彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 (やがみ0821)
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サービス終了なのにサービス終了しません

「……集まり、悪かったですね」

 

 モモンガはその言葉に思わず溜息を吐いた。

 彼にとっては遅い青春の1ページとでも言うべきユグドラシル。

 12年にも及んだそれが今日でサービス終了を迎えるのだ。

 

 彼にとっては極めて不本意なことながら、サービス終了を迎えることで最後にログインを、と呼びかけてみたが、先ほどログアウトしたヘロヘロが最初で最後の1人だった。

 

「まあ、あんまり落ち込まないで」

 

 そう言うのはモモンガの対面に座る輩だ。

 一見、見目麗しい女性である。

 しかし、中の人は男性ということをギルドメンバーの誰もが知っていることだった。

 本人曰く、理想の女性を作りたかった、後悔はない、とのこと。

 とはいえ、その彼女の背中には真っ黒な翼が生えている。

 彼女もまたこのギルドに属する異形の者だった。

 

「メリエルさん……」

 

 モモンガは次々と引退していくギルドメンバーの中、変わらずにログインして最強を求め続けた彼女、メリエルの存在は救いであった。

 厨二厨二と散々に他のメンバーにからかわれたものの、この世の厨二なぞ、とうの昔に背負っているという何だかよく分からない迷言を彼女は残している。

 

「時間も良い頃だし、どうせなら玉座の間で最後を迎えるのもまた一興では? ギルド武器も持ってね」

 

 メリエルは微笑みながら、そう告げる。

 その言葉にモモンガは僅かに頷く。

 どうせ最後なら、それも良いだろう、と。

 

 途中、セバスとプレアデスの面々を連れて行こうか迷ったが、時間もなかった為、2人は連れずに玉座の間へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガを愛しているとかいいんじゃない?」

「いやさすがにそれは……」

 

 玉座の間に佇むアルベド。

 設定魔のタブラが作った彼女の長い設定を流し読みして、最後にあったビッチ設定にモモンガとメリエルはどうしたものか、と頭を悩ませていた。

 

 

「まあ、無難にギルメンを愛しているとかにしておきましょう」

 

 モモンガの提案にメリエルも頷き、設定が変更される。

 

「あと1分もないですが、やり残したことはありますか?」

「ホムンクルス作らなきゃ……」

 

 モモンガは思わず笑ってしまう。

 メリエルはバランスブレイカーと称される程の魔法職、ワールド・ガーディアンに就いている。

 だが、モモンガをはじめとしたメンバー達は彼女の厄介さはそこではないと重々に承知している。

 単体でも強いが、彼女の強さは集団としての強さだ。

 あんなものを2100年代に蘇らせるなんて、良い趣味している、とは大学教授であり、メンバー最年長の死獣天朱雀の談だ。

 

「それじゃあ、買い漁ったアイテム整理しなきゃ……」

 

 モモンガは思わずリアルに吹き出した。

 

 確かに、最後だからとメリエルはあちこちのバザーに出かけ、ワールドアイテムや神器級やらの、売り買い、トレードできるアイテムを大量に、そして破格の安さで――それこそ金貨1枚で神器級を売ってもらったり――購入していた。

 

「もうそれもいいですって。あ、そろそろ時間ですよ」

 

 モモンガは脳裏に数多の思い出が浮かんでくる。

 名残惜しいが、明日も仕事がある。

 ログアウトの後はすぐに眠らなければ……

 

 頭でそんなことを考えながら、彼は静かにその時を待った。

 

 

 そして、刻限は迫る。

 だが――

 

 

 

「……えー、何この尻切れ蜻蛉」

 

 メリエルの言葉はモモンガの心を代弁していた。

 時計は0時を過ぎた。

 しかし、一向にログアウトされない。

 

「延期になったのでしょうか?」

「そんなワケは……」

 

 メリエルは答えかけ、あることに気がついた。

 

「……いつからユグドラシルは匂いが実装されたっけ?」

「……はい?」

 

 思わずモモンガは間の抜けた声を出す。

 

「あの、メリエル様、モモンガ様。どうかされましたか?」

 

 全く予期していなかった第三者にモモンガもメリエルもそちらへ視線を向ける。

 NPCであるアルベドが話しかけてきている――

 

 そんな超常的な現象を目の当たりにし、モモンガは絶句した。

 同じくメリエルも絶句したが、すぐに口を開く。

 

「いえ、ちょっと嬉しいことが起きたの。アルベド、今日も綺麗ね」

 

 アルベドは目をぱちくりとさせた後、一瞬にして「くふー」と奇妙な声を上げた。

 

「勿体なきお言葉ですわ! 私などよりもメリエル様の方が万倍、億倍もお美しいです! まさにメリエル様こそ美の女神であります!」

「そう、ありがとう。嬉しいわ……ちょっと席を外してもらっていいかしら? モモンガと今後の方針の為、シークレット会談を行いたいの」

 

 はい、とアルベドは玉座の間からそそくさと退室していった。

 

「……あのー、メリエルさん? これっていったいどういう状況ですかね?」

 

 事態が全く飲み込めないモモンガにメリエルはにっこりと微笑む。

 

「どうやら私達、何だか知らないけど、ゲームの中に取り残されたか、もしくはゲームが現実世界と化したか、そういう事態っぽい」

「マジですか?」

「マジっぽい。でなければ夢でも見ているか……」

 

 モモンガは天を仰いだ。

 嬉しいような、嬉しくないような。

 

 チラリと視線をメリエルへ向けると、彼女は凄く嬉しいらしく、さようならクソッタレな現実世界とか何とか言っている。

 ポジティブなところはメリエルさんの持ち味だったなぁ、とモモンガは呑気に思う。

 

「で、モモンガさんや」

「あっはい」

「ギルドマスターだから、今後の方針考えて、よろしくどうぞ」

 

 きらりーん、と無駄に効果音とエフェクトまで発したアイドルスマイルのモーションを実行するメリエル。

 モモンガは殺意を覚えた。

 しかし、アンデッドになった影響か、すぐに心に平静を取り戻した。

 

 自分が人間でなくなったことに少しだけ悲しくなったものの、考えてみれば現実世界では全く良いことがなかった。

 精々がユグドラシルをプレイするのが楽しみであり、それ以外に趣味といえるものはない。

 家族もいない。

 

 

 あれ、これってもしかして……すごーく、楽しい事態なのでは!?

 

 モモンガはそう思い至るやいなや、笑いがこみ上げてくる。

 はっはっは、と笑う様はまさに大魔王。

 しかし、すぐにそれも強制的に無効化されてしまう。

 

 サービス終了、残ったのはモモンガとメリエルの2人だけ、という湿っぽい、お通夜の雰囲気は一気に消し飛んだ。

 

「メリエルさん、これは一応現実と認識して……すっごく楽しい事態ですね」

「そうでしょう、そうでしょうとも。それとこうなったからにはもう私は成りきる。楽しまにゃ、損しかない」

「具体的には?」

 

 問いにメリエルは答える。

 

「こう、支配者っぽい感じで……」

「あー、確かにそれのほうが良いかもしれませんね。上位者って感じで振る舞った方が……とりあえずは情報収集でもしますか? 守護者達とかどんな反応になるか、怪しいですし」

「それもそうね。まあ、最悪、敵対してきても一度、力の差を見せれば大人しくなる」

 

 モモンガは乾いた笑い声をあげる。

 そういやメリエルさんってたっち・みーさんと全力のPvPして勝負がつかなかったんだよなぁ、と。

 

 あれは見応えがあった、とモモンガが思い出していると、メリエルが告げる。

 

「とりあえず、適当に守護者を集めましょう。六階層に集めて、もしやばくなりそうだったら、宝物殿へ退避する形で」

「……メリエルさんがギルドマスターの方がいいんじゃないですか?」

「私は自分の身体を観察する系の仕事があるので……」

 

 モモンガは察した。

 そりゃ気になるわな、と。

 

「それじゃ、アルベドに連絡して、六階層へ主だった面々を集めておきます。30分くらいでいいですか?」

「大丈夫です、たぶん」

 

 

 本当に大丈夫だろうか、とモモンガは不安に思いつつも、メッセージにてアルベドへ連絡を取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は瞬く間に経過し――

 

 

 

「堪能した」

 

 つやつやとした顔で現れたメリエルにモモンガは察した。

 

 そういやメリエルさん、両性具有って設定だったな、ちくしょうめ――

 

 そんなことを思いながらも、ごほん、と咳払い。

 もうロールプレイは始まっているのだ。

 

「メリエルよ、確認は終わったか?」

 

 問いにメリエルは鷹揚に頷く。

 

「それで……守護者が勢揃いか」

 

 メリエルはそう言って見回す。

 平伏している守護者の面々に彼女は気を良くする。

 実際に動いて喋っている姿が見られるなんて――

 

 そんな感動で彼女は胸がいっぱいだ。

 

「今、どこまでを?」

「精霊を召喚し、少し肩慣らしをしたところまでだ」

 

 同時に伝言がモモンガからメリエルへと飛び、状況の説明が行われる。

 それらを受け、メリエルは返す。

 忠誠を確認する、と。

 モモンガは即座に了承し、メリエルへ一任する。

 彼は心底、メリエルさんがいて良かった、と思う。

 

 リアルでは中間管理職というが、彼の知識による薀蓄は――多大に妄想が混じっているが――メリエルのロールプレイを本物ではないかと錯覚させる程に十分過ぎるものだ。

 

 面を上げよ、と言えば一糸乱れず顔を上げる守護者達。

 メリエルは彼らに告げる。

 

「汝らは極めて不思議に思っているだろう。なぜ、41人のうち、2人しかいないのか、と」

 

 いきなりそこですか、とモモンガが伝言で告げるが、メリエルは大丈夫、問題ないと返す。

 

「私は知っての通りだが、モモンガもまた汝らとは元々別の次元に存在していた。無論、他の39人も」

 

 驚愕に染まる守護者達の顔にメリエルは満足気に頷く。

 驚かせるのは彼女のライフワークだ。

 

「私とモモンガはこのナザリックがある世界と我々が存在する世界を行き来できた。だが、他の39人は存在世界で窮地に立たされた。彼らは言ったのだ、我々に構わず、ナザリックへ、と」

 

 メリエルはそこで言葉を切り、守護者達の反応を見る。

 皆、緊張した面持ちでメリエルの次の言葉を待っている様子だ。

 

「窮地とは……汝らでは歯の立たぬものだ。それこそ、強大であるとされる我々41人すらも、その存在を脅かされる程に、宇宙的な規模の脅威。39人は私とモモンガをこちらへと送った後、行き来できるゲートを破壊した。あの忌々しい脅威も世界を越えることはできないからだ」

 

 以上が簡単な経緯だ、とメリエルは一度話を切った。

 

「何という、ことでしょう……」

 

 アルベドは震える声で呟くように言った。

 

「至高の方々が、まさかそのような事態であったとは……」

 

 ポロポロと大粒の涙がこぼれ始める。

 メリエルは気づいて、モモンガに伝言を飛ばす。

 

『もしかして、やりすぎちゃった?』

『やりすぎです。嘘は言っていないですが、大きく盛りすぎです。何ですか、宇宙的脅威って』

『お仕事は宇宙の脅威だと思う』

 

 そんなやり取りをしている最中にもアルベドやデミウルゴス、コキュートスにシャルティアとどんどん守護者達が悲壮感を漂わせながら、自分の無力を嘆いていく。

 

『これ、どうするんですか? 私は知りませんよ』

『まあ、何とか……』

 

 メリエルはそう返し、再度口を開く。

 

「我々はもはや戻らぬ39人……ウルベルト、たっち・みー、ペロロンチーノ……」

 

 メリエルはゆっくりと39人の名を上げていく。

 啜り泣く声は大きくなり、嗚咽を抑えきれぬ者が出てくる。

 

「彼ら39人はナザリックを頼む、とそう言ったのだ。我々は39人の分まで汝らをあまねく愛そう」

 

 そして、とメリエルは告げる。

 

「汝らもまた我々、メリエルとモモンガに忠誠を捧げよ。汝らはもはや死ぬことすら許さぬ」

 

 良いな、とメリエルは問う。

 すぐさま御意、という返事が返ってくるが、それらは例外なく涙声であった。

 

『さすがはメリエルさん。厨二的なことをやらせたらギルド一番ですね』

『こういうのはやってあげるから、全体の方針とかそういうのはよろしく』

 

 了解、とモモンガは返し、口をゆっくりと開く。

 

「メリエルの言葉通りだ。もはや聞くまでもないが、一応聞いておこう。お前達にとって、私やメリエルはどういった存在だ? まずはそうだな、私から聞こうか。モモンガとはどういった存在だ?」

 

 涙を拭い、守護者達が語りだした評価に思わずモモンガは目が点になった。

 美の結晶だとか何やらびっくりな評価だ。

 

「つ、次にメリエルはどういった存在だ? シャルティア」

 

 若干引きながら、モモンガは再度、問いかける。

 

「至高の方々の中でも、最も闇の存在。その知恵や御力はまさに想像を絶するものがあります。また、モモンガ様とは違った意味で、美の結晶であります」

 

 メリエルはモモンガとは違って、さも当然とばかりに頷いている。

 ああいうとこ、凄いよなー、とモモンガは思いつつ、次のコキュートスへ。

 

「マサシク神々ノ力。ソレデアリナガラ常ニ最強ヲ求メ続ケル、向上心ニ溢レル御方」

 

 そしてアウラへと続いていくが、守護者達の評価はモモンガと似たようなものだった。

 

『だ、そうですよ? メリエルさん』

『うむ、余は満足であるぞ。ところで、私もちょっと体を動かしたいから、シャルティア辺りと戦いたいんだけど』

『大丈夫ですか? まずは適当に試してからの方が……』

『それもそうね……あとで適当に何か出してもらっても良いかしら』

 

 モモンガはホッと安堵する。

 メリエルの種族的にはありふれたといっては語弊があるが、堕天使だ。

 しかし、彼――否、彼女はただの堕天使ではない。

 

「ではこれより、今後の方針を告げる。セバスはプレアデスを引き連れ、周辺の探索へ向かえ。アルベドはナザリック全域の警戒レベルを最高に引き上げろ。現在、我々はちょっとした厄介事に巻き込まれている可能性がある」

「恐れながらモモンガ様、厄介事とはいかなる……?」

「アルベドよ、私も確証は持てないのだ。故に、セバスらの偵察の結果を聞いてから発表する」

 

 そんなやり取りをするモモンガを見て、メリエルは支配者しているなぁ、と感心してしまう。

 ただのサラリーマンじゃなくて、魔王でもやってたんじゃなかろうか、と。

 

「では、以上。解散」

 

 モモンガのどうにも会社員っぽい言葉にメリエルは思わずずっこけそうになった。

 

 



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方針決めと簡単な模擬戦

 

「で、どうしましょうか? 今後」

「元の世界に未練はないから、好きにやっていいんじゃないの?」

 

 モモンガはメリエルの答えに困惑する。

 確かにそうだが、いざどうしようか、というと特に目的がないのだ。

 ここはモモンガの私室。

 人払いは既に済んでおり、気兼ねなく色々と話せる空間だ。

 

 その私室にて、メリエルはふかふかのソファに座り、無限の水差しでもって水を飲む。

 普通に冷たくておいしい水だった。

 

 アンデッドであるモモンガは飲むことはできないが、そんなことを気にするメリエルではない。

 そして、モモンガもまたメリエルがそういった細かな配慮をするようなことを期待していない。

 丁寧なときもあるが、基本的にはてきとーである、というのがメリエルのギルドでの評価だった。

 

 

「ナザリックの恒久的な平和……で、いいですかね?」

「いいんじゃない? もし万が一、敵対的な国とかそういうのがあっても、まあ、物量で何とかなる」

「……1500人侵攻の際は大変お世話になりました」

 

 モモンガは思わず頭を下げてしまう。

 かつてナザリックを襲った危機、1500人のプレーヤーによる侵攻。

 アインズ・ウール・ゴウンの面々は8階層のヴィクティムで食い止める予定であったのだが……

 

「あれは襲ってきた側がさすがに可哀想になりました」

 

 頭を上げて、モモンガは思い出す。

 

 ナザリック地下大墳墓、侵攻側の目の前に出現した、幾万にも及ぶ大軍勢を。

 結局、メリエルの独壇場で、彼女は撃退した後、余勢をかって幾つもの敵対ギルドに攻め入ったのだ。

 どんなギルドであろうが、絶え間なく数万の軍勢を送り込まれ続ければ消耗し、押し潰される。

 ナザリックですら、そんなことをされては到底に補給が追いつかないだろう。

 そして、そんな常識外れのことをやってのけてしまったのがメリエルだった。

 

「ワールド・デストロイヤーって何なのかしらね。たかが、ギルド武器を10個くらい破壊した程度なのに」

「普通、そんなことしませんって。それって結局、職業なんですか?」

「一応職業っぽいけど、ワールド・デストロイヤーを含めて計算すると種族レベルと職業レベルの合計で100を超えちゃってるんだけど、ステータス表示上はレベルの合計値にカウントされていない」

「効果はステータス・耐性の大幅上昇をはじめとした幾つかの制限撤廃、ウロボロスと同じ効果って……ユグドラシル運営ってホント頭おかしいですね」

「うん、そう思う。まあ、ウロボロスを複数回使って、幾つかのお願いをしてあったから、あの戦法もできたんだけどね」

 

 大軍勢を収納できる空間であったりとか、収納時はコストが掛からなかったりなどのそういうお願いだ。

 

 

「ところで、ナーベラルとソリュシャンを私付きのメイドとして良い? 前から気に入っていたのよ」

「構いませんよ」

 

 モモンガがそう返答した直後、セバスからメッセージが入った。

 彼によれば周囲には草原が広がっており、元々ナザリック周辺にあった沼地等は全く見当たらないとのこと。

 

「いよいよ、異世界の可能性が高くなりました」

 

 モモンガの言葉にメリエルは僅かに頷く。

 予想出来ていたことだ。

 驚くことでもない。

 

「ところで、試しはどうされますか? 必要であるなら、適当なモンスターを作成しますが」

「それじゃ、お願い」

「じゃあ、六階層でお待ちしてますね。1時間後くらいにきてください。試した後はついでにシャルティアと戦えるように手配しておきますから」

 

 メリエルは軽く頷いた。

 モモンガとしてもこれは100%、善意から出た言葉であった。

 しかし、2人は自分達が守護者達の間でどの程度のものか、まだ過小評価していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「えー……なにこれー」

 

 メリエルは思わずドン引きした。

 六階層にある闘技場。

 きっかり1時間後に彼女はそこへ現れたのだが、そこにいるのはナザリックの守護者全員に加え、数多のシモベ達が観客席にいた。

 なぜかモモンガは貴賓席に座っている。

 

『ちょっとどういうこと!?』

『……何か、話が大きくなってしまって』

『えー……』

 

「メリエル様」

 

 声を掛けられ、メリエルはそちらへと視線を向ける。

 そこにはアルベドが優雅に佇んでいた。

 

「メリエル様の御力からすれば、鎧袖一触でしょうが、500体程のアンデッドを用意させていただきました。その後にはシャルティアも控えさせてありますので」

「……そういえば、私の戦闘を見たことがある守護者っているのかしら?」

「いいえ、それ故、ぜひとも矮小なる我々にその御力を披露していただきたく」

 

 別にいいけども、とメリエルは返し、不敵な笑みを浮かべる。

 

「アルベド……よく眼を開いて、魂に刻みこみなさい。全てをねじ伏せる圧倒的な暴力をね」

 

 

 

 うわー、メリエルさんドヤ顔で何か言ってる

 

 メリエルの様子を遠目に見て、モモンガは思わず頭を抱えた。

 近くにはアルベド、シャルティアを除いた守護者達が勢揃いしているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 だいたい、メリエルがドヤ顔で何かやるときは洒落にならないほどに大規模なことをやるのだ。

 彼女の性格は派手好きであり、また驚かせるのが大好きだ。

 てきとーな癖に、そういうところは手を抜かないのだ。

 

 オーバーロードになったことで、人間のときよりも遥かに視覚等が上昇していたことが災いした。

 まさしく、見たくなかったものだ。

 

「……もう知らん」

 

 モモンガは見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルは場内へと入る。

 超満員の観客達。目の前に広がるアンデッドの軍勢。

 しかし、メリエルはとても冷静だった。

 彼女のスキルとして、相手のレベルを把握できるものがあるからだ。

 

 

 司会役のアルベドもまたメリエルに付き従うが、彼女は確かに聞いた。

 

「たったのレベル20か、ゴミめ」

 

 アルベドの体を電流のような、ぞくぞくっとした快楽が走る。

 

 メリエル様超カッコイイ私も罵って

 

 そんなことを思いながら、アルベドは至極真面目な顔で告げる。

 

「これより至高の御方であるメリエル様の戦闘を行います」

 

 宣言と共にメリエルはすっと前へ突き出した。

 

「ファイヤーボール」

 

 小さな火の玉が一直線に先頭にいるアンデッド目掛けて飛んでいった。

 

 アルベドは思わず首を傾げた。

 なぜ、そのような低位魔法を?

 

 しかし、次の瞬間、その疑問は完全に消え去った。

 

 

 爆炎――やや遅れて轟音

 

 

 アンデッドの半数くらいが炎の渦に包まれ、消滅していく。

 メリエルはすかさずマジックアイテム「天空に響き渡る声」を使用し、観客達全員に告げる。

 

「今のは第10位階魔法でも、ましてや超位魔法でもない。ただのファイヤーボールだ」

 

  ドヤ顔で告げるメリエルに誰も声を発せなかった。

 その光景に気を良くし、メリエルは更に告げる。

 

「後学の為にお見せしよう。これが私のメギドフレイムだ」

 

 第10位階魔法であり、ファイヤーボールの最上級技にあたるメギドフレイム。

 Mp消費と威力が程よいバランスであり、狩りは勿論、発動・弾速の速さからPvPでもよく使用されたものだ。

 

 メリエルはメギドフレイム、と小さく唱える。

 するとどうだろうか、炎が彼女の手のひらの中で蠢いて、小さな小さな白い球を作る。

 傍目には先程のファイヤーボールよりもよほどに小さく、威力は劣るではないか、と見る者に疑念を抱かせるには十分だ。

 

 しかし、守護者達、とりわけもっとも近くにいるアルベドにとって、それはまさしく原初の太陽とでも呼ぶにふさわしい程の圧倒的な熱量を秘めていることが十分に感じ取れた。

 

 ゆっくりとメリエルは火球を残るアンデッドへ向けて飛ばす。

 

 瞬間、場内は眩い光に包まれ、先ほどよりも遥かに大きな轟音と爆風が巻き起こる。

 

 僅か数秒でそれらは収まったが、着弾地点は目に余る惨状となっていた。

 

「……凄まじい」

 

 アルベドは思わずそんな声が零れた。

 用意したアンデッドは当然おらず、それどころか地面にはクレーターのような大穴。

 穴の周辺部分にある石畳は溶け、赤い液体と化している。

 

 当のメリエルはというと、ユグドラシルでは大ダメージを与え、周辺にもそれなりの地形変動効果をもたらしていたものが、いざ現実になるとこんな核兵器が直撃したようなものになるとは全く思ってもいなかった。

 

 要するに彼女はびっくりしていた。

 

『やりすぎです! どうするんですかこれ!? ていうか、メリエルさんはたっち・みーさんとガチでやりあえるんですから本当に自重してください!』

『申し訳ない……』

 

 すかさず飛んできたモモンガからのメッセージに素直に答えるメリエル。

 ちょーっと、昔に読んだレトロ漫画の大魔王っぽくやってみたら、やばいことになってしまった、というのが彼女の心境である。

 

「素晴らしいですわ……さすがは至高の御方」

 

 しかし、そんなモモンガとのやり取りも、横から聞こえた声にメリエルは中断を余儀なくされる。

 

 アルベドが瞳を潤ませ、じっとメリエルを見ていた。

 ちらり、と視線を大穴へと向ければマーレが慌てて観客席から降りてきて、魔法での修復作業にかかっている。

 その作業速度は極めて迅速であり、この分なら数分で元通りになるだろう。

 

「あー、まあ、そうねぇ……一つ言っておくなら……私はまだ全く本気を出していない。しいて言えば、軽い準備運動に過ぎない」

 

 メリエルはそう伝えるが、心配はある。

 やり過ぎてしまわないかどうか、そういうものであった。

 

 そんなことを言っている間に修復作業は終わり、大穴は元通りに埋められた。

 いよいよもって、シャルティアとの戦いというところで、メリエルは装備品を確認する。

 

 現在のメリエルは真っ黒な胸元の開いたドレスしか着ていない。

 どちらかというと、お洒落着だ。

 彼女のガチは神器級アイテムの目白押しだ。

 インベントリを覗いていて、ふと彼女の頭をあることが過る。

 

 

「……ガチになるのも、大人げないわね」

 

 ガチでやればメリエルは余裕をもって勝てる自信があった。

 しかし、むしろ、ここで強さを魅せつけるには、ほぼ何も装備していない状態で勝利した方が良いのではないだろうか。

 

「アルベド、シャルティアを呼びなさい」

 

 アルベドは目の前の至高の主の一人の言葉を脳に浸透させるまでに数秒程の時間を要した。

 そして、彼女の聡明な頭脳はすぐにあることを弾き出す。

 

 何も装備していないに等しい状態で1対1の戦闘でなら最強の守護者であるシャルティアと戦う?

 

 アルベドは思わず諌めようと口を開くが、メリエルは彼女の言いたいことを読んだかのように、不敵な笑みで告げる。

 

「問題無いわ。だって、私の方が強いから」

 

 メリエルの言葉にアルベドは奇妙な歓声を上げ、すぐにシャルティアへとメッセージを飛ばす。

 

 そして、メリエル達とは反対側からシャルティアが場内へと現れた。

 彼女はなぜだかうっとりとした様子で、メリエルを見つめている。

 

 何を言ったんだろうか、とメリエルは疑問に思いながらも歩みを進め、シャルティアの数m手前で止まる。

 

「ああ、愛しの御方……先ほどの魔法といい、強い発言といい……このシャルティア、畏敬の念を禁じえません」

 

 そう言うシャルティアにメリエルは肩を竦めながら、改めてシャルティアを見る。

 

「……ふむ、さすがはペロロンチーノ。良い仕事をしている」

 

 はい? と小首を傾げるシャルティアにメリエルは鷹揚に頷いて告げる。

 

「シャルティアは可愛い。そういうことよ」

 

 あああん、とシャルティアは頬を赤く染め、染めた頬に両掌をおいてイヤイヤと首を左右に振る。

 

「メリエル様から、そのように仰っていただけるなんて……よろしければこの後、私の部屋へ……」

 

 そう言いかけたシャルティアの動きが唐突に止まる。

 そして、すぐさまアルベドをきっと睨む。

 

 だいたいその行動でメリエルは察しがついた。

 おそらくアルベドがさっさと始めろとそういうことを言ったのだろう。

 

「さて、シャルティア。始める前に言っておくけど……」

 

 メリエルはそこで言葉を切り、シャルティアの瞳をまっすぐに見つめる。

 

「全力できなさい。そうすれば……そうね、3分は保つかもしれないわ。ハンデとして先手は譲ってあげましょう」

 

 その言葉にシャルティアは一転して真面目な表情となり、すぐさまに自身の装備を全力戦闘へと切り替える。

 紅い鎧とヘルムを纏い、手にはスポイトランス。

 

「エインヘリヤル」

 

 呟くように唱えた声。

 すると、シャルティアの隣に全く同じ格好のシャルティアが現れる。

 本体であるシャルティアと全く遜色ない能力値を誇る、シャルティアの分身体だ。

 

 メリエルは予想通りの対応に思わずほくそ笑む。

 そうくるだろうな、と。

 

 そう言っている間に各種バフを唱え、構えを取る。

 片手を上に、もう一方を下に。

 傍から見れば、丸いものでも持っているかのように見えるかもしれない。

 

 

 シャルティアはすぐに突撃するようなことをしない。

 彼女は何か違和感を感じているらしいが、それを振り払うかのように、口を開く。

 

「行きます!」

 

 シャルティアはそう宣言し、エインヘリヤルと共にメリエルへと突っ込んでくる。

 その速さは疾風の如く。

 

 迫り来る2つのスポイトランス。

 一瞬である筈だが、メリエルにとっては十分に遅く、対処可能なものだ。

 

 2本のスポイトランスはそれぞれ別角度から迫る。

 下げた手を動かし、2つのスポイトランスの穂先をスキル:グレーターパリィでもって弾く。

 弾かれるとは思っていなかったのか、大きく体勢を崩すシャルティア。

 その顔は驚愕に染まっている。

 

 しかし、これで終わりではない。

 上げたままの手でもってメリエルは魔法を発動する。

 

「ドラゴンスレイヤー」

 

 手の延長上に現れる光の剣をまっすぐにシャルティアの本体及び分身体を横薙ぎに一閃。

 その衝撃で、2体は後ろへ吹き飛ぶ。

 

 最後にパリィを発動した方の手でもって、追撃の魔法を行う。

 

「メギドフレイム」

 

 火球は後ろへと飛んで行っている本体と分身体に追いつき――

 

 

 濛々と立ち込める爆炎。

 おそらくは先ほどと同じように大穴が開いているだろうが、メリエルとしては大満足だった。

 

 

 アルベドは目の前の光景が全く信じられなかった。

 モモンガを除く全ての観客たちもまたそれは同じだった。

 

 攻撃に対するカウンター技はある。

 しかし、それでもあのような、多段に渡る追撃を加えることはできない筈だ。

 

「これを天地魔闘の構えと言う」

 

 メリエルの声にアルベドはすぐさまその意を察した。

 そして、わなわなと震える。

 

 なんて、御方――

 

 アルベドはもはや言葉すら出なかった。

 もはや至高という言葉ですら、陳腐に思えてしまう。

 

「天とは攻撃。地とは防御。そして、魔とは魔法を指す」

 

 メリエルはそう言いながら、アルベドへと視線を向ける。

 それを受け、アルベドはゆっくりと口を開く。

 

「相手の攻撃を防御し、すかさずに2つの攻撃を、攻撃側に叩きこむ、必殺のカウンター技……」

 

 そうですね、と問うアルベドにメリエルは鷹揚に頷く。

 

「今使った魔法やスキル以外のものを組み込めば多種多様な相手に対応できる。それに、例えば今であったなら、後ろに吹き飛んだシャルティアに追撃の魔法を更に放っても良い」

 

 そうこうしているうちにメギドフレイムによる土煙が晴れる。

 シャルティアの分身体は消え去ってはいるものの、本体はさほどダメージを受けているようには見えない。

 

「さすがはシャルティア。神官戦士というだけはあってタフね」

 

 そう褒めるメリエルにシャルティアはゆっくりと口を開く。

 

「メリエル様……その、こ、降伏したいんでありんすけど……」

 

 予想外の言葉にメリエルは思わず首を傾げる。

 

「今のは単なるカウンター技で、たっち・みーも対応できたから、シャルティアも何とかなるでしょ?」

「い、いえ、その……ちょ、ちょっと、えっと……」

 

 単なるカウンター技じゃないでありんす、とか色々言いたかったが、シャルティアにとってはそんな余裕はなかった。

 そのとき、アルベドは気がついた。

 彼女がすぐさまメッセージにてシャルティアに確認を取れば予想通りだった。

 

「メリエル様、シャルティアはどうやらメリエル様の御力に、心の底から屈服したようです。その、少し濡れてしまったと」

 

 最後の方は囁くように、小さな声であったが、メリエルも察した。

 

『天地魔闘の構えを使うとか、ちょっと本気になりすぎです』

 

 モモンガからメッセージが飛んできた。

 

『やってみたかった、今は満足している。しかしどうしよ、シャルティアじゃないと私の攻撃を受け切れないような気がする』

『もうやめてもいいんじゃないでしょうか? とりあえず、天地魔闘の構えができればまず勝てるでしょうに』

 

 『天地魔闘の構え』はたっち・みーを含めた僅か一握りのプレーヤーしか破れなかったのだ。

 とはいえ、彼女の強さはそこだけではない。 

 

 モモンガは遠い目で思い出す。 

 

 マキシマイズマジック、トリプレットマジック、グレーターマジックシリンダーからのリアリティ・スラッシュなんてたっち・みーさんですら、大ダメージ受けてたよな――

 

 リアリティ・スラッシュの威力を強化し、更に三重で発動できるようにし、更に三重化したリアリティ・スラッシュの魔法の発動数を増やす――

 グレーターマジックシリンダーという、最大発動数を6回に増やす魔法がある。

 Mp消費は大きいが、三重化した魔法を6回放てるようになる。

 つまり、最高で18回のリアリティ・スラッシュを同時に放つことができる。

 

 基本はMP消費の軽い魔法を使って手数で攻める時のバフだが、MP消費を度外視して、リアリティ・スラッシュを詰め込むような輩はメリエルくらいしかモモンガは知らなかった。

 

 天地魔闘の構えにコレを組み込むだけで上位プレーヤーであってもまず死亡する。

 とはいえ、MP消費は無視できないほどに膨大であるため、強敵であり、なおかつ、短期決戦をせざるを得ない時に限定している、とメリエルからモモンガは聞いていた。

 もっとも、その制限ももはやないだろう、と彼は理解していた。

 

 メリエルは反則的なワールドアイテムをサービス終了間際に入手していたのだから。

 

『それじゃ、私、部屋に戻るから』

『あ、分かりました。また何かありましたら、メッセージで連絡します』

 

 下手したら世界征服でもできそうだよな、とメリエルに返しながら思うモモンガだった。

 

 



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ベッドルームではっちゃけて、星空見るだけの話

 

 

 

 メリエルはドキドキ・ワクワクと興奮が収まらなかった。

 それはひとえに、ナーベラルとソリュシャンを自分付きのメイドにできたからに他ならない。

 

 彼女の自室は広い。

 第9階層の一部分を自分専用の居住区としている。

 部屋ではなく、居住区。

 それくらいに広い。

 ひとえにそれは、彼女がギルドに大きく貢献していたから。

 熱素石集めの際は集まってくるプレーヤー達をその軍勢で蹴散らし、1500人侵攻の際もまたその軍勢で蹴散らし――

 

 基本、彼女が単体で戦うということはPvPを除けばあまりなかったが、それでもその軍勢は彼女のみが扱えた為に彼女の貢献だ。

 

 そんなわけで彼女はギルドにおいても、中々に融通が利いた。

 

「……そういや、こうなってからここに来るのは初めてね」

 

 メリエルの自室はとても広い。

 部屋数も、一つ一つの部屋の広さも、そしてその種類も。

 カラオケ部屋からボーリング部屋、果ては拷問部屋まで何でも揃っていた。

 

 とりあえずベッドルームへと赴いて、豪華な天蓋付きのベッドに思わず唖然とする。

 

「しばらく眠れないかもしれない」

 

 アンデッドではないメリエルであるが、そもそも人外である。

 とりあえず性欲はあることは確認できたが、睡眠や食事もとってもとらなくても問題ないかもしれない、とそこまで思い至った時だった。

 

 扉がノックされる。

 入るようメリエルが伝えると、ゆっくりと扉が開き、待望の2人がいた。

 

「ナーベラル及びソリュシャン、至高の御方であるメリエル様のお傍に仕えさせていただきたく参上いたしました」

 

 ナーベラルがそう口上を述べた。

 随分と堅苦しいが、これを受けるのもまた特権である、とメリエルはポジティブに考えることにした。

 

「うむ、構わない……ところで、ここは生活スペースであって、あなた達はメイド、という認識で良いかしら?」

 

 ナーベラルとソリュシャンは内心不思議に思いながら、肯定する。

 

「じゃあ、私の威厳とか色々なものをここで出す必要はないわね」

 

 そう宣言して、ひゃっはー、とベッドにダイブするメリエル。

 突然の行動にナーベラルもソリュシャンも唖然とするが、そこは優秀なメイド。

 すぐさま再起動を果たす。

 

 メイドとして最高の冷静さをもって、目の前ではしゃぐ至高の御方を見ながら、メッセージでやり取りする。

 

『……ねぇ、ナーちゃん』

『無邪気な御姿を晒せるのはここだけであり、それを見る資格を有するのは我々のみ……』

『実にいい状況ね』

 

 表情には全く出さず、しかし、その心は非常に興奮しているメイドの2人。

 

「そういえば、人間ってどう思う?」

 

 唐突に飛んできた質問。

 しかし、2人はすぐさま答える。

 

「ゴミです」

「とても楽しめるものです。6ヶ月くらいの無垢な存在とか特に良い声を上げてくれます」

 

 なるほど、とメリエルは頷く。

 

「人間は脆弱で、愚かで、矮小で、無駄に数が多い……だからこそ、もし一致団結したとき、その多様性から極めて強力な敵となりうる。我々が人間を1人殺している間に、人間は1000人くらい生まれる」

 

 しばらくは息を潜めた方が良いだろう、とメリエルは呟くように言った。

 

『ちょ、ちょっと、メリエル様は何を仰られたいの?』

『私達に人間の強さを教えたいのだろうか?』

『……良く分からないわ』

 

 2人がメッセージでやり取りしているが、メリエルは告げる。

 

「分からないわよね」

 

 どきり、とナーベラルとソリュシャンは飛び上がりそうになった。

 

「簡単な話よ。人類というのは生まれてからずっと、数百万年くらい戦争をしながら発展してきたのよ。たかだが数千年とかそこらの、ぽっと出じゃ、そんな戦争のプロフェッショナル相手に戦っても、敵わないのは当然よ」

 

 ナーベラルとソリュシャンは思わず身を震わせた。

 

 まさしく賢者――

 

 先ほどの無邪気な姿も何かしら意味があるのではないか、と2人は考えてしまう。

 

「でもまあ、モモンガがなんかやりたいって言ったらやろうかな。世界征服とか。彼の性格からそれはないでしょうけど」

 

 さらりと言ってしまうところにナーベラル達はまたまた戦慄する。

 きっとそれはこの方々にとっては容易いことなのだろう、と先のシャルティア戦を見ていれば強く思わざるを得ない。

 

「あ、ちなみにだけど、私は集団戦とか単体戦闘とか強いけど、モモンガはどっちかというと撹乱とかそういう搦め手系が得意なのよ。真っ向勝負なら私が勝つけど、それ以外なら向こうが勝つんじゃないかしらね」

 

 メリエルがそう言った直後、モモンガからメッセージが飛んできた。

 

 ちょっと外に行きませんか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誘われてナザリックの外へとやってきたモモンガとメリエル。

 ナーベラルとソリュシャンもまた2人からやや離れて付き従う。

 

 もうすっかりと日は落ちたらしく、満面の星空が広がっている。

 現実世界では到底見られなかった光景だ。 

 

 

 夜空には美人が似合う、とモモンガをメリエルが真顔で説得した為、2人でちょっとでかけたかったモモンガも首を縦に振らざるを得なかった。

 ちなみに美人と言われて、ナーベラルとソリュシャンは狂喜乱舞しそうになったが、メイドとしての意志の強さで何とか抑えこんだという2人の知られざる戦いがあったりする。

 幸いなことに、プレアデスの2人を連れていた為、第一階層にいたデミウルゴスも自分がついていくといったことは言わず、モモンガとメリエルを送り出していた。

 

 

「本当に宝石箱のようですね」

 

 フライにて空を飛びながら、モモンガは口を開く。

 

「確かに。世界征服とかする? 超がつくほど、手間と時間がかかるし、した後にどうするかって問題が出てくるけど」

 

 そう言ってくるメリエルに、本当に現実的だよなぁ、とモモンガは思いながらも苦笑する。

 

「メリエルさんはどうしたいですか?」

 

 問いにメリエルはナーベラルとソリュシャンへと顔を向ける。

 

「美人の嫁が欲しい。あと、軽く戦ってみたい」

 

 ナーベラルとソリュシャンは何を思い描いたのか、ふらふらと蛇行した。

 

「……俺、何でアンデッドにしたのかなぁ」

 

 遠い目でモモンガは空を見つめた。

 綺麗な星々だった。

 

「アルベドが何とかしてくれる。たぶん、きっと、おそらく……」

 

 メリエルは一応のフォローを入れてみる。

 彼女とて具体的にどうするか想像はつかない。

 人化ができるアイテムを使えば何とかなるかもしれない、という程度しか思いつかない。

 

「さっき、アルベドと話していたんですが、ちょっと目がやばかったです。貞操の危険を感じました」

「いいじゃない。羨ましい。リア充死すべし慈悲はない」

 

 そう言ってリアリティ・スラッシュを唱えようとするメリエルにモモンガは切り返す。

 

「ナーベラルとソリュシャンって十分リア充じゃないですか。アルベドと違ってこう、危険さがないし」

「……何か人間やめた方が充実しているっておかしくないかな」

「おかしい気がします」

 

 2人揃って溜息を吐く。

 

「ま、まあ、ともあれ、もし人間とかと関わる機会があったらどう関わる? 恐怖の大王的に? それともちょっと不気味な隣人として?」

「……ケースバイケースとしか言えません。何か良い知恵はありますか?」

「相手の文明レベルにもよる。もしリアルと同じ程度だったら、友好をアピールしないとバッドエンド間違いない。だけど、それ以前の、例えば中世レベルだったら……経済を握って、裏から支配するのも良い」

「明日からはより情報収集に努めねばなりませんね」

「適当な隠密に向いたシモベ達を複数チーム作って、効率的にやらないと……」

 

 メリエルさんがいてよかった、そう強く思うモモンガだった。

 

 

 この後、ナーベラルとソリュシャンにより、メリエルとモモンガのやりたいことがアルベドをはじめとした守護者達に伝えられ、盛大に勘違いされて、この世界をお二人に! という風になってしまったのは余談である。

 

 

 



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御茶会やってたら、戦闘のお誘い

 

 

 一夜明け、メリエルは朝食を食べながら思いついた。

 

 そうだ、御茶会しよう――

 

 

 

 

 

 

「うん、美味しいわね」

 

 右にナーベラル、左にソリュシャン。

 そして対面するのはアルベドとデミウルゴス、そしてシャルティアだ。

 

 メリエル主催の御茶会――といえばのどかなものだが、話す内容は当然ながら物騒なものだった。

 

 

「さて、お茶とお菓子が手元にいったところで、まずは感謝を。忙しいにも拘らずに」

「いいえ、至高の御方であらせられるメリエル様の主催の御茶会となれば……」

 

 アルベドの言葉にメリエルは鷹揚に頷く。

 そして、告げる。

 

「あくまでこれは御茶会だから。正式なものではない……まあ、言うまでもなく分かるでしょうけど」

 

 メリエルは敢えて試すような物言いをした。

 すかさずアルベドとデミウルゴスは心得ているとばかりに僅かに頷くが、シャルティアは小首を傾げている。

 

「シャルティア、メリエル様がここで仰られる言葉は勅命ではない、と言っておられるのよ」

「もう少し、君は言葉を読む力を鍛えた方が良い」

 

 アルベドとデミウルゴスのダブルパンチにシャルティアはしょんぼりとする。

 そんな姿に可愛いなぁ、とメリエルは思いつつも口を開く。

 

「シャルティアの可愛い姿も見られたから、適当につらつら話していくわ……端的に言えば、人間は下等生物であり、取るに足らない存在……というのがナザリックでの共通認識でしょうね」

 

 一同が頷くのを確認し、メリエルは続ける。

 

「しかし、彼らの人数と、そして多様性は極めて厄介。普段は人間同士でいがみ合い、殺しあっているけれど、いざ強大な敵が現れたら一つに纏まって団結し、その多様性からくる脅威の対応力を発揮する」

 

 故に、とメリエルは告げる。

 

「決して、連中を一枚岩にしてはならない。絶えず、いがみ合わせ、争わせる。そうね……我々に友好的な人間の組織を作っても良い。モモンガとて、場合によってはそれを許可するだろう」

 

 メリエルは3人の反応を見ながら、更に続ける。

 

「何も人類全てを敵とする必要性はない。我々に味方する者には寛大を、我々に敵対する者には死を与えれば良いだけの簡単な話よ。早い話が……分断して統治しなさい」

 

 メリエルはそこで言葉を切り、反応を見る。

 

「……そこまでお考えとは……」

 

 アルベドはわなわなと震えながらそう言った。

 

「我々はただどのように効率的に人類を恐怖でもって支配するか、それしか考えておりませんでした。恥ずべき事です」

 

 デミウルゴスは深く頭を下げた。

 2人からすればまさしく頭を思いっきり殴られたかのような衝撃を受けていた。

 人類は非力で矮小な存在――

 ナザリックのNPCに共通している認識で、思考停止していたのだ。

 

「敵を知り己を知れば百戦危うからず。まずは人類とは何か、そこから調べなさい。彼らの歴史を知り、行動・思考を読み解き、対策を考える。そうすればどのようなものか、判断がつくでしょう」

 

 御意に、と答える2人に対し、シャルティアは悩むように、人差し指を口元に当てていた。

 

「あの、メリエル様。なぜ、私を呼ばれたんでありんす? アルベドとデミウルゴスだけで良いのではありんせんか?」

「シャルティアにも人間は厄介って知ってもらいたかったのよ。人間は決して諦めない。どんなに絶望的な状況でも、僅かな希望を胸に抱いて、決して諦めないのよ」

 

 メリエルはそう言って、シャルティアに微笑む。

 シャルティアは慌てて目を逸らしながら、告げる。

 

「わ、わかったでありんす。もし人間と戦う時になったなら、侮らないようにするでありんす」

「それでいいのよ。ところで、何で視線を?」

「し、至高の御方であるメリエル様の微笑みは強すぎるでありんす」

 

 色々な意味で、とシャルティアは心の中で付け足す。

 

「メリエル様は強烈な魅了スキルを有しているのか……?」

「いえ、そのようなスキルは所持されていなかった筈……」

 

 そんな2人の言葉を耳に捉え、メリエルは理解した。

 つまるところ、自分とモモンガは何をやっても、守護者達に過大な程に評価されてしまうらしい。

 

 微笑みなんて向けられた挙句には魅了系の魔法にでも掛かったかのようになっても、不思議ではないかもしれない。

 

 メリエルは小さく溜息を吐く。

 

「美しさって……罪ね」

 

 軽く長い金髪をかきあげてみせる。

 するとシャルティアはとろけたような、恍惚とした顔になる。

 

 面白いわね、コレ。

 あとでモモンガにも教えてあげよう。

 

 メリエルは悩めるギルドマスターへささやかな助言を決意したその時だった。

 

『メリエルさんメリエルさん』

『はいはいモモンガさん。チェックメイトキングツー、こちらホワイトロック。どうぞ』

『ネタ古過ぎませんかね……それ、教えてもらっていなかったら、分かりませんよ』

『いいじゃん。歴史に学ぶのが賢者よ。で?』

『遠隔視の鏡を使っていたら、襲われている村を発見したので、ちょっと行こうかなって』

『マジで!? じゃあ、ちょっと私もいく! この世界に我が軍勢を広めなければ……』

 

 メリエルの脳裏には哀れな異世界の連中を飲み込む、軍勢の姿が浮かび上がる。

 

『いえ、あの、もしかしたら我々よりも強い可能性が……』

『じゃあ尚更、ガチでいかないとね。私のワールドアイテム持って行くから。ブリーシンガメンね』

 

 そう返すなり、メリエルは野暮用ができた、とアルベド達に御茶会の終了を宣言し、自室へと装備を整えに戻った。

 

 

 

 

 

「最悪だ……」

 

 一方モモンガは頭を抱えていた。

 控えていたセバスが何事か、と思わず問いかけるが、何でもないとモモンガは返答する。

 

「……メリエルさん、ガチだなぁ。ヤバイなぁ」

 

 ブリーシンガメン持ち出すとか、ガチの討伐隊と戦ったときくらいだよなぁ――

 

 モモンガはブリーシンガメンの凶悪さをあの時、初めて知った。

 

 ブリーシンガメンはワールドアイテムとして考えれば効果は平凡なものだ。

 精神操作系をはじめとした各種デバフの完全無効化、属性耐性や物理攻撃力等の各種ステータスの大幅な上昇。

 上昇率が他の装備品と比べて恐ろしく高いが、何かしらの特殊な能力を持っているというわけでもない。

 しかし、その装備者がガチビルドのメリエルとなると話が全く変わってくる。

 ステータスの桁が頭がおかしいレベルになるのだ。

 

 

「……抑えとしてアルベドも呼ぶか」

 

 メリエルがやり過ぎる前に、場を収める。

 最悪、アルベドをぶつけて何とか抑える。

 

 モモンガはアルベドに最高の装備を整えてすぐに来い、とメッセージを送る。

 アルベドは驚いたものの、すぐさま御意と返す。

 

 これで一安心、と思った時、モモンガのすぐ傍に転移門が開いた。

 モモンガは門から出てきた人物に深く、深く溜息を吐く。

 

「メリエルさん……本当にガチできたんですか」

 

 メリエルだった。

 彼女はともすればどこかの姫騎士と見紛うような格好だ。

 真っ黒いドレスの上に鎧を纏い、頭にはティアラがあり、首元には黄金の首飾り――ブリーシンガメン、そして、腰に吊るした1本の剣。

 黒いドレスは今まで着ていたお洒落アイテムなどではなく、その身に纏う全てが神器級アイテム。

 

 幸いなことに、サービス終了間際に手に入れたワールドアイテム等は持ってきていないようだ。

 

「ガチで来ないとダメな気がした」

 

 真顔でそう言うメリエルにモモンガはやれやれと肩を竦めてみせる。

 そんな2人のやり取りを間近で見ていたセバスはただ戦慄する。

 

「申し訳ございません、遅れました」

 

 全身鎧姿にハルバードを持ったアルベドが姿を見せたのはその時だった。

 彼女もまたメリエルの装備の数々を見、思わず言葉を失う。

 

「……あー、このメリエルさんのワールドアイテムはメリエルさん個人のものだ。かつて、1ヶ月くらいふらっとワールドアイテム探してくると出かけていかれてな」

「散々に煽られたけど、ワールドアイテム持ってきたらそれを個人所有にしていいって言うから……」

「本当に取ってくるとは誰も思ってませんでした」

 

 さらりとすごい会話がなされる中、セバスとアルベドは改めて、至高の方々は次元の違う領域にあることを悟った。

 

「それじゃ、行きましょ。私が前衛やるから、モモンガは後衛で」

 

 そう言って座標を確認し、転移門を開くメリエルにモモンガは思わず笑い声が溢れる。

 狩りというのはやはり良いものだ、と彼は強く思いながら、告げる。

 

「この世界に我々の名前を知らしめてやりましょう」

 

 

 

 

 そして、一行は転移門にて転移した先では――姉妹が騎士に斬りかかられる寸前だった。

 

 

「ちょっとモモンガ。これは聞いてないわよ」

 

 そう言いながらも、身体は動く。

 メリエルはすかさずに剣を抜き放ち、流れるような動作で騎士の剣を受けようとし――

 

「……嘘ぉ?」

 

 間の抜けた声がメリエルから出た。

 一番早くに冷静になったのはモモンガだった。

 

「まさか、剣を受けることもできないとは……もしかして弱いのか?」

 

 端的に言って、騎士の剣を受けようと刀身を合わせたところ、そのまま勢い余って剣の刀身ごと騎士の身体を切断してしまったのだ。

 目の前には勢い良く切断面から鮮血が噴き出る騎士の上半身と下半身。

 

 やられた方も理解できないらしく、呆然とした表情で死んでいた。

 

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 スキル:ビューイングでもって、メリエルは呆然としている後続の騎士のレベルを探る。

 基本的に自分よりも下位レベルであれば細かなステータスまで、同格ならばレベルのみが分かる、使えるようで微妙に使えないスキルだったりする。

 

『モモンガ。これは勝ったわ』

『はい?』

『レベル、一桁だわ。ステータスもレベル相応、武器も見た目のままの性能しかない』

『……マジですか?』

『マジよ。後続も私が食っていい?』

『あ、どうぞ』

 

 モモンガの了承をもらい、メリエルはにっこりと笑顔を騎士に向ける。

 

「さぁて、どうやって殺そうか? 剣を使うのはもったいない。ここは一つ、魔法でも使いましょうか」

 

 そう声を掛けられて、騎士は震える手で剣を握り、刃先をメリエルへと向ける。

 

「はい、それじゃ、さようなら」

 

 ファイヤーボールと唱えれば、たちまちのうちに騎士の身体を炎が包み込んだ。

 

「で、第一村人と第二村人発見よ」

「うむ……どうしよう……」

「モモンガの顔が怖いって怯えられるに一票」

 

 あ、しまった、とモモンガは顔を手で抑える。

 

「じゃあ、ここは私に任せなさい。とりあえず私のハーレムに……」

「自重しろ変態」

「黙れ骸骨。神聖魔法で浄化するぞ」

 

 うーうー、といがみ合うが、やがてどちらからともなくやれやれと溜息を吐く。

 

「で、本当にどうします?」

「とりあえず、助ける感じでいいんじゃないの。適当な防御魔法張っておけば大丈夫でしょ」

「そうですね。ついでに、アンデッド作成実験もしちゃいます」

 

 そんな感じでポンポンと決まり、アインズが騎士の死体からデスナイトを作成する傍ら、メリエルは姉妹に防御魔法を使ってやる。

 2人共、人間を死体としたことに対して特に何も感じなかったが、それを半ば無意識的に当然のものとして受け止めていた。

 

 そうだろうな、と。

 

 

 また、モモンガがデスナイトに騎士を殺せと命じると、主人であるモモンガの元を離れて敵を求めて駈け出してしまう、というハプニングがあったが、大きな問題は特になかった。

 



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光と闇がそなわり最強にみえる

捏造設定あり。


 騎士達を駆逐した後、モモンガは情報収集に、メリエルとアルベドは村の警護ということになった。

 村へと入る段階でモモンガは嫉妬マスクをかぶり、メリエルは翼を体内へと収納する。

 メリエルが翼を体内へと収納できたことで、モモンガとメリエルは設定で書いてあれば現実化するようなものらしい、と再度確認することとなった。

 プレーヤーであっても、NPCと同じように文章で設定を入力することはできる。

 ステータスには全く何も影響しない為、完全に趣味の範囲だ。

 

 

 

「暇だわ」

 

 モモンガが情報収集の為に村長と話し込んでいる中、メリエルは暇であった。

 横にはアルベドがいるが、鎧を着ている為、色気も何もない。

 

「アルベド、何かないの? 至高の御方であるワタクシが退屈であるぞなもし」

「それでは下等生物をなぶり殺しというのは……」

「それはダメよ。娯楽を生み出すというのは最優先事項かもしれないわ……あまりに強大な力を持ちすぎるのも罪なものね」

 

 やれやれと溜息を吐くメリエル。

 

「暇だから、この村を発展させたらどうなるかなぁ」

「おそらくはこの辺りの領主に目をつけられ、奪い取られるだけかと」

「じゃあ私の軍勢を注ぎ込みましょう。泥沼の消耗戦とかゾクゾクするわ」

 

 うふふ、と笑うメリエルにアルベドは首を傾げる。

 

「恐れながらメリエル様。メリエル様の軍勢とはいったい……?」

 

 メリエルは不敵な笑みを浮かべ、ピースサインを作った。

 

「2つあるわ。1つはホムンクルスによる軍勢。こっちが主力ね。もう1つは……」

 

 そこで言葉を切り、メリエルはアルベドを真正面から見据える。

 

「宇宙でもっとも無慈悲で、もっとも強い、光の軍団よ。まあ、この身体ではそっちは使えないけれど」

 

 いつでも切り替えられるから問題ないわねー、と笑うメリエルにアルベドはその聡明な頭脳で察しがついた。

 

「……天使の、軍団? まさか、メリエル様は……」

「相反する種族だから取れないかなって思ったけど、そんなことはなかったのよ。天使であり堕天使でもあるって素敵じゃない」

 

 

 そう言った直後、見慣れぬ戦士団がやってきた、という村人の声を2人が聞く。

 

「もう面倒くさいから、超位魔法で一掃しようかな」

「それはさすがにダメでしょう」 

 

 割って入ってきたのは当然ながらモモンガだ。

 何だか嫌な予感を感じて、話を切り上げてきてみればこれであった。

 

「でもちょっと使いたかったり……ティアーズ・オブ・エデンとかドゥームズデイとか」

「やめてください。本当に。それヤバイものじゃないですか」

「やばくない超位魔法なんてないじゃないの」

 

 それもそうだった、とモモンガは思わず納得しかけたが、それでもここで使うのは問題がありすぎる。

 例えば、ティアーズ・オブ・エデン。

 味方NPC・PCをHP・MP共に完全回復(死亡含む)し、敵に対しては超広範囲致死級の神聖属性ダメージを与える。

 

 確かに、ユグドラシルでいうところの廃人プレーヤーがやってくる可能性は無きにしもあらずだが、何も今、超位魔法で確かめる必要はないのだ。

 

「じゃあ、ちょっとランクを落としてティアーズ・オブ・ムーンにしとく」

「いや……それもダメでしょう。確かに第10位階ですけど、それ、広範囲無属性攻撃ですし、村も一緒に消し飛びますよ」

「そのくらい避けれないなんて、もっと私を見習いなさい」

「皆がメリエルさんクラスになったら世界崩壊しますから」

 

 そんな会話を繰り広げる2人に対してアルベドはただただ戦慄する。

 超位魔法や第10位階魔法を使えて当然みたいな認識であることに。

 

 アルベドはより深い尊敬のこもった眼差しで2人を見つめていると、とりあえずは先方に会ってみようということで話が落ち着いたのだった。

 

 もちろん、メリエルは今回も交渉役をモモンガに丸投げしていた。

 

 

 

 

 

「見たところ、あんまり強そうじゃないわね」

 

 少し離れたところで、ガゼフ・ストロノーフと名乗った男とモモンガを見ながら、メリエルはそう言った。

 

「アルベド、あの男……ガゼフとやらを5秒以内に殺れる?」

「はい、メリエル様。勿論でございます」

「ここってあんまり強いのがいなくてつまらないわね。せめて、ヨトゥンヘイムくらいはいて欲しい。アイツも、私と引き分けた一人」

「そのヨトゥンヘイムというのは強いのですか?」

 

 問いにメリエルは困ったように、眉毛をハの字にしてみせる。

 

「……数多の軍勢の戦列を単身掻い潜って、最奥にいた私のところにきて、殴り合いして引き分けたっていえばどんなもんか分かる?」

「そのような者がいるとは……想像もできない世界です」

 

 感嘆したように溜息を吐いてみせるアルベドにメリエルは告げる。

 

「まあ、私よりも強い奴とか対等の奴はわりとゴロゴロいたのよ。昔は。今はどうなのかしらね」

 

 そう言いながら、モモンガとガゼフのやり取りを見ていると、最後にモモンガがアインズ・ウール・ゴウンと名乗って思わず彼女は目をパチクリとした。

 そして会話を終え、こちらへと戻ってきたモモンガは開口一番、告げる。

 

「この村を包囲する形で、別勢力が来ているみたいですが、協力はしないことにしました」

 

 下手に関わると面倒そうですし、と告げるモモンガにジト目をメリエルは向ける。

 

「何でアインズ・ウール・ゴウンって名乗ったのよ。ギルド名でしょ?」

「モモンガと名乗るのもアレかなと思いまして、とりあえず所属組織で……名乗って呪いとか掛けられたら面倒ですし」

 

 そういう系統の魔法もユグドラシルにはあったのでメリエルはなるほど、と納得する。

 

「とりあえずは彼らの戦闘を覗き見してみましょうか……あんまり、期待はできませんけど」

「お菓子持ってくれば良かったわ」

「メリエル様、こんなこともあろうかと……御茶会セット一式を持参してまいりました」

「さすがアルベド。私の嫁にしたい」

「く、くふー! ぜひとも!」

 

 なんだこれはたまげたなぁ、とモモンガが思いながら、持ってきたアイテム、遠隔視の鏡でもってガゼフ達の動きを観察する。

 横でアルベドとメリエルによる桃色空間が発生しているが、モモンガは努めて気にしないことにした。

 

 幸いにも事態の展開はわりと早い。

 敵はスレイン法国の陽光聖典とかいう輩で、ユグドラシルのモンスターである炎の上位天使を召喚している。

 

 あーこれ、ヤバイな――

 

 モモンガは本日何度目になるか分からない、ヤバさを感じた。

 メリエルは色々な意味でガチなのだ。

 天使なんて見たら、ヒャッハーとノリノリで虐殺しかねない。

 

 

「ここは私が出るから、メリエルさんとアルベドはここで……」

 

 待っていてくれ、と言おうとした時だった。

 メリエルがすんげえいい笑顔で遠隔視の鏡を後ろからじーっと覗き込んでいることに気がついた。

 

「これは私が出るしかないわね」

「いや、メリエルさん。あなたはやり過ぎてしまいますから……」

「私がやりたい。炎の上位天使とか雑魚だけど、天使相手となっては私がやらないと。それに、相手がもし至高天を召喚できるかもしれなかったら、どうする?」

 

 モモンガは押し黙った。

 相性的に熾天使クラスが出てきた場合、モモンガに勝ち目はほとんどない。

 たとえ、アルベドとタッグを組んでも、だ。

 しかし、メリエルは違う。

 彼女はモモンガが知る限り、唯一、善と悪に対しては最高の相性を誇っている。

 

「……分かりました。くれぐれも、やり過ぎないでくださいよ? 情報源は欲しいので」

「わかってるわよ。あ、なんかガゼフが死にそうよ。転移させたげれば?」

 

 そんなやり取りをしているうちに、ガゼフは瀕死、他の戦士達は残らず大地に倒れ伏していた。

 

 



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チート×チート=チート

捏造設定あり。


「無駄な足掻きを止め、大人しくそこで横になれ。せめてもの情けで苦痛なく殺してやる」

 

 ニグンは勝利を確信していた。

 標的のガゼフ・ストロノーフは既に瀕死。

 援軍ももはやない。

 唯一、陽動に使ったバハルス帝国の騎士に偽装した者達が数人しか戻らなかったのが気がかりではあった。

 彼らは口々に化け物にあった、と言っていたが、ひどく錯乱した状態であり、ガゼフにやられたのだろう、とニグンは判断し、本国へ後送した。

 任務を遂行した彼らは十分な休養を要する、とニグンが判断した為だ。

 

「ふ、ふふふ……あの村には……私よりも遥かに強い御仁がいる」

 

 息も絶え絶えに、そう告げるガゼフにニグンは嘆息する。

 

「天使達よ、さっさと殺せ」

 

 そう命じた直後、ガゼフと戦士達が一人残らず消えた。

 

「……何?」

 

 何が起こった――?

 

 ニグンをはじめ、百戦錬磨の陽光聖典の隊員達は全く何が起きたのか理解ができなかった。

 彼らが棒立ちとなっている間に、彼女は現れた。

 

 

「聖なるかな聖なるかな」

 

 ニグンは目を疑った。

 現れた女はあまりにも美しすぎたのだ。

 人間の美を超越した、神々が造ったとしか思えぬ美。

 

 そして、その背に生える黒い翼が彼女を人外のものと主張している。

 

「何者か!」

 

 ニグンは誰何した。

 女だろうが人外の者だろうが、任務達成を阻むのならば可及的速やかに処理せねばならない。

 

 しかし、女は答えず、こちらへと近づいてくる。

 

「昔いまし今いまし」

 

 歌を歌っているようだが、ニグンには聞いたことのないものだ。

 

「のち、来たりたもう永遠の神よ」

 

 女は止まった。

 目と鼻の先と言ってもいい近い距離だ。

 

「無駄な足掻きを止め、大人しくそこで横になれ。せめてもの慈悲で苦痛なく殺してやる」

 

 ニグンは一瞬、目の前の女が何を言ったのか分からなかったが、すぐに自分が先ほど、ガゼフに言った言葉だと思い当たる。

 

「貴様、魔法詠唱者か?」

「神は全てをご存知である。故、汝らの罪もまたご存知だ。跪き、主へ自らの罪を懺悔なさい」

 

 コイツ、イカれてる。

 

 ニグンは素直にそう思った。

 故に、彼が下した指示も適切であった。

 

「さっさと始末しろ」

 

 ニグンの言葉にすぐさま隊員達が動く。

 近場にいた炎の上位天使が1体、動き、その剣を振り上げて――消滅した。

 

 何をされたのかニグン達が理解する前に、女――メリエルは動く。

 

「もはや神の慈悲は尽きた。これより、咎人の処刑に移る……」

 

 ゆっくりとメリエルは片手を天へと伸ばす。

 

「我は――〈神を欺く者〉なり」

 

 瞬間、メリエルを淡い光が包み込んだ。

 彼女の装いはそのままに、黒い翼は純白へと変わり、また、白い羽根が寄り集まって、彼女に新たに3対6枚の純白の翼が加わる。

 

 合計4対8枚。

 

 また同時に神々しい後光が――太陽と等しいか、またそれ以上の――彼女より発せられ始める。

 が、すぐにそれは弱められた。

 

 

 ニグンも他の隊員達も一瞬、眩しすぎて目を閉じたが、光が弱められたことに、ゆっくりと目を開く。

 彼らはただ呆然とした表情だった。

 

「てん、し……」

 

 誰かが呟いた。

 しかし、メリエルは意に介さず、宣言し行動する。

 

「我は神の代理人。神罰の地上代行者。我が使命は我が神に逆らう愚者を、その魂の最後の一片までも絶滅すること――Amen」

 

 瞬間、炎の上位天使全てが消し飛んだ。

 

 ニグンらにはもはや戦おうという気すら起きなかった。

 彼らは確信してしまったのだ。

 目の前の存在が真に神の使いである最上位天使であることを。

 

 ニグンの持っている魔封じの水晶に収まっている主天使など、最高位天使でも何でもなかったことを。

 彼らはただただ震えが止まらず、彼らはゆっくりと跪く。

 

 恐れと、そして畏れ。

 それらに悩まされながらも、ニグンは口を開く。

 

「天使様、私はスレイン法国、陽光聖典のニグンと申します。人類を救済することは……神のご意志に逆らうことなのでしょうか?」

「人類が人類を救うというのは、なんとおこがましいことだろうか」

 

 ニグンはその言葉で悟った。悟ってしまった。

 

 ああ、自分たちはまったく身勝手であった、と。

 

 人類が人類を救える筈がないのだ。

 人類を救えるのは神であるのだから。

 

 言われた相手と状況というのは大事であって、もしこれが他の人間から言われてもニグンは意に介さなかっただろう。

 しかし、神の使いである――とスレイン法国ではされている――天使から直接に言われたなら、それは信じるしかなくなる。

 信じなければその信仰に矛盾が生じてしまうからだ。

 

「ニグン、と言ったな」

「はい、天使様」

「汝らの上位組織は――真に人類の救済を確信し、行動しているのだろうか。汚職や賄賂に塗れていないだろうか」 

 

 ニグンは否、と答えることはできなかった。

 彼とて陽光聖典という特殊部隊の所属。

 後ろ暗い場面は何度も見てきた。

 

「神が私を遣わしたのはそれが理由だ。そなたらの信仰心は本物であると私は思う。だが、そなたらの上司、そのまた上司は……どうだろうか」

 

 ニグンはわなわなと体を震わせながら、懐から魔封じの水晶を取り出した。

 

「この魔封じの水晶には威光する主天使が込められております。此度の任務の切り札として使え、と……」

「……主がなぜ、私を遣わしたか、今、私は理解した」

 

 ニグンは嫌な予感を感じた。

 そして、その予感はすぐに的中することになる。

 

「汝らは……神を信仰しているのではなく、神の力を信仰しているのだな」

 

 ニグンは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 思い当たる節があまりにもありすぎた。

 

「……はい、天使様。我々は皆、神ではなく、神の力を信仰しておりました」

「何故か? なぜ、汝らは力を望む?」

 

 問いにニグンは静かに語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだかんだでメリエルさんに任せて良かった」

 

 モモンガはメリエルからメッセージ経由でもたらされるこの世界の情報に、ぽつりとそう言葉を漏らした。

 まさかビーストマンなる種族がおり、人間は極めて劣勢な立場に立たされているとは思いもよらなかった。

 モモンガはもっとも警戒すべきは未知のビーストマンとする。

 そうこうしているうちにも、メリエルからは様々な情報がもたらされる。

 

 アルベドにもメリエルからメッセージが同時にもたらされている為、モモンガは重要なところ以外は全部彼女に丸投げするつもりだった。

 このような状況になって数日しか経過していないが、アルベドとデミウルゴスの頭脳の優秀さは群を抜いている。

 

 トップが全て何でもかんでもできる必要はない、とはぷにっと萌えからモモンガが教えてもらったことだった。

 

「モモンガ様、メリエル様のあの御姿はいったい……?」

 

 アルベドの問いにモモンガは告げる。

 

「メリエルさんは最上位天使族である無上天の天使と最上位堕天使族である大公爵級堕天使の種族をとっている。いわば、天使と堕天使を極めた存在であり、その2つをとった場合、混沌の天使という種族になれる。その混沌の天使のスキルとして、彼女は善・悪の属性を瞬時に切り替えることができる」

 

 それが《神を欺く者》というスキルだ、とモモンガは告げ、一拍の間をおいて、更に続ける。

 

「ステータスの上昇率も属性耐性も極めて高い。おまけに天使系種族はデフォルトでクレリック系列の職業を取得することもできる。その関係で、メリエルさんはホリーバニッシャーもとっている」

 

 ワールド・ガーディアンでホリーバニッシャーってこれもうチートにチートを重ね掛けしてるよなぁ、とモモンガは今更ながらに思った。

 

 とはいえ、モモンガは知っている。

 

 メリエルの取っている中で、もっとも凶悪なものはアルケミスト職であるパラケルススとサイエンティスト職であるレジェンド・オブ・サイエンスであることを。

 

 

 モモンガがそんなことを思っていると、メリエルからメッセージが入った。

 

『彼らどうする? 神罰を地獄で受けてこいって処理するか、それとも生かしてコマにする?』

 

 メリエルの問いにモモンガはアルベドへと視線をやる。

 

「アルベド、奴らを生かすか殺すか、どちらが利益になるか?」

「生かし、情報をこちらへ流させた方が我々にとって良いかと愚考致します」

 

 アルベドの言葉にモモンガは僅かに頷く。

 

『貴重な情報源なので、生かして帰し、我々に情報を流すように……』

『了解。彼らに手紙でも書いてもらって、届くように……』

 

 メリエルの言葉が止まった。

 訝しんだモモンガだったが、すぐに理解した。

 

 空が陶器の壺のように、ひび割れたのだ。

 しかし、それはすぐに元に戻る。

 

「ああ、可哀想に」

 

 モモンガは思わず、口からそんな言葉がこぼれ出た。

 

「モモンガ様……?」

 

 どういうことか問いかけてきたアルベドにモモンガは告げる。

 

「どっかの誰かが、情報系魔法でも使ってきたのだろう。そして、メリエルさんの防壁に引っかかった。メリエルさんのは私のと違って、優しくないらしいからな……」

 

 攻略されないように、と数十パターンの対情報収集系魔法防壁がランダムで展開されているらしいが、反撃がどのようになっているかはモモンガも知らない。

 

「体験したことがある、るし★ふぁーさんとウルベルトさんが二度と味わいたくはない、と言う程度には凶悪らしいぞ」

 

 アルベドはモモンガの口から出た至高の御方の2人、そしてそんな2人が二度と味わいたくない、という凶悪な反撃に思わず身を震わせる。

 

 

 

 

 

「ニグンよ。少し待っていなさい」

 

 メリエルはそう言って、ウキウキしながら仕掛けてきた相手の座標を特定し、千里眼(クレアボヤンス)でもって覗き見る。

 

「これは……どこかの神殿かしら。巫女らしき少女と神官、あと護衛の騎士が見えるわ。巫女は冠のようなものを身に着けているけれど」

 

 ニグンはその言葉にハッとした。

 スレイン法国では叡者の額冠を身につけた巫女により、各地の監視を行っている。

 

 だが、なぜ、自分達を?

 

 

「ちょっと行ってくる」

「え?」

 

 ニグンは思わず間の抜けた声を出した。

 目の前の天使はいったい、何と言った?

 

 余程に間抜けな顔をしていたのだろうか、メリエルはくすくすと指を唇に当てて笑う。

 

「場所はもう特定したから、ちょっと行ってお話ししてくる」

「いえ、あの、おそらくですが、我がスレイン法国の神殿の一つだと思われます」

 

 何だか嫌な予感がしたので、ニグンは事情を説明する。

 彼個人としては目の前の天使は高次元の存在であるが、比較的人間に対して慈悲深いという気がしたからだ。

 無論、彼とてこのように会話ができる天使と出会ったことは今まで一度もないので、彼の勘に過ぎない。

 

「事情は分かった。しかし、何故、汝らを監視する必要がある? 上位組織は汝らを疑っているのか?」

 

 当然の問いにニグンは返す言葉をもたない。

 彼とて、何故と聞きたいくらいなのだ。

 魔封じの水晶を使った時、敵がそれほどまでに強敵だと本国が知る為にもそのように情報系魔法を使用するのは分かる。

 だが、魔封じの水晶は使われておらず、ニグンの懐に変わらずにあるのだ。

 彼は主天使をメリエルへ返し、天へと一緒に連れて行ってもらおうと渡そうとしたのだが、メリエル自身が数百年程、地上にいる、それまで使うが良いと言ったからだ。

 

 

「……ニグンよ。私が白黒はっきりさせてこよう」

 

 良いな、とメリエルが問うとニグンはただ肯定するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国、土の神殿。

 その最奥にある儀式の間は騒然としていた。

 

「何故、見れない?」

 

 大規模儀式による情報収集魔法を発動し、陽光聖典の動向を調べようとしたが、映しだされる筈の水晶の画面(クリスタルモニター)は真っ白く染まったままだ。

 

 土の巫女姫の服装的に、儀式の間にいるのは全員が女性。

 しかし、誰もが高位の神官や騎士であった。

 

「ダメじゃないの。何にも偽装しないで、バカ正直に探知魔法使ってくるなんて」

 

 唐突に第三者の声が響いた。

 綺麗なソプラノであったが、どこか小馬鹿にしたような口調に、一斉に声の発信源を探すと、儀式の間に唯一ある大扉を背に、1人の女性が立っていた。

 そして、彼女らは誰もが呆然としてしまった。

 唯一、失明している巫女姫だけがそうはならなかったが、所詮彼女は操り人形と化しているので意味はない。

 

「てん、し……」

 

 4対8枚の白い翼を背中から生やしたメリエルがそこには立っていた。

 

「あーっと、初めに言っておくけど、この部屋と他は隔離させてもらったから。喚こうが叫ぼうが何しようが外にはまるで聞こえません。完璧な防音効果です」

 

 にっこりと笑顔でメリエルはそう言った。

 

「天使様、あなた様は一体……?」

 

 凛々しい女騎士が一歩前に出て、そう尋ねた。

 

「いや、簡単な話なのよ。どうかしら? 私の部下にならない?」

「いったい、どういうことなのですか?」

「はじめはこの私を覗き見しようとか舐め腐った真似した連中に、神罰を与えようと思ったんだけど……綺麗どころが揃っているから、それで許してあげる」

 

 るし★ふぁーやウルベルトが味わったことを当初メリエルはやろうとしていた。

 とはいえ、やることは大して複雑ではない。

 ただ、覗き見してきた相手を自分の目の前に強制転移させ、転移完了と同時にリアリティ・スラッシュを全力全開でいっぱい撃つだけだ。

 

 この強制転移からのリアリティ・スラッシュ連発する一連の流れを「こんにちは、死ね」とメリエルはひっそり名前をつけていたりする。

 

 

 さて、騎士や神官達には状況がまるで理解できなかった。

 だが、唯一理解できたことがある。

 おそらくは拒否すれば戦闘になる、とそういうことだった。 

 

 

「……ご意思に逆らうことになりますが、部下になれ、ということはできません」

「じゃあ殺してでも奪い取る。あ、土の巫女姫は頂くから……」

 

 とりあえず小手調べとマジックアローを三重化、最強化して様子を見る。

 メリエルの放つマジックアローは当然ながら最大の10発を出せる為、合計30発の強化した魔法の矢を巫女姫以外を対象として放った。

 30人もいなかった為、1人につき2発叩き込んだのだが、それで終わってしまった。

 

「……えー、なにこれー」

 

 弱すぎワロエナイ。

 

 メリエルの感想は一言だった。

 

「仕方ないから、とりあえず巫女姫ごと頂いて、護衛達の死体はもらって、あとは爆破しましょう」

 

 メリエルは溜息を吐きながら、メッセージでモモンガへ連絡するのだった。

 

 

 



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ガチバトル(未遂)

捏造設定あり。


 

「……で、どうするんですか?」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層にある玉座の間。

 荘厳なるこの場で――モモンガはわりと本気で困っていた。

 

 

 

 ニグンをはじめとした陽光聖典の件は既に片がついた。

 

 

 メリエルは拉致した巫女姫と持ってきた死体をナザリックへ転移させた後、ニグンらの前に戻り、嘘と真実を交えてニグンらの疑惑を煽りたてるように巫女姫の件に関して説明していた。

 

 信じずにいきなり斬りかかってきたので、やむなく殺したとそういう感じの説明である。

 

 ニグンらはそっくりそのままその説明を信じこんでしまい、ますます上層部に対する不信感を強める結果となった。

 そして、メリエルは幾つかの提案をしたのだ。

 

 天使が降臨したこと等を上に報告する代わりに、メリエルにビーストマン等をはじめとした諸々の情報を彼らの機密に当たらない程度で流してもらうこと、土の巫女姫の件は天使がやったと報告しないこと、とそういった具合である。

 

 モモンガが本気で困っているのは攫ってきた土の巫女姫の扱いである。

 

「とりあえず目を治して、額冠を外しましょ。なんか無理に取ると発狂するっぽいけど、ペスか最悪、私が何とかできるでしょ。んで、その後は私のペットに……」

「自重しろ変態」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「……まあ、いいですけどね。私としても実験体を提供していただきましたし、情報も手に入りますし」

「身寄りのない少女とか中世時代なら一発で娼婦落ちしかないから、これもまた救済よ」

 

 自分の欲望に忠実なんだよなーとモモンガは溜息を吐く。

 とはいえ、妥協案をすかさず示す。

 

「ま、まあ、とりあえず件の少女はメイド見習いとでもしておきましょう。もしかしたら、何かに使えるかもしれませんし」

「……まあ、仕方ないわね。とりあえずはそうしてあげるけど、次はもう問答無用だからね」

「次って何ですか、次って」

「次は次よ。巫女姫はスレイン法国に対するカードとして使えるかもしれない。もし何なら、巫女姫を悲劇のヒロインに仕立て上げて、スレイン法国に対する周辺諸国の世論を煽って、袋叩きにすることもできないわけではないかもしれない」

 

 だから自重する、とメリエルは告げる。

 それを聞き、モモンガは純粋に尋ねる。

 

「……どうなんでしょうね、それ。効果あるんですか?」

「まあ、戦争仕掛けるにも、国とかになってくると国民が納得できる大義名分が必要だし。利があれば、周辺諸国は動くでしょう。んで、とりあえず目標は世界征服だかでいいの?」

 

 守護者達、なんか世界征服だーって燃えてるけど。

 

 そう続けたメリエルにモモンガは困惑気味に告げる。

 

「どうしてこうなったんでしょうね?」

「優秀なんだけど、深読みし過ぎるのも問題よね……まあ、ユグドラシル時代は世界征服できなかったし、所詮こうなったのも何かの縁。どうせなら夢の続きとでもして、やってもいいかもね」

 

 私達に寿命があるかどうかも分からないし、と告げるメリエルにモモンガはゆっくりと口を開く。

 

「……未知の世界に来たのに、引きこもる、というのはアインズ・ウール・ゴウンとしては『らしくない』ですよね」

 

 メリエルは不敵な笑みを浮かべる。

 

「モモンガ、ユグドラシル時代はギルマスって仲裁とか雑務ばかりだったけど、あなたはもはやそうする必要はないわ」

 

 モモンガをまっすぐにメリエルは見る。

 モモンガは無意識的に背筋を伸ばす。

 

「どうするか、決めるのはあなたよ。私はあなたに従う。最初にそう言ったけど、改めて言わせてもらうわ」

 

 モモンガは知らず知らずに「ふふふ」と笑いがこみ上げてきた。

 

 何でこの人はこんなことを言えるんだろう、と。

 

 しかし、それはモモンガにとって何よりも嬉しく感じることだ。

 

「ええ、分かりました。それでは我々らしく、世界でもとりますか。ちょうど良い暇潰しになるでしょうし」

「了解したわ、モモンガ。あ、それと私が裏切るときは事前に書面にして配るから」

「あー、それなら安心ですね。私が裏切るときもそうするとしましょう」

 

 そう言い合って、お互いに笑う。

 モモンガは精神が強制的に沈静化させられるが、そんなことに構わずに笑う。

 

 都合、モモンガの精神作用無効化が10回発動したところで、メリエルが尋ねる。

 

「で、次はどうすればいい?」

「これからですが……エ・ランテルという城塞都市に向かおうと思っています。冒険者として情報収集をしようかと。どうですか?」

「勿論、いきましょう」

 

 メリエルは即答した。

 あまりにも予想通りすぎる答えに、モモンガは苦笑する。

 

「ただ、問題は2人共行くのは守護者達がそれを許すかどうか……」

「ここはオールラウンダーである私が行くべきね。最悪、エ・ランテルとやらを我が軍勢で覆い尽くせば良いし」

「情報収集だって言ってんででしょーが!」

「とりあえず征服して現地民共に銃剣向けながらお話すればいいじゃない!」

 

 どこの英国だ、たまげたなぁ、とモモンガが思いながらも、笑いが再びこみ上げてくる。

 もし1人だったら、こんなやり取りもできなかっただろうに、と思ったのだ。

 

「……まあ、今回は譲ってあげましょう。ええ、今回は」

 

 意外とあっさりとモモンガはそう言った。

 メリエルは思わず首を傾げる。

 その様子に、モモンガは実は、と前置きし、言葉を紡ぐ。

 

「冒険者として、有名になってください。偽名を使って」

「別にいいけど、どうして?」

「他のプレーヤーの情報を集める為です。有名になれば、色々な情報も集まってくるでしょうし」

 

 なるほど、とメリエルは納得する。

 

「それじゃ、ちょっと行ってくるわね」

「え?」

「いざ行かん! 未知の大冒険へ! とぁ!」

 

 転移門を開き、あっという間にメリエルは消え去った。

 

「……まあ、いいか。何だかんだでうまくやってくれるだろうし」

 

 

 モモンガは気にしないことにして、自身は宝物殿へ向かうべく、アルベドへメッセージを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルは転移門でカルネ村へ行き、そこからフライ《飛行》とパーフェクト・アンノウアブル《完全不可知化》を使用し、空を飛んでエ・ランテルにやってきた。

 

 しかし、彼女はすぐに冒険者組合へ行こうとはせず、強い奴探しをまず行うことにした。

 要するに、現地民を水先案内人として使ってやろう、という思惑だ。

 無論のこと、弱くても問題ないのだが、この世界の強い奴と戦ってみたい、という自分の欲求に従った結果だ。

 

 

 

「ブーステッドマジック《魔法位階上昇化》、ワイデンマジック《魔法効果範囲拡大》、人物調査《ヒューマンリサーチ》」

 

 メリエルの目の前に広がる全ての人々が次々とそのレベルとステータスが表示されていく。

 人通りが多い為、その数は膨大だが、調査《ヒューマンリサーチ》のオプション効果であり、下位のレベル帯の表示を消していく。

 20レベルまでのレベル帯のステータス表示を消せば、誰にもステータスは表示されていなかった。

 これは20レベル以上の者がこの場には存在していないことを示している。

 効果を発動させたまま、メリエルは歩き出す。

 

「……マジで誰もいねぇ」

 

 20レベル以上なら、と思ったが、行き交う人々は皆、表示されない。

 屈強そうな戦士や狡猾そうなローブ姿の魔法詠唱者ですらも、皆、20レベルに達していない。

 

 それはつまり、メリエルが望む、ちょっとした戦闘すらも行えないレベルなのだ。

 もしかしたら、と思って冒険者組合のある建物に入って、見回しても、誰も該当しなかった。

 

 

「最悪だわ」

 

 そう言いながらも、手近な露店を覗く。

 見たことのない果物や野菜、小物などなどがずらりと並んでいる。

 城塞都市とはいいながらも、結構に品揃えは豊富だ。

 

「やっぱりちょっと失敗したかなぁ」

 

 メリエルとしては未知の冒険、未知の強敵、そういったものに心を震わせていた。

 しかし、先ほどまでいた冒険者組合、そこにあった依頼書が貼られた板を解読魔法を使用し、内容を見たところ、予想していたものよりもかなり簡単過ぎるクエストばかりだった。

 ぶっちゃけてしまえば、エ・ランテル内で事が済んでしまう、おつかい系のクエストやお手伝い系のクエストしかなかった。

 

 メリエルが望むのはドラゴンとかそういった強いモノと戦う、戦闘系クエストだ。

 派手好きな彼女としてはそういったものを即行で倒しにいき、ドヤ顔で凱旋する、というのを思い描いていたのである。

 

「なんか冒険者って、派遣労働者みたいね」

 

 身も蓋もない言い方だったが、メリエルは自分で言って、腑に落ちた。

 

 モモンガってもしかして、こういうのが冒険者だって、知っていたんじゃ?

 

 あとで問い詰めよう、とメリエルが心に決めていると、視界の端にステータス表示が一瞬だが見えた。

 彼女は知らず知らずに口元に笑みが浮かぶ。

 

 ようやく出会えた、ちょっとした戦闘ができる相手。

 

 彼女はゆっくりとその後を追い、その姿を捉える。

 

 相手は30レベル程度の軽装の女戦士だった。

 金髪のショートカットとその白い肌がなんとも言えない魅力を醸し出している。

 

 メリエルは決意した。

 アレを私のペットとする、と。

 

 路地裏へと入ったところで、件の女戦士は足取りを止めた。

 そして、ゆっくりと振り返る。

 

「私に何か御用?」

 

 どことなく小馬鹿にしたような口調だ。

 

「んー、簡単に言うと、ちょっと戦わない? 私さ、退屈なのよ。あ、私はメリエルっていうの。あなたは?」

「あら、ご丁寧に。私はクレマンティーヌよ。んで、戦いたいって、あなた、魔法詠唱者?」

「そうねぇ、それでもあるわ。ちょっと場所をかえましょう。おすすめの場所を教えてくれるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルが案内されたのはエ・ランテルにある墓地であった。

 バハルス帝国との小競り合いにより、死者の数もそれなりに増える。

 その為にエ・ランテルの墓地は広大であった。

 

 そして、墓地の奥まったところで、クレマンティーヌとメリエルは対峙した。

 

 

「いいわねぇ……私、あなたみたいな綺麗な子を嬲り殺すっていうのは大好きなの」

 

 スティレットを抜きながら告げ、クレマンティーヌは獰猛な笑みを浮かべる。

 彼女としてはちょうど良いカモ、という認識に過ぎない。

 

「奇遇ね。私もあなたみたいな子は大好きよ。だから、全力でいかせてもらうわね?」

「ええ、どうぞ。強いって思ってる相手を叩き潰すのも私は大好きだから」

 

 メリエルの言葉にクレマンティーヌはほくそ笑む。

 どうせ大したものは出てこないだろう、と彼女は高をくくった。

 

 そして、メリエルは装備を纏う。

 何かあったらまずいから、と彼女はインベントリに自分の最強装備――勿論、ワールドアイテムを含む――を放り込んで持ってきていた。

 

 一瞬のうちに、メリエルは装備を整える。

 その変わった様にクレマンティーヌは目をぱちくりとさせるが、それだけでメリエルは終わらない。

 

「フライ《飛行》、マジックブースト《魔力増幅》、グレーターラック《上位幸運》……」

 

 次々とメリエルはバフを唱え、総数30を数えたところで、ようやくバフを唱え終わる。

 律儀に待っていてくれたクレマンティーヌにメリエルはにっこりと笑う。

 

「待たせてごめんなさいね。じゃ、はじめましょうか?」

 

 ゆっくりと自身の得物である腰に吊り下げた剣を鞘から引き抜く。

 その刀身は透き通っており、まるでガラスのようであったが、そこには何やら複雑な文様が刻まれていた。

 

 構える様はとても魔法詠唱者とは思えず、歴戦の戦士を思わせた。

 

 魔法詠唱者でありながら、熟練の戦士でもある?

 そんなデタラメな存在、あるわけが――

 

 クレマンティーヌは自身の思考に思い当たる節が一つあった。

 

 漆黒聖典 番外席次

 

 六大神の血を引く、先祖帰りのアンチクショウ――

 

「……神人か。てめぇ」

「神人? あいにくと、そんな低俗な輩ではないわね。ああ、ごめんなさい。そういえば、まだ少し全力には足りなかったわ」

「は? どういうことだ?」

 

 クレマンティーヌの問いに、メリエルは再び口を開く。

 

「風神、怪力乱神、心眼……」

 

 次々と自己強化スキルを唱えていく様にクレマンティーヌは顔色を失う。

 彼女から見れば、魔法詠唱者が自己強化の武技を使用したのだ。

 

 そして、これがメリエルが取得しているワールド・ガーディアンの恐ろしいところだ。

 ワールド・ガーディアンは魔法職でありながら、戦士系の職業・スキルもほとんど制限なく取得できる上、ステータスの伸びも抜群だ。

 通常の魔法職であるならMP等の魔法系のものが良く上昇するが反面、戦士系職業を取得したとしてもHP等の伸びは良くない。

 だが、ワールド・ガーディアンはどちらも抜群に伸びる。

 簡単に言ってしまえば、ステータス全部の伸び率が非常に良い。

 それが故に、魔法職でありながら前衛も務められ、バランスブレイカーの魔法職と呼ばれるようになったのだ。

 

 

 

「あ、それとちょっと試してみたいものがあるから、使わせてもらうわ」

 

 そうメリエルは宣言し、告げる。

 

「幾億の闘争の記憶《ハンドレッド・ミリオン・バトルオブメモリー》」

 

 瞬間、クレマンティーヌは全身総毛立った。

 

 放たれるのは圧倒的な殺気。

 あまりにも濃密過ぎるが故、彼女はまるで陸に上がった魚のように、口をパクパクとさせることしかできない。

 スティレットは手から離れ、地面に突き刺さる。

 そして、またクレマンティーヌも両膝をつき、喉を押さえて苦悶の声を上げる。

 

「ふーん、コレ使うと、どうも殺気とかそういうのが放たれるっぽいのね」

 

 幾億の闘争の記憶はゲーム上では一種のオート機能であった。

 ダイブしてプレイする、という関係上、どうしてもリアルでの肉体能力も影響してくる。

 しかし、闘争の記憶系列のスキルは戦った敵の数だけ、自動で防御なり攻撃なりを行ってくれる機能だ。

 戦った敵の数が多ければ多いほどに、その自動攻撃や防御は機械の如く緻密な反応をしてくれる。

 メリエルの幾億の闘争の記憶は闘争の記憶系列の最上位のスキルにあたる。

 リアルでの肉体能力の差を埋める為の一種の救済スキルと思いきや、ワールドチャンピオンでもこのオート機能はスキルを取得し、使えば発動する為、上位と下位との差は縮まることはなかったりする。

 

 今、メリエルは次々と脳裏にクレマンティーヌの殺し方が浮かんでくる状態だ。

 オート機能はないようにメリエルは感じたが、それでもどのように動けば良いか、というのが分かるのは彼女にとって非常に助かった。

 

 そして、クレマンティーヌに対してメリエルは内心、失望していた。

 たとえ30レベルとはいえ、あれだけ煽ってくるのだ。

 何かしらの隠し玉の一つ二つ、持ってると思っていたのだ。

 

 だが、現実は無様に虫けらのように這いつくばっている。

 

「……まあ、性格とか加味して考えれば、上出来でしょう。で、クレマンティーヌ? さっさと立ち上がって戦ってくれないかしら? この私が全力で戦ってやるのよ。こんな機会、滅多にないわ」

 

 クレマンティーヌは答えられず、口から泡を吐き出し始めた。

 いよいよもってヤバイ兆候に、メリエルは溜息一つ、せっかく発動した幾億の闘争の記憶を解除すると、クレマンティーヌは荒い呼吸を繰り返し、仰向けに寝転んだ。

 

「クレマンティーヌ、私、あなたみたいな子が大好きって言ったでしょ?」

 

 上からクレマンティーヌの顔を覗き込み、そう告げる。

 彼女の紅い瞳は何が言いたいんだ、とメリエルに問いかける。

 

「私の強さは……まあ、分かってくれたでしょう。だから、私はあなたの命をどうにでもできると分かるでしょう」

「……何が言いたいんだ?」

 

 メリエルはにっこりと天使の笑顔で告げる。

 

「私のペットになって。情報収集とか雑魚敵掃討とか夜のお供とか色々やってもらいたいのよ」

 

 クレマンティーヌは予想外の言葉であったが、冷静に思考を巡らせる。

 

 この化け物はあの番外席次よりも圧倒的に格上。

 逃げる術もなければ助けもない。

 

「……何でよ」

 

 クレマンティーヌの小さな呟きに、メリエルは首を傾げる。

 

「何で……私の周りは……私よりも格上なの……」

 

 クレマンティーヌは戦士として十分過ぎる程に優秀だ。

 しかし、彼女の兄は更に優秀だった。

 当然に、クレマンティーヌが劣等感を持つ。

 どれだけに優秀さを示しても、兄には及ばない。

 

 しかし、メリエルにとってそんな事情は知ったことではない。

 また、彼女は我を通すタイプだ。

 故に、彼女は告げる。

 

「安心なさいよ。私より上は存在しない。クレマンティーヌ、あなたは頂点を見たの。だから、私だけを見ていればいいし、他の雑魚が煩わしいなら、私が消してあげるわ」

 

 クレマンティーヌはその言葉を脳裏に浸透させるやいなや、笑いがこみ上げてきた。

 もう笑うしかなかった。

 自分にとって都合が良すぎるのだ。

 

 目の前の存在は自分が漆黒聖典を抜け、叡者の額冠を盗んだことも知らない。

 ズーラーノーンに属そうとしている事も知らない。

 自分の容姿を気に入ったらしく、殺そうとしない。

 

 そして、何者も寄せ付けない絶対の強者。

 魔法詠唱者にして戦士という神人もかくやと思わせるデタラメっぷり。

 

 おそらくは魔法も第三位階どころか、下手したら第六位階クラスも使えるかもしれない。

 

 自分の庇護者として、最高に最適な存在だ。

 

「ねぇ……私のドコを気に入ったの?」

 

 クレマンティーヌは両腕をメリエルの首に絡ませる。

 それは決して、絞殺しようとしうものではなく、恋人にするような優しいものだ。

 

「容姿は勿論だけど、一番は性格かしらね。可愛い性格しているじゃないの」

 

 クレマンティーヌは呆気に取られた。

 性格を可愛いと言われたことは生まれてこの方、初めてのことだった。

 

「見たところ、あなたは冒険者狩りを結構やったみたいね」

 

 そう言いながら、クレマンティーヌを両手で抱え上げる。

 いわゆるお姫様抱っこと呼ばれるものだ。

 

「ねぇ、ちょっと私も目的があってね」

「目的って?」

 

 問いにメリエルは不敵な笑みで告げる。

 

「世界征服ってやつよ」

 

 



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モモンガ飛び膝蹴り

捏造あり。



 

「あんた何やってんの!」

 

 玉座の間でモモンガは見事な飛び膝蹴りを放った。

 単なる魔法詠唱者である彼の飛び膝蹴りはメリエルに無残にも簡単に防がれる。

 メリエルは驚きながら問いかける。

 

「いつからモンクになったの?」

「黙らっしゃい!」

 

 モモンガのまさかの行動にたまたま同席していたアルベドは目を丸くしているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 

「……何で冒険者やろうとしていたのに、冒険者狩りを拾って、仲間にしているんですか? 絶対、ワケありでしょう」

 

 そして、強制的に精神が安定化させられたのか、モモンガは比較的平静な声で問いかけてきた。

 

「強い奴探してたら、彼女しかいなかった。あと、容姿と性格が気に入ったので、つい」

 

 頭をかくメリエル。

 しかし、その横ではクレマンティーヌが震えている。

 

 モモンガに怯えているかと思いきや、そうではなく、我に返ったアルベドが思いっきりクレマンティーヌを睨みつけているからだった。

 

 アルベドとしては単純に、メリエルの寵愛を――たとえペットであったとしても――受けたいという思いが強い。

 無論、彼女はモモンガの寵愛を受けたいとも強く思っているが、それはナザリックのNPCであるならば、当然の思いだった。

 

 幸か不幸か、モモンガにもメリエルにも見えないように睨んでいる為、クレマンティーヌはただ震えるしかなかった。

 

「事情については今から、ここで彼女が話してくれるわよ」

 

 ねー? と首を傾げて告げるメリエルにクレマンティーヌは何度も頷いた。

 

「とりあえず、知っていることを全て吐いてもらいましょうか」

 

 窪んだ眼窩にある紅い光に、クレマンティーヌは震えながらもゆっくりと口を開いた。

 

 

 そして、彼女は必死に説明した。

 当初の打算等は全部吹っ飛んでしまい、彼女は自分の立ち位置をようやく悟ったのだ。

 メリエルは確かに殺さないかもしれない。

 だけど、それ以外の存在には殺される。

 

 拠点に一度帰るとメリエルが言ったとき、クレマンティーヌはメリエルという最強の存在の庇護の下、快適に過ごしてやろうと思っていたが、まさか案内された場所がおよそこの世には比較できる場がない程に荘厳にして豪華絢爛な場所であり、そして、自分を容易く上回る者が多数存在するとは思ってもみなかった。

 

 無論、彼女とて漆黒聖典時代から、否、それよりも以前から理解はしていた。

 自分を上回る者は存在する、と。

 しかし、ナザリック内のそこらを歩くモンスターですら、クレマンティーヌよりも圧倒的に格上であった。 

 

 クレマンティーヌの常識は玉座の間に来る間に、完全に打ち砕かれていた。

 

 

 

 

 

 

「またスレイン法国か……そして、ズーラーノーン、と」

 

 モモンガは深く溜息を吐いた。

 もう何でこう、次から次へと面倒くさいことが発覚するのか。

 

 彼はそう思いながら、メリエルへと視線を向ける。

 彼女はにこにこ笑顔だ。

 とても機嫌が良さそうに見える。

 

 しかし、モモンガにはよく分かった。

 

 アレは戦闘したがっている顔だ、と。

 基本、メリエルは戦闘好きだ。

 しかし、公式のPvP大会には制限がありすぎると本人は宣言し、ほぼ出場していない。

 

 彼女が好きなのは何でもアリの戦闘であり、それはつまるところ戦争である、とウルベルトさんが言ってたなー、とモモンガは思い出し、ハッとする。

 

 もしかして、メリエルは単独でスレイン法国に戦争をふっかけるつもりなんじゃなかろうか、と。

 漆黒聖典の番外席次とかいう、神人、いわゆるユグドラシルプレーヤーの力を持つらしい存在に、どうにも強く反応していた。

 

 とはいえ、とモモンガは思う。

 

「メリエルさん、番外席次と戦う為にスレイン法国と戦争したそうな顔してますが、たぶんメリエルさんが望むような結果にはなりませんよ」

「え?」

「だって、メリエルさんの全力全開の戦闘って……大軍勢展開させて、戦列の一番奥まで来れた力ある挑戦者と戦うってスタイルですし」

「……ワールドチャンピオンならできたわよ?」

「アレはワールドチャンピオンと支援用のワールド・ガーディアン、ワールド・ディザスター、ワード・オブ・ディザスター、ホリーバニッシャーのみで構成された、ガチ討伐隊じゃないですか」

「いやー、支援は全員潰せたんだけど、ワールドチャンピオンの連中は削りきれなかった。何アレ反則でしょ」

「逆になんで支援全員を討ち取れたんですかね……あのとき、どんだけ軍勢展開してたんですか?」

「ホムンクルスと天使を超たくさん。地平線埋め尽くすぐらい。個人個人がとんでもなく強くても、MPもスキルも有限。なら、物量で押しつぶせばいいって思った」

 

 モモンガは深く、深く溜息を吐く。

 あの戦いは結局、引き分けに終わっている。

 双方がMPもスキルも尽きて、あとは殴るしかないような状態で、討伐隊の側からメリエルに引き分けにしようと持ちかけ、メリエルが承諾した形で。

 

 ワールドチャンピオンが勢揃いし、支援も最高の面々を揃えたとしても、数多の戦列を突破し、最奥にいるメリエルのところに辿り着くまでに消耗し、結局はメリエルを倒せなかったのだ。

 

 この結果によりネット上の掲示板では実はメリエルは運営が用意した隠しワールドエネミーじゃないかという疑惑まで出てきた始末。

 

 

「あのとき、ファウンダー持ってればなぁ……」

「ファウンダー、欲しいんですが、くれませんかね?」

 

 モモンガの問いににっこりとメリエルは笑いながら、問う。

 

「承諾すると思う?」

「思いません」

 

 

 ファウンダーとはワールドアイテムの一つであり、サービス終了間際、駆け込みでメリエルが手に入れたものだ。

 所持していたプレーヤーからこっそりと彼女にメールがあり、譲ります、と言われた。

 

 メリエルはソロ時代からアインズ・ウール・ゴウン時代まで数々の戦いを展開してきた。

 大規模なものでも20を超え、それらは全てネット上にムービーとして残っているし、ナザリックの図書館にもスクロールで保存されている。

 どれもこれもが伝説の戦いとして語り継がれ、Wikiにはメリエル専用の攻略ページができたり、討伐専門ギルドが結成されたりと中々の有名人だった。

 

 そんな彼女が心から欲しかったファウンダー、その外装は単なる指輪だ。

 しかし、その効果は運営の頭が狂ってるとしか言いようがない。

 HP・MPを10倍に引き上げ、HPの自動回復付き……とここまではまだ許せる範囲だ。

 そして、最後の運営の頭が狂ってるという効果が――全ての位階魔法のMP消費を1にすること。

 魔法職であるならば、喉から手が出る程に欲しいワールドアイテムだ。

 

「リアリティ・スラッシュの乱射魔になるんですね、わかります」

 

 相手が強敵で、かつ、短期決戦が必要な場合という枷が外れる。

 それがどれだけに恐ろしいか、モモンガはよく知っていた。

 

「で、メリエルさん。結局、冒険者やるんですか?」

「……モモンガさんや、冒険者の仕事内容知ってて私に言ったんでしょ?」

「勿論ですとも」

「私、やめます」

「分かりました、じゃあ潜入任務やってもらいます。王都で生活して、情報収集してください」

「メンドクセ」

「少しは働け脳筋」

 

 あーだこーだやり取りするモモンガとメリエルにアルベドは微笑ましく、クレマンティーヌは困惑の表情でもって見つめる。

 

「……で、結局どうするんですか?」

「じゃあ、分かった。潜入任務するから。クレマンティーヌは当然として、ソリュシャンかナーベラル、あとシャルティアつけて」

 

 モモンガは問いに思案する。

 元々シャルティアは適当な武技を使える者を捜索し、捕獲するよう任務を与えるつもりであった。

 しかし、メリエルが連れてきたクレマンティーヌは面倒くさい事情はともかくとして、武技も使えるとのこと。

 

 別段新しく捕まえる必要はない。

 ニグンからの情報や今のクレマンティーヌからの情報は大いに役立つ。

 そうであるが故、不用意に探索系魔法・スキルを持たない、戦闘特化のシャルティアを投入するのは不味い。

 聞けば、スレイン法国にはワールドアイテムと思しきものがあるというし、彼の国で信仰されている六大神は紛うことなき、ユグドラシルプレーヤーだろうし、八欲王や十三英雄とやらもおそらくはそうだろう。

 こちら側にやってくるのに時間差があるというならば、今この瞬間にも、世界のどこかで100レベルの廃人プレーヤーがやってきているかもしれない。

 

 そして、それはあることをモモンガに思わせるには十分だった。

 

 もしかしたら、かつての39人のうち、誰かがこちら側にやってきているかもしれない、あるいはやってくるかもしれない、と。

 

 

「ソリュシャンをつけましょう。ナーベラルは私が冒険者として活動するので、そのサポート役とします。シャルティアは……必要ですか?」

 

 いざ必要か、と言われるとメリエルは口ごもる。

 単に話し相手とか目の保養とか、そういう魂胆であったからだ。

 

「ソリュシャンだけで大丈夫ですね?」

「……そうね、たぶん」

 

 モモンガに、ずいっと迫られ、メリエルは承諾する。

 そして、おずおずと予想外のところから声が発せられた。

 

「あ、あの、私、そういうことは得意ですので役に立つかと……」

 

 半ば無意識的に、クレマンティーヌは敬語でそう切り出した。

 さすがの彼女も、そうせざるを得なかった。

 この面子は――ヤバイのだ。

 

「ほう……中々、使える人間のようだな。お前の面倒くさい事情、それはどう片を付ける?」

 

 モモンガは試すように問いかけてみた。

 彼としてはズーラーノーンやらスレイン法国やら、単純に潰すことは簡単だが、下手に潰すとどんなことになるか分からない為、極めて面倒くさいことだった。

 

 クレマンティーヌは必死に頭を働かせる。

 

 劣等感故に、何よりも強さを重視し、また自らの強さにもプライドがある彼女にとって、ある意味でこれはチャンスでもあった。

 兄は勿論のこと、番外席次ですらも敵わないだろう、絶対の強者。

 たとえ人外であっても、それは彼女にとって問題にはならない。

 

 もしかしたら、自分はもっと強くなれるかもしれない――

 

 そういう思考が今、彼女にはあった。

 やがて意を決し、クレマンティーヌは言葉を紡ぐ。

 

「ズーラーノーンは元々事前に加入するとは相手側に通告してありませんでした。あのとき、メリエル様と出会ったのは、叡者の額冠を手土産に、あそこの墓地を拠点としているズーラーノーンの者へ加入を通告する為です」

 

 モモンガは僅かに頷き、続きを促す。

 

「あそこの墓地にズーラーノーンがいる、ということであれば、冒険者としての名声を一気に得るチャンスだと考えます。モモンガ様やメリエル様ならば当然にあの程度の雑魚は容易く一掃できるかと」

 

 ふむ、とモモンガは頷く。

 そこに更にクレマンティーヌは畳み掛ける。

 

「スレイン法国に関しては、漆黒聖典が総動員されるような事態でなければ、私が処理できます」

 

 そう彼女は言い切った。

 彼女の白いうなじを、冷や汗が伝う。

 ズーラーノーンに関してはメリットを提示した、しかしスレイン法国に関しては一か八かの賭けだ。

 

 スレイン法国に関してはメリットを彼女は提示できなかった。

 国家と敵対したところで、結局はデメリットしかない。

 故に、切り捨てればそちらに被害はない、とそう彼女は言外に告げたのだ。

 

 重い沈黙が支配する中、モモンガはゆっくりと口を開く。

 

「なるほど……確かにズーラーノーンはメリットだろうし、こちらとしてもお前を切り捨てれば良いだろう」

 

 勝った――

 

 クレマンティーヌは確信した。

 強さだけでなく、頭脳すらも人類を圧倒的に上回るだろう存在に、彼女は自らを売り込むことに成功したのだ。

 

「ただ一つ、問題がある」

 

 ゆっくりとモモンガは指を一つ立てた。

 クレマンティーヌが疑問に思う間もなく、彼は言葉を続ける。

 

「あくまでお前はメリエルさんのペットという立ち位置だ。メリエルさんの性格上、お前が絶体絶命のピンチにでもなったなら、相手がこの世から消え去っているだろう」

 

 そう告げ、モモンガは「まあ、なんというか、その」と言いにくそうに続ける。

 

「メリエルさんの相手、色々頑張ってくれ。できれば最悪、抑えてくれると助かる」

 

 クレマンティーヌは確信した。

 この骸骨野郎、私に宥め役をやらせるつもりだ、と。

 

 無論、そんなことは顔には出さない。

 

「それってどういうことよ?」

「言葉通りの意味ですよ」

 

 などとやり取りしている2人のうち、メリエルへと彼女は視線を向ける。

 

 女である自分が見ても、見惚れてしまう程の容姿だ。

 しかも、どうも自分と戦う際の会話からすると、自分と波長が合う気がする。

 

 クレマンティーヌは意外と快適に働けるかもしれないと、なんとなく思った。

 

「あ、それとちょっとコキュートスと戦いたいから、第六階層の闘技場使っていい?」

「あ、どうぞ」

 

 モモンガもあっさりと了承した。

 彼はあらかじめ、クレマンティーヌをナザリックへ連れてくるというメッセージをメリエルから受け取っていたが、同時にそのとき、スキルに関しての消化不良を引き起こしたことも聞いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 玉座の間を出、クレマンティーヌを引き連れ、メリエルは転移門でもって第六階層へと向かった。

 スキルに関しての消化不良もあるが――クレマンティーヌが戦う前に降伏してしまった――自分の強さを見てもらいたい、そんな欲求がメリエルにはある。

 

 相手に選択したのはコキュートス。

 最強装備で来い、と伝えた為、彼は要望通りに最強装備で来てくれることだろう。

 

 

「あのぉ、メリエル様。ここ、外、ですか?」

 

 第六階層に来た時、クレマンティーヌはそう尋ねた。

 いつの間にか外に出たのだろう、と。

 

「いいえ、ここはまだ地下よ。そういうのが好きな奴がいてね。作ったのよ」

 

 思わず、クレマンティーヌは天を見る。

 太陽もあるし、青空もある。

 風も心地よい。

 

「いえいえ、コレどう見ても外ですよね?」

「外じゃないわよ。あの太陽も青空も全部作ったの」

 

 メリエルは予想通りの反応にニヤニヤしながら、2人とも歩みを進め、闘技場へとやってきた。

 直接、闘技場内へ転移しても良かったのだが、メリエルはクレマンティーヌの反応を引き出したいが為に、わざわざこうしたのだ。

 

 そして、闘技場のリングの中央にいた存在にクレマンティーヌは本能的に脅威を感じ取り、スティレットを素早く抜いた。

 

「ソノ人間ガメリエル様ノペットデスカ」

 

 キチキチと虫の鳴くような音と共に紡がれる言葉に、クレマンティーヌはスティレットを鞘へと収める。

 おそらくはコレも部下なのだろう、と。

 

「ええ、そうよ。今日は彼女に私の力を見せてあげようかなって思ったのよ」

 

 そう言って、メリエルはクレマンティーヌへと問う。

 

「彼、コキュートスって言うんだけど、戦ってみる? もし死んでも蘇生するから大丈夫よ」

「是非に」

 

 クレマンティーヌは即答した。

 収めたスティレットを抜き放ち、その切っ先をコキュートスへと向ける。

 

「フム……相手ヲシヨウ」

 

 コキュートスは言葉少なく、四本の腕全てに剣を持ち、構えた。

 その中には彼の創造主たる武人建御雷の愛用していた斬神刀皇も含まれている。

 

 コキュートスが構えた直後、クレマンティーヌは自身の死を確信した。

 純粋に戦士としての勘が告げている。

 

 

 

 一撃で、殺される――

 

 

「……負けました」

 

 自らも驚くほどに、すんなりとその言葉が出てきた。

 クレマンティーヌの言葉にコキュートスは構えを解く。

 

「メリエル様、コノ者ハ戦士トシテ優レテオリマス。並デハアリマセン」

「……まあ、負けを認めるっていうのは凄いんだけど……」

 

 消化不良なのよね、とメリエルの言葉にコキュートスは興奮を隠しきれぬ様子で告げる。

 

「全力デ御相手サセテ頂キマス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何アレ、神話の戦いかよ」

 

 クレマンティーヌは端的に、目の前の光景を表現した。

 剣速は光もかくやと思う程に速く、彼女の目を以てしても、捉えきれない。

 何よりもおかしいのは4本の剣が全て法国が持っている六大神の武具と同等クラスのような感じであることだ。

 その剣戟が作り出すのはもはや結界に等しい。

 飛び込めば即、死が約束された代物だ。

 

 そして、そんな死の結界を涼しい顔で剣一本で捌き続け、かすり傷一つ負っていないメリエル。

 無論、戦闘前に補助魔法を幾つか唱えていた為、その影響もあるだろうが、純粋に戦士としてみても、神人よりもヤバイ。

 しかし、もっとヤバイところはお互いにまだ全力を出しているようには見えないところだった。

 

「本当に頂点の戦いだよな……」

「何当たり前のこと言ってるの?」

 

 横から掛けられた声にクレマンティーヌはゆっくりと首をそちらへ向ける。

 

 ダークエルフまでいるのかよ、何でもアリだな――

 

 内心そう思いつつ、問いかける。

 

「あんたもあれくらいできるんでしょ? 誰だか知らないけど」

 

 半分、投げやりであった。

 

「あたしはアウラ。この第六階層の守護者よ。あんな風には戦えない。んで、あんたがメリエル様のペットのクレマンティーヌとかいうの?」

「そーよー、哀れに思いなさい」

「哀れって……ペットってことは常にメリエル様のお傍にいられるんでしょ? 羨ましいじゃん」

「は?」

 

 いやいや待て待て、どういうことだ、とクレマンティーヌは思ったが、すぐに思い直した。

 

 モモンガとメリエルがここでは最高の存在なのだろう。

 そりゃ、あんな神に等しいような輩がいる場所だ。そこにいる部下も、2人を崇拝しているのだろう、と。

 

「まあ、そうね……ところでさ、メリエル様ってどんな方なの?」

 

 ついでとばかりにクレマンティーヌは問いかける。

 すると、アウラはすぐに口を開く。

 

「すっごい強い。正面での戦闘ならモモンガ様よりも強いらしい。あと、男であり女でもあるらしい」

 

 さらっと告げられる事実、特に後半部分に思わずクレマンティーヌは何度目になるか分からない驚きを覚える。

 

「男であり女でもあるって……両性具有?」

「そうっぽいよ」

 

 あの番外席次が聞いたら、あいつから結婚申し込んできそうとクレマンティーヌは思いつつ、更に口を開く。

 

「メリエル様の全力ってどんなもんなの? なんか大軍勢を展開して、その軍勢を抜けることができた挑戦者と戦うとかってモモンガ様が言ってたんだけど」

「たぶん守護者は誰も見たことないんじゃないかなぁ。基本、メリエル様が全力で戦うって全部ナザリックの外みたいだし……あ、そういえば図書館にメリエル様が戦った映像がスクロールであるってデミウルゴスが言ってた」

 

 そのとき、一際大きな音が鳴り響いた。

 クレマンティーヌとアウラが視線を向ければ、ちょうど2人がぶつかり合い、距離を取ったところらしかった。

 

「メリエル様ぁ! お願いがありますぅ!」

 

 クレマンティーヌは手を挙げて、そう叫んだ。

 

「なぁに?」

 

 瞬時に目の前にきたメリエルにクレマンティーヌはビクッとしたが、笑顔で告げる。

 

「メリエル様が全力で戦ったスクロールがあるって聞いたんですけど、それ見たいです」

 

 




メリエルの強さを簡単に表すと、拘束制御術式零号とか王の軍勢みたいなものが使える真・バーン(回復・蘇生魔法・チートアイテム満載)

クトゥルフなら勝てるんじゃないですかね(こなみ


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クレマンティーヌがストレス過多でブチ切れる話

捏造あり。

短め。


 

 

 モモンガの執務室ではメリエルによる御茶会が開かれようとしていた。

 

 そう、あくまで「御茶会」だ。

 

 メリエルの戦いっぷりのスクロールでの閲覧は御茶会の後に、ということでクレマンティーヌも強制的にこの御茶会に参加させられている。

 

 

「……わざわざ私に人化するマジックアイテムまで使ってする御茶会って何ですか? エ・ランテルへ出立の為の準備とかあるんですが……」

「いいじゃないの。今後の方針の為にも必要よ」

 

 そう言って優雅に紅茶を啜るメリエルにモモンガは視線を巡らせ、デミウルゴスとアルベドへと向ける。

 モモンガからすればメリエルとの1対1であるなら、気を使わなくて済むのに、という思いがあった。

 人化したとき、アルベドが「その御姿も素敵です!」と叫んだが、モモンガにとってはそういう反応は分かりきっていたので、特に焦ることもなく冷静に感謝を伝えていたりする。

 

 そして、クレマンティーヌもいるにはいるが、彼女はあくまでメリエルのペットという立ち位置。

 席に座っているわけでもなく、ただメリエルの後ろに控えているだけであり、特に気にする必要はない。

 

 わざわざこんな御茶会で、守護者を出席させる意味はあるのだろうか、とモモンガは素直に思った。

 

「これはあくまで御茶会だから。非公式の、まったく命令とかそういうのは関係がない、ただ言いたいことを言うだけの集まりだから」

 

 メリエルの言葉にモモンガは内心首を傾げる。

 どういうことだ、と。

 

 モモンガが疑問に思っている中、メリエルは告げる。

 

「端的に言うけど、王国も帝国も法国も、たった一滴の血も流さずに完全に屈服させる方法があるんだけど」

「……ふぁ?」

 

 モモンガは思わず素で、間の抜けた返事をした。

 しかし、そこはモモンガ。

 伊達に濃いメンツが揃っていたアインズ・ウール・ゴウンのギルマスをやっていない。

 

「どういうことですか?」

 

 問いにメリエルはにこにこ笑顔で頷く。

 待ってました、と言わんばかりに。

 

 あ、これヤバイやつだ――

 

 モモンガはそう思ったが、もはや遅かった。

 

「ユグドラシル時代、素材として金や銀はごくありふれていたものだった。対して、王国でも帝国でも法国でも、金や銀は貴重なレアメタルとして扱われている。私は勿論、ナザリックの倉庫にも金も銀もそれこそ掃いて捨てる程にある……さて、これを市場に放出したら、どうなるかしらね?」

 

 聞かなきゃよかった、とやっぱりモモンガは後悔した。

 

 そんなことをすれば金・銀の価値は一気に下がり、それこそ路傍の石ころ程度にまで下がる。

 王国も帝国も法国も、金貨・銀貨・銅貨を通貨としており、それらは偽造防止は勿論のこと、供給量などが管理されているようには思えない。

 

 おそらく上位道具複製魔法《グレーターコピーアイテム》であれば、ユグドラシル時代では不可能であった、通貨の偽造も可能ではないだろうか。

 

 そして、金や銀の価値の暴落がもたらすものは――

 

 

「……経済戦争ですか?」

「単なるマネーゲームよ。相手が反撃できないんだから、戦争になりえない。ゲームよ、ゲーム。ま、要は私達には取りうる選択肢が無数にあり、常に連中に対して主導権を握っている。それだけよ」

「そもそも絶望のオーラ垂れ流して、町中歩くだけで勝利できますからね」

 

 っていうか、もう何かやばそうなのがいたら、メリエルさんぶつければいいじゃないんだろうか。

 

 モモンガの頭に浮かんだものは、もっともシンプルでもっとも良さそうに思えた。

 

「で、やっていいなら、やるけど? それとも王国を丸ごと買い取ってあげましょうか? あるいは貴族達にカネばら撒いて、内戦起こして、双方に物資売って丸儲けとか、もしくは各地で食料買い占めて根こそぎ値段吊り上げて、餓死させるとか」

「やめてください本当に。っていうか、自分よりも悪の大魔王っぽいんですが」

「光と闇を備えると、最も邪悪なものになるという言葉があるようなないような」

「ダメです。精々、裏社会を掌握するとか、そんな感じで留めてください」

 

 えー、と不満気な声を上げるメリエルにモモンガは溜息を吐く。

 

「アルベド、デミウルゴス。お前達からも何とか言ってやってくれ」

 

 さっきから沈黙を保っているナザリックの最高頭脳達に話を振るが、モモンガはすぐにそれが間違いであったと気づく。

 

「流石です、メリエル様……そのような手段があるとは、このデミウルゴス、まったく思いも寄りませんでした」

「ああ、いと高き御方……何という叡智でありましょうか」

 

 ダメだコイツら、頼りにならねぇ――

 

 モモンガは5秒くらいで助け舟を諦めた。

 そして、視線を彷徨わせ、クレマンティーヌに行き着いた。

 

 やめて私を巻き込まないで、とクレマンティーヌは必死に視線を逸らしていたが、モモンガはダメで元々とばかりに告げる。

 

「クレマンティーヌ、色々と事情に詳しいんだろう? 何か言ってくれないか? この中では唯一の現地の住人だろう?」

 

 私に振るなクソ骸骨野郎

 

 クレマンティーヌは心の中で盛大に罵ったが、顔には勿論出さない。

 しかし、若干頬が引きつっているのはご愛嬌。

 

「わ、私は……そ、そうですね……」

 

 全員の視線を感じながら――デミウルゴスとアルベドからは変なこと言ったらブチ殺すという殺気混じりの――クレマンティーヌは震える声で何とか良い手はないかと考える。

 

「め、メリエル様が……圧倒的な御力で、敵を嬲り殺しにしているのが、み、見たいなーって……」

『お前には失望したぞ! クレマンティーヌ!』

 

 モモンガは即行でクレマンティーヌにメッセージを送った。

 しかし、彼女もヤケクソだった。

 元々、いい子ちゃんでいるのは彼女の性に合っていなかった。

 そうであるが故に、無茶振りにブチ切れた。

 

『うっせーぞ! このクソ骸骨! 私にどうにかできるわけねーだろうが!』

『黙れ駄犬! メリエルさんが勘違いして軍勢出して真正面から戦争仕掛けたらどうするんだ!』

『軍勢ってそもそも何なんだよ! 知るかクソが!』

 

 盛大な罵り合いがメッセージにて繰り広げられている中、メリエルは静かに口を開く。

 

「まあ、そうねぇ……制限を加えるのも、また一興。とりあえず、それらの経済的な選択肢は緊急的な事態までは封印しようと思うんだけど、どうかしら?」

「そうしてください。下手に引っ掻き回すと、どこでしっぺ返しがあるか、わかりませんし」

 

 モモンガはすぐさまそう言って、すかさずクレマンティーヌにメッセージを送る。

 

『良くやったぞ、クレマンティーヌ』

『……色々非常識過ぎるだろ、お前ら』

 

 クレマンティーヌのもっともな指摘に、モモンガは無言で肯定した。

 

 

「とはいえ、外貨調達は急務ね。まあ、クレマンティーヌが何か適当なことやって稼いでくれるって信じてる」

 

 クレマンティーヌは飼い主の無茶振りに天を仰いだ。

 

「何かあるでしょ?」

 

 問いかけてきたメリエルにクレマンティーヌは告げる。

 

「私ができるのは冒険者か、あるいはワーカーとして稼ぐくらいで……」

 

 クレマンティーヌはそう言って、あることを思い出した。

 そういえば、王都には八本指とかいう、裏組織があったな、と。

 

「メリエル様、王都には八本指という裏組織があります。そこを襲撃すれば誰からも文句を言われることなく、通貨を調達できます」

「何という便利な組織。これは間違いなく私に壊滅させられる」

「犯罪組織から金銀財宝を奪ってはならない、なんて法律はありませんから、全く完全に問題ありません」

 

 それでいいのか、と思わないでもないモモンガだったが、まあ、そういった組織の一つや二つはいいだろう、とし、口を開く。

 

「それじゃ、情報収集のついでにそれも潰して、目ぼしいアイテムやら何やらを一切合切奪ってください。何なら、ニューロニストに頼んで操り人形にしてもらいましょう」

「操り人形にした方がいいわね。下手に潰すと、あちこちに影響しそうだから……あ、いい子がいたらもらうからね」

 

 モモンガの提案にメリエルはすぐさま承諾した。

 最後に彼女の要望を出すのも忘れない。

 

「ハイハイ、好きにしてください。で、他に何かありますか?」

「次にニグンからの情報収集の分析だけど……専門の部署を作って、そこで分析をした方がいいわね」

「デミウルゴス、任せたぞ」

「お任せくださいませ、モモンガ様」

 

 そんなやり取りを見て、クレマンティーヌは違和感を感じた。

 

 ニグンって、あの陽光聖典の?

