付を考えれるほど多才ではない。
「何処で歌うのが良いんだろ・・・」
だいぶ昔の話になるが、現在は路上ライブも認められており、業界にデビューを夢見る少年少女が昼夜問わずに歌い続けているのをよく見る。だから自分も何処かの路上で、尚且つ人通りの多い場所で歌いたい。となると場所は一つしかない。学校に近いのが少し問題であるが、何処かの事務所が近くにあると聞いたこともあるしそこにしようと思う。ただ、そこでまた別の問題が浮上する。同級生にこの事を知られる事である。虐められている訳では無いが、もしも知られでもしたらからかわれることは避けられないだろう
「そうだ、着ぐるみ作ろう」
着ぐるみを着て顔まですっぽりと隠せばばれることは無いだろう。念のためにどこかのトイレとかで着替えてから歌えば完璧である。
「いいぞいいぞ、楽しくなってきたぞ!」
その日は、ライブの興奮も冷めなかったからなのか、夜が明けるまでひたすらペンを走らせていた
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高垣楓という、憧れの存在に出会ってから一年ほど経過した。最近では彼女はTVに出るようにもなり、多くの雑誌にも特集として掲載されることが増えていった。それによりクラスメイトや世間が高垣楓について当然のように語りだすのが少しだけムッと来た。子供っぽいかもしれないけど、彼女のスタートに立ち会ってないのによく知ったように口が利けるものだと。そんな風に考えもしたが、そもそも自身もあのライブ以来彼女の舞台を見る事すら叶っていないのだから何も言えない。
そんな事はさておき、私が路上で歌い始めて2週間が経過した。『ぴにゃこら太』が歌っていると話題になったらしく、私が路上にその姿で現れるたびに人が立ち止まっていく。歌を聴いているのかこの姿を見ているのか、どちらなのかわからないが一先ずは歌を聴くためだと思って自信を付けたいと思う
「あのぴにゃの中身って男なのか、女なのかどっちだと思う?」
「声からして女じゃないの?そもそも着ぐるみ着てるから判別要素が声しかないしな・・・」
同級生がそんな会話をしている時に、心の中では私ですよ!と叫んでいる。だけどあまり目立ちたくも無いので、黙ったままその会話を聞き続ける。こうした身近な評価が、私の成長に繋がるからだ
「音楽は無いけど、歌は上手いから見かけると立ち止まっちゃうんだよな・・・」
「わかる。無性に人を引き付ける感じがするんだよな、あの声」
ありがとうございます!嬉しさのあまり立ち上がってそのまま手を取りに行くところだったが、立ち上がった所で固まる。そんな事をしたら向こうは何も知らないのだから、行動だけ見たらただの変態である。立ち上がった事でクラスメイトの視線を集めてしまい、無性に恥ずかしくなり少し駆け足で教室を出る。
向かった先は屋上、私が入学した高校では屋上が解放されており、昼食時には景色の良いベンチを巡って場所取りが行われたりする。放課後となった今ではそんな事も無く、現在は私一人だけ屋上にいる
(今なら、少しだけ声出しても良いよね・・・)
もう一度、周囲に人がいないのを確認してから歌いだす。今歌っているのは既存の曲である。765プロから発表された『Ready!』という曲を、高らかに歌いだす。
最後まで歌い切り、達成感と充実した気持ちを味わっていると拍手が鳴り響いた。
「あ、ごめん。盗み聞きとかするつもりじゃなかったんだけど、綺麗な歌声が聞こえてきたから遂拍手しちゃって・・・」
屋上に続く扉に立っていたのは、クラスメイトの一人だった。名前は聞いたはずなのだが、思い出せない。
歌を聞かれた事に、何故か血の気が引いていく。基本的には着ぐるみ越しに歌を伝えていたために、こうして素顔を見られた状況で歌うことには慣れていないのだ。
扉の前に立つ彼女から逃れるように立ち去る。去り際に見えた彼女の顔は、隣の席の人だった。
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今日も今日とて路上でぴにゃこら太でライブである。ここ最近、段々と立ち止まる人が増えてきており、握手を求められたり写真を求められたりとてんやわんやしていた。まるで何処かのゆるキャラみたいだと少し苦笑してしまう。
しかし最近の小さな子供は危険である。ぴにゃこら太は割と有名なキャラクターであるため、こうして子供たちが「ぐさーっ!」とか「短剣、短剣!」とか言いながら襲い掛かってくる。見た目で一目惚れしてこの着ぐるみを作って今まで使用してきたのだが、控えた方が良いのかもしれない・・・。
「疲れたけど、楽しかった~・・・」
また、そんな事が起きるようになってからは自宅まで着ぐるみのまま帰る事にしている。以前トイレで着替えて出てきたところを子供たちに待ち伏せされて、その日はひたすら遊び相手になってしまったからだ。変な噂が立たないように、一応は周囲を確認してから家に入っているので大丈夫だと思う。
ただ、こうして路上ライブに充実感を得ている自分に、少しだけ危機感を感じてしまう。そもそもこうして歌いだしたのは自分も光り輝く存在になりたいと思ったからだ。だからこそ着ぐるみを着て歌うことで、声を掛けられるのを待っているのだが、一向にそんな事が起きる気配はない。何処か悪いところでもあるのだろうか・・・。そう思いながら、PCの電源を付けてネットで『ぴにゃこら太 路上』で検索を掛けてみる。誹謗中傷色々書かれていることがあるが、自身を見直すには持って来いなのでたまに検索しては、評価を確認したりしている
『25:名前のないアイドル ○月○日
ぴにゃ今日もいたな
26:名前のないアイドル ○月○日
あの歌って飛び跳ねるぶちゃいくか
27:名前のないアイドル ○月○日
なぁお前ぴにゃこら太だろ!?短剣置いてけ!!
28:名前のないアイドル ○月○日
>>27 きくうしさまはお空に帰りましょうねー
29:名前のないアイドル ○月○日
と言うか、いつまで路上にいるんだろ。スカウト受けてないのが不思議でならない
30:名前のないアイドル ○月○日
冷静に考えろ、スカウトしたくても着ぐるみだぞ。中身が分からなければどうしようもない
31:名前のないアイドル ○月○日
何が出るかわからないガチャとか回したい?
32:名前のないアイドル ○月○日
青天井、ぶる村・・・うっ頭が・・・
33:名前のないアイドル ○月○日
まぁ正直に顔出ししてもう一回歌いだせば、直ぐにでも声掛るんじゃね?既存の曲もオリジナルの曲もレベル高いし』
私はそっとそのブラウザを閉じて、項垂れた。
考えればわかる事である。そりゃ顔出ししてないんだから声かけるのも躊躇われるよね。しかし今更顔出しなんてして人が集まらなかったらどうしようかと不安になる。自身の顔の造形は自己判断だが可もなく不可もなくだと思う。要するに中の中。
「明日からぴにゃは封印しないとダメかなぁ・・・」
そんな憂鬱な考えを持ったまま、その日は布団に入った
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勇気を出して、顔を晒してライブを行ってみた。
最初は新しい子が歌いに来てると思われていたのか、興味本位で立ち止まる人がちらほらと。殆どの人は見向きもしないで立ち去っていく。
この路上ライブをする場所にも暗黙のルールみたいなものが存在したりする。簡単なのをいえば、他人が歌っていた場所を奪わないことだ。それさえ守ればここで文句を言われることもないし、歌い続ける事が出来る。なので今回は、お別れする予定だった着ぐるみを持ってきている。もしものために持ってきたぴにゃこら太だったが、かなり役立ってくれた。ぴにゃを見て立ち止まる人も増えたし、自分にここはぴにゃこら太が歌う場所だと注意してきた人も、着ぐるみを見て去っていったりした
「えっと、顔出して歌うのは初めてなので緊張しますが、頑張って歌いたいとおもいます!」
そう告げると拍手に包まれる。暖かく迎えられた事に嬉しく思い気持ちが高ぶってしまう。際限なく上昇するテンションに身を任せて、憧れの、私の始まりの曲と言っても良い『こいかぜ』を歌う。
「ありがとうございました!」
暖かな拍手が身を包み、充実感に酔いしれる。今までは着ぐるみを着ていたために、音の波が良くわからなかったが、脱いだことによりより鮮明に、波が体を伝わる。
「気持ちいいな・・・」
楓さんも、あの時同じ気持ちだったのだろうか。そう考えると、少しだけ彼女に近づけた気がした。飽く迄気がするだけであって、彼女は遥か遠くの存在である。
「皆さん、ありがとうございます!」
もう一度お礼を述べて、満足したので帰宅の準備を始める。と言ってもやることは着ぐるみを畳んで鞄に詰めて、せめてもの雰囲気として持ってきている壊れたマイクをしまうだけである。
「すみません、少しお話しよろしいでしょうか」
そう声を掛けられたのは、荷物を詰め終えてぴにゃこら太の時から応援していると言ってくれて人たちに握手を求められて応じている時だった。
ファンが出来たことに涙して喜び、声を掛けてくれたもきっと私のファンなんだ!と振り向いたところで、固まった
「先程の歌、とても素晴らしいものでした。もし宜しければ、この後場所を移してお話をさせてもらいたいのですが・・・」
絶対この人前科ある。そう思えてしまう程に強面の青年が立っていた。これはもしかして逃げなければそのまま何処か遠くの地に連れていかれて現世とサヨナラ売買する事になるのでは・・・?
そんな考えが頭を過り、冷たい汗が滝のように流れ出す。
「生きねば!」
まだ青春も謳歌していないと言うのにここで人生をログアウトするわけにはいかない!そう強く思うと同時に駆けだそうとするが、向こうの方が一手上手だったのか腕を掴まれししまう。
(先立つ不孝を許してください叔母さん・・・)
今は仕事で海外に行っている、育ての親である叔母の顔が頭に浮かびそっと涙を流す
「ちょっと、そこの怯えてるから。手、離したらどう?」
天の助けである。ありがとう声を掛けてきた少女!
「ん?アンタ確か・・・隣の席の子だよね・・・?プロデューサー、この子知り合いだからちょっと話させてもらえないかな?」
えっと、どちら様でしょうか・・・
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目の前に座る少女、改めて自己紹介されて分かった事なのだが渋谷凛と言うらしい。名は体を表すとは良く言ったもので、確かにその佇まいは凛ッ!としている。そんな少女の隣に座り、圧倒的威圧感を放っているのが、なんと彼女のプロデューサーらしい武内さん。と言うか、初めて聞きましたけど渋谷さんアイドルだったんですね。
「あーうん、一応ね。と言っても最近メンバーが集まって、やっとデビューしたんだけど・・・」
成程、だから名前を聞いたことが無かったのか。一人納得して首をウンウンと動かしていると武内さんが話しかけてきた。ちなみに今いるのは歌っていた場所に近いファミレスである。
「まずこちらをお渡ししておきます」
そう言いながら渡されたのは一枚の名刺。そこには『シンデレラプロジェクト 企画担当』と言った肩書が示されていた。
「この度は私の願いを聞き入れていただきありがとうございます。現在私が担当しているシンデレラプロジェクトに、参加していただけないかと声を掛けさせて頂きました」
そう言われて、驚いたのは私だけではなく渋谷さんもである。何故彼女まで驚いているんだろう・・・
「プロデューサー、メンバーは全員集まったって言って無かった?」
「はい、確かに集まりました。が、私は前々からこの方に興味を持っていたので・・・」
ゾクリと背筋が震える。もしかしてこの人は巷で噂のホモォなるものなのか・・・。そんな考えはさておき、ここで一つ謎がある
「シンデレラプロジェクトって言ってましたけど、私男ですけど大丈夫ですか?」
シンデレラ、つまり灰被り
「「えっ?」」
えっ?
「その、失礼ですが、女性の方では・・・?」
「私もずっと女の子だと思ってたんだけど・・・」
武内さんは兎も角、渋谷さんまで性別を間違っているのが納得いかない。そもそも隣の席なのだから自分がちゃんと男性だと分かると思うのだが・・・
「いや、でも結構有名だよ?男装して学校に通ってるって・・・」
「えっ?」
今度は私が驚く番だった。何その意外な新事実。と言うかそんな噂今初めて聞いたんだけど・・・
「本当に男性なのでしょうか・・・」
武内さんがそんな事を聞いて来るが、誰がどう見ても男だろうに。少しだけ不機嫌になってしまう
「誰がどこからどう見たって男じゃないですかっ」
「いえ、髪も長いですし、声も高いものですから・・・」
そう言われて、そっと自分の髪を撫でる。確かに他の人と比べれば長いかもしれないが、それでも肩に届く程度である。声に関しては声変りしないので仕方がない
「え、その声って地声だったの・・・?」
そう渋谷さんに言われて、また何か変な噂でもあるのかと落ち込んでしまう。ただ、今考えると勘違いされていたというのも何故か納得してしまう。だって、クラスメイトで話しかけてくるのは異性ばっかりだし、同姓なんてこちらが声を掛けないと会話すら出来ない始末。酷いものなら声を掛けたら先程まで賑やかだった会話が萎んでいき、皆が目を逸らすレベル。成程、あれは異性に話しかけられたと思って照れていたのか・・・。じゃないから、冷静に判断してる場合じゃないから。ってことはもしかして下駄箱に入ってた手紙は本物・・・?差出人に男の人の名前が書いてあったから悪戯だと思ってたのが本物・・・。やだ、私に変な趣味は無い!
このままでは埒が空かないと、武内さんの手を取ってお手洗いに向かう。あぁ、トイレに行く度に先に入っていた人たちが出て行ったのは勘違いゆえの・・・。
お手洗いに入って数分、私と武内さんは渋谷さんが待つ席に戻っていった。
「その・・・どうだった・・・?」
恐る恐る訪ねてきた渋谷さんに、武内さんが「ついてました」と返す。その言葉を聞いて渋谷さんは理解したのか、顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。そもそも私も恥ずかしいのだが・・・。手っ取り早く男だと証明するために服の上から触らせたのだが、もっといい方法が無かったのかと少し後悔。
「しかし、男性となるとこの企画には参加は・・・」
席について飲み物を一口飲んで、落ち着いた様子で武内さんが声を出す。その言葉を聞いて私はひどく落胆した。やっとちゃんとした人に認められて、憧れに、星に近づいたと思ったのだが・・・。
「いや、しかし、これはこれで・・・?」
「プロデューサー・・・?」
あぁ、また一からやり直しかぁ・・・。でも多分今まで聞いていた人も私の事を女だと思ってたんだろうな・・・。そう思うと、方向性を変えないといけないのか・・・?
「いえ、彼の素性を知っているのは自分と渋谷さんだけですし。渋谷さんさえ内緒にしていただければ彼をスカウトする事も可能になりますし・・・」
「スカウトしてくれるんですか!?」
どうしようかと考えている時に聞こえてきた『スカウト』の言葉に、思わず身を乗り出して聞いてしまう。これで正式にデビュー出来るとしたら大きな一歩である、前身である!
「いや、でもっ!この子男なんだよ!?私達全員女なのに、何考えてるのさ!」
「しかし、彼の才能を他に渡すのは勿体ないですし・・・」
やー遂にデビュー!念願かなってデビュー!
「渋谷さん!」
感極まって思わず渋谷さんの手を握って上下に激しく揺すってしまう。
「これからは渋谷さんが先輩になるんですね!上も下もさっぱりわかりませんが、どうぞご指導ご鞭撻お願いしますね!」
同級生が先輩と言うのも少し変かもしれないが、この際どうだっていい!
「彼の熱意を前にして、無かった話にするのも・・・」
「いや、わかるけどさ・・・。あーもうっ!」
突然渋谷さんが立ち上がったと思ったら、こちらを思いっきり睨みつけてきた。な、何故・・・?
「確かに、あんたは歌も上手いしルックスも整ってるけど!男なの!変な事したら許さないからね!」
「う、うん・・・。あ、はいっ!」
慌てて敬語に戻し頷く。
そのまま去っていった渋谷さんを見送り、武内さんに視線を戻すと彼は首に手を当てて何かを考えるようにしていた
「・・・もし、宜しければですが。明日の、そうですね・・・学校が終わりましたら事務所までご足労願えますか?」
「はいっ!!」
その言葉を聞いて、私は満面の笑みで頷いた。
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翌日。学校にいる間、ずっと渋谷さんに睨まれ続けて居心地の悪い時間を過ごした。私が何をしたというのだ・・・。
そんな時間も、放課後の事を考えるとあっという間に過ぎていった。
そして放課後になり、学校を出て少し歩くと指定された事務所に辿り着く。
「わぁ・・・でっかい所・・・」
見上げなければ最上階が見えない程の高さのビルに圧倒されて、思わず門前で立ち止まってしまう。
「立ち止まってると邪魔になるから。ほら、入るよ・・・」
そう声を掛けてきたのは渋谷さん。学校でひたすら睨んできたのだが、今は何処か諦めたかのようにしており、ここまで私を案内してくれた。そんな渋谷さんが中に入っていくのが見え、私もその後を慌てて付いていく。
受付に渋谷さんが何か話している間に、周りをきょろきょろと見渡す。田舎から上京してきたお上りさんみたいに見えるかもしれないが、許してほしい。だって見渡す限りに所属アイドルのポスターだったり写真だったり本人だったりと、ここは楽園か!
「ほら、これ首からかけて・・・。何にやにやしてんの?」
「いえ、私もやっと同じ舞台に上がれると思ったら・・・嬉しくて嬉しくて・・・」
堪えていなければこの場で泣いてしまいそうなほどに感極まっている。そんな私を渋谷さんがどう捉えたのかわからないが、学校の時とは違い優しく微笑んでくれた。
そんな渋谷さんに再び先導される形で武内さんがいるという場所に向かう。
エレベーターに乗り込んで、到着した階で降りて少しだけ歩く。その歩いた通路にもアイドルのポスターが貼られており、わぁわぁ言いながら歩いていく。
「ここ、プロデューサーがいる場所」
そう言って彼女は部屋の前で立ち止まり、慣れた様子で扉を開けた
「おはようございまーす」
「お、おはようございます・・・」
堂々とした渋谷さんとは対照的に、私はおどおどして部屋に入っていく。部屋の中には多種多様なし女性がいた。笑顔が印象に残る人、元気はつらつと言った感じの人、私も昔は患った病気に罹っている人、小さな三人、大きな人、ふくよかな人に委縮している人、外国の人に猫娘にロックな人、それと一番大人っぽい人
「ほわぁ・・・」
個性豊かな面々に出迎えられて、思わずそんな声が漏れてしまう。
「すみません渋谷さん。わざわざここまでありがとうございます」
先日聞いた声に振り向けば、武内さんがおり、歩いてきて私の隣に立つ。そうして言われるがままに私は自己紹介をした
「ほ、本日からお世話になりますっ、鳳神楽(おおとりかぐら)です、よろしくお願いします!」
「本日から、鳳さんもシンデレラプロジェクトのメンバーとして参加します。皆さん、仲良くやってください」
自己紹介も終わり、武内さんのその言葉に「んっ?」と固まってしまう。待って、私シンデレラプロジェクトに参加するの?武内さんが普通にプロデュースしてくれるんじゃないの?
そんな私の疑問を余所に、辺りは喧噪に包まれる。
「小さくて可愛い子だ!」
小っちゃい言うな!
と言うか待ってほしい、私は姫にはなれんぞ!どういうことですか武内さん!と視線で問いかけるが逸らされる。助けて渋谷さんと視線を移すと、彼女は溜息とともに近づいてきてそっと耳打ちした
「鳳には、女の子としてデビューしてもらう事になったの・・・。私も出来るだけ手助けするから、ばれないように頑張ってね・・・」
え、え、え?
嘘ですよね?嘘だと言ってよ渋谷さん!
「頑張れ・・・」
神は死んだ。あまり興味の無い事だが、ニーチェの言葉も今なら信じれると思う・・・・・・。
お話の舞台としては宣材写真撮って直ぐのころ。なのでまだ姉ヶ崎のバックダンサーは決まっておりませぬ
感想お待ちしております。
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少女少年は進みだす
感想はのんびりと返すつもりですが、時たま返し忘れると思うのでそんな時はすみません。
お気に入り30ありがとうございます。
この主人公大変ちょろい
「どういうことですか武内さん!」
皆さんから歓迎の言葉と、自己紹介を受けてから少し間を空けて。私は別室にいる武内さんを問い詰めました。
「当然の結果です」
「何が!?」
「いえ、私なりに調べた結果なのですが、近頃は男の娘というものが流行しているらしいので、私達もその波に乗っかるのも良いと判断したのですが・・・」
「判断するのはいいんですっ、ただそれを私に伝えなかったのは納得行きません!」
女子高に一人放り投げられたロボット操縦者じゃないんですよ私は。そもそもどこぞの乙女に恋する作品じゃないんですし、世の中そんな簡単に隠し通せるモノじゃないと思うんですよ。
「安心してください、鳳さんは大変魅力的ですし、ちょっとやそっとの事ではばれることはないかと」
魅力的とか同姓に言われても嬉しく無いですし、そもそも男に魅力的って言葉は褒め言葉なのかすらわからないんですがっ。
そんな私の訴えも何処吹く風。武内さんとの間に微妙な空気が流れつつあります。
そこで私は逆に考えることにしました、武内さんの言う通りばれなければ良いのですと。もういっそ開き直って、女の子として過ごしていけば演技力の向上にも繋がりますし、アイドルの近くにいることで立ち振る舞いなども学べますし、良い事尽くめじゃないですか・・・・・・。
「良い事なんてないじゃないですか!」
私が突然叫びだした事で、武内さんがビクッと体を震わせます。そもそも元凶は武内さんですから、謝りませんよ私は。大体こんな女性だらけの環境とか良い事よりも悪い事の方が多いと相場が決まっているんです。見たくもない女性の一面を見たり、生々しい会話を聞く羽目になったり、それに女性だけの環境と言うのは苛めが発生しやすいと聞きますし、その対象に私がならないなんて言いきれません。考えるだけで寒気がします・・・。
「と、ともかくっ!私はシンデレラにはなれないんですから!別の部署に異動させてください!」
「・・・申し訳ないのですが、346プロダクションは男性の方はプロデューサーしかいないのです」
「つまり・・・?」
「ここで話が流れた場合、鳳さんはプロデューサーと言うわけでも無いので、ただの部外者と言う形になりますね・・・」
逃げ場なんてないじゃないですか!鬼、悪魔、武内!幾千もの呪詛を並べても足りない程に恨んでやります!
「それに、このお話を受けていただけるのでしたら、何れ掲載されるプロフィール欄には性別不明で載せたいと思っています。その方が、注目を集めるでしょうし」
それは、その・・・いらぬ注目まで集めそうで怖いのですが・・・。ですが、武内さんの次の言葉で、私はぐらついてしまいます
「それに、性別不明のままで行けば、今後男性としても売り出すことが可能になるかと」
(ほとんど不可能かと思いますが・・・)
何か小声で言ってた気がしますが、気にしません。男性としてデビュー出来るのであれば話が違いますよ武内さん!成程・・・最初から武内さんは私をちゃんとデビューさせる算段を立てていたわけですね!出来る大人は違いますね、思わず憧れてしまいそうですよ・・・。痺れはしませんが。
「では、その方向でお願いします!やったやった、楓さんにまた近づきました!」
「鳳さんは、高垣さんに憧れを抱いているのですね」
それはもう、憧れと言うよりも最早崇拝と言っても変わらないかもしれませんね。彼女がいるから、私はここまで挫けず、折れることなく頑張ってこれましたし。
「そうですか、ありがとうございます・・・」
んー?何故か武内さんにお礼を言われてしまいましたが、一先ずはそれは置いておきましょう。どうやら話を聞く限り、この後は一度全体でレッスンを行う見たいです。成程そのために動きやすい服装をもって来るようにと連絡してきたわけですね。先日名刺を貰った時に、と言っても話が終わった後ですがアドレスと番号を伝えておきました。そしたら昨晩ジャージを持ってきてくださいと連絡を貰ったのです。
一先ず、話す事も終わりましたし部屋を出てレッスンルームに向かいます。と、ここでまた問題が一つ浮上しました。
「レッスンルーム、何処でしょうか・・・」
そもそもここに来るまで渋谷さんに先導されてきた私です。道順なんて覚えていませんし、一人で歩いていたら不審者に間違えられてしまうのではないでしょうか・・・。もしかして結構やばい状況かもしれません!
