ポケットモンスター 〜リセナンス・オブ・ソウル〜 (ユークアドレナン)
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プロローグ・旅立ち

ポケットモンスター二次創作であります。僕はポケモンが好きで、結構前からオリジナルのストーリーを考えていました。昔からよく小説は書いていましたが、グダッてしまい、まだ一作も完成させたことがないです。これだけは意地でも書き切ろうと思います。僕はかなり真面目にこれを書いています。遊び半分でいい加減には読んでほしくないです。偉そうで堅苦しくてすみませんが、本作を気に入っていただけたら嬉しいです。
ちなみに、本編の方はガン無視していきますので、そこはよろしくです。


 

晴れ渡る広大な青空の下、果てしなく広がる緑の草原。その草は爽やかな風に吹かれてなびいている。

そんな草原に、大地が剥き出した一本の道が伸びている。その道には、今までにいくもの人々が踏みしめてきた跡が残り、くっきり残っているものもあれば、消えかかっているものまで見られる。

そして、今また新しい足跡を刻む少年が一人、その道を歩いていた。

その少年は、紺色のネクタイを締め、灰色のワイシャツの上に黒いベストを羽織っている。下には、黒に灰色のラインが入ったぶかぶかなズボンを履き、薄茶色にオレンジのラインのブーツを履いている。

ここしばらく髪を切っていないため、前髪は目にかかり、後ろ髪は肩にかかるまで伸びていた。その艶やかな黒髪の間からちらちらと見える蒼い瞳は、穏やかに正面を見据えていた。

彼は決して振り返らない。それは彼自身が旅立ちの時に決めたことだ。

この少年の名はレクト。

彼は、幼き頃に両親を亡くし、一人で生きることを強いられた。それは、5歳になる子供にはあまりに過酷な試練であった。そんな中で彼が、それからの12年を立派に生き延びてきたのは、他でもない、彼の所持するポケモンたちのおかげであった。

 

ポケットモンスター、縮めてポケモン。

それは、この星に生きる不思議な生き物たち。その数は計り知れない。

そんなポケモンたちには様々な生態があり、独自に進化した特徴がある。

ポケモンと人間は、協力し合い、支え合って生きる関係にある。

しかし、その力を悪用する者たちも必然的に現れる。

 

事は既に動き出している。

その大きな波乱の渦に、レクトは取り込まれていくのだが、彼はそれを知る由も無い。

 

 

 

 

旅立ち

 

 

ここは、とある山に添うように位置する村だ。そこには古くからの歴史があり、伝説とされる“あるもの”を守っているという噂もある。

民の数は、人だけを数えると50人程度。

自然に囲まれた険しい地形に、木造建築物が連なるこの風景は、滅多に拝めはしないだろう。

 

村の一番大きな屋敷、そこは村長が住まう家。

屋敷内には村の民全員がぎゅうぎゅうになって集まっている。

その人混みの中に、一人の少女がいる。

彼女の名前はミラ、16歳。

白っぽい肌の背中に、薄茶色の長い髪が垂れ、同じくらい薄茶色の大きな目をしている、可憐な容姿の少女だ。

彼女は、これから己に課せられる使命を、まだ知らない。

 

 