 あいつも軍門に下ったのか。

 

 信心深いあいつをよく引き込んだな、とクレマンティーヌは感心してしまう。

 

 どんな手を使ったんだろうか、と彼女が思ったところで、モモンガが締めの言葉に入っていた。

 

「私はこれより、ナーベラルとともにエ・ランテルへ向かう。メリエルさんはソリュシャン、クレマンティーヌとともに王都へ。ナザリックの警備等の諸々はアルベド、デミウルゴス。任せたぞ」

「あ、モモンガ、スクロールどうしよ?」

「……もう八本指だかと戦うときに小規模展開で見せた方が早いんじゃないですかね?」

「それもそっか」

 

 最後が若干、締まらなかった。



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クレマンティーヌ無双

捏造あり。


「本当に大丈夫かな」

 

 モモンガこと、モモンはそう呟いた。

 彼の脳裏にあるのはメリエルの言葉だ。

 

 大物の前に、小遣い稼ぎが必要よね――

 

 アレはいったい何を意味しているのだろうか。

 もしかして、ユグドラシル時代よろしく、モンスターハントか、あるいは野盗なり何なりを討伐するのだろうか。

 

 そう彼女が呟くように言ったのは、エ・ランテルへ向けて出発する直前のこと。

 しかも、メリエル達はわざわざ夜にエ・ランテルから王都へ馬車で移動するという。

 

「……ナーべ、メリエルさんの言っていた言葉の意味、何か知っているか?」

「小遣い稼ぎ、ですか?」

 

 ナーべことナーベラルの言葉にモモンガは肯定する。

 

「畏れながらモモン……さん。私には言葉通りにしか受け取れません」

 

 モモン様、と言いそうになるのを訂正するナーベラルにモモンガは苦笑する。

 

 まだまだ慣れないよな――

 

 彼はそう思いながら、言葉通り、という単語を頭に反芻させる。

 

「……そういえば、野盗が出るとかいう話を組合の中で言っていたな」

 

 何でも幾つかのパーティで今夜討伐するとか何とか。

 モモンガはつい先程、冒険者としての登録を済ませたばかりなので、討伐に参加することは当然できない。

 

 もしかしたら、その野盗の連中――死を撒く剣団とかいう――の情報をクレマンティーヌ経由で仕入れて、王都へ向かうついでに殲滅するのかもしれない。

 

 ありえそうな話であった。

 

 とはいえ、モモンガからすれば野盗の集団を一つ潰したところで、何かしら影響が出るとは到底思えない。

 もしも何か、イレギュラーな事態となったならば話は別だが、さすがにそんなことはないだろう。

 

「ナーべ、とりあえず無難に依頼をこなしていこう。まずはおつかいからだ」

「何故、至高の御方である貴方様がおつかいなど……」

「ナーべ……こういう簡単なことをこなし、信頼を深めていくのが大事なのだぞ」

 

 モモンガは内心ワクワクドキドキしていた。

 ユグドラシルをプレイし始めた時の、あの興奮にそれは似ていた。

 

 未知の世界、未知の冒険――

 

 これほどに心躍らせるものはまずないだろう。

 

「さぁ、行こう。未知の世界へ」

 

 モモンガは弾んだ声でそう告げた。

 

 フルプレートアーマーを着こみ、グレートソード2本を背中に背負った状態で。

 

 

 おつかいというよりは強盗の方がしっくりくるんじゃないかしらね――

 

 メリエルがその姿を見たら、そうコメントするに違いない格好だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルは馬車に揺られていた。

 そして、暇であった。

 

 傍にはソリュシャンが同席しているが、彼女との会話をこれまで何度か試みていたが、主従関係というのはこういうときに中々に厄介なもので、ソリュシャンは敬意に溢れたものであったが、メリエルが思うところの、面白い会話はできなかった。

 

 むしろ、ソリュシャンに御者をやらせ、クレマンティーヌを同席させた方がよかったかもしれない、とメリエルは思う。

 何だかんだでクレマンティーヌはラフな口調だ。

 ラフ過ぎて、ソリュシャンが殺しにかかりそうなくらいに。

 クレマンティーヌ本人としては敬語のつもりなんだろうが、どうにも小馬鹿にしているというか、こちらを煽っているような猫撫声になっている。

 

 勿論、モモンガと一緒に事情を聞いた、あのときはさすがに彼女も命の危険を感じたのか、その口調は必死であり、丁寧なものであったのだが。

 

 喉元過ぎればなんとやらで、口調も戻っている。

 

 ともあれ、メリエル個人としてはそこらはどうでも良かった。

 クレマンティーヌ相手なら、あんまり威厳とかそういうものは気にしなくて良いし、何より彼女の反応が一々面白い。

 

「やっぱりフライで行った方が良かったか……でもそれだと、小遣い稼ぎができないし」

 

 

 死を撒く剣団とかいう、連中がいる、とクレマンティーヌが思い出してくれたおかげで、小遣いにはちょうど良い、と馬車での移動と相成ったのだが、中々敵は出てきてくれない。

 襲撃しやすいよう、夜まで待ってから移動しているというのに。

 

 

 ちなみに、クレマンティーヌがその剣団を知っていたのは、単純に王国で2番目に強いという、ブレイン・アングラウスとかいうのが、そこに所属している為とのことだ。

 

 

 

 

 

「メリエル様」

 

 唐突に、ソリュシャンが口を開いた。

 

「鼠が掛かりました」

 

 気の利いたこと言えるじゃないの、とメリエルはにっこりと笑みを浮かべる。

 そして、そのときだ。

 

「あー、メリエル様ー? 予想通りに、食いつきましたよー」

 

 クレマンティーヌは何ともやる気のない声で、御者台からそう馬車の中へ声を掛けてきた。

 彼女にはアサシン系の気配察知スキル等はなかった筈だが、熟練の戦士の勘とかそういうものかもしれない。

 

 メリエルも魔法なりスキルなりで探知すれば良いのだが、端的に面倒くさかったという理由だ。

 

 メリエルは小窓からカーテンをめくって、ちらりと外を覗いてみる。

 見事にみすぼらしい格好の、いかにもな連中がこちらへと迫っている。

 おそらくは進路も塞いでいるのだろう。

 

 ヒューマンリサーチをメリエルは使い、目視できる相手のレベルを見てみるが、一桁しかいなかった。

 

「やっちゃえ、クレマンティーヌ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまんね」

 

 クレマンティーヌは倒れ伏した連中を見下しながら、呟いた。

 

 メリエルの攻撃開始に等しい言葉が出てから、時間は5分も経っていない。

 もっとも、殺すのは事前にメリエルから厳禁と言われていた。

 連中の拠点の在り処を吐かせる必要があるからだ。

 

 その為、クレマンティーヌは野盗共に傷を負わせてはいるが、致命傷ではない、ほどほどに動けない程度のものだった。

 

 

「おつかれさん」

 

 そう言って、馬車から降りてきたメリエルにクレマンティーヌは頬を思いっきり膨らませ、不満をアピールする。

 そんな彼女に対して、可愛いという単純な感想を抱きながら、メリエルは問う。

 

「何か、不満そうね?」

「つまんなーい。2、3人でいいから、楽しませてよー」

 

 そう言いながら、血に塗れたスティレットを赤い舌で舐めてみせる。

 

「まあまあ、ちょっと待ちなさいよ。ソリュシャン、用意できたかしら?」

 

 メリエルが問うとソリュシャンが桶を持って馬車の中から現れた。

 桶には水がいっぱいに入っている。

 

 クレマンティーヌは何をするのだろうか、と不思議に思ったが、すぐにあることに思い至った。

 

 何とも残酷なことをするじゃないの――

 

 にんまりと三日月のように口を吊り上げ、クレマンティーヌは告げる。

 

「メリエル様、その役目、私にやらせてくれませんかー? そういうこと、やったことないのでー」

「いいわよ」

 

 メリエルもまた、あっさりと許可を出す。

 クレマンティーヌはウキウキ気分で、ソリュシャンから桶を受け取り、適当なところに置く。

 そして、手近な野盗の髪を引っ張り、桶の前まで引きずった。

 

「最初に聞くけど、どこにアジトがあるか、話す気はあるぅ?」

「……知らねぇな」

 

 そう答えた瞬間にクレマンティーヌは花の咲くような笑顔になる。

 

「そうなのぉ! 知らないのねぇ! じゃあ、ゴーモンしちゃうから!」

 

 アハハハ、と笑いながら、クレマンティーヌは野盗の顔を水の入った桶に突っ込んだ。

 暴れる野盗が逃げられないよう、彼女は後頭部をしっかりと押さえこむ。

 

「陸にいながら、溺死って面白いわぁ……ぞくぞくしちゃう」

 

 恍惚な表情でクレマンティーヌは野盗の髪を掴んで頭を桶から上げる。

 荒い息をする野盗に彼女は優しく問いかける。

 

「ねぇ……まだ、知らないわよねぇ? もっと、苦しみたいのよねぇ? アジトの場所を思い出したりしないわよねぇ?」

 

 再度、クレマンティーヌは野盗の顔を桶に突っ込む。

 暴れ狂う野盗だが、彼女はまったく手こずることなく、その体を押さえこむ。

 

 アハハハ、と笑いながら、クレマンティーヌは他の野盗達に目を向ける。

 倒れたままであった筈が、いつのまにやらロープで縛られ、地面に座らされていた。

 彼らは一様に、恐怖に怯えているのが見える。

 

 クレマンティーヌは楽しみながらも、その思考は極めて冷静だった。

 故に、彼女は思う。

 

 メリエルのが私よりも、よっぽどにおっかないのに。

 私であることを感謝してほしいわ。

 

 クレマンティーヌの視界には見慣れない鉄製の少女像のようなものや、牛を象った鉄製のナニカを用意しているメリエルが映っていた。

 

 クレマンティーヌの勘が告げている。

 アレらはきっとろくでもないものだ、と。

 

「って、あら?」

 

 そんなことを考えていたら、抵抗がいつの間にか無くなっていることに彼女は気がついた。

 野盗の顔を上げてみれば、既に事切れていた。

 

 やり過ぎてしまったらしい。

 

「あっちゃー、死んじゃったぁ。ま、いいや。おもちゃはまだ残ってるし」

 

 そう言って、クレマンティーヌは死体を適当に放り捨てる。

 

「次は誰にしようかしら?」

 

 とりあえず、手近なヤツを、とクレマンティーヌが野盗達に近づこうとした瞬間、恐怖が限界に達したのか、野盗の1人が叫んだ。

 

「洞窟だ! この近くにある洞窟にアジトがある!」

 

 だから、助けてくれ、と――

 

 

 クレマンティーヌは拍子抜けしてしまった。

 まさか、こんなにも簡単に教えてくれるとは思ってもみなかったのだ。

 

「つまんねーから、死ねよ」

 

 少しの苛立ちと共に、クレマンティーヌは即座に叫んだ野盗の額にスティレットを突き刺した。

 頭蓋骨というのは硬いものであるが、そこらの鎧であっても穴を開けることができる彼女からすれば大した問題ではない。

 

「んで、メリエル様? 残りはどうします?」

「逃がしていいわよ」

 

 まさかの言葉に野盗達は一斉にメリエルを見た。

 にっこりと彼女は笑う。

 

 しかし、クレマンティーヌは言外に込められた意味を正確に理解していた。

 そして、同時に強く思ったのだ。

 

 ああ、最高の飼い主だ――

 

 クレマンティーヌは笑みを深める。

 そして、連中のロープを1人1人、切ってやる。

 残ったのは13人。

 

 楽しい楽しい狩りの始まりだ。

 

 野盗達は一斉に逃げ出した。

 方向はバラバラで、数人で逃げる者達もいれば、1人で逃げる者もいる。

 

 だが、そうでなくては面白くないのだ。

 

「ねぇ、メリエル様。ペットはいいんだけど、せめて猟犬にしてくれないかしらね」

 

 クレマンティーヌの言葉に、メリエルは驚いたように目を見開くが、すぐに面白そうに笑った。

 

「そうねぇ……猟犬として、優秀なことを示せたらいいわよ」

 

 クレマンティーヌは返事に獰猛な笑みを浮かべながら、まるで豹のように片手を地面につき、片足を後ろへ、下げることで腰を上へと突き出す。

 地面についている片手にも、もう一方の手にもスティレットが握られている。

 

「能力向上、能力超向上、疾風走破」

 

 ほう、とメリエルは初めて見るクレマンティーヌのスキル――武技に感心する。

 なんだかんだで、彼女はクレマンティーヌの武技を見る機会がなく、また名前からして、自己強化系のものがあるとは思わなかったのだ。

 

 そして、メリエルは限界まで引き絞った弓のようなイメージをクレマンティーヌに抱いた。

 

「速度による一撃必殺特化、なるほど。対生物なら強いスタイルだわ」

「お褒めに与り光栄ですわ、ご主人様」

 

 演技めいた口調でクレマンティーヌはそう返し、疾風の如く跳ぶ。

 

 獲物の逃げる速度は遅い。

 それこそハエが止まるくらいに。

 

 クレマンティーヌの視界にはみるみるうちに、獲物の1人の背中が迫る。

 

「はい、残念」

 

 クレマンティーヌは獲物の後頭部をスティレットで突き刺す。

 絶叫が響き渡る。

 何事かと振り返った、獲物達。

 

 愚かな連中だ、とクレマンティーヌは哀れに思う。

 そんなことをせずに、一歩でも逃げればいいのに。

 

「な、何で……?」

 

 獲物の1人がそんなことを言ってきた。

 

「メリエル様はさぁ……お前らに逃げていいとは言ったけど、殺さないとは言ってないのよねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあー、はっちゃけちゃってまぁ」

 

 メリエルは狂ったように笑いながら殺しまくるクレマンティーヌに呑気な感想を抱く。

 

「……メリエル様、よろしいのですか? あのような下等生物に、猟犬などという栄誉を約束されて」

 

 表情には出していないものの、不満そうなソリュシャン。

 

「ああいうタイプ、ウチにはいない。いないからこそ、欲しい。私のペットとして」

 

 とはいえ、とメリエルは続ける。

 

「ソリュシャンみたいな、忠義に厚い子も勿論良い。でも、あなたにはメイドとしての役目がある。その役目を奪うことはできない」

 

 そう言いながら、メリエルはソリュシャンの耳元へと顔を近づけ、囁く。

 

 お前はメイドとして最高の仕事をすれば良いのだ――

 

 

 ソリュシャンは思わずへたり込みそうになった。

 至高の御方であるメリエルにそのように言われて、そうならないシモベはいない。

 故に、彼女はへたり込まなかったことを賞賛されるべきだろう。

 

「も、勿体なきお言葉です」

 

 かろうじて、そのように返事ができたソリュシャンは自らを褒めたくなった。

 

 このままメリエル様に全てを委ねて――

 

 そんな思考がソリュシャンの脳裏を支配していく。

 

「いいところだけど、終わったみたいね」

 

 メリエルの言葉にソリュシャンはハッとし、周囲の気配を窺ってみれば逃げた野盗は全滅していた。

 

 

 クレマンティーヌがこちらへ戻ってくる気配もまた感じたソリュシャンはいつか殺す、と心の中で思う。

 至高の御方との一時を邪魔したのはそれほどまでに重い。

 

 知らぬところで殺意を抱かれている当の本人は満足顔で2人の前に姿をみせた。

 

 

「満足だわー……で、どう?」

 

 クレマンティーヌの問いにメリエルは鷹揚に頷く。

 

「良い仕事ね、クレマンティーヌ。猟犬と呼んであげるわ」 

 

 メリエルはそう言いながらも思ったのだ。

 よくよく考えれば、スキルなり魔法なりで野盗のアジトも探知できたんじゃないか、と。

 

 まあ、過ぎ去ったことはしょうがないわねー、と彼女はそう思うことにした。

 

 



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クレマンティーヌvsブレイン・アングラウス

捏造あり。

クレマンティーヌとブレイン・アングラウスが戦うところを見たかった_(:3」 ∠)_


 

 

 デミウルゴスは優雅な一時を第九階層にあるバーで過ごしていた。

 コキュートスもここにはよく来るのだが、今日はまだ来ていない。

 

 デミウルゴスは多忙だ。

 しかし、最近、幾つかの案件が解決した為、彼は時間に多少のゆとりができていた。

 

 もっとも大きいのはスクロールの為の、羊皮紙の量産。

 当初こそ人間や亜人等の皮膚を使ったほうが、という案も出たのだが、待ったを掛けたのがメリエルだ。

 しかも、その待ったを掛けたのが今日の午前中、たまたまスクロールの為の羊皮紙作成について、アルベドと話していたのを聞いていた為だった。

 

「……生物の皮膚を使っては量産性が低い、か」

 

 デミウルゴスはメリエルの言葉を思い出す。

 

「あの御方とモモンガ様では偉大さの方向性が違う」

 

 彼はそう言葉に出して、それで大いに納得した。

 だから、メリエル様ではなくモモンガ様が至高の41人を率いていたのか、と。

 

 デミウルゴスは既に図書館にあるスクロールで、メリエルの戦いっぷりを閲覧している。

 ただただひたすらに圧倒された。

 

 まさしく至高、否、至高という言葉すらでも生ぬるい。

 純粋な力においてメリエル様を凌ぐ存在など、この世にはいないだろうとデミウルゴスは確信した。

 

 だが、組織の運営というのは力が強ければ良いというものではない。

 無論、デミウルゴスとてメリエルの叡智は自らを遥かに凌ぐレベルであることを知っている。

 しかし、モモンガは更にその上をいくのだ。

 

 デミウルゴスは体を震わせる。

 彼を支配するものは歓喜。

 

 神をも凌ぐ、至高の御方達に仕えることができている。

 自らの全身全霊でもって、御方達の役に立てる。

 

 これよりも勝る歓喜をデミウルゴスは知らない。

 

「メリエル様の御手を煩わせるのは非常に問題があるが……」

 

 羊皮紙はメリエルが職業:パラケルススの持つ道具作成スキルでもって、最高品質の羊皮紙を作り出すことができたのだ。

 

 とりあえず、羊皮紙の供給の目処はついた。

 

「悩ましい」

 

 デミウルゴスからすればまさに痛し痒し。

 至高の御方であるメリエルの御手を、たかが羊皮紙作成の為に煩わせるのだ。

 しかし、メリエルのように、羊皮紙をポンポン作れる存在はナザリックにはいない。

 

 メリエルは全く気にしたようには見えず、二つ返事で了承してくれたが、デミウルゴスには不甲斐ない自分達の穴埋めをさせているようで、いたたまれない思いだった。

 

 かといって、生物の皮膚の量産性の低さ、それもまたメリエルから教えてもらったことだ。

 デミウルゴスはその一言で、メリエルの言葉を理解できた。

 

「メリエル様はたった1度の戦で、数千、数万の兵士と付随する膨大な物資の損失を経験しておられる。戦争とはそういうものだ」

 

 様々な魔法を込めることができるスクロール、その為の羊皮紙は10や20作れば良いというものではない。

 ましてや、100、200でも足りない。

 最低1000、できれば万単位で量産せねば、押し負ける可能性がある。

 

 そして、最低レベルの1000単位であっても、とてもではないが素材が足りない。

 1000単位で人間なり亜人なりを攫ってきては、瞬く間に人間も亜人もいなくなってしまうだろう。

 それに、羊皮紙が出来上がるまでの工程にも時間が掛かる。

 

 メリエルのように、スキルで一瞬というわけにはいかない。

 

「おや、デミウルゴス1人でありんすかえ?」

 

 後ろから聞こえた声に、デミウルゴスは座ったまま振り返ると、そこにはシャルティアがいた。

 彼女がここに来るのは比較的珍しいことだった。

 

「シャルティア、あなたがここに来るのは珍しいですね」

「まあ、たまにはそういうときもありんす」

 

 よっこいしょ、とシャルティアはデミウルゴスの隣に座り、マスターに注文をする。

 

「……私、御方々のお役に立てていないんす」

 

 デミウルゴスは察した。

 それはコキュートスからも度々、相談を受けていたからだ。

 

 彼もシャルティアも、戦闘に特化している。

 現状、ナザリックが戦火に晒される可能性は極めて低い。

 

「あなたもコキュートスも、必ず必要とされる。それが今日じゃない、というだけで」

 

 デミウルゴスはそう言いつつも逡巡する。

 彼も又聞きであるのだが、メリエルがシャルティアを連れていこうとしていた、ということを。

 

「そう、でありすんかね……」

「そうだとも。それにもし万が一に、何かの緊急事態が起こった場合、君には即座に動いてもらう」

 

 おおよそ万に一つもあり得ないが、緊急事態とはモモンガもしくはメリエルの身に何か起こった場合だ。

 デミウルゴスとしてはあり得ないと思うからこそ、あり得る事態であると最悪のパターンとして考えていた。

 

 シャルティアも緊急事態の意味を察したのか、ごくり、と唾を飲み込んだ。

 

「重大な任務でありすね」

「ああ、そうだ。重大だ。それで、浮かない顔をしているのはそれが原因かね?」

「いえ、実はもっと大きいものがありんす」

 

 もっと大きい悩み、とデミウルゴスは思わず身構える。

 役に立てていないこと以上に、大きな悩みがあるのだろうか、と。

 

「……私はモモンガ様とメリエル様、どちらの妃になればいいんでありんしょうか?」

 

 デミウルゴスは言葉に詰まった。

 こればかりは御方々の御心だ。

 彼が軽々しく答えるわけにはいかない。

 

 とはいえ、解決策はあった。

 

「モモンガ様もメリエル様も、妃を一人に限定する必要はないだろう。それにソリュシャンとナーベラルから聞いた話によれば、メリエル様はそういったことに積極的で、美人の嫁が欲しいと発言されている」

「美人の嫁……」

 

 うひひ、とシャルティアから不気味な笑い声が漏れた。

 デミウルゴスはそれを聞かなかった振りをする。

 

「時にデミウルゴス。メリエル様は人間の女を傍に置いているんす。アレは何でありんす?」

「この世界独特の武技という、戦士のスキルが使える上、人間としてはそこそこ強いとのことだ。その観察とメリエル様のご趣味であるのではないかな」 

「あのようなモノがご趣味で……」

 

 言いかけて、シャルティアは止まった。

 そして、何かを思い出したのか、にんまりと笑みを浮かべる。

 

「……シャルティア、どうかしたのかね?」

「昔、ペロロンチーノ様とメリエル様がお話をされていたとき、まさにあのようなモノの話題が出たんでありんす」

「それで?」

「そのとき、メリエル様は仰られたでありんすよ。下品なモノも高貴なモノもすべからく、私は好みである、と。何と器の大きい方でありんしょうか」

 

 シャルティアの感動の邪魔にならないよう、デミウルゴスは相槌を打つに留める。

 

「デミウルゴス、モモンガ様とメリエル様はいつ、お戻りに?」

「具体的な日程は流動的だが、予定ではそこまで長期間ではない。御二方がナザリックを長期に空けるというのは安全上の観点から問題がある」

 

 これはデミウルゴスもアルベドも譲れないところであり、また他の守護者も同様のものだ。

 

「お待たせ致しました」

 

 すっ、とシャルティアの前にグラスが差し出された。

 血のように真っ赤な液体が並々と注がれている。

グラスの端には翼を象った、カットレモンが添えられている。

 

 いかにデミウルゴスが優秀な頭脳を誇っているとはいえ、カクテルや酒の種類全般まで詳しいというわけではない。

 

「それは一体何という飲み物かね?」

「ブラッディー・メリーでありんす。メリエル様をイメージしたカクテルでありんすよ」

 

 デミウルゴスが思わずマスターへと視線を向ける。

 するとマスターは意を察したのか、すかさずに答える。

 

「御許可は頂いておりますので、ご安心を」

「他にも、メリエル様がご提案された料理とかもありんすよ」

 

 知らなかった、とデミウルゴスは驚きながらも、このようなことをわざわざご提案なさるのは自らのことをよりシモベ達に知って欲しい、というメリエル様のお気遣いなのでは、と彼は思う。

 

 何と慈悲深い御方だろうか――

 

 

 

 

 

 

 盛大な勘違いが行われているが、メリエル本人が知ったら、ただ自分が飲みたいだけ、食べたいだけだったのに、と言うに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまんなーい!」

 

 クレマンティーヌは死を撒く剣団の拠点となっている洞窟を進みながら、そう叫んだ。

 彼女の他にはメリエルがいるのみ。

 

 ソリュシャンは周辺警戒を行うよう、メリエルが命じている為、洞窟前で別れていた。

 

 クレマンティーヌがつまんない、と叫ぶのはひとえに、雑魚しか出てこないからだった。

 

「スッとしてドスンで済んじゃうんですけどー」

「まあ、でも、そろそろ来るんじゃないかしら」

 

 メリエルの言葉に、クレマンティーヌは血塗れのスティレットをゆっくりと舐めて見せる。

 

「本当に私が戦っていいのー? 後でやっぱりダメとかなしだよー?」

「いいわよ」

 

 あっさりと許可を出すメリエルにクレマンティーヌは無邪気な笑みを見せる。 

 とてもとても純粋なものだ。

 

 そのとき、前から規則正しい足音が聞こえ始めた。

 目当ての人物の登場にクレマンティーヌもメリエルもほくそ笑む。

 

「これはこれは……随分と可愛らしいお嬢さん方だな」

 

 そう軽い口調で話しかけながらも、まったく油断した様子は見られず、それどころか2人を鋭く睨みつけてくる男が現れた。

 腰には刀を吊るしている。

 

「ブレイン・アングラウスで合ってるわね?」

 

 スティレットを向けながら、クレマンティーヌは問いかけた。

 問いに対し、男――ブレインは頷く。

 

「少し前にスレイン法国から王国にやってきた、元漆黒聖典の女ってお前だろ?」

「あーら、よく分かったわねー、私ってもしかして有名人ー?」

 

 きゃー、と声を上げるクレマンティーヌにブレインはくつくつと笑う。

 

「強いヤツの情報には敏感でね」

 

 ブレインは体をやや前に倒し、抜刀の態勢をつくる。

 そして、彼を中心として半径3メートル程の円が展開された。

 

「抜刀術? それなりに、やるようねぇー」

 

 キャハハ、と笑いながらも、クレマンティーヌはゆっくりと、体を屈めていき、突撃態勢を形作る。

 

「武技、か。その円、ヤバそうね」

 

 彼女はそう言って、素早く自らの持つ武技を発動させる。

 

 疾風走破、能力向上、能力超向上、超回避――

 

 それを見、ブレインは舌打ちする。

 

「どんだけ武技を使えるんだよ。ったく、さすがは元漆黒聖典か? 後ろにいるお嬢さんも、よくこんなのと一緒にいるな」

「こんなのって失礼ね。コレは私の猟犬よ」

 

 ブレインはメリエルから返ってきた言葉に思わず苦笑する。

 大方、後ろのお嬢さんは金持ち貴族の令嬢か何かで、スリルを楽しみたいとかそんな理由なんだろう、と。

 

「んじゃ、いっくよー」

 

 クレマンティーヌの緊張感のない声にブレインは「おう」と応える。

 

 そして、刹那――

 

 クレマンティーヌが突撃した。

 まるで一陣の風のように一瞬にして、数mはある距離を詰め、ブレインへと迫り――

 

 秘剣、虎落笛――

 

 キィイイイン、と甲高い金属音が響き渡る。

 

 スティレットの刀身部分で、ブレインの刀――神刀を受けていた。

 

「……へぇ、中々やるじゃないの」

 

 それはクレマンティーヌなりの賞賛だった。

 彼女はそのまま後ろへと跳び、再び距離を取る。

 

「なんつー速さだ。知覚はできるが反応がギリギリなんて初めてだぞ」

 

 そう言いながらも、ブレインも納刀し、再び抜刀の構えを取る。

 そのときだった。

 

「殺しちゃダメよ」

「えー!」

 

 メリエルの声にクレマンティーヌはあからさまに不満な声を上げる。

 

「でも、死なない程度ならやっていいから」

「しょうがないわねー」

 

 そう言いながら、クレマンティーヌは2本目のスティレットを鞘から引き抜き、両手で持ち、再度突撃態勢を取る。

 

 ブレインは予感する。

 必ず、この女には切り札がある、と。

 

「じゃ、いっくよー」

 

 わざわざ宣言してくれる彼女にブレインは集中し、武技である領域を再度発動させる。

 

 それを見、クレマンティーヌは地面を蹴った。

 疾風の如く、彼女は迫る。

 瞬く間にブレインの領域へと侵入し――

 

 捉えた瞬間、ブレインは抜刀。

 その神速の刃はクレマンティーヌへと迫り――

 

「流水加速」

 

 さながら貂のように、彼女は軽い身のこなしで迫る刃をくるりと避けて見せる。

 ブレインは驚愕のあまり、目を見開いた。

 迫り来るスティレットの刃。 

 

 抜刀術の弱点は一撃目を避けられたら、無防備な体を晒すことにある。

 彼に刃を防ぐ術はない。

 

 迫るスティレットは妙に遅く感じ、ブレインは死を予感した。

 

「はい、ここまでー」

 

 クレマンティーヌはにこにこ笑顔でそう宣言した。

 スティレットは喉元直前で止められている。

 

「……どういう、ことだ?」

 

 ブレインは思わず問いかけた。

 

「んー、だって飼い主が殺しちゃダメって言うし」

「ちょっとくらい傷めつけてもいいのよ?」

 

 後ろからのメリエルの声。

 

「やめたー、こういうヤツは下手に嬲るよりも、こういう態度の方が面白そうだし」

 

 ねー、とブレインに笑いかけるクレマンティーヌ。

 ブレインはその正確な洞察力に驚愕すると同時に、怒りが湧いてくる。

 

「それじゃ、可哀想だから、少し私が戦ってあげるわ」

 

 予想外の言葉にブレインは怒りが急速に冷め、目をパチクリとさせた。

 彼はメリエルを見る。

 ただの胸元が開いた真っ黒なドレスを着ているだけの、どこからどう見ても単なる女性にしか見えない。

 

「あー、えっと、お嬢さん? 剣を持ったことはあるのか?」

「それなりには持ってるんじゃないかしら」

 

 そう言って、何もない空間に手を突っ込んで、メリエルは自らの剣を取り出した。

 一見、何の変哲もないロングソードだ。

 

「私の剣はレーヴァテインっていうの」

 

 鞘から引き抜かれた刀身は透き通っており、ガラスのようであるが、刀身の中央部分には複雑な文様が描かれている。

 メリエルは切っ先をブレインへと向ける。

 

「頂点を見せてあげるから、かかってきなさい」

 

 ブレインは頭を切り替える。

 メリエルは軽く構えているが、まったくの自然体であった。

 まるで柳のように。

 その域に達するには、どれほどの修練が必要なのだろうか。

 

 俺よりも明らかに歳下であるのに、俺よりも腕が上ではないか?

 

「……分かった」

 

 ブレインは再度、領域を発動させ、抜刀の構えを取った。

 メリエルはにっこりと笑う。

 

「私の猟犬は捉えられたけど、私は捉えられるかしらね」

 

 どういう意味だ、とブレインは思ったが、気にせずに目の前に集中することにした。

 

「行くわよ」

 

 その声と同時にブレインの視界からメリエルが掻き消えた。

 ブレインは思わず目を疑った。

 幻術系の武技か、と思考したが、彼女がどこにいるか、すぐに知覚できた。

 

 

 

「やっぱり、捉えられなかったわね」

 

 間近で声が聞こえた。

 

「……なん、だと」

 

 まるで、反応できなかった。

 

 メリエルはブレインの真横に立ち、レーヴァテインを横向きにし、刀身を彼の喉元に突きつけた状態であった。

 彼女はゆっくりと剣を下ろし、ブレインに問う。

 

「どうかしら? 頂点を見た感想は?」

 

 ブレインはただ呆然とした面持ちのまま、問いかける。

 

「……お前はいったい、何者なんだ?」

「異形の者よ。人間じゃないから、安心なさい」

 

 ブレインは絶望した。

 圧倒的なまでの力の差。

 才能とかそういうレベルではない、根本的な生物としての存在の差。

 

 彼はゆっくりと、膝から崩れ落ちた。

 

「俺は……いったい……」

 

 強さを追い求めていた。

 ガゼフを超えたい、とそう願って剣の腕を磨いていた。

 

 だが、現実はどうだ?

 こんな、化け物が存在する。

 ガゼフなど歯牙にもかけない、それこそ虫と同じ程度にしかこの化け物は思わないだろう。

 

「ブレイン・アングラウス、お前に更なる絶望を叩きつけよう」

 

 ゆっくりと、彼はメリエルへと視線を向ける。

 メリエルは残酷な笑みを浮かべ、すっと手を前へと伸ばす。

 伸ばした先は洞窟の奥。

 

「マキシマイズマジック、ワイデンマジック、ブリアルウィンド」

 

 黒い風がメリエルの掌から洞窟の奥へと吹いていった。

 

「……魔法詠唱者、だと?」

 

 ブレインは震える声で、そう問うた。

 

「ええ、そうよ。戦士であり、魔法詠唱者でもある。それがこの私よ」

 

 ブレインは笑いがこみ上げてきた。

 なんだろうか、この化け物は。

 ここまでデタラメだと逆に清々しい。

 

「ところで、今使った魔法は何なの?」

「第9位階のブリアルウィンドっての。黒い風で複数の対象を即死させる、まあ、簡単に防げる魔法よ。範囲と威力を強化して使ったわ。野盗程度にはちょうどいいでしょう」

 

 クレマンティーヌは聞かなきゃ良かった、と後悔した。

 第6位階どころか第9位階とか、と思いながら、もしやと思って尋ねてみる。

 

「もしかして、もしかすると、第10位階も……?」

「っていうか、第10位階くらい使えて当然じゃないの?」

 

 首を傾げて問い返された。

 クレマンティーヌは乾いた笑いしか出てこない。

 先ほどのメリエルはクレマンティーヌでも目で捉えきれなかったのだ。

 魔法やスキルを一切使っていない状態で、それだけの速度を出せる。

 もしエ・ランテルの墓地で、全ての魔法・スキルを使用した状態で戦っていたら、と思うと震えが止まらない。

 

 

 対するブレインは衝撃が強すぎて、逆に冷静になってしまった。

 

「なぁ、そこまで凄いんならよ……死者蘇生とか回復魔法とかも使えるのか?」

「使えるに決まってるじゃないのよ」

「……もうお前一人で世界征服でも何でもできるんじゃないのか? 何でお前、こんなところで人間の相手なんてしてるんだよ」

 

 ブレインの心からの疑問だった。

 

「そりゃあ、暇潰しだからに決まってるじゃないのよ。ブレイン・アングラウス、よぉく覚えておきなさい。最強の存在になるってことは、同時にすんごく退屈になるってことなのよ。同格の者がいないから。弱くて這いずり回っているときが一番楽しい」

 

 ブレインはストン、とその言葉が腑に落ちた。

 もはや彼にとって目の前のメリエルは見た目がどうとか全く気にならない、ただただ強大な存在という認識だ。

 

「……俺がそこの性悪女とまあ、何とか戦えていた。だけど、あんたにはそういうことができる存在がいない、そういうことか?」

「そういうことよ。真っ向勝負なら、私に勝てるヤツはいないでしょうね」

「性悪女って誰のことよー」

 

 クレマンティーヌの抗議の声を、2人は華麗にスルーする。

 

「んで、話の流れ的に、なぜだか俺を見逃してくれる気がするんだが?」

「ええ、そうよ。理由は簡単で、強いヤツを見たかったから。あと、あなたの武技、中々面白いわね。どこまで伸びるか楽しみ」

「……お前が友好的で良かったよ」

「今から戦利品を漁るから、ついでに手伝いなさいよ。どうせ、仲間意識とかそんなのないでしょ?」

 

 俺は荷物持ちか、とブレインは思いながら、承諾するのだった。

 

 

 



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我は世界の破壊者なり

捏造あり。


 

 

「んで、あんたどうすんの?」

 

 死体等から装備品を剥ぎ取り、溜め込んでいた財貨の回収が一通り終わったところで、クレマンティーヌは素朴な疑問をブレインに投げかけた。

 当のブレインは数秒の間を置いて、ちらりとメリエルへと視線を送った。

 その視線を受け、メリエルは口を開く。

 

「まあ、そうねぇ……ペット枠はクレマンティーヌがいるし……門番枠でいいなら」

「何だそりゃ?」

「何かしら理由をつけて手元に置いておかないと、他のシモベ達にさくっと殺されちゃうわよ?」

 

 ブレインはメリエルの言葉に何となくだが予想がついた。

 

「そんなにヤバイのか?」

 

 ブレインの問いにクレマンティーヌは頷きながら、告げる。

 

「私が敬語になって冷や汗たらたらになるくらいにはヤバイわねー」

 

 ブレインは思わず天を仰いだ。

 弟子入りとかそういうことを彼は考えていた。

 だが、どうにもそういう次元の話ではなく、純粋に命の危険と戦わねばならないらしい。

 

「例えば、どんなのがいるんだ?」

「そうねぇ……」

 

 クレマンティーヌは白い指を唇にあてて、考えこむ。

 色々とインパクトの強い連中がナザリックには多すぎて、何を例にあげようか悩む。

 

 やがて、クレマンティーヌはポンと手を叩いた。

 そして、嗜虐的な笑みを浮かべながら、告げる。

 

「デスナイトっているじゃない?」

「ああ、伝説のアンデッドとかいうアレだな」

「アレよりもヤバイのが廊下を普通にうろちょろしているって言えば、どんくらいかわかるかなー?」

 

 ブレインは理解した。

 ああ、ヤバさの次元が違う、と。

 

「というか、ブレインはあれじゃないの、一箇所にとどまっているよりも、武者修行の旅とかに出てる方がいいんじゃない?」

 

 メリエルの言葉にブレインも確かに、と頷く。

 俺より強いヤツを探しに行く、の方が彼には合っている。

 

「とりあえず、あんたさー、ガゼフ・ストロノーフと戦って腕でも磨いたら? 私は別に、修行とか弟子入りとかで、メリエル様の傍にいるわけじゃないし」

「じゃあ何で一緒に?」

 

 クレマンティーヌはメリエルに艶やかな笑みを向けながら、告げる。

 

「告白されちゃってね」

 

 ブレインはその言葉をゆっくりと脳に浸透させ――

 

「はぁ!?」

 

 クレマンティーヌを見、ついでメリエルを見た。

 

「女同士だろ?」

「あ、私、両性具有なので」

 

 メリエルが手を上げてそう告げれば、ブレインは天を仰ぐ。

 

「……俺、ガゼフんとこに転がり込むわ。ちょっと常識が耐えられそうにない」

 

 ブレインの出した結論は自らの精神を守るために仕方のないものだった。

 色々と複雑な感情のある宿敵であったが、そんなことよりも目の前の化け物への対処が大事だ。

 

「告白は告白だけど、まあ、私が一方的に容姿と性格気に入ったから、傍にいろって命令したんだけどね」

 

 いやそれでも色々アレだろ、とブレインはメリエルの言葉にツッコミを入れたかったが、ぐっと堪えた。

 常識の次元が違う存在なのだ、と自らに言い聞かせて。

 そして、それを受け入れてしまっているクレマンティーヌもメリエルと同じ側の人間なのだ、と。

 

「あー、でも、ブレインと、そのガゼフって簡単に死んじゃうとつまらないわね」

 

 メリエルはそう言うや否や、インベントリに手を突っ込んで、アイテムを取り出した。

 見た目はただの指輪だ。

 

「コレ、死んだと同時に発動する蘇生魔法込めてあるから、常に装備しておいて」

 

 さらっとお伽話に出てきそうなアイテムを出してくるメリエルにブレインは努めて冷静を保って受け取り、指にはめた。

 おそらくはガゼフの分であろう指輪も彼は受け取る。

 

 クレマンティーヌも受け取って、指にはめる。

 

「あのさー、メリエル様ー?」

「何?」

「コレ、普通に伝説とかに出てきそうなモンだからね? いろんなところから狙われるような物だからね?」

 

 クレマンティーヌが普段の舐め腐った態度を放り出し、わりと真面目にメリエルに告げる。

 しかし、メリエルの反応はただ首を傾げるだけだ。

 

 あ、これヤバい、とクレマンティーヌは直感する。

 

「これくらいなら別にいいんじゃないの? そんなの端金で買えるし、私も作れるし」

 

 いやいやいやいや、とクレマンティーヌとブレインは口に出しながら、否定の意を込めて手を横に振る。

 

「なんつーかさ、超がつく大金持ちに、1枚の金貨の価値を教えてるみたいだわ」

「お前も苦労してんだな……」

 

 クレマンティーヌに思わず同情してしまうブレイン。

 常識が通じない相手というのは厄介なものだった。

 そんな2人を見ながら、メリエルはますます首を傾げる。

 

 彼女からすれば蘇生魔法をはじめとした、諸々の魔法が込められたアイテム関連はユグドラシルではありふれたものだった。

 

『メリエル様』

 

 唐突にメリエルの脳内にソリュシャンの声が響く。

 彼女には周辺警戒を任せていた筈だ、とメリエルは思いながらも、問いかける。

 

『どうかしたの?』

『武装集団が付近の森に潜伏しております。手前で気づかれました』

 

 ほう、とメリエルは驚き混じりの声をもらす。

 ソリュシャンを探知できる程に実力者という、何とも得難い存在だ。

 

『この失態は命を以て償いを……』

『失態どころか大手柄だわ。ようやく念願の戦闘ができる。ありがとう、ソリュシャン』

 

 メリエルの言葉に数秒の間の後、ソリュシャンからは『も、もったいなきお言葉です』と返ってきた。

 驚きをはじめとした色々な感情が混じっていることがよく分かる反応だ。

 

「どうかしたのー?」

 

 クレマンティーヌの問いかけに、メリエルはにんまりと笑みを浮かべながら告げる。

 

「ソリュシャンを探知できる程の武装集団が現れたわ」

「……は?」

 

 クレマンティーヌは唖然とし、ついで意味を理解、そして、ある仮説を立てる。

 

 そんなことができる輩は王国にはまずいない。蒼の薔薇でも不可能だろう。

 帝国でも聞いたことがない。

 唯一、あり得るとするならばそれは――

 

「隊長来てんの? うっそー」

「隊長? 隊長っていうと、まさか漆黒聖典?」

 

 ブレインが反応し、クレマンティーヌは頷いて肯定する。

 

「あー、どうしよ」

 

 クレマンティーヌはちょっと真面目に困惑する。

 

 確かに彼女はスレイン法国史上最大の裏切りを働いた。

 とはいえ、それは彼女の極々個人的な理由――端的に言えば、強さに対するコンプレックス――であり、兄や両親を除けば憎んだり何だりというものはない。

 かといって、何かしらの執着があるかとすれば別にあるわけでもない。

 かつての同僚が虫けらのように殺されるのを見ても、ただ笑える光景だ。

 

 今、彼女が困っているのは彼女の飼い主が全ての原因だ。

 

「戦争だ、これでまた戦争ができる」

 

 これ以上ないほどに機嫌良く、そんなことをメリエルは宣った。

 クレマンティーヌは確信する。

 絶対に、メリエルが満足するような戦闘ができないことを。

 

 とはいえ、クレマンティーヌにはウキウキ気分のメリエルに水を差すなんて恐ろしいことはできない。

 

 精々が、憂さ晴らしでスレイン法国がこの世から消えなければいいなーと心の中で祈る程度だ。

 彼女が困っているのは、満足できないメリエルの矛先が自分に向くことだった。

 

「漆黒聖典の隊長ってまずいんじゃないか?」

 

 唯一、常識的な反応を示すブレインにクレマンティーヌは深く、深く溜息を吐く。

 

「あんたね、ウチの飼い主様が、たかが隊長ごときにやられるわけないじゃないの」

「……いや、そうなのか?」

「そーよー、んで、メリエル様? やるの?」

 

 クレマンティーヌの問いにメリエルは何度も頷く。

 

「ソリュシャンから座標もらったから、行きましょう」

 

 メリエルはゲートを開き、弾んだ足取りでそこへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされた森の中にメリエル一行は出た。

 メリエルは空気を胸一杯に吸い込み、夜の森の、ひんやりとした空気に蕩けた表情になる。

 こういうことができるのが最高の贅沢よね、と心の中で思いながら。

 

 一拍遅れて、転移門から出てきたクレマンティーヌとブレインを確認しつつ、気配を感じる方へと視線を向ける。

 木々の隙間から、メリエルの瞳は正確に武装集団の位置を捉えていた。

 向こうもこちらを捉えているのだろう。

 武装集団の面々はメリエルらのいる方を向き、油断なく得物を構えている。

 

 ソリュシャンには不測の事態に備えて待機を命じ、メリエルはゆっくりと歩き出した。

 クレマンティーヌもまたメリエルに従い、ブレインはおっかなびっくりにそろそろとクレマンティーヌの後に従う。

 

 

 木々はすぐに開けた。

 歩いて5分もかからなかった。

 

 メリエルはすぐさまスキル:ビューイングを発動し、そして、口角を吊り上げた。

 30レベルから40レベルの間に交じって、唯一、80レベル代後半の男がいたからだ。

 またビューイングにおいてはその装備も80レベル台の男は神器級アイテムで固めていることが分かる。

 

 そして、メリエルは僅かに目を見開いた。

 チャイナドレスを着込んでいる老婆というヴィジュアル的な意味で、ヤバイ輩がいる。

 その輩は武装集団の面々に囲まれるよう、中心にいる。

 

 老婆が纏っているアイテム、それは――

 

 

 ワールドアイテム

 

 

 メリエルは口には出さず、心の中で留めた。

 下手に情報を与えるのは拙い。

 ビューイングではアイテムの等級は分かるが、付与された性能・効果まで分かるわけではない。

 

 この世界特有の、ユグドラシルにはない武技やアイテム等を考慮すればレベル差など簡単にひっくり返る可能性がある。

 故、メリエルは決して油断しない。

 

 彼女の心境は今まさに、ユグドラシル時代のあの時のようなのだ。

 たった1人で1500人の侵攻を退けた時のように。

 たった1人でワールドチャンピオン達と引き分けた時のように。

 

 彼女は無論、興奮はしている。だが、思考はこれ以上ないくらいにクリアだ。

 

 メリエルは体内に収納していた黒い翼を展開した。

 こちらが異形であることを理解してもらう為だ。

 

 武装集団――漆黒聖典の面々が息を呑んだのが聞こえる。

 彼らにはクレマンティーヌも見えている筈なのだが、それよりもメリエルの方に集中するのはある意味で道理だろう。

 

 彼らはおそらく本能的に感じ取っているのだろう。

 彼らはこの世界における最高クラスの戦士や魔法詠唱者だ。

 決して油断はしていない。

 

 そう、裏切り者など瑣末に過ぎぬ程に、メリエルが極めて強大であることを感じ取っているのだ。

 メリエルはモモンガがしているように、自らの実力の探知を妨害するようなマジックアイテムを身に着けていない。

 強者に出会うために、と持ってはいるが、今、身に着けていないのだ。

 

 

 

「良い夜ね、人間共。ああ、失礼。1人、違ったわね」

 

 メリエルは微笑みながら、そう声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレは何だ?

 

 漆黒聖典の隊長となれば番外席次を除き、漆黒聖典の中で最強の存在だ。

 そして、それは近隣諸国においても最強の存在であるということと同義。

 しかし、今、隊長たる彼は恐れていた。

 

 唐突に現れた――おそらくは高位の転移魔法により――謎の存在に対して。

 

 土の神殿の爆発、また陽光聖典より最高位の天使と接触した、との報告。

 これらに対して、破滅の竜王の復活が近づき、その阻止の為に天使が降臨した、と上層部は結論づけた。

 クレマンティーヌの捜索の為、風花聖典が使えないが、敵は待ってはくれない。

 故に、漆黒聖典が傾城傾国を扱えるカイレとともに出て来たのだが――

 

 目の前の存在は破滅の竜王には到底見えない。

 だが、彼の本能はこれまでにない程に警鐘を鳴らしている。

 

 

「良い夜ね、人間共。ああ、失礼。1人、違ったわね」

 

 綺麗な声色だった。

 ともすれば聞き入ってしまいそうな。だが、言っている内容は物騒だ。

 正確に目の前の存在は見抜いている。

 

 

「……貴女様は破滅の竜王ではありませんね」

 

 断定であった。

 言葉に対し、目の前の存在は小首を傾げる。

 

「破滅の竜王? ちょっと知らないわね」

「我々はスレイン法国の漆黒聖典という者です。破滅の竜王を倒す為にやって参りました」

 

 そう言ったとき、彼はクレマンティーヌが目の前のアレの背中越しに手を振っているのが見えた。

 

 何でクレマンティーヌがアレと一緒にいるんだ、どうしてそうなったんだ?

 

 疑問が頭を支配するが、今は目の前の化け物から逃れるのが先だ。

 

 スレイン法国史上、最悪の裏切りをやってくれたクレマンティーヌだが、あんな化け物と一緒にいるとは迂闊に手を出せない。生きて帰ったら、手を引くことを進言しよう。

 

 彼はそう強く思いながら、化け物の言葉を待ち――やがて化け物が口を開く。

 

「破滅の竜王っていうのは強いの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『何でか知らないけど、隊長固まっちゃった。教えてクレマンティーヌ』

『いや、そりゃー、そんなこと聞くなんて、メリエル様くらいでしょうからね』

『そうなの? あ、クレマンティーヌ。思いっきり舐め腐った態度でいいわよ? 色々彼らにも鬱憤溜まってるんじゃない?』

 

 そう言われたクレマンティーヌは『特に溜まってないんだけどなー』と返しながら、いつもの笑みを浮かべて、口を開く。

 

「やっほー皆、お久しぶりー! クレマンティーヌ様でーす!」

 

 元気ー? と問いかけてみるも、誰も口を開かない。

 

「お前、空気読めよ……」

 

 ブレインが小声でツッコミを入れるが、クレマンティーヌは即座に裏拳を叩き込んで黙らせる。

 

「クレマンティーヌはこの方のところに永久就職したんでー、変な連中送り込むとー……」

 

 言葉を切り、嘲笑を浮かべる。

 

「ぶっ殺しちゃうからさー、よろしくね?」

「クレマンティーヌ、お前は自分がどんな存在に従っているのか、理解しているのか?」

 

 隊長は努めて冷静に問いかけた。

 対するクレマンティーヌはにこにこと笑顔。

 

「当然じゃない。この方は至高の存在。私ら人間風情が1000年経っても追いつけない、存在からして次元が違う方よ。あんたや番外席次だって虫けらみたいに殺されるのがオチよ」

「……人類に対して何もしないならば、我々は決して敵対しない」

 

 隊長は絞りだすような声でそう告げた。

 それは彼の職務等から導き出した、最大限の言葉だった。

 彼個人としては地の果てまで逃げ出したい。

 だが、その身に秘めた力がそれを許さない。

 

「わっかんないヤツねー、あんたらに選択権はないのよ? 殺すと思ったら殺されるし、生かすと思ったら生かされる。そういう問題なの」

「クレマンティーヌ、お前も私達と同じ立場だろう。お前だって、殺されるし、生かされる。そうだろう? お前の性格からして、それは許容できない筈だろう?」

 

 隊長の言葉にクレマンティーヌは唐突に狂ったように声を上げて笑い出した。

 

「あはっ、もうー、隊長! 笑わせないでよー」

 

 笑いを止め、クレマンティーヌはまっすぐに隊長を見つめる。

 

「この御方は私を決して侮らなかった。単なる遊びだとしても、全力を出してくれた。クソ兄と比較しなかった」

 

 メリエルはクレマンティーヌの言葉を聞きながら、彼女はいったいどんな境遇だったのだろう、と素直に疑問に思う。

 この世界基準で見れば彼女は最強クラスであるし、容姿も良い。

 何をやっても成功することが確約されたようなものだ。

 そんな彼女がここまでねじ曲がるとはよっぽどであったのだろう、と。

 

「……クレマンティーヌ、あなた、いったいどんな人生送ってきたのよ?」

「あれ? 言ってませんでしたっけー? 私、クソ両親の愛情が優秀なクソお兄様に注がれ続けて、クソお兄様と比較され続けて、どんなに頑張っても、クソお兄様の方が優秀って言われてきたんですよー」

 

 メリエルは納得した。

 そりゃねじ曲がるわな、と。

 

「まあ、家庭の事情だから私からは何も言えないけど……」

 

 そこで言葉を切り、メリエルはクレマンティーヌの頬に手を当て、顔を自分の方へと向けさせる。

 その紅い瞳をまっすぐに見据えながら、メリエルは告げる。

 

「あなたより優秀な輩は掃いて捨てる程にいる。けれど、私の猟犬になれる輩はあなたしかいないから」

 

 クレマンティーヌは一瞬、きょとんとしたが、すぐににへら、と顔を崩す。

 

「また告白されちゃったー!」

 

 メリエルはその反応に満足し、置いてけぼりとなっている漆黒聖典の連中へ視線を向ける。

 

「さて、あなた方はどうにかして戦闘を回避しようとしているけど、それは残念な話よ」

 

 その言葉に、漆黒聖典の面々は一斉に身構え、また、老婆が精神を集中させている。

 メリエルは即座に自らの持つ最高の装備を身に纏う。

 纏った装備にはブリージンガメンとファウンダーも含まれている。

 

 そして、動いた。

 老婆のチャイナドレスから龍が飛び出し、一直線にメリエル目掛けて飛んできた。

 かかったな、とメリエルはほくそ笑む。

 

 対する漆黒聖典の心はただ一つ。

 

 これで終わってくれ――

 

 

 メリエルの目前に龍が迫り、そして――消失した。

 

「……嘘、でしょ?」

 

 誰よりもまず早くに口を開いたのは意外にもクレマンティーヌだった。

 彼女の言葉はこの場にいるメリエルを除いた全ての者の心を代弁していた。

 

「そちらの切り札は私には通用しなかったみたいね。効果は何かしら? 通用しないんだから、教えてくれない?」

 

 そこで言葉を切り、漆黒聖典の面々を舐め回すように視線を動かす。

 一通りに見た後にメリエルはカマを掛ける。

 

「おそらくは精神操作系の攻撃であったと思うのだけど」

 

 その言葉に老婆が悔しげに顔を歪めるのが見えた。

 

 ビンゴ、と心の中で呟き、何としても回収するとメリエルは決意する。

 ここでそうせねば、後々に問題となることは間違いない。

 

「さて、一つ諸君らに教えてあげましょう。私のように、色々と規格外になってくると、諸君らの想像の外にあるような特殊能力を幾つか兼ね備えている」

 

 優しく、子供に語りかけるようにメリエルは告げた。

 

「光栄に思うがいい。これを見た者は世界広しといえど、ほんの一握りしかいない。だが、私は全力を出そう」

 

 メリエルはゆっくりと手を天へと突き上げる。

 

 

「Supreme theater《至高なる戦域》」

 

 

 瞬間、世界が変わった――

 

 

 夜の森は消え失せ、辺り一面は草原が広がる。

 空は不気味な程に碧く、碧く染まっている。

 雲は一つもなく、風すらもない。

 

 音は全くせず、梟などの鳥の声はおろか、虫の音すら聞こえない。

 唯一聞こえる音は各々の呼吸音だとか衣類が擦れる音だとかそういったものだった。

 

「……何、だと?」

 

 隊長の呟きが大きく聞こえた。

 メリエルは歌うように告げる。

 

「ここなら誰にも邪魔されない。誰も逃さない。逃げ場のない結界世界」

 

 隊長は瞬時に理解し、そして絶望した。

 彼は唾を飲み込み、問いかける。

 

「世界を、創造したというのか……? 私達をお前が創造した世界に取り込んだというのか!」

「理解が早くて助かるわ。ここなら私は全力を出せる。なぜかって、誰にも迷惑を掛けないから」

 

 メリエルはゆっくりと片手を上げる。

 

「さて、そちらは総数12人。全力を出すと言った以上、私の全力でもってお相手しよう」

 

 そう前置きし、クレマンティーヌへと視線を向ける。

 

「クレマンティーヌ、見せてあげるわ。私の全力をね」

 

 急にそう声を掛けられても、クレマンティーヌはまったくに反応できなかった。

 同じくブレインも惚けた顔で、辺りを見ているだけだ。

 彼らは世界を作り出す、とかそういうのは全くの想像の外にあり、理解が追いつかなかったのだ。

 ちなみに、彼女ら以外に、ソリュシャンも取り込まれてはいるのだが、メリエルからの待機命令の変更がない以上、メリエルの射線に入らぬよう、安全圏に移動し、事態の推移を見守るだけだ。

 

 とはいえ、メリエルの力を僅かなりとも知っているソリュシャンにとって、まさかメリエルが世界の創造までできるとは全くの想像の外にあり、彼女は許されるならば今すぐにメリエルの足元に跪きたい衝動に駆られたが、極めて大きな忍耐力を発揮することで耐えていた。

 しかし、ソリュシャンは後で姉妹達に見せる為、スクロールで映像としての録画を始めていた。

 

 

「総員、出し惜しみはするな!」

 

 隊長が怒鳴りつけるように叫んだ。

 瞬間、硬直していた漆黒聖典の面々は弾かれたように動く。

 補助魔法や自己強化系武技やメリエル目掛けて攻撃魔法を唱える。

 

 隊長は直感したのだ。

 この化け物に力を出させてはならない、出させれば恐ろしいことになる、と。

 

 しかし、現実は無慈悲であった。

 攻撃魔法が幾つもメリエルに直撃する。

 炎に雷撃、氷に風とその属性は多種多様であり、全てが第三位階から第五位階という人類最高峰のもの。

 まず、通常であれば耐えられる存在はいない。

 

 煙が晴れ、彼らは目を疑った。

 

 全くの無傷。

 かすり傷どころか、纏う衣類に焦げ跡一つついていない。

 

 それも当然だ。

 上位物理無効化Ⅴと上位魔法無効化Ⅴ――

 それらのパッシブスキルにより、おおよそレベル80までの物理攻撃や魔法攻撃をメリエルは完全に無効化する。

 

 メリエルは不敵に笑い、おもむろに唱え始める。

 自らを強化する補助魔法やスキルの数々を。

 

 それはクレマンティーヌと戦うときに唱えたものよりも多く、40を数えた。

 

 そして、彼女は全てを唱えた後、更に自らの保有する特殊スキルを使用する。

 《至高なる戦域》もそうであったが、彼女は修めている種族・職業上、幾つかの特殊スキルを備えている。

 無論、《至高なる戦域》の効果はただフィールドを書き換えるというだけではなく、メリエル自身の全能力を強化する効果もある。

 だが、その強化上昇率はこれから使うものと比べれば微々たるものだ。

 

「The glory of victory in my hand《勝利の栄光を我が手に》」

 

 まさに天にも昇る心地とはこのことだろう、とメリエルは確信する。

 力が無限に出てくるのではないか、という万能感。

 このスキルにより、メリエルの全能力が更に大幅に引き上げられる。

 しかし、しかしだ。

 彼女はその万能感を受け止めながらも、決して油断しない。

 全力で戦う、と宣言した以上、油断することはその言葉に反する。

 

 今の彼女はステータス的には下手なワールドエネミーをも上回る。

 

「全力を出すのは久しぶりね」

 

 メリエルは獰猛な笑みを浮かべながら、そう告げた。

 隊長らは恐怖からか、それとも様子見からか、全く動けない。

 だが、彼らに恐怖に怯える者はいない。

 スキル:闘争の記憶により、クレマンティーヌが悶絶していたのと比べると、なるほど彼女よりも強いらしい。

 

「さて、ここで一つ、面白い話をしましょう。私の剣の話よ」

 

 メリエルは鞘からレーヴァテインを引き抜いて彼らに見えるよう、掲げる。

 

「これは原初の炎を剣の形に留めたもので、これに斬れないものはあんまりない。そこらの剣や盾なら、刀身ごと、盾ごと切り裂いてしまう。さらに、これの凄いところは全ての属性に対応していて、炎だけでなく氷などを纏わせると、ダメージが更に倍加したりする」

 

 唐突に始まった愛剣自慢に一同、呆気に取られる。

 しかし、メリエルはそんなことは気にせず、言葉を続ける。

 

「で、私が一番気に入っているのはこれの頑強性で、私の最大の一撃を放っても壊れないところ」

 

 下手な武器だと撃った瞬間に崩壊しちゃうのよ、とメリエルは告げる。

 瞬間、漆黒聖典の面々が弾かれたように動いた。

 再度、攻撃魔法がメリエル目掛けて飛び、隊長らを始めとした面々が突撃を敢行する。

 

 それは決死ではなく、必死の突撃だ。

 進むも引くも死ぬしかない、ならば那由多の彼方であっても、勝利を掴もう――

 

 そのような壮絶な気概に満ちたものであったが、得てして圧倒的、もしくは絶対の強者にとって、そのような突撃とは抵抗する蟻を面白半分に踏み潰すに等しい。

 

「征くぞ、レーヴァテイン。久方ぶりに、世界を灼き尽くすぞ」

 

 瞬間、メリエルを中心に焔が迸る。

 焔は彼女を中心に、六芒星を大地に描く。

 そして、彼女はレーヴァテインを両手で握り、天高く振り上げる。

 

 隊長らは彼らの得物の射程にまだ入らない。

 飛び来る魔法はメリエルの動作を妨害することもできず、ただ消失する。

 

 膨大な魔力が刀身へと急激に集まっていく。

 それはまさに世界を崩壊させる一撃。

 本来なら、それは元々、ワールドチャンピオンの保有する次元断切《ワールドブレイク》の下位互換たるスキルだった。

 魔法職にある現断《リアリティスラッシュ》の戦士版と言って良いもの。

 しかし、メリエルは自らのスペックを極限にまで強化することで、それに匹敵する一撃を作り上げた。

 現断《リアリティスラッシュ》の乱射でも良いが、それでは迫力に欠けるし、防御・回避不能とは言い難い。

 メリエルが求めたのは真の意味での必殺技。

 防御不能、回避不能の究極の一。

 

 ならば創りだそう、それができるのがユグドラシルの魅力であった。

 そして、彼女はこれを創りあげたとき、運営から命名権をもらった。

 とはいえ、命名権自体は珍しいものではなく、課金アイテムの命名チケットを使うことで魔法やスキルの名前を命名・変更することができる。

 

 彼女は久方ぶりに放つ、このスキルに万感の意を込めて、力を解放する。

 

「世界灼き尽くす崩壊の一撃《ワールドコラプス》」

 

 

 

 瞬間、世界は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、予想通りね」

 

 メリエルの言葉にクレマンティーヌはハッと我に返った。

 彼女の視界に入ったのはあの草原ではなく、夜の森。

 おそらくは当初、漆黒聖典と遭遇した場所なのだろう。

 

「悪い夢でも見ていたみたいだ」

 

 横から聞こえたブレインの声にクレマンティーヌは無意識的に頷いていた。

 おそらくは、非常に信じたくないことであったのだが、クレマンティーヌは戦士としての勘から容易に想像がついてしまう。

 メリエルは世界を斬ったのだ、と。

 

 自分で世界を作っておいて、その世界は自分が全力を出す為で、その全力の一撃は世界を崩壊させる程の威力。

 

「質の悪い冗談でしょ……」

 

 もし、通常空間で放たれていたなら、文字通りに世界が滅びかねない。

 あんなもの、あんな力、個人が扱って良い代物ではないのだ。

 クレマンティーヌは快楽殺人者であり、性格破綻者ではあったが、さすがにコレは笑えない話だった。

 同時にイヤでも気付かされる。

 本当に、自分達はメリエルにとって蟻のようなものである、と。

 

「世界の可能性はそんなに小さくないわ」

 

 メリエルの声にクレマンティーヌは思わずブレインと顔を見合わせた。

 2人がメリエルを見ると、彼女はにこりと微笑んだ。

 

「世界っていうのは意外とうまくできているものよ。その一つが、私の性格。私が破滅主義者であるならば、通常空間でも今の一撃を撃っちゃうだろうけど、あいにくと私はそうではない。せっかくの広い世界、楽しむ為にも壊すのはもったいない。故に、私は世界を壊す者を壊すでしょうね」

 

 あっれー、とクレマンティーヌは心の中にある疑問が湧き上がる。

 もしかして、メリエル様って実はマジで人類の守護者とかそういう系統だったり?

 

 しかし、その疑問はすぐにメリエル自身によって氷解することになる。

 

「まあ、だからといって私は人類の守護者とかそういうわけでもないけれど。要は私やモモンガに敵対するかしないか、利益か不利益か、そんだけの話よ」

 

 それで、とメリエルはクレマンティーヌへと歩み寄り、その頬へ手を伸ばす。

 白い頬を撫でながら、彼女はクレマンティーヌの耳元で囁く。

 

「でも、あなたは私の猟犬、そうでしょ?」

 

 背筋がぞくりとした。

 それは恐怖でも嫌悪でもない。

 快楽に近いものだ。

 

 クレマンティーヌは理解した。

 ナザリックの連中が、メリエルやモモンガを崇拝する理由が。

 笑えない程に強い癖に、こんなことを言ってくるのだ。

 もっと傲慢であっても何も問題ないのに。

 

「私はメリエル様の猟犬だから、あなたに尻尾を振ることしかできないわ」

 

 メリエルはその言葉に妖艶な笑みを浮かべた直後――

 

『あんた何やってんのおおおお!』

 

 脳内にモモンガの絶叫が響き渡った。

 目を白黒させながら、メリエルはちょっと待って、とクレマンティーヌへ告げ、モモンガに問う。

 

『メッセージで叫ぶの、良くない!』

『空へ伸びる白い光がエ・ランテルからでも見えたんですよ! あれ、絶対、アレを使ったでしょう!?』

『ちゃんと結界展開して使ったから、被害は出てないわよ』

『目立つ行動は控えろっつってんだろ脳筋馬鹿!』

『ああん? たまにはぶっ放したくなるのよ!』

『あなたのアレはぶっ放したら迷惑なんですから、自重してください』

 

 おそらくは精神が強制的に安定化させられたのだろう、モモンガは平静さを取り戻した声でそう言ってきた。

 

『久方ぶりに強いのを見つけたのよ。漆黒聖典で、クレマンティーヌの元同僚』

『え?』

『30~40レベルに交じって、一人、80レベル後半がいてね』

『は?』

『んで、1人、精神操作系のワールドアイテム装備してたから、全力出した』

『……マジですか?』

『マジよ。目撃者もソリュシャンがいる。最初の一報はソリュシャンを探知する武装集団ってところからなんだけど、詳しくは彼女から聞いて頂戴。あ、敵は蘇生した後で装備品、強奪しておくから。こっちの強さが分かれば、スレイン法国も簡単にはちょっかい掛けないだろうから、生かして返すわ』

『分かりました。今回はまあ、しょうがないですけど、次はありませんからね? 気軽にぶっ放すとかそういうの無しにしてくださいよ?』

『心配しなくても1日に1発しか撃てないから』

『はいはい分かりました』

 

 やり取りを終え、メリエルはクレマンティーヌとブレインに告げる。

 

「漆黒聖典は蘇らせるから。装備品、剥ぎとってね。ソリュシャン、あなたも出てきて手伝って頂戴」

 

 言葉に、ソリュシャンがすぐさま姿を現す。

 

 死体の一部が残っていれば下位の蘇生魔法でも良いが、今回のような場合は上位の蘇生魔法でないと蘇らない。

 

「……デスペナになると、私が楽しめなくなる可能性があるわね」

 

 メリエルはアスクレピオスの杖を取り出して使用する。

 この杖の効果は回復・蘇生魔法の強化。

 回復魔法の強化は回復量の増加、蘇生魔法の強化とはすなわち、デスペナルティを回避することができるようになる。

 

 彼女の体を緑の光が包み込む。

 地味に聖遺物級の消費アイテムだったりするが、ユグドラシル時代は入手手段が豊富であり、在庫は腐るほどにあった。

 

「メリエル様、相手が拒否し、蘇らない可能性があるのではありませんか?」

 

 ソリュシャンの遠慮がちな問いに、メリエルはそういやそうだった、ともう一つ、アイテムを使用する。

 たった一つの用途に特化したものであるが、その用途はこういうときの為にあるもの。

 

 メリエルは悪魔を象った小さな像を取り出し、使用する。

 これはアスクレピオスの杖と同等の聖遺物級アイテムであったが、入手手段は少ない。

 そのために在庫は程々にしかない。

 この悪魔の無慈悲な呼び声は相手の意志等に関わらず、強制的に蘇生させる、そんな嫌なアイテムだった。

 

「マス・ターゲティング《集団標的》、スター・オブ・ライフ《命の星》」

 

 第10位階魔法に属する蘇生魔法を発動する。

 すると次々と淡い光と共に消し飛んだ漆黒聖典の面々が地に倒れ伏した状態で現れる。

 外傷等も一切なく、ただ気絶しているだけのように見えた。

 

 

「この後は予定通りに王都で情報収集するわ」

 

 メリエルはそう宣言したのだった。

 

 



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スレイン法国、ひとまず滅亡回避

捏造あり。


「全く、あの人は……」

 

 モモンガは深く、ふかーく溜息を吐いた。

 そんな様子にナーベラルはどう声を掛けていいものやら困惑する。

 

 ソリュシャンから彼女へメッセージが届いたのはそんなときだ。

 

『ナーベラル、やっばいもの見ちゃったわ!』

『どうかしたの?』

『メリエル様の全力見ちゃった!』

 

 ナーベラルはすぐには言葉を返さず、モモンガへと顔と体を向け、深くお辞儀する。

 

「モモンガ様、周囲の警戒をしてきますので、失礼致します」

「ん? ああ、分かった」

 

 モモンガは特に気にすることもなく、そう言った。

 ナーベラルは努めて冷静に、部屋から出、そして、宿屋からも出た。

 彼女はそそくさと路地裏へと行き、防音等の幾つかの魔法を使った後に、メッセージを返す。

 

『本当!? すっごい見たいんだけど!』

『世界作るとか、世界壊すとかメリエル様マジヤバイ!』

 

 ぴょんぴょんとナーベラルは思わず飛び跳ね、きゃっはー、と黄色い声を上げる。

 普段の冷静沈着な彼女を知る者からすれば、驚愕する光景であった。

 

『スクロールで記録したわ。なんかメリエル様に録画したこと伝えたら、魔法で複製してくれたから、そっち送る!』

 

 物品転送という魔法がある。

 ソリュシャンはスクロールに記録されたその魔法を使って、ナーベラルへとメリエルの戦いが記録されたスクロールを送ってきた。

 

 ナーベラルは左右を見回し、誰もいないことを確認した上で、スクロールを再生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナーベラルがメリエルの戦闘に興奮している頃、モモンガは一人、今後について考えていた。

 ひとえにそれはメリエルが仕出かしたことにある。

 スレイン法国がどう動くか、それは全く分からないことだ。

 

『モモンガー?』

 

 声が頭に響く。

 メリエルからだ。

 

『どうかしましたか?』

『面倒くさくなったのでフライ《飛行》と完全不可知化《パーフェクトアンノウブル》で移動して、王都に今着いた。適当なホテル……ああ、宿屋のが正しいか。そこで一服しているわ』

『早いですね。流石です』

『で、詳しいこと報告してなかったけど、ブレイン・アングラウスというガゼフ・ストロノーフのライバルみたいなのを心情的にこっちに取り込んだわ。彼はナザリックだと命の危険を感じるみたいで、ガゼフの家に転がり込むみたい』

 

 モモンガは顎に手を当て、なるほど、と一人頷く。

 地味に現地の人材発掘もするとか、メリエルさんすごい、と思いながら。

 

『漆黒聖典の面々から剥ぎとった装備は神器級とワールドアイテム、クレマンティーヌが言うには傾城傾国とかいうヤツも回収した。あとこの世界の通貨が少々。アイテムとしては他にも聖遺物級があったけど、まあ、そっちは些細なものよ』

『敵にどの程度まで情報を与えましたか?』

『私の見た目とクレマンティーヌがこっちにいることくらいよ。ナザリックのことは勿論、私の名前すら名乗らなかったし、クレマンティーヌも察したのか呼ばなかった。よくできた子よ』

 

 モモンガは頭を悩ませる。

 ナザリックのことを教えていない、見た目だけが情報というのは良い。

 だが、スレイン法国側がナザリックとメリエルを結び付けられなかった場合、両者を別のものとしてナザリックにちょっかいを掛けてくる可能性がある。

 

 ニグンら陽光聖典はある程度は信頼できるだろうが、スレイン法国上層部がどう判断するかは分からない。

 ニグンらを切り捨てた場合は向こうの情報は知れず、面倒くさいことになる。

 

 実際のところ、彼らの情報は非常に役立っている。

 専属の分析班を作り、彼らからもたらされる情報の精査・分析を行い、法国における文化・生活様式等など、法国を知る為の情報の宝庫だ。

 また、ニグンからは当たり障りがない程度の機密らしき情報ももたらされており、彼によれば土の神殿爆破は相当に法国に衝撃をもたらしたことが分かっていた。

 

『あんまり心配する必要はないんじゃないの? 予防的先制攻撃という手もあるし』

『本音はどこにありますか?』

『番外席次を召し抱えたい』

『この変態』

『何を今更……で、我等がギルドマスターはどのような判断を? あなたがやれ、というなら私はやるわ』

 

 モモンガは暫し沈黙する。

 

 彼としては武力による制圧はメリットよりもデメリットが圧倒的に多いと判断する。

 

 アルベドやデミウルゴスと協議し、ナザリックがある土地近辺を割譲してもらい、国を建国するという手を検討しているが、自衛的にはともかく、積極的に他国への攻撃はしたくはない、というのがモモンガの本音だ。

 個々人や表に出ない輩を相手にする分にはまだ良い。

 だが、国家と正面切って戦うというのは様々な要素が複雑に絡み合ってくる。

 

 もっとも、メリエルの言い分もよく分かる。

 こちらは個々の能力が圧倒的に卓越しているが、数は向こうの方が圧倒的だ。

 そもそもメリエルが単体で全力を出すというのはレアな話であり、基本は数に任せた軍勢で押し潰すのが彼女のスタイル。

 数の強さ、数の暴力を知るからこそ、メリエルの提案――予防的先制攻撃。

 

 質は量に勝る、というのは歴史を紐解けばそう多い話ではない。

 下手に受け身では万が一、ということはあり得ないとは言い切れない。

 

 額に手を当て、モモンガは熟考し、彼はゆっくりとメリエルへ告げる。

 

『基本、個々人はともかく、国家に対しての武力攻撃は控えていきたいと思います。デメリットが多すぎるので。無論、これは禁止というわけではなく、必要に応じてはそのような場合もありえます』

 

 モモンガはそう告げ、一拍の間をおいて更に続ける。

 

『とりあえず、今回の一件に対する反応を見ましょう。我々の目的はスレイン法国を崩壊させることではありません。穏便に世界征服です』

『了解したわ。ところで、王都がちょっと広すぎて、わりとマジで戦闘メイドとシモベをもう何人か欲しい。エイトエッジアサシンとシャドウデーモンを何体か回してくれない?』

『分かりました。戦闘メイドは誰を?』

『……必然的に限られるのよね。シズとユリはちょっと戦闘スタイルに色々問題ある。私が戦域を展開してもいいけど、さすがにそこまでするのもちょっと……エントマかルプスレギナかしらね』

『ルプスレギナの方が、見た目としてはまだ違和感ありませんから、彼女を回します』

『了解。ところで、人材発掘は継続しても?』

『我々に味方するのならば問題はありません』

『分かったわ。蒼の薔薇とかいうのがいるらしいから、接触できたらしてみる』

 

 通信終わり、とメリエルは律儀にそう言って、やり取りを終えた。

 モモンガは確かに人間に対しては虫程度の感覚であるが、何も積極的に人間を嫌悪したり、滅ぼしたいとかそういう気持ちは全く無い。

 故に、自分達の役に立つなら、積極的に利用しようとそういう思いであった。

 

 

 モモンガは一息つき、あることを思い出す。

 

「そういえばナーベラルはどこまで警戒に行ったんだ?」

 

 既に彼女が退室してから、結構な時間が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのナーベラルは何度も何度もスクロールを見返していた。

 路地裏でハァハァと荒い息をしながら、映像を見るその様はまさに変質者。

 しかし、魔法で色々遮断しているので、誰にもバレてはいない。

 勿論、ソリュシャンとやり取りしながらだ。

 

『ところでナーベラル? 時間は大丈夫なの?』

『……そろそろ戻ります』

 

 ソリュシャンの言葉にナーベラルは深く息を吐き出して、気持ちを落ち着ける。

 まったく良い物を手に入れたものだ、と頬が緩んでしまうが、そこは仕方がない。

 

 ウキウキ気分でナーベラルが宿屋にあるモモンガの部屋へと戻ると、モモンガは何やら難しい顔だった。

 

「モモンガ様、どうかされましたか?」

 

 ウキウキ気分は一瞬で消え去り、至高の御方を悩ませるモノへの憎悪がナーベラルに湧き上がってくる。

 

「……いやな、大した問題というわけでもないんだが、ナーベラル。ソリュシャンからメリエルさんの戦闘に関して、聞いているか?」

 

 ナーベラルはぎくり、と体を震わせる。

 何故、バレているんだという焦りと流石は至高の御方、という尊敬の思い。

 それらが混ざり合い、ナーベラルは言葉に詰まってしまう。

 

 その様子を見て、モモンガは軽く手を振る。

 

「ああいや、別に怒ったりとかそういう話じゃないんだ。メリエルさんの性格からして、ソリュシャン辺りに自分の戦闘をスクロールで記録させることくらいはしそうで……メリエルさんは軍勢を出したのかと気になってな」

「いえ、ソリュシャンによればそのようなことは無かったと既に聞き及んでおります」

「そうか。あれは中々壮観で良いぞ。私もメリエルさんと出会ってから、似たようなものを作ってみたが、どうにもうまくいかなくてな」

 

 もっとも、ここでは無敵だろうが、とモモンガはそう付け加える。

 

「まあいい。今日一日でエ・ランテルのあちこちをおつかいで駆けずり回って、地形も把握できた。明日朝一番で、適当なモンスター討伐任務でも受けようと思う」

 

 地形の把握の為に、わざわざあんなことを、とナーベラルはわなわなと震える。

 モモンガとしては地形の把握も兼ねた、本当に観光目的であったのだが、至高の補正がかかっているナーベラルはそこまで気づかず、ただただモモンガの株がうなぎ上りするだけだ。

 

 解読の指輪持ってきてよかった。文字が読めなかったからな……

 

 モモンガはモモンガで、念の為に、と持ってきたアイテムに安堵していた。

 

「ナーベラル、私は一度、ナザリックへ帰還する。明朝には戻る」

 

 とりあえずは今回の一件を交えながら、デミウルゴスやアルベドと協議しなければ。

 反応を見るとはいったものの、不安なモモンガだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガが帰還すると、ナザリックはメリエルの戦闘で持ち切りだった。 

 どうやらソリュシャンがスクロールをナザリックへ送付したらしく、上は守護者、下はメイドに至るまで、誰も彼もがメリエルのことを話していた。

 

 モモンガはその気持ちが痛いほどに分かった。

 彼とて、初めてアレを見たときは度肝を抜かれたものだし、ワールドチャンピオン達の次元断切《ワールドブレイク》とメリエルのアレがぶつかり合った光景は今でも鮮明に脳裏に思い描ける。

 とはいえ、メリエルの凄いというかヤバイ点はそれだけではない。

 

 

 メリエルさんは他にもヤバイ点はいっぱいあるぞ、とモモンガは吹聴して回りたかったが、彼の立場がそれを許さなかった。

 

「忙しい中、集まってもらって感謝する」

 

 モモンガはアルベドとデミウルゴスにまずそう告げた。

 

「もったいなき御言葉です、モモンガ様。今回、我々を集めたのは……法国の反応に関してですね?」

 

 アルベドの断定的な問いにモモンガは苦笑しながら肯定する。

 

「さすがはアルベドにデミウルゴス。既にお見通しか。私としては先方の反応を見た方が良いと思うが、どうだろうか?」

「法国をどうするか、にもよります。叩き潰すならば先制攻撃を加えた方が良いかと」

 

 アルベドの言葉は一見マトモであるが、節々から物騒な感情が垣間見られた。

 彼女の気持ちとしてはメリエルに全力を出させた、手を煩わせた、という点が非常に不快であった。

 故に、感情面からはスレイン法国を即刻この世から消し飛ばしたいという程度の憎悪である。

 とはいえ、彼女も守護者統括。

 その頭脳でもって、感情面から切り離した上での先制攻撃案だ。

 

「スレイン法国は近隣諸国では最強クラスの存在を抱え込んでおります。早期に潰すことで、人類団結を阻むことができるかと」

 

 アルベドの案になるほど、とモモンガは頷く。

 そこへデミウルゴスが口を開く。

 

「メリットとデメリットでは先制攻撃はデメリットが大きいと愚考致します。メリエル様の御言葉のように、分断するのが上策。スレイン法国をむやみに潰しては如何に弱敵とはいえ、敵を団結させかねません。ここは様子を見るのが良いかと思われます」

 

 デミウルゴスとしても、メリエルの手を煩わせたという点からすればスレイン法国は非常に不快。

 しかし、そこは冷徹なる頭脳でもって、それを抑えこむ。

 

 真っ二つに割れた意見に、モモンガは思わず笑いがこみ上げてくる。

 突然に笑い出したモモンガに2人は一瞬、呆気に取られる。

 彼らの優秀な頭脳がモモンガの笑いの意味を予想する前に、モモンガは嬉しそうな声色で告げる。

 

「お前達は……しっかりと生きているのだな。ああ、それがとても嬉しい」

 

 ただ自分やメリエルの言うがままに従うわけではなく、相談すればしっかりと自分の意見をぶつけてくる。

 確かにNPCであった。

 しかし、彼らは現にこうして生きているではないか。

 

 改めて、モモンガはそう認識し、嬉しくなったのだ。

 

 対して、アルベドとデミウルゴスは一瞬で色々な考えが吹っ飛んだ。

 2人とも天にも昇る心地に包まれ、歓喜の感情に染まる。

 

「も、もったいなき御言葉でございます」

 

 デミウルゴスが辛うじてそう口に出すのが精一杯であり、アルベドは至福の表情で「くふふふふ」と笑っている。

 

「ああ、これからもよろしく頼む。何分、お前達には迷惑を掛けると思う」

「め、滅相もございません! 至高の御方々にお仕えすることこそ、我等が使命であり、存在意義でございます!」

「モモンガ様、メリエル様はただひたすらに、私達を使ってくだされば……それこそが我等の願いであります」

 

 さすがにモモンガの言葉に、恐縮するデミウルゴスと微笑みを浮かべて、そう告げるアルベド。

 対照的な2人であった。

 

「とりあえず、スレイン法国に対しては様子を見るということにする。ところで話は変わるが、どの程度までの金や銀を放出しても王国の経済は崩れないか、分かるか? そろそろメリエルさんが情報収集用に工作費くれとか言ってきそうなんだが」

 

 

 モモンガのその予想は10分後に当たることになる。

 未来を予知していたかのようなモモンガに、デミウルゴスやアルベドはモモンガに対する敬意を更に高めたのは言うまでもなかった。

 

 



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急変する態度

捏造あり。


 

 

 

 メリエルはウキウキ気分だった。

 

 

 昨夜、ソリュシャンと合流したルプスレギナ、そしてクレマンティーヌ。

 彼女らと4体のエイトエッジアサシン、20体のシャドウデーモンを前にメリエルは情報収集活動を行う旨を宣言した。

 とはいえ、彼女が自分で動くというのをソリュシャンらは良しとしなかった。

 そのような些末事で至高の御方の御手を煩わせるわけにはいかない、と彼女らが言ってきた為、メリエルはソリュシャンらに情報収集を丸投げすることにした。

 となるとメリエルは当然に暇となる。

 

 メリエルはクレマンティーヌをお供に、王都のあちこちを観光することにした。

 クレマンティーヌをお供としたのは彼女は漆黒聖典時代に何度も王都へ来ており、王都に関して良く知っていた為だ。

 彼女を情報収集役にした方が効率としては良かったが、メリエルはクレマンティーヌにそういう裏社会的なところも案内してもらえば良い、と考えた。

 

 とはいえ、まずはカネである。

 世の中、大抵はカネがあればうまくいくのである。

 

 

 そこでメリエルはモモンガの許可を取った上で、あるハッタリをかますことにした。

 裏社会の連中が群がってくるように。

 

 

 

 

「……本当にここで合ってるの?」

 

 メリエルはジト目でクレマンティーヌへ問いかけた。

 彼女が欲したのは裏側の換金屋である。

 クレマンティーヌがいつも利用しているところがあるというので、やってきたら大通りにある3階建ての白亜の館。

 どう見ても、裏側の換金屋というものではない。

 

「そうよ。ここは表も裏も等しく取り扱う、リヴィッツ商会。王国の偉い人達も利用しているから安心できるわ」

「……夢も希望もないわね」

 

 メリエルとしては現実でも似たようなところがあったのを知っている為に、何とも言えない微妙な表情だ。

 彼女としては裏通りにある目立たない、ボロいお店で……というありがちな光景を予想していた。

 

「裏で扱って欲しい場合は受付で担当を呼び出すのよ。ちょっと見ててねー」

 

 クレマンティーヌに先導され、メリエルはリヴィッツ商会へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 扉を開けると、中は一言で言えば銀行そのものであった。

 窓口には幾人もの職員が詰めており、また、待合スペースのソファには大勢の客がそれぞれに時間を潰している。

 入ってきたクレマンティーヌとメリエル、特にメリエルに視線が集まるが、いつものことだった。

 

 受付、と書かれた札がぶら下がった窓口へとクレマンティーヌは迷うことなく行く。

 メリエルは映像でしか見たことがない昔の銀行の光景を新鮮に感じながら、クレマンティーヌの後を追う。

 

「こんちわー、ウェルネスいるー?」

「ウェルネス、ですか? 少々お待ちを」

 

 受付の職員が奥へ引っ込んだ後、クレマンティーヌはメリエルの耳へ口を寄せて囁く。

 

「ウェルネスって言えば大丈夫よ。そいつら、裏担当だから」

 

 グループ名みたいなもんか、とメリエルな僅かに頷く。

 そうこうしているうちに、受付の職員がウェルネスを連れて戻ってきた。

 今回のウェルネスは壮年の男性だった。

 

「私がウェルネスです。本日のご用件は?」

 

 丁寧な態度だが、探るような目であった。

 しかし、クレマンティーヌは勿論、メリエルも全く動じない。

 クレマンティーヌはいつもの笑みを崩さずに告げる。

 

「換金したくて来たんだけどさ」

「お名前をどうぞ」

「クレマンティーヌ」

 

 クレマンティーヌの名前を聞いた時に男性は納得したように頷き、こちらへ、と2人を奥へと促した。

 

 

 

 

 通された部屋はソファが2つ置いてあり、それ以外は何もない、簡素な部屋だった。

 ウェルネスに座るよう促され、クレマンティーヌとメリエルはソファに座り、対面するようにウェルネスも座る。

 

「それで、何をお持ちに?」

 

 クレマンティーヌは猫のような笑みを浮かべ、メリエルへと甘えるように抱きつく。

 

「メリエル様、見せちゃってくださいよー」

 

 メリエルもまた不敵な笑みを浮かべ、指を鳴らす。

 すると、2つのソファを取り囲むよう、眩い黄金のインゴットが山と積まれた状態で出現した。

 

 ウェルネスは目をぱちくりとさせ、周囲に目を配り、信じられないような顔で、両目を手で擦って、再度、周囲を見た。

 黄金の山は変わらずにそこにあった。

 

 単純にメリエルが無詠唱化して、物品を取り寄せる魔法を使用しただけであるが、効果は抜群だった。

 

「私はメリエル。とりあえず、これを換金したい」

「しょ、少々お待ちを! メリエル様!」

 

 ウェルネスは慌ててソファから立ち上がり、深々と頭を下げる。

 

「ね、念の為に魔法で鑑定をさせて頂きたく!」

「好きなだけ鑑定しなさい」

 

 メリエルは鷹揚に頷くと、ウェルネスは転がるように部屋から出て行った。

 おそらくは魔法詠唱者を連れてくるのだろう。

 

「ぷっ」

 

 あははは、とクレマンティーヌが吹き出した。

 彼女は盛大に笑い、メリエルに言う。

 

「金持ちってやっぱ素敵よねー、ああいう態度を取らせることができるんだから」

「あなたも、その気になれば金持ちになれるんじゃないの?」

「んー、私は戦うことが好きだからねー、まあ、帝国あたりの闘技場とかで稼げるだろうけど……正直、金持ちになると戦闘じゃ解決できない面倒事も増えるから嫌だわ」

 

 メリエルは確かに、と同意する。

 彼女は外貨を獲得できれば、別に八本指を殲滅する必要はないのではないか、という思いがないわけではない。

 無論、良いお付き合いをして、色々と貢いでくれるよう、お願いするのは確定事項だ。

 その為に一戦交えることになるだろうが、それは別に問題になるようなことではない。

 クレマンティーヌによれば、アダマンタイト級冒険者に匹敵するとかだが、漆黒聖典の隊長程ではなく、一般隊員クラスとのこと。

 

 ぶっちゃけた話、メリエルが軽く小突いただけでミンチにすることができる存在だった。

 

「……頭脳戦を仕掛けられると拙いかしら」

 

 急にそう言い出したメリエルにクレマンティーヌはきょとんとした顔になる。

 どう見ても人類超越している頭脳も持っている癖に、何言ってるの、とクレマンティーヌは思う。

 

「不測の事態に備えるのは戦争の常識でしょ?」

「何でも、戦争を基準に考えるのはやめたほうがいいんじゃないかな。私が言うのもなんだけど」 

 

 戦闘狂に諭される戦争狂。

 どっちもヤバイ度合いは傍目には大して変わりはない。

 

「あら、これでも私は臆病者よ。いつ、私より強いヤツが現れるか、そんなことを考えたら、毎日8時間しか眠れないし、三食、どんぶり2杯しか食べられない」

「いやいやいや、十分だし」

 

 クレマンティーヌがツッコミを入れたところで、扉がノックされ、ウェルネスともう1人の男が入ってきた。

 彼らはおっかなびっくりに、手近な金塊を調べ――

 

「……本物です」

 

 魔法詠唱者の言葉にウェルネスはごくり、と唾を飲み込みながら、メリエルらへ深くお辞儀をする。

 

「メリエル様。どの程度の金額になるか、お時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」

「ええ、いいわよ。面倒くさいから、掛かる税金とかそういうのも全部そっちで差っ引いといて。あ、これあなたへの手間賃ね」

 

 メリエルは掌の上に金のインゴットを1つ、出現させるとそれをウェルネスへ放り投げた。

 彼は慌てた様子でそれを受け取ろうとしたがあまりの重さに取り落としてしまう。 その様子にクレマンティーヌは大爆笑し、メリエルはやれやれ、と溜息を吐く。

 ウェルネスは平謝りしながら、しっかりと両手で持ち、腰をいれてインゴットを持ち上げる。

 苦労しながら持ち上げ、そして、そのまま傍にいた魔法詠唱者に調べてもらう。

 

「本物です……」

 

 魔法詠唱者も信じられない様子だった。

 おそらくは彼は無詠唱で物品を手元に召喚する、その魔法技術とメリエルの財力に二重に信じられないことだろう。

 

「あ、ありがとうございます!」

「いいのよー、私はここで待ってるから……あ、そうね。全部差っ引いた後に、私が王都に来た記念として、ここの商会の職員に特別手当つけてあげて。私の金庫から出して上げていいから。金貨10枚くらい上げて頂戴よ」

「あ、あの、メリエル様、差し支えなければ、貴女様はどのような事業をされていますか、教えて頂けませんでしょうか?」

 

 問いにメリエルは不敵に笑う。

 

「ここらじゃないんだけど、ちょっと表には出せないものを経営していてね。王都には観光に来たのよ」

「そうでありましたか……当商会をお選びくださり、誠にありがとうございます」

 

 再度、頭を下げるウェルネスに鷹揚に頷く。

 

「そう、それと、なんか良い物件を紹介して頂戴。広くて豪華なところがいいわ。多少郊外でも構わないから」

「畏まりました、メリエル様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルがクレマンティーヌと共にリヴィッツ商会ではっちゃけている頃、モモンガはモモンとして、ナーベことナーべラルと共にモンスター討伐の任務についていた。

 とはいえ、現れるモンスターはそう多くもなく、また、強いわけでもない。

 剣の一振りでオーガもゴブリンも等しく物言わぬ骸となる。

 

 同じ任務を受けた漆黒の剣という、冒険者パーティーはそれを見、モモンガを信じられない表情で見てくるが、モモンガは全く気にしていなかった。

 

「……うーむ」

 

 しかし、モモンガ本人としてはどうも納得がいかない。

 何が納得いかないかというと、自分の動きにあった。

 彼もこっちに来てから、メリエルが剣で戦ってる姿を見たことがある。

 

 それはコキュートスとの模擬戦だ。

 念の為に、とこっそりアウラにスクロールでの記録をお願いし、後で見てみたら、流石というか惚れ惚れするような動きだった。

 そんな動きを見様見真似で再現しているのだが、どうにも微妙であった。

 

『ナーべ、どうだ?』

『大振りです。隙だらけです』

 

 そんなわけでモモンガはモンスターを倒しながら、ナーベラルに動きを見てもらっていた。

 

 メリエルさんには及ばないよなぁ、とモモンガはしみじみと思うが、何とか最低限の動きはできるようになりたいとも彼は思う。

 

 そんな風に退治して回っていると、モンスター達は当然ながらあっという間に全滅してしまう。

 体の一部の剥ぎ取りを漆黒の剣に任せ、モモンガは今回の戦闘から当然過ぎる結論に達する。

 

「稽古、つけてもらおう」

 

 魔法詠唱者としてのプレーヤースキルならメリエルにも引けを取らない、とモモンガは自信がある。

 しかし、戦士としては全く自信はない。

 素直にメリエルから教えてもらった方が早いのは道理だ。

 

「いや、凄いですね、モモンさん」

 

 漆黒の剣のリーダーであるペテルが声を掛けてきた。

 

「それほどでもありませんよ」

 

 モモンガの言葉にペテルはご謙遜を、と返す。

 

『モモンガー? なんか予想以上に王都で受け入れられたから、ちょっと金持ちやるわー』

 

 メリエルからメッセージが入ったのはそんなときだった。

 

『メリエルさん、そんなに大金になったんですか?』

『ほんのちょこっとだけ換金するんだけど、頭ペコペコ下げられていていい気分だわ。これ、持ってきてるの全部換金したら、王国買えるわね……たぶん。経済的には大丈夫とはいえ、大丈夫なのかしら……』

『マジですか? それでどうします?』

『とりあえず拠点持つ。あと八本指に接触したり何だりで王都に楔を打ち込む。換金は程々にしておく』

『了解しました。そちらは任せます』

 

 メッセージを終え、モモンガは周囲を見る。

 幸いにもペテルは先程のやり取りの後はモンスターの剥ぎ取りに参加しており、モモンガがメッセージでやり取りをしていたことに気がついた様子はない。

 

「良いパーティだ」

 

 モモンガは素直に称賛した。

 チームワークが良く、また個々人のレベルもこの世界でみるなら比較的高い部類だ。

 彼の計画である、冒険者モモンの知名度を広める為にもぜひ、彼らには強くなってもらいたい、とモモンガは思った。

 

 

 

 

 

 

「モモンさんは強いですね」

 

 その後、休息を取ることになり、適当な場所に腰を下ろして一息ついていると、ニニャがそう切り出してきた。

 ニニャはモモンにやたらと話しかけてきており、モモンガとしてはそんなに好かれる理由があったかな、と首を傾げるばかりだ。

 

「いえ、自分よりも強い人は大勢いますよ」

 

 すっごく身近に1人いますし、と心の中でモモンガは付け加える。

 

「そうなんですか?」

「ええ、そうですよ。私も正面からでは敵いませんし」

 

 モモンガも過去に何度もメリエルとPvPをしたことがある。

 一度も勝てたことがなかったが、死力を尽くして戦えた為に思い出深いものだ。

 

「どうやったら強くなれますか?」

 

 ニニャの問いにモモンガは顎に手を当てる。

 

「一朝一夕には無理ですから、地道に辛抱強くやっていくことが大事ですね。どんなに困難な壁でも乗り越える、と諦めない心も大事です」

 

 ありきたりなものであったが、ニニャにとっては十分だったらしく、満足気な顔だ。

 ペテルらの、他の面々も聞いていたらしく、うんうんと頷いている。

 

「モモンさんが言う、強い人はどんな感じの人ですか?」

 

 ニニャの問いにモモンガは困惑する。

 素直に変態です、とはさすがに言えない。

 

「意志が強い人ですね」

 

 あれこれ悩み、結局出た言葉はそれだった。

 最強を求める、というのは確かに意志が強くないとできないことであり、あながち的外れというわけでもない。

 

 おお、とニニャも含めた漆黒の剣一同は感嘆の声を上げる。

 

 モモンガはその光景を見、これ絶対勘違いされてるよなー、もし実物見たら落胆するよなー、と思うのだった。



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金持ち!

捏造あり。


 

 クレマンティーヌはこれまで色々と見てきたが、ことここに至って、初めて本当の金持ちというのを目の当たりにしていた。

 換金も無事終わり、リヴィッツ商会により売り出し中の屋敷に案内されたメリエルとクレマンティーヌ。

 案内された屋敷を気に入り、この屋敷ちょうだい、とまるでお菓子でも買うかのような気軽さで、目玉が飛び出る程に高額な屋敷を庭付きでメリエルは購入したのだ。

 

「……金持ちって凄いわ」

 

 クレマンティーヌが感心と呆れの混じった感情でいる中、メリエルはせっせと屋敷の要塞化を進めていた。

 ただの拠点で終わらせないのがメリエルの趣味である。

 

 広い庭は荒れ放題であったが、ソリュシャンとルプスレギナの2人が物凄い勢いで整えている。

 情報収集をしている筈の2人がここにいるのは簡単な話であり、メリエルが2人に屋敷買ったから、お掃除してちょーだい、とお願いしたら、おっそろしい速さでやってきて、猛然とメイドとしての本分を全力で発揮し始めたのだ。

 屋敷内部は勿論、既に2人の手により掃除済みである。

 

 

 そもそもソリュシャンとルプスレギナが情報収集に出なくとも、エイトエッジアサシンやシャドウデーモンを王都に放っているので、彼らから情報を集めれば良かったりする。

 

「ここにコレを置きましょう」

 

 庭先にどすん、とどこからともなく取り出したのは立派なドラゴンの石像だ。

 メリエルはそれを屋敷の扉へと通ずる歩道に等間隔で左右合計12体並べる。

 

「立派な石像ねぇ……」

 

 クレマンティーヌは手近なドラゴンの石像に近寄り、ぺたぺたと触る。

 鑑定眼というのはあいにく彼女は持ちあわせていないが、そんな彼女でもドラゴンがまるで生きているかのような、精緻に作られているのがよく分かる。

 

 買えばすんごい高いんだろうなー

 

 そんな風に思ってるとメリエルが告げる。

 

「それ、ストーンドラゴンっていう、モンスターの一種よ」

 

 クレマンティーヌはこれまでの人生で最高の素早さを発揮し、石像から20m程一気に離れた。

 

 その有様にメリエルは笑う。

 

「えーっと、冒険者とかのレベル……なんだっけ? 難度? あれでいうところの210くらい」

 

 えー、なにそれー

 漆黒聖典がカチコミ掛けても返り討ちにされるじゃないのよー

 

 クレマンティーヌは心の中でツッコミを入れた。

 

「まあ、単なる警備員よ」

「単なる警備員がドラゴンって……難度210って……」

 

 色々と常識をぶっ壊されてはいるものの、さすがにこれは酷すぎる。

 クレマンティーヌは改めてメリエルの、というかナザリック勢の非常識さに溜息を吐く。

 

 ただの課金ガチャのハズレなんだけどねー、とメリエルは思いながら、庭を適当に見回す。

 庭だけで数百坪はありそうだった。

 

「テニスコートつくって、プールつくって、えーと……」

 

 何をつくろうか、と悩み、メリエルはピンときた。

 

「そうだ! アンデッドドラゴンを10匹くらい放し飼いにしよう!」

「どうしてそんな発想になるのよー!」

 

 クレマンティーヌは絶叫した。

 このままではメリエルにより、色々と拙い事態になりかねない。

 どこの世界にアンデッドドラゴンを庭で放し飼いにしようと考えるヤツがいるのだろうか。

 しかも数える単位が1体とか2体ではなく1匹とか2匹なのか、と。

 

 ちなみにであるが、アンデッドドラゴンは難度でいえば240であったりする。

 クレマンティーヌも伝説でしか聞いたことがない、13英雄が討伐したとか何とかそういうレベルのお話だ。

 

 そんなのがポンと10体、王都にこつ然と現れたのなら、間違いなく色々と面倒な事態になる。

 

「まあ、アンデッドドラゴンは置いといて、情報収集の為になるべく豪勢に、贅沢にやらないとね。カネの集まるところにはあらゆるものが集まるのよ」

「確かにそうだけどさー、何する気なの?」

 

 ジト目で尋ねるクレマンティーヌにメリエルはにっこりと笑う。

 

「奴隷買い占めるっていうのはどうかしら? エルフとかの、高価な奴隷をね」

 

 クレマンティーヌはメリエルの思考が珍しく読めた。

 

 エルフなどの亜人の奴隷というのは徹底的に主人に反抗できないよう、調教される。

 勿論、メリエルの趣味というのも否定できないが、それでもその主たる使い道は彼らの持つ情報を根こそぎに聞き出すのだろう。

 いや、もしかしたら甘い言葉を吹き込み、奴隷達から忠誠を誓うように仕向けるかもしれない。 

 

 メリエルは戦争好きだ。

 しかもタチの悪いことに、おそらくは単なる脳筋ではなく、神の如き視点から俯瞰し、慎重に物事を進めるタイプ。

 

 クレマンティーヌは既に確信している。

 メリエルが常々口に出す軍勢というのは正直、メリエルの遊びなのだろうと。

 

 それもそうだろう。

 メリエル自身が単体で100万の大軍を蹂躙できてしまう、戦略レベルで動ける存在なのだ。

 いざとなれば自身が動けば事足りる。

 

 そんなとんでもない輩が、わざわざ自ら情報収集という回りくどいことをしている。

 もし自分がメリエルと同等の立場にあったなら、そんなことは決していないだろうし、できないだろう。

 

 メリエルはにこにこと笑っている。

 クレマンティーヌにはその女神の微笑みは魔王の狂笑に見えた。

 

 おそろしい、と。

 ただおそろしい。

 

 しかし、同時にそんな彼女にたまらなく惹かれてしまうこともクレマンティーヌは理解できていた。

 故に、クレマンティーヌは意を決する。

 彼女はどうしても抑えられない疑問があったのだ。

 

「それは確かに手っ取り早い話よね。ところでメリエル様……あなたはいったいどこから来たの?」

 

 問いにメリエルの美しい顔からは笑みが消えた。

 

「……どう答えれば満足かしら?」

「どう答えても満足するわ。私はあなたを信じるもの」

 

 クレマンティーヌは自分でも不思議なくらいにそんな返事をメリエルの問いに簡単にすることができた。

 

「端的に言えば、異世界から来たわ。この世界でお伽話に出てくるような、八欲王やら六大神やらがそこら中にいる、神話を模した世界から」

 

 クレマンティーヌはすとん、と腑に落ちた。

 同時に確信した。確信する根拠はない。敢えていうなら勘だろう。しかし、確信したのだ。

 

 メリエルは嘘をついていない、と。

 

 

「そっかー、ありがとね」

 

 クレマンティーヌはただそう返す。

 嬉しさがこみ上げ、自然と笑顔になる。

 

 嘘で切り抜けても全く問題はなかったろうに、真実をメリエルは答えてくれた。

 それがただクレマンティーヌには嬉しかったのだ。

 

 

「ところでクレマンティーヌ。ぶっちゃけた話、市街戦は私、実は不得意なのよね。根こそぎ吹き飛ばすとかそういうのなら大得意なんだけど」

「あー、たぶんそうだろうねー」

 

 クレマンティーヌは納得する。

 メリエルは可愛らしく小首を傾げて問いかける。

 

「戦闘になったら、王都吹き飛ばしちゃダメかな?」

「ダメ」

 

 ダメと言われた為、しょんぼりするメリエル。

 とはいえ、クレマンティーヌからすれば素手でも容易く英雄級すらもねじ伏せられそうな、そんなメリエルが何でそこまで気にするのか理解に苦しむ。

 

 最強には最強の悩みとかそういうのがあるんだろーなー

 

 クレマンティーヌは呑気に思っていると――

 

「あ、そうだ。クレマンティーヌをちょっと強化しなくちゃ。いくらなんでもちょっと弱すぎるから」

 

 クレマンティーヌは嫌な予感を感じた。

 メリエルはにこにこ笑いながら――おそらくは悪意などまったくなく、善意で――虚空に手を突っ込んで、スティレットを取り出した。

 クレマンティーヌの得意とする得物だ。

 しかし、クレマンティーヌはそれを見ただけでもう何となく想像がついてしまった。

 

 なんというか、雰囲気が禍々しいのだ。

 ただ真っ黒な鞘に収められており、何かしらの装飾がついているというわけでもないのに。

 

「ソレ、何?」

「これは中々の逸品でね。攻撃すると装備してる側の体力が回復する。装備者の全能力をアップする特殊効果もついてる。更に即死・恐怖・毒に対して完全耐性がついたり他にも色々」

 

 クレマンティーヌは頭がくらくらした。

 

 神話に普通に出てきそうな武器だった。

 ともあれ、クレマンティーヌはそれをメリエルから受け取り、引き抜いてみる。

 真っ黒な刀身だった。

 シンプルだが、どこか吸い込まれてしまいそうな、そのように彼女は感じた。

 

「……これ、何でできてるの? オリハルコンとかじゃないわよね?」

「ヒヒイロカネっていうのなんだけど……そこにちょっとした加工を加えて仕上げたものよ。元々ヒヒイロカネは真っ赤に輝く金属なんだけどね」

「……それって、アダマンタイトより凄いの?」

「アダマンタイトとか軟すぎて、武具には使えないわよ。ウチの倉庫で金とか銀と同じくらいの量が眠ってる」

 

 クレマンティーヌは天を仰いだ。

 しかし、彼女はすぐに復帰を果たす。

 もう考えてはダメなのだ。

 

 

 一方のメリエルは思った通りの反応が返ってこずに困惑していた。

 すごーい、とかそんな感じで驚いて、目をキラキラさせてくれると思ったのに、何でか難しい顔をクレマンティーヌはしている。

 メリエルからすれば一山幾らで最終日に購入した単なる伝説級武器だ。

 

「えっと、ありがと。大事にするわ」

 

 そう言いつつもクレマンティーヌは心の中で思う。

 普段使うことなんてできない、と。

 

 幾ら何でもこんな途方もないものを振り回していては、あちこちから目をつけられ過ぎる。

 

「他にも防具で軽装タイプのものとかあるけど、どうする?」

 

 そちらもやっぱり神話に出てきそうなものが出てくるんだろうな、とクレマンティーヌは確信する。

 故に、丁重に断ると何でか不満気な顔のメリエル。

 

「ぶっちゃけた話、何が不満なの?」

「不満っていうか、出してくるものがイチイチ凄すぎて、影響力が半端じゃないと思うんだけど? 正直、メリエル様って常識ないでしょ?」

 

 面と向かって非常識と言われたものの、メリエルとしては図星である為にぐうの音も出ない。

 クレマンティーヌは深く溜息を吐く。

 

「いい? まずこっちの世界は六大神とか八欲王とかはそこらに掃いて捨てるほどいるような連中じゃないの。名前の通りに、そっちでは普通でも、こっちでは歴史に名を残すような力を持った存在になっちゃうの」

「つまり?」

「メリエル様にとっては本当に、端金で買えるようなアイテムでも、こっちでは伝説級のアイテムだから、ポンポン出さないで」

 

 むぅ、とメリエルは眉間を皺を寄せながら、おもむろに口を開く。

 

「じゃあポーションならいいでしょ? 本当にそこらの店で売っているような」

 

 メリエルの提案にクレマンティーヌはそれなら問題ないか、と考え、承諾する。

 そして、メリエルが出したポーションは真っ赤なポーションだった。

 

「……ねぇ、こっちでは青いポーションなんだけど?」

「え、嘘でしょ? 青いポーションなんて持ってないわよ」

「ちょっと調べた方がいいかもしれないわね」

 

 クレマンティーヌの提案にメリエルは頷き、早速にモモンガへとメッセージを飛ばす。

 何やらやり取りしているのを見ながら、クレマンティーヌはメリエルから受け取った黒いスティレットを再度、見てみる。

 

 見れば見るほどに惹きこまれるような感覚を彼女は覚えた。

 

「呪いとか掛かってるんじゃないでしょうね……」

「掛かってるわけないじゃない。で、さっきの言葉とかからするに、使ってくれそうにないんだけど?」

 

 メッセージを終えたメリエルの問いかけに、クレマンティーヌは「んー」と曖昧な返事をしながら、軽く黒いスティレットを振ってみる。

 重さ的には今、彼女が使っているものと変わりはない。

 手に馴染めば、より強くなれるは間違いない。

 

「ねぇ、メリエル様。あっちこっちに目をつけられて、あっちこっちからちょっかい掛けられたら、どうする?」

 

 問いにメリエルは小首を傾げて、答える。

 

「死人に口なし。違うかしら?」

 

 クレマンティーヌは自分の色々な心配が杞憂だったことに気がついた。

 つまり、何かあってもメリエルが叩き潰してくれる、とそういうわけだったのだ。

 

「まあ、でも、1週間はゆっくりできるかしらね。反応を見るにはそれくらい時間が必要でしょう」

 

 1週間のうちに、奴隷買い占めないと、とにこにこ笑顔で告げるメリエルだった。



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奴隷売買とメリエルのアレ

捏造あり。微エロあり。


 コッコドールは非常に苛立っていた。

 彼をそうさせているのはひとえに、彼の商売がよろしくないからだった。

 八本指――そこの奴隷部門の長である彼からすれば、他の部門の連中に売上の低迷により、嘲笑されるのは我慢ならないことだ。

 

 奴隷というのは他国ではともかく、王国では黄金の異名を持つ、王女ラナーにより最近廃止された。

 無論、表立ってはそうであるが、裏に回れば変わらずに奴隷商売は成立している。

 それだけ王国が腐敗している証拠であったが、どうにも奴隷商売というものは最近落ち目であった。

 

 元々カネのある人間を相手にしてきた商売だ。

 近頃、王国の景気はよろしくない。

 はっきり言えば落ち目だ。

 奴隷の有効利用として娼館もやっているが、そちらも客足はよろしくない。

 

「搾るだけ搾って、高飛びかしらねぇ」

 

 男であるにも拘らず、女口調ではあったが、それは彼の個人的な趣味だ。

 そんなことを言いながら、周囲を忙しなく動く部下達に視線をやる。

 

 奴隷の売買所であり、表向きは単なる倉庫となっているここは広い。

 

「まったく、従業員の質の低下も激しいわ」

 

 視界に入ってきた酷く薄汚れ、傷だらけの女を見て、コッコドールは溜息を吐いた。

 殺しても大丈夫な、マニア御用達の娼館から連れてきた娼婦だ。

 正確には元娼婦だろう。

 

 もはや意思疎通も困難であり、顔も原型をほとんど留めてはいない。

 コッコドールが嘆くのはあろうことか、廃棄しようとしたこの女を従業員が路地裏にゴミ袋に包んで捨てようとしたこと。

 殺してから捨てるならともかく、たとえ虫の息だとしてもそれは頂けない。

 どこで何が起こるか分からないのが世の常であることを、コッコドールは良く知っていた。

 

 故に、従業員を罰として処理し、この女を男の奴隷達の性欲処理として死ぬまで使ってやろうとここに連れてきたのだ。

 

「コッコドール様」

 

 部下の1人が声を掛けてきたのはそんなときだ。

 心なしかその表情は明るく、声も弾んでいる。

 

「何かしら?」

「客です。それも、上等の」

 

 客が来た、ということはともかくとして、上等の、という冠詞はどういうことだとコッコドールが首を傾げて、すぐに思い当たる。

 

「最近、他国から来たとかいう、あの成金?」

「はい、その方です」

 

 コッコドールはほくそ笑む。

 ようやく、運が向いてきた、と。

 

「私が対応するわ。くれぐれも失礼のないよう、お通ししなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、5分と経たないうちに、彼女らはやってきた。

 コッコドールは思わず、先頭を歩く女に見惚れてしまった。

 あまりにも、美しすぎた。

 

 女神だと言っても過言ではない。

 しかし、コッコドールとて伊達に商売人をやっていない。

 すぐさまに再起動を果たし、にこやかな笑顔を浮かべる。

 

「ようこそ、おいで下さいました。ここの責任者をしております、コッコドールと申します」

 

 以後、お見知りおきを、と軽く頭を下げれば女は鷹揚に頷く。

 コッコドールはちらりと女の後ろにいる輩へ視線を向ける。

 金髪を短く切った、猫のような印象を受ける女だ。

 

「メリエルよ」

 

 そう言って、彼女はコッコドールに懐から小袋を取り出し、彼へと渡した。

 それを受け取り、コッコドールは中を見た。

 

 金貨がぎっしりと詰まっていた。

 久しく見ていない輝きだ。

 

 コッコドールは確信する。

 コレは最高の客だと。

 

「亜人でも人間でも、とりあえず女を買えるだけ買いたい」

「はい、メリエル様。勿論可能でございます。一応、お聞きしますが、ご予算は如何ほどでしょうか?」

 

 これだけではないだろう、と予感したコッコドールは問いかける。

 メリエルは不敵に笑い、指を鳴らした。

 

 すると、彼らからほど近い、何も置いていない場所にこつ然と金のインゴットが山となって姿を現した。

 

 マジックキャスター、それも高位の――

 

 コッコドールはそう考え、戦慄するが、同時に興奮した。

 その金塊は最近の売上低迷を補って余りあるものであったのだ。

 

「足りないのなら、追加で出すわ。エルフもいるかしら?」

「はい、勿論でございます。どのような女をご所望ですか? 胸の大きさから背丈、感度、その他諸々、ご要望をお受けいたします」

 

 コッコドールの言葉にメリエルは満足そうに頷きながら、告げる。

 

「あるだけ全部頂くわ。あとでメイドに取りにこさせるから……ところで、アレも売り物かしら?」

 

 メリエルが指差す先にあったのは連れてきた女だ。

 およそメリエルのような上客に見せるような代物ではない。

 

「これは大変失礼を致しました、メリエル様。アレは男奴隷の性処理用に連れてきた廃棄予定の女です。すぐに片付けますので……」

 

 そうコッコドールが詫びて、部下に片付けるよう指示を出そうとした時だった。

 

「アレ、幾ら?」

 

 コッコドールは思わず耳を疑った。

 そして、彼はマジマジとメリエルを見つめる。

 彼の心を見透かしたのか、メリエルはにこりと笑って答える。

 

「アレ、まだ使えるじゃない。犯して殺して、また犯して、その後にバラして犯す。最後は犬の餌。ほら、使えるでしょ?」

 

 コッコドールは背筋に冷たいものが走った。

 彼とて商売柄、そういった変態達相手に商売をしてきた。

 しかし、ここまで飛び抜けた輩は初めてであった。

 

 そこでメリエルの背後に控えていた女がおもむろに口を開く。

 

「ねぇ、メリエル様。犬の餌って、アレ私が食べるの? さすがにイヤなんだけどー」

「あなたに食べさせるわけないじゃない。あんなの食べたらお腹壊すわ」

 

 よしよし、と女の頭を撫でるメリエル。

 

 コッコドールは唾を飲み込む。

 

 超弩級の、変態だ――

 

 しかし、そこは商売人。

 相手が欲しいというなら、何だって売るのは必然。

 

「アレは廃棄予定のものなので、銅貨1枚で構いませんよ。ところで、他の奴隷のお値段ですが……」

 

 絶対にこの客、離してなるものか――

 コッコドールはその信念を胸に、大型商談に臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 

 そして2時間後、コッコドールはソファでぐったりとしていた。

 メリエルとの商談は概ねコッコドールが望んだ通りとなったが、相手の常識が規格外であったが故に、彼は気疲れを起こしていた。

 

 今回、売却された奴隷は廃棄予定であった者も含め、100余名。

 全てが女であり、亜人も人間も含まれている。

 明日の夕刻にソリュシャンというメイドが取りに来るとのことだが、何でか廃棄予定の奴隷だけは直接に連れていった。

 

 既に部下達には売却する奴隷のリストを渡してあり、あとは部下が全てやってくれる。

 

「とはいえ、これでもう他の奴らに色々言わせない。娼館にも来てくれるって言っていたし」

 

 メリエル1人で莫大なカネを落としてくれる。

 他の客を切り捨ててでも、絶対に確保しておかなければならない。

 

「さて、次の奴隷を仕入れておかないとね。あの客にはもっとお金を落としてもらわないと……」

 

 コッコドールは疲れた体を無理矢理にソファから起こし、久方ぶりの儲け話に気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわー、これ酷いわねぇ。どんだけ変態達に嬲られたんだろう」

 

 そう言いながら、キラキラとした眼差しを女に向けているメリエル。

 クレマンティーヌが横で溜息を吐いた。

 

 強くてカッコイイ、人類超越しているのに、何でそんな変態なのよ?

