ISー天廊の番竜ー (晴れの日)
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第一話 紺碧

ドゥレムディラって格好いいなぁって思うけど、多分俺みたいな雑魚じゃ瞬殺されて終わると思います。


 彼は、自分が何者であるか知らない。生まれ落ちたその日から、戦うことを宿命付けられ気が遠くなるほどの昔から、人々がこの場所そのものを忘れてしまうほど昔から、彼はこの場を護っていた。

 そこに自らの意思など欠片もない。ただただ、誰かにそう言われたから、そのためにこの世に産まれてきたから。だから、彼は何も考えず、侵入者を鏖殺してきた。迷いなどあるはずもなかった。

 彼に訪れた長い平穏の日々は、本当に唐突にやって来た。ある程度の周期でやって来ていた、あの細かくひ弱な生物がある時から全く現れなくなった。最初こそ不思議に思ったが、彼はいつもの通り、仕事がなければ寝て過ごす。水分も、食べ物も一切口にせず、彼は人が理解し得れないほどの時間を過ごした。

 

 

 

 

 

『グルォォォォ!!!』

 

 永い眠りから目覚めた彼は、久方ぶりの侵入者に、少し驚いていた。久方ぶりに訪れた侵入者は、最後にやって来た者達と根本的に違うと、瞬時に理解した。あの千にも上るような群衆よりも、このたった四人の方が、遥かに脅威であると本能が告げていた。

 可笑しな話だとは、彼自身理解しているだろう。戦力の差は比べるまでもないハズなのに、目の前のたかだか四人の者達の方が圧倒的に強いなどと。だが逆に考えれば、目の前の者達それぞれが一騎当千の強者だとすれば、単純に鑑みてその戦力は四千。

 なるほど。と、彼は勝手に納得する。彼は、これ以上の思案は不必要だと察したから、この無理矢理な理論で自身を納得させたのだ。これは、戦うために産み出された者の本能が、これ以上の思案は不要だと切って捨てた故の、無意識のものであったが、彼はそんな事をもう気にも止めず、自身の思考を完全に戦闘のそれへとシフトさせた。

 

 

 結論から言えば、彼は己の力を見せ付け、侵入者を蹂躙した。

 確かに強かった。彼の力の制限が外れてしまうほどの力が、侵入者達にはあった。だが負けはしなかった。彼は生き延び、侵入者を撃退させる事に成功した。

 だが、侵入者はその明くる日も来た。こちらの能力が把握されたのか、かなり苦しい戦いを強いられた。それでも、己のやるべき事をするために、彼は戦い続けた。

 そしてとうとう、その時が訪れた。油断はなかった。あえて言うなら、侵入者が強かったのだと、彼は勝手に納得する。彼は、自身を倒した者達を、最後にその目に焼き付ける。

 

「勝ったぁぁ!」「いやっほう!」

 

 などと、何やら叫んでいる。それは勝利者の咆哮。そうだ。私が敗れ、彼等が勝利したのだ。満足だし悔いなども無い。だがあえて言えば、この部屋の外を見てみたかった。

 彼は、そっと目を閉じる。終わりの時を、ちょっとした悔いと共に迎えた。そう迎えたハズなのだが、不意に瞼の向こうに強い光を感じた。

 

「!?」

 

 とても広い蒼が視界を支配した。ここがどこなのかまるで分からない彼は、自分が落下しているという感覚だけは確かなものとして理解した。体を回し、下を向けば、緑や灰色、そして先程見てたものよりも濃い青が拡がっている。目を凝らせば、あの小さな存在も沢山歩いているのが目に見えた。

 

 な、なんだこれは!いったいどうなっている?

 

 理解が追い付かなかった。今まで自分がいたあの無機質な部屋は跡形もなく、突然の落下は混乱するのも当然だ。しかし、そんなことよりも、体勢を建て直そうと、翼を広げようとする。が、ここで彼は大きな違和感に気が付く。翼の感覚がないのだ。更に良く見ると、彼の体そのものが違う。あの小さな者達と同じ様な姿になっていた。

 訳が分からなかった、何故自分はこんなところに投げ出され、こんな姿になっているのかと、誰も答えはしない自問自答を繰り返す。

 このまま落下を続ければ、あの深い青に飛び込むことになる。高さが高さだ、この姿では無事では済まないだろう事が容易に想像つく。

 

「間に合えぇぇぇ!!!!」

 

 不意に、遠くから声が響く。視線をそちらに向けた彼の視界に映ったのは、白い閃光。こちらに手を伸ばす一人の青年の姿だった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「はぁ、話が通じんな。」

 

 白い青年に助けられた彼は、服を渡されIS学園の応接室で取り調べを受けていた。

 元々人ではない彼は、服というものを理解していないために、最初は渡されたものを、キョトンとした目で見ていたが、職員がなんとか無理矢理着せた。本人は、服が鬱陶しいようだが、IS学園の生徒教員のほとんどが、男性に余り接した事がないため、あのまま裸一貫で居座られたら彼女達の目に良くないのだ。そのため、彼を助けた白い青年。織斑一夏を中心にどうにかこうにか彼に服を着せたのだ。

 

「もしや、日本語が分からんのか?」

 

 そして今、彼の対面に座り、彼の事情聴取をしている彼女は織斑千冬。織斑一夏の実姉であり、この学園で堂々一位の実力者だ。

 

「……?」

 

 千冬は思わず溜め息を漏らす。つい十分前、IS学園の上空で突然の爆発現象が発生し、すぐに動ける専用機持ちとして一夏を現場に向かわせたが、その彼が持ち帰ったのは、この紺碧の髪を持つ赤い目の少年。一応、一夏には戻ってきた他の専用機達と共に、上空の警戒体勢をとらせてはいるが、おそらく何も収穫は無いだろう。千冬は今一度、眼前の少年に目を向ける。見たところ、年は15歳前後。一夏と同い年だと思われる。赤い目ということは、アルビノの可能性もある。だが、紺碧の髪色とはどういうとこなのか、染料の可能性は否定できないが、この色合いは天然のものだと、千冬は察していた。それがより、千冬を困惑させた。ある程度の外見的特徴で、出身地を割り出そうとしたのだが、まるで分からない。というよりも、この色合いが現実離れしている。一度は盾無と縁がある者かとも思ったが、それはDNAの解析でもしなければ調べる事はできない。

 

「はぁぁ……。」

 

「……。」

 

 そして、彼も当然のように混乱していた。ここがどこなのか、何故自分はこんな所にいるのか、まるで理解できなかった。目の前の女性が何かこちらに話しかけていはいるが、それが何を言っているのかも、まるで分からない。

 

 コンコン。

 

 不意に、応接室の扉にノックが鳴る。突然の訪問者に、二人がその扉に目線を向け、そちらに意識を集中する。「入れ。」という千冬の指示の元に、扉を開けて現れたのは、千冬のクラスの副担任である山田 麻耶その人である。

 

「失礼します。織斑先生。周回班の一班が帰還しました。報告したい事があるとのことですので、対応の方をお願いします。」

 

「了解した。すまないが山田先生、コイツの様子を見ていてやってくれ。」

 

 千冬は、麻耶に彼の事を任せ、応接室から出ていく。それを残された彼女は見送り、部屋の中に入る。

 

「ど、どうも初めまして、山田 麻耶です。」

 

「………。」

 

 言葉を投げ掛けられても、彼は何一つ答えない。答えるための言葉を知らないのだからしかたがないが、それを知らない彼女は、無視されたのかと、少し涙目で落ち込む?

 

『何を泣いているんだ?』

 

「え?」

 

『涙を流す時といのは、大体が痛みを訴える時だと了解している。どこか痛むのだろうか?』

 

 彼が何か言葉を発するが、その言葉の意味が分からない。彼は、眉ひとつ動かさないから、表情から読み取ることもできない。それがより、彼女を不安にさせた。彼とは対照的に目に見えて困惑し、対処に困っている。

 

『そうか……こちらからの言葉も通じないか。だが、余り泣くな。正直、見てられない。』

 

「わっ!?え?え?」

 

 突然、麻耶は頭を撫でられ、より困惑する。彼からしたら、特に意味のある行為等ではない。ただ、あの時、最後の時を迎えるハズだったあの時に、彼を倒した四人の内の一人が、こうやって別の者の頭を撫でているのを見たから、やってみただけだ。

 

「あ、あの……。」

 

 なんとも言えない、不思議な空気が二人を包んだ。片や、真似事とも言えるどこか不格好な形で、大人の女性の頭を撫で。片や、黙してそれを受け入れている。なんと形容すれば良いのか。いうなれば、ある種の混沌がそこにあった。

 

「山田先生、待たせたな。……何をしているのだ?」

 

「はっ!お、お、お、織斑先生!?いやあのこれはそのぉ!」

 

『戻ってきたのか。正直、お前のような殺気満々の者よりも、どこか小動物的なコヤツの方が気が休むのだがな。』

 

「何を言っているのかは分からないが、一先ず山田先生からいや、言葉で言っても理解できないのだったな。」

 

 身ぶり手振りを混ぜ、彼に麻耶から離れるよう言う。理解能力が高いのか、すぐに意味を理解し、彼は麻耶から手を離す。

 

「しかし、よもやそんなことがあろうとはな。」

 

 不意に、千冬が呟く。麻耶はそれに「一班はなんと?」と返し、彼は興味がないのか、窓の外の空を眺めている。

 

「……まぁ、良いか。爆心地と思われる座標で、重力場の乱れを検知した。」

 

「重力場の…乱れですか?」

 

「あぁ、私もその事は専門外だから何とも言えんが、それはブラックホールだとか、ワームホール等と呼ばれる物にある特徴だそうだ。」

 

「え!?それ不味いんじゃないですか!?」

 

『何!?』

 

 彼は見た。空に亀裂が走り、そこから異形が姿を表そうとしているのを。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

『こ、こちら二班!現在正体不明の生物と交戦中!至急応援をもと!キャァっ!?』

 

 IS学園職員室は、騒然としていた。突如空から姿を表した異形は、ここからでも視認していた。それは正に、怪獣だとかモンスターだとかの表現が相応しい存在だった。真っ白な肌は毛だとか鱗だとかそういったものは一切見られず、ヌメヌメと光っていた。それはISを相手取りながらも、引け目をとらないどころか、圧倒するような空戦能力を備える有翼の化け物。だが、それを紺碧の髪を持つ彼は訝しげ眺める。

 

『可笑しい、奴と同種のモノは見たことがあるが、あれほどの戦闘能力は備えていないはずだ。むしろ戦闘は好まず、闇討ち奇襲で獲物を仕留める種族のハズ。それが何故あのような……。』

 

 個体差は確かにあるだろうが、あの戦闘能力は、その一言で片付けられる物ではないと、彼は瞬時に察する。しかしそうだとしても、あの個体が何故あれほどの力を有しているのか、その理由はまるで分からない。ただ、一つ。一つだけ確かに分かることがあった。それは、あの個体は自分よりは弱いだろうということだ。

 

『助けられたのは、事実だからな。』

 

 彼は応接室から出ていく。恩義だとか、そう言ったものの意味は良くは分からないが、助けられたという事実が彼の背中を押した。それに、何故か今の彼には、不思議と力の使い方が分かったのだ。因にだが、千冬と麻耶の両名は、この騒ぎで職員室に直行していた。

 

 校庭の中央に立った彼は、自分の近くに人がいないことを確認して、力を解放していく。彼の手足が凍り付き、その氷が全身を覆っていく 凍りは次第に大きくなり、空に意識を向けていた多くの人物が突然の冷気に驚き、校庭に眼をやる。その時には、校舎の二階にも届く大きな氷塊が出来上がったいた。全員が、その氷から目が離せなくなっていた。直感していたのだ、その氷の中のいる強大な存在を。

 氷の中で、真紅の双眸が輝いた。と同時に、氷が粉微塵に砕け散り、中から紺碧の鱗に覆われた、四つ足の竜が現れる。鋭い牙は岩をも砕き、雄々しい爪は大地を切り裂く。真紅の双眸は敵の死を射止め、三つに別れた三叉の尾は力強くしなり、それが一つの武器であると悠然と物語っていた。そして、背中から延びる二つの大きな翼は、まるでステンドガラスのような模様がついており、その翼から、大気が凍てつくような冷気が溢れていた。

 

『グオォォォォォ!!!!』

 

 紺碧の竜の雄叫びが、IS学園を、日本を、世界を、空を揺らした。この地に降り立った、最凶の存在を証明するように。




こんな感じで気楽にやっていきますのでよろしくお願いいたします。


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第二話 蒼天

次話投稿はこれであってるのかな?
多分大丈夫でしょう。うん。ところで、既にお気に入りが5件入ってて、思わず草が生えた私でこざいます。はい。平日のこんな時間から仕事もせずなにをしているのかだって?残念!私接客業で御座いますので今日は休みです!yes!yes!久々の休みです!yes!yes!
次の休みは9日後です!(血涙)


 織斑 千冬は、酷い目眩を覚えていた。全員が空の化け物に意識を奪われていた時、急に流れ込んでいた冷気に気が付き、校庭に眼を向ければ、異様な大きさの氷塊。その中から出てきた紺碧の竜に、思わず戦慄を覚えたからだ。そして、この現実離れした現象を、上層部にどう報告したら良いのかと考えれば、自然と頭も痛くなるだろう。最強のIS乗りと言われようと、中身はただの人間、社会人としての責務は逃れようがないし、立場上見過ごすこともできないのだ。全くもって悲しいことである。

 

『グオォォォォォ!!!!』

 

「……いかん。胃が痛くなってきた。」

 

 世界を揺るがす咆哮も、その社会人としての重圧に比べれば何のその。お陰で冷静な判断もできた。

 

「専用機部隊の編成を急がせろ!動ける教師陣はISを装着し、校庭に現れた未確認生命体の排除を専念せよ!これより、上空の対象をα、校庭の対象をβと呼称する。各自対応を急げ!」

 

 指示が下れば彼女らもプロだ。直ぐに行動に移り、各々の仕事を済ませようと慌ただしく動き出す。正直、何故なんの反応もなく、上空にαが急に現れたのか、突然校庭にβが現れたのか、小一時間程管制官を問いただしたい所であるが、今は眼前問題の解決が最優先だと千冬は思考を切り替える。

 校庭から、バサリと翼のはためく音が響く、見れば校庭に既にβはおらず、遥か上空に舞い上がっていた。その速度の早さは、ビリビリと震える職員室の窓ガラスが悠然と物語っていた。

 

「っ!?二班!そちらに別の未確認生命体βが向かった!救援を送るまで持ちこたえてくれ!」

 

『そんな!?持ちこたえろって言ったって!……うわぁ!?……え?あれ?』

 

「どうした二班!」

 

『そ、それが、βが私達を無視してαに攻撃を仕掛けました!』

 

「何!?」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 明らかに大きい。彼の知るこの白い翼竜は、これよりも小さいハズだが、サイズが明らかに大きくなっていた。が、ずっと同じ場所で過ごした彼にとっては『きっとそんな奴もいるさ。』と深くは考えずに突撃した。まずは突進。

 

「グエッ!?」

 

 突然の乱入者を白い翼竜は捕らえきれずにいた、視力がなく、嗅覚で獲物を探し、超音波で周囲を探すこの翼竜にとって、音よりも速く飛んでいた彼を捕らえることなどできるハズもなかった。

 彼の突進の直撃を食らった翼竜は、無様な声をあげ、弾かれる。その喉元に噛みつこうと口を開き、襲いかかるが。急加速と急旋回により、彼の牙から逃れる翼竜。彼の後ろをとると、自慢の雷球を彼に打ち出す。

 

『!?速いな!』

 

 難なく回避した彼は、この翼竜の想定外の実力に、思わず感嘆の声を漏らす。単純な速度比べのような空中戦が始まった。確かに、単純な速度では彼の方が圧倒的に勝っていた。だが、飛行技巧という点に関して言えば、あまり複雑な飛行をしてこなかった彼の方が不利であった。

 

『ヒラヒラと!』

 

 捕らえきれない変幻自在の飛行に、彼は圧倒され始めた。見れば、あの翼竜は風を上手く利用しているようである。突然の突風で彼がバランスを崩したと思えば、翼竜はそれを利用し、変幻自在に動く。なるほどと彼は感心もしたが、同時に自分より明らかに劣る存在に、このような遅れをとることが許せなかった。

 ならば、速度で圧倒する。

 大きく一度羽ばたき、グングンと速度をあげる。既に、白い翼竜の放った電撃は掠りもしない。不意にボンッ!という破裂音がしたが、そんな事を気にはしない。

 今の彼は、亜音速の域に到達している。先程の破裂音は、空気の壁を突き抜けた音だ。が、それを理解する学は彼にはない。ただ遥か後方にいる白い翼竜に対して、自己顕示欲を満たした満足感があるのみだ。壁も天井もないこの駄々っ広い空間を縦横無尽に飛び回れる喜びも、同時に彼に多大な多幸感だとか、満足感を与えていたのは言うまでもない。

 彼は、グゥゥンと大きな弧を描くように旋回して、白い翼竜に襲い掛かる。この速度、避けきれるハズがないと、彼は確信していたが、予想外のことが起きた、白い翼竜がこちらに向かい飛んできたのだ。最初こそ力比べだとか、迎撃だとかを警戒し、『面白い!』等と考えた彼だった。その牙を振り翳し、勇敢にも歯向かおうとする脆弱な翼竜を仕留めようしたが、グルリと白い翼竜が回転したかと思うと、スルリと、彼のギリギリ横を掠め取っていく。そして、あろうことか体が交差した瞬間、体内から大量の電撃を放出し、彼の体にダメージを負わせたのだ。

 あの回転の飛行技巧は、いわゆるバレルロールと言われるマニューバの一種なのだが、もちろんそんなことを彼は知らない。ただただ彼我の空戦の力量差に感服していた。確かに、スペックだけで言えば、彼と翼竜では天と地ほどの差がある。実際、先程の電撃でもそれほどダメージは受けていない。彼からすれば、静電気でバチっとした時程度のダメージでしかない。だが、その差を白い翼竜は己の技巧のみで僅かだが埋めている。

 

『……素晴らしい。』

 

 思わず洩れた言葉は、感嘆や敬服を込めた称賛。同じ闘う者として、尊敬に値すると彼は感じたのだ。

 

『貴様は、素晴らしいぞ!』

 

 これは、今までの命令されていたから闘うだとかの名文上の戦闘ではなく、自らの意思でこの空で舞っている彼を襲った、奇妙な感覚のせいなのかもしれない。楽しくて仕方がない。無機質な、自分の意思も何もない闘いでは得ることができなかったこの感覚が、彼を震わせているのだ。

 様々な感情が彼の中を要り交わり、なかば混沌と化してきている彼の内情の内、ただ一つ、確かなことは、白い翼竜を己の力で打ち倒すことだけだった。

 周囲を飛ぶIS学園の専用機持ちや、現場に到着した教師陣は、彼等の闘いをただ見ることしか出来ない。空戦技術がまるで一国のエースのような強大な翼竜と、まるで自由自在に動く大陸間弾道ミサイルのような出鱈目な軌道と速度で飛ぶ紺碧の巨竜。その滅茶苦茶な光景は、彼女達の足を止める原因には十分過ぎた。

 

「…どちらかが倒れ、弱った所を叩く!」

 

 恐らく、現場の指揮を任されているのであろうIS学園教師の一人が声だかに叫ぶ。すると急にISに搭載されているハイパーセンサーが、一点に置ける急激な気温低下を検知した。

 

「何!?」

 

 そちらに目線やれば、紺碧の巨竜が口から氷の楔をマシンガンのように撃ち出していた。それをヒラヒラと回避する白い翼竜。だが、それよりも重大な危険が迫っていた。避けられた氷の楔が、真っ直ぐに下の住宅街に迫っていたのだ。

 

「っ各員、氷弾の排除!急げ!住宅街に当たるぞ!」

 

 滞空していたIS学園教師陣と周回第二班の総勢14名は、各々の武器で住宅街を襲おうとする氷弾を砕く。マシンガンやバズーカ。体で抱き止める者もいる。だが、翼竜がヒラヒラと避けるものだから、紺碧の巨竜も氷弾を辺り一帯にばら蒔く形に成っていた。

 

「くっ!対処しきれない!」

 

「諦めるな!」

 

 明朗な叫びと共に、白銀がその刃を持って氷を切り裂き砕く。それは、織斑 一夏その人であり、救援に駆け付けたのだ。彼に続き、追加の戦力として3名、一夏のクラスメイトであり、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。一年二組の一夏の友人かつ中国代表候補生鳳 鈴音。一年一組、つまり一夏とセシリアのクラスの副担任である山田 麻耶。以上一夏を含んだ4名が、救援として駆け付けた。

 

『現場へ、こちら管制織斑 千冬だ。簡潔に指示を出す。住宅地への被害を抑え、一般人への被害を出すな。αとβは現状維持。奴等が勝手に削りあっているならば、諸君等は二次災害を未然に防ぎ、弱ったところで、勝ち残ったどちらかの駆除に徹してくれ。敵が何者かは不明だが、諸君等の背中に罪の無い一般市民の命が乗っている。以上、健闘を期待する。』

 

「了解!織斑 一夏、鳳 鈴音、鈴村 雪菜 メアリー・アルマノフ4名は、下降し、私達の撃ち漏らしの迎撃を!他14名は、セシリア・オルコットを中心に弾幕を形成せよ、氷弾を物量によって圧倒する!!!!」

 

「「「了解!!!!」」」

 

 指示が降りてから早かった。明確に指し示された自らのやるべき事を、個人個人がその責任を持って全うしようと配置に急行する。住宅地では、警察機関の誘導により、一般市民の避難が急ピッチで行われているのを、下降していく一夏は、ハイパーセンサー越しに捕らえた。

 

「最低限、避難が完了するまでは耐え抜く!一つも漏らさないぞ!」

 

「当たり前よ!伊達や酔狂で中国代表候補生を名乗っちゃいないっての!」

 

「ふふっ、お二人とも勇ましいですわね。でも、お二人に仕事は回ってきませんことよ。全て私が叩き落としてご覧に入れますわ。」

 

 一夏の言葉に続き、鈴音、セシリアと続く。各々が自らを鼓舞し覚悟を決める。そして、

 

「第二波、来たぞ!迎撃!」

 

 現場指揮の号令により、再び氷の楔を撃ち落とすための弾幕が張られる。

 しかし、そんなことに気づきもせず、彼は氷の楔を撃ち続ける。ほとんど牽制の目的でしか使わないこの攻撃だが、それ故に無尽蔵かつ体力の消費も少ない。だからこそ彼はこの攻撃を多用していた。

 

『が、こうも掻い潜られては無意味か。』

 

 確かに、体力の消費は少ないが、ゼロと言う訳ではない。向こうも現状、防戦一方ではあるが、あれは寧ろ反撃の機を狙っていると彼は直感していた。

 

『ならば、来い!』

 

 彼は楔を撃ち出すことを止め、その翼を大きく羽ばたかせ、白い翼竜に迫る。

 翼竜も、この時を待っていたと言わんばかりに、方向をクルリと変え、真っ直ぐに突っ込んでくる。もう一度、バレルロールからの電撃を狙っていることは、予測できた。

 

『何度も喰らうか!』

 

 高速回転からの空中後方宙返りを披露した彼は、その鞭のようにしなる尾で、白い翼竜の顎を打ち抜いた。間髪はいれない。今まで幾度となく繰り返した動きだ。態勢が羽上がり、棒立ち状態の白い翼竜の喉元に食らい付く。

 

『このまま、堕ちろ!』

 

 牙をより強く食い込ませ、大地に叩き付けようと加速する。途中に、あの細かく小さな者達が宙にいた気がしたが、そんなことはどうでもいい。この白い翼竜を地に落とすために真っ直ぐと堕ちていく。勿論。この白い翼竜も自らの牙をたてようと噛みついてくるが、彼はそれを歯牙にもかけず堕ちる。電撃、噛み付き。全てを無視して牙をたてる。

 

 ぐん!

 

 急に、今まで垂直に堕ちていたのが、横に少しずれる。彼は、横腹が何者かに押されていると気が付く。視界の端で、あの時自らを助けてくれた、白銀が居ることに気がついた。超高速戦を行っていた故に鋭敏になっている感覚は、コンマの世界で様々な事を考える。至った結論は、このまま堕ちるのは好ましく無い。ならば、この白銀が押す先には何があるのか。

 少し離れてはいるが、彼が飛び立った、ただっ広い空間がある。彼は、瞬時に理解し、体の向きを変えそちらに進路をとる。

 白い翼竜の力が、だんだん弱まっていくことに、彼は気がつきもしいで、真っ直ぐとただっ広い空間、IS学園の校庭に向かい飛んでいく。勿論この速度だ。瞬時にその上空に到着し、体を回転させた彼は、白い翼竜を上空に投げ飛ばした。そして、翼を大きく広げると、今出せる最大の攻撃をもって、白い翼竜を討ち滅ぼそうとする。それは、彼のいた場所においては、竜の名を冠する者の中でも極一部に許されたもの。『ブレス』その中でも、火炎弾や、氷弾などのものとは違う、暴力の奔流。彼で言えば、絶対零度の白銀の奔流が、白い翼竜を呑み込んだ。後には何も残らない、あえて言えば、急速に冷えた周辺の空気中の水分が、雪となり降るのみで、先程までの騒がしさは跡形もなく、ある種の荘厳な空気に支配された。

 

『グオォォォォン!!!!』

 

 勝利者にのみ許された栄光。勝鬨の雄叫びを挙げる。その声は、どこまでも、蒼天の空に響き渡っていった。




因みに、一夏が言ってた「諦めるな!」はウルトラマンネクサスを見てて入れました。はい。こんな感じにその時の俺の勢いでネタを指すので。引き返すなら今ですぜ。

セカンド党の皆さんごめんなさい。
何を考えていたのか、セシリアをイギリスじゃなくてフランスって書いてました。何を言っているんだこの馬鹿垂れって話ですが、許して下さい!


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第三話 胎動

はぁ、流石に土曜日は疲れたよ。
多分文面崩れてるし、誤字脱字が多いかも。
許してください。何でもしますから。
まぁ、これも来月のモンハンXを買うためだ。頑張らねば(血涙)


 織斑 一夏は、困惑していた。

 何故、あの紺碧の巨竜はこちらの意思を汲み取り、IS学園の方に軌道を直し、くわえていた白い翼竜を地面に叩き付けるのでなく空に放り投げたのか。疑問は潰えない。

 が、それよりも一夏に衝撃を与えたものは、先程巨竜から放たれた白い奔流である。あの白い翼竜は何処にもいない。あの一撃で消失したのか、それとも何処かに弾き飛ばされただけかもしれないが、どちらにしろ常識的な威力ではないことは、一目瞭然だった。次は、あんなものを相手にしなければならないのかと、現場にいるものだけでなく、あの奔流を間近でみたIS学園にいた者全員が、絶望にも近いような呆れを感じていた。

 

『………。』

 

 しかし、その時不思議なことが起こった。紺碧の巨竜は、校庭にゆっくりと降り立つと、その体がまるで氷細工だったかのように砕け散り、中から、紺碧の髪を持ち、深紅の瞳を持つあの青年がまた裸一貫で姿を現したのだ。

 

 ざわ…ざわ…

 

 明らかにざわつく。先程まで戦闘をしていた者達も、IS学園に残っていた者達も、余りにも現実離れした事態の連続で、思考がなかば追い付いていなかったのだ。そんな中、織斑 千冬が腹を抑えウゴゴ…とこの先の後始末を考えて胃に穴が開きそうになっているのは、誰も気に止める余裕は無かった。

 

『ふむ……。あのフルフルがどこに消えたかしらないが、まぁ脅威が去ったなら戻るか。』

 

 何やら呟いたのを一夏は、ハイパーセンサー越しに見ていた。青年は、踵を返し裸一貫のままIS学園に入っていった。そう。素っ裸だ。それはもう阿鼻叫喚というか、甲高い悲鳴の合唱がIS学園校舎内で巻き起こったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

「チフユ?」

 

「そうだ千冬だ。」

 

 場所は再び応接室。再び服を着せられた青年に対しての日本語教室が始まっていた。千冬はひとまず、事情聴取も何もコミュニケーションが取れないんだからどうしようもないと、事態を知り直接電話をしてきた防衛省関係者を説き伏せ、青年に対しての2ヶ月の日本語の習得期間を、なかば無理矢理設けさせた。

 

「……アナタのナマエ、チフユ。」

 

 だが千冬は、青年の理解力の高さに面食らっていた。これならもしかして、2ヶ月もいらなかったかも知れないと思わせるほどだ。

 

「そうだ。では、お前の名前はなんだ?」

 

「ナマエ、……たぶんあるけど、シラナイ。」

 

 暫く考えるような素振りを見せながらコミュニケーションを取る。まだ、日本語教室を初めて二時間程度だが、簡単な会話なら既に出来るようになっていた。だが帰ってくる言葉は千冬が望んでいたようなものではなく、要領を得ない答えのみであった。

 

「はぁ、ではあの姿はなんだ?空を飛んでいたアレだ。」

 

「……アレが俺。いまのスガタの方がワカラナイ。」

 

「つまり、本当のお前はあのドラゴンのような姿で、冷気を操り自由自在に空を飛び回れると。」

 

 彼は、言葉ではなく。頷く事で、肯定の意思を伝える。あれが、どこかの秘密結社とかが秘密裏に作っていた新型IS。とかの方がまた千冬は納得できた。というか処理が楽だった。しかし、この会話全てを鵜呑みにするとすれば、上にどう報告すれば良いのか、彼女は今日何度目かも分からない頭痛に苛まれていた。

 

「今日は厄日か。」

 

 何故、今日に限って学園長は休みなのだろう。何故、今日に限ってこんなことになっているのだろうと、考えても切りがない事を頭の中で巡らせる。IS学園最強と言っても人間である。辛いときは人並みに辛いものだ。

 

「……しかし、オレの知っている人には、ここにいるような、空を飛んだりする人はいない。何故、飛べるんだ?」

 

「……そうか、ISについても説明した方がいいか。」

 

 千冬は、ひとまず眼前問題の除去を優先する。青年に教えるのは、ある意味世界の基本常識と言える部分である。曰、ISというのは、現在の人類種における最強兵器の一角であるという。しかし、弱点として女性しか扱うことが出来ない。が、特異的な例外として、一夏のみはISが扱えるとの事だ。ここで青年は、初めてあの白銀の鎧をまとう彼の名を知った。

 が、ここで違和感を覚えるのはこの青年だ。人類種の最強兵器の一角という説明を受けた彼の頭の中で思い浮かばれたのは、自らを討ち倒した彼等だ。ハッキリ言ってしまえば、あの空飛ぶ鎧をまとう者達よりも、彼等の方が強いと直感していた。それが青年の違和感だとか、疑問の正体だ。だが、彼は知らないが、青年と戦った者達は『ハンター』と呼ばれる者達で、既に人じゃねぇだろお前ら!といった輩であり、彼女達と彼等を比べるなど、少々酷な話なのだが、今はその事は置いておこう。

 

「それで、お前が戦ったあの化け物はなんだ?」

 

「記憶がタダシければ、フルフル。でもあんなに強くはない。」

 

「……なるほど。」

 

 千冬は、ここに来て初めて実のある情報を得ることに成功した。実は、戦闘を終えた一夏を始め、学園内の生徒にも多数、あの化け物に見覚えがあるとのクチコミがあったのだ。それによれば、化け物はフルフルという名前でありゲームの中に登場するモンスターであるらしい。にわかには信じ難いが、フルフルが実在していたか、もしくはゲームの中の世界から姿を現したのか。

 苦笑がこぼれる。こんな馬鹿げた話があろうか?これならまだ、この学園を含んだ周辺一体の住民が集団催眠を引き起こしたと考えた方が、まだ現実的だと、千冬はこの事実を笑い飛ばしたかったのだろう。だが、出撃したISの記録データには紛れもなくフルフルと、ドラゴンの姿の青年が記録されていたのだ。IS学園の管制室でもしっかりと事態の記録が残されている。つまりこれは、現実の出来事であり、紛れもない事実なのだ。

 恐らく、避難していた市民の中には、あの戦闘を撮影した者も多いいだろう。それがマスコミにリークされたり、ネット上を介して公開されるのは、火を見るよりも明らか。この非常事態が、地球全体に広がる日はそう遠くはないだろう。政府も、必死になって情報を揉み消そうとするだろうが、止められるハズかない。

 

「今日は、この位にしよう。また明日も日本言語の確認や、事情聴取の続きとなるが、付き合ってくれ。」

 

「わかった。」

 

「もし、何か必要だったり要望があればこのスイッチを押してくれ。スタッフがやってくる。そのスタッフに頼めば、大体のものは用意させる。」

 

 千冬が青年に渡したのは、小さなリモンコンスイッチだった。使い方を理解した青年は、それをズボンのポケットにしまう。

 

「さて、では部屋を移動しよう。あまり広い部屋は用意できないが、まぁ我慢してくれ。」

 

「わかった。」

 

 席を立つ千冬に続いて、彼も腰を挙げる。が、千冬と違い窓の外の一部を凝視する。

 

「どうした?」

 

「……何でもない。」

 

 二人は短く会話を済ませると、応接室から出ていった。

 

「あちゃぁ、気が付いてたねアレ。」

 

 場所が先程と変わり、薄暗い部屋の中。青白く輝くディスプレイを眺める一人の女性が、美しい笑顔を浮かべながら、しかしどこか残酷な表情をたたえ呟く。もちろん答える者など誰もいない。

 彼女が覗くディスプレイには、IS学園の応接室を窓の外から映した映像が流れていた。

 

「にしても、君の言う通りやって来たね。」

 

 虚空に語りかけるように話続ける彼女は、何処か不気味な印象を抱かせる。

 

「全く、ゴミ虫の分際で私のちーちゃん達に近づくなんて、きつぅぅいお仕置きが必要だね。」

 

 どこか軽い調子に喋る彼女だが、その顔に張り付いている笑顔は、どこか邪悪でおぞましい。美しく整っているが故に、よりそれは醜悪に見えてしまうのだ。

 

「もう少し待っててね、皆…。もうちょっとで、私達の理想郷が創れるよ♪」

 

 歌うように言う。

 彼女の目に写るものは、先程とは別のディスプレイ。その画面には黒い何かが、まるで子宮の中で眠る子供のように体を丸め、何かの機械の中で鎮座していた。重苦しい胎動と共に。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 ここが暫くの寝床だと案内されたのは、お世辞にも広いとは言えない、少し汚れた小さな部屋だった。話に聞いたところ、倉庫を無理矢理開けて、急ピッチで掃除を済ませたのだとか。

 

『柔らかい。』

 

 だが、今までの生涯を、天廊の固い床で過ごしていた彼からしたら、この柔らかいベットは天国にも近いものだった。

 しかし、と彼は自らを振り返る。あの四人に討ち取られ、気付けば人の姿でこの外の世界にいた。そしてフルフルも現れ、それを彼が倒した。さらにフルフルが現れたあの空の亀裂。実は、まだ残っているらしい。今後、あの亀裂から再びモンスターが現れる可能性は十分に考えられる。しかし、調査した結果、あの亀裂。正確にはその向こう側に対しては、こちら側からはどんな干渉も出来ないらしい。くぐろうとしてもすり抜け、何か『物』を入れようとしても、同じくすり抜けてしまうらしい。

 だが亀裂の向こう側の景色は、亀裂を介して覗き見ることが出来る。まだ亀裂に映る景色だとかの情報は公開されてないため、彼には詳しいことは知り得ないが、おそらく明日の事情聴取で聞かれると予測していた。話によれば、彼が堕ちた場所もその亀裂の近辺であり、その向こう側の景色の見覚えに対して質問されることは容易に想像できた。

 しかし、それを答えることは、おそらく叶わないだろう。彼は今まで、天廊と呼ばれる場所の一室の番をしていたのだから。外の景色は知りようもない。

 

 こんこん

 

 部屋の扉が叩かれる。青年は、これが入室の合図となる行為なのだと理解していた。それ故に扉に目を向け、訪問者が何者なのかを確かめようとする。が、暫くたっても誰も入ってこない。扉の向こうでは「あれ、居ないのかな?」等と話し声も聞こえる。そこで、彼は千冬が「入れ」という言葉を使っていたことを思い出すことが出来た。

 

「入れ。」

 

「え?えと、失礼します。」

 

 扉の前に居たのは、一夏だったのだが、予想外の上から目線かつ、それに見合った迫力のある声に面をくらい、少し緊張した面持ちで入室する。

 

「確か、一夏だったか?」

 

「あぁ、ヨロシク。お前の名前は?」

「おそらく…無い。いや、最近ドゥレムディラと呼ばれた覚えが。」

 

「ドゥレムディラか、長いからドゥレムって呼んでも良いか?」

 

 青年は、頷く事で答える。

 

「にしても、もう日本語も完璧じゃないか。」

 

「完璧?……あぁ、まだまだだ。時々単語を間違える。」

 

「それでも、半日やそこらでそこまで喋れてるんだから上々だよ。ところで、ドゥレムは夕飯はもう食ったのか?」

 

「夕飯?夕飯とはなんだ?」

 

「え?あぁ、えぇと。ご飯だよご飯。」

 

「なるほど、しかし、日本語とは難しい。同じ言葉でも沢山の呼称がある。まだまだ勉強不足か。」

 

「まぁな、日常会話をするくらいなら今の段階でも十分な感じだけどな。で、ご飯は食べた?」

 

「いや、まだだ。」

 

「じゃぁ、一緒に食べに行こうぜ!」

 

 一夏はそう言って、青年ドゥレムの手を取り部屋から出る。ドゥレムは突然のことに驚きながらも、一夏に黙って引っ張られる。少し、楽しかったからかも知れない。会話によるコミュニケーションが。今まで一人孤独に過ごしていた彼にとって、言葉を交わすことはほぼ初めての経験だからこそ、ドゥレムは、一夏や千冬との会話に積極的で日本語を逸早く習得しようとしていたのだ。

 今日、この日より。彼等の動乱の時が始まる。世界の存在を揺るがす、混沌かつ邪悪な存在の胎動に呼応するように現れたドゥレム。しかしまだ、彼等はこの先のこれからをまだ知らない。今はただ年相応な者は年相応に、世間知らずな者はそれ相応に、この平和な日々をただ楽しむのである、

 




またお気に入りが、増えててぼかぁ嬉しかったよ。
こんな自己満でも読んでくれる人がいると嬉しいね。
ゆっくりな投稿になると思うけど、付き合ってくれたら嬉しいです。


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第四話 差異

やっと投稿できましたね。
お待たせしました。って一応言うけど、本当に待ってた人いるのかな?まぁ、暇潰しにでも読んでいってください。


 ドゥレムディラ。通称ドゥレムは、IS学園の中庭で、日の光を浴びながらのんびりと過ごしていた。

 時間は、あれから三日程経っている。ドゥレムは日本語が格段に上達し、既に日常会話にはなんの支障もないほどに理解していた。また、昨日まで続いた事情聴取も、結果的には彼に何らかの責を求める結果にはならず、むしろ今だ開いている空の亀裂から出てくる可能性のある、未確認生命体。モンスターを撃退するため、IS学園に特例的に駐在する許可を取り付けた。その事に、「流石学園長」と千冬が呟いていたのだが、ドゥレムは別段興味があるわけでもないので、そのまま聞き流していた。

 

「はぁ、お天道様って気持ちがいいなぁ。」

 

 ゴロリと草村に横になったドゥレムは、大の字に寝そべり呟く。つい最近まで日の光を浴びたことのないドゥレムにとって、この光は癒しであり、とても心地良いものだった。そのため、やることのないドゥレムは、日がなこうして時間を浪費している。

 

「ドゥレム。」

 

「ん?一夏か。」

 

 が、毎日この時間帯になると来訪者がいる。彼は織斑 一夏。唯一のIS操縦者であり、IS乗り最強の一角である織斑 千冬の実弟である。彼は、いつもの通り、ドゥレムを昼食に誘おうとしているのだ。

 

「それと、セシリアに箒か。もう午前の授業は良いのか?」

 

「あぁ、今は昼休みだ。」

 

 ドゥレムの問いかけに、少ししかめっ面で答えたのは篠之乃 箒。彼女は四六時中あんなしかめっ面をしていると、ドゥレムは感じている。その裏には少し歪んだ乙女の純愛というものがあるのだが、ドゥレムにはそんなこと知りようもないし、理解も出来なかった。むしろ同じ人間の男でも理解できないものが、人間ではないドゥレムに理解できるはずがない。これはそういうものなのだ。

 

「ドゥレムさんは今日もこちらで日光浴を。」

 

「あぁ。日の光というものを浴びていると、心が安らいでいい。生命の力に満ち溢れる。」

 

 今ドゥレムに話を振ったのは金髪縦ロールで、綺麗な青い瞳を持つ少女。彼女がセシリア・オルコットである。箒とは違い柔らかな笑みを浮かべながら喋る彼女は、社交的な部分を見せてくれる。

 

「ふん。府抜けているというのだ、そういうのを。」

 

「そうか?まぁそのところの価値観はそれぞれだろう。元より、俺と箒とでは種として違うのだから、価値観の差は元より仕方がない部分ではあるがな。」

 

「それはありますわね。まさかドゥレムさんは、食べ物を食べたことがないだとか、隙さえ見せればすぐに服を脱ぎはじめるとか、私達とは明らかに考え方が違う一面は何度か見せられましたわ。」

 

「正直、この服というものはいまだ慣れない。」

 

 そう、ドゥレムは最初。事あるごとに服を脱ごうとしていた。勿論、公然猥褻だとか卑猥だとかの価値観を持たないドゥレムならではの行動だ。確かにこれが海外ならドの外れたナチュラリストと捕らえられるだろうが(それでも勿論犯罪であり、ナチュラリストと呼ばれる多くの人物は、全裸でいても問題の無い場所、つまり自宅やヌーディストビーチなどの場所でそれを行っているハズである)、そういった考え方の少ない日本では、それは明かな奇行であり、純心でそういったものへの耐性がなかった箒は、ドゥレムを毛嫌いする要素の1つとなっているのは明確だった。

 

「まぁ、これを着て過ごすのが人の社会のルールであるならば、従おう。」

 

「で、ドゥレムは昼飯はもう食べた?」

 

「いや、まだだ。」

 

「じゃぁ一緒に食べようぜ。」

 

「構わない。」

 

 多分千冬姉のせいだよな。

 一夏が考えたのは、ドゥレムの高圧的な喋り方である。この喋り方の原因は、彼に日本語を教えていた、自らの姉である千冬のせいだとなかば確信している。喋り方がそっくりなのだ。一夏は少し、頭を抱えたくなった。この喋り方では、いらぬところで敵を作ってしまう。それでは少し生き辛いのだ、人の世は。現に、幼馴染みである箒は、ドゥレムに対していい感情は持っていない。

 論理は飛躍してしまうが、即ちドゥレムと箒の仲違いには、千冬にも原因があるのだと、一夏は考え頭を抱えたくなっていたのだ。これから、少しずつでも、直させていこうと、一夏は胸に誓った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「で、なんでこんなことになってんだ?」

 

「知らん。箒に言え。」

 

「気に入らんのだ!その飄々とした態度が!!」

 

 時刻は既に夕方の5時。場所は剣道場において、ドゥレムと箒が向かい合っていた。事の発端は本当に些細なことからだった。

 昼食の時、ドゥレムの昔についての話になった。一夏達も、その過程は覚えていないが、そんな大したことじゃなかったと、一夏は振り返る。何はともあれ、ドゥレムの過去。侵入者を排除し続けていた無機質な日々の話。そんな中、ドゥレムが言ったのだ「自慢じゃないが、その最後の一戦以外は、俺は無敗だ。」この言葉に火が付いたのら篠之乃 箒である。あとは一方的に喧嘩を吹っ掛ける箒に対して、面倒になったドゥレムが折れる形で、この一戦に至ったのだ。

 

「まったく、彼女は昔からあんななのか?」

 

「ぶっちゃけあんまり変わらないけど、あの時より酷くなっている節はある。」

 

「ごちゃごちゃと喋っているな!行くぞ!」

 

 箒が叫び、竹刀を構える。ドゥレムは箒に目線を合わせ、軽い溜め息を吐きながら、そのまま微動だにしない。その態度が、箒の余計な怒りを買うことは、目に見えていた。

 

「ハァッ!!」

 

 掛け声一息に、ドゥレムへの間合いを詰め、防具をつけている頭に向かい、竹刀を降り下ろす。

 

 バシィン

 

 という乾いた大きな音が、道場内に響き渡る。箒は防具に隠れた顔に、幸悦の表情を浮かべた。響き渡る竹刀の音に、自らの力を誇示でき、怠け者へ鉄槌を下ろせたという満足感が、箒にある種の快感を与えていたのだ。だが、その満足感も一瞬にして瓦解することとなる。打ち込んだ竹刀が動かないのだ。急に現実に戻ってきた箒の意識が、自らの竹刀を確認すると、それをがっしりと握り締めるドゥレムの左手があった。

 

「やるからには、それなりに力を込めるぞ。」

 

 ドゥレムの呟きは、静まり返る道場内に静かに浸透していった。それも束の間。箒は自身の腹部に鈍痛を覚えた。

 蹴られたのだと気が付いた時には、既に竹刀から手を離し、方膝をついていた。そして、がら空きになった背中に向かい、ドゥレムが右手に握り締める竹刀を降り下ろそうとしたその時。

 

「わぁぁ!!ドゥレム!タンマタンマ!」

 

「ん?どうした一夏。」

 

 一夏が、ドゥレムを羽交い締めにする形で、乱入してきた。

 

「どうしたじゃない!今のはルール違反だドゥレム!」

 

「ルール?人の社会には闘争にもルールがあるのか?」

 

「じゃなくて、これは剣道の試合なんだから、最初の箒の攻撃で、お前は一本とられてるんだよ。」

 

「剣道?」

 

 一夏はここで、自らの大きな失態に気が付いた。それもそうだ。元が違うドゥレムに対して、人が試合という形に作り上げた剣の模擬戦を、彼が理解しているハズもない。説明を忘れていたのだ。これは間違いなく一夏と箒のミスであり、彼を責めるのは筋違いなのだが、実際に蹴られた彼女はハイそうですかと納得できるほど、大人になってはいなかった。

 

「貴様ぁ!ふざけるな!」

 

 意味もない激情の叫び。言葉の羅列に意味は乗らず、ただ怒りを乗せていると言うことは良く分かる。

 

「うむ、スマンな。知らなかったのだ、許してほしい。」

 

 元が血気盛んな彼女と、何処と無く冷静な彼の対比は、現状においてまさに火と油。生卵と電子レンジだ。ドゥレムにその気はなくとも、箒の怒りは天井知らずに上昇する。

 それ故なのか、それともまだ彼女の内面が幼いせいなのか、怒りに任せたもっとも短絡的な行動を、彼女はとってしまっていた。竹刀をドゥレムの面に降り下ろしたのだ。

 冷静さの欠片もない、ただただ力任せに振り回す箒の竹刀。恐らく、今この道場の中にいる者ならば、いくら速いとはいえ、出鱈目に振り回すだけの今の箒の竹刀を避けたり、いなしたりすることは出来る。それはもちろんドゥレムも含めてだ。だが彼は、その一撃一撃を正面からその体で受けている。回避しようという素振りすら見せない。

 

「おい!箒!」

 

 だが、箒の怒りに一瞬呆気にとられていた一夏は、現実に戻ると同時に、ドゥレムとの箒の間に割って入り、彼女の竹刀を自らの竹刀で受け止める。

 

「うるさい!なんで私の邪魔をする!どうしてこんなにも思い通りにいかない!」

 

 既に箒は、自身が何故こんなにも激情しているのか、分からなくなってしまっていた。混乱していると言って良いだろう。

 だが幸いか、一夏が介入したことで箒はだんだんと冷静になっていく。冷静にはなるのだが、箒は今のこの怒りの引っ込め方を知らなかった。いや違う。彼女は元から剣道しか知らないのだ。

 『要人保護プログラム』という物がある。平たく言えば、要人の安全を守るために、国が24時間365日対象を保護、監視下に置いた上で、所在地を割り出させないために不定期かつランダムに日本各地に引っ越しをさせる。

 彼女はこの六年間。この要人保護プログラムの元に生活してきた。実の姉が、ISなんて作らなければと何度考えた事か。友達も作れず、両親とも無理矢理引き離され、幼いながらも一途に恋い焦がれた一夏と離れてしまう事には、絶対ならなかったと昔から後悔し続けた。それ故に彼女は、ただひたすらに剣道に打ち込んだ。両親に教わった剣道。友と腕を磨いた剣道。一夏と出会わせてくれた剣道。箒の心の支えは剣道しか無かった。

 そうして高一にまで成長した彼女は、他人との間に壁を作り、人として大切なことを、大人になるために必要なことを教えてもらえないまま。成長してしまっていたのだ。だから彼女は、怒りに任せてしまった。

 

「……気は済んだのか?」

 

 微動だにせず、ドゥレムは呟いた。

 

「っっ!!」

 

 箒の味わったものは、圧倒的な敗北感。試合どうのこうのではない。怒りに飲まれ、我を忘れてしまった羞恥心からくるそれだった。彼女は、ドゥレムから逃げるように、剣道場から駆け出してしまった。一夏は、一瞬迷うような素振りを見せた後、「すまん!後で落とし前はするから!」と言い残し、箒を追いかけて行った。

 

「……悪いことをしたな。」

 

 残されたドゥレムは、ボソリと呟き、頭をボリボリとかいた。

 彼は、結局箒の怒りの原因は、全てあの蹴りに起因するものだと考えている。だが、実際の理由はまったく違うし、ここで仮に彼が心の底から謝罪したとしても、このことは解決しない。これは、彼女自身の心の内で解決しなければならないことなのだ。それを理解するには、ドゥレムはまだ人という物を知らなすぎた。

 

「あ、あの。」

 

「ん?」

 

「大丈夫?」

 

 ドゥレムに話し掛けてきたのは、先の事を遠巻きに見ていた剣道部部員の一人だった。少し怯えた目をしているのは、仕方ないことだろう。

 

「あぁ、別段大したことじゃない。気を使わせてしまったようですまない。」

 

「い、いえこちらこそ!部員が失礼しました。」

 

 彼女は、一夏達の一つ上の二年生だと言う。少し小柄な風体のせいで一瞬、勘違いしそうなものだが、山田 麻揶という例を思い出したドゥレムは、見た目で人の判断は出来ないなと考え直す。

 

「あっ、そう言えば防具のはずし方は分かる?」

 

「いや、申し訳ないが手伝ってくれると助かる。」

 

 防具を着るときも、一夏に手伝って貰っていたことを思い出した彼女が、ドゥレムに聞いたところ、案の定というか、防具のはずし方を心得てはいなかった。「じゃぁ、背中を向けて。」という、彼女の指示に従い背中を向け、防具をはずしてもらう。何か会話があるわけではない。彼女は、普段あまり接したことの無い男の大きな背中に、少し驚き、彼は気の利いた言葉を投げ掛けられる程の言葉を持たない。

 気まずさを感じているのは、彼女だけだ。ドゥレムは、走っていってしまった一夏と箒のことを考えているのみであった。

 

「お、終わったよ。」

 

「ありがとう、助かった。じゃぁ俺も二人を追いかけてみる。」

 

「あっ、まだそれは止めた方が良いよ。」

 

「どうしてだ?」

 

「え?えぇと。それが気遣いだからかな?」

 

「気遣い………。そうか、了解した。なら俺はこのまま自室に戻る。騒がせてすまなかった。」

 

「あっそんな気にしないで良いよ。」

 

「あぁ、じゃそろそろ。」

 

「あっ待って、最後の最後であれだけど、私は佐山 現(サヤマ ウツツ)。貴方は?」

 

「俺は、ドゥレムディラ。ドゥレムで通ってる。じゃぁ、またその内に。」

 

 言い残し、彼もまた剣道場から出ていく。

 日は既に傾き、夜が刻一刻と迫ってきていた。

 ドゥレムは、なんとも言えないもどかしさが胸の奥に詰まっていた。原因は分かっている。だが、それをすることは違うのだと教えてもらった。

 

「気遣いか……人とは本当に度し難い。」

 

 彼の胸中を占めるもどかしさの原因は簡単だ。今一夏達と会うのが得策ではない理由が分からないのが原因なのだ。彼は人の心中を、こうして学び少しずつ理解していくのかもしれない。そしていつか、本当の意味で彼が人を理解したとき、どうするのか、決して相容れない存在として壁を置くのか、共に歩める存在として受け入れるのか。まだ、誰にもそれは、分かり得ない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「箒!待てよ!」

 

 一夏は、剣道場から走って逃げ出した箒を追いかけ、生徒寮の近くの広場まで来ていた。

 

「ハァッ、ハァ、ハァ……うっ、ゴホッゴホッ!うぇ!ごほっ!」

 

 全力疾走をここまで続け、尚且つまともな精神状態ではない箒は疲れ果て、とうとう足を止め手を地面に着いた。レンガで模様が描かれたその地面に、箒の汗だか涙だか涎だかが垂れ落ち、濃い色に塗り替えていく。

 

「オイ!箒大丈夫か!?」

 

 駆け寄り、咳き込む彼女の背中を擦る一夏。実の所、一夏は箒に対してかなりの違和感を抱えていた。それはこのIS学園で、はじめて言葉を交わした時から感じていた違和感であった。そして今日。その違和感の正体を肌で感じた。見た目は美しい女性に育ったが、中身が、精神的な部分が子供のままなのだ、ドゥレムの一件での癇癪や、この逃亡がいい例だろう。

 彼の中では、このことの原因の予測はついていた。箒が転校してしまった日、その時の担当の教師にしつこく確認した時に、用心保護プログラムなる単語を彼は聞き逃さなかったのだ。故に一夏はこれまでの箒の人生がどんなものか想像できてしまったのだ。




いい加減、パソコンが欲しいなぁって思うんですが、なかなか買えないというか、買う踏ん切りがつかないというか、でもこうスマフォで書いてると、ラグが酷すぎてストレスが溜まるのですよ。
多分バッテリーの寿命なんだろうけどね。


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第五話 激突

遅くなりました。申し訳ないぃぃ!!!!


 この日もまた、ドゥレムは草村の中で寝転がっていた。しかし、胸のモヤモヤは取れずにこの一週間を過ごしていた。その間に、空の亀裂からモンスターが出現したことはないし、世間は変わらず平穏無事に過ごしていた。だが彼は、この一週間の内に一度たりとも箒と言葉を交わせては居なかった。ドゥレムから箒に何度声をかけようとしても、彼女は脱兎の如く逃げ出してしまう。それが余計に、彼をモヤモヤとさせていた。

 

「ん?」

 

 急に、ザワついた感覚に包まれる。

 本能が告げるのだ、何かが来る。何処から来るのかなど瞬時に理解した。上。空のあの亀裂からだとドゥレムは理解するやいなや、力を解放していく。自身がここにいる役目は、既に理解しているからだ、モンスターの排除。そのためにドゥレムは現れる敵に備えるために、その身を紺碧の氷が包んでいく。

 

 同時に上空では、空の亀裂から『ソレ』が少しづつ、その姿を表していく。敢えて形容するならば、それは虎と竜の合の子であった。原始的だが、確かな力強さを感じさせるその出で立ちは、強者としての圧倒的な存在感を纏っていた。それもそうであろう。この生物は、ティガレックスと呼ばれる種であり、先日現れたフルフルよりも、種としては食物連鎖の上位に君臨する存在である。その中でも現れたこの個体は、特に強い力を秘めている。

 

「グゥルルゥゥ。」

 

 翼を羽ばたかせ、周囲を見渡すティガレックス。ここが何処であるのか、困惑しているようにも見えるが、少なくとも今の今まで自分がいた場所ではないのだろうとは把握していた。ただ、眼下に広がる異様な景色は、まるで見たことのないそれだった。海は良い。見たことはある。山も、木々も見慣れたものと変わりない。だが、あれはなんだ。人里というのは数は少ないが遠目で見た覚えはある。しかしこれは規模が違いすぎる。異様に巨大で広い。まるで、自然を淘汰し自らが世界の絶対的支配者だとでも言うような大きさだ。

 ティガレックスの胸の奥から広がる怒りは、まるで理由の分からない正体不明の怒りだった。だが、自然に暮らす者にとって、その怒りは本能のソレに近い。自分のではない、自分達の縄張りが荒らされた。人というただ一種によって、世が乱された。彼にとってそれは許されざることなのだ。正義感等では決してない。元より縄張り意識の高い種故の怒り。大きく翼を羽ばたかせ、急降下を始める。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

「なぁ、箒。」

 

「…一夏か、どうした。」

 

 一限目が終わり、一年一組のクラスメイト達がせっせと次の授業の準備を進める中、一夏は箒に話しかけた。勿論ドゥレムの事に関してだ。

 

「謝れたのか?」

 

「…………………。」

 

 彼女は黙し、俯く。

 

「謝れたのか?」

 

「……まだだ。」

 

 頭を抱えたくなる衝動に駆られる。何とか彼女を説得し、謝罪する約束まで漕ぎ着けることは出来たが、腰の重い彼女はそこから一歩踏み出せずにいた。一夏は考える。場所を作り、そこに二人を呼び出すことは容易だ。しかし、果たしてそれで良いのだろうか。ここは箒自身が、自らの意思で足を踏み出すべきなのではないだろうか?いや、むしろそういった他人の心遣いや気遣いを受けてこなかったからこそ、こうした他人と距離を取り、人を避けるようになった可能性を考えれば、むしろ手助けをするべきなのだろうか?

 彼の悩みは、高一の青年らしからぬ悩みであった。故に、答えがでないのも年相応というか、当然の事と言えるかもしれない。だが、彼は懸命に、そして必死に悩んでいる。それが友のためになると信じて悩むのだ。

 

「………はぁ、今日の放課後教室で「ねぇ!あれ何! 」

 

 一夏の言葉を遮り、クラスメイトが悲鳴に近い声を挙げた。何事かと一夏と箒も、そして二人を遠くから見守っていたセシリアも、声を挙げた女子が指差す先、窓の外に目をやった。

 そこには、紺碧の巨大な氷が立っていた。一夏はそれに見覚えがある。間違いなく、ドゥレムが人間姿になったときにも、彼を包んだ氷である。ということはだ、一夏はそして察したセシリアも窓に身を身をのりだし、空に目をやる。

 

「いましたわ!」

 

 セシリアが指差す先には、まだ遠く小さいが確実に鳥でも飛行機でもない何かがいた。

 

「あ、あれティガレックスじゃないか!?」

 

 一夏の声に反応するように、クラスの中でモンスターハンターを知る何人かが、「本当だ」と同意していく。

 

『グゥォォォォ!!!!』

 

 氷が砕け、翼を広げたドゥレムがティガレックスに向かい飛び去っていく。一夏とセシリアは窓から飛び出し己の相棒を身に纏う。同時に、隣のクラスから鳳 鈴音も姿を表した。だが、ここで一夏は、すぐに動かず、一度振り向き「戻ってきたら、続きを話す」と箒に告げ空を駆けた。

 彼女は、何か答えることも出来ずに、彼の背中を見ることしか出来なかった。自分自身の幼稚さなど、彼女自らが一番よく知っていた。謝罪すらまともに出来ない自分。他の女と空を飛ぶ彼を妬む自分。それらを理解しているからこそ、彼女は自らを責める。自責という言葉は良く言ったものだ。だがしかし、どんなに自責しようとも、そこから先に進めなければ意味がない。そして、その自責が報われるかどうかは、周りの助けも確かに必要だが、根本的な部分は結局彼女自身で解決するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『良し、ではドゥレムディラと合流次第、お前達は上空敵への時間稼ぎを頼む。しかし、可能性は低いだろうが、あれもドゥレムディラの様に意思疎通が可能な場合もある。試しにコンタクトとってみてくれ。』

 

 千冬姉ならば、そのような指示はしないだろうと、一夏が考えるのは無理もない。上空でドゥレムと相対するティガレックスの目には、明確な敵意が宿っているのが分かっているのだから。あれはすでに、憎悪とも言える。そしてそれは的確でもある。ティガレックスの感情は正に灼熱しているのだから。

 

「轟オオオオオ!!!!!!」

 

 大気を震わせる咆哮は、十分に距離が離れているはずの一夏達にも響く。体の芯を震わせ、本能的な恐怖を思い出させる。

 

「っ!何よ、怯まないわよ!」

 

 勇ましく、鈴が答え加速する。一夏はそれを止めようと声が出掛けたその時、被せる様にセシリアの悲鳴にも似た大声で指示を飛ばす。

 

「支援致しますわ!背中はお任せになって!!」

 

 振り向いた一夏の目に写るセシリアは、ライフルを構え開幕の一射をティガレックスに撃ち放った。その目に、怯えを宿しながら。

 

「せ、セシリア!コンタクトをとらないと!」

 

「一夏さんも分かっておられるでしょう!?アレに言葉は通じませんわ!殺らなければ、殺られますわ!」

 

 言われずともである。だが、一夏には、圧倒的に認識的油断があったのは否めない。急がなくとも距離がある。命令を果たしてから戦えばよいと、甘く考えていたのだ。ゲームで幾度となく倒した相手だと、油断しているのだ。

 

「なっ!?二人とも行ったわよ!」

 

 ライフルのレーザーは直撃していた。しかし、その甲殻を、鱗を焦げ付かせることすら叶わない。だからと言って、ティガレックスに痛みが無いわけではない。距離がある?人からすればそうだろう。だがティガレックスからすれば、一呼吸の内に詰められる間合い。会話の内に距離は無くなり、鈴の言葉に反応して一夏が振り向いたときには、大きく口を開けたティガレックスの牙が眼前に迫っていた。

 

 死

 

 一夏は悲鳴を挙げもしない。いや、言葉が詰まっていたのだ。明確な消失の気配に飲み込まれ、意識がミシリとひび割れかけた。自身に迫る死という存在を前に、それを覚悟する間さえ無く。

 が、ドゥレムディラがそれをさせない。人の道理の外の速さには、同じ道理の竜の速さで対抗する。

 ティガレックスが、自身に迫る口腔に気が付いたのは、まさに瞬間的な本能による危険の察知による直感である。ティガレックスは、僅か数コンマという短い時間のうちに、その身を翻させ、薄皮一枚という余りにもギリギリな距離でドゥレムディラの噛みつきを避ける。

 ドゥレムディラからしても、今の速度の攻撃が避けられたという事実は、驚嘆に値していた。必殺の間合いに必中の頃合い、さらに決定的な速度で距離を詰め、ティガレックスの首の根を噛み取ったと確信した一撃だったにも関わらず、避けられた。敵を嘗めていただとか、そういったあまっちょい意識が原因ではない。ティガレックスの圧倒的な反射速度と、猫のようなしなやかな体の筋肉が原因であるこは、ドゥレムディラ本人も、嫌というほど理解している。

 が、急にティガレックスが降下を始める。それは既に落下と言っても差し支えない速度であるが、その突然の行動に、ドゥレムディラも一夏達も一瞬呆気にとられる。だが、一夏だけは気が付くことができた。

 ティガレックスは、モンスターハンターの世界では、飛竜種と呼ばれるカテゴリーに所属した種類である。その名の通り、空を飛ぶことのできる翼を持つ大きな爬虫類のような姿をしているのが彼らの特徴である。だが、体が大きく筋肉質な彼らティガレックスは、その真の土俵は空ではない。

 

『グゥロォォォ!!』

 

 咆哮。

 ドゥレムが我を見よと吼え、ティガレックス追いかける。一夏達三人は、そのドゥレムの大声量に怯み、一拍出遅れはしたが、ドゥレムを追う。

 

「くそ、最悪だ!ティガレックスの奴真っ直ぐ市街地に向かってやがる!」

 

「管制!一般の方々の避難は完了していますか?」

 

『まだ20%にも達してない。時間をかせいでくれ。』

 

 セシリアの問いに帰ってきた返答は、三人の心を強く揺らした。しかし当然だ、まだ彼らがIS学園を発ってから、5分と経過していないのだ。そんな直ぐに万を越える人々が避難できるわけがない。

 

「っち!覚悟決めてやるしかないわね…!一夏!あの時の、もう一度できる!?」

 

「……!あぁ!」

 

 鈴の語る『あの時の』には、一夏は覚えがあった。彼女が転入してすぐ、IS学園で開催されたクラス対抗戦。その時襲いかかってきた部外者を倒した時の奇襲戦法である。

 一夏は、鈴の目の前になるよう移動する。

 

「まさか……瞬間加速で突っ込む気ですか!?そんな、危険すぎます!」

 

「百も承知よ!それでも……」

 

 セシリアの言葉を遮り叫ぶ鈴。その眼には、確かな決意が宿っていた。

 

「やらなきゃ、大勢の命が危険に曝される。」

 

「鈴……。」

 

「ゴメン……失敗したら、恨んでいいわ!!」

 

 鈴の纏う甲龍の非固定武装のセイフティーが開き、空間圧縮装置が露出する。

 

「誰が恨むかよ。それに、優秀なガンナーもいるんだ、失敗しないさ。そうだろセシリア!!」

 

「あぁもう分かりましたわ!その無茶、お付き合い致します!」

 

 一夏は、薄い笑顔を浮かべるが、直ぐにティガレックスに視線を戻す。

 ティガレックスは高度500メートル地点。それを追うドゥレムは高度600メートル。三人は出遅れた上に相対速度が向こうの方が速いために高度950メートル地点にいた。普通なら追い付けない。間合いも離れすぎているし、何より向こうの方がこちらより1,5倍ほど速い。個々のISの性能ではもう距離を詰めることはできない。しかし、力を合わせれば!

 

「一夏!行くよ!」

 

「応!来いぃ!!」

 

 一瞬、背中に強い衝撃を感じる。しかし、それを衝撃のまま受け止めるのではない。その力を白式が吸い込み、非固定武装であるスラスターが、己の推力と共に吐き出す。

 

 一夏の視界は線になっていった、



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第六話:怒号

携帯ぶっ壊れたのは流石にヒヨッたけど、これを気に新調しました。新しいのは良いね。ラグがねぇや。


 音速を超え、光速に近いのではないかと錯覚するほどの速度の中、一夏の中の時間は異常にスローモーションだった。

 極限の集中が、彼の精神を鋭くしティガレックスの素っ首を叩き斬ることのみ神経を向けている。

 ISのハイパーセンサーですら、捉えることは難しい加速。普通ならば必中、普段ならば必殺。しかし、一夏は見ていた。こちらに瞳を向けるティガレックスを。

 

「っ!?」

 

 腰だめに構える一夏と、迎え討つために体を捻り爪を構えるティガレックス。

 

 ドゴン!!!!

 

 空気を震わせる衝突音。ティガレックスの鋭爪と雪片二型の零落白夜がぶつかり合ったのだ。しかし悲しきかな、人と巨竜ではその質量が違いすぎた。まるで人形を空に放ったかのように、力なく一夏が宙を舞う。

 

「一夏!」

 

「一夏さん!」

 

 共に戦う二人の少女は、その思い人でもある一夏の、あまりにも悲痛な姿を見て叫ぶ。特に鈴の胸中は並々ならぬ動揺を抱いていた。やらなければ良かった。私が引き金を引かなければ一夏はあんな目にはと、繰り返し繰り返し自責する。今にも涙が溢れそうな自分を抑え、必死に加速し、一夏に手を伸ばす。

 ドゥレムディラは逆に、ひどく冷静であった。一夏を迎撃したがために体勢を崩したティガレックスとの間合いはかなり縮まっていた。この距離ならばと、ドゥレムディラは吼える。しかし、それは普段発するそれと違い、白い冷気を宿していた。次の瞬間、ティガレックスは自身の身に起きた異変に驚愕した。自身の腕から伸びる翼の翼膜や腕の間接の一部に氷が張り付いていたのだ。

 砂漠の焼けるような高温や、吹雪吹き荒れる極寒の地でも耐えうるハズの自身の体が、ドゥレムディラの放つ冷気に悲鳴を挙げている。その事実にティガレックスは、戦いの中での集中力が、途切れてしまっていた。

 一夏は、その隙を逃さなかった。途切れかけた意識を総動員して、暴れる自らの体を制し、全力全開の零落白夜を振り抜いた。

 

「!?!?ギャッァ!!」

 

 断ち切られたティガレックスの尾が、宙を力なく舞う。

 ざまぁみろ。

 と、内心呟きニヤリと笑う一夏。白式のシールドエネルギーはもう、雀の涙ほど。できることはやり尽くした。バランスを失ったティガレックスは、キリモミ回転して墜ちていく。だが、あのまま墜ちては駄目だ。

 

「白式ぃぃぃ!!!!」

 

 一夏は吼える。白式はそれに応える。

 墜ちるティガレックスに体当たりを食らわせ、市街地から遠ざけようとする。が、頑張り虚しく、白式のシールドエネルギー残量は切れ、白式は虚空に帰っていく。

 だが、一夏に焦りはない。何故なら彼の視界には、頼もしい仲間が写っていから。

 

「一夏ぁぁぁ!!!!」

 

 ドゥレムディラがティガレックスの首筋に噛み付き、とんでもない速度で海の方に飛んでいくと同時に、鈴が一夏を抱き止める。

 彼女は、今にも泣きそうな胸の内であった。

 それもそうだ。愛しの彼が、自分の引いた引き金が原因で死にかけたのだから。胸が張り裂けそうだとか、そんな生易しい言葉では、決して言い表すことのできない不安と恐怖に苛まれていたのだ。それでも、頑張った彼の前で情けない姿を晒したくない。その一心で、彼女は涙を堪えていた。

 その心境を察したからこそ、セシリアは自分の気持ちを抑え、一歩離れた場所から二人を見守り、無事だった一夏に安堵するのだ。

 

「鈴さん、一夏さんを学園まで。私はドゥレムさんの援護に向かいますわ!」

 

 無事ならばそれで良い。セシリアは、鈴の答えを聞かずに飛ぶ。竜の戦う戦場へ。

 

 

 

 

 

 海面に叩きつけられたティガレックスは、己の首筋に牙を立てるドゥレムディラの横腹に、前足を全力で叩き込む。

 

「ッ!?」

 

 想像以上の鈍痛に、思わず牙を緩めてしまうドゥレムディラを、更なる追撃をかけ己の身から引き剥がす。

 その隙に、ティガレックスは一番近くの陸地、IS学園の浜辺に上がる。屈辱的だった。己の得意とする戦場ではないとは言え、絶対強者とも比喩された己の自慢の尾が断ち切られたことも、喉元に牙を立てられたことも、海面に叩きつけられたことも。全てが屈辱的で、彼の怒りを招いていた。

 一夏と鈴を置いて先行してきたセシリアが見たのは、目の回りを赤く変色させたティガレックスの姿だった。彼はその四肢で地面に踏ん張り、前足にある翼膜を広げ、胸を張り息を吸い込む。

 瞬間。

 

「ゴォォォォォォォォォ!!!!!!!!」

 

 怒号。空気が震え、海面が波立ち、砂浜の砂が舞い上がる。吼えるなどとは、既に次元が違うその咆哮。セシリアが、身の底からの震えを感じるのは、生物としての本能からして、いたく当然のことであった。

 だがドゥレムディラは怯まず、むしろ己の怒号を持って答える。彼が吼えれば、翼から白い冷気が吹き出し、海面はみるみる凍り付いていく。

 二匹の咆哮はぶつかり合い、間の海は、凍る海と押し退けられる海に二分される。両者の咆哮は互いに反響しあい、周囲の全てを震わせる。少し離れたIS学園内施設の窓が数十枚割れる被害が実際に出るが、それはドゥレムディラとティガレックスにとって認知しないことであり、今は眼前の敵の、息の根を断ち斬ることのみに、その意識を集中させるのだ。

 最初に動いたのはドゥレムディラ。凍った海面を走り、ティガレックスに向かい突貫する。体に纏う黒い影は、その突貫に込めた殺意か。それとも違う、由来不明の力が働いてかは、その戦いを見守るセシリアには分からない。

 ティガレックスは逆に、それすら意識していない。ただ、猪突的に突っ込んでくるドゥレムディラに応え、自身も駆けるのみ。二体の竜は、片や足元の氷を砕きながら。片や砂を巻き上げながら。凄まじいスピードで互いの間合いを積める。

 

 ッゴッンッッ!!

