機械仕掛けの超越者 (巣作りBETA)
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0 終わる時まで

欲望のままに書いちゃいました。うわぁ。


 

「んぅー……はぁ」

 

 白亜を思わせる壮麗華美な廊下で一つ伸びをする。現実であればこんな所であれば緊張でまともに動けなくなるだろうが、ここも年単位で所有している場所だ。今更畏まるような気はしない。

 

「それも今日までか……」

 

 それに第一、ここはゲームの中。自身の体を含め全てがデータで構成されている世界だ。

 

 DMMORPG―――没入式大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。

 技術の発展に伴って進化した遊びはついに脳への有線接続を実現。脳内インターフェイスを利用した仮想世界での役割を演じる遊戯だ。

 その中でも「ユグドラシル」は徹底的な自由度とブン投げっ放しなのに絶妙に保たれているバランス、そしてサブカルチャーにピッタリの北欧神話的オタクファンタジーを盛り込んだ同ジャンルの代名詞的な存在だ。

 

 チュートリアルを除いたほぼ全てが手探り。無限大の可能性を持つキャラメイク。クリエイトツールを使った様々なお遊び。某ゲーム雑誌編集者に「刺身の上のタンポポ」と言われたメインストーリー。

 日本の伝統的な一本糞ゲームに飽きた層や無駄に洗練された無駄のない無駄な創造心を持った層に大絶賛され―――今、その一つの歴史が終わろうとしていた。

 

「十年続いたんだから大したもんだけどなー」

 

 技術は日々進化するモノである。ならば余程の事がなければ後発の物の方が良い物であり、それはジャンル全体としては未だ隆盛を誇っているDMMORPGでも同じ事であった。

 勿論、ユグドラシルより後発の物で既にサービスが終了しているゲームは多い。が、最終幻想や竜依頼、召喚夜に工房シリーズまでDMMO界隈に来てはどうしようもなかった。日本人はブランドに弱いのだ。

 個人的には星霜の書が良かった。特にMODが。

 

「おっと、着いたか……うわ、もうこんな時間だ」

 

 巨大な扉の前で立ち止まって左手首を確認すれば、もう真夜中と言って良い時間を指していた。これでは宝物庫まで回る時間は無いかもしれない。

 

「んー、流石に全フィールドの主要な町を全部徒歩で回るってのは無謀だったかな……」

 

 軽く頭を傾げるが、今言った試み自体は割と楽に達成できていたりする。その後調子に乗ってギルド本拠地―――ナザリック大地下墳墓を徒歩踏破をしたせいでこんな時間になっているのだろう。

 

「ま、それはさておき御開帳。こっんばっん、」

「ふざけるな!」

「―――わ?」

 

 扉を開いて中に入れば、そこには机に拳を叩き付けている骸骨マン。ジャパニーズエアリードによって非常に気まずい空気がお互いの間に立ちこめる。

 

「あ……マーキナーさん」

「ども、こんばんわっす……どうしたんです、リーダー?」

「はは、いやちょっと……」

 

 愛想笑いをしながら頬をかくデスオーバーロードというレアな絵面を見ながら円卓の一つの席に腰掛ける。

 ……まあ、リーダー―――モモンガさんの言いたい事は解らなくも無い。

 

「ここまで空席があると流石に心に来る物がありますからね……リーダーのギルドへの思い入れは半端じゃないですし」

「いや……解ってるんですよ。所詮コレはゲーム、空想です。現実の生活を疎かにしちゃ生きていけませんし、ね」

「それでも結構前に愚痴ってたじゃないですか。捨ててったのか、とか。もしかしてあの時酔ってました?」

「……お見苦しい所をお見せしました」

 

 深々と頭を下げつつ謝罪アイコンを出すリーダーに対し、別に愚痴ぐらいなら可能な限りは聞くと肩を竦めた。

 因みにこのゲームは基本的にキャラの表情が動かないので、会話をしていると動きがオーバーになるかアイコンの操作が上手くなるという独特なユーザーの登竜門があったりする。

 

「それに俺も皆の事は言えませんから。こないだも新しいゲームやってたら四時ぐらいまで起きてましたし」

「はは……それにしてもマーキナーさん、今までどちらに? てっきり最初にココにログインしてくるかと思ったんですが……」

「ああ、サービスの最終日なんで外を歩き回って、その後は1層からここまで歩いて来ました。流石にこんな日にPKしようって奴も居ませんでしたしね」

「そうでしたか……ここに誰か攻めて来ると思ったんですけどねぇ」

「流石に無理ですよそりゃ……」

 

 ここ、ナザリック大地下墳墓はかつて1500人からなるプレイヤーの大軍勢による侵攻を防ぎきった実績がある。

 流石に当時のメンバーも居らずこちらの戦力が低下しているとは言え、100人は動員しないとここは落ちないだろう。

 ……当時より強化されている部分もある訳だし。

 

「それに俺、指輪は基本アイテムボックスに入れっぱなしなんでログインも自分の部屋ですよ。ここ数年はログボの受け取りと5分で終わるデイリーしかやってないっす」

「……マーキナーさんもお忙しいですもんね」

「他のゲームに浮気しまくってますけど……あ、そうそう。来週新刊出るんですよ」

「本当ですか!? 是非買わせて頂きます!」

「……まあ、その巻で打ち切りなんですけどね」

 

 折角タブラさんにネタ出し手伝って貰ったのになぁ、と黄昏る俺とかける言葉が見つからないのか眼窩の奥の光をそっと閉じるリーダー。

 フンだ。ドラマCDのメインヒロインに茶釜さん指名できたから別に心残り無いもん。

 

「マ、マーキナーさんは最近お仕事どうです? その、来週の新刊以外で」

「んー、まあボチボチって所です。生活水準は下げっ放しですけど生きていけないってぐらいじゃないですし。まあ、売れない小説家なんてこんなもんですよ」

 

 お陰で遊ぶ時間だけは最優先で確保してます、と別に胸を張って言う事でもないが見得100%で胸を張る。いやホラ、ネタ出しとかね? ゲームしながら、ね?

 

「―――と、もうこんな時間ですか」

「ありゃ、ホントだ……どうします? この後玉座にでも行って締めようかなって思ってたんですけど」

「ああ、良いですね。行きましょうか」

 

 俺の提案にリーダーが乗り、よいしょと二人して立ち上がる。と、リーダーの動きが止まった。その視線の先には我らがギルドを象徴する杖―――ギルド武器。

 

「……持ってっちゃって良いんじゃないですか? 最後ですし」

「……良いですかね?」

「もう誰が来るって訳でも無いですし、良いと思いますよ」

「……そう、ですね。そうしましょう」

 

 リーダーが杖を持つと禍々しいエフェクトが広がる。そういやこの武器も一度も使われなかったな……俺の秘蔵もとい死蔵武器シリーズもだけど。

 二人でゆっくりと廊下を歩く。じっくりと目に焼き付けるように。装飾一つ、置物一つが俺達のギルド―――アインズ・ウール・ゴウンの足跡だ。

 

「一時期は糞ギルドだのDQNギルドだの言われましたけど、それも良い思い出ってやつですね。もっと平和なギルドだったらとっくに辞めてたかもしれません」

「あー……でも、マーキナーさんも言ってたじゃないですか。このゲームは競争を煽るデザインだって」

「……ええ、まあ。確かに言った記憶もありますけどね? だからって鉱山取られた時に煽るような事言わないで下さいよ。傍から見ててハラハラしましたよ、あん時は」

「いや、意地になっちゃって……たっちさん達にも怒られましたっけ」

 

 俺達のギルドは社会人ギルドであるのだが、どうもリーダーは知識に偏りがある。鉱山占拠したら反感喰らうのは当たり前でしょうよ……ウルベルトさんとかノリノリで賛同してたし。

 と、まあ割と平然とマナー違反をしたりするのだが、たまにそれが場外ホームラン級の大当たりを出すから侮れない。流石は俺達のリーダーである。

 

 などと話していると巨大な階段へと足が向き、そこに複数の人影がある。

 

「あれは……」

「プレアデスとセバスですね。こいつらも結局出番無しかー」

「ああ、そう言えばそんな名前でしたね。確かマーキナーさんの担当NPCが……」

「迷彩柄のピンクブロンドです。CZ2128・Δ、略してシズ……防衛用NPCが連れ歩けるアップデート、待ってたんだけどなー」

 

 ユグドラシルは電脳法のグレーゾーンをブレイクダンスするような運営だったせいか、メイキング等の目玉以外のゲームデザインは意外と古臭い部分がある。

 その一つが随伴NPCの存在だ。ソロでも一応パーティー向けボスが倒せるようなゲームデザインに必須とも言えるシステムだが、ユグドラシルにそれは搭載されていない。

 ここの運営らしい硬派な作りと言えばそれまでだが、ライト層の食いつきが悪かった一因であり、対抗馬として出てきた別のDMMOにユーザーが取られた原因の一つとも言える。

 

「はは……うん。折角ですし、彼女達も連れて行きましょう」

「ですね。最後だからって抱き付いたらハラスメント警告出てBANされそうですし」

「………。」

「……冗談ですよ。ペロさんじゃあるまいし」

 

 じとっとした視線を向けるリーダー。一応擁護しておくと、我が同志にして俺をこのギルドに勧誘した男であるペロロンチーノは垢BANされた訳ではない。普通に辞めただけだ。

 こないだ連絡した時は詰みエロゲタワーが3本目に突入したとか言ってたっけ。幾ら収入が良くてもエロゲもまともにする時間が無いのは嫌だね、俺は。

 

「……あれ? ここのレメゲトンって、全部揃ってましたっけ?」

「ああ、年単位でるしさんの音沙汰が無かったんで俺の方で材料用意して揃えました」

「……お手数おかけします」

「まあ揃ってないのも気持ち悪かったですしね……俺が作った奴だけ不格好ですけど」

 

 超希少魔法金属を使って製作された72体のゴーレム、レメゲトンのある部屋に入ってからリーダーがふと周りを見渡す。

 こうして見ると解る。俺も一応ナザリック大地下墳墓のギミック担当に名を連ねているが、流石にタブラ・スマラグディナさんとるし★ふぁーさんの腕と発想には追いつけない。

 

 部屋一つ丸ごと使ったトラップから細かい裏技まで多岐に渡るタブラさんと、ゴーレムを軸に起こす騒動とその倍以上の作品を生み出したるしさん。

 この二人のギミック担当が居なければナザリックはただの派手なだけの入れ物になっていただろう。俺も少しばかし弄ってはいるが、それなら設定を考えた量の方が多い筈だ。

 ……二人ともちょっと難ありの性格だったけど、まあクリエイターってのは大概そんな人間だからな。主な業務は二人のストッパーでしたよ、ええ。

 

「充分立派だと思いますよ。そうそう、るし★ふぁーさんと言えばゴーレムが殴り掛かってきたりしましたよね」

「ありましたねぇ……個人的に最悪だったのは風呂ゴーレムとゴキゴーレムですね」

「……何です? ゴキゴーレムって」

「……あれ? 知りません? 恐怖公の手下にスターシルバーとか色々使ったゴキブリ型ゴーレム居るんですよ。レベルは確か70で……アレ? マジで知りませんでした?」

 

 はい、とリーダーがこちらを見ないまま答える。あ、やばい。割とマジギレしてるこの人。イントネーションが平らだ。

 そんなリーダーを余所に扉が開く。この部屋ももう何年来てなかったか。現代どころかユグドラシル内でもここまで豪華な部屋は無いんじゃないかという部屋が現れる。

 

「……ねぇマーキナーさん、アルベドにギンヌンガガプ持たせてましたっけ?」

「いや、俺はワールドアイテムは自分の以外触った事無いですけど……タブラさんですかね?」

「全くあの人も……」

「まあ良いじゃないですか。自分が作ったNPCに良い物持たせたいって気持ちは解りますよ」

 

 そうですかね、とため息交じりにリーダーが答えた。そういやリーダーの担当NPCは……ああ、アイツか。そりゃ解らないか、この妻か娘か妹を持った気分は。

 などと一方的に優越感を感じていると、玉座の前にセバスとプレアデスが並ぶ。リーダーがNPCへの指示方法すら忘れてる事に若干ショックを受けつつ、横からリーダーが表示しているウィンドウを覗き込んだ。

 

『ちなみにビッチである』

「……え? 何これ?」

「あれ、リーダー知りませんでした? コンセプトは一言で言えば白ビッチですよ、コイツ。若干残念属性入ってるんでマーレを組み伏せようとして失敗したり、セバスにカウンター叩き込まれたりするってポジションです」

「……すっかり忘れてましたよ」

 

 ガクリとリーダーの肩が落ちる。因みに俺がコイツの設定を覚えてたのはNPC達を主役にしたSSを書いた事があるからだ。

 自分で書いておいて何だが、気が付いたら製作者の性格をガッツリ反映したキャラクターになっていたというオチがついた。自分でもビックリするぐらいスラスラ書けたからなぁ……。

 

「幾ら何でもこれは酷くないですか? ナザリックのNPCのトップがビッチって……」

「いや、充分ウチらしいと思いますけど。シャルティアなんかコレを超えるエロ設定の過積載っぷりですよ?」

「何だかなぁ……」

 

 編集キーに指が伸びかけていたリーダーの肩が更に落ちる。でもあんだけゴテ盛りでちゃんと一つのキャラとして成り立つ話が書けたって事は、生みの親のペロさんがそんな感じだったって事なんだよね。実際シャルティアがボケに回ると話が大回転するし。

 

「あー、もうこんな時間だ……もういいやこのままで」

「そうそう、最後なんですしこれで良いじゃないですか。俺達らしくて」

「……ですね」

 

 ドカっとリーダーが玉座に座り、俺もその手前の数段の階段に腰掛ける。

 

「……ああ、やっぱりそこに座るんですね」

「……ええ。ここ、落ち着くんですよ」

 

 後ろにリーダーがいると言う安心感からか、斜に構えてる俺カッコいいじゃん的な考えからなのかは解らないが、ココが俺の定位置だ。大抵の記念写真でも最前列に映っている。

 

「―――俺、たっち・みー、死獣天朱雀……」

「餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ……」

 

 リーダーが壁にかかった旗一つ一つを指差して名前を読み上げる。俺もそれに続いた。

 

「―――マーキナー・ハイポセンター」

「……はい」

 

 この場に居るからか、俺だけ飛ばして最後に改めて呼ばれた。このキャラクターの、そして俺達の間での名前を。

 

「楽しかったなぁ……」

 

 リーダーのぽつりと零れたような一言に、俺は何も返せなかった。

 

 ……正直言えば、ちょっとこのゲームとギルドに執着し過ぎじゃないかって部分はある。愚痴られて辟易した事もある。

 けど、今こうやってそんな事を思えるのもモモンガさんがリーダーだったからだ。だから。

 

「……ありがとうございます、リーダー。俺も、楽しかったです」

「……はい」

 

 二人で整然と並ぶ旗を見上げ続ける。もう言葉は要らない。ただ終わりを受け入れよう。

 

 

「………。」

「………。」

「……ん?」

「……あれ?」

 



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1 動き出した歯車

オリ主は基本的にサブカルチャーにドップリです。うわぁ。


 

「サーバーダウンが延期になった?」

「……ですかね? えーっとインフォ、イン……フォ?」

 

 カスカスと手が宙を切る。リーダーの方を振り向けば俺と同じように手が動いていた。

 

「コンソールが出てこない……!? システム強制アクセス、チャット、GMコール、強制終了……駄目です。反応がありません」

「……マジっすか」

 

 リーダーの顔に猛烈な違和感を覚えつつ、俺は愕然とする。駄目だ、頭が真っ白だ。え、何、どうなってんの? 何故にホワイ?

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様? マーキナー・ハイポセンター様?」

「「……へ?」」

 

 何やらYUMIXな感じの落ち着きのある声が俺の真後ろからする。馬鹿な、今この場には俺とリーダーしか居ない筈。

 そう思って思い切り首を回すと、何故か想像以上の可動域で後ろを見る事が出来た。そこに居たのは絶世の美女。うん、そうだね。アルベドだね。

 

「ってうぉぉぉぃ!?」

「きゃっ!? な、何か問題がございましたか!?」

 

 俺が思わず叫ぶと、アルベドもそれに反応したのか慌て始める。ちょっと待って何この動きどうなってんの!?

 

「リーダーヘルプ! 異常事態だ!」

「……いや、落ち着いて下さい。アルベドさ、いやアルベドも落ち着いて……落ち着け」

「は、はい……」

「焦りは失敗の種、冷静な論理思考こそ常に必要―――」

「いやちょっと待って!? 光ってる! リーダー何かスゥーって光ってるよ!?」

 

 何か妙に落ち着いているリーダーだが、こっちはそれどころではない。何か見たことも無いエフェクトがリーダーにかかっているようにしか見えない。

 しかもコジマなニュードかゲッター螺旋力にしか見えない色合いだ。どうやって落ち着けと。

 

「え、本当ですか!? って、あ、ホント―――何ですかコレ」

「いや俺が聞きたいぐらいですけど……あ、俺も光った」

 

 光と共にスゥーっと混乱の極みにあった精神が凪の海の如き落ち着きを得る。ああ成程……そうか、そうだったのか……。

 

「ふむ、どうやら光ると精神が落ち着くみたいですね。ああ何か思考もスッキリした気分です、最高にハイってヤツですね」

「いやそれはまた違うような……まあ良いでしょう。心を静め、視野を広く。考えに囚われることなく、回転させましょうか」

「………。」

「あ、ああ、済まないアルベド……その、GMコールが利かないようだ」

「じぃえむこぉる……ですか? 申し訳ありません、モモンガ様。無知な私ではお答えする事が出来ません。お許し下さい」

 

 俺とリーダーの会話についていけなさそうなアルベドにリーダーが一応相談するも、やはり駄目だったようだ。何かこのアルベド、その内「面妖な」とか言い出しそう。

 

「……セバス! プレアデスよ!」

「「「はっ!」」」

「玉座の下まで」

「「「畏まりました」」」

 

 と、俺がアホな事を考えている間に考えを巡らせたのか、何度か薄らと光ったリーダーがセバス達を呼び寄せる。

 ……あれ? そうだ、何か変だ。何、が―――あ!?

 

「り、リーダー! 顔! 顔が!」

「ッ!? そう言うマーキナーさんも!」

「モモンガ様!? マーキナー・ハイポセンター様!? 如何為されましたか!?」

「―――ッ、い、いや。何でもない……まずいな」

 

 顔が動いている。電脳法と容量の都合上、最後までユグドラシルで実装されなかった自然な表情モーフィングがバッチリ決まっているのだ。

 それにそうだ、口の中の感触……指を舐めるとザラっとした感触と金属の味がした。それを鼻先に持ってくれば口の中の味と同系統の匂いまで感じられる。

 

『―――マーキナーさん、聞こえますか?』

「え?」

『<伝言>の魔法です。流石にアルベド達の目の前で騒ぐのはまずいと思ったので……使おうと思ったら自然と使えました』

『成程、流石リーダー。ああ、何かリーダーと紐みたいなので繋がってる感じがします』

 

 と、急にリーダーの声がする。これはアルベド達には聞こえていないのか、所在なさげにこちらを伺うだけだった。

 

『……マーキナーさん、まずは情報収集が必要だと思います』

『ですね、それが一番かと。この状況だとナザリックの外もどうなってるか……俺が行きます?』

『駄目です。どうなってるか解らないのに……セバスに行ってもらいます』

『了解っす』

 

 俺が了解の意を示すとリーダーはセバスに指示を出す。いや、よくここまで的確に指示出せるね……伊達にギルマスやってないね。

 感心している間にセバスはナーベラルを連れて出ていく……そういや、シズもこの異常事態に巻き込まれてるんだよな。

 

『マーキナーさん、ちょっと<伝言>を試して貰って良いですか?』

『ん、ええ。誰にです?』

『とりあえず運営とギルドの皆に。私の方で一度試してみましたが、マーキナーさんも試して下さい』

『了解、じゃあコレは一度切りますね』

 

 やった事が無い筈なのに<伝言>を終了させる方法が自然と解る。ああうん、ここまで異常事態が続いてるんだ。流石に精神が慣れてきた……と、駄目だな。

 

『駄目ですね、リーダー以外反応なしです』

『そうですか。ではマーキナーさん、まずこの異常事態の原因究明と……NPCへの対処を考えましょう』

『まあ原因は謎って事で置いておくとして……対処、ですか?』

『ええ。今の所我々に従っているようですけど、その忠誠心の度合いが解りません。仮にこの体がゲームキャラと同じ性能だったとしても、階層守護者全員を一度に敵に回した場合……』

『死にますね。特にシャルティアは対リーダーメタなビルドですし、そこにアウラかマーレが入ってアウト。俺も条件次第ですがコキュートスとアルベドに組まれたら手も足も出ずにやられると思います』

 

 リーダーすげぇ。ポンポン次の行動思いついてる。対応自体はできるけど何でそんなすぐ思いつくの?

 

『すぐに戦闘になるという事もないでしょうが、NPC達の忠誠心がどれぐらいかを考えないと……』

『了解です。まあ逃げに徹するなら何とかなると思いますけど、戦闘能力の確認は必要ですね』

『では、プレアデスは九階層に上げて他の守護者への足止めに回しますね』

『ええ……あ、シズは残して下さい。個別で確認したいので』

『……大丈夫ですか?』

『まあレベル自体は低いですし……それに、シズに殺されるならそれはそれで良いかなって』

『……そうならない事を祈りますよ』

 

 ぷつりと<伝言>が切れる。リーダーが指示を飛ばすと俺の前にはシズだけがポツンと残されていた。

 

「……シズ」

「はっ」

「ちょっとおいで」

「……はっ」

 

 何だろう、この感じ……怯えてる、のか? 全くの無表情だった以前と比べるとその違いは劇的だ。いや、それこそミリ単位の違いなんだけどね。

 

「………。」

「………。」

 

 しかしちっさいな。俺も階段を下りて目の前に来たが、それでも頭のてっぺんが俺の顎より下にあるよ……まあ、あくまでこの装備ではって但し書きが付くけど。

 

「あー……シズ。実は今、割ととんでもない異常事態が発生してるんだ」

「異常事態……ですか? 申し訳ありません、私の方では何も……」

「ふむ……以前と変わりない、か。まあその……何だ。原因解明の一環として、その―――」

「……?」

 

 あーもうそこで小首を傾げるとか! 超可愛い!

 

「……うん、やめだやめ。ストレートに聞いた方が早いわ」

「はっ、何なりとお申し付け下さい」

「うん。シズ、お前……俺の事、どう思ってる?」

「―――はっ!?」

 

 おおぅ!? 顔から湯気が出た!? 物理的に! スゲェ今ボンっつった! お前は昔のジャパニメーションか!?

 

「……だ、大丈夫か?」

「お、お見苦しい所をお見せしました……」

「あー、嫌なら無理しなくて良いけど……」

「い、いえ―――マーキナー・ハイポセンター様は私をお創りになられた至高の41人のお一人です。我が身、我が心、その全てがマーキナー・ハイポセンター様の為に存在しております。

 マーキナー・ハイポセンター様のご命令であれば、何であろうと我が身に代えても全うしてご覧に入れます。同じく残られた至高の41人であらせられるモモンガ様に銃を向ける事も厭いません」

 

 程なくシズはいつもの表情に戻る。が、その水晶のような瞳は今までになく強い力を湛えていた。目は口程に物を言うとはこの事か。

 

「……そうか。聞きたい事が増えたけど、その前に」

「はっ」

「『我が身に代えても』なんて言うな。シズは……まあ、システム上は復活できるかもしれない。けど、俺はシズには傷付いて欲しくないんだ」

「それは―――」

「解ってる、俺の我儘だ。今の言葉……リーダーにも逆らえるって言ったシズの想いは伝わったよ。ありがとう」

 

 丁度良い位置にあった肩に手が乗る。そこから気が付いたら流れるようにシズを抱きしめていた。身体が光って冷静になる事もなく、シズに対する愛おしさが胸の奥から滾々と湧き出るようだった。

 

「シズ、お前はプレアデスの一員だけど、それと同時にこの身の対になる存在でもある。それを忘れるなよ」

「―――畏まりました」

 

 あーもう超可愛い。ほらリーダー見て! 俺の背中に恐る恐る回された手! コレ、コレだよ! もうこのネタだけでペロさんと三時間は話してられるね!

 それにしても警告も何も無しか。前は倒れそうになったメンバーを支えようとしただけで出たもんだけど……マジでどうなってんだ?

 

「で、話は戻るけどシズ、至高の41人ってのは……えーっと、この部屋に旗が飾ってある41人?」

「はい。現在残られているのはまとめ役であったモモンガ様、私を創造されたマーキナー・ハイポセンター様のみが残られていると記録しています」

「成程……もう少しこうしてたいけど、そうも言ってられないかって何やってんのリーダー!? いやアルベド!?」

「あ、ちょっ、助けてマーキナーさん!」

 

 NPC達がギルドメンバーをどう認識しているかを確認し、良い雰囲気のままそっと離れてリーダーを振り返ったら何故か玉座に押し倒されてる骸骨が居た。思わず精神安定しちゃったよちょっと。

 

「アルベド、ステイ! ステイ!」

「う、うー……マーキナー・ハイポセンター様のご命令とあれば……」

「ビッチはビッチでも肉食系ビッチかよ……あー、大丈夫ですか? リーダー。あと何があったんです?」

「いや、どうもフレンドリーファイアの設定が解除されてるみたいで……気が付いたら押し倒されてました」

 

 なぬ、後半はともかく前半は聞き捨てならないぞ。まあ俺は常時発動型のダメージスキル持ってないから別に良いけど……リーダー何か持ってたっけ?

 

「それと電脳法がある以上、味覚や嗅覚の再現はできない……ですよね?」

「ええ。ついでに言うとコレがユグドラシル2とかだったらログアウトできないんで営利誘拐の現行犯です」

「つまり、可能性としてそっち方向は低い……なら、有り得ないとは思いますが」

「事実は小説よりもなんとやら、ですね。異世界転移とか古典じゃあるまいし……」

 

 取り急ぎ現状の把握は終了した。これ以上は決定的な証拠を見つけなければどうしようもないだろう。それこそ胡蝶や一炊の夢って可能性もある。

 

「ふむ……なら、次は実験ですね。この体の」

「解りました。場所は……六層で?」

「それが良いでしょう。魔法は一通り使えそうですけど、確認するに越した事はありません。マーキナーさん、付き合って貰えますか?」

「了解!」

 

 

 レメゲトンのチェックをしておくと言っていたリーダーと別れ、自分の部屋に立ち寄ってから六層の円形闘技場・アンフィテアトルムまで指輪の力で一気に飛んだ。

 シズの分の指輪が無いから別行動になったのが少し痛いな……後でリーダーに予備貰っとこう。

 

「うぃーっす……ん? 根源の火精霊?」

「あ、マーキナー・ハイポセンター様!」

 

 ざくざくと先程と変わった感覚を確かめながら闘技場内に入ると、そこには杖を持ったリーダーとそれによって召喚されたであろうプライマル・ファイヤーエレメンタル。それにダークエルフの双子の姿があった。

 その片割れ、スカートをはいたマーレ・ベロ・フィオーレが曇り気味だった顔を輝かせてこちらにとてとてと駆けてくる。満面の笑みを浮かべて駆けてくる褐色ガールとか現実ならドッキリか何かとしか思えないシチュエーションである。

 あ、ゴメン間違えた。ガールじゃなくてボーイだったわ。そして後ろは注意しような。

 

「六階層へようこそ! マーキナー・ハイポセンター様! 本日はどういった御用ですか?」

「あ、ああ……ちょっくら装備の調子を試そうかなって」

「マーキナー・ハイポセンター様もですか……あ、そうだそれなら―――」

「マーレ?」

 

 よく似たもう一人のダークエルフ―――姉のアウラにガッシリと後頭部を掴まれるマーレ。うん、この状況俺よく知ってる。ピンクの肉棒と鳥男の組み合わせでも、よく似た姉弟の組み合わせでも。

 

「お、お姉ちゃん……」

「申し訳ありません、マーキナー・ハイポセンター様。これからこの愚弟と一緒に火精霊と戦おうかと思っていましたので……」

「あ、そうなのか? うーん、俺の装備の確認に丁度いいと思ったんだけどそういう事なら……」

「い、いえ! マーキナー・ハイポセンター様がお使いになられるのでしたら私は構いません!」

 

 俺の言葉を聞いてほっとした様子のマーレはさておき、リーダーに視線を向けると軽く頷きを返された。ふむ、コレはやっちゃっていいって事かな。

 

「じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ。リーダー、良いよね?」

「ええ、構いませんよ。それにしても随分と重装備ですね……そうそう、魔法の使用感は変わってませんよ」

「まあ、お蔵出しって面もありますけどね。了解です」

 

 こちらにゆっくりと向かってくる根源の火精霊に対して軽く身構える。先程より格段に性能の上がった探知能力が火精霊のどこにエネルギーが集まっているかを事細かに教えてくれていた。

 そこから放たれる火球。魔法としての<火球>ではなくただの火の球のようだが、生身でこんなもん受けたらまあ死ぬよね。

 

「けど、大した事ぁ無い」

 

 俺は巨大な左腕で火球を防ぐ。うん、防御力も問題ないな。それならこっちの番だ。

 

「そぉらっ!」

 

 右手に持った巨大なライフル―――ライトニングマグナムを火精霊に放つ。火精霊の体に大穴を開けたのは銃弾ではなく<三重魔法最強化・龍電>にも匹敵する雷の一撃。今しがた排莢された薬莢に封じられていた魔弾の中身だ。

 更に続けてもう一発、今度は弾倉を使わずに放つ。魔力消費モードも問題なく動く事を確認すると、火精霊が距離を詰めてきた。でも遅いな。

 

「滑走四脚、展開! ゴー!」

 

 別に口に出す必要はないが、気分のままに両足を前後に分割して高速でバックする。今の知覚能力なら正面を向いたままでも問題なくバックが可能だ。

 四足になった俺が今地面に接しているのはタイヤ。人体にそぐわない筈のモノを、まるで生まれてから持っていたような自然さで操って火精霊と鬼ごっこを楽しむ。

 

「サブアーム……あ、そうそう。16号だったな。使用っと……流石にこのレベルには効かないか」

 

 腰の辺りから生えた一対の小さな腕を火精霊に向けるも、抵抗されたらしく火精霊に変わりはない。ならまだ試して無いモノもあるけどもういいか。

 ライトニングマグナムを持った右腕に装着されているヴィブロクローを展開。突っ込んできた火精霊をガッチリホールドした。悪いが非実体対策ぐらいは当然突っ込んであるんだな、これが。

 

「これで終わりだ! プレディクテッド・インパクト! バイバイ!」

 

 火精霊を右手のクローで保持したまま左肘のシリンダーを作動させ、パンチと共にそれを叩き込む。魔力か空気かは知らないが火精霊に叩き込まれた一撃は致命的だったらしく、やがて跡形もなくなって消えてしまった。

 

「―――よし、と。フライキャノンの動作確認は……まあ、次の機会だな」

「す、すごかったです! マーキナー・ハイポセンター様!」

「はは、そうか? それにしても悪かったな。見てる間、ヒマだったろ?」

「いえいえ! 雄姿を見る事ができて光栄です!」

 

 うーん、シズは俺が作ったNPCだから良いとして……アウラとマーレも随分忠誠心が高いな。可能なら主要なNPCの意識調査とかもしときたいけど……。

 と、何やら糸のようなものが繋がる。それを辿った先にはリーダーが居た。<伝言>か。

 

『マーキナーさん、良いですか?』

『ん、リーダー? どうしました?』

『少し考えを纏めてました。それとアイテムボックスは問題なく使えそうです』

『ああ、それは装備出す時に確認しました。それで考えって?』

 

 それもそうでしたね、と若干恥ずかしそうな声色のリーダーの元にゆっくり戻る。アウラとマーレは二人で話したいと考えてくれたのか、俺達とは距離を取って立っていた。

 

『ええ……まずNPC。反応を見る限り、人間と同じような意識を持っていると考えて良いと思います。

 次にこの世界自体……は、ユグドラシルの魔法や感覚が混ざっているのが謎ですね。まあ、情報不足ですが異世界と仮定するのが良いと思います。

 そしてこれからの身の振り方、これが一番重要です。とりあえずナザリック内は偉そうにしてれば大丈夫だと思いますが……まず情報収集が肝要かと』

『全面的に同意ですね。あ、でもシズ達に対してあんまり偉そうにするのってできなさそうです。肩肘張ってると疲れちゃって』

『至高の41人らしく威厳を持って行動しない場合どうなるのか……そこが解らないのが怖いですね。まあ、お互いフォローしていきましょう。

 それで、その……異世界だとして、マーキナーさんは戻るべきだと思いますか? 新刊、出るんでしょう?』

『ええまあ、出ますけど……俺達こんな体ですよ? それで今更戻れますか? それに俺達のパターンは現状『ゲームキャラのまま異世界へ』って感じです。そういう話は大抵戻れないってオチがつくんですよ』

 

 俺はリーダーの骨の顔に視線を移し、胴体の胸パーツを解放して真の姿―――コアとしてのカロリックストーンを曝け出した。

 リーダーはアンデッド。そして俺に至ってはご覧の通りの機械の体だ。手足に頭、それどころか胴体パーツまで交換出来た時には乾いた笑いが出たぐらいである。

 現に俺の胴体は先程より一回り以上大きく、頭もヘルメットか卵のようなつるりとした球体だ。表情もクソも無いが、リーダーやアウラ達には何となく伝わってるんだろう。

 

『そうなんですか……まあ、全て小説のようになるとは限りませんし、ナザリックの外が地獄のような環境って可能性もあります。その場合は帰還を優先として良いですか?』

『了解です。個人的には未知の世界を冒険したいって気持ちはありますけど……』

『あー、そうですね。危険が低いのであればそうしましょう……ちょっとワクワクしてきました』

『あ、リーダーもですか? 俺もです』

 

 フフフ……と二人して笑っていると目の前に扉のような闇が現れる。エフェクトからすると<転移門>か。

 

「おや、わたしが一番でありんすか?」

 

 現れたのは絶世の美女……否、美少女。白い姿に黒系統の服がよく映え、ポツリと点を穿つような眼の赤みが際立っている。

 即座にアウラに茶々を入れられて優雅さは掻き消えるが、その姿もまた年齢相応で可愛らしい。シャルティア・ブラッドフォールン。一層から三層までの階層守護者だ。

 何やらアウラとのじゃれ合いで超アンデッドとか神アンデッドとか言ってるが、超アンデッド人神なら居る可能性はちょっとだけあったりなかったりしそうだ。

 

「サワガシイナ。二人トモ、御方々ノ前デ遊ビスギダ」

「お、コキュートスも来たか。まあシャルティア、アウラ。二人もほどほどにな」

「「はっ! 申し訳ありません!」」

 

 続いて現れたのは直立する水色の虫、と言えば良いのか。第五階層の階層守護者、コキュートスだった。設定された武人らしい立ち振る舞いだと一目で解る。

 あと二人共、別に怒ってないからな。それとリーダー、「もうコイツ一人で良いんじゃないかな」って視線を向けるのはやめて下さい。

 

「皆さん、お待たせして申し訳ありませんね」

「何、丁度集まった所だよデミウルゴス。これで皆、集まったな」

「―――モモンガ様、まだ二名ほど来ていないようですが?」

 

 次にアルベドと共に現れたのはどうも胡散臭いオーラを漂わせるやり手のビジネスマンのような男。第七階層守護者、デミウルゴス。

 まあ胡散臭いのは人間らしい部分の外見だけであり、コイツは設定上ナザリック中でもトップの忠誠心を持っている男だ。アルベドと協力して内務や防衛を担当しているって設定だった筈。どっちがどっちだっけ?