 

 クレマンティーヌの心はそれでいっぱいだった。

 そんな彼女の横にはソリュシャンとルプスレギナがいる。

 主人の前であり、主人が購入した奴隷ということもあって、2人共口には出していないが、メッセージで盛んにやり取りしていた。

 

『メリエル様、あのような汚らしいゴミを何で買ってきたのかしらね?』

『わっかんないっすねー、でも、メリエル様もきっとドSっすよ! なんか興奮してるっす!』

 

 そんなときだった。

 

「確か、ツァレとか言ったっけ? とりあえず治すわ」

 

 メリエルがそんなことを宣ったのだ。

 

「畏れながらメリエル様。至高の御方である貴女様のお手を煩わせるまでもありません。ここは私にお任せください」

 

 点数稼ぎとばかりにすかさず、ソリュシャンが一歩前に進み出た。

 

『あー! ずるいっす―!』

 

 ルプスレギナがメッセージで叫びながら、彼女もまた一歩前へ出る。

 

「メリエル様。ここは神官である私にお任せくださいませ」

 

 そんな2人を横から見ていたクレマンティーヌは思う。

 点数稼ぎも大変なんだなー、と。

 

「じゃあ、ソリュシャンに任せたわ。あ、もし孕んでたりしたら食べていいわよ」

 

 ソリュシャンはその言葉に歓喜に震えた。

 二重に嬉しかった。

 1つ目は任せてくれたこと、2つ目は赤子を食べてもいい、と言ってくれたことだ。

 

「んで、メリエル様。今回買った奴隷、どうする?」

「情報搾れるだけ搾って、奴隷達が望むなら解放かしらね」

「望まなかったら?」

「そりゃ勿論、私のペットとして飼うに決まってるじゃないの。私は博愛主義者なのよ」

 

 クレマンティーヌはいけしゃあしゃあとそんなことを言うメリエルに溜息を吐く。

 彼女はメリエルに博愛主義の意味が違うとツッコミたかったが、疲れるのでやめた。

 

 そんなことを言っているうちに、ソリュシャンはツァレの前に立つ。

 

「メリエル様、魔法でも掛けるの?」

「まあ、見ていなさい」

 

 ソリュシャンの様子を怪訝に思ったクレマンティーヌはメリエルに問うが、メリエルからはそう返される。

 その直後、クレマンティーヌは目を疑った。

 

 ソリュシャンがツァレを丸ごとその体内に取り込んだのだ。

 

「……え?」

 

 唖然とするクレマンティーヌにメリエルは悪戯が成功したかのように笑いながら告げる。

 

「ソリュシャンはスライムなのよ。ああやって体内に取り込んで、治癒ができるわ。勿論、中で溶かすこともできたりする」

「うへぇ……」

 

 クレマンティーヌはげんなりとした。

 スティレットを得意とする彼女にとって、スライム系は難敵だ。

 

「終わりました」

 

 そうこうしているうちに治療が終わったのか、ソリュシャンの体内からツァレが出てきた。

 醜い姿は一変、美しい容姿を取り戻していた。

 

「よろしい。それじゃあ、ルプスレギナ。彼女が目覚めるまで世話をしなさい」

「はい、畏まりました」

 

 出番が来たことにルプスレギナは素直に喜びながら、ツァレをひょいっと抱きかかえ、部屋を出て行った。

 ルプスレギナを見送り、クレマンティーヌが口を開く。

 

「メリエル様、奴隷買ったけど、次はどうするの?」

「コッコドールと親交を深めていく。あの男は良い情報源よ。見つけたシャドウデーモン達には何度感謝してもし足りないわ。あと娼館で遊ぶ」

 

 最後の言葉にクレマンティーヌは溜息を吐く。

 そして、あることに気がついた。

 

「ねぇ、メリエル様。何で私やソリュシャンには手を出さないの?」

『クレマンティーヌ、あなたは最高よ! さすがはメリエル様のペット!』

 

 問いかけた瞬間にソリュシャンからメッセージが飛んできた。

 

「簡単なことだけど、知りたい?」

 

 問うメリエルに頷くクレマンティーヌとソリュシャン。

 

「ちょっと加減を覚えないと、大変なことになりそうだから練習したい」

 

 メリエルとしては桁外れの体力を持つ為に、相手を気遣った意味での発言だ。

 しかし、クレマンティーヌらにとってはメリエルの詳しい事情を知っているわけではない。

 

 故に、彼女らはその言葉の意味を間違った意味で捉えてしまった。

 

『め、メリエル様ってもしかして未体験? 初物!?』

『え、嘘でしょ? どう見ても女1000人くらい食ってそうよ。ってか、あんたらナザリックの女共はお手つきじゃないの!?』

『そんなわけないわよ! ど、どうしましょう、メリエル様が初物なんて……ふふ、私、少し濡れてきました』

『あー、うん、そっか、初めてかぁ』

 

 加速する妄想。

 クレマンティーヌとソリュシャンの頭の中では既に恥じらないながらベッドに入るメリエルが描かれている。

 

 あんだけ唯我独尊していて、超がつくほどに強い超越者。

 しかしベッドでは見た目相応の乙女のように恥ずかしがる。

 

『あー、やばい。破壊力ヤバイわ』

『うっは、たまんねぇ……もうここで襲っちゃおうか』

 

 妄想が危険な領域にまで加熱したところで、2人はメリエルからの視線に気がついた。

 

「わ、私は初めてでも気にしないからね! お、お姉さん、リードするからぁ!」

「このソリュシャン、メイドとして女をお教え致しますぅ!」

 

 慌ててそんなことを言う2人に対し、メリエルは冷静に告げる。

 

「……人を変態呼ばわりしておきながら、何を想像したか知らないけど、そっちだって同じじゃないのよ」

「だって初物でしょ! ベッドの上では恥じらう乙女なんでしょ!?」

 

 クレマンティーヌはずいっと近寄り、そう言った。

 初物、と聞いてメリエルは首を傾げるが、ああ、とポンと手を叩く。

 

「そうね、確かに初めてね」

 

 いよっしゃああああ、とクレマンティーヌとソリュシャンはハイタッチを交わし、雄叫びを上げる。

 何事かと飛んできたルプスレギナ。

 そんな彼女にソリュシャンが叫ぶ。

 

「ルプー! メリエル様は初物だって!」

 

 一瞬意味が分からなかったが、ルプスレギナはすぐさま把握し、こちらも雄叫びを上げる。

 ソリュシャン、ルプスレギナともにメッセージでナザリックにいる姉妹に全力拡散を同時に行う。

 

 1時間もしないうちに、ナザリック中にメリエルが初めてであることが広まっていることだろう。

 

 メリエルは深く、深く溜息を吐く。

 そして、告げる。

 

「私がその気になれば瞬きする間にこの世から消えるって分かってるの?」

 

 にっこりとこれ以上ないほどに笑顔で、メリエルはそう問いかけた。

 一瞬でクレマンティーヌらは固まった。

 クレマンティーヌもそうであったが、特に目に見えて変わったのはルプスレギナとソリュシャンだった。

 顔は一瞬で血の気を無くし、両膝をつき、許しを乞うように頭を垂れる。

 

「まあ、でも、そうね、そっちがその気なら、こっちだってそうするわ」

 

 その言葉にクレマンティーヌらは「え?」と呆気に取られた顔となる。

 

「クレマンティーヌ、ちょっと来なさい」

 

 メリエルはそう言って、クレマンティーヌの手を掴み、部屋から出て行った。

 ソリュシャンもルプスレギナも意味を悟ったが、何も言えなかった。

 彼女らはただとんでもない失態をどのようにして償えばよいか、それしか頭になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルと共にクレマンティーヌがやってきたのは予想通りに寝室であった。

 キングサイズの天蓋付きのベッドが部屋の中央にあり、その存在感を放っている。

 

「……するの?」

 

 クレマンティーヌは小さく問いかけた。

 メリエルはすぐには答えず、クレマンティーヌをベッドへと押し倒し、その上に覆い被さった。

 顔と顔が触れ合う距離だ。

 

「そうしたいって言ってたのはそっちじゃない」

「……うん。だって、メリエル様、全然襲ってくれないんだもん。別に私はいつでも良かったのに」

 

 クレマンティーヌとしては純粋に両性具有とはどうなっているのか、気になったということもある。

 処女でもあるまいし、そこまで貞淑というわけでもない。

 

「まあ、私にも色々悩みはあるのよ。言った通りに初めてだから、加減できないかもだけど、そこはまあ、許して頂戴……そうね、アレやってもらいましょうか」

 

 メリエルは顔を離し、にこりと微笑んだ。

 

「アレって?」

「あなたが戦うとき、腰を浮かせる独特な構えをするじゃない? アレで」

 

 クレマンティーヌはすぐに思い至る。

 

「……やっぱり変態じゃない」

「最高の褒め言葉ね。で、返事は?」

 

 クレマンティーヌはメリエルの問いににんまりと笑う。

 

「勿論、いいわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間程してからであろうか、メリエルとクレマンティーヌが戻ってきた。

 

「め、メリエル様……こ、この度は、大変な、ことを……」

 

 項垂れたまま、震える声で途切れ途切れにそう告げるソリュシャンにメリエルは告げる。

 

「別にいいわよ。でも、もう初めてじゃないから。あ、頭上げなさいよ」

 

 メリエルにそう言われ、ソリュシャンとルプスレギナは頭を上げる。

 そこにはメリエルにしなだれかかるクレマンティーヌがよく見えた。

 2人の視線に気づいたクレマンティーヌは告げる。

 

「メリエル様、ヤバかった。壊れるかと思った。練習って意味、そういうことかって納得した」

 

 ああ、とソリュシャンとルプスレギナはより大きな後悔に襲われた。

 自分達が壊れないように、敢えて娼婦で練習しようと気遣ってくださっていた、と。

 

 慈悲を踏みにじった自分達に生きる価値などない、とどんどんソリュシャンとルプスレギナは暗い方向へと気持ちが向いていくが、そこへメリエルが一言告げる。

 

「まあ、私も言葉が足りなかったから、今回の件は不問とするわ。今までと変わらない働きを期待するから」

 

 ソリュシャンとルプスレギナは安堵し、そしてその慈悲深さに今度こそ報いようと固く心に誓う。

 

「あなた達の妄想通りにしてあげてもいいかな。楽しそう」

 

 ポロッと聞こえた言葉にクレマンティーヌらは心の中でガッツポーズをしたのだった。



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一石二鳥

捏造あり。


 リ・エスティーゼ王国における六大貴族の一角に数えられるレエブン侯は極めて憂鬱であった。

 彼を憂鬱にさせているのは裏組織で暗躍する八本指でもなければ、反国王派の貴族でもない。

 

 いや、確かにそれらも色々と彼の仕事の上での障害ではあるが、今回は降って湧いたかのような輩が相手だった。

 

「メリエルという名は聞いたことがありません」

 

 レエブン侯はそう切り出す。

 彼の相談相手は一見すれば可憐な少女。

 黄金のような髪が風に靡く。

 彼女はその見た目に反し、奴隷の廃止等様々な庶民受けが良い政策を打ち出し、実行に移した人物。

 

 そして今回の面倒事の当事者は奴隷廃止に真っ向から喧嘩を売ってきた人物だった。

 

「ラナー様は何かご存知ですか?」

 

 ラナーはすぐには答えず、優雅にカップに入った紅茶を一口飲む。

 こういった日常生活での王女の肖像画でも売り出せば財源の足しになるかな、とレエブン侯は思ったが、慌ててその考えを打ち消す。

 

「いえ、全く。しかし、このままでは彼女に国を潰されるでしょうね」

 

 ラナーの言葉にレエブン侯は「やはり」と小さく呟く。

 リヴィッツ商会からもたらされた情報によれば、王国が保有している金塊を軽く超える量をおそらくは個人で保有していると考えられる。

 

 もしもメリエルが悪意を持って金を放出すれば経済的な破綻であった。

 そして、彼女が金だけを多量に持っているとは到底思えない。

 

「銀や銅も彼女は持っているでしょう。身元を洗っていますが、他国の、しかも裏側の人物となると、おそらく大したことは分かりますまい」

 

 レエブン侯の言葉にラナーもまた同意する。

 とはいえ、ラナー個人としては正直なところ、王国がどうなろうが知ったことではない。

 彼女にとって最優先であるのはおそらくは今、鍛錬場で剣を振っているだろうクライムだ。

 

「件の人物は現在、王都郊外の屋敷に住んでおります。メイド2人、護衛の剣士を1人確認しております。奴隷を多数購入したという話も、さる筋から聞いております」

 

 レエブン侯は暗に問いかけた。

 奴隷廃止というのはれっきとした法で定めたものだ。

 故に、踏み込むのに法律的な問題はない。

 

「……聞けば、本人は高位の魔法詠唱者であるとか。無詠唱でどこからともなく、物品を取り寄せる程の」

 

 ラナーの言葉にレエブン侯は苦々しい表情となる。

 彼の元には元冒険者達がいる。

 王国では軽んじられている魔法詠唱者というものがどれほどに厄介であり、強力かは理解しているつもりだ。

 

 彼とて、無論、その元冒険者達に無詠唱の物品取り寄せ魔法というのはどの程度かと聞いている。

 

 聞いた結果は最低でも第四位階魔法とのこと。

 英雄の領域に片足突っ込んでいるような、そんな輩が今回の相手だ。

 

「うまく食い合わせましょう」

 

 唐突なラナーの言葉にレエブン侯は首を僅かに傾げる。

 

「八本指は元々、一枚岩ではありませんから。互いに食い合わせましょう」

「六腕を件の輩にぶつける、と?」

 

 レエブン侯の問いにラナーは優雅に頷く。

 

「八本指の最大戦力たる六腕が潰れれば、いかようにも料理できます。六腕がメリエルを潰せば良し、もしメリエルが勝っても六腕が潰れれば良し。一番良いのはどちらも共倒れになってくれることなんですけどね」

 

 現状では一番良い案にレエブン侯には思えた。

 

「あと、帝国あたりにいるワーカーに威力偵察をさせても良いかもしれません。王都のワーカーでは足がついてしまう可能性があります」

「まず、ワーカーをぶつけてみましょう。おそらくはすぐにでも結果が出る筈です」

 

 メリエルが実際に戦闘においても優れていたならば、ますますに扱いに困る、厄介な輩。

 レエブン侯にとっては情報が何よりも欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルが奴隷を大量購入した、というのはあっという間に王国の裏側に伝わった。

 コッコドールは鼻高々に八本指の定例会に出席し、自身の部門の売上を誇ったのも、原因の一つだ。 

 とはいえ、それだけなら別に問題はない。

 しかし、カネの匂いに敏感な八本指の他の面々はすかさずにメリエルから搾り取ろうと動いたのだ。

 

 その動きに大小の差はあれど、もっとも迅速に、そして、もっとも大胆に動いたのは麻薬取引部門の長であるヒルマだった。

 

 

 

 

 

「……ここまでの金持ちは初めてねぇ」

 

 ヒルマは素直に感想を述べた。

 彼女もまた贅を尽くした、と言っても過言ではない屋敷を持っているが、自分の屋敷と比較しても桁が違った。

 調度品の数々はそれ1つだけで下手な屋敷が買えてしまうのではないか、という程に豪華絢爛なものであり、王族の離宮と説明されても納得してしまう程であった。

 

 そんな中、ヒルマは目の前に座る屋敷の主へと視線を向ける。

 つい5分前、彼女は屋敷の主――メリエルと対面した。

 あのときの衝撃はおそらく一生忘れられない、とヒルマは確信している。

 

 メリエルはあまりにも美し過ぎた。

 およそ、人間としての生物的な汚さというものが一切なく、女神と名乗ってもヒルマは納得できた。

 

 そう、今、ヒルマはメリエルの屋敷に乗り込んできていたのだ。

 

「それで、ヒルマとやら。私に何か用かしら?」

「ええ、ちょっと、あなたに良い物を持ってきたの……ささやかな贈り物よ」

 

 そう言って、ヒルマは背後に控える着飾った女達へ視線を送る。

 いずれも、名だたる高級娼館でトップクラスの女達だ。

 しかし、彼女達ですらも、メリエルの美しさの前では霞んでしまう。

 

 ヒルマはプレゼント選びに失敗したかな、と思いつつも、言葉を続ける。

 

「彼女達をあなたにあげるわ。あなたからすればみすぼらしい女達だけど……あなた、女好きって聞いたから」

 

 ヒルマの言葉にメリエルは鷹揚に頷く。

 その様子に、ヒルマは自らの狙いがメリエルにバレていることを瞬時に悟った。

 

 おそらくは自分がどのようなことをしているのか、それも分かっているのだろう。

 

 高位の魔法詠唱者で、頭も回る。

 これほどに厄介な相手はいない。

 コッコドールのように、ヒルマは売上が上がるからと気楽にはなれなかった。

 メリエルは下手をすれば自分達の商売を簡単にその資金でもって叩き潰すことができる、と考えていた。

 現に金融部門の長は早くも戦々恐々としているという。

 

「私はある薬の商売をしていてね……良ければ買ってくれないかしら?」

 

 ヒルマはそう言いながら、自らの胸元から小瓶を取り出し、それをメリエルへと差し出した。

 

「麻薬ね?」

 

 断言するような問いかけにヒルマは軽く頷く。

 

「一応だけど、効果を教えてもらいましょうか。依存性は?」

「そこまで高くはないわ。効果自体も、ちょっとした精神高揚剤程度。あまり依存性を高くすると、さすがに国に目をつけられるから」

「八本指は王国を裏から支配していると聞くけど、どうせなら王族全員薬漬けにしてしまえば楽なんじゃない?」

 

 過激な言葉にヒルマは耳を疑うが、努めて平静に答える。

 

「そこまで簡単にはいかないわよ。王国もそこまで馬鹿じゃないわ」

「そうなの。それで、何をしてほしいの?」

 

 メリエルの問いにヒルマはくすり、と笑う。

 

「あなたは何もかもお見通しね。ええ、そうよ、わざわざ麻薬を買ってもらう為に、あなたのところへ出向いたわけじゃないの」

 

 ヒルマの言葉にメリエルは内心安堵した。

 たかが小瓶1つ分の麻薬を自分に買わせる為にわざわざやってきたのではない、とメリエルは予想していた。

 もし買わせるだけなら、娼婦を何人か営業として派遣すれば事足りるのだ。

 

「蒼の薔薇はご存知?」

 

 メリエルはヒルマの言葉にピンときた。

 

「だいたい、読めてきたわね。麻薬栽培を邪魔しそうだから、何とかしてくれ……それが内容かしら?」

「ええ、そうよ。最近、幾つかの村が連続して焼かれているの。直接的なり間接的なり、彼女達を妨害してほしいわ」

 

 ヒルマはメリエルの思考能力に驚愕しながらも、そう告げた。

 対するメリエルはヒルマの内容に小躍りしそうな勢いだった。

 

 メリエルにとっては蒼の薔薇との接触は目的の一つでもあったのだ。

 一方のヒルマにとってはメリエルに蒼の薔薇の対処を依頼したかといえば、彼女が新参者であるが故だ。

 もし蒼の薔薇と潰し合ってくれればこれまで通り商売ができ、問題はない。

 蒼の薔薇を処理してくれればヒルマの商売はやりやすくなる。

 メリエルが蒼の薔薇を潰してくれれば良いお付き合いができる。

 

 どう転んでもヒルマには損がない。

 

「そうね、1ヶ月間は蒼の薔薇を完全に押さえ込みましょう。私はここでは新参者。それがおそらくは限界ね」

 

 ヒルマは1ヶ月という期間に内心疑問を抱く。

 どういうことだろうか、と。

 処理するなら処理するで片付く筈だ。

 しかし、あれこれ聞くのもよろしくはない。

 

「ええ、分かったわ。それで良いから」

 

 ヒルマの言葉にメリエルはにこりと笑う。

 見惚れてしまうような、美しい笑みだ。

 

「ところでヒルマ。仕事の話はこれで終わりとして、ここからは個人的な話になるのだけど、時間は良いかしら?」

 

 ヒルマは小首を傾げるが、すぐに彼女は承諾する。

 するとメリエルは満足気に頷きながら、告げる。

 

「ちょっと見てほしいものがあるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ヒルマが案内されたところは地下へと続く階段であった。

 もっとも、その階段は薄気味悪い雰囲気は全くなく、ランプで赤々と照らされ、陰気なイメージよりも、倉庫といったイメージをヒルマは抱く。

 

「こっちよ」

 

 メリエルは階段を降りていき、それにヒルマもまた従う。

 階段はさほど多くもなく、すぐに地下室の扉の前に2人は到着した。

 

「開けてみて」

 

 メリエルに促され、ヒルマは扉の取っ手を持ち、ゆっくりと開け――

 

「……う、そ……」

 

 ヒルマは目の前に広がる光景に度肝を抜かれた。

 

 一言で言ってしまえば、黄金郷であった。

 金塊があちこちに山となっており、それはどこまでも続いている。

 

「私の財産の……およそ1%くらいかしら。私がその気になれば、ここらの国を纏めて買えるわよ」

 

 何てことはない、とそんな風に告げるメリエル。

 ヒルマはゆっくりとメリエルへと視線を向け、震える声で問う。

 

「あなたは……何でこれを見せたの……?」

 

 問いにメリエルは不敵な笑みを浮かべ、ヒルマの頬へと手を伸ばし優しく撫でる。

 

「聞けば、あなたも元は高級娼婦だったらしいじゃない。だから、これで、あなたを身請けしたいわ」

 

 ヒルマは耳を疑った。

 元々彼女はメリエルの言うとおりに元娼婦であり、今はそうではない。

 しかし、そうでないにも拘らずに自分を身請けしたい、と言う。

 

 

 

 メリエルはヒルマにさらに告げる。

 

「私はね、麻薬密売人のヒルマじゃなくて、高級娼婦のヒルマが欲しいのよ。駄目かしら?」

 

 ヒルマはその言葉をじっくりと脳に浸透させた。

 自然と頬が緩む。

 彼女は今、自分が人生で最も幸運だと確信した。

 同時に、彼女の頭からは色々な考えがすっぽりと抜け落ちた。

 

 彼女がこれから一生掛かっても稼げないだけの黄金が目の前にあるのだ。

 

 ヒルマの答えは決まっている。

 故に、彼女はメリエルの首に手を回し、そのまま耳元に口を寄せた。

 

「ねぇ……いいの? 私、結構、歳がいってるけど……」

「問題無いわ。それに若返りたいならそうさせてあげるわ」

 

 事も無げに告げるメリエルにヒルマはより強く彼女に抱きつく。

 

「もう……あなたは本当に、私を翻弄するんだから……私のどこを気に入ったの?」

「あなたの病的な程に白い肌と蛇のタトゥー……まあ、容姿が気に入ったわ。で、返事は?」

 

 ヒルマは耳元で甘く囁く。

 

「勿論、いいわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か、フクザツ……」

 

 クレマンティーヌはぶすっとした顔でカップに入ったコーヒーをティースプーンでかき混ぜる。

 

「心中、お察しするっす……」

 

 対するルプスレギナも同じくカップに入ったコーヒーをティースプーンでかき混ぜる。

 

「……あんなケバい女のドコがいいのかしら」

 

 ソリュシャンの言葉に頷くクレマンティーヌとルプスレギナ。

 そのケバい女は今、メリエルと共に寝室にいる。

 

「まぁまぁ……」

 

 そして、どう宥めたものかと困り顔のツアレ。

 ソリュシャンの治療とルプスレギナの看護が良かったのか、今ではすっかりにツアレは健康体だ。

 彼女は聞き取り調査の後に、当面の生活費を持たせて放り出す予定であったのだが、当のツアレが傍にいたい、と懇願した為にこうなっている。

 立場としてはメリエルのペット。

 本人はメイドを希望しており、これから本格的にメイドとして鍛えていく予定となっている。

 

 ツアレ以外にもコッコドールから購入した多数の奴隷がいたのだが、その奴隷達もツアレと同じ選択肢を与えられており、結果としてエルフ等の亜人奴隷の全てと一部の人間の奴隷はメリエルの傍にいることを望み、それ以外は皆、解放されている。

 メリエルの傍にいることを望んだ者は立場としてメリエルのペットという扱いだ。

 

「つーかさ、あんた、たかが治してもらった程度でお仕えしますみたいなこと言ってたけど、それでいいの?」

 

 クレマンティーヌの問いにツアレは躊躇なく頷く。

 

「私達としてはメリエル様の偉大さを知るヤツが増えるのは嬉しいことっすけどー……競争相手が増えるのは頂けないっすね」

 

 ルプスレギナの言葉に頷く一同。

 

「ツアレ、あなたはあの女が傍にいることで、何か思うところがあるんじゃないの? メリエル様にお伝えすれば何とかしてくれるわよ?」

 

 ソリュシャンの言葉にクレマンティーヌとルプスレギナは「えげつない」と心に思う。

 つまるところ、ヒルマを排除しろ、とソリュシャンは暗に言っているのだ。

 

「私としては別に何も……」

 

 ツアレは困惑しながらそう答える。

 ソリュシャンは深く溜息を吐いた。

 

「まあ、今に始まったことでもないしー、でもなんかムシャクシャするから2、3人バラしてこようかなー」

 

 そのときだった。

 

「じゃあ、私と戦ってみる?」

 

 突然に部屋の真ん中にメリエルが出現した。

 

「メリエル様!?」

 

 ソリュシャンとルプスレギナは即座に跪き、クレマンティーヌは唖然とし、ツアレは驚愕に目を見開く。

 

「あの女とヤッてた筈じゃ!?」

「手加減無しでやったら気絶したのよ。やっぱり加減を覚えないとねー」

 

 あははは、と笑うメリエル。

 そして、一転して、真面目な顔となって彼女は告げる。

 

「クレマンティーヌ、戦いましょうか。最近戦ってなくて溜まってるんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、ほんとーにやるんですかー?」

 

 半ば強引に、クレマンティーヌはメリエルに庭へと連れだされていた。

 

「勿論よ。強くなりたいなら実戦あるのみ。私は素手でいいから」

 

 うへぇ、とクレマンティーヌはげんなりした。

 ボッコボコに殴られる未来しか彼女には見えない。

 まーたこのサディストはわけのわからない嗜好に目覚めたんだろうか、とクレマンティーヌは真剣に思った。

 

 とはいえ、クレマンティーヌは思考を切り替える。

 考えようによっては、絶対に死なないという保障があり、かつ、世界最強の存在と戦えるチャンスだ。

 

「あ、言い忘れたけど、死んだら蘇生してまた戦わせるから」

 

 ニコニコ笑顔でメリエルはそう言った。

 悪意はまったくなく、おそらくは善意で彼女はそう言っているのだろう。

 

 必ず、かの邪智暴虐のメリエルを打倒さねばならない――

 

 そうクレマンティーヌは心に誓ったものの、それが世界がひっくり返っても無理だと理性が囁いたので、5秒くらいでその決意は捨てた。

 

「じゃ、来なさいよ」

 

 メリエルはそう言い、片手を天に上げ、もう一方を地へ下げた。

 円を描くような、そんな構えだ。

 

 まったく無防備。

 

 攻撃してくれと言ってるようなもので、メリエルを知らなければクレマンティーヌは嘲笑ってその首を狩りに行ったことだろう。

 

 クレマンティーヌは溜息を吐きながら、全ての武技を自身に掛ける。

 それでもまだ足りないくらいだ、と思いながら。

 

「飛び込んだ瞬間、何が飛び出てくるのよ? 魔法? それとも拳の弾幕?」

「さぁ、何かしらね。ただ、コレを破れたら、あなたは間違いなく英雄を超えるから、世界最強名乗ってもいいわよ」

 

 クレマンティーヌはニィ、と口角を釣り上げる。

 それだけの自信があるのだろう。

 彼女はいつものように、四つん這いとなり、腰を上げる。

 

 そして、瞬間、疾風の如く、跳んだ。

 

 クレマンティーヌはメリエルへと急激に迫る。

 まさに疾風。

 この速度を止めるには並大抵の輩ではできないことだ。

 しかし、クレマンティーヌは知っている。

 目の前の輩は並大抵どころの騒ぎではない、規格外のアンチクショウだ、と。

 

 みるみる迫る、メリエルへクレマンティーヌはスティレットを突き出す。

 瞬間に、メリエルの地へと下がっている片手が動いた。

 

 キィン、とおよそ皮膚と刃が接触して出すような音ではない、甲高い音が響く。

 クレマンティーヌはスティレットを弾かれ、体勢を崩すが、その程度で終わる彼女ではない。

 

 

「流水加速ッ!」

 

 瞬間的により体を加速させ、クレマンティーヌは鞘からもう一本のスティレットを引き抜き、それをメリエルへと突き立てる。

 しかし、天へと上げた片手が振り下ろされ、そのスティレットを弾く。

 とはいえ、それは予想できた事態。

 クレマンティーヌはスティレットに込めた魔法を解放しようとし、その声を聞いた。

 

「天地魔闘、灰になれ」

 

 瞬間、クレマンティーヌの視界は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、うわー、アレやるっすか。完全にクレちゃんイジメじゃないっすかー」

「さすがはメリエル様。アレを使われるなんて……クレマンティーヌは喜ぶべきだわ」

 

 ソリュシャンとルプスレギナが讃えているのがクレマンティーヌの耳に聞こえてきた。

 

「……好き勝手言ってんじゃねーぞ。クソメイド共が」

 

 クレマンティーヌは青空を見ながら、外野の声にそう呟いた。

 一応生きてはいるらしい。

 

 ひょいっとメリエルの顔が視界に映りこんできた。

 

「いやー、まさか消し飛ぶとは思わなかった。蘇らせたけど、大丈夫?」

 

 あー、やっぱり死んだのか、とクレマンティーヌは思いながら、体を起こす。

 あちこち痛みはあるが、傷は全くない。

 おそらくはメリエルの蘇生魔法だろう。

 

「んで、メリエル様。アレ、何?」

「天地魔闘の構えって言って、ようは攻撃と防御の複合技ね。相手の攻撃を私のスキル……まあ、武技みたいなもので弾いて、魔法でカウンター決めた」

「……えっと、つまり、攻撃と防御の一体技で、その構え取ったら、無敵ってこと?」

 

 クレマンティーヌの問いにメリエルは首を横に振る。

 

「無敵じゃないわ。だいたい合計して100人くらいに破られたし。攻略法としては私が反応できない程に速い多重連撃をするか、魔法なり武技なりで私諸共周辺を根こそぎ吹き飛ばすか……色々あるわよ」

「それつまり人間じゃ破れないってことじゃない……」

「100人の中にはどっちかというと人間の方が多かったわよ」

 

 まあ、それはいいとして、とメリエルは続け、クレマンティーヌに対して笑みを浮かべる。

 

「これ、あなたも似たようなことできない? あなた、速いから、いけると思う。不落要塞と流水加速を攻撃を受ける瞬間に発動させて、その後に相手を滅多刺しにすればいいんじゃないかな?」

「まあ、確かにそれはできるけど……正直、私よりも弱いヤツの方が多いから、攻撃を受けるっていうのはあんまりないわ」

 

 クレマンティーヌの言葉に、メリエルはポン、と掌を拳で叩く。

 

「そういや、あなた、最強クラスだったわね。漆黒聖典の隊長と番外席次くらい? 格上っていうと」

「まあ、そんくらいかしらね。ガゼフだって殺せる自信はあるわ」

「でも、私の猟犬だから強くあってほしい、という思いもあるわけで」

 

 クレマンティーヌはメリエルのその言葉に、何か嫌なものを感じた。

 

「ソリュシャン、ルプスレギナ。暇な時でいいから、クレマンティーヌと戦ってあげて。殺したら、ちゃんと蘇生させてね。あ、ペナルティを防ぐアスクレピオスの杖を使っていいから」

 

 メリエルの言葉に、即座に「仰せのままに」と頭を下げるメイド2人。

 

「いやいや、ちょっと待って! 何で死ぬこと前提なの!?」

「え、死ぬでしょ?」

 

 きょとんとした顔のメリエルにクレマンティーヌは必死で手を横に振る。

 

「駄目でしょ! 殺したら! 私、あなたの猟犬だから大事にしないと駄目でしょ!?」

「猟犬を強くする為にはある程度のしつけも必要だと思うの」

 

 にこにこと笑うメリエル。

 

「んふー、クレちゃん、たーっぷり可愛いがってあげるっすよー」

 

 良い獲物を見つけた、と言わんばかりに笑うルプスレギナ。

 

「安心しなさい。死んでも治してあげるから……だから、ブタのような悲鳴を上げて、死んで頂戴?」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、そう告げるソリュシャン。

 

「誰か私に優しくしてー!」

 

 クレマンティーヌ、心からの絶叫だった。

 そして、そんな彼女を見ながら、メリエルが口を開く。

 

「あ、そうそう、ソリュシャン。ちょっと冒険者組合に行ってきて」

 

 メリエルは思い出したかのようにそう言い、一拍の間をおいて更に続ける。

 

「蒼の薔薇を1ヶ月間、私の護衛として雇いたいわ。報酬は金貨1人あたり1万枚で」

 

 1ヶ月、蒼の薔薇を護衛として雇えばヒルマの約束も履行できる上、蒼の薔薇と接触するというメリエルの目的も果たすこともできる。

 一石二鳥であった。




メリエルは100%、悪意なく善意でやってます_(:3」 ∠)_


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メリエルの善意

捏造あり。微グロあり。


 蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは当初、この依頼を受ける予定はなかった。

 成金が他国から王都にやってきたという噂は彼女も当然に知っている。

 

 彼女がひとえに、今回の依頼を受けたのは友人たるラナーの頼みもあったからだ。

 メリエルの正体を探ってほしい、と頼まれてはラキュースに断る理由は特に無い。

 何しろ、メリエルは怪しすぎた。

 

 奴隷を100人も購入し、バカみたいに金をバラ撒くのは何かあると疑ってほしいと言っているようなものだ。

 

 そして、今回、メリエルが提示してきた報酬も破格だ。

 1人あたり金貨1万枚というのは子供が考えたような数字。

 

 ラナーからは報酬は貰っていい、と言われていた為、ちょうどいい稼ぎとばかりにラキュースは思っていた。

 

 

 

 

 

「えっと、本当にいいんですか?」

 

 ラキュースはメリエルにそう問いかけた。

 この屋敷を訪れ、そしてこうしてメリエルに対面してから、ラキュースは何度目かになる問いかけだ。

 ラキュースとガガーラン、その2人が正式に依頼を受けるという意思表示をすべく、メリエルの屋敷に訪れていた。

 

「構わないわ」

 

 メリエルは鷹揚に頷いた。

 

「しかしよ、随分と景気がいいじゃないか? え、メリエルさんよ?」

 

 ラキュースの隣に座るガガーランがそう問いかける。

 

「報酬全て前払い、それも全員分。こんな話、美味すぎて蝿も寄らねぇぜ」

 

 ガガーランの言葉にメリエルは優雅にティーカップを手に取り、口をつける。

 その仕草一つでラキュースにはメリエルがそこらの粗暴な輩ではないことが窺えた。

 

 そもそも、メリエルはあまりにも美しすぎた。

 その衝撃は一生忘れることはないだろう、とラキュースは確信する。

 

「私は蒼の薔薇というのは何者にも替えがたいと思っているわ。それなら、相応の報酬を用意するのが当然。こちらは新参者であるから、これくらいは誠意を見せないといけないと思った次第」

 

 道理は通っている。

 新参者はどこでも煙たがられる。

 

 それ相応の誠意を見せねばならない、というのは確かにそうであった。

 

「まあ、報酬はいいが、何故、俺たち全員を1ヶ月間、屋敷に詰めさせない? 1日2、3人が詰めていればいいというのは幾ら何でもおかしいだろう?」

「簡単な話よ」

 

 メリエルは微笑み、告げる。

 

「屋敷に1ヶ月も詰めさせるなんて、気が滅入るでしょ? だから交替で、息抜きしてほしいのよ。私は理解ある雇い主になりたいの」

「怪しすぎて、逆に困るんだが」

 

 ガガーランは正直にそう告げた。

 

「そうかしら? じゃあこうしましょう。王都の全ての冒険者を私が雇って、護衛につけるようにする。その上で、さっきの1日2、3人詰めているという形にすれば……」

「いやそれ、屋敷に物理的に入らないからな? ていうか、その状態で誰から襲われるんだよ」

 

 ガガーランは絶望した。

 メリエルが非常識過ぎる、と。

 

「分かりました、メリエルさん。にわかに信じがたいですが、あなたがそう仰られるのであれば、こちらとしては構いません」

 

 メリエルはラキュースに満足気に頷き、ところで、とずいっと顔を彼女へと近づける。

 

「仕事の話は終わりにして、ラキュースって可愛いわね。どう? 私の個人的な友人にならない?」

 

 ラキュースは呆気に取られた。

 ガガーランはくつくつと笑っている。

 

「おい、ラキュース。良かったな、口説かれて」

「え、いや、そういうのはお断りします」

 

 えー、とメリエルは不満気に頬を膨らませてみせる。

 

「いいじゃないのよ。別に減るもんじゃないし。私だってお友達になりたい」

 

 えー、とラキュースは困惑した。

 さっきまでとは打って変わって、歳相応の少女のような振る舞いだ。

 しかもそれが超がつく美少女がやっている。

 

 ティアだったら即落ち間違いないわね――

 

 ラキュースがそんなことを思っていると、おもむろにメリエルが口を開く。

 

「それじゃ、どうやったらお友達になれるかしらね。八本指でも潰せばいいかしら」

 

 さらりと出てきた単語にラキュースは目を見開く。

 その反応に、メリエルはくすりと笑う。

 

「私は新参者だから、詳しくは知らないけど、八本指とかいうのが威勢が良いらしいわね。王国の貴族や商人と結びついて、アレコレやっているとか何とか」

 

 ラキュースは直感する。

 コイツはヤバイ、と。

 新参者とか言いながら、既にそこまで把握しているのか、と。

 

 メリエルはかなり深いレベルで八本指を把握しているように、ラキュースには思えた。

 

 

 当のメリエルは自身の髪を指でくるくると巻きながら、言う。

 

「もう分かると思うけど、私、八本指の六腕から狙われているっぽいのよ。だから、あなた達を護衛に依頼したの」

 

 いったい、メリエルは何をやったのだろう、とラキュースは不思議に思ったが、それを聞いてもうまくはぐらかされて終わりそうな気がした。

 

「何だ、ちょうどいいじゃねぇか。俺らも八本指にはちょいとばかし用がある……それと、俺とは友達になりたくねぇーのか?」

 

 ガガーランにメリエルはにっこりと告げる。

 

「あいにくと私はあなたが好みじゃないわ。来世からやり直して頂戴」

 

 あんまりといえばあんまりな物言い。

 あまりにも失礼過ぎる言葉であったが、ガガーランとしては真っ向からこんな風に言われるのは中々に新鮮であった。

 

 彼女は盛大に笑い、告げる。

 

「よし、俺は一方的にお前を友人と思うぞ。というわけでメリエル。酒だ、酒寄越せ。お前は上等な酒を持っているだろう?」

「黙れ筋肉ダルマ。そこらの泥水でも飲んでいろ」

 

 メリエルはにっこり笑顔でそう言うが、手近に控えていたメイドに酒を用意するよう命じる。

 

 えぇ、とラキュースは困惑する。

 なぜか意気投合しているように見えるガガーランとメリエル。

 

 何でそうなるの、とラキュースは思ったが、どっちも常識はずれという共通点があった。

 ともあれ、彼女としてはとりあえずうまく纏まり、ホッとした。

 

「それじゃ、明日からよろしく頼むわ。あと、筋肉ダルマはさっさと酒もって帰れ」

 

 メリエルはガガーランを睨みつけるが、当のガガーランは笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畏れながらメリエル様。あのような雑魚共に任せずとも、我々で処理をしますが……」

 

 ラキュースらを見送った後、ソファでくつろぐメリエルにソリュシャンは告げた。

 

「そうね、ただ潰すだけなら一瞬よ。エイトエッジアサシンあたりを送り込めばいい」

 

 だけど、とメリエルはソリュシャンに優しく言葉を続ける。

 

「それじゃあ楽しくないでしょう。結果が分かりきった勝負などつまらないわ。同レベル帯の者同士の戦い程、面白いものはない」

「申し訳ございません、メリエル様の娯楽に対し、私は失礼な言葉を……」

 

 構わないわ、とメリエルは言い、立ち上がる。

 そして、ソリュシャンの頬へと手を伸ばし、優しく撫でる。

 

「もっとも、私は自分の力を誇示することも好きだけどね」

 

 ソリュシャンは恍惚な表情と化すが、メリエルは彼女とルプスレギナの失態を忘れてはいない。

 

「ま、当分はお預けね」

 

 その意味を察し、ソリュシャンは絶望した。

 過去の自分を殴りたいところだが、さすがに過去に戻る魔法など存在しない。

 そんなソリュシャンの心を見透かしたかのように、メリエルは告げる。

 

「これからの頑張り次第よ。ところでクレマンティーヌはどうかしら?」

「訓練開始後、既に40回死んでます。それなりに動きは良くなってきております」

「そうね、とりあえず100回死ぬまでやってみましょうか。そんだけ訓練すれば、まあそこそこのレベルにはなっているでしょう」

 

 メリエルとしてはたとえクレマンティーヌがレベル100となったところで、どんな奇襲を掛けられようとも、打ち倒す自信があった。

 ゲーム上のものといえばそれまでの話であったが、現実化した今となってはメリエルはおそらく歴史上に類を見ない程に多数の強者――ワールドチャンピオン達――と同時に戦った経験を有している。

 

「でも、クレマンティーヌとは仲良くしたいわね。殺ったり殺られたりの関係じゃなく、こう、ラブでイチャイチャな……」

 

 やれやれとメリエルは溜息を吐く。

 

「ところでメリエル様、本日の夕食は何になさいますか?」

「お肉が食べたい。分厚いのがいい」

「畏まりました」

「もうそんな時間なのね」

 

 メリエルが窓の外を見れば、夕日が顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、簡単に終わるでしょう」

 

 エルヤー・ウズルスはワーカーであり、天武のリーダーだ。

 しかし、その天武は彼以外は技能持ちのエルフの女奴隷で構成されている。

 要するに、彼のワンマンチームであり、エルフの奴隷達の扱いは悪い。

 彼が法国出身であることにより、扱いの悪さは拍車がかかっている。

 

 しかし、彼の実力は本物であり、そこは誰もが認めるところだ。

 もっとも、彼はその尊大な態度から他のワーカーからも煙たがられていた。

 

 今回、彼らがやってきたのは王都郊外にある1軒の屋敷。

 依頼内容はここの屋敷の主であるメリエルの暗殺。

 報酬は金貨5000枚という破格のもの。

 

 それだけの重要人物とのことだが、護衛は剣士1人だけで、あとはメイドしかいないと依頼主から彼は聞いていた。

 正確な情報を集めてから、行動に移すべきであったが、彼としてはいざとなれば奴隷達を盾にすればいい、と考えており、また彼は実力に自信があるからこそ、どのような待ち伏せがあろうと切り抜けられると確信していた。

 

 

 とはいえ、さすがの彼も真っ昼間から突撃する勇気はない。

 故に、夜を待ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたりは静まり返っており、時折、冷たい夜風が彼の頬を撫でる。

 他のワーカー達はまだ来ていないようだ。

 

 屋敷の門の前へと来た段階で、彼は視線を女奴隷の1人に向けた。

 

「おい」

 

 さっさとしろと言わんばかりにそう彼が声を出せば、女奴隷は怯えながら門の周囲に罠がないかどうか探る。

 彼女はレンジャーであった。

 

「罠は、ありません。人の気配もしません」

 

 まあ、そうだろうな、とエルヤーは思う。

 故に、彼はそのまま彼女に扉を開けさせ、先頭を歩かせる。

 

 

 暗く、よく見えはしないが、非常に整った庭園であると彼は感想を抱く。

 よほど屋敷の主は金持ちなのだろう、とも。

 

 今回依頼主からはメリエルを殺しさえすれば、彼女の財産については好きにして良いとも言われている。

 他のワーカーも今回のメリエル暗殺には参加するだろうからして、エルヤーは受けるなりすぐに帝都を出立し、強行軍で王都にやってきていた。

 

 それが功を奏した。

 

 

 

「期待できますねぇ」

 

 知らず知らず、頬が緩む。

 既に彼の頭の中ではこれから得られる富をどう使おうかという算段だ。

 そして、メリエルは素晴らしい美貌を誇るという。

 

 殺す前に抱くのもいいだろう、とエルヤーの頬はますます緩む。

 

「人がいます」

 

 唐突な奴隷の声に、エルヤーは舌舐めずりをする。

 彼は前に立つ女奴隷を邪魔だとばかりに、蹴飛ばし、前へと進み出る。

 

 月明かりに照らされていたのは金髪をショートカットにした、猫のような女だった。

 エルヤーはその女に見覚えがあった。

 

「あー、だっる。さっさと終わらせたいから、かかってきなさいよ」

 

 すんげぇかったるそうに、スティレットを手で弄びながら、女は言った。

 

「これはこれは……まさかあなたがこんなところにいるとは思いませんでしたよ」

 

 エルヤーはそこで言葉を切り、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「漆黒聖典第9席次、クレマンティーヌ・クインティア」

 

 そう呼ばれたクレマンティーヌはきょとんとした顔になり、すぐに嬉しそうな顔になる。

 

「なんだー。あんた、法国の関係者?」

「法国出身です。色々やり過ぎましてね」

「ふーん……んじゃ、同じとこ出身のよしみで教えてあげるけど、この屋敷には手を出さない方が良いわ。地獄より酷い目に遭うわよ」

 

 実際に体験したクレマンティーヌからすれば、いくら強くなれるからと言っても、死んで蘇ってまた死んで、などと嫌な話だった。

 

「これはご忠告を感謝します。しかし、私も……」

 

 不意に、エルヤーは刀を抜き放ち、そして、連れてきた女奴隷のうち、1人へ向ける。

 そして、その女奴隷の腹へ刀の切っ先から突き刺した。

 

 悲鳴を上げ、崩れ落ちる女奴隷。

 他の奴隷たちは恐怖に怯え、固まる。

 

 やがてエルヤーは突き刺した刃を引き抜き、血糊を払う。

 

「この女奴隷は胸が少し小さいので、買い替えようと思っていたのですよ。そこにちょうど、この屋敷の主の暗殺依頼がきたので」

「……あー、あんた知らないわよ」

 

 クレマンティーヌは「やっちまったなー」と続けた。

 反応はすぐにあった。

 

 クレマンティーヌの脳裏に響く、彼女の飼い主の声。

 すぐさま、クレマンティーヌは飼い主の言葉に承諾し、口を開く。

 

「良かったわね、あんた。メリエル様が直接相手してくれるって」

 

 エルヤーが何か言うよりも早く、彼は瞬間的に背後に気配を感じた。

 彼が振り返れば、そこには今さっき彼が突き刺した女奴隷の傍に寄り、治癒魔法を掛けている女の姿があった。

 

 エルヤーは思わず、息を呑んだ。

 その女は月明かりに照らされ、さながら女神が降臨したかのような美貌と幻想的な雰囲気を伴っていた。

 

 しかし、と彼の頭には疑問が過る。

 どのようにして、現れたのだ、と。

 

「これでもう大丈夫よ」

 

 エルヤーが見守る中、メリエルは女奴隷にそう微笑みかけた。

 すっかりと痛みもなくなり、出血により多少気分が悪いくらいな女奴隷は驚愕の眼差しでメリエルを見つめる。

 

「耳も治してあげるわ」

 

 そう言ってメリエルが唱えると、半分程のところで切られた両耳がみるみるうちに再生していく。

 エルヤーは舌打ちする。

 

 高位の魔法詠唱者――

 

 どれほどにそれが厄介か、彼は知っていた。

 今、メリエルは無防備な姿を晒している。

 しかし、彼は動けない。

 

 クレマンティーヌがいるためだ。

 

 とはいえ、クレマンティーヌには既に戦闘を行う気は全くなかった。

 なぜならば、メリエルから手出し無用と言われたが為だ。

 エルヤーの見ている中で、残る2人の奴隷達の耳も治したメリエルは、ようやくにエルヤーに向き直った。

 

「初めまして、私がメリエルよ」

「これはこれは、わざわざ出向いて頂き、感謝致します。しかし、あいにくとここで死んで頂きます」

 

 直後、エルヤーは一目散にメリエルへと縮地でもって突っ込んだ。

 その素早さたるや常人の目には見えぬ程であるが、しかし――

 

「なッ……!」

 

 エルヤーは全く信じられない光景を目撃した。

 彼の刃はメリエルによって、摘まれていたのだ。

 決して手を抜いたわけでもない。

 初撃で決めねば厄介、そうと判断したがゆえの攻撃は、しかし、呆気なくメリエルに防がれた。

 

 それは決してまぐれなどではない。

 少なくとも、エルヤーの知る限り、どんな輩であっても、摘むことなどできはしない。

 

「ごめんなさいね、あなたの攻撃では私に傷一つつけられないわ」

 

 そう言って、メリエルは摘んだ刀身を離す。

 エルヤーはすかさず連撃をメリエルに叩き込むが、彼女が言った通りかすり傷一つ、負わせることができない。

 

 ならば、と武技である能力向上・能力超向上を使用し、空斬を叩き込む。

 しかし、やはりかすり傷一つ、メリエルに負わせることはできない。

 

「なぜだ!」

 

 エルヤーはメリエルに斬りつけながら叫ぶ。

 彼は当然の反応だろう。

 

「簡単よ。あなたが弱いから」

 

 メリエルはそう言い、現断《リアリティスラッシュ》でもって、エルヤーの片足を切り飛ばす。

 バランスを失い、そして痛みに彼は絶叫を上げる。

 

「ち、ちゆだ! ちゆをよこせ!」

 

 エルヤーの言葉にメリエルは鼻で笑ってみせ、彼女はエルフの女奴隷達のところへと行く。

 

「だ、そうだけど、どうする?」

 

 問いに奴隷達は暗い笑みを浮かべ、口々に叫ぶ。

 

 死ね――!

 

 答えはそれで十分に過ぎた。

 

「あなた、人望がなかったのね。まあ、でもいいじゃない? まだ足が1本と両手が残ってるし、何より生きている。ほら、早く斬りかかってきなさい。早く! 早く! 早く!」

 

 メリエルは両手を広げて、そう言ってみせる。

 しかし、エルヤーは痛みでそれどころではない。

 出血は当然止まらず、彼の命はすぐに尽きるだろう。

 

「しにたくない! たすけてくれ!」

 

 メリエルはきょとんとした顔になり、そして笑い出す。

 

「面白い冗談を言うじゃないの。暗殺目標に、命乞いをするなんて、どこの三流よ? まったく、度し難い」

 

 そう言い、メリエルはエルヤーへと近寄り、利き腕を思いっきりに踏みつける。

 骨が砕ける音と共にエルヤーは絶叫する。

 

「クレマンティーヌは殺人大好きの狂ってる可愛い子だけど、もうちょっと骨があるわよ?」

 

 いや、強制されてるだけだし、とクレマンティーヌは心の中でツッコミを入れた。

 

「さて、どうやって殺そうか? 一思いにやるというのはそれ以上苦痛を与えることができないという意味で駄目ね」

 

 うわー、マジ外道ー、とクレマンティーヌは心の中で思ったが、当然口には出さない。

 

「そうね、私は別にそこまで恨みはないし、ただエルフの子達を保護したかっただけだから、あとは彼女達に任せましょう」

 

 そう言って、メリエルは3人に短剣を1本ずつ手渡した。

 それはなまくらの短剣だった。

 

「この短剣はどんな硬いモンスターにも必ず最小だけれどダメージを与えられるものなの。それをどうするか、ここであなた達が何をするか、自由にして頂戴。あなた達の生活については私が面倒みるから、安心して」

 

 にこにこ笑顔でメリエルはそう言った。

 メリエルの言葉にエルフ達は壊れた笑みを浮かべながら、エルヤーに向かっていき――

 

 エルヤーを短剣で滅多刺しにし始めた。

 

「あー、良いことした後は気分がいいわ。これもまた善行ね」

 

 その光景を見ながら、メリエルは満足気に頷きながら言った。

 

「善意なんだろうけど……善意なんだろうけど!」

 

 それは違うとクレマンティーヌは全力で叫びたかった。

 しかし、言ったところで無駄ということを彼女はよく知っていた。

 

「ま、明日からは蒼の薔薇も来るし、楽になるわねぇ」

 

 メリエルはそう言いながら、滅多刺しを終えて、血まみれになったエルフ3人に声を掛ける。

 

「ねぇ、あなた達。一応聞くけど、帰る場所があるなら、そっちに行ってもいいわよ?」

 

 エルフ達は顔を互いに見合わせ、首を横に振る。

 

「それじゃ、私の傍にいなさい。改めて、私がメリエルよ。私に絶対の忠誠を誓いなさい」

 

 ふふん、と胸を張ってそう言うメリエルに、エルフ達はただ頭を垂れた。

 クレマンティーヌはその光景を見、溜息を吐く。

 

 また競争相手が増えた、と。

 

 そんなクレマンティーヌの心など露知らず、メリエルは機嫌良く、にこにこ笑顔だった。



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真の絶望

独自設定・捏造あり。微エロあり。


「メリエルさんは強いぞ」

 

 モモンガはそう告げた。

 今日も今日とてエ・ランテルで冒険者生活を送っていた彼は、ナーベラルからの問いかけにそう答えた。

 先立って行われたメリエルの全力の一撃。

 それ以来すっかりとメリエル=破壊神とかそういう認識がナザリックに根付いてしまい、色々な意味でメリエルは大人気であった。

 勿論それはメリエルは実はベッド上での戦いは初めてであったという、衝撃の事実が暴露されたことが拍車を掛けた。

 

 

「何が強いかというとだな」

 

 そうモモンガは切り出しながら、少し嬉しかった。

 彼としてはおおっぴらに、メリエルだけでなく、かつての仲間達についてこれでもかと語りたいことが山程ある。

 お前達の創造主はこれだけすごかったんだぞ、と語りたかったのだが、中々に支配者ロールプレイをしながら、となるとハードルが高い。

 支配者としての威厳とかそういうものを一瞬で粉砕する、馬鹿話が大半だからだ。

 

「メリエルさんの《至高なる戦域》は、あくまでメリエルさんが全力戦闘を行うことができるフィールドを作るに過ぎない」

 

 ナーベラルは反射的に頷き、数秒程して首を傾げた。

 

「あの、畏れながらモモンガ様。それはどういった意味でしょうか?」

「そのままの意味だ。メリエルさんがあのフィールド以外で全力を出すと、ちょっと世界崩壊の危機なのでな」

 

 ユグドラシル時代、メリエルが全力全開の一撃を通常空間でぶっ放した時はそれはもう大変な騒ぎに陥った。

 射線上にあった街や村、城にダンジョンは根こそぎえぐり取られ、多数のプレイヤーとNPCが死亡し、運営が介入し、無かったことにした。

 その結果、メリエルは一時期多数のプレイヤーから狙われ、ワールドチャンピオンによる討伐連合軍が組まれる事態にまでなったのだ。

 

 しかし、そんな事態があってもなお、メリエルに対して何かしらの制限等をつけなかった運営も運営だった。

 

「メリエルさんの種族としての、特殊スキルもある。まあ、詠唱が必要なものだが、強力だ。そんなメリエルさんの全力戦闘は凄いぞ」

 

 ナーベラルはその言葉に、ごくり、と唾を飲んだ。

 

「メリエルさんの映像記録をナザリックに戻った時にでも見てみるといい」

 

 モモンガは満足気にそう告げながら、改めて疑問に思うことがある。

 それはつい30分程前、メリエルから届いたメッセージにある。

 

 ちょっとシャルティアとコキュートスを一晩貸して欲しい、と。

 

 何でも、暗殺者が来るらしいので、2人の鬱憤ばらしをさせてあげたい、とのことだ。

 よく考えていてすごいなぁ、と素直に感心しながら、モモンガはメリエルに許可を出している。

 

「さて、ナーべ。モンスター狩りに出かけるとしよう」

 

 着実にモモンガはモモンとしての実績を築いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この報告に、間違いないのだな……?」

 

 僅かに震える声でされた問いに、漆黒聖典の隊長である彼は平伏したまま、肯定する。

 スレイン法国の錚々たる面々がここに集っていた。

 最高神官長をはじめ、六大神官長、三局院長まで。

 

「にわかに信じがたいと思いますが、全て事実であります」

 

 メリエルとの遭遇から、全滅、そしてその後に蘇ったことまで全てを隊長は克明に報告していた。 

「端的に言えば、我々はその存在について知っている」

 

 最高神官長の言葉に、思わず隊長は顔を上げる。

 隊長の視界に入った面々は一様に極めて厳しい表情をしていた。

 

「六大神様が遺されたものに、あるスクロールがあった」

 

 最高神官長は机に置かれた、鎖で厳重に縛られたスクロールを手に取る。

 そして、おもむろに鎖を解き、スクロールを開いた。

 

 すると、空中に鮮明な映像が浮かび上がる。

 

「これはその存在が戦った記録だ」

「ぷれいやー、ですか?」

 

 隊長の問いに、最高神官長は肯定する。

 そして、映像が再生される。

 

 まず、隊長の目に入ったのは見慣れぬ言語だ。

 かつて六大神が使っていたという、その言語。

 スレイン法国でも一部の者しか読めないものであったが、幸いにも隊長はその一部に含まれた。

 

「未来への、脅威」

 

 デカデカとした文字が浮かび上がった後にはつらつらと文章が現れる。

 

「世界に終末を与える為に降臨した、善と悪を内包した混沌の天使……?」

 

 ある一文に、隊長は絶句した。

 そして、同時に納得もした。

 そんな存在であるなら、世界創造や世界崩壊もお手の物だろう、と。

 

 とはいえ、ユグドラシルのプレイヤーからすれば、これらは単なるフレーバーテキストに過ぎないものだったりするが、法国の面々にはそんなことは分からない。

 

「メリエルという名前だ」

 

 厳しい表情のまま、最高神官長は言った。

 隊長はその名を深く心に刻み、映像を見守る。

 

 文章が終わり、映ったのは平原であった。

 そして、そこに並ぶ数々の戦士や魔導師達。

 誰も彼もが神話に出てきそうな武具を纏い、またその種族はヒューマンだけに留まらず、エルフやダークエルフ、果ては獣人やアンデッドなどまでいる。

 総勢で数百人程。

 隊長は目眩がした。

 

 映像に映る面々は全員が自分よりも格上であると確信したからだ。

 

 おそらくは世界中の猛者を集めたのだろうことが容易に想像がついた。

 

 まさに人類の、否、世界の連合軍。

 

 映像が切り替わる。

 

「なん、だと……」

 

 隊長は言葉が出なかった。

 青空を覆い尽くす、無数の天使の軍勢。

 そのうち彼が見たことがある炎の上位天使《アークエンジェル・フレイム》もいたが、大半は見たことがない天使だ。

 

 隊長が呆然としている間にも、映像は進む。

 やがて、天使の軍勢が一斉に連合軍目掛けて攻撃を開始する。

 傍から見る分には壮観な光景であったが、実際に対峙すれば想像を絶する程の恐怖があるだろう。

 

 飛び交う魔法も隊長が知るものより、知らないものの方が多い。

 おそらくは第9位階、第10位階の魔法なのだろう。

 

 音も凄まじい。

 耳を聾する爆音がひっきりなしに映像のあちらこちらで鳴り響いている。

 

 そして、何よりも驚愕すべき点は軽く見積もっても万はいる天使の軍勢相手に、連合軍は一歩も引かないどころか、少しずつ戦線を押し上げているところ。

 

 各人が互いのフォローをし、おそらくは脅威度が高いものから1体ずつ着実に撃破していっているのだ。

 

 戦士である隊長にはそれがどれほどの練度か、よく理解できた。

 特に切り込み隊である9人の戦士は凄まじい。

 その動きは別次元のものであり、次々に天使を撃破している。

 

 そのとき、場違いな音色が映像から聞こえてきた。

 一定のリズムを刻みながら徐々に大きくなる笛の音と太鼓の音。

 およそ、この戦場には相応しくないものだ。

 

 そういうものは国と国が戦うところでよく使われるもの。

 

 怪訝に思っている隊長であったが、答えはすぐに映し出された。

 

 黒い三角帽に赤い軍服。

 長い槍のようなものを腰だめに構えながら、その無数の戦列はゆっくりと近づいてきた。

 

 

 映像の中で先頭を進む純銀の鎧を纏った戦士が叫んだ。

 

 レッドコート――!

 

 たちまちのうちに、連合軍の動きが変化する。

 天使の迎撃よりも、目前のレッドコートという軍隊へ攻撃が集中される。

 たった一度、剣を振るうだけで数百人単位が吹き飛ぶ。

 極大の爆発魔法で戦列ごと根こそぎにレッドコートが消し飛ぶ。

 

 しかし、しかしだ。

 レッドコートは変わらずに、ゆっくりと連合軍へ近づいてくる。

 

 まるで赤い壁が迫ってくるかのように、隊長には感じられた。

 

 

「六大神様が残した書物によれば、このレッドコートという軍勢は全てメリエルが創りだしたホムンクルスらしい」

 

 横からの最高神官長の言葉に、隊長は耳を疑った。

 

 

 ホムンクルスがどういう存在かは知られているが、その製法や材料等は不明であり、また、今稼働しているホムンクルスは勿論、作成できる人物も法国は把握していない。

 

 映像を見る限り、軽く万を超えるホムンクルスが連合軍に向かっている。

 

 やがて、レッドコートと呼ばれたホムンクルス達は前進を止めた。

 

 何をするかと隊長が訝しげに思うと同時に、ホムンクルス達はそれぞれが手に持った槍のようなものを構えた。

 

 そして、一斉に白煙が戦列から立ち上る。

 それは一回だけでなく、後続する戦列も次々と撃ち放つ。

 

 対する連合軍側は複数の防御魔法の重ねがけで対処している。

 そうしている間にも、戦列は魔法で次々と吹き飛ばされていく。

 

 だが、如何せん数が多い。

 

 

 

「この後、9人の戦士が吶喊し、戦列の最奥にいるメリエルと戦うことになる。戦いは数時間にも及ぶが……結果から言えば、引き分けだ。戦士の君からすれば、非常に興味深いと思うが、今回は割愛させてもらう。長いんでな」

 

 

 スクロールが閉じられ、映像もまた消える。

 

 隊長は最高神官長の言葉に思わず笑いをこぼしてしまう。

 

 なんというデタラメだ。

 

 メリエルもメリエルだが、そんな相手と渡り合う連合軍も連合軍だ。

 

 

「我々としては、彼女を敵に回すなど以ての外。だが、何もせずに放置して、こちらに気まぐれで矛先を向けられる可能性もある。おそらくは世界の総力を結集したとしても、メリエルは倒せない」

 

 隊長は立場としては否定したかったが、それは到底できない話であった。

 たとえ番外席次が100人いたとしても、メリエルはどうしようもできない。

 災害のようなものだ。

 

「故に、彼女には法国として巫女を送り込み交渉する。最悪、法国全てと引き換えに人類の守護、あるいは存続を願うつもりだ」

 

 これ以上ないほどに分が悪い賭けだ、と隊長は内心思う。

 おそらくは言っている最高神官長もそう思っているだろう、と隊長は確信している。

 

「クレマンティーヌには今後一切手を出すな。メリエルに関する資料を渡しておく。以上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……疲れたな」

 

 重圧から解放された隊長の口からはそんな言葉がこぼれ出た。

 

「メリエルってそんなに強いの?」

 

 横合いから聞こえた声に隊長が視線をやれば、番外席次がソファで寝転がりながら、ルビクキューを弄っていた。

 

「そうだな、強いな」

 

 隊長の言葉に、ルビクキューをソファの横にあったテーブルに置いて、彼女は起き上がった。

 

「どんくらい? 私よりも?」

「ああ。お前が100人いても歯が立たないくらいには強い」

 

 隊長の言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべる。

 

「ようやく私は敗北を知れるの!?」

「やめとけ。アレには手を出すな」

 

 えー、と不満顔の彼女に隊長は深く溜息を吐いて告げる。

 

「お前は世界を作れるか? そして、その作った世界を壊せるか? それができないならやめておけ」

「できないけどできそう!」

 

 きらきらした瞳を向けてくる彼女に隊長は再度溜息を吐く。

 

「あのなぁ、メリエルが全力出したら、この世界が終わる。お前だって、世界が終われば死ぬ。誰だって死ぬ。例外はそうした本人くらいだ。蟻の巣を潰すような気軽さで相手は世界を滅ぼせるんだぞ」

「それでも戦いたい!」

「ダメゼッタイ。俺は人外決戦に巻き込まれて死にたくない。あと法国はメリエルと交渉するから。もしかしたら模擬戦とかそういう形でいけるかもしれない」

 

 模擬戦という言葉に番外席次は反応し、うんうんと何度も頷く。

 

「あ、メリエルって男?」

 

 問われ、隊長はメリエルの顔を思い出しつつ、手元にあるメリエルの資料へと視線を向ける。

 最高神官長より渡された、六大神が遺したメリエルの資料を複写したものだ。

 

「……いや、両性具有らしいぞ。見た目は完全に女だが、男でもあるんだろう」

 

 やったー、と喜ぶ番外席次に隊長は溜息しか出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々面白いわね」

 

 メリエルは自室にて、ゆったりとソファに座って、スクロールにより空中に投影された映像を見て楽しんでいた。

 蒼の薔薇の面々が、クレマンティーヌが、襲撃者達と激しい戦闘を繰り広げている。

 一進一退の攻防に、メリエルはとても満足していた。

 

 メリエルの横にはヒルマがメリエルに体を預けるような形で座っており、時折メリエルがヒルマの頭を撫でたり、背中をさすったりしてる。

 ヒルマは映像を見ながら、胸中には不安がある。

 

 もしここでメリエルが負けたら、確実に拙いことになる。

 

「不安?」

 

 ふと、そんな声が聞こえてきた。

 メリエルだ。

 

「ええ」

 

 隠しても仕方がない、とヒルマは肯定する。

 すると、メリエルは微笑み、告げる。

 

「大丈夫よ。私はね、強いわよ」

 

 気休めだ、と言うのは簡単であったが、ヒルマはどうもそうには思えなかった。

 まるでそうであることが当然であるかのような、そんなものを感じた。

 

 ヒルマは微笑み、ありがとう、と言って、メリエルの頬に口付ける。

 ソリュシャンとルプスレギナが凄まじい目でヒルマを見ているが、ヒルマは気にしない。

 

 失態を犯さなければ、私達があの位置にいたのに、とソリュシャンとルプスレギナは忸怩たる思い。

 

 無論、メリエルもソリュシャンとルプスレギナが凄まじい目でヒルマを見ているのには気がついている。

 だが、ソリュシャンとルプスレギナ……否、ナザリックの多くの者ではこうはいかないとメリエルは確信している。

 

 端的に言えば、絶対的に経験が不足している。

 

 高級娼婦として過ごしてきたヒルマは男を魅了する何気ない仕草、立ち振舞、口調は勿論、会話においても巧みだ。

 何よりも重要なものは会話であり、幅広い話題を持っていなければならず、深い教養がなければならない。

 貴族などの上流階級の男を客とする高級娼婦は、そこらの女よりも全てにおいて優れていなければ務まらないのだ。

 

 無論、これはヒルマ以外の、メリエルの元にいる高級娼婦達にも当てはまるが、ヒルマよりも若い彼女達を差し置いて、ヒルマがメリエルの傍にこうしているのはその娼婦達と比較してもヒルマが優れていた為だ。

 

 そんなヒルマが損得抜きで、本気でメリエルを落としにきている。

 

 これをどうにかするのはナザリックの女達にとっては一筋縄ではいかないだろう。

 

 

「ああ、屋敷に入ってきたわね」

 

 呑気な声でメリエルは言った。

 ヒルマもメリエルから視線を外し、映像へと向ければそこには襲撃者達が屋敷内部へと続々と入ってきていた。

 

「辿り着けないわ。もし辿り着いたなら、私が相手をしてやってもいい」

 

 そう言いながら、メリエルはヒルマの背中に腕をやり、自身の胸へと抱き寄せる。

 自分よりも豊満なメリエルの胸にヒルマは少しだけ嫉妬する。

 

 ベッドで初めて、メリエルの裸体を見た時、その美しさに嫉妬すると同時に、両性具有という特異性にヒルマは同情もした。

 これだけの容姿を誇り、それでいて両性具有であるならば、幼い頃から数多の変態達の玩具になってきたことは想像に難くない。

 

 ヒルマはメリエルの背中へと両腕を回し、ぎゅっと抱きつく。

 メリエルの匂いを肺いっぱいに吸い込む。

 

 良い匂いだ。

 これで香水なども使っていないというのだから、まったく女としての自信をことごとく破壊される。

 

 ヒルマはそう思いながら、メリエルの胸に顔を埋める。

 

 そんなヒルマを、メリエルはまったく咎めることなく、されるがままだ。

 

「ところで、ソリュシャン、ルプスレギナ」

 

 突然のメリエルの声にソリュシャンとルプスレギナはびくっと体を震わせる。

 

「ヒルマは良い女よ。でもね、あなた達も良い女。要は方向性の問題よ。小動物と花では同じ可愛い綺麗でも方向性が違う。そうでしょう?」

 

 その言葉はソリュシャンとルプスレギナにとっては天の声であった。

 彼女達はきらきらとした瞳でメリエルを見つめる。

 

「ちょろい……」

 

 ヒルマは小さく呟かれたメリエルの声に心の中で同意した。

 滅茶苦茶な論理ではあったが、ヒルマが見る限りどうもこの2人のメイドにとって、メリエルは神にも等しいらしい。

 その神がそういうのなら、そうだ、と信者は納得するしかないのである。

 

「あ、これは可哀想なことになるわね。シャルティアもコキュートスもあんなに張り切っちゃってまぁ……」

 

 その声にヒルマが視線を映像へとやると、ちょうど大広間に襲撃者達が雪崩れ込んできたところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今宵はよくおいで下さいんした」

 

 漆黒のボールガウンの両端を摘んで、優雅にお辞儀してみせるシャルティアに、襲撃者達は困惑していた。

 彼女の存在もそうであったが、その横に佇む巨大な虫型モンスターがよりいっそう、困惑の度合いを深めていた。

 

「御方ハ命ゼラレタ」

 

 キチキチと奇っ怪な声に、襲撃者達はぎょっとする。

 しかし、そんなことは気にせず、コキュートスは続ける。

 

「我等ニ、ソノ武威ヲ示セ」

 

 コキュートスの言葉を繋ぐように、シャルティアが続ける。

 

「一切の油断なく、全力でもって襲撃者を全て征伐せよ」

 

 瞬間、空気が変わった。

 襲撃者達は一瞬で感じ取ったのだ。

 

 殺される――

 

 コキュートスは全ての腕に武器を持ち、シャルティアは深紅の鎧を纏い、槍を手に持つ。

 

「至高の御方であるメリエル様の御耳に届くよう、断末魔の悲鳴を大きく出すでありんす。妾も協力しんす。メリエル様は仰られたでありんす。他人に協力する、これもまた善行であると」

 

 メリエル様名言集第42巻に載っているでありんす、とシャルティアは得意げにそう語る。

 

「……シャルティア、ソレハ何処ニアルノダ?」

「ナザリックの図書館にありんすよ。デミウルゴスとアルベドが作っているでありんす」

「終ワッタラ読ムトシヨウ」

「かなりの人気本でありんすから、貸出中になっているかもしれないんす。50巻まで出ていて、それぞれ10冊ずつあるんでありんすが、いつも、ほとんど貸出中でありんすよ」

 

 フム、予約シナケレバと言うコキュートス。

 

「さて、それじゃ始めるでありんすか。1分は保ってほしいんす」

「始メルトシヨウ」

 

 

 

 哀れな襲撃者達はもはや、狩られるのを待つ哀れな獲物に過ぎなかった。

 



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メリエルがクレマンティーヌに自慢する話

捏造あり。


 バハルス帝国皇帝であるジルクニフは執務の合間に、ティーブレイクをしていた。

 ティーブレイクといっても、大層なものではなく、決裁書類を横にどけて、紅茶と茶菓子を用意した程度のものだ。

 

 王国は既に虫の息に等しい。

 法国も、少なくとも帝国に関してはちょっかいを掛けてきてはいない。

 

 内政においても、右肩上がりとまではいかないが、それでも良い具合に増税することなく、税収も上がっている。

 

 今のところ順調だ。

 

 扉がノックされた。

 

「入れ」

 

 ジルクニフの言葉に、扉が開かれ、足早に補佐官の1人が入ってきた。

 ジルクニフよりも一回りは歳上だが、信頼できる優秀な補佐官だ。

 

「陛下、良い知らせが1つと悪い知らせが2つあります」

 

 そう告げる彼に、ジルクニフは顎に手を当て、数秒考える。

 

「では、良い知らせから聞こう」

「はい、陛下。良い知らせですが、王国に新たに現れたメリエルという輩についての調査報告が纏まりました」

 

 補佐官は持ってきた鞄から報告書の束を取り出し、ジルクニフへと手渡す。

 

「早いな。何が分かった?」

「他国の裏側の人物ですので、経歴等はわかりませんが、王国に持ち込んだ資産や王国で保有している資産など、そういったものを」

 

 ジルクニフは報告書をパラパラと捲る。

 

「この資産は桁を一つ二つ、間違えているんじゃないか?」

 

 個人が保有するようなものではない数字が、そこには書かれていた。

 

「残念ながら事実であります。メリエルはその気になれば王国を買えます」

「それだけじゃない。これだけの金塊を一気に市場に放出されてみろ。一瞬で金の価値は暴落する。王国も帝国も法国も……全部巻き込まれるぞ」

 

 ジルクニフは溜息を吐く。

 良い知らせかと思ったら、最悪に等しい知らせだったのだ。

 それも当然の反応だろう。

 

「性別は女。しかし、女好きか」

 

 ジルクニフは暗澹たる気持ちで、報告書を読み進めて、その記述に気がついた。

 

「八本指から100人単位で、人間亜人問わず、若い女の奴隷を購入しています。また、確認されている限りでは屋敷内にも非常に美しいメイドが2人、剣士が1人。メリエル本人も極めて美しい容姿です」

「適当な貴族の女を充てがうか。それで交渉のきっかけでも掴めればいいが……それで」

 

 ジルクニフは聞きたくないが、立場から聞かなくてはならない。

 

「悪い知らせは?」

「まず、メリエルの護衛をしている剣士ですが、元漆黒聖典第9席次のクレマンティーヌです」

「くそったれが。そんなものを飼っているのか!」

 

 ジルクニフの耳にもクレマンティーヌが起こした法国での騒動は入ってきている。

 クレマンティーヌは性格は極めて破綻しているが、その腕は抜群だ。 

 

「2つ目ですが、先立って王国の回し者からの依頼で、複数の帝国のワーカーチームがメリエルの暗殺に向かいましたが」

「ああ、聞いている。それで結果は?」

 

 補佐官は問いに、数秒の間を置いて答える。

 

「全滅です。誰も帰ってきませんでした。蒼の薔薇が護衛にあたっていましたが、蒼の薔薇は殺していません。蒼の薔薇が追い返したワーカー達は追撃者によって殺されたようです。飼っているのはクレマンティーヌだけではないかと……」

 

 ジルクニフは腕を組み、虚空を睨みつける。

 

 帝国の四騎士に匹敵するか、それを上回るナニカを配下にしている。

 となれば、戦うのは下策。

 

「友好的にいくしかないだろう。さすがに負けることはないだろうが、被害が大きくなりすぎる。王国はどう動いている?」

「静観の構えです。法国も接触したという情報はありません。しかし、既に八本指が接触しているとの情報があります」

「王国はどこまでドン臭いんだ? まあ、構わん。国としてはウチが初めて接触しよう。人選に関してだが、リストにして持ってきてくれ」

 

 以上だ、とジルクニフが告げると、補佐官は足早に出て行った。

 

「難しい局面になりそうだ」

 

 予想外の事態だ。

 降って湧いたと言っても過言ではない。

 

 だが、致命的な事態というわけでもない。

 やり方を間違えなければいい、それだけの話だ。

 

 ジルクニフは内心、そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エ・ランテルでアンデッドね』

 

 襲撃から1週間程が経過した、メリエルのもとにモモンガからメッセージが入っていた。

 内容はエ・ランテルでクレマンティーヌが接触しようとしていた、ズーラーノーンがついに動くというものだ。

 

『はい、メリエルさんはどうしますか?』

 

 モモンガの問いに、メリエルは暫し考えこむ。

 

 正直なところ、たかだか第7位階の不死の軍勢《アンデスアーミー》程度、モモンガがモモンとなっていたとしても容易く蹴散らせる。

 

『英雄モモンの為、私は参加しないほうがいいわね』

『そうですか? 私としては別に構いませんが』

『正直なところ、私がガチで浄化すると、ちょーっと大騒ぎになりそう』

『それもそうですね。久しぶりに、一緒に戦いたかったんですが』

『それは確かに心躍る展開ではあるけれど、強敵の為に取っておいた方がいいわ……ああ、蒼の薔薇を送るから、彼女らにも英雄モモンの目撃者になってもらいましょう』

 

 メリエルの提案に、モモンガは二つ返事で承諾する。

 

『それで、別件ですが、リザードマンの集落を発見したので、色々と実験してみようかと思っています』

『私が送った素材だけでは不安?』

 

 つい数日前の襲撃者の大半をメリエルは蘇生した上でナザリック送りとしていた。

 実験に使ってほしい、というメッセージとともに。

 

『人間は事足りましたが、亜人ではどうなるかと』

『そういうわけね。私としては別段反対する必要はないもの。リザードマンはあなたに任せる。この世界のリザードマンって、好みじゃないし。完全に二足歩行するワニだし』

 

 メリエルはもし擬人化したリザードマンとかそういうのであったなら、意気揚々と参加するつもりであったが、クレマンティーヌから既に人間の要素がない亜人について教えてもらっていた。

 

『分かりました。それで、最後の問題というか、まあ、メリエルさんの黒歴史なんですが』

 

 モモンガの言葉に、メリエルは体をびくっと震わせた。

 モモンガにとってのパンドラズ・アクターのように、メリエルにも黒歴史は存在する。

 しかも、複数。

 

 今の今まで、メリエルは気づいていない振りをしていた。

 

 

 

 おまけに、それらはギルドのNPCではなく、メリエル個人が所有する、課金ガチャで手に入れたお供のNPCである。

 レベル上限はデフォルトでは低いが、ガチャで入手できるレベル上限解放アイテムを使用することで、プレイヤーと同じく100レベルまで育成することができ、同じく職業・種族制限撤廃アイテムなどの様々な制限撤廃アイテムを使うことで、ほぼプレイヤーと同じようなキャラを作ることができる。

 

 無論、ゲーム上ではAIなので、プレイヤーのように迅速な対応ができるわけではないが、それでも壁役として使うなら最高の存在であった。

 とはいえ、100レベルまで育てた上で、種族や職業、装備などのガチ構成をNPCでするよりも、その分の時間と費用を自キャラにつっこんだ方が強くなれる為、よっぽどの変人くらいしか100レベルまでNPCを育成するような輩はいない。

 

 しかし、残念なことにメリエルは変人であり、なおかつ、変態の部類であった。

 彼女はこう考えたのだ、ホムンクルスのレッドコートは作成コストとしては極めて安く、言ってしまえばかなりの手抜きで作っている。

 各種天使はモモンガのアンデッド作成スキルと同じで、メリエルの種族としてのスキルの一つによる作成であり、手を加える余地がほとんどない。

 

 故に、100レベルNPCの軍団を編成し、ユグドラシルのどのような勢力をも、真っ向から粉砕できるようにしよう、と。

 早い段階からメリエルはそう考えていた。

 

 

 とはいえ、実際にはワールドチャンピオンとの連合軍による戦い以後に、NPC軍団の作成に本格的に取り掛かった為、数人しか完成できず、ユグドラシル時代は結局お披露目する機会がなく終わってしまった。

 

 

『いやー、昔、メリエルさんに喜々としてあんな設定を聞かされた身としては、封印している彼女らがどう反応するか、すごく楽しみです』

 

 ニヤニヤとしたモモンガの骸骨顔がメリエルの頭に浮かんでくる。

 

『ふ、封印じゃないし、私の神殿兼工房を守ってるだけだし……』

『早めに顔出しておいた方が、ダメージは少ないですよ……私も先日、こっそりとパンドラズ・アクターに会いに行きましてね……』

 

 疲れた声になるモモンガに、メリエルはその心情を察した。

 

『こ、今度行ってくる……深夜に猥談しながら、作るんじゃなかったわ……』

 

 ペロロンチーノと常人では到底辿り着けない深淵なる猥談の結果、生まれたのがメリエルのお供NPC達だった。

 常識を持っている人間がドン引きする程度にはヤバイ設定が盛り込まれている。

 

『神殿って、確か、メリエルさんの部屋から行くんでしたっけ?』

『そ、そうよ。ええ、じゃあ、近日中にナザリックで……たぶん数日は出てこれないと思うから』

 

 そう言って、メリエルはメッセージを終えた。

 ぐったりと、ソファに倒れこむ。

 

「……崇拝、狂信、盲信……ああ、こんなの、盛り込むんじゃなかった」

 

 それらの文言を設定に盛り込んでいない、守護者や戦闘メイド達ですらあんなにまで凄まじい忠誠度なのだ。

 その単語を3つ全て盛り込んだ、メリエルのNPCはどんなことになっているか、彼女は想像したくなかった。

 

 当然に、彼女らの容姿はメリエルが作ったことからメリエル好みだ。

 しかし、それでもさすがにちょっと遠慮したかった。

 

 デミウルゴスやアルベドに相談しようか、とメリエルは即座に思い浮かんだものの、忠誠とかそういうことに関しては頼りになりそうにない。

 

 

 

 

「しっつれいしまーす。メリエル様ー、入りまーす」

 

 ちょうどいいところに、クレマンティーヌがやってきた。

 

「メリエル様、周辺に怪しい奴はいませーん」

「あ、うん、そう。ご苦労様」

 

 クレマンティーヌは首を傾げる。

 それなりに長い時間を過ごした彼女からすると、あのメリエルがこんな生返事をするなんぞ、初めて見る光景だ。

 

「何かあったの?」

 

 そう問いながら、クレマンティーヌはさり気なく、メリエルの隣に座って体をメリエルへと預ける。

 メリエルはそれを受け入れつつ、クレマンティーヌの金色の髪を触る。

 

「ちょっと私が作った人間とかそういうのの話なんだけど」

「……は?」

 

 クレマンティーヌは耳を疑った。

 

 人間を作った――?

 

「実はね、ちょっと設定間違えて、ナザリックの守護者よりもヤバイ忠誠心を示しそうなんだけど、どうすればいいかな?」

 

 クレマンティーヌは「うげっ」と思わず声が出た。

 彼女の目から見ても、ナザリックの面々の忠誠心はヤバイ。

 しかし、それよりもヤバイ忠誠心となるともはや想像もつかない。

 

「……メリエル様なら、いつも通りでいいんじゃないかな? 力で何とかすれば」

「まあ、そうねぇ……それしかないわよね」

 

 おそらくは極端に嫌われることを怖がる筈。

 ならばこそ、堂々とした態度でいけばたぶんきっと大丈夫。

 

 メリエルはそう考えた。

 

「ところで最近、随分とヒルマにご執心ね」

 

 じーっとクレマンティーヌはメリエルの瞳を覗き込む。

 ナザリックの面々が見ればなんと不敬(=羨ましい)なことを、と建前と本音を綺麗に使い分けて言うコト間違いない。

 

「やっぱり娼婦がいいの? あっちのテクニックとか」

「そりゃそうでしょうね。経験値が違うもの」

「あら、私はもう用済み?」

 

 悪戯っぽく笑うクレマンティーヌに、メリエルは軽く溜息を吐いてみせる。

 

「思ってもいないことを言う必要はないわ。そうね、彼女は言ってみれば、清涼剤みたいなものよ。戦闘に荒んだ私の心を慰めてくれる……」

「うっわ、嘘くさ。んで、正直なところは?」

「ああいう、忠誠とかそういうこと関係ないと気楽でいい」

 

 ああ、とクレマンティーヌは納得する。

 同時に、もう一つあることにも気がつく。

 

「ヒルマはメリエル様が一番強いってこと、知らないのよね」

「そういえばそうね」

「だから、あの女は本当にそういうこと抜きでメリエル様についてるのよね」

「まあ、黄金は見せたけど、我が物にしようって策謀してないから、どうも本当みたい」

 

 女たらし、とクレマンティーヌは言い、メリエルの頬に口付ける。

 

「女たらし、といえば番外席次だけど」

「いやそれがどう繋がっているのよ……それで、番外席次がどうかしたの?」

 

 メリエルは問いに、にこやかな笑みを浮かべて告げる。

 

「もし、彼女が私に傷を負わせることができたなら、私は全力でもって戦おうと思う」

「は?」

 

 クレマンティーヌは耳を疑った。

 全力ってこの前世界ぶった切ったじゃないのよ、アレじゃないの、と。

 

「この前のアレは確かに放てる一撃としては最大のものよ。でも、正直溜めは長いし、魔法とかとの兼ね合いから1日1発撃つのがやっと。威力と射程範囲だけはデカイ、それだけのものよ」

「言ってることはおかしくないけど、基準がおかしいからね? なんで1日1発世界吹っ飛ばせる技が撃てるのよ?」

「いや、元々は私が回避も防御もできない技なり魔法なりが欲しいって思ったことから始まったのよ。それに、実態は限界まで強化系魔法とスキルを自分に重ねがけして、ステータスを極限まで高めたうえで、斬撃飛ばすだけのものなんだけど」

 

 クレマンティーヌはそれを聞いてげんなりとした。

 言ってることはおかしいわけではないのだ。メリエルは。

 

「じゃあ、メリエル様の全力戦闘って何なのよ?」

「単体でのものなら、限界まで能力を強化した上で、剣と魔法とアイテムをフルに駆使して戦うわ」

 

 クレマンティーヌは困惑した。

 戦士として、メリエルの言うことはまったくの王道だ。

 これ以上ないほどに単純明快であり、基本的な戦い方と言っても過言ではない。

 

 しかし、メリエルの力を知っているクレマンティーヌとしては、王道であるが故に、最強の戦闘方法だと確信する。

 

「軍勢も使っていいっていうなら、空を覆い尽くす天使の軍団と大地を埋め尽くすホムンクルスの軍団を相手に突撃させて、消耗した後に私が全力で戦う」

「……勝てる奴いるのそれ?」

「実は1回だけ引き分けてる。六大神クラスの奴が数百人と六大神よりも強い9人の戦士と同時に戦って」

「えぇ……」

 

 クレマンティーヌはドン引きだった。

 ドン引きされるとは思ってもいなかったメリエルはぷくーっと頬を膨らませる。

 

 そんな顔をするメリエルにクレマンティーヌは可愛いなぁ、と素直に思う。

 

「まあ、あのときとは条件も違うから、今やれば勝てる。そういえばクレマンティーヌ。あなたは物質最強化《マキシマイズマテリアル》という魔法を知っているかしら?」

 

 聞いたこともない魔法にクレマンティーヌは首を傾げる。

 

「これは簡単に言えば、エンチャント系強化魔法で、武器や防具の一時的な強化なの。全く斬れないなまくらの剣でも1回だけなら鉄をも切り裂くような名剣になるわ。2回目には元々のなまくらの剣に戻るんだけども」

「そんな便利な魔法があるんだ」

 

 へー、と素直に感心するクレマンティーヌにメリエルはわくわくとした顔で告げる。

 

「同じことは矢でもできるのよ。例えば、鉄の鏃にこれを使えばオリハルコンの鎧を貫通できるようになったりとかね。それに、矢は基本使い捨て。1本1本にコレを使えば……どうなるかしらね」

 

 クレマンティーヌはその意味を理解し、深く溜息を吐く。

 大方予想がついたのだ。

 

「ホムンクルスの軍勢はその魔法を掛けた武器を持っているのね。どんな相手でも当たれば即死と」

「そういうこと。私の軍勢が使っているのはオリハルコンとアダマンタイトの合金よ。これに物質最強化《マキシマイズマテリアル》を使っているから、六大神の防具でも貫けるわよ」

 

 まあ、問題もあるんだけどね、とメリエルは心の中で続けた。

 

 メリエルの軍勢であるレッドコート。

 その主武装はアップデート『ヴァルキュリアの失墜』により実装された銃剣付きマスケット銃であり、物質最強化《マキシマイズマテリアル》が付与されているのは銃剣と弾丸だ。

 問題点は、どちらも万単位で用意しなければならず、作成の手間が非常に掛かることと、いくら威力が上がっているとはいえ、第10位階クラスの防御魔法や防御スキルの重ねがけを貫ける程ではない。

 

 

 格下相手には無双できるが、同等レベルのプレイヤーには基本通じない。

 

 連合軍との戦いでこそ、これまでにコツコツと作り貯めたオリハルコン・アダマンタイト合金の弾丸――全てに物質最強化《マキシマイズマテリアル》が付与されたもの――が使用されたが、それ以外ではコストを抑える為に手頃に作成できる鉛の弾丸を物質最強化《マキシマイズマテリアル》を付与せずに使われていた。

 

 このように、総合的に考えれば費用対効果が悪いのに、メリエルが拘ったのはひとえに浪漫である。

 死獣天朱雀がこの部分に関してはもっとも深く共感し、彼はよくもこんなものを現代に蘇らせたと言ったのだ。

 

「……何でもできるのね、本当に」

 

 クレマンティーヌは呆れ顔だった。

 もはやここまでくると呆れるしかないのかもしれない。

 

「まあ、それはさておき、怪しいやつがいないって話だけど、王国なり何なりが接触してくるかなって思ったのに、ちょっと意外」

「あ、ようやくそこに戻るのね」

 

 クレマンティーヌは疲れた顔で、そう言ったのだった。

 



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たんなるメリエルの設定

たんなるメリエルの設定_(:3」 ∠)_


 

名前 メリエル

 

性別 両性具有

 

属性 極悪(カルマ値-500)~極善(カルマ値500)

   状態によって変動する。

   

 

種族 混沌の天使、無上天の熾天使、大公爵級堕天使 ほか

 

クラス ワールドデストロイヤー、ワールドガーディアンほか

    

 

フレーバーテキスト(いわゆる、自キャラに設定できる文章。ゲーム中では自己満足以外の何もない)

 

数千年前にユグドラシルに零れ落ちた天使。

非常に美しい容姿をしていた為、他者から常に付け狙われ、時には捕まり酷い目に遭うことも多々あった。

その為に、強さに対して極めて大きな執着をみせ、また同時に清らかさは徐々に失われ、天使としての最上位の位階に達した後はその強さへの執着により、次第に闇へと堕ちていく。

堕天使を極めた段階で、主たる神が現れ、善悪を等しく内包し、等しく全てを滅ぼす混沌の天使となるよう告げられ、それを承諾する。

 

経歴のわりには性格は比較的温厚であり、天使であることから基本的には善意で他者に対して行動を起こす。

また、過去の体験から性的なことには極めて貪欲、しかし、混沌の天使へとなった時点で肉体ごと変化している為、未経験である。

 

 

 

 

メリエルについて

 

メリエル攻略wikiより

 

隠れていない隠れワールドエネミー、あるいは運営が作ったチートキャラ。

以下、メリエルの概略。

 

メリエルの防御力

全てのデバフ・属性攻撃に対して完全に近い耐性を誇る為、属性特化キャラやデバッファーはほとんど役に立たない。

とはいえ、単純な物理防御・魔法防御も極めて高く、最低でも限界まで強化した神器級装備が必要。

ワールドセイヴァーをメリエルに叩き込めれば一撃で決まるが、そんなことを許してくれる相手ではない。HPも下手なワールドエネミー並にあり、メリエルの防御力を抜き、かつ、一撃でその膨大なHPを削りきれる程までワールドセイヴァーを強化するのは現実的ではない。

聖者殺しの槍はメリエルがブリージンガメンを保有している為、効果はない。

 

 

メリエルの戦法

基本、メリエルは1対1では戦わない。

無数の天使とホムンクルスを召喚し、自身はその戦列の最奥にいる為、数多の雑魚敵を超えて、そこに辿り着かねばならない。

こちらを消耗させたところで、万全の状態で待ち構えている為、生半可な輩はまず辿り着けない。

ホムンクルスは一撃で倒せるが、天使は厄介であり、熾天使が無数に交ざっている為、極めて面倒くさい。

また、ホムンクルスは物質最強化《マキシマイズマテリアル》された、オリハルコンとアダマンタイトの合金製の銃弾を飛ばしてくる為、こちらも防御魔法を重ねがけせねば防げない。

また、1対1で戦うことになった時点で、メリエルは多数の自己強化魔法、自己強化スキルを使用するが、あくまで通常魔法・通常スキルの範疇である為、ディスペル等で剥がすことは可能。

なお、エリクサー等の回復アイテムや各種アイテムを躊躇なく使用する(重要)

 

 

メリエルの攻撃力

神器級防具と防御魔法、防御スキルを重ねれば普通に耐えることは可能。

痛いが、即死する程ではない。それでもワールドエネミー級の通常攻撃力・速度である。

純粋な技量としては、たっち・みー曰く「俺よりは弱い」だそうだが、比較相手がワールド・チャンピオンであることを忘れてはいけない。

なお、同じギルドのぷにっと萌え曰く「メリエルは技量の拙さをスペック、物量で補うというスタイル。あと変態」とのこと。

 

 

メリエルの魔法・スキル

基本、習得できる魔法はほぼ修めていると思われるが、戦士系スキルと合わせると引き出しは無限にあると思って良い。

威力や発動速度を除けば、普通の一般プレーヤーが使う同じ魔法である為、対処しやすい。

もっとも注意すべきものはメリエルが自分で命名した世界灼き尽くす崩壊の一撃《ワールドコラプス》。

新しく魔法・スキルを作ったわけではなく、限界まで魔法・スキルで強化した一撃を放つというものであり、かつてのロールバックの原因。

ワールド・チャンピオンのワールドブレイクなら相殺できる。

 

 

 

 

おまけ

メリエルの魅力

ある意味、ユグドラシルの隠れていない隠しボス的な存在である為、何だかんだで人気がある。

たまに、強ギルドが弱小ギルドを襲っていると、ふらっと現れて強ギルド側を殲滅したりしていることがある。襲われた側は災害に遭ったと思って諦めるように。

 

プレーヤーキャラの中ではもっとも薄い本登場率が高い。

大抵はゲームとは逆で、メリエル受けが多い。また、メリエル純愛本は捗る物が多い。

なお、メリエルがヤンデレか否かは戦争になるので別の場所でやるように。

意外とうっかりらしく、かつてのロールバックの原因も、至高の戦域を展開しないで、世界灼き尽くす崩壊の一撃《ワールドコラプス》を撃っちゃったかららしい。

 

一部にはメリエル鬼畜ドS攻め本も存在するが、こちらはこちらでまた新しい境地に導いてくれるだろう。



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穏やかな世界征服の第一歩

捏造あり。微エロあり。


 

 ゆっくりと、メリエルは自らの得物であるレーヴァテインを振るってみる。

 現実にこうして握ってみると、レーヴァテインはほんのりと暖かい。

 

 ぽかぽかとしたお日様の暖かさ、と表現したら、周りの連中は、どういう反応をするだろうか、とメリエルは考えて、少し笑う。

 

 レーヴァテインの刀身中央に幾何学模様――ヒエログリフで刻まれた文言。

 これをやってくれたのはタブラ・スマラグティナだ。

 

 

 原初の炎、その担い手たるメリエル

 その炎、世界を飲み込み、善悪等しく焼き払わん

 

 

 不思議と、ヒエログリフを簡単に読めた。

 天使たるメリエルであるから、それも当然のことだろう。

 

 

 そういやレーヴァテイン作る時、紛らわしいことが起こったのよね――

 

 

 炎の巨人がドロップするアイテム、原初の炎というものがある。

 レーヴァテインの材料に使われているのはそれではなく、ムスペルヘイムにある灼熱劫火の地下世界。

 

 そこの奥に封印されている世界誕生の時より存在する、ムスペルヘイムを灼熱の世界としている直接原因の原初の太陽、その欠片――それもまた原初の炎という名前であった。

 

 レーヴァテインはこの原初の炎を主たる素材にし、熱素石を多数使用することで創りあげた代物だ。

 使いきりのワールドアイテムである熱素石を多数使用したレーヴァテインが、メリエルの言うようにただ頑丈なだけの剣であるわけがない。

 攻撃力や付与された数多の特殊効果により、ユグドラシル時代ではトップクラスの性能を誇る武器であった。

 そして、そんなとんでもない剣を収める鞘が普通であるはずもなく、こちらも熱素石をふんだんに使用し、数多の特殊効果を付与した鞘だ。

 

 

 フレーバーテキストも、タブラが気合を入れた為、この剣と鞘で、神話の一つでも書けるくらいには凄いことになっている。

 

 

  

 

 

「よし」

 

 メリエルはレーヴァテインを鞘に収めた。

 

 既に、装備は万全だ。

 上から下まで神器級装備で固め、さらにはファウンダーとブリージンガメンを装備している。

 これらに加え、すぐさま使えるように整えた各種アイテム。

 

 紛うことなき、メリエルの全力だ。

 

 正直、これで勝てなければ勝てる奴はどこにもいない、とメリエルは思う。

 

「……メリエル様、何してんの?」

 

 なぜか悲愴感溢れる表情のメリエルに、最初から見ていたクレマンティーヌは困惑顔だった。

 忠誠心ぶっ飛んでいる連中に会いに行く、というのは確かに気が重いだろうが、幾ら何でもいきなり戦闘にはならないだろう、とクレマンティーヌは考えていた。

 

 クレマンティーヌを知る者がここにいるならば、あのクレマンティーヌが一番常識人という、おかしな事態に驚愕のあまり卒倒すること間違いない。 

 

 

 

「メリエル様……」

 

 横合いからした声に、クレマンティーヌは小さく溜息を吐く。

 視線をやれば、やはりというかヒルマだった。

 彼女のメリエルに対するアプローチはもはや恋人にするそれである。

 

 

 クレマンティーヌとしては、こういうのは嫌いではないが、好きというわけでもない。

 ただげんなりするだけだ。

 

 ヒルマはメリエルの悲愴な感じに、とても不安を抱いているらしい。

 心配するだけ無駄ということを、クレマンティーヌは言いたかったが、面倒くさいのでやめた。

 

 そうこうしているうちに、メリエルが口を開く。

 

「そうね。先に言っておかないといけないわ。約束果たさないと」

 

 メリエルは何かを思い出したのか、ヒルマへと向き直る。

 真正面を向いたメリエルはさながらどっかの国の王女が騎士の格好をしているようであった。

 

 メリエルはどこからともなく、2本の小瓶を取り出した。

 一つは薄緑色、もう一つはオレンジ色の液体が入っている。

 

「薄緑色が若返り薬。自分が戻りたい年齢をあらかじめ宣言して飲むと効果を発揮するわ」

 

 そう言って、メリエルは若返り薬の入った小瓶をヒルマへと手渡す。

 

「こっちは不老不死の薬。効果は名前の通り」

 

 え、とヒルマは驚き、オレンジ色の液体の入った小瓶を見、そして、メリエルへと視線を向ける。

 はにかんだ笑みを浮かべ、メリエルは告げる。

 

「ま、あなたのことは気に入っているから」

 

 遠回しに告白しやがってコイツ――

 

 クレマンティーヌは思いっきりに声を大にして叫んで、ソリュションやルプスレギナを呼びたかったが、2人はメリエルの命を受け、屋敷周辺の警戒にあたっている。

 蒼の薔薇もメリエルが事情を説明し、半信半疑ながらエ・ランテルへ向けて出発している。

 

 要するに、クレマンティーヌには目の前で盛大にやらかしていることに対して愚痴を吐ける相手がいなかった。

 

 というか、とクレマンティーヌは思う。

 

 コレ、ナザリックの連中に知られたら、相当まずいんじゃね?

 

 痴話喧嘩に巻き込まれて死ぬなんぞ、笑い話にもならない。

 

「はい……」

 

 ヒルマはヒルマで、嬉しそうに頷いている。

 

「さて、それじゃ、ちょっと行ってくるから」

 

 

 メリエルはそう言うと、転移門《ゲート》を開いて、そこへと消えていった。

 

 

 残されたクレマンティーヌは溜息を吐く。

 

「……ねぇ、メリエル様はどのくらいの子供が欲しいかしら?」

 

 横から聞こえてきた声に、クレマンティーヌは絶望した。

 

「私に聞かないでよ。ていうか、メリエル様って子供作れんの? 私もそれなりにはヤッてるけど、そういう兆候はないわよ」

 

 やられっぱなしは性に合わない。

 故に、クレマンティーヌは反撃した。

 地味にメリエルにも飛び火している。

 

 

「そうなの。まあ、あのような特異な方だから、それも仕方ないわね」

 

 嫉妬するかと思いきや、ヒルマはあっさりとそう言った。

 

「あれ? いいの?」

 

 拍子抜けしたクレマンティーヌは思わず問いかけた。

 

「え、何が?」

 

 対するヒルマは首を傾げる。

 

「メリエル様と私がヤッてること」

「別に問題ないじゃない。メリエル様、絶倫だし」

「……まあ、そうね」

 

 乙女は乙女だが、純情な乙女ではなかった、とクレマンティーヌは納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移門を抜け、メリエルはナザリックの9階層にある自室にいた。

 ちょうど部屋の掃除をしていた一般メイドがびっくりしたが、些細な問題だ。

 その一般メイドを部屋の外に出し、メリエルは壁に掛けられた一枚の絵の前に立つ。

 

 絵はあらゆる場所が描かれているが、統一感が全くない。

 山や海、砂漠にジャングルもあり、めちゃくちゃだ。

 

 失楽園という名が小さいプレートにつけられている。

 

 ここがメリエルの神殿兼工房への入り口だ。

 一応はメリエルの部屋の一部ということにはなっているが、部屋の一部とは到底言えない広さを誇る。

 

 部屋の拡張自体には実のところそこまで制限はなく、個々人が課金アイテムを使用することで、いくらでも広げられる。

 事実、るし★ふぁーは部屋にだだっ広い、ゴーレム製作工房と格納庫をこしらえたり、タブラ・スマラグディナは遺跡を作ったりとやり放題だった。

 しかし、一番酷かったのは比較的常識人であった筈のブルー・プラネットだ。

 彼は俺の癒やし空間と叫んで、自分の部屋を広大な森林にしてしまう程だ。

 

 彼は第六階層だけでは物足りなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルは告げる。

 

「エデンは失われず、ここにある」

 

 

 すると、絵が淡く光り出し、扉の形に変形する。

 メリエルは無言で、その扉を開き、中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出た先は草原であった。

 空は抜けるような青空で、心地良い風がメリエルの長い金髪の靡かせる。

 

 遠くには天を貫くような尖塔がいくつも見える。

 あれがメリエルの神殿であり、工房だ。

 

「さて、誰が最初に来るかな」

 

 正直なところ、誰が来てもマズイというのがメリエルの気持ちだ。

 

 ペロロンチーノが案を出し、メリエルがノリにノッた結果、崇拝して盲信して狂信に加えて、諸々のことが設定に組み込まれている。

 彼女らお供NPCはギルドのNPCではなく、メリエル個人の所有物扱いとなる。

 そのためレベリングは連れ回せばいいのだが、装備までは手が回らず、大半は聖遺物級しか装備していない。

 さすがのメリエルも、神器級で固めるのは無理であり、本当に壁、支援、雑魚掃除といった役割しか期待していなかった。

  

 

 

 しかし、それも今は昔。

 

 ここはユグドラシルとは違った異世界であり、聖遺物級装備であっても余裕で国一つを滅ぼせるだけの力がある。

 そして、もっとも大事なことはフレーバーテキスト通りの設定になっていることであり、かつ、自分の意志を持っていること。

 

 さらにはメリエルはユグドラシルのサービス終了間際、数多の神器級装備、アイテムを破格の値段であるだけ購入していた。

 

 メリエルのちょっとしたコレクション魂から行ったものであったが、それは彼女からすれば最高の形で実を結ぶことになっている。

 

 そう、メリエルは彼女らを神器級装備で上から下まで固めることが簡単にできるのだ。

 

 

「来たか」

 

 転移門が目の前に現れる。

 門から現れたのは長い、金髪の美しい女性であった。

 しかし、その背にある4対8枚の白い翼が人間ではないことを如実に物語っている。

 

 彼女は目の前に跪き、頭を垂れた。

 

「いと高き御方、このようにお会いできることを心より嬉しく思います」

 

 メリエルは鷹揚に頷き、告げる。

 

「元気そうで何よりよ、グラヴィエル」

 

 とりあえず、いきなり大変なことにならずにメリエルは内心安堵しながら、そう告げ、スッと片手をグラヴィエルへと差し出してみる。

 

 どういう反応をするか、極めて気になったからだ。

 すると、グラヴィエルは差し出された手を両手で包み込み、そのまま自分の頬へともっていき、頬ずりし始める。

 

 よかった、想像よりはマシだった――

 

 メリエルは、いきなり服を脱ぎだしたり、そもそも全裸できたりとかそういうものを想定していた。

 しかし、現実はちゃんと服を着ており、嬉しい誤算だった。

 グラヴィエルは設定上、メリエルのお供NPCのリーダー役。

 そうであるが故に、きっと抑えてくれてるんだろう、とメリエルは期待した。

 

 しかし、グラヴィエルの表情が恍惚としたものになっているあたり、よろしくはない。

 さすがのメリエルもまだ実態が把握できていないが故、ベッドで親睦を深めようとは思わない。

 

 続いて現れたのは2人の天使の女性であった。

 これまたグラヴィエルと同じく金髪であり、4対8枚の白い翼を持っている。

 2人もまたグラヴィエルと同じように、跪き、頭を垂れ、これまた同じような文言を言う。

 

 似ているのも当然だ。

 

「リュリエル、ユリエル、あなた達も元気そうね」

「はい、メリエル様」

「一日千秋の思いでした」

 

 

 グラヴィエルを姉とし、リュリエル、ユリエルの3姉妹だ。

 姉妹設定であるのはペロロンチーノとの、姉妹丼は良いもの、特に3姉妹はバランスがいい、という身も蓋もない会話の為だ。

 例外なく、ペロロンチーノとの会話からヒントを得て、メリエルのお供NPC達は設定されている。

 まだ序の口だ。

 

「妹達も揃いましたので、メリエル様。私達の初めてを受け取っていただきたく」

 

 あっれー、何かおかしなこと言い出したぞー

 

 メリエルはそう思ったが、努めて表情には出さない。

 

「……グラヴィエル達って両性具有だったっけ?」

「はい、メリエル様。是非とも使っていただきたく」

 

 ずいっと迫るグラヴィエル達。

 

 ヒルマのさり気ないアピールとは違う、全く直球のやり方にメリエルは冷や汗が出てきた。

 

「これだから天使ってダメね」

 

 そんな声が横から出てきた。

 メリエルが視線を向ければ、同じ顔が2つあった。

 銀髪で、頭にはヤギのような角、背中には大きな黒翼がある。

 

 双子の姉妹丼は外せない、絶対にだ――!

 

 力説していたペロロンチーノの顔がメリエルの頭に浮かぶ。

 

 ペロロンチーノぉおおおお、とメリエルは叫びたくなった。

 

 

「メリエル様、ご機嫌麗しゅう」

「いつでも、私達はメリエル様を待っていますので」

 

 妖艶な笑みを浮かべて、そんなことを宣う双子。

 

 グラヴィエル達も黄金率の体型であり、十分過ぎる程に美しいのだが、こちらの双子はまた方向性が違う。

 グラヴィエル達は神秘的な、神々しい美しさであったが、こちらは肉感的で妖しい美しさであった。

 

「……そういえば、ルシアとランシア、2人も両性具有だったわね」

 

 悪魔と天使は両性具有というイメージがあったメリエル、そのことをペロロンチーノに話したことがあった。

 

 両性具有の姉妹丼とか通だな!

 

 ペロロンチーノの言葉が思い出された。

 

 

 それから続々とメリエルの作ったNPCがやってきた。

 エルフにダークエルフ、竜人に獣人にアマゾネス、極めつけはホムンクルスと多種多様な種族の美少女やら美女。

 

 全員が揃ったところで、全員の崇拝の視線をメリエルは受け、冷や汗を流す。

 

 ――何とかなるかなぁコレ。

 

 

 さすがにメリエルもちょっと自信がなくなってきた。

 げにおそろしきは黒歴史。

 

『やぁ、メリエルさん。どうですか? 黒歴史とご対面は』

 

 そのとき、メッセージが届いた。

 モモンガからだ。

 

『どうしようか自信なくなってきた。深夜のノリで、やるんじゃないわね』

『存分に苦しむがいい!』

『で、用件はそれだけ? それだけなら今すぐそっち行って、PvPさせて頂くけれど』

『申し訳ありませんが、用件はこれだけじゃないです。穏便に世界征服というのが目的ですけど、何か方法あります? デミウルゴスに委任していると、ちょっと取り返しのつかないことになりそうなので』

 

 なるほど、とメリエルはモモンガの言に納得する。

 

『それじゃあ、1時間くらいしたら、ナザリックのあなたの部屋で会いましょう。案はあるから』

『わかりました』

 

 メッセージが切れる。

 さて、とメリエルはこっちを見ている面々を舐め回すように見つめる。

 

 そして、気合を入れ、決意する。

 1時間以内に、全てを終わらせる、と――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく無事でしたね。出てこれないと思ったんですが」

 

 モモンガの言葉に、メリエルはVサインを作ってみせる。

 

「で、世界征服だったっけ? 制服じゃなくて。あとアンデッドのなんたらは?」

「制服じゃないです。征服で合ってます。ズーラーノーンは今日の夜あたりなので、まだ大丈夫です」

 

 ソファにメリエルは深く腰をおろして、ぐだっとしながら、告げる。

 

「商会作ろう。7つくらい。で、価格競争仕掛けて、既存の商店や商会を根こそぎ潰す。ある程度まで値段引き下げたら、私達が作った7つの商会は値段を同じくらいに合わせる。同時に人材の引き抜きも行う。その後に物流網も押さえて終わり。最初の狙い目は食糧ね。その次に武器」

 

 一気に言われ、モモンガはゆっくりとその言葉を頭に染み込ませ――

 

「鬼畜ですね」

 

 そうとしか言いようがなかった。

 しかし、メリエルはどこ吹く風だ。

 

「合法的な経済活動よ。金塊大放出で経済根こそぎ破壊するわけじゃないもの。それに、現地民の雇用創出にもなるから、感謝されこそすれ、恨まれるいわれはない。商店や商会は潰すけど、そこに働いていた輩はウチが2倍の給料払って雇えばいい」

「赤字になりませんか、それ」

 

 問いに、メリエルは首を横に振る。

 

「赤字か黒字かというのはここでは然程重要ではない。そもそも、私は金塊作れるから、赤字になっても即座に補填できる。ともあれ、狙いは我々が社会の根本に浸透し、我々なしでは生活できない程に依存させてしまえばいい。20世紀後半における、大手小売企業が採った戦略で、実際に個人商店とか潰しまくったから実績はあるわよ」

 

 モモンガはドン引きした。

 何でこの人、こんなことさらりと出てくるの、と。

 

「……メリエルさんって何されてたんですか? オフ会は一度も参加されたことなかったですよね」

「だいたい想像つくんじゃないの? 毎月二桁以上、ボーナス月は三桁以上、ゲームにつっこめる収入があって、こういう他者を顧みない、最悪で痛々しい性格しているとなると」

 

 なんか急に自虐を始めたぞ、この天使――

 

 モモンガはそう思ったものの、同時に思い浮かんだこともある。

 

「企業の偉い人ですか?」

「ま、そうよ。まぁまぁの地位ではあった。こうなったから意味ないけどね」

「……偉い人がこんなにエロい人だったなんて、部下とかに知られたらどうなりますか?」

「大丈夫よ。私は二次元で満足しているけど、三次元でヤッバイことやってる連中もそれなりにいたから。権力とカネを持ってると、社会ではチートモードになるからねー」

 

 聞かなきゃよかった、とモモンガは社会の闇を知って後悔した。

 

「で、モモンガさんや。それを知って、あなたは私に対して何か思うことある?」

「いえ、別に……だって、メリエルさんだし」

「それはそれでどうなのよ……」

「まあ、そんなことは置いておいて。とりあえず、穏便に経済活動するという形にしていきましょうか」

 

 モモンガの言葉に、メリエルは頷き、告げる。

 

「デミウルゴスとアルベド、2人に協力してやらせた方がいいわ。ナザリックの防衛に関しては私が屋敷からこっちに拠点を移せばいい。屋敷に関してはそうね、デミウルゴスとアルベドに相談しましょう。情報収集の拠点に使えそうだし」

 

 そうしましょう、とモモンガも同意し、早速アルベドとデミウルゴスを呼ぶのだった。

 

 

 



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全部メリエルってヤツが悪いんです

待たせたな!

メリエルのユグドラシルでの課金具合は某ソシャゲの石油王と同じかそれよりも上くらい。勿論、毎月です(ニッコリ

アルベドがメリエルを愛するようです。


「やることがない……」

 

 メリエルは玉座の間にある玉座――ではなく、その前に持ってきた椅子にちょこんと座っていた。

 テーブルも置かれており、その上にはお菓子と紅茶がある。

 

 メリエルは非常に暇だった。

 王都からこっちに戻ってきて早くも2週間になる。

 

 やることがない、まるでない。

 

 ズーラーノーンとやらはモモンガが一瞬で蹴散らし――蒼の薔薇には色々見せたらしい――街を救った功績から、一気に冒険者プレートがオリハルコンとなったらしい。

 とはいえ、アダマンタイト級の実力であることは蒼の薔薇によって証言されている為、近いうちにそうなるだろうとも。

 

 商会設立もデミウルゴスが指揮をとっている為、万全にやるだろう。

 

 

 黒歴史のNPC達はたまーに顔を見せに行って、色々堪能しているので問題はない。

 黒歴史ではない、真面目にNPCを作るのもいいかもしれない、とメリエルは思う。

 幸いにも、どんどん廃人連中が引退していく中で、もはや製作する意義を見いだせなかった。

 必要なアイテムは残っており、現実化した今、製作したらどうなるのか、という好奇心はある。

 

 他にメリエルがやることといえば精々がホムンクルスの兵士を作るくらいであったのだが、それも今日はもう飽きた。

 シャルティアとコキュートスを2人まとめて相手取って模擬戦もよくやっていたが、この前、24時間ぶっ続けて戦ったら、さすがに音を上げたので、しばらくは休ませる必要があった。

  

 

 ヒルマとクレマンティーヌはそのまま屋敷に留めてある。

 護衛にはルプスレギナをそのままおいてあるので、まず安心だった。

 

 もう1人、ソリュシャンはというと、メリエルがナザリックへと呼び戻している。

 自分の給仕をさせる為だ。 

 メリエルの傍に、現に今もソリュシャンは佇んでいる。

 

 そして、当のメリエルは、ぽけーっと紅茶とお菓子を飲んで食べるだけの存在と化していた。

 

 

「……ムスペルヘイム祭りは楽しかったなぁ」

 

 勇気と知恵を振り絞った決断――といえば聞こえはいいが、手を組んでワールドエネミー化したムスペルヘイム倒さないか、という誘いがワールド・チャンピオンの1人からきた為、ムスペルヘイムをソロで倒そうとしていたメリエルは数々のアイテムと引き換えに協力した顛末がある。

 8人のワールド・チャンピオンにメリエルを加えた、9人の討伐隊だ。

 支援チームも鯖トップクラスのバッファー、デバッファー、ヒーラーが揃っていた。

 

 あのときは弾幕の嵐で――

 

 とそこまで思い出して、メリエルはふと気がついた。

 今、自分は多数の神器級武器を持っている。

 それ、一斉に撃ちだしたら最強じゃね、と。

 

 元々インベントリである無限倉庫には多数のアイテムを同時に取り出す、撃ち出す機能が備わっている。

 そもそも、ユグドラシルでは多数のアイテムをぶつけて、モンスターに対してデバフやダメージを与えるのは中級者クラスならよくあることだ。

 モンスターのレベルがだんだんと上がるに連れて、そもそもそういった投擲系に対して無敵耐性を備えていたり、回避が高すぎて当たらなかったりする為、使わなくなってくる。

 いわゆるキャラのステータスの攻撃力や命中補正等はインベントリからモンスター目掛けて撃ち出す際には補正がつかない。

 そのため、キャラの命中補正などのステータスを投擲したいアイテムに反映させるためにはインベントリから取り出して、手に持って投げるなり何なりする必要があった。

 

 メリエルは無言で、どうやって同時に撃ち出すか、考える。

 手を突っ込むだけではユグドラシル時代にはあった無限倉庫の機能は使えず、ただ目的のものを取り出せるだけだ。

 

 あれこれ考えていると、突然、脳裏にユグドラシル時代と全く変わらない無限倉庫の機能画面が現れた。

 どうやら念じればいいらしい、とメリエルは気づきながら、笑みを浮かべた。

 

「ソリュシャン」

 

 名を呼べば、傍に控えていたソリュシャンはすぐさまにメリエルの前へときて、跪いて、頭を垂れた。

 

「面をあげなさいな」

 

 ゆっくりと、その端正な顔が上げられる。

 そして、メリエルはドヤ顔で告げる。

 

「我が財の一部を見ることを許す」

 

 そして、指を鳴らす。

 メリエルの背後の、何もない空間が水面のように揺らいで、それらは姿を現した。

 

 ソリュシャンはその光景に、茫然自失した。

 

 剣が、槍が、矛が、鎚が――

 数えるのも億劫な程の数多の武器がその姿を見せていた。

 

 それらに共通するものは唯一つ。

 全てが神器級のものである、ということだ。

 ソリュシャンに鑑定系スキル等はなかったが、そんな彼女であっても、それらが神器級であると判断するに足りる程、秘める力は強大であった。

 

「これを全て一斉に撃ちだしたら、どうなるかしらね」

 

 メリエルの言葉にソリュシャンはハッとした。

 

「私の敵になる者は幸運でしょう。神器級の武具にその身を串刺しにされるのだから。そこらの凡百なもので死ぬよりも良いでしょうに」

 

 そう言って、メリエルは全ての武器をインベントリに引っ込めた。

 

 ソリュシャンは何と言葉を発していいか、分からなかった。

 あまりにもそれは衝撃的過ぎた。

 神器級というのはワールドアイテムを除けば最上級のものだ。

 それをこのように、まるでそこらの店のように、大量に持っているというのは信じられないことであった。

 

「ソリュシャン、今のことは好きに広めて構わないわ。その方が面白そうだし」

 

 メリエルはそう言って笑い、椅子から立ち上がった。

 

「私はアルベドのところへ行ってくるわ」

 

 そう言って、メリエルは掻き消えるように消えた。

 

 残されたソリュシャンはゆっくりと立ち上がった。

 

「とりあえず、広めないと」

 

 広めていい、と許可をもらったのだから、早速に広める必要がソリュシャンにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリエル様! このようなところに!」

 

 アルベドは自らの執務室で多数の書類を処理していたところであった。

 そもそも彼女には部屋とかそういうものが設定されていなかったのだが、メリエルとモモンガはさすがにそれはちょっと、ということで私室と執務室を与えている。

 

「ああ、そのままでいいわ」

 

 慌てるアルベドにそう告げ、メリエルは虚空から椅子を一つ取り出し、それに座った。

 

「特に用はないのだけど、暇なのよ。こういうとき、モモンガが羨ましい。彼はわりと楽しんでるみたいだし」

 

 率直に告げられた言葉に、アルベドは衝撃を受ける。

 それは勿論、至高の御方を退屈させている現状に対して、だ。

 

「も、申し訳ありません、メリエル様」

 

 頭を下げるアルベドであったが、メリエルは手をひらひらさせる。

 

「いいのよ。私ってば、基本戦争以外じゃ役に立たないし……世界滅ぼすだけなら1週間で終わるんだけど」

 

 アルベドとしてはむしろ、たった1週間で世界を滅ぼせることのほうがびっくりであったが、メリエルのあの力を見れば納得であった。

 

「まあ、今はいいとして、問題は世界征服した後なのよ。その後、どうするって話。まあ、順調にいけば10年もしないうちに、終わるでしょ?」

「はい、それは勿論です。人類の勢力範囲内にはナザリックに対抗しうる勢力はございませんし、それ以外のところでも、おそらくは……」

 

 世界征服の後、という問いに対して、アルベドは明確な解答ができず、伏し目がちとなる。

 いかに頭脳明晰な彼女といえど、退屈をどうにかする、ということは極めて難しいことだった。

 そも万能に等しい――アルベドや他の守護者、シモベからすると――モモンガやメリエルが退屈というのだから、アルベド達が満足いく答えを用意できるとは思えなかった。

 

「それで、アルベド。モモンガも色々と精神的に疲れが溜まると思うのよ。アンデッドだけど」

 

 アルベドは即座にその言葉の意味を把握する。

 

「モモンガ様を癒やすのと、メリエル様の娯楽は繋がっているとそういうわけですね」

「そういうことよ。あなたやデミウルゴスとの会話はとても楽でいいわ。まあ、娯楽なんだけど、例えば私と彼が2人で気ままに冒険の旅に出るとかかしらね。支配者というのはある意味、籠の中の鳥に等しい」

 

 メリエルの発言に、アルベドは大きな衝撃を受けた。

 そして、同時にそれが現状がメリエルの言葉通りであると、アルベドは優秀であったが故に理解した。

 

 思いすぎるあまり、至高の方々の行動をむしろ我々は阻害していたのではないか?

