やはり俺の弟と妹は可愛すぎる。 (りょうさん)
しおりを挟む

ブラコン、シスコン兄貴

 弟、妹。

 英語にするとlittle brotherとlittle sister。私にはそれが一人ずついる。

 率直に言うと、私はこの二人を心の底から愛している。

 ブラコン、シスコン?そのような言葉などもう言われなれてしまった。しかし、私はそんな言葉を気にしたりはしない。むしろ褒め言葉だと受け取っている。他人から見ても私は二人を愛していると見えている、ということであるからだ。

 家族というものは愛すべき存在だ。そんなことは周知の事実だろう。

 家族なんてうざいだけ、いなくてもかまわないなどとドヤ顔で言っている人間というのは、自分は一人で生きていけるという思想をかっこいいと思っているだけなのだ。そういう人間ほど結構な年齢まで実家暮らしだったりするのだ。

 さて、ならば私が両親へ向けている愛と弟や妹に向けている愛が同じかと言われれば頷き難い。確かに私は両親を愛している。しかし、それは弟や妹に向ける愛とは多少異なる。愛にも様々な種類があるということだ。

 最近は素っ気ない態度をすることの多くなった弟。だが、それすらも愛おしい。

 いたずらを成功させ嬉しそうに笑顔を見せる妹。それも愛おしい。

 私の人生を振り返っても二人と過ごした時間が殆どを占めている。故に高校生活も同様だ。

 結論、何が言いたいかというと、私の弟と妹は世界一可愛いということだ。

 

 

 「……ふぅ。これでよろしいですか?平塚先生」

 俺は自分の書いた作文を職員室で音読させられるという苦行を終え、ため息混じりにこの苦行をさせた張本人に問いかける。

 「ふむ、さて比企谷。私が出した作文のテーマは何だったかな?」

 ソファーに足を組んで座り、タバコをふかしている国語教師の平塚先生は俺に問いかける。若干苛立ちと呆れが混ざっているのは気のせいだろう。

 「ああ、そういえば題名書くの忘れてましたね。確か、『高校生活を振り返って』でしたっけ?」

 「そうだ。ちゃんとわかっていたのだな」

 「そりゃもうばっちりと!」

 俺は自分の作れる最高の笑顔で答える。

 「ほう、そうか。わかっていたか……」

 しかし、俺とは逆に平塚先生の額には青筋が浮かんでいく。

 あっれ~?僕の対応間違っていたのかな~?

 「ならば、なぜこのような弟妹愛に溢れた作文が出来上がるんだ!『故に高校生活も同様だ』のところしか高校生活を振り返っていないじゃないか!そして何故途中に実家暮らしに対する意見が出てくる!最後なんて全く関係がないじゃないか!」

 平塚先生の口からは次から次へとこの作文に対してのダメ出しが飛び出してくる。

 「平塚先生……。それは愚問ですよ……。俺が二人をこの世で一番愛しているからですよ!」

 俺は拳を固く握りしめながら高らかに叫ぶと、顔の横を何かが凄い速度で通り過ぎていく。

 「次は当てるぞ」

 「うぃっす」

 こんなの素直に返事するしかないじゃないですか……。

 「はぁ……。まあいい。作文は書き直しをして明後日までに提出。さて比企谷、もう一つ用事がある」

 「はぁ、用事ですか」

 「ああ、まずはこれを見てくれ」

 そういうと平塚先生は一枚の作文用紙を取り出し俺に渡した。これを読めということだろう。

 『青春とは嘘であり、悪である』という文で始まる作文。この時点でこの作文を書いた人物が誰であるかはわかった。

 「これって八幡の作文ですよね?」

 「ご名答。よくわかったな」

 「まあ、上に名前書いてありますしね。何よりこんな作文書くのは八幡以外いないです」

 俺は当たり前のように述べる。

 この作文は俺の愛する弟である八幡の書いたものだ。世の中を腐った眼で見ている八幡だからこそ書ける犯行声明のような作文。

 読んでいるだけで笑いがこみ上げてくるが必死に抑える。

 「流石兄というべきか。弟の捻くれた性格も熟知し、その性格から生み出された腐った産物をも見分けるとは恐れ入ったぞ」

 「八幡の奴、教師に超ディスられてるんですがよろしいんでしょうかねぇ」

 流石に腐った産物は言い過ぎではなかろうか。せめて三角コーナーにある生ごみだろう。って一緒じゃん。

 「ついでにお前のこともディスったつもりなのだが……」

 「あれ?そうなんですか?てっきり褒められてるのかと思って少し嬉しくなっちゃったんですけど」

 「はぁ……。もういい。これ以上は疲れていかん。本題に移るぞ」

 額に手を当て溜息を吐く平塚先生はやはり様になっていた。

 平塚先生って綺麗だしな。ふむ、綺麗な人はこういう仕草でさえも様になるからいいよな!

 「比企谷。お前の弟のこの性格を直せ」

 「無理です」

 「諦めが早すぎるぞ比企谷」

 「いや普通に無理でしょ。八幡の性格は俺には絶対に直せません」

 俺の即答に平塚先生は困った顔を俺に向ける。

 「なぜだ?」

 「俺が八幡の性格を肯定してるからですよ」

 「肯定?」

 「俺は八幡の性格をこれっぽっちも悪いと思ってませんし、嫌いじゃありません。むしろ大好きです。あいつの一番近くにいる俺があいつのことを肯定してやらないで誰がするんですか。俺は八幡のああいうところを含めて八幡を愛しているのですから」

 「ふむ……」

 平塚先生は俺の言葉を聞いて考え込む仕草を見せる。

 「もし、あいつが自分で、もしくは他人の介入により性格や考えを直そうとしたとき、お前はどうする?」

 「応援しますよ?できる限りの手伝いもします。八幡が変わりたいと思うなら俺は八幡の背中を押してやるだけです。八幡を愛する兄として」

 「本当にお前の世界はあいつ中心で回っているのだな」

 平塚先生は呆れたような苦笑いを見せながらそんなことを言う。

 そんなの当たり前だ。厳密にいえば、八幡と妹である小町中心だがな。

 「わかった。お前に頼むのは諦めよう。まだこちらにも手段はあるからな」

 八幡の作文を机の中に収めながら二本目のタバコに火をつける先生。

 しかし、気になることがある。なぜ平塚先生はここまで八幡の性格にこだわるのだろうか。俺にはそれが疑問で仕方がなかった。

 「なぜ先生はそこまで八幡にこだわるんですか?」

 「大切な教え子だから。それ以外に何かあるか?」

 とてつもない良い笑顔でそう告げる平塚先生に俺は心の中でこう呟いた。

 平塚先生まじっけぇ、と。

 

 

 平塚先生からようやく解放された俺は、赤い夕陽の光が差し込む廊下を歩いていた。

 校庭からは部活に勤しむ生徒の声が聞こえてくる。まさに青春の音だ。

 「まったく。毎日ご苦労なこって」

 俺は人の居ない教室の窓から校庭を眺めてみる。

 まず視界に入ってくるのはサッカー部だ。ピッチを走る生徒の中でも一際目立つのは、凛々しい声で指示を出す一人の男子生徒だろう。確か、名前は葉山だったか。校庭近くにはおそらく葉山君目当ての女子の姿も多くみられる。

 やはり一番青春してるのはサッカー部だろう。野球部とは違うさわやかな声かけがここまで聞こえてくる。

 まあ約一名、っべー!っべー!うるさい耳障りな男もいるがそれも青春だ。そう思っておこう。あんな青春は送りたくないけどな。

 「……お?」

 ふと俺が今いる教室棟の向かいにある特別棟へと目を向けると、特別棟の廊下を歩く一人の女子生徒が見えた。

 その容姿は彼女がこの学校で一番の美女だといわれてもなんらおかしくない程であり、歩く姿でさえも引き込まれそうなものだった。

 彼女の名前は雪ノ下雪乃。

 先程も述べたようにとてつもない美女であり、普通科よりも偏差値が少しばかり高い国際教養科に所属し、実力テストでも学年一位に鎮座する完璧超人。それが雪ノ下雪乃という少女である。

 彼女の姉とは少しばかり面識があるが、彼女とは一度も話したことがない。

 それよりも彼女は特別棟で何をしていたのだろうか?鞄を持っていることからこれから帰宅するのだろう。部活だろうか?彼女が部活をしているという情報はなかったはずだが。

 「ま、いっか」

 気づけばそこにはもう雪ノ下さんの姿はなかった。

 「さて、俺も帰りますかね」

 俺はゆっくりと廊下を歩き帰路へとついた。




どうもはじめまして!わたくしりょうさんと申します!
今回が初投稿となります!楽しんで読んでいただけると嬉しいです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比企谷家の団欒

 「ただいまー。……おっ」

 愛しき我が家の玄関のドアを挨拶と共に開けると同時にふわっと良いにおいが鼻に入る。おそらく小町が料理をしているのだろう。

 「小町ただいまー」

 「あ、おかえり!颯お兄ちゃん!」

 リビングの扉を開けると、そこには俺の天使がエプロンを着て料理をしていた。

 我が家では両親が共働きをしているため、夕飯を作るのは必然的に俺達三人のうち誰かがすることになる。俺も八幡も小学六年生くらいまでは料理をしていたのだが、今現在は小町がすべてやってくれている。小町も今年は受験生だし、その間だけでも代わるといったのだが小町が譲ることはなかったのだ。

 ちなみに小町は俺のことを颯お兄ちゃん、八幡のことをお兄ちゃんと呼ぶ。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、颯というのは俺の名前からとったことは容易に予想できる。

 俺の名前は、比企谷颯太(ひきがやそうた)。颯太の颯をとったのだろう。

 「おー。おかえり兄貴。今日は遅かったな」

 そして、ソファーでゲームをしているのが俺の最愛の弟、比企谷八幡だ。

 「ただいま、八幡。少し平塚先生に呼び出しを食らってね」

 「なんだよ。また何かやったのか?」

 「おいおい、なんで俺がいつもやらかしてるみたいになってるんだよ!これでも俺は優等生なんだぞ!」

 「頭だけはな」

 そういって八幡は薄ら笑いを浮かべる。

 その笑みは一般人が見ればひどく恐ろしいものかもしれないが、俺にとってはこの笑顔が小町の笑顔と同じくらい可愛い。

 それにしても八幡は失礼なことを言う。

 自慢ではないが、俺は実力テストで全三年生中一位を獲るほどの秀才なのだ。

 「はいはい、そこまでー。ご飯できたから颯お兄ちゃんは早く着替えてきてー」

 「お、了解。愛してるぞー小町ー!」

 「はいはい、小町も愛してるよー」

 若干棒気味の小町だが、しっかりこっちを見てくれているところは流石我が妹だと思う。まあ、八幡のようにそっぽを向きながら返事をしてくれるのも可愛いといえば可愛いのだが。

 小町の顔を数秒眺めた俺は、制服から愛用のジャージへと着替えるために自分の部屋へと向かった。

 

 

 「よし、いただきます」

 着替えを終えた俺が部屋に戻ると、テーブルの上には小町特製の夕飯が並べてあり、椅子にはすでに八幡と小町が座っていた。

 先に食べても別に文句なんて言ったりしないのだが、いつも二人は三人が揃うまで待っていてくれる。本当に可愛いやつらだ。

 俺が合掌をしていただきますと言うと、八幡と小町も手を合わせていただきますと言って料理に手をつけはじめた。

 「小町、勉強は進んでるか?」

 一応受験生である小町に近況を聞いてみる。

 小町はそれほど勉強が得意というわけではない。面接の心配はないのだが、そちらの方はいささか心配だ。

 「え?あー、うん。ばっちりだよ!」

 「嘘つけ。あー、うんってなんだよ。それに露骨に兄貴から目をそらしてるし。バレバレすぎんだろ」

 「はー……。まったくお兄ちゃんってやつは……。せっかく颯お兄ちゃんに心配をかけない為に隠そうとしてたのにー。小町的にポイント低いよー?」

 「結局隠そうとしてんじゃねーか……」

 やはり勉強の方はあまり上手くいっていないらしい。

 まあ、大体予想はついていたし驚くことはしないが少し心配だ。

 「小町。わからないところがあったら塾の先生でもいいから聞くんだぞ?もちろん俺や八幡に聞いてもいい。わからないところを隠そうとするなよ?」

 「うん、わかった。でも、颯お兄ちゃんも受験生でしょ?あんまり邪魔はできないよ」

 小町は苦笑いを浮かべながらそんなことを言う。

 俺の心配をしてくれる小町の思いは胸がはちきれそうになるくらい嬉しいが、俺の受験と小町の受験のどっちが大事かと言われれば間違いなく小町の方だ。

 「別に小町の勉強を教えたからって兄貴が受験に失敗するなんてことはねえよ。順当にいけば指定校推薦は確実だし、一般入試でも学年一位の兄貴が落ちることはないだろ」

 流石八幡。俺の言おうとしたことをすべて言ってくれた。

 「それでもだよ。颯お兄ちゃんにはいつもベストの状態で臨んでもらいたいもん。あ、今の小町的にポイント高い」

 「最後の一言がなければ兄貴も喜んでいただろうよ……」

 いや、最後の一言があっても喜んでるよ?八幡は鋭いのか鈍感なのかわからないからなー。小町のあれが単なる照れ隠しというのに気づいてないのだろう。

 「まあ、とにかく頑張れよ小町。お兄ちゃん応援してるから」

 「うん!ありがとう、颯お兄ちゃん!」

 小町はひまわりのような笑顔で返事をする。

 うーむ。我が妹ながらすさまじい破壊力だ。世の男共ならイチコロだな。

 「そういえば、今日はなんで呼び出されたの?颯お兄ちゃん」

 「ん?ああ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文に弟妹のことを書いたら呼び出された」

 「うわー……。さすが颯お兄ちゃん。やることが気持ち悪いよ」

 「まったくだな」

 おい八幡、同じテーマに犯行声明を書いたお前に言われたくないぞ。あと小町ちゃん?お兄ちゃん本当に傷つくから気持ち悪いとか言わないでね?

 「具体的にはどんなこと書いたの?」

 「俺の思い出の殆どは八幡達とのものだ。よって高校生活も同様だ。って書いた」

 「学校でのことを振り返ろうよ、颯お兄ちゃん」

 そういわれても、学校でも常に八幡達のことを考えていたしなぁ。なんど振り返ってもそのことしか出てこない。まあ、さまざまな出来事があったことにはあったのだが、八幡達のことに比べれば些細なことでしかない。

 「高校生活って言ったら青春時代の象徴だよ?いろんなことがあったでしょ?」

 「ふっ……。違うな小町。高校生活なんてただの通過点に過ぎないんだよ。小町の言うことが正しいなら、俺の青春は一人でいることになる」

 八幡はこの世の終わりを迎えようとしているかのような腐った目で反論する。確かにボッチである八幡からすればそうなのかもしれないな。

 「もう!お兄ちゃんと颯お兄ちゃんを一緒にしないで。颯お兄ちゃんはブラコン、シスコンをなくせば普通にリア充なんだから!ボッチのお兄ちゃんと一緒にするのは失礼だよ!」

 「ぐふっ……!」

 小町の腹をえぐるような言葉に頭を落とす八幡。

 やめて小町ちゃん!もう八幡のライフはゼロよ!ああ、でも自分の溺愛している小町に貶されて落ち込む八幡も可愛い。小町ちゃんグッドだよ!

 「まあまあ。俺は八幡の良いところをいっぱい知ってるから!やるときはやる男だって知ってるぜ!」

 「兄貴に褒められてもうれしくねえよ……」

 そうは言うが俺の言葉に嘘はない。

 八幡が捻くれていても優しいってことも知っているし、強い男だってことも知っている。小町と接していることで身についたお兄ちゃんスキルも多くの女性を虜にすることができるだろう。実際問題、八幡は目以外はイケメンであるし学力もそれなりにある。まあ、数学以外だが。八幡は充分リア充になれる素質は持っているのだ。

 「颯お兄ちゃんはお兄ちゃんを甘やかしすぎだよ。もっと厳しくしないと!早く彼女の一人でも作ってもらわないと困るのは小町達だよ?」

 「そうは言うがな小町。兄貴ってのはな、どうしても弟や妹を甘やかしてしまうんだよ。これはしょうがないことなんだ」

 「はぁ……。お兄ちゃんがこんなになっちゃったのは颯お兄ちゃんのせいなのかな……」

 小町は溜息を吐く。

 「まあいいじゃないか!八幡が結婚できなかったら小町が養えば!俺も手伝うぞ?」

 おお!自分ながらいい考えだ!これならいつまでも三人でいられるし、小町が得体のしれない男に引っかかることもない!

 「いやだよ!一生お兄ちゃんの面倒見るなんて嫌だよ!」

 「そこまで拒否されると胸が痛いんだが……」

 小町の必死の拒否を聞いた八幡が再び頭を落とす。

 「ははは!まあ、元気出せ八幡!」

 「うるせえよ……」

 「さあさあ!せっかくの飯が冷めちまう!食べるぞー!」

 その後も時々談笑しながら三人での夕飯は続いていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

城廻めぐりは友達である

 「んー……」

 カーテンの隙間から差し込む光を避けるようにベッドの上に座る俺の思考回路は、現在完全に停止している。ついでに体も思うように動かない。瞼は何度も降りかけている。

 要するに何が言いたいのかというと、俺は朝が苦手だということだ。

 「おー……」

 この世で最も忌むべき存在である目覚まし時計に起こされ早三十分。このように、先程から言葉にならない声を出し続けている。

 時計の針は六時半を指している。そろそろ準備を始めないといけない時間だ。しかし体は動かない。

 「どーしたもんか……」

 すでに小町の作る朝飯の匂いが俺の部屋まで漂ってきていた。俺の腹も小町の朝飯を欲しているのか徐々に主張を激しくしてくる。

 「兄貴、入るぞ」

 「おー、はちまーん」

 そこに遠慮気味にドアをノックして八幡が入ってくる。

 「いい加減一人で降りて来いよ。毎朝迎えに来る俺の身にもなってくれ」

 「よいではないか、よいではないかー」

 「お前は悪代官か何かかよ……。いいから、飯はもうできてるから行くぞ」

 「ういー」

 未だ思考回路は停止したままの俺の腕を八幡が引っ張りベッドから降ろし、そのままリビングへと向かった。

 朝に弱い俺を部屋まで迎えに来るのは八幡の仕事だ。放っておくと確実に遅刻だからな。それを防ぐために毎朝こうして迎えに来てもらっているのだ。

 一度動き出せば徐々に覚醒していくのだが、その動き始めるまでが問題なのだ。

 「おはよう、小町」

 「おはよー、颯お兄ちゃん」

 こうして小町に会うまでにまともな挨拶ができるくらいには覚醒できる。

 「そんじゃあ、いただきます」

 夕食と同様、俺の挨拶を合図に三人で食べ始めた。

 

 

 「よし!行くぞ八幡!」

 「へいへい」

 「れっつごー!」

 玄関を出た俺と八幡は自転車に乗り学校へと向かう。

 八幡の後ろには小町が乗っている。

 自転車を走らせ、しばらくすると小町の通う中学校へとたどり着いた。

 自転車を停めると、小町は八幡の自転車から降り鞄を持たずに校門へと向かっていく。何やってんの小町ちゃん。

 「おにいちゃーん!」

 涙目で戻ってくる小町に俺は可愛すぎて悶え、八幡は呆れたように溜息を吐いた。

 「何やってんだよお前は」

 「可愛いなぁ小町は」

 「それでは今度こそ行ってまいります!」

 鞄を受け取った小町は敬礼のポーズの後、改めて校門へと走っていった。

 「あざと……」

 「小町の場合はあざと可愛いだけどな。さて!俺達も行くぞー!」

 「へいへい……」

 俺達は校門をくぐっていった小町を見届け学校へと自転車をこぎだした。

 

 

 「おはよーさん」

 我が三年C組みの教室に入るとクラスの連中へと挨拶をする。クラスの連中からはパラパラと挨拶が返ってくる。

 「おはよー、颯君」

 「おはよう、めぐり」

 自分の席に着くと、隣に座る女子生徒が俺に挨拶をしてくる。

 このほんわか系、癒しの塊女子の名前は城廻めぐり。この総武高校の生徒会長であり、俺と三年間クラスが同じ数少ない生徒である。

 「今日は生徒会の集まりはなかったのか?」

 「基本朝はやらないよー。私が自主的に生徒会室にいるだけで、会議をしてるわけじゃないんだよ」

 「そうだったのか。てっきり集まりでもあるのかと思った」

 めぐりは基本朝は俺より遅く教室へ入ってくる。その時間は生徒会室にいるらしい。

 「生徒会が朝集まるのは、校門の前に立って挨拶運動をするときくらいだよ」

 「あー、あれな。冬とか寒そうだよな」

 「さむいよー。超寒いよ」

 あれは、いつもよくやるなーと思ってみていた。それでも笑顔を絶やさないめぐりは流石だと感心したのを覚えている。

 「じゃあ、今日は生徒会室行かなかったんだな」

 「うん。今日はほら、日直だから」

 「あーなるほど」

 確かに連絡黒板の右隅に城廻と書かれていた。

 「そういえば颯君。今日の放課後、珍しく生徒会の集まりがないんだけど、一緒に学校の近くにできたケーキ屋さん行かない?」

 「ん?ケーキ屋なんてできたのか。そういうのには疎いからなー。よし、別に予定はないし行ってみるか!めぐりと遊ぶのも久しぶりだしな」

 「うん!約束ね!」

 「おう」

 めぐりが生徒会長に就任してからというもの、生徒会の関係で放課後にめぐりと遊ぶ頻度がめっきり減ってしまった。久しぶりすぎて若干わくわくしてきた。

 

 

 そして放課後。

 日誌を返しに行くというめぐりを職員室前で待っていると、職員室の扉が開き一人の生徒が出てきた。

 「お、雪ノ下さんだ」

 「……?あなたは……面識はあったかしら?」

 おー、近くで見るとやっぱり美人だな。思い出そうとしているのか首を少しかしげているのがよく似合う。

 「うーん。俺が一方的に知っているだけだよ。君は有名だからね。俺は三年の比企谷颯太っていうんだ。よろしくね」

 「そう。それじゃあ失礼します。先輩」

 「うん。またね」

 そう言うと、雪ノ下さんは小さな会釈と共に特別棟の方へと向かっていった。

 ふむ。やっぱり特別棟か。何か関係あるのかね?

 「颯君、お待たせ」

 「おう。じゃあ行くか」

 「うん!」

 雪ノ下さんのことを考えていると、ちょうど職員室からめぐりが出てくる。

 まあ、考えても仕方ないか。さ!ケーキだ!ケーキ!

 「ケーキって何が美味いのかな」

 「友達の話だとチョコレートケーキが美味しいらしいよ」

 「チョコかー」

 「颯君好きだったよね」

 「おう、大好きだ!」

 俺はチョコが大好物だ。

 今年の二月にめぐりからもらったチョコ、美味かったなぁ。確か手作りだって言ってたし、今度また作ってもらおう。

 その後も未だ見ぬケーキに期待を膨らませながら校門へと向かった。

 職員室の中で行われている出来事も知らずに。

 

 

 「う、うめぇ……!」

 「ほんと美味しいね」

 あれから目的のケーキ屋へとたどり着いた俺達は、無事お目当てのチョコレートケーキを頼むことができた。

 その味は文句なしの一品だった。甘すぎず、苦すぎず。そんな絶妙なバランスの取れたチョコが俺の好みど真ん中だった。

 「めぐり、今度はこのぐらいの甘さのチョコ作ってくれよ」

 「了解。今度作ってくるね」

 「よっしゃ!今から楽しみだな!」

 よし!やったぜ!まじめぐりいいやつだな!

 そういえば、このケーキ持ち帰りもできたよな。小町と八幡にも買って帰ってやろう。

 八幡はあのマックスコーヒーを愛飲しているほどの甘党だからな。小町も女の子だし、ショートケーキでも買って帰れば喜んでくれるだろう。

 「弟と妹の分買ってくる」

 「ほんと弟さんと妹さんが好きなんだね、颯君は」

 「そりゃあ、大事な弟と妹だからな」

 「そっか。……うらやましいな」

 めぐりが小さく俺に聞こえるか聞こえないくらいの声で呟く。まあ、ばっちり聞こえてるけどな。

 「それじゃあ行ってくる」

 「行ってらっしゃい」

 俺は再びレジの前へ立つ。

 「ご注文はどうされますか?」

 「ショートケーキ三つで」

 まあ、あいつも大事な友達だからな。うん。

 

 

 「戻ったぞー」

 「おかえりー」

 俺は箱のテープを綺麗にとり、中からショートケーキを一つ取り出す。

 「ほい」

 「え?」

 「大好きな友達へ。いつも俺ばっかり貰ってちゃ悪いと思ってな。いらないなら俺が食うけど」

 「いる!いるよ!頂戴?」

 「おう!食え!たぶんこれも美味いぞ!」

 小さなイチゴの乗ったショートケーキをめぐりへと渡す。あのチョコレートケーキが美味かったからこっちも美味いはずだ。

 「……ありがとね。颯君」

 「なんのことやら?」

 

 

 「ただいまー!」

 「おかえり、颯お兄ちゃん」

 帰宅すると小町が迎えてくれる。

 わざわざ玄関まで出てきてくれる小町は本当に可愛いな。

 「ケーキ買ってきた。食後にでも食べな」

 「ほんとー!?やった!ありがとう!颯お兄ちゃん!」

 ケーキの箱を渡すと嬉しそうな顔を浮かべる小町。

 これだけ喜んでもらえれば買ってきた俺としてもうれしい限りである。

 「八幡は帰ってるのか?」

 「ううん。まだだよ」

 「珍しいな」

 すると玄関のドアが開き、見慣れたクセ毛が目に入る。

 「おう、おかえり八幡」

 「ただいま。なあ、兄貴」

 「ん?」

 「俺、部活することになったから」

 「……は?」

 おいおい、明日は雪か?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八幡、部活に入ったってよ。

 「それで?部活をするってどういうことなんだ?」

 「ああ、話せば長くなるんだが……」

 衝撃のあまり固まってしまった俺達だったが、その後場所をリビングに移し八幡の話を聞いていた。

 八幡の話を聞くと、やはりというかなんというか平塚先生が関わっていた。

 端的に言えば、あの犯行声明をダシに呼び出され、諸々の罰として奉仕活動を命じられた。その奉仕活動というのが八幡の言う部活だったらしい。

 なるほど。平塚先生の言っていた手段とはこれのことだったのだろう。

 「なるほどな。その部活はなんて名前なんだ?」

 奉仕活動をするとなればボランティア部だろうか?そんな部活あったかな?

 「部長が言うには奉仕部と言うらしい」

 おぉう。なかなかに直接的なネーミングだったぜ。それって部長さんが考えたのかな?

 「困っている人に救いの手を差し伸べるのが活動らしい」

 「そりゃ、殊勝な心掛けをした部活だな」

 「ああ、俺には似合わない部活だよ」

 八幡は自嘲的な笑みを浮かべてそう言うが、俺はなかなか八幡にぴったりな部活だと思っている。自分は認めようとしないが、八幡は優しい人間だし面倒くさいと言いながらすんなり解決してしまいそうだ。まあ、その解決法が部長さんのやり方と合うかは別問題だが。

 「そういうわけで、これから少し帰りが遅くなるかもしれねえ。……兄貴」

 八幡が何かを懇願するかのような顔でこちらを見る。おそらく小町のことを気にしているのだろう。

 昔、家に帰っても一人だった小町が寂しさのあまり家出したことがある。それから八幡はなるべく早く家に帰るようになった。小町のことを思ってとかそんな意図はなかっただろうが、小町としては嬉しかったらしく、それからは寂しそうな顔をすることはなくなった。

 まあ、八幡にそのような意図がなかったとはいえ、家出したことは覚えているのだろう。おそらく俺に早く帰れと暗に言っているのだ。

 「わかった。まかせろ」

 八幡の意図を汲み取り返事をする。

 別に学校へ残って何かをするとかそんなことは特にないしな。勉強なら家でも充分できるし。

 「ありがとな」

 「ああ」

 まったく、こういうときだけはまっすぐ俺を見て礼を言う。さすがシスコンだな!あ、俺もか。

 小町はなんのことかわからず首を傾げているが、何が嬉しいのか可愛い笑みを浮かべている。

 「よし!小町!腹減ったから飯にしようぜ!」

 「うん!今から用意するね!」

 話が一区切りついたところで小町に飯の催促をすると、小町は元気よく返事をして台所へと向かった。

 「なあ兄貴、本当に小町のこと頼んで良かったのか?」

 八幡は小町が台所へ消えていったのを見て俺に話しかけてくる。

 俺も小町と同じく受験生だ。八幡にも思うところがあったのだろう。

 「大丈夫だよ。八幡も言ってたろ?よっぽどのことがない限り俺は落ちねえよ。俺のことは気にしないで大丈夫だ」

 「そうだな。サンキューな」

 そういって今度は目をそらす八幡。

 俺と二人になって急に恥ずかしくなったのだろう。本当に可愛いやつだな、こいつは。

 「ははは!気にすんな!可愛い弟の為だ!俺は兄貴だからな!兄貴は弟の為なら死に物狂いで頑張れるんだぜ」

 俺はそんな言葉と共に八幡の頭を撫でる。

 「別にそこまで頑張らなくてもいいんだが……。あと頭撫でるな、鬱陶しい」

 「やぁん!八幡のいけずぅ!そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに!」

 「気持ちわりぃ……。離れてくれ」

 八幡はいやそうな顔をして俺から離れていく。

 はぁ……。昔は自分からせがんできたのになぁ。今では手も繋いでくれないしさ!お兄ちゃん寂しい!

 「小町ぃ!八幡が逃げるー!小町は逃げたりしないよな!」

 「あーうん。今、料理してるからまたあとでね」

 小町まで!?はぁ、兄離れが始まったというのか……。八幡達にはもう俺が必要じゃないってのか!?

 「うわぁん!母ちゃんと親父に言いつけてやるからな!」

 「多分、呆れられて終わると思うぞ。主に母ちゃん」

 「そうだねー。特に機嫌悪いときに言うと殴られる可能性もあるよ?」

 くそう。二人から総反撃を食らってしまった。言い返せないのがつらい!

 「あと、親父に言ってもざまあって言われるだけだぞ」

 「うん。お前も仲間入りだー!って言いそうだね」

 親父……。いつも心の中でざまあって思ってごめんな?だから手招きしないでください。まだ仲間入りしたくないです。

 「いいもん!ふて寝してやる!」

 「あ、颯お兄ちゃんご飯いらないの?作らないよ?」

 「嘘っす。なんでもないっす」

 空腹には勝てないのだよ。

 

 

 「そうか。比企谷から聞いたか」

 「はい。手段ってこれのことだったんですね」

 翌日の昼休憩に俺は平塚先生の元を訪れていた。

 国語教師なのに白衣が似合うってすごいよな。美人はなんでも似合うんだな、すげえや。

 「まあな。比企谷を更生させるという目的以外にもいろいろあるのだが、それはゆくゆくわかるだろう。お前のことだから関わるなと言っても関わるのだろう?」

 「よくわかっていらっしゃる」

 こんな面白いことに関わらないというほうがおかしい。まあ、面白そうという以前に八幡が関わっている時点で、関わるのは確定事項なんだがな。

 「お前とは三年間の付き合いだからな。いやでもわかってしまうよ……」

 「熟年カップルみたいですね。はっ!結婚できないからって生徒にまで!?」

 「殴るぞ」

 「ういっす」

 平塚先生が拳を握ると同時に頭を下げる。

 このやり取りも三年目だ。もう一年しかできないとなるとやはり寂しいものがあるな。

 「そういえば部長って誰なんです?八幡に聞くの忘れちゃって」

 八幡は部長としか言ってなかったしな。肝心の名前を聞くのを忘れていたのだ。

 「ああ、二年の雪ノ下だよ。お前でも名前くらいは知っているだろう?」

 なるほどな、これで合点がいった。

 おそらく雪ノ下さんが特別棟にいたのは奉仕部に行っていたからだ。特別棟のどこかに部室があるのだろう。

 「知ってますよ。陽乃さんの妹さんでしょ?」

 「そうだ。優秀だが、いろいろなものを抱えて生きている人間だよ」

 平塚先生は意味深な表情で呟く。

 まあ、陽乃さんの妹なら何かを抱えていてもおかしくはないか。はぁ、あの人の妹ってだけで確信できるって、あの人は本当に……。

 「何度か見たことありますけど、かわいい子ですよね。……陽乃さんによく似て」

 おそらくこれを雪ノ下さんの前で言えば、間違いなく冷たい目で見られるだろう。確認をしたわけではないが俺の勘がそう告げている。実際、平塚先生も苦々しい顔してるしな。

 「少しでいい。あいつらのことを気にかけてやってくれ」

 「了解です。がっつり気にかけときます」

 「助かるよ」

 

 

 「さて、どうするか」

 平塚先生との話を終え職員室を後にしたのはいいのだが、昼休憩はまだ充分残っている。

 「行くか」

 俺の足はゆっくりと特別棟の方へと向かっていった。

 ふむ、特別棟に行くのはいいが、どこへ行けばいいのだろう?特別棟は特別棟でも多くの教室がある。彼女にはどこに行けば会えるのだろうか?

 特別棟で使える場所……。

 「あ」

 俺の記憶の中に一つだけ思い当たる場所があった。

 確かあそこは空き教室で倉庫として使われていたはずだ。おそらくあそこだろう。

 「行くか!」

 俺はまるで八幡や小町に会いに行くかのようにスキップで目的の教室へと向かった。

 

 

 俺の前には白い扉。プレートには何も書かれていない。

 俺はその教室の扉を静かにノックした。

 「……どうぞ」

 少しの間をおいて落ち着いた綺麗な声が返ってくる。

 その言葉を聞いて扉を開ける。

 そこには小さな弁当箱を太ももの上に置く綺麗な少女が座っていた。

 「こんにちは、雪ノ下さん」

 「こんにちは、先輩」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪ノ下雪乃と奉仕部

 「私になんの用でしょうか?」

 俺をまっすぐ見つめながら問う雪ノ下さん。

 こう近くで見るとやはりこの少女が可愛いということがはっきりわかる。

 「先輩?」

 少しの間雪ノ下さんに見惚れていると、綺麗な顔を歪めた雪ノ下さんがこちらを見ていた。

 「ああ、ごめん。雪ノ下さんと少し話をしてみたいと思ってね。何度か特別棟に出入りしてる雪ノ下さんを見たことがあったから、ここかなって思って。」

 「そうですか。残念ですが、私に近寄って告白しようとしても無駄ですよ?」

 「おやおや、これは手厳しい。これでも顔はなかなか良い方だと思うんだけどなぁ。まあ、それはないから安心しなよ」

 笑顔でそう告げると雪ノ下さんは一瞬イラついたような表情を見せたが、すぐにいつもの綺麗な表情に戻った。

 「それでは何を話に来られたのですか?」

 「弟の事と奉仕部のことかな」

 雪ノ下さんは一瞬考える仕草を見せ、納得のいったように話し始める。

 「……苗字が同じなのでまさかとは思いましたが」

 「雪ノ下の思ってる通りだよ。比企谷八幡は俺の弟だ」

 「兄弟で随分と違うのですね」

 「よく言われるよ」

 まあ、八幡はいわゆるボッチというやつだし、この世を腐った目で見ている。それに比べて俺はリア充とまではいかないが、友達もそれなりにいるし、他人への愛想も良い。どこでここまで道がわかれたのだろうか。

 「ああ、八幡に話してる感じで喋りなよ。遠慮はいらないからさ」

 「そうですか。それでは遠慮なく。あなたはあの腐った目をした男の兄にしては社会に適合してるのね」

 うわ、ひっでぇ。昨日会ったばかりなのにこんな風に思われてんだな、八幡の奴。しれっと社会不適合者ともいわれてるし。

 「八幡にも良いところはいっぱいあるんだけどねー」

 「そうは思えないのだけれど」

 「雪ノ下さんにもそのうちわかるよ。さて!それじゃあ、部長さんに聞こうかな?この部活は困っている人を助ける部活でいいのかな?」

 八幡の話を切り上げ、この部活の本質を聞いていく。

 「間違ってはいないけれど、少し違うわ」

 「ほう?その心は?」

 「この部活は人を助けるのではなくて、人の手助けをする部活よ」

 ふむ。助けるのではなく手助けか。

 「飢えている人間に魚を与えるのではなく、獲り方を教えるといった感じかしら」

 「なるほどね。あくまでもやるのは依頼主だと?」

 「そうね」

 俺の納得した表情に満足したのか、雪ノ下さんは小さく頷きながら肯定した。

 「そんじゃあ、次は八幡のことね。君は平塚先生に八幡のことで何か頼まれたかい?」

 「あの腐った性根の更生を頼まれたわ」

 やっぱりか。おおよそ、先生の権力でも使ったんだろう。そうでないと雪ノ下さんが受けそうにないし。

 「そっか。君は問題から逃げることについてどう思う?今の自分や過去の自分を肯定できるかい?」

 「……そんなのは、誰も救われない」

 雪ノ下さんは声を低くし、鬼気迫る表情でそう述べた。

 あー。こりゃ八幡のやり方とは相性が悪いなぁ。どこかで一度は対立するだろう。

 「昨日、比企谷君もそんな事をいっていたわ。逃げるのがなぜ悪いと」

 「言うだろうなぁ、八幡なら」

 もう一度対立してたみたいだわ。

 「あなたも比企谷君と同じ考えなの?」

 「さあね。でも、俺は八幡の思ってることなら無条件で肯定できる。八幡の考えの悪いところなんて無視して、良いところだけ見ることができる」

 「そんなの」

 雪ノ下さんは反論しようと俺にきつい目を向ける。

 「それが兄貴ってもんだから。なんたって俺はブラコンだからな!」

 「……気持ち悪い」

 なるほど。これがジト目というやつか。一部のマニアのように興奮することはないな。

 「よし!じゃあ、最後の質問!スリーサイ……あ、すんません。なんでもないっす」

 全て言い切る前に吹雪のような寒気が俺を襲った。

 やべえな。思わず謝っちまったぜ。

 「質問を変えるね。君は友達がいないの?」

 「友達の定義がどの……」

 「あ、うん。わかった。昼は基本ここにいるんだね?」

 「ちょっと、話を」

 「じゃあ、ちょくちょく来るからね!それじゃまた!」

 「誰もいいとは……」

 「さよなら!」

 雪ノ下さんが言い切る前に押し切らせてもらった。

 そっか、雪ノ下さんって友達いなかったんだ。だから、あそこで飯食べてたんだな。まあ、昼休憩にあそこにいる時点でそうだよな。うん。

 「あ、おかえり、颯君」

 「おう。ただいま、めぐり」

 教室に帰るとめぐりが笑顔で迎えてくれる。

 「どこ行ってたの?」

 「女子とお話してきた」

 「ふーん。あっそ」

 拗ねたようにそっぽを向くめぐり。

 「なんだよ。嫉妬してんのか?」

 「別にー?颯君はモテるもんねー。よりどりみどりだよねー」

 あらま、完全に拗ねていらっしゃる。こうなると面倒くさいんだよな。

 「別にそんなんじゃねえよ。俺には八幡や小町がいるからな!」

 「颯君には一生彼女出来ないんじゃないかな……」

 今度は呆れられてしまった。失礼な。これでもモテるんだぞ!めぐりも自分で言ってたくせに!

 「まあ、そん時はめぐりが責任とってくれよ」

 「え?」

 「俺に貢いでくれ」

 「少しでも期待した私がばかだったよー!」

 そういってめぐりは窓の方へと向いてしまった。

 俺はそのめぐりを見ながら微笑みでニヤついている顔を隠す。不覚にも、そんなめぐりを可愛いと思ってしまったから。

 あ、八幡と小町の次にな。

 

 

 「おい兄貴」

 「おー、おかえりー。八幡」

 その日の夜、俺がソファーで漫画を読んでいると八幡が話しかけてきた。

 「今日、雪ノ下に会ったろ」

 「会ったよ?」

 「ったく、何してんだよ。兄貴のせいで散々罵られたんだぞ」

 八幡は疲れ切った顔で俺を咎めてくる。

 そんな顔をするまで罵られたのか。ちょっとその場面を見てみたかったな。

 「別にいいだろ?愛する弟がお世話になるんだし、挨拶くらいしておいた方がいいだろ。個人的に興味があったし」

 「なんだよ、兄貴って雪ノ下のこと、その……す、好きなのか?」

 そこで恥ずかしそうに好きって言葉を一瞬ためらう八幡も可愛いよ。

 「バカ言え。俺には八幡と小町がいれば充分だ」

 「本当ブレねえな」

 「本気で思ってることだしな。まあ?男が女に興味があるって言ったら八幡でなくてもそう思うよな。雪ノ下さんにも言われたし」

 きっぱり違うと答えたけどな。

 雪ノ下さんは可愛いし、綺麗だし、勉強もできるからそういう意味で近づいてくる奴をいっぱい見てきたんだろうな。俺もそれと同類に見られたのだろう。

 「なになにー!お兄ちゃん達、女の人の話してるの!?遂にお兄ちゃん達にも春が!」

 そんなことを考えていると、台所で料理をしていたはずの小町がソファーの後ろから顔を出す。

 「ちげえよ。そんなわけあるかよ」

 「そうだぞ、小町。俺のじゃなくて八幡の春だ」

 まだ雪は溶けてないけどな。あれ?それまだ冬じゃん。

 「うそ!颯お兄ちゃんよりお兄ちゃんの方が早く!?小町は嬉しいよ……」

 「だよな……。俺も嬉しいよ。だけどちょっぴりお兄ちゃん寂しい……」

 「颯お兄ちゃん我慢だよ。これもお兄ちゃんの為だよ」

 「そうだな……」

 泣き真似をしながら目に手を当てる小町に俺も便乗する。

 「はぁ……。部活仲間ってだけだ。断じてそういうやつじゃない。今日も友達になるのを拒否されたくらいだからな」

 八幡は溜息を吐きながら否定する。

 そんなこと言われたのか。でもまあ、そう言ってる場面が容易に想像できるな。

 「なーんだ。つまんないのー。あ、でも今度紹介してね。もしかしたら未来のお義姉ちゃんかもしれないからね!」

 「紹介したくねぇ……。絶対それ本人に言うなよ?被害を被るのは俺なんだからな」

 八幡は先程より大きな溜息を吐きながら部屋へと戻っていった。

 確かに八幡が罵倒されている図が目に浮かぶよ。気の毒にな、八幡。

 「ふふふ……。今から絶対に逃がさないもんねー……」

 「……」

 少し小町のことが恐ろしくなった俺だった。まあ、そんな小町も可愛いけどね!