 なんて考えている間にリーダーと階層守護者達の間で話が進んでいた。はえーなオイ。

 

「各階層守護者、御身の前に平伏し奉る……ご命令を、至高なる御身よ。我らの忠義全てを御身に捧げます」

『……どうしましょう』

『え、ここで振ります!? あー、とりあえず……面を上げよ、とか?』

『成程! じゃあ何かあったらフォローをお願いします!』

『お、押忍』

 

 急に緊張してきたので返事がおかしくなってしまう。あ、またスゥーってなった。よし、落ち着いた。

 しかし流石はリーダー、急に忠誠を誓われても慌てることなく進んでいるようだ。原因不明の事態に巻き込まれている事、そこから各階層には異変が無い事が解る。

 

「ああ、リーダー。第四層は俺も後で見に行くよ、ガルガンチュアの様子も見たいし」

「ええ、任せました―――と、丁度セバスが戻って来たな」

 

 スタスタとセバスが現れる。あとシズがその後ろからついてきていた。あ、そういや通路の奥で待機させてそのままだったっけ。いっけね。

 で、何? 辺り一面草原で人工物は無し? 棲息してるのも小動物? ゴメンリーダーあと任せた。

 

「―――では次。アウラ、マーレ。ナザリック大地下墳墓の隠蔽は可能か? 幻術だけでは心許ないし、維持費用はなるべく抑えたいからな」

「お、恐らく魔法的な手段では難しいです。草原ですと周囲に木を生やすのも不自然ですし……」

「土を被せて隠すってのは? 地表部分を丸ごとドーム状に覆ってその上に軽く土と草を被せる、とか」

 

 流石にナザリックに土石流をぶち込む訳にもいかないし、この方法ならドームをひっくり返せばすぐに元通りになる筈だ。

 リーダーもそれに乗ったのかセバスに周囲の確認をし、アウラとマーレにはダミーも含めて作れと命じていた。ふむ、それなら俺も少し手を貸すか。

 

「最後に各階層守護者に聞こう。お前達にとっての我々はどういった存在だ? まずシャルティア」

「モモンガ様は死と美の結晶。マーキナー・ハイポセンター様は技術と文化の神でございます」

 

 と、何やらリーダーが唐突に意識調査始めやがった。そしてシャルティアの答えが妙だ。

 

「……コキュートス」

「御二方共、至上ノ強サヲ持ッタ御方カト。ソノ御力、正シク神ニ等シク」

「……アウラ」

「慈悲深く、我々程度にもお気を配られる優しき方々です」

「……マーレ」

「す、凄く優しくて強い方々だと思います」

「……デミウルゴス」

「その御心の内に幾重ものお考えを巡らされる、我々にとっての神のような存在です」

「……セバス」

「至高の方々であり、我らの前に残って頂けた慈悲深き方々です」

「……最後に、アルベド」

「私共の最高の主人であり、お二人ともこの上なく魅力的な殿方でございます」

 

 なーんかチラホラと「神」って単語が入るな。これはアレか、俺の種族のせいか。リーダーそういうの持ってない筈だし……。

 

「―――各員の考えは充分に理解した。今後とも忠義に励め……マーキナーさん、何かありますか?」

「んー、特には……ああ、そうだ。とりあえずシズはプレアデスとしての仕事に戻ってくれ。で、それとこれはナザリック全域に通達」

 

 リーダーに話を振られ、思い付いた事から順に言っておく。多分コレ言っとかないとずーっと言われそうだしな。

 

「以後、俺を呼ぶ時はマーキナーで構わない。イチイチフルネームで呼ばれるのもダルいしな。解ったか?」

「「「はっ! マーキナー様!」」」

「……ま、いいか。行きましょう、リーダー」

 

 俺達は頷き合うと指輪を操作してレメゲトンへと戻る。あ、そうだ予備貰わないと。

 

「何か……凄い高評価だったんですけど」

「あー、まあシャルティアは解りますよ。アイツ確かネクロフィリアなんで、死体のリーダーはドストライクなんだと思います。

 他の連中は……自分を作ったギルメンはともかく、俺達までビックリするぐらい敬意を持ってますね。絶対上位者って見てるんでしょうか」

 

 シズの反応を見る限りは薄々そうじゃないかな、と思っていたがまさかのドンピシャである。

 

「でしょうね……何か、無い筈の胃が悲鳴を上げてる気がします」

「恐らくそれは幻覚でしょう……で、リーダー。今後シズをメインに連れ歩くと思うから移動用に指輪一個欲しいんだけど……駄目かな?」

「ああ、良いですよ。ただ、万が一を考えて外に出る場合は預けるようにして下さい。マーキナーさんの分も」

「了解っす」

 

 



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2 絶望直行ベルトコンベア

オリ主はモモンガ様ばりにぶっ飛んでます。うわぁ。


 

「ふむ……まあ、組み合わせとしてはこんなもんか?」

 

 廊下を歩きながらガッショガッショとパーツの展開や動作を繰り返す。そんな事をしなくても何も問題なく動くと解っているがなんとなくやってしまう。指を鳴らすようなものだ。

 

「あんまり左右のバランスが悪いと動き辛いしな……それにアイテムロストした時に神器級だったら泣けるし」

 

 問題はこの装備でどれだけ戦えるか、だ。バトルジャンキーって訳でも無いが、外の世界の探索をするなら相応の危険への備えは必要だろう。

 

「あー、後はなるべく人混みに紛れやすいようにしないとな。この世界の人間の基本の姿が解れば良いんだけど……」

 

 今の俺の姿は最終日にログインした時の姿とほぼ変わらない。パっと見では人間種との違いが判らない普通の外装だ……一応異形種だからバレたらPKされたりするけど。

 能力を追求するなら先日使ったエッグヘッドが一番良いのだが、流石にそれだとすぐ異形種だとバレてしまう。人間型パーツは入れられるデータクリスタルが少ないのが難点なのだ。

 

「アレなら<完全不可知化>でも何とか見つけられるんだけどなぁ……流石にそれ位普通に使ってるだろうし、っと。リーダー居る?」

「はい、モモンガ様はご在室です。御取次致しましょうか?」

「うん、お願い」

 

 リーダーの部屋まで来ると、まるで計ったかのようなタイミングでセバスが顔を覗かせる。まあ、セバスほどの高レベルNPCなら俺の接近ぐらいは一発で解るのだろう。

 

「お待たせ致しました、マーキナー様。こちらへどうぞ」

「ありがとう、セバス」

「いえ。御側に控え、御命令に従う事こそ執事として生み出された私の存在意義でございます。可能であればマーキナー様の御側にも控えたく思いますが……」

「流石に常時分身出来るスキルは無いだろ。ま、俺はシズが居れば大丈夫だからリーダーについてやってくれ。んで、リーダーはさっきから何やってんです?」

 

 深々と頭を下げたセバスを半ばスルーして横から作業を覗き込む。因みに無言のままついてきたシズは部屋の外で待機しているようだ。

 ……遠隔視の鏡? で、草原を映してるのか。

 

「何でわざわざこんなもん使って……リーダー、情報系対策は?」

「してなきゃ使ってないですよ。それよりようやく視点を引く方法が解ったんです。いやー、長かった」

「そりゃお疲れ様です……お? ねぇリーダー、アレ村じゃない?」

「ですね……お祭りかな?」

 

 いや、違う。この煙は炊煙じゃないし、慌ただしさは歓喜やそれに類するモノじゃない。むしろ真逆だ。

 ―――全身鎧の兵士か騎士が村人に襲い掛かっている。切られ、突かれ、大地に屍を積み上げている。

 

「チッ! ……ん?」

「……どうしたんです、リーダー。また光ってますけど」

「いや……その、嫌な物を見たなとは思ったんです。でも、それだけなんですよ」

「……ああ、成程。確かに俺もそうですね。それと知ってますか? 中世ヨーロッパの騎士の多くは平時では野盗と何も変わらなかったそうで、盗賊騎士なんて呼ばれ方もしてたみたいですよ」

 

 確かにリーダーの言う通り、俺も特に思う所は無い。強いて言うなら「面倒な事をしてるな」というぐらいか。雑学が出てくるぐらいには冷静だ。

 ふむ、でもこれは……チャンスじゃないか?

 

「ねぇリーダー。この村、助けない?」

「……危険ですよ。虐殺されている村人が私達と同等の強さという可能性もある」

「ええ、ありますね。でもこの世界の戦闘力を確かめるのはいずれしなきゃいけない事です。それなら正規兵らしい連中を相手にするのはアリじゃないですか?

 それに、今行けば何人かは助けられます。そうすれば恩で村人の心をガッチリ掴めますし、更に情報も幾らか得られるかと」

「……よし。セバス、ナザリックの警戒レベルを最大まで上げろ。それとアルベドにギンヌンガガプ以外をフル装備で着いてくるようにと。

 それから後詰として隠密能力に長ける、もしくは透明化等の姿を隠せるシモベをこの村の周囲に配置しろ」

 

 警護は私が、いやお前はナザリックの守備と伝令だ、と二人が問答している間にまた一人の少女が切りつけられた。ちょっとリーダー、女の子がピンチだよ!?

 

「行きますよマーキナーさん! <転移門>!」

「合点!」

 

 リーダーの作った転移門に低い姿勢で滑り込む。ガチガチの魔法職であるリーダーより素早さが高い俺はリーダーより早く転移門に滑り込む。

 視界が変わった瞬間に右手に握ったレミントンN2127を目の前の騎士にぶっ放した。

 

「……おろ?」

「ふむ……防御力は高くないんでしょうか?」

「ですかね……幾らスラッグ弾とは言え」

 

 てっきり一発は確実に耐えられると思って本命の左腕を用意していたが、アッサリと胸元から上が四散してしまった。

 今回の武器は使い勝手が良く、威力もあり、まあ杖っぽく見えない事も無いという理由で持ち出した過去の武器のレプリカ品。単純な威力は弾丸との組み合わせによるが精々遺産級だ。それで一撃死?

 

「あ、もしかして首に当たってクリティカルとか」

「ああ、成程……では次は私が。<龍雷>」

 

 近くの家の脇から姿を現した騎士のリーダーが腕試しの一撃を放つ。その結果は、即死。<擬死>でも俺のスキルは誤魔化せない。間違いなく死んでいる。

 

「……弱っ」

「……弱い、ですねぇ」

 

 幾らレベル100の魔法職が使ったとは言え<龍雷>は第五位階魔法。俺だって種族的にペナルティはあるがアレなら一撃で死ぬことはまずない。

 あー、んー、何かやる気なくなってきた。

 

「……中位アンデッド作成、死の騎士」

「うわ、グロっ」

 

 俺の銃撃で頭が吹き飛んだ騎士に黒い靄が覆い被さり、更にゴボゴボと黒い液体が噴き出て騎士の体を覆う。やがて生まれたのはアンデッド系壁モンスターとして有名なデスナイトだった。

 俺コイツ嫌い。一撃で死なないんだもん。

 

「この村を襲っている騎士を殺せ」

「■■■■――――ッ!」

 

 雄叫びを上げてデスナイトが走り去っていく。おーい、どこ行くねんお前。壁じゃねーのかよ。

 

「……俺も出します?」

「いや、様子見で。それよりも……」

 

 リーダーがボロボロの姉妹の方を向く。それと同時にほぼフル装備のアルベドが転移門から現れた。おー、これ初めて見るかも俺。

 

「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」

「ん、良いさ。とりあえずアルベドはリーダーについて。俺には後詰を幾つかつけてくれればいい」

「ハッ。それとそちらの下等生物は如何なさいましょう? 私が処分いたしますか?」

「……アホタレ、コレは情報源だ。恩を売りつけて友好的に交渉する必要がある」

 

 畏まりました、とアルベドが頭を下げる。それでリーダーは目の前の姉妹に自分が怖がられてるっての理解しようや。顔だよ顔。その骨!

 

「ああ、そうか……手と顔を隠さないとな。もう嫉妬マスクで良いか、面倒だし」

「じゃあ顔を見られたってのは何とかしないと駄目か。俺の手持ちで記憶操作が出来そうなのは……よし、<神の威光>!」

 

 肘を体にくっつけ、掌を上に向けた状態でやや下げて両側に広げる。そして俺から迸る後光を受けた村娘二人がトロンと蕩けるように表情を緩ませた。

 

「あぁ、神様……」

「ああ、神だとも。君達を助けに来たんだ。そして彼は最初から仮面とガントレットをしていた、良いね?」

「アッハイ」

「それから我々は魔法を使える。守りの魔法をかけるから暫くここで待っていなさい、良いね?」

「アッハイ」

 

 何か反応がおかしい気がするが、これが俺の持つスキルの一つ<神の威光Ⅰ>だ。ユグドラシル内であればモンスターやNPCへの威圧や懐柔を行えるスキルだったが、流石に色々と効果が変わっているらしい。上手くいって良かった。

 そして流石に怖がられっぱなしも嫌なのか、リーダーは少女に小鬼将軍の角笛を二つほど渡していた。うわー、そこで在庫処理しますか。要らないなら売るか捨てりゃいいのに。

 

「あ、あの……お名前は?」

「名前、名前ねぇ……まあいいか。俺はマーキナー。マーキナー・ハイポセンター」

「……モモンガだ。そこで待っているといい」

 

 少女の問いかけに言い捨てるように名を告げてリーダーとアルベド、俺と何体かのシモベに分かれて村の周囲を回る。

 リーダー、もしかして自分の名前が浮くと思ってない? まあ実際浮いてるんだろうけどさ。

 

 

「ふぅ……ま、悪くないかな」

 

 チェーンをじゃらりと鳴らして巻き取る。ティンと来た外装に適当に捕縛系のデータクリスタルを入れただけのアンカーだがコレはコレで使い道が多そうだ。

 その名も捕縛鎖「白鯨」。バランス悪い武装の時に姿勢制御するのにも使えるかな、コレ。

 

『マーキナー様、角笛が聞こえました。連中が仲間に何かしらの合図をしたものと思われます』

「だろうねー。コイツらの大体の強さも解ったし、そろそろリーダーと合流しようか」

『はっ。時にマーキナー様、こやつは如何致しましょう』

「んー、面倒だから処分しといて。あ、服とか装備は残しといてね」

 

 俺の足元でアンモニア臭を撒き散らしていた男が一気に鉄臭くなる。さてと、とりあえずその辺の屋根にでも上りますか。

 

「よっと。あ、リーダー発見」

「ああ、マーキナーさん。そちらは終わりましたか?」

「うん。しかしこいつら随分弱いけど……コレが正規兵なのかな?」

「どうですかね、強さに幅がある可能性もありますし……とりあえず一度解放してみようと思います」

 

 了解、と答えて空を飛ぶ二人の後をゆっくり追う。リーダーが騎士を逃がし、デスナイトが片づけを始める頃には散らばっていた村人が戻って来ていた。

 やがて他の村人より若干身なりの良い男性が俺に話し掛けてくる。んー、村長かな?

 

「あ、あな、貴方様方は……」

「襲われてたのが見えたから助けに来た……旅の者ですよ」

「おぉ……」

「……急な事だったとは言え、相応の謝礼は頂きたいのだが」

 

 すーっと滑るようにリーダーがやってくる。普通の顔丸出しの俺と嫉妬仮面のリーダーを見比べた村長は俺に話し掛け続けた。

 

「い、今は村もこんな状態でして……」

「ええ、それは解っています。それも含めて、どこか落ち着ける所で話をしたい」

「あ、リーダー。俺あの子達連れてくるわ」

「……ああ、あの姉妹か。ええ、任せます」

 

 スルーされたのが癪にさわったのか、リーダーがズイっと前に出る。そして俺はタイミングよくさっき助けた姉妹の事を思い出し、後の話し合いをリーダーに一任するのだった。

 当然、村長は泣きそうな顔をしていたが。

 

 

「……どう思う、リーダー?」

「……とりあえず異世界確定、ですかね」

 

 すったもんだの末に「遺跡探索中にトラップに引っ掛かり見知らぬ土地に来てしまった冒険者」というカバーストーリーをでっち上げる事で、報酬代わりにこの辺りの情報を得る事が出来た。

 その結果が王国やら帝国やら法国やらの存在である。うん、北欧神話どこ行ったよ。

 

 そして現在は見事な夕焼けを眺めながら作戦会議中である。既にモンスターの大半は帰還済みだ。アイツら村を襲おうとしやがって……後で説教だな。

 それにしても元冒険者とか居なくてよかった……「そんな罠あるかい」とか言われたら「お前が知らないだけだろ」って返すつもりだったけど。

 

「鎧の紋章は帝国の物らしいけど……怪しいよね」

「本命が法国、対抗が国内の不穏分子に対処する王国の部隊ですかね。どこかの国に我々のようなプレイヤーが居る可能性も高いですし……失態でしたね」

「次に兵士見つけたら色々聞いてみようよ、ニューロニスト辺りに協力して貰ってさ」

「それが一番ですかね……防衛するだけなら現状でも大丈夫ですが、やはり情報がもっと欲しいですね」

 

 情報収集はモンスターじゃ無理だろうな……最低限守護者クラスじゃないと。それに今回の襲撃未遂を考えると可能な限り友好的な奴らを選ばないといけないだろう。カルマ値準拠で考えた方が良いかな?

 

「そういやモンスターはともかく、冒険者ってのは結構心躍りますね」

「ですね。可能なら情報収集の一環として潜入しますか……それと気付きましたか? 喋ってる言葉と内容、違ってましたよね?」

「言われてみれば……そこに気付くとは、流石リーダー」

「まあ、魔法がリアルである世界ならこれぐらいは普通に有り得る話かもしれませんけどね……」

 

 俺の賛辞もさらっと流す。やはり天才か……。

 

「個人的には歴史とか御伽話を調べてみたいね。原因を調べるなら時間軸を遡るのが一番だし、過去に俺達のような存在が居た記録があったなら周囲の対応も知っておきたい」

「ああ、それは確かに。この世界特有の魔法もあるかもしれませんし……ん? どうかされましたか、村長殿」

「おお、モモンガ様。実は馬に乗った戦士風の者達がこちらに近付いているそうで……」

「ふむ……マーキナーさん、構いませんか?」

「お任せします」

 

 対応すると決めたリーダーはテキパキと村長に指示を出す。個人的には身を隠して美味しい所を持って行こうかとも思ったけど、折角売った恩を台無しにするのも面白くない。

 やがて正面からやってきたのは揃いの剣を持った一団だった。さっきの騎士達に比べると装備に統一感が無い。リーダーは先頭のアゴヒゲかな?

 

「―――私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。近隣を荒らしているという帝国の騎士を討伐する為、王の御命令にて村々を回っている者である」

「王国戦士長……!」

 

 そりゃ誰だと村長に聞いてみると、この髭面は王国内でも指折りの戦士らしい。本物かどうかはさておき、友好的に接しておいて損は無いかな。

 同様に考えたらしいリーダーが誰何の声に答えていた。

 

「私はモモンガ、彼はマーキナー。この村が騎士に襲われていた所を見て助けに来た……冒険者です」

「冒険者……? プレートをお持ちでないようだが」

「……あー、色々と面倒な事情がありまして。ここに居るのもちょっとしたアクシデントがあったせいなんです」

「ふむ……うむ。この村を救って頂き、感謝致します」

 

 おお、少し考えただけでわざわざ馬から降りて頭下げたよこの人。俺達見るからに怪しいのに。

 で、プレートってなんぞと考えてる間にリーダーとガゼフ(仮)の間で問答が進む。いやリーダー、デスナイトと仮面は流石にちょっと苦しいと思う。

 そう思った矢先、戦士長さんの部下らしい人がこちらに駆け込んできた。うーん、厄介事の香り。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

「……弱いね」

 

 村の倉庫をアルベドに見張らせ、俺達はその入り口横でリーダーが使った<水晶の画面>を覗いてガゼフ・ストロノーフの戦いを見ていた。

 炎の上位天使に圧倒されるって事は……装備も貧弱だし甘めに見て30以上、かな? 防具カスタマイズしないで突っ込んだらこうなるだろうって見本だった。

 

「レベル的にはそうですね。それでも―――」

「うん。ここでガッツリ恩を売りつつ情報源の確保、それに気になる事もあるし……何より個人的にああいうのは嫌いじゃない、かな」

「決まりですね。アルベド、我々が向こうに行ったら彼を倉庫に叩き込んで扉を閉めろ。その後は別命あるまで待機だ」

「はっ!」

 

 言うが早いがリーダーは<水晶の画面>を解除し、俺の肩に手を乗せて魔法を発動させる。その次の瞬間には俺達はついさっきまで覗いていた戦場へと降り立っていた。

 唖然とする特殊部隊の皆さん。天使は……ちょっと表情解んないな。

 

「ハァイ。グドゥイブニン?」

「「「………。」」」

 

 あれ、挨拶したのに無視ですかそうですか。そして特殊部隊さん達とリーダーの問答が始まる。ふむ、やっぱりか。

 

「リーダー、やっぱり俺達以外にもこの世界に来てる連中は居るんじゃないかな? リーダーの言う通りならいきなりある程度洗練された文化がポンと出てきたって感じがする」

「ふむ……誰かが魔法を教えたのかな。でも何故わざわざ第三位階を?」

「さぁ。魔法詠唱者としての適性とかあるんじゃない? それが低い連中で固められてるとか」

 

 まあそんな訳が無いのは解ってる。国外で非合法活動をするような連中が弱い訳が無い。

 ただし、王国戦士長を倒せる部隊を持っている国だ。どんな隠し玉があるか解ったもんじゃないね。

 

「あ、因みに彼らの国だけキリスト教が伝わってるって可能性もゼロじゃないよリーダー」

「……それで我々が知るアークフレイム・エンジェルと似た存在が出てくる確率は?」

「ほぼゼロだね。そもそもユグドラシルの天使は天上位階論において分類されたのが基本になってる。それにおいて火を使うのは基本熾天使だから『火を使う大天使』ってのはちょっとおかしいんだよ。あ、でもウリエルは大天使扱いになったりするか……」

「ふざけた真似を……! 貴様等の目的は何だ! ストロノーフをどこへやった!」

 

 あ、何か顔に傷がある人が怒った。そういや治癒系の魔法って傷跡どうなるんだろう。あの人みたいに残っちゃうのかな。

 

「村の中ですよ。目的? 目的……情報収集が一番適切かな」

「だと思うよ。あとは恩を売るってのも大事だよね」

「ああ、確かに……ふむ、もうこの場で聞く事も無いか。では―――」

 

 何を、と特殊部隊の……隊長なのかなこの人? まあいいや。とにかく何をしたいのかを聞きたかったらしい顔に傷のある人が目を見開く。

 何だ、今頃身の危険に気が付いたのか? アークフレイム・エンジェルが突っ込んでくるが……遅いよ。

 

「「死ぬがよい」」

 

 リーダーは<浮遊大機雷>をバラ撒いてアークフレイム・エンジェルの半分以上をかき消す。あ、そういや今俺達って味方の攻撃当たるようになってるんだっけ……んじゃコイツで良いかな。

 俺はアイテムボックスから螺子を幾つか掴み、それを周囲に投げつける。

 

「下位眷属創造―――断頭台の権機天」

「な……」

「ば、馬鹿な!? 一人で二十体以上の天使を召喚しただと!?」

「おい! それより仮面の方もまずい! 天使が半分以上消されたぞ!」

 

 俺のスキルの一つにより、マシーナリー・プリンシパリティ・ギロチンが現れる。アークフレイム・エンジェルよりも一回り以上大きく、両手が捕獲道具、胴体部分がギロチンになっているのが特徴だ。そしてその数24体。

 特殊部隊を取り囲むように召喚したせいか盛大に驚かれる。うん、やっぱり頭数揃えるって大事だよね。でもちょっと訂正が必要かな。

 

「こいつらは君達の呼んだ天使……エンジェルとは違うよ? 機天の住人。マシーナリー・エンジェルだ」

「う、うわぁっ!?」

「くっ、何だこの力は! 離せ!」

「はっはっは、君達の力じゃ抜け出せないよ。あー、一体二人でもまだちょっと足りないか」

 

 流石に数が多いせいか何人か取りこぼしが出てるな。上位天使? 俺の眷属が同数程度の格下に負けるかよ。一緒に居た監視の権天使も含めて断頭済みだ。

 お、何か隊長さんが取り出しました? え、あれって魔法封じの水晶? 色は通常位階用みたいだけど……?

 

「ふ、ふふふ……コレを使う羽目になるとはな! ふざけた連中だが最高位天使の力で葬ってくれる! お前達! 時間を稼げ!」

「最高位天使……熾天使か? まずいな。マーキナーさん、万が一の時は頼めますか? 私だと相性が悪い」

「任せて下さい。ってか魔法ガンガン飛んできてますけど大丈夫ですか? ウザくないです?」

「まあ無効化ありますんで。さて、何が出てくるか……」

 

 何が出てくるかと俺達は興味津々で砕けたクリスタルへ視線を向け―――あぁ?

 

「見よ! 最高位天使の尊き姿を! これぞ威光の主天使である!」

「……え、と。ちょっと待って? それが切り札? 最高位天使?」

「ああそうだとも! 怯えるのも無理はない、これこそ最高位天使の姿だからな! 認めよう、お前達はこの力を使う価値のある存在であると!」

「……ゴメン。それは流石にキレるわ」

 

 好奇心から徐々に上がっていたボルテージが一気に下がったのを自覚する。スゥーってなる必要も無かった。むしろ今度マイナス方向でなりそうだわ。

 

「……無知で矮小な君に教えてあげるとね、天使ってのには位階があるんだ。天使や上位天使、権天使とかね」

「フン、今さら何を言っている! そんなものは当然知っているわ!」

「そうだね、知ってるみたいだ。でも……主天使程度で最高とは、ちょっと言わせたくないかな」

「……何?」

 

 呆れて戦う気も失せたらしいリーダーに軽く謝って隊長さんに講義を続ける。コレちょっとアイデンティティに関わる事だからね。時間裂く必要あるよ、コレは。

 

「権天使の上は能天使、更に上が力天使。で、その上に主天使が来る訳だけど……まさか、その上が無いって思わなかったの?」

「な、何を馬鹿な! この威光の主天使は200年前に大陸中を荒らした魔神を単騎で滅ぼした最強の天使だぞ! それ以上の存在など居る訳―――」

「……成程。やっぱり横から誰かに教えられた知識って訳だ。しかもそれは不完全。あ、その魔神についても色々調べた方が良いね。

 それで話を戻すけど……良いかい? 主天使の上には座天使、智天使、熾天使と呼ばれる三つの位階が存在するんだ」

 

 ふぅ、と一息ついて心を落ち着かせる。こちらとしては間違った知識を持ってくれるのは有り難くはあるが、それと同時に非常に腹立たしい。

 

「折角だから一つずつ見せてあげたい所だけど……生憎こっちも創造数には限界があってね、全て見せるのは無理だ」

「ふ、フン! 確かに一人で20体以上の天使を召喚するのは大したタレントだが―――」

『喚くな、芥』

 

 あーもう駄目。キレた。天使? 名前聞いてなかったのか? 適当言うなよZAZEL風情が。こちとら神様やってんだ、舐められんのが一番駄目なんだよ。

 ……神様はただのキャラ設定だった気もするけど、まあ良いか。今は目の前の事だ。

 

『弱き者には慈悲を与え、強き者には敬意を払うのが我の在り方だが―――我が権能を眼前にして唾を吐くのであれば、その限りではない』

 

 神の威光を言葉と共に全力で解放し、特殊部隊の周囲に中位眷属創造によって穿孔の主機天10体を同時に浮かべる。

 形はドリルのついた円筒と言えば良いのか、それの底面に申し訳程度に金属製の羽が生えている。隊長さんの虚勢もスコーンと抜け落ちたようだ。

 

『位階的には貴様のソレと今出した連中は同等であるが……さて、どちらが上だろうな?』

「ぁ、うぁ……」

『―――まだ終わりではないぞ』

 

 スキル発動。上位眷属創造―――銃腕の熾機天。

 片腕がガトリングガンになっている機械天使が隊長さんの隣に降り立つ。それも2体。それまでの奴らと比べると非常にヒロイックなデザインをしており、正に「格が違う」存在であるのが一目で解る。

 

『これが天使格の最上位、熾天使だ。まあ、正確には熾機天だがな―――己の無知を理解できたか?』

「な、んだ……」

『ん?』

「お前は……一体、何だ!?」

 

 ああ、まあ仕方がないな。ここまで見せたなら教えてやろう。リーダー、もう少しだけ我慢して下さいな。

 

『神、だよ』

「バカな……六大神のいずれとも違うぞ……」

『また聞くべき事が増えたな……正確に言おうか。我は神。機械神マーキナー!』

「きかい、しん……?」

『如何にも。人の手によって生まれし文化文明、その守り手にして全てを覆す存在。それが我。それが機械神!』

 

 弱者に慈悲を、強者に敬意を。全ての絶望を覆す圧倒的存在。

 歯車と発条の肉を持ち、留め具と螺子の骨を持つ。身体に油を流し、鋼の心を持つ人造神。

 ―――デウス・エクス・マキナである。

 

「神……貴方が、神だと言うのか……」

『如何にも。ヒトによって創られたヒトのための神である。そう名乗るに不足しない程度の力は見せたつもりだが?』

「な、ならばどうか御慈悲を! 知らなかったのです、私は、私は何も! 貴方様の事も!」

『ふむ―――駄目だ』

「何故ですか!? 人のための神ではないのですか!? その御言葉は偽りだと言うのですか! 神である貴方が!」

 

 何だ、中々信仰心のある奴じゃないか。神の威光を使っているとは言え、即座に跪いて手を合わせるとは随分敬虔な態度を見せてくれる。が、

 

『お前は他の神を信仰しているのだろう? ならば我が庇護下にある存在ではなく、助ける意味も価値も無い。そして、』

 

 ……お前さん、何か勘違いしてないか?

 

『―――神とは本来不条理なモノだからな。気紛れに人を助け、苦しめる。我も神である以上、それは変わらんのさ』

 

 

「中々有意義な情報が手に入りましたね」

「ええ、そうですが……やはり最初に隊長を使ったのは間違いでしたね。まさかあんな仕掛けがあるとは……」

 

 あの後ナザリックに戻り、手始めに知りたい事を特殊部隊の面々に聞いた俺達は現在レメゲトンの前で駄弁っていた。

 過去のプレイヤーらしき存在、それらの残したアイテム……もしかしたら生き残りも居るだろう。それらに気付かれる事なく情報を集めないと。

 

「あれもある意味情報系魔法なんですかね」

「特定状況下で発動する魔法なんでしょうね。この世界特有の……はぁ」

「そう落ち込まないで下さいよ。ああ、あと攻性防壁も発動してましたね。俺も眷属創造使い切ってなかったら何体か送り込めたんですけど……」

「まあ、嫌がらせ程度の魔法ですけどね。ナザリック自体の守りも厚くしないと……」

 

 どうも隊長さんをあんな簡単な質問で使い潰してしまったのが余程堪えているらしい。スゥーっとなるギリギリのラインで落ち込んでいるようだ。器用だこと。

 確かに上に立つ人間なら色々と知ってるだろうけど、過ぎた事は忘れようぜ。ポジティブにいこうや。

 

「……それはそうとマーキナーさん、一つ相談が」

「はいな?」

「色々と話を聞いて思ったのですが、流石にモモンガという名前はどうかなと思ったんですよ。あまりにも異質と言うか……」

「成程。んじゃ名前変えるんですか?」

 

 んー、とリーダーは長い顎に手を当てて考える。そういやこの顔って肉が付いたら物凄いシャクレ顔になりそうだよね。顎なっげぇもん。

 

「アインズ・ウール・ゴウンとか名乗ったらカッコいいよなぁとか思ったんですけど……流石に駄目ですよね」

「駄目ですね。リーダー1人なら良いでしょうけど、あくまでアインズ・ウール・ゴウンはギルド全体の名前ですから」

「ですよねぇ……まあ、当分はモモンガのままで良いか」

 

 ふぅ、とリーダーは溜息をつく。俺もだけどさリーダー、呼吸必要ないよね? ってか肺が無いよね?

 

「……それじゃ、そろそろ行きますか」

「……ええ」

 

 この先の部屋に待つ部下達の手前、あまり砕けた姿は見せられない……まあ、俺はともかくリーダーはね。

 ―――ここから先は、支配者の時間だ。

 

 



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3 四人の新人冒険者

何気にweb版のキャラが出てきます。うわぁ。


 

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の間に広がる土地、カッツェ平原。そこに一番近い王国の町、城塞都市エ・ランテル。

 三重の城壁の間に作られたこの町は石畳が敷かれておらず、大通りを少し歩けば足元が土塗れになる。特に今日のような雨の後は尚更だ。

 

「ふぅ……ん」

 

 冒険者組合の受付嬢、イシュペン・ロンブルは欠伸を噛み殺した。冒険者は朝晩に一度に押し寄せる習性がある為、どうしても今のような空いた時間が産まれてしまう。

 冒険者達が朝方に泥でつけた足跡も綺麗に掃除されており、これから何をしようかとイシュペンが考えていると外に繋がる扉が開いた。こちらから出ていく姿は無く、それはつまり外側から誰かが来たという事だ。

 

「……ん?」

 

 受付嬢として有り得ざる声を出すイシュペン。その理由は困惑からだ。

 通常、正面から冒険者組合に入って来るのは依頼主か冒険者のどちらかである。では、今入って来た四人組はどちらになるのか。

 

 一人は茶髪で端正な顔立ちの青年だ。とは言え――この世界では――そう珍しい容姿でもない。物珍しそうに周囲を見渡しており、場慣れしていない事が解る。

 そのすぐ後ろについているのは、絶世の美少女と言って過言は無いだろう。ピンクブロンドの髪をストレートに流し、何故か左目に何かの紋章の付いた眼帯をつけている。

 

 まあ、この二人だけであればどこかの坊ちゃんと護衛の魔法詠唱者と言えるだろう。青年の衣服は変わったデザインではあるが、頑丈で立派なものだ。野外活動に適しているだろう。

 少女の方は自身の肩ぐらいまである杖を持ち、ゆったりした袖の服に身を包んでいる。それと妙に角ばってはいるが背嚢と一目でわかる物を背負っていた。

 

 問題はもう二人だ。

 一人は先程の青年の隣を歩いている。身長が青年とさほど変わらないので男性だろうと思われるが、確証は持てない。

 何故なら、顔や手足に一切の露出が無いからだ。顔は頭巾――見る者が見れば竹田頭巾か黒子のようだと思っただろう――で隠れており、視界確保用の隙間以外は全て覆われている。

 手もゆったりとした袖に隠されており、全体的に色調も暗い。まあ、一応魔法詠唱者だろうという予測は出来る。

 

 その頭巾男の後ろについている女性は更に訳が解らない。魔法詠唱者の少女と同じく美女ではあるが、非常にアンバランスな印象を受ける。

 夜会巻きに結い上げられた黒髪は艶やかであり、手入れを欠かしていないと解る。顔にかけられた眼鏡も美しい装飾が施されており、そこだけ見れば舞踏会の会場のようである。

 が、その首から下は質実剛健と言わざるを得ない。黒を基調とした衣服に白い革鎧を着こんでおり、所々に金属板が打ち付けられた見事な鎧だ。

 因みにそんな鎧でも圧倒的な質量の双丘は隠しきれていない。腕には棘が無数に生えた凶悪そうなガントレットを装備している。

 首から上は貴族の令嬢、下は冒険者。これなーんだ? と言わんばかりの謎の美女が居た。

 

「んん……?」

 

 改めて四人を観察し終わったイシュペンは遂に頭を傾げる。何だこの四人組は、と。

 偶然同時に入って来たなら、まあ解る。ただ彼らの距離感は非常に近く、お互いのパーソナルスペースに受け入れているのが良く解った。つまり偶然は無い。

 ではこの四人を1グループと見做した場合、彼らは一体何なのかという疑問が生じる。お坊ちゃん、魔法詠唱者二人……に、女冒険者?

 考えれば考えるほど良く解らない組み合わせだ。まあ、お坊ちゃんの護衛か何かと考える事もできるがパーティーとしての組み合わせのバランスが悪い。

 もしや魔法詠唱者のどちらかが回復担当か、と思考を巡らせ始めた所で遂に四人組はイシュペンの目の前へと来てしまった。

 その後ろではつい先程掃除された床がキラリと光っている。

 

「あ、よ、ようこそ。冒険者組合へ」

「ええと、冒険者になりに来たんですが」

「あ、はい……ええと、一名様でしょうか?」

「? いえ、四人です」

 

 イシュペンはお坊ちゃんの道楽かなと負の感情を出しながら聞いてみるも、見るからに魔法詠唱者然とした二人や冒険者らしい女性も含めてだ、と青年が答えた。

 慌ててイシュペンが残り三人の胸元を見るも、確かに冒険者である事を示すプレートを身に着けている様子は無い。

 

「あ、そ、それは失礼しました。では、まず加入料の必要書類料として一人当たり5銀貨頂きます」

「どうぞ」

 

 頭巾を被った男――声からそうだと解る――がぬっと手を出し、イシュペンの前に20枚の銀貨を置いた。すり減ってはいるが間違いなく印も入っている。

 

「では、書類の作成を行いますが……代筆を行いますか? その場合銅貨5枚になります」

「では全員分お願いします」

 

 青年が迷いなく答え、頭巾の男が銀貨を2枚追加した。これにはイシュペンは驚く。お坊ちゃんであれば読み書きは問題なくできるだろうし、魔法詠唱者が本も読めなくてどうするというのか。

 とは言え仕事は仕事、と頭を切り替えてイシュペンはペンを用意した。ダジャレではない。

 

「それでは、登録する名前を教えて頂けますか?」

 

「マキナ、で」

「……シズ」

「ユリでお願いします」

「……まあ、良いか。モモンでお願いします」

 

 

「んー、まあある意味期待通りである意味期待外れ、かな」

「そうですね。もう少し夢のある職業かと思ってました」

「きっと田舎から出てきた人とかもそう言ってますよ。人に伝わるのは大体華々しい話ばっかりですし」

「でしょうね」

 

 組合を出て受付さんに教えられた宿屋へと足を向ける。頭巾でリーダーの表情は見えないが多少落胆したような声色というのが解る……ってか元々骨だから顔見ただけじゃ解んないんだけどさ。

 俺とリーダーは現在シズとユリ・アルファを供にして最寄りの都市であるエ・ランテルへと来ていた。そしてつい先程簡単な講習を終えた所である。

 

「まあ手数料やらが掛かるのは解りますよ。でもこう……未知の遺跡の探索、とかあると思ったんですけどね」

「あー、そこは大事ですよね。まあ、ランクが上がればそういう仕事も出来るんじゃないですか?」

「ですかね。まあ明日辺り適当な依頼でも受けてみますか」

「そうしましょう。さて、この辺に教えて貰った宿屋がある筈ですけど……ああ、アレかな?」

 

 歩いてる途中で見つけたボロい安宿に入る。酒場のようだが随分と暗く、そして汚らしい。これは客層だけが問題じゃない筈だ。

 と、店員らしい恰好のハゲマッチョがこちらを睨んでいる。何だよ俺はそっちの趣味は無いぞ。

 

「宿だな。何泊だ」

「1泊でお願いしたい。4人部屋はあるか?」

「無いな。相部屋で1人5銅貨、2人部屋で7銅貨だ。あんたらはチームか?」

「ああ。マー……マキナさん。どうします?」

 

 いやそれぐらいリーダーが決めてよ。まあここで聞いてこなかったらリーダーらしくないけどさ。

 

「まあ、2人部屋2つで良いんじゃない? こっちは女の子も居るし、襲われちゃうかも」

「そんな事する奴ぁ居ねぇよ。組合は犯罪者に仕事は回さねぇし、やる側も武装した相手なんざ襲えるか。それにここは俺の宿だ。

 ―――ボンボンの冷やかしなら帰りな」

「……2人部屋2つで14銅貨ですね。私の食事は結構……マキナさんはどうします?」

「んー、一応貰っとくかな……ん?」

 

 おどけて肩を竦めたらハゲに睨まれたでゴザル。で、お兄さん。この足は何だい。邪魔だよ。

 

「えい」

「っ、があぁぁぁっ!?」

「なっ!? て、テメェッ!」

「うっさい」

 

 邪魔な足を脛辺りから踏み折ったら怒られたでゴザル。うるさかったのでブン殴って黙らせたでゴザル。おー、よく飛んだよく飛んだ。

 

「やれやれ……店に迷惑はかけないで下さいよ?」

「人の邪魔する方が悪いんですよ。そう思いませんか、皆さん?」

「「「ッ!」」」

 

 唖然とするハゲに銅貨を握らせたリーダーが溜息をつき、こちらを見ていた飲んだくれ達が一斉に視線を逸らす。やだなあちょっと微笑んだだけじゃないですか。

 と、何やら店の奥から女冒険者がこっちにやって来た。凄いねこの人、周りの「オイオイオイ」「死ぬわアイツ」ってオーラを全く気にしてない。

 

「ちょ、ちょっとアンタ! 何してくれてんのよ!?」

「ん、何か?」

「何かじゃないわよ! アンタがあの男をぶっ飛ばしたお陰で私のポーションが割れたのよ! アレ高かったのに! どうしてくれんのよ!?」

「ありゃ、こりゃ失敬……ふむ、ならこれを代わりにどうぞ」

 

 まともに相手をするのも面倒だったので下級治療薬をポンと渡す。どうせ5桁ほど死蔵してるアイテムだ。どうってこたぁない。

 その後、一連のやり取りの間に鍵を受け取っていたリーダーと共に部屋に向かう。2部屋借りたので隣も俺達のだけど、やっぱりボロいな。

 

「汚い……それに狭い」

「全くです。お二方がこのような場所で休まねばならないとは……シズ、最低限の掃除だけでもしてしまいましょう」

「解った。マー……マキナ様、モモン様。隣の部屋の掃除をして参ります」

「ああ、それと変な仕掛けが無いかチェックしといてくれ。一応それ用のスキルはアサシンで覚えてたよな?」

「お任せ下さい」

 

 ぺこりと頭を下げて二人が隣の部屋に移動する。まあ本当に最低限の掃除しかしてない感じだもんなぁ……メイド的には無視できないんだろうな。

 でも折角メイド服脱いでるのにそのサガを忘れられないのはどうかと。シズだっていつものB―――ベーシック兵装じゃなくC―――シティ兵装なのに。

 

「流石に様付けや敬語は直させた方が良いですかね? チームならもっと砕けた感じにした方が……」

「無理に直す必要は無いんじゃないですか? むしろ関係を邪推して色々と勘違いしてくれそうですし。ただでさえ俺はお坊ちゃんだって思われてるみたいなんで、それに乗っかろうかなって思ってたんですけど」

 

 リーダーがベッドの一つに腰掛け、覆面を外す。骸骨の顔は動いていない筈なのになんとなく表情が読み取れるから不思議だ。

 俺ももう一つのベッドに体を預け、リーダーの対面に座―――って、うわ。ホコリ舞ってる。

 

「そうですかね……まあ、それも良いかもしれませんね。絵面的にも覆面の魔法詠唱者より中心に来やすいですし」

「いや、メインはあくまでリーダーですよ。リーダーが居て、メンバーである俺が居る。それなら俺達は紛れもなくアインズ・ウール・ゴウンです。

 冒険者チーム『アインズ・ウール・ゴウン』ですよ」

「……本当にそう名乗るんですか? 他のプレイヤーに気付かれますよ?」

「まあその危険性は高いですけど、大人しく冒険者やってりゃ良いんですよ。いきなり襲い掛かってきたらこっちは被害者ですし、話し合いのテーブルに着いたなら後は俺が何とかします」

 

 伊達に提案が割れた時の討論で勝率9割超えてねぇよ。リーダーはまとめ役と言うか進行役が多かったからそういうのあんまり経験してないけど、ギルメンとしては口の上手さは大事な要素だったからな。

 

「―――それに、現状のナザリックは人間と同様の感性を持ったプレイヤーには受け入れ辛い存在の筈です。それなら俺達が動いてる所を見せないと」

「まあそれは解りますけど……」

「大人しく正義降臨してりゃ大義名分はこっちのもんです。そうしやすい二人を連れてきたのもその一環ですしね」

「……シズに関してはマキナさんが連れて来たかっただけでしょ?」

「はい」

 

 はぁ、とリーダーがこれ見よがしに溜息をつく。だって折角連れ出せるチャンスなんだよ!? この機能のアプデを何年待ったと思ってんのさ! ちゃんとそれっぽく見える装備だって用意したし!