 

 御二方の行動を阻害するなど、ナザリックに所属する全ての者にとっては重罪だ。

 

「まあ、問題はないわ。ある程度、認めてくれれば」

「勿論でございます!」

 

 悲鳴に近い叫びであった。

 アルベドはそう答え、床に両膝をつき、頭を垂れた。

 まるで許しを乞う罪人のような姿だ。

 

「ですから、どうか、どうか……我らを見捨てないでください……」

 

 泣きそうな声だった。

 それほどまでに思われている、となるとさすがのメリエルもちょっとは色々と悩む。

 主に自分の作った黒歴史なNPC達の扱いだ。

 

 もうちょっと会う頻度をあげようと思いつつ、メリエルはゆっくりとアルベドへと手を伸ばす。

 アルベドは少しその身を固くする。

 

 メリエルはアルベドのその頬に手を当てて、優しく撫でる。

 アルベドは半ば無意識的に顔を上げた。

 その美しい瞳には涙が僅かに残り、また頬には涙が伝った跡があった。

 

 

「安心なさいな。私は永遠に、あなた達と共に在るわ」

 

 メリエルの言葉はアルベドにとっては甘い猛毒に等しかった。

 そのようなことを言われては、より御二方を愛さずにはいられない。

 他の至高の方々は勿論、愛している。

 だけど、今ここに留まっていらっしゃる御二人を、より深くもっともっと愛さねばならない――

 

 

「それにアルベド、私やモモンガの身を案じてくれるのはとても嬉しいのだけど、そうね……私の武勇伝の一つなんだけども」

「はい、メリエル様」

「昔、1ヶ月で私は単独で272柱の神と241体の魔王を滅殺した」

「……はい?」

 

 さすがのアルベドもちょっと理解が追いつかなかった。

 確かに彼女はメリエルの力を知っている。

 スクロール上でとはいえ、かつてのワールドチャンピオンの連合軍と引き分けた戦いを見た。

 そして、ソリュシャンが撮影した、世界灼き尽くす崩壊の一撃《ワールドコラプス》を見た。

 

 ああ、何という至高なる御力。至高の41人の御方々の中で最も強大な御方だとアルベドは無論、全てのナザリックのシモベ達は理解した。

 

 しかし、なんだろうか、その神と魔王を単独で滅殺したという記録は。

 

「私のレーヴァテインは知ってるわね?」

「はい。存じております」

「実は限界まで鍛えられた武器を上限を超えて鍛えるアイテムがあってね、そのアイテムを作る為にアイテムを複数集める必要があったんだけど、その為に必要だったから、つい」

 

 てへぺろ、と小さく舌を出してみせるメリエル。

 

 アルベドにとってその行為は即死級のシロモノであった。

 守護者統括として、無様な姿を見せるわけにはいかない。

 

 その為に、アルベドは堪え、そして問いかける。

 

「ええっと、つまりはその、気に障るとか戦争を仕掛けてきたとかそういう理由ではなく、ただ素材として必要であったから、滅ぼしたと?」

「うん。いや、あのときは精神的に死ぬかと思った」

 

 それは1ヶ月間限定のイベントであったからだ。

 イベント時に出現した神々や魔王はレイドボスであったのだが、ユグドラシル運営の憎たらしいところはソロで討伐するとドロップアイテムが良くなるところだ。

 故に、廃人連中はこぞってソロ狩りに拘り、神話になぞらえてラグナロク祭りと呼ばれたものだ。

 

 メリエルはアルベドを真っ直ぐに見据える。

 

「アルベド、あなたや他の全てのナザリックのシモベはそのような存在に仕えているのよ。あなた方の常識で推し量ろうというのはできないから、そこのところよろしく」

 

 アルベドは感極まったかのように、恍惚とした表情となり、ゆっくりと頷いた。

 先ほどあった悲痛な表情はもはやない。

 

 一方のメリエルは単に自慢話を聞かせたわけではない。

 そう、これでメリエルとモモンガがどのような会話をしようとも、守護者達が理解しようと努力することを諦めさせる為だ。

 

 自分達の常識では推し量れない、崇高なことを話されているとそういう風に勝手に思ってくれるために。

 

 つまりは、どんなバカ話をしても問題はない。

 

「そうね、泣かしてしまったから、アルベド、あなたには良いものをあげましょう」

 

 メリエルは虚空に手を突っ込んで、一つの首飾りを取り出した。

 銀色の鎖に小さな青色の丸い粒が多数くっついている不思議で、特徴的なものだ。 

 

 アルベドは即座にそれが神器級アイテムであることを見抜き、驚愕した顔でメリエルを見る。

 

「昔、私が使ってたものよ。星々の首飾りというもので、ブリージンガメンよりは劣るけど、ステータスや耐性を大きく上昇させるわ」

「よ、よろしいのですか……? このような高価なものを……」

 

 わなわなと震えながら、アルベドは問いかけた。

 メリエルは笑顔で頷き、先ほどソリュシャンにしたように、自らが持つものを披露する。

 

 メリエルの背後の空間が水面のように揺らめいで、数多の武器がその姿を見せる。

 その光景に、アルベドは目を見開いた。

 

「私の愛剣は確かにレーヴァテインだけど、職業の特性上、何でも扱えるわ。技量的には超一流には劣るけどね」

 

 戦士であるアルベドだからこそ、彼女は理解した。

 メリエルが相手によってもっとも適した武具を選び、どんな相手にも最高の装備を整えられることを。

 武器だけというわけではないだろう。

 防具も、アクセサリーも、それ以外の様々な消費アイテムも、おそらくは最高のものを膨大に所持していることは想像に難くはない。

 

 モモンガがそうであったが、メリエルもそうであったことをアルベドは改めて実感する。

 決して油断も、慢心もしない圧倒的なる超越者。

 これほどの存在は後にも先にも御二方以外には存在しえないと確信する。

 

「アルベド、あなたに私のお下がりを与えたのは、それだけあなたには期待しているわ。無論、あなた以外にも、デミウルゴス達にも期待している。機を見て、彼らにも何かしらを渡すつもり」

 

 アルベドは深く、深く頭を下げる。

 その慈悲深さと期待をされることに対してだ。

 

「それじゃ、私はちょっとモモンガのところに行ってくるから」

 

 手をひらひらさせて、メリエルは転移門《ゲート》を開いて、そこに入っていった。

 入る前、完全不可知化《パーフェクトアンノウアブル》を唱えているのがアルベドには見えた、あれなら騒ぎになることもないだろう。

 

「……メリエル様」

 

 アルベドはそっと呟き、渡された首飾りを身に付けてみる。

 身体が軽くなり、全身に力が漲るのを彼女は感じた。

 

「くふ、くふふふふふふふ」

 

 嬉しさやら何やらの、感情が一気に吹き上げてきた。

 アルベドは首飾りを何度も両手ですりすりと擦り、そしてしまいには頬ずりを始めた。

 

 色々台無しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけなのよ」

「なんてことだ」

 

 メリエルが事の顛末を話すと、モモンガは頭を抱えた。

 彼とナーベラルはエ・ランテルで先のアンデッド事件による復興の手伝いをしていた。

 そこへメリエルが急遽話したいことがあるとやってきた為に、宿屋に戻った。

 ナーベラルを部屋の外におき、さらには部屋に入るまで完全不可知化を解かないという徹底さに、モモンガは重大な話だ、と思っていたのだが……

 

 蓋を開けてみれば、ナザリックのシモベ達の前でも馬鹿話できるようになった、とただそれだけのことだった。

 

 いや、確かにモモンガとしてはそれはかなり有りがたく、また一番過保護なアルベドに対して、モモンガとメリエルの自由を要求し、認めさせたなどかなり良いことだ。

 

 正直、メッセージでもいいですよね、とモモンガは言いたかった。

 

「で、何で私がわざわざ会いに来たかというと」

「え、まだ何かあるんですか?」

 

 問いに、メリエルはすっごく良い笑みを浮かべた。

 しかし、モモンガにとってはそれは悪魔の笑みに等しいものを感じた。

 

「どうかしら? そろそろ嫁でも見つけたら?」

 

 メリエルの言葉をモモンガはたっぷりと30秒近くかけて理解した。

 そして、精神が強制的に安定化させられた。

 

「いや、どういうことですか?」

「私はヒルマにクレマンティーヌ、その他諸々結構いるけど、モモンガはいないでしょ? いやまあ、嫁というにはヒルマもクレマンティーヌもその他の子も、ちょっっっと物足りないけど……ともあれ、アルベドなりシャルティアなり、と言いたいところだけど、友人達の子供達は保護の対象」

 

 ズバリとモモンガの心情を言い当てるメリエルに、彼はわずかに身じろぎする。

 

「し、仕方ないじゃないですか。この身体ですよ? アンデッドですよ? モノがないんですよ!」

 

 最後のほうはわりと切実な叫びだった。

 ナーベラルには重要な話をするから、入ってくるなと言っておいてよかった、とモモンガは心の底から思った。

 

「ウィッシュ・アポン・ア・スターがあるじゃないの。私は指輪、幾つかもってるし、ここは悩めるギルドマスターの為に一肌脱いであげようかと」

「勘弁してください。いやホント。この身体じゃないと色々マズイんですよ。アルベドもシャルティアも色仕掛けしてくるし……メイド達だってヤバイし……」

「私は?」

 

 自分を指差すメリエルに、モモンガは告げる。

 

「あ、そういう気はないんで……メリエルさん、男ですし」

「こんな可愛い子が男の子だと思う? っていうテンプレネタはいいとして、正直なところ、私もどーも引っ張られているというか、もう完全に女の子しているというか」

「え、そうなんですか? 素だと思ってました」

「黙れ骨野郎、浄化するぞ」

「羽根を毟るぞ、外道天使」

 

 ひとしきり罵ったところで、モモンガが告げる。

 

「改めてですけど、引っ張られていますよね。精神が」

「そうね。私個人としては別に問題はない。むしろ、良い」

 

 うむ、と鷹揚に頷くメリエルにモモンガは苦笑しながら、口を開く。

 

「まあ、私も良いか悪いかでいえば、総合的には良いでしょうね。っていうか、結構人間捨てるってアイデンティティとかそういう意味で崩壊したりとか危ういものがありそうなんですが」

「いやまあ、人間辞めてたようなものだしね……ネトゲ廃人的意味で」

「……私は廃人じゃないですよ。準廃人だから、セーフです」

「いやいやご冗談を。課金額は確かに準廃くらいだけど、それ以外は廃人でしょうに」

「メリエルさんみたいに、豊富にお金突っ込めませんからね……家が建つくらい突っ込んだでしょ」

「まあ、そうなるかしらね。リアルでもゲームでも経済力こそが最強の武器の一つなのよ」

 

 ドヤ顔でそう告げ、メリエルは更に言葉を紡ぐ。

 

「で、ちょっと面白いことやってみました。インベントリの機能を使って……」

「はい?」

 

 モモンガが首を傾げた、次の瞬間――

 

 メリエルが指を鳴らすと、彼女の背後の空間が水面のように波打ち、そこからゆっくりと顔を覗かせる数多の武具。

 

「あー、神器級、買い漁ってましたよね」

「ユグドラシル廃人達の忘れ形見、私がきっちり使わせてもらうわ。あ、なんか欲しいのある?」

「対価が怖いのでやめておきます」

「あら、ほんのちょっと72時間くらいぶっ続けでPvPしようっていうくらいよ」

「何ですかそのガチの戦争」

「ちなみに、シャルティアとコキュートスにこの前、72時間やってもらったんだけど、ダウンしてた」

 

 可哀想に、とモモンガはメリエルに見せつけるように両手を合わせる。

 

「で、話を戻すけど、どうよ? 嫁とか。愛でるものがあるといいわよ。私のおすすめはユリかな。真面目だし、良識あるし、家事できるし」

「……ユリですか」

 

 モモンガは顎に手を当てる。

 確かにナザリックの中で、というならばユリは全く問題はない。

 メリエルが挙げたように、ユリはとても良い子だ。

 だが、ユリもまた友人の娘みたいなものだ。

 

 いや確かに迫られたら、非常にマズイのだが――

 

「ま、まあ、そうですね、おいおいと……考えていきましょうか。伴侶とかそーゆーのも支配者とかそういうの的には必要かもしれないですし……」

「そういうこと言ってると、私とデミウルゴスとアルベドで外堀埋めちゃうわよ?」

「あんた何しようとしてんの!」

 

 メリエルの頭にモモンガは手刀を振り下ろした。

 同じ100レベル同士であるので、一応はダメージが通り、メリエルは可愛いらしく小さな悲鳴をあげる。

 

 しかし、モモンガには分かった。

 それは演技だと。

 

「カワイイでしょ?」

「あざとい。あざと過ぎる」

 

 ドヤ顔のメリエルにモモンガは冷静な評価を告げる。

 

「私よりもメリエルさんはどうなんですか? ヒルマやクレマンティーヌは物足りないとか言ってましたけど」

「私はアルベドかな」

 

 モモンガは「あー……」となんとも言えない声を出す。

 

 控えめに言ってかなり重そうな愛があるアルベド。

 モモンガに対して結構に貞操の危機を彼が感じる程には積極的にアピールをしてきている。

 女性に対する免疫があんまりない彼でも理解できた。

 

 アルベドはヤバイ、と。

 

「ああいう重いところがイイのよ。重い愛を受け止めて、兆倍に膨らませて投げ返すとか良くない?」

「うわぁ……」

 

 にこにこ笑顔で語るメリエルに、モモンガはドン引きした。

 

「ヤンデレって良いわよねー、やっぱり普通の子もいいけど、どこかしらネジ飛んでた方が良い」

 

 モモンガは決意する。

 アルベドはメリエルとくっついてもらおう。主に自分の安寧の為に。

 

 ――そういや今でも、あの設定って改変できるのかな、できるならギルメンの部分をメリエルって変えておこう――

 

 タブラさんごめんなさい、全部メリエルってヤツが悪いんです――

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガとメリエルがそんな会話をしている頃、王都ではメリエルの屋敷に来客が訪れていた。

 

 

「申し訳ありませんが、御主人様はご不在です」

 

 応対したのは最近、ナザリックの図書館にあった誰が持ち込んだか、完全で瀟洒なメイドの本を読んだルプスレギナ・ベータ。

 彼女はいつもの口調を控え、万全に瀟洒なメイドを演じていた。

 

 これで私の株も鰻登りの鯉のぼりっす~

 メリエル様見てて欲しいっす~

 

 とか何とか内心思いながら。

 

 しかし、とルプスレギナは思う。

 昨日来た法国とやらの連中といい、今、目の前にいる帝国とやらの連中といい、随分弱っちい、と。

 

 そんな弱っちい連中がこぞって至高の御方々の中でもっとも強大であるメリエル様にお会いしようなどと不届き千万。

 確かにメリエル様は至高の美しさも兼ね備えている為に拝謁の栄に浴したいという気持ちは分からないでもないが、それでも相応の資格は必要だ。

 

 明らかにその資格が法国も帝国も足りていない。

 

 ここは一つ、完全で瀟洒な従者として門前払いしなければならない、と。

 ルプスレギナは妙な使命感を抱いていた。

 

 

 帝国の連中が帰ったのを見て、ルプスレギナはぐっとガッツポーズ。

 そして、そんな彼女を見るヒルマとクレマンティーヌ。

 

「……あれ、いいのかしらね」

「いいんじゃないの? まさか何も考えなしに追い返しているとか、そんなバカなことはしないでしょ」

 

 それもそうね、とヒルマは姿見へと視線を映す。

 そこには若返った自分の姿がある。

 おまけに不老不死でもある。

 

 10代後半の瑞々しい肌に、メリエル様は喜んでくれるかしら――?

 

 最近のヒルマの心配事は若返った自分にメリエルが満足してくれるかどうか、その一点だけであった。

 

 一方のクレマンティーヌは平穏であった。

 ルプスレギナが屋敷内の清掃その他諸々のメイドの本来の仕事をソリュシャンがいなくなった分もやっている為、彼女による特訓という名の地獄を見ずに済んでいる為だ。

 

 そういや私には若返り薬とかくれなかったなー

 

 クレマンティーヌはちょっとだけヒルマに嫉妬する。

 そのため、メリエルに今度オネダリすることを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「緊急の案件ということで来ましたが、いったいどうしましたか、アルベド」

 

 デミウルゴスはナザリックはアルベドの執務室にいた。

 アルベドが緊急事態とデミウルゴスに助けを求めたが故だ。

 

 彼が執務室を訪れると、アルベドは苦悶の表情を浮かべながら、見慣れぬ首飾りを頬ずりしていた。

 

 さすがの聡明な彼もちょっと何が何だか理解が及ばない。

 

「デミウルゴス……私はモモンガ様とメリエル様を愛しているわ」

「はぁ……?」

 

 首を傾げるデミウルゴス。

 

「でも、でもなのよ! こんな素敵なプレゼントを貰ったのよ! メリエル様から! 泣いた私を優しく慰めてくれたのよ! メリエル様の方を少しだけ深く愛するようになっちゃったのよ!」

「仕事に戻ります」

 

 くるっと踵を返すデミウルゴス。

 待って、とアルベドは素早く彼の前に回りこんだ。

 

 デミウルゴスは深く、深く溜息を吐いた。

 

「で?」

「その、どうすればいいかしら……」

 

 照れた顔のアルベド。

 両の人指し指をつんつんと顔の前でしている。

 

 ひどく面倒だった。

 とはいえ、彼は仲間思いであった。

 だからこそ、首を突っ込みたくない、全力で逃げたい状況でも引かなかった。

 

「モモンガ様は我ら全体の指導者たる御方。我らが等しく敬愛する御方。こう言っては不敬でありますが、メリエル様はあくまで至高の御方々の御1人であるので、あなたが個人的に深く愛しても問題はないかと……それならあなたの思いが矛盾することもないでしょう」

 

 他の守護者やシモベは知りませんが、とデミウルゴスは心の中で呟く。

 モモンガとメリエル、どっちが良いかとナザリックの全ての者にアンケートを取ったならば、メリエルの方がやや優勢だとデミウルゴスは読む。

 やはり単純な強さというインパクトは大きい。

 

 デミウルゴスとしては本当に悩みに悩むところであるが、彼は個人的にはモモンガを推したい。

 単純な力では推し量れぬ、モモンガの叡智がデミウルゴスがモモンガを選ぶ理由だ。

 デミウルゴス自身が頭脳派というところにも起因する。

 

「そう、そうよね……モモンガ様を敬愛するのは当然だから、メリエル様を深く、そう女として愛しても問題ない……ええ、そうよ。あんな人間の女共はメリエル様には相応しくないですからね」

「あー、アルベド? 一応彼女らはメリエル様のペットだからね?」

「心配ないわ、デミウルゴス。ただ、見せつけるだけよ。私がメリエル様の正妻であると!」

 

 デミウルゴスは軽く溜息を吐く。

 とはいえ、これは喜ばしいことだ。

 お世継ぎは支配体制の盤石化に繋がる。

 モモンガ様やメリエル様に万が一がありえないということが考えられないわけではない。

 

「さあ、早速メリエル様の為に色々とお作りしないと……」

 

 いそいそと何事か、用意し始めるアルベド。

 

「……ほどほどにしてくださいね」

 

 そう声を掛け、デミウルゴスはそそくさと退室したのだった。



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終末時計の針を進めよう

帝国&法国「無理」

王国「\(^o^)/」

またせたな!

年内には完結させたい(願望


「で、どうする?」

 

 どうする、と声を掛けられたモモンガはどうしましょう、と言葉を返す。

 メリエルとしてはどっちでもいい――どっちに転んでも大して影響はないと確信している為だ。

 

 ナザリックのモモンガの私室で、今2人は起こったことに対して協議をしていた。

 

 

 

 事の始まりはメリエルが数日前、王国にある屋敷に戻ったとき、帝国と法国の使節団がちょうどやってきたことに遡る。

 

 今まではルプスレギナがメリエルの不在を理由に追い返していたのだが、メリエルがいたことからルプスレギナは当然、メリエルに話をもっていき、そのまま相次いで面会したというところだ。

 

「どっちも私とパイプを作りたいみたいね」

「まあ、そうでしょうね。メリエルさんはド派手に暴れてますから……やっぱり私もそのくらいしたほうがいいんでしょうか……」

 

 冒険者生活も良いのだが、どうにも力を十分に振るえないという縛りがある。

 メリエルのようにはっちゃけでブチかますわけにもいかないのだ。

 

 そんなモモンガの心を見透かしたのか、メリエルは短く問いかける。

 

「やりたい?」

「ええ、まあ、ドカンとやりたいですね」

「欲求不満かー、よしよし、ならばあなたの初体験の相手に……」

 

 モモンガは無言で手刀をメリエルの頭に叩き込んだ。

 いたい、と声を上げるメリエルに黙らっしゃい、とモモンガは答える。

 

「セクハラはいいとして、本当にどうします?」

「そうね、デミウルゴスの意見を聞きたいような気もする。彼に任せとけばいいような感じだけど」

「いやホント、すごいですよね」

「すごいよねー」

 

 ねー、と言い合うモモンガとメリエル。

 

 とはいえ、そんなことをしていても何も始まらない。

 ある程度、統一した意見をもっておかないとダメなのである。

 

「いっそのこと、時計の針を早めてみる? 予定ではもうちょっと先だったけど、法国と帝国、その上層部に私達が仲間であることを見せつけるとか」

「あー、それ面白そうですね。どうせなら、サプライズで乗り込みますか? 定例会議とかで偉い人達全員が集まるものはあるでしょうし」

 

 モモンガは久しぶりに本来の姿で暴れられそうと思い、楽しげにそう問いかける。

 

「いいわね、それ。それと、そうね、ここは一つ、上下関係をはっきりさせる為にやっときましょうか」

 

 メリエルはそう言うと、モモンガが何かを言うよりも速く、彼に向かって跪いた。

 

「何なりとご命令を。モモンガ様」

 

 モモンガの背筋に悪寒が走った。

 これまで感じたことのない恐怖に思わず冷や汗が出たのでは、と錯覚する。

 

「……あの、やめてください。本当に洒落にならないくらい怖いので」

「えー、なによー」

 

 ぶーぶー、とブーイングを飛ばすメリエルは立ち上がって、そのままソファに座った。

 

「この私を配下にできるのよ。泣いて喜ぶと良いわ」

「絶対遠慮します。あれですか、寝首を掻くとかそういうことを企んでいるんですか?」

「いやー、別にそんなことは企んでいないんだけども。ほら、人前に出るから、モモンガに仕えている私っていうのを演出しようかと」

「やめてください、死んでしまいます。恐怖で」

「もう死んでるじゃないのよ、種族的に」

 

 あ、そうだった、とモモンガはハッと気がつく。

 

「で、まあ、練習とかしなくていい? 帝国とか法国の前でこういうことやっとかないとダメな気がする」

「あ、それ全部面倒事を私に押し付けようとしてますね? わかりますよ?」

「モモンガ様は至高のみんなを纏める至高の御方ですしー」

 

 再度、手刀をモモンガは叩き込む。

 のおお、と変な声を上げて痛がるメリエルを見て、溜息を吐くモモンガ。

 

「で、どうするの?」

「ドカンとやりたいので、デミウルゴスに話を振ってみましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石です、モモンガ様」

 

 話をモモンガがデミウルゴスに持っていったら、なぜかそんな言葉が返ってきた。

 持っていったといっても、彼がデミウルゴスを探したわけではなく、念話を飛ばして自室に来てもらっていた。

 入れ替わりになるように、メリエルは王国にある屋敷へと戻っている。

 

 えぇ、と困惑するしかなかったが、とりあえず、尋ねてみる。

 

「どの程度、理解したか、どう動くべきか、答えてみよ」

 

 支配者っぽい口調も慣れたような、慣れていないような。

 

 最初からメリエルさんみたいなキャラでやればよかったよなー

 でもなー、こういうのがいいんだよなー

 

 とかなんとか思いながら。

 

「はい、モモンガ様。まずモモンガ様とメリエル様の御二人で帝国と法国の首脳部に直接会いに行った場合ですが、相手に対して圧倒的な格上である、抵抗すらも無駄という印象を与えることになるでしょう」

「確かに」

 

 肯定し、モモンガは続きを促す。

 

「となれば当然、どこまで自分達の生存圏及び利益を確保できるかという話になってきます」

「ふむ……」

 

 抽象的な話にモモンガはちょっと困惑するが、努めて冷静に振る舞う。

 

「多少の混乱はあるかもしれませんが、許容範囲内に収まるかと」

「つまり、問題はないということで良いな?」

「はい、問題はありません。そして、その2国を押さえたということは極めてスムーズに建国ができるでしょう」

 

 デミウルゴスの言葉にモモンガはそんなにあっさりいくものなのか、と疑問に思う。

 

「王国に関してはどうだ?」

「そちらはおそらくはメリエル様が直接に動いて潰すかと」

 

 デミウルゴスの即答に、モモンガは「あー……」と何とも言えない声を上げた。

 大いにありえる話だ。

 

 ついこの前も冒険者やってるときに念話を送ってきて、王国は私の実験場にするとかなんとか言っていた。

 さっき話したときはそんな素振りは微塵もなかったが、たぶんもう頭の中に色々描いているのだろう。

 

「ただ私としては王国の、とある人物は取り込みたいと思っておりまして、メリエル様にも畏れ多いのですが、そのようにお伝えしてあります」

 

 モモンガは思わず首を傾げた。

 あのデミウルゴスがそこまでいう人間が、あの王国にいるのだろうか、と。

 

「幸いにもメリエル様も乗り気で、ついでにその友人も一緒なら、という条件付きでご協力していただくことになりまして」

「あー……少し待て」

 

 モモンガはそう言って、念話をメリエルに飛ばす。

 

『メリエルさんメリエルさん。なんかデミウルゴスが取り込みたい人物云々って言ってるんですが』

『あー、ラナーっていう王女様よ。頭脳が化け物らしいわ。中身はトチ狂ってるらしい』

 

 えぇ、とモモンガは困惑。

 

『なんでそんなのをうちに入れるんですか?』

『脅威になるんじゃないかしら? だから手元に置くと』

『なるほど。で、その友人も一緒にとかなんとか、メリエルさんが条件つけたとか言ってるんですが』

『ラキュースとは良いお友達になりたいの』

 

 モモンガは予想外の人物の名前に、何考えてるんだこいつと思ったが、ぐっと我慢する。

 るし★ふぁーとはまた別方向での問題児なのだ、これくらいは大したことないと言い聞かせて。

 

『姫騎士っていうか、そういうのの闇堕ちって素敵……素敵よね?』

 

 そういう単語を出されるとモモンガとしてもなんとも言えない。

 とはいえ、彼とて冒険者をする傍ら、情報収集に励んでいる。

 なにより、エ・ランテルでズーラーノーンを処理したとき、実際に会っている。

 

『少なくとも、簡単にそうなるような輩には見えなかったんですが、何するつもりですか?』

 

 生真面目な堅物ではなく、柔軟であり、大抵のことでは心が折れるようなタイプにはまったく見えなかった。

 ついでにいえば、彼女の周りにいたその仲間達も物理的にはともかく、精神的にどうにかできるタイプには思えなかった。

 

『そんなの簡単よ、民衆の憎しみを煽るだけで余裕』

「うわぁ……」

 

 モモンガはドン引きした。

 デミウルゴスははてな、と首を傾げる。

 

『あー、えーと、何でですか? やっぱり趣味ですか?』

『いや、そうしないと堕ちないと思うからね。ついでにいうと、ある程度の見目麗しい実力者達を集めて、コレクションしたい』

『欲望全開ですね』

『あなただって欲望全開でいいのよ。どうせ夢の続きみたいなもんなんだし』

『いや、そう言われるとそうなんですけどね……』

 

 モモンガは頭をかく。

 欲望全開と言われても、ぶっちゃけどうしていいか分からないというのが本音だ。

 

 そもそもからして、彼がリアルではYggdrasilが全てであり、それ以外に娯楽というものは無かった。

 

『ちょっともっかいそっち行くわ』

 

 その言葉と共に、メリエルが目前に現れた。

 デミウルゴスは戦慄した。

 

 何か、よろしくないことが起きたのでは、と。

 

「あー、デミウルゴス。今からモモンガに娯楽について教えるから下がってよろしい」

「畏まりました」

 

 デミウルゴスはメリエルの言葉の裏を読みながら、そそくさと退室していった。

 

「で、モモンガ。もしかしてだけど……娯楽とか知らないの?」

「……ゆ、Yggdrasilが娯楽でした。あと、アニメとか……」

 

 メリエルは天を仰いだ。

 

「し、仕方がないじゃないですか! ただのリーマンに色んな娯楽ができると思ってるんですか!?」

「あー、うん、まあ、Yggdrasilに課金してたら無理よねぇ……食事とか?」

「合成のまずいものしか生まれてこの方、食べたことがないですよ! 生まれて初めて美味しい料理を食べたのがこうなってから、人化アイテム使ってようやくなんですよ!?」

「私が悪かった。全面的に悪かった。よし、じゃあ、人生やり直しをしよう。これから毎日、あなたは三食おやつを……そうね、私が適当にメニューを料理長に伝えとくから、それ食べなさい。あんまり高級過ぎるかたっくるしいものじゃなくて、ほどほどにチープなやつのほうがいいでしょ?」

「……ゲテモノはやめてくださいよ?」

 

 モモンガはこれまでのメリエルの悪行にそっと釘を刺した。

 

「そんなことはしないわよ。あとはそうね、なんかしたいことない? 今ならこの私が全力で願いを叶えるわ」

「全力で……」

 

 うーむ、とモモンガは腕を組んで考える。

 しかし、中々思い浮かばない。

 

「もしかして、私と寝たいとか?」

 

 きゃー、と自分の体を両手で抱いてみせるメリエルにモモンガは回し蹴りを叩き込んだ。

 しかし、軽々とガードされる。

 

 露骨に舌打ちしてみせるモモンガにメリエルは頬を膨らませる。

 

「軽いジョークよ」

「勘弁してください。まあ、娯楽については考えておきます。とりあえず、冒険者生活は一時取りやめて、帝国と法国に関してはデミウルゴスも問題ないとのことでしたので、やりましょうか」

「じゃあ、やりましょう。王国に関してはちょっと色々考えているから。あ、デミウルゴス使うかもしれないけども」

「わかりました。ちなみに、何をやるつもりですか?」

 

 モモンガの問いにメリエルはにっこりと笑う。

 その笑みを見たとき、モモンガは碌でもないことに違いがないと確信した。

 

 そして、それは正しかった。

 

「王国が存続することに意味は見いだせない……つまりはそういうことよ。位置関係的にも王国は理想的……領土は広いほうがいいでしょう?」

 

 

 



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帝国中枢殴り込み作戦

お待たせ!

一気にいくぞ!


 

 

 月に一度の定例会議が帝国にはある。

 皇帝であるジルクニフをはじめとし、バハルス帝国の主だった面々が集まるものだ。

 

 出席者がそれぞれの部門のトップであり、非常に忙しいということもあって、会議の時間は早朝から2時間以内に終わらせられるよう、事前に資料や議題などが回覧される。

 

 今回の会議で最も重要で、そして難しい議題がメリエル対策だ。

 

 敵対なんぞできもしない、しかし、むこうは気まぐれで敵対してくるかもしれない、という最悪の相手だ。

 

 使節団の感触では女好きというのが唯一の弱点であるような気がしないでもないが、ハニートラップに掛かってくれるようなレベルではないことは確かだ。

 

 報告書によれば、女神の如き容姿であり、魅入らぬ者はいない、とまで断言している。

 

 そんなメリエルをどうにか帝国の味方――はムリなので、何とか友好関係を保つという会議だ。

 

 

 会議が開かれる場所は警備上、もっとも警備がし易い、城の奥まった場所にある。

 また会議中は四騎士をはじめ、近衛兵が過剰ともいえる程にガッチリと警備を固める為、蟻一匹、入れないと言っても過言ではない。

 

 ジルクニフが会議室の前まで来ると、ちょうど他のメンバーも集まっていた。

 フールーダをはじめ、合計で10人程度だ。

 

 これもいつも通りのことだ。

 定刻通りに会議を始める為、同じような時間に会議室前に到着することになる。

 全員揃って会議室に入るのはルールという程でもないが、何となくそうなっている。

 

「待たせたかな?」

「いえ、我々もつい先程、来たばかりですので」

 

 フールーダの言葉にジルクニフは軽く頷いて、告げる。

 

「それじゃ、入って始めるとしようか。おそらくは帝国始まって以来の、難題だ」

 

 ジルクニフの言葉に近衛兵が会議室の大きな扉を開く。

 

 いつもと変わらぬ会議室――ではなかった。

 誰も彼もが息を呑んだ。

 

 ジルクニフが座るべき場所に、女神の如き容姿の女性が座っていたからだ。

 彼女はとても親しげに手を上げて、にこやかに微笑んだ。

 

「はじめまして、帝国の皇帝及び官僚の皆さん」

 

 その綺麗な声に、弾かれたように四騎士達がジルクニフ達の前へと進み出、各々得物を抜いた。

 やや遅れて、さらに近衛兵達もまたジルクニフ達を取り囲み、剣を抜く。

 

 それを見、メリエルは今度は口元を歪め、悪魔かと見紛う程の邪悪な笑みを浮かべた。

 そして、ゆっくりと片手を上げ、指を弾いて鳴らす。

 

 瞬間、彼女の背後の空間が揺らいだ。

 

「バカな……」

 

 呆然と呟く声は誰のものであったか。

 数多の剣が、斧が、槍が、短剣が――およそ武器と分類されるものがジルクニフらに向けられた。

 

 ジルクニフは思考を巡らせていた。

 しかし、彼がどうこうするよりも早く、口を開いた者がいた。

 

「空間に武具を収納しているとでもいうのか……! それも、あんな……あんな神話に出てきそうなものを、あんなに!」

 

 フールーダは絶叫した。

 魔法の専門家であるが故に、それがどれほどにとんでもないことであるか、即座に理解できてしまったのだ。

 空間から顔を覗かせている武器の数々に込められた膨大な量の魔力も同時に感知してしまう。

 

 

 彼は直感した。

 メリエルの扱える魔法は第10位階であると。

 探知妨害系の魔法やマジックアイテムを使用しているのか、彼の眼にメリエルのオーラは見えなかったが、それでも理解できてしまった。

 

 

 だが、同時に彼は聡明でもあった。

 今この状況で教えを請うために飛び出すのは極めて拙い。

 

 飛び出した瞬間に、神話の武器に串刺しにされるのがオチだ。

 そう思考したところで、声が響いた。 

 

 

「お前達、剣を下ろせ。状況は、理解できるだろう?」

 

 ゆっくりと諭すようにジルクニフは告げた。

 それにより、四騎士達がまず得物を鞘に納め、ついで近衛兵達が続いた。

 

「あら、残念ね。神話に出てくる武器に貫かれて死ぬなんて、滅多にできない死に方だったのに」

 

 そう言いながら、彼女もまた武器を収納した。

 

「あいにくと、会議室で死にたくはないのでね。剣を抜いた非礼を詫びたい。バハルス帝国の皇帝、ジルクニフだ」

「メリエルよ。あなた方が私にどうしても会いたい、会って利用したいとか考えているらしいから来てあげたわ」

 

 そう言い放ったメリエルにジルクニフは冷や汗が流れる。

 利用したいとか微塵も考えていないけれども、普通に考えれば相手側はそう受け取るのは当然である為に。

 

「いや、そんなことはないさ。ところで席に座らせてもらってもいいかな?」

「ええ、構わないわ。ああ、ごめんなさいね、ちょうど目の前にあったから座ってしまって」

「あなたのような方に座られるなら、椅子も幸福だろうから問題はないとも」

 

 メリエルがジルクニフの席から退き、恐る恐るジルクニフは進んでその席に座った。

 つい先程までメリエルが座っていたこともあり、ほのかに温かく、また同時に良い匂いが漂ってきた。

 

 メリエル、嫁にできないかな?

 

 一瞬、ジルクニフはそんなことが脳裏に過ぎった。

 帝国の守りは盤石となり、経済的にも財政は好転する。

 それが実現不可能であるという点に目を瞑れば、とても良い案だった。

 

 そんな馬鹿な妄想は余所に追いやり、メリエルに視線をやると彼女は全体が見渡せる、適当なところにどこからともなく椅子を出して座った。

 それを見て、ジルクニフは他の者達にも着席を促し、また同時に四騎士以外の近衛兵に外に出るよう告げた。

 

 反論する者はなく、全員が着席し、扉が閉められたところでメリエルが切り出した。

 

「さて、皇帝陛下。今回、私が来たのは帝国にとって、とても良いものを持ってきたからよ」

「その良いものとは何かな?」

 

 メリエルは4本の指を立てて示した。

 

「1つ目、帝国を滅ぼす予定は今のところ存在しないこと。そっちがやることを察知したら、予防的に先制攻撃してこの世から消し飛ばすけど、それ以外はやんないわ」

 

 ジルクニフ以下、帝国側の出席者は心の底から安堵した。

 

「それはとても嬉しいことだよ。ただ恥ずかしいことだけれど、帝国の全ての組織を統制できているとはとても言えない」

「ああ、勿論、正式なあなたの命令だと確認できない限りはやらないわ。私としては帝国には存続し、繁栄してもらいたいと思っているのよ」

 

 破格の条件だ――

 

 ジルクニフはそう思った。

 同時に対価に何を要求されるか、震えそうになったが何とか平静を装う。

 

「2つ目としては今度、国を作るのよ。それの国家としての承認と国交の樹立、あと通商条約とかその他諸々、互いにとって良い結果となることを行いたい」

 

 どこに国を作るのか、とジルクニフは聞きたかったが、とてもではないが聞けない。

 彼女が作るといったら、作るのだろう。

 帝国の領土をよこせ、と言われないだけマシだと考えた。

 

「それはめでたいことだ。ただ、我々とて無条件にアレコレ差し出すわけではない。たとえ、あなたが世界を滅ぼせる程に強大であったとしても、通商上のことは精一杯に抗わせてもらう」

「勿論よ。それに、交渉事に失敗したとしても癇癪起こしてそっちを潰すようなことはしないわ」

 

 それだけの自信があるのか、とジルクニフは思いつつ、メリエルに対する評価を上方修正する。

 ただの野蛮な輩ではない、と。

 

「ただ当然のことであるけれど、我々の経済活動保護、国民保護の為に軍事的な行動も視野に入れた制裁を国家として行使させていただくわ」

「それは当然のことだ。ただ、まずは対話を行うべきでは? 我々は野蛮な土人ではなく、あくまで制裁行動は最後の手段であるべきだと考えるが」

「無論のこと、対話による解決をまず模索する。あくまで、どうしても仕方ないという場合よ」

 

 ジルクニフは再度、安堵した。

 これでいきなりの制裁を食らう心配はない、と。

 

「実務レベルの話に関しては建国後に担当者を派遣するから」

「よろしくお願いするよ。両国の発展の為に、良い協議となること期待したい」

 

 メリエルが満足げに頷いたのを見て、ジルクニフは凌いだことを確信する。

 ぶっとんだ要求がくるかと思いきや、そんなことは全然なかった。

 

「3つ目だけど、王国とそちらが比較的近い将来にカッツェ平野で戦うみたいね」

「ああ、そうだとも」

 

 毎年の恒例行事であるカッツェ平野での戦いだ。

 メリエルが知っていても、別段おかしくも何ともない。

 

「私の軍勢……見たい?」

 

 小首を傾げて問いかけられた。

 

「見たいか、見たくないかでいえば見たいかな」

 

 純粋にメリエルはどの程度であるか、それを知る必要はある。

 ジルクニフは勿論のこと、騎士などの戦いの専門家も同じ意見だろう。

 

「じゃあ、カッツェ平野には私が勝手に参戦するけど、あくまで帝国側とは別の勢力として参戦するから。ああ、勿論、帝国には手を出さないから安心して」

「それは楽しみだね。ヒントなどはあるかな?」

 

 メリエルはとても楽しそうに笑い、告げる。

 

「真正面からぶつかったら、世界最強よ」

 

 世界最強とは大きく出たが、それを否定できないジルクニフがいる。

 だからこそ、曖昧に笑って楽しみだと言うに留める。

 

「ああ、それと4つ目なんだけど、国家元首の紹介を。ちょっと衝撃的かもしれないけど、まあ、良い奴だから」

「あなたが国家元首ではないのか?」

「私はそういうのに向いていないので」

 

 ジルクニフは初めてメリエルの声色からその気持ちを確信した。

 

 これ、面倒くさいから誰かに押し付けているやつだ、と。

 

「それじゃ、ご対面ということで」

 

 

 メリエルがそう言うと、彼女の横に何の前触れもなく、唐突に現れた。

 ジルクニフらはその姿に言葉を失い、唯一、フールーダは目を大きく見開いた。

 

「はじめまして、帝国の皆さん。私はアインズ・ウール・ゴウン。メリエルの言う、国家元首です」

「私とだいたい同じくらいの実力があるので、あと、アンデッドだけど、そこんとこよろしくね」

 

 嘘だろう、とジルクニフ達は叫びたかった。

 なんでこんなに化物がいるんだ、と。

 

「は、初めまして。帝国の皇帝のジルクニフだ。ゴウン殿はメリエル殿とどういうご関係で?」

 

 ジルクニフは震える声で問いかけた。

 もしかしたら、メリエルに対する抑止力とかになってくれる存在かもしれない、と一縷の望みをかけて。

 

「一応、上下関係です」

「私がアインズに対して反旗を翻すときは事前に書面に提出するから、安心してほしいわ」

 

 ジルクニフ達を絶望させるには十分すぎる返事だった。

 

「で、最後の用事というか、まあ、善意というかそういうものなんだけど、そこのあなた」

 

 メリエルは突然に四騎士の1人を指差した。

 やや薄めの金色の髪をした女性だ。

 彼女の顔の半分はその長い金髪に覆われている。

 

 突然に指名されて、彼女は目をパチクリとさせる。

 メリエルはそんな彼女の前にゆっくりと歩み寄って、やがて手をかざした。

 

「まったく、顔は女の命だというのに、もったいない。だから、その呪い、解くから」

 

 女性――レイナース・ロックブルズは耳を疑った。

 

 呪いを解くと目の前の輩はそう確かに言ったのだ。

 彼女が何かを言うよりも早く、メリエルは唱えた。

 

 彼女が唱えたそれは第10位階に属する解呪魔法だ。

 ついで、大治癒《ヒール》が唱えられ、青く優しい光がレイナースの顔を包む。

 

「はい終わり」

 

 そうメリエルは言いながら、どこからともなく手鏡を取り出してレイナースに渡した。

 夢でも見ているかのような、不思議な感覚に囚われながら彼女は手鏡を受取り、恐る恐るに顔半分を覆っている髪をどかした。

 

 膿を分泌する呪いなど、最初からなかったかのように極々普通に顔が映っていた。

 

「あ、あぁ……!」

 

 レイナースはゆっくりと崩れ落ちた。

 そして、嗚咽を漏らしながら、涙を流す。

 

「うんうん、これもまた善行ね」

 

 メリエルのその言葉でジルクニフはようやく我に返った。

 どうやっても解けなかった呪いを、いとも簡単に解呪してしまったメリエル。

 

 ジルクニフから見ても、それがどれだけ規格外であるか十分に理解できた。

 彼は立ち上がった。

 

「皇帝として、あなたに礼を。よく配下の呪いを解いてくれた。ありがとう」

 

 ジルクニフは深く頭を下げた。

 

「構わないわよ。何なら、彼女を連絡役として私の傍に置いてくれてもいいけど、まあ、それはそっちで検討して頂戴」

「前向きに検討させてもらうよ」

 

 快い返事をもらえたことでメリエルは満足げに頷きながら、アインズへと視線をやる。

 それを受けて、アインズもまた心得たとばかりに頷いた。

 

「じゃ、私達は帰るので」

「ああ、道中気をつけて」

 

 ジルクニフの言葉を受けて、2人は消え去っていった。

 

 

「……まったく、とんでもない連中だ。頭が痛いが、良いこともあった」

 

 ジルクニフの思考は、かつてない程に加速している。

 帝国に敵対する意思がないこと、帝国との良い関係を築きたいということが確認できただけでも大収穫だ。

 

「で、じい。どうだった?」

「……率直に申し上げるのならば、あの御方達の下に馳せ参じたいですな」

「だろうな。人間を遥かに超越した存在だ。魔法に関しても、じいを超越している」

 

 その言葉にフールーダは無論、他の者達もまったく異論はない。

 帝国と対等な関係を築きたいと言っていたが、実質的には向こうに天秤は傾いており、こちらは従属するという形にならざるを得ない。

 

 経済力も軍事力も圧倒的に格上であるなら、そうなるのは必然だ。

 

「……彼らはどちらも第10位階の魔法を行使できるでしょう」

 

 フールーダは静かに告げた。

 彼のタレントについてジルクニフは知っている。

 またタレントを知らぬとしても、あのフールーダ・パラダインがそう告げたならば、その説得力は絶大だ。

 何よりも、メリエルが実際に誰も解けなかったレイナースの呪いを簡単に解いてしまった。

 それが何よりの証拠だった。

 

「例えばの話だが、我が国が彼らの国の下につく、従属すると決断したとして、止める者はいるか?」

 

 ジルクニフの問いに対して、誰も答えない。

 

「……少なくとも、この場にいた者で反対する者はおらんでしょう。私の見立てですが、メリエル様かゴウン様、そのどちらかが戯れに僅かに力を行使しただけで帝国は消し飛ぶでしょう。勿論、それは戦場で我々の軍団が消し飛ぶという意味ではなく、文字通り帝国が全て。はてさて、我ら帝国においてもっとも強大な戦力である四騎士達は、そのような、至高の方々を相手に回して抵抗できますか?」

 

 フールーダの問いは返答を求めたものではない。

 彼は熱に冒されたように、言葉を紡ぎ出す。

 

「あの方々はそういう方々なのだ。地形を変え、天候を操り、いとも簡単に国を土地ごと吹き飛ばせる。私など、魔法を習い始めた坊主に過ぎない。四騎士と帝国の全軍を向かわせたところで、あの方々の前では数分保てば御の字。本気を出されれば数秒で誰一人残さずこの世から消えるだろう。そうだとも、抵抗など無意味……否、あの方々からすれば我々の抵抗など抵抗にも思われない……」

「ああ、そうだとも俺も全く同意見だ。だが、こちらからわざわざ従属するという選択をする必要はない。しぶとく、ずる賢く、泥水でも啜って生き延びることができれば御の字だ」

 

 ジルクニフの決意の言葉にフールーダはとても愛しく思う。

 だが、彼とて譲れないものはある。

 

 しかし、それすらもジルクニフは見透かしていた。

 

「じいのその様子からすると、すぐにでも彼らの下で魔法の研究でもしたいだろうが、今抜けられるのは困る。じいのように正確に相手の力量を見抜ける者がいない。無論、彼らとの取引でじいの魔法研究を飛躍的に向上させることを確約する……向こうは貿易をしたいと言っているんだ。マジックアイテムやら何やらを買い取ってやろうじゃないか」

「……まあ、それならばしばらくは待ちましょう。ただ、そこの騎士は我慢できないようですぞ」

 

 フールーダに言われて、敢えて見ないことにしていたレイナースへとジルクニフは視線をやる。

 既に泣き止んでいるが、今度は別の感情が出ていた。

 

 誰か退室させろよ、とジルクニフは思ったが、そのようなことにまで気が回せというのは酷な話だ。

 それほどまでにメリエルとアインズがもたらした衝撃は強かった。

 

「あー、その、なんだ。連絡役、行ってくれないか?」

 

 メリエルに寝返るだろうな、と確信しながらジルクニフは言った。

 

「はい陛下。それでは早速、準備を整えてきますので」

 

 表情こそ、いつもとかろうじて変わらないが、それでも喜びは隠しきれていない。

 彼女は軽やかな足取りで会議室を出ていった。

 

「……四騎士の穴埋めから始めないといけないか」

 

 やれやれ、とジルクニフは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれで良かったんですか?」

「あれで良かったのよ。シャドウデーモンとか色々ばら撒いてきたし。命令一つで城は落ちるわ」

 

 モモンガの問いにメリエルはそう返した。

 

 帝国から帰ってすぐに2人はモモンガの私室で、くつろいでいた。

 

「で、今度は法国ですか……なんか帝国でのやり取りを見ていたら、すごく行きたくないんですが」

 

 モモンガもまたメリエルと同様に初めから会議室にいた。

 彼は魔法で姿を隠して、お膳立てが済むのを待っていたのだ。

 

 すらすらとこっちの要求を相手に呑ませるメリエルの姿に感心したものだが、同時に自分では絶対にやりたくないとも思った。

 

「あらどうして? 例の番外席次?」

「いやー、だってメリエルさん、絶対番外を見た瞬間に斬りかかるでしょ? マトモな交渉とかになりませんからそれ」

「まず相手の最強戦力を粉砕した後に、にこやかな笑みを浮かべて交渉する。これがセオリーよ」

「うわぁ……」

 

 モモンガはドン引きした。

 わりと本気で。

 

「ともあれ、あなたの精神衛生上に悪いというなら、まずは私が行って潰して要求を呑ませた後、顔見せは後日とかでもいいわよ?」

「そうしましょう」

 

 即決にメリエルはくすくすと笑う。

 

「ああ、それとレイナースの件は突然で申し訳なかったわ」

「いやさすがに突然はきつかったですよ。ただ、結果として取り込めそうですから、良しとしましょう」

 

 特に相談もなく、レイナースを見た瞬間にメリエルが手に入れる宣言をモモンガにメッセージで送ってきたのにはモモンガは驚いた。

 この場でそれですか、としかし、止めるわけにもいかない。

 

 なぜなら、取り込んだ方が情報源として有益であったからだ。

 デミウルゴスに情報収集をさせているとはいえ、それでも帝国の中枢に近い人物から聞いたほうが手っ取り早い。

 

「というか、本当に見せるんですか? 軍勢」

「見せるわよ。ただし、天使は出さないけども」

「……それでも十分過剰戦力なんですが」

「見せびらかしたいので」

「ですよねー」

 

 私も魔法とか使いたかったんですが、とモモンガは続ける。

 

「絶対にあの山羊使うつもりでしょ? 下手に奥の手は見せないほうがいいわ。警戒されすぎると、色々と統治に問題が出る」

「むぅ……」

「今度、ビーストマンの都市、潰しにいきましょう? そこでなら存分に使っていいから」

「ええ、是非いきましょう」

 

 モモンガは一転して、満足げに頷く。

 

「じゃあ、私は今度、法国に行ってくるから。お土産はたぶん番外席次とか色々……ああ、それと法国が終わったら、いよいよ世界征服に向けてホムンクルスでも作りましょうか」

 

 メリエルは機嫌良さそうに、にこにこ笑顔でそう言った。

 モモンガとしても、反対するものではない。

 

「新たに作成する場合、フレーバーテキストが適用されるかどうか、その他色々と興味深いことになりそうですね」

「ええ、そうよ。とりあえずは件の商会を纏められるだけの優秀な経営者でも作ろうかなと。デミウルゴスの負担を軽減すれば、その分、彼を別のことに使えるし。あとは戦士とか暗殺者とか色々……ぶっちゃけ穏便に世界征服するって言っても、正直ナザリックのシモベを総動員しても統治するには手が足りなさすぎる。現地人に委任するにしても、監督官は必要よ」

 

 もっともな話だった。

 人類その他全部皆殺しにでもするなら話は別だが、モモンガもメリエルもそういうのは望んでいない。

 

「そこらはメリエルさんに任せます。好きなだけはっちゃけてください。私も単純な労働力としてのアンデッド作成はちょこちょことやってますので」

 

 モモンガはデスナイトを始め、ソウルイーターなどのいくつかのアンデッドの作成を日課にしている。

 戦力があればあるほど融通は利くのは言うまでもない。

 

 

「ええ、そうするわ。あ、それとレイナースは法国の後、迎えに行ってくるから」

 

 メリエルは機嫌良さそうに、そう告げた。

 

 

 

 



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法国中枢殴り込み作戦あるいは番外席次取り込み作戦

 

 それは突然のことだった。

 

 月に1度の最高神官長以下、法国の首脳部が集まる定例会議。

 警備が厳重な、もっとも奥まった会議室であるにも関わらず、彼らが会議室の扉を開けると、そこにはメリエルが座っていた。

 

 ただちに番外席次も含めた全ての漆黒聖典が召集され、彼らが装備を万全に整え、会議室に到着した時間はメリエル発見から僅か5分のことだ。

 

 彼らの即応体制にメリエルは拍手を送った。

 

 

「定例会議の最中に奇襲攻撃ですか?」

 

 隊長の問いにメリエルは軽く溜息を吐く。

 

「私がわざわざここまで来て、直接対峙する必要はないって知ってるでしょう? その気になれば、この星の反対側から大陸ごと法国を消し飛ばせるわよ」

 

 隊長は押し黙るしかない。

 事実だからだ。

 それほどまでにメリエルの一撃は桁違いだった。

 

「……脅威を感じない……?」

 

 そんな呟きが聞こえてきた。

 メリエルが視線を向けると、そこには妙ちくりんな格好の女性が不思議そうな顔をしている。

 おそらくはクレマンティーヌの情報にあった占星千里とやらだろう。

 探知に特化しているのに、ここまで出てきたということはおそらく、自分の実力を測る為では、とメリエルは予想する。

 たとえ圧倒的な差があろうとも、具体的にその差がどれだけなのか、と知ろうとする法国の努力には素直にメリエルも称賛を送りたいところだ。

 

 

 だが、さすがにその服装はないだろう、とメリエルは思い、隊長へと視線を向けると、彼は首を左右に振った。

 

 どうやら諦めているらしい。

 

 メリエルはちょっとだけ彼に同情した。

 

 占星千里は占い師のような格好ではあるが、どうにもシャキッとしたものではなく、なんともだらしのない服装だった。

 

「とりあえず、靴下をちゃんと履いてほしい」

「めんどうくさい」

 

 その返事にメリエルは溜息を吐きながら、手にはめた指輪を一つ、外そうとしたが、そこで止めた。

 

 たぶん外した瞬間に発狂して面白いことになるだろうし、見てみたいけど、それよりももっと楽しいことをやりたい――

 

 メリエルはこっちに熱烈な視線を送ってきている輩に視線を合わせながら告げる。

 

「今度、国を作るから、それに関してアレコレの交渉よ。まあ、それもついでで、一番の目的は……」

 

 メリエルの視線は番外席次に固定されている。

 

「番外席次で合ってるわね? 初めまして、私はメリエル。あなたは私が真面目に戦うに値する輩ね」

「ええ、初めまして。それはこっちも同じ」

「まどろっこしいことはなし、早く戦争をしましょう。三千世界の鴉を殺し尽くすような、とても楽しい心躍る戦争を」

 

 メリエルは唱え、周囲は一変する。

 会議室から、草原へ。

 取り込む対象は無論、番外席次ただ一人。

 

「……これがあなたの特殊能力の一つ?」

 

 周囲を見回しながら、番外席次は問いかけた。

 まったく動じていないことにメリエルはますます興味を惹かれる。

 

「ええ、そうよ。そして、唯一、私が全力を出せる場所でもある。ああ、ごめんなさい、あなたは万全の装備ではなかったかしら?」

「問題ない。これが私の万全だから」

 

 そう言って、十字槍に似た戦鎌を掲げる番外席次。

 

 メリエルはその言葉に満足げに頷き、一瞬にしてその装備を万全なものへと整える。

 上から下まで神器級、ワールドアイテムは勿論2個を装備した状態だ。

 

 

「さて、番外席次……呼びにくいわね。なんか名前とかないの?」

「私に勝ったら、教えてあげるわ。ふふ、法国で知ってるのなんて、数えられるくらいにしかいないわ。母が教えた連中しか」

 

 メリエルは笑みを深める。

 そして、先程は外さなかった指輪を一つ、外す。

 それは自らの実力を隠蔽する効果のあるものだ。

 

 外した瞬間、メリエルの存在感は急激に膨れ上がる。

 

 番外席次は、とても嬉しそうに、そして、愛おしそうに笑みを浮かべる。

 

「それが本来の実力? こんなに凄いのは初めて」

「近いところかしらね。ところで、私について、あなた達は資料とかは持っているの?」

「六大神が残したものがあるわ。混沌の天使だっけ?」

「そう、それならもう隠す必要はないわね」

 

 メリエルは唱えて瞬時に種族を切り替え、そして絶望のオーラⅣを発動させつつ、その背中に混沌とした翼を顕現させる。

 

 番外席次は体を震わせた。

 心から、彼女は感じたのだ。

 それは彼女にとって、生まれて初めての経験だった。

 

「……なんて、恐ろしい……なんて、美しい……」

 

 震えながら、番外席次は呟いた。

 メリエルはその評価に、満足げに頷き、そして告げる。

 

「私が勝ったら、あなたを貰う。未来永劫、私の傍においてやるわ」

「楽しみだわ――!」

 

 瞬間、番外席次はメリエルに斬りかかった。

 この世界の基準からすればそれは有り得ない程に速い一撃。

 

 しかし、装備を整えたメリエルからすれば、飽きる程に見た単なる一撃だ。

 とはいえ、メリエルは決して油断はしない。

 

 タレント、武技、魔法。

 ユグドラシルにはないものもこの世界にはある。

 

 故に、彼女は自身をより向上させる。

 故に、長期戦は挑まず、短期決戦を挑む。

 

 番外席次の連撃を受けながら、メリエルは唱え始める。

 

「上位全能力強化《グレーターフルポテンシャル》、加速《ヘイスト》……」

 

 番外席次は詠唱を経るごとに、メリエルの振るう剣の威力・速度が急激に上がっていることに即座に気がついた。

 それこそありえない速度で、文字通りに1秒ごとに強くなるというシャレにならない状況だ。

 

 だからこそ、彼女はどうにもならなくなる前に、切り札を切ろうとしたが、しかし――

 

 既にそれは遅かった。

 同格との戦闘経験というものが、番外席次にはメリエルと比べて圧倒的に不足していた。

 

 メリエルの戦闘について、番外席次は唯一熱心に調べた。

 六大神がメリエルの討伐を考えていたという資料を発見したときは歓喜した。

 

 だが、単なる資料を読み込んだ程度でメリエルを倒せるならば、ユグドラシル時代にメリエル討伐専用のサイトが作られているわけがない。

 そして、そこまでしてもなお、PvPで勝つには他のレイドボスとソロで戦う方がマシと言われるくらいに困難を極めた。

 

 もはや番外席次はメリエルの剣速に目が追いつかず、ほぼ勘で振るうしかない状態だ。

 そして、そんな状態で勝てる程にメリエルは甘くはない。

 

 僅かな時間に数多に刃を重ね合わせた2人であったが、その差は歴然であった。

 

 これが最強か――!

 

 番外席次の脳裏にあるのはただその一言。

 

 恐るべき装備、恐るべき練度、恐るべき魔法。

 

 どれもこれもが全て自らを圧倒的に上回っている。

 人類最強などともてはやされて久しいが、そんな称号など、目の前の存在からすれば何の意味も持たない。

 メリエルが最後の呪文だか何かを呟き、振るわれた刃。

 

 番外席次は目を疑った。

 その一撃が見えたのは奇跡に等しい。

 

 振るわれている剣は1つである筈なのに、それは幾つもに分かれてまったく同時に彼女に襲いかかった。

 

 戦鎌を持った腕が、反対側の腕が、両足が、上半身と下半身が、同時に斬り裂かれた。

 

 一切の情けも容赦もなく、また油断もない。

 圧倒的に格上の癖に、格下相手にまったく油断もしていないその様に番外席次は笑うしかない。

 

 必然の結果だ。

 だが、悔しさというものはない。

 あるのはただ身を焦がすような、激しいもの。

 

 

「……負けた」

 

 口にして、番外席次は口から血を吐いた。

 その言葉を聞き、メリエルは即座に彼女に大治癒《ヒール》をはじめ、各種魔法とアイテムを使用した。

 

 

 

 

 

「……生まれて初めて負けた。メリエル、あなたは本当に強いのね」

 

 治療を終えたところで、番外席次は立ち上がって、メリエルに微笑みながら告げる。

 そして、一転し、妖艶な笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、孕むから」

 

 メリエルは思わず、彼女の言葉に小首を傾げた。

 そんなメリエルに番外席次は再度告げる。

 

「あなたの子、私は頑張って孕むから。だから、子作りしよ?」

「待って待って待って。嬉しいけど、なんか待って」

「え? 女好きって聞いてたけど、私では不満?」

「いや、不満じゃないけど……なんで?」

「私は私より強い奴との子供が欲しい。その子供はどのくらい強いか……」

 

 さすがのメリエルもちょっと引いてしまった。

 あまりにも戦闘民族的な思考だった。

 

 

「ちょっと落ち着きなさいよ。とりあえず、あなたもウチに来るってことでいいかしら?」

「勿論よ。ふふ、あなたのいるところってきっと、強いのがゴロゴロいるんでしょうね」

 

 楽しそうに笑う番外席次に、メリエルは軽く溜息を吐く。

 どうにもこうにも、モモンガといい、目の前の番外といい、娯楽を知らなさすぎる、と。

 

「私が言うのもなんだけど、戦闘以外にも色々と楽しいことが溢れているわよ。たぶんだけど、あなた、きっと外を詳しく知らないのではなくて?」

「長いこと、宝物庫の管理人みたいなことをしてきたからね。暇だった」

「……それはお気の毒に」

 

 さすがにそれは気が滅入るだろう、とメリエルは同情した。

 

「まあ、過去はどうでもいい。今、私はあなたに会えた。期待していたよりも、もっと強かった」

 

 とても嬉しそうに番外は微笑む。

 

「実は私、負けたというか、引き分けたことがあってね」

「本当?」

 

 きらきらとした視線を向けてくる彼女に、メリエルは苦笑する。

 

「ええ、ちょっと世界を全部敵に回したんだけど、さすがに引き分けちゃった。最低でも六大神と同等か、それよりももっと上の連中数百人と、その数百人よりもヤバイ9人の戦士と戦ってね」

 

 普通ならドン引きする内容だ。

 だが、番外席次は普通ではない。

 

 彼女はうっとりとした顔になって、メリエルに抱きついてきた。

 

「もう、本当に強いんだから。早く子供を作ろう」

「まあ、待ちなさい。その前にやることがあるので……あとで名前、教えてね?」

「うん、わかった」

 

 返答を聞き、メリエルは戦域を解除する。

 すると、たちまち元の会議室へと2人は舞い戻った。

 

 油断なく、こっちに漆黒聖典達は得物を向けているが、そんなものは蟷螂の斧程度にしかならないことは誰よりも彼ら自身が承知している。

 

「さて、今さっき番外と戦った。結果は見れば分かると思うけど……」

 

 メリエルに抱きついて、頬ずりしている番外席次。

 彼女にメリエルが視線を向ければ、隊長達の方へ番外は視線だけを向けて告げる。

 

「全力を出して……いや、全力を出させてもらえなかった。負けちゃった。たぶん、全力出してても負けたと思う。地力が桁違いだし、装備も桁違い。あと戦闘経験もたぶん世界の誰よりも持ってるんじゃないかな」

 

 やはりか、という雰囲気が漆黒聖典の間に漂う。

 もとより、敵う存在ではなかったのだ。

 

「で、そっちのお偉いさんを出してもらえるかしら?」

 

 にこやかな笑みを浮かべてそう告げるメリエルを拒むことなど到底できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリエルさん、やり過ぎ」

 

 モモンガは執務室でドン引きしていた。

 彼には報告書という形で上がってきたが、それらは全てメリエルがアルベドに筆記させたものだ。

 

 報告書を簡単に要約すれば、番外席次と交戦し勝利。

 スレイン法国の首脳陣との会談、スレイン法国側が従属を願い、代わりに人類の守護と存続をお願いされるとのことだ。

 その場で具体的な返答はせずに、メリエルは今回の法国に関する案件をナザリックに持ち帰ってきている。

 ついでに、ついてこようとした番外席次もまだちょっと早いとメリエルは法国に置いてきている。

 おかげで漆黒聖典の隊長の胃が荒れに荒れているが、些細なことだ。

 

 十中八九、法国の要求を受け入れる形になることだろう、とモモンガは予想する。

 無論、デミウルゴスやアルベドと協議をした後で決定するが、彼はそうなるだろうと思った。

 ナザリックにとって、メリットが大きいからだ。

 

 当のメリエルは報告書を出すなり、今度は帝国に行っている。

 言っていた通り、レイナースを連れてくる為に。

 

 

「さすがはメリエル様です。ただ最近、ペットが増えすぎている気もしますが……」

 

 アルベドは褒めながらも不満そうだ。

 モモンガとしてはさっさとアルベドがメリエルとくっついて自分の安寧を確保したいが為に、猛烈に後押しする。

 

「構わないだろう。それに、メリエルさんも思惑がある。現地の強者を味方につけることで、情報を得ると同時に対外的なアピールにもなる……敵を多く作る必要はない」

「それは確かに。さすがはモモンガ様です」

 

 きらきらした視線を感じるが、モモンガは鷹揚に頷いてさらに続ける。

 

「私が思うに、メリエルさんは確かにペットこそ多い。あの人の趣味もある。だが、それはあくまでペットであるだろう? 少なくとも恋人とかの、そういう関係として釣り合うものではないと思うぞ」

「く、くふー! 確かに、確かに仰る通りです! モモンガ様! ええ、そうですとも、あのようなメスブタ共はペットに過ぎませんとも!」

「う、うむ……」

 

 アルベドの勢いにモモンガは押され、タジタジになる。

 

「あ、そういえば何ですが、モモンガ様。好みの女性のタイプなど、ありますでしょうか?」

「……はい?」

 

 思わず、間の抜けた返事をしてしまうモモンガ。

 何故、唐突にその質問がでてきたのだ、と。

 

「ああ、いえ、以前、メリエル様がモモンガ様のお相手について、色々と仰られていまして」

「あー、うん、そうか……」

「僭越ながら、モモンガ様。好みの女性のタイプなどを仰られていただければ、世界中をくまなく探しますので……」

「……やっぱり、そういうのって必要なの?」

 

 モモンガの素が出てしまっているが、アルベドは気にせずに告げる。

 

「はい。とても、良いものですよ」

 

 万感の思いを込めて、そう言われてしまってはモモンガとしても無碍にはできない。

 何より、なんだかんだと問題を起こしながらも、モモンガのことを気遣ってくれているのがメリエルだ。

 

 彼女の提案により始まった娯楽、三食のご飯とおやつが最近、モモンガの楽しみだ。

 高級過ぎず、かといって粗末ではない、絶妙に庶民の口に合う料理が提供されている為だ。

 

 もし転移してしまったのが自分1人だったら、と考えるととてもではないが怖くてしょうがないのがモモンガの本音だ。

 

「わかった。考えておくとしよう」

 

 モモンガがそう答えると、アルベドは微笑んだ。

 

 



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人手不足なら人を作ればいいじゃない

 

 

 コツコツと規則正しい足音が響く。

 シャンデリアの光に照らされて、その赤髪がよく映える。

 美しいが、しかし気の強そうな印象を与える顔立ちの彼女は仕立ての良い、白いレディーススーツを身にまとって、広い廊下を黙々と歩いていた。

 

 さながら会社の役員とでもいった方がしっくりくるが、あいにくとここはオフィスビルなどではない。

 

 ナザリック地下大墳墓第9階層「ロイヤルスイート」

 

 ナザリックのシモベであっても、限られた者しか立ち入ることができない場所であったが、彼女にとっては慣れた場所だった。

 

 やがて彼女はある部屋の前で止まった。

 

 部屋の前で待機している一般メイド達が彼女の顔を見て、すかさずに頭を下げてくる。

 

「メリエル様にご報告に来たわ」

 

 そう彼女が伝えればメイドが扉を少し開け、中にいるメイドに伝える。

 中で待機しているメイドがメリエルに伝えるようになっている。

 

 とても非効率的なように見えるが、これが暇を持て余しているメイド達になんとか役目をもたせた結果だと女性は聞いていた。

 

 それから数秒の間をおいて、扉がゆっくりと開かれる。

 彼女は躊躇なく、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 いくつかの部屋を通り過ぎて、ようやく目的の部屋へと到着する。

 そして、そこには彼女の主が待っていた。

 

 

「やぁ、待っていたわ」

 

 メリエルはソファに座り、その横にはヒルマが座っていた。

 また、ソファの背後にはクレマンティーヌが控えている。

 

「シンシア、成果はどうかしら?」

 

 メリエルの問いに赤髪の女性――シンシアは軽く頷き、両腕を組む。

 

「7つの商会は半月以内に各地に設立できます」

「それは重畳。ヒルマ、八本指は?」

 

 問いかけにヒルマは怪しく微笑む。

 

「私がメリエル様と一緒にいることが相当、気に食わないみたいで会議に出るように、と催促されているわ。まだ直接的には手出しされていないけど。手を出したら、メリエル様に報復されるかもっていうのが怖いみたい」

「八本指は我々が美味しく頂く。シンシア、近いうちに連中を従属させるから、うまく扱いなさい」

 

 シンシアが頷くのを見て、そうだ、とメリエルはあることを思いつく。

 

「どうせなら性能試験といきましょうか。六腕とやらはそれなりに強いときく。そこらのモンスターを相手にするのも、飽きた頃合いでしょうし」

「メリエル様、六腕には踊り子がいるわ。どうかしら?」

 

 ヒルマの問いにメリエルは即決する。

 

「それ、ほしいわね。ウチには踊り子はいなかったし……やはり、私が出るか。シンシア、そういうわけでもうしばらく出番はないと伝えておいて頂戴。ところで、同時にアレはいけるかしら?」

 

 ちらりとメリエルがヒルマへと視線をやると、彼女はゆっくりと口を開く。

 

「やろうと思えば2週間以内にパーティーを開けるわ。お姫様にもその旨は伝えてあるから」

「なるほどね。実行に移せば、1ヶ月くらいで王国は残念ながら無くなっているでしょう」

 

 あらやだ、下手をすれば帝国の侵攻前に、既に王国亡くなってるかも、とメリエルは気がついた。

 

 侵攻のスケジュールによれば一応、帝国の侵攻は王国の収穫時期のあたりに行われるらしいが、王国が残っているかは微妙なところだ。

 ともあれ、帝国の連中に自分の兵隊を見せびらかしたいメリエルとしては王国陥落のスケジュールを少し遅らせてもいいか、とは思っている。

 多少延びたところで、結果に違いはないからだ。

 

 王都強襲やら何やらとメリエルはアレコレと作戦を準備していた。 

 

「クレマンティーヌ、レイナースは?」

「彼女なら、ちょっと体を動かしてくるって言ってたよ。デスナイトあたりとやってるんじゃないの? アレも真面目ねぇ」

「少なくとも、あなたよりは真面目ね」

 

 メリエルの言葉にクレマンティーヌは頬を膨らませてみせる。

 

「シンシア、そんなわけで準備を進めて頂戴」

「畏まりました」

 

 シンシアが退室し、メリエルはクレマンティーヌをちょいちょいと手招きし、何かと思って背後から前にやってきて、屈んだ彼女。

 メリエルはそのままその豊満な胸に顔を抱き寄せた。

 

 横に座るヒルマはすかさず、メリエルに抱きついた。

 メリエルはクレマンティーヌの頭を撫でながら、ヒルマに問いかける。

 

「どうかしら? 私のやり方」

「反則」

 

 返ってきた一言にメリエルは満足げに笑みを浮かべる。

 

「人手が足りないなら、人をつくればいい。それも優秀なものを……ってそれ、誰も勝てるわけがないじゃない」

 

 ヒルマは反則もいいところだ、と溜息混じりに再度そう告げた。

 

 帝国、法国との会談後、メリエルはレイナースを迎え、その後にヒルマをナザリックに迎え入れた。

 初めて見るナザリックのロイヤルスイートにレイナースもヒルマも呆然としていたのも良い思い出だ。

 

 それ以降のメリエルは毎日毎日ホムンクルスを作る日々だった。

 頭脳労働者としてのホムンクルス、戦闘用のホムンクルスをメリエルは趣味と実益を兼ねて作りに作ったのだ。

 商会設立はデミウルゴスに任せた、とはいうものの、彼はあまりにも優秀であった為にあちこちで引っ張りだこだ。

 故に、設立後の運営やその発展に関してまで任せるのは問題があるとメリエルは考えた。

 無論、デミウルゴス本人は喜んでやるだろうが、それでも彼の頭脳を使いたい局面はいくらでも出てくるのは言うまでもない為、結局、新しくホムンクルスを作ることになった。

 

 メリエルが作るホムンクルスは作成時に設定したフレーバーテキストの通りの性能になった為、とても満足できるものだった。

 

 

「正確にはホムンクルスだけどね。まあ、私やモモンガとか守護者からすれば弱い」

「でもさー、さっきのシンシアも、私やレイナースから逃げられる程度には強いんでしょ? 商人の癖に」

「最低限の自衛よ、自衛」

「自衛で英雄の領域に到達しないでほしいんですけどー?」

 

 クレマンティーヌはそう言いながら、メリエルの胸の柔らかさを堪能する。

 

「それで、戦闘用のホムンクルスは私を軽く捻り潰せる強さって、ちょっと色々と悲しいんですけどー」

 

 クレマンティーヌは戦闘用のホムンクルス達と何度も戦ったことがある。

 メリエル曰く、経験を積まさせる為に。

 

 クレマンティーヌの印象としては全員容姿端麗で、性格はかなりマトモなほうだ。

 一部トチ狂っているのもいるが、それでも単に目的の為に冷酷であるといったもの。

 

 性格のぶっ飛び具合ならクレマンティーヌの圧勝だが、本人からすれば何にも嬉しくない。

 

「一応、今のあなたは難度でいうと以前よりも高くなってるわよ? 初めて会ったときと比べて、おおよそ20くらいは難度が高くなってる。強くなってるわよ」

「え、ほんと?」

 

 クレマンティーヌは顔を上げた。

 メリエルは真面目な顔で頷いて肯定すると、クレマンティーヌは華の咲いたような、満面の笑みを見せてくれた。

 ヒルマもこれには驚いたようで、すごいじゃないの、と純粋に褒めた。

 クレマンティーヌからすればヒルマはどうでも良かったが、メリエルからそう言われたのは純粋に嬉しかった。

 

 それと同時に、かつてないほどに感情が昂ぶり始める。

 

 クレマンティーヌが真正面から自分の実力を褒められるのは生まれて初めてのことだった。

 しかも、褒めた相手が掛け値なしに世界最強の輩である。

 

 これで彼女が興奮しないほうがおかしかった。

 

「今ならどんなことでもできそう。ちょっとなんか殺したい」

「レイナースあたりと戦ってきたら良いと思うわ」

「そうする。じゃあメリエル様、まったね~」

 

 がばっとメリエルの胸から顔を離すと、一目散に駆けていった。

 

「彼女も単純ね。この前、薬をもらったときと同じような反応だったわ」

 

 ヒルマは呆れたように言った。

 

 ヒルマに渡していた不老不死の薬をメリエルはクレマンティーヌにもやや遅れて渡していた。

 若返り薬は今の肉体が良いとクレマンティーヌが言った為に渡していない。

 

 これで永遠に殺しができるとクレマンティーヌは大喜びしたことはメリエルの記憶に鮮明に残っている。

 

「らしいといえばらしいけどね。ああ、そうだ、折角だから、件のお姫様にはあらかじめ、会っておこう。デミウルゴスあたりに言えば、うまく段取りを整えてくれるでしょう」

 

 これから楽しくなりそう、とメリエルはとても機嫌が良く、デミウルゴスにメッセージを使うのだった。

 

 

 

 

 



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黄金の姫

 

 深夜、ラナーは自室で、ある人物を待っていた。

 待ち合わせの時刻は0時ちょうど。

 0時まであと数分だ。

 

 ラナーはデミウルゴスから聞いていた。

 そのために、ある程度の情報は頭にある。

 

 事前情報の通りならば、人外の、それも桁の違う輩。

 だが、思考が読めないというほどのものではない、とラナーは予測する。

 

 メリエルのこれまでの動きは、あまりにも人間臭いからだ。

 

 そのときだった。

 0時になると同時に、目の前に唐突に音もなく現れた。

 

 あまりの美しさに普通の者ならば目を奪われてしまうことだろう。

 しかし、ラナーには表面的な美しさなど通用しない。

 

「お邪魔するわ。初めまして、私がメリエルよ」

「こちらこそ、初めまして。ラナーです」

 

 メリエルもラナーもともににこやかな笑みを浮かべ、そう言った。

 見目麗しい乙女同士の談笑に見えるが、そんな甘いものではない。

 

 メリエルは二言目は告げず、じーっと、ラナーの青い瞳を見つめる。

 はて、とラナーは首を傾げる。

 彼女が出している表情は間違っていない筈だからだ。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

 ラナーの問いにメリエルは何故か納得したように、うんうんと数回、頷いた。

 

「あなたもつまんなかったわね。もっと私と早く出会えていれば、退屈させなかったのに」

 

 メリエルの言葉の意味をラナーは瞬時に理解する。

 思わずに、ラナーの本来の笑みがこぼれそうになる。

 

 メリエルとて事前に情報を得ているだろうが、それでも出会って数分と経たずにそこまで見抜いてきた。

 

「クライムだっけ? 彼よりも早く私があなたを拾ってれば、とても面白いことになったのに。ああ、表情は本来のものに戻してくれないかしら? そんな仮面はいらないわ」

「ふふ、どうやらデミウルゴス様が仰っていたよりも、もっと凄い御方でしたね」

 

 ラナーはそう言って、表情を一変させる。

 人が見ればそれはおぞましい化物に変貌したと言うものもいるだろう。

 

 しかし、メリエルは軽く溜息を吐いてみせた。

 リアルでの彼女の部下にはこういう輩は何人もいた。

 メリエルからすれば慣れた相手だった。

 

「……思ったよりも普通ね。もっとすごいくらいに豹変するかと思ったけど」

 

 これにはさすがにラナーも本気で困惑した。

 

「えっと、そうですか? この顔を見せると、大抵化け物扱いされるんですけど」

「私からすればそうは思わないわね」

 

 企業内部のアレコレや権力握った人間の仕出かすことやらアレコレ知っていると、大抵のことには動じなくなるものなのである。

 

 人間というのはどこまでもどこまでも汚く黒く残酷になれる、とメリエルは思わず遠い目になってしまう。

 そして、自分の仕事もそういうものだったなぁ、と思い出して苦笑する。

 

 世間的に見れば自分もネットによく書かれていた通りに死刑執行人だ。

 だが、それが自分の利益になるなら、やるのは当然だろう、と。

 

 メリエルは頭を軽く振って、昔のことを遠くへと追いやる。

 

「何にもないのはアレだし、色々持ってきたから食べましょ」

 

 メリエルは無限倉庫の中から諸々なものを取り出す。

 焼き菓子からフルーツの盛り合わせなどなど様々だ。

 

「太ってしまいます」

「そう言いながら、手を伸ばしてるじゃないの。あ、紅茶は?」

「いただきます。申し訳ありません、こちらがもてなす側である筈なのに」

「構わないわ。で、今度、例のパーティー」

 

 ラスクを上品に食べながら、ラナーは軽く頷く。

 

「メリエル様って女好きというか、女狂いというか……変態?」

「あら、愛の形の一つよ。あなたのクライムに対する愛もまたそれと同じ」

「私はクライム一筋です」

 

 もー、と頬を膨らませるラナー。

 それを見ながら、くすくす笑うメリエル。

 

「あなたとの会話は楽でいいわ。ラキュース、もらうけどいいわね?」

「ええ、どうぞ。もう必要ありませんので」

「可哀想なラキュース、友達だと思っていた子に利用されるなんて」

「社交辞令を真に受ける方が悪いのでは?」

 

 ラナーの言葉にメリエルはくすくすと笑う。

 

「計画書は読ませて頂きました。将軍や騎士達の教本にしたいくらいに、よくできていますね」

 

 ラナーはそう言って、メリエルの反応を窺いながら、更に言葉を続ける。

 

「まるで、何回もこういうことをやってきたかのように」

「あら、暇つぶしに勉強の一つでもすれば誰だってそれなりにはなるわ」

「それなり、と評価するにはちょっとよく出来すぎていますね」

 

 メリエルは笑みを深める。

 

「知りたいの?」

「いいえ。知ればきっと、大変なことになりそうですから。ただ、私の気が変わったら教えて頂くかもしれませんが」

「あら残念。つまらないわ」

「申し訳ありません。お詫びに、メイドをお渡しします」

 

 メイドという単語にメリエルはにんまりと笑う。

 

「クライムをバカにされたの?」

「ええ。ですので、始末したいと思いまして。なるべく長く悶え苦しんで、死にたいと願うようにして頂ければ……」

「もったいないわ。死んだら、それ以上の苦痛を与えられないじゃない」

 

 まあ、そうでした、とラナーはうっかりしていたと言わんばかりに驚いてみせる。

 

「虫に内部から食わせるってどうかしら?」

「それは名案ですね。是非そうして頂ければ」

「それじゃあそうするわ。たぶんすぐ死んじゃうから、その後は蘇生して私のペットにしても良いかしら?」

「構いませんよ。私はとても優しいので、それで許してあげましょう」

 

 メリエルは軽く頷き、紅茶を一口飲む。

 少し冷めたが、それでも十分に美味しいものだ。

 それにつられて、ラナーも紅茶を一口飲む。

 

「美味しいですね。茶葉は独自の物を?」

「ええ、そうよ。こうして話してわかったけど、あなたとは仲良くやっていけそうだわ」

 

 まあ、とラナーは嬉しそうに声を上げてみせる。

 メリエルは彼女に微笑みながら告げる。

 

「1人の死は悲劇よ。でもね、100万人の死は単なる数字。そうでしょう?」

「ええ、その通りです。どうにも私の周りの皆さんはそれが理解できないようで」

「正直、クライムと比べたら100万人くらい安いものよね」

「ええ、まったくその通り」

「可哀想に。王国の国民はこれからひどい目に遭うから、せめてその中でたった2人の、身分を超えたラブストーリーがあっても、ハッピーエンドが1つあっても良いわよね?」

「ええ! 全く問題ありません!」

 

 誰のことか瞬時に理解したラナーは、思わずに身を乗り出し、力強く肯定した。

 

「あなたとクライム、くっつけてあげる。クライムが他の女に目移りしないようにもしてあげる。鎖とか首輪とか小道具はほしい?」

「是非に。何を提供すれば?」

「あなたの頭脳。世界征服するからちょっと協力して」

「その提案、のりました」

 

 2人はどちらからともなく、手を差し出し、がっしりと握手する。

 

「クライムとあなたの新居を用意する。夜の生活に必要な小道具も揃える」

「世界征服の為に一緒に頑張りましょう。あ、忠誠はいりますか?」

「一応あると嬉しいけど、どっちでもいいわ。それと、クライムを説き伏せるのはあなたに任せるわよ」

「ええ、勿論です。ふふ、クライムは本当に子犬みたいで可愛いんですよ?」

「それは良いわね。私は簡単な情報しか知らないけど、真面目らしいわね。とはいえ、もし万が一、目移りしちゃったら、ちゃんと妻として躾てあげなさいよ? クライムの目に入る女は私のペットである可能性が非常に高いので」

「はい、当然です。妻として、しっかりと……」

 

 うふふふ、と笑い合う2人の会話はやがて、互いの愛の形について、熱く語り初めていくのだった。

 

 

 



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エルフの森を焼こう!

 

「……法国が可哀想すぎる」

 

 モモンガは片手で顔を押さえて、ため息混じりにそんな言葉が口から出てきた。

 

 メリエルと共に法国を訪れたのがつい昨日のこと。

 メリエルが先行してから、1週間が経っていた。

 

 

 

 法国にとっては非常に不幸なことに、モモンガもメリエルも六大神の名前を聞いてもまったく知らない連中だった。

 廃人連中とメリエルは、なんだかんだで、よくつるんでいたので、そういったトッププレーヤー達に関してはよく知っている。

 そのメリエルが知らないとなればユグドラシルで上から数えた方が早いような、廃人ではないという可能性は高い。

 

 モモンガも主にスルシャーナとかいう六大神の一人について聞かれたが、さっぱり知らなかった。

 

 ともあれ、モモンガは法国で大歓迎を受けた後、首脳陣との会談にて条約の締結を済ませた。

 

 彼が予想した通り、デミウルゴスもアルベドも法国の提案を承諾したほうが良いとのことだ。

 ただ2人に加え、メリエルから修正案を提案され――それを見たモモンガはあまりのえげつなさに精神沈静化が数回発生した――それを法国側に提案したところ、彼らはあっさりとそれを呑んだ。

 

 人類の守護と存続をナザリック側が手段・方法その他一切を問わずに請け負う代わりに、法国における六大神が遺した装備やアイテム類を全て譲渡すること、法国が持つ情報を全て開示すること、番外席次を渡すことなどなど、従属どころか隷属に等しいものだ。

 

 モモンガが修正案である文書を提示している後ろで、メリエルが鞘に入れたままのレーヴァテインをぶんぶんと素振りしていたような気がするが、きっと気のせいだろうと彼は思いたかった。

 

 ともあれ、その提案自体は理不尽過ぎる要求であったが、ナザリック側に立てばある意味当然ともいえるものでもあった。

 得体の知れないワールドアイテムが遺されている可能性も否定できず、また番外席次を抑えておけば法国が裏切る可能性も排除できる。

 

 とはいえ、法国側にはある程度の余地が残されている。

 

 例えば法国はエルフの王国と実質的な戦争状態にある。

 ナザリック側に従属することで、ナザリック側は法国を守る為に、その戦争に参戦しなければならなくなってしまう。

 しかし、そこで法国がエルフの王国との戦争の為に番外席次を一時的に貸して欲しいとナザリックに対して要請することは可能なのだ。

 

 もっとも、法国側が番外席次を要請するよりも早く、もっとヤバイのがウキウキしながら、エルフの王国があるエイヴァ―シャー大森林に向かってしまった。

 

 これから毎日、エルフの森を焼こうぜとか何とか出発するときにモモンガに言い残していったので、不安しかない。

 お供にクレマンティーヌとレイナース、そして見物としてヒルマがついていったが、3人が止められるわけもない。

 

「ま、まあ、聞くところによると、エルフの王は変態だっていうから、セーフ……なのか?」

 

 むしろ、なんか予想の斜め上のことを仕出かしそうな予感がしてならないモモンガだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、なるほど」

 

 ウキウキ気分でやってきていたメリエルは現場の状況を見て、理解した。

 エイヴァーシャー大森林というくらいなので、森であるのは当然なのだが、かなり視界が悪いのだ。

 成人男性の背丈程もある名も知らぬ植物やら成人男性が数人、輪を組んでようやく内側に収まる程度の大木やらそんなものがたくさんだった。

 

「メリエル様、どうされますか?」

 

 お手並拝見と言いたげな表情で問いかけるレイナース。

 クレマンティーヌはなんとなくメリエルが何をするか理解できるが為、何も言わない。

 

 彼女ら以外にも法国の通常部隊や最近派遣されたばかりの火滅聖典の隊員達もいるが、彼らもメリエルが何をするのか、興味津々だった。

 

 

「幾つか選択肢があるわ。根こそぎ吹き飛ばすか、それとも物量で押し潰すか、私が歩いていくか」

 

 レイナースは目をぱちくりとさせた。

 言っている意味が理解できないのだ。

 

 ナザリック内で数々の規格外なモンスター達を見てきたが、メリエルが戦うところを見るのは今回が初めてということもあり、そうなるのも仕方がない。

 

「法国としてはどれがいい?」

 

 わぉ、とクレマンティーヌは驚きの声を上げた。

 あのメリエルが他人に、それもナザリック以外の輩に意見を求めたのだ。

 

「……我々としましては、なるべく自然環境に傷をつけたくはないので」

 

 法国側の指揮官はそう答えた。

 彼は何となくだが、メリエルがもたらす根こそぎ吹き飛ばすという意味合いが理解できたのだろう。

 

 文字通り、エイヴァーシャー大森林が根こそぎ全部消し飛ぶとそう彼は考えたのだ。

 

「メリエル様、あなたの軍勢を私は見たいわ。伝え聞くところによると、かなり壮観だとか」

 

 ヒルマの言葉にメリエルはとても機嫌良さそうに笑みを浮かべるが、すぐにしょんぼりと肩を落とす。

 

「実は平原とか草原だといいんだけど、森だとちょっと……仕方ない、やっぱり吹き飛ばすか」

 

 メリエルはそう言って、片腕を上げた。

 

 すると、辺り一帯が暗くなった。

 なんだ、とメリエル以外の面々が空を見上げたとき、それはあった。

 

「……嘘でしょう?」

 

 レイナースは呆然とそれを見て呟いた。

 

 空には巨大な物体があった。

 よく見慣れたものであったが、あんなところにあるのは明らかにおかしいものだ。

 

「月落とし」

 

 そう言いながら、メリエルは上げた腕を勢いよく振り降ろした。

 上空にあった物体――月はその腕に引っ張られるように、みるみると地上へと落ちていき――

 

 

 やがて大地を揺るがす轟音と振動、ついで天空高く登る土煙。

 

 振動は立っていられない程に激しく、メリエル以外の全員が転倒し、鳥や動物、果てはモンスターまでもが鳴き声を上げながら、あちらこちらへと逃げていった。

 

 かなり遠くを狙った月落としはそれなりの破壊を森にもたらしたようだ。

 とはいえ、メリエルが予想した破壊面積よりもかなり狭い。

 爆発物などではないので、それも当然だった。

 

 また落ちてきた高度も低かった為、運動エネルギー的にもそれほどではなく、単純に大質量でもって押し潰したという程度に過ぎない。

 

「やっぱり焼かないと駄目か。エルフの森は焼かれる運命にあるのね……」

 

 メリエルが再度、片腕を上げた。

 今度は目も開けていられない程に眩いものが上空に現れた。

 同時に周囲の温度が急上昇し始める。

 

 何が出たか、誰も彼もが理解した。

 

 太陽を落とす気だ――!

 

「今度はちゃんと爆発するから、大丈夫。全部吹き飛ばさないから平気」

「ぜ、全然大丈夫でも平気でもないですわ!」

 

 レイナースは渾身のツッコミを入れた。

 しかし、メリエルはその程度では止まらない。

 

「うふふふ、エルフの森、一度、焼いてみたかったのよね。安心して、人類の守護と存続の為だから」

 

 あわやエルフの森はメリエルにより焼かれるか、そのときだった。

 

「お、お待ち下さい!」

 

 そんな叫び声と共に、転がるようにメリエルの前に現れた何人ものエルフ達。

 

 メリエルは首を傾げながら、とりあえず太陽を消した。

 一瞬にしてメリエルが出した太陽は消え去った。

 

 メリエルの月も太陽も異界から召喚する、という設定であるので、現実世界の月や太陽に影響 はなかったりする。

 他にも色々と現実的な諸問題は全部クリアされている――例えば現実で太陽が近づいてきたら惑星そのものが温度に耐えきれず蒸発する――というご都合主義の塊のような便利な魔法なのだ。

 そんな太陽落としであったが、ペロロンチーノがこの魔法に惚れ込んで、どうにか再現しようと苦心惨憺していたことが、ふとメリエルの脳裏を過った。

 

「わ、私はエリシアと申します」

 

 そう告げるエルフは年頃の女性だった。

 しかし、その装いから、エルフ側の戦士であることが見て取れる。

 

「エルフ側のそれなりに地位のある者と想定して、話させていただくわ。さっさと無条件降伏しなさい。でなければ太陽が毎日20個ずつくらい、私の気が向いた時間に降り注ぐことになるわ」

 

 比較的慣れているクレマンティーヌでもドン引きだ。

 これほどに酷い脅迫もないだろう。

 彼女がちらりと他の面々を見れば、ヒルマはなんとか笑みを保とうとしているが、引きつっており、レイナースは茫然自失としている。

 法国の面々に至っては死人と見間違えるくらいには酷い有様だった。

 

「お、畏れ多くも、貴女様のお名前と目的をお聞かせ願えませんでしょうか?」

 

 地面に頭をこすりつける勢いで平伏しながら、エリシアというエルフは震えながら問いかけてきた。

 

「私はメリエルよ。目的はエルフの王国の無条件降伏。何故かというと、今度、法国はうちの従属国となったので、宗主国としてケリをつけにきた。逆らわなければ悪いようにはしない」

「そ、その、メリエル様は我々をどのように……?」

 

 どのように、という問いかけにメリエルは胸を張って答える。

 

「無条件降伏といったけど、あなた達のお願いを聞かないとは言っていないわ。とりあえず征服だけさせてくれれば、今の状況を全部なんとかしてあげる。正直、そっちの王より私の方が強いと思うから」

 

 そう言いながら、にっこりと笑みを浮かべるメリエルにエリシアは震え上がった。

 

「ご、ご案内しますので、どうか、どうか、その御力を振るわないよう……」

「分かったわ」

 

 メリエルは鷹揚に頷いて、法国の指揮官に視線を向けて、告げる。

 

「私がここに来て10分くらいで戦争終わったわ。戦争っていうのはスマートにやるものよ」

「そ、そうですな。まことに、メリエル様の仰る通り」

 

 震えながら、無理矢理に笑おうとして失敗し、引きつった顔になる指揮官だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリシアらの案内でメリエル一行は法国の部隊も引き連れて、エルフの王都へとやってきた。

 てっきり木々の上に家を築いているかとメリエルは思っていたが、そんなことはなく、森林の一部を切り開いて、そこに住居や宮殿があった。

 リ・エスティーゼ王国の王都ほどではないが、それなりに商店などもあり、戦争中ではあったが、そこそこ賑わっている。

 

 王への謁見はメリエルのみが許された為にクレマンティーヌらは法国の部隊と共に宮殿近くで待機することとなった。

 

 彼らの周囲を一応、エルフの戦士やら魔法詠唱者やらが取り囲むが、彼らとて自分たちがどれほど意味のないことをやっているか、理解はできていた。

 メリエルが攻撃行動に入った瞬間に包囲している者達は一瞬で消し飛ばされるのだ。

 とはいえ、何もやらないよりはマシと自分たちに言い聞かせて、職務を遂行していた。

 

 

 

 メリエルが謁見の間に通されると、玉座に座ったエルフの王は彼女を一瞥して、告げた。

 

「ほう、女か。エルフではないが、孕ませてやろう」

 

 普通ならば不快に思うところだが、あいにくとメリエルは普通ではない。

 逆にメリエルはエルフの王を観察する。

 

 不細工とは程遠い、美しい顔立ちの男だ。

 

「良い提案を持ってきたわ」

 

 メリエルはそう言いながら、絶望のオーラを少しだけ解放する。

 一瞬にして、エルフの王や護衛の兵士達は恐怖に震え、蹲る。

 

「あなたは女を孕ませて、強い子を欲しているようだけど、逆に考えればいいわ。孕ませながら、孕めばいい、と」

「く、くるなっ」

 

 メリエルはそう言いながら、近づくと、エルフの王は玉座にしがみつきながら、情けない姿を晒す。

 

「力の差は理解できるでしょう? 私がその気になれば、あなたは疎か、この国がこの世から消し飛ぶわ」

 

 恐怖に泣きながら震えているエルフの王、その間近でメリエルはそう告げる。

 

「まあ、答えを聞くとは言っていないから、強制的にさせてもらうのだけどね」

 

 メリエルはにっこりと笑いながら、流れ星の指輪《シューティングスター》をはめた。

 彼女の周囲に青い魔法陣が展開される。

 

「このエルフを生殖可能な両性具有とし、絶世の美女に変えよ。ウィッシュ・アポン・ア・スター」

 

 エルフの王が眩い光に包まれ――その光は唐突に消失した。 

 玉座にいたのはメリエルに勝るとも劣らない美貌を誇るエルフの女性だった。

 

 魔法は間違いなく成功しているので、見た目は女性だが、両性具有であるとメリエルは確信する。

 

「さて、先達として、両性具有について、色々教えてあげるわ。そう、色々とね」

 

 メリエルは怪しく笑いながら、彼女を抱きかかえた。

 その腕の中で、彼女は全く状況に追いついていけていない様子だったが、メリエルはそんなことお構いなしだった。

 

 

 



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常に最悪を想定しよう

 

「予想の斜め上をやらかしやがったー!」

 

 モモンガは私室で絶叫していた。

 そんな彼をメリエルはけらけらと笑う。

 

「いいじゃないの。彼女の強い子が欲しいって願いを叶えてやったし、他のエルフも納得できる形に収まったんだし」

 

 エルフの王国はメリエルにより、女王が統治する国となってしまった。

 メリエルはエルフの女王を完全にベッド上で屈服させた後、更にダメ押しとばかりに力を見せつけた後にアレコレ彼女にお願いをした。

 

 志願した者以外の女を孕ませるな、戦争起こすな、法国と和平を結べなどなどだ。

 女王は反論することもなく、メリエルのお願いという名の要求を聞き入れた。

 

 他のエルフ達もメリエルが女王の手綱を握るということで納得し、だらだら続いた戦争は呆気なく終わりを迎えた。

 もともと女王以外は法国と戦争する気はさらさらなく、どこからも反対は出なかった。

 

 エルフの女王を真似て、アレコレと女を囲っていたエルフの貴族達はこっそりとメリエルに自分達も女王のようにしてほしい、と頭を下げてきたので、メリエルは同好の士として、彼らの願いを叶えてやった。

 とはいえ、超位魔法を使っていてはさすがにもったいないので、アイテムとしての性別転換薬を飲ませたのだが。

 

 そして、エルフの女王はメリエルが言った自分で強い子を孕めばいい、ということにピンときてしまったらしく、メリエルの子を産むと息巻いている。

 

 そもそも種族が違うことからそうなる可能性自体が極低確率だが、そんなことは気にしてはいない。

 そういった事情に加えて、エルフ達への支援も多々ある。

 最大の目玉は法国に捕まって売り飛ばされたエルフ達を取り戻すことだ。

 

 とはいえ、いちいち商人やら何やらを通じて、買い取った連中と交渉するのも面倒くさいし、金塊は創り出せるといっても、それもまた手間がかかる。

 ならば、魔法を使えばいい、ということでメリエルが指輪をはめて、ウィッシュ・アポン・ア・スターでもって、自らの意志で出ていった者やナザリックで保護している者以外のエルフを例外なく全員強制的にあらゆる傷や後遺症を完全に治癒させた上で転移せよ、と願った結果、それはその通りに叶った。

 

 

 

「流れ星の指輪《シューティングスター》、いいなぁ、なんでそんなに引き当てているんですか……」

「使った金額、聞きたい?」

「……聞かなかったことにします。というか、それ使えば何かあったときは全部解決できますよね」

「そういう物事に対して、願いが効くかわからないわよ」

 

 メリエルの言葉にモモンガももっともだ、と頷く。

 いくらメリエルがそれなりの数の指輪を持っているとはいえ、無駄に消費して良いものではない。

 

「今回のことでエルフの反応はどうでした?」

「一言で言うと、私が神に祀り上げられた。あと目撃した法国の連中も新たな神とするかどうか、ひそひそ話してた」

 

 モモンガは大爆笑した。

 しかし、すぐに精神沈静化が働いてしまった。

 

「宗教を作るのもいいですね。私は勘弁してほしいですが、メリエルさんはそういうの似合いそうです」

「まあ……そうね、行きすぎない程度のほどほどに狂った信者とかならいいかもしれないけど。あとさらっと自分はイヤって主張してるってどういうこと?」

「知りません、聞こえません」

 

 両耳のあった部分を両手で押さえてみせるモモンガにメリエルは軽く溜息を吐き、話題を変える。 

 

「これで法国とエルフはウチについた。帝国も遠からず、王国は近いうちに……ああ、それとダークエルフの集落もあるみたいだから、ついでにデミウルゴスを送っておいた。事後承諾だけど、引き入れていいわよね?」

「構いませんよ。デミウルゴスなら安心ですね。ところでそろそろいい加減、国名を決めませんか?」

「幾つか候補はあったわね……」

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国、アインズ・ウール・ゴウン連邦、モモンガ王国などなどだ。

 

「かっこよくて、すごいのが良いわね」

「やはりダーク・ウォーリアー帝国というのが」

「それはない」

 

 メリエルに一刀両断され、モモンガは悲しみを覚えたが、精神沈静化により落ち着いた。

 

「冷静に考えて、アインズ・ウール・ゴウン魔導国ですかね?」

「うちの体制的に魔導帝国のほうがよくない?」

「すると私は皇帝ですか……」

「皇帝陛下とか呼ばれるの?」

 

 メリエルの問いかけに、モモンガはそう呼ばれる自分を想像して、即座に精神沈静化が働いた。

 

「無理です。耐えられません」

「大変ねー」

 

 他人事なメリエルにモモンガは無言で拳を振るうが、所詮は魔法詠唱者の拳。

 ひらりとメリエルは回避してしまう。

 

「魔導国にしてください。それなら皇帝陛下と呼ばれるのを回避できるので」

「あんまり回避できそうにない気もするわよ。絶対、なんかやばい呼び方してくるって」

「ですよねー……まあ、そこは諦めるしかないでしょう」

「じゃあ、魔導国にするってメッセージで関係各所に伝えとくわ」

「お願いします。しかし、国を持つなんて、戦略ゲーくらいでしかやったことないですよ」

「私だってないわよ。っていうか、戦略ゲーだと大抵は国を持って、ある程度の基盤ができちゃうと後は消化試合でつまんないのよね」

「どうせなら、どこまで発展できるかに楽しみを見出しますか?」

「面白そうね。高層ビルが立ち並ぶ自分の領土から一歩出たら、中世のままの街っていうのも、よく戦略ゲーであったわね。ああ、でも、リアルのように荒廃はさせたくないから、難しいところ……」

 

 呑気な2人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……メリエル様って、あんなに強かったのね」

 

 ヒルマは何度目になるか分からない言葉を紡いだ。

 観戦気分でついていったら、世界を滅ぼせる魔王を目撃してしまった、というのがヒルマの感想だ。

 既にそれなりの日数が経っているにも関わらず、ヒルマ達はこんな調子だった。

 

「いや、私もまさか月を落としたり、太陽を落としたりまでできるとは思わなかった。ていうか、最後にはなんかもっとヤバイのを見た」

 

 メリエル様やべぇ、とクレマンティーヌ。

 

「帝国のフールーダは足元にも及びませんわ……そしてきっと、モモンガ様も同じことを……」

 

 レイナースの言葉に頷く2人。

 

 とはいえ、実際のところ、メリエルもモモンガも覚えている殲滅魔法系の種類は少ない。

 そういった魔法が専門のワールド・ディザスターと比較すれば悲しくなるレベルだ。

 

 だが、そんな裏事情をヒルマ達は全く知らないが為、とにかくヤバイという感想しか出てこない。

 

「別にだからといって何かというわけでもないのだけど」

 

 ヒルマの続けた言葉もこれまたいつも通りだった。

 要するにメリエルの強さが再確認されたところで、ヒルマ達にとっては何も問題はない。

 

 生殺与奪権を握られているのは今更の話であるし、それで恐怖を覚えるようなウブな心はとうの昔に消えてなくなっている。

 

 要するに、メリエルがアレコレ動き回っている為に構ってくれなくて暇で仕方がないから、お喋りしようというそんな程度なのだ。

 

「法国があっさりと落ちて、エルフも落ちて、ダークエルフも近いうちに落ちるみたいよ」

 

 ヒルマの告げた、ダークエルフという単語にクレマンティーヌとレイナースは驚きを露わにする。

 

「どっかに隠居しているって話だったけど、そいつらとも?」

「私、ここにきて初めてダークエルフを見ましたわ。そんなにも稀少であるのに」

 

 2人の言葉にヒルマは簡単よ、と告げる。

 

「要するにメリエル様がダークエルフを欲しいって思ったのでしょう。自分の欲望にとても素直だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デミウルゴスは非常に機嫌が良かった。

 

 ひとえにそれはダークエルフとの交渉――先方は国家を名乗っていたが、エルフと比較するとその個体数は少なかった――が極めてスムーズに進んだからだ。

 ダークエルフの女王は民族の再興を夢見ているらしく、こちらの武力を提示したところ、あっさりとナザリックの軍門に降ると承諾したのだ。

 

 勿論、デミウルゴスは嘘は言っていない。

 そもそもメリエルが彼に頼んだ内容がダークエルフをモノにしたい、繁栄させたい、なんとかして、というものだ。

 

 物凄い大雑把な内容だが、デミウルゴスからすれば十分な命令だ。

 

 とはいえ、そのメリエルを実際に見たい、という要望がダークエルフ側からあった為にデミウルゴスは返答を保留にし、一度、ナザリックに戻ってきた。

 メリエルに進捗報告と許可をもらうためだ。

 

 

 デミウルゴスはメリエルの私室を訪れると、メリエルはソファに座って何やら本を読んでいた。

 不敬を承知で彼が素早くその題名を読めば、八欲王について、と書かれていた。

 

「読書中のところ、申し訳ありません」

「構わないわ。法国からもらったお伽噺みたいなもので、どうせ暇つぶしだもの。それで首尾は?」

「上々です。ダークエルフ側はこちらの条件を全て呑むとのこと……ただ、メリエル様に拝謁を願っておりまして」

「問題ないわ。私もダークエルフに会ってみたいから」

 

 それで、とメリエルは続ける。

 

「デミウルゴス、私は次、何を欲しいと思っているか、分かるかしら?」

 

 試すように笑みを浮かべ、メリエルは問いかけてきた。

 デミウルゴスもまた、その問いに笑みを浮かべて答える。

 

「聖王国……ですか」

「正解。まあ、そこの聖王とやらが女って聞いたからっていうのもあるけど」

 

 本当に欲望に素直な御方だ、とデミウルゴスは感心してしまう。

 モモンガ様ももっと我欲を出していただければ、と彼は歯がゆい思いだ。

 

「海への出入り口を抑えることは巨万の富を得るに等しい。聖王国と王国、そして法国。無論、帝国も。これらを押さえ、富国強兵を」

 

 デミウルゴスには瞬時に理解できる。

 

 現状のナザリックの力だけでは不足だとメリエル様は仰られている、と。

 

 デミウルゴスはシモベとして、力不足に絶望したくなるが、それを見透かしたようにメリエルは告げる。

 

「あなた達が絶望する必要はないわ。さすがに世界征服となると、純粋に人数が足りないから。重要な部分は私が作るホムンクルスを充てるとはいえ、さすがに辺境の村の役所にまで送り込むのはちょっと無理がある。といっても、ホムンクルスは燃費が悪いから大量に作るとアレコレ問題があるけど、そこはなんとかできるでしょう」

「メリエル様のホムンクルス達は大変優秀とお聞きしております」

「そうあれかし、と私が作ってるからね。それはさておき、現地住民も使う必要が出てきたわ。以前、あなたはスクロールの作成のために牧場を作ろうとしていたじゃない?」

 

 デミウルゴスはピンときた。

 

「どうせ、あなたのことだから、GOサインが出ればすぐにでも取り掛かれる程度に下準備は済んでいたりするんでしょう?」

 

 その言葉に、デミウルゴスは体が震えた。

 命令が下れば即座に実行に移せることを見抜かれていたことと、牧場の使用用途だ。

 無論、それに使用する人間の調達先である聖王国も調査を以前より進めていた。

 

「……流石はメリエル様。そこまで見抜いた上で、そのお考えですか……」

「優秀であればあるほど、分かりやすいものよ。答え合わせといきましょうか? 人間牧場を作って、そこで生まれた子供を教育して適性に合わせて行政官なり何なりに使う。どうかしら?」

「同じです。ただ私の場合はエルフなどの、人間以外の種族も考えておりました。魔導国の方針として、そちらのほうが良いかと」

「それが可能なら良いわね。ただエルフとかは同族意識が強い可能性があるから、そこが気がかりね。まあこんなことしなくても、普通に国家方針として産めよ増やせよを実行すればいいんだけどね」

 

 メリエルの言葉にデミウルゴスは告げる。

 

「ご安心を。いなくなっても困らない連中を使いますので」

「任せたわ。迅速に進めて。ただ、視察は私もちょくちょくさせてもらうわ。意味合いは簡単に理解できると思うけど」

「さすがに家畜となった雌をメリエル様にご提供するのは心が痛むのですが……」

「そこが良いのよ。まあ、よろしくね」

「畏まりました」

「ところでデミウルゴス、他にも頼みたいのだけど」

「何なりと」

「私って生殖可能なのかどうか、アルベドに聞いといて。淫魔の本能とかでたぶん分かるでしょうきっと」

 

 デミウルゴスは石化の状態異常を食らったかのように固まった。

 たっぷりと30秒くらいかけて、彼は再起動を果たして、数回、瞬きをした。

 

「その、ええと、はい、分かりました。生殖可能かどうか、ですね」

「ええ、それと、妻は当然として、夫もいたほうがいいか、相談してきて」

 

 畏まりました、とデミウルゴスは答えて、メリエルの私室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デミウルゴスはメリエルの私室を出ると、すぐさまアルベドに伝言(メッセージ)でもって連絡を入れた。

 

 そして、アルベドの執務室に足早へと向かうと、彼女は緊張した面持ちでデミウルゴスを出迎えた。

 

「デミウルゴス、至急の要件と聞いたけれど……」

「メリエル様に尋ねられたことがあります」

 

 デミウルゴスもまた緊張した表情で言葉を紡ぐ。

 

「アルベド、淫魔である貴女に問いかけます。メリエル様は生殖が可能ですか?」

 

 問いに、アルベドは目をぱちくりとし、デミウルゴスの顔をまじまじと見た。

 予想していた質問と180度ほど違うものが飛んできた為だ。

 

 とはいえ、愛するメリエルからの質問にアルベドはしっかりと答える。

 

「可能よ。勿論、モモンガ様も人化のアイテムを使えば可能」

「問題点は?」

 

 デミウルゴスの問いにアルベドは軽く息を吐いて告げる。

 

「デキる確率が極めて低いわ。アンデッドであるモモンガ様は当然といえば当然であるけれど」

「メリエル様はアンデッドではありませんが」

「あの御方は単体で完成されているのよ。基本的に子孫を残す必要性がない。だから、メリエル様にとって誰かを抱くことは娯楽なのよ」

「しかし、ゼロではない、と?」

「ええ、ゼロではないわ。それは間違いはない。私の淫魔としての本能がそう囁いているわ。あなたの配下の淫魔達もきっと同じことを言うわ」

 

 なるほど、とデミウルゴスは頷きながら、次の質問を紡ぐ。

 

「メリエル様から、妻だけでなく、夫もいたほうが良いか、とご質問が……」

「メリエル様の貞操を男に渡すのは妻として許せませんね」

「そこもですか?」

 

 デミウルゴスは妻として、というアルベドの発言を聞かなかったことにして、問いかけた。

 

「当然よ。なんなら私が生やしてもいいわ」

「だが、待ってほしいのですよ、アルベド。メリエル様のご質問の意図、それはすなわち、夫を望まれているのではないですか?」

 

 そのときアルベドに電撃が走る。

 

「……た、確かに、メリエル様の嗜好には男……ただし、可愛い見た目の男の子も守備範囲に入っていたとソリュシャンから報告があったわ」

「その手の奴隷をメリエル様は王国でお買いになられていた記録があったはず……」

「もしや、メリエル様はマーレを夫にしようと……!」

 

 それは案外良い案だな、とデミウルゴスは思う。

 とはいえ、最善は別にある。

 ついでとばかりに彼は尋ねてみる。

 

「メリエル様とアインズ様が結ばれることが、私としては良いと思うのですが」

「それは無理ね。私は以前、2人にそれとなくお聞きしたことがあるけど、どっちも絶対にイヤだ、と断固拒否されていたわ」

「なるほど……とすると、既にモモンガ様には意中のお相手が?」

「そのことだけど、メリエル様からご相談があったわ。モモンガ様の妃となる相手について……」

「お世継ぎは極論を言ってしまえば必要ないと言えますが……ですが、やはり……」

「ええ、モモンガ様にもぜひともお世継ぎを……そのことに関してはメリエル様から既に指示が出ているの。色々と私の方で手配しているわ」

「なるほど、流石はメリエル様。私にも何か、手伝えそうなことがあれば是非とも手伝わせていただきたい」

 

 デミウルゴスの言葉にアルベドは力強く頷く。

 

「メリエル様はプレアデスのユリ・アルファが相応しいと、そう思われているわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、なんかすごい嫌な予感がした。逃げ道を塞がれているというか、そんな感じで――

 

 モモンガは周囲を見回してみるが、何も変わりはない。

 

「気のせい、か……?」

 

 執務室には今、モモンガ以外は誰もいない。

 そもそも、ナザリックの警備は万全と言っても過言ではなく、十重二十重にも張り巡らせられているシモベ達の警戒網を掻い潜って、彼の執務室に辿り着くことは不可能だ。 

 

「疲れでも溜まっているのかなぁ」

 

 エ・ランテルで漆黒のモモンとして活動しつつ、その合間にナザリックの支配者としてアレコレとやっている、いわゆる二足の草鞋を履いている状態だ。

 もっとも、冒険者の階級としては、ちまちまやるのに面倒くさくなったので、エ・ランテル近郊に適当に現地住民では太刀打ちできないモンスターを沸かせて、ある程度被害を出したところで、モモンとして討伐するという見事なマッチポンプを行っている。

 その為、つい先日、冒険者としては最高峰のアダマンタイトに昇格したが、大した感慨はない。

 

 これまでのことを振り返れば、なんだかんだで休む暇がなかったようにモモンガは思えてきた。

 

 こういうときは人化のアイテムでも使って、美味しいものでも食べるか、と彼は考えた。

 今日の当番である一般メイドに伝言(メッセージ)で、甘い物を持ってきてもらうことに決めた。

 

「シュークリーム、美味いよなぁ」

 

 最近、ハマっているものはシュークリームだ。

 メリエルに教えてもらったものだが、これが非常に美味しく、彼は天国を味わった。

 

「人類は意外と軽くいけそうだけど、問題は外なんだよな……」

 

 ビーストマンは勿論、ドワーフやら竜やらと世界征服の為の問題は山積みだ。

 

 対話ができない連中ならメリエルを投げてぶつけてやれば終わることだが、なるべく恨みは買いたくないというのがモモンガの正直なところだ。

 

 恨みを買うと、その後の統治に影響がある。

 そこをつけこまれて、反乱が祭りのように始まるというのは勘弁してほしいところだ。

 

 大陸中央にあるという六大国――それらは亜人国家であり、情報によるとビーストマンやらミノタウロス、トロールなどで、これらは強硬的な手段でなければ無理であるという可能性が高い。

 

「人間の国はメリエルさんが担当しているけど、中々上手くいっているなぁ」

 

 いくら営業職であっても、さすがに皇帝やら宗教国家の首脳陣やらとの会談や交渉、それらは極めて政治色の強い話であって、モモンガとしても全くの未経験だ。

 メリエルに任せたのは正解だったと彼は思う。

 

「リアルでのことは詮索しないっていうのがルールだけど、やっぱり気になるよなぁ」

 

 モモンガからすると、メリエルというのは何をやらせてもそつなくこなす、そんな印象だ。

 性格的なものに目をつぶれば、だが。

 

 そんなメリエルからはホムンクルスを使用したある計画がメリエルから聞かされた。

 計画内容に、モモンガとしてもメリエルが何をやっていた人なのか、非常に気になった。

 計画はンフィーレア・バレアレに関するものであるが、実行されるのは王国が魔導国に併合された後の予定だ。

 

「企業の偉い人って言ってたけど……わからん」

 

 分からないものは仕方がないので、いつか本人に聞こうと思いながら、直近の課題へと思考を向ける。

 

「今度のリザードマンとの戦いは、コキュートスに任せてみるけど、大丈夫だよな……?」

 

 発見したはいいものの、メリエルがアレコレと騒動を引き起こしたり、冒険者としての活動に勤しんでいた為に後回しになっていた案件の一つだ。

 コキュートスへ任せるとデミウルゴスやアルベドなどの守護者には伝えてあったものの、果たしてどう転ぶかは未知数だ。

 

「メリエルさんが悪いんだ。あんなに騒動を次から次へ……」

 

 まあ、そこが楽しいんですけど、とモモンガは心の中で呟く。

 

 そのとき、扉が叩かれた。

 モモンガが許可をすると、そこにはメリエルがいた。

 噂をすれば何とやら、という絶妙なタイミングでやってきた彼女に、騒動が楽しいと口に出さなくてよかった、と彼は安堵する。

 それを聞かれでもしたら、モモンガの平穏は次元の彼方にすっ飛んでしまう。

 

 

 そんなモモンガの心境とは裏腹に、何やらメリエルは真剣な面持ちだ。

 

「どうしたんですか?」

「いや、竜と敵対したら、まずいかなって」

「えぇ……?」

 

 モモンガは困惑した。

 しかし、彼もメリエルとは長い付き合いだ。

 どういった経緯でそうなったのか、理由を尋ねてみた。

 

「それで、何の理由で?」

「法国からもらった情報、八欲王でちょっと引っかかってね……あのとき、ログインはしていなかったから、連中ではないと思うけど」

「……ワールドチャンピオンですか? たっちさんを除いた8人」

「そうよ。まあ大丈夫だと思うけど」

「確か、元々この世界にあった始原魔法というものを使えた竜王達が八欲王を1人倒すのに最低10体は倒されたと聞いていますが……」

「その始原魔法が超位魔法クラスを連発できるようなものならちょっとヤバイのよね。竜王の強さが分からない以上、仮定に仮定を重ねてしまう話だけども。あるいは何か、ユグドラシルによくいたボスみたいに、こっちの防御を無視してダメージを与えてくるとかありえるし」

 

 いつになく真剣にそう話すメリエルにモモンガもまた、その可能性がありえると判断する。

 

「常に最悪を想定しろ、現実はその斜め上をいく、とはぷにっと萌えさんの言葉でしたっけ」

「そうなのよ。もし最悪に最悪を想定すると……ヤバイわ」

「なるべく対話をしましょう。ただ、本当に、敵対するしかなくなってしまったときは……」

「短期決戦ね。向こうが油断してくれれば一気に隙きを突けると思うけど、もし油断しなかったら……」

「長期戦を挑んで勝算はありますか?」

「個体数にもよるけど、ユグドラシルのボスと同程度と想定すると、長期戦は微妙なところね。ただゲームとは違うから、敵が食事や睡眠など、そういったものを必要とするなら長期戦の方が勝率はあるかも」

 

 モモンガは頷き、告げる。

 

「デミウルゴスとアルベドを呼び、知恵を借りましょう」

「ええ、そうしましょう」

 

 モモンガがデミウルゴスとアルベドに重大案件だと伝え、すぐに執務室まで来るようにと伝えると、それから5分と経たずに彼らはやってきた。

 2人は平伏したところで、モモンガは口を開く。

 

「アルベド、デミウルゴス、よく来てくれた。前置きは抜きにし、率直に結論だけ言わせてもらおう。竜王達は私やメリエルさんでも手を焼く可能性がある」

 

 思わずに平伏していた2人は顔を上げた。

 その表情は滅多に見られるものではなく、驚きに満ちたものだ。

 

 かなりレアな顔だな、とモモンガは思いつつ、メリエルへと視線を向ける。

 視線を受け、メリエルは告げる。

 

「さっきデミウルゴスが来たときに読んでた本だけど、これ、法国から貰ってきた八欲王について書かれたものでね。最悪の予想だと八欲王がワールドチャンピオンの8人で、最低でも竜王10匹がワールドチャンピオン1人に匹敵すると仮定して欲しい。戦いに参加した竜王は滅んだとは聞いているけど、逆に言えば、戦いに参加しなかった連中が生き残っている可能性が高い」

 

 メリエルはそこで一度言葉を切り、少しの間をおいて更に言葉を紡ぐ。

 

「以前、私はアルベドと話をしたときに、人類の勢力圏外にも我々に匹敵する者はいないと判断したけど、今は状況が変わった。もしかしたら、より強力な者が存在する可能性があると想定しておいてほしい」

「恐れながらメリエル様。八欲王については数百年も前のことであり、法国が持っていた情報については精度が疑わしい可能性もあります」

 

 デミウルゴスの言葉にメリエルは頷いて肯定する。

 

「だからこそよ、デミウルゴスにアルベド。もう理解できているとは思うけど」

 

 え――?

