大尉とオーバーロード (まぐろしょうゆ)
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悪い夢

ワーウルフ大好き。
スカイリムのMODに人狼系を大量につっこんだのはいい思い出。


永い永い時を独りで生きていた。

彼の同族は……群れは、もはや彼の遠い記憶の中に生きるのみ。

その彼が、とても変わった人間に出会って、

それからはとても楽しかった。

機械仕掛の太った人間に率いられ、

メガネを掛けた気狂い科学者が作った吸血鬼達と、

彼はとてもとても楽しく戦った。

大負けし、たまに勝ち、沢山殺して……最後は殺された。

楽しい夢を見る少年のように彼は心地よく逝ったはずだった。

 

「………?」

 

それがどうだろう。

夢から覚めると、彼は平原に寝ていた。

この世界はなんだ。

味と匂いがしないこの無味乾燥な世界はなんなのだろう。

自分はもともとこの世界の生き物だったのだろうか。

あのロンドンの狂騒は、取るに足らない一夜の夢だったのだろうか。

彼の着慣れたトレンチコートを風が通り抜けていくが、

彼の並外れた嗅覚に風が運ぶはずの匂いが反応しない。

 

「………」

 

彼は寝っ転がっていた上半身を起こすと、無造作に平原の草をむしって

ムシャリムシャリと草を頬張り咀嚼した。

土がついたままのそれをたっぷり噛み砕いてから飲み込んだが、

泥臭さも青臭さも全く感じない。

ここは一体どこだろうか。

彼は空を見ながら考え込んでいたが、その時気配を感じた。

得意とする嗅覚が機能しておらずとも規格外の身体能力を持つ彼の五感は、

充分に不穏な気配を見つけ出すことが出来る。

近づく足音。 ざっと5人。

 

「おっとこんな所にはぐれ異形種はっけ~~ん」

「人に化けててもわかっちゃうんだよワーウルフ野郎」

「こいつ初心者じゃねーの」

 

発言したのは5人中3人の人間。

人間……?

一瞬彼は首を傾げる。

匂いと味覚は、己の肉体に障害が起きているのかと思ったが、

耳を澄ましても目の前の者達から鼓動が聞こえない。

吐息が聞こえない。

先程感じた風も、違和感だらけだったが、とにかく色々おかしい。

しげしげと彼らを観察すると、実に古風な中世ヨーロッパ風の鎧姿。

剣や槍や斧や盾を手に持つ姿は似合っているものの、現代では珍妙な仮装である。

しかし、それにしても驚いた。

自分は、確かに銀髪赤眼で変わった容姿をしていると思うが、

それでも一目でヴェアヴォルフと見ぬかれたのは驚愕だ。

と、彼は思う。

 

「おいしゃべんないのお前。 そういうロールプレイ?」

「無反応ってつまんねぇなぁ」

 

草原に座りながら、黙って5人を見上げ続けるトレンチコートの男。

そんな彼を5人のプレイヤーキラー達は、

 

「うーし、つまんねーからとっとと殺そー」

「装備の見た目だけは気合入った懐古ミリオタ処刑開始~」

 

殺そうとしているようだった。

 

「…………?」

 

座り続ける彼は不思議だった。

この古めかしい、どこかオモチャじみた鎧の人間たちは、

こんなにも殺気を放たずに戦えるのか、と。

まぁ世の中そういう”イカれ”もいるものだ……と彼は知っている。

だが、何はともあれ自分の正体を容易く掴むのだから

とにかく処分したほうが良かろうと、最後の人狼はそう考え、

 

「…え?」

「あ?」

「え、うそ?」

「ん?」

「な…に」

 

高位レベル帯に属するプレイヤー5人の首を瞬時に捻り切る。

5人のPK達は、トレンチコートに身を包んだ人狼の動きを知覚することもできず消滅した。

まさに赤子の手をひねるが如くの瞬殺劇だったが、

しかし、逆に人狼の方こそ戸惑った。

殺した人間が消えた。

いや、そもそも彼らは人間だったのだろうか。

脈もない彼らは、高度なグールか何かだったのでは?

ヘルシング機関の新たな回し者? ミレニアムの失敗作?

そんな考えが一瞬頭に浮かぶ。

この世界はおかしい。

何もかもがおかしい。

濃深緑の帽のツバを指で掴むと深く被り直し、異常な世界を前に途方に暮れる。

そんな彼に、

 

「いやーお見事! すごい!

 助ける気まんまんでいましたが出る幕なし! 感服!」

「たっち・みーさんレベルじゃないですか!?

 いやいやいやもんのすごいですね! チートを疑ってます! 正直言って!」

 

100歩ほど離れた場所から叫んでパチパチパチと盛大に拍手する……、

銀色の騎士と重厚なローブで身を包んだ骸骨。

 

「!?」

 

骸骨を見て驚愕する人狼。

トレンチコートの高い襟と、深く被られた帽から覗く赤い目が見開かれる。

これが、大尉とモモンガの出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2138年。

ユグドラシルは終了する。

ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地…ナザリック地下大墳墓には、

今現在2人のプレイヤーしかいない。

いや、正確にはプレイヤーは1人で、もう1人は”迷い込んだ人狼”なのだが。

 

「ヘロヘロさん帰っちゃいましたね……大尉」

「…………」

 

ギルド長・モモンガの言葉にコクリと頷く、軍服に身を包んだ人狼・大尉。

 

「最後の最後まで……大尉は徹底的にロールプレイ貫くんですねぇ」

 

モモンガは、彼が今まで喋ったのを見たことがない。

だから声を聞いたこともない。

戦ってる最中ですら、気合の声も呻き声もなにも出さない。

かつて、ギルドが賑やかだった時にるし★ふぁーやウルベルト達が

『大尉の声を聞き大会』を開いたことがあったが、

様々な悪辣トラップを物ともせず大尉は沈黙を貫いた。

ぷにっと萌えも途中参加し、その知略を存分に活かしあの手この手を行使したが、

とうとう大尉の声を聞くことは叶わなかった。

ペロロンチーノをして、

 

「大尉の無口の爪の垢を煎じて姉ちゃんに300gほど飲ませたい」

 

と言わしめたほどである。

そんなだから、今もやっぱりだんまりであった。

申し訳無いような、少し困惑したような赤眼の視線を骸骨のオーバーロードへと向けると、

 

「あっ、いいんですよ。 貶したりとかじゃなくて……純粋にスゴイなって思ったんです」

 

骨の手を胸の前でわきわき振ってそうじゃないアピールのモモンガ。

ふぅ、と短いため息をつく。

実に不思議な人だったな、と思う。

初めて見た時、自分と似た趣味の人だと強く感じた。

過去のドイツ軍の制服を事細かに再現した装備に身を包んだ彼を、

モモンガは(すっごいかっこいいぃぃぃ!!)と心の中で叫んだものである。

そして強い。 とんでもなく強い。

ユグドラシルの全プレイヤー中、

屈指の実力を持ったワールドチャンピオンのたっち・みーさんと同等。

 

(今思うと……PvPではいつも引き分けのたっち・みーさんと大尉さんだったけど、

 大尉さんって手加減してたような気がするな……

 ってこんなこと言っちゃたっち・みーさんと大尉に失礼だよな。

 ……あっ、大尉にはさん付け禁止だった)

 

さらに徹底的な無口キャラ。

何があろうとクールで、無口だった。 そのロールプレイを崩せたものは誰一人いない。

意思疎通は、もっぱら表情アイコンと地面に書かれるドイツ語。

 

「大尉はドイツ語が凄く上手でしたよね。 地面にすらすら書いてて、

 たっち・みーさんに翻訳してもらったら『さん付けはいらない』って言ってて………。

 今では日本語も書いてくれますけど…実はほんとにドイツ人だったりして」

 

モモンガの言に、ピコンっと笑顔で頷いてるアイコンが大尉の無表情の横に表示されて、

 

(うーん。 すっごいシュール)

 

と思いつつも、何気にモモンガが初めて掴んだ大尉の個人情報である。

 

「あっ、大尉ってほんとにドイツ人だったんですか」

「………(こくん」

 

無言で首を縦に振る。

 

「へぇー……ドイツかぁ。 本場だったんですねぇ大尉は。

 だったらパンドラズ―――

 なんでもないです」

 

(黒歴史の塊であるパンドラズ・アクターの監修を大尉にお願いすれば良かったかな…。

 でも、そもそも俺の厨二病が大爆発した切っ掛けは大尉のような……?

 大尉のせいじゃないでしょうか。 あの、歩く忌まわしき記憶は)

 

埒もないこと考えるモモンガ。

 

「……そういえば大尉って、何のお仕事なさってるんですか?

 あ、いやならいいです。

 働いてたってのは知ってるんですけど、

 そーいえば聞いたこと無いなぁって…その……思っただけで……。

 って何だか俺聞いてばっかですみません。

 大尉と会えるのも、もうすぐ終わるんだなって思うとつい」

 

骸骨のアバターから聞こえてくる彼の声は、少し涙ぐんでるように聞こえる。

大尉は思う。

自分の属す、新たな群れのリーダーは……随分泣き虫で優しい奴なのだな、と。

 

「大尉って、いつ俺がログインしてもずーーーっとユグドラシルやってましたよね。

 凄まじい廃人ですよ大尉は! ほんとに最後の最後まで廃人で完璧なロールプレイ!