今日、こんな朝早くに、ババ様から全員集合がかかった。

日はまだ山の隙間から顔をはみ出させているだけの早朝で、ミラはまだ眠たかった。

普段は広く感じるこの屋敷だが、今日は特別狭苦しく感じる。

ババ様はとても聡明なお人だ。民をこんな時間に無理に屋敷に集めることは、よほど酷い状況でなければするはずが無い。

その場にいる全員の、張り詰めた緊張感を感じ、ミラは首を振って睡魔を追い払った。

「皆の者、よく集まってくれた。少々窮屈な思いをさせていることを許してほしい」

背もたれの大きな椅子に座るババ様は立ち上がり、深く頭を下げた。

「今皆を呼び寄せた理由、もう察している者もいるやもしれぬ」

ババ様には、生まれつき備わった力がある。それは、“未来を予知”する力。

その力で、この村にもたらされるいくつもの危機を予知し、民はその言葉を頼りに備え、危機を脱してきた。

ババ様の力は本物なのだ。

そして今この時もまた、ババ様は予知した未来を民に伝えるのだろう。

場の空気がずんと重くなる。誰かが唾を飲む音が聞こえてきそうだ。

…ババ様は重々しく口を開く。

「かなり近い未来、この村に終わりが来るだろう」

沈黙がその場を支配した。

ババ様が言った事が信じられないのだ。しかし、ババ様は冗談を言う人では無い。これは皆が受け入れなければならないことであり、向かい合うべき現実なのだ。

それを実感し、ミラは唾を飲んだ。

「邪悪な意思を持つ者どもがこちらに向かっておる。目的はやはり、我々が守ってきた例の物じゃ。その力を求め、やつらがもうそばまで迫って来ておるのだ」

ババ様はそう宣言した。

ミラは信じられなかった。敵が迫ってきていることではなく、あのババ様が諦めていることにだ。

「…わたしは納得できません!」

ミラは感情を抑えていられず、声を張り上げて叫んでいた。民の目がミラに集まる。

「村が終わるだなんて、そんなことさせない。わたしたちは今までに何回も敵を退けてきた!今回だって、いつもみたいに皆んなでどうにかする!そうでしょう!」

その場の全員がそれに賛同し、声を上げた。周囲はガヤガヤと、自分がどうするこうすると言って止まない。

ババ様は、ただただ静かに、その場でたたずみ目を閉じている。

しばらくその状況が続き、皆がババ様の様子に気付いて静まるまで、しばらく時間が経過した。

皆が静まると、ババ様はゆっくり首を横に振った。

「今回の敵はとてつもなく強大だ。我らではとても太刀打ちできん」

ババ様のその言葉を聞き、民は脱力する。

ミラも、立っているのが辛くなり、そのまま座り込んでしまいそうなのを必死で堪えた。

「皆よ、わしの不甲斐なさを許しておくれ。わしには未来を予言することしかできん。今回は回避のしようも無いことなのじゃよ」

ミラは拳を握り、また叫ぶ。

「じゃあ、皆んなで逃げればいいのよ!村を捨ててでも生き延びるの!」

「無駄じゃよ。やつらはすぐに我らの居場所を突き止め、襲撃してくる。その運命から逃れることはできん。どうしても…」

言い終わるとほぼ同時に、ババ様はかっと目を開き、大きく杖をかざした。

「じゃが、わしとて“プロトスの首飾り”をやすやすと渡そうとは思わん!そこでじゃ」

そこまで言うと、ババ様は側近の女性に何かを呟く。

側近は一度席を外し、戻ってきた時には手に紫の布を持っていた。

「今から一人、村を旅立ち、この首飾りを守り続ける者を指名する。その者は、これから起きることから逃げず、また、何があろうと首飾りを手放さないことを誓ってもらう」

その場の緊張感が、これ以上ないくらい高まっている。

ミラは心臓が破裂するんじゃないかというほど、自分の鼓動を感じていた。

「ミラ、わしの前へ」

はっとし、ミラは駆け出す。

人混みを掻き分けるようにして、ミラはババ様の正面に立った。

「ミラ、お前は昔から我の強い娘であった。こうと決めたら絶対に曲がることもない頑固者で、とにかく気が強いのが取り柄じゃよ」

ババ様の表情は穏やかだった。ババ様はそうやって、民の皆んなを見守ってきたのだ。

「わしは、そんなお前だからこそ、お前が首飾りの守護者としてふさわしいと思っておるのだ。だが、これはとても過酷な指名じゃ。お前はこれから、この村を一人で背負い、生きていかなければならんのだ」

ミラは返事をしようとするが、あまりの緊張感に息が詰まり、声が出なかった。

「それでも、これを受け取る覚悟はあるか?」

ミラは目を閉じ、深呼吸をして懸命に自分を落ち着かせた。

再び開かれた目には情熱の火が灯る。

「はい。きっと守り切ってみせます」

ババ様はミラの目をじっと見つめた。

ミラも決してその視線を逸らすことはなかった。

長く見つめ合い、一瞬、ババ様の表情が和らいだ。

「そうか、やってくれるか…」

ババ様は紫の布から首飾りを手に取る。そして、それをミラの首にかけた。

ミラは首飾りを握りしめる。

ミラ自身、プロトスの首飾りを実際に見るのは初めてであった。古くから伝わる、いくつもの奇跡の伝説。それが今、自分の首に下がっている。

革紐が付けられた金具に、鈍く光る赤い宝石が付いている。ミラの想像していたものよりも、実物はいくらか古く見えた。

「もう一つの贈り物じゃ。お前にこのポケモンを託そう。首飾りの守護者として相応しい、この村一番の、わしのポケモンを」

ババ様は手提げの中に手を入れ、一つのボールを取り出した。

それは赤と白の球体、ポケモンを収めるモンスターボールだ。

「出て来なさい、ウインディ!」

ババ様は天井に向かってボールを投げる。それは空中で弾け、大きな影が現れる。

白き獅子のたてがみをなびかせるそれは、宙で身を翻し、ババ様の隣に華麗に着地する。

燃え盛るようなオレンジの体毛は、どこか優しく温かみを感じる。そのオレンジにいくつかの黒が刻まれ、獰猛な雰囲気もかもし出す。そのウインディは、普通よりも一回り大きい。

胸を張り、威風堂々たる姿を見せるそのポケモンこそ、この村で一番強いポケモン、ババ様のウインディだ。

ミラはその高貴な姿、態度に言葉を失う。

「このポケモンを…わたしがもらってもいいの?」

「当然じゃ。わしから残せるものなど、このくらいじゃよ。ウインディには既に覚悟を決めてもらった。大丈夫じゃ。首飾りの守護者ミラよ」

そう言われると、ミラは恥ずかしくなって顔を赤らめた。

ウインディは自分の新たな主人に対し、深く頭を下げる。それが余計に恥ずかしく思うミラであった。

「ミラ!」

入り口付近から、ミラの母親の声が響く。

ミラは振り返り、自分の両親がこちらに向かってきているのを確認した。

ほとんどない隙間で、民はなんとか道をつくり、親は謝りながらもやっとのことでミラのもとにたどり着いた。

二人はいくつかの荷物を持っていた。

「これは旅のカバンだ。ミラが昔欲しがっていた肩掛けの大きめなカバン、買うのが遅くなってすまなかったな。あと、旅で必要なものもいくつか入れてある。地図に、懐中電灯、寝袋にそれから…」

「旅のお着替え、あとお化粧。あなたは気は強くても女の子、せっかくの美人なんだから、オシャレには気を使うのよ?あと、歯磨きは毎日3回して、朝起きたら顔を洗って髪を整える。それから夜はしっかり寝ること。夜更かしは美容の天敵だから…」

二人は慌ただしく言った。それは終わることを知らないかのように続けられる。

「もう、二人とも心配症なんだから、わたしもう子供じゃ……」

そこまで言って、ミラは言葉を止めた。

両親の呼吸は不規則で、目には涙を溜めている。すぐに涙が溢れ出てきた。

それでも途中で止まったミラの言葉を受け止め、両親は笑う。

「そ、そうよね。心配が過ぎたかしら、あ、あたしったら…うぅ」

「ミラはもう16歳だ、こんなに立派に成長したんだな…」

二人は本当に、今にも泣き崩れてしまいそうでった。

それでも、これから旅立つ自分の娘のその最後の背中を、笑って見送ろうとしている。

この時、ミラは自覚した。

心のどこかで、この事を夢だと思っている自分がいたこと。自分がまだ、子供が遠足にでも行くような軽い気持ちでいたこと。

そうだ。これが最後なのだ。

怒ったり泣いたり、笑ったりして生活してきたこの時間。親族や友達などと過ごしてきた、当たり前の日常。

…それらはもう、帰ってくることは無い。

ババ様や両親、今まで様々な日常、苦難を共に生きてきた仲間たち。そして、自分が生活してきたこの場所、この風景。

ミラはそれらを全て失うのである。

………永遠に。

「そっか、今日が最後なんだ。これが最後の…お別れなんだ………」

その瞬間、ミラの目から涙がどっと溢れてきた。

同時に込み上げる感情に耐え切れず、ついに足に力が入らなくなり、ミラは両親に抱きついた。両親も、もう離さんとばかりに、力の限りミラを抱き締めた。そして、今までの我慢に限界が来て、両親も大きく泣き叫んだ。

