やはり俺の文通生活はまちがっている。 (発光ダイオード)
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心優しいアホの子へ
四月八日


 

 

拝啓。

 

こんにちは、お元気ですか。

 

三年生へ進学し新しいクラスになりぼっちには幾分過ごしにくい季節になりましたが、コミュニケーション能力の高いお前は新しいクラスメイトに対して、どうやったら空気のように振る舞えるだろう…とか考える事なく高校生活を満喫しているでしょう。楽しそうな姿が目に浮かびます。だが学生の本分は勉学だ。そして高校三年生となれば大学受験が控えている。ただでさえ頭があれなんだからポワポワしている場合じゃないぞ。

 

もう小町から聞いているがもしれないが俺は現在絶賛入院中で、今病院のベッドの上に右足を吊られた状態で寝転がっている。

始業式の日の朝、俺はいつもより少し早く登校していた。家から少し離れたところの交差点で信号待ちをしていると道路の反対側ににボストンテリアとその飼い主が立っていた。俺がじっと見ていると向こうも俺に気づき尻尾を振り始めた。そして何を思ったのかいきなり道路に飛び出してこっちに走って来た。飼い主もいきなりの事でリードを放してしまい、さらにタイミング悪く車もやってくる。このままでは犬が轢かれてしまうのは確実だ。咄嗟に俺は飛び出し犬を庇った。犬を抱きかかえながら右半身に強い衝撃を受けた俺は、重力をなくして青空を見上げ……そして今に至る。

丁度二年前お前ん家の犬を助けたのと似た状況だが、高校の始まりと終わりの年を交通事故で飾る俺の事を律儀なやつだとは思わないか?思わないよね。

そんなこんなで入院する事になった訳だがいつ退院できるかはまだ正式には分からない。多分長くてもゴールデンウィーク明けぐらいまでだろう。約一ヶ月だが、新しいクラスもその頃には友達という馴れ合いのグループが幾つも出来ているだろう。その中に単身乗り込むなど狼の群れの中に兎を一匹放り込むのと同じ事だ。だが、既に二年間の高校生活でぼっちというポジションを確立した俺にとっては一ヶ月の入院によるハンデなどあってない様なものだ。退院した際にはクラスメイトに気づかれる事なく登校してみせよう。

 

病院での生活だが、俺を跳ねた車の持ち主が有名な資産家だった様で、入院費など全て負担してくれた上に専用の病室まで用意してくれた。少し申し訳ない気もするが、個室というのは良いものだ。同室の患者を気にかける事もなく、これならば体も直ぐ治るのではと思えてくる。部屋も広くてすごく綺麗だ。南側の窓からは病院の中庭とそこに咲く桜の木がよく見える。ただ小市民の俺にはこのショーウィンドウの様な窓も広すぎる病室も場違いな気がする。むしろ開放感がありすぎて不安になる。

悩んだ末、人にはすべての物が手に届く四畳半くらいの空間がちょうどいいんじゃないかという結論に至ったのが昨日の事だ。

 

なぜ手紙を書いているかだが、体も動かせないので窓の外を見るしかやることが無かった。本でも読めればと思い小町に頼んだんだが、あいつは本じゃなくて封筒と便箋を袋いっぱいに詰めて持ってきた。話を聞くと母親が知り合いに貰ったらしく、それを小町が譲り受けたそうだ。そしてなぜ俺に持ってきたかを聞くと「この機会に日頃お兄ちゃんがお世話になってる人達に感謝を込めて手紙を書きなさい」ということらしい。勿論俺は断った。そんな面倒くさいこと出来ないだろう?メールすらしない俺が手紙など書けるとお思いか。だが小町は一度言い出したら聞かない。俺は抵抗するだけ無駄と悟り、結果としてお兄ちゃんらしく妹の頼みを聞いてやる事になった。だって小町の可愛いさには勝てない、これが真理だ。

だが悪い事ばかりじゃないぞ。実際に郵便を出していては時間が掛かるということで、手紙は小町が受け渡しする事になった。小町曰く「お兄ちゃんと文通相手さんの愛の架け橋になってあげるね!今の小町的にポイント高い!」らしい。つまり、俺が毎日手紙を書けば毎日小町が会いに来るという事だ。

 

そんな感じで、先ずは一番適当に……気軽に話せるお前にこの手紙を書いている。対人コミュニケーションを極力回避してきた俺からすればまさに都合の良いツールと言えない事もないかもしれない。メールの返事もろくに返さない奴が何を言うかとかそういうのはなしだ。それに今は文法やら何やらめちゃくちゃかも知れないが、書き進めるうちに相手の言動を理解し適切な言葉を選べる様になるだろう。きっと文通の腕を磨けば将来何かに役立つ。例えば編集の仕事とか文字の構成力が大事だって言うし…。そうすれば人に会わずにコミュニケーションをとるのも思いのままだ。

それではよかったら返事の手紙をくれ。何か悩み事があれば相談にも乗ろう。

 

 

匆々頓首

比企谷八幡

 

 

由比ヶ浜結衣様



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四月十一日

拝啓 お手紙ありがとう。

 

まず一言、心配かけて悪かったな。いや、だってそんなに心配してるなんて思わないだろ普通。実際轢かれたって言っても骨折しただけで他は至って健康体だ。それをわざわざ自分から連絡するなんてそんなかまってちゃんみたいな事出来ない…それに自分からメールとか面倒くさいし。だがお前が本気で心配してくれていた事は分かった。連絡しなくて本当に悪かった。確かに俺とお前の立場が逆だったら俺も心配してただろうし慌てて正しい行動が執れないかもしれない。それを思うと、俺が何処に入院しているのかも知らずに部室を飛び出そうとしたお前を止めた雪ノ下はさすがと言うべきだろう。

 

て言うか雪ノ下さんそんな怒ってました?比企谷許すまじって何。登校したら覚えてらっしゃいとかすげぇ怖いんだけど。このままじゃ俺は退院しても登校出来ない。むしろ登校した次の日にまた入院まである。

だが俺の反省はしっかりお前に伝わったことだろう、それを雪ノ下にも伝えてくれ。そしてお前のその東京湾の様に広く優しい心であいつを穏やかになだめてくれ。俺が一ヶ月後無事に帰って来れるかどうかは由比ヶ浜、お前に掛かっている。

そういえば手紙が所々水に濡れたみたいにしわしわになってたけど何か溢したの?

 

クラス分けの事教えてくれてありがとう。まさかまたお前と、ついでに川何とかさんとも一緒のクラスだとは思わなかった。何にしても俺はぼっちだから教室じゃ話さないだろうけどな、まぁまた一年よろしく頼む。葉山や三浦とクラスが分かれた事は清々している。葉山はあんまり好かんし、三浦はすぐ睨んできて怖い。戸部のクラスとかどうでもいいし大和と大岡って誰?

それよりも、もっと重大な事があるだろ。戸塚が別のクラスってマジ?二年生の時の俺の学校生活は戸塚がいたからこそ成り立っていたんだ。朝クラスに入り戸塚を眺め、昼ベストプレイスでメシを食べた後教室に戻り戸塚を眺め、放課後戸塚を眺めてから家に帰る。それが俺のライフワークだった。戸塚と別のクラスというのが本当なら、俺は残りの高校生活何を支えにして自分のクラスに居なければいけないんだ。

 

いや、俺はまだ諦めない。シュレディンガーの猫というのを知ってるか?日本人が大好きなシュレディンガーの猫だ。動物好きとして説明するのはアレなんだが、要するに俺はまだ学校に行ってないから俺の中では同じクラスの戸塚と違うクラスの戸塚の両方が存在しているという事だ。あれ?つまり戸塚が二人って事?これ最強じゃね?

とにかく俺は一ヶ月後登校するまで、戸塚と同じクラスになるのを諦めない。

由比ヶ浜、異論があるか。あればことごとく却下だ。

 

次の金曜日にある部活動説明会だが、雪ノ下の言う通りそろそろ内容を決めた方が良いだろう。一色の話だと全部活が入れ替わり話すからそれぞれの持ち時間は五分程度らしいな。手伝えないのが申し訳ないが、たとえ俺が入院してなくても舞台上で下級生に説明なんぞしたら確実に挙動不振になる。知らない女子と一対一で話すのにも動揺する俺が全校生徒の前で話すなど、笑われる事請け合いだ。そうなればこれは俺の恥ではなく部の恥になるから、俺をどう病院から連れ出すとか二人で画策するのはよせ。

それに学校行事以外にも依頼が入ってくるかもしれないしな。新学期だからって甘えるんじゃないぞ。

小町も奉仕部に入部するだろうから手伝ってくれるはずだ。だが当てにするな、あいつは属性が一色と同じだから自分の興味優先で行動する。まぁ感情に流されて暴走する事はないと思うから良いと思うが……。

何にせよお前らなら俺がいなくても何も問題ないだろ。部活動頑張って下さい。

 

 

匆々

希望を捨てない比企谷

 

 

心の広い由比ヶ浜様

 

 

追伸

お前の手紙は気持ちがよく伝わってきて読みやすいが誤字が多い。それにもう少し漢字を使った方が良い。アホだと思われるぞ、もう高校三年生なんだし。



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四月十五日

部活の報告ありがとう。

要するに部活動説明会の発表の仕方でお前たちの意見が割れたからどう思うかを聞きたいんだな?参考になるか分からんがとりあえず思った事を書く。

まず由比ヶ浜の考えだが個人的にはものすごく興味がある。お前が奉仕部についてボケを交えながら質問し、雪ノ下がそれにツッコミを入れながら答える。なんともシュールなものになりそうだ。お前はまだしも雪ノ下の突っ込みを入れる姿など想像できない。本当にやるなら病院を抜け出してでも見に行きたい。それが無理なら平塚先生にビデオの録画を頼もう。だが、まぁやはりと言うか雪ノ下は反対しているみたいだな。その気持ちは分かる。俺が同じ立場でもやはりやりたくないだろう。説明会まで一週間もないのに今から練習したって当日笑われるのは目に見えている。笑わせるじゃなく笑われる…これは精神的にかなりダメージがでかい。お前たちが自尊心を捨てられるなら良いかもしれんが、何れにしても一週間じゃ厳しそうだな。

次に雪ノ下の案だか…まぁ普通だな。別に悪い訳じゃなく普通だ。奉仕部の活動内容、実績、入部する事で得られるメリットなどを説明する。実に簡潔で分かりやすい。俺たちは運動部じゃないからな、そこまで派手なアピールはいらないだろう。小規模の文芸部がする説明としては十分だと思う。

 

それぞれ思った事はそんな感じだが、お前たちは大事な事を忘れている。それは俺たちの部活が奉仕部だと言う事だ。初めは雪ノ下一人で、次に俺が平塚先生に連行されて入部した。雪ノ下は平塚先生に「優れた人間は憐れな者を救う義務がある」と言われたそうだ。つまり俺は憐れな人間と思われているという事だか今は置いておこう。俺から見れば雪ノ下も平塚先生の口車に乗せられている。優秀であるかそうでないかの違いはあるが、俺も雪ノ下も周りに馴染めていないのは確かだ。要するに奉仕部とは学校生活不適合者(これは雪ノ下には言わないでくれ)の集まりで、それらを入部させ更生させるのがこの部活の目的だろう。まぁ例外もいるがな…。

何が言いたいのかというと、そんなレッテルを貼られるデメリットしかない部活に入りたがる奴はいないという事だ。それを普通に奉仕活動をしていますなどと壇上で言えば勘違いして入部してくる輩が現れるかもしれない。そうして入ってくる奴はきっと余程の変わり者か、もしくは心底奉仕活動がしたい奴だろう。前者ならまだ良いが、後者はまずい。何故なら俺たちはちゃんと奉仕活動をしていないからだ。月に一回か二回来た依頼を解決する。それ以外は紅茶を飲みながら話しているか本を読んでいるだけだ。奉仕活動に乗り気でない俺ですらここは何部かしらと思うほどだ。だとすればやる気に満ちた新入部員はその状況を何と言うか。もし「奉仕部は真面目に活動していなかったので辞めます」などと訴訟を起こされ、担任の教師にそれが伝われば最悪の場合奉仕部が無くなる可能性もある。それは避けなければならない。

そんな事が起きないよう、部活動説明会では目立たないように活動内容も詳しく説明しないようにする。そして部活に興味を持たれる前にしれっと壇上を去る、これがベストだ。間違っても生徒会の手伝いをしているなんて言うべきじゃない。生徒会と繋がりを持ちたいという奴らが入って来るかもしれない。