 

 モモンガはメリエルの横顔をまじまじと見た。

 

「あー、メリエルさん。一応、念の為に確認として口頭で教えてほしいんですけど。もしかしたら、すれ違いが発生するかもしれませんし」

「簡単よ。両面作戦」

 

 いや分かりません、とモモンガは内心、メリエルに抗議した。

 その間にデミウルゴスが口を開く。

 

「情報の精査及びさらなる情報収集・分析をしつつ、ナザリックの戦力の拡充及び強化ですね?」

 

 あー、なるほど、確かに両面作戦だとモモンガは納得した。

 

「そういうことよ。情報関連についてはデミウルゴスに、ナザリックの戦力の拡充と強化に関してはアルベドに任せたいと思う。無論、各々が必要とする人員や装備、アイテムなどその他一切は最優先で回したい。不足する場合は私が出す。モモンガ、どうかしら?」

「ええ、それでいきましょう。ただ、戦力の強化については各階層守護者達のより高度で柔軟な連携も含めましょう」

「つまり、チームプレイ?」

「そうです。おそらく、守護者達は1体の敵に協力して連携し、戦うことができません」

 

 そんなことは、とアルベドが言いかけるが、モモンガは即座に問いかける。

 

 お前達に、メリエルさんと戦った世界連合軍のような連携行動ができるか、と。

 

 アルベドもデミウルゴスも押し黙った。

 2人とも、かつてのメリエルが世界と戦った際の映像は何回も繰り返しに見ている。

 

 それ故に、彼らの頭脳は瞬時に結論が出てしまう。

 

 あれほどに強固な連携は現時点では不可能だと。

 

「まあ、敵にはたっち・みーとかウルベルトとかいたし、さらっとモモンガも交じってたし、ぷにっと萌えとか他にも何人かいたんだけどね。私としても、守護者達や他の意思疎通できるシモベ達には、あれくらいの連携を求めたい」

 

 とてつもない要求にデミウルゴスとアルベドは恐ろしくなった。

 その要求を達成できるかどうか、分からないからだ。

 

 モモンガはメリエルの要求はさすがにやりすぎだ、と思い、口を開く。

 

「お前達はまだ成長途上だ。可能性は無限にある。私もメリエルさんもお前達がどこまで成長するか、とても楽しみだ。そうだな、もっと単刀直入に言えば私達にとってお前達は必要不可欠の存在だ。だから、失敗を恐れず挑戦し、頑張ってほしい」

「そういうことよ。今は大いに失敗しなさい。世界を吹っ飛ばせるような連中と戦うまでに仕上げておけばいいのよ」

 

 メリエルとモモンガにそう言われ、デミウルゴスとアルベドは神妙な顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デミウルゴスもアルベドも喜びや悔しさで感情がごちゃまぜだった。

 モモンガの執務室を出て既に10分は経とうかというのに、感情は全く収まらない。

 

 成長を期待している、必要不可欠と言われたことへの喜び。

 連携行動を取れないこと、ナザリックの戦力不足に対する悔しさ。

 

 だが、2人に立ち止まっている暇はない。

 

「私はこの後、聖王国に向かいます。同時に、先程の件の情報収集を効率的に行う組織の構築を始めます」

「私は、ナザリックにおける戦力の拡充と発展を行うわ。手の空いている守護者達に連携を……」

「おそらく、モモンガ様もメリエル様も、だからこそ、今の今まで、あえてリザードマンへの行動を遅らせていた可能性があります」

 

 コキュートスを指揮官とし、リザードマンへの軍事行動を行う。

 単身で乗り込むというのは不可だが、それ以外ならば全てコキュートスに一任する、というのがモモンガから伝えられていたことであったが、それは連携を見る為であったからではないかと。

 

 コキュートスが軍勢を率いてリザードマンを攻略すれば良し、もしコキュートスが他の守護者に助力を願った場合、それもまた守護者同士の連携を見ることができるために問題はない。

 

 つまり、コキュートスがどう動こうとも最終的には確実に成功する上、ナザリックの利益に繋がるという道しかない。

 

「流石はモモンガ様、メリエル様……そのような方々が我々を必要不可欠と仰られたわ」

 

 全身で歓喜を表現し、黒い羽根がバタバタと忙しなく動くアルベド。

 

「だからこそ、我らはそのご期待に応えねばなりません。迅速に、抜かりなく進めましょう」

 

 

 



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月と太陽が落ちてきたくらいの衝撃

 

「教科書に載せたいくらいに見事な手腕ですね」

 

 ラナーは皮肉などなく、素直に称賛した。

 

「あら、ありがとう。というか、もう知っているのね」

「レエブン侯が色々と教えてくれまして……発狂してましたよ、彼」

「それはご愁傷様。頭が回ると気苦労も多くて大変ね」

 

 けらけらと笑うメリエルとそんな彼女に微笑むラナー。

 

 主に性癖の面で意気投合した2人は定期的にお茶会を深夜に開いていた。

 今回はエルフの国を落としてから初めてのお茶会だ。

 

「次は聖王国を?」

「そうよ。なんか聖王って女って聞いたので」

「あそこには姉妹の戦士と神官もいますよ。聖王国では最強の使い手らしいです」

「なにそれすごい、ペットにする」

 

 欲望一直線なメリエルにラナーはくすくすと笑う。

 

「見目麗しい乙女の戦士達を侍らせて、何をするつもりですか?」

「宝石っていうのはね、身につける予定がなくても傍に置いて愛でたいものよ」

「良いこと言ってる気がしますけど、浮気する人の迷言ですね」

 

 ラナーはそう言いつつも、メリエルの狙いには気がついている。

 元漆黒聖典のクレマンティーヌ、元帝国の四騎士のレイナース、そこに蒼の薔薇のラキュースや聖王国の姉妹などが加わる。

 それぞれの実力は勿論、その経歴や出自はあちこちに影響を与えることができるものだ。

 

 メリエルが直接動かずとも、彼女らを動かせば大抵のことは万事うまく進むだろう。

 

「まあ、それはいいとして、クライムのことなんだけど」

「私のクライムがどうかしましたか?」

 

 問いかけにメリエルはラナーの瞳を真っ直ぐに見つめて、怪しく笑う。

 

「彼との夜の生活、きっとあなたは満足できないわ」

「む、それは聞き捨てなりませんね」

「実際に見たことも話をしたこともないけど、きっと彼って童貞でしょ?」

「当然です。クライムが私以外の女に操を捧げるなんてありえませんから」

 

 ニヤニヤとメリエルはイヤラシイ笑みへとその笑みが変化する。

 

「生真面目で、女遊びなんてしたことないでしょうね。雰囲気作りは……まあ、ラナーがうまくやると思うけど、実際にヤるとなるとねぇ」

「童貞が下手かどうかなんて、やってみないとわかんないです!」

 

 ラナーは断固として抗議したが、彼女の明晰な頭脳は不安な結論を叩き出している。

 最初は下手でも仕方がない、と。

 

「それに私が躾ければいいんです!」

「……いや、ラナーもヤッたことないから、無理じゃない? わりと真面目な話、自慰と違って性行為って慣れていないと気持ちいいどころか、結構しんどいわよ?」

 

 ラナーはそこでメリエルが本当に自分を気遣ってくれているということに気がついた。

 

「クライムは兵士だっていうから、体力があるから大丈夫だろうけど、ラナーって運動とかしたことがないくらいにお姫様でしょう?」

「むむむ……」

 

 ラナーは反論できない。

 

「まあ、何事も経験だから、とりあえずやってみなさいよ。たぶんだけど、ラナーが気持ち良くなる前に終わっちゃうから。満足できなかったら、私のとこに来なさい」

「あ、私を狙ってますね?」

「心はクライムで良いけど、とりあえず体は差し出せ」

「駄目です……と言いたいところですが、クライムの前でメリエル様に抱かれるというのも、それはそれで彼がどんな反応をするか、そそるものがありますね……でもきっと、私とメリエル様に興奮しちゃうクライム……ふふ、可愛い」

「寝取りや寝取られもいけるクチ?」

「物語でアレコレと……あれは中々良いものですね。なるほど、そういうプレイもアリですね」

「クライムは私とあなたが仲良しっていうこと、知らないものね。何よりあなた、クライムの子を産もうなんて気はないでしょう?」

 

 メリエルの問いにラナーは怪しく微笑む。

 

「ええ、私が愛するのはクライムだけですもの。たとえ彼の子だとしても、邪魔ですし。分かりました。そういうプレイの一つとして考えておきます」

「ええ、よろしく。それで、話は変わるんだけど、竜王って知ってる? ちょっと面倒くさい障害になるかもしれないんだけど」

「竜王……ですか? おそらくですけど、メリエル様が警戒するようなものではないと思いますが」

 

 強い竜王達はほとんど滅んでいますし、とラナーは告げる。

 

「問題は八欲王との戦いに参加しなかった竜王達よ。最悪、この世界そのものを吹っ飛ばせるくらいの力が乱舞することになる」

「うわぁ……」

 

 ラナーは演技などではなく、本気で嫌そうな顔で両手で口元を押さえた。

 

「それは大いにマズイですね。私とクライムの生活の為に」

「いやまあ、手は色々と考えてはいるけど、なるべくなら平和的に、穏便に……相互確証破壊と認識させればいいと思うけど、竜王の思考はよく分かんない」

「相互確証破壊……ですか?」

 

 聞き慣れない単語にラナーは首を傾げる。

 

「簡単に言えば、あっちが先制攻撃してきても、こっちが生き残った戦力で報復攻撃、その結果として世界が滅亡するっていう意味よ。竜王達が先制攻撃してきても、私とか生き残るから、そうなったら、私は全力で報復攻撃、どっちも攻撃の威力は世界が吹っ飛ぶくらいだから、世界滅亡」

「確かに竜王達がどんな考えであったとしても、世界が根こそぎ消し飛んだら生きていけませんから、有効だとは思います」

「問題はそれを認識させることなのよね……アーグランドにいる竜王が強いらしいけど、どんなものなのかしら?」

「さすがに私も実際、どの程度の力であるかどうかは……ただ、伝え聞く話によるとアーグランドの竜王達は比較的温厚であるらしいので、おそらくは戦争にはならないかと」

「考えても分かんないか」

 

 メリエルの言葉にラナーは胸を張って告げる。

 

「基本的に私はクライムとの生活に命を捧げていますから、それ以外のことはあまり分からないです」

「ラナーとデミウルゴスの分かりません、できませんは信用していないわ」

「私などよりもデミウルゴス様は凄いですよ?」

「そのデミウルゴスはこの前、あなたのことを自分と比肩するかもって言ってた」

「まあ、それはどういう意味でしょうか? こんなにも可憐な姫が悪魔に等しいと?」

 

 大げさにそう言ってみせるラナー。

 そんな彼女にメリエルは問いかける。

 

「悪魔になったラナーを見て、クライムがどういう反応をするか?」

「何ですかそれ、見てみたいです」

「容姿を変えるアイテムあるけど、欲しい? 何なら性別転換薬とかあるから、クライムを女の子にできたり、ラナーを男の子にできたり……」

「ください」

 

 ラナーは一も二もなくそう答えた。

 

 こんな感じで、妙なところで波長が合ってしまった2人のお茶会はいつもと同じように、明け方まで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理だ」

 

 ジルクニフは執務室にて、そう宣言した。

 集まった補佐官や各部門のトップ達は誰も異を唱えない。

 

 事実上の降伏宣言だ。

 利用する、利用されるという範疇を超えた、想像の埒外に相手はいた。

 

 法国にメリエルとアインズが訪れたことは程なくして帝国にも伝わっていた。

 そして、そこで何が起こったかも。 

 

「番外席次、そんなものを法国は隠し持っていたが、メリエルには勝てなかった。そして、エルフの国だ。じい、1000年でも2000年でも好きなだけ時間があったとして、月や太陽を落とせる領域に至れるか? 世界のあちこちに散らばっているエルフの奴隷を、全員強制的に転移させることができるか?」

「不可能だ」

 

 フールーダは即答した。

 

「だろうな。じいの言ったことは正しかった。あんなことができるなら、気分一つで帝国そのものをこの世から消し飛ばせる」

 

 泥水を啜ってでも帝国を生き残らせる、とかつてジルクニフは決意していた。

 だが、それでもなお、今回のことはあまりにも衝撃的過ぎた。

 

「ジル、幸いにも我々に友好的だ。だからこそ、我々もそうあるべきだろうし、そうするしか生き残る道はない。我々は口とペンでささやかな抵抗……抵抗にもならないが、それをできる余地があることを幸運に思ったほうがいいだろう」

 

 優しく、フールーダは諭すように告げた。

 その言葉は事実であった。

 メリエルなりアインズなりがその気になれば数秒で帝国は無条件降伏に追い込まれる。

 そうなれば、自ら従属の道を選ぶよりも、もっと酷い立場に置かれることになるのは間違いない。

 

 

 それに頷き、ジルクニフは口を開く。

 

「メリエルの言っていた、帝国の存続と繁栄は嘘ではないと思う。貿易上のことで揉め事があったとしても、それはしっかりと対話での解決を模索してくれるだろう……だが、我々に取るべき道は一つしかない」

 

 ジルクニフは集った面々を見回し、ゆっくりと告げる。

 

「基本的に、帝国の方針としては彼らに従属する」

 

 断腸の思いであったが、そうしなければならないなら、その決断をするというのは並の者ではできないことだ。

 フールーダは断言する。

 歴代の皇帝の中でもっとも重い決断をジルクニフが下したことを。

 

 そして、それを決断できる彼をフールーダは誇らしく思いつつも、それ以上の歓喜があった。

 

 これで、大手を振って、ゴウン様やメリエル様に弟子入りできる、と。

 

「じい。率直に言う。弟子入りは構わんが、帝国にも力を貸してくれ」

「……お二方のご意思次第といったところですかな。まあ、我々などいようがいまいが、どちらでもお二方にとっては変わりはありますまい。あの方々は……私の予想では六大神や八欲王すらも……」

「フールーダ、その先は言うな。色々と問題がある」

 

 ジルクニフはあえて名前を呼ぶことで、フールーダの発言を止めた。

 

 

 そのときだった。

 

 

「中々、面白いことになっているじゃないの」

 

 弾かれたように全員がその声の方へと顔を向けた。

 

 執務室の出入り口である扉。

 そこにメリエルが立っていた。

 

 いったい、どうやって、という疑問は意味をなさない。

 メリエルやアインズならば、この程度、どうってことはないだろう、と。

 

 ジルクニフはどこまで聞いたのか、と問いかけそうになるが、深呼吸を一つして、微笑みかける。

 

「一応、ここは皇帝の執務室なんだ。ノックの一つはしてくれてもいいんじゃないか?」

「あら失礼したわ。ついうっかり……それで、面白そうな話をしていたわね」

 

 メリエルはそう言いながら、どこからともなく椅子を取り出して座った。

 

「ああ、そうさ。さすがに太陽やら月やらを落とされては敵わないからね。そちらに従属させてもらう。だが、精一杯のささやかな抵抗は許して欲しい」

「無論よ。私が来たのはこの間の件で、どのくらい衝撃を与えたか王都からの帰り道、ついでに確認しにきたの。あと色々と伝達事項」

「少なくとも、月と太陽が空から降ってきた程度の衝撃を受けたよ」

「それは大変だったわね」

 

 けらけら笑うメリエルにジルクニフは引きつった笑みを浮かべるしかない。

 とはいえ、相手は人間を圧倒的に超越した、神話に出てくるような存在。

 

 神話に出てくる連中は大抵、ろくでもない性格をしているのだ。

 そう考えれば、面白がるのも当然だろう、とジルクニフは自分に言い聞かせる。

 

「それで伝達事項とは?」

「簡単よ。帝国の存続と繁栄は嘘じゃないわ。あなた達にはこれから先、ずっと繁栄してもらう」

「……利益を吸い上げるつもりか?」

 

 ジルクニフの問いかけにメリエルは首を傾げる。

 

「いや、ちょっと待って。お互いに認識のズレがあるわ。ウチとしては帝国は正直、これまで通りで構わないわ。上納金とかそういうのはいらないから、その分、恐慌対策の予算にでも充てなさいよ」

「……どうやら確かに認識にズレがあるらしい。詳しく話して欲しい」

「要約すると、帝国はこのまま、統治機構もこのまま、軍もこのまま。そっちの要望があれば宗主国として経済的な支援など、諸々の支援をする。貿易なども以前に話した通り、実務者協議などを経た上で諸々決定する。一方的に不利な条約は押し付けないわ」

 

 破格の待遇だ。

 ジルクニフはにわかには信じられなかった。

 彼が周囲に視線を見回してみれば、他の面々も信じられないといった顔が表に出ている。

 

 従属というよりは同盟というのが正しいのではないか、と。

 

「そちらに利がないように思えるのだが……」

「大いにあるわよ。まず帝国が裏からちょっかいかけるのが無くなる。まあ、やる気力もないでしょうけど」

 

 ジルクニフは苦笑せざるを得ない。

 

「あと、帝国は発展性があるわ。ジルクニフ、あなたは誇っていいわ。優秀よ。私ってば優秀な輩を見つけると、つい支援したくなっちゃうのよ。だから、帝国はどんどん発展していって、国力を蓄えて欲しい」

「ありがとう。それで、国力を蓄えて、その後はどうするんだい?」

「近い将来、ビーストマンやトロールの国を潰すから、その後の統治をウチの人員と協力してやってほしいのよ」

「……うん?」

 

 聞き捨てならない単語があった。

 ジルクニフは聞き間違いか、とフールーダや他の面々に視線を向けるが、同じような視線を返されてしまった。

 

「ウチの国……アインズ・ウール・ゴウン魔導国っていうんだけど、どうにも新興国の悲しいところで、そういった占領地の統治や開発に関するノウハウが無くてね。帝国には魔導国の後方支援国家となってほしい。無論、カネは出すから」

「……もしかして世界征服とかを考えていたりするのか?」

「まあ、そうね。穏やかな世界征服っていうか……どうかしら?」

 

 どうかしら、と言われても正直困るのがジルクニフ。

 確かに世界征服というのは魅力がある話ではある。

 

 うまくおこぼれを頂戴して、帝国の領土を広げることも可能だろうし、必要な支援をしてくれるというならやらない手はない。

 リスクは大きいが、後方支援国家と言ってきたからには、矢面に立つのは魔導国側だろう、と想像がつく。

 おまけに法国を取り込んでいることからも、他の王国や聖王国といった人間国家も取り込むことは想像に難くない。

 そこからちょっかいをかけられることはないと考えて良いだろう。

 唯一問題としてはエルフを取り込んだことから、考えられる可能性として魔導国は人間も亜人も等しく共存する国家方針であることだ。

 その点に関して帝国の国民からの反発が問題である程度――

 

 そう思考しつつ、メリエルをぶつけておけばビーストマンもトロールも消し飛ぶんじゃないかな、とジルクニフは思った。

 情報によれば確かにビーストマンもトロールも一部の人間以外は敵わないだろうが、ビーストマンとトロールの比較対象をメリエルにしてみたら、どう考えてもメリエルのほうが圧倒的だ。

 

 少なくとも、ビーストマンもトロールも月や太陽を落としてくるとは聞いていない。

 

「分かった。もとより、帝国に選択肢はない。魔導国に従うさ。あとで書面で渡して欲しい」

「ええ、分かったわ。ああそれと、始末に困るような輩がいたら、私にくれないかしら? 知ってると思うけど、私は女の子が好きでね」

「帝国の皇帝に堂々と人身売買の要求をする輩は初めてだぞ……」

 

 ジルクニフは呆れつつも、内心では喝采を叫んだ。

 鮮血帝と称される程に貴族の粛清を行ってきたが、それでもまだ反乱分子はそれなりにいる。

 リスト化して渡せば、メリエルがうまく始末してくれるだろう。

 

「あら、ちゃんと許可を求めるだけ、ありがたいと思って欲しいわ。そちらの内情に関しては全部お見通しと思ってくれて構わないから」

 

 ジルクニフは両手を挙げて降参のポーズを取った。

 どんな方法で、など問う気にもならない。

 こちらにはそれを防ぐだけの術は一切ない。

 

 というよりか、下手をしたらこちらの思考がまるっきり読まれているかもしれない――

 

 ジルクニフはそこまで考えて、戦慄した。

 そういう魔法があるとは聞いたことなどないが、目の前の存在なら何をやっても不思議ではない。

 

「あとでリストにして渡そう。それで、メリエル。どこまで、君やゴウン殿はできるんだ?」

 

 メリエル様と呼んだ方が良かったかな、とジルクニフは思いつつ、彼は問いかけた。

 

「わかりやすい例を挙げるなら、不老不死の薬とか若返り薬とかを自分達で量産できるってことかしらね」

「君やゴウン殿以外なら、嘘だと分かるが、嘘ではないんだな」

「嘘ではないわ。事実、私のところにきたレイナースにも飲ませているから」

 

 ジルクニフは笑いがこみ上げてきた。

 まさに、何でもありの存在だ。

 

「畏れ多くも、至高にして偉大なる御方にお願い申し上げます」

 

 機会を窺っていただろうフールーダが、遂に口を開いた。

 きたな、とジルクニフは思いつつも、止めはしない。

 

 フールーダはメリエルの前に跪いて、頭を深く下げた。

 

「このフールーダ・パラダインを、どうか弟子に……その深淵なる知識の一端を、どうか……」

 

 懇願する彼にメリエルはあからさまに嫌そうな顔をした。

 ジルクニフはそんな彼女の反応が面白く思えてきた。

 

 感覚が麻痺してきているな、と彼は理解しつつも、傍観者として徹することにする。

 これから先、メリエルとアインズの気分次第で帝国の運命が決まるという状況だ。

 

 そんな輩が嫌そうな顔をする状況、滅多に見られるものではない。

 

「まず性別からやり直せ、と言いたいところだけど……うーん、どうしよ?」

「いやこちらに聞かれても……皇帝としてフールーダ・パラダインの能力や向上心は保証できると宣言するくらいだ」

「とりあえずそうね、フールーダ。これ飲んで」

 

 メリエルがどこからともなく取り出してきた小瓶。

 それをフールーダは恭しく受け取り、蓋を開けた。

 

「それで、自分のなりたい年齢を思い浮かべながら、飲んで」

 

 メリエルに言われるがまま、フールーダは両目を閉じて、思い浮かべつつ、その小瓶に入った液体を飲み干した。

 すると眩い光が彼を包み込むも、それは一瞬にして消えた。

 

 後に残ったのは青年だった。

 白髪や髭などはなく、変わりに黄金のような金色の髪は短く揃えられている。

 

「嘘だろう……」

 

 ジルクニフは思わず声を上げた。

 その声が聞こえたのか、フールーダは両目を開け、自分の両手を確認し、ゆっくりと立ち上がった。

 

 彼の体には活力が漲り、まさしく若かりし頃の自分そのものであると容易に感じ取ることができた。

 メリエルが手鏡で彼の顔を映して、彼に見せたとき――

 

 フールーダは感動のあまり、涙が溢れ出てきた。

 しかし、メリエルはそれだけでは終わらない。

 今度は別の小瓶を渡して、それを飲むように指示。

 

 フールーダは疑うこともなく、それを飲み干した。

 それを見て、メリエルは告げる。

 

「おめでとう。これであなたは不老不死となったわ。ただし、あくまで寿命が無くなっただけで、首を落とされたりとかしたら普通に死ぬから、そこんとこよろしくね」

 

 メリエル様と叫び、フールーダは床に頭をこすり付けた。

 見事な土下座にさしものメリエルも少し後ずさった。

 

 ジルクニフを含め、他の面々は呆然としていた。

 あっさりと人類が求めて止まないものを放り投げてきたメリエルに。

 

 そして、ジルクニフはあることに思い至る。

 

 人材すら、引き抜き放題だ――

 

 魔法で洗脳という手段もメリエル達にはあるだろうが、若返り薬やら不老不死の薬を差し出されば、ほいほい永遠の忠誠を誓いたくなるだろう。

 

 永遠の命と永遠の若さ、これに抗える人間というのは多くはなく、また権力や実力がある者ほど、喉から手が出るほどに欲しがるものだ。

 

 

「でも困ったわね。フールーダの弟子入り、別にしてもいいんだけど、私とかアインズにとって魔法って、いわゆる人間で例えると原理は知らないけど、呼吸ができるとかそういうものだからね」

 

 さらりととんでもない爆弾を炸裂させてきた。

 フールーダは勢いよく顔を上げ、メリエルをまじまじと見ている。

 

 ジルクニフも魔法については教養の一つとして、最低限の知識くらいはあるので、それがどれだけおかしなことか理解できた。

 

 通常、魔法という類は師匠に教えてもらって、長い時間を掛けて修行しなければ使えないものなのだ。

 

「もっと言っちゃうと、私達にとって魔法っていうのは、魔力のコントロールとか発生する過程とかそういうのは一切省略された、結果のみが顕現する力なのよ」

「まさに! まさに! それこそが私が求める究極であり、深淵であります!」

 

 

 フールーダは目を輝かせながら、そう叫んだ。

 

 

 

 

 

 メリエルは自分がミスを犯してしまったか、と困っていた。

 

 この世界の魔法というのは大抵は師匠に教えてもらいながら、長い時間を掛けて習得する、というものらしい。

 ユグドラシルにはさすがにそこまで非効率的なシステムは存在しない。

 そうであるが為に、魔法についての理論やら何やらをメリエルやモモンガは聞かれても分からないのである。

 

 無論、メリエルもモモンガも好奇心から、この世界の魔法の理論とやらの書かれた書籍に手を出しているものの、なんだかよく分からないというのが現状だ。

 

 その為に理論的なことを聞かれるのを避ける為に、昔に読んだ漫画やら小説やらにあった適当な理屈を並べ立てて、理論を知らなくても仕方ないんだよ、とアピールしたのだが、どうにも別方向へ話が進んでしまった。

 

 とはいえ、まだ何とかなるとメリエルは信じている。

 

 

「魔法を理論立ててやったりしているのが一般的なようだけど、私達にとってはなんか唱えた、なんか出たっていう感じで、理論とか分かんないから。弟子入りされても教えられないのよ」

「構いません! お傍で、魔法をお見せいただければ!」

 

 ずいっと迫るフールーダ。

 若返ったこともあり、生気に満ちていて、迫力は半端ではない。

 

 とはいえ、メリエルとしてはもっと自分は強くなれるのか、という興味はあるし、モモンガとてそれは同じことだろうと彼女は考える。

 

 おそらく、この世界でユグドラシルの魔法や設定が通じているのは八欲王か六大神か、それ以前にこの世界にやってきたユグドラシルプレイヤーが超位魔法なりワールドアイテムなりで、願った結果ではないか、とメリエルは予想している。

 

 お願いするタイプのものを使えば、ユグドラシルの制限を外すことは可能ではないだろうか、と薄々メリエルは思いつつある。

 

 そうすればモモンガがただ肉を焼いたりするなどの料理をしても失敗はしないのではないか。

 レベルキャップを外して、際限のない成長を達成できるのではないか、と。

 

「……そうね、自分の使う魔法が体系化されるというのは面白い。見るだけなら許すわ。ただし、フールーダ。帝国にしっかりと仕えなさい。これまで通りか、それ以上に尽くしなさい。それが私の魔法の見物料よ」

「このフールーダ・パラダイン。粉骨砕身をもって、帝国にも、お仕えさせていただきます」

 

 話が一段落したところを見て、メリエルはジルクニフへと視線を戻す。

 

「それとジルクニフ。帝国の周辺環境について、詳しい地勢や状況などが知りたいわ。私が知っているのはエルフやダークエルフ、王国、法国、少しだけ聖王国。他に何か、ないかしら?」

 

 問いかけにジルクニフはそこまで知っているなら、ほとんど知らないことは無いんじゃないか、と思いつつ、記憶の片隅に引っかかるものがあった。

 

「アゼルリシア山脈のあたりに、ドワーフの国があった筈だ」

「フールーダ、補足説明はあるかしら?」

「ドワーフ達はルーンという独自の魔法体系があると聞いたことがあります」

 

 メリエルは内心、喝采を叫んだ。

 それはユグドラシルには無いものだ。

 すなわち、現地の独自の魔法体系。

 

「よし、分かった。ドワーフ達とちょっと外交交渉をしてくる。うまくすれば帝国も一枚噛ませてあげるから」

「それは有り難いね。頼むよ」

 

 メリエルは転移門《ゲート》を開いた。

 フールーダは目を剥いた。

 

「これ、転移魔法をもっと便利にしたやつで、距離は無限で、失敗率もゼロなの」

 

 フールーダは感極まりながらも、メリエルが作り出した半球体の闇の扉を凝視している。

 少しでもヒントを得ようと必死だった。

 

「それじゃ、また何かあったら来るから」

 

 メリエルはそんな言葉を残して、消え去った。

 

 

 

「……疲れたな」

 

 メリエルが消え去ったところを見つめながら、ジルクニフは一言、そう呟いた。

 フールーダ以外の面々がその言葉に同意しつつ、安堵していた。

 

 とりあえず帝国は存続と繁栄を許されたのだから。

 

 

「転移門《ゲート》と仰られていた。ジル、私に用があればいつでも来て欲しい」

 

 そう言うや否や、フールーダは駆け足で部屋から出ていった。

 自身の研究室に籠もるだろうことは容易に想像がついた。

 

「何とかなった、と思いたい」

 

 ジルクニフは溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 



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そうだ、ドワーフの国へ行こう!

 

「ドワーフの国ですか、いいですね、それ」

 

 メリエルがナザリックに帰ってすぐ、ウキウキ気分でモモンガにその成果を報告する。

 そうすると、彼は冒険の匂いを嗅ぎつけたのか、そう返してきた。

 

 この世界の一般的冒険者が単なるモンスター退治屋兼便利屋と知った彼はそういう未知なるものに対して敏感だ。

 

 魔導国の方針の一つとして、未知を探索する冒険者の育成を推し進めたいとしているのが彼だ。

 メリエルを始めとした、デミウルゴス、アルベドの三者に対し、冒険者の育成について、プレゼンテーションしたときなどはとても生き生きしていたのはメリエルの記憶にも新しい。

 

「リザードマンの件も無事に済みそうですし」

 

 リザードマンの件はコキュートスが軍勢を率いて攻めるも、決死の抵抗により、一度目は頓挫している。

 二度目の失敗を許されぬとばかりにコキュートスは悲痛な思いで、友人であるデミウルゴスに胸の内を明かした結果、デミウルゴスは快く彼に協力することになった。

 

「流石はモモンガ様ってデミウルゴスが言ってたわね」

「買い被り過ぎなんですよね……何をやっても私やメリエルさんの手のひらの上ですよ」

「主人公補正というか、ご主人様補正ってやつよね。リザードマンの件はノータッチだけど、結局、どうするの?」

「デミウルゴスの策によれば、メリエルさんの真似をするそうです。今度、私も行ってくるんですよ。ナザリック全軍を率いて、リザードマンの集落を攻めます」

「ちょっとそれ私は聞いていないんだけど」

「メリエルさんが来たら、物理的に色々無理でしょう。万単位の軍勢なんて、あんなところに展開できませんし、したとしても身動きが取れない単なる案山子になりますよ。ですので、私が参加は必要ない、と止めてあります」

 

 ホムンクルスの軍勢は森とか沼地とか苦手でしたよね、とモモンガの指摘にメリエルは拗ねたように口を尖らせる。

 

「基本、軍隊っていうのはそういうところは苦手なの。レッドコートだけでなく、別の軍隊も作ってるけど、基本的には草原とか平原でぶつかり合うのが得意ね。フランスの老親衛隊とかローマの軍団とかもあるわよ?」

 

 メリエルはそう言って、一度言葉を切り、更に続ける。

 

「他にもファンタジーなやつも作ってる。どれもレッドコートに比べると数は少ないけど。どうせなら、カッツェ平野での戦いでは帝国の庶民とか一般の騎士達にも分かりやすいように圧勝してみたりとか面白いかもね」

「私も軍勢、出しましょう……メリエルさんは天使、出さないでくださいよ? アレは世界崩壊とかそういうノリになってしまうので」

「天使は、さすがによっぽどのことがないとやんないわよ。カッツェ平野でも出さない」

 

 モモンガは胸を撫で下ろす。

 しかし、その効果や見た目を語るのは何も問題はないが故に、彼は弾んだ声で告げる。

 

「あれは本当にかっこいいですよね。セフィロトの樹が大空に描かれて」

「設定からすると、あれ世界の裏側にいても見えるらしいわね。世界中から見えるって書いてあった気がする」

「……すごいですけど、後始末がとんでもなく面倒ですよね」

 

 超位魔法の天軍降臨《パンテオン》ではなく、メリエルがこれまでその種族スキルとして持つ最上位天使作成を始めとした各位階の天使作成スキルで作りに作って溜め込んだあらゆる種類の天使の一斉召喚だ。

 

 ホムンクルスの軍勢とはまた違った壮大さがあり、文字通りラグナロクやハルマゲドンといった趣がある。

 モモンガも似たようなものを作りたくて真似したが、どうにも壮大さでは負ける。

 不気味さでは勝っているのだが、モモンガ本人としてはあんまり嬉しくはない。

 

「まだ私が作り出した、不死軍団の方が使いやすいでしょう。カッツェ平野ならより映えること間違いないですね」

 

 ふふふ、と自慢げに告げるモモンガ。 

 彼もまたメリエルに触発されて、似たような軍勢を作っていた。

 ユグドラシル時代から上位アンデッドなどの作成スキルを駆使して、毎日毎日作り貯めたアンデッド達。

 

 メリエルと同じように異空間に保管してあり、特定の魔法を唱えることによって一斉に召喚できる。

 ユグドラシル時代に彼はそれをナザリックに攻め込んできた連中に使おうと思っていたが、結局それを使うことはなかった。

 

 うまくいかない、と彼がかつてナーベラルに語ったが、それは見た目の問題だ。

 メリエルの天使軍団やホムンクルス軍団と比べて、美しくないのである。

 

「それとやっぱり、現地人で構成した部隊を作る。クレマンティーヌとレイナースとあと蒼の薔薇の連中と適当なワーカーとかエルフとかダークエルフとか……」

「現地からすると豪華なんでしょうが、我々からすると寄せ集め感が半端ないですね。それと、番外席次は入れないんですか?」

「番外が組むとするなら私。性格的な意味で」

「戦闘狂でしたね。お似合いですよ」

 

 うんうんと頷くモモンガにメリエルは不満げな顔だ。

 それを見なかったことにして、彼は告げる。

 

「それはさておき、ドワーフですね。私とメリエルさんは決定として……正直、2人だけでいい気がしますが、プレイヤーの存在や他の不確定要素を考えると、守護者を何人か」

「あるいは、私とモモンガでパーティーを分けるっていうのもアリね。どちらもワールドアイテム持ちだし、転移も使えるし」

「ふむ……それはそれで良い案ですね。ではメリエルさんが先行して、進路警戒をしながら、私が進むというのは?」

「よくやった手ね、それでいきましょう」

 

 ユグドラシル時代、未知のマップを探索する際にやったやり方だ。

 前方警戒の偵察班を配置するだけのことだが、このような大したことないものであっても、モモンガにとってもメリエルにとっても楽しい思い出だ。

 

「どうせなら、蒼の薔薇あたりに依頼を出す? それなりに関係を結んだから、たぶん受けてくれるわよ」

「かっこいいところを見せようと思っているんですね、分かります」

「それもあるけど、私をアピールしておこうかと」

「あれ、民衆の憎しみを煽って云々って言ってませんでしたっけ?」

「それはそれ、これはこれよ。主人の実力は見せておかないと」

 

 犬とかの躾と同じか、大変だな、とモモンガは思う。

 

「分かりました。メリエルさんのことですから、クレマンティーヌとレイナースと番外席次あたりも連れていくんでしょう?」

「番外席次は、ちょっと遠慮したいけど、いつまでも逃げるわけにも行かないから連れていく。ちょうどいいから、そのタイミングで正式にこっちに移す」

「いやー強いって大変ですねー」

 

 棒読みのモモンガにメリエルは「ぐぬぬ」と悔しげな顔だ。

 

「で、なんで嫌なんですか? 好きでしょ、ああいうの」

「あそこまで明け透けだと何か萎えるのよね。ほどほどの恥じらいってやっぱり大事」

「あー……確かにそれはありますね。恥じらいがないと」

「まあでも結局食べるけどね」

「ですよねー」

「ああ、そういえばなんだけど、モモンガは人化のアイテムを使えばって条件つくけど、私もあなたもデキるらしいわよ? 低確率で」

 

 メリエルの言葉にモモンガは数十秒の時間を掛けて、その言葉を理解した。

 

「……はい?」

「アルベドにこの前、聞いてくれってデミウルゴスに頼んでおいたのよ。ほら、私がナザリックの戦力拡充と八欲王や竜王についての情報云々って言ってたとき。アルベドって淫魔だから、そういうことが分かるんじゃないかって思ってね」

「ああ、あのときに」

「それから少しの間をおいて、デミウルゴスが結果を持ってきたわ。聖王国に行く直前に寄ってくれたのよ」

 

 なるほど、とモモンガは頷きながら、喜んで良いのかどうか、困惑する。

 相棒を失って寂しいが、その相棒が復活できるのだ。

 だが、問題は相手である。

 

 いっそのこと、メリエルさんみたいに適当な輩を捕まえて……いやいや娼婦に頼んで……

 

 そんな思考にモモンガは包まれるが、それを見逃すメリエルではない。

 

「モモンガ、童貞は誰に?」

「……恥を忍んでお尋ねします。ぶっちゃけ、相手、どうすればいいですか?」

 

 その振る舞いと声色から、どうやら本気で悩んでいるらしいとメリエルは感じ取る。

 

「一番後腐れがないのは私で済ますことだけど……まあ、無理ね」

「ええ、無理ですね。たぶん魔法を叩き込みます」

「奇遇ね、私も魔法を叩き込むわ。まあ、それはさておいて、ヒルマに頼んで高級娼婦を回してもらう? それとも奴隷で済ませるとか、あるいは適当なやつを捕まえるか」

「碌な選択肢がないんですが……」

「黙れ童貞。そんなんだから童貞なんだぞ」

「誰彼構わずに抱きまくるヤツには言われたくないですね」

 

 それをきっかけに悪口の応酬が始まるが、いつものこと。

 5分もすれば元の話題に戻ってくる。

 

「まあ、ぶっちゃけた話、ナザリックの誰かとか。デミウルゴス配下の淫魔とかなら本当に後腐れないわよ?」

「あー、その手はありますね。見た目も好みですし」

「巨乳好きだったわよね。私もちょろっと見たくらいだけど、巨乳から貧乳、無乳に加えて、ツインテールやらポニーテールやらロリやら色んな属性の子がいたわよ」

「ユグドラシルのモンスターも色々いましたからね。エロいのを見つけるとテンション上がりました。あと一応、自分ではサドだと思ってます」

「モモンガは絶対にマゾだと思うわ。間違いない」

「またまたご冗談を……」

 

 モモンガの声色は明るい。

 悩んでいた問題の一つが解決できそうだからだ。

 

「で、結婚相手は? 私の予想だと、初めての相手に情が移って、名もなき淫魔を愛して大事にしちゃって、向こうも当然その気でそのままゴールインってところまで予想できるんだけど」

 

 ありえそうな未来にモモンガは固まった。

 

「ど、どうしましょう、メリエルさん!」

「狼狽えるな、モモンガよ。別に妃は一人である必要はないのだ」

「全力で駄目な方向へ持っていくのはやめてください!」

「まあまあ、いいじゃないの。向こうも玉の輿だし。あ、ご祝儀は8トンくらいの金塊でいいかしら? 末広がりって言うし。あなたが好きになったなら、誰も文句言わないわよ。勿論、私だって素直に祝福する」

 

 最後のほうは真面目な顔でメリエルはそう言った。

 

「……ありがとうございます。私だって、メリエルさんみたいに女の子とイチャコラしたいんですよ」

「ねぇモモンガ。世界征服のついでに、嫁探しってどうかしら? 悪くないと思うけど」

 

 メリエルの提案にモモンガは悩みに悩む。

 悪くはない、悪くはないのだが、どうにも一歩を踏み出せない。

 

「とりあえず、モモンガさんや」

「何でしょう?」

「あなたの支配者ロールプレイではなく、内面を見てくれる子で、胸が大きくて、包容力があって、悩みを聞いてくれる、そんなお姉さんタイプがいいと思うんだけど?」

 

 モモンガの心にその言葉は響いた。

 確かにそれだ、と彼は直感する。

 

 悩みを打ち明けられる相手はメリエルさんしかいない現状。

 それだけでも非常に有り難いし、なんだかんだでメリエルさんは内面を正確に見抜いてくるし、ふざけて包容力らしきものを示すこともあって――

 

 

 そこまで考えて、モモンガはまじまじとメリエルを上から下までゆっくりと見た。

 

 全部当てはまっているの、メリエルさんじゃないの?

 

 思わず、そんな言葉を発しそうになったが、モモンガはぐっと堪えた。

 

「俺はノーマルなんですよ。メリエルさんと違って」

「おい何を考えた? そして微妙に距離を取るんじゃない!」

「いやいや、まさかメリエルさんが……うわぁ……」

「この骸骨野郎! ぶっ殺してやる!」

「もう死んでるわ! この変態野郎!」

 

 互いに魔法を発動する直前までいき、そして互いにキャンセルする。

 モモンガは呟く。

 

「俺としては、やっぱりお姉さんタイプがいいな……」

「ついに一人称を崩してきやがった」

「メリエルさんが変なこと言うからですよ……その条件に当てはまるの、メリエルさんでしょ?」

 

 問いかけられ、メリエルは少しの間を置いて、一気に離れた。

 

「うわぁ……モモンガって……やっぱり私の身体が目当てだったのね!」

「え、素で言ってたんですか?」

「気づかなかった」

「どうでもいいところでうっかり属性をつけにくるとか、この天使汚い」

「いいじゃないのよ。で、それらを考えると、やっぱりナザリックの外だと難しそうなのよね。内面を見てくれる、悩みを聞いてくれるっていう部分が最難関。正直、色々と表に出すとマズイことが多いし」

 

 確かに、とモモンガは同意する。

 

「やはり、ナザリックの中ですか」

「ユリがおすすめ。たぶんあの子ならさっきの問題全部クリアできる気がする。他は……言わなくても分かるでしょう」

 

 メリエルの言葉にモモンガは頷く。

 ナザリックのシモベ達は忠誠心が限界突破している上に、カルマが悪に傾いている。

 数少ない例外、カルマが善である一人がユリ・アルファだった。

 

「……いざその時がきたら、本当にどうしようもなくなったら、考えてみます」

 

 モモンガとしては最大限の譲歩だろう。

 彼の言葉にメリエルは微笑んだ。

 

「私は本気で、あなたには幸せになってもらいたいわ。これまで、そしてこれから、アレコレと迷惑掛けてきたし、掛けるでしょうから」

 

 そう真正面から言われると、モモンガとしてもなんとなく気恥ずかしい。

 とはいえ、言わないわけにはいかない。

 

「そう思うなら、もう少し自重してください。俺としても、大変なんですよ?」

「できると思う?」

「無理ですよね、知ってますよ」

 

 深く、それはもう深くモモンガは溜息を吐いてみせる。

 

「ドワーフの国、近日中にやりましょう。そっちのリザードマンが片付いてから」

「1週間以内には確実に終わります。メリエルさんは好きなようにパーティーの編成を。こっちも好きなようにやりますので」

「いつも通りということね」

「ええ、いつも通りです」

 

 紆余曲折を経て、ようやく本来の話が纏まった。

 

 

「ところで、ドワーフの国ってどこにあるんですか?」

「……ニグレドというとてもこういうことに最適な存在がいる。ニグレドが発見するまでお預けにしましょう」

 

 モモンガはメリエルの返答に生暖かい視線を送った。

 

 

 



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ヤルダバオトは強い悪魔なんだぞ

 

「はぁ!?」

 

 ラキュースは思わず驚きの声を上げた。

 

「ドワーフの国に行くって、本当なの?」

「ええ、本当。だから、あなた達を雇いたい。経費は全部私が出すし、前金1人当たり金貨5万、成功報酬に追加で5万」

 

 ひゅー、とティアとティナが口笛を吹いた。

 難易度は高いが、報酬も破格だ。

 

 わざわざ伝言(メッセージ)を使って、ラキュースにメリエルが連絡を入れたのは3日前。

 そこからラキュースはラナーに会い、基本的にメリエルからの依頼を受けて構わないと確認を取り、今回、王都で蒼の薔薇が泊まっている宿で詳しい話を聞くことになったのだ。

 

「護衛なら剣士がいるだろう? なぜ、私達に頼む?」

 

 そう尋ねてきたのはイビルアイだ。

 

「ああ、彼女ともう1人、同行するわ。理由としては、ドラゴンやら巨人やらがいるアゼルリシア山脈だから、念のためにね」

 

 メリエルの言葉ももっともだ。

 アダマンタイト級冒険者といえど、ドラゴンやら巨人やらを相手にするのは骨が折れる。

 だが、イビルアイが見たところ、メリエルのお抱えの剣士はそこらのアダマンタイト級冒険者よりも実力は上だろう、と判断している。

 未確認情報であるが、元漆黒聖典ではないか、という話もある。

 

「それにラキュースと仲良くなりたいので」

 

 メリエルはニコニコ笑顔で、そう告げる。

 ラキュースとしても、そうやって好意を向けられて悪い気はしない。

 

「メリエル、酒は?」

「黙れ筋肉ダルマ」

「つれないこと言うなよ。お前から貰った酒、アレは美味かったから、期待するのも仕方ないだろう?」

 

 ガガーランの言葉に同意するティアとティナ。

 

「それで、ドワーフの国に行く目的は?」

「ちょっと商売をね。あと学術的興味」

 

 学術的興味、とラキュースは首を傾げると、イビルアイが口を開く。

 

「ルーンか?」

「そう、ルーン。やっぱり私もほら、魔法詠唱者として、そういう興味の出るお年頃なのよ。イビルアイは知ってると思うけど、商売はドワーフの武器やら防具やらの仕入れみたいなものね。品質は良いらしいから」

 

 目的にもおかしなところはない。

 メリエルも魔法詠唱者として、中々の腕前だ。

 物品をどこからともなく魔法で取り寄せるなど、英雄の領域に片足を突っ込んでいるレベルだろう。

 

 また嘘か本当か分からないが、彼女は商売をしているという情報もある。

 裏側の武器商人というのが彼女の正体かもしれない、とラキュースは予想する。

 

「依頼人にこう尋ねるのはおかしいが、メリエル。お前はどの程度の実力がある?」

 

 イビルアイの直球な物言いであったが、ラキュースは咎めるつもりはない。

 

「私としてもメリエルさんの強さには興味があるわ」

「呼び捨てでいいわよ。さっきから敬語をやめてくれていたので、私としては距離が縮まった気がしてすごく嬉しい」

「あなたがドワーフの国に行くとか言ったから、全部吹き飛んだのよ……わかったわ、もう遠慮はしない」

「仲良くやりましょうよ、長い付き合いになりそうだから」

 

 微笑むメリエルにティアが舌なめずりをする。

 

「メリエル、今晩どう?」

「いいわよ」

「ちょっとティア、依頼主なんだから。それとメリエル。そういうのは個人的にやって頂戴」

 

 個人的にならOKということで、ティアはガッツポーズ、メリエルも満足げに頷く。

 

「それはそうとして、メリエル。お前はどのくらい強いんだ? うちのちびさんと同じくらいか?」

「うーん……」

 

 メリエルはちらり、とイビルアイへと視線を向ける。

 ビューイングやら何やらのスキルを使ってどの程度のレベルか、見ても良かったが、敢えてそうはせず、彼女は告げる。

 アダマンタイト級ともなれば実力を隠蔽する類のアイテムくらいは装備しているだろう、と予測したのもある。 

 勿論、見ない方が面白そうというしょうもない理由も存在する。

 

「戦士9人と同時に戦って引き分けたんだけど……」

「魔法詠唱者が近接戦?」

 

 イビルアイは思わず問いかけた。

 確かに状況的に無いとは言い切れないが、それでも可能性としては極めて低い。

 

「ちょっと昔、色々あってね。とはいえ、そうね、一番手っ取り早く実力を示すってなると……」

 

 何かなかったか、とメリエルが覚えている魔法を思い返して、ちょうどいいものを見つけた。

 

大治癒(ヒール)が使えるわ」

 

 そう彼女は言って、無限倉庫からナイフを取り出して、自分の指先を傷つけ、唱えた。

 

大治癒(ヒール)

 

 あっという間にその傷は消えてなくなった。

 

「……信仰系魔法詠唱者だったのか?」

「正確にはどっちも使える」

「魔力系はどの程度まで?」

「秘密」

 

 メリエルの言葉にイビルアイは軽く溜息を吐く。

 教える気がないと容易に理解できたからだ。

 

「これで分かってくれたかしら?」

 

 メリエルはラキュースに視線を向けて、問いかける。

 

「ええ。私とあなたがいれば万全ね」

「依頼は受けてくれるってことでいいわね?」

 

 メリエルの問いにラキュースは頷いた。

 ラキュースが受けると判断したならば、他のメンバーに異論は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お忙しい中、拝謁する機会を賜り……」

 

 仰々しい口上を述べるデミウルゴスにメリエルは手をひらひらと振る。

 

「そういうのはいらないわ。珍しいわね、あなたから私に相談事って」

 

 ドワーフの国へ向けてラキュース達に協力を取り付けるなどの準備をメリエルが行う中、デミウルゴスがメリエルに相談をしにやってきた、というのが事の発端だ。

 

 リザードマンの件は先日、片がついており、メリエルを除いたナザリック全軍でもって押しかけて、力の差を見せつけていた。

 結果、リザードマンはナザリックの支配下となり、コキュートスが統治するという報告をモモンガから受けていた。

 

「蒼の薔薇の件ですが、聖王国の件と連動させたほうが良いかと思いまして」

 

 聖王国と蒼の薔薇を連動させる、というはどうにもメリエルにはピンとこない。

 困ったときはデミウルゴスとばかりに聞いてみることにした。

 

「デミウルゴスの計画に組み込んだ方が良い、ということかしら? そちらの概要は?」

「聖王国に関しては魔王ヤルダバオトという架空の存在をでっち上げようかと」

 

 メリエルは軽く頷き、彼の言わんとしていることを推測する。

 

「つまり、ヤルダバオトに蒼の薔薇を襲わせて、そこを私が撃退すると。聖王国はモモンガも一枚噛ませた方が良いかしら?」

「はい。今後のことを考えますと、その方が都合が良く、メリエル様のご期待に添える結果となるかと……」

「参加兵力は?」

「ヤルダバオトは私が演じ、また私の配下の悪魔を数体程度、予定しております。聖王国の者はもとより、蒼の薔薇ですら手も足も出ない程度のレベルの者を用意します」

 

 なるほど、とメリエルは頷いて肯定しつつ、問いかける。

 

「蒼の薔薇のイビルアイ、あれはどの程度か、予想はできる? 中々、大口を叩いていたけれど」

「アレは吸血鬼ですね。それも人間から成った類です」

 

 メリエルはソファからずり落ちそうになった。

 

 なにそれ知らない――あ、調べてなかった――

 

 隠蔽する類のアイテムをつけているだろうし、調べないほうが面白そうだから、というしょうもない理由で調べなかった結果、まさかのものが飛び出してきたので、メリエルとしては驚きを隠せない。

 リアルのときでは考えられない慢心にメリエルは内心、笑ってしまう。

 

 標的の全てを調べ尽くすのが、仕事の前段階であるのに、と。

 

 そんな彼女に対し、デミウルゴスは説明する。

 

「国堕としと現地で呼ばれている吸血鬼です。正確には吸血姫……鬼ではなく姫と表記するものらしいです。とはいえ、メリエル様やモモンガ様と比較するのも烏滸がましい、塵芥の類ですよ」

「なるほどね……とはいえ、その年月、蓄えた知識は本物でしょう。無闇矢鱈に他を襲っていないところからも、馬鹿ではないわね」

「塵芥如きに何と、慈悲深いお言葉です」

 

 デミウルゴスはそう言いつつ、メリエルの次の言葉を待つ。

 次に放たれる言葉こそ、塵芥にはもったいなさすぎる、慈悲に溢れたお優しい言葉であると確信して。

 

「手に入れたいわ。心の底から私に服従を誓わせたい」

「畏まりました」

 

 デミウルゴスは深く頭を下げる。

 

 メリエル様のお傍に侍ることが許されるなど、至上の栄誉であると刻んでやらねばなりませんね――

 

 

 

 そんなことを思う彼にメリエルは更に言葉を続ける。

 

「どうせならアルベドも出してあげましょうか」

 

 デミウルゴスはそのとき、脳裏に電撃が走る。

 即座にその意味を理解するとともに、言外にあるメリエルの意図を正確に――正確過ぎてメリエル本人が考えていなかったことまで――読み取る。

 

「流石はメリエル様。そこまでお考えとは……」

「どこまで理解した?」

「私とアルベドの連携訓練が狙いとより絶望を相手側に与える為に……」

「あー、そうね。それとかもあるけど、もっと単純で、アルベド、ずーっとナザリックにこもりっきりだから、その気晴らしもあるわ」

「なんと慈悲深い……」

 

 デミウルゴスは感動に身を震わせる。

 

「それにアルベドにカッコいいところを見せたいという私の個人的欲望もあるの」

「アルベドも喜ぶでしょう」

「だからデミウルゴス。私と対峙した際は立場を抜きで、全力できなさい。蒼の薔薇の連中が私を崇拝するくらいにまで全力でやりたいの」

 

 にんまりと笑みを浮かべ、デミウルゴスは頭を下げる。

 

「畏まりました。アルベドや配下の者にそうお伝えします」

「ええ、そうして。ところで、途中からモモンガも参戦したほうが面白いかしら?」

「畏れながらメリエル様。モモンガ様がここで参戦なさると、少々刺激が強すぎるかと……当初の予定通り、カッツェ平野における段階で……」

「そう、残念ね。今度、私とモモンガ対守護者全員でPvPでもしましょうか。連携の訓練にちょうど良いわ」

 

 なんと、とデミウルゴスは驚愕する。

 彼が言葉を失う中、メリエルはにっこり笑って更に告げた。

 

「そのくらいでなければ、訓練にならないでしょう」

 

 デミウルゴスはその自信に満ちた言葉に喜びに身を震わせる。

 

 なんという強大な御方々――

 その方々が、これほどまでにシモベに慈悲を掛けてくださるとは――

 

「ところで襲撃場所に関してだけど、なるべく平原がいいわ。適当な場所を見つけたら、教えて頂戴。連絡は密に。あなたのことだから、抜かりはないと思うけど」

「畏まりました。全てご期待に添えるように致します」

「詳しい作戦計画については、あとで書面にまとめて提出して頂戴。場合によっては多少変更を加えるから」

「畏まりました。聖王国の件も含めて、書面にて改めて提出させて頂きます」

 

 デミウルゴスの返答にメリエルは満足げに頷いたのだった。

 

 

 



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神話の戦い(茶番劇)

 

 

「のどかなものだな」

 

 ガガーランはそう告げた。

 事実彼女の言う通りにのどかだった。

 周囲はモンスターの影すらなく、ピクニックにでも来たような感じだった。

 

 アゼルリシア山脈の中にドワーフの国があるというメリエルの言に従い、蒼の薔薇とメリエル一行は山脈に向けて、道を歩いていた。

 

 馬車ではないのは単純に、険しい山を登る必要があるからであり、依頼人のメリエルもそこは承知していた為、文句は出なかった。

 

「……ねぇ、あなたって帝国の……」

 

 そんな中、ラキュースは意を決したようにメリエルの傍にいるレイナースに声を掛けた。

 集合場所で合流してから、ずーっと気になっていたのだ。

 

「四騎士の重爆」

「なぜメリエルに?」

 

 ラキュースが言うよりも早く、待ってましたとばかりに双子がそう問いかけた。

 

「メリエル様には返しきれない程、多大な恩があるからですわ」

 

 そう優雅に微笑む。

 

「単純よねー」

 

 けらけら笑うクレマンティーヌにレイナースは「どうとでも言いなさい」と返す。

 

「ところでお前は元漆黒聖典なのか?」

 

 そんなクレマンティーヌにはイビルアイが便乗して問いかけた。

 

「そうだよー? 元漆黒聖典第九席次」

「何でメリエルに?」

「メリエル様に傍にいろって言われたから」

 

 答えになっているようでなっていない返事にイビルアイは溜息を吐いた。

 経験上、こういう輩は絶対に本当のことを言わないのだ。

 

「レズか。メリエル、この旅が終わったらヤろう」

「いいわよ」

 

 ティアとメリエルのやり取りにラキュースは何も言わない。

 個人的なやり取りなので、そこまでは立ち入らないのだ。

 というか、あの依頼をしにきた日の夜にヤッてなかったのか、とラキュースとしてはそこに驚くばかりだ。

 

「つーか、メリエル。ドワーフの国で良い武器とか防具があったら、経費で買ってくれないか?」

「そのくらいならいいわよ。何なら、オーダーメイドしても」

 

 ガガーランはメリエルの返事に笑みを浮かべる。

 

「太っ腹な依頼主は大好きだ。だが、あいにくとレズじゃないからな。働きで返すぜ」

 

 そう言いながら、刺突戦鎚(ウォーピック)の柄を叩いてみせる。

 

「それは良かったわ。もし身体で返すとか言われたら、ティアに暗殺を依頼していた」

「メリエルの依頼なら特別に一晩の付き合いで承る」

「おいおい洒落にならねぇぞ」

 

 ガガーランの言葉にメリエルは笑いながら、もうそろそろだろうか、と考える。

 襲撃タイミングはデミウルゴスに一任されている。

 結局、彼の配下の悪魔は温存するという方向に落ち着いて、参加兵力はデミウルゴスとアルベドとデスナイト2体だ。 

 

 メリエルがそんなことを思っていたときだった。

 ガガーランが何気なく前方を見る。

 すると、彼女は一転して真剣な顔となり、その得物に手をかける。

 

 その様子に他の面々もまた前方へと視線を向けると、少し先に人が立っていた。

 全身を青い鎧で包み、その手にはその人物の背丈と同等の巨大な剣を持っている。

 

「なあ、メリエル。お前の護衛は3人目がいたのか?」

「いいえ、いないわ」

 

 メリエルの言葉にガガーランは得物を構え、ラキュースらもそれぞれ戦闘体勢を取る。

 

 タイミング的にはそろそろの筈だ、とメリエルが思ったとき、左右から咆哮が聞こえた。

 一行の左右の地面が弾け飛び、何かが飛び出してきた。

 

 巨体の戦士、それもアンデッドであった。

 

「デスナイトだ!」

 

 イビルアイが即座にそう伝えるのと同じくらいの速さで左へクレマンティーヌ、右へレイナースが跳んでいった。

 

「こっちは任せてー」

「ちょうど良い相手ですわ」

 

 そんな呑気な声を出しながら。

 

「向こうは任せておきましょう。どうやら撤退を許してくれそうにないわ」

 

 ラキュースは目の前に佇む戦士がデスナイトが現れたと同時に、その巨大な剣を構えたのを見て取ったのだ。

 

「メリエルはイビルアイと共に援護を。他はいつも通りに。ただし、格上の可能性が高いわ」

 

 ラキュースがそう言った直後、鎧の戦士の後ろ、何もない空間に唐突にその輩は現れた。

 奇怪なマスクを被り、漆黒(・・)のスーツを纏った男だ。

 

 しかし、その男が人ではない明確な証拠がその尻尾と背中に生えたコウモリのような翼。

 

「初めまして、蒼の薔薇の諸君」

 

 そう告げて、大げさにお辞儀をした。

 

「俺達が狙いか?」

「そうですとも。ああ、申し遅れました。私はヤルダバオトという、しがない悪魔です。以後、お見知りおきを」

「随分と丁寧なやつだな……」

 

 ガガーランは口では呆れているが、気は一切緩めていない。

 むしろ、警戒のレベルを最大に引き上げる。

 

「さて、今、告げた通りに蒼の薔薇にはここで消えてもらいます。とはいえ、私が自ら手を出しては一瞬で終わってしまいます。それではつまらないと思いまして」

 

 故に、とヤルダバオトが告げると全身鎧の戦士が一歩、踏み出した。

 

「この戦士と戦ってもらいましょう。魔法や武技などは大いに使ってもらって構いません」

「それは有り難いわね」

 

 ラキュースがヤルダバオトにそう返すと同時にガガーランとティアとティナが駆けた。

 ラキュースが支援魔法を、イビルアイは攻撃魔法の詠唱を開始し――

 

「……え?」

 

 思わず、ラキュースはそんな声を出した。

 声こそ出なかったが、イビルアイも目を疑った。

 一瞬だった。

 

 ガガーランとティアとティナの首が一瞬にして飛び、同時にラキュースとイビルアイ、2人の前に悪魔戦士が現れたのだ。

 

「おやおや、これは予想したよりも弱かったようですね……いや本当に申し訳ない。その戦士……最上位悪魔戦士(アークデビルウォーリアー)というのですが、どうやらあなた方には過剰な戦力でしたか」

 

 顎に手をあてながら、ヤルダバオトはそう言い、少しの間をおいて告げる。

 

「ああ、ご安心ください。あくまで我々の目的は蒼の薔薇。無関係な者は襲いません……我々の邪魔さえしなければ、ですがね」

 

 ヤルダバオトはそう言いながら、悪魔戦士に指示を出す。

 

「殺しなさい」

龍雷 (ドラゴン・ライトニング)!」

暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!」

 

 目前にまで迫った戦士にイビルアイの魔法とラキュースの技が炸裂する。

 悔しさや悲しみなどは勿論ある。

 しかし、戦うのは当然の選択だった。

 

 だが、現実は非情だった。

 

「おや、何かしましたか?」

 

 ヤルダバオトは首を傾げた。

 イビルアイもラキュースも確実に目の前に佇む悪魔戦士に攻撃を命中させた。

 

 しかし、そのレベル差や装備の差から悪魔戦士には何のダメージも与えられなかった。

 

「私の計画にはあなた方は邪魔なので、そろそろご退場願います。私も暇ではないので……とはいえ、あまりにもつまらなかったので、少し憂さ晴らしをさせてもらいます。ああ、そういえば念の為にと隠蔽するアイテムを装備していましたので、解除しておきますね」

 

 ヤルダバオトがそう告げ、指輪を一つ外し、また悪魔戦士も同様に指輪を外して解除した。

 

 イビルアイは絶望のあまり声にならない叫びを上げた。

 あまりにも力の桁が違いすぎることを感じ取ってしまったのだ。

 

「そちらの方は理解して頂けたようで、何よりです。では少し痛めつけた後に殺させて頂きますので、ご了承ください」

 

 すると、悪魔戦士が剣を振るった。

 戦士が狙ったのはラキュースだった。

 

 その顔を切り裂いてやろう、とそういう目論見だ。

 

 ラキュースも、隣にいるイビルアイもその速度に対応する術は持たない。

 しかし、悪魔戦士の目論見は外れることになった。

 

「黙って聞いていれば、好き勝手なことを言ってくれているじゃないの」

 

 そんな言葉と共にラキュースの目の前で刃が別の剣に阻まれて止まった。

 甲高い金属音が周囲に響き渡る。

 

 ラキュースは思わずその横合いからの剣に目を見張る。

 刀身はまるでガラスのように透き通っており、その中央部分には何か、文字のようなものが書かれている。

 

「メリエル……?」

 

 イビルアイは思わず、名を呼んだ。

 そんな彼女につられ、ラキュースもまた視線を横にいるメリエルへと向ける。

 

 イビルアイとラキュースの視線を受けて、メリエルはにこりと微笑んでみせる。

 

「確か、実力に関して私は大治癒(ヒール)が使えると言ったけど、それより上のものを使えないとは言っていないわ」

 

 そう言って、メリエルは悪魔戦士の剣を弾き飛ばした。

 悪魔戦士は後ろに跳ぶことで衝撃を逃しながら、綺麗に着地する。

 

「安心して。もう大丈夫。私は世界を敵に回しても勝てるから」

 

 絶対の自信を込めて告げられたその言葉にラキュースもイビルアイも嘘ではない、と判断する。

 

「……何者ですか? あなたのような輩は聞いていませんが」

「それは可哀想に。知らなければ幸せでいられたのにね」

 

 そう言い、メリエルは剣を構えて告げる。

 

「私はメリエル。ヤルダバオト、気に入った。殺すのは最後にしてやる」

「自己紹介にもなっていませんよ。悪魔戦士!」

 

 ヤルダバオトの呼びかけに戦士は行動でもって応える。

 メリエルに向かって、駆けてその剣を向けた。

 

 

 

 

「……すごい」

 

 ラキュースもイビルアイもその戦いに完全に魅了されていた。

 あまりに速すぎて、その振るわれる剣を目で捉えることができないのだ。

 

 何よりも恐ろしいのはメリエルが剣を振るいながら、恐ろしい速度で魔法を次々と唱えていること。

 しかもそれが、洒落にならない程の威力であり、更に多種多様な属性であることだ。

 

「ねぇ、イビルアイ。あの飛び交っている魔法って……どの位階?」

 

 少なくともラキュースが知り得るものではなかった為、隣にいるイビルアイに問いかける。

 

「最低でも第6位階以上。私の勘では第10位階……神代の御方だ。なぜ、そのような御方がこんなところで、我々に依頼なんぞしてくるのか、まったく分からないが……」

 

 イビルアイとラキュースがそんな会話をしている最中、戦いはより熾烈なものになっていく。

 

「ええい、私も加わろう!」

 

 ヤルダバオトはそう叫んで、横合いからメリエルを急襲する。

 

「殺すのは最後にすると言ったな、あれは嘘だ」

 

 そんなことを言いながら、メリエルは笑みすら浮かべ、次々と魔法を唱えつつ、悪魔戦士とヤルダバオトの2体を敵に回して互角――否、圧倒しつつあった。

 

 光が乱舞し、闇が迸る。

 流星が落ちてきたと思えば隕石が降ってくる。

 空間がねじ曲がって爆発を起こし、剣の一振りが大地の地割れを作る。

 

 神話の戦いに、イビルアイとラキュースは目を離すことなく夢中だった。

 だが、その戦いはやがて終焉を迎える。

 

 

 

 

 

「くそがぁ! この、この化け物めぇ!」

 

 あちこちから血を流しながら、ヤルダバオトは翼をもがれ、大地で膝をつきながら叫んだ。

 全身鎧の悪魔戦士は消し飛んだのか、影も形もない。 

 

 そのヤルダバオトへ、メリエルは微笑んで答える。

 

「ありがとう。最高の褒め言葉よ」

 

 メリエルはそう言って、魔法を放った。

 それは爆発を起こし、地面に大穴を穿った。

 

 

 

 

 

「あの、ありがとう、ございます」

 

 ぎこちなくラキュースは礼を述べ、頭を下げた。

 

「神代の御方とお見受けいたしました。これまで数々の無礼を、どうかお許しください」

 

 イビルアイもまた頭を下げた。

 

「何を改まって。それよりも礼を述べるのはまだ早いわ」

 

 メリエルの言葉に2人は顔を上げる。

 

「第10位階の蘇生魔法、見せてあげる。皆には内緒よ?」

 

 メリエルはそうやってウィンクしてみせた。

 そのときだった。

 

『これで勝ったと思わないことですよ。しっかりとその名、その力、覚えました。次はこうはいかないでしょう』

 

 どこからともなくヤルダバオトの声が響いてきた。

 ラキュースは恐怖し、その体を震わせる。

 イビルアイもまた仮面がある為、表情こそ見えなかったが、体が震えている。

 

 メリエルは2人に大丈夫、と告げて、ヤルダバオトの声に答える。

 

「そちらこそ、これで終わったと思わないことよ。死はこれ以上、苦痛を与えられないという意味で安息となってしまう。殺してくださいと泣いて懇願するまで叩きのめしてやるわ」

『ふふふ、楽しみにしていますよ。計画はまだ始まったばかりですからね』

 

 ヤルダバオトはそう言うと、周囲には静けさが戻った。

 

「とりあえず、蘇らせようか。あとクレマンティーヌとレイナースも回収しなきゃ。生きてるといいんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。中々、様になっていたわよ」

 

 ナザリックに帰還したデミウルゴスを一足先に帰還していたアルベドが出迎えた。

 最上位悪魔戦士(アークデビルウォーリアー)という架空の存在に扮していたのが彼女だった。

 

「アルベド、あなたもお疲れ様です。メリエル様と刃を交え、どうでしたか?」

「くふ、くふふふふふ」

 

 怪しい笑みをもって返された。

 デミウルゴスはそれで全てを悟る。

 

「恥ずかしい話だけど、その、濡れてしまって……」

「私も非常に得難い経験ができました。私とあなた、2人がかりで圧倒されるとは……」

「ええ。メリエル様はスペックで技量を補うと聞いたことがあるけれど、我々からすればまさに技量すらも至高の域にあるわ」

「そもそもの比較相手がたっち・みー様ですからね。我々程度など、足元にも及びません」

 

 デミウルゴスはそう言い、更に告げる。

 

 

「蒼の薔薇は予定通りに落ちたことでしょう。アルベド、あなたとしては少し複雑でしたか?」

「ラキュースとやらの顔を叩き切ってやろうと思ったけど、メリエル様に防がれてしまったわ。タイミング的にはメリエル様が正しいのだけど、女としては複雑ね。あの顔をぐちゃぐちゃにしてやりたかったのに」

「メリエル様はあくまでペットをお集めになられているだけです。そのご趣味を理解するのもまた、必要では?」

「くふふふ、ええ、そうね……それに、例の件に良い影響かもしれないわ」

 

 アルベドの言葉にデミウルゴスは頷く。

 

「例の件、進捗はどうですか?」

「衝撃を受ける者は多いけれど、順調よ。まずはプレアデスの3人に先陣を切ってもらうわ」

「流石ですね。私の方では、御方に淫魔達の個体名をつけてもらおうかと……淫魔も数が多いですし、良い引き止め役になるでしょう」

 

 デミウルゴスの言葉にアルベドは大きく頷く。

 

「それは良い提案だわ。シャルティアも後々、巻き込んだときにそれを提案してみましょう。吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達も、喜ぶでしょう。さて、それじゃ私はこれで失礼するわ」

 

 怪しく笑いながら、アルベドは去っていった。

 残されたデミウルゴスは一人呟く。

 

「例の件はさておき、プランBも準備させておきましょうか……ニューロニストも暇を持て余しているところですし」

 

 しかし、とデミウルゴスはメリエルのペットについて思考する。

 彼の予想では娯楽という側面も勿論あるが、本当の目的は人類に対する融和をアピールすることにあるというものだ。

 

 蒼の薔薇がアインズ・ウール・ゴウン魔導国についたというのは各国の首脳陣のみならず、冒険者達や庶民に至るまで大きな衝撃を与えることになる。

 

 蒼の薔薇の知名度と築き上げた信用というのは絶大であり、蒼の薔薇が魔導国についたならば大丈夫だろう、という風に冒険者達や庶民に安心感を与えることになるだろう。

 

 だが、デミウルゴスはメリエルの真の目的はそれでもない、と確信する。

 

「分断して統治せよ、ですか……当然ですが、良い言葉ですね」

 

 デミウルゴスが見抜いたメリエルの真なる目的、それは蒼の薔薇を魔導国の尖兵として扱うことにある、というものだ。

 

 何かあったら、全て蒼の薔薇に押し付けてしまえば良い。

 同じ人間同士、醜く争っていれば良いのだ。

 

 勿論、その為にはナザリック側も蒼の薔薇に友好的に接する必要があるとデミウルゴスは考える。

 蒼の薔薇をナザリックと人類、その間で板挟みに陥らせてしまえば良い。

 

「……もしや、モモンガ様もメリエル様も、最初からこれが狙いで……?」

 

 デミウルゴスは全てが2人の手のひらの上である、と直感し、畏れのあまりに身震いし、ますます畏敬の念を強めたのだった。

 

 

 



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メリエルの正体

 

 メリエル達は王都にある宿屋に戻っていた。

 ガガーラン達の体調を考慮したい、というラキュースの申し出によるものだ。

 蘇生は無事成功し、またメリエルがこっそりとかつて、漆黒聖典の蘇生時に使ったものと同様の、ペナルティを無くすアイテムを使った為にレベルダウンなどは起きていない。

 

 とはいえ、蘇生した3人は疲労を感じるということで、一行はメリエルの転移魔法で王都にまで一瞬で戻ったのだ。

 クレマンティーヌとレイナースは王都に戻った段階でメリエルが拠点へと帰らせた。

 

 

 ラキュースとイビルアイはメリエルに聞きたいことが山程あった。

 その為にガガーラン達をそれぞれの自室のベッドに寝かせ、ラキュースの部屋でメリエルによる説明会が開かれることになったのだが、メリエルは事前にデミウルゴスとの協議でどこまで話すかは決めてある。

 

 互いに対面する形でソファに座って、ラキュースが切り出した。

 

 

「それで、メリエル様」

「気軽に呼び捨てで構わないわよ」

 

 ラキュースの神妙な表情と口調にメリエルはそう告げる。

 いいのかしら、とラキュースはイビルアイに視線を送るが、イビルアイは軽く頷く。

 

 イビルアイからすれば本人が良いなら、構わないだろうという考えだ。

 

「えっと、それじゃ、メリエル。あなたはイビルアイの言っていたように、神代の……六大神とかと同じ存在なの?」

「合っているけど違うわ」

 

 メリエルは微笑みながら、そう答えた。

 ラキュースとイビルアイは互いに顔を見合わせる。

 

 どうやら分からないらしい、とメリエルはくすくすと笑う。

 

「それはどういうことだ?」

「簡単よ、イビルアイ。私は六大神みたいに、弱くないってことよ」

 

 2人は絶句した。

 嘘だろう、と思いたかったが、先程のヤルダバオトとの戦いがそれを明確に物語っている。

 

 六大神というのがどれほど強かったかは2人は分からない為、メリエルの言葉が本当かどうかは分からないが、それでもそれだけの大口を叩くだけの実力はあると判断はできる。

 

 しかし、メリエルはここで更に一つ、手札を切る。

 

「そうね、私が全力で戦闘を行う為にやらねばならない、手順があるのだけど……いわゆる、イビルアイなら呪文を唱える、ラキュースなら鞘から剣を引き抜くっていうのと変わらないような、手順なんだけど」

 

 妙に長い前置きだ。

 わざわざそこまで言うならば、何かしらとんでもないものがあるだろうと、ラキュースもイビルアイも想像がついた。

 

「それを見せてくれるの?」

「ええ、そうよ。もっとも、タダで見せるっていうのはちょっとイヤだわ。だから対価を要求したい」

「対価と言われても……メリエルが欲しいようなものなんて、持ってないわよ?」

 

 ラキュースの言葉は当然のことだった。

 あれだけの力があるならば、大抵のことは何でもできるに違いないという考えが彼女の根底にある。

 

「ああ、モノはいらないわ。ただイビルアイってあからさまに偽名よね? 本当の正体を教えて欲しいわ」

 

 ラキュースはちらり、とイビルアイへと視線を送る。

 彼女に関しては非常にデリケートな問題だ。

 リーダーとはいえど、ラキュースはイビルアイの意志を尊重するつもりだ。

 

 イビルアイが拒否したならば、それでメリエルのいう事前の手順とやらを見ることができなくても、構わなかった。

 

 ただ、ラキュースの思いに反して、イビルアイは両手で自らの仮面をゆっくりと外した。

 露わになる顔に、メリエルはまじまじと見つめる。

 

「……その、あまりジロジロ見ないで欲しいのだが」

 

 さすがにこうも真正面から見られた経験はイビルアイにはない。

 

「赤い瞳にちょろっと見える牙……吸血鬼?」

「そうだ」

「いいの?」

 

 肯定するイビルアイに思わず、ラキュースは問いかけた。

 そんな彼女にイビルアイは告げる。

 

「おそらくだが、メリエルがその気になれば私の正体など瞬きするよりも速く分かるだろう。だが、そうはしなかったから、その誠意に応えたい」

 

 イビルアイは真摯な表情でそうメリエルに告げた。

 

 

 実は事前に知ってました、なんて口が裂けても言えないわね――

 

 メリエルはそんなことを思いつつ、話を進める。

 

「ただの吸血鬼には思えないわ。何年くらい存在しているの?」

「正確には私自身も分からないが、吸血鬼としては250年以上、確実に存在している」

「あなたの身の上話、話せる部分だけで構わないから、教えて頂いても良いかしら?」

 

 メリエルの問いにイビルアイは構わない、と頷いて、ゆっくりと口を開いた。

 

 12歳の頃までは人間で、タレントでこうなってしまったことから始まり、蒼の薔薇に加入するまでをかいつまんで、イビルアイはメリエルに話した。

 時間にして2時間程度だっただろうが、メリエルからすればあっという間に感じた。

 

 それほどまでに彼女は真剣に聞き入っていた。

 

 話し終えて、イビルアイはメリエルの反応を待つ。

 それは単純な興味もあった。

 

 六大神のような、超越者からはどのような感想を持たれるのだろうか、と。

 

 イビルアイの正体を知った時、忌避する、激怒するなどネガティブな反応には慣れている。

 十三英雄と巷で言われる連中はあっけらかんとしたもので、イビルアイの予想を良い意味で裏切ってくれた。

 そんなのは関係ない、とばかりに普通に受け入れてくれたのだ。

 

「ねぇ、イビルアイ」

 

 そらきた、とイビルアイは身構える。

 どんな言葉が出てくるか、興味と恐怖が半分ずつ。

 

「吸血鬼、辞める?」

 

 まったく予想外の、それこそドアを開けたらドラゴンが突っ込んできたかのような言葉だった。

 

 イビルアイもラキュースもメリエルの言葉が理解できなかった。

 

「ま、待ってくれ。どういう意味だ?」

「だから、そのままの意味よ。吸血鬼ではなく、人間にならないかってこと」

 

 言葉の意味は理解できるが、理解できない。

 ラキュースもイビルアイも混乱した。

 

「メリエル、ごめん。私達にも理解できるように、説明して欲しいわ」

 

 ラキュースは懇願した。

 そのお願いにメリエルは説明に入る。

 

「私は何でも願いを叶える魔法があってね。それを使って、イビルアイっていう存在を書き換えることができるんじゃないかと。つまり、イビルアイは生まれからして何のタレントも持っていない普通の少女で、そのまま老いて人間として死ぬっていう人生を送ったっていう風にすればいい」

 

 ラキュースもイビルアイも絶句した。

 それこそまさに神の所業ではないか、と。

 

「イビルアイの視点に立つと、吸血鬼として存在していた部分の記憶がまるっきり消えるって感じね。12歳のときに記憶も思考も全部巻き戻って、そこから普通に人間として死ぬまで過ごすって感じになる筈」

 

 それは、とラキュースは言いかけて、イビルアイへと視線を送る。

 イビルアイにとって、楽しいことよりも辛かったことの方が多い記憶が消えることになる。

 そして、彼女は250年以上前の人間として生涯を終えた、という形になる。

 

 意図せず吸血鬼となってしまったイビルアイからすれば幸せなのかもしれないが、ラキュースとしてはイビルアイがいなくなってしまうことの方に悲しみを覚えてしまう。

 

 しかし、それは身勝手な思いだ、とラキュースは胸にしまい込み、表には一切出さずに告げる。

 

「良いこと……なのかどうか判断はつかないけど、イビルアイ。私はどんな答えをあなたが出しても、尊重するわ」

 

 ラキュースの言葉にイビルアイはゆっくりと深呼吸をする。

 その仕草は人間そのものであり、ラキュースは無論、他の仲間達もイビルアイが吸血鬼であることをよく忘れてしまう。

 

 深呼吸をした後、イビルアイはようやく落ち着きを取り戻せた。

 

 六大神みたいに弱くはない、ああ、それは確かにそうだ――

 

 落ち着いたことで、冷静に判断がついた。

 

 何でも願いを叶える魔法、それこそ神の行う奇跡そのものだ。

 しかし、本当に予想の斜め上に裏切ってくる、とイビルアイは思う。

 

 これまで色んな言葉をぶつけられたが、ここまでトンデモナイのは初めてだった。

 

 改めて、イビルアイはメリエルを観察する。

 美しい、という言葉すら陳腐に思えてしまう。

 しかし、その眼差しは今、イビルアイにのみ向けられている。

 

 それは真剣そのもので、本気であることが容易に分かる。

 そこで、イビルアイにはある疑問が湧いてくる。

 

「なぜ、会って間もない私にそこまで肩入れをしてくれるんだ?」

「そんなの簡単よ。あなたが可愛いから」

 

 イビルアイとラキュースは耳を疑った。

 何を言っているんだコイツ、と。

 

 しかし、メリエルは本気のようで、イビルアイの良いと思う点をつらつらと流れるように述べていく。

 聞いている方が逆に恥ずかしくなってくるような文言の数々にイビルアイは勿論、無関係のラキュースも顔が熱くなってくるのを感じてしまう。

 

「その、なんだ、つまり、あの、私に一目惚れ?」

「みたいなものかしらね」

「わ、私はその、嬉しいけど、同性はちょっと……」

「私、両性具有だから大丈夫」

 

 さらりととんでもない事実をブチ込んできたメリエルにイビルアイは顔を俯かせ、逆にラキュースはまじまじとメリエルの顔を見る。

 

「えっと、メリエル。両性具有ってつまり、女でもあって、男でもあるってこと?」

「そうよ。だから何も問題ないわね」

「いや、確かに問題はないけど……え、ホント?」

「ホント。何なら見る? ここで裸になってもいいけど」

「待って、それは待って。色々とぶっ壊れるから」

 

 ラキュースはコメカミを押さえた。

 色々と台無しだった。

 イビルアイは赤い顔をしたまま、俯いてブツブツと何事かを言っている。

 

「私ってば気に入った子がいると、すぐ肩入れしたくなっちゃうから。実はラキュースにも肩入れしたいって思っていたり」

「わ、私も?」

 

 そう言われたラキュースは先程のメリエルの両性具有発言と相乗効果を発揮し、アブナイ妄想が迸る。

 妄想することに関してはラキュースは常日頃、仲間達に聞かれるのを多少覚悟した上で、鍛えているので熟練だ。

 

 ああ、いけないわ、メリエル――

 でも、私達をヤルダバオトから守ってくれたときは、すごくかっこよくて――

 

 いい感じに妄想が盛り上がったところで、メリエルの声が聞こえた。

 

「で、どうする? イビルアイ」

 

 その言葉はイビルアイとラキュースを現実に引き戻すことに成功した。

 イビルアイはメリエルをまっすぐに見つめ、告げる。

 

「メリエル、あなたの好意はすごく有り難い……なりたての頃なら、私はきっとそうして欲しかった」

 

 イビルアイの言葉に、メリエルは察して軽く頷く。

 

「良い仲間に巡り会えたのね?」

 

 確信を持ってのメリエルの問いに、イビルアイは小さく頷く。

 少し気恥ずかしいところもあるのだろう、視線は横へと逸らされている。

 

 ラキュースとしてはイビルアイにそう言ってもらえて、嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 

「それと、メリエル。私の本名はキーノ・ファスリス・インベルン。その、いきなりお付き合いとかは……無理だけど、まずはお友達として……」

「キーノね。良い名前だわ」

 

 そう笑顔で言われたイビルアイは今度は完全にそっぽを向いてしまう。

 恥ずかしがっているのが丸わかりだ。

 

「それで、メリエル。すっかり話が飛んでしまったけど、対価を支払ったから、あなたのいう手順を見せて欲しいのだけど……?」

「そうね。ならばお見せするわ」

 

 メリエルはそう言って、ソファから立ち上がる。

 

至高なる戦域(スプリーム・シアター)

 

 唱えた瞬間、世界が変わる。

 宿屋の一室から、草原へ。

 

 ラキュースもイビルアイも当初、何がなんだか理解ができなかった。

 周囲を何度も見回して、空を見て、また周囲を見回して、というのを繰り返した。

 

 それを何回も繰り返して、ようやくに理解した。

 

「嘘、でしょう……?」

 

 ラキュースは震える声だった。

 対するイビルアイはゆっくりと、膝から崩れ落ちた。

 

「こんな……こんなことができるのか……」

 

 魔力系魔法詠唱者だからこそ、イビルアイはラキュースよりも理解できてしまった。

 そんな2人にメリエルはゆっくりと歩み寄り、まずはラキュースの頬に手を添えて、優しく撫でる。

 

「私が全力で戦うとき、この空間を展開しなければならないわ」

 

 妖艶に微笑み、今度は屈んで、イビルアイと視線を同じくし、その赤い瞳をまっすぐに見つめながら、その頬を優しく撫でる。

 

「なぜなら、この空間以外で私が全力を出すと、世界というのは容易く壊れてしまうから。ヤルダバオトと戦ったときも、私は全力でも本気でもなかったわ」

 

 ラキュースもイビルアイも、もはやどんな言葉を出せば良いか分からなかった。

 あまりにも、そう、あまりにも力の桁が違ったが故に。

 

「基本的に、この世界から出る為には私を倒すか、私に倒されるか、の2択しかないわ。私による私のためのキリングフィールドってやつよ。まあ、私が解除しようと思ったら解除できるから、3択ともいえるけど」

 

 ああ、そうだ、とメリエルは良いことを思いついたとばかりににやっと笑う。

 

「ねぇ、今、私は実力を隠蔽するアイテムを装備しているの。外して良いかしら?」

 

 問いかけにラキュースもイビルアイも逡巡する。

 しかし、もはやここまできたら、どうにでもなれとばかりに2人はメリエルの問いに、頷いてしまった。

 

 それを見て、メリエルはゆっくりと自らの力を隠蔽している指輪を一つ、外した。

 

 変化は劇的だった。

 

 急激にメリエルの存在感が膨れ上がる。

 ただそこにいるだけであるのに、殺気の一つも飛ばしていないのに、押し潰されそうな程の圧迫感。

 ドラゴン100匹に囲まれた方が遥かにマシだと言えるくらいに、圧倒的だった。

 

 ラキュースは絶叫し、地面に伏して、ただただ泣きながら震えた。

 許して、と壊れたようにひたすら許しを乞うその姿はアダマンタイト級冒険者などではなく、ただの無力な存在であった。

 

 イビルアイは狂ったように笑いだした。

 ラキュースよりも知覚に優れてしまっていたが為に、また彼女よりも長い年月を過ごし、様々な敵と戦ってきたが故に。

 

 それは頭で理解した、という生温いものではなく、文字通りにイビルアイという存在そのものに刻まれてしまった。

 

 メリエルにはただ伏して、従うしかない、と。

 それがもっとも賢い方法だ、と。

 

 そんな2人の様子にメリエルはすぐに隠蔽する為の指輪をつけることはしなかった。

 彼女はまずラキュースに近づくと、地面を向いている顔に両手を添えて、そのまま自分の方へと向ける。

 

 恐怖で歯をガチガチといわせながら、涙がとめどなく流れている。

 

「ねぇ、ラキュース。もう分かるでしょう? あなたは私から逃げられないわ。どれだけあなたが高潔で強靭な精神を持っていたとしても、私には折れるしかないのよ。私はあなたが欲しいわ」

 

 そう言いながら、その額にメリエルは口づける。

 ラキュースはメリエルの言葉を肯定するかのように、何度も何度も首を縦に振っている。

 

 そのような恐怖状態となっているラキュースに対して、状態異常を完全に回復する魔法をかける。

 すると彼女の顔は穏やかなものとなっていく。

 

 メリエルはそれを見て、今度はラキュースから離れて、イビルアイへ。

 叫ぶような笑い声は非常にうるさかったが、メリエルは気にせず、イビルアイを抱き寄せた。

 そこでようやくイビルアイは笑うのが止まったが、その顔は麻薬中毒者であるかのような、へらへらしたものであり、聡明さはまったく感じられない。

 

「めりえるさまぁ……」

 

 名前を呼んで、イビルアイはメリエルの胸に頬ずりする。

 

 

「私に尽くしてくれないかしら? 永遠に」

「つくしますぅ……」

 

 へらへらしながら、そうイビルアイは言ってきた。

 メリエルは満足し、彼女にも状態異常を回復する魔法をかけてやる。

 

 そして、メリエルは隠蔽の指輪をつけて、さらに展開していた至高なる戦域(スプリームシアター)を解除する。

 草原は消え去り、宿屋の見慣れた光景が戻ってきた。

 

 

 

「メリエル、あなたはその力で、何をするつもりなの?」

 

 ラキュースは未だ少し震える声で問いかけた。

 

「あいにくと世界を滅ぼすとかそういうことはしないわ。だって、私、寿命っていう概念がないんですもの。世界を滅ぼすなんて1週間くらいあれば終わるけど、8日目からは私は何を楽しみにして生きていけばいいのか……」

「1週間で終わるのか……」

 

 衝撃の事実に、異常な精神状態から無事回復したイビルアイは思わずツッコミを入れてしまったが、その考え方は寿命がないアンデッドとして理解できる。

 永遠に生きる、あるいは存在する者にとって、最大の敵は退屈なのである。

 

「だから私は仲間と組んで、近々、国を興すことにしたの。人間も亜人もアンデッドも竜も、ありとあらゆる種族が共存共栄できる、そんな国家をね」

 

 そんなことはできるわけがない、と2人は否定しそうになったが、すぐに目の前にいる存在が人間も亜人も超越した存在であったことを思い、否定の言葉を飲み込んだ。

 

 確かにメリエルのような絶対強者が君臨すれば捕食関係にある種族同士でも共存共栄ができるかもしれない。

 

 イビルアイにとっては仮面をつけずに出歩くことができるというのは魅力的だ。

 

 

 

「メリエル、仲間と言ったけど……もしかして、あなたと同じような存在が?」

「ええ、そうよ。立場としては向こうの方が上ね。ああ、私がそいつを裏切るってときは事前に書面に提出して、関係各所に配るから安心していいわよ」

 

 微笑みながら、そう告げるメリエルにラキュースもイビルアイも直感する。

 それだけ良い仲間なのだ、と。

 

「見た目のインパクトはヤバイけど、話しをしてみると気さくで慈悲があるから。先入観は捨てといて頂戴」

「もしかして、アンデッド?」

 

 ラキュースの問いにメリエルは「秘密」と笑って答える。

 それが既に正解を告げているようなものだった。

 そんなメリエルにイビルアイは気になった疑問をぶつけてみた。

 

「メリエル、ヤルダバオトのような悪魔はどうするんだ?」

「種族では差別しないわ。我々に敵対するかどうかで判断するのよ。ヤルダバオトなら、血も凍るような方法でブチ殺す。どちらが悪魔か、よく教えてやろうと思う」

 

 ラキュースとイビルアイはその反応で、メリエルの種族に思い至る。

 

「メリエルってもしかして、悪魔?」

「それも最上位の悪魔とかだろう?」

 

 ラキュースとイビルアイの問いかけに、メリエルは違う、と否定する。

 

「教えて欲しい? 絶対驚くわよ?」

 

 そこまで言われると聞きたくなるのが人情というものだ。

 とはいえ、ラキュースもイビルアイもメリエルから、どんな対価を要求されるか、分かったものではない。

 

 2人がどうしようか悩んでいるうちに、メリエルはその姿を露わにする。

 

 

 ラキュースもイビルアイも、完全に言葉を失った。

 メリエルの背中から生えた4対8枚の美しく、白い翼。

 

「実はこれも仮の姿なんだけどね」

 

 メリエルの姿を見て、イビルアイはある詩を思い出した。

 十三英雄と行動を共にしていた時代に出会った、不思議な吟遊詩人だ。

 

 十三英雄のリーダーはその吟遊詩人もぷれいやーではないか、と言っていたが、その吟遊詩人は最後まで正体は明かさずにいくつもの詩を残した。

 その中の一つに、とある天使のことを詠ったものがあった。

 

 その天使の誕生、苦難、力への渇望、堕天から混沌へと至り、そして、最後に世界に戦いを挑み、敗れさるところまで。

 吟遊詩人は「大いなる混沌の天使は決して滅びず、何度でも蘇る。あれこそがまさに世界の創造と破壊を司るが為に」と締めくくっていたこともイビルアイは思い出していた。

 

 イビルアイはヤルダバオトとの戦いで見た力、そして先程の世界を創造する力、それらから確信し、問いかける。

 

「……メリエル、あなたはもしかして、ぷれいやーではないか?」

「ぷれいやーとは何を示したものかしら?」

「おおよそ100年毎にぷれいやーと呼ばれる存在が現れる。彼らは例外なく強大な存在で、世界を救ったり破壊したりするんだ。六大神や八欲王もぷれいやーと言われている」

 

 イビルアイの言葉にメリエルは法国からの情報はどうやら間違っていなかったと判断する。

 

 法国からもたらされた情報の一つにイビルアイの言うぷれいやーに関するものはあった。

 だが、モモンガもメリエルも、どうにもその情報は眉唾物で、追跡調査が必要と判断していたものだ。

 

 思いがけず、裏付けが取れた形になる。

 

「……ええ、そうよ。私はプレイヤーってやつね」

 

 メリエルは短く告げた。

 

 イビルアイには驚きはなかった。

 だが、ラキュースは展開についていけず、困惑していた。

 

「えっと、メリエルはぷれいやーっていう存在で、神様と同義ってことでいいのかしら?」

「ああ、ラキュース。その認識で構わない」

「プレイヤーだから、何か嫌悪感とか持たれるのかしら?」

 

 メリエルは思わず問いかけると、イビルアイは首を傾げる。

 

「畏れられたり、敬われたりはするだろうが、嫌悪感を持たれるというのはまずないぞ。事実、私もメリエルが普段通りで良いと言ってくれたから、こういう口調だが、さっきのアレを体験すると……正直、消されないかと怖い」

「そうなのね。それくらいじゃ機嫌を悪くしないからいいわよ。それで、キーノはどうして私がそうだと?」

「昔、不思議な吟遊詩人がいて、そいつが詠った。ある天使の誕生から終わりまで。世界に戦いを挑んで敗れ去った。だが、その天使は滅びず、何度でも蘇るって」

 

 あー、とメリエルは何とも言えない声を出して、頭をかいた。

 後半の滅びず、何度でも蘇るという文言は置いといて、それ以外は全部メリエルに当てはまっていた。

 

「間違いなく私だわ。そいつもきっとプレイヤーね」

「何で世界に戦いを挑んだんだ?」

 

 答えによっては旧友達の力を借りる必要がある為、イビルアイは問いかけた。

 

「自分がどのくらい強くなったか知りたかったから。あとなんかノリと勢いで」

 

 予想外の返事に聞いたイビルアイが困惑した。

 

「なんかさー、でっかいことやらない? っていう仲間内で話になって、それならメリエル対全世界でいいんじゃない? ってことになって、それなら企画するわってなって、まあ、そんなものね。ぶっちゃけ戦ってた相手、ほとんど私のお友達だし」

 

 超越者になると、そんな気軽に戦っちゃうんだー、とラキュースもイビルアイも遠い目になった。

 

「まあ、それも昔のことよ。当時の仲間もほとんどいないし。それで、対価の話なんだけど」

 

 そらきたぞ、とイビルアイとラキュースは身構える。

 

「私達が返事をする前に、もう姿を現していたような気がするんだが?」

 

 ささやかな抵抗とばかりにイビルアイが言うものの、メリエルはけらけら笑う。

 

「正直、知りたかったんでしょ?」

 

 そう言われると返事に困る2人だ。

 確かに知りたいか知りたくないかでは、知りたいという気持ちが圧倒的だったのも事実。

 しかし、ラキュースは反論する。

 

「論点のすり替えよ。押し売りみたいな形だったわ」

「あら、それはごめんなさい。とはいえ、大丈夫よ。あなた達に用意できるものだから」

 

 メリエルの言葉にラキュースもイビルアイも渋々といった顔で頷いて、メリエルの要求するものを待つ。

 

「簡単に言うと、私の傍にこい」

 

 直球過ぎる要求だった。

 

「いやいやいや、メリエル。さすがにそれはどうかと思うわよ」

「そうだぞ」

 

 ラキュースもイビルアイも予想外の要求にそう言葉を返すものの、思考は止まらない。

 

 さっきのメリエルの私のモノになれや永遠に尽くして欲しい、というのは嘘偽りがないのだろう、と2人は考える。

 

 これがメリエル以外の輩であったならば、蒼の薔薇を罠にかけようとか権力闘争に利用しようという予想もできる。

 だが、メリエルが蒼の薔薇を罠にかけたり、権力闘争に利用したりなどする意味がない。

 そもそもからして、蒼の薔薇を潰したいなら、瞬きする間にメリエルは蒼の薔薇を全員皆殺しにできることは火を見るより明らかだ。

 

 権力闘争に利用するというのもおかしな話で、メリエルと権力闘争ができるような相手はメリエルが先程言っていた仲間くらいしかいないだろう。

 それ以外の相手では圧倒的にメリエルの方が力関係が上であり、そもそも権力闘争に発展することがない。

 そして当然、メリエルの仲間も彼女と同じ程度の力を持っているわけで、蒼の薔薇がアレコレできるような相手ではない。

 

 必然的に、イビルアイもラキュースも同じ結論――すなわち、メリエルは本当に自分達を気に入ったが故に肩入れしたくなっちゃって、更には私のモノになれ、とか永遠に尽くせとか、本気で言っているのだと導き出されてしまったのだ。

 

 ラキュースとイビルアイは互いに視線を交わす。

 

「悪くないかも……」

「……ああ、悪くない」

 

 単純にメリットのほうが大きいと2人は考えた。

 

 心情的にも、あそこまで力を見せられては抵抗や反抗する気力すら湧かない。

 何よりも、ヤルダバオトから自分達を救ってくれた上、蘇生までしてくれたのだ。

 ちょっと助けるのが遅かった気がしないでもないが、そんなことは気にするのが野暮というものだろう。

 

 

 2人の言葉を聞き、メリエルはにんまりと笑う。

 しかし、メリエルとて蒼の薔薇の立場は考慮するつもりだ。

 

 なぜなら自発的に来てくれるならば、それに越したことはなく、プランBを実行する必要もなくなる。

 メリエルとしても気に入った相手に対して、手荒なことはしたくないのが本心だ。

 

「蒼の薔薇としても活動したいなら、全然構わないわよ? どうせ私が依頼を出して独占するから」

「それはそれで問題だけど……たとえばメリエルはどんなことを私達にやらせたいの?」

 

 ラキュースの問いにメリエルは顎に手を当てて考え――

 

「強くさせたいわね。クレマンティーヌとかレイナースとかと戦って、力を高めあってるところが見たい」

 

 そう言って、エロいこともしたい、とすぐに付け加えた。

 

「エロいことはまあ……おいおい考えるとして、すごく普通なことをやらせたいのね」

「意外と普通だったな」

 

 ラキュースとイビルアイの言葉にメリエルは口を尖らせる。

 

「なんかとんでもないことをやらせると思ってるみたいだけど、私のペットという立場になるだけで、待遇はそこらの兵士よりも余程に良いわよ?」

 

 ペット扱いなのか、とラキュースとイビルアイは思ったが、メリエルのような超越者からすればそんなもんなんだろう、と納得できてしまう。

 

「待遇って具体的には?」

「例えばラキュースの魔剣よりも数段上の武器をプレゼント。他にも防具とかアクセサリーとか全部プレゼント。基本的に経費で何を購入してもいいわよ? 給料が欲しいなら、欲しいだけ言ってくれれば。ただ私の傍にいてもらって、戦ったり、エロいことしたりするけど」

 

 エロは重要なんだな、とラキュースもイビルアイも理解しつつ、その待遇の良さに心惹かれてしまう。

 

 金儲けだけで考えるならば冒険者をやるよりも、よほどに良いだろう。

 

「というかさ、ラキュース達って何で冒険者なんていう、モンスター退治屋兼便利屋になったの? 私はてっきり、冒険者ってあちこち探検して、未知の遺跡へ行ったり、人跡未踏の地に足を踏み入れて、誰にも知られていなかった民族とかと交流したりとかそういうのを想像していたんだけど……」

 

 メリエルはそう言いながら、ラキュースとイビルアイ、それぞれを交互に見ながら、告げる。

 

「正直、つまらなくない? 私だったら、世界一周してこいとか言うけど……モンスター退治したくて冒険者になったの?」

 

 イビルアイはそもそも前任者でもある旧友に半ば無理矢理、蒼の薔薇に加入させられたので、冒険者としての仕事に頓着はない。

 だが、ラキュースにはあった。

 彼女が憧れたもの、目指したものは――冒険だ。

 

「……そうね、私が目指したものは冒険よ。メリエルの言う通りだわ」

 

 メリエルは満足そうに頷きつつ、告げる。

 

「それじゃあ、私はそろそろお暇するから。ドワーフの件は……まあ、近日中にもう一回声かけるけど、来れたら来て」

「行かせてもらうわ。依頼っていうのもあるけど……冒険がしてみたいから」

 

 ラキュースはそう言い、メリエルにウィンクしてみせた。

 

 



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ヤルダバオトは恐ろしい悪魔だから、仕方がない

 

 

 メリエルが王都からナザリックに帰還すると、デミウルゴスが出迎えた。

 報告とのことで、メリエルは私室にて聞くと伝え、彼と一緒に私室へ向かった。

 

 私室では、お付きのソリュシャンが待ち構えており、彼女にメリエルは適当に冷たい飲み物が欲しいと要求。

 1分と経たずに出てきたキンキンに冷えたオレンジジュースを飲んで、一息ついたところでデミウルゴスに問いかける。

 

「それで、どうだった?」

「蒼の薔薇……いえ、ラキュースとイビルアイは落ちたかと」

「チョロいといえばチョロいのかしらね」

 

 マッチポンプで簡単にこっちの味方になってくれるというのは楽だが、味方になったフリではないか、と疑いたくもなる。

 

「口では何とでも言うでしょうが、基本メリエル様の要求を拒むことはないかと……無論、プランBも実行できるように手はずは整えてあります」

「実行した場合の予想される結果は?」

「実行した場合、メリエル様に対する教育を行うので、教育終了次第、すぐにでも手元におくことが可能でしょう」

 

 なるほど、とメリエルは頷きつつ、実行しなかった場合の結果について問いかける。

 デミウルゴスはすらすらと言葉を紡ぐ。

 

「しなかった場合、基本的にメリエル様のお傍で侍らすことはできません。ですが、その分、自由に動けますので、メリエル様の偉大さを知らしめる宣伝役となるでしょう」

 

 なるほど、なるほど、とメリエルは数回頷いて、更に問いかける。

 

「ラキュースとイビルアイにのみ、絞ったプランBは?」

「パーティーとしての蒼の薔薇は解散になるかと。ただ2人をすぐに手に入れられるでしょう」

「どれも一長一短ね。私としては気に入った相手に対して、プランBは使いたくはないわ。ニューロニストには悪いけど」

 

 グロやリョナもいけるメリエルとしては、ニューロニストの種族にとても心惹かれている。

 

「……っていうか、吸血鬼の脳って腐ってるのかしら? モモンガとかの完全に骨だけなら、なんかこう、魔法的な力とか魂的なあれやこれやで思考できるんだろうなって思うけど。その辺、どう?」

「吸血鬼は綺麗な死体のようなものです。鮮度を保ったまま死んでいますので、腐ってはないかと思われます」

「釣り上げた魚みたいなものか……」

 

 さすがはデミウルゴス、物知りだわ、とメリエルは感心しながら、話を元に戻す。

 

「デミウルゴスとしてはどれが最善だと思う?」

「ペット以外を処理するのが最善と愚考します。その上で、ペットは教育し、教育終了次第、メリエル様が迎えに出向く、というのがペットに対して良い印象を与えることになるかと」

「ふむ、それも良いわね。とはいえ、あんまり酷いことはしたくないし。優しいのでいこうかしら。ただ、そうね、どっかの湧いて出た悪魔が不幸にも、蒼の薔薇を襲ってしまう可能性はあるわね」

 

 メリエルの言葉にデミウルゴスは心得たり、と頭を下げる。

 同時にデミウルゴスは興奮した。

 

 以前、彼はメリエルが蒼の薔薇を魔導国の尖兵として使い、人類との間で板挟みにすると思ったのだ。

 だが、現実は違った。

 

 流石はメリエル様。

 私如きでは計り知れない程のお考えをお持ちだ――

 モモンガ様もメリエル様も、もはや私程度の頭脳ではそのお考えの一欠片も理解できない――

 

 

 デミウルゴスは畏れからくる震えを隠しながらも言葉を続ける。

 

 

「それはあり得る可能性です。何分、ヤルダバオトとかいう恐ろしい存在がおりますので、他の悪魔が現れても不思議ではありませんし、ヤルダバオトの指示を受けてという可能性も大いにありえます」

 

 そう告げる彼にメリエルは頷いて、続ける。

 

「標的は理解できているわね?」

「ラキュースとイビルアイです。その2人がもっとも蒼の薔薇において、失ったら痛手となります」

「やりすぎてはダメよ? ああ、忍者も必要よ。ちょっと調べたいことがあってね」

 

 ユグドラシルにおいて、忍者はそれなりにレベルが高くなければ習得できない職業であった。

 しかし、蒼の薔薇の双子にそこまでのレベルはない。

 そのカラクリを解き明かす為に、双子は必要だった。

 

「はい、勿論ですとも。ではその4人は残します。3日以内に実行できるよう、整えます」

「彼女らが人間に絶望するように、仕込みなさいよ?」

 

 畏まりました、と頭を下げるデミウルゴス。

 そして次に彼は聖王国についての報告を述べたいとメリエルに告げる。

 無論、メリエルに異論などはない。

 

「聖王国の3名についてですが、いつでも実行できます。実行すれば10分以内に全て終わるでしょう」

 

 デミウルゴスの言葉にメリエルが伝える言葉は一つ。

 

「作戦を開始して頂戴」

 

 するとデミウルゴスは失礼します、と断りを入れて、伝言(メッセージ)で何やら連絡を取る。

 その間、メリエルはソリュシャンに視線を向ける。

 

「ペットが3人、増えるから。用意しておいて」

「畏まりました、メリエル様。3人は女ですか?」

「ええ、そうよ。ただ、聖王国はいなくなったことに気が付かないでしょうね」

 

 残念ながら、手元に置いておくことはできない。

 そのため、ちょくちょく戻す必要があるが、これも布石の為だ。

 

 ラキュース達に関してはメリエルはとても高く評価している。

 その為、なるべく手荒なことはしたくはないとナザリックのシモベ達が言うところの、大きな慈悲を与えている。

 故に、メリエルはプランB――拉致ってナザリックの真実の間へ送るということはしない。

 ニューロニストによる拷問は芸術的とソリュシャンが称する程に素晴らしいものらしく、蒼の薔薇の面々に味わってもらうのは心が痛む。

 だからこそ、ヤルダバオトに襲われる程度に済ませるのだ。

 勿論、ヤルダバオトが蒼の薔薇を拷問したり何だりするだろうが、それでもニューロニストが実行するだろうものと比べてみれば、比較的優しいものになるだろう。

 

 そして、聖王国に関してはデミウルゴスの分析により、ラキュースらと同じようなマッチポンプは難しいと判断された為、メリエルが慈悲を与える理由が存在しない。

 

 メリエルがニューロニストによる拷問風景を見てみたいという個人的な欲望もあるので、ちょうど良い。

 

 

「メリエル様、ここに連れてきてもよろしいでしょうか?」

「起きているの?」

「いえ、意識は失わせてあります」

「それなら一度、見ておきましょうか」

 

 メリエルがそう告げると、デミウルゴスは再度、伝言(メッセージ)でやり取りし、それはすぐに終わった。

 そして、5分と経たずに彼女の部屋に3人の女性が運ばれてきた。

 

 

 3人共例外なく意識は無いが、死んでいるというわけではない。

 眠っているだけのようで、その証拠に胸が上下しているのが確認できる。

 

 デミウルゴスはメリエルの前で平伏した。

 

「メリエル様、聖王国聖王女カルカ・ベサーレス、神官団団長兼最高司祭ケラルト・カストディオ、聖騎士団団長レメディオス・カストディオ、ご献上致します」

 

 うむ、とメリエルは鷹揚に頷いて、とりあえずカルカに近寄った。

 そのままメリエルはカルカの顔を優しく撫でる。

 

「……すべすべしているわね。中々手触りが良い」

「美容技術に関しては中々のものがあるらしい、とのことです」

「何それ凄い。王よりそっちに進んだほうが良かったんじゃないの?」

 

 世の中の女性が飛びつくようなものだろう。

 それで一商売できそうね、とメリエルは思いつつ、カルカを見つめる。

 

「可哀想に。あと数時間程度で、今の彼女達は無くなってしまうのね」

 

 そうは言いながらも、メリエルの気分は大変良い。

 

「ニューロニストは上手くやってくれるでしょう」

「心を折れるのかしら?」

「それでは不足だと思われるので……脳に直接、教育します。拷問はおそらく行われないでしょう」

「そうなの? まあ、ニューロニストに頑張って、と伝えておいて」

「畏まりました。ニューロニストも、喜ぶことでしょう」

 

 ニューロニストには実は一度もメリエルは現実化してから、会ったことがない。

 ちょっと勇気が足りなかった。

 モモンガは一度だけ会いに行ったが、すぐに帰ったとのことだ。

 

 それだけ強烈だったらしい。

 

 ともあれ、拷問が行われないなら、メリエルとしても進んでいきたいとは思わない。

 

 

「ああ、それともう一つございました。アベリオン丘陵に魔現人(マーギロス)という亜人がいるのですが」

「それで?」

「そこの女王がメリエル様のペットになりたい、と申しておりまして」

 

 デミウルゴスとしても少々予想外のことだった。

 ヤルダバオトとして亜人達の支配にアベリオン丘陵で活動していたのだが、小耳に挟んだ話によればその魔現人(マーギロス)の女王がヤルダバオトの子が欲しいと言っているらしいのだ。

 

 その為、デミウルゴスは献上品として、今回提案したというわけだ。

 

 無論、亜人の中では強いとは言っても、どんぐりの背比べ程度であり、メリエルとは次元が違う。

 もし万が一、メリエルの子を孕んだら、という問題は今更の話だ。

 

 というよりも、確率を考えればできるだけ多数の種族の者と長期間、交わってもらったほうが良い、という判断だ。

 単純に試行回数を増やす為に。

 その為にデミウルゴスとしてはこれからもペットを自発的に献上していくつもりだ。

 

 彼としてはモモンガにも献上し、その心をメリエルのように癒やして欲しいところだが、デミウルゴスの明晰な頭脳はモモンガ様はペットを好まれない、という結論を下していた。

 

 

「見た目はどんなのよ?」

「腕は四本ですが、比較的見た目は人間に近いです。顔はそうですね……強いて言えば、蛞蝓のような」

「人化アイテムを使っといて。永続のやつ」

 

 メリエルはそう言って、無限倉庫から小瓶をデミウルゴスへと渡す。

 それを恭しく彼は受け取る。

 

「畏まりました。ただ、少々、メリエル様の御手を煩わせてしまうかもしれませんが……」

「力を見せればいいのね。分かったわ。蒼の薔薇のこともあるし、最速で終わらせましょう」

「畏まりました。ではすぐにでも手配致します。なお、聖王国に対する全体計画の報告に関しましては、後日、モモンガ様とご一緒でよろしいでしょうか?」

「構わないわ。あなたのことだから、抜かりはないと信じているし」

 

 デミウルゴスは己が信頼されていることに深く感激しながら、頭を下げた。

 



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一族の繁栄の為に!

