ファング (ZERO式)
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Zero Sword : prologue

──おや、いらっしゃい。

 

わざわざこの私に用とは……一体何をご所望かな?

 

……850年前の大戦争?

あぁ、君はまだ聞いたことがなかったんだね。

 

いいよ、教えてあげるよ。

 

そう……あれは850年前、私達の先祖は人間とこの世界『レイピレス』の絶対支配を巡って戦争をしたんだ。

これが今に伝わる過去最大の大戦争『クロメリス戦争』だ。

 

戦況はもちろん私達魔の者が優勢だったよ。

だって私達には人間にはない『魔』の力があるからね。

当時はただ大砲や剣とかの武器を使うだけでなんの力も持ってない人間は私達に歯が立たなかった。

それでも人間達は意地とプライドでなんと6年も粘った。

 

理由としては何らかの方法で手に入れた『魔石』を、武器や鎧に組み込んで自分達の戦力を強化していたから。

あとは人間側に寝返った輩も協力したからだね。

 

それでも私達魔の者には敵わず、人間達は敗北した。

 

そして戦争を起こした元凶である人間達を全て捕まえたんだ。

もちろん女、子供、お年寄りも皆ね。

 

なぜなら魔の者の独裁的支配を唱う魔軍の中心である、強硬派が『レイピレスを完全に支配するには、人間なぞ不要!』という理由で人間全てを処刑するためだ。

 

しかし、その野望は1体の魔狼によって打ち砕かれた。

レイピレス最強にして最凶の魔狼。

その名は『フェンリル』。

 

もともとフェンリルは強硬派としてクロメリス戦争に参加していた。

そして最初の頃は人間を全て滅ぼす事しか考えていなかった。

 

けど、“何らかの理由”で彼はたった1人、強硬派から人間との共存共栄を唱う穏健派に寝返ってね。

 

たった1人で“1本の剣”で強硬派軍を相手にして、処刑寸前だった人間全てを救い出したんだ。

 

そしてフェンリルは人間と魔の者との共存共栄を実現させ、レイピレスの英雄としてその命が尽き果てるまでレイピレスを護り続けた。

 

これがクロメリス戦争。

同時に英雄フェンリルの誕生秘話でもある。

 

彼のその後?

 

今話した通り、その命が尽き果てるまでレイピレスの英雄として、この世に君臨し続けたよ。

 

フェンリルの最後は今からちょうど320年前、レイピレスを見渡せる自身が建造した城の上で立ちながら息を引き取ったそうだ。

その姿はまさに威風堂々。

死んでもその存在感は今も深く私達に受け継がれている。

 

 

 

そして……今年はクロメリス戦争が終結して850年経つ。

ずっと続いていた平和にもとうとう、終わりが来たようだ。

 

フェンリル亡き今、レイピレスに生きる者達は……この終焉を回避できるのかな……?

 

 

 

さて……新たな扉が今開くね。

 

さぁ、君のその目で確かめてくると良い。

この新たな物語をね……。

 



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1 Sword : The Scarlet Eye

──850年前。

 

 

一言で表すならそこは灼熱の平原だった。

平原と言っても草花はすでに無く、代わりに真っ赤な炎が辺り一面を燃やしている。

 

そしてそこに転がる沢山の亡骸。

人間の者ではなく、今転がっているのはたった今“私”が斃した元同士だ。

 

せめてもの情けで苦しまさせずに、この剣の一閃で仕留めている。

 

「……な、なぜだ……」

 

遠くの丘からこちらを怒りと困惑の眼差しで睨む者がいた。

その周りにも沢山の兵士が待機していて、ガクガクと震えている者もいれば、今か今かと攻撃するのを待っている者もいる。

 

「なぜ我々を裏切った!フェンリル!!」

 

“私”の名を叫びながら元同士の大将は姿を人から、本来の姿の巨大な蛇へと変わる。

 

「気でもおかしくなったか、同士フェンリルよ!レイピレス最凶と唱われた魔狼の名が泣くぞ!!」

 

レイピレス最凶……か。

いつの間にかそう呼ばれるようになってたな。

今までの“私”なら喜んでこれからもそう呼ばれるように、このレイピレスを恐怖で包んでいただろう。

 

しかし、今の“私”は違う。

 

「悪いな。今の“私”にはレイピレス最凶なぞ無意味。だが……貴様らを斃し反逆できないように、恐怖に陥れるためにはこれからも必要かもな」

 

「ほざけ裏切者がぁ!!ならばこの俺様自らが貴様を斃し、新たなレイピレス最凶となろう!!者共、行けぃぃぃ!!!」

 

大将のその声で待機していた兵士達はまるで濁流のようにこちらに押し寄せてくる。

同時に空からも大量の魔物が襲いかかってくる。

 

「……ゆくぞ、“ディセント”よ!!」

 

右手に持った大剣に力を込めて“私”は迫り来る敵へと突っ込んで行く。

恐怖は一切無く、むしろ戦いと人間を護る事に対する喜びが大きい。

こんな気持ちは戦いに身を投じてから初めての事だ。

 

今までは己の醜い欲求のために殺戮をしてきたが、今はこの力で全ての人間を迫り来る脅威から護っていきたいと思う。

 

今までは人間の敵として戦ってきたから、そう簡単に信頼が得られるとは考えてはいない。

 

だがもう決心した事だ。

 

「おらぁ!!」

 

「死ね裏切者!!」

 

目の前に2体の悪魔が毒を吐きながら武器を振りかざしてくる。

だが残念ながら“私”には毒なぞただの汚れた空気程度でしかない。

 

「隙だらけだぞ」

 

「ひっ──」

 

「え──」

 

攻撃される前に先にディセントで2体を真っ二つにする。

斬られた断面からは大量の血が吹き出し、地面と“私”を真っ赤に染め上げる。

 

「馬鹿め!後ろががら空きだ!!」

 

「このままズタズタに引き裂いてやるわ!!」

 

すると“私”の後ろから沢山の魔物が空から襲ってくる。

 

「見え見えだ馬鹿が」

 

後ろに向けて“私”はディセントをブーメランのように空から襲ってくる魔物に投擲する。

 

「んな──」

 

「ぎゃっ──」

 

「ぐあっ!」

 

投擲されたディセントは空中の敵を普通なら考えられない軌道で、1匹残らず細切れにしていった。

手元に戻ってきた時には既に空の敵は全滅している。

 

「くっ……!怯むなぁ!!」

 

たった1人にこれだけ殺られているのにあちらは降参をしようとはしない。

ならばその勇気と戦いに対する想いを称えて“私”も本気で相手をしなくてはな。

 

「……解放。グレイプニル」

 

刹那、“私”の力を制限していた手首と足首の枷が弾け飛ぶ。

これで“私”を縛り付けるものはなにもない。

 

今、改めてレイピレス最凶と唱われたこの“私”の全てを解放しよう。

 

そして残酷にあの世へ送ってやろう。

シンプルなまでの、純粋なる『力』でな……。

 

「あ、あれは……!?」

 

「漆黒の巨体……燃える深紅の瞳……!!」

 

「……魔狼フェンリルの……真の姿!!!」

 

あぁ……この姿を現すのは何百年ぶりだろうか。

沸々と力が身体の奥から沸き上がってくる。

 

「さぁ……覚悟はできたか塵芥共……!」

 

そして、“私”は一気に迫り来る敵へと駆け出した。

 

これから来るであろう、レイピレスの新たな時代のために──。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──それから833年後。

 

B.F.(ブライトフューチャー)833年。

 

過去最大の大戦争『クロメリス戦争』からら既に833年が経過した。

戦火に包まれていた街や森も、今では全てが元に戻り、戦前当時よりも繁栄しているのがほとんどだ。

 

また、クロメリス戦争を忘れないための式典が毎年開催されたり、戦時中の建物や遺跡等も遺されている。

 

戦争が終結したばかりの時は、また人間と魔の者はギクシャクしていて小さな争いはあったものの、クロメリス戦争のような大惨劇にはならず、死亡者も出ずに済んだ。

 

多少魔の者優先の社会となった時期があったが、今では人間と魔の者はお互いに協力しながらレイピレスを生き、魔法以外にも戦争時には乏しかった科学力もかなり発展した。

 

そしてここは賑やかな街から大分離れた、暗く閉ざされた魔の山『アウィッグ』。

古代レイピレス語で『光』という意味だが、残念ながらその名前とは裏腹に山は太陽の光も届かない。

一日中夜のように暗く、唯一の明かりと言えるのは怪しく光るキノコやコケ等の植物のみだ。

 

またこの森には古くから半人半鳥の怪物が棲んでいる。

名を『セイレーン』。

 

魔の者としては珍しく、古くから山の周辺の村に住んでる人間とは、友好的な関係を築いていてクロメリス戦争の時も、セイレーン族とこの村の人間達は参加していない。

 

しかしいくら友好的関係でも、契りを交わした者は未だかつていない。

そこは互いのルール、掟として固く禁じられているからだ。

なので決して恋に落ちる事はない。

 

またセイレーンは森の薬草を煎じて薬にして村人に提供したり、子育ての手伝いもしている。

その見返りとしてセイレーンは文字や音楽を教えてもらっている。

 

昔からアウィッグ山に棲んでいたセイレーンは人語は理解していても、それを文字として表す事ができなかった。

また音楽に触れたことがなく、初めて聞いた時にはあまりの感動で泣き出したり、気絶するほどだった。

 

そして、そんなセイレーンの棲むアウィッグ山に2人の人間が入りこんでいた。

 

「ったく、まだ朝だってのにホント暗いなここは」

 

「は、早くこの子を置いて帰りましょう。迷って帰れなくなるわ」

 

すると女性は腕の中ですやすやと寝ている我が子を、大きな木の根元に置いた。

 

「これでいいのよ。悪いのはこの子よ、私達は悪くないわ」

 

「ああ。ったく、悪魔を生んじまうなんて……まぁこれで俺達は今まで通り、平和に暮らせる」

 

そう言って男は背を向ける。

 

「ふん。じゃあねボウヤ。恨むなら人間から生まれた自分を恨みなさいな」

 

最後に寝ている赤ん坊に向けて女は唾を吐きかけるが、唾は赤ん坊に届かず、地面に落ちた。

 

「おら、行くぞ」

 

「……分かってるわよ」

 

そして2人は自分達の我が子をこの暗く深いアウィッグ山に捨てて行ってしまった。

 

「…………ひどいことするわね」

 

その一部始終を木の上から見ていたセイレーンのアティスは、2人が完全に見えなくなってから木の上から降りてその根元を見る。

 

ちょうど薬を村人に届けようと森の中を飛んでいたアティス。

いつもならもう少し遅くに届けるのだが、今日は違った。

実は昨日から村の子供が風邪を引いてしまい、それを治す薬を早く届けるために今日は朝早く向かっていたのだ。

 

そして偶然、この場所に差し掛かった時に先程の夫婦と思われる人間の声が聞こえて、ずっと木の上で様子をうかがっていたのだ。

 

「まったく、自分の子供を捨てる人間もいるのね」

 

アティスはやれやれと思いながら赤ん坊を抱き上げる。

するとそれに気付いた赤ん坊はゆっくりとそのつぶらな瞳を開けた。

 

「……!この子……」

 

赤ん坊はアティスを見ても泣きはしなかった。

しかし、アティスが驚いたのは他にあった。

 

「深紅の瞳……」

 

そう、赤ん坊の瞳の色は燃えるような深紅。

普通の人間でも瞳の色が青や緑の人種はいるが、ここまで鮮やかな深紅の瞳は人間には存在するはずがない。

しかし、この赤ん坊からは魔力は感じられず、ましてや姿形も人間の赤ん坊そのものだ。

 

「あなた不思議ね……。ふふっ、これも運命かもしれない」

 

そう呟きアティスは赤ん坊の頬をそっと撫でて笑顔を浮かべる。

赤ん坊の方もアティスに対して満面の笑みを浮かべてキャッキャッと喜んでいた。

 

「あなたの名前は『レミリス』。私の子供よ」

 

セイレーンの使うサイレン語でレミリスとは『深紅』を表す。

アティスがそう名付けるほど、この赤ん坊の瞳は印象深かったのだ。

 

「んー、母乳は私出ないから……。村の人達から牛や山羊のミルクを貰おう」

 

これから行く村は村人のほとんどが酪農で生計を立てている。

そして村人は優しい方々ばかりだ。

事情を説明してお願いすればちょっとはもらえるかもしれない。

 

「そうと決まれば早く行かなきゃっ」

 

アティスはレミリスが落ちないようにしっかりと抱いて翼を広げると、ゆっくりとレミリスに気を使いながら村へと飛んだ。

レミリスは空を飛んでいる事が、かなり楽しいらしく先程以上に喜んでいる。

 

「こ、こらっ。そんなに暴れたら落ちちゃうよ」

 

先程より少し力をいれてレミリスが落ちないするアティス。

 

「あ、服ももらわなきゃ」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

レミリスを拾ってから約15分ほどでアティスは村に着いた。

ちょうど今は朝ごはんの時間らしく、どこの家の煙突からも煙が上がり、美味しそうな匂いが立ち込めている。

 

「えっと……。確かこっちね」

 

アティスはレミリスのミルクや服を貰いに行く前に、先に用事のある家へ向かう。

そこの家の子供の風邪は引いたばかりらしく、ちょうど引き始めに効く薬草があったので、昨夜煎じて粉薬としてきた。

先程いた広場から少し離れた約100mほどで目的地である家に到着した。

こちらの家も朝食を取っているらしく、パンの焼けた良い匂いがアティスの鼻と胃を刺激する。

 

「うぅ、良い匂い。お腹すいちゃう」

 

そう思いながらも家のドアを叩く。

するとすぐにパタパタとこちらに近づいてくる音がして、ガチャッと若い女性がドアを開けてアティスを中に迎え入れた。

 

「おはようネル。テルの様子はどう?」

 

「おはようアティス。んー、相変わらずの調子ね。咳と鼻水が止まらないわ」

 

ネルは苦笑いしながらアティスをテルの部屋へと案内する。

テルもちょうど朝食を取っていたみたいで、ベッドの上にお盆を置いてミルク粥を食べていた。

 

「あ!アティスねーちゃ──ゲホッゲホッ」

 

「おはよーテル。相変わらずその呼び方は恥ずかしいわ」

 

アティスは生まれてからもう108年生きているが、人間で言えばまだ19歳の女性と同じくらいだ。

ゆえにお姉さんと呼ばれるのは嬉しいのだが、やはり100年以上生きているので複雑な気持ちらしい。

 

「ねーねー。その赤ちゃん誰のー?」

 

するとテルはアティスの腕の中で寝ているレミリスに気づいて目をキラキラさせる。

 

「私も気になってたのよね。誰かの子のお守りでも?」

 

「あーこの子ね……。実はアウィッグ山に捨てられた子なの」

 

あの親子と思われる2人の大人の立ち去る姿を思い出すとムカムカする。

優しい心のアティスはどうしても怒りを覚えてしまうのだ。

 

「なるほどね……。なら、その子は誰かに育ててもらうの?」

 

「いえ、この子は私が育てる。もう名前も付けたしね」

 

「えっ!」

 

まさかの返答にネルはびっくりしたが、すぐに笑顔になってアティスの背中を叩いた。

 

「アッハッハッ!そう、そうかい。アティスがね。よし、聞きたいことは山ほどあるけど、それは後回しだ」

 

そう言ってネルはテルの部屋から出ていってしまった。

 

「……ん?」

 

「ママに任せておけば大丈夫だよ」

 

「そ、そうね。あ、これお薬ね」

 

「あ、はーい」

 

腰の革袋から粉薬を出してテルに飲ませるアティス。

テルは子供にしては珍しく、粉薬を嫌がらないのでかなり助かっている。

 

それから数分経って戻ってきたネルの手には、ぎっしり服の詰まった袋が2つも握られていた。

 

「これは……?」

 

「テルがまだ赤ん坊だった頃の服よ。私、服作るの好きだから色々とバリエーション豊富よ?良かったら使ってね!」

 

ネルから渡されたその袋は意外と重く、あなた作りすぎじゃない?と、思わずツッコミたくなったが、せっかく頂いておいて失礼なので言わないでおく。

 

「私が小さい頃からアティスには色々とお世話になってるからね。これからは私もアティスの子育てに協力するわ」

 

「ありがとう。人間の子を自分で育てるのは初めてだから、色々とよろしくね」

 

アティスは帰る際にもう一度ネルにお礼を言って、次の目的地である酪農家の家に向かう。

ただ酪農家の家はネルの家から少々遠いので飛んで行く事にした。

 

「まぁ距離的には2km弱だからすぐに着くけど」

 

左手にレミリス、右手には服の入った袋を持ちながら空を飛ぶ。

セイレーン族の足はスネの途中から鳥足なので、帰りは右手の袋を足で掴んで、右手にミルクを持つ事にした。

人間とは違い、一度に100kg近い荷物を持つことができるセイレーン族にとってはこれくらいの重さは、人間で例えるなら本を数冊持った程度である。

 

「あ、着いた着いた」

 

地面に足が付く前に足の袋を右手に持ち直してから、ふわっと静かに降りる。

そのままスタスタと歩いてドアをコンコンと優しくノックする。

 

「はーい、どちら様──あら、アティスじゃない」

 

最初に出てきたのは今年で70歳になるフランおばあちゃん。

その後ろから夫のジョセフおじいちゃんが出てきた。

ちなみにジョセフおじいちゃんは今年で74歳だ。

 

「おやおや。これまた珍しいお客様が来たもんだ」

 

ジョセフおじいちゃんは豪快に笑いながらアティスを中へと招き入れ、フランおばあちゃんはアティスの好きなココアを出してくれた。

 

「実は今日はお願いがあって来たんです」

 

「ほう?もしかしてその抱いている赤ん坊でか?」

 

ジョセフおじいちゃんはコーヒーを飲みながらレミリスを見る。

対してレミリスはスヤスヤと寝息を立てて寝ている。

 

「あー、そういうことね」

 

「なるほどなるほど」

 

すると2人は笑いながら寝ているレミリスの頭を優しく撫でる。

 

「ミルクなら私達では飲みきれない程あるから、好きなだけ持っていきなさい」

 

「日持ちは短いから1週間に何度からアウィッグ山の入り口まで届けてやろう」

 

なんとも行動が早い夫婦で、ジョセフおじいちゃんは朝絞ったミルクを取りに、フランおばあちゃんは畑へ向かい野菜を取りにアティスを残して行ってしまった。

 

「え、えーと……」

 

私まだ内容言ってないんだけど……。と、心の中で呟くアティスであったが、目的のものがもらえる事になったので良しとした。

 

「ふぅ。外にとりあえず今週分のミルクを用意したよ」

 

「あとは食べ物も少しばかりだけど持っていて」

 

額に少し汗を浮かべながら2人は笑顔でリビングに入ってくる。

 

「すみません。何から何まで……」

 

「いいのよ。子育てを手伝えるのは、年寄りの幸せなのよ?」

 

「そうそう。それにアティスには昔から世話になってるからな。次はわしらがアティスの手助けする番だ」

 

思わずアティスは泣きそうになるが、涙が溢れる直前で堪えて2人に笑顔を見せる。

そしてここまで自分のために手助けしてくれるネル、ジョセフおじいちゃん、フランおばあちゃんのためにも、レミリスを一人前に育てる事を誓った。

 

「ありがとう……本当にありがとうございます」

 

「なーに、気にしなくて良い良い」

 

「ほらほら。早くみんなの所に行って、その子を育てる事を族長に行っておいで」

 

「あ、はい。では、失礼します」

 

出ていく際に深くお辞儀をしてアティスは、外に置いてあるミルクの入った大きなビンと食べ物の入った袋のそばに行く。

 

「こ、これはさすがに足で掴んで持ってくしかないわね……」

 

ちょっと行儀悪いが足でミルクと野菜を持つことにした。

そして腕にはもちろんレミリスとネルから貰った服を抱える。

 

「よっと。おぉ……まぁ苦にはならないから大丈夫か」

 

 

 

 

 

 

それから17年後──。

 

「レミリス?さすがにそろそろ出ないと遅刻するよー?」

 

「あいよー!んじゃ行ってくる!」

 

大木の上にある家から勢い良く飛び出し学校へ向かう。

オレには母ちゃんのように翼がないので空を自由に飛ぶことができない。

代わりに身体能力がかなり高いので、空を飛ばなくてもジャンプして木の枝やつるを使っての移動をしている。

オレは人間らしいけど、なんでこんなに人間離れした身体能力を持っているのかは謎だ。

 

遅れたけど、オレの名前はレミリス。

人間だけどセイレーン族の母ちゃんとその仲間と平和にほのぼの暮らしてる。

昔の記憶はほとんどないけど、母ちゃんの言うにはオレは赤ん坊の頃に前の両親と一緒に列車事故に巻き込まれたらしい。

両親はその時に死んじまったらしいけど、奇跡的にオレは生き残って気を失っていたところを、母ちゃんに助けられて今に至るって訳だ。

 

「お?レミリスじゃねぇか。おはようさん」

 

「あ、ドワーフ!はよー」

 

学校に向かって山道を走っていると、大きなカゴをを背負ってキセルをぷかぷか吸っていながら丸太に座っている鍛冶屋のドワーフがいた。

 

「ガッハッハ!相変わらずお前は忙しい奴だな!」

 

「相変わらずって……。いつもドタバタしてる訳じゃないよ。それより、依頼していた“アレ”はどこまでできた?」

 

学校まではあと少しなのでここで多少話をしても遅刻する事はない。

なので立ち止まってドワーフと話すことにした。

 

「そう焦るな。外装はもう完成している。あとはルメシナスの結晶を組み込めばなんだけどなぁ。なかなか良い大きさのが見つからなんだ」

 

『ルメシナス』とは、鉱山や洞窟なら必ず採掘する事ができる魔力が結晶化した赤く輝く魔石の事だ。

古代の魔物の血が変化したものだとか、ただの宝石に偶然的に魔力が宿ってしまったんだとか、様々な伝説があるが解明までには至っていない。

 

「ここらでは質の良いルメシナスは貴重だからなぁ。ま、妥協を許さねぇのがオレの性格だからな。最高の作品を作ってやるよ」

 

そう言いながらドワーフはオレの頭を乱暴に撫でる。

ちょっと痛いけど嫌な気持ちにはならないのでこれはこれで愛情を感じるものだ。

 

「ん、ありがとう。そろそろ学校行くわ。あー、空飛べたらいいな」

 

「ガッハッハッ!仮に飛べたとしても、お前の母ちゃんみたいに上手に飛べるのかぁ?」

 

「言ったなー?母ちゃん以上に上手く飛んでやるよ。んじゃ行ってきまーす」

 

そう最後に言って手を振りながら学校へとまた走り始める。

あと10分で授業が始まるけど、3分あれば学校に到着できるから安心安心。

 

「空を飛びたい、か……。さて、工房に急いで戻るとするかね」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「よし!ぎりちょん!」

 

授業開始まであと少しだが、まぁ遅刻扱いにはならねぇだろ。

オレ以外に不真面目な生徒とかいるからまだオレは許容範囲だ。

 

「おはよー」

 

ガラガラと扉を開けて教室の中に入り自分の席に座る。

当たり前の事だが、この学校の大半の生徒はオレのような人間じゃねぇ。

ハーピーやスライム、ケンタウロスやエルフとか、その他もろもろの魔物パラダイスだ。

人間はいたとしても魔女とかちょっとイカれてる奴等が多い。

まぁ、オレも人の事を言えた口じゃないかもだが。

 

「おっすレミリス。今日はギリギリだったなー」

 

「まったく。センコーまた怒ってたぜ?」

 

「マジで?相変わらず短気な奴だよ」

 

なかなか短気で頑固な先生でねぇ。

確かノームという老人姿の精霊の一族だった気がする。

あだ名は『ヒゲ』。

うん、どうでも良い情報だったわ。

 

「ま、関係ねぇ。いつも通り聞き流すだけ──いっ!?」

 

すると突然、背中をぬるっとした感触と冷たさが襲った。

そう、このスキンシップをしてくる奴は1人しかいない。

 

「おいスレイル……。その抱き着きは心臓にわりぃよ」

 

「にゃはは!おはよーレミリス!」

 

水色の半透明の体をぷるぷると揺らしながら笑顔を向ける少女。

名前はスレイルで種族はスライムだ。

こいつとはこの学校に入ってからの付き合いで意外と仲が良い。

 

「はい、おはよー。そして離れなさい」

 

「やだー!だってレミリスに寄りかかってるの楽なんだもーん!」

 

そう言いながらスレイルはまたオレの背中に抱き着いてスリスリし始めた。

 

「ひゅーひゅー!見せつけてくれるねー!」

 

「キスしてやれー」

 

まったくこのクラスの連中は……。

見た目とは裏腹にこういうのにはおもしろいくらい食らいつくんだから。

まぁ人間だからってハブられる事もないのが嬉しいとこでもあるが。

 

「囃し立てるなし。あー、うるせーうるせー」

 

……あ、そういえば今日はクロメリス戦争の終戦日だったな。

あとでテレビで終戦セレモニー中継が入ると思うし。

 

「……850年か」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

薄暗い大回廊を歩く1人の男がいた。

白いマントを羽織り、両肩のアーマーには彼の性格を思わせるような、鋭いスパイク状の飾りが付いている。

 

「あと数時間で作戦決行か。これで……この汚れた世界は生まれ変わる」

 

彼は邪悪な笑みを浮かべるとベルトの右に下げた愛用の武器を軽く触った。

しかしその武器には柄しか存在せず、刃や銃身等は見当たらない。

その武器の名は『ウロボロス』という。

 

「レオ様!」

 

すると後ろから一体のオークが走ってきた。

見た目はかなり不細工。

 

「なんだ一体?」

 

「あ、いえ……、黒騎士様から伝言です。“こちらの準備は完了した。貴様も『サーガ』の鎧を装着して待機していろ”だそうです」

 

「黒騎士の奴……。オレに命令するとは。……奴に伝えとけ、“貴様に言われる筋合いはない”とな」

 

「は、はい!」

 

オークはガクガクと震えながら今来た道を全速力で戻っていった。

なぜかって?

答えは簡単、レオの全身から殺気が滲み出ていたから。

 

「……やっとサーガの力を使う時がきたか。ふん……誇り高き魔狼の血を汚す者は、このオレが消してやろう」

 

憎しみの炎が静かに、だが激しく深紅の瞳の奥で燃えていた。

 

「……レミリス」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ん?」

 

「んー?どうしたぁレミリス」

 

「え、いや、その……。なんでもないです」

 

おかしいな。

なんか誰かに呼ばれた気がしたんだけどな。

空耳か?

 

「どーしたのレミリス?」

 

クスクスと笑いながらスレイルが横から話しかけてきた。

はい、隣の席です。

 

「いや、誰かに呼ばれた気がして」

 

「うわー、自意識過剰だー」

 

「ちげーよ。それに、女か男かも分からねぇし」

 

ただ1つ分かったのはオレを良くは思ってなさそうな感じだって事。

オレなんか恨まれるような事したっけか?

 

「ま、気にしてても仕方ないし。ほっとけほっとけ」

 

もし喧嘩沙汰だったら私は逃げさせてもらおう。

まだ死にたくないからな!

ワッハッハッハッ!!

 

「レミリス、変」

 

「いつもだろ」

 

おいこらそこの生徒J。

色々とツッコミ所満載だぞその発言は。

いつもじゃない、時々だ。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「お?それじゃ今日の授業はここまで」

 

「起立。礼。着席」

 

先生は授業が終わるとさっさと教室を出ていってしまった。

教室に残されたオレ達はがやがやと騒ぎだし、各々がカバンから弁当を取り出す。

そう、みんなが楽しみなお昼休みだ。

 

「レミリス食べよー」

 

そう言いながらスレイルはこちらに有無を言わさずに机をくっつける。

 

「嫌だつっても食うんだろ?」

 

「えへへー♪」

 

「笑ってごまかすな」

 

スレイルは半透明の頬をほんのり赤く染めながら笑いかける。

その笑顔に一瞬ドキッとしまったのは男として仕方ないのか?

まぁオレとしては普通にスレイルはこのクラスでも可愛いと思う。

身体の構成と種族は違うけど、見た目は人間の女の子そのものだし。

 

「どしたの?早く食べよ」

 

「いやいやいや、もう食べてるじゃんお前」

 

「あ、バレた?」

 

「おいおい……」

 

とりあえずオレもさっさと弁当を食べる事にした。

蓋を開けてみると今日のメニューは鹿肉と野菜の炒め弁当でした。

おー、母さん今日は手抜きしなかったな。

 

「そういえば午後は体育だったよね?」

 

「ん?そうだったなー。新上ティーチャー、また面白い話してくんないかな?授業が良い感じに潰れる」

 

新上先生は東洋の国から来た先生でホソマッチョな体育専門のイケメンティーチャーだ。

だから女生徒のみならず、女教師からも人気の男子からしたらにっくき敵である。

特徴としては少し長めの黒髪、あとはオレよりも薄い赤い瞳の持ち主だ。

見た目はスレイルみたいに人間だけど、種族は不明。

多分この学校で一番謎な先生かもしんない。

年齢もさる事ながら、なんでわざわざ東洋からこんな遠い異国にはるばる来たのかの理由も教えてくれないし。

 

「相変わらずレミリスは不真面目だなぁ」

 

「体育だけは真面目に取り組んでるよ」

 

ちなみに得意なのは50m走と100m走、走り幅跳びと走り高跳びだ。

はい、走って飛んで跳ねるのが好きなんです。

 

「他の科目にも集中しなくちゃ」

 

ぱくっと野菜サラダを頬張りながらスレイルはオレに注意してくる。

 

「気が向いたらなー」

 

オレも肉を頬張りながら空返事しとく。

スレイルには悪いが苦手科目が体育と魔術以外全部なのだよ!

魔術は簡単な拘束術とか応急術が得意っちゃー得意だ。

 

「あ、そうだ。今日放課後、勉強会しようよ!もちろんレミリスの家で」

 

「はぁ?学校終わった放課後まで勉強会なんてしたくねぇよ」

 

「まぁまぁそう言わずに。他の皆も誘ってみるし」

 

「オレの家そんなに広くないぞ?……はぁ、分かったよ。その代わりあと2人までな」

 

こいつは結構わがままな一面がある。

こっちはあれこれ理由をつけて断ろうとするけど、結局最後は言うことを聞かなきゃいけなくなる。

 

「はーい!だったらハーピーの姉妹辺り声かけてみるよ。隣のクラスだし私仲が良いし」

 

「オレ、ハーピー姉妹と話したことすらないぞ?気まずくないか?」

 

「大丈夫!心配ナッシング!」

 

そう言いながら親指を突き立てて目をキラキラと輝かせるスレイル。

 

「はぁ……お前のその無駄な自信はどこから湧いてくるんだ?」

 

「?」

 

「独り言だ、忘れてくれ」

 

「独り言言うと禿げるよ?」

 

「うっせ」

 

ふと教室の時計を見るともうすぐ午後1時になる1分前だった。

ちょうど終戦セレモニーが始まる時間なので、学級委員がテレビの電源を入れてチャンネルを変える。

 

「お?もう始まるじゃん。政府のお偉いさんの長い話が始まる」

 

テレビの中では政府の最高権力者である大統領が、演説のために席を立ってマイクの前に歩いている。

 

「今年は何十分のトークかなー?」

 

「そんな事言っちゃダメだよー?」

 

「まぁそう言うなって。お?あと10秒で1時だな」

 

10……9……8……。

 

「ちゃんと観なきゃね!」

 

4……3……2……1……。

 

「んだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オペレーション『ラグナロク』発動……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

ホントに一瞬の出来事だった。

大統領が話を始めようとしたその刹那、会場が眩い光に包まれたかと思った直後、凄まじい爆音が鳴り響いた。

そしてゆっくりと映し出された映像には真っ赤な火の海に包まれたセレモニー会場と、燃え盛る大量の死体だった。

 

「う、うぐうぅぅぅ!?」

 

この世とは思えない光景に生徒達は吐き気を催し、その場に倒れ込んで胃の中のモノを全て出してしまった。

オレはなんとか堪えたが喉がとてもすっぱいし気持ち悪い。

今すぐにでも皆と同じようにこの気持ち悪さを吐き出したかったが、オレの中の何かがそうさせてはくれなかったのだ。

 

そして隣にいたスレイルも泣きながら今まで胃に入れていたモノを強制的に吐き出されていた。

 

「レ、レミリス……これ、一体何が起こってるの?わ、私、訳が分からないよ!」

 

訳が分からないのはこちらもだ。

ただ1つはっきりと分かることは、今テレビに映っている光景はフィクションではない。

リアルに起きている事、そう……これは戦──。

 

ズガアァァァン!!!

 

「こ、今度はなんだ!?」

 

「あ、あれ!皆、外を見ろ!!!」

 

1人の生徒に言われるがままにオレ達は窓の外を見て、そして、言葉を失い、崩れ落ちた。

 

「あの旗……!黒地に赤い蛇と狼のマーク……!なんで……なんで……紅魔軍がここにいるんだよ!?」

 

──紅魔軍。

それはかつてクロメリス戦争で勝利を手にした魔の者の軍勢の中でも、最も残虐で非道、そして最強の戦闘軍団と恐れられたレイピレスの歴史上、史上最凶最悪の存在だ。

このレイピレスにいる者なら嫌でもクロメリス戦争時の紅魔軍の話を聞かされる。

けどもう850年も前の軍団だぜ?

冥界から蘇ったのか?

いや、紅魔軍は確かに“彼”の力によって跡形もなく消滅させたはず!

 

「こ、こっちに来るぞ!」

 

その瞬間、オレはこう叫んでいた。

 

「裏門から逃げろ!!!急げ!!!」

 

その声と同時にクラスの皆はパニックになりながらも教室を出て、学校の裏門へと必死に走った。

裏門を出るとその先には森があり、そこには地下シェルターへと続く秘密の扉がある。

なんとかそこまで辿り着けば助かったも同然だ。

 

「ちっ!先へ進めない!」

 

廊下はパニックに陥った生徒や先生で溢れかえっていて、ちっとも前に進む事すらままならない。

 

「いざって時にこうじゃ避難訓練も役に立たねぇな……」

 

「レミリス……?」

 

するとオレの右手を痛いほど握りしめていたスレイルが、目に涙を溜めながらオレに言った。

 

「私達……死んじゃうの……?」

 

普段スレイルはクラスの中でムードメーカー的存在のクラスの人気者だ。

それが今ではどうか。

いつもの元気で明るいスレイルはそこには存在せず、いるのは絶望と恐怖に怯える1人の少女だ。

 

「……縁起でもねぇこと言うなバカ!この後帰ったらハーピーの姉妹と一緒に、オレの家で勉強会するんだろ?だからいい加減泣き止め!」

 

こんな時、普通なら抱き締めて慰めるのかもしれないが、オレが取った行動はそれとは全く逆の事だった。

全く、自分のバカさ加減に泣けてくるよ。

 

「う、うん!そうだよね!」

 

「あぁ!だからさっさと──」

 

ズガアァァァン!!!

 

次の瞬間、ちょうどオレ達のいる廊下に魔力砲が直撃し、オレとスレイルは爆風と衝撃によって裏門側ではなく、正門側へと吹き飛ばされてしまった。

 

「うわあぁぁぁぁぁあ!!!」

 

「レミリスぅぅぅぅぅ!!!」

 

オレはせめてスレイルだけを助けようと彼女を後ろから抱き締めた。

こうすればオレがクッションになってスレイルは助かるはず。

そう思いながらオレはそのまま背中から地面に叩きつけられ、何回かバウンドして止まった。

 

「う、ぐっ……!骨は……折れてない、みたいだな……」

 

だが地面に打ち付けられた衝撃で骨と筋肉が悲鳴を上げていて動く事すらできない。

 

「す、スレイル……」

 

先程バウンドした際にスレイルを放してしまった。

一番の衝撃は受けてないから生きてはいるはずだ。

そう心に言い聞かせながら麻痺している体を引きずってスレイルに近付く。

 

「なんだ?まだ生きてる虫がいるぜ?」

 

「!!」

 

上を見てみるとニタニタと笑いながらこちらに斧を突きつけている、肉食鬼のオーガがいた。

身長は2m以上はあるだろうか?

いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

けど今はスレイルの事の方が心配だ。

 

「お前人間か?人間の肉はうめぇぞ?柔らかくてジューシーでなぁ、おまけに血も酒並にうまいときたもんだ!」

 

汚く爆笑しながらオーガは斧を振り上げる。

応急術を使いたかったが、もう間に合わない。

 

「お前とそこのスライム女は俺様がおいしーく頂いてやるぜ。んじゃまぁ……サヨウナラ!!」

 

オーガは醜い笑みを浮かべながら涎を垂らし、そのままオレの頭目掛けて斧を振り下ろした──。

 

「──ったく、少しくらい対抗意識出せってんだ」

 

「あぁん──ぐぎゃ!?」

 

近くで聞き覚えのある声がしたと思ったら、凄まじい炸裂音と突然オーガの断末魔のような声がして、そのまま重たい巨体が倒れるような音が響いた。

 

「オレの生徒に気安く手ぇ出してんじゃねぇよ」

 

ゆっくりと固く閉じた瞳を開けて上を見てみると、そこには右手に機関砲を持ち、背中や足に多数の重火器を装備した新上先生がいた。

 

「あ、新──」

 

「動くな!頭ぁ下げてろ!!」

 

「は、はい!」

 

言われるがままにオレは頭を下げてまた固く瞳を閉じた。

 

「こっち側に吹き飛んでいく生徒が何人かいてなぁ。運良く生きてたのはお前とスレイルだけだ。ったく、運が良いぜお前はよ!」

 

新上先生は至って普通に話しているが、こちらには凄まじい機関砲の炸裂音と敵の断末魔の声がでかすぎてよく聞き取れない。

 

っていうか、あんた何者!?

 

「ホントは隠し通すはずだったんだが、そうもいかねぇか。オレは“ある人”の指令でこの学校に教師として来たんだ。あ、あとこれお前に届けもん」

 

そう言いながら新上先生は右手で機関砲を構えて撃ちながら、左手で左の太もものホルスターにあった2つのハンドガンをオレの目の前に落とした。

届けもんって言われたときに少し目を開けたのでハンドガンと分かりました。

 

見るとその2つのハンドガンはロングバレルタイプで、色がダークブルーとダークレッドに別れていた。

 

「そいつぁードワーフの旦那からお前にって正午くらい来てオレに預けたんだ!名前は青いのが『アスティオン』、赤いのが『アクティオン』だ!レイピレス語で『疾風』と『祝福』だそうだぜ?」

 

ドワーフが作ってくれたその2つはキラリと輝き、オレに立って戦えと言っているような気がした。

 

「よーしレミリス、今から特別授業を始める!まずはその相棒達を持って立ちやがれ」

 

オレは左手にアスティオン、右手にアクティオンを持ってゆっくりと新上先生の後ろに立ち上がった。

応急術はさっき新上先生から頭を下げてろと言われたときに施したので、全身の痛みはある程度引いている。

 

「よし!んじゃーまず説明すると、オレの使っているコイツらとお前の相棒達は実弾を使わねぇ。中にルメシナスがあるからな!そのルメシナスの魔力を増幅させて圧縮、撃ち出す武器全般を『ガンナー』と呼ぶ。お前の銃は『ガンタイプ』、オレの機関砲は『ヘビィバレルタイプ』と種類分けされている」

 

「は、はぁ……」

 

「んであいつらが使ってるのが大砲型の『キャノンタイプ』だ。さて、ここからが本題。裏門からシェルターに向かった生徒や先公を紅魔軍が追っている。さぁ、どうしなきゃいけない?」

 

どうしなきゃって……。

この流れはオレが行って魔軍の奴等ブッ飛ばしてこいって感じじゃないか。

けど今はスレイルが……。

 

「スレイルはオレに任せとけ!だからお前はさっさと行け!こいつらはオレの獲物だ、ここにいられても邪魔なだけだ」

 

オレは覚悟を決めて裏門側に行くことを決めた。

そして行く前に新上先生に頭を下げる。

 

「……スレイルを頼みます」

 

「あいよ、オレの可愛い生徒に手は出させねぇよ!」

 

最後に気を失なって横たわっているスレイルを一瞥してから、オレは新たな相棒達と共に裏門へと急いだ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「くっ……!邪魔だ、どけ!!」

 

襲い掛かってくるオーガ達をアスティオンとアクティオンで斃していくが、なかなか先に進めない。

こいつらどんだけ出てくるんだ!?