まぁこれは俺の考えだから参考程度に聞いてくれ。今の俺じゃ細かい事は分からないし迅速な対応もできないから最終的にはお前たちが決めてくれたらいい。俺的には小町が入部してくれればそれでOKだ。

 

雪ノ下に手紙を出さないのかという質問だが、確かに雪ノ下には出していない。だが決してお前と差別してるとか出したくないとか言う訳じゃない。実際手紙は書いているが失敗して出せずにいる…。どうも雪ノ下相手だと字の上手さとか文法の使い方とか、いろいろな事を気にして最後まで書けずにいる。仮に出したとして、もし「あなたの手紙だけれど、内容がめちゃくちゃで何が書いてあるかさっぱり分からないわ。それに字が下手よ」なんて言われたら立ち直れない。自分の考えを文章にするのがこんなにも難しいとは思わなかった。

それに比べると由比ケ浜との手紙のやり取りはずいぶん楽だ。いや、悪い意味じゃなくてむしろ良い意味でだ。何の気兼ねなく思った事を言える。お前の手紙は文章や漢字はアレだが気持ちがちゃんと伝わってくる感じがする。女子らしい可愛さもあって、自分もつい思った事を書いてしまっている。俺もそういう巧みな文章で相手に本音を吐かせられる手紙が書きたい。そうなる事で俺は会話を有さず相手の気持ちを掌握できる様になるのではないだろうか。…そして、まぁ、そんな事はないだろう。

とりあえず、お前とやり取りする事で手紙の書き方をマスターし雪ノ下もうんと頷く様な文章を書くため、もうしばらく続けさせてくれると嬉しい。

 

見舞いに来てくれるのは単純に嬉しいが部活動説明会の準備で忙しいのにわざわざ平日に時間を作ってまでくる事はないぞ。金曜に終わるんだから土日のどちらかでどうだ?詳しい事が決まったら小町にでも伝えてくれ。

 

それじゃあ説明会頑張ってくれ。見舞いの時に話を聞けるのを楽しみにしている。

 

 

 

手紙の技術を会得したい比企谷

 

 

意外に文通の上手い由比ヶ浜様



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四月二十日

拝啓

 

この間は見舞いに来てくれてありがとう。久し振りにお前の無駄に元気な顔を見たり雪ノ下の憎まれ口を聞けて少し安心した。しかし、てっきり雪ノ下と二人で来るのかと思っていたがまさか一色と小町まで一緒に来るとは……女子が四人も会いに来るなんてどんなラブコメかとも思ったが、何て事はなくただの女子会の様だった。おかげで俺の病室はかなり騒がしくなった…ホント個室でよかったと思った。

病室は確かに綺麗で良い部屋だったからな、雪ノ下に「比企谷君には勿体なさすぎるわね」と言われ少しムッとなったが自分でもそりゃそうだ思ったから何も言えなかった。お前たちは雪ノ下に乗っかって色々言っていたが、どちらかと言えばお前も一色も俺と同じ一般市民だろ。自分たちの発言がブーメランしている事に気付け。こんな場所に居ても違和感無いのは俺たちの中じゃ雪ノ下だけだ。

 

お前たちが食べたカステラは雪ノ下姉が持ってきたものだ。この間急に見舞いに来てあんなデカいカステラを置いていった。あんなの一人で食べきれる訳ないのに…。俺がぼっちであるという事を知ってるのにわざわざそんな事をするなんて意地が悪いと思わないか?

大きなカステラを一人切り分けて食べた俺の孤独感といったら言うまでもない。

だからお前たちが来て食べるのを手伝ってくれて助かった。特にお前はおいしいと言って夢中でカステラを食べていたな。小動物みたいでちょっと可愛く見えたが三切れは食べ過ぎじゃないか?四切れ目は食べなくて正解だったと思うぞ。

そんなに気に入ったなら今度雪ノ下さんにどこで買ったか聞いておこう。

 

病院でも話したが部活動説明会お疲れだったな。しかし雪ノ下が馬鹿な質問をしてきた新入生を黙らしたと聞いたときはやっちまったなと思った。雪ノ下らしと言えばらしいが、それよりも「奉仕部って事は先輩が俺の事も奉仕してくれるんですか」なんて全校生徒の前で質問できたその一年、よほど肝の据わった奴か、でなければ相当の阿呆だな。中学までならそんな事言っちゃうのも分らんでもないがさすがに高校でそれはないだろう。俺だったら絶対に言わないが、もし間違って言っちゃいでもしたら次の日から不登校決定だ。

そしてそんな一年に雪ノ下が言った「確かに私たち奉仕部は依頼があれば受けるわ。でも、それは依頼者が悩みを自分で解決する手伝いをするというだけよ。自分で努力しようとしない人を助ける気はないわ。そんなに甘えたいならあなたの母親にでも頼んだらどうかしら」という台詞は、言われた本人と少し期待した男子生徒の心を打ち砕き、全校生徒に雪ノ下雪乃という名前を改めて認識させただろう。

まぁ結果として、奉仕部に入ろうとする新入生はおそらくいないだろう。奉仕部の安寧は守られた。

 

そう言えば小町が今度依頼をするかも知れないと言っていた。何でもクラスの友達が二人からそれぞれ別の部活に誘われてどうしたら良いか悩んでいるそうだ。まだ入学してニ週間しか経ってないのにもう友達ってどういうことだ?俺なんて丸二年過ごしても友達なんて一人もいないのに…。兄妹でこうも違うとは些か悲しくなるが、小町のフットワークの軽さにはいつも驚かされる。自分の興味のある事には尽力を惜しまない。今もお前たちと一緒に奉仕部での活動をしたいと言っているが、どうやら生徒会にも顔を出している様だ。聞く所によると入院して一色を手伝えない俺の代わりに生徒会を手伝っているらしい。それ自体は別に良いんだがどうも嫌な予感がする。自慢じゃないがうちの妹もなかなかにあざとい。そんなのがベストオブあざとさみたいな一色と一緒になったらと思うと……想像しただけで寒気がする。

由比ケ浜、小町を見ていてくれ。お前だけが頼りだ。あいつが阿呆な事をしそうになったらお前の物腰の柔らかさで正気に戻してくれる事を期待している。

依頼については入部届の締め切りもまだ時間があるから慌てずに解決すれば大丈夫だろう。

 

それじゃあよろしく頼む。

 

 

 

匆々

カステラで孤独を知った比企谷

 

 

甘いもの大好き由比ヶ浜様

 

 

追伸

病室にあった小説を知らないか?お前たちの帰った後読もうとしたら何処にも見当たらない。大事なものなんだが知っていたら教えてくれ。

 

 



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四月二十二日

拝啓

 

聞いた話によると何かに気が立っている時、その原因などを紙に書いて自分の中に溜まっているものを吐き出す事によって気持ちが落ち着くらしい。どうやら書く事で自分の頭から離れ、客観的に考える事ができるようになるそうだ。

手紙読ませてもらった。お前と雪ノ下と一色がすごく怒っている事がよく分かった。それだけ盛大に馬鹿だの阿呆だの比企谷マジ許すまじだの八幡だの言えば少しは気が収まっただろう。だったら怒るのは少し休憩して俺の話を聞いてくれ。俺だってそんな物があるなんて知らなかった……俺も被害者の一人だ、真犯人は別にいる。

そして八幡を悪口みたいに言うな、地味に傷つく。

 

一色がなんで俺の小説を持っていたかは一先ず置いておこう。その小説は陽乃さんがくれた物だ。俺が入院中にする事がなくて暇だと言ったら持って来てくれた。だからお前たちが小説に挟まっていたのを見つけた陽乃さんの写真とメッセージカードはあの人の仕業だ。きっと俺たちを引っ掻き回して楽しもうという魂胆だろう。

確かに陽乃さんは何度か見舞いに来たがお前たちの怪しむ様な事は何もない。俺が陽乃さんにそんな感情持つ訳ないし陽乃さんもまた然りだ。それこそぼっちの俺には無縁の話だ。まぁ多少は気に入られている感はあるが、それもちょっと興味がある程度だ。どうせすぐに飽きて終わりだろう。そこらへんは雪ノ下の方が分かってる筈だ。

あの人はいつも突然来るから俺も迷惑してるんだ。昼寝から目覚めたらすぐ側で俺を見てたり、足を固定されてて動けないのをいい事にちょっかいを出してくる。こんなん調子じゃ怪我の治りも悪くなる。

だがこんな時こそ平静を装わなくてはいけない。お前たちも取り乱していたら陽乃さんの思うつぼだ。これ以上無償でエンターテインメントを提供してはいけない。だからメッセージカードに書かれた「浮気はお姉さん悲しいからしちゃダメだそっ♡」なんて言葉に惑わされるな、心を強く持て。実際に俺もお前からの手紙を読んだ時は、その写真とメッセージカードを確認したい衝動に駆られたが今は落ち着いている…とても落ち着いている。

とにかく俺は一度陽乃さんに連絡を取る。そして陽乃さんから直接雪ノ下に俺の無実を伝えてもらえば、お前らも俺の事を信じてくれるだろう。だからそれまで落ち着いて待っていてくれ。くれぐれも早まった行動を取らない様によろしく頼む。殴り込みはノーサンキューだ。

 

土曜日に雪ノ下と駅前へ買い物へ行くそうだな。しかし女子というのは何故こうもウインドウショッピングが好きなのか。目的もなく買い物に行くとか考えられん。よく雪ノ下が首を縦に振ったな。どうせお前が強引に誘ったんだろうが、話を聞く分じゃ雪ノ下も満更でもなさそうだからな。まぁ、楽しく行ってくるといい。

駅前と言えば、一色と小町も一緒に買い物に行くらしい。

お前と雪ノ下は話を聞いているか分からないが、一色は少し前から学校で妙な視線を感じると言って相談してきた。おそらく一色のあざとさに絆された男子生徒か、一色の事を快く思わない女子生徒だろう。あいつに原因が全く無いとは言えないが誰かも分からない様な視線というのは不安になるだろう。事が事だし、相談を受けたからには何とかしてやろうと思う。それに一色もこれに懲りてあざとさを封印するかもしれないしな。お前も少し気に留めていてくれると助かる。

それはそうと、お前たちも十分注意して買い物に行ったほうが良い。怪しい奴は学校よりも、むしろ街中にこそ居るものだ。この世の中聖人君子などほんの一握り、出くわすなど滅多にない。目の前から向かってくる奴はみんな変態だと思え。世の中いい人そうだけど変態の人もいれば、悪そうで変態の人もいる。リア充なんて大体が変態だ。特にお前と雪ノ下が並んで歩いていたら嫌でも目立つだろう。そんな奴らに目を付けられない様、用心してくれ。

 

 

早々頓首

清廉潔白な比企谷

 

激おこぷんぷん由比ヶ浜様



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四月二十七日

拝啓

 

買い物楽しかった様でなにより。しかし丸一日とは…よく雪ノ下の体力が持ったな。そんなに見て回る所があったとは知らなかったが、俺なら一時間で用事を終わらせられる自信がある。

マグカップを買ったそうだがお前を含め女子はお揃いとかペアとかいうのが好きだな。仲が良い事は分かるがコップなんて部室にあるのになぜ買う必要があるのかと聞きたくなった。しかしそれが小町の入部祝いも兼ねてという事だから、なるほど確かにいい考えだと思った。そういう所に気が付くとはさすが由比ケ浜。

それと、ひとつ聞きたいことがある。買い物中にお前が送ってきたメールについてだ。「今ゆきのんと買い物中だよっ‼︎可愛いの見つけたんだけどどうかなぁ〜似合ってる?」という本文はいい。だが添付された画像はなんだ。雑貨屋の様な所で買い物をするお前たちが写っている…お前の手の角度から自撮りしたんだろう。そして犬耳を着けて楽しそうに笑うお前と、猫耳を着けて恥ずかしそうにこっちを見る雪ノ下。思わず変な声が出た。てっきり服とか選んでるのかと思ったら獣耳とか予想外にも程がある。…似合うか似合わないかで言ったら「まぁ似合わなくもない」だ。しかし目立つ事はしない様に言ったつもりだったんだがなんだこれ。

雪ノ下を二十分かけて説得したそうだがそこまでして撮る必要があったのか?まさか、俺が陽乃さんの写真を気にしていた事への当てつけか?

