ローレライの支配者 (フクブチョー)
しおりを挟む

プロローグ そして最後の百年へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は夜、辺りは一面闇に覆われたごくありふれた一夜。しかしそれは世界にとってだけである。平和な夜を過ごす人々もいれば、今まさに死地で戦っている者もいる。

 

そんな暗闇の空を彷徨う者達がいた。

 

それは唯人には見る事ができない霊体。

それは知性を持つ何か。

それは魔の力を持つ生命。

 

人は彼女らをこう呼ぶ。精霊と……

 

 

 

 

 

ーーーー当代の奏者が死んでもう五十年……か

 

夜空を舞う彼女は思う。先の奏でる者がこの世を去ってからずっと次代の奏でる者を探しているがこれと思える人間には出会えていない。前回の奏者を見つけてから、そろそろ百年の時が流れる。

 

ーーーーまぁ、別にイイけどね〜

 

悠久の時を生きてきた彼女にとって時の流れなど瑣末な事。いつかは巡り会う。それだけが分かっていればいい。

 

ーーーーん?

 

宙を舞いながら自分の進行方向を見る。なにやら巨大な塔がある。まだまだ製作途中な為か、とても建物とは呼べない不恰好なモノだ。それでもその建築にかけられた人数は彼女の興味を惹かれるモノだった。

 

ーーーー人間とは意味のないことをするのが本当に好きね

 

あんな塔、何の役にも立たないだろうに。それもあれほどの人数をかけて……まったく理解不能だ。

 

ーーーーん?

 

目が惹かれた。特に理由はない。強いて言うなら、何となくだ。それでも何故か視線が吸い寄せられた。

 

ーーーーコレは……

 

まだ暗がりなので視線の先には何も見えない。それでも音は聞こえてくる。

 

ーーーー歌?………いえ、それだけじゃない。コレは……エチュード

 

エチュード、簡単に言えば即興劇。演者が練習などで行う演劇。しかし聞こえてくるオペレッタはフィオーレ王国で古くから伝わる人気のある演目だ。

 

聞こえてくる声は幼い。おそらく演者は少年。二桁に届くかどうかというところだろう。それにもかかわらず……

 

ーーーーなんて力のある声と歌!!

 

言葉には力が宿る。一般例としては言霊と呼ばれる物が挙げられる。少年の声にもちろん霊など篭っていない。そこに込められているのは()()()()だ。

 

ーーーーこんな力の持ち主はこの七百年間で一度も出会えなかった!しかも複数?一体誰が!?

 

声に向かって真っしぐらに飛ぶ。悠長にしていたとはいえ、逸材に巡り会えたのなら気がはやるのは必然だ。自分達の主となれる人間は文字通り百年に一人の天才なのだから。

 

ようやく視認できる位置へと近づいた。予想通りやはり少年だ。歳の頃は10を超えた程度だろう。みずぼらしい格好に傷だらけ泥だらけの姿。恐らくはこの塔で無理やり働かされている奴隷。そして少年の前には同年代の子供達がいる。少年と同じくナリはボロボロだ。

複数子供がいる事に彼女は驚きはしなかった。当然だ。演劇は客の前で行って初めて意味を得る。

 

年齢と人数、二つの事は予想通りだったにもかかわらず、それでも彼女は驚かされた。このオペレッタには男女多くの演者がいる。聞こえてくる声音も異なっていた。

 

 

それなのに、演者は少年一人だったのだ!

 

 

「ああ、オシリスよ。貴方に感謝します。イジスよ、貴方に感謝します。愛する方と死を共にできる事を。おお、死よ!汝は甘美なるかな……」

 

最後のセリフを終え、パタリとその場に倒れ込む。これでオペレッタは終了だ。

 

『ブラボー!!』

 

子供達の拍手の音で彼女も我に帰る。永き時を生きる彼女は多くの演劇を宿主と見てきた。それなのに彼の演技に魅入ってしまったのだ。それほど彼の演技力と魅力は古今の名手に劣らぬモノだったのだ。しかもあの齢で。

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

立ち上がり、ペコリと頭を下げる。その所作は幼いながらも品に溢れている。もしかしたら彼は名家の出身なのかもしれない。子供達の拍手に包まれながら彼は笑いかけ、今日はもう休むように告げる。

 

ぐずりながらも子供達は石の上にボロ布を引き、横になる。一人だけ起きているオスカーの少年が優しくまた歌を唄う。夢誘う旋律に労働で疲れ切った子供達はあっという間に夢の世界へと誘われた。

 

全員が眠った事を確認すると少年は一人、外に出た。彼はまだ眠るつもりはないらしい。

 

一人になると少年は再び旋律を紡ぎ始める。先ほどは未来の希望に満ちたオペラ。そして今度は旅人の歌。小さな檻に閉じ込められていた王子様が仲間と共に世界へと飛び出す英雄歌。

 

ーーーーこの歌こそが……この少年の本心

 

子供達の前でこの歌を奏でなかった理由がわかった。こんな曲を聴かせてしまっては外に希望を持ってしまう。建造物の巨大さから言って、下手をすれば一生奴隷のままかもしれない事に聡明な少年は気づいていたのだ。ならば余計な希望を持たせてしまっては残酷な結末になりかねない。高い所から落とされる方が痛みは大きく、絶望もまた大きい。

 

ーーーー…………………………それでも彼はこんなにも外に焦がれている。一人になってくれたのはこちらに取っても好都合。彼ならば私の事はわかるはず。

 

フワリと宙を舞い、彼の前に上空からゆっくりと姿を見せる。常人には見る事ができない彼女の姿だが、歌唄いの少年の琥珀色をした瞳にはしっかりと彼女の姿が写っていた。

 

「………………貴方は誰?妖精?」

『少年よ、私は君が欲しい』

 

呆気に取られた少年を前に、紅髪の美女はまず己の想いを打ち明ける。それがなによりも必要な事だと思ったから。

 

『君の心のままに我らを奏でて欲しい。君の美しい魂のままに、その力を振るって欲しい』

 

その言葉に首をかしげる。彼の心は多くの何故で埋め尽くされていた。現状の理解が追いついていないのだろう。

 

ーーーーそれでいい。理解などいらない。私の偽らざる本音を彼に告げよう。貴方が欲しい。理解してもらう事はそれだけでいい。

 

『少年、君には魔導の才能がある。君はいずれこの大陸に名を轟かせる魔導士となれるだろう。多くの人が君の力に憧れ、多くの人が君の歌に聞き惚れ、多くの人が君を讃える。そんな本物の英雄に』

「俺が………英雄?」

『ああ、本物の英雄とは一人だけの物してはいけない。君はいずら人々を照らす太陽となる。その恩恵は世界に平等に与えられなくてはならない。だが……』

 

紅髪の姫が少年の手を取る。跪き、懇願する。

 

『我らは貴方が欲しい。その美しい魂を我らだけのものに……』

「俺の魂?」

『そうだ。浅ましい願いとわかっている。身勝手な事も承知している。私たちと契約する事はきっと君の人生を大きく変える』

 

彼女らの宿主は例外なく闘いの岐に身を置き続けた。奏でる者には使命がある。一つは己以外の精霊王を従えるため、彼女らと戦う事。そしてもう一つが世界に調和をもたらす事。この二つが成し遂げられない限り、精霊王は現世から消える事はない。

 

『君の人生は戦いの中に置かれる事となる。いずれ世界を愛するがゆえに世界に絶望した黒き魔導士と君は戦うだろう。それでも………私は君に我らを奏でて欲しい。だから……』

 

手を離し、何もないところから燃え盛る真っ赤な剣を作り出し、両手で持って少年に捧げる。まるで王に仕える騎士のように。

 

『代わりに百万の観客より強く貴方を讃えよう。百万の剣より強き刃となり貴方を支えよう。百万の敵を屠る力となって貴方を守ろう。君の代わりに我らが世界に恵みを与えよう。我らの全てで貴方に尽くす。貴方が心を込めて歌ってくれる限り、ずっと……』

 

跪き、剣を捧げる姿は変わらない。顔だけを上げて真っ直ぐ少年を見つめる。

 

『我らを………奏でては貰えないだろうか?』

「………………うん。いいよ、妖精さん。俺が君を弾いてあげる」

 

紅髪の美女の剣を受け取る。二人の周囲に炎が舞い上がり、祝福するように光が包んだ。

 

『私の名はイフリート。我は炎の精霊王。我が奏者に生涯の忠義を尽くす事をここに誓おう』

「俺の名はカイルディア・ハーデス。友達はカイルと呼んでいる。君は俺の敵を屠る力となると共に俺の大切な人を守る力になって欲しい」

『聞き届けよう、我が奏者』

「それともう一つ。俺の友になれ。背中を預けあえる戦友となれ」

『仰せのままに、我が奏者。我が炎と精霊王の誇りにかけて約束しよう。精霊に二言はない』

 

その時から少年の人生は大きく変わった。炎の精霊王と契約を果たした後、彼女の言う通り、少年は戦士として歩み始める事となった。

奴隷達を解放するために緋色の少女と共に立ち上がり、自由を手にした代償に世界で最も愛した蒼い髪の弟を失った。

 

戦うきっかけをくれた老人の言葉に従って緋色の少女と旅をし、彼女の傷ついた片目を治すため、老婆と共に力を尽くし、彼女に光を取り戻すと、少年は散らばった精霊王を集める旅に出た。

 

その旅の中で剣に人生をかけた剣士に弟子入りし、ありとあらゆる武具の使い方を習得し、その総帥を名乗る事を許され、そして少年もまた弟子を取り、彼はまた一つ成長する。

 

そうして8年の時が流れ、少年は青年となる。その力はかつて精霊王が予想した通り……いや、それ以上の速さで成長した。食事、嘲り、挫折、敗北、勝利、栄光、異性、それら全てを喰らい、強くなり、そして多くの精霊王が彼に従い、彼の名は大陸中に轟いた。

 

時代の最強剣士の称号、絶剣

 

聖十大魔導士序列7位、黒の騎士王

 

そしてもう一つ……

 

精霊王。それは唯人には見る事ができない霊体。

それは知性を持つ何か。

それは魔の力を持つ生命。呼び方は様々だ。

 

しかしその正体はたった一つ。魔導の始まりの時代。失われた魔法が存在していた世界。その中でも才ある魔導士の魂は死してなおその莫大な魔力と未練はこの世から消える事なく世界を彷徨っていた。そんな彼女らの事を人は精霊と呼ぶ。そしてその中でも王の名を冠する存在、精霊王。彼女らは何人にも支配されず、また、何人にも縛られない。しかし百年に一人、彼女達を支配する魔導士が現れる。彼女らに魅入られ、そして自在に奏でる才ある魔導士を人はこう呼ぶ

 

………………ローレライと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しゃ………そ…しゃ

 

【奏者!!】

 

ボーッと外を眺めていた男が我に返る。というか彼のみの頬を撫でる風によって目が覚めさせられた。

 

【どうした奏者。上の空とは其方にしては珍しいな】

「ああ、悪い。少し夢を見ていた。もう着いたのか?シルフ」

 

小舟に乗り、海の上で波に揺られながら座っていた男はその場で大きく伸びをする。体格は長身痩躯。キモノと呼ばれる東方の黒衣に焦げ茶色のローブを纏った白銀の髪の美青年。寝そべる彼の隣にはには身の丈ほどの大剣が置かれている。

 

【うむ、そろそろ目的の街に着く。降りる用意をせよ、奏者】

 

風の精霊王、シルフに従って身体を起こし、身なりを軽く整え、剣を背中にかける。整った顔に締まりが戻り、厳粛な雰囲気が青年を包んだ。

 

「予感がするな」

 

街の中を流れる川に船を進め、穏やかな風に白銀の髪を靡かせながら、青年は呟いた。

 

【何の予感だ?奏者】

「事件の予感」

 

青年に向けられる町娘達の黄色い声に微笑を返しながら不穏な言葉をつぶやく。周りに聞こえない程度の大きさで呟かれた声を聞いたシルフは声の中にある期待の色を的確に読み取る。

 

【で?奏者はどうするのだ?】

「飛び込むさ、お前達にも付き合ってもらうぞ」

【御意のままに。我が奏者】

 

784年、世界が激動する時代、7代目ローレライ、カイルディア・ハーデスは世界を見据え、その予感に胸を踊らせる。

世界に調和をもたらすために………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。私の処女作であるローレライの支配者、リメイク版。いかがだったでしょうか?連載を続けるかどうかはまだ少し迷っております。今回の反響次第で決めようと思いますので感想、評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初公演 何事もほどほどが1番とかいうけどトコトンが良い時もある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法評議会、ERA。この国の技術の粋を持って作られた大元老院。見るもの全てを圧倒する大きさと美しさはまさに芸術品。魔法大国、フィオーレ王国の頂点にふさわしい建造物だ。

その場では今日も厳正な審査で選ばれた評議員達が会議を行っている。

魔法界では問題が常に起こる。それも当然だ。魔法を使える人間の数は世界の一割に満たない少数ではあるが、逆に言えば10人に一人が魔導士。一万人の人口の街だとしても千人は魔導士という計算になる。そして彼らが使うのは文字どおりの魔法。悪用しようと思えばその使い方は無限にある。そして人間とは性悪なものだ。世界中の街にそんな力を使える千人もの悪党が常に潜んでいるとなればその被害の多さは考えただけでゾッとする。

そんな事態を引き起こさないために存在するのが彼ら評議員であり、それでも毎日起こる問題について頭を悩ませている。

 

「♬〜」

 

そんな老人達を尻目に鼻歌を歌いながら手の中でガラス玉を操る一人の美女がいる。

歳の頃は二十歳そこそこ。今が最も美しい時期である黒髪の美女。彼女の名はウルティア。そして少女の側には評議会の椅子に腰を下ろす青い髪に右目にタトゥーを施した青年がいる。彼も容姿は整っており、双眸には己の自信に溢れている。

青年の名はジークレイン。二人は老齢ばかりの評議員の中で、彼らとの年齢の差を埋める程の魔力の高さを評価され、評議員のメンバーに選ばれた優秀な魔導士だ。

 

「ウルティア、会議中に遊ぶのはやめなさい」

「だって暇なんですもの」

 

ガラス玉を割ったり直したりして弄んでいる少女に注意がかかる。しかしウルティアはやめる気はない。寧ろよくこんなマジメに会議など出来るものだと思う。毎日毎日同じような事を繰り返し、問題を起こした者達を批判するだけの連中。もちろん中には白眉もいるが、彼らの大多数は安全圏でふんぞり返っているだけの老人だ。マトモに相手をしていてはこちらが持たない。

 

「ねえ。ジークレイン様」

「おーー、暇だねぇ。誰か問題でも起こしてくんねえかな」

 

自分と同類である青年に呼びかけると笑いながら肯定を返してくる。彼らは自分達の目的の為に必要だから此処にいるのだが、こうもつまらないと堕落してしまう。

 

「これ、双方黙らぬか。今回の問題の中で早めに手を打ちたいモノは……………」

 

リーダーらしき老人が案件を口に出す前に大きく一つ嘆息する。この手の問題になると必ずと言っていいほど現れる名前に辟易しているのだろう。それでも名を出さないわけにはいかないため、老人は口を開いた。

 

「フェアリーテイルの馬鹿どもじゃ」

 

 

 

 

「また馬鹿どもがやらかしおったか!!」

 

新聞の内容を見てダンっと大きくテーブルを鳴らす。

 

「今度は港半壊ですぞ!信じられますかな!?」

 

新聞の内容はフェアリーテイルの魔導士によりハルジオンの港が破壊されたというもの。それを個人でやっているというのだから恐ろしい。評議会にも軍隊はあるが軍勢というのは軍勢にしか対応できない。個人で様々な場所で破壊活動をやってる彼らを取り締まる事は出来ない。かといってこれほどの力を持つ魔導士を個人で止められる人材はない。つまり止める方法は彼らにはないのだ。

 

「いつか街一つ消してもおかしくない!!」

「それはフラグというらスーよ」

「罪人ボラの検挙の為と政府には言い訳しておきましたが………」

「他にも公然わいせつ罪に下着の窃盗、要人への暴行に経費の無断請求、しかも請求先はウチ。サラマンダーの器物破損は数えきれず……………」

「いくら有能な魔導士の集まりでもこんな事が許されるのか!!」

 

上げていけばキリがないほどの無法の数々。評議会の空気がいっそ潰してしまえという方向へとむき始める。そんな様子を見ながらジークレインは一つ嘆息した。

 

ーーーーやれやれ、だったら連中に直接抗議すりゃあいいモノを。高みから物事を眺めてる連中というのは腰が重い。

 

批判する事と反対意見を述べる事とは全く別のことだ。それが分かっているのはこの中ではおそらくヤジマくらいのものだろう。

 

批判しか言わないの老人達に辟易し、なんか爆発しねえかな、とさえ思い出した時、ジークレインとウルティア、そしてヤジマに戦慄が走った。

 

この評議会の真ん前から隠そうともしない巨大な魔力の高まりを感じ取ったのだ。

その瞬間、轟音が評議会に鳴り響く。

 

「な、何事じゃ!!」

「た、大変です!皆さん!」

 

会議室の扉を無造作に開いたのは警備を務める人間の一人。本来この場に入っていい人間ではない。

 

「馬鹿者!会議中だぞ!!」

 

ゆえに彼を怒鳴りつけてしまうのは無理のない事なのだろう。元々プライドが歳をとって服を着ているような連中の集まりだ。

 

「それどころじゃ……………侵入者が……………っ!?」

 

鈍い音が鳴ったかと思うと目の前の衛兵が地面に伏す。その後ろから現れたのは黒いローブに異国的な衣装を纏った青年。サラサラと流れる白銀の髪はまるでダイヤのような高貴な煌めきを放っている。手には大剣の柄を握りしめている。恐らくソレで衛兵を殴りつけて気絶させたのだろう。

 

「最深部への侵入まで要した時間は五秒。ヌルすぎる。ココも質が落ちたな。以前はココまで腑抜けではなかったんだが」

 

ハァと一つ溜息をつきながら身の丈ほどの銀の大剣を肩に掛け、侵入者の青年は悠然と歩いてくる。

 

「き、貴様は……………」

「アロー、カウンシルの皆様。飽きもせず他人の批判ご苦労さん」

「聖十大魔導序列7位……………黒の騎士王(パラディン)カイルディア」

 

皆が慌てる中、ジークレインとウルティアだけは突然の来訪者を歓迎していた。カイルディアもまた目に映しているのはその二人だけだ。

 

「い、一体何の真似だ!?こんな事をしてタダで済むと思っているのか!おい誰か!!この馬鹿者を捉えろ!!」

 

評議員の一人が声を張り上げて命令するが誰一人現れない。まるで一人芝居をしたかのように滑稽な姿だ。

 

「無駄だ。ここにいる連中以外には眠ってもらった。道案内を頼んだんだが聞いてくれなかったんでな、それに……………」

 

 

俺をタダで済ませられない奴なんてあんたらの中にはいないだろう。

 

 

琥珀色の瞳に殺気を込めて老人を睨みつけると再び悠然と歩き出す。

会議室の中央まで行き、広げられた新聞の内容を見て先程まで話していた内容をだいたい把握し、苦笑を漏らす。ここ最近の問題はしらべたのだが、それでも彼が知らない案件が3件ほど増えている。その早業にまったく呆れる。フォローするこちらの身にもなって欲しいというものだ。

 

「やあ、議長殿。ご機嫌いかがかな?」

「何の用だ、ローレライ」

「なぁに。今回のウチのギルドの問題について寛大な措置をと頼みに来た次第ですよ」

 

ドンッと目の前に差し出したのは袋一杯に敷き詰めた金貨。今回フェアリーテイルが出した損害の費用を補って余りある額だろう。

 

「買収するつもりか」

「まさか。改修費はこちらで持つからあまりうるせー事は言わないでくれというお願いですよ、議長殿。ここは是非、器のデカい所を見せて頂きたいところだ」

 

銀の大剣を片手で風がなるほど早く振り回しながらにこやかに話しかける。

 

ーーーーそっちの懐が痛まねえどころか上前ピンハネできる上にこちらから頭を下げたっていう名分作る事であんたらの顔が潰れねえように配慮してやったんだ。ハイかYesで答えろや。さもねえと力で訴える事になるぞ。あ?俺が穏やかな態度とってるウチに首を縦に振りやがれ。さもねえとその首と胴体が離婚だこのヤロー。

 

と、一連のカイルの行動を翻訳するとそういう事である。そして彼に逆らう事はこの場の誰にもできない。厳重な警備態勢であるはずの元老院に易々と侵入する程の手練れ。とっくにピークを過ぎた彼らにどうこうできる相手ではない。今はすでにこの場の全員が人質に取られているに等しい状態なのだ。

 

「元々取り潰しをする程の罰則を与える気はない。余計な脅しはしなくていい」

「さっすが議長殿、話が分かる。礼として、これからはもう少し評議会の警戒レベルを上げておく事を進言しよう。平和ボケなのか緩みなのか知らんが警備がヌルすぎる。俺だから誰一人死人は出てないが、もし悪意ある俺クラスの実力者が現れたらあっという間に全滅だぞ。気をつけておけ」

 

そう言い残し、ローブを翻して会議室を去ろうとするが、唐突にその歩みを止める。背中に突き刺さる戦意を感じ取ったからだ。

 

「まさかこのまま帰れるとは思ってねえよな、カイルディア」

「やめておけジークレイン。お前は俺とアイツにとって敵だが、俺は俺なりにお前を評価している。別にやっても構わんがこの場でヤるには少し惜しい」

「奇遇だな、俺も俺なりにお前を評価している。だからこそ戦ってみたい。パラディンの魔法ってヤツをご教授願いたいんだがな」

「ハッ。ならなおさらやめておけ。俺は魔法を扱ってなんかいないからな」

 

そう言い終わると同時に瞬時に姿が消える。ウルティアがあっと思った時にはジークレインの首元に剣を突きつけていた。バチリと放電がカイルの体から奔る。

 

「俺が魔法(マジック)だ」

 

そう言うと剣を背中に収め、今度こそ会議室を出て行く。ジークレインもその背中を止める事は出来ず、フゥと嘆息した。

 

「な、なんて奴じゃ。まさか直接脅しに来るとは…」

「脅しというより警告といった感じだったが…まったく食えぬ男よ」

「ま、フェアリーテイルについては放っておきゃ良いんですよ」

「何を無責任な!!」

 

呑気な発言をするジークレインに危険から脱出した老人たちが元気を取り戻し、批判の声を上げる。本当に同じ事を繰り返す連中だ。

 

 

「あーいう馬鹿やあんな化け物がいないと…世界はつまらない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、こんなトコかな」

 

壊した建物を修繕してやりながら帰路につくカイルが口の中でつぶやく。ある程度の言質もとった。恫喝としては上出来の部類だろう。

 

【しかしもっとガツンと脅しても良かったのではないか?】

「あまりやり過ぎると余計な警戒をされる。あくまで俺が敵より味方でいる方が得だと連中に思わせとかなきゃならん。かといってへりくだり過ぎると調子にのる」

 

世渡りをあまり知らない精霊王にあまり強硬な手を使わなかった理由を述べる。斬れ過ぎる刃は嫌われるものだ。かといって服従しているとどんな無理難題を押し付けられるかわからない。交渉とは言いなりにならないという事を示した上で、相手に利があると思わせる必要がある。

 

「相手の顔が立つようにソフトに脅す。この綱渡りがとっても難しい」

【面倒なものだな、人間とは】

「なーに、何事も気の持ちようだ。未来の面倒をなんとかするために今の面倒をこなしたと思えばいくらか気が紛れる」

 

修繕を終わらせ、元老院を出た所で甲高く指笛を鳴らす。するとそばで控えていた白狼が瞬時にこちらに飛んできた。

 

「待たせたな、テリー。帰ろうか」

「ウォンっ!!」

 

滑らかな毛並みを撫でてやりつつ、その背中に乗る。彼は古代の魔獣、バトルウルフ。名前はテリー。彼がまだ幼い頃にカイルが拾い、以来家族のように接してきた相棒の一人だ。今は全長5メートルはある大狼で最高時速は300キロを越える。

 

跳躍すると同時にその姿は見えなくなり、あっけに取られた町民は男と狼が消えた方向をしばらくポカンと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人々の生活を営む音が、喧騒の声が街を彩る。活気に溢れたその街の名前はマグノリア。静かに過ごす日など1日たりともない、けれども平和で、穏やかな街だ。

その街には中でも一際騒がしい酒場がある。見た目は木造作りのありふれた酒場、の中でも安酒場の部類に入る。大きく立派な酒場だが、建築年数はかなり古いのは見て取れる。

しかしこの酒場こそフィオーレ王国中にその名を轟かせる魔導士ギルド、妖精の尻尾の本拠地なのである。

 

「ただいまー!」

「ただー!」

 

桜色の頭をした少年が扉を開け、快活に帰りを告げる。その挨拶を皮切りにただでさえ喧しいギルドが更に熱気を帯びていく。火種が火種を呼び、ついに魔法を発動させる程の段階に入ってしまう。

 

「これはちょっとマズイわね」

 

酒場の看板娘にしてトップグラビアアイドルも務める白髪の美少女のミラジェーンが笑顔で困ってみせる。その姿でやめて、とお願いされればほとんどの男が言う事を聞いてしまうだろうと思える程可憐な仕草だったが、このギルドのバカ達にはそれは通用しない。

 

一触即発となったまさにその時……

 

 

「相変わらず騒がしいな、テメエらは」

 

 

それは決して大声でもなく、恫喝でもない。ありふれたテノールだった。しかしその音は酒場全体に響き渡るほどよく通る声で、そして思わず音源を見てしまうほど魅力的な美声だった。

 

あれよあれよと戦争に変化してしまった状況に怯えきっていた金髪碧眼の少女、ルーシィも思わず振り返ってしまう。

 

ーーーー…綺麗

 

少女が真っ先に思った事はソレだった。首筋まで伸ばしたプラチナブロンドの髪、男性にしては色白の肌。琥珀色の瞳は深い宝石のような輝きを放ち、体格はまるで芸術品の彫刻のような黄金率を形成している。

呆れたように苦笑を漏らすその姿さえゾッとするほど魅力的だ。

 

「よう、元気にバカやってるか?」

『カイル!!』

 

ワッと青年の周りに仲間達が集まる。彼がギルドに帰ってきたのは実は10日ぶりだ。

 

「お帰りなさい!カイル!」

 

いの一番にまずミラが白銀の髪の青年の首に飛びつく。彼の遠征の帰りには必ずと言っていいほどこの行動がなされる。彼女のファンが見れば大泣き必至の光景だが、ギルドの皆は慣れたものだ。

 

「ただいま、ミラ。会いたかったよ」

「今回は結構かかったじゃねえかカイル。SSはやっぱキツかったか?」

「それなりってとこかな。まあ急な話にしてはそれなりに楽しめた。あとお前は服着ろ」

 

ガヤガヤと帰還の挨拶を仲間達とかわし、ひと段落するとカイルはキョロキョロと辺りを見渡す。帰還の報告をしなければならない人間がいるのだが見当たらない。

 

「ミラ、ジーさんは?いねえの?」

 

引っぺがしながらカウンターに戻し、探し人の所在を尋ねる。

 

「マスターなら定例会よ。何か用事?」

「んにゃ、いねえんならいい。ほら、報酬。それとドロップアイテムと素材。換金は任せる」

 

背中に背負っていた巨大な荷袋をドンっとカウンターに置く。報酬は基本的に達成した人のモノなのだが、あまり金に頓着しないこの男はクエストの金は大体ギルドに預けている。それを差っ引いてもこの男はかなり金持ちなのだが。

 

「相変わらず凄いわね。お疲れ様。どうする?しばらく休む?」

「さあな、明日俺がどうしてるかは俺にもわからん」

「相変わらず無軌道な生き方してるわね」

「性分だ。俺のコレは俺自身制御できん。ま、おとなしい分ギルやナツよりはマシだと思って諦めてくれ」

「ソレに振り回される私達の身にもなって欲しいんですけど」

 

カウンターから身を乗り出し、カイルの頬を指でつつく。やめい、と指を取ってミラを止めた。

 

「そうそう、ちょっとそこまででワイバーン退治とか行っちゃうんだから。コッチの寿命が縮まるっての。ホラ、カイル。駆け付け一樽」

「単位がおかしくない!?」

 

黒のくせっ毛に下着のような水着を着た酔いどれ美女、カナ・アルベローナ。酒樽を一つ、ドンとカイルの前に置き、自分の樽を抱えてニヤリとこちらを見やる。それは紛れもなく挑戦状。

 

フフン、と鼻で笑い、カナと同時に樽に口をつけ、一気に干す。まるで手品のように樽の中の液体が消えていくその光景に、ルーシィは目が点になる。

 

「ブハァ!へへ、ヤルじゃん」

「別にとやかく言う気はねえがな、あんまこういう品のない飲み方するもんじゃねえんだぞ」

 

ポン、と頭に手を置き、癖っ毛を撫でてやると嬉しそうに目を細め、エヘヘへと笑う。まったく調子の良いことだ。

 

「で、さっきから気になってたんだがこの金髪誰?新入り?」

「は、はい!!ルーシィって言います!よろしくお願いします!」

「そうか、俺はカイル。アホばっかで手を焼くと思うが、よろしく」

 

笑って握手をしようとしたまさにその時、酒場のドアが吹き飛んだ。

 

吹っ飛んだドアがルーシィ目掛けて直撃コースを辿る。あまりの意外な出来事に目を瞑る事さえできなかったルーシィは迫り来る物体を視認してしまった。

 

ぶつかると思い、ようやく目を閉じる段階に入ったが、予想していた衝撃はいつまで経ってもやって来ない。おそるおそる目を開けると木造のドアは斬り刻まれ、無数の木片となって辺りに散らばっている。

 

「相変わらず危ねえ奴だね、我が相棒は」

 

発せられた声と共にルーシィの視線がテノールの音源へと向けられる。先ほどまで握手をしようとしていた男の手には巨大な銀の大剣が握られている。その事からルーシィは換装魔法で剣を具現化し、自分を彼が守ったのだと理解した。

それでも彼女は驚かずにはいられなかった。換装魔法自体は珍しくない。使える人間は何人も見てきたし、割とポピュラーな部類の魔法だ。

 

ーーーーそれでもいつ抜いたのか分からなかった!!なんて早さの換装と太刀筋!?