 

 セシリアが聞いたのは、生き物同士がぶつかったとは思えない衝撃音。自動車同士の事故が起きたような、痛々しく激しい音。が、その音に反し、二体の竜は、互いの頭を押し付け合い、一歩も譲らぬ根比べを演じている。

 もしあの突進にぶつかったのが、人間であったら。などと考えるとゾッとする。骨は砕け、臓物は破裂し、疑いようのない死を突きつけられるだろう。しかし、あの竜達はそんなことは意もかいさず己の闘争に明け暮れる。

 冷や汗が頬を伝うのを、セシリアは気付かずにいる。二体の竜の闘争から、目が離せられないのだ。曲がりなりにも、戦う者として。眼前のそれが、自分の考える戦いとの次元の差を痛感しながらも、この闘争に意識が吸い込まれる。

 彼らの拮抗は崩れず。

 しかし、自分のやるべき事をハッと思い出したセシリアが、ブルーティアーズのメイン武装。スターライトブレイカーmk-IIを構え、ティガレックスに向け一射。ドゥレムディラの援護に回る。しかし、彼女の放つ光弾は、ティガレックスの外皮に傷をつけることすら叶わない。だが、一瞬。ほんの一瞬、ティガレックスの意識が上空のセシリアに向いた。その瞬間、ドゥレムディラはティガレックスを横にいなし、空いた横腹に冷気を伴う前足による一打を見舞う。

 足がもつれるティガレックスだが、それに怯まず、グラりと揺れる己の体を制し、横に回転しドゥレムディラの鼻っ面に鞭のような己の尾を叩き込んだ。

 

「ッ!?」

 

 思わぬ反撃に、ドゥレムディラは内心渋い顔をしていた。並のモンスターならば、今の一撃で戦意を喪失するハズだった。だが、還ってきたのは尾による横一線の痛烈な殴打。この世界にやって来てから、久方ぶりに感じる明瞭な痛打は、ドゥレムディラを怯ませるに十分な威力をもっていた。

 その一瞬の隙。振りかぶる大仰なティガレックスの前足による一撃が、ドゥレムディラの鼻面を捉え、撃ち抜く。

 大きく仰け反り、その巨体が宙に浮く。セシリアは、吹き飛ばされ、自らが作った氷を砕いて海に沈むドゥレムディラに呆気にとられていた。

 

「ゴォォォオ!!」

 

 勝鬨でも挙げるかのようなティガレックスの一吠えが、大気を揺るわせる。恐怖を感じるのはしょうがない。セシリアはそれでも、震える手を懸命に抑え、スターライトブレイカーを構える。その時、ティガレックスと目があった気がした。

 

「っひ…!」

 

 短い悲鳴。それと同時に引き金を引く。だが、彼女の一撃が、ティガレックスの甲殻を、鱗の一枚でも、傷付けることは叶わない。普通じゃない。まともじゃない。彼女の放つ光弾は、決して出力の低いものではない。当たればヘリも一撃で落とし、戦車だって貫くことができる。

 何故、そんな出力のある光弾が、あの竜の鱗一枚焦がすことも難しいのか。理解できない事態への恐怖が、セシリアを酷く動揺させる。一夏も、鈴もいない。頼みの綱のドゥレムディラは、海に沈んだ。孤独と、捕食者を前にした恐怖は、彼女の奥歯をカチカチと音を鳴らさせる。幸い、スターライトブレイカーにも、ブルー・ティアーズにも、十分なエネルギーは残っている。シールドエネルギーもほぼ満タン。普通ならば恐怖を感じる要素はない。そう普通の相手ならば。

 

「お行きなさい!ブルー・ティアーズ」

 

 命令を下し、自分の愛機の名前の由来でもある武装を展開する。オールレンジ攻撃を可能にする、自在に宙を舞う射撃武装。他のISにはない、ブルー・ティアーズだけの長所。それらがティガレックスに向かって飛びながら、各々射撃を加える。

 さすがに、うっと惜しいのか、ティガレックスはその光弾から逃れるように砂上を移動するその様を見て、彼女はもしや勝てるのでは?と淡い期待を抱く。しかし、次の瞬間。

 

「ゴァッ!!」

 

 どこから出したのか、前足を構え振り下ろしたティガレックスに答え、砂辺の中から巨大な砂岩が三つ、セシリアに向かって飛来した。

 

「っ!?」

 

 急な事態に対処が遅れた彼女は、その砂岩の一つが直撃してしまう。

 強い衝撃は、絶対防御越しにも彼女を揺らし、強い脳震盪を発生させた。ブルー・ティアーズは制御出来ずに墜ちていく。彼女自身が見に纏うISも、高度を下げている。ティガレックスは、そんな彼女に今一度、砂岩をぶつけようと構える。気がついていなかったのだ。海面一面が、赤紫色の氷に覆われていることに。セシリアは、その氷を砕き、何か暗い青とと、橙色と朱色を混ぜたような色を持つ龍が、残像のように現れるのを見た。それを最後に、意識を手放す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!ここは!?」

 

 意識を取り戻したセシリアは、自分がベッドに寝かされていたことに気が付いた。

 

「気が付いたか。」

 

「ドゥレム……さん?あれ、私は?」

 

 声をかけられ、目をやれば頭に包帯を巻く、人間体のドゥレムディラがそこにいた。

 

「気を失っていたぞ。あのモンスターは俺が倒したが、流石に骨がおれる。」

 

「そう……ですか。あの、一夏さん達は?」

 

「一夏は重傷でまだ眼を醒まさないが、命に別状はない。鈴に至ってはほとんど無傷。」

 

 一夏の重傷という言葉は、重くセシリアにのし掛かった。重傷とはどれ程なのか、命に別状はなくても、なにか後遺症が残ってしまったらどうようか。不安は次々と沸き上がり、彼女の心を蝕む。

 

「とにかく、今は休め。お前達は良く頑張った。」

 

 ドゥレムはそれだけ告げ、セシリアの元を離れる。

 彼女は、彼に行って欲しくはなかった。傷心の自分を、一人にして欲しくなかった。一夏がそんな怪我をしたのは、止めなかった自分の責任だと、自分を責めたて、ティガレックス相手に何も出来なかった己の未熟を恥じる自分を、近くで止めて欲しかった。しかし、彼にそこまでの気の効いた物はなく、セシリアは、自分の肩を自分で抱き締め、一人泣く他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……。」

 

「はい。見ての通り、『当たる』前に『消失』しています。」

 

 その日の夕暮れ時、モンスター発生の知らせを受け、出張から急ぎ戻った千冬は、麻揶に呼び止められ、昼間の戦闘のデータを閲覧していた。

 

「原因は分かるか。」

 

「まるで…。ただ、熱量は感じるようで、この後、オルコットさんに意識を向けています。また、鳳さんの甲龍による空間圧縮砲でも、同様の現象が起きているかと。この場合、空気ですから熱量もなく、鳳さんには意識も向けなかったと思われます。」

 

「だが、一夏の刀は奴を裂いた。そうだな?」

 

 千冬の言葉に頷く事で答える麻揶。続いて別の画像。一夏が最後の力を振り絞り、ティガレックスの尾を切り裂いた場面の画像を、パソコンのディスプレイに表示する。

 

「この尾なんですが、一夏君に斬り離された後、消息は完全に不明です。落下予測地点半径3km圏内で捜索しましたが、影も形もありません。それに、今回もこのティガレックスと呼称されるモンスターの遺体も、何もありません。以前のようにドゥレム君が上空に投げ出した訳でもなく、地面に押し付けたままで、ドゥレム君のブレスを直撃していのですが……威力が強すぎて、粒子レベルで分解されたのかと疑うほど何もありませんでした。」

 

「……ふむ。」

 

「まだあるんです。オルコットさんに当てた一撃なんですが、」

 

 再び別の画像を呼び出す麻揶。そこには、地面に前足を振り下ろし、三つの砂岩を宙に放るティガレックスが写っていた。

 

「この時の砂岩。一つはオルコットさんに直撃。もう一つは海中へ、そして最後の一つは、当時無人だったグラウンド横の倉庫へ落下、倉庫を押し潰してしまいました。それで、その倉庫なんですが、あるべきものがないんです。」

 

「というと?」

 

「砂岩です。それに押し潰されたんですか、砕けた砂岩。ないし、砂まみれになってないとおかしいのですが、そんなものはなく。ただ、壊れた倉庫だけ。第一、この砂岩の軌道も物理的におかしいですし、三つ全てが綺麗な円形で同じような放物線を描いて飛んでいます。更にこんな大質量なのに、ここの砂浜には、この砂岩分の失われたはずの質量が存在しないんです。まるで、砂浜から出したのではなく、虚空からあの砂岩を産み出したかのように。」

 

「まるで、狐に化かされているような気分だな。」

 

 千冬は頭を抱える。山積する問題に、新たに増えていく謎。空の亀裂。湧き出るゲームに出てくるモンスター達。正体不明のドゥレムディラ。

 謎は深まり、千冬の胃を苛めるのであった



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第七話:人心

 ドゥレムは、どうするでもなくただIS学園の敷地内を散歩していた。疲れたから眠いし、動いたから腹も減っているのだが、寝るのにはまだ早いし、飯を食おうにも、一人では少し味気ない。ここに来てからいつも、一夏達とテーブルを並べて食べていたから当然だ。しかももともとが、あまり飲み食いしないものだから一人では余計に足が向かない。つまり、やることがないから暇潰しに、散歩しているというわけである。

 

「…しかし、変に胸がモヤモヤする……。」

 

 小声ではあるが、内心で思っていたことが、声に出てしまっていた。ハッとして、口を再び閉じ、日が暮れてきた散歩道を、黙して彼は歩む。

 セシリアは軽傷。一夏は重傷だが命に別状はない。鈴は無傷だが、目が覚めない一夏の傍らを離れられずにいる。勝ったのに、胸の奥の蟠りが引っ掛かり、ドゥレムは困惑している。一人で戦ってきたのだ。無理もない。一夏達とも交友を深めていた。初めての友人や、仲間。それが傷付き、うちひしがれる様を見るのも当然初めてだ。だからこそ、この仲間意識が起因のストレス性の胸焼けに、ドゥレムは混乱し、困惑しているのだ。

 

「あっ、ドゥレム君。」

 

「ん?」

 

 俯き歩いていたドゥレムに声かけたのは、対面から走ってきたのか、汗を浮かべた運動服姿の佐山 現(ウツツ)であった。IS学園二年生で、剣道部所属。箒がドゥレムと剣道場でひと悶着起こした時に、ドゥレムの防具を外してくれた少女だった。

 

「確か……現だったか?どうしたんだ?」

 

「今日、昼間の騒ぎで部活休みになっちゃったから、自主トレというか、走り込みをね。」

 

 首にかけるタオルで額の汗を拭き取り、現はドゥレムの問に短く答える。だが不意に、彼女は彼の瞳に以前のような覇気が感じられない事に気が付く。

 

「どうしたの?元気ないね。」

 

「そう…なのか?いや、そうなんだろうな。」

 

 呟く言葉は、両人にとって意外なものだった。現にとって、以前の大胆不遜な態度だった彼が、弱気な言葉を吐くのが予想外で仕方ない。ドゥレム自身も、自身に活力が普段よりも無いことを意外に感じながらも、否応なく自覚してしまっていたのだ。自分に普段ほどの元気が無いことを。

 

「もし、時間があるならで良い。少し話し相手になってくれないだろうか。」

 

 とても短いが、ドゥレムは彼女に頼む。教えて欲しかったのだ、自分を苛む、この胸焼けの正体を

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 海の見えるベンチは、学園内にそれなりの数がある。だから人が多い場所もあれば、滅多に人の来ない場所もある。ドゥレムと現がやって来たのは後者の方。学舎の裏手の雑木林を抜けた、隠れ家的な位置にある一つのベンチ。実際、この場所にベンチがあるというのは、学園内でも余り知られていない。日頃から走り込みを日課としていた現も、この場所を知ったのは偶然だった。

 二人は並んでベンチに腰を下ろす。IS学園のある人工島において、東側にあるこの場所は、すでに暗くなってきていたがまだお互いの顔は見えている。

 

「俺は、一人で戦ってきた。」

 

「……。」

 

 不意に口を開くドゥレム。現は黙して、彼の話に耳を傾ける。

 

「だから、まだ他の者と協力しながらの戦いの勝手は分からないんだ。俺は、勝った。敵は倒したし、皆生きている。だが、だがここがムカムカするんだ。」

 

 自分の胸に手を添える。変わらない脈動。変わらない暖かさ。だがどうしようもない違和感を、ドゥレムは感じている。

 

「深手を負った一夏。それを悲しんでいる鈴。俺が気を失ったばかりに、負傷してしまったセシリア。奴らのことを考えると、ここが変になる。なんなのだこれは、俺は戦いに勝った。全員生きている。だのに、何故こんなにも納得がいかないんだ。」

 

 小さい、消え入りそうな声だが、さざ波の音しか流れていないこの場所では、低い彼の声はむしろ良く通る。

 現は答えを探す。彼の悩みに答えたいから。しかし、答えを表す言葉がすぐに出てこない。不意に空に目を向ける。橙色の空が、暗い夜の帳に飲み込まれていく。すでに一番星は輝いていた。幻想的で、美しい空模様。彼女は、以前もこんな空をどこかで見た気がする。そうだ、その時も……。

 彼女は視線をドゥレムに向け直す。

 

「仲間意識を持ったってことだよ。」

 

「仲間?それならもう俺は理解して…」

 

「違うよ。」

 

 ドゥレムの言葉を遮り、現は続ける。

 

「言葉の意味の話じゃないの。……君の心が、皆を仲間として、友達として認めてるんだ。だから、彼らが傷付いているのが苦しい。ドゥレム君の心が苦しがっているんだよ。」

 

「俺の……心。……こんなにも嫌なんだな。仲間が、友達という者が、傷付くという事は。」

 

 ドゥレムは、現に向けていた視線を反らし、自身の胸に向ける。一拍置いて、ゆっくりと海の方へ視線を移した。なにかを見ているという訳ではなく、現から教えて貰った事を、ゆっくりと彼なりに消化しているのだ。

 

「度し難い。こんなにも苦しいのなら、なぜ人は群れを作り暮らす?」

 

 呟くような声音。半ば独り言のつもりで喋ったのだから、小さくなるのは当然だ。が静かな場所で、隣に腰掛けている現には、十分聞き取れる声量であった。

 再び、彼女は自分の中で言葉をゆっくり、丁寧に組み立てる。

 

「きっと、孤独のほうが辛いから……。一人でいることに耐えられなかったから、私達は仲間、友人、家族を持つんだよ。」

 

 口にした言葉は、自分の理論だとかそういう事ではない。もっと単純に、彼女が思った事を、その心に従い口に出した。言葉はなるべく簡単になるように選び、噛み砕くように彼女は喋る。

 

「俺は、気の遠くなるほどの時間を一人で過ごしてきた。一人の暇より、この苦しみの方が辛いぞ。」

 

「じゃぁもし、また凄まじく長い時間を、一人で過ごす事になった時。ドゥレム君は耐えられる?一夏君達には二度と会えない。一人、暗い世界に置き去りにされて、長い長い時間を過ごして、次に出会える者達は敵のみ。その状況を、耐えられる?」

 

 現の言葉の通りのことを、ドゥレムは想像する。またあの広い空もなく、誰もいない無機質な天廊の一角。時々現れる侵入者を伐ち倒すだけの日々。変化はない。永遠の孤独。笑顔の一夏、無邪気な鈴、おしとやかなセシリア、仏頂面な箒、眉間にシワを寄せる千冬、柔和な笑顔の麻揶。そして、今まさに正面から話をしてくれる現。その全てを失い、また一人長い長い眠りを繰り返す日々。

 

「……多分無理だ。」

 

 絞り出す言葉は、間違いなく本音。今の自分を省みて、他人の温もりを覚えてしまったために、彼は、一人でいることに耐えられなくなってしまった。

 

「そう。じゃぁそういうことだよ。一夏君達を失いたくない、怪我をさせたくない、共にいたい。君はそう思っちゃったんだ。だから、傷付いた皆を見て、苦しんでる。」

 

「…難しいな。お前達は生まれた時から、こんな苦しさを背負って生きているのか。」

 

「そうだね。だから皆、自分の友達を作るんだよ。きっと人間のDNAに刻まれたものだからこそ、私達は仲間や友達と共にいる。いようとする。それに、一人っきりで生きる人がいるなら、その人は、他人の温もりを知らないんだよ。知らないから平気。ドゥレム君は、逆に知ってしまったから今が苦しいんでしょ。」

 

 彼女の言葉に、頷き答えた。

 

「じゃぁ、ドゥレム君も、人の心が理解できているのかもね。」

 

「人の…心か。」

 

 パッと、街灯に明かりが点く。気が付けば、当たりは既にかなり暗い。おそらく夕日もすでに、完全に沈んでしまったのだろう。

 

「ありがとう。話を聞いてくれて。」

 

「ううん、こちらこそ。ありがとう、IS学園を、私達を守ってくれて。」

 

 立ち上がったドゥレムに、現は笑顔を向けながら礼を伝える。それが彼には、妙にこ恥ずかしくて、顔を背ける。

 

「俺が本当に、人の心っていうものが分かってきているのかは分からない。だが、現に話せて良かった。今、俺がやるべき、いや居るべき場所が見えた。ありがとう。」

 

 答えも聞かず、ドゥレムは歩き始める。IS学園の病練に向けて。

 そんな彼の後ろ姿を見送る現もまた、少し恥ずかしい胸の内であった。どうして、あんな恥ずかしい台詞をペラペラと喋ってしまったのか。冷静を装っているが、内心の彼女は、あまりの恥ずかしさに右往左往、七転八倒の大暴れであったが、勿論ドゥレムはそんな彼女の内心を勘づくことはできはしない。一人、スタスタと進んでいくのであった。



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第八話:不和

ファース党の皆さん。
全ては私の責任だ。
だが私は謝らない。


 どうしてだろう。

 一人、夕暮れの病室で彼女は考える。どうして、自分はこんなにも未熟なのだろうかと。

 彼女、セシリア・オルコットのその半生は、凄まじいという言葉では、到底表しきる事のできるものではなかった。両親の非業の死。幼い彼女には見に余るほどの財と権力。そして、その力を欲する貪欲な大人達。

 卑怯で、残酷な大人達に奪われぬよう、両親の残してくれたものを少しでも残せるようと、彼女は幼いその体で大人達に立ち向かった。

 立派だとか、素晴らしいなんて陳腐な言葉では、言い表せないほどの努力と結果を、彼女はまだ16の身で経験してきた。その自負が傲りとなり、一度は冷ややかな視線を向けられ事もあった。だが、今の彼女は一夏との一戦を気に、一から立ち直し一層の努力に励んでいた。客観的に見ても、ISの操作技術は十分な実力を有している。並の代表候補生からは、頭一つ飛び出していると言っても、差し支えないほどに。

 しかし、彼女のその心は自分の弱さに打ちのめされていた。

 

「私は……っ……!」

 

 歯を食い縛り、涙も再び滲む。悔しさにのまれて。手も足も出なかった。ティガレックスの体に傷一つも与えられずに、怯え、墜とされた。

 努力か足りなかったのか、実力が不足していたのか。セシリアは考える。しかし、考えれば考えるほど彼我の戦闘力の差を否応なしに実感する。

 レーザーは当たっていた。間違いなく。しかし、まともなダメージは何一つ与えていない。その事実が、彼女を苦しめるのだ。

 だが、セシリアは知らないが、彼女の放つれレーザーも、鈴の甲龍の非固定武装の空間圧縮砲も、ティガレックスに当たる前に不自然に消失してしまっていたのだ。気にやむことはない。しかし、彼女はまだこの事実知らない。だから、セシリアは自分の抱く劣等感のブレーキはぶっ壊れたまま、どんどんと暗い感情に包まれていく。

 不意にだった。余りに突然な事態に困惑しながら、入室者を確認し、再び混乱する。もう帰ったハズのドゥレムが、病室に戻ってきたのだ。

 

「ドゥレムさん……どうして。」

 

 意外な不意討ち。まさか、彼が戻ってきてくるとは思ってなかった。慌てて、涙を拭き取るが、赤い眼と顔は隠しきれないでいる。

 

「戻ってきた。今お前を一人にするのは、本当は良くないんじゃないかって思って。……いや、違うな。俺が一人になりたくなかったんだ。置いてけぼりにしといてなんだが、俺も教えて貰ったからな。ついでに、俺もお前も手酷くやられたから、一緒に反省会でもどうだ?」

 

「……クスッ、フフフ、ドゥレムさんらしいですわね。そんな言われ方したら、普通の女の子は勘違いしてしまいますわよ?」

 

 セシリアは、一瞬呆気にとられた。ドゥレムの語る言葉に少しドキリとしたからだ。「俺が一人になりたくなかった。」それで、自分のところに来られたら、それはもう貴女に気がありますと言うようなものだから。しかし、言ったのはあのドゥレム。人とは違う思考体型、生活習慣、思想、理念、生き方。きっと言葉は彼が知る少ない語彙の中からやりくりし、組み上げたからあんなこっ恥ずかしい言葉の羅列になったのだろう。それが分かると、彼女は少し笑ってしまった。

 

「勘違い?俺はなにか言葉選びを違えたか?」

 

「そうですわね。……今のドゥレムさんの台詞ですと、まるで恋文のような、遠回しな告白のようでしたわ。」

 

「恋文?告白?また知らないものだな。それはなんなのだ?」

 

 困ったなと、セシリアはまた笑う。

 齢16の自分に、人に教えることができるほどの恋の経験があるわけではない。しかも、彼に分かるように説明できる気もしない。だけれど、彼は興味尽きぬといった顔で、セシリアを見つめる。いつの間に座ったのやら、気付けばセシリアが座る病室のベッドの横に椅子を出して座っているのだから、油断も隙もありもしないといったものだ。

 セシリアは、ドゥレムに恋を説明する。拙い言葉だが、自分の持つ想いを言葉に表す。語れば語るほど、身を焼くほどの恥ずかしさを覚えるが、真面目な顔して「人間の感情とは、かくも難解なものだ。」なんて呟くドゥレムが可笑しくて、その恥ずかしさも紛らわされていた。

 

 

 

「まぁつまりですね、好きな人に、向けるようなそんな言い回しだったんです。」

 

「そうか……分かった、以後気を付けよう。」

 

 そうして下さい。と笑うセシリア。穏やかに二人は会話をしていた。

 が、急に廊下の方から大きな物音がした。二人はバッと振り返り、ドゥレムは直ぐに廊下に出た。

 

「まさか、侵入者?それともモンスターですか?」

 

「いや、モンスターなら気配で分かる。」

 

「でしたら、人間の……。」

 

 彼女は、最悪の事態を想像する。以前、鈴がIS学園に転校してきて直ぐの事だ。前代未聞の侵入者騒ぎが、クラス対抗戦という、IS模擬戦のイベントの最中、正体不明のISが乱入するという形でその事件が起きたことがある。最悪の事態とは、つまりそれのように再び何らかの侵入者が現れた事態である。幸いにも、体は既に動けるし、ブルー・ティアーズも手元にある。

 だが、彼女のそれは杞憂だと言わんばかりに、ドゥレムは張り巡らせていた警戒を解いた。

 

「どうしたんですの?」

 

「うぅん……言って良いものか。とにかく、侵入者ではない。警戒は必要ないぞ。」

 

 ドゥレムは、少し困った表情を浮かべ、頭をかく。

 

「…しょうがない。セシリア、少し待っててくれ。ちょっと行ってくる。」

 

「えっ、あっはい。行ってらっしゃいまし。」

 

 もう、セシリアの方は十分大丈夫だろう。だが、この可能性をドゥレムは考えていなかった。ここ一週間口を聞いていない相手と、合い見えなければならない可能性だ。彼の足取りは、自然と、ほんの少し重くなった。

 一夏のいる病室に近付けば、喧騒はどんどんと大きくなっていく。鈴の声と彼女の声だ。

 

「貴様がそんな体たらくだったから、一夏がこんな大怪我をしたのだ!貴様にここにいる資格はない!!」

 

「何よ!ただ、教室で待っていただけのくせに!今更のこのことこんな時間に!!」

 

 病室の戸は開け放たれていた。見れば案の時、眠る一夏の横で、鈴と箒が言い争いをしていた。

 なんで、二人が言い争いをしているのか、流石のドゥレムでも察しがついた。というか、このIS学園内での今まで出来事から、ドゥレムも箒に対して、違和感を覚えていた。他の者達に比べ、子供っぽく、暴力的である点だ。一夏達は、ふざけあいで語気が強くなることはままあるが、箒のそれは完全な癇癪。自分の気に入らないこと、思い通りにならないことがあれば、すぐに怒りだす。ドゥレムは、人間の幼い子供を知らないからこそ、このことを「子供っぽい」と言うことを知らないのだ。

 

「ここでは、静かにするのがマナーではないのか?」

 

「っ!?」

 

「ドゥレム!」

 

 部屋に入り、口を開くドゥレム。二人はその一言で、ドゥレムの存在に気が付いたらしく。鈴は、ドゥレムの名を呼び、少し嬉しそうに。箒は対照的に嫌な顔をして、眉間にシワを寄せていた。

 一目でわかる。ご機嫌ななめのふてくされモードに、箒は突入している。

 

「貴様のような、獣風情にルールやマナーの話はされたくない!」

 

 開口一番罵倒である。流石のドゥレムも、その言葉に込められた悪意を汲み取れないほど、日本語を理解していないわけではない。だが、箒の言うことは、「そりゃそうだ。俺は人間じゃないし。」の一言で一蹴した。この程度では、癇癪を起こすはずもないのだ。

 

「とにかく、お前達二人共煩いぞ。」

 

 ドゥレムは手短に用件だけ伝える。いたく当然の話なのだが、箒は反発する。

 

「えぇい、煩い!貴様が私に指図するな!」

 

「指図もなにも、俺は人類はルールやマナー、倫理、道徳的思考にそって行動するのだと聞いた。お前の今の行動は、それに反したものであると考えるが?そのように、自分の生の感情を振り回すだけでは、どちらが獣か分かったものではないだろう。」

 

 が、ドゥレムは一言余分だった。

 当然、箒の感情は逆撫でされ、怒髪天と形容するのが正しい形相で、ドゥレムを睨む。

 それにまるで怯まないのだから、箒の怒りはすでに収集のつかないところまで来ていた。固く握った拳を構え、ズカズカとドゥレムに詰め寄り、躊躇なく振り抜く位には、彼女は自身の怒りを抑えられずにいた。

 

「で?満足か?」

 

 まるで効いていないぞと言うかのように、箒を見下すドゥレム。

 箒は、負けた気がした。最初からドゥレムは、自分のことを歯牙にもかけていなかったのだと気が付いたから。彼にとって、自身は怒ろうが、なにしようがどうでもいい存在なのだと察したから。

 

「ほう……き……っ」

 

 しかし、一時の静寂の中で声が響く。それは箒、鈴の二人にとって最愛の者の声。

 

「「一夏!」」

 

 先程の剣呑な空気はどこへやら。二人は一夏に駆け寄り、その名を呼ぶ。

 

「どうしたんだ。……箒の叫びが聞こえて……あぁ、鈴にドゥレム。無事だったか………っ!ティガレックスは!?」

 

「まだ起きたら駄目!一夏は重症なんだから…それに、あのモンスターなら大丈夫。ドゥレムが倒してくれたから。

 

 鈴の言葉に、「そうか……」と安心した様子で、半身起こした体を再び布団に沈める。

 

「情けねぇな………結局、今回も俺はなにも出来ずに、ドゥレムの助けられたのか。」

 

「そんな事……」

 

「お前は良くやった。」

 

 箒の言葉を遮り、ドゥレムが口を出す。文句を言おうかと、ドゥレムに振り返った箒は、二の句が出ずにいた。ドゥレムの真剣な表情を見たからだ。

 

「まだ慣れないモンスター戦で、お前は奴に一太刀与えた。奴の自慢の尾を切り落としたんだ。誇っていい。もし反省すべきだと思うなら、次に活かせば良い。対モンスター戦になれたいなら俺に言え。いくらでも付き合ってやる。」

 

 そう言い残したドゥレムは、「目が覚めたのなら、俺は戻るぞ」と言って病室を後にした。

 

「ハハッ、アイツなりの励まし……かな?」

 

 乾いたような笑い声の後に、一夏は呟く。そんな彼を見て、いたたまれなくなった鈴は、思わず口に出す。

 

「一夏、ゴメン!」

 

「えっ?何を謝ってるんだ?」

 

 鈴の急な謝罪に、一夏は困惑する。見れば、鈴の瞳は濡れ、ポロポロと涙を流し始めていた。

 

「私が……私があんなことしなきゃ、一夏は……こんな、大怪我しなくて、済んだのに……ゴメンね……!」

 

「っ!」

 

 一夏は後悔した。自分が怪我をしたから、鈴はそれに苦しみ、今涙を流したのだと察したから。

 どう声を掛ければ良いのか分からない。だが大粒の涙を流す彼女に、何か声を掛けなければ、必死に頭を巡らす一字一句、絞り出すよう。

 

「鈴のせいじゃない。」

 

「でも、私が…引き金を引かなかったら。」

 

「もしそうしてくれなかったら、アイツは街に降りて、もっと酷い被害が出ていたかもしれない。人死にだって出てたかもしれない。だから、あぁするしかなかったんだ。」

 

 言葉を紡ぐ。鈴の涙を止めたい一心で、少ない語彙から必死に言葉を探り、組み立て話す。だけど鈴の涙は止まらない「でも、でも」と繰り返すだけ。

 見ていられなかった。気が付けば、彼女の肩に手が延び抱き締めていた。

 

「強くなろう。ドゥレムに頼らなくても、もう泣かなくても良いように……強くなろう。だから今日のことは、鈴のせいじゃない。弱かった俺達全員の責任だから…もう良いんだ。そんなに自分を責めないでくれ。」

 

 紡いだ言葉は、気が付けば頭ではなく、心が作った言葉だった。鈴は急に抱き寄せられたことに驚いたが、それ以上に一夏に掛けられた言葉が嬉しくて、鈴も一夏の背中に腕を回し、一頻り泣いた。

 

 箒は、何も言えなかった。掛ける言葉もなく、ただ二人を見続けることしか出来なかった。何故一夏は、私ではなく、あの女を抱き締める。私も、私もこんなに心配していたのに、なんでその女を。どす黒い感情は、彼女の胸中で渦巻き、吐き出しようのない怒りが涌き出る。

 そして、彼女は自分の中であることに気がついた。

 

 そうだ、私も自分専用のISを手に入れて、私も一夏と共に戦えば良いんだ。そうすれば彼は私を見てくれる。私だけの一夏になってくれる。

 

 彼女は踵を返し、一夏のいる病室を後にする。ISを手に入れる手段を、彼女は持っているから迷いなく、その歩みは進む。

 静かな廊下に、鈴の消え入りそうな啜り泣きの音だけが、虚しく響いていた。

 

 

 

 黒い胎動はすぐ傍まで。

 災厄は音を殺し、ゆっくりと近づいてくる。

 愛憎は人を狂わせ、狂った化物を呼び込む。

 彼奴は不退転。

 泣き叫び、地獄を告げる不退転の災厄。

 地獄はもう、眼前に。




ファース党の皆さんの、反感は覚悟の上です。
ps,
ドリフターズのアニメが楽しみすぎてヤバい


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第九話:苦情

え?モンハンってアニメやるの!?


 結果は振るわなかった。

 ティガレックスの襲撃から一夜明け、織斑千冬は朝から、日本国内の生物学、航空物理学の権威達にティガレックス、フルフルの映像を見てもらい、何か打開策を得られればと足を伸ばしたのだが、結果は謎が深まるばかり。

 生物学者の阿久沢 吉彦教授はフルフルの映像を見て、「一個体の生物が、視認できるほどの電気を発生させるのは、常識的にあり得ない。確かにあのサイズの生物であれば、相当量の電気を産み出すことはできるだろうが、それでもあれぼどの電力を発声させれば、普通自身の血肉が焦げ付き絶命する。」と語った。

 航空物理学の桜井 暁美教授も二体の映像を見て、「彼らの翼は、見たところ飛ぶというより、滑空する事のほうが得意な作りのハズ。だが、映像の中では羽ばたき、旋回し、戦闘機のようなマニューバさえ見せている。客観的に見て、この映像が本物とはとても思えない」と語った。

 千冬は考える。彼らの話を信じるのならば、あのモンスター達は、自分達の築き上げた常識の通じる相手ではないことになる。

 付け加えるようだが、前述の両教授がティガレックスやフルフルよりも、ドゥレムディラについて「ありえない。」特にと言及していた。「そもそも、あの翼の形状で、何故空が飛べるの?滞空もしてるし、このサイズの生物が音速以上の速度で飛ぶとかいったいどうなっているの?ソニックブームはなんでこのドゥレムディラだっけ?を切り裂かないの?」と桜井教授は頭を抱え、「そもそも寒冷地に適応したからといって、気温そのものを操るっていうのはおかしな話で、そんなのはゲームだけにして欲しい。にも関わらず、一瞬で絶対零度近くの冷気の光を口から吐き出すなんて、生物としてありえない。中にロボットでも入っているんじゃないか?」と阿久沢教授は顔をひきつらせた。

 

「ゲームか……。」

 

 そういえば、ティガレックスもフルフルも生徒内で、ゲームに登場するモンスターに酷似し、能力も共通しているという話が出ていた。偶然の一致として、職員は聞き流していたが、もしかしたらと彼女の頭の中で、仮説が出てくる。

 それを確かめるには、一夏をはじめ、そのモンスターが登場するというゲーム。モンスターハンターについて、詳しく知る生徒とドゥレムディラに協力してもらわねば。

 そうと決まれば、千冬は速かった。喫茶店で一息入れていたが、早急に会計を済ませ店を後にし、学園に連絡する。

 

『はい…IS学園の山田麻揶です……。』

 

 受話器の向こうから聞こえる麻揶の声に、元気がないのが少し気になったが、千冬はそのまま要件を伝えようとする。

 

「私だ、織斑だ。」

 

『あっ…お疲れさまです。どうしたんですか?今日も一日出張では?』

 

 千冬は今から戻る旨と、早急にモンスターハンターを知る生徒と、ドゥレムディラを集めて欲しいと伝え、電話を切る。

 もし、千冬の仮説が正しいとして、何が変わるのだろうか。いや、もしかしたら何も変わらないかも知れない。だがそれでも、千冬にとって、その仮説は暗闇の中に現れた一筋の光る蜘蛛の糸だったのだ。すがるしかない。望むしかない。何も分からない現状よりはマシだと思って。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 一年一組の教室は、空席が目立った。一夏とセシリアの二人分の空席は、ほぼ全員出席している教室内では、ひどく目立っている。

 山田 麻揶は、出張でいない織斑 千冬の代わりに教壇に立ち、生徒である少女達に授業を行っているが、その心情は決して晴れやかではなかった。

 その原因は、彼女達の両親である。未確認生物、モンスターによる二度の襲撃。その出現地点がIS学園上空。生徒の両親が、我が子を案じ学園に電話するのは至極当然であろう。だが、中には冷静さを欠いた人もいる。麻揶の心は、そういった人間の対応に追われ、かなり消耗していたのだ。

 

 しょうがないよね……今度いつ現れるか分からないモンスター。それの出現地点近くにあるのに、今日も変わらず平常通りに授業を進める。親が心配しないわけないよね。

 

 麻揶は内心ぼやく。いくら学園内の防衛システムは、世界トップだとしても、心配しないわけがない。しかも最悪なことに、一夏とティガレックスの衝突の様をはじめ、出現したモンスターの映像が、大量に流出しているのだ。つまり、人類の最強兵器であるハズのISと、互角以上に渡り合うモンスターという存在の強さが、世界中に流布されてしまっている。だからしょうがないんだと、麻揶は自分を無理矢理納得させるしかない。

 だがそれでも、彼女は心なく浴びせられた罵声が、深く深く突き刺さっている。ある意味、彼女が余り経験したことのない辛さ。日本代表になるために、幼い日々を、ライバルと切磋琢磨し合い、ISにその心血を注いできたのだ。『人』のクレームには耐性がなかった。何を言われようと、「ごめんなさい」「申し訳ありません」と謝り続けるしかない辛さ。それは手痛く、彼女の心を抉っていた。

 

「はい、じゃぁこの時間はここまでです。」

 

 平静を装うが、これから長い昼休みに入る。それが彼女にとっては憂鬱で仕方がない。職員室に行きたくはなかった。きっとまだ、クレームの電話はガンガンに鳴り続けているのだろう。逃げ出したかった。泣き出したかった。

 それでも生徒の前だと自分に言い聞かせ、堪えて、耐えて、笑顔のまま教室を後にした。

 

 職員室に近付くほど、彼女の足取りは重くなった。近付けば近付くほど聞こえてくる、電話の呼び出し音。今すぐ踵を返して教室に戻りたい衝動を抑え、職員室へ足を踏み入れる。

 自身のデスクに荷物を置いたその瞬間、彼女のデスクの上の電話が甲高く鳴る。

 その音だけで、彼女は吐きそうになる。気分が悪い。腕が重たい。電話に出たくない。それでも仕事だからと、麻揶はその受話器を取る。

 

「はい…IS学園の山田麻揶です……」

 

『私だ、織斑だ。』

 

 電話の先は、麻揶の憧れの人物でもある千冬であった。クレーマーじゃない。その事実は、麻揶の緊張を緩和させた。

 

「あっ…お疲れさまです。どうしたんですか?今日も一日出張では?」

 

『予定が変わった。すまないが、放課後にドゥレムディラとモンスターハンターというゲームを知っている人間を会議室に集めてくれ。私も今から戻る。では頼むぞ。』

 

「えっ、ちょっと待って…」

 

 千冬は、自分の要件だけ伝えて、一方的に電話を切ってしまった。

 今の麻揶をはじめ、学園に残った教師達にそんな余裕はない。今こうしている間も、他の教師達はクレーム対応に追われているというのに。

 また、麻揶のデスクの電話が鳴る。今度は十中八九クレーマーだろう。

 彼女達の長い長い昼休みは始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 学園に戻ってきた千冬は、職員室に寄らず、すぐに会議室に向かっていた。当初の予定よりも、戻ってくる時間が遅れてしまったからだ。

 

「すまない、待たせた…な。」

 

 だが、会議室にやって来た彼女が見たのは、無人の会議室。もしかして、別の会議室かと、残り二つある会議室も確認する。しかし全てもぬけの殻。自分は、しっかりと麻揶に伝えたハズだと、若干の怒りを抱え、恐らく麻揶が居るであろう職員室に向かう。

 職員室からは、何重にもなる電話の呼び出し音と多くの人の話し声が聞こえてくる。何事かと訝しげに思いながらも、千冬は職員室の戸を開けた。

 その瞬間、職員室の中に響いていた爆音が、千冬を襲う。

 見れば、皆が一様に電話越しに謝罪しているようである。一体何事なのかと見回すと、麻揶は自分のデスクで、他の教師と同じように電話対応しているようである。

 

「山田先生。」

 

「はい……はい……申し訳ありません。」

 

 声をかけるが、応答はしない。それもそうだ、電話対応しているのに、応答できるわけがない。

 千冬は、麻揶の後ろで、彼女が電話を終えるまで腕を組んで待つことにした。

 電話にも関わらず、ペコペコ頭を下げる彼女が、千冬には妙に滑稽に見えたが、彼女の元来の性格もあり、それが少し可愛くも思えてしまう。

 やがて、通話を終えた麻揶はゆっくりと受話器を下ろし、怠慢な動きで振り返った。

 

「生徒が集まっていないようだが、集合する旨は伝えたのか?」

 

「そんな時間も暇もありませんよ。見て分かりませんか?」

 

 千冬はギョッとした。歳よりも幼く、可愛らしい彼女の、小動物のような面影はなく、生気がなく、表情に強い陰りを落とした麻揶が、ソコにいたのだから。

 そして、まともな会話をする前に、麻揶の電話は再び鳴り響く。麻揶は一瞬躊躇したように見えたが、直ぐに電話に出る。

 

 なんなんだ、この状態は

 

 千冬は混乱するのみだった。だが、自身のデスクの電話も、けたたましく鳴り続けているのに気が付き、その受話器を取る。

 

「はい、IS学園織m『どうなっているの!?お宅の学校は!?』…は?」

 

 千冬は、突然の高圧的な女性の声に、思わず理解が追い付かなかった。

 

「えぇと、どちら様で?」

 

『なんですかその態度!私はそちらの2年1組の山吹藍の母親です!』

 

 曰く、娘の安全管理はどうなっている。化け物の仲間が学園内にいるとは本当なのか。なぜ化け物がいつ現れるか分からない状態なのに、休校にせず、普通に授業を続けているのか。

 凄まじい剣幕で、捲し立てるように喋る受話器の向こうの女性。

 

「いえ、当校の防衛システムは世界最高峰でして、更にISも相当量配備されていますので、お子様を危険にさらすような真似は一切致しません。」

 

『ISだって化け物には歯が立たなかったそうじゃないの!アンタ、そんなこと言って娘に何かあったらどう責任とるのよ!!』

 

 千冬はやっと合点がいった。何故、麻揶達教師陣が皆憔悴しきった表情で電話対応し続けているのか。恐らく朝からずっとこの状態だったのだろう。これでは、麻揶に頼んだ生徒を会議室に、という話もできる訳がない。時間がないのだから。何か手を打たなければ。

 

「そうですね。ご意見を確りと吟味させて頂き、今後の対策に利用させて頂きます。では。」

 

 千冬は、一方的に電話を切る。電話対応としてまるどダメだが、このままでは教師陣がノイローゼで、普通の授業もままならなくなってしまう。それでは、学校本来の形として機能しない。それでは本末転倒だとして、電話を切ったのだ。

 千冬は直ぐに自身の携帯を取りだし、とある場所に電話を掛ける。

 

「私だ。これからこっちに掛かる電話をそっちで対応して欲しい。………察しの通り、クレーム対応の依頼だ。……………元々は、そちらで対応しなければならない話のハズだが?…………それは、『教師』としての裁量を越えている。私達は国連に雇われてはいるが、その前に一教師だ。このままでは、普通の授業すらまともに行えない。……そうだ。その会議さえクレーム対応のせいで行えないのに、これ以上こちらに負担を押し付けるのか?それとも何か?モンスター出現の際には、我々より速く、市民の避難誘導、対象の撃破が行える自信があるのか?………そうだ。今すぐだ。じゃぁ頼んだぞ。」

 

 千冬が電話を切ると、だんだんと職員室の内部が静かになっていく。教師達が各々の電話を切ると、それ以降鳴らなくなったのだ。手の空いた職員達は、急にどうしたのかと、互いに目を会わせ、首を傾げ合っている。

 やがで、最後の通話が切れて、職員室は完全な静寂に包まれた。先程までの喧騒が見る影もない。が、それを確認した千冬がゆっくりと立ち上がると、椅子が動く音が否応なく浮き彫りに目立つ。教師達が、千冬にその眼差しを集めるのは、当然と言えよう。

 

「今、諸君らが行っていたクレーム対応。それを全て国連に預けた。」

 

 千冬の言葉に、各員はギョッとした。IS学園は、その管理こそ日本国政府が行っているが、性質上は、国連の傘下の学園として成り立っている。だが、彼らは基本学園に干渉せず、書類上の傘下としての地位であった。

 そのため、IS学園に向けられたクレームの対応を国連が受け持つなど、かなりの特例であり予想出来ない事態なのだ。

 それを押し通した千冬の手腕を敬うべきか、問題を先送りにしただけではと危惧するべきか、彼女達は見極められずにいたが、眼前の問題がひとまず片付いたことに皆一様に安堵していた。

 

「山田先生、申し訳ないことをした。この状態を予測できなかった。その上で、あんな頼み事までして、余計に手を煩わせてしまったな。すまない。」

 

 頭を下げ、千冬は麻揶に謝る。それに麻揶は少し困った様子を見せて、まだ顔色が悪いが、頑張って作った笑顔を見せ、それに答える。

 

「いえ、そんな。こちらこそ有難う御座います。あのままじゃ、まともに授業も行えませんでした。」

 

 麻揶の言葉を皮切りに、他の教職員達も千冬にお礼を言う。その度に彼女も、一人一人に意識が足らなかったと謝罪する。こうして、IS学園教師の長い一日がひとまずの終わりとなる。

 だが、問題はいまだ山積している。一つずつ丁寧に片付けるしかない。彼女達一人一人の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 天災と詠われた一人の女は、嬉々としてキーボードを叩く。まるで彼女の感情を表すように、その頭部に乗せられている機械の耳が、ピコピコと動く。

 

「フフゥーン♪フフ、フゥーフフゥン♪」

 

 鼻歌混じりに、彼女は己の作業を進める。異常なスピードと言って良いだろう。

 まるで鍵盤のように、音楽でも奏でるかのようなリズミカルな動きで、複雑かつ膨大な情報を入力していく。

 

『……………』

 

 そんな中、声になっていない声が、この狭い一室の中に響く。彼女は、パソコンの操作の手を止めずに、その声に答える。

 

「当然だよ。私の大切な大切な大切な箒ちゃんから、直接お願い事されたんだよ?機嫌も良くなるってもんよぉ!」

 

 ふざけた様子で話しているが、その手の動きは鈍くなることはない。速く正確に動き続ける。

 

「君がくれた情報と、私が作った第四世代型IS紅椿を組み合わせて、新規設計製造した新たなIS。黒椿。きっと箒ちゃんも気に入ってくれるよ!」

 

 楽しげに語る彼女。彼女の操作する画面には、黒椿と称されたISのシルエット。まだ完成はしないが、このISが完成すれば、ISの歴史は大きな転換期を迎えるだろう。それが、蛇となるかはたまた宝になるかは誰にも分からぬ。

 彼女は笑う。自分の奏でる音楽のように。

 笑う彼女を見守る者もいた。それは部屋の四分の一以上を占めるカプセルの中から、彼女を見守っていた。紅い紅い、血のような瞳を輝かせるそれは、ディスプレイの前で怪しく笑う彼女を、ただただ見つめ嘲笑う。





そういえば、本作のオリISって黒椿が初なんですね。
最初はドゥレムもISに乗ってもらおうかなって、考えていた時期が僕にもありました。
でも、それモンハンじゃなくても良いやんってなりそうだから、ドゥレムはドゥレムディラのまま。戦ってもらいます


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第十話:狩人

因みに、俺はランスと太刀、スラアク中心でやってます。

あっ、後今回独自解釈多目です


「ふむ……俺もそこまで詳しいわけではないが…それでも良いのか?」

 

 翌日の放課後に、ドゥレム、一夏、セシリア、鈴を含んだ生徒十名と、千冬、麻揶を含んだ教師五名が会議室に集まり、モンスターハンターというゲーム。及びモンスターについて話し合いを始めていた。

 先に口を開いたのはドゥレム。それに千冬は

 

「構わない。それに、この中で一番奴らを知っているのは、間違いなくお前だからな。」

 

「了解した。ではどこから話すか……」

 

 ドゥレムが語るのは、まだドゥレムディラと名を冠する前。まだ、天廊に人がいた。時代の話。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 そもそも俺は、気が付いたときから成体としての姿を持って生を受けた。とある部屋での番を天廊に住む者達から命じられ、必要な時以外は眠って過ごした。

 それこそ、最初のうちはかなりの頻度で侵入者は現れ、天廊を侵略しようとしていた。だが、それの大多数は人であり、モンスターは人に使役されるか、もしくは迷い混んだ小型のモンスターのみ。

 侵入した人間は、みな言っていた。邪法に手を染めた人の仇敵を討つべし、魔竜の子らを廃滅せよと。

 それが意味することは、俺には分からなかったが、命に従い俺は侵入者との戦いに明け暮れた。

 だが、ある日それがピタリと止んだ。人間達が諦めたのか、それとも別の闘争を始めたのか、俺には分からなかったが役目がないなら眠るのみ。俺はしばらくの眠りに沈んだ。俺が記憶する中で、一番最初の長い眠りだ。

 次に目が覚めた時、侵入者はまた人間だった。しかしその装備は変わり、おそらく、より殺傷性を高めたものだったハズだ。だが結局彼等も、俺を討伐することは叶わず、敗走を繰り返すのみだった。どれ程の期間か覚えてはいないが、連日行われた二度目の襲撃の後、ピタリと人の襲撃が止んだ。不自然な止み方だった。まだ、戦力は相当数温存していたハズなのに、急に進行を止めたのだ。

 だが、番をする部屋から出るわけにはいかない俺は、侵入者がいないなら眠るのみ。これが俺の記憶する二度目の長い眠り。その後も以前話したように、四人の人間に打ち倒され、ここに現れた。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 ドゥレムは一拍置き、「これが俺のこれまでの話だ」として、話を区切る。

 これに、モンスターハンターを知る者は、皆一様に首を傾げ、それぞれが話し合っている。その様子を見た千冬が「ドゥレムに質問のある者は、挙手しろ。ドゥレムも分かる範囲で構わない答えてくれ」と伝え、挙手した一人の生徒を指名し、彼女はそれに答え、立ち上がりドゥレムに質問する。

 

「あの、いきなり話の腰をおるような疑問で申し訳ないんだけど、多分ここにいるほぼ全員の疑問だと思うから質問させて下さい。ドゥレム君は、人に飼われていたの?それに、人に使役されていたモンスターもいたんだよね?」

 

「その表現が、適切かどうかは分からないが、俺自身も含め、あの部屋で戦ったモンスターの大多数は人と主従関係にあったハズだ。」

 

 ざわっ

 生徒達の空気が伝わる。これは、混乱と言えば分かりやすい。彼女達は、自分達が持つモンスターハンターの常識と、ドゥレムが持つ記憶に大きな差があることに対し、大きな困惑を抱いたのだ。そんな中、一人の女子生徒が再び挙手をする。

 

「確認したいんですが、大きく分けて三回の襲撃と相対したという訳ですが、その時の大まかな装備を教えて下さい。」

 

「装備か……つまり武器で良いんだな。一回目二回目の時は、人の装備は皆同じようなものだ。威力に差はあるが、銃火器が殆どだな。だが三回目のそれは、個人により多種多様だった。大きく厚い剣を振るう者や、一夏の武器のような、長く鋭い武器を使う者。剣や槍、槌に巨大な鈍器兼楽器。それに己の拳を包むような変わった武器の者もいた。だが、近接ばかりではなく、弓矢や、セシリアが使う武器とは違い、物理的な威力を持つ銃のような武器。種類は豊富だったな。」

 

「じゃぁやっぱり……。」

 

 質問者である少女は納得したように呟く。それはほとんどの生徒が同じような反応を示すが、ドゥレム、セシリアと教師陣は何がなんだか分からない。何を彼女等は納得したのか、教師の一人がそれを訊ねた。

 

「じゃぁ俺が。まず最初に、ドゥレムを倒した四人の人類は、恐らく『ハンター』と呼ばれる、ゲームにおいて主役であり、俺達プレイヤーが操作するキャラクターだと思われます。」

 

 一夏が立ち上がり、質問に答える。

 

「そして、ゲーム内には詳しい設定は公開されてませんが、高度な文明を持ち発展した旧文明があることが明言されています。おそらく、ドゥレムの言う天廊に住む人々と、過去に侵入してきた人類は、敵対し合う関係の旧文明人であると思われます。」

 

「旧文明?ということは、それは一度滅んでいるのか?」

 

 教師の一人が質問する。先程とは違う教師である。

 

「はい。理由はしっかりと公開されているわけではありませんが、おそらくモンスターによって、旧文明は破壊されています。」

 

 教師達がざわつく。モンスターの有する力を再認識したからだ、文明を1つ崩壊させるほどの力。戦慄を覚えずにいられるだろうか。だが、

 

「しかし、その旧文明の戦闘能力がいかほどだったのか……分からないのであれば、モンスターの総合戦闘能力も分からない。」

 

「モンスターによってもその力は千差万別です。以前のフルフルは序盤の方に出てくるモンスターですし、ティガレックスも中盤程度のモンスター。二体とも、ゲームではそこまでに苦になるモンスターでもないのですが……逆に、文字通り天災や災厄と称されるモンスターも存在するので……。」

 

 一夏と言葉に頷く生徒達。

 対して、セシリアと鈴を含んだ教師陣の表情は青ざめたものだった。フルフル、ティガレックスがゲームの中での難易度の低さのせいだ。もし、IS学園の上空に現れた個体が、ゲームのステータス通りの存在なのだとしたら、今後はより強力な個体が現れることになる。そうなった時、ISで太刀打ちできるのか、ドゥレム一人の負担は増し、もしかしたらドゥレムが敗北する可能性も高い。そうなった時、自分達に未来はあるのか、不安は会議室全体に広まりかけていた。

 

「仮説だが。」

 

 不意に千冬が口を開く。

 一同は、彼女に視線を向け何を話すのか興味深く耳を傾ける。

 

「確証のない仮説なのだが聞いて欲しい。結論から言って、私はモンスターには、そのモンスターハンター内での武器に該当する装備でしかダメージを与えられないのではないかと考えている。」

 

 会議室がどよめく。

 この反応は、千冬も想定していた。しかし今は、話を続ける。

 

「まず、その仮説を思い至った経緯から話そう。まずはこれを見てくれ。」

 

 千冬は、手元のリモコンを操り、会議室のディスプレイに映像を灯す。投影されたのは、ティガレックスにブルーティアーズのスターライトブレイカーMK-IIの光弾が発車され衝突する瞬間のスローモーション。

 しかし、全員が一目で気が付いた。光弾が衝突する直前に、不自然にその攻撃が消失しているのだ。

 

「見ての通り、オルコットの放った光弾は直撃の前に不自然に消失している。が、直ぐに反応したのを見るに熱量は感じているようだ。これは、おそらくだが鳳の空間圧縮砲でも同じ現象が起きていると思われる。そして次にこれだ。」

 

 次いで表示されるのは、一夏が最大出力の零落白夜の一撃により、ティガレックスの尾が断ち斬られる様。これもスローモーションではあるが、抵抗もなく零落白夜のエネルギー刃は、ティガレックスの尾を切り裂いているようである。

 

「私は最初、遠距離攻撃では効果は薄く、接近戦攻撃しか有効打はないのではと考えた。だが、雪片弐型のような刀、太刀がゲーム上に存在したからそこ、モンスターにダメージを与えられたのではと、私は考えた。」

 

 千冬の仮説は一見突拍子もないものだった。だが、モンスターハンターを知る生徒達は、皆合点がいったように互いに「そうか、だからか」と頷きあう。

 

「多分、ちふ…じゃない、織斑先生の仮説は、案外辻褄が合うかもしれません。セシリアの攻撃は無効化されたのに、ドゥレムのブレスは効果があった。ゲーム上でも、他のモンスターの攻撃が別のモンスターに当たれば、ダメージはしっかりと出ます。可能性はあるかと。」

 

 一夏の言葉に反応したのはセシリア。

 

「待って下さいまし!もしその仮説が本当だとしたら、私のようにゲーム内で該当する武器の無い者は戦力にならないということになりますわ。」

 

「いや、そうでもありません。多分、オルコットさん、鈴さんの攻撃が無効化されたのは、ゲーム内の射撃戦は弓矢、ボウガンによるものが主流だったため。言ってしまえば実弾兵器ですね。だから、レーザーなどの非物量攻撃ではなく、実弾系の武装を中心にチューンすれば。」

 

「とにかく、一度ゲーム内の攻撃手段、モンスターの特徴を洗い出そう。ものは試しだ。可能性があるならやってみる価値はある。」

 

 会議は1つの方向性にまとまり始めた。

 実を結ぶかは、次の襲来の時。

 未だ闇は深く謎は尽きぬが、彼女達は歩みを進める。

 負けぬために。

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「まだ、ヒリヒリするな」

 

 ドゥレムは自分の頭をさする。

 会議を終え、ドゥレム、一夏、セシリア、鈴の四人が共に歩いている。これから遅めの夕食を摂るために、皆で食堂に向かっているのだ。

 

「当然よ!あんなこと皆の前で言うんだもん!」

 

 それを叱責するように、鈴は言う。

 ことは会議終盤、今後の予定としてゲーム内の武器をもとに、IS用対モンスター戦兵器の開発という話でまとまった時だ。

 その武器の実験の話になったとき、ドゥレムの放った発言が、千冬の逆鱗に触れたのだ。

 

「試すなら俺を使えば良い。同じモンスターだから、効果があるようなら一目瞭然だろう。」

 

 その直後、千冬の拳骨がドゥレムの後頭部に降り下ろされた。生半可ではない鈍痛と突然のことへの困惑が、同時に彼を襲っていた。

 

「馬鹿も休み休み言え。貴様は実験動物などではない。我々の仲間だ。私達は仲間にその銃口を、切っ先を向けることは決してしない!」

 

 怒鳴るように彼女はドゥレムに言った。会議室で同席した者達も、千冬の言葉に強く頷いていた。

 

「まさか、千冬があぁも怒るとはな……俺は、そんなにも常識外れなことを言ったのだろうか?」

 

「ふふ、そうですわね。以前私に話して下さった、仲間云々の話と一緒ですわ。ドゥレムさんは、私達に攻撃をなさいますか?」

 

 優しく諭すようにセシリアは言う。ドゥレムは「そんな事するわけがない。」と即答する。

 

「私達も同じよ。アンタに助けられて、一緒にご飯食べて、仲間だって思っているから、アンタを攻撃なんかしたくないの。だから、二度とあんなこと言わないでよね。」

 

 鈴とセシリアの言葉に、初めてドゥレムは合点がいった。仲間に攻撃などしない。自分が当然だと思ったことを、相手にさせようとしていた。

 拳骨を食らって当然だった。

 

「そうだな……済まなかった。俺が浅はかだったな。」

 

 ドゥレムは呟く。鈴は「分かれば良いのよ」と言い。セシリアは「ふふ」と笑う。

 

「ダメだ、出ないな。」

 

 しかし、一夏はそれとは別に呟き、自身の携帯端末を仕舞う。彼は、箒に連絡を取ろうとしていたのだが、応答がない。

 

「もう、夕食をすまされたのでは?」

 

「そうかもな、しょうがないこのまま四人で済ませるか。」

 

 一夏は、箒を招いてドゥレムと鈴に互いに謝罪をさせようと考えていたのだ。二人はそれを承諾しているし、後は箒本人のみだったのだが、彼女との連絡はつかない。それならそれで、しょうがないと一夏はドゥレム達と食堂への歩みを進める。まだ、時間はあると信じていたから。

 

 

 

 

 だが、その日の夜。自室に戻った一夏は箒の姿が無いことに気が付いた。荷物も何も残っていない。嫌な予感がして、千冬に連絡を入れた。

 

「千冬姉、箒が居ない。荷物も無いんだ!」

 

『…………一夏、落ち着いて聞いて欲しい。……箒は、自主退学した。』

 

 彼女の言葉を、一夏は飲み込めきれなかった。何故、どうして。疑問は尽きない。答えてくれる者もいない。だが、千冬は告げる。もしかしたら、最悪の事実を

『箒を引き取りに来たのは……束。アイツの姉だ。』

 時はどうしようもない程に、無慈悲に、不条理に進んでいた。

 




少しは動き出したかな?


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お詫び


土下座



読者様からのご指摘で、MHF-GがISとコラボしているとし、自分の作った設定と、大きな矛盾点があることが発覚いたしました。

 

誠に申し訳ございません。

 

情報をご提供頂いた方に深く御礼申し上げると同時に、大変申し訳ございませんが、以下の事を、設定として付け加えさせて頂きます。

 

1、本作で取り扱うMHは、公式様が実施されましたコラボ等は取り上げず、その世界観。設定のみを独自解釈した上で作品に投影させて頂きます。

 

再三になりますが、この度。私の情報収集不足のために読者様に多大な不快感を与えましたことに深く謝罪させて頂きます。

 

よろしければ、今後も私の稚拙な文では御座いますが、ISー天廊の番竜ーをご愛顧頂きますよう、お願い申し上げます。

 

 

以下に、文字数が足りませんでしたので、少しお話を入れさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 ここを守ってくれている、ドラゴンさん達がいると、お母さんは私に教えてくれた。

 私達を悪者として、襲ってくる地上の人達とそのドラゴンさん達は戦っているらしい。

 お母さんが言うにはドラゴンさん達は、すっごく強くて、私達は安全に生活出来るんだって言ってた。

 

 私は、そのドラゴンさんが気になって仕方なかったの。だからこっそり、お父さんの職場でもある、天廊監理局に入って、中の一般の人にも公開されている図書館で、ドラゴンさんの本を見つけた。

 

「し…けん体1号?」

 

 まだ、私には難しい文字が沢山で、良く読めなかったけど、写真があった。青い、綺麗な翼のドラゴンさん。赤い目は少し怖かったけど、私はこのドラゴンさんが、お母さんの言っていた、私達を守ってくれているドラゴンさんなんだって思った。

 不意に、私は誰かに頭を撫でられる。振り向けば、優しい表情のお父さんがいた。

 

「お父さん!」

 

「やぁ。一人で来たのか?」

 

 本当は、お父さんにバレないようにしようとしてたけど、見付かったら、そんな事どうでも良くて、お父さんに抱き付く。お父さんは、笑いながら私を抱き上げ「お母さんが心配するから、来るなら俺にも一言いってくれよ。」と言った。

 

「はぁい。」

 

 私の返事に満足したように、「じゃぁ、今日は一緒にいような」と私を、お父さんの職場に連れて行ってくれた。

 

 

 何年も前の話だ。私がまだ幼く、無邪気に過ごしていた時の話。今は、父の行っていた仕事を継ぎ、私が試験体1号の管理観察を行っている。

 私がこの仕事に従事してから、いや、父のずっと前の代から、1号は休眠状態を維持し続けている。1号が休眠しているということは、他の試験体も活動を休止したまま。

 

「貴方は、一人でそこに居続けてくれているのね……私達のために。私達が押し付けてしまったエゴのために。」

 

 ライブモニターに映る1号を、愛しくなぞる。

 1号は答えるわけがない。永久の命を持ち、朽ちることのない体を持つドラゴン。私達、天廊に住まう住人のエゴの象徴。

 願うのはせめて、寂しさを感じることなく、平穏な永い永い眠りをと。私が恋した青いドラゴンは、今日も孤独に眠りに更ける。

 

 

 

 

試験体1号メモ

オリジナルのデータを元に製造された第1号。第二形態までは問題なく行えるが、[データ欠損]は、我々の想定を大きく上回り、制御も困難とし、やむを得ず[データ欠損]を施し、第一エリアの番の任を与える。

その他の対装甲特殊腐敗剤及び、空間冷凍、氷状物操作能力等に問題は見られない。

注記:試験体1号は何故か自我を有しており、知能もあると見られる。知識を与えた際、どのような結果になるのか予想ができないため、不用意な試験体1号との接触は全面的に禁止し、もし接触せざるを得ない状態になったとしても、コミュニケーションを行うべきではない。





MHF-GにISコラボしてたのか。
いや、本当に申し訳ない。


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第十一話:虚脱

お、遅くなって…
申し訳ないぃ……!


 一夏は納得がいかなかった。何故、箒は学園を去ったのか。どうして束が現れたのか。

 千冬曰く、束はIS学園にハッキングし、秘密裏に箒が自主退学するための用意を進めていたらしい。そして、モンスター対策の会議の間に箒を連れ出した。事務員の話では、本人の同意もあったとの事。

 それが、余計に一夏を困惑させた。

 箒は、束の事を忘れようとしているようだった。必死に避け、まるで自分の中から、彼女を消し去ろうとしているようだと、一夏は感じていた。それが何故箒が、束に着いて行き、学園を去ることになったのか。

 

「という訳で篠ノ乃さんは、家庭の事情で自主退学することになりました。」

 

 朝のHLは、生徒達の囁き声が満ちていた。まだ、一学期も終わっていないというのに、クラスメイトの突然の退学。それも最も有名な女性の一人でもある束本人が直接迎えに来たなど、生徒達が騒ぐのも無理はない。

 

「静粛に。クラスメイトが減ってしまうことは悲しいことだが、それよりも自分のことを考えろ。IS学園の生徒である以上、感傷に浸る間はない。学ばなければならないこと、覚えなければならないことはまだまだ多いのだからな!」

 

 千冬の一喝に、クラスは静まる。

 ここは、世界最高峰レベルの高等学校。その上でISのことも学ばなければならない。一分一秒が惜しいのだ。其を理解しているからこそ、生徒達は皆口を止め、既に授業を受ける準備を終えている。

 だが、一夏は。一夏だけは、大切な幼馴染の事を案じ、授業に集中しきれずにいた。

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 久々の暗雲。ドゥレムは、初めての悪天候を眺めていた。ずっと、太陽の下で日向ぼっこを楽しんでいた身としては、あまり良い気分ではなかった。

 時間はそろそろ昼。今日もきっと一夏達が、昼食の誘いに来るだろうと、一人呆けている。

 

「また会ったね。」

 

 が、ドゥレムの予想に反し、姿を表したのは現。妙に縁があるなとは、彼も思ったがひとまず現れた彼女に会釈を返す。

 

「昼休みか?」

 

「そう。ドゥレム君はそっか、生徒って訳じゃないんだよね。」

 

「あぁ。日がな一日、だいたい此処にいる。」

 

「そうなんだ。もしかして、昼間は結構暇してるの?」

 

 ドゥレムは、なんと答えたものかと悩んだ。暇と言えば暇だが、日向ぼっこも好きだ。しかし、今日みたいな太陽が隠れてしまった日は、平和であれば呆けてしまう。

 

「基本は日の光を浴びてるが、今日みたいな日はそうだな、まるでやることがない。」

 

「そうなんだ……じゃぁ、剣道やってみない?」

 

「剣道…この前のあれか。」

 

 ドゥレムが思い返すのは、箒との勝負。自分がルールを知らないがために、彼女を怒らせてしまったあの時だ。

 もし、また彼女に勝負を仕掛けられたらと考えると、剣道を学んでおいた方がいいかもしれない。

 彼は、一人納得し頷いて

 

「そうだな、やってみるのも良いかもな。」

 

 現は、「本当!?」と目を輝かせて言う。その余りの勢いに、少し押され気味になったが、ドゥレムも答える。

 

「あぁ。せめて、ルールというもの位は理解しておいた方が良いだろうし。」

 

 彼女は、ドゥレムの言葉に嬉しそうな顔を見せる。

 別段彼女は、剣道に対してそこまで熱意があるわけではない。元を辿れば、何てことのない理由。ちょっとした気分転換のために彼女は剣道を嗜んだ。

 それでも、彼女のその性格から手を抜かず、全力で練習には打ち込んでいた。だからこそ、新たに剣道の仲間が増えることに、彼女は純粋に喜んでいたのだ。

 

「ドゥレム。」

 

 が、不意に二人に近づく人影が、彼の名を呼ぶ。振り向けば鈴が一人こちらに歩いて来ていた。

 

「よぉ。ん?一夏達は一緒じゃないのか?」

 

「それが……」

 

 鈴も、先ほど知った話なのだが、箒がIS学園を去ったことを伝える。それに現は目に見えて驚き、ドゥレムは今一意味を把握できていないようだった。

 

「一夏は今、その関係で千冬さんと話してるわ。セシリアはセシリアで、昨日の話にあった実弾系武装を調べるみたいだし……。それで、そっちの人は?」

 

 鈴は、訝しげにドゥレムの隣で素知らぬ顔をしている現が、いったい誰なのか訊ねる。彼は、二人がそういえば初対面だったということを思い出す。

 

「えぇと、」

 

「初めまして、私は佐山 現。ヨロシクね、中国代表候補生の鳳 鈴音さん。」

 

 ドゥレムが紹介する前に、現は自分で名乗り握手を求める。が、鈴がここで顔をしかめる。

 

「佐山……現…………あっ!!」

 

 が、ハッとした表情の後に差し出された現の手を両手で包むように握り、嬉しそうな顔で握手に応じる。

 

「佐山現って、もしかして第六回IS設計コンテストで最年少入賞したあの!?」

 

「あっうん。一応その佐山現だよ。」

 

 また、ドゥレムは置いていかれる。二人の会話が分からないのだ。何を話しているのかと、ドゥレムは問うと、何故か鈴が誇らしげに説明を始めた。

 佐山 現は、第六回IS設計コンテストという世界規模のコンテストで記録上最年少。当時16歳で入賞し、その大会で五位という記録を残している。

 IS設計コンテストとは、言ってしまえば世界規模のIS技術者が、自分のオリジナルISのペーパープランを出し合って、量産性、製造における価格、機動力、攻撃力と様々な面での性能を点数付けし、一位から十位までを入賞として称える技術披露会である。

 さらに、上記のような総合点による算出だけでなく、各項目による上位三機も賞が送られ、中にはそのまま製造、実用化された機体も数多く存在する。

 そもそもの大会の始まりは、行きすぎた女尊男非の時世に煽られ、ISの製造整備を行える職人が大量に職を失い、技術不足が深刻化、そのために技術師の育成、技術向上を目的に開催されたのが、この大会だ。

 結果的にはそれは成功し、新たな技術者の卵達はその大会に釘付けになり。職人達は男女問わずに、その技術を公平に評価される場を獲得し、技術競争は激化。技術者総数も上昇。すでに大会は、IS関係者以外も注目し、IS競技会『モンドグロッソ』に次ぐ一大ムーブメントとして、世界に広く認知されている。

 

「へぇ、凄い奴だったんだな。」

 

「凄いなんてレベルじゃないわよ!天才よ、彼女!」

 

「そ、そんな大した者じゃないよ。ただ、剣道の技術をもっとトレースできたら面白そうだなって思ったから。」

 

 少し顔を紅潮させて現は、話題を反らす。

 

「それよりも、篠ノ乃が退学ってどういうこと?」

 

「俺も気になる。そもそも退学の意味が分からんのだが…教えてくれないか?」

 

 現の発言に続け、ドゥレムが鈴に問い掛ける。すると、再び彼女の表情に影が差す。

 退学とは、この学園から出ていくこと。その理由は分からないけど、篠ノ乃 束博士が関係しているという話。

 鈴は、ドゥレムにも分かるよう配慮しながら語っていた。

 

「篠ノ乃 束博士!?」

 

 驚愕の声をあげたのは現。急な大声にドゥレムは驚く。それだけ、その名前が出てくることが、彼女にとって予想外なのだ。いや、束の行動を、予想できる者などいないだろう。それだけ彼女は常人離れしているのだ。

 

「…つまり、理由は分からないが、箒はその束という人物に連れられて、この学園を去ったと。……その束という人物は何者なんだ?」

 

「簡潔に言えば、ISの産みの親。そして現地球上で、最も優れた頭脳を持ち、おそらく個人で世界最高峰の戦力を有しているであろう人物。箒の実の実の姉よ。」

 

 ドゥレムは、鈴の語った束の人となりを整理する。

 以前、千冬に取り調べ兼日本語の授業を受けていた時に、ISを建造する上で、最も重要な部品である『コア』を製造できるのは、この世でただ一人。ISを作った者だけだと説明を受けていた。それが、件の束の事だろうと察した。となれば、優れた頭脳という下りもわかる。だが、個人で世界最高峰の戦力となると、これが彼の中で繋がらない。

 

「その束が持つという戦力ってのは、なんなんだ?」

 

「ISだよ。コアを作れるのは彼女だけ。逆に言えば、資源さえあれば、彼女はISコアを無尽蔵に作れる。更に、私達が到達していない、IS完全無人機さえ製造しているのではと言われている。それが、篠ノ乃束博士が、世界最強の戦力を所有していると言われる由縁。」

 

「あぁ……なるほど。」

 

 現の説明に納得がいけば、もう彼は呆れるしかなかった。人の持つ現行兵器の内、最強と言われるIS。それを相当数所有しているであろう個人ともなれば、確かにそう比喩されるのも頷ける。

 

「で、その束ってのは箒の家族なのだろう?何か問題があるのか?」

 

「あるでしょうね……正直、その束博士って人は、頭は良いけど、人格、性格に難ありって言われてるから。」

 

「そうだね……姉妹と言えども心配だね。」

 

 鈴と現は、箒の身を心から心配していた。が、ドゥレムは少しそういうわけではなかった。

 

「それでも家族ならば、平気ではないのか?俺の認識に誤りがなければ、人は家族を大切に扱うのだと思うのだが。」

 

 率直な疑問。

 しかし二人は、その質問の返答に困ってしまった。本当なら即答したい。しかし、実際はどうだろう。束の人柄云々の前に、一般社会においても、今だ後を断たない幼児虐待。家族間の殺害事件。家族同士の確執は、暗い方向に影を落とし続けている。つい最近、女尊男非の悪影響の一つとして、産まれた子が男だからという理由で、その子供を殺害した母親の事件も世間を騒がせた。家族よりも、自分自身を優先する者は、近年増加し続けているのだろう。

 果たして、人類は真の意味で家族を愛せているのだろうか。彼女達は、悔しくもドゥレムの言葉に答えられなかった。が、

 

「全部が全部そうじゃない。」

 

 現れた一夏が、会話に混ざり、二人の代わりにドゥレムの質問に答える。

 

「一夏。千冬と話をしてるんじゃなかったのか?」

 

 ドゥレムの言葉に、彼は「もう大丈夫」と答え、話を続けた。

 一夏が語るのは、自分自身の幼少期。鈴も知る、暗い過去の話だった。

 物心ついた頃には、既に家族は、姉の千冬しかいなかった。両親がどうなったのかは分からない。彼が聞いた話では、一夏と千冬を残して蒸発したらしい。

 

「どうして、俺達姉弟を残して、姿を消したのか分からない。一度、千冬姉に聞こうとしたこともあったけど、辛そうなあの顔を見て、それ以上聞けなかった。分かるか、ドゥレム。家族は絶対じゃない。個人差はあっても、どうしようもない奴もいるんだ。」

 

 一夏の瞳には、隠しきれない怒りが宿っていた。鈴は、離婚した自分の両親を思い、顔をうつ向かせ。現は、優しい自分の両親を思い、反論しようとするが、一夏の怒りに隠れた寂しさに気が付き、口を開けずにいた。

 

「なるほど、故に箒が、その束という人物と共に居るのは、必ずしも良い意味になる訳ではないわけか。」

 

 一人勝手に納得してしまうドゥレム。

 鈴と現は、違うと言えない自分に歯痒さを覚える。当然だ。彼女達には、家族との思い出があるのだから。楽しかった記憶も、喧嘩した記憶も、二人には掛替えのないものだからこそ、だからこそ違うと言えない自らが、悔しかった。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 淡い光に照らされたのは、黒を基調とし、紅の角のような装飾品を身に纏った鉄の鎧。

 

「これが、……これが私のIS……っ!」

 