 すごいです!

 ほんとに………。 すごいです……。 ずっと…ナザリックを、守ってくれてて。

 お、俺と一緒に……アインズ・ウール・ゴウンを……、

 ナザリック地下大墳墓を守ってくれて………ありがとうございます」

 

廃プレイヤーなのではない……大尉はただログアウト出来ないだけなのだが。

頭をグッとさげる死の支配者を静かに見守る人狼は、

軍靴をカツ、カツ、と響かせながらゆっくりとモモンガへ近づき、

剥き出しの頭骨を優しく二度三度撫でてやる。

大尉には、この優しき群れのリーダーが時折赤子に見える時がある。

 

「た、大尉」

 

撫でられるなどいつ以来だろう。

なんと……渋くてクールでかっこいいのだこの人は。

男が惚れる男とは、こういう人の事を言うんじゃなかろうか。

しかも撫でられると暖かく、そして血の流れを感じる時がある。

ユグドラシルとはいえ、そんなことはあるはず無いのに。 これは仮想現実なんだから。

でも……とモモンガは時たま考えたことがあった。

 

(大尉って……色々とスゴイ特殊だったよなぁ。

 表情とか瞬きとか、動いてるって感じる時があるんだよなぁ。 ホントに生きてるっていうか。

 あと強さとかも明らかに普通じゃないし…………解析とかやってたのかな。

 でも、監視が厳しいユグドラシルでそんなこと……出来ないよなぁ、普通)

 

まぁ大尉だしいいか。 とモモンガはいつもそう結論づける。

ペロロンチーノがかつて自分を慕ってくれたように、自分は大尉を慕っている。

もちろん、変な意味ではなく純粋に尊敬している。 …そのつもりだ。

彼が無口ロールプレイをしていなければ、ギルドマスターに全力で推薦しただろう。

モモンガは、自分がのめり込みやすい性格だ、と感じている。

このユグドラシルにしろ、アインズ・ウール・ゴウンにしろ、大尉にしろ。

憧れの感情が、大尉のアバターを特別なものに見せているのだろうなと思う。

そういうことも、自分ならあるかもしれないと理解していた。

 

「…………(くいっ」

 

大尉が首で急かす。

どうやらもう行こう…ということらしい。

 

「……そうですね。 そろそろ時間もありませんし」

 

そう言ってモモンガが席を立つと、

大尉が黙って指を指していた。 その指の先には豪奢な黄金の杖。

 

「スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン?

 …………そう、しますか。 これで……最後なんですもんね」

 

アインズ・ウール・ゴウン全盛期の、総力の結集の象徴。

それを持って円卓を後にする2人。

目指すは玉座だ。

大尉は黙ってモモンガの後ろを歩いてくれる。

そのことがとても心強い。

背中に圧倒的な安心感がある。

道中に執事のNPCセバス・チャンと、その部下・戦闘メイドのプレアデス達。

 

「付き従え」

 

ナザリックの王が一言コマンドを告げると、彼らは機械のようについてくる。

そこに安心感と温かみはない。 大尉とは比べるまでもない。

 

(そりゃそうだ。 大尉はプレイヤー……プレアデス達はNPC。

 ……そういえば、ワーウルフのメイドがいたよな。

 ルプ…、そう、ルプスレギナ。

 なんだか彼女を見る時の大尉はちょっと悲しそうなんだよな……なんでだろ)

 

モモンガにわかれ、と言う方が無茶だろうが、

大尉はルプスレギナを見る度に、この世界ではない”故郷の世界”の群れを少しだけ思い出す。

それはミレニアムよりも前の群れの仲間。

自分一人を残して絶滅してしまった、正真正銘の夜のミディアン。

モモンガ達と出会って、アインズ・ウール・ゴウンと出会って様々事を学び、理解した。

この世界はまやかしであると。

つまらぬ仮初めの、夢の世界。

自分以外に生き物は1人もいない。

このよく出来た人狼のメスも、所詮血の通わない偽物なのだ。

モモンガらといるのは不思議とリラックスできたが、

それでも真の人狼にとってこの世界は覚めない悪夢に近い。

血の滴る肉の味。

血と鉄が焼ける臭い。 硝煙の香り。

相手を絶命せしめる感触。

身を切り裂く刃の痛み。

銀歯を心の臓にねじ込まれ、死の闇に微睡む感触。

全てがこの世界には足りなかった。

 

やがて一同は玉座に到着。

中央に鎮座する重厚な王の椅子に、モモンガはどっしり座ってみる。

ちょっとだけ偉そうに。

すると大尉が真横に立つ。 しっかりと伸びた背筋が逞しい。

NPCのアルベドの、丁度反対側だ。

モモンガは座りながら思いを過去へ飛ばして懐かしむ。

懐かしんだり、突然何かを思い立ったかのようにコンソールを呼び出したり、

アルベドを見てあんぐりとため息をついたり。

コンソールを呼び出して何やらいじっている。 大尉は興味なさそうにそれらを眺めていた。

やがて人心地ついたのか、NPC達を跪かせたモモンガは、

 

「あと20秒………。

 ねぇ大尉。 俺は本当にあなたに感謝してるんです。

 大尉は、皆がいなくなってしまっても……ずっとそのキャラを貫き通して、

 ホントにずっと俺の側にいてくれた。

 俺……大尉と守り通したこのナザリック地下大墳墓が、大好きです」

 

モモンガの声はいよいよ泣き出しそうな子供のそれだ。

大尉は最後までただ黙って聞いていた。

5秒、4秒、3秒、2秒、1秒。

0秒。

 

その瞬間、大尉は紅の瞳を見開く。

匂いが、空気が変わった。

最後の真なる人狼の血がざわめきだす。

跪く者達から匂いが漂う。

空気の動きを感じる。

周囲の命の鼓動が聞こえる。

大尉の悪夢が終わった。

 



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リア充大爆発!ぶっちぎりフラグヴェアヴォルフ

なんか続きを書けと言われたので書いてみました。
しかし、こういうのは続けば続くほど駄作になるのがお約束。

今回はHELLSING巻末・表紙裏のノリに近し。


(どういうことだ!?)

 

モモンガは即座に確認作業に入る。

コンソールが出現しない。

GMコールが出来ない。

ログアウトが出来ない。

〈伝言〉………繋がらない。 いや、大尉には繋がる。

 

『大尉! 聞こえますか? どうなってるんでしょうこれは!』

 

〈伝言〉を受け取った大尉は、片耳を手で抑えながらモモンガを見やる。

彼の首は横にふるふると振られていた。

(うわー様になるな大尉。 ああいう仕草してると本物の兵士みたいだ)

と一瞬思ったが、モモンガは急いで思考を切り替える。

だが、次の瞬間に

 

「どうなさいましたか? モモンガ様」

 

大尉とは反対側に控えていた、絶世の美女であるサキュバス…

アルベドが表情豊かに、自主的に話しかけてきた。

あり得ぬ光景にわたわたするモモンガを尻目に、大尉は両者を放っておく。

殺気も闘争の空気も微塵も感じず、モモンガに危険は無いと理解しているからで、

しかもある程度こうなる…と大尉は予想していた。

非生物ではありえない濃厚な匂いが、ナザリックに満ちているからだ。

大尉は、一歩一歩己の足の感触を確かめるように靴を鳴らして玉座の階段を降りる。

並ぶプレアデス達の前をゆっくりと歩き、見開いた赤眼で凝視するように彼らを観察する。

無言のまま見下ろし、自分らの前を緩い歩調で行ったり来たりを繰り返す至高の人狼に、

既に生き物となったセバス・チャンと戦闘メイド達は緊張を隠せない。

ピタリ…と大尉の足が止まった。

ワーウルフの少女、戦闘メイドであるルプスレギナ・ベータの真ん前。

 

(え、えぇ? な、なんなんすか!? 私何かご無礼しちゃったっすか!?

 あぁ~~、でも…目に前に立たれると……

 大尉様……いい匂い……ワーウルフの逞しいオスの…大尉様の匂い~)

 

とか思いながら若干瞳を蕩けさせながらも不動で跪き続ける。

そんな彼女の首元に、大尉はゆっくりと身を屈め顔を近づけていき、

 

(うぇぇぇぇ!? あ!? え!? これ!? 近っ! 近づいて! 近いっす!!)

 

スンスンと鼻を鳴らして、思い切り耳付近の匂いを嗅がれてしまう少女は、

 

(な、なななな、な!?)

 

くすぐったいやらこそばゆいやら。

至高の御方に匂いを嗅がれる名誉?と、

少女の羞恥心とが絡んで膨らんで爆発して大変なことになっていた。

しかも、次の瞬間…

ペロリ。 とルプスレギナの頬を温かく柔らかく…ぬるっとしたものが撫でていった。

 

「「「「!?!?」」」」

 

大尉がルプスレギナの頬を一舐めしたのだ。

これには一同、声を失ってびっくりである。

玉座から見守っていたモモンガが、

 

『な、なにやってるんですかー!? 大尉ぃぃ!!?? R18行動ですよお!?』

 

大尉の乱心的行動にメッセージで叫んでいた。

が、大尉は周囲の反応も気にせず、スッくと立ち上がりモモンガを見ながら、

己の整った精悍な鼻をトントンと指で叩き、

次いで突き出した自分のベロを親指で軽く撫でる。

モモンガは気付いた。

 

『あ、ああ! に、匂いか! 味も感じるんですね大尉!?