 

コレがフェアリーテイルの魔導士かとその精悍な横顔に見惚れていると重い金属音が鳴り響く足音によって我に返った。

 

「グレイ!エルフマン!ロキ!カナ!そしてナツ!!今すぐ出てこい!特にナツ!!」

 

ガシャンガシャンと足音に苛立ちを露わにさせながら現れたのは一人の女騎士。首から下を鎧に固めているのは何とも女性らしからぬ出で立ちだが、彼女の凛とした美貌のおかげか、その凛々しさを引き立てている。流れるような緋色の長髪はまるで燃える炎のように美しい。

 

「ど、どちら様?」

「ドアを開ける暇もないのか?ティターニア」

 

ブルブル震えるルーシィに対し、苦笑しながら怒り心頭の緋色の髪の美女の前にカイルが悠然と歩み寄る。すると一瞬、その整った眉が和らいだがすぐにシワが寄る事となる。

 

「久しぶりに会えた事は嬉しく思う。お前にも話があるがとりあえず後だ。さっきの五人!とっとと出てこい!特にナツ!!」

 

ーーーー特にナツって二回言った。なんかしたのかあいつら?まあしてない時の方が少ないけど。

 

エルザの怒鳴り声に瞬く間に二人の前に五人が現れて正座する。ご立腹の彼女に逆らえる者はこのギルドでは目の前の白銀の青年くらいのものだろう。

 

「聞いたぞ、問題ばかり起こしおって特にナツ!!港を半壊させるとは何事だ馬鹿者め!!」

『スミマセン……』

「しかもその尻拭いをまたカイルにさせたそうだな!貴様らは仲間として恥ずかしくないのか!!」

 

後半の言葉には五人揃ってキョトンとハテナを頭に浮かべ、首をかしげる。あー、その事知っちゃったか〜、とカイルだけが額に手を当てて嘆息した。

 

「被害総額五千万ジュエルをカイルが支払ったのだ!!そして評議員の令嬢には直接頭を下げに行ったそうだ!お前らはカイルにどれだけ迷惑を掛ければ気がすむのだ!!」

『っ!!?』

 

ギルド内全員の視線がカイルに集中する。肯定の意味を込めて銀髪の青年は肩を竦めた。

 

「カイル……本当なの?」

「迷惑とは思っとらんが……今エルザが言った事をやったのは本当」

「そんな………」

 

隣でローブの裾を握りしめたミラの言葉に苦笑と肯定を返す。

 

「カイル……なんでそんな事「これ程の被害を出せば相応の落とし所を作らねば最悪ギルド追放をされるからに決まっているだろうが!それもこれも全てお前達が「あ〜、その辺にしといてやれよエルザ。いつもの事だし、もう済んだ事だ。いいじゃねーか」

 

激昂するエルザを宥めるように肩に手をやり、遮る。普段の二人なら不服顔でエルザがカイルを見つめた後、溜息をつき、謝らせておしまいなのだが、今回はカイルにもキッと強い視線を向け、睨んだ。

 

「カイルもカイルだ!いつもいつも皆に甘い!!今日という今日は、そんなにあっさりこの馬鹿どもを許すな!」

 

おおう、なんか飛び火してきた。別に俺が悪いわけではないので謝る気は無いけど、なんか迫力に押される。

 

「無論それがお前の良いところだというのは分かっている。だが私はカイルばかりが損をしている気がしてならん」

「俺は損だとは思ってねえさ」

「しかし!…っ」

 

なおも言い募ろうとするエルザの唇に人差し指を押し当てる。怒り心頭のエルザもコレには流石に黙らざるをえない。せめて視線で攻撃しようと見上げるとそこには穏やかな微笑を浮かべ、片目を瞑る想い人の顔が至近距離にあり、思わずトクンと胸を高鳴らせる。

ウィンクはこの男の日常的な仕草の一つだ。8年来の幼馴染である彼の癖は何でも知っている。それでも切ない胸の苦しみは緋色の髪の美女を喘がせる。貴方は私を殺す気なの、と叫びたい。

 

ーーーーっ、いい加減に慣れろ、私の心臓。

 

カイルに恨み言を言っても始まらない。エルザは自身を叱責した。

 

「評議員の連中を気にしてたら自由になんか生きられん。それは俺たちが最も仲間にさせたくないことだろう。その為なら多少の面倒は引き受けるさ。その為に俺は聖十になったんだ」

 

そこでようやくエルザの柳眉が下がる。むうと不満げな顔をしてこちらを上目遣いで見つめてくるのは非常に可愛らしい。

 

ーーーーまた結局私の負け、か。

 

「……………強いな、お前は」

「甘いだけさ」

「違うぞ、お前は優しいんだ」

 

この8年で何度となく繰り返されたこのやりとり。コツンと青年の逞しい体に額を預け、もたれかかる。オッホンとわざとらしいミラの咳払いで顔を真っ赤にしながら慌ててエルザが体を引いた。

 

「と、とにかく、今回はカイルに免じてこの辺で勘弁してやるが次何かしたら本当に剣のサビにしてやるからな!」

『スミマセンでした!』

「私に謝るな!カイルに謝れ!」

『申し訳ありませんでしたカイル大明神様!!』

「うむ、苦しゅうない。よきにはからえ」

 

カカカと快活に笑い、その場はなんとか治まった。正座を崩す事を許され、五人とも大きく伸びをする。

 

「それとエルザ。俺に話ってなに?」

「ああ、実は仕事先で、少々やっかいな話を耳にしてしまってな。本来ならマスターに指示を仰ぐところだが、早期解決が望ましいと判断した。カイル、ナツ、グレイ、力を貸して欲しい」

「へえ」

「げ!?」

「な!?」

 

名前を呼ばれた三者が三様の反応を見せる中、エルザの言葉に周りはざわめきだした。

 

「ど‥どういう事!!?」

「あのエルザが誰かを誘うトコなんか初めて見たぞ!!」

「怪物と呼ばれる女が……」

 

ひでえ言われようだな、まあ俺も意外っちゃ意外だけど。

 

「出発は明日だ。準備をしておけ」

「あ…いや…ちょっ‥」

「行くなんて言ったかよ!!!」

「あ?」

「なんでもないっすぅ……」

 

ギロリと人を殺せる目で睨んだかと思うとダメージ食らったマリオのように小さくなる二人。

 

「詳しくは移動中に話す」

「俺が行くのは確定か……いや面白そうだから行くんだけどな」

 

さて、旅支度旅支度とギルドを出て行くカイルの背中を見ながらミラが呆然とつぶやく。

 

「エルザがカイルはともかく、ナツとグレイまで誘うなんて」

「?カイルはともかくって?」

 

ミラの呟きにルーシィは首を傾げた。

 

「ああ、カイルとエルザってコンビなのよ。聞いたことない?チーム銀の妖精王(シルバリオ・ティターニア)

「ある!フェアリーテイル最強チーム!」

「それにナツとグレイまでくわわるなんて……今まで想像した事もなかったけど、これって妖精の尻尾どころか、フィオーレ最強チームかも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜空の星が煌めく夜、カイルは自宅の屋根に腰掛けながら杯を傾けていた。星の美しさと美酒に酔いながら歌を口ずさむ。穏やかな旋律が風に乗って辺りを流れる。

 

「好きだな、その歌」

 

背後に立つのは緋色の髪の美女。今は鎧ではなく、女らしいワンピースだ。白地とあまり洒落っ気がないけれど紅い髪に映えるため、よく似合う。まあ元が良すぎるのでなんでも似合うのだが。

近づいてきたのは知っていた為、特に驚きはない。座れば?と自分の隣を手で叩くと躊躇いなく隣に腰掛け、肩に頭を預けた。

 

「飲む?」

「いや、遠慮しておく。明日に酒を残したくない。それより大丈夫なのか?お前は」

「なーに、ソフトに対応したよ。問題ない」

 

どうやら評議員を敵に回す行動をした事に心配しているようだ。その辺の線引きは弁えているというのに。隣の相棒に信じてもらえないとはなんとも情けないというか、信用されてないというか……

 

「評議会は…秩序を乱さないためにお前に称号をつけ監視下に置こうとしている。秩序としては正しい事は認めるが私もあまりよく思わない」

「政治としては正しいわな。肩書きってのは便利だ」

「強いだけではなく、己を驕らず己でありつづけ、仲間を想い、最後まで立派に責務を果たす、優しく、そして常に前向きだ。そんなお前がずっと傍にいてくれたから、私もそうでありたいと願い続けている」

「……」

「お前はいつも私を支えてくれる……そう、どんな時も。だから私もお前を支えたい」

「なんだ誉め殺しか?それとも悪いことでもしたか?心配すんな、俺は大抵のことじゃ怒んねえから。ほら、気軽に言ってみろ」

「では言おう。カイル、私も聖十に「やめとけ、得るものに対して失うものが多すぎる」

 

怒りはしていない、それでも明らかに真剣にエルザを止める。権利には義務が生じる。当たり前だ。その苦労をこの肩に全身を預けてくれる愛しい女にさせたくないのは当然だろう。

 

「しかし、それでも私は」「お前はこの国で最高の魔導士になんてならなくていい」

 

肩を抱き寄せる。柔らかな感触と甘い匂いがカイルの心を満たす。

 

「お前は俺にとっていつでも1番だ。エルザ。だからお前が隣にいてくれれば俺はそれでいい」

「カイル……」

 

片目を潤ませながらしなだれる。後ろめたさで暗くなっていた心が暖かく照らされていくのを感じた。

 

ーーーーああ、やっぱり……

 

 

この男にはかなわない。

 

 

万感の思いを込めて頬に手を添え、僅かに身を乗り出し、目を閉じる。意図を察したカイルも穏やかに笑い、顔を近づけ体を傾け……

 

月明かりで出来た影が一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます。ははは、長〜。途中で切ろうかとも思ったけど書き切ってしまった。とゆーわけでリメイク版では原作はララバイ編からとなります。あまり原作ブレイク出来ない分、あの頃のヘタクソな駄文よりは面白く書こうと思います。それでは感想、評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二公演 かくれんぼしてる時の鬼の足音の怖さはハンパない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して狭くない空間であるにもかかわらず、喧騒の音が辺りを支配している。それもそのはず。彼らが立っている場所はマグノリア駅。この辺りでは最も大きな駅だ。利用者は次から次へと現れる。

だから多少喧嘩をした所で目立つ領域には達しない。ナツとグレイの口喧嘩くらいならばこの喧騒の中に埋まる事ができる。ステゴロになれば話は別だが。

 

「なんでテメェと一緒じゃなきゃいけねぇんだよ!」

「それはこっちのセリフだ!大体……」

 

「「“助け”なら俺とカイルで十分なんだよ」」

 

見事にハモり、二人の眉間のシワがより深くなる。実は仲良いだろこいつらと銀髪の剣士は思っている。

 

「じゃあオメェ1人で行けよ!」

「テメェだけ来んなよ!そんであとでエルザに殺されちまえ!!」

 

こんなやり取りがもう3回ほど繰り返されている。ルーシィが呆れるようにため息をつくのも無理ない事だろう。巻き込まれたルーシィは災難と言わざるをえない。

 

「すまない、待たせた」

 

元凶の女騎士は何十人分というトランクを積んで歩いてきた。通常でも充分に美しい肌をしている彼女だが、今日は一段とツヤツヤしている。

 

「お、おはようございます!」

「ああ、君は昨日ギルドで見たな」

「あ、新人のルーシィと言います。ミラさんに頼まれて同行することになりました!よろしくお願いします」

 

綺麗にお辞儀をする。この子はこの子でトラブル慣れしてきてる。もう喧嘩くらいではなんとも思わないらしい。

 

ーーーー短期間でナツによく揉まれたと見える。頼もしいな。

 

「わたしはエルザだ。よろしくな。ギルドの連中が騒いでいた娘とは君のことか。優秀な星霊魔導士と聞いている」

「そ、それ程でもありませんけど」

「エルザ、付き合ってもいいが条件がある!」

 

鬼の女騎士の登場のおかげで大人しくなっていたナツが急に元気になり、強い視線をエルザに向ける。その真剣な態度に言ってみろ、と視線で返答した。

 

「帰ってきたら俺と勝負しろ!」

「オイ早まるな死ぬ気か!?」

 

真っ先に止めたのは二人の実力をよく知るグレイだった。客観的に見てもエルザの方がナツより一、二枚格が上だと氷の造形魔導士は見ていた。その判断は概ね間違っていない。

 

「前にやりあった時とは違うんだ!今ならお前に勝てる!」

「…ふ。確かにお前は成長した。いささか自信がないが……いいだろう、受けて立つ」

「自信がないってなんだよ!マジメにやれよな!」

「わかってる。お前は強い。言ってみただけだ」

「うおおぉおおぉ!!燃えてきたーーー!!!!審判はカイルがやってくれよな!………ってアレ?カイルは?」

 

当然来ているモノだと思っていた銀髪の剣士の姿がない事に気づく。その事実にグレイも驚く。時間にルーズな男ではないから尚更だ。

 

「ああ、カイルなら昨晩……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り深夜、森の中の大きな一軒家。その寝室に二人の男女が生まれたままの姿でいた。

二人で眠るには広すぎるベッドの上で緋髪の美女は銀の騎士の肩に頭を預け、重なり合うように眠っている。

 

ーーーーん……

 

女の方が目を覚ます。ぼやける視界にまず映ったのは黒、というか闇。

覚醒しきれていない頭が、少しずつ現状を理解する。どうやらまだ夜なのに目が覚めてしまったらしい。

 

ーーーーなんか硬い……

 

頭に感じる確かな弾力に疑問符が浮かぶ。身体を預けていて心地よいのだがどう考えても寝具の感触ではない。確認する為に頭を動かす。

 

感じたのは、人の温もりと規則正しい心音。そして、耳に届いた寝息。

 

眠気が一瞬で飛んでいった。

 

漆黒の瞳を開いて、寝息が聞こえた頭上へと顔を向ける。予想どおりの人物が眠っていた。

 

そうだ、昨日は彼と久しぶりに肌を重ねたのだった。この男にしては珍しく、甘えるように身を寄せている。

 

ーーーー可愛い……

 

現状を理解し、つややかなシルクの銀髪を梳いてやる。こんな隙だらけな彼は貴重だ。この男はいつも完璧で隙がない。寝顔を見せるなどまずしない。しかし今は完全に無防備だ。

 

そしてこの彼に触れるのは今世界で自分だけだという事実が彼女の心を悦びで満たした。

 

ーーーーふふっ……

 

思わず笑みがこぼれる。しかし口には出さない。彼の寝顔を初めて拝んだのはいつだっただろう。

いつか絶対に見てやろうと、密かな野望があったが、その機会はなかなか訪れなかった。

男と女の関係になってようやくその野望は達成されたが肌を重ねた回数に比べ、その回数はあまりに少ない。

 

その激レアなシーンが今ここにある。なら色々とさせてもらおう。まずは観察。

 

ーーーー……男のくせに肌白い……睫毛長い……

 

美人は3日で飽きるなら美男も3日で飽きる筈なのだがエルザは8年経っても彼の顔にちっとも飽きない。

 

ーーーーコレで何も手入れしてないというのだからサギだなまったく。

 

この世が不公平に満ちているという事は天に二物も三物も与えられたこの男のおかげで身にしみている。とはいえ、不満を持たずにはいられない。コッチは陰で色々とたゆまぬ努力しているというのに。サラサラと流れる白銀の髪を梳いてやりながら愛しさと同時に苛立ちが湧き上がる。これでも喰らえ、と鼻を指で摘んでやった。フガ、と間抜けな声が男から漏れる。

 

エルザの視線が、微かに開いていている彼の唇へと向けられる。そこから小さな息遣い――寝息が漏れる。

 

無意識のうちにごくっと喉を鳴らす。数時間前にイヤというほど……いえ、嫌ではまったくないのだけど。散々貪った艶やかな唇の色気に興奮する。

 

起こさないようにそ〜っと彼の頭の後ろに腕を回し、そのまま包み込むように、自分の胸元へと引き寄せる。

 

ーーーーっ!?

 

胸の中でモゾリと動かれた事を肌で感じる。どうやら身体に触られたことで意識が覚めかけているらしい。整った眉には皺が寄っている。

 

ーーーーふふっ……しょうのない人

 

甘えるように胸の中にすり寄ってくるこの人への愛しさが止まらない。少し身体を離し、額にキスをする。

 

「………何やってんだテメエは」

 

もう一度胸の中に引き寄せようとした手を止められる。見下ろしてみると少し訝しげに眉を寄せた男がいつもの凛々しさを取り戻してこちらを見ていた。

 

「なんだ、起きていたのか?」

「今ので起こされたんだよ。長旅で疲れてる人間に何してくれてんだお前は」

 

身体を起こし、額にデコピンする。今夜は酒呑んですぐ寝るつもりだったのに発情したこの女のせいで無駄な運動させられた上に短い睡眠時間を妨害されたのだ。これくらいの反撃は良いだろう。

 

「あーあ、目ぇ覚めちまったい。今何時?」

「午前三時頃だと思うが」

 

汽車の時間は九時だ。あと六時間もある。

 

「どうする?もう一度するか?」

「しません。カイルさん疲れてんの」

 

膝の上に豊かな胸を押し付けるようにのしかかり、腹筋を指でのの字を書くエルザの手を止める。あまり弄られると反応してしまう。

 

「せっかくだ。お前の頼みとやらを聞こうか」

「ん、ナツ達にも話すんだから二度手間だがまあ遅かれ早かれか。いいだろう…」

「くだらん話なら笑ってやる」

「笑えるものなら笑ってみるがいい」

「ハハハハハ!!」

「せめて聞いてから笑え馬鹿者!!……ゴホン。実は」

 

エルザから語られたのは闇ギルド鉄の森がララバイという魔法を封印から解き放とうとしているという物。ギルド一つ丸ごと敵に回すため、俺たちの力を借りたいということだった。

途中まではつまらなさそうな顔をしていた。闇ギルドが悪巧みなど日常茶飯事だ。カイルの興味が惹かれる話ではなかった。しかしララバイという言葉を聞いて顔が変わった。

 

「まずいな。俺の予測が当たってたらこんなトコで寝物語なんてしてる場合じゃない」

「ララバイとは何か知ってるのか?」

「俺は魔導士である前に楽士だ。音楽の事ならお前の十倍はよく知ってる」

 

寝台から降りると一瞬でいつもの服に換装する。エルザが慌てて追いかけようとしたところで銀髪の戦士は女騎士の頬に手を添え、耳元で旋律を奏でた。

するとエルザの瞳はトロンと落ち、表情から正気が失われる。カイルの催眠魔法。響く催眠歌(エコーヒュプノシス)

 

「俺は先にオニバスに向かう。お前はナツ達と合流してから来い。俺の事は気にするな」

「………はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………という訳で朝目が覚めたらもういなかった」

 

情事の部分はカットして話を伝える。そこでようやくエルザも自分が催眠にかけられてた事に気づく。血の気がさっと引き、続いて怒りで赤く染まる。

 

「またやられた!!」

「あいつまさか、もう鉄の森に乗り込んでるんじゃ……!」

「悠長に列車など待っておれん!グレイ!魔導四輪を借りて来い!早く!!」

「わかった!!」

「それとナツ、お前の条件は了解した。帰ってきたら受けて立とう」

「よっしゃ!なら早くカイルを捕まえねーとな!審判はあいつにやってもらわねーと!」

「ああ、直ちに追いかけるぞ。そして鉄の森ごとボコボコにしてやる!」

「「あいさー!!」」

 

フェアリーテイル最強チームが見事に纏まりを見せて行動を始める中、金髪の星霊魔導士はポツリと呟いた。

 

「………あたし、いる意味あるのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は再び遡り、夜明け前。人里離れたとある洞窟。

何人かの人間がその中で作業をしていた。尤も、主に手を動かしているのは一人だけで他の人間は見張りといった感じだ。

 

作業をしているのはあまり特徴のない地味な男。男の目の前には髑髏の形をした笛のような物がある。そこには見えるものには見える強力な封印が施されている。どうやら黒髪を箒状に束ねた男はそれを解こうとしているらしい。

 

「おいカゲちゃん、まだ出来ねえのかよ。今日で約束の3日目だぞ」

「うるせえな、もう時期終わる。エリゴールさんとの約束は守るさ。もう少し待ってろ」

 

カゲと呼ばれた術師が不機嫌そうに言葉を返す。この3日似たような会話を数えきれないほどしてきた。文句を言うだけ言って手伝いもしないのだから辟易しても無理ないことだった。尤も、解呪魔導士(ディスペラー)などただでさえ少ない魔導士の中でも少数も少数なので仕方ない事ではある。

 

ーーーーそれでもようやく……あと3時間もあれば……

 

「おい、回復ラクリマもってこい。そろそろ魔力がヤバくなってきた」

 

見張りと同時に彼らにやらせている唯一の仕事。枯渇してくる魔力の補充。ララバイ程の強力な封印を解くには並の魔力では到底追いつかない。3日で終わらせるには定期的に魔力を回復させる必要があった。

 

「………………おい、聞いてんのか!」

 

後ろに差し出した手にはいつまでたってもラクリマは渡されない。居眠りでもしたかと苛立ちながら振り向く。

同時に聞こえる誰かが倒れこむような音。そして鮮やかなテノールの声。

 

「………seven、eight、nine、ten!!」

 

日の出の光と共に現れた男の顔は逆光でまだわからない。しかしシルエットと太陽光が反射した白銀の髪だけはわかる。体格から言ってまず男だろう。その歩く姿一つとっても只者ではないと判る。まるで隙のない佇まいに圧倒的な強者のオーラ。カゲは無意識のうちに戦闘態勢を取っていた。

 

「Ready or not♪……もーいーかい?」

 

hide-and-seek。かくれんぼでよく使われる童謡。その声は明るく、美しいにも関わらずカゲは声が近づくたびに恐怖が大きくなる。冷や汗が止まらない。

 

「Here I come♪……さっがしっに行っくよ♫」

 

ーーーーい、いったい誰が……どうやってここがわかった!!

 

悪事をやっているのだから誰かが来ることなど予想している。それでもこの来訪者の登場という理不尽にカゲの思考は焦りで埋め尽くされてしまった。放たれた手加減なしの殺気は荒れ狂い、波となって打ち寄せてくる。

 

「I see you♪………見〜つけた♫」

 

銀の大剣を片手に担いだ白銀の髪の騎士が罪人の目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。いやー、難産だった。リメイク版ララバイ編、如何だったでしょうか?原作沿いにしてもつまらないのでカイルに風邪引かせたり、定例会へミラが書いた手紙をカイルに持って行かせたりと色々したのですが上手く膨らまず、今回のような形になりました。今でもあんまり納得いってない。出来るだけ早く大魔闘演舞まで行きたいのでこの辺りの話は短くなるかもしれません。楽園の塔と六魔編はカイルのルーツに関わるのでじっくり書きますが。それでは感想、評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三公演 恋人とは喧嘩が出来て初めて本物だと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突に現れた男が一つ足を踏み出した瞬間、カゲはなけなしの魔力を使い、影魔法を発動する。幸い此処は洞窟の中。存在するものすべてに影が差している。影魔法の使い手にとっては世界全てが武器となっていると言って過言でない状況だ。

 

白銀の剣士に360度全方向から影で編まれた猛獣が襲いかかる。そしてその猛獣は目に映らない。世界が闇に包まれているこの状況は魔獣にとって格好の保護色だ。

常人であればどう足掻いても対処できない状況にも関わらず、剣士は退屈そうに溜息を一つ吐く。

 

剛風と共に影の魔獣が唐突に吹き飛ぶ。全方向全て同時に、だ。正確に言えば同時ではないのだがカゲの目には同時にしか映らなかった。

 

「イフリート」

【御意】

 

手の中から炎が灯る。洞窟の中を照らすには充分な明るさだ。

 

「なんだ、闇ギルドの連中なんてみんな悪人ヅラだと思ってたんだが、こりゃまた随分と普通な…」

【どうする奏者?殺す?焼き殺す?】

「なんて物騒な二択。色々聞きたい事あるんだから余計な事はするなよ」

 

笑い混じりの声が響く。洞窟の中だから尚更だ。

余裕どころか油断すら感じられる相手なのに、カゲは戦慄を隠しきれなかった。目の前の男が何者か、光に照らされた今なら自分はわかっている。この大陸の魔導士で彼の事を知らない人間などいないだろう。しかし闇ギルドの、名もない魔導士である自分の魔法は相手は知られていないはずだ。それなのに初見で完璧に対応された。

 

再び攻撃を仕掛けようと魔力を高める。その様子を見た銀の魔神は「あーあーやめろ」と手を振った。

 

「俺は負け戦は大好きだが勝つとわかり切った喧嘩は大嫌いなんだよ。俺は別に貴様のやってる事を止めに来た訳じゃない。黒魔法集団呪殺歌ララバイ。楽士として俺も実に興味がある。是非見てみたい」

 

剣の具現化を解く。その様子から彼から仕掛ける気は本当にないと判断する。無論この男の換装の速度なら常に剣の柄に手を掛けている状態と言って差し支えない。安心など微塵も出来なかった。薄い目に憎悪と殺意、そして畏怖を込めて睨みつけた。

 

「………俺に何をさせるつもりだ」

「そのまま封印を解いてくれればいい。ディスペルを直に見るのは初なんでな。勉強させてもらう」

 

ドカリと座り込み、胡座をかく。未だ警戒しているカゲに向けて殺気を突きつける。

彼の態度は正しいモノだがカイルにその気はないのだ。白銀の戦士がやる気になれるほど強いならともかく、コレを続けられてもはっきり言って迷惑。

 

「俺はこう見えて気が長い方だ。それが必要な待ち時間ならいくらでも待つ。だが蟻が龍に警戒している滑稽な様を眺めて待つほど暢気でもない。ほら、斬られたくなけりゃとっとと仕事しろ」

「わ、わかった」

 

背を向けて作業に戻る。そうする事が一番寿命が延びるとようやく理解したらしい。

 

ーーーーさて、しばらく暇か。エルザ達は今ごろオニバスか……此処を見つけるのは無理だろうな。

 

カイルは風の精霊王の力で黒魔法の気配を探り、此処にたどり着けたがエルザ達にそれは出来ないだろう。探知魔法が使えるのは連中にいない。

 

【イメージの中で模擬戦でもやるか?奏者】

「他にやる事もねえし、そうするか」

 

目を閉じ、瞑想する。そのまま精神世界の奥深くへと潜った。いつでも反応できるよう意識は浅く沈めておいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ご苦労さん」

 

カゲの作業が終わり、封印が解けた事を確認すると剣の柄で殴り倒し、魔法で拘束。そして最寄りの軍に連絡を済ませた。時期に軒並み逮捕されるだろう。今、カイルは髑髏の形をした笛を手の中で弄びながらプラプラと歩いている。

 

ーーーーコレがあの黒魔法ララバイ。作ったのはゼレフ………もうちょっとデザインなんとかならんかったのか……

 

いかにもヤバイモノですと表しているかのような形の笛に眉をひそめる。カイルは魔導士であると同時に芸術家でもある。こういったモノのセンスは人一倍うるさい方だ。悪趣味ここに極まれりというデザインの楽器に楽士としても、芸術家としても不快感を覚えずにはいられなかった。

 

「さて、現物を手に入れたところでどうするかねぇ」

 

取り敢えず今はクヌギへと歩みを進めている。鉄の森の連中がそこでカゲを待っていると聞き出していた。ついでに連中もボコにして監獄行きにしてやるつもりだ。

 

【吹いてみれば?】

「恐ろしい事をサラッと言うなよウンディーネ。吹いた本人が死んじまう事もねえとは言い切れねえんだぞ」

【雑魚が吹けば、でしょ?】

「そうだとは俺も思うが希望的観測で軽率な行動はしない方がいい。情報を軽んじてはならんぞ?特に相手が未知であるならな」

 

なにせ黒魔法の知識などカイルには皆無なのだ。せめてコレが闇魔法に属する黒魔法ならノクターンがいるから何とかなるのだが。

 

ーーーーこういうのに詳しいのは俺の知る限りディマリアくらいか………

 

カイルは自分と同じ髪色をしたかつての悪友を思い出す。共に旅をし、夜を過ごし、言葉を重ね、剣を重ね、手を重ね、身体を重ねた。お互いが師であり、弟子であり、ライバルであり、それ以上のなにかでもあった。

性格的に相入れなかった部分も多くあった。だからこそ二人とも惹かれあった。

彼女と最後に会ったのは一緒に大陸から出ようと誘われ、それを断った時だ。派手に喧嘩別れしたきり、今まで会ったことはない。風の噂でイシュガルを出たとは聞いた。

 

ーーーー今頃何やってんのかな、あいつ。

 

優れた戦士ではあった。しかし危うい戦士でもあった。その危うさと妖しさが彼女の魅力と色だった。その色は黒にも白にも染まる可能性がある。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーカイル、私とお前は正反対に見えて実は似ている。人とはコインと同じだ。裏の裏は表になる。だから私達は気が合うのだろうな。

 

そう言ったのは彼女だった。そこでようやく俺も自覚した。俺は闇に堕ちる可能性もある魔導士だった事に。

 

それでも俺には仲間がいたから……エルザがいたから、俺は俺であれた。その事を彼女は俺より早く気がついていた。

 

ーーーーいつか私がお前の前に立つ事もあるかもしれん。だがそれは己の道を信じた上での迷いない闘いにしたいものだな。逆に隣に立つ可能性もあるだろう。

 

このままずっと二人で旅ができるとはお互い思っていなかった。俺には帰る場所があると言っていたし、彼女は大陸を出たいと言っていたからだ。

 

…………いずれ別れる。異なる道を歩き出す。だがその時まで……

 

ーーーーこれからもよろしく、私の騎士(カイル)

 

誰もが魅了される笑顔でこちらに手を差し出す。こちらも笑みを返して手を握った。

 

ーーーーこちらこそ、俺の戦姫(マリア)

 

空いた片手でマリアと呼ばれた少女が少年の頬に手を添える。そのまま目を瞑り、背伸びをする。普段なかなか見られないその健気な姿に思わず口角が緩む。若き剣士はその艶やかな唇に自分のソレを合わせた。誓いのキス。

二人の道がいつか交わる事を願って……

 

 

 

 

 

ーーーー懐かしいな……未だ俺たちの道は交わらないままだが……

 

いつかその日が来る。あの約束に疑いはない。その時まで俺は仲間が誇れる俺であり続ける。そう決めている。

 

そこで過去を懐かしむのを止め、一度頭を振る。思い出を振り返るのは悪くないが、無い物ねだりをしても仕方ない。となると俺以上に魔法に詳しい人間に頼るしかない。

 

ーーーー取り敢えず鉄の森の連中を片付けたら定例会やってるクローバーにでも行ってみるか。それでダメなら残念ながら破壊だな。

 

「シルフ」

【御意のままに】

 

フワリと体が浮き上がり、そして疾風となる。その飛行方向はクヌギ駅へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、また遠くなった」

 

クンクンと必死に鼻を動かしながら進行方向を決めていた桜頭の少年は索敵結果を告げる。彼の身体的特徴の一つに嗅覚が常人の何倍も優れているというモノがある。どこにいるか全くわからない探し人をその嗅覚で辿る方法をエルザは選んだ。

 

「くそっ!ついに移動しはじめたか!方向はどっちだ?ナツ」

「多分2時の方角。そっちに向かって匂いが遠くなった」

「あいつは回り道はしない男だ。恐らく止まった場所で何かを得てまっすぐ目的地へと向かったんだろう。よし、ナツ。索敵はここまでだ。魔導四輪に乗れ!」

「えぇえええ!!い、いやだ!乗りたくね、えぇえええ!?」

 

乗りたくね、ぐらいで緋髪の女騎士に首根っこを引っ掴まれ、無理やり乗車させられる。乗った事を確認すると床を踏み抜く勢いでアクセルを踏んだ。

 

「逃がしはせんぞ!カイル!絶対捕まえてやる!!」

「なんか目的変わってねえか?」

「カイルが動いたんだ。ヤツらの計画は頓挫したに決まっている。なら後はヤツの独断行動を断罪せねばならんだろう!!」

 

ーーーーお前はカイルを信じすぎなんだよ…

 

心中でグレイは呟く。カイルに任せておけば万事上手くやるだろう。その事には彼も疑いはない。

それでもカイルは一人の人間。どれほどの力を持とうと、どれほど聡明であろうと、まだ世間的には大人扱いされ難い若造と呼ばれる人間なのだ。間違える事だってあって当たり前だし、それはなんら恥ではない。

しかし彼の周りはそれを許さない。いや、正確な表現ではない。もし彼が何らかのミスを冒したとしても皆は許すだろう、最終的に。

その前に周囲はまず驚くに違いない。そんな事はありえない、という幻想を彼に押し付けているから。

なまじソレを証明してきてしまっているため、カイルに頼るのが当たり前といつのまにかなってしまった。期待や幻想は時に重圧になる。

 

ーーーー俺も人の事は言えねえか…

 

自覚しているからこそ口にはしない。いつかその日が来た時、驚かずフォローしてやるのが自分の役目だとグレイは服を脱ぎながら背中の座椅子に背を沈めた。

 

 

 

 

 

 

魔導四輪に魔力を注ぎながら猛スピードで駆ける。慣性の法則により、艶やかな緋色の髪を振り乱しながらエルザの胸中は怒りと愛と悔しさで埋め尽くされていた。

 

あの時自分に催眠をかけた事はクエスト帰りで疲弊した自分を気遣ってくれた事だとわかっている。それでも女の愛とは理屈ではないのだ。

 

ーーーーあいつが水くさいのはいつもの事だ。それは私たちがまだ頼りきれる存在ではないと思っている事の証。

 

自分達の事をどう思っているか、と聞いたら彼は間違いなく大切だと答える。頼りにしているとも言うだろう。しかしそれはあくまで家族としてであって戦友としてではない。

だからこそ自力でとっ捕まえると決めた。ついでにボコボコにしてやると心に誓って。

 

ーーーー私は唯一無二のお前の相棒だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カゲからの連絡ははまだ来ねえのか!!」

 

クヌギ駅のとある停留所、上半身に薄気味悪いタトゥーを入れた人相の悪い男が騒いでいる。男の名はエリゴール。死神と呼ばれる魔導士だ。大鎌を担いだその姿は確かに異名を連想させる。

そんな異名を持つ男が明らかに苛立ち、そして焦っていた。約束の3日目になってもカゲヤマからはなんの連絡も来ない。3日で間に合わないなら間に合わないで知らせるようにしておいた筈なのにあちらにおくった仲間からはプッツリと音信不通になってしまった。

 

彼らの目的は定例会をやっているギルドマスター達の暗殺だ。一箇所に集まってくれているうちにやらねば纏めて殺す事が出来ない。あまり時間は残されていなかった。

 

「エリゴールさん、落ち着いて。あいつなら時期に封印を解いて来ますよ」

「それで手遅れになったらどうする!俺達の立場は何も変わらねえで終わるだろうが!」

「そんな事しても変わんねえよ」

 

空から音が降ってくる。あまりに唐突であったため、一瞬幻聴かと思ったほどだ。しかし変わらず聞こえてきた音がその思い込みを否定した。

 

「何かを変えたいんならまず自分が変わらねえと何も変わらない」

 

彼らの目の前に上空からゆっくりと下降し、現れる。来訪者が何者か、エリゴールは……いや、この駅にいる全員が知っていた。

 

風にたなびく白銀の髪。強い意志を宿した琥珀色の瞳に、異国風の着物にシックなローブを纏った若き美男子。圧倒的な魔導士の人数を前にしてもその口角は不敵に歪み、立ち姿のみでも一流の使い手と判る佇まい。

 

「貴様は………」

「やあ、鉄の森の諸君。ご機嫌いかがかな?」

 

若者の名前はカイルディア・ハーデスといった。

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。ディマリア登場しました。まだ公式て詳しくキャラ説明されてない為、あまり詳しくは書けませんでしたが戦妃なんて渾名がついてるんだからカイルと絡ませてもアリだと思ってます。因みにカイルを12に加えるかどうかは迷ってます。それでは感想、評価よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四公演 RPGで敵が蘇生するのは理不尽と言うザオリク使う勇者が理不尽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数年前………

 

 

イシュガル大陸のとある一角、凄まじい剣戟の音が鳴り響いていた。音の中心地には二つの人影があり、目にも留まらぬ速さで何度も交錯している。

二人の周りは瓦礫や地割れで埋め尽くされている。元は自然のある大地だったと言ってももう誰も信じないだろう。それが真実であると知っているのは以前この地に居住していた民達だけだ。

それほどまでにこの地は荒れ果てていた。大地は抉れ、森林は粉々になり、無数の斬撃の跡で埋め尽くされている。

 

辺り一帯を更地に変えたと思われる人物。一人は青年と少年の間といった男性。ダイヤの輝きを放つ白銀の髪は泥と血に塗れ、黒のローブはもうボロボロに引き裂かれており、額からは幾筋もの血を滴り落ちさせている。疲労からか、それとも他の理由か。琥珀色の瞳には生気がなく、まるで視力がないかのように暗く沈んでいる。それでも戦意に衰えは全くない。己を奮い立たせるように咆哮しながら、光り輝く聖剣を敵に打ちつけている。

彼の名はカイルディア・ハーデス。聖十大魔導序列7位にして、現絶剣総帥。既に大陸最強の魔導士の一人として数えられている戦士だ。

 

対するもう一人はツノのついた仮面をした緑髪の女性。頭にはまるで鳥のような羽毛が多くあしらわれている。足もまるで獣のような体毛をしており、まるで人間ではないかのような姿。魔物。

彼女の名はキョウカ。別名を隷星天キョウカ。闇ギルド最強の一角、冥府の門の幹部であり、ゼレフ書の悪魔でもある。感覚を操る力を持っており、カイルの視覚はコレによって奪われていた。

 

人間は感覚情報の八割を視覚から受け取っている。戦闘の際、この情報が失われるという事がどれほど危険かは想像するだけでゾッとする窮地。事実、序盤戦闘を優位に進めていたのはキョウカだった。

 

しかし……

 

魔物の拳とカイルの剣が幾度も激突する。どちらも全く引かず、白い火花を散らし、金属音を響かせながら攻防を展開する。

 

「ぉおおおおおおお!!!!」

「グッ!?」

 

尋常ならざる一閃がキョウカへと振り下ろされる。カイルの聖剣は正しくキョウカへと振るわれていた。受けるキョウカも流石と言えたがカイルの剣戟の威力と聖剣の魔力によって遂に腕が破壊される。

 

「間違いなく見えていないはずだ……それなのに」

「そこか!!」

 

不用意に漏らしたキョウカの声に向かって拳を叩きつける。剣を構え直していては逃すと判断しての攻撃だ。選択肢としては満点に近い。

 

「ガァッ!?」

「グハッ!!」

 

キョウカを殴り飛ばすと同時にカイルも殴った拳を手で押さえ、地面に膝をつく。殴ったカイルの方がキョウカより間違いなく痛がっている。

カイルは今、キョウカの感覚操作によって痛覚を通常の何百倍にも上げられていた。よってカイルは相手を殴るという攻撃でさえ大ダメージになってしまう状態なのだ。

 

「はぁっ!!」

 

膝をついた隙にキョウカがその鋭利な爪でカイルの身体を抉る。その痛みは通常でも気絶するほどの激痛。今のカイルにとってどれほどの痛みか、もう想像すらできない。

 

ーーーー勝った

 

キョウカがそう思うのも無理ない事だろう。しかし、その考えは間違っていた事に数瞬後、気づかされる。

 

ーーーー動かない!!

 

腹部に突き入れた爪を抜こうとしても全く動かせない状態にさせられている。カイルの強靭な筋繊維がキョウカの爪を絡みとり、抑えつけていた。

 

「ば、バカな………痛みはないのか!!そなたは!!」

「イテェよ。イテェに決まってる」

 

右手に持つ聖剣にありったけの魔力を注ぎ込みながら、銀髪の剣士が呟く。怒りと悲しみ、両方の色を込めて。

 

「でもなぁ、あの時の痛みに比べれば……弟を失い、エルザに泣かれた時の痛みに比べれば……あの時の痛みの方がぁあああああ!!!」

 

光り輝く聖剣を打ちつける。何度も何度も。相手を確実に滅するように。

 

「万倍イテェんだよぉおおおおおおお!!!!」

 

極大の光を聖剣が放つ。ありったけの魔力の最後の一滴をソレに込める。

 

ーーーーああ、それでこそ………此方のカイル!!