 

「こうモタモタしてる間にも殺されていってるかもなのに……!」

 

実弾ではないおかげで弾切れはないが、こうもわんさかと出て来られたんじゃこちらがもたない。

 

(こいつらをまとめてブッ飛ばす攻撃をイメージするんだ!そう、無数の光が放たれるような……)

 

そうイメージしながらオーガ達から距離を取る。

すると自分の周りにいくつもの青と赤の魔力光が展開され、バチバチッと紫電を走らせた。

 

「……アルティレイド!!シュート!!」

 

そう叫ぶと魔力光から無数の魔力弾が発射され、目の前で群がるオーガの部隊を蜂の巣にしていった。

 

「ぎゃっ!?」

 

「ぐえっ!」

 

「あがぁっ!?」

 

あっという間にオーガの群れは先程の3分の1にまで減り、その醜い顔には焦りと恐怖が滲み出ている。

 

「はぁ……!はぁ……!もう一発撃ち込ん──」

 

「ブラスター」

 

「え──」

 

上を見上げた瞬間、真っ赤な魔力弾がオレのいる地面の後方に直撃し、その爆風でオレはまた吹き飛ばされた。

 

「うっ……!つ、次はなんだってんだ!!」

 

すぐさま起き上がり、空中にいる人影に向かってアスティオンとアクティオンを連射する。

 

「遅い、俺はここだぞ?」

 

「なっ──」

 

後ろを振り向こうとするが、それより早く声の主の武器によって、オレの左腕は貫かれてしまった。

 

「うぐぁっ!?く、くそ……い、痛い……!!」

 

「呆れたな。この程度の痛みすら堪えられないというのか。つくづくがっかりさせてくれる」

 

「ぐあっ!?」

 

声の主はため息混じりに左腕を貫いている刃をおもいっきり乱暴に抜いた刹那、強烈な横蹴りがまたもやオレの左腕を襲う。

ベキッと明らかに骨が砕けた音が辺りに響き渡り、オレはあまりの激痛でその場に座り込んでしまった。

 

「お、お前……何者……!?」

 

ゆっくりと後ろを振り向くとそこには、白いマントを羽織り、独特の形状をした青と銀色の甲冑の騎士がいた。

頭部は蛇のようなコウモリのような形をしたヘルムで覆われていてその表情も顔も不明だが、青い半透明の複眼部分からは、明らかに敵意と殺意、そして憎しみの眼差しを感じた。

 

「貴様、自分がどういう存在なのかも知らないのか?……なら丁度良い。フェンリルの血が流れる者はこの世に2人はいらない。俺だけで良い、貴様は死ね」

 

フェンリル?血?

一体何を言ってるんだこの鎧野郎は。

 

「なに、せめてもの情けだ。苦しまないように殺してやる。気付いた時には冥界の入口にいるだろうさ……」

 

そう言いながら鎧野郎は右手に持ったサーベルのような武器を頭上に構える。

 

「恨むならフェンリルの血を継いでしまった己を恨め」

 

冷たく言い放った後に鎧野郎はオレの頭上目掛けてサーベルを降り下ろした──が。

 

ガシッ!

 

「……ほう?」

 

オレは無意識のうちに折れた左腕で鎧野郎のサーベルを握っていた。

握っている左手からはボタボタと血が溢れて服と地面を赤く濡らしている。

 

「……調子に乗んなよ鎧野郎」

 

身体に流れる血が熱い。

そして沸々と身体の奥から力が沸いてくるような感覚がある。

これはなんだ……?

……1つだけ分かった。

 

「てめぇはオレがブッ飛ばす!!」

 

そう叫んだ瞬間、身体が深紅の魔法光に包まれ、鎧野郎を吹き飛ばした。

 

「ぐ、ぐぬぅ……!くあぁぁぁ!!」

 

先程まで折れていた左腕はいつの間にか治っており、貫かれていた傷口も塞がっている。

同時に髪は長く肩辺りまで伸びて犬歯と両手の爪が鋭く尖り出す。

そして耳は人間のものから狼のような形状になり、尾骨からは髪と同じオレンジ色の長くふさふさした尾が生え、瞳の色もより鮮明な深紅へと変貌した。

 

「運の悪い奴だ……。まさか目覚めてしまうとはな、レミリス。フェンリルの血を引く呪われた存在よ!!」

 

鎧野郎が何か言ってるが今はそんなのどーでもいい。

この魔法光が消えた瞬間、奴の首筋を引き裂いてやる!

 

「……うらあぁぁぁぁぁあ!!!」

 

そして深紅の魔法光が消えた瞬間、オレはまっすぐ鎧野郎に突撃し手を伸ばした──。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

(……なんや?この気配は……。あぁ、懐かしいなぁ。フェンリルの魔力や……。でもなんか若い感じがするし、なんや苦戦してるみたいやなぁ……。それに、制御できてへん気もする……。しゃーない……そろそろ起きへんとあかんようやな……。また……力になるで……この降臨(ディセント)がな……)

 

瞬間、黒く赤く染まるレイピレスの空を一筋の眩い光の剣が貫いた。

 

再び、破壊と殺戮と血に染まった世界に『降臨』するために……。

 



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2 Sword: Light and Darkness

「うらあぁぁぁぁぁあ!!」

 

鎧野郎を一撃で斃す勢いでオレは左手を前方へと突き出す。

 

「ふん」

 

が、それも虚しくオレの左腕は奴の持っていた武器によって捕縛されてしまう。

赤いサーベルだったのがいきなり形状が変化して鞭状になったのだ。

 

「なっ!?」

 

「ただ突っ込むだけでは攻撃とは言わん。責めて溜めて放つ事くらいしたらどうだ?」

 

そう鼻で笑ってから鎧野郎はそのままオレを空中へと投げる。

そして空中で無防備になったオレより跳躍すると、先程のオレとは違い、左腕に魔方陣を展開した。

 

「身を持って知れ哀れな狼よ。これが……本当の攻撃というものだ」

 

「くっ!」

 

鎧野郎は何の躊躇もする事なくオレの腹に魔力で強化したパンチを放つ。

当然ながら防御などできるはずなく、もろに喰らったオレは口から大量の血を吐いてしまった。

 

「がはっ!?て、てめ──」

 

「堕ちろ」

 

そしてまたもう1発、鞭で封じられている左腕にパンチを喰らい、そのまま真下に落下した。

……どうやらこの左腕に絡まっている鞭はどこまでも伸ばす事ができるらしい。

一体何で構成されているんだ?

サーベルになったかと思ったらいきなり鞭になるし……。

 

「ガハッ……!何なんだよチクショー……!これじゃ人間の姿の時と変わらねぇじゃねぇか……」

 

「ふん、己の力をコントロールできないとは……。矮小だ」

 

は?

ワイショー?

テレビでやってるニュースの事か?

難しい言葉使ってんじゃねぇよ。

 

「1つサービスで教えてやろう。この俺の武器の名前は『ウロボロス』。俺の意思1つで合金にも勝る固さと切れ味を持つ剣や、限界無く無限に伸びる事ができる鞭にもなる」

 

そう言いながら鎧野郎は空中からゆっくりと降りてきてオレに近づく。

 

「なぜわざわざ敵に自分の武器の情報を言うと思う?」

 

「ハッ!いちいち考えてられるかよ」

 

「物分かりが悪い者は嫌いだ。なら教えてやろう。今、この場で貴様は俺に討たれるからだ」

 

そう冷たく言い放つと、鎧野郎は鞭形態になっていたウロボロスをサーベル状に戻して、オレの右の首筋にその赤い刃を当てる。

軽く切れたようで真っ赤な血が首と刃に流れ落ちる。

 

「貴様は我々にとって最大の脅威となる。今すぐ俺が消して──」

 

「させへんでー!」

 

「「!?」」

 

どこからか変な言葉が聞こえたかと思うと、空から沢山の光の矢が降ってきた。

 

「ちっ……!」

 

「どわわわわ!?」

 

鎧野郎は余裕で回避したが、オレは逆にカッコ悪くギリギリ避けた。

な、なんだ一体!?

 

「あーごめんなー?ちょっちー手元狂ったわー」

 

上から声がしたので上空を見てみると、そこには腰まですらっと伸びた銀髪にサファイアのような綺麗な青い瞳をした女の子がケタケタと笑いながら頭をかいていた。

……え?

ちょっと、誰ですかこの笑い上戸のような美少女は。

 

「……ん?おりょー?こらまたフェンリルの旦那、どうしたんやこない若返ってもーて」

 

「……は?」

 

すると美少女はふわりと降りたかと思いきやずずいっとこちらの顔を覗きこんできた。

 

「あれ?あんさん今までこないなふっさふさの耳あった?あとは……しっぽまで。どーしたんや一体!」

 

「だまらっしゃい!!」

 

「げふっ!?」

 

はい、殴って黙らせました。

女の子に手は出したくないけど致し方ない。

 

「い、いきなり何すんねん!?人が心配してるっちゅーのに!」

 

「それはありがとう!けどオレはフェンリルじゃない、レミリスだ!」

 

それを聞いた美少女はきょとんとすると、くんくんとこちらの匂いを嗅ぎ出した。

えぇい、犬かお前は!

 

「……匂いは旦那と同じなんやけどなぁ……?そういえば目元と頬にあるラインがちょっちー違う形?うー──」

 

「いつまでごちゃごちゃと話している!」

 

すると突然、土煙の中からいきなり鎧野郎が美少女に向かってウロボロスのサーベル形態で斬りかかってきた。

 

「お、おい!」

 

「人が考え事してる時に邪魔すんなや」

 

美少女が冷たい眼差しで鎧野郎を睨んだ瞬間、美少女の足元から沢山のでかいスパイクが出現し、向かってきていた鎧野郎に襲い掛かった。

 

「くっ……!厄介な……。だがこれではっきりした」

 

鎧野郎はその攻撃を空中へとジャンプする事で少々ギリギリで回避し、そのまま空中に静止した。

 

「光の矢……そして闇の頚木……。魔を消滅させる聖なる力と聖を喰らう魔の力……かつてフェンリルはある『降臨』の名を冠した剣を振るい、迫り来る1万の兵をたった1人で斃したそうだ。その剣は相反する2つの力、光の『聖』と影の『魔』をその身に宿し、レイピレス三大最強武器の1つに数えられたそうだ。その名は、聖魔剣……聖魔剣『ディセント』!!」

 

鎧野郎はサーベルの切っ先を真っ直ぐディセントと呼ばれた銀髪の少女に向ける。

だが攻撃を仕掛けようとはまだしていない。

 

「ふん、戦争終結後は行方不明となっていたはずなんだがな。今更ノコノコと何をしにきた?まさか我等の邪魔をしにきたのか?古き剣よ」

 

「邪魔も何も私は旦那の危機に飛んできただけや。まぁ……その旦那と思ってたんが、血を半分引いてる子ってオチやったけどな。だからって……」

 

そう言葉を切ってディセントは右手に光の剣を召喚して、鎧野郎に対して切っ先を向けた。

 

「だからって私があんたら側に寝返るなんて考えてたんなら、あんさん……とんだ勘違いやで?私は聖魔剣ディセント。かつて旦那……いや、フェンリルが破壊と殺戮を阻止し平和のために振るった力なら、私は今からこの子……レミリスの剣になり、あんたらをこの世から滅する!!」

 

そう言うとディセントは光の剣を横薙ぎに振り払い、叫んだ。

 

「ソニックスマッシャー!!」

 

その瞬間、刀身から三日月状の光の刃が放たれた、加速しながら鎧野郎へと向かっていく。

 

「レオ様!お下がりく──ぐぎゃっ!!」

 

「このような攻──ぐげぇ!?」

 

レオと呼ばれた鎧野郎を守ろうとしたオーガ2体が出てきたが、それも虚しく真っ二つにされ跡形もなく消滅してしまった。

対して光の刃はより加速しながら威力を弱める事なくレオへと向かっていく。

 

「こんなもの……避ける必要などない!」

 

するとレオは左手を前に突き出してディセントの放ったソニックスマッシャーを真正面から受け止めた。

 

「は!?」

 

「う、うそーん!?」

 

「はぁぁぁ……はぁっ!!」

 

そしてそのままソニックスマッシャーを何らかの力で粉々に砕いてしまった。

 

「ふん、これがレイピレス三大最強武器の力か?笑止!」

 

次の瞬間、レオはディセントの右腕を鞭形態になったウロボロスで拘束する。

ディセントは拘束から抜け出そうとするが、絡み付いた鞭はびくともしないばかりか、どんどん締め付ける強さが増している。

 

「う、ぐっ……!」

 

「先程は油断して不意を突かれてしまったが、オレに二度は通じん。今度はオレの番だ」

 

レオは先程のオレのようにディセントを空中へと投げ、ジャンプして右腕の鞭を一旦戻し、またウロボロスをサーベル形態にした。

 

「くっ!ソニック──」

 

「やらせん!!」

 

ディセントが技を出すよりも速くレオは己の赤い剣でディセントと光の剣を切り裂いた。

 

「あぐぅ……!!な、なんで──」

 

「簡単な事だ。今の貴様はオレには敵わない。それだけだ」

 

そしてレオは何の躊躇も無くディセントの左腕をウロボロスの凶刃で真っ二つにして、最後に腹に蹴りを入れて地面に叩きつけた。

 

「で、ディセント!!」

 

オレは全身に激痛が走りながらもディセントの元へと急いで走った。

 

「こ、ここまで苦戦するなんてなぁ……あかん、油断してもーたわ……」

 

ディセントはゆっくりと立ち上がりながら空中にいるレオへと視線を向ける。

その顔は切断された左腕の苦痛と激痛を堪えているかのように、唇をきつく噛み締め、レオを睨んでいる。

 

「ディセント……お前……」

 

「……し、心配せんでもえーよ。けど、これはなかなか厳しいわ……」

 

そう言いながらディセントは右手に闇の剣を召喚してレオに立ち向かおうとする。

 

「ま、待てよ!これ以上やったら死ぬぞ!」

 

「何言っとんのや。“殺らなきゃこっちが殺られる”戦いっちゅーのはそういうもんや。あんさんはそこで見──」

 

「うっさい!!なら1人じゃなくて2人で戦えばいいだろ!!」

 

こちらの大声に一瞬きょとんとしたディセントだったが、内容を理解すると怒るでも呆れるでもなく、優しく笑った。

 

「……まったく。何を言い出すかと思ったら……。そう啖呵切ったなら、あのスカシの顔隠してる面くらい壊さなー許さへんよ?」

 

静かにそう言うとディセントの体から金と黒の魔法光が放出し始め、ゆっくりと空中に浮いた。

 

そして強く輝き、その輝きが弱まるとそこには両刃の両刃の剣が浮いていた。

その剣は刀身がかなり長く、何故か鍔が剣と同じ幅になっている。

また、剣には包帯のような布状の物が約30cmほどの高さまで鍔から巻かれている。

 

 

「これが……聖魔剣ディセント」

 

ゆっくりと落ちてくるディセントのグリップを右手で掴むと、ビリビリとディセントの力が体に流れ込んできた。

 

「す、すげぇ……」

 

「さて、準備完了や。ぶっ飛ばすでレミリス」

 

「うおっ!?喋るのかよ!!」

 

「当たり前やろ?剣モードになったからって、喋らないなんて設定はあかんで?」

 

「設定てお前……。はぁ、まぁいいや」

 

ため息を1つついてオレは、空中に浮かんでこちらを凍るような視線と殺意で睨むレオを見上げた。

 

「……覚悟はできたか?」

 

「あぁ……」

 

ディセントの切っ先をまっすぐレオに向けてオレは言った。

 

「てめぇをぶった斬る覚悟がな」

 

「ふっ……笑わせてくれる。ならば、やってみるがいい!!」

 

次の瞬間、レオは自身の周りに複数の黒い魔方陣を展開した。

その魔方陣からはバチバチと紫電が走り、球体状の黒い魔法光が現れる。

 

「アグル」

 

レオがそう言うと魔方陣かられた魔法光がレーザーのようにこちらに放たれる。

 

「避けられねぇ……!」

 

「避ける必要はあらへん。イメージするんや、迫り来る敵を消し去る一撃を!」

 

ディセントのに言われた通りにオレは目を瞑り、あの攻撃を消し去る一撃をイメージする。

 

(一撃で消し去る攻撃……。全てを切り裂く瞬速の剣……これだ!!)

 

するとディセントの刃がいきなり複数に分離した。

そして、その刃1つ1つは光と影の鎖によって繋がれている。

言うなれば連結刃(チェーン・エッジ)と言ったところか。

 

「来るで、レミリス!!」

 

レオの放ったアグルはもう目の前まで迫ってきている。

が、今はこいつを消し去る力を持っている。

 

「……切り裂け……『ドラグナー』!!!」

 

そう叫びながらディセントの刃は複雑な軌道を描きながら、迫り来るアグルのレーザーを竜の牙と爪の如く、粉々に切り裂いていった。

 

「くっ……このような攻撃など!」

 

レオは防御魔方陣を展開して目の前まで迫っていたディセントの切っ先を防御する。

 

「ちぃ!」

 

「落ち着きぃやレミリス!まだ終わってないで!」

 

オレはディセントを軽く振りドラグナー形態の連結刃の軌道を変える。

レオに弾かれた切っ先は再びレオを捉えその背後へと回った。

 

「なかなか面白い戦法だ。だがこれではオレを斃すどころかこの鎧を破壊する事もできん!」

 

しかしレオはこの自分の周りを取り囲む連結刃の動きに不信感を抱いた。

 

(……おかしい。いくらなんでも攻撃が甘い。どちらも覚醒したばかりとはいえ不自然──まさか!)

 

ここでレオは地上にいるレミリスを見る。

そこには「かかったな」と言わんばかりに口の端を上げ笑っているレミリスがいた。

すると、連結刃の1つ1つが鎖のように闇と光の魔力でコーティングされ、あっという間にレオは連結刃の中に閉じ込められた。

 

「やらせ──」

 

「「『クロスミラージュ』!!!」」

 

そう叫んだ刹那、連結刃は螺旋を描きながらレオを切り刻み途端に魔力と魔力のぶつかりあいで爆発を起こした。

 

「わわわっ!」

 

ディセントは刃を元に戻して通常モードになる。

どうやら爆発でちょっとビビったらしい。

お前伝説の剣なんだからあれくらいの爆発ビビってどうするよ?

 

「び、ビビってなんかあらへんよ!ちょっと驚いてもーただけやし!」

 

おかしい。

オレは言葉にしていないはずなのに考えていた事がバレちまってるし。

 

「あーそうかいそうかい。それより、殺ったのか……?」

 

「斬った手応えはあった。けど、致命傷までは与えられていない……」

 

空中にはもくもくと黒煙が上がっているが、それも風によって流されてようやくレオの姿を見る事ができた。

 

「……貴様等」

 

「なっ……!?」

 

「えっ……!?」

 

レオの顔を隠していたヘルムは跡形もなく破壊され今レオの素顔がはっきりと見えた。

そこにはオレと同じ赤い瞳と牙を持った銀髪の青年がいた。

 

「貴様なんぞに!」

 

怒りを露にしながらレオはウロボロスに力を込める。

それに応えるようにウロボロスは真っ赤な魔方陣をその刀身に展開した。

 

「──そこまでだ」

 

「!貴様……」

 

瞬きをしたその瞬間、レオの右隣に漆黒の甲冑を纏った騎士がいた。

しかも今しがたレオが持っていたはずのウロボロスをその左手に持っている。

 

「黒騎士……何の理由でオレの邪魔をする?返答次第では貴様もただでは──」

 

「邪魔するもなにもフェイズ1はとっくに終了している。私はそんな事も気付かないで私闘をしている貴殿を迎えにきただけだ」

 

レオは差し出されたウロボロスを舌打ちしながら黒騎士から受け取り鞘に納める。

 

「……興が逸れた。次会う時は必ず貴様を殺す」

 

最後に憎しみを込めた眼差しでレオは黒騎士と共に移動魔方陣を展開してこの場を離脱した。

 

「……はふぅ」

 

へなへなとその場に力が抜けたようにオレは座り込む。

同時にディセントも剣モードを解除して人間形態へ戻った。

 

「はぁ。あの黒い騎士のおかげで命拾いしたわぁ」

 

「あ、そういえばお前腕斬られたまんまじゃねぇか!」

 

そう、ディセントはレオに左腕を肩から切断されたままなのだ。

……あれ?

血が出てないぞ?

 

「そういえばそうやったねぇ。血は魔力で出るの抑えてるし、あとは斬られた腕繋げるだけや」

 

そう軽い感じで言いながらディセントは地面に落ちた自分の左腕を掴む。

 

「あーん。土や泥で汚れとる。まー傷口は魔力でちょいちょいっときれいにして……よいしょっ」

 

そのまま左腕を簡単にくっつけた。

 

「……え?くっつけた?」

 

「ん?なんかおかしいんか?」

 

「おかしいも何も……はぁ、なんでもない」

 

「?」

 

そうだった。

こいつは普通とは全然違うんだったわ。

普通なら一度離れた腕や足を繋げるには、高度な治癒魔法が使える者を頼るか手術で繋げるしかない。

けどこいつはただ傷口を魔力できれいにしただけであとは至って自然に繋げやがった。

実際のところ腕はぐるぐる回してるし指や肘も何の問題もなく曲げている。

 

「お?どうやらこっちも終ったみてぇだな」

 

「新上先生!無事だったんですね!」

 

現れたのは右肩にヘビィバレルタイプのガンナーを担いだ新上先生だった。

どうやら先生の方の戦闘も激しかったらしく先生の服やズボンは所々破けている。

 

「……ほぉ?それがお前の本来の姿という訳かレミリス」

 

「え?あ、はい……。そういう事になりますね……」

 

「で?こちらの女の子は誰よ?」

 

新上先生は隣にいたディセントを怪訝そうな表情で睨む。

だが表情だけで右肩のガンナーのセーフティーロックは解除していない。

 

「まぁそう睨まんといてや~。私の名前はディセント、あんさんも小耳にはした事あるやろ?聖魔剣の伝説」

 

「……ふーん。あんたみたいな女の子がねぇ」

 

「お?女の子だからって舐めたらあかんよ?女の子には表には見えないバラの棘っちゅーもんがあって──」

 

「こらこら。話が反れてるぞ」

 

「あ、めんご」

 

ディセントは舌をちょこっと出して軽い感じで謝る。

ちょっと可愛いと思ったオレが情けない。

 

「なんか調子狂うな……。まぁいいや、敵じゃねぇってのは理解したよ」

 

そう言って先生はディセントを睨むのをやめていつものダルそうな表情に戻した。

そしてガンナーを右肩から下ろしてその場にドカッと座り込んだ。

 

「ふぅ~。まったく……群れると厄介だぜあいつら……」

 

先生は胸元のポケットからタバコを1本取り出して吸い始める。

 

「なぁなぁディセント?」

 

「うん?なんやレミリス?」

 

「……この姿解除できないのかな?」

 

未だオレはフェンリル化から元の姿に戻れていない。

もし元に戻らなかったらどうしよ……?

オレかなりへこんじゃうよ?

 

「んー……今はまだ魔力が安定してへん。人間の姿に戻れるのはちょこっと先やね」

 

「なんと……。それまでこの姿かよぉ……トホホ」

 

今のオレの気持ちを表すかのように耳と尻尾が垂れ下がる。

うはー、気持ちを表現するのに耳が動くって便利だなオイ。

 

「そんな落ち込まんといてや~。むしろ人間の姿よりはマシやと私は思うで?ほら、耳や鼻はよう利くやろ?人間の姿だとあまり聞こえないし匂いに敏感じゃないし」

 

「それはそうなんだけど……」

 

「なら結果オーライや。あまり気にしててもなんも進まへんよ」

 

そう言いながらディセントはこちらに優しい笑みを見せてくれた。

オレは一度深い溜め息をついて気持ちを切り替えディセントを見据える。

 

「そうだな。とりあえずは山へ向かった皆のところへ──」

 

「おっと。ちょいまち」

 

すると隣でタバコをふかしていた先生が横やりを入れてきた。

 

「オレを含めてお前はすぐにここを立ち去らなきゃならねぇ」

 

「えっ?な、なんでですか?」

 

「当たり前だろ?オレとお前は紅魔軍に対して反旗を翻して戦ったんだぜ?オレはともかく……お前は特に狙われる。フェンリルの血を引いているお前を野放しにしておく程、紅魔軍は馬鹿ではないさ」

 

「気付いていたんですか……。オレがフェンリルの血を引いているって事……」

 

「その紅い瞳、目の下と頬の牙型の紅い痣……。分かる奴には分かるもんさ。それに、前からもしやとは思っていたんだ」

 

「は、はぁ……」

 

「紅魔軍に関しては大丈夫やで。さっきの私達の攻撃で壊滅や」

 

よくよく考えてみればオレのアスティオンとアクティオンの攻撃はともかく、ディセントのソニックスマッシャーやクラールディセンターで群がってたオーガ達を斃してたしな……。

さすが伝説の聖魔剣って感じだよな。

 

「そうと決まれば即決行ってね。ほら、とっとと行くぞ」

 

短くなったタバコを捨てて新上先生はガンナーを再び担いで立ち上がる。

 

「はい、レミリス。大事もん忘れたらあかんよ?」

 

そう言いながらディセントが差し出してくれたのは、あの騎士との戦いの時に落としたアスティオンとアクティオンだった。

戦闘によるダメージは全く無く、砂や土で多少汚れた程度で済んだのは不幸中の幸いかもしれない。

 

「あ、サンキュ」

 

ディセントからアスティオンとアクティオンを受け取り、腰に巻き付いているベルトにと腰の間に挟み込んだ。

 

「……ホルスター欲しいな」

 

「なぁに。どっか無事な町や村があればそこで手に入れればいいさ。ほら、行くぞ」

 

新上先生は再びタバコを口にくわえて歩き出す。

あのヘビィバレルのガンナー以外に複数武器所持してるのによくあんな早く歩けるな……。

それよりまずすげー力持ち。

 

「……よし、応急術したからさっきよりマシになった」

 

「ならぼちぼち行こうか~。はよ行かんとあの新上っちゅーガンナー使いに遅れてまうわ」

 

「はいはい」

 

差し伸べられた手を握って立ち上がりディセントと肩を並べて歩き出す。

歩きながら周りを見渡すと辺りにはさっきオレやディセント、先生が斃したオーガの死体はもちろん、逃げ遅れた生徒や先生、村人の死体も転がっていた。

 

「……信じたくねぇよまったく……。なんでオレ達が巻き込まれなきゃなんねぇんだよ」

 

「現政府内には未だ人間との共存を良く思っていない輩が多数いる。もちろんそいつら以外にも人間を嫌っている者はいないとは言えねーよ」

 

「その通りや。戦争終結から850年経ってもこのレイピレスで一番多いんは魔物や。魔力を持たない人間と暮らすなんて、って差別的な態度を取るもんもいる」

 

それでもオレには理解できなかった。

なぜ同胞でもある魔物も殺さなければならないのか、なぜ今になって紅魔軍が姿を現したのかという事。

 

「……母さん無事かな」

 

セイレーン族はただでさえクロメリス戦争時から人間に友好的だった数少ない一族。

狙われないなんて保証はあるはずがない。

 

「確かお前の母親はセイレーン族の1人だったな……。なに、お前が心配する必要はない。セイレーンには“歌” がある」

 

「ほ~。レミリスの母ちゃんってセイレーン族やったんや。なら安心やね。その先生が言う通り、セイレーン族には『悪魔の歌声(フェレネスト)』がある訳やし」

 

悪魔の歌声(フェレネスト)』。

その歌声は聞いた者を死に導くと言われているセイレーンの能力。

ただし自分が敵と見なした者以外にはその死の歌声はただの美しい歌声にしか聞こえない。

実際に母さんや仲間達が使っている姿は未だ見たことがないけど。

 

「お前の気持ちは分かるが今は一刻も早くここから出る事が優先だ」

 

「……分かりました」

 

オレは拳をきつく握りしめ感情を抑えながらひたすら歩き続けた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

「ひぎいぃぃぃぃ!!」

 

無惨に赤い剣で切り裂かれる兵士達。

飛び散る返り血をその白い鎧に浴びながらレオは退屈そうに舌打ちをした。

 

「貴様等ではオレを斃す事はできん。雑兵は雑兵らしく我がウロボロスの糧になれ」

 

「ふ、ふざけるなっ!」

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

怒りを露にしながら現政府軍の兵士達は己の武器を握りしめてレオに襲いかかる。

しかしレオは彼等よりも“速く”動きながらウロボロスでの凶刃で兵士達を斬っていく。

 

「な、なに……」

 

「そんな……」

 

「なに、絶望する事はない。純粋に貴様等の力ではオレには敵わないというだけだ。安心して冥界へと旅立つがいい」

 

ウロボロスの刃に付着した血をはらうと同時に兵士達の体はバラバラの肉塊なり、大量の血を撒き散らしながら地面に転がった。

 

「さすがレオ様ですね。鮮やかな剣捌きです」

 

するとレオの後ろから甲冑を纏ったリザードマンが拍手をしながら現れた。

その右手には刃の先端が鎌のように曲がった剣が握られており、レオ同様に血に染まっていた。

 

「……グリールか。その様子だとそちらも終わったようだな」

 

「えぇ、もちろん。政府軍の兵士は平和ボケし過ぎですね。赤子の手を捻る──いや、無意識に息をするようにと言うべきでしょうか……。あまりの弱さに落胆してしまいますよ」

 

「お前とその“フォルケード”の前には政府軍などまさに玩具の兵隊だろうな」

 

「まったくです。張り合いが無さすぎて困ります。あぁ、このグリール、早く強者と刃を交えたいです」

 

醜悪な笑みを浮かべながらグリールはフォルケードの刃から滴る血を舐める。

それだけでは足りなかったのかグリールは刃と甲冑にべっとりと付いた血を美味そうにピチャピチャと舐めはじめた。

 

(……なぜオレの部下はこのような輩しか集まらんのだ)

 

夢中で血を舐めるグリールを冷ややかな目で睨みながらレオはウロボロスを左腰のホルスターに納める。

正直レオはグリールが嫌いだ。

その腕前は確かに一般兵士よりも遥かに上だがその異常と呼ばざるを得ない程の戦闘狂なのだ。

それどころか殺した相手の血を舐め、飲むという狂っているところもある。

こちらにもオーガという人食い鬼がいるがそいつらとは訳が違う。

 

「……行くぞグリール。“大聖堂”は破壊した」

 

「あと“5つ”ですね……」

 

「そうだ。我等が盟主が復活するのもそう遠くはない」

 

そう……遠くはない。

そしてオレは貴様──レミリスを斃す事でフェンリルの真の力を手に入れるのだ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──オペレーションラグナロクから2日後。

 

「今日はここで休もう」

 

村を出た翌日。

オレ達旅の一行はアウィッグ山を越えて隣村のスローネへと向かっていた。

スローネはオレのいたメルムとは異なり、住民は全て魔物や悪魔で人間は誰1人としていない。

もし紅魔軍が人間と暮らしていた街や村をターゲットの1つにしていたのなら、スローネは攻撃を受けていない可能性もある。

 

実際、昨日紅魔軍に襲われたのは大半が“人間”と共に暮らしていた街や村だとラジオで放送していた。

 

「え……まさかのここ……?」

 

「中散らかってそうやなぁ。カビ臭そうやし」

 

そしてオレ達はスローネへ向かう途中で偶然見つけた廃屋で一夜を過ごす事になったのだ。

外装はかなり朽ちておりその様子からかなりの長い期間、人が住んではいなかった事が窺える。

 

「うっせー。屋根があるだけマシだろうがよ」

 

新上先生は1人ドカドカと廃屋に入っていき屋内を詮索し始める。

中からはガラガラと何かが落ちたり移動させている音が喧しく響き渡り、入口や窓からは大量のホコリが舞っていた。

 

「うはぁ……。この音で敵が来なきゃいいけどな……」

 

「周囲からは紅魔軍の気配はあらへんよ。もちろん私達以外の魔力や気配もや」

 

「それならいいけど」

 

「おいガキども。いつまで外に突っ立ってる気だ?さっさと入ってこい」

 

入口から顔を覗かせた新上先生に言われるままにオレとディセントは屋内へと入る。

屋内は予想していた通りホコリっぽいがあまり散らかってはいなかった。

先程の音は一体何を片付けていた音なのだろう……?

 

「えっとランプあるかな?──お?これ使えるかな?」

 

オレは部屋の隅に転がっていたロウソク数本を見つけた。

大分短くなっているが今日1日過ごす分ってだけなら十分だろう。

先生からライターを借りてロウソクに火を灯し溶けたロウを机や壊れたランプの中に固定した。

 

「……この布団使えると思う?」

 

「やめとけやめとけ。せめてそのベッドだけにしておけ」

 

色々とぶっ飛んではいるがディセントも女の子だ。

できればふかふかのベッドで寝かせてやりたいがいかんせん今はそれどころではない。

 

「ほら、今日の晩飯だ」

 

そう言って新上先生はカバンの中から缶詰やパン、干し肉を取り出す。

缶詰やパンは昨日壊滅した市場を通った時にたまたま拾ったものだが、干し肉は先生が元々持っていたものだ。

 

「明日にはスローネに辿り着けると思う?私そろそろ温かい食事が食べたいんやけど……」

 

「それはお前等の足次第だな。けどまぁ……早くて明日の正午くらいには着けるだろう」

 

新上先生は干し肉にかぶり付きながら缶切りで缶詰を開ける。

ちなみに先生が開けているのはテリヤキチキンである。

 

「なら良いけど」

 

オレはカレーの缶詰を開けてパンに付けながら頬張る。

ちょこっとしかないから大事に食べなくては……!

 

「つってもスローネにいるのは1日か2日程だけどな。食料の調達や休息のために」

 

「さすがに居座り続けようなんて思ってないよ」

 

「当たり前だ」

 

自分の分を食べ終わった先生はタバコを吸い始め窓側へ移動する。

窓と言ってもそこには割れて汚れた窓ガラスが辛うじて残っているのみ。

オレからみたらただ壁に穴が空いてガラスがくっついているだけだ。

 

「ごちそうさま」

 

オレはベルトに挟んでいたアスティオンとアクティオンを取り出して壁に銃口を向けてみる。

 

「どうしたん?」

 

すると干し肉とテリヤキチキンの缶詰を食べながらディセントが訊いてきた。

 

「いや、特に意味はないよ。ただ構えてみただけ」

 

ふぅん、と言うだけでディセントは再び食べることを再開する。

……こうしてみるとホントにただの女の子にしか見えないよな。

 

「……ん?なんやレミリス、じろじろさっきから見て──ハッ!ま、まさか私に欲じょ──」

 

「してねぇよバカ!」

 

「真っ向から否定されるとさすがにショックや……」

 

変な事ほざこうとした貴様が悪いのだ。

部屋の隅でのの字を書きながら体育座りでいじけているディセントを尻目に、オレはアスティオンとアクティオンをベルトに戻して外に出た。

 

「女には優しくしとけよ?後々面倒だからな」

 

「からかってくるあいつが悪いんです」

 

新上先生は苦笑を浮かべながらこちらを一瞥し、夜空に浮かぶ満月を見つめる。

 

「……先生って人間ですよね?」

 

「なんでそう思う?」

 

「単純な理由ですよ。魔力を感じません」

 

口からタバコの煙吐き出して先生は短くなったタバコを窓枠で潰して捨てた。

一度目を閉じてから先生は再び目を開けて口を開く。

 

「正解とも不正解とも言えないな」

 

「は?」

 

あまりにもちんぷんかんぷんな返答にオレは拍子抜けした声を出してしまった。

それに対して先生は軽く笑いながら続けた。

 

「悪い。ちと意地悪だったな。確かにオレは人間だ……けどな、オレは“死ぬ”って事ができねぇのさ……」

 

そう静かに言った先生の表情はどこか寂しそうな哀しそうな、そんな複雑な顔をしていた。

 

「……それって“不死身”って事、ですか?」

 

「まーそんなとこだ。いくら撃たれて穴だらけになろうが、いくら剣で細切れにされてもすぐに再生するんだ」

 

「なんというか……便利な能力ですね」

 

「便利ねぇ……。死ねないってのはある意味辛いものさ……」

 

それだけ言って先生はまたタバコを吸い始めた。

 

「……つまんねぇ話しちまったな。さっさと中に入って寝ろ。交代の時には起こすからよ」

 

「分かりました」

 

オレは先生に言われた通り中に戻って床に寝ようと横になった。

 

「もう寝るん?」

 

「あぁ。明日も早いしな。ディセントもベッドで寝とけよ」

 

「うん」

 

ディセントは頷いて、ベッドにローブ(市場から拝借)を敷いてその上に寝転ぶ。

少々ホコリっぽかったのか小さく咳払いをしてから目を閉じた。

 

しばらくすると静かな寝息が聞こえてきてそれにつられてオレも深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──確か“あの時”もこんな満月の綺麗な日だったな。

 

壊れた窓枠に座りながら新上は夜空に煌々と煌めく満月を仰いでいた。

奥には1時間前くらいに眠りについたレミリスとディセントがそれぞれ寝息を立てている。

 

「こんなガキ共がフェンリルの血を受け継ぐ者と伝説の剣とは……」

 

あのフェンリルの血を受け継ぐ者がいると聞いた時にはかなり驚いた。

同時に戦闘には相当な手慣れなのだろうとも新上は思っていた。

ところが実際は戦いというものを一切知らないただのガキ。

後から現れた伝説の聖魔剣『ディセント』もその容姿はどこにでもいるような女の子だった。

 

「……こんな寝顔する奴等が戦いに巻き込まれるなんてな……」

 

ディセントはともかくレミリスはまだ子供。

そしてまさか自分がフェンリルの血を引いている者だなんて信じたくはなかっただろう。

 

「……あぁ、分かってるよ“葉萪”。分かってる……」

 

タバコの煙を口から吐き出しながら新上は空に浮かぶ満月を改めて仰ぐ。

その赤い瞳に哀しみと決意の火を灯しながら……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……匂う。匂いますよ。裏切り者の狼の匂いが」

 

暗闇が支配する深い森の中。

レオの部下であるグリールはニタニタと醜悪な笑みを浮かべながらゆっくりと歩いていた。

その鋭い歯が沢山生えている口からはヨダレが時々垂れている。

 

「レオ様には悪いがフェンリルの少年はこの私、グリール・リザードが仕留めさせていただく」

 

グリールは肩に担いでいる大剣『フォルケード』を抜いて刀身を長い舌で舐める。

 

元々グリールがレオの部下になったのは沢山の人間や魔物を殺す事ができ、血を浴びる程飲めるからという理由からであった。

レオを団長とする騎士団『レグルス』は紅魔軍の中でもエリート部隊だ。

そんな部隊だからこそ多くの戦場に赴き沢山殺せる。

グリールに取ってはまさに理想と言っても良い程だ。

「あの伝説の魔狼フェンリルの血を受け継ぐ者……。想像しただけでヨダレが垂れてしまいますね」

 

グリールの頭の中はどうやってレミリスを喰おうかという事でいっぱいだ。

四肢からじわじわと味わって喰うか、それとも瀕死状態にまで切り刻んで頭から喰うか……。

後は一緒に行動している女と人間の殺し方と喰い方もだ。

 

「クックックッ……。匂いが濃くなってきましたねぇ。もうそろそろコンタクトと言ったところでしょうか……」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……ディセント。起きてる?」

 

「……とっくに起きてるで?」

 

オレとディセントは素早く起きると相変わらず窓際でタバコを吸っている新上先生の隣に行った。

 

「ちゃんと眠れたかガキ共?」

 

「おかげさまでな。けど、今はその話しとる場合じゃあらへんで」

 

「分かってる。敵は……え?1人だけ……」

 

「そのようやね。仲間を引き連れている気配は感じられへん」

 

新上先生は裏口側の壊れた窓へ静かに移動して外の様子を伺う。

 

「気配は感じるが姿が見えねぇ。この暗闇のせいってのもあるんだろうが──」

 

室内にそよ風が吹いたかと思った刹那、先生がいた窓を基点として小屋が真っ二つになった。

 

「ほいっ」

 

「うおっ!?」

 

とっさにディセントが後ろに引いてくれたお陰でオレは謎の攻撃で真っ二つにならずにすんだ。

 

「さ、サンキュー……」

 

「お礼は後でゆっくりと。今はこのお客様相手にせんといかんみたいやからね」

 

ディセントが睨む先──土煙が舞う先にそいつはニタニタと笑いながら大剣を肩に担いでいた。

 

「満月煌めく夜に失礼致します。私、レオ様直属の部下のグリール・リザードと申します」

 

深々とバカ礼儀正しくお辞儀するグリール・リザード。

名前からもだがどうやらリザード族らしくその竜のようなトカゲのような頭が特徴的だった。

いやいや、それよりも今何て言った?

“レオの直属の部下”?