 ユグドラシルではあり得ない筈の嗅覚と味覚が……!

 そういうことですねえ!?』

 

ギルド長からのメッセージにコクリと頷く人狼は、

そのまま即座に次の行動に移るとセバス・チャンの前に今度は立つと、

ガッと床を軍靴の踵で蹴る。

(私に何か用があるに違いない…)と判断した家令。

伏せていた顔をセバスが上げると、大尉の赤い瞳と視線がぶつかる。

通常、「立て」とかそういった命令を受けなければ跪きを解除するのは躊躇われる。

至高の41人の1人を前にして、独断で立ち上がるなどもってのほかだが……

大尉が非常に寡黙な人物であることは、ナザリックの誰もが知っていること。

言わんとする事を察して行動するのは、大尉に対しては必須スキルなのだ。

 

「付いて来い……と仰られますか」

 

頷く大尉は、そのまま玉座の間の大扉を片手で押し開け、

セバス・チャンも急いで立ち上がり大尉に追随する。

 

「大尉!? どちらへ!?」

 

モモンガもまた玉座から立ち上がると、慌てた様子で大尉を呼び止めた。

振り返った彼の、熱帯仕様のトレンチコートの高い襟と

深く被られた帽から覗く瞳は、赤く爛々と輝いている。

五感の全てが戻ったという事実と、

起きたであろう一大事に大尉の胸は少年のように高鳴っていた。

ワクワクしているのだ。

モモンガの空洞の瞳を見ながら大尉は、指で上を示す。

 

「外に偵察に行くと? やめて下さい大尉。

 それは…セバスとプレアデス1人にやらせます。

 あなたはナザリックの最大戦力………そうそう気軽に、俺の側(ここ)を離れないで欲しい」

 

モモンガは、矢継ぎ早に指示を出す。

周辺の探索をセバスと適当な一名に命じ、

その他のプレアデスにはナザリック9階層から順次上階へと警邏を命じる。

大尉が、ほんの一瞬残念そうな顔をした気がするが、

すぐにいつもの無表情で玉座へと歩き戻って、モモンガの横に静かに立つ。

 

(すみません大尉……楽しみをとってしまって……。

 でも、何が起きたのか不明瞭な現在……あなたを万が一の危険に晒すわけにはいきません)

 

心でそう謝罪するモモンガ。

一斉に素早く動き出すセバスとプレアデスだが、

何やら1人だけおかしな者が……。

全く動かずフリーズしている少女がいた。

 

あたりまえだがルプスレギナである。

モモンガと同じく少しもナザリックを見捨てなかった至高の1人。

そして同じ人狼という同族意識。

とても強い、逞しいオスの人狼。

ついでにあまり関係ないが褐色仲間でもある。

そんな存在に匂いを嗅がれ、あげくペロリとされて、

ワーウルフの少女が無事でいられるわけがなかった。

 

(はうぅぅ…大尉様ぁ…大尉さまぁ……お慕いしてたっすよぉ…)

 

”至高”へ抱いていた尊敬と忠誠以外の感情…

漠然と抱き、そして抑えこんでいた年頃ぴったりのオスワーウルフへの慕情が噴火していた。

ちなみにイヌ科が耳元や鼻先や肛門の匂いを嗅ぐのは、

「お前のことをもっと知りたい」という感情の表れだとかなんとか。

しかし大尉には少なくとも、今はそんな気は無く…

同族になったのだから(ユグドラシル時代は”人狼の紛い物”認識)

この程度のスキンシップは大丈夫だろう…という判断だったようだが。

戦闘以外では、結構脇の甘い大尉。

ワクワクしてテンションが上がっていたのも手伝って

誠に迂闊にフラグを突貫作業で建設していた。

 

(し、至高の御方に……大尉様に……ぺ、ぺろぺろされた…

 スンスンされた………こ、これって…子を産めってことっすか? えへ。

 うへへ…大尉様と私の群れ……子供は男の子が5人に女の子が6人)

 

感動と緊張と羞恥と発情とがごちゃ混ぜになって思考が定まらないルプー。

 

「御方々の御前で……。 まぁ今回は仕方ないですね…シズ」

「……はい」

 

ユリ・アルファに命じられた機械少女が固まりつつもトロけたルプスレギナを担ぐと

 

「お見苦しい所をお見せしてしまい、誠に申し訳ございません……」

 

ユリが一礼し、ガチコチに緊張した顔の姉妹達を引き連れ退出していった。

既にアルベドも、命令をこなす為に玉座の間にはいない。

メス人狼の先ほどの様子を見て、

あいつ大丈夫なのか?とモモンガは一抹の不安を覚えつつも

 

「とりあえず置いといて……。

 大尉、これから第6階層で僕らの力を試しましょう。 あそこには闘技場がありますから。

 色々と変わっていそうな感じですし………。

 それから……ついでに守護者全員をそこに集めます。

 NPC達の思考と忠誠を確認しなくては………

 彼らがバグとかで、俺らに造反してきたらシャレになりませんからね。

 まぁ、大尉がいれば万が一が起きても安心ですよ」

 

テキパキと次なる行動プランを示し、

無言で頷く人狼は早速動き出した髑髏の王に付き従う。

2人が指に嵌めている指輪、

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力をもってすれば転移で一瞬である。

そして2人の気配を感じれば、一目散に駆け寄ってくる美少年風美少女が1人。

 

「モモンガ様! 大尉様! ようこそ私達の第6階層へ!」

 

両手でピースサインを作りながら元気よく挨拶しているこの少女とその弟を、

大尉は結構可愛がっていた。

アウラ・ベラ・フィオーラという少女は、

大尉と何故か仲が良かった最後の大隊のシュレディンガー准尉を彷彿とさせる。

匂いを嗅いでも話を聞いていても、いまいち性別がはっきりしなかった彼だが、

少佐やドクははっきりと『彼』と言っていた。

しかしたまにメスのような匂いもして、彼の能力同様謎が多いヴェアヴォルフだったが、

その准尉と、アウラは少し似ている…と大尉は思った。

ぽてぽてと姉の後をついてくる美少女風美少年、マーレ・ベロ・フィオーレひっくるめて、

この双子はなんだか少し……准尉の面影が感じられた。

「大尉! 大尉!」とまるで犬のように尻尾を振って擦り寄り、

撫でると猫のようにゴロゴロ喉を鳴らしていた彼。

少女のようで少年で、犬のようで猫のような二面性が、

双子という特性にあっているのかもしれない。

だからつい、

 

「あ…た、大尉様……」

 

ぽふぽふ、とアウラの頭に柔らかく手をのせてしまう。

それをするとアウラもアウラで、やや目を細めて「あふぅ」などと呆けて受け入れてくれる。

この反応は、ユグドラシル時代には無くて新鮮だ…と大尉は少し喜ぶ。

「お姉ちゃんずるいよ~」というマーレの声が耳に入れば、

大尉はモモンガに目だけで合図を送り…、

 

『え!? お、俺が撫でてやるんですか?』

 

〈伝言〉であたふた気味にモモンガが返事をすると、

ぎこちなさ気なドクロの手が美少年の頭に伸びてナデナデと優しく撫で回した。

 

「モ、モモンガ様…! あ、あのぉ…こ、こんな……恐れ、多い…ですぅ……」

 

マーレも頬を染めて満更でもないのだ。

 

ガタイ良し、な人外の2人が美しい少年少女を可愛がっているのは

絵的に背徳な香りがプンプンする。 

特に大尉は一見すると人間なため余計変質者である。

少佐やドクが戦争と関係の無い時…

やる気のない不真面目モードの時にこの光景を見れば、

「あーー!! 何やってんだこのムッツリ野郎! ショタ専かと思ったらロリコンか!」とか

「さすがミレニアム最大戦力! 手が早いなぁー! 私の男の娘フィギュアあげようか大尉」

などとわけのわからないことを言って茶化してくるだろう。

ずーっとナデナデしている2人に、される2人。

やめるタイミングを逃していた。

ナデナデ

ナデナデナデ

ナデナデナデナデ

そんな所に、

 

「おや、私が一番でありんす―――

 ってぇえ゛え゛え゛え゛え゛!!?? な、なにしとんじゃあああああ!!!!」

 

やってきてしまった守護者が1人。

登場早々に某ドンパチ警察ドラマの某優作ばりの叫びを上げてしまったが、

これでもとっても美少女ですごく強い吸血鬼で、名前をシャルティア・ブラッドフォールン。

 

(あ゛……ず、ずっと撫でてしまったああああ!? 魔法とか試しそこなったぁぁぁ)

 

とオーバーロードが心で喚いて恥ずかしがっていたがすぐに、

すぅーっと落ち着くオーラに支配されて羞恥から開放される。

目の前ではアウラとマーレに猛然とシャルティアが抗議していた。

 

「あ、あああ、あんたら…! アウラ、マーレ! 至高の御方々に…な、撫でられて!