 

「焼き切れ!!神をも屠る光の聖剣(クラウ・ソラス)!!」

 

光の柱が悪魔を押し潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

動けなくなったキョウカを一瞥した後、天を仰ぐ。そこでいつの間にか降っていた雨にようやく気づいた。血で染まっていた整った顔が少し洗われる。僅かに視界がクリアになった。

 

「勝った………か」

 

手に持った光の聖剣を解く。剣の光はカイルの身体に戻る。顔を顰めつつ穴が開いた腹部に手をやり、癒しの光を充てる。

 

【また無茶をしたな、奏者】

「すまないなセレナード。敵の感知を任せてしまって」

【謝って欲しいのはそこではないが……説教はまた今度にしてやる】

 

一つ嘆息する。怪我を治すのはもう少し後にしようと決めた。

 

「帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空気が凍った気がした。

 

鉄の森の一構成員に過ぎない男、モーブは彼を見たその時、そう思った。

 

白銀の髪をなびかせ、彼が地面に降り立った瞬間、空気が。周囲の気配が。空間が。世界が凍ったのだ。

 

「やあ、鉄の森の諸君。ご機嫌いかがかな?」

 

言葉自体はただの挨拶。なんでもないような男の言葉。しかし放たれた殺気は男を金縛りにした。

得体の知れない悪寒が全身を貫く。あらゆる毛が逆立ち、嫌な汗が毛穴から滲み出る。

 

自分がこれまで感じたことの無い脅威。言葉では表現できない相手。まるで頂が見えない巨峰。

そんな光景を目前の青年に男は見た。

 

「てめえ……カイルディア・ハーデスだな」

 

誰もが身動きできない中、エリゴールだけが言葉を発した。

 

「へえ、闇ギルドの連中は無知だと思ってたんだがそうでもないようだな」

 

本気で感心したように笑う。その笑顔は男の目から見てもゾッとするほど魅力的だ。

 

「てめえ程の大物が何しに来やがった」

「察しはついてるだろう?」

 

懐から細長い何かを取り出す。それだけでカイルディアが何を持っているかがわかった。

今このタイミングで彼が現れた時点で全員が思いついていた事だった。期待と予感がその棒状の持ち物の正体を当てさせた。

 

「テメエ………ララバイを」

「ご名答」

「ソレをよこせ!!」

 

風の魔法を発動させ、エリゴールは怒涛の勢いでカイルへと突っ込む。その動きはまさに疾風と呼ぶに相応しい速さでモーブの目で捉える事はできなかった。

エリゴールの動きも、カイルディアの魔法の発動も。

 

気がついたらエリゴールの魔法は解除され、地面に伏していた。カイルの手はいつのまにかローブのポケットから抜かれており、払うように振るわれていた。手には風の渦が纏われている。

 

「ガッつくなよ。お前俺より喧嘩っ早いな。別にドンパチやっても構わんがそれより聞きたい事があるんだよ。まず話をしようや貧乏神君」

 

暴力は良くないぜ、とか言いながら伏せているエリゴールの首を足で踏みつける。どの口でソレを言うのかと誰もが思ったが口には出せなかった。

 

「ララバイは黒魔法の中ではそこまで名がある方じゃない。俺は母から話を聞いたことがあったから知ってたが普通に調べたくらいじゃまずわからん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイルの母、ガーネットは彼の歳が一桁の頃に死別した為、思い出は然程ない。それでも覚えている事は幾つかある。とても美しい人だった事、強く優しい母だった事。そして……話好きな女性だった事だ。

 

頭の中に沢山の物語を持っている人だった。彼女はその生まれから多くの書物に囲まれて育った女性だ。並みの学者など目ではないほどの博識だったと聞いている。

音楽も学も教養と呼ばれるモノは全てあの人に教わった。カイルの人格はあの人によって形成されたといって間違いない。カイルの唄はガーネットに教わった物が八割を占める。

 

彼女が息子に聴かせた物語の一つにララバイがあったからこそカイルはその存在を知っていたが、一般的に知り得る事はまずない。その可能性があるとすればガーネットと匹敵する蔵書量を持つような良家の令嬢くらいだろう。

 

「お前にソレを教えたのは誰だ。答えろ」

「何してるテメエら!全員でかかれ!」

 

剣士の足下から凄まじい風が巻き起こる。対処しようと思えばできたが、とある気配が近づいてきたのを察したカイルは大きく飛び下がり、魔法を発動させた。

 

「超重ギガ」

 

カイルの手中に黒い塊が現れる。フッと息を吹き付けると黒い波動は塵となって霧散した。

 

「パチン」

 

指を鳴らす。同時に霧散した黒塵が輝きを放つ。黒塵を吹き付けられた鉄の森の連中は一斉に膝をつく。自重が急激に増え、彼らの体重を支えきれなくなったのだ。

 

「な、なんだよコレ!」

「体が急に……」

「重力魔法……」

 

カイルの魔法の正体にエリゴールだけが気づく。これ程広範囲の魔法をエリゴールは初めて見たが今起こった現象の理由はそれ以外ありえなかった。

 

「勝つとわかりきったケンカはしない主義でな。お前らとドンパチするのはあいつらに譲るとするさ」

「あいつら、だと?!」

 

カイル一人でも既に持て余しているのに援軍が来るという言葉にエリゴールは戦慄した。しかもこのまともに体を動かせない状態で戦わなければいけないのだ。勝ち目はゼロと言い切ってしまいたいほど絶望的。

戦意を折る為のハッタリと断じてやろうとした瞬間、白銀の髪の戦士の背中から砂塵が舞い上がる。

 

「おう来たな問題児共。良くここがわかったもんだ………っなぁああああああ!!」

 

猛スピードで爆走する魔導四輪に向かって気安く話しかけていたカイルから一気に余裕が失われる。こちらにいくら近づいてきてもブレーキを踏む様子を全く見せなかったからだ。慌てて走って逃げるが生身と車での追いかけっこの結果は火を見るよりも明らか。

 

激突する寸前で風の魔法を発動させ、宙空へと逃げる。何とか躱した事を確認し、ようやく一息ついた。

 

「よけるな卑怯者め!!」

「よけるに決まってんだろうが暴走女!近づいてくるのがわかったから待っててやったってのにこの仕打ちはないんじゃないの!」

 

魔導四輪から顔を出したのは緋色の髪の女性。姿は鎧に身を包んでいる女騎士。エルザ・スカーレット。

 

「お、こいつらが鉄の森か」

 

上半身裸の変態が車から降り、ストレッチする。カイルの重力魔法は既に解除されており、新しく現れた一団を睨みつけている集団に対して戦闘態勢を取っている。グレイ・フルバスター。氷の造形魔導士。魔力に形を与え、形を奪う魔法の使い手。

 

「おぅええ……」

「ちょっとナツ!しっかりしてよ!敵はもう目の前にいっぱいいるのよ!」

 

乗り物酔いでグロッキーのナツを抱えるのはルーシィ。彼女も来てたのかと少し苦笑する。問題児三人に囲まれ、さぞ苦労した事だろう。

 

全員降りてきたのを確認するとカイルも地面に降り立つ。隣には美髪の女騎士が寄り添う。取り敢えず説教は後にする事にしたらしい。

 

「ララバイは?」

「この通り」

「…………ムカつくが流石だな。お前の心算もわかるから今日のところはソレで免じてやる。行くぞ」

「jar」

 

エルザの身体から光が放たれ、鎧が解除されていく。輝きが増した瞬間、鎧は形を変え、まとわれた。翼が生えたようなフォルムが特徴的な白い鎧。舞い散る羽のように何振りもの剣が宙を舞っている。

 

コレこそが彼女の換装魔法、騎士(ザ・ナイト)。鎧そのものを換装し、鎧によって特性も能力も変化する変幻自在の魔法。

 

続いてカイルも風の魔法を解く。代わりに身体から溢れるように炎を放たれる。天をも焼き尽くす勢いで空に放たれた炎は主の元へと舞い戻り、その業火は主を慕うように纏わりつく。

 

「え?炎?カイルの魔法って換装魔法じゃなかったの!?」

「カイルは二つ魔法がつかえるんだ。といってもアレは換装魔法じゃないんだけどね。正確には創造魔法。どんな武器でも魔力によって創造、または召喚できる太古の魔法(エンシェント・スペル)、【千の戦乙女の忠誠(サウザンド・ヴァルキリー)】」

 

以前ギルドで見せたのはこの魔法に当たる。騎士として闘う時、カイルは基本的にこの魔法を使う。この魔法は日々進化しており、今は武具以外の物も創造できる。

 

「コレだけでも充分に強力な魔法だけどカイルの本領はそれじゃないんだ。ねえルーシィ。精霊って知ってる?」

「あらゆる物体に宿っているって言われてる……

唯人には見る事ができない霊体。

知性を持つ何か。

魔の力を持つ生命」

「そう、その中でもとびきり強力な魔力と意識を持った存在。彼女達の力を己の魔力を媒介にして発現させる魔法。精霊を見る事ができる人間がいなくなってしまった為、太古に失われた失われた魔法(ロスト・マジック)。その名を…………」

 

 

【ローレライ】

 

 

発現された精霊王の炎がエルザの換装した天輪の鎧の剣に纏われる。

その現象をルーシィは知っている。掛け合わせる事は至難であるはずの別々の力を一つにする絶技。その威力は絶大であり、本当に息が合った者同士でなければ発動は難しい。生涯を費やしても習得には至らないこともある究極魔法。

 

「「ユニゾン・レイド!!」」

 

二人の口からその魔法の名が叫ばれる。天輪の鎧を纏ったエルザは剣を握りしめ、カイルも火車切りと呼ばれる炎の霊剣を創造していた。

 

天をも焼き切る百翼の牙(スカーレット・ファング)!!」

 

天を覆う百の炎剣が一斉に鉄の森に襲いかかる。鉄の森は一斉に全焼し、潜んでいた悪党たちは慌てて森から逃げる。

 

「後は任せる」

「おう任せろ!火竜の咆哮!!」

「アイスメイク……ランス!!」

 

撃ち漏らした雑魚達をナツとグレイが仕留める。撃ち出された炎の津波と氷の槍が逃げ惑う雑魚をとらえた。

 

「おい、カイル。どこに行く」

「エリゴールのトコ」

 

あの様子ならもう手助けの必要はないと判断した。唯一重力魔法での拘束を解いていなかった死神と異名される男の元に向かう。

背を向けて歩き出すカイルにエルザも慌ててついてきた。

 

「さて、先ほどの質問の続きだ。エリゴール」

 

拘束は解かず、剣を首元に突きつける。何とか抵抗しようとジタバタしていたが下手に動くと斬れてしまう為、ようやく大人しくなった。

それでも誰が言うか、とキツく睨みつけてくる。

 

その様子を見てまともに吐かせることは不可能と断じたカイルは目の色が変わる。

 

ドクンとエリゴールの身体が一度脈打つ。俯き、虚ろな目になるのが端から見てもわかった。

 

「カイル、コレは……?」

「幻術。催眠に近い魔法だな。まあ自白剤みたいなモンさ………では、改めて聞くぞエリゴール。コレの事、誰に聞いた?」

「…………女」

「どんな女だ」

「…………覆面みたいなのをしていたから顔はよくわからん。仮装みたいな格好をした女」

「顔は隠してたってことか?そいつの目的は?」

「…………強化」

 

その一言がエリゴールから放たれた瞬間、すべての疑問が解けた。誰がこいつにララバイを教えたのかも、そいつの目的も。

 

ーーーー今回動いてた黒幕は……

 

背後に唐突に気配を感じた。次の刹那には背中の剣を抜き放ち、薙ぎはらっていた。硬質な金属音が音高く鳴り響く。

 

「久しいな、カイル」

「やはりお前か、キョウカ」

 

精霊王が一度滅ぼしたはずの冥府の門から放たれた悪魔がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。おかしいな、サクサク進めるはずなのにまだララバイ編書いてる私?いや、私が悪いんじゃない。頭の中で勝手に動くカイルと他のキャラがいけないんだ!そうだ、俺は悪くねえ!!てわけでもう少しララバイ編続きます。頑張ってカイル達の動きを追いかけますので気長にお待ちください。それでは感想、評価よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五公演 二十歳越えると一年の早さにビビる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーコイツは?

 

唐突に剣を抜いたカイルを気にかけながら美髪の女騎士は突如現われた人物を見やる。ぱっと見は女性だ。第一印象は変わった格好をした女。歳は二十代半ばほど。ただ者でない事は一目でわかる。

どうやら愛し人の知り合いらしい。銀髪の剣士は警戒心を露わにした目で一度睨みつけるとフッと挑戦的に笑った。

 

「ふうん……へぇ」

「ほう、そこまで驚きはないか」

「むしろ何故思いつかなかったのか不思議なくらいでな。ゼレフ書の悪魔といえばマリアなんかより真っ先に連想しなければならなかった」

 

マリアという女の名前が気にかかったのか、緋髪の美女は苛立ちの色を含みつつ横目で睨む。その苛立ちは正しいが説明は後にさせて貰おう。今はコイツとの話が最優先だ。

 

「大きくなったな、そして強くなった、少年。いや、今はもう青年か。人の成長は本当に早い」

「ララバイを手に入れて何をするつもりだ。確かに強力な魔法だがお前らが求める程じゃないだろう」

 

ゼレフ書の悪魔の中でも最高位に位置する彼女らにすればララバイは間違いなく格下。闇ギルドにやらせるほどの仕事には思えない。

 

「おや、流石の其方も黒魔法に関しては明るくないと見える。それはただの笛ではない。此方達と同じ、生きた魔法だ。そして生きているなら此方がキョウカ出来る」

 

なるほど、と納得した表情を浮かべる。コイツはゼレフ書の悪魔にしては珍しく人間に興味を持っている。鉄の森に封印を解かせたのはその辺の私情があるのだろう。

 

「来たる戦の為に戦力を増やしておこうという訳か。冥王の指示か?」

「その通り。ENDの復活の為にも戦力は多いに越した事はない」

 

END。その言葉の意味を知っているカイルは僅かに形の良い眉をひそませる。かつて本気の九鬼門と戦ったからこそ辿り着けた一つの答え。推論の域を出てはいないが、この考察は間違っていないとカイルは直感していた。

 

「………もう一つ、俺の記憶が正しければ、貴様は俺が斬ったはずだ。なぜ生きている?」

「なっ!?」

 

カイルがすでに戦った事があるというのにも驚いたが、それ以上にこの男が人を斬ったという事に何より驚かされた。なぜ生きている、という質問はカイルが致命傷を与えたことがあるという事。そしてそこまでしなければ倒せなかったという相手だという事だ。そんな人物をエルザはギルダーツくらいしか思いつかなかった。

 

「そこは此方達の生命線に関わる。教えられんな」

「ハ、まあいい。いずれ俺の手で暴いてやる。で?貴様は何しに来た。わざわざ裏でテメエらが糸を引いていた事を教えに来ただけの理由は?」

「大した理由ではない。其方が動いているのがわかったでな。会いに来ただけだ」

 

目の前の脅威に警戒し、色々と複雑に渦巻いていたエルザの感情がその一言で一つに収束される。端的に言うと、カチンときた。頬が引き攣る。

 

「カイル……」

「雑食なのは否定せんが俺に怪物愛好家(モンスターフィリア)の気はねえ。安心しろ」

 

カイルの言葉の真意を理解出来ず、エルザの頭にハテナが浮かぶ。モンスターフィリアの意味は勿論知っている。しかし目の前の女にそれが当てはまるとは思えない。

それでもそういう関係ではないという事は今の答えで理解した。カイルの過去も気にかかるとはいえ、これ以上の詮索をしては煙たがれる恐れがある。

 

「俺に会いに……ねぇ。なかなか魅力的な誘い文句だ。俺もよく使うけど使われるのは新鮮で面白い。で?会った上でどうする?」

 

剣を突きつけ、半身に構える。抑えていた魔力を解き放つ。精霊王の波動が大気を震わせる。

 

「やるってんなら相手になるぜ?かかってきな。殺してやるよキョウカ。今度は芥子粒一つ残さずな」

 

常人なら腰を抜かすほどの……事実エリゴールは動けなくなっている。逃げるなら今ほどの好機はないというのに指一本動かせない。

 

ーーーーカイルの奴……本気だ

 

「汝……魔を滅する「よせ、カイル」

 

魔物の沈黙を肯定と取ったのか、何かを唱え、カイルの手が輝き始めた瞬間、キョウカが遮る。騎士王の魔力の昂りを前にして、戦闘態勢を解除した。その姿に奏でる者は少し驚かされる。

理由なく暴れる男でも暴れるのが好きな男でないのもこの女は知っている。それを知られてる事をカイル自身も知っている。それでも目の前に拳銃を突きつけて警戒を解いてくるとは思わなかった。お互いが眉間に突きつけていた銃を、まず相手が下ろした。ならこちらも下ろさずにはいれない。

 

「青年となった其方と交わりたくはあるが、其方と此方の戦いをこのようなくだらん場でやるのは勿体なかろう。此方らが闘うというのならやはりそれなりの舞台でなくてはな」

「………あっそ」

 

魔力の昂りを解く。コイツとヤるというなら白銀の髪の戦士も色々と覚悟しなければならない。もちろん勝つ自信はある。それでも無傷とはいかないだろう。戦いが避けられるならそれに越した事はない。

 

「命拾いしたな、キョウカ」

「なんだ、思ったよりあっさり認めたな。そなた少し丸くなったのではないか?」

「やっぱり殺す」

 

ザンと一歩足を踏み出したところでエルザが慌てて止める。カイルが本気で闘わなければならない戦闘など避けられるものなら避けなければならない。

エルザのブレーキ役はカイルの役目だが、カイルのブレーキ役も彼女の役目だ。

 

キョウカが手を伸ばし、何かを唱える。すると一度カイルの手の中の笛が脈打つ。

何をした、という視線を向ける。意味を汲み取ったキョウカは視線に対して微笑を返し、答えた。

 

「ララバイをキョウカした。コレで少しは其方も楽しめるであろうよ」

「なんだよ、回収しなくていいのか?強化したララバイが目的だったんだろうが」

「其方と戦ってまで達成したい目的ではない。ソレをどう扱うかは其方に任せる…………カイル」

 

改めて名を呼ばれ、眉を少し歪めて応える。まだ何かあるのか、と言わんばかりの態度だ。

 

「いつか其方の全てを此方が手に入れる」

 

カイルの返事を待たずキョウカが行動を起こす。一度大きく腕を振り、土煙を発生させた。目くらましの意図に俺たちへの攻撃はないと理解してはいた。しかし可能性はゼロではない。

 

「シルフ」

【御心のままに】

 

風の本流が土煙を晴らす。視界がクリアになった時、もうキョウカの姿はなかった。

 

「行ったか……」

 

軽い金属音が鳴る。剣を腰に収めた音だ。納刀するという剣士ならば当然の動き。それを見てエルザは息を呑む。はたから見れば驚嘆するような事ではない。実際見ている分には簡単な所作に見える。しかしエルザは知っている。納刀という動きも武の一つであるという事を。

流麗な納刀とは流麗な抜刀よりも遥かに技術と慣れが必要な所作なのだ。

エルザは基本的に武器は換装空間に収めるため、この技術はあまり必要としない。しかし騎士として、身につけてはある。だからこそわかる。カイルの伎倆の凄さを。

この男の動きは一つ一つが練り上げられた武なのだと。

 

相棒の視線に気づいたのか、横目で見下ろし、フフンと言わんばかりに口角を上げる。緋髪の騎士が何に感心したのかには想像がついていた。

 

「その気になればお前にも出来るだろう」

「少なくともお前ほど流麗にはやれん」

「魔法剣士には必要ない技術だ。気にすることはない」

 

ーーーーさて、余計な横槍が入ったが…

 

鉄の森と闘っているナツ達の様子を見る。概ね決着はついている。今はいつもの喧嘩に移行した感じだ。喧嘩に夢中だった為か、こちらの一連のやりとりには気づいていない。

 

「俺の方が多く倒した!!」

「はぁ!?お前はその辺のザコばっか相手してただけじゃねーかこの釣り目野郎!質は俺の方が遥かに上だっての!」

「んだとぉ!?」

「やんのか!!」

「止めんか」

 

ゴチンと拳を二人に下ろす。非常に鈍い音が鳴り、二人の体が地面に埋まり、頭が腫れ上がる。実に痛そう。

 

「おらナツ起きろ。お前にはもうひと勝負やってもらう」

「んあっ?……あぁ、なんだカイルか。ビックリした。もうひと勝負?カイルが俺と戦ってくれんのか!?」

 

意識をクラクラさせた相手が仲間だと理解し、笑みを浮かべる。結構な威力で殴ったにも関わらずこの反応を返せるのはこいつの美点だろう。カイルも根に持たないタイプだが、ナツはそれを遥かに越えている。

 

「俺じゃねえよ。そこのエリゴールとやってもらう。今回の件の主犯だ。それなりにやれる」

「な!?」

「おう!わかった!」

 

ぐるりと腕を回しナツが歩いてくると同時にエルザはカイルの元へと駆け寄る。カイルがエリゴールに掛けていた拘束はまだ解いていない。だからこそ今の内にこの男の心算を聞かなければならない。

 

「何を考えてる!?逃げられでもしたらどうするつもりだ!」

「別にどうもしねーさ。もうララバイは持ってないんだ。あの程度の小物、逃がしたところでどーって事はない」

「無駄にリスクを増やすマネをして何になる!お前にとっては今はザコでもいずれ障害になるかもしれんだろう!」

「そうなってくれれば嬉しいねぇ。退屈凌ぎのタネは多ければ多いほど良い」

「カイル!!」

「………だが、そうはならんだろうよ」

 

激昂するエルザの頭に手をやり、エリゴールへと向かせる。そこでようやく今のエリゴールの状態に気づいた。

 

ーーーーコレは……

 

目から戦意は失われており、ただでさえ窪んだ顔つきが一層うらぶれた様子になっている。

 

ーーーー完全に心が折れている。もう魔導士として活動できるか……

 

それも無理のない事だとエルザは思う。先ほど本当の世界最強クラスの殺気のぶつかり合いの渦中にいたのだ。エルザは常にカイルが隣にいたおかげで圧倒的な気配には耐性があるし、何よりずっと彼女を守るようにカイルがエルザを背中に置いていた為、キョウカの殺気はあまり届いていなかった。

 

しかしエリゴールは別だ。手も足も動かない状態であの殺気と魔力に晒され続けた。それは両手両足拘束された状態で海に投げ出されたようなものだった。息をするのさえ困難だったハズ。

 

「カイル………もうこれは」

「ああ、このままじゃダメだな。譲歩が必要だ」

 

生気のない顔つきのエリゴールの前にしゃがみ込む。もう死神と呼ばれた男は見る影もない。

 

「おいエリゴール、起きろコラ。ホレホレ」

 

ペチペチと頬を叩く。虚ろな目がようやくカイルを捉えた。

 

「お、起きたな。ほらしっかりしろエリゴール。お前にチャンスをやる。お前には今から殺し合いをしてもらいますコノヤロー」

「………もうそんなモンに意味なんてねえだろう。俺じゃどうやってもお前には勝てねえ」

「強さに正直になるのは良い事だ。別に俺とやれとは言わんさ。相手はこの桜頭だ」

「同じ事だ。たとえこいつを倒したところでいずれテメエと戦わなきゃなんねえんだ。もう俺の力じゃどうにもならん。計画は失敗したんだ」

「このままだとそうだな。だからチャンスをやると言ったんだ」

 

手に持ったララバイを目の前に突き出す。今回の奴の目的の核を出してやると流石に目の色が変わる。どれくらいの期間かはわからないが、ずっとコレを求めていたんだ。この反応は当然だろう。

 

「お前がナツに勝てばコレをやろう。キョウカがバージョンアップしたスペシャルだ。挑む価値はあると思わんか?」

「カイル!!」

 

エリゴールが何か言うより先にエルザが叫んだ。驚きはない。正義マン……いや、マンじゃないけど、のこいつからすればあり得ない提案だろう。俺のいつもの気まぐれが始まったと取られても仕方ない。しかし今回ばかりは戯れではない。コレは必要な事だ。

 

「お前はナツを信じてないのか」

 

だからこそ真摯な声で言葉を発する。唐突なカイルの真剣な態度に若干怯んだのがわかる。しかしキッと目に力を込め、返した。

 

「そういう問題ではないだろう!」

「だな、俺も言ってて思った」

「なら!「あいつはいずれこの世界を背負う事になる。その為にもあいつは強くなんなきゃいけねえんだ」

 

唐突な大げさな話にエルザの眉が歪む。しかしそんな顔をされては困る。俺と共に歩むというならお前もその一助となってしまう可能性が高い。

 

「大丈夫、俺がいるんだ。いざとなればなんとでもなる」

「…………………わかってる」

 

むくれる彼女の頭を撫でてやる。尖っていた気配が少し柔らかくなったのを感じながら苦笑する。

エリゴールの拘束を解いてやる。

 

「パラディン。約束は守るんだろうなぁ」

「俺の名誉と誇りにかけて」

 

必ず守ると言質を与えてやるとすぐに戦いが始まった。魔力の総量なら圧倒的にナツだが相性の悪い風の魔法をどうするか。この戦いはそれにかかっている。

 

ーーーーそれにしても……

 

大きくなった、と思う。さほど歳は離れてないのだがナツとは約3年の差がある。そして3年とは思春期にとって大人と子供ほどの差が出る年月だ。

強くなったとも思うが現状ではまだまだ。そう、ナツはまだまだこれからだ。

そして、強くなってしまったと思うのが隣に立つこの女だ。

 

ーーーーそうならないようにする為に俺も全力を尽くしたんだがな……

 

だから一人で旅に出た。俺といる事が彼女を戦いに連れ出す事と同義になる事がわかっていたから。俺といる事が否が応でも誰より愛するこの女を強くする事を知っていたから。

 

だが彼女は一人ででも強くなってしまった。俺がいない事を糧に奮起し、いずれ俺の役に立つ為にこいつは己を鍛え上げた。旅から帰った時の彼女の泣き笑いの顔とうわずった声は今でも忘れられない。

 

ーーーーカイル!

 

初めて思った。俺達は出会わなければ良かったのかもしれない。俺の胸の中に抱きつくこいつを愛しく思いながらも俺は思った。

 

 

いや、嘘だ。

 

 

本当は何度も思っていた。俺と会ってしまわなければ、こいつはもっと当たり前の幸せを掴めたんじゃないだろうか。白く美しい肌を鎧に包む事もなく、本当は華奢な手を剣で固くする事もない。女として幸せな生き方を。

 

「カイル?」

 

急に顔つきが変わった事に不安を覚えたのか、ローブの裾を握り、上目遣いする。強くも美しくもなった。酸いも甘いも経験し、大人になった。何もかもあの頃と変わった。

 

それでもこの澄んだ瞳だけは出会った頃と変わらない。

 

ーーーーそれでも俺は……

 

この強い瞳を見るたびに何度だって思う。こいつと会えて良かったと。俺の隣にいて欲しいと。辛い思いも、悲しい思いもさせるとわかっている。女として当たり前の幸せを与えてやれないかもしれない。それもわかっている。

それでも俺は……

 

こいつを愛さずにいられない。

 

「ゴメンな、エルザ」

「はぁ?」

 

なんの脈絡もなく繰り出されたカイルの一言に眉を顰める。理由を知りたいだろうが説明はしない。したらコイツは絶対怒る。

 

「なんだ?何か謝らなきゃならない事をしたのか?」

「いや……」

 

だから嘘ではない言葉で謝ろう。

 

「お前を好きで、ゴメン」

「はぁ!?」

 

数秒前に発した言葉と同じ事をエルザは思わずもう一度言ってしまう。同音でも言葉に込められた意味合いは全く変わる。

 

ーーーーこういう事をコイツはサラリと……似たような言葉を自分が言うのにどれ程の勇気が要るか、わかっているのだろうか、この男は。いや、わかっているはずだ。私の事をこいつがわからないはずがない。私の事は私よりよほどよくわかっているはずだ。

 

「お、お前がそういう事言うたびに私がどれだけ揺さぶられるか、わかってるのか!?」

「まあ大体」

「なおタチが悪い!」

「はっはっは」

 

肩を掴みかかりとガクガクと揺さぶり始める。しばらくこのままでいても良いのだけれど、なんか気持ち悪くなってきたので止める。

 

「カイル」

 

先ほどとは打って変わって落ち着いた、それでいて真摯な声で呼ばれる。これは茶化していい雰囲気ではないとカイルも装いを改めた。

 

「お前が何を考えてるかは知らん。それを聞くつもりもない。だが決して一人で戦うな。そして忘れるな。お前の隣にはこの私がいるという事を」

 

キョウカの存在、ナツに相性の悪い相手をぶつける意図。聞きたい事はあるだろう。それでも彼女は聞かないでいてくれる。俺が話すのを待っていてくれる。

 

「私がお前に望む事は一つだ。お前と共に生きて、共に歳をとらせてくれれば私は幸せだよ」

 

男の肩に身体を預け、目を閉じる。カイルも鎧に包まれた華奢な肩をそっと抱き寄せた。

 

「エルザ」

「ん?」

「お前に会えて………よかった」

「…………ん」

 

出会わなければよかったかもしれない。それでも俺は……俺たちは………

 

 

家族になれてよかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。え?ルーシィが空気だって?もうっ、おじいちゃん!原作でもこの辺りはあの子空気だったでしょ!というわけでルーシィの出番はファントム編までお待ちください。今年ももう終わりでございますね。早えな〜。もうやんなっちゃうなぁ〜。師が走り、弟子がスライディング土下座するほど忙しい(筆者は当然弟子)月ですが、頑張って執筆いたしますので感想、評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六公演 鳴り響くは精霊王の喝采

 

 

 

 

 

 

 

「無理、ナツじゃ勝てないよ。グレイに任せよ」

 

小馬鹿にしたような笑いと共に告げられたハッピーのこの一言で不利だったナツの形勢は逆転した。怒りによる超高熱の炎を巻き上げる事で周りの空気を一気に燃焼させ、エリゴールが纏っていたストームメイルを引き剥がした。この時点で唯一エリゴールがナツに勝っていた特性の有利が覆る。

 

ナツが全身に炎を纏い、勢いをつけて体当たりを繰り出す。

滅竜魔法、火竜の劍角。

立ち昇る火柱はエリゴールを吹き飛ばし、気絶させるのに充分な威力を持っていた。

 

失われた竜の力の片鱗を見せたナツが圧倒的な魔力総量で勝利を収めた。

 

カイル達の一行は今ギルドマスター達が定例会をしているクローバーへと向かっていた。今回の件の報告と共にララバイの扱いに関して指示を仰ぐ為だった。

 

「お、見えてきたな。定例会の会場だ」

 

魔導四輪を運転するカイルが風景の変化と共に目的地が近づいてきたことに気づく。リーダーの声が号令となったかのようにナツを覗いた全員が大きく一つ伸びをした。

 

「コレでようやく一件落着か」

「カイル、お前の独断専行もキッチリ報告するからな」

「勝手にしろ風紀委員」

「いや〜、行きと違って快適なドライブだったわ。カイル運転上手ね」

「まあね。そういう教育を受けて「うぉえぇ…」……ハッ」

 

小さく聞こえてきた嘔吐の音にカイルは若干悔しさを滲ませて苦笑する。特に焦ってもいない為、カイルの運転は揺れの少ない安定したモノだったにもかかわらず、ナツはいつもの調子。今度こそナツに酔わせない運転にチャレンジしていたのだが今回もカイルの敗北らしい。

 

ーーーーん?