 

「そう言えばあの二人のチョイスは何でですか? エントマは蟲使いと符術士だから目立ってアウト、ソリュシャンはセバスと動かしたんで除外したのは解るんですけど……」

「純粋にカルマ値と相性で選びました。ってかナーベラルは意外とポンコツな面が、ルプスレギナは基本駄犬って設定があるんであんまり難しい仕事に向いてないんですよ。

 それにシズは俺と組んで動かすのが前提ですし、ギルドの名前を使う以上は即応性を考えるとリーダーに前衛の真似事はさせられませんから」

 

 それにアルベドの人間に対する扱いを見てると、どうも人間嫌いがNPC達のデフォルトになってる気がする。一回じっくり調べた方が良いかも。

 

「ああ、カルマ値もありましたね……マキナさんは幾つでしたっけ?」

「一応プラスで100です。少しずつ上がるクエスト暫くやってたんで気が付いたらこんななってました」

「おぉ……私、確かマイナス500だったな。それにしてもよく設定とか覚えてますね?」

「PK上等のギルドのギルマスですしねぇ……まあ、設定はSS書きまくりましたからね。自分でも結構覚えててビックリしました」

 

 ただそれでもよく思い出せないNPCは多い。特に上層の領域守護者は何人かキャラ薄いのが居るからなぁ……オチでよく使った恐怖公はよく覚えてるけど。

 と、リーダーととりとめもない話をしていると2人が戻って来る。どうやら隣の部屋の掃除が終わったようだ。ふむ。

 

「リーダー、少し散歩しません? 2人の掃除の邪魔になってもいけませんし」

「ああ、それもそうですね。それでは2人で町の地理を確認してくる、任せたぞ」

「はっ、御配慮頂き誠にありがとうございます」

「行ってらっしゃいませ。マキナ様、モモン様」

 

 その後街中で適当にシャドウデーモンと恐怖公の眷属等を情報収集に当たらせ、糞不味い晩飯にシズとユリが店主をぶち殺そうとしたりして冒険者生活1日目は幕を閉じるのであった。

 

「……そんなに不味かったんですか?」

「ナザリック飯に慣れると飯と呼ぶのも烏滸がましいですよアレは……」

「……むしろそんなに美味いんですか、ナザリック飯」

「最高っす」

「糞がぁっ!」

 

 あ、俺機械の体でバフはかからないけど普通に飯は食えます。何かカロリックストーンが全部燃やして熱に変えてるみたい。ドラえもんかよ、俺。

 

 

 翌朝、軽く市場を見物しながら冒険者組合にやってきた俺達。ラッシュの時間は過ぎているのか、組合に残っている冒険者も思ったより少なかった。

 

「さて、マキナさん。いきなり問題が一つ」

「どうしたんだいモモンくん? そんなに慌てて」

「何変な声出してるんですか……依頼書、と言えばいいんでしょうか? それが読めません」

「しょうがないなぁモモンくんは……テテテテン! 読解の片眼鏡ー!」

 

 変に作ったダミ声で取り出したのはつるが付いたタイプのモノクル。名前の通りに書いてある文字の内容が解るアイテムだ。

 

「ああ、やっぱりお持ちでしたか。良かった……」

「ユグドラシル時代は余程の事が無ければ読解系装備は一つで充分でしたしねぇ。宝物庫漁れば皆が置いてった分ぐらいは有りそうですけど……げっ」

「……どうしました?」

「残ってるの、大体高ランク用依頼です」

 

 よく考えたらそれもそうだ。俺達は日が昇って暫く経ってからやってきたが、当然美味しい依頼や簡単な依頼はすぐに取られてしまうだろう。

 そして当然低ランク冒険者の数は多く、低ランク依頼が多いとしてものんびりしていたら根こそぎ取られてしまう。

 

「あー……参りましたねぇ。もう少し早く来るべきでしたか」

「ですね。内容こそ楽勝ですけど、俺達は冒険者には成りたてホヤホヤです。組合側としては変な事はさせたくないでしょうし」

「ふむ……何か残ってないか受付の人に聞いてみますね」

「ええ、お願いします」

 

 リーダーが受付に残った依頼が無いか聞きに行っている間、俺は貼り出された依頼の内容を熟読する。やはりモンスター絡みの仕事や町の外での採取活動が主のようだ。

 

「すみません、少しよろしいですか?」

「はい?」

 

 と、依頼書を眺めていた俺に横から声がかかる。そこに居たのは四人組の冒険者であり、話し掛けてきたのは先頭の青年のようだ。

 外見は見るからに戦士。金属と革を組み合わせた鎧を着ており、腰には長剣を下げている。胸のプレートは銀、って事は俺達より二階級上か。

 

「私達はチーム『漆黒の剣』。依頼が無くてお困りのようでしたので、良ければ私達の仕事を手伝って貰えたらと思いまして」

「ああ、そうでしたか。今ウチのリーダーが何か残ってないか聞きに行ったので……と、戻って来た。リーダー、どう?」

「駄目ですね。たまたま今日は依頼が少ないみたいで……こちらの方々は?」

「先輩冒険者。依頼が無いなら手伝いをしてくれないかって言われました」

「貴方がリーダーでしたか。ここだと他の人達の邪魔になりますんで、一部屋借りてお話ししましょうか」

 

 お互い四人ずつなので合計八人が立ち話する羽目になる。それは流石に迷惑だろうと俺達も従い、受付さんが用意してくれた小さめの会議室に移動する。

 

「では改めて。私は漆黒の剣のリーダー、ペテル・モークです。こちらからチームの索敵を担当するレンジャー、ルクルット・ボルブ。

 隣が魔法詠唱者でありチームの頭脳、『スペルキャスター』ニニャ。そしてドルイドのダイン・ウッドワンダー。彼は治癒や自然を操る魔法、薬草知識に長けています」

 

 座った面々を漆黒の剣のリーダーさんが紹介していく。その言葉には隠しきれない自信と仲間達への信頼が見え隠れしている。良いチームのようだ。

 それに合わせて軽く頭を下げたり挨拶をしていく漆黒の剣の面々。だが、何かニニャ君の視線がこちらに刺さって来る。おいおい惚れたか?

 

「では我々も自己紹介を。私がチーム『アインズ・ウール・ゴウン』のリーダー、モモンです。ご覧の通りの魔法詠唱者ですね」

「マキナ。一応前衛だ」

「……シズ」

「ユリと申します。戦闘では格闘術を少々」

 

 俺とユリの自己紹介を聞いた漆黒の剣の面々が目を見開く。まあそうだろう。軽装どころか普段着とも言える恰好の俺が前衛で、鎧こそ着てるがユリがステゴロやるとか冗談にしか聞こえない筈だ。

 それに比べたらリーダーが覆面をしてるとか、シズがロクに喋らないのは大した事じゃない。それにシズもリーダーもこれ見よがしに杖を持ってるから一目で魔法詠唱者だって解るしね。

 

「それで手伝いとの話でしたが、詳しくはどういう……?」

「あ、ああ、失礼。それで正確には依頼された仕事ではなく、この街周辺に出没するモンスターを狩るのが目的なんです」

「ああ、それは先程受付の方から説明されましたね。モンスターを狩り、その証明を受けると報奨金が出るそうですが……それですか?」

「ええ、それです。こなしたい依頼がある時以外はそうやって糊口を凌ぐのが冒険者の基本的なスタイルですから―――そうされないのは経験が無いからかな、と思って声をかけさせてもらいました」

 

 成程、バッチリ観察されてた訳だ。だがこの提案は俺達にとっても渡りに船だな。冒険者の基礎を彼らに教わるのも悪くない……が、チト疑問も残る。

 

「それは有り難い申し出ですけど、何故わざわざ新人丸出しの俺達に声を?」

「あー、それはですね……」

「はい! 先達冒険者としてお美しいお嬢さんとお姉様のお力になれればと思いまして!」

「……だ、そうです」

 

 俺の疑問に答えてくれたのはレンジャーの……クレラップだっけ? そしてガックリとペテル君が肩を落とす。中々苦労人っぽい雰囲気が滲み出ていてそっちの方が好感触だ。

 

「つきましては、シズさんとユリさんはお付き合いされている男性はいらっしゃいますか!?」

「……おりませんが」

「………。」

 

 ラリパッパの質問に二人の視線の温度が氷点下まで落ち込む。そして周囲に静寂が訪れ、リーダーがわたわたとし始める。しょうがないなぁ。

 

「シズ、おいで」

「はい」

 

 一度席を立ったシズが手招きされるまま俺の膝の上にちょこんと座る。そのまま俺は何事も無かったかのようにピンクブロンドの髪に手櫛を入れ始めた。気分は膝の上の猫を片手間に弄る悪役である。

 

「シズ! マキナ様の膝の上に座るなど……!」

「俺から誘ったんだ、怒る事は無いよ。それにこうやって見せてやった方が解りやすいだろう? シズは嫌かい?」

「マキナ様の御望みのままに」

「……あまり甘やかさないで下さいね」

 

 ハッハッハ、そりゃ無理な相談だな。で、ロリポップは俺達の関係をどう捉えたかは知らないがユリ一人に狙いを絞ったようだ。そして更にニニャ君の視線が鋭くなる。どうした嫉妬か?

 

「……マキナさんは貴族ですか?」

「いや? それが何か?」

「……いえ、何も」

 

 何もと言う割には思考が自己完結し始めているのか眉尻がゴリゴリ吊り上がっている。慌ててペテル君がフォローに入っていた。やっぱり苦労人だね。

 

「あ、あー……すまない。ニニャは貴族が嫌いでね。気分を害したようなら謝罪するよ」

「一部の貴族がまともなのは知っているんですけどね。姉を豚に連れていかれた身としてはどうしても」

「気にしないで下さい、別に俺は貴族じゃありませんし。あ、そうだ。報酬の分配はどうなりますか?」

「ああ、そこは大事ですね。頭数も同じですし、単純に頭割でどうでしょう? ……メンバーが失礼をしたお詫びも兼ねて」

 

 ペテル君の言葉にニニャ君が精神的なダメージを喰らったかのように動きを止めるが、ペテル君が言ってるのはチンポッポの事だと思うぞ。

 と言うかチームメンバーが割と険悪な空気出してるのにスルーしてユリにアタックかけるって凄い根性してるなお前。それとも逃げただけか。

 

「俺の方からは特にないけど、リーダーは?」

「そうですね、どういったモンスターが相手になるのかを聞いておきたいですが……」

 

 生じかけた険悪なムードが話題を変える事で消えようとした時、会議室のドアがノックされる。互いに目配せをした後、ペテル君が入室の許可を出すと受付のお姉さんが現れた。

 受付さんは俺達を見渡し、シズが俺の膝の上に座っているのに気が付いて驚くも逆に何か納得したような顔で俺に話し掛けてきた。

 

「お話し中申し訳ありません、ご指名の依頼が入っております」

「……俺達に、ですか? 漆黒の剣ではなく?」

「はい。依頼主はンフィーレア・バレアレさんです」

「なっ!?」

 

 依頼人は有名人なのか、名前を聞いた漆黒の剣の面々が大なり小なり驚いていた。が、昨日この街に来た俺達からすると「誰?」って感じである。

 ああ、部屋の入口から中を窺ってるメカクレ少年がそうかな。うわ、草くせぇ。ダインさんも大分草臭いけどその比じゃねぇ。

 

「……誰です? 有名な人ですか?」

「ご存知、ないのですか!? 彼こそどんなアイテムでも無条件に使えるタレントを持ち、この街一番の薬師の孫である超時空アルケミスト、ンフィーレア君です!」

「ど、どうもご紹介にあずかりましたンフィーレア・バレアレです……何ですか超時空アルケミストって」

「へぇ、何でも……ああ、すみません。この街に着いたのが昨日なので噂や評判にはまだ疎くて」

 

 何故かニニャ君が興奮して変な言葉遣いになってるのはスルーする事にする。そしてリーダーとアイコンタクトを……交わせてるよな? こっちからだとよく解んないんだけど。

 

「それで指名を頂けるのは有り難いですけど、漆黒の剣の方々と契約の確認の段階に来てますし……どうする、リーダー?」

「そうですね、普通であれば先に依頼を受けている方を優先すべきだと思いますが―――」

「そんな! 名指しの依頼ですよ? それに我々のは依頼と言う程でもありませんし、モンスターと遭遇しなければ報酬もありませんから……」

「であれば、まずバレアレさんの話を聞いてから考えると言うのはどうでしょう? 聞かない内から受ける受けないを決めるよりはそちらの方が良い」

 

 リーダーの予想通りの展開に転んだのか、ノーウェイトで会話が進む。レスポンスの早さで予想済みかどうかってすぐバレるよね、リーダー。俺もだけど。

 それに承諾したペテルさんを見たのか、受付さんが部屋の隅から予備の椅子を引きずってンフィーレア君を座らせる。退室しないのは話を聞いておくためか。

 

「改めて、ンフィーレア・バレアレです。依頼の内容は近場の森での薬草の採取、その協力と警護をお願いしたいんです」

「警護ねぇ……流石にこの辺での情報が足りない。ちょっと自信ないかな」

「そうです―――いや、待てよ? ペテルさん、一緒にこの依頼を受けられるのはどうでしょうか?」

 

 それに一回も依頼こなしてないチームに指名とか怪しい空気過積載だよな、と思ったらリーダーが何やら閃いたようだ。

 退散しようかというムードになった漆黒の剣の面々の注意がリーダーに向く。

 

「森の中での活動ならルクルットさんやダインさんのお力を借りられればと思いまして。我々としても先輩冒険者の知恵と力を借りられれば心強いですから。

 報酬は頭割、道中のモンスターを殺して報酬を貰えばお互い損は無いかと……こんなんでどうでしょう、マキナさん」

「俺は異議なし。皆さんはどうです?」

「そちらが構わないのであればこちらに異存はありませんが……バレアレさんもよろしいですか?」

「ええ、僕も問題はありません。あ、それと僕はンフィーレアと呼んで頂いて結構です。では皆さん、よろしくお願いします」

 

 



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4 ガン・ガン・ガン!

オリ主の種族・職業レベルは一応設定してありますがどの職が魔法職扱いなのかとか不明な点があるんでその辺はなぁなぁでお願いします。うわぁ。


 

「―――俺達を指名した理由、どう思う?」

「嘘と本音が半々、ですかね。シルバー級を同時に雇えるなら依頼料に関しては嘘……何かありますね」

 

 エ・ランテルを出てカルネ村に向かう途中、何でもない雑談の切れ間にリーダーに話し掛ける。

 ユリにアプローチをかけて苦笑いで流されてるアイパッドはともかく、やっぱりニニャ君の俺とシズに対する態度が固い。やれやれだ。

 

「上手く食いついてくれたなら良いですけど、一応警戒しときますか」

「それが良いでしょう。さてあの子は鯛か、それとも鮫か……」

 

 そうやって話していると、俺の感覚に引っ掛かる物があった。とは言え反応は森の中、俺のスキルの対象外だ。

 

「シズ」

「はい。ゴブリン15、オーガ6。いずれも武装は貧弱、低レベルだと思われます」

 

 早速渡した装備が役に立ったな、と二重になっていた眼帯の蓋を開けて索敵を行ったシズを満足げに眺める。

 表面にギルド内での俺の紋章が書かれたこの眼帯の名はターレットアイパッチ。非常に高い索敵性能を持っており、一部の完全不可知系スキルや魔法も見通せる優れものだ。

 そして何より三つのレンズがシャコーンと回転するギミックが付いているのが良い。勿論、回転する意味は何もない。ロマンである。

 と、ンフィーレア君が乗っている荷馬車を回り込むようにペテル君がやってきた。向こうも気付いたか。

 

「モモンさん、ルクルットが何か見つけたようです。気を付けて下さい」

「ああ、こちらでも確認しています。それで申し訳ありませんが、初回という事でこちらが先陣を切ってもよろしいでしょうか? 皆さんは馬車を守って下さい」

「え、あ……わ、解りました」

 

 ンフィーレア君に馬を止めて貰い、その前に漆黒の剣の面々、更に前に俺達と布陣を変える。その頃には森からゴブリン達も姿を現し、俺達の事を確認しているようだった。

 

「ねぇリーダー、俺とシズでオーガ貰って良い?」

「ええ、構いませんよ。ユリ、ゴブリンが逃げ出さないように動け。色々と試したいからな」

「はっ」

「じゃあシズは3点バーストで適当に撃って。杖は使わなくて良いや」

「了解しました」

 

 肩を回してユリと共に前に出る。機械の体に肩凝りは無いが、まあ気分の問題だ。先頭までおよそ100メートル。充分だな。

 シズが左手をオーガの一匹に向け、ゆったりした袖の下で機械音を鳴らす。その次の瞬間、手を向けられたオーガは脳症を撒き散らして倒れ伏した。

 

「なにぃっ!?」

「この距離でヘッドショット……おいニニャ! あの魔法は何だ!?」

「わ、解りません! 詠唱も何も聞こえませんでした!」

「恐ろしい技量であるな……」

 

 一射でオーガを葬ったシズに漆黒の剣の面々が驚く。まあ詠唱が聞こえないのは当然だろう。今回攻撃に使ったのは回転式機関銃腕、俺が作った伝説級の武器だ。

 展開した装甲内に回転式機関銃を内蔵しており、実弾とMPを消費して発射する魔力弾の使い分けが可能な雑魚掃討の弾幕形成に適した武器である。

 更に俺やシズのような機械系キャラクターは体のパーツそのものにパラメーターが左右される特性があるが、単純な腕力だけでもレベル50の戦士相当は出せるようになっている。まあ、これはオマケ機能だが。

 何よりも誇るべきは武器を内蔵していながら指輪用の装備スロットを確保でき、更にパっと見では普通の腕にしか見えない所だろう。最後に浮かぶ文字が君に解るかな?

 

「ガウッ!?」

「そぉらいくぜぇっ!」

 

 シズが一匹倒すのに前後して俺はオーガへと駆ける。人前に出ると言う事で今回装備しているのは疾走二脚。まあ、行動阻害を無効化して足の装備スロットが空いているだけのただの足だ。べつに飛べる訳でも何でもない。

 駆け寄った勢いのままに俺はスキル<飛び膝蹴り>でオーガの頭を消し飛ばす。それが合図かのように3匹目をシズが仕留めた。はえーよオイ。

 

「ウォォォ!」

「おせーよオイ。<穿孔撃>!」

 

 怯えと怒りが入り混じった咆哮と共にオーガが俺に向かってくるが、シズと互い違いに装備しているガトリングアームでスキルを発動させて醜く垂れ下がった腹に叩き込む。

 本来は特定の方法で防御した場合を除いて防御力を無視するスキルだが、こちらの世界では文字通り「穴を開ける」スキルになってしまったらしい。向こう側の景色が良く見える。

 

「ヨグモォォォォ!」

「ん、残りはテメーだけか。物足りねぇなぁ……」

「ガ―――」

 

 5匹目がシズのスナイプで崩れ落ち、残ったオーガが丸太を振り上げてくる。が、俺はそいつの方を見もせずに左手から魔力弾を一発出して首と胴体をオサラバさせてやった。これでこっちは終わりだ。

 

「っと、リーダーの方も終わりか」

「はい。お怪我は有りませんか、マキナ様」

「流石に今ので怪我してたらナザリックから出れねぇって。んじゃ戻るか、ユリ」

「はっ」

 

 ユリも俺に続くようにゴブリンの相手をしていたらしく、周りを見れば凄惨な殺戮現場が出来上がっている。これ、ユリは一匹も倒していないだろ。

 

「そう言えばマキナ様、最後の一撃は魔力弾だったのですか? 薬莢が見当たりませんが……」

「リーダーに言われてね。流石に実弾は文化レベルが違うだろって事で余程の時じゃないと使えないんだ。ま、この強打銃腕は格闘用の性能を重視してるから元々実弾使えないんだけどさ」

 

 ガトリングアームに比べると銃としての性能はお粗末だが、格闘性能で言えばこちらに分配が上がる。機械系の種族と素手職って意外と相性良いんだよね。

 あとコイツは手や腕の装備スロットが全て空いており、余った容量に自動HP回復のデータクリスタルを突っ込んであるので装備しているだけで僅かずつだがHPが回復する。今後もシズの右腕はずっとこれだろうな。

 

「ただいまー」

「お帰りなさい、マキナさん。どうでした?」

「物足りないっす」

「はは……まあ、問題が無さそうで何よりです」

 

 後衛2人の元へのんびり戻るが、未だに漆黒の剣とンフィーレア君の口が塞がっていない。いや、そろそろ戻ろうよ。

 あと何気にすぐ近くまで近寄って来るシズが可愛い。何も喋らないが心配してくれてるんだな、と言うのがビンビン伝わってくる。頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細めるのがね! もうね!

 

「な……何ですか!? え、四人とも銅のプレートですよね!? 何ですか今の!?」

「シズ殿もモモン殿も100メートル以上先の標的に的確に魔法を当てていたのである。そう高い位階の魔法ではなかったようであるが……」

「そんなの問題じゃありませんよ。あんなの帝国最強の魔法詠唱者フールーダ・パラダインでもできるかどうか……」

「ユ、ユリさんって凄いんですね……ハハ、ハハハ」

 

 で、復活したと思ったらコレである。ンフィーレア君は未だに茫然としてる。だから戻って来いっつーの。

 

 

『さてさて、中々良い情報が手に入りましたね』

『ええ。タレントの情報は地道に調べるとして、英雄についての詳細が聞けたのは大きいです』

『余裕が出来たら図書館行ってみたいですね。御伽話の一つや二つあるでしょ』

 

 他の面々が寝静まった頃、俺達は<伝言>で作戦会議を行っていた。どうせリーダーはアンデッドで俺は機械キャラだ。寝る必要はない。

 

『黒騎士はカースドナイトで間違いないでしょう。威光の主天使が魔神を倒したらしいですが、強さがピンキリと考えれば矛盾は生じません』

『まあ、ウチのNPCも外で暴れりゃ魔神とか言われそうだけど大分レベルにバラつきあるし……種族的にはハーフデーモンとかかな』

『よくあんな種族で……』

『いやペナルティ消す手間考えたらアリですよ。それにロールプレイ重視ビルドのリーダーが言える台詞でも無いですし、それ』

 

 ユグドラシルの異形種にはたまにハーフ系という種族がある。ハーフエルフとかハーフサキュバスとか、ギルメンで言うと弐式炎雷さんがハーフゴーレムである。

 ハーフ系種族は特定種族と人間の丁度中間程度の能力を持ち、ペナルティも半減もしくは無効という性能が多い。突出した能力が無いので微妙と評する人も多いが、逆にバランスが良いとも言える。

 

『う……まあどんなビルドでも強くなれるのがユグドラシルの魅力でしたからね。それにこうなるのが解ってたらせめて皮膚のある種族にするんでしたよ……』

『下手に飯食うと零れますからね、リーダー……』

『ああ、食事と言えばあのフォローは助かりました。今後も宗教上の理由で人前で食事ができないって事にしましょう』

『了解です。必要があったら俺が代わりに食いますから……まっずいですけど』

『……そんなに不味いんですか』

 

 カルネ村で白湯を貰った時は俺もどうなるか解らなかったからフォローも出来なかったが、食べても問題ないなら可能な限り俺がフォローに回らないといけないだろう。

 それに味に関してはナザリックに戻った時に好きなだけ食えば良いのだ。それに保存食としては塩味こそキツいが美味いんじゃないだろうか。少なくとも宿の飯よりは美味かった。

 

『あ、それとギルメンに関しての打ち合わせしときましょう。さっきのリーダーの口調だと俺達以外全滅したみたいになってましたよ』

『う……すみません。やはりギルドの事だと感情的になってしまって……』

『それだけ思ってくれるのは嬉しいというかこそばゆいですけどね……とりあえず『遺跡探索をしていて転移トラップで見知らぬ土地に来てしまった異国の冒険者』ってストーリーでいきましょう。常識の有無なんかはこれでゴリ押し出来る筈です』

『了解です。他のメンバーに関しては……まあ、実際どうなってるか解りませんしね。ユリとシズに関しては完全に従者になってますけど、大丈夫ですかね?』

『態度を強制させるのも悪いですからね。NPC達は絶対者としての振る舞いを求めてる感じですし、俺としては可能な限り対応してやりたいです』

 

 他のギルメンに関しては最後の瞬間にログインしていなかった可能性が高く、この世界にも居ない可能性は高い。

 しかしギルドに異常とも言える執着があるリーダーの手前、そんな事は言えはしない。まあリーダーも薄々解ってるんだろうけどさ。

 

 それにこれはあくまで俺の予想だが、神や英雄がほぼ100年単位で現れてると言うのが怪しい。特に八欲王とやらの天空城ってどっかのギルドの本拠地じゃないのか?

 つまり、プレイヤーの転移が100年ごとにあるか、ギルド単位での転移が100年ごとの可能性だ。時間がズレまくってるのはそういうものだと納得するしかない。原理? 知るか!

 ……結論を言うと、元々薄いギルメンが居る可能性が更にゼロに近付くんだよねー。流石にコレは口には出せんわな。

 

『それも中々難しいんですよねぇ……アルベドやデミウルゴスの舵取り、協力してくださいよ?』

『了解です。ま、気楽にいきましょう。ってかリーダー、デミウルゴスの仕事多くないっすか?』

『……他に任せられる人材が居ないんですよ。マキナさん、他に心当たり有ります?』

『全く。基本的に防衛用NPCは暗躍設定つけませんからね……せめて一般メイドにもう少し設定付けてりゃ補佐ぐらいは出来たんでしょうけど』

 

 あー、とリーダーが頭を抱えるのが解る。ホワイトブリムさんはメイドキャラ全員の外装を考えて力尽き、設定好きの面々は自分の好きな物に全力投球したのであの辺のキャラは割と設定ガバガバだったりするのだ。

 

『まあ物理的に守りを厚くする方向で負担を減らしましょう。人間の生活圏に溶け込めるキャラ、ホント居ませんよねぇ……』

『一番自然なのが恐怖公の眷属って時点でお察しですよ。それにアイツらは草原の警戒にも当ててますし、流石にこれ以上は減らせません』

『むぅ……まあ、いざとなったら物理的に守りを厚くして負担を減らしましょう』

『了解です。あ、機械系モンスターの材料は大量に溜め込んであるんで必要なら言って下さい。データクリスタルも大量に余ってますし』

 

 恐らく俺が出した機械系モンスターだけでナザリックに大打撃を与えられるぐらいは溜め込んでいる筈だ。伊達に年単位でロクに消費もせずにアイテム溜め込んでない。

 

『……いえ、使うのはやめておきましょう。ゴブリンやオーガがデータクリスタルを落とさなかった以上、可能な限り温存するべきです』

『了解です。となるとスキルでの召喚に留めとくか……そういや聞きました? 漆黒の剣の俺達への評価』

『いえ、聞いてませんね。何か話してましたか?』

『ええ。王国戦士長でもオーガに大穴あけるなんてできるかどうか解らない、もしかしたら戦士長以上の力があるんじゃないかーって』

 

 大雑把に考えて以前会ったガゼフはレベル30前後。ガトリングアームがレベル50の戦士職程度の力を出せる事を考えれば、確かに彼らの予想は外れていない。

 

『リーダーもゴブリン程度だから低位階の魔法を使っただけで、もっと高位階の魔法が使えるんじゃないかって予想してましたよ』

『見事に当たってますね……もう少し抑えるべきでしょうか?』

『いや、逆にドンドンアピールしていきましょうよ。アインズ・ウール・ゴウンが舐められる訳にはいかないでしょう?』

『……ええ、そうですね。その通りです』

 

 ……ホント煽り耐性低いなリーダー。この辺も気を付けないとな。

 

『軽く聞けた話だけでもプレイヤーの影はチラホラしてます。エアジャイアントの戦士長とかゴブリンの王様とか……まだまだ忙しくなりそうですね』

『ええ。アインズ・ウール・ゴウンをそれらに並ぶような伝説の冒険者にしないといけませんからね!』

『……そーですねー』

 

 

 日も昇って暫く歩き、ようやくカルネ村も見えてくる。ボブカットは相変わらずユリにモーションをかけて苦笑いでスルーされているが、もうちょっとレンジャーとして仕事したらどうだい。

 

「あれ? あんな頑丈そうな柵、前は無かったよなぁ……?」

「そうかぁ? 森の近くだしもっと頑丈なのでも良いと思うけど」

「ああ、この近くには森の賢王が居ますから。モンスターも居ないですし、賢王自身も森から出てきませんし……何かあったのかな」

「ああ、こないだ法国の特殊部隊とやらが来てたな」

 

 遠目に見えてきたカルネ村を見てンフィーレア君が首を傾げる。その疑問に俺が答えると、俺達以外の視線が一斉にこっちに集まった。

 

「え、ほ、法国!? 特殊部隊!? 何ですかそれ!?」

「ああ、何か王国戦士長を殺す餌にするとか言って帝国の騎士の格好してこの辺の村を焼いて回ってたそうだよ。実際戦士長も来たし」

「な―――じゃ、じゃあカルネ村も!?」

「うん、丁度襲われてる最中に俺達も転移罠にかかっちゃってね。流石に目の前で下衆い事されるのも気分悪いからぶっ殺しといた」

「ぶっこ……はぁ!?」

 

 脳の処理が追いつかないのか漆黒の剣の面々は白黒の目に改名した方が良い状態になっている。で、ンフィーレア君は何で馬を走らせるかね。大人しくしろよ護衛対象。

 

「おーいどうした少年そんなに急いで」

「なんで着いてこれ……いえ、これぐらいできますよね。お聞きしますが、村の人は皆助かったんですか?」

「結構な数が死んだみたいだよ。流石に正規軍っぽい格好してる連中相手にするのも怖いし、何人か手遅れだったわ」

「そんな……! エンリィィィィッ!」

 

 腰から上を一切動かさない歩法で馬車に並走する。そして俺の答えを聞いたンフィーレア君は更に馬を走らせた。あ、これ以上は不味いわ。

 

「はいストーップ」

「うわわわわわっ!?」

 

 流石に力任せにやると荷馬車がぶっ壊れそうなんで馬を腹の下から持ち上げ、馬車を体全体でブレーキをかけるように止める。

 そして丁度止まった所に追走していたシズが現れ、俺の正面に立って左手を展開した。その先にあるのは青々と茂った麦畑。

 

「あー……バレてやしたか」

「まあ、流石にね。君達も馬車がいきなり突っ込んでくるよりは良いだろ?」

「いや、そっちの方が対処は楽だったんですがね……参ったな、勝ち目がねぇ」

 

 無言のまま銃口を向けるシズに代わり、どうどうと馬を宥めながら麦畑から現れた小さい影に話し掛ける。

 現れたのはゴブリンだ。しかし、昨日のようなみすぼらしい姿のモノではなく、鍛えられた体とよく手入れされた装備をしている。

 俺の記憶が確かなら小鬼将軍の角笛で召喚されるタイプのゴブリンの筈だ。

 

「ご、ゴブリン……!? 何で畑に!?」

「まあ疑問はあるでしょうが、姐さんが来るまでちょっと待っていてもらえますか」

「姐さん……? 村が襲われてマキナさん達が助けたと聞いたぞ! まだ何かあったのか!?」

「ああ、それじゃあアンタが……成程、っと。丁度姐さんも来ましたね」

「いやンフィーレア君凄いね。よくこんな状態の馬車から振り落とされずに問答続けられるね?」

 

 ようやく落ち着いた馬を下ろすと、村の入口から一人の少女が現れた。えーっと誰だっけアレ。確か最初に助けた子だっけ? 名前覚えてないや。

 

「成程、ゴブリンと協力して柵を作ったのか……折角だし少し援助でもするかな?」

「あ、リーダー。遅かったね」

「あの程度の距離なら急ぐ必要もありませんしね……どうしましょう、嫉妬マスク出しますか?」

「いや、別にいいでしょ」

 

 のんびりと歩いてきたリーダーを尻目にンフィーレア君が少女と青春を始めやがった。あー、やっぱ嫉妬マスク欲しいかも。

 

 

『何とか言いくるめられましたね……』

『まあリーダーはともかく俺は顔丸出しですしね。当たり前っちゃ当たり前ですか』

 

 あの後俺達が以前村を助けた一行だと速攻でバレ、流れで歓待されそうになったので何とか口八丁で乗り切る事はできた。第一、数日前の事で蓄えもロクにできてない村の歓待などタカが知れている。

 因みに現在は薬草を探して森の中へ進んでいる真っ最中。毎度のように<伝言>で作戦会議である。

 

『それにンフィーレア君は学者と言うか研究者気質な所があるのも大体解りましたし、裏に誰か居るって線は薄いでしょう』

『可能性は0ではありませんが、まあ無いでしょうね。上手い具合に顔繋ぎができた、と前向きに捉えましょう』

『エ・ランテルじゃ有名人みたいですし、知名度アップに繋がれば万々歳って所ですか。ああ、可能なら今後の補給に向けての動きも入れたいですね』

『それは重要ですね。ポーションを餌に色々と頼む事も出来ると思いますし』

 

 ざくざくと草を踏み分けながらそんな話合いをしていると、まるで気分は越後屋と悪代官だ。お主も悪よのぅ、とか凄い似合いそう俺達。

 そんな中、そう言えばとリーダーが声を上げた。無論、<伝言>の中なので周りに声は聞こえていないが。

 

『マキナさん、錬金術師のクラス持ってましたよね? 薬草って使いましたっけ?』

『聞いた事無いですね……アプデで何かあった可能性もありますけど。それに俺、一応クラスレベル10取ってますけど基本的に金属と火薬加工にしか使いませんし』

『ふむ……後で司書長にでも聞いてみますか。それで今回の作戦についてなんですが、森の賢王を利用しようと思います』

『ほほう、まあ伝説を作るならそれぐらいのインパクトは欲しいですね。森に入るぐらいからアウラがついてきたのもその一環ですか?』

 

 流石にレンジャーでも低レベルのリリパットにはバレていないが、俺の頭パーツの探知性能なら本気で隠れていないアウラなら割と楽に見つけられる。

 他の面々にバレないように小さく手を振ると、アウラもまた手を振って来たのが何となく解った。他にも何体か連れてきているようだ。

 

