ある日の風景 (you.)
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ある日の風景

 チャルメラ。

 それは神秘の楽器である。

「……さん」

 

 ♪ソラシーラソー ソラシラソラー♪

 

 この音を聞くだけで、人々はラーメンを思い浮かべることだろう。

 梅干を見たら口の中がすっぱくなる反射現象と同じである。

 それはそれは単純な音階。

 幼稚園児でも10分あれば弾けるようになる程度の難易度である。しかしその音は、日常で磨耗した人々に癒しと空腹を与える。そしてラーメンを食べた人々は充実感と満腹感、それにみなぎる力を得る。

『また明日から頑張ろう!』とラーメンに……いや、チャルメラに感謝するのである。

「カ……トさん」

 チャルメラ。

 本名チャルメラホーン。あえて分けるなら『チャル=メ=ラホーン』である。

 どことなく気品溢れるその名前。実にジェントリな響きである。しかし、優雅な名前に隠されたその情緒溢れる音の中にあるものは、ラーメン屋の根性。魂。生き様である。

 つまり、チャルメラの良し悪しでそのラーメン屋の味が分かるといっても過言ではないであろう。

「カイトさん」

 時は西暦。場は日本。

 ここに、そんなチャルメラ魂を受け継ごうとしている者達がいた!

 誰よりも熱い魂をもち! 誰よりもラーメンを愛する! そして、イギリス人ジェントリの血を引くその者の名は……!!

 

 パァンッ!!

「いてぇ!!」

「カイトさん」

「な、なに、ルリちゃん?……え? ハリセン!?」

「漫画ばっかり読んでないで仕事してください」

「あ、いや、ホントごめんなさい……」

 

 

 

 

    機動戦艦ナデシコ短編

 

     【ある日の風景①】

 

 

 

 

「僕達の屋台に足りないものは何だと思う!?」

「「は?」」

 

 ある日の昼食時。

 カイトさんが興奮した様子で妙なことを言い出しました。

 

「どうしたんだよ、急に……」

「アキトはさ、うちの屋台にお客さんが来ないのはどうしてだと思う?」

「あなたが呼び込みの仕事をサボるせいでは……?」

 

 わたしが答えると、カイトさんが真顔に戻って遠い目をしました。とぼけるつもりでしょうか。

 

「それで、どうしてだと思うアキト?」

「何がそれでなんだよ!……まぁ、開店して間もないからで」

「ちっちっち! 違うな、お前は何もわかってない!!」

 

 勢いよく立ち上がるカイトさん。 

 ガタン!

 カイトさんの膝がちゃぶ台に当たり、音を立てて横にずれる。

 わたしは黙ってちゃぶ台を元の位置に戻すとお味噌汁をすすった。

 ズズズ……あ、今日のお味噌汁おいしい。

 

「アキトはラーメン作るのは上手いけど、屋台を引いた経験はないだろう?」

 

 あなたには記憶すらありませんけど。

 

「まぁ、そうだな」

「アキトのラーメンは美味い! すごく美味い! なのにお客が来ない! 何故か!?」

 

 目を瞑り、胸の前で拳をプルプルと震わせるカイトさん。

 ポリポリ……うん、お漬物もなかなかおいしいですね。

 

「『チャルメラ』がないからなんだよっ!!」

 

 目を見開くカイトさん。

 カッ! と音が聞こえた気がしました。

 

「……」

「……(ポリポリ)」

 

 よいしょ。

 

「え、あれ? ルリちゃん?」

 

 わたしはお箸をお茶碗の上に置くと静かに立ち上がった。

 ガシッ!