 

金曜日に何の連絡もなしに雪ノ下たちと来ただろう。その時陽乃さんの事は雪ノ下から聞いたからとりあえず俺の事を信じてくれるって言ってたのはのは俺の聞き違いかだろうか…。

まぁ、あの様子じゃまだ納得していない感じが伝わって来たが、お前だって陽乃さんに睨まれたら言うこと聞いちゃうだろ。下手に反論すれば何倍にもなって返ってくるうえ、結局言うことをきかされる…抵抗するだけ無駄だ。それなら嫌々でも最初から言う事を聞くのが賢い判断じゃないだろうか。

そう思っていた……だがそれは誤りだった。今回、お前と雪ノ下と一色を怒らせると陽乃さん並に厄介だという事が分かった。手紙を読んでるとお前たちが俺を罵倒しにやって来た時の姿が思い出される。陽乃さん程的確に急所を突く訳じゃないが冷たい目線で侮蔑の言葉を言い放つ雪ノ下。あざとさいっぱいに可哀想な後輩を演じぎゃあぎゃあ騒ぐ一色。そしてお前は散々俺に文句を言った後ふと哀しそうな顔をして「…ホント、そういうの嫌だな…」なんて目を潤ませながら言ってくる。一色はおそらく泣きまねだろうがお前は本当に泣いちゃいそうで居たたまれなくなる。

しかし、言う事を聞かなければ陽乃さんに睨まれ、言う事を聞けばお前たちにどやされる…どう転んでも大けがだ。

俺の人生はいつからこうも過酷になったのか。何とかしないといけないと思ってもいい方法が浮かばないし、目を背けてはいけないと思っても些かか見るに耐えない。

これは責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。至急解決案の提出を求める。

 

 

早々

過酷もいいとこな比企谷

 

犬耳が似合う由比ヶ浜様

 

 

追伸

怪我の容態だが、医者の話ではもう殆ど治っているそうだ。来月の頭には退院するから学校へはゴールデンウィーク明けから登校できるだろう。



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四月三十日

拝啓

 

小町の依頼の件お疲れさま。とは言っても依頼者が自分で解決したという事だから奉仕部としては何もしてないな。結局どちらの部活への誘いも断ったそうだが、まさかその理由が生徒会に入りたいからだとは思わなかった。小町が生徒会長の一色と知り合いだという事を知らなかった事から奉仕部を利用しようとした訳じゃないだろうが、無理矢理連れて来られたにしても自分で断れるなら何故奉仕部に頼んだりしたんだろうか。自分を取り合う二人の言い争いに耐えきれず我慢していた気持ちを言ってしまったのか、それとも自分の本当の気持ちを伝える決心がつく様な出来事があったのか…。

よく分からない部分もあるがいずれにしても依頼は解決したんだ、これ以上深く考える必要はないだろう。ひとつ言える事は小町も奉仕部部員としてまだまだという事だな。これは俺が兄として、先輩として色々と指導してやる必要があるだろう。

 

入院した頃は一面に淡いピンクの花を着けていた桜の木も五月近くなれば花も落ち青々とした葉が涼やかな風に揺れている。時間が経つのはあっという間で、最初は何をして過ごそうかなどという呑気な事を考えていた俺の入院生活も気付けばもう終わりを迎える。明日、俺は退院する。お前に手紙を書くのもこれで最後だろう。今まで付き合ってくれてありがとう。一ヶ月近く手紙を書いてみたが、当初の目的だった文通の技術だとかコミュニケーション能力だとかそんなものはまったく身に着かなかった。それどころかお前たちの起こす不測の事態に対応するのが手一杯でそんな事考えている余裕が全くない。手紙を書くのがこんなにも大変だとは思わなかった。お前たちに振り回されてよく分かった。やはり俺の文通生活はまちがっていると…。もう今後手紙を書く事はないだろう。

だが、まぁ確かにお前の言う通り悪いことばかりではなかったとも思う。顔を合わせて話すとその場ですぐ受け答えしないといけないが、手紙なら相手の言葉をちゃんと理解し自分の気持ちをしっかり考えて伝えるための時間が持てる。お前がどんな事を思っているのかとか、自分が本当は何を伝えたいのかとか考える事ができたし、普段思っていても言えない様な事も言い合えた気がする。やはり言葉にするのと文字にするのじゃ違うんだろう。だから、普段と違うお前の事を知れた様な気がしてよかったと思う。

それと、お前が気にしていた雪ノ下への手紙だがさっき書き上げたところだ。どの程度のものを書けたかは分からないが、きっと雪ノ下ならどんな手紙でも呆れた様にため息をつきながら笑い「比企谷君、まったくあなたって人は…」なんて言ってくるだろう。まぁそれで良いと思う…大した事を書いた訳じゃなくただ思っている事を書いただけだからな。

 

さて、ゴールデンウィーク明けからまた学校に行く事になるのだがひとつ気にかかる事がある。一色が奉仕部に頻繁に顔を出す様になり今じゃ普通に馴染んでいる。そして新年度になり入学した小町が奉仕部に入り、それと入れ替わる様に入院した俺。

みんなで見舞に来た時やお前の手紙を読んでいて思ったんだが、この短い間に奉仕部の雰囲気は変わってしまった様だ。悪いと言っている訳じゃない。ただ女子が四人も揃ったら奉仕部もそんなに賑やかになるのかと思っただけだ。俺が部活に復帰した時、女子トーク溢れるその場所に居続けられるか些か不安である。

確かに今の奉仕部は楽しいのかも知れない。だが忘れてはいけない、俺も含めて全員で奉仕部であるという事を。いや、別にお前たちが楽しそうにしているのが羨ましいとか、混ざって一緒に話したいとかそう言うのじゃない。ただ、お前たちの話を聞いていると落ち着かない。胸の奥がモヤモヤする。だから俺は退院したら奉仕部でのポジションを確保するために行動しようと思う。そうすればきっとこの胸のモヤモヤを振り払い落ち着きを取り戻せるだろう。

 

由比ヶ浜よ、心して待つといい。では、また学校で会おう。

 

 

早々頓首

決意を新たにした比企谷

 

心優しい由比ヶ浜様



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俺史上最高厄介なお姉様へ
四月十三日


拝啓。

 

先日は見舞に来てくれてありがとうございます。まさか雪ノ下さんが来るとは思ってもいませんでした。生徒の情報を学外の人間に教えるとか、平塚先生の口の軽さには困りものですが雪ノ下さんもわざわざここまで来なくてもよかったでしょう。「すごく心配したんだよ」なんて言われたら普通は嬉しくなっちゃいますが満面の笑みで雪ノ下さんに言われたとなれば良い予感はしません。それに来るなら一言連絡が欲しかった。俺が昼寝をしている時に来て、しかもずっと寝顔を見てたとか恥ずかしすぎて死ねます。目が覚めた時すぐ側に雪ノ下さんの顔があって「おはよう」なんて言ってくる有り得ない状況に、寝ぼけていた俺がその顔に触れようと手を伸ばしてしまった事は誰にも責められない筈です。なので捻られた右手の痛みの代わりという訳では無いですけどその事は雪ノ下たちには言わない様にお願いします。

 

カステラありがとうございます。ですが見舞いの品としては少し大きすぎじゃないですか?俺一人で食べきれるわけ無いでしょう。確かにそのうち雪ノ下たちが見舞いに来るかも知れませんが、それでも食べきれるか分かりません。ひょっとしてカステラを一人で切り分けて食べる孤独を味わえという嫌がらせですか。タチが悪いです。せめてカステラがどれだけ保存が効くか教えて下さい。雪ノ下さんならそれくらい当然の様に知っているでしょう。

 

知っていると言えば、俺が手紙を書いている事をどうして知っていたんですか?その事を知っている人間はまだそれ程いないのに相変わらず恐ろしい情報収集能力ですね。俺にも情報を集めるコツを是非教えてほしいものです。そうすればクラスのリア充どもの弱みを握り、残りの高校生活を有意義に過ごせると思うんです。

…冗談はさておき、俺は手紙の持つコミュニケーション能力が如何なるものかという事を至って真面目に調べているんです。雪ノ下さんの言う様な邪な気持ちなど全くありません。それを「面白そうだから私もやる」なんて本気で言っているんですか。しかも投函していたら時間がかかるし俺がちゃんと書かないかもしれないと言う理由で「毎週日曜日と水曜日に手紙を受け取りにくるからそれまでに書いておく様にっ!」って何ですか。こういうものは自主的にやるから良いのであって強制されてやるものじゃないんじゃないかと思うんですけど…。学校の課題か何かですか?ネット然りテレビ然り、如何なる娯楽も義務と言う言葉が付くと途端にやりたくなくなるのは何故なんでしょうかね?

とはいえ雪ノ下さんがやると言った以上避ける術はないので、俺は潔く、こうして手紙を書いているわけです。ですが雪ノ下さんが飽きたらいつでも止めて構いません。来るものは拒まず去るものは追わず、比企谷八幡はそういう男です。まぁ文通だから水曜日に俺が手紙を渡して日曜日に雪ノ下さんが手紙を渡すことになると思うので、週一通書くと考えればそれ程面倒臭くは無いでしょう。

それではお返事お待ちしています。

 

 

匆々頓首

比企谷八幡

 

雪ノ下陽乃様

 

 

追伸

何か欲しい物があれば持って来てくれると言ってましたが、それなら何か本を持って来てくれませんか。小町には手紙の邪魔になるからと言って取り上げられてしまいましたが、一日中手紙の事を考えている訳でも無いし息抜きも必要だと思うので、どうぞよろしくお願いします。



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四月十六日

拝啓。

 

お手紙ありがとうございます。まさか今週中にもう一通手紙を書く事になるとは思いませんでした。て言うか俺の手紙を受け取った瞬間に封を開けて読み始め、そしてそのまま病室で返事を書くとかおかしくありませんか?しかも三十分程で書き上げてしまうなんて…おまけに字がとても綺麗だ。書いた時間よりも込めた気持ちが大事と仰るのは分かりますが、俺が何時間も掛けて書いた事を思うと若干の虚しさがあります。それに普通文通といえば相手のいない所で読むものでしょう。その場で読んじゃったらわざわざ書く意味が無い。だって直接話せばいいんだから。そのあたりの事を雪ノ下さんはどう考えているのでしょうか。

 

持って来てくれた小説少し読みました。何年か前に深夜アニメでやっていたのを見た覚えがあります。確か不毛な大学生活を過ごしてきた腐れ主人公が薔薇色のキャンパスライフを夢見て並行世界を迷い歩くという様な話だったと思いますが、何処か俺に似ている所なんてありますか?確かにぼっちである俺の高校生活は端から見たら不毛に見えるかも知れません。ですが俺はこの小説の主人公と違い自ら進んでぼっちの高校生活を謳歌しているので、たとえ現状が似ていてとしても捉え方が違えばそれは全く別物だと言えるでしょう。まぁ強いて似ている所を挙げるとすれば腐った部分を持ち合わせているという所ぐらいですかね。

リア充を遺憾なく発揮する雪ノ下さんには全く分からない感覚だと思いますが、雪ノ下さんは卒業した高校に頻繁に顔を出さずもっとキャンパスライフを楽しんだほうがいいと思います。一色に聞きましたが、来月の進路説明会に卒業生として話をしに来るそうですね。その打ち合わせを今日…もう夕方なので丁度今している頃でしょうか。高校に来る事に楽しみを見出すのは構いませんが、雪ノ下と合うたびに不穏な空気になる様子を、俺と由比ヶ浜が肝を冷やしながら見ているという事もお忘れなく。それに一色もこのところ入学式の挨拶やその他学校行事の手伝いなどで忙しそうです。明日には部活動説明会もあるし、来月には生徒総会もある。奉仕部も手伝っているそうですが、あまりからかい過ぎたり変な入れ知恵をしないようにして下さい。そういった時のしわ寄せは、何故かいつも俺の所に来ます。

 

前の手紙でも雪ノ下さんの情報収集能力の高さについて書きましたが、何故俺が雪ノ下に手紙を出せずにいる事まで知っているんですか。俺の情報はWikipediaにでも載っているのでしょうか。情報の出所を教えて下さい。そしてこれ以上俺の事を詮索しないで下さい。ここから先は法に触れる事になるでしょう。俺は雪ノ下さんを犯罪者にしたくありません。

確かに俺は手紙の書き方もろくに知らず、雪ノ下の事もちゃんと理解しているとは言えません。そんな中で手紙を書いてもきっと何も伝わらないでしょう。だから雪ノ下さんが雪ノ下の事を教えてくれると言うなら、それは素直に聞き入れようと思います。雪ノ下さんの妹自慢がどれほど手紙に影響するか分かりませんが、俺も可愛かったあの頃の雪ノ下というのには少しばかり興味があります。

ただ、こちらだけ一方的に教わるのも悪いので、代わりと言う訳ではありませんが俺も小町の事をお話ししようと思います。こう言っちゃ難ですがうちの小町もそちらの妹さんに負けず劣らず可愛い妹をしています。仮に世界妹選手権があれば、間違いなく日本代表に選ばれる事でしょう。