「あー、いたいた。鳳、一緒に行くよ」
そんな風に思って立ち止まっていたら、渋谷さんが私を探していたのか声を掛けてきました。どうやら一緒に行くために探し回っていたらしいので感謝感激です。
「ありがとうございます渋谷さん!何処にあるかもわかりませんし、間違った部屋に入るわけにもいかなかったのでどうしようかと思ってました・・・」
「わかるわかる、私も最初の頃は迷ってたし」
ほうほう、渋谷さんにもそんな失敗談があるんですね。
「・・・その渋谷さんって呼ぶのやめてくれないかな。同い年なんだし・・・」
「む、すみません。では・・・渋谷と?」
「それはそれで場所の名前と被るから・・・、凛いいよ」
「なんか恐れ多いですね・・・。では私の事も神楽って呼んでください、そうしたら私も凛って呼びやすくなりますしねっ」
少し恥ずかしくなり、頬をぽりぽり掻きながら提案する。女性を呼び捨てで呼ぶなんて初めての事でありますし、それに渋谷さんは綺麗な女性ですから、少し抵抗があります
「そ、じゃあ私も神楽って呼ぶね。ほら、次は神楽の番だよ」
「えっと、それじゃあ・・・凛?」
そう告げると、渋谷さんは何故か鼻を抑えてそっぽを向いてしまいます。お気に召さなかったでしょうか・・・
(下手な女の子よりも女の子なんだけど・・・)
これはせめて『さん』と付けて呼んだ方が、今後の関係をこじらせることも無く安全なのでは・・・
「ふぅ、それじゃあ少し急ごうか。着替えないといけな・・・い・・・」
「ん?どうしました凛さん」
歩き出そうとして、突然固まってしまった凛さんに不思議に思い、肩を叩きます。
「凛でいいって、それよりも、神楽は何処で着替えるの?」
「何処でって、普通に更衣室で着替えますけど?」
「更衣室、女性用しかないよ・・・」
あっはっは、そんなまさか・・・。いやでも、この事務所男性のアイドルいないらしいですし、そうなると当然の様に更衣室も存在しないのでは・・・?
恐る恐る凛の方を見ます、すると彼女もどうしたものかと天を仰いでいました。これはトイレで着替えるべきなのでしょうか、でも一応私女性に見られるようですし、男性トイレに入るのも誰かに見られでもしたら変態扱いされてしまうのでは・・・。
「あーもう、時間無いし・・・。いい、神楽。なるべく私が隠すから、こっそり着替えて・・・」
でも、それはつまり女性と同じ部屋で着替える事になるのですが・・・
「時間ももうないし、遅刻したらトレーナーさんの雷が怖いし。それに私も手伝うって言っちゃったしこうするしか今は手段は無いよ・・・」
どこが諦めるように呟く凛に申し訳なく思いながら、彼女の後を付いていきます。階段を3階ほど降りたところで通路に戻り、また少し歩いて立ち止まります。
「ここが
覚悟も何も、いっそ諦めの方が強いですし。それに今からこの程度で戸惑うようでは、この先色々と大変な事になるでしょう。
凛の声に、コクリと頷きで返します。いざ、世間一般の方からすれば楽園であろうその場所に!今の私からすれば地獄の蓋が開いた気分ですが!
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「わーぉ、しまむーおっぱい大きいね!」
「未央ちゃんも、大きいじゃないですか、揉まないでください!」
「アーニャちゃんは肌が白くて綺麗ね、私ラクロスやってるからたまに日焼けしちゃって・・・」
「ワタシよりも、ランコの方が白いですよ?」
「ひゃぁ!な、何を!」
渋谷さんこれどうすればいいですか、前後左右下着で囲まれてしまってるのですが。
「と、取り合えず角を陣取れば見られることも少ないと思うしそこに行くよっ」
うら若き女性の肌と見るだけでは済まされず、下着まで見てしまった事で顔が赤くなります。あまり周りを見ないように下を向いたまま、凛に手を引かれて目的の場所に辿り着きます。
「神楽は一番端のロッカー使って、私が隣で着替えるから、それで隠すようにして何とか誤魔化す」
でも、そうすると凛の着替えは見えてしまうのですが・・・目を瞑って着替えれば大丈夫でしょうか・・・
「別にそこまでしなくてもいいよ、私はいっそ神楽が男だって忘れるようにするから・・・」
それはそれで、男の子として虚しいものが・・・。しかしこの際贅沢は言っていられません。ごめんなさいと一言謝り、凛が服を脱ぎだしたのを横目でチラチラと見ながら私も着替えます。チラチラ見るのは仕方がないと思うんですよ、私だって思春期真っ盛りの男ですし、隣でこんな綺麗で可愛い女性が着替えてるんですよ?少し目が行ってしまうのも仕方が無い事です。
などと自分に対して言い訳しながら、一気にズボンを下ろしてジャージに着替えます。誰も見ていないタイミングで行った早業は自身でも感嘆する程です。
無事に最難関の下を履き替えた事でふぅと一つ息を吐き出します。上はインナーは着替える必要は今は無いですし、ジャージを羽織るだけでいいでしょう。
「着替え終わりましたよ凛!」
どうですか、私もやればできるんです!と、そんな意味合いを込めて彼女に向き直ります
「「あっ」」
ですが、タイミングが悪かったのでしょうか。いいえ、悪かったのです。見れば凛はスカートを下してそれを手に取って畳んでいたらしく、下は下着だけの状態。青い下着が目に入り、思わず殴られる!と思い目を瞑ります
「っ~~!!・・・・・・バカ」
ですが、どうやら殴られずに済んだ様子です。それはありがたい事なのですが、殴られなかった代わりに足を踏まれました。痛い・・・。
少し問題のあった着替えも終わり、全員でレッスンルームに向かいます。歩いている時に凛の機嫌を窺うように、またチラチラと見ていたら後ろを歩いていた新田さんに声を掛けられました
「凛ちゃんの事、気になるの?」
「あーいえ、気になると言いますか・・・」
年上故の気遣いでしょうか、今はそれが少しだけ恨めしいです・・・。一先ず凛に聞かれないように少し距離を取り、新田さんと連れ添うように歩きます。
「見ていた理由なんですが、私と凛って学校が同じなんですよ」
「へー、意外と世の中狭いのね」
「狭すぎですよね、そもそも隣の席ですし。でですね、学校だとクールな凛がアイドルになったらどうなるのかなーって思いまして」
「成程、それで見ていたのね・・・」
ふむふむと頷く新田さん。どうやら上手く誤魔化す事が出来た様子で一安心です。ホッとしたのも束の間、何やら凛がこちらを睨んできています。何故・・・
『下手な事喋るなよ』
口パクで伝えられた言葉に、私は無言で頷いて返します。ここで下手な事喋って私が男だとばれたら武内さんにも凛にも迷惑かかりますしね!
こっそりと両手でガッツポーズを作って、気合を入れます。そうこうしている内にレッスンルームに辿り着いたようす。
「失礼します!」
一人一人が挨拶しながら部屋に入っていくのを見て、私も真似て挨拶をして入ります。中には既にトレーナーらしき人が待っており。私達を見るなり頷いていました。私たちが一列に並ぶのを待って、並び終えてから彼女は口を開きました
「私が今日君たちを担当するトレーナーの聖だ。初心者だからと言って手は抜かない、ビシバシ行くつもりなので覚悟するように!」
『はいっ!』
その声は私達も負けじと声を出して返事します。それに気を良くしたのかトレーナーの聖さんは笑顔になっていました。
「一先ずみんながどれくらい体力があるのかを見せてもらいたい。そのためにもまずはランニングをしてみようじゃないか」
笑顔で告げられたその言葉に、確か・・・そう双葉さんが目に見えてげんなりとしているのが分かります。まぁあの身長ですし、体力面で不安なのでしょう。ですが私は男なので体力には自信があります、それに伊達にぴにゃこら太を着て飛び跳ねたり全力で熱唱したりしていませんよ・・・ぐふふ。
そう思っていたのですが
「鳳、お前は少し体力が有り過ぎだな。周りを見てみろ、皆へばっている中でお前だけぴんぴんしているじゃないか」
所内をひたすら走らされて、一人、また一人をランニングを脱落していく中。とうとう私に付いてきていた新田さんと諸星さんもダウンした所で聖さんにストップが掛けられました。
「お前は何か運動とかをしていたのか?経歴などを見させてもらったが島村みたいに養成所に通っていたわけでもなさそうだが・・・」
養成所、そういうのもあるのか・・・。もしかして路上ライブではなく、普通にそう言った場所に通っていた方が近道だったりしたのでしょうか・・・。少し落ち込みますが、それはさておき。取り合えず聖さんの質問に答えるべく、ぴにゃこら太を着て路上で頑張ってましたと告げます
「なるほど、あの着ぐるみはそれなりに重いはず。それを着て歌って踊ってとなると体力が付くのも当然か・・・」
納得してくれた聖さんですが、凛がこちらを睨んできております。何故でしょう・・・。疑問に思っていると、動かぬ足を頑張って動かして凛がこちらに近づいてきてくれました。今にも倒れそうなその姿に慌てて駆け寄って肩を支えます
「ちょ、近いって・・・。それに汗臭いし・・・」
そんな事を言われましても、こうでもしないと凛が倒れてしまいそうですい・・・。それに汗臭いと言いましたが凛からは花の匂いがしますので、むしろ嗅いでいたいくらいです。
「ばっかじゃないの・・・。と言うか、アンタ今は自分が男だって事を隠さないといけないんだから、こんな体力あるところ見せて疑われでもしたら・・・」
失念しておりました・・・。同じ女性同士で走っているのに一人だけぴんぴんしているのは可笑しい事なのかもしれません。ですがぴにゃは凄いんですよ実際、殴られても良いように刺されても良いようにとあれやこれやと取り付けていたら気が付いたら総重量10kg程。初めこそは重すぎて動くのが辛かったですが慣れればなんてことはありません。
「成程ね、あんたから目を離したら色々と面倒だってことは良くわかったよ・・・」
私一人には荷が重いよプロデューサー・・・。そう呟いた凛ですが、何が重いのでしょうか。凛は軽いですよ?と返すとデコピンを貰ってしまいました。何故・・・。
一先ず体力測定のようなものも終わり、本日はもう解散になるらしいです。そう解散です。つまりまた皆で更衣室で着替えることになります、大変です。今度はインナーも着替えないといけないですし、もしかしたら人によっては下着まで着替える人もいるかもしれません。本当に大変ですよこれ、最悪これで私警察にお世話になる可能性だってあるわけですから・・・。
「どうしよう、凛・・・」
「あー・・・流石に不味いかもね・・・。プロデューサーの所に逃げるのもありかも・・・」
成程合点。今の状態を伝えればプロデューサーも納得してくれるでしょう。そうと決れば善は急げ、私は皆さんにばれないように集団を離れて、一足先に皆が集まる部屋に向かいます。というか、私最初からそこで着替えれば良かったのでは・・・?
記憶を頼りに階段を駆け上がり部屋を目指します。少し駆け足で部屋を目指していたのですが、どうやら先にその目的の部屋から誰かが出てきました。
「お疲れ様です」
扉が開き、出てきた人を見て私のすべてが止まります。あくまで表現ですが、呼吸も忘れて、心臓の動きも止めて、脈動も止めて。そんな比喩です。
でも仕方が無いです、だって部屋から出てきた人は眩しくて美しくて、今の私からすれば天上の存在で・・・
「あら、新人さんですか?」
「え、あぁ、はい。新しく企画に参加した鳳さんです」
武内さんが紹介してくれたことすらもわからずに、私は思わず涙を流していました。
珍しく文章が長いこの作品、その割にはそんなに前に進まない模様。
相変わらず設定がばがばですが今後ともよろしくお願いいたします
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少女少年は悩み出す
寒暖差が凄いことになりましたね。風邪ひきましたし、みなさまもお気を付けて。
楓さんを目の当たりにして、私は思わず涙して、その場に崩れ落ちました。
「ッ!鳳さん!」
その様子を見て、楓さんと武内さんが走りよってきて私を支えてくれるように隣に座り込みます。
「私、何か知らない間にしたかな?ごめんなさいね…」
違うんです、貴方に、私の憧れの貴方に逢えた事が嬉しくて嬉しくて…。
泣きながらそう告げると、楓さんは嬉しそうに微笑んでくれました。その笑顔も、困ったように頬に手を当てる仕草も全部が綺麗で眩しくて
「あらあら」
「鳳さん…?」
私は思わず抱き着いてしまいました
「私っ、楓さんを初めて見てから、ずっとずっと、憧れて、追い掛けてっ!こんな所で逢えるなんて、思ってもなくて!」
泣きながらいきなり話し始める私を彼女はどう思ったでしょうか。
抱きつかれて、最初は驚いていた楓さんですが、私が声を漏らし始めると優しく抱き返してくれ、背中を摩ってくれました。その優しさが嬉しくて、泣き止むことは出来ません
「小さなライブだったけど、楓さんは星みたいに眩しくて、そんな楓さんみたいに、なりたくて…」
「あのライブに来てくれたのね、凄く嬉しいわ…」
---応援してくれてありがとう。ファンでいてくれてありがとう。追い続けてくれて、憧れてくれてありがとう。
そう告げられた言葉が、私の心に深く染み渡りました。
-----
結局、あの後泣き止むまで楓さんは私を抱きしめていました。
結果、泣き止んだ事で当然冷静になった私は慌てて距離を取ります。
「すすすすみません!いきなりこんな真似をしてしまい!」
「良いのよ減るものでも無いですし。それに姉妹がいたらこんな感じなのかなって私も楽しんでいましたし」
姉妹ですか…。
その言葉に、やはり私は男性にはみえないのでしょうかと落ち込みます。まともに男性扱いしてくれるのは武内さんと凛と叔母さんだけですし…。
叔母さんいつ帰って来るんでしょうか、仕事で海外とは聞いていましたがいつ帰って来るのか分からないんですよね…。
おっと、今はそれよりも楓さんの事に集中しましょう。
「それで、武内さん。神楽ちゃんを直々にスカウトして来たと聞きましたけど…」
それにしても、やはり楓さんは美人ですね…。こうして目の前にいるのが信じられない程美しいですよ。世紀末歌姫とか物凄い呼び名が付いていますが、そう呼ばれるのに相応しいですね。歌声だけでなく普通に喋っているだけでも耳に残ります、いつまでも聞いていたいですよこれは…
「路上ライブで、たまたま歌声を聞く機会があったのですが、あれは今でも思い出せます。とても素晴らしいものでした」
武内さんちょっと黙ってください!楓さんの声が聞こえないじゃないですか!
と言うか何を話しているのでしょうか。何か私の歌声がどうとか、歌っている所を見るとか何とか色々聞こえます。
「神楽ちゃん」
おぉ、楓さんがこちらを振り向いてくれてます!感無量です!もうこのまま時が止まってしまえば良いのに…
「少しだけ、お姉さんに歌声聞かせて貰えないかしら」
…なんと?
どういう事ですかと武内さんに聞いてみますと、どうも楓さん私に興味を持ってくれたご様子。何でしょうか、嬉しくてまた泣き出しそうです!
それで、歌声でしたっけ?それぐらいなら何度でも歌いましょう!
「行きましょう武内さん、楓さん!」
そうと決まれば即行動です。二人の手を握りしめ、レッスンルーム目指して歩きだします
「あらあら、こうして手を引かれるなんて子供の時以来かしら」
「鳳さん、私は大丈夫ですので、手を離して頂けませんか」
何やら武内さんが仰っていますが、気持ちが昂っている私には聞こえません。そのまま連れていきます。道順は一度皆さんと歩いていますので、迷わずに辿り着く事が出来ました。
「ん、鳳か。今日はレッスンは終わりと言ったが…。武内さんに高垣さんまで…、どうしたんだいったい…」
レッスンルームには聖さんが残っており、いきなり入ってきた私達に驚いたご様子。
武内さんが二三言葉を伝え、聖さんも興味が出たのかノリノリで準備を始めました。
改めて、楓さんに聴いて貰えることに緊張してきます。今までは路上で歌っていましたが、こうして本職の方に聴かれる機会なんて無かったですしね。
何を歌うべきか、どう歌うべきかと考えていたら準備が出来たみたいです。
「プロデューサーさん、皆連れてきましたけど…。神楽ちゃん?」
ん、なぜ皆様がこの場に?
「折角ですから、皆さんにも一度鳳さんの歌を聴いてもらおうと思いまして」
「私が呼んだんだ」
少し自慢したような顔をした聖さんに苦笑を返します。いや、少し前も武内さんに言いましたが、何かする場合は私にも一言掛けてもらえませんかね…。しかしもう呼んでしまったので今回は素直に諦めます。
始めてもいいのでしょうかと、楓さんを見ますが何やら囲まれてそれどころじゃないご様子。
わかりますよその気持ち、本物が目の前に来たらテンション上がりますよね本田さん。でも、楓さんの事を一番想っているのはわたしですからね!と意味の無い敵対心を抱きながら本田さんを睨みつけます。
その時に、丁度楓さんと目が会いました。彼女は小さく笑うと手を叩いて視線を集めます。
「皆さん、私もお会いできて嬉しいですけど、今回の主役は神楽ちゃんです。私とはまた何時かお会いした時にお話するのとして、今は神楽ちゃんの歌に集中しましょうねー」
『はいっ!』
楓さんがそう言ったことで、皆さんの視線が私に集中します。興味津々だったり、値踏みするようだったりと色々な思惑が混ざったその視線を一身に受け、これはもしかして引き受けたのは早まったのかと思ってしまいます。
しかし、そんな私の気持ちは関係無いと言わんばかりに曲が流れてきます。
と言うか何で『こいかぜ』何ですか!本人の前で歌わせるとか何という所業!睨むように聖さんを見たらいい笑顔で親指を立てられました。
もうどうにでもなれ!そんな気持ちで、本人の前で歌い始めます
歌い出すと同時に、周囲も静まり私の耳には音楽しか聞こえなくなります。
今この場には私だけ、誰も聴いておらず、誰も見ていない。そう思いながら、緊張を忘れて歌い続けます。
ですが、それはサビに入ると同時に起こりました。音楽の中に、誰かの肉声が混ざってきています。その声が聴こえた方向を見ると、楓さんが隣で歌っていました。
何故?そう思いましたが、今は歌に集中することにします。
最後まで歌詞を間違えること無く歌いきり、ほっと一息つきます。
途中で楓さんが入って来た時は音を外しそうになりましたが、それ以外は順調に歌えました。
はっ…、そういえば楓さんの前で歌っていましたね。どうでしたかと恐る恐る見てみると、楓さんだけでなく殆どの方が口を開けて固まっています。
お気に召さなかったでしょうかとビクビクしていると、一転して喧騒に包まれます。
「凄い、凄いよ神楽ちゃん!」
「本田さん、待って体を揺すらないでっ」
突然近づいてきた本田さんに肩を掴まれブンブンと体を揺らされます。
見れば本田さんだけでなく、ほかの皆さんも私を取り囲むように集まっていました。
「神楽、ここまで上手かったんだね」
「何処かで教えてもらったわけでもないのに、こんなに上手に歌えるなんて凄いです!」
皆さんからお褒めの言葉を頂いて、少し照れてしまいます。そんな私達を楓さんは微笑ましく見つめていて
「楓さん、どうだったでしょうか…」
私は感想を聞いてみることにしました。何を言われても、糧とするつもりで。でも出来たらアドバイス欲しいですけど…
「私からは、特に何も。注意する所なんて無かったし、寧ろ完璧だったと思うわ」
そう言われて、少しだけ涙ぐんでしまいます。
それをバッチリと凛に見られてしまい、彼女はそっとハンカチを差し出してくれました。
仕方が無いじゃないですか、憧れの人に褒めてもらえたんですよ。ここまで頑張ってきた甲斐があったというものです。
「私、もう引退してもいいです。満足です…」
「杏も引退したい…」
そんな事を思わず言ってしまうほどに満足です。双葉さん、一緒に引退宣言しますか?
凛にデコピンされました。痛い…。
そんなやり取りをしていると、何やら楓さんと武内さんが話をしています。話の最中に、二人してこちらを見ているので少しだけ居心地が悪いです。
「ごめんなさい皆、少しだけ神楽ちゃんお借りしてもいいかしら」
二人の話が終わると、楓さんが近づいてきてそんな事を言い出します。やはり何処か指摘される場所があったのですか…
「どうぞどうぞご自由に!」
本田さんがズイッと私の背中を押し出して、楓さんと向かい合います。と言うか本田さん、ご自由にって勝手に決めないで下さいっ
「ここだと少し話し難いから、少し外に出ましょうか」
そう言われ、先ほどとは違って今度は私が楓さんに手を握られて歩きだします。
「あ、お、お疲れ様でした!」
去り際にお疲れ様と皆様に声を頂き部屋を出ます。少しだけ、凛の心配そうな顔が見えたので、私は笑顔で大丈夫と口パクで伝えます。
それから少しだけ楓さんと歩きました。その間に会話は無く、あぁこれはもしや出る杭は打たれるという事なのでは?と考えてしまいます。調子に乗るなよ小僧、なんて事になるのかとビクビクします。楓さんだって人間ですし、一人のアイドルです。こういったこともやるのですね…。
辿りついたのは、小さな噴水がある花に囲まれた庭園でした。恐るべし346事務所、こんな場所まであるなんて…
「さて、ここなら誰もいないでしょう」
全く別の、それこそどうでもいい事を考えていた私に、楓さんは向き直ります。
その左右で色が違う瞳に見つめられて、思わず見惚れてしまいます。待て待て落ち着きなさい私、今からもしかしたら失意のどん底に落とされるかもしれないのだから…。
さぁ何を言われる!そう身構えていた私に、楓さんは爆弾を投げ掛けました
「神楽ちゃん、私とユニットを組んでみない?」
「…………へ?」
たっぷりと、それはもうたっぷりと時間を開けて返した言葉はこれでした。
ユニット、ユニット?誰と誰が?楓さんと私が?まさかですよねー、私の脳がきっと都合よく聞き間違えたんでしょう。
ですが、現実だったみたいです。態度には出しませんが、心中では慌てふためく私に楓さんは言葉を続けます
「少し嫌味になるかも知れないけど、私がこれまでユニットを組む事をしなかったのは、私についてこれる人がいなかったからなの」
嫌味なんてとんでもない。それはファンの皆が理解する事実です。実際楓さんの声が恐ろしい程に透き通り、聞くもの全てを魅了する程だと思っています。彼女のライブでは泣き出す人もいますし、感激のあまり倒れる人もいます。
これは楓さんだからとしか言いようがありません。彼女の醸し出す神秘的な雰囲気も合わさっているからこそ、その結果になるのです。
では、何故楓さんは私なんかを誘ったのでしょうか…。正直私は何処にでもいる人間です。それこそ路端の石のようなものです。
「貴女には、他の人には感じられない秘密…、ミステリアスな雰囲気を感じたの。」
それ多分ミステリアスとかじゃなくて、単に男である事を隠しているだけです…。くそぅ…褒められたと思っていたのに台無しだよ!……楓さんは真実を知らないのですから当然ですよね。
「それに、歌唱力も素晴らしかった。こいかぜを聴いた時なんて、私がもう一人いるように思えた」
それは、とても嬉しい評価ですが、私なんてまだまだです。
「だから、貴女となら私はまた一歩前に進む事が出来る。そう思ったの、貴女と二人なら、どこまでも行ける…」
過剰な評価を受けて、戸惑います。そんな私の心中など知らない楓さんは、私に向かって手を差し伸べて来ました
「だから、もし良かったらこの手を取って。私と一緒にこれから進んで行ってくれないかしら」
そうして差し伸べられた手を、私はじっと見つめます。仮にこのまま手を取れば、私の念願は叶ったと言っても良いでしょう。何せ彼女と同じように輝きたいと願っていましたし。
しかし、このまま手を取れば私は何も苦労せずに進む事になります。この先、ユニットを組む事で例え名前が売れたとしても、それはきっと『高垣楓』の付属品としてでしょう。
だから、私はその手を取りませんでした。
「すみません楓さん、お誘いは凄く、物凄く嬉しいです。出来るなら手を取って喜びで叫びたいです。でもここで手を取ったら私は自分を許せません。何も知らない、実績の無い私が貴女と並ぶには、まだ早すぎます」
「そう…」
私の言葉に、楓さんは悲しそうに手を下ろします。ですが、まだ私は全てを伝えていません
「でも、もし私が貴女の隣に立てるようになったら。その時は胸を張って貴女の所に向かいます。だからそれまで私を信じて待ってもらえませんか…?」
正直、他の人が聞いたら何を言っているんだと罵倒されても可笑しく無いでしょう。彼女の隣に並ぶという事は並大抵の努力では務まりません。それを何も知らない私が言うのです、待っていて欲しいと。
ですが、楓さんはそんな私の言葉に優しく笑って、頷いてくれました。
「神楽ちゃんの気持ち、よく分かったわ。確かに少しこの話は早かったかもしれない。でも、神楽ちゃんが言ったように、貴女が隣に来るまで待っているわね」
高垣楓は孤高の存在なんて言った人がいる。でもそれは間違いだとはっきりと言える。だって楓さん、私の事を待つと言った時に、少しだけ楽しそうに声を上擦らせていましたし
「それにしても、何だかプロポーズ見たいな言葉だったわね。同性なのにお姉さん少しドキッとしちゃった」
そう言って彼女は可笑しそうに口元を抑えて笑いました。ですが私は楽しくありません。えぇ、忘れてました。私今は女の子ですもんね、楓さんは照れさせたヤッターとか思っても男性に照れてるとかそんなんじゃ無いですもんね。
結局、その後はユニットの話はせずに。お互いを知るために色々話し合ったり、何と連絡先まで教えて貰って、至福の時を過ごしました。
ですが当然時間というものは有限です。
「そろそろ日も暮れてきたことだし、お開きにしましょうか。またね、神楽ちゃん」
「楓さん、今日はありがとうございました!」
そうして、楓さんは手をひらひらと振りながら去っていきます。去り際まで綺麗なんて非の打ち所無いですね…。
こうして、思いもよらぬ形ですが楓さんと接する事になった私ですが
(どうするどうする、楓さん帰ったし今がチャンスかもよ!)