「そう。これは箒ちゃんのための力。誰よりも強く、何者よりも速く、空からやってくるどんな化け物、もちろんあのドゥレムディラとかいう化け物なんかより、箒ちゃんの方がずぅと、ずぅぅっと強いんだ。」

 

 無意識に、手を伸ばす。

 ISの奥にある紅い眼。真っ赤な真っ赤な鮮血のように輝く瞳に誘われ、箒は幸悦な表情を見せ、そのISに手を伸ばす。

 ISは黒椿。災禍をばら蒔き、彼の者の力を振るう、人には過ぎたる力。

 一夏達の願いは空しく、届くことなく、箒の手は黒椿に触れた。

 

 

 闇は微笑む。

 

 

 

 

 




出来が悪い気がする


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鏖魔
第一話:不穏


モンスターハンターxxのネタバレ含みます。
気を付けてね。

余談だけど、ダブルクロスと聞いて最初に頭を過ったのはTRPGのダブルクロスです。


ガォォォンゥゥ………

 

 空高く、撃鉄に叩かれ炸裂した、渇いた銃声が鳴り響く。まるで戦車のそれのような爆音は、ISに身を包んだセシリアが構える、100mm徹甲弾が放っていた。

 IS用対物ライフル。口径は大きく、威力もそれ相応。しかし、その余りの威力と反動により、ISでも撃てば体勢が崩れ、照準が合わなくなる。日本のとある企業が製作したらしいが、流石元大艦巨砲主義を唱えた国だ。文字通り戦車の砲弾と変わらない。ISが放つ実弾兵器としては、トップレベルと言われるのも頷ける。

 実践で使うとなれば、少し過剰火力な気もするが、セシリアからすれば、火力はあって越したことはないと考えている。しかし、この武器には大きな問題があった。

 強すぎる威力の大きな反動のせいで、再装填に時間がかかってしまうのだ。もともと狙撃銃に、それほどの連射性が無かったにしても、流石に一発ごとに大きく体がぶれてしまっては、まともな援護射撃すらできない。

 

「次を試してみましょう。」

 

 セシリアは、試験を手伝ってくれているISを纏う生徒に、100mm対物ライフルを手渡し、次のライフルを試す。これはSVDをIS用にグレードアップしたカスタム銃、通称ISSVDドラグノフ。威力は先程の化け物銃よりは劣るが、安定した性能を持ち、取り回しもしやすい。ISの実弾系ライフルにおいて、傑作と言っても過言ではない代物である。IS用にグレードアップした関係で、銃口も大きくなり威力も上昇している。すでにその威力は、生身の人間が扱う対物ライフルと変わらない。

 おそらく、これならばあのモンスターといえども、無事では済まないハズだ。

 

「弾丸は?」

 

「65,5mmIS用NATO弾を装填してます。」

 

「分かりました。」

 

 標的に向け、構える。ISSVDドラグノフは、先程の100mm対物ライフルよりもずっと軽い。普段使っているスターライトMK-IIIにより近かった。

 が、撃てば分かる振動の強さ。照準はブレ、ターゲットの真ん中を射抜くことは叶わなかった。普段、光学兵器を使っているからこその難題だった。もちろん、実弾を撃ったことが無いわけではない。だが、実戦での経験は皆無。むしろ、光学兵器に慣れてしまっているからこそ、無反動が当たり前となってしまっている彼女には、緊急の対処のさい、この小さなブレが命取りに成りかねない。

 

「銃はこれで良いにしても……後は私自身の問題ですわね。」

 

 体に叩き込む必要がある。

 彼女は、自分の新たな相棒となるISSVDドラグノフを、じっと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「そうですか……そちらには行ってないのですね。」

 

 日は暮れ始めていた。職員室で電話越しに千冬が話すのは、箒の両親だった。用件は、箒と束がそちらに姿を表していないか。ということだった。

 

『すまんな、私達も娘達にずっと会えずじまいでな……私が確りとあの子と接していれば、こんなことにはならなんだろうに……!』

 

 電話口の向こうで、悔しそうに語るのは、箒達の父であり千冬の剣道の師匠である、篠ノ乃 柳韻である。

 

「そんな、師匠のせいじゃ……」

 

『いや、私のせいだ。アイツを支えなければならなかった私達親が、アイツを一番に理解してやらなければならなかったのに……。』

 

 千冬は、掛ける言葉が見付からなかった。柳韻は、昔から酷く不器用な人物だった。本業は神主であるのだが、それを疎かにするほど、その生涯を剣道に費やしたような人間。剣道でしか語れず、剣道でしか生き方を示せない。これ以上ないほどの不器用な大人だった。

 今思えば、箒は父親に似たのだろうと、千冬は思い返す。あの剣道馬鹿っぷりは間違いないと、内心確信している。

 

「とりあえず、もしどっちか片方でも姿を見せたら連絡下さい。私の方も、何かあったら連絡しますので。」

 

『あぁ、分かった。それにしても、あんな小さかった子がこんなに立派になって。きっとアイツらも誇りに思っているよ。』

 

 千冬は、胸の奥に痛みを覚えた。柳韻の言う『アイツら』に、後ろめたさを感じたからだ。

 挨拶を終え、電話を切った千冬は、座席にもたれ掛かる。頭の中では、柳韻の言葉が繰り返し響いていた。

 

「誇りになんて……思っていないさ。」

 

 まだ、本当のことを告げられずにいるのだからと、千冬は内心呟く。

 呆れの溜め息は、自分に向けて。夕日の差し込む職員室で、彼女は一人黄昏る。天井を眺め、自責からくる無力感に打ちひしがれているのだ。

 

「お疲れさまです。」

 

 が、そんな彼女に声を掛ける人物。千冬が視線を向ければ、二つのコップを持った真揶がそこにいた。

 

「緑茶ですが、良いですか?」

 

「あぁ、助かる。」

 

 真揶から受け取ったコップには、白い湯気を立てた緑茶が注がれていた。確か、京都に旅行にいったとかで、お土産として大量に買ってきた教師が、職員室の給湯室にいくらかその茶葉を置いていた。おそらく、その緑茶なのだろう。薫りも味も普段のよりも上品な気がした。

 

「おいしい…やっぱり、松本先生の買ってきたお茶ですね。普段のとこんなに違うんですね。」

 

 松本先生とは、件の京都に旅行に行った教師である。趣味はお茶で、古今東西、あらゆるお茶に精通している。

 

「うむ、そうだな。普段は缶コーヒーばかりだが、たまにこういう一休みできるようなのも良いな。」

 

 千冬は、暖かいコップを両手で包み呟いた。

 彼女は、自分でお茶を淹れたり、コーヒーを炊いたり、ご飯を作ることをしない、いわゆる私生活がズボラなタイプの女性なのだ。

 

「それで、篠ノ乃さん達の足取りは掴めそうですか?」

 

「いや……やはり駄目だな。手当たり次第連絡してはいるが、束が関わっているせいでまるで消息が掴めない。アイツのことだから、まさか自分の妹に危害を加えることはしないとは思うが……。」

 

 溜息と共に漏れる言葉は、焦りを内包していた。

 千冬と束の付き合いは長い。親友と言える間柄でもある。だからこそ、何をしでかすか分からない危険性を、千冬は十分に理解していた。

 

「しかし、余り深く干渉もできん。IS学園教師である私達は、生徒を守るために様々な特権、効力を行使できるが……退学生となるとなぁ……自由が効かん。」

 

 IS学園は、その特性から国連管理下として、全ての国家から干渉管理されず、同時に所属する生徒もあらゆる国家から守られる、ある種の治外法圏であるのだ(管理費用の大部分及び敷地が日本にあるため、形式上は国連監視下による日本国管理となっている)。世界最大規模のIS保有数に、様々な国家の専用機が集まるのだから、ある意味当然の処置である。そこまでの権利を与えなければ、その武力を向けられかねないからだ。だが、代償もあった。生徒及び、IS学園敷地内でいえばかなりの権力を持つ学園関係者だがそれが退学生や、他国家領内ではその効力は、一般の一教師と変わらない。

 当然だと、頭では分かっているが、千冬は歯痒さを隠せずにいる。この拘束がなければ如何に楽か。それでも、束と共にいる箒を見付けられるかは分からないが、今よりは全力で動けるハズだ。

 

「織斑先生。これを……」

 

 不意に、千冬と真揶に近付く一人の教師。彼女は額に小粒の汗を浮かべ、千冬にiPadを渡す。

 怪訝な表情を見せるが、受け取った千冬はiPadに表示された写真を見る。真揶も、覗き込むようにそれを見る。

 空間に亀裂が入っていた。まるで、この学園の上空にある空の亀裂と同じような謎の亀裂。iPadに映る写真はそれである。

 

「これがどうした?」

 

「それは、別の場所に出現しました。」

 

「「⁉」」

 

 再びその写真に眼を向ける。違いは一見ない。空間に亀裂があり、その向こうに自然の景色がある。だが、改めて言われて気がつく。高度がかなり低い。

 IS学園上空の亀裂は、約1300m上空に対し、これは400m。かなり低いことになる。

 

「これは、どこの写真だ。」

 

「エジプト陸軍駐屯地上空です。……次の写真を見て頂けますか?」

 

 彼女の言葉に促され、iPadの画面をスワイプさせる。

 真揶は、その写真を最初理解できなかった。だが、少しずつ、その写真に映るものを理解しやがて、駆け出す。彼女はトイレに駆け込んだのだ。顔を青くさせて。

 千冬も、気分が悪くなった。それほどの惨状が、写真に写されていたのだ。

 

「亀裂の発生は、およそ30分前。出現したモンスターは、それと同時に現れたものと思われます。目標は、エジプト陸軍駐屯地を壊滅させた後、周辺の市町村を襲い。周囲一体を縄張りとしたもようです。」

 

「エジプト政府と国連はなんと?」

 

「一般公表は本日7時を予定。今晩、偵察隊による救助者捜索。明朝縄張り周辺にエジプト陸軍一個師団及び、エジプト空軍による焼夷作戦による殲滅戦を行う予定とのことです。」

 

 千冬は少し考えた後、再び口を開いて彼女に問いかける。

 

「それでどうにかなると思うか?」

 

「爆発物、大砲等はモンスターにも効果がある可能性は、以前の会議の際に上りました。しかし、実戦での使用も実験もできていないため、不確定としかいえません。むしろ、破壊された駐屯地のISがそんなやられ方をしている時点で、そのモンスターは並ではないのでしょう。私は、この作戦に期待は持てない気がします。それに………」

 

「それに?」

 

 彼女は、口を紡ぐ。言って良いのか迷っているのだろう。やがて、周囲を見渡し、千冬に耳打ちするように顔を近づけ話始める。

 

「対応が、速すぎる気がするんです。」

 

「確かにそうだが……モンスターの戦闘力を鑑みれば、妥当ではないか?縄張りを広げようと他の地域まで襲う可能性がある。」

 

「そうです。ですが、こういう時は、人命を優先しろと、救護者をもっと探せと世論が騒ぐんです。ましてや、観光地が縄張り内にあるのですから、他の国家からの弾圧も激しくなるでしょう。今のエジプト政府では、それは避けたいハズ。しかし、エジプト政府も国連も攻撃を急いでいます。」

 

 今のエジプト政府は、女尊男非の風潮の煽りから、今までの政治体制から一変。イスラム国との内櫟のために、多くの家族を失った女性達の反発によりその政治体制が崩れ、エジプト共和主義は崩れ民主主義が台頭する国家となっていた。そのため、女尊男非がより濃いい国家となっていた。しかし、急激な体制崩壊と入れ換えにともない、国家としての能力は弱まってしまっていたことは、言うまでもない。

 

「もしかして……」

 

「おそらく、捕獲する気でしょう。そして研究するのが目的かと。」

 

 ISをものともしない生命体。その秘密を探り、新たな力を手にする。

 

「エジプト政府が無理にそれを進めるのは、国連からの援助を得るためか。」

 

「それほど、あの国の国力にはガタが来はじめているんです。もともとイスラム国のせいで疲労していたのに、石油の価値の暴落。更に革命のせいで国力の浪費が連続して起こっていましたからね。仕方ないかもしれませんが……。」

 

 千冬も、彼女も懸念は同じだった。この有角のモンスターに、その作戦で足りるのか。捕獲するにしても、無事成功するのか。

 再び写真に眼をやる。燃え盛り、黒煙を空高くあげる基地だった場所。至るところに人だったものの破片。無惨に破壊されたIS。中央に立ち、その鋭い眼光を撮影者に向ける、蒼黒い巨竜。まるで、魔王のようなその風貌。撮影者は、どういった思いでシャッターを切ったのか。死を覚悟し、決死の思いで、己の生きた証を、この基地にいた者達の生きた証を残すために、この一枚を撮ったのだろう。

 千冬は、それを思うと、胸が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

魔王は、夜に吠える。

砂漠特有の寒い夜、

暗い地に空高く輝く月に向け、

鏖魔と呼ばれた魔王は、

その咆哮を轟かせる。

魔王の鏖殺の旅は、

今狼煙を挙げたばかり。




ダブルクロスのキャラは春日恭二を作ることを強いられています。
鏖魔ディアブロスの防具も、一式揃えなきゃならないですねハイ。

ていうか、この鏖魔ディアブロスとかいう名前。
中二レベルがMAX過ぎて最高に好きですわ。


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第二話:月下

ちょっと長くなってしまったので、途中でカットしました。
そのまま次の話も投稿しますので許して下さい


 世界を駆け巡ったニュース。

 エジプトに現れた第二の亀裂、ソコから現れた有角のモンスターディアブロスの存在は、明確な恐怖として世間を震撼させた。

 千冬は、朝の自室で時計を確認した。時計の針が示すのは朝六時。エジプトの七時となると、日本時間でいえば十四時。今からだいたい八時間後今頃、生存者の捜索が行われているのだろう。上空を五機のISがローテーションで飛行し、生体センサーによる広域探索を中心に小隊分けされた200名の特殊部隊が、それぞれ交代で救助を行う。

 意外なことに、上空を飛ぶISとパイロットは国連直属の、選りすぐりのエリート達である。その情報は、多くの一般市民に安心を与えた。だが、他の不安が世界中で噴出していた。モンスターが出現する亀裂が増えた。つまりそれはもしかしたら、自分の頭上にその亀裂が開くかもしれない可能性を示すものだった。

 亀裂は発生する際、強い爆発も起こす。実際、エジプトで発生した亀裂が原因と見られる爆発を、衛星が捉えていた。おそらく、基地はその爆発に対するスクランブルを掛けようとしたハズだ。だが、ディアブロスが現れた。混乱する基地は、応戦する暇もなくディアブロスに破壊されたのだろう。

 つまりだ、爆発と亀裂の出現。それが急に普段の日常の中で発生する危険性を持ってしまった。一般市民の不安、恐怖、動揺は計り知れない。多くの者が、ディアブロスに蹂躙された人々よりも、いつ降り注ぐかも分からない自分への脅威に、その注目が集まっていたのだ。

 仕方がない事だ。

 千冬は、悲しくも納得する。皆、己の家族、友人、自分自身の身を案ずるのが当然。顔も知らない、遠くの国の被害者のために、本気で心を痛められる人間など、どれほどいるだろうか。

 それでも、彼女だけはせめてもと、遠くの国で戦う者達の無事と、一人でも多い生存者の存在を願うしかなかった。

 一先ず、自分の責務を果たさなければと、寮長としての雑務をこなしていく。

 日本からでは、いや、IS学園の教師では、現地の者達への手助けは出来ない。だからこそ、自分の職務をこなすのだ。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

AM 02:00

エジプト、ムート周辺上空

高度700m

 

 

「座標、4-2-7-0にて、人形の生存反応を確認。目標は座標、0-5-0-0に滞在。至急救援に向かわれたし。」

 捜索開始から五時間。やっと二人目の生存者のを確認した、国連IS委員会直属のISパイロット、ニコル・テリンジャーは、深い溜息を吐いた。一人目は捜索開始直後に見付けた。だが、二人目は異様に時間がかかってしまった。何故見付けられなかったか不明だが、並の生存者捜索任務ではないと、彼女は直後から理解していた。何度か、災害救助で出撃経験のある彼女だからこそ、その異質さが際立っていた。いつもの救助者救出では、センサーにビッシリと生体反応が表示され、一人、また一人と生体センサーから消える光を、悔し涙を浮かべながら見ていた。だが、この現場はどうだ。人形どころか、生体反応がほとんど検知されない。唯一、瀕死の青年と、サボテン類の植物。そして、巨大なモンスターの反応。不気味なほど反応のない現場だった。

 狂気の沙汰だと、彼女は我が眼を疑った。あのモンスターは、殺して回ったのだ。全ての生き物を。観察して分かったが、草食性である化け物は、自らの餌以外の領域内の全てを皆殺しにしたということだ。生態系もクソもない。自分が過ごすためだけの領域を、あの化けもは作っていたのだ。青年は運が良かったとしか言いようがない。

 

『こちら救護隊αチーム。救助者を発見。こりゃひでぇ、見付からない訳だ。段々重ねの人の死体の中に埋もれてやがる。だが、お陰で温度低下の影響を受けてない。直ぐに救助する。』

 

 無線が報せた情報に、ニコルはハッとして、再び意識を集中する。ハイパーセンサーを拡大望遠すれば、沢山の人の遺体の山の中から、特殊部隊の隊員が、一人の少女を引きずり出していた。

 良かった。まだ生きていると、ニコルが安堵する。が同時に気が付いてしまった。モンスターが、今まさに救助活動を行っている方向に視線を向けていた。もしや、約三kmも離れているのに、αチームの存在に気がついたのだろうか。

 

「αチーム!目標がそちらに気が付いた!直ぐに撤退を!」

 

『何⁉だがまだ救助が完了していない、援護を要請する!』

 

「了解!指揮所へ要請、座標1-4-0-0に向け、迫撃砲を!」

 

 彼女は、直ぐ様マップデータに生体センサーを照らし合わせ、目標の予測進路と、障害物がなく、生存者の見落としが無い場所を、指揮所に伝える。

 間が空いた。彼女はそれに、嫌な予感を抱く。

 

『こちら指揮所管制。迫撃砲による援護は認められない。目標の探知能力は予想より優れ、こちらの位置を報せる結果になりかねない。よって、その要請は応じられない。そちらで対処されたし。』

 

「『なっ⁉』」

 

 ニコルと、救助作業中のαチームの男性隊員の驚愕の声が重なった。

 

「何故です!目の前に救助者がいるのに!」

 

『理由は先程伝えた。繰り返す。こちらから援護は行えない、そちらで対処されたし。』

 

 αチームの面々の混乱が、ニコルの耳に響く。当然だ、彼等はろくな戦闘用装備をしていない。救護任務において、それは邪魔になるからだ。最低限のアサルトライフル、弾倉。そしたコンバットナイフ程度の装備しかない。後は医療キットに担架。騒音の出る車なんぞ、突然装備していない。

 

『慌てるな!今は要救助者の救出、応急手当を優先。一分一秒を無駄にするな。』

 

 だが、αチームの隊長であろう男の一喝が静に響き、平静を取り戻した彼等は救助活動を再開する。

 ニコルは彼等のそれを見て、彼女もまた我に帰る。

 そうだ、今は一人でも多くの命を救うためにここにいる。動かなければと、彼女も行動を開始する。

 

「指揮所。目標への対処のため、一時任務を離れます。春日井パイロットの出動命令を。」

 

『了解しました。春日井パイロットの出撃を要請します。至急発進して下さい。』

 

『春日井了解。ニコル先輩の持ち場に入ります。』

 

 間を置かずに、指揮所と日本人のISパイロットであり、自身の後輩でもある春日井の応答が入る。

 ISならば、音を発生させることなく、この上空に来ることが出来る。ならば、指揮所も文句はあるまいと彼女は考えたが、まさにそれが的中。直ぐに春日井は指揮所を飛び立った。

 ならばと、ニコルは高度を下げ、目標に接近する。

 

『テリンジャー中尉。』

 

 不意に無線が入る。声の主は、αチームの通信兵。名は覚えていないが、その明瞭な声は、彼女の記憶に確りと残っていた。

 

『無茶はするな。』

 

 あんまりにも、真剣なその声音に、彼女は思わず呆気に取られた。ISを纏っているのに、ほぼ生身の通信兵に心配されるなど、初めてだったから。彼女は少し柔らかい表情をして、「了解」と短く告げた。

 目標を目視出来るようになるまで、それほど時間は必要としなかった。だが、距離が近付いたことで、モンスターの巨大さに、彼女は内心圧倒されていた。

 

「此方に注意さえ引けば!」

 

 生体センサーや、各種救助用高性能センサーを装備したラファール・リヴァイブでは、残ったら空きストレージに装備された武器は二つのみ。彼女が狙撃手なこともあり、スナイパーライフルが一つ。そして近接用コンバットナイフの二つだ。彼女は迷うことなく、スナイパーライフル、ISカスタムM110を呼び出す。

 IS学園からの情報提供により、光学兵器では効果を示さないとの情報と、実弾兵装ならば、効果がある可能性が報告されたのだ。

 だからこそ、彼女は実弾系スナイパーライフルISカスタム版のM110を装備している。

 

ゴォォゥン……!

 

 狙いを定め、一閃。撃鉄に弾かれた弾丸は、螺旋回転をしながら、真っ直ぐ目標の眉間に迫る。直撃。200m離れた狙撃。ISの補助があっても、狙い通りに正確に狙撃するには、それなりの苦労を有する距離だが、ニコルは一息で当てた。流石の腕前は、賞賛を受けてしかるべきものであった。

 だが、彼女はその一撃が致命傷足り得ないと直ぐに理解した。スコープ越しに、目標の額で張弾した弾丸を見たからだ。だが、ダメージは多少あるのだろう。衝撃に足元をふらつかせていた。

 しかし、モンスターは体制を直すと、空高く吠える。砂漠特有の寒い夜。美しい月下の空に轟く化け物の咆哮は、ニコルに確かな恐怖を感じさせた。しかし、怯むものかともう一射。目標の長く鋭く捻れた角に直撃したが、再び弾かれてしまう。

 

「まるで、戦艦の装甲を相手にしてるみたいね。」

 

 呆れ混じりに彼女は吐き捨て、目標を誘導するために移動を開始する。時折、目標に向かい射撃を行い、αチームからドンドンと離れていく。高度は70mを保ち、不用意な接近は極力避けた。

 

「固さは大したものだけど、やっぱり所詮畜生ね。」

 

 このまま行けば、αチームの時間稼ぎも十分だろう。

 彼女は一瞬気が緩む。油断したのだ。

 目標がその頭の角を地面に突き刺し、力強く掬い上げた。すると、三つの砂岩が宙を舞いニコルに迫った。

 

「っく⁉」

 

 突然の攻撃に動転するが、何とか全ての砂岩を避ける。

 しかしこの隙に、彼女の視界から目標は姿を消していた。だがそれも一瞬。直ぐに奴は姿を見せた。

 砂漠の中から、大量の砂を巻き上げ、彼女に向かい舞い上がった。

 

「くあっ‼」

 

 角が掠める。絶対防御が発動し、シールドエネルギーが削られる。

 ヒュンと風切り音が、体勢を直そうとする彼女の耳に届く。視線を戻せば、蒼黒い壁。目標が上下逆さまになる、背を向けていた。一瞬、それがなんなのか、彼女には理解できなかった。だが次の瞬間の衝撃で、それに気づく間もなく、彼女は一撃の元その意識を刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩ぃっ⁉」

 

 春日井 癒歌は、ハンマーのように、縦一閃に振り下ろされたディアブロスの尾の一撃を受け、地面に叩きつけられバウンドしていた、慕う先輩を呼ぶ。

 彼女は、モンスターハンターを知っている。だから、今回の目標がディアブロス。それも二つ名の鏖魔ディアブロスという凶悪な個体であることを知っていた。だが、ディアブロスがあんなに空高く跳ね上がれるなど知らない。あれは、明らかに自分が知る個体よりも、強いと、癒歌は瞬時に理解していた。

 

「テリンジャー先輩!応答してください!先輩!」

 

 無線で呼び掛けるも、応答はない。そうしている間も、ディアブロスは大地に降り立ち、少しずつニコルに歩みを進める。

 彼女はピクリとも動かない。絶対防御が働いたとはいえ、あまりの衝撃に気絶したのだ。

 

「指揮所!応答してください!テリンジャー少尉が負傷!援護を要請します!」

 

『援護は認められません。そちらで対処してください。』

 

「そんな事言っても、此方にはまともな武器は無いんですよ!」

 

 指揮所は変わらず、援護は出来ないの一点張り。速く何とかしなければ、ニコルの命が危ない。

 癒歌は、必死に考える。彼女を助ける手段を。

 

『こちらαチーム!救助作業完了、これより指揮所に向かう!』

 

 不意に入った無線に、彼女は下方のαチームに目線を向ける。すると、今まさに担架に乗せ、応急処置を終えた少女を運び出そうとしていた。

 癒歌は、怒りを覚えた。

 ニコルは、誰のために戦っていたのか。仕事が終われば一目散に逃げるなど、これだから男はと、彼女は怒りを抱く。

 だが、ニコルはそうは思わないだろう。救助者を助け、一人でも多く生き残ってもらうために奮闘していたのだから。しかし、女尊男非の思想がこびりついた癒歌には、その考えすら浮かばない。

 

「っく!私が!」

 

 仕方ないと、武装を展開する。獲物は打刀を左手に、右手にはIS用の自動小銃M4カービンISカスタムの二つを展開する。

 

「うぉぉぉ‼」

 

 機動力で圧倒してやる。

 意気込み、間合いに入った段階で、弾丸をばらまきながら突進する。目標が大きいから、多少の手振れでも命中する。三点バーストをはこの際無視して良いだろうと、引き金を引き続ける。

 グングンと距離を積めると、弾かれるだけだった弾丸が、少しずつ傷を追わせる事が出来るようになっていた。モンスターハンターの知識がある彼女は、距離が縮まったことで、肉質の柔らかい部分に当たっているのだとすぐに理解した。

 

『ギャァウォォォォ‼』

 

 敵意が向いた。

 翼を広げ、吠える。

 既に怒り状態に移行したのか、口の回りから、黒いガスが漏れている。

 

「やっぱディアブロスって、すぐ怒るね。」

 

 あくまでも平静を保ち、彼女は攻撃の手を緩めない。何度ディアブロスに辛酸を嘗めさせられただろう。それも鏖魔の名を持つ強敵中の強敵。一人で討伐できたことはない。しかも、ゲームのようにやられても復活できるわけではない。

 

「それでも!先輩をやらせる訳にはいかない!」

 

 攻撃の手は緩めない。

 しかし、鏖魔はその角で砂上を掘り返し、その巨躯を砂の中に隠す。特異個体と言えど変わらない、ディアブロスの常套手段。砂中からの一突き。あの巨躯が宙に舞うほどの勢いと威力を誇るそれは、怒り状態の今ならば並外れた威力を誇るだろう。

 

「っぐぅっ‼」

 

 下方の地表が隆起する。直ぐさま、回避行動を取る癒歌。ゲームならば届く高度ではない。しかし、万全を期しての行動だった。

 その行動は、結果から言えば正解だった。

 舞い上がる鏖魔ディアブロスは、癒歌のギリギリを掠め取る。一瞬でも判断が遅れればと思えば、彼女の額に冷たい汗が滲む。だが、彼女は見ていた。こちらに目線を投げ掛ける鏖魔ディアブロスの眼光を。眼があったのだ。明確な殺意を宿すその眼差しに、余計な思慮はする暇すらないと気が付き、もしもやかもしれないの思考は遠く彼方へ、眼前の驚異への対処に全神経を向けた。

 

「たぁっ‼」

 

 左手の打刀を、鏖魔ディアブロスの目に向かい振るう。

 が、奴は体をくるりと捻り、その攻撃を避ける。そのまま体を回転させ、ニコルにしたような尾による殴打の予備動作を見せた。

 

「っ」

 

 予備動作さえ捉えれば、ISの機動力任せに避けきることは出来る。

 鏖魔ディアブロスは、自分の振り切った尾の勢いで着陸。空高く砂埃を起こしていた。それが、彼女の視界を一瞬阻む。

 ヤバいと思った時には、まるで榴弾が炸裂したかのような爆発音と衝撃。その二つが、少しの時間差を持って彼女を襲った。

 砂岩が投げ付けられたのだ。爆発音は、砂上に鏖魔ディアブロスの角を叩き付けた際の音だろう。なんと出鱈目な力か。しかし、ダメージはただ砂岩をぶつけられただけ、大した事ではない。だが、問題は体勢が崩れ、砕けた砂岩に視界が奪われたことだ。

 生体センサーに切り替えたのは、条件反射に近い反応だった。同時に気が付く。再び鏖魔ディアブロスの姿が砂中に埋もれている。

 急加速。と同時に、砂を巻き上げ鏖魔ディアブロスが、その身を空高くに放る。

 

「ズル賢いっ‼」

 

 ISの推力頼りの無茶な加速。だが、奴の突き上げは直撃せずに済んだ。しかし、彼女は鏖魔ディアブロスの戦法に、確かな知恵を感じていた。視界を奪い、動きを鈍らせ、必殺の一撃を狙う。セオリー通りだが、緩急をつけてそれを行う目の前のモンスターに、癒歌は恐怖を感じさせた。

 

『ギャウォォオオオ‼‼』

 

 鏖魔は吠える。狩りは、始まったばかりだ




鏖魔ディアブロスは個人的に凄く好きです


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第三話:惨劇

では後編です。
どうぞ


 M4カービンが吠える乾いた音。

 放たれた弾丸は、鏖魔ディアブロスの体に直撃するが、その多くはその外殻に弾かれる。

 近づかなければ効果は薄いようだと、癒歌も理解しているが、しかしそれをするには余りに危険すぎた。鏖魔ディアブロスが放つ一撃一撃の殺傷能力が、あまりにも高くそれを行えないのだ。

 

「残り弾数も少ない……ここは先輩を回収して即座に撤退するべきかも」

 

 空き領域内の予備弾倉も残り僅か。というか、もう千発近く、鏖魔ディアブロスに当てているのに、怯みもしない。明らかに威力が足りてない証拠だ。

 しかし、理由は他にもある。鏖魔ディアブロスは、常に彼女に対して顔を向けている。そのため多くの弾丸が硬い角や襟巻きに当たり、弾き返されているのだ。比較的ダメージが入りやすい足元には余りダメージを与えられていない。

 だが、無理にダメージの入る部位を攻撃するために、高度を下げたり、近付いては危険が増すばかり。

 つまり、じり貧だ。

 ならば、弾丸のある内にニコルを回収し、戦線を離脱するべきだろう。戦闘を開始して十分近く経っている。まだ気が付かないニコルを見るに、脳挫傷を起こしている危険も高い。

 

「時間は無駄に出来ないわね。」

 

 幸い、見たところ鏖魔ディアブロスの足はそれ程速くはないようである。

 彼女は鏖魔ディアブロスを、なるべくニコルから遠ざけるように誘導する。やがて、目測でもその距離は300m以上離れた。

 彼女は瞬間加速の技能を利用し一気に鏖魔ディアブロスの頭上を飛び越え、ニコルの元へ向かう。

 砂埃を巻き上げ着地する。急いで、癒歌はニコルを背負おうとする。

 

 

 

 しかし、甘かった。

 

 油断した訳ではない。

 

 忘れていた訳ではない。

 

 単純に、癒歌は鏖魔ディアブロスの狙い通りの行動をしてしまったのだ。

 

 

 

 

 尋常ではない衝撃が、急に癒歌を襲う。

 シールドエネルギーはゴリゴリと音を経てて削り取られ、ニコルと共に宙に弾き飛ばされていた。

 何が起きたのかを理解する前に、絶対防御が砕け散ったのを、彼女はその視界に捉えた。纏っていたラファール・リヴァイブは力を失い、ただの重たい枷となってしまう。ニコルに至っては、ISの装甲がひび割れ、砕けた。

 

『ギャウォォオオオ‼‼』

 

 突進。瞬間加速の速度と、ほぼ同等の速度でぶつけられた、単純明快な突進を、彼女達は食らったのだ。

 単純だからこそ恐ろしい。巨躯の質量。音速にも近い速度。そして堅牢な襟巻きと、鋭く、殺意に満ちた捻れた双角。圧倒的な暴力が、二人を襲い、壊れた人形のように宙を舞わせていたのだ。

 やがて、砂上に叩きつけられる二人、エネルギーの切れたISは装着者を守るために、その衝撃で自動に外れる。しかし、余りの勢いに受け身すらまともに取れなかった癒歌は、全身を走る痛みに苛まされた。

 

「あっ、あぐ……あぁ……。」

 

 朦朧とした意識のなか、自分の体から離れたISの残骸に、腕を伸ばす癒歌。だが、その腕の装甲だったそれを、無惨に踏み砕き、鏖魔が迫ってきた。

 

「…っ‼」

 

 逃げなければ。

 しかし、体の自由が効かない。見れば、右足が可笑しな方向に折れていた。

 ニコルもISスーツのみの姿で、ピクリとも動かない。

 奥歯がガチガチと音を鳴らす。

 死のイメージが、彼女の視界を覆う。

 半狂乱になり、声を挙げる。叫ぶ。

 砂を掴み、届かないが鏖魔ディアブロスに向かい投げる。

 

「いやぁっ!死にたくない‼いやぁっ誰かっ!来ないでぇ!あぁあぁああああ‼‼」

 

 ガムシャラに砂を掴み、投げ続ける。

 鏖魔。

 彼女は昔、何の気なしにその意味を調べたことがある。鏖魔の鏖とは、皆殺しを意味する。己以外の全ての存在を否定する魔王。

 鏖殺せし双角の魔王。

 鏖魔ディアブロスとは、すなわちそういう存在なのだ。二つ名を持つモンスターは、みなすべからず、通常の種から、常軌を逸した存在だ。その中でも鏖魔と仰々しい名を与えられたこのディアブロスは、余りにも危険で、余りにも残酷だった。

 

 

 

 

 魔王は天高く吼える。

 自らの勝利に酔いしれるように。

 やがて夜は明けるだろう。

 戦士達の無念を荒らすべく、

 この地は鉄風雷火降り注ぐ戦場と化す。

 せめてこの夜は、

 悲しき魂達の休息となれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコルと癒歌のラファール・リヴァイブの通信が途絶えて、約四時間と三十分が経過した。

 現在、エジプトの時間でAM06:50爆撃開始まで、残り十分を切っていた。残り二機のISとαチーム、βチーム、γチームの捜索も虚しく、ニコルと癒歌の二人は無惨な形での遺体として発見された。

 現場に満ちた感情は、この上無いほどの怒り。だが同時に、二機のISが破壊されたという事への恐れだった。二人と同じISチームは、援護要請を却下した現場指揮官に憤慨していた。だが、国連側も『致し方ない判断だった。指揮官の決断に間違いはない』として、現場指揮官であるワーヤ・リラーヤの責任は追求しないものとした。

 それが余計に、彼女達の怒りを強くさせた。

 救護隊特殊チームもそうだ。特にαチームは、この結果に酷く心を痛めていた。助ける力がないと分かっていても、二人もの戦友を失った辛さを、彼等は背負っていた。それも、自分達よりも若いような女性が、その命を散らしたのだ。その心の傷は、余りにも深かった。

 しかし、多くの兵士は、人類最強の兵器を操る二人が敗れ、ISが破壊された。それが恐れとして兵士達は広まり、士気は大きく下がっていた。

 やがて、作戦開始時刻になる。

 配置についていた兵士達は、ピタリと押し黙る。空から響くジェットの音は、爆撃輝の接近を知らせていた。

 すぐに響き渡る爆音。

 沙漠に広がる熱気。

 爆撃が始まった。それは開戦の狼煙であり、惨劇の幕開けを報せる、開演ブザーであるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

「いや、ダメみたいだな……。」

 

 剣道場で一人、竹刀を振り回すドゥレムは急に呟く。

 先日の放課後、現に教えてもらった基本の素振りを、昼の昼食を終えてから、ずっと続けていた。午前中もかなりの時間素振りをしていたせいで、肩に痛みを覚え始めていたが、その腕を止めることはなかった。

 が、今不意にその動きを止めた。

 自分の動きが、昨日を現と一夏に見せてもらったそれと、少し違う気がしたのだ。

 何が違うのかは分からないが、何となく二人の剣筋は、真っ直ぐにブレがなく、綺麗に感じた。しかし、彼が振った剣筋は力任せな、剣ではなく棍棒のそれのような軌道をとっていた。

 

「うぅん………何が違うんだ?」

 

 速く、鋭く、真っ直ぐな剣筋。それに倣い速く振れば、力に振り回され、剣筋がブレる。剣筋を意識すれば速さと鋭さを失う。

 首を傾げて、一人考える。人の体での力加減に慣れていないために、ただの素振りが難しい。しかし、それが彼にとって奥深く、興味深いものへとなっていた。

 不意に、壁に掛けられている時計に目をやる。時間はPM02:48の針を指していた。

 先日、千冬から聞いた別の場所で出現したモンスターの掃討作戦が開始されて、それなりに時間が経過した頃合いだ。

 

「ん?」

 

 人の気配に気が付き、振り替える。すると、剣道場の扉が開く。

 姿を現したのは、スーツ姿の千冬だった。授業はどうしたのだろうと、ドゥレムは疑問に思うが、現れた彼女に歩み寄る。

 

「どうしたんだ?今は、授業中では?」

 

「一緒に来てくれ。」

 

 短く千冬は言うと、踵を返して剣道場を後にする。一体どうしたのかと、疑問に思うが彼は大人しく彼女の言葉に従い、竹刀を持ったまま早足で進む千冬を追いかける。

 

 

 

 

 

「これは……酷いな……。」

 

 千冬に連れられやって来た職員室で、ドゥレムはTVの映像を見せられていた。

 T映像は、隊列を組んだ多数の戦車と迫撃砲が、ディアブロスのいるエリアを爆撃する。絶え間なく爆発するその映像に、ドゥレムは思わず冷や汗を垂らす。やり過ぎだと思う程だった。内心、ディアブロスに同情すら抱くほどに。

 

「問題はこの次だ。」

 

 千冬がそう言うと、隊列の一部が爆発。数台の戦車が空を舞っていた。

 地中から、ドゥレムの知るディアブロスと細部が異なる存在が突き上げたのだ。

蒼黒い外殻に左の角が途中で枝分かれしたディアブロス。ドゥレムは驚きを隠せずにいた。あの爆撃の中生き残ったのもそうだし、この見たことのないディアブロスの風貌にもだ。

 

「なんだ……コイツは……。」

 

「今から二十分前の映像だ。この後、戦車隊は全滅。映像から察するに、ディアブロスは爆撃を地中に逃げることで避け、戦車隊を急襲。爆撃機の追撃を、戦車の破片や砂岩をぶつけることで撃墜したらしい。生存者は47名。前線を離れていた非戦闘員と、指揮所にいた管制官、指揮官達のみだ。ディアブロスは、前線を崩壊させた後、南西に向け逃亡。衛星でその後を監視している。」

 

「地面の中に潜ったと言っても、あの爆発の中じゃぁ地面が抉れて意味がないだろう、コイツは、どれだけ深くを潜っていたんだ。」

 

 千冬の見解を聞いたドゥレムは、一人呟く。だが、同時に自分が呼ばれた意味も理解した。

 

「コイツを討伐すれば良いのか?」

 

 千冬は頷く。つい先程、国連からの連絡で、ドゥレムへの命令という形で、ディアブロスへの討伐指令が下りた。これ以上の被害の拡大を恐れての判断なのだろう。

 だが、日本からエジプトまでとなると、成田からカイロへの飛行機ならば14時間も掛かってしまう。それでは、被害が増すばかりだろう。エジプト政府も、ISを導入し、IS用の対物ライフルによる狙撃作戦を展開するらしい。せめてもの時間稼ぎが目的だろう。だが、兵達の士気は恐怖により低下の一途を辿っている。いつまで持つか。

 

「……一夏を連れていきたい。アイツの一太刀は有効だ。」

 

 千冬は沈黙し、思案に没する。だが、ドゥレム一人だけの危険性も理解しているが、どうしても家族をそんな危険に巻き込みたくないという考えが浮かぶ。

 

「今後もモンスターは出現するだろう、一夏に経験を積ませるのは大事だと思う。それに、何があろうと一夏は俺が守る。」

 

 真っ直ぐに千冬の目を見て、ドゥレムは言う。筋は通っていた。しかし、一人の姉として、それに許可を下ろす踏ん切りが付かなかった。

 

「良いのではないですか?織斑先生。」

 

 水色の髪を持つ少女が、会話に加わる。

 少女は言葉を続ける。

 

「それに、私も同行しましょう。」

 

 手に持つ扇子を、バッと広げる少女。扇子には白地の黒の筆書きで『責務』と書かれていた。

 

「生徒会長として。」

 

 




本当は好きじゃないんです。キャラクターを死亡させるのって……


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第四話:別戦

鏖魔の攻撃やら色々は俺の妄想です。


「ほぁぁ……でっかいなぁ……」

 

 成田国際空港で、ドゥレムは滑走路から飛び立つ旅客機に、感嘆の声を漏らしていた。

 

「旅客機よ。私達が乗るのは、国連チャーターのもう少し小さなものになるけど、そのまま現地近くに移動できるわ。」

 

 ドゥレムが振り替えると、青い髪をショートヘアーに纏め、IS学園の制服に身を包んだ少女が、広げた扇子で口元を隠しながら語っていた。扇子には、白地に達筆の文字で『専用ジェット』と書かれていた。

 

「楯無と言ったか?……あれは俺達よりも速いのか?」

 

 楯無と呼ばれた彼女は、扇子を閉じニヤリと笑いながら答える。

 

「そうね、最高速度で言えばISの方が速いし、貴方も速いでしょうね。」

 

「じゃぁ、俺達が直接向かえばいいんじゃないか?こんな面倒な移動をしなくても。」

 

「ふふ。それがそうでもないのよ。ISだと飛ぶのにもエネルギーをそれなりに消費するから、どうしても途中で休憩を挟まなきゃいけない。貴方も余計な体力を浪費せずに済む。結果的には、飛行機で飛んだ方が効率的で、早く着くわ。」

 

 ドゥレムは「そういうものなのか」と納得し、再び滑走路に目をやる。

 楯無は、笑顔を見せながらその後ろ姿に、視線投げ掛け続ける。一見すれば、見惚れるほどの整った顔立ち。しかし、よく見てみれば、その目はまるで笑っていない。獰猛な光を宿し、ドゥレムを観察しているようである。

 彼女は、更識楯無はIS学園生徒会長である。それはつまり、IS学園の生徒の中で『最強』であるという事である。その彼女の人柄と言えば、才色兼備。しかし傲らず鍛練を忘れず、誰とも平等に接する。人は完璧超人と彼女を称する。しかし、それ以上に仲間思いである。故に彼女は警戒していたのだ。ドゥレムをだ。人ではないことは知っている。むしろ襲い来るモンスター達と、同じような存在である。何故ドゥレムだけが人に変身できるのか、何故彼は人類に味方しているのか。むしろ何故、モンスターは人々を襲い来るのか。理由が分からないからこそ、彼女は警戒している。

 いつその爪牙が、人類に向けられるか分からないから。自分は、自分だけはドゥレムを警戒し続けようと、今回の任務に参加したのだ。ドゥレムの存在を、その目で判別するために。IS学園の仲間達(せいとたち)を守るために

 

「準備できたみたいですよ、行きましょう。」

 

空港の職員と話していた一夏は、楯無に向けて口を開く。それに彼女は、満足気に微笑むと踵を返し歩き始める。やがてゆっくりと振り返り、その赤い瞳をドゥレムに向ける。

 

「行くわよドゥレム君…!」

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 ジェットに乗っている中、三人は戦闘のフォーメーションや作戦を決める。

 平たく言えば、ドゥレムを中心に戦陣をひき、一夏と楯無は状況に応じてドゥレムの支援となる。モンスターであり、攻撃力のあるドゥレムならばヘイトも稼ぎやすいハズであるため、この作戦となる。立案者は楯無だが、ドゥレムは賛同したため、そのままその作戦が採用された。

 そして、エジプトに到着した頃には日は傾き夕暮れが砂漠とピラミッドを照らしていた。

 

「状況が変わったわ。」

 

 つい今しがた、国連から連絡が来たのだ。

 内容は余りにも芳しくはないものだった。

 

「エジプト軍のIS部隊からの報告で、二体目のモンスターが出現したらしいわ。」

 

「「‼」」

 

「情報が少ないため、なんのモンスターが現れたのかは不明。まぁ、この国にモンスターハンターがそんなに普及して無かったのだから仕方ないんだけど。ただ、飛竜種のタイプと思われるわ。」

 

 三人は押し黙る。

 二体同時の出現。想定していなかった訳ではない。しかし、想定していたなかでも、最悪な状況であることには変わりなかった。

 

「とりあえず、優先度が高いのは鏖魔の方なのだろ?俺が引き受けよう。一夏達は、現地のIS部隊と協力して、もう一方の飛竜を頼む。」

 

「一人でやる気か!?」

 

 一夏の言葉に、うなずいて答えるドゥレム。その余りの迷いのなさに、一瞬言葉を失うが、一夏は彼の身を案じ言葉を続ける。

 

「いくらなんでも一人は危険すぎる。せめて、俺か更識さん。どちらかを連れるべきだ。最悪、総力戦で鏖魔をさっさと倒して、それからもう一体の飛竜に向かえば良いじゃないか。」

 

「お前も飛竜の速さは知っているだろう?鏖魔は話を聞く限り、相当強い個体。その飛竜が、鏖魔に気が付き、逆方向に逃げて、別の町村を襲ったとなれば話にならん。だからこそ、二手に分かれるんだ。」

 

 ドゥレムの言葉が正しいのは、一夏も理解していた。しかし、それでも納得は出来ない。友を一人で死地へ向かわせるのは、彼の良心が許せなかった。

 

「私が行く。」

 

 口を開いたのは楯無。

 二人が何かを言う前に、彼女は言葉を続ける。

 

「鏖魔ディアブロスの強さは私も理解しているわ。でも、もう一方の飛竜の警戒も怠れない。もし銀火竜のような個体だったら、それこそ相当不味いわ。正直な話、私はそこまでモンスターハンターに詳しくないし、知識のある一夏君に、もう一方を頼みたいの。」

 

「待て、一夏一人に飛竜の相手をさせるのか?」

 

「一人じゃないわ。エジプト軍のISチームにもう一方の相手を、一夏君と一緒に担当してもらう。これで6機のISが揃うわ。後は、私達が合流するまで、無理をしないで足止めに徹していてくれれば大丈夫なハズよ。」

 

 ドゥレムの言葉に、間髪いれずに彼女は答える。だが、結局は一夏本人が決断しなければならない部分でもあった。

 エジプト軍のISと協力して、一夏は飛竜と戦えるか、彼も迷っていた。

 

「俺は……。」

 

「一夏、無理しなくても良い。楯無は強い。楯無と一緒の方が安全だ。」

 

 ドゥレムは、気遣いのつもりだった。本能で、楯無の立ち振舞いから、彼女がかなりの遣り手と理解していたから、一緒の方が良い。無理はしないで良い。そう言いたかっただけだった。

 だが、一夏は男である。

 ドゥレムの言葉に思うことが無いわけがない。

 

「オイ、ドゥレム。俺を余り甘く見るなよ。俺だってやれる……戦えるんだ…!」

 

 火を点けてしまった。

 若さ故の自尊心。男としてのプライド。そういった彼の中の青い部分が、怒りとなって彼に決断をさせた。

 一夏は単身、飛竜の元に向かい。現地でエジプトISチームと合流。

 ドゥレム、楯無両名が、鏖魔討伐に向かう。

 ドゥレムは、一夏の身を案じ、何か言おうとする。だが彼の中の言葉は、言おうとする思いを象ることが出来なかった。

 

「じゃぁ決まりね。この飛行機はこのまま作戦エリア付近まで向かってくれるわ。私達は、この飛行機からそれぞれ単独飛行に移行、目標に向かうわ。良いね?」

 

 楯無が締めくくり、三人は再びの沈黙に戻る。開戦はもうすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

 鏖魔と呼ばれたディアブロスが、近づいて来る強者に気が付いたのは、丁度今だった。

 日は半分沈み掛けたこの砂漠で、彼は空の一点を睨む。

 来る。来る。

 強者はもう来る。

 

 砂漠の砂が爆ぜる。大質量が、高速で砂漠に衝突したのだ。

 鏖魔は、爆発の中心に向かい吼える。天を砕くように轟く咆哮は、人なら思わず耳を塞ぐほど。

 だが、その咆哮に答える者がいた。紺碧の巨躯に、地を凍えさせる冷気を宿す竜。ドゥレムディラが、鏖魔に応え、吼える。互いの咆哮は開戦の火蓋となり、両者を包む。

 先に動いたのは鏖魔。その禍々しい角を構え、凄まじいスピードで、ドゥレムに突っ込む。当然、食らうわけにはいかないと、普通なら避ける。だが、ドゥレムは違う、右前足を振り上げ、前に薙ぐように振り降ろす。

 とすれば、振り下ろした箇所から氷の柱が連なり生えて、鏖魔の行く手を阻む。角に引っ掛かるように出現した氷柱に、鏖魔の突進は止められ、ドゥレムに届くことはなかった。だが、奴も直ぐに氷を砕く。角を振り上げ、力任せに氷の呪縛から逃れ、目の前にいるハズのドゥレムディラに、その凶角を振り下ろしてくれようと、前を睨む。だが、ソコにドゥレムディラの姿は見えず、見えたのは、紺碧の軌跡。そして大きくぶれる視界。

 尾による殴打が、鏖魔の顔面を弾いたのだ。

 が、これにより鏖魔は再びの絶叫。黒い息を吐き出し、怒りに燃え、爛々と輝く双眸を、ドゥレムディラに向けていた。しかし、ここで気が付くべきだった。上空から迫る驚異に。

 ドゥレムディラに、一撃くれてやろうと首を構えた瞬間、背中に強い衝撃と、鋭い痛み。

 

「はぁぁぁぁあ‼」

 

 高高度からの、垂直落下による一撃。楯無の装着した、霧纏いの淑女(ミステリアス・レイディ)の槍による一閃。読み通り、ドゥレムディラの一撃に激昂した鏖魔は、周囲への警戒を怠り、楯無のこの攻撃に、完全に虚を突かれた形となる。

 目論見では、この一撃で沈めば万々歳。いや、普通の生き物ならば、この一撃で仕留められる。どんな生命体でも、音速で突撃する物体に当たればただで済まない。それがISという大きな質量を伴えば、それは必殺の一撃。木っ端微塵に弾けるのが普通のハズだ。

 

「っ!?…まだ!」

 

 楯無は飛び退き、ドゥレムディラの隣に降り立つ。彼もまた、その臨戦体勢を崩しはしない。

 これになる前に、鏖魔を仕留めるための作戦だったのだがと、楯無は冷や汗を浮かべる。

 クレーターとなってしまったその場所から、鏖魔は立ち上がる。その口から湧き出る黒い煙は、その顔を覆い隠し、怪しく光る双眸が、闇の中からドゥレムディラ達を睨んでいた。

 怒りという言葉では、到底言い表し切れない。それは、正に魔王。

 

「ここからが本番ね……『プッツン魔王モード』…!」

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

「ライゼクス!」

 

 一夏の目標となる飛竜は、どことなく甲虫を思わせる甲殻に身を包んだ、モヒカンのような鶏冠を持つ飛竜。ライゼクスであった。

 

「てか、誰もいねぇじゃねぇか……。」

 

 現地で集合するはずだったエジプトのISチームの姿はない。まだ向かっている途中なのか、それとももう、このライゼクスに……。

 一夏は頭を振り、その考えを振り払う。

 いないなら俺一人でも戦ってやると、雪片弐型を構え、一夏は突貫する。

 

「でぇぇやっ‼」

 

 背後からの一撃。

 が、攻撃の前に叫んでしまったのが不味かった。ライゼクスは寸での所で、その一太刀をかわす。

 

「グギャァォ‼」

 

 ライゼクスの威嚇。しかし、耳をつんざく程ではない。一夏は迷わず、返しの刃でライゼクスに一太刀与える。零落白夜は起動していなくとも、真剣の一太刀。確かに肉を裂く感覚が、一夏の手に伝わる。

 実際、血飛沫も待っている。が、一夏は驚愕していた。切り崩しが、ライゼクスの腹に刻まれていないのだ。

 

「そこまで!ゲームと一緒かよ!」

 

 一夏は叫び、更に一太刀。浴びせようと、構えるが、ライゼクスは高度を急にあげる。

 パンチが来る!

 気が付いた一夏は無理矢理行動を打ち切り、飛び退く。

 と同時に、凄まじい速度で雷光を伴ったライゼクスが、先程まで一夏のいた場所を掠め取っていった。

 翼についた硬い硬い鉤爪による殴打。食らえばただでは済まないその一撃に、一夏は戦慄する。

 ゲームで見た同じモーションの攻撃よりも速く、鋭く、そして少し違うその攻撃。

 元々地上にいるハンターへの攻撃を、空中で使ったのだから、多少の差異があることは分かっていたことだ。だがそれを実感し、一夏は改めて、 剣を構える。




うぅん……。

なんか変な気がする。


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第五話:雷翔

遅くなって申し訳ない!

季節のせいで、体調が優れませぬ……


「っく‼」

 

 一夏は、ライゼクスとの接近戦を演じていた。

 ギリギリの距離での攻防は、薄皮一枚の距離で、ライゼクスの攻撃をかわし、一夏の攻撃もまたかわされていた。

 

 ゲームよりも速い。

 

 冷や汗が頬を伝う。互いの攻撃は当たらずも、手を緩めることはしない。距離を取れば、それはライゼクスの間合い。ならばと懐に飛び込み、インファイトの距離で戦っていた。

 エジプトISチームは、物資の補給が完了次第向かうと、ついさっき通信があった。

 最悪としか言いようがない。

 一対一での格闘戦。相手は一撃の重たいライゼクス。一夏の内心の舌打ちは、仕方のない事だ。一瞬でも集中を切らせれば、こちらが殺られる。

 集中力を研ぎ澄まし続け、早二分。ずっと動き続け、雪片弐型を振り続け、ライゼクスの攻撃を避け続けて、いい加減神経が擦り減っていた。脂汗が額に浮かび、向けられる攻撃は、自身のギリギリを掠め取っていく。繰り出される一撃一撃が、必殺の威力を持つのだと考えれば余計に精神的に来る。

 

「どおぉぉ!!」

 

 横一閃の一太刀。

 確かな手応えを覚える。鮮血も舞っている。

 だが、ライゼクスは攻撃の手を緩める気配がない。いや、むしろ苛烈を増している。いわゆる怒り状態でもないのに、攻撃のテンポは上昇している。

 それに合わせようと、一夏も必死に自身の回転数を上げていく。今や一般人には、空を回る独楽のように見えるだろう。その回転の中で目まぐるしく、攻防の奪い合いを、彼らは演じていた。

 

「っっぐぅ!!」

 

 が、一夏が弾かれる。ライゼクスの蹴りを雪片弐型で受け止めたために、その位置を大きく吹き飛ばされたのだ。

 間合いを取るのは不味い。

 一夏が慌てて正面に向き直れば、先が鋏のように裂けた尾を、此方に向けるライゼクスの姿。次の瞬間、一夏の視界は緑色の雷光に塞がれる。絶対防御も発動し、シールドエネルギーが持っていかれる。

 追撃を恐れた一夏は、緑色の雷の奔流から、横に飛び退くことで逃れる。間髪入れずに、ライゼクスは緑色の雷による二本の柱を発生させた。それはゲームで見た同じ技よりも、大規模で目映い光を放っていた。

 

「っくそ!」

 

 遠くに逃げる選択肢もあった。しかし、一夏はそれを放棄。遠中距離は奴の間合いと知っているから、むしろ二つの柱を掻い潜り、ライゼクスの懐に飛び込むために空を翔る。膨大な電気エネルギーが辺りに充満しているために、ハイパーセンサーでも奴の影をとられられない。むしろ、視界にノイズが走り、邪魔でしょうがなかった。それならばとハイパーセンサーを解除し、自分の持ち前の眼で戦うのみだと一夏は覚悟する。広かった視界は狭まり、ISの速度に振り回されそうになるも、恐れずに飛ぶ。

 ライゼクスは、向かってくる殺気を意識し、距離を保つために羽ばたく。柱を潜り抜けた一夏も、高度を上げて飛ぶライゼクスを知覚した。

 

「逃がすかよ!」

 

 白式のスラスターの吹かし、一夏はライゼクスを追いかける。瞬間加速の技術を用いて、彼は最高速度で奴に肉薄しようとする。が、ライゼクスもただ逃げるのではない。

 尾からの雷光。

 猪突猛進に突っ込んでくる一夏を迎撃するように、軸が合えば、ライゼクスは容赦なく雷の奔流を放つ。

 一夏が回避できているのは、放つ前の一瞬に、尾の鋏のような器官がバリッと帯電するからだ。それでもギリギリ。攻撃の予備動作を覚えても、それは一瞬。目を離せば、また直撃することになる。

 既に瞬きすら惜しまれるような、超高速による空中戦。一夏の集中力は、限界に近かった。

 

 ダメだ、何か状況を瓦解させる手を考えなきゃ!

 

 しかし、一夏の得物は手に握る雪片弐型のみ。剣の届く間合いではない。相対速度も、ややライゼクスが上。手が浮かばない。

 

 いや、待てよ。

 

 一夏の脳裏に、1つの案が浮かぶ。しかしそれは分の悪い賭けに思えた。もし、ライゼクスが乗ってこなければ、一夏を無視して町に向かったら。

 ゾクリと、背筋に冷や汗が浮かぶ。だが、このまま追いかけっこを続けても、進路上には人々の集落がある。

 覚悟を決めねばならない。このまま進み続けても、結果は変わらない。ならば分が悪くとも、可能性があるならばやってみる価値はある。

 

「おぉら!」

 

 一夏は、雪片弐型を全力で放る。縦にグルグルと回転した雪片弐型は、少しづつ量子変換されながらも、ライゼクスにぶつかる。奴は驚いたように、一夏に顔を向ける。と、そこには、背中を向け逃げていく一夏の姿が。

 ライゼクスは一瞬迷う。ほんの一瞬だが、迷ったのだ。一夏を追いかけるべきか否か。が、人種は狩っておくべきだと、奴は経験で知っていた。散々辛酸を嘗めさせられた、ハンター達の記憶が、ライゼクスに一夏を追いかけるように命令するのだ。

 

「ギュヤァォ!!」

 

 吼え、羽ばたく。

 ライゼクスは、その口腔から緑色の雷による、矢尻を打ち出す。

 ハイパーセンサーを切っている一夏にとって、その攻撃は知覚できるものではないはずだった。しかし、聴覚が捉えた電気の弾ける音。モンスターハンターでの経験。そして本能が、自身に迫る危険を感知し、その一撃をギリギリで回避することが出来たのだ。しかし、距離はまだ遠いい。

 白式のメインスラスターが火を吹き、一夏は更に加速する。ライゼクスも当然それを追いかける。先程までと逆の形となった。ライゼクスが一夏を追う。しかしそれは、一夏にとっては僥倖。願ったり叶ったりの状況だった。

 やがて、両者は音速を越え、最高速度での追いかけっことなる。ここまでくれば、投げたハズの雪片弐型も、既に白式のデータ領域に戻ってきていた。左手に逆手持ちの状態で雪片弐型を呼び出す。と同時に零落白夜も起動。更にこれも同時だが、音速からの急停止。IS特有の慣性制御からくる出鱈目な、物理法則を完全に無視した軌道だった。

 当然、モンスターと言えども、ライゼクスにそのような軌道は出来ない。右手を添え、腰だめに構え、突っ込んでくるライゼクスに向けて青白く輝く刃を向ける。奴は、一夏に激突する形となった。

 とてつもない衝撃。音速で飛来する大質量が直撃したのだ。視界が暗転しそうになる。が歯を食い縛り、一夏は意識を手放さずに耐える。

 ライゼクスは自分の腹を貫き、背にまで貫通した零落白夜の刃に、痛み吠えていた。が、それは奴の怒りも呼び起こしていた。頭の鶏冠は開き、体のいたる所にある爪が緑白色の光を強く放っていた。

 

「どぉぉりゃぁっ‼」

 

 しかしその怒りが、一撃として振るわれる前に、一夏は零落白夜の刃を回し、横一文字に引き裂いた。噴水のように溢れる鮮血が、白式の白い装甲を赤黒く塗り潰していく。致死量の出血だと、一目に分かる。勝負は決した。

 普通の生き物ならば、これで終わりのはずだ。

 しかし彼は、知っている。後ろから向けられる殺気が弱まっていないことに。いや、むしろその濃度は増し、怒気を向けられているのだ。一夏は急ぎ振り向き、シールドエネルギー節約のために、零落白夜を解除して更に一太刀加えようとする。

 が、その刃は輝く緑白色の剣に妨げされた。

 

「なっ⁉」

 

 雪片弐型の刃を受け止めたのは、ライゼクスの鶏冠。そしてそれから伸びる、雷光の剣。一夏の知らない術が、彼の一太刀を受け止めていたのだ。

 

『シャァァ!!』

 

「っく!」

 

 光の剣と、雪片弐型の刃が交差し合う。その剣筋は速く、一夏は防戦一方となってしまっていた。

 襲い来るのはそれだけではない、蹴りや尾、時折翼による一撃を織り交ぜ、ライゼクスは一夏を翻弄し続ける。速く鋭く重い一撃が一夏を掠めていく。

 

「好きなように!」

 

 やらせるものかと、零落白夜をほんの一瞬。尾からの一撃を弾く際に展開する。刃は、尾を包む甲殻を割り、肉を裂き、骨を断った。

 悲鳴を挙げたライゼクスは、バランスを崩し地に堕ちていく。明確なダメージの一手だ。このまま追い込もうと、一夏は追撃に迫る。が、ライゼクスもただやられる訳ではない。空中で体勢を建て直すと。鶏冠に纏わせていた雷光の剣の出力を上げる。するとその刃は長く天を裂くような巨大な物へと変わる。奴はそれを、縦一文字に降り下ろした。上空にいた一夏は、慌てて雪片弐型で受け止めるが、勢いは止められず、そのまま砂漠の大地に叩き付けられる形となる。砂塵が爆発するように舞い上がり、同時にその砂塵の一粒ずつが帯電。大規模な爆発が巻き起こる。

 

『グシャァァッッ!!!!』

 

 勝利を確信したライゼクスは吠える。勝鬨の咆哮。

 いや、慢心からくるそれだった。しかし、油断はするべきではなかった。スラスターが半壊、白式の装甲のいたる所に黒い焦げ付き。しかし、一夏は無事だった。白式が護りきったのだ。残りのシールドエネルギーは雀の涙程度。しかし、だがしかし、一太刀を加えるには十分だった。

 

「おおおぉぉぉぉぉぉお!!!!」

 

 ライゼクスの胸元に突き立てる雪片弐型の刃。

 舞い上がる鮮血。

 鬼の形相を浮かべ、刃を押し込める一夏。

 吼える一夏は、その勢いのまま、ライゼクスに刃を突き立てたまま、再び砂上に堕ちる。

 

『グッギャッ…!ガジャァァッ!!』

 

 翼を足で抑えるも、一夏の肩に、ライゼクスの牙が突き立てられる。シールドエネルギーはギリギリでのみ展開され、残り五秒と持つまい。

 

「あぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 刃を捩じ込み、肉を掻き分け、中身をかき混ぜるように回す。

 ライゼクスの口からは大量の血が溢れだし、一夏を濡らす。残り四秒。

 バチバチと、白式の装甲のいたる所がスパークを起こす。限界はもう近い。しかし、ライゼクスもそれは同じで、纏う雷光は確かに弱まっていた。しかし、その牙の力は弱まらず、シールドエネルギーをゴリゴリと削る。その目には、確かな生への執着があった。残り三秒。

 しかし、それは一夏も同じだった。あの爆発の中、確かに自分の生の喪失の危機感を覚えた。その中で思い浮かべるのは、沢山の思い出、辛いことも楽しかったことも、16年の短くも長い思い出の波。まだ、死ぬわけにはいかない。生きていたい。やりたいことも沢山ある。セシリアやドゥレム達、初めて出会った仲間達とのこれからの未来、久し振りに再開できた箒と鈴。二人には、まだ話したいことも沢山ある。死にたくない。残り二秒。

 それに、今ここで彼が死んだら、鈴はまた泣くだろう。普段はあんなに無邪気なのに、またあんな大粒の涙を流すんだろう。一夏が思い浮かべるのは、ティガレックス撃破の後、気絶していた自身が目を覚ましたときに見た、ポロポロと涙を流す鈴の顔。彼女をまた、泣かせたくはなかった。だから一夏は、生にしがみつき、目の前の命を奪おうとしているのだ。残り一秒。

 自分勝手だとは、彼自身気がついている。自分の欲望のために、理不尽に目の前の命を奪う。ライゼクスがいることで、これから起こるかもしれない人的被害を防ぐためという大義名分はあるが、既に一夏の中でそれはさして重要ではない。そもそも『かもしれない』でしかないのだ。まだなんの罪もない、ただこの世界に来てしまっただけの存在であるライゼクスを、今彼は、自分が生きたいと願う為に殺そうとする。

 

「それでも!俺は生きてぇんだよぉ!!!!」

 

 雪片弐型の刃が展開され、残りカスのシールドエネルギーを出し尽くし、零落白夜の刃が展開される。それは一瞬の煌めきのように、弾けるように青白く輝く刃が広がる。ほんの一瞬の刃だったが、それはライゼクスの体の中で確かに弾け、ライゼクスを壊した。

 シールドエネルギーを失った白式が、青白い粒子となって一夏の周りに舞っていた。

 力無く、一夏の肩に身を預けるようにだらりと垂れるライゼクスのアギト。その体もまた、白式と混ざるように、だんだんと粒子になり空に昇っていく。

 

『………………』

 

 一夏は、何か聞こえた気がした。彼はその声に答えるように、右手を空高く掲げ、

 

「おぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!!!」

 

 勝鬨の咆哮を、空に向かい挙げた。




次話また、遅くなってしまうかもしれません。

気長にお待ちしていただければ幸いです。


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第六話:紫氷

いやはや遅くなりました。
12月1月は、個人的に多忙なのでどうか御容赦下さい。
では、紫氷。どうぞお楽しみ下さい

(久々で誤字脱字ばっかりだったらごめんなさいね。許して下さい。)


 鏖魔の纏う黒い影は、その怒気が溢れ出した証。

 顔色は既に見えず、口腔から湧出る黒い影は、怪しく鏖魔の表情を隠し、鋭く伸びた歪な双角が不気味にその存在感を露にし、淡く光る眼光だけが、ドゥレムディラと楯無を捉える。

 

『グォォオオオオォオ!!!!!!!!』

 

 鏖魔の咆哮が、世界を震わせるように響き渡る。

 瞬間、一息にドゥレムディラとの間合いを詰め、角の一閃。突進ではない、ただの殴打だが、その速さと威力は、反応の遅れたドゥレムディラが弾け飛ぶ程の力を伴っていた。

 

「っな⁉」

 

 楯無でさえ、その一撃を認識できなかった。速いなんてものではない。まるで瞬間移動かと疑うほどの、出鱈目な速度で、鏖魔は間合いを詰めていた。

 

『ギャオォォォウ!!!!』

 

 再びの一凪、楯無はギリギリでその一撃を避ける。

 初速が速いのだ。少ない予備動作で、瞬時に再高速度に到達し繰り出される一撃は、その鋭い角と鏖魔が持つ質量により、一撃一撃が必殺の威力を内包している。

 反撃の隙が、楯無には見付けられなかった。

 昔、妹と共にプレイしたゲームでの鏖魔ディアブロスも、最高潮の怒り状態、『プッツン魔王モード』だとか色々な呼び名があるが、とにかくこのぶちギレ状態の鏖魔の攻撃はかなり激しく、そして威力も上がり、モーション速度も上がる。ゲームと同じだが、これは速くなりすぎだと、楯無は冷や汗を流す。

 

『グゥラァッ!!!!』

 

 が、戻って来たドゥレムディラの突進により、鏖魔の動きが鈍り、楯無も間合いを取ることが出来た。

 と、ドゥレムディラがそれに気が付いて、氷柱を伴った尾の一撃を鏖魔にみまう。体を回転させて放つために、ドゥレムディラの周囲を鋭い氷柱が円陣のような形で出現する。ISで食らえば、シールドエネルギーがかなり削られだろう。しかし、その氷柱も鏖魔の体を貫くことは叶わない。

 生み出された氷柱を砕きながら、双角による再びの殴打がドゥレムディラを襲う。横一文字に振り切られたその一撃は、ドゥレムディラの横顔を叩いた。

 

『ッグガ⁉』

 

 余りの一撃に、ドゥレムディラは眩暈を覚え、体勢を崩す。グラリと倒れそうになるが、追撃の尾による一閃が、彼をカチ上げた。

 が、それにより意識を取り戻した彼は、浮かび上がった体を前足を降り下ろし、無理矢理体勢を建て直す。ついでにボディープレスのような、要領で鏖魔に一撃叩き込む。

 

「たあぁぁっ!!」

 

 その隙をつくために楯無は、瞬間加速で間合いを詰め追撃。

 ドゥレムディラに押さえ付けられるような形となった、鏖魔の足を槍で払い倒す。バランスを崩した鏖魔は、楯無の目論見通りに体勢を崩し、砂上に押し付けられる。

 が、激しく身を動かし鏖魔は直ぐにドゥレムディラの拘束から逃れ、地中に潜っていく。

 

「飛び上がり攻撃が来る!」

 

 地中からの攻撃を避けるために、楯無は直ぐに高度を上げる。が逆にドゥレムディラは、地に足を踏ん張り咆哮。黒い影をまとったその咆哮は、辺り一面の砂漠が凍り付いていく。

 予想外の事態に、楯無は一瞬呆気に取られた。海上を凍り付かせたとは、話にだけ聞いていた。しかし、実際にそれをやって見せられ、辺りの砂漠を凍り付かせているその事実に、彼女が驚愕するのも無理はない。

 

 バキッ

 

 すると、砂上に張られた氷の一角に、亀裂が入った。それは、鏖魔が地中に潜った地点とそれほど変わりはしない。次の瞬間、鏖魔はその亀裂の地点から飛び出してきた。おそらく、余りにも急激な地中の温度低下に、驚き出てきたのだろう。実際、凍り付いた砂上に困惑しているようである。

 その隙を突くように、ドゥレムディラが飛翔。氷の楔をマシンガンのように、その口腔から射出し始めた。

 氷の楔は、鏖魔に次々と殺到する。が、その体を貫くことはなく、当たった氷はその甲殻に砕かれ、弾かれて明確なダメージとはならない。が、宙に飛び出していた鏖魔はそれにバランスを崩し、凍った砂上に堕ちる。

 

『グゥラッ⁉』

 

 鏖魔は叩き付けられるように地に堕ちる。すると、ドゥレムディラの弾幕は止み、砕かれた氷の粒が宙を舞う中、楯無は再びの瞬間加速で近付き、槍の一突きを繰り出す。

 確かな手応えを覚えた。と同時に、ゴギッというような、硬いものが折れるような、砕けるような音を彼女は耳にした。攻撃の速度のまま鏖魔を過ぎ去り、氷の粒子に視界を覆われる場から飛び出す。

 一番に眼にしたのは、砂上に突き刺さっている鏖魔の変形した、先が二つに裂けた角であった。つまり、先程彼女が耳にした音は、あの角が折れた音なのだろう。

 

 勝てる

 

 確信を彼女は抱いた。まがりなりにもIS学園最強の座を名乗る自分と、いまだその実力が未知数なドゥレムとの共同戦線。このまま丁寧に、迅速に削っていけば勝てると、彼女は確かな自身を得ていた。

 

『グオォオオオオオオオオオオオゥゥ‼‼』

 

 鏖魔は吠える。自身の角が折られた事による怯みなどはなく、より強く、濃く、深い憎悪。そして怒りが込められた咆哮は、舞っていた氷の粒子を吹き飛ばし、辺りの空気は振動により砕け散る。

 爆音。否、轟音である。

 

『オォオオオオオオォォォォォォォ‼‼』

 

 その咆哮に、楯無は思わず耳を塞ぐ。だが、その音の暴力は、だんだんと細く収束されていく。

 

『オオオオオオ‼ィィィィィーーーーーーーー‼‼』

 

 やがて、音の暴力は殺意を持って楯無を襲った。

 鏖魔の放った咆哮は、空気の振動を極限まで高ぶらせ、音のナイフとして放たれた。霧纏いの淑女の持つシールドエネルギーは大きく削られ、辺りは振動により爆発するように巻き上げられた砂埃が舞う。

 彼女も知らない一撃に、何をするでもなく弾かれ、吹き飛ばされる。当然、ISならばこの程度の一撃で沈むことはない。しかし、装着者はその余りにも大きな振動に鼓膜を破壊され、筆舌に尽くしがたい痛みと、一時的な大きな聴覚機能の低下が発生する。

 

「っっ‼」

 

 声にならない悲鳴をあげる。だが、楯無はそれよりも自分の失態を叱責していた。

 油断した。鉄火場の最中で慢心し、不意を突かれ、聴覚を奪われた。失われた聴覚は、ISが補ってくれるが、痛みはすぐに消えはしない。普通の人間相手ならば、この状態でも互角以上に戦える自信はあったし、それに見合う実力を彼女は兼ね備えていた。しかそ、相手が違う。人類とは、生物的な強さが別次元の存在。

 ここに来て初めて彼女は、鏖魔に対して恐怖を抱いた。

 黒い影に隠れた眼光が、楯無を射抜く。

 

「っつ⁉」

 

 瞬間。間合いを積めるように鏖魔は駆ける。砂を踏みしめ、巻き上げて楯無に一直線に駆ける。

 がその突進は、不意な横やりに妨げられる。急降下したドゥレムディラの体当りが直撃したのだ。そのまま二匹は、絡み合うように転がっていき、やがて弾かれるように二匹は互いに間合いをとる。

 

『グゥウゥ……』

 

 互いに威嚇し、間合いを詰めずに睨み合う。

 楯無も、霧纏いの淑女の槍を杖代わりに立ち上がる。IS補助の聴覚にも慣れ、すでに物音は十分に認識できていた。

 

『ガッァ‼』

 

 最初に動いたのは鏖魔。飛び上がり、ドゥレムディラに向かいその角を降り下ろす。半歩身を横にずらすことで、ドゥレムディラはその一撃を難なくかわす。と間髪入れずに、隙を見せた喉元に噛みつこうと、その口腔を開き、牙を向ける。

 

 ブンッ!

