戦海の守護者たち (瑞穂国)
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予告編
波濤のテティス・前編(タウイタウイ編序章)


現在構想中のシリーズものです

今回の作品は、本編に入れられそうになかったエピソードです。長いので二部構成

色々と粗削りなところもありますが、楽しんでいただけたら幸いです


「両舷一杯!!」

 

村雨千尋は、着込んだ巫女服を揺らして叫んだ。戦闘航行中の艦橋内に光はなく、本来海面を照らすはずの満月も雲に隠れてしまっている。今は、彼女の声だけが頼りだった。

 

軽巡洋艦“三瀬”は、その声に応じて速力を上げる。彼女の所属するタウイタウイ泊地はみるみる遠ざかり、やがて闇の中へ消えていった。それを確認する暇もなく、“三瀬”は海上を驀進する。韋駄天のごとき神速は波を蹴散らし、一本槍となって闇夜を突き進んだ。

 

―――迂闊だった・・・!

 

彼女は自分の不手際を恥じる。そのせいで、今まさに仲間が窮地に立たされているのだから。

 

冷たい汗が額を伝う。

 

『千尋、聞こえてる?』

 

唐突に入った通信は、彼女の指揮官にしてタウイタウイ泊地を総括する提督、磯崎舞特務大尉のものだった。切迫した、でも取り乱すことのない冷静な声色が、スピーカーを通して艦橋に響く。

 

「こちら軽巡洋艦“三瀬”。聞こえてます、提督」

 

『うん、OK。敵艦隊の位置と構成はわかる?』

 

千尋は静かに眼を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。巫女服が浮かび上がるような感覚があり、彼女の第六感が電探となって周囲の海域を映し出した。

 

「・・・タウイタウイの南東、十海里。重巡一、確認。後方に戦艦一を含む大部隊です」

 

『りょーかい。こっちは“雲仙”の修復が終わり次第向かうから、それまでは注意を引き付けて回避をお願いね』

 

「はい。わかりました」

 

通信が終わる。

 

千尋は極力焦りを抑えて、艦が現場にたどり着くのを待つ。三六ノットを発揮する“三瀬”が座標の海域に辿り着くには、十分弱掛かってしまう。

 

―――速く・・・!!

 

心の中で祈る。彼女の想いを汲み取るように、“三瀬”がペースを上げた気がしたものの、速力計は相変わらず三六ノットを指し示していた。

 

と、彼女の左頬に触れる感触があった。はっとして、そちらを振り向く。

 

いつの間にやら、巫女服の肩に一人の妖精が乗っていた。10cm強の妖精は三頭身で、白の第二種軍装が特徴的だ。

 

彼は、「まあ落ち着け」とでも言うように、千尋の頬をぺたぺたと叩いた。

 

「そうですね・・・」

 

動悸が少し和らいだ。そして今度は、自らの心を落ち着かせるために、胸に手を当ててゆっくりと深呼吸する。

 

『こちら清風。霜風の退避、完了しましたわ』

 

落ち着いた駆逐艦娘の声が届く。被弾、損傷した姉妹艦を退避させた彼女は、敵艦隊迎撃への参加を具申してきた。

 

―――どうしよう。

 

千尋は軽巡洋艦“三瀬”以外に船を連れていなかった。今まさに、敵艦隊と対峙している重巡洋艦“栗駒”と合わせても、六対二。おまけに、あちらには戦艦がいるのだ。時間を稼ぐなら、快速を誇る“清風”の存在は大きい。でも、そんな危険なことに、彼女を巻き込みたくない気持ちもある。

 

『ダメ』

 

千尋の葛藤に答えを与えたのは、さきほど彼女へ通信をよこした若き女提督。透き通った意志の強い声が、ピーンと張り詰めた。

 

『あら、なぜですの』

 

『清風は、霜風と一緒に泊地に戻ってくること。わかった?』

 

『でも、それでは栗駒様が・・・』

 

身を挺して駆逐艦の撤退を支援した重巡洋艦からは、一切の通信がない。おそらく激しく被弾損傷しているのだろう、状況を知られまいと、早々に切ってしまっていた。武士を連想させる彼女らしい気遣いと、潔さだった。

 

『大丈夫』

 

返答は、極めてシンプルで、それでいて優しさと信頼と―――多くの想いが詰まったものだった。

 

『そんな簡単に沈むような艦娘じゃないって、栗駒先輩は。だから清風は、霜風を泊地に無事送り届けることだけを考えて』

 

ね?と問いかける声は、その口に満面の笑みを浮かべているのがわかるほどで。ああ、きっと彼女が一番辛いのだろうと、千尋には思えた。

 

『・・・っ!わかり、ましたわ・・・』

 

堪える様な間の後、絞り出された声で了解を伝える。理想の“男性”像として栗駒を慕う清風にとって、彼女を助けに行けないことがどんなに―――

 

肩の妖精さんが、またも顔に手を合わせた。こくこく、力強く二回頷く。

 

「もちろんです!」

 

彼の言わんとしたことを察して、千尋もこぶしを握り答える。妖精は口元を歪めた。

 

しばらくして、二隻の駆逐艦とすれ違った。艦上構造物を抉り取られた一隻を、損傷の少ないもう一隻が付き添うようにして進んでいく。その艦橋に、うっすらと人影が見えた。

 

人影がこちらを確認して敬礼する。それに素早く答えて、彼女たちの来た方角を見やった。

 

天を真っ赤に染めようかという火柱と、時折上がる砲炎がありありと見て取れた。

 

 

二時間前―――

 

「だあーっ!ね、む、いいいいいいっ!!」

 

執務室に、白の第二種軍装を身につけた少女の声が響いた。鮮やかな色使いの執務机に突っ伏す姿は、差し詰めアシカかアザラシといったところか。どこか愛嬌のある様子だった。

 

磯崎舞特務大尉。ひょんなことからこのタウイタウイ泊地を預かることになった彼女は、弱冠十六歳という若さである。本来提督になることが認められる年齢ではないのだが、理由が理由だけに特例として認められていた。ただし、その存在については公にされていない。

 

「もう、それはわかりましたから。少し落ち着いてください、提督」

 

奥の給湯室から、用意したお茶を出しつつ彼女を慰めるのは、この泊地で秘書艦を務める紀伊だ。戦国の姫君を思わせる端正な表情が、困ったように笑って舞の前に湯飲みを差し出した。

 

「そうはいってもさあ・・・。私みたいなうら若き乙女に、遅寝は天敵なんだもん」

 

「自分で言ってしまうんですね・・・。お気持ちはよくわかりますけど」

 

「でしょー?」

 

湯飲みに口をつけつつ、舞は答える。

 

「・・・まあ、輸送船団の到着まで二時間ありますし、それまでお休みなさいますか?」

 

「いいの?」

 

「一時間だけです」

 

紀伊の言葉に、舞は飛び上がる。その様子を、まったくしょうがないといった表情で、紀伊は見ていた。

 

さっそく、執務室隣の私室に向かおうとした舞は、ノブに手を掛けたところでふと動きを止め、紀伊の方を振り向いた。

 

「紀伊が起こしてくれるんでしょ?」

 

「はい、そうですけど・・・?」

 

「うん、そっか」

 

それだけ聞いた舞は踵を返し、応接のために置かれていた大き目のソファーに腰掛ける。そしていたずらっぽい笑みで、隣のスペースをポンポンと叩いた。

 

「ねえ、紀伊~。ちょっと、こっち」

 

「はい?なんですか、提督?」

 

執務机に散乱している書類をまとめようとしていた紀伊は、怪訝な表情をしながらも舞に従い、ソファーへと座り込んだ。途端、軍帽を脱いだ舞がその太腿に飛び込んだ。

 

「ひゃっ!?て、ててて、提督!?な、なにを!?」

 

「んー?膝枕?」

 

慌てた声を上げる紀伊をよそに、舞は極上の枕に頭を乗せると、半分目を閉じた状態で紀伊を見上げる。

 

「・・・ダメ?」

 

潤んだ上目遣いに、不覚にも心を奪われてしまう紀伊であった。諦めの溜め息をついて、巫女服からのぞく右手を舞の頭に伸ばす。

 

「仕方がないですね・・・。特別ですよ?」

 

「うん、ありがと」

 

まるで猫か何かのように、すでに眠たげな舞は紀伊の手にされるがままとなっている。慈しみの籠もったその動きが、舞をすぐに眠りへと導いた。

 

「えへへ、気持ちいい~・・・」

 

「・・・どさくさに紛れて、ふとももさすらないでくれますか?」

 