(でも、何か大事なお話だとしたら。私達が聞くのは良くないんじゃ…)
(でもでも!楓さんと何話したのかみりあは凄い気になるよ?)
一先ず、こっそりと覗き見てた方達をどうにかする事から始めましょうか…
次回あたりからやっとアニメ本編の話に入る予定です。
感想お待ちしております。
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少女少年は動き出す
消されるのは嫌なんじゃ・・・
あの後、楓さんと別れて質問攻めにあいました。当然ですよね、高嶺の花である高垣楓と新人アイドルが二人きりで話すとなるとそれはもう気になって仕方が無いでしょう。私が逆の立場、その場面を見かけた場合同じ行動をするでしょう。
しかし、今回のお話は簡単に話せるような内容ではありません。私だけでは無く、楓さんの今後にも支障がでる可能性がありますし。何とか皆さんの質問を躱し、凛に睨まれながらもその日は寄り道などはせずに、楓さんの事を考えながら家に帰りました。
開けて翌日。学校でも、事務所に向かう道中でもこちらを見てくる凛と共に向かいます。お願いしますから睨まないでください・・・
「別に、睨んでるわけじゃないし・・・」
「ごめんね、凛。こればっかりは簡単に話す事が出来ないの・・・」
そう告げると、渋々と言った様子ですが。凛は何とか納得してくれたご様子。渋谷凛が渋々納得・・・ふふふ。
「あいたっ!?」
そんな事を考えていたらチョップされました。何故・・・と言うか心の中身まで読まないでもらいたいです・・・。
「どうせ変な事考えてたんでしょ、ほら。立ち止まってないで行くよ」
変な事とは・・・まぁ否定は出来ませんが。
そのまま私たちはのんびりと会話しながら事務所に向かいます。途中で本田さんと島村さんと合流して人数が増え、女三人寄れば姦しいというのが実感できてしまいました。私?私はほら、ちゃんと男ですから混ざったと事で姦しくはなりませんよ。
因みに、私たちの服装は全員制服です。私と凛は同じ学校ですが、お二人は違う学校らしいですね。
「おっはようございまーす!」
なんて他愛のない話をしていたら、あっという間に事務所に着きました。そのまま私達がいつも集まる部屋に向かい本田さんが勢いよく扉を開けて挨拶します。
「煩わしい太陽ね」
「おはよう、皆」
「ドーブラエ ウートラ、おはよう、です」
「にょわー☆みんな今日もおっすおっす☆」
先に集まっていた神崎さん、新田さん、アナスタシアさん、諸星さんが返事をしてくれます。それにしてもあれですね、アナスタシアさんは日本語をまだ練習中らしくロシア語が混ざるためたまに混乱してしまいますが、神崎さんの言葉は今の所さっぱりですね。これに関しては慣れるしかないでしょう。それから少しして、緒方さんに三村さん、みりあちゃんに莉嘉ちゃん、前川さんに多田さんがやってきます。双葉さんは何処でしょうかと探してみると、いました。ソファで横になっています。私達が全員集まったころに、武内さんが千川さんとやってきました。その後ろにもう一人、いますね・・・
「お姉ちゃん!」
「莉ー嘉。まずはプロデューサーに挨拶しなってー」
莉嘉ちゃんのお姉さんと言うことは、カリスマJKアイドルの城ヶ崎美嘉さんでしょう。何故そんな彼女がここにいるのか疑問ですが、武内さんがそれを解消するように話始めます。
「今回、城ヶ崎さんからバックダンサーの指名として、本田さん、島村さん、渋谷さんの三人が選ばれました」
その言葉に、少し沈黙が降り。その後爆発するように空気が沸き立ちます。城ヶ崎さんのお姉さん・・・、この際ですから美嘉さんと呼ばせてもらいましょう。美嘉さんが直々に選んだということですし、色々と考えがあっての事なのでしょう。
「えー!莉嘉もやりたーい!」
「みりあもやーる!みりあもやーる!」
「み、みくも出たいにゃあ!」
そんな風に三人が声を挙げますが。美嘉さんはまた今度ねと言って話を終わらせます。また今度と言うのがいつになるかは分かりませんが、一先ず仲間の成功を祈っておくとします。これで失敗して後に響くようになったら大変ですしね・・・。
「おめでとう、凛っ」
大切な友達が舞台に立つということで、小さな声で耳打ちしまう。
「ちょっ、近いって・・・」
ですが凛はそう言って離れてしまいました。何故・・・?耳を抑えながらこちらを睨む凛ですが、顔が赤くなっています。成程、耳が弱点なのでしょうか
「また変な事考えてる・・・」
また心を読んでる・・・。
「それでは、これから三人は城ヶ崎さんと一緒にダンスレッスンを。他の皆さんは各自レッスンをお願いします」
そうして、私達は着替えるために更衣室に向かいました。流石にここはもう割愛しましょう。何度も同じ事を経験するわけですから、もうこれは頑張って慣れるしかないですし・・・。敢えてここで一言言うとしたら、皆さんは大変無防備でしたと言わせてもらいます。
そんな事もありましたが、レッスンルームで各自ペアになって柔軟を行います。ここで問題が発生します。今回は頼れる存在である凛が美嘉さんと組んでいます。他には新田さんとアナスタシアさん。みりあちゃんと莉嘉ちゃん。緒方さんと三村さん。前川さんと多田さん。双葉さんと諸星さん。どうしましょうか、神崎さんと組むしか選択肢が残っていないのですが、私コミュニケーションを無事に取れるでしょうか・・・。一先ず、声を掛けないと何も始まらないので、神崎さんに近づいていきます
「神崎さん、良かったら組んでもらえませんか?」
「む、神の玩具か。良かろう、我も汝に申し出を述べるつもりであった・・・」
要約すると、私もお願いする所だった・・・。と言うところでしょうか。
その言葉に私は微笑んで、背中合わせになりながら腕を組んで、体を折り曲げるようにして神崎さんを背中に乗せて持ち上げます。
「ぴゃぁ!」
「あ、ごめんなさい。痛かったですか?」
「や、ちが・・・。んっん。気にするでない、少し驚いただけだ・・・」
一言声を掛けてからやるべきでしたね。気を付けましょう。今度は反対に神崎さんが私を持ち上げてくれます。大丈夫でしょうか、私重くないでしょうか・・・。
「其方はとても軽いな、まるで羽毛の様だ」
それは流石に言い過ぎでは・・・。一応私も男性ですし、そこまで軽かったらそれは大変な事になります。まぁあくまで彼女の表現の仕方が独特なのでそう判断しただけかもしれません。それから二人して座りながら体を前に倒したり、前屈したりと柔軟をしていき、やっとこさレッスンに入ります。
「今日はまずダンスレッスンとのことですし、簡単な踊りから始めていきましょうか」
そう言ったのは聖さんの妹さんの愛さんです。妹と言いましたが、見た目そっくりなため実は双子なんじゃないかと思います。
愛さんに言われるまま、今回はどうせならと言うことで美嘉さんの曲が流れているのでそれに合わせて踊りを真似てみる事になりました。
「鳳、少し動きが速いぞ。神崎、足元に集中しろ!」
流石に、プロのレッスンを受けるのは初めてなので勝手が分かりませんね。神崎さんはどうなのかわかりませんが、ステップが安定しないようで困惑しているのが見受けられます。
3回ほど通して踊って、いったん休憩になりました。肩を上下させ、息を整えようとしている神崎さんに飲み物を渡します。
「あ、ありがとう・・・」
おや、流石に疲れているからなのか普通に感謝されました。普通に喋るだけで、だいぶ印象が変わりますね、先ほどまでは少し高圧的な感じがしてましたが、今の神崎さんは小動物みたいで可愛いです。
「神楽さんは、疲れてないんですか・・・?」
うーん。何と言いますか、疲れてはいるんですが今はレッスン出来る事で楽しくてしょうがないんですよね。路上の時はそこまで本格的な踊りなんて出来ませんでしたし、本格的にダンスを学べる今が楽しくて楽しくて・・・。
そう神崎さんに伝えると、何かキラキラとした目で見られてしまいました。
「神楽さんは凄いですね、私アイドルになれるって浮かれてたのかもしれません・・・」
お、おう。返事に困ってしまいますね・・・。神崎さんの気持ちもわかりますし。私だって浮かれていますからね。飲み物を飲んで少し落ち着いた様子の神崎さんの隣に腰かけ、話しだします
「浮かれたって良いじゃないですか。アイドルになれるなんてそんな簡単な事じゃないですし、これから先の楽しい事を考えれば当然の事ですよ」
「神楽さんも、ですか・・・?」
「それはもう当然。私は楓さんに憧れてこの道に進みましたからね。それが念願叶ったわけですし、浮かれるのも当然ですよ」
「当然、ですか」
「当然です。だから神崎さんも今はまだ大変かもしれませんが、一緒に頑張っていきましょうよ。私だけじゃなくて、皆も一緒に」
ふぅ、少し長く話してしまいましたね。持ってきた飲み物を少し含み喉を潤します。やー、このスタドリ?でしたっけ。初めて飲みましたが美味しいですねこれ。体の中から活力が湧いてくると言いますか、体力が回復すると言いますか。
「あの、神楽さん・・・」
ん?神崎さんが何故かモジモジしながら話しかけてきます。
「蘭子って、呼んでもらえませんか?」
ふむ、これはつまり友情が芽生えたってやつですね!男女の友情なんて成り立たないなんて言われていますが、なんだちゃんと成り立つじゃないですか。
「じゃあ、蘭子ちゃんって呼びますね!」
「はいっ!神楽さん!」
あ、はい。私の事はさん付けなんですね。呼び捨てとか期待していましたが、一応私年上ですからそれが関係しているのでしょうか・・・。
その後、美嘉さんのダンスレッスンを見て学ぶ事になり。凛が分からない所を聞いたりして中々度胸あるなーなんて考えたりしていたら、あっという間に時間が過ぎ去り解散となりました。
今日の収穫としては、本場のダンスレッスンを受けれた事を、蘭子ちゃんとの距離が近づけた事ですかね。そのおかげなのかは分かりませんが、蘭子ちゃん普通に話してくれるようになりましたし。
帰り支度を終えた凛と、一緒に帰っている最中そんな会話をしながら帰ります。意外な事に凛の家と私の家ってそんな離れて無かったんですよね。私の方が家は遠いですが、凛の家の先にあるので帰り道が一緒になるんです。
「凛は、ダンスも上手ですねー」
「そんな事ないよ。少し見てたけど、神楽の方が上手かったし」
謙遜なんていらないのに。事実、凛のダンスは・・・失礼な言い方になるかもしれませんが養成所に通っていたという島村さんとそこまで変わらないレベルだと思います。確か凛はダンスの経験は無かったみたいですし、そう考えれば十分じゃないでしょうか。私が上手いと言いますが、きっとプロの方から見れば赤子も同然ですよ。
そんな会話を続けながら歩いていると凛の家に着きます。凛の家は花屋です。その花屋から一匹の犬が駆け寄ってきました
「花子ー、君は何時も元気だねー」
わしゃわしゃとお腹を撫でてあげると喜んでじゃれ付いてきます。いやぁ、癒されますね・・・。叔母さんがいませんし、勝手に動物を飼うことも出来ないのでこうして花子と触れ合う時間は新鮮です
「花子・・・私にはこないんだ・・・」
どうやら花子が凛の方にいかなかった事で落ち込んでいるご様子。そんな凛がちょっと面白くて、からかう感じで喉元をこしょこしょとくすぐってみました。するとどうでしょう。凛は目を瞑り少し気持ちよさそうに声を漏らしています。少しそのままくすぐっていたら、正気に戻った凛に拳骨を落とされました。
うん、ごめんなさい調子に乗りました。
「あんまり、女の子にこんな事したらダメだよ?神楽は一応、一応男なんだし」
何で一応って二回言ったんですかね。一応じゃなく正真正銘男ですから。そうして、凛は花子を抱えて家に入っていきます。バイバイと手を振って別れたあと、私は夕食の買い出しに向かいました。
「いや、ですが今日は何時もよりお腹が空いていますし、これはジャンクな物を食べるのも良いかもしれませんね・・・」
ハンバーガーとか叔母さんが帰ってきたら食べれませんしね。これ気に食い溜めするのもありでしょう。そうと決まれば私の行動は早いものです。今来た道を戻り道中にあるファーストフード店に入ります。あぁこの香り、素晴らしいです!メニューも豊富ですし、何を頼みますかね・・・
「あれ、君って確か・・・鳳神楽だっけ?」
声を掛けられ、誰でしょうかと振り向くと、知らない女性が立っていました。どちら様・・・?
「ほら、中学が同じだったんだけど・・・覚えてない?」
そういわれて記憶を辿りますが、思い出せません
「そっかー一応色々やってたんだけどね・・・」
少し落胆した様子で、彼女は自己紹介を始めました
「北条加蓮、もう忘れないでね?」
加蓮って年齢確か16ですよね、それで凛と中学同じだったってことは先輩。なのに凛の事を知っていた・・・。つまり中学の凛は有名になるような事をしていた!?
とか考えましたが、気にせず書きます
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少女少年は泣き出した
特にしゃのあさんの言葉には私も考えるところが深まりました。
ですので今回はちょっとした補足も含めたお話し。例のごとく黒ウサギの後付け設定になります(目を逸らしながら
デレステ楓さん確保成功しました。無課金でもいける!
あとこの作品に限り加蓮は病気により一年留年したという設定でいきたいと思います。
北条加蓮と名乗ったその少女。少し長めの髪を両サイドでまとめており、服装も何処か最近の若者らしく崩して着ています。胸元のボタンを外すのは、視線のやり場に困ってしまうのでやめてほしいですが、いきなりそんな事を言うわけにもいかないので自然と視線を逸らしてしまいます
「もし時間良かったらさ、少し話出来ないかな?」
その申し出を、私は取り合えず受けました。向こうはどうやら私の事を知っているみたいですし、私も彼女の事を思い出すのに良いでしょうし。
一先ず私達は店員に同じセットを注文して、席に運ばれるらしいので先に席に座ります。対面に座る彼女は、一挙一動が全て気だるそうに見えました。それが彼女の性格なのかは分かりませんが、少しあまり良い印象を持つのは難しいかもしれませんね
「改めて、北条加蓮です。同じ中学だったんだけど、覚えてないかな?」
そう言われて私は少し記憶を探りますが、いかんせん中学の記憶はあまり残って無いのです。と言うのも、私こんな容姿ですから中学の時もあまり親しい友人がいなかったんですよね。それにその頃は色々と家族の不幸もありましたし、それに楓さんに出会ったことで殆どがそちらに意識が行っていたと言いますか・・・。まぁ兎も角自身の周囲の事は殆ど無関心だったと言っても良いでしょう。
「ごめんなさい、私あんまり中学の頃は覚えて無くて・・・」
ですので、素直に覚えていないことを伝えます。そしたら、北条さんは悲しそうに顔を歪めました。そんな顔をされるととても申し訳ない気持ちになります・・・。
「じゃ、じゃあさ。保健室まで運んでくれた事は覚えてない?」
保健室ですか・・・。そういえば三年生の頃ですが、授業中に具合が悪いと仰った誰かを連れて行った気がしますね。ですが、その時の少女は髪も長かったですし・・・。いやでも、どことなく北条さんに面影が・・・
「むぅ・・・、手紙!手紙貰わなかった!?」
手紙と言われましても、それらに関してはあまりいい思い出も無いんですよね。わくわくしながら指定の場所に向かったら男の人が待っていたり、指定の時間になっても誰も現れなかったりと・・・。やっぱり私の中学時代結構悲惨なのでは・・・?
「そっか、覚えてないか・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
「気にしないで、そもそも私達そんなに交流あったわけじゃないし・・・」
ふむ、でしたら何故北条さんは私の事を今も記憶しているのでしょうか。人と言うのはどうでも良い事はすっぱりと忘れたりします。それなのに私の事を覚えているというのは少し気になりますね。
「そのね、私昔体弱くてさ。といっても今も弱いけど、学校の皆は私が具合悪そうにしてても、段々心配してくれなくなったんだよね。そうした時に私の事をちゃんと心配してくれたのか君だったわけ」
そんなエピソード・・・、あぁありましたね。成程あの時の子が北条さんだったわけですか。
「手紙も、結局出したのは良いけど体調崩しちゃって結局行けなくなって・・・」
まぁそれは仕方が無い事でしょう。体が弱いなら、急に具合が悪くなるのも仕方がありません。
「そもそも私留年したから、皆より一個年上だしさ。なんかあまり親しい友達ってのがいなかったんだー」
さらっと重要な事を言われた気がします。
「結構噂になってたんだけど、知らなかったんだ?」
存じませんでした。先程も言いましたが、中学の時は自分の事で精いっぱいでしたし。無関心でしたし・・・。そんな風に自身に言い訳しながら彼女と話をしていると頼んでいた品物が届きます。揚げたてらしいポテトの香りが鼻孔をくすぐり、お腹が自己主張を始めます。彼女も同じ気持ちだったのか、届いたポテトを摘まみながら幸せそうに顔を綻ばせています。一本一本口に含む様子はまるでリスの様です。思わず手に持っているポテトを彼女の口元に運びたい衝動に駆られますがやめときます。凛にもあまり変な行動するなと言われたばかりですしね。女性との距離感をもう少し考えた方が良いでしょう。
「ん?というか北条さん手紙ってもしかしてなんですけど・・・ラブな手紙・・・?」
「面と向かって言われると恥ずかしいけど、それです・・・」
顔を赤らめながら北条さんは俯いてしまいますが、私はそんな事よりも男性として意識されていることの方が重要です。男装して通ってるとか今では言われてますが、昔もきっとそう思われていたのでしょうか・・・。ですが北条さんはちゃんと私の事を男性だとわかっていて手紙を出してくれて・・・
「ありがとう、ございますっ」
「え、何で泣いてるの!?」
だって、最近私女性としてアイドルデビューしましたし。高校でも変態みたいに思われてそうですし凛と武内さんしかまともに男性として扱ってくれませんし・・・。もう昔から男性と思われていたことが嬉しくて嬉しくて・・・
「いやまぁ、私も最初変な子がいるなとは思ってたけど。保健室に運ばれた時にちゃんと男の子だって判ったし、意外に逞しく感じたし・・・。って、何言ってるんだろうね私!」
逞しい!素敵なセリフですね・・・。
「それに、女の子だったら私の体見て顔赤くしたりしないでしょ」
あぁ、完璧に思い出しましたよ。北条さんを保健室に連れて行ったのは良かったんですが、先生がいなかったから私が介抱したんですよね。北条さん熱いなんて言って脱ぎだしますし・・・。汗も凄い掻いていましたのでタオルで拭いたりと色々やりましたね・・・。今思えば中々凄い事をしたんじゃないでしょうか私。
しかし、こうして中学の頃の人と昔を離す機会があるなんて思ってもいませんでしたね。それもちゃんと私の事を異性として認識してくれている数少ない人ですし。
「こうしてまた会ったのも何かの縁だしさ。連絡先交換しない?あ、嫌だったら良いんだけど・・・」
嫌だなんてとんでもない。私の携帯連絡先そんなに登録されて無くて少し寂しい事になっているんですよね。ですのでこうして連絡を交換出来るのは喜ばしい事です!
そうして連絡先を交換して、私たちは食べ終えたプレートを戻して別れます。
「でしたら北条さん、何時でも連絡してもらっても良いですからね!」
ここ最近凛としか連絡とっていませんでしたし、違う人と連絡とるなんて楽しみですよ!
「うんっ、私も今日会えて楽しかったよ!それで、もしよかったら加蓮って呼んで貰えないかな?」
うん?いきなりそれはハードルが・・・。蘭子ちゃんの場合と違って、北条さんは私の事を異性と認識していますし、そうなると流石に躊躇いが・・・。蘭子ちゃんはほら、女同士でしたら下の名前で呼び合うのも仕方が無いと割り切っていましたし。今回は少し・・・
「ダメ、かな?」
ぐぬぬ、その顔はずるいですよ北条さん!そんな悲しそうな顔をされては断るわけにはいかないじゃないですか・・・
「でしたら、加蓮さん。とお呼びしますね?」
「別に呼び捨てでもいいんだけど・・・。まぁ行き成り呼び捨てにしてっていう方が難しいか。それじゃあ私は神楽って呼ぶね!」
「あ、はい。よろしくお願いしますね!」
そうして私達は違う方向に別れて帰路につきました・・・
-----
それからあっという間に時間は過ぎ去って美嘉さんのライブの日になりました。この日はレッスンも無く、プロジェクトメンバー皆でライブを見に行こうといった話になりました。と言うのも、事前に美嘉さんからライブチケット渡されてますし、見に行かないのも勿体ないんですよね。
「んふふー 」
そうして会場に向かう道中、何故か蘭子ちゃんが私の手を繋いだまま離さないんです。何故なのかと思いますが、彼女が幸せそうにしているので振りほどくわけにもいきませんし、別にこのままでも支障があるわけでは無いので良いでしょう。
「蘭子ちゃんと神楽ちゃんは仲良しなんだね」
新田さんとアナスタシアさん程ではないと思いますけどね。お二人とも何をするにも一緒なイメージですし、それに比べると私達はそれほどでもないかと。
そうこうしているうちに、会場に着きました。凄い人ですね、これだけの人がライブを見に来ていると思うと、何時か私もと思えてしまいます。
何時かは私もこうしてライブを開くことがあれば、こんな風に人が集まってくれるでしょうか。少し楽しみでもあり、不安でもありますが。今はそんな考えを振りほどき凛たちの応援に集中する事にします。ふふふ、ちゃんとこの日のためにサイリウム・・・でしたっけ。光るペンも用意しましたし、美嘉さんの曲の合いの手もちゃんと覚えてきました。万全ですよ!