もう会えない。

永遠の別れ。

その姿に心を打たれた民も涙し、その波はどんどん広がってゆく。

ついにはババ様でさえ、上を向き、涙をこぼす。

皆は、それぞれの家族、友達、仲間と抱き合い、涙を流す。

 

それはまるで雨のようだった。

最初はポツポツと降る雨。

それは地に落ち、やがてはさらに多く、大きく降り注ぐ。

丁度外も雨が降り出していた。

ちっぽけなそれらは地面で集まり、手と手を取り合って、最後には大きな水溜りとなる。

悲しみとは試練だ。

人間は悲しみ無くして成長は果たせない。

泣くことは弱さではない。かと言って、泣くことそのものが強さでもない。

真の強さとは、悲しみを乗り越えた先にある。

 

ウインディは泣かない。

彼は一足先に、月に泣いていた。

後は民たちが皆、この悲しみを乗り越える事。ウインディはそれを待つ。

この悲しみを乗り越えた後、皆は後悔することなく敵に立ち向かうことができるだろう。

そしてミラも、振り返ることなく、旅立つことができるだろう。

戦いはこれからだ。

 

 

朝早くの、日がまだ顔を出していない頃。

ミラは村を出る準備を済ませ、ウインディと共に村の外にいた。

見送りはいない。皆、日常を送るフリをして、来たるべき時に備えているのである。

ミラは振り返らなかった。

彼女の朝焼けを見つめる目には、堅い決意が宿っている。

「ウインディ、わたしはちょっと不甲斐ないかもしれないけど、これから長らくよろしくね」

ウインディはゆっくり頷いた。

すると、ミラはウインディの背中に跳び乗った。

ミラは、ウインディの背中の暖かさに一瞬驚き、たどたどしていて 首の付け根の毛を多めに掴んだ。

ミラがしっかり掴まっていることを確認すると、ウインディはゆっくり走り出す。

ミラは泣かない。

その目は、ただただまっすぐと、正面に広がる外の世界を見据える。

 

……ミラの戦いは、今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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旅の日常

時間を置いてしまってすみません。前回の続きです。
今回はなかなか長くなってしまったと自分で思います。何か丁度良いところで切れればよかったのですが、なかなか難しくて。
読んでこれた人、できれば感想か何かくれるとありがたいです。
読みにくいなどの指摘やアドバイスがあればなお励みになります。
今後ともよろしくお願いします。


〜旅の日常〜

 

「はあ〜…」

「どうしたいんだい?そんな深い溜め息なんかついちゃって」

ベンチの隣に座るフローゼルが、心配そうにレクトの顔を覗き込む。

フローゼルは水のポケモンで、主にオレンジの極短の毛に包まれる。黄色い浮き輪のようなものを背中に付けていて、大きく太い尾が二本生えている。

レクトは自分が溜め息をついたことを自覚しておらず、フローゼルにそう言われることで、やっと自分が退屈していたことに気付いた。

「いや、いつまで待たされるのかなってさ」

「…なるほどね」

フローゼルは納得し、スッと正面に向き直る。

今、レクトたちはコウチシティの関所にいる。

他にも何十と人がいるのだが、その一人一人順番に身分証明しているため、かなり待つはめになっているのだ。

「レクト、おいらお腹減ったよぅ」

「もう昼になるもんね」

レクトは関所の壁のテレビで時間を見て、それからまた大きな溜め息をつくのであった。

しばらく画面を見つめ、さり気ないCMが続いたあと、ニュースが報道される。最近起こった事件である。

最初に、各地の収容所が謎の大規模な襲撃を受け、設備が過大なダメージを受けると共に、囚人たちが一人残らず失踪してしまったこと。

次に、とある山で大きな火災が起こり、一つの小さな村が滅亡してしまったこと。この事件は、焼け跡があまりにきれいなことから、事件の可能性があると見られ、捜査が続けられているそうだ。

「最近の世の中は物騒だな。だからこんなに警備が厳重なのか」

「え、最近の世の中は仏像のケーキが禁止?」

フローゼルが訳のわからない聞き違いを口にした直後、レクトの名前が呼ばれた。

レクトはフローゼルを無視し、席を立つとさっさとカウンターに向かっていく。

「あ、待ってよ!」

フローゼルは慌ててレクトの後を追うのだった。

 

 

時刻は既に昼下がり。日は西に傾きつつある。

レクトはシティ内のレストランにて、手持ちのポケモンと食卓を囲んでいた。

食事というものは、生き物である限り必要不可欠なものだ。

生物の動力源としての役割はもちろんのこと、もう一つ、団欒の場としての顔を持つ。

そういう意味で、レクトは食事の時間が…。

 

「おいらおかわり!」「わたしも!」「吾輩も!」「…もっとよこせ」

レクトは自分のハンバーガーの一口目も飲み込んだところである。

皆にはそれぞれ特盛りのポケモンフードを注文していたが、突き出される皿には綺麗さっぱり何も残っていない。

レクトは横目に、さらっと店内を見回した。その場の人、ポケモン、皆がレクトたちを見ている。

それはそうだ。フローゼル、カイリュー、オノノクス、ガブリアスが、突然一人の少年に吠えたという絵は、誰から見てもインパクトが強い。さらには普通の人には彼らが何と言ったのかも分からないのだから、余計印象強く残ることだろう。