「だって、あまりにも気持ちいいから、つい・・・」

 

などとのたまいつつ、紀伊の太腿を撫でるのはやめない。しかしその手も、やがて力が抜けて動かなくなった。小さな寝息が、真夜中の執務室に響く。

 

年相応に幼さを残す寝顔を見つめ、紀伊は舞の肩口で揃った艶やかな髪をそっと撫でる。手が上下するたびに、気持ち良さそうに微かな声を上げるのがたまらなく可愛らしかった。

 

「いつもお疲れ様です」

 

小声で囁きかけると、夢でも見ているのだろうか、舞の表情がふっと柔らかくなった。自然と頬が緩み、その髪を優しく撫で続ける。紀伊の代わりに、飲み終わって空になった湯飲みを片付ける妖精さんも、どこか微笑ましげな表情だ。

 

しばらく、非日常的で、それでいていつも通りの時間が、執務室を満たしていた。

 

 

 

静寂を破ったのは、慌しく執務室の扉をノックする音だった。切迫した空気を悟った紀伊は、わずかに声を堅くして入室を許可する。すぐさま、木製の扉が開かれた。

 

息せき切って入ってきたのは、タウイタウイで通信部門を担当する、若い女性兵だった。茶髪交じりの短髪が、汗で額にへばりついている。よほど急いできたのだろうことが窺えた。

 

「なにかありましたか?」

 

彼女が呼吸を整えた頃合を見計らって、紀伊は端的に尋ねる。女性兵は辛うじて解読可能な走り書きのメモを差し出し、口火を切った。

 

「遠征中の“清風”より入電しました」

 

「“清風”から・・・?」

 

メモを受け取り、彼女の口にした駆逐艦の名前に眉をひそめる。手元の紙片を滑るように眺めて、内容を確認した。

 

戦慄する。

 

紀伊が顔を上げたのを確認した彼女は、律儀に入電内容を報告した。

 

「『我、襲撃ヲ受ク』とのことです」

 

紀伊は咄嗟に、たった今自らの膝で寝ている提督を起こそうと、目線を下げる。が、先程まで安らかな寝顔を浮かべていた彼女は、いつの間にかパッチリと目を開け、まっすぐに通信兵を見つめていた。

 

「うん、わかった。ありがとう」

 

柔らかく落ち着き払った声で彼女に例を述べると、おもむろに体を上げ、大きな伸びをする。

 

「膝枕は一旦お預けかあ」

 

どこまで本気なのか、心底残念そうに呟いて、帽子を取り、さっと整えて被る。立ち上がり振り向いた顔は、きりりと引き締まる軍人のそれだ。

 

「作戦室にいこっか」

 

「は、はい」

 

舞の宣言を受けて、紀伊はすぐに必要な書類を選別し、執務机から引っこ抜く。紙束としてまとめながら、舞が開けてくれている扉から廊下に出、角を曲がってすぐの作戦室に入る。

 

タウイタウイ泊地周辺の海図を中心に、艦隊の状況を示す各種機器が集まったこの部屋は、実のところあまり使い道がない。作戦中は舞が前線で指揮を執るので、必然的に部屋の主がいなくなってしまうのだ。紀伊が入っていてもいいのだが、彼女は彼女で、不測の事態に備えて自らの艦、超弩級戦艦“紀伊”に待機していることが多かった。

 

とはいえ、緊急警戒警報の発令や船渠の修復状況等を把握するのに、この部屋は欠かせない。

 

舞は今日の船団護衛航路を海図に書き入れる。その間に紀伊が通信機器を立ち上げ、泊地に緊急警戒警報を発令した。寝静まっていた庁舎が、にわかに慌しくなる。

 

「すぐに動ける艦は?」

 

「千尋さん―――“三瀬”のみです」

 

手早く髪をまとめた舞の表情が険しくなる。

 

「・・・とりあえず、ドックに繋いでくれる?」

 

「はい」

 

ヘッドホンを耳に押し付けた紀伊は、スイッチをいくつか入れて、船渠への通信を可能にする。第一から第四まである船渠は、今三つが使われているはずだ。

 

「雲仙、聞こえる?」

 

マイクを取った舞は、開口一番、当直中の超巡洋艦を呼び出す。

 

『はーい、聞こえるよ提督』

 

緊急時に備えて、港湾部員と共にドックで当直をする雲仙は、当然のように答えた。

 

「ドックの状況は?」

 

『私は後二十分ぐらいで出られるよ。でも、鞍馬は難しいかも。白鶴は朝までかかるって』

 

「了解。いつでも出れるように準備しといてくれる?」

 

『OK』

 

軽やかな返事の後、床を打って走り去る音が聞こえた。待機所から彼女の艦、“雲仙”に向かってしまったのだろう。舞は残されていた港湾部員に出港準備をお願いして、一旦通信を切った。

 

「一応、“雲仙”の方に通信回線を繋げておきますね」

 

「うん、よろしく。千尋を呼び出してくれるかな」

 

紀伊が器用にスイッチを切り替え、すぐに出渠予定の超巡と、現在唯一戦闘状態へ移行可能な軽巡へ、同時に回線を構築する。その内、軽巡側の回線が開かれた。舞はマイクのスイッチを入れる。

 

「千尋、起きてる?」

 

『はい、起きてます』

 

スピーカーを通して、落ち着いた声が返ってきた。

 

村雨千尋。軽巡洋艦“三瀬”を操る彼女は、常に“三瀬”艦内で寝泊りしていた。艦娘とは少し違うのだが、その辺の紆余曲折はこの際省くこととする。

 

「敵艦隊が、すぐ近海に確認されたの」

 

マイクの向こうで、千尋が頷くのがわかった。この泊地で、早期警戒を担当するのは彼女だ。“三瀬”―――千尋は、“ある方法”で深海棲艦の存在を探知することができた。しかし最近は、その方法で発見しにくい深海棲艦の出現が度々あった。

 

その対策を検討中に、今回の襲撃だ。彼女に、責任を感じるなと言う方が無理というものだ。

 

「今すぐ出て欲しいんだけど」

 

単刀直入、舞はきっぱりと要件を告げる。

 

普通、船というのは出航までに時間を要するものだ。しかしどういう技術なのか、艦娘たちの操る艦艇―――BOB(青い海の戦艦)はそういった行程をすっ飛ばして、自由に機関の起動、停止ができた。

 

それは、“三瀬”にも同じことが言える。『了解』と短く答えた彼女から、五分と経たずに出航を告げる報告があった。

 

その間に舞は、その他の支援艦を編成する。

 

「早風と荒風は、夜間警備から帰ってきたばかりだし・・・」

 

「では?」

 

舞は確認するように大きく頷くと、四人の艦娘の名を挙げた。

 

「雲仙に、奥入瀬と龍風、綾風で行こう。早速呼び出して―――」

 

顔を上げた舞は、期待の眼差しで自らを見つめる秘書艦に気づいた。キラキラという擬音が聞こえてきそうな表情で、可愛らしく手を合わせている。

 

舞は引きつり気味の、苦笑とも取れる笑みで頬を掻く。

 

「えーっと、紀伊?」

 

「はいっ!」

 

わー、いいお返事。

 

彼女には、辛い現実を突きつけなければならない。

 

「そのー、ほら、今回はさ?急いで行かないといけないしさ?二七ノットしか出ない紀伊は・・・」

 

お留守番です、ごめんなさい。

 

紀伊の落胆ぶりはすごかった。お預けを喰らった子犬、という表現が適切だろうか。この世の終わりでも見てきたような表情で、肩をがっくりと落とす。

 

「こ、今度!今度、戦闘に連れてってあげるから。ね?」

 

申し訳ないような、可愛そうなような、誤魔化しの意味も込めて、舞は紀伊に呼びかける。彼女は恨めしげな視線で、舞を見つめてきた。

 

「・・・そう言われ続けて、かれこれ一ヶ月出撃なしなんですけど・・・?」

 

「あ、あははは」

 

乾いた笑みで、やり過ごすしかない。そんな舞の様子に、紀伊は諦めとも取れる大きな溜め息を吐いた。

 

「・・・絶対に連れて行ってくださいね?」

 

「う、うん。わかった」

 

口だけだが、約束を交わす。紀伊は、ひとまず納得してくれたようだった。

 

それまで被っていた軍帽から、お気に入りのキャップ帽へ、舞は帽子を取り替える。これが彼女なりの、戦闘準備だった。引き締まった表情は、それでもどこかほんわかと柔らかく、緊張の色は見えない。紀伊はそれを確認して、作戦室のドアを開けた。