 ……俺も早くいい人見つけないとこうなるのかな。




どうもりょうさんでございます!
この小説も五話目を迎えることになりました!お気に入りの方も百件を超えまして、感謝の気持ちでいっぱいでございます!これからもよろしくです!

ツイッターの方もやっております!よかったら!
https://twitter.com/ngxpt280


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平塚静は寂しがり屋である

 「えっと、俺は何故平塚先生に呼び出されたのでしょう」

 俺は目の前に座っている平塚先生を見ながら問う。

 現在俺は平塚先生に呼び出され職員室にいる。

 実のところ、俺はここに呼び出される前、すでに下校中だった。しかし、携帯電話に知らない番号から着信があり、恐る恐る出てみると平塚先生だったというわけだ。その内容が『すぐに職員室に来い』という一言だけだった。

 そして、言われるがまま道を引き返し職員室までやってきたということだ。

 てか、平塚先生に番号教えたの誰だよ。思い当たる人間は一人しかいないのだが……。どうせまた陽乃さんの仕業だろう。

 「ふむ。先程までここに比企谷がいた」

 どうやら先程までここには八幡がいたらしい。

 八幡の奴また何かやったのか……。

 「比企谷よ、弟の将来の夢は何か知ってるか?」

 平塚先生は額に手を当てながら問う。

 八幡の夢か、思い当たるものはある。いつも八幡が言ってるからな。

 「専業主夫ですよね?綺麗な女性に養ってもらうって言ってましたね」

 「知っていたのか」

 「ええ、まあ。八幡がいつも言ってますし」

 え?そんなことを聞く為にわざわざ電話までかけてきたの?どんだけ俺のこと好きなんだよ、この先生。俺は早く家に帰って小町の顔が見たいんだが……。

 「その考えをどう思う?」

 「最高の考えですね!最終的には俺もそうなりたいです!ああ、でも八幡や小町を養うためなら俺は働きますよ。そりゃもう死に物狂いで!」

 八幡の考えには概ね賛成だ。働かなくてもいいしな。それに、俺は専業主夫に向いていると思う。料理も小町に任せているとはいえ人並み以上にできるし、洗濯や掃除もこなせる。

 あれ?俺以上に専業主夫に向いてるやついねえんじゃね?

 「兄弟揃ってヒモ志望とは……」

 「いいじゃないですか、ヒモ。働く女性には大人気ですね!」

 「キャリアウーマンを舐めるなよお前……」

 「失礼しまーす……」

 俺達がヒモだのなんだのと話をしていると職員室の扉が開き、肩までの茶髪とたわわな双丘を揺らす女子生徒が入ってきた。

 「お、由比ヶ浜来たか」

 「あ、平塚先生!来ました……よ。って、お兄さん……」

 「よっ、久しぶり。ガハマちゃん」

 「が、ガハマちゃんいうなし!あ、じゃなくて、言わないでください!」

 そう言ってこちらへやってくるこの女子生徒を俺は知っている。

 「ん?お前達知り合いだったのか。意外だな。まあ、一応紹介しておく。こいつは由比ヶ浜。お前の弟と同じクラスだ。それで、こいつが比企谷颯太。由比ヶ浜も知っているだろう比企谷八幡の兄だ」

 そう、この子の名前は由比ヶ浜結衣。八幡と同じ二年生だ。去年の春、八幡の入学式の日、この子の飼い犬を助けるために道へ飛び出した八幡は一か月ほど入院しなければならない程の大けがを負った。思えば八幡のボッチ生活はここから始まっていたのだろう。何せ初めの一か月を棒に振ったようなもんだからな。一か月遅れで入った八幡に関係を形成できるわけがない。

 その後、八幡は入院していて会っていないが、ガハマちゃんは菓子折りをもって家に来てくれた。

 緊張した面持ちで頭を下げてくれたガハマちゃんを俺は怒ることができなかった。幸い八幡の命は助かったし、犬も無事だった。追い返される心配もあっただろうに、八幡のために家まで来てくれたことが嬉しかったのかもしれないな。

 そんなこんなで最後には小町とも打ち解けていたみたいだし、事故のことはもう気にしていない。

 それにしても、ガハマちゃんと八幡は一緒のクラスだったのか。知らなかった。

 「それで?ガハマちゃんはどうしてここに?」

 「ああ、えっと……」

 「比企谷。これは乙女の相談だ。聡いお前ならどうするべきかわかるだろう?」

 ああ、なるほどね。

 おそらくガハマちゃんの相談事というのは色恋沙汰だろう。なら俺が聞くのは無粋か。

 「じゃあ、外で待ってますね。終わったら呼んでください」

 そういって俺は職員室の外へ出ていった。

 

 

 「んー……」

 俺は職員室前の壁に寄りかかり、少し考え事をしていた。

 八幡の奴、事故の時に少しでもガハマちゃんの顔を見たはずなんだがなぁ。それでも覚えてないのは流石だな。

 まあ、何を躊躇っているのか、話しかけないガハマちゃんもガハマちゃんだけどな。

 「あら?比企谷君」

 「ん?あ、鶴見先生。ども」

 俺の前に立っている女性は家庭科の鶴見先生だ。

 「こんにちは。あなたも呼び出されたのね。さっき、弟君もいたのよ?」

 「平塚先生から聞きましたよ。なんで呼び出されたかは知りませんけど」

 そういえば聞いてなかったな。なんで八幡は呼び出されたのだろうか。

 「今日、調理実習があったんだけど、弟君さぼったのよ」

 「あぁ……」

 あいつは何をしてるんだ……。まあ、おおよそ班で作るのが嫌だったんだろうな。あいつ、班行動とか大っ嫌いだもんな。

 「それで、レポートを書いてくれたんだんだけど。その内容がちょっとね」

 「あはは……」

 想像できる。要所に皮肉を混ぜ込んだ文章が容易に想像できる。

 まあ、そんな皮肉をつい混ぜちゃう八幡をとても可愛く思える俺も少しおかしいのかもしれないな。いや、おかしくないな。普通だ。

 「とても頭が良いのはわかるんだけどね……。あなたとは違うベクトルの」

 「そういうところがいいんですよ。八幡を見ていると全く飽きないですし。何より可愛いですし」

 「本当に弟君が好きなのね。これからも仲良くね。それじゃ」

 「どもっす」

 鶴見先生は軽く手を振りながら職員室へと入っていった。

 鶴見先生、俺が好きなのは八幡と小町ですぜ!そこんとこお間違いなく!え?どうでもいい?そんなことねえべよ!

 

 

 「あ、お兄さん」

 「お、終わったかい?ガハマちゃん」

 鶴見先生が入っていって少し経った頃、ガハマちゃんが職員室から出てきた。

 「はい!あ、平塚先生が入って来いって言ってました!それじゃあ私は行くところがあるので!」

 「おー。気をつけてなー」

 元気に走っていくガハマちゃんを見送りながら、俺は職員室へ再び入っていく。

 「あ、廊下は走るなよー」

 転んだら痛いもんな。膝なんか打ったら悶絶もんだし。

 そして、気を取り直してもう一度職員室に入る。

 「邪魔するでー、邪魔するんなら帰ってー、はいよー」

 「何一人でお約束で帰ろうとしてる」

 「勢いで帰れるかと思って」

 「いいから、こっちへ来い」

 「ういっす」

 どうやら、平塚先生にお約束は効かなかったみたいだ。

 あれ?あのお約束って結局帰ってないじゃん。なんだよ、期待させやがって。

 「ここに弟が呼び出された理由は聞いたようだな」

 「はい、調理実習をさぼったとか」

 「そうだ。それでな、このことを一応お前にも伝えておこうと思ってな」

 「はぁ……」

 「うむ」

 え?終わり?伝えてどうするの?もしかしてそれだけの為に呼び出したの?

 「あの、平塚先生?終わりですか?」

 「ああ、かえっていいぞ。なんかイライラしたから呼んだだけだし。べ、別にお前に会いたかったからとかじゃないんだからな!」

 ああ、この三十路独身教師が……。

 「うがあぁ!誰もあんたのツンデレなんか求めとらんわぁ!俺の時間を返せ!うわああ!」

 「な、なんだ!別にいいだろ!どうせ暇だったくせにー!少しくらい私に付き合ってくれたっていいじゃないか!」

 「あんたは小学生かー!」

 その日の職員室には俺の叫び声が響いたとさ。

 あ、教頭からみっちり怒られたぜ。平塚先生と一緒にな。ざまあ!って俺も怒られてちゃ同じだよな……。

 あぁ、小町……。今日は遅くなりそうだぜぇ……。

 

 

 「あれ?八幡お腹痛いの?」

 「あ、ああ、うん。気にしないでくれ。……うう、木炭」

 その日の夜、八幡がお腹を押さえながらトイレに駆け込む姿を何度も目にする俺だった。

 何があったんだ?明日、雪ノ下さんに聞いてみよっと! 




どうもりょうさんです!
この小説のお気に入りも二百件をとばして三百件いただきました!ランキングにもいろいろ載せてもらっているみたいで、みなさんのおかげでございます!これからもよろしくです!

https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターなどもやってますよ!ぜひぜひ!こちらでも絡んでください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

由比ヶ浜結衣は一歩ずつ前へ進んでいく。

 「ははは!それで八幡はあんなに調子悪そうだったのか」

 「ええ、私も少しの間はクッキーを見たくないわ」

 あれから少し経ったある日の昼休憩、俺は奉仕部の部室へとやってきていた。

 ここに来た時は『本当に来たのね』と呆れたような顔をされたが、今は普通に話をしてくれている。その時は食べていたお弁当も、今では前に来た時と同様に太ももの上に置かれていた。

 雪ノ下さんから聞いた話によると、俺が平塚先生と説教を受けている間にガハマちゃんがここを訪れ、依頼をしたらしい。その内容が、クッキーを作ってプレゼントをしたいというものだったらしく、雪ノ下さんがクッキーの作り方を伝授したのだという。

 まあ、それが成功したのかどうかは、八幡や雪ノ下さんの様子を見れば一目瞭然だが。

 「どうだった?初めての依頼を成功させた感想は」

 「どうということはないわ」

 俺の質問に淡々と答える雪ノ下さん。

 しかし、少し考えるしぐさをみせると僅かに頬を緩ませる。

 「でもまあ、感謝されるというのは悪い気分ではなかったわ」

 彼女はみんなが思っているような、一線を引かれる高嶺の存在ではないと、尚浮かべる微笑みを見ながら俺は思った。いつもは落ち着いた大人な雰囲気を纏っている彼女だが、今この瞬間は年相応の少女にしか見えなかったのだ。

 「さて、そろそろ俺は帰りますかね。話に付き合ってくれてありがとね。また来るから」

 「また来るのね……」

 少し嫌そうな顔をする雪ノ下さん。

 そんなに嫌か。俺は凄く楽しいんだけどなぁ。

 「でも、許可しないことも……ないわ」

 え?なにこの子。そういう不意打ちをする子だったのか。いやぁ、最近の女の子は侮れんな。

 「ツンデレ乙。言われなくても来るよー!てか、最初から許可なんてもらってないし!」

 「つ、つん?」

 「じゃあねー!あ、八幡のことよろしくねー!」

 「あ、ちょっと!」

 雪ノ下さんが何かを言う前に退散させてもらった。

 「次来るのが俄然楽しみになってきたなぁ」

 そんなことを思いながら、俺は口笛を鳴らし廊下を歩き始めた。

 

 

 その日の夜、リビングで八幡がラッピングされた袋とにらめっこしていた。

 「八幡、それどうしたんだ?」

 「ああ、兄貴か。いや、この前の依頼主からお礼にってもらったんだが」

 なるほど。これが件のクッキーですか。

 それにしても……。

 「黒いな、なんだその禍々しい物体は」

 「兄貴も大概酷いよな。まあ、依頼主が言うにはクッキーらしいが……」

 クッキーってこんな黒かったっけ?八幡が言っていた木炭っていうのは本当だったんだな。こりゃ木炭にしか見えんわ。

 「食うの?」

 「そりゃ、貰ったもんだしな」

 八幡は渋々といった感じで答える。

 流石は八幡だな。こういう時は律儀なんだから。

 「なになにー!お兄ちゃん達何見てるのー?……木炭?」

 「お前も酷いな小町」

 「ははは!やっぱり木炭にしか見えないよな!」

 俺達の話声を聞いて目をキラキラさせながらやってきた小町だったが、この木炭を見てその可愛い顔を歪めてしまった。

 やべえな。俺の中で、この物体が木炭で認識され始めている。

 「一応食えるとは思うんだがな」

 「ねえ、颯お兄ちゃん。あれで火を起こしたら炭火焼できるかな?」

 「んー?できるんじゃねぇの?」

 「いや、できねえからな?なんか由比ヶ浜が可哀想になってきたわ」

 奇遇だな八幡。若干俺もガハマちゃんに申し訳なくなってきたわ。

 「まあまあ、ほらお兄ちゃん食べてみなよ。美味しいかもよ?」

 「あ、ああ。そんじゃあ」

 小町の進言により、八幡はようやくクッキーを袋から取り出す。

 うぉ、生で見るとやっぱり木炭にしか見えねぇ。一応ハート形だが、その黒さはやはりおかしい。

 「……まずい」

 「だろうな」

 「だよねー」

 クッキーを口にした八幡だったが、予想通りの言葉が出てきた。俺も小町も納得して頷くしかない。しかし、食べられない程ではないのか、はたまた八幡の優しさが発揮されているのかはわからないが、八幡はクッキーを完食した。

 「おー。お兄ちゃんが完食した」

 「そりゃそうだよな。なんだっけ?俺の為に頑張ってくれたんだ!って勘違いするんだっけ?」

 俺は雪ノ下さんから聞いた、依頼の解決の際使った言葉を引用してみた。

 「また雪ノ下に聞いたのか……」

 「ご名答!よくわかったなー!偉いぞ八幡!」

 八幡の頭を撫でながら褒める。

 「やめろ鬱陶しい。あれは一般の男だけだ。俺は断じてそんな安易な勘違いはしない」

 うーん、捻くれてるなぁ。でもそんなとこが可愛いよ!

 「もうあんな過ちは犯さない」

 あ、なんか八幡のトラウマスイッチを入れてしまったみたいだ。こういう時は関わらないことが先決だ。

 「よし!小町、飯だ飯だ!行くぞー!」

 「おー!」

 小町も何のことかわからず困惑していたが、八幡の様子を見て何かを察したらしく俺に便乗する。

 流石我が妹。八幡のことをよく見ているし、俺の意図もすぐさま感じ取ってくれる。だから好きだよ小町!

 「颯お兄ちゃん。キモイからニヤニヤするのやめようね?」

 「……ぐすん」

 お兄ちゃん寂しいぞ小町……。

 

 

 四限終了を知らせるチャイムが鳴り、教室内にまったりとした空気が訪れる。

 ある者は購買へと鬼気迫る表情で走っていき、女子は仲の良い者同士で机を合わせ弁当を広げる。

 今日は外が雨の為、いつも一人で昼飯を食べている八幡も教室にいるだろう。まあ、教室にいたとしてもボッチであることには変わりないだろうが。

 そういえば、八幡は一人の時に独り言を言っていることが多い。時には一人で熱唱してしまう程だ。今も一人でブツブツと独り言を言っているのだろうか?いや、流石にそれはないか。

 八幡から言わせると、ボッチとは思考の達人らしい。おおよそ、今も何かを一人で考えているのだろう。

 そんなことを考えながら俺は弁当箱を持ち、立ち上がる。

 「あれ?颯君、今日もどっか行くの?」

 そんな俺に気づいためぐりが問うてくる。

 「ああ、ちょっとな」

 「授業には遅れないようにするんだよー」

 「了解ですよ。生徒会長様」

 そう言うと俺は教室を後にした。

 「さて、雪ノ下さんのとこにでも行きますかねー。……お?」

 奉仕部の部室へと向かおうとしていた俺の視線の先に、綺麗な黒髪を揺らしながら歩く雪ノ下さんが見えた。その足取りは若干イラついているような感じが見受けられる。

 「ふむ……」

 興味の沸いた俺は、雪ノ下さんの後を追い始めた。

 

 

 「ここは……」

 雪ノ下さんを追いかけ、到着した場所は二年F組。八幡やガハマちゃんの在籍するクラスだ。

 しばらく様子を眺めていると、教室から一斉に生徒が出ていくのが見えた。

 なんだあれ。教室でなんかあったのか?

 遠目から教室内を眺めてみると、涙目になったガハマちゃんがきつい目をした金髪少女に謝っている姿が見える。その奥には八幡の姿も小さく見えた。金髪少女とガハマちゃんの周りには葉山君をはじめとする、同じグループの奴らと思われる者の姿も見え、その全員が気まずそうな顔をしている。

 普通に考えればグループ内の小さなケンカだろう。

 金髪少女はガハマちゃんが煮え切らない態度をとる度に機嫌をどんどん悪くしていく。

 そして、八幡とガハマちゃんの目が合った瞬間、教室内に雪のような冷たい声が響く。

 「謝る相手が違うわよ。由比ヶ浜さん」

 それからは雪ノ下さんの独壇場だった。

 金髪少女も食って掛かるが雪ノ下さんには敵わない。最後には説き伏せられてしまった。

 そんな姿に呆気をとられて八幡なんかは中腰状態で固まっている。八幡、その格好はなんていうか格好悪いぞ。

 しかし、助けようと立ち上がったのは称賛に値すると思う。まあ、八幡もこれ以上嫌われようがないとでも思っていたのだろうが、あの姿が見れただけで俺は心が熱くなるほど嬉しかった。

 そして、雪ノ下さんは一通り話すと教室から出てくる。壁に寄りかかり静かに目を瞑り、教室内へ耳を傾けていた。そこに八幡も合流し、少しの間二人は会話をしていた。

 教室から漏れてきた話を聞く限り、ケンカの原因はガハマちゃんの人に合わせる性格が災いしたのだろう。

 彼女の性格が悪いとは思わない。しかし、それを気に食わない者もいるということだ。

 ガハマちゃんは昼を雪ノ下さんと一緒に食べる約束をしていたのだろう。しかし、あの集団から抜け出すことができなかった。金髪少女は言いたいことは言えと言っていたが、そんなことを言われて言える者などいないのだ。

 まあ、今は雪ノ下さんのおかげで落ち着いて話ができているようだ。

 『優美子のことが嫌だってわけじゃないから。だからこれからも仲良くできる、かな?』

 『ふーん。いいんじゃない?』

 そんな会話が聞こえてきたことで俺はひとまず安心した。それは雪ノ下さんも同じようで、何かを呟き、壁から身を離して歩いて行ってしまった。

 「さて、俺はどこに行きましょうかね」

 俺も言い合いをしているガハマちゃんと八幡を見届け、歩き始めた。

 

 

 「それで?なぜ比企谷がここにいる?」

 「いやだなー!俺と平塚先生の仲じゃないですかー!」

 「だからといって、職員室で飯を食うやつがいるかー!」

 ごちそうさまでした。

 




どうもりょうさんです!
第七話の更新となります!
お気に入りも五百件を超え、感想も少し貰いとても嬉しいです!一時期は日間一位にもさせてもらって、嬉しい限りでございます!皆様のおかげでございます!
これからもよろしくお願いします!

https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

だれしも患う病は存在する。

 「ちわーっす」

 「あら、こんにちは」

 「ふぇ、お兄さん?」

 今日も今日とて奉仕部部室へと訪れた俺を迎えてくれたのは、当然のように挨拶を返してくれる雪ノ下さんと驚いたような顔をしたガハマちゃんだった。

 「ガハマちゃんじゃん。何、奉仕部に入ったの?」

 「いいえ、入部を認めた憶えはないわ」

 「あ、そうなんだ」

 なんだ、あの依頼をきっかけに入部したのかと思った。あの日も一緒に昼飯を食う約束をしていたみたいだし。

 「じゃあ、ガハマちゃんはなんでここにいるの?」

 「ゆきのんとご飯を食べるため?」

 んー?と考える仕草を見せながらガハマちゃんは答える。

 なんで疑問形なんですかね。自分でもわかってないの?

 「由比ヶ浜さん、何にでもクエスチョンマークをつけるのをやめなさい。アホにみえるわ」

 「アホ!?ゆきのんひどっ!」

 「雪ノ下さん、ガハマちゃんがアホなのは今に始まったことじゃないよ」

 「お兄さんまで!?てか、お兄さんの方がひどい!」

 ガハマちゃんは可愛い声を張り上げながら俺達に抗議してくる。

 一挙一動が非常に面白い子だ。まあ、雪ノ下さんや八幡はこういうタイプの人間が苦手そうだけどな。それでも、面白そうにガハマちゃんをいじる雪ノ下さんを見ていると、意外とそうでもないのかと感じてしまう。なかなか二人の関係は良好らしい。

 「それより、あなた達知り合いだったのね」

 「ああ、うん。まあ、いろいろあってね」

 「うん!私とお兄さんはお友達だよ!」

 俺の煮え切らない答えを聞いたガハマちゃんは嬉しそうに答える。

 果たして友達と呼べるのかは曖昧だが、知り合いであることは変わらない。まあ、ここで肯定しても面白くないのでひとまずからかっておこう。

 「え?俺達って友達だったの?」

 「え?違うの?」

 あ、うん。そこまではっきり言われると俺も悪い気はしない。

 俺はどちらかといえば小町のようなタイプであり、友達がいないわけでもないし、愛想が悪いこともないのだが、あまり群れることを得意としているわけではない。

 八幡は小町のことを次世代ボッチと称していたし、多分俺もそうなのだろう。八幡に言ったら即否定されそうだが……。

 その為、俺は興味を持った人間としか基本付き合わないのだ。最小限の会話をする人間は多く存在するけどな。

 それも災いしてか、俺のことを友達だとハッキリ言ってくれるのはめぐりくらいだ。だからガハマちゃんの言葉は素直にうれしかった。今現在も顔がニヤけているくらいには。

 「気持ち悪い顔をしないでちょうだい。その顔はなんだか比企谷君に似ていて不愉快だわ」

 雪ノ下さんは眉を吊り上げてこちらを睨んでくる。

 いないところでも罵られる八幡って……。流石八幡だな。まあ、似ているというのも兄弟故なのだろう。

 「はっはっは!もっと言ってくれ!八幡に似ているってのは俺にとっちゃあ褒め言葉だからな!俺が八幡に似ているってことは、八幡が俺に似ているってことだろ?すなわち!俺を見て育ったということだ!真似したということだ!くっそう!俺の真似をする八幡だと……可愛すぎるぞこの野郎!」

 「お兄さんが壊れた!?」

 「しまったわ、まさか地雷を踏んでしまうなんて……」

 その後、俺は昼休憩終了まで八幡の可愛さを熱弁してしまった。八割方雪ノ下さん達は聞いていなかったような気もするが。

 

 

 「破壊的につまらん……」

 「……ん?」

 風呂上がりの俺を出迎えてくれたのは気だるげな顔をした八幡だった。手には分厚い紙の束が握られている。中身をちらっと見た限りでは小説の原稿のようだ。

 八幡がかなりの文学少年だということはよく知っている。ライトノベルはもちろん、純文学にも精通している幅広い文学少年だ。家でも本を読んでいる場面をよく見かける。しかし、原稿を読んでいるところは初めてだ。編集者でも始めたのか?

 「はちまーん!それなんだ?」

 「ん?ああ、兄貴か。知り合いに読んで感想をくれと頼まれた」

 「八幡って知り合い居たんだ」

 「おい、傷つくだろ。失礼なこと言うな。友達はいなくても知り合いは沢山いる」

 何故か胸を張って答える八幡を愛おしく思いながらも、俺は八幡の次の句を奪う。

 「相手は知ってるか知らないけど?」

 「先に言うなよ。何?俺は灰皿で頭叩く人なの?」

 八幡ってばなかなかいいネタを放ってくるなぁ。でも、最近の子はその人知ってんのかな?俺は結構好きなんだけどな。

 「ははは!すまんすまん」

 「ったく、ちょうどいい。兄貴も読んで感想くれよ」

 「よし任せろ!」

 俺は八幡から原稿を受け取り読む。

 ふむ、ジャンルは学園異能バトルものか。主人公覚醒系の王道だな。服がやぶけたりなどの意味不明なお色気要素も含まれている。漢字とルビが超絶的に合っていない技名もある。

 ハッキリ言わせてもらうと。

 「これってなんのパクリ?」

 「奇遇だな兄貴。俺もそう思った」

 「なあ、八幡。この子は雪ノ下さんにも感想を頼んだのか?」

 これが一番心配だ。まだ小説投稿サイトやスレなんかの方が優しい評価をくれる。俺なら絶対に雪ノ下さんに感想を頼むなんてことはしない。

 「ああ」

 「その子は精神が強いのか?」

 「弱い」

 ダメじゃん。明日、その子精神崩壊しちゃうよ!ズタズタに叩きのめされちゃうよ!

 「俺もそのことで明日が心配なんだ」 

 「ま、まあその子に伝えておいてよ。ほかの本を多く読んで、その人の書き方や表現方法を研究してみてくれって。何事も研究が大事だからね」

 「わかった。まあ、文章のことなんかは雪ノ下が言うだろ。俺はとどめを刺しておく」

 おいおい、とどめを刺してどうすんだよ……。それただの死体蹴りじゃないか。

 「その子ってどんな子なんだ?」

 そういえば小説のことばかりで本人のことを何も聞いていなかった。学年すら知らないし、性別も知らない。多分、というか絶対男の子だろうが。だって、八幡の知り合いだもん。

 「中二病」

 「は?」

 そんなもん全部ふっ飛ばしてきましたよこの子。

 しかし、思えば小説を見てみてもわかる気がする。この妙なルビも何か昔抱えていた闇が蘇ってくるような、そんな感じに襲われる。

 やべえな。なんか無性に胸がざわついてきた。このままだと悶え死んでしまう。

 「名前は材木座。俺と同じ二年で、ボッチだ」

 「なんだ。八幡の同類か」

 「あいつと同類にしないでくれ。寒気がする」

 ひっでぇな……。

 まあでも、材木座君とは少しお話がしてみたくなった。八幡に小説の感想を頼んでくるほど八幡のことを信頼している子に会ってみたくなったのだ。

 「どうやって知り合ったんだ?」

 「一度体育で組まされたってだけだよ。よって友達でもなんでもない」

 よっぽど友達と思われたくないんだろうな。

 しかし、八幡は材木座君と友達にはなりたくないみたいだが、嫌いというわけではないらしい。もし材木座君のことが嫌いなら八幡は本当に材木座君を突き放すだろう。だがそれをしていない。

 おそらく材木座君は中二病で、うざくて、小説の感想を求めてくるような奴だが、それほど悪いやつではないのだろう。

 これから先、どこかで八幡から助けを求めることになるかもしれないな。

 「材木座君に伝えてくれよ。今度、小説書いたらまた見せてくれって」

 「本当に見せに来るぞ?」

 「構わないよ」

 「兄貴ってほんと変わってるよな」

 「ははは。そうか?」

 そんなことはないと思うんだけどな。ただ、この子に興味を持った、それだけだ。

 「お兄ちゃん達さっきから何見てるのー?小町にも見せてー!」

 俺と八幡の間から小町が顔を出す。風呂上がり特有の良い匂いが俺と八幡の間を通り抜ける。

 いい匂いだなぁ。抱いて寝たい。

 「ほら」

 「ほー」

 八幡に原稿を手渡された小町はそんな声を上げながら原稿を読んでいく。

 「飽きたー」

 「早いな。もっともつかと思ったんだが」

 どうやら小町には合わなかったようだ。

 まあ、小町はもともと本を読むことをあまり好むタイプではないしな。それでも教科書はもう少し読んでほしいが。

 「んー、なーんか、えっとー。つまんなかった」

 「一番辛辣だな」

 「ははは!それでこそ小町だ!」

 

 

 「材木座君どうだった?」

 翌日の夜、ソファーに座っていた八幡に報告を求める。

 「撃沈してたけど、また見せに来るって言ってたよ」

 「意外に強いじゃん」

 「みたいだな」

 「あ、兄貴の言ってたことをすべて話した」

 「なんだって?」

 「今度大将とお話がしたいでござるって言ってた」

 「んー……。また今度ね……」

 いつになるだろうね……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

よそ見は計画的に。

 ある日の朝、憂鬱な朝をスタートさせるべく朝食を食べていると、小町がジャムを塗ったトーストを片手にファッション雑誌を見ていた。

 確かヘブンティーンとかいう雑誌だった気がする。女子中学生の間で最もキテいる雑誌らしく、読んでいないほうがおかしいらしい。クラスの女子が読んでいるのを何度か見かけたこともある。

 頭の悪そうな言葉を羅列している雑誌に八幡は苦い顔をしているが、小町はうんうんと頷いている。

 小町ちゃん?共感するのはいいけど、パンのクズをぽろぽろ落とすのはやめようね?はしたないわよ。

 「おい、時間」

 時計を一瞥した八幡が小町の肘を突く。

 時刻は七時四十五分。そろそろやばい時間だ。着替えすら済ませていない小町ならば尚更だ。

 「やば!」

 時計を確認すると思い出したように雑誌を閉じ立ち上がる。

 俺は、ジャムってる?やら自動小銃やら我が弟妹のコントを聞きながら野菜ジュースを飲みほした。ちなみに俺は紫派だ。

 「兄貴も遅れるぞ」

 「へいへい」

 小町の生着替えを横目にコーヒーに砂糖と牛乳を入れながら八幡が俺にも忠告してくる。

 そういえば、最近小町はよく牛乳を飲むようになったな。あれか、乳の強化週間。八幡がそう言っていたような気がする。

 「……」

 俺は小町のちょっとばかり膨らみのある壁を見ながら、心の中で頑張れ小町!と思うのだった。

 「人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい……」

 そんな八幡の独り言を聞き流しながら。

 

 

 「れっつごー!」

 「おーう!」

 「元気だな二人とも……」

 準備を終えた俺達は学校へと向かう。

 いつも通り小町は八幡の後ろだ。

 「よーし!今日は小町が乗ってるからね!お兄ちゃん事故らないように気を付けてよね!」

 「俺一人の時ならいいのかよ……」

 「やだなー妹の愛だよ!お兄ちゃんが心配なんだよ!」

 「お兄ちゃんも心配だぞ!八幡!」

 「まじで小町を乗せてるときは気を付けてね。まじで」

 ガチトーンでまじでと二回言った八幡はイラついた表情を見せながらも、ペダルをこぎ始めた。

 しれっとスルーされたのはもう慣れっこだもんね!寂しくなんかないやい!

 しかし、八幡のことを心配しているのは本当だ。

 八幡は去年の入学式に事故に遭っている。もちろんガハマちゃんのことだ。それ以来というもの、八幡を一人で登校させることはなくなった。

 今では三人で登校しているがこれは数か月前からであり、もともとは俺と八幡が一緒に登校していたところに小町が加わったのだ。

 「……あのワンちゃんの飼い主さんうちにお礼に来たよ。お菓子貰ったー。美味しかった」

 「俺それ食べてないんだけど?」

 八幡が小町を見た後に俺へと視線を向ける。

 いやん。そんな熱い視線を送られたら冷や汗出ちゃうわんっ!もう、出てるけどな。

 「同じ学校だって言ってたし、お礼にも行くって言ってたよ?」

 小町の言葉を聞いた八幡が慌ててブレーキをかける。その反動で小町の顔が八幡の背中へと埋まってしまった。

 あらあら痛そう。

 「なんでそういうことを言わないかね……。名前は?」

 「お菓子の人?」

 「それは名前じゃねえよ……」

 「忘れちった!」

 そういった小町は学校が目前にあることを確認すると自転車から飛び降りて校門へと向かっていった。

 八幡は呆れたように溜息を吐いている。

 「うわーん!お兄ちゃん!」

 鞄を忘れた小町を見ながら。

 またですかい。

 

 

 穏やかな太陽の光が差し込む教室ではいつものように授業が行われている。

 受験生特有の張りつめた雰囲気は未だ片鱗を見せてはおらず、後ろの席の男子生徒は小さく寝息を立てていたりする。

 隣のめぐりは流石生徒会長というべきか、真剣に黒板の板書を眺めている。その姿を眺めるのが授業中の定番となっている。ふむふむと頷きながら授業を受けているめぐりを見ているのは飽きない。時々俺の視線に気づいて笑いかけてくれるのも颯太的にポイント高い。

 まあ、あまりめぐりに迷惑をかけるのも悪いし、ふと校庭に目を向けてみる。

 ちょっと窓側の大山君?あなた大きくてよく見えないわよ?縮め!縦にも横にも!

 なんとか大山君の間から校庭を見てみると男子生徒が準備運動をしていた。今現在はまとまって行動しているが、そのうち選択した種目によって分かれていくだろう。

 特徴的な金髪をした葉山君や、比企谷家伝統のアホ毛を揺らす八幡の姿があることからおそらく二年生だろう。八幡から聞いた話によると、今回はサッカーとテニスから選択するらしい。圧倒的にテニスの方が多かったらしいが。

 先生の話に耳を傾けながら校庭を眺めていると、男子生徒が二つのグループに分かれて散らばっていった。

 葉山君は取り巻き連中と騒がしくテニスコートへと向かい、八幡は太った男の子と話していた。なんだか動きがうるさい子だが、もしかするとあの子が材木座君かもしれない。少し言葉を交わすと八幡もテニスコートへと向かっていった。

 あ、材木座君はサッカーなんだ。ボッチなのに。

 そして、体育教師の厚木の指示を受けたテニス選択の生徒達はコート内に広がっていった。騒がしくスライスだのなんだのと叫んでいる金髪の男の子が良く目立つ。もちろん悪い意味で。ここまで声が聞こえてますよ?

 八幡は厚木に上手く取り入ったのか一人で壁打ちをしていた。

 俺は八幡らしいなと思いながら一人壁打ちをしている八幡を眺めていた。

 やばいな、あの一人で黙々と壁打ちをする八幡が可愛すぎる。少しミスって球を取りに行く姿も可愛い。いかんな、顔がニヤけてきた。

 「おい、比企谷。私の授業はそんなに笑顔を浮かべるほど面白いか」

 その言葉にだらしなくニヤけた表情のまま固まってしまう。

 やべぇ、窓から顔が動かせねぇ!大山君こっち見ないで!なんか恥ずかしいから!

 「比企谷?なぜ私の顔をみない?ほら、こっちを向け」

 「あれですよ、今日寝違えて正面向けないんですよ」

 「さっきまで城廻の方を見ていたのを私が気づいていないとでも?」

 うそーん!ばれてたの!?いかん、汗が止まんねぇ!てか大山!ニヤニヤしてんじゃねえよ!今度、お前が授業中に早弁してたことばらしてやるからな!

 「比企谷。こちらを向けと言っている」

 「ういっす」

 声を低くした平塚先生の言葉に反射的に正面を向いてしまう。

 こええよ!なんだよさっきの低い声!今ので向かなかったら確実に拳食らってたな。

 「やっと目が合ったね」

 こんなにときめかないこの言葉を聞いたのは初めてだ。むしろ恐怖しか生まれないよ!

 「ひ、平塚先生は今日もお綺麗ですね」

 「そんなお世辞を聞きたいわけじゃない。……はぁ。何を見ていた?」

 「弟です」

 「……はぁ」

 平塚先生は俺の言葉に溜息を吐き額に手を当てた。

 「城廻。生徒会の仕事はまだ山ほどあるよな?」

 汚ねえ!この人めぐりを味方につけようとしてやがる!めぐり!ここはそんなにありませんって答えるんだ!俺はめぐりを信じてるぞ!

 「……はい!山ほど!」

 俺の願いむなしくめぐりはこれでもかという程良い笑顔で答えた。

 「そうか。ならば比企谷。今日の放課後、お前には生徒会への奉仕活動を命じる。城廻。こいつを好きに使ってくれ」

 「了解でーす!」

 くそ!黒めぐりんがここで発揮されるとは!今日だけは恨むぞめぐり!俺の放課後はお前によって奪われたんだからな!

 こうなったらとことんよそ見を!

 「次はないぞ、比企谷」

 「ういっす」

 アハハ!逆らえるわけないじゃないですかー!

 

 

 「めぐり。一生恨むぞ」

 「颯君が悪いんだよー。よそ見なんてするから」

 昼休憩、俺は早速めぐりの元へと向かった。もちろん文句を言ってやるためだ。

 「それに、たまには生徒会の手伝いもしてもらいたいし」

 「そんなの生徒会役員でできるだろ」

 「できるけど人手は欲しいの!それに約束忘れたの?」

 「別に忘れてはないけど……」

 めぐりが生徒会長に就任する際、俺とめぐりは一つの約束をした。

 「颯君、なるべく手伝うって言ってくれたよね?あれは嘘だったの?」

 そう、俺はめぐりの仕事をできる限り手伝うと約束したのだ。

 もともとめぐりに生徒会長になることを勧めたのは俺だった。しかし、めぐりはなかなか承諾してくれなかった。そこで先程の約束をしたのだ。

 まあ、それだけでめぐりが決心したわけではなく、陽乃さんの後押しもあってこそなのだが、めぐりの生徒会長就任を一歩近づけることができただろう。 

 「嘘じゃないけどよ……」

 「だったらたまには手伝ってよ!いいでしょ?」

 「……わかったよ」

 まあ、約束は約束だしな。小町にメールしとこ。

 「ありがとう。颯君大好き」

 「はいはい、俺もだよ」

 馬鹿め、耳を赤くするくらいなら言うなっての。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり俺の弟は決めきれない。

 学校の授業というものは基本的に退屈なものである。個人によっては得意科目などがあり、その時間は退屈ではないかもしれない。

 しかし、俺にはそれが当てはまることはない。

 得意教科でも苦手教科でも授業が退屈であることには変わりないのだ。

 まあ、そんな授業があるからこそ休み時間のありがたみが増すのかもしれないが。

 「颯君っ。ご飯食べよー」

 そんな思考に耽っていると、隣の席からひょっこりとめぐりが顔を出す。その瞬間めぐり独特の良い香りが鼻腔をくすぐるが敢えて口には出さない。

 いや、出したら変態だから。今こうやって思ってる時点で危ないから。

 「おう。めぐりさんや、今日は何を恵んでくれるんだい?」

 「もう、颯君も料理できるんだから作ってきなよー。購買ばかりじゃ飽きちゃうでしょ?」

 軽く頬を膨らませながらお小言を言ってくるめぐりは小町と違ってただただ可愛い。天然でこういうことができるめぐりんまじぱねえ。

 「冗談じゃない。弁当作るってなったら朝早く起きないとダメだろ?死んじゃうよ!めぐりは俺をお亡くなりにさせちゃうつもりか!」

 「人は早起きしたくらいで死なないよ!もう……卵焼きあげる」

 文句を言いながらも卵焼きを差し出してくれるめぐりはやっぱり優しい。

 でも、優しすぎて将来変な男に騙されないか颯君心配ですよ!

 「やったぜ!いつもありがとな!今度は俺の為に弁当作ってきてくれてもいいんだぞ?」

 「ふぇ?それって作って来いってこと?」

 「おう!愛妻弁当だな!」

 もし本当にめぐりが弁当を作ってきてくれるならマジで嬉しい。

 めぐりの弁当はいつも美味いしバランスもとれている。舌も腹も満たされてオマケに体にも良い、ハッキリ言って最高だ。

 「あ、あ、あ、愛妻!?」

 あれ?めぐりさんそこに反応しちゃうの?

 「何恥ずかしがってんだよ。俺とめぐりの仲じゃないかっ!」

 「そんな関係になったおぼ、おぼ、憶えはないよ!よ!」

 あーあ、顔真っ赤にしちゃって。

 ほんと……可愛いなこいつ。

 「はいはい。まあ考えといてくれよ。良い返事を待ってるぜ」

 「結婚はまだできないよ!」

 そこから離れろこの天然!

 

 

 めぐりとの昼食を終えた俺は腹ごなしに校内を散歩していた。

 あの後、冗談だとめぐりに伝えると、顔を真っ赤にして俺の肩を弱い力で食べ終わるまで殴られていた。全然痛くもない攻撃だったが周りの生暖かい目が少し痛かった。

 ちょっとむかついたし、めぐりんの歌でも歌ってやろう。

 「め、め、めぐりん、めぐりんり~ん!天然ぽわぽわ生徒会長~!」

 「……」

 そこまで歌い切ったところで保健室から出てくる一人の良く見知った黒髪の女生徒と目が合う。

 やべえ、額の汗が止まらんぞ。

 「あっ」

 「おぉい!雪ノ下さん!何を察したんだ!まってくれぇい!」

 なんだよ『あっ』って!