レクトは目立つのが嫌いだが、このメンバーではそれは避けられない。

だからこそ、そういう意味で、レクトは食事の時間が嫌いであった。

「すみませーん、そこのウエイターさん」

「ああ、はい!」

黒いエプロンを付けた若い男性が、かなり慌しくレクトのテーブルに駆け寄る。

「あの、これ4つ追加でお願いします」

「は、はははい!ええと…ポケモンフードのミート風味を特盛りで4つ…ですよね?」

レクトは頷く。

「ねえレクト、おいらシーフード風味がいいよ」

フローゼルがそう言う。

「あの、申し訳ありませんが、今頼んだミート風味の1つをシーフード風味に変更してもらっていいですか?」

「は、はい…。では、ポケモンフードのミート風味3つと、シーフード風味をお1つで」

ウエイターは電卓のようなもので何か入力すると、恐る恐ると言った風にレクトに聞いた。

「あの、あなたってポケモンの言葉がわかるんですか?」

いつもながら、レクトは人に、よくそう質問される。

「そんな、僕にそういう特別な何かはありませんよ。何ていうか、ちょっとした意思疎通…みたいな」

「それにしては随分具体的に分かりますね。そのフローゼルはメニューを指した訳でもないのに」

レクトは警戒した。

(この男、ただの好奇心か。それとも…)

しかし表情は崩さずに答える。

「手持ちポケモンの好みくらい把握しておかないと、トレーナー失格ですよ」

「あは、それもそうですね、いや失礼しました」

すると、その男は急ぎ足で去って行った。

レクトはしばらく、その男を凝視していた。しかし、どこにでもいそうな、おっちょこちょいな新人ウエイターである。変わったところは見当たらない。

警戒心剥き出しのレクトを、左隣のフローゼルが小突いた。

「こらこら、心配し過ぎだよレクト」

「…え、そんなにあからさまだった?」

やっぱりとフローゼルが溜め息をつく。

「あのね、こんな偶然来た街で偶然来たレストランのたまたま出会った人間にちょっと踏み入られた聞き方された程度で、そこまで牙を剥かなくてもいいでしょ」

すると、向かいに位置する場所に座るカイリューがレクトの手を握る。

「そうよ。せっかくタウンで楽しい時間を送っているのに、そんなに気を張ってたら疲れちゃうわよ。しかも今は食事の時間。もっと大事にしましょう?」

突然どかっとオノノクスがレクト首に腕を回し、肩を組む。

「そうじゃぞ!人生は楽しく生きなければ損じゃて。お主はまだ若いのだから、もっと適当に生きるのもいいじゃろう!」

「…ハッ、のん気なやつらだぜ」

フローゼルとカイリューの間に、テーブルに肘をついて座るガブリアスが言う。

「こういう時だからこそ、警戒心を高めるんだろがよ。このご時世に何が起こるかわかったもんじゃねえ。タウン内だから安全だとは、オレ様は思わん」

いつもながら、このガブリアスは無愛想である。レクトをなだめようとして皆が整えた空気が一気に冷めてしまった。

複雑な気持ちのまま、ハンバーガーの二口目を頬張る。

すると、テーブルの全員がそのハンバーガーを物欲しそうに見つめてきた。ガブリアスでさえ横目に目をギラつかせている。

「…おかわりもうすぐ来るんだから、大人しく待ってなよ」

「別においら達は欲しいなんて一言も言ってないよ〜」

レクトは皆に、自分たちがどんな目でこれを見ているのか、鏡でも見てみろと言おうとした丁度その時、ポケモンフードのおかわりがやって来る。

ポケモンたちはウエイトレスから皿を奪うように受け取ると、また凄い勢いで食べ始めた。

「ああ、すみません、乱暴で」

ウエイトレスは苦笑いしお辞儀をすると、自分の仕事に戻って行く。

レクトはテーブルに向き直り、改めてその食べっぷりを見る。そして、こいつらの腹には小型ブラックホールでもあるのかと疑った。

「あのさ、皆んなもっとゆっくり食べても…」

その声は虚しく空に消え、それ以上言葉が出ることはなかった。

レストランの他の客も、その食べっぷりを見ている。それに気付いたレクトはたまらなく赤面するのであった。

 

 

レストランを出ると、レクトとフローゼルはタウンの広場へ向かった。

「あー、久し振りに食べた食べた。やっぱレストランはいいね」

「あのさぁ、少しは金銭的な心配をしたらどう?今日の昼食だけで消費が五千円オーバー。残金、どう考えても今日の宿代賄えないよ」

そう言うとフローゼルはフフン、と鼻で笑う。

「分かってるよそんなこと。でもさ、今回もアレ、やるんでしょ?」

「まあ…ね」

そこでフローゼルはニカっと笑う。

「いや〜、最近はあんまりしてなかったよね、バトル」

「それで、久々に大暴れしたいと?」

「そうそう、そういうことよ!」

レクトとフローゼルは手を組む。

「怠けて体が鈍ったとか言って、負けたら許さないからな!」

「あたぼうよ!」

 

 

「よし、次だ」

レクトは呟く。現在5連勝中だ。フローゼルは連戦にも動じず張り切っている。体力の方はまだまだ余裕そうだ。

僕は現在、旅費の荒稼ぎをしているところだった。

広場にて参加者を募集し、参加費は500円、賞金は1500という宣伝のもとにポケモンバトルを行っていた。感覚としては、参加条件無しの、いわゆる腕試しのようなものだ。

相手もノリノリなので法には触れず、むしろ警察が参加することも珍しくはないぐらいだ。

広場には既に、そういったイベントが好きな野次馬が集まり、多くはそこから連続して参加者が出ている。

これは12年前から始めたことだ。レクトは金銭面ではそうやって生きてきた。

「あ〜あ、もっと激しく動きたいなぁ。ダメ?」

「あんまり強く見せ過ぎても、挑戦者が出てこなくなる。これはあくまで、真剣勝負というよりは商売だから」

「ちぇー」

フローゼルはつまんなそうに両手を頭の後ろで組む。

基本、これにはフローゼルを選ぶ。理由としては、他の手持ちは強そうなやつらばかりで、全然挑戦してくれないからだ。それでは効率が悪い。

その考え方は相手トレーナーに対する冒涜だと言われてもそれは仕方ないだろう。しかし、幼き頃からの命綱で、今でもそうなのだ。

「どいたどいた!」

誰かが人混みを掻き分けて飛び出してくる。

そいつは10ちょっとといった感じの外見の少年であった。ツバ付きの帽子を反対に被り、赤いパーカーに短パンを履いている。その黒い瞳には単細胞生物ならではの情熱を感じる。