 

「奥入瀬たちに連絡よろしく」

 

「承りました。いつも通り、“紀伊”で待機していればよろしいですね?」

 

「うん。何かあったら連絡するから、戦闘準備だけしておいて」

 

「了解です」

 

その言葉と共に、紀伊は自らの巫女服をキャストオフ―――つまり脱ぎ捨てた。その下からは、セーラー服をアレンジした、体のラインのはっきり見える戦闘服が現れる。白い長袖の上着に、赤いスカート。手に持った扇子には、桜の意匠が施されていた。

 

「こちらはおまかせください」

 

「ん、よろしく」

 

舞はドックへ走り出す。その背を見送った紀伊は、警戒警報を受けて待機中の三人の艦娘に指示を出すため、作戦室へと戻った。

 

千尋から、戦闘突入を告げる通信が入ったのは、それからしばらくしてのことだった。

 

 

弾着の衝撃が、艦橋を左右に揺さぶる。艤装に接続された体で足を踏ん張り、転倒するのを辛うじて堪えた。歯を食いしばる。栗駒は憎々しげに、左舷方向を睨んだ。

 

彼女の艦、重巡洋艦“栗駒”に砲撃を続ける敵艦は、距離一万二千という重巡洋艦同士の夜戦としては些か距離のある位置を航行していた。が、その砲撃は正確無比の一言に尽きた。よほど性能のいい電探を積んでいるのか、散布界の広さに助かっているものの、毎斉射ごとに命中弾が生じて、確実に“栗駒”から戦闘能力を削いでいく。

 

栗駒はなんとか、喰らいついていた。敵艦に遅れること二射、命中弾を得た“栗駒”もまた斉射に移行し、以後はお互いに斉射の応酬となっている。“栗駒”が八発の二○・三サンチ砲弾を放てば、敵艦から九発の八インチ砲弾が飛んでくる。水柱と爆発光、それらが複雑に入り乱れ、戦場を満たしていた。

 

追いつめられているのは栗駒の方だった。対二○・三サンチとして十分な防御力を持っているとは言えない“栗駒”には、敵弾が当たる度に被害が蓄積する。一方の敵艦は、“栗駒”の砲弾を被弾してもびくともしない。彼女の放った砲撃は、効果的な打撃を与えることなく、装甲に弾かれているらしかった。

 

斉射の間隔も、敵艦の方が早い。“栗駒”二十秒に対して、敵艦は十数秒に一回、その砲口に火炎を迸らせる。

 

だが、栗駒は一歩も引かない。引くつもりなど微塵もなかった。

 

輸送船団をかばって被弾した駆逐艦たち。彼女たちを守るのが、栗駒の役割だ。一分、一秒。彼女がここに立ち続ければ、それだけ彼女たちは逃げられる。

 

それに、そこまで悲観しているわけでもなかった。

 

―――もう少しだ。もう少しもってくれ、“栗駒”・・・!

 

彼女の想いに応えるように、“栗駒”がそそり立つ八門の砲身から砲弾を吐き出す。

 

ほぼ同時に敵弾が落下し、命中弾が打撃音を響かせる。

 

「・・・なにが」

 

両足に力を込める。

 

「・・・なにが、重巡か」

 

前甲板の破孔を睨む。

 

「・・・ここで踏ん張らずして、なにが重巡かっ!!」

 

こんなものじゃない。自らを奮い立たせる。

 

被弾の衝撃に耐えた“栗駒”は、再び咆哮を上げた。




いかがだったでしょうか

本編については、三つの鎮守府(泊地)を中心に描いていくつもりです

都合により、今回採用していた設定を変更するかもしれません

感想お待ちしています


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波濤のテティス・後編(タウイタウイ編序章)

前編の続きです


“三瀬”の艦橋から、燃え盛る“栗駒”が見える。その合間から上がる砲炎も。

 

今、“三瀬”は“栗駒”と敵艦の間に割り込むため、主機を一杯にして突き進んでいる。彼我の距離は二万を切った。反航戦のため、お互いの距離が見る見るうちに縮まっていった。

 

千尋は両手を胸の前で合わせ、感覚を研ぎ澄ます。“三瀬”と一体となった五感、そして彼女の第六感が“栗駒”と敵艦の姿を捉えた。

 

暗闇では、よく見えない。視覚が当てにならない以上、『霊感』だけが頼りだ。

 

―――こっちに注意を向けさせることができれば・・・!

 

測距儀が旋回し、敵艦へと正面を向ける。同じように、前甲板二基、後甲板三基の一五・五サンチ三連装砲塔がその砲口を右斜め前方へ向けた。

 

―――落ち着いて。やれば、できる。

 

自分に言い聞かせ、諸元を算出し始める。測距儀を通して『霊感』が捉えた敵艦までの距離、方位、敵速を弾き出し、そこから方位角と俯仰角を導く。それが諸元となって、各砲塔へ伝えられる。

 

と、その時。それまで夜空を覆っていた雲が、ゆっくりと風に流され、薄くなっていく。南洋の星が、その瞬きを表し、静かに海面に反射した。やがて、太陽から役目を引き継いだ、闇に燦然と輝く地球の衛星が、ベールをほどく。

 

今宵は満月。一片たりとも欠けぬ月光は状況に似合わない優しさを振り撒き、三隻の巡洋艦を等しく照らす。眩しさに目を細め、艦体一杯で光線を浴びる。

 

変わったのは、景色だけではなかった。

 

艦橋が光に包まれる。千尋は咄嗟に、自分の肩を―――さっきまで妖精のいた辺りを見る。第二種軍装の妖精は淡い光に包まれ、その形を失おうとしていた。光の塊となった彼が、千尋の肩から飛び降りる。

 

妖精を包んだ光は、やがて粒状になり、その数を増やしていく。大きくなった光のモニュメントは密度を急激に増していき、再び形をとっていく。

 

千尋よりも頭ひとつほど大きな背丈。服装は変わらず、白の第二種軍装のままだ。広い肩に、少佐を示す徽章が煌めく。

 

光が引いていく。相変わらず艦橋を照らし続ける月光に、彼の姿が浮かび上がった。

 

「艦長・・・!」

 

彫りが深く、日本人と言うより欧米人を思わせる顔立ちの彼―――軽巡洋艦“三瀬”艦長の浅羽少佐は、千尋の呼びかけに柔らかく微笑んだ。

 

「ひと月ぶりだ、三瀬」

 

千尋はこくりと、嬉しそうに頷く。浅羽もまた、にやりと不敵に、口角を釣り上げた。

 

「俺たちのことも忘れちゃ困るぜ、三瀬ちゃん!」

 

さらに、艦橋に声が響く。野太く、やる気に満ちた声に振り返ると、

 

「みなさん・・・!」

 

作業服に身を包んだ水兵たちが、無精ひげに笑顔を浮かべていた。

 

「詳しいことは後にしよう。三瀬?」

 

「はい。操艦、お渡しします」

 

「よっしゃ来た!任しとけってんだい!」

 

艦内は、にわかに騒がしくなった。主砲塔で、機関室で、魚雷発射管で、いくつもの声が上がり、気合いと共に千尋から操作を引き継ぐ。これが、本来“三瀬”のあるべき姿だった。

 

「三瀬、君はいつも通り、『霊感』にだけ集中していてくれ」

 

「はい!」

 

百人力とは、まさにこのことだ。三瀬はこれ以上ない頼もしさをひしひしと感じ、自らの務めを果たそうと、精神を研ぎ澄ます。巫女服の浮かび上がるような感覚。そして頭の中には、周囲の空間を三次元的に再現したイメージが映る。

 

「合戦用意!」

 

浅羽の号令が響く。

 

「・・・敵艦位置、速度出ました。諸元、送ります」

 

千尋の『霊感』が、敵重巡の姿をくっきりと示す。各砲塔に送られた諸元に基づいて、旋回角と仰角がかけられた。

 

「“栗駒”と敵艦の間に割り込め!」

 

「よーそろー!」

 

荒々しい受け答えも、千尋には気にならない。むしろ心地よくさえあった。彼らは、タウイタウイに来た時からの戦友だから。

 

「!敵艦、目標を本艦に変更しました!」

 

「想定通りだ。砲術!」

 

浅羽は艦橋トップの射撃指揮所に陣取る砲術長以下、砲術科員を呼び出した。伝声管から、快活な答えが返ってくる。

 

「いつでもどうぞ!」

 

「よし!やるぞ!交互撃ち方、はじめっ!!」

 