『ええ、村に居る時に<伝言>で呼び出しました。心当たりもあるそうなので合図さえあればすぐにでも始められるそうです』

『流石リーダー。じゃあ漆黒の剣やンフィーレア君に一度姿を見せ、その後は俺達で適当にやる感じですか?』

『それが良いでしょう。防御系の魔法で彼らを守るようなアクションが取れれば最適ですね。あ、そうそう。アウラの仕事も順調だそうですよ』

『戦力拡充と避難所の建設でしたっけ。地味だけど大切な仕事ですし、何かご褒美やらないといけませんね』

 

 NPC達は見事な忠誠を示してくれるが、俺達のようなゲーマー一般人がそれに確実に応えられているかは正直解らない。

 ならばそれを目に見える形で何とかするのが一番だろう。やはりプレゼント作戦は偉大である。

 

『あー、そうですねぇ……何が良いでしょうか』

『まあそれは追々考えますか。作戦の開始タイミングはリーダーに任せます』

『ええ、それじゃあ長々と待つのも嫌ですし始めますね』

 

 プツリとリーダーとの繋がった感覚が切れ、森の奥の方が騒がしくなる。誘っていると言うよりは追い立てている感じだろうか。

 程なくしてカレクックもそれに気付き、即座に撤退の指示が出る。まあ普通に考えればそうか。失敗したかなコリャ。

 

「……ま、いいか。シズ、ユリ。彼らについて下がれ。俺達が相手をする」

「彼らに死なれると面倒だからな。まあ適当に守ってやれ」

「はっ、畏まりました」

「……お気を付け下さいませ」

 

 2人は揃って頭を下げて踵を返す。俺達が残ったのは万が一プレアデスよりも強かった場合を考えてだ。特にあの二人はレベル的には弱いしね。

 

「お、来ましたね―――っと?」

「ほう? 20メートル以上伸びる……何だ、尻尾? 随分と堅いみたいですね」

「ええ。中々面白い相手みたいです……ん?」

「ふむ、それがしの初撃を弾くでござるか。更にその余裕、かなりの強者とお見受けするでござるよ」

 

 ガサリと大木の影が鳴る。いや、隠れてるつもりみたいだけどモロバレだからな? それにこれは……うん、まあ面白いっちゃ面白いか。

 

「それがしの縄張りへの侵入者よ、お互い本気になれば深手を負うは必須。無益な争いは避けたいでござる。立ち去るなら追わぬでござるよ?」

「こういうタイプのモンスターは初めてだなぁ……ああ、隠れてないで出ておいで。俺達に目を付けられた不幸を呪うと良い」

「ほう、言うではござらぬか! 吐いた唾は呑めぬでござるよ!」

 

 風を切るように現れたのは見事な白銀の体毛。身体と比較すると恐ろしく長く堅い尻尾が揺れ、短いながらも力強さを感じる四肢が大地を踏みしめた。

 しかし饅頭を軽く上から押し潰したようなフォルムと、くりくりとした黒目の大きい瞳。更に口から伸びる立派な前歯。

 

「……あー、んん? ……一つ聞きたい、お前の種族名は何だ?」

「それがしに名はなく、森の賢王とだけ呼ばれているでござる。ああ、南の魔獣とも言われた事があるが、生憎と同種については知らぬでござる」

「……そうか。ジャンガリアンハムスター、ではないのか?」

 

 ―――実に可愛らしい巨大ハムスターが俺達の目の前に立っていた。

 

「ほう、お主達はそれがしの種族を知っているのでござるか?」

「いや、精々掌サイズの奴だな。似てるだけで別種だろ」

「むぅ……流石にそれほどの差があると繁殖もできぬでござるなぁ。まあ、貴重な情報に感謝するでござるよ。

 しかしそれとそれがしの縄張りへの侵入は別問題。出て行かぬのならその命、貰い受けるでござるよ!」

 

 ふしゃー、と毛を逆立てて威嚇してくるハムスター。頭を下げて尻尾を自由に動かせるようにしている辺り、中々理にかなったポーズだろう。

 

「んで、リーダーどうする? やっちゃう?」

「いや……流石にコレを突き出しても酷い絵面になるだけです。それなら捕まえる方向でいきましょう」

「了解。あ、じゃあ適当に遊んでいいかな」

「ええ、お任せします。正直やる気が失せました……」

 

 がっくりと肩を落とすリーダー。まあ、俺としてはオーガ程度では消化不良だったので丁度いい。最低限楽しめるぐらい強いと良いんだけど。

 

「フン、2人で来ないでござるか? それを後悔するでござる!」

「ほい、っと」

 

 溜めた力を一気に開放し、突っ込んできたハムスターを右手一本で受け止める。魔獣型のモンスターと考えればレベル30相当って所か? 大した事無いな。

 受け止められたのに驚いたのか、ハムスターは慌てて距離を取る。

 

「む!? ならばこれで! <全種族魅了>!」

「悪いな、機械系キャラに精神作用は基本無意味だ。ホラ、もっと手札を見せてみな?」

「……あんまり調子に乗ってると足元掬われますよー」

 

 ハムスターの全身にある模様の一つが光を放ち、魔法を使ってきたのが解る。同様の模様が全身に有る事から、全部で8つ程度の魔法が使えるようだ。この辺はユグドラシルと同じだな。

 そして後ろからやる気の無いリーダーの呟きが聞こえるが、そこはリーダーにお任せする領分だ。基本楽天家の俺に期待する部分ではない。

 

「言ったでござるな! <盲目化>!」

「あ、言い忘れてたけど上位魔法吸収Ⅲ持ってるから低レベルだと魔法は効かないぞ?」

「良いですよね、回復も同時にできるって」

 

 遂にその辺の石に腰を下ろしたリーダーはさておき、コイツは中々悪くない相手だ。防御力もオーガよりは高いだろう。

 

「そら、次はこっちの番だ!」

「むぐっ!? 魔法でござるか!?」

 

 腕試しに左手から魔力弾を放つと、中々の痛みはあるようだが決定的な一打にはならない程度のようだ。うんうん、良いぞ良いぞ?

 

「その立ち振る舞いから拳を使う戦士と思ったでござるが、それがしの勘違いでござったか」

「いや? ある意味当たりだ。両方使えるんだよ―――魔法じゃないけどな!」

「ッ!?」

 

 ガションと右腕のガトリングガンを展開し、ハムスター目掛けてトリガーを引く。野生の勘で危険を察知したのか、ハムスターは尻尾を振るう事で銃弾を弾いた。

 ……まあ、回転式機関銃のフル回転に勝てる訳無いんだけどな。数発弾く事には成功したが、残り数千発がほぼ全てクリーンヒットしたようだ。

 籠めていた魔力が極僅かだった事と、ガンナーのスキルである<ゴム弾>を使った事によってハムスターは何とか生きているようだ。

 

「さて、と……まだやるかい?」

「こ、降伏でござる……死ぬ……」

「ありゃ、スリップダメージで死ぬか? ……よし、服従を誓うなら傷を癒してやろう。どうする?」

「ち、誓うでござ―――たすけ、て」

 

 あ、やばいマジで死にそう。

 

 



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5 伝説の冒険者

 

「強大さを感じる魔獣、ねぇ……?」

「やはり異世界なんでしょうね。人間の顔はともかく、他の部分に関しては感性が違うんでしょう」

 

 カルネ村で一泊し、のんびりと歩いてエ・ランテルに戻ると辺りは暗くなり始める時間になっていた。その道中、俺とリーダーは新たに仲間になった森の賢王―――ハムスケを横目に眺める。

 ポーションをぶっかけて怪我を治し、呆れられるかと思いつつ皆の前に森の賢王を連れてくれば何故か大絶賛されるという謎の事態に。その後リーダーが適当に名前を付けたその魔獣はと言うと、

 

「………。」

「あ、あのー、主殿? 御館様? シズ殿が退いてくれないのでござるが……」

「別に何か支障がある訳じゃないだろ? なら乗せっ放しにしといてくれ」

 

 大の字になって背中にへばりつくシズに困り果てていた。まあ、シズは執事助手のエクレアとか可愛いの好きだからね……俺もこういうモフモフは好きなのでこの辺は俺に似たって事なんだろうか。設定した記憶無いし。

 因みにハムスケは俺に服従したという事で俺を主殿、更に俺が仰いでいるのでリーダーを御館様と呼んでいた。どこまでも侍チックな鼠である。

 

「全くこの子は……シズ、人目も増えてきましたしそろそろ降りなさい。御二方の従者として恥ずかしいですよ」

「えー、こうやってるの可愛くない?」

「た、確かにそれは否定しませんが……マキナ様、出過ぎた事を言うようですがシズを甘やかし過ぎでは? どのような場合であろうと、シズはマキナ様に仕える身なのですから―――」

「あ、あー、それもそうだな。シズ、そろそろ降りな」

「はい」

 

 お説教モードに入り始めたユリの言葉を遮ってシズに話し掛ける。空気を読んでくれたのかシズは即座に飛び降り、俺の後ろについてくれた。

 流石にそうなるとユリは何も言えないのか口を噤む。残ったリーダーはと言えば、ギルド内でのやり取りを思い出していたのか何やら暖かいオーラを漂わせていた。

 まあ、何はともあれ無事にエ・ランテルまで着き、漆黒の剣とンフィーレア君は荷物を下ろしに、俺達はハムスケを組合に登録をしに別れる。

 

「それにしても、ンフィーレア君が『鍛えて下さい』って言い出した時はビックリしたね」

「ええ。てっきり村を気にかけてくれとか言ってくると思ったんですが……あれが若さですかねぇ」

「甘酸っぱい青春かもよ。俺の事信仰してくれるなら頑張って信仰系魔法使えるようにしてあげるんだけどなー」

 

 何とか言いくるめて村に関しては安心しろと言ったが、まさかリーダーが『アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて』と言うとは思わなかった。気に入ったのかね。

 まあ、彼の事を抜きにしても俺達に好意的なら可能な限り保護してやろう。弱き者には慈悲を、強き者には敬意をが俺のモットーだからね。

 俺達と言う上位者に対して勇気を振り絞ったンフィーレア君は間違いなく心が強い。故に敬意を、そして腕っぷしの弱い彼には慈悲を与えなければ。神として。

 

「……そう言えばマキナさん、一応神様ですからね。信仰すれば信仰系魔法や神託系スキルも使えるようになるんでしょうか?」

「それならナザリックは信仰系魔法詠唱者のすくつになってますよ」

「すくつ? 巣窟じゃないんですか?」

「すくつ」

 

 アホな事を言いながら冒険者組合へ向かい、ハムスケの登録も姿を記録する魔法を使って貰ってさっさと済ませる。

 リーダーは資金を温存しておきたかったようだが、未知の魔法にも興味があったのか少し唆したらすぐ転がった。

 まあ、最悪の場合は硬貨のコピーぐらい簡単にできるしね。金属比も完璧に模倣できるので決して偽造通貨ではない。ナザリック産の通貨というだけだ。

 

「……のぉ、おぬしら。もしやわしの孫と共に薬草を採取に行った者じゃないか?」

 

 と、冒険者ギルドを出ようとした時に老婆に話し掛けられた。一応警戒しておくが、見る限りは大した戦闘力も無いな。ただパっと見だとゴブリンに見えるので意外と機敏かもしれないが。

 

「……どちら様で?」

「リィジー・バレアレ。ンフィーレアの祖母じゃよ」

「ああ、確かお祖母さんが師匠と言ってましたね。確かに我々が彼の護衛を行いましたチームでアインズ・ウール・ゴウンと言います」

 

 リーダーが代表して話を進めると、やっぱりハムスケが伝説だの何だのと言われる。何か腑に落ちないんだよなぁ……。

 そして折角だと言う事でリィジーさんと一緒にバレアレ薬品店へ向かう事に。まあ、高名な薬師だと言うし彼女とも仲良くなって置いて損は無いか。

 そして一緒に薬品店へ来たのだが。

 

「―――ほぅ?」

 

 俺は一言呟き、鍵を開けようとしたリィジーさんよりも早くドアを殴り壊す。その物音に店の奥に居た何者かが反応し、出て行くのも解った。

 俺は足早に店内を歩き、奥の通路の先にある扉を開ける。スキルによってこの先が裏口にも繋がっている倉庫だというのは解っていた。

 そして、この状況も。

 

「フン」

 

 俺は足元に倒れたペテル君とルクルット君、少し離れたダインさんの頭に魔力弾を叩き込む。その結果を確認しないまま、右手をアイテムボックスに突っ込んだ。

 

「運が良かったな、即死じゃない」

 

 取り出したポーションをつい先程まで何者かがいたぶっていたニニャにぶっかける。シュウシュウと音と煙を立て、潰れた目も裂けた皮膚も全て綺麗に治癒していった。

 ……流石に流れた血まではどうしようもないか。

 

「こ、これは……!? それにそのポーションは!?」

「リーダー、ちゃんと始末できてる?」

「ええ、問題ありません。それにしてもこれは……」

「さっきドアを壊した音に気付いて逃げた奴が居る。なら、あとはこの場に居る筈の人間が鍵だね」

「ンフィーレア!」

 

 凄惨な場面よりもポーションを優先するほどの薬師でも孫の方が大切なのか、慌ててリィジーさんは店の中を確認しに駆け出した。

 心配なのは解るが、うるさくして考えがまとまらないようなら最初から居ない方がマシだ。今の内に作戦会議といこう。

 

「荷物も漁られた様子は無し。なら最初から狙いはンフィーレア君……タレント狙いかな?」

「でしょうね。何か手掛かりは……いや、影の悪魔に追わせた方が早いですかね。確か一匹付いていたな?」

『はっ。本拠地へ到着し次第戻って来ると思われます』

 

 リーダーが自身の影へ話し掛けると低い声が返って来た。万が一を考えて俺とリーダーは2匹ずつ、ユリとシズにも1匹ずつシャドウデーモンを影に忍ばせているのだ。

 その内の1匹は漆黒の剣やンフィーレア君から情報を得るために忍ばせていたのだが、思わぬ所で役に立ったようだ。

 ついでに言えばエ・ランテルに常駐させているシャドウデーモンは他に5匹、その補助に恐怖公の眷属を若干名送り込んである。流石に使い過ぎだろうか。

 

「プレイヤーに見つかったらどうなるかと思いましたが……意外な所で役に立ちましたね」

「まあ、いざとなったら別口だって言い張るだけです。それに戦闘は厳禁って言ってありますし、それで駄目なら諦めて戦いましょう」

「……もう少し慎重に行動した方が良いと思いますけど。あぁ、リィジーさん。ンフィーレア君は?」

 

 リィジーさんが部屋に入って来た事で話し合いが強制的に中断される。リーダーの問いかけに対しては無言の否定。

 まあそうだろうな、スキルには影も形も反応なし。この店が俺の感知圏内に入る前にさっさと逃げ出していたんだろう。

 

「あ、あんたらは森の賢王を従える程の冒険者じゃろ? それならンフィーレアを助けられんか!?」

「まあ、可能不可能なら可能です。けど、相応の対価は貰いますよ?」

「……幾らじゃ? それなりに貯えはある、多少なら支払える筈だぞ?」

「まあ、それは救出後に。ただ、今後こういう事がまた起こらないとも限りません。それを踏まえて色々と……ね?」

 

 ニッコリと笑うと何故かリィジーさんは一歩後退する。おやおやどうしたんですか、そんな怖い物を見たような顔をして。

 

「シズ、ニニャさんをベッドにでも寝かせて万が一の襲撃に備えろ。ユリはリィジーさんに同行しろ」

「はっ」

「畏まりました」

 

 一方、リーダーはシャドウデーモンから報告を受け取ったのかシズ達に指示を出していた。それも終わったのかアイコンタクトを飛ばしてくる。

 ―――うん、じゃあ行こうか。

 

 

「おーおーおー、また大量に居るねぇこりゃ」

「低級とはいえこれだけの数のアンデッド、どうやって操作しているのか……いや、完全に掌握している訳では無いのか?」

 

 リィジーさんに墓地に大量のアンデッドが居るから可能な限り人を集めてほしいと伝え、俺達は近くの建物の屋根から高みの見物だ。

 ハムスケ? うるさくしそうだから置いて来ました。リーダーによるとユリがリィジーさんとタンデムして移動に使ってるらしい。良く乗れたなあのボディに。

 

「それにしてもマキナさん、何故ニニャさんにポーションを?」

「あー、いや実は殆ど反射的だったんですけど……まずかったですかね?」

 

 「弱者に慈悲を」の精神に縛られているのか、気が付いたらポーションをぶっかけていたのが真相だ。情報源の確保という理由もなくはないが、怒られてもしょうがないな。

 

「リィジーさんにポーションを見られましたが、まあ今後の展開次第でそこは問題なくなります。その辺りは後で検討しましょう。

 それとニニャさんを助けた事自体はむしろ正解でしょう。同業者のピンチを助けたとあれば、一部の例外を除いて評判が良くなりますからね」

「そりゃ良かった……それでリーダー、どのタイミングで行く?」

 

 話題を変えた俺の視線の先にはアンデッドの山との戦闘を始めた兵士達が居た。ありゃそう遠くない内に決壊するだろうな。

 

「まあ、ひとまず様子見ですかね。解りやすい驚異が出てきた所でそれを打破するのが視覚的に一番インパクトがあるかと」

「流石リーダー、考えがあくどいぜ」

「マキナさんこそノリノリで見物してる癖に……ンフィーレア君はもう暫くは問題なさそうですね。恰好はともかく」

 

 どれどれとリーダーの<千里眼>を<水晶の画面>に映して貰うと、そこには男としてちょっとアレな姿のンフィーレア君が居た。

 逃走防止のためか目を切られているが、それよりも大事な尊厳とかそういった物の方がヤバい格好である。

 

「……助けてあげない?」

「いや、まあ、その……もう少しだけ待ちましょう。あ、集合する死体の巨人ですね。よし、じゃあ行きましょうか!」

「お、おー!」

 

 良い口実を見つけたとばかりに俺達は屋根から飛び降り、ついでにネクロスォームジャイアントに一発撃ちこむ。

 巨大な骨の塊が倒れる音と地響きの中、俺達は何事も無かったかのように兵士達の前に降り立った。

 

「何か危なそうなんで助けに来ましたよ、イェイ!」

「……まあ、そういう事です。門を開けて貰っても?」

「―――ハッ!? 何言ってるんだ! アンデッドの大軍が雪崩れ込んでくるぞ!」

 

 可能な限りフレンドリーに接しようと思ったが失敗した模様。爽やかなスマイルと共にお送りしたのにまさかリーダーにまでスルーされるとは。酷くね?

 

「あーそーですか。じゃあいいよ勝手に行くから」

「ですね。では御機嫌よう」

 

 トンと軽くジャンプして壁を飛び越え、俺達はアンデッドの海とも言える空間に降り立つ。が、アンデッドは俺達に即座に攻撃してこない。

 そりゃ骨と機械だし生命反応ないもんな。しかし俺達は見逃すつもりはないのである。

 

「ダァーダダダダダダダダダァー!」

「数だけは多いな……<魔法三重化火球>、<魔法三重化火球>、<魔法三重化火球>!」

 

 ガトリングアームもアームオブストライクガンナーも両方フルで使い、手当たり次第にアンデッドの山を蹴散らしていく。

 そんな俺と背中合わせになるようにリーダーが何度も同じ魔法で吹き飛ばす。数秒もすれば感知範囲内で動いているのは俺とリーダーだけになってしまった。

 

「また面倒な事してるねぇ……リーダー、反応は?」

「監視対策は必須ですよ。さあ、さっさと片付けましょうか」

 

 俺のスキルだとアンデッドが生きてるかどうか――いや死んでるんだけど――解らないのでリーダーに聞く。アンデッド絡みならリーダーに任せれば大体正しいのだ。

 それからリーダーは何か思いついたのか、死霊と骨の禿鷲を召喚して侵入者を追い返すように命じていた。ああ、誰が召喚したかなんて解んないもんね。

 

「俺もなるべく機械っての隠さないとなー……めんどくせぇ」

「それぐらいは我慢してくださいよ……行きましょうか」

 

 効率重視の為に左手の魔力弾をショットガン形式に変えたり、遂にリーダーが魔法使うの飽きたのか殴ってスケルトン殺したりと色々あったが無事に霊廟に到達する。

 そこには赤い三角頭巾を被って「我ら、ビッグファイアの為に!」―――と言っている連中が居る訳でも無く、ごく普通の邪教集団の集まりであった。あとハゲ。

 

「ばんわんこー」

「……お主ら、一体何者だ。どうやってあのアンデッドの群れを突破してきた?」

「殴るなり魔法なりで。っつーか無視とか酷くね」

「ただの冒険者だよ。それで少年を探してくれと依頼を受けたんだが、大人しく渡してくれるかな?」

 

 もうリーダーも突っ込む気はないのかしれっと会話を続ける。しょうがない、真面目にやるか。

 

「―――お主達の名は?」

「俺がマキナ、こっちがモモン。で、霊廟の中に居るお姉さんも出てきて一緒にお喋りしない? ああ、おしゃぶりでも良いよ。でっかいのあげる」

「へぇー? どんなご立派なの持ってるか興味あるねー。で、君達何者? あ、私はクレマンティーヌ。よろしくね」

「耳にそのスティレットでもブッ刺したのかい? そういうプレイがお好みならこっちもそれに応えるけど」

 

 カチャリと鎧を鳴らして女が出てくる。この世界では珍しいぐらい露出の高い鎧を着た、ニヤケ笑いの似合う女だ。漆黒の剣を殺した下手人はコイツだろう。

 

「……それにしても、どうやってここが解ったの? あの時薬屋に来たの、君達でしょ? 尾行の気配なんて無かったわよ?」

「手段はまあ、色々あったけど……正解を言うと尾行だよ。一番手っ取り早かったし」

「ふーん……ねーお兄さん、向こうで遊ばない?」

「ほぅ、大人の遊びかな? じゃあリーダー、ハゲの相手任せた」

 

 どうやらこの女はハゲよりは諧謔が解るらしい。それとも最初からこちらを信用していないのか。まあどっちでもいいや。

 2人して霊廟を離れると、やがて女が振り向いた。笑みを張りつかせようとしているが、それ以上に感情の動きがそれを阻害しているようだった。

 

「……まー私もさ、戦士としては自信あるよ? でもレンジャーやアサシンみたいな尾行とかはあんまり自信無い」

「だろうね。気付かなかったんだろ?」

「―――でもさぁ、流石にそこまで言われると腹立つんだよねぇ。そのまんま暗殺しようとしなかった事、後悔させてやるよ!」

 

 さいですか。

 

 

 マキナとクレマンティーヌが去った霊廟前では、モモンとハゲもといカジット率いる一団が睨み合いを続けていた。

 否、そう感じているのはカジット達だけであったが。

 

「マキナさんももう少し慎重に動いてくれないかなぁ……ああ、所で聞きたいんだが、これだけの数のアンデッドを召喚した方法は何だ? <死者の軍勢>のようだが、何かしらのアイテムでも使っているのか?」

「フン、流石に魔法詠唱者なら解るか。如何にも、これぞ至高のアーティファクト! 負のエネルギーを蓄える死の宝珠の力よ!」

 

 やはりか、という呟きをモモンが零す。その余裕たっぷりの態度も今の内だ、とカジットは笑みを堪えるので精一杯だった。

 カジットの手札は彼の知る限り最強の対魔法詠唱者用戦力。目の前の覆面男がここまで来た手段や仲間の有無は気になったが、彼の目的からすれば大した事はない。

 

「死の宝珠、という名前からしてアンデッドに関する魔法の補助や効果の拡大が可能なアイテムか? 負のエネルギーが蓄えられるなら万が一の時の回復にも……」

「何をゴチャゴチャ言っている! 折角だ、絶望を味わいながら死なせてやろう!」

 

 カジットが指令を下すと、空から巨大な影が降って来る。そのシルエットは竜。無数の人骨で造られたスケリトルドラゴンと呼ばれるモンスターである。

 

「ああ、このタイミングで出すのか? まあ演出としては悪くないか……こういうのはマキナさんの方が得意なんだよな。冒険者として名声を得るならそういった事も色々と勉強しないと……」

「フン、このスケリトルドラゴンを前にしてその態度とは、貴様にとって恐ろしい特性を持っている事を知らんようだな!

 ならば教えてやろう! このモンスターは魔法に絶対の耐性を持っているのだ! 解るか? 魔法詠唱者である貴様に勝ち目はないのだ!」

「……何だって?」

 

 考えを纏めるようにブツブツと呟いていたモモンだったが、カジットの言葉に反応する。その声色にはどうしようもない呆れが混ざっていた。

 

「ああ、絶望のあまり現実を認識できなかったか? ならもう一度言ってやる。魔法に対する絶対の耐性を持っているのだ、このスケリトルドラゴンはな!」

「いやまあ、耐性の事なら知ってるが……情報が伝わってないのか? まあwikiもない環境じゃなぁ……」

「……やれ! スケリトルドラゴン! ヤツを踏み潰せ!」

 

 カジットの指示に従い、スケリトルドラゴンは骨の体を軋ませる。振り上げた腕はモモン目掛けて唸り、

 

「邪魔だ」

 

 いとも容易く振り払われた。

 

「なっ!? ば、馬鹿な!」

「この程度で驚くなよ。体格に見合ったパワーはあるがレベルは16程度のモンスターだぞ? 多少強化はされているようだが、驚くような事でも無い」

「―――そ、そうか! 貴様、そんな格好をしておいて戦士だな! それもミスリル……いやオリハルコンクラスの冒険者か!」

「いや、ご覧の通りの銅クラス。見ての通りの魔法詠唱者だ。まあ、冒険者になって五日も経ってないがな」

 

 軽く肩を竦めるモモンに対し、カジットは混乱していた。相対している敵の言葉を信じる訳では無いが、仮にそうだとしたらという思考は止まらない。

 しかし、彼の中に根付いた常識がそれらを全て遮断した。そして同時に全力を出す必要があるとも結論付ける。

 

「お前達、スケリトルドラゴンの回復と強化だ! 早くしろ!」

「は、はい! <負の光線>!」

「<鎧強化>!」

「<下級筋力増大>!」

「そして見よ! 死の宝珠の力を!」

 

 カジットは自分の弟子達にスケリトルドラゴンへの補助を任せ、自身は死の宝珠を使って2体目のスケリトルドラゴンを召喚する。

 自分の中の冷静な部分は何を馬鹿な事をと後悔しているが、彼は自分自身でも解らない恐れを目の前の冒険者に感じていた。

 

「ほう! 流石にエネルギーは空になったようだが2体目を召喚できるのか! ―――なら、そろそろ戦闘開始と行こうか。<飛行>」

 

 モモンは召喚されるなり襲い掛かって来たスケリトルドラゴンを躱し、カジット達を見下ろすように空中で停止した。

 

「成程、確かに一端の魔法詠唱者のようだ。ここに来れたのも頷ける―――が、魔法詠唱者である以上、魔法に絶対の耐性を持つスケリトルドラゴンに勝てはしない! それも2体もいるのだからな!」

「……ああ、戦闘は間違いだな。教育開始だ。まず一つ、スケリトルドラゴンの魔法耐性は第六位階までだ。つまり、」

 

 <破裂>とモモンが詠唱を行う。その瞬間、後から現れたスケリトルドラゴンは手足の先の僅かな部分を除いて爆発四散した。サヨナラ!

 

「第七位階以上の魔法で攻撃すれば何も問題は無い訳だな。因みに今のは第八位階の<破裂>という魔法だ」

「……は?」

 

 カジットの脳内にあった言葉は1つ。「信じられない」である。あまりの衝撃に脳が言葉を理解するのを拒んだのだ。

 その茫然自失っぷりは凄まじく、猛スピードで飛んできた骨の欠片が彼や弟子に突き刺さっているにも関わらず、その事にすら気が付いていない。

 

「それだけじゃないぞ? 強化によって位階を上げれば下位魔法でも突破は可能だ。<魔法位階上昇化・火球>」

 

 ぽい、と放られた火球をカジットは呆然と眺める。そして脳がようやく体の痛みを認知して表情を歪めた瞬間、彼の全ては炎に包まれた。

 位階の上がったモモンの火球はスケリトルドラゴンに当たったにもかかわらず、カジットや弟子を全員飲み込んでしまう威力を持っていたのだった。

 

「……しまった、やり過ぎたな。<魔法の矢>で充分だったか」

 

 いっけね、と誰が見ている訳でも無いのにおどけるモモンであった。

 

 

「……何なの? アンタ」

 

 幾度目かの攻防を終え、女―――クレマンティーヌが話し掛けてくる。その表情に余裕は一切なく、見えるのは苛立ちと疑問だけであった。

 

「何、と言われてもな。ご覧の通りの銅級冒険者だけど?」

「ふっざけんなよテメェ! 確かに技量自体は私には及ばねぇが、それでも銅だと? 何だ、組合の連中は全員目玉腐ってんのか?」

「おや、それは褒められたって事で良いのか? まあ種明かしをすれば冒険者になったのは……四日前? まあ一週間経ってないんだよ」

「あぁ!? チッ……どこぞの道場で修行でもしてたってのか?」

 

 クレマンティーヌは苛立ちのままにスティレットを振るう。それもそうだろう。明らかに格下の技量しか持ってない筈の俺に一発も有効打が決められないのだから。

 

「ご想像にお任せするよ。で、どう? 圧倒的な反応速度で暴力的に捻じ伏せられる感覚は。スピードが自慢みたいだけど、それを上回る存在を目にした感想は? 股座がビショビショにならないか?」

「黙れよ変態。確かにテメェは早い、だがそれだけだ。現に武技の一つも使っていない私に攻撃は出来ていない」

「まあね。下手に攻撃したらこっちは一撃貰っちゃいそうだし、いやー困った困った」

「ふざけやがって……!」

 

 ギリ、とクレマンティーヌは歯を噛み締める。人をおちょくるような言動が得意みたいだからそれに合わせただけだが、一体何がそんなに苛立つというのか。

 

「―――まあ良い。次で終わらせてやる」

「ほう? 良いだろう、胸を貸してあげようか。ああ、借りるまでも無く立派な物を持ってたな。これは失礼」

「チッ!」

 

 四肢を地につけ、頭を限界まで下げた格好でクレマンティーヌが舌打ちをする。全く、何をそんなに怯えてるんだか。

 そして再び突っ込んできたのに対し、俺は腕を振るう。今までの軽い交錯とは違い、間違いなくカウンターになる一撃だったが宣言通りに今までとは違うのだろう。

 

 何せ、俺の一撃を受ければひとたまりも無いであろうスティレットで攻撃を完璧に受け止めたからだ。

 クレマンティーヌは引き攣った笑みを浮かべ、俺の左肩と胸の中間辺りにスティレットを突き立てる。

 しかし、それは不発に終わった。慌ててバックステップでクレマンティーヌが距離を取る。

 

「……何、だと?」

「ハッハッハ、革鎧にも見えない服にご自慢のイチモツが通用しないのがそんなに驚きかい? 中々良い顔してるぜ?」

「ざっけんな! ……そうか、限界まで刺突耐性をプラスして、それにその堅い感触。下に大分着こんでやがるな?」

「口調が大分崩れてるねぇ……まあ想像はご自由に。それと俺の攻撃を防いだのは武技だね? 衝撃もノックバックも無効化とは、中々恐れ入るな」

 

 武技も使った一撃が通用せず、どんどん口調が乱れるクレマンティーヌ。着込むどころか素肌みたいなもんなんだけどねぇ。いや、着てるっちゃ着てるか。

 などと考えている間に再び突っ込んでくる。さあ次は何を、と思うと急に意識が加速する。身体の動きが緩慢になる中、クレマンティーヌの動きだけが以前と変わらず、

 

「あ、俺もできるよそれ」

 

 左手首に浮かんだコンソール型時計に「complete」の一言と共にデジタル式の数字が表れ、俺はその下のボタンを押す。

 

「ッ!?」

「start up―――いくぜ?」

 

 加速率はこっちの方が上なのか、逆にクレマンティーヌの動きが緩慢になる。そこでまず軽くチョップを入れて防御用らしき武技を解除。

 スティレットで突いてきた手首を掴み、軽く捻って体の上下を反転させてやる。その体勢からこっちの顔を狙って来るが、腕を掴みっぱなしなので一度持ち上げて下げると後ろ手に拘束する形になった。

 そこでようやく手を離し、背中に足を押し付けて力いっぱい蹴っ飛ばしてやる。あまり離れないように近くの木目掛けて蹴ったので正面から激突したようだ。

 

「3,2,1……time out」

「ガハァッ―――!?」

 

 スキル<アクセル>。時間系攻撃対策としちゃ下の下の性能だが、他の時間対策と併用する事が可能なのが強みだ。

 別にわざわざカウントや掛け声を入れる必要はないのだが、ここは入れないと駄目だろう。できれば銀色に光ったり胸パーツを解放したりしたいのだが、今の装備では出来ない仕様だ。あ、手首のスナップも忘れちゃいけないね。

 

「おや、前歯が折れたか? ハッハッハ、こりゃ失礼。ああ、でもその方が君の性根によく似合ってるよ」

「ふ、ざけやがってぇ……!」

 

 前歯が折れ、鼻血を噴き出すクレマンティーヌは激昂しているように見えるがそうじゃないな。必死に考えを巡らせている。

 スピードを活かしたスティレットによる刺突が武器だが、素の状態でも武技を使ってもこちらの方がスピードは上。膂力も体力もだ。

 つまり現状では逃走は不可能、しかし闘争も利口とは言えない。さあ、どうする? 自分の手札で何ができる? と脳内大回転だ。

 

 ―――まあ、結局は突っ込んでくるのだが。そのスピードは先程よりも更に早い。能力向上の武技でも使ってるのかな?

 

「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇぇっ!」

 

 向上した能力をフルに使った、もしかしたら彼女自身の限界を超越した一撃だったかもしれない。それが俺の目を一直線に狙う。

 その衝撃を受けて仰け反った俺にもう一撃。スティレットには何らかの魔法が付与されていたのか、俺の体に電流が走り抜けた。これは<電撃>かな?

 更にもう一本スティレットがもう片目に刺さり、俺の顔を焼く。ふむ、これは<火球>か。

 で、これで終わりだな?

 

「任意に込めた魔法を出せる武器か……面白いな。銃弾に魔法を籠める事も出来るけど、薬莢も屑鉄になる使い捨てだ。しかしこのスティレットはまだ使える……欲しいな、この技術」

「ば―――か、な……」

 

 必殺の確信を得た一撃がノーダメージだった事に気が付き、遂に心が折れたのかクレマンティーヌは腰砕けに座り込む。

 

「ああ、悪いね。俺は上位装備攻撃無効化Ⅴ―――遺産級相当以下のアイテム・装備による攻撃を無効化する能力があるんだ。この程度の武器じゃ傷はつかないよ」

 

 とは言え素手での攻撃や魔法には意味が無いスキルだが。ついでに言うと上位魔法吸収Ⅲ――レベル60以下のキャラによる魔法攻撃を吸収して体力を回復する能力――や付与効果無効化――武器や魔法による直接的なダメージ以外の効果(酸の武器腐食や火の火傷、重力の行動阻害等)を無効化する――能力を持ってるからね。今回の攻防じゃどうあがいても一切ダメージは受けないんだよ。

 ……それでも穴はまだあるけどね。水によるダメージは倍化してるし、雷と酸に対しては更に弱い。付与効果無効化は俺がダメージを喰らわないと無効化できないし……今回はスティレットに魔法を籠めた奴のレベルが低かったから何とかなっただけだ。ユグドラシル時代、特にPVPじゃ死にスキルだったからなー。

 

「因みに本来このスキルは鎧なんかの装備用で生身には適用されないんだが―――ほら」

「ひぃっ!?」

 

 ガション、と顔面を含めたパーツの幾つかを展開して見せる。その中にあるのは歯車、発条、鋼糸……その他諸々の機械部品だ。

 チクタクカリカリと動くそれは俺が笑うのに合わせ、ガシャガシャと鳴る。金属が奏でる不協和音を聞いたクレマンティーヌは怯えの色を強くした。

 

「ご覧の通り、生身じゃないんでね。良く出来てるだろ、この顔? 自信作なんだ」

「何だよ……何なんだよてめぇはぁっ!?」

「―――神だよ。機械のね」

 

 シャコンと軽い音を立てて背中からサブアームが現れ、クレマンティーヌに<人形化>をかける。抵抗も無効化もできないクレマンティーヌはビクリと体を痙攣させた。色々聞いたら後は詰所に突き出してしまおう。

 そういやこのアームの名前なんだっけ? サブアーム16号とかだっけ? 流石にそれだとちょっとな……「人形の人形による人形の為の人形劇」とかどうだろうか?