 

「ん、あれ? アキト?」

 

 アキトさんが、私を追って立ち上がろうとするカイトさんの肩を押さえる。ナイスです。

 カイトさんの横を素通りして、そのまま彼の寝床である押入れの戸をスッと開く。

 

「……(ごっくん)」

 

 押入れの下段にはユリカさんがどこからか拾ってきた大型のハリセン。そして上段、カイトさんの寝床には見たことのない漫画が大量に。

 振り向いてアキトさんに視線を送ると、アキトさんも「分かっている」と頷いた。

 

((またセイヤさんのところに行ったな……))

 

 昨日読んでいた漫画はこれだったんですね。

 まぁ、これは今度セイヤさんにお返しするとして。

 

「アキトさん」

「了解」

「え? なに? 二人して……」

 

 わたしとアキトさんは、もう一度アイコンタクトで会話をした。

 

((とりあえず無視しよう))

 

 今日はノリで面倒くさいことをするユリカさんもいないので、カイトさんの厄介な持病もすぐに治まっ「そう。そうなのよ、カイト君!」……

 

「わたし達に足りなかったのはチャルメラだったのよ!」

 

 咄嗟に声の聞こえた方に視線を向けると……

 

「ただいまアキトォ~!!」

「な!? ユリカ!?」

 

 そこにはアキトさんに抱きつくトラブルメーカー1号の姿が。……かんべんして。

 いつの間に部屋に入ったんでしょうか? というかユリカさん。

 

「……どうしてここにいるんです?」

「ええ!? ユリカ居ちゃいけないの~!?」

「居てもいいです。でも今は居て欲しくないです」

「ルリちゃんヒドイ!」

 

 ぷーっと頬を膨らませるユリカさん。

 それを見て苦笑いのアキトさん。

 抱きつくユリカさんの力が強いからでしょうか?ちょっと苦しそうです。

 

「ユリカ、そろそろ離して欲しいんだけど」

「ええ!? ユリカに抱きつかれるのイヤなの~!?」

「イヤじゃないよ。でも食事中はイヤかも」

「アキトまでヒドイ!」

 

 瞳をウルウルさせて、より強くアキトさんにしがみつくユリカさん。

 わたしが定位置に腰を下ろすと、展開の速さについていけずにしばらく停止していたトラブルメーカー2号がとうとう起動し始めました。

 

「ユリカ! よく来てくれた!」

「カイト君! ユリカの味方はもうカイト君だけだよ!」

「ユリカ!!」

「カイト君!!」

 

 がしっと手を取り合い、瞳をキラキラと輝かせる向こうの二人。

 この先の展開が何となく読めて、そっとため息を吐くこっちの二人。

 ……はぁ。まためんどくさいことになりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、チャルメラを屋台戦線に投入することに決まりました」

「わ~☆ パチパチパチ!!」

 

 お昼ご飯を食べ終わったわたし達。

 カイトさんは狭い部屋に一人立ち、ユリカさんはアキトさんに寄り添って無邪気に拍手を送っています。アキトさんと私は疲れた顔で体育座り。

 実は先ほどまでカイトさんによる「チャルメラがラーメン業界にもたらした功績と火星のテラフォーミングの軌跡」というご高説があったのですが、イネスさんが喜びそうな長い話だったのでカットさせてもらっちゃいました。

 ……

 チャルメラと火星のテラフォーミングにそんな関係があったなんて、オドロキです。

 

「はぁ、わかったよ。確かにチャルメラはあった方がいいかもしれないからな」

「アキト! アキトアキト!! わかってくれたのね!」

「わ、わかったから抱きつくなユリカ!」

「じゃ、あとは……」

 

 トラブルメーカー2号の視線がわたしを射抜きます。

 あからさまに視線を逸らすと、そこにはいつの間にか動きを止めた1号の大きな瞳が。

 ……視線がいたいです。

 

((じ~~~~))

「……」

((じい~~~~))

「……はぁ、で、誰がチャルメラを吹くんです?」

「「ルリちゃん! わかってくれたんだね!!」」

 

 ユリカさんの頬がわたしの頬をこすり、カイトさんの手のひらがわたしの頭を撫でまわります。

 

「ルリちゃん大好き! やわらか~い!(スリスリ!!)」

「ありがとう! ルリちゃん!(ゴシゴシ!!)」

 