 

進行方向に小さな影が見えた為、ブレーキをかける。

 

「どうした?」

「…………ジーさんだ」

 

小さな影が慌てて駆けてくる姿に気づく。体格に似合わない絶大な魔力。間違いなくマカロフだ。

 

「ん!?お、おー!カイル!それにお前達も!」

 

周りの連中もようやく気づく。身を乗り出してギャーギャー喚きだした馬鹿どもの為に車を停めてやる。すると飛び出すように全員降車した。

 

「なんだかんだ顔を合わせるのは久しぶりだな、ジーさん。そんなに慌ててどうした?」

「コッチに来てくれたか!良かったわい!何も壊しとらんじゃろうな!!」

 

慌てる理由に心当たりがあり過ぎて笑ってしまう。恐らくミラあたりに俺たちが組んで動く事を聞いたのだろう。

ギルドの皆に自由を与え、責任を取るのが彼の仕事という事はわかる。俺などより遥かに理解しているハズだ。しかし中間管理職の悲しさ。上と俺たちとの板挟みの苦労は俺の想像を絶する。

 

「その辺はぬかりねえよマスター。ご安心を」

「おー!マカロフの奴が慌てて出て行くから何事かと思ったらパラディンのご到着だったのか!」

 

定例会会場からフィオーレを代表するギルドのマスター達がぞろぞろと現れる。仕事の都合上で幾つか知った顔もある。

 

「以前は世話になったなローレライ殿!活躍は耳を塞いでいても聞こえてくるぜ」

「久しぶりだなゴールドマインさん。あの酔っぱらいは元気か?」

 

差し出された手をしっかりと握り返し、バッカスの事を尋ねる。性格上何かと揉めたことも多く、何度かやり合った間柄ではあるがカイルはあの酒飲みが嫌いではなかった。

 

「あの唄歌いにいつかギャフンと言わせてやるといつも言ってるよ。今度会ったらまあいい感じにコマしてやってくれや」

「ああ、優しく撫でてやるよ。それより聞きたい事があるんだが」

 

懐から今回の事件の元凶を取り出すと一同がギョッと反応を見せる。流石はこの国を代表するギルドマスター達。コレが何かは知ってるらしい。

 

「集団呪殺魔法ララバイ。コレは生きた魔法だと俺の古い知人が言っていた。出来れば破壊したいところなんだが下手に扱うと大惨事になりかねん。誰かコイツの扱いを知ってる人はいないか?」

 

ざわつく中で一人のおっさんが前に出てくる。青い天馬のマスター、ボブ。ちょっとオネエなハゲだが実力は折り紙つき。全盛期はマカロフすら手こずった事があるという魔導士。

 

「この笛自体はララバイではないのよ。笛を媒介に正しい手順で魔力を込めるとゼレフ書の怪物が現れる、とされてるわ」

「なるほど、ならとっとと笛を壊すとするか」

 

媒介がなくなってしまえば復活もクソもないだろう。そう思って手に力を込めようとしたまさにその時、ドクンと一度笛が手の中で鼓動した。

 

「…ようやく来たか」

 

妖しく口角を上げてカイルが呟く。隣にいたエルザが辛うじて聞き取り、何がと聞こうとしたが、その言葉は煙に遮られた。

 

「そうはさせんぞ、劣等種が」

 

煙から声が響く。カイル以外の全員がその異形に驚愕する。その間に煙はみるみる形を作っていった。白銀の髪の剣士だけは煙を見据えて笑みを浮かべていた。

 

「これがゼレフ書の悪魔か。なかなか俺を期待させる演出してくれるじゃねえの」

「腹が減ってたまらん。貴様等の魂を喰わせてもらうぞ」

「なにーーっ!!魂って食えるのかー!?うめえのか!?」

「そういう問題じゃねえだろう!」

「一体‥どうなってるの?何で笛から怪物が…」

「あの怪物が呪歌そのものなのさ。つまり、生きた魔法。それがゼレフの魔法だ」

「生きた魔法‥」

「ゼレフって、あの大昔の?」

 

魔導士ならば誰もが一度は聞いた事のある名前。魔法史においてあらゆる意味で名を馳せた男。

 

「黒魔導士ゼレフ。魔法界の歴史上、最も凶悪だった魔導士…

何百年も前の負の遺産が、こんな時代に姿を現すなんてね…」

「驚くことじゃない。寧ろ今こそが最も相応しい時代だと俺は思うぜ」

 

そんな言葉を発して一歩前に出たカイルに「なぜ?」という視線が集められる。彼らを後ろ目で見ながら不敵に笑い、告げる。

 

「俺がいるからだ」

 

若き天才魔導士は常に世界を見据えて旅をしてきた。その中で、そう遠くない未来に世界が激動することをカイルディア・ハーデスは予感していた。そしてその時代に自分が生まれたことが偶然だともまるで思っていない。人に話せば自信過剰と笑われるから話さないが、その時からずっと思っている。

自分がいるからこそ、世界は動き始めたのだと本気で考えている。

 

「…………そうか。貴様、当代の奏でる者か」

「へえ、わかるか」

 

挑戦的に笑う。腰の剣を抜き放ち、一度振る。地面に一直線に斬撃が奔り、まるで境界線のような線が引かれた。

 

「誰も手を出すな。こいつは俺がやる」

「なっ……カイル、お前何を」

「ゴメン、エルザ。俺今回コレだけを楽しみにして来たんだ。やらせてくれ。頼む」

「しかし!「俺を信じろ」っ…………」

 

真摯な色を宿した琥珀の瞳がエルザを見据える。戦意の炎が揺らめく深い宝石ような瞳に圧倒され、思わず黙り込んでしまう。

 

ーーーーまったく……かなわないな

 

惚れた方が負けとはよく言ったモノ。愛する男にこんな風に頼まれては断れるわけがないではないか。

 

「完膚なきまでにたたきのめせ、私の英雄(カイル)

「任せろ、俺の騎士姫(エルザ)

 

ローブを翻す。フッと姿が消え、ララバイの目の前に現れる。手には巨大な銀の魔剣が握られていた。

 

「い、いいのあれ!?一人であんな怪物と戦わせちゃって」

「良くはないが仕方ない。あいつがああなったらもう誰にも止められん」

「あい!カイルですから!!」

 

ルーシィの心配を尻目に、カイルはララバイと対峙する。ララバイもまた、カイルと闘うことを望んでいるかのように見えた。

 

「待たせたな。やろうか、ララバイ。俺をガッカリさせるなよ」

「死ね、奏でる者」

 

言い終わるか終わらないかのうちに木でできたような巨大な手が振り下ろされる。まるで爆発が起こったかのような砂塵が舞い上がる。

 

「な、なんという威力じゃ……」

「カイルは!?」

 

ルーシィが悲壮な声を上げた瞬間、砂塵が一気に払われる。あまりの威力に残骸となった大地に一人、風をまとった青年が剣を振り抜いた態勢でいる姿が見られた。

 

「む、無傷!?あの攻撃を受けて?!」

「それだけじゃないようだぞ」

 

どこかを見ていたエルザが戦慄しながら呟く。つられてルーシィもエルザの視線の方向に目を向けると地面が揺れるほどの轟音とともに何かが落下して来たのが視界に入った。

 

そこにあったのは木でできたような何か。つまり振るわれたララバイの腕。

 

ーーーー斬り飛ばしたっていうの!?あの一閃で?!

 

誰もが信じられないという顔で腕の残骸を見やる。しかし目の前の事実がルーシィの答えが真実だと告げていた。

驚愕していたのはララバイも同じだった。今この男は魔力を使っていなかった。純粋に技量のみで己の腕を斬り飛ばしたのだ。

 

「一つ……聞こう」

 

一同の驚愕が冷めやらぬ中、怜悧な低い声がカイルから放たれる。普段の陽気で気安い彼からは想像できないほど冷たい声色だ。

 

「今の一撃……まさか全力か?」

 

その瞬間、戦闘が一気に加速する。カイルの言葉を否定するように、ララバイは先ほどよりも威力を強めて一撃を放つ。

しかしそれはカイルに放たれたものではなかった。振り下ろした先は己の足下。

迂闊に近距離攻撃すると斬られると判断したのか、大地に鉤爪を突き立て、瓦礫を飛ばす。大地を揺るがす破砕がゴングとなった。

 

高速移動で瓦礫を躱し、土煙の中からカイルが飛び出す。そこに待っていたと言わんばかりに腕を剣のように変形させた一撃が振るわれた。

 

ーーーーふん、芸のない。

 

向かってくる腕に横薙ぎの一閃を繰り出す。先ほどより若干強度はあったがカイルの腕で斬れないレベルではない。それはララバイも承知の上。

今度はララバイが横薙ぎの一閃を放つ。断たれたはずの左腕から。

嫌な予感に駆られたカイルは瞬時に飛び上がり回避に成功した。

 

「カァッ!!」

 

空中の剣士に向けて口からエネルギー弾を放つ。通常なら回避できない攻撃だがこの男に限ってはそれはない。その場で全て撃ち落とした。

 

ーーーー斬ったはずの手から攻撃された……

 

少し驚きながら見てみると切断面はすでに新しい木が生えるように再生していた。

 

ーーーーなるほど、ただ斬るだけじゃダメってわけだ。

 

高速移動で回避しながら神速の斬撃で対抗するが斬れば斬るほど腕の数が増えていく。末端を斬っていてはキリがなさそうだ。

 

「フリージア」

【御意のままに】

 

カイルから溢れるように氷が放たれ、纏われる。ただ斬っても逆効果と考えたカイルは傷口を凍らせる事で再生を防ぐ算段だ。

 

千の戦乙女の忠誠(サウザンド・ヴァルキリー)……」

 

 

千本桜景義・殲景

 

 

カイルが腕を振り上げると、ララバイを中心に桜色の千の刃が創造される。その千の剣全てに精霊王の氷が纏われている。

 

パチンと指を鳴らした瞬間、千の剣が一斉にララバイへと飛翔し、滅多刺しにされ、一瞬立ちすくむ。

その一瞬を逃す男ではない。

 

「潰れろ」

 

極大の氷塊がララバイの頭上に現れる。そして重力に抗う事なく氷塊はララバイを押しつぶした。

 

「す、すっげえ……」

「本当、嫌になるぜ」

「コレだから……」

 

カイルの実力に皆が圧倒される中、その本人のみは険しい顔つきでララバイを見下ろしている。

 

「さっさと立て。大して効いちゃねえだろう」

 

カイルから放たれたのは信じられない言葉。充分に怪物の力を発揮していたララバイに対してお前はまだ本気じゃないと言い放ったのだ。

 

「まだ魔力に余裕がある事にこの俺が気づいていないとでも思ったか。あのキョウカのスペシャルがこの程度なわけないだろう」

 

その言葉を肯定するかのようにララバイは氷塊を一振りで破壊し、上空へと舞い上がる。あちこちに裂傷が刻まれてはいるがその表情には確かにまだ余力がある。

 

「なるほど大口を叩くだけはあるようだな。だがな「今の瞬間にトドメをささなかった事を後悔するぞ……か?くだらん負け惜しみはやめてエーテリアス・フォーム(全力)で来い。時間の無駄だ」

 

誇り高き白銀の剣士の物言いに一瞬だまりこむ。言葉の意味を理解すると傍目から見ていてもわかるほどの怒りが放たれ、魔力が一気に増幅した。

 

「こ、コレは……」

「なんという……」

 

ただでさえ膨大だった魔力が増幅していく。不安定なほどの揺らぎを見せたそのエネルギーは次第に収束していき、巨大だった体躯は更に大きく膨れ上がった。

 

「それが貴様の真の姿か……」

 

禍々しい黒のオーラを纏い、体躯は人間の姿に近くなったが、全身に木の幹が絡みついている異形の姿。これこそがキョウカによって強化されたララバイの真の姿だった。

 

『奏でる者よ、貴様も本気を出せ。当代の奏でる者の力がどれほどのものか見せてみろ』

 

人ならざる者が無理やり人の言葉を発しているかのような声が響く。そのおぞましさに誰もが背を震わせる中、カイルだけは笑みを崩さなかった。

 

「後悔するぜ」

 

ルーシィの身体に寒気が奔る。血の気が引いたのかと思ったがそうではない。単純に冷気が彼女を包んだのだ。

 

視線の先のカイルから白い冷気が溢れ出していた。新たな精霊王の力かとルーシィは直感的に理解したが、先程までと明らかに違う点が二つあった。

 

一つは魔力。カイルの魔力が先ほどからドンドン上がっている。その上がり幅はララバイの変身に勝るとも劣らない。そしてもう一つが、カイルの足下に魔法陣が浮かんでいることだった。

 

「な、なにアレ」

「精霊王はそのあまりの強さ故に術者にかなりの負担をかける。故にその負担を軽減させるためにローレライには二つの枷があるんだ。それを外そうとしてるんだよ。カイルは」

 

つまりただでさえルーシィが見た事もないほどの強さを誇る男が更に進化するという事。その事実にルーシィにゾッと寒気が走る。ハッピーの答えには続きがあった。

 

「普段カイルが使っているのは憑依(トランス)。精霊王をその身に宿し、自分の魔力を触媒に魔法を発動するスタイル」

 

そしてそのやり方はロスが多く、精霊王の力は70パーセントほどしか引き出せない。

 

「汝、魔を滅する凍漣の女王、契約に従い、疾く在れ、其の名はフリージア!!」

 

魔法陣から光が放たれる。それと同時に魔法陣から人が現れた。

白い長髪を結い上げ、白い花の花冠をつけている。水色と純白で編まれたドレスを身に纏った美女。大胆に肩を露出させており、胸の谷間が僅かに覗く。

 

ーーーーおとぎ話に出てくる雪の妖精みたい……

 

現れた美女の可憐さに思わず見惚れるルーシィ。他の人間も同様なようで皆ポカンと口を開けていた。

 

【私を呼び出すとは……今回の敵は中々のようだな】

「ああ、ゼレフ書の悪魔だ。中々面白い相手だろう」

 

フワフワと浮かびながらカイルの肩に腕を回し、抱きつく。怜悧な笑みを浮かべてララバイを見やる視線はそれだけでも凍りつきそうなほど冷たく、壮絶に美しい。カイルもそれを受け入れている。これこそが召喚(サモナル)。魔力を触媒に召喚式で精霊王自身を呼び出して使役するスタイル。精霊王の力を100パーセント引き出す形態。

そしていまカイルがやろうとしている最後の一つが……

 

「奏世せよ、永劫の冷たき眠り、勝利を我が手に……」

 

カイルの手が輝き始める。それと同時に精霊王もまた光を放っていた。

 

「神を殺せ」

 

精霊王が姿を変え、光がカイルの手の中に収束する。顕現したのは雪で編まれたような柄と氷のように美しく反射する刃で出来た槍。武具に関して素人であるルーシィですらその威容は理解できた。同時にそれを扱うには相当の力が必要だということも。

 

冷たき眠りを神に与える霊槍(ラヴィアス)

 

これこそが精霊魔装。ローレライが行き着く一つの境地。精霊王の真の力を120パーセント引き出す形態。魔力制御と必要な魔力容量は前の二つの比ではないほど困難。この境地に至れたローレライはカイルを含めて半分に満たない。

 

「もうカーテンコールが近い。さあ、幕を引こうか。喝采をたのむぜララバイ。貴様の砕ける音でな」

 

精霊王を支配する王が降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。久しぶりの更新、いかがだったでしょうか?次回でようやくララバイが終わります。終わらせます!絶対!精霊王のイメージについてリクエストがあったので紹介しておきます。

炎の精霊王イフリート、リアス・グレモリー(ハイスクールD×D)

風の精霊王シルフ、サクヤ(ソードアート・オンライン)

氷の精霊王フリージア、クリスカ・ビャーチェノワ(マヴラヴ)

水の精霊王ウンディーネ、煌武院 悠陽(マヴラヴ)

雷の精霊王カーバンクル、ライトニング(ファイナルファンタジー)

地の精霊王ノーム、ゼスト(新妹魔王の契約者)

光の精霊王セレナード、ジャンヌ・ダルク(fate)

闇の精霊王ノクターン、山吹乙女(ぬらりひょんの孫)

幻の精霊王ファントム、陽炎(烈火の炎)

毒の精霊王ベノム、ベアトリス・イルマ(シャイニングレゾナンス)

龍の精霊王バハムート、エクセラ・ノア・アウラ(シャイニングレゾナンス)

鋼の精霊王オリハルコン、ソニア・ブランシュ(シャイニングレゾナンス)

とまあこんな感じです。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七公演 誰にでも一つや二つ黒歴史があるもんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ルーシィ』

 

10年近く前、とある豪邸の一室で母娘が共に時を過ごしていた。年端もいかない幼い少女を膝の上に乗せた蜂蜜色の髪の美女が優しく彼女の名前を呼ぶ。

 

『なに?ママ?』

 

名前を呼ばれた母と同じ髪色をした可愛らしい少女は笑顔で見上げる。そんな少女の頬をママと呼ばれた彼女は愛おしげに撫でる。

 

『大きくなったら魔導士になりたいって言ってたわね』

『うん!私、絶対立派な星霊魔導士になる!』

『そう、素敵ね。でもママみたいな魔導士にはなっちゃダメよ』

『どーして?』

『ママはとっても弱いからね』

 

現在において最も偉大な星霊魔導士と言っていい人間からそんな言葉が紡がれる。しかし嘘を言ったつもりは本人にない。元々体の丈夫でない彼女があの門を開ける事を決意した。自分の寿命がそこまでだという事は覚悟している。

 

『ルーシィ、貴方は将来きっと素晴らしい魔導士にたくさん出会うわ。そんな人達とママみたいになるんじゃなくて貴方は貴方らしい魔導士になって。ママはそれが一番素敵だと思う』

『ん〜……よくわかんない』

 

母の膝の上でコテンと横になる。お互いの柔らかさと温もりにに二人とも笑みが零れる。

 

『ちょっと難しかったわね。今はまだわからなくてもいいわ。でもルーシィ、一つだけ……いえ、一人だけ覚えておきなさい。貴方がこの道を志すなら貴方はいつか彼にきっと出会う』

『彼?だあれ?』

『その方はね……いずれ世界で最も偉大な魔導士になる男の子。白銀の髪に琥珀色の瞳を宿したこの世界に調和をもたらす人………名前は………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精霊魔装を展開したカイルの魔力の波動に何人かは腰を抜かしていた。仮にも魔導士ギルドの長たちだ。才能には何度も出会ってきたし、強敵の耐性もそれなりにある。

しかし今までの経験が比較にもならない怪物達の存在に彼らは圧倒されずにはいられなかった。

 

「いいかナツ、よく見ておけ。この手デカブツ相手の闘い方をレクチャーしてやる」

「あい」

 

あまりの圧力にビビってハッピーになってるナツに苦笑しつつ、奏でる者は槍を一振りする。

 

「凍る大地」

『ギッ!?』

 

ノータイムで氷で出来た槍がララバイを貫く。前方の地面を直線状に凍結、巨大で鋭い氷柱が敵の足を凍結させ身動きを封じた。

ララバイもカイルが動くのを悠長に待っていたわけじゃない。見惚れてしまっていたのだ。彼が知るどの奏でる者より強く、美しい力を持つ男に。

 

「こーいうのを倒すには二つコツがある。一つは派手に動けないように相手を縛ること。そしてもう一つはパワー。要するに火力だ」

 

槍をもう一振りする。今度はナツ達の前に氷壁が張り巡らされた。それは彼らを守るために張られた防護の氷壁。

 

「生命は鳴動し、万物は流転する…」

 

ララバイを中心に氷の牢獄が足元からせり上がっていく。破壊しようと必死に暴れるが精霊王の氷は力では壊せない。

 

「咲き渡る氷の白薔薇…眠れる永劫の楽園…横たわる永遠の氷河…とこしえの闇……命あるものに等しき死を」

 

槍から冷気が放たれ、ララバイを包んでいく。もはや彼にできる事はもうただ凍る事のみ。

 

『き、貴様……奏でる者ごときがこれ程の魔法を!?』

 

ララバイはかつて一度、先のローレライと戦ったことがある。その時の相手の強さは覚えていた。確かに強力な魔導士だったがこんなデタラメではなかった。少なくとも自分で充分に戦える相手だった。しかも今の自分は強化されている。この実力差は信じがたいモノだった。

 

「はっ。幕下のゼレフ書の悪魔ごときが、笑わせんなよ。これ程の魔法を?寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ」

 

挑戦的に口角を歪め、琥珀色の瞳に戦意の焔を燃やし、言い放つ。

 

「俺が魔法(マジック)だ」

 

 

おわるせかい

 

 

詠唱を終え、冷気が完全にララバイを包んだ瞬間、体の芯まで一気に凍結する。

 

「62点。ちょっとは楽しめた」

 

砕けろ、という呟きと共にカイルがパチンと指を鳴らした瞬間、凍った体躯は砕け散り、魔獣の姿は跡形もなくなくなった。

 

「ん、悪くない破砕音(喝采)だ」

 

崩れ散ったララバイに背を向け、堂々とこちらに歩いてくる。

 

「見事」

「ゼレフの悪魔がこうも、あっさり………」

「こ‥こりゃ、たまげたわい」

「かーかっかっかっかっかっ!!!」

 

マカロフは、大声で自慢げに笑っていた。

 

「す…すっげえ…」

「ったく、かなわねえなぁ」

「…………コレだからな」

 

そう、これが。これこそが当代のローレライの力。

 

瓦礫の中に悠然と立つカイルの姿を見てルーシィは昔聞かされた母の言葉が脳裏に蘇った。

 

『ルーシィ、貴方がこの道を志すなら貴方はいつか彼にきっと出会う……いずれ世界で最も偉大な魔導士になる男の子。白銀の髪に琥珀色の瞳を宿したこの世に調和をもたらす人………名前は………』

 

「レグナス……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーシィから紡がれたその名前にカイルは驚愕する。そしてその後に郷愁がついてくる。その名前を人から聞いたのは一体何年ぶりの事だろうか、カイル自身もう忘れてしまった。

 

「レグナス?」

 

聞き覚えのない名前を紡いだ少女の隣にいたエルザが整った眉に疑問を滲ませる。その声を聞いてようやくカイルは我に返った。

 

「随分と懐かしい名前を聞かされたな。ルーシィ、その名前誰に………いや、ちょっと待てよ」

 

顎に手をやり、ルーシィの顔を至近距離で観察する。あと一押しもすればキス出来てしまうその距離にルーシィの頬は朱に染まった。

 

「ちょ、ちょっと……カイル」

「ん〜〜……」

 

あっ、とカイルが何かを思い出したような表情をした時、銀髪の剣士は首根っこを掴まれてグイッとルーシィから引き剥がされる。それを行ったのは当然美髪の相棒。表情に不愉快な色をありありと浮かべ、形の整った眉はひそめられている。

 

「おいカイル、いい加減に「思い出した!どっかで見た顔だと思ったら……ルーシィ、お母さんの名前、レイラだろ!」

「えっ、なんで知って……あ」

 

財閥の令嬢である事を隠していたルーシィはしまった、と口元に手をやる。その反応を見てもカイル以外は何もわからない。それも当然。レイラなどそこまで珍しい名前でもない。それを聞いただけでは産まれなどわからない。

 

しかしカイルだけは別だ。母親の名前をピンポイントに当てたということはファミリーネームも知っている可能性は高い。ルーシィが隠し事がばれたと思っても仕方ない事だろう。

 

「やっぱり!なんで今まできづかなかったかなぁ、うわ〜、面影あるわ〜。て事はルーシィも星霊魔導士か?鍵は?何持ってる?」

「えっと……カイル。ママの事、知ってるの?」

 

矢継ぎ早に質問するカイルにルーシィはまず疑問に思った事を告げる。そこでカイルもようやく落ち着きを取り戻す。訃報は彼の耳にも届いていた。あまり突っ込んだ事は聞いてはならないし、言ってもいけない。

 

「誰なんだ、レイラって。それとレグナスとは?お前の事なのか?」

 

その場にいた一同の疑問をエルザが代表して尋ねる。話していいかとチラリと視線を向ける。

 

「ファミリーネームの事は言わないで…」

 

手を合わせて懇願するルーシィに苦笑を返す。どうやらお嬢様である事を鼻に掛けたくはないらしい。

 

「母の友人だった人だよ。俺もガキの頃何度か会った事がある。偉大な星霊魔導士だった」

「て事は8年以上前の事か…」

 

エルザと出会ってからカイルの隣には基本的に彼女がいた。もし8年間のどこかで会ったならエルザなら知ってるはずだ。

 

「レグナスについてはノーコメントにさせてくれ。もう死人の名前みたいものだ。ルーシィももうその名は出してくれるな。俺の事はカイルと呼んでくれ。カイルディア・ハーデスだ」

「わ、わかった……って!カイルディア・ハーデス!?」

 

カイルの今のフルネームを聞いてルーシィは驚きの声を上げる。

 

「聖十大魔導士序列7位!黒の騎士王カイルディア・ハーデス!不世出の魔導剣士にして妖精の尻尾のエース!カイルの事だったの!?」

「なんだ、知らなかったのか」

 

ーーーーああ、そういえばフルネーム名乗ったの初めてか

 

「どーして教えてくれなかったのよ!私黒の騎士王に憧れてるって言ったわよね!!」

 

自分をギルドに招待したナツに掴みかかる。その時憧れの存在の名前は告げていた。

 

「え。いや、てっきり知ってるもんだと」

「知らないわよ!その伝説的所業の数々に比べてメディアへの露出は極端に少なくて顔写真すらわからない人なのに!」

「へぇ、そっちの名前も知ってたか」

「あ、うん。私が妖精の尻尾に入る事を決めた理由の一つだし…」

「そっか。嬉しいよ。ありがとう」

「〜〜〜〜!!」

 

頭を撫でられたルーシィはこれ以上ない程顔を真っ赤にして俯く。先ほど出た名前の件についても個人のプライバシーに関わると認識したギルドマスター達は、言及せず話を切り替えた。

 

「どうじゃーー!!!すごいじゃろぉぉぉっ!!!」

「いやあ いきさつはようわからんが、妖精の尻尾には借りができちまったなァ」

「うむ」

「なんのなんのー!!!ふひゃひゃひゃひゃひゃ!!!ひゃ…ゃ‥は!!」

「ん?」

 

後ろに反っくり返るほど胸を張っていたマカロフは背後の光景が見えてしまい、冷や汗を浮かべる。他のマスター達もつられて後ろを振り向いた。

 

「!!!」

 

マカロフは、そろ~と忍び足で立ち去ろうとした。ナツ達も、何があったのか後ろを見た…。

 

「ぬああああっ!!!!定例会の会場が‥凍りついて………」

「粉々じゃ!!!!」

「しまった……手加減すんの忘れてた」

 

マスター達は、ビックリし過ぎて開いた口が塞がらない状態だった。カイルも微妙な顔をしつつ頭を掻く。

 

「ははっ!!!見事に、ぶっこわれちまったなァ」

「捕まえろーーっ!!!」

「おし、まかせとけ!!!」

「おまえは捕まる側だーー!!!」

「ごめんジーさん。久々にちょっと本気出したから……」

「いーのいーの。どうせもう呼ばれないでしょ?」

 

そそくさと逃げ出す。こうして事件は取り敢えずの解決を見せた。

 

 

これからの脅威の影と、ほんの少しの秘密を残して…

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。ララバイ編やっと終わった〜。早く追いつきたいのですがまだまだある先の長さに目眩がしますね。では、次回は評議会の呼び出しです。その後はオリジナルストーリーを挟みます。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。それと低評価ももちろん受け付けていますができればその理由もお聞かせください。よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八公演 形式だけは済ませておいたほうが何かと便利

 

 

 

 

 

 

 

 

ララバイの一件が解決して数日後、ギルド前は相も変わらず騒がしいが、その喧騒の種類はいつもと少し異なる。その中心にいるのは三人の人影。

ナツ・ドラグニルとエルザ・スカーレット。そして二人の中間の位置にカイルディア・ハーデスが立っている。

 

そう、今日はかねてからの約束通りナツとエルザが戦う事となったのだ。その盛り上がりは尋常ではなく、仲間内ではトトカルチョさえ行われている。

 

「お前とこうして戦うのは何年振りだろうな」

「あの時はガキだった!だが今は違うぞ!!」

 

対峙する二人。その丁度真ん中にカイルが立っている。

今回の独断専行を許す代わりに彼が審判を務める事となっていた。

 

「私も本気でいかせてもらうぞ。久しぶりに自分の力を試したい」

 

エルザの鎧が形を変えて行く。彼女は戦う相手によって属性を変化する事ができる万能タイプ。万能という点においてカイルのに右に出る者はまずいないが、それでもフェアリーテイルにおいては黒の騎士王に次ぐオールラウンダーと言って差し支えない。

 

「全てをぶつけて来い!!」

 

炎帝の鎧。炎に対して絶大な耐性と力をもつ。ナツにうってつけの鎧だ。

 

ーーーーまったく大人げねえやつだ。6:4でエルザかな?

 

エルザの様子と鎧を見てカイルが分析する。この二人ならばどちらが強いとは一概には言えない。たとえこの一戦で負けたところで明確な序列をつける事はできない。絶対的でない差など状況や精神一つで容易に覆る。

しかし、現時点においてどちらが有利かと問われればエルザと答えざるをえない。キャリア、戦闘技術、魔力、そして精神。心技体においてどれもエルザがまだ少し勝っている。6:4。エルザが6だ。

 

「やっぱりエルザにかけていい?」

「なんて愛のない猫なの!!」

 

ナツに相性の悪い鎧をエルザが纏った所を見たハッピーはエルザに鞍替えした。さすがに優秀な魔導士を近くで多く見てきただけあって、目はなかなか肥えている。そしてしっかり突っ込むルーシィ。まだまだ情が先行するらしく、どちらが負けるところも見たくないといった感じだ。

 

「おいてめえら。用意はいいか?」

「「おう!(ああ!)」」

「ではお互い、尋常に」

 

右手を高く掲げ、

 

「始め!!」

 

振り下ろす。同時に二人共飛び出した。

 

「だりゃ!!」

 

最初に仕掛けたのはナツ。猛然と殴りかかる。しかし、エルザは無言でかわし、剣をなぎ払う。

 

「ちっ!!」

 

体を捻ってかわすが読んでいたエルザは足払いをしかけた。

バランスを崩したナツに斬りかかるが炎をナツが吐き出す。

エルザもバク宙でかわすが、それでお互い距離が空く。

仕切り直しだ。

 

「ふっ」「へっ」

 

息をつかせぬ攻防。フェイント含め、今のやり取りを理解できている人間が観客の中でどれほどいるか…………

中々の好勝負。二人共笑みがこぼれている。楽しんでる様子だ。

 

「な?いい勝負してるだろ?」

「へっ!どこが?!」

「グレイ、認めるもんは認めねえと強くなれんぞ」

「す、凄い…流石最強の二人…」

 

圧倒されたように呟かれたルーシィの言葉にメンバーが反応する。強さに自信がある者なら誰もが聞き捨てならない発言だった。

 

「ナツの男気は認めるが、最強は違うぞ。エルザを含め、フェアリーテイルには最強候補が五人いる」

「その中にナツは入ってない。俺は入ってるけど」

「えぇええ!!そ、そうだったの!!」

「カイル!!よそ見してないでちゃんと審判してくれよ!!」

「ああ、スマンスマン。続けろ」

 

戦いに再び集中したカイルを確認すると再度飛び出す二人。再び戦いの火蓋が切って落とされると誰もが思ったその時だった。

 

甲高い破裂音が街に響き渡る。誰かが手を叩いた音だ。水を差され、集中が途切れた二人は動きが止まる。

 

「そこまで!全員その場を動くな。私は評議会の使者である。先日の鉄の森テロ事件について…器物損壊罪諸々の罪で……エルザ・スカーレットとカイルディア・ハーデスを逮捕する」

 

「え!?」

「あ、やっぱり?」

 

 

………

 

 

 

「何だとぉ!!!!」

 

ナツの叫び声がマグノリアに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、大人しく拘束されたカイルとエルザは現在、手枷をつけられ、法廷まで連れられている。そこで予想外の人物が二人を待ち構えていた。

壁に寄りかかっていたのは蒼髪の男。整った顔には刺青を施している青年。名前はジークレイン。聖十大魔導士の一人にして評議員メンバー。大陸でも有数の実力者。

 

「よう、久しいなエルザ。カイルはそうでもないが」

「貴様!!」

 

襲いかかろうとするエルザをカイルが止めた。

 

「なぜ止める!!カイル!」

「落ち着け、こいつは思念体だ。襲っても無駄だよ」

「その通り、本体はERAにある。扉のむこうのジジイ共も思念体さ。こんな小せえ案件に本物が出向くわけねえだろ」

そこまで聞いて今回の逮捕の意味を二人とも理解する。

なるほど、体面を何より気にする彼ららしい。

 

「そうか…今回の事は貴様の仕業か…くだらん茶番だ」

「心外だな。俺はフェアリーテイルを擁護してやったんだぞ?だがジジイ共は責任問題になるのを恐れ、押し付ける対象が必要だった。」

「早い話がスケープゴートか…ま、意外でもなんでもないが」

「理解が早いな。同じ聖十としてお前とはいつかゆっくり話がしたいよ。まあお前らに会いに来たのは別件だが」

 

ジーグレインはゆっくりと近づくと、誰にも聞こえない程度の音量で呟いた。

 

「あの事は言うな。お互いのためにな…」

 

その問いかけに対してカイルもエルザも無言だった。それを承諾ととったのだろう。満足げな顔つきでジークレインは身を翻す。

 

「ではな、法廷で会おう。評議員の一人として…な」

 

ジークレインの姿が見えなくなったところで近くに控えていた下っ端の一人が大きく息をついた。

 

「お、お前ら…凄い人と知り合いなんだな」

 

フィオーレ王国でもっとも位の高い魔導士といって過言でない人物と対等な態度を取っていた。この感想は間違っていない。

 

「悪だ…」「とびっきりのな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被告人、エルザ・スカーレット。カイルディア・ハーデス。前へ」

 

ジークレインとの再会を果たした後、カイルとエルザは証言台に立たされる。その堂々とした姿は罪人とはとても思えない態度だ。

 

「おいおっさん。これ一人ずつじゃだめなの?狭いんだけど」

「私語はつつしめ……エルザ・スカーレットよ。魔導四輪による街の破壊十一件。橋の破壊の容疑がかけられている。間違いないか?」

「はい」

 

橋はナツだったが、特に弁明はしなかった。

 

「カイルディア・ハーデスよ。定例会場破壊および評議会襲撃の容疑がかけられている。間違いないか?」

「んー、ちょっと違うぞ。壊したんじゃなく凍らせたんだ」

「どっちでも良い。認めるな?」

 

はいと答えようとしたカイルの口はハの形で止められる。地面を揺るがす轟音と破壊音が白銀の髪の青年の言葉を掻き消した。

急に二人の後ろの扉が吹き飛ぶ。よほどの威力で壊されたのか、もわもわと白煙が上がっており、誰が下手人かはすぐにはわからなかった。

 

「何事だ!!」

 

驚愕に包まれる法廷。その白煙の中から現れたのは……

 

「俺がエルザだくらぁ!!!」

 

エルザと同じ髪の色のヅラをかぶり、鎧をきたナツだった。

 

「何の罪だか言ってみやがれ!!」

「「「「「「……………」」」」」」

 

空いた口が塞がらない一同。

 

「はぁぁぁ〜」

 

ため息をつくエルザ。だが一人だけまったく異なるリアクションを取っていた。

 

「ぶわははははは!!ナツそれエルザのつもりか!だが特徴は捉えてるな。ハハハハハ、や、ヤバイ腹痛え、死ぬ、笑い死ぬ。はははは!」

「そいつはギルドマスターの命より重い罪なんだろうなぁ!!」

 

しばらくカイルの笑い声だけが法廷を支配する。現状がどういう状態なのか、時間をかけて理解した評議会がようやく指示を出した。

 

「さ、三人を牢へ」

「申し訳ありません…………カイルもいつまで笑ってる!!」

「いやだってよ、くくくくく。何か似てるような気になってきた」

「エルザ!!こんな奴らに謝る必要ねえ!!あ、俺がエルザだ!」

「もう無理だってナツ!ハハハハハ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉廷後、牢に入れられたナツをエルザがボコボコにし、カイルも笑い過ぎと一発殴られた。

 

「ほべんらはい(ごめんなさい)」

「なんで俺まで…………」

 

人相が変わった顔で正座して謝るナツとギャクマンガのようなコブを作りながら胡座で座るカイル。無残に腫れ上がったナツの頬は上手く言葉を発する事を出来なくしている。

 

「まったくお前には呆れて言葉も出ん」

「なるほどだから手が出たと……冗談、冗談だから拳を振りかぶるな」

 

握りこぶしを振り上げられて睨まれたカイルは即座に謝罪する。フンと一つ鼻息を吐くと握った拳を下ろした。

 

「これはただの儀式だったのだ」

「儀式?」

「評議会は取り締まりやってますよーってアピールするための形だけの逮捕だったんだよ」

「だから今日にも帰れたんだ!お前が何もしなければな!!」

「そ、そうだったのか。すまねえ」

「まあまあいいじゃねえか。何だかんだで嬉しかったろ?エルザ」

 

それを聞くとエルザは少し照れながら

 

「ふふ、まあな」

 

と応えた。

 

「そっか…へへ!良かった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、カイル」

「ん?」

 

牢屋の壁にもたれ掛かって目を閉じていたカイルの隣にエルザが座り込む。

 

「お前はまだジェラールの事を…弟だと思っているか?」

 

問いかけられた内容は予想通りジークレイン絡みの話だった。ジェラールと瓜二つの彼の姿を久々に見たのだ。かつての仲間を思い出しても無理はない。皮肉げに口角を歪めながら、正直なところを応えた。

 

「……多分な」

 

戦場で敵としてあったなら戦える自信はある。けれど殺せるか、と問われれば答えは出なかった。その最大の理由は間違いなく幼い頃、二人で交わしたあの誓いに他ならない。

どれだけ裏切られても、どれほど手ひどい目に遭わされても、カイルはジェラールを心底から憎む事は出来なかった。

 

「そうか…………そうか」

 

一度目には喜びを、二つ目には安堵を込めて二回呟く。人によっては甘いと言われて何らおかしくないカイルの答えがエルザは嬉しかった。安心した。

 

「強いな、お前は…」

「甘いだけさ」

「違うぞ、お前は優しいんだ」

 

緋色の髪の女騎士が白銀の髪の青年の肩に頭を預ける。まるで仕える王に騎士が寄り添うかのように。

 

「今日はこのまま寝ていいか?」

「……好きにしろ」

「ん」

 

お互いを温め合うかのようにそれぞれの体温を感じながら、英雄と騎士は眠りについた。

幼い頃共に生きた仲間といつか戦わなければならない。それは遠くない未来の事だと思いながら……

 