 

 



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6 機天の支配者

超位魔法の取得条件ってどうなってんでしょう? 戦士職だと取れないイメージがあります。うわぁ。


 

『それでリーダー、詳細は?』

 

 墓地でのゴタゴタを終え、無事にミスリル級冒険者となった余韻もそこそこに俺はボロ宿の一室でリーダーと連絡を取っていた。

 叡者の額冠は勿体なかったがンフィーレア君救出と天秤にかけて破壊し、俺はスティレットを、リーダーは死の宝珠とやらを回収できたのでまあ収支としてはプラスか。

 

 そしてバレアレ家と可能ならニニャ君にもカルネ村に行ってもらうかと話し合っていた所で<伝言>である。

 それによると『シャルティアが反旗を翻した』との事。万が一を考えて俺とシズは宿に残り、リーダーはユリを連れてナザリックへと戻った次第だ。

 

『……マスターソースを確認した所、精神支配等による一時的な敵対状態になっていると思われます』

『ハァ!? アンデッドを精神支配―――超位魔法、いやまさか!?』

『ええ。純粋な離反やこの世界独自のアイテム、タレントと言う可能性もありますが、恐らくアレである可能性が一番高いかと』

『……ワールドアイテム』

 

 ユグドラシルの設定上、プレイヤー達が冒険する世界は9つある。その1つと同等の力を持つとされるバランス巴投げアイテムだ。

 まあ世界に匹敵すると言いながら、莫大な労力を費やせば複数個所持できる物もあるのだが。現に俺が持っているワールドアイテム「カロリックストーン」はガルガンチュアにも使っている。

 

 で、俺はシャルティアを支配できるであろうアイテムに心当たりがあった。

 

『リーダー、傾城傾国って知ってますか?』

『……マーキナーさん、心当たりが?』

『ええ。少し前にwiki巡りしてたら結構な数のワールドアイテムの情報が公開されてまして、その中に耐性を無視して洗脳を可能にするってアイテムがあった筈です』

『成程……糞、迂闊だった。プレイヤーが居るんだからワールドアイテムもこちらに来てるのは当たり前じゃないか!』

 

 リーダーは自分を責めるように吠えるがやめてくれ、その術は俺に効く。スゥーってなってるのが解る。

 

『まずはニグレドにシャルティアの居場所を調べさせようと思います。流石にワールドアイテムを持っているプレイヤーでは私の探知対策も突破される可能性があるので』

『解りました、気を付けて下さい。ああそうだ、念のため冒険者組合がシャルティアに関して情報を得ているか調べようと思います』

『ああ、それはお願いします。セバス達もエ・ランテルに居た筈ですし、何か解るかもしれません』

 

 <伝言>の接続感が切れると、俺は大きく溜息をつく。ああ畜生、思考がグルグル回って一定以上の揺れ幅にならねぇ。一回スゥーっとなりゃ楽なのに。

 

「マーキナー様……?」

「ん、悪い。ちょっとな……流石に階層守護者以外にワールドアイテム持たせるのは無理があるか」

 

 視界の端に入るか否かギリギリに立っていたシズがこちらの顔色を窺うように覗き込んでくる。

 ……よく考えたら連れ回す以上、シズにも危険があるんだよな。糞ッ、こんな事に今更気付くだなんて。

 

「マーキナー様、私の事をお気に掛けておられるのでしたら何も問題は有りません。この身は全てマーキナー様を始めとする至高の方々の物。如何様にもお使い潰し下さい」

「……シズ、呼び方が戻ってる。それとそんな悲しい事を言うな」

 

 シズのあんまりな台詞にようやく精神が安定し、頭が動くようになる。何かシズの安全を確保できるような手段は……あ。

 

 

 俺とシズはつい先程解放された冒険者組合へと再びやって来る。しかしとりあえず来たは良いものの、どうやって情報を手に入れるか……聞き耳でも立ててみるか?

 

「君、少しいいかい?」

 

 また狙ったかのようなタイミングで話し掛けられたな……体はそこそこ鍛えられているが、クレマンティーヌ程の強さじゃないか。

 改めて考えるとあの女は本当に強かったんだな。王国戦士長の装備が貧弱だった事もあるが、恐らくあの女の方が強いだろう。

 

「はい、何でしょう? ……それとすみません、どちら様でしょうか?」

「ああ、これは済まない。この街の冒険者の組合長をやっている、プルトン・アインザックだ」

「組合長さんでしたか、これは失礼しました。私はアインズ・ウール・ゴウンのマキナです」

「やはり君がそうか……確かリーダーは頭巾の魔法詠唱者と聞いたが? 来ていないかね?」

 

 プルトンさんは連れていた組合員に「彼らは私から伝える」と言うとこちらに向き直る。まさかもうシャルティアについて何か解ったのか? だとすると侮れないが……。

 

「ええ、リーダーとは別行動中です。ただ、何かご用件があるなら伺いますが」

「そうか、それはありがたい。とは言えあまり公にできる話でも無いのでね、場所を変えよう」

 

 俺はそれに頷き、漆黒の剣との話し合いで使ったのよりは幾段かグレードの高い部屋に通される。適当に座るように言われたので下座に座るが、プルトンさんは何故か最上座では無い席に座っていた。誰か来るのか?

 

「まずは昨日のアンデッドに関する事件の解決に対して礼を言わせてくれ。君達が居なければ被害は拡大していただろう。本当にありがとう」

「リィジーさんの依頼をこなしただけですよ。ただ、本当に昇格試験を受けなくても良かったんですか? 我々としてはデメリットが大きいのですが……」

「む……そうか? 君達ぐらいの力量を持っているなら相応の地位に据えるべきだと思ったんだが」

「周囲を完全に納得させられるならミスリルだろうがアダマンタイトだろうが喜んでなりますよ。ただ俺達は新参者です。当分は嫉妬や根も葉もない噂が出回ると思いまして」

 

 リーダーはポンポンとランクが上がった事に大喜びしていたが、個人的には周囲の人間がどう考えるかを考慮した方が良かったと思う。

 普通に生活する分には他人の評価などどうでも良いが、俺達が目指すのは伝説になるぐらいの冒険者だ。瑕疵は可能な限り避けたい。

 

「何、森の賢王を従える事が出来るぐらいだ。君達ならばすぐにそれも解決するだろう―――特に、今回の件を解決できればな」

「ふむ……お聞きしましょう。わざわざ探しに出てくるぐらいです、余程の事が起こったので?」

「ああ。2日ほど前の晩、エ・ランテル近郊の街道を見回っていた冒険者が吸血鬼と遭遇した」

「吸血鬼……」

 

 ビンゴ、か? 近郊の事件で情報が伝わるのが2日かかるとは……いや、それを言うならウチの方が問題だな。

 何で異常事態が伝わるのにそんな時間かかってんだよ。時間的に俺達がカルネ村に居た頃じゃねーか。危機管理意識が全体的に足りん!

 

「あー、吸血鬼に関しては知ってるかね? 確か冒険者になって五日程度だろう?」

「……一応知っていますが、擦り合わせをさせて下さい。その吸血鬼の外見や発見された場所等について」

「ああ、それもそうだな。詳しくは覚えていないそうだが、銀髪で大口だったそうだ。場所は北門から歩いて三時間程度の森……そして一番重要なのはその吸血鬼が第三位階魔法である<不死者創造>を使った事だ」

「……すみません、やはり不勉強のようです。吸血鬼は人間よりも強大な存在です、第三位階の魔法ならば使える者もいるのでは?」

 

 って、あれ? なんか信じられないって顔されたんだけど。え、俺なんか変な事言った? あと誰か来てるね?

 

「……驚いたな。いや、やはりミスリル級では収まらないと言うべきか。確かにそういう見方もできるが、吸血鬼の討伐難度は基本的にモンスターとしての強さで考えられている。魔法、それも第三位階を使うとなれば通常考えられている強さとは桁外れになる」

「成程……では通常の吸血鬼はミスリル級以下の相手、と言う事で良いんでしょうか?」

「ああ、通常は白金クラスの仕事だ。君達の他にも幾つかミスリル級冒険者に声をかけているが、私としては君達にエ・ランテルの防衛に回ってもらいたい。アダマンタイト級冒険者を呼ぶ時間を稼いでほしいのだ」

「それはどうかと思うがな、アインザック」

 

 俺の後ろにあるドアが開くと、痩せ細って神経質そうな男が現れた。中間管理職か魔法詠唱者のどっちかかな。ただ、無駄に歳を重ねていない凄みを感じる立ち振る舞いをしている。

 

「ラケシル……盗み聞きか?」

「興奮して声が大きくなっていただけだ。初めまして、魔術師組合長のテオ・ラケシルです」

「始めまして。アインズ・ウール・ゴウンのマキナです。それで組合長……だと被るか。ラケシルさん、それはどういう?」

「既に我々は後手に回っています。それに冒険者は我が強く動きを合わせるにも時間がかかる。それに昨日の一件はズーラーノーンが関わっているとか……陽動の可能性もある」

 

 ……いや、まあ首魁はハゲを隠して無かったけどね。ズラが無いとかそういう事じゃないんだろ?

 

「すみません、ズーラーノーンとは何でしょう?」

「ああ、知らないか。アンデッドを利用する魔法詠唱者中心の秘密結社だ。一つの都市を滅ぼしたとも言われている、恐ろしい連中だよ」

「……それも知らないで高弟を二人も倒したのか。全く恐ろしいな」

「こちらに来たのもつい最近で、中々疎い事ばかりで困ってるんですよ……それで、もしよろしければ我々で偵察を行いましょうか?」

 

 苦笑から切り替えた話に二人が一斉に目を見開く。タイミングバッチリだね。プルトンさんは元冒険者みたいだし、テオさんもそうなのかな?

 

「確かに可能ならお願いしたいが、大丈夫なのかね? 詳細はもう一度確認したいが、確か吸血鬼と第三位階魔法と聞こえたぞ? ……と言うか、何故彼らが私達よりも先に?」

「ああ、丁度呼びに行こうと思ったら居たのでね。昨日の礼も兼ねて話をしたんだ……しかし、先程の君の吸血鬼への認識を考えると、第三位階魔法を使う吸血鬼でも問題なく対処できると?」

「……リーダーとの話し合いも必要ですが、他のチームを派遣するよりは勝算が高いかと。それに―――可能なら倒してしまっても構わないんでしょう?」

 

 ドヤァ、と効果音が出ているのが自分でも解る笑みを浮かべる。可能なら背中を見せておきたい所だったが、流石に会議室ではそれはできないか。

 

 

「……済みません。本当はリーダーこそ出たいでしょうに」

「いえ。アルベドに3つ理由があると言ってしまいましたから……その3つ目、勝算の高さで言えば私よりマーキナーさんの方が高いのは事実です」

「シャルティアのビルドはリーダーメタな部分が有りますからね。ペロさんとはしゃぎながら考えてたのが懐かしいです」

 

 他のミスリル級冒険者に防衛を任せ、現地の確認や俺達が持っているワールドアイテムの階層守護者への配布も終わらせたリーダーと合流する。

 作戦に関しては既に<伝言>で連絡済みであり、最終的に博打要素の薄い俺の案が通ったので俺が戦う事となった。

 

「まあ相性も有りますが、やはり直接的な殴り合いは前衛の仕事ですから。私は私でやるべき事もありますしね」

「俺、一応ガンナーなんだけどなぁ……」

「たっち・みーさんやぶくぶく茶釜さんと同じ列で戦ってた人の台詞じゃないですよ、それ」

「……それはあくまでパーツとメンバーの組み合わせの都合ですし」

 

 パーツを変える事でキャラ性能を大幅に変える事ができる俺はメインメンバーが居ない時の穴埋めとして重宝されたものだ。

 逆に言えば頭数が揃ってるとロクな事が出来なかったので埋没しがちだったけど……そういう時はペロさんとエロトークしながら爆撃してたし。

 

「……本当はマーキナーさんがシャルティアに手を下す所は、見たくないです。ペロロンチーノさんの子供を殺させるようで」

「まあ、俺もシズを見てるとそういう想いは有りますけど……ただね、リーダー。それ以上に俺、怒ってるんですよ」

「……この可能性に気付かなかった、大馬鹿野郎の私にですか?」

「いや抱え込み過ぎだって……それ言ったら俺もですし―――そうじゃなくて、ダチの子供を殺す真似をする羽目になった原因に、ですよ」

 

 遥か後方でリーダーが作った集眼の屍に見つからないよう、シャルティアが居る筈の方向に顔を向ける。表情が変わらないリーダーと違い、今の体の俺は考えている事がダイレクトに出るからだ。

 勿論、その気持ちはリーダーも俺と同等かそれ以上に持っているだろう。だが、魔法詠唱者であるリーダーに出来る事は俺の何倍もあり、それもまた大事な役目だからだ。

 その一つに、監視者の発見という役目がある。

 

「それでどうですリーダー? 誰か見てます?」

「いえ、ナザリックからの監視だけですね。てっきり誰かが見ていると思ったんですが……」

「あー、<過去視>とっときゃよかった……そうすりゃ誰がどうやってシャルティアを操ったのか一発で解ったのに」

「あんな糞魔法誰が覚えるんだって思いましたけど、こういう時に役立つんですねぇ……まあ、シャルティアが覚えてる事を期待しましょう」

 

 俺達が囮を使ってPKをする場合、監視は当然ながら必要だった……まさかとは思うが、この状況は不幸が積み重なった結果だとでも言うのだろうか。

 

「話は変わりますけどリーダー、組合へ提出する証拠品って用意できました?」

「ええ。適当な人間を吸血鬼に変えてから腕以外を吹き飛ばしました。これがあればまあ大丈夫でしょう」

 

 恐らくだが、シャルティアを倒せばその体は消えてしまうだろう。戦闘跡こそこれからドカンドカン付くだろうが、流石に体の一部も残らないというのは不自然だ。

 

「……よし。じゃあお願いします」

「ええ。<飛行><魔法詠唱者の祝福><無限障壁><魔法からの守り・神聖><上位全能力強化>―――」

 

 リーダーから一通りのバフを貰い、俺は木立の先へブースターを吹かせるのであった。

 

 

 開始を告げたのは超位魔法の一撃、<天上の剣>。

 

「っ、はぁぁぁ! かぁぁぁ……!」

 

 天を切り裂かんと現れた巨大な剣―――にも似た魔法チックな人工衛星からのレーザーが地表を焼き尽くす。

 着弾の衝撃で木々は大きく揺れ、中には根元から吹き飛んだ大木もある。急激に熱せられた周囲の大気が巻き上げられて乱気流を作っていた。

 

「痛いですねぇ……マーキナー様ぁ?」

 

 俺が持つ超位魔法の中で瞬間的な火力が一番高いのがコレだが、流石にその程度ではシャルティアを一撃で殺すのは無理だ。

 現にフル装備になっている彼女の動きに何も問題はなく、クレーターの端に立つ俺をニタリと見上げてくる。

 

「ぼーっとしてたみたいなんでな、気付けが必要かと思ったんだよ。で、目は醒めたか?」

「いえいえいえ、ずーっと起きてましたよ? 至高の御方に仕える身ですもの、気を抜いてなど居られません!」

「そうかい。じゃあ聞くが、お前の主人は誰だ?」

「主人? 私の主人は……あれ? あれれれ?」

 

 くりくりと首を傾げて独特の論理展開をし、結論が出たのかシャルティアはパっと笑みを浮かべる。

 

「良く解りませんが、攻撃されたのでマーキナー様を滅ぼさないといけません!」

「そうか。生憎とお前程度にどうにかできるほど『神』ってのは安くないぞ?」

「言いましたねマーキナー様! 後悔してくださいっ!」

 

 シャルティアは自身の力のままに全力で突っ込んでくる。元々馬上槍を立ったまま何の問題も無く使える以上、それ位は出来て当たり前だ。

 そして、レベル的に同格の俺ならこれぐらいは対処できる。

 

「<穿孔撃>!」

「ッ、はははははっ! 流石ですね、私のランスをドリルで弾くなんて!」

「そう難しい事じゃないさ。ポイントは回転を活かす事だ。さて、次はこっちの番だぞ?」

 

 右肘から先が巨大な円錐型の穿孔機になっている腕、穿孔腕。スポイトランスと攻撃力だけならほぼ同等の武器だ。形状的にも攻撃を受け流しやすいのが今回チョイスした理由である。

 大きく跳躍して離れたシャルティアに対し、俺は左腕を向ける。その先に付いた巨大銃器は低い唸りと共にガトリングアームの比ではない量の弾丸を撒き散らし始めた。

 

「<石壁>……チッ! 時間稼ぎにもなりませんか!」

「そぉらどうしたどうした! 逃げるだけか!?」

 

 俺が作り出した弾幕に対してシャルティアは魔法で壁を作り出すが、それはあっという間にハチの巣になって崩れ落ちる。

 <天上の剣>の一撃で障害物が吹き飛ばされたココは俺にとって非常に戦いやすいフィールドだ。ついでに言うと空は更にやりやすい。一切の障害物が無いから銃弾が良く通る。

 

「武器の性能自体は精々伝説級、下手をすれば聖遺物級ですね? それを補うように銃弾の質は最高級品、それなら弾数もそう多くない!」

「あーはいはい全部当たりですよ畜生。この双発型回転式機関銃は所詮聖遺物級、ただの弾幕形成用装備だよ。

 お前は純粋な防御力が糞高いからな、コツコツ年単位で溜め込んだ代物を出血大サービスだ。吸血鬼なら泣いて喜ぶ言葉だろ? だから大人しく喰らっとけ!」

「それとこれとは別問題です! <生命力持続回復>!」

 

 フルプレートアーマーを着こんだシャルティアは一見鈍重そうに見えるが、ゲームのキャラの見た目と性能は一致しない事が多い。

 現にシャルティアは俺が作る弾幕の嵐の中をポンポン飛び跳ね、隙あらばこちらに突進を仕掛けてくる。その度にドリルアームが大活躍だ。

 

「弾切れを待つのも悪くないですが、性に合いません。攻めますね? <上位転移>―――なっ!?」

「転移ならもっと上手く使え。背後狙いとかベタ過ぎて逆に新鮮だぞ、っと!」

 

 シャルティアの姿が掻き消えるが、即座に俺の背中から生える四本腕がその四肢を絡め取った。ドリルアームとダブルガトリングガンで両手が塞がっているので付けた腕だが、コイツにして正解だったな。

 そしてこのまま拘束できれば楽なのだが、生憎コイツは移動阻害耐性を持っているので投げ飛ばして弾丸をたらふく食わせてやる事にする。

 

「<力の聖―――いや、これだ!」

「ぐぅっ!」

 

 何故かシャルティアは防御魔法を取り消し、<不浄衝撃盾>で弾幕を防御しつつこちらに反撃してくる。正解だよこの野郎。いや女郎か。

 

「防御魔法ならカウンター・コンデンターで大ダメージだったんだけどな……そう簡単にはいかねぇか」

「流石にこの状態でそんな攻撃を貰えばタダでは済みませんが……これで元通りです」

 

 俺が<不浄衝撃盾>に怯んだ隙に<時間逆行>により今までチクチク溜めたダメージが回復される。あーあ、やり直しか。

 

「今度はこっちから行きますよ! <魔法最強化・朱の新星>!」

「おわっち!? あちちち……へへ、俺に追加効果は意味ないぞ?」

 

 サービス終了の一年ほど前……つまりユグドラシル最後期では「とりあえずコレ目指してビルドすれば大体何とかなる」と言われたのが雷神や機械神等クラス名に『神』と付く、通称神クラスだ。

 

 分類としては取得条件が非常に厳しい異形種であり、例えば雷神なら人間や亜人、一部異形種が雷の魔法やスキルに特化してレベル60程度で「雷神レベル60」になる事が出来る。

 これでも神クラスとしては下の下の強さと難易度であり、俺の種族である機械神は通常であればレベル80を超えていないとなれない種族だ。それを俺は偶然発見した方法で種族レベルを10に抑えている。こればかりは協力してくれたギルドの仲間以外には一切教えていない。

 

 条件の厳しさと引き換えに高い耐性や能力を持っているため、殆どのプレイヤーは神クラスか他の最高位クラス――リーダーが持ってるエクリプスもその一つ――を持っているのが普通だった。

 ただ、その風潮が広まる前に衰退期に入ったアインズ・ウール・ゴウンはそういったビルドのキャラは俺が知る限りは居ない。

 それはペロさんが作ったシャルティアも例外ではなく、特にカルマ値が悪であったり聖や火属性を狙い撃ちする等の一般的なアンデッド重視のビルドである以上、カルマがプラスである機械神の俺に決定打は与えられない。

 

 ……ある魔法を除いて、だが。

 

「それなら! <内部爆散>!」

「ッ!? がぁぁぁっ!」

「―――アハッ!」

 

 純粋な物体への破壊効果を求めた魔法。それが俺の酸や電気を超える最大の弱点だ。どこをどうやっても人造物で体が構成されているため、魔法そのものを無効化しない限り防ぎようがない。

 仮にリーダーが俺に<上位道具破壊>をかけた場合、条件次第だが即死すると思う。生身なら不発に終わるだけだが、俺にとっては何よりも恐ろしい魔法だ。

 

「チッ! 腕一本持ってかれたか!」

「弱点、見つけましたよマーキナー様ぁ! <魔法抵抗難度強化・内部爆散>!」

「うっ、ぐぅぅぅ! 舐めんなぁっ! <ホーミング>!」

「んぐ―――なぁんて、ね?」

 

 背中に生えたオクトアームが立て続けに3本も爆散する。負けじとドリルアームのドリル部分を射出し、胴体に風穴を開けてやるが即座にその穴も元通りになる。<時間逆行>だ。

 とは言え俺はその隙を突いてオクトアームを全てパージし、無事なパーツを繋げて一本の長い触手に切り替える。それを空いた右肘に装着すればほぼ元通りだ。

 

「シルバーギア! 全弾射出!」

「うざったい! <魔法抵抗難度強化・内部爆散>」

 

 脛に装着した鎧から銀色の歯車が大量に飛び出す。高速回転するソレは眼前の敵を切り裂こうと殺到するが、不浄衝撃盾によって全て撃ち落とされた。

 一度攻勢に出たからか、それとも流石に<力場爆発>では威力が足りないと判断したか。強力な手札をシャルティアは1つ使い切ってしまう。

 とは言えこちらも右手の一部と左足をやられてしまう。生身なら致命的なやられっぷりだろう。

 

「こなくそ! コイツも持ってけ!」

「フン! <魔法最強化・力場爆発>!」

 

 俺はシルバーギアに増設するように装備した8連ミサイルを撃ち込み、壊れたパーツを排除した右腕を同じく排除済みの左脛に装着しっ放しだったミサイルに接続。同様にシャルティアへと撃ち込んだ。

 しかし、流石にコレでは威力が足りないのか魔法で迎撃される。俺は即座に右肘と右膝から先をパージ。更にバランスが悪くなったのでダブルガトリングガンを投げ捨てた。

 

「おやおやぁ? 随分可愛くなりましたねぇ!」

「だよな、HPを回復させに来るよな? <不惜身命>!」

 

 シャルティアはスポイトランスでこちらにトドメを刺しにくる。狙いは胴体一直線。だが、俺はスキルを発動させて左腕一本を犠牲にする代わりに他はノーダメージで凌ぎ切る。

 そこに待っているのは右肘に装着した右脚、それに内蔵されている姿勢安定用アンカー、それを転用したパイルバンカーだ。

 

「狙いは良いですが装備そのものの攻撃力が足りませんよ、マーキナー様ぁ!」

 

 流石にフルアーマーシャルティアは防御力が高く、所詮は姿勢安定用アンカーでは毛ほどのダメージも与えられない。

 

「いや、これで良いのさ。アーマーオープン! チェストガイザァー!」

 

 しかし、スポイトランスは左手に刺さりっ放し、パイルバンカーによる攻撃のために俺達の距離はこれ以上なく近い。

 そこで俺は胸部装甲を展開し、そこに空いた大穴から極太ビームを撃ち出した。とは言え別に超科学兵器とかではなく、高威力の神聖属性魔法を出せるパーツというだけである。

 

「ぐっ、がぁぁぁっ!?」

「お、ちゃんと効いたな。まあ俺はカルマがプラスの『神』だから威力ボーナスが効い、て――――」

「……ごちゃごちゃうるさい。それに隙だらけですよ」

 

 無事に期待通りのダメージを与えられたな、と一息ついた先が何も言えなくなる。ああ、そういや<時間逆行>あと一回残ってたっ、け……。

 

 

 左腕と両脚をなくし、片腕が足という状態のマーキナーを背後から突き刺すのは白一色に染められたシャルティア。

 エインヘリヤルという自身とほぼ同等の分身を作り出す強力なスキルだ。一部の能力は使えないものの、純粋な能力値で見ればシャルティアをもう一人相手にするのに等しい。

 

「ふむ……エインヘリヤルまで引き出せたか」

 

 その様子を感心したように眺めるモモンガ。マーキナーは彼ほどPVPの経験がある訳では無く、当然ながら勝率も低い。所謂ガチ勢でないのだから当たり前だ。

 元々マーキナーは自身のプレイスタイルと経済的事情により、ほぼ一切の課金をしていないプレイヤーだ。そうなるとユグドラシル内での強さの順位はかなり低い。

 ただ、現在のモモンガはマーキナーの事をこう評価している。「最強の無課金プレイヤー」と。まかり間違えば自身すらも殺し得ると。

 

 ―――余談だが、実の所シャルティア・ブラッドフォールンとマーキナー・ハイポセンターの戦闘においてのスキルやMPの使用法は割と似通っている。

 モモンガのように純粋な魔法詠唱者であればMP切れは戦闘力の極端な低下に繋がるが、彼女らのように継戦能力に優れたビルドであればそれを考慮した戦い方になるからだ。

 

 ……とは言え、決定的に違う部分もある。それはマーキナーがガンナーであり、機械系キャラクターであるという事だ。

 これらのクラスや種族は基本的に弾丸やパーツというアイテムを消費して攻撃を行う、アイテム依存型のクラスである。

 他に戦闘力がアイテムに大きく左右されるクラスとしてはエントマの符術師、種族はゴーレム部分のパーツを変更できるハーフゴーレムの弐式炎雷が近い。

 

 勿論、貧乏性であればアイテムを消費する実弾よりも自然回復するMPを消費する魔力弾を好む。が、もし圧倒的な物量を持っている相手だとしたら?

 ―――もし、年単位でコツコツアイテムを溜め込んでいる相手だとしたら?

 

 

「……え?」

「いやー、最初は力押しで行こうと思ったんだけどリーダーに止められてさ。俺元々PVPやるタイプじゃないし、大人しく忠告聞いたんだよね。

 ―――先にスキルを使い切らせろ、ってさ」

 

 はっはっは、と笑いながら動きの止まったシャルティアの元へと歩いていく。うーん、自分の体が動かなくなってるの見るのって超シュール。

 

「な、んで……生きて……」

「ああ、それ? いや俺も今朝気付いたんだけどさ、元々顕現体創造ってゴミスキルがあったんだよ。それがこっちの世界に来てから性能が変わったみたいなんだ」

 

 顕現体創造。

 依代、特に機械神であれば自身のパーツを消費して使い捨ての身代わりNPCを作るだけの神クラス専用スキルだ。

 この身代わりがまた弱く、他の部分が全面的に強力な神クラスの唯一の汚点にしてバランス調整の結果とまで言われていた。

 

「マジで『顕現するための体』を作るスキルに変わったみたいなんだよな。本体が触れた依代がもう一人の自分になるって言うのか?

 特定のスキルや魔法は使えない上に回数やMPは共有だけど、依代が死のうが多少痛いなーって思うだけで本体にはほぼ一切のペナルティが発生しないんだ。

 そしてここからが重要なんだけど、依代の再利用可能とか色々と仕様が変わったみたいなんだ。流石に壊れたら修理なり廃棄なりしないといけないんだけど―――」

 

「これだけ」「あれば」「関係」「ないよな?」「全く」「リーダー」「ならもっと」「スマートに」「やれるん」「だろうけど」「俺じゃ」「この程度」「だな」

 

 ざり、とクレーターの淵に「俺」が大量に現れる。どれも適当にパーツを組み合わせただけの不格好な姿だが、全て1種類以上神器級相当の攻撃方法を持った「俺」だ。ついでに機械天使を限界まで召喚してある。

 シャルティアの顔から表情が抜け落ちる。いや、これは恐怖? 畏れ? まあどっちでもいいや。

 

「名付けて一人物量作戦―――さぁ、第二ラウンドといこうぜ? こっちはまだピンピンしてんだ」

 

 宣言に合わせて「俺」の一人が転がしてきた荷車から大量のミサイルが飛び立つ。それらは空中で分解すると鋭い金属片をばら撒いた。

 中身は聖属性を付与した超高純度ミスリル。安い素材ではあるが手間暇をかける事でシャルティアクラスの防御力にも問題なくダメージを与える事が出来る。

 今日は大サービス。ありったけ、お見舞いするぜ?

 

「う……うあああああああああっ!」

 

 ミスリルの雨が降る中、二度目に姿を現した俺にシャルティアとエインヘリヤルが突っ込んでくる。しかし半分も進まない内にエインヘリヤルの姿が掻き消えた。

 その正体は後方に控えるリーダーよりも更に後ろ。アイボールコープスの隣で超巨大ライフルを構える「俺」だ。

 対人造物特化にしてあるのでシャルティア本体には大したダメージは無いが、そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!

 

「あーどっこいしょぉお!」

「くっ! このおっ!」

 

 俺から離れた所に立つ「俺」が腹をシャルティアに向けると、こちらに向かっている筈のシャルティアが徐々にそちらに吸い寄せられていく。

 シャルティアは移動阻害に完全耐性を持っているが、コレは移動先を自身に変更する能力なので阻害にはならないようだ。

 シャルティアも標的を変えたのか、腹を向けたままの「俺」に先程以上のスピードで突っ込んでいく。

 

「キョォテェェェェェッ!」

「なっ! しまっ!?」

 

 その「俺」の隣に立つのは竹刀のようなアイテムを持っている「俺」。タイミングを上手く合わせ、その竹刀がスポイトランスを叩くとシャルティアはスポイトランスを取り落としてしまう。

 これぞ装備解除特化型装備「底意地の悪いコーチ」である。当然攻撃力は皆無だが、背中にコードで繋がっている筈のスポイトランスですら一定確率で装備を解除させる事ができる。

 ……まあ、装備解除阻害のデータクリスタルが一つでも入ってたら無理だったんだけどね。スポイトランスに使ったデータクリスタルを全て把握して無かったらそもそも選択肢に入っていない装備だ。

 

「拾わせんわっ!」

「あぐぅっ!?」

 

 即座にスポイトランスを装備しようとするシャルティアに別の「俺」が攻撃を仕掛ける。そのポーズは腕組みをした仁王立ちだが、その腕を鞘に見立てた高速攻撃がシャルティアを吹き飛ばした。

 これぞ居合い拳装備が一つ「牡牛」! 同様の「ポケット」を装備した別の「俺」がシャルティアを吹き飛ばした「俺」を恨めしそうに見ているがそれは気にしない。

 

「ふぉ、<力の聖域>!」

「阿呆が。そうしたら大ダメージだっつったろ」

「ぐぅぅぅぅ!」

 

 体勢を立て直そうとしたのかシャルティアは強力な防御魔法を展開する。直後に響く銃声。対防御魔法特攻の銃、カウンター・コンデンターがその身を貫いていた。

 さらにそこに突き刺さる無数の銃弾。一発一発は大したダメージは無い。それどころか全くのノーダメージである事もある。

 しかし、着弾の衝撃で転がるシャルティアは次の行動に移れない。移動阻害耐性を持っているが、それが発動しても一瞬だけは動きが停まるのだ。

 ―――その一瞬が、休む間もなく訪れれば?

 

「こ、んのぉぉぉぉぉ! <内―――」

「そう来るよな? そればっかりはどうしようもない」

「――部爆――」

「だから、コレで決める」

 

 俺はシャルティアの魔法に合わせてあるスキルを発動させる。リーダーが耐性を無視して即死させるスキルを持っているように、一週間―――168時間に一度しか使えない機械神専用スキル。

 

「神踊る絡繰り舞台」

 

 世界が塗り替えられる。<天上の剣>により荒涼とした大地が広がっていた筈が、全て黄金色に染まっていく。

 

「……は? な、何!? 転移魔法!?」

「いや、一時的に別の世界に変えたのさ。ここの名前は『黄昏の機械天』、オルケストラ・ド・デオス専用フィールドだ」

 

 黄金色の空は上も下も雲に覆われ、その先は何も見えない。ただ前後左右に果てしなく空が広がっている。

 その雲間からは巨大な歯車やピストンが飛び出ており、機械天使と同様のデザインラインというのが良く解る。

 

「黄昏の……機械天?」

「おや、ペロさんとはよく使ってたんだけどな……時間制限もあるし手早く説明してやろうか」

 

 パチンと指を鳴らし、俺は機械天使を限界まで再び召喚する。先程召喚したにも関わらず、だ。

 

「温存していた? いや、これは―――」

「ああ。発動者のスキルや魔法のクーリングタイムを回復させる効果だ。まあ、流石に超位魔法は無理だけどな」

「た、確かに物量はありますがその程度ですか? 相性もありますが私には決定打にはなり得ません」

「そうだな、勿論それだけじゃない。登録した機械系キャラクター用装備を召喚可能だ。とは言え防御力が高過ぎてお前にはコレも効果が薄い訳だが……」

 

 どこからともなく手や足、胴体に頭パーツが金色の空を飛び回る。パーツの照り返しが眩しいな。

 

「発動時に上位眷属8体を召喚。これで銃腕の熾機天が全部で12体、当然俺のスキルで強化済みだ」

「……終わりですか?」

 

 訝しげにシャルティアが聞いてくる。何も考えてないと思ったが意外と成長しているようだ。

 

「いいや? 上位眷属と同時に、機竜が一体召喚される。ああ、確か六層にもドラゴンがいるけど、流石にコイツはあれよりは弱いから安心しろ。時間限定とは言え、課金したもんの方が強いんだよなー」

「な……で、ですがこの程度! 至高の御方に創造された私ならば!」

 

 大分気圧されているようだが、流石はペロさんが作った階層守護者か。でもな、お前一つ忘れてないか?

 

「武器も無しに、どうやるんだ?」

「―――え?」

 

 スポイトランスは取り落としっぱなしであり、スタッフオブアインズウールゴウンのように自動で宙に浮く機能も無い。

 そしてこの黄昏の機械天は飛行能力が無いキャラクターは落下して即死するフィールドだ。俺も最初に発動させた時に死んだ経験がある。そしてそれはアイテムも例外ではない。

 ……解除時に元の場所に戻るよな? ユグドラシルだったら元の位置に戻ってた筈だし……駄目だったら俺が責任をもって代わりの武器を作ろう。

 

「あ、ああ、ああぁぁぁぁ……!」

「さてと、改めて言おう。これぞ名付けて……一人物量作戦、だ」

 

 飛行能力の無い「俺」がパーツや他の「俺」に支えられながらシャルティアの周囲に浮かぶ。いやはや、スマートじゃないね。

 

 



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7 発条巻き巻き

一応オリジナル、というかドラマCD部分の話です。うわぁ。


 

「アッハッハッハッハッハ」

「………。」

 

 宿屋に乾いた笑いが起こる。誰が出してるのか? 当然俺だよ。それにリーダーがじっとりとした視線を投げてきた。

 

「ごめんなさい」

「……いえ、まさか私もああなるとは思いませんでしたから」

 

 俺がスパっと土下座をしたのに対し、リーダーはフゥと溜息をつく。何が起きているかと言えば、投獄されていたクレマンティーヌが居なくなったという話だった。

 コイツはやばい。なんせ俺の秘密を一通り知っているからだ。手の内はまだ山のようにあるから良いが、俺が機械の体であると知られるのはまずい。誰しも未知は恐れるものだ。

 先日のシャルティア討伐も無事に終わり、今日も組合長に呼ばれてるのだがその矢先に伝えられたのがコレである。勘弁してくれ。

 

「とりあえず冒険者組合へ行きましょう。ついでに何か依頼も見繕っておきたいですし」

「あ、それじゃあバレアレ家の様子も見ときたいね。色々と片付ける事があるって言ってたけど、そろそろカルネ村に移住しといて欲しいし」

 

 リーダーがベッドから立ち上がり、俺も軽く膝をはたきながら土下座をやめる。

 バレアレ家にはンフィーレア君を助けた報酬としてポーション研究に没頭させるつもりだったが、流石にエ・ランテルのポーション生産の一角を担っているだけあって色々と片付けなければいけない事が多いそうだ。

 こちらとしては要塞化を進めているカルネ村に早急に移住して欲しいのだが、急かして誰かに怪しまれる訳にもいかない。可能な限りカルネ村に関しては秘匿しておきたいしね。

 

「それに関してですが、どういう手順で行わせましょうか? 一から十まで教えるというのも……」

「道具は俺のお古がありますし、素材も一応渡しておきましょう。それである程度様子を見て駄目なら教えて、上手くできたら現地の材料で何とかできないかって方向で」

「あー、まあそんなもんですかねぇ。そうだ、補給も色々と考えないといけませんね……」

「在庫はまだ有りますけど補給は大事ですからね」

 

 そして溜め込むだけ溜め込んで使わない。そんな俺達は揃って貧乏性である。いや、こないだパーツや弾薬バカみたいに使ったけどさ。そうしないと勝てなかったし。

 俺達は話し合いながら階段を下りると、すっかり見慣れたハゲ頭が目に入る。この宿屋の主人だけど、最近視線が痛いんだけど何で?

 

「……なぁ、アインズ・ウール・ゴウンさんよ」

「はいな?」

「何でしょうか?」

「……もう、ウチに泊まるのやめてくれねぇか?」

 

 えっ。

 

 

「ああ、うん。そう言えばそうだ……ならば黄金の輝き亭などどうかね? エ・ランテルでは最高級の宿屋だ」

「はぁ……」

 

 組合長にも同じ事言われたでござる。ちょっとリーダー、俺達別に誰にも迷惑かけてないよね!? そもそもあの部屋でロクに寝泊まりしてないし!

 

「確かに我々は最高位冒険者。それが安宿に泊まるとなれば鼎の軽重を問う者も居るでしょう……まあ、必要経費として諦めますか」

「あー、そういう話か……めんどくせぇなぁ」

「はは……最高級宿屋を面倒、か」

「まあ興味はありますけど、殆どの時間はエ・ランテルの外ですからね。長期間借りる場合は勿体無いと言うか」

 

 あのボロ宿だって今では素泊まり一部屋しかとっていないのだ。多少不自然でも削れる所はガンガン削ってます。

 

「そう言わないでくれ。こちらとしても確実に連絡を取れる所は必要なんだ」

「それは解りますし、稼いだ分だけ使えってのも解りますけどね……」

「ああ、それならいっそ家を買うのはどうだい? 必要なら幾つか見繕う程度はさせてもらうが」

 

 家? 家ねぇ……うーん、まあ悪くはないか。好き勝手弄ったり緊急避難所か囮ぐらいには使えるかな。

 

「俺は悪くないと思うけど、リーダーは?」

「あまり気乗りはしませんね。宿代自体は浮きますが長い目で見る必要がありますし、維持費もタダではありません。それにアダマンタイト級冒険者の家がそこらの一戸建てと言うのも、ね」

「う……ええ、まあそうですね。それなりの大きさの家、もしくは屋敷と言える規模になるかと」

「うげ……流石にそれはなぁ」

 

 それだったらまだ最高級宿屋に泊まった方が良い……のか? やれやれ、流石にゲームみたいにランニングコストがかからないって訳にはいかないか。ナザリックだって防衛設備全部切れば維持費かからないのに。

 

「確かにアダマンタイト級らしくしろ、と言われたら頷くしかありませんね。さて、早速準備に取り掛かろうと思うので我々はこれで」

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 威厳を保ちたいのか下手に出たいのかイマイチ良く解らない組合長に頭を下げて部屋を出る。自分より実力がある部下って相当やり辛いよね……機嫌損ねちゃいけないってのがそれに輪をかけてる。

 

「それじゃあマキナさん、依頼のあった薬草採取は私がアウラと行こうと思います。マキナさんの方は適当に依頼をこなすなりしておいて下さい」

「ん、りょーかい。んじゃついでにバレアレ家の様子でも……ん?」

 

 ふと俺の感知圏内に変な動きをしている奴が引っ掛かる。組合の入口の前でウロウロしている感じだ。と言うかこの装備はアイツだよな?