 

「良いですか? 決して失礼のないように。もしそうしたならば私があなたをこの世に生まれたことを後悔するようにしますので」

「わ、分かりました」

 

 ヤルダバオトの有無を言わさない言葉に魔現人(マーギロス)の女王、ナスレネ・ベルト・キュールは震えながらに頷いた。

 

 話がある、と言われて、ナスレネは外に連れ出された。

 丘陵にある彼女らの集落ではなく、そこから更に見たことも聞いたこともない魔法を使って、移動し、見知らぬ土地へ。

 しかし、そこで終わらず、更にそこから見知らぬアイテムを使って移動を繰り返して、ここまでやってきた。

 途中ヤルダバオトからは飲むように、と小瓶を渡された。

 もとより拒否権などあるはずもなく、それをナスレネは飲み干した。

 彼女本人からすれば何となく違和感はあるものの、特に変化はないように思えるが、ヤルダバオトは満足そうに頷いていたので、何が何だか分からなかった。

 

 それはさておき、ここには亜人であるナスレネから見ても、息を呑むような恐ろしいモンスターがそこら中をウヨウヨしており、当初はヤルダバオトの居城かと思ったが、どうにも彼の様子から違うような気がしていた。

 

 そして、明らかに雰囲気が変わった階層に到達し、そこから更に歩いて、ある一つの、荘厳な扉の前で彼は立ち止まり、ナスレネに警告を発したのだ。

 

 

 彼女の勘が囁いた。

 ヤルダバオトを手駒に使う程に、強大な存在がいる、と。

 

「あなたがヤルダバオトの子種を欲しがっているという話を耳にしましてね」

「そ、それは……確かに、そう、です」

 

 慣れない敬語だが、ナスレネはヤルダバオトの先程の言葉から無理矢理にでも敬語を、敬う態度を見せておかねばならないと強く自身に言い聞かせる。

 死ぬわけにはいかない。

 

「それは一族の繁栄の為ですか?」

「そうです。私の一族の為です」

 

 嘘偽りなどない為、ナスレネははっきりと答える。

 

「ふむ。確か、あなたの一族は女は強く数が多い、しかし男は弱い上に数は非常に少ない。そのため、両性具有の個体もいるということですが……」

「はい、そうです」

「人数としては3000人程で、うち男は僅か100程度、両性具有は700程度でしたか?」

 

 そこまで把握されているのか、とナスレネは恐怖しつつも、肯定する。

 

 現地の基準で考えれば生来の魔法行使能力を持つ為、第1位階や第2位階程度は誰でも使える魔現人(マーギロス)は非常に厄介だ。

 最高では第4位階魔法も扱えるようになり、魔法詠唱者としての能力に目覚めれば行使する魔法は第5位階にも到達する。

 

 そんな連中が一族全体でたった3000人とはいえ、それらは国を一つ落とせるような脅威である。

 

「なるほど、分かりました。もしこれからお会いする御方があなたを気に入れば、永遠の繁栄を手に入れることでしょう。あの御方もとても慈悲深い……」

 

 あなたの幸運をお祈りします、とヤルダバオト――デミウルゴスはそう締めくくり、荘厳なる扉に向けて告げる。

 

魔現人(マーギロス)の女王をお連れしました」

 

 

 

 

 扉が開かれ、ナスレネはデミウルゴスと共に更に奥へと中にいたメイドに案内される。

 幾つかの部屋を通り過ぎて、辿り着いたその場所にいた存在にデミウルゴスは平伏した。

 ナスレネも見よう見真似で平伏する。

 

 一見、何の変哲もない人間の小娘に見えた。

 だが、ナスレネの本能はそれが擬態だと強く警告する。 

 亜人であるナスレネから見ても、その人間の小娘は美しく思えたのが、その警告が正しいことを証明している。

 

 亜人の感覚と人間の感覚は異なっており、例えば豚鬼から見た人間の美女は豚鬼にとっては非常に醜悪なものに見える。

 ナスレネ自身もそれなりに長く生きてきたので、人間の美女というものを幾人か、見たことはある。

 だが、醜悪とまではいかなかったが、美しくは思えなかった。

 

 そんな彼女が美しいと感じたのだ。

 それは異常なことだった。

 

「メリエル様、こちらが魔現人(マーギロス)の女王であるナスレネです」

「ナスレネ・ベルト・キュールです」

 

 慣れない為、名前を告げるのが精一杯のナスレネだったが、特に何も言われないことに安堵する。

 

「顔を上げて頂戴」

 

 そう言われ、ナスレネは顔を上げる。

 少し離れたところにメリエルの顔があった。

 その視線はナスレネに固定されている。

 

「中々、良いわね」

 

 良いとはどういう意味か、とナスレネは思ったが、口に出すことなどできよう筈はない。

 

「ヤルダバオト、彼女は自分の姿を見たのかしら?」

「いいえ、メリエル様。まだ見ておりません」

「見せてあげなさい」

 

 メリエルの言葉にヤルダバオトは畏まりました、とナスレネに手鏡を手渡してきた。

 どこから出したのだろう、とナスレネは思いながらも、その手鏡を受け取って覗き込んだ。

 

 すると、そこには自分ではない顔があった。

 思わずに両頬を片方2つずつ、合計4つの手で触ってみる。

 

 鏡に映っていたのは人間の女の顔だった。

 長い銀色の髪と同色の瞳。

 

 手を見てみればそれらも全て人間のもの。

 視線を下に向ければそこには人間の体が見えた。

 

 ここに来るまでに飲んだ小瓶だ、とナスレネは思ったものの、今が一族の存亡の時であると強く思うことで様々な感情を抑え込む。

 

「さて、ナスレネ。率直に言うけど、今から私の力を示す。それを見て、どうするか決めると良いわ」

 

 そう言い、メリエルは唱えた。

 ナスレネの耳にはっきりと聞こえた。

 

 至高なる戦域(スプリームシアター)

 

 

 世界が変わった。

 

 

 

「……なん、じゃと……?」

 

 ナスレネは周囲を見回す。

 隣にいた筈のヤルダバオトはおらず、あたりは草原であり、不気味なほどに青い空が見える。

 風の音などは一切なく、自分の呼吸音などが聞こえてくる程度でしかない。

 

「驚いたかしら?」

 

 声の方向にナスレネは視線を向ける。

 そこにはメリエルが微笑みを浮かべ、佇んでいた。

 

「敬語を使わなくて良いわ。素直に疑問をぶつけることを許すので」

「何をしたんじゃ? これはどういう魔法なんじゃ?」

「簡単よ。世界を作った。そして、あなたを取り込んだ。それだけよ」

 

 ナスレネは耳を疑った。

 そんな魔法、聞いたこともない。

 

「とはいえ、これだけでは終わらないわ。もう2つ、見せましょう」

 

 メリエルが指輪を一つ外した。

 瞬間、その存在感は急激に膨れ上がっていく。

 

「あ、あぁ……」

 

 ナスレネは恐怖や感嘆の混ざりあった感情に支配される。 

 ヤルダバオトなど目の前の存在からすれば、単なる手駒に過ぎないことを理解させられる。

 同時に彼女の下腹部がこれまで一度も感じたことがない程に熱くなり、そして疼く。

 

 ナスレネの雌としての本能がメリエルから雄の気配を感じ取り、反応したのだ。

 知らず知らずのうちに、ナスレネは下腹部を4本の手で撫で始めた。

 

「さぁ、ナスレネ。あっちの方をよく見ていて?」

 

 メリエルの言われるがまま、彼女の指し示す方角を向く。

 

隕石落下(メテオフォール)

 

 白い尾を引く何かが遥か天空から落ちてくる。

 それはみるみるうちに地上へと近づき、やがて激突した。

 

 激突した際の振動はナスレネの体を大きく揺らし、転倒しそうになるが、それをメリエルはさっと抱きとめる。

 

「今のは空から大きな岩を落とす魔法よ。威力は言わなくても分かるわね?」

 

 ナスレネの耳元でそうメリエルは囁やけば、ナスレネは体を大きく震わせた。

 

「ナスレネ、あなたは今、人化のアイテムで人間に近い見た目となっているの。私はそのほうが好きだからね」

 

 そう前置きし、メリエルは告げる。

 

「それで、あなたの決断は?」

 

 問いにナスレネは瞬時に行動に移す。

 彼女は2本の腕でメリエルの背中に2本、腰に2本回してしっかりと抱きしめる。

 

「メリエル様、お願いします。私に、メリエル様の子種を……子を孕まさせてください……」

 

 ヤルダバオトのことなどナスレネの頭から消え去っている。

 ただメリエルの子が欲しい、とそれだけだ。

 

 彼女の答えにメリエルはすぐに結論は出さない。

 

「当然、条件があるわ。まずあなたの一族の男、アレはいらないわ」

「殺します!」

「それと私は見ての通り、単体で完成されているの。だから、子ができる確率は極めて低い。そもそも子孫を残す必要がないから」

「どれだけ長い時間がかかっても構いません!」

「あなたの一族の他の女と交わってもいい?」

「勿論です! 我が一族は全て、メリエル様のモノとなります!」

「全員にあなたのような人化のアイテム使ってもいい?」

「構いません! それがメリエル様のご意志ならば!」

 

 メリエルは満足しつつ、ナスレネに告げる。

 

「まずは男以外のあなたの一族と会いにいきましょう。そして、同じように見せる必要があるわ。その後に……ね?」

 

 その意味が分かったナスレネは期待に胸を膨らませ、僅かに頷いた。

 

「ああ、それと紹介しておきたい子達がいるの。あなたも、名前くらいは聞いたことがあるはずよ。つい最近、ペットに加わった人間達なんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石はメリエル様」

「そう言われても、なんだかなぁ……」

 

 私室にて、メリエルは先程までのことを思い返す。

 

 デミウルゴスのもはや定番となった褒め言葉に素直に喜べないメリエルだ。

 単純に言って、チョロすぎた。

 あまりにもチョロすぎた。

 

 番外席次以上にチョロいやつもいないだろう、と思っていたメリエルだったが、ナスレネとその一族はその上をいった。

 

 謁見の後、ナスレネ、デミウルゴスと共に魔現人(マーギロス)の集落へと赴いて、ナスレネの姿に驚きつつも、デミウルゴスがうまいこと男を除く全ての魔現人(マーギロス)をメリエルの前に集めて、ナスレネにやったことと同じことをした。

 そうしたら、ナスレネと同じ反応をされて、メリエルが命じたら、その場で男達を皆殺しにして、その首を全てメリエルに差し出してきたのだ。

 

 さすがにメリエルも首なんていらなかった為、丁重に埋葬してもらったが、魔現人(マーギロス)の変わり身の速さというか素直さというか、そういうものにメリエルは驚くしかなかった。

 

 面従腹背とかそういう気配などはまるでなく、事前に打ち合わせをしていた形跡などもなく、メリエルが命じた瞬間に躊躇いなく、女と両性具有の魔現人(マーギロス)が男を殺しに移ったことから――中には討ち取った首の数が多ければ多い程寵愛を受けることができると張り切る者もいた――本心でメリエルに忠誠を誓ったということがよく分かった。

 

「面従腹背とか、そういう可能性は……」

「まず、ないでしょう」

 

 念の為にデミウルゴスに確認したが、そういう返事だった。

 

「男を引いて、今は2900人くらいだったかしら? ダークエルフやエルフと同じく、できるだけ数を増やす方向にしていきたい」

 

 人間と比べたらどの種族も圧倒的に少数だ。

 せめて万、できれば数十万には増やしたいと思うメリエル。

 

「では、そのように。魅了(チャーム)などを使用する為に淫魔達を使いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「牧場とまではいかないけど、各種族ごとに繁殖場みたいなのを作って、そこでアレコレするのもいいかもしれないわ。とはいえ、あくまで私のペット……というには数が多すぎるわね」

 

 クレマンティーヌとかレイナースとかヒルマとかそこらへんの、個人ならばペットというのも通用する。

 さすがに一つの種族を全部ペットと言い張るのはメリエルとしても厳しいものがあると感じる。

 

「エルフと、この間の謁見でダークエルフからも神様扱いされているから、連中は信者ということでいいけど、ナスレネ達は……どう呼称すればいいかしら?」

「家畜が最適かと。その中から気に入った者がいればペットとすれば……」

「そうね、そうしましょう。とりあえず、その3種族は産めよ増やせよね。若返りとか不老不死の薬は使っていいから、どんどんやりなさい。場合によっては性別転換薬のうち、両性具有化薬と女体化薬も。そこらはデミウルゴスに一任するわ」

 

 畏まりました、と一礼するデミウルゴスにメリエルはエルフとダークエルフで思い出す。

 エルフだけでなく、ダークエルフでもメリエルは神様扱いされてしまっているのだが、それはひとえに、力を見せてほしい、とせがまれた為だ。

 

 ダークエルフの女王は当然ながら美しかった為、メリエルはカッコいいところを見せようとはりきってしまった結果だった。

 

「宗教ってどうかしら?」

「素晴らしいお考えです。早速、メリエル様とモモンガ様の宗教を立ち上げましょう」

 

 全肯定してくるデミウルゴスにメリエルはちょっと困りながら、モモンガとの会話を思い出す。

 

 自分はイヤだ、と断固拒否していた彼だ。

 気がついたらできていた、ではさすがに可哀想だろう、とメリエルは思う。

 

「……私は宗教を作ってもいいけど、モモンガは絶対に本人がどうしたいか、と聞きなさいよ? 彼は静かに暮らしたいタイプだから」

 

 善意100%のメリエルの言葉だ。

 デミウルゴスは勿論でございます、とメリエルの問いを肯定する。

 

「いい? ナザリックの為とかそういうことは抜きにして、モモンガという個人がどう思っているか、と問いかけなさいよ? 絶対よ? 彼はナザリックの為なら自分を殺してしまうから」

 

 デミウルゴスの明晰なる頭脳はすぐさまメリエルの言いたいことを掴む。

 

「モモンガ様は、あまりにも我欲が少な過ぎます。もっと欲を出していただけるよう、メリエル様からも……」

 

 ぽつりとこぼれ出たデミウルゴスの言葉。

 

「ええ、知っているわ。ようやく最近、シュークリームにハマっているって言い出したのよ」

 

 デミウルゴスは懐からハンカチを出して、僅かに出てきた涙の雫を拭う。

 

 あまりにも、あまりにも小さな幸せだ。

 もっと、欲を出していただきたい、と。

 

「モモンガが幸せにならなければ、ナザリックは幸せにならないわ。忠誠ではなく、モモンガ個人としての本心はどうなのか、探ってみて」

「畏まりました。必ずや、モモンガ様の幸せを……」

「ええ。ところで、モモンガの嫁探しだけど、私はユリがいいと思うの。それとなく……理解できるわね?」

「はい、勿論です。アルベドや他のプレアデス達と協議し、進めていきます」

「よろしく頼むわ」

 

 メリエルがそう告げると、デミウルゴスは失礼します、と告げて部屋から退室していった。

 

 さて、とメリエルは立ち上がり、寝室へと向かう。

 寝室では新しいペット3人とナスレネが待っているのだ。

 

 ウキウキ気分だった。

 

 



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ヤルダバオト劇場

 

 

「こんにちは、蒼の薔薇の皆さん」

 

 とてもにこやかに、まるで友人にでも話しかけるように、ヤルダバオトは声を掛けた。

 

 お昼前の王都、蒼の薔薇の面々は揃って宿屋にいた。

 そこへ子供がやってきて、お姉ちゃん達を呼んでいる人がいる、と言ってきて、案内された廃屋にいたのがヤルダバオトと傍に控える最上位悪魔戦士(アークデビルウォーリアー)

 

 翼などがなく、傍目にはただ仮面を被った人間の男性にしか見えない。

 だが、その声はラキュース達にとって忘れる筈がない。

 

 というよりも、まさかこんな風に呼び出されるとは思ってもみなかった。

 ヤルダバオトが自分達が彼の計画に邪魔だと言っていたことから、念のために装備を持ってきたのは幸いだ。

 各々が得物を引き抜いて、目の前の敵達を睨みつける。

 

 だが、圧倒的な実力差があることもまたラキュース達は理解できている。

 

「何の用かしら?」

「今日はとても良い天気ですね」

 

 ラキュースの問いにヤルダバオトはそう答えた。

 何となくラキュース達が視線を上に向ければ、確かに雲ひとつない青空で、良い天気だった。

 

「ですので、死ぬにはちょうど良いかと。各個撃破は戦術の基本でしょう?」

 

 言われた瞬間にラキュース達は逃げようとしたが、それよりも速く悪魔戦士が動いた。

 

 ガガーランの頭を掴み上げたのだ。

 

「おっと逃がすわけには行きませんよ? あの恐ろしい輩を呼ばれては叶いませんからね。ああ、勿論、伝言(メッセージ)や転移なども阻害させて頂いておりますので……まあ、その輩は王国の領土内にはいないので、大丈夫だと思いますがね。ちょっと私の配下の悪魔達と南で戯れてもらっていますので」

 

 ヤルダバオトはそう言うと、指を鳴らす。

 すると悪魔が何体も、蒼の薔薇の背後に召喚される。

 

「殺すなら殺せ!」

 

 ガガーランの言葉にヤルダバオトは満足げに頷く。

 

「素直なのは良いことですよ。ですので、あなたは苦痛なく殺してあげましょう。やりなさい」

「やめて!」

 

 ラキュースの悲痛な叫び。

 しかし、そんなものは何の意味もなさない。

 

 ヤルダバオトの指示を受け、悪魔戦士が手に力を込める。

 まるでリンゴを砕くかのように、ガガーランの頭部は砕け散った。

 

「火葬で大変申し訳ありませんが、哀悼の意を込めて葬らせて頂きます」

 

 ヤルダバオトはそう告げながら、ガガーランの死体を魔法でもって焼却した。

 あっという間に燃えて、後に残ったのは彼女の装備品だけだ。

 

「さて、残る4人の方々……特にラキュースさんとイビルアイさんはこの間、非常に腹ただしいことをしてくれましたので、簡単には殺しません。ティアさんとティナさんにつきましても、申し訳ありませんが、お付き合いください」

 

 恭しく頭を下げるヤルダバオトの姿は非常に紳士的だ。

 言っていることとこれからやることを除けば。

 

「さて、悪魔戦士。少し憂さ晴らしをしましょう。力加減を間違えてはいけませんよ?」

 

 ラキュース達は仮面の下で悪魔が笑っているように感じた。

 指示を受けて、悪魔戦士がラキュースの前に立つ。

 そして、腰に吊るした剣を抜くことなく、悪魔戦士はその拳を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 王都の中央広場は天気が良いこともあり、非常に賑わっていた。

 中央広場はその名の通り、王都の中央にある為、人通りは非常に多く、通行の妨げにならないよう、露店が整然と立ち並んでいる。

 

 そのようないつもと変わらないお昼前の中央広場であったが、広場の真ん中に突如として4本の杭が出現した。

 杭は10m程の長さで、木製に統一されている。 

 

 なんだあれは、と人々は立ち止まり、警備の兵士がおっとり刀で杭に近付こうとしたが、その杭の周囲に今度は巨体の戦士が5体程出現する。

 

 アンデッドだ、と兵士達は即座に気が付き、援軍を呼びに行く一方で、震える体を叱咤して、各々の武器を構える。

 しかし、そのアンデッドの戦士達は襲ってくる様子はなく、ただ杭の周りに立っているだけだ。

 

 どうにもおかしい事態に誰も彼もが不思議に思ったときだった。

 

「初めまして、王国の皆様。お昼時にお邪魔致します」

 

 そんな声が響き渡った。

 声の方向に一斉にその場にいた人々が視線を向ければ、仮面を被り、漆黒のスーツ姿の男が空に浮かんでいた。

 しかし、その男が人間ではない証拠として、背中には翼と尻尾が生えている。

 

「私はヤルダバオトという、しがない悪魔です。以後、お見知りおきを」

 

 大げさにお辞儀をしたところで、ヤルダバオトは頭を上げた。

 誰も彼もが彼に視線を向けており、掴みは上々のようだ。

 

 それに彼は満足しながら、本題に入る。

 

「今回、皆様方に大変残念なお知らせがあります。一言で言えば、人類の裏切り者です」

 

 ヤルダバオトはそう言いながら、指を鳴らす。

 すると彼の配下の悪魔が4体、空中に現れて、それぞれが持っているものをよく見えるよう、掲げる。

 

 全裸の女達だった。

 ただし、1人は小柄で、少女と形容するほうが正しいだろう。

 

 その顔は唯一、片目以外は痣だらけになっている。

 もう片方の目も鼻も完全に潰れて、血が滴り落ちている。

 

「私は非常に不快な思いをしました。それはこの女達……蒼の薔薇が原因です」

 

 ヤルダバオトはそう言って、その原因を高々と謳い上げる。

 

「蒼の薔薇のリーダーたるラキュースが持つ魔剣の力を引き出そうと計画し、私に協力を求め、対価として王都の人間、全てを差し出すことを約束しました」

 

 ヤルダバオトはそこで一度言葉を切り、聴衆の反応を窺う。

 信じられないといった顔の者が大勢だったが、それは予定通りだ。

 

 仕込みは済んでいる。

 

「お、俺は聞いたことがある! 蒼の薔薇のラキュースが持つ魔剣は人間の命を吸うことで、絶大な力を得ると!」

「俺もあるぞ! 夜ごとにラキュースは魔剣と対話し、その力を引き出そうとしているって!」

 

 次々にそう叫ぶ者達。

 他の聴衆達の顔色がヤルダバオトにとって、好ましいものへと徐々に変わる。 

 

 ヤルダバオトは満足しつつ、更に続ける。

 

「私としても悪魔なので、契約を持ちかけられたら、応じるのですが……契約に不備がありましてね。何とも強欲なことですが、王都の人間達を魔剣に食わせ、その後で邪魔になった私も魔剣に食わせるつもりだったのです!」

 

 ざわめきが生まれる。

 まさか、とか嘘だろう、という声がちらほらヤルダバオトの耳にも聞こえてくる。

 

 

「さて、ここで皆さんはまだ私が嘘をついていると思っているでしょう。ですが、私は自分の身を潔白にする為に、ある一つの証拠を用意しました」

 

 ヤルダバオトの言葉に聴衆達は静まり返った。

 その証拠とは何か、と問いかけているのがよく分かる反応だ。

 

「そこにいる少女……彼女は蒼の薔薇のイビルアイです」

 

 ヤルダバオトの言葉にイビルアイを持っている悪魔がヤルダバオトへと近寄ってくる。

 

「ちょっとした実験です。そこのあなた!」

 

 ヤルダバオトは突然、聴衆の1人を指し示した。

 指された男はぎょっとして、左右を向いて、自分で自分を指さした。

 

「ええ、そうです。あなたのその腰にあるもの、それはポーションですね? 代金は支払うので、くれませんか?」

 

 そう言われた男は困惑しながらも、頷いた。

 

「ありがとうございます。今、配下が取りに行きますので」

 

 ヤルダバオトがそう言っているうちに、男の近くに悪魔が1体現れて、男に金貨を数枚差し出した。

 男はおっかなびっくりで、金貨を受け取り、ポーションを1本、差し出した。

 悪魔は男からポーションを受け取って、そのまま空へと舞い上がり、ヤルダバオトの下へ。

 

「さて、これはたった今、入手したばかりのポーションです。これは傷を治す効果がありますが……アンデッドであれば、話は別です」

 

 ヤルダバオトはそう言いながら、イビルアイへと近づいた。

 彼女は恐怖からか、無意識的に身を捩るなどして、抵抗したが、そんなものは蟷螂の斧だ。

 

「なぜ、ポーションを嫌がるのですか? ただ傷を治す効果しかないのに」

 

 ヤルダバオトの言葉に聴衆達がざわめく。

 

「答えは簡単です。それはこのイビルアイが吸血鬼だからです!」

 

 そう宣言し、ヤルダバオトはイビルアイに対し、ポーションを掛けた。

 すると焼けるような音と白煙が上がり、ポーションが付着したイビルアイの皮膚が焼けただれていく。

 

「このイビルアイ、私が調べたところによると、国堕としと呼ばれる吸血鬼です。蒼の薔薇は吸血鬼をメンバーとしていたのです! 皆さんが信じていた蒼の薔薇は、このような実態なのです!」

 

 ヤルダバオトは聴衆達を見回す。

 どの人間にも明らかな嫌悪が見て取れた。

 

「私は悪魔ですが、王国の皆さんに心から同情します。しかし、蒼の薔薇はその戦闘力は本物、ましてや吸血鬼はその能力など非常に厄介……本来なら、皆さんが裁くべきところですが、私が代わりに裁いてもよろしいでしょうか? 皆さんの前で、皆さんの信頼と信用を裏切った罰を与えてもよいでしょうか?」

 

 聴衆達はすぐに答えは返さない。

 戸惑いがあるだろうし、この場で声を出すというのは中々に勇気がいることだ。

 

 だが、声は上がる。

 

「やってくれ! 信じていたのに!」

「そうだ! 殺しちまえ!」

 

 次々と声が上がり始める。

 憎悪に満ち溢れた声はやがて伝染していき、聴衆達から吹き上がる。

 

「はい、承りました。しかし、私としても最後にリーダーであるラキュースさんに弁明の機会を与えたいと思います。こう見えても、私は結構優しいので」

 

 ヤルダバオトはそう言いながら、声を響き渡らせる消費型のマジックアイテム――ヤルダバオトが使っているものも同じ――ラキュースに使い、問いかける。

 

「さて、ラキュースさん。今、あなた達の罪状を述べましたが、どうですか? 素直に認めれば、罪は軽くなりますよ?」

 

 問いかけにラキュースは震えながら、ゆっくりと口を開く。

 

「ちが、い、ます……ちがう……」

 

 響き渡ったラキュースの掠れた声にヤルダバオトは深く溜息を吐いてみせる。

 

「見てください、皆さん。この期に及んで、まだ助かろうとしています。これだけ逃げられない証拠があるにも関わらず、非常に見苦しい!」

 

 ヤルダバオトの言葉に聴衆達から様々な罵声がラキュース達に浴びせかけられる。

 

「皆さん! ただ殺すだけでは彼女達が罪の重さを理解できないでしょう! ですので、じっくりと理解できるよう、やらせて頂きます!」

 

 

 

 

 

 

 

「始まったわね」

 

 メリエルは中央広場がよく見える建物の一室に陣取っていた。

 ナザリックから持ってきたソファに座りながら、彼女の視線の先ではラキュース達にヤルダバオトとその配下による拷問が加えられている。

 

 そして、それを見ている民衆達は熱狂の渦にある。

 

「仕込みがいるとはいえ、よくもまあ、あんなに簡単に引っかかるものね」

 

 メリエルは半分程、呆れていた。

 

「仕方がないと思うよー? そもそも仕込みって人間に化けた悪魔達でしょ?」

「そういった精神をちょろっと操る……といっても、洗脳とかそういうのじゃなくて、魅了(チャーム)とかそんなもんだけどね。ちなみにポーションのやり取りしたのも仕込み」

「まず一般人やそこらの兵士じゃ見破れないからね?」

 

 クレマンティーヌの返事に、メリエルはやれやれと溜息を吐く。

 

 蒼の薔薇の拷問を見に来るかどうか、と問いかけた結果、来たのはクレマンティーヌとレイナース、ヒルマといったおなじみのメンツに加えて――

 

「蒼の薔薇は聖王国でも聞いたことがあります。それを手に入れるとは、流石はメリエル様」

 

 レメディオスだった。

 ニューロニストにより、彼女も含め、聖王国の3人は非常に態度が良く、クレマンティーヌがしばしば見習ったらどうか、とレイナースに言われる程だ。

 

 とはいえ、聖王国の3人は拷問はされていない。

 メリエル様のペットを傷つけるわけにはいかない、とデミウルゴスが手を回した結果、脳に直接ニューロニストが卵を植え付けて、孵化した子供が寄生し、支配しているのだ。

 

 勿論、3人にとっては寄生され、支配されているという感覚はない。

 ただメリエルに心から服従し、仕えることが当然だと思っている。

 例えばメリエルが死ねと言えば喜んで死ぬというのもまたレメディオス達にとっては常識だ。

 

 もっとも、良い方向に転んだものもある。

 

 それはレメディオスであり、カルカやケラルトからすると信じられないくらいに賢く、礼儀正しくなったとのことだ。

 

「まあ、可哀想。ですが、あれもメリエル様のペットとなるための試練ですのね」

 

 レイナースの言葉にヒルマはラキュース達に行われていることに大いに溜飲を下げる。

 これまでのことから、ヒルマとしては、仇敵と言っても過言ではない蒼の薔薇。

 

 しかし、その蒼の薔薇のメンバーは女としての尊厳を踏み躙られている。

 強姦はしないだろう、とメリエルは言っていたが、ヒルマからすればそれと同じくらいにやられたら嫌なことだった。

 

「うわ、えぐい。あれは私も嫌だわ」

 

 クレマンティーヌはそう言いながら、けらけら笑っている。

 自分がやられているわけではないので、見世物に過ぎないのだ。

 

 ラキュース達は悪魔達に髪を無造作に引き抜かれていた。

 引き抜かれる度に彼女達は絶叫しているが、民衆達はより熱狂しているようだ。

 

「流石はデミウルゴス。心の折り方をよく理解しているわね」

 

 メリエルは素直に称賛して、告げる。

 

「たぶん、強姦以外の全部をやるつもりね」

 

 メリエルはデミウルゴスから大雑把には聞いているものの、途中にどういうことをやるかは楽しみにしていてください、と彼が言うので詳しくは聞かなかった。

 

 これは凄い見世物だ、とメリエルは呑気に構えていると、転移魔法で客がやってきた。

 連れてきたシモベは一礼し、音もなく部屋から出ていった。

 

 その客については既にクレマンティーヌ達もメリエルから来ることを教えられていたので、驚きはない。

 

 メリエルはソファに座りながら、やってきた客に視線を向ける。

 

 

「遅かったわね、ラナー。あなたの大切な友人達がひどい目に遭っているわよ?」

「まあ、メリエル様。以前にも申し上げた通り、彼女達は社交辞令を真に受けただけですよ」

 

 ラナーはそう言いながら、メリエルの隣に座った。

 

「可哀想ですが、彼女達のやったことを考えれば仕方ありませんね」

 

 微笑みながら、ラナーはそう告げた。

 

「ええ、そうね。とはいえ、私は心優しいので、そんな彼女達を迎え入れたいと思うの」

「人類の裏切り者を?」

「可哀想に。ヤルダバオトに濡れ衣を着せられてしまったわ。私が晴らしてあげないと」

「晴らしても、きっと、彼女達の心は不信でいっぱいですね。助けてくれた、あなた以外は信じられないでしょう」

「彼女達はこれから私だけを見れば良くなるのよ。ねぇ、ラナー。協力してくれないかしら?」

「ええ、勿論ですよ。畏れ多いですけど、メリエル様のことは気が合う御方だと思っておりますので」

「それは社交辞令かしら?」

 

 メリエルの問いにラナーはくすり、と笑って答える。

 

「本心ですよ。あなたはクライムに色目も使いませんし、クライムとのアレコレをおそらく、世界で一番応援してくれそうですので」

「あら、嬉しいわ」

 

 一際、大きな絶叫が聞こえてきた。

 中々凄惨な光景になっていたが、民衆達は人類の裏切り者を苦しませろ、というように興奮している。

 

「一種の見世物なのよね、こういうのって」

「そういう側面もありますね。娯楽が少ないですから」

 

 ラナーの言葉にメリエルは同意しながら、歴史書で見た魔女裁判そのものだ、という感想を抱く。

 

 

「最後はどういう?」

「手足落として、串刺しで火炙り、その後にほどほどに死なない程度に回復させて神殿へ引き渡し。そこで王都の皆さんに罵声とか色々を浴びせてもらうって予定。そのために耳はそれなりに回復させる予定よ」

「それは大変そうですね」

 

 ラナーはころころと笑う。

 

「具体的な日にちは未定だけど、迎えに行く予定なので、それまでラナーの方でもなるべく多くの貴族や国民に広めてくれないかしら?」

「ええ、構いませんよ。アインドラ家に敵対的な方々を中心に話をしておきますね」

 

 メリエル達はそんなことを話し合いながら、デミウルゴスによる見世物をゆっくりと鑑賞する。

 

 死なないように細心の注意を払いながら、強姦以外の、およそ考えられる全ての拷問が披露されるが、民衆達は気分を害するどころか、ますます高揚し、もっとやれ、という声が広場中に響き渡る。

 

 そういや、カルマ値を変動させるアイテムの実験もするってデミウルゴスが言ってたけど、いつやるんだろうか、とメリエルは思ったが、彼ならうまくやるだろう、と思い、伝言(メッセージ)にてヤルダバオト――デミウルゴスを褒めて、激励するように留めたのだった。

 

 

 



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蒼の薔薇が黒く染まるとき

微グロあり。


 

 

「売女め」

「おいおい、それは売女に失礼だろ。こんなのはヤル気にもならねぇよ」

「それもそうだな」

 

 げらげらと笑う声がラキュースの耳に響く。

 

 神殿の奥まったところに彼女は長方形の台の上に置かれていた。

 まさしく、それは置かれているという表現が正しい。

 

 両手足は無く、切断面は包帯で隠されているものの、それ以外は彼女の身体を纏うものはない。

 濁った瞳は開かれてはいるものの視力は完全に喪失しており、喉も潰され声も出ず、歯も全て抜かれている。

 当然ながら顔も酷い有様で、直視できるようなものではなかった。

 金色の美しかった髪はなく、頭皮はむき出しだ。

 

 食事は1日に1度、水と麦粥が少量のみ。

 風呂どころか濡れた手拭いで拭いてもらうこともできず、排泄物は垂れ流しだ。

 

 そのために虫が彼女の身体に集っていたが、たまに見回りに来る神官が罵声と共に追い払ってくれる程度でしかなく、彼女が自力で追い払うことはできなかった。

 

 罵声が浴びせられ、唾を掛けられ、笑われ、軽蔑される。

 ヤルダバオトによる中央広場での拷問が終わったあの日から、ラキュースは王都にある神殿に移されて、そうなっていた。

 

 当初こそまだ希望はあった。

 きっと救い出してくれる、と。

 

 しかし、神殿側はラキュースを重犯罪者として扱い、更には誰でも面会を許したのだ。

 この分ではイビルアイ達もそうなっている可能性は高く、初日は、まだ仲間の身を案じる余裕もあった。

 

 面会は大勢いた。

 庶民や兵士、冒険者、貴族と様々で、中にはラキュースと親しくしていた者もいたが、一様に彼らはラキュースを人類の裏切り者として扱った。

 

 違うんだ、とラキュースは声の出ない口を何度も動かしたら、汚らしいと打たれた。

 神官が重犯罪者であっても面会の際にはつく筈だったが、その神官達も容認した。

 

 犯しても構いませんよ、と面会に来る者達に対して――おそらくは男限定だろうが――言っていた。

 しかし、今に至るまで、ラキュースの純潔は奪われていない。

 

 誰も彼もが拒んだのだ。

 あんなもの、たとえ大金をもらっても犯したくない、と。

 

 毎日毎日、面会の時間が終わるまで――ご丁寧にも面会は早朝から夜までというとても長い時間許されている――大勢の者が詰めかけ、人類の裏切り者であるラキュースを罵倒した。

 

 信じていたのに、と言う者も大勢いた。

 だからこそ、信頼・信用していた者達からの罵声はラキュースに響いた。

 

 もっとも効いたのはアインドラ家からの使者の言葉だ。

 使者はラキュースも幼い頃から知っている執事だった。

 

 今後、アインドラの姓を名乗ること、アインドラ家に関わることを一切許さないという決定だ。

 早い話が絶縁であった。

 

 切り捨てられた、とラキュースはすぐに理解できた。

 

 どうして、私を信じてくれないの――?

 どうして、助けてくれないの――?

 

 一度もラキュースの家族は誰一人として面会には来ていなかった。

 

 そして、更に使者は残酷な言葉を告げる。

 ラキュースが憧れた叔父のアズスからのものだ。

 

 叔父様ならば、という淡い期待を抱いたラキュースの思いを完全に粉砕するものだった。

 

 私にお前を殺させるな。抵抗なく、死ぬことこそ、お前の罪が許される道だ――

 

 

 

 

 

 アインドラ家の使者との面会以降、ラキュースの心は日を追う毎に急速に摩耗していったが、彼女は死にたいとは思わなかった。

 死にたいという思いの代わりに、彼女の心には憎悪が湧き出し、やがて完全に染まった。

 

 殺してやる、絶対に殺してやる――

 

 ヤルダバオトは勿論殺す。

 だが、その悪魔の戯言に簡単に操られた、愚かな王都の人間も家族も叔父も全員殺してやる――

 

 眠りにつくまで、ラキュースはほとんどの時間を面会に来る連中の罵倒を聞きながら、唾を浴びながら、憎悪を滾らせる。

 しかし、ふとしたときに思い出すこともある。

 このようになってしまう前、冒険しましょう、と誘ってくれたメリエルのことだ。

 

 ヤルダバオトと悪魔戦士を圧倒したメリエル――

 その力を見せてくれたメリエル――

 自分に、自分達に、永遠に傍にいてほしいと言ったメリエル――

 

 眠ると大抵、メリエルの夢を見た。

 メリエルのことを思うときだけ、ラキュースの気持ちが安らぐようになるのに時間は掛からなかった。

 故に、ラキュースはメリエルのことを強く思う。

 勿論、憎悪は忘れないが、安息もまた重要だとラキュースは知っている。

 

 もともと、妄想するのは大得意だからこそ、色々なことを妄想する。

 

 メリエルと一緒に冒険する自分、メリエルが言ったように永遠に彼女の傍にいる自分、メリエルにベッドの上で身を委ね、誓いの言葉を捧げ、同時に純潔を捧げる自分――

 

 メリエルのことを思い始めた、ラキュースの精神がメリエルに依存するのは、それこそあっという間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大罪人として他の3名と共に明日の昼、斬首刑とする」

 

 そんな言葉が聞こえてきた。

 

 ラキュースは言ってやりたかった。

 

 お前達を根絶やしにするまで死なない、と。

 だが、それは叶わず、処刑を告げた役人はさっさと出ていった。

 

 他の3人と言っていたが、そこでラキュースは初めてまだイビルアイ達が生きているらしいと気がついた。

 

 人間達を皆殺しにするのを手伝って欲しいのだけど、手伝ってくれるかしら――?

 

 ラキュースはそんなことを考える。

 

 自分と同じ状況ならたぶん手伝ってくれる筈だという予想はできるが、何分、自由な連中だ。

 

 ティアは気に入った女を片っ端から襲うだろうし、ティナは気に入った少年を片っ端から襲って、キーノはちょっと想像がつかない。

 

 面会に入ってくる者はおらず、先程の役人でどうやら最後だったらしい。

 程なく、部屋の明かりは落とされる、いつものように真っ暗になるだろう。

 

 ラキュースは心の中で祈る。

 

 メリエルが会いに来てくれることを。

 

 それはもはや恒例となったことだ。

 眠気が来るまでメリエルに祈りを捧げ、メリエルに仕える自分を妄想する。

 

 いつも通りに妄想をしている最中に眠気を感じたラキュースだったが、唐突に響いた声に一気に眠気は吹き飛んだ。

 

「遅れてごめんなさいね? ちょっと南でヤルダバオトの悪魔を1000匹程、ブチ殺していたの」

 

 恋い焦がれたメリエルの声にラキュースは口を何度も開いて、声を出そうとしたが、言葉にもならない掠れた音しかでない。

 

 足音が近づき、やがてラキュースの置かれている台の傍で止まったのが聞こえた。

 

 ラキュースは恥ずかしさが込み上げてきた。

 

 今の見るに堪えない、汚い自分を見ないでほしい、と叫びたかった。

 

 しかし、メリエルは躊躇することなく、ラキュースを抱き上げて、その豊満な胸にラキュースの顔を埋めさせた。

 少しの間をおいて、悪臭が漂っているにも拘らず、メリエルはラキュースの唇に口づけた。

 

 ラキュースは驚きのあまり、見えないその目を見開いていると、やがて唇からメリエルの唇が離れたのを感じた。

 

「ラキュース、私のモノになってほしい。永遠に」

 

 耳元で囁かれた言葉にラキュースは蕩けそうになった。

 彼女の答えは勿論決まっているが、あいにくと声が出ないし、身体を動かすこともできない。

 

 首を縦に振るくらいはできるが、やはり込み上げる思いを伝えたい。

 

 そうだ、とラキュースは思いついた。

 彼女はメリエルの顔があると思われる方向へ顔を向けて、舌を突き出した。

 何日も洗っていない為、汚いことこの上ないが、それくらいしか思いつかなかった。

 

 犬のように舌を突き出して、上下に動かしてみせる。

 

 伝わって欲しい、と念じながら、そうしていると、やがて彼女の舌に細く、長い感触があった。

 すかさずそれを口で咥えると、ラキュースが思っていた通りに指だった。

 おそらくは人差し指だろうそれを、ラキュースは必死に舐めた。

 

「ふふ、ラキュース。ありがとう。とても嬉しいわ」

 

 そう言いながら、ラキュースは頭頂部あたりに柔らかく、暖かい感触を感じた。

 頭にキスしてくれた、とラキュースは即座に理解した。

 

「とりあえず、治してあげるわ。全部、ね?」

 

 

 メリエルがそう言ってからは非常に速かった。

 何事かの魔法が唱えられ、何かの液体を振りかけられて――

 

 あっという間だった。

 ラキュースは失われていた両手足や歯は勿論、視力や髪すらも完全に元に戻り、さらには悪臭や汚れに塗れていた身体もすっかり綺麗になっていた。

 

 全裸であったが、ラキュースは気にすることなく、メリエルに抱きついた。

 

「メリエル様、これから永遠に仕えさせてください……全てをあなたに捧げさせてください」

 

 失礼かと思ったが、ラキュースは感情のままにそうメリエルの耳元で囁いた。 

 メリエルは以前と変わらず、ラキュースの態度に特に気にすることもなく、彼女を抱きしめる。

 

「ええ、いいわよ。ところでラキュース、人間は? ああ、敬語じゃなくていいわよ」

「ありがとう……人間は殺したいわ。王国の人間も家族も叔父も、全部、殺したい」

 

 ラキュースは躊躇なく答えた。

 メリエルは微笑み、問いかける。

 

「王国以外は?」

「メリエル様が殺せっていうなら殺すわ。老若男女、区別しない」

「そう。ラキュース、これから私のペットという立場に……クレマンティーヌとかと同じ立場になるから、彼女達とは仲良くしてね」

 

 メリエルはラキュースが頷いたのを見て、満足し、次に移ることにした。

 

「それじゃ、今度はキーノよ。その後はティア、最後にティナ。まったく、忙しいものだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最高のショーだと思うわ」

 

 メリエルは上機嫌だった。

 目の前ではラキュース達による、家族全員皆殺し作戦が行われている。

 

 昨夜、ラキュース達全員をメリエルは救出し、その心の変わりように驚きつつも、満足した。

 

 デミウルゴスは神殿において、罵倒されているうちに憎悪が芽生えるという極自然なところで、カルマ値を変動させる消費型のマジックアイテムを使ったのだ。

 今回使ったのはカルマ値を極悪に振るものだ。

 

 ラキュース達は4人が全員、善であった為、極悪にしたら、どうなるかという実験だ。

 

 結果、ラキュース達はナザリックに相応しい極悪っぷりを今、見せつけている。

 

 他にも4人が全員メリエルに依存するようにサッキュバスを使って夢を見せたり、面会の人間に化けさせた悪魔を使って思考を誘導したりとデミウルゴスは極めて細かい段取りを組んで実行し、それを成功させていた。

 

 アインドラ家の絶縁の件も、わざわざ支配(ドミネイト)の魔法をアインドラ家の主要な人物達に使った上で、やっていた。

 

 さて、皆殺しに関してはマトモにやってはイビルアイを除いてラキュース達は圧倒的な力を振るえないので、今回は一時的にメリエルが装備を貸し与えている。

 ちゃんと返すことという条件付きで、神器級装備を上から下までメリエルが本気で選んだものだ。

 

 装備の補正により、手練の冒険者、兵士達すらも簡単に斬り殺していく様は見ているメリエルからすれば爽快だ。

 

「あ、ラキュースがすっごいことしている」

 

 目の前の光景とラキュースの喜びに満ちた叫び声からするに、母親に自分が体験したのと同じことをしているようだ。

 勿論、同じことをやっているとはいえ、それは一部に過ぎない。

 

 そうこうしているうちに母親が出血死したからだ。

 

「お遊びも含めて、15分ってところね。まぁまぁのタイムでしょう」

 

 アインドラ家の屋敷は広い。

 いくらラキュースにとっては馴染みのある場所とはいえ、使用人やメイドなども含めれば100人近い人間を他の3人と協力して皆殺しにするにはそれなりの時間が掛かる。

 

 別にメイドや使用人を殺す必要はなさそうだが、ラキュースがどうしても殺したいと望んだ為、メリエルは許可をした形だ。

 勿論、メイドに関してはあとで蘇生して回収すること、アインドラ家の持ち運びできる資産類の回収はラキュースも承諾済みだ。

 

 デミウルゴスの牧場の為にもいなくなっても困らない人間は欲しい。

 特に雌は貴重だ。

 

 資産類は言うまでもない。

 

 そのとき、メリエルの元にデミウルゴスから伝言(メッセージ)が入る。

 

 ラキュースの叔父のアズスが率いる朱の雫を処理したとのことだ。

 

 メリエルは思わずに笑みを浮かべる。

 

 これでラキュースは完全に天涯孤独となったからだ。

 万が一、彼女を説得するような存在が彼女の血縁から出てくるかもしれない。

 それに感化されてしまうかもしれない。

 

 それを防ぐ為にラキュース自身に両親を始めとした直系の親族を始末させ、居所が掴めず、下手をすればラキュースよりも強い叔父はデミウルゴス――ヤルダバオトに処理させた。

 他の親族達も同時にヤルダバオト配下の悪魔達に襲わせており、程なく結果が出るだろう。

 

「メリエル様、終わったわ……何だか、嬉しそうね?」

「ええ、勿論よ。ラキュース。これであなたを縛るものは無くなったから。スッキリした?」

 

 メリエルの問いかけにラキュースは返り血で染まった顔を手で拭う。

 

「とてもスッキリしたわ。清々しい気分」

 

 そう言って、ラキュースはちらちらとメリエルへと視線を送る。

 メリエルはくすり、と笑って、彼女の頭へと手を伸ばし、優しく撫でる

 

「味気ない仕事」

「鬼ボス、遊びすぎ」

 

 カルマ値が極悪になっても、あんまり変わったようには見えないティアとティナであった。

 

「くっくっくっ……これが力だ! 見たか、人間共め!」

 

 なんか三流の悪役が言いそうなことを死体の山の上で言っている輩がいた。

 

 メリエルは見なかったことにした。

 ラキュースは撫でられて気持ちよくなっており、気にもとめなかった。

 双子の忍者姉妹もまた見なかったことにした。

 

「ってこら! 無視するな!」

「鬼ボスと同じ病気」

「やはり鬼リーダーの毒気にやられたか」

「違う! 私は吸血鬼の本分を思い出したんだ!」

 

 うがー、と怒るが全然怖くも何ともないイビルアイ。

 

 うちのシャルティアに弟子入りさせた方がいいかしら、とメリエルは思う。

 とはいえ、イビルアイが「ありんす」とか言い始めたら、ペロロンチーノが次元の壁を超えてやってきそうな気もした。

 

 何気に神殿に置かれていたとき、一番酷い目にあったのがイビルアイだ。

 面会に来る者達は皆、ポーションを持っており、悪意を込めてポーションをイビルアイに罵倒しながら、ぶっかけていた。

 死なないようにと、こっそり潜んだ悪魔が回復させるという徹底ぶりである。

 

 そして高価なポーションの出処は言うまでもなく、デミウルゴスが手配したものだ。

 

「さて、私の拠点に案内するわ」

 

 メリエルはそう言って、転移門(ゲート)を開いたのだった。

 いきなりナザリックの内部に入れては色々と問題があるので、行き先は地表部に設けられたログハウスだ。

 

 とりあえずこれでメリエルが求めたものは終了となる。

 ドワーフの国にモモンガは既に到着しており、彼の元へ転移で行く形となる。

 

 パーティー編成に少し悩みそうね、とメリエルは思いつつ、ラキュース達を先に潜らせた後、転移門(ゲート)を潜ったのだった。

 

 

 



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モモンガさん、仕事をする

 

 時間は遡る。

 まだメリエルがラキュース達を手に入れようと芝居を打っている頃だ。

 

 モモンガはニグレドにより、ドワーフの砦と思われるものを発見し、ニグレドから座標を貰って赴いていた。

 

 

 モモンガは一人ではない。

 シャルティア、マーレ、アウラ、守護者を合計3人引き連れ、更には戦闘メイドのユリとエントマもいた。

 

 ひとえにそれはドワーフというものがどういう存在か不明であり、また現地にどんな敵が存在するか分からない為だ。

 

 モモンガが想定する最悪の予想ではアゼルリシア山脈自体が巨大なドラゴンであり、いわゆるワールドエネミーで、プレイヤーの存在を察知した瞬間に正体を現して、襲いかかってくるというものだったりする。

 

 さすがにそれはないだろう、とモモンガも頭の隅に追いやったが、ともあれ未知の場所へ赴くのに、用心するに越したことはない。

 

 子供が多い為、何だか遠足に行くような気がするが、戦闘力や索敵などを考慮した結果、偶然そうなってしまったのだ。

 

 戦闘力最強の守護者、シャルティア。

 地下に潜ることから、万が一のときは魔法で敵を生き埋めにしたり、転移阻害への対策として物理的に外への脱出口を開ける役割のマーレ。

 そして、魔獣を駆使し、索敵に優れるアウラ。

 

 戦闘メイドに関しても同様で、現地での戦闘と索敵を考慮したものだ。

 

 ユリではなく、暇をしているルプスレギナでも良かったのだが何となく、モモンガは連れていってもいいかな、と思ったというのもある。

 

 

 メリエルさんがユリがおすすめとか言うから、変に意識しちゃうんだよ、まったく――

 

 

 モモンガは内心溜息を吐きながらも、練習に練習を重ねた支配者としてのロールプレイを崩すことはない。

 そこに加えて、ヒルマ執筆メリエル監修の「童貞でもできる女との受け答え」というハウツー本。

 

 渡してきたときはお前ら何やってんの、とモモンガは呆れ返ったが、その内容は具体的であり、かつ、妙に生々しく、分かりやすいものだった。

 

 これで変な質問が飛んできても何とかなるとモモンガは熟読したのだ。

 

 そう例えばまさに今、目の前で誰がモモンガ様の正妻に相応しいか論争が巻き起こっているときなどに。

 

 私だ、あたしだ、ぼ、僕です、とわいわいと騒いでおり、モモンガは保育園や幼稚園の引率の先生の気持ちが少しだけ分かった。

 

 さらりとマーレが立候補しているあたり、モモンガは「やはりペロロンチーノの姉か!」と叫びたくなるが、ぐっと堪える。

 

「待て待て。私の気持ちはどこにいった?」

 

 なるべく優しくモモンガが問いかけると、シャルティア達は一気に沈黙した。

 3人とも震えており、今にも泣き出しそうだ。

 

 モモンガのこれまでの経験からすると、至高の御方の気持ちを無視してしまった、シモベ失格、死んで詫びよう、とそこまで3人は考えていると予測する。

 

「大丈夫だ、別に怒ってはいないよ」

「お、畏れながら、モモンガ様。わ、私達にモモンガ様の好みの女性をお教えいただければ……」

 

 恐る恐るシャルティアが問いかけてきた。

 守護者からこういった質問が出るのは初めてだった。

 

 3人とも真剣な顔であり、モモンガは念の為にユリとエントマの方にも視線を向けてみれば、やはりというか忠実なメイドとしての表情を貫いているが、微妙にそわそわしているのが見て取れた。

 

 嘘をつくのは良くないし、変に曲解されるのも困る。

 

 モモンガはそう考え、素直に告げる。

 

「私の、支配者としてのモモンガではなく、ただのモモンガとして見てくれる女性が好みだな。ここだけの話ではあるが、支配者は支配者で、色々と大変なのだ。そういった悩みを聞いてくれたりとか……有り体にいえば、内面を見てくれる女性だ」

 

 巨乳とかは言わないほうが良さそうだ、とモモンガの勘が言っていたので、言わなかったが、それはどうやら正解のようだった。

 

 シャルティア達は各々、何やら考えているようで――

 

 ちらりと視線をユリとエントマに向ければ、2人も何やら考えているようだった。

 

「み、身分などは……? あと、性別とか……」

 

 マーレが問いかけてきた。

 

「身分は気にしないな。私が好みだと思えばそれこそ、そこらにいる浮浪者の女や亜人でも、私は愛を囁くだろう。性別は……すまん、さすがに女に限定してくれ」

「そ、そうですか……」

 

 マーレのもともと垂れていた耳が更に垂れたような気がした。

 

 え、マーレってそっちの趣味なんですか、教えてください茶釜さん――

 

 モモンガは心の中で問いかけたが、勿論答えなどない。

 その為、状況証拠から推測するしかないが、やはりというか、そういうこと――男が好き――なのではないか、という答えしか出てこない。

 

 これはまずい。

 いくらなんでも茶釜さんはマーレに与えた業が深すぎる。

 

 そのとき、モモンガの脳裏に電撃が走る。

 脳など存在しないが、ともあれ、彼はピンときたのだ。

 

 マーレを矯正する良い方法を。

 

 そう、この手のことはメリエルに丸投げするに限る。

 ドワーフの案件が片付いたら、協議しよう。

 

 とはいえ、情報収集は最低限の責務だろう。

 

「あー、マーレ。率直に聞くが……男が好きなのか?」

「え、えとその、も、モモンガ様なら……」

 

 つまりはあれか、俺限定ってことかコンチクショウ――!

 

 

 モモンガは頭を抱えて転げ回りたくなったが、精神の沈静化によって何とか収まった。

 

「そういえば、マーレ。私が小耳に挟んだ話でありんすが、デミウルゴスがメリエル様の夫について、悩んでいるらしいでありんすよ」

「メリエル様の夫はモモンガ様じゃないの?」

 

 アウラの問いにモモンガは甚大な精神的ダメージを受けて、よろけそうになった。

 

 やっぱり守護者達からは俺とメリエルさんはくっつくって思われているんだ。

 やめてくれ、俺も死ぬしあっちも死ぬ。

 ついでに世界も巻き添えにする。

 

 精神沈静化が数回働いて、ようやく落ち着いたモモンガは告げる。

 

「あー、そのだな、これははっきりと言っておくが……私がメリエルさんとくっつくことは世界が崩壊してもありえないぞ。だから、メリエルさんの夫の座は空席のままだ。マーレが良ければ、狙ってみてもいいのではないかな?」

「い、いいんですか? ぼ、僕がメリエル様と……」

 

 恥ずかしそうに顔を俯かせて、もじもじするその姿はまさしく女の子にしか見えない。

 だが、男の子なのである。

 

 茶釜ァ! お前ってやつは……お前ってやつはぁ!

 

 モモンガは心で泣いた。

 マーレが背負った業の深さに。

 

「夫は確かにあたしやシャルティアじゃなれないからなぁ……」

「マーレ、よく覚えておきなんし。メリエル様の好みの範囲に、マーレはピッタリと収まっているでありんす」

「ほ、ほんと? 僕が、メリエル様の……」

 

 なんかアブナイ気配を感じたので、モモンガは咳払いをわざとらしくして、話を戻す。

 

「と、ともあれ、これより砦に接近する。守護者達よ、戦闘メイド(プレアデス)達よ、抜かりなく、十分に注意せよ。ただし、向こうが攻撃してこない限り、決して攻撃をしてはならないぞ」

 

 先が思いやられる、とモモンガは溜息を吐きたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、モモンガの予想を裏切り、驚く程にスムーズにドワーフと交流を持つことに成功した。

 砦に近づいて、アウラに任せてみたら、思いの外、良い具合に名乗りを上げてくれたのだ。

 

 その砦は普段は無人であったが、定期的にドワーフ達が見回りを兼ねて点検・補修を行う時期であったのが幸いした。

 砦にはドワーフ達が一時的に滞在しており、彼らが名乗りに応じてくれたのだ。

 

 まだ正式に建国はしていないが、魔導国の魔導王とアウラが砦に対して告げたときは、モモンガに精神沈静化が発生したが、些細なことだ。

 

 アンデッドということで忌避されるというお決まりの反応があったものの、予定通りであった為、その対策はしてあった。

 

 支配者ロールに徹し、更に事前の打ち合わせ通りにアウラとマーレが良い具合にモモンガが普通のアンデッドではないと証言した為だ。

 

「第一関門はクリアだけど、先が本当に思いやられるな……」

 

 これからの偉い人達との交渉だ。

 

 ルーン技術及びそれに関連する機材や人員を入手すること。

 ドワーフの国との通商条約を結ぶこと。

 

 

 前者はともかく、後者は不安しかない。

 政治的な話をできるような経験も知識もない。

 

 無論、ナザリックの図書館にあったそれらしい本は読み漁っていたが、実際のやり取りは全く違ったものになるだろうことは想像に難くない。

 

 

 

 デミウルゴスを使いたい、すごく使いたい――

 もしくは早く来てくれメリエルさん―― 

 

 無いはずの胃がきりきり痛むような錯覚をモモンガは覚えた。

 

 しかし、モモンガの願いも虚しく、2週間近く、デミウルゴスもメリエルも動けないという返事が来た時、モモンガは吹っ切れた。

 

 最後の切り札を、彼は使ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガ様、まずは情報収集からです!」

「ああ、そうだな……」

「ドワーフはおそらく酒が好物。ですので、良い酒を渡しましょう!」

「ああ、そうか……」

 

 ナザリックの宝物殿から、適当に擬態させて、パンドラズ・アクターを引っ張ってきたのだ。

 モモンガの精神がガリガリと削られ、精神沈静化が幾度となく発動しているが、モモンガは堪えた。

 

 俺は大丈夫だ、なぜなら俺は“強い”からだ……!

 

 わけのわからない思考と言葉を発しながらも、モモンガはパンドラズ・アクターに助言されるがままに動いた。

 

 ドワーフ達の都市、フェオ・ジュラに滞在しつつ、手分けしてドワーフ達の情報を集める。

 シャルティアはこういった任務には向かない為、モモンガの護衛として傍に置いていた。

 

 そこでアウラとシャルティアで一悶着あったが、モモンガからすると喧嘩というより単なるじゃれ合いに見えた。

 

 ユリとエントマはフェオ・ジュラにおいての拠点の建築と警備を命じた。

 拠点として適当な屋敷の購入を考えたのだが、売りに出されているのは当然ながら全てドワーフ用で、天井が著しく低かった。

 その為、2人に派手過ぎず、地味過ぎず、ドワーフの都市にマッチした屋敷の建築を命じたのだ。

 

 拠点の建築完了まで、夜になるとモモンガはナザリックに帰って休むか、あるいは仕事を終えたドワーフ達で溢れる酒場に情報収集に赴いた。

 

 摂政達から会談について、中々色良い返事は貰えなかったが、モモンガは厄介なことは未来の自分に丸投げしようの精神――要するに先送り――でドワーフの市民達との交流を深めた。

 

 それが功を奏したのか、ルーンに関しては大いに捗った。

 

 ゴンドというドワーフを仲介として、ルーン工匠達と交流を持つことに成功したのだ。

 酒と共にユグドラシルにあった装飾としてのルーンが刻まれた武具を示すことで、ルーンの可能性について語り合う。

 

 とはいえ、モモンガは語れるような知識など持っていないので、もっぱらパンドラズ・アクターに喋らせて、モモンガはその隣で時折、口を挟むくらいしかやっていない。

 パンドラズ・アクターのルーンに対する食いつき具合は凄まじく、その反応は設定的に不思議ではないが、いざ実際に見るとなるとモモンガはドン引きだった。

 

 そのような具合で、モモンガはドワーフ達が抱えている問題、ルーン工匠達が抱えている問題、その両方を特定することに成功した。

 

 クアゴアという敵とその支配者たるフロスト・ドラゴン。

 ルーンという先細りしていくしかない技術。

 

 前者はすぐにでも解決できる。

 後者に関しても支援をすれば発展する可能性は大いにある。

 

 故に、モモンガの取るべき行動は王都奪還及び他の放棄や廃棄された都市の復興支援。

 

 そうすれば摂政達は首を縦に振らざるを得ないだろう。

 

 モモンガはそう考えた。

 

 メリエルさんが来たら、一気に攻勢を掛けて、電撃的に全ての都市を制圧しよう。

 

 久しぶりにメリエルと共に戦うことができるとモモンガは楽しみで仕方がなく、メリエルの到着を持って行動が開始できるよう、パンドラズ・アクターと協議して、準備を進めた。

 

 

 

 

 

 モモンガがクアゴア及びフロスト・ドラゴン達に対する一大攻勢に向けて準備を進めている頃――

 

 フェオ・ジュラの摂政会議場では今日も今日とて、8人のドワーフ達が集まっていた。

 

「例のアンデッド。ありゃ例外じゃ」

「そうじゃな。あれは良いアンデッドじゃ。見た目は怖いけど」

 

 話題は勿論、モモンガのことだ。

 

「市民に紛れて酒場に行ったら、酒を奢ってもらった上に、土産だと酒までくれた」

「あの酒は絶品。まさに至高の代物じゃ」

「そうじゃ、そうじゃ。しかもそれを来た時から普通に振る舞っているそうじゃ」

「もっと早くに接触しておくべきじゃった」

 

 彼らは後悔しつつも、実態を見る為に必要な2週間だったとする。

 すぐに会談の返事をしなかったのはひとえに、どのような輩か、見極めるというものもあった。

 

 モモンガがやってきてからの2週間、彼らは連日会議を開いて、モモンガに関する情報を集め続けた。

 実際に市民に紛れて接触し、会話もした。

 

 その結果は白と言って良いものだった。

 

 モモンガは敵対的どころか、極めて友好的だ。

  

「ルーン技術が欲しい、儂らと貿易をしたいと言っておった。酒場の席だが、それは来た時から言っていたようじゃな」

「大勢の常連客達が証人じゃ。信頼できるじゃろう」

「ではどうじゃ? そろそろ接触してみるか?」

 

 異議なし、という声が7つ――すなわち、提案した者以外の全員から出た。

 勿論、提案者も賛成な為、満場一致だ。

 

「よし、早速、明日にでも会談するとしよう。使者と書簡の用意じゃ!」

 

 

 

 



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好戦的なモモンガさん

 

 

 

「モモンガ、お待たせ」

「メリエルさん、クアゴアとフロスト・ドラゴン、ぶっ殺しましょう!」

 

 転移門(ゲート)を潜った先にいたモモンガはメリエルを見るなり、そう言い放った。

 

「はい?」

 

 メリエルは思わずに彼の顔をまじまじと見て、ついで、その横にいるパンドラズ・アクターに視線を向け――

 

「え? パンドラズ・アクターを? そんな切羽詰まってたんだ」

 

 黒歴史の塊、できることなら永遠に封印しておきたい、とモモンガが思っていた筈のパンドラズ・アクターがいたのだ。

 

「これはメリエル様! 相変わらずお美しい!」

 

 大げさなリアクションにメリエルは再度、モモンガを見ると、なんだか辛そうな雰囲気を漂わせていた。

 

 自分の黒歴史で精神的に苦痛を味わうが、それでも今後の利益の為に、とパンドラズ・アクターを引っ張り出してきたのだ、とメリエルは察する。

 

 彼女はモモンガのその覚悟に敬意を表しつつ、やはりナザリックの纏め役は彼しかいないと確信する。

 

「パンドラズ・アクターを、適当に擬態させて助言役として……」

「がんばった、モモンガ。あなたはがんばった」

「俺、やりましたよ……あとはドワーフの敵をブチ殺せば通商条約もルーンも全部手に入りますよ……」

 

 遠い目になるモモンガにメリエルは説明を求めるべく、パンドラズ・アクターへと一瞬視線を向きかけるが、モモンガの精神に多大なダメージを与えてしまいそうであったので、アウラへと向けた。

 

「アウラ、説明して」

「はい、メリエル様。えっと、モモンガ様は先日、ドワーフの摂政達と会談し、ドワーフの敵であるクアゴアとフロスト・ドラゴンを始末もしくは捕獲し、廃棄されたり放棄された都市の復興を支援するのと引き換えに、通商条約の締結、ルーン工匠達の魔導国への移住などを承諾しました」

 

 なるほど、とメリエルは頷いて、周囲を見渡す。

 

 シャルティアとマーレとエントマがいない。

 

「3人くらいいないんだけど?」

「先行させています。ゴンドというドワーフが案内役を買って出てくれたので、彼と共に。ゴンドはルーン工匠達との仲介もしてくれたんですよ」

「そのゴンドは良い奴なのね」

「ええ、大変助かっています……それで、メリエルさんのパーティー編成は?」

 

 転移門(ゲート)の真ん前でメリエルが突っ立っている為、後続が出ようにも出られないという事態だった。

 

「ああ、退かないと。はい、出てきて頂戴」

 

 メリエルが横へ移動し、最初に出てきた人物にモモンガは予想通りで驚くことはなかった。

 

「スルシャーナ様っぽいけど、違うんだよね?」

 

 特徴的な容姿の少女――番外席次だった。

 

「メリエルさん、遂にこっちに身柄を移したんですね?」 

「そうよ。ところで、名前、言ってもいい? 番外席次って役職名だし」

「メリエル以外はダメ。番外席次か、絶死絶命って呼んでくれればいいわ」

 

 番外席次の言葉にモモンガは思わず「うわぁ」と声に出してしまった。

 あまりにも中二的なネーミングセンスに、彼は引いてしまった。

 

 

「ちょっとあんた、モモンガ様に失礼よ! あとメリエル様を呼び捨てにするなんて!」

 

 剣呑な気配を漂わせるアウラ、しかし番外席次は怯まない。

 

「だって、私はメリエルのモノ。メリエルの子を孕む為に存在しているわ」

 

 自信満々にそう言い切る番外席次にアウラは怒りを露わにし――

 

「待て、アウラ。私は別に構わないさ。むしろ、メリエルさんにはとても感謝している」

 

 もしメリエルではなくモモンガに番外席次が目をつけた場合、それは非常にモモンガの精神にダメージがくる。

 

 

 ただでさえ、女性との接し方って難しいのに、番外席次みたいな特殊過ぎるのは勘弁してくれ――

 

 モモンガの偽らざる本音だった。

 

「モモンガ様がそうなら、構いませんけど……メリエル様、そいつってどういう立場なんですか?」

 

 むくれた顔のアウラにメリエルはくすくす笑って、彼女の頭を撫でる。

 

「ペットってところかしらね。あなたのフェンよりは色々と劣るけど、私は博愛主義なので」

「メリエル様、優しすぎますよぉ……」

 

 そうアウラは言うものの、メリエルに撫でられることで機嫌を直す。

 

「で、番外だけなんですか?」

「もうちょっといる」

 

 メリエルがそう言って、声を掛けると、お馴染みのクレマンティーヌが出てきた。

 

「やっほー」

「はい次」

「ちょっとメリエル様、酷くない?」

「だって、クレマンティーヌだし……」

 

 メリエルの言葉にモモンガはうんうんと頷いた。

 そんな対応に番外席次がけらけら笑う。

 

 クレマンティーヌは番外席次にむっとするものの、するだけで我慢する。

 

 突っかかったところで、隊長と同じように馬の小便で顔を洗わされるのがオチだ。

 しかし、そこでクレマンティーヌは衝撃的な事実に気がついた。

 

 馬の小便で顔を洗う程度で済んでしまうのである。

 

 メリエルの修行のように、死んだら蘇生してまた死んで蘇生して、という生死を文字通りに行ったり来たりするようなものではないのだ。

 しかも、質の悪いことに、メリエルの修行は悪意がまったくない、善意100%なのだ。

 おまけにちゃんと強くなれるという。

 

「……あんた、優しかったのね」

「え?」

 

 優しい顔になったクレマンティーヌには番外席次も困惑した。

 

「これからはメリエル様のペットとして、仲良くやっていきましょうね」

「そ、そうね……ねぇ、本当にあなたはクレマンティーヌなの?」

「そうだよー、メリエル様の猟犬、クレマンティーヌ様。番外、あんたはまだメリエル様の修行を知らないから……」

 

 遠い目になるクレマンティーヌに番外席次はメリエルへと視線を向ける。

 

「力が欲しいか? 欲しければくれてやる。何、ちょっと100回くらい色々な死に方をするだけよ」

 

 番外席次は察した。

 そして、彼女はクレマンティーヌに対して、穏やかで優しい視線を向ける。

 

「……お疲れ様」

 

 労いの言葉だった。

 クレマンティーヌは泣きそうになった。

 番外席次って優しかったんだ、と彼女は確信した。

 

「ま、それはさておいて、はい次」

 

 クレマンティーヌが退いて、次に出てきたのはラキュースだった。

 

「えっと、私はそんなに、濃いキャラはしていないので」

「とか言っているけど、このラキュース。ちょっと最近、家族を皆殺しにしています」

「もう、メリエル様! 私はまだマトモよ! 漆黒聖典とかと比べたら!」

 

 いや十分マトモじゃないから、とモモンガは心の中でツッコミを入れる。

 蒼の薔薇の件についてはメリエルから簡単に伝言(メッセージ)による報告を受けている。

 

 今、モモンガの目の前にいるラキュースはカルマ値が極悪となったラキュースだ。

 見た目からはそうは思えないが、やったことは極悪というカルマに相応しいだろう。

 

「さすがに漆黒聖典でも自分の家族皆殺しはないかなー」

「え、そうなの?」

「うん。基本的に、亜人とかぶっ殺したり」

「あんまり亜人は殺したことないわね。どちらかというと人間を殺したいわ」

「いいね、今度、2人で殺しに行かない?」

「いいわね、これが終わったら行きましょう」

 

 物騒な約束をしている2人を見て、モモンガはメリエルに視線を送る。

 

「……メリエルさん……カルマのアレを使ったとはいえ、彼女、性格、変わってませんか? 180度くらい」

「色々あったので……まあ、ナザリックとしては問題ないわ」

「いや、そうですけど……他の3人もこうなんですか?」

「ティアとティナは変わんないわね。イビルアイは……なんというか、以前にも増して愛らしくなった」

 

 どういうことなんだ、とモモンガは思っていると、ラキュースの後ろから、そのイビルアイが現れた。

 普段は被っている仮面はなく、素顔を晒している。

 

 もはや仮面で隠す必要はなく、積極的に誇示しようとそう彼女は思ったのだろう。

 

「我こそはイビルアイ! メリエル様にお仕えする吸血鬼だ!」

 

 ドヤ顔でそう言い放つその姿にモモンガは察した。

 確かにこれは愛らしい、と。

 

「これで全員ですか?」

「全員ね。聖王国の3人組は国で業務をこなしているので不参加、ティアとティナは共に王都で情報収集、ヒルマはこういう埃っぽいところは似合わないのと、なんか仕事があるらしくて、レイナースを護衛につけて麻薬の畑を見回っているわ」

「ナスレネとかいう亜人は?」

「集落で女王としての仕事中」

 

 なるほど、とモモンガは頷きながら告げる。

 

「とりあえず、フロスト・ドラゴンがどの程度の強さか、不明確です。我々基準のドラゴンだとすると、マトモに戦力になりそうなのはメリエルさんのパーティーでは番外席次くらいでしょう」

「ええ、そうね。だからこそ、他の面々は観戦ということで。見ることで得られるものも、結構あるから」

 

 下手をすればメリエル達の基準でのドラゴンと戦うということで、クレマンティーヌ、ラキュース、イビルアイは顔が引きつった。

 

「メリエル様、本当にドラゴンとやり合うのか?」

「そうよ、イビルアイ。何か問題でも?」

「メリエル様達の基準でのドラゴンだった場合、どんな具合なんだ?」

「ブレスで山が一つ二つ、消し飛ぶくらいかしらね。あと色んな属性魔法を撃ってきたりとか」

「防御も硬い。物理的な防御は勿論、魔法に対する防御も高いので、第10位階魔法でも一部を除けば、そこまでダメージは与えられない。他にも再生能力もあった筈だ」

「ああ、もし、(ロード)クラスが出てきた場合は下手したらここらの国が全部消し飛ぶかもね」

「確かに。それはありえますね。連中のブレスと魔法は厄介でした」

 

 イビルアイは卒倒しそうになった。

 ラキュースは涙目で、クレマンティーヌは引きつった笑みを浮かべていた。

 

「楽しそう!」

 

 目を輝かせているのは番外席次だけだ。

 

「畏れながらモモンガ様、メリエル様。フロスト・ドラゴンはおそらく、そこまでの強さはないかと……」

 

 パンドラズ・アクターの指摘にモモンガとメリエルは顔を見合わせる。

 

「そうか?」

「そうなの?」

「はい。そこまでの強さを持っていた場合、アゼルリシア山脈が吹き飛んでいてもおかしくないかと……」

 

 それもそうだ、とメリエルとモモンガは納得する。

 

「ともあれ、メリエルさん。久しぶりのチームプレイです」

 

 モモンガの言葉にメリエルは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ええ、そうね。以前言った通りに、私が進路警戒、後方はモモンガ」

「昔、よくやったやり方でやりましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すごい」

 

 そう呟いたのは誰だったか。

 だが、そんな陳腐な言葉しか、出てこなかった。

 

 

 

 

 モモンガとメリエルの一行はシャルティアに連絡を取り、そこへ一気に転移した。

 シャルティア達は王都への3つ目の難所に差し掛かったところであったが、そこでモモンガとメリエルの一行が合流し、3つ目の難所を突破。

 躊躇することなく、ドワーフの元王都、フェオ・ベルカナに侵入した。

 

 モモンガの提案で隠れることなく、堂々と行きましょうというのにメリエルが快諾し、不可視化などは使わずに一行は王城を目指す。

 

 すぐさまにクアゴアの警備部隊に見つかり、またその警備部隊があちこちに敵襲を知らせるという優秀さを発揮した為、またたく間に一行の行く手を遮るクアゴアは増大し、万を超えた。

 

 しかし、それはまさにモモンガとメリエルの狙い通り。

 久しぶりのチームプレイをするのにちょうど良い数だった。

 

 

 モモンガとメリエルはそれぞれ見ているように、と告げて、2人だけで万の大軍と向き合った。

 

 そして、蹂躙が始まった。

 

 

 メリエルが斬り込み、一振りで数十のクアゴア達を横薙ぎに両断したかと思えば攻撃魔法を撒き散らす。

 モモンガは後方から攻撃魔法を、支援魔法を、妨害魔法を次々と飛ばし、メリエルを援護する。

 

 強さの桁が違う為、クアゴア達が圧倒されるのは当然の結果だが、見学している者達はゴンドを除けば戦闘の専門家達だ。

 ナザリックの守護者や戦闘メイドは言うに及ばず、番外席次をはじめとした面々も現地では名だたる戦士や魔法詠唱者。

 

 故に、理解できた。

 メリエルとモモンガのチームプレイが膨大な戦闘経験に裏打ちされたものであることを。

 

「ねぇ、ラキュース。あんたんとこのメンバーで、あれくらいの連携はできる?」

 

 メリエルの下に来てからはチームをあんまり組んだことがないクレマンティーヌは、ほとんどチームごとメリエルのペットとなったラキュースに問いかけた。

 

「無理ね」

「無理だな」

 

 ラキュースとついでイビルアイが答えた。

 

 モモンガとメリエルは敵の動きを予測し、更に味方が何をするかを予測して自身の行動を決めている。

 ラキュース達もそれはできる。

 というより、チームを組んで戦ったことがあるなら、当然のことだ。

 

 だが、モモンガとメリエルはその状況把握から行動に移すまでの時間が皆無に等しい。

 2人とも未来予知でもしているのではないか、というレベルで最適な行動を取り続けている。

 

 もちろん、これからの努力次第ではあるが、それでもあの領域に到達するのは不可能だとラキュースもイビルアイも感じた。

 

 だろうね、とクレマンティーヌは返事をしつつ、ナザリックの面々を見て、ちょっと後悔した。

 興奮の度合いが凄まじいのである。

 

 映像を記録するスクロールと思われるものが幾つも展開されており、どいつもこいつも英雄に憧れる子供のように目を輝かせている。

 

 番外席次を見てみれば、こっちはこっちで別の意味で興奮しているようだった。

 メリエルの名を呟きながら、下腹部を擦っている。

 

 想像妊娠とかしてんじゃないか、とクレマンティーヌは思ったが、口には出さず、戦士としてより高みに登るべく、目の前の神々の共闘に集中する。

 

 雑兵では埒があかない、と敵の総大将らしい、衣服を纏い、王冠を被ったクアゴアとその親衛隊と思われるクアゴア達が出てきた。

 

 確かに、雑兵と比べれば強いことは強いのだろう。

 しかし、相手が悪すぎた。

 

 姿を現して30秒も経たないうちに、メリエルが王冠を被ったクアゴアの懐に飛び込んでいた。

 クアゴアの王の周囲にいる親衛隊達にはモモンガの魔法が降り注ぐ。

 さらにそれだけに留まらず、モモンガは王に向けても魔法を放つ。

 

 メリエルがクアゴアの王の首を飛ばすと同時にモモンガの魔法が着弾し、王の体を電撃が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拍子抜けなんだけど」

 

 メリエルは不満であった。

 

「確かに、拍子抜けですね」

 

 モモンガもまた不完全燃焼だった。

 

 ユグドラシル基準でのドラゴンではないが、それなりに楽しめるだろうという思いが2人の胸にあった。

 

 しかし、実際はモモンガの心臓掌握(グラスプハート)でボスと思われるフロスト・ドラゴンが死んでしまったのである。

 

 死んだふりとかじゃないだろうか、とモモンガもメリエルも警戒を緩めていなかったが、周りにいた3体のフロスト・ドラゴンが一斉に服従のポーズを示したことから、どうやら本当に死んでしまったとようやく2人は理解したのだ。

 

「何となく分かってはいたけどさ……強すぎ」

 

 クレマンティーヌの言葉にラキュースとイビルアイが同意とばかりに頷いた。

 

「私も戦いたかったけど、あんまり楽しめそうになかったからいいや」

「待って、番外待って。それ私の感想」

 

 番外席次の言葉にメリエルが告げると、番外は怪しく微笑み、己の得物を軽く掲げてみせる。

 分かりやすい誘いだ。

 

 メリエルがその誘いに乗る前に、モモンガは告げる。

 

「メリエルさん、やめてください。とりあえず、ドワーフの財宝とやらを探しましょう。あと他のドラゴンもいると思うので……」

「モモンガ、そこのフロスト・ドラゴン達に呼び出させたほうがよくない?」

「それもそうですね。というわけで、そこの3匹のドラゴンよ。他にドラゴンがいたら、呼んでこい。ああ、もちろん、抵抗しても構わないぞ?」

 

 モモンガはそう言いながら、ドラゴンは色々と素材になるので、と心の中で付け加えた。

 ドラゴン達は震え上がりながら、元気の良い返事をして、慌てて走り去っていった。

 

「生きているドラゴン、どうするの?」

「輸送手段として使おうかと。我々が持っているドラゴンだと、その、ちょっと問題がありますし」

「あー……まぁ、そうね……」

 

 課金ガチャの当たりに入る部類であるが、ガチャを回しまくっていると、それなりに溜まっていくものでもある。

 ガチャには各種族のドラゴンがいるが最弱でもレベル60台、もっとも良いものでレベル90近いものとなっている。

 

 もちろん、この世界の基準ではお伽噺に出てくるような強さのドラゴンを輸送手段として大量に運用したら、それこそ色々と面倒くさい問題になること、間違いない。

 将来的には実施するかもしれないが、今は時期尚早だった。

 

「あ、雌のドラゴンはペットにしたい」

「どうぞどうぞ。とはいえ、必要なときは使わせてくださいね」 

「了解したわ。で、この後は?」

「財宝を探しつつ、ドラゴン達を連れ帰りましょう。生きているクアゴアもついでに」

「クアゴアは殺しすぎたから、あの王様とか、ある程度は蘇らせておきましょうか?」

「そうですね。その後は摂政達を転移で連れてきましょうか。実際に見せたほうが早いでしょうし」

「そういえば、放棄されたり廃棄された都市にも行かないといけないわね」

 

 そんなことを話しているうちに、ドラゴン達が戻ってきた。

 

「反抗的な奴がいてくれると、素材収集ができるんだが……」

 

 そう呟いたモモンガの願いは叶うことは叶ったが、数は1体分だけだった。

 

 

 



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マーレ、恋愛相談をする

 

 

「あぁ~、御方々の戦い、あぁ~」

 

 シャルティアは丸テーブルに横顔をつけて、そう呟きながらへらへら笑っていた。

 

 ここはナザリックの第六階層、そこの階層守護者であるアウラとマーレの住居であったのだが、最近、シャルティアはここに入り浸りであった。

 

「シャルティア、だらしないよ。まあ、気持ちは分かるけど」

 

 アウラはソファに座って足をぶらぶらさせながら、そんなシャルティアに声を掛ける。

 その横ではマーレが俯いて、えへへ、と笑っていた。

 

「メリエル様……かっこよくて、綺麗だった」

 

 ドワーフの国での仕事を終えて、帰ってきてからマーレとシャルティアの2人はこんな調子だった。

 2人程ではないが、アウラもどうにも夢見心地が抜けなかった。

 

 脳裏に今でも鮮明に焼き付くメリエルとモモンガの共闘。

 それはまさに神々の共闘であり、ナザリックのシモベにとって、天にも昇る心地だった。

 

 戦闘メイドであるユリとエントマも、仕事に支障はない程度にこのようなことになっているとアウラはルプスレギナから聞いていた。

 

 私も見たかったっすー!

 

 そんな風に全力で地団駄を踏むルプスレギナが記憶にあったが、誰も彼も、ナザリックのシモベであれば同じだろう。

 

 とはいえ、パンドラズ・アクターが気を利かせて、大量のスクロールで映像に残し、それを図書館に寄贈していた為、図書館ではちょっとした騒ぎになったと聞いている。

 

 もっとも、一番重傷なのは弟のマーレであるとアウラは断言できる。

 

 モモンガとメリエルがくっつくものだとばかりに思っていたアウラ達、しかし、それはモモンガ本人から否定された。

 そして、モモンガ本人から言われたのだ。

 

 メリエルの夫の座、マーレが狙っても良い、と。

 

「お、お姉ちゃん、メリエル様って、僕のこと、好きかな……?」

 

 アウラはシャルティアに視線を向けた。

 

「良いでありんすねぇ……私も男に……いやでも私はモモンガ様が……ああ、なんて罪な御二人……」

 

 シャルティアもアテにならなかった。

 

「メリエル様に聞くしかないよ」

「そ、そんなこと、できないよぉ……」

 

 恥ずかしさから顔を真っ赤にするマーレ。

 

 アウラとしてはマーレを全力で応援したい。

 とはいえ、色恋沙汰――ましてや、至高の御方であるメリエルの気持ちなんてアウラには推し測ることすらできない。

 

 

 

「そういえば、メリエル様のペットにヒルマという元娼婦がいたでありんすよ」

 

 ぐでーっとしながら、シャルティアがそう言った。

 

「意外と、そういう輩に聞いたほうが早いかもしれないでありんすねぇ」

「よ、呼び出しが……」

伝言(メッセージ)を使えばいいじゃないの」

「そ、そうだね。あ、ありがとう!」

 

 マーレは部屋を飛び出していった。

 

「恋でありんすねぇ」

「恋だよねぇ」

「ということは、おチビはメリエル様にとって義姉ということになるでありんすね」

「畏れ多いから無理無理。で、シャルティアはどうするの?」

「私は……御二人の妃は無理でも、側室ということで良いでありんす」

 

 意外な言葉にアウラは首を傾げる。

 

「何で?」

「確実になれそうでありんすから」

「腹黒いなぁ」

「何とでも言いなんし。それで、おチビはどうするでありんすか?」

「あたし? あたしはまあ、うーん……分かんない」

 

 今度はシャルティアが笑う。

 

「さすがはおチビ。色恋はまだ早かったようでありんすねぇ」

「シャルティアみたいに永遠におチビじゃないから、安心して」

「おいこら何て言った?」

「そっちが先に喧嘩売ってきたじゃないの。沸点が低いんだからもう」

 

 そう言われるとシャルティアとしても怒りを収めざるを得ない。

 

「そういえばだけど、デミウルゴスが牧場を作ったみたい」

「あぁ、人間とか亜人とか、色々かき集めていたみたいでありんすね」

「あたしもこの間、トブの大森林で魔獣とか色々集めるのに協力したのよ。そのときに、大きな樹木のモンスターを見つけたよ。今度、メリエル様が討伐するんだって」

「ふーん……」

 

 シャルティアは不満げだ。

 自分のところに仕事が回ってこなかったが為に。

 

「聞いた話なんだけど、メリエル様専用の愛玩動物も集めているみたい」

「ペット養成所といったところでありんしょうか?」

「みたいだね。雌同士で色んな薬を使って繁殖させるんだって。性別転換薬とか色々」

「メリエル様は種族を問わない博愛主義でありんすからねぇ……」

「なんか、王族がメリエル様専用のところに入ったんだって。血筋を絶やすのは良くないってデミウルゴスが言ってた。メリエル様も賛成したみたい」

 

 シャルティアは王族と聞いて、頭に出てきたのは王国くらいしかない。

 

 ラナーとかいう3番目はデミウルゴスが評価していたでありんすから、1番目と2番目が入ったんでありんすかねぇ――

 

「メリエル様の許可がもらえるなら、私も現地視察したいんす」

「何が楽しいのかあたしには分からないけど……」

「おチビはおチビでありんすから、大人の楽しみが分からないでありんすねぇ」

「なんでそこで勝ち誇るかなぁ……」

 

 妙に勝ち誇った顔のシャルティアにアウラはとりあえず、胸について反撃することに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒルマ・シュグネウスは元高級娼婦というプロとしてのプライドと拘り、更に女としてメリエルを落とす――のは無理そうなので、今の立場を永遠に確保し続けたいという狙いがあった。

 当初は落とそうという気概であったのだが、あまりにも物理的な意味で、危険な敵が多すぎた為に断念している。

 もっとも、アプローチは欠かしていないのだが。

 

 そんな彼女はペットという立ち位置だが、その生活は王族と比較しても自分のほうが良い生活をしていると断言できる。

 何よりも彼女は寿命と老いを心配する必要がない。

 ヒルマからすればまさにメリエルには感謝してもしきれない程に多大な恩がある。

 

 だからこそ、メリエルの嗜好にあった衣類や化粧、そしてベッドの上でのプレイなども常に研究している。

 少しでもメリエルに喜んで、楽しんで、気持ち良くなってもらう為に。

 とはいえ、メリエルが直接にこういうのをやってみたい、と要望を言ってくれる為、ヒルマとしては非常に助かっている。

 更にはメリエルが麻薬売買を続けても良いと言ってくれたことも、ヒルマにとっては有難かった。

 

 メリエルからは金塊を身請け代金として、以前に見せてもらった分を全て貰っているが、保管場所に困るので所有名義はヒルマだが、保管者はメリエルのままだ。

 保管場所も、ナザリック内の適当に空いている場所に移っており、ヒルマはいつでもそこに立ち入ることができるようになっている。

 

 ヒルマが麻薬売買をする必要はもうないのだが、それでも人脈の維持と拡大の為にやっている。

 それがメリエルの役に立てば、ヒルマとしても幸いだ。

 

 そんな彼女は現在、自室のクローゼットで衣類をにらめっこをしていた。

 彼女の部屋はメリエルの居住区の中にある。

 居住区という表現をしてしまえる程度にはメリエルのプライベートなスペースは広く、また部屋数も多かった。

 

 

 ロイヤルスイートにある客室でも良かったのだが、知らない間にシモベが食い殺していたという悲劇を避ける為にヒルマをはじめとした、メリエルのペット達は基本的にメリエルの居住区内に自分の部屋を持っていた。

 

 さて、彼女が多数の衣類とにらめっこしている理由は簡単で、メリエルと会うとき、どんな格好をするか、ということで悩んでいた。

 

「難しい」

 

 ヒルマの口から思わず溢れた言葉。

 

「メリエル様は清楚も痴女も何でもいけるクチだけど、だからこそ難しい」

 

 ヒルマはメリエルの性癖を把握している。

 メリエルは何でもいけるタイプなのだ。

 選り好みをしない、と言えるが、悪く言えば節操がない。

 衣装などはもとより、プレイの内容も非常に幅広いので、十分に立派な変態といえるだろう。

 

 もちろん、それは女に対する好みも同じであり、節操がない。

 

 ヒルマとしてはメリエルがどれだけペットが増えようが構わない。

 構ってくれる時間が減ることが不満といえば不満だが、権力者が何人も女を囲うのは当然のこと。

 高級娼婦であったヒルマだからこそ分かるのであるが、権力者にとってどれだけの女を囲っているかは一種のステータスでもある。

 

 単純に言って、性的な奉仕を女の側がするだけでは終わらない。 

 囲っている女の私生活から欲しがるものまで、全て囲う側が面倒をみる――すなわち、養うのだ。

 

 特にヒルマのような高級娼婦ともなると、1人でも湯水のようにカネが掛かる。

 高級娼婦にとって、どれだけのカネを自分に対して使わせたかというのが自分の価値に直結している。

 高級娼婦における自慢話というのは何人の男を破産させたか、どれだけ貢がせたか、というものなのだ。

 

 ヒルマにとって、メリエルというのはこれまで、そしてこれから先を考えても、自分に対してもっとも価値をつけてくれた存在である。

 以前、彼女が手土産に渡している高級娼婦達にもメリエルは不老不死の薬を与え、希望する者には若返り薬も与えた上に、生活に一切の不自由をさせていない。

 率直に言えば、彼女達もまたヒルマの近くの部屋にそれぞれ個室を与えられて住んでおり、ちょくちょくメリエルとベッドを共にしている。

 勿論、彼女達もメリエルの為に常日頃の研究はヒルマと同じく欠かしていない。

 

 価値をつけてくれるからこそ、心から尽くそうという気にもなる。

 だからこそ、ヒルマ達はメリエルに対して従順であり、かつ積極的だ。

 そして、不老不死になったからといって、メリエルの気を引く為に女としての美しさを磨くことは一切怠っていない。

 

 

 

「最近だと清楚が流行だったわね」

 

 他の娼婦達との会話で出たのが最近、メリエルは清楚系にのめり込んでいるらしいというもの。

 

「となると、やっぱり姫や貴族の令嬢といったところかしら……」

 

 呟きながら、ある考えが頭を過ぎる。

 

 王国が荒れそうだし、繋がりのある子、全員メリエル様に身請けしてもらおうかしら――?

 

 高級娼婦だけでなく、単なる娼婦として働いている者もヒルマの交友関係には多い。

 さすがに殺されるのは寝覚めが悪い為、ヒルマは提案してみようと思う。

 

 

 とはいえ、さすがにそこまでの大勢の人数を受け入れるとさすがに手狭なので、別途、専用の屋敷なり何なりを立ててもらう必要があるが、メリエルなら拒まれることはなさそうだ。

 

 ヒルマの脳裏に子供の声が響いたのは、そんなときだった。

 

『あ、あの、えっと、ま、マーレですけど』

 

 驚きのあまりヒルマはビクッと体を震わせた。

 しかし、彼女も伊達に裏世界を生きていない。

 

 すぐに気を落ち着けると、頭に響く声に答える。

 

『確か、守護者の……?』

『は、はい。第六階層守護者のマーレです。えっと、その、ヒルマさんに相談が、ありまして』

 

 はて、とヒルマは首を傾げた。

 自分なんぞ歯牙にもかけない程に強大な階層守護者。

 そんな存在から相談をもちかけられるなど、さすがにヒルマも未知の体験だ。

 

『ちょ、直接、会って、話してもいいですか?』

『ええ、構わないわ。今、どこに?』

『め、メリエル様のお部屋の前に……』

『迎えに行くから、待っていて』

『は、はい』

 

 ヒルマはクローゼットの扉を閉めた。

 どんな相談か、さっぱり分からないが、わざわざ自分を頼ってきたということは大雑把に方向性は分かる。

 

「性的なことか、あるいは恋愛相談ってところかしらね……」

 

 そういやメリエル様、以前、コッコドールのところで見た目は完全に女っていう男の子を購入していたわね、とヒルマは何となく思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーレをヒルマは迎えに行き、自身の部屋へと招き入れた。

 そして、彼をソファに座らせて、ヒルマもまた対面のソファに座る。

 

「それで、相談って?」

 

 ヒルマの問いにマーレは顔を俯かせ、体を小刻みに震わせている。

 その様子は女の子そのものだ。

 

 彼の創造主も業が深いことをするものね――

 

 素直に男の子にするか、あるいは女の子にしてあげればよかったのに、とヒルマは思いつつ、マーレのような男の子に対しては興味がないといえば嘘になる。

 

 妙な背徳感を覚える為だ。

 

 ヒルマがそんなことを思いつつ、マーレを眺めていると彼は意を決したかのように顔を上げた。

 左右で色の違う瞳はまっすぐにヒルマを見据えている。

 

「そ、そのっ! ぼ、僕、メリエル様のお、夫になりたいんですっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、マーレはそう言った。

 

「……はい?」

 

 

 ヒルマは理解できなかった。 

 

「え、えっと、その、夫、です……も、モモンガ様が、夫になってもいいって……」

「ちょっと待ってね……」

 

 ヒルマはコメカミのあたりを押さえつつ、状況を整理する。

 

「モモンガ様があなたに許可を与えたのかしら?」

「え、えっと、こ、この前のドワーフの国に行った時、モモンガ様はメリエル様の夫にはならないから……ぼ、僕に夫の座を狙ってもいいって……」

 

 これはちょっと自分の手には負えない――

 

 ヒルマはすぐさま両手を挙げたくなった。

 とはいえ、命令で夫になるのと、好きで夫になるのでは違うということだけは教えておかねばならないだろう、と考えた。

 

「あなたはメリエル様のことが好き?」

 

 ぼんっという音がしそうなぐらいにマーレの顔が先程よりも真っ赤に染まる。

 その様子に、実年齢は分からないが、恋を知らない子供であるとヒルマは仮定して、話を進める。

 

「夫になるっていうのは好きなだけじゃダメで……勘違いのないように伝えると、メリエル様にあなたの子供を産んで欲しいかどうかっていうところなのだけど……」

 

 あわわわ、と両手で頬を押さえるマーレ。

 

「あと、そうね、メリエル様を性的な意味で満足させることができるかどうかも重要ね」

「せ、性的な意味で……!」

「……もうちょっと色々考えてからでもいいんじゃないかしら?」

 

 ヒルマの問いにマーレはコクコクと何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいお客様だったわね」

 

 ヒルマがマーレを居住区の出入り口まで見送ると、ソリュシャンが後ろから声を掛けてきていた。

 彼女ともそれなりに長い付き合いだ。

 

「ええ。強さとかはともかく、そっち方面では見た目通りだったわ」

「メリエル様の夫、これは荒れるわよ。アルベド様が全力で阻止するだろうから」

 

 ヒルマはソリュシャンの言葉に肯定を示しながらも、告げる。

 

「まあ、でも、メリエル様が彼を欲しいって言ったら、それで終わりね。あなたも、知っているでしょう? メリエル様はああいった男の子ならイケるクチだって」

「知っているわよ。購入した奴隷にいたし、その奴隷で楽しんでいらっしゃったのだから」

「処女は?」

「奴隷相手に喪失していたら、大騒ぎだわ。主にアルベド様が」

「ただでさえ、処女には価値がある。それがメリエル様ともなれば、その価値は天井知らずってわけね」

 

 ヒルマの言葉にソリュシャンは腕を組みながら、軽く頷く。

 そんな彼女にヒルマは告げる。

 

「あなたも知っているだろうけど、メリエル様は色を好むから、望んでいるなら、早いとこ男を教えてあげないと面倒なことになるわよ? こじらせると大変だから」

「ご忠告、痛み入るわ……というか、ペットであるあなたから言ってみたらどう? 私はただのメイドに過ぎないから」

「まあ、後で言っておくわ。今日はカルネ村に?」

「ええ。戻られるのは夕方くらいではないかしら……」

 

 ヒルマは頷きながら、問いかける。

 

「何で今更? 早い時期からそれなりに交流はあったのでしょう?」

「メリエル様が仰られるには、将来への布石なんですって」

 

 何やら色々と思惑がありそうだ、とヒルマは思いながら、とりあえず自室に戻って衣装選びを再開することにした。

 

 

 



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カルネ村の未来

 

「うーん……普通」

 

 メリエルはそう評価した。

 最初に接触し、これまでそれなりに交流を保ってきたカルネ村。

 

 これまでの交流内容としてはナザリックからは主に警備員と労働力の提供だ。

 デス・ナイトが貸し出されたり、労働力としてスケルトンが派遣され、当番制で戦闘メイドが誰かしら1人、交替で駐在している。

 

 

 

「メリエル様、お久しぶりです」

 

 カルネ村で出迎えたのはナーベラルだった。

 今日は彼女が当番らしいが、ここでメリエルに疑問が出てくる。

 

「漆黒のナーベはいいの?」

「数日程度なら問題ないとモモンガ様から許可を頂いております。それと、人間に対する態度を学べ、ということで」

「なるほどね。で、見たところ、普通ね」

「はい、普通の下等生物共の村です。デス・ナイトやスケルトンはおりますが、それ以外は普通です」

 

 ナーベラルの言葉にメリエルは軽く頷きながら、視線をあちこちに巡らせると見知った顔があった。

 メリエルはナーベラルについてくるよう告げて、その見知った者のところへ。

 ちょうど農作業を終えたところのようで、土にまみれている。

 

 スケルトンにより耕すなどの単純な作業は人手がいらないとはいえ、細かなところは不向きであった為に、そういった作業は人がやる必要があった。

 

「久しぶりね、エンリ」

 

 声をかけられたエンリはというと、目をパチクリとさせる。

 その態度がナーベラルには非常に不愉快に移った。

 こういうところが彼女にとっては人間を下等生物と認識させるに至る原因の一つだ。

 

下等生物(ガガンボ)、返事をしなさい」

「あ、えっと、ご、ごめんなさい。その、見惚れてしまって……以前は助けていただいて……」

 

 頭を下げるエンリにメリエルは構わない、と告げて尋ねる。

 

「それでエンリ。ナーベラルはどう? しっかりと友好的にやっているかしら?」

「は、はい。その、独特な口調ですけど、色々と助けてもらっています」

 

 当然だ、と言わんばかりに胸を張るナーベラル。

 同時に彼女の中でエンリの評価がただの下等生物からそれなりに良い下等生物へレベルアップを果たす。

 

 とはいえ、メリエルとしてもナーベラルの性格は承知している。

 

「ナーベラルは綺麗でしょう? 艷やかな黒髪といい、美しい白い肌といい」

 

 そうメリエルが言うと、効果は覿面だった。

 ナーベラルはメイドとしての表情こそ崩していないが、わずかに震えている。

 

「ええ、とても綺麗な方ですよね。棘のある口調も、似合っているって人気なんですよ」

「でしょうね。うちの自慢のメイドなのよ。瀟洒なメイドってやつね。彼女の姉妹も皆優秀で助かるわ」

 

 ナーベラルの震えが大きくなってきた。

 表情が崩れだしている。

 

 ナザリックのシモベに共通する弱点ともいうべきもの。

 それはモモンガかメリエルに褒められると、あまりに喜び過ぎてしまうことだ。

 

 とどのつまり、ナーベラルは抑えきれない程の喜びに襲われている。

 だが、メリエルの前でメイドとしての態度を崩すまい、と必死に堪えている状況だ。

 

「ナーベラル、あなたはソリュシャンのように人間と良い関係を築けるわね? 必要であれば、ソリュシャンに教えてもらうということもできるから」

「も、もちろんです」

 

 メリエルは満足げに頷きながら、ナーベラルの耳元へ口を寄せる。

 

「ナーベラル、あなたには期待しているわ」

 

 それはナザリックのシモベにとっては甘い言葉だった。

 ナーベラルは己の精神力を全て動員して、四肢に力を入れて、メイドとしての立ち振舞を崩さぬようにした上で、答える。

 

「勿体なき御言葉です、メリエル様……」

 

 ナーベラルはそう返しながらも、下着が着替えをしなければマズイ事態に陥りつつあることを感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナーベラルを良い感じに激励したメリエルだったが、そのナーベラルが言うには衣類の裾が汚れてしまった為、着替えて参ります、その間、代わりの者を送りますという言葉とともに素晴らしい速さでナザリックへと戻っていった。

 

 そして、5分と経たずに代わりにやってきたのがソリュシャンだった。

 彼女はメリエルの居住区を掃除していた筈だ。

 

「ソリュシャン、掃除は終わったの?」

「はい、メリエル様。終えてあります。ナーベラルがご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」

「構わないわ。とりあえず、村長の家に行くからついてきて」

「畏まりました」

 

 それからメリエルはソリュシャンを伴って、村長の家へ。

 

 

 

 そして、到着した村長の家では、年老いた村長が深々と頭を下げて、出迎えた。

 事前に視察することは伝えてある。

 とはいえ、ただ単に視察するだけではない。

 

「狭く汚いところですが、どうぞ……」

 

 村長の案内に従い、メリエルはソリュシャンと共に家へ通された。

 メリエルは案内された部屋の椅子へと座り、ソリュシャンは背後に控える。

 対面に村長が座ったところで、メリエルは口を開いた。 

 

 

「今回は視察に来たのだけど、ついでに、ある提案を持ってきたわ」

「はぁ……提案、ですか?」

「そうよ。近いうちに色々と大きな事がことが起きるのだけど、そこでカルネ村の統治者が私達に代わるから」

 

 村長はすぐさま、税について思い至る。

 統治する者が代わることについては何も言わない。

 

 おおよそ、予想がつくからだ。

 

「税はどの程度で……?」

「王国に納めている分の半分ってところかしらね。具合を見て、もっと引き下げる予定」

 

 村長はひっくり返りそうになった。

 そんな様子を見て、メリエルはくすくすと笑う。

 

「重税にすればするほど、税収が上がるって考えるのは馬鹿のすることよ。むしろ、減税こそが税収の上がる術よ。代わりと言ってはなんだけど、浮いた分で村の発展とか村民の生活環境向上とか、開墾とかを行ってもらいたいわ。無論、支援はするから」

「あ、ありがとうございます……!」

「ゆくゆくはカルネ村を自然と調和した大都市へと発展させていきたいのよ」

 

 村長からすれば夢のような話だった。

 しかし、警備員として、労働力として貸し出されているアンデッド達を見れば、それをするだけの力があるように思える。

 

「その反応からするに、提案を受けるということでいいわね?」

「は、はい。もちろんです」

「それなら良いわ。具体的なことに関しては、あとで書面にして渡すから。村民達とも協議して頂戴ね」

 

 メリエルはそう言いつつ、席を立つ。

 

「それと、これは個人的な提案なのだけど、エンリを私の連絡役にしてくれないかしら? なぜかというと、見知った人がその子くらいなので……確かネムって子もいたけど、さすがに幼すぎるからね」

「分かりました。エンリにも、良い経験になるでしょう」

 

 メリエルの個人的な提案を承諾した村長。

 村長としても、もう歳なので、後任を探していたところで、候補に挙がっていた一人がエンリだ。

 

 これを機に、新しい統治者達と仲良くしてもらい、カルネ村を優遇してもらおうという魂胆も村長にはある。

 わざわざ女性であるエンリを指名してきたということは、つまりはそういうことなのだろうと村長には予想がついた。

 

 願わくば、メリエル様が優しい方であることを、と村長は祈りつつも、メリエルとソリュシャンを見送った。

 

 

 

 

 

 村長の家を出てすぐに、ソリュシャンは意を決して口を開いた。

 

「またペットが増えるのでしょうか?」

「ダメかしら? ツアレにも世話は手伝わせているから、人手は足りていると思うけども」

「いえ……ただその、もう少しナザリックのシモベにも、構っていただけると……例えばですが、その、メリエル様の湯浴みの時などに、私でしたら色々と汚れを落とすのに……」

 

 以前の屋敷でのやらかし――童貞であったことをあろうことか、姉妹に伝え、そこからナザリックのシモベ達に伝わってしまった悲しい事件だ。

 

 とはいえ、もう過去のことでもある。

 

 上目遣いにメリエルを見つめてくるソリュシャン。

 

「そうねぇ……それじゃあ、これからはそうするわ」

 

 そう言いながら、メリエルがソリュシャンの頬を撫でてみれば、すべすべとしていた。

 

「以前のやらかし、あれは許すことにする。ルプスレギナにもそう伝えておいて」

「はい……!」

 

 ソリュシャンは嬉しそうに返事をして、同時にこれで側室レースに乗り遅れずに済むと確信した。

 

 正室というのはハナから諦めていた。

 正室での対抗相手はアルベドだ。

 さすがにソリュシャンでは太刀打ちできない。

 

 アルベド様から、今夜、話があるからと呼ばれていたな、とソリュシャンの脳裏に過ぎる。

 ナーベラルとルプスレギナも呼ばれているらしいので、何かしらの仕事だろうと予想はつくが、内容までは予想がつかない。

 

「そういえばソリュシャン。実はここだけの話なんだけど」

「はい、メリエル様」

 

 メリエルの言葉に、ソリュシャンはアルベドに呼ばれている件は思考の片隅に追いやり、弾んだ声で応じる。

 

「ユリとモモンガをくっつけたいと思うのよ。だから、姉妹全員で協力して何とかして」

「はい、勿論で……はい?」

 

 ソリュシャンは固まった。

 

 今、目の前の御方は何と仰られた、と。

 

「あら、聞こえなかった?」

「い、いえ、聞こえました。その、畏れながら、メリエル様。それは正室、でしょうか?」

「そうよ。ナザリックに戻ったら、詳しい話をしてあげるわ。ユリみたいな子がモモンガには良いと思うの。ああそうだ、ナーベラルにも伝えないとね……というか、彼女、随分時間掛かっているわね……」

 

 ソリュシャンはとんでもないことに巻き込まれた、と思わず空を仰ぎ見た。

 綺麗な青空だった。

 

 

 



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モモンガさん、幸せの罠に嵌まる

 

 ユリ・アルファは最近、妙に姉妹達がおかしなことに気がついていた。

 ソリュシャンがファッション雑誌を図書館から大量に持ってきたり、ナザリックに一時的に戻っていたナーベラルが化粧品をどこからか持ってきてユリに渡してきたりとおかしいことだ。

 ナーベラルに化粧品の出処を尋ねてみれば、レイナースとヒルマから貰ってきたとのことだ。

 

 確かにあの2人なら、化粧品くらいは持っているだろう、とユリは納得できた。

 だが、なぜナーベラルもソリュシャンも急にこんなことをし始めたのか、そこが理解できない。

 

 エントマやシズも、妙に変だった。

 

 ユリは原因をすぐに思いつく。

 少し前に、アルベドから伝えられたことだ。

 

 あまりの衝撃の事実にアルベドがユリに数日間、休みを与えた程であった。

 その間は3人の妹達が仕事の合間に交代でお見舞いにやってきてくれたことは、ユリにとって、とても心強かった。

 どうやら3人は既に聞いていたらしい。 

 

 とはいえ、それならばファッション雑誌も化粧品も必要などない。

 また、まだ話されていないエントマとシズの様子がおかしいというのも腑に落ちない。

 

 

 極めつけは昨夜、ルプスレギナがやってきて、しばらくユリがモモンガ様専属のメイドになると伝えてきたのだ。

 

 モモンガ様とメリエル様の専属メイドというのはナザリックのメイドであるならば、喉から手が出る程に欲しい役職だ。

 一般メイドは交代制で何とか収まったが、プレアデスは主に至高の御方々から直接に仕事がある場合に呼び出される。

 それはそれで嬉しいのであるが、やはりお傍に控えていたいというのが姉妹の一致した思いだ。

 

 とはいえ、交代制ではなく、モモンガにしばらく専属で、というのはどういうことなんだろうか、とユリは思いつつも、身支度を整えて、モモンガを待たせることがないよう、その執務室へと向かった。

 

 

「ユリ・アルファ、参りました」

 

 ユリは不思議ではあったものの、完璧なるメイドとしての振る舞いを一切崩すこと無く、そうモモンガへ告げた。

 

「ああ、ユリか……」

 

 モモンガは何か考えているようだ。

 時折、額に手を当てて、溜息をついたりなんだりとしている。

 

 ユリはその様子を見ながら、流石に声を掛けた。

 不敬ではないか、という思いはあったものの、そこは彼女の創造主の性格が影響した。

 

 すなわち、とりあえず殴って――この場合は問いかけて――考えてみようという具合だった。

 

「畏れながらモモンガ様。何か考えられていらっしゃるご様子ですが……?」

「ああ、うむ。いや、そう、だな……」

 

 あー、とかうー、とかどうにも煮え切らない返事だ。

 ユリはますます不思議な気持ちとなる。

 

 至高の御方でも、このような御姿をされるときがあるのか、と。

 

 少しだけ他の姉妹に対して優越感を彼女は感じる。

 

 こんな御姿を見ることができるのは、今、自分だけなのだ、と。

 

「何か私にできることなどはございますでしょうか?」

 

 そんな気持ちを胸に懐きながら、ユリはメイドとしての本分を果たすべく問いかけた。

 

 

 

 

 問いかけてきたユリを前に、モモンガはというと――

 

『モモンガ、がんばれー! いけー!』

 

 頭の中でこんな状況を作った原因が伝言(メッセージ)で騒いでいた。

 

『どうしようもなくなったら、そのときに考えるって言ったじゃないか! このクソ天使!』

『確かにそう聞いた。けど、私はそこで承諾したか? 答えは否だ!』

 

 確かにメリエルは承諾していなかった。

 モモンガの幸せを願うみたいなことを言ったとモモンガ自身の記憶にもあった。

 

『まあ、モモンガさんや。別に変に意識することはないわよ?』

『全力で煽り立ててきた奴が何をほざいているんですかね?』

『それについては悪かった。とはいえ、恋話は古今東西、ネタにされるものだから許してね』

『勘弁してください』

 

 モモンガはそうメリエルに返しながらも、アルベドにメリエルの性癖やら何やらを知りうる限りの全てを教えようと心に決意する。

 

『とりあえず、これだけは言わせてください』

『何?』

『地獄に落ちろ、クソ天使』

『天国に昇れ、クソ骸骨』

 

 メリエルのその返し方は新鮮だな、とモモンガは思いつつも、改めてユリへと視線を向ける。

 心配そうにこちらを見てくるユリ。

 

 別に嫌いってわけじゃないんだよ、むしろ好き――

 

 モモンガの心情としてはそうだ。

 

 やっぱりそういう気持ちを抱くのはやまいこさんに申し訳がない――

 

 モモンガはそういう感情が湧いてくることに、苦笑しそうになった。

 そのときだった。

 再度、メリエルの声が響く。

 

『あ、ちなみにヘタレたら、私が無理矢理に一発アレするから、よろしくね。めちゃくちゃ嫌だけど、モモンガがどうしてもヘタレるっていうなら、マジでやるから。童貞を喪失すれば、ちょっとは変わるでしょう』

 

 モモンガは椅子からひっくり返りそうになった。

 ユリは驚いた様子で、駆け寄ってきて、大丈夫ですか、と声を掛けてくるが、大丈夫だと彼女にモモンガは返す。

 

 メリエルさんの声色がマジだった――

 これヘタレたら、ヤラれるパターンだ――

 

 メリエルに本気でそのように動かれて拘束されたら、モモンガには逃げる術がない。

 守護者達を頼ろうにも、絶対に必ず、モモンガ様とメリエル様がついに結ばれると感動して、涙を流してお祝いするという方向に発展する。

 

 そんなのは絶対に嫌だ――!

 

 モモンガは意を決した。

 

 とりあえず、支配者としての自分だけではなく、そうではない自分も見て欲しいと伝えねば、とモモンガは考えた。

 

「ユリよ、あー、その、なんだ、これからしばらく私の専属として、ついて回るわけだが……その、支配者としての私としてだけではなく、ただのモモンガとしての私をお前には見て欲しい……」

 

 モモンガは言ってから、ユリの様子がおかしいことに気がついた。

 彼女は顔を真っ赤にして、体をわなわなと震わせ、普段の姿とはかけ離れた動揺を魅せている。

 

 俺、おかしなことは言ってない筈だよな――?

 支配者ではない自分を見てほしいって言ったよな――?

 

 支配者であるモモンガだけを見て、実際のモモンガを目の当たりにして、幻滅されるのは勘弁してほしい、という意味合いの言葉を彼は言ったはずだった。

 良い表現が思い浮かばなかった為、ただのモモンガとして、という言い方であったが、別に問題はない筈だ。

 

 だが、彼の不幸は女性とそういうお付き合いをした経験が非常に少ないことだった。

 そして、以前にメリエルからもらったヒルマ執筆の書籍にはこういう自分から質問を投げかける場合、どのような質問をすべきかというものは書かれていなかった。

 あくまであの書籍は女側から答えるに困る質問を投げられた場合のものだった。

 

「ぼ、ボクはメイドです! も、モモンガ様のお相手には! ふ、ふさわしくないかと!」

 

 今度はモモンガがユリの言葉を吟味する番だった。

 とはいえ、これは彼にとってそこまで悩む必要もないものだ。

 

 付き合うとか何とかの、そういう男女の関係を抜きにして、ユリ・アルファはモモンガの中では高評価だ。

 

 ナザリックの中でカルマが善よりで、アルベドやシャルティアみたいに色々とアブナイことを仕出かさない。

 やたらと好戦的だったり、人間を下等生物扱いしない上に、人間をおやつ代わりに食べたりしない。

 あちこちでどこかの天使のように騒動を巻き起こさない。

 

 ある意味、モモンガが気楽に相手をできる存在だ。

 

 だからこそ、モモンガはその旨を伝える。

 

「いや、お前でなければダメだ。だが、急ぐ必要はない、気楽に待つとも」

「よ、様子を見るなんて……ぼ、ボクはいつでもOKです! 全部、大丈夫です! そ、その、不束者ですが、よろしくお願いします!」

「ん? そうか? それなら頼むとも。こちらこそ、色々と至らない部分もあるが……」

「そ、そんなことはございません! 身に余る栄誉というか、幸せです!」

 

 モモンガはとりあえず何とか乗り切った安堵した。

 これでメリエルに襲われる心配はないだろう、と。

 

 普段の自分を見てくれと言ったわりには、ユリは大げさだな、と彼は不思議に思いつつ。

 

 

 

 対するユリはモモンガから愛の告白を受けて、大混乱に陥っていたが、それでも何とか、自分の気持ちを伝えることはできた。

 

 ナザリックに最後までシモベ達を見捨てず(・・・・・・・・・)残られた御二人、そのうちの一人からこのような告白をされて、受けないシモベは存在しない。

 

 突然ではあったが、そんなことは些細なことだ。

 

 ぼ、ボクだって、そりゃ、そういう関係を考えてることはよくあるけど、ほ、本当になるなんて――!

 

 ユリは顔から火が出るかと思う程に頬が熱かった。

 

 

 こんな状態では到底、メイドとしての仕事はできない、とモモンガに申し出ようと、視線を向けると、なんとなく視線があった。

 

 ユリはすぐさま視線を逸らした。

 だが、数秒も経たないうちにモモンガへと視線を向け、また逸らすの繰り返し。

 

 ぼ、ボクがモモンガ様の、つ、妻――!

 

 その事実がユリの頭と心を完全に占領してしまっている。

 だからこそ、彼女は嬉しさと恥ずかしさとその他諸々の感情のごった煮状態だった。

 

 そんなとき、扉がノックされた。

 

 

「この度はおめでとうございます」

 

 入ってきたのはアルベドで、彼女は深々と頭を下げた。

 彼女は小脇に何かを抱えているのが見える。

 

「……アルベド、何がめでたいのだ?」

「メリエル様から、ついにモモンガ様の正妻が決まったとのことで。ナザリックのシモベ一同、お祝いを申し上げたく」

 

 ユリにあることが浮かんでくる。

 

 もしかしてメリエル様が、ボクの為に――?

 

 手回しが早いのだ。

 アルベドがタイミングよくやってきて、既に告白の件を知っているというのはつまり、このモモンガの執務室を見ていた存在がいるからに違いない。

 

 そして、そんなことができるのはナザリック、否、世界広しといえどメリエルしかいないのだ。

 

 ユリはメリエルにどのように恩返しをすればいいか、悩ましく思いつつ、驚いているように見えるモモンガに告げる。

 

「モモンガ様、メイドとしても妻としても、これから尽くさせて頂きます」

「え……?」

「式の方については後ほど。ふふ、ユリ。おめでとう。同じ女として、心から祝福するわ……いえ、これからはユリ様と呼んだ方が良いかしら?」

「そんな、アルベド様……これまで通りで構いません」

「それなら公的な場ではユリ様と、私的な場ではこれまで通りにさせてもらうわ。まあ、そう呼ぶのも、短い間かもしれないけど」

 

 アルベドはそう言って、意味ありげな笑みを浮かべる。

 

 何がなんだかよく分からないモモンガであったが、とりあえず自分がメリエルに嵌められたらしいことは理解できた。

 

「ま、待ってくれ。何でいきなりそうなっているんだ? 確かにユリには、その、支配者として振る舞っていない私を見て欲しいという意味を伝えたが」

 

 モモンガの言葉にアルベドは彼にずいっと身を乗り出す。

 

「モモンガ様、それこそまさに! そう、まさに愛の告白にあたります! ナザリックのシモベで、そのように言われた者はユリ・アルファ唯一人!」

 

 モモンガは悟った。

 全面的な敗北を。

 そもそもからして、口で女に――ましてや、アルベドに勝てるわけがないのだ。

 

「いわゆる、仕事での付き合いではなく、私的な部分でも付き合っていきたい、というのは男女の関係を求めていると受け取ることができます……モモンガ様、ユリではご不満ですか?」

 

 あのクソ天使、ぶっ殺してやる――

 

 モモンガはそう思いながらも、精神の沈静化が数回程、発動してようやく落ち着くことができた。

 おかげで、アルベドの言葉を冷静に受け取ることができた。

 

 モモンガはユリへと視線を向け、真正面から彼女の姿を見る。

 アルベドの言葉にユリは不安を覚えたのだろうか、怯えているような表情だ。

 

 女の子を泣かすのは、良くないよな――

 

 モモンガはそう思いつつ、やまいこに心の中で謝った。

 

「……不満など、ある筈がない」

 

 モモンガの言葉はユリの表情を一変させた。

 ユリは笑みを浮かべた。

 その笑みは恥ずかしさの混じったものであるが、モモンガの心を直撃した。

 

 ああ、綺麗だ――

 

 モモンガは心から、そう思った。

 

「支配者ではない、プライベートでの私は、率直に言ってしまえば、小市民的だ。だから、幻滅しないで欲しい」

「構いません。これから、モモンガ様のことをお教えください。ずっとお傍におりますので……」

 

 ユリの答えに、モモンガもまた安堵した。

 そして、彼は立ち上がった。

 

「とりあえずだ。メリエルさんを叩く。あの天使め、今回ばかりは許さない。絶対にだ。今日はトブの大森林だったか? 森ごと焼き払ってやる……!」

「お待ち下さい、モモンガ様」

「アルベドよ、止めるのか? 私はもう少し、段階を踏んで、慎重に行きたかったのだ……!」

「いえ、メリエル様はそれを予期されていました。ただ、喧嘩をする前に祝いの品を渡してほしい、と私に仰られまして」

 

 モモンガは内心、疑問に思いつつも、とりあえず受け取るだけ受け取っておこうと考えた。

 

「よし、それならば祝いの品とやらでメリエルさんをどうするか、決めよう」

 

 モモンガの言葉にアルベドは頷き、小脇に抱えていたものを彼へと差し出した。

 

 親愛なるギルド長へ、と題名が書かれた分厚いアルバムだった。

 

 モモンガはアルベドから受け取り、1ページ目を開いてみた。

 

「おぉ……」

 

 モモンガは込み上げてきた感情に声を溢した。

 

 1ページ目にあったのは41人全員が玉座の間で取った集合写真だった。

 もしや、と思い、モモンガが2ページ目を開くと、そこからはギルドメンバー達の思い出の写真の数々だ。

 

「メリエル様が図書館や他の至高の御方々の部屋に保存されていた画像を引っ張り出した、とのことです」

 

 アルベドの説明を聞きながら、モモンガは一心不乱にページを捲る。

 

 ドロップしたアイテムの取り合いになったときの乱闘写真――

 41人全員が円卓に集い、ワールドエネミー対策会議をしているときの写真――

 

 41人全員が揃っているものもあれば、1人で撮ったものや、少人数で撮ったものもあり、場面や時期も多彩だった。

 

 ナザリックの黄金の日々が詰まっていると言っても過言ではない。

 

「……メリエルさんには敵わないな」

 

 こんな祝いの品を贈られては、モモンガとしてはメリエルをどうこうする気持ちなど吹き飛んでしまった。

 

「これには写真がたくさんあるが、タブラさんややまいこさんのもある。見るか?」

「いえ、後日に配布予定ですので、ご安心を。それはモモンガ様だけのものです」

 

 アルベドの言葉にモモンガは軽く頷き、丁寧にアルバムをアイテムボックスに入れる。

 

「メリエルさんには感謝しよう。ただ、アルベド。お前にはメリエルさんに関して、伝えることがある。近日中に文書化して渡そう」

「メリエル様の?」

「うむ。私が知る、メリエルさんの性癖全てだ。色々と役に立てて欲しい」

 

 ささやかなお礼だ、受け取ってくれとモモンガは心の中で呟いた。

 

 



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トブの大森林ピクニック

 

「そういえば今更なんだけどさ、番外って神都から出ると評議国の竜王が探知して、攻め込んでくるとか何とか聞いた記憶があるんだけど」

 

 ピニスンのところへ向かう道すがら、クレマンティーヌがそう言った。

 

「念の為に私も使っている隠蔽の指輪を渡してあるから、大丈夫よ」

 

 メリエルがそう言うと、番外は勝ち誇った顔で左の薬指にはめたその指輪を見せつけてくる。

 クレマンティーヌは別に今の立場で十分であるのだが、その態度にはイラッときた。

 

「お子様体型」

「弱い癖に何を言っているの?」

「胸もお尻も私の敵じゃないわね」

「は?」

「事実だしー」

「私はこれから成長するから」

「何百年後の話かしらー?」

 

 番外は無言で戦鎌を構え、クレマンティーヌもまたスティレットを構える。

 

「はいはい喧嘩しないの。どっちも屈服させてるから問題ないわ」

「メリエル様、それはちょっと説得の仕方が違うと思いますわ」

 

 レイナースのツッコミにメリエルは何故かドヤ顔になる。

 

「知ってた? 番外席次って普段はこんな感じだけど、ベッドの上では……」

「クレマンティーヌ! 仲良くしましょう! 同じ法国出身だから! お願い!」

 

 笑みすら浮かべて、必死に告げる番外席次にクレマンティーヌはニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「どうしよっかなー? あ、メリエル様。私は別にどんな体位が好きとか色々、言っても構わないからー」

 

 番外席次は敗北を悟った。

 ぽつりと彼女の口から言葉が零れ出る。

 

「大人って嫌いだわ」

「そもそもあんたが指輪を見せつけてこなければよかったのに」

 

 クレマンティーヌのぐうの音も出ない正論に番外席次はがっくりと項垂れた。

 

「それはさておき、竜王が襲ってくるってどういうことかしら?」

 

 ラキュースの軌道修正は慣れたものだった。

 伊達に濃すぎる蒼の薔薇のリーダーをやっていたわけではない。

 

「私も知ってるのはそんくらい。この番外の存在自体、法国でも知ってるのは六色聖典と各神官長のみだと思ったわ」

「法国の最終兵器というわけか。確かに、番外席次なんてものが暴れたら大事になるな」

 

 クレマンティーヌの言葉にイビルアイが納得する。

 彼女から見た番外席次は、かつて戦った魔神よりも格上だった。

 

 それらを聞いて、メリエルは一つの結論を出す。

 

「というか、番外席次の性格からして、自分より強いかもしれない竜王がいるなんて言ったら、勝手に抜け出して戦いをふっかけて、そこから評議国と法国の戦争に発展する可能性が高いからじゃないの?」

 

 メリエルの言葉は事情を知らないダークエルフ達を除き、誰も彼もが納得できたものだった。

 

「だって、敗北を知りたいから……強い奴がいたら、とりあえず戦ってみたい」

「そういうところだと思う」

「もう、メリエルー!」

 

 ぽかぽかとメリエルを叩く番外席次。

 

 これがあの先祖返りのアンチクショウだなんて、当時の自分に言っても信じないだろうな、とクレマンティーヌは思う。

 同時に自分が賭けに勝ったことに安堵する。

 

 最近、特殊なプレイにハマっているなんて言われたら、この場で自分の首にスティレットを突き刺していたところだ。

 

「美少女同士のやり取り、美女も添えて。眼福」

「少年が欲しい。私は少年に飢えている」

 

 双子が何か不穏なことをいつものことながら呟いていた。

 ラキュースは思わず、天を仰いだ。

 

 蒼の薔薇は解散ということになっており、冒険者としての登録も抹消されていることがメリエルにより確認済みだ。

 しかし、その筈なのに、なぜだか苦労しそうな、そんな予感をラキュースは感じた。

 

 

「ともあれ、さっさとやりましょう。この後も予定が詰まっているので」

 

 メリエルとしてはさっさとやって、さっさと帰りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだ!?」

 

 ピニスンの絶叫がメリエル以外の面々の言葉を代弁していた。

 

 クレマンティーヌ達やダークエルフ達にとっても、これは予想外だった。

 

 そこには巨大な樹木があった。

 こちらの敵意に気づいたのか、急に目覚めて、太く、大きな6本の触手を蠢かし、攻撃を仕掛けてきたのだが――

 

 それらは全てメリエル達の前に突如として出現した三重の巨大な城壁に防がれた。

 

 強固なる三重城壁(ウォール・オブ・テオドシウス)

 

 メリエルが使用した防御魔法だった。

 

 触手が先程から城壁を破ろうと叩いているが、城壁はビクともしない。

 

「さて、もしかしたら、何か良いものがあるかもしれない。そう、ボスモンスターならば」

 

 メリエルはそんなことを言って、転移門(ゲート)を開いた。

 中から出てきたのはアウラとマーレだった。

 

 ダークエルフの存在に女王達が驚くが、そんなことはアウラ達は気にも留めない。

 

 倒すだけなら一瞬だ。

 だが、もしかしたらレアなアイテムを持っているかもしれない、とそういうメリエルの廃人的な思考からアウラとマーレを待機させてあったのだ。

 

「何か良さそうなものがあったら、取ってきて。戻ってきたら、消し飛ばすから」

「はい!」

「は、はい!」

 

 メリエルの言葉に元気良く返事をした。

 可愛かったので、メリエルは2人の頭を撫でてから、送り出した。

 

 巨大な城壁があったが、軽々と乗り越えて行くアウラとマーレを見送り、メリエルは暇になった。

 触手が城壁を叩く音で少しうるさいが、後少しの辛抱と彼女は我慢した。

 

「メリエル様、防御魔法も使えたのか……」

 

 一番に我に返ったのはイビルアイだった。

 

「基本的に一通りは使えるわよ。ちなみに今の魔法は、第10位階魔法で、物理防御と魔法防御に対して強固な耐性がある城壁を魔力で構築するやつね。空を飛んでくる奴に対してもある程度の阻害効果があって、動きを鈍くすることができるの」

 

 さらりととんでもない効果がその口から告げられる。

 

「アウラとマーレが戻ってきたら、とっておきのすっごいのを見せてあげる。これはね、いわゆる私の種族に由来するタレントみたいなものなのよ」

「しかも、タレント持ちだったのか……」

 

 衝撃の事実であったが、メリエルはタレントみたいなものであってタレントではない、と訂正したところで、脳裏に電撃が走る。

 ウィッシュ・アポン・ア・スターを使うことでレベルキャップを外したり、タレントを持つことができるのではないか、とメリエルは閃いた。

 

「もしかして、私、もっと強くなれるかも?」

 

 クレマンティーヌ達からすれば、とんでもない話だった。

 ただでさえ、メリエルの力は桁が違う。

 しかし、当の本人にとってはまだまだ不満らしいのだ。

 

 クレマンティーヌもレイナースもラキュースもイビルアイも、誰も彼もがメリエルと同程度の力を持ち得たとしたら、自身を鍛えよう、もっと強くなろうとは思わないだろう。

 

「私ももっと強くなりたい」

 

 しかし、何でも例外とはいるもので、番外席次には何やらメリエルの考えというか、思いが分かってしまったらしかった。

 

 強すぎるとむしろ謙虚になるのかな、とイビルアイはそんなことを思い始めた。

 

「私は、弱い……!」

 

 メリエルはそう言って、レーヴァティンを鞘から抜いて、地面に垂直に突き刺した。

 

「もっと、強くなりたい……!」

 

 その姿にラキュースが感銘を受けたのか、魔剣キリネライムを鞘から抜いて、メリエルと同じように地面に垂直に突き刺し、口を開いた。

 

「私は、強くなりたい……!」

 

 なんか悦に入っているラキュースから視線をクレマンティーヌにイビルアイは移した。

 やってられない、という顔だった。

 

 一番マトモな感覚を持っていそうだ、とイビルアイは思った。

 

「メリエル様は自分が弱いと感じた、具体的な理由は?」

 

 イビルアイは疑問に思い、問いかけてみた。

 

「……真なる竜王とかと戦争するとなると、不安なような気がする」

「安心してくれ。竜王といえど、相手にならん。始原魔法を使ってきても大丈夫」

 

 イビルアイは旧友のことを思い出しながら、メリエルと比較してみる。

 どう考えても、メリエルが勝つ未来しか見えない。

 

 始原魔法を使えたとしても、それこそ世界そのものを滅ぼすような威力で攻撃しなければメリエルが死ぬ未来が見えないのだ。

 

 もちろん、これはイビルアイの予想だ。

 実際に旧友が切り札をいくつか持っている可能性は高いだろう。

 

 だが、それはメリエルとて同じこと。

 

「……というか、真なる竜王と戦うのはやめてくれ。戦いの当事者は大丈夫かもしれないが、世界がもたない」

 

 イビルアイは気づいてしまった。

 そんなとんでもないモノ同士がぶつかり合えば、そもそもからして世界滅亡の危機だと。

 

 これは旧友に連絡する必要がある、早急に。

 

 イビルアイはそう確信していると、アウラとマーレが戻ってきた。

 

「メリエル様! 戻りました!」

「も、戻りました!」

「何かあった?」

「薬草を色々と、てっぺんから取ってきました!」

 

 元気良く――マーレは多少おどおどしているが――報告するアウラとマーレにメリエルは満足げに頷く。

 

「じゃあ、それ、モモンガに渡しといて。なんなら第六階層で栽培とかしてもいいかもね」

 

 メリエルがそう指示を出し、ついでとばかりに告げる。

 

「カッコいいところを見せましょうか。アウラとマーレも見ていきなさい」

 

 メリエルはそう言って、巨大な十字槍を顕現させた。

 白銀のその槍はメリエルの背丈の3倍はある。

 

 突然に現れたそれに、一同、目を丸くし、ただ呆然とメリエルとその槍を交互に見つめる。

 そんな視線を受けながら、メリエルは片手で槍を軽く振り回して、感触を確かめる。

 

 この槍はメリエルが使える種族的特殊能力であり、1日に5回しか使えないMP消費型のものだ。

 

「地殻をぶち抜いちゃうかしら……? 強化していなければ大丈夫よね?」

 

 なんかメリエルから不穏な言葉が聞こえてきた。

 

「メリエル様ー、私達が大丈夫なようにやってよねー?」

「大丈夫よ、クレマンティーヌ。ただ私、これ使うの久しぶりなので……」

 

 そんなことを言いながら、メリエルは槍を持って、空中へと飛び上がった。

 その際に一撃で倒しきれる程度に自分に対してバフを掛けることを忘れない。

 

 そして、準備が整ったメリエルはその手に持つ槍を全力で投擲した。

 

 暴れ狂う樹木――ザイトルクワエと名付けられていた存在は、それに気がついた。

 全ての触手をそれを防ぐようにその軌道上に持ってくるが、そんなものは壁にもならなかった。

 

 一瞬で触手を貫いて、そのまま勢いを緩めることなく、槍は白銀に輝きながらザイトルクワエの本体に突き刺さり――

 

 眩い閃光、やや遅れて轟音。

 

 光が収まった後には巨大なクレーター以外は何も残っていなかった。

 

 

 

「爆風とか諸々は城壁がちゃんと機能してくれたみたいね」

 

 メリエルはそう言いながら、ゆっくりと地上へと降り立った。

 そして、メリエルは城壁を解除すれば、クレーター以外は何もないという惨状がクレマンティーヌ達にもよく見えた。

 

「メリエル、今の、何?」

 

 番外席次が興味津々に問いかけてきた。

 その言葉に他の面々は我に返る。

 

世界最終審判(ワールドジャッジメント)・熾天の槍(・セラフィックランス)っていうのなんだけど、どっちかというと、こういうのって武技に入るのかしらね? さっきはタレントのほうが近いって思ったから、タレントのようなものって表現したのだけど」

「生来のものなら、タレントじゃないかな」

「そっか、タレントでいいんだ。私も武技、覚えたいなー」

 

 のほほんとした会話がなされる中で、ダークエルフの女王達は一斉に跪いた。

 

 何事かと思ってメリエルが視線を向けると、女王が告げた。

 

「メリエル様に絶対の忠誠を……」

 

 ダークエルフ達にこうやられるのは二度目だった。

 初めての会談のときに張り切ったメリエルが力を見せたら、こうなったのだ。

 

 あのときは月落としだけだったが、どうやらさらなる忠誠を誓ってくれるらしいことにメリエルは満面の笑みを浮かべる。

 

「あなた達のこと、とてもよく可愛がってあげるから」

 

 メリエルは女王達にそう告げて、アウラとマーレを見てみる。

 アウラはきらきらと目を輝かせて、マーレはもじもじしながら、ちらちらとメリエルを見ていた。

 

 その反応にメリエルは非常に満足しつつ、番外へと視線を向ける。

 

「何で私があなたと戦った時、使わなかったか、分かる?」

「分からない」

 

 首を傾げる番外にメリエルは告げる。

 

「これを使うより、自分を強化して剣で斬った方が強いからよ。悲しい話だけど」

 

 嘘だろう、と言う輩はいなかった。

 メリエルの戦闘スタイルについて、知らない者はメリエルのペットとナザリックのシモベには存在しないからだ。

 

 いわゆるDPS――単位時間あたりにどれだけのダメージを敵に与えられるかという概念だが、メリエルが習得している攻撃系の種族スキルは発動に時間が掛かる上、何回も使えるものではない。

 単発火力としてみた場合は優秀であるので、使いどころは多いといえば多いが、それでもDPSを追求すると使わなくなるものであった。

 

「さて、帰りましょうか。今夜は王都に行かないといけないし」

 

 



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世界で一番不幸な男と幸運な男

 

 

 

「んっ……もう、メリエル様ったら……」

 

 ヒルマは口では弱く拒みながらも、身体をメリエルに押し付ける。

 

 転移で向かうのも風情がない、ということでわざわざ馬車を用意しての移動であるが、風情云々とかいう前に、単にメリエルがヒルマといちゃつく為にこうしたのではないか、とクレマンティーヌは目の前で乳繰り合っている2人を見て思う。

 

 4人掛けの馬車であったが、メリエルとヒルマとクレマンティーヌしか乗っていない。

 御者にはヒルマが手配したザックとかいう男だ。

 

「で、何で私まで?」

 

 クレマンティーヌは構ってもらえないことに拗ねながらも、問いかける。

 彼女としては目の前でヒルマが抱かれようが、慣れたものであった。

 

「強くなったっていう実感をしてもらいたくてね。六腕のゼロとかいう奴は、アダマンタイト級らしいわよ」

「それは確かに聞いたことがあるけどさー、デスナイトとかと戦ってるとねー」

 

 クレマンティーヌはあんまり乗り気ではない。

 そもそもからして、ナザリックで戦ってた方が効率が良いというのもある。

 

「じゃあ言い方を変えるわ。自分が強いと思っている奴を圧倒的な力で、ぶちのめして、絶望した顔を見たいって思わない?」

 

 あん、とヒルマが喘いだ。

 メリエルの手がヒルマの弱点を触ったらしい。

 

「それ、見たいかな。さすがはメリエル様」

 

 獰猛な笑みを浮かべて、唇を舐めるクレマンティーヌ。

 その仕草にメリエルは彼女を手招きする。

 

「あはっ、もう横に女がいるのに、私まで欲しいの?」

「私は欲張りだからね。欲しいものは欲しい」

「ま、私も、好きだからねーただ、もうそろそろ到着みたい」

 

 馬車の速度が少しずつ落ちているのをクレマンティーヌは感じ取り、そう告げる。

 

「残念ね。まあ、帰ったら、ゆっくりやりましょうか。20分以内に処理しましょう」

「メリエル様にしては随分とゆっくりだこと。2分でいけるよー」

 

 クレマンティーヌはそう言って、三日月のように口元に笑みを作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒルマ、ようやく出てきたと思ったら……連れてきたのか」

 

 八本指のまとめ役である男がそう告げた。

 彼以外にも各部門の長がヒルマに対して剣呑な視線を向けている。

 コッコドールだけは例外だ。

 彼は手元に置いた書類に視線を落としている。

 全く興味がない、と言わんばかりに。

 

「あら、連れてきてはいけない、とそう聞いてはいないのだけど」

 

 ヒルマはそう言いながら、メリエルに抱きついてみせる。

 

「おい、ヒルマ。口には気をつけた方がいいぞ。ここには六腕が全員、揃っているからな」

 ゼロは闘志を漲らせながら、そう告げた。

 

 広い室内には確かに各部門の長を警備するかのように、ゼロ以外の面々も揃っている。

 

「それはそちら側にも言えることではなくて? まあ、それはいいとして、率直に告げましょう」

 

 ヒルマはそう言って、各部門の長達を見回す。

 そして、告げる。

 

「八本指は今このときから、メリエル様のモノにしたいわ。そうすればあなた達は誰も苦痛を味わうことがないと思うから」

 

 ヒルマの言葉に失笑があちこちから出た。

 

「ヒルマ、ついに頭が麻薬でやられたようだな」

「メリエルとやら。その麻薬中毒の女はくれてやるから、さっさと帰りな。痛い目には遭いたくないだろう?」

 

 そんな返事だった。

 ヒルマは軽く溜息を吐く。

 

 無知とはこうまで愚かなものか、と彼女は呆れるばかりだった。

 

「メリエル様、説得は失敗したわ。可哀想な話であるけれど」

 

 ヒルマの言葉に部門長達からさらなる笑いが巻き起こる。

 

「なるほど、対話がダメなら力でどうこうするしかないわね」

「ほう、お前が俺達の相手をするのか? それとも後ろにいる女剣士か? 2人まとめてでも構わないぞ」

 

 ゼロの言葉にメリエルはただ告げる。

 

「クレマンティーヌ、私の愛しい猟犬よ。殺せ」

 

 命令を受けるや否や、クレマンティーヌは武技を同時に複数発動させ、メリエルとヒルマの横を駆け抜ける。

 

 彼女の狙いは唯一つ。

 

 肉を貫く音が響く。

 

「な、に?」

 

 ゼロは視線を下げた。

 そこには分厚い胸板を物ともせず、正確に心臓にスティレットでもってクレマンティーヌが刺し貫いていた。

 

「はじめましてー、私、元漆黒聖典第九席次のクレマンティーヌ。今はメリエル様の猟犬をやっているの」

 

 ゼロの顔が驚愕に染まる。

 

「つーわけで、死ねよ」

 

 クレマンティーヌは嘲笑を浮かべながら、2本目のスティレットを鞘から抜いて、そのまま勢いをつけて、ゼロの額に突き刺した。

 

「メリエル様、つまんなーい。コイツ弱すぎて」

 

 クレマンティーヌはそう言いながら、スティレットを抜くと、近くにいたマルムヴィストがレイピアを構えていた。

 他の面々もクレマンティーヌを取り囲むような位置取りをしている。

 

「マルムヴィスト、だっけ? あんた」

「知っているとは光栄だな」

「刺突に関しては王国最高らしいねー」

 

 だから、とクレマンティーヌは狂ったような笑みをみせる。

 

「このクレマンティーヌ様が本当の刺突ってもんを教えてやるよ!」

 

 一瞬で四つん這いになり、そのまま床を蹴った。

 蹴った床はあまりの力に砕け散り、クレマンティーヌは疾風のように跳ぶ。

 

 マルムヴィストは驚愕した表情のまま、その額にスティレットが突き刺さった。

 

「はい2匹目。弱いねー、あんたら。蟻を殺してるみたい」

 

 けらけら笑うクレマンティーヌ。

 

「お、おい、こいつの命が欲しければ武器を捨てろ!」

 

 サキュロントはそう叫んだ。

 クレマンティーヌは思わずに顔を手で覆った。

 

 サキュロントが人質としている相手、それはメリエルだった。

 

「あんたさ、よりによって、どうしてその人を選んじゃうかなー」

 

 なんかもうクレマンティーヌはサキュロントが可哀想になってしまった。

 

「こ、この女はお前の飼い主なんだろ!? だからこいつの命をお前は優先するだろ!?」

「いや、普通はそう思うけどさ、私はその人に負けたんだけど」

「……え?」

 

 サキュロントは恐る恐るに片腕で押さえているメリエルへと視線を向けた。

 メリエルが深く溜息を吐き、押さえつけているサキュロントの腕をおもむろに掴んだ。

 

 そして、力任せにねじり切った。

 

 サキュロントの絶叫と共に鮮血が吹き出し、彼は床を転げ回る。

 転げ回る彼の体をメリエルは片足で踏みつけて、そのままもう一方の足でその頭を思いっきり蹴り飛ばした。

 

 衝撃に頭は砕け散った。

 

 返り血がかかり、服が汚れたメリエルは思いっきり顔を顰める。

 

 それだけでクレマンティーヌとヒルマにはメリエルの機嫌が急降下したのが理解できた。

 

「もう面倒くさくなったわ」

 

 そう宣言したメリエルが魔法を唱えれば、3人を除いて内部からその体が砕け散った。

 

 残った3人は目的であった踊り子、エドストレーム。

 そしてモモンガから要請されていたエルダーリッチ、デイバーノック。

 最後は勿論――

 

「メリエル様、また奴隷を買ってくれないかしら? 良い女が手に入ったわ。それと、娼館もまた来てね」

 

 コッコドールだった。

 彼にはヒルマから事前にこのようになる、と知らされていたのだ。

 メリエルとしてもコッコドールには死んでもらっては困る為に当然の措置だ。

 

 彼の娼館や奴隷販売にはかなりお世話になっているが為に。

 

「というか、メリエル様。何であっさり捕まっているのよー?」

「ついうっかり。どう頑張っても私を殺せないから……危険を察知する能力ってやつが落ちているのよね」

「それで返り血浴びてたら、世話ないと思うけど」

「あとでクレマンティーヌとヒルマで洗って」

 

 メリエルはそう返しながら、エドストレームの前へ。

 彼女は恐怖で顔を歪めて、体を震わせている。

 

「何で殺されていないか、理解できるかしら?」

「わ、私の体が欲しいから……?」

 

 女を侍らせているならば、とエドストレームは震える声でそう問いかけた。

 

「それもあるけど、あなた、踊り子なんだって? 私専属の踊り子になってほしいのよ」

 

 ダメかしら、と問いかけるとエドストレームは一も二もなくメリエルの元へと行くことを承諾する。

 拒否するという選択肢は彼女には存在しない。

 

「ありがとう。勿論、色々と厚遇するから。それでデイバーノックだけど、私の友人があなたに興味を持ってね」

「そ、そうなのですか……?」

 

 デイバーノックもまた震える声で問いかけた。

 先程、メリエルが使った魔法、それはデイバーノックですらも知らぬ魔法であり、知識欲が大いに刺激された。

 しかし、それでも身の危険と隣合わせであることは変わりない。

 

「そうよ。というわけで、あなたは私の友人のところに送るから。ま、悪い環境じゃないと思うわ」

 

 メリエルはそう告げて、時計を見る。

 

「お喋りとかしていたから、掛かった時間は10分くらいだったわね。あとはシモベ達に任せましょう」

 

 今、死んでいる八本指や六腕の面々は生き返ることになる。

 そして、ニューロニストによる教育を受けて、彼らは心からナザリックに尽くすようになる予定だ。

 

「メリエル様、エドストレームに関しては私が色々教えておくわ」

「頼んだわよ、ヒルマ。それじゃ、一足先に帰りましょうか、エドストレームとかも連れて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とんでもねぇものを見ちまった」

 

 ザックはそこらのチンピラだった。

 特に力があるわけでもなく、頭がよく回るわけでもない。

 勿論、特別な人脈があるというわけでもない。

 だからこそ、彼は臆病であり、危険を察知する能力は知らず知らずのうちに身についていた。

 

 帰りは馬車は使わないとヒルマに言われていたので、彼の仕事は既に終わっている。

 送り届けたら、帰っても良かったのだが、一応最低限に終わるまでは待っていようと彼が気を回した為だ。

 もしかしたら、万が一、その礼儀正しい態度が気に入られて何かしらの甘い汁を吸えるかもしれない、という僅かな可能性があるならば当然だった。

 

 屋敷から出てきたヒルマ達と入れ替わるように、悪魔達が何体も現れて、メリエルに対して深々と頭を下げてから屋敷の中へと入っていったのを彼は見た。

 

 それだけでザックには理解ができた。

 いや、むしろ、ヒルマがメリエルに、媚を売っているのを見て、薄々とは感じていたが、悪魔達の態度を見て確信した。

 

 同時に、もしかしたら、とザックはある予想がついてしまう。

 

 蒼の薔薇の一件だ。 

 

 メリエルと名乗っていた女神のような女が、もし、蒼の薔薇の女達を手に入れる為に悪魔を使って一芝居打ったのでは――?