 見てはいけないものを見た顔をした雪ノ下さんを慌てて呼び止める。

 「すみませんでした。保健室はそこですよ。よくよく見てもらってくださいね、頭を」

 「保健室で精神をどうにかすることはできねえよ!この学校の保健室は精神科医でもいるのかよ!」

 「は?そんなのあるわけないでしょう?本当に見てもらったら?良い医者を紹介するわよ?」

 「もう、好きにしてくれ……」

 最近、雪ノ下さんの対応が八幡と同じ感じになってきている。

 打ち解けてくれたのだと考えているが、俺にそっち系の趣味はないので意外に傷つく。颯太ショック!あれ?あんま堪えてないな。

 「そういえば、救急箱なんかもってどこか行くの?」

 「突然話を変えるのね……。いきなりすぎてついていけないわ」

 「人間切り替えが大事なんだよ、雪ノ下さん。失敗はすぐ忘れてしまえばいいんだよ!黒歴史になる前に記憶から抹殺するのだよ!」

 「……はぁ」

 胸を張ってドヤ顔を決めた俺に雪ノ下さんは大きなため息を吐いた。

 「それで?どこいくの?」

 「テニスコートよ。奉仕部の活動をしている最中なのよ」

 「八幡もいるんだな!じゃあ俺もついていく!さあ行こう雪ノ下さん!」

 奉仕部の活動と聞いた俺は雪ノ下さんの手を強く引いてテニスコートへと走り出した。

 八幡がいると聞いて黙っていられる俺じゃないからな。それに、先程テニスコートを覗き見た時人だかりができていたことも気になるし。

 「ちょっと、手を引かないでちょうだい」

 「恥ずかしがんな!」

 「……はぁ」

 そんなため息ばかり吐いていると幸せが逃げちゃうぜ!

 

 

 「HA・YA・TO!フゥ!」

 「なんだこれは」

 そこには異様な空間が広がっていた。

 まあ、異様なのはテニスコートを囲むギャラリーだけど。特にあの戸次君だっけ?あれ違ったかな。あ、戸田君だ!戸田君が異常にうるさい。

 ここに来る途中にテニスウェアを着て足を引きずっていたガハマちゃんに雪ノ下さんは連れていかれたし、なぜか八幡と金髪ロールギャル子さん、葉山君ペアが対峙していたりなど、なかなかにカオスな状態だ。

 「うぉーい!はちまぁん!何してんだー!」

 「げっ、兄貴」

 俺の声に気づいた八幡は露骨に顔を歪める。

 そんな反応されるとお兄ちゃん傷つくんだけど。

 「あなたは……」

 「ん~?」

 「いえ……」

 俺の顔を見た葉山君が何かを言おうとしたがやめてしまう。俺のことを知っているような反応だったが面識あったっけな?俺は一方的にこの子のこと知ってたけど。

 「あんた何?いきなりコート入ってくんなっつの」

 「ふぅむ。そりゃ悪かった。なんか中断してたみたいだしいいかなて思ったんだけど」

 なんだこの金髪ロール娘。お兄さん少しむかつくぞ。まあ、ここでキレることはしないけどね。お兄さん優しいから!

 そこで審判席に座りおどおどしている一人の男子生徒が目に入る。

 確かこの子は戸塚君。女子の間では有名な王子様と呼ばれるれっきとした男子生徒だ。間近で見ると本当に可愛いな。

 「戸塚くーん!おいでおいでー!」

 「あ、はい!」

 俺の呼びかけに応じてこちらに走ってくる戸塚君はやはり可愛い。その時に八幡の顔も緩んでいるのも見逃さない。こりゃ惚れてますわ。

 「この騒ぎの原因を教えてくれるかな?」

 「はい!えっと……」

 

 

 「なるほどね」

 戸塚君の話によると、テニスの練習相手を奉仕部に依頼し昼休みに許可を取って練習をしていたところ、金髪ロール娘がやってきて自分達もテニスやりたいと駄々をこねた。それで口論になり、解決法としてテニスで対決をすることになったと。

 先程までガハマちゃんが八幡のペアを務めていたのだが、足を怪我してどこかへ行ってしまったらしい。先程若干足を引きずっていたのはそういうことだったのか。

 「ねー、そろそろどうするのか決めてくんない?」

 中断にしびれを切らした金髪ロール娘が不機嫌そうに八幡を睨む。

 「ああ、そうだな」

 そして八幡が膝をつく寸前、雪のような冷たい声がテニスコートに響く。

 時間稼ぎ完了っと。

 「この馬鹿騒ぎは何?」

 声の先には体操服とスコートを身に着けた雪ノ下さんが立っていた。

 うん、良く似合ってるね。

 雪ノ下さんがテニスコートへ入ってくるのを確認して、ざわつきに隠れるようにして俺はテニスコートを出た。

 それからはまごうことなき雪ノ下さんの独壇場だった。まあ、雪ノ下さんの体力が尽きるまでだったが。

 雪ノ下さんの辛そうな表情を見た相手チームは勝ちを確信していたが、こちら側の人間が落胆の色を見せることはなかった。俺を含めて。

 ガハマちゃんと雪ノ下さんの八幡を信じ切った表情はあまりにまぶしくて、少しほっとして、ほんの少しだけ羨ましかった。

 八幡がボールを高く打ち上げたところで俺はテニスコートを足早に去った。

 次の瞬間、ギャラリーの歓声が高く上がった。

 八幡、最後まで締まらないな、お前……。せっかくお兄ちゃん格好良く去ったのに!もう!

 

 

 「颯君。廊下で変な歌を熱唱するのやめようね?しかも私の歌!」

 「あ、はい。すいません……」

 やっぱり兄弟って似るんだね!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり雪ノ下陽乃には逆らえない。

 「やあ比企谷」

 「なんだろう。今年に入ってからこんな場面が増えた気がする」

 俺の前には一枚の紙を持った平塚先生がタバコを吹かしながら座っている。紙には職場見学希望調査票と書かれている。

 もう聞かなくても誰が書いたものかなんてわかっちゃったよ。

 「大体察しましたけど一応聞いときます。なんで俺は呼び出されたんですか?さっきまでめぐりん特製ハンバーグ弁当を美味しく食べていたところだったんですが」

 あの愛妻弁当云々の会話の末、めぐりは本当に弁当を作ってきてくれた。なぜか翌日ではなく三日後だったが。それからというもの俺が購買で何かを買うことはなくなった。

 うん、お財布にも優しいね。

 「ふむ。この紙をみてもらおうか」

 俺は平塚先生から手渡された紙を見る。

 なるほど、希望する職種が専業主夫で、希望する職場が自宅か。なんというか、流石八幡だな!

 「流石八幡、考えることが違う!」

 「お言葉だが比企谷、お前が去年何を書いたか覚えているか?」

 平塚先生がため息を吐きながら問うてくる。

 「希望する職種が妹と弟に永久就職で、希望する職場が自宅です!」

 「お前が人のことを言える立場かー!」

 「あひぃん!」

 そういえば、去年の同じ時期に俺も呼び出された気がする。

 あの時は結局、どこかの新聞社に行ったんだっけな。平塚先生に希望者が少ないからと無理やりはめられたのを覚えている。

 「とにかく、放課後にでもお前の弟を呼び出すつもりだ。お前からも注意くらいはしておけ」

 「俺が何か言っても無駄だと思いますけどねー」

 「ふふ。意外にお前を鈍感なのだな。まあいい、頼んだぞ」

 なんだよ鈍感って。八幡のことを俺がわかっていないとでも!?まさか、そんなことあるわけない!……なんかヤンデレみたいで怖いな俺。

 「了解しましたけど、なんで毎回俺を呼び出すんですか?ワンクッション置かなくても直に行けばいいじゃないですか」

 「お前と話したい、では不満か?」

 「不満です」

 俺はドヤ顔でそんな言葉を吐く平塚先生をバッサリと切り捨てた。

 「そこは少しときめくところだろう!」

 「いや、ないです。無理無理」

 「そこまで拒否されると流石に傷付くのだが。まあいい、今回はもう一つ伝えておきたいことがあったのだよ」

 「なんですか?」

 平塚先生の苦々しい顔に嫌な予感を感じる。

 「陽乃から呼び出しだ」

 神は死んだ……!

 

 

 午後八時、俺はホテル・ロイヤルオークラの前に立っていた。

 俺の今の服装は、黒い立ち襟のカラーシャツ、今回の呼び出し主から貰ったグレーのジャケットにジーンズに革靴だ。

 普段ならば無造作になんとなく整えるだけの髪もワックスで固めている。

 『エンジェル・ラダー天使の階』今回の呼び出し主である陽乃さんから指定されたこの店はドレスコードがある。そんな洒落た店など普段の俺ならば絶対に来ないのだが、陽乃さんが来いというのであれば来ないわけにはいかない。

 まあ、わざわざこんなところに呼び出す必要もないとは思うのだが。

 そして陽乃さんから伝えられた時間の五分前、俺の前に一台の車が止まる。

 「やっほー!久しぶり、颯太」

 黒塗りの車から降りてきた白の悪魔は俺に手を振ってくる。

 雪ノ下陽乃、奉仕部部長である雪ノ下雪乃の実の姉であり、俺が一年生の時に知り合った二つ上の先輩だ。現在は国立理工系の大学に通っている。

 その才覚は総武高に在籍していたころから遺憾なく発揮され、学校のマドンナ的存在だった。

 優れた容姿に天性のカリスマ性を持った彼女を誰もが愛し、誰もが崇拝していた。いつもニコニコ、優れた対人能力を持った彼女を嫌うものなど存在しなかったのだ。

 しかし、そんな彼女の本性を知る者は意外と少ない。

 皆に見せる笑顔の下に隠された本当の姿を俺は知っている。

 そんな裏表のある彼女だからこそ、俺は雪ノ下陽乃という人物に興味を持ったのだ。

 「お久しぶりです、陽乃さん」

 「うん」

 「……」

 「……」

 妙な沈黙が訪れる。

 なぜ女性は俺が今から言おうとしている言葉を言わせたがるのだろう。特にこの人は自分が他人からどう見られているのかわかっているだろうに。

 「綺麗ですよ。まあ、陽乃さんは何を着ても似合いますけどね」

 「うん、知ってる!」

 うぜぇなぁ……。

 しかし、言っていることに嘘はない。

 純白のドレスはきめ細やかな白い肌と合わさり陽乃さんの魅力を引き立たせているし、露出少な目のドレスにも関わらず主張してくる胸も視線が引き寄せられる。頭についている白い花付きのカチューシャも彼女によく似合っている。

 「じゃあ行こうか」

 「はい」

 陽乃さんは俺の左肘に手を添える。

 俺はそれを確認すると陽乃さんと歩幅を合わせるようにして歩き出した。

 

 

 「いつ振りだっけ」

 「めぐりが生徒会長になってお祝いした時以来ですよ」

 東京湾を眺めながら陽乃さんは話し出す。

 「あー、あれは楽しかったよねー!」

 「めぐりが陽乃さんにいじられてただけですけどね」

 「そうだっけなー」

 あの時のめぐりは可哀想だった。

 幾度となく襲い掛かる陽乃さんの無茶ぶりに応え続けるめぐりは、見ていて非常に痛々しかった。

 「どう?私のいない高校生活は。寂しい?」

 「それ、会う度に聞いてますよね?もう二年目ですよ?寂しいわけないじゃないですか」

 「つまんなーい!そこは寂しいって言うところでしょー!」

 陽乃さんは唇を尖らせながら俺の肘をつねってくる。

 「痛い痛い痛い!肘をつねらないでください!」

 「知らなーい」

 そうこうしているうちにエレベーターは最上階へと到着する。

 一度は離れた陽乃さんの手が再び俺の肘へと帰ってくる。それと同時に陽乃さんから柑橘系の香りが漂ってくる。一度この匂いを好きだと言ったら、それから事あるごとにこうしてくっついてくるようになった。

 まあ、少し匂いフェチの傾向がある俺にとってはご褒美であることに間違いはないのだが、何分少し恥ずかしい。

 「ふぅ……」

 エレベーターを降りた先にあるバーラウンジに入っただけでも軽く息を吐いてしまう。

 陽乃さんに連れられ何度かこのような店に来たことはあるが、本来俺はこんな店には全くの縁がない庶民だ。いつ来ても慣れることはない。

 重そうな扉を開けると、ホテル・ロイヤルオークラの最上階からの夜景が俺達を迎えてくれる。

 そしてすぐさま一人の男性がこちらへ寄ってくる。

 男性は陽乃さんの顔を見ると小さく礼をし、カウンターではなく窓際の夜景の見えるテーブルへと案内してくれた。おそらく事前に陽乃さんの方から連絡を入れていたのだろう。それにしてもスタッフに顔を覚えられていることは異常だが。

 「何か頼むー?」

 そう聞かれてもハッキリ言って何を頼めばいいのか分からない。

 「お茶……」

 「ここに来てお茶を頼む人なんていないよ。お酒は飲まないんだっけ?」

 「まだ飲めません」

 「真面目だねー」

 お酒は二十歳からって決まってるんですよ!まあ、二十歳になっても積極的に飲むつもりはないが。

 「じゃあとりあえずジンジャエールだね」

 「ういっす。お願いしやっす」

 「驚くほど店に合わないセリフだね」

 テンパってるんですよ!察してください!

 「あ、ちょっとトイレ行ってきます」

 「早く帰ってくるんだよー」

 「うっす」

 緊張すると尿に来るタイプなんだよね。

 

 

 「ん?」

 トイレから戻ってくるとカウンターに立つ一人の女性が目に入る。正確には少女といった方がいいかもしれないが。

 その風貌は大人っぽい完全なバーテンだが、よく見ると少し幼さも残っている。

 そして何より、我が総武高で何度か見かけたことがある。

 「やあ」

 「……あなたは」

 どうやらこの子も俺のことを知っているようだ。

 「よく平塚先生の呼び出されている人……」

 「不名誉な覚え方をありがとう。バイト?」

 「はい」

 こんなところでバイトをしているということはそれなりの理由があるということだろう。

 「そっか、遅くならないようにね」

 そういうと俺は彼女に手を振ってカウンターを去った。

 遅くならないようにとは言ったが、おそらく彼女は法を犯してバイトを行っている。近々問題になるかもしれないな。

 「ただいまです……陽乃さん?」

 「何かな?颯太」

 考え事をしながら陽乃さんの元へ戻ると、とても良い笑顔をした陽乃さんが迎えてくれた。

 「怒ってます?」

 「怒ってないよー?ただちょっと、私を放って若い女の子と話してる誰かさんにむかついてるだけだよ?」

 「すいませんでしたー!」

 怒ってた!超怒ってたよ!

 「まったく、次はないよ?」

 「もちろんでさぁ!」

 俺は首が折れるかという勢いで頷く。

 「よし、じゃあ聞かせて?学校での事」

 俺の夜は長そうだ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比企谷家

 「本当に送らなくていいの?」

 「はい、こんな高そうな車が家の前に止まってたら妹が面倒くさいので」

 あれから数時間ほど報告兼世間話を済ませた俺は、陽乃さんを見送るべくホテルの外で待機していた黒塗りの車の傍へ立っていた。

 「そっか、今度弟君や妹ちゃんを紹介してね」

 「いやです」

 「ひどいなー。なんでそんな意地悪するのー?」

 陽乃さんは拗ねたように頬を膨らませ文句を垂れてくる。

 俺からすれば見慣れたあざとい仕草だが、世の男子諸君からしたら、きゅんと胸がときめいて思わず告白してしまい笑顔で断られるだろう。

 そのくらい魅力的な表情を彼女はしている。

 うん、振られちゃうんだね。

 「八幡と小町が悪い影響受けたらどうするんですか。マジであり得ないです」

 「私、そこまで貶されたの初めてかも」

 「初体験ですか?エロいですね」

 「颯太?それセクハラだからね」

 「すみません」

 俺は目にもとまらぬ速さで頭を下げる。

 だから、その手に持っている携帯をしまってくれませんかね。その携帯はいったいどこへ繋がるんでしょうか。どこだとしても俺が社会的にも身体的にもお亡くなりになるのは目に見えているが。

 「もう……。いいもーん。接触する方法なら幾らでもあるしー」

 「怖いですよ。マジでやめてください」

 どす黒い笑みを浮かべた陽乃さんに思わず身震いしてしまう。

 こええよ!この人なら本当にどんなことでもしてしまいそうだし!

 「まあ、冗談はさておき。私と会えなくても学校頑張るんだよ?めぐりの仕事もちゃんと手伝わないとだめだぞー?そういう約束なんでしょ?」

 「わかってますよ。それに、別に陽乃さんがいなくても俺はやっていけますよ」

 「あー、そういうこと言うんだ。卒業式では号泣してたくせにー!」

 「それは若気の至りって奴ですよ」

 あれは最大の不覚だった。

 陽乃さんの卒業式、俺は陽乃さんを前にして号泣してしまった。人前で泣く事など滅多にないのだが、陽乃さんが卒業証書を自慢しながら笑う姿に何故か涙が出てしまったのだ。

 彼女との関係が僅か一年でそれほどまでに深くなっていたことを思い知った瞬間だった。

 その場には勿論めぐりも同席しており、めぐりにも時々今のようにからかわれることがある。

 「それに、陽乃さんだってあの後無意識に俺を抱きしめてたじゃないですか」

 「あ、あ、あれは!颯太が凄い勢いで泣いちゃうから!なんか……嬉しくなっちゃって」

 俺が号泣した後、陽乃さんは普段見せないような慌てようを見せ無意識に俺を抱きしめていた。

 あの時、俺の首筋が少し濡れていたのを今でも覚えている。

 「むー!なんか颯太が余裕そうでむかつく!」

 「はいはい。ここで話すと遅くなりますからさっさと帰ってください」

 法令的にも少し危ない時間になってきたしな。

 「そうだね!じゃあね、颯太。また今度呼び出すから!」

 「できれば遠慮してほしいんですけど」

 「無理!」

 飛び切りの笑顔でそう答える陽乃さんに苦笑を浮かべながら手を振る。

 陽乃さんが乗車したことを確認した運転手さんがこちらに会釈をして車を発進させていった。

 やべぇ、運転手さんかっけえ。クールだぜ。

 それにしても、本当に嵐のような人だ。

 拗ねていたのかと思えば、次の瞬間には笑顔を浮かべている。ころころと変わるその表情に最初のうちは何度も惑わされたりもした。

 陽乃さんと関係を持つことで、他の人が知らない陽乃さんの姿を垣間見ることが何度もあった。

 ひどく冷たく、現実を見つめている陽乃さんの表情は、思わず背筋が伸びてしまう程に恐ろしい。しかし、俺はそんな冷たさの中に埋まっている暖かな部分も知っている。

 その暖かさこそが彼女の本当の魅力なのだ。

 それが彼女の本物なのだ。

 俺はそんな彼女が悔しいが、本当に悔しいが……好きだ。

 勿論ライクの意味合いでだが。

 「帰るか」

 俺は若干急ぎ気味で帰路へとついた。

 八幡達も待ってるだろうしな。

 

 

 「ただいまー」

 「あ、おかえり!颯お兄ちゃん!」

 玄関の扉を開けるとラフな格好をしながらアイスを頬張る小町が出迎えてくれた。恐らく風呂上りなのだろう、髪は少し湿っており、風呂上がり独特の良い香りが鼻腔をくすぐる。

 「そんなおめかししちゃって、どこ行ってきたの♪」

 俺の格好を見て変な勘違いをしているであろう小町は、ニヤニヤとあまりよろしくない笑みを浮かべながら楽しそうに問うてくる。

 「別に?卒業した先輩に会ってただけだよ」

 「女の人?」

 「まあな」

 「颯お兄ちゃんは年上好きと……」

 小町は小さな声でブツブツと見当違いなことを呟いている。

 違うからね?俺が好きなのは……。ん?俺は誰を思い浮かべようとしたんだ?どの年代を思い浮かべようとしたんだ?

 まあいいか!俺が好きなのは八幡と小町だし!あれ?それじゃ俺が好きなのは年下?それはそれで……。

 「小町、誤解するのはそこまでにしろ。それよりも、ちゃんと髪を乾かさないとダメだろ?やってやるからドライヤーと櫛を持っておいで」

 「了解であります!颯お兄様!」

 調子のいいことを言いながら小町は洗面所へと走っていった。

 それと入れ替わるように八幡がリビングへ入ってくる。

 「お、八幡ただいま」

 「おかえり。って、なんだその格好」

 八幡は少し驚いた顔で俺の服を見る。

 まあ、確かに普段の俺を見ている八幡なら不思議に思ってもおかしくはないか。

 「ちょっとな。先輩と会ってたんだよ」

 「そんな高い店に行ったのかよ」

 「その人お金持ちだからね。雪ノ下さんと同じくらい」

 「げっ、超金持ちなんじゃ」

 「そうだねー」

 まあ、同じくらいというか同じなんだけどね。

 「あ、そういえば八幡。今日、また八幡のせいで平塚先生に呼び出されたんだぞ!どうしてくれよう!」

 「いや、どうしてくれようと言われてもな。俺は正直に書いただけだし。兄貴も同じような事かいたって聞いたぞ?」

 うむぅ。それを言われてしまうと何も言い返すことができない。

 去年呼び出された俺が言えた義理じゃないからな。

 「まあそうだな!次からは気を付けてくれたまえ!」

 「軽いな……。兄貴、チェーンメールを止めようとするならばどんな方法を取る?」

 いきなり話を変える八幡。

 明確に言っているわけではないが、十中八九奉仕部の依頼だろう。

 「犯人を捜してやめさせる。あらゆる手段を使ってでも」

 「雪ノ下と大体似てるな」

 まあ、あの雪ノ下さんなら言うだろうな。ついでに社会的にも抹殺されてしまうかもしれない。

 「困ったら遠慮なく頼れよ」

 「ああ、そん時はこき使ってやるよ」

 兄をこき使うとは失礼な奴だな!まったく!

 「颯お兄ちゃん!持ってきたよ!」

 「おう。じゃあここ座れ」

 タイミングよく戻ってきた小町をソファーの前に座らせると、俺はソファーに座り小町の髪を乾かし始めた。

 「んふふーん!」

 小町は嬉しそうに鼻歌を歌いながら俺に頭を預けている。

 「どうした?嬉しそうじゃないか」

 「んー?なんかこうやって髪を乾かしてもらうのも久しぶりだなーって」

 「そういえば、最近はめっきり見なくなったな」

 小町の言葉に八幡も賛同する。

 思ってみればそうだった。

 まだ二人も俺も小さかったころは、二人の髪を乾かすのは俺の役目だった。まあ、先に思春期に入った八幡が嫌がるようになってからはしなくなったが。

 「八幡も後でしてやろうか?」

 「バカ言うなよ。間に合ってるよ」

 少し残念だが、これも兄離れの一歩なのだろう。甘んじて受け入れるしか……!

 「八幡!俺を捨てないでくれ!」

 「どういう経緯でそうなったんだよ……」

 「颯お兄ちゃん!手が止まってるよー!」

 八幡の呆れた声と小町の催促の声を聞いてなぜか凄まじい安心感に包まれる。

 これが比企谷家の兄と弟妹のあるべき姿だと感じることができた。

 比企谷家はこうでなくっちゃな。

 そう思いながら俺は小町の髪にドライヤーの風を優しく当て始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勉強の仕方は人それぞれである。

 始業式の時と比べると暖かく過ごしやすくなった頃、我が総武高校では中間テストが近づいていた。

 受験を控えている俺達三年生にとっては一つ一つのテストが非常に重要だ。故に、県下有数の進学校である我が校の三年生は少しばかりピリピリしていた。

 俺を除いて。

 「めぐりー!野球しようぜー!」

 「ちょっとは空気読もうよ!颯君!」

 ちょっとしたジョークのつもりなのに割とマジで怒られてしまった。

 「そんなに怒らなくてもいいじゃないかよー。なあー!構ってくれよー!暇だよー!昼休みまで勉強すんなよー!」

 「うー!颯君うざい!」

 「う、うざい!?」

 あの可愛いめぐりんが俺にうざいと言っただと!?

 なんて日だ……。地球滅亡の日は近いか……。

 このように、いつもは自分から話しかけてくるめぐりでさえも机に座り教科書と睨めっこをしている。勿論、それはめぐりだけではなく他の生徒も同様だ。

 「もう……。颯君も勉強しなよ。中間テストも近いよ?」

 「そんな根詰めてやっても疲れるだけだろ?それに、俺は毎日少しずつってタイプだから。気合入れてやるのはそれこそ一週間前くらいからだよ。陽乃さんも言ってたじゃん、勉強をしないのはダメだけど、しすぎるのもダメだって」

 「それで点とっちゃうから何も言えないよねー……」

 そうは言うがめぐりだって勉強ができないわけではない。

 生徒会長をしているだけあって生活態度は勿論、勉学に対しても生徒の見本に充分なりえる点を毎回とっている。学年順位も何度か負けたことがあるほどだ。

 まあ、これ以上めぐりの邪魔をするのも流石に気が引ける為、おとなしく睡眠に入るとしよう。あんまりしつこくしすぎて嫌われるのも嫌だしな。

 「あれ?寝ちゃうの?」

 「嫌われたくないしな」

 机へと突っ伏そうとした瞬間、めぐりの間の抜けたような声がその行動を止める。

 「別に颯君を嫌うことなんてないけど……」

 いつもはこれ以上突っ込んで絡んでいくのだが、案外すんなりと引いた俺に少し驚いたのだろう。

 今年は受験も控えているし、そんな時までしつこく絡んでいくほど俺も自分勝手ではない。

 「そうか、じゃあ勉強頑張れよ。わからんとこあったら声かけてくれれば教えるぞ」

 「え、ちょっと颯君ってば……」

 ……なんでそんな悲しそうな顔すんだよこいつは。

 「どした?」

 「えっと……その……」

 俺が顔を上げると途端に口ごもってしまうめぐり。

 そんな俺達の様子を遠目でニヤニヤしながら見つめるクラスの女子たちが目に入る。その目は何故か期待に満ち溢れていて、俺に目配せをしてくる。

 おい、お前らは何を期待してるんだ。てか、なんでみんな手を止めてんだ?さっきまで一生懸命机に向かってたじゃねぇかよ!

 「んー……。やっぱ、少し勉強するかね。めぐり、要点とかまとめてんだろ?一緒にやろうぜ」

 「え?う、うん!」

 めぐりは元気な返事と共に机をくっつけてくる。

 うーむ、やはりこの時間まで勉強をするのは性に合わんなぁ。でもまあ、めぐりとなら大丈夫か。

 おい女子共!はしゃいでないで勉強しやがれ!

 

 

 中間テストも目前まで迫ってきた。

 つい先日までは気合を入れて勉強をすることはなかったが、ここまで近くなると俺も気合を入れざるを得ない。

 今日も今日とて夜遅くまで勉強をしている。

 朝の苦手な俺にとって夜更かしは最大の敵なのだが、どうやら俺は何かをやり始めると没頭してしまうタイプなようで、気が付くと深夜になってしまっていることが多々ある。

 「んー……。ここまで来たらもう少しやるか」

 時計の針はもうすぐ十二を指すところだ。

 「……ん?」

 少し目を休ませるため机から目を離すと、どこかの扉が開く音と共にゆっくりとした足音が聞こえる。

 おそらく勉強をしていた八幡が飲み物で取りに台所へ向かったのだろう。

 ついでだし、俺もご相伴に与るとしよう。

 俺はひとまず広げていた教科書や参考書を閉じ、台所へと向かった。

 

 

 「八幡も休憩か?」

 「ん?ああ、兄貴か。まあな、兄貴もか」

 「まあね。って、小町こんなところで寝てるのか」

 リビングへ降りると、案の定コーヒーを入れている八幡とソファーで寝ている小町の姿があった。

 一般男性の諸君には少し刺激的な格好で眠っていることにはもはや突っ込むまい。小町が八幡や俺の服を着ていることなんて日常茶飯事だからな。

 そうこうしているうちにコーヒーの良い匂いが部屋に漂い始める。

 「んー……」

 その匂いを嗅ぎつけたのか小町がもそもそと起き上がる。

 「……寝すぎたー!」

 「起きたのか」

 少し眠るだけのつもりだったのだろうが、この時間まで寝てしまったようだ。それにしても五時間は寝すぎだが。

 寝起きの小町と八幡の会話を聞きながら俺はコーヒーをカップにそそぐ。

 高校に上がるまではブラックコーヒーなど飲めなかったのだが、陽乃さんと関係を持ち始めてからは飲めるようになった。慣れると意外にイケるものである。

 まあ、陽乃さんが飲ませてくれるような高いコーヒーには程遠いインスタントではあるが、庶民の俺にとってはこれくらいがちょうどいい。

 そんなことを考えていると、話を進み八幡と小町は一緒に勉強をするようだ。

 「兄貴も一緒にやるか?」

 「そうだな。どうせもう少しやるつもりだったし」

 「よーし!決まりだね!」

 小町がそういうと、俺と八幡は勉強道具を取りに部屋へと戻っていった。

 

 

 道具一式を持ってきた俺達は早速各々勉強を始める。

 八幡は黙々と問題を解いては答え合わせを繰り返している。 

 俺も先程と同じように参考書や教科書を見ながらテスト範囲の要点まとめを行う。

 「お兄ちゃん達って真面目だよね」

 小町が俺達の方を見ているかと思えばそんなことを口にした。

 「そうかね」

 「なんだよ、どんだけ上から目線なんだ。アホ毛引っこ抜くぞ」

 八幡のそんな言葉にも小町は笑うだけ。

 「でも、お兄ちゃんも颯お兄ちゃんも小町を殴ったりしないよね」

 確かにそうだ。

 八幡は小町に対してきつめの冗談や苦言を言ったりするが絶対に手を出さない。俺に関しては問題外だ。小町を殴るなんてこの身朽ち果ててもすることはないだろう。

 「そりゃ、親父に殴られるしな。まあ、一番怖いのは兄貴だけど。殴られはしないだろうがそれ以上の説教が待ってるからな」

 「そりゃまあ、小町を殴るならそれ相応の理由があるんだろうしな。それをたっぷり聞き出さないといかんし」

 「こええよ」

 もしそれが実際起こったとしたら小一時間じゃ全然足りないだろうな。相手が八幡なら尚更だ。

 「この家で怒ったら一番怖いのは颯お兄ちゃんだからね。お父さんも怒らせないようにしてるし」

 「親父に関しては実際に怒られたことがあるからな。身をもって知ってるんだろ」

 「あー、確かに」

 八幡達の言う通り、俺は親父に説教をしたことがある。

 中学時代、親父が冗談のつもりで八幡にだけクリスマスプレゼントを渡さなかったことがある。勿論、別口で用意してはいたのだが、そのことを知らなかった俺は親父に対して怒りを爆発させてしまったのだ。

 今考えればジョークだとすぐわかるのだが、中学時代の俺は少し余裕がなかったのだろう親父がジョークだと八幡に謝るまで説教をし続けた。

 「最後の方はお父さん涙目だったよね」

 「母ちゃんも流石に焦ってたな」

 「それだけ八幡を愛しているということだよ」

 「はいはい、俺もだよ」

 八幡の棒読み返しも照れだと思えば可愛いものだ。

 「で?何の話だっけ?」

 「俺達が真面目って話だろ?」

 「ああ、そうだった!」

 俺が話を戻すと小町が再び話し出す。

 「お兄ちゃん達は真面目だなって思ったんだよ。小町の友達のお姉さんは不良化しちゃったらしいよ」

 「不良ねぇ」

 他人の話になって興味を失くしたのか、八幡は日本史の参考書と睨めっこを始めてしまった。まあ、耳には入っているだろうが。

 「夜とか帰ってこないらしいよ」

 「そりゃいかんな」

 夜帰ってこないとなると様々なことが容易に想像できる。女の子となればなおさらだ。

 「総武高に通ってて真面目なお姉さんだったらしいんだけどね」

 よりにもよってうちの高校の子ですか……。

 「その子と最近仲良くなって相談されたんだよね。名前は川崎大志君っていうんだけど」

 「小町」

 「小町ちゃん」

 俺と八幡の声が重なる。

 「その川崎大志君とはどういう関係だ?仲良しとはどういう形だ」

 「小町、正直に答えなさい。お兄ちゃん怒らないから」

 「二人とも目が怖いよ……」

 小町が割とガチで引いていた。

 思わず本気の目をしていたらしい。あれだ、小町にはまだ早い。そういうのはまだ許さないぞ。

 「まあ、困ったことがあれば相談しろよ。俺、奉仕部だから」

 「そうだな。俺も力になれることがあれば協力するぞ」

 「ほんと、二人とも真面目だね」

 そういって小町は優しく微笑んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして奉仕部は川崎大志に協力する。

 「颯お兄ちゃん……。ねえってば」

 耳元で聞きなれたこの世で最も愛する者の声がする。まあ、最もといっても二人いるわけだが。

 「小町……?」

 「うわっぷ!抱きしめないでよ!苦しい!」

 そんな声に誘われて思わず抱きしめてしまったのだが、この行動は間違いだったらしい。

 それにしても、良い匂いだな……。このまま二度寝したい。

 「悪い……」

 「もう。朝だよ。準備して学校いこ?」

 「あれ?八幡はぁ?」

 やばい、眠すぎて語尾が伸びてしまう。

 やはり昨日の夜更かしが効いたようだ。そうか、あの後そのままここで寝たんだったな。

 「お兄ちゃんはまだ寝てるけど、一人で起きていくでしょ」

 「小町、悪い顔してるぞ」

 黒い笑みを浮かべ、楽しそうにしている小町を見て思わず覚醒してしまった。

 カーテンの閉められた薄暗い部屋を見回すと、確かに静かに寝息を立てながら眠っている八幡が目に入った。

 「テヘッ!小町何のことかわかんなーい!」

 うん、可愛い。お兄ちゃん許しちゃう!ごめんね八幡!

 「颯お兄ちゃんは受験生だからね。流石に遅刻しちゃまずいから」

 「かといって八幡が遅刻していいってわけじゃないけどな……」

 「まあまあ!颯お兄ちゃんを迎えに行くのが今日だけ小町だったってだけだよ!」

 「そういうことにしておくよ……」

 ほんと、小町には敵わないな。

 昔から変わらない悪戯っ子な妹の姿に苦笑を浮かべながら俺は学校へ行く準備を始めた。

 

 

 「よし!レッツゴー!」

 「おーう!」

 朝食を食べ終えた俺達は意気揚々と学校へ向かう。

 いつもは八幡の後ろにいる小町も今日は俺の背中にしがみついている。

 「うん、たまには颯お兄ちゃんの後ろもいいね」

 「そうか?まあ、滅多に乗らないもんな」

 俺が小町を後ろに乗せるといったら、八幡が病気などで学校を休む時くらいだ。

 まあ、八幡が学校を休むことは意外にも少ないため、必然的に小町を後ろに乗せる回数は少なくなる。新鮮と言われればそうかもしれない。

 「お兄ちゃんは小町が後ろに乗ってないと危ないからねー!」

 「はは、そうだな」

 確かに小町が後ろに乗っていれば危ない運転はしないだろうしな。俺もいつもより若干安全運転を心がけている。

 「あ、颯お兄ちゃん。別に校門の前まで行かなくてもいいからね?」

 「ん?なんでだ?」

 別に校門の前まで行く位どうってことないのだが。

 「だって、校門前まで行くと人だかりができちゃうから」

 「何故に?」

 「はぁ……。この無自覚モテ男め。颯お兄ちゃん目当ての女子が寄ってきちゃうでしょ?」

 いきなりこの子は何を言い出すのだろう。

 確かに俺はそれなりにモテる方だと思うが、接点のない女子中学生に寄ってこられるようなことは流石にないと思うのだが。

 「いつもはお兄ちゃんがいるから寄ってこないけど、いつも学校に入った後友達に紹介してってせがまれるんだから」

 「えぇ……」

 今頃の女子中学生ってアクティブなのね。

 八幡がいるからってのは少々酷いとは思うけど……。

 「だから、あんまり行っちゃダメ。……それに、あの噂を知らない子がいないわけじゃないんだよ?」

 小町の声が不安気に落ちると同時に腰に回された手がキュッと締め付けられる。

 「ははは!別に俺は気にしないけどな!もう卒業したわけだし」

 「それでも!颯お兄ちゃんが変な風に言われるのは嫌」

 「……わかったよ。じゃあ、ここらへんでいいか?」

 俺ができる最大限の優しい声で語り掛ける。

 「うん。……よし!ありがとね颯お兄ちゃん!」

 「おう!行ってらっしゃい」

 今日はちゃんと鞄をもって学校の方へ走っていく小町を見ながら俺は溜息を吐く。

 「俺が吹っ切っても、小町や八幡達の中からは消えないってのかよ」

 そんな自分に嫌気が差し、未だに消え去らないクソみたいな噂に思わずキレたくなる。

 だけど俺は、今の自分を辞める気はない。

 愛する弟妹の為にも。

 そして友人の為にも。

 

 

 今日も今日とてつつがなく終了した学校からの帰宅途中、少しばかり時間があった為近くの喫茶店で勉強でもして帰ろうと思ったのだが、案の定考えることは皆同じようで多くの学生でごった返していた。

 こんな中で勉強をしても集中できないと思い踵を返そうとしたとき、喧騒の中に聞き慣れた声が耳に入る。

 「君達何してんの?」

 「あ、颯お兄ちゃんだー!」

 「兄貴か」

 そう、我が愛すべき弟妹がそこにはいた。

 しかし、そこに居たのは八幡達だけではなかった。

 「先輩も勉強かしら」

 「あ、お兄さんだー!やっはろー!」

 「八幡のお兄さん、こんにちは」

 こちらも見慣れたメンバーだ。

 ちなみにガハマちゃんはめでたく奉仕部へ入部したらしい。

 それはそうとして、戸塚君はいつから八幡を下の名前で呼ぶようになったんだい?なんかおかしくないのにおかしく感じるぞ!

 「で?何してんの?」

 「あ、そうそう!大志君の相談を受けててね!そこに偶然お兄ちゃん達が来たから、奉仕部の皆さんにも協力してもらおうと思って」

 「なるほど」

 確かに八幡も相談しろと言っていたし相談をするには最適な場だろう。

 ん?大志君?