 

「あ、やっぱり」

「あ……ど、どうも」

「ああ、ニニャさんでしたか。お久しぶりです」

 

 別に憚る事もないので堂々と見てみればそこに居たのは元漆黒の剣のニニャ君であった。髪も僅かに伸びたのか前以上に癖毛が跳ねている。

 

「そ、そんな! 私なんかに頭を下げないで下さい!」

「そう言われても世話になったのは事実だし……ねぇ?」

「そうですね。当たり前の事かと」

「そんな、私なんかに……」

 

 第一挨拶をしているだけなのに何故こうもビクついているのか。確かに俺達は超スピードで出世したが、そこまでへりくだる事もないだろうに。

 まあ、ついこないだパーティーが全滅して自分も死にかけたんだから仕方ないと言えば仕方ないのか。トラウマになっていてもおかしくない。

 

「んー、リーダー先行ってて。俺少し話してくわ」

「……ええ、解りました」

「そ、そんな……」

「まあまあ、少し付き合ってよ」

 

 へらへらと笑いながら組合から離れる。流石にここで話すのも何だし……喫茶店とか無いかな? 無いよな。

 しょうがないのでその辺の路地に入った所で止まる。ムードも何もあったもんじゃないが、そもそもシズとユリが無言で付いてきてる時点でそこは期待しちゃいけないか。

 

「それでどうしたんです? さっきから組合の前をウロウロしてたみたいだけど」

「え、見てたんですか!?」

「まあ建物の中から外の様子ぐらい掴めないとね。それで……怖くなった、とか?」

「うっ―――」

 

 元々覇気が薄かったのが更に萎れていく。正直めんどくさくなってきたので放り出したいが、アインズ・ウール・ゴウンは誰もが憧れる冒険者になるのだ。そうも言っていられない。

 

「まあ俺達が遅かったら本気で死んでたんだ、恥じるような事でもないさ」

「それは、その……ありがとうございます。でも、私は……姉を、探さないといけないんです」

「そういやそんな事も言ってたね。ただ、チームに入れたとして……そんな状態だとすぐ死ぬと思うよ」

「………。」

 

 それは自分でも解ってるんだろう。戦士、特に金属系の鎧を着てる人に過剰に反応している節がある。少なくとも一度落ち着くまでは無理はしない方がいいだろう。

 

「ちなみに俺としては一度静かな場所でゆっくり考えてみるのがオススメだね。こういう場合は時間が経つのを待つのが一番効く」

「それは……実家に帰れ、って事ですか?」

「それが出来れば一番だけど……ああ、適度に緊張を保ちたいなら別の村で過ごすってのも手だな」

「無理ですよ。ご存知ないかもしれませんが、村の社会は非常に閉鎖的です。ごく短期ならまだしも、長期間住み着くのは私にはとても……」

 

 微妙に余所者感を醸し出しつつスローライフで自分自身を見つめ直す良いチャンスだと思ったんだが。ん、いや待てよ?

 

「それなら村人を募集してる所があるだろ? こないだ一緒に行ったカルネ村もその筈だ。ゆっくりするのが嫌なら仕事で頭を空っぽにしても良いしな」

「ああ、確か襲われて……人手が足りないならやる事は山積みでしょうね」

「それにバレアレ家もカルネ村に移住する予定だ。実はこれから顔を見に行く所でね、何なら一緒にどうだい?」

「え……」

 

 あー、流石にこりゃ失敗か。あそこ行ったらフラッシュバックしちまうかも。いや、ショック療法としては逆にありんす?

 

「……い、いえ! 行きます! 一緒に行かせて下さい!」

「ん、そう? なら行こうか。まあ、無理だけはしないようにね」

「はい!」

 

 気合いを入れたニニャ君を伴ってバレアレ薬品店へと向かう。現在は引っ越し準備中という事で通常の業務はやっておらず、裏口から入る事にした。

 以前来た時は棚一杯にあった素材や薬が一通り片付いており、中々順調に引っ越し体勢に入っているようだ。

 

「う……」

「もっかい言うけど無理はしなさんな。ユリ、ついててやれ」

「畏まりました」

 

 裏口から入れなくなったニニャ君をユリに任せ、俺は俺で勝手知ったる他人の家。ズカズカと家の中に入ると色々とひっくり返しっぱなしな部屋に入る。

 

「うわきったね」

「あ、マキナさん! すみませんお出迎えもせずに……」

「いやそれは別に良いけどさ。準備の方はどう?」

「昨日ようやく溜まってた仕事が全部片付きまして……あ、必要最低限の準備は終わってます」

 

 正直な感想を口にすると、それに反応してメカクレボーイことンフィーレア君が現れる。ふむ、最低限終わってるならもう良いか。

 

「よし、それなら善は急げだ。今から行こうか」

「い、今からですか!? いや、でもその……」

「構わんよ。残りは弟子連中にくれてやるとするわい」

「お婆ちゃんまで!? ……まあ、そういうことなら良いか」

 

 まだ何か残っているようだが、ひょっこり現れたリィジーさんがスパっと決める。その眼は爛々と輝いており、まるで「待て」をされた犬のようだ。

 そして何だかんだでンフィーレア君もカルネ村行きを楽しみにしていたのか、特に気にする様子もなく荷物を取りに行く。まあ頑張れ少年。

 

「それでのう、マキナ殿。研究についてなんじゃが……」

「道具と材料は貸す。まずそれで試してみな。そっから先はその時の成果次第だ」

「うむ、心得た。ウヒヒヒ……楽しみじゃのう」

 

 先日使った馬車に荷物を積み、早速出かける事にする。途中で暖簾分けしたらしい薬屋に鍵を無理やり預け、逃げるようにエ・ランテルを出た。

 

「それじゃあニニャさんもカルネ村に?」

「はい……少し自分を見つめ直そうと思いまして」

「そうですか。それじゃあ向こうでもよろしくお願いしますね」

「はい」

 

 そして逆に驚かされたのがニニャ君だ。出発する時に別れたかと思うと、エ・ランテルを出る時に自分の荷物を担いで現れたのだ。

 まあ衝動的な物でも選択は選択だ。合わないと思ったらまたエ・ランテルに戻って冒険者稼業を続ければいいのだから。

 

 ……さて、そんな道中のルートだが今回は可能な限り安全性を求めるという事で前回とは違うルートになっている。

 一度東まで移動し、そこから北上するルートを取る。戦力的に見れば前と同じルートでも良いのだが、折角だから違うルートを見てみたかったので丁度いいな。

 

「とは言ったものの……こっちなんもねぇな」

「まあ、見渡す限り平原ですからねぇ……」

「このルートだと目的地に到着するまで何かある方が珍しいですからね」

 

 馬に合わせて歩いて日も暮れて。俺達は別にいいが、バレアレ家とニニャ君は流石に飯を食わないといけないのでユリに食事を用意させた。

 ユリはレベル1だがコックを取得しているので簡単な食事ぐらいならば問題なく用意できる。怪しまれずに済んだし、彼女を作ったやまいこさんに感謝である。

 

「マキナ様にボ―――私などの料理をお出しするのは恥ずかしいのですが……」

「良いって良いって。充分うめぇよ」

「……うん。ユリ姉のご飯、美味しい」

「マキナ様、シズ……ありがとうございます」

 

 そもそも以前こうやって食った食事とは材料からして違う。今回使ったのはハーゲンティの落胤というモンスターの手羽先だ。

 鶏肉のようにサッパリとした味わいと牛肉の深みのある味が絡み合い、そこに仄かなワインの香りが押し寄せる。

 料理自体はチーズを使った簡単な煮込み鍋だが、焚火に照り返す様は黄金色に輝いているようである。

 

「凄い……! こんなにおいしいお肉があるだなんて!」

「鶏肉にしては味が濃いし、でも触感は間違いなく……」

「ほっほ! まるでフランベされたステーキじゃな。風味がまるで違うわい」

 

 うん、満足してくれたようで結構。でも俺と感想被ってるからね?

 

『それでリーダー、そっちは?』

『それが妙な事になりまして……世界を滅ぼす魔樹がどうのと』

 

 いちいち大げさなリアクションで飯を食う面々を見ながら<伝言>でリーダーと連絡を取る。そして何やら不穏なワードが聞こえてきた。

 

『世界を滅ぼすねぇ……? 名前は?』

『ザイトルクワエ、でしたか。心当たりは有りますか?』

 

 んー、何かどっかで聞いたような気がしなくも無いんだけどそう簡単に忘れるような名前じゃないしでも何か喉に小骨が引っ掛かったような違和感が……。

 

『うんごめん解んないや』

『そうですか。あ、それとドライアードを1人仲間にしましたよ。明日は彼女の案内で薬草探しとついでに魔樹を調べて来ようと思います』

『了解。こっちはさっき言った通り、ニニャ君を連れてカルネ村に向かうよ』

『解りました』

 

 ぷつりと<伝言>が切れる。向こうも向こうで大変そうだな。

 

 

「まあ、こっちもこっちで大変なんだけどな……何じゃいこりゃあ」

 

 翌朝、いざ出発しようと思ったら何やら南の方角が騒がしい。そこで顕現体創造で偵察用カメラを飛ばした結果、丁度俺達の真南辺りにアンデッドの大集団がいるのが解った。

 距離はエ・ランテルから直線距離でおよそ60キロ。人間の足なら半日以上かかるだろう。そして肝心のアンデッドの個体数だが……まあ、1万ちょいって所か?

 

「あ、指揮官めっけ。こりゃ野生のリッチか?」

 

 エ・ランテルから南西に広がるカッツェ平野は毎年のように戦場になっているせいでアンデッド発生地域になっているらしく、冒険者がたまに数を減らしているらしい。

 しかし同数以下で真っ直ぐ向かって来るならともかく、一種津波のようにも見える大軍は並みの冒険者ではどうしようもないだろう。

 

「あー、こりゃ真っ直ぐエ・ランテルに向かってるな。あ、また1人やられた」

 

 カッツェ平野でアンデッド退治に従事していたらしき冒険者がスケルトンアーチャーの矢に倒れる。一発一発は大した事は無さそうだが、それも数百数千と撃たれれば充分脅威だ。

 因みに軍団の内訳はスケルトン、ゾンビ、スケルトンアーチャー、レイスの4種が殆どであり、それも後になるにつれて数が極端に減っている。

 

「でも少しだけ装備が良いのも居るな……お、赤いのもいる。精鋭って事か?」

 

 まあこないだ戦ったスケリトルドラゴンのようなデカブツは居ないが、その分だけ頭数は多い。夜か明日の朝ぐらいにはエ・ランテルにこの大軍が押し寄せるだろう。

 正直またアンデッドかよって思う所が無い訳でも無いが、そこは我慢しよう。俺は偵察に出ていた顕現体を回収して情報を本体と共有し、<伝言>を発動させた。

 

『あれぇ? お呼びですかマーキナー様ぁ?』

『ああ。プレアデス全員……と、ソリュシャンは任務で出てたな。ルプスレギナとナーベラルを連れて俺の所まで来い。ただし今は他の人間と一緒に行動してるから気付かれないようにな』

『畏まりましたぁ、少々お待ちくださぁい』

 

 カルネ村に向かって北上しながら歩くこと数分。俺のスキルに見慣れたアイテムの反応があった。それらは馬車の後ろ、誰の視界にも入らない所で<完全不可視化>が解除される。

 

「ルプスレギナ・ベータ、御身の前に」

「ナーベラル・ガンマ、御身の前に」

「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御身の前に……以上三名、略式で失礼しますぅ」

「……やっぱり皆だった」

「どうしたの、貴女達? ……ああ、マキナ様がお呼びに?」

 

 うむ、ユリは察しが良くてよろしい。不可視系魔法は音や匂いまでは消せないからね。でもどの時点で気付いてたかはちょっと気になる。

 

「よし。あー、ちょいとお三方。申し訳ないんだけど護衛交代して良いかな?」

「え? って、うわ!? いつの間に!?」

「だ、誰ですか……!?」

 

 そして名乗りは音量を下げてくれていたので気付かなかったバレアレ家とニニャ君に声をかけると盛大に驚く。いやせめてニニャ君は気付こうよ。こりゃ相当参ってるのかね。

 

「ちょっと野暮用ができてね。んー……よし、ルプスレギナ。お前はこの人達をカルネ村まで護衛しろ。到着後は適当に過ごしてて良い」

「畏まりました……って事でこれから少しの間、よろしくっす!」

「え、ええと……?」

「ちょいと野暮用ができましてね。そいつ一応神官なんで戦闘その他は安心して下さい」

 

 最低限の説明だけ済ませ、ルプスレギナを除いたメイド達と俺は立ち止まる。まあ後はルプスレギナの人当たりの良さに期待しよう。

 

「さて、状況を説明する。目標はここから数十キロ南下した所に居るアンデッドの大軍およそ1万。それをドカーンとやる、以上だ」

「はっ」

「……了解」

「畏まりましたぁ」

「お任せ下さいませ」

 

 各員から了承の返事を貰って俺は一つ頷く。まあアンデッド相手なら神官のルプスレギナが一番相性がいいのだが、アイツを連れてくと他の連中の出番がなくなりそうなので今回は護衛に回ってもらった。他の連中だとまともに護衛できそうにないし……。

 そして<全体飛行>で移動するとまた居るわ居るわ。低級アンデッドでもこれだけ揃えば壮観である。

 

「ああそうだ、各員情報系魔法の探知は使っとけよ? この大軍の原因は野生のリッチだとは思うが、誰か後ろに居たら間違いなく監視されるからな」

「はい。それじゃあエントマ、その辺りを頼める?」

「了解ですぅ。符術と蟲で複数種の監視を行いますねぇ」

「よし、それじゃあボチボチ―――掃除の時間だ」

 

 言いながらアイテムボックスから取り出したのは1つの盾。グリップよりやや大きい程度の半球を中心に、盾にしては細すぎる板が両脇に伸びている。

 タワーシールドにしては面積が狭く、バックラーにしては形が妙なソレは中心から横一文字にバックリと割れる。そこにあったのは無数の銃口。

 

「<三重最強化聖なる光線>19連装砲、発射ぁっ!」

 

 そこから伸びるのは無数の光線。聖属性の魔法を付与された弾丸はアンデッドの津波とも言える一団へと殺到し、その一角を完全に浄化してしまう。まあすぐ次のが来るのだが。

 俺は俺で魔法を吐き出した薬莢を盾―――ディバインディバイダーから排莢する。勢いよく飛び出たそれらは、シズがすかさず足元に回収用の無限の背負い袋を置く事で回収する。流石シズ、グッドだ。

 

「それでは我々も参りましょう。ユリ姉様、前衛はお願いします。<連鎖する龍雷>!」

「私もとりあえず数を減らしますねぇ。爆散符ぅー」

 

 ナーベラルの魔法とエントマの符術がドカンドカンアンデッドの山を吹き飛ばしていく。

 流石にNPCであるコイツらは所持スキルや装備に遊びが無いからこういう気楽にやれる場面でも普通に強い攻撃するんだよな。折角なんだしもっと遊ぼうぜ。

 

「……いきます」

 

 その点で言うとシズはプレアデス中で最も遊びのある性能をしている。使用可能装備量で言えば間違いなくナザリック1だろう。下手すればリーダーより装備を持っている可能性もある。

 元々NPCレベル上限を引き上げる課金アイテムがゲーム内取引で中々手に入らなかったので苦肉の策として採用した俺との装備の共有だが、これが意外なまでにハマった結果と言える。

 

 そして今も左手のガトリングアームを展開し、そこに今まで持っていた杖のお椀型になった柄をドッキングさせた。

 これぞ俺がこの世界に来て真っ先にシズの為に作った装備、魔術師の銃だ。これは一見杖に見えるが、実は脱着式の延長銃身である。ガンズオブスペルキャスターを構え、シズはガトリングアームをスナイプモードへと切り替えた。

 

「……乱れ撃つ」

 

 眼帯をシャコンと回したシズの宣言と共に杖の石突、即ち銃口から銃弾が走る。それも一つではなく無数の銃弾だ。それもそうだ、何だかんだ言って回転式機関銃がベースなのだから。

 しかし俺は伊達にマシーナリーとガンスミスのジョブレベルを15まで取得していない。シズの放った銃弾は驚異的な命中精度を以ってアンデッドを仕留めていった。

 まあ、元々アンデッドが密集していてどこに撃っても当たるという状況もあるのだが。

 

「……あれ? もしかして今回の前衛、ボクだけ?」

「大丈夫ですよぉ、必要なら蟲達を呼びますから」

「そう、なら安心ね。突破はともかく、1人で全部食い止めるのは流石に無理だから」

「そこまで無茶はさせませんよぉ。早速おいでぇ、鋼弾蟲ぅー」

 

 疑問の声をあげたユリにエントマが答える。俺も装備次第では前衛に回れるが、仕える者としてはそれはさせたくないんだろう。

 エントマが呼んだのはライフル弾によく似た蟲であり、効果もそのまま銃弾だ。とは言え流石に本職のガンナーであるシズには及ばず、何発か外れているのが見えた。

 

「ふむ、お次は……あ、これとか良いかも。ここは大砲の出番だな!」

 

 何度かディバインディバイダーをぶっ放した俺は次の装備をアイテムボックスから取り出す。取り出したのは赤い変則カイトシールドと二銃身の長銃。

 俺はカイトシールドを地面に刺し、上の方にある小窓を空ける。そこに長銃を入れて固定して……あ、片目ゴーグルないや。まあ良いか。

 

「ユリ、少し下がれ! 重装砲を撃つぞ!」

「はい!」

 

 射線上から完全にユリが離れたのを確認してトリガーを引く。途端に無数の火砲がアンデッドの大軍を貫いた。

 コイツは威力は申し分ないが精度が悪くてばら撒き用だからな。こういう時ぐらいしか使い道が無いのが困る。

 

「よいしょ……チャージは3発分、それなら内燃開始。発射」

 

 シズも俺が預けていた装備の中から一つを取り出してアンデッドを焼き払う。全長がシズどころか俺すらも超える巨大な青い銃、ハイパーマギランチャーだった。

 特殊な素材を溶かした錬金溶液と魔力を放出するタイプのアイテムをコアに使用したそれは、アイテムそのものが魔力を作れる内燃機関を備えている。これにより使用者の魔力も実弾も使わずに大火力を実現できるのだ。

 ユグドラシルでは薬莢がオーバーテクノロジーなんて事は無かったから普通にもっと効率の良い装備を使っていたが、このタイプはこっちの世界だと意外と需要が高そうだな。後でチェックしとくか。

 

「相変わらずシズは攻撃手段が多様ね……<連鎖する龍雷>」

「手札の多さでは至高の方々の中でもずば抜けて多いというマーキナー様が創造したのだし、ある意味当然では?」

「私も符術と蟲の多様さでは自信がありますけど、流石にシズちゃんには負けますねぇ。式蜘蛛符ぅ!」

 

 相変わらず淡々と魔法を飛ばすナーベラル、アンデッドの多くはこっちに来ているが接近する前に全て吹っ飛んでるので手持ち無沙汰そうなユリ、大蜘蛛を召喚してばっこんばっこん殴らせているエントマ。三者三様のリアクションである。

 いやまあ確かに手数は多いけど使えない物の方が多いし、殆どアホみたいなコンセプトの武器ばっかりだからねぇ。実際よく使うのは10種類かそこらだろう。

 と、今まで呻き声や骨同士がぶつかる音だけだったアンデッドの中から明確な声が聞こえる。

 

「何だ……何なのだお前達は!? 万を数える軍勢をそれだけの数で、一体何をしているのだ!?」

「ああ、相手方の総大将らしいリッチですね。マーキナー様、如何致しましょう」

「わざわざ逃げるでもなくこっちに来てくれたんだ、俺が直々に相手をするよ。お前らは雑魚の掃討を頼む」

「「「はっ」」」

 

 何かと思えばさっき見つけた総大将か。さっきから活躍の場がないユリには悪いが、どうせだし大将戦といこう。

 そして後ろに誰かが居るならコイツを中心に監視をしていると思ったんだが、こちらの探知には一切反応なし。こりゃマジで野生のリッチか?

 

「一体何だ、何なのだ……生きている訳では無い、しかし死人でもない。貴様は一体……」

「いやなに、最寄りの街に行こうとしたんだろうがソイツはちょっと遠慮願いたくてね。で、俺が誰か、だったか? 目の前でじっくり見せてやるよ」

 

 俺は背部アタッチメントにフライキャノンを装備し、アンデッドの大軍の上に浮かんでいるリッチのすぐ近くまで飛び上がる。

 普通は生者への恨み妬みで歪んでいる筈の表情が今では別の感情で歪んでいる。ふむ。お前さん、怖れてるな? 怯えてるな?

 

「ほれ、じっくり見な……まあ種明かしをすればゴーレムみたいな被造物だよ。この体は俺自身が作ったもんだけどね」

「作った、作っただと!? それだけの力を作れるだと!? そんな事が出来るというのか!?」

「ああ、無理じゃないさ―――やはり反応なしか。それじゃあこっちの用はもう終わりだ。消えろ」

 

 宣言と共に胸パーツを解放する。心臓があるべき部分よりやや下、鳩尾の辺りから鼓動のように明滅する光が漏れ出した。

 こんな雑魚連中に使うのは多少勿体無いが、ここまでアンデッドの軍勢を集めた事に対する称賛代わりだ。とっときな。

 

「な、何なのだ……その光は、その熱は!?」

「ただ熱いだけだよ―――熱量解放、カロリックノヴァ!」

 

 ワールドアイテム、カロリックストーン。

 こいつは無限のエネルギーを引き出す事ができるアイテムであり、恐らく最も出回っているワールドアイテムだ。なんせ無課金プレイをやっていた俺が手に入れる事ができたぐらいだからな。4年以上かかったけど。

 そしてこいつは複数手に入るという事もあり、様々な使い道がある。破壊と引き換えに『二十』のような強大な効果を得るもよし、俺やガルガンチュアのように動力源に使うもよし。

 そして―――一時的にその熱量を解放して攻撃するもよし、だ。

 

「……ああ。これは、この暖かさは―――!」

 

 解放された熱量は放射状に広がり、周囲のアンデッドを根こそぎ焼き尽くしていった。その範囲と威力は第十位階を超えて超位魔法の範疇にすら届く。

 俺のすぐ近くに居たリッチもまた例外ではなく、何か悟ったような事を言って跡形もなく消え去った。虚無ってんじゃねぇよ。

 

 

「いやー面白かったよ。特にニニャ君がンフィーレア君の引っ越しの手伝いしてる時にさ、エンリ君が首傾げながら心臓辺りを確認してるんだよね。青春だよねー」

「不意の胸の痛み、ですか。青春ですねぇ……死ねばいいのに」

 

 聞こえてるよリーダー。他の連中に聞かれたら面倒な事になるからそういうの言わんといて。

 

「で、リザードマンの村を狙うってマジ?」

「ええ。人間以外の種族からアンデッドを作った場合にどうなるのか、とか戦術指揮……は高望みし過ぎでしょうが『考える事』をさせてみようかと。

 ……やはり『慈悲と敬意』という考え的には認められませんか? 嫌ならやめますが」

「ん、いや別に良いんじゃね? 俺が慈悲を与えるのは俺に利があるか俺を仰ぐ者だけだからな。異教徒は殴っても良いって神父も良く言うだろ?」

 

 バリトンボイスが素敵な神父様である。エェイメンッ!

 

「それに俺の場合はそういうの試そうと思っても試せないし、バレない限りは戦力の拡充はやるべきだよ。っつーか、全身鎧一つ使って能機天が限界ってどういう事だだっつーの」

「あれは流石に効率が悪いですからね。では反対なしならこの件は可決という事で」

「ん。それで戦力は?」

「ゾンビが2000、スケルトン2000、アンデッドビースト300、スケルトンアーチャー150、スケルトンライダー100と指揮官って所ですか。総大将はコキュートスにやらせてみようかと思います」

 

 POPモンスターだけでこの数なら、まあ確かに大軍勢とも言えるが……倍以上を蹴散らしてきた身からすると「その程度か」って感想しか出ないな。

 それにしても総大将がコキュートス? アイツの事だから考えなしに突っ込ませて負けるんじゃないか? 軽く聞いただけだけど湿地帯だろ? 大丈夫か?

 

「負けるなら負けるで何かを得てくれれば良いですし、勝つなら勝つでこちらに損はありませんしね」

「どうせPOPモンスターだしなぁ……意識改善と実験を同時に行うとは、流石リーダー」

 

 はてさて、どうなる事やら。

 

 



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8 風呂とゴーレムとトカゲ

時系列順に進むので8巻を経由します。うわぁ。


 

「ナザリック地下大墳墓最高支配者モモンガ様、並びにマーキナー・ハイポセンター様。御入場です」

 

 アルベドの声と共に俺とリーダーが玉座の間に入る。正直こういう堅っ苦しいのは面倒なのだが、威厳を保つためには仕方ないと言われれば従うしかない。

 正直NPC達の忠誠は尋常ではなく、それを疑うのも保つ為に演技をするのもどうかと思うのだが。もっと自然体で接した方が良いと思うんだよ俺は。

 で、コキュートスだけちょっと動いたな。流石に思う所もあるか。ボロ負けした直後なら。

 

「ナザリック階層守護者、御身の前に揃いました。何なりとご命令を」

 

 リーダーが玉座に座り、俺もいつものように手前の階段に腰掛ける。俺がここに座るとアルベドが所在なさそうにするのだが、玉座二つ置くのも変だしね。悪いが我慢して貰おう。

 で、諸々の報告を聞いてるのだが両脚羊ってデミウルゴスお前……。

 

「デミウルゴス、アベリオンシープはナザリックの大規模補給線の第一歩だ。牧場か何かを作っているようだけど、発見されたりこっちに繋がる物は無いだろうな?」

「ご安心ください、マーキナー様。万全の対策を施しております」

「なら良いけど。後は……あ、そうだ良い事思い付いた。リーダー、確かデミウルゴスに魔王作らせてたよね? あれさ、俺の顕現体でやっちゃ駄目かな?」

「おお、それは良い考えですね! うむ、ではデミウルゴス、後でマーキナーさんと相談して諸々を詰めるように」

「はっ」

 

 どうせだし牧場の防衛も出来るようなヤツにしよう。うーん、どんなのが良いかな……あ、やべ。話進んでら。

 気付いたらシャルティアがリーダーの前に跪いてた。でもさぁリーダー、流石にお咎めなしはちょっと。

 

「ねぇリーダー、それじゃシャルティアも納得しないよ。確かにワールドアイテムの可能性に気付かなかった俺達が一番悪いけどさ、せめて何かしてあげないと」

「む、それは、その……では何か良い罰はありますか?」

「え? えーっと、えーっと……ほ、保留で」

「……うむ。ではシャルティア、後に罰を決定し与えよう。下がれ」

「はい、モモンガ様。失礼いたします、マーキナー様」

 

 何だよう、そんな目で見るなよリーダー! 俺だって一般人なんだから罰とかすぐ思いついたりしないっての! あ、シズには別だけどさ!

 そしてコキュートスの番なのだが、中々に良い成長をしてくれているようだ。しかしシャルティアに罰を与える身としては、任務を失敗したコキュートスにお咎めなしは駄目だ。

 

「―――己の手でリザードマンを殲滅させよ。アインズ・ウール・ゴウンに敗北は許されない」

「反省点はデミウルゴスの手を借りたみたいだし、今度こそ1人でね。一回負けた? 最終的に勝てばよかろうなのだ!」

「……オ、御二方ニ御願イシタイ儀がゴザイマス!」

「……あぁ?」

 

 おいおいおいコキュちゃん何言ってくれてんの? 流石にそれは違うでしょうよ。ねぇ、お願いする場面じゃないでしょ? 思わず立っちゃったよ? 足踏んじゃったよ? ん?

 

「待ってくださいマーキナーさん。一応聞くだけ聞きましょう」

「いやまあ聞きますけどね。タイミングがおかしい……いや、それも今後教えないと駄目って事かな」

「ですね。それでコキュートス、お前の願いとやらを言ってみろ」

「……ハッ! リザードマン達ヲ皆殺シにスルノハ反対デス。何卒御慈悲ヲ」

 

 ふむ、これはアレかな。武人的な敵への共感ってヤツかな。んー、ちょっと危ういねぇ。俺が言えた事じゃないけど、こういう部分が最終的にピンチを招くんだよ。

 

「俺達が慈悲をかけるという事は、従属による繁栄を望ませるって事で良いのかな?」

「ハッ。今ハマダ未熟ナ者ガ多イデスガ、今後屈強ナ戦士ガ生マレタ時ニナザリックヘノ忠誠心ヲ植エ付ケ、部下トスルノガ利益ニナルカト判断シマシタ」

「確かにリザードマンの死体では人間と変わらず、彼らに固執する必要もないが……アンデッドの方が費用対効果が良いし、忠誠心は言わずもがな。リザードマンを従えた所で数を増やしやすいという程度しか利点が見当たらないな」

「ソ、レハ……」

 

 確かにリーダーが言った程度の利点しか思いつかない。どうせリザードマンの装備じゃ原始的過ぎて俺の眷属創造の材料には使えなさそうだし、俺としてはどっちでも良いんだけどな。

 

「モモンガ様、マーキナー様。横からの発言、お許しください」

「ふむ、どうしたデミウルゴス?」

 

 と、何もメリットを提示できないコキュートスに代わってデミウルゴスが口を挟んだ。これがユウジョウか。

 

「先程のコキュートスの提案ですが、それに加えて私の愚案を聞いて頂ければと思いまして」

「言ってみろ」

「はっ。今回のリザードマン達についてですが、今後ナザリックが何処かを支配し統治する際のテストケースに使えるのでは」

「……まためんどくさそうな未来図が出て来たなオイ」

 

 俺とリーダーで分担してナザリックを回すのにヒィコラ言ってる中、更に仕事が増えると言うのか。ああいや、実務はNPCに任せっきりなんだけどね。

 とは言え今後の展開次第ではあるが、どこかを手に入れるって事は無くもないのか? 個人的には御免被りたいけど。

 

「……マーキナーさん、何か意見は?」

「まあ良いんじゃないですか? リーダーにお任せします」

「丸投げしやがったコイツ……では、リザードマンの村は殲滅から占領へと変更。コキュートスへの罰はその実行という事にする。

 それから守護者達よ、命令に関して思案を巡らせる事を止めてはいけない事をよく覚えておけ。何が最もナザリックの利益に繋がるか、更に効率の良い手段があるか……常に考え続けるのだ」

「「「はっ!」」」

 

 いやだって今後どこか支配しても俺は関わらない可能性高いし。余程面白そうじゃなかったらリーダーにお任せしますですハイ。

 

「では―――軽くだが、我々の力を見せてやろうか」

 

 

「ぶはははははは! あはっ、あはははっ、あひはははははは!」

 

 リザードマンの村へ改めて宣戦布告した後、俺達はアウラが作ったログハウスへ来ていた。と言うかリーダー、わざわざ作らせずにグリーンシークレットハウスの一つでも渡せば良かったんじゃね? 駄目?

 で、今は何をしているかと言えば遠隔視の鏡でリザードマン達の様子を観察していた。正確に言えば情事の覗き見だが。生存戦略ってやつですかね。

 

 ついでに今俺が座っているのはヨツンヴァインになったシャルティアの背中だ。いや最初はリーダーが座ろうとしたのだが、それだとご褒美になるからと俺が代わったのだ。

 誤算があるとすれば俺でも充分ご褒美の範疇だったという事か。リーダーは諦めて骨製の二人掛けのソファーに座っている。

 

 それとアルベド、羨ましいからって腰をくねらせるな腰を。男性陣から離れなさい。

 

『……それよりマーキナーさん、先程の話ですが』

『んー、シャルティアの事? まあ確かに一番考えられるのは偶然だよね。ただシャルティアがフル装備にならざるを得ない相手が尻尾巻いて逃げるかってーと……ねぇ?』

『まさかそれも偶然……有り得ますかね?』

『どうですかねぇ? ただそれなら監視が来てないってのも納得できます。他に情報系魔法の反応があったのは……カルネ村の時ぐらいですか?』

 

 俺達がやっていたように味方の状況把握にも情報系魔法は使える。つまりあの時リーダーの攻性防壁が発動してたのは連中の味方、つまり法国の連中である可能性もある訳だ。

 その情報収集部署が壊滅的なダメージを受けててんやわんや……とはちょっと考え辛いか。でも一般的な魔法使いが第三位階に到達できれば凄い、って世界なら国家単位でもそんなもんなのかな。

 うん、やっぱ情報足りねぇ。

 

『やはりどこかの情報網に便乗できれば良いんですけどね。どうにも情報が足りなくて……』

『だよね。どうする? いっそ周辺各国の主要都市にエ・ランテルばりの監視体制でも敷く?』

『バレた時が怖いのでそれは保留で……いや、いっそそれも魔王のせいにしてしまいましょうか?』

『お、流石リーダー冴えてる。良いね、人造魔王の悪行はガンガン積もう』

 

 この人造魔王計画は冒険者チーム「アインズ・ウール・ゴウン」の冒険譚の締めくくりとして登場させる予定の魔王についての計画だ。

 悪行の限りを尽くし、恐怖と混乱を撒き散らした魔王は因縁浅からぬマキナとモモンの活躍により倒れる―――というのが今描いている決着の図だ。

 

『それも確実に私達に繋がらないよう、準備が整ってからですけどね……とりあえずその方向で準備させておきますか』

『了解。ここでマッチポンプだって言われたらどうしようもないしね。今日は部下の頑張りを見守りますか』

 

 それじゃあ頑張って来いよ、コキュートス。

 

 

 あれからちょいと経った頃、俺はリーダーの執務室に来ていた。割と普段から入り浸ってはグダグダしているが、今日はちょっとだけ事情が違う。

 

「さて、ルプスレギナ。お前さん、何か言う事はないかい? 仕事に関して」

「仕事……カルネ村に関しての事でしょうか?」

「うん。いやね、今日エ・ランテルで話を聞いたんだけど……何、東の巨人に西の魔蛇がどうしたって? お前さん知ってた?」

「は、はい。その件に関しては知っています」

 

 居心地悪そうにこちらを見るルプスレギナ。身体の前で重ねられた手によっておっぱいがギュっとなってるがそこはまあどうでもええねん。ユリの方がデカいし。

 

「……そうか。何だルプス、お前あの村の仕事嫌か? 不満か? それなら他の奴に代えても良いんだぞ?」

「い、いえ! そんな事はありません! あの村での仕事は楽しいです! 不満など何も!」

「じゃあ何で報告しなかったよ」

「それは、その……大した情報ではないと思い……」

 

 ドゴンと鈍い音が響く。何かと思えばリーダーが机に拳を叩き付けている音だった。うわーびっくりした。

 

「……ルプスレギナ。お前には状況が大きく動きかねない際は報告しろと言ってあった筈だな?」

「そ、それは……」

「あー、まあリーダー落ち着いて。俺もちょっとネチネチ言い過ぎたな。なあルプー、さっき言った2匹のモンスターだが、ハムスケと同程度の強さらしいな?」

 

 静かに怒っているのか、スゥーっとなったリーダーを見て俺も頭を切り替える。どうやら認識の齟齬があったようだ。それならこれは命令を下した俺達の責任だろう。

 

「そのようです……」

「確かにハムスケ程度であればお前なら問題なく撲殺できるだろうよ。けどな、あの村はハムスケ1匹が暴れただけで全滅するような連中だぞ? それで状況が大きく動いてるって思わなかったか?」

「あ―――」

「それだな。今後命令に付け加えるとするならお前の基準で考えるな、だ。あの村は今後のナザリックの補給拠点の一つになる可能性があり、何より俺達がゴーレムまで貸したんだ。それが壊滅するのは非常に腹立たしい」

 

 俺達について辿られる危険性が無い訳では無いが、それ以上に補給拠点を増やすのは必要な事だ。最悪の場合は囮にだってなる。

 リーダーとしては技術を囲ってしまいたいようだが、それではナザリック全体が発展する余地が無い。個々の強さが上がらないにしても、物資を増やす事は戦力増強に直結するからだ。

 

「あ、そ、そうです! こ、これ! ンフィーレアが開発した新たな治癒のポーションです!」

「……先に出せって言える空気でも無かったな。まあ、これであの村の拠点としての価値は高まったね」

 

 慌ててルプスレギナがポーションを取り出したのを見て、怒りが再燃しそうになるがぐっと堪える。能力の詳細についてはまた追々調べる必要があるな。

 

「可能ならナザリックに監禁して研究だけをさせたい所だが、信頼関係を構築して自発的にやらせた方が効果は高まるとデミウルゴスも言っていた……故にあの村、特にンフィーレアとその周囲の者達は我々の庇護下に置くのだ。後は何かあるか?」

「か、畏まりました。では一つ。村をモンスターに襲わせ、そこでモモンガ様達が助ければより恩義を深く感じると思うのですが……」

「うむ、悪くない手だ。しかし我々の主戦力がモンスターである以上、彼らのモンスターへの悪感情はなるべく避けたい。人間等、我々が多く傘下に置かない種族ならまた別だがな。

 今後はンフィーレアやその周囲の人間を確実に守るように。多少は遊んでも良いがポーション研究に支障の出ない範囲にしておけよ」

「はっ!」

 

 一通り言う事も終わったのでルプスレギナを解放する。一応後で抜き打ちチェックは必要だな。仕事自体はちゃんとやってくれる筈だが……。

 

「そうだマーキナーさん、このポーションの製作祝いとして彼らには何か褒賞を出そうと思うのですが……何が良いでしょうか? やはり食事とかですかね?」

「ん? ああ、それで良いと思いますよ。あんまり高いもん渡しても持て余しそうですし……あの角笛が金貨数千とかの世界ですし、下手に何か渡すよりは良いかと」

「解りました……っと、会場はどこにしましょうか? 個人的には一度ナザリックの廊下の1つも見せてやろうかと思うんですが」

「異議なし。九階層ぐらいなら適当に見せてやっても良いでしょ」

 

 と言うかアイツらだと他の層だと死にかねない。精々六層ぐらいか?