 

 響く風切り音が、ドゥレムディラの横っ面を弾いた。降り下ろしたその角を急停止し、真横に迎撃として振り抜いたのだ。その衝撃音は、楯無の頬に冷たい汗を流させた。無事ではすまない一撃。普通ならば肉は潰され、骨が砕かれる一撃

 だが、それは人の身であればの話。

 龍の体は、その常識を凌駕する力を持っている。

 

『グガァッ‼』

 

 無防備な鏖魔の首に、掌底染みた前足を見舞い、地面に押さえ付ける。

 霧纏いの淑女にハイパーセンサーは、ドゥレムディラの口腔付近の、急激な気温の低下が表示された。それはつまり、あのビームを撃つ気なのだと楯無に知らせる。フルフルとティガレックスへの、止めの一撃となったあの冷気の奔流。

 

『グォオガッ‼‼』

 

『ギュウン⁉』

 

 が、その一撃は鏖魔の振り回された尾により阻まれる。まるで槌のようなその尾は、ドゥレムディラの横腹に突き刺さり。冷気の収縮を途切れされ、また鏖魔への拘束を緩くしてしまう。

 とすれば、鏖魔はその拘束を逃れドゥレムディラを宙に弾き飛ばす。

 あの巨躯が弾かれるとなれば、相当なことだが楯無がそれに驚く前に鏖魔もまた跳ぶ。ギリギリの直撃は避けるが、ドゥレムディラの横腹を鏖魔の角が抉り取っていく様を彼女は目の当たりにする。

 鮮血が散り、ドゥレムディラの悲鳴にも聞こえる咆哮が響く。

 

『ガアッァ‼』

 

 空中で鏖魔に蹴りをいれ、ドゥレムディラは楯無の横に舞い降りる。

 

「っ‼」

 

 余りにも痛々しい傷口を、彼女は目にする。

 甲殻の一部は捲られ、肉を抉っている。しかし、内臓には達してはいないようだ。不幸中の幸いと言っていいのかどうか、しかしとにかく、大事となる一撃はギリギリ避けている。

 

『………。』

 

 一瞬、ドゥレムディラは楯無にその眼を向ける。だが龍の姿の時の彼は、声帯を持たないために言葉を発することはできない。しかし、彼が何故自分に視線を向けるのか。彼女はなんとなしにその意図を察することが出来た。

 

「分かったわドゥレム。」

 

 楯無は頷き答えると、槍を構え鏖魔に突進する。

 鏖魔も彼女に気が付き咆哮。答えるように角を向けて真っ正面に突っ込んでくる。

 

「やっぱり!単細胞ね‼」

 

 が、彼女はIS特有の慣性制御で急停止、からの急上昇を鏖魔の目前でこなし。必殺の一撃を避ける。鏖魔からすれば、目の前から突然彼女がいなくなったように錯覚することだろう。当然、鏖魔にはISばりの慣性制御があるはずもなく。ブレーキをかけようとも砂埃を巻き上げて滑っていく。

 

「そこよ!」

 

 と次の瞬間。鏖魔の足元が白く爆発する。

 霧纏いの淑女は、ナノマシンを操る固有技能を持つISだ。しかもそのナノマシンはなんと、水、液体の形をしている郡体である。今、鏖魔の足元で炸裂し、暴力的な音と衝撃を発した正体は、そのナノマシンであり、現象的には水蒸気爆発をより更に凝縮したものである。

 鏖魔の視界は白煙に阻まれ、ろくに周りを視認することすら叶わないであろう。ならば、そこから再びのヒット&アウェイ。ハイパーセンサーが捉える鏖魔の影に向け、槍を構えて突貫。

 

「一撃で貴方を倒すことが出来なくても、私はこうして貴方を押さえ付けておくことなら出来るわ!」

 

 小さく、細かい一撃だが、確かに鏖魔の体に一撃ずつ与える楯無。

 油断はない。だから今恐れることを、彼女は理解していた。最も警戒すべき行動。恐怖すべき行動は。

 

『グゥオオオォォォォォォオ‼‼‼‼』

 

 まとわりつく白煙を吹き飛ばす長い咆哮。その目は楯無を射止めている。

 

来る!

 

 今一番怖い一撃が、食らったらいけない一撃が。

 

『オォォォォォォォォォィィーーーーーーーッ‼‼‼‼』

 

来た!

 

 空気の振動が極限に達した、音ではなく、超音波によるもはや斬撃ともいえる咆哮。

 幸いなのは、某特撮映画の超音波メスと違い、予備動作が非常に分かりやすいことだろう。であるならば、

 

「タイミングさえ分かっていれば避けられる!」

 

 例え視認できない一撃であろうとも、出所とタイミング。分かりやすい予備動作があるならば避けるのは容易い。あと気を付けなければならないのは、この一撃が動かせること。首さえ振ってしまえば、避けようが外そうが、後から強引に当てられる点だ。

 

「なら!」

 

 瞬間加速。彼女がこの一撃を避けたという事実を、鏖魔が認識するよりも速く、鏖魔の懐に飛び込む。

 

「せぇい!」

 

 そして一閃。鏖魔の喉元を切り裂くような一撃を見舞い離脱。と同時にその場を直ぐ様に離れる。

 

『ギャアォォオ‼‼』

 

 鏖魔が体制を直す前に、咆哮が轟く。地が猛り、天が響く咆哮の元。濃厚な殺意の出所には、四つの足元に広がる砂漠を紫色に凍てつかせ、体の到るところが氷結し、また橙色が加わったドゥレムディラの姿だった。

 

ヒュン。

 

 一瞬。世界から音が無くなった気がした。

 急に止まった、轟く咆哮のせいか。それともこれから巻き起こる、惨劇に世界が恐怖してか。なにはともあれ、わずかな静寂が、この砂漠に訪れたのは確かだ。

 次の瞬間。ドゥレムディラは口腔を大きく開ける。黒、紫、白。奔流はハイパーセンサーごしで、あり得ない。常識では絶対にあり得ない。数値を楯無に届けた。

 

マイナス温度測定不能。

 

 冷気の暴力が過ぎ去った後には、美しい。どこまでも美しい、鏖魔の形をした紫色の氷像が聳え立っていた。

 

 

 




読んでいただいて感謝の極みです。
これからもどうかご贔屓に。


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第八話:夕日

滅法遅くなり申し訳ない!

当分投稿ペースが落ち着かないですが、許して下さい!


 エジプトでの、鏖魔およびライゼクス撃退戦から一週間が過ぎた。楯無は無傷。一夏は軽いむち打ちと火傷。ドゥレムも打撲数ヶ所と、腹部に裂傷を残すのみとなり、強敵を撃退したにも関わらず被害は少なく済んでいた。

 三人はすでにIS学園へと帰還し、エジプトの亀裂周辺地区は、失われたエジプトの軍備支援を名目とし、国連が従軍することとなった。

 千冬には、その大義名分の裏の目的が嫌というほど分かっていた。氷像の内に封じられているであろう、鏖魔の遺体の解析、解剖、実験。とにかく、彼らはモンスターへの情報を手に入れようとしているのだろう。

 

「そのために、二人ものISパイロットが犠牲になったのか……。」

 

 報告書に走らせているペンを、握る手につい力がこもる。別に千冬にとって、彼女達が知り合いという訳ではないが、ただ消耗品のように扱われる二人の犠牲に、込み上げる怒りが千冬の胸を苛んだ。

 だが、メディアもこの事は大きく取り上げていた。IS関連のニュースで始めての死亡。それも実験による事故等ではなく、戦闘中での出来事でプロの軍人が二人だ。そのニュースは世界中に動揺を広げた。今まで、モンスターはISより強い『かもしれない』だったものが、モンスターはISより強い。と事実として広まってしまったのだから。

 

「失礼します。」

 

 思慮にふける千冬だが、そんな中に職員室に一人の少女が入室する。確か、2年生の生徒である彼女のその面持ちは、青白く思い詰めた表情で、並々ならぬものを抱いているとすぐに理解できた。

 

「織斑先生……相談したいことがあるんですが。」

 

「どうした?」

 

 予測は出来てきた。いや、むしろ今までこの手の話が出てこなかった事の方が不思議だった。

 

「両親が……転校しろって……。危ない場所に…いるなって。」

 

 転校。

 予測はしていても、その言葉がズシリと千冬に襲い来る。なんと声を掛けたものか、試行錯誤して何とかひねりだした彼女の言葉は、「そう…か」の一言のみであった。

 

「それに、私ももう…怖いんです……あんなのが出て来る度に……専用機持ちの皆や、あの青い子が頑張ってくれてるけど……怖いんです。」

 

 目を真っ赤にし、ポロポロと涙を流す彼女が言葉を絞り出す。千冬は、IS学園に入るために必要な苦労を、難関を知っている。本音を言えば引き留めたい。彼女が、これまで積み上げた努力を否定したくはなかった。だが、だがそれを千冬はできない。IS学園の現状を考えれば当然なのだが、なんと歯痒いことか。

 震える女生徒の肩に手を回し、抱き寄せる。

 

「大丈夫だ。……お前のこれまでの努力は無駄にならない。なっていいものではない。辛い決断だっただろうが、私はそれを……支援する。だから大丈夫だ。」

 

 紡ぐ言葉はありきたり。本当は私が守るから、この学校で頑張ってみよう。そう言いたかった。だが、言えるわけがない。涙を流し、足を震わせる彼女を見てしまえば、もう千冬には彼女の決意を、決死の決意を拒絶出来るわけがなかった。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「とうとう、篠ノ之さん以外の子でも出てきちゃいましたね。」

 

 遠目で千冬と生徒を見守っていた麻耶が、淹れたてのコーヒーを2つ持って千冬の元にやって来る。

 

「……覚悟はしていたが……少し堪えるな。」

 

 机に肘をつき、額を押さえる千冬。

 麻耶は彼女の机に、片方のコーヒーを置き隣の自分の席に座る。

 

「…多分、これからも転校者や退学者は増えていくんでしょうね……。」

 

「そうだな……覚悟は…していたつもりなんだがな。」

 

 ギリッと、奥歯を噛み締める。己の無力さを呪い、悔やみ、怒りすら湧いていた。

 麻耶はそんな千冬の肩に、そっと手を置く。

 

「止まったらダメです。まだ、私達が見ていてあげなきゃ、守ってあげなきゃいけない子達が沢山いるんですから。」

 

「っ……そうだな。」

 

 言われて初めて自覚した。彼女の歩みは、確かに止まりかけてしまっていた。やらなければいけないことを放棄し、怒りに呑まれそうになっていた。それでは駄目なのだと麻耶は気付かせてくれた。

 やらなければならないことがある。それを自覚した彼女は、目の前の仕事から一つずつ片付けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「えっ⁉白式まだ直らないんですか。」

 

 今日の従業も終わり、自室への帰路に着いていた一夏に掛かってきた電話は、白式の製造元である倉持技研からであった。

 

『というよりも、白式自身に何らかのロックが入り、こちらからの整備に大幅な制限がかかった状態なんです。出来ることと言えば、エネルギーを与えて自己修復を促進させることくらいな状態で。なのでもう暫く時間がかかると思いますので、そのご連絡ですね。』

 

「はぁ……分かりました。」

 

 ため息混じりに答える一夏。

 その様子を黙ってみるドゥレム、セシリア、鈴のいつものメンバー。電話を切った一夏に、鈴が「まだ直らないんだ」と声を掛ける。

 

「みたいだ。どうも白式に変なロックが入ってるみたいで、自己修復待ちなんだと。」

 

 彼の言葉に、代表候補生でもあるセシリアと鈴の二人は小首を傾げる。

 ISが独自でロックを掛け、自己修復する話など聞いたことがないからだ。当然ISに自己修復、自己修繕機能があることは、IS乗りの常識として理解している。が、それは外部からの補助を受けながらが普通であり、IS単体の自己修復機能では限界があり、相当な時間が必要になってしまう。

 

「なら暫く休めば良いだろ。」

 

 事も無げにドゥレムが言うが、一夏は頭を少し掻き。

 

「いや、またいつモンスターが攻めてくるか分からないのに、のんびりしてるのもなんかなぁ……嫌じゃん?」

 

「気持ちは分かるけど、ドゥレムの言う通りよ。アンタ素人の癖に三回も実戦に出て、死にそうな目に合ってるのよ。少しは休まないと、張り詰めた神経は長くは持たないんだから。」

 

「そうです、有事の際は我々もいますし。今は生徒会長の楯無さんも学園に戻って参られたのですから、一夏さんは心配なさらなくとも大丈夫ですわ。」

 

 歯切れの悪い一夏だが、畳み掛けるように二人に詰め寄られ、少し不満げながらも休養を了承する。

 ドゥレムはそんな三人の様子を眺めながら、今日の夕食は何を食べようか等と考えていた。

 

「おっ、一番星か。」

 

 ドゥレムが呟くと、三人も空を見上げる。

 茜に染まる西の空に、煌めく星が1つ。亀裂の入る空でも、星はいつものように輝き、宇宙はそこに確かにある。どこか、一夏は不安に感じていたのだ。亀裂の入るような空は偽物で、本当は宇宙なんて存在しないんじゃないかと、それでも自分の存在を示すように輝く星を見れば、そんな妄想はあり得ないんだと主張していた。

 

「アンタ、以外とそういうの気が付くわよね。」

 

 鈴は「案外ロマンチストなの?」とドゥレムにニヤつきながら言う。

 

「どうだろうな……だがこうして空を眺めるなんて、昔はできなかったからな。飽きることはないな。」

 

 相変わらず、空を眺め続けるドゥレム。

 なんとなしに、三人はそれ以上の言及は出来なくなった。別にドゥレムが何かを抱えていると気付いたり、勘繰ったりした訳ではなく、ただ純粋に、美しい空をながめるその様に、邪魔をしてはいけないと感じたのだ。

 

『ふうん、畜生のくせに星の観賞なんて……ずいぶんと生意気な生物だね。』

 

 不意に言葉を投げ掛けられる。一夏達三人は、慌てて振り返り、ドゥレムはゆっくりと振り返る。

 そこには、まるでブラウン管のTVにプロペラを付けたような、そんな異物が滞空していた。

 その画面を見た瞬間、一夏は全てを察した。桃色の髪に、機械で出来た兎の耳のような装飾品を付け、不思議の国のアリスよろしく、青いゴスロリに身を包んだ一見美しい女性。篠ノ之束がそこに映っていた。

 

『やぁ、いっくん!おっひさー!』

 

「束さん……。」

 

 一夏の口から漏れた名前に、セシリアと鈴は驚き、ドゥレムは、彼女が箒の姉だと理解した。

 

『今日はね、いっくんを迎えに来たんだ!』

 

 笑顔をその表情にたたえ、彼女は告げる。

 

「なんの迎えですか……。」

 

『地球の有象無象を慈善事業で救っちゃう、そんな英雄事業のお迎えだよ。いっくんと、箒ちゃん。そしてちーちゃんと私の最強無敵チームで、コッチ側にやって来ちゃう化け物達を殲滅するんだよ!』

 

 事も無げに彼女は告げる。先のエジプトでの鏖魔は、それ一体でエジプト陸軍と国連の合同軍を全滅させた化け物。それらをたった四人で殲滅すると、彼女は言った。普通なら悪ふざけ、悪質な妄想妄言の類いである。しかし、これを言葉にしたのは天災と謳われる篠ノ之束本人。それは現実感を帯びていた。

 

『私は、空の亀裂を閉ざす方法と、二度と開かないように封印する方法を心得ているからね。アフターケアもバッチリなのですよ!』

 

「……四人じゃなくても、……皆で協力すれば良いじゃないですか。」

 

 それでも、底の知れぬ彼女に着いていくのは、一夏の本能が警鐘を鳴らした。何とか食い下がろうと、言葉を探る。

 

『ダメダメ。全部終わった後に、奴等は功労者が誰だとか、損害の賠償だとかでグチャグチャになる。それじゃぁ意味がないだなぁ~。必要なのは、圧倒的英雄像。他に比肩のする者のない、唯一無二の英雄だからね。小判鮫みたいに、卑しく、浅ましく、私達がこれから行う功績に肖ろうとする奴等が近付けないほどに、私達が圧倒的じゃないといけないんだよ。』

 

 違う。

 一夏は悟った。この人は世界を救うだとかそんな事は、最初から考えていない。過程でそうなるだけなのだ。

 

「良いじゃないか。」

 

 不意にドゥレムが割って入る。それは一夏に話しかけていた。

 

「確実な方法があるなら、それに従うべきだ。より速く、確実に世界が救えるなら、それに越したことはないだろう?」

 

「ドゥレム……。終わった後、ドゥレムはどうする気ですか。束さんは殲滅すると言った。じゃぁドゥレムは……俺達の味方のドゥレムはどうする気ですか?」

 

 一夏の問に、彼女は一瞬キョトンとした表情を見せる。

 

『いっくん、お姉さんの話ちゃんと聞いてなかったでしょ?他に比肩する奴がいたらダメなんだよ。実験材料にするに決まってるじゃん。』

 

 カラカラと、事も無げに笑って言う彼女に、ドゥレムを除いた三人がゾクリと、背筋に冷たいものを覚えた。

 

「ふ、ふざけないで下さい!ドゥレムは俺の仲間だ!友人だ!そんな話は願い下げです!」

 

『えぇ~。でも結果はどっちにしても変わらないよ。君が協力しないで、ドンドンモンスターがコッチ側に来たら、研究材料の得られない国連は、その化け物に手を掛ける。そうじゃなくても、いずれ大量のモンスターの前に敗れて死んじゃう位なら、この天才束さんの研究材料になったほうが、より効率的じゃない?』

 

 一夏は、言葉を失う。慕っていた訳ではないが、友達の姉、姉の友達という彼女が、その冷酷性を言葉に表している様を見て、何も言えなくなってしまったのだ。それは深い絶望を招き、同時に怒りを抱かせる。

 

「冗談は休み休みにして下さるかしら?」

 

 が、その怒りは一夏だけのものではなかった。セシリアは、自分に向けられた冷たい眼差しなど気にもせず、堂々と言葉を紡ぐ。

 

「私達がコイツを死なせるわけ無いでしょ。私達も一緒に戦ってるし、強くなる。だからドゥレムは死なないし、死なせない。当然国連にも、アンタにもモルモットみたいに扱わせてたまるもんですか!」

 

 鈴も続けて言い放つ。無い胸を張り、束に真っ向からガンを飛ばす。

 

『有象無象の言葉なんてどうでもいいの。私は、いっくんと話しているんだから。で、いっくんは当然私に協力してくれるんだよね?』

 

「……俺は、ドゥレムに助けられた。だからドゥレムを実験動物としか見ていない貴女に、着いていくことは出来ない。友達だから。」

 

 笑顔だった彼女の表情が、少しづつ無表情の物へと変貌していく。酷くつまらなそうな、感情の欠損した表情へ。

 

『……ふぅん。じゃぁもういいや。』

 

 それだけ言い残すと、カチリと音がした。

 鈴とセシリアの行動は速かった。コンマ数秒の間にISを展開。一夏とドゥレムの前に立ち、完全防御にシールドエネルギーをフルに回す。それを二人が理解する前に、その視界を白に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「え。」

 

 目が覚めると、布団の中で眠っていた。

 

「目が覚めたか。」

 

 声を掛けられ、千冬が傍らにいることに一夏は、気が付く。鈴もいた。自分の眠る布団に突っ伏して眠っている。

 

「なんで……ッ⁉」

 

 体を起こそうとすると、激痛が襲ってきた。見れば、体中包帯だらけだった。

 

「無理するな、火傷は軽微でも吹っ飛ばされた衝撃で骨折が三ヶ所、右足と肋二本逝ったのだから。」

 

「俺は、束さんと話してて……。」

 

「事のあらましは鳳とオルコットから聞いた。アイツめ、何をしているのかと思えば………。」

 

 一目で分かる。千冬は怒りに震えているのだ。その眼には炎が宿っていた。

 

「ドゥレムは。」

 

 だが、一夏は気になることがあった。鈴はここにいる。セシリアは先程千冬の口から語られた。しかしドゥレムは?人間態だったドゥレムは平気だったのだろうかと。

 彼の名前を出した瞬間。千冬の目に宿っていた怒りが薄れ、泳ぐように伏せられた。

 

「意識不明の重体だ。オルコットがカバーに入ろうとしたが、後一歩で間に合わず……。」

 

 今日、何度目だろう。言葉が出なかった。深い絶望と虚無感。そして、束に対する抑えようのない怒りが沸き立つ。

 

「とにかく今は休め。私は、事後処理に戻らなければならないのでな。」

 

 言い残し、千冬は病室を後にする。

 残された一夏は、悔しさに奥歯を噛み締め、握り拳に力が入る。自分が返答に間違えなければ、こんな事にはと、自分を責め立てる。

 そこでふと、鈴に視線が移った。目頭を赤く張らせた鈴。きっとまた泣かせてしまったのだ。一夏は、そっと彼女の頭を撫でる。サラリとした、柔らかい感触が指を撫でる。

 

「ゴメン。ごめんな………鈴……ごめんな、ドゥレム……っ!」

 

 茜色だった空は、既に深淵に染まっていた。



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黒兎
第一話:鱒廃


タイトルに深い意味はないです。




「……ん?」

 

 目を覚ましたドゥレムは、何故自分が医務室にいるのか理解できなかった。

 

「っ⁉」

 

 同時に、体中に走る痛みに顔をしかめる。

 何が起きたのか。

 記憶を手繰り寄せる。一夏と束が会話していたと思ったら、突然束が写っていた機械が爆発した。セシリアが、ドゥレムの前に飛び出し守ろうとしていたが、爆風で吹き飛ばされて何かに叩き付けられた。

 

「そうだ、その時に……気を失っていたのか。」

 

 痛む体に鞭打ち、無理矢理体を起こすドゥレム。

 窓の外に目をやると、鼠色の空からしとしとと、雨空模様であった。日が見えないために今が何時なのか分からなかったが、少なくとも日は跨いでいるのであろう。

 彼は、ベッドから降り立ち上がろうとする。猛烈な痛みが体中に襲い来るが、歯を喰い縛り堪える。

 

 一夏達はどうしたのだろう。

 

 一抹の不安が、激痛を押し退けていた。共に爆発に巻き込まれた一夏達が無事なのかどうか。

 摺り足気味に、重たい体を引き摺るように一歩づつ足を前へ前へと送り出す。病室から出るので一苦労だったが、覆い被さるような不安が彼を駆り立て、その歩みを止めさせはしなかった。

 薄暗い廊下。普段ならばさして苦にならない長さが、妙に長く感じる。

 

「………………」

 

 嫌に静かだった。まるで誰もいないかのような、空虚とした静寂がドゥレムの目の前に広がっていた。

 

「ドゥレム!」

 

 飲み込まれそうな静けさに気圧されていた彼は、急に名前を呼ばれ、慌てて振り返る。

 

「……一夏……。」

 

 そこには、いつもと同じ制服に身を包んだ一夏がいた。違うところと言えば、布で片腕を支えている。

 

「目が覚めたのか!…良かった……。」

 

 ほっとした様子で、彼は息を吐く。その表情は柔らかく、一つ肩の荷が降りたように晴れやかだった。

 

「お前も無事で……鈴とセシリアは、大丈夫だったか?」

 

「あぁ、二人も無事だ。怪我したのは俺とお前だけだ。

 

 それを聞き、覆い被さっていた重苦しい不安が、風に吹かれた綿のように、フワッと晴れていった。

 良かったと安心したら、息を潜めていた激痛が再び彼に牙を向ける。

 

「っ⁉」

 

「ドゥレム!とりあえず病室に戻ろう、肩貸すから。」

 

 倒れそうになるドゥレムを支え、一夏は彼を病室に運ぶ。当然だが、一夏も全治1ヶ月の骨折をしている。そんな状態で彼を支えれば、それなりの激痛が襲うが、我慢し表情にも出さず、一夏はドゥレムを病室まで運ぶ。

 

「……すまん……。」

 

「謝んなよ…、お互い様だから。」

 

 やっとの思いで、ドゥレムを病室のベッドまで運ぶと、改めて彼をベッドに横にさせてナースコールのボタンを押し、自分も席に付く。

 

「これで、先生が来てくれる。」

 

「助かる。……俺は、どれくらい寝ていたんだ。」

 

 一夏の表情に、一瞬陰りが入った。

 

「五日間だ。その間に、色んな事があった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

『IS学園敷地内で爆破テロ⁉生徒一名が重症』

 

 新聞の一面は、どの紙面でも同じだった。犯人が篠ノ之束であることを言及する新聞社は少なく、むしろIS学園の安全管理体制への苦言が圧倒的であった。

 週刊情報紙は、面白がってかあることないことを書き連ね、IS学園への風当たりは強まる一方だった。

 

「また、記者が詰め寄って来てますね。」

 

 麻耶の言うように、束の爆発事件から二日目の朝も、本土とIS学園を繋ぐ道路には、TV局、新聞社のジャーナリストや、週刊紙のマスコミの集団が大量に押し寄せていた。昨日の昼に、学園長による謝罪会見を行ったのだが、彼等は揚げ足探しに躍起になっているのだ。

 

「反IS支持者が、IS不要論を言い回っている。襲い来るモンスターを神の御使いと崇め、人類の業を裁くのだと叫ぶ宗教家も台頭している。溜まり始めた不安が、形となって暴走しているのだろう。」

 

 千冬は、昨日までに出た退学願いや転校手続きを処理しながら、麻耶の言葉に答える。

 

「でも、これじゃぁ最前線で戦ってくれた一夏君達が可哀想です。」

 

「………そうだな。」

 

 走らせていたペンを止め、千冬が呟く。

 無力感が彼女を苛んだ。あのマスコミ達を押さえ付ける力も、退学届けに転校届けを提出してきた、この32人の少女達を引き止めることも、彼女には出来ないのだから。

 

「織斑先生!」

 

 バンッ!

 と職員室の扉が開かれる。ソコには、以前モンスター対策会議に参加していた三年生の女生徒が、息を切らせてソコにいた。

 

「どうした?」

 

 余りの剣幕に、何事かと彼女を見やる。

 走ってきたとしても、あぁはならないだろう。彼女の表情は青白く、何かに恐怖しているようであった。

 

「TV!TV点けてみて下さい!」

 

 促されるままに、職員室に備え付けられているTVを点ける。他の職員達も、どうしたのかとTVの画面に目を向ける。

 

「ニュースです。多分、今緊急でやってるはずなので。」

 

 チャンネルを数回変えると、女性のニュースキャスターが画面に写った。この時間帯なら、まだこのチャンネルはニュース半分、バラエティー半分のような番組がやっているハズだが、写し出された画面は、そんな明るい様子は少しも無く、簡素なスタジオで速報を読み上げるキャスターがいるのみだった。

 

『繰り返します。ロシアのモスクワ市を中心に、半径約2kmが爆発。その後巨大生物の出現が確認されたとの事です。死傷者は約二万人に上ると見られ、邦人の被害者がいるかは、現在確認中との事です。』

 

 首都直撃。

 しかも世界有数の大国がだ。職員室内部もざわめく。

 国連からの要請がなければ、学園にロシアへの救援が要請されることはないだろうが、それでも覚悟は必要だろうと腹を括る千冬。

 

『え?……嘘。……あ、新たに三件速報です。』

 

 が、TVはソコで終わりではなかった。職員室内の全員の視線が、再びTVに集中する。

 

『エジプトに、既存の空間の亀裂から新たに巨大生物が出現しました。更に、中国タクラマカン砂漠に新たな爆発が発生、今までの個体を遥かに凌ぐ巨大な生物も確認されました。また、アメリカ領内太平洋沖海中で、巨大生物の存在が確認されたとのことです。』

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

「同時に……四体。」

 

 一夏の話を聞いていたドゥレムは、絶句していた。

 

「映像資料から、エジプトに出てきたのはテオ・テスカトル。中国はラオシャンロン。アメリカはラギアクルス。ロシアのはまるで分からない、ドゥレムと同じで初めて見るやつだった。」

 

「テオ・テスカトル…ラオシャンロン…あぁ、あの古龍か……。」

 

 以前、一夏達との知識の共有の際、呼称を統一化した。そのため、よりスムーズに情報を共有出来るようになっていた。

 

「今まで飛竜しか出てこなかったから、てっきりそれしか出てこれないと思っていたのに。古龍に海竜種も出て来た。」

 

「……出てくるモンスターに制限はないのか……。分からないと言っていたモンスター。画はあるのか?俺なら分かるかもしれない。」

 

 ドゥレムの言葉に、「少し待って」と携帯を取り出す一夏。そうこうしているうちに、保険医と千冬が病室を訪れた。

 

「ドゥレム、目が覚めたか。」

 

「ああ。一夏から、少し話を聞いた。俺が寝ている間に四体も出て来たみたいだな。すまない、大事な時期にこんな体たらくで。」

 

 千冬は首を振り、優しげな声で話す。

 

「何を言う、お前が謝ることじゃない。とにかく、今は体を治すことに集中するんだ。」

 

「あった、これだ。」

 

 携帯を操作していた一夏は、それをドゥレムに手渡す。画面には、ロシアのモスクワに現れたモンスターの写真が写し出されていた。恐らく、相当な望遠で撮影されたであろう画像は、乱れに乱れ一見何が写っているのか分からない。しかし、ドゥレムはその中に収められた、龍の姿を見据えた。

 

「白い………。骨格は俺に近いな。」

 

「言われてみれば確かに。アルバトリオンの系統に近い骨格だな。……じゃぁこいつも古龍の可能性が高いのか。」

 

「情報が何一つ無い、全く新しいタイプのモンスターだそうだ。モンスターハンター経験者も知り得ない。私達はこの個体をディスフィロアと呼称している。」

 

 ドゥレムの言葉に一夏が答え、千冬が白い龍、ディスフィロアの名前を教える。

 

「ラオシャンロンは、現状では人の生活空間から遠く離れた砂漠をゆっくりとしたペースで歩き続けているだけで、驚異度は比較的低い。ラギアクルスは海底に潜ってしまい、現在消息不明。テオ・テスカトルは駐留していた国連軍を壊滅させた後、ラオシャンロンと同じようにゆったりとしたペースで半径約四kmの空間を闊歩している。ディスフィロアはモスクワに出現してから、モスクワの周囲は連日吹雪が吹き荒れ、生存者の確認もディスフィロアの動向も観測できていない状態だ。」

 

 千冬の言葉を受けながら、ドゥレムは保険医の診察を受ける。

 

「国連やその国の軍隊はモンスターに攻撃を行ったのか?」

 

「出現後すぐに行方を眩ましたラギアクルス以外には、それぞれの軍が討伐に乗り出したが、結果から言えば効果は薄い。ラオシャンロンとテオ・テスカトルには、そもそも歯牙にも掛けられず、無視されているようだな。ディスフィロアに関しては、吹雪地帯に突入した全軍と通信が途絶えている状況だ。」

 

 古龍が相手なのだ、仕方がない。

 モンスターハンターを知る生徒達の多くは、口々にそう言っていた。今まで姿を表していたモンスターは全て飛竜種であり、それらにこれほどまでの苦戦を強いられてきたのだ。正に格が違うと言えるだろう。

 

 保険医が、診察を終えると千冬になにやら耳打ちした後に病室を後にする。

 

「さて結論で言えば、現状四体のモンスターには、ロシア以外が不干渉で一致している。まぁ、ロシアは国の首都が襲われているわけだからな。黙って引き下がるなど納得はするわけないだろう。」

 

 ドゥレムは、「妥当な判断だろうな」と呟きベッドに再び身を埋める。

 

「とにかく、今はよく食ってよく休め。私はまだ執務があるから、一旦離れる。三時頃に精密検査を行うそうだ。今が二時だから一時間後だな。それまでゆっくりしていると良い。」

 

「了解した。」

 

 千冬も病室を後にすると「ふぅ」と、ドゥレムは力を抜く。痛みはするが、安静にしていれば、我慢できない痛みではない。しかし、一時間もぼうとするのは流石に苦であるので、一夏に声を掛ける

 

「あれから五日ってことは、今日は休日か……。」

 

「あぁ。その間に、他にも色々あったんだぜ?」

 

「ほう?」

 

 そう、この五日間はIS学園にとっても、一夏個人にとっても平穏とは言い難い時間だった。

 まず、総生徒数の激減。三年生は比較的に残っているが、二年生一年生の生徒は、その四分の一が自主退学、転校を選択し学園を去ることになった。空間の亀裂から古龍種が出現することが確認されたことにより、IS学園上空の亀裂からも、飛竜以外が出現する可能性が出てきたことによって、その驚異が伝播することで、多くの生徒が学園を離れる結果になったのだ。

 しかし、転校生も二名やって来た。が、それがまた一癖も二癖もある二人だと言う。

 一人はラウラ・ボーデヴィヒ。ドイツの現役軍人が転校生として、専用機のシュヴァルツェア・レーゲンを引き連れやって来た。が、出会い頭に一夏にビンタをかまし、「私はお前を決して許さない!」と怒鳴られたらしい。

 そして、もう一人の転校生シャルル・デュノア。フランスで発見された、二人目の男性IS適合者とのことだ。

 

「いきなりのビンタの洗礼…お前なんかしたのか?」

 

「うぅん……正直完全な初対面なんだが、まぁ千冬姉に対する接し方とかから予測は出来るけどなぁ……。」

 

 腕組みをしながら、一夏は口にする。

 それは自分の過去であり、そして彼自身の黒歴史でもあった。

 

 

 

 



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第二話:思出

ごめんなさぁぁい‼
まぁた遅くなっちゃいましたよ。本当に申し訳ない。

でもね、でもねちょっと言い訳を聞いて。
私、車の運転中に事故に巻き込まれて、ちょっと入院してたの。その間執筆も何も出来ないで遅くなっちゃっいました。皆も車の運転中気を付けて。自分は大丈夫でも、周りの車が全員大丈夫じゃないからね。中には頭の吹っ飛んだどうしようもない奴も居るから、気を付けないと本当。


「さて、どこから話すかな………。」

 

 一時間の暇潰しのために、一夏は口を開く。

 ベッドで横になるドゥレムは、それを黙して見つめた。

 

「知ってるかもしれないけど。千冬姉はもともとモンドグロッソってISの大会で、最強とまで言われた人なんだ。」

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 第二回モンドグロッソ決勝戦当日

 少年はこれまでの短い人生、否これから先の人生を考えても、これ以上内ほどのクソッタレな状況に出くわしていた。

 少年織斑 一夏の両手足は、彼自身が座らせられたパイプ椅子の足に固く結ばれており、閉じ込められているこの一室を、二人の武装した男が彼を見張っていた。

 彼等の目的は、一夏には知るよしもない。だが、予測は容易かった。千冬のモンドグロッソ二大会連続制覇の阻止であろう。でなければ、このタイミングに彼を、厳重な警戒網を突破し拉致する必要はない。名前も確認されたのだから、十中八九そうだろう。

 しかし、それが理解できたところで、一夏にはただただ怯え、無力な自分を呪うことしかできない。

 だが、二時間後には彼は無事に救出される。

 決勝戦を辞退した千冬が、一夏を助け出したのだ。世論は彼女の行動を称賛した。美しい姉弟愛、勇敢なブリュンヒルデと新聞の見出しは彩られていた。

 確かに、世論は千冬の行動は讃えた。しかし、ISを管理しISによる世界情勢の緊張を抑制することが目的であるIS倫理委員会にとって、彼女のその行動は看過できるものではなかった。

 そもそも、通常兵器を優に上回る性能を持つISは、その使用に関して二重三重の法的制限が掛けられている。彼女の行った行動は、ISの私利的行使とされIS倫理委員会が定めたIS国際法の、ISの運用制限内のいわゆる重罪とされる物である。

 しかし情状酌量の余地ありとされ、彼女への措置はIS行使権永久剥奪、日本国代表免除のみとなった。通常であれば懲役10年から20年が相当と言われるの鑑みれば、相当の配慮である。

 翌年から、千冬が代表の座を退いたことが原因で、日本は長い間モンドグロッソでの成績が奮わない事となる上に、IS開発研究の面でも、他国から一歩遅れをとる結果となってしまった。もし一夏を拉致した集団の目的が、ISにおける日本の地位を貶めることにあるのだとしたら、それは成されたと言って良いだろう。

 が一連の事件で誰よりも苦しんだのは、一夏少年で間違いない。千冬の熱狂的なファンから向けられる、悪意ある罵詈雑言もあった。拉致された時の恐怖は、一生に残るトラウマとも言えるだろう。だが、何よりも彼を苦しめたのは、彼自身に他ならない。自分がいなければ、姉は今も自由に空を駆けていたかもしれないと、止めどなく沸き上がり、無限に連なり終わりの無い自責の連鎖。

 少年はその時から、自らの首を綿でゆっくりと絞め続けてきたのだ。

 

 それから少し時が流れ、第二回モンドグロッソから数ヶ月、日本に帰国してから暫く、一夏は唐突に「半年程ドイツに出向せねばならなくなった」と千冬に告げられた。

 聞けば、一夏救出の際に情報提供としてドイツ軍には恩があるらしい。その見返りとして、半年間ドイツ軍のIS部隊の教官を依頼されていたらしい。

 突然の事に一夏も困惑こそしたが、それを了解し姉を見送る。だが、傷心の彼が一人で過ごす時間は、夕暮れのように穏やかな、だが確実に歩み下る地獄。大衆から向けられる、心無い蔑み。夜な夜な夢に見る、あの恐怖の追体験。そして終わりのない自責の嵐。1日1日、少しづつ少年の心は削られていた。

 あの時、彼女がいなければ一夏はここにいなかったかもしれない。だから、彼に取って彼女は大切な親友であり、そして誰よりも大切な人。彼女は……

 

 

 

 

 

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 少し、本題からずれた事も思い出しながらも、それを言葉にすること無く、あくまで簡素に一夏は語った。ドゥレムはそれを受け、納得したように口を開いた。

 

「なるほど。つまり、そのラウラ・ボーデヴィヒは千冬の元教え子であり、見る限りには千冬を慕っている。だから、第二回モンドグロッソの優勝を逃した原因でもあるお前を許さないと。」

 

「多分な。」

 

 思わずため息を漏らしそうになるドゥレム。なんともまぁ面倒な娘が来たものだなと、一夏を不憫にさえ思っていた。

 

「で、お前はどうするんだ?ラウラに殴られたままにするのか?」

 

「……どうするかぁ……。でもアイツの言うことも、分かるんだよ俺。同じようなことを考えてた時期もあったからさ。」

 

 一夏は、はぁとため息を吐きながら遠くを眺める。その瞳は心ここに有らずで、答えの無い思慮の迷宮に紛れ込んだように、どこか(やつ)れていた。

 

「子供だったのだろ?なら仕方がない話のハズだ。そもそも大人だったとしても、数人、しかも武装した奴らと戦うなんて無理だ。だから何も出来なかったのだって当然だし、逆にそれをお前に言うラウラが間違えている。」

 

 迷い無くドゥレムは言い切った。

 少し、驚いた表情を見せた一夏だったが「そうだな。」と笑って見せる。

 ドゥレムは、なんと分かりやすいのだろうか、誤魔化しや嘘を吐くということをしない。思ったことをそのまま、感じたことをそのまま彼は口にする。そんな、まるで純粋無垢な少年のような彼が可笑しくて、一夏は少しだけ笑ったのだ。

 

「お待たせしましたドゥレムさん。精密検査の準備が整いましたので、ご案内しますよ。」

 

 と、不意に先程出ていった保険医が、車椅子を押してやって来た。

 一夏は、自分が邪魔になら無いようにと席を立ち、保険医がドゥレムを車椅子に座らせる。車椅子はカラカラと音を起てながら、三人は病室を後にした。

 

「精密検査って、具体的には何をするんですか?」

 

「CTによる3Dスキャンですね。骨折の経過と内臓機器の状態確認を行います。」

 

 一夏の質問に、即座に答える保険医。

 少し、つっけんどんな態度の彼女に、一夏はこれ以上の会話は意味がないと悟り、黙して後を着いていくのみにした。

 ほんの少し、空気の重たさを一夏は感じていた。余り関わりの無かった保険医の教師と共に居るからか、時間と廊下が妙に長いようは錯覚に陥る。

 

「……一夏、妙に静かすぎないか?」

 

 車椅子にのったままのドゥレムが、気まずくも感じていた沈黙を切り裂いた。

 一夏も「助かった」と内心呟きながら、ドゥレムに説明する。

「さっきも説明したけど、今IS学園の生徒数は相当数減ってる。残った生徒でも、大半がまだそれぞれの家族と話し合ってる最中だ。この土日を使って、話をつけに行ってるんだよ。」

 

「なるほどな……。」

 

 と、短い会話の後に診察室に到着する。一夏はここで別れて自室に戻ると言い、二人は互いに「また今度」と挨拶をし、一夏は日が入らず、少し薄暗い廊下を再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「結果だけ先に言えば、彼の経過は順調に回復しています。」

 

 職員室で、千冬は保険医である諏訪 倫子からの報告を受けていた。

 まずは一安心と、千冬は張っていた肩の力を抜く。

 

「回復速度はかなり速いですね。このままもう一週間もすれば、おそらく全快すると見られます。」

 

「……かなり速いな。確か当初の診療では全治2ヶ月じゃなかったか?」

 

 諏訪の報告に、訝しげに思い千冬が問う。

 最初に彼が医療部に担ぎ込まれた際、検査と治療の末に全治2ヶ月と言い渡された。

 確かに、検査の結果不審な点が見られた。身体構造と体組織の約99%は人類と同一とされたが、残りの1%は解析不能であるとされたのだ。不明であるにしても、それを鑑みた上での、完治2ヶ月という話だった。

 が、そこまでの大幅な時間短縮となれば、異常とも言える回復速度となる。生物としてそんな超回復はありえるのか?千冬の疑問は真っ当であった。

 

「最初の治療の際に報告した通り、彼の体で体組織1%が未知の部分でした。しかし、先程の検査ではその1%が検出されず100%、人類と同一の個体と言えます。おそらく、あの1%は彼の身体が傷付いた際に反応する免疫力。もしくは、モンスターとしての細胞なのでしょう。それが現在の体の治癒力を活性化させ、結果的に回復の短時間化に繋がっているのではないかと考えています。」

 

「……専門外だから、私には良く分からないのだが、そういった細胞や体組織は変化するものなのか?」

 

「万能細胞と言われる物以外、原則的にまずあり得ないです。あえて言うなら老化、また代謝の活性化や薬物の投与による若返りなどは観察されていますが、今回の場合は細胞が、全くの別物へ変化しているのでそれとは根本的に違うでしょう。まぁ、これは彼が自由に人間の姿と、モンスターの姿を行き来できていますので、今更驚くべきことでもないのですが……。ただ……」

 

 諏訪が言い淀む。千冬は、彼女の言わんとすることは分かっていた。

 テオ・テスカトル襲来の一日前、国連の調査団が鏖魔ディアブロスの死体の回収に失敗したと彼女達は聞いている。しかし、謎の生物郡であるモンスターへの対抗手段を得るには、モンスターの情報が不可欠である。

 

「ドゥレムのカルテ。下手をすれば身柄の引き渡しを要求してくるか……。」

 

「可能性は十分あります。以前でしたら、対モンスターの対抗手段であると言い訳も出来ました。それはモンスターが出現する亀裂が、IS学園上空に存在していたからです。が、現状亀裂は世界に四ヶ所。もし国連に彼の身柄を要求された場合、私達に彼を守る手段も大義名分もない状態です。当分は、彼のカルテを送付しておけば満足するでしょうが、モンスターへの脅威が増せばいずれ……。」

 

 話を聞いていた千冬は、思わず頭を抱えたくなっていた。どうにかして、解決策を見出ださなければいけないと頭を回す。

『私は、空の亀裂を閉ざす方法と、二度と開かないように封印する方法を心得ているからね。アフターケアもバッチリなのですよ!』

 一夏達が聞いたという、束の言葉を思い出した。出来るならば、今すぐそれを行いたいとさえ、千冬は考えてしまう。

 しかし、それをすれば結局ドゥレムはただでは済まない。彼女の玩具にされて終わりだと、千冬は頭を振る。

 

「結局、私達で頑張るしかないか。」

 

 千冬の溜息と共に吐き出された呟きに、諏訪は頷くことで答え、再び口を開く。

 

「幸い、人類では現状モンスターへの決定的な効果の見込める兵器も模索中で、切り札であるドゥレム君を解剖するなんてことは、束博士以外には思っても実行しようとする人間はまだいないでしょう。」

 

 諏訪の言うことは事実である。現状、束の言葉が真実だとすれば、彼女以外でモンスターへの決定打を持つ人類はいない。と、なればドゥレムは数少ないモンスターへの対抗手段。みすみすそれを手離すことはしないだろ。

 当然。今後の状況の如何では、そんな前提は気泡と化すのだが、まだ対処は間に合う問題のハズだ。

 

「……とにかく、ドゥレムには一刻も早く完治するよう治療に専念してもらおう。これからの情勢次第で状況は変わる、自分の身は自分で守ってもらうことになりそうだ。」

 

「ええ、それは私達人類にも言えることです。彼の力に頼らなくとも、私達だけでモンスターと戦えるようにならなければ。」

 

 諏訪の言葉に千冬は頷いて答える。少し、目線を外に向ければ、茜色に空は染まっていた。一番星が煌めき、もう少しすれば、今日という日も終わる。不意に、職員室の一室からピアノの旋律が響く。誰かが忘れていった携帯が、着信を報せているのだ。

 

「……ショパン。誰かは知りませんが、良い趣味ですね。」

 

「あぁ。」

 

 二人は軽く言葉を交わし、もの悲しい。しかし美しい旋律を奏でる別れの曲に耳を傾けながら、茜色の光が差し込む職員室で、暗い夜に飲まれていく空へ瞳を奪われていた。




別れの曲。
俺凄い好きなんです。哀しい曲だけど、後悔や贖罪に激しくぐちゃぐちゃにされて、でもその先に繋がる穏やかな悟り。

今回の章でそれなりに使うワードになると予定なんで、良かったら頭の片隅にでも置いておいて下さい。


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第三話:善性

「初めまして、シャルル・デュノアだよ。」

 

 退院したドゥレムは、金髪碧眼の青年を前に目を丸くさせていた。

 自己紹介から、彼が一夏の言っていた、もう一人の男性IS適合者なのだとは直ぐに分かった。しかし、ドゥレムはそれに驚愕している。

 彼が中性的だから?いや違う元がモンスターである彼は、嗅覚が一般的な人類より多少鋭い。妙な話ではあるが、彼女から男の匂いがしなかったのだ。いや、むしろ匂いを隠しているようにさえ、ドゥレムは感じた。

 

「……ドゥレムディラだ。」

 

 求められた握手に応え、ドゥレムも手を差し出す。柔らかい手の感触は、まるで女性のようでよりドゥレムは困惑する。

 いやしかし人はそれぞれ特長が顕著だと、ドゥレムは今まで出会った人物を思い出しながら、改めて彼に目線を向ける。女性のような男性。男性のような女性。きっと世の中には沢山いるのだろう。

 ドゥレムは一人納得し、シャルルを迎え入れる。

 

「えと、ドゥレムディラってモンスター……なんだよね?」

 

「ドゥレムで良いぞ。あぁ、俺は人類ではなくモンスターの一匹だ。まぁ、今は人の格好をしているが、少し気合いを入れれば本来の姿に戻れる。」

 

「あれって気合いでなってたのか。」

 

 驚いたように、一夏が口を挟む。

 

「まぁな。正確には違うような気がするが、まぁ適当な説明は多分気合いだ。」

 

 とりとめのない会話を交わしながら、昼の食堂へ向かう三人。セシリアは今日も昼の時間も射撃訓練に当て、鈴は職員室に入り用で、それが済み次第セシリアと合流し、訓練に付き合うつもりでいるようだ。

 

「にしても、ドゥレムの退院早かったな。前会った時なんかは、立ち上がって歩くのさえ難しそうだったのに。俺はまだギブス外れないんだぜ?」

 

「それはあれだ、モンスターと人間の差だよ。」

 

 ニヤリと笑いながらドゥレムは、少し自慢げに言う。「羨ましい」とため息混じりに口にする一夏は、右腕が固定されたギブスを、左手で優しく撫でる。彼のギブスが外れるまで、まだ二週間ほど掛かるらしい。

 

「あぁ、思いっきり風呂入りてぇなぁ……。」

 

 一夏は呟く。ギブスは、一度装着すれば簡単には着脱出来ない。外すときには、専用の刃物を用いるのだから当然だ。そうなると、シャワーやお風呂にギブスを着けたまま入れば、ギブス内が湿気りよけいに痒くなる。

 確かに、ギブスをしている間も車のワイパーの芯の部分に似た金属の薄い棒をギブスの隙間に挿し、中を掻くことは可能だが、やはりというか、掻きづらい場所は多いし、時々引っ掻き棒が突き刺さり痛いしで、よけいな痒みの地獄を味わいたくはないと、ギブスをした多くの人間が、患部を濡らさないように細心の注意を払いながら、風呂やシャワーを楽しむことになる。

 しかし一夏の場合は、彼以外には男子が居ない影響で、学生寮にある大浴場は使用できずにいたため、ここ数ヵ月間風呂には入れず、自室に備え付けられているシャワー室で済ませていた。当然、ギブス装備のシャワーとなると、風呂でそれをするよりも何倍も難しい。それ故に、彼の貯まるフラストレーションは並々ならぬものとなっていた。

 

「風呂か……話には聞いてるけど、俺も入ってみたいな。」

 

 ドゥレムがそれとなく呟くのを聞き、一夏はとある疑問を抱く。

 

「そういえば、ドゥレムは体洗ってるのか?」

 

 

「あぁ、職員用更衣室に備え付けられてるシャワーを夜中に貸してもらってる。シャンプーだとかリンスだとかも、確り教えてもらったぞ。」

 

 一夏の質問に直ぐに答えるドゥレム。

 それなりに長い時間を共に過ごしてきたが、ドゥレムのそういった部分は知らなかったなと、一夏は心の内で振り返る。

 

「聞けば、温泉っていうものもあるんだろ?興味はあるのだがなぁ。」

 

「温泉かぁ、僕も日本の温泉は行ってみたいなぁ。」

 

 シャルルもドゥレムも、まだ見ぬ『日本の温泉』に思いを馳せている。

 

「温泉かぁ、今度皆で行きたいけど…。実際どうなの?」

 

 一夏の言葉にシャルルは首を傾げる。意味が分からないからだ。何がどうなのか、文脈を読めず質問の真意が理解出来ない。対してドゥレムは、その短い言葉で彼が何を問うているのか察する。付き合いが長いからとかではなく、ただ、一夏がそれを直接口にするのを憚り、あのような不恰好な質問をなってしまっていた。

 変に気を使わせてしまったなと、ドゥレムは自嘲気味に笑いながら、ゆっくりと答える。

 

「難しいな。やっぱりモンスターの襲撃や討伐命令が降りた時でないと、俺は学園の敷地から出られないみたいだ。まぁ、しょうがないことだがな。」

 

 シャルルも、ドゥレムの返答で一夏が何を質問したのか察した。考えてみれば当然だ。人の姿はしているが、彼はモンスターである。一般人からすれば、それは恐怖の対象であり、現在の世界共通認識での人類種の天敵として扱われている。

 彼が町に出て、その正体がバレてしまえば最悪パニック状態となってしまう。

 だが、シャルルは納得できなかった。彼が学園に来る前、映像記録でモンスターとの戦闘を拝見していた。フルフル、ティガレックス戦ではモンスターへの決定的な対抗手段のない人類に代わり、先陣を駆けて戦った。鏖魔戦でもドゥレムは身を粉にし、決死の覚悟で戦っていたのは十二分に理解できた。だからこそ、彼はドゥレムの扱いに憤りを感じてしまった。思わず、口に漏らしてしまうほど。

 

「可笑しいよ!だってドゥレムはモンスターと戦って、人類を守ってくれていたじゃないか!それなのに……!」

 

 そこまで言って、急にハッとした顔になり、頬を紅潮させて二人から目線をずらした。

 一夏もドゥレムも急なことで驚きはしたが、一夏は直ぐに表情を綻ばせ、シャルルに目線を投げ掛けた。

 

「シャルルは……優しいんだな。」

 

 一夏の、どこか大人びた優しい声音。単純に嬉しかったのだ。友人が正当に評価されている、それだけのことがまるで自分の事のように、彼には嬉しくて堪らなかった。

 が、当の本人であるドゥレムは、シャルルの憤りを理解できずに黙って事の顛末を見守っていた。

 

「違う…、わ…僕は……ドゥレムがどんなに頑張ってたのか見せてもらっから。……一夏達と一緒にモンスターを倒していた様を。」

 

「うん。ドゥレムは頼りになる仲間だ。対モンスター戦において、学園内での最大戦力。そして無二の戦友。俺もドゥレムが、今みたいに自由を奪われているのは許せない。だけど、もしもの事を考えたら、仕方ない部分もあるって納得出来てしまう部分もあるんだ。」

 

 悲しげな眼だった。シャルルも、一夏の語る仕方ない部分が何なのか、理解できている。

 ドゥレムが仮に町に出て、その際に正体が看破された時のパニック。先程も言ったが、それは絶対に避けなければならない。理由は簡単だ。『モンスターは人間に変身出来る』その情報が一人歩きを始めるからだ。

 実際には、人間に変身できる個体はドゥレム以外には確認されていない。しかし、この噂が世界中に拡散してしまえば、多くの人物が互いを疑うようになり、最悪の場合、かつての魔女狩りのように、無実の人々が謂われの無い疑いをかけられ、処刑されるような世の中になってしまう可能性もある。

 だからこそ、ドゥレムのことを知る日本国会も国連も、その情報を決して公表しない方針で固まっている。だが完全な情報統制は不可能で、既にSNSなどでは、真しやかにモンスターが人間に変身できると、都市伝説のように囁かれている。

 情報の出所は、おそらくIS学園生徒だろう。フルフル討伐後、多くの生徒がドゥレムが人の姿に成る様を目撃した。それをSNSに投稿した生徒が、一人二人いたとしてもなんら不思議ではない。

 現在はまだ都市伝説の域を出ていないこの話も、もし国が正式に発表したり、ドゥレムが大衆にその正体を看破されたりすれば、民衆の抱いていた不信感が紛れもない現実のものになってしまう。そっなったとき、人類がどうなってしまうのか。最悪な想像ばかりが頭を過るのも、致し方の無い話だった。

 

「まぁ、自由っていう点で言うなら、俺は現状でも相当満足してるぞ。」

 

 不意に、ドゥレムが口を開く。

 一夏とシャルルが彼に視線を向けると、少しはにかんだ表情でドゥレムがぎこちない笑顔を見せていた。

 

「俺も結構長いこと生きてたけど、来る日も来る日も戦って、それがなければ寝て。何も食べずに何も飲まずに、無機質な部屋にずっといた。でも今は空の色は青色だと知って、海を知って、砂漠を知って、食べる喜びを知って、水の潤いを知った。それになりより、一夏達のような友人を知った。正直な話、もう充分に俺は自由なんだよ。」

 

 あぁ、なんと謙虚なんだろうか。無知故に高望みせず、現状でも十分なのだとドゥレムは言った。一夏は、そんな彼の無欲の姿勢に一種の尊敬すら抱いた。

 だが、繰り返しになってしまうが、彼の謙虚さは無知から来るものなのだ。世の中にある沢山の娯楽を知らず、美味を知らず、感動を知らないからこそ彼はそれを求めないのだ。

 

「ドゥレムは、それで良いのか?」

 

「今は良い。それに…」

 

「それに?」

 

 小首を傾げ、言葉を投げ返すシャルル。

 その仕草が妙に女性的で、再びドゥレムは混乱しそうになるが、続きの言葉を紡ぐ。

 

「お前達みたいに、受け入れてくれる人もいるんだ……いつか、あの亀裂が全部閉じて、世界中の人類が俺を受け入れてくれた時。その時は一緒に俺も温泉ってのに連れてってくれよ。」

 

 鋭い八重歯が覗く、満面の笑みだった。疑いを持たず、人の善性を心の底から信頼している表情。まるで純粋無垢な子供が見せるような、そんな笑顔だった。

 一夏もシャルルも、その笑顔の儚さに気が付いた。

 いや、知っていたと言うべきか。人の善性に裏付けされた笑顔ならば、その信頼を裏切られ、人の善性が虚構だと気が付いた時彼はどうなるのか。

 そうだ、彼はこの世界にやって来て、人間とコミュニケーションを取るようになって、ほとんど善人と呼べる人間としか関わっていない。一夏も、鈴も、セシリアも、千冬も、麻耶も、楯無も、そして現も。皆ドゥレムと確かな信頼関係を築き、友とも戦友とも呼べる間柄だ。

 優しく、素晴らしいIS学園の仲間達と関わり、だからこそ彼は、人の汚い部分を、邪悪な部分を知らない。純粋に他人を信じてしまう。

 

「分かった。……今度、一緒に行こう。皆でな」

 

 一夏は、笑顔で答える。その内心に、どうしようもない罪悪感を抱きながら。

 罪悪感。何故だ。

 何故一夏がそれを抱いた?

 答えは彼が人間、人類だからだ。善人だけではない。他人全てを信用するのは危険だ。喉元まで出掛けた言葉を、彼は飲み込んだ。思い返す、自身のこれまでの生涯を。悪人と呼ばれるような、そんな悪事を働いた覚えはない。人道に逸れるような事をしたことなど、一度だってない。それでも、自分は善人だろうか?その疑問が、彼の口からその言葉を吐かせることに待ったを掛けたのだ。そもそも、真の善人と呼べるような人間は、はたして本当にいるのか。

 生真面目な一夏は、思考の坩堝(るつぼ)にはまり、人の善性を語れなかった。堂々巡りの思考が与えるストレスが蓄積し、それは罪悪感となって彼を苛んだ。

 

「とりあえず、昼休みが終わってしまうぞ。速く行こう。」

 

 そんな一夏もシャルルも、知らぬ存ぜぬとドゥレムは二人を急かし食堂へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれが……目標か……。

 

 IS学園校舎屋上の一角。食堂へと繋がる道を見下ろす銀髪の小柄な少女がいた。右目が眼帯で隠されているその風貌は、珍しい髪色かつ、同年代の少女達で比べても平均よりも小さな体。それに似合わず鋭い眼差しは獲物を狙う猛獣のようで、かなり目立つ要素を持っていた。

 にも関わらず、屋上にいる数グループの女子達は、まるで彼女の存在に気付いてない。完全に気配を断ち、双眼鏡で食堂へ向かうドゥレム、一夏、シャルルの三人組にその眼光を向けていた。

 

「……ただの人の様だが……あれが本当に?」

 

 訝しげにしながらも観察を続ける。

 彼女に与えられた任務は単純明快。IS学園に入学し、自身の技術の向上。各国の代表及び候補生の実力調査。そしてドゥレム、モンスターの情報収集である。

 職業軍人の彼女からしたら、学園に入らずともIS操作の技術には絶対の自信があった。命令が降りなければ、学園になど転入しなかっただろう。が、世界各地で発生しているモンスターの脅威に対抗する手段を見いだすため、ドゥレムディラという現在最も人類に近いモンスターから、その存在を見極めようと送り込まれたのだ。

 

 彼女の名はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ代表候補生であり、ドイツ空軍軍人。

 彼女は、その冷酷な眼差しをドゥレムに送り付けていた。



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第四話:料理

遅くなりました!
日常会ですが、どうぞお楽しみ下さい!


 シャルル、ラウラの両名がIS学園に編入してから一ヶ月と少しが過ぎていた。例年通りならば、IS学園ではトーナメント形式の学校全体の模擬戦。ISトーナメントが行われているハズなのだが、今年は世界情勢、IS学園の立場的な見地から開催を見送られてしまっていた。

 しかし、世界的に見れば大きな動きがあった。まず、現在世界の四ヶ所、エジプト、太平洋、中国そしてロシアに存在し続けるモンスターである。

 エジプト、中国の砂漠を縄張りとしたテオ・テスカトル、ラオシャンロンの二頭が、自身の縄張りにある亀裂から出身する別のモンスターを討伐するのが発見された。相変わらずその二頭は、人類側から手を出さない限りには、縄張りから出ようともしないという事で、現在は副次的な防衛機構としての役割をなしている。

 太平洋のラギアクルスは、時折環太平洋に接する国の潜水艦や、海上の船から発見されることはあるが、率先して艦船を襲うことはないようである。一度だけ、太平洋上の油田基地が襲撃され、壊滅的な被害を被る事件があったが、ラギアクルスが何を目的にして油田基地を襲ったのかは不明であり、現在調査中である。

 一番問題なのは、ロシアのモスクワを中心に活動していると見られるディスフィロアであろう。この1ヶ月間一度として止むことの無い吹雪に閉ざされたモスクワの奪還作戦として、ロシア軍による三度の攻略作戦の(ことごと)くが失敗に終わっている。生存者は数える程度しか報告されていない。だが、その生存者と後衛拠点として吹雪の領域に侵入していない人員に限られ、領域内に侵入した者に関して言えば、その人数は0である。

 また新たに発覚したことなのだが、ディスフィロアの影響下であろう吹雪の範囲が、1日約10cmの割合で拡大しているらしい。このまま拡大を続けるならば、緩やかだが、しかし確実にロシアの地は、ディスフィロアの影響下に変化してしまうと見られる。現在国連では、対ディスフィロアの対策会議が連日行われていた。

 

『ディスフィロアが、目下人類最大の脅威であることは明らかである。』

 

 ロシアの臨時外務省大臣が発言をしている。あの国は、首都を突然奪われたために政治家の半数以上を失うことになり、軍部を中心に新たな国家元首、内閣大臣を選定しモスクワ奪還を目指し、日夜奮戦していた。

 一夏は、学生寮の自室のテレビで、国連速報のニュースを見ている。ルームメイトのシャルルは部屋にはいない。休日ではあるが、彼女は図書室に用があるのだと言って、朝一に部屋を後にしたのだ。

 写し出されるニュースは、やはり四体のモンスターをどうするかという話。特にロシアとディスフィロアの問題は深刻だった。

 幸いと言えるのか、ロシアと国連各国の関係は摩擦し、即刻ディスフィロアを討伐したいロシアと、あくまで慎重に事を運びたい国連とで、不安な空気が流れ始めている。この事から、ディスフィロア討伐の依頼が他国やIS学園にまで流れ込むことは無いだろうと、姉である千冬は口にしていた。しかし、それは彼の国の人々がイタズラに消耗するだけであるとも言える。

 彼には、それが胸の奥で(しこり)となってつっかえていた。

 

 コンコン

 

 不意に扉がノックされる。

 誰かと疑問に思いつつ、「はい」と答えながら彼はTVの前から腰を上げる。部屋の玄関の戸を開けると、ほんの少し頬を朱に染めた鈴が立っていた。

 

「鈴。どうした?」

 

「いや、ちょっとお昼で作った麻婆茄子が多すぎちゃって……持ってきたんだけど、食べる?」

 

 彼女の手には、可愛らしい熊の絵があしらわれた手拭いに包まれた、おそらくタッパーが握られていた。それが麻婆茄子なのだろう。一夏は「あぁ、助かるよ!とりあえず、入るか?」と鈴から麻婆茄子を受け取りながら答える。彼女もそれに二つ返事で答え、一夏に促されるまま部屋の中にお邪魔した。

 

「とりあえず適当に座ってたくれ、鈴はもう昼飯食べてきたのか?」

 

「うぅん、作ってすぐに来たから。」

 

「じゃぁ直ぐにもう1品なんか作るから、ちょっと待ってて。」

 

 一夏は、自室に備え付けられた簡素なキッチンに入り、何か料理を始める。キッチンから室内の様子を見ることは、視界的には叶わない。それにTVは点けたままだったため、声を荒げたロシア臨時外務省大臣の声が、相変わらず煩く鳴り続けている。

 

「一夏のベッド……。」

 

 二つあるベッドの内、廊下側のベッドに腰を下ろした鈴は、それが一夏のベッドであると知っていた。というのも、以前、まだ学園に箒がいた時に、箒と一夏の合い室を交換しないかと交渉(鈴にとっては)を持ちかけた際、二人の荷物の配置からどちらが一夏のベッドかを把握していたのだ。

 

「……。っ」

 

 少しならと甘い誘惑に負けて、彼女は布団に身を沈める。染み付いた一夏の臭いが、鈴の鼻腔をくすぐる。

 自身の顔が紅潮していくのが分かった。それでも、彼女はこの布団に、体を埋めることを止められなかった。まるでそれは、一夏に自分の体を包まれているような。そんな多幸感を、彼女に与えてくれた。

 ふと視界を上にずらせば、ソコには枕もあった。流石にそれは不味いと、鈴も自制心が働き掛ける。しかし、あぁそれでも、と枕に手が延びる。背徳感が、彼女の背筋をゾクゾクと撫で上げる。それがより彼女を興奮させ、その行動を過激にさせていく。

 

「りぃ~ん!」

 

「っ⁉な、何!」

 

 急に声を投げ掛けられ、鈴はビクリと体をおこしキッチンのある方へ眼を向ける。そこに彼の姿はなく、どうやらまだ作業中のようだ。

 ひとまず、彼女は「ほっ」と胸を撫で下ろした。もし見られていたらと思うと、鈴からしては肝を冷やす思いだった。咄嗟に、良い感じの言い訳は思い付かないだろう。そもそも状況が状況だ。言い訳する余地すらなかった。

 

「ごめん、廊下側のベッドの下に。折り畳み式のテーブルあるから、引っ張り出して、」

 

 言われた通り、一夏のベッドの下に手を入れれば、簡素な折り畳み式で、たたまれた足が着いた1m四方程度のテーブルが出てくる。重量は見た目に反してかなり軽く、たたんであった足を立たせてあげれば、十分な高さを持ったテーブルに早変わりする。

 

「ほいお待たせ。」

 

 そう言って一夏が持ってきたのは、大皿に移した麻婆茄子と、レタスと玉ねぎを中心にしたサラダ。彩りとしてミニトマトやコーン、プルトンが転がりシーザードレッシングが視覚的にも食欲を誘った。

 

「冷蔵庫の中に、中華に合う食材が無くてなぁ…シーザーサラダですまないけど我慢してくれ。後ご飯は?」

 

「大丈夫よ、気にしないわ。ご飯も頂戴。結構お腹すいてるみたいだから。」

 

「はいよ。」

 

 答えた一夏は、シーザーサラダをテーブルに置いて再びキッチンに戻っていく。その間に、鈴は部屋に備え付けられた、勉強机の椅子を2つ引っ張り出して、食事の用意をしていく。

 

「んじゃ、食べるか。」

 

 ご飯と箸を持ってきた一夏が席について、鈴にお椀の片方と箸を渡す。そして両手を合わせ、「いただきます」と口にする。鈴も慌てて一夏に続く。

 

「うん旨い。鈴、また腕を上げたか。」

 

 一夏は麻婆茄子を口に含み、感嘆を口にする。

 彼女はそれを聞き、「ふふん」と自慢気に笑って見せた。

 

「そうでしょう。私の酢豚、春雨スープに並ぶ自信作だもの!……あれ?このドレッシングってもしかして手作り?」

 

 一夏の用意したシーザーサラダを口にした鈴。が、そのドレッシングが、市販のものよりもほんの少しだけ薄味だったことに気が付く。

 

「お、よく分かったな。試しに油分を減らしたドレッシング作ってみたんだけど、やっぱり薄い?」

 

「ちょっとだけね。でも味は出てるし、私は大丈夫よ。シーザードレッシングって、オリーブオイルとチーズ……これはニンニクの風味?」

 

「そう、後は若干の塩コショウと隠し味のレモン汁で作るんだけど、もう少しチーズは増やしても良かったかもな。」

 

 二人は料理の話で盛り上がる。共通の話題と言えば、二人は料理であった。それは中学の時から、もう一人の友人で定食屋の長男だった五反田弾を含めた話のネタ。新しいレシピを見付けては、三人で試しに作り、食べて意見交換してまた作る。それが妙に楽しくて、三人は毎週の土日のどちらかは、その時からほとんど独り暮らしになっていた一夏の家に集まって、料理を楽しんだ。

 そんな、昔の空気を懐かしんだ一夏は不意にまた、三人で料理がしたい。そう考えてしまっていた。しかしそれを口に出すことはしない。どうしても昔を思い出せば、中学の時鈴が両親の離婚を機に中国に帰ることになったと言った、あの日を思い出してしまうから。

 

『毎日酢豚を食べさせてあげる!』

 

 当時、鈴の得意料理筆頭であった酢豚。以前は誤魔化しはしたが、一夏はその言葉に隠された意味を理解していた。正確には弾が一夏に教えたのだが、少なくとも、鈴がIS学園に転入して来たあの時、その約束の行き違いで彼女と揉めた時、一夏はその言葉のニュアンスを十分に理解できていた。

 その上で誤魔化したのだ。

 一夏は、どうしてもそうしなければならなかったのだ。だからこそ、その罪悪感で当時の話題を一夏は出せずにいたのだ。

 

「……五反田達は、元気かな。」

 

 だが鈴も一夏同様、中学時代を懐かしんでいた。彼女はどこか遠くに目線を投げ、過去を懐かしんでいる。

 

「ねぇ。今度また一夏の家で料理しましょう。弾と蘭も誘って!」

 

 蘭とは、五反田蘭。弾の妹で、一夏達の一つ下になる活発な女の子だ。

 

「……そうだな。」

 

 努めて平静を装い、一夏は笑みを浮かべながら鈴に答える。

 ぐっと押し込めた罪悪感、果たしてその罪悪感の原因はなんなのか。今はまだ、一夏しか知らない胸の蟠りとなっていた。

 

「そういえば、ドゥレムは料理とか興味あるのかしら。」

 

「ドゥレム?……どうだろう……基本好奇心旺盛だから、多分誘えば乗ってくると思うよ。」

 

 不意な話題変えだったが、一夏は内心助かったと呟いていた。

 

「そうね。でも、なんか肉ざっと焼いて、塩コショウかけて完成。なんて言いそうなイメージあるなぁ。」

 

「いやぁ、あれでアイツ以外と几帳面だから教えてやればしっかりやるぞ、多分。」

 

 二人の会話は盛り上がる。セシリアの絶望的なサンドイッチはどうやって味付けしているのか、シャルルは家庭料理とか得意そうだなだとか、ラウラは軍用レーションで済ましているのではないかとか、佐山先輩は料理得意そうなイメージがある。と、他人の話で盛り上がる。

 そうやって、とりとめもない日常が今日は過ぎていく。年相応の少年少女として、平和な時間を過ごしていた。

 

 とにかく、二人はセシリアに対する料理教室は開こうと約束したことは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 紺碧と白銀が出合った。

 すなわちドゥレムとラウラである。

 ドゥレムは、暇をもて余したランニングの途中なのだが、困惑していたのはラウラの方である。本国から、ドゥレムを観察し、あわよくば戦闘データを採取して、本国の対大型生物戦データに活用するのために活動していた彼女は、いずれ本人と接触することも視野にはいれていた。だがそれは今ではない。より多く、彼のデータを獲得し有利に交渉を行えるようにしてから行うのが本来の予定であった。が、それはドゥレムの気まぐれで見事に気泡に帰してしまった。

 彼女も彼女だ、急に何の気なしにマックスコーヒーが飲みたくなってしまい。学生寮の中にある自販機はマックスコーヒーが置いてなく、近場の自販機では売り切れ、仕方なく校舎のマックスコーヒーが置いてある自販機に向かおうとしていた。ラウラは心の中でマックスコーヒーに恨み言を呟くが、今度からマックスコーヒーは、箱で買うようにしようと決意した。

 

「き、貴様がドゥレムディラか。」

 

「えぇと。一夏達と同じクラスのラウラだったか?」

 

 互いに言葉を交わすのは、これが初めてだった。ドゥレムは、彼女を目の前にし「思ったより小さいな」と感想を抱き、ラウラも「近くで見ると、かなり筋肉質だな」等とどこか緊張感のない感想を抱いていた。

 さて、どうしたものか。

 努めて顔に出さないようにしているが、ラウラの内心は焦りに焦っていた。いや、冷静であればそれなりに自己紹介して、平然と過ぎ去れば良い。内心パニックの彼女は功を焦った。

 

「貴様の戦闘データが欲しい!」

 

「良いぞ?」

 

 しかし、彼は何の気なしに二つ返事で了承する。

 自分が口走った言葉に、『しまったぁ!』と内心発狂していたラウラは、その彼の返事を正しく飲み込むのに時間を要した。

 

「ん?……い、良いのか?」

 

「あぁ、俺は問題ないが……具体的に何をすれば良い?」

 

「え?あっ、そうだな……。とりあえず、貴様の能力を見せて欲しい。具体的にはモンスターの姿の際の運動能力に、冷気を操ると聞いた。その詳細なデータが欲しい。」

 

「なるほど。……俺は一向に構わないが、千冬の許可がいるだろうな。」

 

 そうなるだろうな、とラウラも想像していた。しかし彼女を説得するとなると、ラウラ一人では難しい。

 いや難しいの次元の話ではないだろう。門前払いが関の山。しかし、だがしかし大義名分を作れれば良い。それにはドゥレムの協力が不可避である。

 

「その件は、私に策がある。それには貴様にも協力して欲しい。」

 

「なるほど……そうだな、じゃぁ交換条件を出そう。」

 

 ふと、何かを思い付いたドゥレムは、どことなく底意地の悪い笑顔を浮かべている。ラウラも元より彼の趣旨趣向を調べて、あくまで対等な交換条件を用意するつもりだったので、大抵のことは用意できるつもりでいる。

 

「一夏に、最終的に謝罪するために1日行動を共にしてもらおう。」

 

「……な…に?」

 

 しかしドゥレムが口にしたのは、彼女の想像の範疇をかるく斜め上に突き抜けたものだった。



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第五話:呉服

お待たせしました。

ファッションセンスは汁ほどない手前でございますが、なにとぞご容赦のほどを。


 結果として、ラウラの望みは叶ったと言えた。ドゥレム本人が説得に参加した恩恵もあり、彼女は無事彼の戦闘データ収集を、公的には行えることになった。

 が、それはドゥレムの提示した条件を満たしてからのものだった。むしろ千冬は、その条件があったからこそ彼女の望みを聞き入れたのだろう。

 

「じゃ、じゃぁ行こうか。」

 

「……ふん。」

 

 1日一夏と共に過ごして、最終的に彼に謝罪する。

 それがドゥレムの提示した条件だった。そのために、日曜日に二人は、近くの街へと赴き1日を過ごすことになる。しかも千冬は、「私は貴様等が見えないところから観察している。もし失敗した場合には諦めるのだな。」と念押しされてしまった。千冬のスニーキングスキルを称賛すれば良いのか、厄介なことに千冬が何処にいるのか、ラウラには全く分からない。だが視線は感じるのだから、彼女にはたまったものではない。

 

「………………」

 

「………………」

 

 IS学園のある人口島と本土を繋ぐ道は、大きな橋とモノレールの二つがある。今二人はモノレールに乗って、席には座らず並んで立っている。しかし絶望的なまでに会話がない。互いに沈黙し、言葉のキャッチボールが行えていない。それもそうだ。二人はキャッチボールするためのボール(話題)がないのだ。

 そのまま二人は、モノレールの中で互いに沈黙したままで本土へと到着した。

 一夏からすれば、これは苦行にも等しかった。頼んでもいないのに、昨日突然千冬とドゥレムに「明日ラウラと一緒に出掛けてこい」などと言われ、更にはスケジュールプランも考えろ等と押し付けられる。当日に、本人に会ってみれば案の定不満を隠すことなく、仏頂面で押し黙り時々睨んでくる始末だった。

 

…俺、なんかしたかなぁ?