 そこで小町の対面に座る学ラン姿の男子生徒が目に入る。

 「颯太お兄さん!力を貸していただけると嬉しいです!」

 うん、少年らしくハキハキとしていて印象良いね。

 だけど……。

 「あはは。君にお兄さんと言われる筋合いはないよ?次言ったらどうなるかわかってんのかワレェ!」

 「口調が最初と最後で全然違うわね」

 「ねえねえゆきのん、ワレって何?」

 「お前って意味よ」

 「へー」

 最早驚くことすら諦めている奉仕部の女子連中をよそに、件の大志君はびくびくと震えていた。

 「もー!大志君が怖がってるでしょ!颯お兄ちゃんが怒ったらこんなもんじゃないけど、今の時点でも怖いからやめて!」

 「これより怖くなるの!?」

 小町のフォローになってないフォローに大志君は更に顔を青く染める。

 「そろそろ話を進めてもらっていいかしら……。私達もあまり暇なわけではないのだし」

 呆れたような声で話の先を促す雪ノ下さんの言も正しい。ひとまずここは引いておくとしよう。

 「は、はい。えと、姉の名前は川崎沙希って言います」

 「うちのクラスの奴か」

 「あー!川崎さんだね!」

 八幡達の様子から、どうやら同じクラスのようだ。

 「ちょっと怖い系な感じだよね」

 ガハマちゃん達が話を進めていく中、俺は川崎沙希という名前を脳内で繰り返し唱えていた。

 そして、思い出す。

 陽乃さんに連れられて行ったバーに居たあの子だ。

 名前も合致しているし、総武高だとも言っていた。見かけは少し怖そうという部分も一致している。

 「変なとこからも電話がかかってくるんです!エンジェルなんとかっていうところから!」

 「なんか変なの?」

 「エンジェルっすよ!?絶対変なお店ですっすよ!」

 うーん。この男子中学生はなかなか将来性があるな。

 確かに前や後ろにつく言葉によってはエロい店なようにも感じる。わかる、わかるぞ大志君。八幡も大方解っているようで大志君と熱い抱擁を交わしている。

 だけどな、今回に限っては間違っている。

 川崎さんがいたのは大人なバーであり、エロいエンジェル的でヘブンな場所ではない。まあ、大人なバーっていうのもあれなのでお洒落なバーとしておこう。

 八幡と大志君の熱い絆が結ばれるのを横目に、女子達の間では方針が固まりつつあった。しれっと戸塚君が入っているのは最早何も言うまい。

 雪ノ下さんは今回の相談に関して協力をするらしい。

 八幡は渋っていたが、小町のお願いに逆らえず了承していた。

 「颯お兄ちゃんは無理して協力しなくてもいいよ?」

 「え、小町ちゃん。俺、仲間はずれ?」

 お兄ちゃんショックなんだけど。

 「先輩は受験生でしょう?小町さんなりの気遣いよ」

 「そうですです」

 「そっか、ありがとな小町。まあ、川崎さんに会いに行くときは俺もついていくよ。それぐらいはいいだろ?小町や大志君はいけないだろうし」

 「その時はぜひお願いするわ」

 まあ、川崎さんのバイト先を教えるのもそれはそれでいいのだが、本当に行き詰った時で良いだろう。

 「よろしくお願いします!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

城廻家の暖かさは異常だ。

 大志君から相談を受けた翌日から早速川崎沙希更生プログラムは始まった。

 しかし、俺は小町の好意を素直に受け、中間テストへ向けての勉強を行っていた。

 「颯君、何か飲む?」

 「ん?ああ、お茶でいいよ」

 「りょうかーい」

 扉を開けてひょっこり顔を出しためぐりは返事をしながら階段を降りて行った。

 俺は現在、めぐりの家で勉強をしている。中間テストが近いということで、生徒会活動も一時停止となり時間を持て余していためぐりに誘われたのだ。

 めぐりの家はこれまでに何度か来たこともあり、めぐりとならば静かに安心して勉強ができることもわかっている為、俺も快く了承した。

 ここに陽乃さんがいれば話は別だが。

 最初の頃は、家に上がるのも少し緊張しながらであったが、それも三年目に入れば慣れたものである。今では自宅に次ぐ二番目に安らぐ場所である。

 「お待たせー。はいお茶」

 「いつもすまないね」

 「それは言わない約束だよー、颯君」

 こんな何気ない冗談でさえも心が安らぐ。

 「そういえばお父さんやお母さんは?」

 「お父さんは仕事で、お母さんは夕飯の買い物。颯君が来るってメールしたらゆっくりしていけだって」

 「そっか、お邪魔してばっかじゃ悪いし、今度お手伝いでもしなきゃな」

 「あはは。お母さん喜ぶと思うよ」

 めぐりの両親には何度か、というか頻繁に会っている。夜が遅くなった時には夕飯も作ってくれる優しいお母さんと、まるで友人のように接してくれるお父さんはとても良くしてくれている。

 「さて、勉強するか」

 「うん!わからないところは教えてね!」

 「はっはっは!どんとこい!気分によっては教えてやる!」

 「絶対教えてよ!」

 

 

 勉強を始めてから二時間くらいが経った頃、玄関の扉が開く音がする。

 「お母さん、帰ってきたみたいだね」

 「お、そうか。挨拶しないとな」

 「そのうちお母さんの方から来ると思うけどねー」

 音に気付いためぐりは少し疲れたのか体をぐっと伸ばす。

 めぐりは勉強をするときも俺に合わせてくれる為、俺が没頭しすぎるとめぐりにも負担をかけてしまう。気を付けているのだが、どうしてもめぐりといると集中してしまう。

 それほどこの空間が俺にとって心地の良いものだということだろう。

 そんなことを考えていると、部屋の扉を叩く音が聞こえ、一人の女性が姿を現した。

 「颯君いらっしゃーい」

 「おかえりんりん!お母さん!」

 「おかえりー」

 「今日も元気だねー。おばさん嬉しくなっちゃう」

 そう言ってめぐりによく似た雰囲気を纏うこの女性こそ、めぐりの母である。執拗にお母さんと呼んでくれと頼まれた為、俺はお母さんと呼んでいる。

 「むふふーん!俺は元気なのが取り柄ですからね!」

 「男の子はそうでなくちゃねー。めぐりもそう思うでしょー?」

 「え?私は別に……」

 めぐりが答えをぼかすと、お母さんはニヤッと笑い続けた。

 「あ、めぐりは颯君がいいんだよねー?知ってる知ってるー」

 「お、お、お母さん!何言ってるの!もうもう!」

 めぐりは顔を真っ赤に染め、わたわたと慌て始める。

 うーむ、可愛い。

 「俺もめぐりが好きだぞ!」

 「お母さんは好きとは言ってないよー!よくわかってないのに適当に合わせないでー!」

 何故か怒られてしまった。

 混乱しすぎて自我を保てていないな。いつもなら『ふぇ?』とかいうあざとい言葉が出てくるはずなのだが、逆にハキハキしている。

 「まあまあ、落ち着けよめぐりさんよ。ほらーよしよし」

 「……子供扱いしないでよー」

 ちゃっかり落ち着いてるところ、充分子供っぽいと思うのだが。

 まあ、これがめぐりの可愛いとこだよな。

 「うんうん!相変わらず仲が良いね!そういえば颯君。夕飯食べていくでしょ?」

 「えっと、毎回お世話になってますし、別に大丈夫ですよ?」

 こう毎回毎回、お世話になるのもいい加減悪い気がしてきた為、断ろうとする。

 「ふぇ?食べていかないの……?そっかぁ……」

 まるでろうそくの火が消えるように落ち込んでしまうお母さん。

 なんで城廻家の女性はこうもあざといんだよー!それに、やはり親子なのか、どことなく容姿がめぐりに似ている為、めぐりが落ち込んでいるようで断りにくくなる。

 これはお母さんが使う常套手段であり、必殺技でもある。俺はこれをはねのけられたことが一度もない。

 「わかりましたよ!ご馳走になります!」

 「ほんと!?じゃあ、腕によりをかけて作るね!それまで勉強頑張って!それじゃ!」

 まるで人が変わったかのような変化を見せたお母さんは、あっという間に部屋から出て行ってしまった。

 「はぁ……。今日も勝てなかった……」

 「あはは……。でも、本当にお母さん嬉しいみたいだし、きっとお父さんも喜ぶと思うよ?」

 確かに、俺が夕飯を頂く時、二人は嬉しそうにこちらを見ながら飯を食べている。その時、俺も悪い気はしないし、むしろ楽しい為良いのだが。 

 「めぐりは?めぐりは迷惑とかじゃないか?」

 「全然?むしろ颯君と長く一緒に居れて嬉しいよ?」

 めぐりはなんの恥ずかしげもなくそう答える。

 本当にこいつはこういう時だけずるい。いつもならば顔を赤くするくせに。自分の言ってる事わかってるのかね。

 まあいい、今日も美味い飯を食べれるのだから、感謝をしよう。

 あ、小町にメールしとこ。

 

 

 「はっはっは!さあ颯君、食べてくれ!」

 「はい!いただきやす!うっはあ!うめええ!」

 「颯君……。静かに食べなよー」

 夕方となり、お父さんも帰ってきたところで城廻家は夕飯の時間となった。

 机の上には、お母さん特製の料理が所狭しと並んでいる。その、どれもが美味そうな湯気と匂いを立てており、俺の腹を刺激してくる。

 そして、俺の正面に座る男性こそ、めぐりの父であり、俺がお父さんと呼ぶ人物だ。

 優しそうな人相と明るい性格はとても親しみやすい。

 「お母さん!今日も美味いっす!お嫁に来てください!」

 「お!お父さんにケンカを売ってるのかー?いいぞー!母さんを奪えるもんなら奪ってみろー!」

 「あらあら、この年で奪い合ってもらえるなんて嬉しいわー」

 「はぁ……」

 このような冗談もこの四人の中では見慣れた光景だ。

 俺とお母さん達の関係は、それこそ友人のようなものだ。

 共に笑い、共に騒ぐ関係。俺はこんな関係を非常に気に入っている。一見、呆れているようにも見えるめぐりの表情にも笑顔が混じっている。

 「ふはは!颯君がいるとつい、はしゃいでしまうな!颯君、勉強は進んでるかい?」

 「ええ、おかげさまで。この分なら中間テストも大丈夫だと思いますよ」

 「そうかそうか!まあ、中間テストにしろ受験勉強にしろ疲れはたまるだろう。そういう時は遠慮せず遊びに来なさい。俺が休みの日にはリフレッシュがてら遊びに行ってもいいしな!」

 そう言ってお父さんは笑う。

 本当にお父さんは良い人だ。うちの親父が悪い人というわけではないが、これほど良いお父さんはいないと思う。

 そして、その傍らで微笑むお母さんも同様だ。

 この二人に育てられたからこそ、めぐりもこんないい奴に育ったのだろう。

 俺がもし家庭を持つことになれば、城廻家のような暖かい家庭を築きたいと思っている。勿論、子供が複数人であれば、俺達のような仲の良い兄弟にしたいとも思っている。

 「はい!そん時はよろしくお願いします!」

 その後も、賑やかな夕食は続いていった。

 

 

 夜も更けてきたころ、俺は城廻家を後にした。

 お母さん達には泊って行けと言われたが、流石にそこまでお世話になるのは悪い。めぐりもいるしな。

 そして、近くの公園に差し掛かったところで一通のメールが届く。

 『比企谷君へ。どうも平塚です。もう夕飯は済まされましたか?食後の勉強にでも勤しんでいる頃でしょうか。お暇があれば返信ください。待ってます。』

 「……」

 どうしたらよいのでしょうか。

 俺的には絶対に返したくない。返したら面倒くさいことになる。それはわかっているのだが、なんせ相手はあの平塚先生だ、返さなければ明日どうなるかわからない。

 そう考えた俺は渋々指を動かす。

 『どうしたんですか?』

 そんな短い文章だが、打つのに三分くらいかかった。

 「どうしたもんか……」

 そんなことを呟いていると一分もしないうちに返信が来る。

 はえぇよ!こえぇよ!なんなの!?メールくる前から打ってたの!?

 『生徒にこんなこと言うのはおかしいと思うのですが、今日、私はとても傷ついたのです。生徒に胸を打つような酷い言葉浴びせられました。もう一度言います。私はとても傷つきました』

 「なんなんだよ!」

 思わず外であることを忘れてツッコんでしまった。

 結局この人は何が言いたいの!?

 『それで、どうしたんですか』

 『慰めて』

 早い!そしてめんどくせぇ!

 なんでさっきまで丁寧な文面だったのにそこだけ崩れてんだよ!どんだけダメージ負ってんだよ!俺ツッコミキャラじゃねぇのに!どうしろってんだ、コンチクショウ!

 『今度ラーメン奢りますよ』

 『うん……。楽しみにしてる』

 ああもう!調子狂うな!可愛いな!

 こうして俺の夜は叫びと共に更けていった。

 

 『このことは内緒だよ?』

 言えるかぼけぇ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いろいろあって俺と川崎沙希は再会を果たす。

 「兄貴」

 「ん?おう、おかえり八幡」

 俺がリビングで勉強をしていると、いつもより早い時間に帰ってきた八幡が話しかけてくる。

 「今日川崎に会いに行く。夜だから小町は連れていけんし、約束通りついてきてくれるか?」

 どうやら八幡達の中でも川崎さんのバイト先を絞ることが出来たらしい。俺を呼ぶあたり確信に近いのだろう。

 「了解。準備するよ」

 「助かる。それと今回行くところはドレスコードがあるみたいだ。兄貴は……大丈夫か」

 「おう!八幡は小町に見繕ってもらうといいよ。俺は着替えてくるから」

 あの服を着るのもあまり気は乗らないのだが、今回ばかりは仕方がない。おとなしく引っ張り出してくるとしよう。

 「わかった。小町は?」

 「二階で勉強してると思うぞー。息抜きがてら八幡をいじらせてやれよ」

 「なんで自らいじられに行かなきゃならないんだよ……」

 「いじられるの好きじゃなかったの!?」

 「驚かれても困るんだが……」

 八幡は溜息と苦笑を見せると小町の部屋へと歩いて行った。

 さて、俺も準備しますかね。

 

 

 海浜幕張駅前にあるモニュメント近くに到着した俺と八幡は、モニュメントに寄りかかりながら残りのメンバーを待っていた。

 八幡の話によると、千葉市内で朝方まで営業していて、エンジェルの名を冠している店がこれから向かう『エンジェル・ラダー天使の階』なのだという。この他にもメイド喫茶があったらしいのだが、そこに川崎さんはいなかったらしい。 

 何故そちらを先に行ったのだろう。普通に考えて、川崎さんはそういうタイプでないことは一目瞭然だろうに。

 「その服、小町が選んだのか?」

 「ああ、兄貴と似たような感じで行けば間違いないって言ってたよ」

 似たようなというよりは全て同じ格好だ。

 まあ強いていうなれば、俺の着ているジャケットは八幡の着ているものより格段に上質であるということだろうか。片や親父のクローゼットから引っ張ってきたもの、片や超お金持ちから買い物に付き合わされ目の前で買われたもの。差は歴然である。

 「窮屈そうだな」

 「普段こんなの着ないからな。違和感だらけだよ」

 確かに八幡も俺と同じく服には無頓着だ。

 外出する際のコーディネートだって小町に任せっきりだし、家ではジャージで過ごしている方が多い。こういったぴっしりとした格好は苦手なのだろう。

 「ごめん、待ったかな?」

 「いや、それほど待ってない」

 「今来たところだよー」

 一番最初に現れたのは戸塚君だった。

 戸塚君の格好はややスポーティ服装で戸塚君に凄く似合っていた。八幡も思わず見惚れてしまっている。

 『恥ずかしいよ』『悪い』などといった桃色空間が繰り広げられ、まるで八幡と戸塚君のデートを見ているかのようだった。

 いやデートって……。違和感ないのが怖いぜ。

 まあ、それも次に現れた者によってぶち壊されるのだが。

 「ふむぅ……。おお!八幡ではないか!」

 そんな小芝居をしながら登場したのは、作務衣に頭へタオルを巻いた材木座君だった。

 うーん。ここまで二人の服装を見たけど、確実にいまから行く場所には合わない。てか、追い出される可能性すらある。

 材木座君なんて論外だ。傍から見れば近くのラーメン屋さんだもんな。

 「由比ヶ浜」

 そう言った八幡の言葉に下げていた顔を上げると、なんかゴテゴテした服装なガハマちゃんが立っていた。

 なんでこうも合わない服装の子ばかりなんだろう。

 「あ、お兄さんもやっはろー!お兄さんはヒッキーと同じ服装だったけどすぐわかったよ!」

 「悪かったな。似合わなくて……」

 ガハマちゃんの言葉に不機嫌そうな顔をする八幡。

 うーん、ガハマちゃんは似合ってないとかそういうことは思っていないと思う。確かに普段見ないような恰好ではあるが、八幡はもともと大人しめな服装が似合うタイプである。ガハマちゃんはそのギャップに驚いただけだろう。

 「ありがと、ガハマちゃん。ガハマちゃんの服も可愛いね」

 「お兄さんありがとー!」

 まあ、今回の場合は不適合だけどね。

 「お兄さん……?もしや、あなたは大将ではござらんか!?」

 「え、ああ、うん、そうかも」

 いきなり声を上げた材木座君に驚きながらも辛うじて声を出す。

 大将……。ああ、確か材木座君は俺のことをそう呼んでるんだっけ。

 「大将!お会いしたかった!ぜひ、我と友愛の契りを!」

 えっと、要するにメアドの交換をして欲しいのだろうか。

 「お、おう。わかった、メアドな。うん」

 「かたじけない」

 この子面倒くさいな……。まあ、悪い子じゃないんだろうけど。

 「ごめんなさい。遅れたかしら?」

 そう言って最後に現れたのは雪ノ下さんだった。

 一言で表すならば綺麗。

 まさにその言葉を体現しているかのようだった。勿論、今回行く場所にもしっかり適合している。流石雪ノ下さんというべきだろうか。

 八幡と一言二言会話を交わすと、材木座君から順に指をさす。

 「不合格」

 「ぬぅ?」

 「不合格」

 「……え?」

 「不合格」

 「へ?」

 「不適格」

 「おい……」

 「不愉快」

 「素直に合格って言ってよ」

 何、不愉快って。

 なんでしっかりとしてきた俺達が貶されなきゃいけないんだよ!本当にゆきのんは素直じゃないんだから!でも、そんなとこが可愛いのかもしれないね。あ、やべえな。陽乃さんに影響されてきたのかもしれん。

 「大人しめの格好と言ったでしょう?」

 「大人っぽいじゃなくて?」

 「ははは。今から行くところはね、それなりの格好をしていないと入れないんだよ。ドレスコードっていうやつね」

 首を傾げる戸塚君に優しく教える。

 「そうね、男性は襟付き、ジャケット着用が常識なのよ」

 「お前、そんなのよく知ってるな。兄貴も」

 八幡が驚くのも無理はない。

 俺達のような一介の高校生が行くレストランなんてファミレスくらいだ。そういう知識がないのも間違っていない。

 俺は陽乃さんに連れられて行くことがある為わかる、雪ノ下さんは家で行くことがあるのだろう。

 「私もダメ?」

 「女性の場合はそんなに厳しくはないけれど……」

 ガハマちゃんの問いかけに雪ノ下さんは俺と八幡を見る。

 「エスコートするのが比企谷君だと厳しいかもしれないわね。かといって先輩にエスコートしてもらうのもなんだか悔しいわ」

 この子、どんだけ俺を下に見てるんだろうか。

 まあ、確かに普段はそんな恰好しないけどさ!自意識過剰かもしれないけど、ちょっとは格好良いと思うんだよね!めぐりに見せたら顔赤くしてこっち見てくれない位には格好良いと思うんだよね!ね!

 「ほら、ジャケットジャケット」

 「目の腐り具合が危ういわ」

 「ねえねえ!俺の格好ダメかな!ねえ!」

 言い合いをする八幡達の間に入り込む。

 「……ダメではないわ。比企谷君と違って身の丈にもあってる。でも、それが悔しいのよ」

 「あ、ゆきのん。ちょっと格好良いって思っちゃった?」

 「……それは否定しないわ。大抵の女性は落とせるでしょうね。とても悔しいわ」

 うん、この子可愛いわ。

 素直になれない感じが俺の好みだね!まあ、恋愛対象には絶対見れないけど。陽乃さんに消されちゃうぜ。

 そうこうしている間にガハマちゃんは雪ノ下さんの家へ、男子連中はラーメン屋へと行くことになった。

 汚さないようにしないとな。陽乃さんのことだ、クリーニングなんてぶっ飛ばして新しいものを買うといいかねない。こんなの二度も受け取れんわ!

 「兄貴、行くぞ」

 「ほーい」

 

 

 ラーメンを食べ、戸塚君達と別れた俺と八幡はホテル・ロイヤルオークラへ向かった。

 ガハマちゃん達とはそこで待ち合わせをしているらしい。

 「兄貴、帰っていい?」

 「いやだめでしょうよ」

 八幡はその豪華な内装や大きさに圧倒されていた。

 わかる、わかるぞ八幡。俺も最初に陽乃さんにこのような場所に連れてこられた時は卒倒しそうになったからな。 

 「ガハマちゃん達どこにいるって?」

 「エレベーターホール前らしいぞ」

 「お、お待たせ」

 エレベーターホール前で挙動不審になりながら話していると、綺麗なお姉さんに話しかけられた。てか、ガハマちゃんだった。

 胸元の大きく開いた深紅のドレスは先程とは違い、ガハマちゃんをしっかり大人の女性へと変化させていた。

 「なんかピアノの発表会みたいになっちゃったよ」

 いやいや、明らかにピアノの発表会以上の代物でしょうよ。用意した雪ノ下さんが落ち込んじゃうよ。

 「そのレベルの服をピアノの発表会と言われると少し複雑なのだけれど……」

 ですよね。

 ガハマちゃんの後ろから姿を見せたのは漆黒のドレスを着た雪ノ下さんだった。

 彼女が身に纏う漆黒のドレスは良く似合っていて、彼女の持つ黒髪はドレスと同色ながらそれ以上に艶やかだった。

 全員が揃ったところで俺達はエレベーターに乗りバーへと向かった。

 まさかこんな短い間隔でここに来るとは思わなかったな。

 そして、最上階に着くと途端に八幡とガハマちゃんがきょろきょろし始める。

 「きょろきょろしないで」

 「……っ!」

 それを見逃す雪ノ下さんではなく、八幡は思いっきりヒールで足を踏まれていた。

 あれ痛いよな。俺も初めてこういう場所に来たときは、陽乃さんに同じように足を踏まれた。

 俺は背筋を伸ばし、胸を張りしっかりと前を見据える。すると、隣に立っていた雪ノ下さんが俺の右肘をそっと掴んでくる。

 「比企谷君は先輩と同じように背筋を伸ばして胸を張りなさい。由比ヶ浜さんは私の真似をしなさい」

 八幡とガハマちゃんは驚きながらも俺達の真似をする。

 「驚いたわ。先輩、慣れているのね」

 「まあね。俺の先輩がこういうところ好きだから」

 君のお姉さんだけどね。

 「そう」

 その一言を残し、雪ノ下さんと俺は扉をくぐった。

 前回来た時とは違う男性にカウンターへと導かれると、そこにいる女性と目が合う。勿論川崎さんだ。

 「あんた……」

 「どうも、川崎沙希さん」

 俺にいち早く気づいた川崎さんは目を細めながら口を開く。

 「なんだ、兄貴も知り合いだったのか」

 「……あんた誰」

 「同じクラスなのに名前を覚えられていないなんて、流石比企谷君ね」

 雪ノ下さんは席に座りながら感心したように呟いた。

 俺は認識していて八幡は認識されてないのか。流石八幡だな!

 「捜したわ。川崎沙希さん」

 「雪ノ下……」

 川崎さんは不機嫌そうな顔をしながら雪ノ下さんの名前を呟く。

 どうやら川崎さんは雪ノ下さんのことをしっているようだ。まあ、総武高に通っていて雪ノ下さんのことを知らない人の方が少ないか。

 なぜ目の敵のような目で見ているのかは知らないが。

 俺と雪ノ下さんがいるということは総武高関連だということに気づいたのだろう、視線は残る一人、ガハマちゃんへと注がれる。

 「こんばんは……」

 「由比ヶ浜か。気づかなかったよ」

 なるほど、確かに今日のガハマちゃんはよく見なければわからないかもしれない。気づかないのも無理ないか。

 「じゃあ、彼も?」

 「ああ、俺の弟で比企谷八幡。君やガハマちゃんと同じクラスだよ」

 「そっか、ばれちゃったか」

 そう言うと、川崎さんは諦めたような笑みを浮かべ壁へ寄りかかった。

 「何か飲む?」

 「私はペリエを」

 「わ、私もおなじやつ!」

 「あっ」

 あー。八幡の奴、先手をガハマちゃんに打たれたな。

 「じゃあ、MAXコー……」

 「彼には辛口のジンジャエールを」

 MAXコーヒーと言いかけた八幡を遮る形で雪ノ下さんが告げる。

 まあ、確かにここにきてMAXコーヒーを頼むやつはいないよな。

 「先輩は?」

 「俺も同じやつをもらおうかな」

 「かしこまりました」

 そういうと、川崎さんは慣れた手つきでシャンパングラスを四つ用意し、それぞれに飲み物を注いで俺達へ差し出す。

 「それで?何しに来たのさ。まさか、そんなんとデートってわけじゃないでしょ?先輩はともかく」

 「隣の目の腐った方を見て言ったのなら、冗談にしても趣味が悪いわ。先輩ならともかく」

 やめて!八幡のライフはもうゼロよ!俺も素直に喜べないよ!

 その後、なぜ俺達がここに来たのか、辞める気はないのかといった問答があった後、なぜここでバイトをしているのかという理由についての話へと発展する。

 「お金が必要なだけ」

 実に単純な理由だ。

 しかし、その中には様々な要因が潜んでいる。なぜお金が必要なのかということだ。家庭の事情か、はたまた自分の趣味の為か。

 彼女の様子から趣味の為という筋は薄いだろう。ならば家庭事情か。だが、家族にばれたくないということは自分に関わる問題なのかもしれない。

 家庭の事情で家族にばれたくないお金の問題か。

 そこまで考えたところで川崎さんの冷たい声が耳を震わせる。

 「ねえ、あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ?そんな余裕のあるやつにあたしのことなんてわかるはずないじゃん」

 川崎さんがそう口にした瞬間、カシャンと何かが割れる音がする。

 音のした方を向くと、雪ノ下さんが唇をかみしめながらカウンターへ視線を落としている。雪ノ下さんのただならぬ雰囲気に八幡も思わず雪ノ下さんの顔を覗き込んでいた。

 「雪ノ下」

 「え、あ、ごめんなさい」

 八幡に声をかけられた雪ノ下さんはおしぼりでカウンターを拭いた。

 「ちょっと!ゆきのんの家のことは……」

 そんなガハマちゃんの普段聞くことのない叫び声を流しながら俺は雪ノ下さんを見る。

 明らかにいつもとは違う雰囲気。

 家族のことが彼女にとってタブーなのはなんとなく察してはいた。だが、ここまで取り乱すとは思わなかった。彼女の抱える問題は俺の思っている以上に深く、重いのかもしれない。

 それを敏感に察した八幡はガハマちゃんに雪ノ下さんを連れて帰るように促す。

 ガハマちゃんも雪ノ下さんの様子がおかしいことはわかっていたのか、小さく頷き雪ノ下さんを連れてバーを後にした。

 「川崎。明日の朝、時間をくれ。五時に通り沿いのマック。いいか?」

 「はぁ?なんで?」

 「少し大志のことで話しておきたいことがある」

 「……何?」

 流石八幡、上手く川崎さんの興味を引いている。

 川崎さんの言動などを見ていると、俺と似たような、すなわちブラコンの気を感じる。それは八幡も同様のようで、大志君を話に出すことで興味を引いたのだろう。

 「それは明日話すよ。じゃあな」

 「ちょっと!お金、足りてないんだけど!」

 はは、流石雪ノ下さんだぜ!

 「いいよ、俺が出すから。八幡、先に帰ってな」

 「兄貴はどうすんだ?」

 「ほら、俺はまだジンジャエール残ってるから」

 俺は半分くらいジンジャエールの残ったグラスを見せる。

 「わかった。遅くなんなよ」

 「了解」

 そう言うと八幡は手を軽く振りながらバー出ていった。

 「何?帰んないの?」

 「もう少しね」

 「あんたはもうわかってるんだ」

 「さあ、なんのことやら」

 勿論、彼女の言う通り全てわかっている。おそらく八幡も大体予想はついているだろう。

 「さっきはちょっと言い過ぎたかなって思ってる。だけど……」

 「わかってるよ。君にも雪ノ下さんにもいろいろあるんだよね。だからこそ、明日八幡の言う通り来てくれるかな?何かが前に進むと思うから」

 「……言われなくても行くよ」

 「そっか」

 彼女にも雪ノ下さんにも思うところはあるのだろう。そもそも悩みなんてものは誰だって抱えているものだ。そのすべてを解決できやしない。

 でも、解決できるものが目の前にあるなら解決してやりたいと思う。

 まあ、今回それをするのは俺ではなく、奉仕部だ。

 八幡にもそれなりの考えがあるのだろう。なら、俺は八幡を信じるだけだ。それが兄ってやつだと思うから。

 

 

 そして次の日の午前五時。

 俺は通り沿いのマックでぼーっと過ごしていた。

 動き始めれば覚醒の早い俺だが、今日は些か早すぎる。俺の覚醒能力も流石に追いつけないようだ。

 「兄貴、大丈夫か?」

 「ん?あ、ああ。大丈夫大丈夫」

 「そうには見えないけどな」

 そうこうしてる間に川崎さんが現れ、奉仕部メンバーに小町と大志君を加えたメンバーが到着する。

 大志君がいることを知った川崎さんは不機嫌そうに顔をしかめていた。

 「川崎、お前がなんで働いていたか、金が必要だったかを当ててやろう」

 八幡のそんな言葉を皮切りに八幡の推理ショーが始まった。

 結論から言えば、塾の費用を稼ぐため。大志君が中三になり、塾へと行き始める。しかし、進学校である総武高に通っている川崎さんも塾へ行かなければならない。

 要するに両親、そして大志君へ心配をかけたくないという思いからの行動だったというわけだ。

 これで、川崎さんがバイトをする理由はわかった。

 しかし、川崎さんがバイトを辞める理由が見つからない。解決法がないのだ。

 「なあ川崎。スカラシップって知ってる?」

 そんな八方塞がりの状況での八幡の言葉は、その壁に大きな穴をあけた。

 

 

 中間試験の全日程を終了し、休みを挟んだ月曜日。

 今日はテストの返却の日だ。

 今回も学年一位を守ったのは良かったのだが、国語だけめぐりに負けてしまった。めぐりのあの勝ち誇った顔を思い出すたびに顔がにやけてくる。

 まじめぐりん可愛すぎ。あんな嬉しそうな顔を見せられたらむかつくことも忘れてしまいますわ。

 そんな日の放課後、俺は職場見学へ向かった八幡を迎えに行くため、海浜幕張駅付近を歩いていた。

 すると、背中に衝撃が走る。

 「おっと、すいませ……」

 由比ヶ浜結衣の魅力として挙げられるものとして、容姿のほかに活発で明るい性格がある。あの天真爛漫な笑顔を見ているだけでこちらも癒される。

 しかし……。

 「お兄さん、私はどうしたらよかったのかな……」

 俺の背中で肩を震わせる彼女の表情には。

 「どうしたら……」

 あの笑顔がなかった。




更新頻度遅れてすみません!
こんな不定期更新の小説ですが、読んでいただけると嬉しいです!
感想などいただけると励ましになるのでぜひ感想など書いていってください!

ツイッターなどもやっておりますので、こちらの方でも絡んでいただけると嬉しいです!
https://twitter.com/ngxpt280


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして俺は動き始める。

少しシリアスが続きます。


 「じゃあ、なんかあったらメールして」

 「はい……。ありがと、お兄さん」

 そう言って、先程よりかは少し落ち着いたガハマちゃんは家へと入っていく。

 あの後、泣きじゃくるガハマちゃんを隠すように近くの公園まで連れて行ったのだが、そこでも落ち着く様子はなく、今日のところは俺が家まで送った。

 途切れ途切れだったが何があったのかは話してくれた。

 職場見学の後、八幡を迎えに行ったガハマちゃんは言われたのだという。

 同情する必要はない。気にして優しくするのはやめろ。と。

 おそらくガハマちゃんの顔を見た小町が思い出したのだろう。それを八幡に告げた。それがこういう結果をもたらしたということだ。

 このままいくとガハマちゃんは奉仕部を去ることになる。

 八幡と雪ノ下さんがそれを良しとするなら俺も止めやしない。雪ノ下さんは間違いなく許さないだろう。勝手に入り込んできて理由も告げずに出ていく。そんなことを許す雪ノ下さんではない。

 ならば八幡はどうだろうか。

 あいつは優しい女性を嫌う。このまま何のきっかけもないままだと確実にガハマちゃんとの糸は切れる。いつもならばそれを肯定し、八幡の好きなようにさせるだろう。それが八幡の為になるとわかっているから。今まではそういう人間しかいなかったから。

 しかし、ガハマちゃんはどうだろう。

 確かにガハマちゃんは優しい。優しいが、八幡に向けていたそれは果たして同情だったのか。

 答えは否だ。

 勿論、多少なりともそういう気もあったかもしれない。だが、彼女にはそれ以上の何かがあった。雪ノ下雪乃の人に合わせず、自分をはっきりと叱ってくれた時抱いた憧れ。それと似た何かが。

 ならば俺はどうする。

 いつものようにガハマちゃんも八幡から離れるべき存在だと認識するか?離れていくことを肯定するのか?ガハマちゃんと八幡は離れて良いのか?

 

 答えは否だ。

 

 ならばどうする。

 兄貴として、比企谷颯太はどうする。

 決まってる。

 兄は兄らしく、陰からあいつらを押してやろうじゃないか。

 

 

 職場見学の日から数日が経った頃、梅雨独特のジメジメとした嫌な気候が続く中、俺は八幡及び奉仕部の様子を観察した。

 結果から言うと、やはりガハマちゃんはあれ以来奉仕部を訪れていない。

 昼休憩に奉仕部を訪れてみても、そこに談笑しながら昼食を食べる二人の女生徒の姿はなく。その片割れのみが静かに食事をとっていた。

 雪ノ下さんも顔には出さないように努力はしてるが、明らかに以前とは違う。

 続いてガハマちゃんの様子だが、こっそりクラスを覗いてみると、葉山君達のグループと仲良く談笑していた。しかし、目線はちらちらと八幡に向いていて、目が合う度に気まずそうにそっぽを向く。

 そして、最後に八幡だが、これには小町にも協力してもらった。

 俺がいない場所でちょくちょく探りを入れてもらったのだ。

 やはり、小町の目から見ても明らかに様子がおかしいようだ。小町が言うにはいつもより覇気がないとのこと。

 奉仕部の今の状況はこんなところだろう。

 八幡の様子を見てもわかる通り、八幡はガハマちゃんのことをどこかで気にしている。押しようによってはどちらにも転ぶ可能性がある。

 「ふぅ……」

 直接俺が手を下すのはだめだ。それでは意味がない。

 結局、この問題を解決できるのは奉仕部。ならば、奉仕部内でこの場面を打開できる人物は一人しかいない。

 「やあ、雪ノ下さん」

 「こんにちは、先輩」

 雪ノ下雪乃。この子だけだ。

 「今日も一人なんだね。ぼっちなの?」

 「そんな軽口はいいわ。今日は駄弁りにきたというわけではないのでしょう?」

 「流石雪ノ下さん」

 本当、この子には敵わない。人を良く見ているというか、変化に一早く気付く。それ故に八幡達の変化にも気付いているはずだ。

 「……比企谷君と由比ヶ浜さんのこと?」

 「ご明察」

 「あなたは何か知っているのね」

 雪ノ下さんは表情を崩さずこちらを見据えてくる。

 怖いとかいうそんな感情は沸いてこない。表情は崩さずとも声の調子はいつもと違う。不安で、心配で、ほんの少しの怒り。そんなものが入り混じった複雑な声。それを聞いて怖いとは思えない。

 「まあね。内容は言えないけど」

 「それは構わないわ。それで、私に何をしろというのかしら」

 「六月十八日ってなんの日か知ってる?」

 「何をいきなり……」

 「いいから」

 雪ノ下さんは俺から視線を外し考える仕草を見せる。

 「……由比ヶ浜さんの誕生日かしら」

 「ほー、その心は?」

 「メールアドレスに入っていたのよ。0618って」

 「よく見てるね」

 「……そんなことはないわ」

 知らなかったら教えるつもりだったのだが、すでに知っているのなら話が早い。

 そう、六月十八日はガハマちゃんの誕生日。これだけわかっているのならここに来る必要もなかったな。

 俺が雪ノ下さんにしてほしかったのは、ガハマちゃんのプレゼントを買いに行ってほしかったのだ。できれば八幡同伴で。どうせ、八幡は知らないだろうしな。

 それにしても、俺と同じことをしてる子がいるなんてな。

 実はメールアドレスから誕生日を割り出す方法は、昔俺もしたことがあるのだ。

 「プレゼントは渡すつもりなの?」

 「ええ、そのつもりなのだけれど、何を渡せばいいのかわからないのよ」

 「そっか、なら八幡を連れていきなよ」

 「あの人にプレゼントなんて選べるようには見えないのだけれど……」

 まあ、確かに見えないよなぁ……。

 「でも、わかったわ。期を見て誘うことにしましょう」

 「そっか、頼んだよ」

 「構わないわ。あの二人はまた始められるのだから」

 そう言う雪ノ下さんの表情は寂しそうに見えた。

 「じゃあ、俺はこれで。さいならー」

 「さようなら」

 「……俺は君を恨んでいないよ。八幡は気付いてないみたいだけど」

 俺は扉を抜ける寸前にそう呟いた。

 部室では驚いた顔をする雪ノ下さんの姿があった。

 

 

 「珍しいな。お前から頼み事なんて」

 「ははは!していいならいつでもしますよ!」

 「お断りだ」

 「ひでえ!」

 奉仕部を後にした俺は、その足で職員室へと向かった。奉仕部顧問である平塚先生に頼み事をするためだ。

 「要件はなんだ」

 「ガハマちゃんのことは聞いてますか?」

 平塚先生は火をつけようとしていたタバコを収めると、ゆっくりとこちらを見据え口を開く。

 「奉仕部に来ていないようだな」

 「はい」

 やはり平塚先生の耳にも入っているようだ。

 「お前は何があったか知っているんだな。それで、私は何をすればいい」

 「先生には部員補充を急がせてほしいんです」

 「由比ヶ浜を見捨てるということか?」

 平塚先生の目が厳しいものへと変わる。

 平塚先生もあの三人の奉仕部が好きなのだろう。見ていて危なっかしい、喧嘩の絶えない部活。だが、平塚先生にはまぶしく見えていたのだ。だからこそ、ガハマちゃんを手放したくない。

 だが、俺が言っているのはガハマちゃんを見捨てるというわけじゃない。

 「違いますよ。先生にはあいつら、特に雪ノ下さんを焚き付けてほしいんです」

 「雪ノ下を?」

 「はい。八幡を今の状況で動かすのは難しいです。なら、奉仕部の長たる雪ノ下さんを焚き付け、ガハマちゃんを戻せばいい」

 その方法が部員補充ということだ。

 聡い雪ノ下さんのことだ、俺の真意を見抜いてくれるはず。

 「部員補充。すなわち由比ヶ浜を補充要員にするということか」

 「そういうことです。出て行ったのなら、連れ戻せばいい。そういう論理です」

 「わかった。どうせ、いつかは言わなければいけなかったことだ」

 そう言うと平塚先生はタバコに火をつけ背もたれに寄りかかる。

 「すみません。つらい役回りで」

 「気にするな。これが教師というものだ。こういう役回りこそ、お前のような奴にやらせてはならんのだよ」

 にやりと笑う平塚先生は本当に素晴らしい教師だと思う。

 格好良くて、優しくて、厳しくて。

 俺はそんな平塚先生が大好きで、心から尊敬している。

 「お前もあまり無理をするんじゃないぞ。お前のような人間が私は一番放っておけん」

 「ははは。じゃあ、一生養ってくださいよ」

 「私にヒモはいらん」

 「つれないなぁ」

 何はともあれ、周りの人間にやるべきことは伝えた。

 あとは、事の成り行きに任せるしかない。どう転ぶかは、二人次第だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動物は誰にとっても癒しである。

 ある週の土曜日、休日だというのにリビングでは俺をはじめとする比企谷家の子供達がくつろいでいた。

 いやぁ、八幡も言ってたけど最強の曜日はやっぱり土曜日だよな。学校が明日に控えていない分精神的にも楽だ。こういう時はカマクラと遊ぶに限るな。

 ちなみにカマクラというのはうちで飼っている猫の名前だ。

 比企谷家カーストの最上位に位置する存在であり、俺の癒しだ。

 「ほれほれー、カマクラー。うりうりー」

 カマクラをうりうりと撫でまわすと、もっと撫でろとばかりに頭を押し付けてくる。

 くそう、可愛い奴め。

 「ほんとにカー君は颯お兄ちゃんに懐いてるよねー。小町が撫で回すと逃げちゃうのに」

 「ほんとだよな。俺には一向に懐かん」

 小町は羨ましそうに、八幡は拗ねたように俺とカマクラの様子を見る。

 確かに家族の中で誰に一番懐いているかと聞かれれば、一番最初に出てくるのは俺だろう。

 小町に懐いていないことはないのだが、少々うざ絡みをしてしまう傾向があるのだろう。小町が撫で始めるとすぐに俺のところへ逃げてくる。

 八幡に限っては最早餌当番位にしか思われていない。親父と同じく。

 「なんでだろうなー。なんでだーカマクラー」

 尚気持ちよさそうに俺に身を寄せるカマクラに問いかけてみるが、こちらを向くのみで答えてくれる様子はない。まあ、答えるわけないんだけどね。

 「……ん?おい!小町、兄貴!東京わんにゃんショーが今年もやってくるぞ!」

 何かのチラシを見つけた八幡が俺達に興奮した様子で呼びかける。

 「おー!よくぞ見つけたお兄ちゃん!」

 「やったな!でかしたぞ!凄いぞ!」

 「はっはっは!もっと褒めたたえろ!」

 「キャー素敵ー!お兄ちゃん!」

 「格好良いぞ!愛してる八幡!」

 「うるさい、バカ三兄妹」

 俺達が元気よくバカをやっていると、扉の奥から八幡以上に腐った目をした我らが母親が顔を出した。

 はっはっは!流石我らの母親よ!この世のものとは思えぬ悪しき目をしておるわ!必殺!材木座君風!

 「すいません……」

 ほら、八幡なんか怖がって謝っちゃってるじゃん。

 キャリアウーマンって大変だなぁ。もし母ちゃんみたいな人と結婚したら俺のめぐり並みの癒しパワーで癒してやるとしよう。

 八幡の様子を見た母ちゃんは、小さく頷くと寝室へ戻る為俺達に背を向ける。

 これから日々の労働で蓄積した疲れを睡眠で癒しに行くのだろう。たまには肩でも揉んでやろうかな……。

 「あんたら、外出するなら気をつけなさいよ。毎日暑くてドライバーもイラついてんだから」

 扉に手をかけたところで母ちゃんはこちらを向きそう告げる。

 まあ、確かに最近は暑さが増してきたもんなー。めぐりも暑いよー暑いよーと唸っていたし。そろそろ俺も髪を切ってさっぱりしたくなってきた頃だ。

 「小町を危険な目に遭わせんなってことだろ?わかってるよ」

 「バカ、あんたの心配してんの」

 「母ちゃん……」

 母ちゃんの言葉に目に涙を浮かべる八幡。

 「小町に怪我でもさせたら、あんたお父さんに殺されるわよ」

 「お、親父……」

 「あははー。でも、小町はお父さんのことも心配だなー。お兄ちゃんに何かあったら、颯お兄ちゃんに殺されちゃうよ」

 小町の一言で母ちゃんと八幡があーと頷く。

 おい!なんでこっちを見る!そんなことするわけないだろ!多分な!