 

「それじゃあマーキナーさん、私は巨人と魔蛇とやらを見てきます。あ、それと今日の9時ぐらいに守護者の男性陣とスパに行くつもりですけど、どうします?」

「お、良いですね。んじゃ適当にカルネ村の様子見てから行きますわ」

「解りました」

 

 などと言い、ぼちぼち別れて数時間後。俺はスパリゾートナザリックへと足を向けていた。チェレンコフ湯等のおかしな湯もあるが、最早現実では味わえない最高級銭湯だ。

 すると反対側から見慣れた人影が3つ。有角有翼、ゴスロリドレス、幼女エルフ。確認するまでも無くアルベド、シャルティア、アウラの3人だ。

 

「あら、マーキナー様。マーキナー様もこちらをご利用ですか?」

「ああ、リーダーと男の階層守護者皆でね……あれ? ヴィクティムって男だっけ? 女だっけ?」

「「「………。」」」

 

 皆気まずそうに視線を逸らす。男性陣にはリーダーから話が行ってるだろうけど……もしかしてアイツ、ナチュラルにハブられたのか?

 

『あー、ちょっと良いかヴィクティム』

『はい、お呼びでしょうかマーキナー様?』

『今動いても大丈夫か? これから俺とリーダー、それに守護者皆で風呂に入ろうと思ったんだけど。九層のスパリゾートな』

『はい、大丈夫です。それではご一緒させて頂きますね』

 

 ホニャホニャとした声を最後にそっと<伝言>を切る。うん、やっぱりアイツナチュラルにハブられてたわ。

 風呂程度で動かすってのもどうかとは思うが、どうせ侵入者なんざそうそう来ないし早期警戒網もキチンと動いている。たまには休める時間も欲しいだろう。

 

「……後で謝りんしょう」

「うん……」

「そう言えばあの子、本当にどちらに入るのかしら……」

「まあアイツに決めさせようぜ。それとアルベド、にじり寄るな。股間を押し付けるな」

 

 これは失礼致しました、とアルベドが下がる。どうせナニもないからどうしようもないぞ。俺とドッキングするには専用端子が必要になるからな。

 

「シャルティア……だと少し不安だな。アウラ、アルベドの監視頼むぞ」

「はいっ!」

「ああっ、そんなご無体なっ!」

「何やってんですかマーキナーさん……と、お前達も来てたのか」

 

 「私戦力外!?」とへこんでいるシャルティアを皆でスルーしていると、丁度用事も終わったのかリーダーもこちらにやって来た。後ろにはコキュートスも居る。

 

「これはモモンガ様。そう言えばモモンガ様もマーキナー様もこちらに来ている御姿は見掛けませんでしたが、普段は部屋のお風呂をお使いに?」

「ああ、そうだな。骨の体だと中々細かい所までは洗い辛くてな……」

「俺は普段からシズに任せっきりだからなー。一応一回使ったらパーツごとに摩耗確認とか洗浄はしてるけど」

 

 機械系キャラクターは疲労が無効化される代わりに自身の体を構成するパーツにアイテムと同様に耐久力が設定されている。

 当然よく使うパーツは耐久力が減らないようにしてあるのだが、こっちの世界ではそれがどういう風に働いてるか解らないので念入りにチェックをしているという訳だ。

 これは俺自身に大きく関わる事なので、俺の部屋の一角では機械系モンスターがずーっとスクワットし続けているという随分シュールな絵面が出来上がっている。まあ一種の耐久度試験だな。

 

「機械系はなるべく水に濡れないように、と伺っておりますがマーキナー様はやはり大丈夫なのですか?」

「モノによるな。耐水性の高いパーツなら問題ないし、神器級のやつは属性防御やらが必然的に高いからそこでカバーしてある。コアだけならもっと大丈夫だ」

 

 つまりアレだ、生活防水。

 

「おや、皆様お揃いのようですね。お待たせして申し訳ありません」

「あ、マーキナー様。ヴィクティムさんは僕達と男湯に入るみたいです」

 

 どうせだしデミウルゴス達も待つかと本格的な話し込みの体勢に入った所で丁度来たようだ。マーレがヴィクティムをぬいぐるみのように抱えている。

 

「お呼び頂き光栄です」

「……済まん、ヴィクティム。お前を呼ぶのを忘れていた」

「いえ、お気になさらず。これでもナザリックの防衛の一角を担っている身、自分ではそこを離れるなど考えもしませんから。

 ですが、私がこのような場に呼ばれたという事はマーキナー様に守護者の皆やシモベ達による警戒や防衛を信頼して頂けているという証拠にもなります。

 私の務めを妨げないようにというモモンガ様の御気持ちも、皆の頑張りを信頼して頂いているマーキナー様の御気持ちも共に嬉しいのです」

「ヴィクティム……! そうか、解った! では今は共に湯に浸かろうではないか!」

「はい!」

 

 え、ええ子や……! ヴィクティムめっちゃええ子や……! ほら、デミウルゴスなんか感極まって号泣してるし!

 あとリーダー、本当に素で忘れてただけでしょ? ねぇ、そうなんでしょ? ヴィクティム小脇に抱えて逃げようとしてるけど、忘れてたんでしょ?

 

「まあとりあえず入るか……と、それから風呂場で暴れたりすんなよ?」

「「「はい」」」

 

 逃げ出したリーダーの後を追って男守護者3人と脱衣所に入る。ヴィクティムとコキュートスは普段から全裸だからこういう時は早いな。まあ俺も一発なんだけどさ。

 

「ふぅー」

「「「えっ!?」」」

「ん、ああ知らなかったか? マーキナーさんの本体はカロリックストーンだけだぞ」

 

 ガションとパーツを脱いで脱衣所の隅に置けばそれで完了だ。骨だけで動いてるリーダーもリーダーだが、ふよふよと空中に浮かんでる俺も俺で中々謎だ。

 因みにこんな状態でも五感は正常に働いており、浮いているから足は要らず、多少雑だが魔法で物を動かす事も出来る。

 

 勿論この状態ではHPと防御力はカロリックストーン自体の耐久力だけしか無いし、コキュートスのように外皮鎧でも無いのでステータスも最低限しかない。

 機械系キャラクターでコアが存在している場合はステータスの大半を体のパーツに依存してるので、シズはコアを使わないタイプにしているぐらいだ。

 

「カロリックストーン……確かワールドアイテムでしたね。ガルガンチュアにも使われていた筈ですが」

「ああ、アレはギルドで取ったやつだな。コレは俺がコツコツ集めたアイテムを引き換えにゲットしたやつだ。流石に俺程度の発言力じゃギルドのワールドアイテムは持てないさ」

「幾ら入手が簡単とは言え、よくそこまでアイテム溜められましたよね……」

「伊達に生産職メインで取ってないっすよ」

 

 ふよふよと浮かんだまま浴室へと向かう。まずは体を洗うべきなのだが、生憎と魔法で洗うと雑になるのだ。

 そして今はマーレがリーダーを洗い、デミウルゴスがコキュートスを洗っている。それなら残った奴に頼むべきだろうな。

 

「悪いがコキュートス、背中……と言うか体丸ごと洗ってくれるか? お湯をかけてスポンジで磨いてくれればそれで良い。あと折角だしリーダーはヴィクティムを洗ってやってあげて」

「ああ、それが良いですね。ヴィクティム、こっちに来い。綺麗にしてやろう」

「身に余る光栄、恐縮です。お願い致します」

「デハマーキナー様、コチラモ。力加減ニハ注意シマスガ、不具合ガアルヨウナラスグニ仰ッテクダサイ」

 

 俺のコアであるカロリックストーンは多少角ばった球体だ。なのでどんなに丁寧に洗ってもあっという間に終わる。

 ざばっとお湯をかけて貰った俺は真っ先に浴槽に浮かび始めた。ほどなくデミウルゴスも体を洗ってやってくる。うーん、ナイスバルク。

 

「おや、少し熱め……ああ、マーキナー様ですか?」

「ん、悪い。少し熱量漏れてたか」

「いえ、私は熱めが好きですのでこれはこれで……」

「でもコキュートスは嫌だろ。少し冷ますぞ」

 

 ついうっかりカロリックストーンの熱量が漏れていたようだ。俺は魔法を使い、周囲の湯の温度を少しだけ下げる。

 

「ム……」

「あー、やっぱまだ熱かったか。悪い、少し離れた方が良いな」

「イエ、ソレデシタラ私ガ離レレバ良イ事。私ノ方デ調整シマス」

 

 身体を洗い終えて湯船に入ったコキュートスが何度か左右に動き、丁度いい場所を見つけたのか停止する。その頃にはマーレとヴィクティムも湯に浸かっており、リーダーが来たのはそれから暫くしてからだった。

 

「また時間掛かったねリーダー。やっぱ隙間多いと大変?」

「ですねぇ……普段は専用のスライムを使ってるぐらいですよ」

「スライム風呂デスカ……」

「アインズ様の御尊体をお清めできる仕事……羨ましいですねぇ」

「はい……」

「確かに羨ましいですが、我々は我々の為すべき事を致しましょう。それに、その理論で言うとマーキナー様の御世話を一手に担っているシズ様に嫉妬が集まってしまいます」

 

 ねぇリーダー、ヴィクティムが超良い子なんだけど。下手するとデミウルゴスより気配りできる子っぽいんだけど。凄いよこの子。言葉自体はホニャホニャしてるけど。

 で、何か女湯が騒がしいんだけど……ん? 風呂、騒がしい、ギミック……あっ!

 

 ―――マナー知らずに風呂に入る資格は無い! これは誅殺である!

 

「……何でしょう、今の声は」

「……リーダー、一回出ますか。その後もう一度入り直しましょう」

「……そうですね、そうしましょう。因みに今の声はるし★ふぁーさんだ。あの人には随分と迷惑をかけられたものだ」

「特に俺なんかあの人のストッパーがメインの仕事だった時期もあるしね……あー、何か思い出したら腹立って来た。カロリックブラスターでもぶっ放してやろうか」

「風呂場が壊れるんでやめて下さい」

 

 はい。

 

 



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9 発進!機械神!

5巻は丸々すっ飛ばしてます。うわぁ。


 

「遅くなりまして申し訳ございません」

 

 俺、リーダーに扮したパンドラズ・アクター、デミウルゴス、ヴィクティム、コキュートスが居る部屋にセバスが現れる。あとついでにソリュシャン。

 こっちとしても内心ドキドキである。なんせシャルティアに続いてセバスに離反の恐れありときたもんだ。まあ今回はただの気まずさからの隠蔽だろうけどさ。

 

 念のためではあるが俺は今回全パーツ神器級装備で固めてある。相性で言えばフル装備のリーダーにも勝てなくはない仕様だ。戦術で負けそうだけど。

 そして話を戻すが、セバスの行動に関しては完全にたっちさんの影響だろうな。あの人もあの人でリーダーとは別ベクトルに歪んでた人だったし。軽度のメサイアコンプレックスと言うべきか。

 

 まあそれ自体は良いんだ。人助け大いに結構。他のプレイヤーの目を考えるならガンガンやって欲しい所である。

 が、その結果として厄介事を招いたという話だ。それはいかん。特にこっちが対応する時間が無いのがいかん。一言話してくれれば面白おかしい方向に持って行けたのに。

 

 ルプスレギナもそうだったが、自己判断で報連相を怠った訳だな。これは一度徹底的に意識改善をさせた方が良いのかもしれないな。防災訓練? いや違うか。

 で、そんな事を考えている間に一応の確認としてセバスにツアレとやらを殺せる一撃を放たせた。それをコキュートスに受け止めさせ、この件は以後不問とするとの事だ。

 

 そして今後の事についてだが、俺としては大金出して買った屋敷を手放すのは正直口惜しい。ただここに来る前にリーダーが言っていた通り、ここに残るメリットも無いのだ。

 ただ折角王都に来たんだし、少しぐらい散策してもバチは当たらないだろう。流石にこのフル装備顕現体じゃ無理だけど―――ってリーダーと一緒に本体来たし。

 

 本体が来た以上、記憶の共有の為に一度顕現体を解除しないといけな――以上、本編に沿ったシーンで一言も喋らなかった俺、のシーンでした――何だ今の?

 

 

「でさあリーダー、拾った子はカルネ村にでも放り込んどけば良いんじゃない? あそこでも流石に駄目かな? 他のプレイヤーへの友好アピールにもなるけど」

「んー……つい漏れた一言が原因で虐殺、というのも後味が悪いですから駄目ですね。それにあれだけ信頼されている以上、下手に頭数を増やしても効果はあまりないでしょう」

「それもそっか。じゃあ他の拠点は……デミウルゴスの牧場だと力仕事が多いからパスだな。あ、そうだリーダー。あそこ用の食料が足りないんだった。小麦とか買い付けできないかな」

「解りました。セバス、倉庫でも借りて小麦を買い付けろ。ナザリックまではシャルティアに<転移門>を使わせる。そこから先はデミウルゴスに任せて良いか?」

 

 仲が悪かろうとこういう時の返事はピッタリな二人である。まあ、それを言ったらNPC達は何体居ようが一糸乱れぬ反応が可能なのだが。スゲェよお前ら。

 で、セバスが拾った子をナザリックで働かせたいと言い出した。やがて反発したデミウルゴスとの言い合いになるが……リーダー? 何遠い目してんの? 解り辛いけどこればっかりは雰囲気で解るよ?

 

「あははははっ! そうだ、そうだな! 二人ともよく喧嘩をし―――チッ、抑制されたか」

「……ああ、たっちさんとウルベルトさんか。確かに今のは似てたけど、結局どうするのさリーダー」

「ふむ……セバス、そのツアレとか言う女を連れて来い。それから決めよう」

「はっ!」

 

 セバスが踵を返して数分もしない内にまた現れる……けど、そういや何かどっかで見た顔だな。どこだ?

 

「……マーキナーさん、どう思います? たまに村の様子見に行ってますよね」

「……あ、あーあーあーそういう事か! うん、似てると思うよ。一回会わせてみる?」

「ふむ……まあ、乗り掛かった舟です。マーキナーさん風に言うなら弱者への慈悲、という所ですか」

 

 何かと思ったらこの子、ニニャ君に似てるんだわ。うん、確か姉がどうこう言ってたし。まあ人違いだったらそれはそれで構わないんだけどさ。うん、たまには感動モノの話も良いよね。

 そしてリーダーはツアレ君との問答の末、彼女を保護すると決めた。所属はセバス直轄メイド見習い。同時にプレアデスをプレイアデスシフトに変更するそうだ。とは言え全員で動く事は当分ないだろうけど。

 

「では諸々が片付いたら我々も帰還するとしよう。どうせなら王都観光でもと思ったが……流石にそれは気を抜き過ぎか」

「あ、それならリーダー。デミウルゴスとちょっと行きたい所あるんだけど良いかな? 危ないなら顕現体使うからさ」

「まあそれなら構いませんが……一体どちらに?」

「まあ色々と、ね」

 

 顕現体は大体このまま使うとして……あ、頭パーツはステルス機能があるやつに替えとこ。

 

 

 そして翌日。顕現体である俺は小麦と一緒にナザリックに戻る予定なので今日はツアレ君とお留守番である。セバス達についてっても良かったんだけど、流石に一悶着あった後に1人にするのもちょっとね。

 

「―――とまあ我々の本拠地、ナザリック地下大墳墓の組織図はこんな感じか。多少端折ってる所もあるけど機密とかもあるんで勘弁ね」

「いえ、わざわざ説明してくださってありがとうございます。マーキナー様」

「礼は良いさ。これからウチで働くんだから、簡単な説明ぐらいはしてやらないと……客、じゃないな」

 

 そして手持ち無沙汰なのでツアレ君にアインズ・ウール・ゴウンの大体の説明を行っているのだが、なーんか変な奴が居るな。

 三人……ドアの前でごそごそやってる? ああ、ピッキングしてんのか。面倒だしこっちから開けてやろう。

 

「下位眷属創造、ツアレ君を守れっと。悪いが客みたいだ、少し出てくるよ」

「あ、はい……」

 

 盾の機天を創造し、俺は入口の鍵を内側から開ける。お、動きが止まった。ビビってんのか?

 

「……どうした?」

「いや、唐突に鍵が開いた……内側に誰か居るのか?」

「いや、<透視>で見たが誰も居ないな……罠か?」

「……何か仕掛けがある手応えじゃなかったな。気配も感じないし、たまたま鍵がすぐ開いただけかもしれん」

 

 ボソボソと招かれざる客が相談する。いや空いたんだから入って来いよ。流石に軒先で吹っ飛ばす訳にもいかないんだからよ。

 と、ようやく結論が出たのか慎重に入って来る。盗賊2人に盗賊系魔法詠唱者って所か? はーいいらっしゃーい。

 

「誰も居ない……な。それに妙に片付いてやがる」

「何だ、まさか逃げたのか?」

「この規模の屋敷だ、すぐに逃げられるとは思わんが……」

「ああ、引っ越しの最中だ。気にしないでくれ」

「「「ッ!?」」」

 

 3人が完全に家の中に入ったのを確認し、鍵をかける。そこで俺はステルス電波、もとい頭パーツが発動していた<完全不可知化>を解除した。

 

「だっ……な、何だテメェ!」

「いや普通に考えて住人だろうよ……いやそれも違うか。まあいいや、何の御用で?」

「チッ……女しか居ないんじゃなかったのかよ」

「どうする? こいつは殺し……何だコイツ」

 

 誰何しといて人の質問には答えませんかそうですか。まあ今のパーツは人間っぽさがあんまりないから「誰」よりも「何」って感情が強くて混乱するのも解るがな。

 

「無視されるのは非常に不愉快だ。中位眷属創造―――拷問の力機天」

「がっ!?」

「う、うわぁっ!?」

「なんだコレ!? おい、出しやがれテメェ!」

 

 現れたのは人数分の鉄の処女。その中に3人ともすっぽり収まってしまい、声を上げる事以外できなくなってしまう。

 因みにこの機天は外見こそ狭苦しい鉄の処女だが、中は意外と広く様々な拷問器具がずらりと並んでいる。んー、どれからいこうか。

 

「流石に苦悩の梨は使いたくないし……まあ、手っ取り早く親指締め機で良いか。じゃあやっちゃって」

「「「ぎゃあああああああああああっ!?」」」

 

 俺がお仕置きの方法を指示すると、見事に絶叫がハーモニーを奏でる。流石にうるさいので顔の部分の蓋も閉めてあるが、それでも結構聞こえるもんだな。

 

「それじゃあ改めて聞くけど、君達は誰で何のご用ですか?」

「は、はぁ……はっ! だ、誰が言う―――」

「ワニのペンチ追加ー」

「があああああああああああっ!」

 

 バツンと股間辺りから鈍い音が響く。ちゃんと熱してあるから出血多量で死ぬ事は無いだろう。では次、真ん中の君にいってみよー。

 

「はい、3度目の正直。どちら様? ご用件は?」

「あ、ああ……は、八本指のもんだ。ここにいる女を連れて来いって……」

「誰から?」

「そ、それは知らねぇ! 上からやれって言われただけなんだ! 信じてくれ!」

 

 この子はちょっと拷問に弱いね。まあ俺も強いかって言われたら全力で「NO!」って言うけどさ。まあ手間がかからなくて結構。

 

「浚ったらどこに連れてくとか言ってた?」

「あ、ああ。手紙を置いてくつもりだったんだ……あ、後は何だ!? 何でも答える! だからもうこれ以上はやめてくれ!」

「って言ってもあと特に聞きたい事は……あ、サンキュ。えーっと何々……?」

 

 拷問の力機天がするりと手紙を抜き出してくれる。一体どういう構造してるんだか解らないが、今は気にしてる時でも無いだろう。

 そういや昨日色々と八本指について情報貰ったなー、と資料を探ればその1つが手紙に書かれていた。うーん、こりゃ相談案件だな。

 

「頼む、この指のやつを外してくれ……もう感覚が無いんだ……」

「あ、ごめんごめん。忘れてたわ―――やっていいぞ」

「「「ぐあああああああああっ!?」」」

 

 ぐしゃり、と侵入者の頭蓋が粉砕される。ウチに入ろうとした時点で生き残れる訳が無かろうに……ふむ、よく考えればこの手紙は俺達への挑戦状と受け取れるか。

 じゃあ、こちらも相応にお相手しないとね。

 

 

「さて、それでは作戦の説明を始めましょうか」

 

 コツ、と靴を鳴らしたデミウルゴスが集まった面々に振り返る。シャルティア、マーレ、ソリュシャン、エントマ、セバスの他にモンスターが少々。王都を壊滅させるだけなら誰か一人でも居れば充分と言える戦力だ。

 因みにツアレは既にシャルティアの<転移門>でペストーニャに預けてある。何か一悶着あったのか、送って行ったセバスの顔が若干赤くなっていた。この色ボケ爺が。

 

「今回の作戦はモモンガ様、マーキナー様の両名が保護するとお決めになった人間、ツアレを誘拐しようとした愚かな人間共―――八本指とやらへの誅殺です。

 確かにツアレも人間ではありますが、至高の御方々が保護すると決められ、マーキナー様が八本指への誅殺を行うと決めた以上は我々は全力を以ってその命に従います。異論のある者は?」

「「「………。」」」

「ありませんね。ではまずセバス、君は呼び出しのあった場所へと向かい、そこにいる連中を殲滅しなさい。

 既にマーキナー様がツアレの姿を読み取ったドッペルゲンガーを向こうに置いて下さっていますし、資料なども手に入っているので探索等は必要ありません。

 ナザリックに唾を吐いておきながら得意気になっている連中に絶望を見せてきなさい。殲滅後はシャルティアの<転移門>を使い、ナザリックに帰還するように」

「はっ」

 

 この後の作戦の性質上、あまりセバスに長居されても困るのでさっさと出て貰う。やれやれ、今後は誰か助けるにしても報告位はしてもらいたいもんだな。

 そして協力者との取引をした上での諸注意を行い、デミウルゴスの説明が一通り終わる。諸々の物資不足を一気に解決できるし、人造魔王の第一歩としては申し分ない計画だろう。

 

「では、この作戦は顕現体ではあるがマーキナー様もご覧になっておられる。各員、全力を尽くすように……最後にマーキナー様、一言お願いします」

「ん? ああ……まあ、何だ。正体はバレないようにな。これはあくまで『アインズ・ウール・ゴウン以外の奴がやった事』なんだから。じゃあ頑張れよ」

 

 

「んー? なぁデ……ヤルダバオト」

「はい、何かござましたか?」

 

 王都の一角、襲撃地点の多くが見渡せる高い建物の屋根の上に俺達は居た。そして手持ちの時計と予定を見比べると、どうも遅れている箇所がある。

 そして俺は頭をエッグヘッドにし、デミウルゴスは変なマスクをかけていた。眼に当たる部分が四つあるのだが、さっきから顔に合わせて結構伸縮している。こんなアイテムあったっけ?

 

「いや、マーレとエントマの所が遅れてるみたいなんだけど……何かあったのか?」

「マーレからは目標を確保して恐怖公の所に入れたと報告がありましたが、確かにエントマは遅いですね……見てきましょうか」

「ああ、それなら俺が見てくるよ。どうせ見てるだけってのも暇だし、責任者がそう簡単に動くな……って、俺が言っても説得力ないか」

「いえ、私は貴方様の御言葉に従うまでです。お手数をお掛け致します」

 

 いいって事よ、とふわりと宙へ飛び立つ。向かった先は一つの屋敷。マーレの魔法によって植物に覆われた屋敷は―――あぁ?

 

「おいおいおい、どーしたってんだこりゃあ?」

「あ―――」

「む……?」

「チッ、新手かよ!」

 

 エントマは戦闘中だった。相手は3人、忍者っぽい奴は倒れ、仮面をつけた子供は水晶で出来た馬上槍の石突に立っている。

 最後の男か女か解らんのは事もあろうに千鞭蟲に包まれている。おいおいおいおい、確かアレってエントマの切り札だろ? 何でそれ使う様な戦闘になってんだよ。

 

「帰りが遅いと思って見に来れば戦闘中ときたか。怪我は無いか?」

「は、はい。問題ありません! すぐに片付けますので―――」

「駄目だ。流石にお前じゃ荷が重い、サッサと戻れ」

「……畏まりましたぁ」

 

 しょぼんと肩を落とすエントマの頭を軽く撫でてやる。ガサガサしてるかと思ったら意外と手触り良いでやんの。あ、短い毛が生えてるのか。

 エントマは蟲を帰還させ、自らも巨大な蜻蛉に回収されて飛び去って行く。さて、問題はコイツらか。しかし何で動かない?

 

「……おい、どうしたイビルアイ?」

「まずいな……勝てる気がしない。誰が足止めをして誰が逃げようが一歩歩き出した瞬間に殺されそうだ」

「……絶体絶命」

 

 ああ成程、絶体絶命のピンチに動くに動けず……ってオイオイマジかよ。

 

「その首にかけてるのはアダマンタイトのプレートに相違ないかな、お嬢さん方?」

「……それがどうした」

「いや、アダマンタイト級冒険者って言ってもこの程度なんだな、と思って。それで君達は……青い方、で良いのかな?」

「人間社会にも詳しい、か……何だテメェ」

 

 間違いない、こいつら青の薔薇って連中だ。しかし3人掛かりでエントマにやられるような奴が忍者とか冗談キツいぜ。コスプレか?

 

「まあ何だって良いだろ。それよりウチのもんが世話になったみたいだが、何かあったのか?」

「やっぱあの蟲メイドの親玉か……アンタの部下が人を喰ってたみたいなんでね、ちょいとお仕置きしてやろうと思ったのさ」

「まあ冒険者なら見逃すはずも無いか……ふむ、どうしたもんかな? こちらとしても将来使えそうな連中を無駄に殺す気はないけど、かと言ってこのまま返すのも……」

 

 一通り考え、そして結論を出す。

 

「―――よし、決めた。1人か2人連れてって知ってる事洗いざらい吐いて貰おうかな。最高位冒険者なら色々と知ってる事も多いだろ」

「チッ! マジかよ!」

「最悪……!」

「殿は私がやる! 全力で逃げろ!」

 

 俺が結論を出したのと同時に筋肉女と忍者が走り出す。仮面をつけた子供―――じゃ、ないな。そもそも人間ですらない。死体? あ、吸血鬼かな?

 まあ良いけど、殿はほっといて走ってる2人は止まろうか。はい指ビーム。

 

「がぁっ!?」

「ぐっ!?」

「チッ! <魔法最強化・結晶散弾>!」

 

 俺の指先から放たれた攻撃に2人はバランスを崩して倒れ込む。そして目眩ましのつもりか水晶の礫を大量に放たれるが、その魔法は吸収される。んー、吸血鬼の割にレベル低い?

 

「無効化された!? くっ、一体何の種族だ!」

「聞かれて答える事でもなし、言って理解できるとも思わないね。はいビーム」

「がぐっ!」

「ぎっ!?」

 

 念には念を入れて倒れ伏した2人の足に風穴を大量に空ける。あー、回復用のポーションか何かもってやがるな。面倒だし壊しとくか。はいビーム。

 

「おのれ倒れた奴に何度も……!」

「別に君の攻撃は痛くも痒くもないし、これが一番楽だろ? それより今の内に逃げればどうだ? あの2人を見捨てるなら君は追わんぞ?」

「ほざけ……空を飛んでも今の攻撃で撃ち落とされ、転移魔法は次元封鎖なり何なりを持っているんだろう?」

「ほう? そういう事は知ってるんだな? 如何にも持ってるが……君の知識量に少し興味が沸いてきたな」

 

 やはり仲間は見捨てられないか。死んでいればまた違ったのだろうが、なまじ生きているから余計に見捨てられないと。

 そして一部の悪魔や天使が持っているスキルを知っている、か。何だかんだ言っても最高位冒険者、これは悪くない情報を得られそうだな。

 

「御免被る! <魔法抵抗突破最強化・水晶の短剣>!」

「いやだから効かねーって。レベルが足りねぇんだよ、レベルが」

「糞が……一体なんだ!? コイツは一体……!」

 

 ふむ、そこまで知りたいか。ならそろそろ頃合いだし自己紹介しとこうか。

 

「なぁ? マキナァ……!」

 

 フルフルニィィィ、と笑って俺達の目の前に落ちてきた俺とリーダーを見る……いやちょっと待って何でいんの? あ、シズとユリも居る。

 

 

「んー、中々に面白い事になってるね。こんな面倒な移動法じゃなかったら一回顕現解除して情報共有したのに」

「……そう言えばマキナさん、顕現って長時間もつんですか?」

 

 俺達はレエブン候とやらの依頼を受け、<飛行>に<浮遊板>を組み合わせた移動法で王都へとやって来ていた。王都では中々派手にドンパチやっているらしい。

 そんな中でふとリーダーが疑問を投げかけてくる。それと俺は移動中、シズを膝に乗せっ放しである。ユリも怖い目してないでいい加減慣れろ。俺とシズの関係はこれがデフォなの!

 

「一応自室で実験中です。ずーっと新しいパーツ作ったり整備したりしてるのが居ますけど問題なく戻れそうですよ」

「ああいや、効果時間って意味なんですけど……そっちの問題もありましたね。どういう感覚なんですか?」

「ふっと思い出す感じですかね。流石に一瞬ガクンってなりますけど、それ以降は問題なく同一時間上の2つの記憶の両方が自分の物だって認識できてます」

 

 元々記憶なんて適当で曖昧なものだ。多少時間軸がダブってても何も問題は無い。2つの場面を同時に思い出すなんて器用な真似は元々できないしな。

 

「それでリーダー、気付いてる?」

「ええ、顕現体が遊んでるみたいですけど……ああいう事してると今みたいに不意を突かれますよ?」

「大丈夫、向こうもこっちに気付いてるよ。それとデミウルゴスに<伝言>入れておいて」

「もう済んでますよ―――途中で悪いが、我々はここから現場に急行させてもらう。着いて来た場合は君達の安全は保障しかねるので注意してくれ」

 

 リーダーが<全体飛行>を使い、俺達は顕現体と仮面の誰かが向かい合っている場面に現れる。それと同じくデミウルゴスが顕現体の後ろに現れたのだが、何でアイツは四つ目のマスクをつけているのか。ふざけているのかぁ!

 

「なぁ? マキナァ……!」

 

 クレイジーサイコホモのような顔でこっちを見てくる顕現体。いや何の同意を求めてるんだよ。そもそも今はエッグヘッドだから表情変わらんぞ。まあ良い、今は乗ってやるか。

 

「テメェ……マデウス! 何でこんな所に居やがる!」

「ん? 何、ちょっとした探し物さ。ウチの部下が仕事中にこいつらと遊んでたんでな、手が空いてた俺が代わっただけだよ」

 

 これぞ秘儀「一人芝居」である。マッチポンプどころの話ではない。状況の確認やら何やらも必要だし、少し話すか。

 

「相変わらずだなテメェは……お嬢ちゃん、怪我は無いか?」

「生憎と一度もまともに攻撃されていなくてな……それよりアイツの名を呼んだな? アレは一体何だ? それとお前達は……ん、そのプレートは!?」

「ああ、俺達はアインズ・ウール・ゴウン。アダマンタイト級冒険者だ。それにそちらは……青の薔薇、だったっけ?」

「ああ、イビルアイと言う。協力を要請したいが……勝てるか?」

 

 んー、顕現体がコイツへの攪乱を含んだ言葉を入れてないなら昨日の夜に仕入れた情報で動いてるって事か? 確か八本指への粛清中の筈だけど……まあ良いか、後で確かめよう。

 

「まあ、俺1人でも時間稼ぎぐらいはできるさ……アイツはマデウス。機械神、マデウスだ」

「マデウス……機械、つまり時計やら何やらの神だと? 馬鹿な、そんな奴がいると言うのか……!」

「ああ、知られちゃったか。まあ良い、改めて名乗るか。俺はマデウス、コイツはヤルダバオト。以後お見知りおきを」

「偽名になってねぇな……シズとユリはそこで倒れてる2人を回収、下がってろ。俺はマデウスをやる。リーダー、アイツ頼める?」

 

 指示を出すと二人は転がってる筋肉女と忍者を引きずっていく。明らかに怪我人へ配慮した運び方ではないが、それぐらいは我慢して貰おう。

 

「ええ、大丈夫です。それとイビルアイさん、危険ですので私の後ろに」

「あ、ああ……本当に大丈夫か? あのヤルダバオトと言うのも相当強いぞ? 正直私ではマデウスとどちらが強いのかも解らん」

「大丈夫。今は二人しか居ないけど―――」

「アインズ・ウール・ゴウンに敗北は有り得ません」

 

 俺は拳を握って顕現体へ飛び、リーダーは<三重魔法最強化・魔法の矢>でサーカスをおっぱじめていた。また見事な弾幕である。

 その間を縫うように顕現体は飛び、俺も何度か射撃を繰り返しながら屋根の上へと飛び上がった。

 

「ハッハァ! その程度かマキナァ!」

「ほざけ! そこだぁっ!」

 

 俺と顕現体は適当に音の出る射撃で周囲の建物に風穴を開けつつ、リーダーとデミウルゴスの居る辺りから程々に離れた所まで移動する。

 二人も結構派手にやり合っているらしく、そろそろ切り上げても良い頃合だ。即座に顕現体を解除し、崩れ落ちた体を支えながら状況を確認する。

 

「ふむ、ふむ、ふむ……うん、中々良い作戦じゃないか。流石デミウルゴス。じゃあコレに俺達を組み込んで……よし! これだ!」

 

 記憶の整理が完了し、修正を行った所で再び顕現体を発動。また暫く屋根を破壊していくと、丁度デミウルゴスがこちらに目配せをして去っていく所だった。では顕現体、武運を祈る!

 

「おーいリーダー大丈夫……って、何で抱えてんの?」

「ん、ああ。デ―――ヤルダバオトが彼女を狙って攻撃していたので、庇うよりはこちらの方が楽かと思いまして。申し訳ありません、許可もなしに抱えてしまいました」

「いや、気にしないでく―――ださい」

 

 はて、何か顕現体の記憶にあった声よりオクターブが高いぞ。いや敵と味方ではトーンぐらい違うだろうが……あとリーダー、小脇にってのはどうかと思うよ。幾ら死体でも女の子なんだからさ。

 リーダーが俺の視線に気づいたのか、イビルアイを下ろす。んー、何か距離近くね?

 

「助けて頂きありがとうございます。改めまして、私はアダマンタイト級冒険者チーム、青の薔薇のイビルアイと申します」

「これはどうもご丁寧に。同じくアダマンタイト級冒険者チーム、アインズ・ウール・ゴウンのモモンです」

「同じくマキナ。で、あと2人が……お、来たな? シズ、様子はどうだ?」

「出血はなし、穴が開いていただけです。如何なさいましょう?」

「んー、ポーションでもぶっかけとくか。とりあえず移動しようぜリーダー」

「ええ、そうしましょう」

 

 ユリを護衛に残した形なのか、シズがこっちに戻って来る。その先導で移動すると路地に筋肉女と忍者が転がされていた。ここは恩を売っとくとしよう。

 

「すまねぇな兄ちゃん……何か、見ない色のポーションだな?」

「特別製さ。そういやそっちの名前、聞いてなかったな」

「ああ、わりぃ。俺はガガーラン、こっちはティアだ……助かったぜ。あと少しで連れてかれちまう所だった」

「きっとあんな事やこんな事されて尋問されてた。女戦士ガガーラン~淫欲の檻の中で筋肉が躍る~みたいな状況になってたかも」

 

 誰がするか。

 

「それでお聞きしたいのですが、ここで何があったんでしょう? ヤルダバオトは探し物をしていると言っていましたが……」

「そのついでに人も喰ってたって訳か……少し離れてたが屋敷があったろ? あそこは八本指っつー犯罪組織の拠点の1つでな、襲撃してとっ捕まえる予定だったんだ」

「でも先を越された。蟲と符術を使うメイドが居て、人を喰ってたから見過ごせなかった」

「その戦闘の途中に私が追い付きましたが、その直後に奴―――マデウスが来たんです。蟲メイドには逃げられ、私の魔法は一切効かず、奴には遊ばれる始末……」

 

 そこから先は顕現体の記憶にあるな。ふむ、この様子なら問題なく修正案にもっていけそうだ。お、ありゃゲヘナの炎か。うん、予定通りだな。

 

 

「―――とまあ、そういう予定な訳よ」

「成程……名声と資産を同時にゲット、という訳ですか。素晴らしいですね」

「更に依頼内容の変更に合わせて報酬の値上げもできたしね。デミウルゴス様々だよ」

「後でご褒美の1つでもあげないとなぁ……」

 

 作戦説明の待ち時間に俺達の真の目的をリーダーに説明する。多少の変更はあるだろうが、向こうにはマデウスこと顕現体も居る。修正は簡単だ。

 と、何か髭面が近付いてきた。何だっけどっかで見た顔だな。

 

「お久しぶりです。モモンガさん、マーキナーさん」

 

 ……あ、この髭面はアレか。最初にカルネ村で会った戦士長か。やっべすっかり忘れてた。

 

「あ、ど、どうも。えっと……ガゼフさん、でしたっけ?」

「ええ。噂を聞いてもしやと思いましたが、やはり御二人だったのですね。モモンさんとマキナさんとお呼びした方が良いですか」

「……ええ、そちらでお願いします」

 

 痛い! リーダー痛い! 足踏まないで! ごめんなさい! 顔変えてなくてごめんなさい! でもリーダーも即偽名って解る名前じゃん! おれだけのせいじゃないよ!