次の瞬間、各砲塔の一番砲が咆哮し、五発の一五・五サンチ砲弾が闇夜へと躍り出た。六○口径という長砲身砲から放たれた砲弾は一万五千を切った距離を超音速で飛翔し、その水柱を、敵重巡洋艦の周囲へ生じさせた。

 

「初弾夾叉です!」

 

「流石だ砲術長!次より斉射!」

 

およそ十秒。再装填が終わった主砲が、一斉に炎を吐き出した。計十五門の砲口から大太鼓を思わせる音が響き、びりびりと艦橋の窓を震わせる。千尋は全身で、“三瀬”の咆哮を聞いていた。

 

敵重巡もまた、発砲する。こちらは目標を変更したばかりで、各砲塔一門ずつの交互撃ち方だ。八インチと、“三瀬”よりも一回り大きな砲弾が、放物線を描いて落下してくる。

 

弾着は“三瀬”の方が早かった。十五発の一五・五サンチ砲弾が流星のように降り注ぎ、数多の水柱を噴き上げる。その間に、命中弾の光がきらめいた。

 

『命中、二!』

 

見張りから、伝声管を通して報告が上がる。

 

一拍遅れて届いた敵弾も、同じように水柱を上げた。初弾夾叉という恐るべき精度を持った敵のレーダーに、身震いする。これで、条件は五分だ。

 

「怯むな!斉射間隔はこちらの方が短い、手数で押してけ!」

 

すぐさま、第二斉射が咆哮を上げた。先の第一斉射と同じように十五門の主砲から褐色の炎が沸き起こり、腹の奥底に響く大音声を轟かせる。

 

弾着を見届けると、ほぼ同時に第三斉射が放たれた。

 

『敵艦斉射!』

 

敵重巡も斉射に移行する。“三瀬”のものよりも一回り大きな砲弾が、放物線を描いて頭上に迫った。甲高い風切り音が聞こえる。

 

弾着の瞬間、艦体を揺さぶる衝撃と打撃音が、艦橋よりも後ろから届いた。辛うじて踏ん張り、三瀬は被害を確認する。

 

「煙突基部に被弾。一番高角砲大破!」

 

メインマストのすぐ後ろにある長一○サンチ高角砲は、すでにその原型を留めていなかった。被弾箇所から黒煙が立ち上っている。

 

「艦体に被害は?」

 

「特に認められません」

 

「了解!」

 

“三瀬”の砲撃は続く。一度に十五発の砲弾がスコールのごとく敵艦を包み、確実に被害を与える。が、“栗駒”の砲撃にもびくともしなかった敵艦は、多数の命中弾を受けているにも関わらず、何事もなかったように再び斉射を放った。

 

―――まずいかも。

 

千尋の額を汗が伝う。

 

“三瀬”は、軽巡としては破格の大きさと、それに見合う防御能力を備えている。排水量で言えば、重巡とさして変わらない。とはいえ、軽巡の装甲などたかが知れており、連続した八インチ砲弾の直撃に耐えられる道理はなかった。長期戦になれば、不利なのは“三瀬”の方だ。

 

だからこそ、手数の多さを生かして短時間の間に多数の命中弾を与え、敵重巡から戦闘能力を奪うつもりだった。

 

五度目の斉射。それからすぐに、敵艦の艦上にも砲撃の火焔が踊る。発砲炎の中にがっしりとした箱形の艦橋がそびえ、こちらを威圧していた。肉眼でも確認できるほどに、彼我の距離は近づいていた。

 

二度の破壊音が、連続して響き、艦を震わせる。それに負けじと、一五・五サンチ砲が轟く。

 

『“栗駒”退避始めました!』

 

見張り員が、傷付いた重巡洋艦の転針を知らせた。横目で確認した艦影は、原型がわからないほどに燃え盛り、赤々と艦橋の窓を染めた。速力も低く、一二ノット程度しか出ていない。

 

幸い、魚雷の誘爆を心配する必要はない。砲雷分離思想によって魚雷発射管を全廃している“栗駒”には、そもそも魚雷が存在しないからだ。

 

『こち・・・“栗駒”。支援・・・しゃす・・・無事を祈・・・』

 

雑音の激しい通信は、“栗駒”から“三瀬”宛に届いたものだった。砲戦の狂騒の中、艦橋に満ちた気丈な声に、誰もが息を呑む。拳をきつく握り締め、決意を新たにする。

 

「“三瀬”より、“雲仙”。“栗駒”の退避を確認しました」

 

すかさず、千尋は“雲仙”で指揮を執る舞に通信を入れる。返事はすぐに来た。

 

『了解。こっちも出たから、後は任せて』

 

支援艦隊が出たことに、艦橋が安堵の空気に包まれた。これで後は、“栗駒”が十分な距離を稼ぐまで、ここを持ち堪えればいい。

 

と、浅羽がおもむろにマイクを取った。

 

「わかった。本艦は“栗駒”の撤退を支援するため、敵重巡を撃破する」

 

『おおー、師匠!!』

 

スピーカーから、舞の興奮した声が聞こえた。

 

『起きてたんですね!』

 

「うむ。月が陰ってた時はどうしようかと思ったがな」

 

『そういうことなら、そちらはお任せします。後、十分ぐらいで着きますから』

 

「了解」

 

通信の終了と同時に、七度目の斉射が放たれる。

 

彼我の距離はすでに八千まで接近し、反航戦となっている敵艦が今まさに横を突っ切ろうとしていた。

 

『敵艦、本艦右舷を通過します!』

 

「今だ!面舵一杯、同航戦に移行!」

 

「よーそろー!」

 

浅羽の号令一下、それまで艦の前方を見つめるだけだった操舵手が、舵輪を大きく右に回した。

 

一万トン弱の艦体は、すぐには舵が効かない。惰性で前進を続ける間に、もう一度斉射を放つ。その直後に、“三瀬”が艦首を右に振り始めた。

 

相対位置の変化に戸惑っているのか、しばらく敵艦の砲撃が止んだ。先程までの狂騒が嘘のように、両者の間には奇妙な沈黙が流れる。

 

「主砲を左舷九○度へ!!」

 

とはいえ、それは一時のこと。“三瀬”が回頭を終え、同航戦になれば、再び中口径砲弾の応酬が始まる。しかも、面舵を切ったことで彼我の距離は六千近くになるはずだ。超近距離でのジョブの打ち合いという、お互いに精度の高い観測機器を搭載した状態では考えられないような戦い方だ。

 

『回頭完了!』

 

「砲撃を再開!」

 

『敵艦再び発砲!』

 

三つの報告と命令はほぼ同時だった。ほとんど水平になった主砲には、すでに照準の必要などない。最初からの全力斉射。弾着などお構いなしに、装填機構の性能が許す限りに、連続斉射を放つ。鋼鉄の暴風雨となった一五・五サンチと八インチ砲弾が入り乱れ、被害が連続する。

 

「高角砲も射撃を始めろ!ばら撒けるだけばら撒け!!」

 

ついには、対空射撃用の高角砲までもが、敵艦へ向けて射弾を放った。

 

四度の斉射をした辺りから、敵重巡の艦上に被弾による火災炎と、どす黒い煙が立ち上ぼり始めた。超至近距離から撃ち出された“三瀬”の砲弾が、多数の命中弾によって確実な被害を与え始めたのだ。

 

ただ、“三瀬”も無傷で済むはずがなかった。命中した八インチ砲弾が艦上構造物を焼き、三番砲塔を爆砕する。旋回盤がねじ曲がったのか、一番発射管が動作不能に陥っていた。

 

「っ・・・!!」

 

被弾の度、千尋の体に刺すような痛みが走る。焼けるような感覚は、船魂となった彼女が“三瀬”の被害を直に感じているからだ。巫女服は裂け、ところどころ白い肌が見えている。

 

―――後、少し・・・!!