 

 内心の疑問に答える者は居るハズもない。それでも一夏からすれば、この不条理には溜め息を禁じ得なかった。

 

 

「で、何処に行くのだ?私は貴様がプランニングしていると聞いたのだが?」

 

「あ、あぁ……でもその前に、ラウラの服を買おう。」

 

「何故だ、このままでも構わないだろう。」

 

 明らかに、彼女の表情に睨みが効く。

 

「いや、その制服じゃ目立ってしょうがないだろ?それじゃぁちょっと歩きづらいしな。」

 

「………。」

 

 一夏の服装は、若干暑くなってきた気候に合わせ、涼しげな私服。それに対しラウラは、普段と同じ軍服風に改造されたIS学園の制服。正直なところかなり目立っていると言えた。

 周囲の視線に気が付き、一夏の言葉に納得した彼女は、「不服だが…仕方ない」と彼の提案に合意した。

 となれば、駅ビルの中のアパレルショップや、洒落たファッションショップに立ち寄る。

 が5分と経たず二人は駅ビルから出てくる

 

「……無理だ。あんなの私は着れない……。」

 

「そうだな……、俺も流石にあれは買えない……。」

 

 一夏は自分が提案した手前、彼女の服の代金を持つ腹積もりでいた。しかし服一着に7000円だとか12000円超えと、目が回るような金額を目の当たりにし寒気を覚えてしまう。

 ラウラもラウラで、余りにも派手かつ肩を丸出しにした服や、背中がぱっくりと開いた服。あんまりにも短いスカートだとかに眼を丸くし、それを着た自分を想像したら総毛立ってしまっていた。

 

「貴様は普段、どのような店で服を買うのだ?」

 

「あぁ、カミムラとかユニシロとかかな。」

 

 間違ってもファッションセンターシ○ムラでも、ユニ○ロでもない。同じようなものではあるのだが、ココではカミムラにユニシロなのだと了解して頂きたい。

 

「近いし行ってみるか?」

 

「…あぁ、そうだな。貴様の服を見る限り、そこまで難度の高い服屋ではないのだろう。」

 

 なかばグロッキーな彼女は、自分が身に付けることを想像できる服をせめてもと求めていた。あんな太腿を見せつけるような大胆なスカートなんて、彼女は絶対に願い下げだし、背中を露出するような服は着たくはないなと、そんな世の同年代の女子が聞いたら耳を疑いそうな本音を抱いていた。

 だが、彼女の感性から見ていても、その服を一般的な魅力のある女性が着れば、それは見目麗しいものだろうと理解できる。しかし自身が身に付けるとなれば、軍服くらいしか袖を通した事のない自分には、些か無理難題と言えた。

 せめて普通のシャツだとか、そういう手頃で何の気苦労もなく着れる服をと彼女は祈りながら、駅から五分ほど歩きファッションセンターカミムラに到着した。ラウラは、先ほどのアパレルショップとカミムラの所有する敷地面積の差に、驚愕を隠しきれずにいる。これが服専門の店と考えると、彼女は戦慄すら覚える。

 おっかなビックリ店内に入り、観察していて気が付く。ここでの客は、親子連れが大半を占めている。駅ビルのアパレルショップは、若い女性ばかりだったのに対し、ここでは老若男女問わずに商品を物色しているようだった。

 

「っなんだ、この値段の差は⁉」

 

 試しに一着の白いシャツを手に取った彼女は、その値段を見てより驚愕した。アパレルショップでは、安くて6000円は越え、処分品として並んでいたものでさえ、2000円は下らなかった。だがこのシャツは950円。その値段設定の差は、普段服に興味を示さず、買いもしない彼女ですら驚いてしまう。

 

「大手だからなぁ、とりあえず店内を見て回ろう。」

 

 一夏が先導し、店内をグルリと回る。

 結果的にラウラは、麻色のチノパンと、白地に、デフォルメされたウサギが描かれたシャツを手に取っていた。シャツは950円で、チノパンが少し高く1400円。合計で2350円(税抜き)である。

 

「ベルトはどうする?」

 

「今使ってるので十分だ。ベルトなんて、そんなに何本も要らないだろう?」

 

「まぁそうだけどな。じゃぁこれで一回会計しちゃうけど、大丈夫か?」

 

「いや待て、そんなもの私が自分で買う。」

 

「俺が無理言って服を買うんだ、良いよこんぐらい。」

 

 と、ラウラを置いて一人先にレジへと向かう一夏。彼女は彼女で、何か負けたような、そんな釈然とした気分になってしまっていた。

 少しして、会計を済ませた一夏が戻ってくる。「タグを外して貰ったから、試着室を借りて着替えると良い」と、一夏は服の入ったビニール袋を彼女に手渡す。

 

「………感謝する。」

 

 顔はそっぽに向いているが、根が真面目な彼女は、態度以外は素直に礼を口にする。

 

「おう。」

 

 恥ずかしい、ラウラは内心叫ぶ。しかし、それは怒りが起因となる羞恥。決して穏やかな物ではない。

 ビニール袋を受け取ったラウラは、彼に背を向け試着室へ踵を返す。取り残された一夏は、彼女の表情から怒りだとかそういった物を感じていたため、どうすれば彼女も自分自身も今日一日を平和に過ごせるのかを考える。

 

 

「……待たせたな。」

 

 制服から、ラフな私服へと着替えたラウラが一夏の元に戻ってくる。

 簡潔言えば、良く似合っていた。麻色のチノパンは、彼女に大人びた印象を与えるが、シャツに小さく施された赤いウサギのワンポイントが年相応の可愛らしさを匂わせる。だが、何かがおかしいと、一夏は直感した。

 素材は良い。選んだ服も、致命的に合わないなどと言うことはない。それなのに、妙な物足りなさを一夏は感じている。その原因はなんだろうかと、まじまじと彼女を観察して考える一夏。凝視されているラウラは、かなり不愉快そうに顔をムスッとさせていた。

 

「あっ、そうか。」

 

 何かを閃いた一夏は、ラウラにココで待っててと伝え、店内の散策に戻る。突然のことに彼女はどうしたのかと疑問に思ったが、とりあえず言われた通りに待っている。

 だいたい二分ほどだろうか。小さな袋を手にした一夏が戻ってくる。

 

「ベルトこれに変えてみよう。」

 

 現在彼女の腰には、黒く武骨なベルト。先ほど制服のズボンを止めていたのと同じベルトなのだが、女の子が外に出掛けるのに着けるには、些か質素な代物だった。

 対して、一夏が袋から取り出したのは、白と黒のツートンカラーで、銀色の少し洒落た金具を持つベルトだった。

 

「私は、ベルトは十分だと言ったは…「良いから良いから。」

 

 要らないと、ラウラはそのベルトを断るつもりだったのだが、一夏になかば無理矢理手渡され、そのまま試着室に押し込められる。

 ぶつくさと文句を言いながらも、自身のベルトを外して、一夏が用意したベルトに付け替える。溜め息を吐きつつ目線をあげれば、そこには姿見があった。そこに写る自分は、先ほど試着室から出た時と少し、しかし決定的に違って見えた。

 あれ?と思いつつも、彼女は試着室のカーテンを開ける。カーテンの向こうにいた一夏も、彼女を見て小さく頷く。

 

「良し、じゃあ最後にこれを羽織って。」

 

 ベルトを出したのと同じ袋から、青っぽい白いシャツを引っ張り出す。

 

 疑問を抱きなからも、彼女はシャツを受け取り、言われたままに袖を通す。長く綺麗な銀髪を、シャツから引き出し着替えを終える。

 

「うん、これで大丈夫だ。」

 

 大きく頷く一夏。

 何が大丈夫なのか気になったラウラは、振り替えって自分の姿を鏡に写す。と、彼女は驚き眼を丸くした。鏡には、職業軍人のラウラ・ボーデヴィッヒではなく、一人の女性としての、彼女自身でも知らないラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。

 

「ついでにユニシロも寄ってくか?」

 

 彼女の驚愕など知るよしもない一夏は、どこか呑気な口調で言葉を投げ掛ける。

 

「あ、あぁ…。」

 

 そうして、カミムラを後にした二人は歩いて直ぐのユニシロへやって来た。が、また彼女は困惑することになる。

 

「…こ、これは……全部同じではないのか?」

 

「いや、結構違うぜ?」

 

 細かい違い。例えば材質だとか機能性だとか、ちょっとしたデザインの差だとかを一夏はラウラに説明するが、彼女はより混乱するだけだった。何故なら、色以外の違いが彼女には分からなかったからだ。故に、何とか一夏の言葉を理解しようと頭を回転させたラウラは、少しすっとんきょうな言葉を口にする。

 

「て、ティーガーとMBTの違いのようなものか⁉」

 

「いやゴメン。それは俺が分からねぇや。」

 

 何とも言えない沈黙が、二人の間に流れた。

 しかし困ったのはラウラだ。どうにか一夏の言葉を理解しようと頑張り、その結果として出した自身の例えも。一夏は逆に分からないと一蹴されてしまった。

 彼女の顔は、みるみる赤に染まっていく。

 

「…ま、良いや。ラウラは好きな色とかあるか?」

 

「……黒だ。」

 

 ラウラの返答を聞いた一夏は、レディースのスペースへ足を向ける。

 棚には、夏向け製品!と書かれていて、何種類かの機能性衣服が置いてあった。その中の、黒い一着を一夏はラウラに差し出す。

 

「インナーシャツなんだけど、通気性、吸汗性が凄いんだ。日本の夏は湿気とか凄いから、これがあると助かるんだ。ラウラはサイズいくつだ?」

 

「……Mだ。」

 

 因みに、実際はSである。つまり彼女の虚勢である。

 

「じゃぁこれだな。」

 

 一夏は、同じ黒のシャツの中からSサイズの物を手に取ると、「他になんか必要なものは?」と彼女に言葉を掛けるが、ラウラからすれば、自発的な買い物ではないので当然といえばそうだが、特に買い物するものはない。

 そう伝えれば、彼は了解と短く答えてレジへと向かう。そうして気付けば、また彼女は一夏から贈り物を貰っていた。

 

 彼女の内心は、また敗北感に苛まれることになった。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 場所は代わり、沿岸部にある大型ショッピングモールに、二人は訪れていた。

 ひとまず、時間が時間なので昼食にしようとの一夏の提案に、彼女も同意しショッピングモール内のレストランエリアを散策している。

 

「ラウラは、好物とかあるか?」

 

「……いや、特にはない。強いて挙げるならば、確りと味のあるものだ。」

 

「軍用レーションの話じゃないんだけどなぁ。」

 

 そんなどこかずれた会話を交わしながら、並び立つレストランを見て回る。ラウラは何でも良いと言っているので、決定権は一夏にあるのだが、外食するとなると、彼の眼は厳しいものになる。

 というのも、彼は大抵の料理は自分で作れる上に、自他ともに認める倹約家だ。彼が家事をするようになってから、長年したためられた家計簿は、キャンパスノート何冊文に上ることか。故に、一夏はこと外食になるとその品質、値段を確り吟味した上で料金に対する精算が取れているかを注視する。しかしその結果、多くの場合が自分で作れば良いやと帰結してしまうため、あまり外食の経験は多くはない。

 だが、今回はそうは問屋が卸さない。ラウラが一緒だし、普段のように食材を買って自宅、もしくは自室で料理して彼女に振る舞うなど、普通に考えればあり得ない。そこまで親しいと言えない女子を、自分の領域に連れ込む事になるのだ。客観的に見て、それはアウトだろうと彼は自覚している。だからこそ、彼はレストランをそれぞれを注視するのだ。

 と、そんな彼の目に、海鮮屋が眼に止まる。それなり賑わってもいるようで、そのテナントの中には客も多いい。そして出ていく人の多くが、満足気である。漂ってくる香りは、アサリの味噌汁の匂いだろう。一夏は、確かな旨味をその香りの中から拾い上げていた。インスタント等では決してない。しっかりと下拵えをし、懇切丁寧に仕上げた味噌汁の香りだった。

 テナントに近付き、出入口の横に添えられたメニュー表を開く。少々値段は高めだったが、イチオシの特製海鮮丼が目につく。ちらりと横目で確認すると、店内を見る限りは多くの客が海鮮丼を頼んでいるようで、大きなどんぶりがテーブルの上に鎮座している。そのサイズを見る限りは、量も十分だろう。

 

「ラウラは、魚介系大丈夫?」

 

「問題ない。食品のアレルギーも、好き嫌いも私は無いからな。」

 

 どことなく自慢気に言い切る彼女に、「それは重畳」と一夏が呟き、この海鮮屋で良いかを問う。ラウラが頷くことで答えたので、ならば問題なしと、二人は店内へ入る。賑わいを見せる店内は親子連れが多く、一夏達のような若い男女の二人組は、相対的にかなり少なかいようだった。

 

「いらっしゃいませぇ!二名様でよろしいですか?」

 

 店の制服だろう。店名が背中に大きく書かれたシャツに、白い腰掛けのエプロンと黒いズボンに三角巾を頭に巻いた、高校生くらいの男の人が二人の元へ直ぐ様やって来る。

 

「はい。二名です。」

 

「ありがとうございます!二名様ご来店でぇす!」

 

『いらっしゃいませぇ!』

 

 店の従業員全員が唱和し、二人の来店を出迎える。ラウラは、今日何度目か分からないが、再び眼を丸くしている。

 

「現在、一席空きがございますが申し訳ありません、只今清掃中ですのでもう少々お待ち下さい。」

 

 と、従業員の兄さんが深々と頭を下げて二人に告げる。「全然大丈夫ですよ」と一夏が言葉を返せば、彼はお礼を告げ直ぐに片付けると二人の前を立ち去った。

 

「……おい。」

 

「ん?」

 

 待ってる間、ラウラから一夏に言葉を掛ける。その顔は驚きと、困惑に満ちていた。

 

「彼等は兵隊上がりなのか?あの統率の取れた行動、高い士気意欲、とても一般人とは思えない。」

 

「いやぁ、違うと思うぞ。さっきの人は名札にアルバイトって書いてあったし。」

 

「嘘だ。バイトであそこまでの統率行動に礼儀。とてもバイトのそれとは思えない。」

 

 彼女は言い切ってしまった。流石の一夏も、これには苦笑いを浮かべる他なかった。

 

「二名様大変お待たせいたしました!テーブルのご用意が整いましたので、ご案内させて頂きます。」

 

 彼が帰ってくることで、会話は止まる。二人は従業員のお兄さんに追従し、奥の席へと案内された。

 が、ここでまたラウラは驚く。テーブルの上が、まるで新品のように輝いていたのだ。さっきまで人が座っていたなど信じられないほどに、清潔感に溢れている。

 

「こちらメニューになります。ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押して下さいませ。」

 

「あっ、すいません。オススメとかあったら伺っても良いですかね?」

 

 しかし、そんなラウラを他所に一夏は従業員の兄さんと話をする。

 それによると、やはりオススメは表のメニュー表と同じ特製海鮮丼(1150《税抜き》)が、オススメの商品とのこと。

 

「ラウラは、何食べる?」

 

「な、何でも大丈夫だ。」

 

 一夏の問いに答えた彼女の口調には、普段の力が圧倒的に少なかった。

 

「了解、じゃぁすいません。注文もお願いします。」

 

「畏まりました!ご注文承ります。」

 

「じゃぁ、特製海鮮丼のアサリの味噌汁セットを2つで。」

 

「特製海鮮丼のアサリの味噌汁セット2つ、畏まりました!」

 

 注文を得た彼は、にこやかにお辞儀をして二人から離れていく。

 ラウラは、その様子をまじまじと眺めていた。

 15分ほどだろうか。二人の元に、料理が運ばれて来た。大盛で頼んだわけではないのに、かなり大きな丼に、色鮮やかな刺身、海老、ホタテ、赤貝、イクラが乗せられとても美味しそうである。アサリの味噌汁も、独特の香りが二人の鼻腔を擽り、その食欲を刺激する。

 

「…これが海鮮丼か。」

 

「そう、これを掛けて食べるんだ。」

 

 テーブルに置かれていた醤油を手に取る一夏。ラウラは「なるほど」と頷き一夏から醤油を受け取り、そのまま掛けようとする

 

「あっ、ちょっと待った。」

 

「なんだ?」

 

 怪訝な表情で、一夏に眼をやるラウラ。

 

「一応確認するけど、わさびって知ってるか?」

 

「……いや、知らないな。」

 

「それ、紫蘇の葉の上に乗ってる緑の奴。辛味だから先にこの小皿に移すんだ。」

 

「葉っぱの上のこれか?……そんなに辛そうには見えないが。」

 

「じゃぁ、試しにちょっと舐めてみる?」

 

 一夏の言葉を聞き「うむ」と、呟いたラウラは、ごっそりとワサビを不格好な箸で掴み、口に運ぶ。それはもう一夏が制止する間もなく、迷いも躊躇も関与する暇がない素早さだった。

 

「ーーーーーーーーー⁉⁉⁉」

 

「ば、バカ!取り過ぎだ!水飲め水!」

 

 ツゥーンとした辛味が、彼女の頭を突き抜ける。涙目で悶え、両手で頭を押さえる彼女は、経験したことの無い辛みに苛まれていた。

 

「………ふ、風味は良いな。」

 

 自分のコップの水を飲み切り、更に一夏の分まで空にしたラウラは、呟くように口にした。精一杯の強がりなのだろう。一夏は何か、申し訳ないような気分になってしまった。

 

「わさびはな、こうやって味わうんだよ。」

 

 一夏は、小皿に移したわさびを少し箸で挟み、海鮮丼のマグロに乗せ、醤油を掛けてご飯と一緒に口に含む。まだ少し涙目な彼女は、その様子を頷きながら見ていた。

 

「後はこんな感じでも良い。つか、俺は大体こうする。」

 

 と、今度は小皿に醤油を直接注ぎわさびを溶いていく。混ざり合ったわさび醤油を、直接海鮮丼に掛けて味わう。

 

「まぁ、このやり方だとわさび全部使う事になるから結構辛いけどな。」

 

「……私も混ぜよう、箸で摘まむのは難しい。」

 

「あぁ、箸の握り方が違うからな。」

 

「ん、そうなのか?」

 

「あぁ、箸はこうやってだな……。」

 

 険悪なムードは流れず、どこか兄妹のような雰囲気さえ見せる二人。しかし、まだ長い1日は始まったばかりなのだ。

 

 

 

 後半に続くんじゃよ。




ご報告。

私、期間未定の入院をすることになりました。
お待ちしてくださっている皆様には、大変申し訳ございませんが、次話の投稿が少々遅れることと思われます。ご迷惑お掛け致しますが、どうかご容赦の程、お願い申し上げます。


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第六話:神隠

ただいまぁぁああ!!!

そしてお待たせしてすんませんしたぁぁっっ‼


「旨かった。」

 

「うん、良いネタ使ってたな。アサリの味噌汁も絶品だった。」

 

 海鮮屋から出てきた二人は、とても満足していた。オススメと云うだけあって、海鮮丼の具はどれも新鮮で、旨味を確りと抱いた味だった。卓上にあった自家製醤油がこれまた絶品で、思わず一夏は、一本700円もする醤油を買ってしまっていた。自分の固い財布の紐をほどかせたのだ、この醤油は間違いなく本物だと、一夏は確信して疑わなかった。

 そしてなによりも、アサリの味噌汁。これが一夏にとって最高の一品だった。アサリの旨味に味噌の風味、どれをとっても不満が浮かばないほど、一夏はあの味噌汁に惚れ込んでいた。

 海鮮屋大旗(たいき)。一夏は、鈴と蘭、弾を連れ、またこの店に来ることを内心静かに決心した。

 

「それで、次はどうするのだ?」

 

「まぁ、このショッピングモールの中で買い物かな。そうじゃないなら、ゲーセンか映画。とりあえず、ゆっくり見て回ろう。」

 

 二人はまず、映画館に足を運んだ。映画を見るなら、先に何を見るか決めて、チケットを取っておく事にしたのだ。ラインナップとしては、邦画が三本、洋画が四本であった。洋画はアクション物三本とミステリーで、邦画は良くあるアイドルを起用した恋愛物二本に、ホラー映画だった。

 

(ホラー映画は勘弁してくれよぉ)

 

 なんて事を一夏は内心願っているが、対してラウラは、祖国を発つ前に自身の部下であるクラリッサの言葉を思い返していた。

 

『隊長、かの国に降り立ったならば、是非とも日本のサブカルチャーにも触れて頂きたい。特にアニメやマンガ、ライトノベル……それにジャパニーズホラーは是非一度見ていただきたい!(その見ている様子を、叶うことなら横から眺めていたい!やべっ…想像したら涎が…)』

 

 何故だろう。自分を敬愛してくれる、家族のような優秀な部下を思い出しただけなのに、彼女は寒気が止まらない。

 ひとまずラウラは、邦画の恐怖映画である、『神隠し』を一夏に提案する。

 さぁ、ホラーは勘弁と願っていた一夏からすれば、最も見たくない映画の一つ。近年、欧米と同じようなパニックホラー化していた日本の恐怖映画だが、『神隠し』は原点回帰を銘打ち、精神的に来る恐怖、スプラッタ表現一切無し。だが、今世紀最大の恐怖と宣伝している。しかし、その評判は最悪だ。というのも、怖すぎるからである。

『この映画のせいで、一人で個室トイレに入れなくなりました(29歳女性)』

『毎晩毎晩、映画の夢を見るせいで、寝起きが最悪です(42歳男性)』

『見る価値はある、しかし一生恐怖を背負う必要がある。(映画評論家)』

 ホラー映画とすれば、この反応はむしろ好評価なのだろうが、いくらなんでも見たくなくなる。大の大人が一人でトイレに行けなくなったり、毎晩うなされたり、とても尋常とは思えない。一夏からすれば、なんとかしてこの映画だけは避けたいところだった。

 

「どうした、チケットを買わないのか?」

 

 しかし、ラウラはもう列に並んでいる。小首を傾げ、一夏の事を待っていた。が、青ざめた一夏の顔を見て察したのか、彼女は悪い笑顔を浮かべる。

 

「なんだ、怖いのか。そうかそうか。じゃぁ仕方ないなぁ、別の映画にするか?」

 

 今世紀最大のドヤ顔。

 そう銘打っても差し支えない、良い顔をしてラウラが一夏をからかう。当然一夏も男だ、妙な反抗心に燃えて、「怖くなんかねぇ、映画なん屁でもない」と意地を張り、列に参入する。

 流石に休日ということもあり、かなり長蛇の列だ。家族連れやカップル、熟年夫婦にご老人。老若男女問わず多くの人々が、これから観る映画に胸を踊らせていた。五分ほど経ち、二人がレジの前にやって来る。レジの数は五つ。その真ん中で、一夏達はチケットを購入する。

 

「いらっしゃいませ。本日はどちらの映画をご希望ですか?」

 

「神隠しで。」

 

 違和感を覚えた。一夏が『神隠し』の名を口にした瞬間、突然音が消えたのだ。さっきまで、五月蝿いくらい喧騒が響いていたのに、喋り声がしない。

 

「いやぁっ!もうやだぁ!」

 

 突然の悲鳴。驚いてそちらを見れば、大学生のカップルだろうか、女性が頭を抱え半狂乱になっていた。男性の方が、「大丈夫、俺たちが観るわけじゃないから!」と彼女を落ちつかせようとしている。しかし、その表情は真っ青だった。

 良く良く見れば、体を小刻みに震わせ、恐怖と戦っている者。泣き出す者。連れ添い人に抱き付く者。多種多様だったが、皆一様に怯えていた。

 異常と云う他ない。

 

「か、神隠しですね。お時間の方が、六時からの上映に限定されていますが、よろしいですか?」

 

 店員の案内に反応し改めて、一夏は映画の上映予定を確認する。神隠しは夕方の六時からのみ。上映終了が八時となっている。気になるのは、神隠しの上映予定はその一回だけだった。前の時間も予定無しで、明日も明後日も、ずっと夕方の六時固定のようだった。もし、これも演出の一つなら、趣味が悪いと云う他ないだろう。

 

「では、座席をお選び下さい。」

 

 レジの横のディスプレイに、シアターの座席が映し出される。が休日にも関わらず、一つも埋まっていない完全な空席だった。それがより一層、不気味さを冗長するようだった。

 

「お、空いているなぁ。さて、何処にするか……。」

 

 暢気にラウラは、座席を選んでいる。やがて、何故か右端の上から五段目という中途半端な席を選んだ彼女。当然俺達は隣同士だ。

 レジを後にし、六時まで何をするかとラウラが話す横で、思いきって尋ねてみた。何故、あんな中途半端な席を取ったのかと。

 

「……そういえば……何でだろうな。」

 

 彼女も、指摘されて初めて気が付いたらしい。全部空席だとは分かっていたのに、何故か他の席は選べなかった。その理由は、彼女自身も分からなかった。だが、「さして気にすることでも無いだろう」と彼女は言い切り、ショッピングモールの中を散策していく。

 やがて時間が迫り、二人は映画館へと足を伸ばす。ラウラが、NO MORE映画泥棒に面食らったりしていたが、午後六時きっかりに、『神隠し』の上映はスタートした。

 そして八時。寮の門限まで残り一時間というタイミングで、二人は映画館から出てきた。

 映画が始まる前、始めて観るホラー映画に、少しばかり心踊らせていたラウラと、前評判からかなり気の沈んでいた一夏だったが、出て来た二人は入った時と一変していた。

 ラウラよりもダメージの小さかった一夏ですら、顔面蒼白で生気の抜けた眼をしている。ラウラに到っては、一夏の腕をギュッと掴んみ、目を固く閉じたまま一夏を頼りに歩いている。

(因みに、気配を消して一夏とラウラ二人を監視していた千冬も、追跡する身の上から神隠しを観賞したのだが、二度と見ないと吐き捨て、しばらくの間不眠症に悩まされることになる。)

 

「ら、ラウラ。大丈夫だよな、居るよな?」

 

「…大丈夫、だ。絶対に、…絶対に離さないから、お前も私から離れないでくれ……。」

 

 まだ明るいショッピングモールから出てもいないし、自身の腕に抱き付いているラウラの存在を確認するところを見るに、一夏も相当参っているのだろう。二人は、時間も時間だからとこのままIS学園に直通のモノレールに乗るため、歩いて10分程度の駅へと向かうことにした。ラウラは、宣言通り決して一夏の腕から離れない。

 と云うのも映画『神隠し』は、その名前の通り登場人物が一人、二人と次次に失踪していくのだが幽霊が出てくるでも、残酷な描写があるわけでもない。ただただ消えていく。主人公である二人の警察官は、連続失踪事件として真相に迫るが、判ったことは人間の仕業ではないということ。『神様』と呼ばれる存在の気紛れで、崩壊していく人の心をただただリアルに描いていた。最後には、主人公の残った1人が老人となり、『神隠し』の真相をその身で味わうというのがオチ。後味のすこぶる悪い映画というのが、一夏とラウラ。それに千冬の率直な感想だった。

 

「日本の映画は……こんなにも趣味の悪いものだったのか……。」

 

「コレは特殊な例だ、今度となりの○トロを見よう。」

 

 ラウラの、間違った日本映画観をこのままにしてはいけないと、一夏は決意を新たにした。

 二人は、そのまま口数少なくくっついて歩いている。駅に着き、モノレールを待つ間も会話はない。ただ、ラウラは一夏の腕から離れはしなかった。

 この時、彼女は今回の目的をすっかりと失念していたらしい。ただただ不安で、一夏に抱き付いていないと、どちらかが神隠しに会ってしまうのではないかと、本気で怖がっていた。つまり、一夏に謝罪しなければいけないという条件が、すっぽりと頭から抜け落ちていたのだ。

 そのままやって来たモノレールに乗り込み、何事もなくIS学園まで戻ってきた二人は、各々の自室にそのまま戻っていく。

 

「あっ、一夏お帰り。」

 

 自室に戻った一夏を出迎えたのは、何故かスカートを穿いたシャルルだった。その顔は少し赤く、立派な胸の膨らみもあった。一夏がラウラと出掛けていた間に、何かあったのは確実だろう。そう、シャルル・デュノアは本当は女性だったのだ。彼女は、一夏にどんな反応をされるか、内心ビクビクして過ごしていたのだが、一夏は「ただいま。」と短く答えただけで、そのまま布団に倒れ込んだ。

 

「え?…あ、あの一夏。わ、私の格好見てなんか言うことない?」

 

「ゴメン。明日起きたら全部まとめて突っ込み入れるから、今日は休ませて。」

 

「え、……えぇ…。」

 

 シャルル。否、シャルロットは自分が不安に思っていたのが馬鹿らしくなるような一夏の態度に、思わず言葉を失ってしまっていた。

 

コンコン

 

 だが、急なノックの音に一夏はガバッと反応する。シャルロットはシャルロットで、今の自分の格好を見られるのは、一夏にとって良くないと悟り、急いで布団に飛び込みスカートを隠す。一夏も、そのシャルロットの様子に頷きつつ、玄関へ向かう。だが、彼のその内心は映画のせいで妙な緊張感に苛まれていた。

 ドクンドクンと、心臓が早鐘を打つのを一夏は感じながらドアノブに、ゆっくりと手を掛ける。

 

「……その、織斑一夏……。」

 

 ソコには、灰色一色の寝巻きに着替えたラウラが佇んでいた。一夏は直ぐに「どうした?」と尋ねると、彼女はとんでもないことを口走る

 

「……映画が頭から離れん。その…一緒に寝てはくれんか?」

 

「えぇぇぇっ⁉」

 

 一番早く、一番先に驚いたのはシャルロットだった。あの一夏大嫌いです感全開のラウラが、なんだその可愛らしい台詞はと目が飛び出さんばかりに仰天していた。

 

「あ、あぁぁ。だけど俺と同じベッドじゃなくて、シャルルと同じベッドの方が良いだろう。」

 

 一夏は何を言っているのかな⁉

 シャルロットは、声に出掛けた言葉をグッと飲み込む。しかし、今ラウラが女子の格好をしているシャルロットを見ればどんな反応をするのか。

 部屋に入ってきたラウラが、小柄な体で枕を抱き締めながら入室する。シャルロットは、それを少し青い顔で見守る。

 

「しかし、何故デュノアの方なのだ?」

 

「シャルルは実は女の子だったみたいだからな。」

 

「なぁんで、そんなホイホイ喋っちゃうんですかねぇえ一夏さぁん⁉」

 

 無神経等では説明できない理不尽が、彼女の秘密を事もなく晒した。だがラウラは驚いた様子もなく、「なんだ、バレたのか?」と事も無げに云う。

 

「ウェッ⁉知ってたの⁉」

 

「ドイツ軍の諜報力を嘗めるなよ。男のIS適合者となれば、その身辺を徹底的に調べ上げるに決まっているだろう。」

 

 自慢気に言い切りながら、ラウラはシャルロットの布団にもぞもぞと入ってくる。シャルロットはシャルロットで、自分の努力が最初から無駄だったのだと気が付き、涙目で落ち込む。

 

「というか、ラウラはなんで此方の部屋なの?ルームメイトと一緒に寝れば良かったんじゃ?」

 

 シャルロットは、もっともな疑問をラウラに投げ掛ける。

 

「……居ないのだ。私達が編入する前に退学してしまい、実質1人で部屋を使っていたのだが……映画の恐怖が頭から抜けん……。」

 

「……一夏、いったいなんの映画みせたの?」

 

「俺じゃねぇ。ラウラが見たいって言ったんだよ。神隠しっていうホラー映画。」

 

「一時期話題になった作品だね。そんなに怖かったの?」

 

「「怖かった」」

 

 コレは相当のものだったのだろうと、シャルロットは察すると、ラウラがシャルロットの胸に顔を沈め、抱き付いてくる。

 

「ウェッ⁉ら、ラウラ⁉」

 

「すまない……何処にも行かないでくれ。私を行かせないでくれ。」

 

 完全にトラウマと化していた。だが、だがしかし、シャルロットはそのラウラの行動を外面は母性的に優しく抱き締め、「大丈夫だよ」と声を掛ける。では、その内面を少し覗いてみよう。

 

 あぁ~、可愛いんじゃぁ。もうマジ無理、私の娘にする。

 

 ………はい。

 朗報(?)シャルロット・デュノアが母性に目覚めました。




無事退院しましたが、期間が長かったために携帯契約切れてて焦ってました。

とりあえず、またのんびり再開しますので、これからもご贔屓のほどよろしくお願いいたします‼


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第七話:父親(前編)

書き溜めはあるんで、そのまま連投です


「で、なんで女の子の格好⁉つかマジで女の子なのかよ!」

 

 朝起きた3人だが、一夏は朝から元気が大変よろしかった。今の言葉は、目が覚めたシャルロットに対しての慟哭であった。

 

「うるさいぞ一夏。朝から元気というのは結構だが、叫んでは迷惑だ。」

 

 寝ぼけ眼のシャルロットの膝の上で、抱き締められているラウラが、腕を組んで偉そうに注意する。そのせいで彼女の態度と状況のギャップが、彼女の体格の小ささを強調し、一夏の目から見ても可愛らしかった。

 

「アハハ……まぁ月曜の朝から元気だってのは良いことだと思うよ。……で、一夏の質問なんだけどね、そう、私の正式な性別は女性。デュノア社の命令で、織斑一夏の調査にやって来たの。」

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 時間は先日の昼間、一夏とラウラが海鮮屋大旗で海鮮丼を頼んだ頃合いだった。

 IS学園の食堂に、いまだ男装していたシャルロットは、その足を運んだ。自室に1人でいたのに飽きた訳ではない。そもそも、彼女にとっては一夏の出掛けた休日の自室など、その目的からすれば絶好の機会だった。隠しカメラを設置したり、過去の一夏の戦闘データを全てつぶさに観察したりと、出来ることは幅広い。だが、自分していることの後ろめたさや、罪の意識に耐えきれなくなり、気分転換に食堂にやって来たのだ。

 

「あら、デュノアさんも昼食ですの?」

 

 そんな彼女に声を掛けたのは、書類の束を脇に挟み、手に持つお盆にはBLTサンドとアイスコーヒーのセットを乗せたセシリアだった。

 

「あ、うん。僕も少しお腹が減ってきたから。」

 

「よろしければご一緒しませんか?席は私が確保しておきますので。」

 

 セシリアの提案を、シャルロットは快く受け入れて、ひとまずカウンターへと向かう。さて、何を食べようかとメニューを眺め、特に思い付かなかった彼女は、セシリアと同じサンドイッチとコーヒーのセットを頼むことにした。

 

「おまたせ。」

 

「デュノアさんもサンドイッチセットですのね。」

 

 セシリアは、眺めていた書類から目線をずらしシャルロットに笑顔を向ける。

 

「うん……。オルコットさんは、なんの書類見てたの?」

 

「あぁ、ここ一週間の私の射撃訓練データに今確認されているテオ・テスカトル、ラオシャンロン、ラギアクルス、ディスフィロアのデータと過去のモンスターのデータですわ。」

 

 事も無げにセシリアは云うが、そのデータ量は多い。紙の書類は400枚近くはあるだろうか?それとプラスで、タブレットでの電子上のデータも確認しているのだから、大したものだとシャルロットは感嘆する。

 

「オルコットさん凄いね、そんな沢山の情報を捌くなんて。」

 

「スナイパーには、情報は命ですわ。敵を知らば、百戦危うからず。誰の言葉だったかは忘れてしまいましたが、正にその言葉の通り、敵を知らなければ的確な狙撃は行えません。……ですが、モンスターに関しての情報はいまだ満足とは言えませんね。こう目を通してはいますが、どれも予測や希望的観測ばかりで、身になる情報と言えるものは数少ないのが現状ですわね。」

 

「そうなんだ。……でも、モンスターの行動って、モンスターハンターっていうゲームに出てくる同種のモンスターに近い行動をするんでしょ?じゃぁそのゲームでも練習になるんじゃ?」

 

 シャルロットの疑問に、セシリアは首を振って否定する。

 

「現実に現れたモンスターは、全てゲームとは比較にならない速さを持っています。それに、IS戦では空中戦がメインになるのに対して、ゲームでは地上戦止まりなのが現実です。そのせいで、ゲーム内の行動もそれほど参照に出来ないのです。」

 

「そうだったんだ……。」

 

 シャルロットは、机の上の束の1つ、『ディアブロスについて』という書類に目を通してみる。

 エジプト陸軍所属ISパイロット四名(ディアブロス出現地のエジプト陸軍基地)、国連所属ISパイロット二名が死亡。ISコア計六つが破壊。現地陸軍、国連派遣軍壊滅。現地住民含み、総死傷者数21,541名(内8724名が軍属)。

 痛ましいまでの記録が、その書類には記されていた。世界的にも、初めてのIS搭乗中のパイロット死亡。IS誕生から初めてのISコアの破壊と、世界に与えた衝撃は小さいものではなかった。そのせいで、モンスター信奉宗教などと称される宗教団体が、世界中でその勢力を広げるようになった要因とも云える。討伐者は、ロシア国家代表更識楯無と、IS学園管理下ドゥレムディラと書かれている。作戦記録も観るに、かなりの強敵なのだとシャルロットにも理解できる。

 

「やっぱり、モンスターって強いの?」

 

「そうですわね……一部例外を除いて、単純な攻撃力の面で言えば近代兵器の方が優れていますわ。今デュノアさんが手に取られているディアブロスも、確かに単独がもたらした被害は甚大ですし、その攻撃能力は驚異の一言に突きます。しかし数値上で見れば、ディアブロスの持つ戦力はIS換算で1.5。いえ、絶対防御がないことを鑑みれば、一機相当が妥当でしょう。しかし…」

 

 そこで、セシリアは一拍置く。ディアブロスを表現するのに、適した言葉を探っているのだ。

 

「そうですわね。本能の面で、私達とモンスターでは大きな差があるように感じます。」

 

「本能?」

 

「えぇ、『戦う』という行為に最適に進化した生物郡。それがモンスターなのかもしれません。ISという鎧を、差も当然のように突き穿つ戦闘能力には、そういう根本的な部分の力を感じますわ。」

 

 セシリアの言葉には、確かな重みがあった。実際にモンスターと対峙し、その力を時かに感じたという、経験から来る重みだ。

 

「ではどうするか。私達人類は知恵に頼り、モンスターと対峙するのです。そのために彼等の性質を調べ、予測し、対策して万全に備えてモンスターと戦うべきなのでしょう。だからこそ、ちょっとした予測でも私は吸収しますわ。」

 

 膨大な資料と格闘するセシリアは、シャルロットにとって余りにも眩しすぎた。有事に備え、いざという時にすぐ動けるように彼女はなっているのだ。対してシャルロット自身はどうか、父親の、会社の命令と言えどその行いは、決して胸を張れるものではない。今すぐ、自身の秘密をうち明かし、断罪してほしいと願う欲求すら、彼女を襲っていた。

 だがそれは出来ない。欲求よりも、恐怖が勝っていたのだ。なんの成果も得られないまま、デュノア社に戻ればどうなるか。自分が女性だとうち明ければ、母国の刑務所に連行されるだろう。それが、シャルロットにとっては怖かった。母を亡くし、唯一残った父とも関わりは少なかったが、彼からの信用を失いたくなかった。義母からの叱責や罵詈雑言を、再び浴びたくはなかった。まだ16の身の上で、刑務所になど入りたくはなかった。故に、彼女の口は固く閉ざされているのだ。

 

「あら、珍しい二人組ね?」

 

「こっちも、あまり言えないだろうがな。」

 

「ハハッ、ドゥレム君の言うとおりだけとね。」

 

 次いで食堂に現れたのは、お盆に南蛮漬け定食を乗せた鈴と、日替わり定食(コロッケ)のドゥレム。そして麻婆豆腐定食の現の3人だった。

 

「あら、鈴さんにドゥレムさんもお昼ご飯で?」

 

 セシリアは、テーブルの上の書類をひとまず片付け、3人が座れるスペースを作る。

 

「そうよ。でもセシリアはそろそろ食べ終わっちゃう?」

 

「いえ、私ももう少しゆっくりしていきますのでご一緒させて頂きますわ。あと、……あの、こちらの方は?」

 

 隣に座った鈴の言葉に、にこやかに答えるセシリアだったが、現とは初対面であった。当然シャルロットもだ。

 

「初めまして、佐山現よ。確かセシリア・オルコットさんと、シャルル・デュノアさんだよね?二年生だけどヨロシクね。」

 

 現の自己紹介に、セシリアとシャルロットが答え、全員が着席する。

 

「佐山先輩って、もしかしてIS開発コンテストで受賞した佐山現さんですか?」

 

 とシャルロットが訊ね、何故か鈴が自信満々に答え、現が「アハハ」と恥ずかしげに笑う。すると、セシリアが現に自身の射撃データを見て欲しいと現に頼む。

 「専門じゃないけど…」と前置きしながらも、現はそのデータに目を通す。

 

「……かなり、ブレてるね。」

 

 開口一番、現は口にする。その表情は普段の柔和な雰囲気ではなく、技術屋として顔になっていた。

 

「ハイ。実弾訓練を始めてそれなりになりますが、どうも収弾率が悪く結果として命中率も下がっています。」

 

「これは……オルコットさんの腕というより、ドラグノフの方が問題かも。この後も訓練?」

 

「はい。」

 

 セシリアの返答に、自身のメモ帳を確認する現。予定に問題がなかったのか、「うん」と頷き自身がその訓練に同伴する事を提案する。SVD-ドラグノフISカスタムを調整しながら、セシリアに実射して欲しいそうだ。それをセシリアは、願ったり叶ったりだと喜び、是非と頭を下げる。

 

「でもドラグノフとは渋いね。確かにISカスタムで攻撃力は上がってるけど、ISで運用するなら対物ライフルの方が攻撃力はあるでしょ?」

 

「えぇ。ですが、今までレーザー兵器の無反動射撃に体が慣れてしまったせいで、反動の強い武器では連続した射撃には、些かの問題がありまして。」

 

「反動の抑えられるものから慣れていこうって訳ね。確かに、それも良いかもしれないね。」

 

 等と二人は話している。その間ドゥレムは黙々とコロッケ定食を食べているのだが、鈴から持ち掛けられた南蛮チキン一切れと、コロッケ一切れの交換要求を持ち掛けられ、それに応じていた。とすれば、セシリアと現も話に一息吐いたため、五人は世間話に会話の内容はシフトしていく。

 やれ、今日本で流行っている服は何だとか、それぞれの母国ではどんなものが流行しているだとか、年相応の女の子らしい会話が飛び交う。結局、国家代表候補生と言えども、その実齢15,6の少女達なのだから当然その手の話題は大好物である。後は色恋話にも飛び火し、鈴とセシリアが一夏の朴念人ぷりに気分を落としたりと、中々に楽しい昼食の時間を過ごしていた。

 だが、不意にドゥレムが口を開く。

 

「シャルルはあれだな……どちらかと言えば女子寄りなんだな。」

 

 ビクッと、シャルロットは体を震わせる。何か探りを入れたわけではないし、狙いがあるわけではない。ただただ思った事をドゥレムは口にしただけなのだが、シャルロットにはその言葉だけで致命的な恐怖を感じさせた。

 

「まぁ、確かにシャルルってぶっちゃけ一夏よりも話易い時あるわよね。」

 

「ええ、聞き上手なのでしょうね。本国の方では相当異性に好かれていたのではないですか?」

 

 鈴とセシリアの、思わぬの助け船にシャルルは乗っかり、違和感なくこの場をやり過ごそうと努める。

 

「そ、そうだと良かったんだけどね。実際には相談されるだけで、色恋沙汰とはさっぱりだったよ。」

 

 シャルロットの言葉に、鈴とセシリア、現の三人が「なんとなく分かる」と同意しているが、ドゥレムが再び口を開く。

 

「いや、それだけじゃなくてな……時々、女子から匂う血のっ「ドゥレム君。それ以上はデリケートな問題だから二度と口にしないでね。」

 

 ドゥレムの言葉を遮り、半ば掌底染みた勢いで彼の口を塞いだ現。その表情は笑顔だが、影のある怖い笑顔だった。鈴とセシリア、それからシャルロットも思わずドゥレムを引いたような目で見ている。

 

「ドゥレム……知らないとはいえ、匂いとか、それにその血の匂いってまさかアンタ。」

 

「ぶっちゃけドン引きですわ。」

 

「……流石にそれは酷いよ。」

 

 ドゥレムは、自分の失言がここにいる女子を全て敵に回しかねない物だったと気が付き、すぐに謝罪する。

 

「そんなに大変な問題だったのか……知らなかったとはいえ失礼した、申し訳ない。以後似たような発言は控えると約束する、どうか許して欲しい。」

 

 まぁ反省してくれているならと、ドゥレム以外の四人が妥協する。知らなかったから仕方ないと、彼女達は云うしかないのだ。これが仮に一夏だったりしたら。鈴の部分展開ISパンチや、セシリアの零距離狙撃、シャルロットのシールドピアーズの刑に処されている可能性は濃厚だった。

 

「で、シャルル……掘り返したくは無いけど、今のドゥレムの発言はもしかして……。」

 

 鈴が、始めて疑惑の眼差しを彼女に向ける。セシリアもそうだ。その眼差しが、シャルロットには些かキツかった。後ろめたさがあるから、余計にそう感じたのだろう。我慢できず、彼女は口を開く。

 

「うん。実は、私は女の子なんだ。」

 

 重々しく、シャルロットは語り始める。自分が本当はシャルル・デュノアではなく、シャルロット・デュノアなのだと。そして、デュノア社社長の父と、愛人の間に出来た隠し子である身分。経営が傾き、回復の兆しがない会社のために、自分に男装させて一夏に取り入るためにIS学園に送り込まれた産業スパイであること。歯止めが効かなくなり、気付けば父とはまともにコミュニケーションを取れておらず、義母とは不仲である事。実の母は既に亡くなっているという話を、涙を流しながら彼女な語る。

 鈴はもらい泣きをし始め、セシリアもシャルロットのその立ち位置の危うさに、思わず同情を隠しきれず、現は、そのまるでドラマのような悲運の彼女に、打開策を模索していた。

 

「でも、これでバレちゃったから……ぼ、いや私は皆とお別れしなきゃ。」

 

 始めて、ドゥレム達の前で本来の一人称を彼女は使う。その表情は絶望が彩っていたが、まるで、胸のつかえが取れたような、そんな清々しさと抱いていた。が、我慢できなくなった鈴がテーブル越しにシャルロットを抱き締める。

 

「そんな事言わないでよ!何とかしなきゃ!そんな理不尽に……これ以上滅茶苦茶にされる道理はないよ!」

 

「そうですわ、手はあるハズです。少なくとも、IS学園に席がある間は他国の干渉は受けない決まりです。在学中になんとか手立てを見付け出さなければ。」

 

「そうだね……でも少なくとも、学園側にも協力してもらう必要がある。今日は織斑先生は居るのかな?」

 

 鈴、セシリア、現が語る言葉は、諦めていたシャルロットとは違い、前向きに事態を解決しようとする物だった。だが、その優しさが彼女には、苦痛のなっていた。

 

「大丈夫だよ。そんな事することないよ……止めてよ、こんな私に優しくしないでよぉ……。」

 

 止めどなく涙が零れる。自身の後ろめたさが、彼女を暗い底へ誘おうとするのだ。それは拒絶となり言葉に現れる。ただその言葉は弱く、抱き締める鈴を払う力すら出ない。

 

「シャルロット、お前がそのままで良い。俺達と離れ離れになっても平気だと言うのなら、きっとお前は平気なのかもしれない。」

 

 平気なわけない。シャルロットは思っても口にはしなかった。言えば、彼等はきっと力を尽くす。どうにかなるんじゃないか?という淡い希望を抱かせられる。もし、その希望が叶わなかった時の絶望を、彼女は恐れたのだ。

 だが、ドゥレムは続いて言葉を紡ぐ。強い意思に象られた、強固な言葉を

 

「だが、俺はそれを許容しない。お前を1人にさせない。お前を俺達から離れさせない。例えお前がそれを我慢できると言おうが、俺達はそれを否定する。暗闇に向かい、離れていくその手を離すものか。何故なら友だからだ。愛すべき隣人だからだ。そのような、お前が絶望するだけの場所に、俺達は決して行かせはしない。」

 

 ドゥレムの紅い眼が、シャルロットを射抜く。揺るぎない決意と意思に彩られたその瞳は、シャルロットの意思など関係ないと、悠然と物語っていた。

 

「ドゥレムさん……少し、言い方を考えましょうか。」

 

 と、セシリアがため息混じりに口にする。

 現も、呆れた表情でセシリアに同意するように頷く。

 

「…何か、おかしかったか?」

 

「なんかこう…、少女マンガに出てくるウザイ俺様キャラみたいだったよ。」

 

 ドゥレムの呟きに、現が指摘するとうぅんと、ドゥレムは唸り思巡する。

 

「じゃぁそうか、こう言えば良いのか!シャルロット、俺はお前と離れたくない。一緒に居てくれ。」

 

「ウェッ⁉」

 

 ドゥレムの簡潔な言葉に、涙目だったシャルロットの顔は一気に真っ赤に染まる。そして、セシリアは怖い笑顔を浮かべドゥレムの肩に手を置く。

 

「ドゥレムさん?私以前言いましたわよね。その愛の告白を思わせ振りな話し方はお辞めになった方がよろしいと。」

 

「え?いや、セシリア肩が痛いんだが。握力上がってないか?いや、本当に痛いんだがあっ⁉」

 

 ギリギリと音が出るように、セシリアの細い指がドゥレムの肩に食い込む。人の形をとっている以上、ツボを的確に刺激すれば、いかにドゥレムであろうとその激痛に顔を歪める。

 

「プッ、…アハハ、アハハハハッ。」

 

 その様子が可笑しかった。シャルロットは我慢できずに破顔し、笑いが止まらなくなる。

 セシリアは手の力を緩めず、シャルロットに視線を向け、現も鈴も彼女に注目する。ドゥレムは肩の痛みに悶絶しているままだが。

 

「ドゥレムはアレだね。セシリアにも似たような事言ったのかな?」

 

「はい。あの時は一瞬ドキリとしましたが、冷静に考えればコレがそんな気の利いた言葉など使うはずがありませんし。」

 

 セシリアが、ドゥレムを見下すその瞳は冷淡であった。

 

「そうだよね。あんな真っ直ぐ言われたら、一瞬でもビックリするよね。でも言ったのが常識はずれのドゥレムだからね、危うくその気にさせられる所だったよ……。」

 

「ちょっ、コイツは辞めときなさい⁉見てくれは確かに良いけど、常識はずれだし、良い奴だし最高の友人だけど、多分恋仲とか成ったら尋常じゃない苦労するタイプよ?」

 

 慌てて鈴が指摘するが、シャルロットは頷き「大丈夫」と口にする。

 現は端から聞いてて、酷い言われようだなぁと苦笑していた。

 

「うん鈴、セシリア、佐山先輩。そしてドゥレム。お願い私を助けて下さい。」

 

 シャルロット自身も覚悟を決め、四人に頭を下げる。四人は「任せて」と力強く答えた(ドゥレムの声だけ、少し弱々しかったが、さして問題ではないだろう)。





前後編です。
ぶっちゃけ4000字前後で手頃に読めるのを目指してるんですが………。


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第七話:父親(後編)

 が、ドゥレムは不意に思い出した。

 

「そうだ、今千冬は一夏とラウラの後を追っているんだ。」

 

 食堂から出て直ぐのドゥレムの言葉に、鈴も一夏がラウラと出掛けるとか言っていたのを聞いていた。その後を追うとはどういう事かとドゥレムに訊ねれば、事の経緯を簡潔に説明する。

 

「ラウラに謝罪させるためねぇ……。しかも一夏にはなにも説明せず…。ドゥレム、アンタも世俗に染まってきたわね。」

 

「ハッハッハ。二人が良好な関係を築ければ重畳だが、その上で面白おかしくアレば尚良しと。」

 

 呆れたような鈴言葉に、軽く笑いながらドゥレムは事も無げに答える。

 

「ホント、良い性格してるわアンタ。で、織斑先生がいないなら誰に相談する?」

 

「山田先生はどうでしょう?私達の副担任ですし、織斑先生にもスムーズに情報が共有できるかもしれません。」

 

 鈴の言葉に、いの一番で答えたセシリアの提案に全員が同意して、ひとまず麻揶がいるであろう職員室へと一路向かう。

 ちなみに、事の優先順位を鑑みて、セシリアと現のドラグノフ調整作業は、また後日と相成った。

 学生寮の食堂から、本校舎職員室までおおよそ五分くらいの道のりを踏破し、五人は職員室前までやって来た。

 まず、セシリアが職員室の中から麻揶を探しに入室。だが結果は振るわず、職員室内に彼女は居なかった。他の教師に訊ねたところ、会議室で明日行われる予定の職員会議の準備に当たっている事がわかり、五人は会議室に改めて向かう。

 

「山田先生、いらっしゃいますか?」

 

 会議室に到着すると、再びセシリアが会議室内を確認する。小柄な体躯に緑の髪。特徴的な麻揶の姿が、会議室で1人黙々と作業をしていた。セシリアの言葉に気が付き、顔をあげた彼女は、普段の調子通りに朗らかで、優しげな表情をたたえてセシリアの元にやって来る。

 

「オルコットさん、どうかしましたか?」

 

「実は、折り入ってご相談したいことが……。」

 

 セシリアのその言葉を皮切りに、残る四人が入室し、事の経緯を説明する。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

「そう、バレちゃったんですね。」

 

 だが麻揶の反応は、五人が予想していものと大きく異なっていた。驚きや、不信感ではなく。始めから知っていたというその対応に、五人は頭の上に?を浮かべる。

 

「シャルロット・デュノアさん。貴女宛にお手紙を預かっています。わざわざ来て貰って申し訳ないんだけど、少しここで待っててもらってもいい?」

 

 誰から?

 一同に疑問符を浮かべるが、その答えは分からない。麻揶は手紙を職員室へと取りに行ってしまった。

 シャルロットからすれば、気持ちの安らぐことはない。誰から当てられた手紙なのかよりも、これからどうなってしまうのかという不安が勝っているのだ。

 やがて、「お待たせしました」と麻揶が会議室に戻ってくる。その手には簡素だが、黄色い花の装飾が施された綺麗な便箋。シャルロットには、それに見覚えがあった。

 

「お母さんの……手紙?」

 

 まだシャルロットが幼い頃、母親に時折届いていた手紙が、同じような便箋に包まれていた記憶があった。

 差出人は書いておらず、住所も何も無い。あるのは、達筆なフランス語でシャルロット・デュノアへと書いてあるだけ。恐る恐る、彼女はその封を開け、中の手紙に目を通す。宛先と同じフランス語で書かれていたせいで、シャルロット以外はその内容を読めず、セシリアだけが辛うじて大まかな文章が読み解けた。手紙は二枚綴られている。シャルロットは、それをゆっくりと読み進める。

 不意に、シャルロットの瞳に大粒の涙が滲み出す。その様子に鈴が、シャルロットの肩に手を置き、「大丈夫?酷いことでも書いてあったの?」と心配するが、シャルロットは首を横に振り否定を表現する。

 

「ちが、違う……の。」

 

 顔を両手で隠してしまったシャルロットは、止まらない涙を拭き取るためだ。

 

 手紙の内容を軽く説明するならば、まず差出人はジョルジュ・デュノア。シャルロットの父親だ。手紙には、以下の事がフランス語で書かれていた。

 

『親愛なら私の娘よ。この手紙を君が受け取ったということは、自分の秘密を打ち明ける勇気を得たか、または良き友人に恵まれたのだろう。どちらにせよ、私はこの手紙を君が読むという結果をとても喜ばしく思う。

 君にとって、私と妻は最悪な大人になってしまっていたのだろう。許し欲しいなどとは、とても口には出来ない。言い訳がましい事だが聞いて欲しい、妻は先天的に子を成せなかった為に、君とカーラ(シャルロットの実母の名前)に嫉妬心を抱いてしまった。それが、君への強い当たりになってしまったが、決して君の事を心の底から憎くんでいた訳ではない。

 妻のその態度も、元を辿れば仕事ばかりで、家を蔑ろにしてしまった私の責任だ。カーラにしても、養育費や生活費だけを渡し、父親の責務からデュノア社社長としての責任を盾にして逃げてしまった。本当に最低な父親であると、自らを恥じるばかりである。それでも、これだけは知って欲しい。私は、君とカーラの事を一度でも忘れたことはない。幾年月を経ても、君達の事を愛している。

 だが、今の君にとって私や妻の言い訳はどうでも良いことだろう。それよりも、偽装していた性別が露見してしまった恐怖が、その心を苛んでいると思う。しかし安心して欲しい。今回の事に関しては、君に責任はない。故に、改めて女性として学園に通うも良し。君に課した命令もその効力を失ったので、祖国フランスに帰ってくるも良し。自由に学び、自由に選択して欲しい。

 もしほんの僅かでも、君が我々の事を気にかけているなら大丈夫だ。私達夫婦も問題はないし、会社も存続する。だから我々の事を省みず、自らの意思と信条に従い強く強く、世界に羽ばたいて欲しい。君はもう、デュノアとは縁も所縁もない一人の女の子なのだから。

 

 追伸、日本国の銀行に口座を作り、カードと通帳を同封し送らせてもらった。少ないが、君がIS学園で青春を過ごし、その後も進学しても十分な金額を用意した。生活の足しになってくれれば嬉しい。最後の最後まで、金銭を渡すことでしか、君に報いることが出来なかったことを強く後悔する。せめて、君のこれからの人生に幸が多からんことを。君の生涯に、平穏のあらこんことを。

 

 

親愛なる我が娘

シャルロット・デュノアへ』

 

  不器用な、しかし誠実な男の言葉だった。綴られた文はジョルジュの真意として、シャルロットの胸に確かに届いた。

 ジョルジュは父親としての責務から逃げたと書いたが、逆に彼は、自分の会社に勤める多くの人間の人生と家族を守ったのだ。シャルロットは知らないことだが、彼とカーラは高校時代からの恋仲だった。しかし、デュノアという家柄と、両親が決めた許嫁。いっそ、全部を捨ててカーラと駆け落ちすれば、彼の人生はどれほど健やかだったのだろうか。だが、それをしてしまえば、デュノア社に尽くしてきてくれた社員を裏切ることになる。当時のジョルジュは大変な苦悩を背負った。その結果、精神が壊れかけ優しく抱き止めてくれたカーラに甘えた。一時の過ち、無責任な男。罵倒する言葉は尽きないだろう。だが、その全てを彼は自らに投げ掛け、それを背負ってカーラとシャルロット、そして自身の妻にデュノア社の社員。全員の人生を守るために努力したのだ。寝る間も惜しみ働き、国中を駆けずり回って仕事を探し、全員が満足に生活できるだけの仕事と金を産み出し続けた男。ジョルジュ・デュノア。

 確かに、彼の一時の過ちはシャルロット・デュノアという悲劇のヒロインを産み出した。だが、彼女は本当に悲劇的な人生だったのだろうか?自身を深い愛情の元に育ててくれた母。何不自由なく、中学までの教育を彼女は受けてきた。父の居ない幼少期。母の突然の死。突然現れた父親と、その妻にあたる義母。なるほど、確かにその人生は波瀾万丈である。だが箒のように家族と離れ離れで、友人も作れないまま、理不尽に地域を転々と幼少期を過ごしたわけではない。セシリアのように両親を唐突に失い、家の権力財力を狙う意地汚い大人達と渡り歩いた訳ではない。シャルロットの人生には確かに悲しみがあったが、それでも箒とセシリアと違い、彼女は護られていたのだ。不器用で愚直な男に。シャルロットはそれに気が付き、涙が溢れていたのだ。

 父は、母のことも自分のことも愛していた。それが、その真実が、どうしようもなくシャルロットには嬉しかったのだ。

 

「デュノアさん、私達はその手紙を読んではいません。その上で深くは尋ねずに、これだけを伺います。……貴女は、これからどうしますか?」

 

 シャルロットを真っ直ぐに見やり、摩耶は聞く。一同が黙して、シャルロットの言葉を待つ。

 頬を拭い、涙を払った彼女は面を上げて、摩耶の視線を正面から受け止め笑顔で答えた。

 

「私は、シャルロット・デュノアは、IS学園に残って勉強します。そしてデュノア社に就職します!」

 

 デュノアとは、縁が切れたと書かれた。しかし、彼女はそれで納得などするわけがない。ジョルジュに言いたい事、カーラに言いたい事は山ほどあるのだ。だから、彼女はこれからの進路にデュノア社への就職を決意した。

 あの父親は、与えるだけ与えて親孝行は受け取らないつもりか?こっちは親孝行をする前に母親を亡くしてるんだと、シャルロットは先程までの不安が嘘のような、前向きな思いがその胸中を駆け巡っている。だから彼女は、面と向かって今一度父親に会えるように、「ふざけんなクソ親父」と言えるように、この地で、IS学園で仲間達と頑張っていくのだ。

 

 彼女の胸中は、晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「騙しててゴメンね一夏。」

 

 一通り話終えて、シャルロットは改めて一夏に謝罪する。彼は、何も言わず、その話をただ聴いていた。

 

「そう、か。……でも、良かったなじゃないか。父親と分かり合えて、学園には居れるんだろ?なら良かった。」

 

 笑顔を浮かべて、一夏はシャルロットに答える。だが、その笑みには若干の違和感を、シャルロットとラウラは抱いた。

 

「んじゃ、俺ちょっと自販機行ってくるわ。」

 

 立ち上がった一夏は、自室を一人後にする。残されたシャルロットがボソリと口にする。気を悪くさせたのかと、心配する。

 

「……いや、止めておこう。」

 

「え?」

 

「この問題は、教官と一夏の『家庭の事情』というやつなのだ。不用意に私から口にはしない。」

 

 ラウラは、シャルロットの事情と同じく、織斑家に関する何かしらを知っている様だった。口にしないと言ったからには、軍人の彼女は決して言わないだろう。事実。シャルロットの件も言いふらしたりはしなかったのだから、配慮なく人の事情を口にはしないだろう。良い意味で、彼女は真面目で誠実なのだと、シャルロットは理解するが、気になってしまうのが人の性というもの。だが、詮索はしないように努めようと彼女も考えていた。

 

 

 

 とうの一夏はと言えば、黒い感情と戦っていた。彼からすれば、ジョルジュ・デュノアが何を語ろうと、実の娘を騙し、利用した最低の男としか思えなかった。だが、その根底にいるものは、結局両親から愛されていた、シャルロットへの僻み、嫉妬である。

 自分と千冬の姉弟は両親に棄てられたが、シャルロットはそうではない。愛され、想われ、支えられていたのだ。対して自分は両親の顔すら知らない、怨んで、憎んで、考えれば怒りしか抱けないのに、シャルロットは父親の愛に感動し、涙を流すことができる。

 

『俺には、そんな機会は絶対にやって来ないのに……っ!』

 

 検討違いの感情だとは、一夏自身も気が付いていた。

 自分の両親とシャルロットは無関係だ。その彼女に怒りを向けても、どうしようもない。虚しくなるだけだと 、一夏も一番理解しているのだが、この感情を操作することは、彼にとっては難しかったのだ。

 それほどまで、彼にとって『親』という存在は、逆鱗とかしていたのかも知れない。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「織斑教官。」

 

 未だ、生徒が学舎に向かうには早い時間、既に制服に身を包んだラウラが、千冬と共に学生寮と校舎の間にある雑木林で向かい合っていた。

 

「学校内では先生と呼べ。で、わざわざ私を呼び出したということは、昨日の結果の報告だな?」

 

「……そうですね。ではまずそちらから。」

 

 ピクリと、千冬の表情が動いた。ラウラの言った文言に不可解な点があったからだ。

 「まずそちらから」

 確かに彼女はそう口にした。つまり、ラウラが千冬に伝えたいことは、他にもあるのだと察することは容易だった。

 

「昨日の私のミッションは、残念なことに失念し、失敗に終わりました。それもこれも……もう二度とジャパニーズホラーなんぞ見ませんとも。」

 

 その様は、千冬も遠目で同行していたため知っている。そして、彼女も神隠しの恐怖を味わったので、あれは仕方がないと半分妥協していた節もある。というか、帰り際のくっついたまま離れない二人を見れば、今更謝ったか否かなど、野暮な話というものだ。

 

「ふむ。で、本題は別にあるのだろう?言ってみろ。」

 

「………では失礼して、織斑教官殿は、まだご両親の事を一夏に話してはいないのですか。」

 

 ビクリと、千冬の体が震える。触れられたくはない核心的な部分を、まさかラウラが突いてくるとは考えていなかったのだ。確かに、ドイツ軍の諜報機関であれば、織斑姉弟の両親など朝飯前で調べあげることが出来るだろう。だが、ラウラの口からというのが、千冬を酷く動揺させた。

 

「今朝私と一夏は、デュノアの秘密が露見したこと、そして彼女の父親から寄せられた手紙の話になりました。その中で、一夏の示した態度は『親』というものに対しての、強い嫌悪感です。件の事故が15年前ですので、年代から考え、一夏がご両親の真相を知らないのではないかと気が付きました。何故、教官殿は何故一夏に本当の事をお教えにならないのですか⁉」

 

 ラウラの眼は真摯だった。ただ正面から千冬を射ぬき、問い詰める。千冬はその瞳に耐えきれなかった。僅かに視線をずらし、投げやり気味に答える。

 

「貴様には関係のない話だ。ドゥレムの件は、私からも許可を出す。日時はお前達で決めろ。……では、私は職員会議があるので先に失礼する。貴様も遅刻しないようにな。」

 

 踵を返し、そのまま校舎の方へ歩いていこうとする千冬を、ラウラは慌てて呼び止める。

 

「私には、本当の意味で両親がいません!」

 

 千冬の足が一瞬止まる。

 そう、ラウラはドイツ軍の生体科学研究部と言われる裏部隊が、生来的に戦闘に優れた人類を開発するために産まれた、プロトタイプ。いわゆる試験管ベビーだ。彼女には、構成遺伝子の元となった男性と女性、自分を試験管の中で受精させた研究者、この年になるまで、勉学や戦闘のいろはを教えた教官。沢山の大人が彼女を今の年齢まで導いてきた。しかし、本当の意味での父と母は彼女にはいないのだ。

 

「一夏も、望まれて産まれてきたのに、両親に愛されていたのに、それに気付けずにただ怨んで、憎しみを貯めているだけでは、余りにも報われたませんよ!」

 

 ラウラの、心からの叫びだった。彼女が憧れた普通の家族。両親から愛され、両親を愛し。兄弟姉妹から愛され、兄弟姉妹を愛する環境を、辛い訓練の日々に何度夢見たことか。だから、似たような境遇でも、無意味に自分を苦しめてしまっている一夏を、彼女は放っておけなくなったのだ。

 

「……これは……、貴様には関係のない、私達姉弟の話だ。……二度と、口を挟むな。」

 

 振り返らずにそれだけ告げて、千冬は再び歩き出す。ラウラは、ただその背中を、哀しみを背負った憧れた人の背中を、ただただ見送ることしかできなかった。





モンハンワールドps4かぁ……。

買うかどうか悩んでます。


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第八話:不安

ヤバイな……全然戦闘シーン入んないな


 ラウラに言われた言葉から、千冬は終わることのない自問自答を繰り返していた。

 

「一夏も、望まれて産まれてきたのに、両親に愛されていたのに、それに気付けずにただ怨んで、憎しみを貯めているだけでは、余りにも報われたませんよ!」

 

 頭の中で、ラウラの叫びが木霊する。

 彼女が何を思いそれを口にしたのかなど、千冬には到底想像しえない。いや、今会議室で職位会議に参加している全員にも、ラウラの感情を真に理解できる者はいないだろう。それほど、ラウラの出生、試験管ベビーというのは特殊な事例なのだ。

 両親のいない彼女は、軍人になるために軍人により創られた命。その苦悩や、不安など一般家庭で平和に育った人々に分かるわけないのだ。それでも彼女は、一夏を報われないと言った。本当の親の愛を知らない彼女が、両親の愛に気付けないでいる一夏を不憫だとしたのだ。

 普通ならば、嫉妬抱くかもしれないし、羨望するするかもしれない。だがラウラは、一夏に同情したのだ。なんと気高い姿勢か。刷り込まれた誇り高いドイツ軍人魂が、彼女をそうさせたのか、それとも生来の優しさか。どちらにせよ、彼女の姿勢はとても立派なものだった。

 

『それに比べて私と来たら……。』

 

 自嘲が尽きない千冬。思い返せば、15年前の夏の日に、アレは起きたのだ。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

8月2日。

一夏、当時一才。

 

 両親は、毎年の結婚記念日に私達姉弟を、父の友人だった篠之乃宅に預け揃って旅行に出掛ける。

 仲睦まじい両親が、千冬にとっては恥ずかしくもあったが、同時に誇りでもあった。何時までも、新婚のような二人の関係は当時少女だった千冬には、憧れの対象でもあったのだ。

 その年は、一泊二日の箱根温泉旅行へと、両親は出掛けていった。

 両親が帰ってくる予定の日の夕方。束と一緒に篠之乃神社の境内で遊んでいた千冬だが、急に束の母親である篠之乃 遥が呼び寄せる。二人は、どうしたのかと互いに首を傾げて、遥の元へと走り寄る。遥は、町の病院で看護師をしていて、今日は休みのハズだったのだが、急ぎで病院に行かなければならなくなったのだという。

 神社にいる、束の父親の嶐陰にも話しておいたからとだけ二人に言い聞かせ、直ぐに車まで走って行ってしまう遥。

 千冬と束は、まだ支え立ちが出来るようになったばかりの一夏と箒を案じて、二人がいる居間に向かうため篠之乃宅へと戻る。居間を覗けば、二人は静かに眠っているようだった。丁度その時、嶐陰が帰宅して来た。神主服を脱がずに彼は、眠った赤ん坊二人を無視してテレビを着ける。その顔は、どこか青白かったように覚えている。当然、テレビが付けば寝ていた一夏と箒が目を覚ましてぐずり泣くが、千冬にはもう、その鳴き声は遠かった。嶐陰の点けたテレビから流れているニュースに、釘付けになっていたのだ。

 

『大規模列車事故発生。死傷者数不明。』

 

 それは、両親が乗っていた列車だった。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 あの事故で、織斑家の両親。父の秋秀と、母の百果の遺体と思われる部分は見付かったらしいが、詳しい状態は教えて貰えなかった。最後の別れも、その顔を見ることすら、当時の千冬には叶わなかった。だからこそ、千冬は両親の死を認められなかった。きっと、棺の中身は間違った人なのだと、半分以下しかない遺骨は、違う誰かのものなのだと、彼女は繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせていた。やがて一夏が、物事が分かり、親というものを理解した時に、彼は千冬に訊ねた。母は何処に居るのか?父は何処に居るのか?