 

「御二人がついて頂けるならこちらとしても非常に心強いのですが……敵もまた強大との事。勝算の程は?」

「頭数だけは揃ってますし、被害を拡大させないぐらいなら大丈夫ですよ。勿論、余裕があれば倒したいとは思いますけど」

「向こうの狙いは悪魔を召喚するアイテムだと言っていましたし、それをどちらかが回収なり破壊なりすれば撤退するでしょう。そう分の悪い戦いでもありません」

「……そうですね。では、申し訳ありませんが私はこれで」

 

 戦士長が軽く頭を下げて去っていくが、ちょっとどうすんのこの空気。あんた王国最強なんでしょ? こんな人目のある所で頭下げんなバーカ!

 

「……モモン殿は、偽名を使われてるのか?」

 

 まだいた。え、何この仮面死体幼女。しかも俺スルーですか?

 

「ま、まあ冒険者としてはよくある事です。あまり詮索しないでいただけると助かります」

「そ、そうですね! すみません……それにしても王国戦士長があそこまで言うとは、流石ですね。以前にも面識が? っと、これも詮索になってしまうか……」

「以前会った事があるという程度ですよ。ああ、それと偽名の事は内密にお願いしますね」

「はい! ……よし。その、実は私も偽名なんです。私だけ知っているのも不公平なので、できれば聞いて頂けますか?」

 

 リーダーの体がビクリと震える。これはきっと脳内で「興味ねーよ!」とか全力でツッコんでいるんだろう。頑張れリーダー、これもコネ作りだ。

 

「そこまでして頂くのも悪い気がしますが、よろしいんですか?」

「ええ! ―――キーノ・ファスリス・インベルンです。2人だけの時はキーノと呼んでください」

「そ、そうですか……では、私も人目が無い時はモモンガで構いません」

「はい、ももんがさま……」

「いや人目あるっちゅーに」

 

 と言うか人の隣でイチャつくでない。え、俺がシズとイチャつくのは良いんだよ! 文句あるか!

 

「では我々は別室にて最終確認を行います。アインズ・ウール・ゴウンの方々もこちらへお願いします」

 

 お、呼んでる。んじゃ行こか。

 

 

「え、死体?」

「うん。あれ、気付いてなかった? 俺のスキルには引っ掛かってたけど……」

 

 ゲヘナの炎で包まれた領域内、空を移動中に話題になったのは冒険者チームを纏めている青の薔薇の一員、イビルアイことキーノちゃんである。

 シズとユリはまた別の場所で待機させており、エントマとの戦いを他の連中に見せるつもりだ。こっちの決戦は誰も見てないからね、仕方ないね。

 

「おかしいですね。不死の祝福でアンデッドなら探知出来る筈なんですが……」

「じゃあ装備品で隠してるとか。エッグヘッドでスキル使ったらバッチリ全身見えたから、少なくとも生きてる人間じゃないよ」

 

 俺のスキルの1つに非生物探知というものがある。コイツは生きてる動植物以外をレーダーで探知でき、地形や非生物モンスター等を探れるというそれなりのスキルだった。

 因みにこの世界に来た事で壊れ性能になったスキルでもあり、ユグドラシルではできなかった装備品単位での探知を可能にしている。つまり服を着ていればそれだけで俺に位置がモロバレになるのだ。

 

 まあ結構低位の探知妨害で使い物にならなくなるが球状に発動すれば地面が抉れて見えるのでバレ、装備に沿うようにすると足の裏がついた地面だけ消える。後は俺がそれに気付くかどうかだ。

 そして人間だと空中に服や装備が浮いてるように探知する事になるのだが、アンデッドの場合は肉体も丸見えだ。イビルアイもその類であり、アンデッドである事は誤魔化せても非生物であるという事は誤魔化せなかったようだ。

 

「それだと仮面を被っているのも頷けますね。しかしスケルトンではないでしょうし……吸血鬼ですかね?」

「多分ね。キョンシーやフレッシュゴーレムって線もあるけど、マデウスの正体に気付かなかったからゴーレムやオートマトンって可能性はまず無い」

「抱えた時も体格相応の体重でした。しかしアンデッド隠しの装備ですか……欲しいな」

 

 お前アンデッドだろーって言って自分の顔見せればくれるんじゃない? 無理かな? 無理だな。

 と、やがて地上から迎撃用の一撃が飛んでくる。俺達はそれを回避し、やがて広場のような一角へと降り立った。

 

「―――お待ちしておりました。モモン様、マキナ様」

「んじゃ後は任せるぞ、ヤルダバオト。俺は適当に戦ってるフリしてくる」

「はい、お手数をお掛け致します。マデウス様」

 

 いつものように深々と礼をしたデミウルゴスに先導されて俺達は歩き出す。代わりに一度顕現し直したマデウスがフワリと飛び上がり、適当に破壊活動を始めた。あ、悪魔1匹吹っ飛ばされた。

 

「こちらへどうぞ。簡素な物ではありますが、御席を用意させて頂きました」

「情報系その他諸々の対応はしてある、問題ないぜ」

「2人ともご苦労……デミウルゴス、マーキナーさんから聞いているがこの作戦は金銭的・人材的資源の確保、八本指への襲撃の攪乱、機械神マデウスの悪評立てで良かったか?」

「はい。同時にそれをアダマンタイト級冒険者チームアインズ・ウール・ゴウンがそれを撃退する―――私だけではここまでの利益を上げる事はできなかったでしょう。やはり御二方の叡智にはとても敵いません……」

 

 デミウルゴスが用意したソファーに俺とリーダーは腰掛ける。相変わらずのべた褒めっぷりだが、マッチポンプだとバレなければ今回は俺達の総取りだ。

 更に八本指を掌握できる可能性もあり、シャルティアを洗脳した奴と王国の関係が無い事もほぼ確定となった。ウハウハである。

 

「いやいや、今回の作戦の手柄はお前と協力してくれた奴ら皆のもんだ。俺らは最後にちょっと付け加えただけだよ」

「ですね。それでデミウルゴス、最後にお前を退場させる時だがどういう方向を予定している? それに合わせて動こう」

「ありがとうございます。私は圧倒される形になり、マデウス様も二人掛かりでは不安が残る……そこで王都に悪魔を潜ませて人質を取る、という事にしようかと」

「解った、それでいこう。ではお互いに攻撃しつつこちらの先陣の辺りへ着地するように<飛行>を使うか。デミウルゴス、少し痛いが我慢しろよ?」

「畏まりました。お手柔らかにお願いしますよ……!」

 

 さあ、英雄と邪神が産まれる時間だ。

 

 



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10 第一回チキチキナザリック防災訓練

一旦ここで止まります。他の国の内情が解った頃に再開するかも。うわぁ。


 

「はぁぁぁぁぁ……」

 

 開幕早々ため息つきやがったこの骸骨。

 

「そんな落ち込まないでよリーダー。折角帝都まで来たのにさ」

「落ち込みもしますよ……何ですか世界征服って」

 

 今まで幾度となく聞いてきた言葉に肩を竦める。大方リーダーの事だから適当な事言ってデミウルゴスが覚えてたとかその辺でしょ?

 

「でも悪い手でもありませんよ? 実際俺達は超越者ですし、引き籠るなら日々の糧の為に張り切る必要も無い……生き甲斐がないんですよね、このままだと」

「だから敢えて困難な目標に挑戦する、って事ですか?」

「ええ。まあ流石にビックリしたんで『まだ早い』って止めましたけど……」

「あれは本当にナイスプレーでした。私の立場だとあの空気で却下はできなくて……」

 

 リーダー、押しが弱い所があるからね。まあ俺達が同じ方向を向いてればアルベドやデミウルゴスは「流石は至高の御方々……」って深読みしてくれるし。

 それにまだ王国の犯罪組織を掌握した程度だ。デミウルゴスが言ったように表立って行動できないというデメリットはあるが、それ以上にまだ隠れているメリットの方が大きい。

 

 最低でも俺達が自由に動ける余地だけは確保し続けないといけないだろう。俺もリーダーも根っこは一般人なのだ、気が休める時間は欲しい。

 何より大手を振っての力押しはスマートじゃないし、密かに行動して一気に仕留める方が好きだ。気付いた時には手遅れ、ってね。

 

「実際早いと思いますしね。最低でも大陸一つ分は国の情報を得ないと」

「そう言えばこの世界ってどういう形なんでしょうね? 惑星なのか板の上なのか……そこから調べないと駄目か」

「で、最終的にはナザリック帝国でも何でも作って世界を統一、その過程で得られた技術でより高みへと向かうのが理想ですね。自衛用の神器級武器が一家に1つは置いてある、みたいな」

「また恐ろしい国ですね……」

 

 それとこれはリーダーには言わないが、元の世界に帰る方法も見つけておきたい。こっちが嫌な訳ではないが、最低でも手紙の1つは送っておきたい所だ。

 正直あんなマッポーめいた世界よりもこっちの方がずっと良いが、それでも親兄弟も友達も居る。仕事もある。気にならないと言えば嘘になる。

 

「まあ何にせよまだ暫くは情報収集の段階って事で」

「ええ、それは同感です。可能なら『燃え上がる三眼』のように各組織にスパイを入れたい所ですね」

「流石リーダー、目標がデカいね……っと、見えて来たか」

 

 話している内に目標の建物が見えてくる。分厚く高い塀に物見塔、巡回や飛行部隊による警戒も厳重なこの建物は帝国魔法省。

 今回のターゲットはここのボスであるフールーダ・パラダインという魔法詠唱者だ。八本指の情報を精査した結果、帝国を切り崩すならコイツからが一番だろうという結果が出ている。

 

「しかしいきなり中枢狙うとか、流石デミウルゴスって感じだよね」

「それも御見通しでしたのでしょう? ってのはいい加減やめて欲しいんですけどね……」

「ちょこちょこ解んないって言えばいいのに……俺結構言ってますよ?」

「マーキナーさんが言うから余計にデミウルゴスの期待が大きくなってるんです! ああ、ない筈の胃が痛みそうだ……」

 

 などとリーダーと漫才をしていたら警備をしていた騎士に誰何されました。そこでアダマンタイトのプレートを見せ、フールーダさんに会いたいと伝えてみる。

 アポなしで会えるかどうかは割と微妙なラインだが、そこは賭けだ。それに駄目なら駄目で他の予定を繰り上げれば良いんだし……と、大丈夫か。流石はアダマンタイト級、ってか?

 

 やがて通されたのはまあそれなりってグレードの応接室だった。勿論ナザリック基準であり、王都の騒動の時に呼び出しやら何やらで使った部屋よりは豪華だ。エ・ランテル? 比較にならんよ。

 そして暫く待つと頭髪から衣服まで真っ白といった印象の老人―――フールーダ・パラダインが現れたのだが、何故に硬直しとるね? ああ、探知防御で見えなくなってるのか?

 

「じゃあリーダー、どうする? さっそくやっちゃう?」

「そうですね。八つ当たりだって自覚はありますが、少しは面白いリアクションを見せて貰いましょう」

「じゃあせーので解除しよっか」

「ええ。せーの」

 

 リーダーが指輪を一つ外して俺がパーツに組み込んだ探知防御を解除すると、フールーダが勢いよく後ろにスッ転んだ。すげぇ古典漫画みてぇ。

 さて、この人は使える魔法の位階を見る目を持っているそうだが、超位魔法の使い手はどんな風に見えてるんだろうね?

 

「な、な、なぁ―――!? 馬鹿な、解るぞ……第七位? 違う、これは第九ですら……! おぉ、神よ……!」

「お? いきなり正体言い当てやがった。思ったより有能だな……」

「やはり、やはりそうなのですね! 私は魔法を司る小神を信仰してまいりました。しかしそのご様子ではそれとも異なるのですね!?」

「まあね。因みに俺はマジモンの神様だけど、魔法はそんな得意じゃないんだ。この場合はどうしたらいいのかな」

 

 おーおーおー、ビックリしてるビックリしてる。俺とリーダーの間でめっちゃ視線動いてる。うん、この様子だとどんな魔法がどれだけ使えるかとかも流石に解らないって感じかな?

 

「マーキナーさん、そこまで言ってしまって良かったんですか? まだ完全に信用できる訳では……」

「リーダー、ビックリさせたいって言ってたでしょ? それと呼び方、戻ってるよ」

「それは失礼。さて、フールーダ殿―――」

「し、失礼ながら伏してお願い致します! 貴方様方の、魔法の深淵を知る方々の教えを頂きたく存じます! 代価が必要ならば全てを! 私が差し出せる全てを差し上げます!」

「アッハイ」

 

 ドン引きしてる場合じゃねーよリーダー。いやまあリアル五体投地とか俺もドン引きしてるけどさ。どっちかって言うと四角い顔の異端審問官みたいな勢いだけどさ。

 

「じゃあ早速で悪いんだけど、この国頂戴」

 

 

「……よし、と。じゃあリーダー、お願い」

「ええ。<転移門>」

 

 ワーカー4チームがナザリックへ向かったのを確認し、俺達は自分達のテントの裏手に回る。そこで発動させた<転移門>から5人の影が現れた。

 ずらりと並んだのはメイド服と竹田頭巾。プレイアデスとリーダーの恰好をしたパンドラズ・アクターである。ユリとシズも後ろの方でメイド服に着替えてから列に加わった。

 

「さて、悪いが挨拶は省略だ。予定通りプレイアデスはマキナさんと同行、パンドラズ・アクターは私の影武者をしろ。私はナザリックへ戻る」

「パンドラズ・アクター、変な言動すんなよ?」

「ンお任せ下さいっ! 創造主たるモモンガ様の影武者という大役ッ、見事こなしてぇご覧に入れましょうっほ! この私めに―――お任せあれ」

「……うわぁ」

 

 小声で叫ぶという地味に器用な事をするパンドラズ・アクターに俺達の視線が突き刺さる。あ、リーダースゥーってなった。

 いやリーダーの影武者頼むのもこれで2回目だけどさ、またテンションたっかいよなぁコイツ。あと全体的にカッコつけてる時のリーダーにそっくり。

 

「さてさて、あんまり長い事<転移門>出してるのもまずいしさっさと移動しますか」

「ええ、そうですね……パンドラズ・アクター。良いか? くれぐれも、く! れ! ぐ! れ! も! ……変な言動はするなよ?」

「畏まりました。以後こちらは私にお任せ下さい」

「頼むぞ、ホント……」

 

 がっくりと肩を落としたリーダーが<転移門>へと消える。パンドラズ・アクターもテントへと入った事を確認し、俺達は夜闇へと溶けた。

 今回、俺とプレアデス6名はナザリック地下大墳墓攻略を目指す。一種の防災訓練だ。当然ながら最下層まで進めるとは思わないが、それでもこちらには全ギミックを網羅しているシズが居る。

 

「金のかかる装置厳禁とは言え、お互い可能な限り殺さないようにってのが難しいよなぁ……」

「後は階層守護者は次の層に進まれたら追ってはいけない、でしたか?」

「ああ。その条件出した時点で正面突破は無いってバレてるだろうし、向こうも警戒してくる筈だ……と、ただいまー」

「おやぁ? 小霊廟が荒らされてますねぇ」

 

 話しながらキチンと正面入り口から入る。因みにこの最外周の壁を乗り越えるように入ると、トラップの発動フラグが立つ仕掛けになっていたりする。故に面倒でもキチンと正面から入るのが一番なのだ。

 そして正面を見れば、ドアが開きっ放しの小霊廟。大方ここに入れておいた飾りつけ用アイテムを持って行ったんだろうが、本当にそれだけで金になるんだな。冒険者稼業が馬鹿らしくなってくる。

 

「下等生物が……よくもナザリックを荒らし回って」

「この程度の財宝を必死に持って帰ろうとして……いじらしいとすら感じるわね」

「まだ何人か地表に残ってるっすね。マーキナー様、如何為されますか?」

「そりゃあまずはお喋りからだよ。戦闘を楽しめない分、こういう所で楽しみを見つけないとな」

 

 ひゃひゃひゃ、と空気の抜けるような笑い声がする。ああ、この笑い声はあの爺ちゃんか。

 

「やっほー、さっきぶりだね」

「マキナとの! とうしてこちらに!? 何かあったのて!?」

 

 大霊廟の前にはドラゴンの鱗を鎧にした爺ちゃんを中心にしたチームが居た。他の面々が居る様子もないし、地表部分の探索をしてるのかな?

 しかしあの爺ちゃん程度の力量で俺を心配しようとは随分舐められて……いや、純粋に尊敬してくれてるのかな。あの速度の槍なら上に乗るぐらいリーダーでもできるだろうに。

 

「まあちょっとね……それはさておき調子はどうだい?」

「ええ、好調なすへりたしてすしゃ。かなりの量のさいほうも手に入りましたし……所て、後ろのおしょうさん方は? さきほとはおりませんてしたか……」

「何、この後用事があってね。そしておめでとう、1つ聞くよ? ―――服従か死を超える苦痛と絶望か、好きな方を選びな」

 

 この質問は今回の作戦にワーカー達を巻き込むと決まった時、ここだけは譲れないとリーダーと本気で討論した結果だ。

 この企画はリザードマンの時と同じ、俺達から動いて彼らを今までとは色々な意味で違う世界に連れて行く。故に1回は選択肢を与えるべきだと感じたのだ。

 

 当然リーダーはそれに反発し、薄汚い盗人にかける慈悲は無いとした。しかし俺からしてみりゃ報復でも成り行きでも無いのだし、前例だってある。

 彼らのような弱者が望むのであれば、俺達による慈悲を与えなければいけない。それにナザリック外で動ける人材は少しでも必要だしね。

 

「マキナとの? それは、とういう……?」

「別に難しい事を聞いている訳じゃないさ、どちらかを選べって話だ。ああ、沈黙も答えと見做すぞ?」

「……ては、とちらもえらへませんな。正体見たり、という所てすか」

「正体、ねぇ……? まあ良いや。回答は為った。ゴミ同然のアイテムでも窃盗は窃盗、相応の処分は必要だよな? オールド・ガーダー、5体出せ」

 

 俺が一度指を鳴らすと、爺ちゃん達を囲むようにナザリック・オールド・ガーダーが現れた。俺達のテストは一層に入ってからなのでまだ指揮権も問題なく使える。

 爺ちゃん達はオールド・ガーダーに驚くも、即座に陣形を整えた。まあ同数だから問題なく倒せるだろうけどさ。

 

「このアンテットはマキナとのかたされたのて……?」

「ご覧の通り、だよ。まあこの数なら問題無いだろ? 何処まで逃げられるか、後で聞かせてもらうとしよう」

「……? 良いのかの? 儂らを逃かせはこの話は広まってしまうそ?」

「逃げられれば、な。それにアンタらは服従を選ばなかった。それなら行き着く先は1つだけだ」

 

 後は特に言う事も無し、俺達は戦い始めたオールド・ガーダーの隣を悠々と歩いて大霊廟へと入る。流石にあの数なら逃げずに戦うか。

 

「さて、それじゃあここからが本番だ。前からシズ、ソリュシャン、ルプスレギナ、俺、ナーベラル、エントマ、ユリの順で行くぞ」

「「「はっ」」」

「あの爺ちゃん達は逃げるか背後を狙うか……どっちかな? <伝言>リーダー、そろそろ始めるよ」

『解りました。お手柔らかにお願いしますね』

 

 そりゃこっちの台詞だっての。

 

 

「走れ走れ走れぇぇぇぇっ!」

「「「ヒィィィィィィ!」」」

 

 シズを先頭にノンストップで通路を駆ける。たまに現れるモンスターを殴り、後ろから迫る大岩に潰されないよう走り、足元感知型の罠にかからないようシズと同じ場所のみを踏んで跳躍する。

 また現れたモンスターを蹴り飛ばし、絶壁や穴は俺とシズが飛行ユニットを装備してあるので背に乗るなり手足にぶら下がるなりで通過、足の速いアンデッドはルプスレギナに浄化してもらった。

 

「次が来ました! 蒼褪めた乗り手2、いや3! エルダーリッチが7!」

「ずっと見られてますぅ! アイボールコープスがどっかに隠れてます!」

「マーキナー様ぁ! やっぱ走ってやり過ごすのは無理っす! 足を止めて迎撃したいっす!」

「ルプスレギナ、弱音を吐かない! マーキナー様は私達なら出来るとお考えになられたからこの作戦を決行されたのよ!」

「ナーベラルはずっと<飛行>で飛んでるから楽でしょうけどね……! シズ、次はどっちかしら!?」

「……次、150メートル先を右折」

 

 そう言いながらもシズはジャンプし、壁の僅かな出っ張りを足場に三角飛び。天井の一部分を押すように更に加速して通路の一角を通り抜けた。

 俺達はそれをトレースするように同じ動きで進む。シズが進んだ場所以外には間違いなくトラップが仕掛けてあり、それを発動させないようにするには同じ動きをするしか無いからだ。

 

「……この先の暖炉に第三階層まで直通の穴がある。ただし一番下はマジックキャンセル付きのデストラップだから飛行必須」

「ナザリックの防衛設備を甘く見ていた訳じゃないけれど、これは厳しいわね……」

「うぉっと!? 何かこの辺ゴースト多くないっすか!?」

「常駐しているのと周回型のタイミングが合ったんでしょう。マーキナー様、またお手をお借りします」

「符術で強化するので手一杯で蟲が呼べないー!」

「通路上方、スライム! ……ブラックウーズ!?」

 

 ゲ。リーダーの奴、俺にダメージ与えないで酸の効果だけ狙って出してきやがったか!? 畜生今の装備に武器破壊防止付いてねーよ!

 

「あ、あの暖炉か! 飛ぶぞシズ!」

「了解……!」

 

 ギリギリの所でナーベラルとエントマを腕にぶら下げ、背中にユリを乗せる。シズもソリュシャンとルプスレギナにしがみ付かれながらも縦穴を真っ直ぐ降りて行った。

 そしてデストラップ直前にあるスペースへと入ったのだが、たしかここって袋小路じゃなかったっけ? 何かそんなデッドスペースがあった気がするんだけど。

 

「この先の壁を破壊します。マーキナー様、御許可を」

「ああうん、そういう方法も有りっちゃ有りか……よし、やれ!」

「……何かシーちゃん、随分気合い入ってるっすね」

「己の最大限の力を創造主たるマーキナー様にご覧頂いているんですもの、当然じゃないかしら?」

「シズが羨ましい……私も外向きの仕事で活躍したいわ」

「ナーベラルは人間を下等生物って呼ぶのを何とかしないといけないと思うなぁ」

「幾ら弱いと言ってもエントマの攻撃に耐えられる存在が居る以上、その認識は改めた方が良いでしょうね……と、ここに出ましたか」

 

 毎秒5000回転のドリルアームで壁を粉砕すると、そこは第三階層の随分奥の方だった。うーん、ここは何とかしないと駄目だな。

 しかし流石に壁をぶっ壊すと気付かれたのか、シャルティアが宙から舞い降りてきた。最初から第三階層で待つつもりだったんだな。

 

「流石はマーキナー様とプレイアデス、という所でありんしょうか? まさかこんなに早いとは思いんせんでしたわ」

「おう、シャルティアか。お勤めご苦労」

「いえ、これも階層守護者の大事な仕事……そして今は訓練中、加減は致しんすが多少の怪我は御覚悟頂きんすよ?」

「はっはっは、そりゃ怖い。それなら対シャルティア用最終兵器を使うしかないな」

 

 最終兵器発言に俺以外の全員が身構える中、俺はユリの後ろに回り腹の辺りを抱きすくめる。

 

「え、ちょ、っちょ!? マ、ママ、マーキナー様!? いきなり何を!?」

「……ユリ姉」

「ち、違、違うのシズ! これはマーキナー様がいきなぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 何か一部から不穏な気配がするが、それはスルーして俺は回転し始める。腹を抱えるタイプのジャイアントスイングと言えば良いか。

 当然ながら遠心力でユリの首が取れ、良い感じに加速が付いた所で俺はシャルティア目掛けてユリを放り投げた。あ、頭だけは上に投げて守ってやがる。

 

「わっとと……あの、マーキナー様?」

「ほれ、頭パス」

「マーキナー様! いきなり何をなさるのですか!? まさかこれが最終兵器だとでも!?」

「うん―――シャルティア、好きにして良いぞ」

「「……え?」」

 

 お姫様抱っこの形でユリを抱えたシャルティアに頭も追加で投げてやり、最終兵器たる一言を加える。

 一拍置いた後の反応は言葉こそ同じだが、顔色は赤と青で両極端であった。

 

「ぉほっ!? ほっ、本当に! よろ、宜しいのですか!?」

「言ったろ? 好きにして良いって……よし、ユリの犠牲を無駄にするな! 行くぞ!」

「「「はっ!」」」

「えっ、ちょっ、待っ―――あんっ!?」

 

 ……俺達は仲間を1人生贄に捧げ、その犠牲に胸を痛めながら第四階層へとひた走るのであった。

 

 

『……シャルティアがやられたようだ』

『何ト!? シャルティアハ純粋ナ戦闘ナラバ守護者最強―――流石ハマーキナー様ト言ウ事デショウカ』

 

 極寒の世界、第五階層に一人立つコキュートスへとモモンガからの<伝言>が入る。感心するコキュートスを余所に、モモンガは大きく溜息をついた。

 

『いやうんまあ……後でシャルティアは説教だな。それでガルガンチュアはマーキナーさんには勝てない。間違いなく第五階層まで来るだろう、気を付けろよ?』

『オ任セ下サイ。久シブリニ血ノ滾ル相手ト闘エテ嬉シイグライデスカラ!』

『……とにかく気をつけるように。何をしてくるか解らないからな』

 

 <伝言>が切れ、再びコキュートスの周囲には静寂が戻る。本来ならば複数の配下と共に戦うべきなのだが、リザードマン達とでは味わえなかった興奮が眼前にあると考えると1人で戦う以外の選択肢は彼には無かった。

 そして、眼前にソレは現れる。巨大な足音と共に、遥かな高みから見下ろすように。

 

「お、コキュートス発見」

「……ハ、ハハハ、ハハハハハ! 流石ハマーキナー様! マサカソノヨウナ手ガアルトハ! マサカ……ガルガンチュアヲ第四階層ヨリ持ッテ来ルトハ!」

「折角使える戦力があるんだ、使わなきゃ勿体無いだろ?」

 

 戦略級ゴーレムの肩に乗った主人の1人を見てコキュートスは笑う。当たり前だ、誰がこんな攻め方を予想してくるか。

 そして同時に1人で待っていて良かったと彼は感じていた。ガルガンチュアと正面からぶつかるのであれば、幾ら手勢が居ようと殆ど関係ないからだ。

 

「然リ! シャルティアニ全テ持ッテ行カレルトイウ心配等、杞憂デアリマシタナ! シカシ、命令権ハ一時的トハイエ無クナッテイル筈。ドウサレタノデ?」

「ドッキングだよ。巨大ロボは男の子の夢だからな。俺とシズだけのパンタグリュエルシステム―――その身を以って味わいな! パンチだ! シズ!」

「……マッ」

 

 ガルガンチュアから聞こえるのは少女―――シズの声。直接自身と結合する事で支配下に置いたという事か。そしてガルガンチュアの左拳が固められ、コキュートスへと振り下ろされた。

 

「ヌゥゥゥゥゥン!」

「んじゃ、悪いが先を急ぐんでな。シズ、投げろ!」

「……マッ」

 

 4つの腕に武器を持って防ぐも、その衝撃は凄まじい。ガルガンチュアは戦略級ゴーレム、つまり城壁破壊等に用いられるだけあって単純なステータスで見れば守護者最強のシャルティアを上回っているのだ。

 その衝撃に耐えている内に右手でマーキナー一行は投げ飛ばされる。音速の壁を超えたらしい速度は今から追いかけても無駄であり、何よりもコキュートスは眼前の敵に興奮を抑えきれなかった。

 

「シカシ、本来ナラ広域破壊ヤ動カヌ目標ヘノ攻撃ヲ目的トシタ存在―――ソレヲコウモ的確ニ攻撃ヲ当テルトハ。確カ、ドッキングト仰ッテイタナ……」

「……はい、コキュートス様。現在ガルガンチュアは私、CZ2128・デルタが操作を行っています」

「成程。シカシ、マサカシズヲ捨駒ニサレルトハ大胆ナ戦法ヲ取ラレル―――」

「違う」

 

 客観的に見ればコキュートスの言う通り、シズは捨駒であった。幾ら訓練であろうと彼女を溺愛しているマーキナーがこのような戦法を取るとは、誰も想像できなかっただろう。

 しかし、その一言へのシズの返答には隠しきれない怒気が含まれていた。滅多に表情を変えず、無表情でマーキナーの膝に乗るだけの存在ではない彼女がそこに居た。

 

「何?」

「……私は、マーキナー様にここを任された。だから、コキュートス様が相手でも全力で行く」

「フフ……勝チヲ狙イ、ソレモ不可能デハ無イカ! ヨカロウ、先ノ一言ハ謝罪スル! コチラモ全力デ行クゾ!」

「……負けない」

 

 そして巨人と異形の戦いが、幕を開けた―――。

 

 

「あーららぁ……参ったねこりゃ」

 

 巨大な2つのタンク型の飛行ユニットを吹かせながら俺はボヤいた。両腕にはルプスレギナとソリュシャンが掴まり、その左右ではエントマとナーベラルが自力で飛んでいる。

 

「まさかそれだけの戦力でここまで来られるとは、流石はマーキナー様ですね」

「で、でもこれは無理……ですよね?」

 

 そして俺達の前には課金ドラゴンが2匹おり、その背にはアウラとマーレがそれぞれ乗っていた。いきなり最大戦力出してきやがったぞコイツら。

 

「はぁ……ここでか。エントマ、ナーベラル。やれ」

「はっ! <二重最強化・連鎖する龍雷>!」

「雷鳥乱舞符に鋼弾蟲、一斉発射ぁー!」

「その程度! ブレスで撃ち落とす!」

 

 夜を映す天井に雷光が輝き、それを迎撃するように2匹のドラゴンがブレスを吐く体勢に映る。よし、今だ!

 

「―――ッ! お姉ちゃん! 何か来る!」

「おせぇよ! ロケットバズーカ、ダブル発射ぁ!」

 

 背負っていた飛行ユニットを肩に担ぐように移動させ、それをアウラとマーレ目掛けて発射する。それにはルプスレギナとソリュシャンが跨るように乗っており、迎撃にそれぞれが対応している。

 あー、折角だし大陸間弾道ミサイルに乗せて兎魔法でも使わせればよかったか。等と考えている俺は自由落下の最中にドラゴンのブレスに焼かれた。熱い。

 

「やった! ……大丈夫だよね?」

「だ、だと思うけど……最後にしては何かおかしいような……? あっ!」

 

 お、マーレは気付いたか。アウラが俺の顕現体を回収しているのをソリュシャンの体からはみ出しながら見ると、既に追いつけない距離まで来ているのが確認できた。

 そう、最後のあがきを行ったのは俺の顕現体であり、俺の本体はソリュシャンの体内の空間に収まっていたという訳だ。

 ナーベラルとエントマは最初から時間稼ぎ要員であり、ルプスレギナは囮である。随分気前よく手札を使っているように見えるが、これ以上は思いつかなかったのだ。

 

「うぅ……流石にドラゴンのブレスを正面から受けるのは痛いわね」

「あー、悪いなソリュシャン。ルプスレギナに回復……ってブレスのせいで軌道が変わっちまったな。合流は無理そうだ」

「いえ、お気になさらず。訓練とは言えこうしてマーキナー様の本体をお運びできるのですから。痛みよりも嬉しさの方が勝っておりますわ」

「そう言ってくれると有り難いがね……お、コロシアムに落ちそうだな。着地、気を付けろよ」

「お任せ下さい」

 

 やがてロケットバズーカも速度を失い、測ったかのようにコロシアムの闘技場内へと落下した。ソリュシャンは全身にダメージを受けているとは言え、見事な身のこなしで着地に成功する。

 

「さて、ここからは……んぉ?」

「な、なんだぁ!?」

「メイドが降って来た……!?」

 

 一応七層まで行こうかと考えていると、すぐ近くに誰かが居た。あー、どっかで見た顔だな。ああ、そうかワーカーのチームか。

 平均年齢が若いようだが優秀らしく、混乱からすぐさま立ち直って俺達を警戒している。

 

「……1つ聞きたい事がある」

「ああ、何だ?」

「い、石が喋った!?」

「―――何やってるんですか、マーキナーさん」

 

 驚くワーカー達を余所に、俺はやって来たリーダーの元へと移動する。流石にリーダーに対して警戒しているが、それよりも困惑の色の方が強い。

 

「いやー、流石にここまでが限界だったよ。で、リーダーはどったの? お迎え?」

「それもありますが、この薄汚い溝鼠共をどうしようかと思いましてね」

「何でそこまで不機嫌かな……ああ、それで聞きたい事があるんだっけ? 何、言ってごらん? 聞くだけ聞くよ?」

「え、あ、ああ……アンタ達は―――いや、ここはどこだ?」

 

 混乱して聞きたい事が増えたのだろうが、まずは周囲の状況を確認するべきだと判断したんだろう。うん、それは悪くないね。

 待ってるのは絶望だけだけど。

 

「ここかい? ここはナザリック地下大墳墓の第六階層にある円形闘技場、アンフィテアトルムだ。演目は見るも無残な虐殺ショー、演者はお馬鹿な侵入者だよ」

「第六、階層……?」

「如何にも。ああ、外だから<飛行>で飛べば逃げられるとでも思ったのか? 途中で天井か壁にぶつかるぞ?」

「そんな馬鹿な……世界を作ったとでも言うのですか!?」

 

 言うのですよ。ゲームのデータが現実になるとこうも恐ろしい事になるかと実感する瞬間である。

 

「さて、他にも色々と疑問があるみたいだね? 折角だし答えてあげ……あ、ごめんちょっと待って」

「な、にが―――!?」

「ドラ、ゴン……!?」

「マーキナー様ー! 御無事ですかー!?」

 

 どうやら俺の体を回収して来てくれたらしいアウラとマーレが頭上で旋回するドラゴンから飛び降りてくる。

 流石に羽のように着地、とはいかなかったが俺の体を丸ごと抱えて飛び降りた割にはダメージは見受けられない。

 

「あ、モモンガ様もいらっしゃいましたか! 高い所から失礼致しました」

「いや、構わんよ。アウラ、マーキナーさんに体を返してあげなさい。マーキナーさん、今回の記録は第六階層までで良いですね?」

「ええ、構いません。悪いけどちょっと支えててな……っと。あー、ん、んんっ!」

「ご、ごめんなさいマーキナー様……思い切りブレスを当てちゃって……汚れてませんか?」

 

 アウラに支えて貰い、元の体に戻る。別にマーレもそんなに気にしなくて良いのに。多少煤けてる程度なら新しい体を出すより楽だしな。

 コキコキと骨を鳴らすように体の調子を確かめていると、ワーカーチームが絶句したようにこちらを見てくる。待たせちゃったか。

 

「な……マキナさん!?」

「ど、どうしてここに!? それにその体は……!」

「それにドラゴンをつれたダークエルフって、一体……!」

「―――リーダー? まさか、このエルダーリッチは!?」

 

 おや、魔法詠唱者のお嬢さんは気が付いたな。リーダーも興味深そうにしている。ただエルダーリッチじゃねぇぞ?

 

「まあご覧の通りに俺は人間じゃなくてな。このナザリック地下大墳墓のナンバートゥーをやらせてもらってる」

「何ですかその発音……そして私がナザリック地下大墳墓を擁するギルド、アインズ・ウール・ゴウンのトップであるモモンガだ。

 それと1つ訂正しておくと、私はエルダーリッチではない。デスオーバーロードだ」

「そ、んな……」

「はは……人間の領域じゃねぇって思ったけど、本気で人間じゃなかったって事かよ……」

 

 イエス。そしてそんな自己紹介をしていると、若干焼け焦げのあるプレイアデスを筆頭にコキュートスとシズ、何かツヤツヤしてるシャルティアと青ざめたユリ達もこちらにやって来ていた。

 それに合わせたのかヴィクティムを小脇に抱えたデミウルゴス、ご機嫌そうな恐怖公とやたら距離を取っているアルベドもやって来た。ドラゴン達も興味深そうに観客席の外壁で羽を休めてこちらを見ている。

 

「そういやリーダー、残りの連中ってどうなったの?」

「ああ、地上の老人達はオールド・ガーダーを撃退した後に脱出しようとしてアンデッドに強襲されて死亡、エルフの奴隷を連れた男はハムスケが始末しましたよ。それとハムスケが武技を覚える事に成功したそうです」

「おお、そりゃめでたい。あと確か1チーム居たよね? それは?」

「2人が我輩の所に、残りは1人ずつニューロニストと餓食狐蟲王の所へ参りました。信仰系魔法詠唱者はモモンガ様の御命令により別途確保しましたが、我輩の眷属達も喜んでおりましたよ」

 

 リーダーの代わりに答えたのは恐怖公だった。ワーカーチームは直立するゴキブリというビジュアルの恐怖公に驚き、エントマが密かに喉を鳴らす。我慢しなさい。

 

「じゃあ、残りはこいつらだけか……」

「「「ヒッ!?」」」

 

 俺の呟きにこの場に居る全員の視線がワーカーチームに集まる。誰か1人だけでもチーム壊滅に追い込める戦力が無数に居るんだから、そりゃ怖いよな。

 

「ああそうだ、1つ聞いておこう―――服従か死を超える苦痛と絶望か、好きな方を選ぶと良い」

「服従か、死を超える苦痛と絶望……?」

「そう、このナザリック地下大墳墓では死はそれ以上の苦痛を与えられないという意味で慈悲だからね。そちらを選んだ場合、真っ当に死ぬ事すらできないからな? 選択は重々気を付けろよ?」

「じゃあ、老公やグリンガム達はそれを選んで……」

 

 俺はその問いに満面の笑みを返す事で答えとする。あ、魔法詠唱者が漏らしやがった。

 

「さあ、選択の時間だ」

 

 



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