 

千尋は目一杯歯を食い縛った。ここを踏ん張らなければ、栗駒は救えない。“三瀬”の役目は、彼女を無事に仲間へ引き渡すことだ。

 

「総員踏ん張れ!ここが正念場だぞ!」

 

浅羽もまた、乗組員たちを鼓舞する。応、という返事があちこちで上がった。大丈夫だ、この艦はまだ戦える。

 

六度目の斉射弾が命中した後、ついに敵重巡の砲火が沈黙した。それまで活火山のように砲弾を吐き出していた主砲に、再び火焔が踊ることはない。あちらこちらから上がる黒煙が、艦の姿を覆い尽くしていた。

 

『敵重巡沈黙!大火災!』

 

「撃ち方やめ。各部被害報告と応急修理急げ」

 

あちこちから被害報告が上がってきた。何とか敵重巡に競り勝った“三瀬”だったが、自身の被害もばかにならない。三、四番砲塔が爆砕され、一番砲塔は左舷を向いたまま旋回不能になった。カタパルトを含めた航空艤装はきれいさっぱり吹き飛び、崩れた航空作業甲板が魚雷発射管にのしかかって使用不能にしている。左舷側の高角砲が全て破壊され、黒煙を噴き上げる鉄屑となり果てた。

 

幸いにして、浸水は軽微だったため、隔壁の補強作業は最低限で済んでいる。

 

「・・・三瀬、敵戦艦の動向はわかるか?」

 

一難去ってまた一難とはこのことだ。応急作業の続く艦内の狂騒をよそに、浅羽は千尋に問いかけた。

 

「・・・距離三万。左舷方向です。こちらへ向かってきます」

 

千尋の『霊感』はそう告げていた。

 

「数は?」

 

「戦艦一、巡洋艦一、駆逐艦三です」

 

「・・・こちらに引き付けるしかない、か」

 

ちらと、浅羽は右舷側の窓を見やった。闇夜に松明のように見えているのは、燃え盛る“栗駒”だ。このままでは、敵艦のいい的になってしまう。

 

それだけは、何としても避けなければならない。

 

「敵艦隊の前に展開してひたすら回避、っていうのが一番確実だが・・・」

 

浅羽は考え込むようにあごに手を当てた。

 

「・・・三瀬、また君の力を借りることになりそうだ」

 

やがて顔を上げた浅羽が、険しい顔で千尋を見つめた。

 

「・・・はい」

 

千尋は力強く頷く。

 

「任せてください。必ず、皆さんで一緒に帰りましょう」

 

「・・・ありがとう」

 

浅羽は黙礼すると、艦内放送のマイクを取った。

 

「艦長の浅羽だ。総員その場で聞いてくれ。“栗駒”は現在まだ退避中だ。これを狙って、敵戦艦部隊が接近している。本艦は増援部隊が到着するまでこれを引き付け、可能な限り回避し続ける。いいか、この作戦はタイミングが命だ。総員が“三瀬”と息を合わせて、自らの仕事を全うしてくれ。以上」

 

マイクを置き、操舵手と、それから千尋に目配せをした。二人は顔を見合わせ、了承の首肯をする。

 

千尋は両手を合わせると、自らの『霊感』を最大限まで高める。巫女服が浮き上がるような感覚だけではない、まるで風が流れているように髪がなびき、体そのものが宙に浮くようだ。

 

高められた『霊感』が、それまでの全方位索敵から特定範囲への高密度高感度なものに切り替えられる。敵艦の距離だけではない、各部の細かいディティールからレーダーの方向、砲塔の旋回や俯仰までわかる。

 

「・・・距離二三○(二万三千メートル)。敵戦艦、本艦を捕捉しました」

 

「来るぞ!総員衝撃防御!」

 

次の瞬間、

 

『水平線に砲炎!敵戦艦です!』

 

「敵弾捕捉しました!ちょい右、お願いします」

 

「ちょい右、ヨーソロー」

 

敵弾が飛翔する。主砲口径は一四インチ級。それが四発飛んでくるのを、千尋はしっかりと捉えた。

 

二十数秒後、敵弾が落下して、盛大に水柱を噴き上げた。ぎりぎりで効いた舵が、これを回避する。夾叉も命中もない。

 

『左舷に弾着、近い!』

 

「・・・やはり、恐ろしい精度のレーダーだな」

 

浅羽が唸る。千尋の『霊感』があるとはいえ、これは厄介だ。どこまで持つか、まったくわからない。

 

「っ!次弾来ます、針路そのまま!」

 

「針路そのまま、ヨーソロー」

 

先の射撃から約三十秒、第二射が飛来する。今度も四発。砲撃戦のセオリー通り、交互射撃による弾着修正を行っているようだ。

 

再び水柱が上がる。今度も左舷にまとまって落下し、“三瀬”に衝撃と水の飛沫を浴びせた。

 

―――ちょっと厳しいかも。

 

背中を冷たい汗が伝った。一瞬でも気を抜けば、“三瀬”など一撃で海の藻屑に変えてしまう砲撃が命中することになる。今、この艦の運命は千尋に委ねられているのだ。

 

「第三射来ます!面舵一杯、反転してください!」

 

「面舵一杯、ヨーソロー」

 

“三瀬”が再び急回頭をする。弾着ギリギリで艦首を右に振った“三瀬”は、そのまま大きな弧を描いていく。彼我の相対位置を変更することで、回避を試みたのだ。

 

こちらが大きく位置を変えたことで、敵戦艦の射撃も一旦止む。諸元計算をやり直しているのだろう、不気味な沈黙が流れている。

 

「敵艦右舷、距離二○○!」

 

“三瀬”の回頭が終わると、待ち受けていたように敵戦艦が発砲した。精神のすり減るような心地をしながら、千尋はその弾丸をとらえる。数は四つだ。

 

「舵そのまま!」

 

「舵そのまま、ヨーソロー」

 

再び、艦の左側にまとまって弾着する。相変わらず近い。射撃精度は確実に上がっていた。

 

間髪を入れず、五度目の砲撃が放たれた。再び四発の砲弾を捉えた千尋は、息を呑む。

 

―――お願い、間に合って!

 

「面舵!」

 

その願いを込めて、操舵長に指示を出す。敵弾の飛翔音が近づく中、“三瀬”がゆっくりと艦首を右に振り出す。

 

「近いぞ、総員衝撃に備えろ!」

 

浅羽の指示から数秒、敵弾の水柱が左右両舷に立ち上った。ここへきて、ついに“三瀬”は、敵艦の夾叉を受けたのだ。

 

「敵艦、斉射に移行します!」

 

焦りをにじませて、千尋が叫ぶ。万事休すかに思われた。

 

次の瞬間、敵戦艦を巨大な水柱が包み込んだ。それだけでなく、艦上で炸裂する命中弾の火柱まで見えた。メインマストほどもある丈高い水柱が崩れたとき、敵艦の艦首と艦尾から、二本の煙が立ち上っていた。その根本に、赤々とした炎も見える。

 

千尋は、瞬時に状況を理解して、『霊感』の効果範囲を全周囲に切り替えた。“三瀬”の後方から高速で接近する、四つの艦影をはっきりと捉えた。

 

「味方艦隊です!」

 

「離脱する、取舵!」

 

浅羽の判断は早かった。直後、第二射が飛来して、敵艦を水柱が包み込む。先の弾着から十秒ほどしか経っていない。異様な早さだ。

 

『お待たせ!』

 

スピーカーから聞こえたのは、増援部隊を指揮する舞の声だ。マイクの向こうで、艦娘の雲仙が戦闘指揮を執っているのもわかる。

 

『千尋は奥入瀬と一緒に栗駒先輩をお願い。敵艦はこっちで引き受ける』

 

「了解しました」

 

転針した“三瀬”は、増援部隊とすれ違い、同じように隊列を離れた軽巡洋艦“奥入瀬”に続く。這う這うの体で待避する“栗駒”を護衛するためだ。

 

『ドック空いてるから、帰ったらすぐにぶちこんで。千尋も入っちゃっていいから』

 

「わかりました」

 

『了解です』

 

千尋と奥入瀬の返事が重なる。それに満足したのか、舞はそれ以上何も言わず、増援部隊を指揮し始めた。いくつもの指示と返事が届く。

 

「・・・また、通信回線を切り忘れてるよ」

 

脱力したように帽子を取った浅羽が、仕方のないやつと呟いて苦笑した。

 

『龍風、綾風、突撃!雲仙はそのまま撃ち続けて!!』

 

急速に戦場から遠ざかりつつある“三瀬”の後方で、連続した砲声が響く。“雲仙”に装備された長三六サンチ砲がその圧倒的な速射性能を遺憾なく発揮し、敵艦隊に雨霰と砲弾を浴びせかける。十秒ごとの斉射が大気を震わせた。

 

突撃した二隻の島風型駆逐艦は、D型砲塔の射撃で敵駆逐艦を蹴散らし、肉薄雷撃を慣行しようとしている。

 

―――大丈夫。提督が、みんなが護ってくれる。

 

味方の奮戦を見届け、千尋は前を睨んだ。今、彼女が為すべきは、傷付いた仲間を護ることだ。

 

「大丈夫、護れるさ。俺たちならな」

 

千尋の肩に手を置き、浅羽が優しく微笑んだ。千尋は大袈裟に頷くと、

 