 ぐ、ぬ、ぬ!!」

「へーん偽乳! 私はずっと前から大尉様にこういうことされてるんだもんねぇー」

「僕は…えへへ~……モモンガ様に初めてしてもらいました」

「むきぃーーーーーーーっっ!」

 

なにやら言い争っていると、

 

「騒ガシイナ…御方々ノ前ダゾ三人トモ」

 

コキュートスが、

 

「皆揃ったようですね…遅くなってしまい申し訳ありません」

 

次いでデミウルゴスが、

 

「では至高の御方々に忠誠の儀を」

 

最後にアルベドがやってきて、階層守護者全員が闘技場に集う。

先ほどの喧騒が嘘のように一糸乱れず傅き、頭を垂れる守護者達。

 

「各階層守護者、御身の前に平伏し奉る」

 

整然とした動作と言葉によって、忠誠の心がモモンガと大尉に捧げられた。

守護者らの持つ雰囲気にかつての仲間を見たモモンガが感動したり、

その後冷静になって向けられる忠義の重さにどんよりなったりしつつも、

セバスからの「辺り一面大草原」報告にえっ!?ってなったり

めげずに対応策を打ち出してマーレに隠蔽工作を命じたりでなかなかの指導者ぶり。

そんなモモンガを見つめる大尉の目は満足気だ。

 

一通り指示を終えて、2人の至高は指輪の転移によって玉座の間の手前…、

ドーム型大広間レメゲトンに帰還した。

67体の壁内に配置されたゴーレムの視線が2人の主を出迎える。

 

「はぁぁ~~~~……つ、疲れた…。

 なんなんでしょう大尉ぃぃ、彼らのあの高評価は………。

 尊敬が重い……俺はただの一般人なのに、いきなり王様扱いですよ?」

 

「…………」

 

と、言われても大尉は割りとああいう扱いは慣れている。

あの君臣的なものとは少し違うが、

大尉はそれなりに大きな組織でそれなりに高い役職についていたことがあり、

多くの部下を抱える尉官であった。

跪かれたことはあまりないが、敬礼され敬服されたことなら腐るほどある。

もっとも…上官といっても大尉は決して喋らなかったので、

指示はもっぱら常にへばりついていた准尉が副官面で出していたが。

 

ゲンナリしているモモンガの肩に手をのせた大尉は、軽くポンポンッと叩く。

立派だった、と言っているつもりの人狼である。 喋れよ。

 

「あ、ありがとうございます大尉。 俺、やれてましたか?」

 

こくんっと頷き肯定する大尉を見て、

モモンガの無表情のはずの髑髏フェイスがパァッと明るくなった気がする。

 

「よぉーし……俺、がんばりますよ大尉! 見てて下さい!」

 

気合が充填され、豪奢なマントの下で静かにガッツポーズを作るオーバーロードは、

寡黙な人狼を連れて歩き出す。

しかし彼はほんの少しだけ残念がってもいた。

(肩ポンじゃなくて、撫でてくれても………。

 いや、いやいや違うぞ。 俺は……ノーマルだ。

 男色の気があるからこの歳まで童貞だったわけなじゃいぞ。

 決してアウラを見て羨ましがったりしていないからな。

 マーレが照れてる姿をみてときめいたりもしていないからな!

 俺は純粋に大尉を尊敬しているだけだ……

 かっこいい人に認められリャ、誰だって嬉しいよな!?)

モモンガは自分に言い聞かせた。

 




モモンガのメインヒロイン力


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カルネ村お食事会

(∪^ω^) わんわんお!


遠見の鏡の操作をワチャワチャと頑張っているモモンガを、

ただ黙って見守り続ける大尉とセバス・チャン。

最初は、

『そんなに見ないで欲しいのですが…』

と〈伝言〉で大尉に抗議していたモモンガだったが今では鏡に夢中だ。

そうこうしてるうちに操作のコツを掴んだようで、

 

「お見事でございます」

 

セバス・チャンが静かに拍手し主を賞賛する。

大尉も無言、無表情で拍手をしてやるとモモンガは、

えへへ、とわざわざ〈伝言〉で照れ笑いをしてくるのだった。

この若い髑髏のリーダーは褒められるのが大層好きらしく、

大尉が僅かでも賞賛系統の行為をすると

見るからに動きのあちこちに喜びが溢れ出る。

 

「ん?」

 

モモンガが何かに興味を惹かれたようで鏡を見入る。

やや離れた背後に立つ大尉もはっきりとモモンガと同じ光景を見ていた。

人と人の殺し合い。

何ともありふれた光景で、特に目新しさはない。

銃火器による殺傷よりも非効率的だが、

感触と実感は楽しめそうで……そして何より見ていると腹がへる。

といった感想しか出てこない。

そういえば最近、大尉は人間(ごはん)を食べていないのだ。

メイド達はしきりに食事を勧めてきたが、

環境の激変に対応するのに忙しく普通の料理で手早く飯を済ませていたので、

鏡に写る晩餐会の如き光景に腹の虫が誘われる。

 

ぐぅー、と大尉の腹が鳴いた。

その音にハッ、なって振り向いたモモンガは、

 

「………………………行きましょう大尉。 食事会です!」

 

そういえばバタバタしてましたもんね~、と言いながら勢い良く席を立つ。

大尉が人間を食いたがっているのを察して、少しの良心の呵責も起きなかったどころか、

当然だろう…という発想がすらすらと出てきて、

自分もまた虐殺劇を見て僅かな動揺もないと気付いて少し驚いていた。

が、そんなことはおくびにも出さない。

(俺だけじゃないんだ……化け物になっても大尉がいてくれる。

 大尉も一緒に化け物になってくれているんだ)

という共感と連帯感と仲間意識が、モモンガから孤独感を払拭していた。

 

「セバス、一部を守備に残し主だった者に”食事会”の準備をさせよ。

 この村を大尉の食卓とすると私が決めた。

 アウラのフェンリルと……そうだな、ルプスレギナも呼んでやれ。

 大尉はワーウルフ………一匹狼など無粋の極み。

 我が友にしてお前達の至高の主に相応の饗応をせよ」

 

カルマが善性に傾いているいぶし銀の執事は、

出来ることなら人間を助けてやりたくもあったがモモンガと大尉の為とあれば

比べる天秤など何処にもない。

全ては至高の御方々の為に………精々良き餌となってくれと願うばかりだ。

短く力強く頷いた彼は足早に退出し、

二人の主の為に最高のセッティングをしようと心を弾ませた。

 

「それでは大尉。 暫く下拵えをするので、ちょーっと待っててくださいね」

 

ニコニコ笑顔に見えるドクロ顔が転移門を出現させ潜っていくと、

その姿は吸い込まれて消えた。

待て、と命令されたのでとりあえず待つ大尉だが、

遠見の鏡をモモンガの見よう見まねで操作しリーダーを見守る。

万が一……ということをあり得るし油断は出来ない。

 

「……………」

 

しかし、どうもその万が一すら起き得ないらしい。

やはりというか、初見で鏡越しに理解できたことだがレベルが違いすぎる。

闘争には成り得ずとても戦いは楽しめそうになく、

この者達は食い散らかされる餌に過ぎない。

モモンガのデス・ナイトが鎧兵士達を一方的に嬲る様を見て

闘争の空気を完全に失っていた大尉だが空腹感は変わらない。

ジッと鏡を見ていたらコンコンと扉をノックする音が聞こえて、

 

「お待たせ致しました、大尉様。 お食事の容易が整いましてございます」

 

執事長が言った。

鏡を一瞥してから大尉が扉を開けてやると、

執事の左右にはズラリ…と守護者と戦闘メイド達が控えていて、

 

「あちらの転移門へお進み下さい」

 

と赤髪の人狼少女が大尉をエスコートした。

セバスとデミウルゴスの視線に促されて、

歩き出した大尉の後ろにピッタリとアウラが付く。

(モモンガ様の肝いりの御命令……

 大尉様に失礼が無きようしっかりエスコートするのですよ、アウラ、ルプスレギナ。

 これは試金石……モモンガ様は大尉様が二人を娶ることを望んでおられる。

 真の友誼で結ばれたお二人だ。 友の子を見たいと思うは必定!

 大尉様のお眼鏡に適えばその寵を頂くことになんの障害もない。

 なんとも名誉なことだ! 男の私でさえ嫉妬してしまいそうな幸福!

 モモンガ様の願いでもある。 二人共しっかり大尉様の愛を勝ち取り子を孕むのだよ!)

至高の御方に子が生まれればこれはナザリックにとって盆と正月が一緒に来たようもので、

親友の大尉が子を設ければモモンガも腹をくくるかもしれない。

いや、そもそも友に妻帯を勧めるのならモモンガ本人も満更でもないに違いない。

丸メガネの奥の瞳を輝かせた悪魔。

彼の心中をモモンガが聞いたのなら

「え、いや、ただ狼つながりで……その方が大尉の人狼捕食RPが捗るかと思っただけで」

軽い気持ちだったんだよ、なんで大尉の奥さん候補になってんの!

ついでになんで俺までそういう話に!?

と遠い目になるだろうが、

セバスから伝言を聞いたデミウルゴス達は、

とりあえずバンザーイ、バンザーイと心の中で諸手を挙げた。

勿論、アルベドとシャルティアの二人は万歳三唱どころではなく、

(ぃやったぁぁぁぁぁぁいよっしゃあああああ!!)