小町は小さい頃家に誰もいないのが嫌で家出したことがありました。その時は俺が迎えに行きましたが、それ以来俺は妹より早く帰るようになったのです。そんな小町を思い出して、俺は入院する事になった時「両親も帰りが遅いし、そのうえ俺までいなくなって家に一人で居ることになるが大丈夫か」と聞きました。すると「小町は大丈夫だよ。それよりお兄ちゃんは家の心配より自分の将来を心配したほうがいいよ」と応えました。妹の成長と自分より兄の事を思いやれる心に感動し、その日俺は病院の枕を濡らして…枕を高くして眠りにつきました。

話したい事はまだ尽きませんが最初という事もあるのでこのくらいにしておきます。雪ノ下さんの妹自慢楽しみにしています。ではまた日曜日。

 

 

匆々頓首

個人情報保護を求める比企谷

 

妹大好き雪ノ下様



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四月二十日

拝啓。

 

お手紙ありがとうございます。桜の花はやはり綺麗でいいですね。俺も緑の上に座って風を感じながら花見がしたいですが怪我が治る頃には桜ももう散ってしまっているでしょう。けれど病室から見える桜も中々良い感じなので、今年はそれで我慢する事にします。

 

俺の手紙について、雪ノ下さんの言う様に自分でも雪ノ下さんと雪ノ下のどちらの事を書いているのか分からなくなる時があります。姉妹なので名字が同じなのは仕方ないですが、二人を名前で呼ぶ程親しくないのでそれについては若干気が引けます。ですが書き間違えば雪ノ下さんにも雪ノ下にも非難されるのは目に見えています。それに手紙を書く上で読みやすさが大事という事は学んだので、迎合する訳ではありませんがこれから雪ノ下さんに限っては陽乃さんと書く事にさせて貰います。

実際に会った時は雪ノ下さんと呼ぶので、変な期待はしないで下さい。

 

陽乃さんがどうやって俺の事を知ったかですが、まさか知り合いの看護婦が働いているとは思いませんでした。小林さんは確かに俺の居るフロアを担当しているので色々とお世話になっています。たまたま手紙を書いている所を見られたので説明しましたが、それが陽乃さんの差し金であると最初に気付くべきでした。この時少し褒められたからって得意気になって答えた自分に言いたい。「これは罠だ、恥ずかしいから見栄を張るな」と。

そんな陽乃さんならもう知っていると思いますが土曜日に雪ノ下が見舞に来ました。由比ヶ浜と一色と小町も一緒でみんな好き勝手喋ってましたが陽乃さんに貰ったカステラは美味しいと言って食べていました。俺はカステラはあまり食べないので違いとか分からなかったんですがそこそこ良いやつだったんですね、どうもありがとうございます。あいつらも満足そうだったし俺もカステラをいい感じに消費できたので、お互いウィンウィンな結果になったと思います。特に由比ヶ浜はすごく気に入った様で一人で三切れも食べていました。そんなに食べたら太るぞと忠告したらサイテーと言って怒られましたが、あいつは食べても太らないタイプだから大丈夫だそうです。吸収した栄養がいったいどこへいくのか少し気になりました。

ところで、由比ヶ浜がカステラを自分でも買いたいそうなのでどこで買ったか教えてもらってもいいですか?

 

陽乃さんは小さい頃から雪ノ下に変な事ばかり言っていたんですね。雪ノ下が陽乃さんを苦手に思う一端を垣間見た気がします。虫歯にならないようにという理由で「キャラメルは頭の良くなる薬だから一日一個しか食べちゃダメ」なんて、俺も小さい頃似た感じで言われた気がします。ただ「二つ以上食べると雪乃ちゃんの頭とお姉ちゃんの頭が爆発するから絶対に食べちゃだめだよ」ってなんですか。雪ノ下は、まぁ食べた本人なんで分からなくもないですが陽乃さんの頭が爆発するのはどんな原理ですか?誘爆ですか?それとも怒りで爆発するみたいな事ですか?だとしたら怖すぎます。そして次の日、目から大粒の涙を溢しながら陽乃さんの部屋に入ってきて「ごめんね…お姉ちゃん。キャラメル…おいしくてふたつ…食べちゃった…。もう食べないから…だからばくはつしないで…。」と言いながら陽乃さんの頭を撫でようとする雪ノ下…その様子を想像すれば、思わず陽乃さんがひしっと抱きしめてしまうのも分かる気がします。仮に俺が陽乃さんの立場でも同じ事をしていたでしょう。……今気持ち悪いと思ったかもしれませんが大丈夫です。俺も自分で読み返して若干引きました。

確かにその頃の雪ノ下は可愛いのかもしれません。ですがうちの小町も負けてはいません。俺が手紙を書き始めるとき小町からひとつ忠告されました。どうやら俺は手紙を書くと人格が変わるらしい。兄を思って言った事でしょうが俺にはその自覚はないし、仮にそうだとしても何故小町が知っているのか…そう考えていると、ふと昔二人でお手紙ごっこをして遊んだ時の事を思い出しました。知りませんかお手紙ごっこ?姉妹が居たら一度はやった事があるでしょう。その時小町とは何通か手紙を交換したんですが途中で返事が来なくなり、理由を聞くと「お兄ちゃん途中から口調が変になってキモいっ」と言われました…今はっきり思い出しました。まぁそれも昔の事なので今の俺はきっと大丈夫でしょう。ちなみに「何でも言う事聞いてくれて変に律儀で真面目な捻デレのお兄ちゃんが好きだよっ!これ、小町的にポイント高い!」と書かれた手紙は今でも机の奥にしまってあります。

 

最後に、陽乃さんから貰った本は無くした訳じゃありません。病室から動けない俺が何処か持ち出せるわけ無いでしょう。恐らく由比ヶ浜が見舞いに来た時に自分の本と間違えて持って帰ったんでしょう。あいつは頭がちょっとアレなんでやりかねません。次に陽乃さんが来るまでには持って来てもらうのでどうか怒りを鎮めてくれると助かります。傍から見れば笑っている様に見えますが、俺には笑顔の下から不穏なものが溢れ出ている様に感じます。陽乃さんなら表情を作る事など造作も無いと思うんですがやはりわざとでしょうか…いえ、不満がある訳じゃありません。今回の事は全面的に俺が悪い。だた情状酌量の余地は十分にあると思うので、それをふまえた上で次は心穏やかに来てもらえたら嬉しいです。

 

匆々

昔を思い出して少しセンチメンタルになった比企谷

 

笑顔を崩さない陽乃様



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四月二十三日

拝啓。春たけなわの季節となりましたがいかがお過ごしでしょうか。俺はといえば先日の小説の件で奔走しています。陽乃さんは最初からご存知だった様ですが小説は由比ヶ浜ではなく一色が持っていました。今はまだ手元にありませんがひとまずそれは置いておきましょう。

 

俺は今怒りに満ち満ちています。その昂りは超サイヤ人もかくやと思うほどに怒髪天を衝いています。陽乃さんが小説に挟んだ写真とメッセージカードのお陰で現在人生稀に見る修羅場を迎え、そのせいで由比ヶ浜と一色に便箋から溢れんばかりの罵りを浴びせかけられ危うく溺れる所でした。雪ノ下については由比ヶ浜の手紙を読むと「比企谷許すまじ」なんて言ってる様なので、これは早急に誤解を解かないと禍根を残しかねません。

何故陽乃さんはこのような誰の得にもならない事をするのでしょうか。気付かない俺も俺ですが、頼んでもいないのにこうも勝手に活躍されては全く手に負えません。しかも先週進路説明会の打ち合わせで学校に来た時、一色に「比企谷君は今小町ちゃんに本を読むのを禁止されてるらしいから見つけたらこっそり没収してあげてね」なんて言ったそうですね。そのせいで一色は小説を持ち去り写真とメッセージカードを見つけてしまったのです。そしてそれを雪ノ下たちに言いつけたものだから俺は今前述の様な手紙を受け取り、不毛な誤解を解かなければならなくなったのです。全ては陽乃さんが独自の情報網を駆使して油を撒いた側から火をつけて修羅場の炎を燃え盛らせた賜物でしょう。先日来た時の陽乃さんは、笑顔の下に怒りや哀しみを隠しながら実はやっぱり笑っていたんですね。本当に反省して頂きたい。

 

もうすぐ怪我も治りますが、このままでは俺は退院しても学校に戻る事が出来ません。例え戻ったとしても次の日にはまた入院している可能性まであります。そんな俺を少しでも可哀想と思う心がまだ陽乃さんにあるのならどうか雪ノ下に説明して誤解を解いて下さい。今のあいつらじゃ多分俺の言う事に聞く耳持たないでしょうが雪ノ下なら陽乃さんの言う事は聞いてくれるでしょう。そうすれば後は雪ノ下があいつらに説明してくれる筈です。週末には三人で来るそうなのでそれまでに何とか話をして欲しいです。先程怒っていると書きましたがそれは嘘です。全く怒っていません。寧ろ尊敬しています。だから本当に陽乃さんだけが頼りです。今まで散々俺を振り回した事を思えばこれくらい聞いても罰は当たらないと思うのでどうかよろしくお願いします。

 

取り急ぎ。

 

 

あなたの下僕比企谷八幡

 

雪ノ下陽乃閣下

 



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四月二十八日

拝啓。

こんにちは。先週末雪ノ下たちが病院に来ました。大体の事情は陽乃さんから聞いたので理解したと言われたので、陽乃さんがちゃんと雪ノ下に話をしてくれたみたいで安心しました。結局あいつらには最低だの節操がないだの八幡だのぶちぶち言われましたが、誤解が解けていたという事もありとりあえず無事に解決することができました。まぁ原因自体も陽乃さんなので素直に感謝できないところもありますが俺ももう高校三年生、四捨五入すれば立派な大人です。陽乃さんの様な人にもしっかりお礼が言えてこそ立派な大人の男と言えるでしょう。どうもありがとうございました。

 

予想だにしない事態に大いに振り回されましたが日が経つに連れて大分落ち着きを取り戻す事ができました。そうなるとだんだん頭も働いてくるので、俺は何故陽乃さんがこの様な事を仕出かしたのかを改めて考えてみる事にしました。面白そうだったからと貴女は言いますが、本当にそれだけでしょうか?確かにそれも理由の一つかも知れませんが陽乃さんは意味のない事はしない筈です。ならば真意は他にあるのではないかとも思いましたが、きっと陽乃さんは聞いてもちゃんと答えてはくれないでしょう。雪ノ下に聞いてみても知る訳が無いと一蹴されましたし、陽乃さんが何と言って誤解を解いたのかについても何故か教えてくれませんでした。ひょっとすると雪ノ下に関係する事なのかとも思いましたが考えても謎が深まるばかりです。

俺は個人情報をこんなにも開示しているのに自分の知りたい事は知れないというこの不条理さは何なんでしょうかね。

しかし、それでもひとつはっきり分かった事があります。それは陽乃さんが事を起こせば起こすほど俺の人間関係が崩壊していくという事です。ぼっちのくせに人間関係を語るとは何事だこのやろうとお思いでしょうが、俺は常に非接触の人間関係を築いているんです。自分から波風を立てる様な事はしません。なのに陽乃さんが辺り構わず火の粉を振り撒くもんだから俺は雪ノ下たちから謂れの無い罵詈雑言を受ける事になるんです。今の過酷な状況は全て陽乃さんの活躍の賜物と言っても過言じゃありません。

本当なら直ぐにでも止めて欲しいところですが、こんな事を言っても陽乃さんのやることは変わらないでしょうし、むしろ今まで以上に嬉々として跋扈するまである。そうなってはひとたまりもありません。なので俺はこれ以上事態が悪化しない様に、あえて陽乃さんのやる事に口出しはしません。ですがもし、それにも拘らず陽乃さんが俺の人間関係を完膚無きまでに崩壊させる様ならその時は責任を取ってもらうしかありません。お世辞にもまともな人間関係を築いているとは言えませんがそれくらい望んでも罰は当たらないでしょう。

ですので陽乃さんはその事を心に留めて、これからも活躍して下さい。事態がこれ以上悪くならなければみんな幸せなのです。

 