「私が、護ります」

 

力強く宣言した。

 

二隻の軽巡が“栗駒”と合流した頃、真昼のような光が辺りを包み、千尋は目を細めた。かなり遅れて、おどろおどろしい轟音も届く。

 

敵戦艦が轟沈した瞬間だった。

 

 

「栗駒さん!!」

 

奥入瀬に支えられてドックから出てきた栗駒を見つけ、千尋は駆け寄った。紺の詰襟を緩め、ボロボロになった制服を羽織った栗駒は、煤っぽい端正な顔でこちらを振り向いた。

 

「千尋か。助かった。貴様の助けがなければ、沈んでいるところだった」

 

疲労の濃い表情に、笑みを浮かべる。胸が締め付けられるようだった。

 

“栗駒”の損傷は、ひどいを通り越して、港湾部員が絶句するほどだった。四基の二○・三サンチ連装砲はすべてが爆砕され、後部の艦上構造物はもはや原型をとどめていない。煙突が半分にちぎれ、マストがねじれて倒れかかっていた。

 

それだけではない。栗駒はあの場に留まるために、艦体を構成するブルーアイアンを強制的に活性化させ、大破した箇所を無理矢理修復するという荒業をやっていた。

 

それだけの無茶をやっているのだ。完全復旧には一週間がかかると見積もられていた。

 

「・・・無事で、よかった・・・」

 

言葉が続かない。千尋は息を吸い込み、覚悟を決めて話した。

 

「すみません・・・私の不注意で・・・。私がしっかり見張っていれば、敵艦隊の接近を未然に防げたはずです・・・」

 

泊地に停泊中だったとはいえ、近海に接近した敵艦隊を捕捉できなかったのは、千尋のミスだ。そのせいで、“栗駒”と“霜風”が大破、“三瀬”も中破の損害を受けたのだ。輸送船団が無事だったのも、結果論に過ぎない。

 

うつむいた千尋は、そのまま頭を下げようとした。

 

「千尋」

 

その時、力強い声に呼ばれた。うつむいた顔を、ゆっくりと上げる。

 

額に衝撃が走った。思わず、手のひらで抑える。栗駒がデコピンを見舞ったのだ。

 

「・・・痛いです」

 

「いい感触だった」

 

栗駒は不敵に笑うと、奥入瀬に頷いて、医務室へと歩いて行った。千尋はその後姿を、静かに見つめていた。

 

と、髪の毛が無造作に掻き撫でられた。見れば、いつのまにか浅羽が横に立っていた。一部始終を見ていたのだろうか。

 

「無事で何よりだ」

 

「・・・はい」

 

しばらく、二人ならんで風に当たっていた。ドック脇を吹き抜ける風は、赤道近くとはいえ肌寒く感じられた。

 

「さて、そろそろ戻らなくては。時間切れだ」

 

おもむろに口を開いた浅羽は、東の空を指差した。そこには、今まさに昇ろうとする太陽があり、空を白く変え始めていた。眩しい朝が、今日もやってこようとしている。

 

「またひと月後に、今度はゆっくり会おう」

 

「・・・はい。楽しみにしています」

 

その言葉を聞き届けるのを待っていたように、浅羽の体が小さな光の粒に覆われ、やがて薄くなっていく。ある瞬間から一気に縮小した光は、そのまま一点にまとまっていった。後には、第二種軍装の妖精だけが残っていた。妖精はてくてく歩いてくると、思いっきりジャンプして千尋の肩に乗った。

 

『千尋さん』

 

海の方から、スピーカー越しに千尋を呼ぶ声がした。振り向けば、泊地最大の巨躯を誇る超弩級戦艦の艦橋トップから、紀伊がこちらへ何事かを叫んでいる。

 

『敵艦隊の追撃に向かいます。泊地の方、よろしくお願いします』

 

そう言って、紀伊以下五隻の機動部隊が出撃していく。

 

「了解です」

 

彼女からも見えるように大げさに頷いて、五隻の艦艇を見送った。“紀伊”を先頭に、空母“紅鶴”、直衛防空艦“九頭龍”、駆逐艦“荒風”、“早風”が続いている。泊地を出たところで、輪形陣を形成するようだ。

 

―――今はやれることをしよう。

 

千尋は両の手を握りしめ、泊地の庁舎へと足を向けた。作戦室からなら、艦隊に必要な情報を届けられるはずだ。

 

 

 

泊地に接近していた敵艦隊を撃滅するのに、それほど時間はかからなかった。




新作が投稿できるのはいつになるか未定ですが、一月辺りにはある程度形になっているかと・・・

なにとぞ、よろしくお願いいたします


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エピソード・ゼロ「横須賀」(パラオ編序章)

予告編第二弾。

今回は、物語の中心となるパラオ泊地編の前日談となります。

本編の方も、これぐらいの長さで書けるといいのですが・・・


資料室から執務室までは、さほど遠くはありません。両手で抱えるほどの書類を持っていても特に問題はなく、私は足元にだけ気を付けて、廊下を歩いていました。

 

昼下がりの横須賀鎮守府には、わずかに西に傾いた太陽光が差しています。春のうららとはよく言ったもので、こんな日にはのんびりと日向ぼっこでもしたいですね。

 

ポカポカ陽気に頬を緩めて、私はほんの少し歩くペースを落としました。

 

 

 

私の名前は吹雪。“元”特一型駆逐艦一番艦“吹雪”の艦娘で、今は横須賀の秘書艦を務めています。

 

艦娘でなくなった今も、制服はあの頃と変わらずセーラー服のままです。ただ、“あれ”から重ねた三年という年月相応に成長した私には、少し気恥ずかしいのも事実です。もちろん、新調はしているので、サイズとかそういう意味ではないのですけど。

 

司令官に、いつまでも子ども扱いされてるみたいで、若干面白くないから・・・ということなんですよね、多分。

 

ともかく、それはいったん置いておきましょう。

 

執務室前に辿り着いた私は、器用に書類を片手に持ち替えて、扉をノックします。返事はすぐに来ました。

 

執務室は、基本的に横須賀の執務室長―――俗に提督長と呼ばれる将校が詰めています。鎮守府に所属する提督をまとめるこの役職には、私が司令官と呼んでいる秋山真好中将がついています。

 

彼は人類最初の“提督”として、三年前から深海棲艦と戦い続けていました。

 

その頃は私も、彼と共に戦っていましたね。今思うと遠い日のことのようです。最近は滅多に海に出なくなってしまいましたし。むしろ司令官の方が海に出てるぐらいです。つい先日の『パラオ沖海戦』の時もそうでした。

 

余計な話が長くなってしまいましたね。

 

開けたドアから、執務室の中に入ります。窓から差す光が逆光となって部屋の主を露わにしました。

 

「はい、司令官。机に置いときますよ」

 

「ああ、ありがとう。助かった」

 

「お安い御用です」

 

私は執務机の横に置かれた臨時の書類置きスペースに持ってきた書類を下ろして、山を三つに解体します。長い間秘書艦をやっていますし、この辺りは大分慣れたものです。

 

「これでよし、っと」

 

「こっちも丁度終わったところだ。お茶にするか」

 

「そうしましょう」

 

これも日課です。午後の執務が一段落―――大体三時ぐらいでしょうか、ティータイムで一息つくのが習慣になってしまいました。きっかけは、大規模作戦前で根を詰めすぎていた司令官を、私が強制的に休ませたことだったでしょうか。それからというものの、この時間には決まって二人でお茶を飲んでいました。

 

司令官は引き出しから猫の置物を取り出すと、その頭のサイズぴったりの軍帽をかぶせて執務机の上に置きました。「休憩中」と書かれたメモが、ふてぶてしい顔の猫に妙に似合っています。

 

「今日はどうします?」

 

「んー、吹雪に任せる」

 

「それが一番困るんですけど・・・。じゃあ、新茶が手に入りましたし、日本茶にしましょうか」

 

「お、じゃあ、俺は煎餅でも出すか」

 

「お願いしまーす」

 

隣の給湯室でお茶を淹れ始めた私の背後で、司令官が棚をごそごそやっています。器に盛られたそれらを、給湯室内に用意された机に乗せて、こちらを伺いました。

 

「お茶淹れてる間に、書類を確認してもいいか?」

 

「はい、どうぞ」

 

えへへ、今のやり取りって、なんだか夫婦みたいですよね。「ご飯できるまでテレビ見てていいかー?」といった感じで。憧れますね。

 