 「まあ、バスで行くから大丈夫だよ。あ、バス代ちょうだーい」

 「はいはい、往復でいくらだっけ」

 「えっとねー……」

 小町ちゃん?そんな手を使う程の計算かな?真面目に勉強教えないとダメかな……。

 「三百円だよ」

 依然計算をしている小町よりも先に八幡が答える。

 「あ、そう。はい、三百円」

 「お母さん?俺と兄貴も行くんだけど?」

 「あら?あんたの分もいるの?」

 今気づいたかのように母ちゃんは財布を再び取り出す。

 「俺が出すけど?」

 「あんたは出し惜しみっていうのを覚えなさい。どうせお昼も食べるんでしょ?はい」

 呆れた様子で母ちゃんは三千円を取り出し俺に渡す。

 わたくし、八幡達の為なら出し惜しみはしない所存でございます!

 「ありがとー!」

 「ありがとう、母ちゃん!今度返すから!」

 「本当にあんたは甘えを覚えなさいよ……」

 「ほら!お兄ちゃん達いこ!」

 「おう!」

 「はいよー」

 「はい、行ってらっしゃい」

 気だるそうに手を振る母ちゃんを背に俺達は外へ出た。

 その時、八幡が思いっきり扉を閉める。

 「よくやった!八幡!」

 「はっはっは。ざまあ、親父」

 「二人共……」

 

 

 俺達は東京わんにゃんショーが開かれている幕張メッセへとやってきた。

 会場にはそこそこの人数がいる為、俺と八幡で小町を挟み、左右から小町の手を握る。これは、小さいころから変わらぬスタイルだ。ちなみに、俺が右で八幡が左。

 「颯お兄ちゃん、お兄ちゃん!ペンギンだよ!ペンギン!」

 小町はペンギンを見て少々興奮しているようだ。確かにペンギンをこんな近くで見ることは多くないからな。興奮する気持ちも少しわかる。

 「そうだな!焼きそばだ!焼きそば!」

 「兄貴、それはペンギンじゃなくてペ○ングだ。確かペンギンの語源はラテン語で肥満って意味らしいぞ」

 「うわぁ、お兄ちゃん達のせいでペンギンが可愛く見えなくなってきたよ」

 小町がげんなりした顔で大きく振っていた腕を降ろす。

 「小町はこれから、ペンギンを見るたびに肥満の二文字と焼きそばを思い浮かべることになるよ」

 「深夜に思い出すと飯テロだな!深夜に焼きそばはやばいな!それこそ肥満になってしまうぞ!」

 「兄貴、テンション上がりすぎだ」

 俺が一人でテンションを上げていると八幡に叱られてしまう。

 なんだよ!八幡だって無駄なうんちく言ってたじゃないか!

 「もー、お兄ちゃん達デートでそういうこと言っちゃだめだよ?女の子が『可愛いね』って言ったら、『お前の方が可愛いけどな』っていわなきゃだめだよ」

 「頭悪……」 

 「わかった、以後気を付ける!小町には!」

 「小町に気を付けても意味ないよ……」

 あるぇ?今日はいろんな人に呆れられちゃうな。

 「さあ!次に行こう!」

 「うわ!颯お兄ちゃんいきなりはしらないでよ!」

 「転ぶっての……」

 

 

 赤や黄色など奇抜な色が散りばめられている場所には、オウムなどが沢山鳴いていた。

 全エリアの中でも一際騒がしいこのエリアで、俺は一人の見知った人物を見つけた。

 「あれって雪乃さん?」

 小町と八幡も気付いたようだ。

 パンフレット片手にきょろきょろしている雪ノ下さんは可愛い。二つに結っている髪もいつもと違っていい感じだ。

 「なあ、兄貴」

 「なんだ?八幡」

 「あれって……」

 八幡の言おうとしていることはわかる。

 「迷子だろ」

 「だよな……」

 間違いない。それしかない。

 完璧そうに見える子ほど抜けている部分があるからな。まあ、それも一種の可愛さだろう。特に雪ノ下さんのような子ならば魅力にしかならない。

 パンフレットを眺め、何かを決心した雪ノ下さんは歩いていく。壁に向かって。

 「へいへい彼女ー!そっちは壁しかないぜー!」

 俺がナンパ風に呼びかけてみると、警戒心マックスの冷たい目で貫かれる。

 「……珍しい動物がいるわね」

 「おーい!俺は無視かよー!八幡ばっかみてんなよー!」

 「騒がしいオウムね……」

 「オウムはこんだけ流暢にしゃべれねーYO!」

 あ、ガチで面倒くさそうな目をされた。ふざけるのもここまでにしておこう。

 「兄貴を無視するのはいいが、俺の人間性否定するのやめてもらえませんかね」

 「間違ってはいないでしょう?」

 「正しいにも程があるっつうの……」

 「雪乃さん、こんにちはー」

 そこで、最後に小町が雪ノ下さんへ挨拶をする。

 「あら、小町さんも一緒なのね」

 八幡達が会話を進めていく中、俺は雪ノ下さんの持っているパンフレットを覗き込む。

 パンフレットの猫のコーナーに赤い丸がつけられていることから、雪ノ下さんは猫を見に来たのだろう。そういえば、八幡が雪ノ下さんは猫が好きだと言っていた気がする。

 「兄貴、行くぞ」

 「お?結局、雪ノ下さんも一緒に回るの?」

 「迷惑だったかしら……」

 「全然!むしろこちらからお願いしたいくらいだよ!」

 「それならよかったわ」

 

 

 「お、おい!小町見ろ!鷲だ鷹だ隼だ!かっこいいなー!飼いたいなー!」

 「可愛くなーい」

 先程のエリアから少し進んだところには、なんとも男心をくすぐる格好良い鳥達がいた。

 八幡の言う通り、かっこいいと思う。ぶっちゃけ俺も心が躍っている。

 「八幡!飼おう!いくらだ!」

 「兄貴、見ろ」

 「八幡、諦めよう。かっこよさは金では買えん」

 「お、おう……」

 流石に俺のポケットマネーでは買えなかった。そうだな、あと二十年くらいしたら嫁さんが買ってくれるだろう。いや、嫁さんが買うのかよ。

 そして、鳥コーナーを抜けると小動物のコーナーへと入る。

 そこではウサギやらフェレットなどといった小動物と触れ合えるようだ。

 「小町!ウサギだ!可愛いぞー!」

 「ほんとだー!キャー踏みそう!」

 踏んじゃだめだからね?絶対だからね?いや、フリとかではなく。

 「小町、兄貴、次行こうぜ」

 「小町もう少しここにいるから先行ってていいよー」

 「お兄ちゃんもここで遊んでいくから先行ってていいよー」

 八幡が嫌そうな顔をして次に行こうとするが、小町と二人で先に行くよう促す。

 「雪ノ下さんも猫見てきていいよー」

 「そう?で、ではせっかくだし」

 そう言いながら挙動不審になっているところを見ると、よっぽど楽しみにしていたことがわかる。

 「では、行きましょう」

 二人がぎりぎり見えるかのところで小町が動き出す。

 「さて、尾行尾行」

 「野暮なことはやめなさい」

 八幡達の後をついていこうとする小町を止める。

 「あーん!颯お兄ちゃんは気にならないのー?」

 こら、あーんとか言うんじゃありません。俺が変な目で見られるでしょうが。

 「気になりはしないな」

 「颯お兄ちゃんらしくなーい」

 「まあまあ、たまには二人でデートしようぜ」

 「うーん、わかったー」

 流石小町。聞き分けが良くていい子!

 さて、お膳立てはしたよ、雪ノ下さん。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺と小町は画策している。

 「ありっとござっしったー」

 東京わんにゃんショーの次の日、俺と小町はコンビニで飲み物を買い、その足で近くで待っている八幡の元へ向かう。

 何故二日連続で出かけているのかというと、昨日東京わんにゃんショーから帰宅した後八幡から頼まれたのだ。『明日、雪ノ下と由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買うからついてきてほしい』と。

 どうやら雪ノ下さんは上手く誘うことができたらしい。俺と小町がついていくのは予想外だったが。

 「お、雪乃さんだー。こんにちはー」

 「やっはろーゆきのん!」

 「ごめんなさいね、小町さん。休日なのに付き合わせてしまって。あとあなた、次その名前で呼んだらどうなっても知らないわよ」

 怖いよ!なんで俺だけこんな親の仇みたいな目で見られてんだよ!

 「いえいえ。小町も結衣さんの誕生日プレゼント買いたいですし、雪乃さんとお出かけも楽しみですし」

 小町はそう言うとにっこりと微笑む。

 小町は雪ノ下さんのことが大好きみたいだし、その言葉に嘘はないだろう。まあ、小町は八幡の嫁候補なら基本大好きだけどな。

 「そろそろ電車来るし行こうぜ」

 八幡に促され俺達は改札をくぐる。

 今回向かうのはみんな大好きららぽーとである。

 八幡や小町と来ることはあまりないが、めぐりや陽乃さん、城廻家とは何度か来たことがある。俺的には八幡達とも来たいのだが八幡が拒んでくる為、いつも断念している。

 まあ、八幡はあのようなどこを見ても人しか見えない場所には行かないタイプだからな。拒みたくなるのも仕方のないことだとは思う。

 「俺は友達からプレゼント貰ったことあるぞ」

 気が付くと八幡達の間では誕生日プレゼントの話が始まっていた。

 「高津君からトウモロコシを貰った話だろ?あれ、八幡貰ったあと泣いてたじゃん」

 「な、泣いてねえし。目から汗が出ただけだし。あれ……。今思うと高津君友達じゃないじゃん」

 あの時の八幡は見ていて痛々しかった。母ちゃんに蒸かしてもらったトウモロコシを、涙を隠しながら食べている様は直視できない程だったからな。

 「まあ、親は子供をひとくくりにしたがるからな。親が話している時、子供同士で喋ってなさいとかな。あんま喋ったことないのに」

 ああいう時は流石に俺も困る。

 もともと俺は興味のある奴としか話さない。その子供が興味の持てない奴ならずっと黙ってたからな。あの時のサヤちゃんの顔は忘れられない。自分はずっと喋ってるのに相手が黙ってるんじゃ不機嫌そうな顔になるよな。

 「確かに、子供会とか地獄だったよな。俺ずっと本読んでた記憶しかないぞ」

 「そうね、私も大概本を読んでいたわ」

 「俺は八幡と小町しか見てなかったな」

 子供会は意外と楽しみにしていた。一人隅っこで本を読んでいる八幡を見るのも楽しいのだが、満面の笑みを浮かべながら遊んでいる小町を見るのが最大の楽しみだった。

 「う、うわー。外いい天気だなー」

 

 

 「驚いた。かなり広いのね」

 雪ノ下さんは構内の案内図を見ながら考えるように腕を組んだ。

 小町が雪ノ下さんに説明をしているのを聞く限り、いくつにもゾーンに分かれているらしく、行く場所を絞らないといけないらしい。

 確かに案内図を見ただけでも一日ですべて回れないことがわかる。

 「じゃあ俺はこっちな」

 「そう、では私はこちらを」

 「はい、ストップです」

 「まあまあ、落ち着けよお二人さん」

 左右に別れていく八幡達を俺と小町が止める。

 ナチュラルに別行動に走るあたりこの二人は流石だな。

 「何か問題があったかしら?」

 「せっかくだしみんなで行こうよ。その方がアドバイスできるからな」

 「でも、それでは回りきれないんじゃ……」

 まあ、確かにそうなのだが、そこんところはうちの小町ちゃんが何とかしてくれる。

 「小町」

 「わかってるよー颯お兄ちゃん!小町の見立てだと結衣さんの趣味的にここを押さえておけば大丈夫だと思います!」

 そう言って小町は手元のパンフレットを俺達に見せる。そこには、有名どころが集まった地帯に丸がされていた。おそらく、一般の女の子が好むようなものを多く扱っているのだろう。

 「じゃあ、そこ行くか」

 八幡の言葉に雪ノ下さんも頷く。二人とも異論はないようだ。

 それを確認すると八幡を先頭に出発する。

 「颯お兄ちゃん……」

 「わかってる」

 そして、出発して少しした頃、小町が俺だけに聞こえるように話しかけてくる。

 先程は皆で回ろうと言ったが、勿論俺と小町にその気は全くない。

 目で合図を送り合うと、俺と小町は徐々に八幡達から離れていく。やがて、八幡達が道を真っすぐ進んでいくのを確認すると脇へ逸れる。

 「まさか二日連続で小町とデートすることになるなんてな」

 「兄冥利に尽きるね!」

 「まったくだよ。いろいろと画策しおって、この妹は!」

 俺はニヤニヤと小悪魔的笑みを浮かべる小町の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 「颯お兄ちゃんだって小町がいなくてもこうしたくせにー」

 「ははは!まあな!」

 小町の言う通り、俺も同じことをしようとしていたのだが、小町に相談する前に提案されてしまった。小町のこういうところは俺に似たんだろうな。

 「さて、俺達もプレゼント買いにいくか」

 「そうだねー!」

 俺達は手をつなぎガハマちゃんのプレゼント探しへと歩いて行った。

 

 

 ガハマちゃんのプレゼントを無事買い終えた俺達は時間も余ったため、少しベンチに座り休憩をしていた。

 「……ん?」

 すると、マナーモードにしておいた携帯が震える。

 その瞬間、猛烈な嫌な予感が俺を襲う。

 やべえ、これはまずい奴だ。絶対にこの電話に出たくない。てか、携帯見なくても誰からの電話か特定ができる。

 「あぁ……」

 意を決して見た携帯には雪ノ下陽乃の文字。

 「小町、一人で帰れるか?」

 「んー?大丈夫だけど、どうかしたの?」

 「急用が入った。後は頼んだ」

 「うん、りょうかーい」

 小町に断りを入れるとその場を離れ、なるべく静かな場所で電話に出る。

 「もしもし」

 『はいはーい。颯太君の大好きな陽乃お姉さんですよー』

 携帯から聞こえてくるのは楽しそうな聞き慣れた声。

 俺は知っている。陽乃さんがこのような声をしている時、俺はロクな思いをしていない。

 「なんですか、いきなり」

 『颯太さ、今ららぽにいるんでしょ?いつも行ってるカフェあるでしょ?そこに集合ね。ダッシュで』

 電話がかかってきた時点で呼び出されることは確定していたわけだが、まさか陽乃さんがららぽにいるとは思わなかった。

 ん?ららぽにいる?もしかして!

 「行きます。いつものカフェですよね?警備員さんに怒られたら陽乃さんが責任とってくださいね」

 早口でそう伝えると俺は全速力で走り出す。

 嫌な予感が最悪な形で当たりやがった!まずいことになったぜこりゃ……。

 

 

 「はぁはぁ……」

 「い、いらっしゃいませ……」

 「あ、待ち合わせです」

 「か、かしこまりました……」

 俺は全速力でカフェまでの道のりを走ってきた。

 途中で子供連れのお母さんに変な目で見られたり、中学生くらいの女の子にぶつかりそうになり、咄嗟に助けると顔を赤くして逃げていかれたりなど様々なことがあったが無事にたどり着くことが出来た。

 そんな俺を迎えてくれたウェイトレスのお姉さんが戻っていくのを確認すると目的の人物を探す。

 「やっほー、颯太」

 「陽乃さん……」

 その人物は心底楽しそうな笑顔、もとい俺に聞きたいことがある顔を浮かべている。

 この瞬間俺は確信した。

 この人は八幡達に会った。

 「まあ、座りなよ」

 「はい……」

 陽乃さんに促され対面に座る。

 「さて、聞きたいことはいろいろあるんだけど、まずはうちの妹のことは知ってるよね?」

 「そりゃ、陽乃さんから何度も話は聞いてますから」

 陽乃さんの質問の答えになっていないことはわかっている。しかし、他の答えが思い浮かばない。てか、口がそうとしか動かん。

 「だよねー。じゃあ、弟君と雪乃ちゃんが知り合いだってことは?」

 「さ、さぁ……。そんなことは聞いたことないですよー?」

 「……」

 俺の答えに陽乃さんは無言で微笑むだけ。

 この表情を翻訳すると、『そういう嘘はいいから、正直に言えや』だ。ふぇぇ……マジ怖いよぉ!

 「すいません。知ってます」

 「もー。最初からそう言えばいいんだよ。比企谷って言ってたから証拠はとれてるんだから」

 「いや、比企谷なんて名前いっぱい居ますから」

 じいちゃんとかばあちゃんとか。身内だし……。

 「口答えしない」

 「はい」

 怖いよ!そろそろ、その笑みを引っ込めてくれませんかね!陽乃さんの本性を知っている身としては、この笑顔は威嚇以外のなんでもない。

 「どうせ颯太のことだから雪乃ちゃんと知り合いなんでしょ?」

 「はい」

 「なんでそういうことを言わないかなー。もしかして、颯太も雪乃ちゃんを狙ってるとかー?」

 「滅相もございません」

 雪ノ下さん本人にもそう言いましたから!だからそんな疑いの目で俺を見ないで!

 「まあ、これからいろいろ聞かせてもらおうかな……」

 あぁ、今日帰れるのかなー……。

 こまちー!はちまーん!たすけてくれー!

 




お気に入り千件超えありがとうございます!
感想など頂けるとモチベーションが上がりますので、よろしければ頂けると嬉しいです!

ツイッターやってます。
https://twitter.com/ngxpt280


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして俺の苦労は報われる。

 「はぁ、疲れた……」

 あの後、数時間ほどの説教と尋問をなんとか乗り切った俺はベッドの上で溜息を吐く。

 あの人と話すのは退屈ではないが恐ろしく疲れる。ギャルゲーで例えるならば、超難解な選択肢が十択、かつ時間制限アリといったところか。

 なにそのムリゲー。

 「……ん?」

 乾いた笑みを浮かべていると、今回恐怖の引き金になった携帯が震える。

 恐る恐る画面を見てみるとガハマちゃんの文字。何かあったのだろうか。

 「もしもし?」

 『お兄さん?』

 「他に誰がいるのかな」

 『あはは、だよね……』 

 ガハマちゃんの声には若干の陰りがうかがえる。

 『お兄さん、昨日ね?ゆきのんとヒッキーが二人で東京わんにゃんショーにいたんだ。でね?ゆきのんが月曜日に話があるって。由比ヶ浜さんには話しておきたいって。どうしよう』

 おいおい、あいつらガハマちゃんに会ったなんて一言も言わなかったぞ。いや、これは俺のミスでもある。安易に八幡達を二人きりにした俺のミスだ。俺が二人の元に残っていればガハマちゃんだって変な誤解をしなくても済んだはずだ。

 「くそっ……」

 『お兄さん?』

 「あ、ごめん、なんでもないよ。あのさ、ガハマちゃんが何を思っているのか大体わかるよ?でも、雪ノ下さんが話したいことってのが必ずしもそうだとは限らないよ。月曜日は必ず行くんだ。いいね?」

 自分でも相当焦っていることがわかる。これじゃ俺が一枚噛んでいると言っているのと同じだ。

 『う、うん、わかった。お兄さんがそこまで言うなら行ってみる……』

 「そ、そうか」

 この子は俺のことを信頼しすぎではないだろうか。

 まあ、今回はガハマちゃんの性格に感謝しよう。これでガハマちゃんがいかなければ俺のしてきたことの意味がなくなる。

 その後、少しの沈黙の後、ガハマちゃんとの電話は終了した。

 本当にあとは頼んだぞ、二人とも……。

 俺は額の汗を拭きベッドへ倒れこんだ。

 

 

 「じゃあ、先生は用事があるからこの時間は休んでなさい」

 「はい、ありがとうございます」

 先生が部屋を出ていくのを確認すると、俺は独特の香りのする保健室のベッドへと身を潜らせる。

 現在、六限目の始まり。普通であれば数学の授業を受けている時間なのだが、俺はその場にいない。かと言って体調が悪いというわけではない。

 ハッキリ言うとさぼった。

 だって放課後のことを考えると授業に集中なんてできないんだもん!

 その為、今回は俺の必殺技の一つである絶対に疑われない仮病というものを使わせてもらった。

 もともと俺は優等生であるし、授業を欠席することも極端に少ない。というか学校自体、高校に入って一度も休んでいない。皆勤賞というやつだ。そしてそれに加え、先生の間では元気が取り柄で有名だ。まあ、騒がしいともいうが。

 そんな俺が顔色を悪くし体調が悪いと言うと、先生は驚いた顔をして保健室で休んでいろと言ってくれた。

 ごめんね先生。本気で心配してくれたんだよね。感謝してます。

 それにしても、なぜ保健室のベッドはこうも気持ちが良いのだろう。ベッドに入って数分経ったが既に眠気が襲ってきた。

 起きていてもしょうがないし眠るとするか。せっかくサボったんだしな。

 そう考えるとすぐに瞼が落ちてきた。

 

 

 「颯君、颯君!」

 「んー……?」

 耳元で俺を呼ぶ声がする。聞き慣れた声だ。

 「めぐりー?」

 「やっと起きたー。いつまで寝てるの?もう放課後だよ?」

 「……はぁ!?」

 俺は慌ててベッドから降り窓の外を見る。

 そこには練習を終え片づけに入っている運動部と赤く輝く夕陽があった。

 「うおぁ!寝過ごした!」

 「そ、颯君?」

 「めぐり、ありがとう!またメールするから!じゃあな!」

 「そ、颯君!?」

 めぐりが驚いた顔をして俺を呼ぶが俺には届かない。

 いかんいかん!もう全部終わったか!?

 俺は陽乃さんに呼び出された時と同じ速さで廊下を走っていった。厚木先生の声が遠くで聞こえたのは内緒だ。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 俺は息を切らしながら奉仕部の前に立つ。

 そして、扉を気付かれないように少しだけ開ける。

 「ちゃんと始めることだってできるわ。……あなた達は」

 そこには穏やかな笑みを浮かべる雪ノ下さんと、よそよそしくも前のような気まずい雰囲気を纏っていない八幡とガハマちゃんがそこにいた。

 あなた達は……か。

 そう言った雪ノ下さんの笑みは、穏やかだがどこか寂しそうな雰囲気を持っていた。

 「おっと……」

 三人の様子を少し眺めていると、雪ノ下さんが扉に向かって歩いてくる。それを見た俺は八幡達からは見えない場所へと移動する。

 「あら……」

 部室から退出し扉を閉めた雪ノ下さんは俺に気付く。

 「いい方向にまとまったみたいだな」

 「ええ、あの二人はもう心配ないわ」

 「そっか、なら安心だ」

 そう言って俺は部室前を去ろうとする。 

 「これから由比ヶ浜をさんの誕生日会をすることになっているのだけれど、先輩もどうかしら」

 あらら、そんな話になってるのね。

 「そうだねー。そんじゃ行くとしますかね!小町も来るだろうし、俺は一回帰ることにするよ。そんじゃ、またあとでー」

 「ええ、また」

 俺が大きく手を振ると、雪ノ下さんも小さく手を振って歩いていく。

 こういうところが雪ノ下さんの可愛いところだと思う。控えめな手の振り方とか普通の男子なら勘違いするレベルの破壊力だ。

 「さて、帰りますかね」

 俺は小町を迎えに行くべく自宅を目指した。

 

 

 帰宅すると、小町も八幡の方から連絡を貰っていたらしく既に準備を終えていた。

 現在は集合場所のカラオケ屋で小町と一緒に八幡達を待っている状態だ。

 「あ、お兄ちゃん」

 俺がぼーっと受付の時計を眺めていると、カラオケ屋の自動ドアが開き八幡達が現れる。

 あれ、なぜか戸塚君と材木座君がいる。まあ、二人ともガハマちゃんとは面識があるし誘われていても不思議じゃないか。

 いや、材木座君は勝手についてきただけだわ。もしくは泣いて懇願したかのどちらかだろう。完全に居場所失ってるもん。

 「おー、はちまーん」

 「おお、兄貴と小町。先に着いてたのか」

 「やほー小町ちゃん、お兄さん」

 「いやはや、今回はお招きいただきありがとうございます」

 「俺まで来ちゃって悪いね」

 「こっちこそ!来てくれてありがとね!」

 「いえいえ、結衣さんの誕生日って聞いたら来るしかないですもん」

 小町の八幡の嫁候補用スマイルにガハマちゃんが感嘆に満ちた溜息を吐く。

 「はぁ、いいなあ。小町ちゃんみたいな妹が欲しいなぁ……。別に!そういう意味じゃないからね!」

 「バッカ!小町は俺だけの妹だ!」

 「おいおい!小町は俺と八幡の妹だろ!勝手に自分だけのものにしてるんじゃねえよ!」

 「出た、シスコン」

 「ごめんなさい、うちの兄が……」

 そんな二人の溜息交じりの会話を聞き流すと八幡が思い出したように口を開く。

 「受付まだだろ?行ってくる」

 「あ、わたしも!」

 「我も行こう!」

 「俺も行くぜ!」

 まあ、受付に四人も必要ないのだが、雪ノ下さんも小町にお礼を言いたいだろうしな。ここはガハマちゃんに我慢してもらうとしよう。

 

 

 その後、受付を済ませた俺達は指定された部屋へと入り、誕生日会をスタートさせた。

 戸塚君の音頭に合わせて乾杯をする。材木座君の『賀正』には不覚にも吹き出しそうになったがなんとか堪えた。

 そして、ろうそくの火を消した後の沈黙。

 まあそうなるよな。

 参加者の殆どがボッチ。友達との誕生日会の経験など皆無に等しい人間が多く集まっているのだ、こうなることは見えていた。

 とまあ、沈黙はその一瞬のみで、小町とガハマちゃんの手によって、なんだかんだそれなりに盛り上がることが出来た。雪ノ下さんの手作りケーキも絶品だった。

 「あ、ガハマちゃん。これあげるよ」

 「え?」

 俺が手渡したのは水色の石がついた携帯ストラップだ。

 ららぽの雑貨店で見つけたものだが、なんとなく目につき購入した。

 「誕生日プレゼント」

 「ありがとうお兄さん!大事にするね!」

 ガハマちゃんはとびっきりの笑顔で受け取ってくれる。

 やはり、ガハマちゃんはこの笑顔が一番だ。見ているこちらが自然に笑顔になれるような笑みが俺は好きだ。

 それを皮切りに雪ノ下さん達もプレゼントを渡していった。

 

 

 楽しかった誕生日会も終了し、帰宅しようとしていると見知った姿が目に入る。

 「あ、平塚先生」

 「げっ!由比ヶ浜達、まだいたのか……」

 「先生、婚活パーティーじゃなかったんですか?」

 あぁ、ガハマちゃんのバカぁ……。

 「先生!先生は強いから一人でも大丈夫ですよ!」

 もう!ガハマちゃん知らないぞ!俺、ガハマちゃんのことなんか知らないんだからな!

 そろりそろりとその場を離れようとする。

 「比企谷兄!ラーメン奢るって言ったよな!忘れてないよな!今から行くぞ!」

 「勘弁してくださいよー!」

 「だめだ!行くんだー!絶対行くんだもん!」

 誰だよこの人!完全に壊れちゃったじゃん!

 「兄貴、あとは任せたぞ」

 「頑張って、颯お兄ちゃん」

 「ばいばい!お兄さん!」

 「さようなら、先輩」

 この薄情者達めー!こんなのってありかよー!とほほ……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり平塚先生には敵わない。

 夏休み。

 それは俺達三年生にとって大切な時間だ。

 受験生は入試に向けて夏期講習などを受け、就職希望者は履歴書やその他諸々の作成に取り掛かる。特に就職希望者に関しては夏休みが明ければすぐに試験となる。受験生にしても近頃は早い時期に推薦やらAOやらの試験を行う学校もある。

 そいつらに限っては夏休みとは追い込みの時期。

 そんな夏休みに俺は何をしているかというと。

 「小町、そこ違うぞ」

 「あっれー」

 「さっきも同じところ間違えたよな」

 「あっれー」

 机の対面に座る小町はそっぽを向きながら同じ言葉を繰り返している。

 俺が現在行っているのは小町の宿題の手伝いだ。まあ、小町はいつも夏休み中盤くらいには終わらせているし俺が見る必要もないんだけどな。

 ただ小町と一緒に居たいだけだ。

 あれ?今の彼氏みたいじゃね?や、やめろよ……。照れるだろ?……きめぇ。

 「……ん?」

 一人で気持ちの悪いことを考えていると、机の上に置いていた携帯が震える。

 最近携帯が恐怖の始まりになっていることを考えると携帯を手に取るのも躊躇ってしまう。

 「颯お兄ちゃん、電話なってるよ?出ないの?」

 「ああ、ちょっとごめんな」

 携帯を見つめながら固まっている俺を不思議そうに見る小町の言葉に我に返り、携帯を持って小町の部屋をあとにする。

 「えぇ……」

 携帯に映る『平塚静』の文字を見て俺は思わずそんな声を出してしまう。

 夏休みという学校のことを考えなくても良い時期にこの人の名前を見てしまうとは……。いや、受験生の俺が学校のことを考えなくても良いっていうのもおかしいけれども。

 夏休みに入って二週間という時が経ち、受験生向けの補習も一段落した矢先にこれだ。この人絶対狙ってるだろ。

 「はぁ……」 

 かといって出ないわけにもいかない為、しかたなく通話ボタンを押す。

 「もしもし」

 『やあ比企谷、補習ぶりだな。私と会えなくて寂しくなってきた頃だろう?』

 んなわけねえだろ!できることなら名前さえ見たくなかったわ!俺の携帯の通話履歴には、八幡と小町とめぐり、奉仕部の二人だけでいいんだよ!陽乃さんがいないのは忘れているわけではないぞ!

 「別に……」

 『なんだ釣れないな。まあいい、先程から君の弟にメールや電話をしているのだが、返事は来ないし電話にも出ない。どういうことかね?』 

 どういうことかね?と聞かれましても、面倒くさいことに巻き込まれたくないんじゃないですかね。八幡の気持ちはよくわかるぞ。

 「はぁ……。それで、俺にどうしろと?」

 『妹と協力して連れ出せ』

 あー……、流石平塚先生だ。八幡の動かし方を良く分かっていらっしゃる。

 「そう言われましても、俺どこに行くかも何をしに行くのかも聞いてませんし……」

 『千葉村に行く。そこで小学生が林間学校をするのだが、私達はボランティアとして手伝いをする。他の奉仕部メンバーには伝達済みだ』

 つまり、夏休みの奉仕部活動ということか。殊勝な心掛けだこと。まあ、どうせ俺も連れていかれるんだろうけど……。

 「拒否権はないんですよね……」

 『別に拒否してもいいんだぞ?もれなく陽乃とのデートが待っているがな』

 「無いのと同じじゃないですか……」

 あれはデートなんて可愛いものではない。ただの地獄だ。

 「わかりました。どうせ小町は喜んでやるでしょうしね」

 『話が早くて助かる。それでは頼んだぞ』

 その後、集合場所と時間を告げると平塚先生は電話を切った。

 いまいち気は乗らないのだがしょうがないか。どうせ海やらプールなんてものは行く予定もなかったし、ちょっとしたバカンス気分で行かせてもらうとしよう。少し川で遊べるみたいだしな。

 「小町~……」

 「小町は準備おっけーだよ!」

 「はえぇよ」

 平塚先生抜かりなさすぎ。

 

 

 「さて、電話に出なかった理由を聞かせてもらおうか」

 「……」

 バスロータリーに止められたワンボックスカーの前に立つ平塚先生を見た瞬間、八幡は手に持っていたバックを思わず落としてしまう。

 いやん、そんな目で俺を見ないで!俺だって来たくなかったんだよ!信じてはちまーん!

 いくら小町の頼みでも正直に伝えたら八幡がここに来ることはなかっただろう。そんな予想がついていた為、小町は勉強を頑張ったご褒美としてお出かけを所望した。その行先が千葉。まあ、千葉村だが。

 そんなことなど全く知らない八幡はまんまと小町の策にはまってしまったということだ。

 「ヒッキー、遅いし」

 八幡に向けて手を合わせていると背後から声をかけられる。

 そこにはパンパンに膨らんだコンビニ袋を持ったガハマちゃんと雪ノ下さんが立っていた。

 二人の服装は林間学校へ行くということで、いつもとは違う動きやすそうな格好となっていた。ちなみに、俺達も家を出る前に動きやすい格好に着替えた。

 小町に関しては八幡のお古のTシャツを着ていただけだったからな。流石にその格好で外に出すことはできん。この世から俺と八幡以外の男を消さなきゃいけなくなるからな。

 「結衣さん、やっはろー!」

 「小町ちゃん、やっはろー!」

 ずっと思ってたんだけど、その挨拶って流行ってるの?俺も時々使ってみるけど、めぐりは笑いながら首を傾げてたぞ。

 「雪乃さんもやっはろー!」

 「やっ……。こんにちは」

 ガハマちゃん達につられて同じ挨拶をしそうになった雪ノ下さんは顔を赤くしながら言い直す。

 「無理して言い直さなくてもいいのにー」

 俺はそんな雪ノ下さんをニヤニヤしながら見る。

 「……いたのね、変態お兄さん」

 「誰が変態じゃい!雪ノ下さんにそういうことした覚えは!……あるかな?」

 「明確な否定ができないのね……」

 しょうがないだろ!俺にとって雪ノ下さんやガハマちゃんは妹みたいな存在であり、無意識にそういうことをしている可能性があるからな。小町にも時々しちゃうし。

 「八幡っ!」

 俺達が談笑していると、可愛い声と共にこちらへ走ってくる可愛い女の子、ではなく男の娘が現れる。そう、戸塚君である。

 あれ?戸塚君がいるということは材木座君も来ていいはずなんだけど……。

 「彼には劇闘がなんだのコミケがなんだの締め切りがなんだのと断られた」

 すげぇ材木座君、平塚先生の誘いを断ったのか。

 平塚先生は断ってもらいたかったのかもしれないが……。

 「さて、それでは行くとしようか」

 全員揃ったところで俺達はワンボックスカーに乗り込もうとする。

 真ん中の二人掛けには雪ノ下さんとガハマちゃん、運転席には勿論平塚先生、後ろの三人掛けには既に小町と戸塚君が座っている。

 「兄貴」

 「八幡」

 「じゃん!」

 「けん!」

 

 

 「よし、小町、戸塚君よろしくな」

 「うん!」

 「はい!」

 楽しい移動時間になりそうだ! 

 「やあ、よろしく、比企谷弟」

 「……くそぅ」

 ドンマイ八幡。あの時パーを出していれば君がそこにいることはなかっただろうね。

 「戸塚さんって夏休み何してます?」

 ちょっとした優越感に浸っていると、小町が俺の隣にいる戸塚君へ尋ねる。

 「僕は部活かな。小町ちゃんは部活してるの?」

 「小町は生徒会なので部活には入っていないのですよ」

 「そうなんだ。お兄さんは夏休み何してました?」

 戸塚君から同じ質問が俺に来る。

 「俺?俺はねー、夏休み入った最初の方は補習に行ってたかな。今は小町の勉強を見たり、自分の勉強をしたりかな。他の時間は大体寝てるよ」

 睡眠大事。いくら寝ても足りないからね。

 「そうなんですね。じゃあ、小町ちゃんは高校に入って部活やる気はないの?」

 「あー、兄の世話があるので……。小町としては誰か兄を支えてくれる人がいれば助かるんですけどねー」

 そう言って小町は戸塚君を見る。

 おい小町、素で間違えてるぞ。戸塚君はダメだから。

 「すいません、素で間違えました」

 「あはは、困ったことがあったら言ってね?八幡のお世話ができるかどうかわからないけど」

 うぉ!まぶしい!戸塚君の笑顔がまぶしすぎる!こりゃ、八幡も惚れますわ。

 「笑顔がまぶしい!」

 小町も同じことを思ったようだ。

 「あ、そっちだと太陽がまぶしいよね。大丈夫?」

 「気遣いのできる大和撫子。うーん、小町的にはぎりぎりありかも?」

 いや、ないから。お願いだから弟増やさないでください。

 そんな笑顔の絶えない車内でした。いろんな意味で。




次回の更新は一月二十一日午前零時です。
理由?知っている人は知っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 やはり私の王子様は格好良すぎる。

めぐりん視点です。


 「よし!今日もがんばろっ!」

 私は鏡に映る自分の顔を眺め、気合を入れるように頬を叩くとにっこりと微笑む。あの人が大好きだと言ってくれたこの笑みを確認するように。

 「おっと、忘れ物忘れ物。……よし!」

 洗面台の傍らに置いてあった髪留めで前髪を留め、洗面所を後にした。

 これは、私の大好きな人との大切な思い出のお話。

 

 

 「うー……。寒いよー」

 高校に入って初めてのお正月を終え、学校が始まって少し経った頃のある通学路、寒さに震えながら私は登校していた。

 「冬だしなー。学校まで頑張れー」

 「もう、颯君は寒くないのー?」

 「はっはっは!俺は男だぜ!このくらいどうってことないさ!」

 そう言って豪快に笑う彼の名前は比企谷颯太君。

 高校に入ってからのお友達で、ちょっと変わってるけどいざという時は頼りになる格好良い男の子。話すことの半分を弟君や妹ちゃんが占めてるけど、颯君との時間は経過を忘れるほど楽しい。その笑顔を見るたびに私の心臓が跳ねる。

 もうわかってる人もいるかもしれないけど、私は颯君に少なからず好意を寄せている。

 中学校までで感じることのなかった胸の高鳴りは、わからないけど多分そういうことなんだと思う。颯君はどう思ってるのかわからないけど……。

 「そういえば颯君。もうすぐはるさんも自由登校だね」

 「……そうだな」

 私がはるさんの話を振ると明らかに颯君の声のトーンが落ちる。

 いつもは面倒くさそうにはるさんの相手をしている颯君だけど、颯君がどれだけはるさんを尊敬していて、はるさんに憧れているのかも私は知っている。

 そんなはるさんと頻繁に会えなくなるのは颯君にとっては苦痛だと思う。

 私だってはるさんには良くしてもらってるから寂しい。だけど、颯君はそれ以上に寂しさを感じていると思う。

 同時に、それだけ颯君に思ってもらえているはるさんを少し羨ましいと思っている私はいけない子だとも感じている。

 「ちゃんと送ってあげないとね」

 「ああ、そうだな」

 だけど、そんな気持ちを今は押し込む。颯君の……ううん……。私の大切な人の笑顔を守るために。

 「それはそうと、めぐり、お前そろそろ誕生日だろ。なんかほしいものあるか?」

 「え!?なんで颯君が知ってるの!?」

 いきなりの話の転換と颯君が私の誕生日を知っていることに驚いてしまう。

 「いや、メアドに入ってる数字ってそういうことじゃねえの?」

 あ、そういうことか。

 メアドを確認してみると、確かに私の誕生日である0121が入っていた。わかりやすいにも程があるね、これは。

 「なるほどね……。よくわかったね颯君!メアドなんてあんまり見ないのに」

 「……まあな」

 颯君はそう言うと、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。いきなりどうしたんだろ?

 「それで?なんか欲しいものあるか?」

 「んー。別にないよ?それに、そんな気を遣わなくても大丈夫だよ?」

 颯君にはいつもお世話になっているし、何かを貰うというのもなんか悪い気がする。

 「……そうか?まあ、まだ時間はあるし欲しいものが出来たら教えてくれよ。あんま高いのは無理だけど」

 「あはは。本当にだいじょうぶだよー」

 本当は喉から出るほど欲しいんだけどね。

 颯君からの贈り物なんて、大事にしすぎて引かれるかもしれない程だし。

 うー!でも欲しいよぉ!

 「おーい!何してんだめぐりー!置いてくぞー!」

 「あ、まってよー!」

 

 

 その日の放課後、いつものように一緒に帰る為颯君の元へ向かう。

 「颯君一緒にかえろー」

 「あ、悪い。今日はちょっと用事があるから先に帰ってくれるか?」

 「そっかー。わかった。また明日ね」

 「ああ、またな」

 そう言って颯君は足早に教室を出ていった。

 そっかー、今日は颯君と帰れないんだ。

 そのことが頭によぎるとなんだかすごく寂しくなってしまう。

 このくらいのことで寂しくなっちゃうなんて、私どれだけ颯君のこと好きなんだろ。……はっ!違うよ!少なからず好意を寄せてるってだけなんだから!決して好きってわけじゃ!