 顔の皮が上下左右に引っ張られる上に頭がガクンガクンしますが、いつもの事なので過剰な反応は返しません。慣れって怖いですね。

 相変わらずユリカさんのほっぺたはすべすべで、ちょっと気持ちいいです。

 カイトさんはもう少し優しくお願いします。いやマジで。

 

「で、ルリちゃんも言ったけど結局誰が吹くんだ? それにチャルメラなんてどこで売ってるんだ」

「チャルメラは私が準備してきたよ! ほら~!」

 

 どこからかチャルメラを取り出すユリカさん。ゴトッとちゃぶ台の上にソレを置く。いつ用意したんでしょうか。

 ……

 ちょっと触ってみたい。でもやめておきましょう。

 ええ。興味を示したことを悟られてはいけませんからね。

 

「どこからこんなものを……」

「今日軍の人に届けてもらったのよ!」

 ……

「僕がユリカに頼んだんだよ」

「やっぱりお前かよ」

 ……

「100種類くらい持ってきてくれたんだけどね。一番シンプルなこれにしたの」

「100!?」

 ……よいしょ。

「宇宙軍の方々と僕とユリカも一緒に選んだんだよ」

「「ねー!」」

「・・・・・・軍はなにをやってるんだろう」

 なんか思ったより細長いですね。

「まぁいいか。で、誰が吹くんだ? 俺、カイトには別のこと手伝って欲しいんだけどな」

「私吹いてみたいけど、お仕事長引くことがあるんだよね~」

「だね。となると」

 ここがこうなって……あ、だから音が……

「……」

「……」

「……」

 いえ、だれも吹いてみたいなんて思っていませんよ?

 ただ……ん?

 

「「「…………」」」

「……」

 

 ……(スッ、ゴトッ)

 

「ルリちゃん、こっそり置いたところでもうバレてるよ」

「……そうですか」

 

 少し恥ずかしい。頬が熱いです。

 ユリカさん、目を輝かせて見ないでください。

 

「じゃ、吹くのはルリちゃんということd「吹きません」・・・・・・」

 

 カイトさんの世迷言を言い終わる前にぶった切りました。

 

「で、でも今興味深そうに持ってたじゃないか」

「またカイトさんがちゃぶ台揺らして落として壊さないように護っていただけです」

「……何でも僕のせいにするの止めない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんながありまして……

 

♪ソラシーラソー ソラシラソラー♪

 

結局私たちはこうなってしまいました。

 

「ルリちゃんチャルメラ上手くなったね」

「ね、最初は音外していたのにね!」

「今でもまともに吹けないユリカさんには言われたくありません」

「わ、私は歌で援護射撃するからいいんだよ!」

「おいユリカ! 手ぇ離すな! 一人じゃ屋台重いんだから!」

「ごめんアキト! ていうかカイト君はどこ行ったの!?」

「……ぉ~ぃ!!」

 

声につられて後ろを振り向くと、遠くからこちらに向かって走ってくる影が。

夕日の反射で顔が見えませんが、間違いなくカイトさんでしょう。

とりあえずチャルメラで答えておきましょう。

 

♪ソラシーラソー ソラシラソラー♪

 

「アキト! ユリカ! ルリちゃん!」

「どこ行ってたんだよカイト! 呼び込み営業行っていたのか?」

「全然違うよ!」

「いや、働けよ……」

 

♪ソラシーラソー ソラシラソラー♪

 

「あれ? カイトくん何抱えてるの? 漫画? ずいぶんといっぱいだねぇ」

「そこに気付くとは……! 流石ユリカ!」

「え? そう? えっへん!」

「さて、みんな」

 

♪ソラシーラソー ソラシラソラー♪

 

 

「僕達の屋台に足りないものは何だと思う!?」

 

 

♪ソラシーラソー ソラシラソ♯↓~……

 

 

……かんべんして。

 

 

 

 

fin




こんにちは、youです。
PC漁っていたら過去に書いたデータが出てきましたので、本編の箸休めにでも見てやってください。

ではでは!


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