今週末に退院することになりました。手紙を書くのもこれが最後になるでしょう。陽乃さんとの文通は期間こそ短かったですが毎回何が書いてあるのか分からないという恐怖に怯えながら読んでいたので、やっと解放されたと胸を撫で下ろしています。そして、もうひとつの事案である雪ノ下への手紙ですが相変わらず何を書いていいか分かりません。陽乃さんから雪ノ下の話は結局少ししか聞けませんでしたし、この文通生活で得た物は無く、逆に色々と大切な物を失ったとさえ思います。しかしこんな状況でも、雪ノ下には手紙を渡すと言ってしまった以上書かなければいけないので、俺としては罵られる覚悟でとりあえず思った事を書いていくしかありません。書かなければより怒られるでしょうしね…。ですが手紙から受ける恐怖への耐性は陽乃さんとのやり取りで十分過ぎるほど身に付いたので雪ノ下についても多分大丈夫でしょう。それについては陽乃さんのお陰と言えます。ありがとうございました。

 

それでは、俺のこの気持ちが変わらないうちに手紙を書き始めようと思いますのでこのあたりで失礼します。

 

 

恐惶謹言

決意を固めた比企谷八幡

 

俺史上最高厄介なお姉様へ



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勘違いを続ける副会長へ
四月十一日


拝復

お手紙ありがとう。まさかお前から手紙をもらうとは思わなかった。手紙を受け取り、誰からかと差出人を確認するとやはり誰からだと思った。新手の嫌がらせかと疑ったがよくよく中身を読んでみるとお前が生徒会副会長だと判明した。ていうかお前の名前本牧って言うのな、初めて知ったわ。

 

俺に相談があるとの事だが、言われた時点でそれが一色関連の事だと察しがついた。それぐらいしかお前と接点がないからな。普通なら入院している俺よりも奉仕部の奴らに依頼するのが正しいんだが、まぁ一色を生徒会長にした遠因もあるし、お前は「一色いろは被害者の会」のよしみでもある。なのでやぶさかではあるがその依頼引き受けてやる。だが俺は一色係じゃない、これだけはよく覚えておく様に。

 

ここ数日一色が放課後に生徒会室に来ないという事だが、先月から入学式や始業式の準備やらなんやらあったしな、俺たち奉仕部も駆り出されたぐらいだから相当忙しかったんだろう。まして生徒会長様となれば全校生徒の前で話さなきゃいけないから、俺たち一般生徒には分からないプレッシャーもあるだろう。

ていうかまだ学校始まって一週間も経ってないのにそこまで騒ぐ必要無いんじゃないか。

むしろ俺が気になったのはお前の行動の方だ。一色を心配する気持ちは分からなくはないが、“会長は朝は普通に登校して授業は普段通りに受けていた。昼休みも生徒会の集まりがある時はちゃんと出席しているし集まりが無い時はクラスの友達と弁当を食べているみたいだ。午後の授業も変わりない。だけど放課後になるとすぐに帰ってしまうんだ。最初は奉仕部に行っているんだと思ったけどそんな様子は無いしサッカー部にも顔を出していない。そして校門を出る時も普段とは逆方向に帰っていくんだ。これは家に帰っているとは思えない。しかも……”って怖すぎるんだけど。どんだけ一色の事見てんだよ。ていうかお前これ授業受けてないよな。ここが学校でお前が副会長という立場じゃなかったら確実に通報されているレベルだ。自重しろ。

一色の事は俺が何とかしてやるからお前はこれ以上おかしな行動はするな。それが一色の為でありお前の為であり、ひいては学校の平和の為でもある。

 

ところで、この手紙は妹の小町から受け取った訳だが、どうしてお前が小町と関わりを持っているんだ?事と次第によってはお前を副会長の座から引き摺り下ろし、残りの高校生活を辛く哀しいものにするまであるぞ。心して答える様に。

 

 

敬具

比企谷八幡

 

生徒会副会長 本牧牧人様



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四月十五日

拝啓。

一色が無事生徒会に来る様になってなにより。大した事はしていないが、一色もちゃんと生徒会に顔を出すと言っていたから多分大丈夫だろう。まぁ奉仕部へ行く為にちょくちょく抜け出す事はあるだろうが息抜きだと思って大目に見てやってくれ。あいつもなんだかんだでお前の事は頼りにしてる〜みたいなことを言っていたぞ。

 

そんな事より、まさか小町が俺の代わりに一色の手伝いをしているとは思わなかった。どうりでお前と面識がある訳だ。けどなんであいつらはその事を俺に言わないんだろう?何か言えない様な事を企んでいるのだろうか。

確かにうちの妹は可愛いし協調性もあって周りに気がつかえる…俺と違ってな。生後間もない頃の小町は純粋無垢の権化であり、その名の通り小野小町の赤子時代もかくやと思われる愛らしさ、邪念のかけらもないその笑顔は郷里の山野を愛の光で満たす程であった。それが今はどうだ。いつの間にか身につけたあざとさを遺憾無く発揮し父親や兄をジャグラーばりに手玉に取っている。

そんな小町があざとさマスターの一色と一緒に行動しているなんて考えただけでも気が滅入ってくる。このままでは学校中の男子生徒があいつらのあざとさに惑わされ無益な争いを生む事になるだろう。生徒会副会長よ、今こそお前の出番だ。あいつらの事をさり気なく見守り、意味不明な事をしそうになったら阿呆な事は止めろと諭しれくれ。俺はお前の頼みを聞いたから、今度はお前が俺の頼みを聞いてくれる事を期待している。

 

それとこれだけは言っておくが、いくら可愛い後輩の兄からの頼みだからと言って小町に変な気を起こすんじゃないぞ。お前の役目は一色と小町のなだめ役及び小町にまとわりつく羽虫の駆除だ。一緒になってブンブン飛んではならない。お前の事だから心配はしていないが、かと言って小町のあざとさを思えば必ずしも安心とは言えない。

そういえばいつだったかお前が学校の女子と一緒にカフェから出てくる所を見かけた事があったな。確か三つ編み眼鏡の生徒会書記だっただろうか。どんな関係だとか詮索する気は無いが、もしお前が入学して間も無い一年生にうつつを抜かす様な事になったらあの眼鏡書記はさぞかし悲しむ事だろう。悲しみのあまり泣いてしまうかも知れない。もしくは雪ノ下さながら侮蔑の眼差しと共に罵詈雑言を浴びせてくる事もあり得る。ああいう一見気弱でおとなしそうなやつこそ何を仕出かすか分からない。そうなればお前は生徒会副会長を解任され、残りの高校生活を辛く哀しい思いで過ごす事になるだろう。

そんな事態にならない様に本牧よ、心を強く持て。決してあざとさに屈してはいけない。総武高校の安寧はお前の双肩にかかっている。

 

 

早々

比企谷八幡

 

本牧牧人さま

 

 

追伸

小町は学校での出来事を教えてくれるが都合の悪い事は言っていないかも知れない。おかしな行動を見かけたら逐一教えて欲しい。



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四月十九日

前略。

昨日はせっかく見舞いに来たのに話の途中で帰ってもらって悪かったな。せめてカステラだけでも食わせてやりかったんだが、それが出来なかった事が悔やまれる。お前が病室を出て後少し経ってから雪ノ下たちと一緒に一色と小町も来たが、世間話を延々と聞かされたあげく各々好き勝手喋り一方的に満足した様子で帰っていった。どうやらここに来る連中はお前を含め何故か自分の事ばかりを話したがって俺の話を聞こうとしない様だ。まぁ一日中ベッドに寝転がっているだけなので大して話す事など無いし学校の話を聞けるので不満は無いがもう少し俺に興味を持ってくれてもいいんじゃないだろうか。なんだか奉仕部での俺の存在がじわりじわりと薄れ最後には溶けてなくなってしまう様に感じる今日この頃である。

 

こんな事を言われてもお前は自分の悩みで精一杯だろう。見舞いの時に多少話は聞いたが一色の件が解決したばかりだと言うのに次から次へと忙しい男だ。確か今年入学して来た中学時代の後輩の事だったか。そいつはずっと総武高に入学したらお前のいる生徒会に入ると言っていたが、先日の部活動説明会の後しばらく考えさせて欲しいと言ってきたそうだな。

要するに説明会を聞いて生徒会よりも気になる部活があったが、お前との約束の手前素直に他の部活に入りたいとは言えず悩んでいる、そんなところだろう。こんな事少し考えれば予想は付くのにお前は何をそんなに悩んでいるんだ。それにどちらかと言えばお前よりもその後輩の方が悩んでいる筈だろう。

 

まぁ俺には自分を慕う後輩なんていないしお前とお前の後輩がどれほど仲が良かったのかは知らないが、ぼっちである俺に出せる答えはひとつだけだ。たとえお前が高校に入学した後も後輩と繋がりがあり相手もお前の事をよく慕っていたとしても、そんなのは人生において一時的なもので時間と共に風化していく。まして通う学校がバラバラになったとなれば疎遠になる事も至極当然と言える。それに片方が相手の事を想っていたとしても、もう片方にとってはそこまでじゃ無いなんてこともざらある。つまり人間とはすれ違う生き物で、そうやってすれ違いを繰り返す事によって集団に囚われない立派なぼっちへと成長していくのである。

お前にできるのは後輩の成長を見守り、そいつの返事をしっかりと受け取る事だけだ。別に入らないと言っているわけじゃ無いし本当に生徒会に入りたいならちゃんと言ってくるだろう。まぁ部活動に集中したいなら生徒会なんて面倒な仕事はやらないのが普通だろうから変な期待をせずに待つのが賢明だろう。

 

話は変わるが、小町が三年生の女子に絡まれているのを見たそうだな。一瞬動揺してナースコールしそうになったが、その相手が細身で長身に加えて青みがかった長い白髪を後ろで一つにまとめていて、右目に泣きぼくろがあり不機嫌そうで人を寄せつけない雰囲気を放っていたと言うなら問題は無い。そいつは俺も小町もよく知る人物だ。確か川なんとかさんと言って小町の中学の頃のクラスメイトの姉でもある。多分普通に世間話していただけだろう。

去年のクリスマスイベントやバレンタインの試食会にも妹の付き添いで参加していたから顔を合わせてるはずだが、どうもお前はひとつの事に集中すると周りが見えなくなる様だ。そして相手が知り合いかどうかは忘れるのに特徴は細かく覚えている観察眼…どれだけ見てるんだ。細かすぎて気持ち悪くもある。

まさかとは思うがまだ一色にも似た様な事をしていないだろうな。お前の事だからそんな事していないと思うし、仮にしていたとしても真面目さ故の行動だろうと理解しているが少し落ち着け。冷静に行動しさえすればお前は立派な副会長だ。

 

 

草々

比企谷八幡

 

悩みに事欠かない副会長様

 

 

追伸

見舞に来た時本を見なかったか?あの日以来何処にも見当たらないので何か知っていたら教えて欲しい。



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四月二十一日

拝啓。

お手紙ありがとう。あまりに返事が早くてびっくりしている。

入院をしてから数人と文通をしているが、今回お前から受け取った手紙はその中でも群を抜いて枚数が多い。他の追随を許さない程だ。しかも内容はと言えば土曜日の話の続きだろうかお前とお前の後輩の思い出話が延々と書いてあるだけなので、これは苦行かと思うほどなんの面白みも無く読むのに大変苦労した。とはいえこんな話を面会終了時間まで聞かされてはたまらないので、それを考えれば手紙で良かったとも思える。

まぁどちらにしてもどうでもいい話ばかりだ。“放課後目隠しリレー”のくだりなどツッコミだしたら限りがないが、お前が思っていたよりも阿呆な事と、中学でも後輩と一緒に生徒会に入っていて仲が良かった事はよく分かった。確かに手紙を読む限り後輩は生徒会に入りたいと思っているだろうし、お前も入って欲しいと思っているのが分かる。

では何故後輩は自分の本意ではない事を言ったのか…お前が何について悩んでいたのか理解したし、乗りかかった船でもあるから協力はしよう。だが、その前に一言言わせて欲しい。

 

お前は色々と悩みを抱えていて大変かも知れないが俺の方がもっと大変だ。いや、大変というよりまじでヤバい。お前が突き放す様に知らないと言った本を巡って、強化外骨格を纏った魔王をはじめ関係者各位から謂れの無い疑いをかけられ、さらに弁解する暇もなく雨霰と飛び来る罵詈雑言に身をやつしている。足を骨折していなかったらすぐにでも逃げ出しているところだ。この逃げるに逃げられない状況…差し詰め無実の罪で死刑勧告を受け、刑の執行を待つ囚人の気分である。何故俺の人生はこうも過酷になってしまったのか……。

若干話がずれてしまったが、分かりやすく要約するとお前の事を手伝ってやるから問題が解決したらお前も俺を手伝ってくれ、という事だ。

ちなみにこれは決定事項であり、異論があればことごとく却下だ。

 