 

「あの鎧野郎が部下にレミリスを殺すように命令したとは思えへんけどなぁ……」

 

「なかなか勘の鋭いお嬢さんですね。察しの通り、レオ様は己の手でそちらのレミリス様を斃そうとしています。しかし……」

 

そう途中で言葉を切ってグリールは大剣の刀身を長い舌で舐め回す。

 

「私は血が大好きでしてねぇ。レオ様がレミリス様を殺すくらいなら私が殺してその血肉を味わいのですよ……フェンリルの血、一体どんな味がするのでしょう?」

 

「……狂ってやがる」

 

「正直ヘドが出そうやわ。こないな奴、さっさと消そ」

 

「おう」

 

「それにはオレも賛成だ」

 

がらがらと崩れるガラクタの中から鬱陶しそうに新上先生が起き上がる。

それを見てグリールは若干驚いた表情を浮かべた。

 

「……ほう?先程の直撃を受けて傷1つないとは……。貴方、おもしろいですね。一体どんな能力なのですか?」

 

「うっせーよ。とりあえず吹き飛べ」

 

先生は右手にガトリングタイプのヘビィバレルガンナーを展開して、グリールに向けて大量の魔力弾を放つ。

 

「おっと。残念ですが当たる訳にはいきませんねぇ」

 

グリールは余裕の笑みを浮かべながら新上先生の攻撃を真上にジャンプして回避する。

先程の攻撃で小屋の屋根は跡形もなく吹き飛んでいるため上方に回避できたのだ。

 

「ちっ!」

 

オレは空中にいるグリールに向かってアスティオンとアクティオンの魔力弾を発射する。

その横でもディセントが光の矢を放つがグリールはこちらの攻撃を全て回避してしまう。

 

「戦い方が素人ですねぇ。それでフェンリルの血を受け継ぐ者とは……あまり私をがっかりさせないでください」

 

グリールは鎌のように先端が湾曲した大剣を頭上に構える。

すると大剣から風が発生し螺旋を描くように刀身に巻き付いた。

 

「なっ……!?」

 

「風の魔剣フォルケード。この真空の刃を貴方達は耐えられますか?」

 

グリールがフォルケードを振りかざすと大量の真空の刃がオレ達に向かって飛んできた。

刃は1つ1つがブーメランのようになっており、高速で回転しながら襲いかかってくる。

 

「こんな攻撃!」

 

ディセントは左腕を前に突きだし光の防御フィールドを展開する。

防御フィールドはオレとディセントを包み込みフォルケードの攻撃を防いでいく。

 

「お前等!小屋の中じゃ不利だ!一旦防御フィールドを解除して外に出ろ!」

 

新上先生はガンナーを放ちながら人間とは思えない速さで外に移動した。

移動してからも右手でヘビィバレル、新たに左手でガンタイプのガンナーを展開してグリールに魔力弾を撃ちまくり、こちらが移動できる隙を作ってくれた。

 

「今や!」

 

「あぁ!」

 

防御フィールドを一時解除してオレ達は同時に外へと跳躍して小屋から脱出する。

後ろに飛び退きながらグリールに向かってアスティオンとアクティオンのチャージショット『ヴェルティングシューター』を放った。

 

「チャージショットですか……。連射性にも優れているようですが狙いが甘いですよ」

 

グリールは回避をしようとはせず、フォルケードで放たれた魔力弾を全て叩き落とし、余裕の笑みを浮かべていた。

グリールは狂ってる奴だからその笑みはかなりムカついて仕方ない。

 

「まるで豆鉄砲ですね。その様子だと徒手空拳もただの殴りあいなのでしょうね」

 

「なんだと!?」

 

「挑発に乗ったらあかんでレミリス。あないな奴、さっさと消すで!」

 

聖魔剣に変身したディセントのグリップを握ってオレはグリールに果敢に斬りかかっていく。

それに対しグリールは歓喜しながらこちらの斬撃をフォルケードで防いだ。

 

「いいですね、いいですよ!命のやり取り、殺し合いというものはやはり楽しいですね!」

 

「黙れ狂気野郎。お前の戯れ言聞いてる程、オレは余裕じゃねぇんだよ」

 

「それは残念。しかし貴方も私との戦いを楽しんでいるのでしょう?戦士とは戦いを楽しまなければならないのです」

 

グリールはフォルケードを中段で薙ぎはらいながら再び刀身に風を発生させる。

またあの真空の刃を飛ばすつもりのようだ。

 

「ちっ!」

 

咄嗟にオレは左腕を前に就き出す。

するとオレの体を囲むように深紅の魔力刃でできたダガーが複数展開された。

 

「これは──」

 

「さぁ、切り刻まれなさい!」

 

こちらの言葉を遮りグリールはフォルケードから真空の刃を放つ。

 

「レミリス!」

 

「貫け。『ブラッディーダガー』!」

 

前に突き出した左腕を外側にはらうとオレの周りに展開されたダガーが、多角的に動きながら向かってくる真空の刃を全て貫いた。

真空の刃を貫いたダガーはそのままグリールへとその向かっていく。

 

「これは……ぐぁっ!」

 

グリールは回避しようと複雑な動きをしていくが、それより早くダガーがグリールの左腕を貫き、胸部の鎧を破壊した。

 

「当たった……?」

 

「凄いやんレミリス~。いつの間にそんな技出せるようになったん?」

 

「いや……あの真空の刃を貫く力ってイメージしてたら……できた」

 

「んな……テキトーなのか凄いのか分からへんわ」

 

(なんか呆れられてる気がするんだが……)

 

グリールに視線を戻す。

こちらの攻撃が当たるとは思ってなかったらしく破壊された胸部の鎧と、血が滴る左腕をマジマジと見ていた。

 

「……この私に血を流させるとは……。貴方を甘く──」

 

「よそ見してんな!」

 

「!!」

 

オレは左足に魔力を溜めながらグリールの懐へと1回の跳躍で入り込む。

 

“──ただ突っ込むだけでは攻撃とは言わん。責めて溜めて放つ事くらいしたらどうだ?”

 

「これがオレの一撃だ……『アクセルスパイク』……」

 

何故かは知らないがレオの言葉がオレの脳裏をよぎった。

とってもムカつくけど、オレは左足に収束した魔力で威力強化した蹴りを、グリールの鳩尾へと叩き込む。

 

「ごはぁっ!?」

 

「怯んでるんじゃねぇぞトカゲ野郎。2コンボだ」

 

口から大量の血を吐きながら苦悶の表情を浮かべるグリールに対して、オレはニヤリと口の端をあげて笑う。

 

「しまっ──」

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

ディセントを連結刃ドラグナー形態にしてグリールを無数の刃で包み込む。

 

「「クロスミラージュ!!」」

 

そう叫んだ刹那、連結刃は螺旋を描きながらグリールの体を切り刻み、光と闇の力のぶつかりあいを利用して爆発を起こした。

 

「オレの血を飲もうとするなんて千年速──」

 

「レミリス!!前!!」

 

振り返った瞬間、首に何かが食い込み大量の血が吹き出すと共に激痛が全身を駆け巡った。

何が起こったのかと混乱していると、聞き覚えのある汚い声が耳元で聞こえてきた。

 

「よそ見は関心しませんねぇ。まだ戦いの真っ最中ですよ?」

 

「ぐ、グリール……!!」

 

グリールはすでにズタボロだ。

纏っていた黒い鎧はすでに原型をとどめておらず、ベルトや金具でギリギリ繋がっている状態。

クロスミラージュによる攻撃で右腕は吹き飛び、足も骨が見えて他、全身に瀕死のダメージを負っていた。

 

「この私が斃されるなんて微塵も思っていませんでしたよ……。だが!私が死ぬ前に貴様を喰い殺してやる!」

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

グリールはオレの肩と首を噛みきるようにその顎に力を入れる。

ミシミシと筋肉と骨が軋む音が嫌でも耳に入ってくるが、だんだんと感覚が失われていくのが分かった。

 

「レミリス!」

 

ディセントは変身を解除し右手に光剣を展開しグリールに斬りかかるが、グリールの長く太い尾によって地面に叩き落とされた。

 

「あ、ぐ……ぁ……」

 

「フヒヒヒ!美味い!美味いぞフェンリルの血は──」

 

「油断禁物だぜ?トカゲちゃん」

 

「ギャアァァァァァァ!!!」

 

すると突然つんざくような悲鳴がグリールから発せられ、奴の牙から解放されたオレは真下へとそのまま落下する。

 

「っと!しっかりしろレミリス!」

 

「あ、新上……先生」

 

地面にぶつかる前に新上先生が落ちてくるオレをキャッチしてくれた。

すぐに新上先生は応急措置術を施し、首の傷は塞ぐ事ができた。

 

「な、なにが……」

 

空中を見上げるとそこには上半身と下半身を引きちぎられたグリールの姿があった。

しかもその体は後ろから何者かに掴まれている。

 

「あ、ぎ、がぁ……」

 

「こんな奴がレグルス騎士団の幹部とはねぇ。あまりオレをがっかりさせないでくれよ」

 

「き、貴様は……!」

 

「おっと。まだ生きていたとはねぇ……死ねよ」

 

そう男は冷たく言い放ち、グリールの上半身と下半身を真上へと投げ飛ばす。

その手には新上先生と同じヘビィバレルタイプのガンナーが2丁も握られていた。

 

「散れ」

 

次の瞬間、ガトリング砲の銃口から翠色の魔力弾が無数に放たれ、空中に浮かんでいたグリールの体を貫き肉片と血の雨を地上に降らせた。

 

男はゆっくりと降りてくるとこちらに向かって歩いてくる。

先生はオレを地面に寝かせてからガンナーの銃口を、ディセントは右手に光剣、左手に闇剣を展開して男にその銃口と切っ先を向けた。

 

白の髪、拘束服のように腕等にベルトが付いた漆黒の服装。

月明かりに照らされた彼を一言で表すなら『不気味』という言葉が合っていた。

 

「おっと。敵対する意思は持ってねぇよ。とりあえずそのガンナーと剣を下ろしてくんないかな?」

 

白髪の男は両腕を上に上げて敵意がない事を示す。

2人とも警戒は解かないがひとまずガンナーと剣を下ろして男と向き合う。

 

「……レミリスを助けてくれた事には礼を言う。だが、なぜ見ず知らずのオレ達を?」

 

白髪の男は一度考えるような素振りを見せてから答える。

 

「紅魔軍を相手にしようなんざそうできるもんじゃない。けど、なかなか面白そうじゃないの。オレも交ぜてくれよ」

 

「……あんさんの事、信じてもいいんか?」

 

「オレは仲間を裏切らない。それに嘘をつかない事を性分にしている」

 

白髪の男は真剣な眼差しで新上先生とディセント、そしてオレを見据える。

 

「そうだな。味方は多い方がいい。オレの名前は新上初、人間で不死身(アンデッド)だ」

 

「私は聖魔剣ディセントや。よろしゅーな。んで、あんたが助けてくれたんがレミリスや。何気にあのフェンリルの子孫なんやで」

 

「ほぉ?あのフェンリルのねぇ……。オレは萩野淳一。東洋の出身でベオウルフだ。よろしく」

 

萩野は新上先生から順に握手をしていき、最後にオレも握手を交わした。

……なるほど、東洋出身って事で顔つきと肌の色が新上先生と似ている。

もしかして同じ国の出身なのか?

 

「で?首の傷はどうだい?それなりに深かったように見えたが……」

 

「あ、はい……。応急術ですけど傷口は先生が塞いでくれたので……」

 

オレはゆっくりとディセントの肩も借りながら立ち上がるり、改めて萩野と向かい合う。

 

「助けてくれてありがとうございました……。これから色々とお願いします」

 

「おう。それと紅魔軍相手にすんならレミリス、君も強くならなきゃいけない。今のままじゃとてもじゃないが生き残るのは難しいだろう」

 

「……それは自分でも分かっています。そのためにも力をつけていきます」

 

萩野を含め新上先生とディセントもこちらを優しい笑みを浮かべながら頷く。

 

「新参者で偉そうな事は言いづらいが、あのフェンリルと同等の──いや、超えられるように鍛えよう」

 

「……さて、スローネに行くその前にレミリスの服を変えよう。さすがに血だらけの服じゃ怪しまれるしな」

 

「そうやね。あとスローネに着いたらレミリスの傷の手当てもきちんとせなあかんし」

 

レグルス騎士団幹部、グリール・リザードを斃したベオウルフの萩野淳一を新たに仲間に加わえ、オレ達はひとまずスローネ村を目指すのだった。



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3 Sword: Black rose of Darkness

スローネ村に滞在してから今日で3日目。

グリールとの戦いで怪我をしたオレは宿で傷と体力を癒している。

結構首の傷が深かったためオレは村の専門術師によって傷の治癒を受けた。

 

「おはようレミリス。傷の具合はどないや?」

 

ディセントが洗濯物を持って部屋に入ってくる。

あの血だらけになった服は元通りの白とオレンジの色が復活して見違えるようだった。

 

「あぁ、おはよう。先生の腕が良かったからちゃんと塞がってるし、痛みもないよ」

 

「それは良かった」

 

「そういえば初と淳一は?」

 

「今は外に出て買い物とかしてるよ」

 

実はスローネに行く前に淳一から「仲間なんだから敬語とかいらん」と言われ、そのまま淳一も含め先生の事も初と呼び方を改めた。

初も「その方が違和感無い」と言ってくれたし。

 

「そうか……。なんか悪いな、オレだけ寝ててディセント達ばかりに動いてもらっちゃってさ」

 

「何言ってんのや。今のレミリスの仕事はちゃんと傷治して体力を回復させる事。ちょっとでも悪いなと思うんやったら、ちゃんと回復してな」

 

ディセントはそう言って笑いかけてくれる。

洗濯物を畳むとディセントはまた部屋から出て行った。

まだやる事があるらしい。

 

「…………」

 

何の気なしに窓の外を見る。

空は雲1つない快晴で鳥がさえずりながら飛び回り、村の中は沢山の村人が市場や店で買い物をしたり、話をしたりして楽しんでいた。

……今もこの村の外では紅魔軍が進攻し、沢山の死者が出ている事など微塵も考えていないかのように、楽しんでいた。

 

「……早く回復しなきゃな。そのためにも今は大人しく寝よう」

 

再び布団に潜り込み瞼を閉じる。

そしてあっという間に深い眠りについた……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──紅魔軍レグルス騎士団本拠地『メサイヤ』。

 

騎士団長であるレオはだだっ広い部屋で1人、朝食を取っていた。

その身にはあのサーガの鎧は纏っておらず、代わりに紅魔軍の上位幹部である事を表す、狼と蛇のエンブレムが入った深紅の軍服を着ている。

 

「……レオ様。ご報告があります」

 

「なんだ?やっとグリールの所在が分かったのか?」

 

3日前から姿が見えず所在も分からなかった。

レオにも部下にもどこへ行くか知らせずまま消えてしまったのだ。

 

「はい。しかし、既に死亡しております」

 

「……なに?」

 

ピタッと口に運んでいたフォークが止まる。

レオは一度フォークを置いてから部下に言葉を続けさせた。

 

「スローネ村近くの草原から彼の鎧とフォルケードが発見されました。あとは大量の血と肉片も……」

 

スローネ村は人間と共存している集落ではない。

村人は全て悪魔や魔物だ。

だがいくらそいつらでもグリールを殺せる程の武器や戦闘能力は持っているはずかない。

レオの脳裏には自分と同じフェンリルの血を引くレミリスの顔が浮かんだ。

 

「……あいつだ」

 

「え?」

 

「“R”の仕業だ。あいつならグリールを斃す力を持っているからな」

 

“R”とは紅魔軍が呼ぶレミリスの仮の呼称だ。

その中にはもちろんディセントと初も入っている。

 

「それにグリールは血肉が好きな奴だ。オレを出し抜いてあいつを斃し、その血肉を貪ろうとしたのだろう」

 

だがその思惑は砕け散り逆に返り討ちにされて殺された。

……愚かな奴だ。

レオは内心自業自得だとグリールを冷たく笑った。

 

「そういえばスローネ村に怪我人が運ばれたという報告も──まさか奴は今スローネに!」

 

「だろうな。いくら斃したからといっても奴も“元紅魔軍”剣士だ。深手くらいは負わせているだろう」

 

「ならば今から兵を召集してスローネに──」

 

「ダメだ」

 

レオは朝食を平らげて口をナプキンで拭くと部下に面と向かって言った。

 

「騎士が怪我人に手を出す事は許さん。それがレグルス騎士団の騎士なら尚更だ。それに、手負いの者と戦い勝利しても、それは真の勝利とは言えない」

 

「は、はぁ……」

 

「奴が回復するまで絶対に手を出すなよ」

 

そう、今のあいつと戦ってもオレが勝つのは明白だ。

だがそれではあまりにもつまらない。

あいつにはまだまだ強くなってもらわなきゃ困る。

せめてオレと対等に剣を交える事ができる程度までには。

 

「さて。オレは部屋に戻る。何かあったらすぐに報告しろ」

 

「はっ!」

 

席を立ってレオは部屋へと続く廊下を1人で歩いていく。

 

「……久しぶりにボルメテウスと走りに行くのも悪くはないな」

 

メサイヤ内にある馬小屋。

そこはレオの愛馬専用の馬小屋であり、他兵士の使う馬達とは作りが異なっている。

 

「おはようボルメテウス」

 

ボルメテウスと呼ばれた茶色の毛並みの馬は、レオが入ってきた事に嬉しそうに頭をふってレオの頬に自分の顔を擦りつけた。

 

「ここ数日、窮屈な思いをさせて悪かったな。今日は一緒に走ろう」

 

レオは手綱をボルメテウスに固定して馬小屋から出す。

小屋から出るとレオはボルメテウスに跨がり一気に地を走らせた。

 

「……バチは当たるまい」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「レミリス~。ご飯やで~」

 

「あいよ。今行く」

 

夕方になった。

ディセントに呼ばれてオレは1階の食堂へと下りて、初と淳一が座っているテーブルに向かう。

 

「おう。大分顔色も良くなったな」

 

「しっかりと休ませてもらったからね。傷口ももう塞がったみたいだし」

 

そう2人に言いながら椅子に座り料理が来るのを待つ。

5分程待っていると厨房からこの宿の宿主が大皿を持って運んできた。

今日のメニューは肉料理らしい。

 

「いやー、すっかり元気になったね!最初怪我して来た時はびっくりしたよ」

 

ちなみに宿主は女性である。

さすがに紅魔軍に襲われて怪我したとは言えなかったので、追い剥ぎに襲われたという事にしといた。

傷は負ったけど追い剥ぎは撃退したという補足付きで。

 

「心配かけてすんませんでした」

 

「大丈夫大丈夫。元気になってくれておばちゃんは嬉しいよ!」

 

ガッハッハと豪快な笑いをしながらおかみさんは厨房へと戻っていった。

ちなみにおかみさんは見た目は人間だが種族としてはミノタウロス族だ。

豪快な性格もそうだが頭に2本角生えてるし。

 

「とりあえず明日の昼頃出発しよう。移動手段としてバイクとかあればいいんだが……」

 

「さすがに歩きや走りだと時間かかるし疲れるしな」

 

「けどこの村にある?バイク屋とかあるようには──」

 

「バイクかい?それなら隣の鍛治屋にあるよ」

 

するとまた大皿を持っておかみが話に交ざってきた。

ていうか鍛治屋?

 

「……ねぇおかみさん。その鍛治屋の名前ってドワーフ?」

 

「あら、ドワーフを知ってるのい?」

 

知ってるも何もアクティオンとアスティオンを作ってくれた張本人だ。

あの日から姿を見てなかったからまさかとは思っていたけど、良かった……生きてた。

 

「……こいつの持ってる2丁のガンナーはドワーフが作ったもんだからな」

 

安堵感で話せないオレの代わりに初がおかみさんに説明してくれた。

なんとも優しい人だよまったく。

 

「あらまー。ならドワーフが言ってた子ってあんたの事なのかしらねぇ?」

 

「……え?ドワーフがオレの事を」

 

「なんか“空を飛ばせてやりたいガキがいるんだ”って言って何か作ってたよ?」

 

ドワーフ、一体何を作ってるんだ?

さっぱり分からん。

オレ、ドワーフに空を飛びたいなんか言ったっけか?

 

「なら決まりだな。飯食い終わったらそのドワーフって鍛治屋のとこに行こう。良いバイクがあればいいけどな」

 

淳一は先程運ばれてきた骨付き肉にかぶりつきながら言う。

けどバイク買えるお金あるんだろうか?

悪いんだけどそこまでお金があるようには思えないのだけど……。

 

「まー心配すんな」

 

ニヤリと笑いながら淳一は親指を立てる。

 

「……そういえば初や淳一はガンナーをどこに収納してんの?」

 

オレのアクティオンとアスティオンはともかく、2人が使っているのは主にヘビィバレルだ。

持ち運ぶのにも目立つのに2人はどこからともなく取り出して戦ってるし。

 

「あれ?話してなかったか?ヘビィバレル使いは基本的に『夢幻』と呼ばれる戦闘服を着ているんだ。オレの場合はこのジャケット、淳一は黒服だ。夢幻は大型武器収納用の戦闘服で、自分の武器は服の内側にある特殊空間に収納されるんだ」

 

「取り出す時は手を内側に入れて使いたい武器を引き出すんだ。しまう時はその逆」

 

「ずいぶんと便利な服だなぁ」

 

「クロメリス戦争時代では無かった技術やね。ガンナーも性能が荒かったし。使うガンナーも今みたいにガンタイプとヘビィバレルに別けられてもなかったしなぁ」

 

「……さて、飯も食い終わった。早速ドワーフの所に行こうじゃねぇの」

 

「そやな~」

 

「うん」

 

空になった食器を重ねて食堂を出たオレ達は、そのまま宿からも出て隣のドワーフの店へ向かう。

店内は明かりが灯っていてまだ営業しているようだった。

 

ドアを開けて中に入るとそこには沢山の機械が溢れていた。

店内にあるのはガンナーや剣、鎧以外に包丁や鍬等も置いてある。

 

「さすがに機械油くせぇな」

 

「そりゃそうだ。ここは食堂みたいに美味そうな匂いはしねぇぞ」

 

すると店の奥から髭もじゃの体格の良い男がキセルをプカプカと吸いながら出てきた。

間違いない……彼だ。

 

「で?一体何をお求め──お、お前……レミリスか?」

 

ドワーフは目を見開いてこちらを指差しながら震えた声でオレの名前を言った。

捕捉だが今しがた吸っていたキセルを手から落としそうになってた。

 

「う、うん……。久しぶ──」

 

「レェェェミリスゥゥゥゥ!!!」

 

「うおっ!?」

 

号泣。

そう、号泣だ。

めっちゃドワーフが号泣しながらオレに抱きついてきたのだ。

しかもすげー力で抱きついてくるからかなり痛い!

 

「よく生きてたぁぁぁぁ!!オレは信じてたぞぉぉぉぉ!!レミリスゥゥゥゥ!!」

 

「い、痛い!ドワーフ、心配してくれてたのは分かったから!とりあえず離れてぇぇぇ!!」

 

さっきから骨がミシミシいってるから!

ってか、そこの3人!

ニヤニヤ笑ってないで助けてくれぇ……。

 

「お、おうすまねぇ。つい感極まっちまった」

 

ドワーフは急いでオレから離れてカウンターの前にあったティッシュ箱に手を伸ばして、ティッシュを2、3枚ほど取り出して大きな音を立てながら鼻をかんだ。

 

「良い人やないの~。涙流して喜んでくれる人なんてそうそういないんとちゃう?」

 

「そうだぞレミリス。お前も泣いとけ」

 

うっ、こいつら楽しんでやがるな。

あとで絶対ブラッディダガーかアクセルスパイクを喰わらしてやる。

 

「いや、ホントに無事で良かった。オレはお前と別れた後、まっすぐこのスローネに戻ってきたから、紅魔軍の攻撃から逃れる事ができたんだ。それにしてもお前の姿……なるほど、その紅い瞳は伝承通りフェンリルなんだな」

 

「あぁ。まだ覚醒したばかりだから魔力制御が難しい。けど3人に今は支えてもらってるよ」

 

そう言ってオレは後ろにいたディセント達に視線を移す。

 

「新上初。人間だが能力はアンデッドでヘビィバレルガンナーの使い手だ。訳あって、レミリスの通っていた学校の教師をしていた」

 

「オレは萩野淳一。ベオウルフだ。初と一緒でヘビィバレルガンナー使いをしている」

 

「んで私はディセントや。あんさんには聖魔剣ディセントって言えば分かるやろか?」

 

「ほう?こりゃまた面白い組み合わせだな。アンデッドにベオウルフ、しかも聖魔剣とは」

 

ドワーフはキセルを改めて吸いながら近くにあったイスにドカッと座る。

そして先程まで飲んでいたらしいビール瓶を、そのままらっぱ飲みでビールをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。

 

「あまり驚かないんだね。普通ならあの聖魔剣が目の前にいる訳だから、テンションおかしくなってもいいのに」

 

「このご時世だからな。紅魔軍がまた現れちまうくらいだ、嫌でも驚かなくなるさ」

 

ごもっとも。

オレでもドワーフと同じように嫌でも驚かなくなる。

ってか、今そのご時世の渦中のど真ん中にいるんですけど……。

 

「……って、話が反れちゃってるよ」

 

「おっと、そうだそうだ。単刀直入に言う。ここにあるバイクの中で一番性能の良いバイクが欲しい」

 

淳一はオレの前に出てドワーフをしっかりと見て話す。

それにつられてオレも同じようにドワーフを見た。

 

「性能が良いバイクねぇ?こう言っちゃなんだが、オレの造ったモノは全部最高傑作だぜ?」

 

ドワーフは腕を組みながら鼻をフンと鳴らす。

そしておもむろに1台のバイクに歩み寄り座席を軽く叩いた。

 

「敢えて選ぶならこいつだな。馬力・スピード・耐久性がバランス良く、尚且つ高い。サイドカー型だが用途に応じて取り外しは可能だ」

 

そのバイクは淳一の黒服のように真っ黒いボディをしていた。

マフラーは両サイドに付いていて通常のマフラーよりもでかい。

というか全体的にボディがでかい、うん。

 

「ほう?これは……気に入った。これにしよう」

 

淳一はサイフから金を出そうとするがそれをドワーフはなぜか制止した。

 

「金はいらねぇよ。こいつはオレの趣味で造ったモンだ。もともと商品としては扱ってなくてただの客の呼び込みのために飾ってたんだ。だが、あんたにゃ特別にやるよ」

 

淳一は少し驚いたように軽く目を見開いていたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。

どうやら納得したようだ。

 

「ありがとよ。大事にこき使わせてもらうぜ」

 

「おうよ。さて、次はレミリス、お前のだ」

 

そう言ってドワーフは店の奥へと一度姿を消す。

2分ほど待っていると、その太い両腕いっぱいに2つの鎧の一部のようなものを抱えて戻ってきた。

 

「これは……?」

 

「足に装着する……機械みたいやね。なんや、ずいぶんヘンテコな機械やなぁ」

 

「……足甲型のようだが?」

 

“それ”は簡単に言えば機械でできた足甲型の鎧だった。

膝から下に装着するらしいのだが、その足先はまるで女性のハイヒールを機械的なフォルムにしたような感じだ。

しかも踝部分にはフィンのようなものがついている。

 

「こいつは足甲型機動装具『リインフォース』だ。飛竜“ワイバーン”の骨と翼の飛膜、風の精“シルフ“の羽根と少量の血液を材料に用いた機動装具でだ歩行も可能だが、基本的には踝部分のフィンから大気を取り込み、足底部から放出させて飛行やホバリングを行うんだ。戦闘の際には取り込んだ大気を足底部から真空の刃として放ったり、竜巻のような鋭い攻撃が可能よ」

 

ガッハッハッと豪快に笑いながらドワーフはリインフォースの説明を続ける。

 

「以前、オレがお前に造ったアクティオンとアスティオンのようにルメシナスを搭載している訳じゃねぇ。飛竜の骨や妖精の羽根等を材料にしているから、そのままそいつらの能力が使えるって代物よ!」

 

「な、なんちゅー無茶苦茶な装具や……」

 

「だが飛竜ワイバーンや風の精シルフの能力をそのまま使える武器はそうそう無いぞ」

 

確かに初の言う通りだ。

ワイバーンはドラゴン族の中では一番と言っても良いくらいその飛翔能力は高い。

シルフに関しても大気や風を操る四大精霊の1つに数えられる程の力を持つ精霊だ。

そんな2体を材料に作られているこの足甲型機動装具リインフォース……。

そのポテンシャルは計り知れない。

 

「ちょうどあの日──紅魔軍が現れたあの日だ。学校に行く前にオレに会ったろ?その時に“空を飛びたい”と言ってたからな……。急いで帰って造り上げたんだよ」

 

──そうだ、思い出した。

確かにドワーフと朝会ったときにそんな話をしていた。

まさか実現するとは思ってなかったけど……。

 

「……今のお前には必要なもんだ。そう……あいつと──レオと戦うためには」

 

「「!!」」

 

オレとディセントはドワーフの最後の言葉に耳を疑った。

今確かにレオって言ったよな……?!

 

「ドワーフはあいつを知ってたのかよ!?」

 

「あぁ。よく知ってる……あいつがまだ“人間”として生きていた時からな……」

 

ドワーフは再びイスにドカッと座りキセルを吸い始めた。

その目はどこか懐かしい思い出を振り返っているかのようだった。

 

「まだ覚えているよ。……あいつが母親への誕生日としてオレにオルゴールを作らせた……そして母親もレオの誕生日プレゼントをオレに作らせたのさ。ハーモニカをな……」

 

オレはドワーフが懐かしそうに話す内容を信じる事ができなかった。

オレが出会ったレオは強くて残酷で全てを見下しているような冷たい男だ。

それが昔は実の母親に誕生日プレゼントを送るような優しい男だった?

 

「んな馬鹿な話、信じられ──」

 

「信じられない、ってか?だがこれは紛れもない事実、レオは……レオ・エルフォードは母親思いで友人達を大切にする心優しい少年だったんだ。……だが、あの“竜”が現れたせいでレオは変わっちまった……。まさかとは思ったがあいつが紅魔軍の騎士になってたなんてな……」

 

あのレオにそんな過去があったなんて……。

というか“竜”?

 

「ドワーフ、竜って?」

 

「……オレも実際に見た訳じゃねぇ。だがレオの故郷『ステラス』を謎の“赤い竜”が襲ったんだ」

 

──ステラス。

確かスローネよりずっと先にある風の神を崇めるでかい村だ。

そしてステラスの民は本能的に風を読み、風を操るらしい。

数年前に大災害にあったと聞いた事があったけど……まさかそれがその赤い竜の仕業?

 

「ステラスも当時よりかなり復興していると聞いた。だがかなりの民がその赤い竜によって喰われ、引き裂かれ、潰された事には変わりない。今でもステラスの民にとって、赤い竜への恐怖は心深く刻まれ、消えることはない」

 

だが、とドワーフはさらに言葉を続けた。

 

「あくまで“聞いた話”だ。今話した事が全て合っているとは限らねぇ。話や噂ってのは、人から人へと内容が馬鹿みたいにオーバーになっていくからな。今語り継がれている伝説や英雄伝も同じようなもんだ……」

 

「……向かう場所は決まったな」

 

「そやね」

 

「あぁ。ステラスに行く」

 

真実を確かめるんだ。

なぜ心優しかったレオが残虐な騎士になってしまったのかを、ステラスに起こった大災害の真実を。

そして……レオの“紅い瞳”の訳を……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──早朝。

朝焼けがかなり綺麗な晴れ渡る朝にオレ達は宿の外に出ていた。

淳一は昨日ドワーフから譲り受けたバイクに跨がりエンジンをかける。

魔石ルメシナスが動力源なため当然ながら排気ガスは出ない。

実にクリーンでエコな乗り物だ。

 

「……こいつぁホントにいいマシンだ」

 

アクセルを吹かしてその音を聞きながら淳一は目を閉じて笑う。

オレにはただのエンジン音にしか聞こえないんだけど……。

 

「で?レミリスは準備できたん?」

 

「あぁ。なんか変な感じだけど」

 

両脚に足甲型機動装具『リインフォースを装着してその場を歩いてみる。

ガションガションと足底部が地面に付く度に音を立てる。

実際、地面に付いている部分はオレの足ではなくリインフォースの足部アーマー部分だ。

 

「ま、それはそのうち慣れるだろ」

 

サイドカーに乗りながらタバコを吸う初。

ちくしょー、あんたはただ乗るだけだから楽じゃねぇか。

 

「むぅ。ま、使いこなしてみせるよ」

 

オレは静かに目を閉じてリインフォースに意識を集中する。

オレ自身の魔力をリインフォースへ供給して起動させるのだ。

 

──キュイィィィィン。

 

「お?」

 

目を開けてみるとリインフォースの外踝側にあるフィンが静かに回り始めていた。

その回転速度はどんどん加速しながら高速回転するフィンから“大気”を取り込み始める。

そして回り始めてから5秒足らずでオレはゆっくりと浮遊し、地面から約1mくらいのとこまで浮いていた。

 

「お、おぉ~……。浮いてる浮いてる」

 

「やったやんレミリス~。ちょい軽く飛んでみたらどや?」

 

「そうだな。練習がてら飛んでみるか。よし……」

 

もう一度リインフォースに意識を傾ける。

そう、高速で空を飛び回るイメージ、イメージ、イメージ……。

 

──ズオォォォォォ!!

 

先程よりもフィンが大量の大気を取り込み始め、膝の下と足底部にあるスラスターから圧縮された大気が放出され始める。

同時にオレは一瞬で地上から約66フィート(20m)の高さまで飛んだ。

 

「うおぉぉぉぉぉ!?」

 

速い!

凄まじく速い!!

これがワイバーンとシルフの力なのか!

 

「くっ……!姿勢制御は……!む、難しいな……」

 

オレは取り込んだ大気の圧縮調整を意識しながら2つのスラスターの出力調整も同時に行う。

暫く飛んでいると大分慣れてきリインフォースを使いこなせてきた。

 

「すげぇ……飛ぶって気持ち良いんだな。やべぇ、ハマりそ──」

 

「レミリス~!そろそろ出発するで~?降りてきてな~」

 

おっと。

どうやらあちらも準備ができたようだ。

……というかオレが準備できるのを待っていたのか。

それはめんご。

 

「ごめんごめん。もう思い通りに飛べるようになったから大丈夫だよ」

 

「ほなステラスに向けて出発しよ~。ちょー失礼するで~」

 

そう言いながらディセントは至ってごく自然にオレの背中におぶさってきた。

……ん?

これおんぶじゃね?

 

「ん?どうしたんやレミリス?行かへんの?」

 

「……いや、行くけどさ?ディセント、お前空飛べるんじゃなかったのか?」

 

「当たり前やん」

 

こらこら、その「おかしな事訊くね?」みたいな顔でこちらを見るんじゃない。

 

「なら自分で飛べば──」

 

「いいじゃねぇか。ケチケチすんなよ」

 

「そうだぞ?乗せてやれ」

 

ちくしょー、ニヤニヤしながら言うんじゃねー!

 

「な?いいやろレミリス?」

 

「……仕方ねぇな。しっかり捕まってろよ」

 

「うん!」

 

ディセントはしっかりとオレにしっかりとしがみつく。

……あ、いかんいかん。

変な意識すんなオレ。

 

先程のようには飛ばずオレは地上から約3フィート(1m)の高さでホバリング飛行を行う。

もちろんホバリング飛行のためにスラスターからの放出量を抑えている。

 

「お~?なかなか乗り心地えぇな~♪」

 

「そりゃどうも。はしゃぎ過ぎて落ちんなよー」

 

こちらも落ちないように支えているけどいかんせん、さっきからディセントがはしゃぐもんだから数回落としそうになったし。

 

「こっちも乗り心地最高だぜ?このエンジン音、風を切って走る感覚……あぁ、良いね」

 

「淳一の言う通りだ。こりゃ寝るのには丁度良い」

 

運転する淳一の隣でサイドカーのボディの上に脚を投げ出して座りながらアクビをする初。

なんと暢気な人なんだろう。

戦闘する以外この人タバコ吸ってるか寝てるかだもんな……。

 

「うはー。もうスローネが遥か後ろだよ……。歩きとは全く違うね」

 

何より疲れない。

これ最高だね。

ホントにドワーフには感謝だよ。

 

スローネを出発してからそう時間は経っていないが、すでに村の光景は見えなくなり、変わりに目の前には木々と草原がどこまでも続く光景が広がっていた。

道は舗装されておらず砂利道だ。

オレには全く関係ないが、淳一と初の乗るバイクは砂利道の影響で細かく振動している。

 

「……調子狂うな」

 

突然初がそんな事を小さく言った。

人間モードの時では聞くことができなかったくらいの、ホントに小さく呟くように。

 

「どしたの?」

 

「……いや、なんでもない。オレは寝るぜ」

 

そのまま初は目を瞑って黙りこんでしまった。

一体初は何に対して調子が狂うなんて言ったのだろう?

 

(…………なぜ“あいつ”は現れない?)

 

初がそう内心毒づいていた事をオレを含めディセントも淳一も知りもしなかった。

そう、初を狙う騎士(ハンター)とこれから訪れる出会いと戦いも……知るよしもなかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

砂が吹き荒れる荒野。

そこを1人の男が馬に乗ってその荒野を越えようとしていた。

男が目指す場所はこの荒野を越えた先にあるのだ。

 

太陽はジリジリと男を容赦なく照らすが、当の本人は全く気にしていない。

それどころか男の服装は黒い毛皮でできた上着を纏い、ボロボロの包帯で口から肩の辺りまで覆っている。

しかも履いているのは黒い皮のブーツだ。

そしてその鋭く刺すような眼差しの瞳も黒い。

 

そう、“黒”。

まさに彼は漆黒を──闇を纏っていた。

 

──ゴバァァァァァッ!!

 

突然彼の向かっている先に巨大な砂柱がそそり立つ。

同時にその中からこれまた巨大なサソリが現れた。

どうやら彼を狙っているらしくその巨大な鋏をガチガチと鳴らしながらまっすぐ突進して来る。

 

「……止まれ。“スレイプニール”」

 

スレイプニールと呼ばれた屈強な馬は彼の命令に従いその場に止まる。

彼はスレイプニールから下りると背に差していた全長2mは超えるであろう斬馬刀を、軽々と右手で抜き放つ。

その斬馬刀にはJormungandr(ヨルムンガンド)と彫られており、全体的に刃が刃こぼれしていた。

到底斬れるようには見えない。

 

そうこうしているうちにサソリはもう目の前まで迫ってきていた。

サソリは彼を引き千切ろうとその巨大なハサミを凄まじい勢いで振りかざしてきた。

 

──が。

 

「……ふん」

 

ハサミが彼を捕らえる事はできなかった。

それどころかハサミは本体から離れてしまっている。

そう、彼がその巨大な斬馬刀でぶった斬ったのだ。

よく見るとその斬られた断面はズタズタだ。

 

激怒したサソリは鋭く尖った尾から溶解液を彼に向けて放つ。

だがこの攻撃も当たる事はなかった。

 

「……おせぇ」

 

彼は空中に跳躍して攻撃を回避した。

そして新たに腰に差していた散弾銃を左手で構えて、トリガーを躊躇なく引く。

刹那、銃口から120発の“魔力弾”が放たれサソリの尾を完全に破壊した。

そう、散弾銃はルメシナスが搭載されたガンナーなのだ。

彼はトリガーと一体化しているレバーを動かして、レシーバー上部から銃から発せられた熱を一気に放熱させる。

 

サソリは怒りと共に恐怖に震えていた。

“これほどの力を持っているとは聞いていない”

だが命令は絶対。

己の命を犠牲にしてでも目の前の『討滅者』を抹殺しなければならない!

サソリは捨て身と言わんばかりに残った右のハサミを振り回しながら彼に突撃した。

 

「…………」

 

左手の散弾銃をまた腰に差して斬馬刀を両手で上段に構える。

そして迫り来るサソリに向かってその巨大な刃を無慈悲に振り下ろしトドメをさす。

真っ二つになった体からは紫色の体液が間欠泉のように吹き出し、辺りを黒紫に染め上げた。

 

「…………」

 

彼は無言で斬馬刀を背に差して、戦いの様子を見ていたスレイプニールに近づく。

 

「……余計な時間を食ってしまったな……先を急ごう」

 

再びスレイプニールに跨がり改めて目的地へと進む。

目的地は紅魔軍が占拠した850年前の遺跡──『グロリアス』。

彼にとってグロリアス遺跡は己に流れる“血”と深く関連する忌まわしき遺跡だ。

その遺跡をオペレーション・ラグナロクによって紅魔軍が占拠、重要拠点の1つにしている。

 

「……全ての悪しき魔族はオレが滅ぼす」

 

彼の通った道の後ろには炎が燃え盛り、生者は1人としていない。

彼に狙われたが最後、選択肢は2つ。

自刃して果てるか、彼に殺させるかしかない。

生きて彼から逃れるなど不可能。

悪しき存在は全て滅ぼす。

そう、如何なる理由があろうと必ず滅ぼす。

 

彼の事を紅魔軍と一部の魔族は畏怖を込めてこう呼んだ。

 

──紅蓮の炎を纏う討滅者(ベルセルク)と──。

 

その漆黒の瞳には憎悪の炎が静かに、だが激しく燃えていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「今日はあの丘の教会で一夜を凄そう」

 

辺りもすっかり暗くなり始めた頃、オレ達は小高い丘に建っている教会を見つけた。

だが教会と言っても廃れていて人がいるような気配は感じられない。

当たり前だが魔力もだ。

 

「……魔族が教会で一夜を過ごすなんてなかなかねぇよな」

 

「まず近付かんやろ?魔族にとって教会は弱点である“光”の力が溢れる場所や。下手したら滅せられるしな~」

 

そんな軽いノリで滅せられるとか言うなし。

というかさすがリインフォース、まったく疲れないで飛ぶ事ができたよ。

ワイバーンとシルフの力って改めてすげーな。

 

「……紅魔軍に破壊された感じじゃねぇな。崩れ具合からして……かなり昔に台風か地震か、はたまた竜巻によってか、自然の力で壊されたんだな」

 

初の言う通りこの教会は故意に破壊されたものじゃないというのが分かる。

中に入っても草が所々生い茂ってるし、祭壇も朽ちてしまっていた。

 

「聖堂ではさすがに寝られる状態じゃねぇな……。隣に別棟があったからそっちに行ってみようぜ?信者が使っていた寮かもしれない」

 

先を進んでいく淳一に後ろからついていく。

あぁ、なるほど。

聖堂と寮──というか宿舎、は渡り廊下で繋がっており、行き来がそれなりに楽だ。

でも今は瓦礫で歩くのが大変だけどね。

 

「意外と部屋は大丈夫っぽそうやね。崩れる心配もあらへん」

 

ディセントが見つけた部屋は他の部屋よりも少々広めの造りになっていた。

もしかしたら個室じゃなくて相部屋として使われていたのかもしれない。

崩れる心配はないと言ってもひび割れは各所に見られるけど……。

 

「ふぅ~。ようやく座れるぜ」

 

「あんたサイドカーに座ってただろうがよ」

 

「馬鹿野郎。気持ちの問題だ気持ちの」

 

じゃれあう(?)2人をよそにオレは脚からミラージュを外してぐぐっと筋肉を伸ばす。

あぁ~……良いねぇ。

 

「さすがにずっと装着しっぱなしっちゅーのは、きついみたいやね。大丈夫?」

 

「ん?そこまで激しい疲れじゃないから大丈夫だ。魔力は消費してないからな」

 

「なら良かった~。それにしてもレミリス、ホントに乗り心地良かったで~?また明日も頼むな?」

 

……これって断ったらいけない空気だよな?