まず私達は、関係者入口から入ってバックダンサーを務める本田さん島村さん凛の三人の様子を見に行きます。スタッフの方たちに挨拶しながら、三人がいる場所に向かうと既に着替えを終わらせてライブ衣装になっています。が・・・。そのライブ衣装って少し露出が・・・、おへそ出てますし、ミニスカートですから太ももがチラチラとですね・・・。
皆さんが激励の言葉を伝えている間、私は凛に近づきます。
「神楽、来てくれたんだ」
「それはもちろん。大事な仲間の晴れ舞台ですしねっ」
会話している時も、私は目線を逸らしたままです。直視するの結構難しいですよこの衣装!そんな私の謎の行動も、凛は分かってくれた様子。頑張って衣装から出ている肌を隠そうと腕で頑張っていますが、むしろその動きが色気を誘発すると言いますか・・・。
「と、とにかく頑張ってくださいね!」
それだけ伝えて、私は一人部屋を出ていきました。すると丁度よく武内さんがこちらに向かってきています。その隣には美嘉さんも並んでおり、こちらを見ると手を振ってくれました。私もそれに応えて挨拶をします。しかし美嘉さんの衣装も中々派手ですね・・・。またもや目線を逸らすと、武内さんと目が合いました
(目のやり場に困りますっ)
(諦めてください)
なんてアイコンタクトを交わせる程度には、武内さんと親しくなりました。顔は怖いですけど意外と親しくなると表情の変化が乏しいだけなんですよねこの人。
それから、美嘉さんと武内さんが部屋に入っていくのを見て。私は一人お手洗いに向かいます。蘭子ちゃんと手を繋いだままでしたので、途中でお手洗いに行けずに困っていたんですよね。お手洗いは何処でしょうかと探しながら歩いているとありましたありました。
「これは、どちらに入るべきか・・・」
当然ですが、お手洗いは男性用女性用と二つに分かれています。ですが、ここで女性用に入るのは少し気が引けるんですよね。346プロダクションではお手洗いに行かないように努力していたんですが、今はもう我慢の限界に・・・。かと言って自分に素直に男性用に入った場合、それを誰かに見られでもしたら問題になるんですよね・・・。少し逡巡してから、結局私は女性用に入ることにしました
「女の子、私は女の子・・・」
そうして扉に手を掛けたと同時に、先に入っていた方がお手洗いから出てきます。瞬間私は壁に張り付くようにして顔を見られないようにします。えぇ、さぞ怪しい人に見えたでしょうね・・・。
出て行った女性が不思議そうにこちらを見て去っていきます。彼女が廊下を曲がるのを確認してから私も急いでお手洗いに入り用を足しました。
「危ないところでした・・・」
もう少しで見せられない状況になるところでしたが、何とか無事に回避できました。いえ、無事では無いですけど、男としてやってはいけないことをしたようなものですし・・・。
一先ず危機は回避したので、時計で時間を確認するとそろそろ始まりの時間になりつつあります。私は少し速足で席に向かうと、蘭子ちゃんが頬を膨らませて私の事を待っていてくれていました。
「遅いですっ」
「ごめんなさい、少しお手洗いに・・・」
何故怒っているのか分かりませんが、一先ず謝っておきましょう。理不尽な気もしますが社会に出たらこれ以上の理不尽が襲い掛かりますしね。これぐらいで腹を立てる程沸点低く無いですし。そんな蘭子ちゃんの横に座ると、アナスタシアさんが耳打ちをしてきます
(ランコ、カグラがいなくて、寂しそうでした)
それは、その、申し訳なく・・・。何でしょうね、蘭子ちゃんが私にべったりな理由が思い浮かばないのですが・・・。そうして色々と考えている内に、ライブが開始されました。この疑問は後に考えることにして、とりあえず今はライブを楽しむことにしましょう!
少し強引ですが次回に続く。
蘭子がべったりな理由ですが、今度まとめて別視点を載せる予定ですのでその時にでも謎を解消するとします。
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少女少年は涙もろい
ライブが始まりました。
今回のライブは美嘉さんだけでなく、元アナウンサーの川島さんを筆頭に。いえ、決して年齢が一番上だから筆頭というわけではありませんが。元読者モデルの佐久間さん、小日向さん、日野さんなど大勢のアイドルが参加しています。
それはまるで、水面に投げかけられた石の様でした。私達観客という水面に歌という石が投じられます。そうして生まれるのは波紋の様に広がる熱気、歓声。その大きな動きに私は圧倒されてしまいます。
「凄いね、蘭子ちゃんっ」
「凄いです、皆キラキラしててっ」
ライブ中と言うこともあり、私達はお互い顔を近づけながら小声で会話します。とは言っても歌声と声援で小声で話してしまった場合聞こえなくなるので、それなりに声量は出しています。蘭子ちゃんはこういったライブを見る機会はそれなりにあったらしいですが、こうして所属が同じ方々のライブを見るのは初めてだそうです。私は楓さんのライブを一度見に行ったくらいで、まともにライブを見るのは今回が二回目。あの時とは会場の規模もお客さんの数も桁違いですし、少し熱気に中てられた体温が上がっている気がします。
関係の無い話になりますが、こうして蘭子ちゃんと顔を近づけて会話していてわかりますが、本当に可愛いですよねこの子。線も細いですし、身内びいきになりますがアイドルになって当然と言える容姿です。いえ本当に、何でこの子私にこんなに懐いているんでしょうかと疑問でしょうがないですね。私としては妹が出来たみたいで少し嬉しいですが。あまり過剰な接触をした場合、万が一にでも性別がばれてしまった場合彼女を裏切る形になってしまいますので心が少し痛いです。蘭子ちゃんだけでなく、私皆さんの事をだましているんですよね、そう思うと少し悲しくなってきました。
「神楽さん、美嘉さんの出番ですよ!」
ハッと、蘭子ちゃんに声を掛けられたことで今はライブ中だったことを思い出します。声を掛けてきた蘭子ちゃんは目を輝かせながら、きっと未来の自分を夢見ているのではないでしょうか。いつか、こうして光り輝くステージに立つ自分の姿を・・・。
(色々考えるのは、後にしましょうっ)
そう判断して、舞台に上がった美嘉さんを見ます。少しずれた事を思いますが、あの服装寒そうですよね、おへそ出して腕出して脚を出して。私もあのような格好をする日が来るのでしょうか・・・。あぁダメです、考えたらいけないイメージが・・・。
そんな事を考えている内に、三人が舞台下から飛び出してきます。曲が始まると同時に飛び出してきた彼女は先程見た衣装に身を包み、着地に成功すると同時に曲が流れ踊り始めます。
--ステップに手古摺っていた島村さん。
--二人とペースが合わない事に戸惑っていた本田さん。
--踊る事の恥ずかしさが抜けなかった凛。
三人が美嘉さんの後ろで、一糸乱れることなく踊る姿を見て、思わず涙が流れます。三人共この日のためにいつも頑張って、それをずっと私達は眺めていて。努力が今報われる瞬間をこの目で見て・・・。だからでしょうか、何時までたっても涙は止まらず、視界がぼやけて上手く見えません。慌てて鞄からハンカチを取り出して目元をぬぐいます。晴れた視界では美しく踊り、眩しく輝く彼女達が見えて、私の心は高鳴りました。
そんなライブも終わり、皆は控室に向かいました。そんな中私は一人外に出ます。日も沈み、熱気に中てられた体が冷たい風に晒されて少し心地よいです。
私一人こうして外にいるのは、きっと今彼女達に会えばまた泣き出してしまいます。それとは別に、こんな気持ちを抱いたまま会うなんて出来ません。
「三人共、羨ましいな」
美嘉さんに直接指名された三人。それを聞いた当初こそ、素直におめでとうと思い、今ライブを見た後も彼女達の笑顔が楽しそうで嬉しそうで忘れられません。でも、だからこそそんな彼女たちの笑顔をみて、どうして私じゃないのかと少しだけ嫉妬してしまいます。美嘉さんが選んだんだから仕方が無いとは思っています。ですが私が選ばれなかった理由は何ですか?
「考えても、答えなんてわかんないですよね」
夜風を浴びていたことで、少し頭も冷えました。今は素直に彼女達にお疲れさまと言いに行きましょう。そう思い、控室に向かおうとすると正面から凛が歩いて来るのが見えました。
「凛、どうしたの?」
「どうしたのって・・・、神楽の姿が見当たらないから探しに来たんだよ」
それは、申し訳ない事を・・・。ライブ衣装のまま来てくれたことから心配させてしまった事に少しだけ情けなくなってしまいます。
「それで、何で一人で外にいたの?」
「秘密です。と言っても少し熱くなってしまったので外に涼みに来ていたんです」
手近のベンチに二人で腰かけて、私達は空を見上げます。
「星、とっても綺麗ですね」
「そうだね、遠くにあるのに凄く眩しく見える」
今日の凛も綺麗でしたよ。そう言おうとしましたが、経験則から殴られるのではないかと思い止めておきます。からかい半分で伝えてみることも考えましたが、今はそんな雰囲気では無いですしね。
隣り合って座ってどれくらい時間が経ったでしょうか。私が星をのんびりと眺めていると、凛が頭をこちらに預けて寝息を立てていました。
「本当に、お疲れさまでした」
初めてのライブで疲れていたんでしょうね。それに緊張から解放された事で糸が切れたとでも言うのでしょうか。安らかな寝顔の凛を起こすわけにも行かないので、武内さんに連絡をしておきます。きっとこの後は彼が送ってくれるでしょうし、それまで私は枕になっているとしましょうか。肩に頭を乗せたままでは痛いと思い、起こさないように体を少しずつ動かして膝枕をします。その際に、凛が寒そうに体を震わせていたので、私が羽織っているシャツを掛けておきます。これで風邪なんて引いたら台無しですしね。気持ちよさそうに寝ている凛の髪を、そっと梳かすように撫でます。こうして見ると、凛も綺麗ですね。凛や蘭子ちゃんに限った話では無いのですが、プロジェクトメンバーの皆さん綺麗ですよね。そんな中に、私みたいな異端な存在が混ざっていて良いのでしょうか。
(ダメですね、また思考が変な方向に・・・)
そんな事を考えていたら、武内さんとメンバーの皆さんがこちらに向かって来ているのが見えました
「おーい、しぶりーん!とりちゃーん!」
とりちゃんとは私の事でしょうか・・・。大声を出して走ってくる本田さんに、私は口元に人差し指を当てて『お静かに』とジェスチャーを伝えます。それに気づいたのか、彼女はゆっくりと歩いてきて、私たちの前に立つと屈みこみ凛の頬をつつき始めます。
「やー・・・しぶりん気持ちよさそうに寝てるねぇ・・・。とりちゃんの膝はそんなに寝心地がいいのかな?」
「分かりませんけど、疲れてたんでしょうね。本田さん、島村さん。今日はお疲れさまでした。三人共とても輝いていましたよ?」
「ありがとうございます、神楽ちゃんっ」
島村さんの笑顔にこちらも笑顔で応えて、武内さんにこの後どうするかを訪ねます。どうやら既に他の皆さまは解散したそうで、これから新田さんが企画したお疲れさま会なるものを開こうとしているらしいです。会場は事務所の何時もの場所で行う見たいですので、幸いここから事務所までは歩いて行ける距離なので私は凛をおぶって歩くことにしました。
皆さんが思い思いに今日のライブについて話しながら歩いて行く中、諸星さんがこちらに話しかけてきます
「大丈夫~神楽ちゃん。辛かったらぁ、きらりが凛ちゃんおぶるよぉ~?」
「大丈夫ですよ諸星さん。これでも私鍛えていますので、それに凛は軽いですから」
そかそか。と諸星さんは告げてそのまま隣を歩きます。私より10㎝以上高い彼女ですが、恐らくメンバーの中で一番女の子だと思います。当然その中に私はいませんよ?着ている服も女の子らしく可愛らしいものを着ていますしね。
歩いている内に、双葉さんが歩くのを疲れたと言い出し。それを聞いた諸星さんが双葉さんを肩車しながら歩きます。その様子をみんなで楽しそうに見ながら歩き続け、私達は事務所に着きました。
「みんな、お帰りなさい。準備は出来てますよ」
「ありがとうございます、ちひろさん」
ちひろさんが既に用意をしていてくれたらしく、部屋の中にはお菓子や飲み物。それにオードブルやピザと言った主食も揃えられています。鞄の中から財布を取り出し、凛の分も含めてお金を渡そうとしましたが断られます。
「今日は私とプロデューサーからのお祝いですから。それに、子供がお金の事を心配しなくてもいいんですよ」
そう言われてしまい、私は財布を鞄にもどしました。ちひろさんは大人の女性ですね。
「んっ・・・。あれ・・・ここ、どこ・・・?」
ソファに下した凛が目を覚まして、現状を説明した所でお祝いが始まります。主役の三人に今日の感想を聞いて、雑談に花を咲かせながら料理を摘まみ、皆さん楽しそうにしています。
その様子を、私は一人飲み物を片手に椅子に座って眺めています。どうしてもこういった女性ばかりの場所では、混ざるのを少し躊躇ってしまわれます。そんな私に武内さんが近づいてきます
「鳳さんは、あの場に混ざらなくても良いのですか?」
「武内さんこそ、混ざらなくて良いんですか?と言っても、多分私と同じ気持ちでしょうけど」
クスクスと笑いながら伝えると、武内さんは首に手を当てて天井を見つめてしまいます。やっぱり武内さんも混ざりにくいご様子で。私を除いて女性しかいませんし、肩身が狭いんでしょうね。だからでしょうか、こうして最近は武内さんと話す機会が増えてきました。
「神楽ちゃーん!」
「おっふっ」
そうしている内に、みりあちゃんが私に突撃してきました。子供らしく元気なみりあちゃんですが、座っている私に突撃してきたお陰で膝がピンポイントに急所にぶつかってしまって痛みが体を駆け上がります。
「どうしました、みりあちゃん」
冷や汗を流しながら、何か用事でもあるのかなと聞いてみます。
「神楽ちゃんも、一緒に食べようよー!」
そう言われながら手を引かれ、私も賑やかな集まりに混ざります。
「神楽ちゃんっ、みくお魚苦手だから変わりに食べてくれないかにゃ・・・」
ならどうして魚を取ったんですか前川さん・・・。そう言われて彼女からお皿を受け取りましたが、お魚だけでなく他にもお惣菜が乗っています。どうやら、私の分をお皿に取り分けていてくれたらしいですね。ありがとうございますと前川さんに告げて、私も食事に入ります。
「はい、これ飲み物」
そうして食事を楽しみながら、皆さんと話していると凛が飲み物を持ってきてくれました。それを受け取り一口飲み、改めてお疲れさまでしたと凛に告げます
「ありがと。それとありがとね神楽。ここまで私の事おぶってきてくれたんでしょ?」
「あら、誰かから聞きました?」
「未央から」
「別に気にしないで良いですよ。凛は軽かったですし、そこまで苦労したわけじゃありませんから」
「それでも、ありがと」
感謝を述べられて気恥ずかしくなり、顔を逸らしてまた一口飲み物を飲みます。素直に感謝を述べられてしまうと中々恥ずかしいですね。何度も言いますが凛は綺麗で可愛いですから、そんな人に笑顔を向けられてしまうのですから、仕方がないでしょう。
そうして凛と話ながらも、皆さんとも話、暫くして宴はお開きとなります。疲れているだろうということで、本日バックダンサーを務めた三人は武内さんが車で送る事になり、残った私達は片づけを終えて帰路につきます。
何時もなら凛と帰る道が、一人で帰ることで少し長く感じてしまいます。音楽でも聞きながら帰ろうと思い、イヤホンを耳に刺した所で携帯が震えました
「はい、もしもし」
『お久しぶり、で。良いのかしら?』
「か、楓さん!?」
突然楓さんから電話がかかってきたことに驚き、思わず大きな声を出してしまいます。幸い周囲に人はいなかったので変な目で見られることはありませんでしたが、少し反省ですね
「どうしましたか楓さん」
『あら、用が無ければ電話したらいけなかったかしら・・・』
「いえいえっ、そんな事は無いですが急に電話が来たもので・・・」
『そうね、今日は美嘉ちゃんのライブを見に行ったでしょ?』
何故楓さんがそれを知っているのでしょうかと疑問に思いましたが、同じ事務所にいるのですし知っててもおかしくないと判断して話を続けます。
『どうだったかしら、大勢のファンに囲まれたアイドルを見て』
「正直、羨ましかったですね。川島さんや美嘉さんは兎も角、その舞台に上がれた三人が」
自然と、本心を楓さんに話してしまいます
『そうよね、私も憧れてた事があるわ。最初の頃は私もあまり仕事が無くて。でも同期で入って来た人たちは私の先をどんどん歩いていく・・・。焦燥感って言うのかしらね、こういうの』
楓さんも、一度はそのような気持ちを抱いていた事に少し親近感を抱きます。ですが、当たり前なのかもしれませんね。同期と言っても、業界ではライバルになりますし。蹴り落とし蹴落とされ、それが当たり前になる可能性もあります。
『でもね、今はそれも良かったなって思えるの。その気持ちがあったから今がある。その気持ちがあったからここまでこれた。そう思えるの』
「私も何時か、そう思う時が来るんでしょうか」
『さぁ、それは神楽ちゃんの今後私次第よ』
そう言って電話越しでクスクス楓さんが笑うのが聞こえました。そうですよね、自分でもわからない事が楓さんに分かるわけないですよね。
もしかしたらですが、楓さんは私がこういった気持ちを抱くことを見越して電話してきたのでしょうか。・・・流石に考えすぎですね
「ありがとうございます楓さん。話せてすっきりしました」
『ふふ、どういたしまして。神楽ちゃん、めげずに頑張ってね』
そう言って、電話が終わりました。ここまで憧れの人に言われて、めげるわけにはいきません。明日から、気持ちを入れ替えていくとしましょうか!
そう決めて、私は家に帰りその日は早めに布団に入りました。
今日はここまで。
前書きにも書いてありますが次回は他のアイドルの視点で書きたいと思います。まぁ黒ウサギは基本書きたい事書くので、そのまま話が進む可能性もありますので、その時はその時で
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少女少年とお姫様達
でも黒ウサギ知ってるよ。ここから転げ落ちるように黒に染まるって…
今回から本編勧めながら色んな人の神楽の評価を書いていきます。
多分やまなしおちなし
ライブから三日程。
暖かな日差しが窓から差し込み、ソファに座りながら本を読んでいた私はふわぁと欠伸をこぼします。
「珍しいね、神楽が欠伸するなんて」
隣で横になっていた双葉さんがそう言ってきます。私が欠伸をするのは、そんなに珍しいのでしょうか?