まず何故後輩は自分の本意ではない事を言ったのかだが、考えられる理由として自分より上の立場の人間に命令されるという事がある。例えば親や教師、はたまたお前以外の先輩などから当部活へ入れと言われる。もちろん部活は強制ではないため普通なら断ればいいがおまえの後輩は気が弱いので人の頼み事を断れない。その事は“校門人間アーチ”の話から明らかだ。そしてそんな性格故に同級生からの誘いも断れない可能性がある。まだ入学したばかりで相手がどんな人間かも分からないから、下手に断ればそれが原因でクラスから孤立するかもと考えたのかも知れない。普通の人間からすればなるべく避けたい事案だろう。

 

しかし、あくまでも推測で理由は本人に聞くしか分からないが、はっきりしている事がひとつある。

それは生徒会に入って欲しいとお前自身が思っている事だ。他に確かな事がない以上これが唯一の武器となる。お前はこれをもって自分の気持ちをしっかりと後輩に伝えるんだ。そうしなければ、きっと“昼休みプリキュア事件”の二の舞になるだろう。

言ってどうにかなる保証は無いが言わなければどうにもならない事は保証できる。

人とはすれ違う生き物で、言わなくても分かり合える関係も、何でも言い合える関係も、相手を理解できる関係も、全て理想であり望んでいるだけでは手に入らない。何も持たない俺たちがそれを望むのなら必死にならなければいけない。そして必死になって行動した時に初めて理想を手に入れるチャンスが生まれる。おそらく一度では手に入らないだろうが何度も繰り返すうちに少しずつ近づいていつか、本物になるだろう。

 

とまぁこんな事を言っているがなにも考えが無い訳じゃない。お前が後輩に自分の想いを伝えそれがクラスに知れ渡ったとしよう。例えば後輩を誘ったのがクラスメイトだとすれば、クラス中が生徒会に入ると思っている中で誘い続ける事はおそらくないだろう。学校という閉鎖されたコミュニティの中で上級生というのはそれなりの力を持っているものだ。ましてお前は生徒会副会長。形式上この学校で二番目に偉い生徒だ。そうなれば自然と身を引くだろう。

そして上の立場の人間だったとしても、それが教師であればこちらの意見を聞いてくれるだろう。生徒の自主性を重んじるのが教師であるし総武高校はそれなりの進学校でもあるので、大学入試の際にアドバンテージになる生徒会での経験をむしろ応援してくれるまである。

また、二年の先輩だったとしてもお前は三年だから全く問題はない。相手も三年の場合は少し面倒だが、話が縺れるようなら教師に仲裁に入ってもらう手もある。先ほどの理由からもこちらの味方をしてくれるだろう。

 

何れにしてもお前が行動してこそだ。前にも言ったが冷静に行動しさえすればお前は立派な副会長だ。健闘を祈る。

 

 

 

久しぶりにいい事を言った気がする比企谷

 

放送室でスイッチが入っているのに気付かずプリキュアのオープニングを口ずさんだ本牧様



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四月二十二日

こんにちは。その後、後輩とはどうですか。

とは言っても昨日の今日でその後も何も無いだろうと思っているだろう。俺もそう思う。だが言わずにはいられない。今日の俺は昨日よりも増してヤバさMAXである。もうてんてこ舞いのきりきり舞いである。お前には一刻も早く後輩との問題を解決して俺を手伝ってほしいと思っていたが、それももう手遅れなのかもしれない。

 

女子たちの怒りは昨日から全く鎮まる様子を見せず、小町からも「お兄ちゃんの事は好きだけどさすがにそれはちょっと…」と悲しいものを見る様な目で言われた。弁明しようにも原因の人物とは全く連絡が取れない。どうでもいい時にはすぐ連絡してくるのに必要な時に限って音信不通というなんとも厄介なお姉様である。今もきっとどこかで俺が慌てふためく姿を見て楽しんでいるのだろう。

 

また、ここが病院で身動きが取れない状況であることも精神的ダメージが大きい。この足が骨折していなかったらすぐにでも遠くへ逃げ出したい。具体的には舞浜にある運命の国まで逃げ出したい。

お前は知っているだろうか。あそこは国というだけあって日本の法律も適応しないらしい。この国では異端とみなされるぼっちも優しく迎え入れてくれる素晴らしい所だそうだ。そしてその争いの無い世界ならば俺は現在身に降り掛かる様々な喧噪から解き放たれ、取り戻した安寧とともに幸せに暮らせるのではないだろうか。

聞いた話によるとずっと子供の心を忘れないでいる人間のところには、同じく子供の心を持った青年と妖精が現れて運命の国へ連れて行ってくれるらしい。であればぼっちというのは他人との接触がないためいつまでも純粋で清い心=子供の心を持っていると言っても過言ではないだろうから、つまり俺が今ここで手を合わせて心の底から願いさえすれば窓の外から彼らがひらりとやって来きて「やっほー八幡君、迎えに来たよっ!」と言ってくれるに違いない。そして妖精の粉を振りかけられた俺の身体はふわりと浮かび上がり、足の怪我も完治し、窓から病室を飛び出し彼らと一緒に運命の国まで飛んで行くのだろう。

 

唯一の心残りとしてはお前たちがどうなるかを見届けられない事だがお前ならばきっと大丈夫だろう。自信を持っていけばきっと上手く行く。

そして全て丸く収まった後二人で運命の国に来る事があれば、その時は俺が精一杯もてなしをしよう。

 

それではさらばだ。

 

 

運命の国に住む永遠の少年 比企谷

 

本牧牧人様



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四月二十七日

拝啓。

お手紙ありがとう。あれから手紙が来なかったのでどうしたものかと心配していたが無事に解決できたようで俺も安心している。結局お前の後輩はクラスメイト二人から別々の部活に誘われていたというおおよそ予想通りの状況だったわけだが、そんな事よりも俺はお前が思い切った行動をとった事に驚いている。いや、単純に褒めているのである。まさかお前にそんな度胸があったとは思いもよらなかった。

後輩の教室に一人で行ったお前は勢いよく扉を開け中に入っていく。そして教壇に立ちクラス中の視線を一身に集める中、後輩を生徒会に入る様に勧誘したという。ここまでされれば生徒会に入るのも自然だろうし、クラス公認になったことで二人のクラスメイトも諦めがついただろう。直球もいい所だが実に効果的である。

て言うか一年C組って小町のクラスだろ。あいつに相談した方が早かったんじゃないだろうか…。

ともあれ無事に解決できて良かったな。こっちはお前がもたもたしているせいで自力で解決するはめになったが、無事とは言えなくともなんとか解決することができた。尚、負傷した俺の心が癒えるのには一ヶ月ほど時間を要するので当分この件には触れないでほしい。

 

お前の助けは借りられなかった訳だが、お前から受け取った手紙には「色々助けてもらったから今度は比企谷の方を手伝うよ。人という字は人と人が支え合ってるなんて言うしね、お互い助け合おう。」と書いてあったな。実に良い心掛けであるが一言いわせてもらおう。人という字は支え合ってると言うが、あれはよく見ると片方が寄りかかっている。スクールカーストの低い人間が高い人間、つまりぼっちがリア充の犠牲になることを容認してるのが人という概念だ。そんな言葉をもって助け合いなどと言っても言葉の意味が薄れるだけだ。対して俺の名前にある“八”という漢字を見ろ。お互いが干渉する事無く絶妙な距離感を保ちそれぞれが自立している。この非接触こそ、理想の人間関係と言えないだろうか。“人”という漢字は“八”という形になる途中のいわば未完成な漢字で、なんなら“八”を“ヒト”と読んでもおかしくないのかもしれない。

要するに何が言いたいのかというと、リア充爆発しろ、と言う事だ。

 

また話が逸れてしまったが、しかしお前の申し出を無下に断るのも気が引けるので、別の案件だが少し手伝ってもらいたい事がある。奉仕部にとって重大な事だ。一色が部室に顔を出す様になってから奉仕部も賑やかな雰囲気に変わり、そして今年からは入院した俺と入れ替わる様に小町も入部した。俺のいない奉仕部の様子が気になったので小町に聞いてみたところ、連日の様に女子トークが繰り広げられているらしい。詳細は分からないがこの間四人で見舞いに来た時の様子をみると、すでに女子たちだけの世界が形成されている様だった。見舞に来ているはずなのにほとんどあいつらだけで会話が完了し俺の存在を小指の先程も気に留めていなかった。

特に小町は俺が部室に居る所を知らないし、なんなら「お兄ちゃんは部室に居なくてもいいかな〜」なんて言われるまである。

このままでは非常にまずい。俺は奉仕部での居場所と存在価値を守る為に行動しなければいけない。作戦は既にあり、後は実行するだけだ。ついてはお前の協力を必要とする。

今度の祝日に病院まで来てくれ。詳しい事はその時に話す。

 

草々

孤高の軍師 比企谷

 

大胆不敵 生徒会副会長 本牧様

 

 

追伸

先日お前に出した手紙だが、あの時の俺はどうかしていた。あんな恥ずかしい物は無い。あの手紙はこの世に存在させてはいけない物だ、必ず人を不幸にする。お前には、あの手紙を十字に切り裂き火をつけて灰にし、未来永劫記憶の彼方へ封印する事を勧める。



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雪ノ下雪乃へ 失敗書簡集
失敗書簡(其の一)


四月十日

 

拝啓。

桜花爛漫の候となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。総武高校最上級生となりクラス替えも行われ何かと不安もあろうかと思いますが、雪ノ下であればそんなものはどこ吹く風とばかりに今までどおり歯に衣着せぬもの言いで己の道を切り開いている事でしょう。

 

現在俺は市内のとある病院の一室で足を固定されたままごろんと横になり、窓の外を見ては物想いにふけるという生活を送っています。もう知ってると思いますが交通事故に巻き込まれたのです。奇しくも一昨年、犬を助けようとして車に轢かれた様に。我ながらまるで成長していないと思います。一ヶ月程入院する事になり、普通の学生なら四月という始まりの月を学校で過ごせないのはクラスからの孤立を意味する程致命的な出来事ですが、既にぼっちとしてできあがっている俺にはそれ程ダメージはありません。

そういえば俺が何処に入院しているのかも知らずに部室を飛び出そうとした由比ヶ浜をなだめ止めたそうですね、その冷静さに感服します。

 

雪ノ下の事だがらこんな俺に呆れ、「いい機会だから、ついでにその腐った目と捻くれた性格も治してもらってはどうかしら」などと言うかも知れません。

ですが今の俺はまさに、その目と性格をはじめ全てのマイナス要素を克服しようと奮闘しているのです。その証拠に、毎朝七時に起きて九時に寝るという規則正しい生活をしています。そして大学受験の為に何度も過去問を解き、動かせない足の代わりにダンベルなどで上半身を鍛える。おかげで頭脳明晰、筋肉はむきむき、身長も伸び、コミュニケーション能力抜群の男に生まれ変わりました。

病院内ではそんな俺を見た、なんと半数以上の人が「比企谷八幡は将来ビッグになる」と回答しています。イルクーツク国立大学のソロボッチ博士(脳科学者)の名著『孤独を経験した者』によれば俺の様にぼっちを経験した者こそ、二十一世紀の日本社会を先導するに相応しい人間になるのだそうです。次はあなたがこの新生比企谷八幡の効果を体感する番です。そうすれば、希望大学に一発合格、就職したその年で年収は一千万を超え、休日のたびにデステニーランドを貸し切り、お肌ツルツル髪サラサラの悠々自適な生活が(中断)

 

【反省】

真面目な手紙を書こうとすると、どうも相手との距離感がおかしくなる。雪ノ下に対して少しへりくだり過ぎだろうか。

前半はそれ程おかしくないと思うが後半に行くにつれ何とも怪しい文面になってしまった。自分に秘められた願望でもあったのか、コミュニケーション能力とか将来ビッグにとかのたまい、しまいには深夜の通販番組の様な胡散臭い文章まで出てきた。こんな手紙じゃ雪ノ下に罵られるのは明らかだ。少しでも立派に見られたいと思っても嘘は良くない。

それにしても「イルクーツク国立大学のソロボッチ博士(脳科学者)」とは、いったい誰だ。自分でもなんのつもりで書いたか全くわからない。どうかしていた様だ。

もっとキッチリと書こう。大言壮語するのは良くないが、真面目で頭のいい雪ノ下ならばもっと節度ある折り目正しい文章を好むだろう。それを意識して書けば、手紙もおのずと誇り高くなるのではないだろうか。



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失敗書簡(其の二)

四月十三日

 

拝啓。

平素は格別の賜り厚く御礼申し上げ候。

雪ノ下様におかれましては、総武高校最上級生となり頑張っておられることと存じ候。何かと不安なこと多かれども、雪ノ下様であればそんなものは恐るるにたらぬことゆえ、己の道を切り開いていけると申し上げ候。