司令官は一旦執務室に戻ると、厚さ二センチぐらいの青いファイルを持ってきました。机に腰掛け、ファイルを開いて眺めています。さながら、机で新聞紙を広げて読んでいる、一昔前のお父さんみたいです。

 

淹れたお茶をお盆に乗せて、私も席につきます。それを見て、司令官がファイルを畳みました。

 

「「いただきます」」

 

二人で手を合わせて、お茶をすすります。同時に息をついて、お煎餅に手を出しました。

 

パリッ。ポリッ。

 

心地いい音が響きます。

 

「先ほどは、何を読んでいたんですか?見たことないファイルでしたけど」

 

「気になるか?」

 

それはもちろん。秘書艦ですし。知り得ることは全て知っておきたいです。

 

コクリと頷くと、司令官は特に躊躇することもなく先のファイルを開いて私に見せました。

 

「第五期生の資料が来たから、読んでたんだ」

 

「・・・なるほど、もうそんな時期ですか」

 

第五期生―――艦娘指揮官養成学校の第五回候補生募集とその課程を修了した新たな提督たち。彼ら彼女らは、これから新たな艦隊を率いていくことになります。ですがその前に、実地研修として本土の三鎮守府―――横須賀、呉、佐世保のいずれかで三ヶ月から半年、艦隊運用のイロハを学びます。

 

さらに今回、司令官には別の意図がありました。

 

「うちには、何名が?」

 

「提督志望は二人、司令部志望が一人だ」

 

司令官はそう言いながら、ファイルの二ページ目、つまり第二席の人物を指し示しました。

 

「それと、パラオは“彼”に」

 

履歴書形式のページには、“彼”の学歴や家庭事情、そして試験官からの講評が細かく書かれています。もちろん、最高機密です。

 

「なぜ、“彼”を?」

 

「・・・そこには書いてないんだがな」

 

そう前置いて、司令官は私の方へ体を傾げました。意図を察して、私も自分の耳を差し出します。殊更小さな声で、司令官は続きを口にしました。

 

「広瀬から連絡があった」

 

「広瀬さんから?」

 

自衛隊時代の司令官の同期生です。彼の名前が出てくるのは予想外でした。

 

「どうも、軍の機密に触れた形跡がある」

 

私は眉根を寄せます。

 

「“彼”も俺たちと同類だ。自分が“無知でいる”ことを許さない」

 

そこで、司令官の顔が離れていきました。先ほどのお父さんの表情はどこへやら、精悍な海の男の顔です。

 

「トラック攻略戦は、今後の“こと”に関わる。その成功のためには、“彼”のような人材が、最前線に必要だ」

 

司令官の言葉を受けて、私はもう一度ファイルに目を落としました。

 

榊原広人、二十二歳。一般大学生から提督候補生に選出。簡単に書けば、彼の出自はこのようになります。そしてプロフィールの横には、顔写真が、

 

ん?

 

・・・?・・・?

 

じー・・・。

 

んんっ?

 

見覚えのある顔ですね・・・。シリアスな雰囲気台無しですが、私は食い入るように顔写真を見つめていました。

 

「ん?どうかしたか、吹雪?」

 

私の様子を不審に思った司令官が、横から覗き込むようにしてファイルを確認しました。ですが特別おかしなところがあるわけでもないので、再び首を傾げてしまいます。

 

「おかしなところはないと思うが・・・」

 

「・・・あっ!!」

 

写真の人物に思い当たった私は、思わず声をあげます。

 

「うおっ。びっくりした。―――で、どうしたんだ?」

 

「この人・・・」

 

「なんだ?知り合いか?」

 

知り合い、ではありませんね。おそらく相手は、私のことを知りません。でも、横須賀鎮守府の秘書艦である私は、時に執務室長よりも持ってる情報量が多いこともあるんですよ?

 

「へえー。彼、提督候補生だったんですね」

 

なるほど、道理で。

 

「おーい、吹雪さーん。悪い顔してるぞー」

 

やだ、顔に出てましたか。

 

「司令官、いいこと思いついちゃいました」

 

「えらく唐突だな。どうした?」

 

「初期艦はまだ決めてないんですよね?」

 

「おう。吹雪の意見を聞こうとは思っているが」

 

確認完了。それなら、早速推薦させてもらいますね。

 

「榊原さんには、曙ちゃんが適任だと思います」

 

「曙か。うん、いいな。なんだかんだ面倒見いいしな」

 

「それに、ですね・・・。ふふふ」

 

「なんだよその怪しい笑顔・・・」

 

曙ちゃんは、横須賀でもかなり初期から所属している艦娘です。きついことをズバズバ言う、ちょっぴり素直になれない娘ですが、根はとても仲間想いで優しい娘です。それに、練度も申し分ありません。新人提督に艦隊運用のイロハを教える初期艦に、これほど適任な艦娘もいないです。

 

それに、ですね。この組み合わせは、面白い化学変化が起こる気がします。

 

「司令官、私は秘書艦ですから、こと艦娘一人ひとりについてなら司令官よりもずっと詳しいんですよ」

 

「よくわからんが・・・吹雪がそう言うなら、まあ、問題ないか」

 

あまり納得している風ではありませんが、今はまだ、説明するには早いでしょうか。詳細は、件のツンデレ駆逐艦に初期艦依頼をする時にでも。

 

いずれにしても、それはもう一ヶ月ほど先のことでしょう。その時が、今から楽しみです。

 

ニコニコと笑みの止まらない私を、司令官はしばらく怪訝に見ていましたが、気にしないことにしたのか、ふっと表情を緩めてお茶を啜りました。暖かな湯気が、鼻を撫でて部屋に漂いました。

 

 

 

二週間後、執務室で初期艦依頼を受けた曙ちゃんは、見たことないほど真っ赤になっていました。




今回登場した吹雪と秋山提督は、今後も本編によく出てくることになるかと思います

重要人物・・・といえば重要人物かな?

連載と並行して、新作の書き溜めも進めています。できるだけ早く、投稿できるように頑張ります


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Eの海(米艦隊編序章)

明けましておめでとうございます!

新年第一弾は、こちらになりました。本編もそろそろ投稿できるといいんですが・・・

今回は、アメリカ艦隊編です


えっと・・・何からお話しすればいいでしょうか。

 

私のこと、提督のこと、みんなのこと、この戦争のこと。話したいことが多すぎて、頭がパンクしそうです。

 

こほん。

 

まずは、自己紹介でしょうか。

 

私はエンタープライズ。BOB(ブルー・オーシャン・バトルシップ)と呼ばれる艦艇群のうち、航空母艦の一隻を操る、艦娘です。現在は、アメリカ第七方面艦隊に所属しています。

 

私たち艦娘の敵は、深海棲艦と呼称される謎の艦艇群―――第二次大戦級の兵器を搭載し、人類の船を襲う異形の軍艦たちです。

 

とまあ、こんな感じでしょうか。海洋を席巻する深海棲艦に対して、唯一対抗可能なのが、私たち艦娘なんです。

 

次に、第七方面艦隊の提督を紹介しましょう。パナマに展開する私たちを指揮しているのは、ウィリアム・ハルゼー大佐。米海軍随一の猛将と言われる、頭のてっぺんのくせっ毛がトレードマークの若き―――弱冠二十六歳の提督です。

 

提督―――モノローグでは、愛称であるブルと呼びましょうか、彼の指揮下、私たちは太平洋側のパナマ運河周辺の警備と、対豪州輸送路の護衛そして南方海域解放を目的とした作戦に参加しています。そのため、創設時から戦艦が少ない代わりに、空母二隻の集中運用が許可されていました。

 

私は、そんな二隻の空母のうちの一隻です。

 

 

 

昼下がりの執務室。給湯室で淹れたコーヒーをお盆に乗せて、私は慎重にそのドアの前に立ちました。木製の重厚なドアの前でそっと呼びかけます。

 

「提督、エンタープライズです」

 

「開いてるぞー」

 

中から声がします。ですが、慎重に慎重を期して両手でお盆を持っている私には、そのドアを開ける術は存在しません。ドアノブを付けただけの壁と何ら変わらないです。

 

「すみません提督・・・。開けてください・・・」

 

しばらくすると、私の目の前で、ゆっくりドアが開きました。怪訝な顔をしていたブルは、私を見るなり全て納得してくれたみたいです。

 

「おう、サンキューなエミリー」

 

エミリーは、ブルが私に付けたあだ名です。

 

「コーヒーとクッキー持ってきました。少し、休憩しませんか?」

 

私の持ったお盆を見て、ブルがニヤリと笑いました。

 

「わかった。少し待ってろ、すぐに終わる」

 