と超ガッツポーズであったのは言うまでもない。

アウラに続いてアルベドが、デミウルゴスが……

そしてプレアデスの全員がその後に続き、

それをシャルティア達お留守番組が

ハンカチを噛みしめそうな勢いで悔しがりつつ見送る。

ナザリックのお見合いお食事会が……、

カルネ村の虐殺劇が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村の少女エンリと、その妹のネムは異形の魔道士に命を救われ、

最初こそ怯えていたが(本当に助かったのかも…)と思い始めていた。

しかし、喉から重低音の唸り声を響かせる

巨大な白狼が悠然と四足で大地を踏みしめ、コチラにゆっくり歩いてくるのを見て

(ああ、私達は食べられるために生かされたのだ)

と被捕食者の本能が悟った。

白狼に寄り添うように左右に同サイズの大狼が付き従っていて、

左のケモノには金髪褐色の男装のダークエルフ美少女がまたがっている。

 

「あぁ、たまらないっす! その顔! いい顔っすよぉ…ポイント高いっす」

 

「あはは、ホントだね。 君ってとぉーーーっても幸運だよ。 名誉だよ!

 至高の御方に生きたまま食される栄誉……噛みしめるんだよ?」

 

人語を解する狼と少女が、どこか恍惚とした表情で言うと、

中央に佇む…一際優れた美しい毛並みと威容を纏う白狼が、

裂けた口を笑うように開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだ! なんなんだ、あの化け物!」

 

激しく息を切らせながら、青い顔で走り続ける男が森を行く。

もう方角なんて分からない。

とにかく彼は必死に走っていた。

もうスタミナなんてないが、足を止めることは死を意味する。

何が何だか分からずに混乱する思考の中で、

ただそれだけははっきりと理解していた。

 

「はっ、はっ、はっ! ふ、振り切ったか!?」

 

汗だくで疲れきった顔を少し後ろに向けると、

よそ見をした瞬間に疲労が溜まりきった足はもつれて木の根につまずく。

情けない悲鳴と鈍い衝突音を響かせて、

焦燥した彼は受け身も取れずモロに転び、

 

「う……く、くそ」

 

すぐに起き上がろうとしたが、

彼はフッ、と気づく。 自分に樹木以外の影が覆いかぶさっていることに。

グルルルル……、

と喉を鳴らす巨獣が3頭、音もなく突然自分を囲っていた。

 

「あ、あ……あぁぁ……! た、たすけ……て!」

 

スレイン法国の陽光聖典。 その隊長、というエリート街道を邁進していた自分が。

瞬間的に精鋭の部下達が碌に抵抗も出来ずに狼に食い殺されて、

白狼に一目見られただけで恥も外聞もなく逃げ出した。

明らかに只の獣ではない。

目があっただけで自分は食われる側だと認識させられる赤い目。

生物の本能が逃げろと叫んだ。

だが今、逃げ切れられずにまたも恥も外聞も捨てて命乞いをする。

 

「た、助けて……! 助けてくれ! お、俺なんて食ってもうまくないぞ!

 いやだ! いやだぁぁぁ! 助けてくれええええ!!!」

 

叫んだ瞬間、

 

「フェン、右足」

 

少女の麗しい声と共に狼が駆け出して、

 

「ぎゃ、ぎゃああああっ!!」

 

ニグンの右足を噛み千切らぬ程度に噛み付いてブンブンと振り回す。

右に左に忙しくアーチを描いて地面に叩きつけられる頭から素っ頓狂な叫びが響く。

グジュルッ、と噛み千切られて勢いのまま宙に放られたニグンを、

 

「大尉様、見てて下さい!」

 

元気よくジャンプしたルプスレギナがキャッチした。

 

「あがっ! があああ!! だずげ――」

「――たまらん声っすね、うひひひひ♪」

 

同じように左足を加減して噛み付いた彼女は、

徐々に噛みつく力を強くしつつ上空、高らかに人間を投げて…

それを追って跳躍し見事に宙で左足を噛み千切る。

両足から血を撒き散らすニグンはそのまま地べたに墜落し

踏みつけられたカエルのような声を出す。

ひぃひぃ言いながら血の線を土に引きつつ這いずり逃げようとするニグンを、

 

「まだ結構元気だね! 良かった良かった。

 もっと大尉様の目を楽しませてよ! あはは」

 

フェンの上から眺めるアウラが機嫌良さそうに言った。

木漏れ日に反射して銀に光る白狼は静かにその”嬲り”を見ているだけだ。

大尉としては別に嬲るつもりもないし腹も膨れたので参加はしないが、

ナザリックの部下達の鬱憤晴らしにはなっているようなので黙認する。

彼が参加しない最大の理由は、

一口でも口をつけたらそのままグール化してしまうからだ。

それはちょっと困る。

這いずる彼は他の餌と違って階級が高そうで、

群れ全体の安全のためにも食い殺すのはまだ早い。

そして大尉のその考えは、

ルプスレギナは少々怪しいがアウラは正確に理解しているらしかった。

(大尉様が無様な人間の滑稽な姿に見入っている! 喜んでくれてる♪)

と思い込んでいるアウラもその点ではハズレであったが、

一応暇つぶしにはなっている。 大ハズレでもない。

 

「どこ行こうっていうんすか~?

 大丈夫っすよ………失血死しないよう回復はしてあげますから!

 もっともっと大尉様のために生き延びるっす」

 

にんまりと笑う獣が、ニグンと同じ速度で彼を追う。

 

「ひ……く、くるなぁ! もう嫌だ! 助けて、助けてくれぇ!!」

 

至高の人狼は静かにそれを見つめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村を中心にしっかりと“囲み”を敷いている。

大尉の生き餌を逃さぬためだ。

モモンガは、大尉に満足してもらうためのディナー……

いや、この日の高さならばランチだろうか。

を提供するためにしっかり者の家令に命じて、

そして各守護者とプレアデス達が万全の態勢でそれに臨んでいる。

馬でコチラに接近していた騎士の集団も、

陽光聖典とか名乗った連中も、皆等しく大尉に食べてもらうんだ。

大尉はきっと喜ぶぞ。

モモンガの心はウキウキに湧いている。

そしてその喜びはナザリックの者ならば皆同じにするもので、

全員がこの追い込み猟を活き活きとした顔でこなしていた。

 

今、モモンガの足元にはこの周辺で唯一の生きた人間、ガゼフが転がっていて、

四肢は千切られていてイモムシのように蠢いている。

最低限の治療を施され失血死と、ついでに猿轡で自害も防がれている。

彼はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長……

とか何とか言っていたので情報源になるだろうと

大尉は彼には口をつけなかった。

なので生かしておいてもグールになったりはしない。

手足をもいで首根っこを咥えてモモンガに差し出した大尉を見て、

モモンガも「あー、情報源ってことですね?」と理解した。

(大尉まだかなぁ……)

身を捩る足元の人間を熱のない空洞の目で観察して時間を潰す。

そのうちに、

 

「あっ、大尉!」

 

狼形態の大尉が人間を咥えて戻ってきて、

ポイッ、とゴミを投げ捨てるようにそれを首で投げる。

丁度ガゼフの真上に落下したそれは、

同じように四肢を千切られた男であった。

 

「お口に会いませんでしたか?」

 

それを見て言うモモンガに静かに首を横に振って白狼が答えた。

 

「彼も情報源に?」

 

今度は首を縦に振る白狼。

正直、モモンガとしてはありがたい。

ナザリック全体のことを思えばこの未知の世界の情報は欠かせない。

兵士へのファーストコンタクトはモモンガにとってドキドキものであった。

彼らの強さがユグドラシルにおけるLv100相当だったり、

一方的に殺されていた村人達がそれに匹敵する強さだったりも視野には入れていた。

かなり警戒しつつ、だが大尉へ食事をおごる情熱で頭がいっぱいだったモモンガは、

とりあえず心臓を潰してみたりデス・ナイトを作ってみたり恐る恐るだったが、

結果はこれである。

この世界は”弱い”。

だが、それでもナザリックの絶対的安全を確保する為には情報は少しでも多いほうがいい。

(気を使わせてしまった!

 ううう……くそ、次はもっとリラックスして食事を楽しんでもらうぞぉ)

そう思いつつ、

 

「ありがとうございます。 折角の大尉からの御厚意ですし………、

 ニューロニストのとこに送るのはどうでしょうか」

 

わざわざ残してくれた大尉の優しさに甘える。

あくまで大尉の善意であるので、

ちゃんと彼の意見にも伺いを立てる律儀なモモンガであったが、

白狼はあっさりと頷いて了承し、話は極めて迅速に片がついた。

周囲に展開していたデミウルゴスらがモモンガと大尉の下に集うと、

かき集めた全ての死体の残骸と共に皆で地下大墳墓へと帰還する。

 

帰宅し、私室の椅子に深々と腰掛けたモモンガは真っ先に、

ああそれにしても……と思う。

(大尉すっごいモフモフだったな……………。

 頼めば触らせてくれるかな……頬ずりとか、はやり過ぎか。

 ああ、でも…………モフモフだったなぁ)

純白の狼のぬいぐるみでもアルベドに作ってもらうか。

そんな埒もないことを考えているモモンガだった。

 