 

 

 

 

 

 

明くる日、カイルたちは釈放となったが、彼だけは残るように評議会に命じられた。自分も残るとエルザ達は言ってくれたがカイルは先に帰れと指示した。どうせ仲間には聞かせたくない事を言われるとわかっていたから。

 

「聖十大魔導士カイルディア・ハーデス。貴君に依頼を頼む」

「今回の件の代償か?まあいい、何だよ?」

「霊峰アストラルで事件が発生した。その解決に当たって欲しい」

「アストラル……………か」

 

その土地の名前を奏でる者は知っていた。修験者達すら寄り付かない魔の秘境。辺りは常に暗く、多くの強力な魔獣が潜む危険地帯。長きにわたって手がつけられなかったその霊峰が近年穏やかではないらしい。

 

「龍の形をした魔力が暴れ出した。アストラルに存在するヌシが目覚め始めたとされている。討伐隊は幾度となく派遣したがその全てが全滅という結果となった」

「なるほど、そりゃ大変だ」

 

聞きながらカイルはヌシの正体について大体の当たりをつけていた。霊験あらたかな場所に住む強力な魔力の持ち主。今まで経験してきたケースに当てはまる箇所が多い。

 

ーーーー俺の推理が当たっているのなら、確かに俺がいかなきゃならん事態だ。そこまでこいつらが理解した上での依頼とは到底思わないがな。

 

「わかった。ちなみにクエストの種類は?」

「10年クエストだ」

 

それが聞こえたのか、扉がいきなり開け放たれる。

 

「受ける必要はない!カイル!」

「エルザちゃん……帰ってろっていったのに」

「お前は二年前それを受けてどうなったか忘れたというのか!!」

 

必死の剣幕で引き止めるエルザ。二年前にも確かに似たような無茶な依頼を評議会に押し付けられた。その時はギルドにたどり着いて一週間寝込んだほどに憔悴していたのだった。

 

「心配すんな、この俺がそう簡単にやられるかよ。おっさん、今回は俺個人も興味がある。しばらくあんたの手の平で踊ってやるが二度はねえぞ。そん時は俺聖十やめるからな」

「承知した。ではたのんだぞ。史上最高のローレライよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。最後まで読んでいただき、お疲れ様でした。いかがだったでしょうか?今回はほぼ原作通りとなりました。次回からはオリジナル【最後の精霊王】編です。前作をお読みになられた方は新鮮味がないかもしれませんがあの頃の駄文よりは上手く書きます。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも構いません。よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九公演 そして彼は今も信じて頼ってない

 

 

 

 

 

 

「シャバの空気はうめえなぁ!!」

 

勾留された翌日、ギルドにはいつもの喧騒が戻っていた。根城にしている酒場で牢に入れられていた三人の一人であるナツはのんきに騒いでいる。勾留期間を延ばした張本人なのだが良くも悪くも根に持たない彼はもう自分の悪事を忘れてしまっている。

 

そして忘れていないもう二人はカウンター席に腰掛け、肩を落としていた。固い地面でしかも座って眠っていたカイルとエルザは疲れがあまり取れておらず、二人の美貌には疲労感が強く滲んでいる。

 

そんな様子を察せられないナツは勝負が途中で終わっていた事を思い出し、エルザに突っかかった。

 

「エルザ!勝負しろ!!」

「よせ、疲れてるんだ」

「俺もごめんだ」

 

桜頭の少年は無視して戦おうとし、飛びかかる。それにほぼ無意識にエルザがカウンターを食らわせた。

若干不意打ちのような気もしなくはないが最初に仕掛けてきたのは彼だ。理不尽とは言えない。ひとまずエルザの勝利で収まった。

 

「へ〜、ナツがエルザの格好をしてね。それは是非見たかったわね」

「傑作だったぞ。あんなに笑ったのは久しぶりだった」

「ふふ、でもナツらしいわね」

「ああ」

 

カウンター越しに昨日あった事を話すミラとカイル。美男美女が微笑し、テーブルの上で指を絡ませ、談笑する二人の空間は他人からは別世界のように見えた。空気が甘い。

 

「どぅえぇきてぇる」

 

ーーーーふふふふ、いいんだ。昨日私はカイルの肩を借りて眠ったんだから、少しぐらい…

 

「……いいなぁ」

 

女性陣がそれぞれやっかんでいると上から野卑な笑い声がギルドに木霊する。全員の視線が一気に上に集まった。

 

………ラクサスだ。

 

「ラクサス!!」

「いたのか!!」

「めずらしいな」

「ナツ、お前は相変わらずヤラレっぷりが派手でいいよなぁ!笑っちまうぜ!」

 

タバコを加え、見下すように言う。事実見下しているのだろう。自分の価値観以外まるで信じていない男だ。

 

「ラクサスーー!!勝負しろ!」

 

意識が完全に覚めたナツがつっかかる。今のラクサスの発言に気分を害した様子はない。何を言われても基本的に気にしない、強い奴なら勝ち目がなくても突っかかるナツらしいリアクションだ。

 

「やめとけ、エルザ如きに勝てねえ奴が俺に勝てるわけねえだろ」

「それはどういう意味だ…」

 

如きと言われたエルザが青筋を立てる。強さに誇りがあるのは強者として正しい。この怒りは至極真っ当なものだがこの二人が暴れては街一つ壊しかねない。カイルが立つ。

 

「まーまー、落ち着けエルザ」「…………フン」

 

ムキになるのも馬鹿らしいと思ったのだろう。不機嫌な感情を表に出しながらもカイルの隣に腰掛ける。

 

「降りて来い!!この野郎!」

「てめえが上がって来いや」

「上等だ!!」

 

二階に上がろうとするナツをマカロフが止める。

 

「二階に上がってはならん……まだな」

 

いつものおちゃらけた様子は見せず、厳格にナツを叱責する。たかが階段を上がるくらいでそこまで本気にならなくとも、と何も知らない人間なら思うだろうが、このギルドで二階に上がるという事の意味は通常とはかなり異なる。

ソコに行く事を許されるのはマスターに認められた知恵と実力を併せ持つ本物の強者のみ。

その称号の名をS級魔導士という。カイルを含め、五人しかいない妖精の尻尾における唯一の序列。ギルドメンバーが辿り着ける最高位だ。

 

「はは、怒られてヤンの」

「その辺にしとけ、ラクサス。ナツを煽るな」

「何だぁ?カイルディア。お優しいね〜。流石はクソの騎士王様だ」

「っ!貴様「よせ、エルザ」

 

先ほどとは比べものにならない怒気を込めてエルザは椅子を蹴飛ばして立ち上がった。その烈火の勢いをいつになく厳しいカイルの低い声が止めた。

 

「っ…………だが!!「二度言わせるなエルザ。俺はよせと言ったぞ」

 

戦意すらあるかのような強い瞳で緋色の髪の少女を見つめる。その視線に怯んだのか、不安げな顔つきで黙り込んだ。

 

ーーーーちょっと険が立ったか……

 

怒ったつもりはなかったのだがどうやらそう取られてしまったらしい。一転して微笑を浮かべ、柔らかな声音に戻した。

 

「好きに言わせとけ、気にしてねえよ」

「はははは!そうだ!黙ってろ!最強の座は誰にも譲らねえよ。エルザにもカイルディアにもミストガンにも……あのオヤジにもな……俺が!最強だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあにあれ!!ムカつく〜」

「全くだ!!」

 

その後、ルーシィとエルザはヤケ酒をしていた。

 

「まあまあ二人とも、あいつについては怒るだけ損だぜ?」

「でも!カイルは悔しくないの!?」「そうだ!カイルもカイルだ!たまにはお前も怒っていいんだぞ!!」

 

自分に関する事でカイルが本気で怒る事は滅多にない。バカにされようが貶されようが柳に風だ。彼が本当に怒る時は誇りを汚された時ぐらいのものだろう。

 

「お前も剣客なら憶えておけエルザ。剣で最も大切な事は心の境地だ。怒りは一時的に力を与える事もあるが、心に余裕がなくなり、視野を狭める。一流の剣客は怒りと恐怖をコントロールするんだよ」

 

単純な剣の技倆や魔導士としての実力という点において、カイルは古今の達人の誰にも劣らない自負がある。実際、カイルが武者修行の旅から帰った際、秘密裏にマカロフと立ち合った。紙一重の勝負とはなったがカイルはマカロフに勝利した。

 

ーーーージーさん……弱くなった

 

驚いた。ピークは過ぎた事も知っていたし、体が悪いというのもポーリュシカから聞いてはいた。それでもカイルにとってマカロフが自分に敗れたという事は驚くべき事だった。

しかし、成長して対峙したおかげでわかった事もあった。

 

ーーーー俺なら負けた時、ああも潔くいられるだろうか?

 

敗れたマカロフは心からカイルの成長を喜んでくれていた。努力を褒め、伸び代がある事を教え、驕らないように諭し、背を叩く。少しの皮肉も悔しさも滲ませずマカロフはそんな態度で迎えてくれた。

旅の折に自分も弟子をとった。どうひっくり返ってもその子に負けはしないが、もし将来敗れた時、自分はマカロフと同じ行動が取れるだろうか?

自らに問いかけてもその答えは出なかった。

 

ーーーー俺なんぞはまだまだああはいかん。力は落ちても人間が格段に上がっている。魔導とは所詮、勝負ではないな。

 

その事に気づいた時、カイルの剣は変わった。今のカイルを表すなら優しさという鞘の中に収めた斬れ味の鋭い剣。しかし以前は凛々しさの中に鋭利な気配を放ち、触れるもの全てを切り裂く刃のような男だった。

溢れる才気を隠す事がない抜き身の刃。彼を見れば子供でもその斬れ味が尋常ではないわかるほどだった。

しかしその頃の彼はたった一つ欠陥があった。

 

人間を愛していないという事だ。

 

凄惨な過去を送ってきたおかげか、彼は誰も信じていなかった。こと戦いにおいてはあのエルザさえも。仲間は大切な存在だが信頼できる存在ではなく、自分の才覚と力量のみを信じ、頼っていた。

しかし表に出る、それも子供にさえわかるという才気は人を警戒させる。

そういう人物は得てして徳がない。そして徳が無ければどれほど能力があろうと大事は成せない。

 

その事に気づかせてくれたのがマカロフだった。だから自分はまだまだマカロフには及ばないと思っている。そしてそれ以来怒りを表に出す事をしなくなった。

 

「…………それにな」

「それに?」

「エルザが怒ってくれたろ?それで充分だよ、俺は」

「……フン」

 

顔を紅くしながらソッポを向く。ずるい言い回しをされた事への怒りと喜びが声に出ていた。その後、ルーシィは二階の意味をミラに聞いていた。

S級魔導士しか上がれない階で行けるのはカイルとエルザ、ミストガンにラクサスだけだと教える。自分を含めなかったのは第一線から退いたゆえの謙遜だろう。

 

「まあS級なんて目指すものじゃないわよ。命が幾つあっても足りないから」

「はははは、デスよね〜」

 

冷や汗かいてるルーシィを尻目にマカロフが奥から現れた。手には一通の手紙を持っている。

 

「カイル、評議会からじゃぞ」

「!!!」

 

事情をある程度知っているエルザはその知らせに目を見開く。

 

「来たか…思ったより早かったな…」

 

何だなんだと皆が集まる。手紙には昨日、評議会から言い渡された依頼について書かれていた。もちろんクエストのランクも記載されている。

 

「な、なにこれ!!」

「評議会め!またカイルに無理難題を!!」

 

一斉に不満が湧き上がる。こういった依頼がカイルに押しつけられるのは何度かあった。カイルはすべて無視して旅支度を整え始める。と言っても剣を一本、腰に差すだけなのだが。

 

「待って!カイル!行かないで!!こんなの行く必要ないわよ。あなたは何も悪い事はしてないわ!!」

 

一番近くにいたミラが縋り付くようにカイルに抱きつき、止めようとする。

 

「そーゆー問題じゃねえんだよ、ミラ。評議会の依頼だ。断れねえよ」

「行くなよ!カイル!二年前と同じ目に会いてえのか!!」

「あの頃より俺は遥かに強くなってる。心配すんな、グレイ」

「気をつけるんじゃぞ」

「すまんなじーさん。苦労をかける」

「謝らねばならんのはワシじゃ。本当にすまん。尻ぬぐいばかりさせてしもうて」

「いいって…じゃ行ってくる」

 

出て行こうとするカイルにミラがすがりつく。

 

「やめて!行かないで!お願いよ、カイル。リサーナにいなくなられて、あなたにまでいなくなられたら…私…」

「私も行くぞ、カイル。私達は銀の妖精王(シルバリオ・ティターニア)私達はチームだ。」

「ダメだ。エルザ、今回のはマジでヤバイんだ。おまえを連れてくわけにはいかない」

「そんな危険なところにおまえ一人送って私はここで待っていろというのか!!」

「そうだ」

 

そこまで聞くと、エルザは剣を抜き、カイルの前に立つ。

 

「ならば行かせるわけにはいかない!!斬ってでも止める!」

「ここで無駄な魔力は使わせないでくれ。頼むよエルザ」

「うるさい!どうしても行くというのなら私を殺して行け!」

「女騎士か、お前は………ああ、女騎士(そう)だったな」

 

気配に戦意すら滲ませ、剣を突きつけるエルザの姿を見て、戦いは避けられないと悟ったカイルが柄に手をかけたその時、急激に眠気が襲いかかってくる。卓越した精神力と魔法耐性により白銀の剣士は意識を失う事はなかったが、目の前に立つ緋色の女騎士を含め、全員が眠りにつく。

 

ミストガンだ。

 

「おかえりミスト。助かったよ」

 

ローブで顔を隠した青年に笑顔で語りかける。とある事情から正体を隠している彼はギルドに戻るときは必ず強力な眠りの魔法をかける。それが今回は違う形で効果を発揮してしまったのだ。

大体の事情は彼も察しているらしく、信頼と不安がない交ぜになった視線をカイルに向けていた。

 

「久々にゆっくり話したいところだが、俺も忙しくてな。また今度メシでも食いに行こうぜ、ブラザー。奢ってやるからよ」

「…………気をつけて」

「ああ……ジーさん、皆にはすまなかったって伝えといてくれ」

「自分で言うんじゃ、カイル」

「……わかったよ」

 

ローブを羽織り、腰に剣を差す。ギルドの扉を閉じた時にはもう次の戦いの事しか頭にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。今回は少し短め。次回から完全オリジナル編です。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十公演 最後の精霊王

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドを出たカイルは旅支度を整えた後、空を見上げていた。雲一つない天覧の空。カイルは昼でも夜でも、空を見るのが好きだった。

 

【奏者?何をぼーっとしている】

 

シルフが語りかけてくる。カイルはゆっくりと首を振った。

 

「ごめん、ちょっとこれからが憂鬱でな」

 

カイルは今、とある人物の家を訪ねていた。ぱっと見は巨大な木。しかし内部は加工されており、人の住居となっている。

今から会う人物は非常に人間嫌い。カイル自身は嫌いではないし、恐らくはカイル本人も嫌われてはいない。しかし常に不機嫌な人間と会うとなると憂鬱にもなる。

 

一度息を吐くと覚悟を決めて戸を叩く。返事はなかったがいつもの事なので扉を開けた。

 

「ポーさん。いるか?」

「…………何だ、ぼーやか」

 

勝手に扉を開けた人物をギロリと睨みつけたが、訪ねてきた人物を見てその険しさは少し和らいだ。

 

「いい加減ぼーやはよせよ。今年で21だぜ」

「はっ、年を気にしているうちはまだまだぼーやさ」

 

この家の家主、ポーリュシカは椅子を一つ用意してくれる。年老いてなお、魅力のある女性で若い頃はたいそう美人だったと容易に想像できる。

彼女が家としている木の中は意外と広く、インテリアも中々趣味がいい。そのまま座る。

 

「護衛くらいつけたらどうだ」

 

妖精の尻尾専属顧問医師である彼女の存在は重要だ。そして医師とは何かと恨みを買う事が多い。この心配は正しい。

 

「おや、ぼーやに心配される日が来るとはね」

「ちゃかすな、俺は真剣に言っている」

「ふん、人間に心配されるほど耄碌しとらん」

「俺を人間と称するには少し抵抗があるけどな」

 

紅茶が出される。茶葉の良い香りが鼻をくすぐる。

 

「しばらくすっかり顔を見せなかったじゃないか。まったく貴様は用がなくなれば全く音沙汰が無くなるな」

「………悪い、言いにくいが頼みがあって来た」

 

その一言を聞いて嘆息する。

 

「私を便利屋だとでも思ってるんじゃないか、ぼーやは」

「…………すまん」

「ふん、まあいい。お前に顔だけ見せに来たと言われても到底信じられんしな。で、何の用だ」

 

紅茶に口をつけながら片目でジロリと睨む。若干怯んだが黙っているわけにもいかない。切り出した。

 

「少し仕事で出る事になった。魔力回復薬と耐性ラクリマ一式、頼みたい」

「…………一式?お前に?」

 

ポーリュシカの眉間に怪訝な色が滲まれる。回復も耐性も自分一人で充分に出来る彼がこのあたりの薬品を求めるのはおかしい。

 

「全て話せ」

「評議会依頼のクエストで……」

 

今回の件に至った事情を手短に話す。

聞き終えたポーリュシカはさらに眉間に大きくシワを刻んだ。

 

「…………まったく、相変わらず人間はどうしようもないな」

「はは、否定できんな」

 

二人とも人間とは少し違う位置にいる。一人は天竜、そして一人は精霊王。ゆえに彼らの視点は通常の人間とは異なっていた。

 

「場所は?」

「アストラル」

「…………それはまた」

 

何百年も前から特急危険区域に指定されている霊峰アストラル。この反応は当然と言える。

 

「どうしても行かないとならんのか」

「ならんね、仕方ない」

「…………私が薬を渡さないと言えば?」

「そん時は仕方ない。無しで発つさ」

 

選択権はポーリュシカにある。どんな答えを出しても彼女の自由だ。口出し出来ることじゃない。

 

また一つ嘆息する。もう意思が変えられないならカイルを危険に晒すわけには行かない。いや、既に危険に晒されるのは決定事項なのだが、準備不足などにさせるのは顧問として許されない。

奥の戸棚から一式を揃えて用意する。その質はカイルの目から見ても一級品だった。

 

「流石だな」

 

一式纏めて荷に背負う。コレでできる限りの準備は出来た。

 

「行ってくる」

「生きて帰ってきな。死んでさえいなければ何とかしてやる」

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

パンパンに膨れ上がった荷物を換装空間にしまう。持っていってもいいのだがやはり嵩張る。出来るだけ身軽でいたい。

 

「さてと、行くか」

【どうする?私が飛ばそうか?】

「いや、やめておく。出来るだけ魔力を使いたくない」

 

指笛を吹く。甲高い音が響くと同時に、遥か上空から巨大な銀の毛並みの狼が現れた。

 

「よく来た、テリー。ちょっと遠出になるぞ?大丈夫だな?」

「ウォフ!!」

 

カイルの問いに力強く答えるテリー。彼はバトルウルフと呼ばれる魔物で、その最高速度は時速300キロを越える。

カイルが背中に飛び乗ったのを確認すると、駆け出した。逐一カイルが方向の指示を出す。

 

「おお、また速くなったな、テリー」

【そんな事より奏者よ、わかってるのか?今回の相手……霊峰アストラルといえば恐らく】

「わかってる。竜の精霊王バハムート。現存する精霊王で俺が唯一使役出来てない一柱」

 

ローレライであれば無条件に精霊王を使役できるというわけではない。精霊王と対峙して己の力を示す時、初めて精霊王はローレライの一部となるのだ。

 

「二年前はまるで相手にならなかった……だがあの時とは違うぞ」

【というか、二年前はバハムートの試練じゃなかったのに奏者が私とやった後に立て続けでやるから歯が立たなかったのよ。全力ならもう少しいけてたわ】

「めずらしいな、ノクターン。おまえが俺を褒めるなんて」

【だって貴方は歴代ローレライで初めて私を使役できるローレライなのよ。少しぐらいは肩を持つわ】

 

そう、闇の精霊王ノクターンはかなりのじゃじゃ馬だった。完全に制御できるようになったのは結構最近だったりする。

 

そうこうしているうちにアストラル近くにまで到着していた。深い森林が生い茂る山だ。ここにいるだけで既にかなりの魔力を感じる。

しかし早い…テリーの成長速度は俺の想像を遥かに超えている。

 

「着いたな、アストラル。ご苦労だった、テリー」

「ウォン!」

 

はっはっと息を切らしながら誇らしげな顔をするテリー。宿の最高級の寄宿舎に預けよう。そこでならゆっくりと休める。

 

【どうする奏者よ。すぐに挑むか?」

「まさか、今夜一晩は休ませてもらう。何処かに宿があるだろ」

 

荷物を背負いなおし、街へと入る。テリーの背からは降りなかった。バトルウルフの存在はこの国に生きるものなら大抵は知っている。それを使役していればそれだけでかなり高位の魔導士と見なされるだろう。見知らぬ土地でハッタリを聞かせるには丁度いい。

 

「この辺りの地理、わかるか?」

【勿論。伊達に何百年も暇人やってないわ。こっちよ】

 

精霊王に宿の場所を尋ねる。町並みは彼女が知るものと少し変わっていたが、権威ある宿は変わっていなかった。

 

リッツガーデン。それが精霊王の案内でたどり着いた宿の名前だった。この国ではあまり見ない東洋風のデザインの屋敷だ。

 

宿の前に来るとやはりと言うべきか、宿中の視線が一気に集まる。

 

「すまない、一名なんだが空いている部屋はあるだろうか」

「は、はい、人魚姫の宿へようこそ!」

 

とても和風な宿だ。女将も着物を着ている。紺色がよくにあっている。本人の美貌もあいまって実に美しい。

 

「この仔が休める厩舎はあるか?」

「こ、このサイズですとかなり高価になりますが……」

「構わない。なんなら新しく厩舎をこちらで用意してもいい」

「い、いえいえ!魔獣をテイムされている魔導士様は時々いらっしゃいますから大丈夫です。どうぞこちらへ」

「ああ、テリー」

 

指でサインを出すと白狼は指示通りに行動し、用意された厩舎で寝そべる。

 

「か、賢いテイムモンスターですね」

「ああ。あの仔はその辺のゴロツキなんかより遥かに聡明だ。君達が攻撃でもしない限り、危害を加える事はない」

 

怒らせたら超怖いけどね〜、とだけ付け加える。バトルウルフの毛皮や牙はとんでもなく高く売れる。高級な宿なのだからないとは思うが、下手な真似をしないようにこの程度の忠告はしておいたほうがいい。

 

「女将、少し聞きたい事がある。いいだろうか?…」

 

部屋を案内する為に前を歩く女将に尋ねる。評議会からだけでなく、現地の情報を少しでも得ておきたかった。

 

「はい、何なりとお聞きください」

「アストラルについて少し……」

 

そこまで言ったところで破砕音が室内に響き渡る。

 

「お客様………あの霊峰に入られるおつもりですか?」

「あ、ああ……仕事でな。何?まずいの?」

「あそこは危険区である以前に聖域です。お見受けしますところ、高名な魔導士様であらせられるのでしょうが、勝手に進入する事は許されておりません」

「マジで?評議会の依頼なんだけど」

「恐らくは入場の許可を頂く事も仕事の内に入っておられるのだと愚考します」

 

評議会の連中はこの事を知っていたのかどうか……恐らく知っていたんだろう。性格の悪い事だ。ろくな死に方はすまい。

 

「因みにその許可っていうのは?」

 

山が神聖な存在に見られるのは珍しい事ではない。とある国では神が住むとさえ言われている場所なのだ。

 

「深い霧に覆われているのです。資格なき者がその中に立ち入るとどれほど真っ直ぐ歩いても入口に戻らされるか、魔獣に食い殺されるかのどちらかなのです」

 

なるほど、おそらく魔術的な結界が張られているのだろう。精霊王の封印場所にはよくある事だ。破り方も勿論知っている。

 

「わかった。忠告感謝する」

「いえ、では食事は夕刻にお持ちいたします」

「ああ、頼む」

 

ーーーー人に迷惑をかけるようなことは恐らくしないだろう。精霊王は基本人のために行動しているからな。それがここまで派手に動くってことは俺を誘ってんのか、まああってみればわかるか…

 

しばらく経った後食事を出され、風呂を浴びた後、カイルは部屋で浴衣を着てくつろいでいた。

 

【のんきね、明日は恐らく死闘になるわよ。そんな余裕でいけるの?】

「お前は俺が慌てふためく姿がみてえか?リート」

 

ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる。沈黙は宿主の意思を理解した証だった。

 

「どう過ごしても流れる時間はかわんねえよ。なら落ち着いて、己の魔力を正常に張り巡らしておく方がいい」

 

満月の夜空を見上げながら、部屋においてあった三味線に手をかける。

ビンビンっと音を奏でる。三味線を弾きながら、明日の運命の一戦に心を静かに燃やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、よく晴れた早朝にカイルはアストラルへと入って行った。深い霧は辺りを覆い、10センチ先も見えない状況にしていたが、自分が少し歩くと嘘のように霧は晴れた。恐らくは晴らしたのだろう。自分以外を入れないための結界。コレは他の一般人を踏み入れさせないための防護膜でもあったのだ。なるほど確かにバハムートらしい。

 

【奏者、わかってると思うが】

「わかってるよ、何回目だと思ってんだ」

 

この試練の間カイルはローレライの力を使えない。

精霊王の力を借りずに、自分だけの魔法。戦闘力で闘わなければならない。それが精霊王の試練。

術者の魔力次第でありとあらゆる武器を呼び出す事ができる、精霊王に魅入られなければ主力となっていたであろうカイル本来の魔法。

 

【千の戦乙女の忠誠】

 

その中でもカイルは警戒して最も強い剣である約束された勝利の剣(エクスカリバー)を構え、奥へと進んで行った。

 

不意に広い空間のある場所に出た。そこには並の魔導士ならば踏み入れただけで失神してしまいかねないほどの魔力に満ちた空間だった。

 

「…………来る」

 

目の前の空間が歪む。巨大な円形の光が現れたと思った時には輝きは竜の形を取った。

 

「…………ファフニール、か」

 

出現した竜の魔獣の名を呟く。ワイバーンの完全上位種。単純な強さで言うなら先日闘ったララバイに勝るとも劣らない。

 

「まずは一次試験って訳か。舐めてくれるねバハムート」

 

腰間の一刀を抜く。なに、準備運動には丁度いい。唇を舐めた。

 

「行くぜ………」

 

巨大な鉤爪が振り下ろされる。圧倒的な重量が乗った一撃をカイルは真正面から受け止めた。

 

足が地面にめり込み、円形にヒビ割れる。威力の程は充分に伺える。

 

「…………この程度か?ファフニール」

 

ムンっと気を入れる。鉤爪をカチ上げ、地面に叩き落とした。そのまま一閃を繰り出す。鉤爪は見事に真二つに斬れた。

 

怒りの叫び声をファフニールが上げ、上空へと舞い上がる。同時に口腔に閃光が生まれた。

 

「へえ、咆哮(ブレス)か。腐っても竜種だな。面白い」

 

腰だめに剣を構え直す。相手がこちらを舐めるというならこちらも見下してかかる。トコトン正面から、真っ向勝負で相手をしてやる。そちらの武器を全て叩き潰し、そして斬る。

 

極大のエネルギー弾がファフニールから放たれる。一直線に飛翔するそれに向けてカイルは踏み込んだ。

 

「ぉおおおおおおッッ!!」

 

居合斬り。極めればこの世に斬れないものはないとまで言われる東洋の技術。それにカイルの魔力をチャージして斬撃にして解き放つ。カイルが修めた剣技の基本中の基本。

 

ブレスは十字に切り裂かれる。一瞬で二閃が放たれた証。斬撃の勢いは止まらず、ファフニールの翼を斬り裂いた。飛翔が困難になった竜は地面へと錐揉み回転し、落下する。

 

地の上でのたうち回り、ファフニールが体制を整えた時にはもう遅い。落下地点で待ち構えていたカイルは鍔鳴りを一度ならす。鞘に剣を収めたときにはファフニールの首は跳ね飛んでいた。

 

「…………前座はもういいだろう。来い、バハムート。決着をつけよう」

 

薄闇の空間に向けてカイルが呼びかける…そこに佇む黒いドレスを纏った銀髪の美女がいた。

 

「待たせたな、竜の精霊王よ」

「待っていたぞ、当代のローレライ」

 

心地よい寒気が背中を走り、震える。敵を前にしての武者震いなどいつ以来か。心躍る強敵を前に、カイルは死闘を予感する。

 

ーーーー2年ぶりに……使わねえといけねえだろうな

 

【絶剣技】

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。最後の精霊王編スタートしました。あと2話ほどでデリオラ編に移りますのでしばらくお付き合いください。それでは感想、評価よろしくお願いします。ご存知の方もいるかもしれませんが、ダンまちでも新しく連載を始めました。その他3作品もよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一公演 器

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の中から現れたその姿は2年前と変わらない。闇の中でもなお輝く白銀の髪。アメジストを思わせる深い輝きを宿した紫紺の瞳。紫がかった黒の東洋の衣服。身の丈ほどの長さの武器。形状は槍に似ている。その武器は槍でもあり、楽器でもある。名を龍吼魔笛。音楽が重要な要素を持つ精霊王に相応しい武器だ。

 

「ようやく来たな、シャイガール」

 

不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。その声音には皮肉がたっぷりと込められていた。

奏でる者の挑発に対してバハムートも笑みで答える。待ち望んだプレゼントを開ける前の子供の様な表情だ。

 

「見せてもらった。多少は力をつけた様だな、少年。随分と待たされたものだが」

「そうか?結構急いで来たつもりなんだがな」

「待ったさ…700年以上待った。妾を使役できる可能性を僅かでも持ったローレライを」

「なるほどそういう意味ね」

 

歴代最強と呼ばれた初代でさえバハムートの使役は叶わなかった。尤も、それは強さが足りなかったからではなく、器が足りなかったからだった。

 

「だが正直たった二年で呼び出す事ができるとは思わなかったがな。貴様の成長速度には感心するばかりだ」

「俺だって努力するさ。天才だという自覚はあるが、それでとどまるつもりはない」

 

己の才覚だけでは限界がある。天が与えた才を超えなければ、この怪物にはかなわない。

 

「…………さて、お喋りはこの辺でよいじゃろ。そろそろ始めるぞ」

「ああ、だがちょっと待て。この辺まだ生き物の避難がすんでねえ。後!」

 

カイルの言葉はそこで遮られた。バハムートが右腕を刃に変えて襲いかかってきたからだ。すんでのところでエクスカリバーで受け止める。

 

「始末してからにしろ、それぐらい言わせろよ」

「もう700年以上待った……もう待てん」

 

蹴りを放ち距離を取る。【千の戦乙女の忠誠】で青みがかった銀の刀身をもつ聖剣、龍殺しの聖剣(アスカロン)と光沢のある漆黒の刃、絶世の名剣(デュランダル)を創造する。

 

「ほう、エクスカリバーではないのか」

「同じ轍を踏む気はねえさ。お前に光系魔法が効かない事は知ってる」

 

バハムートはありとあらゆる滅竜魔法を扱うことができる。今の右腕を刃に変えた力は鉄竜のものだ。

 

「それで妾の天敵であるアスカロンと段違いの斬れ味を持つデュランダルか。それ程の武具を創造できるようになっているとは…まぁそれくらいでなければノクターンは御せんか」

 

鉄のぶつかり合う硬質な金属音が鳴り響く。鍔迫り合いの力比べは互角。二人の間に距離が開いた。

 

ーーーーまずは真っ向勝負だ!!

 

剣を十字に構え、突進する。元々カイルディアは双剣使い。邪剣に属するゆえ、剣技を修めた時に矯正されたが、やはりこの方がしっくりくる。

 

バハムートが槍から放った炎のブレスをアスカロンで斬り裂き、デュランダルで斬りかかった。が鉄竜の力で防がれる。

 

「いくらアスカロンとはいえわがブレスをこうもたやすく斬りさくとは!!」

「今の俺に滅竜魔法は通じないぜ!!」

「そうかな?」

 

地面に手を着いたと思ったら一気に凍りついていく。飛び下がってかわすと空中にいる俺に向かって滅竜奥義を放った。

 

「紅蓮爆炎刃!!!」

 

斬撃を纏った炎がカイルディアを襲う。

 

ーーーー知ってるよ、その技は!

 

バハムートは驚愕する。迫り来る燃える槍の斬撃をカイルは一部の無駄もなく見事にいなしてみせた。

 

ーーーー!!

 

気が付いた時、カイルはすでにバハムートの手首を握っていた。デュランダルは解除しており、片手にはアスカロンが握られている。

 

「なるほど、この技を受けたこと、初めてではないな?」

 

まさか滅竜魔導士が彼の戦歴の中にいるとは思わなかったがそうでもなければ説明しようのない対処だった。なるほど、2年前とは違う。それ程の激戦をくぐり抜けてここまで来たのだ。

 

「「掴まえた」」

 

二人が思った事は同じだった。カイルが剣を振り下ろすその刹那、バハムートの腕から竜巻が巻き起こった。その猛威は直接カイルに襲いかかり、空高く吹き飛ばした。手を離さなければ腕がちぎれていただろう。それ程の豪風だった。

 

ーーーーくそッ!?他の竜の力か!

 

空中で一回転し、態勢を立て直す。目の端に銀が翳ったのが見えた。

 

バハムートの手に硬質な手応えが残る。殺気を感じた場所に翳したカイルの剣が彼女の槍を何とか阻んだのだ。

 

「防いだか!!」

 

重力に従い、二人とも落下しながら至近距離で剣と槍を撃ち合った。火花が散る。

 

地面に落ちる。土煙が晴れた時、二人とも動きはなかった。剣と槍が重なり、二人とも地に踏ん張り、競り合う。力比べだ。

 

「やるな!」

「驚くのはこれからだぜ!」

 

上背に勝るカイルが圧殺しようとしたその時、槍が爆発する。いや、正確な表現ではないのだろうが、カイルにはそうとしか見えなかった。再び身体が吹き飛ぶ。

 

ーーーーチッ、わかってたが厄介だな!

 

まるで様々な滅竜魔導士をいっぺんに相手にしているようだ。以前、ゴッドセレナとやり合った時を思い出す。複数の滅竜魔導士のラクリマを宿した彼との戦いは熾烈を極めた。

 

ーーーー確実にヤツより滅竜魔法の使い方は上!しかも此方は今精霊王の力を使えない!分はあの時より遥かに悪い!

 

こうして本物の竜と戦っているから分かるが、ゴッドセレナの滅竜魔法はおママゴトだ。複数の竜の力を宿しているから厄介だが一つ一つの魔法の精度はそれ程高くない。その上、魔力とラクリマに頼りすぎているため、反応速度や伎倆といった本人の基礎戦闘能力が欠けていた。

 

しかし悠久の時を生きるバハムートにそんな欠点はまるでない。しかもあの時対抗魔術として使えていたローレライの力も今は使えない。

 

ーーーーだが俺もあの時とは違うぜ!