「神楽は何処かさ、隙が見当たらないんだよね。歌も踊りも卒なくこなすし。何処ぞの完璧超人なんじゃないかなって杏は思ってた」
「人の枠からは、外れたくないのですが…」
「まぁ例えだよ例え。それに言葉遣いとか仕草も良いとこのお嬢様みたいだしさ、尚更人として完璧に見えちゃってたのかな」
「……言い過ぎですよ。でも、言葉遣いとかは両親のおかげでしょうか」
母も父も、優しく厳しい人でした。誤解無きように言わせて貰いますが、私の家庭は至って普通の家庭です。ですが一人息子だからでしょうか、両親は言葉遣いやマナー等には厳しかったんですよね。仕草に関しては、多くの女性を見て現在進行形で学んでいますので、より女の子らしく見えるのではないでしょうか。
「いい両親だねぇ」
「えぇ、とってもいい両親でした」
過去形で言った言葉を、双葉さんは聡い方なので直ぐに理解してくれました。
「何か、ごめんね」
「気にしないでください。既に気持ちの整理は出来ていますし、誰しもが何時かは通る道です」
「あー……うん。確かにそうかもね」
そう言って双葉さんは体を起こし、座っている私の膝に寝そべるようにしてきます。
「杏さん?」
「いやー、凛が膝枕で気持ちよさそうに寝てるの見て羨ましいなって思ってたんだー」
そう言ってくれますが、恐らく彼女なりの話題の変更なのでしょう。小さく笑みをこぼし、寝そべる双葉さんの髪を弄ります。
「双葉さんの髪は、長くて綺麗ですね」
指を通してみると、抵抗無くするすると髪を掻き分けることが出来ます。錦糸の様です
「美容室に行くのも面倒出しねー、気がついたらここまで伸びてたわけ」
確かに、散髪は一度機会を逃してしまうとなかなか行くタイミングが無くて困るんですよね。
サラサラと双葉さんの髪を弄りながら過ごします。
「お疲れ様です」
「あ、武内さんお疲れ様です」
「おつかれープロデューサー」
暫くそのまま過ごしていると、武内さんが戻って来ました。そんな武内さん、私達の姿を見ると少し焦った様に近づいて来ます。私の背後に立ち、手帳にペンを走らせると見せてきました
『双葉さんをそのように膝に乗せて大丈夫なのですか?』
なるほど、双葉さんに聞こえないように手帳に書いたのですね。私もそれに習い、手帳をお借りして返事を書きます
『双葉さんに欲情するような変態でも無いですし、それにこの様な体勢でもバレないように工夫はしてますから』
工夫については流石に恥ずかしいので秘密ですけどね。私の返事に武内さんは少し考えるように唸り、やがて何か納得したのか頷いて別室に移動して行きました。
一人納得して移動した武内さんを不思議に思い、何があったんでしょうねと双葉さんに声をかけます。が
「双葉さん?」
返事がこずに、もしやと思い耳を澄ませば寝息が聞こえてきました。
そんなに私の足は寝やすいのでしょうか…。
ため息と共に、私は暫くこのままなのだろうなと思い、本を読み進めます。
でも、たまにはこうしてのんびり過ごすのも良いでしょう。
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「二人はさ、神楽の事どう思う?」
プロデューサーに頼まれ、事務所のPR動画を撮影するために私と未央と卯月の三人で皆を探して歩き回る。その際に、私は皆が神楽の事をどうおもっているのかと疑問に思い、ついでだからと聞いてみる事にした。
そんな私の突然の質問に、二人は少し考えて答えてくれた
「私は、とりちゃんは不思議な子だなーって思うなー。なんて言うのかな、ミステリアスな雰囲気?」
「私はまだそんなに話した事がないので、何とも言えないです…。で、でも綺麗だなって!」
二人の思いを聞いて、なるほどと頷く。未央のミステリアスな雰囲気と言うのは、秘密を隠そうとしているからだろう。卯月は会話が少ないらしく、今のところはマイナス印象は抱かれて無いみたいでほっとする。
「てゆーか、いきなりどうしたのしぶりん?」
「神楽ちゃんなら、同じ学校の凛ちゃんの方が良く知ってるんじゃないですか?」
「まぁそうなんだけどさ。知ってるのは学校内の評価だし、折角だから皆の気持ちを知っておきたいなって」
「うんうんっ、しぶりんはお母さんみたいだね!」
お母さんって…。私未央より年下何だけどな。でもそう思われても仕方が無いかも知れない。神楽の秘密を知ってるから少し過保護になってるのかな。
そんな事を思っていると、未央と卯月がニヤニヤとこちらを見ている。
「何、どうかした?」
「いやー何でもなーい」
「な、何でも無いですっ」
そんな二人の反応に不思議に思いながらも、私達は当初の目的通り動画を撮影していく事にした。
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先程まで私の足を占領していた双葉さんですが、彼女は仕事が入っていたらしく、諸星さんに抱き抱えられて連れていかれました。
双葉さんがいなくなった事で自由に動けるようになり、私は一つ伸びをして体を解しました。そうして立ち上がったついでに、部屋の外に出て飲み物を買いに行くことに。
階を降りて少し歩き、私は自販機の前で悩んでいました。眠気覚ましにコーヒーを取るか、好みを優先してスタミナドリンクを飲むか。些細な悩み事ですが、こうして一人になると長い間考えてしまいますね。
(スタミナドリンクでいきましょうか)
そう決めてボタンを押したところ、ガタンと言う音と共にファンファーレが流れます。何事かと少し身構えてしまいますが、音の発生源が自販機からだった事から当たった事に気が付きました。
これ幸いともう一つの候補として悩んでいたコーヒーを押します。ですが、二本も要らないんですよね。そこまで喉が乾いている訳ではありませんし、二本も飲めばお腹に溜まってしまいます。
「神楽さんっ」
どうしたものかと悩んでいると、聞きなれた声が聞こえました。その声がする方を見れべやはり蘭子ちゃんがいました。
「おはようございます、蘭子ちゃん」
「お、おはようございますっ」
そう言って頭を下げてくる蘭子ちゃん。そこまで畏まる必要はないと思うのですが、私からそれを言うことはありません。人それぞれと言いますしね。
しかし、彼女が来たことでこれ幸いと私は飲み物を差し出します。
「良かったら、どちらか飲みませんか?当たったのは良いんですけど二本も要らないので…」
そう言って彼女が選べる様に、二本とも差し出します。少しの間渋るようにしていた彼女ですが、何時まで経っても私が動かないのを見て、コーヒーを取りました。
「コーヒー、無糖ですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫ですっ、コーヒーはブラックで飲むのが大人っぽくて格好いいですし!」
ふんす、と鼻息を荒らげて彼女はコーヒーを飲みます。ですが、一口飲んで固まり、顔を顰めていました。
「に、苦ぃ…」
涙目になりながら、何とか口に含んだ分は飲み込んだ様子。そんな彼女が可笑しくて、私は笑ってしまいます。私の笑いに気付いた彼女は涙目のまま頬を膨らませてこちらを睨んできますが、それがまた可愛らしいです。
「蘭子ちゃん。私やっぱりコーヒー飲みたいから、良ければ交換してもらえないかな」
「か、神楽さんがそう言うのなら…」
交換したスタミナドリンクを飲んで、先程とは違って甘い飲み物で彼女は顔を綻ばせています。
私も一口、コーヒーを飲もうとして
(もしかして、関節キスになるのでは…)
そう考えたせいで、顔が真っ赤になってしまいます。しかし飲まないのも可笑しい事です。何とかその事を考えないようにしてコーヒーを飲みます。苦味が脳をクリアにしていくこの感じが好きなんですよね。
「美味しいですっ」
そうして無邪気に笑う彼女を見て、こちらも自然と顔を綻ばせてしまいます。
そのまま飲み物を片手に、話に華を咲かせながら部屋に戻ります。その道中、彼女が腕を絡めてきました。その行動に驚きましたが、最早慣れたものです。柔らかな感触には少し戸惑いますが顔に出すこと無く部屋にたどり着きました。それもこれも自己暗示の賜物。日夜私は女の子私は女の子と唱え続けた結果です。完全に私危ない人じゃないですか…。
部屋に戻り、ソファに座り込むと、当然のように彼女も隣に座ります。
(少し、蘭子ちゃんは私との距離が近すぎますよね)
今までも、これからも。彼女は私にこうして接触してくるでしょう。このままだと、依存という形になり彼女の為にならないのではないかと考え
「ねぇ蘭子ちゃん。どうしてそんなに私にくっつくのかな」
そうして、私は聞いてみることにしました。
先程とは違う私の雰囲気に彼女も気がついたのか、少し躊躇うようにして私から離れました。
「その…、迷惑、でしたか…」
顔を伏せて、訪ねてくる彼女。悲しそうな声色にそんな事は無いよと返事をしてしまいます。
「ただ、私と蘭子ちゃんはここで知り合って間もないじゃないですか。それなのに、蘭子ちゃんは凄く私に懐いていますし…。あ、いえ。決して懐かれるのが嫌というわけでは無いですよ?」
「……」
私の言葉で、蘭子ちゃんは黙ってしまいました。
これはやってしまったかと思い、謝ろうとした時に
「笑わないで、くれますか…?」
彼女はそう発しました。
その言葉に私は頷き、彼女が続きを話してくれるのを待ちます。
「私…、私…」
何故か頑張れと応援したくなる気持ちを抑え、彼女と正面から向き合います。すると
「ずっとお姉ちゃんが欲しかったんですっ!」
「……………ん?」
「一人っ子だったから、姉妹がいたらどんな感じなのかなって思っててっ。神楽さんは、私の理想のお姉ちゃんみたいでっ!」
「え、え…?」
「お姉ちゃんがいたら、こうして甘えてっ。一緒に買い物とかしてっ。遊んで見たくて!」
「お、おう…」
先程のしょんぼりとした蘭子ちゃんは、何処に行ったのでしょうか。目の前の蘭子ちゃんはきっと別人です。もしくはきっと私の妄想。やばいですねー妄想する程に蘭子ちゃんの事を考えていたなんてー(棒読み)
ですが、ガッシリと掴まれた手から伝わる彼女の熱が、感触が現実だと知らせます。
「だからっ!私のお姉ちゃんになってください!」
お兄ちゃんにしかなれないんですが…。
誰か助けてっ。そう願ってみますが、都合よく助けなんて来ません。
「お願いしますっ…」
最後のお願いは、とても悲しく聞こえて来ました
「ねぇ蘭子ちゃん」
私が声をかけると、彼女は少しだけ震えます。恐らく、拒絶されるのが怖いのでしょう。
そうして震える彼女の手を強く握りしめ、その目を見つめます。
「私はね、どう頑張っても蘭子ちゃんのお姉さんにはなれないの」
そんな大役務まりませんし、仮にお姉さんになったとして。何時か私が男性として世間に出た場合、彼女に傷を残す事になるかも知れない。
「でも、お友達にはなれる」
「友達、ですか」
「うん、友達。私や凛みたいに、気安く話せて、何かあったら頼れる存在」
そこで私は一度言葉を区切り、彼女から手を離します。
離れた手を、名残惜しそうに見つめる彼女。そんな彼女に私は再び手を差し伸べました
「私の友達になってくれないかな?」
そうして差し伸べた手を、彼女は笑顔で握ります。
その笑顔に、私もつられて笑顔になります。やはり女の子は笑顔が似合いますね。それにアイドルの心からの笑顔を見れるなんて幸せですよ。
「友達と言うことは、パジャマパーティーとかやりますよね!」
「………ん?」
何やら不穏な言葉が…。
「一緒にお風呂に入ったり、恋バナしたり!」
「ら、蘭子ちゃん?流石にそれは…」
「私、楽しみにしてますねっ!」
そうして、彼女は笑顔で部屋を飛び出していきました。
後に残された私は一人立ったまま、これはもしかしなくて悪化したのではと頭を悩ませました。
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少女少年とストライキ
「CDデビュー・・・ですか?」
武内さんに一人呼び出され、私は指定された喫茶店に向かいます。喫茶店と言っても、社内にある喫茶店ですので移動に時間が取られないのはありがたいですね。
「はい、鳳さんの他には、渋谷さん本田さん島村さんの三名、新田さんアナスタシアさんの二名がユニットを組んでデビューする事になっています」
それを聞き、何故私はソロなので?と疑問があります。しかし、デビュー出来るという現実が私の心を躍らせます。私がソロであるのも武内さんの理由があるのでしょう。その事を深く考えないようにしながら、武内さんの話を聞きます。
「CDデビューに伴い、皆さんにはライブを行ってもらう事になっています。ライブと言っても、小さなものですが・・・」
「そこはまぁ、楓さんだって同じように初めては小さな場所でしたし。分かってはいる事です」
むしろ行き成り大勢の前でライブ、何て事になってしまったら萎縮してしまうのは目に見えています。それを考えると、以前美嘉さんのバックダンサーを務めた三人は凄いですね・・・。それに一度あの舞台を味わったんですから、今後のライブでも緊張する事は少ないのでしょうか。
「それで、ある意味ここからが本題なのですが・・・」
はて、CDデビュー以上の本題があるのでしょうか?そんな私の素朴な疑問を武内さんは首に手を当てながら解消してくれました。
「高垣さんが・・・レッスンを付けてくれる事になりました・・・」
「・・・・・・ほ?」
思わず変な声が漏れてしまいますが、そんな事は気にしている場合ではありません。武内さんそれ本当ですか?エイプリルフールはかなり前に過ぎていますよ?
「本当、何ですよね・・・?」
「えぇ、本当よ神楽ちゃん」
この声は!と振り向けば、楓さんが優しく微笑んで立っていました。
楓さんは一度私に手を振り、武内さんの隣に座ります。
「高垣さん、来るなら来るとご連絡をしてもらえれば・・・」
「うふふ、こういうのはサプライズが良いかと思って」
武内さんと楓さんなんだか二人って親しいですよね。以前何かしら交流のでもあったのでしょうか。それはさておき、楓さんがここに来たことで話が本当のものであると分かりました。と言いますか、本当に楓さんが私にレッスンを?なんてこったい実は夢落ちでしたとかなっても驚きませんよ私は。思わず頬を思いっきり抓ってみますが、普通に痛いです。ひりひりする頬を抑えながら、楓さんを見ると。武内さんと共に私の行動を見て少し笑っていました。
「神楽ちゃん、ちゃんと現実ですよ」
そう言いながら、優しく頬を撫でられて思わず赤面してしまいます。だって楓さんに触られてるんですよ!?すべすべの手が私の頬に触れてるんですよ!!もう死んでも良いかもしれませんね・・・。コメディな感じで現わしたら、多分私の口から魂魄が出ていても可笑しく無いですね。なんてことを考えますが、ここで死んでしまったらレッスンも受けられない、デビューも出来ないので現世に留まります。
「神楽ちゃん、私が以前話した事覚えてるかしら?」
「それは勿論。忘れる事なんて出来ませんよ」
私達の会話に武内さんは理解出来ていない様子ですが、ユニットのお誘いについては誰にも話していませんししょうがない事ですね。
「待っている。なんて言ったけど、やっぱり出来るだけ早めの方が私は嬉しい。だから今回のお話はその為って言っても良いのかもしれない。まぁ私の我がままね」
お茶目に顔に手を当てて笑う楓さん。確かに私が楓さんの域に達するのは大分先の事でしょうしね。その過程を短縮できるのであれば私としても嬉しい事です。
「ですが、その・・・楓さんお仕事の方は・・・?」
「それについては心配しなくてもいいわ。これでも私プロなのよ?それくらいちゃんと考えての事」
確かに心配する事では無かったですね。楓さんのお誘い、私は受けることにします。楓さんにそう告げると、彼女は嬉しそうに私の手を握りしめてきました。そのことに私はまた赤面します。もう幸せです・・・。このまま時間止まっちゃえば良いのに・・・。
「鳳さん」
ですがその幸せの時間は武内さんの声により消え去りました。おのれ武内さん・・・
「今回のお話ですが、他の方々には内密でお願いします」
何故・・・?と思いましたが、武内さんの話を聞いて納得します。
「新人である鳳さんが、346プロの顔ともいえる高垣さんと一緒にレッスンとなればいらぬ誤解が生まれてしまうかもしれません。羨望や嫉妬、多くの感情を向けられるでしょう。無いとは思いますが、その結果で鳳さんや高垣さんに危害が及ぶ可能性もあります」
そこまでは流石に、と思いますが。世の中何があるか分かりませんし武内さんの話を私は聞き入れました。私が頷くと、武内さんも頷いて席を立ちます。私もそれに続いて席を立ち、楓さんにお礼と共にこれからよろしくお願いしますと告げてその場を去りました。
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あの話から数日、武内さんはCDデビューの話を皆さんにしました。
皆さんの反応は多種多様。本田さんは喜びのあまり島村さんと凛に抱き着き、新田さんとアナスタシアさんはデビューの事実に驚いているのか動きが止まっています。私はと言いますと、事前に話を聞いていましたし驚きはありません。むしろ隣に立つ神崎さんの方が喜んでいる状態です。
「おめでとうございますっ神楽さん!」
「ありがと、蘭子ちゃん」
祝福の言葉を述べられて、お礼を返します。眩しい笑顔で祝福してくれる蘭子ちゃんに隠し事をしているのが少し申し訳ないですが、今は素直にデビューに喜びます。何より楓さんが直々にレッスンしてくれるわけですしね!
ふんすっ。と小さくガッツポーズをして気合を入れます。皆に負けないように私も頑張らないといけませんね。そう気合を入れなおした所で、各自レッスンに向かうことになりました。
デビューの話を武内さんが皆さんにして、一週間ほど経過しました。その一週間はとても濃密・・・とでも言えば良いのでしょうか。前川さんが本田さん達に勝負を挑んだり、新田さんとアナスタシアさんが猫耳を付けたりと色々ありました。そんな中私は皆さんとは違った意味で濃密な時間を過ごしています。主にレッスンでですが。
まず初めに、私は普段通りにレッスンを行います。決められた時間までダンスレッスンとボーカルレッスンを行います。その後、楓さんに指定された場所にこっそりと移動して個人レッスン。ハードなスケジュールだとは思いますが、これも今後に繋がると思えば苦ではありません。
「・・・・・・」
現在も楓さんと一緒にレッスンルームで歌の指導を受けています。いつも通り歌っているのですが、楓さんの表情は何故か険しく。何か粗相でもしてしまったのかとびくびくしながら歌い続けます。
「あの・・・楓さん?」
一通り歌い終わり、楓さんからの指摘を待ちますが一向にそんなものは訪れず。沈黙が場を支配してしましそわそわと身を動かします。やはり何か粗相を・・・そう思った時に、やっと楓さんが声を出しました
「神楽ちゃんは、今まで専門的な事は学んで無かったのよね?」
「はいっ。やってきたことと言えば路上ライブくらいですし・・・」
楓さんの質問の意図は分かりませんが素直に答えます。今となれば懐かしい記憶ですね・・・、ここ最近ぴにゃこら太は押し入れに締まったままですし、たまには天日干しでもしないとカビが生えてしまうかもしれませんね。
「神楽ちゃんは、アイドルに成るべき人だったのかもしれないわね。お姉さん軽く嫉妬しちゃいそうだわ・・・」
またまた御冗談を・・・。私なんてまだまだです。振付も間違えてしまいますし、歌唱力なんて楓さんの足元にも及びません。そもそも楓さんのいる場所が高すぎるんですよね、私がどれくらい頑張れば追いつけるのかもわからない程ですし。
「でも、これなら案外早く一緒に仕事出来るかもね。神楽ちゃん、私が思っていたよりもずっと上手だわ」
そう微笑む楓さんは正に女神と呼ぶに相応しいほど美しいです。あぁ、カメラを持っていないのが悔やまれます。この場にカメラがあれば連射機能を盛大に使って撮影して、拡大して現像してポスターにして路上で配りたいほどですよ・・・。
それは兎も角、一先ず楓さんに褒めて貰えたことにほっとします。765プロや961プロのアイドルの方々と肩を並べるような人ですからね。そんな人に少しでも褒められたわけですし、私の今までが実を結んだと言っても良いでしょう。
喜びのあまり飛び跳ねそうになるのを何とか抑え、楓さんにありがとうございます!とお礼を告げてレッスンは終わりになりました。
「そうだ、ねぇ神楽ちゃん。もし良かったら何だけど一緒にお昼なんかどうかしら?」
ポンと手を合わせて、楓さんが提案してきます。本日は合同のレッスンなども無く、真っ直ぐ楓さんの所に来たのですが早めにレッスンが終わったという事もあり時刻はお昼に差し掛かった所。そういえばお腹が空きましたね…。その事を一度意識してしまうと先程よりも一層強く空腹を感じてしまいます。それに楓さんと一緒にお昼を食べるなんて夢の様な出来事ですし、私はそのお誘いを受けることにしました。
楓さんに連れて行かれた先は小さな洋食店。慣れた様子で店内に入る楓さんの後をついて、私も店内に入ります。
「マスター、オムライス二つ。お願いしますね」
良く通っているのでしょう。楓さんはメニューも見ずに注文します。マスターと呼ばれたお髭の似合うダンディーなオジサンは無言で頷いて手際よく料理を作り始めました。
「ごめんなさい、勝手に注文しちゃって。でもここのオムライスは絶品なの、きっと気に入ってくれると思うわ」
「大丈夫ですっ、私もオムライス好きですし」
席についた私達は、注文した物が来るまでのんびりと会話しながら待ちます。10分ほど経過して、マスターさんが料理を運んできてくれました。
目の前に置かれたオムライスに、思わず喉が鳴ります。
「いただきます」
楓さんがそう言ってスプーンを手に取ります。私も慌てていただきますと告げて、オムライスにスプーンを手に取りました。
(ふわっふわの、トロトロですね…)
チキンライスの上に乗せられたオムレツの様に固められた卵にスプーンを入れてみると、軽く押し返す程度の弾力が伝わり、オムレツを割ると半熟の卵が花を開くように広がっていきます。あまりにも綺麗なので崩すのを躊躇いますが、お腹が空腹を伝えて来ますので私はスプーンにオムライスを一口乗せて口に運びます。
(幸せです…)
卵はほんのりと甘く、チキンライスの塩分を引き立ててくれます。チキンライスは噛めば噛むほど味が口内に溢れ出て、あまりの美味しさに私は無言で食べ勧めました。
「「ご馳走様でした」」
声が重なったことで、思わず笑ってしまいます。楓さんも私と同じ様に無言で食べていましたし、美味しい料理というのは凄まじいですね。
「さて、お腹も膨れた事ですし事務所に戻るとしましょう」
そう言って立ち上がり、楓さんは素早く会計を済ませてしまいました。それを見て慌てて財布からお金を取り出しますが受け取って貰えません。
「今日は私が誘ったから、私の奢り。それに可愛い後輩に先輩らしい事したいじゃない」
そう言って微笑む楓さんはやはり女神でした。断言出来ます。
お店を出て、事務所に向かいます。暖かな日差しを浴び、満腹という事もあり欠伸が出そうになります。
「今度はお弁当を持ってピクニックなんて良いかもしれないわね」
「良い天気ですしね…。でも私はここまで天気が良いと外に出かけるよりも家事をしたくなりますね…」
ぴにゃこら太も天日干ししたいてすしね、布団もカーペットも色々と。
「神楽ちゃんは、お家の手伝いをしっかりする子なのね」
その言葉に、私は苦笑を返します。家にいるのは私と叔母さんの二人だけですし、私がやらないと酷いことになりますしね。叔母さん外ではキリッとしてますが家だとだらけきってもう…。
他愛の無い会話をしながら歩いていますと、事務所が見えてきました。が
「やけに騒がしくないですか?」
「あらあら、アイドルでもいるのかしら?」
いや、まぁアイドルはいるでしょうね。そもそも楓さんだってアイドルじゃないですか。そんなツッコミを入れて、私達は人混みに近づいて何事かと覗き込みます。
『ストライキにゃぁ!』
「前川さんっ!?」
聞きなれた声と『にゃ』という語尾。そしてピコピコと動く猫耳を見て私は驚きました。
というかストライキって何ですか!よくよく見れば前川さんだけでなく、城ヶ崎さんと双葉さんも参加しているご様子。事務所にある喫茶店を占領して、バリケードまで作って本格的にストライキを行っているわけですが。
「凛っ、これ何事!?」
「神楽…。そっか、神楽は直ぐ帰ってたから知らないよね」
現場にいた凛に声をかけて話を聞きます。何でも、前川さんたちもデビューをしたいらしく今までも多種多様なアピールをしていたようで。ですが武内さんはそれをのらりくらりと交わし続けてしまったために、こうして強硬策に出たとの事。楓さんはそれを聞いてくすくすと笑いますが、私は笑ってもいられません。だってこのまま事が大きくなれば、前川さんの今後に支障が出てしまいます。それだけでは留まらず、346プロダクション全体にも支障が出る可能性も…
「ぶっ壊そう、直ぐに!」
「神楽!?」
こうしちゃいられませんよ。あのバリケードを壊すためにもバールの様に固くて太くて大きな物を持ってこないと行けません。そう思い私は探しに行こうとしますが凛に止められてしまいます。
「何故止めるんですか凛っ、このままだと前川さん達の未来が!」
「今ここで神楽を離したら、トラウマが生まれそうでっ…」
何故トラウマ?とおもいましたが凛の真剣な顔を見て冷静になります。
「良かった…、最悪みく達が再起不能になる所だった…」
「大袈裟な…」
「だって、神楽なら血塗れにしそうで…」
「凛は私をどう思ってるんですか!?」
何ですか血塗れって!さすがの私も流血沙汰にはしませんよ。せめてお話する程度でしたし…。
そんな事を話していると武内さんがやってきました。武内に諸星さんが事を説明して、前川さんの説得に動きます。
『みく達のデビューを、約束して欲しいにゃぁ!』
「皆さんのデビューは、決まっています!」
『早く言ってにゃあ…』
え、終わり?
何ですかこの即堕ち三コマみたいな感じ。私が理解しない内にあの言葉にはもっと深い意味があったのでしょうか?