「バトルと聞いたら黙ってられないぜ!あんた、この俺と勝負だ!」

「オッケー。じゃあ先に参加料の方を…」

「2万だ!」

「へ?」

観客の歓声に紛れながら、レクトは思わずそんな声が出てしまう。

「あんたが勝てば2万やるよ。でも俺が勝ったら、あんたが俺に2万円な!」

レクトは正直悩んだ。その賭けはあまりにリスクが大きい。もしも負けた場合、そんな金はどこにも無いために、払えはしない。

それに、少年がバカならいいが、ここまで大見栄を切るのは相当な実力者だとも考えられる。基本、そういうやつはカイリューかオノノクスでけりをつけたいところだが…。

「おい、やれよ!」「ここで乗らなきゃ男じゃない!」

歓声が凄い。ここはどこかの闘技場かと錯覚するほどだ。

「レクト、おいら、あいつとは本気でやりたい」

フローゼルはそう言う。その気持ちはレクトにも非常によくわかった。

「…わかった。じゃあ、始めようか」

「ああ、いつでもいいぜ!」

二人は距離を置き、フローゼルはその場にスタンバイしている。広場のバトルスペースを確保すると、熱血少年はベルトからモンスターボールを身構える。

その目にはやはり情熱がある。見ていると、レクトの中にあるトレーナーとしての闘争心が揺さぶられる。

「使用ポケモンは互いに一体。これよりポケモンバトルを開始します」

「そういう堅苦しいのはいいよ。てか、うおぉぉ!燃えてきたゼェェー!」

少年は抑えきれない感情が溢れんばかりに、足をバタバタさせた。

「お前も燃えてこいよ相棒!行け、バシャーモ!」

投げられたモンスターボールから飛び出した影は、赤く燃え盛るようなの鳥のポケモン。

足が太く、格闘に特化したポケモンだというのは一目でわかる。胸から頭にかけて白っぽい毛で覆われ、顔は赤い。後頭部から後ろへ二つの大きな羽毛が伸びている。

群青の目には少年と同じように、情熱の炎が燃えていた。その目はまずフローゼルを見る。フローゼルはそれに対し、手を振って返した。

「ソウタ、こいつらは強いのか?」

バシャーモは振り向き、ソウタと呼ぶ少年にそう問いかける。

「勝つぜ、バシャーモ!」

バシャーモは一瞬寂しい表情を見せ、頷いた。

レクトは、こういった風にトレーナーとポケモンで会話が合わないのを見るのが苦手だ。つい声をかけたくなるのである。

「僕らが強いかどうかは、戦って判断しなよ」

と、レクトがバシャーモに話しかけていた。

バシャーモは目を見開いてレクトを見た。

「なあなあ、さっさとスタートしようぜ!てか、俺が言う。ポケモンバトル、レディ、ファイト!」

何か言いかけたバシャーモはソウタの勢いに押されて、一度首を振って邪念を払うとフローゼルを睨む。

「来るよ!」「わかってる」

レクトとフローゼルが呼びかけ合う。

次の瞬間、バシャーモがフッと消えた。観客にはそう見えた。

フローゼルは後ろに跳び、瞬間フローゼルのいた場所のタイルが砕けた。一体何人がバシャーモの姿を目視出来ただろう。

さらに、バシャーモは追撃をかけ、跳び上がる。と同時に回し蹴りを繰り出した。

フローゼルはそれを、空中で体を捻り、後ろに回転して避ける。

「《アイアンテール》」

着地と同時にレクトが指示を出す。

フローゼルはニカッとし、次の瞬間にはフローゼルの二つの尾が鋼鉄に変化した。それを、まだ地に足がついていないバシャーモに向けて、バク宙で繰り出す。。

それに対し、バシャーモはその尾を踏み台にし、勢いに乗って後方に跳び上がって回避する。

「うわ、スッゲェ!こんなハイスピードバトル初めてだ!」

バシャーモが興奮するソウタの前に着地し、また身構えた。

「へへ、おいらまで何だか燃えてきちゃった。水のポケモンだけど」

フローゼルはレクトに視線を送る。

本気を出してもいいかい?

レクトは頷いて答えた。

「じゃあ、じゃんじゃん行っちゃおう!」

フローゼルが手を叩くと、手の平から水が弾けた。それがいくつかの輪を形成し、フローゼルを取り巻く。《アクアリング》である。そしてバシャーモに手招きし、挑発する。

「上等!」

バシャーモはそう叫び、手首から炎が吹き出す。

「バシャーモ、《ブレイズキック》!」

バシャーモは跳び上がり、体を広げる。その瞬間、バシャーモの全身が炎に包まれ、一瞬にして右足に集束された。

「フローゼル!」

レクトが叫ぶと共に、フローゼルは尾を鋼鉄に変化させる。

「そんなもの…!」

バシャーモは容赦なくフローゼルに蹴りかかった。フローゼルは二本の尾をクロスさせてそれを受け止める。

その熱気は見てるだけで凄まじく、フローゼルの纏う水の輪が蒸発して湯気が立つほどだ。

「うわっ、あっつい!」

そう言いながらフローゼルは笑う。

「く、小癪な!」

バシャーモが呟くと、炎が一層強くなり、フローゼルは少し押された。と、思わせ、フローゼルは身体を回転させ、その蹴りを受け流したのだ。

またもや地面に蹴り込み、タイルが壊れ小さなクレーターが出来きる。その風圧で砂煙りが巻き上がった。その砂煙りに紛れて、バシャーモはフローゼルの位置が掴めない。

「フローゼル、《みずのはどう》!」

「あいよ!」

バシャーモはその声を聞き、瞬時にフローゼルの位置を測って蹴りを繰り出す。その風圧で砂煙りが吹き飛んだ。

…しかし、バシャーモの足がフローゼルを捉えることは無かった。フローゼルは水を手に溜め、バシャーモの真後ろにいた。

「かかったね!」

フローゼルが両手を前に突き出し、水の衝撃波がバシャーモを至近距離で襲う。

バシャーモの身体は空に投げ出されるが、何とかバランスを取って地に足をつき、地面との摩擦で勢いを殺そうとした。

しかしその動作の前に、レクトは既に指示を出していた。

「《アクアジェット》!」

「了解!」

フローゼルは即座に手を打ち鳴らし、手の平で生み出した水を引いて横に回転する。そしてスクリュー状にそれらを纏い、流星のように水の尾を引いてバシャーモに突進を仕掛けた。