うん、断ったら後々めんどくさくなると思うし。

 

「はぁ。あいよ、了解」

 

ディセントは笑顔で頷きながらオレの隣に座り、初から受け取った缶詰めを開けて食べ始める。

ちなみに中身はツナカレーだ。

 

「そういえばさーディセント?」

 

「ん?なんや?」

 

「その……フェンリルってさ、どんな人だったんだ?」

 

「ん~、そうやね~……人間側に寝返る前は、冷酷非道、敵対する者は人間・魔族問わず滅ぼしてたって聞いたで?」

 

……ん?

聞・い・た・?

 

「私が旦那の剣として力を奮ったんは、旦那が紅魔軍を寝返ってからや。それ以前なんてこの目で見てないから分からん」

 

「むぅ。なら寝返ってからのフェンリルはどんな感じだったんだ?」

 

紅魔軍として戦っていた時が分からないなら寝返ってからの事を知りたいし。

 

「そこは伝説通りや。人間と人間に味方する魔族を滅ぼそうとする紅魔軍をたった1人で滅ぼしたんや。……『グレイプニル』を解放してな」

 

「……グレイプニル?」

 

「別名『封印の神鎖』。旦那は己の手首に枷をしてたんや。それがグレイプニル。グレイプニルはいわば旦那の──フェンリルの真の力を封印するための解いてはいけないリミッターや。グレイプニルがある限り、旦那は真の力を発揮できない。というか、真の力を解放する必要がないくらい最強やったんや」

 

ここで一度ディセントは水を飲んで喉を潤してから言葉を続けた。

 

「そしてその旦那がグレイプニルを解放したのは紅魔軍の将軍であり、戦友でもあった『バジリスク』との戦い、その時だけや。その戦い以来、旦那はグレイプニルを解放せんかった。そう、死ぬまでな……」

 

ディセントは懐かしそうに、だがどこか悲しい瞳をしながら話をしていた。

 

「そのグレイプニルを解放するとどうなるんだ?」

 

今まで空気──失礼、ディセントの話を静かに聞いていた初が訊ねる。

 

「フェンリルは魔狼や。それもレイピレスが生んだ地上最強・最悪・巨大な魔狼……その巨体は山をも軽く越える程な。グレイプニルが解放されると同時にその真の姿になって、口から紅蓮の業火を吐いて紅魔軍を燃え散らし、爪で大地を抉り、牙でバジリスクを喰い千切ったんや。……さすがの旦那でもバジリスクを『絶空間』に封印するのがやっとやったけどな……」

 

『絶空間』とはこの世とあの世の狭間にあるとされている空間であり、一度迷い込めば体が朽ちて魂になっても二度と出ることはできないと言われている異空間だ。

昔その絶空間を調査しようとした調査団が行方不明になったニュースがあったが、恐らく絶空間を見つけたはいいけど、そのまま吸い込まれてしまったのだろう。

 

「……こうして、紅魔軍壊滅とバジリスク封印っちゅー形でクロメリス戦争は終結したんや。そしてフェンリルは己が死ぬまでレイピレスの王として君臨し、人間と魔族を見守ったんや。私は旦那が死ぬ直前にある場所で旦那の手によって長い眠りについた。そして……その眠りから覚めて今はレミリスの剣や」

 

ニンマリ笑いながらディセントはオレに抱きついてくる。

どうしていいのか分からず固まっていたけど、とりあえずそのきれいな銀髪の頭を撫でてあげた。

うはぁ……なんか気恥ずかしいな。

 

「旦那はダンディだったけどレミリスは可愛ぇの~。若いっちゅーのは羨ましいわぁ」

 

「ちょっ!スリスリすんなし!」

 

「え~いいじゃん。減るもんじゃないやろ?」

 

いや、減るんですよ。

主に理性とか何かが。

そんなオレを無視して抱きついて離れないディセントであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……ここに奴等が?」

 

「はい。報告ではあの教会に入っていったと報告がありました」

 

月が真上に上がった頃、森に潜みながら教会を睨む集団がいた。

紅魔軍の中隊だ。

 

「ふん。あの若造にばかり手柄をされてたまるか。フェンリルの血を引く者はこのオレが殺すんだ」

 

牛の怪物ミノタウロス。

その右手には巨大な斧が握られており、それをミノタウロスはべろりと舐めた。

この男もまた血が好きな戦闘狂なのだ。

 

「よし、攻撃開──」

 

「「ギャアァァァァァァァァァ!?」」

 

突然の悲鳴にミノタウロスと兵士達は一斉に悲鳴が上がった先を見る。

そこには上肢と下肢が斜めに真っ二つにされた2体のオーガの死体が無惨に転がっていた。

 

「な、なんだ……!?奴等の奇襲か──」

 

「ヒギャアァァァァァァァァァ!?」

 

またオーガが1体殺られた。

暗闇から襲ってくる敵に全員恐怖した。

ミノタウロスも先程まで右手で持っていた斧をしっかりと両手で構えている。

 

「狼狽えるな馬鹿者!!紅魔軍の兵が恐れるなぞ許され──」

 

“許されない?”

 

「!?」

 

暗闇から声がした。

しかも女だ。

 

“あたしのテリトリーに入っといて……生きて抜け出せるなんて思わないでよね?”

 

女は自分の声にビビっている紅魔軍の様子を見てニヤリと笑う。

薬を作るために必要な植物を採取して帰る途中で偶然、森に潜んでいる紅魔軍を見つけたのだ。

この森は彼女にとって“縄張り”

故に土足で踏み込んだ者は容赦なく殺す。

 

「さぁて……覚悟はできた?」

 

右手に持つ巨大な鎌を構えて彼女は宙へと跳躍し、真下にいる紅魔軍の兵士へ狙いを定める。

そして着地すると同時に5体のオーガを真っ二つにした。

 

「こ、こいつ……!?」

 

「漆黒の大戦鎌……漆黒の女……間違いねぇ。こいつ、魔女だ……あの『闇の黒薔薇』だ!!」

 

口の端をあげて残酷に笑う魔女。

その姿はさながら魂を狩りに来た死神そのものであった。

魔女は周りにいたオーガ数体に捕縛術を施すと同時に、その真上から雷を落としてオーガ達を消し炭にする。

 

「な、なんという魔力量と魔術展開の素早さ……」

 

「あれ?あんたらのとこには魔女いないの?それともいたとしても、あたしより展開が遅いの?ま、興味ないけど」

 

今は目の前の獲物を狩る事が目的。

それ以外は興味ない。

 

「さあ、あんたらの罪を数えなさい?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──ズドォォォォン!!

 

「な、なんだ!?」

 

「森の方からや!」

 

突然の爆発音に飛び起きたオレは森側の窓へ近づき外を見た。

暗闇でよくは見えないが爆発音に混じって叫び声が聞こえてくるのが分かった。

 

「まさか紅魔軍!?」

 

「この匂い……オーガだな」

 

淳一は人狼──ベオウルフだ。

狼故にその鼻はかなり良い。

オレはまだ判別できるまでに実力がないが……。

 

「だが血を流しているのはオーガ……紅魔軍側だけだ。一体なんだってんだ」

 

「考えるより行動だ。行こう!」

 

オレはリインフォースを装着すると窓から飛び降りて一気に森へと飛んでいく。

森へと入る手前の草原には無惨にも真っ二つにされたオーガの死体がいくつも転がっていた。

 

「こいつは……」

 

下りて死体を確認していると、森の奥からこちらに向かってくる巨体が見えた。

オレはとっさにブラッディーダガーを前方に展開していつでも攻撃できるようにする。

 

「た、助けてくれぇ!!」

 

「なっ……!?」

 

こちらに向かって走ってくるのはミノタウロスだった。

だがこちらを気にもとめずに何かから必死に逃げていた。

 

「!?フェンリルの血族……う、うわあぁぁぁぁぁ!!」

 

「なんだってんだ一体!」

 

オレは牽制としてブラッディーダガーを放つがミノタウロスはお構い無しにこちらに走ってくる。

しかも右手で斧を振り回しながらだ。

 

「ちっ……!」

 

オレはリインフォースを攻撃モードにシフトさせてその場でホバリング飛行をする。

そして右足を斜め後ろに引いて構えた。

 

「喰らえ……『エアブレード』!!」

 

まるでサッカーボールでも蹴るようにオレは右足をおもいっきり横から薙ぐ。

するとリインフォースのフィン部から三日月状の真空の刃が放たれた。

 

放たれた刃は正確にミノタウロスの斧を右腕ごと切り裂く。

 

「う、うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

だがミノタウロスは依然としてこちらに走ってくる。

一体何から逃げているのだろう?

 

「し、死にたくねぇ!死にたく──」

 

ザシュッ。

 

次の瞬間、ミノタウロスの首が宙を舞った。

その表情は恐怖に歪んでおり、こちらも気分が悪くなった。

 

「……逃がすかってのバーカ」

 

切られた首から噴水のように血が噴き出す体を蹴飛ばして1人の女が姿を現す。

その右手には巨大な大戦鎌が握られていた。

恐らく、いや、間違いなく彼女があの鎌でミノタウロスを殺ったんだ。

 

「……ん?まだ生き残りがいた……」

 

「へ?」

 

刹那、女は鎌を構えてこちらに跳躍して斬りかかってきた。

とっさにオレは右へ飛んでその攻撃を回避する。

というか、いきなり斬りかかってくるって!

 

「……風を操る装具。さっきの真空の刃とその飛行能力、ワイバーンとシルフを材料に使ってるようね」

 

……マジかよ。

普通これに使ってる材料を見破るなんてできないだろ?

ただでさえ貴重なワイバーンとシルフだぞ?

 

「けど……」

 

「なにっ!?」

 

突然、体を何かで縛られた。

よく見ると鎖鎌だ。

というか変形しただと!?

 

「この私の大戦鎌『エリュクリオン』の牙からは逃れられない……さぁ、あんたの罪を数えなさい?」

 

「罪なんて、はなっからねぇよ!?」

 

「あら?私の視界に入っただけで重罪よ?」

 

うわぁ。

なにこの天上天下唯我独尊キャラ。

そんな自分勝手で殺されるなんてごめんじゃい!

 

「……はい、そこまでや。レミリスを解放せんと首ぃ吹き飛ぶで?」

 

「で、ディセント!」

 

どうやら上手くあの鎌女の背後を取る事ができたらしい。

右手で光剣、左手で闇剣を展開して鎌女の首と右手に切っ先を向けてる。

 

「……!光と魔……そう、あなたが伝説の……」

 

「んな事はえぇからはよ」

 

「はいはい」

 

鎌女はディセントの言うことを素直に受け入れ、オレの体に巻き付けていたエリュクリオンを鎖鎌から大戦鎌に戻した。

あ~痛かった……。

 

「紅い瞳……ふぅん。あんたがフェンリルの子孫なんだ?」

 

空中から降りてきたオレに近付いてまじまじと見る鎌女。

なんか女の子にじろじろ見られるってのは落ち着かない。

 

「まぁいきなり襲ったのわ謝るわ。てっきりあいつらの仲間だって思ってね」

 

あいつら、というのは無惨な肉片と化した紅魔軍の事だろう。

それにしてもこの鎌女、人間だよな?

魔力は感じるけどなんか違うし……。

 

「あたしの名前はフィルメニム。んでこいつが相棒のエリュクリオン。魔女してる」

 

はい、約5秒の自己紹介でした。

というか魔女?

まぁ確かに黒い服は着てるけど……なんかミニスカっぽいな。

あとは腕の部分に淳一のと同じような革のベルト状のものが3つずつ付いているし。

 

「ん?あのねー、魔女全員があんなださくておしゃれっ気のない服装だと思わないでよね。あんなのババア世代の流行よ?」

 

そう言いながら仏頂面で頭をガシガシとかくフィルメニム。

おいおい、同家業の大先輩をババア呼ばわりしちゃあかんぞ?

年寄りは大事にしなきゃ……って、昔母さんから教わった。

 

こちらをしばらく見てからフィルメニムはエリュクリオンを折り畳んで、改めてこちらに向き直った。

 

「あんたらあの瓦礫で野宿してんならあたしのとこ来なよ。襲っちまった詫びだ」

 

おぉ、なんという事だ。

意外な言葉にちょっと涙腺が緩んだぞ。

 

「あとはその姿。あたしの家にある薬草とかを調合した薬を飲めば元に戻るかも」

 

「あれ?オレあんたにこの姿の事言ったっけか?」

 

「あんたじゃなくてフィルメニム。あたしの知り合いの何でも屋があんたの事話してたのよ。色々と話題持ちきりだよあんた?」

 

まぁこれだけ紅魔軍に狙われていれば嫌でも話の種になるだろうし。

けどその何でも屋って気になるな……。

何でも屋って言うくらいだからどんな仕事も請け負うのだろうか?

 

「おい、無事か!」

 

遅れて教会から淳一と初がお互いのガンナーを担いで走ってくるのが見えた。

オレとディセントと一緒にいるフィルメニムに気付いて銃口を向けようとしたが、事情を説明したらあっさり納得してくれた。

 

「魔狼、聖魔剣、不死身、人狼……なかなかバラエティに富んだご一行様ね」

 

それはオレも思う。

面子的にも狙われやすいし、何より目立ちすぎると思う。

オレとディセントは紅魔軍からしたら超が付くほどの危険人物だろうし、初は不死身だからかなりレア。

ベオウルフは戦闘能力が高い種族だから自分の部隊に引き入れようとする者もいる。

イコール、淳一も狙われる。

 

……お尋ね者集団じゃねぇか!

 

「ほな話もまとまった事やし、さっさと行こうか~」

 

「そうだな。なら荷物取ってこなきゃ」

 

淳一のバイクや各自の荷物がまだ教会に置きっぱなしだ。

早く取りに行かなきゃまた紅魔軍の連中に狙われる。

 

「ならオレとレミリスが荷物取りに行ってくる。いいな」

 

「ん、了解」

 

オレはリインフォースで、淳一は自分の足で教会へと向かう。

さすがベオウルフ。

戦闘能力もそうだが足がかなり速い。

その戦闘スタイルもヒットアンドアウェイ、一撃離脱を得意としている。

……淳一の場合、主に砲撃戦や射撃戦がメインらしいけど。

 

「……レミリス」

 

「ん?」

 

「なるべく早くここを離れるぞ。嫌な匂いがしやがる」

 

「……う~ん。確かに……なんか匂う」

 

なんていうんだろうな。

こう、なんか……そう、胸くそ悪いというか。

とりあえず不快な匂いだ。

それがずっと遠くからするのだ。

 

「……ちっ。お前と似たような匂いだな。人間と獣の匂いがしやがる」

 

「ということは人間と魔族のハーフ?」

 

「それしかねぇだろ。けどなんだ……?色々と“混ざってる”ような……」

 

混ざってる?

そりゃ血は混ざってるだろうけどさ。

教会に到着すると淳一は顔をしかめながら荷物をまとめてバイクへ乗せる。

オレも同じように荷物をまとめて背負った。

 

「とにかく早くここから離れよう。もしかしたら紅魔軍の新手かもしれねぇからな」

 

「そうだね」

 

互いにスピードを上げながら教会を離れてディセント達がいる森の入口へ向かう。

到着してからも周囲への警戒を怠らないようにリインフォースを戦闘モードで起動中だ。

ついでにアクティオンとアスティオンも構えている。

 

初とディセント達に事情を説明し、オレ達は足早にフィルメニムの住処へと向かう。

ディセントも今回は事情が事情なのでおぶさる事なく、オレの隣で一緒に飛んでいる。

 

「私もさっき2人に言われてからやけど、なんか嫌な魔力を感じたわ。……もしかしたら『合成獣(キメラ)』かもしれへんな」

 

「キメラ?キメラって色んな魔物や獣をごちゃ混ぜにした怪物だろ?」

 

確かクロメリス戦争でも紅魔軍が投入した生物兵器だって授業で習った。

けど大半のキメラが戦闘中に斃されたり、生き残ったとしても寿命が短いからすぐに死んだらしい。

 

ということは紅魔軍がまた新たに造り出したのか?

 

「けどおかしいで?普通、キメラはこないでかい魔力は持ってないはずや。いくらなんでもでかすぎる気が……」

 

「けどディセントが知ってるのは850年前のキメラだろ?もしかしたら技術が進歩したから、より魔力のでかいキメラを造れるようになったのかも」

 

「そやなー。けどホントにそれだけ……?」

 

うーんと唸りながら考え込むディセント。

考え事しながらもひらりひらりと木々に当たらずに飛ぶその器用さをオレは見習いたいね。

だって前も見てないのに全然木に当たらないんだぜ?

 

「──見えたよ。あれがあたしの家だ」

 

フィルメニムに言われて前方を確認すると小さな明かりが灯っているのが見えた。

ちなみにフィルメニムはエリュクリオンを鳥のような形にして、その上に乗っている。

まるでサーフィンをしているようだ。

というか、このエリュクリオンって一体何なんだ?

法則無視した変形し過ぎだろ。

 

「着いたよ。とりあえず木の根元辺りにバイク停めときな」

 

……でっけぇ木だなオイ。

外周だけで何mあるんだよ、この大木はよ。

そしてその大木の上に家が……。

なんか……実家を思い出すな……。

 

「安心しな。この大木の周りはあたしの張った術式で見えなくなってる。それこそ紅魔軍の奴等にも見つけられない」

 

さすが魔女だ。

これならさっきから気になってるキメラにも見つかる事は避けられるかも。

 

「まぁ外で立ち話してても意味ないし。早く入りましょ?」

 

フィルメニムに促されるままオレ達は家の中へと入る。

中は外見と違ってかなり広かった。

うん、おかしいぞこれ?

まさかこれも術式の類いか?

 

「察しが良い事で。あんたらが思ってる通り、術式で空間を軽くいじってるわ。部屋も人数分あるし」

 

フィルメニムは小さく折り畳んだエリュクリオンを暖炉のそばにかけて、自身は近くにあった椅子に座った。

つられてオレ達もソファーや椅子に座る。

 

というか、魔女の家っていうから暗いイメージしてたんだが……。

めっちゃ乙女の部屋じゃん!

変な薬草とかゲテモノも見当たらないし。

 

「あぁ、そうだった。あんたの魔力を安定させる薬作るんだった。ちょっと待ってなさい」

 

そう言い残してフィルメニムは奥の部屋へと入っていき、5分後、ざるに様々な物を乗せて戻ってきた。

 

「えっと……。シュウカ草、パテルの実、ヒュウメの花……カザナ虫、キョウカマキリの卵、三つ目蝙蝠の翼……」

 

……奥の部屋にゲテモノは保存してあったのか。

草花は良いけどその後が問題だよ。

この材料で作った薬飲まなきゃ元に戻れないなんて、トホホ。

 

「まぁ、元気出しぃや。後で愚痴は聴いてあげるから」

 

「サンキュー」

 

「それじゃ私は作ってくるから」

 

そう言ってフィルメニムは材料を持ってまた別の部屋へと入っていった。

だがすぐに右手にナイフを持って戻ってきた。

……ん?

ナ・イ・フ・?

 

「何ビビってんの?」

 

「そりゃナイフ持たれて目の前に立たれたら誰だってビビるわ」

 

「薬作るのにあんたの血が必要なの。右手というか人差し指出して?」

 

薬を作るのに自分の血が必要なら提供するしかない。

素直に右手の人差し指を出すとフィルメニムはナイフの切っ先で軽く切る。

真っ赤な血が指先から滴り落ち、その血をフィルメニムは事前に用意していた皿でキャッチする。

5滴ほど皿に落ちてフィルメニムはまた部屋へと戻っていった。

 

「止血くらいしてくれよ」

 

「ほらよ」

 

「サンキュー」

 

初からティッシュ数枚を受け取り人差し指に巻き付ける。

そのまま初はソファーに寝転がりおもいっきり寝る体勢になった。

 

「ホント寝てばっかりやな初は……寝る子は育つっちゅーけど、そんな歳でもないやん」

 

「うっせぇ。寝られる時に寝るんだよ」

 

むしろ寝すぎだよあんたは。

もしかして学校にいた時も休み時間とか昼寝してたのか?

もしくは喫煙。

 

とりあえず今は薬ができるのを待つしかないな……。

完成するまで多分時間かかるし、オレも寝るかな。

 

「……オレも寝るわ。薬完成したら起こしてくれ」

 

「あいよ~。おやすみぃレミリス」

 

ほどなくしてオレは夢の中へと旅立っていった。

だってそれなりに疲れてたし。

あー……うまく人間に戻れますように。



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4 Sword: Tears of girl

「──ん?」

 

あれ?

ここどこだ?

オレはフィルメニムの家で寝てた……はず。

けど今オレの目の前に広がっているのは枯れた草原と山。

空は真っ赤でなんか気持ち悪い。

 

「えー……なんなのここ?」

 

「ここはレイピレスさ。そう、850年前のな」

 

「えっ?」

 

後ろを振り返るとそこには1人の男がいた。

長身で白くて長い髪、その髪を頭の後ろで結び、その身は東洋の鎧を纏っていた。

……え?

誰このイケメンなお方?

オレの知り合いにはこんな人いないぞ?

 

「そう警戒するな。何も君を殺そうと現れた訳ではない。ただ、ちょっとした興味でね」

 

そう言いながら小さく笑う男はゆっくりとこちらに歩みより、隣に立って赤く染まる空を仰いだ。

 

「……君は信じられるかい?目の前の光景を。850年前のレイピレスはこんなにも赤く染まった世界だったんだ」

 

「……信じるに決まってる。史実通りだし、今も同じような光景が広がってきているし」

 

「なら君はどうしたい?」

 

「決まってる。紅魔軍を斃す」

 

「無理だな」

 

バッサリ言い切られてしまった。

思わず隣を見ると、こちらを見つめてくる男の瞳は“紅く”燃えており、何か力強さを感じた。

 

「今の君はあまりにも弱い。雑魚であるオーガ達を斃す事はできても、幹部クラスは無理だ。いくら仲間が増えても己が強くならなければならない……」

 

「んな事は嫌と思うほど分かってるっての……。レオとの戦いもそうだし、グリールの時も……」

 

全て仲間に助けられた。

 

「だが恥じる事はない」

 

「え?」

 

「君は仲間に助けられながら強くなればいい。そう、私ができなかった事を……」

 

「?」

 

この人なんでこんな哀しそうな顔してるんだ?

できなかったって……?

 

ふと空を仰いでみると、赤い空が徐々に金色の光に包まれていくのが見えた。

まるで全てを飲み込んでいくかのような……。

 

「……どうやらここまでのようだな。話せて楽しかったよ」

 

そう言って男はこちらに背を向けて燃える山へと歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと!あんた!」

 

「あぁ、そうそう。君は“創造力”が長けている。戦いにはそれを活かせ」

 

「そ、創造力?」

 

創造力って一体どういう事だ?

てか創造力でどう紅魔軍と戦えってんだ?

 

「ふっ。そう考え込む事はない。君は既に創造力で戦っていたのだから」

 

そうこうしているうちに空だけでなく、空間全体が金色の何かに飲まれていく。

男もゆっくりとそれに飲み込まれ、何かこちらに話しているように見えたが、残念ながらそれはこちらに届く事はなかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……うっ。おもっ……」

 

朝になった。

だが目覚めはそんなに良いものではない。

それはなぜか?

 

「むにゃむにゃ……。ぐへへ……あかんよレミリス、そんなとこ~」

 

こいつがオレの膝に覆い被さるように寝ているからだ。

というかこいつ何の夢見てるんだ?

明らかに夢の中でオレが良からぬ事をしている!

 

「おいコラ、起きろエロ娘」

 

「あ~ん、あかんレミリス。そこは──」

 

「グッドモーニング!!」

 

「あべしっ!」

 

やむを得ず手刀をディセントの頭に入れて強制的に起こす。

そこ、暴力的とか言うな。

不埒な夢見てるこいつが悪いのだ。

 

「あいた~……。ちょっとレミリス、何してくれてんねん!朝から手刀ってかなわんわ!」

 

「バカ。朝から卑猥な寝言垂れながら寝ている方が悪い」

 

オレは後ろで不満を言い放っているディセントを無視して外へと出る。

ドア付近は小さなテラスとなっているので、オレは柵に肘をついてボーっと周りの景色を見た。

 

夜とは違い、太陽の光が木漏れ日となって森全体に降り注ぎ、幻想的で綺麗な景色を作っていた。

どこから小鳥の囀ずりと川が流れているのか水の流れる音も聞こえてくる。

 

(昨夜とはえらい違いだな。……あのキメラっぽい魔力も感じないし匂わない)

 

昨日はあんなに殺気を含んだ魔力を認知できたのに今は全くと言っていい程、感じる事ができなかった。

もしかしてオレ達を見失ってどこかへ行ってしまったのだろうか?

 

(それはそれで面倒な事にならないから良いけど──って、こらっ)

 

耳に小さな虫が付いてしまった。

軽く耳を動かして虫を追っ払うと、虫が付いていたところを手ではらった。

なんか気持ち悪い……。

 

「……戻ろ」

 

1度深呼吸をしてからオレは踵を返して部屋の中へと戻る。

初と淳一は借りた部屋で寝ているらしくリビングにはいなかった。

どうやら昨夜の何時かに移動したらしい。

あー、オレも部屋借りてベッドで寝れば良かったな。

 

「あら?早いわね」

 

「あんたこそ」

 

視線の先にはバスローブを羽織ったこの家の家主で魔女のフィルメニムが立っていた。

シャワーを浴びていたらしくその銀に輝く髪と肌がしっとりと濡れていた。

 

「朝にシャワー浴びるのはあたしの日課なの。今はあなたの彼女が入ってるけどね。久しぶりのシャワー!って嬉しがってた」

 

まぁ……なかなかシャワー浴びる機会なんて無かったしな。

ほとんどが澄んだ川とか小さな滝で体を洗う程度だったし。

ディセントには悪いとは思っていたけど……。

 

「そいつはどうも」

 

「えぇ」

 

フィルメニムは冷蔵庫から牛乳の入ったビンを取り出して、コップに注いでゴクゴクと喉を鳴らして飲む。

牛乳好きなんだろうか?

チラッと見たけど牛乳ビン沢山あったぞ。

 

「そういえば薬はできたのか?」

 

「あともうちょいってとこ。大丈夫、飲めるモノに作るから」

 

「むしろ飲めるモノじゃなきゃ嫌だ」

 

薬やアロエジュースくらいの苦さなら我慢できるけどそれ以上のものだったら飲もうにも飲めないからな。

ただでさえ薬の材料がゲテモノなのによ……。

 

「というかあなたとディセント以外の2人はまだ寝てるの?」

 

「あぁ。淳一はともかく初は寝ることが趣味みたいな人だからな……」

 

「ふぅん……」

 

フィルメニムはビンを冷蔵庫にしまうと新たに肉と野菜を取り出して、フライパンをコンロにセットする。

どうやら朝食の準備するらしい。

食器棚からもお皿やコップを出してテーブルにセットしていき、戸棚からもパンを出していく。

 

オレも冷蔵庫から牛乳やフルーツジュース、野菜ジュースを出して、フィルメニムと同じくテーブルに出した。

 

「あら?ありがとう。助かる」

 

「いいよ。泊めてもらってるんだし」

 

「はぁ~♪気持ちえかった~。お風呂はやっぱり最高やね」

 

ほこほこした顔でお風呂場から出てくるディセント。

かなりご満悦らしく歩き方がルンルンとしている。

 

「お?いや~素敵な朝やね~。缶詰めもそろそろ飽きてきた頃やったし。まだできひんの?」

 

「残念。今から作るの。ちょっと待ってて」

 

「なら私は2人を起こしてくるわ~」

 

そう言ってディセントは初と淳一が寝ている部屋へと向かった。

というかディセントのテンション高すぎだろ……。

 

「……あんな女の子が伝説の聖魔剣だなんて、なんか拍子抜けするわね」

 

「もう慣れた。初登場の時なんて高笑いしながらだったし」

 

そもそも聖魔剣が人型に変身するなんて聞いてなかったから、その時の驚きようって言ったら……。

 

そしてあの口調も気になるわ。

 

「彼女って東洋出身?あの癖の強い話し方は聞いたことないし──」

 

「そないな事知ってどないするんや?」

 

後ろを振り返ると眠い目を擦る2人を従えたディセントがいた。

 

「いや、その話し方はいつからなんだろうと思って」

 

「んー、フェンリルの旦那の剣としていた時からこの話し方やったけど。いつから話し始めたのかはさすがに覚えてないな~」

 

そう言いながらディセントはテーブルにつき、置いていたコップに牛乳を注いで先程のフィルメニムよろしく、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。

……なんでだろう、違和感を全く感じないぞ。

 

ディセントに気を取られていると、後ろにいた初と淳一の2人もそれぞれ席に座った。

オレも流れにのって近くの席に座り、コップに牛乳を注いで飲むことにした。

 

「腹、減ったな」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「はい。これが薬よ」

 

時はあっという間に流れて今は昼間。

ようやくオレを人間の姿に戻す薬が完成した。

……あぁ、完成はしたいいけど何この色?

なんか虹色でマグマみたいにボコボコいってるんですけどこれ。

 

「な、なんか、オレが思ってたのと大分かけ離れているんだけど……」

 

「大丈夫。味はリ〇ビタンだから美味しいよ」

 

リ〇ビタン!?

この色でそんなエナジーな味がするのか!?

けど、これを飲まなきゃ始まらないんだよな……仕方ない、覚悟を決めるか。

 

「…………!!」

 

ゴクンッ!!

 

飲んだ。

あー、確かに味はリ〇ビタンです。

見た目って大事だよね、うん、せめてエナジードリンクみたいに黄色がいい──。

 

ドクンッ!

 

「……!?な、なんだ……体が熱い……」

 

身体中がすげー熱い。

そう、初めてフェンリルの血が目覚めた時と同じような……。

 

「どうやら成功のようね。鏡、見てみなさい?」

 

手渡された鏡(女性ものの手鏡だが)に映った自分の顔を見て、オレは静かに驚いていた。

 

「耳が、牙が、模様がない……」

 

そう、無いのだ。

狼の耳が、鋭い牙が、頬と目元の牙型の模様が消えているんだ。

髪も以前のように短くなってるし、尻尾も無くなっている。

 

「へー、それがあなたの人間としての姿なわけね」

 

おう。

これが人間としての姿だ。

……あ、服もあの戦闘服からあの日着ていたのに変わってるし……。

 

「ほ~。なんか懐かしいな~。やっぱり人間姿のレミリスもそそる~♪」

 

「そそるってなんだよそそるって」

 

「乙女の秘密や♪」

 

……んなウィンクしながら言うな。

一瞬可愛いと思っちまったじゃないか。

 

「そういえばあんたらステラスに行くんだったわね?あたしも行っていい?」

 

なんですと……?

ステラスに何の用があるんだ?

 

「ステラスになんの用があるんや?」

 

「ん?ステラスの大災害は私も聞いたことがあってね。確かめたい事があるんだ」

 

確かめたい事ってなんだろ?

まぁあまり詮索するのは良くないから訊かないけどよ。

けどやっぱり気になる。

 

「オレは構わないよ。ディセントは?」

 

「私もかまへんよ」

 

多分部屋に引っ込んでる2人も同意してくれるだろう。

フィルメニムの場合、ステラスに行った後はどうするんだろ?

オレ達はレオの事とステラスの大災害の真相について知れたらまた先へと進むんだけど。

 

「……恐らく、オレ達の行動は紅魔軍の奴等に監視されている可能性がある。オレ達に接触した奴も無事に生かしておくほど、奴等もバカじゃねぇ。ステラスで別れるのはリスクが高い」

 

タバコを吹かしながら初が現れた。

隣にはもちろん淳一もいる。

しかも出発する準備もバッチリときたもんだ。

 

「お?薬は効果があったみたいだな」

 

「へぇ?それがレミリスの人間モードって事か」

 

「あ、捕捉事項。戦闘モード──つまり、フェンリル化するための方法は実に簡単。変身と叫ぶのよ」

 

……変身?

へんしん?

HENSHIN?

 

「冗談よ」

 

「って、おい!」

 

「そう間に受けないで?フェンリル化は自身の血を媒介に行うのよ。そうね、簡単に言えば体内に流れるフェンリルの血と魔力に意識を集中すれば、一瞬でフェンリル化できる。もちろん、その逆の人間に戻る事もね」

 

なんかめっちゃ簡単な変身の仕方だな。

考えてたのはそれこそ変身アイテムかなんかを使ってフェンリル化するのかと。

もしくは呪文かなんかを唱えるとか。

 

「それなら安心やね。街に入っても目立たなくてすむし、紅魔軍の目も多少は欺けるやろうし」

 

うんうんと頷くディセント。

確かに人間化とフェンリル化を使い分ければ、見た目は誤魔化せるかもしれないな。

 

「フェンリル化するとさっき着ていた戦闘服へ自動的にチェンジするわ」

 

おぉ、ホントにどっかの変身ヒーローモノだな。

うーん、せっかくだから戦闘服になんか名前付けたいな。

 

「何考えとるん?」

 

「戦闘服の名前。名無しだとなんかこう、しっくりこないというか」

 

「なら『フレイムジャケット』なんてのはどうだ?」

 

意外や意外、挙手しながら言ったのはなんと淳一だった。

あまりこういう事には興味無いというか、ぶっきらぼうなイメージがあったからな。

 

「ほら、お前の魔力色って炎みたいな色だし、白基調なものだけど赤色も入ってるからな」

 

フレイムジャケット……うん、なんかかっこいいじゃん!

 

「いいね淳一、それを使わせてもらうよ。ありがと」

 

「べ、別に礼なんていらねぇさ」

 

ってこら、デレるなあぁぁぁぁぁっ!!

いや、確かに名前を付けてもらって嬉しいけど!

そこ頬を染めながら顔を背けるとこじゃないから!

男のツンデレなんて誰トクよ?

 

「さて、と。準備できとるんやったらはよ行こ~」

 

「そ、そうだな」

 

嫌な汗をかいたが気持ちを切り替え自分の荷物を抱えてオレ達はフィルメニムの家を出る。

最後に家の主であるフィルメニムが扉と家屋と大木に不可侵の術をかけて完了。

 

オレはリインフォースを起動させてディセントをおんぶする。

どうやらリインフォースは人間モードの時でも使えるらしい。

オレがハーフフェンリルとして覚醒した事によって、フェンリル化しなくても魔力を使えるみたいだ。

 

あとはフィルメニムの煎じた薬のおかげで、不安定だった魔力が安定した事も影響しているようだ。

 

そして……ディセントの非戦闘時以外の移動手段はオレの背中となった。

ディセント曰く「なんかええ」らしい。

 

「ほな行こか~」

 

「はいはい」

 

エリュクリオンを飛行モードにしてフィルメニムを先頭にしてオレ達はステラスへと向かう。

なんでもステラスへ普通の道で行くよりも早く到着できるんだとさ。

 

「この森を抜けると大体10kmの林道よ。そして、それを抜ければ目的地である風の村ステラスだから」

 

「ふ~む……。なるほど、この道で行けば正規ルートより約5kmも短縮できるぞ」

 

「こんな道もあったんやねー」

 

ディセントをおんぶしながらオレは地図を広げて確認する。

うむ、生憎とオレは魔力式ナビを持っていないからな、アナログ式の地図を使用ですわ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……なに?“CODEーU”がステラスへ、だと?」

 

「はい」

 

俺──レオはレグルス騎士団の騎士の1人から報告を受けていた。

CODEーUが3日前に紅魔軍の監視下から脱走していた事は、その日のうちに部下から報告があった。

だがそれ以降行方知れずだったんだがな……。

 

「まったく……。これだから魔術師団どもは信用できん」

 

もともとCODEーUは850年前──つまり、クロメリス戦争時に造られた古代兵器。

しかもそれはこちらの命令を一切受け付けず、制御が困難という理由から地下深く封印されていた。

しかも800年以上もだ。

 

だが先日、魔術師どもがCODEーUの封印を解いたのだ。

恐らく、いや、間違いなく奴等を殲滅するために投入を決定したのだろう。

だが魔術師どもはCODEーUの制御に失敗、逆に喰い殺されて脱走までさせてしまった。

 

「それともう1つ。今更ですが、ハーフフェンリルの呼称が決まったようなので報告します」

 

「……本当に今更だな。で、なんだ?」

 

「はい。Fang of Fenrir──略してFF(エフツー)だそうです」

 

──Fang of Fenrir。

フェンリルの牙、ね。

随分と皮肉を込めたコードネームだな。

……フッ、意外と俺の事も該当しているのかもな。

 

「よし、報告ご苦労だった。下がれ」

 

「ハッ!」

 

こちらに敬礼をして部屋を出ていこうとしたが、部下は何かを思い出したように、その場で立ち止まってこちらに振り返った。

 

「あ、レオ様。申し訳ありません。もう1つ報告がありました」

 

「なんだ?言ってみろ」

 

「──FFとその一派がステラスへ向かっているようです」

 

「……なんだと?」

 

あいつら──レミリスがステラスへだと?

あいつにとってステラスなぞ無意味と言っても過言ではない。

 

なのになぜステラスへ向かう必要があるんだ?

もはやあそこには風の加護もない。

 

あるのは廃墟と倒れた塔、そして女神像。

 

「──CODEーUとFF。850年、積もりに積もった怨みや憎悪をお前はどう受け止める?」

 

「レオ様?」

 

「……いや、なんでもない」

 

レミリスよ、この俺と戦うための道のりはなかなか険しいな……。

だがな、こいつを越えなければお前はいつまでたってもオレには追い付けん。

 

……同じフェンリルの血を引く者なら、俺以上にその血を濃く受け継いでいるのなら、これくらいの試練乗り越えてみせろ。

 

「……空が暗い。夕立がきそうだな」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「──あれが、ステラスか」

 

「ほ~?やっぱ大災害の爪痕が残ってるようやな~」

 

ディセントが言う通り、ステラスの建造物の一部が破壊されたままで残っていた。

奥の方にはかつてはこの村のシンボルであっただろう、巨大な塔の跡がある。

その跡の周りには塔を形成したと思われる石が瓦礫と化している。

 

「所々、地面に抉られた跡がある。草花とかで覆われちゃいるが、明らかに戦闘による爪痕だな」

 

「……大分、いや、かなり薄れてはいるが……嫌な匂いがしやがる」

 

淳一は顔を少しだけ引きつらせて眼下に広がるステラスを見渡しながらボソッと言った。

 

「嫌な匂いって?」

 

「……いや、何でもない」

 

それ以降、淳一は頷く以外何にも喋んなくなってしまった。

一体どうしたんだろ?

 

淳一の事を気にしながらもオレ達はステラスへと入る。

……案外、村人は住んでいるみたいだ。

家もちらほら見えるし、煙突からは煙が上がっているところもある。

 

「ふーん……。それなりに復興はしているみたいだな」

 

「な、なぁ?あの鳥はなんだ?」

 

オレが指差す方向。

そこには大空を威風堂々と飛ぶ巨鳥がいた。

で、でけぇ……!

楽々人を乗せて飛ぶことできるじゃねぇかよ。

 

「あれはフェネクスやね。このステラスに生息する巨鳥や。ちなみに、ステラスの民はそのフェネクスを飼い慣らす習慣があって、家族や相棒として従えるんや。これはクロメリス戦争時から続いとる伝統や」

 

ほ~。

なんともでかいペットですこと。

というか、さっきからチラチラとステラスの住民からの視線が突き刺さる。

そんなに余所者が珍しいのか?

 

「……なんだあいつら?」

 

「紅い瞳……まさかあれが噂の……」

 

「この村にまた災いが……」

 

さっきからなんだってんだよ、まったく。

そんな蔑んだような目で見てんじゃねーよ。

 

「お主達」

 

すると前から1人の老人が出てきた。

服装から察するに、恐らくこのステラスの族長だろう。

杖をついてはいるが元気そうだ。

 

「何用でこのステラスへ来た?」

 

ギロリとオレ達を睨みながら族長が訊ねてくる。

 

「……レオ。レオ・エルフォードの正体を知るために」

 

オレのその言葉に周りにいた住民はどよめいた。

だが族長だけ静かに瞳を閉じて肩を震わせている。

 

「……知らんな。このステラスにはレオなんぞいう輩は存在せん。さっさと立ち去るがよい。紅き瞳の少年よ」

 

そう言って族長は踵を返して来た道を戻って行ってしまった。

他の村人達もそそくさと家の中に戻ったり畑に向かったりしている。

あの族長……やっぱりレオの事知ってやがるな。

族長だけじゃなくて、このステラスの民も。

 

「どうやら現地の方々にはご協力いただけないみたいやな~」

 

「ま、こうなる事も予測できたさ」

 

「だな。で?これからどうするよ?」

 

ジッと全員の視線がオレに集まる。

……オイオイ、オレが決めなきゃなの?