 

パチンと指を鳴らす。カイルの背中から片翼が生える。

 

【イカロスの翼】。太古の昔に存在した伝説のアーティファクト。今のカイルの【千の戦乙女の忠誠】は武器以外の創造をも可能にする。

片翼が燦然と開かれる。空中へと飛び立つ事で爆風の勢いから逃れた。

 

制空権を取られたことにバハムートが驚愕する。精霊王の力無しに空を飛ぶ事が出来るとは思っていなかったのだ。

 

彼方にこそ栄あれ(ト・フィロティモ)!!」

 

上空にカイルが手をかざす。次の瞬間、幾百、幾千もの剣や槍が空を埋めつくさんばかりに創造される。しかもそれぞれの武器にアスカロンの滅竜エネルギーをエンチャントさせていた。

 

ーーーーさあ、どうする!?

 

腕を振り下ろす。同時にバハムートへと殺到する刀剣達。避ける場所などないし、防げる物量でもない。防御、回避ともに不可能。倒しきれはしなくとも確実に手傷は与えられる……

 

筈だった。

 

バハムートからバチリと放電したかと思うとその姿が搔き消える。背筋がぞくりとした時には雷を纏ったバハムートのケリがカイルの背中を捉えていた。

 

ーーーーいつの間に!?雷竜の力か!?

 

似たような事をラクサスにやられた事がある。回避不可能と思われた状況を正面から突破されていた。

 

地面に叩きつけられる直前でイカロスの翼がはためく。何とか空中で停止出来ていた。

 

ーーーー!?

 

気が付いた時、カイルの周囲が竜巻で覆われている。囲まれていた。上空では光り輝く槍を投擲の構えで振り被るバハムートの姿があった。

 

ーーーーしまっ…

ーーーーさあ、どうする!

 

「天空穿!!」

 

天竜の滅竜奥義。滅びの閃光が槍から放たれた。

 

「ぉおおおおおお!!!」

 

極大の光がカイルからも放たれる。今の刹那で創造した約束された勝利の剣(エクスカリバー)。その聖なる光の斬撃を上空に向けて放った。

つまり力の勝負。どちらの聖なる光が押し切るか。

 

「力で来たか、面白い!!」

 

食らう事もバハムートなら出来たが敢えて受けて立つ。元々殺し合いが目的ではない。力を測る為の試し合い。この状況で安全策などありえない。

 

天竜の力をさらに強める。互角に競り合っていた光は徐々にカイルの方へと押しやられていく。

 

「はぁああああ!!」

 

一見上空から降り注ぐ光が押しつぶしたかのように見えた。しかしバハムートにだけはわかっていた。

 

手ごたえがない。逃げられた、と。

 

天空穿の光に力を注ぎすぎて檻の役割を果たしていた風障壁を解除してしまっていたのだ。カイルはソレを見逃さなかった。押し切れるのならそれでよし、出来ないのなら脱出するという状況を見事に作り出した。

 

ーーーー何処へ……っ?!

 

何十倍の重力がバハムートに一気に襲いかかる。カイルが今顕現している武器は重力を操る漆黒の魔剣、キファ・アーテル。空に浮かぶバハムートを引きずり降ろそうという魂胆だ。

 

耐えきれず、落ちた。そこに向かってカイルは翔んだ。

 

脱力。剣技に限らずあらゆる武術で実践されるこの難行。緩めた筋肉からの力の解放は爆発的な威力をもたらす。

 

時代の最強の魔法剣士の称号、第14代絶剣、カイルディア・ハーデスならその威力は計り知れない。

 

筋肉の脱力に加え、重力落下のエネルギー、そして足に溜めた魔力をブーストさせることで、瞬間移動の如き突進を可能にする絶剣技の足運びの基礎が詰められた絶技。

 

ーーーー絶剣技……初の型……

 

紫電閃!!

 

神速の斬りあげがバハムートを襲う。振るわれた剣はアスカロン。大きな一閃の跡がバハムートに刻まれた。地に倒れる。

 

すぐに振り返り、剣を構えて腰を落とす。今のでケリがつくとは思っていない。

 

「忘れていたよ……その時代の最強の魔法剣士のみが扱う事を許される秘奥の絶剣。そなたはその後継者であったな」

 

カイルの予想通り何事もなかったかのように立ち上がる。いや、ダメージは食らっているようだが、それを表に出してない。それだけでも驚異的なことだった。

 

「瞬時に体を鉄に変えたか…だが流石にアスカロンの斬撃は効いたようだな」

「いやはや、大した成長曲線だ。妾にダメージを与えた者などいつぶりか…偏屈の精霊王共が魅入られるワケじゃ」

「アンタに褒められると皮肉にしか聞こえねえのは何でだろうな」

 

懐に忍ばせた回復ラクリマを砕く。ト・フィロティモに加えて今の約束された勝利の剣の一撃。かなり魔力を持って行かれた。

 

「回復は済んだか?」

「なんだ、待っててくれたのか」

「ガス欠などという興ざめな決着はゴメンだ」

 

赤い槍がカイルの手に顕現される。刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)。心臓を貫いたという結果を作りあげた上で放たれる因果の逆転を引き起こす槍。

 

「さあ、どうする?バハムート!」

 

投擲する。赫の閃光を纏いながらバハムートの心臓めがけて飛翔した。

 

「鉄竜剣!!」

 

腕を鋼鉄の剣に変え、槍を迎え撃つ。しばらくせめぎ合ったのち、槍は爆発四散した。バハムートの魔力がゲイボルクを上回った。

 

「なかなかの威力だが、妾を貫くには足り……っ!?」

 

槍が爆散した事で一瞬視界が潰された事の重大さに気がついた時にはもう遅かった。黒衣を纏ったカイルが超高速で背後に回り込んでいた。

 

「月牙天衝!!」

 

三日月型の漆黒の斬撃がゼロ距離でバハムートの背を襲う。瞬時に鉄に変えた背中が間に合った。

 

ーーーー危なかった!!

「だが動きは止まったなぁ!!」

 

吹き飛ぶバハムートにカイルの跳躍が追いつく。手に握られているのはアスカロン。バハムートの顔にハッキリと脅威と焦りの色が浮かんだ。

 

全身を鉄に変えるがもう遅い。竜の力である以上、この竜殺しの聖剣の斬撃には耐えられない。

 

ーーーー絶剣技、斬の型……

 

「鎌鼬・旋風!!」

 

アスカロンが竜の鉄を斬り裂く。元々対竜に絶大な威力を誇る聖剣。それに加えた斬撃特化の絶剣技。この斬撃に斬れない物など存在しない。

 

「ぉおおおおおおっ!!!」

 

目にも留まらぬ速さで幾度も鎌鼬を繰り出す。剣圧が繰り出す無数の風はまさに旋風。斬撃を伴った竜巻がバハムートを斬り刻んだ。

 

ーーーーっ!?

 

信じられない光景が映った。バハムートが自身の鉄化を解いたのだ。次の瞬間、剣が止まる。

斬撃とは摩擦が何よりも重要になる。斬撃の最中に唐突に摩擦係数が柔らかなモノから硬質なモノに変化する事など通常ではまずありえない。

しかしバハムートはやってのけた。身体を一瞬通常に戻し、刃が食い込んだ瞬間に咄嗟に鉄に変える事により、アスカロンを食い止めたのだ。

 

ニヤリと笑うバハムート。捉えられたのは此方だった。

 

「零距離滅竜奥義 不知火型 紅蓮鳳凰剣!!」

 

炎の大剣がカイルを貫く。瞬時に金剛の鎧を創造する事で受けたが、受けきれるものではない。一瞬で鎧は破壊され、身体が吹き飛ぶ。

 

ーーーー今度は此方の……っ?!

 

追撃を加えんと飛翔するバハムートの目が砕けるラクリマとカイルの鋭い眼光を捉えた。

 

ーーーーまずい!?

 

体勢を崩しながらも腕の筋力のみでゲイボルクが放たれる。向き合う二つの物体の飛翔速度は並ではない。あっという間に彼我の距離をゼロにした。

 

肩に赫い槍が突き刺さる。首を狙って放った槍を急所から外したのは見事だが悪あがき。因果の逆転により、傷は心臓へと奔った。バハムートの口から血が吹き出る。

 

「ガハッ!?」

 

したたかにカイルの背中が打ち付けられる。骨が軋み、一瞬肺が呼吸の仕方を忘れた。

 

ーーーーってぇ……

 

懐から緑色の液体が詰まった瓶を取り出し、口に含む。体の内部に負った傷は此方の方が無理やりラクリマで治すより負担が少ない。腹に開いた大穴が表面的には塞がる。

 

ーーーー流石はポーさんの回復薬。効き目は抜群だな。

 

「てめえ…今の殺す気で撃ちやがったな」

「……お互い……様であろう?」

 

口の端から血を滲ませながら二人とも膝をつく。ダメージの深さは明らかにバハムートの方が深いが耐久力に圧倒的な差がある。身体機能の損傷は互角に近い。

 

「しかし流石は竜の精霊王。タフネスは圧倒的だな」

 

普通人なら間違いなく死んでいる。

 

「それもお互い様だ。いい薬師にも恵まれたようだが」

 

事前に調達した薬が無ければココまで矍鑠としてはいられなかっただろう。挑戦的な笑みで答える。どんな状況でも表情から余裕を失うわけにはいかない。弱みを見せれば相手を調子づかせ、つけ込まれる。

 

「…………さて、お互いもう細かいことぁ出来ねえだろ?」

 

アスカロンを握りしめ、血を拭う。

 

「そうだな…」

 

身構える二人。次の一撃に全てを注ぎ込むつもりだ。

 

「絶剣技 初の型 紫電閃!!」

「滅竜奥義!業魔鉄神剣!!」

 

遠距離型の滅竜奥義がカイルに襲いかかる。なす術もなくもろに受けた。

カイルの姿はなく、跡形もなく消え去った。

 

「飛び道具を使わんとは言ってないのに……まぁかなり楽しめたがな」「そうだな…俺もそれなりに楽しめたよ」

 

バハムートの後ろで奥義の構えを取るカイル。

 

絶剣技、虚の型 朧三日月。特殊な足運びと残像により幻影を生み出す歩法の絶技。

何度も通じる技ではないが、一発で充分。

 

「絶剣技 終の型 三十連・烈華螺旋剣舞!!」

 

全方位から注がれる一撃必殺の斬撃。その三十連撃。完全に油断していたバハムートは一太刀も防げず喰らいきった。

今度こそ倒れこむバハムート。カイルは剣を支えにしてだが何とか自分の足で立っている。

 

「バカな……手ごたえはあった…幻覚の類ではないはずだ。一体どうやって…」

 

「【千の戦乙女の忠誠】。朧三日月に加え、それで俺のデコイを作った。幻覚じゃなく実体があるんだから手ごたえがあって当たり前だ」

「武器だけを創造できる魔法ではなかったか……」

「2年前はな。今は違うさ」

 

倒れるバハムートに近づく。戦いは終わったと誰もが思うこの状況。カイルの行動は油断と呼べるほど隙のあるものではなかった。

 

しかし緩んでいたのは否定出来ない。

 

バハムートの手が剣に変わり、腹を貫く。閉じかけた傷は再び開き、腹と口から盛大に血が噴き出た。

 

「だが、勝ったと思ってから緩むのは変わっとらんな」

 

膝をつき、体が折れる。見下すようにバハムートは立ち上がった。

 

「マジ……かよ……タフネスも大概にしろよ……」

「竜とはそういう生き物だ。知っていただろう」

 

腕を振り上げる。手に宿るのは極死の一撃。降り下ろされれば避けられない死が待ち構えている。

 

カイルは敗北を認めた。目を瞑り、来るべき死に備えた。その姿を見て、銀の魔神は笑う。自分の死神は途轍もなく美しかった。

 

「名前を、もう一度そなたの口から聞かせてくれ、当代のローレライ」

「…………カイルディア・ハーデス」

「その名ではない。そなたが本来持つはずであった母親より授かりし、真の名だ」

 

ーーーー知ってたのか……

 

とある事情によりカイルは偽名を名乗っている。いや、偽名というのは正しい表現ではない。カイルにとってはこの名こそが本当の名前のつもりでいる。しかし、まだ物心がつくかどうかの頃、親に呼ばれていた名と違う事は確かだった。

 

「…………レグナスだ」

「レグナス……太古の昔に存在した琥珀の宝石の名か。確か石が持つ意味は不屈の王……良い名だ。そなたに合っている」

「瞳の色だろ?」

「それもある。そなたらしい艶やかな名だ」

 

噛みしめるように一度、当代の奏でる者の名を呟いた。

 

「素晴らしい戦いだったぞ、レグナス。これ程血湧き肉躍る高ぶりは久しかった。その名、永遠に忘れぬ事を誓おう。誇れ、当代の奏でる者よ」

 

ーーーー死ぬのか、俺は……

 

恐怖はなかった。心が落ち着いているのが自分でわかる。最強などと呼ばれていてもカイルの隣にはいつでも死があった。死はカイルにとって親しい友だ。

そういう道で生きてきた。

 

ーーーー俺の番が来ただけのことだ。

 

カイルは自身の死を受け入れた………ハズだった。

 

「換装!飛翔の鎧!」

 

慣れ親しんだ声が疾風と共に凄まじい速度で飛翔してきた。緋色の閃光がバハムートを捕らえる。

 

「カイル!!」

「エル……ザ?なん……で?」

「助けに来たに決まっているだろうが!!」

 

カイルにラクリマを握らせ、砕く。致命傷が無理やり塞がる。

 

「場所、よくわかったな」

「ポーリュシカさんが教えてくれた」

「あのバーさん……」

 

ーーーーほんとツンデレだな。

 

心中でカイルは笑った。誰得とかは考えてはいけない。彼女の優しさには変わりないのだから。

 

「やれやれ。奏でる者の試練に恋人が横槍を入れるなど、ローレライの歴史で初の事だぞ」

 

苦笑しながらバハムートが戻ってくる。カイルを背中に庇いながらエルザは剣を構え直した。

その姿を見て慌てる。力など残っていないハズなのに、身体が跳ねた

 

「よ、よせ、エルザ。お前の敵う相手じゃ……」

「私は勝てる勝てないの理由で戦ったことなど一度もない。私が戦う理由はいつでもお前と仲間を守る為だけだ」

「…………はは、男前だなぁエルザ。俺が女なら恋してたぜ」

「頼むから男のままで恋してくれ」

「してるけど?」

「…………(ボンッ)」

 

湯気が上がる。同時にバハムートが盛大に溜息をついた。

 

「やれやれ。全く数秒前の死闘はどこに行ってしまったのか。妾はすっかりやる気が失せてしまった」

 

本当に戦う気が無くなったのだろう。槍が手から消える。魔力の昂りもなくなる。というよりもう身体が耐えきれなかったという方が正しい。先ほど擬態を演じたとはいえ、満身創痍なのは真実だった。

 

「安心しろ、騎士の魔導士よ。レグナスを殺すつもりはもうない」

 

笑って手を振る。二人とも呆気に取られたように手の剣を取り落とした。

 

「え?だって……」

「力において、レグナスは十二分に及第点だ。妾も半ば騙し討ちをしたようなものだしな。先ほど見たかったのはこの男の器だった」

「器…?」

「妾を受け止め、使いこなせる器か、だ」

「どういう……意味だ?」

「何かを愛せる者かどうか、という意味だよ」

 

かつてカイルもそうであり、初代ローレライには生涯それがなかった。人間を、この世界を愛せるか。それはローレライには不可欠な物だった。

 

「だからいま暫くこの男に寄り添い、その器を見極めるつもりであったのだが……もうその必要もなくなった」

 

慈愛に満ちた目で二人を見やる。支え合い、かばい合う二人の姿はまるで赤と白銀の剣が重なり合うようだった。

 

「レグナス、そなたには、そなたをこんなに愛してくれる人がいるのだなぁ」

 

初代ローレライはついぞ伴侶を得られなかった。偉大な才と血は受け継がれることなく途絶えてしまった。

初代には徳がなかったのだ。その事の重大さをカイルにはマカロフが気付かせてくれた。しかし初代には師と呼べる人も信頼できる仲間もいなかった。たった一人、愛したライバルだけはいたが、その者もその手で殺してしまった。

 

「レグナス。人を愛し、世界に愛されるそなたの器、しかと確かめた。そなたを妾の奏者と認めよう」

 

淡い光がバハムートから溢れ、カイルを包む。

 

「騎士の魔導士よ、レグナスを頼むぞ。此奴は強い。強いがそれゆえに一人で何でも解決しようという節がある。そなたの様な素晴らしい伴侶の助けが必要になる時がきっと来る。その時、此奴を支えられる女であれ」

「は、はい!!」

「はは、良き返事だ。さて、それでは」

 

視線をカイルに向ける。一度頷くと、腰の剣の鋒で僅かに指を切り、血を捧げる。カイルとバハムートの間に魔法陣が浮き上がった。

 

「汝、魔を滅する龍 竜の精霊王よ。我が血を受け取れ。我契約文を捧げ、ローレライの名の下に汝と永久の契約を結ばん。バハムート!!」

 

契約文と血が捧げられ、完全に契約は完了した。バハムートがカイルの体に取り込まれていく。

 

【700年以上待ったかいはあった。ありがとう。感謝するぞ。当代のローレライ。我が奏者よ…】

 

完全に契約が完了する。

 

「ーーーーふぅっ!!」

 

カイルは倒れこんだ。もう立っていられなかった。表面的に傷はふさがりはしたが身体の内部はボロボロだ。

 

「カイル!」

 

エルザが慌てて体を支える。地面に打ち付けられるのだけは何とか避けられた。

 

「はは……ざまあねえな」

「いいから休め!お前は良くやったよ」

「…………殴って、いいんだぜ?」

 

ゆっくりと身体を横たえながら自嘲するように言う。全員がミストガンの魔法で眠ったのをいい事にそのまま出て行ったのだ。裏切られたと思っても無理ないことだろう。

 

「お前には俺を殴る権利がある」

「ああ、絶対追いついて殴ってやろうと思っていたんだが……許してやるさ。流石にその気は失せたよ。今のお前は殴れん」

「はは……そりゃ助かる。今の状態でおまえになぐられたら、流石に死にそうだ」

「…………許してやる。だが条件がある」

 

カイルの頭が緋色の髪の少女の膝に乗せられる。そのせいか、彼女の両目から落ちる雫がカイルの頬を打った。

 

「カイル……愛してる。だからもう決して一人でいかないでくれ。戦う時は一緒にいさせてくれ。お願いだ」

「…………そうか。そんな事なら……難しくない……」

 

セリフが途切れ途切れになる。もう意識を保つのも限界に近い。

 

「俺は今から気を失う。あとの事は…頼む」

 

そこまで言い終わるとカイルは意識を手放した。

エルザがいるなら何の心配もいらない。心からそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【本当にバハムートを取り込んじゃうなんてね。流石私達が見込んだ男】

【今はゆっくり休ませてあげましょう。7年後、奏者はとんでもない試練を受ける事になる。バハムートを取り込んだんだから確実にね】

【そうね。だから今は私達はただ力を尽くしましょう】

 

 

 

いつか来る、別れの時まで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二公演 悪魔の島へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マグノリアの街に巨大な白狼が舞い降りる。通常であれば魔獣の唐突な登場に街の人間は恐れ戦くところなのだが、ことマグノリアに至ってはそれはない。この狼がカイルのテイムモンスターである事は皆知っている。テリーは半端な人間よりよほど賢い。ヘタしたらナツより賢い。

 

「皆ぁ!カイル様が帰ってきたぁ!!」

 

誰かが叫ぶ。二人の眼下に人がワッと集まってくる。どうやら10年クエストに行っていた事は街中の皆が知ってるらしい。

 

テリーに町人を踏みつぶさないように注意を促しながら慎重にギルドへと向かう。

 

「愛されてるな」

「騒ぎたいだけだろ、ここの連中は」

 

テリーの背中に乗る二人の男女。一人は白銀の髪を首筋あたりまで伸ばした美青年。そしてもう一人はその白銀と完全な対をなす緋色の髪をなびかせる凜とした美少女。

名はカイルディア・ハーデスとエルザ・スカーレット。マグノリアが誇るフィオーレ一のギルド、妖精の尻尾S級魔導士。二人の名は国中に轟いている。

見慣れた酒場が視界に入り、ようやく肩の力が抜けた。飛び降りて、テリーに住処に戻るように指示する。

 

「あ〜……着いちゃったか」

 

肩を落とす。これから待ち構える未来を思うと気が重い。最も厄介な障害は既に超えたが、これから待ち受ける試練も、カイルを憂鬱にさせるには充分すぎた。

 

「サッサと済ませて、今日は休もう」

 

それでも向かわない訳にはいかない。エルザに引きずられつつ、ギルドへと歩く。

 

ーーーーあ……

 

門の前に人影が見える。マカロフ、ミラ、カナ、ジェット、ドロイ。皆そこにいた。どうやら総出で待ち構えていたらしい。

 

ーーーーみんな……

 

「この、バカタレが」

 

マカロフの一言で全員の時が動き出す。真っ先に走り出したのはミラだった。

 

「カイルっ!!」

「おわっ!?」

 

止める間もなく抱きつかれ、押しのられる。

 

「おかえりっ……本当に、おかえりなさい!」

 

胸に頭を擦り付けながら再会を喜んでくれる。目を細め、艶やかな白髪を撫でた。

 

「ただいま……ミらぁ!?」

 

自分にかかる負荷が一気に増える。次から次へと仲間達がのしかかってきていた事にその時ようやく気付いた。

 

「ガイ゛るぅううう!この大馬鹿ヤロウがぁあああああん」

「おかえり……信じてたよゔぇっ!!」

「だぁあああ!わかったからどけお前ら!あ、やば、なんか出そう…」

 

人のピラミッドから這い出る。全員苦しそうにしながらも、皆笑顔があふれていた。

 

ーーーーああ、帰って、きた。

 

ようやく、その実感が湧いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風がたなびく野原、一人の男が女性の膝を枕に眠っていた。

白銀の髪を靡かせる男はカイルディア・ハーデスと名乗っている。当代の奏でる者にして、絶剣の継承者。イシュガルにおける最強の魔導士の一人。

 

ーーーー…………ああ、ここか。

 

風が肌を撫で、歌が耳に届き、意識が浮上していく。その間で自分が眠っている場所の検討をつける。此処は自分の精神世界。ローレライは皆この世界に入る事ができる。コレには相当の集中力と精神力を必要とする。座禅に於ける悟りに近い。コレだけでも常人には生涯辿り着けない境地だろう。

 

そして精神世界とは人によって異なる。断崖絶壁な者もいれば海のど真ん中、果ては重力がない世界などという者もいる。カイルの場合は風が穏やかな緑生い茂る平原。恐らくこれは彼の生まれた環境に起因する。幼い頃、こんな場所で過ごしていた事を朧げに記憶していた。

 

ーーーー久しぶりだな、此処に来るのも……

 

「流石に理解が早いな。奏者よ」

 

意識が覚醒した事がわかったのか、膝を貸していた女性が口を開く。

 

「バハムート。来てたのか」

「うむ、妾を使役するにあたって注意事項が少々あるからな」

 

そう、精霊王の試練を終えたら奏でる者は彼女たちの扱い方を彼女ら自身から聞かなくてはならないのだ。他の精霊王たちも今この場に集まっている。聞こえてくる歌は彼女たちのものだった。

 

「まずはトランスの時だが、その時そなたは全ての滅竜魔導士の力を得る。物体が魔力であるなら喰らえば己の力にする事が可能だ」

「へえ、今までは精霊王をそれぞれの相手で変えて戦ってたが今後はずいぶん楽が出来そうだな」

「むぅ。そういう考えはあまりよくはないのだが……それと精霊魔装だが、妾の形は恐らく青龍偃月刀だ。能力はトランス時とほぼ同じ。妾を振れば、相手の魔力を力とし、あらゆる滅竜魔法が撃てる。あと銘を教えておく。知ってると知らんとでは威力が自然違ってくる。よいか、我が銘は………神をも食い殺す龍の牙(ニーズヘッグ)だ」

 

説明を聞いているうちに周りで歌い、踊っていた精霊王たちもカイルが起きた事に気づき、集まってくる。

 

「コレで現存する精霊王は全て手に入れた事になるわね、おめでとう」

 

最初の精霊王、イフリートがカイルの背中に抱きつきながら祝辞を述べる。自分の目は間違っていなかったと言わんばかりのドヤ顔だ。

 

「素晴らしい事だが、同時に恐ろしい事でもある。奏でる者の力の強さは背負う世界の運命に比例する。奏者、貴方の運命は相当過酷なものになる」

 

初代はそれに屈した。実力で言えば今のカイルを上回るにも関わらず、心の強さが足りなかった。

 

「妾を取り込んだということは間違いなくそなたには試練が課せられる。世界の運命を握るほどの試練が」

 

知っている。すべて覚悟した上で彼女達と契約したのだ。

 

「臆するなよレグナス。決して妾たちの力に溺れるな。妾達などいなくとも、そなたは誰より強い魔導士だ。己の信じた道を行け。その道がそなたの心の正義に従っている限り、妾達はそなたの力になる」

 

精霊王達の表情には悲しみがにじみ出ている。それも聞いた事がある。今までの奏でる者は精霊王の力を恐れるか、溺れるかのどちらかだったと。

 

「大丈夫だよ、皆」

 

仲間がいなければこんな日の当たる道を歩けなかったかもしれない。

 

「俺には仲間がいるから」

 

俺のこの強すぎる力を知っても、俺を恐れたり、必要以上に依存したりしない、仲間だと言ってくれる家族がいるから。

 

だからきっと……

 

その言葉に納得したのか、精霊王たちは一様に笑顔を見せた。

 

「ならそろそろ起きろ。そなたを待っている者らがおるのだろ?早く帰ってやれ」

 

うなずき、目を閉じる。すると淡い光に囲まれ、消えて行った。野原に精霊王達のみが残る。

 

「………言うべき事はすべて伝えた。なら後は我らが奏者を信じよう。奏者が此処に来る事が今回で最後となる事を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。潮風が鼻をくすぐり、風が肌を撫でた。

 

「起きたか、カイル。そろそろ着くぞ」

 

マストに背を預け、座りながら眠っていたカイルの肩をエルザが揺らす。

 

ーーーー…………あぁ、そうだったか。

 

日常ではお目にかかれない、目の前に広がる海を見て、一瞬、自分の現状を忘れかけた。なぜ今海賊船に乗って、こんな海上にいるのか、理由は少し遡る。

 

帰ってきて早々、皆に一通りお叱りを受けた後、マカロフにナツ達を捕獲してくるように言い渡された。

詳しく話を聞いたところによると、俺がいない間に、またラクサスがナツにケンカふっかけたらしくラクサスを見返すべく、ナツ達はS級クエストに行ってしまったということらしい。止め役にグレイが向かったそうだが帰って来ない。恐らくミイラ取りがミイラってとこだろう。

帰還を果たしたエルザとカイルは直ちにつれ戻すようにマカロフに指示された。

それだけなら10年クエストの疲労が残る今のカイルは引き受けはしなかっただろう。事実最初は断った。それでも今、海上にいるのは理由がある。

 

ラクサスとナツの喧嘩の原因が自分だったのだ。仲間達を置いて、一人で10年クエストへと向かった後、エルザが追いかけると宣言。マカロフは止めようとしたそうなのだが、無理だったらしい。S級魔導士であるエルザを止める口実が見当たらなかった事がまず一つ。そしてエルザの気持ちにも大いに共感してしまったマカロフはカイルを追いかける事を許可した。

それに伴い、ナツが同行を申し出たが、コレは却下した。荷が重すぎる、と。その時、ラクサスがナツを雑魚呼ばわりしたそうだ。

そしてラクサスと、間接的に俺とエルザを見返すべく、S級クエストへと行く事を決めたらしい。

 

「よりによって悪魔の島とは……なに考えてんだか」

 

ナツ達が向かったS級クエストの報酬は七百万ジュエル。数字だけ見ればすさまじい額だが、S級の報酬の中では少額の部類に入る。実力だけで言えば、厳しいとはいえ、ナツなら出来ないとは言い切れないクエストだ。しかし場所が悪い。

ガルナ島。別名悪魔の島。いい評判はあまり聞かない。地元の漁師達も近づかない魔窟だ。騙し合いや心理戦というジャンルにおいて、ナツはあまりに無力だ。悪魔達がどういうやつらなのかは知らないが、そういう事には長けていると思っていいだろう。

 

「くぁあ……」

 

生欠伸が漏れる。やはり疲労はかなり残っている。絶好調を100とするなら今は60いくかどうかというところだろう。

 

「…………やっぱりお前は来なくても良かったんじゃないか?」

 

カイルが今回の件に出張る事をエルザは最初反対した。ナツを連れ戻すだけなら恐らく自分だけでも出来る。死闘を終えたばかりのカイルにやらせる必要はない、と。

 

「そんな訳にもいかねえだろう」

 

疲労で言えばエルザだってあるはずだ。一昼夜寝ずにアストラルまで駆け抜け、俺を探していたのだから。それも元を正せば俺のせい。そんな彼女に任せきりにする訳にはいかない。

 

「私は別にお前のせいだなんて…」

「ああ、ぶっちゃけお前もナツも俺のせいだなんて思ってねえよ。そこまで傲慢じゃない」

 

二人とも既に一人前の魔導士なのだ。自分の責任は自分で持てる。過保護は彼らに対する侮辱に当たる。

 

「それでも、責任の一端は俺にある」

 

これもまた、紛れもない事実だ。俺が一人で動かなければ多分こうはなっていない。こうはさせなかった。

 

「…………お前は強いな」

「甘いだけさ」

「違うぞ、お前は優しいんだ」

 

海賊船の速度が落ちる。紫色の不気味な月が照らす、悪魔の島が見えてきた。

 

 

 

 

 

 




後書きです。今回は少し短め。次回からデリオラ編です。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。活動報告で別の小説のアンケートもやっていますので、そちらもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三公演 勝手にしやがれ!

 

 

 

 

 

 

 

「たとえ我が命尽きるとも…零帝様への愛に偽りなし……」

「死にゃしないわよ!大げさなんだから」

 

シェリーとの戦いを制したルーシィは疲労困憊で倒れこむ。全くいちいち大げさな女だった。ラリアット程度で死ぬわけはないというのに。

だがギリギリの戦いだった。勝てた事に心から安堵する。

 

「アンジェリカ……私の仇を討って……ッ」

 

そう言って気絶すると馬鹿でかいネズミが襲いかかる。満身創痍のルーシィによける術はなかった。

 

ーーーあぁ、どうしよう、あたしここで死んじゃうのかな?

 

やだなぁ、やりたい事まだまだあったのに……

もっとカイルとお話したかったのに……

もっとカイルにお母さんの事とか聞きたかったのに……

 

そんな事を考えながらあたしは来る衝撃に備えて思いっきり目を瞑った。

 

「…………あれっ?!」

 

大きな破壊音だけを残し、何も起こらない事を不思議に思って目を開けた。

 

「よ、無事っぽいな、ルーシィ」

「カ、カイル!!」

 

ルーシィの前には、剣を肩に担ぎにやっと笑っているカイルがいた。あのネズミは遥かとおくに吹き飛ばされてる。斬られてない所を見ると峰打ちだったようだ。

 

ーーーーカイル……王子様みたい!!

 

「なんか感動してるっぽいとこ悪いが、何で俺がここにいるか、わかってるよな?(黒笑)」

「あ!!」

 

ーーーーそ、そうだ。勝手にS級クエストに来ちゃったんだった!!

 

笑顔で問いかけてるカイルだったが、黒いオーラを全身に纏わせている。

 

「え、えーと、その〜。つ、連れ戻しに……デスよね?」

 

恐怖のあまり敬語になるルーシィ。それもそのはず。目の前にいるのは最強の騎士王なのだ。普段怒らない人が怒るとめちゃくちゃ恐い事をルーシィは知っていた。

 

「よかったーーー!!ルーシィ無事だったんだ……ね……」

 

飛んでくるハッピー。しかし途中でカイルに気づく。

 

「…………………」

「…………………(滝汗)」

 

にっこり

 

「!!!」ビューーーン

 

ハッピーはものっそいスピードで逃げ出した!