 

小生比企谷八幡、市内のとある病院の一室にて足を固定されたまま横たわり、窓の外を眺め物想いにふけるといふ生活を送り候。なにゆえこのような事になったかといわば、始業式の日、道ゆく人の飼い犬の道路に飛び出たるに、車などやって来ては事故を起こしそうになりける。

咄嗟に身体が反応し飼い犬を庇った為、このように入院する事と相成り候。

じつに不毛な日々なり。されど毎日の規則正しき生活、定時に起床就寝を繰り返し候。ずっと寝ているだけなれど朝昼晩の食事も出てきたりけるし、呼べばすぐさま何者かが来やる。あとは人も交らず、病室に引きこもりつつ見る心地、帝の位も何にかはせむ。実に小生の願ったりける環境であると言えるで候。

されど、かの生活がとわに続けばと願えども現実そうは甘くないなり。一ヶ月もすればこの桃源郷を追い出され候。いみじく心もとなきままに、消しゴムで薬師仏を作りて、「ずっとここで暮らさせたまえ、誰か養ってくれたまえ」と、身を捨てて額をつき、折りもうすほどに願ううち、一日は過ぎ去りける。この願いを成就させる方法を見つける事こそ、入院期間中に与えられた使命だと存じ候。

 

聞くところによると、今週の金曜日に部活動説明会が行われる御様子。全校生徒の前で所信表明演説をするなど、考えただけでも恐ろしい事なれど、雪ノ下様は超優秀ゆえ、その様な事はおちゃのこさいさいであると存じ候。それに由比ヶ浜様もいるゆえ、二人揃えば鬼に金棒猫に小判、無敵タッグの完成に御座候。小生の力添えなど必要ありません。なので二人で病院から連れ出す算段を立てるのはやめて欲しいと存じ候。

 

匆々頓首

 

【反省】

暇つぶし機能付目覚まし時計を片手に古典と現代文の教科書を駆使し、丸一日を費やして書いたというのにこの有様である。誇り高く折り目正しい文章を書いていたつもりが、内容は単にダメな男だった。そりゃ書いてるのが俺だからしょうがない。それを差し引いても、時代錯誤な文章もあいまってかわいそうなヒト感が抑えられない。だいたい文語文なんて書いた事無いんだから確実に間違ってるし、雪ノ下に罵られるのは明らかだ。

慣れない言葉を無理に使ったのは間違いだった。雪ノ下とは知らない仲じゃないんだし、もう少し砕けた文章で書こう。親しみを持って話しかける様に書けば血の通った文章になって、自ずと人間味溢れるすばらしい手紙になるに違いない。

とりあえず疲れた。指が痛いので今日はここまで。



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失敗書簡(其の三)

四月十五日

 

やっはろーゆきのん、八幡だよ。いぇい!

新学期始まったけどもう新しいクラスにはもう慣れた?周りに知らない人だらけって落ち着かないよね、考えただけでちょー憂鬱!ゆいゆいみたいにすぐ人と仲良くなれるのはすごいなーって思うけど、初めて会う人に自分から話しかけるなんて俺には絶対ムリっ。でもよく考えたら二年生のときもぼっちだったし、知らない人だらけのクラスから知らない人だらけのクラスに変わっただけだから結構ヘーキかもね。ちょっと安心(笑)。

 

そんな俺は今、絶賛入院中です。入院って言っても少年院とかじゃないよ、交通事故で入院しているのです。ここではベッドに寝転がってるだけで何でも看護師さんがやってくれます。ご飯も運んで来てもらえるし、呼んだらすぐ来てくれるし、まさに天国かもって思っちゃう。居心地が良すぎて、ずっとここでくらしたいなーって思うけど来月には退院しなくちゃいけないんだ、人生そんなに甘くないよね。はぁ、誰か養ってくれないかなぁ。

 

突然ですがここで問題っ!

ジャジャンっ!そんな何でもしてもらえるステキな生活なんだけど、少し不満があります。それはいったい何だと思う?

 

 

3……2……1……、はいっ、時間切れ!

これは体験した人なら分かると思うけど、ゆきのんにはちょっと難しかったかな?正解はものすごく退屈ということです。自分では何もしなくていいんだけど、逆に何もする事が無いから暇すぎて死んじゃいそーなのデス。

あまりに暇すぎて小町に何かすることない?って聞いたら紙袋を持ってきてくれたんだけど、その中身はナント便箋と封筒っ!なんでもお母さんが知り合いの人に貰ったらしくって、それを小町が貰ったんだって。それでなんで俺に持ってきたのかって聞くと「この機会に日頃お兄ちゃんがお世話になってる人達に感謝を込めて手紙を書きなさい」って言われました。正直めんどくさいなーって思ったけど他にする事もないし、小町の頼みだから仕方ないよね、だってお兄ちゃんだもんっ。

そんな訳でこうやってゆきのんに手紙を書いてるわけデス。ちょっぴり恥ずかしいけど、思い切って書きました。

もしよかったらお返事下さいネっ!

 

でわでわ、あでゅー

 

【反省】

これは恥ずかしい。ひょっとすると今世紀最大の怪物を生み出してしまったかもしれない。由比ヶ浜や一色をお手本に親しみやすさを込めて書いてみたが、これを書いた奴は阿呆かと思うほど頭の悪さが滲み出している。そしてこの手紙の最大の問題は一、読んでいる人を非常にイラつかせるという事だ。むかつく。心底むかつく。仮に由比ヶ浜や一色がこの手紙を書いていたとしてもここまで神経を逆撫でされはしないだろうから、原因があるとすればおそらく俺自信だろう。こんなものを最後まで書き上げてしまった自分が許せない。とにかくこれは雪ノ下に送るわけにはいかない。送れば確実に罵られる。

いくら親しみを込めてといっても俺が由比ヶ浜のまねをするのには無理がある。演じるにしてももっと自分にあったキャラクターがあるはずだ。他人のまねをせず、自分らしく振る舞うように心がければ、手紙も自然に俺らしくなるんじゃないだろうか。



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失敗書簡(其の四)

四月十八日

 

春、それは新たなる世界のはじまり。冥界より現れし精霊が目覚める瞬間をお前も感じただろうか。

 

今日はよくぞ俺の病室まで来てくれた。本来ならば、魔力で厳重にプロテクトされたこの空間への侵入は不可能だが、奉仕部という闇の力が集中する場所で同じ時を過ごした俺たちは言わば闇の霊魂を共有する魂のソウルメイツ。

お前たちは混沌なるカオスの世界へと導かれた。ウェルカムトゥダークサイド。

 

雪ノ下にも見られてしまったが俺のこの包帯に包まれた右脚……表向きは交通事故での骨折という事になっているがそれは世界を欺くためのカムフラージュに過ぎない。実際は封印された暗黒竜が暴れ出すのを防ぐ拘束具なのだ。

この拘束具はプリーステスの神聖なる術によって作られたものだが、暗黒竜を身に宿した俺にとっては如何なる浄化の力も危険な物として受け付けない。今も刻々と封印が弱まり、暗黒竜が俺の身体を奪おうとしているのが分かる。

このままではいずれ封印は解かれ、この病室に張られた結界も破られてしまう。そうなれば様々な機関がこの力を狙ってエージェントを送り込んでくるだろう。

 

この手紙をお前が読む頃、俺はすでに人間ではないかもしれない。抗う事を諦め、弱体化した精神が暗黒竜に飲み込まれ、ただ目の前に映るもの全てを破壊する傀儡になり下がっているかもしれぬ。

そんな気配を今、俺は感じている。だからこの手紙を書いた。

 

雪ノ下雪乃よ、お前には力がある。睨んだ相手を一瞬で氷付けにする様な冷ややかで理知的な眼差し。俺もその眼光と、共に発せられる罵詈雑言に何度も心の灯火を掻き消された。

しかし俺は気付いた。お前こそが俺の中に封印された暗黒竜の闇の炎を抑える事ができる唯一の能力、絶対零度《アブソリュート・ゼロ》の使い手である事に!

悠久の時の流れから選ばれし存在。他の誰でも無い、お前は特別だ!今こそその力を解放し、この俺に新たな封印の術式を施すのだ。そうすれば俺は自我を保ち、お前のサーヴァントとして世界を革命する力となろう。

 

さぁ、時は来たっ!共に世界の果てへと赴こうっ!そうすれば(中断)

 

 

【反省】

 

前回の手紙の反省から他人を真似てはいけないと学んだ筈だが、自分らしく振る舞うにあたってどうしてよりにもよって最も阿呆な中ニの頃の自分を引っ張りだして来てしまったのか。

確かに当時はこれがものすごくカッコいいと思っていた。英語の原書を読み始めてみたり、コーヒーもただ苦いだけなのにブラックに拘ってみたり、自分には特別な力があると信じてオカルト系に思いきり倒れこんでみたり……思い出すだけでも悶え苦しんで爆散しそうになるくらい恥ずかしい。

それにしても暗黒竜とは何だ、絶対零度《アブソリュート・ゼロ》とは何だ、世界を革命する力とか世界の果てとか一体何なんだ。単語のひとつひとつが強烈に光を放ち過ぎて失明しそうだ。

こんな物を雪ノ下に送るわけにはいかない。送れば確実に罵られる。これは押し入れの奥深くにある黒歴史箱《ブラックボックス》に押し込んで封印せねばなるまい。

 

上辺だけの振る舞いではなく、もっと自分をさらけ出すべきなのだろうか。どの程度までが失礼に当たらないのか見当がつかない。

いや、いっそ俺の事は置いておいて、雪ノ下を褒めちぎってみるのはどうだろう。褒められて嬉しくない人間などいない筈だ。そうすれば雪ノ下だって、多少手紙に難があっても気持ちよく読んでくれるのではないだろうか。



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失敗書簡(其の五)

四月二十二日

 

拝啓。

平素は格別の賜り誠にありがとうございます。

由比ヶ浜と一色から聞きましたが、雪ノ下がもの凄く怒っている事が伝わってきました。確かにお前たちが馬鹿だの阿呆だの八幡だの言いたくなる気持ちは分かります。だが待て、しばし。

 

全ての元凶はお前の姉、陽乃さんにある。あの人が無闇矢鱈と活躍して、俺たちが惑わされるもんだから、やる事がどんどんエスカレートするんだ。その事は俺なんかよりも姉妹であるお前の方がよく分かっているはずだ。

冷静になれ。雪ノ下は由比ヶ浜と一色、三人の中で唯一の頭脳。考える事を止めてはいけない。感情に任せて殴り込みに来るような事があれば、それこそ陽乃さんの思うツボだ。

俺は一度陽乃さんに連絡を取る。そして陽乃さんから直接、雪ノ下に俺の無実を伝えてもらえれば、お前も俺の事を信じてくれるだろう。だから怒るのは待て、しばし。

 

それに怒ったらせっかくの綺麗な顔が台無しだ。

長いまつ毛。薄く可愛らしい唇。澄み切った河川の様に、艶やかに流れ落ちる黒髪。愛宕山のように悠然な面持ちで、神秘的にそびえ立つ鼻。美しく切り揃えられているのに、決して人工的に見えない眉毛。広すぎず狭すぎず、実に手頃な大きさの高性能な脳が入っていると思わせる額。そしてその両側に鎮座まします、ふにふにと柔らかそうな耳たぶ。ふわりとした風にそよそよなびく産毛の一本一本は完璧な調和をもって並び、射し込む午後の陽にキラキラと輝いて見える。

褒め出したらキリが無いほど雪ノ下はスバラシイ。

 

あまりにスバラシさに感服し、俺は自分の無能さを嘆いた。本当に俺は何も出来ない人間であった。怠惰であり、無力であり、ぼっちであった。

雪ノ下は立派だ。お前の才能の前には、俺なんぞ何の価値も無い人間だ。中学の連中と同じ高校に通いたく無いと言う理由でこの高校に入学した根性なしです。高校三年間をぼっちとして過ごそうとする全校のお荷物です。こんなに腐れゴミ虫が、雪ノ下の様な才色兼備の人に手紙を送りつけるのが、そもそも生意気なのだ。俺のみっともない文章で大切なパルプ資源が浪費され、地球温暖化が加速し、株価は下がり、日本の未来は暗くなる。

あぁ、何ゆえ俺は存在しているのだろうか。消えて無くなれ、地球と人類の為に。この独りきりの病室で、カステラの角に頭をぶつけて死ねばいい。もしお前が道を歩いていて俺が転がっていたら、遠慮なく踏んで行ってくれたらいいと思う。いや、むしろ踏んで欲しい。ゴミ虫を見る様な侮蔑の眼差しで踏んで下さい。トイレに入った後の上履きのかかとでムギュッと(中断)

 

 

【反省】

 

陽乃さんの事があったから、何とか雪ノ下を落ち着かせようと色々書いてはみたが、書けば書くほどおかしな文章になっていく。

前半はまだいい。だが雪ノ下を褒め称えた辺りから何だか分からなくなる。と言うかこれはどう読んでも褒めている文章じゃない。いくら愛宕山が千葉県最高峰と言っても全国の山々と比べられてはひとたまりもないし、雪ノ下の鼻だってそこまで低くはない。それに何処の世界に耳たぶや産毛を褒められて喜ぶ女子がいるのだろうか。これはもう、ただただ気持ち悪いだけだ。

そして後半は雪ノ下へのフォローのあまり、自分を下げに下げて何だか卑屈な人間になってしまった。これは俺の心からの言葉ではない。いくら何でもカステラの角で頭をぶつけて死ぬ必要は無いと思う。比企谷八幡は、そこまで無価値な人間ではないはずだ。ないはずだっ!