「良かったね…」
横を見ると凛も少し涙ぐんでいます。
そうして話は終わったと言わんばかりにバリケードは撤去され、前川さん達は迷惑を掛けた人達に謝罪に行きました。
「お、おう…」
私は一人何が起きたのか理解出来ずに、そこに立ち尽くしてしまいましたが…
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少女少年に出来る事
なんか神楽がうざきゃら見てくなったので、気に食わなかったら修正入れるかもしれません。それと最初の方の話を大幅に改正するかもしれませんが。いつになるかは不明です
前川さん等によるストライキから数日。時間の流れと言うものは早いものであっという間に私達のライブの日になりました。
舞台は事前に説明されていたショッピングモールでの小さなライブです。小さなものと言ってもライブはライブ、緊張で手汗を何時もより多くかき、喉が渇くのも幾分か早く感じます。
設営された舞台裏。CPメンバーに武内さん、それに美嘉さんが揃っています。凛と本田さん島村さんは赤色がメインの衣装に、新田さんとアナスタシアさんはお揃いの様な白のドレスに身を包み、私はというと
「スカート丈短すぎませんか!?」
「それを言ったら私達の衣装も結構短いんだけど・・・」
膝上10㎝にあるスカート丈ですが、一男子としては短パンでもここまで短いのは履きませんし、スースーして落ち着かないんですよね。試しにとその場でクルリと一回転して見ますがスカートがふわりと舞う感覚が落ち着きません。幸い今回の私の歌、スタンドマイクで歌うのでダンスの要素が無いためパンチラ!なんて事は起きませんが、それでも落ち着きませんよ・・・。
「神楽さん、すっごい綺麗ですよ!」
「うんうんっ、ゴシック系の和服って人を選ぶだけど神楽にはしっかり似合ってるね★」
「ありがとうございます、蘭子ちゃん、美嘉さん・・・」
スカート丈にばかり意識が行っていましたが、今回の私の衣装はゴシック和服とか巷で言われている物らしく、脇の部分がざっくりと開いているのがこの衣装の特徴でしょうか。服自体は可愛らしく見てる分には良いのですが、いざ自分が着るとなると違和感しかありません。それに綺麗と言われても男としては嬉しくなく・・・。何とも言えない気持ちになりますね。
「新田さんとアナスタシアさんは落ち着いた衣装で良いですね・・・。今からでも交換しませんか?」
「えっ・・・流石に私そこまで露出するのは・・・」
「凛は・・・同じくらいの露出ですし変わらないですね・・・」
「私も結構恥ずかしいけどね・・・。それでも神楽よりはまだ平気かな?」
そういうと凛は私の耳元で囁きます。
(流石に男の子がそんな格好するのは恥ずかしいと思うけど、頑張ってね)
その言葉に私は小さく微笑んで頷きます。
衣装は兎も角、今回が私の初ライブです。路上とは違って本格的な物ですのでここでの評価が今後にも響いて来るでしょう。だからこそ、今まで努力してきた事を存分に発揮して私と言う存在を認知してもらうには持って来いです。
なんて考えていると、本田さんが外を見て何か困惑している様子。何かあったのかと聞いてみますが
「お客さん少なすぎない?」
との事。私も本田さんと同じように、仕切りの隙間から外を見てみますが・・・。少ないとは思いますがこんなものでしょう。告知はしましたけど、私達はまだ無名でしょうし少しでも人が立ち止まってくれているのならいい方だと思いますが・・・。
そんな私の考えを述べる前に、本田さんは武内さんに同じように話をしていました。告げるタイミングを逃したため私はその考えを消し去ります。今は私も他人を気に掛ける余裕はありません。
ライブの段取りを確認して、私達は控室で待機する事になりました。控室では、メンバーの皆さんに美嘉さんから激励の言葉を頂き、自然と気合が入ってしまいます。少し大げさかもしれませんけど、待っててくださいね楓さんっ!ここから頑張って追いついて見せますから!そんな決意を秘めて、お手洗いや水分補給などを済ませ少しだけ談笑しながら待っていると武内さんが時間を告げに来て、遂に私達の出番が来たようです。
先導する武内さんの後に続き、ステージの後ろの広めのスペースで待機します。最初に舞台に上がるのはラブライカのお二人、次がニュージェネレーションズ、そして最後が私『Moon Light』。最初この名前を教えてもらった時は色々と考えてしまいました。『月明り』と言われても何故そんな考えになったのかと不思議でしたが、武内さんいわく「夜に輝く月は、朝に煌めく太陽とは違う形で地上を照らします。鳳さんには今までのアイドル業界を違った視点から照らして欲しい」とのこと。違った視点とは男の娘としてと言う事なんでしょうかね。深くは考えないようにしますが、この名前結構お気に入りなんですよね。最初は暗いステージを私が照らす。そう考えたらお気に入りになりますよ。
「第一歩目です。頑張ってください」
おっと、考えに集中し過ぎていたみたいですね。武内さんの声を聞いて現実に引き戻されます。皆さんその言葉を聞いて色々思うところがあったのでしょう。島村さんは何時もの様に頑張りますと声を出し、凛も手に力を入れています。新田さんとアナスタシアさんは二人で手を握り合い緊張を解している様子。私?私はほらソロですから、隣に誰もいませんから。あっはっは・・・。
「ラブライカのお二人、時間です!」
少しだけソロの自分に悲しくなったところでスタッフの方から声が掛けられます。ラブライカの二人が深呼吸をして舞台に上っていくのを見届けて、残された私達は歌声が響く中で待つことになりました
-----
「お疲れさまです」
「うんっ、疲れたけど、すっごく楽しかった!」
「お客さんから、拍手を貰えて、とても嬉しいです!」
本当に嬉しそうな二人を見て、私は自然と笑顔になります。二人が舞台から降りてきて、次はニュージェネレーションズの出番です。ラブライカの二人とすれ違う時に小さくタッチをしているのを見て、私も手を差し出します。
「頑張ってね、凛」
「うん、見ててね」
「島村さん、笑顔ですよっ」
「はいっ、島村卯月頑張ります!」
凛と島村さんとタッチして、次は本田さん。と彼女を見れば少し不安そうに顔を歪めています。
「本田さん?」
「ん、あぁごめんねとりちゃん」
何か考えていたのか、彼女は頭を振って私にタッチしてから舞台に出ていきました。
「何かあったんでしょうか・・・」
何時もの元気ハツラツと言った彼女とは違った様子に私も不安になります。だからと言って私に何か出来るわけではありませんが、彼女たちの成功を祈ることにしましょう。
-----
ニュージェネレーションズのライブも終わり、次はいよいよ私の出番になりました。掌が少し汗で湿り、心臓が早鐘の様にドクンドクンと煩いほどに聞こえます。落ち着くように深呼吸していると、ライブが終わった三人が舞台から降りてきます。お疲れさまと声を掛けようとしたところで本田さんの様子がおかしい事に気づきました。
(何か、あったんでしょか・・・)
少し気になりますが、私は自分の事に集中する事にしましょう。そう思いましたが、少し離れた所から本田さんの叫び声が聞こえてきて、私はスタッフの方に少し待ってもらうように告げて、声が聞こえた場所に向かいました。
「本田さん、何かあったんですか・・・」
声がした場所に向かうと、本田さんだけではなく武内さんに島村さん、凛に美嘉さんが集まっています。武内さんにライブはどうしたのかと聞かれましたが、何かあったかと思ってこちらに来たことを告げると、首に手を当てて戻るように言われました。
「前のステージみたいに、盛り上がると思ったのに!」
「それって、アタシのライブに出た時の事?」
その言葉を聞いて、私は戻ろうとした足を止めます。前のステージと言えば、美嘉さんのライブの事でしょう。つまり本田さんはあの時と比べて人が少なくて不満に思っているのでしょうか。その言葉を聞いて、武内さんが口を開きます
「今日の結果は・・・当然のものです」
「何それ・・・。もういいよ、私アイドル辞める!」
本田さんはその言葉で涙を流し始めました。当然と言われても受け入れられないのでしょうね。そんな本田さんにそっと近づいて、口元を人差し指で塞ぎます。
「ねぇ本田さん。確かに美嘉さんの時とは違って、今回は小さな舞台ですし人も集まっていません」
行き成り語りだした私に本田さんは驚いて固まっているみたいです。武内さんも止めませんし私はそれを良い事に話を続けます。
「でも、本田さんのお友達はちゃんとライブを見に来てくれましたし、お客さんも足を止めて本田さん達を見ててくれましたよ。それでも不満ですか?」
「でも、私皆に凄いライブやるって言って・・・。それなのにこんな小さな場所でライブだなんて情けなくて・・・」
「最初は誰もがこんな小さな場所でライブをやるんです。本田さん達はその前に美嘉さんのライブを経験したからわからなかった事かも知れませんけど、美嘉さんだって楓さんだって、トップアイドルの方達だってスタートラインは一緒なんです。他にも私達アイドルには共通する事があるんですよ、わかりますか?」
「わかんないよ・・・」
「お客さんを笑顔にする事です。ニュージェネレーションズのライブを見てくださった方達の顔を覚えていますか?ラブライカのライブを見た方達の顔見ましたか?」
「見てなかった・・・」
「じゃあ、これから始まる私のライブを見ていてください。それで答えを見つけてください。私達アイドルを見て、お客さんがどう変化するのかを」
そう告げて私はスタッフの方の所に戻ります。年下に色々言われていい気分じゃないでしょうが、本田さんが見てくれることを信じて私は舞台に上がりました。
小さなライトに照らされる舞台に立ち、私の体が引き締まったような気がします。そして、待っていた人達を見て気持ちが昂ります。
設置されているマイクの前に立ち
『皆さん、お待たせして申し訳ありません。緊張しちゃって少しお手洗いに行ってました。時間もあまり残されてませんし、歌わせてもらいます。聞いてください「moon story」』
この歌は私が路上で歌った曲の一つになります。満月を見て思い浮かんだ歌詞で作ったこの曲を、武内さんは私のデビュー曲として受け入れてくれました。素人が作った曲なので、そこまで深い意味はありませんが路上で聞いてくださったお客さんは皆楽しそうにしてくれていたので私のお気に入りの一つです。
無事に歌い終わり、聞いてくださった方々にお礼として頭を下げます。すると拍手が響き渡り、改めてライブが終わったことを実感します。
『ありがとうございます!』
そう告げて私は舞台を降り、待っていた本田さんに声を掛けました。
「本田さん、お客さんの変化、分かりましたか?」
「みんな、笑顔だった・・・」
「はい、笑顔になってました。これはラブライカの時も、ニュージェネレーションズの時も一緒です。お客さんも、本田さんのお友達も、皆笑顔で見ていたんです」
「そう、だったんだ・・・」
「武内さんが写真撮ってましたし、確認してみましょう」
言いながら武内さんを見ると、こちらの言葉を聞いていたみたいで近づいてきてくれます。デジカメで撮影したので直ぐに確認が出来ました。笑顔で拍手をしているお客さんの写真を見て、本田さんは涙を流します。
「笑顔にする事が、私達には出来るんです。こうして、笑顔で見てくれた人たちがファンになってくれるんです。今日来てくださったお客さん、本田さんのお友達」
そこでいったん区切り、一つ深呼吸して続けます
「アイドルを辞めるというなら、そんな方々を裏切るんです」
「裏切る・・・」
「それでもアイドルを辞めるのであれば、私は何も言いません。でも、もう一つだけ。本田さんはこの企画に応募して、不合格だった人たちの上に立っているんです。私も、凛も、島村さんも皆さんも。そうした人達の上に立つ以上、アイドルだからと言って浮かれてばかりはいられません。だから、これからアイドルを続けるなら、もうこんな悲しい事言わないでください・・・」
胸の内をすべて話、私はその場を離れます。言いたい事を言うだけになってしまいましたが、情けないですが私にはこれ以上どうしようもありません。後は武内さんや凛に任せることにして、私は蘭子ちゃんの所に近寄ります。
「蘭子ちゃん、応援ありがとっ」
「お疲れ様ですっ。あの、未央さんの事大丈夫ですか・・・」
「うん、私に出来る事なんて限られてるし・・・。本田さんの気持ちは本田さん自身が決めることだし」
(私が言わなくても、きっと誰かが言ってくれただろうしね)
「私も、まだひよっこだしね。気持ちは分からない訳でもないんだ」
「そうなんですね・・・」
そう蘭子ちゃんは呟いて、私達は本田さんを見ます。武内さん達に謝っているのが見えますし、彼女はこれからもアイドルを頑張るんでしょうね。
私はそれを見て沿って頷いて、隣に立つ蘭子ちゃんを見ます。
「蘭子ちゃんも、デビューした時は頑張ってね」
「はいっ!頑張ります!」
小さく両腕でガッツポーズをする彼女を見て。私は微笑みました。
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少女少年の大問題
デレステ文香は当然の様に出ませんでした・・・
トントンと包丁が一定のリズムで動く音が聞こえます。私はその音を出している人が叔母であると予想を付けて、何時の間に帰って来たのか、何故帰る旨を伝えてくれなかったのかと不満に思いますが。久し振りに会う家族ですし笑顔で会いに行く事にしました。
「お帰りなさい、叔母さん・・・え?」
「おはよう神楽、ご飯作ってるから座って待ってて」
キッチンで待ち構えていたのは叔母ではなく、何故か凛がエプロン姿で私の事を出迎えてきました。
「え、何で凛が私の家にいるんですか!?」
「ん?何でも何も」
そうして凛は左手薬指を私に見せてきます。そこには差し込む朝日を反射して、宝石が光り輝いています。そして薬指に指輪があるということは
「結婚したんだから、私が家にいるのは普通でしょ?」
「はいぃ!?」
結婚ですか!?凛まだ現役で高校生でアイドルですよね!?それなのに結婚・・・。世の中の女子高生は進んでますね。お相手は誰でしょうか、身近な人を考えるなら武内さんなんですが・・・。
「ほら、出来上がったから冷めないうちに食べよ?」
凛に勧められて、私は席に黙って座ります。
というか凛が結婚しているのなら何故私の家にいるんでしょうか?凛の旦那さんは何処にいるのでしょう・・・。
「よいしょっと」
そんな事を考えていると、凛が私の隣に腰かけました。結婚して旦那さんがいるのに私の隣に座る必要はあるのでしょうか。
「ねぇ、凛?結婚したんだから何も私の隣に座る必要は無いんじゃ・・・。何だか私旦那さんに申し訳なくなりますよ・・・」
そう告げると、凛はクスクスと口元に手を当てて笑い始めます。その仕草が大人っぽく、少しだけドキリと胸が高鳴りました。
「旦那さんなんていないでしょ。私達が結婚したんだから」
「いやいやいや、仮に私と凛が結婚したとしたら私が旦那さんになるじゃないですか」
「今日の神楽は、少し変だね」
そうして凛は顔を近づけてきて、そっと私に口づけしてきました。唇に触れた柔らかな感触、そこから伝わる彼女の体温が伝わってきます。
「同性愛でも、私の事を好きって言ってくれたのは神楽じゃない」
「同性愛・・・?」
その言葉を理解できずに、私は自身の体を見下ろします。
よくよく見れば、私が着ている服は女性ものであり。胸部はふっくらと膨らんでおり、髪も記憶しているより長く胸元まで伸びています。
「嘘・・・」
有り得ない現実を突きつけられて、咄嗟に私は自身の下腹部に手を差し入れます。普通であればそこには男性のシンボルが存在している筈なのに、今はそんな物は存在しません。
「うっそぉ!?」
「嘘じゃないよ」
「いやでも、私男で・・・何で脱いでるんですか凛!?」
「何でって、これから蘭子にご飯上げないといけないし」
何故か凛は上半身裸で立っています。と言うか待ってください、とても聞き逃せない言葉が聞こえてきたんですが・・・
「ほーら蘭子ー、ご飯の時間でちゅよー」
「ばぁぶ」
「蘭子ちゃん!?」
何時ものゴシック服に身を包んだ、記憶の中にある背丈と変わらない蘭子ちゃんがベビーベッドに横になっていました。え、100歩譲って女性同士で結婚したとして。子供はどうやって・・・
「蘭子のオムツも変えましょうねー」
「ちょっと待ってっ、理解が追いつかないけど私ここから出て行った方が良い気がする!」
流石にこれ以上は私が見るには刺激が強すぎますし、そもそも見てはいけないものなのでは!?そう思い私は慌ててリビングを飛び出して、段差に躓いて頭を階段にぶつけてしまい
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「朝からとても凄い夢を見ました・・・」
結局は夢落ちでしたが、夢で本当に良かったと思います。だって私いつの間にか女の子になってるんですよ?しかも凛と結婚して、蘭子ちゃんという子供までいて。これが現実だったら受け入れきれる自信がありませんね。
それはさておき、私達のデビューライブから一週間程経過しました。その一週間で季節は梅雨に入り、気温も徐々に高くなって肌に湿気が纏わり着くようになりました。梅雨は苦手なんですよね・・・。傘が手放せなくなりますし、カビが生えやすくなりますし。もう梅雨なんてすっ飛ばして夏に入ってほしいですね。
そんな事を思いながら私は事務所に辿り着きます。何時もであれば凛と共に学校から事務所に向かうのですが、あのライブ以降少しずつ私達に仕事が舞い込んで来まして。本日凛はその打ち合わせがあるとのことなので武内さんと共に学校から仕事に向かいました。なので本日は私一人と言うことです。
「おはようございます」
畳んだ傘を手に持ち、私は何時もの部屋に挨拶と共に入ります。
「おはよう、神楽ちゃん」
「Доброе утро。おはようございます、カグラ」
まず最初に返事をしてくれたのがラブライカの新田さんとアナスタシアさん。ユニットを組むようになってからは仲が更に深まった様子で、今も二人でソファーに隣り合うようにして腰かけ談笑していたみたいです。
「おはようございますっ、神楽さん!」
「おはよう蘭子ちゃん」
次に声を掛けてくれたのが蘭子ちゃんです。夢の中で何とも言えない行動をしていた彼女ですが、当然今は普通に会話出来る状態です。
「今いるのは、三人だけですか?」
「そうみたいね。他の子は皆レッスンの時間だったり、まだ来てなかったりで私も顔を合わせてないの」
成程、何時もであればソファの一角にいる筈の双葉さんがいませんし。元気よく動き回りみりあちゃんと城ヶ崎さんを見守る諸星さんも見当たりません。
何時もなら騒がしいこの場所ですが、人がいないだけでこんなに寂しくなるんですね。そう実感していると、蘭子ちゃんが声を掛けてきました。
「神楽さんっ、明日お時間ありますかっ?」
「明日ですか・・・?私は特にレッスンの予定も入ってませんし、お仕事もまだ来ていませんから時間はありますが・・・」
「で、でしたら!」
勢いよく声をあげて蘭子ちゃんは私の手を取り顔を近づけてきます。
「ら、蘭子ちゃん?少し近いかなって・・・」
「お泊り会しませんか!」
私の言葉をスルーして、蘭子ちゃんはそんな事を言ってきました。その言葉を聞いて私はピタリと動きを止めてしまいます。
「お、お泊り会・・・?」
「はいっ、美波さんとアーニャちゃんとさっきまで話してたんです!・・・私、あまり皆と仲良くなることが出来てないですし、仲良くなるためにはどうしたらいいかって相談して・・・」
それでお泊り会になったということですか。ですが蘭子ちゃんには申し訳ないのですが、流石にそのお泊り会に私が参加するのは躊躇われてしまいますね。男ですし、男ですし!最近凛も武内さんも私に対する接し方がたまに女性扱いになるんですよね。忘れないで下さい、私は立派に男性です!
「ごめんね蘭子ちゃん・・・、お泊りするにも場所が・・・」
「場所は女子寮で大丈夫みたいです!寮母さんの許可も貰ってますし、今ここにいない皆さんも参加してくれるって言ってましたし!」
あれ、これはもしかして逃げ場が無いのでは・・・?それにいつの間に皆さんに声を掛けていたんですかね。私今初めて声を掛けられたんですけど、ハブられてたんですか・・・?
「私達も、神楽ちゃんが参加してくれれば嬉しいなって。私神楽ちゃんともっとお話ししてみたかったし」
「ワタシも、カグラと仲良くなりたいです」
あ、これ完全に逃げ場無いですね。先程明日は時間があると言ったばかりですし、参加しなかったら私だけ皆さんとの親交を深める機会を逃す形になってしまいます。
(それでも、凛ならきっと助けてくれるはずですっ)
なんて今はいない凛を頼ることにしました。蘭子ちゃんに一言断りを入れて凛にメールを打ちます。
From:鳳神楽
To :渋谷凛
お泊り会の件ですが、私が参加した場合凛はフォローを入れてくれますか?流石に断るのも申し訳なく、参加したいと思っているのですが・・・。
こんな感じで良いでしょう。そうして凛にメールを送信して少し待ちますと、携帯が震えます。
From:渋谷凛
TO :鳳神楽
私もなるべくフォローはするつもりだし、下手な事しない限りは問題無いかなと思うよ。
返って来たメールを見て私が参加しても問題無さそうと言うこともあり、私も参加する旨を蘭子ちゃんに伝えます。
「ありがとうございます神楽さん!」
そう言って蘭子ちゃんは私に抱き着いて来ました。ちょっと待ってください、胸が!胸が当たってますよ蘭子ちゃん!
助けて新田さんっ。と視線を移しますが、新田さんとアナスタシアさん二人して微笑ましいものを見るようにあらあらと声を出して笑っていました。
結局、そのあと蘭子ちゃんは感極まって抱き着き魔と変化し。来る人来る人に抱き着いて周っていました。武内さんには抱き着きませんでしたけどね。
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明けて翌日。私は学校終わりに一度家に帰り、昨晩の間に準備を終わらせていた荷物を手に持ち女子寮に向かいます。とは言っても女子寮は事務所から近い場所にあるので何時もの道を歩くだけです。
心中は私なんかが女性だらけのお泊り会に参加していいものかと今も悩みますが、凛のフォローもありますしそこまで困った事態には陥らないと思っています。ほら、伊達に今まで皆さんに私の事ばれてませんし。何時も通りに過ごしていれば死に瀕するみたいな事は起きないでしょう。
「かぐちゃーん!こっちこっち!」
女子寮に付き、その大きさに少し驚いていると。上の階の窓から本田さんが声を掛けてきました。あのライブ以降、彼女は私の事をかぐちゃんと呼ぶようになりました。心境の変化があったのでしょうがかぐちゃんは女の子らしいあだ名なので未だに呼ばれ慣れていません。
本田さんが入ってきても良いよと言っていたので、私は女子寮の門をくぐりました。
まず女子寮に入って、女性が多い事もあるからなのか甘い香りが私の鼻に入ってきます。慣れない匂いに少しドキドキしますが、今の私は女の子ですし慌てずに中に入ります。
玄関を通り抜け、来客用のサンダルに履き替え中に入ると大広間に着きました。比較的大きめのTVに大人数が座れるように配慮されてなのかソファが並んでいます。
「神楽、こっちこっち」
「凛、随分早いですね」
少しだけ女子寮の設備に圧倒されていると、凛が声を掛けてきてくれました。何時もの見慣れた制服ではなく、寝間着姿に着替えた凛です。これはレアな物を見ましたね・・・。
「着替えるの早くないですか?」
ですが時間はまだ6時にもなってません。それにも関わらず寝間着になるのは流石に早いと思います。そんな私の疑問ですが、凛曰くみりあちゃんがパジャマパーティーはパジャマに着替えるのが常識何だよと言い出したために着替えていたとのこと。
「みりあちゃんの言葉なら従うしかないですよね」
「流石にあの笑顔で言われたら誰も断れないって。ほら、神楽と私は蘭子の部屋に泊まるらしいから行こっ」
私は凛の言葉に従い、蘭子ちゃんの部屋を目指して歩き出しました。とは言っても部屋の場所分かりませんし、凛の後をついて行くだけなんですけどね。
そして、蘭子ちゃんの部屋に辿り着き持参した寝間着に着替えた現在。皆さんが着替え終わり大広間に集まった時に、みりあちゃんが言ったその言葉。
「一緒にお風呂入ろうよ!」
私と凛は固まりました。純真無垢なその言葉が心に突き刺さるようです。普通に考えてみりあちゃんは純粋に一緒にお風呂に入りたいから言ったんでしょうね。でも私にとってその選択肢はかなり危険な物になります。流石にお風呂となれば肌を晒さない訳にはいきません。スッポンポンですよスッポンポン。隠すものが何一つない場所ですし確実に私の事がばれてしまいます。
「ごめんなさい。私今女の子の日なので・・・」
ですので私は以前凛に教えてもらった鉄壁の防衛術を使うことにしました。この言葉を言うことで大抵の方は諦めてくれるらしいです!
「そっかぁ・・・。残念だけど、仕方が無いもんね・・・」
「ごめんねみりあちゃん」
少しだけ表情を陰らせるみりあちゃんに申し訳なくなり、私は優しく彼女の頭を撫でます。蘭子ちゃんも悲しそうに顔を歪めていますが、こればかりは流石に混ざることは出来ないのです。ですので、私は蘭子ちゃんに許可を取って彼女の部屋にあるシャワーを使わせてもらう事にしました。
皆さんが一緒にお風呂に向かっていくのを見送って、私は一人蘭子ちゃんの部屋に戻りました。
「セーフ・・・」
事前に凛にもしもの為の逃亡術を教えてもらって正解でしたね。今後もこういった機会が無いとは言い切れませんし、使用していくとしましょう。
そう決意して、私は部屋の鍵を閉めてお風呂に向かいます。着ていた服を脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿になります。そうして鏡の前に立ち
「私の筋肉は何処にある・・・」
自身の体形を見て溜息を溢しました。どれだけレッスンしても筋トレしても、目に見えて筋肉が付いたと実感出来ないんですよね・・・。お腹も割れませんし、力こぶもあまり出ません。以前よりは体力もつきましたし、重いものを持つのも簡単に出来るようになったのですが・・・。
考えても詮無き事。何時かは変わるでしょう。そう判断して、私はお湯を出してシャワーを浴び始めます。シャワーから放たれる温水が、一日の汗と疲れを流していく気がします。体を軽く流し、髪を濡らし、蘭子ちゃんが使っているであろうシャンプーに手を伸ばした時
「神楽さん、私も一緒に入りま・・・す・・・」
部屋の主が現れました・・・。
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少女少年と堕天使の勘違い
相も変わらず蘭子ちゃんキャラ崩壊。
それでも良い方はお読みください。
シャワーから吐き出される水の音が、風呂場に木霊します。私も蘭子ちゃんも互いに動く事が出来ず、ただ体を見つめ合うだけ
(見てる場合じゃ無いんですけどぉ!)
おお落ち着きなさい鳳神楽、こんな時のために凛から防衛術を教わったじゃないですか!……いや、こんな事態は想定してませんし教わってないですね!
「か、神楽さん…?」
蘭子ちゃんが声を出した事で、慌てて私は自身の陰部を隠します。タオルなんて持ち込んでいないために、腕で隠しますが如何せん時既に遅し。
既に蘭子ちゃんは私のソレをしっかりと目撃していたらしく目が点になったと思えば全身を真っ赤に染めています。
そして私はと言えばちゃっかり蘭子ちゃんの裸を見ています。いや、故意にじゃないですよ?蘭子ちゃんも隠すものが無い状態ですし、私と違って状況が飲み込めていないのか腕で隠す事もしません。必然的に裸を見てしまうのは致し方ない事なのです。
(誰に言い訳してるんですかね私は…)
そんな事を考えて、幾分か落ち着いた頭でこの場をどう切り抜けるか考えます。
1.病気で腫れ上がっている
こんな病気聞いたこともないので不可能ですね…
2.堂々とさらけ出して当たり前のようにシャワーを浴びる
これも当然不可能ですね。仮に叫ばれでもしたら私の人生終わりですよ。
3.湯気や光が奇跡的に隠してくれる事を祈る
現実は非常である、打開策無し!