 「はぁ……。帰ろー」

 そんな言い訳自分の中でしてても意味ないもんね。今日は早く帰って寝よっと。

 「……あれ?」

 少し気分を落としながら校門近くまで来ると、先程別れたばかりの颯君の姿が目に入る。

 何してるんだろ?用事があるって言ってたけど。

 「颯太ー!待ったー?」

 「待ちましたよ……。どれだけ待たせるんですか」

 「ごめんごめーん!」

 「ったく……」

 手を大きく振りながら颯君の元へ現れたのは、首に赤いマフラーを巻いたはるさんだった。

 そっか、用事ってはるさんとだったんだ。

 抑え込んだはずの嫌な気持ちがどんどん解き放たれていく。胸が苦しい。 

 「だめっ」

 溢れそうになるものを抑え込むように両頬をぱんっと叩く。

 そして、いつもの笑顔を浮かべてふんすと息を吐く。

 「仲間はずれにするなんて颯君もはるさんも酷いんだー!帰ってふて寝してやるー!」

 そう声に出すと幾分か楽になった気がした。

 そして、前髪を振り乱しながら走って家路についた。

 

 

 「うー。眠いー……」

 次の日の朝、いつもの待ち合わせ場所で颯君を待っている最中、何度目かわからないあくびを噛みしめる。

 結局、本当にふて寝をした結果、夜眠ることが出来なかった。慣れないことするからこうなるんだよねー……。

 「おはよーさん。って、めぐりが眠そうにしてるの珍しいな」

 「あ、おはよー、颯君。ちょっとねー」

 原因は君だけどね!もう、わかってるのかな、この子は。

 「ん?はっはっは!なんだめぐり!俺のことじっと見て!」

 「なんでもないよー」

 「変な奴だなー!」

 その笑顔は反則だよ……。颯君のバカ。

 私は精一杯の反抗の意味を込めて颯君の背中をパンチする。

 「えいっ」

 「……行くぞ。早く!ダッシュだ!おるぁ!」

 「ええ!?待ってよ颯君!」

 「えぇーい!だまれぇい!」

 颯君は私を置いて道を走っていった。

 そんなに怒らなくてもいいのにー!あー、そんなに走るから顔が赤くなっちゃってるよー?もう、子供なんだから……。

 

 

 あれからというもの、それまで毎日一緒に帰っていたというのに、その頻度はめっきり減ってしまった。

 「悪い!今日も予定があってさ!先に帰っててくれるか!」

 「う、うん、わかった。気を付けてね」

 「ああ!めぐりもな!」

 このように、帰りのホームルームが終わった途端急いで先に帰ってしまう。

 毎日一緒に帰っていただけに、隣に颯君がいないというのが寂しくてたまらない。メールをすれば返してくれるし、電話をすれば必ず出てくれる。いつもと変わらない声でどうした?と言ってくれる。

 なのに、なぜこんなに辛いのだろう。

 「変だなぁ」

 そう言いながら私は教室を後にする。

 「ん?城廻、浮かない顔をしているな」

 「あ、平塚先生」

 よっぽど酷い顔をしていたのか平塚先生が話しかけてくる。

 「何か悩みでもあるのか?」

 「い、いえ、別に何もないですよー?」

 「はは。城廻は相変わらず嘘が下手だな。まあ、言いたくないのなら無理には聞かんさ」

 流石教師というべきか、はたまた平塚先生だからなのかはわからないけど、私の嘘も簡単に見抜いてしまう。本当にこの先生は凄いと思う。あの気難しい颯君や破天荒なはるさんを相手にしながら、かつ二人の信頼を得るこの人は教師として、そして一人の人として尊敬できる。

 だからなのか、私の口はするすると勝手に動いてしまう。

 「最近、颯君の様子がおかしいっていうか。私と一緒にいる時間が少ないっていうか……」

 「なるほど、もっと自分に構ってほしいということか」

 「そ、そ、そんなことないですよ!そういうわけじゃなくて!いや、そうなんだけど……。うわわ!」

 「忙しい奴だな……」

 あうぅ。自爆して優しい目で見られてしまった。

 もうこの際認めてしまおう。

 そう、私はもっと颯君に構ってほしいのだ。メールや電話だけじゃなく、私と直接会って遊んでほしいのだ。なんなら話すだけでもいい。颯君の顔が見たいのだ。

 「私はわがままなんでしょうか……」

 「何を言う。君のような歳の人間がわがままなどと考えるんじゃない。人はいつまでも甘えながら生きていくのだよ。それに、比企谷は城廻が思っている以上に君のことを大切に思っている。それこそ、少々甘えられるくらい可愛いと思えるくらいにな」

 「ふぇ?」

 「まあ、これは私から伝えるのでは信憑性がないがな。おっと、私も仕事があるのでこれで失礼するよ。ほら、私若手だから」

 「あ、はい」

 そう言って平塚先生は私に背を向けて歩いて行った。

 本当に格好良い先生だと思う。颯君がああいう男になりたいって言っていたのも頷ける。女の人だけど……。

 そっか、もっとわがままでいいんだ。

 「よし!」

 私は気合を入れると、意気揚々と学校を後にした。

 

 

 次の日の放課後、私はいつものように颯君の机に向かう。

 「颯君……」

 「おう、めぐり!今日……」

 「颯君!」

 「め、めぐり?」

 私は少し大きな声で教室を飛び出そうとする颯君を止める。

 「今日はさ、一緒にいたいな。寂しいよ」

 「……っ!?」

 うぅ、恥ずかしい。私のバカバカ!これじゃ、まるで彼女みたいじゃない!

 「めぐり」

 「え?颯君?」

 颯君は顔を真っ赤にしながら私の手を掴む。

 「今日はもとからそのつもりだったんだ。行くぞ!」

 「え?ええ?」

 颯君は私の手を勢いよく引っ張ると教室の外へと走っていく。

 「おらおらー!どけおまえらー!俺に当たると地球一周する羽目になるぞ!」

 「危ないよ!そんなに走らなくてもぉぉ!」

 「こるぁ!廊下は走るなー!ってまた比企谷か!お前は何回目じゃー!」

 「悪いね厚木先生!今日はゆるしてくれぇい!」

 体育の厚木先生に怒られても颯君は速度を緩めることはなかった。

 

 

 そして、私が連れてこられたのは生徒会室だった。

 「颯君?」

 「いいから」

 何がいいのかわからないけど、颯君の言う通り扉を開ける。

 「ハッピーバースデー!めぐりー!」

 「誕生日おめでとう、城廻」

 「え?」

 そこには笑顔で私を迎えてくれるはるさんと平塚先生の姿があった。

 生徒会室は飾りつけがされていて、白板にはハッピーバースデーめぐりと書かれている。え?これってもしかして……。

 「颯君……」

 「誕生日おめでとう、めぐり」

 私の誕生日会?

そういえば、今日は一月二十一日。私の誕生日だ。色々あり過ぎてすっかり忘れていた。

 「何呆けてんの、めぐり。ほら、こっち来てろうそくの火を消しなさい」

 「あ、はい!」

 はるさんに促され机の方に向かうと、そこにはろうそくの立ったホールケーキがおいてあった。

 私は、ケーキに立っているろうそくの火を勢いよく消す。

 すると、傍らに立っていた颯君達が拍手をして、再び祝いの言葉をかけてくれる。

 「えと、えと!状況が読み込めてないんですけど……」

 「状況も何も、これはめぐりの誕生日会よ?颯太が企画して、颯太が準備したの」

 状況の読み込めていない私にはるさんが教えてくれる。

 「颯君が?」

 「そうよ。そのケーキだって颯太が作ったのよ?」

 「えぇ!?」

 びっくりした。料理ができることは勿論知っていたけど、ケーキを作れるなんて話は聞いたことない。

 「それも、作り方を私に教わりに来てまでね」

 「は、陽乃さん!それは言わない約束でしょ!」

 「あはは!ごめーん!」

 そっか、そこまでしてくれたんだ……。

 あれ?ということは、颯君の言っていた予定ってこのこと?あうわぅあぁ!

 「あ、あのなめぐり……」

 私が一人心の中で唸っていると、颯君がきまずそうにこちらを見てくる。

 「寂しい思いさせたのは悪かった。良かれと思ってやってたことなんだが、その……ごめん」

 「だから言ったのにねー。ほったらかしにしちゃダメだって」

 「肝心なところに気が回らん奴だ」

 「二人は入ってくんなよー!」

 颯君はツッコミながらも申し訳なさそうに私を見てくる。

 私に颯君を怒ることはできない。だって、私の為に頑張ってくれていた颯君のことなんて知らないで、一人で気分を落としていただけなのだから。

 「颯君、私こそごめんね?私、勘違いしちゃって……」

 「もうもう!二人とも辛気臭い顔しちゃって!今日はめでたい日なんだから楽しまなきゃ!ほらほら!かんぱーい!」

 はるさんは私達の間に入って無理矢理乾杯をする。

 そうだよね!せっかく颯君が用意してくれたんだもん!楽しまなきゃね!

 

 

 「はぁー!楽しかった!」

 「そうだねー」

 あの後、下校時刻となり私の誕生日会はお開きとなった。

 今は久しぶりに颯君と一緒に帰っている。やはりこの位置と距離が落ち着く。颯君が隣にいるだけでこんなに落ち着けるものだとは思わなかった。

 「なぁ、めぐり」

 「どうしたの?」

 「俺はさ、お前の笑顔が好きなんだ。お前の笑顔を見ているだけで心が安らぐ」

 颯君の言葉に私は何も言えなくなってしまう。 

 恥ずかしいのと、嬉しいのが混ざって何が何だかわからない状況だ。

 「だからさ、お前に寂しい思いをさせたくないんだ。寂しいときは素直にそう言ってくれ。俺に甘えてくれ。必ずお前を笑顔にして見せるから」

 「……うん」

 本当に颯君はずるい。

 そんな言葉をかけられたら嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだよ。

 「あとさ、めぐり。目を瞑ってくれるか?」

 「え?う、うん」

 いきなりのことに少し驚いたけど、私は素直に目を閉じる。

 「……よし、いいぞ」

 颯君の言葉を聞いてゆっくり目を開ける。

 「手鏡持ってるか?」

 「うん」

 鞄から手鏡を取り出し、写った私を見る。

 「わぁ……」

 鏡に映った私の前髪は先程まではなかった赤い髪留めで留められていた。

 「前髪を下ろしてるめぐりもいいけど、俺は笑顔が良く見えるそっちの方がいいと思ってな。おでこ出すのが嫌なら別に外してくれてもいいけど。まあ、一応誕生日プレゼントってことで」

 「いいって言ったのに……」

 「そういうわけにもいかないだろ……って!どうしためぐり!」

 「ふぇ?」

 気づくと私の目からは涙が流れていた。

 拭っても拭ってもあふれてくる。でも、不思議と悪い気はしない。嬉しくて、本当に嬉しくて出た涙を悪いなんて思えるはずがない。

 「そんなに気に入らなかったか……?」

 もう、どうしてそうなるの?そんなわけないのに。

 「ううん。凄く嬉しいの。嬉しくてしょうがないよ」

 「そ、そうか!あは、ははは!そりゃよかった」

 顔を赤くしちゃって可愛いなぁ。

 「ありがとね、颯君。大事にする」

 「おう。まあ、気長に使ってやってくれよ」

 そう言って笑う颯君は本当に魅力的だ。私はそんな颯君が……大好き。

 

 

 「おっす!おはようめぐり!」

 「おはよー颯君!……ふふ」

 「どうした?なんか嬉しそうだな」

 「べっつにー!」

 私は三年生になった今でも大事につけている髪留めを撫でながら笑う。

 そして、今日も思う。

 

 やはり私の王子様は格好良すぎる。と。




めぐりん!誕生日おめでとう!
可愛いめぐりんが大好きです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺達は小学生との邂逅を果たす。

 「これから三日間、みなさんのお手伝いをします……」

 さわやかな笑みと声で眼前に座る百名程度の小学生に挨拶をする葉山君を横目に、俺は思わず出そうになるあくびを噛みしめる。

 普段であればこの時間は昼寝の時間だからな。

 それにしても流石葉山君だ。挨拶を終えると小学生から拍手が起こったしな。

 なぜここに葉山君をはじめとする葉山グループがいるのかというと、平塚先生が内申を餌に募集をかけたらしく、それに見事釣られたようだ。

 まあ、それは葉山君だけらしく、他の生徒は遊び半分で来ているらしいが。

 「それでは、オリエンテーリングスタート!」

 葉山君の挨拶の後、小学校側の先生がオリエンテーリングのスタートを宣言する。

 俺達は様々な場所へ向けて散らばっていく小学生を見ながら一息つく。

 「いやー小学生マジ若いわー!高校生とかもうおっさんっしょー!」

 そんな中、葉山君グループの中で一際騒がしい戸田君が頭を掻きむしりながら声を上げる。

 この中で一番年上の俺を馬鹿にしているのかなこの子は。だとしたらお兄さんちょっと怒っちゃうぞ!の意味を込めて金髪ロール娘に反論を食らっている戸田君に笑みを送っておく。

 こら、何まぶしい笑顔を返してるんだね君は。そういう意味じゃないから!

 戸田君との笑顔のキャッチボールをしていると平塚先生がこちらへやってくる。

 「君達の仕事はゴール地点で昼食の準備と配膳だ。小学生より先に到着しておくこと」

 確かに昼食の準備となれば小学生より先に到着しておかないとだめだよな。急ぐ必要があるかもしれん。

 八幡もそのことに気付いているのか皆に出発を促している。

 「ん?」

 時間を確認するため携帯を出すと、不在着信が一件入っていた。

 「めぐりか……」

 液晶には城廻めぐりの文字。また陽乃さんだったら暑さとは別の意味で汗をかくところだった。

 とまあ、それはいいとして、めぐりからの電話ならば掛け直さないわけにはいかないか。

 「八幡、俺ちょっと電話してくるから先行っててくれるか?」

 「ん?ああ、わかった。サボろうなんて考えるなよ?平塚先生だけじゃなくて、もれなく氷の女王からきついお説教が待ってるぞ」

 「それは誰のことかしら?」

 「はは、それは怖いな!特に氷の女王さんのお説教は勘弁してもらいたい!」

 「兄弟揃って川に流されたいのかしら?」

 氷の女王の雪よりも冷たい声に俺と八幡は頭を下げることしかできなかった。

 ふざけるのも大概にしないとね!

 

 

 『もしもし?』

 「おう、めぐりか?どうかしたか?」

 ゴール地点へと向かう八幡達を見送るとめぐりへ電話を掛ける。電話口のめぐりの声が沈んでいる様子はないことから暗い話ではないのだろう。

 『あ、うん、えっとね?何してるのかなーって』

 「平塚先生に呼び出し食らってな。今千葉村にいる。八幡や他の生徒もいるんだ。まったく、せっかくの夏休みだってのによ!どうしてくれんだめぐり!」

 『私に言われてもどうしようもないよ……。そっか、今家にいないんだ』

 「ああ、なんか用事でもあったか?」

 『ううん。あー、でも夏休みに入って遊びに行ってないから少し寂しいかも』

 寂しいという言葉を恥ずかしげもなく伝えるめぐりは昔に比べて成長した。

 この成長には俺も助かっている。俺も気を付けてはいるのだが、夏休みはあまり顔を合わせることもないからな。メールや電話じゃ顔をみることもできないし。

 「そうだな。俺もめぐりの顔が見たくなってきたころだったんだ。お父さんとお母さんの空いてるときってあるか?」

 『来週の土曜日と日曜日はお父さんの仕事が休みだから、その日は空いてると思うよ?』

 「そっか。ならその日にでも遊びに行くか。海とかいいんじゃないか?」

 海に行く予定なんてなかったのだが仕方ないか。

 あまりめぐりをチャラ男の巣窟に連れていきたくはないのだが、お父さんも俺もいるし大丈夫だろう。トイレ以外は傍に居させるつもりだし。

 うーん、流石にそれは過保護すぎるか。

 『行く!絶対行く!約束だからね!』

 「いや、お父さんたちに確認をだな……」

 『あの二人が断るわけないよ!颯君が一緒に行きたいって言ってるんだから一発OKが出ると思う!』

 その自信はどこから出てくるんだろう……。まあ、いいか!

 「じゃ、じゃあいろいろ決まったら連絡くれよ」

 『うん!楽しみにしてるね!』

 「俺も楽しみにしてるよ」

 めぐりの嬉しそうな声と共に電話が切れる。

 さて、俺も八幡達の元に向かうとしますかね。

 

 

 「お?」

 八幡達に追いつくべく山道を歩いていると、前方に小学生のグループが目に入る。

 おそらく多く存在するグループの中でも比較的高カーストに位置するのだろう。確かに可愛い子が多い。いや、そういう目で見ているわけではなく。

 しかし、俺の目を引いたのは彼女たちではなく、グループから少し離れた場所にいる少女だ。

 容姿はグループの中でも群を抜いて良い。雪ノ下さんをそのまま幼くした感じが一番わかりやすいかもしれない。首にかけたカメラを見るその冷たい目は雪ノ下さんそのものだった。

 なぜ彼女がグループから離れているのか、それは誰がどう見てもいじめだろう。

 まあ、いじめといってもハブり、全然初期段階だ。

 「……」

 彼女を見つめていたのがばれたのだろう、こちらを向いて真っすぐ俺を見つめてくる。その目はやはり冷たく、暗いものを孕んでいた。

 彼女はこの環境を無理して変えようとは思っていない。むしろ受け入れているのだ。中学に上がればいじめもなくなる、新しい友達ができるという軽い気持ちで。

 しかし、そんなに世の中甘くない。過去のことなどすぐに広まる。学校とはそういうものだ。

 特に中学校というのはいくつかの小学校が合わさるだけであり、周りの人間が消えてなくなるわけではない。それこそ中学受験をしない限りは。

 「……ねぇ」

 「うぉ!?」

 俺が考えに耽っていると、先程まで遠くにあった少女の顔が俺の目線のしたに現れる。

 うむ、見れば見るほど雪ノ下さんに似てるな!

 「な、何かな?」

 「あんたって高校生なんだよね?」

 「あんたじゃないぞ。俺には比企谷颯太っていう名前があるんだ。颯太かお兄ちゃんと呼んでくれ」

 「きも」

 この子生意気だ!このちっちゃい雪ノ下さんめ!

 「ふーんだ!名前を呼ばないと答えてやんないもーんだ!」

 「……颯太は高校生なんでしょ?」

 たっぷり五秒ほど考えて彼女は問い返す。

 最初からそうすればいいんだよ!呼び捨てってのは引っかかるけど!

 「そうだよ。君は小学生だ。小さい学生と書いて小学生」

 「どうでもいいし。それと、君じゃない」

 相変わらず不機嫌そうな顔でこちらを睨んでくる。

 「そっか、名前は?」

 「鶴見留美」

 「そっか!よろしくな、ルミルミ!」

 「ルミルミじゃない、きもい」

 この子は少々言葉遣いが悪いな。雪ノ下さんは言い方だけは丁寧だからな。いや、似てほしいわけではないんだけどね?

 「わかったよ。じゃあ留美ちゃん、高校生がどうしたの?」

 「小学生を見てどう思う?」

 「……可愛いと思うよ?」

 他意はない。小学生、可愛いじゃない。

 「ロリコン。本当のこと言って」

 「……はぁ。ハッキリ言って興味ない。どうでもいいと思ってるよ」

 可愛いとは思う。元気で若いなぁとも思う。だが、それ以上の感情はない。仲良くしたいとか、一緒に遊びたいとも思わない。故に、鶴見留美を取り巻く環境をどうにかしようとも思わない。

 「そう。颯太はあっちの奴等とは違うんだ」

 「あっちの奴?」

 「今わいわいやってる連中。同じグループの奴とか、さっき颯太と一緒に居た金髪の男達とか」

 つまりリア充ってことか。確かに違うかもな。

 「はっはっは!確かにそいつらとは違うかもしれない。だけどな、俺は君とも違う」

 「どういうこと?」

 俺と留美ちゃんとの決定的な違い、それは。

 「愛し、守るべき存在がいる。俺は君と違って本物を持っている」

 「本物……」

 「そう、だから俺と君は一緒じゃない。だけど、一緒になることはできる。まあ、君のこれから次第だけどね」

 そう言い残すと俺は山道を先へと進んでいった。

 これから留美ちゃんが変わるには何かきっかけが必要だ。それがどんなものかは俺にもわからんが。

 「ん?」

 山道を歩いていると、ポケットに入れていた俺の携帯が震える。

 『どうも平塚です。今何をしているのでしょうか?ちらほらとゴールをしている小学生もいるのですが……。弟君達はとっくに到着していますよ?』

 次の瞬間、静かな山道に俺の叫び声が響き、やまびことなって帰ってきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鶴見留美は打ち明ける。

 「くそ……!なんで俺だけこんな目にー!」

 「うわーすげぇ!玉ねぎがあり得ねえ速度で切れていく!兄ちゃんすげえ!」

 現在、俺達は夕飯の準備をしている。

 今晩の夕飯は皆で作るカレーだ。キャンプでは定番と言える料理だろう。

 俺以外の奴は小学生と仲良く料理をしているのだが、俺だけは各班を回って玉ねぎだけをひたすら切らされている。もう涙など枯れ果ててしまった。

 「一人だけ遅れてきたのが悪いのでしょう……」

 「それもそうなんだけどさー!」

 俺の叫びに呆れた表情と声で雪ノ下さんが答える。

 あの後ダッシュでゴール地点へと向かったのだが、そこに立っていたのは鬼と化した平塚先生だった。当然の如く叱られ、この玉ねぎカット作業を命じられたのだ。

 「それにしても、本当に早いわね……」

 「まあ、兄貴は小町と同じくらい料理が得意だからな。小町も兄貴に料理を習ったくらいだし」

 驚いたような顔をしながら俺の作業を見つめる雪ノ下さんの呟きに八幡が苦笑いを浮かべながら答える。

 今は小町が家の台所を担っているが、昔は俺の担当だったからな。小町に料理を教えたというのも事実だ。まあ、小町が率先して俺の手伝いをしていただけなのだが。

 「ヒッキーも料理できるし、小町ちゃんやお兄さんまで……。私、自信なくしちゃうよ」

 「大丈夫。俺も母ちゃんに習う前は全然だったから。ガハマちゃんも練習すればきっとうまくなるよ」

 「そ、そうかな!」

 「あ、俺に試食役を頼むのはナシな。死にたくない」

 「そこまでのものは作らないよ!」

 そこまでって……。そこまではいかないけど酷いものはできるんですね。

 「よっしゃ!この班終わり!次行くぞこるぁ!」

 俺の玉ねぎとの戯れはまだまだ終わらんのですよ。

 

 

 「あー……。目が痛い。死ぬ。涙の数だけ強くなれるって嘘じゃね?どんどん俺の目が弱っている気がするんですけど」

 既に玉ねぎを切り終えていた班以外の玉ねぎをすべて切り終えた俺は目を水で洗いながら独り言を呟いていた。

 「お、颯お兄ちゃんだー」

 「ん?おお、愛しの小町ちゃんと全ての元凶さんだ」

 「全て遅れたお前が悪いのだろう……。人のせいにするな」

 俺の元に現れたのはカレーの材料を運んでいる小町と平塚先生だった。

 この二人が一緒にいると何故か嫌な予感がするな。

 「小町、平塚先生に変なこと言ってないよな?」

 「うぇ?い、言ってないよ?」

 おいこら、君何を話したんだ!目をそらしても無駄だっつうの!

 「小町……」

 「わー!颯お兄ちゃんタンマタンマ!」

 「まあ、痴話喧嘩はやめたまえ。弟にもいったがほとんどが惚気話のようなものだったよ。小さいころからの話をね」

 「ひ、平塚先生!その話はナシってさっきも言ったじゃないですか!」

 平塚先生の告げ口に小町は顔を赤く染める。

 「小町、こっちへ来なさい」

 「は、はい……」

 俺が小町を呼ぶと観念したようにこちらへやってくる。

 そして、俺はびくびくと震える小町をぎゅっと抱きしめる。

 「颯お兄ちゃん……?」

 「小さい頃の話はやめて……。恥ずかしいだろ……!」

 「……颯お兄ちゃんの恥ずかしがるポイントが良く分からないよ」

 しょうがないじゃん!小町達の小さい頃の話なら幾らでも聞かせてやるけど、自分のとなると全く別問題だ。なんか恥ずかしいじゃん!

 「比企谷の意外な一面が見れて得した気分だよ。さて、そろそろ戻るとしようか。比企谷にはまだまだ働いてもらうぞ」

 「わ、わかりましたよ」

 俺は小町を離し立ち上がると、平塚先生と小町の持っている材料を奪い調理場へ運んでいく。

 小町と平塚先生はその場に立ち尽くした後、少しの間ひそひそ話をしていた。

 また何か話したのか……。もうどうにでもなれよ!

 

 

 カレー作りの役目が一段落したところで俺は各班を回りながらアドバイスをして回っていた。

 「おお?」

 その先で先程山道で話をした留美ちゃんが一人で作業をしていた。

 小学生の間ではそれが普通であり、留美ちゃんを気に掛ける者はそこに存在しない。まあ、あくまでそれは小学生の間だけであり、一般人は気にしてしまう。

 「カレー好き?」

 留美ちゃんに話しかけるのは、今回の林間学校に参加している高校生の中で一番目立つ存在である葉山君だ。同時にこの場面で一番話しかけるべきではない存在だ。

 葉山君に関しては善意のつもりなのだろう。だが、それは留美ちゃんからしてみればただの迷惑でしかない。

 小学生達の輪からぎりぎり外れたところでこの様子を見ている八幡と雪ノ下さんも呆れた表情をしている。

 まあ、話しかけること自体が悪いというわけではないのだが、いかんせん場所が悪すぎる。こんなにも他の小学生の目があるところで話しかければ目立って仕方がない。

 さて、黙ってみていても仕方ないし引き離しますか。

 「おーい葉山君!あっちの子達を手伝ってくれるか!」

 「あ、はい!」

 葉山君が俺が指さした方へ走っていくと留美ちゃんはそそくさとその場を離れる。

 そして、留美ちゃんが向かったのは八幡達の方。

 葉山君が行った先で隠し味の話を始めたことで留美ちゃんへ向いていた視線がそちらへ向いていく。

 俺が八幡達のところへ着いた時には、ガハマちゃんを含め全員の自己紹介が終わっていた。

 「おいおい、俺は仲間外れか?」

 「兄貴か。さっきは上手く切り離したな」

 俺の声に気付いた八幡がこちらを向く。それに呼応するように雪ノ下さん達も俺の方を向く。

 「俺がいなくても留美ちゃんは自分で離れていっただろうよ。あの場で話すことの意味を留美ちゃんが一番わかってるだろうしね」

 「だな。てか、兄貴はこいつと知り合いだったのか」

 「まあね。下の名前で呼び合う仲だぜ!」

 「あなた、小学生まで落とすつもり?」

 「そんなわけないでしょうが……」

 雪ノ下さんの冷たい視線に溜息を吐きながら反論する。

 確かに留美ちゃんは可愛いけどあり得ない。雪ノ下さんに似ている時点で無い。まあ、それ以前に年齢的にも無理だが。

 「あなたに年齢なんて関係ないのかと思ったわ」

 「俺をなんだと思ってるんだよ、君は!」

 「ねえ」

 「ん?どうした留美ちゃん」

 雪ノ下さんと言い合いをしていると、留美ちゃんが服の裾を引きながら俺を呼ぶ。

 「兄貴って?」

 「ああ、そこにいる八幡は俺の弟なんだよ」

 「……似てない」

 「ほっとけ」

 留美ちゃんはそういうが似ていないことはないぞ?ほら、このクセっ毛とか!超似てる!

 「ちなみにあそこの女の子も俺の妹だぞ」

 俺は今現在も調理をしている小町を指さす。

 「似てる。颯太には」

 「おい。お前は俺に恨みでもあんのか」

 留美ちゃんはその言葉を無視して小学生の集団を眺める。

 「なんだか颯太やそこの二人は違う気がする。あっちの人たちと」

 あっちの人か。おそらく葉山君達のことを言ってるのだろう。さっきもそんなことを言っていた。

 「私も違うの。あそこの人たちと。そして、上手く立ち回るのもくだらないからやめた。一人でもいいって思った」

 「小学生の間の思い出って大事だと思うけど……」

 「別に思い出とかいらない。中学校になれば新しい友達もできるし」

 案の定留美ちゃんは俺の思った通りのことを考えていた。甘い考えだ。まあ、それは俺が言わなくても指摘してくれる人がいるだろう。

 「残念だけれど、そうはならないわ」

 ほらね。

 その言葉の後に俺の考えていることのすべてを言ってくれた。

 「それくらい、あなたもわかっているのではなくて?」

 「やっぱり、そうなんだ」

 留美ちゃんからは諦めたような声が漏れる。

 留美ちゃんの口からは諦めたように今の状況になった理由があふれてくる。

 ハブっていた留美ちゃんがハブられる側になった。どこにでもあるような話だ。この連鎖は止めようがない。どこまでも続いていく。

 「中学校でも、……こういう風になっちゃうのかな」

 嗚咽混じりのその言葉を聞きながら俺は思った。

 なるだろうな。と。

 当然のことだ。わかりきっていたことだ。

 でも何故だろう。俺はこの子の為なら悪役になれると感じた。そして、俺の視線は留美ちゃんから雪ノ下さんへと移っていく。

 やってやろうじゃん。悪役上等。かかってこいよ、小学生。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

話し合いというのは上手く進まないように出来ている。

 留美ちゃんと別れた後、俺達がベースキャンプに戻るといい感じにカレーが出来上がっていた。

 それを食べ終えた俺達は、現在紅茶を飲みながら談笑していた。

 「大丈夫、かな?」

 そんな中、ガハマちゃんが八幡にそう問いかける。言うまでもなく留美ちゃんのことだろう。

 「ふむ、何か心配事かね?」

 「ちょっと孤立している子がいて」

 ガハマちゃんの言葉を聞いて平塚先生が尋ね、葉山君が答える。

 しかし、葉山君の答えは少し間違っている。まあ、その辺りは八幡が説明してくれるだろう。

 「今回の問題は、悪意によって孤立させられていることだ」

 「はぁ?なんか違うわけ?」

 八幡の言葉を聞いて金髪ロール娘が首を傾げる。

 大違いだ。

 一人でいる人間には二つのパターンがある。

 まず、好んで一人でいる人間。例を挙げるとするならば八幡だろうか。そして、八幡が言ったように悪意によって一人でいることを強いられている人間だ。今回の場合は留美ちゃんがここに位置する。

 すなわち、今回の問題は留美ちゃんの孤立自体ではなく、留美ちゃんを取り巻く環境についてだ。

 もし、この問題を解決するとなれば、留美ちゃんに孤立を強いている環境の改善をしなければならない。

 「君達はどうしたい?」

 話を一通り聞いた平塚先生が皆に問いかける。しかし、全員が具体的にどうしたいと口を開くことはなかった。

 「俺は……。できる限りどうにかしたいと思います」

 重苦しい空気の中で口を開いたのは葉山君だった。

 できる限り……か。当たり障りのない言葉だ。

 葉山君自体、自分に何ができるなんてわかっていないのだろう。それでも自分はどうにかしたい、そう匂わせることによって周りに希望はちらつかせておく。できないということも暗に含めておいて。

 「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」

 そんな葉山君の言葉を切り裂いたのは雪ノ下さんだった。

 冷たい言葉に突き刺さるような目。そんな冷たい態度で葉山君の言葉をはっきりと否定した。

 確かに、俺も葉山君に何かができるとは思わない。しかし、雪ノ下さんには俺とは違った明確な根拠があるのだろう。彼女らの間には何かがあるのかもしれない。

 「そう、だったのかもしれないな……。でも、今は違う」

 「どうかしらね」

 そんな二人の会話に場の空気は更に重くなり、暗い沈黙が訪れる。

 「やれやれ」

 そんな様子を見た平塚先生はタバコに火をつけ雪ノ下さんを見る。

 「雪ノ下はどうだ?」

 「確認したいのですが、彼女の案件は奉仕部の活動の範疇に入りますか?」

 雪ノ下さんはじっくり考え、質問をした。

 「原理原則から言えば、その範疇に入れてもよかろう」

 平塚先生はその質問を肯定する。

 「私は……。彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を使ってでも解決に努めます」

 雪ノ下さんは先程と同じようにじっくり考えそう答えた。

 その宣言には、彼女の確固たる意志が含まれていた。

 「で?助けは求められているのか?」

 「それはわかりません……」

 確かに俺達は留美ちゃんに助けを求められてわけではない。留美ちゃんがどうしてそんな状況になったのか、どんな環境の中に身を置いているのかを知っただけだ。

 「ゆきのん。あの子さ、言いたくても言えないんじゃないかな」

 若干俯き気味の雪ノ下さんの服の裾を引き、ガハマちゃんがそう口を開いた。

 「誰も信じられないとかか?」

 「うん……」

 それからガハマちゃんが述べた言葉は拙いがしっかり的を射ていた。

 話したくても、仲良くしたくてもできない。そんな環境がある。誰も話しかけていないのに自分が話しかけるというのは非常に勇気がいる行動で、話しかけると自分がハブられるのではないか、そうしてずるずるとそのままにしてしまう。

 優しく、周りの人間関係をよく見ているガハマちゃんだからこその言葉だと思う。非常にガハマちゃんらしく、好ましい。

 「雪ノ下の結論に反対のものはいるかね」

 平塚先生がそう問いかけると反論するものはいなかった。

 「よろしい。では、どうしたらいいか自分たちで考えてみたまえ。私は寝る」

 そう言い残すと平塚先生はあくびをしながら歩いて行った。

 

 

 平塚先生が去ったあと、残された生徒間では話し合いの席が設けられた。

 議題は『鶴見留美はいかにして周囲と協調を図ればいいか』だ。

 「つーかさー、あの子結構可愛いし、かわいい子とつるめばよくない?試しに話しかけるっしょ?仲良くなるっしょ?解決じゃん」

 この金髪ロール娘は頭弱い子なの?その話しかけるってのが限りなく難しいんでしょうが。この子の意見は聞き流すことにしよう。

 てか、その意見に思いっきり賛同している戸田君は金髪ロール娘よりもバカなのかな?うん、そうなんだろうね……。

 葉山君のやんわりとした否定に金髪ロール娘が引き下がったところで赤い眼鏡をかけた女の子が手を上げる。

 「姫菜、言ってみて」

 姫菜と呼ばれた彼女は落ち着いた表情で喋りはじめる。

 俺の隣では彼女の名前を戸塚君が八幡に教えていた。耳に入った会話によると、彼女の名前は海老名姫菜さんというらしい。あんまり関わることはないと思うが覚えておこう。

 「大丈夫、趣味に生きればいいんだよ」

 彼女から出た意見は予想以上にまともな意見だ。

 確かに趣味というのは良い考えだと思う。趣味というのは自分を楽しませてくれるものだけではなく、他人とを繋ぐ一種の架け橋でもある。イベントなど、外部で繋がる交友関係もあるだろう。

 そして、彼女は自分の実体験を元にしているらしく、述べる言葉に妙な説得力があった。

 「私はBLで友達ができました!」

 ん?

 「ホモが嫌いな女の子なんていません!だから雪ノ下さんもわたしと……」

 「優美子、姫菜と一緒にお茶取ってきて」

 「おっけー」

 葉山君が会話、というか海老名さんの演説を打ち切るように金髪ロール娘に告げる。

 金髪ロール娘に連れていかれながら『まだ布教の途中だったのにー!』と喚いている海老名さんを見ながら、雪ノ下さんは苦い表情を浮かべていた。ガハマちゃんが気の毒そうにその様子を見ていることから同じように布教されたのだろう。南無三。

 それからもぽつぽつと意見は出るのだが、これといった良い意見が出ることはなく、話し合いは沈黙の時間が多くなってきた。

 そこで葉山君が再び口を開く。

 「……やっぱり、みんなで仲良くできる方法を考えないと根本解決にはならないか」

 それを聞いた俺と八幡は思わずふっと乾いた笑みを浮かべてしまう。そんな俺達を葉山君はジロっと睨むが、俺も八幡も彼の意見を真っ向から嘲笑う。

 何でそんな意見をそんなキメ顔で言えるんだろう。

 結局、この子は問題の根本を何一つ理解していなかったのだ。

 みんな仲良く。そりゃ、これが出来れば一番良いだろう。しかし、どうしたって嫌いな奴は嫌いであり、関わりたくないのだ。そもそも、一度ハブった相手をもう一度引き入れるというのは無理に近い。仮に無視というものがなくなったとしても、その者から罪悪感は消えないし、ハブられていた側も負い目を感じる。

 つまり、上辺だけの関係を取り繕ったとしても無理が出るのだ。

 それが『無理』『嫌い』とはっきりと告げることが出来ればまだわからないが。

 だから、そのことがわかっている俺や八幡は葉山君の言葉を笑う。

 そして、それは俺達だけではなく。

 「そんなことは不可能よ。ひとかけらの可能性もないわ」

 俺達の嘲笑など優しいものだと感じることのできる冷たさを孕んだ言葉が葉山君へと突き刺さる。

 それを聞いた葉山君は小さく息を吐き、目をそらす。

 「ちょっと、雪ノ下さん?あんた、何?」

 どこからどう見ても葉山君に好意を寄せている金髪ロール娘がその姿を見て黙っていられるわけもなく、雪ノ下さんへ吠える。

 しかし、それに屈する雪ノ下さんではなく、バチバチと火花が散るような口論が繰り広げられていた。その間に挟まってなんとかなだめようとしているガハマちゃんが可哀想で仕方なかった。

 「でも、パッと見、留美ちゃんは性格きつそうですし、小学生だけのグループに溶け込むのは難しそうですねー。もう少し年齢が上がってくると派手目の子達と付き合えると思いますよ?」

 二人が激論を交わす中、小町が思いついたように口を開く。

 流石小町だ。女子の関係性が良くわかっている。

 小学生は良くも悪くも単純なのだ。何も考えず、ただ楽しければ良い。そんな環境に留美ちゃんが溶け込むのは、小町が言ったように難しいだろう。

 しかし、高校生にもなると女子は交友関係を考えるようになる。主に色恋沙汰に関して。

 留美ちゃんのような女の子は、女子との関係はそれほど良くはならない。しかし、それを見た男子共がおそらくチヤホヤしてくれるだろう。それを見た、もしくは見越してグループに引き込もうとする女子もいるはずだ。

 本当に女の子の世界って怖い。

 「確かに、ちょっと冷たいというか冷めてるところはあるよな」

 葉山君がうんうんと頷きながら小町の意見を肯定する。

 「冷めてるっつーか、舐めてるっていうか、超上から目線なだけなんじゃないの?周り見下したような態度とるからハブられるんじゃないの?」

 金髪ロール娘は挑発的な笑みを浮かべながら笑う。

 うーん。超上から目線か。それを君が言うかね、君が。ブーメランだと俺は思うぞ!

 まあ、そんな挑発に雪ノ下さんが声を荒げることはなく、淡々と答える。

 「それはあなた達の被害妄想よ。自分が劣っていると自覚しているから見下されていると感じるのではなくて?」

 雪ノ下さんの言葉と態度が気に入らなかったのだろう、金髪ロール娘は立ち上がり反論しようとする。

 しかし、そろそろこの応酬も耳障りになってきたし、俺の興味ある人間が興味のない人間に貶されるのも気分が良くない。ここらで一喝しておくとするか。

 「っ!あんさー、そういうこと言ってっから」

 「やめ……」

 「そろそろやめなよー。何を言っても君は勝てないよ」

 金髪ロール娘を止めようとする葉山君の言葉にかぶせるようにして口を開く。

 そういえば、この会議で口を開くのは初めてだな。

 「そろそろ見苦しいよ」

 俺の精一杯の低い声で、尚且つ笑顔を絶やさずそう続ける。

 予想外の伏兵に皆一様に驚きの表情を浮かべており、その中で、八幡と小町だけが額に汗を垂らしていた。

 「っ!気になってたけど、あんたさ何なの?テニスの時、いきなり割り込んできたりさ!この会議だって一回も口開いてなかったし!」

 「会議ね……。果たして、今までやってたのが会議っていえるのかな。俺は無意味で無益な会議なんてしたくないし、関わりたくもないから黙ってたんだけど」

 「なっ!」

 金髪ロール娘は驚きと怒りの混ざった表情を一瞬浮かべ、徐々に驚きだけをなくしていく。

 「あんたね!先輩だかなんだか知らないけど、みんなで協力して仲良くやろうって時にふざけたこと言ってんじゃないよ!」

 「仲良く……ね。さっきも雪ノ下さんにそんなこと言ってたみたいだけど、仲良くして問題は解決する?間違っていることを肯定して解決する?それに、君の挑発的な言葉は、君の言うみんな仲良くってのに反してると思うんだけど」

 「そ、それは、雪ノ下さんが!」

 「人のせいか?確かに、雪ノ下さんの言い方は少しきついかもしれない。けど、君は雪ノ下さんの言葉に耳を傾けようとしたかい?言葉の厳しさだけを見ていたんじゃないのかい?言葉の中にある理由を問おうとしたかい?それができない会議なんて会議じゃない。だから俺は黙ってた」

 「っ!……あーし、あんた嫌い」

 随分と幼い反論だ。

 だがまあ、そうハッキリ言ってくれた方がいい。

 「奇遇だね。俺もだ」

 笑顔を絶やさず、先程とは違う明るい声で答えた。

 その後、金髪ロール娘は黙ってしまい、翌日へ持ち越しということだけが決まった。

 まあ、これが現実だ。

 高校生でも仲良くできないのに、小学生ができるわけがない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇夜に落ちる雪と話をする。

 「まずったなー……」

 夜も更け、おそらく八幡達も寝床に入ったくらいの時間、俺は一人山道を歩いていた。

 別に、嫌いだと言った子の友達が沢山いる部屋にいるのが気まずかったんじゃないんだからね!……はい、嘘です。すっごく気まずかったので風呂に入った後すぐに散歩に出ました。

 それにしても、少しイラついていたにしても、あそこまで言うことはなかった。確かに金髪ロール娘には嫌いと言われたけど自分も言い返す必要はなかったよなぁ……。嫌いだけど。

 「お?」

 山道を唸りながら歩いていると、ほんの微かだが誰かの歌声が聴こえる。

 歌っているのに静かと言ってもわかりにくいかもしれないが、聴こえてきた歌声はそれが一番合っていた。聴いていると無性に空を見上げたくなるのはこの声のせいだろう。

 「流石、歌も上手いんだね」

 「……驚くからいきなり話しかけないでちょうだい。由比ヶ浜さんの誕生日に聴いたでしょう?」

 「おお、そうだった。確かに上手かったな!」

 「先輩はかたくなに歌うのを拒んでいたけれどね」

 「ははは!」

 声のする方に近づくと声の主が誰かすぐにわかった。その綺麗な黒髪を揺らしながらこちらを見る雪ノ下さんは、その先に広がる夜の空と合わさっていて綺麗だった。

 「先輩はこんなところで何をしているの?気まずくなって出てきたのかしら?」

 「ご明察。葉山君はともかく、他の男子の目線があまりよろしくなくてねー。面倒くさいから抜けてきた」

 「……あの、その」

 雪ノ下さんは若干俯きながらこちらをうかがってくる。

 おおよそ、罪悪感を感じているのだろうが、別に雪ノ下さんがそんなことを思う必要はない。俺が勝手にやったことだし、俺の暴走に過ぎない。

 「別に雪ノ下さんが気にすることないよ。俺が勝手に嫌われただけなんだから」

 「……なぜあんな真似をしたの?普段の先輩なら黙って傍観しているはずよ」

 酷い言いようだな……。俺だって人間だしイラつくことやキレることもある。普通の子達と変わらないと思うんだけど……。

 「別にいつも傍観に徹するわけじゃないよ。まあでも、今回は標的が雪ノ下さんだったからね」

 「私だったから?」

 「そうだよ。俺にとって雪ノ下さん、というか奉仕部は大切な存在なんだ。八幡がいるからじゃないよ。八幡がいて、ガハマちゃんがいて、そして雪ノ下さんがいる。そんな奉仕部が大切なんだ。俺は大切な人達は何が何でも守る主義でね。それで、雪ノ下さんが悪く言われるのが少し癪に障ったんだよ」

 だから言い返しちゃった!と俺は笑う。

 もし、あれがガハマちゃんでも同じことをしただろう。小町や八幡、めぐりなどなら俺はおそらくもうここにはいないだろう。平塚先生に頼んですぐに連れて帰るところだ。

 少々の言い合いなんて高校生ならいくらでもあるだろう。だが、それにも限度がある。行き過ぎた悪口はそれより先に発展することも多いしな。

 「……そう。馬鹿なのね、あなたは……」

 俺の言葉を聞いた雪ノ下さんは若干顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 さっきまでは先輩と呼んでいたのに、今ではもうあなたになってしまっている。別にどちらで呼んでもらっても構わないんだけどね。

 本当にこの子は可愛いね。こんなギャップを見せられたら世の男は正気を保ってはいられないのではなかろうか。

 「そうだね、俺は馬鹿なんだと思う。守りたいものを守るのに必死すぎて後のことを考えていないんだからね」

 「そうね、馬鹿で、鬱陶しくて、うるさいわ」

 そこまで言う必要あったかな!鬱陶しいとかうるさいとかはいらなかったんじゃないかな!