 

「はぁ……。とりあえず、レオの手掛かりを探そう。匂いなら覚えている」

 

そうは言っても、そのレオの匂いも嗅ぎとれない。

場所が悪いのか?

もしくは手掛かり自体が消えている?

 

「最初はあの崩れ落ちた塔に行ってみよう」

 

オレを先頭に一行は小高い丘に建っていた塔へと向かう。

塔へと続く道には戦闘痕は見受けられないが、先に進むにつれて破壊されてそのままの家屋や折れて倒れた木々、抉れた地面が視界に映る。

恐らく、これがドワーフが言っていたステラスの大災害の一部だろう。

 

「民が住む中心部をメインに復興したってか?景色が一気に変わるな」

 

初がタバコを吸いながらボソリと言った。

隣でバイクを運転している淳一もそれに頷く。

 

「大災害で沢山死んだのか?」

 

「……それもあるかもしれへんけどなぁ」

 

しばらく歩いていると、ようやく目的地である塔に辿り着いた。

うん、崩れちゃいるがやっぱりでけぇ!

残ってるとこだけでも70mはある。

もともとはこの空を突かんばかりのバカでかい塔だったんだろうな。

 

「この塔の名前はスカイフット。このステラスのシンボルや。そして、生命を司るステラスの女神『カテナ』の像を祀っとった」

 

けど、とディセントは言葉を続けた。

 

「もうここにはカテナの加護も風の加護もあらへん。魔力どころか、聖なる力も失っとる」

 

ディセントは瓦礫と化した女神像の成れの果てをそっと撫でる。

 

「大分薄れとるけど……この塔の瓦礫から負の魔力を感じる。これはステラスのものやない。……紅魔軍のものや」

 

「なんだって!?」

 

まさか、このステラスを襲った大災害の正体は、紅魔軍の攻撃だったっていうのかよ!?

 

「それじゃあ、ステラスを襲った赤い竜ってのも……」

 

「紅魔軍のに間違いなさそうね」

 

「紅魔軍の戦力は計り知れない。竜の1匹や2匹くらい持っていてもおかしくねぇ」

 

ったく、ホント紅魔軍ってのはイカれてやがる。

オーガ等の雑魚はともかく、竜まで配下にしてるとは恐れ入る。

ということは他にも強敵クラスの魔族を配下にしている可能性だってあるって事だ。

 

「……ということは、昨日オレ達が感じた合成獣らしき気配と匂いも……」

 

「もしかしたら紅魔軍が放った刺客かもな」

 

「…………許さへん……クズ共が……」

 

初達には聞こえていなかったらしいが、オレははっきりと聞き取った。

ディセントが憎々しげに紅魔軍へ敵意を、憎悪を込めた言葉を洩らしていたのを、はっきりと。

 

「で、ディセント?どうかしたか?」

 

「え?何でもあらへんよ!女の子の独り言聞くなんて、レミリスもやらしいなぁ」

 

「ば、バカ!」

 

ディセントは若干たじろぎながらもすぐにいつものようにおちゃらける。

一体、ディセントと紅魔軍はどんな関係なのだろうか?

 

ただ単に初代フェンリルの剣として紅魔軍を滅ぼしたとは思えない……。

何か、こう、深い因縁があるように思えるんだが……。

 

「ご、ごほんっ!スカイフット跡に来てから、かすかにレオの匂いを嗅ぎ取れた。とりあえずそっちに行ってみよう」

 

とにかく話を戻そう。

かすかにだが確かにあのレオの匂いがする。

 

オレを先頭にかつてレオが暮らしていた家へと向かった。

そして、到着したその場所には、大きく破壊され無惨な姿となった廃屋があった。

 

屋根には大きな穴が空いており、壁も半分以上が吹き飛んでいる。

室内も攻撃を受けた時の衝撃でか家具等が壊れ、散乱し、足の踏み場もない状態である。

 

「……間違いない。この廃屋からレオの匂いがする」

 

「そうやね。ここがレオの……」

 

オレは意を決して家の中へと入った。

中は長年雨風に晒されていたせいかカビ臭く、土臭い。

所々腐って朽ちた家具や服らしきものが目に映る。

 

「ひでぇもんだな。人が住まなくなると家ってのはあっという間に廃れる……ホントに、ひでぇな」

 

ボソッと淳一がそんな言葉を洩らした。

 

ふと窓側に視線を移すと、そこには蜘蛛の巣に覆われた板状のものが、棚に飾ってあった。

 

「これは……」

 

蜘蛛の巣と積もりに積もった埃を払い、それを手に取って見た。

それは木製の写真立てだった。

 

そして、そこに写っていたのは──。

 

「……レオ」

 

そう、レオだった。

オレがあの時見た憎しみと敵意に満ちた表情は一切無く、そこに写るレオはとても幸せそうな優しい笑顔を浮かべていた。

 

そしてそこにはもう1人、柔和な笑みを浮かべる女性がいた。

 

「これってもしかして……」

 

「レオのお母さんやろうね。ふーん、なかなかなべっぴんさんや」

 

写真立てから写真を取り出し改めて2人を見た。

 

スラッと腰まで伸びた銀髪、キリッとした顔立ち。

隣に写るレオと比べると確かに似ている。

だが唯一違うところがあった。

 

──この女性の瞳は鮮やかな青い瞳なのだ。

 

「遺伝で深紅の瞳っていう仮説は無くなった訳ね。とすると……考えられるのは──」

 

「誰っ!!」

 

フィルメニムの言葉を遮るように誰かの声が割って入ってきた。

声から察するに女性のようだ。

 

声のした方へ急いで振り返ってみると──。

 

「……誰?」

 

細身の剣の切っ先をこちらに向ける赤髪の少女がそこにはいた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「──そう、敵ではないのね。ごめんなさいね、いきなり剣を向けて」

 

「気にすんなよ。あの状況なら疑われてもおかしくないからな」

 

少女の名前はユリシア・リインフォース。

このステラス出身の女剣士だそうだ。

リインフォース……こっちの装備の名前と被るな。

 

さて、少女──ユリシアは腰を落ち着かせ、剣を鞘に納め膝の上に乗せながらオレ達に謝る。

どうやらオレ達を紅魔軍の兵士と勘違いしてしまったようだ。

 

だがあの状況、見ず知らずの集団が廃屋で不審な動きをしていたら誰だってこのご時世、紅魔軍の者ではないのか?と勘違いくらいするだろう。

 

「けど、どうしてこの家に?」

 

ユリシアはオレの顔を覗き込むようにこちらを見てきた。

どうやらまだどこかこちらを怪しんでいるようだ。

オレは右手に持っていたコーヒーを一口飲んでから口を開いた。

 

「レオという男の正体をつきとめるためだ」

 

「!!あ、あなた……レオを知ってるの?」

 

突然ユリシアはオレの肩をガッシリ掴んで引き寄せた。

何事かと思いながらもユリシアの顔を見れば、驚きと不安と悲しみを含んだ複雑な表情を浮かべているではないか。

 

「答えて!彼は……レオは今どこにいるの?!」

 

「レオは……奴は……」

 

オレは思わずユリシアから目を反らしてしまう。

というかユリシアはレオとどういう関係なんだろうか?

オレの見解が正しければレオとユリシアは何か因縁のようなものか、もしくは知り合いだったものと考えられる。

 

この廃屋と化したレオの家に来たのも偶然ではなさそうだし……。

 

「……そう、紅魔軍にいるのね?」

 

「!!」

 

「やっぱり、あの時の鎧騎士はレオだったのね……」

 

「やっぱり?やっぱりってどういう事や?」

 

ディセントの問いにユリシアは悲しみを含んだ瞳で天を仰ぎながら口を開いた。

 

「……あれは2年前。このステラスに紅魔軍の軍勢と『ガザリアス』と呼ばれる赤い竜が襲ってきたの。軍勢といっても、この間の『オペレーションラグナロク』に比べたら小規模なものだけどね」

 

「オペレーションラグナロク?」

 

「あの日──7月21日に起きた紅魔軍のクーデターの作戦名よ。さて、話を続けるわね。ステラスを急襲してきた紅魔軍は徹底的に破壊し、村人を容赦なく惨殺した。男性はともかく、私のような女性や子供もね。そして、村人の一部を連れ去ったのよ。その中には……レオのお母さんも含まれていた」

 

そこで一度話を区切ったユリシアは喉を潤すために紅茶を口に含む。

そして再び言葉を続けた。

 

「私はレオとは幼少の頃からの付き合いで、よく彼の家──ここに遊びに来たものよ。そして、同じ剣士としてよく剣を交えたものだわ。おっと、話が反れたわね。私とレオはレオのお母さんを助け出すために旅に出た。けど、私は旅の途中で紅魔軍との戦いで大怪我を負っちゃって、ステラスへ戻るはめになっちゃったけど。そして……“あの日”は訪れた」

 

手を震わしながらユリシアは言葉を続ける。

 

「私がレオと別れてステラスへ戻ってきてから2週間くらい経ったあの日、再び紅魔軍が現れたの。その中でも1人、蛇のようなデザインをした鎧を身に纏った騎士は引き連れていたオーガ達とは比較にならないくらい強かった。ステラスの上級騎士一団でさえ彼の前では赤子と大人の力比べのように、力の差が歴然としていたの。そして、その騎士は血のように赤く煌めく剣で向かってくる騎士達を殺し、スカイフットと女神像を破壊した……」

 

その光景を思い出すかのようにユリシアは目を閉じ、ぎゅうっと服の端を強く握りしめた。

 

「その瞬間、ステラスからは風の加護が消滅し、かつての風は吹かなくなってしまった……。悪魔のような高笑いを上げて、親指を下に向け、その騎士は怯える村人とステラスの騎士に向かってこう言い放った。『さぁ、地獄を楽しみなァ!!』ってね」

 

……そうか、紅魔軍がこのステラスを襲った理由はスカイフットを破壊するためだったのか。

ステラスにとってスカイフットとそこに祀られる女神像は言うなれば聖地と信仰神。

しかもこのステラスに吹き渡る風と力の源。

紅魔軍にとっては破壊すべきターゲットだったって事か。

 

「……生き残った騎士は私1人だけだった。怪我を負っていたけど、どういう理由か私だけ。……あの蛇の騎士の声、そしてあの剣捌きと魔力……騎士の正体はレオよ」

 

「!?」

 

蛇のような鎧を纏った騎士と聴いてもしやとは思ったが……まさかステラスを破壊したのがレオだって!?

レオは紅魔軍から拐われたお母さんを救うために旅に出たんだろ?

それがどうして仇敵である紅魔軍の騎士になってステラスを襲ったんだ!?

 

「ステラスの民は騎士の正体がレオっていう事を解ってはいるけど、それを言おうとはしない。というかレオ・エルフォードという人物の存在すら無かった事にしているわ……」

 

そりゃそうだ。

ステラスを襲った紅魔軍騎士がステラスの騎士なんて言えないし、何より、ステラスから紅魔軍へ寝返った者がいるなんて口が裂けても言える事じゃない。

だからあの族長はオレ達に「レオなんていう者はいない」と言ったんだ。

 

「……ユリシア、君に訊きたいことがある。レオの瞳の事だ」

 

「……族長はレオの瞳とその身に流れる血について知っていた。レオにステラスを襲われてから数日後、族長は私を破壊されたスカイフットに呼んだ。そこで明かしてくれたわ。『レオには忌々しい血が流れていた。その証拠が紅い瞳だ。そしてあの魔力と魔力光の色……レオは奴の血を引いているのだ。神滅狼であり魔狼である英雄“フェンリル”の血をな』、と」

 

やっぱり……レオはフェンリルの血を引く者だったのか。

あれ、待てよ?

という事は、オレとレオはフェンリルの血を受け継ぐ兄弟って事になるのか!?

 

「あ、それともう1つ。神滅狼って?」

 

オレは気になった単語について紅茶を飲むユリシアに訊ねた。

神滅狼なんて初めて聞いたぞ?

 

「あら?そんな事も知らないの?フェンリルの血を引く者なのに」

 

「な、なんでオレもフェンリルの血を引いてるって分かったんだ?」

 

自己紹介した時には名前しか言わなかったんだぞ?

するとユリシアはクスクスと笑いながらこちらに人差し指を突き出した。

こらこら、人を指差しちゃいけません。

 

「紅い瞳、レオと同じだもの。すぐに分かったわよ。さて、神滅狼についてだったわね。これはフェンリルの別名よ。フェンリルには他の魔族と違って恐るべき力を持っていたの」

 

「……神を滅ぼす力『滅神(ゴッド・スレイヤー)』、または『神喰(ゴッド・イーター)』と呼ばれてたなぁ。その名が示す通り、神をも滅ぼし喰ってしまうフェンリル唯一にして最凶の能力や。この力でフェンリルの旦那は紅魔軍将軍で総督のバジリスクを斃して次元の狭間に封印したんや。どんなに強い魔族でも神でも、滅神の力を持つ旦那には勝てなかったんや」

 

ココアをちびりちびりと飲みながらディセントはそうオレに説明してくれた。

 

「って、なんで今まで教えてくれなかったんだよ」

 

「だって、レミリスが教えてって言わへんかったしなぁ。なにより、私自身が忘れとったわ。アハハ~」

 

頭を撫でながら笑いまくるディセント。

なんかムカついたので拳骨を頭のてっぺんに落としてやった。

 

「このステラスはね、クロメリス戦争時にまだ紅魔軍側だったフェンリルに滅ぼされかけたのよ。だから族長とこのステラスの民はフェンリルにあまり良く思ってないの。いくら紅魔軍から人間側に寝返って、紅魔軍を滅ぼしたといってもね」

 

なるほど、だから族長のオレに対する態度と表情が厳しかった訳だ。

そういえばオレの事を「紅き瞳の少年」と言っていたし。

 

「でも、なんで私達に色々と教えてくれるの?」

 

「それは──」

 

「!!全員、横へ飛べ!!」

 

オレは声を荒げて叫んだ。事態を察したのか、ディセントや淳一達はすぐさま横へと飛ぶ。

オレはユリシアを抱き寄せてリインフォースを起動させ、高出力で今までいたレオの旧家から離れた。

 

刹那、旧家は凄まじい轟音と紫色の閃光によって跡形もなく消滅した。

 

「な、何……!?」

 

ユリシアは突然の出来事に頭の回転が追い付いていなかった。

そりゃそうだ。

オレだって今何が起きているのか説明を求めたい。

 

「……!!この匂い、とうとう来やがったか……」

 

「あぁ、例の“合成獣”がな」

 

舞い上がる土煙と黒煙、そしてクレーター状に窪んだ場所に“そいつ”は……いた。

 

左右の腕は不釣り合いの大きさと形だった。

巨大な百足の胴体に鋭い爪を持った右腕、蟷螂のような鋭利な鎌と一体化した左腕。

頭部には東洋の龍を思わせる角が生え、胴体と尾は竜そのものであり、何よりその合成獣は──少女の形をしていた。

 

合成獣──ウルタイルの鎌の攻撃を後方に回避しながらオレはリインフォースからエアブレードを放つ。

放たれた真空の刃はウルタイルに直撃はしたものの、硬い表皮をちょっとだけ削った程度のダメージしか与えられなかった。

 

「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!!目ニ映ルモノ全テ

殺シテ破壊シテヤルゥゥゥゥゥ!!!」

 

「早くトドメをささないと……!エリュクリオン!」

 

フィルメニムはエリュクリオンを大戦鎌形態から、三日月状のブーメランに変形させ、ウルタイルの右腕目掛けて投擲した。

エリュクリオンは回転スピードを上げながらウルタイルに迫るが、その刃は右腕に届く前にがっしりと、狙った右腕で捕まれていた。

 

「そんな!高速で回転するエリュクリオンをノーダメージで受け止めるなんて……」

 

「グゥッ!ギュウ、ウゥゥゥアアァァァァァ!!!」

 

つんざくような咆哮を上げてウルタイルはエリュクリオンをフィルメニムへと投げ返す。

 

「中々うまくいかないものね……!」

 

フィルメニムは素早く右手の人差し指で空中に魔方陣を描く。

その魔方陣は青く輝くと、中心からいくつもの鎖が飛び出し、向かってくるエリュクリオンをがんじがらめにしてしまった。

 

「まったく、色々と規格外な合成獣ね!」

 

フィルメニムは魔方陣を解除して何事もなかったかのように、静止したエリュクリオンを回収し、ブーメラン形態から通常形態である大戦鎌へと変形させ、くるくると回した。

 

「これならどうだっ!」

 

「「ソニックスマッシャー!!」」

 

ウルタイルの死角から飛び出してオレはディセントから光の刃を放つ。

物理的攻撃と魔力攻撃が効かないのならと、光の力の塊であるソニックスマッシャーは効くはずだ!

 

──そう思ったのだが。

 

「無駄ァァァァ!!」

 

確かにソニックスマッシャーの刃はウルタイルの身体に届いた。

だが、光の力はまったくと言っていい程、ダメージを与えてはいなかったのだ!

 

「マジかよ……!?」

 

「……レミリス、あんたレオといいグリールといい、ごっつ強い敵に好かれるなぁ」

 

「うっせ!」

 

認めたくはない!

だが当たってるから余計タチが悪い。

とは言ってもなんとかここまでしぶとく生き残ってきたんだ。

 

「ここで負けてたまるかよ!」

 

オレはグリップを握りしめると、自分の魔力をディセントへと流した。

バチバチと刀身に紫電が走り、光と闇の力のオーラがディセントから滲み出て、小刻みに震えている。

 

「さて、やられっぱなしってのもいけねぇよな?」

 

「そうだな」

 

ウルタイルに吹っ飛ばされた2人も新たな武器を取り出して気合いを入れる。

初はバズーカ型のヘビィバレル、淳一は2連装ガトリング砲型のヘビィバレルをそれぞれ構えて、ウルタイルの背中に向けて魔力弾を放った。

 

「無駄ァァァァァァァ!!」

 

ウルタイルは雄叫びを上げながら2人の放った魔力弾を回避する。

だが、先程の魔力弾と違い、回避された魔力弾は弧を描いてウルタイルの背後に当たったのだ。

 

「グウゥッ……!」

 

追尾弾(ホーミング)か!」

 

そう、2人が放ったのは追尾弾だったのだ。

しかもただの自動追尾(オートホーミング)ではなく、操作追尾(マニュアルホーミング)という、ガンナー使いの中でも高度な魔力操作技術だ。

 

かなりの繊細さと技術力を求められるこの技をできるガンナー使いは少ない。

故に2人はガンナー使いの中でもトップクラスという事に他ならない。

 

「こっちも負けてられないわね」

 

そう呟いたフィルメニムは素早く右手で魔方陣を描き呪文を唱えはじめる。

 

「大地よ。我が敵とならん異形の者をその強固な枷と(くびき)で捕えよ!チェーンバインド!!」

 

カッ!と魔方陣が輝きだし、ウルタイルの足下からいくつもの鎖が出現する。

そしてあっという間にウルタイルの四肢・首・胴体を捕えた。

ウルタイルはうめき声を上げながら鎖を引き千切ろうと力をいれるが、ますます鎖がウルタイルの体を締め上げる!

 

「無駄よ?この捕縛魔術は大地のエネルギーを利用しているの。そう簡単には──」

 

「舐めるな小娘があぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

バキンッ!!

 

脆く響き渡る音。

ウルタイルは意図も簡単にチェーンバインドを破壊し、その禍々しいオーラと魔力を辺りに撒き散らしていく。

障気とも呼べるそのオーラと魔力は触れた植物はもちろん、土・石・空気さえも腐らせていた。

 

あまりの濃さに近付いて攻撃する事はおろか、魔力弾でさえ障気によって侵食されてしまう。

 

「おかしい……おかしすぎるで?この魔力量と汚染率……いくら合成獣かてこないな力、外殻であるボディ自体が耐えられん」

 

一旦変身を解除したディセントは額に冷や汗を浮かべながらそう呟きウルタイルを睨み付ける。

だが、その睨み付ける表情は一転し、驚愕と半信半疑の入り交じった複雑な表情へと変わった。

 

「まさか……『ラーマヤマ』と『サンサーラ』!?」

 

ディセントから洩れた単語、残念ながらオレは耳にした事がなかった。

だがオレ以外のメンバーはそれを聞いてディセント同様驚きを隠せないでいた。

あぁ、オレってとことん無知だねぇ……。

 

「ディセント、そのぉ……ラーマヤマとサンサーラってのは何だ?」

 

「……かつて魔導師と一部の魔族達は、確実に安定的に魔力を発生させる機関ちゅーくだらんものを、クロメリス戦争以前から研究しとったんや。そしてできあがったんが世界中の魔力と術式を組み込んだ魔導書『ラーマヤマ』や」

 

けどな、とディセントは言葉を続けた。

 

「この魔導書は欠点があってな。作ったはいいんやけど、扱うには難しいシロモノなんや。そこで、魔導書を生体変化させ、空間の物質を魔力に変換し、半永久的に魔力を発生させる事に成功したんや。まさか合成獣──人間の女の子に搭載させるなんてなぁ、まったく恐れ入るわ」

 

そのラーマヤマを搭載したウルタイルは先程よりも刺々しく、禍々しい姿へと変化していた。

しかも新たに蜘蛛のような足と触手がウルタイルの体を突き破って出てきている。

 

「他にもあるでレミリス?この魔力量の異常さでピーンときたわ。魔力増幅機関、それが『サンサーラ』や。ラーマヤマで発生した魔力を宿し使いこなすには、魔力を受け止める器、簡単に言えば魔力コアが必要不可欠や。しかも発生量に対して出力が弱い。そこで、同時に開発されたんがサンサーラ。これのおかけで魔力コアの上限が大幅どころか、異常なくらい増えたばかりか、出力も桁違いになったんや」

 

その話を聞いてオレは愕然とした。

そんな危険極まりないものを1人の女の子に埋め込んだっていうのか?

馬鹿だ、大馬鹿過ぎるだろ?

 

「ウアアァァァァァァアアァアァァァアアア!!!」

 

叫びにも似た咆哮を上げながらウルタイルはこちらに魔力を収束させた魔力砲を発射してきた。

上空へとその攻撃を回避し、再びディセントを聖魔剣モードにさせてソニックスマッシャーを放つが、ウルタイルの放つオーラと魔力によって侵食され届くことはなかった。

 

再び攻撃しようと構えるがオレは思わずその行動を止めてしまった。

 

「──た──て」

 

「え?」

 

「た……す、ケ……て……」

 

泣いていた。

赤く禍々しく光る瞳から泪を流して頬を濡らしていたのだ。



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5 Sword: Sacred Archer

──どこにでもいる“人間”だった。

ただちょっと地味で人見知り、目立たない子だった。

私──美琴はそんな女の子だ。

 

私は東洋の島国の出身だが、未開拓地を開拓するためのメンバーとして、家族全員でレイピレス最大の大陸『バルケダ』にやってきた。

バルケダには未開拓地がまだ沢山あり、人間と魔族が互いの領土を広げるために日々争っている。

 

領土面積としては人間側よりも魔族側がかなり大きいのだが、魔族は人間を毛嫌いしているので、人間側に1つでも渡したくないのだ。

 

「ふぅむ……。また魔族側に開拓されてしまったようだな」

 

父さんは新聞を読みながらコーヒーをすすり、テーブルに置かれたパンを口にふくむ。

パンにはマーマレードが塗られており、柑橘類の甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。

 

「あっちは異能を持ってるものね。どうしても人間より有利よね」

 

そう言いながら母さんは父さんの隣に座ってマグカップに注がれた紅茶を一口飲む。

それにつられて私も同じように紅茶を飲んだ。

 

コーヒーは苦くてマズイから嫌いだ。

よく父さんはあんな苦いものを飲めるなといつも感心してしまう。

 

「だがこれ以上魔族なんかに土地を取られてたまるか」

 

父さんは根っからの魔族嫌いだ。

反魔族団体──通称『反魔』にも所属しており、定期的に行われる集会やデモにも参加している。

対する私はそこまで魔族を恨んではいない。

自分の身にも家族にも害を受けた訳でもないから、そこまでの気持ちが出てこない。

 

「ほら美琴、あなたも学校へ行く時間よ」

 

「……うん」

 

私はイスの横に立て掛けていたカバンを手に取り玄関へと向かう。

 

「……行ってきます」

 

あぁ、そういえば恨んでる奴等が私にもいた。

……魔族ではない。

……同じ人間だ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

……あぁ、今日もか。

 

「…………」

 

びちゃびちゃに濡れたイス、罵詈雑言が書かれた机、ボロボロにされた教科書やノート……。

 

「こっち見んな東洋人。猿菌に感染しちまう」

 

「ホントホント。穢れてしまうわ」

 

ケラケラと笑いながら蔑んだ目でこちらに暴言を吐いてくるクラスメイト。

そう、私は東洋人という理由だけで“いじめ”を受けている。

しかも毎日だ、そう……毎日だ。

 

ここでは何故か東洋人は毛嫌いされている。

ここと言ってもこの学校内だけだ。

何故東洋人を毛嫌いするかは分からない、知りたくもない。

 

「…………」

 

私は無言で自分の机やイス、教科書等を片付ける。

その様子をクラスメイトはおもしろそうに笑い楽しんでいる。

 

(……何故私だけがこんな目にあわなければならないの?)

 

魔法さえ、そう、魔法さえあればこんな奴等ぶっとばせるのに……。

やられてきた分、何倍にもしてかえせるのに。

 

「何をしている?さっさと席につけよ」

 

ガラガラと教室の扉を開いて担任の先生が入ってくる。

あぁ、そういえばこいつもこいつらと“同類”だったな。

 

「何をやっている吉良?さっさと席につけと言ったんだ。まったく、これだから東洋人は……」

 

そうぶつくさ文句を言いながら担任はこちらに舌打ちをし、それを見ていたクラスメイトはクスクスとあからさまに笑う。

 

この黒い思いは一体どこに発散させれば良いのだろう?

 

もし、私に力があれば……こいつらを“殺す”事ができるのに……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「──なに?それは本当か?」

 

「はい。調査の結果、この集落には我々の“研究資材”として利用できる人間がおります」

 

雷鳴轟く暗雲が浮かぶ夜、暗闇の中話す者達がいた。

人間ではない、魔族だ。

 

「ほう?して、資材候補はどれくらいあるんだ?」

 

魔族の一部は人間を同じ生き物とは考えておらず、ただの虫けら同然の扱いだ。

故に人間を殺す事など、なんの躊躇いもない。

それは人間がハエや蚊を当たり前のように殺すように、彼等魔族にはそれが当たり前なのだ。

 

「今のところ13ってところです。なにぶん小さな人間の集落なもんで」

 

コウモリのような姿をしたそれはテーブルに置いてあった“赤い液体”の入ったグラスを取ると、ごくごくと中の液体をうまそうに飲み干す。

部屋には金属の匂いが若干立ち込めていた。

 

それを見ていた大きなイスに座る者もつられてグラスを口に運ぶ。

彼のは“人間”から作った酒だ。

 

「まぁいい。ともかく資材を確保する事が最優先だ。それ以外の人間はオーガや魔獣どもにでも喰わせろ」

 

「分かりました。これで我等が生み出した魔導書実験ができますな。しかも私の部下の調査によれば、他の人間よりも適合率が高い者がいます」

 

「ほう?それはどんな奴だ?」

 

コウモリのような魔物はニタニタと笑いながら上官の問いに答える。

 

「えぇ、人間のガキで女です。名前は──『吉良美琴』」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──夕刻。

私──美琴は帰り道でまたあいつらから執拗なイジメにあっていた。

服は土や泥で汚れており、傷もできて血も出ている。

 

「お前も分かんねぇ奴だな?目障りなんだよ、お前が学校にいるのが」

 

「バカなの?あぁ、東洋人だから私達の言葉が分からないのね」

 

……同じ人間として疑いたくなる。

なぜ人種が違うだけでこうまで差別されなきゃいけない?

私は沸々と心の奥底から沸き上がるこの気持ちを抑える事が限界に近付いてきた。

憎悪、怨恨、怨嗟、殺意、悲哀、妬み、憤怒、憎しみ、怨み、ありとあらゆる負の感情が私の心を支配していく。

 

それはさながらゆらゆらと静かに、だが激しく燃える炎だ──闇のようにどす黒い炎、それが段々と私の心を支配していった。

 

「──ろ」

 

「あん?」

 

「消 え ろ」

 

──ドパンッ!!

 

そう私が呟いた瞬間、目の前にいたメガネの男子は“弾けた”。

周り一面血の海と化し、周りにいたクラスメイトと私に血が肉が臓物が飛び散る。

 

「……え?」

 

「て、てめぇ!!」

 

「今なにしやがった!!」

 

激昂した男子の1人が私の首を絞めてくる。

この力、私をこのまま絞殺する気だろう。

 

「お ま え も 消 え ろ」

 

ドパンッ!!

 

また弾けた。

弾けた血によって私は全身を赤くしていた。

あぁ、なんだ、簡単じゃん。

 

「……人って簡単に死ぬんだね」

 

「ひっ……!?」

 

ドパンッ!!

 

悲鳴を上げた女子を睨む。

こいつはいじめの中心的な奴だった、だからこいつはじわじわと殺そう。

 

「ま、待って?謝るから、今までの事謝るからぁぁぁぁぁ!!」

 

顔中涙や鼻水等でぐちゃぐちゃにしてこちらに謝罪してくる。

 

チュバンッ!!

 

「いやあぁぁぁぁぁ!!」

 

左腕を吹き飛ばした、左足を吹き飛ばした、左腕を吹き飛ばした、左足を吹き飛ばした。

 

恐怖と苦痛により女子はもはやまともな事を口にしていなかった。

しかも失禁までしている。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

「ま、魔女だ!!人間の皮を被った化けも──」

 

ドパンッ!!

 

うるさい、さっさと死ね。

さて、残りはこの女子となった。

私が今いるところはこいつらが毎日のように呼び出してはいじめを行っていたところだ。

幸い、ここは民家がある場所から大分離れたところにある廃屋のため、滅多にここを人が通る事はない。

おかげでこうして気兼ねなく殺せるというものだ。

 

「私の腕、足……痛い、痛いよ……」

 

「そう?それは良かった。私もね、痛かったの。体も心も……それじゃ、バイバイ♪」

 

「ま、待って!お願い!殺さないで!!やめてぇぇぇぇ──」

 

ドパンッ!!

 

体が弾け飛び、恐怖に顔を歪めた頭が私の足元に転がる。

それを見て私は思わず大きく高笑いをした。

 

「アハハハハハハ!!!まだまだだ!!私をバカにした奴、全て殺す!!コロスコロスコロス!!!」

 

私の心は既に負の感情によって支配されていた。

同時に体の奥底からどんどん力が湧いてくる。

それは今まで感じたことのない素晴らしいもの、神様がくれたプレゼントだ。

 

「………………」

 

だがその前に帰ろう。

復讐はその後からでもいい、うん、そうしよう。

私は血で汚れた体に右手を添える。

すると、瞬く間に服と体から返り血が消え、朝と同じように戻っていた。

そして辺りを見渡してから廃屋から出て家へと向かう。

 

「ただいま」

 

「あら、おかえり。今日は遅いのね」

 

エプロンをしたお母さんが夕飯の支度をしながら声をかけてくる。

 

「うん。散歩がてら回り道してきたから」

 

「そう?」

 

それだけ言ってお母さんは再び夕飯の支度に戻る。

どうやら今日の夕飯はミネストローネのようだ。

トマトとコンソメの香りがするし、材料もそれに必要なものだし。

私は部屋に戻ると今着ていた物を脱ぎ捨て、真っ白なワンピースに着替える。

 

「…………」

 

まだだ。

まだ殺し足りない。

私をバカにした奴等は全員この力で殺す、謝罪されてもだ。

 

「フフフ……アハハハハハハ!!!」

 

──夕飯を食べてから私は部屋で本を読んでいた。

やることもないし、睡魔もないからこうやって暇を潰している。

そういえば夕飯の時に私が殺した4人の親が訪ねてきた。

家に帰ってこないから何か知らないか?という事だったが、帰らないのは当たり前だ──私が殺したのだから。

 

私は知らないと言ってあいつらの親は帰っていった。

ふん、次はあの担任辺りでもターゲットにしようかな?

あいつへの怨みも計り知れないしね。

 

どう奴等を殺すか思いを巡らせている時──それは起きた。

 

「キャアァァァァァ!!」

 

「ぐぎゃっ!?」

 

外から断末魔のような声が聞こえてきたのだ。

私はまだ力を使っていない……不審に思いながら窓から外を覗くと、そこは信じられない光景が広がっていた。

……いるはずのない、いや、いてはならない存在である魔族が村人を殺していたのだ。

 

「サンプル以外は殺せ!喰っても構わん!」

 

その言葉に従っている魔族(恐らくオーガやオーグだろう)は、容赦なく村人を襲い、文字通り喰っていた。

 

「美琴!!」

 

「何をしている!?逃げるぞ!!」

 

かなり慌てた様子の両親が私の部屋に駆け込んできたと思いきや、そのまま私の手を引いて裏口から逃げようとする。

裏口の目の前はすぐに山だ。

恐らく山へ逃げ込むつもりだろう。

 

「おい、あそこの人間逃げようとしているぞ!」

 

「問題ねぇ、喰うだけだ!」

 

見つかった。

気持ちの悪い醜悪な笑みを浮かべながら2体のオーガがこちらに近付いてくる。

その手には巨大な戦斧や石でできたハンマーを持っており、あれを食らえば人間なんて簡単にぐちゃぐちゃにされてしまう。

 

「えぇい!ここから去れ化け物共が!」

 

お父さんは薪割りに使っていた斧を手に取り、そのままオーガ達に向かって走っていく。

 

「は?人間ごときがオレ達に勝てる訳ねぇだろ?」

 

ドスッ!!

バキバキバキ!!

 

オーガの振り上げた戦斧は無情にもお父さんの肩に食い込み、文字通り真っ二つにしてしまった。

肉が千切れ、噴水のように血が吹き出す下半身……その光景を見ていたお母さんは叫び声をあげながらその場に座り込んでしまう。

 

「……ほぉ?こいつは最優先回収対象のガキだ。まさかこんなに早く見つかるなんてな」

 

ぐちゃぐちゃとお父さんの死体を食べながらオーガはこちらを見てニタニタと笑う。

最優先回収対象?

一体何だというのだ?

 

「で?隣の人間はどうするよ?」

 

「回収対象じゃねぇ。お前が食え。オレはこのガキを連れていく」

 

「げへへへ。了解だ」

 

……逃げられない。

足がガクガクと震えて体が動かない。

 

「──や」

 

「あん?」

 

「いやっ!!!」

 

その瞬間、私の腕を掴んでいたオーガの腕の肉が弾け飛ぶ。

しかし──。

 

「あん?お前魔力使えるのか?」

 

けろっとしているオーガ。

そんな、あいつらを殺したのと同じくらいの力だったのに……。

 

「オレ様に逆らった事、後悔するんだな」

 

オーガは私の両腕をその巨大な腕で掴むと凄まじい力を込めて握って──。

 

グシャッ!

 

私の腕を潰した。

潰した圧迫により、指先から勢いよく指の骨が肉を突き破り、私はあまりの激痛に絶叫した。

 

「いやあぁぁぁぁああああ!!!」

 

そしてオーガは握り潰した私の腕を引きちぎりうまそうに食べ始めた。

 

「逆らったお前が悪い。大人しくしていれば無事だったものを……」

 

「連れてけ。これ以上手を出すとオレ達が殺される」

 

パキパキという音で振り返ると、そこには変わり果てたお母さんの姿があった。

ありとあらゆる人間のものがぶちまけられ、もはや人間の形をしてはいなかった。

 

「お母さん……。いや……いやぁぁぁぁあああああっ!!!」

 

なんで私ばかりこんな不幸なの?

なんで?……私は生まれてきちゃいけなかったの?

生きちゃいけないの?

あいつらを殺した罰なの?

 

悲しみと怒りと怨みと痛みで涙を流しながら、私は魔族達に拉致された。

そして村は……文字通り壊滅し、連れ去られた人間以外は全てオーガやオーグの餌と化した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

村を襲われ拉致されてから数時間が経過した。

オーガによって引き千切られた腕の手当ては、私と同じように拉致された人によって行ってもらった。

血が大量に出たので体がピクリとも動かすことができない。

 

「私達、どうなるんだろ?」

 

「知るかよ。奴等のエサにでもなるんじゃねぇの?」

 

「……もう嫌」

 

周りは何もかも諦めた人、泣き叫ぶ人、そして自決した人の死体が転がっている。

あぁ、私もあいつらに食われるくらいなら自分の呪いで死にたい。

けど呪いは私自身には効果がないみたいだ。

 

誰かに殺してもらおうとしたが声が出ない。

 

すると薄暗い奴隷用馬車がいきなり止まった。

どうやら目的地に到着したらしい。

 

「ご苦労」

 

「これはこれは──殿。このような場所に何用で?」

 

「なに、ここの所長に頼まれていたものを届けに来たのだ。全く、この私を使いに出すとは、“蛇”の奴め」

 

「同志であり友である──殿だから任せたのでしょうな」

 

「フッ……。言ってくれる」

 

外で話し声が聞こえる。

僅かに空いた隙間から外を覗いてみると、蝙蝠のような男が誰かと話している。

長身で銀色の長髪、見たことない形の鎧を胸の部分と腕にしか付けてない。

服装も恐らく東洋の島国辺りのものだろう。

そして何より、“紅い瞳”が印象的な男だ。

 

「……では私は蛇のところに戻る。貴殿達の実験が成功すれば我々、魔族の戦力は格段に増す。期待しているぞ」

 

「ははっ!」

 

そう言って長髪の男はその場から立ち去り、視界から見えなくなった。

男を見送った蝙蝠はこちらをギラギラした目でこちらに視線を移し、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべながら馬車の扉を開けた。

 

「フフ。盗み聞きとはいけませんねぇ。人間風情があのお方のお姿を見れるとは本当に運が良い。普通なら見る事はおろか近くにいる事すら不可能。そのお姿を脳みそに深く刻みながら、貴女は素晴らしい力を手に入れ至高の存在となるでしょう!」

 

そう言って蝙蝠は私の首を掴み、奥にいた兵士の1人に投げ渡した。

そして兵士は私を肩に担ぎ、不気味な建物の中へと入りどこかへ連れていく。

 

「試験体01。“U計画”を成功させるためにはお前のような魔力の高い人間が必要だ。良かったな、普通なら虫けら以下で餌のような存在の人間がよ、オレ達と同じ存在になれるんだからなぁ」

 

ゲラゲラと気分の悪くなるような笑みを浮かべる兵士。

私は一体何をされるの?

 

「私に……何をする……の……?」

 

「あ?そうだなぁ、簡単に言えばテメェは『合成獣』になるんだよ。我等が素晴らしい技術でなぁ!」

 

合成……獣?

イヤだ……イヤだ!

 

「イヤァァァァァァ!!離してッ!!離してぇぇぇぇぇ!!」

 

イヤだ!

合成獣になんてなりたくない!

なんで!?

なんで私なの!?

 

「ハッ!そこはむしろ喜ぶところだぜ?つまんねぇ人間から卒業できるんだからな!」

 

私の意思なんて届くはずもなく、私は不気味な薄暗い部屋へと通される。

そして暴れる私の両足を折って拘束具の付いたベッドに寝かされ、首・腰・足を拘束具でガッチリ固定された。

 

「素晴らしい!素晴らしい魔力値の高さだ。普通の人間ではこうはいかん。これならU計画は成功したも同然だ!」

 

私に宿っている魔力値を見て魔族の研究員は歓喜の声をあげ、様々な道具を大量に持ってきた。

続々と手術室に研究員達が入ってくる。

着ている衣服には禍々しい紋様が描かれており、見るだけで吐き気がするくらいだ。

 

「さて──始めようか」

 

すると研究員の2人が何やら奥から光輝くものを持ってきた。

1つは触手のようなものがいくつも生えた肉の塊、そしてもう1つが紫色に輝くガラス玉のようなものだった。

 

「フフッ。これが何か分かるかね?魔導書『ラーマヤマ』。これは魔力を半永久的に発生し続ける代物でね。それをこの計画で使うために、生体変化させたのだよ。──さぁ、素晴らしい実験の始まりだ」

 

その言葉で私の体にはいくつもの注射針が射され、何なのか分からない薬品が流されていく。

そして大きな手で私の頭を掴み、巨大なノコギリで──切り始めた。

 

「ギャアァァァァァァァ!!痛い!!痛いぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「ハッハッハッ!悪く思わんでくれよ?その痛みと恐怖により抽出される、脳内物質がラーマヤマへの拒絶反応を無くすのでね。あぁ、心配しなくて良いよ。今体内に注入している薬物のお陰で死なないから」

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

こんな思いするなら、いっそのこと殺して欲しい!!