 

当然、こんな手紙を雪ノ下に送るわけにはいかない。送れば確実に罵られる。

下手に褒めたり卑屈になり過ぎたりしてはいけない。しかし、それなら一体何を手紙に書けばいいのか。

陽乃さんのせいで満身創痍になった俺には皆目見当もつかない。



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失敗書簡(其の六)

四月二十七日

 

拝啓。

桜が散って新緑の眩しい季節となってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。時の経つのは早いもので、俺が入院してからもうすぐ一ヶ月が経ちます。明々後日には退院し、来月のゴールデンウィーク明けには無事学校に復帰できるでしょう。

 

この一ヶ月という、短い時間の中で色々な事があった。その間に何度も雪ノ下に手紙を書こうとしたが、書き上げる事が出来なかった。そして今回の手紙も、どうやら書き上げる事が出来そうにない。

俺はお前に、立派な手紙を書こうとしていた。その為に文通の練習もしたし、陽乃さんにお前の幼い頃の話を聞いたりもした(これはあまり手紙の参考にはならなかった)。そして何度も書いてみたが、どれも渡すに値しないものばかりだった。そんな事をして手をこまねいているうちに、先日の陽乃さん事件が起きたのだった。お前たちから謂れの無い非難を雨霰の様に受け、心身ともに疲弊し、もはや満身創痍だった。

しかし、それでも俺は書いた。そしてやっぱり挫折した。

俺は雪ノ下がうんと頷く様な手紙を書きたいと思っていた訳だが、そう意気込んで腕まくりをして机に向かうと、何だかヘンテコなものが出来上がる。それだけならまだいいが(よくはないが)、自分でも引くくらいに気色悪いものが出来たりもする。

なぜこんなものが出来上がるのか自分でも全く分からない。ひょっとして俺は“立派な手紙を書けない病”にかかっているのかもしれない。

 

入院当初の俺はもっと単純に考えていた。文通を重ねるうちに相手の言動を理解し、適切な言葉を選べる様になるだろうと。その伝達技術を洗練させれば万事解決であると。だが、世の中そんなに甘くない。俺にはできなかった。机に向かいペンを走らせると、途端に文章はヘンテコな方向へ逸れて行く。

原因を探り、改善しようと努力した。

しかしもう、万策尽きてしまった。

そういうわけで俺は立派な手紙を書く事を諦める。

この手紙も雪ノ下が読むに値しない手紙だと思う。

 

 

 

【反省】

 

現在、四月二十八日の消灯前。この一ヶ月の事を振り返りながら昨日書いた手紙を読み直してみたが、これは俺が思うに今までで一番まともな手紙では無いだろうか。

これまでの失敗書簡を全て読み返してみた。

最後にもう一度だけ雪ノ下に手紙を書くとすれば、どう書けばいいか。

ここに教訓を記す。

 

一、大言壮語しないこと

一、賢いふりをしないこと

一、他人のマネをしないこと

一、中ニ病を暴露しないこと

一、下手に褒めたり、卑屈にならないこと

一、立派な手紙を書こうとしないこと



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あざと可愛い後輩へ
四月十二日


拝啓。

 

こんばんわ、突然の手紙で申し訳ない。

春爛漫の好季節を迎え、毎日お元気でご活躍のことと存じます。二年生へ進級し、クラス替えもあり、後輩もでき、新しい環境に期待する反面、不安なこともあるでしょう。特に一色はそのあざとい性格ゆえ、男子からの受けは良いが同性からの評判はすこぶる悪い。新しいクラスでいじめられてやしないかと心配です。

けれどお前は去年の半年間、一年生ながら生徒会長を勤めてきた。それにクリスマスやバレンタインの企画を成功させた実績もある。きっとクラスメイトもすぐに「こいつ、ただあざといだけのヤツじゃないぞっ」と一目置いてくれることでしょう。

生徒会では、日々職務に追われ忙しく過ごしているみたいですね。先月から卒業式、入学式、始業式と立て続けに行事が行われるうえ、これからさらに、部活動説明会や進路説明会もある。

いくら生徒会長と言えど、まだ二年生に進級したばかりなのにそれ程までに頑張る一色の事を、俺は本当に凄いと思います。お世辞とか抜きにして、本気でそう思っているのです。

だからお前がお見舞いと称して、俺の病室まで息抜きに来る事は別にやぶさかではありません。俺は病院でずっと寝てるだけで暇だから、学校の話とか色々と聞けて結構楽しかったりします。

 

だが、さすがに毎日は多くないか?

確かに「いつでも来ていいぞ」と言ったが、あくまで方便だ。それを真に受けて、毎日来るとは思わないだろ。そのせいで俺は、フロア担当の小林さんから「比企谷君の彼女可愛いね」とか「今日も彼女来るの?」とか、毎日言われる様になってしまった。彼女いない歴=年齢である俺としては嬉しい勘違いであるが、それと同時に、全力で否定して俺を振る一色の姿も想像できる。告白してもいないのに何回振られるんだ俺は。

なので俺は自ら「彼女?なにそれ?おいしいの?」と言って、女子の手すら握った事がない事を説明しなきゃならない。

全く、傷口に粗塩を擦り込む思いだ。

それにお前が好きなのは葉山だから、身勝手な噂に振り回されるのは嫌だろうしな。

 

お前の所の副会長に聞いたんだが、放課後の生徒会の仕事をサボってるそうだな。

「今週はわたし暇じゃないですかー」なんて言いながら、舌をぺろっと出すあざとい仕草に誤摩化されていたが、よく考えたら全然暇じゃないだろ。今週の部活動説明会の準備はどうした?

入院して手伝ってやれない俺が言うのもなんだが、こんな所にまで来て油を売っている場合じゃないぞ。

 

一色の事だ、来るなといって言う事を聞くようなやつじゃない事はわかってる。むしろムキになって余計に張り切るまである。

話は変わるが、先日小町から大量の封筒と便箋を渡された。話を聞くと母親が知り合いに貰ったらしく、さらにそれを譲り受けたそうだ。小町曰く「この機会に日頃お兄ちゃんがお世話になってる人達に感謝を込めて手紙を書きなさい」ということらしい。勿論俺は断った。だが小町はお前同様、一度言い出したら俺の言う事なんて聞かない。抵抗するだけ無駄と悟り、結果お兄ちゃんらしく妹の頼みを聞いてやる事にした。

まぁ小町の可愛いさには勝てない、これが真理だ。

 

なので一色よ、俺とお前で文通をしよう。学校での出来事を手紙に書いて送ってくれ。そうすれば今まで通り情報交換ができるし、お前も毎日見舞いに来て生徒会をサボる必要もなくなる。

最初は面倒かもしれんが、手紙を書き進めるうちに相手の言動を理解し適切な言葉を選べる様になるだろう。人と会わずしてコミュニケーションをとることも思いのままだ。きっと将来何かに役立つ。例えば、前に言ってた編集長になるのにも必要なスキルだろう。

それに、一色のプラスになることだってある。文通の腕を磨けば相手の心を射落とすラブレターだって書けるようになるはずだ。俺を含めラブレターを貰って嬉しくない男子なんていないだろうし、葉山もまた然りだ。

 

それではよかったら返事をくれ。受け渡しについては小町に頼んである。何か悩み事があれば相談にも乗ろう。

 

 

匆々頓首

比企谷八幡

 

 

一色いろは様



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四月十四日

拝啓。

 

手紙ありがとう。こうやって返事をもらうと、先日由比ヶ浜から手紙で怒られたことを思い出す。そういえば一色が初めて見舞に来たときも怒られたっけな。あまりにも大声出すもんだから、看護師さん達が何事かとわらわらやって来て、お互いすごく恥ずかしい思いをしたな。

まぁ、連絡先を知らなかったとはいえ心配かけて悪かったな。直接会うと言えなさそうなので、手紙で伝えることにする。

決して自分から連絡するのが面倒くさいとかそういうのじゃないから、それは念を押して言っておく。

 

放課後は生徒会の仕事をする様に考え直してくれて何より。とは言っても、それが普通なんだけどな。

それと、副会長のことをそんなに悪く言うのは止めてやれ。あいつは思いのほか阿呆という事が発覚したが、お前や生徒会のことをそれなりに真剣に考えてるんだ。余計なお世話とか言ってやるな。

どちらかと言えば、お前が気を利かして“書記ちゃんとふたりきりにしてあげた”なんて方が、よっぽど余計なお世話なんじゃないだろうか。

部活動説明会の準備も順調に進んでいるならいいが、それよりも気になるのは来月の進路説明会だな。卒業生として雪ノ下さんが話をしに来るそうだが、あの人卒業した高校に頻繁に顔を出し過ぎじゃないか?大学は大丈夫なんだろうか。平塚先生も“優秀だったけど優等生じゃなかった”って言ってるくらいだから、人当たりも良くて友人も多いのかもしれないが、あの穿った性格からキャンパスライフを純粋に楽しめてないのかもしれないな。

それと、雪ノ下さんに俺が入院してる事をちゃんと話しておいてあげるな。安心して下さらない。むしろ不安だ。それにあの人、昨日見舞に来たし既に知ってるから。

とにかく、お前はくれぐれも余計な事を言わない様に注意してくれ。

 

一色がクラスで嫌われてない事を聞いて安心はしたが、別に“お前のこと気にしてるんだぜアピール”なんぞしてない。どう読んだらそんな解釈できるんだ。俺の文通能力もまだまだという事だろうか。

ていうか、何で俺がお前にラブレターなんて渡さなきゃいけないんだ。全然意味わかんないんだけど。いくら毎日見舞に来てくれたり周りから勘違いされたからと言って、俺もそこまで頭ん中お花畑じゃねぇよ。ぼっちは常に相手の行動や感情の裏を読むのだ。覚えておくといい。

それに一色だってラブレターなんて貰い慣れてるって言ってる割に、俺が手紙渡したとき顔真っ赤にしてたじゃねぇか。おかげでこっちまで変に意識しちまった。今時はメールかもしれないが、お前ホントはラブレター貰った事ないんじゃ……?

 

そう言えば、一色は今まで小町と会った事がなかったんだな。全然紹介してくれなかったなんて言われても、そもそもそんな約束した覚えないんだけどね。

まぁ、お前が小町を可愛いと思う気持ちはよくわかる。小町の愛らしさを表現するには手紙がいくらあっても足りないが、仮に世界妹選手権があれば、間違いなく日本代表に選ばれるはずだ。お前が“小町ちゃん先輩に似てなくてよかったですねっ”と言うのも、まぁその通りだろう。

だが、小町はうちの妹だ。一色がいくら小町を妹にしたいと言っても無理な相談だ。いいか、人の悩み事には二種類ある。努力したらどうにかなることと、努力してもどうにもならないことだ。悩むだけムダという点でこの二つは同じである。なので一色よ、もう悩むのはよせ。

何にせよ、故意的に紹介しなかった訳じゃないが、俺の中のあざとさランキングトップ2のお前たちが一緒にいるなんて、想像しただけでノイローゼになりそうだ。頼むから面倒になる事だけはするなよ。そのしわ寄せは俺に来る事になる。

 

匆々

気苦労の多い比企谷

 

 

俺的あざとさランキングNo.1 一色いろは様

 

 

追伸

明後日はお前の誕生日だったな。

最近一色も色々と頑張ってるみたいだし、今年は特別にお前の頼みをひとつだけ、今の俺ができる範囲で聞いてやろう。何でも言ってみろ。

まぁ俺は入院中だから大抵の事はできないけどなっ。

その辺りも踏まえて、よく考えるといい。



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