そう言って招き入れられた執務室は、ほとんどが処理済みとなった書類の積まれている執務机以外、非常に小ざっぱりとした印象を受けます。執務以外で艦娘の憩いの場(なぜかカードゲームが始まります)となった仮眠用のソファーが据えられているぐらいです。

 

一見大雑把なようなブルですが、実はかなり几帳面な性格なんです。もっとも、私が気づいたのもつい最近なんですけどね。本人もあまり前に出しませんから。

 

「これだけ書き込んで・・・っと」

 

すらすらと処理中の書類に万年筆を走らせたブルは、それを上から確認して、最後に判子を押して処理済みの書類の山に加えました。

 

「よし、終わった。コーヒー貰おうか」

 

「はい、どうぞ」

 

「サンキュー」

 

ソファーに腰掛けたブルは、私の淹れたコーヒーにブラックのまま口を付けます。普段は砂糖をスプーン二杯くらい入れるんですけど、こうして執務をする時は、目が冴えるからブラックなんだそうです。

 

「くうー、苦い。だがうまい」

 

舌を出しながらも、美味しそうに飲んでくれると、淹れた私も幸せな気分になります。自然と頬が緩むのを感じて、誤魔化すために私もコーヒーを啜りました。芳醇な薫りが、鼻孔をくすぐります。

 

「すみません、書類お任せしちゃって」

 

「気にすんなって。グアムも手伝ってくれたし」

 

後でパフェ奢らないとな、とブルが呟きます。

 

この艦隊の秘書艦は私ですが、今日は新型機の完熟訓練を行っていました。そのため、午前の執務はグアムにお願いしたんです。第七艦隊随一の常識人で、書類仕事もそつなくこなしてくれます。

 

・・・そういえば、どうしてブルは、秘書艦を私にしてるんでしょうか。書類仕事なら、私よりもグアムの方がずっと向いてますし。答えが怖くて、本人にはとても訊けませんけど。

 

「新型機はどうだった?」

 

「かなりのじゃじゃ馬ですよ。でも、私は好きです、あの子」

 

まるでブルみたいですし。

 

「開発できたのはうちが初めてだったみたいだな。後の奴らのためにも、しっかり頼むぜ」

 

「任せてください。一個小隊、しっかり錬成します」

 

ブルが口もとを歪めました。

 

「せっかくだから、俺も飛んでるとこ見たいんだがな」

 

「・・・見にきます?」

 

「いいのか?」

 

「書類は、あそこにあるので終わりですよね?」

 

執務机をちらっと見遣って、ブルに確認します。

 

「おう」

 

「それなら、夕食前にやっても終わりそうですね」

 

「・・・手伝ってくれるのか?」

 

「はい、もちろんです」

 

にっこり笑って答えます。私としても、新型機の飛行をブルに見てもらえるのは嬉しいです。

 

「OK。じゃあ、午後の演習は俺も見に行く」

 

「はい。待ってます」

 

そういうわけで、午後の飛行訓練にはブルも参加することになりました。やりました。

 

 

 

二千馬力を超える発動機は、五トン近い機体でも易々と前に引っ張っていくものです。現在、私の艦載機隊の主力戦闘機となっているF6F“ヘルキャット”よりも、幾分かスマートな印象を受ける特徴的な機影が、ブルと私のいる艦橋の上をフライパスしていきました。

 

「妖精さん、さすがだな。もう結構慣れてるじゃないか」

 

四機で編隊を組んで飛んでいく戦闘機隊を見て、ブルが感想を漏らします。

 

「まだ序の口ですけどね。最高速度の時なんかすごいですよ。ロデオみたいだって妖精さんも言ってました」

 

「ロデオか。そりゃすさまじい」

 

馬力の割にはのろのろと上昇していった四機の機体は、二つに分かれると鋭いターンをして、今度は正面方向から艦橋の上を通過しました。“ヘルキャット”とは見るからに違う、逆ガル翼の影がものすごい勢いで迫ってきました。

 

「あいつがF4U“コルセア”、か」

 

飛び回る戦闘機の名前を呼んだブルが、手元の資料を見ながら呟きます。

 

「“ヘルキャット”とはまた違った性格の機体ですから、あちらとうまく連携できれば戦術の幅はもっと広がります」

 

「爆装もできるんだっけか」

 

「馬力に相当余裕がありますので」

 

洋上を翔る“コルセア”は、ものすごい音を響かせていました。

 

『面白い機体を飛ばしてるわね』

 

と、スピーカーから声がしました。周辺海域では、確か砲撃演習も行っていたはずです。そのうちの一人だと、すぐにわかりました。

 

『逆ガル翼なんて・・・洒落てる』

 

「コニーか。どうだ、そっちは」

 

ブルが、件の艦娘のあだ名を呼びました。

 

『あら、提督も一緒だったのね。こっちは順調よ』

 

『何が順調なのよ、ランチ食べてないじゃない!』

 

『文句は言わない』

 

コニー―――巡洋戦艦“コンステレーション”の通信に割り込んできたのは、同じく砲撃訓練中だった模様のクリー―――軽巡洋艦“クリーブランド”でした。基地で最も新参の彼女は、少しでも早く先輩に追いつこうと、日夜訓練を繰り返しています。今日の教導役は、コニーだったみたいですね。

 

『それじゃあ、私たちは訓練に戻るわ』

 

『えー、サンドイッチ食べたいー』

 

『さっき言ったことがちゃんとできたらね』

 

容赦のないコニーの言葉に、ブルも苦笑します。自分にも、他人にも厳しい、第七艦隊唯一の戦艦です。

 

さて、巡洋戦艦“コンステレーション”についてですが・・・細かいことは、別の機会にしましょう。少し長くなってしまいますので。

 

「次は、編隊空戦です」

 

通信機から、訓練の段階を指示します。“コルセア”を操る妖精さんからは、すぐに返事がきました。

 

 

 

「で?お二人とも、何か言うことは?」

 

陽が傾きかけた基地の執務室。ブルと私は、なぜか床に正座をさせられていました。日本式っぽいですけど、今時の日本人だってやりませんよ、こんなベタなお説教。うう、私としたことが・・・。

 

「あー、グアム、これには深い訳が」

 

「そこ、誰がしゃべっていいって言いました」

 

グアムさんすごい理不尽!私たちの目の前に、フドーミョーオーのように立っているのは、グアムです。背後に、威圧的な「ゴゴゴゴゴッ」という効果音を従えているのが見えます。

 

「書類が残ったまま?執務ほっぽり出して?新型機の慣熟訓練?」

 

一言一言を発するたびに、身の縮まる思いです・・・。

 

「すみませんでした・・・」

 

二人してうなだれます。返す言葉もありません・・・。

 

「先程、午後の便で新しい書類が山ほど届きました」

 

うっ。

 

「次回作戦の日程と概要、輸送船団の手続き、役割の割り当て、その他諸々」

 

ううっ。

 

そこまですらすらと言い切ったグアムは、いっそ惚れ惚れするぐらいのいい笑顔で、私たちに続けました。

 

「今日中に終わらせてくださいね」

 

残業決定です。

 

 

 

「・・・こっち、判子お願いします」

 

陽もとっぷりと暮れてしまった執務室。夕食を採り終わった後も、私たちは書類とにらめっこをしていました。

 

うう、とっても多いです・・・。文字通り山のように・・・。

 

・・・でも。

 

ちらっと、横目にブルを伺います。時折唸ったり、目元を揉んだりしながら、書類に向かい合っています。

 

―――かっこいいなあ。

 

こうして、たまに見せる真面目な様子が、普段とのギャップも相まって引き立って見えます。

 

目鼻立ちは整っています。すっと通った鼻。堀の深い顔。くせっ毛勝ちな髪の毛。

 

眺めているだけで、幸せな気分になります。こういっては何ですけど、こうして遅くまで二人で書類と向き合って、少しだけ得した気分です。

 

「んんっ・・・。少し凝ったな」

 

万年筆を取っていた右腕をぐるぐると回して、ブルが言いました。

 

「・・・それじゃあ、少し休憩しましょう。コーヒー淹れますよ」

 

「そうか。頼むわ」

 

そんなブルに微笑んで、私はコーヒーを淹れるために席を立ちました。




いかがでしょうか

こちらはエンタープライズを中心にしていきます

それと、巡洋戦艦“コンステレーション”ですが・・・お気づきの方もいるかと思いますが、レキシントン級です、はい。もちろん、色々強化されてたりしますが

今回で、一応予告編は終わりです。これからも番外編は投稿するかも

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