ゴリゴリと頭蓋骨をノコギリで削る音が部屋に響き、私の耳にも入ってくる。

そしてガパッという音と共に、完全に脳が露出した事が嫌でも分かってしまった。

 

「どれ、頭蓋骨は無事に開ける事ができたな。なら次だ」

 

研究員の1人が小指程の大きさの機械を私にチラチラと見せ、頭に、というよりも脳みそに直接埋め込み始めた。

 

「今君の脳幹に埋め込んでいるのはラーマヤマと増幅機関『サンサーラ』の統制制御する術式を組み込んだものだ。これがなくては2つを安定させる事ができないんでね」

 

そんな事を言われても今の私にはどうでも良い事だ。

もう痛みなんて通り越して感覚すらない。

今は早く死にたい、けど体に流されている薬のせいで死ぬことができない。

苦しい、辛い、悲しい、痛い、憎い……様々な負の感情が私を今まで以上に支配していく。

 

「制御術式安定に稼働開始。……よし、これなら適合できる」

 

「では次だ」

 

その言葉と共に寝ていたベッドが回転し上下坂さまになる。

そして背骨付近の台座が開き私は更に叫んだ。

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!!もう殺してぇぇぇぇぇ!!」

 

「ハッハッハ!元気な人間だよ君は。これなら実験は成功間違いなしだ。では次に移行するとしよう!」

 

次の瞬間、私の背中は鋭利な刃物で切り裂かれ背骨が露になる。

更にそこに魔物達は骨に直接魔力循環の機械を、まるでボルトでも埋め込むように設置していった。

 

そして再びベッドの位置を元に戻し、あろう事か私の胸を触り始めたのだ。

 

「人間の女、男の慰みもの的な存在だからな。せめて人間でいられるこの瞬間だけでも楽しもうじゃないか」

 

そう言って魔物は醜悪な笑みを浮かべながら、気色悪い手つきで私の体を弄り始めた。

 

意思もプライドも何もかもズタズタにされた私。

今唯一残されているのは体の奥底から沸き上がる殺意だけだった。

 

「……さて、これで終わりだ」

 

再び鋭利な刃物で私の胸を引き裂く。

そして露になった肋骨をゴリゴリとノコギリ状の刃物で切除し、現れたのは私の脈打つ心臓だ。

 

「では、さらばだ人間の少女よ。そして──ハッピーバースデー!“ウルタイル”!!」

 

私から心臓を抉り取りその心臓を高らかに掲げる魔物。

あるはずのものが無くなった空間、そこに脈打つ“青白く光る心臓”のようなものを移植された瞬間──。

 

「ぐ……ぶ、う、ぐぶぉぉぉぉぉああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッ!!!!」

 

今まで感じたことのない力が体中を走る。

開かれていた胸や頭はまるで映像を巻き戻すように元に戻り、更に体のあちこちから様々な動物や魔物の体の一部が生えてきた。

右腕はぐにゃぐにゃと気持ち悪く肉が蠢き、百足の胴体のような姿へ変貌し、鋭い爪が節々が出てくる。

 

左腕は裂けて再び合わさるが右腕と同じく人間のものではなく、蟷螂のような鋭く巨大な鎌となる。

 

頭からはメキメキと肉を突き破り2本の龍のような角が生え、胴体も竜に変わり、尻尾まで出てきた。

 

……もうそこに人間だった私はいなくなり、鏡に写るのは醜い化け物へと変貌した私がいた。

 

「フフ……フハハハハハ!!実験は成功だ!!魔力心臓に変化したサンサーラとラーマヤマも拒絶反応無し!これで私はあのお方の力になれるのだ!!」

 

高笑いしながら魔物はこちらに向き直り近づいてきた。

手には花束が握られており、それを私に突き付ける。

 

「おめでとうウルタイル。これで晴れて君は我々の仲間になったのだ。さぁ、これを受け取りたまえ。人間だったのだから花を送られる事の意味は分かるだろう?」

 

「………………」

 

私は無言で花束を受け取る。

それを確認すると魔物はどこからか取り出した地図を開きぶつぶつと何か言い出した。

 

「さて、では早速テストを始めるとしよう。戦闘力を調べるには……あぁ、この人間の村が近いか。ここでとりあえず人間どもを皆殺──」

 

「オい」

 

「ん?なん──」

 

刹那、血の噴水が部屋を真っ赤に染めあげる。

目の前には先程までぶつぶつと言っていた魔物の“首のない”体がフラフラと立ち、やがて膝から崩れ落ちる。

 

首は右側にあった壁に叩きつけられ原型をとどめる事なく、ドロドロと真っ赤な血と脳奬をぶちまけていた。

 

「ひ、ひいぃぃぃっ!!」

 

「逃ガすカッ!!」

 

悲鳴を上げ逃げ出そうとした魔物を右腕で捕縛し手繰り寄せる。

ガタガタと震えながら魔物は叫んだ。

 

「何故だ!?私達は言わばお前の親なんだぞ!何故──」

 

「黙レッ!!」

 

叫び騒ぐ魔物を私は頭から食らいつき引き千切る。

ボリボリと骨を砕く音を響かせながら私は“それ”を飲み込み、床にゴミのように倒れている胴体を踏み潰して室内にあるものを破壊し始めた。

 

「絶対ニ許さナい!!ミんナ壊ス!!殺ス!!壊シて壊しテコワシテヤル!!魔物モ人間も全てヲッ!!!」

 

果てしなく沸き上がる殺意と破壊衝動。

それに突き動かされるように私は施設を破壊しそこにいた魔物も人間も全て殺し、喰った。

もう私は人間には戻れない。

この体にした魔物達を許さない。

そしてこの世界に生きる全てのものを殺し、存在するもの全てを破壊してもこの気持ちは──哀しみは消えない。

 

あぁ、誰か。

誰でもいい……私を…………。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「た……す、ケ……テ……」

 

泣いていた。

禍々しい姿になり、辺りを侵食しながらウルタイルは、その赤く光る瞳から大粒の泪を流して泣いているのだ。

 

「まだ人間の感情が残ってるとでも言うの?」

 

そんな疑問を抱くユリシアの言葉を否定するように淳一はヘビィバレルの銃口をウルタイルに向けた。

 

「淳一!」

 

フィルメニムが名前を呼ぶが淳一はそれを遮るように大声で言う。

 

「情けは捨てろッ!見ての通りこいつは敵!仮に人間の感情が残っていたとしても元には戻れない!だったら今ここで殺す事が奴にとっても幸せなんだ!」

 

「まだ方法があるかもしれない!なのにそれも探しもしないでここで殺すの!?」

 

「その方法が見つかるまでどれくらいかかる?1年か?10年か?もっとか?その助かる方法が見つかるまで一緒に行動して安全だという保障がどこにある!」

 

言い争うフィルメニムと淳一へ向けて魔力弾が撃ち込まれる。

それを2人は回避するがフィルメニムに反して淳一はヘビィバレルのトリガーを引き、魔力弾を弾雨の如くウルタイルへ浴びさせる。

だがやはり魔力弾はウルタイルを包むオーラによって侵食され、届く事はない。

 

「ッ!見ろ、これが現実だ!あいつはオレ達を敵と見なして攻撃してきている。今ここであいつを殺らなければオレ達が殺られる!」

 

「い……ヤ……!壊さナキゃ……ダメ……殺ス、たくない……」

 

ウルタイルは新たに生えてきていた竜の腕で顔を押さえながら周囲を攻撃する。

その顔にはピシッ亀裂が入り、さらに目玉が出てこちらを不気味に見ている。

 

「……あかん。あの子の中のラーマヤマが暴走しとる。ここに来て肉体がラーマヤマとサンサーラの出力に耐えきれなくなってきてるんや……」

 

「なんだって!それじゃこのままじゃ……」

 

「自滅は確定やね。ただし、あれを中心に半径約数kmは一緒に消滅、草どころか私達まで塵になるっちゅー特典付きでな」

 

ディセントの言葉に一同は驚きを隠せずにいた。

そりゃそうだ、ウルタイルが死ねばオレ達どころか半径約数kmの命が消えると言われれば、誰だって驚愕するだろう。

 

「そんな事、させるかよ!」

 

「ちょっ!レミリス!?」

 

「あの馬鹿ッ!!」

 

オレはまっすぐ迷う事なくウルタイルへ向かって走った。

もちろんウルタイルからは無慈悲な攻撃が降り注ぐが、それを自分でも驚くくらい全て回避しているのだ。

 

「どうする気やレミリス?」

 

とそこへディセントが隣へ飛んでくる。

 

「決まってる!あの子を助ける!」

 

「やめとき。あの子はもう助からへん。今は一刻も早くあの子から離れるんや」

 

ディセントにしては珍しい発言だった。

それだけあの子の中のラーマヤマとサンサーラは危険な物という訳か。

 

「……そりゃオレだって逃げたいさ」

 

「なら──」

 

「けどな!目の前で涙を流して助けてと泣いている女の子を、見捨てるなんてできるかってんだ!」

 

今逃げれば助かるかもしれない。

だけど、絶対後になってオレは後悔する。

自分の命惜しさに女の子1人を助けなかった卑怯者だと……。

ならば、オレがする事は決まっている!

 

「けど助けようにもこっちの攻撃はあのオーラに阻まれるで?しかも近付く事もままならない訳やし」

 

「届かせてみせる!絶対に届いて貫く刃!伝説の聖魔剣ならそれくらいできるだろ!」

 

「……ホント、レミリスは無茶苦茶や。けどな、嫌いじゃないで?そーゆうトコ」

 

ディセントがこちらにウインクをした瞬間、彼女の体が金色に輝きだし眩い閃光に包まれる。

その光は聖の光でこちらに迫っていたウルタイルのオーラと触手を消滅させた。

 

そして、光が消えるとオレの手には双剣を合体させたような白と金に輝く、大型の弓が握られていた。

 

「これは……」

 

「新形態……一撃必中の『ボーゲンフォーム』や!」

 

ボーゲンフォームと呼ばれる新形態になったディセントからは、聖なる波動が静かに、だが大量に溢れ出ている。

 

「私の光の力であの娘の中で暴走してるラーマヤマとサンサーラを止める!莫大な量の魔力にそれ以上の聖力をぶつければ暴走は止まって、出力も安定するはずや!」

 

「けど魔力の塊であるウルタイルに聖なる力を撃ち込めば消えてしまうんじゃ──」

 

「そこはレミリスの腕の見せ所やで?大丈夫や、自分の力と私の力を信じるんや」

 

「……分かった!」

 

ドウッ!!とディセントの聖なる波動が増大する。

その波動はオレ自身をも包み込み、ボロボロになっていたジャケットとダメージを受けていた体を修復し癒した。

 

「初!淳一!フィルメニム!」

 

「おうよ!やってやれレミリス!」

 

「ったく、啖呵切ったからには絶対に助けてみせろよ!」

 

「援護は任せて!数秒でも捕縛してみせる!」

 

3人は上空へ飛び上がり、ウルタイルに向けてそれぞれの武器で攻撃する。

フィルメニムも攻撃しながら先程よりも強力な捕縛魔法でウルタイルをがんじがらめにした。

 

だがその捕縛魔法の鎖もウルタイルから放たれるオーラによってジワジワと侵食され始めている。

 

「く、来ルな……!コロセ、コロセコロセ殺しテヤるぅぅぅああぁぁぁっ!!」

 

絶叫しながらウルタイルは右手を横へ向ける。

すると手を突き破り1本の長大な野太刀が姿を現した。

その野太刀からはウルタイルと同じように禍々しい力が溢れており、実体刃なのか魔力刃なのか判別できない刀身が特徴的だった。

 

「消えろぉぉぉぉぉっ!!」

 

その野太刀をウルタイルは地面へと叩きつける。

その刹那、ウルタイル周辺の地面と空間が爆発し、ぽっかりとでかいクレーターができあがった。

 

「なんて威力だよッ!」

 

「レミリス!!」

 

「あぁ!後は任せろ!」

 

足元に深紅の魔方陣が展開される。

さらにその魔方陣からは聖なる金色の光も溢れてだしており、莫大な量のエネルギーが周囲を包み込む。

 

こちらに迫っていたウルタイルの攻撃の衝撃波とオーラも打ち消されている。

 

「うぐっ……ごあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

フィルメニムの捕縛魔法を引き千切りウルタイルがこちらに突撃してくる。

 

「くっ!」

 

ぶつかる前にオレは左手を前に突き出し防御壁を展開する。

バチバチと両者の間に紫電が走る。

 

ウルタイルの体には亀裂が入り、ボロボロと崩壊が始まっていた。

恐らく体という器がラーマヤマとサンサーラの出力を受け止めきれなくなってきているのだろう。

 

「もウ……だめ……逃ゲテ、私ガ死ぬ前ニお前死ヌ……」

 

ウルタイルは涙を流しながら言った。

人間だった頃の自我が解放されつつあるのか、先程のような禍々しい殺意はあまり感じ取れない。

 

「これ以上殺しタくなイ……!早ク逃げルカ私を殺シテ!!」

 

「……さっき言ったよな、助けてってさ。ならオレはその言葉通りに動くまでだ!」

 

防御壁から光の力の捕縛魔法を展開しウルタイルの動きを封じ、オレは彼女から距離を取る。

 

そして上空へ飛び上がり、ウルタイルに向けてディセントを構えた。

 

「……いいかウルタイル。生存欲求には大きく2種類ある。『死にたくない』と『生きたい』だ。その2つの間には天と地ほどの開きがある。『死にたくない』で生きていけるほど、お前の道は優しくない。ましてや死にたいなんてご法度だ。お前を生かすただ1つの言葉は『生きたい』だッ!」

 

「──ッ!!……私ハ……生きタイ!!だカら……お願イ……助ケテッ!!」

 

心の底からの言葉。

ウルタイルは泣きながら大声でそう叫んだ。

 

「あぁ、助けるさ!!」

 

右手に光の力が集まり1本の矢が召喚される。

金色と銀色に輝くそれをオレはディセントにセットし、力いっぱいに弦を引く。

 

弦が引かれるごとに矢とディセントの聖なる波動が増大する。

そしてそれが最大になった時、オレは叫んだ。

 

「「穿てッ!!セイクリッドアーチャーッ!!」」

 

勢いよく放たれた矢はその形を変えて金色の狼となった。

そしてそのまままっすぐ何にも妨げられる事なくウルタイルの胸のど真ん中に突き刺さり、ぽっかりと穴が空く。

 

刹那、莫大な量の金色の聖力がウルタイルを包み込み、その禍々しいオーラと魔力を打ち消していく。

 

「アアアアアアァァァァァァァァァァァァァ──」

 

ウルタイルの合成獣の体は霧散して消滅していく。

そして全ての元凶であるラーマヤマとサンサーラの禍々しい魔力も、セイクリッドアーチャーの力で否応なしに消滅していった。

 

……眩い光が収まるともうあの禍々しい力は一切感じられず、ウルタイルの“合成獣の姿”も無くなっており、クレーターの中心には腰まで伸びた黒髪の少女が一糸纏わぬ姿で倒れていた。

 

オレは急いで駆け寄ると少女を抱き上げ、着ていたジャケットの上着を被せた。

 

「……良い寝顔じゃん」

 

少女──ウルタイルは幸せそうな笑みを浮かべながら静かに寝息を立て、レミリスの腕の中で眠っていた。

 

悪しき力から文字通り身も心もウルタイルは解放されたのだ。

 

「……ラーマヤマもサンサーラも安定してる。私の力で浄化されたから、もう二度と暴走はせえへんよ」

 

ボーゲンフォームから人間形態になったディセントはそう言いながらウルタイルの頭を優しく撫でる。

その様子を見て初や淳一達も武装を解除して近付いてきた。

その後ろにはユリシアの姿もある。

 

「やったなレミリス。それでこそオレの生徒だ」

 

初はそう言いながら肩を組みオレの頭を拳でグリグリとしてきた。

微妙にこめかみに入っているので痛くて辛い。

 

「分かった!分かったから頭グリグリするのやめてくれ!ウルタイルが落ちる!」

 

「おっと、わりぃわりぃ」

 

「まったく……」

 

「……これがフェンリルの血を継ぎし者の力か」

 

ボソッと淳一が言う。

 

「それだけやない、レミリスだからこそ発揮できる力や」

 

「フッ……。そうかも知れないな」

 

ドカッと淳一その場に座り、つられるように初やフィルメニム、ユリシアも座り込んだ。

全員疲労困憊、体力も魔力もすっからかんである。

 

「ユリシア、ステラスには医者はいるか?」

 

「もちろん。小さい頃からお世話になってる人だから、事情を話せば診てくれるわ」

 

「そっか。ならその医者の所へ行くと──」

 

「そいつがウルタイルか?」

 

『!!』

 

突然の声にオレ達は上を見上げる。

そこには背に携えた大剣の柄に手をかけ、左手に握られた銃をこちらに向ける1人の男がいた。

 

「……殺す」



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6 Sword: Berserk

「……来ないのか?」

 

そう言って漆黒の男はこちらに鋭い視線で睨んでくる。

鼻まで包帯のようなもので覆っているので表情は分からないが、明らかにこちらに敵意を向けている事は嫌でも分かる。

 

「……ならば、こちらから行くぞ」

 

「!!」

 

男は跳躍したかと思えば左手に握られた銃から魔力弾を放ってきた。

しかもただの魔力弾ではない、無数の散弾型の魔力弾であって回避は無理だ。

 

オレ達はとっさに自分達の前に防御壁を展開し、魔力弾から身を守る。

 

それに対し男は躊躇なく背に携えた大剣を抜き放ち、あろうことか眠っているウルタイルを抱えているオレに斬りかかってきた。

 

「ディセント!」

 

左腕でウルタイルを抱え、右手にディセントを召喚し巨大な刀身を受け止める。

ただの大剣ではない、全長2mは超えるであろう斬馬刀と呼ばれる巨大な大型刀だ。

 

普通ならその重量故に扱える者は少ない。

力自慢の魔物なら分かる、だが目の前のこの男は明らかに人間なのだ。

 

「何なんだよお前は!いきなり襲いかかってきやがって!」

 

「………………」

 

「何か言えよ……ッ!」

 

自分の周囲にブラッディーダガーを展開し男に向けて放つ。

だが男はまるで軽業師のような動きでブラッディーダガーの攻撃を全て回避してしまった。

 

「もうこいつはお前が知ってるウルタイルじゃない。見りゃ分かるだろうが」

 

正直今こいつと戦って勝てる気はしない。

ウルタイルとの戦いで体力も魔力もかなり消費した上に、ディセントの力を引き出す事もしんどい。

 

だが今はそんな事を言ってられない。

肩で息をしながらオレは切っ先を男に向けて、自分の周囲に矢状のソニックスマッシャーを展開した。

 

「…………どけ。さもなくば──」

 

「待って!」

 

するとオレと男の間にユリシアが両手を広げて割って入ってきた。

 

「ユリシア!!」

 

「確かにこの子は紅魔軍だったわ。けどこの子はその紅魔軍に利用されてた可哀想な子なの。今はこうしてレミリスのおかげで本来の姿を取り戻した……ただの女の子よ?」

 

「………………」

 

長い沈黙。

男は何も言わないまま斬馬刀を背に戻し、左手の銃も腰に差した。

 

「……問う。お前達はオレの敵か?」

 

「……紅魔軍を斃すのがオレ達の目的だ。敵の敵は味方、違うか?」

 

「……ふん……スレイプニール」

 

その呼び掛けと同時に男の背後から巨大な馬が現れる。

赤い体毛、その体躯のでかさからして魔馬だろう。

 

しかもただの魔馬ではない、発している魔力と闘気からして上位クラスの魔馬だとオレは感じとった。

 

その魔馬に男は華麗に跨がり冷たく言い放った。

 

「…………邪魔はするな」

 

鋭い眼光でこちらを睨み付けながら男は馬と共に去っていった。

 

「ふぅ……。どうなるかと思った」

 

その場にヘナヘナと力なく座り込む。

ディセントも聖魔剣モードから人モードになって、同じく隣に座り込んだ。

 

「さ、さすがの私もボーゲンフォームで力をほとんど使ってもうたから危なかったわ~。それに、あいつが使ってた斬馬刀……ただの斬馬刀とちゃう」

 

「どういう事だ?」

 

「本来の力こそ発揮してなかったけど、あのまとわりついているオーラは間違いあらへん。……名は『ヨルムンガンド』、バジリスクにも勝るとも劣らない史上最凶の毒を持つ大蛇を宿した毒の大魔剣や」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

男──ベルセルクは愛馬スレイプニールの上で考えていた。

なぜあのままウルタイルを殺さなかったのだろう、いつもなら有無を言わさずどんな理由であろうと葬るはずなのに、と。

 

それともう1つ、あの紅い瞳を持つ少年だ。

もし噂が本当ならあれが紅魔軍が抹殺しようとしている“FF”──フェンリルの子孫だったのかもしれない。

 

フェンリル……その名を聞くだけで己に流れる“血”が騒ぐ。

だがベルセルクは血に支配されるような小さい男ではない。

この忌まわしい血を受け継ぐ者だからこそ、紅魔軍は絶対に滅ぼさなくてはならないのだ。

 

「いたぞ!奴だ!」

 

「殺せ!」

 

ステラスを出て2時間くらいした所で突如野太い声が響き渡る。

その声と同じくしてオーガやオーグの軍勢がわらわらと出て、あっという間にベルセルクとスレイプニールを囲んでしまった。

 

「……紅魔軍か?」

 

「左様!グロリアス遺跡で我等が同志達を殺した罪により、貴様をこの場で処刑してくれようぞ!」

 

指揮官と思われるグリードマンの騎士が叫ぶ。

その声に呼応するより周りのオーガやオーグも雄叫びを上げ、己の武器を頭上に掲げる。

 

「……そうこなくてはな!」

 

ベルセルクはスレイプニールから降りて背に携えた斬馬刀──ヨルムンガンドを左手1本で軽々と抜き放ち、肩に担いだ。

 

「…………蹂躙しろ」

 

甲高い馬独特の雄叫びを上げながらスレイプニールは後ろ足で立ち上がり、前足を動かして紅魔軍の雑兵を威嚇する。

そして、全身を覆う赤い体毛が燃え上がり、灼熱の炎を纏う魔馬へと変貌した。

 

刹那何十というオーガやオーグが上空へと血や臓物を飛び散らせながら舞い上がる。

一瞬の出来事、気付けば先程までベルセルクの隣にいたスレイプニールは遥か後方まで離れていた。

 

スレイプニールが走ったその道は炎が燃え上がり、容赦なく雑兵達をただの肉塊へと姿を変える。

 

「き、貴様……ッ!」

 

「…………死ね」

 

ヨルムンガンドを振り回しながらベルセルクは紅魔軍の軍勢へと駆ける。

 

「馬鹿が!全軍突撃、必ずベルセルクを討ち取れ!」

 

指揮官の声と共にオーガやオーグ達も武器を振り回しながらベルセルクへと突っ込む。

後方ではガンナー使いがベルセルクに向けて魔力弾や魔力砲弾を放っているが、当のベルセルクはその攻撃を全て避けて、向かってきている雑兵をヨルムンガンドで斃していく。

 

だがヨルムンガンドは全体に刃こぼれしているため、斬ったとしても大体はその重量とパワーによって引き千切ったという方が正しいかもしれない。

 

そうこうしている間にもベルセルクは雄叫びを上げながら躊躇わず敵陣へと突っ込む。

 

「…………言え、ヒュリンスを襲ったのは貴様達か?」

 

ヒュリンス、それはベルセルクにとっては数少ない大切な場所とも思える小さな港町であった。

たまたま寄ったこの町でベルセルクは、町長に頼まれて町を度々襲ってくる怪物を討伐するために短期間だが滞在していた事があるのだ。

 

ヒュリンスは人間も魔物も共に生活するとても平和な町だった。

見ず知らずのベルセルクをまるで家族のように迎え入れてくれたのだ。

 

……だがそのヒュリンスは3日前に壊滅した。

生存者はゼロ、人間魔物関係なくそこに住まう者全てが惨殺されたのだ。

 

「ヒュリンス?あぁ、あの下等生物共の町か。人間だけならまだしもまさか魔族も一緒に暮らしていたとは……同じ魔族として虫酸が走るわ。そう、あの町を襲ったのはこの私の部隊とレオ様のレグルス騎士団──」

 

「もういい、黙れ」

 

ドスの利いた声でベルセルクは言い放つ。

肩は怒りに震えヨルムンガンドを握る右手にも力が入る。

そして、そのヨルムンガンドの刀身からは黒紫色のオーラが放出されていた。

 

「な、なんだ……!?」

 

「……はあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

凄まじい量の魔力とオーラがベルセルクとヨルムンガンドから放出される。

煙のように黒い魔力を体から滲み出しながら、一歩、また一歩とゆっくり歩き出す。

 

「…………行くぞッ……!!」

 

ドウッ!!と一気に魔力の量が増加する。

更にベルセルクは瞬速とも言える速さで敵を薙ぎ払う。

だが先程とは様子が違う、ヨルムンガンドから発せられている黒紫色のオーラに当てられたオーガ達が悶え苦しんでいるのだ。

 

「グギイィィィィィィッ!?」

 

「イテェイテェ!!イデェしアヅイィィィィッ!!」

 

地面で転げ回りながら苦しむ紅魔軍の軍勢。

悲鳴と絶叫が飛び交う混沌と化した戦場、そして苦しみ悶えた彼等の体は勢いよく破裂し、見るも無惨な姿へと変わり果てた。

 

「こ、こんな事が……こんな事があってたまるかぁっ!!」

 

指揮官は激昂しながら半ばヤケクソ気味にベルセルクへと突撃し、手にしていたナイトランスを繰り出す。

 

だがそのような攻撃はベルセルクにとって避ける必要もない。

ベルセルクはそのまま避ける事なく、左手で指揮官のナイトランスを鷲掴みにし、あろうことか握力だけで圧壊させたのだ。

 

「!!」

 

「…………死ね」

 

右手に持ったヨルムンガンドを頭上に掲げベルセルクは躊躇いなく、魔馬に跨がって固まっている指揮官の頭目掛けて振り下ろす。

 

あまりの恐怖に指揮官は動く事さえできずに頭から股へと、魔馬ごと一刀両断されてしまい、2つに分かれた体からは紫色の血が噴水のように吹き出し、ベルセルクと地面を濡れさせる。

 

「…………」

 

ヨルムンガンドについた血を振るい落とし再び背に携える。

もうヨルムンガンドの刀身からはあの黒紫色のオーラは出ておらず、元の刃こぼれ斬馬刀へと元にもどっていた。

 

「……レグルス騎士団、レオか……」

 

漆黒の瞳に憎悪の炎を燃やしながらベルセルクは自分を待っていた愛馬の元へと向かう。

 

 

「……行くぞスレイプニール。“奴”を復活させる訳にはいかない」

 

スレイプニールに跨がりベルセルクは次の戦場へと向かう。

だがこの時彼はまだ気付いてはいなかった。

自分の“得物”がこの時の戦闘がきっかけで覚醒しようとしている事に……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「──そうか、CODEーUは破れたか。あれならFFを仕留められると思ったのだがな」

 

うす暗い部屋、レグルス騎士団団長室にいた男が口を開く。騎士の1人から報告があり、CODEーU──つまりウルタイルがレミリスの抹殺に失敗したのだ。

 

「あまり奴を舐めない方がいいぞ黒騎士。奴は強い。あのウルタイルを斃したんだ、覚醒当初の時とは違う」

 

「やけにあの子の肩を持つのねレオ。もしかして、あの子の事が心配なの?」

 

「ふん、まさか」

 

その問いに男──レオはハッと鼻で笑い、腰に携えていた愛剣ウロボロスを引き抜き、その切っ先を虚空へと向ける。

 

「あいつを斃すのはオレだ。魔狼の血を引く者は2人もいらない、それはオレであってあいつではない。無粋な質問をするな“アプター”」

 

「……答えになってはいないんじゃないか騎士レオよ?それに私情を持ち込まれては困るな、今は大事な会議中だ」

 

「そう、今はFFを誰が始末するかではない。議題は現在の侵攻状況、FFの動向、そして我々の拠点を荒らし回っている謎の黒服の男についてだ」

 

「……“ネクロマンサー”」

 

レオはウロボロスを納め再び席に座りネクロマンサーを睨む。

ネクロマンサー……死霊魔術を使う魔導師。レオはこの男の事を特に嫌っていた。

表だって戦線に立つ事はない、だがその事もあり奴からは黒い噂が絶えないのが事実だ。

 

「解くべき封印はあと3つ。マグネアルス遺跡・ウェイスシティ・フェンリティニィ城……この3つの封印が解ければ、我等が盟主は復活する」

 

「だがこの3つは今までの封印箇所とは違う。潜り込んでいる諜報員の情報では奴等も馬鹿ではないらしい。それなりの戦力を警備に当たらせているようだ」

 

そう言いながら黒騎士は手に持っていた資料をテーブルの上に広げる。そこには3箇所に割り振られた現政府の戦力の詳細が記されていた。

それを見ながらレオはテーブルに置かれた紅茶に手を伸ばし、一口飲む。

 

「……この程度なら封印を全て解くのはそう時間はかからんだろう。問題はFFと謎の黒服の男だ」

 

「FFについてはレオの部隊であるレグルス騎士団が監視を行っている。では騎士団団長から報告してもらおう」

 

「あぁ」

 

再び紅茶を飲みレオは資料を手に持ってイスから立ち上がり話し始める。

 

「現在FFはステラスにてウルタイルを撃破後、ステラスからは去らずに医者の所で療養中との事だ。今が奴を抹殺するチャンスだと捉えるかもしれないが、私が騎士である以上、そのような卑怯な手を使って抹殺する事は許さん。以上だ」

 

「……騎士レオ、相手は弱っている。今殺さないでいつ殺すのだ?あなたの騎士の誇りは分かる。だが、時にはそれを曲げなければならない事もある。……それが今だとは思わんかね?」

 

「思わない」

 

ネクロマンサーの問いにレオはさも当たり前と言わんばかりに即答する。

その問いが気に食わなかったのかネクロマンサーの体からは黒い霧のようなものが滲み出ており、手をついていたテーブルの一部が音を立てながら腐り落ちていっている。

 

(あぁ何か2人とも怒ってる……。あ、そっか!お腹空いてるんだ!ちょうどお菓子持って来てるんだった、それを皆で食べれば万事オーケー!)

 

その間約1秒。アプターは席を立ち後ろに置いてあった自分の荷物の元へと向かう。

 

「アプター殿。会議中勝手に席を立たれては困りますな」

 

「ちょっと待って。確かここに……あ、あったあった」

 

アプターは両手いっぱいのお菓子を“小さな”カバンから取り出し、スタスタと戻ってくる──がそううまくいかないのがアプターである。

 

グキッ。

 

「あ」

 

何もない所でつまずきこけるアプター。空中へ舞い上がる両手いっぱいに持っていたお菓子。そのお菓子が無慈悲にもレオ達の頭上へと降りかかった。

 

「「「………………」」」

 

だがレオ達はそれぞれ魔方陣を展開する。その上にお菓子がドサドサっと落ち、さらにその魔方陣をテーブルの上まで移動させ、お菓子をゆっくりと下ろした。

 

「あ、ごめんなさい……。皆お腹すいてるからイライラしてると思って……」

 

おどおどしながら謝るアプターに最初に声をかけたのはレオだった。

 

「今我々はお腹はすいてませんから、アプター殿はお座りください」

 

「ほ、ほんと?」

 

「本当ですよ。だから貴方はふんぞりかえって偉そうにしてください。それで十分です」

 

「うん!」

 

元気よく返事をしてアプターはイスには座らず、なぜか部屋の隅っこでふんぞり返り始めた。

 

「……良いのかあれで」

 

すっかり毒気を抜かれたネクロマンサーがレオに問う。レオはアプターの様子を見ながら、彼女が持ってきたお菓子の1つを口へ運んだ。

 

「あぁ。当面害にはならんはずだ、問題ない」

 

「……そうか。む、なかなかいけるな」

 

レオに釣られてネクロマンサーもお菓子を食べる。どうやらアプターの目論見は達成されたらしい。

 

「さて、会議にもどろう。次の議題はこの男についてだ」

 

そう言いながら黒騎士は空中に手のひらサイズの魔方陣を浮かべる。そこには背に斬馬刀を携え巨大な馬に乗る黒衣の男が写っていた。

 

「この男……一部の者からはベルセルクと呼ばれてるらしい。我々の拠点を徹底的に破壊し、兵を皆殺しにしている抹殺対象の1人だ」

 

「正体不明、分かってるのはこいつが男だという事と紅魔の敵という事だけ……。もっと詳細なデータはないのか?」

 

少々不満げにレオは黒騎士に問う。

 

「目撃情報が少なくてな。奴を監視していた諜報員も死体で発見されている。この映像もその諜報員が入手したものだ」

 

「見る限りこいつの得物は背中の斬馬刀くらいですかな?」

 

「それは違うぞネクロマンサー殿。諜報員の死体にはいくつもの銃創があった。恐らくガンナー使いでもあるのだろう、銃創の型からしてガンタイプだ」

 

紅茶を飲みながら黒騎士は諜報員の死体の映像を写し出す。その死体には無数の穴が空いており、頭部に関しては原形をとどめていない程である。

 

「我等紅魔の諜報員・密偵の能力は高い。普通ならその監視に気付かれる事はない。だが、こいつは只者ではないって事らしい。で、奴の動向はどうなってる?」

 

「残念ながら皆目見当がつかん。言っておくが奴に殺された諜報員はそいつで5人目だ」

 

「ならば私の出番な訳ですな」

 

ニヤリと笑いながら立候補したのはネクロマンサーだ。ネクロマンサーは続ける。

 

「私は魔術全般に長けております故、千里眼を奴に気付かれる事なく見張る事ができます。そして……」

 

ネクロマンサーはテーブルに置いてあったアプターの持ってきていたお菓子を1つ掴み、そのまま握り潰した。

 

「黒騎士殿、この私にベルセルクを抹殺する権利をお与えください」

 

「……自ら戦線に立つとは珍しいなネクロマンサー殿。どういう風の吹き回しだ?」

 

「騎士レオよ。私も紅魔の一員、盟主復活の妨げになる者がいるのなら、抹殺するのみ。その役目を今回は私が引き受けるというだけ。何かおかしいかね?」

 

先程のおかえしと言わんばかり憎たらしくニヤニヤとしながらネクロマンサーはレオに話す。レオはくだらなさそうに冷めてきた紅茶を一口啜った。

 

「……フッ、決まりだな。死霊魔術師ネクロマンサーよ、貴殿にベルセルク抹殺を命ずる。どんな手を使ってもいい、必ず奴を討ち取ってみせろ」

 

「仰せのままに。このネクロマンサーと我が“六鬼将”がベルセルクを討ち滅ぼしてみせましょう!フフ、フハハハハハハ!!」

 

ネクロマンサーのその不気味な笑いが部屋中に響き渡り続けるのだった。

 

「……ねぇ、いつまでこのポーズしてればいいの?」

 

「「あ」」

 

すっかり忘れさられていたアプターであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

時は同じくしてレミリス側。こちらの一行はユリシアの紹介でステラスの医者の所で厄介になっていた。

 

「うん、バイタル良好。魔力値も安定してるし問題ないっしょ」

 

「それは良かったぁ」

 

ウルタイルが眠るベッドの横にあったイスにオレ──レミリスは座りこんだ。既にフェンリル化は解いており、人間の姿に戻っている。

 

「それにしてもあんたらも丈夫だねぇ。普通の人間や魔族なら死んでるよ?」

 

タバコを吸いながら医者はケラケラと笑う。というかお医者さんなら患者の前でタバコ吸っちゃダメだろ。

その横で同様にタバコを吸っている初もしかり。

 

「で、どうするんだレミリス?まさかその子──ウルタイルも連れて行く気か?」

 

自らのガトリングガンの手入れをしながら淳一が問う。少々不満なようだ。

 

「やめとけやめとけ。救ったからと言っても元は紅魔軍の一員、裏切らないという保障はない」

 

「淳一さ、あんた紅魔軍に何か恨みでもあるの?確かに奴等のする事は許せない事ばかりだけどさ」

 

頬杖を突きながらフィルメニムが訊くが淳一は答えようとはしない。

 

「ウルタイルは──」

 

「一緒に行きます」

 

「ウルタイル!」

 

ベッドからゆっくりと起き上がりながら、ウルタイルははっきりとした口調で言った。更にウルタイルは続ける。

 

「……私はレミリスさんについて行きます。破壊と殺戮にしか使えなかったこの力、今度は誰かを守るために使ってみせます」

 

「それはええけど、ラーマヤマとサンサーラは大丈夫なん?」

 

心配そうにディセントが訊ねるがウルタイルは首を縦に振って肯定する。

 

「はい。レミリスさんとディセントさんのお陰で暴走は完全に止まってます。あの一撃でラーマヤマの膨大な魔力が打ち消され安定してます。あと、どうやら光の力を無意識のうちに取り込んだみたいで、その力がラーマヤマのリミッター的な役割をしてますね」

 

笑顔でさらりと凄い事をカミングアウトしちゃったよこの子。けどあながち間違ってはいないのかもしれない。光の力で魔の塊であるラーマヤマの溢れる魔力を相殺させ、必要以上の出力を出させない。

しかも伝説の聖魔剣であるディセントの光の力だ、そう簡単に破れるものではい。

 

「……ちっ、こりゃ何を言っても聞かねぇか」

 

ガシガシと頭をかきながら淳一はウルタイルに近付き、ビシッと差して言う。

 

「もし、仲間を裏切るような真似をしてみろ。その時はオレが──」

 

「はいそこまで!!」

 

「あだっ!?」

 

鋭い痛みが淳一の頭を襲う。涙目になりながら後ろを振り向くと、そこには今まさに淳一にチョップをした手で構えているユリシアがいた。

 

「そこから先言ったら……抉るよ?」

 

「「「どこをっ!?」」」

 

にっこりと黒い笑みを浮かべながらえげつない事を言い放つユリシアに、淳一だけでなくオレや初を含めた男性陣は一斉に己の股に手をかざす。

意外とユリシアはキレさせたら怖い女性なのかもしれない、いや、怖い女性だ、うん。

 

「そういう事だから。淳一も男ならうだうだ文句言わない!分かった?」

 

「……ったく、しゃーないな」

 

分が悪そうに淳一はしぶしぶ返事をし、そのまま元いた場所へと戻る。

 

「それじゃ、ウルタイル。これからよろしくな」

 

「はい、こちらこそ。あと私の事はウルと呼んでください。ウルタイルじゃ長いですから」

 

「分かったよウル」

 

がっしりとオレとウルは握手を交わす。ディセント・初・淳一・フィルメニムそしてウルタイル……新しい仲間が加わった事でオレ達は以前よりも紅魔軍に狙われるようになるだろう。

だがオレは絶対に負けない、あいつと──レオともう一度戦うまで絶対に。そしてあのヨルムンガンドを携える男の正体も掴む。

 

「……さて、話は終わった?」

 

今までこちらの様子を見ていた先生(人間の女性)が口を開く。

 

「取り敢えず今日は全員うちで休みな。幸いにも人数分ベッドがあるしね」

 

「え、いいんですか?」

 

「人間魔族問わず傷や病を治すのが医者の本分さね。それが例えこのステラスで忌み嫌われてるフェンリルの子孫でも、元紅魔軍の女の子でもね」

 

ケラケラと笑いながら先生は再びタバコを吸い始める。

 

「……先生って変わってるって言われません?」

 

「いちいち昔の事を根に持ってもしゃーないっしょ。大事なのは今、昔の事にこだわるようじゃ先には進めないんだよ、生き物ってのはね」

 

大事なのは今、か。けどそう考えない人達もいる、紅魔軍だって恐らく過去の復讐のために再び活動し始めたのだろう。

 

「なーに気難しい顔してんねんレミリス」

 

「ディセント……」

 

「考えてる事は大体知ってるで?けど今は先生の言う通り体を休める事が先や。私もそうやけど、レミリスも今日の戦いで大分魔力消費してん。ぐっすり寝て体力と魔力回復やっ。そうと決まればおやすみ~」

 

そう言ってディセントはベッドへとダイブ!10秒もかからずに寝息を立てて寝始めた。

 

「はやっ!」

 

「ならオレ達も休むとしよう。ちょうどこの部屋には人数分ベッドがあるしな」

 

「そうだな。オレも疲れた」

 

ディセントに続いて初と淳一もベッドへと潜りこみ、しばらくするとこちらも寝息を立てて寝始めた。

 

「……フィルメニムは同じ部屋でいいのか?」

 

「人数分のベッドがあるならここでいいわ。個室を用意してって言うのも気が引けるしね。ただ寝間着には着替えるけど」

 

そう言うとフィルメニムは魔方陣を展開させる事なく、一瞬で今着ている服から寝間着へとチェンジさせた。ちなみに寝間着の色は普段着ている服と同様に黒である。

 

「んじゃ私も寝るから。……寝顔見たらちょん切るから」

 

「さらっと危険な事言うのはやめろ」

 

気付けば起きてるのはオレ1人だった。いつの間にかユリシアもベッドで横になって寝ている。

残っているベッドは窓側にあり、オレは急に襲ってきた眠気に大きなあくびをしながら向かう。

 

「……あー、やっぱり布団サイコー」

 

そしてオレも皆と同じようにあっという間に深い眠りについた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……あそこで間違いないんだな“ジン”」

 

「えぇ。あの城は何百年も前のものですが、現在も連合軍によって使われてます」

 

太陽が上がり空が白んでくる1時間程前、レオは部下であるジンと共に目標である城が見える崖の上にいた。

 

紅魔軍が手に入れた情報によれば、あの城には紅魔軍討伐のために集められた精鋭が駐留しているらしいのだ。

 

今後の脅威となると判断した紅魔軍はこの精鋭部隊の排除を決定、その抹殺任務をレオのレグルス騎士団に命じたのだ。

 