 「でも、優しくて強いわ」

 雪ノ下さんはまっすぐ俺を見ながらそう告げた。

 「優しいか?女の子に向かって堂々と嫌いっていう男だぜ?」

 「嫌いな相手を偽って好きという男はそれこそ優しくないわ。そして強くもない。あなたは人を守ろうと必死になれる。そして、最終的には守ってしまうのでしょうね。充分優しくて強いわ」

 そう告げる雪ノ下さんの目は穏やかだったが、少しばかりの憧れらしきものが含まれていた。

 「はっはっは!俺が優しくするのは好きな奴らだけだぜ!」

 「とんだプレイボーイね」

 「そういうことじゃないよ!好きにもいろいろな種類があるんだよ!」

 「ふふ。わかっているわよ」

 そう言って雪ノ下さんはからかうような笑みを浮かべる。その姿は本当に楽しそうで、俺の好きな雪ノ下さんの姿があった。

 「それはそうと、雪ノ下さんはなんでここにいるの?」

 「……」

 俺がそう問いかけると雪ノ下さんは黙り込んでしまう。

 「雪ノ下さん?」

 「少し三浦さんが突っかかってきてね……。三十分程かけて論破したら泣いてしまって」

 雪ノ下さんや、それって。

 「……俺とおなじやーん!」

 「だから言いたくなかったのよ……」

 なんだよー!雪ノ下さんも人のこと言えないじゃん!

 「雪乃ちゃん可愛いねー!お兄ちゃんがなでなでしてあげようかー?」

 少し拗ね気味の雪ノ下さんが可愛すぎて俺のお兄ちゃんスキルが発生してしまう。お兄ちゃんスキルと言っても妹溺愛スキルだけど。

 「次その名前で呼んだらどうなるかわからないわよ」

 「すいやせん」

 だから怖いよ!俺は一生雪ノ下さんとしか呼べないのか!お兄ちゃん寂しいぞ!

 「……はぁ。あの子のこと、なんとかしなければね」

 あの子、考えなくても留美ちゃんのことだということはわかる。

 「そうだねー」

 「あの子には興味を持ったの?」 

 「少しはね。あのね?聞いておいて携帯出すのやめてくれるかな。いや、ほんとにシャレにならないから!」

 「冗談よ」

 あんたがやると冗談に見えないんだよ!本当に冷たい目しやがって!絶対今の本気だったろ!

 「何か決め手があったの?」

 「んー……」

 決め手と言われると困ってしまうが、一応答えは導き出せる。

 「雪ノ下さんに似てたからかな」

 「あなた、私のこと好きすぎない?」

 「好きだよ?まあ、勿論恋愛感情はないけど。容姿は勿論だけど、雰囲気っていうの?そんな感じがしてさ」

 容姿は勿論似ているのだが、他にも似ているところがあった。どこがと言われれば明確な答えを挙げることはできないが、そう感じたのだ。強いていうならそれが決め手だろう。

 「そう、てっきり私に似て可愛いからだと思ったわ」

 「君が俺をどんな目で見ているのかが良く分かったよ……」

 確かに可愛いけど、自分で言うのはどうなんだ。しかもドヤ顔で……。

 「まあいいわ。いざという時は頼んだわよ、兄さん」

 「ははは!任せとけ雪乃!」

 「懲りないわね」

 「ごめんなさい!許して!」

 「はぁ……」

 何度目かわからない溜息を吐く雪ノ下さんは少し疲れた表情を見せながらも、嫌がっている様子は見せない。少しは心を開いてくれたということだろうか。

 「でも、そうね。あなたが兄さんなら毎日が少しだけ面白くなりそうね」

 「俺は妹様には全力でご奉仕するからな!毎日笑って過ごせると思うぜ!」

 陽乃さんに聞かれたら沈められるな。どこにとは言わないけど。

 「一日の疲労も増えるかもしれないけれどね」

 「はっはっは!それはあり得るかもしれないな!」

 そんな冗談を言いながらも時間は経っていく。俺もそろそろ寝なければ明日も一人だけ過酷な罰が課される為、お暇するとしよう。

 「それじゃ、俺は寝るとするよ。雪ノ下さんも早く戻るんだよ」

 「わかったわ。……先輩」

 俺が雪ノ下さんに背を向け来た道を戻り始めると雪ノ下さんが俺を呼ぶ。

 「どした?」

 「もし、私が助けを求めたら……あなたは私を助けてくれる?」

 聞くのが怖かったのだろう、握りしめた拳はプルプルと震えていて、目は若干下を向いている。

 俺はそんな雪ノ下さんに向けて聞き逃さないようにハッキリと告げる。

 「当たり前だ!全力で助けてやるよ!」

 俺は親指を立ててとびっきりの笑顔を浮かべ、俺はその場を後にした。

 




どうも皆さまお疲れ様です!更新遅れてすみません!
次はなんとか頑張ってみます!感想などいただければ執筆もはかどると思うのでよろしければ!

https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!
こちらで感想いただけると素早く返信できると思います!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺の寝坊は今に始まったことではない。

 「朝だ……」

 翌朝、俺の眼前に広がっていたのは知らない天井……ではなく、宿舎の天井だった。まあ、知らないも同然かもしれないが。

 昨夜雪ノ下さんとの話を終え、この宿舎に戻ってくると八幡の姿がなかった。大方、隣で寝ていたであろう戸塚君のはだけた服と何故かエロく感じてしまう寝息に耐えられなくなったのだろう。試しに横に寝てみたのだが、あれはやばい。何がやばいのかはわからないけどやばい。

 まあそれはともかく、未だ回転しない頭ながら周りを確認する。

 「なぜ誰もいない……」

 俺の隣で眠っていたはずの葉山君の取り巻き君も、八幡も戸塚君も既にそこに姿はなく、綺麗に畳まれた布団のみが残っていた。

 時刻は朝食の時間をとっくに過ぎている。

 「おぉう……」

 これは、あれだ。寝坊というやつだ。……八幡のバカぁ!

 俺は大急ぎで準備をして部屋を飛び出した。

 

 

 「ははは!比企谷、次はあっちだ!これはあっちだぞ!これを運べ!」

 「くっそぉ!なんで俺ばっかこんな目に遭わないといけないんだよ!」

 あれから息を切らしながら平塚先生の元へ向かうと、そこには笑顔という名の威圧感の塊を身に着けた鬼が待っていた。ついでにブリザードの女王もいらっしゃった。

 まあ、それだけなら別に慣れっこなのだが、この二人がそれで終わらせてくれるわけもなく、現在の俺は二人のパシリと化していた。

 てか、二人ともなんでそんな笑顔なんだよ!絶対楽しんでるだろ!

 「お前が寝坊するからだ」

 俺の悲痛な叫びに平塚先生は冷たく答える。

 いやまあ、反論できないんですけどね。

 「俺の朝の弱さは今に始まったことじゃないでしょう!そろそろ慣れてくださいよ!」

 「開き直るんじゃない。言っていることが無茶苦茶だぞ」

 うん、自分でもわかってます。

 「まあいい、この束を運んだら終わりだ。さあ、自慢の脚力を見せてみろ」

 別に脚力に自信があるわけじゃないんですけどね……。まあ、これでも中学時代はそれなりのスポーツ少年だったし、これくらいならやってやりましょう!

 「うおお重いぃぃ!」

 重すぎて気合注入の言葉が弱音に変わってしまったよ。

 戸次君の奴、最後だからって薪の本数尋常じゃない位増やしやがったな!一生恨んでやるからな!戸塚君は別だけど!

 「さあ、頑張れ比企谷。これが終わったら川に行くつもりだ。ここで頑張れば私の水着姿を拝ませてやるぞ」

 「ああ、それは別にいいです。見るならまだ陽乃さんの方がいいんで」

 「くっ……!やはり若さか!ふん!陽乃なんてまだまだ子供だ!私の方が魅力的だもん!そんなこともわからないお前には五本追加だ!」

 「鬼だ!アラサーの鬼がいる!おーぼーだー!」

 もうなんなんだよこの先生は!てか、平塚先生の水着姿なんて何回か見たことあるし!今更見ても新鮮さも何も感じねえよ!年齢的にもな!

 「失礼なこと考えたな!もう五本追加だ!」

 「おいこらまてぇい!おら戸次!お前も嬉しそうに追加で割ってんじゃねえよ!ああもうくそ!やってやろうじゃねえかぁ!」

 俺は平塚先生と戸次君によって追加された薪の束を担ぎ走っていった。

 

 

 「ああ、もう無理。もう颯君動けません」

 平塚先生の無茶ぶりをこなした俺は、キャンプ場内を流れる川の傍に座り足を水の中へ投げ出していた。そのうち雪ノ下さん達も来るだろう。

 「あ、颯お兄ちゃん」

 噂をすれば我が愛しの妹の声が俺を呼ぶ。

 流石小町だな。声だけで俺を癒してしまうなんて。俺のHPが三くらい回復したよ。MAXは百な。あんま回復してねえな。

 「おー、来たか小町。その水着、新しいのか?良く似合ってて可愛いぞ」

 「うんうん、流石颯お兄ちゃんだね。すぐ褒めることはいいことだよ!小町的にもポイント高いよ!」

 「はっはっは!そうだろうそうだろう!まあ、小町だけだがな」

 「あー、うん。知ってた。小町的にポイント低いかな」

 なんということだ、小町ポイントが増えたかと思ったら減ってしまったよ。

 「相変わらずのシスコン具合ね」

 「はははー。お兄さんってもったいないよねー」

 小町の後ろから現れたのは、どちらも可愛い水着を着た雪ノ下さんとガハマちゃんだった。おー、眼福眼福。

 「ですよねー。でも、颯お兄ちゃんにも彼女がいなかったわけではないんですよ?」

 『え?』

 小町の爆弾発言に雪ノ下さんとガハマちゃんの声がが重なる。

 「ね?颯お兄ちゃん」

 「ん?まあな。中学生の頃に一人だけいたことがあったな。もう連絡とってないけど。別に小町と八幡がいればそれでいいけどな!」

 「はぁ、誰か貰ってくれないかな……」

 「ははは!小町が貰ってくれ!」

 「いやだよ」

 お兄ちゃん泣いていいかな?

 それにしても、雪ノ下さんとガハマちゃんが喋らないな。

 「二人ともどうかした?」

 「い、いえ。少し驚いただけよ」

 「う、うん。意外だった!」

 二人は俺の声で我に返ったのか慌てて口を開いた。

 小さな声で『あのシスコンに彼女?』などと呟いてるのも聞こえてるからね?失礼だな!

 ちなみに、このことは八幡はもちろん、親父や母ちゃんも知っているし、陽乃さんやめぐり、平塚先生も知っている。

 ふっ!まだ二人は颯太君検定に合格することはできないな!ははは!

 「まあ、それは置いといて。小町!遊ぶぞ!」

 「おー!」

 俺と小町はそう声を上げると勢いよく川へと駆けていく。

 「あれだけ動かされてよく遊ぶ元気があるわね……」

 「そうだよねー」

 そんな雪ノ下さんの溜息交じりの呟きとガハマちゃんの苦笑いが聞こえたのは気のせいだろう。

 「あ、お兄ちゃん」

 「おー!八幡じゃないか!」

 「え?ヒッキー?」

 小町と水をかけあって遊んでいると、山道の方から八幡が現れる。

 「小町達来てたのか。何してんの?」

 「どっせろーい!」

 え?なんで小町ちゃんは八幡に水をかけたの?八幡ずぶぬれじゃないか。

 「準備で汗かいちゃったから水浴びだよ!」

 「なあ八幡!どう?新しい水着だよ!」

 俺はこの日の為に買った新しい水着を八幡へと見せつける。颯太的には上の方についている動物が走っている柄がポイント高いと思うんだけどな!

 「別にどうも思わねえよ……。そういうのは小町の役回りだろうが。兄貴が奪ってどうするんだよ」

 「そうだよ!小町だって見せつけようと思ったのに!」

 「俺だって八幡に褒めてもらいたかったんだよ!それぐらい良いだろ!」

 「いやないから。キモイから」

 「ぐはぁ!」

 八幡の冷たい言葉が俺の胸を貫く。

 ふっ……。流石は八幡、まったく容赦がない。でも、俺はMじゃないぞ!だからそんな言葉言われてもうれしくないんだからね!

 「八幡にキモイって言われた……。もうお婿にいけない……」

 「いや、行ってくれ。今すぐにでも」

 「まだ結婚できる歳じゃねえよ!あれ?できるんだっけ?いや、できるとしても学生結婚はな……」

 「冗談だから。あーもう。世界一格好良いよ。これでいいんだろ?」

 「おう!じゃあ遊んでくるから!」

 そういうと、俺は再び川の中へと走っていった。

 

 

 「ふぅ……」

 一通り遊んだ後、俺は少し休憩をするために岸へと上がる。

 「楽しんでいるか?」

 「まあ、楽しいですよ」

 そこへ隣に平塚先生が腰かけてくる。平塚先生は白のビキニを身に着け、綺麗な足を惜しげもなくさらしており、普通の男なら充分虜にできる姿をしていた。

 あの後、葉山君や戸塚君などを加え川遊びは随分と賑やかになった。まあ、俺もそれなりに楽しんでいる。

 「昨晩の件はどうなった」

 「特に進歩はありませんよ。ただ俺が金髪ロール娘に嫌われただけです」

 「金髪ロール娘って……。あいつの名前は三浦だ。何かと関わることが多いんだ、覚えておけ」

 へー、三浦さんっていうんだ。覚えておくけど呼ばないと思う。金髪ロール娘で浸透しちゃってるし。

 「それにしても、大体の人間に好かれるお前が嫌われるとは珍しいな」

 「俺はそんな葉山君みたいな人間じゃないですよ。嫌われる人間にはとことん嫌われます」

 「そうかもしれんな。……どうにかなりそうか?」

 勿論俺と金髪ロール娘の関係の話ではないだろう。留美ちゃんの問題か。

 ハッキリ言って話し合いをしたところで解決策は出てこないだろう。それは昨日の件でわかった。でも……。

 「なんとかなると思いますよ」

 そういうと、俺は留美ちゃん達と話している八幡へと目を向ける。

 八幡は自問自答するような表情を浮かべて立ち上がった。

 何か思いついた。というよりは、既に腹の中にあったのかもしれないな……。




https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編。やはり私のお兄ちゃん達は格好良すぎる。

小町視点です。


 小町には二人のお兄ちゃんがいます。

 一人は、何よりも小町ともう一人のお兄ちゃんを愛し、普段はおちゃらけた態度を取りながらも、いざという時は全く違った顔で助けてくれるおっきい方のお兄ちゃん。

 もう一人は、腐った目で世の中を見ていて捻くれているどうしようもないけど本当はとても優しいちっちゃい方のお兄ちゃん。

 どちらのお兄ちゃんも共通して小町のことを愛してくれています。そして、小町もそんな二人のことが大好きです。

 これは、そんな小町と二人のお兄ちゃんの忘れられないお話。

 

 

 「ただいまー」

 そう小町が呼びかけても返事が返ってくることはない。

 小学三年生になり、クラスのメンバーが替わったのにも慣れてきたころ、この『おかえり』のない生活にも少しだけ慣れてきた。

 でも、慣れてきたというだけで寂しくないわけではない。いくら小町が周りの子よりも少しだけ精神年齢が高いとしても、所詮は小学三年生なのだ。

 「はぁ……。お兄ちゃん達、早く帰ってこないかなー」

 そんな独り言を吐いてみても状況は変わらない。

 小町は、小さく息を吐きながら家の中へと入っていった。

 荷物を部屋におろし、手洗いうがいをしてテレビの前に座る。これが小町のお兄ちゃんが帰ってくるまでの過ごし方だ。

 颯お兄ちゃんは去年から始めたスポーツ少年団へ、お兄ちゃんもお兄ちゃんでいろいろとあるらしく帰ってくるのはまだまだ先。

 今日は違うことをしてみようかなと思っても、思い浮かんでくるのはお兄ちゃん達との遊びばかりであり、遂には諦めてしまう。

 「うぅ……」

 寂しくて目から熱いものが流れ出そうになる。

 ……よし。

 小町はそれを抑えるように心の中でそう呟くと、立ち上がり再び家の外へと駆けて行った。

 『家出します』と書置きを残して。

 

 さて、どこに行こうかな。

 小町は人生初の家出をした。こうすれば寂しさを紛らわせることが出来ると思ったから。

 今日は家には帰らないようにしよう!一日くらいどうにかなるよね!といったように勢いで家を飛び出してきたのだ。

 愛用の小さなバックにはハンカチとティッシュ、貯金箱から出してきた全財産が入っている。

 豚さんごめんね。痛かったよね。せめて成仏してください。

 「あぅ……」

 お亡くなりになった豚さんに手を合わせていると、お腹から低い音が鳴る。そういえばおやつを食べるのを忘れていた。

 低い音を上げるお腹を押さえながら周りを見渡すと、近くの比較的大きな公園にパン屋さんが見える。

 あんまり買い食いをするもんじゃないぞって颯お兄ちゃんに言われてるけど関係ないよね!小町は家出中なんだから!

 「メロンパンください!」

 小町はバックからお金を取り出し、握りしめながらパン屋のおじさんの元へ走っていった。

 

 

 「んー!美味しいー!」

 小町はまだあったかいメロンパンを頬張ると、足をバタバタさせながら頬を押さえる。

 普通のメロンパンと変わらないはずなのになんでこんなに美味しいんだろう!颯お兄ちゃんはなんでこんなおいしいものを買っちゃいけないって言うんだろ?……まあいっか!美味しいし!

 「五時かぁ……」

 公園の時計を見ると共に空を見上げてみてもまだ明るい。しかし、先程まではにぎわっていた公園も少しずつ静かになってきた。

 「お?君はさっきの元気なお嬢ちゃんか」

 「あ、おじさん」

 ベンチに座っている小町に話しかけてきたのは、先程まで公園の入り口付近でパンを売っていたおじさんだった。

 「一人かい?もう遅いし早く帰るんだよ?」

 「う、うん。もう少ししたら帰るよ」

 帰るつもりなんてない。小町は今家出をしているのだから帰っては意味がないのだ。

 「そうかい。おじさんも今日はおしまいだから帰るよ。お嬢ちゃんも気を付けてね」

 「はーい!」

 そういうとおじさんは笑顔を浮かべて車を走らせていった。

 おじさんには嘘ついちゃったな……。でもしょうがないよね。家出してるなんて言ったらお巡りさんに連絡されちゃうし。それくらいはさすがに小学三年生でもわかる。

 「そろそろお兄ちゃん達も帰ってきてるかな」

 そろそろお兄ちゃんが帰ってくる時間だ。颯お兄ちゃんはもう少し先だけど、そんなに時間は空かないはず。

 心配してるかな?お兄ちゃんのことだから、『まだ帰ってないのかー』とかいってるのかな。一応書置きは残してあるからそれはないと思うけど。どちらにせよ、小町に帰るという選択肢はない。

 ないけど、不安ではある。

 あんな書置きをのこして出てきてしまった為、小町から帰るなんてことはないけど、別に帰りたくないわけではないのだ。

 この家出の本当の目的はお兄ちゃん達の気を引く事。

 もしこのままお兄ちゃん達やお母さん達が探しに来なかったらどうしよう。お金もそんなにあるわけじゃないし、これから一人でどうすればいいのかもわからない。どうすることもできないのだ。

 うぅ、そんなことばかり考えてたら途端に寂しくなってきちゃったよ……。家出なんてしなければよかった……。

 「よし!」

 そんな不安を押しのけるように立ち上がり歩みを進めようとする。

 「……え?」

 しかし、それを阻むように小町の前に立ちはだかる者がいた。

 「グルル……」

 「い、犬さん……」

 小町の行く手を阻んでいるのは黒い大きな犬だった。

 毛並みは乱れており、少しやせている。雰囲気からして野良犬だということは一目瞭然だ。

 目つきは鋭く、今にも襲い掛かってきそうな感じを読み取れない小町ではなく、その威圧感に押されその場から動けなくなってしまった。

 怖い。

 そう感じた小町は無意識に両手を横に伸ばす。しかし、そこにいつものぬくもりはない。大丈夫とほほ笑みかけてくれる人もいない。

 そこにお兄ちゃん達はいないのだ。

 「颯お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 二人を呼んでみても状況は変わらない。一歩、また一歩と近づいてくる野良犬を震えながら見ていることしかできなかった。

 「助けて……」

 そう呟いた瞬間、気を見計らっていた野良犬が先程までより早い間隔で距離を詰めてくる。

 襲われる。そう思い目をつむった瞬間、小町の前に野良犬とは違う気配を感じた。

 「おい、俺の妹に何しようとしてんだ」

 聞き慣れた声、嗅ぎ慣れた匂い。それを感じた小町は無意識にその人の服を掴んだ。そして、恐る恐る目を開けると、そこには額に大粒の汗を浮かべ怒気を纏わせた颯お兄ちゃんが立っていた。

 「小町、こっちへ来い」

 「お、お兄ちゃん……?」

 未だ震えの収まらない小町の肩を掴んで引き寄せたのは、颯お兄ちゃんとは違い澄ました顔をしたお兄ちゃんだった。

 小町が離れていくのを確認した颯お兄ちゃんは、再びゆっくりと野良犬へと視線を移す。それを見た野良犬が一歩二歩後ずさりしたように見えたのは見間違いではないだろう。

 そして、今までに感じたことのない怒気を放った颯お兄ちゃんはゆっくりと口を開く。

 「……俺の妹に何しようとしてんだって言ってるんだよ」

 決して声を荒げるわけではない。それなのに押し付けられているように感じる。それは小町だけではないようで、小町の肩を掴むお兄ちゃんの手も力が入っていた。

 颯お兄ちゃんの放つ怒気は小学六年生が出せるものを遥かに凌駕していた。

 そんな怒気を真っ向から受けている野良犬が普通でいられるわけもなく、先程まで上げていた唸り声もなりを潜め、姿勢をどんどん低くしていく。

 「どっかいけよ……」

 そう言って颯お兄ちゃんが一歩踏み出すと、野良犬は慌てて態勢を戻し後ろへと駆けて行った。

 「ふぅ」

 「お疲れさん」

 「おう」

 犬を追い払い一息ついた颯お兄ちゃんにお兄ちゃんが寄っていく。

 「さて。小町、お兄ちゃんは今非常に怒っている。なぜかわかるか?」

 小町へと視線を向けた颯お兄ちゃんはゆっくりと小町に尋ねる。

 その表情はいつも向けてくれる優しい笑顔ではなく、厳しい表情をしていた。

 「小町が家出をしたから……」

 「そうだな。……おりゃ」

 「あう……」

 颯お兄ちゃんは小町の頭に軽くチョップを落とす。痛い。

 「帰るぞ」

 「……はい」

 「……今日は好きなもの作ってやるよ」

 頭を掻きながら颯お兄ちゃんはそう呟く。

 「……うん!」

 「よかったな、小町」

 そして、犬と対峙している時から流れていた涙を拭いながら、確かめるように両隣の手を握った。

 

 

 「いただきます」

 そんな颯お兄ちゃんの言葉を皮切りに小町達も朝食を食べ始める。

 「ん?どうした小町。俺達の顔なんか見つめて」

 「気でも狂ったか?」

 「おい八幡。それは自分で言っててもむなしいだろうが、俺にも刺さるぞ。やめろや」

 そんな兄弟コントを始める二人の姿はいくら年月を重ねても変わらない。

 でも、変わらないからこそいいのだ。小町達はこの関係が好きなのだから。

 よし!あの日のことを思い出した記念に喜ばせてあげようかな!

 「颯お兄ちゃん、お兄ちゃん、大好きだよ」

 必殺!普段は使わないマジの大好き攻撃☆っべーわ!一撃必殺だわー!

 「……うあぁああああ!もう死んでもいいぃ!八幡俺をころしてくれぇ!」

 「いや落ち着けよ。それより、小町。もう一回言ってくれ」

 本当にこの二人は……。

 でも、小町はこんな姿に呆れながらも、この二人のことが大好きなのです!そしてたまに、本当にたまーに!思うのです。

 

 私のお兄ちゃん達は格好良すぎる。と。




小町ィ!ウアァ!誕生日おめでとおおおおおお!あいしてるよおおお!(颯太ならやりそう)
というわけで、小町ちゃん誕生日おめでとう!あざと可愛い小町が大好きです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして林間学校は終わりを迎える。

 夜も近くなり、辺りが薄暗くなってきたころ、俺達は肝試しのコースを下見し終え待機場所へと戻ってきていた。

 「それで、どうするの?」

 待機場所へ着くなり口を開いたのは雪ノ下さんだ。

 その言葉に活発に発言していた連中も口を噤んでしまう。

 留美ちゃんのことをどうにかする、そう決めるまでは良かった。しかし、これといった良い案が出ることはなく、明確な答えが出せないままだ。

 おそらくこの肝試しを逃せばこの計画は失敗する。それを考えれば皆に焦りが出ていることは容易に感じることができる。

 「留美ちゃんがみんなと話すしかない、のかもな……」

 葉山君の言葉を聞いた瞬間、俺の耳は完全シャットアウトしてしまった。この期に及んでまだそんなことを言っているのでは話し合いもクソもないだろう。

 俺は話し合いに進展があるまで再びだんまりを決め込んだ。

 

 

 「う、うわー……」

 「ヒキタニ君、性格悪いな……」

 気が付いたら弟が全力で引かれていた件について。

 まあ、八幡が話を始めたくらいから話を聞いていた為、何があったかは把握している。堂々巡りの中、八幡が出した意見はこうだ。

 『人間の醜い部分を晒させ、連中をばらばらにさせる』だ。

 流石八幡というべきか、周りをドン引かせることに関しては最強だな!

 「ははは!いいね八幡!最高最高!」

 「馬鹿笑いされながら褒められてもうれしくねえよ」

 そんな八幡の言葉と共に、金髪ロール娘からきつい視線が送られてくるが気にしない。

 雪ノ下さんも渋々ながら決断したようだし、他の意見が出ない限りこの方法が通るだろう。

 「でもそれじゃ、問題解決にはならないんじゃないのか」

 「問題の解消はできる」

 そんな葉山君と八幡の短い問答の末、最終的に葉山君も八幡の意見に賛同した。

 「そんじゃ、その不良役は俺が……」

 「葉山、悪役は頼めるか」

 「ああ」

 あるぇ?八幡さん?

 「八幡?」

 「兄貴、今回はお休みだ。兄貴には小町一緒に入り口で小学生の誘導をしてもらう」

 「お、おう。そうか……」

 なんだよ!俺が格好良く悪役になる覚悟を決めていたことも知らないで!八幡がするなっていうなら勿論しないけど、なんか肩透かし食らった気分だよ!

 「しっかり入り口で小学生を盛り上げつつ、上手く留美達を最後に行かせるよう仕向けてくれ」

 「それって意外に難しいこと言ってるよね」

 「兄貴、そういうの得意だろ?」

 八幡は当然のように言ってくれるが、そんな簡単にできることでもない気がするんだけどなぁ……。まあ、小町と俺がいればできないこともないだろうが。

 「はいはい。八幡が言うならそれでいいよ。小町!頼んだぞ!」

 「了解だよー、颯お兄ちゃん」

 こうして、俺の考えていた展開とは少し異なったが、この件に関しての答えが固まった。

 これがどのように転ぶかは、葉山君や八幡達、そして留美ちゃん次第だろう。

 

 

 小学生が雰囲気作りの為に怪談DVDを鑑賞している間、俺達は肝試しの準備へ取り掛かっていた。まあ、準備と言ってもあらかじめ準備されているコスプレ衣装に着替えるだけだが。

 八幡と葉山君はこれからについて話し合いをしている。その真剣な様子を見ていた海老名さんが顔を赤くし、息を荒げていたのは気のせいだろう。

 「それにしても……」

 俺は周りの様子を見てそんな言葉を吐く。

 別に騒いでいるとか、緊張しすぎているなどではない。注目すべき点はその服装だ。

 巫女服を着た海老名さんや白い着物を着た雪ノ下さん、戸塚君は魔法使いの格好をしている。なんで巫女服なんかあるんだよ!脅かす側に巫女さんがいるっておかしいだろ!魔法使いにも言えるがそもそもお化けじゃないし!

 「ねえねえ、颯お兄ちゃん。似合ってる?」

 「ん?小町……」

 俺の服の裾を引きながら問いかける小町を見た瞬間、思わず息をするのを忘れてしまい声を失う。

 振り向いた先にはおそらく化け猫の格好をした、我が愛しの妹が立っていた。

 「颯お兄ちゃん!?」

 「可愛すぎる……」

 一瞬のまばたきの後、俺の体は勝手に小町を抱きしめていた。

 なんだこの化け猫は!可愛すぎて卒倒しちゃうかと思ったぜ!この子、俺の妹なんだよな?お持ち帰りしても問題ないよな!

 「お持ち帰りぃぃ!」

 「いや、意味わかんないから」

 「そんな冷たい声音で囁かないでくれよ、マイシスター」

 お兄ちゃんビックリしちゃったよ?直撃した右耳が凍るかと思ったよ?

 「もう……。いいから離して!お兄ちゃんにも見せてくるから!」

 「そうか!八幡にもその可愛い姿を見せてこい!」

 「このシスコンは……」

 そう言い残すと、小町は葉山君との話を終えた八幡の方へと歩いて行った。

 「おや?ふむふむ。比企谷先輩はドラキュラさんですね?」

 歩いていく小町を見送っていると、いつの間にか隣に立っていた海老名さんが俺の姿を見ながら話しかけてきた。

 「そうだよ。男物があんまりなかったから選択肢は極端に少なかったけどね」

 現在、俺の服装はドラキュラの格好だ。

 背中を包むマントが少々鬱陶しいが、特にコスプレというコスプレはしていない。本当であれば牙らしきものもコスプレセットにあったのだが、俺にはもともと八重歯がある為、着けなくてもよかった。

 「いいですね、いいですね。格好良いですよ」

 「ありがとう」

 「その姿で隼人君や戸塚君の首を……。うへ、うえへへ……!ぶは!」

 素直に喜べないなぁ……。

 俺は大きなため息を吐きながら海老名さんの介抱を始めた。

 

 

 「さあ!次の班は君達だ!そこの魔女っ娘ちゃんにルールを聞いてくれよな!」

 無駄に元気な声で目についた班をスタート地点へと送り出す。

 雰囲気作りの為だろう、篝火のたかれたスタート地点に立った小学生は、怖がっている者もいれば純粋に楽しんでいる者もいた。

 それにしても、小学生を送り出すとルール説明を行う戸塚君へ視線を送るのだが、小さく微笑んで頷いてくれるその姿は完璧に女の子だ。さっきも『あ、可愛い』って思っちゃったもんな。

 俺自身小学生に魔女っ娘ちゃんに聞いてくれと言っちゃってるもんな。いかんいかん。

 「あ!玉ねぎのお兄さんだ!その格好、格好良いー!」

 「ふふふ、ありがとう。お礼に君の血を吸ってあげよう。さあ、首をだしてごらん?」

 「はいはーい。それのどこがお礼になるのかわからないけど、今はお仕事しましょうねー!あと、教育に悪いから本当にやめてね?」

 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、割とガチで小町に怒られてしまった。まあ、流石に顎クイはやりすぎたかもね。声をかけてきた小学生の女の子も真っ赤になってしまっているし、悪いことをしたかな。

 「さあ!次は君達の班だよ!れっつごー!」

 小町の掛け声で次の班がスタートする。

 先程までこちらの様子をうかがっていた八幡の姿も見えないことから見回りにでも行ったのだろう。

 一番最初の班がスタートしてから三十分程だろうか、大体七割の班がスタートしており、計画実行の時は刻一刻と迫ってきていた。

 そして、件の班は相変わらず留美ちゃんをハブりながら話をしており、時折黄色い声がここまで届いていた。

 「もう少し、か……」

 彼女たちを送り出せば、今回の件について俺がすることはなくなる。後は八幡や葉山君に任せるという形になる。まあ、雪ノ下さんの言うように、これが本来の俺なのだろう。別に変ったことはないか。

 「さて」

 いつの間にか戻ってきていた八幡が再び森の奥へと入って行くのを確認し、携帯の時計を確認すると小さく息を吸い込み口を開いた。

 「最後は君達だよ!それでは行ってらっしゃい!」

 あとは任せたぞ、弟よ。

 

 

 留美ちゃん達の班がスタートしてどれくらいの時間が経っただろうか。

 殆どの班がこのスタート地点へと戻ってきたことからおそらくかなりの時間が経っているのだろう。もう留美ちゃん達と葉山君達は邂逅を果たしているはず。どう転んだのかはわからない。俺にできるのは事が終わるのを静かに待つことだけだ。

 「もう終わったころかな?」

 「たぶんな。そのうち連絡が来るだろうよ」

 小町が心配そうに森の奥を眺めながら呟く。

 声には出していないが戸塚君も心配なのだろう、そわそわしているのが目に見えて分かった。

 「あ……」

 小町の声に下げていた頭を森の方へ向けると、一生懸命こちらへ走ってくる留美ちゃん達の姿が見えた。

 「八幡の思惑とは違った結果になったみたいだな」

 「え?」

 俺はそう呟くと不思議そうに首を傾げる小町を無視し、留美ちゃんに視線を合わせる。

 しかし、彼女は俺に見向きもせず俺達の横を駆け抜けていった。

 これが留美ちゃんの出した答えなのだろう。彼女は自分から歩み寄ることを選び、それを実行した。それが彼女にとって最高の決断だったのかは今現在ではわからない。ならば、今は願うとしよう。彼女の決断が間違っていなかったことを。

 同じ班の子の手を掴んだ留美ちゃんの姿を見ながら俺はそう思った。

 

 

 肝試しの後、小学生はキャンプファイヤーへと移った。

 あの後、小町と戸塚君は森から戻ってきた八幡達にどうなったかの結果を聞いていたのだが、俺がそれをきくことはなかった。留美ちゃん達の様子を見れば大体わかるからな。

 キャンプファイヤーを囲む小学生の表情は明るく、楽しそうだ。

 やがて、キャンプファイヤーも終了し、小学生は宿舎へと戻っていく。そこで留美ちゃんが八幡と雪ノ下さんの前を通っていくのが見えたが、留美ちゃんが二人と視線を合わすことはなかった。

 まあ、八幡自体感謝されることはしてないからな。当然と言えば当然の対応だろう。

 「おっ」

 小学生のいなくなった運動場ではガハマちゃん達を筆頭に花火が行われていた。楽しそうな声がここまで聞こえてくる。

 さて、それじゃあ俺も混ぜてもらうとしますかね!林間学校最後のイベント、楽しませて貰いましょうか!

 「はっはっは!花火十本持ちじゃー!」

 

 

 それからの日程も特に事故なく終了し、俺達は無事総武高校へと戻ってきた。

 「ほら!息ぴったり!」

 なんでこの人がいるんですかねぇ……。

 無事総武高校へ戻ってきたまでは良かったのだが、そこに現れたのは黒塗りの車に乗った陽乃さんだった。今現在も八幡や雪ノ下さんをいじって遊んでいる。

 「陽乃、その辺にしておけ」

 「陽乃さん、ストップです」

 まあ、いつまでも野放しにしておくのもあれな為、平塚先生と共にストップをかける。

 「久しぶり静ちゃん」

 「その呼び方はやめろ」

 「久しぶり颯ちゃん」

 「今まで一度もそんな名前で呼ばれたことないです。それに最近会ったじゃないですか」

 なんだよ颯ちゃんって。ばあちゃんにしか呼ばれたことねえぞ。

 「先生、兄貴、知り合いなんですか?」

 「昔の教え子だ」

 「先輩だ」

 「それって」

 八幡が詳しい話を聞こうとするがそれを陽乃さんが遮る。

 「まあ、積もる話はまた今度ということで。それじゃ、雪乃ちゃん行こうか」

 しかし、雪ノ下さんが動くことはない。

 「ほら、お母さんも待ってるよ」

 しかし、陽乃さんの言葉を聞いた雪ノ下さんは僅かに反応を示した。なるほど、裏に潜んでいるのはあの大魔王か。

 「それじゃあね、比企谷君。ばいばーい!」

 雪ノ下さんを車に乗せると陽乃さんは大きく手を振りながら、同じように車へ乗り込んでいった。

 「あ、颯太。またメールするから」

 はぁ、その一言はいらなかった……。

 陽乃さんは悪魔のような一言を残し去っていった。

 「ねえヒッキー……」

 「まあ、ハイヤーなんてどれも似たようなもんばっかだしな。それに、痛すぎていちいち車なんて覚えてねえよ」

 そんな二人の会話を聞きながら車の行く先を俺は眺めていた。

 そんなはずないのにな。あの車を見た瞬間、八幡は気付いていたはずなのだ。

 

 その夏休み。俺をはじめとする雪ノ下さんにかかわりのある人間は、彼女の顔を見ることはなかった。

 




更新遅れてまことに申し訳ありませんでした!仕事きついです!
次はもう少し頑張ります!

https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり俺のクラスメイトは可愛すぎる。

 青い空、ギラギラと照り付ける太陽、そして目の前に広がる人、人、人。

 おいおい、そこは目の前に広がる海と繋がる場面だろうが。なんだよ人って。思わず三回も言っちゃったじゃねえかよ。

 まあ、そんな俺のモノローグも嘘をついているわけではなく、俺の目の前にはまさに人の海が広がっていた。

 そう、俺は今現在かねてより約束していた海へ城廻家と共にやってきていた。ちなみに、城廻家と出かけることは多々あるが、意外にも海へ来るのはこれが初めてだ。去年は城廻家と山、その前の年は陽乃さんと平塚先生、めぐり、そして俺のメンバーで海へきている。

 「いやー、流石夏休みだねー。こんなに混んでるとはねー」

 俺の隣に立つお父さんもこの光景に苦笑いを浮かべる。

 今は先に更衣を終えた俺達が、何かと時間のかかるお母さんとめぐりの更衣が終了するのを待っている状態だ。

 「まあ、夏と言えば海を思い浮かべる人が多いですからね……。海に来ないと夏が始まらないって言う人もいると思いますし」

 八幡なんかは例外だけどな。あいつはこの状況を見たら真っ先に帰ると言い出しそうだし。

 「ははは、そうだね」

 「あ、いたいたー!」

 「ん?」

 お父さんが小さく笑ったところで後ろから聞き慣れた声がする。

 「待ったー?」

 「そんなに待ってませんよ」

 俺達の前に現れたのはニコニコと笑顔を浮かべたお母さんだった。

 こうして見ると、本当に若いなぁ。うちの母ちゃんなんて毎日働いてるせいか、若さなんてものは一つも感じられないのにね。

 「あれ?めぐりは?」

 「もうすぐ来ると思うわよ」

 「お母さーん!置いてかないでよー!」

 女子の更衣室の方から走ってきたのは、白の水着に、これまた白い上着を羽織っためぐりだった。

 「お母さん……まためぐりを置いてきたんですね?」

 「てへっ!」

 あんたは小町か!様になっているのが怖いわ!うちの母ちゃんがやったら別の意味で怖いけどな……。 

 「はっはっは!母さんはお茶目で可愛いなー!」

 「やだお父さんったら!もう!」

 もうやだ!何この初々しいバカップルみたいな熟年夫婦!これをめぐりが生まれる以前から続けてるってんだからすげえよな……。

 「はぁはぁ……、海に入る前に疲れちゃったよぅ……」

 「お疲れめぐり。あの島まで競争しようぜ」

 「鬼なのかな!颯君は鬼か何かなのかな!」

 おおぅ。ちょっとしたジョークのつもりが本気の涙目で鬼と言われてしまった。うん、涙目のめぐりは何度見ても可愛いな。流石、俺の中でのいじりたいランキング堂々のトップ。ちなみに二位はガハマちゃんな。

 「まあまあ、落ち着けよ。その水着似合ってるぜ、はははー」

 「何そのとってつけたような褒め方ー!なんでそんな棒読みなの!?」

 「俺なりの愛さ。嬉しいだろう?」

 「その自信はどこから出てくるのかな!もーもー!」

 「牛か?可愛いな。乳搾らせろ」

 「堂々とセクハラしないでよ!」

 今日のめぐりはツッコミがキレてるな。よし、今日は積極的にボケていく方向で行こう。

 まあ、ふざけるのもここまでにしておいて真面目にいくとしよう。

 「悪い悪い。まあでも、その水着が似合ってるのは本当だよ。いつもめぐりは可愛いけど、今日は一段と可愛いな」

 ふー!あちいあちい!顔が熱いぜべいべー!小町に言われたから褒めてみたけど、思ってることを口にするっていうのは案外恥ずかしいものだな。

 「ふぇ?えっと、その……颯君もいつも格好良いよ?」

 そこじゃなーい!俺が聞いてほしかったのはそこじゃなーい!そこはできれば忘れてほしいところー!さっすがめぐりさんだぜ……。俺の予想を遥かに超えてきやがる。

 「ばっか、当たり前だろうが。そんなの自分でもわかってるしー!ばーかばーか!」

 「せっかくほめたのにー!颯君こそばかばかー!」

 「うるせー!ほら、行くぞ!今日は遊び倒すんだ!」

 「ちょ!まだ息が整ってないんだよ!主に颯君のせいで!もう少し休ませてー!」

 めぐりのそんな言葉を無視してめぐりの手を引いて海へと向かう。

 くっそう、顔が熱くてめぐりの方が見れねえじゃねえか!さっさと海で冷やしちまおう!