地面との摩擦で勢いを殺そうとしていたバシャーモに、それを避ける術は無い。

見事に、バシャーモの胸にフローゼルの《アクアジェット》が決まった。

バシャーモは今度こそバランスを取ることも出来ず、吹っ飛ばされた。その身体は野次馬をも飛び越え、建物に衝突する。建物の壁には見事に穴が開き、瓦礫が落ち粉塵も舞い、バシャーモの姿は見えない。

「…ふう、ちょっとだけ手強かったかも」

フローゼルが一息ついて、レクトの方を向く。

「フローゼル!油断するな!」

フローゼルが「え?」と言葉を発する前に、瓦礫が弾け飛んだ。

「よく耐えたぞバシャーモ!行っけぇ《きしかいせい》!!」

「うおぉぉおああ!!」

速かった。レクトたちの目にも見えなかった。レクトで見れないなら、観客には消えたようにしか見えないだろう。やつの怒号は、叫び声が瞬間移動するように、あまりにも一瞬にしてフローゼル目の前に迫ったのだった。

フローゼルが振り向く頃には、バシャーモの渾身の蹴りが繰り出されるところであった。。

「フローゼル!」

叫んでレクトは気づく。バシャーモの手にカムラの実が握られている。そのかじられた跡まで確認した時に、レクトはバシャーモが何をしたのかをやっと理解した。

《こらえる》だ。

(なるほど、それでフローゼルの攻撃を耐えたのか。そうなると、この《きしかいせい》の威力は…)

フローゼルの身体が打ち抜かれる。もともとフローゼルは耐久力には自信がない方だ。まともに受ければ一発でダウンするだろう。

次の瞬間には、今度はフローゼルが吹き飛んで、バシャーモとは反対側の野次馬の上を飛び越えることになった。幸い、その方向には建物は無く、フローゼルはタイルの上を転がっただけだった。

「フローゼル、大丈夫か!」

レクトの呼びかけに、フローゼルは答えなかった。どうやら瀕死状態のようである。

「よっしゃあ!俺たちの勝ちだ!」

「…それはどうかな」

飛び跳ねて喜ぶソウタに対し、レクトはそう言うと、すぐにフローゼルのもとへ駆け寄っていく。

ソウタがレクトの言葉の意味を理解する前に、バシャーモがソウタの目の前で倒れてしまった。

「バシャーモ!」

ソウタはバシャーモのもとに駆け寄った…。

 

 

レクトとソウタは同じ長椅子に座っている。

ソウタは、話しかけようか迷っているのか、ポケモンを心配しているのか、何だかそわそわしていた。

「落ち着きなよ、ソウタくん。ここはポケモンセンターだよ」

「ま、まあ、そんなことはわかってるけど…さ」

ソウタは一度深呼吸をし、落ち着くように努めた。

それからしばらく沈黙が続き、いろんな人が目の前を通り過ぎる。

「…あんたさ」

ソウタが突然切り出した。

「あんた、強いよな。えっと、どうやって鍛えたんだ?」

レクトはしばらくソウタの顔を伺い、フフっと笑うと一言だけ言った。

「生きてきたのさ」

「え、生きる?」

「…そうだよ。僕らは頑張って、必死に生きてきたんだ」

ソウタはレクトが言う意味が分かっていないようだった。レクト自身も彼に分かるようには言ってないが、実際に一言で表すならそうである。

「なんか、よくわかんねえけど、スゲえな」

ソウタは戸惑いながらそう答えた。

それからまたも静寂が舞い戻ってくる。他者の足音、自動ドアの音、キーボードを叩く音が聞こえてくる。

「…その、フローゼルの他にはポケモン持ってるか?」

ソウタはどうやら、静かな空間は苦手のようだ。

「カイリュー、オノノクス、ガブリアス」

「うひゃ〜、ドラゴンタイプばっか」

「まあ、偶然だよ」

すると、ソウタが今度は身を乗り出して聞いてくる。

「やっぱし、あのフローゼルより強いんだよな!」

「…ああ、うん」

「……てことは、俺もまだまだなんだな」

レクトが答えると、ソウタは座り直し、顎に手を当てて何かブツブツと独り言を始める。その内容はレクトには聞き取れなかった。

にしてもだ。さっきは随分と叱られた。まあ、広場の床にクレーターをつくって、挙句には建物の壁にまで穴を開けたのだ。当然それは怒鳴られもするだろう。だが、同時に褒められもした。久々にあんな戦いを見た、と。

ソウタは強い。レクトは思っていた。彼と彼のバシャーモの熱は火傷しそうなぐらいに熱かった。だが、レクトはそういう熱気が好きである。それは、トレーナーとして強きものと競い合うことであり、本能に何か訴えかけるものがあるのだ。

「…まだかなぁ」「…まだだね」

ソウタは退屈そうだった。姿勢にどんどん落ち着きが無くなってきて、レクトは位置をずらしてソウタから離れる。

「…にしてもさぁ。ほんと凄いバトルだったよな。俺、あんな風に激闘した経験はあまり無くて。あっさり勝つか、あっさり負けるか、どっちかみたいな」

ソウタはまた語り出す。レクトは静かにそれを聞いていた。

「勝ったと思ったんだけどな。まさかあの局面で一打与えるなんて、あんたのフローゼル、スゲエよ」

あの時、フローゼルが《きしかいせい》を受けた直後、フローゼルは《アクアリング》を使って、水の小さな衝撃波を作り出したのだ。それは威力はそこまでなかったものの、あの時のバシャーモを倒すには充分であった。その結果は引き分けに終わった。