「抹殺対象者数はおよそ500人。情報によれば女子供もいますがどうします?」

 

「……丁度良い。自分の愛する者が殺されるのを目の当たりにさせ、いかに自分達が無力かを嫌という程思いしらせてやれ。我等紅魔に逆らえばどうなるか……身をもって知るがいい」

 

眼下の城で動く兵士達をレオはまるで虫けらでも見るかのような目付きで見つめ、そう冷たく言い放った。

 

「では周辺に展開している小隊に侵入させ──」

 

「奇襲しても真正面から行っても結果は変わらん。……あの男との戦いに備えておくのも悪くはないだろう」

 

レオはサーガのヘルムを被ると愛馬ボルメテウスから降りて、腰に携えていた紅い刃の剣ウロボロスを抜き放った。

 

「周辺に展開している騎士に伝えろ。城から出てきた奴を抹殺せよ。城内のはオレが全て斬り捨てる。ジン、お前もそっちだ」

 

「了解です。あまり無理はしないでくださいね」

 

「心配される程ヤワではない」

 

レオはマントを翻しながら、そのまま躊躇なく崖から飛び降り、眼下の城まで跳んだ。

 

「フン」

 

レオは目標である城へと降下しながら笑った。先程の言葉がまるで自分へ向けての皮肉だなと思いながら、右手に持ったウロボロスを構える。

 

「なん──」

 

一閃。ふと頭上を見上げた兵士の1人が一瞬で真っ二つになり、辺りを真っ赤な血で染め上げていく。突然の出来事に外で警備をしていた兵士達は固まり、今起きた状況が理解できずにいた。

 

真っ赤にそまった石畳の上に音もなくレオは降り、周りの兵士にはっきりと聞こえるように言った。

 

「貴様等に紅魔の判決を言い渡す。──死だ」

 

刹那、レオの正面にいた兵士数人の体がまるで、積み上げた積み木が崩れるかのようにバラバラと落ち、ただの肉塊へと成り果てた。

──ウロボロス・第三形態『ソードロッド』。切れ味・刃の強度は第一形態であるブレードのまま、第二形態であるウィップの伸縮性を兼ね備えた、レオが独自に編み出した形態である。

 

「こ、紅魔軍だぁ!!」

 

ようやく状況を理解した兵士達は己の武器を構え、レオへと突撃する。だが突然の襲撃に統率などされておらず、兵士達はパニックも同然だった。

 

「……フン。今のオレは少々虫の居所がわるいんでな、楽に死ねるとは思うなよ」

 

向かってくる兵士達から繰り出される突きや斬撃をヒラリヒラリと避けながら、レオはウロボロスを袈裟気味に振り下ろす。

 

振り下ろされた刃は鞭のようにしなりながら向かってくる兵士達を、その赤い刃で斬り刻んでいく。

 

「くっ!このような攻撃なぞ回避すれば怖くは──」

 

「甘いな」

 

レオはニヤリと笑い右手の手首を軽く動かす。すると切っ先が進行方向とは全く違う後ろへと向き、たった今攻撃を回避した兵士の頭を後ろから串刺しにした。

 

「ごっ……がぁ……」

 

「無駄だ。貴様等程度にウロボロスの牙を避けられるものか」

 

死体の頭から刃を引き抜き様にレオは更に追撃する。横薙ぎに放たれた刃は兵士達の胴体を真っ二つにし、辺りを血の海へと変貌させた。

 

「に、逃げろぉぉ!!」

 

「こんな奴にかなうわけない!!」

 

怖じ気付いた兵士の一部が城から出ようと、城門へと一目散に逃げ出す。だがその者が生きて城からは出られなかった。

 

「抹殺対象者は誰1人として逃がしません」

 

ハルバードに付着した血を払いながら、ジンはニッコリと笑みを浮かべる。それはさながら、死を宣告する天使のような冷たい笑みだった。

 

「……ジン、“デュランダル”は使わんのか?」

 

「この程度の相手には使うまでもありません。通常装備で十分です」

 

そう言いながらジンは空中に魔方陣を展開し、逃げ惑う兵士達の頭を魔方陣から放たれた茨の触手で貫く。

この世のものとは思えない悲鳴が城内に響き渡り、兵士達を更なる恐怖へと駆り立てる。

 

「こ、こんな……たった2人で我が大隊部隊が壊滅されるなんぞ……あってたまるかぁっ!!」

 

ワナワナと怒りに震えながらこの兵士達の指揮官とおぼしき巨漢の男は吼える。同時に己の得物である全長3m近くはあるバスターソードを構え、雄叫びを上げながらレオへと斬りかかった。

 

「避けるまでもないな」

 

嘲笑を浮かべレオはソードロッドから通常のブレード形態に戻し、巨漢の男の攻撃をウロボロスで受け止める。

 

「なっ──」

 

「消え失せろ」

 

ウロボロスの刃が赤く輝いた刹那、レオは高速の剣撃でバスターソードごと巨漢の男を細切れに切り裂いた。ポタポタとサーガの鎧を流れる血をレオは気だるそうに魔力を最小で放出し弾き飛ばす。

 

「……弱い。全く張り合いがない、人間とはつまらない生き物だな」

 

頭上に手をかざしレオは城の上空に紫色に輝く巨大な魔方陣を展開させる。

 

「興醒めだ。ジン、部隊を後退させろ。“ボルバルザーク”で終わらせる」

 

「……!ボルバルザークはまだ試験段階ですよ?いくら使用権限が団長に与えられているとはいえ、実戦に投入するというのは……」

 

「試験段階ならばなおのこと。ボルバルザークの攻撃力がどれほどのものなのか検証しなくてはな。それに……もう飽きた」

 

魔方陣からいくつもの稲光が瞬き、轟音が鳴り響く。

そして魔方陣が一段と強く輝くと、ゆっくりと巨大な漆黒のドラゴンが姿を現した。

 

《グオオオォォォォォォォォッ!!》

 

眼を見開き漆黒のドラゴン──ボルバルザークは巨大な羽を開きながら、特大の咆哮をあげる。その咆哮は周囲にいた兵士達の無くしかけていた士気を文字通り奪った。

ある者は力無くその場に座り込み絶望し、ある者は鎧を脱ぎ捨てその裏に剣で家族への最後のメッセージを刻み、またある者は自分だけでも生き延びようと逃げ出そうとし……レグルス騎士に容赦なく切り捨てられた。

 

「……さすがですね。完全にボルバルザークを制御している。暴走する危険性はありません」

 

逃げようとする兵士達を容赦なく斃しながらジンはボルバルザークを見上げる。

対するレオは魔力で宙に浮かびそのままボルバルザークの左肩に乗り、ジンに命令した。

 

「これよりボルバルザークの戦闘能力試験を行う。周辺に展開しているレグルスの騎士は安全圏まで退避しろと伝えろ。ジン、お前もだ」

 

「了解しました。ではくれぐれもお気をつけて」

 

ジンは右拳を左胸の位置で置いてレオに深く頭を下げる。するとジンの乗っている馬の足元に黄色の転送魔方陣が現れ、上へとせり上がり、ジンとジンの乗る馬はその場から消えた。

 

「……さて、人間ども。現世への別れは済んだか?」

 

巨大な翼を広げボルバルザークはゆっくりと浮かび上がる。同時にボルバルザークがその巨大な口を開口した瞬間、高圧縮された魔力が収束されていき、文字通り大気が震える。

 

「ボルバルザーク」

 

レオは眼下で怯え絶望する人間達の姿を見て冷笑を浮かべ、腕を組みながら静かに口を開く。

 

「やれ」

 

一瞬の閃光が城を包み込んだ刹那、凄まじい轟音と共に城があった山は弾け飛び、真っ赤な炎と黒煙が立ち上った。あまりの威力に強力な衝撃波が発生し、周辺の小山が文字通り吹き飛ぶ。

 

「攻撃力は文句なしだな。だが少しばかり威力調整が必要か……これなら近いうちに実戦投入ができるな」

 

燃え盛る大地をレオは平然と見下ろし呟く。

 

『大した威力ですね』

 

「ジンか。そちらへの被害はどうだ?」

 

『無論ありません』

 

「よし。では作戦は終了、これよりメサイヤへ戻る」

 

燃え盛る大地へボルバルザークからレオは降り、辺りを見渡して空を仰ぎ呟く。

 

「……“あの時”もこうだった」

 

ふとレオの脳裏にある少女の顔がよぎる。こちらを見て絶望した表情を浮かべる少女、その姿に一瞬ではあるが胸に違和感を覚えた。

 

(……“あいつ”は今何をしているのだろうか)

 

だがレオは今思った事を振り払い、目の前に転がっていた大岩を、瞬速の斬撃で真っ二つにする。自らに残る少女への思いを断ち切るように。

 

「オレは……進み続けなければならないのだ。その障害になる者は切り捨てる。例えユリシアでも……」

 

自分に言い聞かせるようにレオはウロボロスを納刀しながら呟く。そう、この先に進むためには慈悲など微塵も許されないのだから。



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7 Sword :Princess of poison

「──んぁ?」

 

朝である。窓からは太陽の光が眩しく射し込み部屋の中を照らしている。……同時になぜか体を動かす事ができない、というか圧迫感がある。

眠い目を擦りながらオレは圧迫感のある左側へ視線を移した。

 

「………………」

 

「………………」

 

鮮やかな黒髪ロングな少女、ウルタイルことウルが寝ていました。いや、寝ている事もおかしいが、それよりも“何故服を着ていないのか”という事が一番おかしいだろう。

 

「……ん……あ、おはようございます……」

 

「お、おはよう……。して、ウルさんは何故裸なのかな?」

 

こちらの視線に気付いたのかウルはもそりと布団から起き上がり一言。寝ぼけているのかまだうとうとしている。

 

「…………夜這い?」

 

「オイコラちょっと待てや」

 

「?」

 

可愛らしく首をかしげるウルだが、すまんが今のオレに胸キュンする余裕はない。一人部屋ならまだここまで緊張しなくてもいい、だがここには皆いるのだよ。

 

「……夜這いしようとして、潜りこんだのはいいけど……レミリスさんの尻尾が気持ち良くて……そのまま寝ちゃいました」

 

よく見るといつの間にかフェンリル化していた。おかしいな、寝る前にちゃんと解除してたはずなんだが……。

 

「……レミリス、これはどーゆう事や?」

 

「ファッ!?」

 

振り向くとそこには呆れた顔のディセントとフィルメニム、笑顔でゴゴゴなユリシア、笑いを堪えている淳一と初がいた。……あれ、これって最高にまずい状況じゃね?

 

「正妻という私がおるのに……あの激しく愛し合った夜はなんだったんや!!」

 

「だあぁぁぁぁ!!誤解を招くようなデタラメ言うんじゃねぇ!!」

 

「とりあえず、言い残すある?」

 

ヨヨヨ、と嘘泣きするディセントをどけてゴゴゴなユリシアが指をポキポキと鳴らしながら前に出る。あぁ、どうやら話は通じないらしい。

 

「……オレ、この戦いが終わったら結婚するんだ」

 

「残念ね、それ死亡フラグよ」

 

「チョバムッ!!」

 

ドゴォッ!!とユリシアのパンチがオレの鳩尾にクリーンヒットした!

 

ウルとの戦いで受けたダメージが残る体には十分な威力、文字通り虫の息になったオレだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さて、と。準備完了っと」

 

なんとかユリシアのパンチから回復したオレ、外で両足にミラージュを装着し軽く体操する。ディセントや初達も各々準備をしている。

 

「もう行くのかい?」

 

歯磨きをしながら先生が顔を出す。時刻は午前7時、早いったらありゃしないが致し方ない。

 

「オレ達は狙われる身だからな。長居してもいられないんだわ」

 

そう初は言いながらタバコを吹かす。

 

「先生も気を付けてね。あたし達に関わったんだ、無事でいられるっていう保証はないんだから」

 

不安そうな表情を浮かべながらフィルメニムが言うが、対して先生は口の中の歯みがき粉をペッと玄関で捨て、カラカラと笑うだけだ。

 

「心配しなさんな。自分の身を守るくらいの術は心得ているつもりさ」

 

「……先生、ありがとうございました。先生のお陰で元気になりました」

 

ペコリとウルは頭を下げ感謝の言葉を述べる。その頭を先生は優しく撫でた。

 

「ふふっ、医者冥利に尽きるって感じだね。またおいで、次は友達としてね」

 

「はい……!」

 

笑顔でウルは答えオレの隣に歩いてくる。あれ、もしかしてディセントのようにおんぶしてくれってせがみに来たのか?

だが予想は大きく外れる。なんとウルの背中からゆっくりとドラゴンの翼が文字通り生えてきたのだ。

オレの視線に気付いたのかウルは軽く翼を動かしながら話し始める。

 

「あ、これですか?合成獣だった身としては、これくらいの翼を生やすのなんて造作もないですよ。もちろん戦闘だっていけます」

 

えへん、とでも言いたげにウルはさらに右手の細胞組織を変化させ、びっしりと硬質の鱗に覆われた鋭い爪を持つドラゴンの腕へとチェンジしてみせる。

 

「昔食べた金剛竜(ヴァジュラドラゴン)の竜腕です。辞書数冊程度の厚さの鉄板なら簡単に貫きます」

 

「食べた、ねぇ。いくら腹が減ってても金剛竜は頂けないな。硬い」

 

相変わらずタバコを吸いながら初は言うが、突っ込む所違うから。

だが一方でフィルメニムはまじまじとウルの右腕を見て、何かぶつぶつ言っている。

 

「……ただ取り込んで能力を使ってる訳じゃない、魔導書の力で元の素材を強化させてるのね、しかも分子レベルで。あとはあとは──」

 

目をキラキラさせながら何やら探ってる。魔女だからそういう類いのものにはひかれるのだろうか、よく分からん。

 

そのフィルメニムも一通りウルへの調べが終わったのか、自身の武器であるエリュクリオンを形態変化させる。カシャッと一瞬で鋼鉄の翼へと変形し、フィルメニムの背中に装着された。

鳥の翼というよりも、蝙蝠の翼に近いフォルムだ。

 

「飛行に優れた形態よ。残念ながら戦闘はできないけど」

 

軽く翼を動かしながらフィルメニムが話す。

 

「便利だなエリュクリオンって」

 

「状況によって形態を変えられるから、オールラウンドで戦える……ふむ、ただの術式ではないようだ」

 

今度は淳一が興味を持ち始めた。だがこれ以上はきりがないので、一旦考えるのをやめて頂こう。

 

「まぁ、そろそろ行こうか。これ以上談義してちゃ時間がもったいない」

 

「それもそうだな……悪い、行こう」

 

淳一はバイクに跨がりエンジンを入れ、軽くエンジンをふかしディセントも空中にふわふわと浮かび、ウルと同じようにオレの横に並ぶ。

 

「ありがとう、この恩は忘れません」

 

「気をつけてな。落ち着いたら顔見に来なさいな」

 

「必ず」

 

深く先生に向けて頭を下げ、オレ達は新たな行き先である大陸へと向かい始めた。目指すは帝都フェンリティニティ。そこにいるであろう味方と合流して共に手を取り合って紅魔軍を倒すんだ。

そうオレは胸に熱い想いを抱きながら次の場所へと向かうのだった。

 

 

「……英雄の子孫、片方は世界を救おうと、片方は世界を滅ぼそうとしている。そして漆黒の男……世界はどうなっちまうんだろうねぇ」

 

「それは神のみぞ知るというやつだろう。だが私は古き軍団如きには屈しはしない」

 

独り言のように呟く先生の背後から1人の女性が現れる。騎士甲冑を身に纏っており、顔以外にはべっとりと魔物の血が付いていた。

 

「お、ご苦労様“シャーロット”。あれ、相方さんは?」

 

「まだ仕事中だ。あいつのターゲットが無事にステラスを抜けるまで見送るとの事だ……」

 

「熱心だね、お陰であの子らは無事に出発できたけど」

 

「ステラスの周囲に展開していた紅魔軍の部隊を壊滅させたのだからな。無事に出発してくれなきゃ気分が悪い」

 

シャーロットは先生の横に並びレミリス達が向かって行った先を見つめた。

 

「貴女からの依頼『英雄フェンリルの子を影ながら護衛せよ。状況によっては加勢し剣となれ』。契約は守る、騎士の誇りにかけて」

 

シャーロットは遥か遠くのレミリス達を確認すると、自身の愛馬を呼びその背に跨がり、その行き先を見据える。

 

「……行き先は大陸の方か。途中には確かレグルス騎士団の本拠地があったはず。交戦は避けられそうにないな」

 

シャーロットは自身の頭上に魔方陣を浮かび上がらせ、鎧にべっとりと付いた血を魔法で消す。そして今まで左腕で抱えていたヘルムを被り右手に両刃のロングソードを召喚した。

 

「先に行ってるミリアにもよろしく言っといて」

 

「了解だ。ではな」

 

先生に軽く手を振りシャーロットは自身の相棒の手綱を引き、あっという間に行ってしまった。

その様子を見ながら先生はポケットの中からタバコを出し口にくわえて吸い始める。

 

「……死ぬんじゃないよレミリス。あんたは私とあの人の“息子”なんだから」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──クファル大陸はレイピレス最大の大陸であるバルケダと陸続きの大陸である。レミリスの故郷であるファンクルやステラスもこの大陸にある。

その大陸とバルケダとを結ぶ大地──通称『アルベル』は草木どころか生き物も生息しない荒野だ。かつてのクロメリス戦争時に使用された特殊兵器によって、この地は文字通り全てが死に絶え、800年経った今日までその影響が残っていた。

 

場所によっては強い致死量を有した魔力の貯まった穴があり、ここへ落ちてしまえば何者であろうと体を侵食され死に絶えてしまう。

そのためクファルとバルケダはほとんどの者が航路での渡航を選んでいた。

そのような危険な大地を1人の男──ベルセルクは愛馬スレイプニールと共に横断していた。

 

「止まれ」

 

ベルセルクのその声にスレイプニールは歩みを止め、低い声で唸り始める。ベルセルクとスレイプニルの視線の遥か先、そこには真っ黒のローブで身を包んだ者がいた。

全身から滲み出ている嫌な魔力と殺気をベルセルクはすぐに感じとり、背に携えたヨルムンガンドに左手を伸ばす。

 

「君がベルセルクかな?」

 

背後から声がする。感じる魔力と殺気からして間違いなく先程まで遥か先にいたローブの者だ。声からして男、そして相当な実力の持ち主だとベルセルクは瞬時に悟った。

 

ベルセルクは問いの答えだと言わんばかりに左腰に携えていたルメシナス式散弾銃『ニーズヘッグ』を右手で抜き、振り向かずに背後のローブ男に向けて無数の魔力散弾を放つ。──だが手応えがない。

 

「おやいけないな、人の質問に魔力弾で答えるなんて」

 

見上げれば先程背後にいたはずのローブ男がベルセルクの頭上にいた。今放った攻撃のダメージは見受けられない。

 

「……魔術師か」

 

「左様、ネクロマンサーだ」

 

瞬間、ベルセルクを取り囲むように無数の敵兵が現れる。だがただの敵兵ではない、全てがネクロマンサーによって操られている、魔物や人間の死体だ。

 

「君を死へと誘う男だ」

 

ベルセルクはニーズヘッグをネクロマンサーに向け、再び引き金を引く。放たれた散弾は確かにネクロマンサーに当たった、だが当たった瞬間にネクロマンサーの姿は消えて無くなってしまった。ネクロマンサーが作り出した幻だ。

 

「……チッ」

 

「さてベルセルク君、君は生きてこのアルベルから抜け出せるかね?」

 

どこからともなく聞こえる奴の声、だが姿も見えなければ魔力も殺気も感じられない。

そこへ1体の魔物の死兵が跳躍し手に握られていた斧をベルセルクの頭上へと振り下ろしてくる。

 

だがその斧がベルセルクの体を引き裂く事はない、なぜなら既に死兵はスレイプニールの炎に焼かれ灰塵に帰しているのだから。

 

「スレイプニール」

 

ベルセルクの掛け声によりスレイプニールは高く鳴くと、その巨大な体から真っ赤な炎を燃え上がらせる。

ベルセルクは背に携えていたヨルムンガンドを左手で抜き放ち、自身とスレイプニールに向かってくる死兵に恐れる事なく突撃する。

 

まるベルセルクは槍を片手で回すように巨大なヨルムンガンドで群がる死兵達を斬り、潰し、引き裂いていく。

 

「ほう?この物量を見ても臆して逃げる所か進んで立ち向かうか。結構結構、そうでなくてはこちらも準備して来た意味がないというもの。楽しませてくれよ?」

 

刹那、上空に巨大な魔方陣が現れ紫色の稲妻が周囲に落ちる。

稲妻が落ちた場所には体長10m~15mはある青白く光るドラゴン型のモンスターが出現し、その邪悪に満ちた瞳でベルセルクを睨み付けた。

 

「……『雷撃竜(サンダーボルト)』か」

 

「左様。ドラゴンの中でも危険種に分類される凶暴なドラゴンの1体だ。その実力は知っていよう?」

 

サンダーボルトはその巨大な翼を広げ天に向けて低く、だが大きく吼える。

上空に紫電が走った刹那、ベルセルクの周辺に紫色の雷が降り注ぎ、味方であるはずの死兵達も巻き添えに無差別に攻撃していく。

 

ベルセルクはスレイプニールを走らせ迫り来る死兵達を薙ぎ倒し、放たれる雷を避けながらサンダーボルトへと突進する。

 

それに対しサンダーボルトは口を大きく開き口腔内にバチバチと紫色の雷が集束されていく。

 

そして次の瞬間、サンダーボルトの口から極太の雷撃を纏った咆哮がベルセルクとスレイプニールに向けて放たれた。

 

直撃、ベルセルク達を咆哮は包み込み辺りにいた死兵達をも消し炭に変える。

 

ニヤリと邪悪に口の端を上げて笑うサンダーボルトだったが、次の瞬間、その表情は驚愕へと変わり目を見開いた。

 

「まだだ」

 

なんと放たれた雷撃の咆哮の中を突き進んで来ているのだ。

炎は電気を通す、スレイプニールから放たれる炎をより巨大に出し続ける事で、体を焦がすはずの電気を放電し、感電を防いでいるのだ。

 

そしてそのままスレイプニールはその巨大な体躯でサンダーボルトの鳩尾に体当たりをかます。

あまりの衝撃にサンダーボルトは胃液とどす黒い血液を口から撒き散らしながら後方へと倒れる。

 

霞む視界でなんとかゆっくりと起き上がり自分に体当たりした敵へと視線移す。

視線の先には体当たりしたスレイプニールは確かにいた、だが“乗っていた人間の姿がない”。

 

まさかと思いサンダーボルトは振り返る。

男──ベルセルクはその巨大なヨルムンガンドを両手でしっかりと握りしめ、こちらに向かって跳躍してきていた。

 

「終わりだ」

 

苦し紛れにサンダーボルトは右腕を前に突き出しその鋭い爪で串刺しにしようとするが、その攻撃をベルセルクは簡単に避け左切り上げで腕を切り落とす。

 

切り落とした腕を踏み台にしベルセルクは更に跳躍する。

そしてサンダーボルトの喉元に近付いた瞬間、右薙ぎにヨルムンガンドを振るいその首を胴体から切り飛ばした。

 

「この短時間にサンダーボルトを斃すとはな、さすが紅魔軍に1人で反旗を翻すだけの事はある。だが、危険種1匹を斃したからと油断してくれるなよ?」

 

響き渡るネクロマンサーの声に、ベルセルクは嫌悪感を抱きながら、崩れ落ちどす黒い血液を流すサンダーボルトの体に着地した。

 

周りを見渡せば旅団規模ではないかと疑いたくなるような死兵の数、いちいち相手をしなくても突破しようと思えばできるのだが、ネクロマンサーがこの空間に何かしらの細工をしている可能性もある。

 

多少面倒ではあるがネクロマンサーを斃してこのアルベルから抜け出す。

そのためにはこの迫り来る死兵の軍団を殲滅しなくてはならない。

 

「スレイプニール、任せた」

 

低く唸り声を上げてスレイプニールは主の命に応えるように、巨大な体躯から真っ赤な炎を最大限に放出させ、迫り来る死兵の軍団へと突進する。

 

あまりの速度と攻撃力に死兵は踏み潰され、燃え、上空へと飛ばされる。

剣や斧で斬りつけようとするもスレイプニールが纏う真っ赤な炎により妨げられ、ドロドロに刃を融解され抗う事もできずに炎によって灰塵へと化された。

 

ベルセルクも向かってくる死兵相手に一騎当千の如き強さで蹴散らしていく。

ヨルムンガンドで薙ぎ払い、ニーズヘッグの散弾で死兵達を穴だらけにし、徒手空拳も織り交ぜながら群がる死兵を斃していく。

 

その様子を小高い丘の上から伺う1人の大巨漢がいた。

 

「ガッハッハッ!何万もの死兵相手にここまで粘るとは見事なり。だが……それもここまでよ」

 

鬼のような体に牛のような角、身の丈は約3mはあろうこの大巨漢、その風貌から牛鬼将軍と恐れられている紅魔軍の将である。

名をゴヴ、紅魔軍の中でもかなりの実力を有し、ネクロマンサー直属の臣下でもある。

 

「牛鬼将軍よ。あやつはお主が知っての通り、FFと同等かそれ以上の障害だ。この作戦で必ず仕留めなければならない」

 

「おう、任されよネクロマンサー殿。我が精騎兵3千と六鬼将が必ずや奴の首を討ち取ってごらんに見せましょうぞ!」

 

豪語するゴヴの遥か後方に彼と同じ魔獣牛馬に騎乗した甲冑の兵がズラリと並ぶ。

そしてその前方には6人の将軍、六鬼将と彼等が率いる1万2千の精兵が隊列を組んで戦闘開始の合図を今か今かと待っていた。

 

「六鬼将、黄泉軍(ヨモツイクサ)、前進!!」

 

『はっ!!』

 

ゴヴの掛け声と共に六鬼将とその精兵、黄泉軍が前進を始める。

丘の上から全速力で駆け降り、群がっていた死兵達を潰しながらベルセルクへと攻撃を仕掛けた。

 

「水鬼隊、攻撃開始!」

 

「火鬼隊、攻撃開始!」

 

水鬼将軍と火鬼将軍の合図と共に彼等の兵は魔力を展開する。

そして水鬼隊は水属性、火鬼隊は火属性の攻撃をベルセルクへと放った。

 

「新手か……ッ!」

 

死兵達を盾にしながらベルセルクは攻撃から回避し身を守る。

いつの間にかあれだけいた死兵はベルセルクの攻撃と味方である黄泉軍からの攻撃でほとんど全滅していた。

 

「オラオラオラ!邪魔だテメェ等ッ!!」

 

するとベルセルクの左側から土煙を巻き上げながら近付いてくる者達がいた。

紅魔軍配下、第九機械化騎兵隊である。

ゴヴや六鬼将達の兵とは違い、馬の代わりに武装したバイク部隊で構成された騎兵隊だ。

 

「ベルセルクの首はぁ!この淡興様のものだぜぇっ!」

 

部隊の隊長である男──淡興はバイクの後部に接続していたガンタイプのガンナーを左手に構え、銃口をベルセルクへと向ける。

 

「各自陣形を維持しつつ先行!ランスで奴を串刺しにしてやれ!」

 

『了解っ!』

 

淡興の命令で部下2人が先行しランスを構えながらベルセルクへと突撃する。

その後方からは淡興と他のメンバーが己のガンナーでベルセルクへと銃撃や砲撃を開始した。

 

「…………っ!」

 

馬とは違う速度と攻撃方法、ベルセルクは回避し反撃しようとするが、淡興の放った魔力弾によって持っていたニーズヘッグを破壊されてしまう。

舌打ちしつつベルセルクはヨルムンガンドで銃撃を防ぎつつ、重量武器であるヨルムンガンドを使っているとは思えないほどのみのこなしで騎兵隊の攻撃を回避していった。

 

「ちょこまかと……!」

 

攻撃が当たらず苛立つ1人がランスを後ろ手に引きながらベルセルクへと迫る。

すれ違い様にベルセルクの腹に突き刺そうとするが、肝心のベルセルクはあろうことか放たれたランスをなんと素手で掴んでしまった。

 

「降りろ」

 

「なん──ぐはっ!」

 

突然攻撃を止められた騎兵隊員はベルセルクに掴まれたランスごとバイクから引きずり降ろされ、そのままベルセルクの足元へと落下する。

乗り手を失ったバイクはバランスを崩し転倒、ガリガリと右側のフレームを削りながら数メートル滑り止まった。

 

落下した衝撃で肺の中の空気を強制的に排出された隊員は起き上がる事ができず、自分を見下ろすベルセルクを憎々しげに睨むしかできなかった。

そんな隊員を尻目にベルセルクは掴んでいたランスを放り投げると、先程まで隊員が乗っていたバイクをお越し跨がった。

 

「お、お前……オレのバイクを……!」

 

「借りるぞ」

 

隊員には見向きもせずにベルセルクはバイクを発進させ、騎兵隊や黄泉軍達へとヨルムンガンドを左手に持ち突撃する。

アクセルグリップを捻り、ベルセルクはスピードを上げながら迫る敵達の攻撃を受け止め、回避し、ヨルムンガンドによって薙ぎ払い屠り、蹂躙していく。

 

前方が開けた瞬間、ベルセルクは一度ヨルムンガンドを背に携え、バイクの後方に装備されていた機関銃型のヘビィバレルタイプに手を伸ばし構える。

そしてバイクをターンさせ再びアクセル全開でヘビィバレルから無数の魔力弾を黄泉軍へと叩き込んだ。

 

放たれた凶弾により黄泉軍の兵士達は哀れな肉塊へと姿を変え、さらに無慈悲に味方である牛馬に跨がる精騎兵によって踏み潰されていった。

 

外道めとベルセルクは誰にも聞こえない程の声を漏らし、沸き上がる怒りを抑えながら戦う。

 

「ベルセルクの首、取ったり!」

 

するとベルセルクのバイクに並ぶように1体の真っ赤な鬼──火鬼が丸太のような腕に持った戦斧をベルセルクの頭へと振りかざす。

 

だがベルセルクは何を思ったか火鬼が跨がる魔馬にバイクを寄せた。

 

「なん──どあっ!?」

 

急にバランスが崩れ火鬼は空中へと投げ出された。

何事かと火鬼は自分の魔馬を見て驚愕する。

 

なんと魔馬の前脚がベルセルクの乗るバイクの前輪に備え付けられていたスパイクによって、ズタズタのぐちゃぐちゃに潰されていたのだ。

 

「死ね」

 

「ひっ──」

 

ベルセルクはバイクの前輪へと急ブレーキをかけ、その反動で後輪を宙へと浮かせる。

後輪は回転しながら恐怖の表情を浮かべながら宙にいた火鬼の頭を、魔馬の前脚のようにぐちゃぐちゃに潰した。

 

うまくバランスを前輪で取りながらベルセルクは方向転換し、血みどろになった後輪が地面についた瞬間再びアクセル全開で精騎兵と黄泉軍へ漆黒のマントを靡かせながら突撃をした。

 

「……はあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──どれくらい時間が経っただろうか。

半日、それとも1日以上か、それすらも分からない程の戦闘が未だに続いていた。

 

茶色い不毛の大地だったはず、だが今の大地は真っ赤な鮮血によって染まり、辺りにはかつて動いていた者達の成れの果てが無惨に転がる地獄絵図と化していた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

何千という敵に囲まれながらもベルセルクはまだ生きていた。

だがさすがに無傷と呼べる状態ではなく、纏っている外套や衣服は破け、露出している肌からは擦り傷や切り傷からなる出血があった。

 

何よりも肩で息をしている事からベルセルクの消耗と疲労が蓄積している証拠だ。

 

「……はああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

ベルセルクはヨルムンガンドを地面に突き刺し、落ちていたロングソードとグラディウスを手に取ると、二刀流で向かってくる精騎兵や黄泉軍達へ対抗する。

 

まだ体力があるのか縦横無尽で駆け、舞い、両手のロングソードとグラディウスで確実に目の前の敵を屠る。

だがいくら斬っても斬っても敵は減らず、時間とベルセルクの体力が奪われていくだけだった。

 

何十体か斬り伏せたところで両手に持っていたロングソードとグラディウスは音を立てて砕け散る。

 

小さく舌打ちをするとベルセルクは使い物にならなくなった2本を棄て、マントを翻しながら己に向かってくる敵を徒手空拳で薙ぎ倒し始めた。

 

ただのパンチやキックではない、自分の魔力を身体強化に変換しているため、その攻撃力は容易く相手の体を吹き飛ばす程の威力だ。

 

現にベルセルクは向かってくる敵の攻撃を必要最低限の動きで回避、隙を突いてパンチを放ち、カウンターを決めている。

 

「ふん!やりおるわ……なら、これはどうだ!」

 

緑色の体をした六鬼将の1人、風鬼は手にした蛮刀を天に向ける。

 

「むんっ!!」

 

風鬼が魔力を蛮刀へ送ると蛮刀から緑色の魔力光が溢れ、空に浮かぶ雲から1本の竜巻が降りてくる。

その竜巻は死兵達をも巻き込みながらベルセルクのいる場所へと一直線に向かっていた。

 

「我が風によりその体引き裂いてくれる」

 

「……ッ」

 

咄嗟にベルセルクは突き立てていたヨルムンガンドの場所まで跳躍、柄を掴んだ瞬間に竜巻がベルセルクを包み込み、そのままベルセルクは空へと舞い上がってしまう。

 

「ハッハッハッ!呆気ないものよ。これは牛鬼将軍の手を煩わせる程では──」

 

「見つけた」

 

「!!」

 

風鬼はその声がした空を仰ぐ。

そこには竜巻で舞い上げられたベルセルクがおり、あろう事かピンピンしているのだ。

 

対してベルセルクは左手で持っていたヨルムンガンドを逆手に持ち、重さ約500kgはあるヨルムンガンドを風鬼に向けて投擲した。

 

「そんな、馬鹿な──」

 

ベルセルクの身体強化された力によって投擲されたヨルムンガンドは吸い込まれるように風鬼に直撃し、その質量と衝撃から風鬼もろとも周りにいた黄泉軍や死兵達を跡形もなく葬り去った。

 

風鬼が死んだ事により竜巻は消滅、滑空しながらベルセルクは自分の落下地点にいた敵を拳と落下時の衝撃波によって、断末魔の叫びすら上げさせずに肉塊へと変え絶命させた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

(クックックッ……隙だらけだぜぇ?)

 

魔力と体力の消耗により、肩で息をするベルセルクに近付く者がいた。

名は鉄鼠のカタキラ、鉄の鼠の頭を模した仮面を被った細身の男で紅魔軍兵の1人。

 

毒を専門に扱うこの獣人は腰から吹き矢を取り出し、味方であった仲間達の死体に身を隠しながら毒矢を装填する。

 

(いつもは毒を仕込んだ鼠で町を潰すのが楽しみだが……こんな大物をオレの毒で殺すのも悪くねぇ……今だ!!)

 

一瞬ベルセルクが汗を拭ったその隙をカタキラは見逃さず、吹き矢に装填していた毒矢をベルセルクの右足に向けて放つ。

万全の状態であればベルセルクもこの程度の攻撃は回避できただろう、しかし、今のベルセルクは消耗して集中力も落ちていた。

 

故に放たれた毒矢はカタキラの思惑通りベルセルクの右足に刺さった。

 

「ぃやったっ!!このカタキラ様があのベルセルクを仕留めたぜぇ!!」

 

あまりの嬉しさにカタキラは隠れていた死体の中から飛び上がる。

だが、これがいけなかった……。

 

「…………」

 

「んでだよ……なんでまだ生きてんだよ……!」

 

普通の人間や獣人ならあの1発ですぐに毒が回り10秒もかからずに死ぬ。

にもかかわらず、目の前の男はそのような様子等無く、平然と矢を引き抜き、こちらに近付いてきた。

 

「……なら、お前で試すがいい」

 

「へ?」

 

間の抜けた声を上げるカタキラをよそにベルセルクは握っていた毒矢をカタキラの右目へ容赦無く突き刺した。

 

「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

激痛と毒による苦しみに悶えながらカタキラはその場でのたうち回り、10秒程で口から泡を吹きながら事切れた。

 

「悪いな……オレに毒は効かな──」

 

効かないはずだった。

だがベルセルクはあろう事か片膝をつき全身に流れる痺れに対し驚愕していた。

 

「なんっ……だと……!?」

 

「ふん……いくら全ての毒に耐性があろうとそこまで消耗していたらある程度は効果が出るという事だな」

 

「貴様……!」

 

自分を見下すように見る牛鬼将軍をベルセルクは憎々しげに見上げる。

既に四方は囲まれており、今の体では逃げられない。

スレイプニールを呼ぼうにも毒が回りうまく声が出せなかった。

 

「牛鬼将軍ゴヴだ。さて、チェックメイトだなベルセルク。散々我等の手を煩わせおってからに……」

 

「黙れゲスが……」

 

ヨルムンガンドを支えに立ち上がろうとするも力が入らない、ようやく立ち上がってはみたものの足元はフラフラとしており、これが先程まで鬼神の如く戦場を蹂躙していた者の姿とは思えない程だった。

 

「ふん、どの口が言うのだ……?」

 

ニタァっと笑いながら牛鬼将軍はベルセルクの鳩尾に向け、その巨大な拳を繰り出す。

拳はベルセルクの鳩尾にクリーンヒット、あばらは折れなかったもののベルセルクは口から血を少量吐きながら後方へと吹き飛んだ。

 

「ぐぅっ……!!」

 

「ほう?やはりこの程度の攻撃ではくたばりはせんか。ならば」

 

そう言うと牛鬼将軍は自分の股がっていた魔獣牛馬に乗せていた巨大な戦斧を取り出し、その刃を倒れているベルセルクの首へ当てた。

 

「せめてもの情けだ。このゴヴ自ら貴様にトドメを刺してやる。なに、痛み等感じさせぬよう努力はする。それが強者への礼儀だろう?」

 

「……俺は死なんぞ。貴様等を滅ぼすまでな」

 

言葉に怒気をはらみながらベルセルクはゆっくりと立ち上がる。

それに呼応するかのようにカタカタとヨルムンガンドが小刻みに震え始めた。

 

同時に黒紫色のオーラが滲み出し辺りにいた死兵や黄泉軍の兵士が苦しみ悶え、体を流れる血液が沸騰し破裂した。

 

「なにっ……!?」

 

「貴様等を……紅魔軍を……バジリスクをこの手で滅ぼすまではなぁッ!!!」

 

ベルセルクの怒りが最高潮に達したその刹那、彼の体から黒紫色の魔力が溢れ出す。

そしてそれに応えるかのようにヨルムンガンドのオーラが爆発した。

 

「な、なんだっ!?」

 

「あ、あれを見ろっ!!」

 

黄泉軍の1人がヨルムンガンドが爆発した場所を指差す。

するとその場所から一糸纏わぬ金髪の少女が姿を現した。

 

「な、なんだこの娘は──」

 

「戻りなさい牛鬼将軍!!」

 

ネクロマンサーの声と共に牛鬼将軍はその場から転送魔法によって飛ばされ、ネクロマンサーのいる丘の上へと召喚された。

 

「ネクロマンサー殿!!戦士の戦いに水を差すとはどういう──」

 

「静かに。事態は非常に最悪ですよ……」

 

少女は辺りを見渡し手を握ったり開いたり、ジャンプしたり回ったりしている。

「お、お前は……?」

 

「……ゴシュジン?……ヘビ……ニオイ、オンナジ……?」

 

訝しげにその様子をベルセルクと回りの兵達は見ていたが、次の少女の行動で紅魔軍側は震え上がる事になる。

 

「オナカ、ヘッタ……イタダキ、マス」

 

その言葉と共に少女は近くにいた兵に食らいつき、文字通り食事( ・ ・ )を始めた。

 

「な、なんだこいつ!?」

 

「モット……ゴハン……!」

 

無表情で回りの兵達を貪り食う少女に紅魔軍兵士は戦慄し、恐れ、パニックに陥る。

 

「この娘、殺してくれる!」

 

兵達が少女に食われ逃げ惑う中、水鬼とその部下は果敢にも少女へと立ち向かい、己の武器を振り上げる。

 

だが少女は特に関心もなく、死兵の腕を食いながら右手を前に突き出した。

 

「チョット……ウルサイ……」

 

少女の頭上に水鬼達の槍が振り上げられた瞬間、少女は突き出した右手から黒紫色の(もや)のようなものを出す。

靄は迫っていた水鬼達の体にまとわりつき、その強力な酸性の毒で水鬼達を溶かし始めた。

 

「な、なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「こいつ……俺達をこの毒の靄で取り込んでやがる!!」

 

「そんな、我等が……黄泉軍がこんなぁっ!!」

 

ぶくぶくジュージューと音を立てて水鬼達は溶解し、少女の体へと養分として取り込まれた。

その光景を見ていた黄泉軍は我先にと叫び声を上げながら逃げ惑うが、目の前にいる空腹の少女はそれを許さない。

 

右手と左手を横へと広げれば先程水鬼達を溶かし取り込んだ毒の靄が再び発生する。

 

「コッチノガ……タクサ……タベレル」

 

その言葉と共に靄はまるで生き物のように蠢き、ベルセルク以外の者を根絶やしに取り込み始めた。

 

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「い、いやだ……食われたくない食われたくないぃぃぃぃぃぃ!!」

 