頭を悩ませていると、蘭子ちゃんが後ずさるのが見えます。
「ら、蘭子ちゃん…?」
「ぴっ…」
逃げ出すのかと思い、それだけは勘弁をと試しに声を掛けますが小さく悲鳴を挙げられてしまいました。分かってはいた事ですね、何時かはこんな日が来ることも想定していましたが、少なからず親しい仲になった彼女に悲鳴を挙げられると心にダメージが入ります。
ここは素直に打ち明けて、処遇を彼女に託す事にしましょう。そう思った所で、蘭子ちゃんが大きく呼吸をしたのが見えて
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熊本のママとパパ、お元気ですか?
私は元気です。
いきなりですが、今現在私は人生の中でとてつもない程の衝撃に見舞われています。
(神楽さんが、神楽君だった…?)
私が東京に出て、一番親しくなった鳳神楽さん。そんな神楽さんと本日はお泊まり会をする事になり、私はとても楽しみにしていました。
一緒にお風呂に入ったり、ご飯食べたり、布団に入って色々お話したりと。が、今はそんな考えが消え去るほどの衝撃を受けました。
生えてます。今よりも小さな頃、それこそ幼稚園の頃にパパと一緒に入ったお風呂で見た女性と違うモノ。保健体育の授業で少しだけ習った男性にしかないモノ。
(え、え?神楽さんば実は男の人で、アイドルやってて。男の人だけど女の子で、アイドルやってて。あれ、男の人なのに生えてる?生えてるけど女の子?)
支離滅裂な考えが脳内に浮かびますが、ハッキリと言えるのは私がこの現実を受け入れきれないという事。
以前読んだ本で
『こんなにカワイイ子が女の子なわけがない!』
なんてセリフがありましたが、まさかそれは本当にだとは思ってもいませんでした。
(もしかして、凛さんも男の人…)
神楽さんと一緒にいる事が多い凛さん。もしかしたらというそんな考えが浮かび、終いにはシンデレラプロジェクトとのメンバーが全員男の人なのではと考えてしまいます。
「ら、蘭子ちゃん…?」
そんな事を考えている内に、神楽さんが声を掛けてきます。あまり男性と接する事の無かった私は思わず小さく悲鳴を挙げてしまいます。そこで気付いてしまいました。
神楽さんは腕で隠す物を隠していますが、私は一矢纏わぬ姿でスッポンポンです。
それに気付いてしまい、恥ずかしさのあまり声を上げようとした時
「それだけは、ごめんなさいっ」
神楽さんに口元を抑えられ、腕を掴まれて壁に押し付けられました。
「うぅ、ごめんなさい蘭子ちゃん…。ここで悲鳴を挙げられたら私の人生終わりですし、凛にも武内さんにも迷惑がかかっちゃうから…」
いえ、いまはそんな事は良いです。そんな事で片付けていい話ではありませんが、今はそれよりも
(揺れてるっ、揺れてる!)
私の口元と腕を掴んでいるために、先程まで隠されていたソレが露わになります。しかも揺れてます、揺れてます!
(男の人のって、あんな形してるの!?)
記憶の中にあるモノと全然違う気がします。まだ可愛らしいと思えた記憶のソレですが、目前のソレは可愛らしいくないです!
そして、私は慌てて自身の胸元を隠します。遅いかも知れませんが、流石に晒したままというのは受け入れられませんし。
「蘭子ちゃんや皆を裏切ってる事は分かってるけど、私も憧れの為にこうするしかなくて、でもお泊まり会に誘ってきてくれた事は嬉しかったし、参加してもっと仲良くなりたかったし…」
「む〜、む〜!」
そ、そろそろ息が苦しくなってきました…。
私は何とか手を離してもらおうと、声を出しながら神楽さんの手を叩きます。
その行動の意図をわかってくれたのか、神楽さんは手を離しタオルを体に巻き付けて後ろを向きます。
私も同じ様にタオルを巻き付けて、隠します。
(お嫁に、いけないっ!)
酸素を得た事で幾分か余裕が出来た頭で考えた事がこれです。裸を見られたからには、責任を取って貰う物だってママが言っていたのを思い出します。
(か、神楽さんと結婚!?)
私まだ学生なんだけどっ。それにアイドルだし、恋愛はしない方がいいかもしれないし、でも裸を見られたし…
「蘭子ちゃん、一先ず服着よっか?」
そう声をかけられて、私は考えを切り替えて今はこの現実と向き合うことにしました。
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何とかお互い服を着て、テーブルを挟んで向かい合うように座ります。
「えっと、何から話したら良いかな…」
何から話したらいい物かと頭を巡らせ、蘭子ちゃんの顔を伺うように覗き見ます。
視線が交わり、先程の光景が蘇ってしまい。蘭子ちゃんも思いでしたのか二人して顔を赤らめます。
「そ、その…。神楽さん…神楽君は、どうしてアイドルになったんですか?」
「私がアイドルになった理由ですか」
蘭子ちゃんから聞かれたことを、私は隠すこと無く話しました。
楓さんのライブを見に行ったこと。舞台で光り輝く彼女を見て、私も同じ様になりたいと思った事。路上ライブを繰り返して、武内さんの目に留まりスカウトされた事。
「でも、流石にバレてしまいましたし。私は事務所を去るつもりです」
デビューしたばかりですが、流石に私という異物が居るなら蘭子ちゃんは落ち着かないでしょう。それに蘭子ちゃんが誰かに話さないとも限らないですし、成るべく早いうちに居なくなった方が賢明でしょう。
ですが、蘭子ちゃんは私が居なくなると聞いて驚いた顔をしていました。何故?と思う間もなく、蘭子ちゃんは立ち上がり私の肩を掴んで来ます。
「居なくなる必要なんて、無いじゃないですか!」
「で、でも…。私は男だし、皆を騙しているし、それに一緒にいたら気持ち悪いでしょう?」
「気持ち悪くなんてないです!確かに驚きはしましたけど、でもだからってそんな簡単に諦めて良い物なんですか?」
「諦めるのは、確かに辛いけど。ほら、また別の機会が訪れるかも知れないし」
「離れたら、嫌です…」
その言葉と共に、蘭子ちゃんは涙を流し始めました。突然の出来事に理解が出来ず、泣かせてしまった罪悪感が襲いかかります。
「神楽さんが居なくなったら、私はまた一人ぼっちになっちゃう…。素直に話す事が出来なくて、離れて行くのは嫌なんです…」
「蘭子ちゃん…」
私と話す時は普通に話す彼女ですが、武内さんや新田さんなどメンバーの方と話す時には言葉が変わります。以前聞いた時には、それは照れ隠しであると言っていました。
ですが、その照れ隠しで話すのではなく。ありのままの自分で話す人が居なくなる。離れて行くのが嫌みたいです。
私はそっと彼女の頭を撫でます。
頭に手が触れた時に、蘭子ちゃんが少しだけ体を強ばらせていましたが、拒むこと無く私を受け入れてくれました。
(酷い人ですね、私)
こんな子を裏切って、親しくなって、勝手に居なくなるって言って泣かせて。
撫でる手を止めずに、私は話し掛けます。
「蘭子ちゃんは、私が男の人でも、居ても良いのですか?」
「…私の我侭で、皆さんには悪いですけど。離れるのは嫌です…」
「だったら、私はずっと側にいます。女の子を泣かせる趣味は、ありませんしね」
そう言って私は軽く笑って、空気を変えます。
ですが、泣かせたくないのは事実です。今後も、他の皆さんのことを騙す事になりますが、今はその事よりも蘭子ちゃんの事を考えましょう。
ふと、蘭子ちゃんが泣き止んだ事に気が付き、そちらを見ると。蘭子ちゃんはこちらを見つめて顔を赤く染めていました
「ず、ずっと側にいるって…。それは何時まで…」
「それはもう、アイドルを辞めるまで)ずっとですよ?」
それぐらいの事しか、私は蘭子ちゃんにしてあげられませんしね。
そう伝えると彼女は立ち上がり、部屋を飛び出して行きました。
何故…?
-----
(ずっと側にいるってことは、死ぬまで一緒って事だよね!)
初めて言われたその言葉に、私は嬉しさと恥ずかしさから思わず部屋を飛び出してしまいました。
初めてまともに親しくなった男の人で、初めて伝えられたプロポーズの言葉。
(きゃー!!!)
声に出すと迷惑になると思い、頭の中で歓喜の声を出します。
そのまま暫く駆け回り、大広間にたどり着いた所で私は止まりました。
「ら、蘭子ちゃん。どうしたの…、急いでたみたいだけど…」
「死を司る者…。何、少し体を動かしたくなっただけの事」
私の少ない友達の一人、小梅ちゃんがそこにはいました。最初は素直に告白された事を伝えようと思ったけど、神楽さんが男の人だってバレたら側に居られなくなる事を思い出して、慌てて違うことを伝えます。
(告白…)
その事を思いですだけで、自然と頬が緩みます。幸せが胸を埋め尽くして、抑えようとしても笑顔になって…。
小梅ちゃんに別れを告げて、私は部屋に戻ろうとして凛さんに出会いました。
「蘭子、どこ行ってたの?お風呂に居なかったから少し心配してたんだよ?」
そう声を掛けてくれた凛さんですが、もしかしたら凛さんも神楽さんに告白されて…。
「ど、どうしたの?私睨まれるようなこと、したかな…?」
「む、すまぬな。蒼き姫が粗相を働いた訳ではない。神の玩具が少しな…」
「神の玩具って…神楽の事?神楽がなにかしたなら部屋変えてもらう?」
「ぴ?」
部屋を変える?何故変える?
そう思いましたが、私は思い出してしまいました。
(この後、同じ部屋で、一緒に寝る…?)
その事実に気づいてしまい
「ぴゃーぁぁぁぁ!!!」
私は思わずさけんでしまいました。
この勘違いが原因で、あんな事になるなんて…
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少女少年と少女の気持ち
~ドキッ!神楽と蘭子のお風呂場大事件!ポロリもあるよ!~
が終わり、蘭子ちゃんと何とも言えない雰囲気を醸し出しながら食事を終えて、食後に談話を終えて各自割り振りされた部屋に戻ることになりました。
そんな私達二人の雰囲気を察したのか、凛は敢えて何も言わずに黙っていてくれています。相も変わらない凛の優しさに嬉しくもなりながら、これからばれた事を報告しないといけない現実にげんなりしてしまいます。
蘭子ちゃんの部屋に戻ると、既に布団が敷かれており。蘭子ちゃんが先に部屋に戻っていった理由が分かり少し申し訳なくなりました。態々皆さんとの会話の時間を割いてまでこうして私達のために用意してくれているなんて、なんと健気なのでしょう・・・。
「それで、蘭子と神楽は何かあったの?・・・・・・まぁ大方察してはいるけど・・・」
まぁ分かりますよね。二人して何かを思い出すようにして顔を赤らめたりしていますし。というか察したって起きた内容までもですか?そんな疑問を投げかけてみると、凛が私の耳元で呟きます
「どうせ、ばれちゃったとか言うんでしょ」
その通りです、凛はエスパーなのでしょうか。
「言っておくけど、エスパーとかじゃないからね。普通に考えれば神楽の秘密でこんな事になるのって一つだけだし」
「まぁ・・・その通りですね」
私の抱えている秘密の中で最もインパクトのある物は男と言うことでしょうし。自分で言ってて悲しくなりますね・・・。そんな悲しみを抱きながら、私は男であると自分に言い聞かせていると、凛が蘭子ちゃんに話しかけていました。
「秘密にしていた私が言うのも可笑しい話かも知れないけど、蘭子は私達のプロジェクトの中に男が混ざっていて平気?もしも、嫌だって言うなら私がプロデューサーに話して見るけど」
「嫌だなんてとんでもない!」
「あ、うん」
断言された凛が、こちらを向いてまた話しかけてきます。
「なんか、蘭子の返事が思ってたのと違うんだけど・・・」
「ですよね、ビックリするくらい蘭子ちゃんこの事受け入れているんですよね」
正直これには当事者である私も驚いていますし。何故蘭子ちゃんこんなにも寛容なのでしょうか。まぁですが、秘密にしていてくれるというのなら私はそれ以上何も望みません。むしろ望まれることがあればどんと叶えてあげたくなりますよ。
「ふーん。まぁ二人が納得しているなら、私からは言うことは無いかな」
「私は凛さんに聞きたいことがあるんですが・・・っ」
話が纏まったかと思いきや、蘭子ちゃんから凛に質問があるらしいです。何事でしょうかと気になっていますと、どうやら私には聞かれたくない話の様子。私はそれを理解して、部屋の隅に移動して両手で耳を塞ぎます。
しかし何とかなって助かりました・・・。もしもの話、これが蘭子ちゃん以外の方にばれてしまっていたら確実にダメだったと思います。前川さんと新田さんは特に。前川さんはアイドルとして猫キャラをしていますが、普段では真面目そうですし。新田さんは大人ですし、こういった曲がった事を嫌ってそうですしね。
今度からは、もっと周りに気を配っていかないと行けませんね。そう考えていると、蘭子ちゃんがこちらに近づいてきました。どうやら向こうの話も終わったらしいですね。何を話していたのかが気になりますが、お二人のどちらかが話してくれるまでは私は何も言わない方が良いでしょう。そう思っていたら少し速足で近づいた凛に脛を蹴られました。突然襲ってきた痛みに思わず顔を顰め、何をするんですかと凛を睨みます。
「別に、ただ何となく・・・」
「何となくで脛を蹴らないでください・・・」
弁慶の泣き所と言われるくらいですし。普通に痛いですからね!そんな私の訴えを貰い、凛も申し訳ないと思ったのか謝ってきました。そこまで本気で謝られたらこちらもこれ以上怒るのも躊躇われてしまいます。ですので軽く凛にチョップをして終わらせました。
「あの、神楽さんは凛さんと、どういった仲なんですか・・・?凄く親しそうに見えますが・・・」
「どういった仲と言われても、普通に学友でアイドル仲間としか・・・」
親しいのは私が男だと知っているのも凛だけでしたし、自然と触れ合う機会も多いからだと思います。
「そうなんですね・・・。あの、凛さんの事を・・・」
凛の事を・・・?何でしょうか。続きが気になりますが、蘭子ちゃんは「なんでもないです」と告げて喋るのをやめてしまいました。まぁ何でもないのなら気にしないで起きましょう。
二人の話も終わり、私達は三人でトランプなどで遊んだり。みりあちゃん達が遊びに来たりと有意義な時間を過ごしました。訪れてきた人の中には勿論新田さんとアナスタシアさんのお二人もいて、前日に話した通り仲が深まったと思います。まぁ主観ですけどね。
そしてあっという間に時刻は過ぎていき、日を跨ごうとする頃に私達は布団に入りました。が、ここでまた一つ問題が発生。女子寮の部屋は、一人で寝起きする分にはそれなりの広さがあります。ですので一人ボッチの男子としては部屋の隅っこに布団を移して肩身狭くして寝ようと思っていたのですが
「あの、今からでも場所を移動しませんか・・・」
「ダメですっ」
「らしいよ・・・」
左側に蘭子ちゃん、右側に凛、そして中央に私。どうしてこうなった・・・。蘭子ちゃんはそもそも私達に合わせて布団で寝る必要ないはずなのですが、わざわざベッドを一旦折り畳んで片づけてしまいますし。凛も凛で私が隣で寝るのを断りませんし、蘭子ちゃんの言う事を否定しませんし。ですので私もいっそ諦めて寝ることにしたんですけど、どちらを向いても女の子。上を向いてても視線がこちらに来ていたりと落ち着いて寝れそうにもありません。流石に狼なんかにはなるつもりはありませんが、こうムズムズして暫く寝れそうにないですよこれ・・・。
「よいしょっと・・・」
「蘭子ちゃん・・・?」
蘭子ちゃんがもぞもぞと動いているのが分かり、何かしたのかとそちらを見たら先程よりも彼女が近付いてきている気がします。
「・・・・・・」
「凛?」
今度は反対側の凛が近付いてきている気がします。と言うかこれ気がするじゃないです、近づいてきてます。だって肌が触れましたし!なんかいい匂いがさっきよりも広がりましたし!
「二人とも近いですよ!?」
「えへへ、温かいですっ」
「別に、何となく・・・」
蘭子ちゃん、可愛いからって許されるものじゃないです。それに凛、何となくで近づかれると中々に私の心臓に悪いんですが・・・。
(こういう時こそ、明鏡止水の心で・・・)
何も考えなければどうと言うことはありません。凛が掴んでいる服の裾も、蘭子ちゃんが握って来た手の感触も気になり・・・
(私、気になります・・・)
この日、私がゆっくりと寝ることが出来たのは二人の寝息が聞こえてきてからでした。
-----
(神楽の事を、どう思っているのか。そんな事聞かれてもね・・・)
布団に入り、隣に横になっている彼の事を考える。
(別に深い意味は無いはずだけど。神楽が男だって知ってるの私とプロデューサーだけだし、だから一番神楽のそばにいる機会が多い私がしっかりしないといけないし・・・)
それなりに彼と親しくなった私。彼の趣味や好きな事や彼が憧れる楓さんの事を本当に想っている事
だって知っている。だから別に、彼の事を異性として意識しているとかではないはず。
(蘭子が変な事聞いて来るから、無駄に意識しちゃうなぁ・・・)
神楽の事を好きなのかと、先ほど聞かれた。それに私は直ぐに違うと答えたけど今はそれを考えてしまう。プロデューサーとお父さんを除いて、今は接する事の多い異性だけど・・・。彼に抱いている気持ちが異性に対するものなのか、それとも友達に対するものなのかは分からない。そもそも神楽を男性として意識するよりも、自然と同姓として接してしまうからなおさら分からなくなってしまう。
ゆっくりと、隣で居心地の悪そうにしている神楽を見る。とても男性とは思えない程整った顔立ちが目に入る。これで男だと言うのだから、世の中不思議でならない。
(む・・・)
そうして彼を見ると、彼を挟んで向こうに寝ている蘭子が動いたのが見えた。その行動に驚くと共に、思わずムッとしてしまう。何故ムッとしたのかは分からないけど、その行動が何か気に食わない。
「凛?」
だから私も、少しだけ彼のそばに寄っていく。別に深い意味は無いけど、蘭子がしたから私もそうしただけ。少しだけ戸惑うように私達から視線を逸らす彼が面白く、思わず笑ってしまいそうになるのを堪える。
(まぁ、何時かはわかるかな・・・)
暫くは彼とも接していくだろうし、急いでこの気持ちを確かめる必要もないと思う。そう自分に言い聞かせて、私はそっと目を閉じた。
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少女少年の膝枕
モバマス4周年、デレステアーニャSSRおめでとうございます。まぁどちらも何も引けずに終わりましたが・・・
外の照り付けるような熱気、それと湿気。夏が近づいてきていることもありここ最近は皆さん肌の露出が増えてきて、私と武内さんはその露出から目を逸らすことが増えてまいりました。
やっぱり女性が多いと異性の視線が無いために皆さん少しだけ警戒心と言いますか、兎も角油断する事が多いんですよね。以前なんかは本田さんが上の服を脱いでキャミソールだけになったり、双葉さんなんか下着すらも暑いと言ってTシャツのみで過ごしていたりと。流石にそれは私の精神上よろしくないので、お二人にはしっかりとお話して理解していただけましたが。
「もうやだ、杏はここから動きたくない・・・」
「双葉さん、膝の上でそんなこと言われると困るのですが・・・」
現在、冷房の効いた事務所内。仕事もレッスンも本日は私は入っておらず、何をするわけでもありませんが事務所に来る日が多くなっています。実際家にいても一人寂しく家事をしたりTVを見たりと過ごすだけですし、こうして事務所に来た方が皆さんと接する事で仲を深める事が出来ますし有意義なのでいいんですけど。
そんな気持ちで訪れた事務所ですが、現在は双葉さんにみりあちゃん、城ヶ崎さんしかいませんでした。私が来た時は皆さん暇を持て余していたのかトランプをしたりおしゃべりをしたりと、普段の双葉さんを見ていたら分かると思うのですが珍しくお姉さんみたいな事をしていました。が、私が来たらその役割が変わり双葉さんはソファに座った私の膝に頭を乗せてのんびりと寛いでいます。
「ねーねー、神楽ちゃんのお膝ってそんなに寝やすいの?」
「これは一度体験したら虜になるから、子供にはまだ早いよ。だから皆が犠牲にならないようにこうして杏が身を挺して庇っているんだ・・・」
「え~!莉嘉はもうセクシーでアダルトな大人だよ?それぐらい大丈夫だし☆」
「いえ、虜も何もそんな事は無いんですが・・・」
実際凛は虜になった様子はありませんし、双葉さん退きたくないからとそんな嘘を教えないでください。そんな気持ちを込めた視線を双葉さんに送りますが何処吹く風。彼女は寝返りをうって視線から逃れます。
「にょっわー!杏ちゃん見つけたー!」
その時、部屋の扉を盛大に開け放ち諸星さんが事務所に来ました。双葉さんを探していたのでしょうか、私の膝に横になる双葉さんを見つけて抱き抱えるように持ち上げます。身長の小さな双葉さんが諸星さんに抱き抱えられると、足が地面に着かずにぶらんぶらんと足が揺れていて、不謹慎ですがそれを見て和んでしまいます。
「やめろっ杏はまだここを離れるつもりはないんだっ」
「も~、またそんな事言って~・・・。めっ!だよ~?」
二人を見ていると、何故か自然と笑ってしまいます。見慣れたこの感じがとても心地よく、この遣り取りを見るのが当然の様な気がします。
やめろー離せーと未だ逃れようと何とか動く双葉さんを諸星さんが連れだして行くのを見届けます。大方レッスンをすっぽかしていたのでしょうが、流石にそれはトレーナーさんに申し訳ないので頑張って来てくださいと告げます。すると双葉さんも諦めたのか帰ってきたら膝枕をもう一度する事を約束して諸星さんと消えていきました。
そんな二人を見届けて、私はソファに戻ります。すると待ってましたと言わんばかりにみりあちゃんが膝に飛び込んで来ました。
「あ、みりあちゃんずるーい!私も私もー☆」
みりあちゃんが膝の上に乗り、城ヶ崎さんも同様に反対側の空いている膝の上に陣取ります。これはあれですか、私また膝枕をする必要があるわけですか。
如何せん双葉さんが先ほどまで乗っていた為、膝に少し痺れが生じていたので休みたかったのですが
「凄いねこれ、柔らかくて気持ちいい!」
「家にある枕よりも寝やすいかも!」
楽しそうに笑う二人を見て、私は諦めて枕になることにしました。まぁお二人なら左程時間も取られないでしょう。この後お二人もレッスンがあるようですし。
現時刻はお昼の少し前。家にいたのならばお昼の支度をする頃合いですが。今日は天気も良いですし外に食べに行くつもりでした。お二人はと言えばレッスン前とのこともあり、胃の中に物を入れたくないようです。お腹いっぱいでレッスンなんてしたら辛いですしね。
お二人が会話に興じている間、私は持ち込んだ小説を片手にお二人の会話をBGMに本を読み進めます。お二人の会話はみりあちゃんの妹の話だったり、美嘉さんの話だったりと家族のお話が大半です。昨日は家で何があっただの、今朝の美嘉さんの様子だの色々と。それから時間が少し経過し、お二人の会話が消えた事に気が付いた私は本を読む手を止めてお二人の方に視線を向けます
「あらあら・・・」
お二人はすうすうと気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていました。その様子が微笑ましく、私はお二人の頭を撫でてしまいます
「ハッ!危ない危ない・・・」
私の中に存在しないはずの母性に目覚め掛け、撫でる手を止めた所で。お二人は目を覚まし、起きた直後と言うのもあり目を擦りながら体を起こします。
「ん~・・・寝ちゃった・・・」
「神楽ちゃんの膝、気持ちよすぎるよぉ・・・」
「おはようございます二人とも。そろそろ時間ですけど、大丈夫ですか?」
もぞもぞと膝で動かれたこともあり、少しくすぐったくなりましたが顔には出さず。起きた二人に声を掛けて時計を確認してもらいます。
「大変!もう時間になっちゃう!」
「本当だ!ありがと神楽ちゃん☆行ってきまーす!」