  

 ザックは臆病なチンピラだ。

 元々は農民だったが、奪われるのに嫌気がさして、王国と帝国の3度目の戦争の後に支給された武具を持って逃げ出した。

 傭兵団に拾われたが、それも彼がエ・ランテルで誘拐する獲物を見つける為に情報収集をしていたら、いつの間にか壊滅していた。

 そして、仕方なく、王都にやってきて、今に至っている。 

 

 そんな彼だからこそ、浮かび上がった考えだ。

 

 もし自分がとてつもない力、それこそ悪魔を従える程の力を持っていたならば、と想像する。

 蒼の薔薇の女達が自分のモノになると考えれば、どれだけ労力を払っても、手に入れるだろう、と。

 

 王都では処刑が決まったラキュース達が処刑前日に忽然と消え失せて、大騒ぎになった。

 その後にヤルダバオトが再度昼時の広場に現れ、我々悪魔が責任を持って始末した、と言ってきた。

 そして、とんでもない発言をヤルダバオトは残していった。

 

 我々の人類絶滅計画にとって、極めて邪魔な蒼の薔薇を始末できました。王国の皆様のご協力に感謝し、苦痛なく殺すことを約束しましょう、と。

 それだけに飽き足らず、朱の雫やアインドラ家及びその血縁関係を襲ったのも全部自分によるものだ、とまで盛大にバラしていった。

 

 これによって悪魔の罠であったことに、ようやくに気がついた、という何とも間抜けっぷりだ。

 

 悪魔の話をそのまま鵜呑みにするのが、どれだけ愚かなことか、ザックですら理解できるのに信じ込んだ連中は馬鹿だろう、と思ったものだ。

 もし、当時、広場にいたならその馬鹿な連中と同じように信じ込んでしまった可能性については勿論、ザックは考慮しない。

 

 

 

 所詮は妄想だ、とザックは頭を振る。

 

 確かに自分ならばそうする。

 蒼の薔薇など歯牙にもかけない力があったなら、そうするだろう、と。

 

 

「ほう、中々、使える人材が意外なところにいたようですね。八本指と六腕の検分に来ただけだったのですが……」

 

 後ろから聞こえた声にザックは思わず振り返る。

 スーツ姿の男が立っていた。

 だが、ひと目で人間ではないことが理解できた。

 

 瞳のあるべきところには宝石が、何よりも尻尾が生えていた。

 

「だが、見たところ、何の力も知恵もなく、ただ臆病だからこそ、出てきた発想というようですね」

 

 それでザックは目の前の化け物が自分が考えたことを見抜かれていることに気がつく。

 戦うという選択肢はない。

 逃げたところですぐに追いつかれて殺されるのがオチだ。

 命乞いをしたところで、化け物にそんなものは意味がないだろう。

 

 こんなところで、俺は死ぬのか――

 

 諦めがザックの感情を支配しそうになるが、どうせ殺されるなら、男の意地の一つでも見せたほうがマシだと彼は思いついた。

 せめて最後に強そうな化け物相手にカッコつけて、死ぬなら、チンピラにしては上出来だ、と。

 

「メリエル様とやらが、蒼の薔薇を手に入れる為にお前達と手を組んで、一芝居打ったのか?」

 

 震える体を抑えつけ、何とか平静を保った声を絞り出す。

 その様子に化け物は正解だとばかりに笑みを浮かべる。

 

「あの御方は蒼の薔薇をペットとして欲されましたので」

 

 その口ぶりから、どうやら手を組んだのではないことをザックは理解した。

 

「手を組んだっていうのは間違いだった。メリエル様はお前達よりも上位の存在なんだな」

「ほう、そこまで思い至りましたか。火事場の馬鹿力……いえ、この場合は閃きとでも言うべきものでしょうか」

 

 化け物の言葉にザックは違いない、と笑いながら、告げる。

 

「メリエル様に伝えてくれ。良い趣味をしている、と」

 

 ザックは両目を閉じた。

 化け物相手にここまで言えれば上出来だ、と。

 

 

 しかし、いつまで経ってもザックが思っていたような痛みはこなかった。

 代わりにきたのは化け物からの提案だった。

 

「死ぬ覚悟ができたところで誠に申し訳ないのですが……どうですか? 仕事をしませんか?」

 

 思わずザックは目を開けた。

 

「仕事って、何だ? 俺は何にもないぞ」

「ええ、構いません。お任せしたいのは集めた情報をあなたの視点から見て、どういう予想ができるかというものですよ」

「俺は文字の読み書きもできねぇぞ。計算だって無理だ」

「教育します。無論、仕事の期間もあなたが死ぬまでで、衣食住完備、給料は毎月金貨30枚といったところでどうでしょうか?」

「素晴らしい待遇だが……なんで俺なんだ?」

 

 問いに化け物は答える。

 

「我々にはあなたのような、矮小で臆病な人間の視点が欠けています。時として、そのような存在は臆病さ故に、真実に辿り着くことがある……先程、私はあなたに教えて頂いたので」

 

 何だか知らないが、ザックは自分が化け物に過大評価されたことが理解できた。

 偶然であったのだろうが、マトモな就職先――チンピラに比べればもっとヤバそうではあったが――それでもカネが手に入るのは嬉しいことだ。

 

「そいつはどうも……ところで、一つ聞きたいことがあるんだ」

 

 ザックの問いに化け物は「何なりと」と答える。

 

「女を知らないか? おそらく、娼婦で……リリアという名前で、茶髪の」

 

 藁にもすがる思いで、問いかけたザックに対し、化け物は――

 

「ああ、知っていますよ。メリエル様のペットにいます」

 

 あっさりと告げられた。

 ザックは呆気に取られたが、ペットとはどういう扱いを受けるものなのか、と疑問に思い、問いかける。

 

「そのペットっていうのはどういう待遇なんだ?」

「メリエル様のお傍に侍ることが許され、また永遠の若さと命を与えられ、一切の不安や恐怖なく、メリエル様に愛でられるという立場ですね。あれは我々からすると血の涙を流してしまいたいくらいに、羨ましい」

 

 悔しがる化け物に対して、ザックはかつてない程に穏やかな気持ちとなる。

 

 妹が生きていた――

 

 それだけで彼は良かったのだ。

 

「分かった。仕事を受けよう。ただ、妹に一目で良いから会わせて欲しい」

「メリエル様は大変慈悲深い御方ですから、大丈夫ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリア、どうかしたの?」

 

 メリエルはナザリックに戻り、お風呂に入った後に適当にペット達と戯れていた。

 既にクレマンティーヌは寝息を立ており、メリエルの相手をしているのは茶色の髪を長く伸ばした高級娼婦のリリアだった。

 

 奴隷売買がラナーによって禁止される前に奴隷として売られ、娼婦になって、当時はまだ高級娼婦をやっていたヒルマと知り合い、彼女の手ほどきで高級娼婦にまで登りつめた女性だ。

 

 そんな彼女はメリエルに奉仕している動きが止まって、何となく顔を上げた為、メリエルが声を掛けたのだ。

 

「何だか、良いことが起きそうな気がして」

 

 そう言いながらも、再度、顔を戻して、奉仕を再開する。

 

「虫の知らせってやつね。意外と当たるものよ、それ」

 

 メリエルはそう言いながら、エドストレームについて、思いを馳せる。

 お風呂の後、ヒルマはエドストレームの教育に入った為にここにはいない。

 教育とはいっても、ナザリックでの諸々を教えたりするだけで、何時間も掛かるものではない。 

 

 踊り子が無事に手に入って、メリエルはご機嫌だった。

 

 

 



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実は嘘、バレていました

 

 

「進捗は順調ね」

 

 メリエルは自身の居住区内にある執務室にて、上がってきた報告書を見ながら、そう呟いた。

 

 

 デミウルゴス牧場の一角に設けられた、メリエル専用のペット養成所のことだ。

 ペスペア侯夫人である第一王女、そして未婚の第二王女。

 その2人は既にニューロニストにより、聖王国の3人と同じことになっている。

 

 すなわち、ニューロニストが植え付けた卵が孵化し、完全に支配している状態だ。

 日中はこれまでと変わらぬよう過ごし、2人は夜になるとペット養成所にて、王家の血を絶やさないという重大な仕事に就いている。

 

 ヒルマがかつて言っていたパーティーとはその計画の一部であり、要は貴族の女達を丸ごと支配しよう計画だ。

 とはいえ、諸々のメリエルのワガママや帝国側からもたらされた正確な侵攻日時を考慮して、そのパーティーはカッツェ平野で王国軍を打ち破り、王都を落とした後にまでズレ込んでいる。

 

 帝国の侵攻まであと少し。

 王国も気づき、動員を掛けている。

 予想では25万程度を王国は徴兵によって動員するとのことだ。

 

 対する帝国軍は6万。

 純粋に数で考えれば帝国軍は負ける。

 だが、練度でもって圧倒的に帝国軍は王国軍に対して優越している。

 

 そんな帝国の皇帝、ジルクニフからは戦闘などには疎い、民衆にも分かりやすいように圧倒的な力を示して欲しい、という要請がきていた。

 元々、そういった圧勝してはどうかと以前にモモンガとの会話の中で彼女は言った。

 

 だからこそ、メリエルにとって、それは待ってました、と言わんばかりのものであり、こんなこともあろうかと色々作り貯めてきた甲斐があったというもの。

 

 

 そして、他にもメリエルが作成したホムンクルス――シンシアによる商会の方も無事に各地に設立され、着々と計画は進んでいる。

 

「戦争前に、私もペット養成所の現地視察、行っちゃうかなー、どうしようかなー」

 

 メリエルはそう言いながら、ふとモモンガのことが頭を過る。

 近日中にモモンガと共にカッツェ平野に赴いて、盛大に王国に対する宣戦布告を実施するのだ。

 どうせなら守護者達全員を連れて、間近でどんな戦いをするか、見せてやろうというメリエルの提案をモモンガは承諾し、2人のお供に守護者全員と戦闘メイド達ということになった。

 ナザリックの警備は手薄になるが、現状の情勢を考えれば問題はない、と判断がされている。 

 

 ところで、最近、メリエルにとってモモンガとは、この世でもっとも苦手な相手だ。

 

「あの童貞め、何なの? ねぇ、何なの!」

 

 バカップルっぷりをこれでもかとメリエルに見せつけてきているのだ。

 公私は分けているのがせめてもの救いであったが、メリエルがいる場でも用事が済んだらこれでもかと見せつけてくるのだ。

 まだ童貞ではあると彼女は予想していたが、それを失うのもこの分では時間の問題だと確信していた。

 

 

 ふふふ、メリエルさん。どうしたんですか、そんな砂糖を吐きそうな顔をして?

 メリエル様、ボクとモモンガ様はとても幸せです――

 

 

 脳裏に思い出される言葉と表情。

 モモンガは表情というか、雰囲気や声色から判断するに、からかい半分ではあったが、幸せであるのは確かで、ユリはからかいなどはなく、幸せだということを示す満面の笑み。

 

 

 どん、とメリエルは両手で机を叩いた。

 真っ二つに割れなかったのは幸運だった。

 

 更に思い出されるのは漆黒のモモンとして活動するにあたり、ナザリックから出るのを目撃してしまったときだ。

 会社に行く夫を送り出す妻そのもの反応で――さすがにキスなどはしていなかったが――メリエルはうっかり、世界灼き尽くす崩壊の一撃(ワールドコラプス)を叩き込みたくなった。

 

 送り出していた場所が第一階層であった為、シャルティアも居合わせたのが幸いだった。

 レーヴァテインを抜いて、魔力を滾らせるメリエルに慌ててシャルティアが後ろからメリエルを羽交い締めにして、押さえ込んで、どうにか収まったのだ。

 

 こういうバカップルになるとはさすがのメリエルも予想はできなかった。

 もっと慎ましく、こっそりと、それこそ純情な学生同士の恋愛みたいな感じに2人の性格から落ち着くのでは、とメリエルが予想していたのだが、それは大きくハズレた形だ。

 

「戦争終わったら、2人だけで好きに過ごしてもらおう。そうすれば、私の精神にとても良い」

 

 メリエルとてアルベドなりペット達なりとイチャイチャすればいいのだが、どうにも不純なものがたくさん混ざってしまう為、いわゆる普通の恋人同士のイチャイチャというのができないのだ。

 

 十中八九、イチャイチャからベッドへ、という流れになってしまう。

 

 メリエルがお願いすれば、そういう流れにはならないだろうが、わざわざそこまでして普通の恋人みたいな振る舞いをするのも、なんとなくイヤなのである。

 彼女はとてもワガママだった。

 

 そんなメリエルが考え出したのが、適当な理由をつけて、モモンガとユリを通常業務から切り離して、2人だけで存分にイチャイチャしてもらう。

 そして、メリエル自身は2人を見ないようにする為に、別の場所で仕事をする。

 

 勿論、仕事をスムーズに進める為にアルベドとパンドラズ・アクターとデミウルゴスとその他必要なシモベの指揮権とモモンガが持っている決済権を一時的に貸してもらう。

 ナザリックの警備なんぞ、モモンガがいれば大丈夫だ。

 

 これにより、モモンガとユリを完全に切り離した上で、メリエルは仕事に没頭できるという寸法だ。

 

 

「これで砂糖を吐かなくて済むわ」

 

 メリエルは良い案が思いついた、と機嫌が良くなり、鼻歌でも歌おうかと思った。

 ソリュシャンがナーベラルとルプスレギナを連れて、メリエルの執務室に現れたのはそんなときだった。

 

 

「珍しいわね」

 

 ソリュシャンか、あるいはルプスレギナは特に珍しくもない。

 だが、普段はモモンと行動を共にしており、たまにしか帰ってこないナーベラルまでもがいる。

 

 ナーベラルといえばカルネ村での一件の後、死んで詫びるような勢いで謝られたな、とメリエルは思い出しながら、いったい何の用事だろう、と首を傾げる。

 

 3人は一斉にメリエルの前で平伏した。

 

「メリエル様、今回はご質問があり、参りました」

 

 ソリュシャンが顔を下げたまま、そう言った。

 珍しい、とメリエルは再度、呟いた。

 

「メリエル様、ヘロヘロ様はなぜ、最後、私に会いに来てくださらなかったのですか?」

 

 ソリュシャンは顔を上げて、そう問いかけた。

 表情は真剣なもので、一切の虚偽を許さないとその瞳が告げていた。

 

 メリエルは、その言葉をすぐに理解することができなかった。

 確かに、言葉は聞こえていた。

 

 だが、頭がそれを認識するのに時間を要したのだ。

 

 ソリュシャンの質問に続き、今度はナーベラルが顔を上げて、問いかける。

 ソリュシャンと同じく、虚偽は許さないという意志が瞳に宿っていた。

 

「なぜ、弐式炎雷様はいつの間にか、消えてしまわれたのですか?」

 

 これはやばい、とメリエルは直感する。

 

「メリエル様、慈悲深い御方。私達がもっとも少ない傷で済むように、当時、あのように言ってくださられたのですね」

 

 ルプスレギナは顔を上げ、聖女のような慈しみに満ちた表情で告げた。

 

 あ、やっべ、これバレてる――

 

 メリエルは天井を仰いだ。

 シャンデリアが目についた。

 

 そのまま、モモンガに伝言にて連絡しようとするが、繋がらず、妨害されていることに気がついた。

 

 まじかよ、とメリエルは頭を抱えそうになった。

 

伝言(メッセージ)のみですが、妨害してあります。メリエル様のお口から、真実を聞きたいので」

 

 ソリュシャンの言葉にメリエルは深く息を吐きだした。

 打つ手なしだった。

 

 無論、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによって逃げることは可能だ。

 だが、それはいくらなんでも不誠実に過ぎる。

 

「何で分かったの?」

「実は……メリエル様の御言葉から程なくして……最後に目撃された各々の創造主や至高の御方々の情報や言動を統合しますと、それが嘘であると判明しました」

 

 もしかしなくても、ユグドラシル時代の記憶がNPCにはあるような口ぶりに、メリエルは脱力した。

 それなら嘘であることなど、容易く見破れるだろう。

 

「……聞くと、壊れるわよ?」

 

 メリエルはソリュシャン達に問いかけた。

 

「覚悟はできています」

 

 ソリュシャンが告げた。

 他の2人も同じ意志であるらしく、異論はない。

 ならば、とメリエルは告げる。

 

「ヘロヘロはリアルでの仕事ね。あなた達が存在する世界とはまた別の世界、リアルでの仕事により、彼は徐々にナザリックから足が遠のいた。最後の最後に彼は来てくれたけど、彼にとってナザリックはもう昔の思い出の一つになっていたわ」

 

 ソリュシャンは意味を正確に理解した。

 しかし、彼女は小さく、ありがとうございます、と言って顔を俯かせた。

 

「弐式炎雷は仕事かどうかは分からないけど、似たような感じね。徐々に来なくなっていった。ルプスレギナのほうも同じ感じ……基本的に、みんなそうだと思ってくれていいわ」

 

 ナーベラルもルプスレギナもソリュシャンと同じく顔を俯かせてしまう。

 泣き声の一つ、嗚咽すらも漏らさない3人にメリエルは静かに見守る。

 

 5分程、その様子を見守っていたメリエルに対して、ナーベラルが問いかける。

 

「……そうなってしまった理由は、何でしょうか?」

 

 蚊の鳴くような声だった。

 

「飽きた、というのが最も大きな理由でしょう。ナザリックに、そしてナザリックがあった世界全てに対して」

 

 メリエルは真実を告げた。

 今度こそ、嗚咽が聞こえてきた。

 

 メリエルは静かに、3人がある程度落ち着くまで見守る。

 

 10分か、20分か、それとも1時間か、メリエルはただずっと3人を見守っていた。

 

 やがて、時間差は多少あれども、3人の嗚咽が止まり、それぞれがゆっくりと顔を上げた。

 迷子の子供のような、不安に満ちた表情だった。

 その顔には涙の流れた跡があった。

 

「メリエル様、私達を、どうか捨てないでください」

 

 ソリュシャンの言葉に、メリエルの答えなど決まっている。

 

「捨てるわけがないわ。あなた達からすれば捨てられたという認識なのだから、あなた達の所有者はいない。それなら、これからは私があなた達の所有者になるから」

 

 メリエルはそう宣言する。

 心の中で各々の創造主であり、仲間であったギルドメンバーに謝りつつ、アカウントまで消して引退したんだから、構わないわよね、と思いながら。

 

 そして、彼女は更に言葉を続ける。

 

「新しい所有者である私の最初にして絶対の命令よ。あなた達が勝手に死ぬこともいなくなることも、私は許さない。あなた達の全ては私のもの。永遠に、その魂から肉体、精神の全てをもって仕えなさい。もし他にこのことで悩んでいるものがいるなら、そう伝えなさい」

 

 ソリュシャン達は歓喜に打ち震えた。

 

 拾われた、必要としてくれた、永遠に仕えろと言われた――

 更には他のシモベに対する気遣いまで見せてくれた――

 

「ありがとう、ございます……!」

 

 流れる涙は嬉しさのあまりに。

 3人は声を揃えて感謝の言葉を述べた。

 

 メリエルはうんうんと頷いて、問いかける。

 

「ところで、何でこのタイミングで? しかも他の姉妹は? あ、それとモモンガにも変わらない忠誠を尽くしてね」

「ユリ姉様がモモンガ様とご婚約されたので。無論、モモンガ様にも変わらぬ忠誠を誓います」

「エンちゃんとシズちゃんにはまだ早いです」

 

 ソリュシャンとルプスレギナの回答だったが、モモンガに対する忠誠以外は答えになっていないようにメリエルは思えた。

 

「……その、メリエル様。モモンガ様とユリ姉様のご婚約ということで、この際、私達は不安を取り除いておきたかったのです。エントマとシズは、真実を知ったときの衝撃があまりに大きい為、今回、おりません」

 

 ナーベラルの答えにメリエルはようやく納得がいった。

 

「それと、ユリ姉が羨ましいのもあります。モモンガ様は私達の見立てでは一途ですので」

 

 ルプスレギナがそう告げた。

 あのバカップルぷりでは、とても側室がどうとか、そういうことに発展しないだろう。

 それこそ女側から無理矢理に関係を持たなければ。

 

 そして、シモベ達の中にあのラブラブな具合を見せつけられて、そこまで強行手段を取れる輩は存在しないだろう。

 

「なるほどね。理解できたわ。確かに、アレは無理だ」

 

 メリエルもまた同意するしかなかった。

 そして、彼女はソリュシャン達が退室するや否や、すぐにモモンガへと連絡を取る。

 

 バカップルっぷりを見せつけられるのはイヤだが、それでも目の前の問題を放置するほど、メリエルは愚かではなかった。

 

『モモンガ、最初に守護者達に言った嘘、バレてる』

『ファッ!? マジですか!?』

『マジよ。今さっき、私のところにソリュシャン、ルプスレギナ、ナーベラルが来て、そう言った』

『とりあえず、会いましょう。今すぐそっちに向かいます』

 

 モモンガとのやり取りは一瞬途切れるが、すぐに彼はメリエルの目の前に転移してきた。

 

「で、どう言われたんですか?」

「ユグドラシル時代の記憶があるっぽいようで、シモベ達の証言を突き合わせた結果だそうよ。ただ自分達が傷つかないようにって感じの優しい嘘と好意的に解釈してくれたみたい」

「マジですか……」

 

 モモンガは天井を仰いだ。

 ついさっきのメリエルと全く同じ行動だった。

 

「捨てられたって言ってたから、それなら私が新しい所有者になるって言っといた。他にもそう思った奴がいたら、私の言ったことを伝えなさいって言っておいた」

「ナイスプレーです。しかし、嘘がバレていたということは、どの段階からにもよりますが……問題など起きてないですよね?」

「特には何も」

 

 メリエルの言葉にモモンガもまた頷く。

 彼の知る限りでも、嘘がバレたことによる問題は起きていない。

 当初から今に至るまで、シモベ達の忠誠心は限界を突破していた。

 

「もしかして、最初から素直に言っても問題はなかったかも」

「……ですね。とはいえ、当時は何も分からなかったですし、仕方ないですよ」

 

 メリエルの言葉に、そう返すモモンガ。

 

「まあ、苦労が減ったと喜びましょうか」

「ええ、そうですとも」

 

 メリエルとモモンガは特に問題はない、と結論づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソリュシャン達がメリエルの部屋――という名の居住区から出ると、そこにはアルベドが待っていた。

 

「どうだったかしら……って、聞くまでもなさそうね」

 

 アルベドは不安など一切ない、満ち足りた表情の3人を見て、微笑みながらそう告げた。

 

「あなた達はメリエル様に絶対の忠誠を捧げなさい。メイドとしてではない、女としてのものも、それには含まれているわ。そして、私はそれを許します」

 

 喜びを抑えながら、プレアデスの3人は頭を下げる。

 アルベドが仕事に戻りなさい、と告げ、3人が離れたのを見送ると、メリエルの部屋へと通じる扉へ愛おしそうに、しかし不安そうな視線を向ける。

 

「あなたもいつか、離れてしまうのですか?」

 

 蚊の鳴くような声で、アルベドは扉へと問いかけた。

 しかし、当然、その返事はない。

 

 

 デミウルゴスからアルベドは聞いていた。

 モモンガ様が幸せにならなければ、ナザリックは幸せにならない、と。

 

 モモンガの幸せというものには当然、メリエルがナザリックにいることも含まれている。

 しかし、メリエルは強さを求めて、自分よりも強い奴を探しに行く、と出ていってしまうのではないか、という不安がアルベドやデミウルゴスにはあった。

 

 モモンガはメリエルがそう言い出したら、きっと心を殺して笑顔で見送るだろうことは想像に難くはなかった。

 

 だからこそ、メリエルをナザリックに縛り付ける為の鎖。

 とはいえ、鎖となる者には――アルベド自身も含めて――メリエルとそういう関係になれるのならば、幸せだと心から思える者ばかりだ。

 

 好意を持って接する輩――特に女性――をメリエルが捨てられないのは明白だ。

 慈悲深いが故に、切り捨てられない。

 

 鎖となる者は増える。

 その鎖はメリエルが引きちぎろうと思えば、容易に引きちぎることはできる。

 

 そして、そのような状態こそが、もっとも束縛の効果が高い。

 いつでも引きちぎられるのだから、別に今でなくても良い、とそう思わせるのだ。

 

「しかし、メリエル様って意外と嘘が下手……いえ、ナザリックの者には嘘をつきたくないけど、どうしてもつかないといかない……そういうお気持ちで、個々人の証言を突き合わせれば容易く見破ることができる程度に抑えたのかしらね?」

 

 宇宙的な脅威云々と色々言っていたメリエルだが、そもそもアルベドに会いに来た創造主たるタブラはそんなことは言っていない。

 

 アルベドにとって、その記憶はお隠れになられた創造主が会いに来たという嬉しさよりも、むしろ、正反対の感情が湧き上がるものだ。

 

 色々と見て回ったのか、最後にアルベドのいた玉座の間にきたタブラは昔のアルバムでも見つたかのような口ぶりで、しかしそれは独り言だったのだろう。

 

 モモンガさんもメリエルさんも、まだ変わらずにやっていたのか――

 よく飽きないものだ――

 

 アルベドだけが知っている、その言葉。

 当然モモンガとメリエルには伝えてはいない。

 

 そう言って、タブラは「どうせ最後だから」と言いながら、持ってきた真なる無(ギンヌンガガプ)をアルベドに渡して、消えていった。

 

 アルベドは湧き上がる感情を理性でもって押し込める。

 

「……他の、シモベ達が聞いたものと大して変わりはなかった」

 

 最後に目撃されたときの至高の御方の言動、あるいは各々の創造主の言動。

 

 一部の例外を除いて、飽きた、つまらない、とそういうネガティブなものばかりであった。

 

 何も言わずに消えてしまえば良いものを、なぜ、わざわざそんな言葉を一般メイド達や守護者、あるいは他のシモベの前で、至高の御方同士の会話で出されるのか。

 

 我々が聞いていないとでも思っていたのか。

 

 そういう言葉を言った至高の御方から、徐々に来られることがなくなり、やがてお隠れになった。

 

 そして、残ったのはたった2人。

 

「最後まで、残ってくれた愛しい愛しい御二人。他の御方も愛せと仰られましたから、愛しましょう。そこらの虫に向ける程度には愛情を向けましょう」

 

 ナザリックのシモベなら、残られた御二人に、そうするのが当然だ、とアルベドは思う。

 そして、彼女は告げる。

 

「……メリエル様、今はまだ我慢します。ですが、一段落したら、女として、あなたにお伝えしますね」

 

 アルベドは愛しげに扉を見つめ、やがてその場を離れた。

 

 

 



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レッドコート

 

 

「壮観だな」

 

 ジルクニフは自らの軍勢をそう短く評価した。

 表向きには毎年恒例の小競り合いとしているが、基本的に彼が戦場に来ることはない。

 

 それだけで、騎士達は理解できるだろう。

 帝国が本気で王国に攻め込むのだ、と。 

 

 整然と隊列を組み、旗手が各々の部隊の旗を高らかに掲げている。

 

 ジルクニフの周囲にはかつては帝国四騎士と呼ばれ――今では帝国三騎士と呼ばれるようになった3人が護衛としている。

 

 それだけではない。

 

「陛下、私は非常に楽しみですぞ」

 

 弟子達を引き連れた――当初こそ違和感があったものの、今ではどうにか無くなった――若返ったフールーダもいる。

 あれから魔法の研究成果はそれなりに進捗があったらしいが、報告にやってくるフールーダは専門用語を嬉々として羅列し、ジルクニフは早々に詳しく理解するのを諦めた。

 

 亜人との国境地帯や、国内の治安維持などに残してきた部隊を除けば、ここにいるのは帝国の全戦力と言っても過言ではない。

 もし万が一、ここにいる戦力を全て喪失したならば、帝国は無条件降伏するしかなくなるだろう。

 

 そして、ジルクニフにとっては忸怩たる思いがある。

 

「これだけの戦力を引き連れてきたが、我々に出番はないだろう」

「陛下、それは言いっこなしですぜ」

 

 バジウッドの言葉にジルクニフは苦笑する。

 

「観客として楽しみましょうや。それだけのものを向こうは出してくるだろうし。そうすりゃ、他の連中も納得できる」

 

 ジルクニフやフールーダといった帝国のトップや重鎮クラス、あるいは秘書官、兵士でいうならば近衛兵などはメリエルの規格外なところを知っている。

 

 どれだけ厳重に警備しようと、簡単に会議室や皇帝の執務室に現れる様を目撃しているのだから。

 

 しかし、一般の騎士や文官などはそんな規格外の力を知らない。

 無論、臣民も。

 

 今回、戦争をするにあたってメリエルらが参戦することになるとジルクニフの名を使ってこの場にいる全ての騎士達に事前に通達を出してある。

 だが、それだけでは弱いだろう。

 

 ならばこそ、メリエルには帝国では絶対に勝てない、という戦力を見せつけてもらう必要があり、その旨はメリエルにも既に伝えてある。

 

 じゃあ本気出す、とメリエルからの返事はきていたが、その本気とやらがどれだけのものか、予想はつかない。

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

 だからこそ、ジルクニフはいつもと変わらずに転移門(ゲート)で現れたメリエルと、ついでアインズに落胆しそうになった。

 

 しかし、2人だけではなく、転移門からぞろぞろと、色んなのが出てきた。

 

 純白のドレスを纏った黒い翼を持つ美しい女、スーツ姿の悪魔のような男、どう見ても人外の昆虫やら、ダークエルフの双子、極めつけは日傘を差したボールガウン姿の少女、そしてメイド達。

 

 仮装行列と言われたほうがまだ理解はできたが、隣にいるフールーダが涙を流していることから察するに、どうも只者ではないことは分かった。

 

「じい、参考までに聞くが、どの程度だ?」

「我々にはたとえメイドであっても、手の届くことはないでしょう」

 

 ジルクニフは思いながら、フールーダの言わんとすることを理解する。

 下手をすればメイドですらも帝国の三騎士を相手にして、圧勝できるだろう、と。

 

 メイド達の後にもまだ続いて出てきている中で、で、ジルクニフは見知った顔を見つけた。

 彼が気づくのと同じく向こうも気づいたらしい。

 

「レイナース、お前も来るとは思わなかったぜ」

 

 バジウッドの呆れた声がジルクニフに聞こえた。

 

「あら、皆様方。ご機嫌麗しゅう」

 

 レイナースはかつては隠していた顔の半分を余すことなく見せつけるように、笑顔で挨拶してきた。

 美しい顔だった。

 彼女は人生を謳歌しているのだ、とジルクニフには容易に理解できた。

 そして、レイナースの後から出てきた面々に彼は目を剥いた。

 

「……蒼の薔薇か」

 

 小さく呟いた声は幸いにも向こう側には聞こえなかったようだ。

 ヤルダバオトという悪魔に罠にかけられ、人類の敵とされた腕の立つ、元冒険者。

 

 ヤルダバオトからメリエルが救い出し、行く宛もなかった為にそのままメリエルの私兵となった、というところだろうとジルクニフは考えた。

 

 それで終わりだったらしく、転移門が閉じられた。

 大所帯ではあるが、戦争ができるかどうかは――個々人の実力で考えれば戦争にもならない程に一方的な虐殺ができるだろうが――それでも臣民や一般の騎士にも分かるような軍勢といえるものではない。

 

 ジルクニフはどうしたものか、と悩む。

 

 しかし、彼の悩みを打ち砕くように、メリエルが口を開いた。

 

「ジルクニフ、彼らはあくまで観客よ。うちのシモベ達に見せびらかしたくて」

「それは有り難いな。それで、肝心の軍勢はどこに?」

 

 ジルクニフの問いにメリエルは微笑んだ。

 

「まあ、慌てないで。まずは宣戦布告から」

「そうだとも。ゆっくりと楽しんでほしい」

 

 そう告げた彼らは飛行(フライ)によって、空に浮かび上がると、そのまま帝国軍陣地の外側へ。

 

「陛下、座って観戦しましょうぜ。向こうの連中もそうしている」

 

 バジウッドの言葉にジルクニフがメリエルとアインズが連れてきた連中を見てみれば、椅子に座り、すっかり観客と化していた。

 

「……座るとしよう」

 

 ジルクニフも観客となることを選択した。

 どちらにせよ、やることがないのだ。

 ならば、せめてもの娯楽として楽しまねば損だろう。

 

 すると、声が聞こえてきた。

 アインズのものだった。

 

《リ・エスティーゼ王国軍に告げる。我々、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、これより王国を攻撃する。無条件降伏以外は認めない。我々は王国の領土全てを魔導国に併合する》

 

 王国軍は帝国の計略だとして、攻撃をしてくるだろう、とジルクニフは予想し、そして、同情した。

 帝国軍よりも、もっと危険な連中だ、と。

 

 そんなことを考えているとジルクニフの元にアインズとメリエルが戻ってきた。

 

「あそこら、ちょっと借りるわよ」

 

 帝国軍陣地の外側、ちょうどジルクニフ達のいる場所からよく見える、何もない空間を指さしたメリエルにジルクニフは勿論だ、と許可を出す。

 すると2人は飛行(フライ)でもって、空を飛んで、そちらへと飛んでいく。

 そして、アインズとメリエルは十分な距離を開けて、空中で静止した。

 

 何が起こるんだ、とジルクニフが思ったのもつかの間――

 

「……は?」

 

 ジルクニフは思わず、間抜けな声を上げてしまった。

 しかし、それも無理はないだろう。

 

 アインズとメリエルが連れてきた魔導国の連中とフールーダを除いて、帝国の全ての者がその光景に呆気に取られた。

 

 何もなかったそこに、ちょうど空中にいるアインズの真下のあたりに巨大な門が出現していた。

 その門は見たところ城門であり、大きさはそれこそ、縦に数十m、横に数百mにも及ぶだろう。

 

 

 嫌な、予感がした。

 

 ジルクニフは、何か、とてつもない化け物がその門の向こう側にいて、決してその門を開かせてはいけない、とそんな予感がした。

 

 しかし、そんな彼の思いは届くわけがない。

 

 ゆっくりと城門が開かれる。

 そこから現れたのは――整然と隊列を組んだアンデッドの軍勢であった。

 

「ジル! 見ろ! デスナイトだ! あれ、全部! デスナイトだ!」

 

 子供のようにはしゃぐフールーダ。

 一方でジルクニフはそのアンデッドの軍勢を冷静に見ていた。

 

 デスナイトと叫んだことから、タワーシールドを持った戦士がそうなのだろう、とジルクニフは思いながら、その数を数えようとして諦めた。

 

 デスナイトは隊列を組み、続々と尽きることなく、城門から溢れ出している。

 それだけで王国軍どころか、王国の領土全てを容易く飲み込めるだろう。

 

「皇帝陛下、私がご説明致しますわ」

 

 そんな声にジルクニフが――否、その場にいた帝国の者が全て視線を向ける。

 これにはフールーダも例外ではない。

 

 説明役を買って出た――おそらくは最初からそうするだろう予定だった――レイナースはにこりと微笑み、告げる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国の国家元首たるアインズ様がご用意された軍勢。先陣のデスナイトおよそ5000体です」

 

 5000、とジルクニフは言われた数字をそのまま呟いた。

 

「続いて、ソウルイーターですが数が少なく2200体」

 

 ジルクニフは笑いがこみ上げてきた。

 ソウルイーターが1体でもいたら、国が滅びる覚悟をせねばならない。

 そんなのが2200体。

 それこそ、世界全てを殺し尽くせる数だ。

 

 レイナースは歌うように、アンデッドの軍勢をジルクニフ達に説明していくが、ソウルイーター以降は見たことも聞いたこともないアンデッドであり、さらに難度もあわせて教えてくれた為、ジルクニフ達を神話の中に迷い込んだ気分にさせてくれた。

 

 ソウルイーターの推定難度は100から150の間。

 しかし、その次のアンデッドでは難度180とレイナースは告げ、どんどんと難度は上がっていく一方だった。

 

「最後にこれらを指揮する死の支配者の将軍(オーバーロード・ジェネラル)、難度は先程の死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)と同じく、270です。以上、総数15000あまり。アインズ様が長い時を掛けて、構築した軍勢です」

 

 世界を問題なく征服できる軍勢だった。

 

 ジルクニフは、もはや何の感情も湧いてこなかった。

 あまりにも驚きすぎて、感覚が麻痺してしまったのだ。

 

 フールーダはアンデッドの軍勢を食い入るように見ている。

 

 王国軍が勝てるとか勝てないとか以前の問題で、これでは勝負にもならない。

 いつも饒舌なバジウッドですら、体を震わせているのがジルクニフに見えるのだ。

 

 一般の騎士達は見るまでもない。

 それこそ恐怖に慄いていることだろう。

 

 この軍団こそ、モモンガがユグドラシル時代に年単位の時間を掛けて、地道にコツコツと作って、溜め込んできたアンデッドの軍団だ。

 

「確かに、ああ、確かにこれは帝国が逆立ちしようが勝てないだろうな……帝国どころか、世界のどこにも勝てる輩はいないだろう」

 

 そう告げるジルクニフにレイナースは告げる。

 

「陛下、まだメリエル様の……ええ、こちらはまだ勝ち目があるかもしれない軍勢が残っておりますわ」

「勝ち目があるのか?」

「少なくとも、今回、メリエル様が出される軍勢は理不尽な難度ではありません。ですので相応の軍勢を用意できれば勝利できる可能性はあります。それに何より、アンデッドではありませんから」

 

 ジルクニフは希望を見出した。

 メリエルはまだ、人類が理解できそうな範疇にあるかもしれないことを。

 

 今回という部分が気になったが、ジルクニフは聞かなかったことにした。

 

「御覧ください。あれがメリエル様の軍勢、レッドコートです」

 

 レイナースの言葉にジルクニフは視線をメリエルの側に現れた城門へと向ける。

 ちょうど門が開いたところで、そこにいたのは――

 

「……素晴らしい」

 

 人間の軍勢であった。

 赤い軍服を纏い、黒い三角帽を被り、何か、棒のようなものを肩に担ぐようにしている。

 彼らは門から隊列を組んで、続々と出てきている。

 

 ジルクニフは素直に称賛した。

 そして、その軍勢は門から出るとそのまま、王国軍と真正面から対峙するよう動き始めた。

 隊列は一切乱れておらず、統率がよく取れていた。

 

「あれらは全て難度90程度のホムンクルスです。レッドコートの総数は、およそ6万です」

 

 レイナースの説明にジルクニフは聞こえなかった振りをした。

 難度はまだいい、だが、数がおかしいだろう、と。

 

「今回、アインズ様の軍勢は待機し、メリエル様の軍勢が王国軍を真正面から打ち破ります。勿論、投入されるのはレッドコートだけではありません」

 

 まだいるのか、とジルクニフは思ったが、口にはしなかった。

 

 

 

 

 王国軍にとって、混乱は比較的少なかった。

 

 国王たるランポッサ三世の「戦うしか道はない」という鶴の一声によるものだ。

 

 結局のところ、相手が帝国ではなく魔導国であったとしても、ここである程度の出血を強要しなければ、王国の領土が奪われることに変わりはない。

 むしろ、はっきりと王国全土を併合すると宣言してきた魔導国には王派閥からすると、意志の統一がやりやすい為、有り難いくらいだった。

 

 貴族派閥も、さすがに自分達の領地も併合すると暗に言ってきている相手に対して、いい加減に戦うことはせず、王派閥に対して一致団結を申し入れてきたのだ。

 都合が良すぎる話ではあったが、そんなものだ。

 

 だが、そんな中で王国戦士長であるガゼフと、今回はガゼフに雇われた傭兵として参加しているブレインは相手が誰か分かった瞬間に勝つことは疎か、勝負にすらならないと理解できていた。

 

 ガゼフは直接見てはいないが、カルネ村で陽光聖典を退けたこととブレインの証言から、そしてブレインは死を撒く剣団にいたときの体験から相手の実力は理解できている。

 

 だからこそ、いかにして味方の犠牲を少なくして逃げるか、それに尽きる。

 

 ガゼフとブレインが最近、目をかけているクライムが今回の戦争には参加せず、ラナー王女の傍にいることは幸運だと感じた。

 

 

 

「ガゼフ、どうする?」

「まずは相手の出方を見るしかない。一撃で、こちらの軍を消し飛ばすような魔法なり武技なりが飛んでこないことを祈ろう」

 

 ブレインの問いにガゼフはそう答えた。

 彼とその戦士団、そしてブレインがいるのは比較的前線に近い場所だ。

 

 練度が高い彼らは徴集兵による最前線の槍衾が突破された場合に迅速に動いて、穴を塞ぐ役目を期待されていた。

 その為、部隊の行動に関してはガゼフの裁量に一任されている。

 

 王国軍は全体として、鳥が翼を広げたような、いわゆる鶴翼の陣形を取っており、ガゼフ達がいるのはもっとも敵の圧力を受ける中央だ。

 

「動くようだぞ」

「お手並拝見といきたいところだが、見たくないなぁ」

 

 ガゼフの言葉にブレインはそう愚痴を溢した。

 ガゼフもまたその言葉に内心同意しつつ、魔導国の軍勢――赤い軍服を纏った連中――が動いた。

 その軍勢から、太鼓のリズムに合わせて、横笛の音色が聞こえてきた。

 その旋律は陽気であったが、どこか恐ろしく感じられた。

 

 

 ガゼフ達から――否、王国軍から見れば旋律に合わせて、一定の速度を保ち、赤い壁が迫ってくるようであったのだ。

 

 両軍の間は長い距離ではなく、あっという間にその差は詰まっていく。

 

 王国軍の陣から次々と矢が放たれ、投石機による攻撃も加えられる。

 意外なことに、それらの攻撃により赤い軍勢は次々と当たると倒れた。

 

 まるで普通の人間のように。

 

 ガゼフもブレインも、おや、と不思議に思った。

 しかし、すぐに異質さを理解することになった。

 

 倒れても、止まらないのだ。

 たとえ兵士が倒れても、その戦列は止まることはない。

 そして、後列の兵士が前へと進み、空いた部分を埋める。

 

 次々と矢が射掛けられ、投石機による攻撃が加えられ、やがて個人携帯のスリングによる投石すらも行われる。

 バタバタと敵兵は倒れる。それこそ的当てでもしているかのように、面白いように倒れる。

 だが、それがどうしたと言わんばかりに敵の戦列が近づいてくる。

 

 太鼓と横笛の音色は最初の頃よりも非常に大きく聞こえ、それがかえって恐怖を煽る。

 

 敵はアンデッドだったのか、と思う者もいたが、しかし、倒れた敵兵に動く様子はない。

 

 どれだけの兵士が倒れようとも、決してその赤い戦列は乱れることも止まることもない。

 

 恐ろしさをガゼフもブレインも感じた。

 

 自分達はいったい、何と戦っているんだ――?

 

 恐怖しながらも、感じたその思い。

 それは王国軍の全員に共通した思いだった。

 

 とはいえ、王国軍側も馬鹿ではない。

 帝国と比べれば数は少ないが、有能な者もいる。

 その筆頭は貴族派閥の盟主とはいえ、指揮官としてはガゼフよりも有能なボウロロープ侯だ。

 今回、5万以上の兵力を派遣し、更にはガゼフの戦士団に対抗して作られた精鋭兵団の5000人も連れてきている。

 

 そんな彼は命令を下した。

 

「騎兵による攻撃だ! 連中がこちらに取り付く前に! 一刻も早く!」

 

 ボウロロープ侯からすると、自殺行為にも等しい敵の戦術であったが、それをするだけの何かを敵が持っていると彼は判断した。

 ましてや、相手はどこからともなく軍勢を出してきた連中だ。

 

 そんなことができる相手が、無策にただ一定の速度で、どんなに犠牲が出ようとも兵を進ませ続けるわけがない。

 むしろ、どれだけの犠牲が出ようとも決して隊列を乱さずに一定の速度で進んでくる敵兵の練度と規律に戦慄した。

 

 ボウロロープは羨ましく思った。

 そんな兵を持っている魔導国に。

 

 彼の命令は直ちに実行に移された。

 距離を詰められたとはいえ、騎兵を突撃させるには十分な距離がある。

 だから、大丈夫な筈だ、と。

 

 彼が今回、連れてきた騎兵は精鋭兵団の胸甲騎兵2000だ。

 敵兵は多いが、それでも他の貴族達と連携すれば何とかなる、と確信する。

 

 さすがに騎兵に突っ込まれたら、いくら敵兵でも隊列を乱す。

 そこを遅れてやってくる他の貴族の騎兵で食い散らかせばいいのだ、と。

 

 ボウロロープの命令一下、騎兵達が迅速に陣形を作り上げる。

 精鋭兵団と彼が称するだけあり、個々人の武力はともかく、その統率はガゼフの戦士団に引けを取らない。

 

 そして、陣形を作り上げると、騎兵達は雄叫びを上げながら、突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 一方のメリエルは帝国軍の陣地にて、周りに誰もいないよう距離を開けた上で軍勢を指揮していた。

 

 戦場の指揮者(コンダクター・オブ・バトルフィールド)というマジックアイテムがある。

 

 それは持ち運びができるやや大きめの正方形の盤であり、指揮棒が付属したアイテムだ。

 こうした軍勢を指揮する為のものであり、自軍と敵軍は駒として表示されている。

 自軍と敵軍の情報を入力することで、敵の駒の位置や動きが自動で盤上に現れる優れもので、自軍を動かしたりする場合は指揮棒で自軍の駒を動かせばいい。

 勿論、敵軍と接敵すれば攻撃する。

 

 その盤上には事前に配置した不可視化のアイテムを使って空を飛んでいるシモベ達により、敵軍の情報がリアルタイムで反映されていた。

 勿論、それだけではもったいないので、ジルクニフ達やアインズ達、その他一般の騎士達にもよく見えるように巨大な鏡が複数設置され、そこにはリアルタイムで音声付きの映像が投影されていた。

 もっとも、その鏡が設置されているのは帝国軍だけではない。

 

 今回の戦争にあたり、メリエルは法国、聖王国、エルフの国、ダークエルフの国、リザードマンの集落、魔現人(マーギロス)の集落など、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の傘下にある、もしくは実質的に傘下にある、国や集落に予め設置していた。

 設置場所は基本的に誰でも見ることができるよう、複数であったが聖王国だけはカルカ達の3人だけが見ることができる場所に設置してある。

 

 聖王国の攻略はこれからである為だ。

 

 もっとも、唯一の例外ともいえる場所が竜王国で、法国経由でその巨大な鏡を女王の部屋にのみ、設置していた。

 将来的に竜王国も傘下に収める予定であり、こちらの武力を示す為だ。

 ビーストマンの度重なる侵攻を受けていることから、それを何とかすればあっさりと彼らは傘下に加わるだろうと予想されていた。

 

 

 

 当初こそ、おっかなびっくりだった帝国側の面々は今や固唾を呑んで見守っている。

 それは鏡を設置した全ての場所でも同じだった。

 

 彼らからすれば映画を見ているようなものだろう、とメリエルは思いつつ、相手の打ってきた手に対して感想を述べる。

 

「騎兵は悪くない手ね。しかも、胸甲騎兵」

 

 強力だが、揃えて、運用するのにカネが掛かる存在だ。

 長大な槍を構えて、突撃を開始した騎兵達であったが、メリエルからすれば予想された展開だった。

 その突撃を開始した左翼側騎兵に対し、右翼側も呼応したのか、やや遅れて騎兵が突出し始めた。

 シモベからの情報によれば、こちらは軽騎兵だ。

 敵が馬鹿ではないことにメリエルは満足しつつも、ほくそ笑む。

 

 両翼から突っ込んでくる騎兵達の横っ腹はとても脆い。

 メリエルが事前に配置したのは偵察役のシモベ達だけではなかった。

 

 王国軍が両翼から騎兵でもって隊列を崩そうとしてくるならば、こちらも騎兵を潜ませておけば良い、と。

 広範囲を覆う強力な認識を阻害する結界を張った上で、メリエルはそこに事前に騎兵を展開していた。

 

 右翼と左翼、両方に騎兵を5000ずつだ。

 しかも、ただの騎兵ではない。

 

 地球の歴史上に存在した、独特の重騎兵だ。

 

 メリエルは盤上に示された両翼に位置する、その騎兵達を指揮棒でもって敵の騎兵に当たるように動かした。

 

 

 

 命令が下り、両翼において、その騎兵達が動き出す。

 彼らは大きく散開したところから、ゆっくりと馬を走らせ始める。

 

 ゆっくりとはいえ、その速度は人の歩くそれよりは速い。

 だからこそ、結界をあっという間に抜け、突撃する王国軍の騎兵達に目撃されることになった。

 

 敵軍騎兵を確認したメリエルの騎兵達は徐々に馬の速度を上げつつ、また同時に、互いの馬の距離を詰めていく。

 

 王国軍の左翼側騎兵達は敵の伏兵であると気づくや否や、すぐさま指揮官は目の前の歩兵ではなく、敵の騎兵に対して対処すべく、指示を下す。

 それを受け、並走する騎兵のラッパ手が吹き鳴らして、訓練通りに彼らは動きを変えて、敵騎兵に進路を取る。

 その対応能力はガゼフの戦士団よりも優れているかもしれず、彼らは間違いなく王国においてよく訓練された騎兵集団だ。

 

 だが、相手が悪かった。

 そう、悪すぎたのだ。

 

 ボウロロープ侯の騎兵達が目にした敵騎兵はあまりに華美であり、またその陣形は異質であった。

 

 真紅のビロードの上に、これでもかと装飾を施した甲冑をつけ、更にその上から毛皮を着込んでいた。

 そして、特徴的であったのは巨大な鳥の羽飾りを馬の鞍に固定しており、王国軍の騎兵達は知らなかったが、その羽飾りから有翼重騎兵という呼び名もある程だ。

 また、敵騎兵が手に持つ長大な槍の先には白と赤のバナーがついていた。

 

 敵騎兵の陣形は互いの馬同士が接触するのではないかというほどに距離が詰められており、最高速にまで加速した状態でボウロロープ侯の騎兵達目掛けて一直線に向かってくる。

 

 彼ら騎兵の名前はフサリア。

 かつて地球の歴史上において、2世紀もの間、決戦の場において、完全なる無敗を誇った存在。

 

 メリエルがユグドラシルにおいて忠実に再現した、有翼衝撃重騎兵軍団であった。

 

 

 

 

 

 まずい、とボウロロープ侯の騎兵達は誰もが直感的に理解した。

 だが、何かをするには距離がなさすぎた。

 

 そして、フサリアが密集隊形を保ったまま、彼らに突っ込んだ。

 

 一撃でもって、ボウロロープ侯の騎兵達は半数以上が槍に貫かれ絶命するか、落馬して馬に踏まれて絶命し、かろうじて生き残った者達も散り散りにされた上でフサリア達に追い詰められ、止めをさされた。

 

 右翼側の軽騎兵達はもっと悲惨であり、彼らは横合いから殴りつけてきたフサリア達に気づいてはいたが、ボウロロープ侯の騎兵達と比べると練度が不十分であり、即応できなかったのだ。

 彼ら軽騎兵達は一撃でもってほぼ全滅してしまった。

 

 

 

 

 

 そして、騎兵壊滅の報告はボウロロープ侯に伝わるのとほぼ同時に、敵の戦列が止まったという報告が届けられた。

 最前列の敵兵とはそれこそ、その白目がはっきりと分かる程に近距離で(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 同時に響き渡っていた陽気なメロディも鳴り止んだ。

 

 

 

 

 

 号令が敵の戦列に響き渡る。

 

《構え!》

 

 最前列の敵兵達が一斉に担いでいた棒状のものを構えた。

 その筒先は王国軍に向けられている。

 

 当然に王国軍側も攻撃をされると理解している為、弓や投石は続けられており、文字通り目と鼻の距離となった敵兵に対し、槍衾を押し出すように、徴集兵達を前進させ始めた。

 しかし、その前進する速度は敵兵がここまで歩んできた速度と比べると遥かに遅い。

 隊列を維持しながら進むというのは簡単なようでいて難しい。

 

 ましてやそれが専業の兵士ではなく、ただ徴兵され、訓練など全くされていない農民であればなおさらだ。

 むしろ、何とか隊列を維持しつつ、じわじわと進めているだけで奇跡だった。

 

 とはいえ、そんな徴集兵達の間にも、ちょっとした希望が芽生えていた。

 

 敵に取り付けば勝ちではないか?

 敵はこちらと同じ人間だ。剣や槍で刺せば倒せるのではないか?

 鎧を着ていない分、帝国の騎士を相手にするより楽ではないか?

 

 しかし、彼らの希望はあっさりと潰えることになった。

 

《撃て!》

 

 その敵方の号令と共に白煙が敵の戦列を覆う。

 同時に何かが飛んできて、前列の徴集兵達が次々と倒れ伏した。

 

 何かが当たった箇所からは血が溢れ出しており、見るからに致命傷の者が多数であった。

 

 しかし、敵は目の前であり、一撃でも当てれば倒せるという思いが徴集兵の指揮を取る者達の判断を誤らせることになった。

 

「突撃!」

 

 あちこちの隊列で、その命令が下り、徴集兵達は嫌々ながらも突撃を開始した。

 隊列を保ったままの完全装備の一般騎士達による突撃訓練など帝国軍ですら実施していない。

 たとえそれが短距離であっても、騎士たちは瞬く間に体力を消耗し、戦えなくなってしまうが為に。

 

 王国軍の徴集兵達は最低限の武器が防具のみ支給された程度で、帝国軍の騎士と比べると軽装とはいえ、重いことに変わりはなく、ましてやそんな訓練などは当然ながらされていない。

 突撃した王国軍の隊列は当然のように一瞬で崩壊した。

 

 しかし、敵兵も目前であり、あと10m足らずというところまで王国軍の兵士達が迫るが――

 

 敵兵の最前列が屈んで、二列目がその筒先を迫り来る王国軍の兵士達に向けた。

 

《撃て!》

 

 敵の号令と共に、王国軍の兵士達が先程と同じように、次々と倒れ伏していく。

 二列目が終わると、三列目が前へと進み出てきて、同じように射撃を行い、王国軍の兵士達を殺傷する。

 

 その光景は全ての敵の戦列で見られ、王国軍は近距離において、ほとんど一方的に叩かれた。

 

 

 そして、恐怖は臨界点を突破する。

 突撃した者達が一方的に殺されていく様に、その光景を見ていた突撃の命令が下る前であった徴集兵達。

 彼らは隊列を組んでいたが、次に殺されるのは自分達だと確信するや否や、行動は速かった。

 

 1人で逃げれば簡単に殺されるが、皆で逃げれば手が回らない。

 

 その考えに至った徴集兵は周囲の徴集兵達に、その考えを伝える。

 それを聞いた周囲の徴集兵達がまた更に話を広げて、と次々に連鎖的に広まっていく。

 そして、彼らはほとんど躊躇なく、一斉に逃げ出した。

 

 

 恐怖は伝染する。

 

 

 逃げ出した者達の後を追い、次々と徴集兵達は堰を切ったように散り散りに逃げ始めた。

 

 指揮官達や専業の兵士達が怒鳴りつけて制止したり、1人や2人を見せしめに殺したりもしたが、そんなものでは止まらない。

 

 我も我もと次々に思い思いの方向に徴集兵達は逃げ出し、王国軍側は貴族の私兵やガゼフの戦士団、近衛兵などの一部を除いてその士気が完全に崩壊した。

 そして、その時点で士気が崩壊しなかった兵達は国王であるランポッサ三世や貴族達を逃がす為に撤退を開始した。

 もはや勝負の趨勢は決し、どうにもならないことは火を見るより明らかだった。

 

 

 

 そして、この絶好のチャンスを、メリエルが逃す筈がなかった。

 

 

 

 敵の赤い戦列の両翼から、同じく赤い軍服を着た軽騎兵が無数に飛び出してきた。

 その行く手を阻む者はおらず、逃げる王国軍兵士達に追いすがっては手にしたサーベルを振るって斬り殺していく。

 

 そして、これまで強固な戦列を維持していた赤い兵士達もまた動く。

 

《着剣!》

 

 手にしたマスケット銃に号令の下、銃剣をつけ、そして――

 

《突撃!》

 

 腰だめに構えて、一斉に駆け出した。

 隊列は崩れるが、そんなものは問題にならない程度に敵兵は完全に崩れている。

 

 

 勝敗は完全に決し、あとは勝者による追撃戦であった。

 

 

 

 

 

 

 かつて地球において、戦列歩兵達が戦いの主役であった頃、ある一つの戦訓があった。

 

 レッドコートと決して、真正面から戦ってはいけない――

 

 王国軍はそんな戦訓は当然、誰も知らなかったが、彼らは身をもって知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、帝国軍陣地は興奮と熱狂に包まれていた。

 ジルクニフ達は勿論、一般の騎士達も、見るからに分かりやすい、そして理解できる範疇にある勝利に大いに沸いていたのだ。

 

 離れたところにいたメリエルが戻ってくると、歓声はより大きくなった。

 

「メリエル、君の兵は素晴らしい! まさしく世界最強だ!」

 

 ジルクニフは手放しでそう叫んだ。

 敬語ではなかったが、ナザリックのシモベ達もモモンガの軍勢に、そしてメリエルの行った戦争に熱狂し、個々人が持ってきていたスクロールで記録するのに夢中であった為に咎められる心配はなかった。

 

「そうでしょう、そうでしょう! これこそ我が軍勢よ!」

「今日はなんて素晴らしい日なんだ!」

 

 ジルクニフからすると、神話に出てくるようなアンデッド軍団と、メリエルのホムンクルスとはいえ、それでも帝国軍でも何とか再現ができそうな戦術や装備をしたレッドコートでは圧倒的に後者のほうが良かった。

 

 何より見た目も鮮やかであり、美しい。

 

「……やっぱり、見栄えでは敵わないよなぁ」

 

 そんな悔しそうなアインズの呟きがジルクニフの耳に聞こえてきた。

 この熱狂の中、それが聞こえたのは奇跡に等しい。

 

 意外なところもあるんだな、とジルクニフは思いつつ、この後の予定を考える。

 

 メリエル達はこのまま、王都まで一気に侵攻し、王都を攻略後、王国各地のめぼしい都市を同時に攻略すると聞いている。

 

 転移魔法があるのだから、それをするのも容易いだろうとジルクニフは羨ましく思う。

 

 帝国側としては、このまま兵を引き上げる形となる。

 勿論、タダでは転ばない。

 

 帝国軍が6個の軍、6万人とそれに必要な膨大な物資を消費したのだ。

 それに見合う対価がなければ、納得はできない。

 

 とはいえ、それに関しては既にアインズ達との間で話がついている。

 

 アインズの声が響き渡ったのはそのときだった。

 

《帝国軍の皆さん、結果として我々が皆さんの戦果を横取りする形となってしまい、申し訳ありません》

 

 その声に騒いでいた騎士達が静まり返った。

 

《我々、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は王国の領土を全て併合する形となりますので、帝国が得る領土はありません》

 

 そうアインズは言い切り、数秒の間をおいて言葉を続ける。

 

《無論、それでは帝国の皆さんは納得できないと思います。ですので、ここに宣言しましょう》

 

 ついに来るぞ、とジルクニフはアインズの言葉を待つ。

 

《我々、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は永久的な同盟を帝国との間に結びました!》

 

 ざわめきが巻き起こる。

 

 強大な魔導国の軍勢と戦わなくて済む、という思いと結局、今回は無駄骨だった、という落胆の思いだろう、とジルクニフはざわめく騎士達の心境を予想する。

 

 しかし、それも予期された自体だ。

 

《はいはい、今度は私から無駄骨になったあなた達に良いものをあげるわ》

 

 メリエルに変わった。

 ジルクニフは、その物言いになんだか力が抜けるのを感じた。

 

《ジルクニフには対価として、3日くらい前に金塊を送りつけてあるわ。今回、この場にいる全ての帝国の方々へ。等しく、金貨100枚が行き渡るくらいの量をね。がんばってカネを使って、経済を回しなさい》

 

 メリエルが言い終えて数秒後、大歓声が帝国軍の陣地において沸き起こった。

 

 

 

 

 

 

 



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国の終焉

 

 敗走する王国軍と呼べるものは近衛兵やガゼフの戦士団、貴族の私兵達などの、秩序だった撤退をしている者達だった。

 それ以外の兵達は徴集兵であり、士気は完全に崩壊しており、秩序だった撤退など望めるものではなく、ただ敗走する王国軍と何となく同じ方向に逃げているだけという形だった。

 

 赤い軍勢から逃げる、という思いのみ、彼らは一致していた。

 

 そんな彼らの撤退先はエ・ランテル。

 強固な城壁もあり、籠城戦に強い。

 またカッツェ平野での戦いには参加しなかった兵も――徴集兵が主体とはいえ――まとまった数がいる。

 

 だが、相手が悪すぎた。

 王国軍の逃げ足は速いものであったが、メリエルが転移魔法で移動する速さと比べると圧倒的に遅かった。

 

 

 

 警戒の為に先行していたガゼフ配下の戦士達が血相を変えて戻ってきた。

 彼らは見た。

 

 敗走する王国軍の、すぐ前方に、青と白と赤の三色で彩られた軍服を纏い、赤い軍勢と同じく棒状の筒を担いだ軍勢が見事な隊列を組んで展開していることに。

 

 ランポッサ三世は無論、他の貴族達も派閥に関係なく、ただちに兵を停止させた。

 そしてこちらも対抗して陣形を組ませたところで、どうすべきかと協議することになった。

 

 しかし、それはあまりにも意味のない行動だった。

 

 先程の赤い軍勢とはまた違った太鼓のリズムが響き渡り、敵の軍勢が進軍を開始する。

 笛とラッパの音色が加わり、先程の赤い軍勢が陽気なメロディとは違い、勇ましいメロディが木霊する。

 

 それにより、遂に国王であるランポッサ三世と貴族派閥の盟主であるボウロロープ侯は決断した。

 2人の決断に対して、協議に参加した貴族達は反論することなく賛成した。

 

 

 

 ガゼフは幾人かの配下とランポッサ三世に指名されたレエブン侯と共に進軍する敵軍の前に立った。

 ガゼフも彼の配下も武装を解除しており、彼の手には大きな白旗があった。

 

 敵は圧倒的に強かった、とガゼフは思う。

 彼やブレインの個人としての武力など、問題にもならない程に敵軍は組織として、軍隊として優れていた。

 ガゼフもブレインも一個人の戦士としてなら優れた存在であることは確かだ。 

 しかし、彼らは一個人で戦争の趨勢を左右できるような存在ではない。

 

 結局、ガゼフ達は今回の戦闘では何もしていない。

 せいぜいが追撃してきた敵兵を幾人か倒した程度であった。

 

 メリエルなりアインズなりが前に出てきてくれればガゼフが捨て身で一騎打ちを挑んだだろうが、その2人は数多の戦列を超えた、最奥の陣地におり、決して出てくることはなかった。

 

 圧倒的な強さを有していても、決して慢心も油断もしない。

 

 ガゼフからすれば、手本にしたいくらいの心構えだった。

 

 しかし、今の彼を支配する感情はそういった戦士としての云々などは一切なかった。

 

 

 王国の終わりの始まり――

 

 

 

 ガゼフは何とも言えない感情が込み上げてくるが、それを飲み込み、ランポッサ三世から任せられた仕事を果たすべく、彼は持っていた白旗を掲げて、大きく振る。

 

 その段階に至り、敵軍の動きが止まった。

 最前列の敵兵の顔が見えるが、どれもこれも精悍な顔つきで、若い兵士もいればガゼフと同じくらいの年齢と思われる兵士もいるのが見えた。

 

 ガゼフは叫ぶ。

 

「我々、リ・エスティーゼ王国軍はアインズ・ウール・ゴウン魔導国軍に対して無条件降伏する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下でガゼフの降伏宣言にメリエルは一息ついた。

 空中で不可視化の魔法を使った上で、指揮を取っていた彼女。

 

 今のガゼフの降伏宣言はカッツェ平野での戦いと同じく、各地に設置した鏡に音声付きの映像で投影されている。

 

「後ろからはレッドコート、前からは老親衛隊とか、誰だって投げ出したくなるわよね」

 

 うんうん、とメリエルは頷く。

 

 他にもコールドストリーム連隊とか色々と準備していた彼女だったが、それらを使うことはなかった為、少し残念に思う。

 

 とはいえ、メリエルは次の行動に移る。

 彼女は完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を解除して、ガゼフの前へと降り立つ。

 

 メリエルが現れたことに、ガゼフらに驚きはなかった。

 彼女は彼らを真っ直ぐに見据えて告げる。

 

「我々、アインズ・ウール・ゴウン魔導国はあなた方の無条件降伏を受諾します。この場にいる王国軍は全て武装解除の上、我々の捕虜となります。異論はありますか?」

 

 何気に初めて自分が敬語を使っているかもしれない、とメリエルは思うが、さすがにこういった場では使わざるを得ない。

 

 メリエルの問いかけにガゼフはレエブン侯へと視線を向けるが、彼が僅かに頷いたのを確認して、メリエルへと再度視線を向ける。

 

「異論は、ありません」

 

 ゆっくりとガゼフはメリエルに告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王国軍の無条件降伏――

 それにより、その後の魔導国による王国領土各地への進駐は極めてスムーズであった。

 なにせ、捕虜には国王や六大貴族をはじめとした大物貴族がゴロゴロといたのだ。

 彼らはメリエルと、そしてアインズと会談し、特にアインズがアンデッドであることに驚愕したものの、反抗する気力など起きよう筈もなかった。

 

 

 さて、今回の戦争により、王国軍側は死者およそ3万、負傷者に至っては5万を超えたが、そのうちの半分は戦闘終盤の、メリエルの軽騎兵達が追撃したことによるものであった。

 しかし、王国側にとって救いであったこともある。

 

 貴族にも死者は出ていたが、それは貴族の三男坊といった、大して影響の無い、そうであるが故に戦争で名をあげようとして前線にいた者くらいであり、中堅貴族、下級貴族の当主などやその私兵達にほとんど死者はおらず、負傷者が若干出たくらいであった。

 

 

 捕虜となった貴族達はどれだけ苛烈な拷問をされるかと戦々恐々としていたのだが、捕虜とは思えない贅を尽くした生活を魔導国により体験させられた。

 

 結果、大半の貴族はそれで心情的に魔導国に傾いた。

 

 数日の捕虜生活を楽しんだ貴族達は私兵と共に解放されて、各々の領地に戻った。

 だが、既にそこには魔導国の軍勢が待っていたということが抵抗する気力を完全に失わせた。

 

 勿論、待っていたとは比喩でも何でもなく、進駐の為に彼らはただ単に数時間前にメリエルによって召喚されて、待っていたに過ぎないのだが、王国の貴族達にはこれ以上ない程の圧力であった。

 

 それは王都においても同じことだった。

 ランポッサ三世がガゼフらと共に王都に帰還した時、アインズとメリエルが王都の郊外で軍勢と共に待っていた。

 

 

 

 そして、ロ・レンテ城内にあるヴァランシア宮殿にて、講和会議が開かれることになった。

 

 王国側の無条件降伏であり、その為に魔導国から提示された内容は王国にとって過酷なものだ。

 実質的に王国の解体・消滅を意味するものに、王国側の代表であるレエブン侯は戦慄した。

 

 何の躊躇もなく、そんな要求を突きつけてくるのは余程に統治に自信があるのだろう、と。

 とはいえ、魔導国にはそれを王国に呑ませるだけの兵力があった。

 王国領土各地には魔導国の兵士達が進駐している。

 

 たとえ反乱を起こしたところで、あっという間に鎮圧されるだろうことは想像に難くない。

 魔導国の兵士達と王国の兵士達との間にある練度の差は如何ともし難いものだった。

 

 結果として、王国は魔導国の要求を全て受諾。

 若干の猶予期間を挟んで、王国は魔導国に完全に併合され、魔導国の一地方として名を残すのみとなった。

 

 カッツェ平野での戦闘から僅か1ヶ月の出来事だった。

 

 そして、王国が片付くや否や、間髪をいれず、魔導国はさらなる行動を起こすこととなった。

 これまで練りに練った各種計画――いわゆる内政であり、また同時に聖王国攻略の幕開けだった。

 

 

 



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状況報告

 

 

「……んあ?」

 

 ガガーランは間の抜けた声と共に上半身をベッドから起こした。

 

「いったい何だ?」

 

 彼女の最後の記憶ではヤルダバオトに頭を掴まれたところで終わっている。

 蘇生魔法を使ってくれたのか、と思い至り、ガガーランは体の感覚を確かめる。

 

「感覚が鈍った……ようには思えない」

 

 ラキュースによる蘇生の後に襲ってくるような感覚が一切なかった。

 すぐに彼女が蘇生したものではないと判断がついたが、そこで扉が叩かれた。

 

 その音を聞きながら、彼女が室内を見回せば、王都でいつも使っている宿の自分の部屋であることに気がついた。 

 扉を叩いていた者はノックの返事など期待していなかったのか、扉を開けた。

 

 そこにはラキュースがいた。

 

「ガガーラン、目が覚めたのね」

「ああ、メリエルがやってくれたのか?」

「あなたの蘇生に私、メリエル様にそれはもう色々とお願いしたんだから」

 

 メリエル様という呼び方にガガーランは思わず苦笑する。

 確かにそう呼びたくもなるからだ。

 

「というかお前、鎧を替えたのか? 無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)じゃないみてぇだが」

 

 ラキュースの鎧は蒼い鎧ではあったが、以前の彼女の鎧とは比べものにならないくらいに強力な魔力をガガーランですらも感じ取れた。

 

「ええ、そうよ。もう処女じゃないし。これとか剣とか装備一式、メリエル様に貰ったのよ」

 

 ガガーランはその言葉にどうやら、自分は相当に長い間、死んでいたらしいと思いつつ、問いかける。

 

「あれからどのくらい経ったんだ?」

「あなたが死んでから半年くらいってところよ。その間にアインズ様とメリエル様は国を興して、3ヶ月前にリ・エスティーゼ王国は併合されたわ」

「はぁ?」

 

 ガガーランには何をどうしたらそうなるのか、さっぱり理解できなかった。

 

「とりあえず、詳しく説明しましょうか」

「頼む」

 

 そして、ラキュースによる説明が始まったが、ガガーランが予想していたよりも、遥かにぶっ飛んだものだった。

 魔導国の国是として種族で区別することはあっても差別することはしない、というのがまずガガーランの常識をぶち壊した。

 ラキュースも亜人に対して好意的であるのをガガーランは知っていたが、魔導国の国是は、それよりも踏み込んだ考え方だった。

 

「で、民衆はどう思っているんだ? かなり反発があるだろ、それ」

「税は王国の時に比べて半分以下、通行料の廃止、街道は全部石畳で整備されているわ。景気、かなり良いわよ?」

「……そりゃそうだろうな。そこまでされれば亜人程度で反発が起きるわけがない」

「あと、魔導国から派遣されてくる役人とかって基本アインズ様とメリエル様に絶対の忠誠を誓って、24時間年中無休で働くことに幸せを感じるみたいだから、汚職とかそういうのは根絶されちゃった。役人は大抵、アンデッドなんだけどね。たまに人間そっくりのホムンクルス」

「ホムンクルスとやらはともかく、アンデッドかよ……」

 

 ガガーランのツッコミにラキュースは頷く。

 

「アンデッドだけど、人間より有能よ」

 

 ラキュースは意味ありげな笑みを浮かべて、そう言った。

 ガガーランは何かがあったと悟る。

 伊達に長い付き合いではない。

 

「何があった?」

「ガガーラン、私は人間なんて皆殺しにしてやりたいと思っているわ」

 

 そう前置きし、ラキュースは語りだす。

 あの後、ヤルダバオトに何をされたか、人間達にどれだけの悪意をぶつけられたか。

 

 事細かに話すラキュースであったが、その顔はとても穏やかなものであり、それがかえってガガーランの精神を蝕む形となる。

 

「もう殺したりはしたのか?」

「最初の方に家族をやっちゃったけど、最近は犯罪者を除けば殺していないわ。メリエル様がダメって言ったから」

 

 最初以外はやっていないなら大丈夫だ、とガガーランは胸を撫で下ろす。

 ラキュースを改心させるという気は彼女にはない。

 

 家族を殺したということも、ラキュースが納得できているのなら良い、とガガーランは思う。

 大罪ではあるが、それほどまでに精神的に追い詰められていたことが窺えるからだ。 

 

 彼女とて、ラキュースと同じようにされればきっと同じ様になったことが容易に想像できるからだ。

 むしろ、ラキュースよりも余計にやらかした可能性すらもある。

 

「ヤルダバオトが全部、自分がやったとバラしていったらしいから私達の潔白は証明されているわ。戦争後になってしまったけど、ラナーも手を回してくれたし、戦士長とかも証言してくれた」

「蒼の薔薇、復活か?」

 

 ガガーランは不敵な笑みを浮かべるが、ラキュースは首を左右に振る。

 

「今の私はメリエル様のペットにして、黒の薔薇のリーダーよ! 魔導国が作った新しい冒険者組合に入っているの!」

 

 ドヤ顔でそう宣言するラキュースにガガーランはくつくつと笑う。

 

 家族を殺し、人間を憎み、メリエルを崇拝しているが、ラキュースの本質は変わっていない。

 ガガーランの感じた印象としては、邪悪な感じにはなったものの、それでもそこらの殺人快楽主義者といったものではなく、あくまで理性的なものだ。

 

 話の通じない程、狂気に囚われていない。

 事実メリエルから下された犯罪者以外殺害禁止という指示に従っているのが、その証拠だろう。

 

 本当に狂っていたら、そんなものは関係なく暴走して、殺しまくるだろうことは想像に難くない。

 手段として、必要なら容易に庶民を老若男女関係なく殺すだろうし、おそらくは拷問などもするだろうが、必要がなければそうはしない。

 

 ある意味、戦士としては一皮剥けたといえるかもしれない。

 好意的に解釈すれば、だが。

 

「ちなみにだけど、ガガーランの後釜は超強い子が入ったわ」

「おいおい、俺は解雇か?」

「それはあなた次第よ。まず第一の条件としてはアインズ様とメリエル様に忠誠を誓うことだけど、まあ正直これはいいわ」

「結構重要なところじゃないかそれ?」

 

 思わずツッコミを入れてしまうガガーラン。

 ナザリックのシモベが聞いていればブチ切れること間違いない。

 

「いいのよ。御二人とも忠誠を誓ってくる相手が多すぎて、大変だって言ってたし」

「そっちの意味かー」

 

 宗教における神様みたいな状態になっているのだろう、とガガーランは想像がついてしまった。

 アインズ様とやらに彼女は会ったことはないが、メリエルの神の如き力は知っている。

 そのメリエルと同格ということになれば、神と崇められてもおかしくはないし、もしメリエルよりも上ならば、それはもう大変なことになるだろう。

 

「あと他人の過去や性癖をとやかく言わないこと」

「過去はともかく、性癖ってなんだよ。あと今更だろ。俺は童貞大好きだぞ」

「それなら問題ないわ。次が最も重要で、冒険をしたいっていう意志」

 

 ガガーランは笑みを浮かべる。

 

「冒険ってことはだ。お流れになったかどうかわからねぇが、メリエルの言っていたドワーフの国に行くとかそういう類か?」

「そういう類よ。世界を隅々まで探索するのが黒の薔薇の、魔導国の冒険者組合に下された勅命よ」

 

 ガガーランの答えは決まっている。

 

「俺も入れてくれ」

「喜んで。よろしくね、ガガーラン」

 

 ラキュースは微笑んで、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオンは久方ぶりに訪れた懐かしい友人が持ってきた特大の情報に驚きを隠せなかった。

 彼女――イビルアイが持ってきた情報にあった名前、それは彼も知っていたからだ。

 

「……100年の揺り返し、か」

「ああ、そうだとも。ツアー、お前は知っていたか?」

 

 常に仮面をつけていたイビルアイが仮面もなく、堂々と素顔を晒しているのはどういう心境の変化だと思ったが、彼女が教えてくれた存在の庇護下にあるならば、それも当然かもしれない、とツアーは思う。

 

「その名前については知っているよ、ああ、知っているとも。八欲王が言っていた」

「ほう?」

 

 興味津々といった様子のイビルアイにツアーは苦笑しつつ、告げる。

 

「ワールドチャンピオンも、あのメリエルさえもいなければ俺達に勝てる存在はいないってね。聞いたことのない名前が出てきたものだから、よく覚えているよ」

「そんなに昔から? いや、だが、こちらにやってくるのに、時間のズレがあったとすれば、それもありうるか」

「おそらく、何かしらの影響でズレが生じたんだろうね」

 

 ツアーはそう告げ、もっとも重大なことを問いかける。

 

「それでアインズとメリエルはどういう存在だい? ぷれいやーであるのは確定だろうけど」

「安心しろ。お前が思うような、世界を滅亡させるような存在ではない」

 

 イビルアイは、そう答えた上で告げる。

 

「御二人の望みは世界を楽しむことだ。メリエル様は言った。世界なんぞ7日もあれば滅ぼせるが、8日目から私は何を楽しみにして生きていけばいいのか、と」

 

 ツアーはくつくつと笑う。

 確かに、その通りだと。

 

「だから、暇つぶしに御二人はアインズ・ウール・ゴウン魔導国を作り、穏便に世界征服に取り組んでおられる」

「なんだい、その穏便に世界征服って。確かに最近、魔導国ができたり王国が滅んだりとしているけれど」

「その程度なんだよ。その程度にまで力をなるべく制限して、魔導国の版図を広げ、世界を征服する」

 

 ツアーは納得がいった。

 いわゆる超越者達のお遊びだ。

 

 八欲王も、そういった感じであったなら、多少の衝突はあったかもしれないが、六大神達と同じように、うまくやれただろうに、とツアーは思う。

 

「ツアー、お前は動くか?」

「まさか。世界そのものを滅ぼすとか何でもかんでも皆殺しとか、そういうものでない限り、動かないさ。それに魔導国が世界を統一でもしてくれるなら、それもまた世界の安定にちょうどいいかもしれないね」

 

 ツアーが懸念するのは100年後に現れるだろう、別の存在だ。

 

 次にやってくるのが八欲王のような連中であったなら、それこそ魔導国に、アインズとメリエルに頑張ってもらわねばならないだろう。

 

 魔導国が戦争しようが、何をしようが、世界を滅ぼすことや、それに通じるような大虐殺――たとえば生きとし生けるもの全部皆殺しとかしなければ基本的にツアーは何もしない。

 

「お前がそう言ってくれてよかった。メリエル様からの言伝だが、そちらが全力を出せば、こちらも全力を出さざるを得ない。我々には問題はないが、世界というフィールドは消し飛ぶだろう、と」

 

 ツアーは再度、くつくつと笑う。

 その通りだ、と。

 そして、そうなってしまってはどちらも本末転倒だと。

 

 ツアーの役目は世界を滅ぼさせないこと、アインズとメリエルの暇つぶしは世界を楽しむこと。

 

 どちらも世界というフィールドがなければ成立しえないものだ。

 

「しかし、なんだな、お前が女ではなくて良かったよ。ライバルが減った」

「ん? なんだい、キーノ。メリエルは女と聞いたから……アインズとやらに懸想したのかい? リグリットが喜びそうだ」

 

 ツアーは遂に春がきたのか、と感慨深いものを感じながら、そう問いかけるが、答えは予想外のものだった。

 

「何を言っているんだ? 私が懸想しているのはアインズ様ではなく、メリエル様だ。メリエル様は両性具有で、私のようなペットを大勢、飼っているんだ。それにアインズ様は婚約者一筋だしな。側室なんぞは作らないだろう」

 

 ツアーは片手で顔を覆い、天を仰いだ。

 なんてことだ、あまりにも長いこと男を知らなかったせいで、性癖がねじ曲がってしまった、と。

 

 とはいえ、それはそれで面白いのでツアーとしては問題ない。

 今度、リグリットがきたら、言ってやろうと思いつつ、彼は口を開く。

 

「キーノ、そのアインズとメリエルの2人に会って話をしたいんだけど、仲介をしてくれないかい?」

「もとより、そのつもりだ。御二人とも、お前や評議国とは友好的な関係を結びたいそうだからな。ああ、それと法国も帝国も魔導国の傘下で、聖王国も実質的にはそうだ」

 

 あと、そうだ、とイビルアイは付け加える。

 

「竜王国が終わってから、お前と会うという形になるだろう。近いうちにビーストマン共を叩き出すってメリエル様が言っていたぞ」

「……ちょっと手際、良すぎないか?」

 

 呆れたツアーにイビルアイは告げる。

 

「当然だ。なにせ、至高の御方々だぞ? 私やお前程度の物差しで計ることができるような存在ではないのだ。古の八欲王も六大神も、御方々には敵うまい」

 

 胸を張るイビルアイにツアーはとても微笑ましい視線を向けたのだった。

 

 

 



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満足する人と苦労する人

 

 

 

 レエブン侯は魔導国のやり方に脱帽した。

 彼は今、リ・エスティーゼ州のロ・レンテ城内にあるヴァランシア宮殿の主であった。

 

 レエブン侯の仕事の流れは大幅に変化した。

 仕事中は当然、昼食を宮殿で食べることになるのだが、その昼食は魔導国からやってきたホムンクルスのコックが振る舞う料理であり、この世のものとは思えない程に美味しく、また日替わりのおやつに舌鼓をうち、午後には1時間の昼寝休憩まである。

 

 彼の今の役職は魔導国リ・エスティーゼ州の州都であるリ・エスティーゼの行政と司法全般を司る州長官であった。

 他にも軍事全般を司る州軍司令官としてボウロロープ侯がいる。

 

 基本的にリ・エスティーゼ州は王国であったときの法律や慣習、その他制度を受け継ぎつつも、魔導国により廃止されたり、新設されたりした法律や制度なども多い。

 爵位制度もその一つであり、基本的に王国貴族達の爵位は魔導国においても、受け継がれた。

 だが、領地は根こそぎ魔導国の中央政府に帰属することになった。

 結果として、貴族に残されたものといえば、これまでの財産と屋敷と爵位のみであり、軍権や徴税権などは全て取り上げられ、単なる歴史ある金持ちという程度に成り下がってしまった。

 

 帝国がやったことを短期間で実施し、さらにそこから発展させた中央集権化だった。

 

 魔導国との力の差を知ってなお、反対した貴族や反乱を起こしそうになった貴族は未然に鎮圧され、魔導国に送られ――数日後には魔導国に対してとても友好的になって帰ってくる。

 

 彼らによれば非常によく魔導国を知ることができたとのことだ。

 

 一方で魔導国は多くの貴族達を官僚として取り立てた。

 レエブン侯やボウロロープ侯は無論、王国において六大貴族と呼ばれていた者達は魔導国においても何かしらの高い地位に就いている。

 

 今までは王派閥と貴族派閥に分かれて、政争に明け暮れていた2つの派閥は魔導国に対して、ともに協力してリ・エスティーゼ州の繁栄と発展に尽くすことになったのは盛大な皮肉にしか思えなかった。

 

 双方の派閥で反発した者は魔導国送りであり、数日後には派閥争いなど無意味、魔導王陛下とメリエル様に尽くすべし、という思想になっているのだから、いったい何をされたのか、想像もできない。

 

 

 

「何で、人間が統治していたときよりも良いんだろう」

 

 レエブン侯の疑問に答えたのは、ちょうど扉を開けた人物だった。

 

「人間共はくだらないことで、勝手に争うからに決まっているわ。あなた達の多様性は素晴らしいし、そこは認めるけど」

 

 その声にレエブン侯は思わずに身を固める。

 入ってきた人物は赤い髪が特徴的な、白いレディーススーツ姿の凛々しい女性だった。

 

「ノックをしたけど、返事がないから入らせてもらったわ」

「ああ、失礼した」

 

 何とかレエブン侯は言葉を絞り出す。

 敬語ではなく、普段通りの言葉遣いで構わないというのが彼にとって、唯一の救いだ。

 

 目の前の、それこそ国の運営なんぞ片手間にできそうな女性はメリエルが作ったホムンクルスだという。

 それほどのものを簡単に作り出すメリエルはレエブン侯からすれば、どれだけの叡智を持つのだろうか、ともはや想像すらできない。

 魔導王はそんなメリエルよりも叡智に優れていると言われており、最初から人間程度が小賢しい知恵を絞ったところで勝ち目などない。

 

「不足なものはあるかしら?」

 

 単刀直入に尋ねてくる女性――シンシアだが、レエブン侯は慣れたものだ。

 

「先日提出したリストの通りだ」

「そう。今日の午後、ホムンクルスが20体程、増えるから。好きなように使いなさい」

「分かった。頭脳系か?」

「そうよ」

 

 レエブン侯は割り振りを考える。

 確か、総務部門が不足気味であった筈だ、と思い出しつつ、感謝を告げる。

 

「数日おきに優秀な人材がまとまった数、送られてくるのはとても助かる。おかげで、リ・エスティーゼは王国であったときよりも、大いに発展している。無論、復興支援も非常に有り難い」

 

 リ・エスティーゼ州は広い。

 元々王国であった時ですら、人手は足りているとは到底言い難く、王の直轄領であっても、また六大貴族などの大貴族の領地であっても、まったく手付かずの土地というのは多く存在した。

 

 

 こんなに豊かで広い土地があるのに、宝の持ち腐れだ――

 

 

 かつて、魔導王と会談した際、溜息混じりに言われたことがレエブン侯の脳裏に蘇ってくる。

 アンデッドにすら、そんなことを言われてはもはや立つ瀬がない。

 

「当然よ。あなた達の使命は魔導国の為に州を繁栄・発展させること。その為には我々は勿論、御方々も援助を惜しまないわ」

 

 レエブン侯は力強く頷く。

 彼の元には魔導国から復興支援予算として、膨大な金塊が預けられている。

 それこそ、リ・エスティーゼ王国時代の年間予算など、足元にも及ばない程度に。

 

 しかし、直接に金塊を管理している財務部門はシンシアがトップであり、その部下は魔導国から送られてきたアンデッドやホムンクルスで構成されている。

 貨幣価値の下落を抑える為の措置ではあったが、実質的に魔導国が州の財務部門を独占している。

 だが、王国の財務部門よりも遥かに話が分かり、必要書類に記入し、計画書を提出すれば最短で翌日には予算をつけてくれる。

 

 かつてない程のスピードでリ・エスティーゼ州が変わりつつあるのはシンシアら財務部門の意思決定の速さも大きな要素だ。

 

 

 膨大な資金と豊富な人材、意思決定の速さ――

 

 

 どれもこれもがかつてレエブン侯が喉から手が出る程に欲しかったものが、今の彼にはあった。

 感情的な反発はないとはいえないがそれでも当初より遥かに小さくなっており、彼は現状に非常に満足していた。

 満足している理由は仕事だけではなく、プライベートにもあった。

 

 彼はなるべく定時に帰宅し、子供と一緒に遊んでいるのだ。

 次の長期休暇は家族で旅行に行く計画も密かに立てている。

 

 どうせ領地がないのなら、いっその事、少しでも子供といられるよう、王都に彼は新たに屋敷を購入していた。

 それが功を奏した。

 

 労働環境は州になってから、圧倒的に改善された。

 

「魔導王陛下も、メリエル様も、非常に慈悲深い方々だと常々思う」

 

 レエブン侯の言葉にシンシアは当然と頷く。

 

 

 ホムンクルスとアンデッド以外にはリ・エスティーゼ州において行政機関や司法機関、軍人などの極一部を除き、人間と亜人を対象に就業・終業時間の厳守と完全週休3日制が施行されている。

 それを適用除外にするには別途書類を提出し、従業員に対して割増賃金を払わねばならない。

 また元々適用除外とされている身分にある者も、なるべく早く帰宅するよう努力義務があり、更に基本給を高く設定する必要があった。

 

 それを破って無断で従業員を働かせたり、部下を働かせたりした場合は死ぬよりも恐ろしい罰則――ニューロニスト送り、恐怖公送りといったもの――がある。

 レエブン侯は、どこかに送られるのは罰則名から判断できるが、実際にどこに送られるかは怖くて聞けなかった。

 

 商人や経営者などはまた別途違う法律が適用されるが、その場合でも休みを取れ、長時間労働はダメというのが原則だ。

 

 レエブン侯もシンシアから聞いた話によれば、魔導王もメリエルも、人間や亜人などはそもそも体の作りが脆弱なので、よく休ませ、長時間労働をさせてはいけない、という考えらしい。

 

 

 また、予想していた亜人も、いきなり強烈なものではなく、エルフやダークエルフといった人間にかなり近い外見の面々であった。

 ダークエルフなんぞ、初めて見たというのが一般的な感想だったが、そのダークエルフ達は最近、国ごとトブの大森林に越してきたらしい。

 彼らからすれば戻ってきた、ということらしいが。

 

 さてアンデッドに関しては、色々と不安の声も聞かれていたが、労働や警備に従事している姿に慣れてしまったようで、最初ほど多くは聞かれない。

 統計的には、州になってから今に至るまで魔導国のアンデッドが人間を襲ったという件数はゼロであり、むしろ人間が人間を襲うもの――いわゆる強盗であったり窃盗であったり――が多く発生し、大抵の場合は巡回していたデスナイトに捕らえられている。

 

 その影響もあり、アンデッドを商売に活かそうと、商人達はこぞって魔導国とアンデッド利用に関する契約を結び始めているという。

 

 そして、そのアンデッドをいち早く商売利用することで急激な成長をしている商会があった。

 その商会とは複数の国家に跨る巨大複合商会セブンシスターズ。

 7つの商会によって構成されているが、その実態は魔導国の国営商会ともいうべきものだ。

 その最高経営責任者というのがシンシアの本来の立場である。

 

 彼女がリ・エスティーゼ州長官の顧問をしているのは本当に片手間のことだった。

 

 

「問題や不足するものがあったら、すぐに教えて頂戴。報告を躊躇するような権限はあなたには無いわ」

「分かった。ところで、質問なんだが、魔導国の中央政府とやらは何処にあるのか?」

 

 前々からの疑問であった。

 基本的に用があるときは向こうからこっちにやってくるのが魔導国のやり方で、こちらから出向くということはまずない。

 反抗的な貴族達は連れて行かれたのだから、存在しないということはないだろう。

 

 するとシンシアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「魔法的な防御が施されているから、普通の者では見つけることすらできないわ」

 

 答えにレエブン侯は納得し、頷いた。

 そして、そこまで慎重を期し、決して油断も慢心もしていない魔導王を彼は素直に心の中で称賛する。

 

「それじゃ、失礼するわ」

「ああ、また、よろしく頼む」

 

 レエブン侯はシンシアを見送り、執務机の上にあるものを見つめる。

 

「パパン、頑張るからね。見ていてね、リーたん」

 

 メリエルの好意で送られたマジックアイテムで記録されたものであり、そこには彼の溺愛する息子の満面の笑顔が映っていた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガゼフは複雑な思いであった。

 今、彼とその戦士団は元国王であるランポッサ三世の護衛役だ。

 

 王都の郊外にある屋敷をランポッサ三世に魔導国側は用意した。

 

 ガゼフ達以外の、国王を慕っていた近衛兵や騎士なども、魔導国側は共にいることを許した。

 それは魔導国側の自信の表れともいえるし、また何もできないだろうという考えもあっただろう。

 

 そして、それは事実だった。

 たとえガゼフが、それこそ100人いようと、魔導王が適当なアンデッドでも送り込めばそれだけで終わる。

 むしろ、処刑などされず、余生を穏やかに不自由なく過ごすことを許されただけでも、敗戦国に対する扱いとしては慈悲深いと言えるかもしれない。

 

 とはいえ、ランポッサ三世はこの屋敷で過ごし始めてから、明らかに元気になったのだ。

 国王という重荷を下ろしたことが、その原因かもしれないし、魔導国側から提供される食事や菓子類が非常に美味であることも原因かもしれない。

 

 また、彼を複雑な思いにさせているのはランポッサ三世だけではなく、彼とブレインが目にかけていたクライムだ。

 

「クライムとラナー王女は元気にやっているだろうか……」

 

 ラナーはメリエルの側室として、魔導国に迎え入れられたのだ。

 クライムはそのお供として、ついていくことが許された。

 

 メリエル様も女ですし、大丈夫ですよ、と言っていたラナーの顔が忘れられない。

 

 確かに、変なことにはならないだろうが、それでもガゼフには心配だった。

 

 彼は手元にある1枚の書状に目を向ける。

 

 ボウロロープ侯からのものであり、彼とその戦士団をリ・エスティーゼ州軍の中核部隊として迎え入れたい、報酬も待遇も好きなだけ言って欲しい、というものだ。 

 

 ガゼフとしてはランポッサ三世の護衛として過ごす、と決めている。

 だが、配下の戦士達を、ここで腐らせるのは惜しいとガゼフとしては思うが、彼に似て戦士団の面々は皆、頑固であり、ガゼフについていくと言って聞かなかった。

 

 もっとも、いつまでもそうはいかないだろう。

 ガゼフとて、ランポッサ三世が高齢であることは理解できている。

 いずれは身の振り方を考えねばならない。

 

「……ブレインは今、帝国だったか」

 

 単純にボウロロープ侯よりも早く、帝国が彼を引き抜いていった。

 それだけの話で、定期的に送られてくる手紙によれば、彼は今や帝国四騎士であった重爆の後任として勤めているとのことだ。

 驚くことに、そこまでの高い地位に就けるよう、推薦したのが魔導国のメリエルだという。

 どういう思惑があるのかは計り知れないが、ブレインは推薦など無くとも、その地位に就けただろう、とガゼフは思う。

 

「ブレインに相談してみるか……」

 

 そう呟きながら、ガゼフは今のリ・エスティーゼ州に思いを馳せ、そして溜息を吐いた。

 

 王国時代と比べて、州になってからリ・エスティーゼは変わった。

 良い方向に。

 

 外圧に頼らねば変わることができなかった王国に、ガゼフは複雑な思いだった。

 

 

 



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終わった2人の関係

 

 ンフィーレア・バレアレは非常に忙しかった。

 

 魔導国の領土となった後、店に魔導王が直接、尋ねてきた。

 傍らに美しいメガネを掛けたメイドを伴って。

 

 そして、2人に赤いポーションを見せ、こう言った。

 

 資金も物資も何もかも必要なものは用意する。

 だから、挑戦してみないか――?

 

 そう言われて、2人がやらないわけがない。

 

 それ以降、毎日祖母と共に赤いポーションを作り出そうと躍起だった。

 

 店の方は魔導国から派遣されたホムンクルス達が売り子をしてくれている為、問題はない。

 

 

 朝から晩まで、睡魔に襲われて倒れるくらいまでリィジーもンフィーレアも赤いポーション作りに夢中だった。

 とはいえ、ンフィーレアも男である。

 

「疲れた……」

 

 ぐったりとした彼を優しく膝枕するのは美しいホムンクルスの少女だった。

 彼女は魔導国から派遣された売り子の一人で、ンフィーレアと同い年だと言う。

 

「ンフィー、お疲れ様。今日はゆっくり休んで」

「うん……ありがとう」

 

 答えながら、自分のどこに惹かれたんだろう、とンフィーレアは思う。

 薬師ではあるが、少なくとも男として魅力的とは言えないと彼自身、思う。

 

「ところで、僕のどこに……?」

「ひたむきに、努力するところかな。そういうところとか、あと優しくて真面目で……」

 

 聞いたンフィーレアが恥ずかしくなってきた。

 

「だから、私、あなたと一緒になりたいなって」

 

 最後の最後にとんでもない発言が出てきた。

 ンフィーレアは眠気や疲労が一瞬で吹き飛んだ。

 

「ぼ、僕の方こそ! 君みたいな、綺麗な人と一緒に!」

「幼馴染のエンリさんはいいの? あなたがエンリさんについて、教えてくれたとき、そういう感じがしたんだけど……」

「え、エンリは……その、うん……」

 

 幼馴染のエンリはンフィーレアは幼い頃から好きだった。

 ろくに目も合わせられないが、それでもどうにか友人になることができたのは幸運だったと今でも思う。

 

 しかし、ここ最近はカルネ村に行くこともなくなった。

 魔導王の配下が、ほぼ毎日必要な材料を持ってきてくれるからだ。

 

 エンリのことが好きだとンフィーレアは今でも思う。

 けれど、今、自分の前にいる少女はどうだろうか。

 

 売り子としてやってきて、それから何だか仲良くなって、そして、今では恋人のような関係になっている。

 ンフィーレアも彼女も告白はしていないにも拘らず。

 

「……やっぱり初恋は叶わないものなのかな」

 

 悲しげな、小さい声が聞こえてきた。

 ンフィーレアは彼女から、色々と身の上話を教えてもらっている。

 その中には、女ばかりのところだった為、恋をしたことがない、というものもあった。 

 

 ンフィーレアは悩みに悩む。

 

 エンリか、目の前の彼女か――?