 千冬は、答えを知っていた。知っていたハズなのだ。その当時で事故から4年経っていたのだから、もう両親はこの世に居ないと、十分に理解していたハズなのに、それでも彼女は言ってしまった。現実を受け入れたくない余りに。

 

「私達の両親は、私達を捨てた。でもきっとすぐ戻ってくる」

 

 本当は捨てるわけがない、あんなにも子供と家族を愛していた両親が。

 戻ってくるわけがない、DNAも一致してて、通常の半分以下しかない骨を骨壺に入れ埋葬したのだから。

 いつまでも嘘で誤魔化す訳にはいかないと、彼女は十分分かっている。それでも、一夏に両親の事を切り出せないのは、彼女自身が両親の死を認めきれてないからだ。

 父も母も、列車の理不尽な事故で亡くなったという話しだけで、二人の遺体をその眼で見てはいない。遺骨まで成ってしまえば、誰が誰だかも分からない。ならばこそ、千冬の深層心理ではいまだに、両親はまだどこかで生きているのでは?と到底あり得ない可能性にすがっているだ。だが、千冬自身は自分のその心理を理解していない。彼女からすれば、頭では本当の話をしなければと考えているのに、何度も決意を固めたのに、一夏を前にすると言葉が出ないのだ。

 

「織斑先生、大丈夫ですか?」

 

 不意に声を掛けられ、視線を向ければ麻耶が心配そうな顔で千冬を見ていた。あくまでも小声なのは、職員会議の途中だからだ。

 千冬は「大丈夫だ」と短く答え、改めて資料に目を通す。表紙には大きく、『IS学園休校の是非』と刻まれている。学生が減り続けている現状と、学園上空にある亀裂の対処のために、学園の学校機能を一時的に休止して日本国家代表を中心とした対モンスター対策組織を新たに設けて、学園に駐屯させる話が日本国家と国連から提案されたのだ。道理は通った話だが、生徒達はどうなるのか。日本出身の生徒ならばさして問題ではない。が、現在飛行モンスターに対する対策として、世界各国で一般航空旅客機の航行に大きな制限が敷かれている。そのせいで、少くない生徒が母国に帰れない状況となっているのだ(シャルロットとラウラは、専用機持ちであり国家代表候補ということもあり、それぞれの空軍が輸送し、学園に転入した)。更に、千冬が懸念する要素は他にもある。一夏とドゥレムの二名の存在だ。二人とも、ISとモンスター、それぞれの分析、発展、開発の側面からなる情報価値は並ではない。世界中の軍事、IS企業が欲し、国家事態がその恩恵を望んでいる存在だ。IS学園という隠れ蓑を失った瞬間、彼等がどうなるかは想像したくないのが、千冬の本音だった。

 故に、彼女は学園は学校としての機能を保ってほしいのが本音である。

 

「現実問題生徒数は日々減少しています。それに、モンスターの湧く亀裂の下に子供を置いておけないと叫ぶ民意を無視するわけにもいかないでしょう。」

 

 教師の一人が言う。

 何人かが、彼女の意見に賛同するように頷くがそれでもまだぜんたいの4分の1程度の人数だった。残りは千冬のように反対する者か、まだどうするべきか、判断しきれていない者だった。単純な総数で言えば、学校維持の意見がまだ多い。しかし会議では二つの意見が真っ向からぶつかり合い、平行線となっていた。それぞれの意見を要約すればこうなる。

 

『維持派』

・祖国に帰れなかったり、親元に戻るのが難しい生徒達はどうするのか。

・一度閉鎖して、再びの再開が可能なのか。

・一夏やドゥレム等の特殊な人物は、どうするのか。

 

『休校派』

・保護者を始めとした日本国民の民意は無視し続けるわけにはいかない。

・現状生徒の半分以上が、戦闘能力のない一般生徒であること。

・より強力な、装備を持つ自衛隊や国連軍に駐留して対モンスター戦力としての効力拠点とするべき。

 

 互いに互いの言い分の正しさが分かっているからこそ、話は平行線から先に進めない。教師達は皆、自身の教え子の身の安全を最優先に確保したいのが本音なのだ。だが、どちらか一つを選択しなければならない。IS学園が持つ自己統治による治外法権により、日本も国連も退去命令は下せないが、議論の早急な解決と意見統一を求めてきている。遅くとも、今月中には結論を纏めなければならないのだ。

 遅々として進まない議論。このままでは再び、今回の議案が持ち越しとなってしまう。だが、その状況にメスを入れる意見が出てくる。

 

「いっそ、生徒の意見も聞くべきではないでしょうか?学園に残りたいか否かを。」

 

 生徒達にとっては、残酷な問いだろう。血の滲むような努力の上で、やっと学園に転入できた者がいる。努力が実り、国家代表候補として指名された者もいる。モンスター被害を心配する親からの願いに眼を背け、それでも夢に向かってがむしゃらになっている者も。彼女達に、学園から出ていくか否かを、こちらから投げ掛けなければならないのだ。学園を再開できる見込みがあるならば、一時避難として説明できるが、その見込みすらないのだ。容易く、その意見に賛同など誰も出来なかった。だが、それ以外の解決策が浮かばないのも事実である。

 

「…それしかない…か。明日、生徒にプリントとして配ろう。提出は来週の月曜日として、生徒の自己判断に委ねよう。」

 

 一人の教師が口にした。誰もが悩んだ素振りを見せ、それでも既に、頷く以外になかった。散々に意見を交わした。議論をしてきた。それでも着地点も、解決案も浮かび上がらなかったのだ。ならば、この意見に従うしかなかった。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 翌日、朝。生徒達に配られたプリントに、多くの生徒が眼を丸くした。

 今時珍しい紙媒体での配り物など、何なのかと目を通してみれば、ソコには事の簡単な経緯を綴った一枚と、学園に残るか否かを問う書類の合計二枚が、彼女達の机の上に広げられている。一夏も、その書類に驚きを隠せずにいる。だが何よりも、この書類の通りに、IS学園に自衛隊や国連が駐屯した場合、ドゥレムはどうなってしまうのか。それが一夏に引っ掛かった。

 

「それはあくまで自由意思だ。学園から出て行くも、残るも自分で判断し、自分で決めろ。」

 

 教壇に立つ千冬の表情は、普段と変わらない風を装っているが、右手を強く握り締めている。一夏には、それが彼女の癖であると分かっていた。辛い時、それを我慢している際の癖だ。

 生徒達の努力を無駄にさせたくないという、強い意思とそれに反する現在の自身の行為に、千冬は強いストレスを感じているのだ。一夏は、それを敏感に読み取っていた。

 

「提出は来週の月曜日までだ。それまでに、自らの進退を決めるように。」

 

 良い放った千冬は、教壇から降りて、麻揶に教壇を譲る。そして、まるで今までの会話はなんだったのかと疑問に浮かぶほど、麻揶は普段の通りに授業を始める。だが、生徒達の頭の中では、件のプリントが頭から離れなかったために、その授業の内容はほとんど彼女達には届かなかった。

 

「どうする?」「どうしよう?」「どうしたら良いの?」「学校からもこんな風に言われたら……」「私は離れたくない!」

 

 小休憩の時間。生徒達の会話は一つの議題に絞られていた。学園から離れるか否か。

 多くの生徒は、この学園に入学するためにかけた労力や、将来の目標のための観点から離れることに渋っていたが、彼女達も家族から帰ってくるように言われていた。その上で学園からもこのような話が浮上すれば、彼女達の意志が揺れ動くのは当然と言えた。だが、それでも最初から論外の人物がこのクラスには四人いた。一夏、セシリア、シャルロット、ラウラの四人だ。一夏は言わずもがな、自身の立場を正しく理解しているために、学園から離れた際の危険性を承知しているのだ。そしてセシリア達は、それぞれが祖国の国家代表候補ないし軍人である。学園から離れるか否かの結論は、その立場から独断で判断はできないのだ。

 

「にしても……困りましたわね。」

 

 だが、彼女達にも思うことがないわけではない。セシリアが口にしたように、その四人は今回の話は寝耳に水であり、祖国の意向次第では帰国もあり得る話であるからだ。だがそれだけではない。このクラスにいる全員が、四人にとっては共に学び、同じ時間を共有した仲間なのだ。そんな彼女達が重大な岐路に立たされている。しかし自分達に出来ることは何もない。故に、『困った』という一言に尽きるのだ。

 

「IS学園上空の裂け目だけでもどうにかできれば……でもそんな方法知らないし。」

 

 シャルロットも考え込む。ついこの間、学園に居座ると決意して、自身が女性であることも公表したのに、こんな話が直ぐ様飛び込んでくるとは思っても見なかった。

 

「だが、モスクワを除けばここが住宅密集地に最も近い亀裂だ。国連や日本国政府がナーバスになるのも仕方がない。いつエジプトのディアブロスやモスクワのディスフィロアのような強力なモンスターが現れるかも分からないのだから。」

 

 ラウラの言葉の正当性は、全員が承知している。今までは、奇跡的に住宅地での被害が発生していなかったが、これから先もそうだとは決して言い切れない。二つ名持ちや古龍、ディスフィロアやドゥレムディラのような見たことの無い新しいモンスターが現れるとも知れない。冷静に考えれば、この学園に防衛拠点を設け、近隣住民は避難を勧告するべきなのだ。それをしない、出来ないのは、結果として訪れる生活困窮者の発生だ。亀裂を閉じる方法を発見することが出来なければ、避難の期間は未定となる。その間の避難者の生活にどう対応するかを考えれば、おいそれと避難勧告は発令できないのも無理はない。

 

「……どうなるんだろうな。」

 

 呟いた一夏の言葉は、この学園にいる全員の人間が抱いている不安であった。先の見えない不安は、生徒達の心を蝕み、拡大していく。彼女達は今、暗中模索のスタート地点に投げ込まれたのだ。

 

 

 

「今日も、良い天気だなぁ~。」

 がドゥレムは、この男は呑気に日向ぼっこなんかを楽しんでいたのだった。




そろそろ、一回戦闘パート差します


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第九話:流星

お待たせしました。
今回はまた新モンスターが登場します。そして初の対古龍戦です、楽しんで頂ければ幸いです。


 エジプトのテオ・テスカトルが、大規模な移動をしたとの一報は世界中をただちに駆け巡った。

 彼の国では緊急スクランブルが発令され、エジプト空軍や駐屯していた国連軍が無人戦闘機四機で追撃したが、目標はこれを撃墜。更にエジプトムートから南西に飛行した結果、テオ・テスカトルの発する熱波によって、人的被害は二千万人を越えると見られている。現在、テオ・テスカトルの消息は不明。世界中で厳戒態勢が敷かれる事態になっていた。

 また、泣きっ面に蜂と言わんばかりに、テオ・テスカトルが去ったムート上空の亀裂から、新たに一体のモンスターが出現。モンスターは、第一宇宙速度(地球の重力から逃れられる速度、人工衛星の打ち上げ時の速度などが当たる。約秒速七,九km)で瞬時に成層圏まで上昇し、欧州のドイツ領山中に降下。周辺の集落、生態系に甚大な被害を発生させているとの事だ。

 この事にEU、及び周辺ヨーロッパ諸国は緊急対策案として、各々の国家代表、代表候補生を召集。新たに出現したモンスター、『バルファルク』に対して徹底攻勢を決断した。また国連を通して、IS学園に対してスペシャルアドバイザーの立場を用意し、対モンスター戦において最も経験のある織斑 一夏と、最終戦力としてドゥレムの二名の参集を要請。一夏、ドゥレムの両名はこれを快諾。ここまでが、バルファルク討伐作戦当日三日前の出来事である。

 

「バルファルク……古龍種。高い飛行能力を持ち、瞬時に音速を越えることが可能か……これは、本当に生物なのか?」

 

 ラウラの疑問は最もである。バルファルクは、通常の飛行生物と異なった外観をしている。特に翼が顕著であろう。鳥のような羽が生えているわけではなく、今までのモンスターのように、コウモリなどに見られる翼膜があるわけでもない。異常に鋭い翼爪と、両翼あわせて六本の翼爪に空いた噴出孔。驚くべき事に、バルファルクはその噴出孔から『龍気』と呼ばれる赤い炎のような物を排出し、その反作用で空を駆けているのだ。まるで、ロケットのような話だが、バルファルクはそれを生体器官として獲得している。通常の進化ではあり得ないと、一夏からバルファルクの説明を聞いた全員が感じていた。

 現在ドイツ領にて、対バルファルク戦の総指揮を執る司令所が設けられた山中の軍事基地に向かって、参集を要請された一夏とドゥレム。母国の命令で、本作戦への参加が決定されていた、セシリア、シャルロット、ラウラに加え、本人の希望により参加した鈴音。そして彼女達のリーダーとして同行している楯無の七人のIS学園部隊。更に、生徒の監督役として、織斑 千冬の合計八人が、ドイツ陸軍兵士の操縦する輸送用ヘリコプターに搭乗し、件の基地へと向かっている。

 三十分程の空の旅の後、目的地であるドイツ空軍の特殊訓練施設基地へと降り立つ。ヘリポートではラウラの直接の部下でもある、ドイツ空軍IS特務部隊『シュバルツァ・ハーゼ』所属のクラリッサ・ハルフォースが、八人を敬礼しながら出迎えた。

 

「ボーディヴィッヒ少佐、並びにIS学園の方々。ご足労頂き感謝いたします。長旅でお疲れの事とは思いますが、事態に急激な変化が起きました。心苦しいのですが、先にミーティングルームの方へ。」

 

 開口一番、クラリッサは当初の予定である自室への案内をすっ飛ばし、ミーティングルームへと八人を通そうとする。「詳しい話は歩きながら」と言えば、足早に基地施設の建物へと足を進める。

 

「まず、バルファルクによるものと思われる被害の発生件数…先日までのデータでこれ程です。」

 

 IS学園部隊とした参加する生徒達を纏める千冬に、タブレットを手渡しながら、クラリッサは足の早さを緩めずに口にする。

 

「……痛々しいな。」

 

「はい。現在も被害は増加するばかりです。防衛のためにこの三日間、我々は相応の戦力を浪費してしまいました。」

 

 千冬が確認するタブレットの情報には、これまでのバルファルクによる被害が事細かに記載されていた。貪食なのか、バルファルクは周辺の集落を襲い、家畜は勿論、人間をも捕食被害に合っている。当然、ドイツ軍や周辺諸国も無抵抗でいたわけはなく。バルファルクの行動に、受動的ではあるが迅速に対応してきた。しかしバルファルクの圧倒的な攻撃性と機動力の前に、悪戯に戦力を浪費していたのが現実である。

 だが度重なる防衛戦で見えた、バルファルクの弱点とも言うべき特徴もあった。

 

「織斑や更識の言うとおりだな。飛行限界時間が存在するのか……。」

 

「えぇ。ある程度の長時間飛行や、最高速飛行を続けると、着陸して外気を取り入れるようです。無人戦闘機や超長距離誘導ミサイルでは、その隙を畳み掛ける事が難しかったですが、ISならば可能と見られるます。」

 

「作戦はどうなっている?」

 

 千冬の言葉に、タブレットをスワイプするように促すクラリッサ。それに従えば、戦力一覧と作戦内容が記載されていた。

 

空中戦力

無人戦闘機…百五十機

IS…計三十機

陸上戦力

無人戦車隊…百五十台

超長距離誘導ミサイルシステム…四十基

 

・作戦概要

 無人兵器郡による牽制。目標の飛行限界まで物量を持って圧迫。着陸し外気の吸引に入った所をISにより集中砲火。足止めをした目標に対し、長距離からの無人戦車隊による追撃を行い目標を破壊する。

 

 作戦概要に、千冬は頷く。彼女自身も、作戦行動内容は同じように考えていた。

 だが、気になったのはIS戦力に学園部隊の数字が反映されていなかった点だ。クラリッサに訊ねると、彼女はちらりとラウラを一瞥する。だが直ぐに千冬へと向き直すと、彼女に耳打ちするように顔を近づける。

 

「学園部隊には、後方待機が命じられています。目標の未確認能力や、不足の事態に直ぐさま対応できるようにするため。とのことですが、本作戦の総指揮官であるリットー少将は子供が前線に出ることを良しとしなかったのです。ですが、貴女方を信頼していない訳ではありません。リットー少将は人情派として知られている人物であるため、ラウラ隊長達の身を考えての判断だとご理解して頂きたい。」

 

「なるほど……。しかし、対モンスター戦はIS同士の戦いとは訳が違う。我々も共に前線に出た方がより効果的だと思いますが?」

 

 あえて直球では言わないのは、千冬の優しさか。だが、その言葉のニュアンスには、モンスター戦は未経験者だけでは荷が重いと暗に語っている。実際、油断できないは事実だ。モンスターの技は多彩であると、これまでの経験で千冬はいたいほどに理解していた。特に一夏が相対したライゼクスはその良い例だろう。多彩な電撃攻撃に加えての肉弾戦。決して一筋縄ではいかないのがモンスターだ。慢心や油断は大きな危険を招く恐れがある。常に最善手を打ち、あらゆる事態に警戒すべきなのだ。

 

「ええ、ミス織斑の仰りたい事は十分に理解できます。だからこそ、貴女方をこの基地に招いたのですから。ここは作戦領域からISであれば五分で到着出来る地点です。いざという時には、速急に駆けつけることが出来るでしょう。我々も、これ以上不用意な犠牲は出したくないのです。」

 

 念押しはした。したが、千冬自身の立場もIS学園部隊指揮官であるため、総指揮官の命令には従わざるをえない。千冬は、クラリッサの言葉に小さく頷いて話を切り上げた。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 クラリッサは、ドゥレム達が到着した際に「事態が急変した」と語っていた。その言葉の通りの状況が、目標を移す大型ディスプレイに写し出されていた。

 長距離飛行ドローンが撮影しているバルファルクは、悶え苦しむようにのたうち回っり、吐瀉物を吐き出し続けていた。

 

「十分程前から、目標は突然嘔吐を繰り返すようになりました。それから時折現在のように体を山肌に打ち付けるように転がり回り、苦しんでいる素振りを見せます。既に確認されている中で四回の嘔吐を行っています。」

 

「毒物か?」

 

 千冬は即座に疑問を口にするが、クラリッサは首を振って答える。

 

「不明です。吐瀉物を検査すれば何かしら分かるかも知れませんが、目標が既存の生命体でないため、未知のウイルスの可能性もあるとして作戦終了後に即座な焼却処分が決定しています。ただ、目標が登場するというゲームで、似たような症状がある場合。何かしらの情報提供をお願いしたい。」

 

 千冬は、モンスターハンターを知る一夏と楯無へとその眼差しを向ける。二人は互いに視線を交わすと楯無が頷き立ち上がる。

 

「結論から言えば、そのような病的症状を私達は知りません。ただ、ゲームに『ウイルス』という事で登場する物であれば、一つ心当たりがあります。」

 

 『狂竜症ウイルス』。楯無が説明したのは、ゴア・マガラやシャガル・マガラと呼ばれるモンスターが振り撒くとされる未知のウイルス。モンスターやハンターを活性化させたり、侵したりする謎の物質。『ウイルス』と呼ばれてはいるが、その正体はゲーム内でも不明とされている。

 

「狂竜症ウイルスに感染したモンスターは、一定以上のダメージを受け、生命維持が困難になった際に活性化し凶暴性が増します。陳腐(ちんぷ)な表現をするならば、ゾンビやリビングデッドのようにです。しかし、バルファルクの症状は、ゲーム内での狂竜症ウイルスを患ったモンスターには見られない症状であるため、現状の情報だけでは狂竜症ウイルスであるとは考え辛いです。」

 

「つまり、正体は分からないということだな?」

 

「はい。」

 

 千冬は、顎に手を当てて考え込む。ドゥレムや、長くこちらの世界に滞在しているテオ・テスカトルにラオシャンロン(ラギアクルスは現在消息不明で、ディスフィロアは観測不能であるため除外)に似た症状が発現していないのを観るに、こちらの世界の病原菌や感染症が原因とは考えづらい。であれば何が原因か?バルファルクと、他のモンスターの違いは何かを思案する。

 

「……分からない。というのならば、この機会を活かすしか我々には道はありません。目標が弱っている今こそが、作戦開始の時だと私は考えます。」

 

 ラウラの発言は最もであり、現状の最適解に思えた。

 

「同感だ。バルファルクを楽に無力化出来る絶好の機会じゃないか?」

 

 次いで一夏も口を開く。

 反対意見は無いようだった。しかし、しかしと千冬は胸の中で何かが引っ掛かる。彼女の勘が、今の流れに待ったを掛けている。

 

「ドゥレムはどう考える?」

 

 千冬から出た言葉は、先程から黙ってモニターを凝視しているドゥレムへ向けられた。彼は、モニターに写るバルファルクから視線を外し彼女を見据える。千冬だけではない、全員が彼へと視線を集めていた。

 

「…何にせよ、反応が遅れれば取り返しのつかないことになると思う。……確証はないが、あれはただ苦しんでいるわけじゃない気がする。何かがあるような……漠然とした意見で悪いが。俺は今すぐにでも攻撃を開始するべきだと考える。」

 

「そうか……。ハルフォース少尉。作戦を開始しよう。我々は不足の事態に備え、この基地で待機すれば良いのだな?」

 

 意を決した千冬の言葉に、名前を呼ばれたクラリッサは頷き答える。

 

「ハイ。IS学園部隊の皆さんと我々、シュバルツァ・ハーゼ隊は当基地にて待機。予備戦力であり、緊急時に対応するために戦闘レベルは高めた状態を維持して頂きたい。」

 

「了解した。」

 

 ブリーフィングが完了し、クラリッサは総指揮官であるリットー少将へと先程の内容を伝える。不足の事態が発生する可能性は極めて高い。最大限の警戒を維持して、作戦に当たるよう、総指揮官から作戦参加の全体に向けられ発信された。

 

 

 

 

 一夏は、自身の右腕に嵌められた白い手甲。白式の待機状態を撫でる。日本を発つギリギリのタイミングで、倉持技研から返却された白式だが、特にこれといった変化は見てとれなかった。だが、一夏は妙な感覚を白式から感じていた。

 

「どうしたの一夏?」

 

 声を掛けられ視線をずらせば、鈴音が少し心配そうな表情で、一夏に視線を送っていた。

 

「まだ、白式変な感じがする?」

 

 一夏は日本を発つ前に、彼女にそれとなく話していたのだ。白式から何か違和感を感じると。

 

「あぁ。なんだろうコレ……。」

 

 あまり気になるようなら、千冬に相談すべきだと言う鈴の意見は最もだった。だが、悪い感覚ではないのも事実であり、一夏は悩んでいたのだ。それにもう、作戦開始時刻へと迫っていた。

 今、一夏達IS学園生徒とドゥレムの七人は、先程までと同じ、バルファルクが写しだされたモニターのある小会議室にて待機している。千冬は、クラリッサと共に指揮管制室にてリットー少将の元で作戦の動向を見守る。一夏達と指揮管制室で連絡の手段は確立されているのは、モニターに中継されているバルファルクの映像で何か気付いたことが有った際、即座に報告をする場合や、緊急の出動を円滑に伝えるためだ。

 

『織斑、更識聞こえるか?』

 

「はい、大丈夫です。」

 

 と、通信機から不意に千冬の声が届く。七人が掛けているテーブルの中央に置かれたマイクを介して、楯無が千冬の呼び掛けに答えると。『通信には問題は無いようだな』とスピーカーから再び声がする。

 

『バルファルクの攻撃行動をもう一度確認しよう。説明を頼む。』

 

 千冬の要望に答えるため、一夏が口を開く。バルファルクがモンスターハンター内で行う攻撃行動を口頭で並べていく。基本が高速の体当たりや爪や牙、翼による格闘戦。遠距離攻撃としては龍気噴出孔からの炎弾といった行動を並べていく。他にも、自分達でも知らない行動をする可能性についても触れ、十分な注意をして作戦に望むようにも釘を指す。

 千冬が一夏の説明に満足し明朗快活な声で、作戦開始二分前を告げる。

 やがて一分も切り、秒読みへ入る。

 

 

 そして、時間が訪れる。

 

 『作戦開始!』

 

 千冬のものではない男の声が響く。リットー少将の掛け声に答えるように、一夏達が眺めるディスプレイに写るバルファルクへ向かい、最初の十発の誘導ミサイルが発射された。

 ミサイルは空に白い軌跡を残し、次々とのたうち回るバルファルクへと殺到する。だが、直撃の瞬間にバルファルクは飛翔。七発のミサイルが地面に直撃し、山肌を吹き飛ばした。バルファルクの動きに対応した残り三発のミサイルが、目標を追い掛けて軌道を変える。当然、バルファルクもミサイルから逃れるために加速。当然だが、第一宇宙速度まで到達できる生物に対して、誘導ミサイルで追い付けるハズがない。それでも、相当な速度のドッグファイトとなる。バルファルクの体力は確実に削られていくだろう。

 不意に噴出孔の火が消える。次の瞬間六つの炎弾が、迫るミサイルを迎撃して見せた。だが、この対応も当然想定している。幾度かの衝突で、バルファルクも人類の兵器を理解したが、人間もバルファルクの行動を理解したのだ。高高度で待機していた無人戦闘機郡が降下し、バルファルクへと肉薄する。再び、音速越えの近距離戦を仕掛けようというのだ。バルファルクは、迫る戦闘機に気が付き再加速。瞬時に空気の壁を突き破り、音速の世界で飛行を続ける。

 無人戦闘機でさえ、置いていかれそうなバルファルクの速度だが、そこは数でカバーするのが今回の作戦だ。垂直上昇で無人戦闘機を引き離そうとするバルファルクだが、高度四千m手前で、待機していた他の無人戦闘機の編隊に挟撃される形になってしまった。機関砲や小型のミサイルを器用に避けながら、なんとか挟み撃ちの形を脱したバルファルク。しかし、そんな彼への追い討ちとして、地表からの誘導ミサイルが迫っていた。正に息も吐かせぬ攻撃とはこの事で、バルファルクの体力は確実に削れているはずである。

 だがそこは流石、モンスターの中でも別格の扱いを受ける、『古龍種』に名を刻むものである。避けながら、かわしながらで無人戦闘機や誘導ミサイルを次々に撃墜していくその様は、天を自由自在に駆ける流星の如くである。

 五分、十分、三十分と長く長く続けられたドッグファイトは、無人戦闘機損害百四十八機、消費した誘導ミサイル八十六発目にして(ようや)くの区切りを見せた。バルファルクが山岳の一角に降下し、息継ぎのように大きく外気を吸い込み始めたのだ。その隙を狙っていたのは、高度八km地点で待機していた超長距離狙撃用攻撃パックに換装した軍用ラファール・リヴァイブ十五機と、そのバディとなる高解像度長距離観測光演算外部システムパックを装備した同じくラファール・リヴァイブの十五機だ。

 だが八kmの距離は、ISのハイパーセンサーによる観測可能領域を越えているため、一機のISで正確に狙撃することは不可能に近い。重力、風、雲塊等のあらゆる不安要素を加味すれば、それは完全に不可能な荒業となる。しかしそれが二機となり、補助の一機が全エネルギーを観測、演算に当てることが出来れば話が変わる。並のスーパーコンピュータを越える演算機能を持つISならば、零%の命中率を、五十%まで底上げすることが出来る。では残り五十%はどうするか?そのために、高解像度長距離観測光演算外部システムを外付けしているのだ。ラファール・リヴァイブ装着者の頭部をすっぽりと覆ったユニットは、最大十kmの望遠を可能とする単眼カメラを内蔵し、大きく後頭部へ伸び、IS二機分ほどのサイズを持つ演算システムが、ISの演算をサポート。射手に対して正確な射撃位置、タイミングを知らせるのだ。

 では、高度八kmからの狙撃を行う超長距離狙撃用攻撃パックとはどういった兵装なのか。単純に言えば、外付けされた大口径レールガンである。ラファール・リヴァイブの右肩部を改修し、銃身約三mと特大なサイズに加え、超大型バッテリーが右肩部の後方に取り付けられている。それに加えて弾倉が銃身の上部方向にのびているため、単純なサイズ、重量で言えば現行最大のIS武装の一つである。

 整列したIS部隊による十五の砲門は、寸分違わずにバルファルクへと鉄の雨を降らせる。それは山肌をも削り、地表に膨大な土煙を上がらせ、舞い上がった土砂がバルファルクの姿を隠した。

 

「全弾命中を確認‼」

 

 管制官が吠える。喝采が管制室に響いた。誰もが必殺の一撃を疑わなかった。いくらモンスターと言えども、秒速七kmで飛来する二十kgの質量と、十五kgの火薬の雨の直撃では生きていられるハズがないと。

 事実。並のモンスター、今まで人類が討伐できたモンスターならば、今の一撃で相当な痛手を負わせられるだう。だが、バルファルクは並みではない。再三になるが、モンスターの中でも別格の扱いを受ける『古龍種』に、バルファルクはその名を刻んでいる。モンスターハンターの世界でも、伝説や、おとぎ話に登場するような正真正銘の化け物の一角なのだ。それは、立ち上がる土煙を切り裂くように伸びた、六本の赤い柱が物語っていた。

 炎の爪(ローエンナーゲル)。最初にそう呼んだのは誰だろうか?バルファルクの翼にある噴出孔から伸びた、三対かつ一本あたりの長さ約五mのそれは、バルファルク周囲の木々、大地を切り裂き溶かし、晴れた土煙から姿を表したバルファルクの体表は、深紅に燃え上がる。

 

 バルファルクの咆哮は、天高く響き渡った。




はい。バルファルクの登場でした。
そして、オリジナル新種(形態)です。そういった物を毛嫌いする方もいるかもしれませんが、バルファルクの変貌にも理由があるので、出来れば気にして頂ければ幸いです。
ではまた、次回でお会いしましょう


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第十話:変異

お待たせしました。文字通り、今年最後に投稿です。
そして今回、一夏が覚醒(?)します!どうぞお楽しみに


 

 「ゴォッオオオオォォォ‼‼」

 

 黒く、硬質的な光沢を放っていたバルファルクの体表は、融解し赤熱した鉄のような赤に染め上げられていた。

 管制室は当然、この不足の事態に上へ下へと混乱していた。それは、別室で待機していた一夏達も同じだ。見た事のないバルファルクの変化に、一夏と楯無は言葉を失い、他の面々は攻撃の直撃を受けたバルファルクが、未だに活動していることに戦々恐々としていた。

 そんな中、ドゥレムは本能的な悪寒を覚えていた。赤いバルファルクに対する驚異を、彼は明確に感じ取ったのだ。

 

「戦車隊!攻撃開始!」

 

 一番早くに冷静さを取り戻したのは、リットー少将だった。いや、初めから彼は、取り乱してなどいなかった。前もって告げられていたからだ、『想定外の事態もありうる』と。彼はあらゆる事態を想定した。当然、モンスターハンターについての知識も、三日間の内に出来うる限り頭に叩き込んだ。では何故彼だけが、平静を失わずに早急な指示が下せたのか。ひとえに、知識に依存しなかったためだ。蓄えた知識を過信せず、頼らず、あらゆる現場の事態を想定し、想像し、検証した。

 齢六十を過ぎたばかりの彼の脳は、全くの衰えを見せず、膨大なシュミレーションをその脳内で行ったのだ。ではこの事態もシュミレーションしたのか?答えはイエスだ。突拍子もないこの現象を、彼はその可能性もあると想定していた。その脳の回転力こそが、名将と謂われる由縁だろう。

 管制室で手の動きが止まっていた一同は、リットー少将の一声で現実に戻り無人戦車隊の操作が再開され、炎の爪を展開したバルファルクへと砲弾が殺到する。

 赤く染まったバルファルクが、爆炎に飲まれる。次々と戦車から放たれた砲弾が、バルファルクへ直撃し炎が巻き起こる。だが、爆炎の中でも天に伸びる六本の炎の爪が、目標の健在を知らしめる。

 

ボッ

 

 瞬間、バルファルクは戦車隊のただ中に現れる。

 

 いつの間に?

 

 そんな疑問は無駄な思案だと言わんばかりに、遅れて戦車隊を吹き飛ばす衝撃波。バルファルクは、砲弾の嵐の中から瞬時に音速を越えてで飛び出し、戦車隊の元へと飛んできたのだ。空中へ投げ出されたり、引っくり返ったりした戦車が十両。そして振り回された炎の爪により、戦車隊の損害は僅か十秒足らずで五十両を越えた。三つに分けられた戦車隊の内の一班がこれで全滅したことになる。

 

「オォオォオ‼」

 

 咆哮が響き渡り、バルファルクの炎の爪が伸びる。ぐんぐんと伸びていくその爪は、五百mもの長さとなる。

 バルファルクは、大空を見上げる。その先にいるIS部隊を見据えるように。高度八kmの先にいるISは、バルファルクの視力をもってしても、正確に認識することは不可能だった。だが先の攻撃と、向けられている生の殺気を、バルファルクは鋭敏に感じ取っていたのだ。

 

「IS部隊に追加武装をパージさせろ!目標が飛んでくるぞ!」

 

 管制室で千冬が叫ぶ。リットー少将も許可を出し、管制官から現場のIS部隊へと指示が伝達される。直後。バルファルクが大量の土砂を撒き散らしながら飛翔。六つの尾を牽く赤い流星と化し、成層圏にいるIS部隊へと迫る。

 追加武装を外したIS部隊が散開し、バルファルクの迎撃体制へと移る。先程までのレールキャノンに比べ、攻撃力のかなり落ちた状態だが、動きの制限が外れ、機動力も向上している。更に、待ち構えるのはヨーロッパ諸国の国家代表や各国軍人の中でも選りすぐりのエリート達であり、忠告を受けて万全の覚悟をしてきた者達だ。

 だが変化したバルファルクは、彼女達の想像を越えるものだった。まずその機動力。最高速度は変わらないのだが、加速が尋常ではないのだ。初速が既に音速を越え、こと近距離戦では視界から一瞬で消えてしまうほどだ。更に、炎の爪。簡易計測で四千℃を越えている熱量と、六本がバラバラに動き回る器用かつ隙のない攻防一体の武器。そして何よりも問題なのは、バルファルクの体表温度だった。弾丸を撃てば、体表に当たる直前には溶けて硬性を失い、ミサイルはバルファルクに近付いただけで起爆してしまい、直撃は困難を極める。その体温は、軽く二千℃を越えていた。ここまで高温であれば、近付いただけでISが、パイロットを守るためにシールドエネルギーを消費する。

 正に炎の鎧と剣である。このままでは、IS部隊に被害が出るのは火を見るより明らかであると云える。

 

「IS部隊を退却させろ、現状の装備ではドッグファイトは不利だ。」

 

 リットー少将は、あくまで冷静に命令を告げた。彼女達は、即座に行動を開始する。十五機の二組に別れ、それぞれ最大速度でバルファルクから離れるために動く。二班が逆方向に駆けていった為に、バルファルクは一瞬、別々の方向に逃れるIS部隊を目で追ってしまう。その結果、ほんの少しだが減速する。

 だが、バルファルクは即座に両方の翼を動かし、長大に伸びた炎の爪でIS部隊へと攻撃する。六本の爪が六機のISへと迫る。だが彼女達もプロだ。どんなに速い攻撃と言えども、その軌道が直線であれば避けるのは容易だった。更にその一瞬で、部隊員はバルファルクの間合いから離れる。

 しかし彼我の速度は圧倒的だ。直ぐ様に間合いを詰め、炎の爪が襲い掛かる。並のISパイロットならばこの攻防の内に墜とされているだろう。ヨーロッパ全土から集められたエースの称号は伊達ではないと称賛するべきか、彼女達は装備したアサルトライフルで牽制しながら攻撃を紙一重で回避していく。だが、掠めていく炎の爪の高温は、直撃を避けてもISのシールドエネルギーを削り取っていく。いずれは限界が来るのは、分かりきっている。

 

「リットー少将。ドゥレムの前線投入を進言します。」

 

 それを理解したからこそ、千冬は形勢を傾かせるための一手を、ドゥレムにかける。

 事実、現状前線戦力では決定打に欠けていた。銃弾は届かず、直撃してもその鱗や甲殻に弾かれる。だが敵の攻撃は一方的に此方を削っていく。持久戦が悪手だとは想像に難くない。

 

「うむ。ドゥレムディラを中心にIS学園部隊、並びにシュバルツァ・ハーゼにより混成攻撃部隊の出撃を許可する。」

 

 彼の言葉を受け、千冬は直ぐ様声高らかに宣言した。

『バルファルクを討伐せよ』

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 タイミングを逸してしまった。

 一夏は、問題なく展開できた白式に身を包みながら思い返す。白式が提供するデータには、これといった問題点は見受けられない。違和感は思い過ごしだったのだろうか?だが、現在進行形で違和感を抱いてしまっているのを鑑みれば、それは違うと結論する。この違和感は真実であり、思い違いなどではないと断言できた。

 

「会敵‼」

 

 先行していたシュバルツァ・ハーゼの隊員の声が響く。その瞬間に、一夏の意識は現実に戻り、彼等よりもよりも低い高度で飛行していたドゥレムディラが飛び出した。

 

「ガァアァァァ‼‼」

 

 咆哮と同時に、ドゥレムディラが氷の楔をマシンガンのように撃ち出す。当然、バルファルクの熱量は直撃の前に氷柱(つらら)を溶かし尽くすが、その蒸気は目標の視界を遮った。

 白い煙に包まれたバルファルクは、最高速度で突っ込んできたドゥレムディラの体当たりに直撃する。視界を奪い、自分に意識を集中させることでIS部隊の撤退をよりスムーズにさせたのだ。当然、飛来する鉛玉さえ溶かす熱量を持つモンスターだ、接近戦などしてしまえばただでは済まない。だが、対抗するようにドゥレムディラは、自らを包むように冷気を放出し続け、その熱気を緩和していた。そのせいで、二体は白い蒸気の尾を牽くように、山肌へと落ちていく。

 

「射撃開始!」

 

 楯無の号令に倣い、一夏以外の全員が自らの射撃武装でバルファルクへと引き金を弾く。

 ドゥレムディラが、バルファルクの体温を奪い、ソコに一斉照射を仕掛ける。そしてダメージを与えたところで一夏が零落白夜の一太刀で止めを刺すのが作戦だった。一夏は、いつでも零楽白夜を起動できる状態にしたまま、待機していた。だから分かったのだろうか、六本伸びていた炎の爪が、一本を残し消えていたことに。

 マズイ

 と思った頃には遅かった。約一kmを越えた極超、極太の炎の爪が、バルファルクを中心に円を描いて周囲を凪ぎ払った。

 

「グッ⁉」

 

 ドゥレムディラが炎の爪に引き裂かれる。正面が全体的に重度の火傷を負ったのが、遠目でも理解できた。

 

「うわっ⁉」

「っ‼」

 

 更にシュバルツァ・ハーゼの隊員と、シャルロットが炎の爪の直撃を受けてしまった。

 

「シャル!ドゥレム!」

 

 思わず声をあげる一夏。だが、三名は共に無事だったが、シャルロットと隊員は、シールドエネルギーがかなり削られてしまった様だ。

 

「二人とも一時下がれ!」

 

 ラウラが叫び、それに答えて両名はバルファルクから距離を取る。が、それをウィークポイントと見たのか、六本に戻った炎の爪を携え、バルファルクが瞬時に加速し、シャルロットと隊員へと迫った。直ぐに対応できたのはセシリアだった。武装を換装していたブルーティアーズのビット兵器から、バルファルクの直線上に閃光弾が発射され、目標の視力と聴力を一時的に奪う。自身の速度の制御が出来なくなったバルファルクは、いまだ緑が生い茂っていた山肌に頭から墜落した。バルファルクの熱気によって発火した木々が、瞬く間にその範囲を広げていく。焦土と化して行く森の中を、一夏が空中から、ドゥレムディラが超低高度から突っ込んでいく。今だ、今こそが絶好のチャンスだと一夏は確信した。

 バルファルクの口腔が、キラリと輝いたように見えた。油断はなかった。だが、一夏がその閃きを認識した時には、最早白式と一夏の反応で間に合うものではなかった。

 

 ボッ。

 

 

 

 

 

 気がつけば、一夏は地面に倒れ伏していた。前方一面が火の海に染まり、後方の景色は白い雪に包まれている。その境界に丁度、一夏は倒れていたようだった。

 何があったのかを思い出そうとする前に、一夏は仲間達を探した。空にはいない。燃え盛る炎から立ち込める黒い煙だけが、空の景色を奪っていた。地上は?一夏の直ぐ近くには誰もいない。いや、炎燃え盛る森の中に倒れている鈴が見えた。一夏は急いで駆け寄る。何故鈴だけがソコで倒れているのか、他の皆はどうなったのか?ドゥレムは?バルファルクは?

 

「りっ……!」

 

 彼女の名前を呼ぼうとしたところで気が付く。彼女には欠けていた。黒く焦げた木の太い幹の影に隠れていたハズの下半身が、ソコには無く、肉の焦げた臭いが一夏の鼻孔を擽った。

 

「あ、あ、アァァアァアアア‼‼」

 

 一夏は鈴に駆け寄り、その体を抱き上げようと手を伸ばす。だが、一夏が触れた瞬間には、鈴だった物が炭のように崩れ去った。

 

「このままじゃ、こうなるよ?」

 

 不意に声を掛けられ、一夏は怠慢な動きで振り替える。白銀の雪の世界で、白い少女と少女を背に乗せたライゼクスがソコにいた。

 

「守るなら、より力を。護るなら、より速さを。衛なら、より高みへ。」

 

 少女の言葉に答えるように、ライゼクスが吠える。一夏にとって、少女が何者で、ライゼクスが何故ここで登場するのか、その程度は些末な問題だった。こんな現実は認めない。守るんだ。俺の手で。鈴を護る。仲間を衛る。その為に、手を伸ばした。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 鈴は、極太の熱線に飲み込まれそうになる一夏を目の前にし、彼の元へと翔んだ。間に合う距離でも間合いでもないが、彼女は無我夢中だったのだ。

 その彼女の目の前で、緑雷が立ち上った。空に向かい、雷鳴が響いたのだ。次の瞬間には、極太の熱線が二つに引き裂かれていた。

 

 

 

『コード:ライゼクス起動確認』

規格外移行(エクステンドシフト)完了』

『システムクリア』

『白式:霹靂の通常起動完了しました』

 

 視界の隅に浮かぶ文字列が持つ意味を、一夏は正しく理解できてはいなかった。だが、一つ確実に云えるのは、この力の名が『霹靂』であるということのみで、彼にはそれで十分だった。

 

 他者から見れば、白式の変容は些か常識外れのものだった。翼状のブースターユニットは生物的な見た目となり、白い装甲に黄緑色に輝くラインが目立つ。見れば、そのラインは全身に走っており、稲妻のような印象を与える。更に長い尻尾のようなユニットが背中の中程から延びており、おおよそ白式二機分の長さを誇っている。最も著しい変化は、その右腕だろう。ライゼクスの頭部を模したような追加装甲に、そのままライゼクスの鶏冠状の装置が付けられている。

 その鶏冠が展開され、緑に輝く発電機関が露出していた。バチバチと、緑色の閃光がスパークし、一夏の周囲を包む。先程の稲妻も、一夏によるものなのだと、状況証拠から鈴も理解できた。だが白式には既に、零落白夜という単一能力が発動しているハズだ。同一のISから、二つ以上の単一能力の発現など聞いたことも見たこともなかった。それがより、鈴を混乱させる。

 彼女だけではない。IS学園部隊、シュバルツァ・ハーゼの面々全てが、この事態に驚愕していた。第二移行の可能性は十分に考えられるだろう。だが、些かライゼクスに似すぎている。いや、模倣しているのは第三者の目から見ても明らかだった。

 が、そんな混乱など知らぬ存ぜぬと、視力と聴力を取り戻したバルファルクが、一夏に向かい飛び掛かる。知覚しきれない速度の強襲は、普段の一夏ならば御し切れはしないだろう。だが、今の一夏ならば、紅く輝く眸をした彼ならばそれを受け止められた。右手に掴んだ雪片弐型で、六本の炎の爪の内三本を受け止め、残り三本をドゥレムが地面から突出させた氷柱により阻む。一夏とドゥレムは、互いに視線が交わすと、コクりと頷き合い同時にバルファルクを吹き飛ばした。

 一夏は蹴りでドゥレムディラは尾による一撃で、バルファルクは焦土を転がって行く。

 間髪入れないとは正にこの事だろう。一夏は電光石火の速度でバルファルクへと迫り、雪片弐型で空高くカチ挙げる。姿勢を直す暇を与えないように、ドゥレムディラが空中をきりもみ回転するバルファルクへと襲い掛かり、その熱を奪うために絶対零度のブレスを浴びせる。高温と低温のぶつかり合いは、バルファルクの熱せられた甲殻を劣化させ、鱗には所々皹が走った。が、彼の勢いは衰えることもせず、六本の炎の爪を振りかざしドゥレムディラへと横一線に凪ぐ。しかし、その一撃がドゥレムディラに届くことはなかった。一夏が、左手に持ち変えた雪片弐型で受け止めたのだ。

 バチッ‼

 一夏の右手に緑雷が走る。彼はその右手をバルファルクに向けると、緑色の雷撃がバルファルクを襲った。絶対零度と雷撃の同時攻撃に、さしものバルファルクも明確なダメージを受けている。

 たまらずに、射線上から逃れたバルファルク。だが、その先を狙い打つのはセシリアだった。貫通力の優れた特殊弾頭は、戦車の装甲を粉砕し、軍艦にさえ大穴を開けることが出来る程の攻撃力を持つ。更に、今彼女が手にしているのは、AK-47ISカスタムではなく、佐山 現、倉持技研主導で新規設計された新型狙撃銃。対モンスター用ライフル試作型、『丙一式』である。口径は21mmとISに置いては標準的な規格なのに対し、十四種類(鋭意開発中)の専用特殊弾頭により、人やISに向けるには些か大仰な攻撃力を獲得している。また現発案の内部機構は、既存のIS用スナイパーライフルよりも、二割ほど初速が上昇しており、結果的に攻撃力も増加したと言える。

 さて、そんな丙一式から放たれた貫通弾は、ほんの少し目論見がずれていた。セシリアの予測では、ヘッドショットのつもりだったのだが、コンマ数秒の遅れで弾丸は、バルファルクの腹部を貫通していた。それでも弾丸の持つ衝撃と、速度。足すことのセシリアの練度による威力は、絶大である。

 更に、硬い外殻に守られたバルファルクの内部構造は柔らかいため、内蔵機関へのダメージは相応のもだ。故に、悲痛な叫びが轟くのも当然であろう。そして、その隙を逃すほどに今の一夏は寛容ではなかった。

 

「お前をぉっ‼」

 

 右手に緑雷の剣を作り出し、一気に加速した一夏は、空中で体をくの字に曲げたバルファルクへと迫る。

 今、この時の間にこのバルファルクを討伐しなければ、あの幻影が現実の物となる。一夏は、それを認めることが出来なかった。故に抗い、足掻き、殺すのだ。自らの仲間を傷付ける『敵』を、一切の躊躇も許容もなく、ただただ殺す。『まもる』という事に執着した、不退転の刃として今、バルファルクの体を緑雷の剣と、雪片弐型をもって切り裂かんとする。

 

「グォオォオヲオヲオヲ‼」

 

 が、バルファルクも大人しく狩られる器にあらず。二本の炎の爪で器用に一夏の刃を防ぎ、反転。一瞬の間合いを開けば、ほぼ0距離での二つの炎弾を叩き付けた。灼熱の攻撃は、白式のシールドエネルギーを大幅に削り取って見せる。

 巻き起こった炎の塊により、視界を遮られてしまった一夏に、バルファルクはすかさずに炎の爪を降り下ろす。妨げたのはドゥレムディラだった。意識が完全に一夏に向いていたバルファルクは、後ろから近付くドゥレムの存在に気が付けなかった。尾を噛まれ、そのまま力ずくで振り回し、地面に叩き付けるように投げ飛ばした。

 

バシャァン!

 

 水音が響く。バルファルクは、かなりの大きさの水溜まりに投げられたのだ。だが、その水は普通のものとは明らかに違う。何故なら、バルファルクの四肢に絡み付き、その体を拘束している。

 想定外の事態に、バルファルクは混乱していた。この水は、楯無の霧隠れの淑女(ミステリアス・レディ)のナノマシンによるものであった。ほんの一瞬、五秒足らずの拘束だったが、一夏にはそれで十分だった。彼は右手の緑雷の剣と、左手の雪片弐型を重ねる。雪片弐型は、刀身に緑雷が走る一振りの刀と化す。電光石火で間合いを詰めていく。

 が、ギリギリで拘束を逃れたバルファルクは、六本の炎の爪全てを防御に回す。

 上段に構え、脳天へ降り下ろす構えを取っていた一夏に対して、完全な防御姿勢を取っている。

 ここで、バルファルクは初めて知る事になる。過去現在全IS中、トップの切れ味を持つ刃の威力を。構えていた雪片弐型の刃が、瞬く間に変形していく。青白い光子の刃に、高出力の緑雷が駆け走るその刃は、

 

『零落白夜:雷光』

 

 白式が提示した、新たな零落白夜は、何の抵抗もなく炎の爪を斬り裂いた。

 鮮血が舞う。だが、以前のライゼクスのように、外傷は見てとれない。

 一夏は、バルファルクの鋭い眼光と視線が混じ合っていた。その瞳は澄んでいて、真っ直ぐに一夏を捉えていた。彼は、最期のこの刻に何を考えているのだろう。一夏が推し量るには、些か難解な瞳の色だった。

 紅く赤熱していたバルファルクの鎧が、徐々に煤の張り付いた黒に戻っていく。倒れそうになる四肢は、最期の力を振り絞って燃え盛る大地にしがみつく。足元にあった水のナノマシンは、既に蒸発していた。

 一度、一夏を一瞥する。上空のドゥレムディラを、そしてIS学園部隊、シュバルツァ・ハーゼの面々を。

 空を見上げる。黒い煙が立ち込めていたが、その先には、燦々と輝く太陽が見えた。

 

『オォオォオオオオォォォォォォォ…………‼』

 

 天へと放たれた咆哮は、僅かな残響を残して晴天の空へと溶けて行った。




お疲れ様でした。今回のは丁度良く切る場所が見付けられなかったのでこのままのサイズで投稿しましたが…読みづらかったらすいません。
では、よいお年を。
来年もよろしくお願いいたします!


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第十一話:感謝

新年、明けましておめでとう‼
前年は大変お世話になりました
今年ものんびりゆっくり投稿していきますので、どうぞお付き合い下さい。


 バルファルクが青白い粒子になって霧散して行くのを、今作戦に参加した全員が確認した。長距離飛行ドローンからかなり離れてしまったために、シュバルツァ・ハーゼのISの内の一機のハイパーセンサー越しで各々がその一部始終を見守っていたのだ。当然バルファルクの最期に、一様に歓喜していた。リットー少将も、肩の荷が下りたと溜め息を吐く。唯一、内心穏やかでないのはこの場でただ一人。織斑 千冬のみであろう。その原因は彼女の実弟かつ、バルファルク討伐の功労者である織斑 一夏である。

 ISの第二移行だけならばさして問題ではない。だが、現在の一夏のIS。白式の変化は異常としか言えなかった。特に、装着者である一夏の光彩にまで影響していたその現象は、身内である千冬にとっては落ち着けるものではない。

 基本は、ほとんど白式と同じ純白の装甲だが、重なるように黄色や緑色の追加装甲が覆い、全身に走る黄色に光るラインが目立つ。その程度の変化ならば、彼女も別段気を揉みはしない。一夏の、淡く光る赤い瞳さえなければ、その第二移行をただ喜べていたかもしれないが、それが出来るほど、彼女は能天気ではなかった。

 当の本人は、空へと上って行くバルファルクの残子を、じっと見届けている。その隣にドゥレムディラが降り立ち、他の面々も次々と一夏の元に集まる。

 

「一夏……それ。」

 

 訊ねてきたのは鈴だった。一夏は、ちらりと鈴に視線を移す。優しげに微笑むが、その色が宿す何かを、鈴の本能が感じ取る。恐怖に近い感覚を、彼女は無意識に覚えていた。

 淡い紅に染まっていた瞳が、少しずつ元々の色に戻っていくのを、鈴は何も出来ずただただ見詰めていた。

 そして色が完全に戻ると同時に、一夏は全員の目の前で、糸の切れた人形のように生気無く倒れた。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 帰還し、医務室に一夏を運んだ後に、全員に話があるとドゥレムは口にし、開口一番でこう言った。

 

「一夏を、二度とISに乗せるな。」

 

 鋭い眼差しで静かに、しかし全員に届く声音で告げた。セシリアが理由を訊ねる。

 

「理由は分からないが、白式の中にモンスターが居る。」

 

 ざわめく。ドゥレムが告げた言葉の衝撃は、全員の予想を軽く越えたものだったからだ。

 

「外見から分かるとは思うが、白式の中のモンスターはライゼクスだろう。白式の変化と共に表だって現れた。その影響はISだけでなく、装着者である一夏にまで及んでいる。」

 

「待って。確かに、白式の第二移行からその予測が出て来るのは分かるけど…なんでドゥレムは確信を持ってるの?」

 

 シャルロットの疑問は、正に皆が抱いたものを代弁していた。何故言い切れるのか、白式がただ模倣しただけという可能性も捨てきれないのに。

 

「…俺は、いや他の奴等もそうかもしれないが、モンスターの存在は独特の気配で分かるんだ。例えば、学園上空にティガレックスが現れた時も、俺は一番に気が付いただろう?そういう気配を、俺は白式が変わった瞬間の一夏から感じた。」

 

 不思議なほどに、ドゥレムの話を皆すんなりと飲み込んだ。普段ならば、突拍子もないと歯牙にも掛けないような話だが、新たな白式に包まれた一夏を思い返し、誰も非現実的だとはね除けられる話ではなかった。

 しん、と場の空気が静まった。ドゥレムが語ろうとしている物は、一夏の今後なのだと察した。故に、彼の次の言葉を待っていた。

 

「今回だけならば良い、まだ戻れたからな。だが今後は分からない。下手をしたら、一夏はモンスターから人間に、二度と戻れなくなるかもしれない。」

 

「そん…な……。」

 

 鈴が掠れたような呟きを放つが、その先は出ない。誰も何も言えなかった。特に鈴は、一夏から「違和感を感じる」と相談されていた。もっと強く言い、無理矢理にでも作戦開始前に、千冬の元へ連れていくべきだった。そう、自分を責めていた。当然だが、これは彼女の責任などでは断じて無い。自身の不調を感じていながらも、行動に移すことをしなかった彼自身の自業自得と言える。しかし、彼女にはその考え至ることは出来ないだろう。

 

「今後、一夏が白式にさえ乗らなければ、モンスター化はしないのか?」

 

「……すまない、断言は出来ない。だが、また白式があの状態になれば、再び一夏がモンスターに近付くのは間違い無い。せめて出来る手と言えば、一夏と白式を離すしかない。」

 

 千冬の問いに、ドゥレムは少し、申し訳なさそうな表情を見せつつも答える。だがやはり、彼は迷い無く答えてみせた。

 一夏と白式が見せた、新たな力。モンスターに対抗しうる切り札と成りうるポテンシャルを、皆が感じていた。実際、先の戦闘で見せた機動力と攻撃力は、既存のISと別格の能力を見せ付け、バルファルクを討伐して見せたのだ。

 人類にとって、ここでその戦力を切り捨てるのは、かなりの痛手と言える。だが、ここにいる全員は違った。一夏が人でなくなる可能性を示唆されれば、誰一人として、彼のこれ以上の前線参加を望みはしなかった。

 

「……俺が伝えたかったことはそれだけだ……。一夏の友人として、俺はアイツに人間でいて欲しい。コッチ側ではなく、ソッチ側にいて欲しいんだ。」

 

 ドゥレムは、真摯な瞳で千冬を見詰める。彼女は、黙して頷く。

 到底信じることは難しい話だった。荒唐無稽と切り捨てるには、とても容易い内容と言えた。それでも、千冬の脳裏に過る紅い瞳の一夏を思い返せば、ドゥレムの語った話も納得できる点があった。同じ気持ちでいたからこそ、彼と同じ意見だったのだ。だが、

 

「俺は、戦い続けるぞ。」

 

 不意に声がする。ベッドに横たわる一夏が、千冬を見詰めていた。

 

「一夏……。」

 

 鈴の呟きに答えるように、彼はゆっくりと体を起こす。特に苦もなく起きて見せるが、その表情はどこか暗い。しかし覚悟を決めた色だった。

 

「俺は戦う、皆を守りたいから。」

 

「ですが一夏さん…。それでは貴方は……。」

 

 言葉の詰まるセシリアは、自らで一夏のモンスター化を口に出来なかった。彼を思っていたからだろう。本気で好いていたからこそ、人間ではなくなってしまうなどとは口にはしたくなかったのだ。

 

「分かってる。それでも、俺は守るって決めたから。」

 

 自分の右手を見詰める一夏。その手は、幻影の中でライゼクスと少女に向けて伸ばした手だ。

 代償の事は、確かに考えてなかった。それでも後悔はない。幻影で見た鈴を、現実のものにしなくて済んだ安心感が、今の一夏を包んでいたからだ。

 

「それは駄目だよ一夏!それじゃぁ……君が……。」

 

 シャルロットは彼の身を案じ、止めるための言葉を探す。

 

「そうだ。元々お前は、偶然ISに触れただけの一般人だったハズだ。そのような重荷を背負う必要はない。」

 

 次いで、ラウラも口にする。彼女もまた、彼を心配していたのだ。

 

「私も同意見ね。不確定要素である以上、下手をすれば貴方のモンスター化が進行した結果で、私達と敵対する可能性も考えられるわ。」

 

 楯無が、ピシャリと扇子を叩き一夏に告げた。一夏からすれば心外と言えるし、他の面々にとって見ても、彼はそのような人間ではないと言い切れる故に、彼女の言葉に反論する言葉を持ち合わせていた。それをあえて口にしないのは、楯無が一夏を思って言っているのだと分かっていたから。何故彼女がこんな言い回しをしたのかなど、一夏を知っている彼女達にとっては難なく悟ことが出来る。

 楯無は、一夏が最も望まない結末を口にしたのだ。態々憎まれ役を買って出たと言っても良い。ポーカーフェイスを崩さずに、それを堂々と行えるのは、生徒会長でありロシア国家代表であり、楯無の名を継いだ彼女だからこそ出来たことだろう。

 

「一夏……白式は私が預かる。」

 

 一夏が気が付いてから、沈黙を守ってきた千冬が口を開く。淡白な命令だったが、暗に反抗は許さない気迫と威圧が込められていた。

 

「千冬姉に言われても、それは従えない。これは俺の力だ。俺が、俺としての矜持の力だ。」

 

「違う、それはお前の力ではない。ISという外的要因により付与された力に過ぎない。」

 

 互いの視線が混じ合う。どちらも一歩も引かぬと、その眼差しは語っていた。

 

「一夏、今は従え。お前自身としても、新しい白式の正確な情報やその結果によるお前の体の変化は知らねばだろう。」

 

 一夏も、千冬の言葉には納得出来ることがあった。彼にとっても、白式:霹靂については知らないことが多い。故に、解析に同席し完了次第の即座の返却を条件としてならば、白式を一時千冬に預けても良いと語る。

 彼女も、それを了承し一夏から待機状態の白式を預かる。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

「ご協力、誠にありがとうございました。」

 

 IS学園の面々を送るために、クラリッサとリットー少将、更にシュバルツァ・ハーゼの面々が空港に集まっていた。

 白髪だが、背筋のピシッとした軍服の老紳士。彼がリットー少将なのだろうと、一夏達生徒は察する。

 クラリッサが敬礼をしながら、シュバルツァ・ハーゼを代表するように、皆に礼を告げた。

 

「私からも礼を言わせてくれ。諸君の協力があったからこそ、人的損害を被らずに済んだ。犠牲になってしまった人々の霊魂も、きっと慰められた事だろう。」

 

 リットー少将もクラリッサに続き、お礼の言葉を全員に告げる。不意に、彼はその視線をラウラに向ける。

 

「ボーデヴィッヒ君。」

 

「はっ!」

 

 姿勢を正し、手本のような気を付けで応じたラウラに、満足そうに頷いたリットー少将。

 

「学園生活を満喫したまえ。」

 

「…は。」

 

「ミス千冬、ボーデヴィッヒ君を宜しく頼む。」

 

 リットーの言葉に、千冬は頷くことで応じる。

 それ以上の言葉を交わすことはなかった。だが、ドゥレムや一夏達にとって、彼等が最後まで敬礼し見送ってくれたことは、確かに記憶に刻まれていた。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

「………そんな。」

 

 アフリカ大陸のとある国家、数十年に及ぶ内乱が続くこの国の地下に置いて。篠之乃 束が自身の親指の爪を噛むほどの、驚愕と苛立ちを覚えていた。

 彼女が見詰める。ディスプレイの先には、白式:霹靂の姿が映し出されていた。

 

「まさか、偶発的に?……いや、そんな可能性は……。」

 

 別のディスプレイを開く。ソコには一から八二四の数字の羅列が並び、その幾つかが黒く染まっていた。束は、黒く染まっている羅列の中から、IScore code 0001となっている欄を選択する。

 直ぐ様反応したディスプレイは、新たな情報を表示する。

 ソコには、『白式』と名前が浮かび、更に下には膨大な量の文字が浮かんでいる。

 

「規格外移行……コード:ライゼクス……霹靂。……まさか、本当に。」

 

「どうした?」

 

 一人、ディスプレイとにらめっこしていた束に向かって、不意に言葉を投げ掛けられるが、彼女は別段動揺した様子は見せない。

 

「いやね、自然発生でISがモンスターの情報をロードするのは、流石の束さんも予想外だったなぁって話。」

 

「……一夏ならばそれくらい、やってのけるさ。」

 

 少女は、それだけ言うと興味を無くしたのか暗闇に向かい踵を返す。

 束は「あはは、一途だねぇ」と答えながら、一度も少女に振り替えることなく、ディスプレイを操作し続ける。

 白式のページを閉じ、束はまた別のディスプレイへと視線を移す。次の画面には、各国で放映されているニュース番組が同時に流れながら、株価のリアルタイム表示等が凄まじい速度で流れていく。天災と呼ばれる彼女は、その全てを並列処理していく。片手間で株の売買を行って利益を算出し、同時にオーストラリアの、沖合いでラギアクルスの目撃情報があり、周辺海洋が全面進入禁止区域になったニュースなど。数多の情報を、彼女はその頭脳をもって混乱すること無く記憶していく。

 ニュースには、それ以外の特に目新しい情報はなく、株価は相変わらず、亀裂が発生した国家の物は次々と暴落を続けている。それを利用し、ここ数ヵ月で束は一千万近い収入を得ていた。これならば、彼女の長年の貯蓄と合わせれば、約千基近くのコアを新規造形出来るだろう。

 しかしそれをしないのは、彼女が現状の戦力でも自らの事業を成功させるのには、十分であると判断しているからだ。

 いやしかし、いまだ英雄事業を始めるにはまだ早いのも事実だ。だが、用意せねばならない準備は済ませてある。些か、手持ち無沙汰なのも事実であった。

 

「そうだ…!」

 

 まるで、イタズラを思い付いた子供のような、無邪気な表情を見せながら、彼女はまた別のディスプレイに繋がるコンソールを操作し始める。

 ソコには、何かISに近しい設計図が描かれていた。『睡蓮』と名付けられたその設計図には、規格外移行の文字も描かれていた。

 




そういえば、お気に入り登録者数が100名越えてました。
これも皆様の応援のお陰でございます。
読んで頂いた方々が、少しでも楽しかったと感じて下さるよう、これからも精進して参ります。


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羅呂
第一話:葛藤


お待たせしました。
今話から新章となります。
一夏くんの難易度が妙に上がってる気がしますが、応援のほどよろしくお願いいたします


 バルファルク討伐から二日が過ぎた。生徒数は半数となりつつも、教育機関として継続する事を決めたIS学園の正門には、いまだにマスメディアが押し掛け人垣を作っていた。

 それ以外は至って平和な時間が流れているが、技術室においてはその限りではなかった。織斑 千冬、織斑 一夏、佐山 現とドゥレムの四名が、技術室に備え付けられたコンピューターを前に唸っていた。

 

「一夏君、もう一度試してみて。」

 

「ハイ。」

 

 現の言葉に従い、待機状態の白式に向かってデータ転送を命じる。

 現在、待機状態の白式と三本のケーブルと繋がったコンピューターに、白式の情報の転送作業を行っているのだが、これは五度目のトライである。何故か、白式から転送されてくるデータはロックが掛かっており、一夏が解錠を命じてもそれが受け付けられない状況が続いていた。

 

「……うぅん。やっぱりプロテクトが働いてる……。」

 

 プロテクトには、そもそもパスワードもないため、恐らく使用者のみが閲覧できる仕様なのだろうと現は推測し語る。言うなれば鍵もなく、隙間もない金庫を相手にしているような物だとも。

 

「使用者偽造は出来ないのか?」

 

「無理ですよ。ISの使用者権限はブラックボックス部分の深層データですから、第三者からは関与出来ません。そもそも、ISがどうやって使用者と非使用者を見極めているかも、束博士以外で理解している人間はいないんですから。」

 

 千冬の提案に、頭を掻きながら答える。彼女は、暗に手詰まりだと語っていた。

 

「しかし、使用者は確認できるというならば、ここに一夏が同席しているのだから問題無いはずでは?」

 

 ドゥレムの疑問に、現は再び首を横に振る。

 

「一夏君がロック解除を命じてるのに、白式はそれを拒否している。あんまりこんな風な言い方好きじゃないんだけど、白式の意志がそれを拒んでる感じ。」

 

 ISにも固有の意志がある。とする考え方は、パイロットには多く語る者がいる。しかし、現のような技術屋畑の人間には、その説に懐疑的であったり否定的な人物が多い。現自身も、ISの固有意思は否定派の考えだったが、現在の白式には、その考え方を当て嵌めるしか答えがなかった。

 

「では、何故白式は一夏の命令を拒む?」

 

「そこです。多分、それさえ分かれば情報も開示されるんでしょう。一夏君に心当たりは?」

 

「……すいません、思い付きませんね。ただ白式の意思と言えば、白式が霹靂を起動する直前に、俺は幻覚を見ました。」

 

「昨日話してたやつだね。確か、白い少女とライゼクス。それから雪景色だっけ?」

 

 一夏は頷いて肯定する。

 一夏達は、IS学園に帰還して直ぐに、技術室を押さえる為に職員室に立ち寄ったが、本日のこの時間まで空きが無かった。そのため、ちょうど居合わせた現を巻き込んで、白式の解析に協力して欲しいと頼んだのだ。その際、一夏から白式の様々な話を聞いておいた現は、一夏が視たという幻覚の話も記憶していた。

 

「色々調べてみたんだけど、IS搭乗中に幻覚を視たって話は結構あるみたい。特に専用機持ちかつ、IS適性が高い人に似たような証言が散見されてるわ。人によって内容はバラバラだけど一貫してるのは、幼い女の子が幻覚に登場すること。でもモンスターが一緒に出て来たなんて話は無かった。……あぁそれと、白式が表示したって言う規格外移行という単語も、現在確認された例は無いみたいね。」

 

 現の語る幻覚云々は、千冬も耳にした事があった。曰く、第二移行の直前や、IS搭乗中に危機的状況に陥った際に、多く発生するとか。

 だが、白式の語るコード:ライゼクスや規格外移行。それに類似する単語が確認された例は何もないため、余計に彼等を混乱させている。語感を鵜呑みにするならば、ライゼクスのデータを元にし、IS規格から外れた特殊な進化を遂げた結果が、あの白式:霹靂となるのだろう。

 

「そもそも規格外って何よ。規格外なら最初から無理に成らなくたって良いじゃない。」

 

 愚痴のように溢す現に、一夏は苦笑いを見せる。

 

「その規格外移行とやらで、白式に影響はないのか?規格から外れた形態移行が起きたのならば、白式の方にも何かしらの影響があったんじゃないのか?」

 

 千冬の疑問に、現は即座に答える。

 

「その辺のデータも秘匿されてます。現在の白式の情報が、何一つ分からない状況なんです。基本データさえ閲覧できないなんて事例は、多分コレが初めてだと思いますよ。とんだ秘密主義ですよコノヤロウ…。」

 

 苛立ちの混ざる愚痴が溢れる辺り、現には手詰まりである。

 情報へのハッキングも試みたが、結果は振るわなかった。ISが秘匿する情報となれば、そのセキュリティレベルは世界有数のハッカーを集めたとしても、匙を投げるほどとまで云われている。ここにいる四人に、解決の糸口は思い付くハズもなかった。

 

「……白式は、何を狙っているんだ?」

 

 ドゥレムの呟きに、皆が一様に考える素振りを見せる。白式の目的が何であるか、何故全ての情報を秘匿するのか。それが分かれば、解決の糸口になるのではと期待したからだ。

 

「一夏は、幻覚の中で何を見聞きした?さっき話していたこと以外だ。」

 

 千冬の問い掛けに、一夏は少し躊躇いつつも口を開く。

 

「……幻覚世界の中で、俺は鈴の死を視た。他の皆の姿は見えなかったけど、恐らく鈴と同じ状態だったんだと思う。」

 

 彼にとっては、思い返したくもない記憶だった。

 寧ろ、あの映像を見せられたからこそ、一夏は迷い無く力を欲した。逆説的に言えば白式に嵌められた可能性も否定できないが、一夏には、あれが紛れもない未来の映像だと直感していた。

 

「なるほど……それを視たのは、少女とライゼクスの前か?後か?」

 

「前。幻覚の女の子は、現状のままだと幻覚が現実になると言っていた。」

 

「それを信じたのか。」

 

 千冬の言葉に、頷いて答える一夏。彼女は、呆れたような表情を見せつつも、彼を責めたりはしなかった。

 一夏の立場になって考えれば、力を求めるのも理解できたからだ。もし千冬が同じ立場になり、一夏の死を見せ付けられれば、結局同じことをしたと言い切れてしまう。

 

「うぅん……となると、白式の目的ってこんな感じになるのかな?」

 

 唸りながらも現は、空中キーボードを叩いてディスプレイに、箇条書きで文字を起こす。

・一夏のモンスター化

・一夏の仲間を守りたいという意思に呼応

・一夏の生命保護

・バルファルク討伐のための緊急処置

・ISの自己進化

・その他予測不明の目的

 六個挙げられた、現が予測した白式の目的に、一夏が直ぐに反応した。それは一番目の項目。一夏のモンスター化である。

 

「俺のモンスター化が目的って、どういうことですか?」

 

「私的にはこれが一番説明しやすいんだけど、文字通りに、君をモンスターにすることが目的。この仮定なら現状、各種データが秘匿されてる理由も説明できるし、君が視た幻覚も白式がそう誘導したって考えることが出来る。説明に矛盾点は出てこないんだよね。でも、それをすることによる白式のメリットが分からない。」

 

 確かにそうだと、千冬もドゥレムも感心する。一夏をモンスターにするという目的であるならば、それを悟らせないために、白式が情報を公開しないのだと納得できる。寧ろそれ以外に、情報を公開しない理由が考えられなかった。

 だが、それを飲み込める一夏ではなかった。彼には、あの幻覚こそリアルであると確信に近い直感が、いまだにこびり着いている。仮に白式の目的に、自身のモンスター化が含まれていたとしても、それはあの未来を防ぐために必要不可欠な要素なのではないのか。そうであるならば、彼は人間を辞めることは厭わない覚悟だった。

 

「ひとまず一夏君には、1ヶ月程ISの使用を停止させるべきです。その間に、一夏君と私は白式のプロテクト解除の方法を模索します。」

 

 現状はその判断が正しいだろうと千冬が決断し、現の意見に方針が決定した。今回の検査は、既に時間となるため終了となったが、結局のところ何も解決していないのと変わらない結果となってしまった。

 方針の決定に、一人納得していないのは、一夏本人である。

 検査が終われば即時返還。という約束は履行されたが、それと同時に千冬の許可無しで、白式の起動を行うことを禁止とした。反した場合には即座に白式の回収。向こう10年間、ISへの接触禁止という罰則を受けることを課せられてだ。誓約書まで書かされたのだから、苛立ちを覚えずにいられない。

 

「一夏。これは全て、お前を思うが故だ。だからこそ、ドゥレムも佐山もこうして検査に協力しているのだから。」

 

「……分かってるよ。」

 

 吐き捨てるように言い残し、一夏は技術室を後にしてしまう。その瞳の色には、隠しきれない憤りも込められていた。だがそれを圧し殺し、彼はそそくさと三人から離れていってしまった。

 彼が技術室を後にし、少し経ってから千冬は、大きな溜め息を洩らしてドカリと手近な椅子に腰を預ける。その顔には、疲れが滲み出していた。

 

「…お疲れ様です。」

 

「あぁ………。」

 

 現が気を効かせ、言葉を投げ掛ける。だが、千冬の精神的疲労はとても大きいものであった。普段なら、生徒の前では絶対に見せるハズもない疲れきった表情が、その顔から剥がれないのだから疲労は相当のものであるのだろう。

 

「一夏は、何故白式に執着するんだ。人でいられなくなるかもしれないのに、何がアイツを縛っている……?」

 

 千冬にとって不思議だったのだ。いや、一夏と話した全員が疑問に感じていた事柄。彼の白式に対する執着だ。普通の感性ならば、モンスターになってしまうと脅されれば、多少は躊躇したり、困惑するだろう。だが一夏は違った。楽観視してる訳でもなく。彼は、それでも良いと本気で考えているのだ。常人の思考体型ではないと、千冬はハッキリと言い切れる自信があった。

 

「……考えづらい事ですけど、白式が一夏君の価値観にすら影響を与えているのかもしれません。だから、人でなくなることに躊躇いがない。」

 

 あり得ないと、切って捨てることが出来なかった。現の仮説が仮に真実だとしたら、白式には明確な目的があるという事になる。それが悪意か善意かは分からないが、結果的に一夏は、人間を辞めざるを得なくなってしまうのだろう。

 

「…どちらにしても、一夏には白式を乗らないでいて貰うしかない。奴が白式に乗らなくとも良い状況を、俺やセシリア達で頑張って作るさ。」

 

 千冬は、ドゥレムの言葉に軽く頷く。彼女は、戦略的にそれが難しいと分かっていた。単純な攻撃力で鑑みれば、一夏はIS組の中で頭一つ分飛び抜けている。ドゥレムと並ぶ、IS学園の最高攻撃力の一角を失うのは、亀裂を上空に抱える学園にとってかなりの痛手となるのも、彼女は痛いほど理解していた。だが一夏の家族として、更には現場責任を負う者としても、一夏の抱える危険性を鑑みれば彼を再び前線に送ることは出来ないのもまた事実である。

 

「フォーメーションは考え直さなければだな。」

 

「俺と一夏の二人体制だった前衛か。この際俺一人で、と言いたいところだが……。」

 

 ドゥレムが懸念しているのは、自身よりも速力のある相手の時だ。バルファルクは正にそれだった。一夏とドゥレムの二人体制だったからこそ、相手が速さを活かしきれずにいた。だからセシリア達の援護射撃も効果を発揮したのだが、ドゥレム一枚の前衛では、一対一の速度での勝負になった時にはかなり危うい戦いになると言える。確かに、最高速度を含めたドゥレムの空戦能力は、モンスターの中でもトップクラスに部類する。しかし、自身よりも速いモンスターもいれば、以前のフルフルのように飛び方の巧いモンスターもいる。そういった者が相手となった時に、損害はかなりのものになると考えられる。

 

「前衛には貴様一人ではなく楯無か鈴の二人一組が的確だろう。ひとまず、対モンスター戦術と兵器の開発を急ごう。」

 

 千冬も、ドゥレムの言わんとすることを理解していた。だが対モンスター戦術と言っても、その特徴は千差万別。一つの戦術で、どうこうなる問題ではない。せいぜい、陸海空それぞれに対応した基本戦術を組むくらいしか手はない。となれば、メインになるのはどうしても兵器開発になる。セシリアが使っている対モンスター用試作狙撃銃、丙一型はその皮切りとなっており、実戦データを元に改良が加えられるとなっている。

 世界各国でも、対モンスター用兵器の開発は急がれているが、何分データが少ないためどこも難航しているようである。

 その点白式の持つ零落白夜は、反則と言える程の攻撃力を誇っている。確かに、ただ前線に置くだけならば、楯無と霧隠れの淑女でも十分であろう。いや、その技術を鑑みれば一夏よりも適任と言えた。鈴も甲龍の持つ高い防御性能に、青竜刀による近接戦能力も十分にある。問題があるのすれば、モンスターとの機動戦になった際か。

 だが、白式の持つ零落白夜という必殺の刃の損失は、かなり大きな物と言える。バルファルク戦も、一夏と白式:霹靂の活躍がなければかなり厳しい戦いになっていたことだろう。ドゥレムをして、「負けてもおかしくない戦いだった」と言わしめた相手と渡り合えたのは、間違いなく一夏と白式:霹靂の活躍があってこそだったのだから。

 

「……一ヶ月……。佐山、何とかして白式を調べてくれ。私も出来うる限りの協力をする。」

 

 力強く頷く現。

 内心の不安を滲ませないよう、努めて平静でいようとする千冬は、現の決意に満ちた表情を心強く思いながら、技術室を後にする。ドゥレムと現も、彼女の後にならい技術室から出ていく。

 

「…………。」

 

 が、ドゥレムが何かに気が付いたように足を止め、振り替える。視線の先には、シャットダウン処理中の空中ディスプレイが物寂しげな青い光を灯していた。やがて、ブンと空中ディスプレイが消失した。後には、綺麗に整理された一室が残るのみだった。

 

「ドゥレム君?どうしたの?」

 

「……いや、気のせいだ。」

 

 現の呼び掛けに、ぶっきらぼうながらも答え、鍵を閉めたドゥレムは二人のもとへと歩を進めた。

 

 

 

 






人を辞めそうになっている一夏くんと、人間を理解しようとするドゥレムの対比を楽しんで頂ければ幸いです。


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第二話:暗躍

お待たせしました。
今回は、MHFのやべー奴(?)が登場します!