「なあ、俺さ、実は二万円なんて持ってないんだ」

ソウタは恐る恐るという具合に言った。

「気にすることないよ。僕もだから」

ソウタはガクッと転びかける。そして、お互いにクスクス笑った。

「俺あんたに言いたかったな。500円でいいぜ、って」

「そうだね。悔しいな」

レクトがそう言い終わると、突然ソウタは立ち上がる。レクトがどうしたと見ていると、ソウタはレクトに対し指を指した。

「俺、絶対強くなって、今度こそあんたに勝つからな!」

レクトはフフッと笑う。

「ああ、受けて立とう」

その時、二人の名前が続けて呼ばれた。

カウンターに向かうと、台にそれぞれのモンスターボールが並んでいる。レクトのは4つ、ソウタは2つだ。

「お待たせしました。ポケモンは元気になりましたよ」

ナースさんが愛想よく笑顔で言った。

「うわー、お姉さん超美人!」

ソウタがかなり大々的に言い、ナースが頬を赤らめる。その様子にレクトも恥ずかしくなった。

「もう、すみません、こいつったら礼儀知らずで…」

「いえいえとんでもない。ありがとう、ぼく」

ソウタは無邪気に笑顔を見せる。その姿をレクトは横目に見つめ、何か言葉では表せないような、不思議な感覚に見舞われた。

この姿を、自分はいつか持っていただろうか。自分が10歳だった時、こんなにまで無邪気に、普通に笑うことができていただろうか。

「おい、あんた、大丈夫かよ。おーい」

顔の前で手を振られ、レクトははっと我に帰る。

ナースにお礼を言い、モンスターボールを受け取ると、二人は外に出た。空は既に茜色で、太陽は沈みかかっている。

「今日はいろいろ楽しかった。またいつか、逢えたらいいな」

ソウタはまた、さっきのように笑った。レクトは笑い返そうとするが、顔が引きつってなかなかうまく笑えなかった。

「俺、ソウタ。あんたは?」

「僕はレクト」

「そっか、レクトか。覚えておくから、あんたも俺の名前覚えててくれよ?」

「…ああ」

ソウタは少し眉をひそめてレクトを見る。それから、まあいいか、と笑い、振り向いて走り出した。

「じゃあなレクト!またいつか!」

レクトは手を振ってそれを見送った。少し走って角を曲がり、ソウタの姿が見えなくなった途端、レクトの周囲の空気はいつも通りに戻った。

「…あーあ、ソウタくん行っちゃったね」

レクトの隣に、いつの間にやらフローゼルが立っている。こいつはいつも勝手にボールから出てくる。一体モンスターボールのどんな構造を知ったらそんなことができるのだろう。

「あの子から学ぶことは多いよ」

フローゼルはそう言うと、両手を腰の後ろで組んで歩き出す。

「にしても、珍しいこともあるもんだね。随分楽しそうに話してたじゃないか、レクト」

それについて反論はなかった。確かに、久し振りに人と会話した気がする。

「さあ、おいらたちは宿屋に行こうよ。おいら疲れた」

「…そうだね」

 

 

晩御飯を終えると、皆んなで部屋に戻る階段を登る。

モンスターボールだと休めないという意見があり、全員ボールから出していたのだが、やはりそれは失敗だったとレクトは感じていた。

「あー、お刺身もっと食べたかったな」

「…どれだけ食べるつもりだったんだ君は」

夕食のおかわりを禁止としたのは効果覿面だったようだ。昼間のように食べてもらっては絶対にお金が足りなかった。

部屋に入ると、皆んなは部屋を見回した。部屋は広めなのを選んだが、なかなか丁度いい大きさだ。

「じゃあ、他のお客に迷惑をかけない範囲で、この部屋のみ自由を許します」

「ひゃっほう!」

皆は思い思いの場所に散らばり、自分の時間を過ごし始めた。

レクトは白いベットにダイブする。ベット思った以上にふかふかで、体は跳ねることなく沈んだ。疲れが癒される。

「こらレクト、寝る前にはお風呂に入りなさいよ」

カイリューがレクトに注意してきた。

「わかってる。でももう少し…」

と言ったところでカイリューに叩かれる。

レクトは文句は言うが、あのままでは自分は寝ていただろうことを自覚していた。

脱衣場に入ると、風呂の明かりがついている。どうやら先客がいるらしい。

服を脱ぎ戸を開けると、浴槽にはオノノクスが浸かっていた。

「うむ?レクトか」

「…何でいるの?」

「何か悪いか?」

「君たちさ、ポケモンセンターで充分綺麗にしてもらったでしょ?」

レクトは少し呆れ気味に言った。

「まあまあそう言うな。吾輩にも楽しみがあってもいいじゃろ」

「だとしてもさ、せめて僕が入った後にしようよ。年寄りは長いんだからさ」

オノノクスはガハハと笑う。

「そう怒るな。別に一緒に入っても構わんじゃろうて」

「どこにそんなスペースがあるんだ。君の体で浴槽埋まってるんだけど」

レクトがそう言うと、オノノクスは自分の股の間を指差す。

「冗談よしてよ、絶対何かするつもりだ」

「フフ、何もせんって。それともなんじゃ、吾輩に寄り添うことが恥ずかしいのか?」

「な、何言ってるの、くだらないこと言うなよ」

「ガッハッハッハ!お主は本当に女々しいのう!」

その言葉に怒り、レクトはオノノクスをどうにか浴槽から引っ張り、浴室の外に押し出した。

それから乱暴に扉を閉め、オノノクスの笑い声が遠のいていくのを確認した。

オノノクスはかなりオヤジである。入浴時間は長いし種に関係なく酒と異性には目が無い。やらしい冗談やイタズラも多く、戦闘面を除けば本当にただのオヤジでしかない。

しかし、戦闘ではやはりその実力を発揮する。普段はああでも、オノノクスは確かに強い。そのスピード、力、それはレクトの指示が追いつかないほどだ。レクトはオノノクスには基本的に指示を出さない。その方がやつは強い。