 

「しかし回り込まれてしまった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?ナツ達は?」

 

縛られたハッピーは無言を貫いている。下手に何かを言ってしまえば、それが言質となり、罰則が追加されかねない。しかし、自分の保身の事などを後回しにできるルーシィは必死に弁明する。

 

「カ、カイル聞いて!!勝手に来ちゃったのは謝るけどここの人たち大変なの!!氷漬けの悪魔を復活させようとしてたり、他にも色々!あ、あたしここの人たちを助けてあげたいの!!」

 

必死で弁明するルーシィ。そこに自分の保身はなかった。ただ純粋に島の人達を思っての言葉だった。

 

「ふーむ。ルーシィのいう事が確かなら放ってはおけねえな」

「!だったら「だがその役目はお前らの物じゃないはずだ。それぐらいわかるだろ」うっ…」

 

顔を青ざめさせ、冷や汗を流す。新入りとはいえ、ルール違反を犯した事の自覚はある。とゆーか、新入りだからこそ、ルールを犯す事はしてはならないのだ。一度問題児の第一印象を与えてしまえば、それを払拭する事は難しい。良好な関係を組織で築く為にはまず好意的な印象を与えなければならない。

罪の意識を自覚させられたからか、後ろめたさが一気に襲いかかってきた。

 

ーーーーやれやれ、いじめるのはこの辺にしといてやるか。

 

自分がしなくてもあとはエルザががっつりやるだろう。

 

「まあ今回の件は俺一人で裁量を決めていいもんじゃない。エルザと村で合流する手はずになってる。そこで決めよう」

「え、エルザも来てるの!!」

「そ、だからエルザにも今の話もうちょい具体的にしてくれ。俺にはなんか色々伝わって来たからいいけどあいつフワフワした説明とか許さんからな」

「………ハイ」

「んじゃいくぞ。立てるか?」

 

手を差し出すカイル。もう黒いオーラは消えていた。

 

「………うん」

 

起き上がるのを確認すると、カイルは手を離した。

 

「あ……」

「ホラいくぞ。キリキリ歩けぃ。問題児」

「も、もう!ちょっと待ってよ〜〜〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

「興味がないな」

 

合流してすぐルーシィ達を縛り、話を聞いたエルザの第一声はそれだった。

 

「じゃあせめて最後まで仕事を……」

 

ーーーあ、バカ…

 

仕事という単語をルーシィの口から出た事にカイルは若干焦る。責任感の塊であるエルザはギルドのクエストに対して行き過ぎな程責任感を持って取り組んでいる。

そんな物持たなくてもいいとカイルは思っている。果さなければならない事が責任で、背負う必要のないものまで背負ってしまう心情が責任感だ。

しかし真面目の権化であるこの緋色の女騎士は責任感どころか、使命感まで背負ってギルドのクエストに取り組んでいる。資格のないものが仕事をすると言った事は彼女にとって看過できるものではなかった。

シャランと硬質な金属音がなる。鞘から抜かれた剣をルーシィの喉元に突きつけ、言葉を遮る。

 

「仕事?違うぞルーシィ。貴様らはマスターを裏切ったんだ。ただで済むと思うなよ?」

 

ーーーーこ、恐い…

 

カイルとは比べ物にならないエルザの怒りに怯えている。ギルドの者ならある程度耐性はあるのだが新入りのルーシィはエルザのマジ怒りを個人で受けた事がない。怯えるのも無理ない事だろう。

傍観していると目を覚ましたグレイがテントに入ってきた。

 

「!!!カイル!エルザ!」

「よ。ぼろ負けしたんだって?」

「だいたい聞いた。お前は止める側だろう?あきれてものも言えんぞ」

「きぃつけろ。グレイ。物が言えなくなったら手が出るのがエルザだごばば!!」

 

ボディーブローを一発くらうカイル。相当効いたらしく、しばらく立て膝で動けなくなる。

 

「だ、大丈夫か?カイル」

「軽いジョークなのに……それで?ナツは?」

「わからねえよ。多分どっかうろついてんだと思う。ここ村の資材置き場だそうだから。てかよくわかったな、お前ら」

「シルフに探らせたのと」「おいらが飛んで探したんだよ。縛られたまま…」

 

すっと立ち上がるとエルザはカイルに話しかける。

 

「ナツを探しにいくぞ、カイル。見つけ次第ギルドに帰る。引き続きシルフで捜索してくれ」

「アイアイさー」

 

それにつづくカイル。その様子をみたグレイは信じられないという表情で二人を見た。

 

「おい、なにいってんだ?エルザ。ここの現状は見たんだろ?カイルも何でエルザに従ってんだよ…」

「それがどうした?カイルは何を考えてるのかは知らない。こいつは優しいから助けてやろうぐらいのこと思ってるだろうけどな。私は掟を破ったものを連れ戻しにきただけだ。それ以外興味はない」

「ほっとけっていうのかよ!!」

「正式にS級魔導士が受理したクエストなら止めはせん。だがお前らの行動は明らかに違反行為だ」

 

ーーーコレだ……

 

彼女の悪い所だ。いくら言っても治らない。正しさこそが至上という信条が捨てられないのだ。

もちろんエルザの言っている事は完璧な正論だ。徹頭徹尾、非の打ち所がない。しかし人間とは正論だけで納得できるほど単純な生き物ではないのだ。自分が間違っていると自覚している者には特に。正論とは劇薬に似ている。問答無用に相手を黙らせる効果がある代わりに、その強力さ故に副作用も相応にあるのだ。正しさという鎖による締め付けが強くなればなるほど、縛られた人間の反抗は強くなる。

 

「見損なったぞ!エルザ!」

「何……」

 

案の定、正論に逆らうようにグレイが激昂する。今まで聞く耳もたなかったエルザも流石に反応する。正しい自分が責められる事に怒りを覚えたのだ。

 

「グレイ!!エルザ様になんてことを!!」

 

ーーーいや様て……

 

心中で笑うカイルとハッピーを無視してエルザはグレイに剣を突きつける。

 

「お前まで掟を破るか…ただではすまんぞ」

 

突きつけられた剣をグレイは素手でつかむ。手から血が流れるが頓着しないで続けた。

 

「勝手にしやがれ!!これは俺が決めた道だ!!俺がやらなきゃいけねえんだ!!」

 

規則違反は承知しているはずなのに、元はナツたちを連れ戻す事こそが彼の仕事であったはずなのに、そこまで言い切った事に白銀の剣士は驚いた。先程まではナツへの対抗心と、昔の知り合いに会ってボロ負けした事で引っ込みがつかなくなってしまったのかと思っていたのだがそうではないらしい。恐らく彼の根幹をなす何かに関する事がこの島であったのだろう。

 

「…………最後までやらせてもらう。斬りたきゃ斬れよ」

 

背を向けて歩き出すグレイ。

そのあまりの勢いに誰もが黙ってグレイの背中を見つめる中、一つ大きなため息がテントに響く。

音源である白銀の髪の青年が軽く腕を振る。生じた風が刃となり、グレイの背中を浅く斬った。

「…………えっ?」

「ホントに切る奴があるかぁぁぁぁああ!!」

 

紙で指を切った程度の浅い傷だが、それでも故意に、傷つけるという意思を込めて放たれた刃となれば話が違う。信じられないと言わんばかりにグレイはカイルの襟首を掴み掛かる。

 

「あはん、やめてグレイ。残念だけど俺はノーマル「んな事言ってんじゃねえ!!」

「今の一撃で見逃してやるって言ってんだよ、バーカ」

 

押し黙るグレイ。彼の立場上、黙って規則違反を見逃すわけにはいかない。本来であれば力尽くで首根っこ引っつかまれても文句は言えない状況だ。しかし、こうして落とし前をつける事でグレイが動ける名分を作ってやったのだ。

 

「ん、どうした?なんか文句あんのか?あ?この手を離さんか」

 

グレイは唖然とした表情で手を離す。カカカと高笑いするとカイルはエルザに皮肉な苦笑を向けた。

 

「お前の負けだ。ここまで言われちゃ引くしかねえ。諦めろ。行くぞグレイ」

「……やっぱカイルは最高だぜ」

 

テントから出て行く二人。取り残された二人と1匹の空間には静寂が支配した。エルザは諦観で、ルーシィとハッピーはどうしていいかわからなくて、声が出せなかった。

しばらく無言だったがエルザは手に取った剣でルーシィ達のロープを斬った。

 

「このままでは話にならん。何よりカイルが敵にまわっては勝ち目がない。さっさと終わらせるぞ。だが忘れるな。罰は受けてもらう」

 

そして四人と一匹は遺跡を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「は?てことはなに?リオンはそいつを倒したいわけ?そのために復活させる?わけわかんねえな」

 


遺跡へと向かう最中、カイルたちはグレイからリオンの目的を詳しく聞いていた。



 

「師が倒せなかった物を倒す。死んだ者を超えるにはその方法も一つの手段ではあるか……」


「んなもん手段になるかよ。ケンカってのはてめえとてめえの拳でやって初めて白黒つくもんだろ。個人で相性とかもあんだし、俺に言わせりゃ意味ねえの一言に尽きる」


「違う。リオンは……あいつは知らないんだ!ウルはまだ生きている!」



 

グレイの一言に全員が疑問符を浮かべる。だが自身も氷の魔法を操るカイルだけはいち早く理解した。

 



「まさか………アイスドシェルか?」


「カイル、何だそれは?」


「己の命を代償に絶対溶けない氷の檻に閉じ込める魔法だ。氷結系魔法の絶技で俺すらその存在は名前しか知らない。使うとマジで死んじまうからな。まさか使い手がいたとは」


「その通りだ。あの氷は……ウルなんだ!!」






 

 

 

 

 

〜10年前〜



家族をデリオラに殺されたグレイは魔導士になるべくウルに弟子入りした。彼女は優秀な氷の造形魔導士で、グレイとその兄弟子のリオンに造形魔法をどんどん教えていった。



 

「もっと強い魔法を教えてくれよ!」


「もう教えてるだろう?造形魔法はその者のイメージに呼応してどんどん強くなる」

 



そんなある日、デリオラが再び現れた事を聞いたグレイはウルの静止を無視してデリオラに挑みに行こうとした。

 



「行くな!グレイ!行ったら破門にする!!」


「したきゃしろよ!!俺は行く。もし俺が死んだら強い魔法を教えてくれなかったあんたを恨む」



 

戦いに行ったグレイはあっけなく倒され、気絶した。目を覚ましたらデリオラと闘っているウルの姿があった。



 

「何で……俺は破門になったんじゃ……」


「可愛い弟子を見殺しには出来ん」



 

グレイが視線を下に向けるとそこには驚愕の光景があった。
その様子をみたウルは弟子を安心させるために心底朗らかに笑った。



 

「素晴らしいだろ?造形魔法は。脚一本吹き飛んだが気にする事はない」

 



脚がなくなっていたのだ……代わりに造形魔法で作った氷の義足をつけていた。

 



「ウル……何あんな化け物に手こずってるんだよ…早く倒せよ……ウルは最強の魔導士なんだろう?」

 



ボロボロのリオンがウルにすがる。己の師匠を最強と信じ、超えるために修行していたリオン。そのウルが敗れることは彼にとって裏切りに近かった。



 

「私は最強などではない。西には私など比べ物にならない使い手がいる。私を超えたら今度はまた上を目指せばいいだろう?」


「何を弱気なこと言ってんだよ……もういい、あんたがやんないなら俺がやってやる」



 

腕を交差し、魔力を集中する。白い光にリオンは包まれ凄まじい魔力が渦巻いた。

 



「そ、その魔法は!!リオン!あの本を見たのか!!」


「あんたがいつまでも強い魔法を教えてくれないからな。ずるいよ、こんな強い魔法を隠していたなんて」


「リオン!その本最後まで読んでないだろう!!ええい!!」

 



リオンに無理やり近づき、気絶させた。この魔法は発動してしまえば如何なウルといえど、止める事はできない。リオンを止めるにはこうするしかなかった。

 



「私がやろうとしていた事を……だが奴を封じるにはこれしかないのも事実だ」



 

リオンと同じように腕を交差するウル。グレイが叫んだ。



 

「おい!何する気だよ!!」


「絶対氷結、アイスドシェル。己の命を代償に絶対溶けない氷となる魔法だ」


「そんな事したらウルが!」


「私は死なないぞ、グレイ。デリオラを封じる氷となるだけだ。だがリオンには死んだという事にしておいてくれ。あいつに真実を話せば氷を溶かすのに一生を使ってしまうかもしれん。お前達には広い世界を見て欲しい………」



 

 

 

『ウル、なに子供連れてんの?旦那もいないのに……あんた充分若いんだからまだいけるでしょ?』


 

 

 

 

脳裏に友人の言葉がよぎる。夫を亡くし、子も失った彼女はずっと一人で生きていた。それでもまだ充分に若く、美しい女性だ。また新たな女の幸せを求める事もきっと出来ただろう。しかし彼女はそうしなかった。なぜなら……

 



「そんな不幸そうなツラしてるつもりはないんだけどね」

 

今の自分が不幸せだとは決して思わないからだ。

 

「だって日に日に成長するお前達と一緒にいるんだから……安心しろ、グレイ。お前の闇は私が封じよう」



 

そして氷となったウルはデリオラを完全に凍らせた。彼女の意思を汲み取ったグレイは約束通り、リオンにウルは死んだと伝えた。

二人とも涙がとまることはなかった……




 

 

 

 

〜現在〜




 

 

 

 

「そんな事が……」


「だがリオンは本当に知らないのか?グレイもその本読んだんだろう?あいつが読んでねえ保証はねえだろ」


「だとしたらこんな真似はしないはず」



 

凄まじい破壊音がグレイの言葉を遮る。その場にいる全員が音源に視線を向ける。すると目の前の遺跡が傾いていた。

 



「え、えーーと、どういう事?」


「ナツだ。恐らくムーンドリップの光がデリオラに届かないようにする為にぶっ壊したんだろう」


「あいつがそんな事考えたのか!?」


「ああ見えてナツは頭の回転は悪くねえんだぞ。発想も柔軟だしな」

 



遺跡に向かって走ろうとしたその時、茂みから突然刀剣が飛んできた。瞬息の換装を可能とするカイルとエルザが全て叩き落す。

 



「見つけたぞ!フェアリーテイル!零帝様の邪魔はさせん!!」


「ここは任せろ、お前はリオンと決着をつけにいけ!!」

 



それを聞いたグレイは遺跡の中へとかけて行く。それにカイルもついて行く。



 

「カイル?来てくれんのはありがてえがエルザ達の援護しなくていいのか?」


「まああの程度の雑魚なら問題ねえだろ。それより気に入らん魔力を中から感じてな」



 

首を傾げるグレイだが、カイルには確信があった。



 

ーーー噂をすればなんとやら……いるな、ウルティア























 

 





 




あとがきです。お久しぶりです。いかがだったでしょうか?ウルさんかっこよすぎですね。それではまた次回。励みになりますので感想、評価宜しくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四公演 天使の島

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、俺はこっちだから」

 

リオンを追いかけて遺跡の奥へと入ったグレイとカイル。しかし途中でカイルは進路を変えた。

 

「なんだよカイル。一緒にリオンを止めてくれるんじゃなかったのか?」

「バカヤロウ。身内の問題だろ?てめえで解決しやがれ。カイルさんだってなんでもしてくれるわけじゃないんだよ?それに負けたままじゃ名折れだろうが。言っとくけどてめえじゃねえぞ」

「わかってる」

「「フェアリーテイルのだ」」

 

声が揃う。少し口元が綻ぶ。グレイもナツも実力、思慮、色々と足りないが、誇りだけはちゃんと持っている事が嬉しかった。

グレイと別れ魔力の源へと走って行く。途中傾いた遺跡が元に戻った。そこに、ナツと対峙している仮面の男がいた。

 

「げっ!!カイル!?てことは俺達を連れ戻しに!?」

「それは後。ナツ、こいつ譲れ」

「わかった。俺はグレイのとこにいってくる」

 

それを聞いたカイルは驚き、目を見開いた。

 

「意外だな、ダダこねるかと思ったが」

「気に入らねーけどグレイの事が気になるからな!そんかわり絶対勝てよ!!」

「フン、誰に向かって言っている?」

 

ナツもニヤっと笑い、親指を立てると、上へとかけて行った。

 

「まさか黒の騎士王が来ていたとは……想定外でしたね」

「遺跡を戻したのはてめえか。それとそのわざとらしいおっさん喋りやめろウルティア。年寄りのフリして油断誘おうってんなら相手が悪りいぞ」

 

仮面の男はふっと笑い、正体を明かした。長い黒髪に水晶を浮かばせた美女が現れる。

 

ウルティアだ。

 

「流石…と言ったところかしら?カイル。初見で見抜かれるとは思わなかったわ」

「お前とは何度かやりあってんだ。この俺がわかんねえわけねえだろう。あとカイルって呼ぶな」

「連れないわね。まあそこが魅力でもあるけど」

「ムーンドリップを教えたのはてめえだな。何で教えた?リオン程度じゃデリオラは倒せない事ぐらいわかんねえてめえじゃねえだろ?」

 

ゼレフ書の悪魔の中でも、高位に位置する怪物だ。ララバイなどとは格が違う。俺を除けば、スレイヤー系の魔導士でもない限り、アレに勝つのは相当困難だろう。

 

「もちろん。でも楽しそうじゃない?無敵の化け物が復活したら」

「本当のところを教えるつもりはねえってことか……ジークレインの指示か?それとも……闇か?」

 

問いかける質問に答える様子はない。水晶を弄びながら、ただ、皮肉げに冷笑するだけ。

 

「ムーンドリップは再開されたわ。時期にデリオラは復活する」

「したところでこの俺がいるんだぞ。すぐに叩き潰してやるよ。手始めに貴様を叩きのめす。今日こそ色々と聞かせてもらうぜ」

 

氷の精霊王フリージアを憑依させる。コレはウルティアへの精神攻撃の意図もあった。母の得意とする魔法を使う事により、相手の余裕をなくさせ、心的優位に立つ。しかしこの戦術はあまり成功したとは言えなかった。わざと使ったと思わせられるならばともかく、カイルは普段からワリと氷の魔法を使っている。加減さえ間違えなければ殺傷力や周囲への被害は炎や雷より低いし、扱いもそこまで難しくないからだ。平然とした様子で水晶を操り始める。

 

「貴方とは戦いたくないんだけど……仕方ないか。見せてあげるわ、ロストマジック。時のアークを」

 

水晶が宙に浮き、四方八方からカイルに襲いかかる。常人ならまず対応できない手数と速度だ。

瞬時に氷を周囲に展開させ、ガードを固める。精霊王の氷の強度は鉄に迫る。水晶程度なら難なく防げる。

 

「カイルの周囲の氷の時を進める」

「なっ!?」

 

かなりの厚さで展開した氷壁が一瞬で消えた。水晶が四方から襲いかかる。

 

「ぉおおおおおお!!!」

「わっ、すごっ」

 

いつ抜いたのか、ウルティアの目をもってしても見えなかった。銀の大剣を目にも留まらぬ速さでふるい、水晶を全て弾き落とす。

 

「やっぱ一筋縄じゃいかないわね。フラッシュフォワードだけじゃ無理か。ならこれでどう?」

 

指を鳴らすと、天井が崩れ落ちてくる。また全て凍らせ、その氷塊をウルティアに飛ばした。が溶けて消えてしまった。

 

「チッ」

 

時のアーク発動速度が以前より上がっている。遠距離からの攻撃は無効と判断した。跳躍し、瞬速でウルティアに迫る。ウルティアは水晶を出して応戦しようとするがあっさりかわされ、間合いに入られ、蹴りをかまされた。壁まで吹き飛ばされる。

 

「ぐはっ!!!」

「なんだ、相変わらず体術はヘボいな」

 

身体能力は以前と大して変わっていない。これならばやりようはいくらでもある。

地面に手をかざす。力を込めると一瞬で地が氷に変わった。

 

「なっ!?」

 

これだけの範囲を氷で覆うには多少厚さが薄くなるが……数瞬の躊躇を稼げれば充分。

壁面を駆け抜ける。ウルティアが地面の氷の時を進ませ、足場を確保した時には既に懐に潜り込んでいた。

 

足払いで引き倒す。そのまま鋒を喉元に突きつける。

 

「生きている物の時は操れない。それじゃあ俺には勝てねえよ。死なない程度に氷漬けにして評議会に引き渡してやる」

 

手を翳し、魔力を集中させた。その瞬間大きな破壊音と怒声が遺跡に響き渡った。

 

「復活したか……クソ、グレイ達はなにをやってたんだ」

「…………私の役目は終わったみたいね。それじゃあさよならカイル。また会える日を楽しみにしてるわ」

 

地面が脆くなり、そのまま崩れ落ちる。カイルが飛び下がった先には水晶が待ち構えていた。

 

「チッ」

 

撃ち落とす。問題なく対処できたが、舌打ちする。しっかり時間稼ぎをされた。

 

「アイスメイク……薔薇の王冠(ローゼンクローネ)!!」

 

今の数秒でウルティアは造形魔法を完成させていた。かつてウルが得意としていた造形魔法、薔薇の王冠。美しくも危険な氷の檻はカイルを数秒閉じ込めるには充分な檻となる。

 

「フリージア!!」

 

翳した手に氷が収束していく。氷の精霊王、フリージアが薔薇の森を喰らいつくした時にはもう彼女の姿はなかった。

 

「逃がしたか……まあしょうがない」

 

あのクラスに逃げに徹せられては流石のカイルといえど捉える事は困難だ。

 

───それより今はこっちだ

 

飛び上がり絶叫が聞こえた方向へと駆ける。怒声をあげつづけているデリオラの居場所は精霊王の力を使わなくても、充分にわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、グレイ。お前じゃ無理だ……こいつは俺が…」

「お前の方がもっと無理だわドアホ」

 

リオンの耳に聞き覚えのない新たな声が届く。振り返って見上げてみると、銀の大剣を手にした美青年が立っていた。

 

「き、貴様は……」

「アレがデリオラか……なるほど、確かに強いな。ララバイ辺りとは格が違う」

 

───……だが、妙だな。負ける気がしない、というか、戦う気が起こらない。精霊達もまるで殺気に反応してない。ゼレフ書の悪魔とは何度か戦ったがこんな事初めてだ。

 

違和感にカイルが逡巡しているうちにグレイは両腕を交差していた。あの魔法を使おうとしているのだろう。

 

止めるべくラヴィアスを構えたその間に、半裸の青年を桜頭の仲間が止める。激昂するグレイ。

 

「死んで欲しくねえからあの時止めたのに……俺の声は届かなかったのか…」

 

その言葉にグレイは我に帰った。取り残される苦しみをグレイは知っていたハズなのに。

膝をつくグレイ。ナツは拳を握りしめ、戦闘体制を整えた。

 

「よく言った、ナツ。後は任せろ」

 

ナツを守るようにカイルが立ちはだかる。

 

「カイル!どけ!おれが戦う!!」

「まあそう言わずに俺にやらせてくれよ。新しい精霊王の力。試し撃ちするにはちょうどいい相手で……」

 

そこまで言うと、デリオラは勝手に崩れ落ちていった。皆があぜんとする中、カイルだけは理解していた。

 

「そうか……デリオラはもう死んでたんだ…ウルの氷の中で少しづつ命を奪れて……恐れ入ったな。女の魔導士に敬意を抱いたのは初めてだ。誇れ、グレイ。お前の師匠は偉大な魔導士だ」

 

グレイは涙をこぼしていた。不意に彼の耳にだけ、ウルの言葉がささやきかける。

 

お前の闇は私が封じよう

 

「かなわんな……俺にウルは越えられん」

「ありがとうございます……先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、終わった終わった!」

「一時はどうなるかと思ったけどね〜。けどホントすごいよね、ウルさんって」

「これで俺たちもS級クエスト達成だ!」

「もしかしてあたし達二階にいけるのかな?!」

「あー、うぉっほん!!」

 

調子に乗っているナツたちに現実を教えるべく、カイルがわざとらしく咳をする。

 

「盛り上がってるとこ悪いんだが……何のために俺らがここに来たかわかってるよな?」

「「「「…………………(滝汗)」」」」

 

そこには苦笑しているカイルと般若の顔をしているエルザがいた。

 

「そ、そうだった……あたし達おしおきされるんだった!!」

「ま、今すぐじゃねえけどな。村の連中の問題を解決しねーと。エルザもそれでいいだろ?」

「………あぁ、今は村人たちを救わねばならない」

 

言いたい事は山ほどあったが、取り敢えずは飲み込む。一度やると決めた以上は最後までやり切らなければならない。責任感の塊であるエルザだからこそ、カイルが決めたこの決定に逆らう事はできなかった。

 

「で、でも!デリオラは死んだんだし、これで村人たちの呪いも解けて」

「あー、違うぞルーシィ。デリオラにそんな力ないない。十中八九ムーンドリップのせいだろうよ」

「そ、そんな〜」

「よーし、さっさと治してやるか!」

「あい!」

「だが治すにしてもどうやって?」

「八割がた検討はついてるんだが、やはりここは」

 

倒れ伏しているリオンをカイルが見つけ、首根っこを掴んで持ち上げる。まるで借りてきた猫を捕らえるかのように。

 

「今回の主犯に聞くのが一番だろ」

「「「な、なるほど」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は知らんぞ」

「何だとぉ!!」

「落ち着け、ナツ。多分嘘でもねーよ。」

「どういう意味?」

「説明してもいいんだが、まあ最後まで聞けよ」

 

一段落したのを見計らってリオンが話を続ける。

 

「三年前に村に来た時に奴らの存在は知っていた。だが奴らは遺跡にくることはなかった」

「三年間一度もか?」

 

元凶と思われる場所に一度も来なかったことを疑問に持ったエルザが問いかける。リオンは首肯した。

 

「ふーむ、となるとムーンドリップの人体への影響もマユツバだな」

「ああ」

「どういう意味?」

「少しは頭を普通に働かせろ問題児ども。三年間ずっと光を浴び続けたリオンが何ともないんだぞ」

「「「「あ、」」」」

 

確かにこれ以上ない証拠だった。

 

「もう一度詳しく村の連中に話を聞く必要がある。行くぞ、エルザ。質問内容はお前に任せる」

「?カイル?構わないがなんでだ?」

「流石に今回の絡繰は気づいてんだろ?答え合わせだ。あってたらご褒美やるよ」

「!!!わ、わかった。みていろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

村へ戻ると全て元通りになっていた。まるで時間が巻き戻ったように…

 

───あいつか……でもなんで?まあ気分屋な奴だから深い意味はねーんだろうけど。

 

村人たちを集めて、エルザが前に出て、質問を開始する。腕を組みながらスタスタと歩き、的確な質問をして行く。

 

うん、流石。ちゃんとわかってるようだ。

 

「遺跡には一筋の光が毎日のように見えてきゃあっ!!」

 

……復活していた落とし穴に見事にはまるエルザ。

 

「お、落とし穴まで復活してたのか……」

「きゃあっ!!ていったぞ」

「か、かわいいな」

「何言ってる。エルザは元々かわいいぞ」

「あたしのせいじゃない!あたしのせいじゃない!!」

 

穴に落ちたエルザにカイルが手を差し伸べる。

 

「ああ、すまない」

 

穴から出たエルザは話を続ける。

 

「つまりこの島で一番疑わしい場所ではないか」

「ふ、普通に語り始めたぞ」

「なかった事にした!なかった事にして無理矢理再編集した!」

「たくましい…」

 

そこまでわかってるなら口に出さないでいてやれと思ったがコレは言葉にしない。下手にフォローを入れると逆効果だ。

 

「なぜそんな場所を一度も調べなかったのか」

 

ここまで聞いた村長は冷や汗を流し始める。言い訳をしたが嘘だと看破され、本当のことを話し始めた。

 

「……本当にわからんのです。何度も調査には行きましたが、誰一人あそこにたどり着けんのです。こんな事を話しても信じてもらえぬと黙っていましたが…」

「俺たちは入れたぞ?ふつーに!!」

「ホントなんだ!何度行っても気づいたら村の門の前にいるんだ!たどり着いた奴は誰もいない!信じてくれ!!」

 

全員が驚愕する中、カイルとエルザだけは納得したように歩きだす。

 

「やはりか」

「となるとやっぱ壊さにゃならんな」

「ああ、村長、ここで一番高い櫓に案内してくれ、これより月を破壊する」

 

 

「「「「えええええええええ!!!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

櫓の上に案内され、エルザは巨人の鎧と破邪のやりを換装し、構えた。カイルもイフリートを呼び出す。

 

「これより月を破壊する。カイル、タイミングを合わせろよ」

「誰に向かって言っている?」

 

二人ともふっと笑うとエルザは月に向かって槍を構え、炎の魔法の力を拳に込める。二人の足元に魔法陣が浮かび上がり、一つに溶け合った。

 

「「ユニゾン・レイド!」」

 

エルザの構えた槍に炎が纏われる。槍を投擲するその瞬間、完璧にタイミングを合わせ、カイルの拳が槍を捉えた。

 

紅玉を纏いし破城槌(ルビーオーバートマホーク)!!】

 

放たれた槍は空に刺さり、月を中心にひびが入って行き、粉々に砕け散った。その奥には本物の月があった。

 

「「「「う、うそーーーーー!!!」」」」

「と、どうなってんだぁ!!」

「この島は邪気の膜で覆われてたんだよ、そのせいで月が紫だったんだ。見てろ、村が本来の姿を取り戻す」

 

村人たちを光が包む。だが、彼らの姿は悪魔のままだった。

 

「かわってない!?」「失敗したのか!?」

「そうじゃない、あれでいいんだよ」

「邪気の膜は彼らの姿ではなく、記憶を冒していたんだ」

「記憶??」

「「夜になると悪魔になるってゆー間違った記憶にな」」

「とゆー事はまさか………」

「そう」

 

 

彼らは元々悪魔なんだ

 

 

「「「えええええええ!!!!!」

 

空いた口がふさがらない一同。

 

「ま、マジ?」

「う、うむ。まだちょいと混乱しとりますが…」

 

愕然とするグレイが村長に問うと、一応肯定する。

 

「彼らは人間に変身する力を持っていた。それを本来の姿と勘違いしたんだ。それがムーンドリップの記憶障害」

「元々ガルナ島は悪魔の島って呼ばれてたんだ。この事実は意外ってほどじゃないだろう」

「超意外だから!じゃあなんでリオン達は平気だったの!?」

「あいつらは人間だ。こいつは悪魔にしか効果がないらしい。ちなみに遺跡にいけなかったのも悪魔だからだ。あそこは聖なる光が満ちている。悪魔が近づけんのは当然だな」

 

全ての謎が一本の線となった。

 

「さすがだ……君たちに任せて良かった…」

 

物陰から声が聞こえてくる。そこには死んだと思われていた悪魔がいた。彼だけは記憶障害から逃れていたらしく、しばらく避難していたのだった。

 

ボボが生きていたとわかり、狂喜する悪魔たち。空へと飛び上がり、踊っている。

 

「ふふ……悪魔の島……か」

 

つぶやくとその隣に立っていたカイルに寄り添うようにしなだれるエルザ。

優しい瞳でエルザを見た後、カイルも答えた。

 

「悪魔ってよりは天使のほうが似合うな」

「うん」

「今宵は宴じゃーーー!!悪魔の宴じゃーーー!!」

「おぉおおおお!!!」

「な、なんかすごい響きね、それ」

 

天頂に輝く月、満点の星の元、悪魔たちが奏でるメロディーに天使が踊る。

 

カイルはエルザにそっと向き合うと【千の戦乙女の忠誠】でタキシードに換装した。腰をかがめ、手を差し出す。

 

「か、カイル?似合っているがどうした突然」

「見事に看破した褒美だ。踊ってくれないか?俺の妖精女王(エルザ)

 

ボンッと音がなるんじゃないかと思うほど顔を赤くする。ダンスは幼い頃カイルが教えたため、ワルツからパトソブレまでエルザは一通り踊れる。白いドレスに換装し、おずおずと手をとった。

 

「喜んで。私の騎士王(カイル)

 

悪魔たちの踊りの中で妖精が舞い踊る。妖しくも楽しげな宴は朝まで続いた。

 

 




あとがきです。ガルナ島編終了です。いかがだったでしょうか?次回からはファントム編へと突入します。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五公演 黒の騎士王、突撃!隣のギルドマスター!

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!!依頼料はいらない!?」

 

クエストを無事達成し、報酬を渡そうとした村長にカイルとエルザはいらないと断った。

 

「今回は一部のバカが勝手に動いて勝手に解決しただけだ。ギルドが正式に受理したクエストではない。依頼料を受け取る資格はない。」

「し、しかしですな!!」

「こ、これだけ苦労して何もなしかよーー!!」

「馬鹿野郎、正しく資格を持たない者が勝手に暴れたんだ。ギルド連盟に訴えられたら俺たち確実に負けるぞ。報酬なんて貰えるわけないだろう」

 

医師免許を持たないものが無断で治療行為を行ったようなものだ。報酬どころか、こちらから詫びをいれなければならないくらいだ。

 

「で、ですがこれで我々が救われたのは事実。これは報酬ではなく、友人へのお礼という事で受け取ってくれませんか?」

 

懸命に頼み込む村長。いい人…いや、悪魔だ。七百万がタダになるというのに。だが、彼の言い分もわかる。

どうする?と視線を向けてくる緋色の髪の相棒に向けて一度頷く。するとエルザは仕方ないといったふうに首を振った。

 

「そう言われると拒みづらいな」

「まあ、こんだけやっといて何も受け取らないじゃ、こいつらがいたたまれんだろう。追加報酬の鍵くらいは貰ってもいいんじゃないか?」

「……そうだな。ギルドの理念に反するが、気持ちとして鍵だけは受け取っておこう」

「「いらねーーーー!!!」」

「いるいる!いるわよ!!」

 

ナツ達には意味のないものだから、不満だだ漏れだったが、ルーシィは慌てて「いる!」と叫んだ。それも無理ないことだろう。黄道十二門の鍵といえば、星霊魔導士にとっては喉から手が出るほど欲しい強力な魔導具。貰えるなら貰っておきたい筈。ルーシィにとって、今回の報酬はかなりのものだ。

 

S級魔導士として、正しく資格を持つカイルが人馬宮のサジタリウスを受け取る。そしてそのままルーシィに渡した。コレならばギルドとしても違反を犯したことにはならない。

 

「ありがとうカイル!」

「いいよ、俺には意味のないものだし。じゃあ帰るか」

「おい、船はどうすんだ?」

「私達が強奪した海賊船がある。アレに乗っていくぞ」

「エルザ……事実だけどもうちょいオブラートに包めよ……」

「ええええ!!海賊船!!いや!乗りたくない!!」

「泳ぐなら付き合うぞ?」

 

船に乗りたくないナツは泳ぐ気満々だった。腕をぐるぐる回している。

 

「それも嫌!!」

「贅沢言うなルーシィ。ほらいくぞ。あ、泳いでもいいけど」

「カイルの鬼ーーー!!」

 

結局皆で船に乗り込む。動き出して数分でナツはグロッキー。

 

「バイバーーイ!!フェアリーテイル!!また来いよ!!」

「本当にありがとう!!フェアリーテイル最高ーーー!!」

 

見送りをしてくれる悪魔達。その様子を皆嬉しそうに見ている。

 

「ばいばーーい!!みんな!元気でねーーー!!!」

 

島の影が見えなくなるまで彼らの見送りは続いた。

 

 

 

 

 

 

「帰ってきたぞーーー!!!」

「来たぞーーー!!!」

「しっかしあれだけ苦労して報酬は鍵一個か…」

「まだ言ってるのか、訴えられなかっただけ感謝しろ」

「まあ、正式に受理したクエストじゃないんだ。これぐらいでちょうどいい」

 

今回の結果に不満を言うグレイを嗜めるカイル。それでも苦労の割に対価が合わないという感覚はカイルにもあった。

 

「そうそう!文句言わない!!」

「得したのルーシィだけじゃないか〜〜」

「自分さえよければそれでいいタイプだよな〜ルーシィは。どこのお嬢だっての」

 

「「売ろうよ、それ」」

 

見事にハモるカイルとハッピー。

 

「なんて事言うドラ猫かしら!!言っとくけどこの黄道十二門の鍵はめちゃめちゃレア何だからね!!」

「「……………へぇ」」

「あんたら信じてないわね」

 

本当はカイルだけは価値を知っているが、S心を刺激されたカイルはしばらく知らないフリをする事にしていた。

 

「あのカニやメイドが〜〜」

 

全員嘘だ〜といった顔をしている。それにルーシィが激昂する。

 

「あたしがも〜〜っと修行すれば絶対あんた達より強いんだから!!」

「ほう、なら是非俺と戦って欲しいモンだな。手加減なしで……」

「ご、ごめんなさい……」

 

カイルの戦おう宣言に一気にビビったルーシィ。

 

「ま、それは半分冗談として」「半分!?」

「なんて言う鍵なんだ?それ」

「人馬宮のサジタリウス」

「人馬!?」

 

グレイの頭にケンタウロスの逆バージョンが浮かび上がる。

 

「いや、それ逆じゃない?」

「………ワクワク」

 

ナツの頭には何かもうわけわからん生物が浮かび上がる。

 

「なにそれ!!もう生物じゃないわよ!!」

「…………おお!」

 

カイルの頭には全身を漆黒とところどころに金をあしらった鎧と兜に身を包み、銀の盾と槍をもち、見事な青毛の馬に乗った騎士を思い浮かべた。

 

「そ、それはカッコよ過ぎかな〜」

 

ルーシィがそれぞれの想像にしっかり突っ込んだことを確認するとも、エルザがおもむろに口を開いた。

 

「さて…早速だがギルドに戻ったら貴様らの処分がある」

「うぉ!!忘れかけてた!!」

「忘れんな、なんのために報酬がチャラになったと思ったんだ」

「私もカイルも概ね海容していいとは思ってるが、決めるのはマスターだ。私達は弁護する気はない。覚悟しておけ」

「ままままさかアレをやらされるんじゃ!!」

「ちょっと待て!!アレだけはもうやりたくねえ!!」

「え?あれって何?」

 

ルーシィだけは着いていけない様子。フェアリーテイルに入って日が浅い彼女はアレについてを知らなかった。

 

「大丈夫だって。ジッちゃんならよくやったって言ってくれるさ」

「……いやアレはほぼ確実だろう。ふふ、腕がなるな」

「あ、そっか。今回は俺とエルザがやることになんのか。アレってやる方も結構大変なんだけどな〜〜。まあ面白いからいっか←(ドS)」

 

「…………イヤだぁあああああ!!アレだけはイヤだぁああああ〜!!」

 

逃げようとするナツの首根っこをエルザがひっつかみ、引きずって行く…

 

「………ふふふ、さあ、逝くぞ」

「おい、バカ二人、キリキリ歩け」

 

後ろでこの世の終わりのような顔をしているグレイとハッピーの肩に腕を回し、歩くカイル。

 

「だ、だからアレって何〜〜〜〜!!!」

 

 

 

 

しばらく歩いていると何やらヒソヒソと話し声が聞こえる。どうやら俺たちを見て話しているようだ。

 

「カイル、街の様子がおかしい」

「奇異の目で見られるのはいつもの事だが……なんかあったか?」

 

ギルドに到着する直前に曲がる角がある。そこを曲がるとそこには驚愕の光景があった。

 

「な!!何!!」

「こ、これは!!」

「お、おいら達の……」

「俺たちのギルドが!!」

 

巨大な鉄に串刺しにされているギルドの姿があった。

 

「この鉄は……ただの鉄じゃない。バハムート、これは」

【ああ、滅竜魔法の鉄だ、奏者】

 

無惨なギルドの姿を見て、呆然とするカイル達。そこへ声がかかった。

 

「ファントム」

 

後ろにはミラがいた。明らかに沈んだ表情。カイルは思わず拳を握りしめる。

 

「悔しいけどやられちゃったの」

 

上がボロボロになっているので皆地下で飲んでいた。場の空気は悲しみや怒りに包まれている。

 

「おっ!カイル達が帰ってきたぞ」

「おうただいま。じーさんは?」

「奥にいるよ」

 

喧騒の中をまっすぐ歩くカイル達。仲間達はやり返すか、我慢するかの賛否両論に別れているようだ。

 

「よっ、カイル。おかえり」

「ああ、ただいま。」

「ただいま戻りました」

 

いつも通り酒樽の上に乗るマカロフ。カイルとエルザもいつも通り振舞っているが、エルザの声は震えていた。

 

「じっちゃん!!酒なんか飲んでる場合じゃねえだろ!!」

「あ〜、そうじゃった!!貴様ら!!勝手にS級クエストなんぞにいきおって!!」

 

『………は?………』

 

全く見当違いの事を言われたカイル達は愕然とする。

 

「おいじーさん。そうじゃなくてよ」

「めっ!めっめっ!」

 

腕を伸ばしてナツ達を一発ずつ殴る。

 

「……めっ」

 

ルーシィだけはケツ……

 

「マスター、ダメでしょ?」

 

ついに限界がきたのか、エルザがつっかかる。

 

「マスター!!これがどういう事態かわかっておられるのですか!?」

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。騒ぐ事でもなかろうに」

「おいおい、じーさん。気持ちはわからんではないが、呑気過ぎやしないか?」

 

カイルは呆れる半分、納得半分の顔をしてマカロフに問う。ルーシィは何もわかってない様子でキョロキョロしていた。

 

「ファントムだぁ?あんなばかたれどもにはこれが限界じゃ。誰もいねえギルド狙って何がたのしいのやら」

「誰もいない?」

「襲撃されたのは夜らしいのよ」

「怪我人はいなかったのか……不幸中の幸いだな」

 

とりあえずよかったと安堵するが、頭の隅に違和感が残る。

 

───……引っかかるな………ギルドの規定を破ってまで、しかもファントムクラスのギルドがやったことがこの程度?