 暗闇の中、彼は絶望的な驚異に震えていた。炎の王とさえ呼び称された自身が、まるで手も足も出せずに弄ばれている現実は、彼の生涯で初めての経験だった。

 恐怖を覚え、本能の赴くままに逃げてきたが、ソレに追い付かれた。黒い体躯に紅い目をした奴に。

 

「ゴォオォォォォォ‼‼」

 

 周囲に撒き散らした鱗粉を爆発させ、闇を払おうとする。だが闇は霧散せず、光る紅い眼光が不気味に蠢く。

 笑っているのか?彼は、その眼に灯る色に、愉悦を見てとった。生存のために他者を狩るのか?違う、奴は自身の快楽のために他者を狩るのだ。それを理解した次の瞬間、彼のテオ・テスカトルの意識は闇に呑まれていった。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

「…………。」

 

 ドゥレムは缶コーヒーを飲みながら、一人ベンチに腰掛け海を眺めていた。以前、現と話したそのベンチは、相変わらずに人の足は少ない。

 彼が考えているのは、一夏達のことである。一夏のモンスター化は紛れもない真実だと、ドゥレムは確信している。今は人間に戻れても、いずれは戻れなくなるとも彼には読み取れていた。一夏は分かっていないのだ。人を辞めて、モンスターになるということの本当の意味を。

 グッと握り締めた空の缶を、思わず握り潰してしまう。想った以上の憤りを覚えていたのだろう。ドゥレムは、少し驚いた表情で潰れてしまった缶に視線を落とす。

 溜め息を一つ吐いて、自室に戻ろうと立ち上がるドゥレム。だが、その目の前に一人の少女がいることに気が付く。先程までいなかったハズの、黒い長髪の紅い目の女の子。服装は黒を基調としたゴスロリの衣装で年の頃は14歳程だろうか?端から見れば、綺麗なストレートの髪を持つ愛らしい少女だが、ドゥレムはその正体を瞬時に看破した。

 

「……モンスターか。」

 

 警戒心を隠そうともせずに、ドゥレムは呟く。少女はニッと口角を上げて笑って見せる。

 

「初めまして、お兄さん。私の名前ははラ・ロ、お兄さんがドゥレムディラ?」

 

 ラ・ロと名乗る少女の姿に、ドゥレムの警戒心は最高潮となっていた。並みのモンスターではないと、本能が警鐘を鳴らしている。

 

「今日は挨拶に来ただけよ、そんなに怯えないで。」

 

 クスクスと笑って見せる彼女だが、ドゥレムの警戒心は全く解れない。

 いや、それよりも彼女は怯えていると言ったか?ドゥレムは自身の右手をちらりと見る。潰れた缶コーヒーが、カタカタと音を挙げている。彼は、それを隠そうともせずにラ・ロに眼差しを向けた。

 

「挨拶?」

 

「そう、挨拶。篠ノ之 束の慈善事業開始のね。手始めに、テオ・テスカトルを討伐したわ。次はラオシャンロン、ラギアクルスの順に狩っていく。」

 

 篠ノ之 束の名前は、ドゥレムも忘れてはいない。箒の姉であり、千冬と一夏の友人だった人物。そして、一夏と鈴、セシリアを巻き込み爆破テロを行った人物である。

 

「お前が、束の協力者なのか?」

 

「……そうね。実際は少し違うのだけど、その認識で間違ってないわ。」

 

「何が目的だ?」

 

「言ったでしょう?挨拶だって。それに……。」

 

 ふわりと、間合いを詰めるラ・ロ。警戒していたハズなのに、気が付いた時には間合いに入られていた。底知れない笑顔を浮かべながら、彼女はドゥレムに耳打ちするように語りかける。

 

「私は、お兄さんの事を気に入っているのよ、……近い内に殺し合いましょう?」

 

 こびりついた血の匂いが、ドゥレムの鼻腔を擽る。

 ラ・ロはそれだけ言うと、ドゥレムから離れ、くるりと回った後にスカートの端を両手で摘まみ礼をする。

 

「じゃぁね、お兄さん。アレよりも私達を楽しませてね?そうそう、ライゼクスと交わったIS。束はアレに興味があるみたい。また近い内にちょっかい掛けると思うから、その時はヨロシクね。」

 

 ゴォッ!

 と、彼女を中心に炎が沸き立つ。思わずドゥレムも、顔を自身の腕で隠してしまう。この距離で火傷をしそうな熱量だったが、気が付いた時にはラ・ロの姿はこの砂浜には居なくなっていた。

 思わず、膝から崩れ落ちるドゥレム。常識外れのプレッシャーに当てられた彼は、玉粒のような汗を浮かべ、肩で息をしていた。冷や汗が止まらず、暫くはまともに立てそうにはなかった。

 

「あれが……俺の敵か。」

 

 震える手を無理矢理押さえ、彼は空へとその視線を向ける。茜色に染まり始め、夕闇はすぐそばまで迫っていた。

 

 ラ・ロという束の協力者に出会ったという話は、直ぐに千冬に伝えた。そして二人にとって、非常に良くない話がある。それは、束が白式に注目したという事だ。彼女のことだ、ちょっかいと言っても生半可なことではないだろうことは、想像に難くない。

 

「他にソイツは何か言っていたか?」

 

「伝えたことで全てだ……。束と友人だったのだろう、狙いはなんだと考える?」

 

「分かったら苦労もしない。アイツは、昔から人よりも頭が良かった上に、人としての道徳がなければ、躊躇も迷いもない。ソレ故に行動が読めなかったが……。」

 

 千冬が腕を組み唸る。長い付き合いだとしても、彼女にも天災束の行動は読めないのだ。しかし、それでも分かることがある。それは、束が白式を調べる方法だ。恐らくISなどの外敵をけしかけ、一夏にISを起動させざるを得ない状況下におく考えなのだろう。以前、ISクラス対抗戦において一夏vs鈴音戦に乱入した無人ISも、束のけしかけた物だと千冬は読んでいる。結局天災と言えども、彼女の根本的な部分は脳筋と言える。白式を調べたいと語るならば、白式との戦闘でそれをやろうとするのだと、千冬は予測できた。

 

「ひとまず、一夏を避難させるというのはどうだ?」

 

「どこに逃がす?例え街中に置いたとしても、奴はなんの容赦もなく仕掛けてくるぞ。」

 

 束の事だ、自身の知的好奇心のためならば、他者の生命に危険が迫ろうが関知すらしないだろう。それならば、いっそ完全な迎撃体制を取って、束の刺客を迎え討った方がまだ被害は少なく済むのではないだろうか。

 

「いざとなれば俺も出るが……モンスターとの戦闘以外で俺が戦うのは大丈夫なのだろうか?」

 

「大丈夫な訳がないだろう。国連や日本政府には、対モンスター戦力と説明しているんだ。もし敵対者であろうと、ISを相手にモンスター状態で戦おうものなら、良くて国連所属になるか悪ければ殺されるぞ。」

 

 それは良くないなと、ドゥレムも唸る。いまだに政府や国連には、ドゥレムに対して懐疑的な者も多い。そうでなくとも、モンスターの脅威に晒されている現状において、彼等が欲している情報はモンスターの詳細なデータだ。つけ入る隙を与えれば、彼等は瞬く間にドゥレムを連れ去るだろう。

 千冬にとっても、その結末は望むべきものではない。モンスターだとしても、ドゥレムは欠け替えの無い戦友の一人なのだから。

 

「もしその事態になっても、お前はモンスターが現れた時以外は討って出るな。なに対IS戦ならお前より、私達に一日の長がある。安心して見ていろ。」

 

 一瞬だが、迷うそぶりを見せつつドゥレムは頷く。彼は、自分が戦わなくても大丈夫なのかと不安を抱きつつも、千冬の自室を後にした。

 

 

 翌日の剣道場。ドゥレムは一心に素振りをしている。今日は快晴だが、暢気に日光浴を楽しめる気分ではなかった。まだ午後も回っていない時間だがら、一夏達は教室で授業を受けている最中だろう。

 ブン、ブンと竹刀の風切り音が静かな剣道場内に浸透する。ただただ無心で竹刀を振り続けるが、その剣先はいまだに定まらない。彼の心の迷いが、その剣筋に現れているのか、どこか彼の表情も難しげだった。

 不意に、素振りを止める。彼は目を閉じ、晴眼の構えで佇む。剣道を嗜むようになって、箒の強さを改めて彼は実感していたのだ。あの剣筋は速かった。ドゥレムの動体視力を持ってしても、完璧にいなせるかは五分五分と言った所だろう。だが、『人体』の体さばきを剣道を通じて学んだ。何処に力を入れて、何処の力を抜くか。いつ動き、いつ流れるかを、彼は少しずつ学びとったのだ。

 瞼を閉じ、暗闇の中で眼前に箒の姿を想像する。想像は像を結び、暗闇の中でドゥレム本人と箒の一騎討ちとなる。だが、ドゥレムは箒の上段からの面一振りしか知らない。速く、鋭い必殺の面だが、ソコに繋げるまでの小技も、戦術も動きも知らない。だが、今のドゥレムにはそれで十分だった。

 動く。振りかぶった箒の喉に向けての突き。はたまた小手。切り抜け胴。だがその悉くをかわされ、いなされ、返しの面を食らう。何が違う?何が足りない?と彼は、暗闇の中で自問自答する。後手で駄目ならば自分からと、箒が上段に振りかぶる前に攻勢に出ても、ドゥレムには有効打が打てなかった。

 大したものだと、謎の上から目線でドゥレムは感心している。剣道というルールの中で、ある種の極地へとひた走る箒の剣筋には尊敬すら覚えていた。だからこそ、以前の自分が行ったルール違反が、なんと失礼な行為だったのかと恥じる。

 だが箒の『剣道』にも、ドゥレムは疑問を抱く。ドゥレムが見る剣道は、即ち技の習得にある。力を誇示するということはせず、脈々と受け継がれた技を倣い、精錬し、進歩する。それが剣道の、武道の本質なのだとふとした時に千冬に教わった。しかし彼女の剣道は、他者を凌駕し己を誇示することに重きを置くような。まるで「私はここにいるぞ!」と泣き叫ぶような、そんな悲痛ささえ感じる。

 

「何故……。」

 

 何故、箒はIS学園から離れたのか。

 何故、箒の姉である束は、一夏に危害を加えるのか。

 それを箒が容認するとは、ドゥレムには考えられなかった。彼女は良い意味でも悪い意味でも、その中心には一夏がいた。彼女にとっての拠り所だったと言える。しかし現実は、箒と一夏はある種の敵対関係にある。何故そうなったのか、そうならざるを得なかったのか、これがドゥレムには分からない。そして不気味なのは、箒本人が全く姿を見せない事だ。束は直接相対したことはないが、言葉は交わした。ラ・ロと名乗る少女も現れた。だが、箒はどうしたのだろう。

 問い掛けるでもなく、暗闇に浮かぶ箒に真っ直ぐ向かい。竹刀を構える。ドゥレムが想像した虚像に過ぎないその箒が、ドゥレムの問い掛けに答えるハズもない。ただ、黙して剣を構える影なのだから。

 

「ドゥレム。」

 

 不意に名前を呼ばれ、虚像がぶれる。ドゥレムはゆっくりと目を開け、声の主へと視線を向ける。

 

「鈴音、珍しいな。」

 

 彼女が一人で剣道場に姿を見せるのを、少なくともドゥレムは初めて眼にした。彼は、脱ぎ捨てていた上着に袖を通しながら、彼女に近付く。

 

「ちょっと…話したいことがあるの。時間、良い?」

 

 鈴音の言葉に頷いて答えたドゥレムは、竹刀だけ仕舞ってくると告げて、一旦彼女から離れる。

 

 

 そういえば、彼女と一対一で言葉を交わすのは初めてだなと、ドゥレムは鈴音の隣を歩きながら考える。だいたい誰かが一緒にいることが多かった。

 

「一夏のことか?」

 

「……うん。」

 

 緑溢れ、綺麗にレンガで舗装された道を歩きながら、ドゥレムは切り出す。思い悩んだ表情をした鈴音から、ドゥレムに訪ねる話題となれば、恐らく一夏のことだろうと予測は出来ていた。

 

「昨日、検査の結果は奮わなかったって……アイツ、大丈夫なの?」

 

「少なくとも、今のままなら大丈夫なハズだ。白式の目的が分かれば、話はもっと単純だったんだが……。」

 

 ドゥレムの言葉に、鈴音な表情はほんの少しだけ柔らかくなる。懸念事項が一つ減ったからだろう。しかし、全てではない。彼女が警戒している事柄は他にもある。

 

「一夏は、白式を使わないでいられるかな?」

 

「……釘は刺し、念押しもした。後は、アイツ次第だ。」

 

 不安なのだ。人間に戻れなくなった一夏の姿を想像し、その度に胸が張り裂けるような思いになる鈴音は、すがるようにドゥレムを尋ねた。だが、彼の返答は、彼女の望むものとは違った。

 束が送る刺客。果たして、一夏を守りきれるか。果たして、一夏はただ守られてくれるか。

 

「……私は…嫌だよ。一夏が……。」

 

「分かってる。」

 

 鈴音の表情に、ドゥレムは決意を固めた。

 そうだ、誰かが泣くのを見ていられない。一夏も鈴音もセシリアもシャルロットもラウラも現も千冬も麻耶も、そして箒も全員が、ドゥレムにとっては欠け替えのない仲間だ。誰一人として失わないし、泣かせない。

 

「ドゥレム?」

 

 彼の表情、言葉の抑揚に何かを読み取った鈴音は、いちまつの不安を覚え、彼の名前を呼ぶ。ドゥレムは、道の片隅の自動販売機に近付き、缶コーヒーを二つ購入して、片方を鈴音に投げ渡した。

 

「なに、心配するな一夏は人間だ。俺と同じじゃない。」

 

 プルタブを開けながら、ドゥレムは笑顔を浮かべる。

 

「こっち側には越させねぇさ。だから安心しろ。」

 

 人道が、道徳を重んじる理性の道であるならば、ドゥレムの語るこっち側。モンスターの道は、本能と強弱が支配する畜生道。せっかく人の身に生まれて、わざわざ修羅の巷を歩くことはない。

 

「ドゥレム、アンタも……アンタもだよ?無茶はしないで。」

 

 だが、鈴音がドゥレムに抱く不安は拭えない。はたして言葉は、願いは彼に届いているのだろうか。彼女には、言葉が彼等の心に響いていることを願うしかなかった。





『ラ・ロ』って名前だけでかなりのネタバレな気がしますが、気にしなぁい


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第三話:炎門(テルモピュライ)

テルモピュライ……エノモタイアァァァッ!!!


「い、いちふぁぁぁぁ‼‼」

 

 彼の名前を今正に大声で叫んだのは、ラウラ・ボーデヴィッヒである。彼女の手には梅干しの入ったおにぎりが握られているので、何があったかは一目瞭然である。

 

「だぁから酸っぱいって言ったでしょうが。」

 

 瞳に涙を浮かべているラウラに、お茶を差し出しながら彼は溜め息混じりに言う。つい十秒前に、

「私は軍人だ!ほんの少し酸っぱいくらい!」

と自信満々に、おにぎりを大きな一口で頬張ったくせに、泣くほどの酸っぱさに身をよじらせている。

 IS学園は今お昼休みであり、一夏はいつものメンバー+ドゥレムと現を加えて屋上で昼御飯を楽しんでいた。その中で一夏は、三つのおむすびと味噌汁。きゅうりの浅漬けという、自身の若さを何処に置いてきたのか疑問を抱くような献立でやって来た。

 おむすびの具材は、梅干しとおかか、昆布である。ラウラがおもすびを、物珍しげな顔で見ていたものだから、一つ食べるかと持ちかけ彼女がその提案に飛び付いた。後は、適当に選んだ梅干しのおにぎりを、彼の忠告を無視して食べたものだから、その酸っぱさに酷い目に合う結果となったわけだ。

 

「ほら、こっちにしておこう。」

 

 一夏が彼女に手渡したのは、昆布のおにぎり。一夏は残った梅干しのおにぎりを頬張りながら、ラウラを心配そうに見つめるが、やがて一口。

 以前、海鮮屋大旗で見せたようなキラキラとした瞳で、彼女は昆布のおにぎりを見つめる。

 

「一夏!一夏!美味しいぞコレ!」

 

「それは良かった。」

 

 まるで兄妹のようであると、端から見ていた女子諸君は感想を抱く。手のかかる妹に、料理が得意な兄という構図だが、鈴音とセシリアにとっては面白くない。

 自身が思いを寄せる相手が、後から来た女子の世話を焼いているのだから、嫉妬や羨望といった感情が渦巻く。

 現は、「一夏君も大変だね」なんて他人事だがシャルロットは違う。一々反応が愛らしいラウラの事を観察していた。なんなら盗撮までする始末である。どういうわけだか、以前の神隠しのトラウマ以来、間違った母性に目覚めた彼女は、ことあるごとにラウラを撮影しているのだ。

 

「あ、あの一夏さん?よろしければ私のサンドイッチはいかがでしょうか?」

 

 ラウラに遅れをとってなるものかと、攻勢にいち早く出たのはセシリアである。自身のバスケットからサンドイッチを取り出し、上目遣いで一夏に提案する。

 しかし、セシリアの手料理を知る人物。一夏と鈴音は、彼女の提案に顔を青くする。少なくとも、セシリアは味音痴というわけではない。ただ、料理に対しての常識がなく、意外な所で適当なのだ。例えで言えば、食材を洗うのに台所洗剤を使うような。

 

「俺も一つ貰って良いか?」

 

 ドゥレムが不意に口を開く。焼きそばパンを食べ終わった彼は、セシリアの提案に乗っかる形で彼女に問う。セシリアはそれを快く許し、「お好きな物をどうぞ」とバスケットを見せる。

 一夏と鈴音は、セシリア本人の手前ドゥレムを止めることも出来ず、見守るしかない。

 

「わぁ、おいしそう。」

 

「本当だ。オルコットさんは手先が器用なんだね。」

 

 殺人料理、セシリアクッキングを知らないシャルロットと現が、サンドイッチを目にして感想を溢す。そう。見た目は彩り鮮やかで、瑞々しさすら感じる一般的に美味しそうな出来映えなのだ。まるで、昼間のカフェテリアで頼むお洒落な昼食である。

 さて、そんな中からドゥレムが手に取ったのは、一番無難そうなサラダサンドイッチである。レタスとトマト。そしてチーズを挟んだそのサンドイッチは、失敗する要素は皆無だ。下手なことをしなければだが。

 

「いただきます。」

 

 一口口に含む。

 そしてその瞬間に、ドゥレムの動きが停止した。

 

「いかがですか?」

 

 満面の笑みを浮かべたセシリアが、いつもの十品な振る舞いで訊ねる。

 動きを再開したドゥレムは、神妙な面持ちで一口目をよく噛んで飲み込む。

 

「これは……なんだろうか……。口に含んだ瞬間に漂ってくる不快な臭い。見た目に、そぐわない辛味と酸味…そうだな、これは……旨くない……。」

 

 不味いと言わないのは、気を利かせてか、それともその言葉を知らないためか。だが少なくとも、彼の語った言葉を間違って認識するような人物はいなかった。

 

「そ、そんなハズはありませんわ!」

 

 セシリアも、ドゥレムの反応にまさかとサラダサンドイッチを一つ取りだし一口。

 その顔はみるみると青白くなり、そして赤くなる。辛味と酸味のダブルパンチが、彼女の味覚を破壊しているのだ。

 

「ど、どうして……。」

 

 彼女はガックリと崩れ落ちる。

 それを横目に、一夏はドゥレムに味噌汁を一杯渡し、鈴音がサラダサンドイッチの臭いを確かめる。

 

「ねぇ、一夏……この臭い。」

 

「ん?………。え、なんで?」

 

 恐らく、臭いだけでセシリアが何を入れたのか分かったのだろう。分かった故に理解ができなかった。

 

「セシリア。なんでサラダサンドに豆板醤の臭いがするの?」

 

 鈴音が訊ねる。予想外の名前が登場したために、現は目を見開き驚いてみせる。しかし、シャルロット、ラウラ、ドゥレムには豆板醤が分からず、頭に疑問符を浮かべていた。

 

「豆板醤は、中華料理。特に四川料理で使われる香辛料だよ。四川麻婆豆腐なんかで言えば分かりやすいかな?」

 

「あぁ。あの辛い麻婆豆腐ね。私は好きだよ?」

 

 一夏の説明を聞いて、シャルロットがにこやかに答える。四川料理を好きと言えるとは、なんちゃって四川しか食べたことがないのか、それとも本当に辛いのが得意なのか、こんど確かめてみようと鈴音は考える。

 

「で、なんで豆板醤を入れたわけ?」

 

「え、えぇとですね……。以前食堂で一夏さんと鈴音さんが四川料理の話をされていたのを、遠くで聞きまして。」

 

 本人達には、身に覚えのある話だった。バルファルク討伐戦よりも以前、確かに二人は四川料理の話題をしたことがあった。具体的に言えば、四川麻婆豆腐に最も合う白米は何?という並々ならぬ拘りを匂わせる議題なのだが、結局互いに平行線を辿り、議題の決着が着くことはなかった。

 

「それで、私なりに四川料理というものを色々調べてですね。大半の料理の素材に豆板醤が使われてると知りました。ということは、きっと美味しい調味料なのだろうと考えまして……」

 

「サンドイッチに挟んだのか?サンドしてしまったのか?豆板醤を?」

 

「…ハイ。」

 

 一夏と鈴音が頭を抱える。サラダサンドイッチに辛味が合わないかと言われればそうではない。ブラックペッパーが合うのだから、量さえ誤ったりしなければ、失敗はしないだろう。だが、今回の辛味は豆板醤である。発酵食品の一種であり、クセの強い豆板醤をサンドしてしまったのである。中々にキツイ食べ物となるだろう。

 だが、同時に疑問も上る。ドゥレムは酸味も訴えた。確かに、豆板醤も若干の酸味を持つ。むしろ酸味をより濃くなるように、調合した商品だってある。だが、そういった酸味の強い豆板醤は、一般的な日本の量販店ではまずお目にかかれない。簡単に入手できる豆板醤であれば、大概酸味は辛味に隠されてしまうのだ。となれば案の定、セシリアは更に手を加えていた。

 

「豆板醤をそのまま使っては辛すぎるかと思いまして。砂糖を溶いた酢と混ぜパンに塗りました。」

 

 兵器である。

 控えめに言って、人の食べる物ではない。味覚を壊すだけの兵器である。

 せめて火を通すべきだったのだ。生の豆板醤に酢と砂糖となれば、豆板醤の臭いだけが主張してしまう。そして恐らく、分量もおかしいのだろうと、鈴は即座に気が付く。恐らく、豆板醤六に対して酢が三、砂糖一程度の割合だろう。せめて豆板醤五に酢二、砂糖二、胡麻油一の割合で、軽く火を通しておけば、多少はマシだったのではと考えた。それでも、サラダサンドイッチでは美味しいとは言えないだろう。カツサンドならば、相性は悪くないのかもしれない。

 

「セシリア。明日からの土日、一夏の部屋に集合ね。」

 

「え?」

 

「料理の基礎から叩き込む。さしすせそが覚えられるまで、帰れるとは思わないことだ。」

 

 一夏と鈴音に、変なスイッチが入ってしまった。

 そして、一夏の手料理が楽しめると勘違いしたラウラが、自分も参加したいと言い出す。当然、断る理由もないうえに、若干おかしなテンションになっている二人はそれを了承。シャルロットもラウラのエプロン姿が見れると期待して参加することに。そうなると、なし崩し的にドゥレムと現も巻き込まれる事態に繋がり、明日の朝一から一夏の部屋に全員集合することになる。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

やはり……教官の弟でした

 

 と千冬のスマートフォンに短いメッセージが届き、それを彼女が確認した頃には、一夏の部屋は正に死屍累々となっていた。まだかろうじて気力の残るシャルロットを除き、元気なのは一夏と鈴音の二名のみだ。

 セシリアは当然として、ラウラは料理の『り』の字も分からない状況だったため、二人のスパルタ式お料理教室にしごき上げられ。現は意外にも料理を含み、家事全般がずぼらだと発覚。火の灯った一夏に、一から十まで家事のいろはを叩き込まれた。だが一番悲惨なのはドゥレムではないだろうか。元々がモンスターであるためか、片付けると言うことには、とんと無頓着であった。さらに料理に関しても知識はなく、家事など知らない。一夏と鈴音のスパルタ教室は正に阿鼻叫喚の様相を見せて、彼等を苦しめたのだ。セシリアは部屋の隅で体育座りのまま『さしすせそ』をぶつぶつと繰り返し、ラウラはスマートフォンを片手に、以前シャルロットが使っていたベッドで気絶している。現は椅子に腰かけているが、その顔に生気はない。ドゥレムは部屋の床で倒れ付してしまっている。シャルロットはその様を眺め、いまだキッチンで、熱く語り合っている二人の会話を聞く。何を話しているのだろうか?

 

「これらの点から、から揚げにレモンを掛けるのは道理に沿った行動と言える。それは分かる。しかし、から揚げと言えば家族の団欒時や大勢の友達で集まった時に食べる料理の一つだ。そうなると、レモンを掛けるのは嫌だという層の発言を無視するわけにはいかない。何故なら、全員が楽しくなければ料理とは真に楽しめ無いからだ!」

 

「待った!その理論で行けば、レモンを掛けたい側に我慢を強いるのは間違っているわ。それならば初めから、レモンを掛けない側はあらかじめ、自分の分を小皿に移すべきではないかしら?」

 

「それも分かる。だが、そうなると皆で大皿を囲んでいるのに、自分だけ爪弾きになってる疎外感を背負う事になる。それは料理を最大限で楽しむという観点において、見過ごす事は出来ない。なので発想を逆転させてみた。」

 

「と言うと?」

 

「題して、『レモンを多くする』だ!」

 

「ま、待って⁉それで何が解決するの?」

 

「フフ、よくぞ聞いてくれた。まず考えて見てくれ。大皿で運ばれてくるレモンの量を。」

 

「それは、一切れが一つ…多くて二つってところじゃないの?」

 

「そうだ。これは、全員がそのレモン一切れ分の果汁ということになる。しかぁし!それではレモンを掛けたくない側は、あらかじめから揚げを確保しておく必要がある。そこで発想を切り替え、レモンを掛けたい側個人個人にレモンを支給する。」

 

「そうか!そうすれば自分の小皿でレモンを掛ける事ができる!全員でから揚げの大皿を囲め、全員が自分の望む味で楽しめる訳ね!」

 

 ぱぁん

 と、キッチンからハイタッチの音が響く。何を白熱した議論を繰り広げているのかと思えば、取るに足らない議題だったと、シャルロットは溜め息を吐く。

 ちなみに彼女は、レモンはどっちでも良い派だったりする。

 

「良し、では次の議題だ!」

 

 二人の激論に、終止符は打たれるのだろうか?

 夜の更けていくIS学園の空を眺めながら、シャルロットは考える。しかし答えは分かり切っていた。終止符など初めからないのだ。料理の問題がある限り、異なるニーズがある限り続く、果てしない無限迷路である。一夏と鈴音は、数少ない戦友(お互いと五反田兄妹)と共に難攻不落の迷宮へと挑む勇士である。その心が折れない限り、決して止まることのない、不退転の探求家である。彼等は止まらない。止まらない限り、道はその先に続く。過去の英傑(料理人)、英雄(生産者)が刻んだ技を、知恵を、その志を背負い、彼等はこの飽くなき料理という修羅の道を一歩一歩確実に歩んで行く。それが彼等の料理道なのだから!

 

「……なんだろう……。その熱量、流石に着いていけないかなぁ……。」

 

 シャルロットが呟く。その表情には、曳き吊った笑いが貼り付いていた。それはそうだ。今の二人のテンションは、幾らか可笑しい。それに振り回された結果が、この惨状なのだから着いていくことはない。嵐が過ぎ去るまで、堪え忍ぶしかないのだ。

 

「もう、寝よう。」

 

 シャルロットは立ち上がり、ベッドで気絶しているラウラを、抱き枕代わりにして床についた。

 その晩は一夏と鈴音の高笑いと、セシリアのさしすせそを子守唄にして、彼女は就寝する。悪夢を見そうなものだが、ラウラという彼女にとって最強の癒しが合ったため、夢見は良かったそうな。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 黒。

 ただただ黒い闇を纏い、彼女は巨龍を切り刻んでいく。表情を隠すバイザーには、深紅に輝く眼のような光が輝くが、それは明らかに人間のものではない。大きく吊り上り、他者を威嚇する眼光だ。

 

「ゴオォォオオオオオ‼‼」

 

 巨龍、ラオシャンロンは吼える。その咆哮は、彼の巨躯から発せられるだけにそれだけで十分な攻撃となる。砂漠の砂が舞い上がり、大気が振動する。まるでこの星そのものが震え上がるような錯覚さえ抱くほどだ。

 

「……」

 

 が、彼女はそれを物ともせずに攻勢を掛ける。黒い影のような斬撃を飛ばし、ラオシャンロンの体を刻んでいく。鮮血が舞うが、その傷は巨躯に対して僅かだった。ラオシャンロンは後ろ足二本で立ち上がり、彼女に向かいそのアギトを向ける。サイズが違うために、ゆっくりに見える攻撃行動も、想像を越えて素早いものだった。しかし彼女は、その一撃を難なく避ける。そして、その首筋を直接斬り付け、そのままラオシャンロンの後ろへと切り抜ける。それには堪らず、ラオシャンロンも悲痛な声を上げる。

 だが間髪入れずに彼女は、両手の刀を全面に向ける。と、彼女の周囲を漂っていた闇が刀に絡まり、竜の顔のようなシルエットを瞬時に象る。影は口を開き、その口腔の奥から黒と青、青紫色に白いスパークをした暴力の奔流がラオシャンロンの背中を撃ち抜く。固い外郭を砕き、内臓器官を焼き上げてついにはラオシャンロンの胸から貫通してしまう。

 最後に力なく鳴き、倒れていくラオシャンロンは、再びその巨躯を砂漠の大地に預けることなく、青白い粒子へと消えていくのだった……。



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第四話:憤怒

遅くなりましたっ!
申し訳ない!


 

「……ん?」

 

 目を覚ました鈴音は、若干の汗臭い匂いを嗅ぎとった。

 目の前には制服のまま寝ている一夏の胸板が、その視界一杯に飛び込む。まだ寝惚けているのか、鈴音は一夏の体に顔を埋め、一杯一杯の息を吸い込む。

 一夏の匂い、一夏の香り、一夏の体、一夏の筋肉、一夏の鼓動。

 彼女の頭を一夏が統べていく。幸せすら感じるこの一時を、鈴音は清々しい気持ちで享受していた。そう、この時までは。

 

パシャッ

 

 携帯の作られたシャッター音が、静かに鳴る。鈴音の意識は一瞬で覚醒し、ガバリと自分の後ろを振り返った。ソコにはニヤリと底意地の悪い笑顔を浮かべ、シャルロットに抱き枕代わりにされているラウラと、同じくニヤニヤした表情で足を組んだ形で椅子に座っているドゥレムの二人が、鈴音を見守っていた。

 

「ッッッ……⁉?!⁉」

 

 一気に赤面していく鈴音と、静かにかつ素早く、撮影した画像を保存し、保護登録するラウラ。そしてドゥレムは、そっと両耳を塞ぐ。

 

「ニャァァアアァァァァァァァァッ!!!!!!」

 

 羞恥からか、人語ではなく猫語で悲鳴を上げる鈴音。部屋に響くどころか、学生寮ごと震わせるようなその叫びに、一夏の部屋にいた全員が飛び起きる。

 

「何っ⁉」

 

 一夏の第一声に、ギギギと音が鳴りそうな怠慢な動きで振り返る鈴音。

 「な、ナンデモナイヨ」と語る彼女の顔は、真っ赤に染まっていた。

 

「なんでもなくはないだろう、どうしたんだ?」

 

 鈴音の両肩に手を置き、心配しきった表情で彼女に詰め寄る。だが鈴音は事の由来を彼に悟られる訳にはいかないのだ。「えぇと、えぇと…!」と答えを考えるが、真っ赤な顔をして目をグルグルと回している。

 

「一夏、鈴音はきっとおかしな夢を視ただけだ。余り詮索するものではない。」

 

 鈴音に助け船を出したのは、とても良い笑顔を浮かべるラウラである。鈴音からしたら、彼女の狙いが読めず不気味な援護なのだが、今のこの状況を脱するには、彼女に話を合わせるより他はない。

 

「そ、そうなのよ!実は台所でGが大量発生する夢を見て…!」

 

 彼女の説明に、「それは悲鳴を挙げるな」と深く納得する一夏。他のメンバーはそれで良いのかと内心突っ込みを入れるが、敢えてそれを口にしないのは、彼に再び昨日のような料理(修羅道)スイッチが押される危険性があったからであった。

 

ブー、ブー、ブー…ブー、ブー、ブー…

 

 不意に、マナーモードだった鈴音のスマートフォンが着信する。彼女は、顔を真っ赤にしたままその画面を見る。発信元は、日本にある中国大使館からの番号だった。彼女の顔はみるみると素面に戻り、大真面目な表情で電話に出て中国語で話始める。それとほぼ同時刻に、ラウラのスマートフォンもメールを受信した。ドイツ軍からのメールには、ドイツ語で簡潔な一文が記されていた。その文章は以下の通りである。

 

『中国のラオシャンロン、消息不明』

 

「何?」

 

 怪訝な声で呟くラウラ。

 

「どうしたの?」

 

 そんな彼女に問い掛けるのは、いまだにラウラを抱き抱えたままのシャルロットだ。ラウラは、一瞬黙して考え込む。コレは公開しても大丈夫な内容なのか否かだ。

 彼女は、ひとまず鈴音の電話がおわってからと判断し、「後で話す」と短く告げて、メールを即座に消去する。五分と経たずに、鈴音の通話も終わり、神妙な面持ちで全員へと視線を動かす。

 

「ラオシャンロンが消えたって。」

 

 鈴音が伝えたその情報は、正にラウラがドイツ軍から伝えられた物と同一だった。

 中国国内では、ラオシャンロンが新たに出現するモンスターを討伐しているという状況を利用し、ラオシャンロンを偶像化し商売をしている者が多くいた。それは一定の成功を納め、国民感情にはラオシャンロンとの共存共栄という風潮が、広く浸透していた。

 そのため、ラオシャンロンの行方が分からなくなったという情報は、いまだに国内には公表しておらず、極秘情報の扱いを受けている。

 

「ラオシャンロンが消えたって……あの巨体だぞ?」

 

 一夏の疑問は最もだった。

 全長は百メートル。全高十五メートルという、ゲームに出てくるものよりもかなり巨大な体躯を持つ中国に出現したラオシャンロン。それが、一晩の内に姿を眩ませたのだ。信じられないと、一夏を含む全員が息を飲んだ。

 

「だが問題は他にもある。」

 

 不意にラウラが呟く。

 

「中国で、新たにモンスターが出現した場合だ。運良く砂漠の真ん中に出現し、人の生活圏からも離れた亀裂だが、ラオシャンロンがしたようにソコを縄張りにするとは限らない。バルファルクのように、長距離移動で人里までやって来る可能性だってある。」

 

 ラウラの懸念事項は、中国当局の不安と合致していた。対モンスターの防衛機構を、人類の手で早急に建造する必要があるのは間違いない。

 

「それで、なんで鈴音さんに電話が?」

 

「それが……」

 

 セシリアの疑問に、鈴音が答えるため口を開こうとした時、扉がノックされる。

 いまだ、朝の七時である。一体誰だろうかと、一夏は疑問に抱きながらも扉を開ける。

 

「あれ、千冬姉?」

 

「織斑先生と呼べ。……全員いるのか?ちょうど良い。」

 

 千冬が一夏の脇を通り抜け、部屋の中へと侵入する。慌てて一夏も、千冬の後を追って部屋に戻る。

 

「ラオシャンロンが消失したという話は聞いたな?」

 

 全員が頷き肯定したのを見て、千冬は満足そうに頷くと続ける。

 

「ついては、中国は有事の際に向けての対策会議を開くらしい。そこでモンスターに対して知識のある人物を、特別アドバイザーとして招きたいと要望があった。鳳は、本国の対策会議に出席せよと、電話で伝えると話していたが、学園からも知識のある人物の参加を打診された。そこで……」

 

「私と誰かもう一人、鈴音ちゃんと一緒に中国に行ってくれる人を探します。」

 

 いつからソコにいたのか。何故か一夏の隣に楯無がちょこんと座っていた。

 千冬とドゥレム、ラウラ以外が『いつの間に』と驚いているが、彼女は扇子を開いて不敵に笑うだけだった。ちなみに扇子には『NRS ニンジャリアリティショック』と書かれている。意味は不明だ。

 

「楯無は、ロシア政府からの要望で、オブザーバーとして会議に参加することが要請された。中国政府もモンスター戦経験もあり、IS学園生徒会長である彼女の参加を受諾。そして鳳の連れ添いとして、もう一人モンスター戦経験のあるIS学園パイロットの参加をを希望している。」

 

「では、私が行きますわ。」

 

 千冬の説明を受け、真っ先に立候補したのはセシリアである。彼女が所有するモンスターへの知識は、かなりのものがある。それもこれも、狙撃手として吸収してきた様々なデータの賜物である。ある意味、モンスターハンターを知ってるだけの一夏よりも、適格者であると言えよう。

 

「ふむ。では鳳、更識、オルコットの三名で今から三時間後に中国へ出向する。私も保護者とした同席するが、もしも学園上空の亀裂から、新たにモンスターが出現した場合の指揮権は、山田先生に任せてある。そして一夏、分かっているとは思うが、無断で白式を起動するなよ。」

 

「……分かってる、善処する。」

 

 善処では困るのだがなと、千冬は頭を抱えそうになる。だが、今はそれで妥協するしかない。

 

「それから……本題なのだがな。」

 

 腕を組み、千冬は神妙な面持ちで言葉を区切る。全員が頭に疑問符を浮かべるなか、青筋を浮かべた笑顔の千冬が続きを口にする。

 

「貴様ら、朝から男女が同じ部屋で何をしていた?」

 

「あっ。」

 

 自分達の状況を、教師であり寮長の千冬に見付かった。

 その事実に、彼等は今さら気がついた。ドゥレムとラウラは、何の話だか今一つ理解できず小首を傾げる。気が付けば、楯無が座っていた場所には『アデュー』と書かれたカードがそっと置かれていた。

 

「こんの……馬鹿者共があぁっ‼」

 

 早朝から、学生寮全体に響くような絶叫が響く。鈴音の悲鳴と合わせれば、これが二度目であった。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

「でだ。」

 

 食堂。

 鈴音とセシリア、そして楯無の三人が日本を発ってから二時間。時刻は丁度昼の十二時。ドゥレム、一夏、シャルロット、ラウラ、現の五人が各々の昼食を前に話し合っている。

 

「この後はどうする?」

 

 ドゥレムが訊ねる。というのも、この土日は一夏と鈴音の『スパルタ式お料理教室』で潰れる予定だったため、講師の片割れである鈴音がいなくなり、そして一番教えなきゃならないセシリアも居ないのだ。平たく言えば、手持ち無沙汰になってしまったのだ。だが、そんな中現が発言する。

 

「私は、白式の解析を続けたいな。だから一夏君を借りたいんだけど。」

 

 現には、白式のデータロック解除の妙案が浮かんだわけではない。ただ、試してみたい裏技を思い付いたのだ。

 当然だが、全員が現の意見に賛成した。一夏自身も、自分が一緒であるならば反対する理由もない。というわけで一同は、現と共に白式解析の手伝いを行うことになった。

 

 場所は移り、IS格納庫。そこで現達五人は、学園所有の打鉄と待機状態の白式を繋ぎ、データのサルベージ作業を行っていた。

 ISには、全てのコアがリンクするISネットワークというものがある。そのネットワークを介して、無線での通信や、現在位置など様々な情報をやり取りしている。しかし現が語るには、ISネットワークで飛び交う情報はかなり膨大で、まだ人類の知らない情報もやり取りしているらしい。多くの技術者、研究者がそれこそがISコアのブラックボックスを開ける、鍵になると考えているのだとか。

 今回現が試そうというのは、ISとISを物理的に繋ぐことで、ISネットワークのサポートをしながら、打鉄を介して白式のデータをサルベージしようと云う試みだ。一夏とドゥレムは、ちんぷんかんぷんだと云う表情で彼女の話を聴いていた。

 

「さて……じゃぁ始めるよぉ。」

 

 空中コンソールを操作し、打鉄と白式のISコアを同期させていく。

 すると、膨大な量のデータが打鉄に流れてきた。一見、意味も持たないアルファベットと数字の羅列が、約八千万文字。これが何を意味するものなのか、理解できる者はいなかった。一人を除いて。

 

「やった!」

 

 思わずガッツポーズを見せる現。しかし、彼女以外はこの羅列が意味するものを理解できない。シャルロットが一体これは何なのかと、現に訊ねる。

 

「これは、業界でIS語って呼ばれる文章体型だよ。アルファベットの二十六文字と、0から9までの数字で作られてて、まだ完全な解読は完了してないんだけど、それでも八割がた完了しているって言われているの。」

 

 後は、この文章を倉持技研のスーパーコンピューターに掛ければ……と、彼女は瞳の色を輝かせている。

 

「つまり、白式の状態が解るかも知れないって事か?」

 

 ドゥレムが訊ねる。そうだ、ここの誰もがそれを気にしている。一夏のモンスター化という、全く想像だにしていなかった事態に、僅かな光明が差すのか?彼等に取って何よりも重要なのは、その一点である。

 

「まだ何とも言えないけど、間違いなく全身はしてるハズだよ……。この文字数なら、解読和訳すればある程度の情報は手に入るハズたから。」

 

「結局解読した結果が、これまでの白式が提示していた内容と同じものであるという可能性は?」

 

「無い訳じゃない。」

 

 ラウラの疑問に即答する現。余りにもキッパリと返されたものだから、事態が好転した訳ではないのだと、現以外の全員の表情は晴れない。

 

「まず文字量が少ないし、そもそもIS間でどこまで情報を共有しているかも分からない。どこまでの範囲が公開されて、どこまでが非公開かも、正直な話期待はそこまでしない方が良いけど、私はこれが鍵になると見てるわ。」

 

 それでも現の瞳には、真っ直ぐな光が灯っていた。落ち込んでいた他の面々も、その彼女の表情に感化され、俯き気味だった表情を直す。そうだ。スタートラインには立てたのだ。まだ、ここから先がある。落ち込むのはまだ早いのだと。

 不意に、専用器を持つ一夏、シャルロット、ラウラの表情が変わる。それは戦士の目だった。ドゥレムと現は、どうしたのかと三人を観る。

 ラウラが、重く口を開く。

 

「正体不明のISが、学園上空七千メートル地点にいる。ISは、光通信により織斑一夏、並びにIS白式を要求している。それを三十分後に要求が果たせなければ、高出力兵器による攻撃を開始すると脅迫してきた。」

 

 来たか。

 ドゥレムは、その目を細める。恐らく、これがラ・ロの言っていた『ちょっかい』とやらなのだろう。IS学園そのものを攻撃目標にした脅迫。なるほど、一夏の人となりを理解すれば、正に最善の手と言える。

 

「山田教諭は、私とラウラの二人による敵ISの拘束を指示してた。そしてドゥレム。君には一夏達、学校周辺にいる全ての人を守って欲しい。勿論。攻撃の余波で、街に被害が出ることも含めて。」

 

「了解した。」

 

 ドゥレムの返答は、真っ直ぐだった。それに満足気に頷いたラウラも、再び口を開く。

 

「校内放送は使えない。ドゥレム、一夏、佐山さん。三人には、足でこの情報を広げて貰い、『IS学園緊急時要項第二項』に習い、本校舎一階東にある緊急避難用地下鉄道で、日本国本土への避難誘導報道陣には教師が事情説明をするそうだ。」

 

 一人、納得できていない顔をしている者もいる。一夏だ。シャルロットとラウラを置いて、自分だけが逃げ仰せるなど、彼にはとてもではないが我慢できるものではない。

 

「一夏。お前は、最後の切り札だ。現在IS学園には、専用機持ちは私達含めてたった三人しかいない。他の専用機持ちは、皆学園から離れてしまっている。そして、いくらドゥレムと言えども、全員を完全に守るなど不可能。お前は、最後の矛であり盾だ。無闇に突進するな。でなければ、勝てるものも勝てない。」

 

 ラウラは、職業軍人の顔をして一夏に釘を指す。一夏は理解はしている。敵の目標が自分自身である以上。自分が前に出ても、『負ける』リスクが上がるばかりで良いことなど一つもない。彼女達は、『勝つ』ための最善手を打っているのだ。一夏は、大人しく頷くしかなかった。

 

「今から十分後に、私達は上空目標へと攻撃を開始する。それまでに、学園内を走り回ってくれ。」

 

 ラウラの言葉を最後に、皆が一斉に駆け出す。現は「そうだ!」と忘れる前に、USBメモリをコンピューターに差し込み、打鉄を介して白式から送られてきたデータを記録し始める。

 ドゥレムが、それを横目で見ていた。瞬間、ゾワリと総毛立つ気配を空に感じた。これは、モンスターの気配だ。ドゥレムは地を蹴る。現に向かって。体が紺碧の氷に包まれていく。早く、早く。

 自身の体をより早く、本質に戻すのだ。でなければ、間に合わ

 

 

 

 

 

 ドッ

 

 

 

 

 

 ドゥレムの視界が、紅蓮に染まった。

 自身の纏う氷が砕け、ドゥレムディラ本来の姿を取り戻した彼が見たのは、無惨に破壊された格納庫だった場所。至るところが燃え上がり、焼け落ち、鉄やゴムの焼ける臭いが鼻につく。ドゥレムは、現を探す。彼女がいた場所には、焦げ付き、半壊した打鉄が転がり、彼女が操作していたコンピューターは跡形もない。

 そんなハズはない。失って良いハズがない。彼女は、自分に色んな事を教えてくれた。ドゥレムは必死に探す。壊れた天井の下。捲れたコンクリートをひっくり返し、現を探す。

 

「ドゥレムっ!」

 

 一夏達が戻ってきた。彼等は、十分に離れていたのか、大怪我を負った様子はない。だが、ドゥレムは三人に気が付かない。見付けたのだ。現を。

 

「ぐぅう……」

 

 呼び掛ける。力なく伸びるその手に鼻先を付ける。

 起きてくれと。早くここから離れようと。どうして、答えてくれない?

 ドゥレムは、彼女の顔を舐める。ここを離れよう。ここは危ないと、彼女を急かす。現は、うっすらとその瞼を開ける。

 

「……やっぱり、綺麗だね。」

 

 紺碧のドゥレムの体に、その手を乗せる。ドゥレムは、彼女の体を優しくくわえ、背に載せる。大丈夫だ。なんてことはない。

 

「冷たくて……気持ちいい。」

 

 あぁ。ここは熱すぎる。だから離れよう。皆をここから早く逃げさせよう。

 

「ありがとう……。」

 

 ドゥレムは、半分近く軽くなってしまった彼女の重量を感じながら一夏達の元にゆっくりと歩いていく。一夏達は始めて、現の状態に気が付いた。右足が無い。ドゥレムの紺碧の体を赤黒く染めていく。かなりの出血だ。

 シャルロットは目を見引き口元を両手で抑える。現実を、認識したくなかったのだ。ラウラは逆に、現実を正しく理解した。目を伏せ、悔しそうに歯を噛み締め、拳を握る。

 一夏は、空を見据えた。アソコにいるのか。彼は、無意識だった。いや、怒りに飲まれていたのかもしれない。白式を纏い空へと飛ぶ。言葉にならない思いを叫びながら。

 

「ねぇ…ドゥレム。」

 

「……ぅ。」

 

「………」

 

 燃え盛る格納庫から離れ、ドゥレムはそっと現を下ろす。

 どうすれば良い?あぁ、このまま血が流れ続けるのは良くない。取り敢えず氷で止血しよう。そうだ、俺が怪我をした時はどうしてた?学園の診療室だった。あぁ、そうだ。前教えてもらった。街には赤い十字マークの『病院』があるって。そこならきっと現を助けて貰える。

 ドゥレムは、現を再びくわえて優しく飛ぶ。それは直ぐに見えた。目立つ建物で、多くの人の気配がした。

 街の人々や報道陣は半ば混乱していた。空から赤い光の筋がIS学園に降り、その後にフルフルやティガレックスを撃退した蒼い竜が、病院に向かい飛んだのだから。

 優しくゆっくりとした飛行でも、ドゥレムは直ぐに病院の前に降り立った。駐車場は狂乱染みた様相を見せ、人々は恐怖に怯えている。ドゥレムは、病院の正面入り口にそっと現を寝かせる。やがて、医者だろうか。一人の男が慌てた様子で現の元に駆け寄る。

 

「っ佐山さん⁉手術室直ぐに用意して!それから輸血準備!血液型はB型‼」

 

 病院の中へと声をあげる男性。運の良いことに、彼は現と知り合いのようだ。ドゥレムはその様を見届け、男に頭を下げる。

 男は、それに驚き目を見開く。同時にドゥレムも翼を広げ空へと飛び上がっていった。

 その瞳は、一夏以上の憤怒に濡れていた。





気が付いた現ちゃんがヤバイ事に……どうなる⁉


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第五話:炎角

お待たせしました!
今回は、勢いに任せて叩きつけましたので、誤字脱字が多目かもしれません……
そんときは、ごめんなさい。


「うらぁあっ!」

 

 上空にいたISに、一夏は見覚えがあった。細部はかなり異なるが、以前鈴音との代表戦に乱入した黒い無人ISと、モンスターハンターのディアブロス装備を融合させたような赤く、有機的な翼を持つIS。白式が提示したIS名は『睡蓮:炎角』。そして、コード:ヴァサルブロスという単語だった。だが、そんなことは今の一夏にとってどうでも良い。雪片弐型で斬りかかり、この怒りをぶつけなければどうしようもない。だが、睡蓮はそれを難なく避け、カウンターの蹴りを一夏に叩き込む。

 

「一夏落ち着け!コンビネーションでぇっ‼」

 

 乱入したラウラが、AICを起動し睡蓮の動きを妨げる。だが、睡蓮は両掌にある穴から炎弾を噴出し、ラウラへと一撃加える。AICから逃れた睡蓮は、シールドピアーズを構えたシャルロットの突貫を、すんでの所でかわす。

 

「おぉらぁっ!」

 

 しかし、その後ろを回り込むように突撃した一夏の拳が、睡蓮の顔面を捉える。何故雪片弐型を使わなかったのか、それはシャルロットの影に隠れるためだ。初めから二人は、彼女の攻撃が避けられる事を想定していた。そして読み通りにAICで動きを封じたラウラと、シールドピアーズを構えたシャルロットに集中していたせいで、一夏の一撃を避けることが出来なかったのだ。確かに彼の心は灼熱していたが、その頭の中はあくまで冷静であるということが、このコンビネーションで読み取れる。

 突然の一撃に、睡蓮はぐらつく。

 

「逃がすかよっ!」

 

 肩から伸びる角を掴み、自身に向き直らせる一夏。

 そのまま再び左の拳を振り抜く。確かにISのバリアで、与えるダメージは微々たるものだが、その衝撃はそのまま睡蓮のバランスを崩させる。

 彼は、片足を失っていた現の姿に、幻覚で見た鈴音を重ねて見たのだ。親しい人の、痛々しい姿に彼は恐怖し、怒りを露にした。その思いの一つ一つが、今振るっている拳に乗る。

 だが、睡蓮もただやられるだけではない。体勢を直し、その一撃一打を正確に受け止める。

 

「一夏っ!」

 

 ラウラが叫ぶ。と同時に、彼は睡蓮から離れ、その睡蓮をシャルロットがサブマシンガンで牽制し、動きが止まったままの敵をラウラのレールガンが撃ち抜いた。完璧なコンビネーションとも言える。三対一という圧倒的有利な状況故の完封である。

 しかし、一夏達に警戒を解くという選択肢はない。ISが表示した情報に乗る『コード:ヴァサルブロス』という一文。それは暗に、睡蓮:炎角が白式:霹靂と同じく規格外移行をしたISであると語っているのだから。

 そしてその予測は的を射ている。

 レールガンが直撃したハズの睡蓮は、直ぐに体制を直し右手に武器を取り出した。大型の鎖の装飾の付いた朱色の斧は、どこか有機的な印象を抱かせる。睡蓮は瞬時に加速し、ラウラに一撃食らわせる。降り下ろした斧の一撃により、彼女は弾き飛ばされ、かなり低い高度でやっと体制を建て直することができる。

 シャルロットと一夏も、各々の獲物を手に取り睡蓮へと迫る。一夏は雪片弐型。シャルロットはアーマーブレードという一般的なIS用実態剣である。だが、睡蓮は振り向き様にその武器を横凪ぎに震い、二人の刃を防いだ。斧ではなく剣で。

 

「っ⁉」

 

 目にも止まらぬ内に、武器を持ち替えたのかとシャルロットは混乱する。だが一夏は、その武器を知っている。スラッシュアックスだ。スラアクや、剣斧とも呼ばれる複合武装。しかし、一夏はこのような形状のスラッシュアックスに見覚えはない。

 鍔競り合いは、ニ対一であるにも関わらず睡蓮が押していた。生半可な出力ではないのだろう。二人は睡蓮から飛び退き距離をとる。

 

「シャル、あれは斧から剣に、剣から斧に変形する武器だ。斧モードは素早い攻撃、剣モードは高出力な攻撃がある。奴の間合いに気を付けてくれ!」

 

 一夏の助言に、シャルロットは頷き答える。本音を言えば、今すぐにでも一夏にはここを離れて欲しかったが、シャルロット自身とラウラだけで、あのISを倒しきれるか、甚だ疑問でもあったため、彼女は大人しく彼の助言を受け入れた。

 

「……」

 

 スラッシュアックスを振り、剣モードから斧モードへと切り替え、左肩に担ぐ。右腕が空いた。

 一夏は、睡蓮が遠距離攻撃をする気なのだと気が付いた。今こそが隙だと、一夏は駆ける。炎弾を掻い潜り、奴の喉笛を断ち切る時だと。だが、睡蓮の右腕は、下に向いたまま。

 

「一夏!」

 

 シャルロットが気が付いた時には遅かった。睡蓮の射線上にいたのは一夏ではない。こちらに向かい飛ぶラウラと、IS学園である。太い炎の筋が、睡蓮の右腕から飛ぶ。以前一夏が相対した無人ISも、手から極太のレーザーを発射していたが、これはその比ではない。モンスターが発するような、地を砕き、空を焦がす一撃である。

 

「っ⁉」

 

 反射的に避けたラウラだが、その直線上には、校門に殺到していた報道陣と、その対処に当たっている教師がいる。

 マズイと思った時にはもう遅い。人間では、ISでは間に合わない。だが、今度は間に合わせる。

 紺碧が、分厚い氷の壁をドリフト気味に振った尾の一振りで出現させ、マスコミと教師を守る。炎の暴力と、氷の壁のぶつかり合い。とんでもない量の水蒸気が発生するが、この攻撃は長くは続かない。何故なら一夏とシャルロットがいるから。

 

「おぉっお!」

 

 大上段からの一振り。睡蓮は左手で持つスラッシュアックスで防ぐが、彼の影から、シールドピアーズを構えたシャルロットが飛び出す。

 

ゴッ!

 

 その体に、杭を叩き付ける。瞬間、シャルロットはトリガーを握り混む。

 火薬の炸裂音と、光が溢れ出た。シールドピアーズとは、いわばパイルバンカーである。それはかなりの大型の物で、全近接IS武装中トップの破壊力を持つ。切れ味で言えば零落白夜に軍配が当然上がるが、単純明快な威力に関して言えば、シールドピアーズの方が優れていると言ってもよい。

 

「一夏!シャルロット!」

 

 更に、ラウラがシュヴァルツア・レーゲンのプラズマ手刀を起動し睡蓮に斬り掛かる。ここまで来れば、右手の攻撃は維持できない。右手で直接ラウラの攻撃を掴むことで防ぎ、シャルロットを蹴飛ばす。そして一夏にはラウラを叩き付ける事で、距離を取り戻した。

 シールドピアーズが直撃したハズなのに、まだ動けるのか。シャルロットは、自身の頬を流れる冷や汗を感じた。

 

「………。」

 

 睡蓮が、右手にサッカーボール程の大きさの何かを取り出す。それは多くの棘が生え、第一印象はサボテンの様であった。

 何をする気なのか、一瞬呆気にとられる面々。その隙に、睡蓮はサボテンのようなそれを握り潰す。瞬間、炎が巻き起こり睡蓮の装甲の至るところが開き、そこからバーナーのような炎が巻き起こる。翼に、薄紫色の不気味な模様が浮かび上がった。

 そうか、ここからが本当の戦いなのかと、三人は察して気を引き締める。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 間に合った。ドゥレムは、自分が出現させた氷を、海に落としながら内心で呟いた。振り替えれば、言葉を失いながらも、カメラを向け続ける報道陣と、IS学園教師が一人。

 

「あ、貴方達は、何故私達の世界に現れたのですか?」

 

 勇気?蛮勇?いや違う。使命感がそうさせたのだろう。キャスターの一人が、ドゥレムにマイクを向けて訊ねる。その様を、彼は目を細めて見詰める。

 矮小だ。ちっぽけだ。自分達モンスターが、軽い力を込めただけで散ってしまうような、弱い命だ。それでも彼は、その命一つ一つが欠け換えの無いものだと知っている。誰が教えてくれたのだったか。千冬か?一夏達か?いや違う。現だ。

 彼女は、人間が誰かといるのは、孤独の方が辛いからだと語った。ここにいるほとんどの人間は、隣に誰かがいるのは当たり前だと思っている。当然だと錯覚している。違うのだ。今話し掛けてきたキャスターも、カメラマンも、新聞記者も、教師と誰もが違うからこそ孤独ではない。欠けてしまえばその個人に代わりは居ない。役割だとか、そう言った話ではなく、彼等の個々が、命として愛しいのだ。それはドゥレムにとってもそうだ。初対面の人間が、モンスターとしての姿を見せたドゥレムに、怯えながらも話し掛けてくれた。それが彼には、嬉しい繋がりであもあったのだ。

 

「……ぐぅぅ。」

 

 差し出されたマイクに、そっと鼻先を触れる。ありがとうという意思を込めて、優しく触れた。今はきっと、これで十分なのだと信じて。

 

「グウオッオォオッ!」

 

 天に向かい吼えるドゥレム。そのまま翼を広げ飛び立つ。そうだ、愛しい隣人を傷付けられ、黙っていられる訳がない。今正に新たに隣人を傷付けようとする敵を、見過ごせる訳がない。狩るのだ。モンスターとして、敵の一切合切を狩る。

 優しかった瞳はなりを潜め、モンスターとして、そして憤怒の色に染まり上がったドゥレムが空を昇る。

 

「……あれが、モンスター…?」

 

 ドゥレムが触れたマイクを片手に、キャスターは小さくなっていくドゥレムを、ただ見詰めていた。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 サボテンを砕いた後の睡蓮は、正に猛攻だった。斧モードと剣モードを切り替えながら縦横無尽に駆け回り、圧倒的な機動力で三人を圧迫する。これが規格外移行の力なのかと、ラウラは改めて実感する。バルファルク戦で一夏が見せた、白式:霹靂も凄まじかったが、睡蓮:炎角も相当である。そして、この二機のとある共通点にも気が付いた。白式:霹靂は、右手に装備された発電機関を稼働させることで、爆発的な機動力と電気を操る能力を手に入れる。そして睡蓮:炎角も、サボテンのようなものを消費し、自身の発炎機能を活性化。同じようにモンスターに匹敵する機動力と攻撃力を獲得しているようだ。これは、霹靂ならばライゼクス。炎角ならばヴァサルブロスというモンスターの能力を模倣しているためだろう。そして、この能力を使用している間、ISはモンスターと同じ土俵に立てるようになる。だがどうやって規格外移行するのか、これが分からない。ドゥレムは、白式の中にライゼクスが居ると語っていた。ならば睡蓮の中にもヴァサルブロスがいるのか?

 

「ラウラっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 迫る剣モードの一撃をAICで止めようと意識を集中させるが、モンスターの機動力足す、ISの物理法則を無視した動きは目で追うことも難しい。

 

「ぐあっ!」

 

 結果として、剣モードの一太刀を直撃することになった。だが、もう一撃と振りかぶる睡蓮を、一夏が妨げる。やらせないと吼え、雪片弐型で斬りかかったのだ。しかし、睡蓮は持ち前の機動力で回避。炎を纏ってから、一夏達は睡蓮に一度も攻撃を当てられずにいる。

 

「くそ!」

 

 今度は斧モードによる斬撃が、一夏とラウラを掠める。

 シャルロットが二人の援護のためにアサルトライフルで、睡蓮を牽制する。だがこれも、睡蓮は難なく避けて見せた。しかし、シャルロットには不思議に思えた。ここまでの性能差があるならば、既に誰か一人落とされても不思議ではないハズだと。自分達の技術が優れているからなどと慢心はあり得ない。睡蓮は、間違いなく手を抜いている。あの状態になってから、三人を落とせるチャンスは幾らでもあったハズだ。何を待っているのか?

 

「……やるしかない!」

 

 一夏も、同じ考えだったのだろうか。呟くと同時に緑雷が溢れる。

 

「一夏!駄目だ!」

 

 だが、ラウラが直ぐに彼の肩を掴み、霹靂の発動を止めさせる。一夏も、白式が纏うことになる緑雷が他のISを傷つけうると知っているから、誰かが触れている状態では迂闊に移行はできない。

 

「離せラウラ!そうじゃないとアイツはまた!」

 

 誰かを傷付ける。

 そう言おうとラウラに視線を外した瞬間、睡蓮が弾け飛んだ。海上を跳ね、高い水柱を上げて叩き付けられたのだ。

 誰がそれをした?ドゥレムだ。彼の尾による一撃が、睡蓮へと直撃したのだ。

 

「ドゥレム!」

 

 シャルロットが声をあげる。一瞬、三人に視線を動かしたように思えた。だが、ドゥレムは一気に三人から離れて睡蓮へと向かう。

 最初こそ、三人は援護に向かおうとした。だが、そこから先は絶望であった。三人が、思わず怒りを忘れ、友に対して恐怖を抱くほどの。

 まず、海面から復帰した睡蓮を、その右前足で海中に再び叩き付ける。直後、ドゥレムを中心にした海面二百㎡が凍り付き、巨大な氷山と化した。

 睡蓮も、氷を砕きながらドゥレムの前に現れると、再びサボテンを二つ連続で砕く。全身から発せられる炎は、睡蓮の足元の氷を溶かしていくが、それよりも早くドゥレムの一撃が彼を襲う。黒い色を纏った突進。素早いその一撃を、何とか回避した睡蓮だが、そのまま氷上のドリフトを見せたドゥレムが、間髪いれずに飛び掛かる。左前足の掌底により、氷に叩き付けられた睡蓮は、バウンドし空中に放り出される。が、体制を直し、両手で一つの炎の塊を、ドゥレムに向かって放つ。それはナパーム弾のように氷上の上で燃え上がり、氷山を瞬く間に溶かす。だが、ドゥレムが黒い色を纏った咆哮を挙げると、炎は消え去り、氷がより広がり、隆起して睡蓮へと襲いかかる。そして、その場で回転したドゥレムが、尾に合わせて氷の柱を出現させる。何をしようとしているのかと、睡蓮が判断する前に、ドゥレムがその氷を砕き睡蓮に向けて氷の礫として弾き飛ばした。点ではなく面による攻撃を、剣モードに変えたスラッシュアックスで受けきる。そのまま剣の刃に光を纏わせ、ドゥレムに斬り掛かる。だがドゥレムは、その一撃を自身の牙で受け止め、そのまま足元の氷に叩き付ける。

 

「グガァッァアアオッ!」

 

 吼えたドゥレムが、そのまま足元に向けて、白と黒の混ざった絶対零度の奔流を叩き込む。氷を砕き、空気を凍てつかせ、触れる全てを消し飛ばす無慈悲な一撃。最後に残ったのは、完全に破壊されたISの、氷像とそれを彩る氷のステージ。そして哀しげな眼をした紺碧の竜だけだった。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

「なんだよアイツ!」

 

 暗い部屋で一人、叫び怒り狂う女。篠ノ之 束である。自分の座っていた椅子を蹴飛ばし、先程まで見ていた画面に怒りをぶつける。

 

「なんだってんのよ!もう少しでいっくんのISが見れたってのに!」

 

 髪をガシガシと掻きむしるその様は、彼女の美しい容姿と反比例し、ある種の恐ろしさを抱かせる。

 

「あははは、ヴァサルブロスじゃやっぱり敵にならないかぁ。そうでないとね。」

 

 もう一人いる。まるで南米の民族衣装のような服を着こなした、赤い瞳に黒い髪を持つ歳の頃14、5の少女。ラ・ロである。

 

「何、そのふざけた格好?」

 

「これ?似合うでしょう?折角こんな姿になれたんだし、色々遊んでみないとね。」

 

 ラ・ロは、心底楽しそうに笑う。だが束は、眉間にシワを寄せたままだ。

 

「っち。……それより、いっくんの白式を…。」

 

「いいじゃんそんなの。所詮はライゼクスでしょ?私達の敵じゃない。それに、そろそろディスフィロアも動く頃合いだし、私達も遊んでいいんじょ?」

 

「……本当にディスフィロアが動くの?」

 

「アフリカのテオ・テスカトル。中国のラオシャンロン。ロシアのディスフィロア。この三体で言えば、ディスフィロアが別格。彼が本気を出せば、この世界の人類なんて一日あれば、絶滅させることができる。じゃぁなんで今まで動かなかったのか?その理由が、束には分かる?」

 

「知らないよ。畜生の考えなんて。」

 

「ふふ、言うと思った。答えは簡単よ。動く必要が無かったから。彼はバルファルクと同じ。ただのディスフィロアじゃない。変異種よ。それもとびっきりの。私とドゥレムディラ。そして彼がこの地球に現れた。そろそろ戦いたくてウズウズし始めてるハズ。あぁ心が踊るわ。人に試練を与えていたって言うお母様も、こんな気持ちだったのかしら?それなら私も、もっと早くやっていれば良かったわ。」

 

 ラ・ロは笑う。その笑みは、嗜虐心に彩られた邪悪な笑み。彼女の愛らしい顔立ちからは、想像することさえ出来なかった笑顔だった。

 

「まぁなんでも良いよ。それに、お前の言うことが本当なら、もういっくんに構う暇なんてないし……せいぜい、そのライゼクスも有効活用してやる。」

 

 自身の親指の爪を噛む束を、ラ・ロは楽しそうに眺める。

 そうだ。楽しいのだ。こんなに愉快なことはない。人間達の努力、絆、愛。なんと甘美で美しい響きだろう。彼女は、それを全て慈しみ尊ぶ。愛するが故に、その先が見たいのだ。それが全てが救われるハッピーエンドでも、何もかもが無意味に終わるバッドエンドだとしても。

 

 

 崩壊への歯車は、今こそ回り出す。

 

 




そろそろ、ディスフィロアも書けるかな?


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第六話:地獄

お待たせしました。
少しリアルが忙しく、投稿がかなり遅れてしまい申し訳ありません。
これからまた、ゆっくりですが投稿していきます。


 相反する二つの力。最も分かりやすい例は、炎と氷だろう。どちらも、熱というエネルギーからなる現象。突き詰めれば、高い熱量と低い熱量によるものだ。プラスとマイナスのエネルギーを同時に使おうとすれば、結果として相殺し、0になってしまう。だが、仮にその二つの力を同時に行使できる存在がいるとしたらどうだろう?