 

 先延ばしにする、という選択肢がないことを彼は直感的に悟っていた。 

 

 そして、ンフィーレアは決断した。

 決め手は、一緒にいた時間だ。

 

 彼女と出会ったのは最近だが、それでもエンリと過ごした時間と比較すれば、エンリよりも彼女の方が長い時間、共に過ごしていた。

 

 彼女達売り子はバレアレ家の空いている部屋に寝泊まりしているから、それも当然だったが。

 

 

 さようなら、僕の初恋――

 

 ンフィーレアは心の中で呟いて、やっぱり初恋は叶わないものだ、と思う。

 だが、女の子を泣かせるのが良くないことくらい、ンフィーレアだって知っている。

 

「……僕は、君を選びたい」

 

 彼女は信じられないといった顔を見せ、やがて笑みを浮かべながら、涙を流す。

 それは決して悲しいものなどではなく、嬉しさのあまりに。

 

「末永く、お願いします」

 

 

 

 

 ンフィーレアをベッドに送り、彼女は自室へと戻る。

 部屋では他の売り子達が待っていた。

 彼女は部屋に入り、鍵を閉めて告げる。

 

「メリエル様にご報告を。ンフィーレアが落ちました、と」

 

 即座に売り子の一人により、スクロールが発動され、伝言(メッセージ)がメリエルへと飛ばされる。

 報告がされている中、別の売り子が尋ねる。

 

「本当に愛しているの?」

「ええ。ンフィーのことは心から愛しているわ。彼に尽くしたいし、子を産みたい」

 

 くすくすと笑う。

 確かにその通りだ、と、しかし、それにも例外がある。

 その意図を、彼女は正確に読み取っていた。

 

「でも、メリエル様は例外よ。創造主たるメリエル様に求められて、拒むわけがないでしょう?」

 

 あなた達もそうでしょう、と彼女が問いかけると同意の声が上がる。

 

 魔導国――というより、モモンガの要請を受けてメリエルが作って派遣したホムンクルスは5名。

 その全員が、優秀だとされた上で、更に次のように設定が作られていた。

 

 

 

 ンフィーレア・バレアレを心から愛し、尽くす。

 しかし、創造主たるメリエルには、いかなる場合も揺らぐことのない絶対の忠誠を誓っている。

 その忠誠心は、たとえンフィーレアを自らの手で拷問し、殺したとしても何ら影響することはない――

 

 

 

 

 最初の1人が成功したら、残る4人も、ンフィーレアに対してアプローチを仕掛け、合計5人の妻を娶るように仕向けることになっていた。

 ひとえにそれはンフィーレアに対する魔導国の鎖であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットは忙しかった。

 メリエルとの連絡役となり、彼女は今日も今日とて、魔導国から派遣されてきたアンデッドやホムンクルス達と協議をし、今後の村の方向性について議論を交わす。

 

 たまにメリエルに呼ばれると、村についてアレコレ尋ねられる。

 

 その後には抱かれるのだが、立場的にエンリに逆らえる筈もない。

 

「別に嫌ってわけじゃ、ないのよね」

 

 エンリは連絡役としては初めてメリエルに会ったときのことを思い出す。

 

 あのときに、誘惑されて、なし崩し的に関係を持ってしまった――ついでにメリエルが両性具有であることも知ってしまった――が、むしろエンリとしてはメリエルに誘惑されて、雰囲気に流されない人間など世界中で数えられる程ではないか、と自己弁護する。

 

 初めてって痛いらしいけど、凄く気持ち良くて満足できたし――

 

 エンリはそんなことを考えながら、次の仕事に取り掛かる。

 今度は慣れた仕事――農作業だ。

 

 アンデッドが耕したりはしてくれているとはいえ、どうしても単純な作業しかできない。

 その弱点を埋めるのがエンリや他の住民達の役目だ。

 

 デスナイトが警備にあたっている姿を横目で見ながら、エンリはぐーっと伸びをする。

 

「平和っていいなぁ……」

 

 エンリはそう思いながら、ネムについて考える。

 

 聞いた話によれば、メリエルは気に入った者には不老不死の薬を飲ませるとのことだ。

 エンリは自惚れではないが、気に入られていると感じている。

 

 村に来るルプスレギナやソリュシャンなどからは、まだもらっていないの、と驚かれたりするから、もらえるだろうとエンリは予想する。

 

 しかし、妹のネムが老いていく一方で、自分は16のまま、永遠を過ごすというのは、ちょっとエンリには耐えられそうにない。

 

「ネムが私と同い年くらいになったら、本人に聞いてみようかな」

 

 ネムがエンリと一緒がいい、と言ったなら、エンリはメリエルに不老不死の薬をもらうつもりだ。

 どんなことでもするから、とお願いして。

 

「ただ何となく、たとえば100年くらい経っても、私はここで農作業をしているような気がする。村長やりながら」

 

 それは幸せなような、それでいて不幸なような、何とも微妙な未来像だった。

 

 



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現実でのメリエル

 

「クライムには失望しました」

 

 ラナーはメリエルの私室で拗ねていた。

 メリエルはけらけらと笑う。

 

 領土の内政が一段落し、また聖王国に対する準備が整い、あと数日のうちにメリエルは聖王国に向けて出立する。

 これまでの仕事から解放されたメリエルは出立前の短い休みを楽しんでいた。

 

 そんな中、ラナーはやってきた。

 大量の愚痴を身に秘めながら。

 

「私がナザリックにやってきた夜、早速迫りました」

 

 ラナーは思い返す。

 あの衝撃的な夜を。

 

 

 

 

 クライム、メリエル様は確かに女性ですが、それでも私は処女を散らすかもしれません――

 

 初めてはあなたに捧げたい――

 

 

 

 

 

 雰囲気といい、自分の表情といい、台詞といい、完璧だったとラナーは今でも自負している。

 そんなラナーにクライムは全面降伏をするしかなく、ベッドの上に戦場は移行したのだが――

 

「いやー、さすがの私もまさかクライムが入れる前に……っていうか、あなたが触った瞬間に暴発するなんて、予想外だったわ」

 

 大爆笑のメリエルにラナーはぽかぽかと彼女の体を叩く。

 

「笑い事じゃありません。何なんですか、男ってみんなああなんですか?」

 

 いかに明晰な頭脳であっても、さすがに一般男性の性的な事情なんぞ分からない。

 

 自分が拾ってからのクライムの行動は完璧に把握していた、と言っても過言ではないラナーは、初めての女となる自分にクライムもまた初めてを捧げ、2人は幸せなキスをしてめでたしめでたしとなる予定だったのだ。

 

「黄金の頭脳でも分からないの?」

「分かりません。本当に。ですから、教えてください」

 

 どうやら本当に分からないらしいラナーにメリエルは笑いを抑えて、告げる。

 

「私の予想だけど、クライムってあなたの為に鍛錬ばっかりしていたでしょう?」

「当然です」

「で、娼婦とかそういう子と経験したこともない」

「勿論です」

 

 肯定するラナーにメリエルはにんまりと笑って告げる。

 

「ねぇ、ラナー。性欲って、運動とかすると昇華されてスッキリしてしまうみたいよ?」

「……え?」

「で、女性経験のない、なおかつ性欲を昇華していないクライムが、大好きなラナーに迫られたら、そりゃ暴発するでしょうよ」

「あ……」

 

 ラナーは己が調教に失敗していたことに気がついた。

 

「クライムって王国時代、自慰をしたことはあった?」

「私の把握する限り、ありません……」

「自慰もしたことがないってことは、排泄以外で自分で触ったこともない……生まれて初めて触られるのがあなたっていうのは幸運というか、不幸というか……そりゃ暴発するでしょう」

「2回も暴発するって言いましたね……」

「大事なことなので」

 

 ラナーは項垂れた。

 あまりにも性的なことから遠ざけ過ぎてしまった、と。

 

 彼女の頭脳は今に至るまで、一線を越えることができていない原因は、そこにあった、と結論づけていた。

 

「で? 何回失敗しているの?」

「13回」

「うわぁ……」

 

 メリエルはドン引きだった。

 その反応はラナーにとって予想できたものであり、自嘲気味に笑う。

 

「1ヶ月前の13回目、私はこれまで以上に準備を整えたんですよ? 自分で濡らして、すぐに入れられるように」

「で?」

「これまでより、大きな進歩がありましたが、ダメでした……あてがった瞬間に……」

 

 入り口で暴発されたラナーは後始末が非常に大変だった。

 場所が場所だけに、あちこちが汚れてしまったのだ。

 

 これまで以上に絶望し、怯えたような目を向けてくるクライムを見ることができたのはラナーにとって幸運であり――その顔に彼女はとてもゾクゾクしてしまった。

 

 1ヶ月前であっても、鮮明に思い出せるその顔にラナーの胸は高鳴る。

 それ以来、性的なことはしていない。

 悶々としているだろうクライムを想像すると、ラナーは頬が緩んでしょうがなかった。

 

 

 もしやと思ってラナーにメリエルは問いかける。

 

「こっちに来て、初めての夜以降、クライムって自慰をしているの? さすがに衝動が抑えきれないと思うんだけど……?」

「おそらく、していないと思います」

「ということは、彼は王国時代のような激しい鍛錬とかもせず、日がな一日、あなたとお喋りか、あなたの部屋にいて警備みたいなことをしているだけ……そりゃ溜まりに溜まって、あなたが仕掛けたときに暴発するに決まっているわ」

「また暴発するって言いましたね……」

「事実じゃないの」

 

 メリエルにばっさりと言われ、ラナーは再度、項垂れた。

 

「で、どうするの? このまま、クライムが性的なことに慣れるまで待つの? 色々教育すれば、すぐだと思うけど」

「いいえ」

 

 予想外の答えにメリエルは軽く驚いてみせる。

 そんな彼女にラナーは告げる。

 

「メリエル様、どうですか? 以前、仰られていた寝取りプレイ、してみませんか?」

「私は良いけど、その思考に至った根拠は? あいにくと、あなたほど、頭が良くないので」

 

 メリエルの言葉にラナーはくすくすと笑う。

 

 モモンガともナザリックに来た際、ラナーは直接に相対した。

 だが、彼女の印象としては支配者として振る舞っている庶民といった具合だ。

 

 もしかしたら、そのように見える演技であったかもしれないが、ともあれ、ラナーからするとモモンガよりもメリエルのほうが余程に脅威であった。

 

「御冗談を。私の考えることはあなたには見透かされているように、私は感じます」

 

 そう言いながら、ラナーはいつも纏っている偽りの仮面を取る。

 瞳の輝きが欠けた、彼女本来の表情が露わになる。

 

 しかし、メリエルは平然としている。

 

 初めて見えたときに彼女はラナーの本性を見抜いて、そしてこの顔を見ても、全く動じなかった。

 それは演技などではないものだ。

 

「メリエル様、どうですか? そろそろ、あなたも仮面を取っては。私も、自分よりも上という相手に尽くすというのは吝かではありません。たとえば、私にとってのクライムのように」

 

 そう問いかけるラナーとしては好奇心であった。

 藪蛇になる可能性もあったが、しかし、メリエルは仮面を取るという可能性が高いと。

 

「仮面と言っても困るわ」

 

 メリエルは困り顔だが、しいて言えばと口元に手を当てて、笑みを浮かべる。

 

 ぞくり、とラナーは鳥肌が立った。

 

 何かが変わったというわけではない。

 しかし、その笑みの質はこれまでメリエルが浮かべたものの中で異質であった。

 

 おぞましくも美しい、歪んだ笑みだ。

 

「ただ、見せていない、昔の私というものは存在する。それを知りたいの?」

 

 悪魔の呼び声のように、ラナーには思えた。

 

「はい、それを知りたいのです。代価には私を捧げましょう」

 

 ラナーの胸にあるのは喜び。

 ただ自分と同じか、それよりも上という存在がある、と。

 

 誰一人として、理解されなかった。

 ナザリックの人外の者には、ようやく理解されたが、所詮は利用し合うだけの関係。

 

 しかし、メリエルは違う。

 彼女はラナーに対して一歩も二歩も踏み込んできた。

 それはラナーにとって、初めての経験だった。

 

「モモンガやアルベド達にも、いずれは話しておかないとと思っていたけど、まさかあなたが最初とはね」

「ふふ、メリエル様の初めては私が頂きました」

 

 ラナーの言葉にメリエルは笑みをますます深めて、そして告げる。

 

「大貴族の長男はどんなに無能であっても、領地も家臣も継げる。しかし、発展は疎か、維持はできない。さて、それが我慢できない家臣は何をやるかしらね?」

 

 ラナーは一瞬でメリエルの言わんとしていることが理解できた。

 それは自分にも理解できるよう、表現を変えられているのだろう。

 

「下剋上ですね」

「ええ。可哀想なことに、悲劇的な事故で死んでしまったのよ。ねぇ、ラナー。あなたの知らない世界ではあなたと同じくらいの輩は存在する。でも、あなたみたいに善悪の判断がついた上で、敢えてそれを成す輩は少ない」

「メリエル様はどちら側でしたか?」

「私はついたほうと思いたいわね。権力と武力、その二つを持った輩は善悪の判断というものはつかなくなる。私は庶民には何もしていないわ」

 

 その言い方に、ラナーはくすり、と笑う。

 

「逆らう庶民は?」

 

 メリエルの笑みが穏やかなものになった。

 ラナーはその穏やかな笑みが先程の笑みよりも、恐ろしく感じる。

 

「ラナー、そういうのはね、庶民とは言わないわ」

 

 子供に言い聞かせるように、優しくメリエルは告げた。

 ラナーはピンときた。

 

「メリエル様、あなたはその組織において、死刑執行人でしたか?」

「ええ、そうよ。ただ、私が直接首を落とすということはなかった」

 

 ラナーは、その言葉に完全にメリエルを理解した。

 

 それこそ八本指における六腕みたいなもので、六腕に命令を下す立場にある存在だと。

 その地位に上り詰める為には、どれだけの組織内部での権力闘争があったか、そして、そこから更に無能なトップを事故死させるまで、どれだけの手回しがあったか。

 無能なトップであっても、忠義を尽くす輩はいただろう。

 そういった輩を如何にして取り込むか、あるいは始末したか。

 

 ラナーは容易に想像ができてしまう。

 

「有能か? 無能か? 敵か? 味方か? 中立だとしても、敵寄りか? 味方寄りか? そいつの持っている人脈は? 性格は? 家族構成は?」

 

 流れるように、メリエルは告げる。

 ラナーは彼女をじっと見つめる。

 

「そういったものを短期間で見抜かないと、ダメよ。あなたみたいな頭の良い輩は使いやすくて分かりやすいから、便利だった」

 

 ラナーは笑い、そして、そのままメリエルの傍へと歩み寄り、その横に座った。

 そして、そのままメリエルに抱きついた。

 

 ラナーは胸いっぱいにメリエルの匂いを吸い込む。

 嗅いだことのない、良い匂いだった。

 

 その行動にメリエルは問いかける。

 

「私の答えは満足いくものだったかしら?」

「ええ、とても満足できました。そのような環境下で、色々と育まれたのですね」

「要するに、人の顔色を窺っていただけよ。私の頭、そこまで良くはない」

 

 ラナーはメリエルの耳元でくすくすと笑う。

 

「ですけど、人を使いこなすことはできる。私も、使われてみたいですね」

「それは嬉しいわ。あなたを使えるなら、色々と便利だし……というか以前、クライムとの生活の代価として世界征服するから協力してって言った記憶があるんだけど?」

「それはあくまで協力です。私はあなたの部下となって、扱き使われたいんです。私を好き放題できるなんて、あなたくらいしかいませんよ?」

「私が断らないって分かって言っている癖に」

 

 口を尖らせるメリエルにラナーは勿論です、といつも通りの、仮面の笑みを浮かべて答える。

 

「それとメリエル様。アルベド様達に、今すぐこのことをお伝えしましょう。モモンガ様は後回しで構いませんが、アルベド様達には伝えておいたほうが良いです」

「やっぱり、そうなるわよね」

 

 予想されていた、とラナーは思ったが、驚きはない。

 

 頭が良くない――

 それは謙遜だ、とラナーは確信する。

 

 馬鹿や無能では、たとえどれだけ人の顔色を窺って、ゴマスリが上手くても、それこそ権力者の子供などでなければ、その地位に上り詰めることができなかっただろうに。

 

 そして、権力者の子供がゴマスリをするなんぞ、到底無理なものだ。

 権力者の子供――例えば庶民の味方とされている心優しき王女のラナーであっても、行動規範というものが存在する。

 それは単純であるが故にもっとも重要で、その規範とは他の者に舐められ、侮られるような行動をしてはならないというものだ。

 子供だけでなく、親に、そして程なく一族全てが侮られ、やがては求心力の低下を招き、反乱を呼び込んでしまう為に。

 

 ラナーはそういうものを己の損得だけで、乗り越えられるが、彼女は自身が特殊な例だと理解している。

 大多数の権力者にとって、その行動規範は絶対であり、幼少期からの教育により刷り込まれ、無意識のうちにその規範を破らぬように行動すると考える。

 

 そして、ラナーはメリエルについて最終的な判断を下す。

 

「昔のあなたは、まるで権力を求める獣のようですね」

  

 言われたメリエルは思わず、ポカンとして目をパチクリと瞬かせる。

 その顔にラナーはくすくすと笑う。

 

「……それ、部下とかにも言われた記憶があるわね。権力に取り憑かれた野獣だって。でも昔の私は仕事のときは、ただ、自分に利があるかないかで判断していただけよ。勿論、誰にだって基本は友好的に接したわ」

 

 大昔に、野獣呼ばわりされた男をメリエルは知識として知っている。

 しかし、いくらなんでも、あそこまで歪みきってどうしようもない性格ではなかったし、友人もそれなりにはいた。

 結婚はしておらず、恋人などもいなかった為、女遊びも結構していたが、問題はない。

 あの金髪の野獣は結婚していた上で、派手に浮気をしていたのだから、大違い。

 

 ただやっている仕事が似ているというだけで、えらい風評被害だと笑ったものだ。

 

「ところで、今の私は獣ではないかしら?」

「神という、この世でもっとも大きな権力を手に入れていますからね。ベッドの上では獣でしょうけど。あなたも、そしてアインズ様も、元々は人間でしょう?」

 

 そこまで見抜いてきたラナーであったが、メリエルはくつくつと笑う。

 

「ラナー、良いことを教えてあげるわ。人が神を作るのよ」

「至言ですね。誰の言葉ですか?」

「この世界で言ったのは私が最初だと思うから、私ってことにしといて。なんかほら、そういうのがあったほうが、神様らしいでしょう?」

 

 メリエルはそう言って笑う。

 ラナーは笑いながらも、その瞳はまっすぐにメリエルを向いている。

 

 ようやく、自分と同じような存在がいた、と。

 

 もっと早くに出会っていれば、楽しかったのに――

 

 ラナーは悔しがるも、どうせ自分に不老不死の薬を渡してくるのは目に見えているので、これから先の長い時間、共に過ごせることを喜ぼうと前向きに考えた。

 

「ああ、そういえば、ラナー。あなたはアインズ……我々は愛称でモモンガって呼んでるけど、ともあれ彼をただの庶民とか凡人って思っているみたいね?」

 

 メリエルはそう言って、ラナーの瞳を真っ直ぐに見据える。

 

「この私や、他にも私と同程度の奴らを彼はとてもよく、従えていた。我々は彼以外の下にはつかなかった。その意味を、聡明なあなたなら理解できるでしょう?」

 

 問いに、ラナーは目を見開き、そして吹き出した。

 彼女の笑い声が室内に木霊する。

 

「そのことには思い至りませんでした」

「どう思っていたの?」

「メリエル様が黒幕で、アインズ様は傀儡だとばかり……だって、なんかこう、彼は支配者の演技をしているようで」

「まあ、彼の性格は庶民的だからね……」

「あ、そこは否定しないのですね」

「だって本当だもの」

 

 ラナーとしては予想外も良いところだった。

 何かしらの、どうやら特殊な経緯がありそうだったが、さすがにラナーであっても分からない。

 

「で、離間工作とかする?」

 

 ほんの一瞬、ラナーの頭に浮かんだことをメリエルは問いかけてきた。

 

「私の心を読むとか、そういう魔法を使っていますか?」

「使ってないわよ。ただ、昔の経験で」

「されたんですか?」

「されそうになったけど、叩き潰しといた」

 

 メリエル様らしい、とラナーはくすくすと笑う。

 

「それじゃ、ラナー、とりあえずアルベド達に伝えるから、一度退室して、寝取りのアレコレを……そういえば何で寝取りを?」

 

 大回りして、戻ってきた話題にラナーは妖艶な笑みを浮かべる。

 

「クライムが絶望し、怯えた顔、想像以上に興奮できたので……シナリオとかはバッチリ任せてください」

 

 そう言って、ラナーはメリエルの私室から出ていった。

 

 メリエルはラナーを見送り、軽く溜息を吐いて伝言(メッセージ)をつなげた。

 

 アルベド、デミウルゴス、そしてパンドラズ・アクターだ。

 

 至急の話があるので、すぐに来て欲しいと伝えた。

 

 

「まずは3人に話して、最後はモモンガか……」

 

 気が重かった。

 

 以前、彼には中間管理職とか企業の偉い人とか、まぁまぁの地位にあった、と言ったが、それらは謙遜を多く含んでいるが、一応嘘ではない。

 上層部と部下との間に板挟みというスラング的な意味での中間管理職としてなら間違ってはいない筈だ。

 管理職の指揮下にある管理職という、本来の意味で考えると間違いではある。

 

 勤めていた企業は誰だって知っているだろう世界的な巨大複合企業で、メリエルが大きな仕事をしたときはネットでよく騒がれたものだ。

 

 とはいえ、気が重いのはもう一つある。

 リアルでのウルベルト・アレイン・オードルについてだった。

 

 ベルリバーについては残念だったとメリエルは思う。

 彼は運が悪かったとしか言いようがない。

 

 メリエルは部下達に命じて、漏れた情報を握った輩を事故死させた。

 本来なら、そういう小さい仕事はメリエルにまで上がってこないのだが、漏れた情報が極めて不都合なものだった為、万が一があってはならないという役員達からの指示だ。

 

 事故死させた輩が万が一、別の場所に情報を流しているのではないか、とメリエルは部下に指示をし、捜索させた。

 

 そして、彼が所持していたパソコン内から出てきた諸々のデータから、彼がギルドのメンバーであるベルリバーであったことが判明した。

 

 更に、彼が情報を流した相手を探って、掴んで調査してみればそれはウルベルト・アレイン・オードルだった。

 

 こういう仕事をしていれば、そういうこともある。

 友人が、知人が、処理のターゲットになることは。

 

 だからこそ、割り切りはしなければならない。

 とはいえ、そもそも既に事件が起こったときはユグドラシルの終末期で、かつての仲間達である39人はアカウントを消しての完全引退かアカウントだけは残っているもののログインは長いことしていない事実上の引退状態だった。

 少なくともメリエルにとって、彼らとの繋がりは完全に切れていた。

 

 ウルベルトの処理は警察に情報を流して、任せた。

 理由は簡単で、動きがあると予想された日はユグドラシルの最終日だったからだ。

 

 もし万が一、警察側にたっち・みーがいたら、ウルベルトとの対決ということになるかもしれなかったが、さすがにそんな偶然はないだろうとメリエルは当時、考えたものだ。

 こんな事態になるとは思ってもみなかったので、どんな結果になったかは分からないが、メリエルとしてはもう関係ないことだった。

 

 地位も権力もカネもあった。

 しかし、メリエルにとってリアルとは、くそったれな世界だったと改めて思う。

 

 

 

 扉が叩かれた。

 

 その音にメリエルは回想をやめ、許可を出せば扉が開かれ、呼び出した3人が入ってきた。

 

 しかし、あの歪んだ笑み、ラナーにも通用したから、頑張って研究した甲斐があったな――

 

 相手を恐怖させる為に頑張って研究したメリエルの成果の一つだった。

 どうしてもそういう仕事をしていると、舐められないようにする必要があるので、仕事上必要なスキルだった。

 

 ついでなので、この3人にも試してみようとメリエルはラナーにも披露した歪んだ笑みを浮かべてみせる。

 

 3人が目を輝かせた。

 3人のうち、パンドラズ・アクターに至っては大げさな身振り手振り付きだ。

 内政計画を進めるにあたり、1秒でも時間が惜しいからそれはやめて、とメリエルが言って一時的に収まっていたが、計画が完遂された今では彼を阻むものは何もない。

 

 もうちょっと怖がってほしいんだけどなぁ――

 

 メリエルはそう思いつつ、口を開く。

 

「さて、あなた達には私の昔話を披露しておくわ。私のリアルでのことと、そして、ウルベルトについて」

 

 メリエルはラナーに話したことと同じ内容を語る。

 3人に対しては特に警戒する必要もないので、彼女としては気楽に話せた。

 その過程で、メリエルが最初に語った宇宙的な脅威云々というのが3人全員に嘘だと見抜かれていることにも気づいたが、プレアデスの3人が気づけて、この3人が気づかないわけがなかったので、特に驚きはなかった。

 もしくはその3人が見抜いて、教えたのかもしれない。

 

 彼ら以外の、他のシモベにバレていても、おかしくはないとメリエルは思ったが、些細なことだった。

 

 

 さて、メリエルの昔話を聞いた結果、3人からは彼女は畏敬がこれでもかと込められた視線を向けられた。

 特にアルベドは凄まじく、興奮のあまり黒い翼がばっさばっさとこれでもかと動いている。

 

 そんな彼女にメリエルは苦笑しながら、デミウルゴスへ視線を向ける。

 メリエルは彼の宝石の瞳を見据え、告げる。

 

「デミウルゴス、ウルベルト・アレイン・オードルについて、端的に言うわ」

 

 その言葉に彼もまたメリエルの視線を真っ向から受け止める。

 

「彼は公共の敵(パブリック・エネミー)として、最後まで悪を貫いた」 

 

 デミウルゴスはその一言でもって、自身の創造主に何が起きたかを理解する。

 

 昔話からメリエルは体制側でいわゆる正義とされる側、メリエルの言葉によればウルベルトは反体制側であり、体制側からみれば悪であることなど、容易に想像できた。

 

 デミウルゴスは深く頭を下げた。

 

「ウルベルト様は己の信じる悪を、貫かれたのですね」

「私を恨むかしら?」

 

 問いに、デミウルゴスは「まさか」と否定し、頭を上げた。

 

「悪を成すからには、己の結末も考慮の上。メリエル様がされたこともまた、立場からすれば当然のことでしょう」

 

 デミウルゴスは平然とそう告げるが、どうにも泣いているように見えた。

 涙が流れているわけではなかったが、メリエルにはそう見えた。

 だが、それを指摘するのは野暮というものだ、と彼女は思う。

 

 男の涙とは他人に見せないものだ。

 

「……私を殺したくなったら、いつでも来てほしい。あなたにはその権利があるわ」

 

 だからこそ、メリエルはそう告げる。

 創造主を殺したも同然なのだ、そうする権利は彼にはあるとメリエルは考える。

 

「それこそ、ご冗談を。むしろ、私が悪を貫くことは……いえ、これは正しくありませんね。ああ、私としたことが、何とも言葉がうまく出てきません」

 

 忠誠を捧げる相手が自身の創造主を殺した――

 

 デミウルゴスといえど、予想などできよう筈もないリアルでの事情。

 割り切ることなど到底できない。

 

「デミウルゴス様、遺恨などないよう、スッキリとさせておいたほうがよろしいかと思いますよ?」

 

 パンドラズ・アクターは、そう告げた。

 それで彼が何を言いたいか、理解できた。

 

 故に、メリエルは両手を開き、受け入れる姿勢となる。

 その際、彼女はアルベドに伝言(メッセージ)を飛ばし、一撃はけじめとしてもらうことを強く命じる。

 

 デミウルゴスは深呼吸をする。

 

 なんて、お優しい方だと彼はメリエルを心からそう思う。

 

 最後まで残られた上に、さらに創造主たるウルベルト様の最期を知らせ、さらには自分を殺す権利があると仰られたのだ。

 

 同時に、パンドラズ・アクターにも彼は感謝する。

 

 メリエルを殺すなどというのはデミウルゴスからすれば強さの桁が違うが故に、また心情的にも無理であり、とはいえ、このまま何もせずに終わらせるのもどうにも消化不良であるのは間違いない。

 

 そこで、パンドラズ・アクターがすかさず提案してくれた。

 一発殴って終わりとする。双方、それで恨みっこなしと。

 

 とはいえ、デミウルゴスにも懸念がある。

 アルベドの存在だ。

 殺気などは感じないが、それでも剣呑な視線を向けてきている。

 

「アルベド、私の防御力の高さを知る機会だと心得て欲しい」

 

 メリエルの言葉にアルベドは渋々といった顔で頷いて、そっぽを向いた。

 

 デミウルゴスは苦笑してしまう。

 とはいえ、彼としてもこればかりは譲れなかった。

 

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

 

 デミウルゴスの片腕が膨れ上がり、瞬く間に数倍する大きさとなる。

 彼は消化できない諸々の感情を拳に込めて、思いっきりメリエルを真正面から殴った。

 

 感触としては、硬い壁を殴ったような、そんなものだった。

 

 デミウルゴスはただちに拳をどかして、更にその大きさを元に戻す。

 メリエルの額のあたりから、ほんの僅かに出血しているのが見えたが、それも一瞬にして消え去った。

 

 メリエルのアクティブスキルの自動回復により、ちょっとした傷では意味をなさないのだ。

 

 デミウルゴスは直ちに平伏し、宣言する。

 

「メリエル様とモモンガ様に変わらぬ忠誠を誓うことを、ここに宣言致します」

「これで、恨みっこなしよ? 寝首をかくとか、そういうのはなしよ?」

「勿論です」

 

 デミウルゴスの言葉にメリエルは安堵の息を吐いた。

 

「で、相談なんだけど、モモンガにウルベルトの件を伝えるか、伝えないか? 私としては、こう言うのは酷だけど、ギルドメンバーとしての繋がりが切れて久しいし、残念だとは思うけど、それくらい。ウルベルトに情報を渡したベルリバーも、実は始末しているわ」

 

 メリエルの言葉に真っ先に反応したのはアルベドだった。

 

「伝える必要はないかと思われます。モモンガ様の言動などから推測するに、かつての仲間達にそれなりに執着されていらっしゃいます。伝えては、軋轢が生まれます」

「私としても、モモンガ様に伝える必要はないかと。おそらく、嘆き苦しみ、消化不良となってしまいますので」

 

 アルベドに続いて、パンドラズ・アクターもそう告げ、最後にデミウルゴスもまた伝える必要はない、とメリエルに告げる。

 

「それじゃあ、私の昔話程度にしておいて、それ以外の、かつての仲間達については伝えないものとするわ」

 

 メリエルはそう決意し、3人に告げた。

 そこで彼女は思い出す。

 

 ラナーを待たせていることに。

 どういうシナリオになったのだろうか、とウキウキした気分になるのをメリエルは感じたのだった。 

 

 

 

 その後、メリエルがラナー考案の寝取りシナリオにドン引きすることになるが、それはまた別の話だった。

 

 



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華麗なる茶番劇の幕開け

 

 

 

 ネイア・バラハにとって、それは人生の転機となった日であった。

 聖騎士の従者を務めていた彼女は、幸運にも、その式典や歓迎行事に参加できたことから転機は始まっていたのかもしれない。

 

 式典や行事の参加できる従者はネイアの他に僅か4名。

 倍率は10倍以上であったが、その狭き門を彼女は突破したのだ。

 

 魔導国におけるNo.2であるメリエルの聖王国親善訪問、それに伴って開催される歓迎式典。

 先のカッツェ平野で王国軍を鮮やかに打ち破ってみせ、本人も女神のような美貌を誇り、更には最低でも第5位階以上の魔法詠唱者だという。

 配られた資料には色々と他にも情報があったが、メリエルに関してはそのくらいのものだ。

 

 ネイアは純粋に野次馬根性として、そんな人物を間近で見ることができるのを喜んだ。

 

 

 

 

 

 式典当日、ホバンスにある王城の正門前に出迎えとして、聖騎士団の団長であるレメディオスや聖騎士達が正装し、整列する中、ネイアは他の従者達と彼らの後ろに正装をし、整列していた。

 

 正門に通じる大通りには大勢の市民達がおり、今か今かとその到着を待っていた。

 

 ネイアもまた緊張しつつも、どんな感じで来るのかとワクワクとしていた。

 

 他国の使節団がやってくるとき、それは基本的に国威を示す為にこれでもかと派手な工夫を凝らしてくるのだ。

 

 そのときだった。

 

 ネイアの耳に微かに太鼓の音が聞こえてきた。

 

 規則的に正しいリズムで打ち鳴らされる太鼓の音に笛の音色が加わり、旋律を奏で始める。

 

 沿道の市民達も、それに気がついたのだろう。

 ざわめきが大きくなる。

 

 そのメロディは徐々に大きくなっていく。

 

 最初に見えたのは騎兵だった。

 赤一色で統一された軍服を着込み、白馬に乗った騎兵が隊列を組んで堂々と進んでくる。

 旗手の2人が持つのは魔導国の国旗とメリエルの部隊であることを示す隊旗だ。

 

 奏でられるメロディに合わせ、誇らしげに。

 その次に見えたのはこれまた騎兵であるが、こちらはより華美なものだった。

 特徴的なものは大きな鳥の羽根飾りと長い槍。

 

 王国軍の騎兵を一撃でもって崩壊させた有翼重騎兵――フサリアだ。

 

 市民達が歓声を上げ始めた。

 

 ネイアもまた歓声の一つでも上げたくなかったが、それはさすがに我慢する。

 ちらりと他の従者達やかろうじて横顔が見える聖騎士達の様子を窺ってみれば、誰一人例外なく、メリエルの騎兵達にその視線は釘付けだった。

 

 フサリアの後に、軍楽隊が続いて、その後にいよいよ現れた。

 カッツェ平野での魔導国軍の主力。

 

 赤一色の軍服を纏い、黒い三角帽を被り、棒状のものを担いだ歩兵達。

 3列縦隊を組んで、一糸乱れずに進んでくる。

 

「レッドコート……」

 

 ネイアは思わず呟いてしまったが、幸いにも大きく響き渡るメロディに誰も気づかなかったようだ。

 

 その堂々たる行進であったが、レッドコートの後ろに更に続く歩兵達がいた。

 青白赤の三色を彩った軍服を纏った、軍楽隊。そして、その後に続く同じ軍服を着た歩兵達。

 その軍楽隊が奏でるのは先程のレッドコートが奏でていた陽気なメロディとは違うもの。

 

 勇ましいメロディであり、闘志を漲らせるには最適なものだ。

 

 老親衛隊と配られた資料にはあったので、あれがメリエルの近衛ということになるのだろうか、とネイアは思う。

 親衛隊だけなら分かるが、なぜ、老という形容詞がつくのか、誰も彼も疑問に思ったが、古参兵で構成されているんだろう、というレメディオスの一声で納得できた。

 

 一時期から急に賢くなった団長はネイアにとって、素直に尊敬できる存在だ。

 前の団長よりもよっぽど良い、というのが聖騎士団全員の偽らざる本音である。

 

 そして、老親衛隊の後に2頭の馬が引く大きな馬車が現れた。

 馬車にはこれでもかと装飾が施されており、それだけでどれほどの価値があるか、ネイアには想像もつかなかった。

 メリエルが搭乗していることを示す、メリエル個人の旗が掲げられ、風に靡いている。

 美しい白と黒の翼を左右に生やした女性が片手で剣を掲げ、もう一方の手には書物を携えているその旗は非常に印象的だ。

 

 また、馬車を引っ張る馬が、ただの馬ではないことに誰も彼もが気がついた。

 

 その馬には足が8本あったのだ。

 スレイプニルだ。

 さらにはその御者台にはメイドが2人座り、1人は御者をしていたが、これまた非常に美しい。

 

 

 ネイアは自分が何かするわけでもないのに、心臓がかつてない程にドキドキとしてきた。

 

 そして、いよいよ馬車が正門前に到着した。

 メイド達の手により、赤い絨毯が敷かれて、その左右をレッドコートと老親衛隊が並び、その手に持つ棒状のようなものを捧げる形で構えた。

 

 準備が整ったところで、いよいよ馬車の扉が開かれる。

 

 ネイアは思わず呼吸が止まったような気がした。

 誰も彼もが、現れたメリエルに目を奪われた。

 

 メイドは美しかったが、そんなメイドですら霞むほどにメリエルの美しさは飛び抜けていた。

 純白のドレス姿である彼女は優雅に赤い絨毯を歩くが、それだけで絵画の題材にできそうな場面だった。

 

 事実、記録として残す為にこの場に呼ばれた幸運な画家達は食い入るように端の方で見つめているのがネイアには見えた。

 

「よくおいで下さいました。聖騎士団の団長、レメディオス・カストディオです」

 

 その肩書に恥じぬ、堂々とした態度でレメディオスは名乗った。

 

「今日はよろしくお願いするわ」

 

 メリエルの声は非常に綺麗なものであり、女神の声というのはこういうものではないか、とネイアはメリエルを見つめながら思う。

 

 そのとき、ネイアはメリエルと視線があった。

 気のせいなどではなく、はっきりと。

 

 そして、メリエルが微笑んだ。

 ネイアは見惚れてしまった。

 

 メリエルは女神だ、とネイアは確信した。

 

 

 

 

 

 

 式典は特に問題が起きることなく終わり、メリエルとカルカの間で魔導国と聖王国の友好的な関係が確認された。

 

 その後の昼食会ではカルカとメリエルが談笑する姿が見られ、その光景は参列していた者達、とりわけ画家や彫刻家の心を掴んだ。

 

 そして午後はカルカが自らメリエルを王城内や首都であるホバンスを案内し、メリエルはカルカと共に市民達と触れ合い、また市民達による歓迎の音楽会なども開かれて、メリエルを大いにもてなした。

 

 そして、休息を挟み、晩餐会となり、それが終わってようやくネイアの仕事は終わった。

 一日中、扱き使われて疲労困憊であったが、それでも心地よいものだった。

 

 何よりもネイアにとって幸運であったのは、メリエルをちょくちょく見かけることができ、もっとも接近できたときに漂ってきた良い匂いに、仕事中にも関わらず、蕩けてしまいそうになった。

 

 

 

 

 

「……綺麗な人だなぁ」

 

 自分とは大違いだとネイアは溜息を吐く。

 つい5分程前に自室に戻ってきた彼女は、衣類を脱ぐと、肌着と下着で、ベッドに寝転がった。

 

「恋人とか、婚約者とかっているのかな……」

 

 あれだけ綺麗であれば、それこそ選り取り見取りだろう、とネイアは思いつつ、ちょっとした妄想をする。

 

「もしかしたら、女の子が好きだったりして?」

 

 自惚れかもしれないが、メリエルと視線が何度か、合った。

 その度に彼女はネイアの目つきに怖がることなく、微笑んでくれたのだ。

 

 もし、もしも、メリエル様が実は女の子が好きで、私に気があるから、微笑んでくれたのだとしたら――?

 

「メリエル様が、もし、万が一、そうだとしたら、私は大丈夫」

 

 ぐへへ、と笑いながら体を猫のように丸める。

 大丈夫とは何が大丈夫なのか、ネイア本人には当然分かっていた。

 

 同性を好むというわけではないが、メリエル様は特別で、メリエル様に求められたら、喜んで応じる、とそういう意味だ。

 

 扉が叩かれたのはそんなときだった。

 

 誰だろうか、と思いつつ、ネイアがベッドから起き上がる。

 

 肌着と下着だけど、まあ、いいか、と思いながら、扉を開けると――メリエルがいた。

 

 ネイアは固まった。

 目の前にいる人物が信じられず、夢か何かかと思ったが、メリエルは部屋の中に身を滑り込ませると、そのまま扉を閉めて、鍵を掛けた。

 目にも留まらぬ早業に、ネイアは更に驚いた。

 

「え、と、あの……メリエル様?」

「そうよ、そのメリエルよ」

「な、なんで?」

 

 問いかけるネイアにメリエルはくすりと笑い、ネイアを抱きしめながら、耳元で囁く。

 

「私のこと、ずーっと見てたでしょう? そういう誘いだと思って」

 

 ネイアの心臓が飛び跳ねたような気がした。

 メリエルから漂う良い匂いにネイアの頭はくらくらしてきた。

 

「あ、あの、その、問題になると、困りますから……」

 

 何とか責任感を持って、そう告げる。

 

「問題にさせないから、大丈夫よ。あるいは、私にそうしないことを問題にしても良いのだけど」

 

 くすくすとメリエルが笑い、更に告げる。

 甘い声だ。

 

「私はあなたのその目、好きよ? 可愛い」

 

 その言葉にネイアはもはやどうにでもなれ、とメリエルの腰に両手を回して、抱きしめる。

 

「その、私、初めてで……あ、あと、その今日は、まだ、お風呂とか入っていなくて……」

 

 少し顔を俯かせて、そう話すネイアにメリエルは優しく告げる。

 

「大丈夫、全部私に任せて? 気持ち良く、してあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、慣れない敬語も楽じゃないわね。こういう楽しみがなければ、やってられないわよ」

 

 メリエルは隣で寝息を立てるネイアを見ながら、愚痴をこぼす。

 ネイアはメリエルが両性具有だと知っても、特に拒んだりすることはなく、受け入れた。

 

 聖王国のカルカ達3人はメリエルのペットであったが、それでも公の場では、そんなことは出せない。

 故にそれぞれの立場での振る舞いとなり、たとえ3人のベッドでの痴態を知っているとはいえ、魔導国の看板を背負っている以上、メリエルとしても普段の態度を引っ込めた、リアル以来の、久しぶりに礼儀正しいもので臨まざるを得なかった為、精神的に疲れを感じていた。

 

 唯一の救いはネイアだった。

 レメディオス経由でその存在については聞いていたので、今回の聖王国への公式な訪問の際に、ついでに手に入れてしまおうという魂胆だった。

 

 そのとき、脳内に伝言(メッセージ)による声が響く。

 デミウルゴスからで、予定通りに準備ができたとのことだ。

 メリエルは予定通りに進めるよう指示を出す。

 

 今回もまた盛大なマッチポンプだ。

 

 デミウルゴスによるヤルダバオト劇場の開幕だ。

 

 作戦の概要は簡単であり、聖王国全土を大量の悪魔が襲い、ヤルダバオトが盛大に名乗り上げる。

 たまたま訪問していたメリエルにより首都を襲ったヤルダバオトは手傷を受け、撤退するが、ホバンス以外は悪魔の攻撃に晒されてしまう。

 その後にメリエルが魔導国から援軍としてモモンガを呼び、タッグを組んで傷が癒えたヤルダバオトを叩きのめし、ヤルダバオトはスタコラサッサと逃げ出すという手順だ。

 

 ヤルダバオトは便利な存在な為、まだまだマッチポンプに有効活用するので、ここでは倒さない。

 

 聖王国は帝国と同じく、属国としての道を歩むことになる。

 聖王国の次は竜王国、それが終わればモモンガとの交替で長期休暇という予定になっている。

 

「さて、頑張るとしましょうか」

 

 ヤルダバオトとの戦いを間近でネイアに見せることで、メリエルは良い感じに魔導国へ連れて帰れるだろうと楽観していた。

 

 日付が変わると同時に聖王国における作戦は実行される。

 あと僅かのことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、派手にやってるなー」

 

 モモンガは遠隔視の鏡にて、ヤルダバオトと戦うメリエルを見ていた。

 

「流石はメリエル様ですね」

 

 ユリもモモンガの横から覗き込む。

 そんな彼女の頭をさり気なくモモンガは撫でながら、もう一方の手を顎にあてる。

 

 メリエルさん、めちゃくちゃ働いているよなぁ、と彼は考える。

 

 カッツェ平野の戦いの後から何か変なスイッチでも入ったかとモモンガは心配してしまう。

 

 パンドラズ・アクターとデミウルゴスとアルベドとその他必要なシモベの指揮権全部よこせ、それと決済権もよこせ、と戦争の直後にモモンガに直談判しにきたときは、その勢いに押されて承諾してしまったが、結果としてそれはナザリックにとって上手く転がった。

 

 予定されていた魔導国領土における内政計画。

 それを次々と同時並行的に進めていったのだ。

 

 メリエルが陣頭指揮を執り、デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターを存分に使いこなしたが為に問題など起こる筈もなく、予定されていたものは次々と前倒しで実行され、ただちに完遂された。

 

 24時間、1秒足りとも休むことなく働け、と要求したメリエルに嬉々として従うデミウルゴス達。

 そもそもからして至高の御方の1人であるメリエルが陣頭指揮を執っている段階で彼らの士気は天井知らず。

 さらにそこに人手が足りないならとメリエルがそれぞれの作業や計画に必要なホムンクルスを作って投入し、人海戦術でもってゴリ押した。

 

 それにより、僅か3ヶ月足らずでインフラ整備や魔導国が支援する新しい冒険者組合の設立など、予定された第一段階計画を完遂してしまったときは、モモンガはメリエルの底力に思わず震えたものだ。

 

 とはいえ、それはメリエルが気を使ってくれたのだとモモンガは気がついた。

 ユリ以外のプレアデスがメリエルから仕事を任され、あちこちに出向いたりする中、ユリだけはモモンガの専属メイドから外れることが無かったのだ。

 

 たまにメリエルからの進捗状況の報告書を一般メイドが持ってくるくらいであり、モモンガはユリと存分にプライベートな時間を楽しむことができた。

 

 2人でナザリックの外に散策に出かけるなど、それはもう大いに満喫した。

 その間だけ、手の空いている守護者にナザリックにいてもらったが、特に問題は起きなかった。

 

 もっとも、休暇中でも一度だけ、モモンガは仕事をした。

 鬼気迫る勢いのメリエルに連絡を取るのは勇気がいることであったが、それでも勇気を振り絞り、パンドラズ・アクターを30分だけ借りて、漆黒のモモンについて、一芝居打ったのだ。

 

 魔導王とメリエルの抑止力として、敢えて魔導国に仕えるという、そういう風に。

 

 その後は再度、休暇を楽しみ、聖王国と竜王国が終わったら今度は自分が表に出る番だとモモンガはやる気に満ちていた。

 交替で長期休暇を取ればいいんだ、ということにモモンガは気づいたのだ。

 

 もっとも、メリエルからすれば、単純にモモンガとユリの砂糖を吐きそうな光景を見ないようにする為の、仕事漬けであった。

 

 

 

 

 ネイアはその光景に目を奪われていた。

 メリエルと結ばれた彼女が気持ち良く寝ている最中に響き渡った声。

 

 かつて、リ・エスティーぜ王国に現れたというヤルダバオトの出現にホバンスは大騒ぎになった。

 しかし、そこでネイアの部屋からいつの間にかいなくなっていた、メリエルがヤルダバオトに挑んだのだ。

 

 そして、今の状況だ。

 

 夜空に輝く雷光であったり、炎の渦、あるいは光の矢など様々だ。

 どれもこれも見たことがない魔法であり、また夜間に、しかも空中で戦っているが為に、どんな魔法が飛び交っているかはよく見えるが、どっちが勝っているのか、戦っている当人達以外は誰も分からない。

 

 ただ、一つ、理解できることがある。

 それはその戦いが神話の域にあるものであり、聖王国の者では誰も加勢することなどできないこと。

 

「メリエル様……」

 

 ネイアは自分が何もできず、もどかしい思いだ。

 そのときだった。

 

 唐突に夜空に声が響き渡った。

 

《あなたがいるのは予想外でした。次に会う時こそ、全力で戦ってさしあげましょう》

 

 ヤルダバオトの声だった。

 それを気に、空は静かになった。

 

 メリエルが勝った、という事実にネイアは胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 夜が明けて、惨憺たる状況が伝わってきた。

 聖王国の南部と北部を問わずに悪魔達が大量に出現、アベリオン丘陵との境にある城壁は何の意味もなさず、悪魔達に制圧された。

 

 それだけならまだ良かったのだが、悪魔達は亜人達と手を組んだようで、続々と制圧された城壁を超えて、亜人の軍勢がやってきたのだ。

 

 聖王国の上層部は幸いにも王城は無論、ホバンス自体がメリエルにより守護された為に無事であった。

 だからこそ、迅速な意思決定が行われた。

 すなわち、聖王女であるカルカから魔導国に対する正式な同盟締結及び支援の要請だ。

 

 強い政策が取れないと揶揄されていた彼女の、その意思決定に反論する者は誰もいなかった。

 

 昨夜のメリエルとヤルダバオトの戦い。

 

 それを見れば、もしメリエルがいなかったなら一晩にしてホバンスは陥落していただろうことは想像に難くない。

 ホバンスにいた者は貴族から市民まで、メリエルがいたことの幸運を喜んだ。

 

 とはいえ、ここで問題があった。

 メリエルはNo2とはいえ、全権委任大使ではないのだ。

 

 だからこそ、転移魔法で使節団を全員連れて帰って、1週間以内にまた戻る、と言われた時は理解はできたが、感情的に納得ができなかった。

 

 1週間以内に、そのような重大な意思決定ができるというのは聖王国側からすれば驚くべきことであったのだが、今回はそれでも遅いくらいだった。

 もっとも、あまり駄々をこねて魔導国にヘソを曲げられたらそれこそ大変な為、聖王国側は渋々と言った感じでメリエル達を見送った。

 

 

 



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ヤルダバオトは凄く強いから、取り逃しても仕方がない

 

「確かに、メリエル様は凄いけど……そんなに丸投げでいいの?」

 

 あまりにも情けなくて、ネイアは愚痴が出てきてしまった。

 

 ネイアとて、彼我の実力差というものは理解できている。

 確かに、ヤルダバオトはどうにもならないだろう。

 アレは力の桁が違う。

 

 だが、今、聖王国にいる悪魔達が全員、ヤルダバオトのように強い訳がない。

 ましてや、亜人達ならもっと弱い。

 

 情報によれば、どうやら悪魔達は占領した都市や街、村の住民達をどこかに移送したり、あるいは虐殺しているらしかった。

 

 ネイアが仕事をしていても、あるいは休憩中にそこらを歩いても、メリエルがいれば、という話しか聞こえてこない。

 

 自分達の国なのに、普段の威勢の良い聖騎士達も、完全にメリエル頼みという状態だった。

 

 ネイアは昨夜の襲撃で父親と母親が死亡したという予感めいたものがあった。

 2人共、聖王国ではそれなりの地位だ。

 しかし、今に至るまで、その居場所が確認できていない。

 孤立しているという可能性は無くはないが、そもそも死んでいる可能性が高いだろう、と。

 

 

 

 同時に、別れ際、こっそりと会いに来て、告げられたメリエルの言葉が正しかったとネイアは痛感する。

 

 力無き正義は無力――

 

 もし自分達がもっと強ければ、ヤルダバオトは無理であったとしても、その配下の悪魔や手を組んだ亜人達は簡単に蹴散らせたのではないか、と。

 

 もうちょっとマシな状況ではなかったか、と。

 

 

 今日で5日目だ。

 

 今のところ、メリエルが来たという報告はない。

 

 嘘だったのでは、という考えは他の者はどうか知らないが、ネイアにはない。

 あれだけ優しく、そして最後は情熱的に抱いてくれたメリエルが自分を見捨てることはないだろう、と確信していた。

 

 そのとき、ネイアの目の前に黒い靄のようなものが現れた。

 ぎょっとして、彼女は凝視すると、そこから「よっこいしょ」という声と共にメリエルが現れた。

 

「あら、ネイア。久しぶりね。援軍、連れてきたわよ」

 

 再会は何とも呆気ないものだった。

 そして、メリエルの後ろから現れた人物にネイアは目を見張る。

 

 豪華なローブを纏ったアンデッドだった。

 

 魔導王だとネイアは直感する。

 その威容に彼女は腰の力が抜けて、へたりこんでしまった。

 

 話には聞いてみたが、実際に間近で見ると、まさに支配者と呼ぶに相応しい雰囲気だ。

 

「彼女が?」

「ええ、そうよ」

「なるほど」

 

 ネイアはそのやり取りに、どうやら自分のことが伝わっているようだ。

 

「ネイア、とりあえず案内してくれないかしら?」

 

 メリエルの問いかけに、ネイアは慌てて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルがアインズと共にホバンスにある王城内に現れて2時間後にはアインズとカルカの間で文書が交換され、互いに署名欄にサインをしていた。

 

 極めて簡素かつ、省略されたもので、式典とは程遠いものであったが、条約の効力に不都合があるわけではない。

 

 同盟締結にあたり、魔導国側から出された条件は多いものであったが、それとは引き換えに得られたものも大きい。

 

 港湾を含む一部地域の永久的な租借権がその最たるものであったが、そもそもからして、ホバンス以外で無事な場所を探すほうが難しく、魔導国側が指定してきた該当地域を統治していた貴族達は無論、そこの住民達も生きている可能性は低かった。

 

 聖王国側が得られたものは魔導国の軍事力と戦後における復興の支援だ。

 メリエル一人でもヤルダバオトを退けた、ならば魔導王とメリエルが組めばヤルダバオトを圧倒できる。

 戦後には復興の為に膨大なカネと物資、人手が必要になるが、それらを魔導国が出すという。

 

 聖王国からすれば、まさに必要なものが必要なときに手に入ったという状態だ。

 

 そして、すぐさまにメリエルとアインズは行動を開始する。

 

 アインズが南部を、メリエルが北部を掃討することとなった。

 飛行(フライ)で海沿いを飛んでいったモモンガに対して、メリエルはホバンスから半日もあればたどり着ける距離にある都市を攻めることにした。

 

 陸続きで距離も近い為、メリエルの方にはホバンスから出せる兵力が付き従う。

 また今回の出撃にあわせて、レメディオスよりネイアに対して一時的にメリエルの従者となるよう命じられた為、合法的にメリエルの傍にネイアはいることができるようになった。

  

 

 そして、ネイアは目撃する。

 

 メリエルの絶大な力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すごい」

 

 ネイアはその感想しか出てこなかった。

 無数の悪魔が、亜人がいた。

 

 しかし、それらをまるで蟻を踏み潰すかのように掃討した。

 そもそも戦いにもなっていない、一方的な虐殺だ。

 

 魔導国と聖王国が同盟を結んで2週間が経過した。

 そして、その僅か2週間で北部のほとんどの都市や街、村はメリエルにより奪還された。

 

 移動時間がもったいない、と最初の都市を奪還したところでメリエルはそう宣言し、ネイアを抱えて、飛行(フライ)を駆使して、縦横無尽に暴れまわった。

 

 悪魔を見つけるなり、第10位階魔法を――メリエルから位階を教えられた――叩き込むメリエルの姿にネイアの畏敬の念を強めると同時に、叩き込まれた悪魔に対して同情すら覚えた。

 亜人達にはヤルダバオトに無理矢理従わされていた部族もいたようで、監視役と思われる悪魔がやられるや否や、部族ごと降伏した亜人達は殺害しなかった。

 

 魔導国の国是による行動であり、その慈悲深さにネイアは感動した。

 その行動を取ったメリエルに対して異を唱える者など、いる筈もない。

 異を唱えたところで、魔導国が手を引いたなら破滅しかない。

 それが分からないような輩は流石にいなかった。

 

 

 さて、メリエルは容赦がなかった。

 何分、ネイアがご飯を食べていようが、仮眠をしていようが、メリエルはやってきて告げるのだ。

 

 何をしているネイア? 出撃だ――!

 

 猫のように首根っこを掴まれて、空へと連れて行かれたことなどもはや数え切れない。

 

 牛乳は健康に良い、だから飲めと途中からメリエルに勧められて――勧めてきたわりにはメリエルも途中から牛乳を飲み始めていた――ネイアはメリエルに言われるがまま、牛乳を飲んだ。

 

 ここ2週間のネイアの生活は朝起きたら牛乳を飲んでメリエルに引っ張られて出撃し、帰ってきたら朝御飯を食べて牛乳を飲んで出撃、帰ったら昼御飯を食べて牛乳を飲んだら出撃、帰ったらお昼寝をして出撃、帰ったら夕御飯を食べる前に出撃という具合だった。

 勿論、御飯の最中だったり昼寝の合間だったり、寝る前だったりとメリエルの気分によって出撃することはあった。

 

 そんなことを繰り返していれば、ヤルダバオトの軍勢がすり減るのも当然だった。

 

 聞けば南部の方も似たようなもので、アインズがメリエルと同等の力を持っていることを如実に表していた。

 

 もう1週間もすれば全土奪還が完了すると予想されたところで、遂にヤルダバオトが日中のホバンスに現れた。

 メリエルとアインズの2人がちょうど揃っていたときだった。

 

 ヤルダバオトは恨み節マシマシだった。

 

 

「なんて冷酷非道! 心がないのですか!?」

 

 ネイアは空中から響き渡るヤルダバオトの絶叫に、気持ちがちょっとだけ理解できた。

 

 満を持して、聖王国に攻め込んできたのだろう。

 しかし、頑張って用意した軍勢がたった2週間足らずでほとんど一方的に殲滅されたのだ。 

 やりきれない気持ちにもなるだろう、とネイアは考えた。

 

 

 一方、迎え撃つアインズとメリエルは余裕綽々だった。

 

「だって、そういうものだし」

「そういうものだからなぁ」

 

 非情な答えだった。

 こちらもヤルダバオトに聞こえるようにか、声を響かせるマジックアイテムなり、魔法を使っているのだろう。

 

 もはやヤルダバオトなど敵ではない、という2人の態度であり、声色には余裕があった。

 

 

「……分かりました、ええ、それでは本気を出しましょう」

 

 すると、ヤルダバオトは何かを取り出して――それを思いっきり握りしめた。

 眩いまでの光がその握りしめたものから溢れ出し――

 

 

 光が収まったとき、ネイアは目を疑った。

 

 ヤルダバオトが2人になっていたのだ。

 

「私が習得した、ちょっとした手品のようなものです」

「是非、ご堪能くださいませ」

 

 2人のヤルダバオトが――新しく出てきたほうは妙に芝居がかった動きをしながら――同じ声でそう述べた。

 

 

 

 そして、始まった魔法と魔法の撃ち合い。

 今回は昼であったので、はっきりとその姿が見えた。

 

 ヤルダバオト達もアインズ達も互いに高速で飛び回りながら、魔法を撃ち、飛んできた敵の魔法を魔法でもって迎撃していた。

 

 あまりにも高度な戦いは現実離れしていて、さながら神話の一幕を演劇として見ているかのようであった。

 

 ネイアは無論、ホバンスにいる全ての者はその戦いの行方を手に汗握りながら見守るしかない。

 

 どれほどの時間、戦っていたことだろうか。

 

 勝負は唐突に終わりを迎えた。

 

 ほぼ同時に2人のヤルダバオトに対してメリエルとアインズの魔法が炸裂し、大爆発を起こしたのだ。

 爆風は地上にも届くが、立っていた者の体が少し押された程度であり、特に被害はなかった。

 

 濛々とした煙で、ヤルダバオト達がどうなったか、窺い知る術はない。

 

 しかし、そこに声が響いた。

 

『やってくれましたね……! これほどまでに強いとは……! アインズ・ウール・ゴウン、その名前はメリエルと並んで覚えました……! 次こそ、こうはいきませんよ……!』

 

 それと同時に煙が晴れて、ヤルダバオト達は空のどこにも姿が無かった。

 

 

 ヤルダバオトが切り札を使い、自身を2体に増やしてもなお、アインズとメリエルには勝てなかった。

 神話の戦いを目撃したホバンスの者達にとって、2人を神と崇めることに異論がある者などいる筈がなかった。

 

 当然、それはネイア・バラハも例外ではなく、むしろメリエルを最も間近で見ていた為にその信仰は誰よりも深いものとなるのも必然であった。

 

 

 



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モモンガがメリエルを知るとき

 

 

「疲れた」

「お疲れ様でした」

 

 机に突っ伏したメリエルに対し、モモンガはそう声を掛けた。

 

 

 聖王国での最大の茶番劇は1週間前に幕を閉じた。

 今、聖王国は復興の段階に入っており、陰に日向にと魔導国は聖王国に対する影響力を高めるべく、動いていた。

 

 王国のようにメリエルが陣頭指揮を執ることはなかった。

 あくまで聖王国は属国という立ち位置に収まる為だ。

 

 無論、インフラやその他諸々に関しても魔導国領土と同等に仕上げるつもりではあるが、そこまで急ぐものではなかった。

 直轄の領土なら早急に発展させるが、属国ならそこまで急がなくても良いだろう、というのがメリエルの思いだ。

 

「どうしますか? 竜王国は私が代わっても良いですが」

「竜王国は一瞬で終わらせるから平気よ」

 

 女王と会談し、ビーストマンを潰す代わりに同盟の締結と復興の支援を受け入れてもらえれば終わりだ。

 無論、メリエルの個人的な趣味として、女王を手に入れることも彼女の目標にはあった。

 

 デミウルゴスによれば、幼女と大人のどちらにも自力でなることができるので、メリエルとしては是非とも手に入れたい存在だった。

 

 もっとも事前に準備は整っている。

 聖王国でヤルダバオトの役目が終わって、若干の休憩を挟んだ後、デミウルゴスを担当者として竜王国に派遣してあった。

 

 彼からの報告ではビーストマンをどうにかしてくれたら、何でもすると宰相が言ってきたとのことだ。

 

「で、バカップルの片割れさん」

「それは酷すぎませんか?」

「事実じゃないの」

 

 ばっさりとメリエルに言われたモモンガはしょんぼりとする。

 肩を落とす支配者の姿はメリエルの笑いを誘うのに十分だった。

 

「知りたい?」

 

 問いにモモンガは顔を上げる。

 イタズラを思いついた、子供のような笑みのメリエルがいた。

 

「私がリアルで何をしていたか。アルベド達にはもう話してあるんだけど」

 

 モモンガは溜息を吐いた。

 そう言われたならば、聞かないわけにはいかない。

 

「企業の偉い人って前、聞いた記憶がありますが?」

「大雑把にはね。さて、モモンガさんに突然ですが問題です。これはですね、正解すると100万点の問題ですよ」

 

 なんだその前振り、とモモンガは呆れ返る。

 

「とある世界的な複合企業で、内務統括委員会の代表」

 

 モモンガは固まった。

 精神の沈静化が数回に渡って発動し、ようやくに言葉を紡ぐことに成功する。

 

「その委員会がある企業って、1つしかないんですが、本当ですか? っていうか、リアルの名前と容姿、分かっちゃったんですが……あんな温厚そうなのに、その仕事に?」

「あら、知ってたの? まあ、新聞やテレビにも出たことあるし、ネットで色々と書かれていたから仕方ないか」

 

 けらけら笑うメリエル。

 しかし、モモンガとしてはメリエルがここで嘘を言う理由が存在しないことから、やっぱり本当なんだ、という衝撃に再度、沈静化が働く。

 

「しかし、何でそれを?」

「ラナーに仮面を取れって言われたから、その場を誤魔化す為に、リアルのことを話すしかなかった」

 

 モモンガは「あー……」と何とも言えない声を出す。

 仕方がない状況とはいえるが、出てきたものはリアルを知るモモンガにとっては衝撃的過ぎた。

 

「あの、よくある不審な死とか事故とかそういうの、あったじゃないですか……それって」

「私の部下がやってる仕事ね」

「やっぱりガチのやばい人だったー!」

 

 モモンガは絶望した。

 あのギルドの問題児が、リアルでもガチでヤバイ人だったことに。

 

「まあ、そういう仕事もあるけど、本来の仕事は企業内の統治とかそういうのね。命のやり取りなんて、あんまり起きないわ。いわゆる単なる事務屋」

「単なる事務屋が色々とネットで悪口書かれませんよ……」

「今じゃもう、あなたは私を超えるくらいにヤバイ人に認定されるから大丈夫」

「うわー、全然嬉しくないぞー」

 

 モモンガは机に突っ伏した。

 

「で、私をどうする? リアルでの詳しい罪状を知るのはあなたくらいだけど」

 

 メリエルの問いかけにモモンガは机から顔を離して告げる。

 

「今のあなたはもうメリエルでしょう? それにリアルよりももっとヤバイこと、やっているじゃないですか。俺もそうですけど」

「……そういや今更だったわね」

「ええ、今更です。むしろ、メリエルさんのことを知ってしまった以上、どうやって扱き使ってやろうかと思っています」

 

 モモンガの本心だった。

 たとえ、リアルでヤバイ人だったとしても、今ではもう何の意味もなさない。

 モモンガにとって、メリエルとは最後の最後までユグドラシルに残ってくれた大切な仲間だ。

 

 性格に問題があるとはいえ、むしろリアルのことを考えればその程度で収まっていると思った方が精神的に良いのでは、とモモンガは思う。

 

 俺以上にストレスとかすごかっただろうしなぁ――

 

 単なる営業職だった彼でも、仕事のストレスは酷かった。

 それが世界的な巨大複合企業の偉い人だとすれば、どれほどのストレスだろうか。

 

「というわけでメリエルさん。竜王国までやり終えてから、長期休暇に入ってください」

「うわ、早速扱き使ってきやがった。鬼、悪魔、モモンガ」

「酷い言い方です。それとメリエルさんだってきっと、アルベドとバカップルになりますよ。絶対に」

 

 断言するモモンガにメリエルはジト目で見つめる。

 

「何をやった?」

「さて、記憶にありません。ただ、悪いものではないでしょう。なにせ、バカップルの片割れなので、俺の口からはとても……」

「こいつめ、根に持ってやがる」

「何分、やられたらやり返す性分でして」

 

 そして、2人は互いに笑いがこみ上げてきた。

 ひとしきりに笑った――モモンガは沈静化――したところで、メリエルは告げる。

 

「これまでと変わらない感じでやるから」

「こっちもこれまでと同じでやりますので、お構いなく」

 

 そういえば、とメリエルは思い出す。

 

「なんか色々用意していた計画だけど、王都進軍で王国軍が大反抗するとか思ってたけど、結局そんなものはなかったわね」

「あー、そういえば、そうですね。カッツェ平野での戦いで全部終わってしまいましたからね」

「王国軍も気合が足りなかった」

「王都強襲作戦とか色々、張り切ってメリエルさんは用意していましたからね」

 

 ラナーにそれらの計画書を提出し、王国は100万人が死ぬことになるのだ、とメリエルはドヤ顔だった。

 しかし、蓋を開けてみればカッツェ平野での戦闘で王国軍が呆気なく崩壊し、追撃戦で国王以下大貴族達を捕虜にしたとはいえ、王都には王子達が残っており、反抗作戦をできないことはなかった。

 だが、数日待ってみたものの、反抗の兆候はどこにもなく、王都では戦闘らしい戦闘も起こらず、また王国全土でもそれは同様で、スムーズに駐屯できてしまったのだ。

 

 唯一実行したのが王国貴族の女達を自分のものにしようという計画であり、今では一部を除いて大半がメリエルの支配下にあった。

 ニューロニストはめちゃくちゃ頑張ったのである。主に卵の植え付けを。

 

「それで冒険者は? 漆黒のモモン」

「ああ、あれですか。もう必要なくなったので、魔導王やメリエルさんが悪さをしない為の抑止力として、魔導王に仕えるという風にパンドラズ・アクターを使って一芝居、打ちまして……」

 

 いつの間に、とメリエルは思いつつ、そういえば内政をしている最中、モモンガから30分だけパンドラズ・アクターを貸してほしいと言われた記憶があった。

 

 

「まあ、それはいいとして、竜王国……じゃなかった、ビーストマン、殺りましょう」

「竜王国に攻め入っているところのビーストマンはメリエルさんが、それ以外は俺がやりますね。黒い仔山羊、何体出るかなぁ……」

「ちなみにモモンガさんや。ビーストマンの女の子って、いわゆるケモノ娘なので、愛でると良いぞ。勿論、男の子も良いぞ」

「この変態め……いつからショタもいけるようになった!」

「ぐへへへ、常に進化しなければ、この業界、生きていけないのよ! ぶっちゃけ、可愛ければ何でもいいと思う」

「可愛いは正義ですから、仕方ないですよね。やっぱり俺もペット、飼うかなあ……そういやトブの大森林にそれなりに強い魔獣がいたような……」

「私も魔獣をペットにしようかしらね……ちゃんとした意味でのペットも欲しい」

 

 結局のところ、2人の関係に大して変化はなかった。

 そして、このやり取りの数日後、メリエルは最後の仕事となる竜王国へと向かった。

 

 

 



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彼らの最良の時

 

「宰相、本当に私がメリエルの側室に?」

 

 竜王国の女王、ドラウディロンは問いかけた。

 彼女は珍しく、子供形態ではなく、本来の姿である大人形態だ。

 

「何を言っているんですか。もう向こうの担当者の方に承諾したじゃないですか。陛下もノリノリで」

「だって、珍しく私の本来の姿を見て、受け入れてくれたんだし……メリエル様もそっちがいいって言われますよ、と担当者が言ったし」

「じゃあ問題ないじゃないですか。神ですよ? 側室となって、もし神の子を孕んだら、竜王国は安泰ですよ?」

「嫌だ、神の子など孕みとうない」

「じゃあ、セラブレイトの嫁ですかね。嫁にするっていえば、彼、100倍くらい力を出すんじゃないですか? 潜在能力を完全覚醒とかそういう感じで」

「……冗談だ。私とて女王。そういう覚悟はできているとも」

 

 といっても、良い男を探す暇なんてこれまで無かったんだが、とドラウディロンは自嘲する。

 

 しかし、魔導国は気前が良い、と彼女は思う。

 ビーストマンを潰して、その後の同盟締結及び復興まで支援してくれるという。

 

 同盟を締結するにあたり、魔導国側が要求してきた条件は属国的なものを孕んでいたが、このままではビーストマンに国を滅ぼされるのは間違いない。

 

 ならばこそ、魔導国の属国になるのも致し方ない――

 

 宰相も含めて、その意見で一致した。

 

 一番大きなものは非公式で構わないから、ドラウディロンをメリエルの側室とするというものだったが、ドラウディロンとて王族。

 このまま国が滅びるか、あるいは最後の策としてロリコンのセラブレイトに嫁いで、間近で応援するか、それとも100万の命を使って始原魔法で巨大爆発を引き起こしてビーストマンを根絶やしにするか。

 

 どれもこれもマトモなものではなかった。

 

 ドラウディロンとしてもロリコンに嫁ぐくらいなら、まだ両性具有とはいえメリエルの側室になった方がはるかにマシで、得られるものも莫大だった。

 

 法国から陽光聖典と漆黒聖典が支援にやってきているが、それも焼け石に水。

 数を活かして面で攻めてくるビーストマン共に、どちらの聖典も点でしか対抗できない。

 

「ああ、来たみたいですね」

 

 宰相の声にドラウディロンの意識が現実へと戻る。

 すると、目の前に黒い靄のようなものが出ていた。

 

 転移門(ゲート)と呼ばれる高位の転移魔法だ。

 

 そこから、まず事前に竜王国に派遣されていた担当者であったデミウルゴスが出てきた。

 そして、彼の後ろから出てきた人物にドラウディロンは釘付けとなった。

 

 鏡で見たときも美しいと感じたが、実際に見ると鏡で見たときよりも遥かに美しかった。

 

「初めまして、私がメリエルよ」

 

 メリエルはドラウディロンを真っ直ぐに見つめ、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、もう、持ちません……!」

 

 前線は地獄だった。

 陽光聖典隊長であるニグン・グリッド・ルーインは砦の城壁にて部下の声を聞く。

 

 彼の部下で、否、この砦にいる者で、負傷していない者を探す方が難しい状況だった。

 

 陽光聖典と漆黒聖典が投入された場所は草原の中に構築された砦であった。

 砦の背後は少しの距離を開けて、なだらかな丘となっている。

 

 空は青く、太陽が輝いている。

 風は穏やかで、ピクニックにはうってつけの天気と場所であったが、残念ながらそんなことができる状況ではなかった。

 

 竜王国の兵士達もいるにはいたが、2つの聖典が到着するまでの戦闘で消耗を重ね、数百人程度にまでその数を減らしていた。

 陽光聖典が到着した当初は、持ってきた物資の中から彼らにポーションなどで治療もしたが、もはやポーションは皆無に等しい。

 

 

 

 ビーストマン達は砦を迂回することもできたが、それをさせない為に漆黒聖典が動く。

 

 昼夜問わず迂回しようとする敵を片っ端から潰して回ってはいるが、数は多く、とてもではないが追いつかない。

 小癪な、とばかりに砦を包囲しようとするビーストマン達もいるが、それも漆黒聖典がどうにか潰している。

 だが、如何に漆黒聖典といえど、ここまでの連日連夜の戦いに人員こそ欠けてはいないが、疲労が激しい。

 また装備の消耗やポーション、果ては糧食も満足ではない。

 

 

 陽光聖典は砦の城壁で、あるいは砦から出て、漆黒聖典を支援すべく天使を召喚して攻撃させたり、あるいは遠距離から魔法を放つなど、比較的安全な戦法を取っていたが、それでもビーストマン達の筋力から繰り出される矢は脅威で、被害を抑えることができない。

 

 索敵役として砦に残っている漆黒聖典の占星千里によれば、ここにいるビーストマンは総数にして1万程度だという。

 

 絶望的だった。

 

 ニグン達の後ろにはもう戦力と呼べるものはない。

 

 幸いなことに、もっとも近い都市であっても、数日の距離はあることだ。

 避難はとうに始まっているだろうが、このままではジリ貧だった。

 

 都市にて編成されたホームガードと名付けられた自警団が警備にあたっているだろうが、その程度、ビーストマンにとっては何の障害にもならないことは明らかだった。

 

 

「クソがっ!」

 

 ニグンは悪態をつきながら、かつて出会った最高位の天使――最近の情勢を鑑みるに天使などではなく神であった――を思い出す。

 その神はカッツェ平野で王国相手に派手にやったらしいが、その時にはもう陽光聖典も漆黒聖典も竜王国へ向かう途上であった為、詳しくは知らない。

 

「私達に神のご加護を……」

 

 ニグンはそう祈った。

 ここに来てから、何度そう祈ったか、数えきれない。

 

 そのとき、ビーストマン達が放った矢が一斉に降り注ぐ。

 城壁があるとはいえ、それでも安心はできない。

 連中の筋力は人間などよりも強いのだ。

 

 ニグンは援軍要請を何度も何度も行った。

 しかし、答えは否だった。

 

「こんなところで、死んでたまるか……!」

 

 ニグンはそう言いながら、ビーストマン達を睨みつける。

 

 視線だけで殺せたなら、既に1億くらいのビーストマンは死んでいるとは思われる程に、その眼光は鋭い。

 

 そのときだった。

 

 戦場の喧騒の中で、何か、場違いなものがニグンには聞こえた気がした。

 

「何か、聞こえなかったか?」

 

 傍らにいた部下に問いかけるも、彼は首を横に振る。

 

「幻聴でも始まったか……?」

 

 そう言った時、今度は先程よりもはっきりと聞こえた。

 太鼓の音だ。

 

 この砦には既に太鼓を叩いて合図を出して、作戦行動を取れるような戦力は残っていない。

 それに砦の中から聞こえたならば、もっと大きく聞こえる筈だ。

 

「動ける奴はついてこい。反対側に移動する」

 

 ニグンはそう言って、一縷の望みに賭けることにした。

 もし、もしも援軍がきていたならば。

 

 彼は駆け足で、城壁の上を移動し、背後となる丘の見える場所へと向かった。

 疲労から体が悲鳴を上げていたが、それでも何とか短い時間で辿り着いた。

 

 現れたニグン達に、その場所を担当していた竜王国の兵士達は驚いたが、ニグンは彼らに尋ねる。

 

「音が聞こえなかったか? 太鼓の音だ」

 

 問いかけに兵士達は困惑する。

 そのときだった。

 

 明らかに太鼓の音と笛の音色が聞こえてきた。

 

 丘の向こう側からだ。

 

 ニグンは城壁に身を乗り出す。

 そのとき、漆黒聖典達も異変に気がついたのか、砦へと帰還し、ニグン達と同じところへとやってきた。

 

 彼らもまた、城壁に身を乗り出した。

 そして、竜王国の兵士達もまた。

 

 陽気なメロディが聞こえてきた。

 それは徐々に大きくなり、そして――丘の向こう側から、その戦列は現れた。

 

 色鮮やかな赤い軍服を身に纏い、黒い三角帽を被って、棒状のものを担いで歩いてきた。

 一定の速度を保ちながら、メロディに合わせて。

 

「援軍だ! 援軍がきたぞ! 凄い数だ!」

 

 ニグンは大声で叫んだ。

 

 丘の向こう側から、続々と赤い戦列は現れる。

 それこそ、埋め尽くすかのように。

 

 誰も彼もが喜び、叫んだ。

 

 同時に、占星千里が城壁にやってきた。

 普段運動などしない彼女が息を切らしながら。

 

「あの軍勢は、丘の向こう側に突然、現れた……! 探知できなかった……!」

 

 彼女が告げた衝撃的な事実にニグン達と漆黒聖典の面々は一瞬固まり、そしてその意味を理解した。

 

 占星千里ですら探知できなかった、突然に現れた軍勢――

 

 

 彼女は更に告げる。

 

「どんどん、どんどん軍勢が湧き出ている! 丘の向こう側に! 何かがいる!」

 

 そのようなことができる存在など、人類は疎か、世界のどこを探してもいない。

 

 だが、例外があった。

 つい最近、法国を支配下においた魔導国。

 

 ニグン達と漆黒聖典の面々は思い至る。

 

 神の存在に。

 

 

 彼らが思い至ると同時に正解だと言わんばかりに、その存在は現れた。

 

 

 知らず知らずにニグン達、陽光聖典も漆黒聖典もまた平伏した。

 占星千里とて、それは例外ではない。

 

 竜王国の兵士達は呆然と、その存在を見つめている。

 

 そんな彼らを前に、その存在――メリエルは宣言する。

 

「たった今より、魔導国は竜王国の側に立って、対ビーストマン戦争に参戦する。よく、持ちこたえた。その奮闘に敬意を表する」

 

 その言葉は、マジックアイテムか、それとも魔法か、何かを使っているらしく、よく響き渡り、砦中に聞こえた。

 

 だからこそ、砦の至るところから大歓声が上がった。

 動けない程に重傷の者であっても、雄叫びを上げた。

 

 

 神は、もっとも辛く厳しいときにお救い下さった――

 

 そう思ったのはニグンだけではなく、この場にいる全ての者に共通したものだった。

 

 ニグンは、ただただ平伏し、涙を流す。

 溢れ出る涙を止めることはできない。

 

 彼だけでなく、彼の部下達も、そして漆黒聖典の者達も、それは例外ではなかった。

 特に漆黒聖典など、メリエルの桁違いの力を知っているが為に、より実感した。

 

「さて、竜王国の諸君、法国の諸君。私が戦況を見たところ、兵士達は傷つき倒れ、物資も少ない、更に敵の兵力は諸君からすると圧倒的」

 

 メリエルの言葉に、その場にいた者達の視線が集中する。

 

「そして、撤退は不可能。だからこそ、状況は最高。これより我々は反撃する」

 

 メリエルの言葉を受けながら、赤い戦列は砦を避けて、進んでいく。

 敵に向けてまっすぐと、決して止まることはない。

 

 矢が降ろうとも、石が降ってこようとも、魔法が飛んでこようとも。

 それこそ数十名が一撃で吹き飛ぼうとも、絶対に止まらない。

 

 陽気なメロディと共に、敵の白目が見える位置に到達するまで、決して。

 

 

 その陽気なメロディとその光景に、漆黒聖典の神聖呪歌が即興で詩をつけ、歌ってみせる。

 神の御前ということもあり、己の持つ全てを振り絞って。

 

 歌声が砦に木霊した。

 

 

 その歌声を背に受けながら、レッドコートは進軍する。

 彼らの歩みを止めるものは何もない。



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真の姿で愛でられる者達

微エロあり。


 

 

 メリエルは自室で、のんびりとしていた。

 つい先日、彼女は帰還した。

 

 竜王国からビーストマン達を叩き出し、そのまま隣接していた彼らの国に攻め込んで、圧倒的な武力を背景に、無条件降伏へと追い込み、そして魔導国の領土へと編入した。

 後始末と復興はデミウルゴスと、モモンガに頼んで派遣してもらったパンドラズ・アクターに丸投げした。

 

 既に実質的に休暇に突入しているのだが、それでも一応の期日というものはある。

 もし万が一、編入した領土で何か起きた場合はメリエルが出ることになっている。

 

 アルベドからの手紙をメイドが持ってきたのは、そんなときだった。

 

 深夜に2人きりでお会いしたい、と。

 

 その意味をメリエルは悟る。

 彼女の性格から、よくも今の今まで、我慢したものだとメリエルとしては称賛したいくらいだ。

 

 性的に襲ってきたりとか、飛びかかってきたりだとか、そういうことは一切なく、完璧な守護者統括として振る舞ったのだ。

 

 メリエルとしても、ユリとモモンガをくっつけたので、そろそろ自分も、という思いがそれなりにはあった。

 

 彼女はアルベドの手紙に対して、返事を書いた。

 

 部屋で待っている、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜分、遅くに申し訳ありません」

 

 深夜にメリエルの下を訪れたアルベドはそう頭を下げた。

 メリエルは手をひらひらと振って、構わない、と言い、そして更に言葉を続ける。

 

「ちょっと、行きましょうか。良い場所を知っているの」

 

 メリエルに誘われるがまま、アルベドはメリエルが開いた転移門(ゲート)を彼女と共に潜った。

 

 

 

 

 

 転移先はナザリックの外であった。

 左手には小川が流れ、右手には林が見える。

 月明かりに照らされ、夜だというのに程よく明るい。

 

 そして、小川と林の間に立つメリエル。

 

 アルベドは、美しいと心から感じた。

 

 黄金の長い髪が月明かりに照らされて 淡く輝き。

 そして、アルベドを見つめる、メリエルの瞳。

 

 アルベドと同じく、その瞳は黄金であるが、アルベドは自分などよりもメリエルの瞳の方が美しい、と断言する。

 

 メリエルとアルベドの背丈は同じであり、視線の高さもちょうど一緒。

 そうである為に、互いが互いの瞳がよく見えた。

 

「アルベド、あなたからすれば私がいるから美しいと思うだろうけど、私がいなくても自然というのは美しいわ」

 

 そう言って、くすくすとメリエルは笑う。

 アルベドがどのように言葉を返すか、一瞬悩むが、それだけでメリエルには十分だった。

 彼女は近づいて、アルベドの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 

「ねぇ、アルベド。あなたが用件も書かずに、私と2人きりになりたい……その意味が分からない程、私は鈍くないわ」

 

 そう言いながら、メリエルはアルベドにゆっくりとその両腕を背中に絡ませる、

 間近でアルベドを見つめながら、彼女は更に言葉を紡ぐ。

 

「よく今の今まで、暴走せずに我慢できたわね」

 

 にこり、とメリエルが微笑んだ。

 ごくり、とアルベドは唾を飲み込んだ。

 

 メリエルはアルベドの耳元に口を寄せ、告げる。

 

「お前を私のモノにしたい。お前の全てが欲しい、お前の全てを支配したい」

 

 アルベドは熱い吐息を口から漏らし、メリエルの背中へと両腕を回す。

 

「もちろん、勿論ですとも。私を支配してください。私の全てをあなたに捧げます。永遠に」

 

 そうアルベドは答えた。

 彼女の下腹部は熱を持ち、また疼く。

 

 淫魔としての本能が、女としての本能が叫ぶ。

 今ここでまぐわいたい、と。

 

 しかし、アルベドは理性でもってそれを完全に抑え込む。

 さすがにそれでは品がなさすぎる、と。

 

「アルベド、けれど、あなただけでは満足ができないわ。私は欲深いから」

 

 メリエルの言葉はアルベドにとって、予定通りのものだった。

 

 ハーレムも大好きだからな、メリエルさんは――

 

 一番重要だ、と性癖を記入したノートを手渡すときに教えてくれたモモンガの顔がアルベドの頭に思い浮かぶ。

 そして、その為に必要な手は既に全て打ってある。

 積極的に、特にナザリックのシモベ達の中で、メリエルに対してそういう関係になるべく、とうの昔から動いていた。

 勿論、その際、正妻は自分である、という要求を受け入れさせている。

 

 メリエルの行動からハーレムが好きだということは容易に予想がついていたが、それでもモモンガにお墨付きをもらったことはアルベドに安心をもたらした。

 

 

「構いません」

 

 アルベドの答えなど決まっている。

 

「ああ、安心して。あなたが気絶するまでやってからだから」

 

 アルベドは予想外の言葉に理性が飛びそうになった。

 だが、守護者統括のプライドにかけて、堪えた。

 

「ありがとうございます。気絶するまでなんて……」

 

 理性は飛んではいないが、それでもアルベドの頭に展開される様々な妄想。

 アルベドは処女ではあったが、自身の体力などから数回程度では気絶しない自信があった。

 

 ということはつまり、数回程度では収まらない程に、様々なプレイが展開される可能性が高く――

 

 

 もうダメ、襲いたい――

 

 

 アルベドは息を荒くし、このままメリエルを押し倒してしまおうかと考え始める。

 そのとき、アルベドの唇に柔らかい感触。

 

 思わずに、目を見開いた。

 

 アルベドの思考は完全に止まる。

 ようやくに彼女が目の前の光景を現実だと認識したときには、ゆっくりとメリエルが離れていた。

 

 口づけをしていただいた――

 

 驚き、そして、喜びが一気に湧き上がってくるが、アルベドはメリエルの次の言葉に、再度、思考を停止させる。

 

「ねぇ、アルベド。あなたの本当の姿が見たい」

 

 アルベドの真の姿は醜悪の一言に尽きる。

 今まで、ただの一度も誰にも、それこそ創造主のタブラにも見せたことはない。

 

 純粋に、ユグドラシル時代にも、そうするだけの機会がなかっただけだったりするが、アルベドにはそんなことは分からない。

 

「そ、れは……」

 

 アルベドは恐れた。

 メリエルから嫌われることに。

 

 メリエルが醜悪なものを好まない、というのはモモンガから渡されたノートにあった。

 下品な女は好きだけど、純粋に醜いのは嫌いなのではないか、と。

 断言はされていなかったが、その可能性があるというだけでアルベドにとっては警戒すべきものだった。

 

 だからこそ、アルベドはどれほどにメリエルとの愛を育んだとしても、自分からは絶対に真の姿に関しては触れないつもりだった。

 メリエルもまた、醜いのが嫌いならば、触れることはない、とそういう確信があったのだ。

 しかし、その予想は脆くも崩れ去った。

 

「……メリエル様、私は、あなたに嫌われたくはありません」

 

 故に、アルベドは拒絶する。

 彼女がこのように拒むのは生まれて初めてのことだ。

 

「夢見る国の化け物。確か、ガグだっけ?」

 

 メリエルの言葉に、アルベドはびくりと体を震わせる。

 

「見せてくれないと、嫌いになるわよ?」

 

 アルベドはメリエルの言葉に絶望を覚えた。

 進むも地獄、退くも地獄、と。

 

 彼女は伏し目がちになり、ぎゅっと、口を閉じて、両手でドレスの裾を握りしめる。

 メリエルは決して急かしたりはせず、返答を待つ。

 

 5分程したときに、ようやくにアルベドは口を開いた。

 

「……もし、醜悪だと、嫌いだと思われたら、私を殺してください」

 

 アルベドは意を決して、そう告げた。

 彼女の言葉にメリエルはとても穏やかな笑みを浮かべ、軽く頷いた。

 

 それを確認し、アルベドはその姿を一変させる。

 醜悪な、夢見る国の化け物へ。

 

 みるみるうちに、彼女の背丈は大きくなり、メリエルは見上げる形となる。

 全身は毛むくじゃらとなって、女性の面影などまるでない。

 巨大な腕から鉤爪のついた手が2本ずつ、枝分かれしている。

 そして、樽くらいはありそうな大きさの顔には垂直に開く、特徴的な大きな口と無数の大きな黄色い牙。

 目はピンク色で顔の側面から飛び出している。

 

 言葉は話せず、表情で意思疎通を行うのだが……今、その表情は怯えであった。

 

 メリエルは、にこりと笑って手招きする。

 

 アルベドは手招きされるままに、その顔を近づけていく。

 メリエルの顔が目の前にきたところで、アルベドは何をするのだろうか、殺されるのだろうか、と思考する。

 

 しかし、アルベドの予想を大きく裏切ることを、メリエルは行った。

 その行動により、アルベドの表情は驚愕に染まる。

 

 メリエルはアルベドの口に顔を近づけて、そして、その牙を1本ずつ、丁寧に優しく舐めていた。

 やがて彼女はアルベドの大きな体に抱きついてくる。

 

 アルベドはメリエルの体を傷つけないよう、細心の注意を払って、恐る恐るその体を抱く。

 抱きつかれ、牙を舐められているアルベドが心に思うことは唯一つ。 

 

 

 この御方に、絶対の忠誠を、絶対の愛を――

 私の全てを知ってもなお、私を愛してくれる唯一の御方――

 

 

 メリエルは1時間程して、ようやくに全ての牙を舐め終えて、アルベドの口から顔を離した。

 その顔はとても満足したもので、その表情にアルベドもまた嬉しくなる。

 

「その姿になっても、アルベドの匂いは変わらなかった。だから、むしろ興奮した」

 

 メリエルの第一声はそれだった。

 アルベドは常日頃から体臭に気を配っていた過去の自分を最高に褒め称える。

 入浴時には人の姿は勿論、本来の姿に戻って隅々まで手入れをしており、一切手抜きはしていない。

 

「どうする? その姿でヤッてもいいけど」

 

 アルベドは雄叫びを上げたくなったが、無理矢理に抑え込んだ。

 そのために、変な唸り声が出たが、それでも雄叫びを上げるよりはマシだと彼女は思った。

 

 こんなことを言ってくれる人物など、世界中を探してもいないだろうし、またモモンガ様は勿論、他の見捨てた至高の御方々の中にもいない、とアルベドは断言できる。

 

 しかし、アルベドとしては初めてはちゃんと言葉で意思疎通をしながら、やりたかった。

 無論、慣れたら、本当の姿でも是非に抱いてほしいが、まずは普通にやりたいのである。

 

 

 アルベドは人の姿へと戻った。

 そして、改めてメリエルを抱きしめた。

 

「……初めてはこの姿で」

「分かったわ。それじゃ、部屋に戻りましょうか? ああ、それと今回の件、程よい時期が来るまで秘密で。誰にも言ってはダメよ? 恋人っていう関係を楽しみたいの」

「はい、勿論です。ただ、メリエル様、あなたが私の本来の姿でも愛してくれたこと、それをシャルティアにだけは伝えさせてください。彼女も色々と悩んでおりますので」 

「それなら構わないわ……でも、そうね、シャルティアにだけはあなたから上手いこと伝えておいて。私とあなたがそういう関係になったことを」

 

 メリエルの言葉にアルベドは微笑み、頷いた。

 そして、2人は来た時と同じように転移門(ゲート)でもって、メリエルの部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、メリエルの下にシャルティアが本来の姿で突撃し、存分に愛でられるという光景が目撃されたが、些細なことだった。

 

 

 

 



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一つの区切りに

 

 ナザリック地下大墳墓の第9階層「ロイヤルスイート」にあるモモンガの私室。

 そこにメリエルはモモンガの着込んだ服をジロジロと無遠慮に観察していた。

 

 そして、彼女は告げる。

 

「似合っているわよ、モモンガ」

「それ、今度そっくりそのままお返ししますからね」

 

 

 メリエルはモモンガのタキシード姿に対する感想を言ったのだが、どうやらそのままお返しをされるようだった。

 今日はモモンガとユリの結婚式だ。

 

 竜王国からメリエルが帰還して1ヶ月程が経過している。

 

 

 ビーストマンを叩き潰した、ということに対する反応は劇的だった。

 特にスレイン法国の反応はモモンガもメリエルもドン引きする程に狂喜乱舞といった具合だ。

 

 ともあれ、魔導国は当初の目標を推し進める。

 

 穏便なる世界征服、その遠大な目標の為に。

 

 

 この後には竜王との会談が控えているが、イビルアイを仲介役として、諸々のやり取りをしているが、向こうもこちらに対して、興味津々といった感じらしい。

 無論、それは悪い意味などではなく、予想としては特に何事もなく終わるだろう、というもの。

 

 

 

 

 ともあれ、一つの区切りとなったことは確かで、それならばモモンガとユリの結婚式を行うにちょうど良いのではないか、というメリエルの鶴の一声で、デミウルゴス達は動いた。

 

 しかし、モモンガもそのことを知るや否や、同じようなことをデミウルゴス達に告げた。

 

 メリエルさんは竜王との会談後、そのまま長期休暇になるから、それをそのまま新婚旅行とすべく、私の結婚式と日を少しズラして行えばいいのでは、と。

 モモンガのささやかな仕返しだった。

 

 そんな彼の鶴の一声にデミウルゴス達は――特にアルベドは――異論があるはずもない。

 

 結果として、モモンガとユリの結婚式から1週間後にメリエルとアルベドの結婚式も行われることになったのだ。

 

 しかし、もっとも衝撃的なことは――当人達を除けば、デミウルゴスですら知らなかった――いつのまにか、メリエルがアルベドにそういう意味での告白をしていたというのだ。

 アルベドが一切そういう雰囲気を見せず、メリエルといるときもいつもと変わらない態度だった。

 

 アルベドのことであるから、メリエルから告白されたとなれば上へ下へと駆け回って、叫び倒すくらいはしそうなものであったが、そんなことは全く無かったのだ。

 

「で、どんな告白をしたんですか? ていうかアルベドが何にも騒いでいなかったんですが?」

「普通よ、普通。アルベドとは時期が来るまでは黙っていようって約束したのよ。あと、私は似合っているって言われれば嬉しいわよ?」

 

 モモンガの問いにメリエルは答える。

 これもまた既に何回もあったやり取りだ。

 

「俺も嬉しいですよ」

「素直に最初からそう言えばいいのに。これだからモモンガは……」

「このクソ天使め、地獄に落ちろ」

「黙れクソ骸骨、天国に昇れ」

 

 そう言い合って、2人は笑い合う。

 

「天国、昇ってきます」

「そうしなさい。あなたが幸せにならないと、ナザリックは幸せにならないわ」

 

 そう言って、メリエルが拳を突き出した。

 モモンガもまた応じて、彼女の拳に合わせて拳を突き出した。

 

 かつん、という音が室内に響く。

 

「色々、あったわね」

「ええ、ありましたね。こっちに来て、はっちゃけて、今じゃ国家元首ですよ、俺」

「魔導王陛下ですってね」

「他人事みたいに言ってますけど、メリエル様も告死女神とかっていう異名がこっそりつけられているんですよ、最近シモベ達の間で」

 

 ぐああああ、とメリエルは大げさに声を上げて、胸を押さえて、崩れ落ちた。

 

「何でも、現れたら敵対者の死が確定するとかっていうことらしいです」

「やめろ、そういうのは私に効く」

「俺にも効きますから、自爆技ですね」

「それで、なんだっけ、色々あって。私はペットを集めて」

「俺は冒険者、やってましたね。あれ、思ったんですが、俺、かなり地味じゃ……なんか、メリエルさんのほうが目立ってません?」

 

 問いかけられたメリエルはこれでもかと溜息を吐いてみせる。

 

「法国とか帝国とかの政治的な交渉の時に出てきてくれても良かったのよ?」

「そ、それはその……メリエルさんのほうがそういうの、得意でしたし。き、基本、ほら、メリエルさんのできることのほうが俺よりも多いので、任せたほうがナザリックに良い結果となると……」

 

 尻すぼみになっていくモモンガの言葉。

 

 しかし、彼は何かを思いついたのか、「そう!」と声を張り上げる。

 

「私はナザリック地下大墳墓の最高支配者。瑣末事など、配下に任せれば良い」

 

 開き直ってそう告げるモモンガにメリエルは思わず笑ってしまった。

 

 そして、彼女は「ところで」とモモンガに切り出した。

 

「彼らの異世界ライフ、モモンガさんがやっぱり苦労する話って題名で本でも書いたら、売れるかしらね? 私達のことなんだけど」

「いや、その題名ではどれだけ内容が良くても売れないでしょう。ていうか、俺が名指しで苦労するんですか……」

「しているじゃないの」

「誰のせいですか、誰の」

 

 そう言いつつ、モモンガは閃いた。

 

「シンプルで良いものを思いつきました。ギルド長の私が一応、主人公ってことで良いんですよね?」

「まあ、そうなるわね。本気で執筆するなら、あなたにも手伝ってもらいたいわ。というか、むしろ、あなたが書いたら? 寿命なんてないから、時間はあるんだし」

 

 メリエルの言葉にモモンガは苦笑しつつ、問いかける。

 

「分かりましたよ、それじゃあ、そのときは手伝ってくださいね。それで、題名なんですが、いいものがあるんですよ」

 

 モモンガの言葉にメリエルはジト目となる。

 彼のネーミングセンスが無いことは、よく知っている。

 

「超越者という意味もあるので、メリエルさんも含まれていますよ」

「どんなのよ? カッコイイのにしないとダメよ」

 

 メリエルの言葉にモモンガは疑われているな、と思いつつも自信を持って告げる。

 

「空中に書いてみせますよ、課金アイテムの文字エフェクトのやつで」

「あれって後ろ以外にも出せたのね。使ったことないから、知らなかった」

「……まあ、普通は滅多に使わないと思いますよ。俺も結局、ほとんど使いませんでしたし」

 

 モモンガはアイテムボックスを操作し、空中に示す。

 彼が書いたのは8文字のアルファベット。

 

 

 

 

  OVER LORD

 

 

 



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エピローグ 100年後の彼ら

一気に投稿したよ!!
気をつけてね(白目


 

 かくして、アインズ・ウール・ゴウン魔導国により世界は統一された。

 

 たった100年程で、歴史上、誰も成し得なかった偉業を達成したのである。

 

 かつて、多くの場合において、亜人と人間が反目していたなど、誰も信じないだろう。

 

 今や、亜人と人間、そして一部のアンデッドですらも、共存共栄の道を歩んでいる。

 

 世界の至るところに繁栄は満ち溢れている。

 

 願わくば、至高の御方々が永久に、この世界を導かれんことを。

 

 

                                 魔導国神祇省 主席神祇官ネイア・バラハ

 

 

 

 

 

 

 ネイアは羽根ペンを置いて、両肩をほぐす。

 

 ようやく長く続いた仕事が終わったのだ。 

 これまでの魔導国の歴史を纏める作業は非常に骨が折れた。

 

 職場でやっていたら、きっと精神に悪かった、とネイアは思う。

 

 彼女が時計を見ればもうすぐ日付が変わる時刻で、何気なしにカレンダーの日付を見ると、ちょうどあの日であった。

 

 そして、時計の針が12時になると同時にネイアは呟く。

 

「おめでとう、100年前の私。あなたは今日、神様に出会う」

 

 100年前の今日はちょうどネイアがメリエルと初めて出会った日だった。

 彼女の容姿はあの時と全く変わっていない。

 

「あんまり変わってない」

 

 カルカもケラルトもレメディオスも、聖王国の偉い人達は誰一人として変わっていない。

 当時のままの姿だ。

 聖王国ではその3人と、ネイアの4人がもっとも早くメリエルから不老不死の薬を賜っているので、それも当然かもしれない。

 

 ネイアにとって、今でも信じられないことであったが、聖王国も、帝国も、法国も。

 100年前、魔導国ができたばかりの頃にあった国家はリ・エスティーゼ王国を除き、全て存在している。

 

 帝国など100年前と同じ皇帝が、今も変わらず、その抜群の手腕でもって万全に統治している。

 魔導国直轄領を除けば、帝国が世界でもっとも繁栄しているといえるかもしれない。

 

 魔導国は無闇に国家を滅ぼしたりはせず、基本的には対話でもって――対話が無理であった場合は実力行使をしたが――通商条約を締結した後、いつの間にか相手国が属国のような立場になっているという手法を駆使した。

 

 ネイアも、説明されてようやく半分くらいは理解できたことだが、100年前の当時では魔導国以外では誰も気づけないか、気づけたとしてもどうにもならないやり方だった。

 

「相手国の経済を握り、魔導国に依存させる……だっけ? シンシアさんが教えてくれたことだけど、やっぱりよく分かんない」

 

 むー、とネイアは唸り、頭をかく。

 それにしても、と彼女は思考を切り替える。

 

「メリエル様は本当に、果実水を配るみたいに、不老不死の薬とか若返り薬をばら撒いているからなぁ」

 

 4人が最初というだけであり、気に入った者がいたら、片っ端から不老不死の薬を渡してしまうのが、メリエルであった。

 特に女の子にはほとんど例外なく、渡しているんじゃないだろうか、というくらいに。

 おかげで出生率が低下したが、何でも願いを叶える魔法とかいうとんでもないものを使ってまで、不老不死でも寿命がある者と同じくらいの出生率に無理矢理戻していた。

 

 そこまでするか、と話を聞いたネイアはツッコミを入れたものだ。

 

 おかげで、告死女神とか戦場の女神という勇ましい異名もあったが、性欲の神とか至高の変態という不名誉なものも多くついてしまった。

 本人は全く気にしていないようで、けらけら笑っていたが、信者としては堪ったものではなかった。

 だが、否定できないのが辛いところだ。

 

 それにしても、とネイアは見回す。

 実家であるこの家も古くなったときに立て直しはしているものの、部屋の間取りなどは変わっていない。

 ともすれば、この100年は全て夢か何かで、寝て起きたら、まだ自分は聖騎士の従者だったりしないだろうか、と思うときがある。

 

「父さんも母さんも、懐かしい。私がメリエル様の使徒って知ったら、驚くかな」

 

 使徒というのは公に対して名乗る場合であり、より正確にはペットである。

 さすがに神のペットでは色々と問題がありすぎた為の措置だ。

 

 カルカ達3人もまたメリエルの使徒であった。

 そして、聖王国は無論、帝国にも法国にも、否、世界中にメリエルの使徒は数多くいる。

 人間も亜人も問わず。

 

 そして、今この瞬間にも、それが増えていることは想像に難くない。

 

「アルベド様も、よく許しているよなぁ」

 

 ネイアは素直にメリエルの妃であるアルベドの器の大きさを称賛した。

 にしても、と彼女は思う。

 

「魔導国、世界を統一しちゃってるなんて、100年前は誰も信じないよね……?」

 

 しかも、しかもである。

 人間とそれ以外の全ての種族が共存共栄し、種族で区別されることはあっても、差別されることはない。

 

 エルフやダークエルフ、ワイルドエルフなどの、かつては少数だった種族はその数を大幅に増やし、今では他の亜人に引けを取らないくらいにどこに行っても見る。

 

 ネイアは自分で魔導国の歴史を編纂する仕事をしていたが、それでもやっぱり信じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットは気がついてしまった。

 

「……100年前、思った通りのことになっている」

 

 隣ではネムが寝息を立てている。

 ネムもまたエンリと同い年となったとき、不老不死の薬を飲んでいる。

 

 当然、エンリも不老不死の薬を飲んだ16歳のまま、体の時間は停止したままだ。

 

 農作業をしながら、ここ100年で一気に増えた村長としての仕事を片付けて、ふらっと現れるメリエルの相手をして一日が終わる。

 

 カルネ村は100年を掛けて地道に開墾していった結果、一大穀倉地帯と化していた。

 規模としてはもはや村の域をとうの昔に超えているのだが、それでも何となくカルネ村のまま続いている。

 名前に愛着があるから、というのが一番の理由だろう。

 

 

 でもまあ、それもいいか、とエンリはネムの隣に横になる。

 

 姉妹揃って同じベッドで眠るのは100年前と全く変わらない。

 かつての住民達は皆、寿命で死んだが、その子供達、孫達は変わらずにカルネ村にいる。

 無論、住民は人間だけではない。

 

 他の都市や街、村と同じくエルフやダークエルフなどの色んな種類の亜人がいる。

 しかし、もっとも古くからいる亜人はドワーフ達だろう。

 彼らは100年前、竜王国がビーストマンの侵攻を退けたあたりくらいから、魔導国の紹介でやってきた。

 

 今ではすっかりカルネ村に馴染み、カルネ村は農業以外に鍛冶やルーンといったものでも有名だ。

 後者2つが、エンリの仕事を大幅に増やした原因でもあったが。

 

「だけど、もうちょっと普通に扱ってくれてもいいんじゃないかなぁ」

 

 不老不死の人間は珍しくなくなったとはいえ、不老不死の人間とはつまり、アインズかメリエル、どちらかの使徒ということになる。

 

 使徒というのは言わば、神に見初められた人間だ。

 神聖なものとして、扱われるのも仕方がないことでもあったが、エンリとしては勘弁して欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、暇ねぇ」

 

 ラキュースは宿屋の一室で暇を潰していた。

 

 黒の薔薇として世界中をあちこち探索した彼女達は伝説的な存在だ。

 かつて、リ・エスティーゼ王国時代にヤルダバオトとかいう悪魔に罠にはめられたりして、家族を皆殺しにしたこともあったが、それも今や思い出話の一つに過ぎない。

 名誉はとうの昔に回復されている。

 

 また、昔のように、人間に対する憎しみは時間の経過と共に薄れている。

 嫌いなことに変わりはないが、許しがあったとしても積極的に殺すほどでもない、という程度にまで。

 

「ティアとティナはいつも通りに娼館にいるだろうし……キーノは何か修行しているって言ってたわね」

 

 そしてガガーランはガガーランで、鍛錬に精を出していることだろう。

 

「……ガガーランのときは本当に大変だった」

 

 ラキュースは溜息を吐く。

 

 ガガーランの蘇生に関してもメリエルは渋い顔だった。

 ラキュースは色んなプレイをして、ご機嫌を取ることで――その際に色々と新しい扉を開いていたりするが――ともあれ、何とか蘇生してもらえた。

 

 それからしばらくして、ガガーランに対して不老不死の薬をどうするか、というのが大いに問題になった。

 ラキュースは、というか元蒼の薔薇のメンバーは全員が飲んだほうがいい、とガガーランに告げ、対するガガーランも不老不死になったところで大して変わりはない、として承諾。

 

 そして、ラキュースがメリエルにお願いにいったところで――

 

 

「2ヶ月くらいだったかしらね……」

 

 ラキュースは遠い目になった。

 

 ガガーランを除いた元蒼の薔薇メンバーはメリエルに2ヶ月間監禁されて、それはもう盛大に色んなことをされまくったのだ。

 

 至高の変態とかいう異名も、そのあたりでティアがつけたものだ。

 

 まあ、気持ち良かったから、いいんだけど、と思いつつラキュースは窓から空を眺める。

 

 変わらない空だった。

 まだ王都と呼ばれていた頃と。

 

 しかし、空は変わらないが、街並みは一変している。

 

 古臭いだけが取り柄だったあの頃とは比較にならない。

 計画的な都市整備に基づいた、美しい街並み。

 行き交うのは人間に亜人、たまにアンデッドやホムンクルス。

 

 多種多様で、その人通りは王都であった頃よりも遥かに多い。

 

 人種の坩堝――ふとそんな単語がラキュースに思い浮かぶ。

 

「人種の坩堝……」

 

 口に出して、妙にしっくりときた。

 

「100年の冒険、その物語でも書こうかしら?」

 

 それはラキュースにとって、とても魅力的な暇潰しに思えた。

 同時に、メリエルから内々に誘われていたことを思い出し、笑みを浮かべる。

 

「異世界への冒険ってのもいいわね」

 

 歪んでしまったが、彼女の冒険はどこまでも続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒルマは悠々自適の生活をしていた。

 

 麻薬ビジネスからは、とうの昔に手を引いて、今の彼女はメリエルの為に自分を磨いている。

 メリエルの下へ積極的に訪れて、アピールは欠かしていない。

 

 最近はそれをする連中も昔に比べて多くなったが、それでもヒルマのメリエルと積み重ねた時間から、優先的にメリエルに抱いてもらっている。

 

「そろそろ子供ができてもいいと思うんだけど……」

 

 未だアルベドですら、デキていないことは予想された事態だ。

 アルベドより知らされ、そのことはメリエルのペットの間では知らぬ者はいない、公然の秘密となっている。

 

 デキる確率は極めて低い――

 

 また、誰が最初に孕んでも、それは恨んだりはしない、という協定が結ばれている。

 

「あのとき、誰よりも早くメリエル様のところに行って良かったわ」

 

 ヒルマは100年前、自分が行った決断を褒めた。

 

「……それと地味にコッコドールも不老不死になって、娼館経営で大儲けしているのよね」

 

 メリエル専属の娼館を経営することで、彼は大儲けしていた。

 身請けするのとまた違った良さがあるとはメリエルの談だが、それを解釈すると店で衣類を選んで試着するような感覚なのだろう、とヒルマは思う。

 

「そんなんだから、至高の変態とかいう異名をつけられるのよ」

 

 ヒルマは溜息を吐いた。

 変態的なプレイなど、数えきれない程、メリエルとやってきた彼女である。

 

「まあ、いいんだけどね」

 

 そう言って、彼女はくすり、と笑った。

 

 ヒルマの生活は変わらない。

 これからも身請けしてくれたメリエルに尽くすだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌは法国にいた。

 

「弱っちいわねぇ」

 

 けらけらと笑う。

 黒いスティレットを手で弄びながら。

 

「その程度なの? ねえ、お兄様?」

 

 彼女の目の前には瀕死のクアイエッセがいた。

 彼だけではない。

 

 魔導国にいる番外席次を除く、全ての漆黒聖典のメンバーがそのような状態だった。

 

「あんたたちさぁ、メリエル様の御慈悲で全員、100年前に不老不死になった癖に、なんでそんなに弱いの?」

 

 クレマンティーヌは100年という月日を境に、メリエルの許可をもらった上で、漆黒聖典に戦いを挑んだ。

 結果は圧勝だった。

 

 メリエルをはじめとした、人外の化け物共に修行をつけてもらったクレマンティーヌ。

 途中からは面白そうだからとモモンガも参戦し、メリエルとモモンガがタッグを組んで彼女に襲いかかってきたときもあった。

 それこそ、実質的には全世界を敵に回して戦っていたに等しい。

 

 何百回も死んだ。

 何百回も生き返った。

 レベルダウン、とかいう蘇生による力の減少を防ぐアイテムまで使ってもらって。

 

 強くならなくなったとき、素直にそう告白したなら、何でも願いが叶う魔法までメリエル様に使ってもらって、レベルキャップと呼ばれる個々人の成長限界というものを取っ払ってもらった。

 至高の御二人や守護者、他のシモベ達も、それを行って更に強くなっているらしい。

 

 返しきれないほど、それこそ永遠を掛けてでも返しきれないほどに恩がある。

 

 心から、魂の奥から、クレマンティーヌは尽くすと決めた。

 

 だから、過去を叩き潰した。

 常に比較され、自分よりも優れているとされたクアイエッセを漆黒聖典ごと叩き潰して、証明した。

 

 この100年で、クレマンティーヌは辿り着いていたのだ。

 

「殺しはしないよ。だって、これは模擬戦だから」

 

 そう言って、彼女は黒いスティレットを収める。

 

「そうそう、それと、私は今、難度300だから」

 

 かつてないほどに、穏やかな――まるで聖女のような笑みを浮かべ、そう告げた。

 そして、次の瞬間には全く正反対の獰猛な笑みを浮かべる。

 

「メリエル様の最初の使徒、猟犬のクレマンティーヌ。ちゃんと覚えてね? クソ兄貴と漆黒聖典の皆」

 

 クレマンティーヌには、もはや劣等感など存在しない。

 あるのはただ、まだ強くなれるという嬉しさのみ。

 

 彼女はようやく、メリエルに挑戦する資格を得た程度に過ぎない。

 しかし、ナザリックの者からすれば、それがどれほどの偉業であるか、容易に理解できる。

 

 クレマンティーヌは伝説を作っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイナースはショッピングをしていた。

 ここ100年で彼女は戦士として戦いながらも、これまでできなかった人生を大いに楽しんでいた。

 

「こっちの新作もいい……ああ、だけど……今月もまたお給料が……」

 

 財布を見て、そしてショーウィンドウに飾られている新作の衣類を見て、また財布を見る。

 メリエルの使徒として、少なくない額をお小遣いとして毎月貰っていたが、その半分は衣類に消え、もう半分は食べ歩きに消えていた。

 

 三食におやつ、寝床も完備と至れり尽くせりの待遇だったのがレイナースにとっては災いした。

 

 彼女は休みの日、とにかく遊びまくっていた。

 

「だって、メリエル様に見てもらいたいんだもん」

 

 自己弁護に使うものは決まって、嘘偽りのないこの言葉であった。

 過激なものから清楚なものまで、買うたびにメリエルに披露して、そのままベッドへという流れが定番だ。

 

「あ、そういえば、今日は新作のパフェが出る日……」

 

 レイナースは今日も人生を謳歌する。

 

 

 

 

 番外席次は幸せを感じていた。

 

 メリエルとの間に子供はまだできていない。

 だが、必ずできるという確信があった。

 

 それはそれとして、彼女はメリエルにより、色んな娯楽をこれでもかと教えられたのだ。

 

 三食の美味しい食事におやつ、ナザリックの図書館にあった様々な書物、はては週末にショッピングなど、およそ100年で色んな娯楽を教えられ、それを実行している。

 

「楽しいなぁ」

 

 戦っていないにも関わらず、そんな言葉が出てきたことに、昔の彼女を知る者がいれば驚愕することだろう。

 

 戦いたいときに戦って、食べたいときに食べて、遊びたいときに遊ぶ。

 

 法国では決してできなかったことだ。

 

 とはいえ、彼女にとってこの100年での最大の成果、それはルビクキューだ。

 

 メリエルがルービックキューブと言っていたそれを、番外席次は遂に二面を安定して揃えることに成功したのだ。

 今は三面を揃える為に四苦八苦している。

 

 全部揃えるにはあと400年掛かるんじゃないの、とメリエルから言われたこともあった。

 

「400年なんて掛からないもの。たぶん300年くらいで……」

 

 メリエルの言葉を思い出して、番外席次は口を尖らせる。

 

「ルビクキューはやめて、メリエルを呼ぼうかな……あ、今は玉座の間で何かやってるんだった」

 

 番外席次は仕方がない、とルビクキューを弄る。

 彼女はとても楽しい時間を過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 その玉座にはモモンガが座し、その隣にはメリエルが立っていた。

 

 2人の前にはアルベドをはじめとした、守護者達が勢揃いしている。

 これは、ちょっとした式典であったが、あくまで内輪のものだ。

 

 アルベドが前へと進み出て、告げる。

 

「モモンガ様、メリエル様。御二人が望まれた、穏やかなる世界征服が完了しましたことを、ここにご報告致します」

 

 アルベドの言葉にモモンガは鷹揚に頷き、告げる。

 

「守護者達よ、そしてこの場にはいない、ナザリックの全てのシモベ達よ。大義であった。諸君らの忠誠とその功績、我々は決して忘れない」

 

 モモンガはそこで言葉を切り、メリエルへと視線を向ける。

 それを受けて、メリエルは口を開く。

 

「モモンガも言った通りに、あなた達の成したことは私達の記憶に永遠に刻まれたわ。ただ一先ず、あなた達は休みなさい。数日以内に再度、招集するから」

 

 

 御意、と守護者達は答え、玉座の間からぞろぞろと出ていった。

 

 

「100年で世界征服って凄いわね」

「ええ、凄いですね。しかも穏やかに。ツアーも、共存共栄には驚いていました」

「彼の鎧に落書きしたい」

「今度やりましょう。それで、どうしますか? この後」

 

 この後、というのは世界征服という目標が終わってしまったので、次をどうするかだ。

 

「100年あったけど、仕事もあったしで、ゆっくり世界を回れなかった。旅行っていうのはどうかしら? 守護者達を連れて」

「いいですね。それが終わったら、別の世界にでも守護者達と一緒に行きますか? その為に魔法の研究から始めて」

「実はもうキーノに言ってある。あとラキュースとかにも誘ってて」

「手が早いですね。まだできるとも分からないのに」

「大丈夫よ、色々とユグドラシルにあった不利な制限も取っ払ったし。というか何よりも、世界の可能性は……」

 

 メリエルの言葉にモモンガは声を合わせる。

 

 

 そんなに小さなものではないから――

 

 

 

 

 



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番外編 2時間で解決する問題

番外編だよ。


 帝国の帝都アーウィンタール、その大通りにて、フールーダは土下座を披露していた。

 

「何卒! 何卒、その神々しいオーラを!」

「やだ」

 

 帝国の重鎮である彼が土下座をする程の相手はあからさまに嫌そうな顔で、そう言った。

 

「お願いします! メリエル様!」

「やめっ、やめろー!」

 

 メリエルの足に縋り付くフールーダ。

 彼は若返っているので、ヴィジュアル的には青年が女神のような女性に縋り付くということになっている。

 周囲の通行人達から、ひそひそと何やら話し声が聞こえてくる。

 

 痴情のもつれとか何とか聞こえた。

 

 思いっきり蹴飛ばして、フールーダを殺すわけにもいかないメリエルはどうしたものか、と困惑する。

 

 

 事の発端は些細なものだった。

 

 色々片付けたメリエルは帝国の娼婦を漁り、またついでに闘技場でも行って観戦しようかと――要するに遊びにやってきていた。

 

 基本彼女がどこかに出向くときは単独である。

 そっちのほうが気楽であるという単純な理由で。

 

 帝都の大通りをふらふら歩いて、露店やら何やらを見ていたところで、フールーダに運悪く見つかってしまったのだ。

 

 彼は見つけるや否や、オーラを見せろと鬼気迫る表情で言ってきた。

 なんでも、彼はどの位階の魔法を使えるか、見えるタレントを持っているらしい。

 

 勿論、メリエルは嫌だったので、拒否して、今に至っている。

 

「お願いします……! 一度だけ、一度だけ見せて頂ければ……!」

 

 ある意味、メリエル以上に欲望一直線なフールーダに彼女は深く、それはもう深く溜息を吐いた。

 

 まあ、フールーダを鍛えればナザリックの為にもなるだろう、きっとなるはず、なるといいな――

 

 そう思いながら、メリエルは告げる。

 

「それじゃあ、わかったわよ。なんか、適当なところで……」

 

 メリエルは周囲を見回して、年季の入った建物を見つけた。

 看板には歌う林檎亭とある。

 

 レイナースから聞いたことがあった。

 

 歌う林檎亭という宿屋兼酒場のメシが美味い、と。

 

 昼時だし、そこでいいだろう。

 オーラなんて見えるのはフールーダしかいないだろうし、迷惑になることもない。

 ついでに、フールーダに奢らせれば懐も寂しくならない――

 

「あそこ、あそこの店で。御飯食べながら」

「おお! 神よ! 勿論です! 奢らせてください!」

 

 こっちが言う前に、向こうが言ってきた。

 

 メリエルはほくそ笑み、フールーダを引き連れて、その建物に入った。

 

 

 

 

 見た目は年季が入っていたが、中はわりと小奇麗であった。

 隙間風などもない。

 

 店内は昼時にも関わらず、閑散としている。

 1つのテーブルに4人組の男女がいる程度だ。

 格好からするに、冒険者か、あるいはワーカーと呼ばれる者達かもしれない。

 

 

 酒場だから夜に客が多いのかしら、とメリエルは思いつつ、メニューを読んで、ウェイトレスに注文する。

 4人組から視線を感じるが、メリエルにとってはいつものことだった。

 

 彼女の美貌は圧倒的だ。

 

 なんだあの美人――

 綺麗――

 

 とか色々聞こえて、メリエルは満足だ。

 

「さぁ、神よ……我が目に、そのオーラを」

「仕方がないわねぇ」

 

 メリエルは軽く溜息を吐いて、魔力をはじめとした諸々を完全に隠蔽している指輪を、ゆっくりと外した。

 

 反応は劇的だった。

 

「お、おぉ! まさしく、まさしく! これぞ、魔導の深淵っ!」

 

 大興奮するフールーダ。

 その両目は思いっきり見開かれ、血走っている。

 

 そして、もう一つ。

 

「おげぇえええ!」

 

 なんかもう1つのテーブルから聞こえた。

 メリエルがゆっくりとそっちへ視線を向ければ、金髪の女の子が盛大に嘔吐して、床に蹲っていた。

 びくんびくんと震え、さらに下半身のあたりから床が濡れていく。

 

 漂うアンモニアの独特な臭い。

 

 酷いことになっているその子に対して、メリエルは思う。

 

 あの女の子、可愛いわね――

 

 メリエルはそんなことを思っていると、4人組のうち、男2人がメリエルの傍に歩み寄ってきた。

 

「おい、あんた。何をした?」

 

 リーダーらしき男の問いにメリエルは深く、これまた深く溜息を吐いた。

 

 一難去ってまた一難、今日は厄日だ――

 

 しかし、メリエルはへこたれない。

 

 フールーダのいう、魔導の深淵とやら、こうなったら見せてやろう。

 ついでに因縁をつけてきた何かよく分からない連中もまとめて見せてやろう。

 

 メリエルは唱える。

 

至高なる戦域(スプリーム・シアター)

 

 

 世界が、変わる。

 

 

 

 

 

 ワーカー、フォーサイトのリーダーであるヘッケランは今、起こったことが理解できなかった。

 仲間のアルシェが突然嘔吐して痙攣した。

 何か原因は、と周囲を探るとちょうど女神のような美人が指輪を一つ、外したところだった。

 

 だからこそ、何かをやったのか、と問いかけにいったら――

 

 歌う林檎亭から、一瞬にして草原にいた。

 

「……いったい、何が起きたのでしょうか?」

 

 ロバーデイクの問いかけにヘッケランは告げる。

 

「俺が知りたい。ただ、あの女が何かやったらしいことは確かだ」

 

 ヘッケランはそう言って、その女を見る。

 

 10m程離れたところに、その女はいた。

 なぜか、その隣では気絶している青年がいる。

 

 さっきから叫んでいた青年だ。

 頭に何となくコブができているように見えることから、女が殴ったらしい。

 

 いったい何がどうなっているのか、ヘッケランにもロバーデイクにもさっぱり分からない。

 

 ただ異常な事態だということは分かった。

 幸いにも、彼らは一仕事を終えてきたばかりの為、装備を身に着けている。

 

「イミーナ、アルシェはどうだ?」

「ダメだわ。ずっと震えて……」

 

 ハーフエルフのイミーナは同性ということもあって、金髪の女の子――アルシェを介抱していた。

 

「とりあえず、あの女を……」

 

 倒すしか、とヘッケランが言おうとしたそのときだった。

 

「殺されるっ! ダメ! 死ぬ!」

 

 アルシェが叫んだ。

 ぎょっとするヘッケラン達3人。

 慌ててイミーナが問いかける。

 

「アルシェ、何がダメなの? あの女が何かあるの?」

「あの、あの女ぁ! 人間じゃない! あんな魔力を持ってるなんてぇ!」

 

 一瞬にして、3人は戦闘体勢に入る。

 各々の得物を抜いて、その女を睨みつける。

 

 しかし、その女は深く溜息を吐いて、何事かを唱えた。

 するとアルシェの体を青く、優しい光が包み込んだ。

 

 何をした、とヘッケランが問う前にアルシェは落ち着きを取り戻した声で告げる。

 

「みんな、聞いて。私のタレントで探知した魔力は、フールーダ・パラダインが足元にも及ばないくらい」

「おいおい、冗談きついぞ」

 

 ヘッケランの言葉にロバーデイクとイミーナも頷く。

 

「違うの、それだけじゃないの。私が見た、位階」

 

 嫌な予感がした。

 3人共、なにか、とんでもないものが飛び出すのでは、と。

 

「第6位階か? それとも第7位階か?」

「違う、違うの、ヘッケラン。私が見たのは……第10位階」

 

 脳がその言葉を理解するのを拒否した。

 ヘッケランもロバーデイクもイミーナも。

 無論、当のアルシェもできれば理解したくなかった。

 

 しかし、見えてしまったのだ。

 あの指輪を外した瞬間にアルシェは。

 

 膨大なまでの魔力の奔流、そして神代の位階を。

 

「……神が、顕現なされたということですか」

 

 ロバーデイクの言葉は的を射たものだった。

 そうとしか考えられないのだ。

 

 そのときだった。

 

「そろそろ、面白いことを教えてあげようかと思うんだけど」

 

 その女――メリエルがヘッケラン達にそう話しかけてきた。

 

「面白いこと?」

 

 アルシェが問いかけた。

 実際にどの程度か、見えた自分が話した方がやりやすいだろう、という判断だ。

 

「ええ、そうよ。この草原、世界のどこにあるでしょう?」

 

 問いかけにアルシェ達は周囲を見回す。

 どこにでもありそうな草原であったが、すぐに気がついた。

 

 虫の音も鳥の鳴き声も、一切していないことに。

 

 そして、空を見上げて、恐ろしさを感じた。

 空は不気味なほどに青一色だった。

 こんな恐ろしい空など、これまでの人生で、ただの一度も見たことがない。

 

「……まさか、いえ、そんな……」

 

 アルシェは気づいてしまった。

 そうではない筈だ、と縋るような目をメリエルに向けるが、その視線を受けて、意地の悪い笑みを彼女が浮かべ、告げる。

 

「ここは私が作った世界よ。結界の究極の形ね」

 

 アルシェは深く息を吐き出した。

 確かに、それは結界の究極の形といえるだろう。

 

「で、私はメリエルよ」

 

 メリエル、と聞いて知らぬ者はいない。

 

「メリエル、メリエルってあの魔導国の……!?」

「いかにも。そのメリエルよ」

 

 メリエルがそう言うや否や、イミーナはすかさずに土下座した。

 その光景にヘッケランもロバーデイクもアルシェも驚く。

 

「私はハーフエルフの身ですが、メリエル様が大勢のエルフを救ってくださったことに感謝を捧げます」

「知り合いとかいたの?」

「はい。何人か……父も、感謝しておりました」

「そうなんだ。良かったわねー」

 

 めちゃくちゃフランクだった。

 

「あー、その、メリエルさん? いや、メリエル様? なんでこんなところに?」

 

 ヘッケランの問いに、メリエルはイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

「帝国を1秒くらいかけて、この世から消し飛ばそうと」

「1秒で消し飛ばせるのか……」

 

 

 むしろ、そこに驚いてしまうヘッケラン。

 

「というのは冗談で、遊びに来た」

 

 単なる遊び、と聞いてヘッケラン達は胸を撫で下ろす。

 

「メリエル様、先程の指輪は隠蔽などの効果があるものと思う……思います」

「敬語じゃなくていいわよ」

 

 メリエルの言葉にアルシェは少し迷った後、告げる。

 

「どうして隠蔽の指輪を外した?」

「そこのフールーダ・パラダインってやつが、どうしても私のオーラとやらを見たいって大通りで縋り付いてきて」

 

 思わずアルシェ達は転がっているフールーダに視線を向ける。

 

「……なあ、ロバーデイク。俺の聞いた話が間違っていなきゃ、フールーダっていうのは老人だって聞いたが」

「奇遇ですね、私の聞いた話も間違っていなければ老人だそうです」

「老人でしょ? 私、遠くから見たことあるし」

「師は間違いなく老人だった」

 

 ヘッケラン達はジロジロと幸せそうな顔で気絶しているフールーダを見る。

 

「ああ、それだけど、彼は中途半端な不老不死だったから、全盛期に若返らせた上で、不老不死にしといた」

「はぁ!?」

 

 一様に驚きの声を上げる4人にメリエルはけらけらと笑う。

 

「私ってさ、若返り薬とか不老不死の薬とか量産できるのよ。だから、人材も引き抜き放題で困っちゃうわ」

 

 ヘッケラン達は自分達の常識が通用しないことに困惑しかなかった。

 とはいえ、神のすることだから、と考えると何となく納得できる。

 

「ところで、あなた達の名前は?」

 

 メリエルの問いに各々、名前を答えていく。

 最後にアルシェがフルネームを名乗ったところで、メリエルはどこからともなく紙の束を取り出した。

 ぺらぺらと捲っていき、やがて見つけたのか、うんうんと何度も頷いた。

 

「アルシェの家って、元貴族?」

「そう。私の家は貴族だった」

「これ、ジルクニフから貰った処理して欲しい……早い話が、こっそり殺して欲しいリストなんだけど、そこにフルト家が載ってるのよ。妹が2人いて、クーデリカとウレイリカって言うでしょ?」

 

 メリエルの問いかけにアルシェはメリエルの前に土下座した。

 

「頼む! 何でもするから、助けて欲しい!」

 

 妹達の為にアルシェは必死だった。

 

「俺からも頼む、メリエル様には何の得もないかもしれないが、この通りだ!」

 

 ヘッケランもまた土下座した。

 

「私からも、どうかお願い致します……!」

 

 ロバーデイクも同じく土下座した。

 

「メリエル様、エルフに見せた御慈悲、再度お見せください……お願いします!」

 

 そして、イミーナが土下座した。

 

 その様子を見て、メリエルはわざとらしくそっぽを向いてみせる。

 

「どうしようかなー? 何でもするって言うけど、口だけってこともあるしー?」

 

 モモンガがいたら、あんた何やってんの、とツッコミを入れること間違いない。

 

「本当に、何でもする。私にできることなら……」

 

 アルシェの言葉にメリエルは、にっこりと笑う。

 

「んじゃあ、今日から私のペットね。妹達もそれで」

 

 アルシェは思わず顔を上げた。

 

「ペットって……?」

「そのまんまよ、私が飼い主で、あなた達はペット。私に愛でられるだけの存在で、衣食住とかそういうのは全部私が面倒見るってことよ」

 

 一種の身請けか、とヘッケランの呟き。

 

「勿論、ワーカーだか冒険者だか知らないけど、その仕事は続けてくれていいし、何なら、私が修行をつけてあげてもいいわ」

 

 破格の条件だった。

 ヘッケラン達に口を挟む余地などはない。

 

 むしろ、ワーカーやるより良いんじゃないか、と思ってしまう程に。

 

 アルシェに躊躇いはない。 

 

「ペットになる。妹達も。だから、お願い」

「よし、きた。ちょっと待ってなさい。あ、結界は解除しとくから」

 

 メリエルの言葉と共に一瞬で、店内へと戻った。

 そして、彼女は動いた。

 

 

 

 

 そこからは怒涛の勢いで、あれよあれよという間にアルシェの妹達がメリエルによって連れてこられ、借金はメリエルによって完全返済された。

 その上でアルシェの両親がメリエルによって連れてこられ、恐ろしいオーラを叩きつけながら、借金するな、無駄遣いするな、と警告した。

 

 アルシェの両親をヘッケラン達に任せ、今度はジルクニフに直談判し、フルト家を除外するよう迫った。

 元々ジルクニフとしてもメリエルが女を取り込むことは分かっていたので、それを承諾した。

 

 この間、僅か2時間。それだけでアルシェの長年の問題は完全に解決してしまった。

 

 

 

 

 

 

「……なんか、すごい一日だった」

 

 ヘッケランは夜になって、そう感想を述べた。

 一番怖い思いをしたのはアルシェの両親だろう。

 

 歴戦のフォーサイトの面々ですら、失禁しそうな程に恐ろしいメリエルに殺気混じりに警告されたのだ。

 二度と借金なんてしないだろうし、たとえしたとしても、もはやアルシェは関係なかった。

 

「私としては、あんなに人間臭い神ということに驚きましたよ」

 

 ロバーデイクの言葉にヘッケランとイミーナは苦笑する。

 

「でも良かったじゃない。まあ、確かに特殊な趣味だとは思うけど……とんでもない玉の輿って言えるし」

 

 ペットにして愛でるとはどういうことか、とあの後に問いかけた。

 メリエルからの回答はエロいことする、というものだった。

 

 仲間がエロい目に遭う、というものだったが、どうにもヘッケラン達には酷いことをされるようには思えなかった。

 

「まぁ、丸く収まった……んじゃないか? たぶん」

 

 





「ぐへへへ……何でもするって言ったよな!」
「やめ、やめて!」

 などというよくある展開がメリエルの部屋で繰り広げられているみたいです。


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