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キャットファイト

更新は気が向いたらでいいという優しいお言葉貰いました。
じゃあいっかー、と気を楽にしまくってたら書けたので投下。

恋愛?回


守護者達は皆”至高”(モモンガと大尉)に忠実だが少々過保護なのが玉に瑕で、

特に心配性の同格の友人モモンガの要請も相まって彼は外出を自粛している。

無理矢理外に行こうとするとこの群れのリーダーの髑髏顔が

何やらしょんぼりしたような表情になる……錯覚がはっきりと見える。

ので、大尉は

「大尉がいればナザリックはそれだけで約束された難攻不落のお家になるんです!」

との言葉を受け入れてやってこうして自宅でゴロゴロしているのであった。

群れのアルファリーダー公認のニート生活である。

ちなみに、どうでもいい話だが

群れのポジションとしてはモモンガはアルファ牝、大尉はアルファ牡に相当する。

もちろん母性気質、父性気質を持っている最上位というだけで

大尉とモモンガがそういう関係どうこうというわけではない。

 

暇ではあるのだが、こうしたのんびりした時間もこの人狼は嫌いではない。

老いさえも楽しむ……とはどこぞの吸血鬼狩り機関のバトラーの言葉だが、

暇さえも楽しむ、のもなかなか悪くない。

 

先日、大尉に相談のもと、こちらに来ているかもしれないギルメンへの周知のため

アインズ・ウール・ゴウンと改名したモモンガは、

大尉を頑なにナザリックにお留守番させている割に、

”情報収集”

”アインズ・ウール・ゴウンの名声を高めるため”

”大尉の狩り場(ナワバリ)を確保する”

などの名目でほいほい外出している。

彼曰く、

「俺はいいんですよ。

 例え俺が死にそうな目にあっても大尉にコールすれば一発で解決しますから。

 でもその逆だと俺が大尉を救えないかもしれない………。

 そんなこと…想像しただけで………!! あ、スゥ~っとなった」

らしい。

精神異常耐性オーラを放ちながら

冒険者モモンは従者ナーベを引き連れ喜々としてお出かけに精を出そう……としたら

アルベドが大層反対し「連れて行くなら是非自分を!!」と凄まじい剣幕で嘆願した。

アインズは最初、「アルベドはナザリック運営に必要な人材だから」とか

「帰る家を守っていて欲しい」とかそれらしいことを言って宥めていたが、

余りにもアルベドが食い下がるので

(まぁ、大尉がナザリックにいてくれるからいいか)

とアルベドを受け入れた。

その日、アルベドは歓喜の涙を流しながら「くふーーーーー!!」と珍妙な叫びをあげて、

後日それを聞いたシャルティアが「っざっけんなこらーー!!」と嫉妬の咆哮をあげたとか。

ともかく……、

大尉が残留すると聞かされた守護者達は割りと快く

アインズを送り出していた。(それでも渋々である)

彼としても心身が身軽な状態で冒険にいけてWin-Winといったところだろう。

大尉は割を食っているが。

(一番いいのは大尉と二人旅なんだけど……昔みたいに。)

と思うアインズだが、さすがにそれは我侭か…と自粛している。

 

 

 

 

つまり、今現在大尉は実にのんびりした状況であった。

彼はナザリック地下大墳墓第6層にて、人工の木漏れ日に包まれながら

大樹の太い太い枝の上でアウラの大狼フェンリルを枕にして目を閉じている。

大尉が眠る大樹の根本には、

モモンガから”彼専属”と指名されたルプスレギナ・ベータが

嫉妬全開の視線をフェンリルに送りながら直立不動で待機している。

(なんで……なんで私が枕じゃないんすか!

 あんな駄犬に大尉様の枕という至上の幸福と使命を奪われるなんて!!)

彼女は独りジェラシーMAXの思考をぐるぐるさせていて

直立不動の体も若干ぷるぷるしている。

駄犬に駄犬と言われてフェンリルも気の毒だが、

今、このケモノは至福に包まれていてそれどころではない。

ナザリックの不動の上位者である階層守護者。

その騎乗モンスターという名誉を賜っている大狼が、

栄光の守護者の更に上位……

ナザリックの神とも言うべき”至高の御方”の枕となっているのだ。

これは並大抵の幸せではない。

まさに(もう死んでもいい)と思える幸福であった。

 

そして、その幸福を分けてもらおうと画策している少女が一人……

大尉の眠る大樹に忍び寄っている。

大尉を起こさぬようにソロリソロリと近寄るダークエルフの少女に、

 

「アウラ様、何やってるっすか。

 大尉様のお昼寝を邪魔するんならアウラ様だって容赦しません」

 

イライラの雰囲気を隠しきれていないルプスレギナが目ざとく彼女を発見し告げた。

いきなり声をかけられて うわっ、と肩をビクつかせたアウラだったが、

 

「……いやぁー、私のフェンが大尉様に粗相してないか監視しなくちゃ!

 と思ってさ。 まぁそういうわけだから」

 

失礼するねぇ~、と大樹に飛び乗ろうとしたのを、

 

「だめっす!」

 

はっし!と空中で足を掴んで妨害した。

ビターンと地面に鼻からつっこんだアウラ(とルプスレギナ)は

互いに鼻をさすりながら起き上がると、

 

「ったぁーー! 何すんのさ!」

 

「大尉様は気持ちよくお休みになっています。 どうかお引取りを」

 

目が据わっているルプスレギナは丁寧なメイド口調だ。

しかしアウラも、

 

「……あのさ、ルプスレギナ。 その手を放してくれない?

 何やってるか分かってる?」

 

言外に、至高の御方に次ぐ上位者である自分にメイド如きが干渉不要。

そう言っている。 

基本的には至高の存在に創られた者達は

役割の違いがあるだけで上下関係や貴賎はないのだが、

守護者達は至高の41人から大きな指揮権とレベルを与えられている。

やはり階層守護者はナザリック内で大きな存在で上位者と呼んでいい。

しかしルプスレギナには強みがある。

退く気はなかった。

 

「分かってるっす。

 でも私達プレアデスは至高の御方に尽くすための存在っすから。

 それに私はアインズ様から大尉様付きの専属メイドの役を仰せつかったっすよ」

 

階層守護者には敬意を払っているし

ナザリックでのヒエラルキー上位に位置しているのは認めるが、

時と場合によってはプレアデスこそが干渉を受け付けないのだ、と主張する。

実際、アインズと大尉の直接的な身の回りの世話はプレアデスを始めとするメイド達の役割だ。

 

「ぬぐ……」

 

「ふふん」

 

アウラが言葉に詰まる。

彼女が言う通りアインズ直々の命令というのは正に錦の御旗。

アインズは、暗にアウラとルプスレギナの2人へ

大尉への伽を命じた(と皆は盛大に勘違いしている)が、

玉座の間で明瞭な言語で”大尉専属”を命じられたルプスレギナは大尉に一歩近い。

しかも同じ人狼で、彼女は大尉に愛撫(匂い嗅ぎと頬舐め)を受けていて更に一歩。

二歩近い。

(二歩……! たかだか二歩……たったの二歩よ!)

いや、貧相な彼女の肢体に比べてルプスレギナの肉体の豊満なことを鑑みて更にもう一歩。

 

「うわあああ! さ、三歩だぁーーーっ!!」

 

アウラが頭を抱えてしゃがみ込む。

自分はまだ幼く発展性が大いに期待できるが、

即効性はルプスレギナに軍配が上がる。 圧倒的に上がる。

何が三歩なのか、頭にハテナを浮かべているルプスレギナだが、

 

「ふふん」

 

よくわからずとも勝ちを確信してさっきと同じ得意げな笑みを浮かべて背を反らす。

豊かな胸がぷるんと揺れた。

 

「うわあああああああ!!」

 

それを見て更にアウラが奇声をあげると

地に膝を付けて完全に項垂れて、

 

「ルプスレギナのばか! あほ! まぬけ! 駄犬! おっぱいだけ女!

 私は…私はシャルティアなんかとは違うもん! 成長するんだからぁー!!」

 

早口で捲し立てるとそのまま瞳に涙を浮かべ、うわぁぁぁん、と走り去り、

地味にタイマン最強の女吸血鬼が風評被害を受けた。

ダークエルフを見送った赤髪の駄犬は、

 

「ぷふーー! 負け犬の遠吠えっす! ぜーんぜん悔しくないっすよー」

 

お手々をひらひらさせて格上の階層守護者を見送る。

普段の厳格なロールの違いとレベル差が嘘のようなやりとりだが、

そんなものはメス同士の熾烈な争いの前には霞むのだ。

 

「それにおっぱいは

 大尉様との赤ちゃんをいっぱい育てるんだから大っきい方がいいんすよ~」

 

勝者の余韻に浸りルンルン気分は鰻登りで、

ついつい調子にのり自制を失って大樹をするすると登り始めたルプスレギナは、

 

「くふふふふ♪ アウラ様もいなくなったしアイツも追い払うっす。

 ご主人様と同じように尻尾巻いて逃げるっすよ。 枕には私がなるっす」

 

どこぞの守護者統括のサキュバスのような笑いを漏らしていた。

幹の中程でぴょん、と跳んだ雌人狼は

そのまま気配を消して雄人狼の仮寝所に忍び込み……

ひょこっと大尉の上に顔を出す。

(フェンリル………さっさと消えるっす!)