まさに地獄絵図、阿鼻叫喚で支配されている地を騎兵隊隊長こと淡興は己のバイクをフルスロットルで走らせ、我先にと仲間を率いて逃げていた。

 

「なんなんだあいつはよぉっ!」

 

「黙って走りやがれ!すげぇ……すげぇぜベルセルク!あんなの隠し玉として持ってたとは、奴は計り知れないぜ!」

 

仲間に怒号を飛ばしながらも淡興は何故か興奮していた。

もちろん退却する事に関しては腹が立っていた。

だがそれ以上に淡興を支配していたのはベルセルクに対しての興味と畏怖にも似た不思議な感情であった。

 

「ベルセルク……奴は何モンなんだ?今まで生きてきてこんなに心が踊る感覚は久しぶりだぜぇ!!」

 

持ち前のバイクテクニックで背後から迫る毒の靄を避けながら淡興は歓喜しながら残った仲間達と共に退却した。

 

「これは……ベルセルクめ、こんな隠し玉を持っていようとは……。よくも我が部下達を……!」

 

眼下で繰り広げられている一方的な虐殺に牛鬼将軍は歯軋りし、右手に持っていた巨大な戦斧をギリッと強く握り締めた。

その一方、隣にいるネクロマンサーはどこか興奮しているような表情をしていた。

 

「まさか彼が“遺されし遺産”を持っていたとは……しかも覚醒するなんて思いもよらなんだ。私の中の予想が確信になりましたねぇ……牛鬼将軍、残念ですがここは撤退しますよ。黒騎士やレオ(ガキ)には自ら抹殺すると言っておきながら逃げるのは些か不愉快ですが……まぁ、収穫もありましたからね」

 

「……っ。いいでしょう、従います。おのれベルセルクめ……今日の恨み、絶対に忘れんぞ!次に会う時はこの牛鬼将軍自ら貴様の首を引き抜いてやるわっ!」

 

そう大声で叫びながら牛鬼将軍はネクロマンサーと共にこの死の大地から姿を消した。

2人の紅魔軍の将が消えた大地では既に決着がつき、動いているのは今しがた食事( ・ ・ )をしていた金髪の少女、そして片膝をつき消耗しているベルセルク、ベルセルクの愛馬スレイプーニルだけだった。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「……ゴ主人、毒、苦シソウ……?」

 

金髪の少女はそう言いながらベルセルクの顔を覗きこむ。

心なしか話す言葉が先程よりも聞きやすくなっている。

 

「……黙れ……俺に、構うな……」

 

「待ッテ?毒……抜ク……ッポイ?」

 

キッと睨み付けるベルセルクをよそに金髪の少女は躊躇う事なくベルセルクの首筋に噛み付いた。

犬歯が食い込む痛みに少々顔を歪めるベルセルクだったが、しばらくすると体を支配していた痺れが無くなり、消耗していた体力まで回復した。

 

「……毒、吸ッタ。体モ、元気二ナッタ、ヨ?」

 

「貴様は……何者だ?」

 

ベルセルクの問いに金髪の少女は無垢な笑顔を浮かべながら、こう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタシ、ヨルムンガンド!」

 

 



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8 Sword: Imagination Birth

オレ──レミリスと仲間達がステラスを経って3日が過ぎた。

その間紅魔軍の部隊やならず者達に襲われるも大したダメージを受けずに蹴散らし現在に至る。

 

だが野宿が続いているため女性陣からは度々ブーイングが男性陣へと浴びせられていた。

 

「なぁレミリス~?そろそろ水浴びやのうてお湯に浸かりたいんやけど~?あ、そや!フィルメニムの魔術で温泉出してくれへん?」

 

「あのねぇ、私は移動式銭湯じゃないのよ?」

 

「わ、私は水浴びでも……構わない、ですよ……?むしろ、レミリスさんと……一緒に浴びたい……」

 

「「やめなさいあんた」」

 

フィルメニムとユリシアからの的確なツッコミをものともせずにウルは頬を淡いピンクに染め、目を閉じ何やら妄想をし始めた。

ウルの発言に自称オレの正妻であるディセントは指定席であるオレの背中でぷくーっと頬を膨らませていた。

 

「むー、レミリスの正妻は私や!愛人とか第二夫人とかはお呼びやないで!」

 

「というか正妻だと認めてないからな?」

 

「な、なん……やて……!」

 

ヨロヨロと衝撃を受け大袈裟にのけ反るディセントを尻目にオレは淳一の駆るバイクのサイドカーで寛いでいる初の横へ並ぶように降下する。

初はこちらに気付くと意図を察したかのように懐から地図を取り出し、ふむんと場所の確認をした。

 

「……そろそろ連合軍の拠点である城が見えてくる辺りだな。聞いた話ではそこでは紅魔軍討伐のための精鋭が集まっているらしい」

 

この城を知ったのはつい昨日の事、ならず者を返り討ちにした際に手に入れた情報だ。

この城はクファル大陸の中心に近い所に建造されており、関所のような役目も果たしているらしい。

 

オレ達の目的は主に城で少しばかり休息を取らせてもらう事、あとは紅魔軍の情報入手とあわよくばバックアップしてもらえないかの交渉だ。

 

恐らくオレ達は紅魔軍から見たら異常な戦力(フェンリルの子孫、聖魔剣、合成獣etc…)を持った勢力だろうというのが初とユリシアの見解だ。

けど戦力に優れていても所詮は生身、疲労もするしできる事に限界もある。

 

そのため万全な状態で紅魔軍に挑むためには十分な休息と情報共有が必要なのだという。

 

「城についたらまずは風呂と飯だ。いくら紅魔軍からターゲットにされてるからって入った途端、捕縛されて幽閉なんて事はありえねぇだろ」

 

「それもそうね。むしろ歓迎されちゃうんじゃない?」

 

「…………」

 

淳一とフィルメニムが盛り上がる中、フィルメニムのエリュクリオン(箒モード)に乗同乗するユリシアは1人、浮かない表情をしており、2人のやり取り等全く耳に入っていない印象だ。

それに気付いたオレは飛んでいた所より少し高度を上げ、フィルメニムと並ぶように飛びユリシアに声をかけた。

 

「気になるのか?その、レオの事……」

 

「え?えぇ……。その、貴方やステラスの民達には悪いけど、どうしても私にはレオを絶対悪とは割り切れないの……。確かに彼は容姿の事で周りからは良い顔はされてなかったわ。それどころか類い稀な強さと魔力の持ち主でもあったから、疎まれ妬まれ何かと因縁をつけられる事もしばしば……。でも私は知ってる、彼の優しさ、お母さんを誰より愛してた事、エリナ( ・ ・ ・ )の唯一の理解者だった事も……」

 

「エリナ?」

 

こちらの問いにユリシアは当時を思い出すように少しだけ笑みを浮かべながら話してくれた。

 

「エリナはステラスの初代指導者の血を受け継ぐ女の子で族長の正当後継者、いずれステラスを導くとされていた1人よ。これは後からレオから聞いたんだけど、彼女は一族の証とされる予知夢の力を持っていたんだって。でも周りの大人達はこの能力をむしろ邪魔に感じていて、エリナがステラスの大災害を予知夢で見たって訴えても信じてくれなかったみたい……。そんな中レオは彼女の数少ない理解者、そして彼女専属の騎士となったわ……」

 

「それで、そのエリナって子は今どこに?」

 

この質問はいけなかったのか、途端にユリシアの表情は曇り、思わず視線を外した。

 

「……エリナはもういない。紅魔軍が再びステラスに攻めてくる前に死んだわ」

 

「そっか……すまない、その、嫌な事思い出させて」

 

「うぅん、気にしないで。レミリスは悪くないわ」

 

「……おいレミリス、話し中に悪いが、ちと問題発生かもしれん。もうそろそろ正面にでかい城壁と城が見えてもいい頃なんだが……妙だな」

 

そう話す初の顔がだんだん険しくなり、吸っていたタバコを吐き捨てる。

オレの頭には当たってほしくない予想が駆け巡り、背中に嫌な汗が垂れるのを感じた。

 

「ちょっと見てくる!」

 

「な、なら私も……!」

 

ディセントを抱えたままオレは上空へと上昇し城があるであろう地点へと向かう。

それを追うようにドラゴンの翼を生やしたウルも飛び立ち、すぐに隣に並んで共に飛んだ。

 

「レミリスさん……あれ……!」

 

「……勘弁してほいねまったく!」

 

「何があったんや?これ……」

 

ウルが指差す方向を見てオレとディセントは目を疑った。

本来城があるはずの場所には城はおろか城壁すら存在せず、代わりに巨大なクレーターと波紋のように盛り上がったいくつもの小さな丘がそこにはあった。

 

命の気配等存在するはずもなく、ぽっかりと空いたクレーターはまるで冥土への入口のようにも思えた。

 

「紅魔軍もバカじゃない、自分達を斃そうとしている連中を野放しにするはずないもんな……」

 

「地形が変わる程の攻撃……。対城か対軍に特化した兵器やろうね。それが魔術の類なのか、ウルみたいに生み出されたキメラかは残念やけど分からんねぇ……」

 

すぐさまオレ達は引き返し、城へとバイクを走らせる淳一達に状況の説明をした。

 

「初、やられた!城はもうない!紅魔軍に堕とされた!」

 

「なんだと?奴等城ごと破壊したってのか?」

 

「分からない。けど城があったとこにはどでかいクレーターができてて城の痕跡どころか瓦礫すらないよ」

 

「考えたくはねぇが奴等、どんどん力を増してきてやがるな……数百年の怨みは伊達じゃないってか?」

 

もしかしたら紅魔軍の尖兵が潜んでいるかもしれない、オレ達はいつでも戦闘へ入られるように気持ちを切り替える。

ディセントも人から聖魔剣へと変身、オレ自身も戦闘モードである魔狼形態(フェンリルモード)へと姿を変え、ディセントを握りしめた所で一行は森を抜けた。

 

城へと続いていたであろう道は崖となり寸断され、周りの森も攻撃の影響か吹き飛んでしまっている。

 

「こいつはひでぇ……跡形もなく吹き飛ばすとは(やっこ)さん方も容赦ねぇな」

 

「けど周りには敵の気配はないわね。レミリス達が城に飛んで行った時から索敵の術を展開してたけどそれらしいのは引っ掛からなかったわ」

 

フィルメニムが手のひらに青い花の形をした魔方陣を浮かべる。

どうやらこの魔法に引っ掛かると色が青から赤へと変わるらしい。

 

「残留魔力レベルは……うん、問題なさそう。人体へ影響が出る程の値じゃないわ」

 

「仕方ない……。今日はここに野営しよう。どのみちもうすぐ日が暮れる。敵の目がない今少しでも休んでおくぞ」

 

「幸いにも近くに川があるわ、そこに移動しましょ?道案内は私がするわ」

 

「さすがに山ん中はバイクは乗れないか。しゃーない、その川まで押していくしかねぇか」

 

「……一体、ここでいくつの命が消えたんだろう」

 

自分の無力さにオレはやるせない思いを抱いた。

そんなオレの気持ちを察したのか初は肩に手を置き諭すように言った。

 

「レミリス、お前がそこまで気に病む必要はないぞ、残酷かもしれないけどな。連合の拠点の1つになってた以上、遅かれ早かれここはこうなってたんだ。この先こーいう光景は増えていく、言い方はあれだが慣れるしかない。いちいち感傷に浸っている暇はない、度を越えればそれは“傲慢”だ」

 

「お、オレはそんな……!」

 

「“こうしていたら良かった”、“自分が強ければ”なんてたらればな感情はな、後悔であり傲慢でもある。……お前は根が優しいからな、1つ1つバカ正直に受け止めちまう。けど今は戦争中だ、どこかで割り切らなきゃ……お前死ぬぞ」

 

ぞくり、初の言葉に背筋に冷たいものを感じオレは心臓を鷲掴みされたような感覚を覚える。

だが当の初は真剣な表情からいつもの気だるそうな表情へと戻し、そそくさとフィルメニム達の方へと歩き始めた。

 

「なーに、お前1人で何でもかんでも背負いこむなって事だ。口うるさいじじいの説教とでも受け止めておけや」

 

「…………」

 

「レミリスさんには、私が()ついてます……。どんな敵でも……やっつけちゃいますから……!」

 

両手をぐっと握りしめながらウルは力強くオレに向けて言った。

どこか可愛らしいその姿に気持ちも落ち着きオレは感謝の意味も込めてウルの頭を撫でる。

 

「ありがとうなウル。おかげで少し楽になったよ」

 

「えへへ、レミリスさんに頭撫でられた……。撫でられた……撫でられた……」

 

顔を真っ赤にさせながら幸せそうに笑みを浮かべるウルを見たディセントは、すぐさま聖魔剣から人モードへと戻り、ずずいっ、とレミリスへと自分の頭を強調した。

 

「レミリスレミリス!私の頭も撫でてぇな!私むっちゃ頑張ってるで?ウルばっかりずるいで!」

 

「あーはいはい、ディセントも頑張ってるよありがとう」

 

ディセントのこれ見よがしのアピールに呆れつつリクエスト通り頭を撫でるが、どうも期待していたのとは違うらしく、少々不満げだ。

 

「むぅ、レミリスは女の子の気持ちを分かってないよ。あぁでもこの投げやりな感じもまた1つの愛?レミリスったらホントにツンデレ──」

 

「よしウル行くぞー」

 

「はーい」

 

ディセントがおかしな事を言い始めたためオレはウルの手を取ってさも当たり前のように初達の後を追うことにした。

 

「ちょ、レミリス、私が悪かった!悪かったから無視だけはやめたげて!さすがの私でもちょっちー傷付くんやで……」

 

少々涙目になりながらディセントも慌てオレ達の元へ飛んでくる。

さすがに少しうしろめたさがあったのでディセントに謝罪しつつも、オレは夕闇へとゆっくり消えていく城跡の光景から目を離せられないでいた。

 

「……嫌な予感がする」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「──なに?確かなんだろうなその情報は」

 

「間違いありません。先日攻略した山城の森で監視任務中だった使い魔からの報告です」

 

同刻、メサイアの自室にいたレオは部下であるジンからレミリス達の報告を受けていた。

ちょうど入浴している最中だったため、レオはその身に真っ白なバスローブを纏っており、水気を含んだ特徴的な青みがかった銀髪はより妖艶な輝きを放っていた。

 

「これはチャンスです団長。現在FFの周辺には紅魔の部隊はおりません。団長自らの手で彼を斃すべきだと私は推奨します」

 

「……ジン、お前いつから俺に意見する程偉くなった?」

 

「は……も、申し訳ありません」

 

キッ、とレオに睨まれたジンはたじろぎ頭を深々と下げる。

 

「まぁいい。紅魔に忠実なお前の事だ、障害となるものは早急に排除したいという気持ちも分からないではない」

 

愛用のイスに座るとレオはジンがグラスに注いだ鮮やかな赤い色の飲み物を一口、口に含みその香りと味を懐かしむようにゆっくりと飲み込んだ。

 

「……まだ残っていたとはな」

 

「えぇ、ステラス産の茶葉は有名でしたから。お気に召されなければ処分致しますが」

 

「任せる」

 

グラスに残った飲み物を全て飲み干すとレオは身長大の魔方陣を展開、身体が魔方陣を通り抜ければサーガの鎧を纏った冷酷な騎士がそこにいた。

 

「……動ける騎士はすぐに召集しろ。夜明けと共に奴等を強襲、殲滅だ。FFと聖魔剣は俺自ら殺る、他の取り巻きはお前達が処分しろ」

 

「はっ!」

 

「小規模転移魔術を使う。上には俺が言っておく、準備させろ」

 

「了解です。ではまた後ほど」

 

ジンが出て行った後、レオは窓の外で沈み行く太陽を睨む。

山々の中へと姿を消していくそれはレオとレミリス──2人の瞳ような紅い輝きを放っており、レオは忌々しく舌打ちした。

レオにはそれが一瞬、自分とレミリス、世界が今後迎えるであろう未来を見透かしたフェンリルの目のように見えたのだ。

 

「忌々しい亡霊が……神にでもなったつもりか」

 

──裏切りの英雄、叛逆の騎士、彼をそう呼ぶ者は少なくない。

元々レオはその力を覚醒させる前からフェンリルを、その思想を、世界を嫌悪していた。

そんな彼がフェンリルの血の力を覚醒させたとしても、脅威(紅魔)から世界を救うなぞ到底考えられるはずもなく、殺戮者として世界に牙を向くのは自明の理だった。

 

「1人は世界を滅ぼすため、1人は紅魔を滅ぼすため……。陰の魔狼()陽の魔狼(お前)、果たしてどちらが本当の姿なんだろうな」

 

レオは蛇の頭部を模したサーガのマスクを手に取り脇に抱えると、ツカツカと歩きレグルス騎士達が待つ中央会議室へと向かった。

 

その様子を1匹の黒猫が外のベランダの柵に座り、じっと静かに見ていたが、レオが部屋から出ていくと黒猫は沈み行く太陽へと視線を移し口の端を上げた。

 

「……私を失望させてくれるなよレオ?」

 

いつの間にか黒猫は可憐な少女の姿になっていた。

が、太陽が完全に消え星が瞬き始めると再び黒猫の姿に戻り、闇夜に紛れてその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が満点の星空の真上に差し掛かる頃、オレ──レミリスとその一行は川のほとりで野営をしていた。

既に食事は済ませており、女性陣はフィルメニムの作った風呂に入りに行っている。

対してオレ達男組は周辺の警戒をしつつ各々の武器の手入れを行っていた。

 

「おい初、その工具貸してくれ」

 

「ん、ほれ」

 

ガンナー使いの2人は当たり前だが馴れた手つきで自分達の武器をオーバーホールしては組み上げていく作業を何回も繰り返している。

対するオレはアスティオンとアクティオンしかない訳だが、2人に教えてもらいながら同じように整備を行った。

 

「そうそう、ガンナーは鉛弾を打ち出す銃とは違うからな」

 

「前よりはスムーズになってきたじゃないか?」

 

「2人の指南のおかげでね。まだ細かいとこは難しいけど」

 

先に組み上がったアスティオンをホルスターに仕舞い、続けてアクティオンに取り掛かる。

すると脇でその様子を見ていた淳一がぽつりとこちらに呟いた。

 

「お前、そんな立派なガンナー持ってんのにあまり使わないのな」

 

「え?」

 

「そのまんまの意味だ。ディセントばっかり使ってそっちは(おろそ)かになってる気がしてな。仮にだ、仮にディセントが使えない状況に遭遇したとして、唯一使える武器がその二挺しか無かったらレミリスはちゃんと使えるか?」

 

「まぁまぁ、意地悪な質問は程々にしとけよ?だが淳一の言うことも分かる、けどオレ達は強要できないぜ?確かにガンナー使いからしたら気にはなるが、それを決めるのはレミリス自身だからな」

 

ガトリングガン型のヘビィバレルを整備しながら初は淳一を宥める。

淳一は整備を終えたガンナーのいくつかを拘束具服型のデザインをした夢幻へと仕舞い込み、ふいにオレのホルスターからアスティオン抜きくるくると回し始めた。

 

「それは百も承知だ。けどディセントはこいつらみたいに常にレミリスの懐にいる訳じゃない、お互い離れ離れにでもなってみろ。ディセントに世話になりっぱなしのレミリスは自分の実力のみで戦うしかないんだぞ?」

 

「そんなのレミリス本人が一番自覚してるだろさ。な、そうだろ?」

 

「あ、あぁもちろんさ」

 

適当に相槌を打ちつつオレは2人の言葉にどこかチクリと刺さるものがあった。

確かに最近はディセントに頼っててアスティオンとアクティオンはあまり使っていなかった。

けど時折ディセントと併用したり、2人やフィルメニムに訓練してもらったりしているのもまた事実。

まったく全然と言う程ひどくはないと思うのだけど……。

 

「ま、1つの事を極めるのもまた強くなるための一歩だ。ただレミリスは中途半端な気がしてならなくてね……どれ、ちと小便してくる」

 

アクティオンをオレに返すと淳一は少々バツが悪そうに頭をかきながら茂みの奥へと消える。

当のオレもなんだか痛いとこを突かれた感じであり、淳一から受け取ったアクティオンに目を落とした。

 

「あいつも心配してんのさ。いきなり戦いに巻き込まれたお前の事をな」

 

「うん、分かってる。……ちょっと荷物テントに片付けてく──あ」

 

アクティオンも組み上がり整備用の工具やその他諸々を入れたカバンを肩に担いで立ち上がる。

すると荷物を入れすぎていたのか、はたまたカバンが限界にきていたのか、突然底が破けてしまい、仕舞っていた荷物が全部地面へとぶちまけられてしまった。

 

「あちゃー……やっちまった。どうしよ、直してもまたすぐに破けるよなこれ?」

 

「底だから結構負担かかるしな。そもそも詰め込み過ぎたんじゃないか?」

 

「だよなぁ。替えの欲しくてもこんな山奥に店なんてなさそうだし……困った」

 

どうしようかと頭を悩ませているとその様子を見ていた初が何か閃いたような仕草をした。

 

「カバンは買う必要はないぞ。それよりもっと便利なのがある」

 

「へ?」

 

「新上先生の特別授業だレミリス。今回は……こいつだ」

 

そう言うなり初は懐(夢幻)に手を入れごそごそとし始めると、様々な大きさの布を数枚取り出し、オレへと手渡してきた。

 

「なにこれ?」

 

「こいつは“夢幻”だ。オレや淳一が着用している衣類型に加工する前の段階のものさ。それを用途に応じて様々な大きさに裁断していてな、衣類型に比べれば容量は少ないが、持ち運びには便利になっている。ま、とりあえずこれをカバンの代わりに使ってみろ」

 

「でも夢幻ってガンナー使いの装備だろ?ガンナー以外は仕舞えないんじゃないの?」

 

「そんな事はないぞ?確かに夢幻はガンナー装備として作られはしたが、その収納空間には収納するものへの制限はない。だから近接武器を仕舞ってる奴も中にはいる、中には衣類型を直接切る奴もいるしな。戦闘用に使うならその中に武器を仕込んでおくのも手だ」

 

初の言う事ももっともである、うまく活用すればトラップや死角からの攻撃等トリッキーな戦法もできない訳ではない。

オレは初に礼を言うと早速布切れの1枚を取り出し、脇に置いていたリインフォースを入れる。

布切れよりリインフォースは大きいのだが、不思議と引っ掛かりもなくすんなりと入っていき、その妙な感覚にオレは震えた。

 

「おぉ、さすがでかいヘビィバレルを仕舞えるだけの事はある」

 

続けてオレは地面に転がっていた荷物をどんどん入れていき、全て仕舞い終わると夢幻を懐へと入れた。

 

「……っていうか、もうガンナー装備って言えなくないそれ?」

 

「馬鹿野郎、道具を本来の用途に拘らず多種多様に利用する事が人間だぞ。オレ死人(アンデッド)だけど」

 

妙に説得力があるのでこれ以上は言わないでおこう。

しばらくすると淳一がトイレから戻って来るのと同じくタイミングで風呂に入りに行っていた女性陣が戻ってきた。

 

「たっだいま~レミリスぅ」

 

「おうおかえり。皆満足したみたいだな」

 

「おかげさまでね。さ、早く貴方達も入ってきなさないな」

 

「その間は私達が引き続き見張りをしてるから。何かあったら知らせるわ」

 

そう言いながらユリシアは腰に携えた細身の剣柄をを軽く握る。

 

「よし、んじゃ入ってくるか。行くぞレミリス」

 

「ん」

 

「私も……」

 

風呂へ初と向かおうとすると、さも当たり前かのようにウルも一緒に行こうとオレの後に続く。

しかしそんな行動を女性陣が見逃す訳がなく、すかさずユリシアがウルの襟を掴んでその計画を阻止した。

 

「なーに貴女も入ろうとしてるのよ。貴女はさっき入ったでしょ、まず年頃の女の子が異性とお風呂に入るんじゃありません」

 

「いやまず年頃と呼べるん生きてきた年代的に?」

 

「む……それ、言っちゃ……ダメです。それに……ディセントさんも……私と同じ……年代生きてる」

 

「ハッ!」

 

後ろで何やらコントが繰り広げられているが、内容に気にしたら負けが気がする。

ふと初へ視線を移すとニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべていた。

 

「まったく見せつけてくれるな色男。モテ期か?モテ期なのか!」

 

こっちの気苦労も知らないでモテ期で片付けようとしないでもらいたい。

夜な夜なウルがオレの寝床に入ってきてはディセントやユリシアから責められてるのだ、年頃の男子には色々な意味で刺激が強くて大変なんだから。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「──レグルス騎士団、配置につきました」

 

空が白み始めようとする頃、レグルス騎士団の本拠地であるメサイアではレオの指示で召集された騎士達が隊列を組んでレオの前に並んでいた。

 

その隣には長大なハルバードを右手に持ち、頭以外青いプレートアーマーを身に纏ったジンがおり、彼の腰には鞘に納まった金色のロングブレードが携えられている。

 

「……作戦内容は先に説明した通りだ。我等は紅魔に仕えし従順なる騎士であり高潔な獅子、紅魔に仇なす者は獅子の牙と爪をもって蹂躙しろ。容赦はするな。逃がせば負けと知れ!」

 

「イエス、マイロード!!」

 

騎士達の猛った声と共に床一面に巨大な魔方陣が展開される。

レオはそれを確認すると腰から愛剣──ウロボロスを抜き放ち、高らかに掲げ開戦の合図を告げた。

 

「レグルス騎士団、出陣!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!」

 

突然の殺気と魔力反応を感じたオレは寝床から飛び起き、魔狼形態(フェンリルモード)へと変身する。

それと同時にテントの外で見張りをしていた淳一が大声を上げて寝ている皆を叩き起こした。

 

「敵襲だ!すぐ近くからだ!とっとと起きろ!」

 

「っ!ディセント!!」

 

「はいなっ!」

 

オレの呼び声にディセントは寝ていたテントから聖魔剣モードで飛び出し、ベストなタイミングと位置で構えていた右手に納まる。

全員が戦闘モードになったと同じくして前方の河川敷に巨大な赤い魔方陣が浮かび上がる。

魔方陣に描かれている紋様は蛇であり、こんなものを使うのは1つしかない。

 

そしてより強く魔方陣が輝いたその時、1体の影が魔方陣から飛び出るや否や、まっすぐオレに向かって襲い掛かってくる。

その初撃をオレはディセントで真正面から受け止め、攻撃してきた主へと怒号を飛ばした。

 

「やっぱりお前か!レオ!!」

 

「少しはやるようになったな!レミリスッ!!」

 

バチバチとウロボロスとディセントが接している刃から互いの魔力が(ほとばし)る。

鍔迫り合う中、オレは自分の周りに魔力の刃──ブラッディーダガーを複数召喚、目の前のレオ目掛けて放った。

 

だがレオはこの攻撃を後方へと飛び退きながら複雑に動くダガー全てをウロボロスで砕き、反撃と言わんばかりに魔力弾を撃ってくる。

 

全て切り裂こうと構えると後方にいたウルが目にも止まらぬ速さでオレの前に立ち、両腕を金剛竜(ヴァジュラドラゴン)の竜腕へと変化させ、胸の前で両腕を交差する。

放たれた魔力弾は全てウルの腕に直撃するが、高い防御力を誇る金剛竜を取り込んでいるウルには効かず、傷1つついてもいなかった。

 

「手加減してたとはいえ、全て受け止め無傷とは……さすがCODEーU──いや、ウルタイルと呼ぶべきか。理性を取り戻しより能力が向上したか」

 

「レミリスさんには……指一本、触れさせ、ない……!」

 

竜腕から更に半月状のブレードを生やし、ウルはじっとレオを鋭い目付きで睨み付ける。

先手必勝、両足をバッタの後ろ足に酷似した形態へと変身させると、ウルは驚異的な跳躍力でレオの目掛けて一直線に襲い掛かる。

 

凄まじい筋力による踏み込みにより地面は大きく陥没し亀裂が走る。

狙いは心臓、一突きで仕留めようとウルは鋭利な爪が生えた指を伸ばし、渾身の突きを繰り出した。

 

ガギィッ!!

 

「っ!!」

 

だがウルの攻撃はレオには届かず、間に割って入ってきた騎士──ジンの持つハルバードによって阻まれてしまった。

 

「団長は殺らせませんよ」

 

「こい、つ……!」

 

「ウル!下がれ!」

 

オレの呼び掛けにウルは素早く後退をする。

その様子をジンは少し感心したような眼差しでウルを見つめた。

 

「ほう?どうやら自我はしっかりとお持ちのようですね。合成獣ならとっくに自我は崩壊されているはずですが……」

 

「私は……もう、あの頃、とは……違う……!ますたぁ、を……レミリスさんを、いじめる奴……許さ、ない……!!」

 

「ウルタイル、お前は勘違いをしているぞ」

 

レオはゆっくりとジンの前に立ちウロボロスを構える。

よく見ればその後方には紅魔軍の旗と共に獅子を象った白い旗を掲げ、全員が白いフルフェイスのマスクを被った鎧姿の騎士団がおり、各々が様々な大きさのガンナーを手にし既に臨戦態勢にあった。

騎士団というよりは銃士隊という印象が強いかもしれない。

 

「これは喧嘩でもいじめでもない。戦争で、殺し合いだッ!!」

 

「チッ!!」

 

オレとレオはほぼ同時に踏み出し再び真正面からぶつかり合った。

それをきっかけにレオの率いる騎士団も咆哮し隊列を組むとガンナーを展開、攻撃を開始しウルや初達と戦闘を開始する。

 

一方、オレとレオは互いに激しく剣撃を繰り出し、一進一退の攻防を繰り広げており、ウロボロスとディセントがぶつかり合う度に凄まじい衝撃と魔力が迸っていた。

 

気付けばオレ達は先程いた場所から大分移動しており、現在は高い崖にかけられた全体を石で作られた石橋の上にいた。

橋の下には先程の川が流れているが、朝方という事もあり、橋の下は濃い霧に覆われている。

 

「俺の剣についてくるか、おもしろい!」

 

「こっちだってフェンリルの血を引いてるんだ!そう易々と死んでたまるかよ!お前こそ、同じフェンリルの血を引いてるくせになんで紅魔軍なんかに与するんだ!」

 

オレはディセントを横凪ぎに振り払い、三日月状の光の刃──ソニックスマッシャーを放つ。

ソニックスマッシャーはブーメランのように高速で回転しながらレオへとまっすぐ向かっていくが、レオはウロボロスを形態変化させ、鞭剣であるソードロッド形態で迫りつつあったソニックスマッシャーをバラバラに引き裂いた。

 

「知れた事!人間もこの世界も護るに値しないからだ!」

 

「オレは違う!オレは皆を護るために戦う!魔族だろうと人間だろうと関係ない!お前達紅魔がレイピレス支配のためにこの世界を壊して、人間や同胞である魔族を殺すのなら!オレはお前達を絶対に斃してやる!オレやお前の中にいる──」

 

「フェンリルのように、か?語り継がれる大英雄に憧れるのは否定しない。一度は誰もが通る道だからな。だが……果たしてそれは正しいのか?お前が護ろうとしている奴等は、本当に護るに値するのか?そもそもその暑苦しい戯れ言は貴様が真に抱いているものなのか?」

 

「な、なに……?」

 

オレはレオの問いに思わず聞き返し、ディセントを下ろした。

レオもそれに応えるかのようにウロボロスを下ろし、マスク越しだがしっかりと、まるで射抜くかのような視線でオレと対峙した。

 

「簡単な事だ、貴様が言う戯れ言は“フェンリルの血”に刷り込まれたもの、という事だ。貴様自身が抱いたものではない。いわば一種のプログラム──呪いと言っても過言ではない。そして──」

 

「レオッ!!」

 

自分の名を、しかも昔から聞き慣れた声で呼ばれたレオはハッとしながら声がした方へ振り返る。

そこにはかつて幼馴染みとして、相棒としていつも自分の隣にいた赤い髪の騎士──ユリシアがいた。

 

「ユリシア……!?な、何故、お前がここに……!」

 

「もうやめてレオ!2人が争う必要なんてないでしょ!?」

 

ユリシアとの思いもよらない再会にレオは珍しく戸惑っていた。

だがすぐに気持ちを切り替え再びオレに向け攻撃を仕掛けてきた。

 

「フェンリルの血を引く者は2人もいらん!ユリシア、お前はさっさとこの場から去れ!目障りだっ!」

 

「お前、ユリシアはお前の仲間だったんだろ!?そんな言い方あるかよ!!」

 

「貴様に俺とユリシアの何が分かる!知ったような口をきくな小僧ッ!!」

 

怒号を飛ばしながらレオは左手を前へと突き出す。

レオの怒りを表すかのように突如突風が吹き荒れ、今まさにディセントを振り下ろそうと構えていたオレは吹き飛ばされ、そのまま固い石橋へと叩きつけられた。

 

「ぐはぁっ……!」

 

「貴様はこの戦争の戦火を広げる元凶の1つ、これ以上無駄な血を流さないためにもさっさと死ぬがいい。偽りの信念を抱いている限り、お前は俺どころか紅魔の幹部クラスにさえ敵わんだろう」

 

「……さっきから……好き勝手決めつけやがって!!」

 

ディセントを杖代わりにして立ち上がると、怒号と共にオレの体から魔力が稲妻のように迸った。

放出される魔力によって戦闘服──フレイムジャケットの腰に接続されているサイドスカートが激しくはためき、足元の地面には亀裂が無数に走っている。

 

「このたぎる力と信念は……お前が言う偽りの、フェンリルの呪いなんかじゃない!オレは物心がつく前から人間と魔族の両方に育てられ共に平和に生活してきた!そして知った、どちらの種族も同じように命を大切にして手を取り合っている事を!もう争い事なんて望んじゃいない事を!人間も魔族もどちらも温かくて尊くて種族を超えて結ばれる人達も沢山いる!ならその人達を護るためにオレはとことん戦ってやる!この……“力”で……ッ!!」

 

頬の紋様と纏う魔力のオーラが濃くなる。

オレは左腕に意識と魔力を集中させると、親指の付け根辺りに噛みついた。

 

「あの噛みつきは……」

 

どこか思うところがあるのかレオはかすかに目を細める。

噛みついた傷から血が滴り落ちると滲み出ていた魔力と混ざり合い、“形”あるものへと再構築される。

そして魔力が完全に物質へと変換し終わるとそこにはディセントに瓜二つの紅い魔剣が握られていた。

 

「貴様……!?」

 

「え、え、えぇっ?!ちょ、ちょっとレミリス!?これはどういう事や!?」

 

レオはともかく、ディセントも驚くのは無理ないだろう。

まずオレ自身もぶっつけ本番でうまくいくとは思ってもいなかった。

 

「夢の中でフェンリルが言ったんだ。オレには“想像力”があると。ならその想像力を活かして何かできないかと……。そしてようやく、形になった……。これがオレのフェンリルとしての力であり牙──『想像創造(イマジネーション・バース)』だッ!!」

 

紅い魔剣──さしずめレプリカディセントとオリジナルのディセントを構えオレはレオへと突貫する。

レプリカディセントを振り下ろす直前に自分の魔力を流し攻撃力を上乗せする。

対するレオは反撃する事なく真正面からウロボロスでレプリカディセントを受け止めてみせた。

「面白い!己の血と魔力を媒体にして武器を創る能力とはな!だがッ!!」

 

レオは再びウロボロスの刃をソードロッドへ変化させるとレプリカディセントを弾く。

ウロボロスの刃がしなり切っ先がオレの顔面目掛けて迫るが、オレはディセントとレプリカディセントを交差、クロスに振り下ろし光と闇の力を宿した半月状のエネルギー刃を放つ。

 

X字状に放たれたエネルギー刃はレオのウロボロスと真正面からぶつかり合い、派手な爆音と共にエネルギー刃は消滅するが、ウロボロスは弾き飛ばさた。

 

「……なるほど、その喋る剣を模しただけはある。だが、まだ甘いな」

 

レオの視線がレプリカディセントに移る。

よく見ればレプリカディセントは刃全体が刃こぼれをし、ヒビも無数に入っててこれ以上は使えそうにはない。

 

そう思った矢先レプリカディセントは零れ落ちる砂のように崩れ霧散して消滅してしまった。

 

「まだだ!」

 

再び左手に魔力を集中させ切っ先が二又に分かれた剣を作り出す。

剣は帯電しており二又の切っ先からはバチバチと音を立てて稲妻が走っている。

 

雷竜剣(ボルト・レーム)!!」

 

右薙ぎに雷竜剣を振りはらい強力な稲妻も同時に放つ。

だが当のレオはマスクの中でニヤリと笑みを浮かべると、ウロボロスを橋に刺し腕組みをして言い放った。

 

「甘いと言ったはずだ!」

 

怒号と共にレオは右手を突き出すと、あろうことか掌から青い雷撃を放ち、雷竜剣から放った雷撃を簡単に打ち破ってしまった。

予想だにしてなかった反撃に成す術なく、オレは真正面からレオの放った雷撃をくらった。

 

「あああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

雷撃の威力で雷竜剣は破壊され、右手に持っていたディセントも衝撃で弾き飛ばされて宙を舞う。

剣から人モードにディセントは戻るも、受けた雷撃のせいか体が思うように動かず、そのまま橋に落下してしまった。

 

「あぅっ……!な、なんや今の雷撃、魔術的なものとはちゃう……!」

 

ディセントとオレの体からは紅い電気が走り、麻痺してるのか体が思うように動かなかった。

 

「言い忘れていたが俺に流れている血は狼だけではない。雷撃はもう1つの血の力だ」

 

「くそっ……!負けて、たまるかぁっ!!」

 

「だ、ダメやレミリス!一旦引かんと!死んでまう!!」

 

ディセントの静止を無視してオレは立ち上がり、両手に炎熱を纏った剣──火炎剣(ファイア・リール)を召喚、雄叫びを上げながらレオへと突撃する。

レオは再び雷撃を放ちこちらに命中するが、対するオレは怯まずに全速力で向かっていく。

 

(雷撃が効かない?……そうか、火は電気を通す。あの剣から常に炎を放出させる事で、体に受けた雷撃を炎から放電させているという事か……!)

 

「燃え散れ、レオッ!!」

 

「そう来なくてはなぁっ!!」

 

レオは右手に雷撃を集中させ、大出力の雷光刃を展開、飛び上がって空中から斬りかかったオレに切っ先を向ける。

互いの刃がぶつかり合おうとした──その時。

 

「な……ッ!?」

 

「……ッ!!」

 

なんとレオが立っていた橋の足元に亀裂が入り、瞬く間に轟音を立てて崩れ始めたのだ。

石橋をよく見れば互いの攻撃の爪痕が刻まれており、どうやら石橋が限界を迎えたらしい。

 

「やばっ……戻れねぇ……!」

 

魔狼態の今なら動体視力も優れており、この崩れていく石橋の石を足場にして戻れた。

だが先程受けた雷撃のダメージのせいで体がうまく動かせず、苦し紛れにオレは離脱しようとしたレオの右足を掴んだ。

 

「貴様……ッ、離せ!」

 

「逃がす、かよ……!!」

 

 

激しい轟音との中、オレはレオの足を掴んだまま、レオと共にまっ逆さまに濃い霧がかかった橋の下の川へと落下した。

頭上からは沢山の大きな石も絶えず落ちてきており、今はこの降ってくる大石で潰されないようにするのがやっとである。

 

「う、ウソやろ?レミリスー!!」

 

「そんな、レオ!レオー!!」

 

ディセントとユリシアの2人が叫ぶも虚しくその声は轟音の中にかき消された。

2人は橋の下を覗き込むが立ちこめる砂埃と濃霧によって下の様子が全く見えず、オレとレオの安否等確認できるはずなかった。

 

「こんなとこで、死んで……たまるかよ!」

 

川の中に引きずり込まれて沈まないようにもがき、タイミング良く流れてきた丸太に必死に捕まりながらオレは叫んだ。

何度も岸へ上がろうと試みたものの流れが急すぎてうまく進めない。

そうしてもがいているうちに川は途中から滝となり、どうする事もできずにオレは滝壺へと落ちて行った……。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「──…………ん。う、ぐぅ……いてぇ……。ここ、は……?」

 

全身に走る痛みでオレ──レミリスは目を覚ました。

どうやら滝壺に落ちてから奇跡的に中流か下流の河岸に流れついたようで、無傷とは言えない状態だが生き延びる事ができたようだ。

 

上体を起こしてみると半分川に浸かっている状態だったため、ゆっくりと立ち上がり川から上がって数歩歩くと、崩れ落ちるようにその場に座り、倒れ込んだ。

 

「はぁはぁ……!ここ……どこだ……?生き延びたはいいけど……」

 

周りを見渡すも辺りはまたもや濃霧に覆われており、周りも鬱蒼とした木々が生い茂った薄気味悪い森としか知りようがなかった。

しかも追い討ちをかけるように周辺からは生き物の気配すらしない、初めて味わう“孤独”というものに情けなく身体が震えてしまう。

 

──パキッ。

 

「!!」

 

不意に聞こえた木の枝が折れるような音にオレは飛び起きホルスターからアスティオンとアクティオンを抜いた。

耳をすませばこちらにゆっくりと近付いて来る足音も聞こえ、ガチャガチャと金属同士がぶつかり合う音も聞こえてきた。

 

だが霧の中から現れた“人物”にオレは思わず目を見開いて固まってしまった。

 

「……貴様も生きていたのか、レミリス」

 

「──レオ!?」



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