 プラスとマイナスではなく、0のエネルギーを使いこなすモンスター。熾凍龍と呼ばれた彼は、この見知らぬ世界に降り立ち、とある事に気が付いた。それは、モンスターが圧倒的に少ないことだ。しかも、自分が楽しめるような存在は三体ほどだろうか?なんとつまらない世界だろうか。

 熾凍龍は、溜め息を溢し世界を塗り替える事にした。元いた場所で、ハンター達はなんと呼んでいただろうか?そうだ、《果ての地》だ。赤い大地に紅い空を持つ、この極寒の世界。それを《また》作ろう。この世界をそれに塗り替えるのだ。彼は、この世界に来たばかりの頃、そう考えた。こんなつまらない世界に価値はないと、勝手に滅びていけば良いと、そう考えた。

 だが、それは今は違う。

 やっと本気を出したのか?いや、まだ完全に力を出し切ってはいない。熾凍龍は、口角を挙げる。ラ・ロは悪巧みをしている。ドゥレムディラは相変わらず人間に味方する。世界が変わっても、彼等のやることは変わらないようだと、熾凍龍は笑うのだ。ならば自分も変わらずにいよう。《果ての地》から出て、強者を狩ろう。闘争を始めようじゃないか。

 

「ギュオォオオオオッ!」

 

 熾凍龍が吼える。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 氷のステージと化したその舞台を前に、ドゥレムディラは氷付けになった睡蓮をその眼に捉えていた。作り物の体に、作り物の力。だが中身にモンスターの気配を感じとる。だが、こんな物に、もう用はない。彼は今一度羽ばたき、現を頼んだ病院へと急いだ。途中、一夏達が彼の名前を呼んだが振り向かず、ただひたすら飛ぶ。一分と経たずに病院の前に降り立ち、ドゥレムは座る。駐車場の中で紺碧の竜が一体、一人の少女を待つために降り立ったのだ。

 そして、遅れて一夏達もドゥレムの元へやって来る。ISを解除して、病院の自動ドアを見詰めるドゥレムに、一夏が訊ねる。

 

「佐山先輩はここにいるのか?」

 

 ドゥレムは、頷くことで肯定を示す。それを受けた三人は、シャルロットがドゥレムと共に残り、一夏とラウラが病院の中へ入っていくことになった。

 

「ドゥレム、ここじゃぁ他の人に迷惑だから……学園に戻ろう?」

 

 シャルロットの言葉を、ドゥレムは正しく理解していた。ここは、人が利用する車という物を停めるのに必要な場所であり、自分がここにいては、車を停めることが出来ないということも。それでも、ドゥレムは首を横に振る。離れられる訳がなかった。現を案じ、今なお身を裂かれるような激痛に苛まれているのだ。少しでも彼女の近くにいたい。彼は、せめてもとそれを願った。

 

「でも、君はこのままじゃ……。」

 

 シャルロットが言葉を続けようとした時、サイレンの音が町中に響き渡る。現れたのは、白と黒の自動車。パトカーだ。車から降りた警察官が、拳銃をドゥレムに向かって構える。

 

「そこのIS学園生徒離れなさい!」

 

 婦警の叫びが響く。シャルロットは、これを警戒していたのだ。今、ドゥレムに向けられているのは、人間の警戒心、恐怖心。そして敵愾心だ。

 学園から出てしまった。敵対者であろうとISを攻撃してしまった。その事実は、非常に重い現実となる。国が、国連がIS学園に対して付け入る隙を与えてしまったのだ。もし、彼を国連に引き渡したとしたら、彼が無事で済むなど、到底考えられなかった。

 

「ま、待って下さい!」

 

 シャルロットは、警察官とドゥレムの間に割って入る。自らを盾にするように、両手を広げて警察官の射線に入る。

 

「そこをどくんだ!」

 

 婦警の言葉に、彼女は首を横に降って答える。退くわけにはいかない。友を守るために、彼女はここを動くわけにはいかなかったのだ。

 ドゥレムは、その様を横目で眺めていた。人に怯えられる。想像はしていたし、マスコミ達を助けた時にもそうだった。人間にとって、自分の姿はそんなにも恐ろしい物なのだろう。彼は改めて、目の前の病院の自動ドアに反射する自分の姿を見据える。人よりもずっと大きな体に、鉄よりも頑丈な紺碧の甲殻と鱗。虹彩がどこにあるのか分からない、赤と黄色の眼。翼を広げれば、より体は大きく見えるだろう。そして、人間と彼では生物としての強さが全く違う。怯えるのも無理はない。改めて考えれば、一夏がどこかおかしいのだ。人間の姿で、味方したとはいえ、警戒も恐怖も何もなく心を開けて自分と接するなど。

 彼に着いてくる形で、沢山の仲間が友達が増えた。おしとやかなセシリア、天真爛漫な鈴音、確り者のシャルロット、根は優しいラウラ。そして現。護りたかった。護れなかった。

 

「………ぎ。」

 

 牙が鳴った。後悔と自責に、苛まれて無意識に歯軋りをしていたのだ。しかし、それを敵意だと捉えてしまった警官は顔を青くしてよりシャルロットに強く呼び掛ける。

 

「どきなさい!さもなくば公務執行妨害で拘束する!」

 

 一触即発とは、まさにこの事だ。シャルロットは退く気はさらさらないが、もはやここまでかとなかば諦めかけていた。

 

「ねぇ、お巡りさん。」

 

 だが、予想だにしない第三者が現れる。マスクをしている男の子だ。病院から出てきた彼は、風邪でも引いているのか、顔を赤く上気させている。

 

「ドラゴンさんは、僕達を守ってくれたよ?」

 

 純粋無垢な少年の言葉に、興奮状態だった警官の顔は、みるみる素面に戻っていき、シャルロットは想像だにしない助け船に呆気にとられていた。そして少年の言葉に呼応するように、いつの間にか集まっていた野次馬達から、同意の言葉が漏れ始める。気が付けばそれは全体に広がり、ここにいる誰もがドゥレムの味方になっていた。

 シャルロットは、思わずその様を目の当たりにし、涙ぐむ。彼を認めてくれた。人間だろうとモンスターであろうと、この街の人々は迎え入れてくれたのだと知ったから。

 

「そんな事は分かってる!」

 

 だが婦警が吠える。その顔からは恐怖が消え、職業警官としての矜持を抱き直した、市民を守る一人の戦士の顔だった。

 

「私達の仕事は皆さん市民を守ること……最悪の事態は何としてと避けねばならない!」

 

 拳銃を構え直す婦警。その瞳には、ギラギラとした意志が宿っていた。彼女は初めから、自己満足でドゥレムに拳銃を向けていた訳ではない。市民を守らなれけばならないという使命感がそうさせているのだ。そのためならば、市民に恨まれても構わないという、若いながらも強固な意思でここに立っている。恐怖に揺らがなくなった今の彼女には、まったく隙はなかった。だがもう一人の男性の警官が、彼女の肩にそっと手を置く。

 

「そうだな。お前の言うとおりだ。」

 

 彼は、拳銃をホルスターにしまっていた。

 

「鬼恫さん?」

 

「お前の言うとおりだよ、一ヶ谷。だからこうしよう。これからお前と俺であのモンスターを監視する。目標がここを離れるまでの間、俺達の責任の元で市民の皆様に被害が及ばないようにすることでも、この事態は解決できるんじゃないか?」

 

 優しく諭すように、鬼恫と呼ばれた壮年の、男性警官は口にする。その言葉は、正に絶妙な折衷案に思えた。ドゥレムは、この場で一夏達を待ち、現の安否をいち早く知ることができる。そして、警官二人はその職務を全うすることも叶う。シャルロットは、これでこの危険な状況は解決すると、安堵していた。だが、

 

「いいえ、鬼恫さん。私達の下された命令を忘れましたか。」

 

 一ヶ谷と呼ばれた婦警は、鬼恫の言葉に首を横に振った。シャルロットも「何故!」と叫びたかった気分だが、一ヶ谷の言葉を正確に聞き取れていたのだろう。敢えて黙する。

 彼女は、下された命令と云った。これはつまり、警察にはモンスターに対する、もしくはドゥレムに対する何らかの指示がされているのだろう。それがどのような指示なのか、シャルロットは考える。だが、結論は存外早く出た。それは最悪な仮説が。

 

「まさか……ドゥレムを捕まえる気?」

 

 シャルロットの言葉に、一ヶ谷が視線を彼女に動かす。

 

「一般市民の君には無関係な話だ。」

 

 彼女の瞳から、ぞくりと冷たいものを感じたシャルロットは、思わず後退りしてしまう。

 

「家の生徒に何か用ですか?」

 

 だが、ここで新たな救世主が現れる。山田麻耶、その人である。社交的な柔和な笑みを浮かべているが、その表情が普段のそれと、ほんの少しだけ違うとシャルロットは即座に理解した。

 

「IS学園教師ですか……そちらにも話は行っているハズですよね?」

 

「さぁなんの事でしょう。こちらも現在情報が錯綜しているので、なんの話だか……。」

 

 一ヶ谷の問い掛けに、麻耶はワザとらしく惚けて見せた。シャルロットは、彼女に抱いた違和感の正体に気が付いた。彼女は怒っているのだ。

 

「ですが、例えどんな理由があろうととも、私達の生徒に日本国の警察が銃口を向ける。それがどんな結果を巻き起こすのか…貴方は理解していますか?」

 

 麻耶は、普段とは違う静かな声で喋る。 それには、警告と威圧が込められている。だが、一ヶ谷も退くことはなかった。

 

「そちらこそ。情報の行き違いがあろうとも、越権行為は大きな問題となりますが?」

 

 バチバチと、二人の間で火花が散る。

 が、そんな時に一夏達が病院の自動ドアから出てくる。何事かと一瞬目を見開いた様子だが、直ぐにドゥレムとシャルロットの元へと走ってきた。

 

「佐山さんは?」

 

 シャルロットの問い掛けに答えたのは、ラウラだった。

 

「いまだ危険な状態だ。状況は刻一刻と悪くなっている。」

 

 ラウラの言葉は、決して心安らげるものではなかった。シャルロットは思わず「そんな……」と言葉に詰まってしまう。

 

「さっき学園先生達がやって来て、俺達とバトンタッチしたんだ。……ただ、学園の方もかなり混乱してるらしい。」

 

 それもそうだろう。IS学園を、モンスターではなく正体不明のISが強襲してきたのだから。それが持つ意味は大きい。即ち、自分達が『人類の誰か』に狙われているという事なのだから。

 

「とりあえず、このままいるのは不味い。一旦俺達だけでも学園に戻るようにと先生がな……詳細は学園で話す。ドゥレムも、今は辛いだろうがどうか着いてきてくれ。」

 

 ラウラが静かに告げる当然だが、ドゥレムはそれに従いたくなどなかった。現から少しでも離れたくなかった。だが、改めて周りを見渡す。一触即発の麻耶と一ヶ谷。静観をしている鬼恫。ドゥレムに味方しているが一ヶ谷の気迫に押されてしまった野次馬。確かに、自分がここにいるのは好ましくないのだろう。誰かに迷惑を掛けてしまう。だが、だが。

 ドゥレムは葛藤する。「ウオォオオオッ!」そして吼えた。まるで遠吠えのようなその咆哮に、現へのエールを込めて。そして翼を開き空へと飛び立つ。向かう先はIS学園である。

 一夏達は、麻耶に一言断ってからタクシーを拾ってIS学園へと向かう。

 さて残された麻耶と一ヶ谷だが、麻耶は彼女が、飛び立つドゥレムを止めなかったことを意外に感じていた。

 

「私だって、あのモンスターが市民の敵でないことくらいは理解しています。」

 

 ボソリと、構えていた拳銃をしまい、彼女は呟く。

 

「しかし、あれも私の職務です。……戻りましょう鬼恫さん。」

 

 誰に聞かせるでもない、一ヶ谷の言葉を、麻耶は確かに聞き取っていた。

 彼女はそそくさとパトカーに乗り込み。鬼恫は麻耶に会釈してから同じく乗り込んだ。麻耶は、そのパトカーが見えなくなるまで、そこから動きはしなかった。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

「ドゥレムを捕獲する?」

 

 IS学園、学生寮。一夏の自室にて。シャルロットが小首を傾げる。到底無理な話に思えた。だが一夏とラウラの二人に代わり、現を見守っている教師から聞いた話では、日本国の狙いはドゥレムを拘束することらしい。

 曰く。警察組織、および自衛隊にIS学園敷地内ではなく、日本国領地にドゥレムが緊急でない場合に侵入した場合。これを速やかに捕獲、拘束せよとの勅命が下っているらしい。教師が読む狙いとしては、日本国はこれを機に、無茶な維持費を消費し続けるIS学園を閉鎖し、対モンスター防衛システムをIS学園のある人工島に設置。そしてドゥレムを研究することで、対モンスター技術の輸出による利益を得ようとしているのではないかと見ているそうだ。

 

「教諭の予測の真偽は、いまだ情報不足ゆえ故に言及はしないが、ドゥレムを拘束する命令は実際に下っているようだな。」

 

「だから、あの一ヶ谷って婦警さんは、命令って言ってたんだね。」

 

 シャルロットの言葉にラウラは頷いて答える。

 

「まぁ、あの後向こうも追ってこなかったの見るに、あの警察官二人とも、命令には乗り気じゃないみたいだけどな。」

 

 次いで一夏が口を開き、あの二人の警察官を思い返す。それに、シャルロットも「確かに」と返す。鬼恫は最初から、そこまでのやる気は見せていなかった。一ヶ谷も、あくまで警察官としての職務を全うすることを意識していたように思える。そう考えると、あの二人は初めからドゥレムに対して危害を加える気はそこまで無かったように思えた。

 

「……間に合わなかった。」

 

 だが、今まで押し黙っていたドゥレムが、ボソリと口を開く。

 見れば、自身の両手に視線を落とし震えているようだった。

 

「……助けられなかった……俺は。俺は……。」

 

 致命的なダメージだと、三人は一目で分かった。ドゥレムの責任ではないことなど、誰もが知っていた。しかし、彼だけは違う。人間の姿でなければ、最初からモンスターの体のままならば助けられたと、後悔の言葉ばかりが脳裏を支配している。

 

「そもそも、なんであの無人ISは予告時間前に攻撃してきたんだろう……あの予告そのものが罠?」

 

「いや、利点が見えない。そもそも、交渉のテーブルは向こうが用意したものだ。それを勝手に反故した。目的は一夏。向こうも規格外移行のような物をしていたのを見るに、白式・霹靂の威力偵察か……それにしては、いくらなんでも穴がありすぎる。……不足の事態が起きた。……そう考えるのが妥当か。」

 

 シャルロットの疑問に、ラウラが仮説を挙げる。不足の事態の詳細がなんなのかまでは、流石に分かりはしなかったが、話として筋道の通った物に思えた。しかし、そうすると誰が何のためにそれをするのかが、一夏とシャルロット、ラウラの三人には分からなかった。しかしドゥレムだけは違う。

 

「不足の事態というのも、攻撃した場所。つまり佐山先輩のいた場所で何かがあったと予測できる。そして、佐山先輩のしていた事が不利益になる人物、組織が主犯か……」

 

 ラウラの言葉に、一夏とシャルロットも唸って考える。だが、ボソリとドゥレムが口を開く。怒りを宿した瞳をして。

 

「篠ノ之束だ。」

 

 三人が目を見開く。候補に無かったわけではない。むしろ束が主犯であれば規格外移行正体した不明のISにも納得できる。だが、それを認めたくないのが一夏の本音だった。何故なら、箒が側にいるから。確かに、束一人ならそれをやるだろう。しかし今は一人ではないはずなのだと、ドゥレムの言葉を、否定したかった。だが、彼女を知っているから。篠ノ之束という人物を知っているからこそ、それを否定することが、難しかった。

 また、束にとっての不足の事態も予測できた。

 

「規格外移行の情報を、我々に渡したくなかった訳か。」

 

 ラウラが呟く。

 

「そもそも、規格外移行って厳密にはなんなの?第二移行とは完全な別物なの?」

 

 ついで、シャルロットが疑問を投げ掛ける。この疑問は、一夏とラウラを含め、誰もが抱いているものだった。

 

「……分かっている事は、白式・霹靂も、さっきのISもモンスターに由来していることだ。そして、中にモンスターが居る。」

 

 答えたのはドゥレムだった。これは、以前にも聞いた話。であるために、驚きはない。

 だが、とドゥレムが再び口を開く。

 

「睡蓮、だったか?あのISの中にいたモンスターは……ライゼクスのように、確りとした気配を感じなかった。……残りカスみたいな、そんな感じだったな。」

 

 残りカス。ラウラは、その一言が妙に引っ掛かった。それこそが、規格外移行の某を解き明かす鍵となる気がしていた。

 残りカス、残子、欠片。モンスター、空間の亀裂、ゲームのキャラクター。

 ラウラは、頭の中でカチリと歯車が合うような感覚を覚えた。繋がったのだ。規格外移行の謎の一旦を解き明かしたのだと、彼女は目を見開く。

 

「モンスターという存在が、本当にゲームから現れたのだとしたら……。もし、そのゲームのデータを内包する体を持ち、死ぬことでデータの粒子になり霧散し、それをISが取り込んでいるのだとしたら……。」

 

 現実的な仮説とは、到底思えなかった。だが、一夏はラウラの呟きに思い当たる節がある。血は出るのに傷口が出来ず、死ぬと青白い粒子になって霧散するモンスター達。そしてライゼクス討伐の際には、同時に限界に達した白式も霧散し、解け合うよう消えていったのを覚えている。その仮説が真実だとしたら、出現したモンスター達は即ち、仮初めの肉体を持つゲームのデータという事になる。しかし、一夏が口を開く。

 

「いや待った。そうすると、ドゥレムやロシアのディスフィロアみたいな、ゲームでも見たことないモンスターはどう説明するんだ?」

 

「む……確かに。投げやりではあるが、ゲーム内でも未確認だったとしか言いようがないな。確か、モンスターハンターはいまだにシリーズの続く人気作品で、新規モンスターも新作が出る度に発表されるとか。ドゥレムとディスフィロアもその手モンスターだとするしか、この仮説の疑問点を解く回答にはならない。」

 

 ラウラが仮説を補強すると、次いでシャルロットも疑問を挙げる。

 

「仮に、その仮説が本当だとして篠ノ之博士は、何がしたいの?そんな事が私達に発覚したとしても、私達にはどうすることも出来ないのに。」

 

 ラウラは腕を組み、再び唸る。確かにそれが分かったところで、束の不利益になるようなことは考え付かない。寧ろ今回の攻撃こそが、彼女にとっては不利益となる。今回の騒動におけるメリットは、皆無と言って良い。

 だが、世界最高峰の天才である彼女が、そんな非合理的な行動をするだろうか。一夏は、しないだろうと考えた。確かに直情的で短絡的な行動を見せるときはあるが、それは彼女にとっては最も効率的な行動であり、結果的に彼女の目的達成のための最短ルートとなる。

 

「……答えが分かった所で、束のやったことを許容は出来ない。」

 

 ドゥレムが呟く。

 彼の瞳には、いまだ怒りの炎が灯っていた。現を思い、心を痛めているのだ。ラウラとシャルロットも同じ思いだった。仲間を、友を傷つけられて黙っているような、彼女達ではない。

 だが一夏は、一夏だけは、束の元に居るハズの箒の身を案じていたのだった。



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第七話:熾動

「ドゥレムディラっていう存在は、天廊人によって造られたものだって、もう話したよね?」

 

 モコモコした防寒着に身を包んだ黒髪朱眼の少女が、モスクワから四十km離れたとあるロシア領の田舎町にある喫茶店で、長い黒髪を一つにまとめた日本人の少女に語りかけている。

 

「あぁ。」

 

 ぶっきらぼうに日本人の彼女は答える。名を篠ノ之 箒という彼女は、スプーンで掬った暖かいボルシチを一口食べる。

 

「そして私は、お母様に造られた…。彼も私も、強くあれと造られたから当然それに見会うだけの強さが与えられた。」

 

 防寒着の少女、ラ・ロは口角を上げながら楽しそうに喋る。

 

「でもアレは違う。」

 

 ラ・ロは、その視線を外に向ける。この街が、一般市民が最もモスクワに近付ける地点。ここから先の地域は軍が二十四時間監視し、吹雪の領域に市民が進入しないようにされている。それでも、吹雪の境界線まではまだかなりの距離があるため、ここからその領域が見えることはない。しかし、ラ・ロの視線の先には間違いなく吹雪の領域と、その主がいる。

 

「造られた訳じゃない。自然発生し、進化を重ねて、種の力としてその領域に達した正真正銘の化け物、ディスフィロア。その中でも彼は別格。元の世界では、『極み闘争う』なんていう二つ名で呼ばれる異質な存在。もう原種とは別次元なんだよ彼は。」

 

「良く言う。貴様も『極み嘲笑う』と呼ばれたのだろう?」

 

 箒の言葉に、ラ・ロは満面の笑みを見せて彼女に視線を移す。浮世離れした彼女の愛らしさが助け、見るものを誘惑するだろうその笑み。だが箒は、その笑顔が底知れぬほど不気味に思う。

 

「そうだよ!だから私達は戦うんだ。」

 

 笑顔だけは年相応。しかし口から出る言葉は、他者を殺すための明確な意思表示。箒は、その不釣り合いな様に、思わず吐き気を催す。だが、今は我慢するのだ。一夏の隣を勝ち取るために、何だって利用すると決めたのだから。再び外へと視線を戻したラ・ロに倣い、箒も外の青空を見詰める。いつかこの地で出会うことになる、一夏に思いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 睡蓮襲撃から翌日明朝

 

 

 

「やれるだけの処置はしました。」

 

 襲撃の一報を受け、急ぎ日本に戻ってきた千冬は、町の病院へと直行していた。既に手術も終わり、施術した外科医と、現の主治医の二人から経過説明を受けていた。そこには、現の父親も一緒だった。

 

「む、娘は?」

 

「ひとまずの峠は越えたと言って良いでしょう、意識も体力が回復次第戻るはずです。」

 

 ネームプレートに、早川と書かれた外科医の言葉に父親はほっと胸を撫で下ろす。

 

「宝条先生がちょうど居て、直ぐに輸血の準備が出来たのが幸いしました。お陰でぐっと生存率が上がった。」

 

 早川が、隣に座る現の主治医で、ネームプレートに宝条と書かれた若い医師を称賛する。彼は「いやそんな…」と謙遜するが、父親は宝条の右手を両手で掴み、深々と頭を下げる。

 

「宝条先生、いつも娘がお世話になりながら、今回も助けて頂き…本当に、……本当にありがとうございます!」

 

「そんな、佐山さんやめて下さい。まだ油断は出来ない状態なんですから。」

 

 宝条の表情は暗い。父親は「え?」と表情が青くなる。

 

「意識は待てば回復するはずです。ですが、そこから長いリハビリも始まります。まだ若い彼女が、今まで出来た事が出来なくなってしまうストレスと戦う……我々でしっかりと支えてあげなければ、心が壊れてしまう場合も…。」

 

 ゴクリと、父親が生唾を飲み込む。現は気丈な娘だ。この難関も乗り切れると、父親である彼は信じているが、最悪の場合も頭を過ってしまう。

 

「当然、私達も出来うる限りのサポートはします。佐山さんも、そしてIS学園の皆さんも、どうか協力をお願いします。」

 

 一通りの説明、今後の方針を話終えると、四人は応接室を後にする。だが、千冬と父親の間に流れる気まずい空気は、とてもいたたまれないものだった。もしもの事を考え、見送るために着いてきている宝条も、その空気を敏感に感じ取っていた。

 

「娘は……家内に良く似ているんです。」

 

 不意に、長い廊下を歩いていると父親が口を開く。千冬は、「え?」と無意識に呟くと、父親へ視線を投げ掛ける。

 

「海外を飛び回る母親の事が、きっと恋しかったと思います。ですが幼いながらもアレは、それを少しも見せはしなかった。……私達にとって。現は宝であり、誇りなんです。」

 

「……ハイ。」

 

 恐らく来るであろう叱責に、千冬は備える。何を言われても文句は言えず、その怒りが正当であると知っているから、彼女は耐えようと覚悟していた。

 

「………だから、私達もあの娘に恥じない人間でなければならない……。親の意地です。」

 

 彼は、不恰好な笑みを浮かべる。憤怒、後悔、哀愁、様々な感情が見え隠れするも、それが今彼が見せられる精一杯の笑顔なのだろう。

 胸の奥から迫る痛みが、千冬を強く苛んだ。これなら、罵倒された方がマシだ。そんな表情を向けられ、彼に我慢を強いてしまう位なら、ここで殺されてしまう方が、何倍もマシに思えた。だが、それは許されない。彼女は、この罪を背負い立ち向かわねばならない。逃げるわけにいかないのだ。

 

「家内に、現の元気な姿を見せて挙げたい……手伝って頂けますか?」

 

「全身全霊をかけて。」

 

 せめて、真摯な言葉には真摯な思いで答えようと、千冬は即答する。彼も千冬のその態度に満足したように頷いて見せる。

 

「……聞けば、今学園で保護しているモンスターが助けてくれたとか……。出来れば、感謝している旨を伝えて頂けますか?」

 

「承りました。きっと彼も喜ぶでしょう。」

 

「あ、織斑先生。一つ宜しいですか?」

 

 不意に、宝条が会話に参加する。千冬も首を軽く傾げて、「何ですか?」と問う。父親も、宝条に視線を向けていた。

 

「佐山さんの怪我は、かなり深刻な物でした。骨折は四ヶ所、特に、大腿部からの右足の欠損。出血量が凄まじく、一秒を争う状況だったはずです。」

 

「だったはず?……実際はそうではなかったと?」

 

 彼の言い回しに、不思議な部分を感じ取った千冬が問う。それは父親も同じようで、二人とも宝条をじっと見詰める。

 

「佐山さんは、右足の患部が氷結した状態で運ばれました。普通ならば凍傷を起こしそうなものですが、それはなく、むしろ出血を押さえて彼女の生命を守った。彼女を運んできたあのモンスターは……いや、そもそもモンスターって一体。」

 

「私にも分かりません。ただ……、彼は、ドゥレムは我々の仲間です。それだけは信じてあげて下さい。」

 

 宝条の疑問はもっともだった。千冬は、それに対する明確な返答を持たない。それでも、彼女は自分の思いを口にする。信じて欲しいと、ドゥレムという彼を恐れないで欲しいと願いを込めて。

 その思いが届いたのか、宝条も現の父親も互いを見合わせながらも頷いて見せた。

 

 

 

 

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『IS学園、呆れた警備体制』

『学園管理のモンスター、市内の病院に侵入⁉』

『IS学園生徒一名、意識不明の重体!』

 

 メディアの記事は、どれも似たような見出しに彩られていた。一夏は一人、それを悔しそうな表情で見詰める。

 今日は月曜日なのだが、昨日の襲撃を受けて生徒には自室待機が命じられていた。そのせいで、一夏は一人無気力に時間を過ごしている。勉強しようにも集中できず、料理のレシピも考えられない。頭の中を占めるのは、現の安否とドゥレムの今後の不安だった。

 所属不明のISを、ドゥレムが無力化したという事実は、国際社会において重く受け止められている。拡大解釈をすれば、ドゥレムというモンスターが人類に牙を向いたのだと、国連は大義名分を掲げ、彼の身柄を管理しようとする可能性だってある。そうなった時、自分はどうするべきかを考えると、一夏は何も手がつけられなくなってしまうのだ。

 

「一夏、いるか?」

 

 不意に、廊下から声がする。声の主は直ぐに分かった。ドゥレムだ。一夏は慌てた様子で、自室の玄関へと向かう。彼も自室で待機が命じられていたハズだがと思いながらも、その戸を開ける。

 そこには、少し困ったような笑顔のドゥレムが立っていた。

 

「どうした?」

 

「いや……少し話がしたくてな。」

 

 妙によそよそしい彼に、疑問も抱くがひとまず部屋に招き入れる。

 

「コーヒーとお茶と紅茶とチャイ、どれが良い?」

 

「相変わらず多いな……。じゃぁコーヒーで頼む。」

 

「あいよ。」

 

 カチッとコンロに火を点けて、ヤカンの水を沸かす。コーヒーは一夏自身かシャルロットしか飲まなかったためストックは十分あるハズだと、一夏は戸棚を探す。瓶に入ったインスタントコーヒーが直ぐに見つかった。千冬が昔から飲んでいた銘柄なため、気付けば一夏もこればかりだ。一度豆から挽いてみたいなという願望は、彼のささやかな夢の一つである。

 

「おまたせ。」

 

 コーヒーを注いだマグカップを二つ持ち、シャルロットと箒が使っていた勉強机に腰掛けるドゥレムに、その片方を差し出す。

 悪いなと一言告げて、マグカップを受け取った彼は、白い湯気がふわりと発つコーヒーを一口嗜める。

 

「あっついな。」

 

「お湯で入れたからな。」

 

 分かるだろなどと、野暮なツッコミはしない。ドゥレムの鉄板ネタだと知っているから、一夏もいつも通りに返す。二人は、クスリと笑った。

 

「で話って?」

 

 一夏も、自分の席について切り出す。ドゥレムは嬉しそうな笑顔を見せて口を開く。

 

「さっき、麻耶に千冬から連絡があってな。現は大丈夫だそうだ。」

 

 なんとも心が踊る報告に、思わず一夏も「本当か!」と晴れやかな表情で身を乗り出す。

 

「あぁ。リハビリに時間が必要だが、俺達にも協力して欲しいそうだ。」

 

「もちろん。俺達に出来ることなら、精一杯助けていこうな。……そうか、無事だったか…。」

 

 肩の荷が降りたと、一夏は深く椅子に座る。心なしか、インスタントのコーヒーが美味しく思えるほどに、彼の心は晴れ渡っていた。それほどの朗報だったのだ。

 

「でも、話はそれだけじゃないんだろ?」

 

 一夏は、部屋に入ってくるときに見た、ドゥレムの表情を覚えている。困ったような笑顔。あんなにも、現の身を案じていたドゥレムならば、きっとあんな表情はしない。他に何かがあったのだと、一夏は見逃しはしなかった。

 

「……そうだなぁ……。どこから話すべきか。」

 

 暫く彼は押し黙る。その視線の先には、点けたままのテレビニュースが映っていた。ニュースには、どこかの大学の教授をしているコメンテーターが、IS学園を批難している様がまざまざと報じられている。テレビを消そうと、一夏が言おうと口を開く前にドゥレムがポツリと語り出す。

 

「俺はお前達とは違う。価値観も、死生感も誤解なく共有はできないだろう。」

 

 そんなことはない。と口にしようとしたが、一夏は黙してそれを飲み込む。ドゥレムが、そのことに後ろめたさや、疎外感を感じている訳ではないと知っているからだ。比喩や自嘲を含めた言葉ではないと知っているから、彼は敢えて何も言わない。

 

「だがお前達と関われて、共にいることができて、俺は幸せだと思っている。……ありがとう。」

 

「いきなりどうした?まるで今生の別れみたいに……。お前、まさか…!」

 

 一夏は嫌な想像にかられ、まるで掴みかかるような勢いで立ち上がる。ガタンと音を発てて、一夏がかけていた椅子が倒れる。ドゥレムはまた困ったような笑顔を浮かべた。

 

「自分から離れようと……ふざけんな!」

 

「ふざけてないさ。俺が行かなきゃならない。コレばっかりはお前らを巻き込む訳にはいかないからな……。」

 

 一夏は、違うと気が付く。会話が噛み合っていない。一夏はドゥレムが、自分の存在が学園を脅かしていると考え、ここを離れると言い出したのかと考えたが、ドゥレムの物言いにはその先があると気が付く。

 

「なんだよ……いったい何の話をしてるんだ⁉」

 

「ディスフィロアが動く。」

 

 表情が、鋭く変わった。ドゥレムのその鋭い眼差しには、モンスターの面影があった。ディスフィロアという名前に、一夏も一瞬動きが止まる。

 

「なんで…分かる?」

 

「説明のしようがない…。だがこの尋常ではない殺気は、ディスフィロアのものだと直感したんだ。」

 

 ドゥレムの言葉に迷いはなかった。説明が付かないが、どうしようもなく理解してしまったのだろう。しかし、ハイそうですかと、納得のできる一夏ではなかった。

 

「なんでお前一人なんだ。俺だって戦えるハズだ!」

 

 今までもそうだった。ドゥレムと仲間達と共に、モンスターとの戦いを乗り越えてきた。だから今回も共に戦うと、一夏は声を荒げる。

 それでも、ドゥレムは首を縦には振らない。

 

「ディスフィロアは違う。今までとはまるで違う。」

 

 ドゥレムの意思は固かった。ただ真摯な眼差しで、一夏を見ていた。

 

「バルファルクも相当だったが、比じゃない。」

 

 嘘や偽りではない。本心から彼はそう語っている。だが、そうかと納得できるハズもない。

 

「なら……尚更お前を一人で行かせられないだろ!仲間じゃねぇかよ!」

 

「……分からないか?足手まといなんだ。」

 

 ギラリと、ドゥレムは一夏を睨む。始めて見る眼差しと、明確な拒絶の言葉に、一夏は二の句を失う。

 

「ディスフィロア相手に、お前達に気を使って戦えるほどの余裕があるとは思えない。……もう一度言うぞ、お前達《人間》は来るな。」

 

 困惑し、そして憤る。一夏はドゥレムから向けられた明確な拒絶と、戦友とまで思っていたのが、自分だけだったのだと痛感し、その心の内に憤怒の炎が広がる。握り拳に、爪が食い込む痛みも無視し、歯が割れるのではないかと噛み締める。

 

「……話はそれだけだ……。お前達は、ディスフィロアの領域に絶対に来るな。これからは、モンスターの事なぞ忘れて、学生らしく過ごせ。」

 

 そう言い残して、ドゥレムは立ち上がる。

 

「あぁそうかよ……じゃぁ勝手にしろよ!」

 

 一夏は叫び、机を叩く。マグカップが倒れ、溢れたコーヒーが床のカーペットまで流れてシミをつくる。

 ドゥレムはそんな一夏の横を通りすぎ、黙して部屋を後にしてしまったのだった。



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第八話:熾紫

 睡蓮の襲撃から三日が過ぎた。ドゥレムが、学園から消息を断ったという事実は、学生には通達されていない。一夏から話しを聞いた千冬達も困惑し、果たして生徒達に伝えるべきか判断ができなかったのだ。しかし、彼と交流があったセシリア、鈴音、シャルロット、ラウラにはそうはいかない。真実を知り、彼が自分達を置いていったという事実に五人は、重苦しい空気を抱えていた。

 だが、唯一比較的冷静だったラウラは、ディスフィロアが動くという話の重大性に気が付いていた。モンスターハンターによる事前情報もなし、少なくとも永続的に雪吹を呼び寄せるか、発生させる能力を持つハズだ。似た能力を、クシャルダオラというモンスターが所有していたが、その程度の知識しか彼女にはない。だがそこから推測すれば、ディスフィロアは古龍の可能性が高いと考えられた。

 

「ディスフィロアは……そんなにも危険な奴なのか……。」

 

 ボソリとラウラは呟く。実際に、過去の古龍種戦、すなわちバルファルク討伐戦では規格外移行をした一夏とドゥレム以外はまともに戦闘に参加できなかった。圧倒的物量と、十分な威力を誇る兵器を用意してなお、人類はバルファルクに届かなかった。それでも、ドゥレムは一夏達と《共に》戦った。ディスフィロアでは、それが出来ないほどの激しい戦いになるということなのだろう。

 思い返してみれば、ドゥレムの戦い方は、どこか加減していたような気がするとセシリアも考えた。確証はないが、睡蓮戦で見せたような大規模な氷結を、一夏達が近い状態では絶対に行わなかった。ブレス系統の攻撃もそうだ。止めの瞬間に使用するくらいで、そうでなければ氷柱を連射するようなブレスで、殆どが格闘戦で戦っていた。

 

「全力で戦うという事なのでしょうか?」

 

 セシリアの疑問には誰も答えなかった。

 しかし、一夏には彼が残した拒絶の言葉が、深く深く刻み込まれている。それは彼の冷静な判断力を阻害し、一夏の思考を一点に固めてしまう。 それほど、ドゥレムからの言葉は、彼にとって重いものになってしまっている。

 ドゥレムが、一夏を人間と呼んだ。それは、自分とは全く違う存在だと、真の意味で同胞として共に歩む事はできないと言われたようで、一夏には悲しくて悔しかったのだ。一夏は、ドゥレムをドゥレムディラというモンスターではなく、ドゥレムという個人を友とした。彼も同じだと信じていた。それがどうしてと、彼は止むことのない疑問の嵐に捕らわれ、ただただ悔しさに歯を噛み締めるしかなかった。

 

 

 

 

 

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 ロシア領、モスクワから東に約1973km離れたクルガンの上空に、ドゥレムは高速飛行をしていた。

 いまだ距離は遠く離れているハズが、ビリビリと伝わる強大な殺気は、その持ち主の力を露骨に顕していた。ドゥレムをもってして、異常と言わざるを得ないその殺気に、彼はモンスターの身ながら冷や汗を流すような感覚を覚える。

 ディスフィロアも、こちらに気が付いているのだろう。放たれている殺気が、ドゥレムに集中していることから察しがつく。

 因にだが、ロシア空軍はドゥレムの領空侵犯は捉えている。当然スクランブルが掛かったのだが、彼はその障害を撃墜もせず、そして被弾もせずにジェット機を振りきるような速度で飛行し続けている。超長距離を最高速度で飛行し続けているため、隠しきれない疲れが見えているが、ドゥレムはけして止まらずにディスフィロアへ一直線に突き進む。

 

『ッ!?』

 

 地平線の向こうから、高温の熱戦がドゥレムを掠める。ディスフィロアのブレスだとは、直ぐに理解した。勘で撃ってきたのだ。

 飛んで来る。ディスフィロアもその翼を広げ、空を掴んでこちらに来るのだと、ドゥレムは直感した。まだ遠く、とても目でその姿を捉えることは出来ない。それでも、ドゥレムは分かってしまう。人には途方もない間合いのハズの二体の竜は、互いが近付いていることを知り、そして僅かな時を経て邂逅。錯覚だろう。空気が震え、地が戦き、世界が萎縮するようなそんな威圧感が互いの間に生まれる。出会ったと言っても、まだ互いが豆粒のようにしか視認出来ていない。

 

『グウオオオッラッ‼‼』

 

 ドゥレムが吼える。力を込めて、魂を奮わせ、闘争に身を任せる。

 

『……ォォォッ!』

 

 応えた。いまだ互いに遠いハズだが、その咆哮は互いの殺意を刺激する。

 ドゥレムは護るために戦う。一夏に強い物言いをしたのは、巻き込まないためだ。あの化け物に、彼等を立ち入れさせないため。もし、一夏がディスフィロアと戦うならば、規格外移行しなければならない。それはダメだ。彼が人間でなくなってしまうのは、ドゥレムにとって耐え難いことだった。故に、ディスフィロアはドゥレムが己の意思と力によって討伐しなければならない。

 ディスフィロアは何のために戦うのだろう?『極み闘争う』と呼ばれた彼は、誰よりも強者であった。闘うことが彼の全てであり、生きる意味であり糧なのだ。強者、猛者と呼ばれる存在を何千、何万と退けた。狩人とも幾度も戦い退けた。そんな彼もハンターとの至高とも、至玉とも云える最後の闘争の果てに討伐された。間違いなく彼は充足感に満たされ、満足し最後を安らかに迎えたハズだ。だが、その先に現れた景色はなんだ?弱者が地を満たし、脆弱な存在ばかりだ。ディスフィロアの失意、絶望、虚脱は想像を絶するものだった。戦い、戦い、戦い抜いた先がこの退屈な世界。絶望はやがて、憤りに変わった。僅かに点在する強者と殺し合いながら、この退屈な世界を壊そうと思い立った。そこに、ドゥレムディラがやって来た。歓喜と感謝が彼を震わせた。

 戦いの目的はまるで違う。ディスフィロアは、笑い吼える。ドゥレムディラは怒り吼える。

 

『ガッァッアアア‼‼』

『グゥルルォォォオッ‼‼』

 

 そして二体がぶつかり合う。白紅と紺碧が、バチバチと音速を超えた速度同士で頭突きをぶちかましたのだ。その衝撃はおして図るべし。離れたハズの地表に吹き荒れる突風が、悠然と物語っている。

 

『グウガァッ!』

『ウォッ!』

 

 互いの右前足が、それぞれの頬を撃ち抜く。縺れ合い、地表に落ちていく中でも互いに殴り合うのだ。一心不乱に連打、乱打。鮮血が舞い、一撃一撃で意識が飛びかける。が、彼等はお互いを睨み、その意識を手放さずに歯を食い縛る。

 地表に叩き付けられる直前、ドゥレムが後ろ足でディスフィロアを弾き飛ばし、間合いを取る。降り積もっていた雪を吹き飛び、人気のない雪原で互いに見合う。がそれも一拍。互いに必殺のブレスを撃ち合う。

 ドゥレムディラは黒い冷気の暴力。巻き上がった雪が瞬時に氷つき。振り続けている雪までもが雹となり、ぼとぼとと雪原に打ち付ける。

 逆にディスフィロアは白紅の熱戦。辺りの雪が瞬時に蒸発し、露出した草原が燃え上がる。

 奔流が交差し、互いのブレスを相殺する。意味をなさないと察し、ブレスを切り止め、互いに駆け出す。黒い冷気を纏い、ドゥレムは走る。ディスフィロアもそれに答えるように、角を突き刺すように駆け出す。再び、ぶちかましの正面衝突をするかと思われたが、瞬間、ドゥレムの視界からディスフィロアが消える。跳躍したのだ。目で追えば、ディスフィロアが空中でブレスを貯めている。避けられる間合いでは、

 

『ガアッッアアッ‼』

 

 ドゥレムの背中を、ディスフィロアのブレスが焼く。燃え盛るのではない。まるで溶かされるような痛みが、彼を襲う。

 ディスフィロアはくるりと回り、雪原に再び着地しようとする。が、その直前、ディスフィロアの体を貫くように、氷柱が出現しその硬い甲殻すら傷付ける。更に、比較的柔らかい腹部に深く刺さる。

 

『グロルゥアッ!』

 

 身動きが取れないでいるディスフィロアに、ドゥレムが振り向き返しのブレスをぶつけようとするが、その前にディスフィロアを貫き縫い止めていたハズの氷柱が一瞬にして蒸発し、蒸気がドゥレムの視界を被う。一拍、ドゥレムの行動が遅れた。それでも、ブレスを撃つ。蒸気を吹き飛ばし、ディスフィロアがいたバスの場所を撃ち抜く。だが、そこにディスフィロアの影はなく、遠くにある森の木々に直撃する。樹木はへし折れ、森が吹き飛ぶがその木々は二度と地面に戻ることはない。吹き飛んだ森が凍てつき、巨大な氷塊と化している。

 横に避けていたのだと、ドゥレムが気が付くより前に、顎したから腹部を通り、尾の先までの体の下半分が燃え盛っているディスフィロアが飛び掛かってくる。首を押さえつけられ、組伏せられた。ブレスが来ると察したドゥレムは、それよりも先にディスフィロアを後ろ足で蹴りあげ、無理矢理拘束から逃れる。

 

『グゥゥゥ……‼』

『ガァルルル……』

 

 今の交差で、互いに生半可でないダメージを負ってしまった。だがそれでも、まだ余裕はある。間合いが離れ、弧を描くように歩き、隙を伺う。

 

『…………。』

 

 余裕はあると言っても、ダメージには代わりない。この時間に僅かでもダメージを抜くため、互いに安易に飛び込みはしない。

 が、事態は急に変化する。ドゥレム達に向かって、多数のミサイルが飛び込んで来た。領域を抜け出したディスフィロアと、領空を侵したドゥレムを追いかけていた無人戦闘機が発射した物だった。ドゥレムは、あれが人類の武器だと知っている。だからその攻撃に癇癪を起こし、戦闘機を撃墜したりはしない。だがディスフィロアは違う。折角楽しめるような獲物が現れた。ようやく、己の爪牙をぶつけるべき相手に巡り会えたのだ。その戦いに、魂すら持たない上に規則的かつ、業務的に命を殺めるだけの無粋な輩が乱入するなど、彼の逆鱗に触れて当然の行いである。

 ドゥレムは、驚くべき現象を目にした。ディスフィロアの体の上半分、新雪が如く純白に染まった体から、ぶわりと冷気が吹き出す。まるでディスフィロアの体表にのみ吹き荒れる吹雪と言えよう。先程まで、熱を用いて戦っていたディスフィロアから、真逆の冷気が吹き出た事実は、ドゥレムに大きな混乱を与えるには十分だった。そしてそのままディスフィロアが吠えれば、彼の足元から二本の氷でできた大きな柱が出現する。だがそれだけだ。空中を飛ぶ無人機の迎撃などできる技ではない。そうドゥレムが考えた次の瞬間。翼を広げたディスフィロアの翼膜に灼熱した光が収束する。するとその光は拡散し、氷の中を乱反射しながら戦闘機へと殺到する。広い範囲を一息で焼き付くし、また戦闘機も全て細い熱戦で切り裂いた。作り出された氷は蒸気を発しながらみるみる溶けていく。

 熱と氷。否。プラスとマイナスの熱量を操れるのだと、ドゥレムは理解した。それもかなり高次元なレベルでそれを行っている。ドゥレムは再度、ディスフィロアという難敵を前に、覚悟を改めざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 ドゥレムディラとディスフィロアがロシアの雪原で衝突した報せは、直ぐにIS学園学園にまで届いた。ロシア臨時政府は、何故ドゥレムディラがロシア領内に出現したのか、説明を学園側に求めたが千冬はそれよりもと、早急に付近の住民の避難を急かした。

 

「マズイ……マズイ、マズイマズイ!」

 

 千冬が目に見えて動揺し、歯を噛み締めている。このままではドゥレムの処分は免れない。仮に、あのディスフィロアが本当に規格外の力を有し、ISでは相手にならないものだったとしても、今回の事から学園にドゥレムのコントロールには不適格と判断されれば、国連所属へとなってしまうだろう。そうなれば、モンスター解明の為の実験体になることは明らかだ。

 それは、千冬個人としても看過できるものでは断じてない。何としてでも策を弄じなければならない。

 つまり正当化が必要だ。今回の領空侵犯にロシア臨時政府が納得する十分な説明が必要になる。理由をでっち上げるのだ。だが、度重なる緊急事態に、千冬の頭脳は普段の幾分も力を発揮できずに堂々巡りを繰り返すのみだった。

 何とかしてドゥレムを守らなければという危機感が、余計に彼女を急かし、それが焦りに繋がる。

 ディスフィロア討伐は、明確な理由だ。これ以上ない程に分かりやすく、現在まさに行っている。だが、それだけでは足りない。言いくるめる為の手札が足りない。

 

「織斑先生!」

 

 が、そんな彼女の状況を知ってか知らずか、職員室の扉を勢いよく開けて、シャルロットが姿を見せる。どうしたのかと問い掛ければ、青い顔をした彼女が叫ぶ。

 

「一夏が飛び出しました!」



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第九話:強豪

 一夏が、白式を装備して飛び出したのには、幾つかの偶然が重なったためだ。まず、偶然にもロシア臨時政府との通話をしている楯無の会話を、ランニングしていた中で耳にした事。

 楯無であるために、十分に周囲を警戒しかつロシア語での会話。人目も遠く、まず誰も来ないハズの旧倉庫後。ティガレックスの砂岩に潰された校舎からも遠いこんな場所に来る人間など常時ならばいるはずもない。それでも、一夏はなんとなしに普段のコースから外れて、その近くを走った。ドゥレムとの一件を引き摺っていた彼は、気分転換を必要としたのだ。

 ロシア語の会話が分かる程の教養は、当然だが一夏にはない。しかし、ディスフィロアとドゥレムディラの言葉を拾い上げたのは、普段からセシリアに英語の勉強をリスニング込みで見てもらったからかもしれない。しかし、まだ彼が短絡的な行動を移す要因にはなり得ない。ドゥレムがディスフィロアと戦いに行ったのは、彼も十分に把握していたからだ。意固地になりながらも、彼の本心はドゥレムの身を案じ不安に駆られていた。

 そしてランニングを終えて、自室に戻った一夏は、シャルロットに軽い挨拶を終えると冷蔵庫に入れてあったスポーツドリンクを手に取り、椅子にドカリと座る。その内心は、先程の楯無の通話がぐるぐると回っていた。いったい何を話していたのか、ドゥレムは大丈夫なのかと不安がどんどん大きくなっていた。そこにだめ押しが入る。

 

「一夏。さっき鈴音が探してたみたいだよ?」

 

「なんで?」

 

「えっと、箒?って人がロシアで目撃されたって。」

 

 篠之乃 箒。随分と長い間聞いてないように錯覚する幼馴染の名前に、一夏は眼を見開き呆然としてしまった。何故という疑問は尽きないが、それよりもドゥレムとディスフィロアが衝突するその場に彼女がいるという事実は、焦燥となり彼を駆り立てた。

 シャルロットに何かを言う前に、彼は駆け出して部屋を後にする。千冬にISの無断使用は禁じられていたが、そんなものは頭の片隅に追いやられ、学生寮の屋上から飛び降りるように白式を起動すると、そのままロシアへと飛び立った。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 千冬は憤りと同時に光明を得た。一夏が白式を起動して飛び出したと、シャルロットは直ぐに携帯を使い彼女に報せてくれたお陰で、一夏がロシアに向かっていることが、直ぐにISネットワークを応用することで判ったからだ。

 彼女は直ぐ様シャルロットと楯無、鈴音にロシアへと向かう事を指示する。セシリアとラウラには、直ぐに職員室に来るように伝えると、ロシア外事館へと連絡を入れる。彼女の頭の中には、今回のシナリオが出来上がっていたのだ。

 

『つまり、そちらの保護下にあるはずのドゥレムディラが、我々ロシアの領空を侵犯したことは、アレの暴走ではなくディスフィロア討伐のための戦略であると?……馬鹿馬鹿しい。ただの苦し紛れな言い訳ではないか。』

 

 通話越しの役人の言葉には、明らかな呆れが入っていた。それもそうだ。実際に今回のドゥレムの行動は、学園側のコントロールから逸脱したものなのだから、間違いではない。千冬もこの反応は想定の範囲内だ。

 

「そもそも、ドゥレムディラ達モンスターは、互いの存在を認識する能力があることは、既に承知しているハズだ。彼曰く、ディスフィロアの存在は既存のモンスターと比較して圧倒的脅威であると提言していた。それ故に、我々は彼に有事の際は自己の判断で迎撃する許可を与えている。」

 

『それは役目の放棄ではないかね?君らIS学園は、アレの的確な運用と安全な制御下に置くことが前提として管理を任されていたハズだ。その判断は人類生存の上で問題視されるべきものだと考えるが?』

 

「それは机上の空論だ。ドゥレムが我々人類に危害を加えるかもしれないという、仮定をもとにした判断でしかない。現実には我々のために心血を注ぎ、身を削って戦っているのがドゥレムディラである。」

 

『それこそ、希望的観測ではないかね?今まではそうだとしても今後は?アレの制御に失敗し、人類を脅かす脅威存在にならないという確証がない限り、IS学園が行った判断は先に云ったように責任の放棄と追求せざるを得ない。』

 

 ここまでは、千冬の目論見通りに話が進んでいた。問題はこの先だ。建てた案山子に引っ掛かってくれることを祈るしかない。

 

「もちろんだが、そうなった時の対応策は用意してある。彼の体内には、外部作動の装置を設置してある。中身は麻痺毒だが、モンスターの姿をした彼を二十時間拘束することが出来る代物だ。」

 

『……国連議会で、そのような報告がされた記録はないが?』

 

「ハッキングを恐れてのことだ。もし、第三者が装置を不必要なタイミングで起動させ、その間に他のモンスターにより人類が脅かされたら……もし、必要なタイミングで作動させられなかったら。考えうる危険性を排除するために、報告は避けた。逆にこれを貴国に伝えたというのは、今回の謝罪の意思を込めての事だとご理解頂きたい。」

 

 僅かな沈黙が流れる。話の真偽を試案しているのだろう。実際に、当代に置いて遠隔起動の毒物を体内に埋め込んだ囚人を、立て籠り犯との交渉のために利用したという事件がアメリカで起きた。その時は、人道的側面からあらゆるメディア、団体からバッシングを受けたが、技術的には可能だと云うことは証明されている訳だ。問題は、ドゥレムを拘束しうる麻痺毒が生成可能か否かの点。これを受け手側がどう判断するかだが、千冬はここでもう一言を付け加える。

 

「もし信用されないというのであれば仕方がない。ドゥレムディラは国連の管理下に移ることになるが、そのためには、一度学園に戻ってきてもらう必要がある。ディスフィロアは、ロシア国内でどうにか対処してもらうしか…『それは困る。』

 

 被せ気味に、役人が慌てて口を挟む。おそらく無意識に出た本音だったのだろう。電話の向こうの彼の空気が変わったのを千冬は鋭敏に読み取り、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「しかし、我々には貴国の信用を得られるだけの手札がないようだ……。となれば、ドゥレムディラは領空侵犯をし、人類には制御不可能な危険存在ということになる。まことに痛恨なことだが、麻痺毒を作動させて我々のIS部隊による回収を急がせよう。では装置の作動を『待ってくれ!……判った。……信じよう。我々ロシアは、IS学園によるアレの管理は、問題なく今回の領空侵犯も地球人類、そして我々ロシア国民の人命を守るための必要な行動であったと認識しよう。』

 

 内心、ガッツポーズを決めた。

 一夏達五人がロシアへと向かっている事実は、毒を作動させた後に速やかな回収活動を目的としているためと、役人に錯覚させられたのだ。レーダーではいまだ日本領空内を飛行中のようだが、ロシアでもおそらく一夏達の動きは捉えているハズだ。そのために国家代表の楯無も動かしたのだから。

 

「ご理解痛み入る。代わりに、必ずや貴国の絶対的脅威であるディスフィロアを討滅してみせると約束しよう。」

 

 そう伝えて、通話を切る千冬は深い溜め息と同時に、深々と座席に座り直す。

 

「教官、見事な手腕でした。」

 

 と彼女を労うラウラに、いつもの「教官ではなく、先生と呼べ」という突っ込みすら行えない千冬が、片手を挙げるだけで答える。しかし、そんな彼女に不服そうな表情を浮かべたセシリアが質問を投げ掛ける。

 

「何故、私とラウラさんだけが学園待機なのですか?明らかにディスフィロアの危険性は常軌を逸しています。バルファルクの時のように総力戦で挑むべきでは?」

 

 ラウラも言葉にはしていないが、同じ疑問は抱いていたのだろう。特にこの二人は、狙撃に電磁砲という援護向きの装備をしていることから、仮にドゥレムが本気で戦うのだとしたら特に相性がいいハズにも関わらずだ。

 当然、千冬もそれは十分に理解しているハズだ。故に、この采配に何かしらの真意があるはずだとラウラは読み取っていた。

 

「そうだな。だが、二人にはそれぞれ別の任務に当たってもらう必要がある。これは、他の誰でもなく、お前達二人でなければならない重大な仕事だ。」

 

 千冬は、前置きをほどほどに二人に指令を伝える。だが、ラウラはその指示に困惑し、セシリアは驚愕した。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 穏やかだった森の中の雪原は、正に地獄絵図と化していた。氷柱が立ち並び、木々は吹き飛び薙ぎ倒され、雪原が燃え盛る。そのただ中で、二体の竜が睨み合う。爪牙は勿論、尾に翼。ブレスと己の持ちうる武器を駆使して一進一退の攻防を続けていた。漸く前哨戦を終えたところと云った様子か、ドゥレムはいまだに自身のからだに氷の鎧を纏わせてはいなかった。ディスフィロアも同様の様子で、その眼差しにはまだ余裕が伺える。先に動いたのはドゥレムだった。牽制として、ボクシングでいうジャブのように素早く間合いに潜り、左前足による引っ掻きを繰り出す。

 ディスフィロアの優れた動体視力は、ドゥレムの初動を確りと掴み取りカウンター気味な体当たりで迎撃をする。それはドゥレムの鼻先を捉えて彼を怯ませる。その隙に右前足を軸に身体を捻り尾による一閃を横っ面に叩き込む。

 直撃したドゥレムの体は、真横に転がり降り積もった雪を吹き飛ばしていく。口腔を大きく広げたディスフィロアの喉奥が燃え盛り、灼熱のブレスを撃ち放つ。奔流は真っ直ぐにドゥレムに向かうが、彼の眼前に三角推の型をした大きな氷柱が出現し、ブレスを二つに切り裂いた。その裏からムーンサルトでもするかのように飛び上がったドゥレムが、氷の矢じりの弾幕をブレスとして射つ。ディスフィロアの顔面、背中、翼に直撃するが装甲を貫通するには至らないが、僅かによろけた。

 ドゥレムは、その状態のディスフィロアを踏みつけて、後ろに回り込むようにそのまま踏み台として活用して二度目の跳躍。灼熱のブレスは維持できずに消失した。ドゥレムの猛攻はまだ終わらず、そのまま長いディスフィロアの尾に噛みつくと、引き摺り投げた。

 同等の体格。むしろディスフィロアの方が僅かに大きいにも関わらず、宙を舞う自らに驚いたのだろう。なんとか姿勢を直すが、着地に精一杯だった。だが、着地の瞬間にドゥレムは黒いオーラを纏った咆哮を挙げる。燃え移っていた炎が掻き消え、積もっていただけの雪が完全に凍り付く。それは、深々と雪の中に刺さったディスフィロアの足元を拘束してみせた。ほんの一瞬だが、彼の動きを完全に止めた。その隙を逃すまいとドゥレムは再び黒いオーラを纏って駆け出す。十分な助走を着けた体当たりだ。当たればただで済むまい。が、その衝突の直前にディスフィロアの足元から爆発的な蒸気が沸き上がりドゥレムの視界を奪った。彼は自身の体の熱量をコントロールしているのだ。その二面性は、体表を覆う鱗と甲殻が指し示すように。上側の白い部分は冷気を纏い。下側の赤い部分は熱気を司る。

 ドゥレムの突進は迎撃され、蒸気の煙から弾き跳ばされる。尾による鞭打の迎撃が、彼の横っ面を弾いたのだ。その一閃は白煙を払いのけ、隠していたディスフィロアの肢体を露にする。

 凍てつく冷気が身体を包むが、同時に燃え盛る烈火が迸る姿。もはやディスフィロアの本体は、冷気と炎の奥底にあり、明確な殺意を宿した眼光だけが、吹き荒れる冷気の奥からドゥレムを射抜く。その眼差しが前戯は終わりだと明瞭に語る。

 

「グゥルルルラァァァァッ!!!!」

 

 吼える。ディスフィロアの天さえ震わすような咆哮に答えるように、その身体を駆けずり回る冷気と炎が、暴力的に辺りに飛ぶ。360度、冷気と灼炎の衝撃波が、ドゥレムに襲い来る。

 だが彼もまた、その咆哮に咆哮を持って応える。

 

「ガゥルァァアァァァッ!!!!」

 

 黒いオーラ、漆黒の冷気が灼炎と白い冷気を阻む。境界線では凍てつき燃えて、再び凍るという通常ならざる現象が次々と起きている。

 ディスフィロアが、戦闘態勢を取った。それは明白だろう。であるならば、ドゥレムは相応の覚悟がいると理解していた。全身の表面に氷が張る。これは甲冑である。翼が広がり、ステンドグラスのような美しい模様が浮かび上がるのに反して、全身からは紫紺の液体が、粘性を持って溢れ出す。体の端々が橙色に染まる。

 戦いはこれからこそが本番なのだ。本気のぶつかり合いを、これから演じるであろう二体の竜を前に、世界はただただ沈黙するしかなかった。



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第十話:偏愛

「ほ、箒……。」

 

 ドゥレムの元へと翔んでいた一夏の前に現れたのは、真っ黒なISに身を包んだ篠之乃箒であった。束の元に行ったのだから、専用機を手に入れるとは、想定できていた。

 

「あぁ、一夏。随分と久しぶりに感じるな。」

 

 彼女は、普段と変わった様子もなく、一夏の記憶の中と同じような口振りで言葉を紡ぐ。

 

「なんでお前が、ロシアにいるんだ。いや、どうして束さんと一緒に。」

 

「そんなの簡単だ一夏。私は、お前と一緒にいるためにこの力を手にしたんだ。」

 

 一緒にいるため。訳がわかないでいた。一夏は、混乱する頭で必死に考えるが、やはり彼女の真意を理解出来なかった。

 

「一緒にいたいなら、なんで学園を出ていくんだ!」

 

「学園にいても、お前は私を見ないじゃないか。鈴音、セシリア……私の事など……だから、私だけを見れるようにしよう。」

 

 箒の言葉に呼応するように、黒いISの装甲が開く。漆黒だったISに深紅のラインが走っていき、同時に背部ウィングスラスターが開き赤いエネルギーがまるで翼膜のように展開される。が、それだけではない。彼女の目元を隠すようにバイザーが追加され、ヴンと紅く鋭い眼光が灯った。

 

「嘘だろ……。」

 

 白式が提示した彼女がまとうISの情報に、一夏は愕然とする。

 

 黒椿・羅淵 規格外移行

 

「箒!それは人間を捨てる…」

「承知しているさ。」

「っ⁉」

 

 一夏の言葉を遮りながら、両手に刀を握る彼女は、真っ直ぐに一夏を射ぬいている。

 

「私が唯一無二になれば、お前は私を見てくれるだろう?」

 

 口元が笑った。目元を覆うバイザーに灯る紅い眼光のせいで、その笑みは、彼の目には不気味に映っていた。

 

「一夏……今の私を見てくれ。」

 

 彼女が構える。来ると直感した時には、既に目の前にいた。想像を絶する疾さに面食らいつつも、何とか大上段から降り下ろされる二本の刃を、雪片弐型で受け止める。が、刃の軋む音と、桁違いの膂力に吹き飛ばされて、一夏は地表に叩き付けられてしまう。

 白黒する意識を、何とか持ち直して空中に漂う箒を見上げる。性能差は歴然だった。規格外移行の力が凄まじいのは、一夏自身も良く理解していた。普通のISでは勝負にならないことも、先の睡蓮戦で身に染みて実感していた。

 

「……行くぞ白式、ライゼクス…!」

 

 バチっ

 装甲表面に、緑色の雷光が走る。規格外移行には規格外移行で対抗するしかないと、一夏は腹を括って白式・霹靂を発動させようとする。だが、

 

「一夏駄目!」

 

 二人の間に割って入る影が、鈴音だ。甲龍を身に纏った鈴音が、一夏の肩を掴み規格外移行を遮った。彼女の突然の登場に面を食らった一夏は、慌てて規格外移行をキャンセルする。そうしなければ、霹靂起動時の放電によって鈴音の甲龍がダメージを受けてしまうからだ。

 

「また……またお前か…。」

 

 暗い声。

 箒の抱く、怒りと憎しみが乗った声音だった。その声で、鈴音も黒いISのパイロットが何者であるのか理解したのだろう。驚愕に彩られた表情で、箒へとその眼差しを向ける。

 

「箒なの?…アンタ、何して……。」

 

「黙れ。お前と交わす言葉などない。私から一夏を奪う、お前の……お前達の言葉など…!」

 

 彼女が両手に握る刀の刃に、黒い瘴気が滲み出る。一夏の背筋に、ゾワリとした悪寒が走る。総毛立つとは正にこの事だろう。直感を指し示すままに、慌てて鈴音に逃げるように叫ぼうとする。

 だが、それよりも速く。箒の二振りの刃が、鈴音の首を狙う。瞬間加速など、目ではない。非常識な加速で、彼女はその凶刃を殺意を持って振るわんとする。

 

「⁉」

 

「当校の生徒に、何をしようとしているのかな?」

 

 しかし、その刃は防がれる。水の盾が、弾力を持って殺意を包んでいた。声のする方に一夏達が視線を直せば、上空から霧隠れの淑女とIS学園生徒会長。ロシア国家代表。更識家現当主。更識 楯無が箒を見下ろしていた。

 

「もう、これ以上アンタ達姉妹に、家の生徒を傷付けさせない。」

 

 槍を構えた、楯無の眼差しが真っ直ぐに箒を射抜く。

 彼女の内心は、灼熱しているのだ。先の睡蓮襲撃の折り、自らは中国にいた。間に合わなかった。間に合わなかったために、同級生である現が重症を負うことになった。何故、彼女がそんな目に遭わなければならなかったのか。睡蓮を差し向けたのは、十中八九束で間違いない。公知された規格外移行は白式・霹靂のみであり。睡蓮と箒の纏う黒椿以外、規格外移行は確認されていない。そも規格外移行の原理も仕組みも解明されていないのに、それを量産運用できるなど、彼の天災を除いて他にいるまい。

 故に、楯無はその怒りを箒に向ける。友を傷付けられた。学園に敵意を向けられた。そして今、大事な後輩に殺意を向けられた。彼女が憤るには十分すぎる理由だ。

 

「覚悟しなさい。今の私は、加減なんて出来ないわよ。」

 

「ただのISで、規格外移行している私に勝てると思っているのか?笑止。格の違いを見せてやる。」

 

 黒い瘴気に包まれた切っ先を楯無に向けて、箒が構える。互いに隙を伺っているのであろう僅かな間。次の瞬間、箒の姿が消え楯無の後ろに回り込んでいる。あり得ない初速に非常識な最高速は、その動きを目で負うことすら出来ない。

 獲られる!と一夏が気が付いた時、箒の横っ面が炸裂する。正確には、箒の右頬の周辺空間が爆発した。彼女がその大きな音と閃光に怯めば、楯無の後ろ蹴りが箒と黒椿を弾く。

 

「ぐっ⁉」

 

 蹴りの直撃で崩れた態勢を直そうと箒があたふたしている内に、楯無が圧倒する。槍の柄での連打。足、腹、顎、脇、肩を瞬く間に叩き、最後に矛先での横一閃。見惚れるような美しい連携攻撃だった。

 

「格が、なんだって?」

 

 ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべる楯無の瞳は、静かに燃えていた。憤っている。確かに彼女の心は灼熱の焔を抱いているが、それでも冷静だった。機械的に、あくまで平静に順序立てて戦っている。先程の爆発だって、箒の動きを予測し、予めナノマシンの地雷を置いておいたのだ。

 予測。楯無には既に、闘いの終わりまでの順序が組み立てられていた。先程、彼女を煽ったのもそのため。イメージ通りに憤慨している箒を目にして、楯無の内心は如何に彼女を余分にいたぶるかに既決していた。

 

「あぁぁ!っ⁉」

 

 箒が叫び、再び楯無との間合いを詰めようとしたのだろうが、その初動は再び爆発したナノマシンにより阻まれる。出鼻を挫かれた際に発生する人間の隙は、如何に強力なISを身に纏おうとも平等に発生する。その隙に、楯無はその全身を水のナノマシンで球状に包む。偏向率を操作したのか、楯無は完全に姿を消し、彼女がいた場所には、ナノマシンで作り上げた影が出現する。いったいどれ程の作業を並列処理すれば可能なのか。一夏と鈴音には、予測すら出来ない域の芸当である。しかも、ただ並列処理できれば良いという話でもない。これを文字通り一瞬の内に、完了しなければならないのだ。そうしなければ、ほんの一瞬怯んだだけの箒に、全て悟られて戦略が無になってしまう。だが、これらを文字通りに一瞬で出来たのならば、

 

「がぁぁっ!」

 

 今の箒がしたように、爆発するナノマシンに突っ込んでいくことになるのだ。そうなれば当然、

 

「⁉⁉」

 

 箒は、爆風に飲み込まれた。怒りに振り回され、冷静な判断が彼女は出来なかった。楯無は、視覚的にのみ姿を隠したのだから、ISのハイパーセンサーならば、問題なく本当の彼女の姿を捉えられたハズだ。

 

「はぁい、残念。」

 

 そして追撃、槍を構えて全速力での突撃である。これまでの軽い爆発とは違う、明らかな威力を持った爆風に巻き込まれていた彼女に、楯無の一撃を避ける事など出来るはずもない。

 が、そこは規格外移行を果たしたISである。攻撃を食らいながらも反撃は容易であった。

 槍の柄を握り、楯無を自分から離れられないようにしてから、空いたもう片方の手が持つ刀を、彼女に振り落とす。だが、これも彼女の想定通りの展開だ。まるで餓えた魚のように、垂らした釣り針に引っ掛かる箒を前に、楯無は苦笑を浮かべそうになる。

 彼女は槍から両手を離していた。箒の刃は虚空を斬り、返しの一太刀を振り切る前に、楯無が瞬間的に引っ張り出したナイフで一閃される。黒椿の絶対防御が発動し、そのシールドエネルギーを大きく削り取ってみせた。

 

「ぐぅっ⁉」

 

 思わぬ反撃に、箒が怯み後ろに下がる。楯無は、そのまま刀を持つ腕を蹴りあげて、勢いを利用した回転蹴りをその横っ面に叩き込む。

 パイロットとしての技量が、明らかに段違いだった。これが、IS学園の長。更識楯無の実力かと、一夏と鈴音は生唾を飲み込む。

 

「まだまだ行くわよ!」

 

「頭に、乗るなぁっ!」

 

 が、黒椿の両腕に漂っていただけの瘴気が、拡大していく。楯無は、箒の変化に間合いをとることで対応する。瘴気は、更に範囲を広げ黒椿は勿論、直径18m程の範囲を包み込んだ。楯無は勿論、一夏と鈴音もその瘴気から一定の距離を取る。

 

「何が狙いか知らないけど!」

 

 楯無の意思に答え、彼女の周囲を漂っていた水のナノマシンが瘴気に向かい、槍のように延びていく。だが、瘴気の範囲に入った瞬間、ナノマシンはその性質を失ったかのように、墜落していく。

 

「⁉」

 

 楯無の眉が、僅かに揺れ動いた。単一能力が無効化されてしまったのだ。だが、瘴気の範囲から外れたナノマシンは、直ぐに楯無の元に戻ってきたのを見るに、瘴気に触れている場合でのみ、その効力は意味をなすのだろう。あまりに、浅はかと断ざるをえなかった。爆発性のナノマシンさえ封じ、格闘戦であるならば勝てると踏んだのだろう。自らの剣に絶対の自信があるからこその選択なのかもしれないが、それでも箒と楯無の戦力差は圧倒的である。そう、瘴気がただ単一能力を無効化するのみだったならば、楯無の勝利は揺るがなかっただろう。

 

「え!」

「嘘だろ⁉」

「……それは、少し面倒ね。」

 

 鈴音、一夏、楯無の表情が驚愕を浮かべる。瘴気から、五人の黒椿が現れたのだ。正確には、瘴気により象られた黒い影のような黒椿。そして、範囲を縮小していく瘴気の塊は、箒本人を顕にする。その四肢や、身体を瘴気に這い回らせている箒の口元がニヤリと嗤う。

 

「往け…!」

 

 彼女の言葉に応えるように、影が一斉に楯無に襲い来る。五対一の四面楚歌といった具合に取り囲まれた楯無。ナノマシンの防御も、瘴気で出来た影の刀に触れた瞬間、ただの水に成ってしまうために、効力がない。手持ちのナイフで受ければ、一瞬で刃はへし折られ、彼女は凄まじい速度で弾き跳ばされる。あの影一つ一つが、黒椿・羅淵と同等のスペックを有しているのだ。

 楯無は眉間にシワを寄せつつ、機体の姿勢を直す。今の一撃だけで、シールドエネルギーの五割強を削られた。直前の回避が遅れれば、文字通りの一撃必殺となっていただろうと、冷や汗を流す。

 

「とんでもない切り札を隠してたわね…。」

 

 初めて、苦しそうな表情を見せる彼女は、ここに来て勝利の道筋がご破算し、圧倒的な不利に立たされているのだと理解する。それもそうだ。こちらの単一能力が一切無効化された上に、性能差と数的有利を取られてしまえば、勝ち筋など探りようがない。技量で埋めれる差はあるが、一対六という状況がどうしようもない。

 楯無は、覚悟を決めて地表にいる一夏達に向けて叫ぶ。

 

「二人とも逃げなさい!コイツは私が押さえます。ドゥレムと合流して…っ⁉」

 

 が、その言葉を遮るように、黒い影が三体、楯無を囲むように陣取る。速さも本体と変わらないのかと、楯無は内心で舌打ちを打ち、目の前の影が振ってきた大上段の攻撃の腕を掴み、そのまま入れ替わるように影の後へ回り込むことで、他の二体からの攻撃も避ける。

 

「っ⁉」

 

 だが影は全部で五体いるのだ。後ろをとった影を蹴飛ばし、箒に向き直れば、既に攻撃のモーションに入っている残りの影がいた。右側から大上段。左側から逆袈裟に斬られる。

 避けられない。

 この攻撃が直撃すれば、霧隠れの淑女は耐えられないだろう事は明らかだった。余剰分の威力は彼女の身体を容易に両断してしまうだろう。それでも、真っ直ぐに箒へと眼差しを向けていたのは、彼女の戦士としての矜持か。

 視線を遮るように、彼女の目の前に、突然大きな背中が割り込んだ。その背中は、彼女の命を断つであろう刃を払いのけた。

 

「い、一夏君。」

 

 楯無が、背中の主の名前を呼ぶ。緑雷を纏った白式は霹靂。

 目を閉じなかったからか、楯無には彼に立ち並ぶように黄緑色の竜の影が見えた気がした。

 

「箒……。俺がお前を止めてやる。」

 

 その紅い瞳には、確固たる決意を感じさせながら、彼は静かに宣言する。彼女は、より歪に口角を上げて応える。

 

「一夏、やっと私を見てくれた……。そのまま、私を見ていてくれ。私だけを見ていてくれ。他のヤツなど……イラナイだろ?」

 

 否。

 応えてなどいなかった。箒の元に再度集まる五体の影に、構えをとる一夏。ロシアを舞台にした、人と人。龍と龍の闘いは、正に佳境に入らんとしていた。



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