大尉の胸から上を預かっているアウラの騎乗モンスターを睨むが、

ここで強い敵意を滲ませればそれだけで大尉は起きてしまう。

殺気等でビビらせて追い払えない。

小突いて追い払うのも当然無理だ。

 

「う~~~~、フェンリルを追い払ったら大尉も起きちゃうっす………。

 仕方ないっすね……こうなったら大尉の寝顔を…………………、

 寝顔を………………………寝顔…………………ごくり」

 

見つめているうちにルプスレギナはなんだかムラムラしてきていた。

優れた人狼の嗅覚が強く逞しい同族のオスの匂いをたっぷりと鼻に届ける。

芳醇な香りがルプーの鼻腔の奥底に潜り込んで脳幹に直撃し、

ルプスレギナの褐色の肌が桃色に上気し始めて息が荒くなる。

 

「た、大尉様………まっすぐな鼻筋……意外に長いまつ毛………

 そして……………く、く、くくくくく唇………」

 

潤んだ金色の瞳の奥にハートが浮かんでいるよう気がする彼女は、

吸い寄せられるように徐々に大尉の唇へ自分の水気たっぷりの唇を寄せていき……

 

「こぉのバカ犬ぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「へぶっふ!?」

 

唇到達までの道を閉ざす熱帯仕様オーバーコートの高襟に指をかけた所で

ルプスレギナの側頭部にアウラの鋭い蹴りが突き刺さった。

あぁ~~~~、と間延びした悲鳴が大樹の遥か下へ落ちていって、

一瞬前までルプスレギナがいた場所には金髪の男装美少女。

 

「ふぅ………まったく至高の御方になんてことを。

 寝ている内に唇を奪おうとするなんて不敬もいいとこだよ!

 ね、フェンもそう思うでしょ?

 次にルプーが寄ってきたら噛み付いていいからね。

 あ、でも大尉様を起こしちゃダメだよ?」

 

直ぐ様気を取り直して戻ってきてよかった……と心底胸を撫で下ろす。

もともと至高の御方には絶対の忠誠と揺るがぬ信仰を抱いている彼女らだが、

アウラは特に大尉に対してはユグドラシル時代から頭を撫でられたり、

惚れ惚れするような見事な毛並みの狼っぷりに見惚れていたり、

アインズから大尉の食事に同伴するよう名指しで言われたり、

等が積み重なって特別な感情が発生している。

デミウルゴスからアインズの真意を聞かされた時には

「まさか私が!?」

と驚いたアウラであったが、今ではすっかり

 

「……………………………大尉様の………く、くくくくくく唇」

 

駄犬や万年発情処女淫魔と同じような言動を発するぐらいになっていた。

乙女として立派な成長を遂げたようだ。

76歳だがダークエルフである彼女は見た目通りまだまだ子供。

しかしその身でオトナの大尉を受け止めるのは不可能ではない。

疼く女の器官も立派に機能し始めているのだ。

 

「た、大尉様………」

 

頬を桃色に上気させた彼女は、

普段の男装快活なイメージから一転して充分に女の子であった。

少しずつ大尉の唇に引き寄せられていくと、

 

「……………人を蹴り飛ばしておいて何してるっすかアウラ様」

 

「う、うわぁぁルプー!?」

 

ワーウルフの身体能力を存分に活かして

速攻で戻ってきたルプスレギナが冷え冷えとした目線でアウラを見つめていた。

 

「聞こえたっすよ……不敬だとか何とか言ってアウラ様も同じことしてるっす。

 私と違って確信的な不敬っす。 至高の御方の寝込み襲ってるっす。

 言ぃーーーってやろ言ってやろ!

 アルベド様に言いつけてやるっす!」

 

「な、なななな!! あんただって他人の事言えないでしょ!?

 それを言ったらルプーもただじゃすまいわよ!

 プレアデスの身も弁えずに大尉様の唇の貞操ねらったんだから!!」

 

うがーうがーと大尉の真横で取っ組み合いを始めた2人は、

片や子供、片や精神年齢子供ということもあって

なかなか激しいキャットファイトの模様を呈し始めていた。

 

目を閉じていただけでずっと意識のあった大尉は、

自分の唇如きで騒ぐ彼女らを不思議そうに薄目で見た後、

また目を閉じて我関せずとばかりにフェンリルに身を預けて日向ぼっこを続ける。

フェンリルは煩い主人を尻目に幸せそうであった。

勝者はフェンリルらしい。

 



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ウルフパック

明らかな異常が起きていた。

リ・エスティーゼ王国の貴族も王もこれらの問題に関しては

普段の政争を棚に上げて共に頭を悩ませている。

王国とバハルス帝国の国境沿い……トブの大森林近くのカルネ村が全滅した。

文字通り人一人残らず、遺体もなくなってしまっていて、

近いうちにカルネ村はあらゆる地図上から消滅するだろう。

だが、王と貴族を恐怖の領域にまで悩ませた原因はカルネ村虐殺ではない。

 

いくつかあるが、最大の理由は

王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフが消えてしまったことだ。

国境沿いの村々が襲撃されたことに対して派遣された彼だが、

死体も残さず村人ごと失踪は尋常ではない。

そして、カルネ村を契機として村への襲撃が変わった。

それ以前に襲われた村はやはり殆どが全滅したが、

死体は確認できている。

だが、それ以降……現在も続いている襲撃は全て死体が消えているのだ。

しかも規模と頻度が桁違いに上がっていて、

先日報告に上がった村が東面・国境沿いの村落では最後の1つだった。

バハルス帝国の仕業だ。

スレイン法国の策略だ。

トブの大森林を住処としているという伝説の魔獣が暴れているんだ。

魔神が蘇った。 ドラゴンが来たのだ。

貴族たちも国王ランポリッサ3世も憶測でしか物を言えない。

そしてどの憶測も正解ではない。

しかし、王も貴族も次に起こるかもしれない襲撃先はなんとはなしに察していた。

次はどこぞの都市が襲われる……と。

だが、王達は有効な手立てがない。

なにせ、調査に派遣した兵達は皆、村人と一緒に消えてしまう。

初手でガゼフという最強の手駒を失った時、

最初こそ貴族達は喜んだものの今では

「ガゼフがいれば……」

と頭を抱えていた。

そして貴族たちは祈る。 自分の領地は無事で済みますように、と。

 

 

 

そして同じ問題に悩まされているのは王国だけではない。

犯人であることを王国から疑われていたスレイン法国とバハルス帝国。

この2ヶ国も国境沿いの大襲撃には恐怖していた。

スレイン法国でさえ魔法で覗こうとすると術者が破裂してしまい、

そして偵察を派遣すれば派遣しただけ完全に音信不通となる。

帝国も似たようなものだ。

今では3国の境に最も近い城塞都市エ・ランテルは、

周囲の村々が次々に失なわれているという情報が

毎日のように飛び込んできているのだ。

 

「悪魔だ…悪魔がエ・ランテルを襲っている」

 

エ・ランテルの老人が震えながら呟く。

まさに悪魔の仕業としか思えないぐらいに悪い知らせが立て続けだ。

冒険者達が次々に失踪している。

交易商人達が行方不明になっている。

猟師たちが消えていく。

都市を一歩出れば確実に消える。

そして帰ってこない。

今や恐怖の都市となったエ・ランテルの民達は出て行く事も出来ず、

ただガタガタと家の隅で震え神に祈るしか出来ない。

 

そんな鬱屈した日々が長く続き、人々の心も疲れ果てていたが

エ・ランテルの貯蔵が尽き始めていよいよ干上がるしかないのかと思われた時、

事態は急激に動き出した。

 

この異常事態に、一時的な休戦をこじつけた

王国・帝国・法国の三大国が共同出兵を断行したのだ。

王国の貴族達自身が、どうしようもないほどに身の危険を察したことで、

遅きに失しながらも彼らがかつてない程精力的にそれぞれのチャンネルで外交に励み、

そして帝国の聡明な皇帝がこれに乗り、

王国貴族、皇帝の両方から

これはまったく歴史的快挙と言っていい。

互いに敵意を持ちつつの連携も何もないハリボテ連合軍。

何か切っ掛けがあれば瞬時に瓦解して互いを攻撃しあうだろう。

だがそれでも、

見えざる脅威に支配されているエ・ランテルに向き合わなければいけないという事実は、

彼らを一定の絆で結ばせている。

 

「ぐ、軍隊だ! 軍隊が俺達を助けてくれるぞ!!」

 

エ・ランテルの誰れもがそう叫び拍手喝采で連合軍を出迎える。

それは希望の叫びだった。

闇夜に紛れてエ・ランテルまで5里という距離まで来ると、

即席の連合軍は陣形を整えて野営準備に入った。

燃料さえ節約し最近は真っ暗な夜が続いたエ・ランテルに、

久方ぶりに灯火が煌々と光る。

 

「ありがとうございます…正直、このまま干上がるかと覚悟しておりました。

 まさか、軍が物資を放流してくれるなんて…

 っと、これは失礼を」

 

「いやいや、私も正直信じられないよ。

 ガゼフ隊長がいればきっとあの人が一番喜んだはずだ」

 

市民と軍人は微笑みながらそういう会話をそこかしこで繰り広げた。

久しぶりにエ・ランテルの人々は身も心も温かいもので包むことが出来たのだった。

広がる安堵。

エ・ランテルを見守り続けた城壁の上の兵士も憩う市民を見て微笑んだ。

城壁は堅牢で、そして城壁の直ぐ外側には三国同盟の大軍がいる。

こんな安心できる夜はいつぶりだろうか。

そう思いながら城兵は夜の警邏を何時も通りに全うしようと、

長年の警備で鍛えた夜目でまた遠くを監視し始めて…、

そして()()を見つけた。

 