みりあちゃんと城ヶ崎さんを見送り、部屋に一人取り残された私は膝を見てどうしたものかと頭を悩ませます。何故悩ませるかと言いますと。余程気持ちよかったのかお二人して涎を垂らしてしまったわけで、履いてきたジーンズに涎の跡がくっきりと残ってしまっています。
「ジャージは・・・上の服と合いませんし、外を歩いていれば渇くでしょうし・・・」
そう考えた私は、荷物を纏めて事務所を出ます。向かう先は本屋です、持ち込んだ本を読み終わったので発売されている続編を買いに行くとしましょう。
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「ふぅ、歩き疲れました・・・」
人込みの中を歩いて本屋に向かったのですが、人の熱気と空から照らされる太陽の熱に中てられて体温が上昇してきたのもあり、私は公園のベンチで休んでいました。この公園ですが、木陰に丁度ベンチが設置されているので涼むには持って来いの場所となっております。
自販機で買った冷たい水を片手にベンチに座り、一息つきます。目的の本も購入してお昼も済ませ、後はまた事務所に戻るだけとなったのですが
(続きが気になりますね・・・)
如何せん先程読んだ本の終わりが良い所で続きに向かってしまったので、今買ったばかりの本を読みたくなってしまいます。少しだけ少しだけ。そう自分に言い訳しながら私は袋の中から本を取り出し読み始めました。
そのまま読み進めて半分ほど。時間にしてみれば一時間経っであろう頃。ふと顔を上げた私の視界に一人の女性が映りました。その人は覚束ない足取りでふらふらと歩いており、何時か倒れるんじゃないかと見ているこちらが不安になってしまいます。腰に届きそうな長い髪をカチューシャで軽く纏めていますが、黒という色は熱を溜めやすい色なのであれ程長い髪であればきっと熱いのでしょう。そんな余計な事を考えながら彼女を眺めていると、突然彼女は蹲る様に座り込んでしまいます。
「大丈夫ですか!?」
その様子を見て、私は駆け寄ります。近くに人がいないこともあり、私しか彼女に駆け寄ることはしません。声を掛けられた事でこちらを見た彼女。こんな時に何をと言われるかもしれませんが彼女は見目憂わしく、それこそ私が所属する346プロダクションにいてもおかしくないと思える程に綺麗でした。そんな考えを頭を振って振り払い、彼女に聞こえやすいように私もしゃがみ込みます
「行き成り座り込みましたけど、大丈夫ですか?」
「あ・・・すみません・・・。少し日に長く中てられてしまって・・・」
軽度の熱中症でしょうか、一先ず彼女を休ませるためにも私は彼女に肩を貸して先程まで座っていたベンチに誘導します。
「ご親切に、ありがとうございます・・・」
「困ったときはお互いさまでしょう。少しここで待っててください、今冷たい物買ってきますから」
彼女がベンチに座り、楽な体制を取ったのを見てから、私は財布片手に公園の外に位置するコンビニに走りだしました。
コンビニで必要そうな物を購入して、また走ってベンチまで戻ると彼女はベンチに横になっています。
「お待たせしました。これ、飲んで下さい」
そう言ってスポーツドリンクを手渡して、さらに袋の中から氷を取り出し、さらにその氷を袋に入れて水を入れ簡易的な氷嚢を作ります。
「何から何まで、本当にご迷惑を・・・」
「良いんです、気にしないでください。私が勝手にやっていることですし」
そう言って、横になったままの彼女の頭に氷嚢を乗せます。その際に彼女の目元まで伸びる前髪が軽く掻き分けて乗せます。行き成り顔に触れられた事で身を竦ませた彼女ですが、私が手に持っている物をみてされるがままになっていました。
一先ずこれで大丈夫でしょうと思い、一応ハンカチを水で濡らして首元にも軽く巻き付けます。動脈を冷やすことで冷えた血液が体内に回るので、熱が下がりやすくなるんですよね。朝方のTVでやっていたことがここで役に立つとは・・・。
「私は大丈夫ですので、貴女も座った方が・・・」
そう言って彼女は体を起こします。ですがその動きはゆっくりとしたもので、まだ体調が良く無い事が窺えます。折角の好意を無下にするわけにもいかずに、私はそれを受け入れベンチに座ります。そこでふと思い出しました
(私の膝って、そんなに気持ちいい物なのでしょうか・・・)
であれば、彼女も膝の上に乗せて寝かせてあげれば楽になるのでは・・・?いや待ってください私、事務所内の知った方達ならばまだしも。今隣にいる人は今日初めて会った名も知らぬ人。流石にそこまでする必要は無いのでは・・・?横目で彼女を見ると、未だ辛そうに胸を上気させて呼吸しています。それを見て、私は決意して彼女に声を掛けます
「まだ辛そうですし、横になりませんか?ベンチにそのままですと硬くて辛いでしょうし、私で良ければ膝をお貸ししますが」
いざ言葉にして、何て事を言っているのかと顔を赤らめてしまいます。そんな事を伝えられた彼女はどう思ったでしょうか、男性にこんな事を言われていい気分はしないでしょうし、もしかしたら通報なんてされたり・・・。
「・・・でしたら、お言葉に甘えさせて貰います・・・」
「え、あ、はいどうぞ・・・?」
素直に受け入れられた事に驚きつつ、私は膝を貸し出します。
彼女はゆっくりとした動きで私の膝の上に頭を乗せて、ゆっくりと呼吸しています。
と言いますか、これはあれですか。私この人にも異性として見られておらずに、同姓からの誘いだから素直に受け入れた。そういう事なのでしょうか。
(深く考えるのはやめましょう・・・)
考えれば考えるだけ気落ちするだけですしね。それにもう慣れました。慣れてはいけないのでしょうが慣れてしまいました・・・。少しだけ気落ちしますが、今はそんな事を考えていても意味がありません。早く彼女の体調が回復するようにと、軽く祈りを込めて手で仰ぎます。
「私、あまり体力が無いので・・・。こうして直ぐ体調を崩してしまうんです・・・。昔から、こうでした・・・。その度に、母がこうして膝に寝かせてくれたのを思い出しました・・・」
やはり、これは私に母性が・・・?いや、そんなまさか・・・。存在して父性でしょうし、母性何て物は存在しないはず・・・。
そんな事に軽く頭を悩ませながらも、手を止めずに彼女の熱を冷ましていきます。それを続けてどれくらいでしょうか。
「ありがとうございます、大分楽になりました・・・」
そう言って彼女は体を起こし、こちらにお礼を告げてきます。それと同時に、鞄から財布を取り出すのが見えたので私はそれを制しました。
「お金は大丈夫です。もしかしたら、病院に行く可能性もあるわけですし」
「ですが、私のために使ってくれたお金ですし・・・。私が払うのが道理かと・・・」
「道理も何も関係ありません。私は当たり前のことをしただけですから。それではこれで!」
引く様子の無い彼女を見て、私は逃げるようにその場から走り出しました。逃げる必要は無いのではないかと思いましたが、あのままではどちらも譲らずに時間だけが経過しそうでしたし、それにあの綺麗な目で真っすぐ見られてしまうとなんというか恥ずかしくて・・・。
そうして走って事務所に辿り着いたのですが、そこで思い出してしまいました。
「買った本、置いてきてしまいました・・・」
何ということでしょう・・・。かといってここで戻ってしまったら格好がつきませんし、今日の所は諦めて明日もう一度公園に向かうとしましょう。運が良ければそのまま置いてあるかもしれませんしね。
少しだけ気落ちして、私は事務所に入ります。そんな私を待っていたのは、双葉さん。あぁ膝枕する約束をしてましたからね・・・。そうして彼女が満足するまで、私は彼女の枕として帰るまで過ごすことになりました。
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少女少年と水着
花粉滅べ
受粉したいなら頼むから静かにやってくれと呪詛を並べております。まぁ遅れた理由は全く関係ないんですけどね。
水着回です
「「「水着の撮影会?」」」
武内さんから告げられた新しい仕事のお話、その話を聞いて私は一人体を強張らせております。
「梅雨もそろそろ開ける頃合いだろう?シンデレラプロジェクトの皆に新しい水着の試着と共一緒にグラビアの撮影の仕事を回してくれた知人がいたんだよ」
そう告げる今西さんの言葉、普段であれば、と言うかこういった仕事でなければ諸手を挙げて喜んで受け入れるのですがこればっかりは受け入れる事が出来ません。
ダラダラと冷や汗を滝のように流す私の両隣では、凛と蘭子ちゃんが心配そうにこちらを見てきています。武内さんも首に手を当てながらどうしたものかと悩むように天井を見上げております。どうしたものかと考えるのは私なんですけどね!
と、そんな事を考えていても詮無きこと。
「水着だなんて、私のせくしーな格好を見たいんだー!P君のエッチー☆」
「み、水着・・・。私最近お菓子ばっかり食べてたから・・・うぅ・・・」
「美味しいから大丈夫だよぉ・・・多分・・・」
「あっはっは皆気にし過ぎだってー。水着来て写真撮ってお終いなんだしーそんな気にしなくても大丈夫だってー!」
「未央ちゃんは良いよね、スタイル良くて・・・。私なんて最近サークル活動もしてないし運動量減ったから不安で不安で・・・」
あ、皆さん別に仕事に否定的なわけでは無いのですね。それよりもスタイルとか気にする必要無いと思うのですが・・・。毎日のように結構ハードなレッスンをこなしている訳ですし、太っているようには見えませんが・・・。
「あんまりジロジロ見ないのっ」
「ごめんなさい」
横に立つ凛と蘭子ちゃんのスタイルを眺めていたら凛に足を踏まれてしまいました。確かにジロジロと見るのは不躾でしたね。
「一先ず、この仕事は来週の話になります。ですので、不安な方はそれまでに施設を使うなり何なりで各自準備をお願いします」
そう告げて武内さんと今西さん、千川さんは仕事に戻っていきました。皆さんは各自それぞれの目的でレッスンを行いに動きました。
皆さんが行動を開始するのと同時に、私もソファに座り一人頭を抱えます。
「どうしてこうなった・・・」
水着・・・水着・・・。女性向けの水着ですよね、当然。
今までと勝手が違うのはボーイッシュな服やゆったりとした服では隠せないボディラインがばれてしまうでしょう。即ち何が言いたいかと言うとかなりやばいということです。
「パレオ、でしたっけ・・・?あの腰布があればギリギリ行ける・・・?」
皆さんが仕事に参加する中、私だけ不参加となるとファンの皆様に不信感を抱かせてしまうかもしれません。そうなると後々に響く可能性もあるので参加しない訳にはいかないのです。ですが・・・
「水着かぁ・・・!」
中々理性は強い方だと思っていますが、控えめに言ってもシンデレラプロジェクトの皆さんは美麗秀麗です。特に新田さんや諸星さんなんてこの中でも圧倒的と言っても良い程スタイル良いですしね。特に新田さんは危険です。割とあの人無自覚な色気を振りまいて来ますし、今の私は女の子。女性同士で近づく事もあるでしょうし、そうなると私が気絶するのが先か撮影が終わるのが先か・・・。
「何はともあれ、覚悟を決めないと・・・」
そう心に決めて、私もレッスンに向かうことにしました。
-----
あっという間に一週間が経過してしまいました。燦燦とした太陽から降り注ぐ日光とは打って変わり、私の心は曇り模様です。
今回の撮影場所はプールを貸し切って行われるとのことで、仕事終わりはそちらで遊んでも良いと許可を頂いております。だからでしょうか、皆さん撮影と同じかそれ以上にその後の事を楽しみにしている様子です。赤城さんや城ヶ崎さんなんて浮き輪やビーチボールもって来てますしね。
その様子を見て微笑ましく思い、少しだけ気持ちが晴れます。
迎えの車が到着して、小一時間程車に乗って現場に辿り着きました。現場の人たちに挨拶をして、各自渡された水着を手に持ち更衣室に向かいます。流石にレッスンの時に着替えるのとは違い、皆さん一糸纏わぬ姿になる可能性がある場所に向かう訳にも行かないので私は一人お手洗いに向かうことにしました。
洗面所にて軽く顔を濡らして改めて気持ちを落ち着かせます。
「大丈夫大丈夫やれば出来る出来る私なら大丈夫鉄の理性でこの仕事を乗り切れば大丈夫・・・」
軽く自己暗示をかけて覚悟完了です。
お手洗いから出て時計を確認すると10分程時間が経過していました。今までの経験上着替えは終わっている筈ですし私も更衣室に向かい着替えるとしましょう。
手荷物水着は淡い紺色の水着でパレオ付き。武内さんに提案しておいたのですが無事に私はパレオを用意してもらう事が出来ました。念には念を入れよと思い下の水着を着ても違和感が無いようにしましたが、パレオがあればほぼ大丈夫でしょう。
更衣室に向かうにつれて心臓がどんどん早く動いていくのが実感できます。
(ばれたら社会的に死んでしまう・・・!)
そんな気持ちを改めて抱きながら、更衣室に辿り着き、入ろうとした瞬間
「とりちゃーん!見て見てー!」
「本田さん、どうしま・・・」
本田さんに声を掛けられ振りまきます。そしてそこまで声に出して、私は石造の様に固まってしまいます。
「どうどうこの水着?パッションな未央ちゃんにぴったしだと思わない?」
バインバインでした。いやもう、何がとは言いませんがバインバインです。本田さんらしく元気よく飛び回って水着を見せてくれるのは良いんですがその度に揺れるのは私の心臓に悪いです。助けて・・・。
「凄い、似合ってますよ本田さん・・・。それよりも、皆さんと一緒にいなくても大丈夫なんですか・・・?」
意識を逸らしながら何とか声を出します。
「女の子同士なんだし、何で目を逸らすかなぁ?まぁいいや!」
うづきーん!と元気よく声を出しながら本田さんは去っていきましたが。
「死ぬかと思った・・・」
本田さんの水着姿破壊力高すぎです!何ですかあれ・・・。オレンジ色の水着が元気な彼女に似合ってますし、元気に動き回りますから揺れますし!いえ、これ以上は考えるのはやめておきましょう、私も早く着替えないと、これ以上皆さんを待たせるわけにも行きませんし・・・。
そう思いつつ更衣室の扉を開けます
「え」
「あ、神楽ちゃん。神楽ちゃんも今から着替えるの?」
可笑しい皆さん既に着替え終わっていると思っていたのになぜまだいるのですか、折角着替えの時間が重ならないようにしていたのにこうして顔を合わせてしまうなんて思ってもいませんでしたし、そもそも新田さん何でまだ下着姿のままなんですが待って待って待ってブラのホック外さないで待って見えちゃう見えちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!
「失礼しましたぁ!!!」
「神楽ちゃん!?」
見えちゃった見えちゃった!どうしましょう見えちゃった!?何が!?あれ何!?私何見たんですか!?桜色の何がしですか!?
「助けて凛ちゃん!」
現実を受け入れられずに変な言葉まで喋ってしまいましたが仕方が無いと思いませんか?そりゃそうでしょう?あんなもの見ちゃったんですから!あんなものって言うのも失礼かもしれませんが私他人のなんて初めて見ましたよ!?
・・・・・・いい加減落ち着きました、あれは気のせいなんでしょうきっと。そう思いましょう、そう思います!
再び更衣室に戻り、ゆっくりと扉を開けて中を確認します。
大丈夫な様です、誰もいませんし素早く着替えてしまいましょう。
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無事に水着も着替え終わり、皆さんが集まっている場所に向かいます。指定された時間は過ぎていないため何も言われることがありませんでしたが新田さんが先程から「大丈夫?」「私、神楽ちゃんに何かしちゃったかな?」と声を掛けてきてくれます。ごめんなさい新田さん・・・、新田さんは悪くないんです、悪いのは何も打ち明けていない私が悪いんです、なので出来ればそれ以上大胆に胸元が開いているビキニで私の顔を見ようと屈まないでください。割と切実に
「凛ちゃんガード・・・」
「ちょっと神楽、お願いだから私の背中に隠れないで・・・」
凛も恥ずかしいのか腕で体を隠すようにしています、その姿が妙に色っぽく私の理性が崩壊寸前でかなりやばいです。と言うか何処に視線を向けてもやばいです。
諸星さんなんてビックバンですし、アナスタシアさん肌白くて綺麗ですし、蘭子ちゃん本当に中学生なのか疑いたくなっていますし、新田さんは言わずもがな。本田さんは先程見てしまいましたが中々に凶悪ですし、島村さんも意外と・・・。
「目でも潰した方が私良いんじゃないですかね」
「それやって大丈夫なのは漫画とか小説の世界だけだからね・・・」
なんて現実逃避していた所、監督さんと武内さんが一緒に来ました。お?何故かその後ろにも何人かぞろぞろと・・・。
どちら様でしょうかと考えていた所、武内さんが口を開きました
「突然ですが、今回の撮影で追加の人員という事で、346事務所から数名新たに参加する事になりました」
成程、同じ事務所の方々でしたか。どんな人たちなのかと凛の背後から顔を覗かせてみた所、知った顔が何人か。
これかなり私やばいですね、はい。
続きはいつになるかはわかりまてん^p^
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少年少女の涙
おっぱいが一つ、おっぱいが二つ、おっぱいが三つ・・・・・・。
「凛、私帰りたい」
「帰ったら仕事にならないよ・・・」
だってだって、女性の象徴がいっぱいあっちこっちにあるんですよ?私何処見てれば良いんですか・・・。
武内さんが連れてきた新たな人たちが加わった結果。私の精神ががりがりとすり減って行く事になりました。いえ、そもそもすり減る予定だった精神ですが、すり減るペースが凄まじい事になってしまいまして。
「神楽ちゃん大丈夫?顔が赤いみたいだけど熱でもあるの?」
「あ、いえ、お構いなく!」
そう言って心配する声を掛けてくださったのは元アナウンサーという経歴を持つ川島瑞樹さん。先輩らしく後輩である私達をこうして心配するように声をかけてくれるのは大変嬉しいのですが現在の私にとっては火に油も同然です。
ビーチチェアーに腰を掛けて座っている私と凛ですが、座っているからなのか川島さんは前かがみになるような形でこちらを見てきます。そのため大変大きなものが私の目の前に存在するわけで、何が言いたいかと言えば助けて凛ちゃん。
「ふふ、瑞樹さんの水着・・・」
なんて小粋なジョークと共に現れたのは私の憧れであり恩師でもある楓さん。
「ちょっと楓、アンタ実はお酒飲んだりしてないわよね?」
「お猪口でちょこっとですか?流石に仕事前にそんな事はしませんよ?」
目の前で会話されている訳ですが、如何せん青い水着に包まれた柔らかそうな双丘と薄緑に包まれた大きすぎずな双丘が眼前にあるため大変私困っております。具体的に言うと頭に血が上ってそろそろ血が零れそうです。
凛や卯月さんといったシンデレラプロジェクトの皆さんは日ごろから見慣れているのもあるためか、少し時間が経過した現在なら視線を逸らせばある程度会話は出来ます。ですが流石に先輩とこうして肌を晒した状態で出会うことなどまず無く、更に更にその相手が憧れの存在と芸歴的にも届かない程の先輩です。流石に会話の際に目を逸らすなんて不躾な真似をするわけにもいかないので目を見て話すのですが、如何せん必ずと言っていいほど見えてしまうのが辛いです。
唯一の男性である武内さんと一緒にいれば大事ないと思っていたのですが、あの人撮影が始まると同時に何処かに姿をくらましましたからね、裏切り者・・・。
さて、どうにかしてこの境地を乗り切りましょう。端的に言えばお手洗いに逃げる事です。そのためお二人と凛に一言声を掛け立ち上がろうとしたところ
「あら」
「まぁ」
なんの因果が働いているのか、何もない所で足を滑らせると言った所業を見せお二人の胸元に倒れこむような形となってしまいました。
「~~~~~!!」
声にならない叫びを挙げそうになるのを何とか抑え・・・、抑える事が出来なかったよ・・・。
一先ず大声で皆様の視線を集めるような真似にはなりませんでしたが、如何せんこの柔らかなお山に包まれている状態は大変私の心境的にもよろしくありません。何が不味いって理性がちぎれそうで本気で鼻血でそう・・・。
「もう、何してんのさ神楽!」
そう言いながら凛が慌てて私の腕を掴んで引き起こしてくれました。
ありがとう凛、お陰で私の血液が流れ出る事はありませんでした・・・。
と言うかそんな場合ではありません。慌ててお二人の方に体を向きなおし、直角にならんばかりに体を折り曲げ謝罪します。
「たいっへん申し訳ございませんでした・・・っ」
下手すれば私の人生これで終わりですよ!このまま警察を呼ばれてしまい、変態アイドルとして世間様を賑わせる事態になって、叔母さんにもご迷惑をお掛けして・・・。
考えれば考える程顔面蒼白になっているのが分かります。これ本当にどうしましょうか・・・、土下座で許してもらえれば御の字、それでも駄目なら切腹・・・
「えいっ」
なんて物騒な考えに辿り着こうとしていた時、ふにょりと柔らかな感触が私を襲います。何事かと視線だけ動かしてみるととても近い距離に楓さんが・・・
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
「別に同姓何ですし、慌てる必要なんてないじゃないですか。だからそんな思いつめたような顔しないの。私は神楽ちゃんには笑顔が似合うと思うわ」
「私も気にしてはいないし、顔を上げなさいって」
それよりもそれよりも、お山が!楓さんのお山が!
あぁ、初めて会った時から惹かれる存在だった楓さんの81cmのバストが・・・。死んでも良いんです、男としてこのまま死んでも良いです!
にへら、と緩む顔を隠すことなく。どうにでもなれと言う気持ちで抱きしめてくれている楓さんを思いっきり抱きしめます。柔らかいよぉ・・・甘い匂いするよぉ・・・。
「あらあら、神楽さんは甘えん坊ね」
なんかこうしていると昔を思い出してしまいますね。薄れていっている昔の記憶、母にこうして抱きしめて慰めて貰った事がありました。その時もこうして柔らかくて、落ち着く匂いがして、でも、そんな母はもういなくて
「あれ・・・」
何故か零れだしてしまった涙を慌てて拭い、楓さんから体を引き離します。
「神楽ちゃん?」
「神楽・・・?」
私の目元に光る涙に気が付いたのでしょう。楓さんと凛がこちらを心配そうに見てきますが、その視線から逃れるように走り出します。
「神楽っ!」
慌てたように掛けられた凛の声を聞かないようにし、私は往くあてもなく走り出します。何故抱きしめられただけで思い出してしまったのか、何故あんな失態を晒してしまったのか。考えても考えても答えは出ないままで、走り続け走り続け
「きゃっ!」
曲がり角を曲がろうとしたときに、誰かとぶつかってしまいました。
人にぶつかった事で思わず冷静になり、慌ててぶつかった人に頭を下げてそちらを向く。
「す、すいません!前を見ていなかった物で・・・」
「あーいいよいいよ、前を見てなかったのは私も同じだし・・・」
そう言って倒れたままの女性に手を指し伸ばし、立ち上がった所で視線が合わさり
「神楽君・・・?」
「加蓮さん・・・?」
ぶつかった人は、加蓮さんでした。
その事実を理解し、ダラダラと冷や汗が流れ始めます。何でかって?私女性ものの水着来てるんですよ?そりゃもう同級生にそんな姿見られたら確実に変態じゃないですかやだ・・・
「失礼!」
逃げるようにその場を去ろうとしたところ、がっしりと腕を掴まれて逃げる事はかないませんでした。
「ぶつかった事とかはまぁ気にしないけど、女装して水着来ている事について詳しく説明が欲しいなーって」
つまり、逃げ場が無いと。助けて凛・・・
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