静かになった浴室を見回す。浴槽はオノノクスが浸かれるほど大きい。

しっかり頭や体を洗い、レクトは浴槽に浸かる。湯加減は少し熱いくらいで、レクトには丁度良かった。その熱が体に染みる。

…一人で風呂に入っていると、レクトはその天井を見つめて、物思いにふける。

人生というのは、やはり辛いことも多い。しかし、頑張っている分だけ、幸せも多いのだ。

「生きてて良かった」

レクトはこの言葉を大事にしている。幸せを感じた時、必ず言うことにしているのである。

毎日仲間たちと過ごせること。レクト自身が血を流して生きてきたその上に、この日常は成り立っている。努力した分だけ帰ってくるというのは、まさにその通りだと思った。

ただ一つ、レクトには気がかりになることがある。それはガブリアスだ。

ガブリアスが進化する前、彼がまだガバイトだった頃、レクトとガバイトはとても仲が良かった。それこそ、まさにパートナーだったのだ。

彼があんな性格になったのはガブリアスに進化した後だった。ガバイトの頃に比べて、素直さは180度ひっくり返され、とんでもない堅物になった。

進化してから実力がぐんと上がり、もはやお手上げ。レクトはバトルにはほとんどガブリアスを使わない。使えば大暴れし、相手もも大怪我じゃすまないかもしれないのだ。

(どうしたって言うのかな、…あいつ)

 

風呂を出ると、ベットはフローゼル、カイリュー、オノノクスで占領されていた。三体の配置はめちゃくちゃで、隙間もない。

三体は規則正しい呼吸を繰り返している。今更起こすのもなんだか悪い気がした。

「まったく、どうしようもない奴らだよ」

ポケモンの上で寝ると寝返りの下敷きになることはわかっているので、仕方なくレクトはソファーに寝転んだ。

明日からまた歩くことになるだろう。今日はしっかり休むことだ。

「どけ」

声とともに強い衝撃がレクトを襲い、レクトの視界が暴れた。痛みの情報が脳に届く前に、レクトは反射的に起き上がり、身構える。

目の前にいたのは、鮫の特徴を持つドラゴンポケモン。主に紺色で、腹から顎は朱色、四肢に白いトゲがついている。背中や腕にはヒレのような突起があり、尾の先にも小さなヒレが見られる。

黄金色の瞳が、不気味にレクトを見下ろしている。

「ガブリアス…!」

痛みを無視し、レクトはガブリアスに向かって走る。それから飛び上がり、拳を作ると、身を捻ってガブリアスの左頬を殴った。ガブリアスが怯んで数歩下がる。

殴ったレクトも右拳に痛みを感じる。サメ肌を素手で殴ったことで皮が擦りむけていた。

「レクトっ…てめえ!」

ガブリアスは唸り、レクトに牙を剥いた。

レクトが後ろに下がると、ガブリアスが腕を振り下ろす。次にガブリアスは腕を横に振るい薙ぎ払う。それをレクトは低く跳んで転がり回避。が、直後にガブリアスの横蹴りが繰り出される。

レクトの体が天井すれすれまで舞い上がった。そしてベットに落ち、その衝撃で寝ていた三体が跳ね起きてしまった。

「なになになに、どうしたの?!」

「あわわ、レクト大丈夫?!」

レクトは腹を抱えて悶絶し、返事すら返すことができない。

「今《アクアリング》で回復させるから!」

フローゼルの手から水の輪が形成され、レクトを取り巻く。レクトの痛みが和らぎ、呼吸が落ち着いてきた。

「あなたたち、またやったのね?」

「貴様、レクトがいくら鍛えられているとは言え、人とポケモンの差は歴然じゃ。一つ間違えば殺しかねんのだぞ!」

「ほんと、もっと手加減できないもんかな」

三体に言われるが、ガブリアスに反省の姿勢は見られない。

「冗談じゃねえ。ご主人様ご主人様ってか?オレ様に逆らうからこうなるんだ」

「ガブリアス…貴様!」

「落ち着いて落ち着いて、取り敢えずレクトの様子を見よう」

オノノクスは完全に頭に血が上っている。それをフローゼルがなだめ、皆はひとまずレクトの状態を確認する。《アクアリング》によってレクトの様子は落ち着いているものの、やはり痛そうであった。

「滑稽だな。完全に飼いならされてよう」

「…ガブリアス、吾輩に付き合ってもらおうか」

「…フン、どっちが強いかはもうわかってることだろ、じじい」

オノノクスの表情が一層険しくなる。

ここまででレクトは声を発することはできなかった。喧嘩を止める手立てもなく、《アクアリング》に包まれる心地よさにの中で、レクトは眠りに落ちていった。

 

 

日差しに照らされ、レクトは目を覚ました。

ベットの上では、フローゼル、カイリュー、オノノクスが乱雑に寝ていて、ソファーではガブリアスがどっかり座って寝ていた。

昨日と違うのは、皆が傷だらけなことである。フローゼルの表皮は鱗で覆われていないため、余計に傷がわかりやすい。

「ふぁ〜、おはようレクト」

大あくびでフローゼルが起きた。

「フローゼル、その目の青い痣はなに?」

「ん?これは、そのね、なんというか…ベットから落ちた!」

不信の目をレクトに向けられ、フローゼルはさらに慌てる。

「じゃなくて、えーと、うーん…話し合いというか…」

「なるほど。拳で語るって言うもんね」

「ギク〜〜!」

呼吸音が聞こえない。皆んなすでに起きているようだ。レクトはため息をつく。

(微塵も休憩になってない…)

「よう、レクト」

ガブリアスが珍しくそんな言葉を発する。

「昨日はやりすぎた。すまなかったな」

「…は?」

「だ、だから!昨日はすまなかった!」

レクトは言葉を失った。それから熱はないかとガブリアスの額に触れ、ゲンコツをくらうのであった。

 

 

シティを出て、レクトは一度その街を見る。

この街も楽しいことがいっぱいあった。また来ることもあるかもしれない。無いかもしれない。

そしてまた歩き出す。宛てがあるわけではないが、そこがまた、旅の楽しみの一つだ。どこへ行くか決まった旅なんてつまらないような気もする。

レクトはそうやって生きていくのだ。今までも。この先も…。

 



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