 

「不意打ちしかできんような奴らに目くじら立てる必要はねえ。放っておけ」

 

納得の行かないナツはまだ文句を言ってる。ナツを怒る際、またルーシィのケツを叩く。

なんでケツ?

 

「この話はここまでじゃ、上が治るまでしばらく受注はここでやる。カイル、あとは任せた。漏れそうじゃ」

 

トイレへとトコトコ走っていくマカロフ。ナツはまだ憤懣やる方ないといった感じだが、仕方ないだろう。

 

「何で平気なんだよ……ジッちゃん」

「平気なわけねーだろ、ナツ。だがギルド間の抗争は禁止されてる」

「先にやってきたのはあいつらじゃねえか!!」

「後先の問題じゃねーの。せっかく我慢してるじーさんの気持ちを裏切るな。今日はもう寝ちまおう。各々気をつけろ。いいな」

「………マスターがそうお考えなのなら仕方ないな」

 

まだ納得はいってない様子だが一応頷くエルザ。そこで俺たちは解散になった。

 

といってもある家でまた集合になったのだが……

 

「カイル?何を書いている」

「ん〜、念のためのおまじない。エルザは気にしなくていいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これってさ、普通に不法侵入だよな。エルザに散々やるなって言ってたこと俺がやるってのは罪悪感ぱねえんだけど」

「大丈夫だろ?」

「あい!」

「これで一回は不法侵入しても文句は言われないな」

 

おい、最後の何だ。と思ってると部屋の主が帰ってくる。

 

「フェアリーテイルは………」

 

「おかえりーー」

「いい部屋だな」

「すまんな」

 

「さいこーーーー!!??」

 

まあ当然の如く怒るルーシィ。事情を説明し、一応納得してくれた。

 

「お前も年頃の娘だしな、だいたいカイルとふたりきりでお泊まりなんて私がゆるさゴホン!!!気が引けるのでな、同席する事にしたんだ」

「おい、途中本音が出てたぞ」

「気にするなグレイ、気にしたら負けだぞ」

 

諸々の事情込みでお泊り会が開かれた。各々部屋を物色している。

 

「ガリガリ」

「つめとぐな!!ネコ科動物!!」

「何だニコラ!その食い物!俺にもくれ!!」

「エルザーー。見てーーエロい下着ーーー」

「す、凄いな……こんなのをつけるのか…か、カイルはどういうのが好み何だ?」

「別に下着にこだわりないけど…強いて言うなら黒系?ガーターとか」

「………清々しいほどひとんちエンジョイしてるわね」

 

完全に友達の家に複数で泊まりに来た状態になっている。各々、いつもと違う空間をそれぞれで楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…良い湯だった」

 

タオルを巻いただけの格好でエルザがベッドに座る。先ほど女性陣に汗臭いと言われた男達はそれぞれで入浴を済ませていた。今は思い思いに寛いでいる。

カイルに至っては上半身裸で寝転がっていた。

 

「エルザ…皆ホント寛ぎすぎ…」

「おっとこれは失礼」

 

そう言ってエルザは換装でパジャマに着替える。

ハートの十字架が描かれている。

 

「あとカイル!!グレイになってるよ!!ちゃんと服きて!!」

「えー、俺って寝るとき何も着ない人なんだけど」

「お黙り!!家主のいう事聞きなさい!!」

 

しょうがねえな、と一言言うと、浴衣に換装する。東洋の着物で動きやすくて気に入っている。

 

「…で、例のファントムって何で急に襲ってきたのかな?」

「さぁな…今まで小競り合いはよくあったが、こんな直接的な攻撃は初めてだ」

「…じっちゃんもビビってないでガツンッとやっちまえばいーんだ」

「ナツ起きてたのか…」

 

いきなり会話に混ざってきたナツにビックリした。こいつは特定のワードで急に覚醒するから心臓に悪い。

 

「じーさんはビビってるわけじゃねぇだろ。あれでも一応、聖十大魔導の1人だぞ」

「って何自然に読んでるわけー!?」

 

どうやらグレイが読んでいたのはルーシィが書いている小説だったようだ。

ルーシィは顔を真っ赤にしてグレイの手から原稿を奪い取る。

 

「コラー続きが気になるだろうがよー」

 

ん、と手を出して返すよう促すグレイ。

 

「だぁめ!読者第一号はレビィちゃんに決まってるんだから!」

「……ん、」

「その手はなにぃぃ!?」

 

ルーシィが必死に説明するが聞いていなかったのか、よこせ、とエルザが手を出す。

 

「ダメだって言ってるでしょー!!」

 

 

 

 

 

 

「───ところで、聖十大魔導って?」

 

原稿を抱えたまま、思い出したようにルーシィが質問する。その内容にカイルは呆れると同時に納得する。大陸の魔導士なら聖十は知っていて当たり前の存在なのだが、この辺の世間知らずさはハートフィリアのお嬢様らしい。

 

「魔法評議会議長が定めた大陸で最も優れた魔導士十人につけられた称号だ」

「へぇー凄ーい」

「ファントムのマスター・ジョゼもその一人なんだよー」

「そして、あの男もな…」

 

エルザが憎々しそうに言うあの男とは……ジークレイン。

カイルが一番戦いたくない人物だ。

 

「あ、あと俺もね」

 

普段は隠してる聖十の首飾りをルーシィに見せる。

 

「えぇええええ!!か、カイルってそんなに凄い魔導士だったの!?」

「今更何を言っているルーシィ。カイルより強いやつなんてそれこそギルダーツぐらいだろう」

「?誰それ?」

「ああ、いずれ教えてやるよ。それより今はファントムだ」

「ビビってんだよ!ファントムの奴等、数だけは多いからよぉ!」

「だから違ぇーだろ。マスターもミラちゃんも二つのギルドが争えばどうなるかわかってっから、闘いを避けてんだ」

「魔法界全体の秩序のために、な」

「そんなに凄いんだ…ファントムって…」

 

ルーシィの言葉にあんな奴等大したことねぇよ、とナツが返す。

 

「いや…、実際争えば潰し合いは必至。戦力は均衡している」

 

ファントムにはマスター・マカロフと互角の実力を持つと言われている聖十大魔導のマスター・ジョゼと、フェアリーテイルで言うS級魔導士であるエレメント4。

 

一番厄介なのは今回のギルド急襲の犯人と思われる、鉄の滅竜魔導士、鉄竜のガジル。

 

「滅竜魔導士!?ナツの他にもいたんだー!」

「…チッ」

 

ナツは機嫌悪そうに舌打ちをする。

 

「ま、俺がいるから戦力的には6:4ってトコだな。それよりナツ、そんなふくれっ面すんな」

「んぉ」

 

カイルはナツの頭に手を乗せ、ぐしゃぐしゃに掻き回す。

 

「やめろよカイルーー!!」

「断る」

 

そう断れば、こんのぉー!とナツがやり返してきた。ヒラリと躱す。

 

「甘い」

「避けんなぁぁ!」

「…本当に兄弟みたいだな」

「そうね…」

 

エルザとルーシィが微笑ましそうに二人を見つめる。必死に抵抗するナツに余裕を持って対処するカイル。その様子は騒がしくも、微笑ましい。

 

「エルザも混ざるか?」

「…!……そうだな。手加減はしないぞ!」

「ギャーやめろってエルザー!」

 

エルザの参戦でナツが悲鳴を上げる。

 

「ルーシィもグレイも、ハッピーもプルーも混ざれ!」

「えぇ!?」

「カイル、ナツ押さえてろ」

「オッケー」

「わぁぁやめろ!」

「おいグレイ、早くしろ」

「おいらもー!」

「プー」

 

 

 

この闘いは全員が

疲れて眠るまで続いた───…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、フェアリーヒルズ近郊。闇に紛れ、忍び込む影が一つ。ボロマントに身を包み、鋼鉄が擦れ合うような重厚な音が夜の静けさに響く。

 

「く、クソッ」

「この……」

 

打ちのめされたジェットとドロイが呻く。突如現れた襲撃者と戦った2人は瞬く間に制圧されていた。

 

「この程度の雑魚がギルドを代表するチーム、シャドウギアだってのか。所詮妖精のケツなんかこんなもんかよ」

 

唯一無傷のレビィは部屋の奥で震えている。襲撃を警戒し、全員が揃って過ごしていたチーム、シャドウギア。3対1という状況だったにも関わらず、結果は圧倒的だった。

 

「残るはテメエだけか。お前みたいなチビ女、殺したところでなんの自慢にもなりゃしねえが……開戦の花火は派手な方がいいからな」

 

べろりと舌を舐め、敵意をレビィに向ける。その威圧感は凄まじく、戦闘向きと言える魔導士とは言い難い彼女に抗えるものではなかった。

 

「や、やめろテメエ…」

「雑魚は黙ってろ」

 

止めようと動いた2人を襲撃者が蹴り飛ばす。鉄で殴られたような鈍い音とともに2人は意識を失った。

 

「死ね」

 

襲撃者が腕を鉄に変える。いや、正確には刃に変えた。文字魔法で自身を守ろうとしたが、遅い。振り下ろしの一撃には間に合わない。レビィは恐怖に目を閉じた。

 

金属音が部屋の中に鳴り響く。同時に突き飛ばされたような衝撃が彼女を襲った。自身を打ち付ける鈍い音と激痛を予想していたレビィは予想外の痛みに目を開く。

 

「やはりな、警戒(おまじない)をしておいてよかった」

 

部屋の中に魔法陣が浮かび上がる。その中心にいたのは銀の大剣で鉄刃の一撃を受け止めている白銀の髪の騎士。いつもの着物より軽く、ゆったりとした衣服に身を包んでいる。浴衣という寝巻きだと以前言っていた。

 

「テメエ……」

「お初にお目にかかる。鉄竜のガジルくん。妖精の尻尾S級魔導士、カイルディア・ハーデスだ。以後、お見知り置きを」

「カイル!」

 

唐突に現れた救世主の名前をレビィが叫ぶ。ガジルの腕を弾き飛ばすと同時に振り返り、柔らかな笑みを返した。

 

「やあレビィ。息災そうで何より。間に合った……とは言い難い状況だが、取り返しがつかなくなる前でよかった」

「テメエ……どうやって現れた?」

「なに、ファントムクラスの大ギルドが規定違反を犯してまでやらかした事があの程度とはとても思えなかったんでな。ちょっと警戒してただけだよ。転移魔法の構築が難しくてちょっと手間取ったが」

 

酒場にいた時、ギルドメンバー全員に風精霊を付かせておき、異常があれば伝えるようにしておいたのだ。しかし精霊は基本気まぐれで、夜は眠っている。そのため、精霊が風の精霊王シルフに襲撃の報告をしたのは少し遅かった。

 

「さて……」

 

光の精霊王セレナードがジェットとドロイの傷を癒す。応急処置が終わり、意識を取り戻した事を確認すると、カイルは大剣を襲撃者に突きつけた。戦意を感じ取ったのか、ガジルも戦闘態勢に入る。

だが……

 

───なんだこのバケモンは……

 

鉄竜のガジルは恐らく、生まれて初めて恐怖していた。隙のない佇まい、溢れる気魂、圧倒的な魔力。全てが自身を上回っている。まるで噴火寸前の火山を相手にしているかのようだ。

 

『ガジルさん。誰を相手にどう暴れても構いませんがねぇ。マカロフとカイルディア。この2人にだけは手を出してはいけませんよ』

 

動く前にギルドマスターであるジョゼから散々言って聞かされた。 

絶対に一対一で戦うな。一個大隊を相手取るよりも無謀なことだと。

 

───聞いてはいたが、ここまでとは

 

一個大隊どころか、ギルメン全員で掛かっても倒せるかどうか。聖十大魔導は天変地異を引き起こす魔導士だという触れはハッタリではないのかもしれない。

だがそこは流石名の通った魔導士である鉄竜のガジル。実力差を感じつつも心までは折れず、美しい怪物を睨んでいた。

ほう、と白銀の髪の青年が感心したように息を吐く。割と本気で殺気を叩きつけたというのに、折れていない事に少し驚嘆した。苦笑すると少し鋒を下ろす。

 

「心配するなよ、ガジルくん。君が仕掛けてこない限り、俺もこれ以上何かする気は無い」

「なに?」

 

ギルドメンバーが襲われたというのに、穏やかに対する彼に帰って恐怖を感じる。怒りとは表に見えないものの方が恐ろしい事をガジルは知っていた。

 

「信じられないか?だが事実だ。こいつらも君達の襲撃があった後で警戒していたはず。それも3対1の状況、君がやられていた可能性も大いにあったんだ。にも関わらず返り討ちにされたこいつらの弱さも悪い。これ以上事を荒立てるつもりは俺にはない」

 

カイルの言っていることは概ね正しい。強者の論理かもしれないが、正論だ。酒場が壊され、こちらはこれ以上被害が出ないように集団で行動する事を厳命していた。当然、闇討ちの可能性も考慮した上での指示。その事をギルメン全員が理解していたはずだ。それなのに3対1で惨敗。カイルからすれば情けない以外の何者でもない。

基本彼は仲間には優しいが、戦闘面に関しては仲間だからこそ厳しく当たる。魔導士たるもの、己の安全は己で守る程度の実力を身につけることは最低条件。おんぶに抱っこは仲間と言わない。

 

「だが俺も仲間を襲われた事に関する怒りはある。故にこの場で君と戦っても構わないんだが……それは出来るだけしたくない。いくら仕掛けてきたのがそちらとはいえ、同じ土俵に上がって仕舞えば同罪だからな」

 

開戦してしまえばフェアリーテイルも規定違反をする事になる。勝っても負けても罰則は免れない。ただでさえペナルティが重なっているウチはこれ以上評議会の心証を下げるわけにはいかない。

 

「つまり……どうしろと?」

「幽鬼の支配者、マスター・ジョゼと話がしたい。一団の長を務める男だ。まんざら、わからず屋でもあるまい。取り次いで貰えるだろうか?鉄竜のガジルくん」

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。随分と空いてしまい、申し訳ありません。リメイクって難しい。さあオリジナル展開にしてしまったぞ。どうするカイル!着地点ほとんど見えてないぞ作者は!……頑張ります。それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六公演 違法と合法は紙一重

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィオーレ王国の北東 オークの街。

歴史ある城下町で、観光名所としてそこそこ名の通った街だ。しかし、この街が観光名所として栄えている最大の理由は街並みではない。

魔導士ギルド幽鬼の支配者。オークの街の中心に聳え立つ巨大な建造物。優秀な魔導士達が多く加入しているフィオーレ王国でもトップクラスの巨大ギルドだ。依頼はひっきりなしに舞い込み、ギルド内部はいつも喧騒に包まれている。その騒がしさは日が暮れるに比例して大きくなり、今ぐらいの時間だと、酔った魔導士たちが大騒ぎしているはずだった。

しかし、今日は打って変わって静かである。酔いに任せて騒ぐ者など一人もおらず、街の喧騒すらない。本日この時、オークの街に留まっている者は一人もいなかった。

そしてマグノリアも今日はほとんど誰もいない。この街の喧騒の主な原因となるギルド全員が出払っているからだ。

 

その代わり、とある街は凄まじい人の数で溢れかえっており、その街の闘技場は観客たちで超満員になっている。

都市、ルドベキア。マグノリアとオークの中間に位置する街であり、人口も規模もそこそこ大きい。なにより、その街には大きな古代闘技場があった。

 

マグノリアのみならず、多くの街の町民たちが入り混じる中、一際大きな声が街中に轟いた。

 

『皆様!長らくお待たせいたしました!』

 

放送の声に歓声が返る。待ちに待った時がようやく訪れた事に民草は歓喜した。

 

『フィオーレ最強の魔導士ギルドは一体どこだ?魔法大国である我が国では何度となく議題に上がった事でしょう!蛇姫の鱗?いや、四つ首の猟犬。いやいや青の天馬か?なるほど、どれもナンバーワンを名乗るに相応しい力を持つギルド達だ』

 

肯定と否定の両方の声が観客達から上がる。その様子を見て、アナウンサーは納得するように何度も頷いた。

 

『しかし!やはり最有力はこのギルドだと言う声が最も多い事でしょう。人数、規模、そして組織力!間違いなく最大、幽鬼の支配者!』

 

一際大きな歓声が上がる。闘技場の舞台に5名の魔導士と代表たるギルドマスターが現れる。控室から出てきたのはマスタージョゼを筆頭に、幽鬼の支配者最強の魔導士達であるエレメント4。そして鉄竜のガジル。

 

『ご覧ください!この錚々たる顔ぶれを!フィオーレに名を轟かすエレメント4。そして伝説の滅竜魔法を操る鉄竜のガジル!これほどの魔導士が一つの団体に揃っているのはフィオーレ広しといえど、幽鬼の支配者だけでしょう!』

 

肯定の歓声が幽鬼の支配者の魔導士達を中心に上がる。その言葉を否定する者は誰一人としていなかった。

 

『ならば最強は幽鬼の支配者か?いやいや、それは早計だ。人数は劣るが、誰もが一騎当千の精鋭揃い。良くも悪くも話題が尽きないお騒がせギルド!尖り続ける荒くれ集団、しかし能力はピカイチ!彼らに対抗できるとすれば、こいつらしかいなーい!!』

 

対面の控え室から同様に現れる。先頭を歩くのは小さな老人。しかしその名はすでに生きる伝説。

 

『妖精の尻尾!!』

 

マカロフを先頭に、光の下に現れる選ばれし5名。ナツ・ドラグニルとグレイ・フルバスター。エルフマン・ストラウスにエルザ・スカーレット。そしてカイルディア・ハーデス。自身の力量に絶対の自信を持つ手練れの魔導士達が不敵な笑みとともに闘技場の階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らがあのような状況になったことを説明するためには、少し時間を遡らなければならない。そう、ガジルが夜襲をかけてきたその夜。ファントム・ロードの本拠地空間は緊張が……というより、ある一人の男が支配していた。

 

「なんであいつが此処に…」

「知らねえよ、それより目ぇ合わせるな。マスターだって言ってたろ。こいつとマカロフには手ェ出すなって」

 

金属が擦れ合うような足音を鳴らす黒髪の男に連れられてきた青年。彼の顔と名前はこの国の者ならば誰もが知っている。

カイルディア・ハーデス。聖十大魔導の一人にして、絶世の美剣士。サラサラと流れる白銀の髪はまるでダイヤのような高貴な煌めきを放っており、琥珀色の瞳からは絶対の自信と力強さが溢れている。

 

「どうやら、あまり歓迎されていないようだな」

「この状況で歓迎なんてされるわけねぇだろうがクソが」

 

前を歩くガジルが吐き捨てるように言う。彼の両腕は今魔法で拘束されていた。【千の戦乙女の忠誠】で創られた拘束具。歩く以外の事は出来ないようにされている。

 

「仕方ないだろう。暴れるんだから」

 

レビィ達への夜討ちが失敗したガジルはカイルから逃亡を図った。無論即制圧したが、その時少し手間取ったカイルは両腕を魔法で縛っていた。実力は自分より下だが、油断できる相手ではない。

 

「諸君、心配するな。今ここで君達と戦うつもりはない。だが敵地である以上、少々警戒はさせてもらう。君達が何もしない限り、俺もこの剣を振ることはしない。わかってくれ」

 

ガジルの背中には銀の鋒が突きつけられている。下手な動きをすれば斬るという警告だ。鉄になれるガジルなら本来意味のない脅しだが、黒の騎士王は容易に鉄を断つ。ガジルの命は銀髪の剣士の気分次第と言って、過言ではない。

 

「これはこれは……予期せぬ珍客ですね」

 

騒ぎを聞きつけてか。それとも別の理由か。姿が見えなかった男が現れる。幽鬼の支配者マスターにして、聖十大魔導の一人。マスター・ジョゼ。大陸でも有数の魔導士である。

 

「会うのは二度目か。マスター・ジョゼ。久しぶりだな」

「いやいや、私からすれば君が聖十に選ばれた日など、まるで昨日のことのようだよ。若いとは素晴らしい。時の使い方の濃密さが私などとは比べ物にならない。まあかけたまえ」

 

穏やかな口調で話してはいたが、剣呑さは隠しきれない。きっかけ一つでこの二人は大災害に変身することだろう。しかし、二人とも微笑を浮かべつつ、豪奢な椅子に座った。

 

「して、今日はどういった用向きかね」

「はっ、白々しい。誤魔化すのは無しにしよう。ジョゼ。今回の抗争の件だ」

 

単刀直入に斬り込む。最近身につけてきたとはいえ、元々腹芸が得意な男でもない。ましてジョゼはそういう搦め手に関してはカイルより遥かに上だろう。言葉遊びで勝てる相手ではない。

 

「仲間が攻撃を受けた。酒場を壊した程度ならチンピラが暴れたと思って捨て置いたが……事ここに至っては俺も見逃せない」

「ならば、どうすると?」

 

プレッシャーがカイルの全身に襲いかかる。明らかに空気が変わった。ジョゼが戦闘態勢に入ったからか、周りのギルドメンバー達もその気になる。カイルが少しでも妙な動きを見せれば、即修羅場に突入するだろう。

 

「ドンパチやるならやるで構わないがな。これ以上は本当にギルド同士の戦争に突入してしまう。勝っても負けてもお互い被害はデカいだろう。それはウチとしても本意ではない。(ただでさえ規則違反だらけのギルドだし)奇襲などという手を使ってきた事から、それはあんたらも同じ筈だ」

 

恐らくジョゼの計画は奇襲を仕掛ける事でこちらに喧嘩を売り、耐えきれず襲撃を仕掛けてきた時に何らかの手段で返り討ちにするといったところだろう。コレなら仕掛けてきたのは妖精の尻尾からだと評議会に言い訳することも出来なくはない。作戦通り準備万端待ち構えているジョゼの罠に飛び込むのは流石に怖い。突破出来なくはないだろうが被害は確実に出る。

 

「だからあんたらには手を引いてもらいたいというのが俺の願いなんだがな。今までとは違って、ココまで派手に喧嘩売ってきたんだ。もうあんたも引っ込みつかないだろう」

 

コレは図星だ。準備万端、手ぐすね引いて待ち構える用意は出来ているとはいえ、相手は妖精の尻尾。被害が少なからず出る事も、ギルド連盟の規則に真っ向から逆らう事も全て承知している。しかし、それを考慮してもなお、見過ごせない存在が妖精の尻尾に現れたため、このような暴挙に出たのだ。

 

「そこで、だ。俺から一つ、提案したい」

「………………聞きましょう」

 

少し逡巡した後、ジョゼは静かに頷いた。隠してはいるが、声色には明らかに怒りが混ざっている。これからの未来だけでなく、こちらの心情まで完璧に見抜いたこの男に対する憤怒か。それとも屈辱か。どちらかはカイルにはわからない。しかしどちらでも構わない。怒るということは少なくとも連中の掌の上からは抜け出たということだ。最低限の窮地からは脱した。

 

「早い話、戦争にしてしまうから問題なんだ。なら戦争にしなければいい」

 

どういう意味か、とジョゼが問いただす前に、カイルの手が黄金に光る。その眩さに目がくらみ、閉じる。開いた後、テーブルには黄金に輝く大きなトロフィーが置かれていた。

 

「祭りをやろうぜ、マスター・ジョゼ。ギルド対抗のイベント戦。それぞれのギルドから腕利きの代表5名を選出し、このトロフィーを巡って5番勝負で戦う。先に三勝した方が勝ち。敗北したギルドは勝利したギルドのどのような要求も聞き入れる。無論、評議会に許可は取る。なんなら一般市民を招いて金を取ってもいい。どうだ?」

 

カイルから出たとんでもない提案。それはギルド同士の抗争を見世物にしてしまうということ。確かにコレなら戦争にはなりようがない。評議会に話を通すのであれば、連盟違反にもならなくなるし、此方が勝利した場合の報酬が反故にされる事もない。この提案は双方にとってメリットはあるが……

 

「……全面戦争となると、数に劣る君達は分が悪い、という逃げかね」

「どう取ろうとあんたの勝手だが、一つ断言しよう。俺がここに乗り込んでいる時点で、全面戦争は此方が明らかに有利だ」

「………………」

「はぁ?何言ってんだテメー」

 

ギルドメンバーほぼ全員が取り囲んでいるこの状況でそんなことを言っても、彼らには強がりにしか聞こえない。しかし、この言葉がハッタリではないとジョゼとガジルだけは気づいていた。

 

「言っておくが、これは最後通告だ。此方としてもこれ以上の譲歩はできない。断るというなら、俺はこの場であんたらと戦うことになるが……」

 

ギルドメンバー達が一斉に殺気立つ。気の弱い者は魔法を使おうとさえした。しかし、その行為はキャンセルされる。ズンっと空気が重くなる。まるで身体に重石でもつけられたかのようだ。

まともに動くことさえ出来なくなった彼らはカイルを見る。するとその原因がわかった。彼から溢れ出る濃密な魔力と殺気。今の今まで大き過ぎて気づくことさえ出来なかった。人間、誰しも圧倒的な恐怖を前にすれば、足が竦み、呼吸は喘ぐ。彼らは感覚で察してしまったのだ。目の前で悠然と座る男は、生物としてあまりに格が違いすぎると。

 

「……それは本意ではない」

 

ゆっくりと周囲を見渡した後、カイルは静かに述べる。彼が見た限り、この状況で戦えそうな使い手は二桁行くかどうか程度と言ったところだ。

 

「どうだろう、ジョゼ。大陸を代表する魔導士の一人として、ここは一つ、度量の大きな所を見せてくれないか」

「ふざけんな!くだらねえたわ言ばっか垂れ流しやがって。テメーをこの場で殺しちまえば後は妖精のケツなんて雑魚ばかりだろうが!この人数相手に一人でやれるつもりか!」

「力量差を知りつつも前に出る、か。ガジル君。嫌いじゃないなぁ、君みたいなタイプ」

 

桜頭の誰かさんが思い浮かぶ。多少ヒネているが、本質はナツとよく似ているのかもしれない。

 

「この場に一人で乗り込んでる時点で、俺は常に戦闘態勢だ。やるというなら構わない。だが俺が命を賭ける以上、お前達が崩壊する程度の人数は道連れにしていくぜ」

 

椅子から立ち上がり、利き手に剣を換装する。銀の大剣を振るとテーブルが真二つに斬り裂かれた。

 

「君達が想像してるより、俺はちょっと強いぞ」

 

畏怖が周囲から漏れ出し、目の前に座るジョゼは考え込むように視線を落とした。ニヤリと口角が上がる。向こうが損得勘定を考えて譲歩した。交渉ごととしてはもう勝利したも同然。

 

「……………決闘の条件は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁったく、一人で勝手なことをしおって!」

 

憤然と小柄な老人が椅子に座る。ルドベキアの古代闘技場に設えられた選手控え室でマカロフは眉にしわを寄せていた。

 

「ファントムに一人で乗り込んだじゃと!一歩間違えば取り返しの付かんことになっとったんじゃぞ!わかっておるのか!」

「独断で動いた事は謝罪するが、かといってあれ以上の落とし所は無かったろう」

 

壁に寄りかかる銀髪の青年は苦笑を浮かべつつ、隣で腕をつねってくる緋色の髪の美女の手を握る。また一人で色々と面倒ごとを解決してしまった相棒へ怒りと愛しさを訴えていた。

 

「怒るなエルザ。一応お前らにも配慮したんだぞ?あの場で一人では戦わなかったんだから」

 

そう、少し前のカイルであったなら、一人で幽鬼の支配者へと乗り込み、暴れまわってカタをつけていただろう。周りを頼る事なく。だが今回は違った。仲間達全員を巻き込んで、彼らと共に戦う道を選んでいた。

 

『戦うときは、そばに居させてくれ』

 

霊峰アストラルでエルザと約束した事をカイルは忘れていなかった。

 

「いいじゃねーか、決闘形式の五番勝負!勝った方が全部総取り!燃えてきたぁあ!」

「ま、確かにわかりやすくていいけどよ、よく評議会がこんなに早く許可出したな」

「議員の一人にちょっとしたコネがあってな」

 

やる気満々に炎を吐く桜頭の少年に上半身裸の変態が同調する。ギルド全体を巻き込んだ策にしたのはこの意味もあった。今回の襲撃事件、ギルドメンバー達の不平不満はかなり溜まっていた。適度に発散させる機会を作ってやらなければ、暴発する危険性がある。特にナツ。

 

「お前は有能過ぎる所がタチが悪いな」

「まったくじゃ」

 

その辺りを全て見抜いた上で、誰もが納得出来る形の落とし所を作り出した。自分達は何もできず、仲間を助けてもらった借りもある。緋色の髪の相棒も、ギルドマスターも言いたい事は山ほどあるが、これ以上は言えない。

 

「しかしルールがあっちに有利過ぎないか?何もあそこまでハンデを与えなくても」

 

今回のイベント規定に目を通していたエルザが口を開く。そこには今回の五番勝負のルールが盛り込まれている。

 

一・失神、もしくは敗北宣言で決着。場外・ダウンはテンカウントで敗北とする。

二・ギルドマスターの出場は禁ずる

三・カイルディア・ハーデスが出場する場合、その勝ち数を三戦分とする

四・カイルディア・ハーデスが何戦目に出るかは公表する事とする

 

「一、二は当然として、この三、四がな」

「こっちが三勝してもファントムはカイルに勝てば、一発逆転出来るってわけね」

 

そう、カイルが出場するにあたり、ジョゼが要求してきた事がこの条件だった。ファントムで最強の魔導士達であるエレメント4と比べても明らかに実力が頭一つ抜けている彼を対等に扱う事は連中にとってリスクが高すぎる。

 

「出る順番がわかってれば、最悪捨て試合にすることも出来る。カイル〜、ちょっと緩すぎるんじゃない?」

 

呆れたような声と共にルーシィが視線を向けてくる。このルール、承諾したのはカイル本人だと聞いていた。

 

「仕方ないさ。この程度は認めなければ連中も乗ってこなかった。なーに、お前らが全勝してくれればいい話さ。無論、俺も負ける気はないが」

「そうそう、勝てばいいんだよ勝てば!こまけー事はよくわかんねーけど!」

 

能天気な桜頭の少年の言葉に全員が若干呆れる。しかし、彼の言っていることも正しかった。細かい勝ち星の計算などしなくとも、全勝してしまえばいい。最もわかりやすい解決策だ。

 

『お待たせしました!これより五番勝負の先鋒戦を始めます!代表選手は壇上に上がってください!』

「来たか」

 

黒の外套を羽織る。人前に出る時、彼はいつもこの服を着る。時代の最強魔法剣士の称号、絶剣の継承者に代々受け継がれるマント。黒の騎士王の呼び名の所以だ。

 

「よし、行くぞ、お前達」

「ヘへっ!燃えて来たぁあああああ!!」

「ウォオー!漢ぉおおおお!!」

「蹴散らしてやるとするか」

 

エルザ、ナツ、エルフマン、グレイが立ち上がる。この四人にカイルを加えたメンバーが今回のギルド対抗五番勝負の選手達だった。

 

「みんな、頑張ってね!」

「ブァーッとぶちのめしてやれい!」

「ありがとう、ルーシィ。あとこれ持ってて」

 

出て行くものと思っていたカイルが踵を返し、ルーシィの首に何か賭ける。シルバーの鎖にルビーの宝石が飾られたネックレスだった。特殊な装飾が施されている。アクセサリーというよりは、護符(アミュレット)に近い。

 

「カイル、これは…?」

「プレゼント。ん、いいな。プラチナブロンドのロングヘアには紅がよく映える。綺麗だよ」

 

ボッと顔が熱くなる。呆気に取られた隙にカイルは闘技場に向けて背を向けていた。

 

「ルーシィ。このイベント中、その首飾り外すなよ、絶対だぞ」

 

イベント中どころか、一生外せないんじゃないかという心の声は発せられないまま、遠ざかる彼の背中を見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。ファントム編急展開!派手に原作ブレイクしてるなぁ。どう収集つけよう…頑張ります!それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。