「おっ、見ろ。またもやご同胞だぜ」

 

気軽になった心のままに隣の同僚へ言った。

 

「こりゃ頼もしい。俺ァ今日ほど人間って奴ァいざとなれば頼れるんだ、って思ったことはない」

 

「ははは、まったくだな。最近は嫌なこと続きだったが、ようやく時代も良くなンのかね」

 

規則正しい足音を高らかに響かせて新たな一隊がエ・ランテルへ近づいてくる。

堂々と、一糸乱れぬ歩調で。

余りにも規律乱れぬ彼らの姿は正規軍の中でも精鋭に違いない。

 

「すげぇな、あの部隊。どこの国だろう」

 

「うーん、少なくとも王国じゃねェのは確かだな。

 きっと帝国さ」

 

「いやいや、きっと法国だぜ。あの動きは宗教に厳格な法国人っぽいって」

 

「お?賭けるか?今日の勤務明けの一杯」

 

「いいねぇ、外した方の奢りだな」

 

城兵達の軽口は弾む。それぐらい心が軽かった。だが、

 

「ん?……おい、あいつら…」

 

「なんだ?」

 

「あの光…赤い光…?」

 

「あっ?」

 

「…見ろよ、あいつら…おかしくないか?なんだあの光…無数に…」

 

言われた兵士はジッとその一隊を見た。

確かに夜の闇に赤い光点が無数に浮かんでいた。

 

「まさか…」

 

兵士たちは互いに顔を見合わせて、そしてある想像をして顔を真っ青にした。

そしてその瞬間、

 

「あれ?お前…首は?」

 

「え?あ?お、お前こそ…首…おかしい――」

 

彼らの首がポロリと床に落ちた。

鮮血が首の切断面から吹き上がる。

全ての城兵の首がほぼ同時に切断されていた。

 

革手袋から僅かな血を滴らせた、

近代的な軍服姿の男が城壁の一際高い場所に音もなく降り立って、

そこからエ・ランテルの街を見下ろす。

その男…大尉がそこに降り立ったのが合図だった。

 

規則正し過ぎる足音を響かせていた一隊が突然消えた。

消えたような素早さで皆飛び跳ねて駆け出していた。

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

夜営場のあちこちから悲鳴があがる。

 

「なんだ!!何が起きた!」

 

「裏切りだ!」

 

「なんだと!?どいつが裏切り者だ!!」

 

兵士達が騒ぎ出す。

眠りだしていた者らも飛び起きて、状況も分からぬままに抜刀し夜の闇の中駆け出す。

そうするしかない。

 

「敵だ!斬れ!!」

 

そして眼の前のものを斬る。

 

「スレイン法国が裏切った!!」

 

「なんだと!!貴様らこそ、やはりこれを狙っていたんだろう!!」

 

「くそ…こんなことだろうと思ったぜ!」

 

もともと疑心暗鬼を秘めた連合軍だ。

きっかけがあれば瓦解するのは当たり前だったが、

それにしても彼らは余りにも呆気なく自壊していく。

同士討ちがあちらでもこちらでも起き始めたが、

その混乱の中でも気付いた者はいた。

篝火に照らされた中に、両目を爛々と赤く光らせた青白い肌の者らがいたことに。

 

「ヴァ…ヴァンパイアっ!!」

 

「ひ、ひぃ…!なんでこんなとこに吸血鬼が!!?」

 

「やばいぞ…何て数だ!陣形を崩すな!」

 

「そうは言っても!後ろからは王国が攻撃してきてんだぞ!?」

 

「く、くそ…!!第2位階天使召喚(サモン・エンジェル)!」

 

真っ先に襲撃を受けた法国軍は不運だったとしか言いようがないが、

これ程統制がとれたヴァンパイアの群れによる攻撃。

ひょっとしたら一番与しやすい王国は敢えて攻撃されずに、

狙って法国軍を攻撃しているのかもしれない。

対異形種、対アンデッドに慣れた法国が吸血鬼らに真っ先に狙われたのも道理だった。

そして、法国軍は気付いた。

今襲ってきているヴァンパイア達は、普通のヴァンパイアとは一線を画する、と。

 

「なんなんだ!なんなんだよコイツら!ば、化物だ!!」

 

「手を緩めるな!魔法を唱え続けろ!止めたら死ぬぞ!」

 

召還した第二位天使達がまるで相手にならず、瞬く間に殲滅されてしまう。

どれほど召還しようと意味がなかった。

そして膂力も素早さも異常だ。

生半可な魔法は物理的に回避されてしまう。

不可避の筈のマジックアローを撃とうとも、

このヴァンパイア達は()()()霧散させるという暴挙にでている。

そして…、

 

「撃てっ、撃て撃て!唱え続け――ひっ、なんだ!?死体が!」

 

吸血鬼に心臓を貫かれた筈の仲間の死体がズルリと動き出す。

食人鬼(グール)となって死体達が次々に蘇り人間達に襲いかかってきた。

頭部が半分欠けていようが、四肢が無かろうが、

臓物を垂れ流していようが、ズルズルと這いずって人間を亡者に加えようと向かってくる。

 

「あ、ああっ…だ、ダメだ!もうダメだ!」

 

「おい!逃げるな!戦列を離れるな!!」

 

「無理だ!おい、俺たちも逃げよう!」

 

「ひ、ひぃぃ…!」

 

もう法国だけではない。

背後の王国軍も、そして右翼に陣取っていた帝国軍も、

あらゆる陣幕から既に火の手は上がっている。

この惨劇がそこらじゅうで起こっているのは明白だった。

 

火の手があがる。

煙が何百筋とエ・ランテルの外壁の周囲から上がる。

きっと都市の人間は生きた心地がしないに違いない。

援軍が来たと思ったらこの有様だ。

持ち上がってから絶望の淵に叩き落とされた都市の市民達は、

果たして正気を保っているだろうか。

 

城壁の見張り塔、その一番高い屋根の上から都市と草原を見下ろす人狼は、

瞬きすらせずに地獄の戦場と化したエ・ランテルを眺めている。

ニィ、と赤い目だけで彼は笑ったようだった。

 

 

 

 

 

 

「おばあちゃん、早く、早く荷物を絞って!それはいらないから、早く!」

 

「ンフィーや、そう急かさないでおくれ!でも、これはいるし、これも捨てられんし」

 

「そんな場合じゃないでしょう!応援に来てくれた軍が、もう壊滅状態だって…!

 エ・ランテルに最後まで残るって言ってた裏のおじいさんももう逃げたって!早くしようよ!」

 

エ・ランテルで一番と名高い薬師であるバレアレ家は、

ギリギリまでエ・ランテルの人々の為に倉庫中の薬剤を使ってポーション作りを続けていた。

しかし、とうとう彼らも逃げ出す決意をしたようだ。

大慌ててで荷物を選別し、必要最低限で着の身着のままの彼らは、

今まさに長年親しんだこの店舗兼家を捨てて飛び出す…

飛び出そうとしたその時、扉が軋んだ音を立てながらゆっくり開いた。

 

「あっ!!」

 

ンフィーレアは叫んだ。

 

「エ、エンリ…エンリ…!エンリ…!!っき、君なのかい…?」

 

彼の声は震えていた。それは多分、感嘆からだ。

エ・ランテルには色々な噂が集まってくる。

謎の襲撃が頻発するようになってから

旅人も商人のキャラバンもぴたりと来なくなってしまったが、

その襲撃事件の少し前、エ・ランテルに届いた噂にこんなものがあった。

 

〝カルネ村は全滅し、そこにいた王国騎士団長のガゼフも死んだ…〟

 

そういう噂だったが、ンフィーレアは認めなかった。

カルネ村には彼の想い人エンリ・エモットがいて、

ンフィーレアもよく行商がてらカルネ村には足を運んでいた。

慣れ親しんだ村で、大切な人の故郷だった。

直ぐにもエ・ランテルを飛び出して確かめに行きたかったが、

もう謎の襲撃が起きるようになってしまってエ・ランテルから出ることは容易でなくなり、

ンフィーレアは意気消沈してずっとこの塞ぎ込んだ都市(エ・ランテル)に閉じこもらざるを得なかった。

ずっと気にしていた、その想い人が突然目の前に現れた。

純朴な青年が感動に打ち震えたのも仕方ないだろう。

 

「エンリ!ぶ、無事だったんだね!カルネ村から逃げてきたのかい!?

 でも、もうここも危ない!一緒に逃げよう!おじさんとおばさんは、ネムちゃんも一緒かい?

 いこう!さっ、荷物は最低限でいいから!

 道中の路銀とかは、僕とおばあちゃんの薬師の知識でどうにでもなる!」

 

「…っ!ンフィー!は、離れるんだ!そいつは…!」

 

ンフィーレアの祖母が何かに気づき、血相を変えた。

 

「ありがとう、ンフィー。でも、私は大丈夫。

 私ね、変わったのよ?…フフッ。

 …ンフィーも、もう大丈夫よ」

 

少女は瞳を赤く光らせて無味乾燥に微笑んだ。

弧を描いた愛らしい唇からは、鋭い牙が僅かに覗いていた。

 



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