 「お父さんたちはパラソルを立てておくから、疲れたら戻っておいでー!」

 「了解でーす!遊ぶぞおらぁ!」

 「だから待ってよー!」

 

 

 「めぐりー、そろそろ休むか」

 「うん、そうだねー。だいぶ遊んだし」

 海へとダッシュしてから一時間ほど経った頃、流石に俺も疲れてきた為、浜へと上がる。

 「ただいまー」

 「あら、休憩?」

 「はい。流石に休憩なしで遊び続けるのもきついですしね」

 砂浜にパラソルを立て座っていたお母さん達を見つけ、俺達もそこへ腰を下ろす。すると、先程までは感じなかった尿意が俺を襲う。

 遊んでるときって尿意さえも忘れちゃうんだよな。

 「ちょっとトイレ行ってくるわ。めぐり、ここを絶対に離れるんじゃないぞ」

 「わかったよー。行ってらっしゃい」

 「おう」

 嫌な予感がするのは俺だけだろうか。俺だけだよな?

 

 

 「ふぅ」

 トイレを終え、再び外へ出るとギラギラした太陽が俺を襲う。

 こりゃ、絶対日焼けするなぁ。めぐりの日焼け止めを借りておくべきだったか。

 「え?何この嫌な予感」

 思わず身震いと共に声が出てしまう程の嫌な予感を一歩踏み出した俺は感じる。

 まさか、まさかとは思うが。いや、まさかなぁ……。

 「ねえねえ、今一人?」

 「えっとー、あははー」

 わかってましたよ!わかってましたけど、何このベタすぎる展開!なんであの子はこんなところに一人でいるんでしょうかね!

 「一人で暇なら一緒に遊ぼうよ。楽しいと思うよ?」

 「えっとー……あ」

 めぐりさん、こちらを見て気まずそうな顔をするのはやめていただけませんかね?こっちは今すぐにでも頭を抱えたい気持ちでいっぱいなんですが?

 でもまあ、助けないわけにはいかないしな。

 俺はナンパイベントでのベタな助け方、彼氏登場作戦を決行しようと一歩踏み出す。

 「あ、颯君!いたいたー!もう!何してたの?」

 えー!?そっちの方で行きますか、めぐりさんや。

 めぐりが決行したのは、もう一つのベタ作戦である他の人を彼氏に仕立て上げちゃおう大作戦だった。

 まあ、やっちゃったもんはしょうがないか。めぐりの作戦に乗るとしましょう。

 「悪い悪い。ちょっと見失っちゃってさ。ん?そこの人は知り合い?」

 「違うよ。一人でいたところに話しかけてきてくれた人なの」

 「そっか、それはありがとうございました。もう大丈夫なので海の方へ戻ってもらって結構ですよ?」

 俺の登場にナンパ男は驚いた表情を浮かべ、次に何故か諦めたような溜息を吐き、意外とすんなり立ち去って行った。

 「めぐりさんや、俺はめぐりになんて言ったかな?」

 「パラソルのところから離れるなって言いました……」

 「じゃあ、なぜ君はここにいるんでしょう」

 「ほんの出来心で……痛い」

 俯きながら俺の手を強く握るめぐりに軽くデコピンをする。こんなことで雰囲気を悪くするのもあれだしな。これくらいで済ませておこう。

 「まだ遊び足りん。とことん付き合ってもらうからな?」

 「うん!とことん付き合うよ!」

 だいぶ笑顔が戻ってきたところでつながれていた手を離そうとする。しかし、繋がれた手が離れることはなく、めぐりに強く握られたままだ。

 「めぐり?」

 「えっと、またどっか行っちゃわないように……。だめ?」

 「……はっはっは!そうだな!またどこかに行かれちゃ困るからな!しょうがないな、めぐりは!」

 「……うん」

 そう言ってめぐりは嬉しそうに微笑み、少しだけ俺に近づいた。

 いや、別にキュンとなんかしてないんだからね!ほんとなんだからね!でもこれだけは言わせてくれ。

 やはり俺のクラスメイトは可愛すぎる。 




めぐりん可愛すぎるよー!うおぁあ!
とまあ、林間学校を終え、ひとまずシリアスを抜け本来のぶっ飛んだSSに戻ってまいりました。
俺ガイルはシリアスの多い物語でもありますから、またシリアスも入ってくるとは思いますが、我慢していただけると嬉しいです。
それでは、これからも更新を気長に待っていただけると嬉しいです!感想なども待っていますのでよろしくお願いします!

https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!こちらの方で絡んでいただければ、すぐに返信できると思われます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり俺のナンパイベントは間違っている。

 ナンパ騒動の後、俺とめぐりは軽く休憩を挟み再び海へと繰り出したのだが、時間も時間なだけあってすぐに腹の虫が鳴きだした為、お母さん達と合流し昼食をとった。

 現在は既にお母さん達と離れ、軽く砂浜を散歩している。

 食事後にすぐ遊ぶのはお腹に悪いからな。

 「あれ?颯太とめぐりんじゃん」

 「ん?おー。誰かと思えば一じゃないか」

 「ほんとだー!一二三君だ!」

 突然声を掛けられ後ろを向くと、そこには俺もめぐりもよく見知った人物が立っていた。

 こいつの名前は一二三一(ひふみはじめ)

 めぐりと同じく、俺と三年間クラスが同じな数少ない人物だ。サッカー部に所属しており、部内では葉山君と人気一位二位を争う程のイケメンでもある。それでいてサッカーの実力も兼ね備えており、既に大学からの推薦も来ているらしい。

 その為、大学受験を考える他の三年生とは異なり、冬の全国高校サッカー選手権を目指して引き続き部活を続けている。

 インターハイまでは部長として活動していたのだが、予選敗退を期に葉山君へその座を譲り、現在はその補助的な役割を果たしている。

 俺との関係は至って良好で、体育のペアを組む時はいつも一と組んでいるし、休日に二人で遊びに出かけたりもする。クラスの中ではめぐりに次いで二番目に仲の良い存在と言って間違いないだろう。

 「一はこんなところで何してるんだ?ナンパか?」

 「バカかよ。サッカー部の夏合宿でここら辺に来てて、今日は休養日ってことで遊びに来たんだよ」

 「なるほど。それで合宿中にナンパか?いいご身分だな」

 「だから違うっつってんだろ!」

 とまあ、このような冗談を言い合える程、俺はこいつに好意を持っている。

 「まあ、それは置いといて。そっか、もう合宿の時期か。てっきりお姉さんが帰ってきてるのかと思ったよ」

 「ああ、姉ちゃんはお盆に帰ってくるらしい」

 一には二歳年上の姉がいる。陽乃さんと同い年で、二年前まで俺達と同じ総武高校に通っていた。現在は卒業し、県外の大学に通っており、現地で一人暮らしを行っている。

 「そっか、寂しいだろ」

 俺がこいつと友好関係を築いているということは、すなわちこいつに何かしらの興味を持っているということだ。

 なぜいきなりこんな話をするのかって?そりゃ決まってる。それにはこいつの姉が関係しているからだ。

 「そうなんだよー!早く姉ちゃんと遊びたいし、膝枕してもらいたいんだよー!早く帰ってこないかなー!」

 そう、俺がこいつに興味を持った理由は、こいつが極度のシスコンであるからだ。

 「ははは、一二三君も相変わらずだね……」

 めぐりは見慣れた光景に苦笑いを浮かべている。

 一二三一という人間が葉山君と人気を二分しているにも関わらず特定の彼女がいない理由はこれだ。俺と同じでオープンシスコンである一は、誰の前だろうと姉への愛を語らずにはいられないのだ。

 しかし、それでも一の人気が落ちることはない。

 それではなぜ、一には彼女ができないのか。それは他でもない、一自身にある。

 一はシスコンはシスコンでも特殊なタイプのシスコンだ。

 姉が彼氏を作ろうが、恋愛をしようが口を出さない。それが一が持つ持論だ。実際、一の姉には高校の時から付き合っている彼氏がいる。一と彼氏の間に確執はなく、関係も至って良好らしい。

 そんなこともあって、一自身も恋愛には積極的だ。

 なのだが、絶対に譲れない条件があり、それが一番の問題になっている。それは、『姉よりも魅力的な女性』ということだ。

 まあ、どちらかと言えば一よりもお姉さんの方が原因かもしれないな……。

 一の姉は驚くほどスペックが高い。類まれな容姿や女性としての可愛さを持った仕草、言動、頭脳、運動、どれをとっても陽乃さんと同程度、いやそれ以上のスペックを持った姉に匹敵する人間などいないだろう。

 これが一に彼女ができない理由である。

 「それよりも、颯太達こそ何してんだ?デートか?」

 「まあな。婚前旅行ともいう」

 「言わないよー!まだそこまで進んでないもん!」

 そこまでって……。どこまで進んでるんですか俺達……。

 「ははは!相変わらず仲が良いな!でも、颯太も気を付けないと、めぐりんすぐにナンパされちゃうぞ?」

 「ははは!既にされたさ!ねえ、俺が悪かったのかな?」

 「あー、うん……。ドンマイ」

 「もー!ごめんってばー!その話は終わったでしょー!」

 いつ終わったと錯覚していたのだ!怒る気はさらさらないが、いじる気ならバリバリあるぞ!

 「ははは、おっと……。そろそろ戻らないと。じゃあ、仲良くな」

 「おう!頑張れよー」

 「じゃあね、一二三君」

 遠くで一を呼ぶ声が聞こえたところで一は去っていった。

 あっちの方からウェーイウェーイって聞こえてきたのは気のせいだろうな。うん。

 「なあ、めぐり」

 「どうしたの?颯君」

 「結局、なんでパラソルから離れたんだ?」

 「……颯君が逆ナンパされたら嫌だから」

 俺は全力でそっぽを向いた。そりゃもうすごい勢いで。はぁ、俺は何度海で顔を洗わなきゃいけないんだろう。

 

 

 「おー?」

 「あれは……」

 俺とめぐりの視線の先、そこにはいかにもチャラそうなお兄ちゃんが可愛い女の子に言い寄っている光景が広がっていた。

 間違いない、あれはナンパですわ。女の子めっちゃ嫌がってるけど、その取り繕った笑顔で相手が全然気づいていない。

 「ねえ、颯君」

 「ん?どうした?」

 その様子を見ていると、隣に立っているめぐりが俺を呼ぶ。

 「あの子、多分サッカー部のマネージャーだよ」

 「サッカー部の?」

 うーん、サッカー部のマネージャーって何人もいたからよくわかんないんだよな。一度一に告って振られた子じゃないのは確かだけど。まあ、あの子しか覚えてないんだけどね。

 「うん。一二三君に聞いたけど、一年生の子らしいよ?」

 ほう、流石生徒会長。もしかしたら、各部活のマネージャーを把握してるのかもな。

 「ということは総武高の子か」

 「うん。……どうするの?」

 「生徒会長さんの前で見捨てるというのもあれだよなぁ」

 ここで俺が見捨てると言ってもめぐりは向かっていくんだろうな。ぽわぽわしてるけど、これでも生徒会長なんだもんな。

 さっきはめぐりの策に乗ってやったんだし、今度は俺がやろうとしていた方をやらせてもらおう。てか、一日に二回もナンパイベントとか俺求めてないですよ?

 「あ、見つけた見つけたー。何やってんだよこんなところでー」

 「は?」

 おいおい、なんだよその低い声は……。さっきまでの甘い声はどうした。

 しかし、なかなか勘の鋭い子なのか、俺の少し後ろで自分の高校の生徒会長がこちらを見ているからかはわからないが、合点のいった表情で頷く。

 「もー!どこ行ってたんですかせんぱーい!いろは、探したんですよぉ?」

 あざとい。すっごくあざとい。ただまあ、それだけだ。小町には大抵及ばんよ。ははは!さりげなく自分の名前えを教えているところを見ると頭はよく回るみたいだけどね。

 「俺こそ探したんだぞ?勝手にいなくなるなっていったろ?」

 「はーい!ごめんなさいっ」

 あざとい。何敬礼のポーズなんてしちゃってんの?他の男には効くのかもしれんが、俺には効かんぞ。

 「それで?そっちの人は?」

 「さあ?さっきから話しかけてくるんですけど、知らない人です」

 「そっか、いろはが一人でいるところを心配して声をかけてくださったんですよね?ありがとうございます。それとも、俺の彼女が何かしましたか?」

 うわぁ、何俺調子乗っちゃってんの?彼女の部分を強調するとかありえないわぁ……。なんかめぐりの目がしょんぼりしてるんだが。……後が大変だぁ!

 「い、いや、別に。……チッ」

 そして舌打ちと共に男は去っていった。

 「……はぁ」

 「助けてくださってありがとうございました」

 俺がため息を吐くと、女の子がお礼の言葉と共に頭を下げてくれる。

 「別にいいよ。礼ならあっちの生徒会長に言ってくれ」

 「大丈夫だった?」

 タイミングを見計らったようにめぐりが女の子へ話しかける。

 「はい。ありがとうございました。わたしは一色いろはって言います。総武高校の一年生でサッカー部のマネージャーです。よろしくお願いします」

 「俺は三年の比企谷颯太だ」

 「私は言わなくてもわかるかな?生徒会長の城廻めぐりだよ」

 一色さんの自己紹介から俺達の自己紹介を終える。

 すると、一色さんが俺の方へ近づいてきて下から俺を覗き込む。いわゆる上目遣いというやつだ。

 「比企谷先輩、格好良かったですよ」

 あざとい。

 「あざとい。俺にはそういうのは効かんぞ?なんせ、君以上のあざとさを持った妹と天然物がいるからな。じゃあな」

 俺はそういうと、一色さんの頭をポンポンと軽く叩くと再び海へと歩みを進めた。

 めぐりは二、三言一色さんと話をすると、俺の隣へ並ぶ。

 「ねえ、本当に付き合ってるわけじゃないよね?」

 こいつがいる限り、俺はああいう子に引っかかることはないだろうな。

 「ねえよ」




投稿が早いだと……!(充分遅い
次も頑張ります!感想いただけると嬉しいです!

https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!こちらの方で絡んでいただければ、すぐに返信できると思われます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽しい時間はあっという間に過ぎ、少しの間でも愛着というものは湧く。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。それは誰もが感じたことのあるものであり、終わりが近づくと途端に寂しさがこみ上げてくる。

 そして今まさしく、俺はそんな状況に陥っていた。

 「帰りたくない……」

 「颯君ってば駄々こねてないで、帰るよー?」

 俺の儚く消え入りそうな呟きに、めぐりはその可愛い声に若干の呆れを含み隣で苦笑いを浮かべる。

 先程までは青く澄み渡っていた空も赤く色を変え、あれ程賑わっていた砂浜もそれが嘘であったように静まり返っている。

 かくいう俺達も既に水着から着替え、夏らしい私服を身にまとっており、もうすぐにでも帰れる状況だ。

 「めぐりー!もっと遊ぼうぜー!まだお日様は沈んでないぞ!」

 「そろそろ帰らないと遅くなっちゃうよー……。弟君や妹ちゃんに心配かけちゃダメでしょ?」

 うむぅ、それもそうだな……。先日から預かっているガハマちゃん家のサブレの世話を任せっきりというのも悪いしな。

 「しゃあないかー……」

 「今度は夏祭りに行こうよ。またすぐ遊べるよ?ね?」

 めぐりはいつものぽわぽわした笑顔を浮かべ、いつもとは違い結ばずおろしている髪を揺らしながら俺を覗き込む。その笑顔を見ているだけで自然とこちらも笑顔になれる。めぐりの笑顔はそんな笑顔だった。

 そうか、夏祭りがあったな。

 一昨年の夏祭りは大変だった。何しろ陽乃さんとめぐりが隣にいるわけで、周りの男衆からは妬みの目を向けられ、目を離せばナンパという脅威が二人に襲い掛かる。二人が楽しんでいる間、俺は周りからの視線に耐え、下心丸出しの男共を近づけないように暗躍するのはなかなか骨が折れた。

 まあ、そんなことをしなくても陽乃さんならナンパ位一人でどうにかできると思うが、それは一緒にいる男としては格好がつかないしな。

 二人の浴衣が間近で見れたのは役得でした。ありがとうございました。

 「そうだな!よし、すぐ行こう!今すぐ行こう!」

 「まだやってないよ……」

 今日何度目かわからない苦笑いを貰ったところで視線を再び海へと移す。そして、隣に立つめぐりへ問いかける。

 これだけは何がなんでも聞いておかなければならないよな。

 「めぐり、今日は楽しかったか?」

 「……颯君」

 めぐりは俺の言葉を聞いて少しの間俺を見つめると、いつもとは違う穏やかな声で俺を呼ぶ。

 「私が颯君と一緒に居て楽しくないなんてことはないよ。颯君の顔が見れて、話せて、隣で笑っていてくれれば私はそれだけで笑顔になれる。それで、えっと……」

 傍から聞けばとてつもなく恥ずかしい言葉の後めぐりは目線を泳がせる。そして、俺へと目線が戻ってくると口を開く。

 「今日はすっごく楽しかった。ありがとう、颯君」

 目線を彷徨わせる意味があったのかと疑うようなシンプルな言葉。しかし、俺にとってはその言葉が嬉しくて、一番聞きたかった。

 うん、満足だ。

 「そっか。そんなら良かった!」

 「ね、ねえ!」

 「ん?どうした?めぐり」

 俺が両腕を高く振り上げたところでめぐりが俺を呼ぶ。

 「颯君は楽しかった?」

 何かと思えばそんなことか。めぐりさんや、それは愚問だぜ。

 「……楽しかったに決まってんだろ!また一緒に来ようぜ!」

 「……うん!約束だね!」

 俺がめぐりといて楽しくないなんてことはないんだから。

 

 

 「ただいまー」

 「わぅ!」

 「おーサブレ、ただいま」

 愛する我が家へと帰ってきた一番に俺を迎えてくれたのは、愛する八幡や小町でなく、かといって愛猫であるカマクラでもなく一匹のミニチュアダックスフントだった。

 この子こそガハマちゃん家の飼い犬であるサブレだ。

 ガハマちゃんが家族旅行に行っている間俺達が預かっている。小町が勝手に引き受けたってだけなんだけどね。

 まあ、うちは昔犬を飼っていたこともあるし数日の世話位どうってことない。積極的に世話をしていた小町もいることだしな。

 とはいえ、予定では今日ガハマちゃんが迎えに来る予定なんだけどね。

 そしてこのサブレ、恩人である八幡に非常に懐いているのだが、なぜだか俺にも積極的に絡んでくる。もともと俺はカマクラにも懐かれているし、動物に好かれるフェロモン的なものがあるのだろうか。

 「あ、颯お兄ちゃんおかえりー。凄い勢いで飛び出したと思ったら颯お兄ちゃんが帰ってきたからだったんだね」

 そうか、俺の帰りを待っていてくれたのかな?くそう、可愛い奴め。

 「はっはっは!サブレは可愛いなぁ。うりうりー」

 カマクラにやるようにうりうりと撫でてやると気持ちよさそうにすり寄ってくる。ほむ、犬もいいな。

 「お持ち帰りぃぃ!」

 「いや、ここ家だし……。それにそれは結衣さんに悪いよ」

 「確かにそうだな」

 サブレの奴がガハマちゃんのことを忘れるなんてことがあったら可哀想だしな。……ないよね?

 「おい、兄貴。サブレと兄貴の様子を見たカマクラが凄い勢いで爪をとぎはじめたんだが、どうにしかしてくれ。うるさくてゲームにも集中できん」

 「カマクラー!まっておれー!」

 「愛だねー」

 「アホか……」

 うちの愛猫は本当に可愛いなぁ!

 

 

 「それにしても、颯お兄ちゃん焼けたねー」

 「おう、こりゃ風呂が大変だ」

 俺は朝よりも明らかに色を変えた肌を撫でながらこれから訪れる苦行を思い溜息を吐く。あれってすごい痛いよね。思わず絶叫しちゃうよ。

 「よっぽど友達との海が楽しかったんだねー。ふふふ」

 「その笑いはなんだよ」

 「別に深い意味はないですよー?ところで颯お兄ちゃん。そのお友達は女性の方ですかね?」

 小町はニヤニヤしながら俺に問いかける。小町のことだ、お義姉ちゃん候補だのなんだのと考えているのだろう。

 「そうだよ」

 「ふふふ、お義姉ちゃん候補が……」

 俺の推測が的確すぎて怖い……。

 「でも、颯お兄ちゃんが遠くに行ってしまったようでどこか寂しいなー。あれ、涙が。およよ……」

 わざとらしくて、あざといなぁ……。海で会ったあの子が霞んでしまうよ。でも、可愛いからおっけー!

 「バカかよ。俺は小町を置いてどこかに行ったりしないよ。少なくとも、小町が嫁ぐまではこの家で暮らすよ。たとえ結婚しても嫁を説得してここに住んでもらう」

 「そこで意地でもお嫁さんと別居すると言わないのは颯お兄ちゃんらしいね……」

 てか、その条件を納得してくれる人じゃないと俺は結婚する気が起こらないです。小町を任せられる男が現れるまでは離れんぞ!うおお!

 「でもそっか、お兄ちゃんも颯お兄ちゃんもしばらくは家を出ないんだね」

 「予定ではそのつもりだ。大学も家から通えるところを希望してるしな」

 「そっかそっか。小町、愛されてるなー!」

 小町はそんな軽口を元気よく叩きながら目をそらす。小町なりの照れ隠しなのだろう。

 「ああ、愛してるよ」

 「はっきり言わなくてもいいよ!恥ずかしいなぁ……」

 そんな慌てる小町の様子を見ながら俺は微笑む。

 そこで来客を知らせるインターホンが鳴った。さて、サブレさんやお迎えですよ。膝から降りましょうね。

 

 

 現在、我が家の玄関ではガハマちゃんと我が弟妹の会話が繰り広げられており、ガハマちゃんの手にはサブレの入ったキャリーバックが握られている。

 サブレさんや、そんなつぶらな瞳で俺を見ないでください。なんか俺まで寂しくなっちゃうでしょ?

 「だそうだ兄貴、小町。一緒に行こうぜ」

 サブレと無言で感動の別れをしていると八幡から声がかかる。

 サブレとの別れと同時に聞いていた話によると、確かガハマちゃんが八幡を祭りに誘っていたはずだ。俺は小町と目を合わせると小さく頷く。

 「小町はこれでも受験生なので遠慮しておきますね」

 「俺は友達と行くことになってるから。ごめんな」

 「なので今回は二人で行ってきてください!一人で夏祭りに行かせるのはあれなのでお兄ちゃんを連れて!小町は家で大人しくお土産を待ってます!」

 あの一瞬のうちに意思疎通ができるのは兄妹ならではだよな!

 まあ、俺はもともとめぐりと行く約束をしていたし、八幡達についていくことはできなかったけどね。

 その後、ガハマちゃんと八幡はめでたく二人で祭りへ行くこととなり、俺と小町の策略は見事成功した。

 あ、ガハマちゃんが帰ったあと、カマクラが一目散に寄ってきました。我慢してたんだね、カマクラ。本当お前は可愛いなぁ!

 そのあと滅茶苦茶撫でまわした。




どうもりょうさんです。
まずは一言、投稿遅れてすみません!相変わらず仕事三昧の生活を送っております。見捨てず待っていただけると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!こちらの方で絡んでいただければ、すぐに返信できると思われます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

だから俺は守ると誓う。

 夏祭り。

 それは、夏と言えば?と聞かれれば、花火や海と共に割と上の方に挙げられる行事だろう。

 祭りという括りの中で言えば秋祭りや収穫祭などと様々な種類が挙げられるが、全国的に見てその中でも群を抜いて数が多いのが夏祭りだ。

 祭りと言えば人が多く集まるもので、その喧騒は見ているだけでげんなりしてしまいそうになる。とまあ、この近辺で行われる祭りも例外ではなく、大いに盛り上がっていた。

 「人多いなぁ……」

 駅前の壁に寄りかかり、ため息を吐きながらいつもより激しい人の動きを眺める。

 様々な服装の者達が大きな声を発しながら一方へ向かって歩いていく。まったく、近頃の若いもんはマナーというものがなってないな!まあ、俺もその部類に入るのだが。

 しかし、それを咎める者はいない。それも祭りという雰囲気がそうさせているのだろう。

 「……遅い」

 歩いている人間の主に浴衣を着ている女性観察にも飽きてきたところでそんな言葉が漏れる。

 なぜ俺はここにいるのか。俺は何も一歩間違えれば不審者と間違われるような行為をしに来たわけではない。当然と言えば当然だが、夏祭りを満喫しに来たのだ。

 それには当然隣にいるべき人間が存在するわけで、俺は絶賛その人間を待っている途中なのだが、集合時間を二十分程過ぎた今でも待ち人が現れることはない。

 てか、本当にあいつは何してんだよ。俺は三十分前から待ってるんだぞ!おかげで三人の女性に声を掛けられてしまったんだぞ!まあ、丁寧にお断りしたけど。

 こういう時はあれなんじゃないかな!俺よりも早く来ていて、『待った?』『待ってないよ!本当は一時間前から来てるんだけどね……』『え?なんだって?』みたいな会話があるべき場面なんじゃないかな!

 なんで俺は自分を難聴系にしてるんだよ……。

 「……あ」

 先程から多くの浴衣美人を見てきた。可愛い子もいれば美人もいた。しかし、人ごみの中できょろきょろと辺りを見回す彼女はその誰よりも可愛くて、薄いピンクの浴衣が誰よりも似合っていて、道を歩く誰よりも魅力的であった。

 「めぐりー」

 「あ!颯君!」

 彼女の名前を呼ぶと、先程までの不安そうな顔が一気に明るくなり、少々走りずらそうだがこちらへ走ってくる。見慣れた姿、光景であるにも関わらず胸が高鳴るのはおそらく祭りのせいだ。そういうことにしておこう……。

 そういうことにしておかないとニヤケが止まらん。めぐりには内緒だぞ!お兄さんとの約束だ!

 「遅かったな?迷ったか?」

 めぐりがこちらへたどり着くと、少し息を乱れさせためぐりに問いかける。

 「え?集合時間五分前だよね?」

 ……おーけー。まずはめぐりから送られてきたメールを読み返そう。

 『明日、十九時に駅前集合ね!』

 だよな。さて、今の時刻は?十九時二十五分だ。

 「めぐり。これはお前から送られてきたメールだ」

 「ふぇ?……あ」

 しっかりと確認したメールを送ってきた本人に見せると、めぐりはきまずそうにそっぽを向く。

 「この天然ぽわぽわ娘はぁぁ!」

 「ご、ごめんなさぁい!」

 

 

 「たこ焼きうめえ」

 祭り特有の音楽が流れる道を、俺はめぐりとの仲直りの印であるたこ焼きを頬張りながら歩く。

 「ごめんね颯君……」

 隣では未だに顔を俯かせながら謝るめぐりがいる。

 別に俺は怒っていないのだが、めぐりの中の罪悪感はなかなか消えないらしい。たこ焼きを奢ってもらったし気にすることはないのだが。

 めぐり曰く、自分から誘っておいて時間を間違えるなんて流石にひどいとのことだ。このくらいのことをいつまでも怒るつもりはないんだけどなぁ。

 「別にいいって。めぐりの天然は今に始まったことじゃないしな。てか、もともとそんなに怒ってないし」

 「でも……」

 「あのな、めぐり。俺はこの祭りをめぐりと回るのを楽しみにしていたんだ。なのにめぐりがいつまでもそんな顔してたら気分も上がんねえ。むしろそっちの方が俺は怒るぞ」

 「……うん」

 口先だけで言っているのではない。言葉の通り、俺はめぐりと夏祭りを回ることを楽しみにしていた。それこそ、集合時間よりも早く来てしまう程に。

 「だから、いつものように笑って俺を呼んでくれ。さっきから沈んだ声で颯君、颯君って、俺はそんなの求めてねえ!ほら!呼んでくれ!うりうりー!」

 「むぅ!やめて!むにむにしないでー!」

 めぐりの頬をむにむにと揉んでやると少しだけいつもの調子が戻っていくのがわかった。

 「……そうだよね。せっかく颯君と遊べるんだもん。こんな顔してちゃいけないよね!……颯君!今日は楽しもうね!」

 一瞬の間を置いてめぐりの顔にはいつもの笑顔が浮かぶ。

 ようやくいつもの調子に戻ってきたか。やっぱりめぐりにはこの笑顔が似合う。そんでもって、この笑顔と明るい声で名前を呼ばれるのは、えっと、その、なんだ……好きだ。

 「あったりめーよ!今年こそはゲームを当てて見せる……」

 「大人げないから十回とか引かないようにね……」

 「五回で当てる!」

 「だから引きすぎだってばー!」

 うん、完全にいつもの調子に戻ったな。そうだよ、俺達はこうでなくちゃな!お、そういえば。

 「その浴衣似合ってるな。一昨年とは違うんだな」

 先程は褒められなかったしな。実際似合ってる。

 「うん!一昨年のはお母さんのおさがりだったんだけど、今回颯君と夏祭りに行くって言ったらお父さんが買ってくれたの!せっかくだからって。ちゃんと颯君に可愛いって言ってもらうんだよって言ってたけど……」

 めぐりさんや、なんだいその期待した顔は。いや、わかってますよ?わたくし鈍感ではありませんので。でもなぁ、なんかお母さんとお父さんの思惑にはまったみたいで釈然としない。

 まあ、俺がそう思うこともあの二人は計算してたんだろうな。めぐりにバッチリ似合ってるし、可愛いと言わざるを得ん。まったく、あの二人には頭が上がらんなぁ……。

 とはいえ、言わないわけにはいかないよな。

 「可愛いよ。他の浴衣着てる女の子が霞むくらいには可愛い」

 「そっか。……ふふ、嬉しいな」

 おいおい、なんだその顔は……。なんといえばいいのだろうか。強いていうならば、心の底から嬉しさの溢れた笑み。簡単に言えば、そうだな……幸せそうな顔だ。

 その表情を引き出したのが俺だと考えると少しだけ、ほんの少しだけだぞ!嬉しくなった……。

 「の、喉かわいたろ!ひとまず飲み物でも買おうぜ!」

 「そうだねー。私も喉乾いたかも!」

 「よ、よし!あっちだ!」

 ふー!あちいあちい!今日は一段と暑いなぁ!夏も本番だぁ!

 

 

 あの後、祭り定番の射的やくじ引きなどを楽しみ、祭りを満喫した俺達は人気のない高台へとやってきた。

 ここに来た目的、それは勿論夏祭り一番のイベントである花火を見る為だ。この場所は一昨年、陽乃さんや平塚先生、そしてめぐりと夏祭りに来たときに見つけた場所である。

 今回は陽乃さんも平塚先生もいない為、めぐりと二人占め状態だ。

 まあ、陽乃さんはどこかでこの空を見ているだろう。というのも、今回陽乃さんは一緒に祭りを回ってはいないが、父親の名代ということで様々な場所へ挨拶回りを行っているらしい。

 こういう自治体系のイベントに強いのは、流石雪ノ下建設といったところか。まあ、羨ましいとは思わんが。

 どうせ陽乃さんのことだ、貴賓席で静かに空を眺めているだろう。

 「ねえ、颯君!もうすぐかな!」

 「ああ、もうすぐだ」

 隣ではそわそわと花火の開始を待つめぐりの姿がある。

 そんな姿に自然と笑みが漏れたところで甲高い音が鳴り響く。

 「始まった!」 

 めぐりのそんな言葉に次ぐように真っ暗だった空に色鮮やかな大輪が咲く。

 華やかでありながら猛々しく、そして儚い。そんな花火に俺はついつい見惚れてしまう。

 「颯君!綺麗だね!」

 「ああ、すごく」

 単発で上がっていた花火は徐々にその間隔を狭め、音も激しさを増していく。胸に響くその音が何故か気持ちよくも思えた。

 そして、一瞬の間を置き最後と思われる花火が上がる。

 「でかいのがくるぞ!めぐりー!」

 次の瞬間、それまでの花火とは比べ物にならない特大の花火が空を埋め尽くした。

 そして、再び辺りは静寂に包まれる。

 「凄かったね!」

 「ああ、相変わらず力入ってるよ」

 そんな静寂を切り裂いたのは、興奮冷めやらぬといった様子のめぐりだった。

 なんでもない会話。しかし、それは少なくとも俺にとっては大切なものだ。めぐりの笑顔、声、仕草、そのすべてが俺を癒してくれる。だからこそ……。

 「ねえ颯君」

 「なんだ?」

 これから先、どんなことがあるのか。それはその時になってみないとわからない。

 「来年も一緒に来ようね」

 だけど、だからこそ。

 「ああ、絶対にな」

 この笑顔は守ってみせよう。

 それが俺にできる最大限の恩返しだと思うから。




どうもりょうさんです!更新遅れてすみません!
更新が止まっている間もお気に入りしてくださった皆さん、そして感想をくださった方!ありがとうございます!とても心強いです!
引き続き感想など待っておりますのでよろしくお願いします!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!よければぜひ!こちらの方で絡んでいただければ、すぐに返信できると思われます!
もし、颯太のイラストなど描いてくださった方がいらっしゃったら送っていただけると嬉しいです!もしかしたら、何かプレゼントするかも……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

物事はいつも理不尽に決まっていく。

 「それじゃ、今回はメイド、執事焼きそば屋に決定ということで!」

 黒板の前に立つ司会の言葉にクラスからは異議なしの意味を込めた拍手が起こる。

 長かった夏休みも終了し、我が総武高校では文化祭に向けて出し物の選定や実行委員の選出が各クラスで行われていた。

 我がクラスでは先程司会が述べたように、メイド、執事焼きそば屋に決定した。

 話し合いが行われている最中も思っていたのだが、なんだよそれ。メイド喫茶や執事喫茶ならまだわかる。しかし、焼きそば屋ってなんだよ!あれか!定番と定番を合わせたら最強なんじゃね?とか安易な考えか!冒険するなぁ……うちのクラスは。

 メイドさんや執事が焼きそばを作るのか……何それ見たい!って、俺も結構乗り気だな。

 ちなみに実行委員は一年生の頃にやったからという適当な理由で断っておいた。なんでみんな俺にやらせたがるんだろうね。

 まあ、そこんところは実行委員の一と明らかに一狙いの田中さんがなんとかやってくれるだろう。

 やがてHR終了を告げるベルが鳴り、生徒達もあちこちへとはけていった。

 「そーくんっ!」

 そんな中、語尾を弾ませながらめぐりが俺の元へやってくる。

 うーむ、俺の経験上こういう時のめぐりは厄介ごとを持ってくるが多い。本当であれば何も言わず逃げ出したいところだが、そうしてしまうと涙目のめぐりが教室に取り残されることになり、俺はその日から男子女子問わず冷たい目で見られてしまうのでやめておこう。

 「聞きたくないがなんだ……」

 「平塚先生がいろいろ手伝えって言ってたよ!」

 あの人は俺のことを何でも屋か何かと勘違いしているんじゃないかな。これなら文実やろうとやるまいが関係なかったじゃないか!

 「だ、大丈夫だよ!三年生は文実でもそんな重い役割は持たないし、私だってサポート程度しかしないもん!」

 確かに例年通りならば、めぐりの言う通り三年生に重い役割は回ってこないだろう。文化祭実行委員長だって生徒会長であるめぐりではなく二年生から選出される。

 でもなぁ、頼んできたのが平塚先生だもんなぁ……。

 「やっぱりだめかな……?私は最後の文化祭、颯君と一緒に盛り上げたいと思ったんだけど……」

 ふむぅ……。そんな顔をされたら俺も嫌とは言えない。めぐりのこの顔を突っぱねることができる人間がいるならば一目見てみたいな。

 「まあ、いいんじゃねえの」

 「え?」

 断られるとでも思っていたのか間の抜けた声をめぐりは出す。

 「めぐりの言う通りそんな辛い仕事は回ってこないだろうしな。それに、サポートとは言ってるけど、めぐりのことだから絶対サポート程度じゃ終わらないと思うし、手伝うよ」

 こいつの性格や最後の文化祭ということを考えたら少し不安になってきたしね。

 多分、こういうことを俺が思うことも平塚先生はお見通しだったのだろう。まあ、断っても無理矢理連れていかれることは間違いないけど。

 「ありがとー!颯君ならそう言ってくれるって平塚先生も言ってたー!」

 「平塚先生かよ……」

 なんなの、あの先生俺のこと好きすぎだろ。

 八幡のことも気にかけているみたいだし、比企谷兄弟は平塚先生に好かれる何かを持っているのかもしれないな。

 「私も思ってたよー。颯君って優しいから」

 「はっはっは!お前だけだぜ!」

 「はいはーい。からかわないでよ、もう……」

 からかってはないんだけどね。俺は誰にでも優しくできるほど出来た人間じゃないから。

 「それじゃ、明日の放課後に初めての会議があるからね」

 「了解。とりあえずHRが終わったらめぐりのとこに行けばいいんだな?」

 「うん!それで大丈夫だよー」

 それだけ伝えるとめぐりは明日の準備があるとかで足早に生徒会室へと向かっていった。

 「天気悪いなぁ……」

 何も起こらず楽しい文化祭になるといいなぁ……。と俺は空を覆うどす黒い雲を見ながら思った。

 なんで自分でフラグ立ててんだ俺は……。

 

 

 次の日の放課後、俺は昨日めぐりに言われた通り生徒会室へとやってきていた。

 「ちーっす」

 「あ、颯君!お疲れ様ー」

 俺の挨拶にいち早く気づき、めぐりは笑顔で挨拶を返してくれる。その他の生徒会メンバーも各々の作業を続けながら挨拶を返してくれた。

 俺が何度も生徒会室に来ていることから嫌な目をされることはない。むしろ歓迎されていると言っても過言ではないだろう。だって、働き手が増えるってそれだけ楽ができるってことだもんね。

 「やあ比企谷。来てくれてうれしいよ」

 めぐりの次に挨拶をしてきたのは、めぐりの横で生徒会役員に指示を出している平塚先生だった。

 「あなたは無理やりにでも連れてきたでしょうに……」

 「そんなことはない。もし、城廻の誘いを断るようならちゃんと説得をして納得の上で連れてきたさ」

 この人の場合、説得という名の暴力だからな……。平気で拳を腹に突き刺してくるし。

 「まあ、君が城廻の頼みを断ることができていたらの話だがね。こうしてここに来ている君には説得など不要だろう」

 「……ふん!別にめぐりに頼まれたからじゃないんだからね!」

 「本当にお前達兄弟は似ているな」

 「光栄です!」

 「褒めていないのだが……」

 そんな呆れ顔で溜息を吐くアラサーイケメン美人と会話をしていると、生徒会室の中でも一際大きな声と身体の男が近づいてくる。

 「おお!来たか比企谷!お前にはしっかり働いてもらうけぇの!いつもの元気があればこれくらいは楽勝じゃろうけぇのぉ!」

 独特の大きな声と方言で話す体育教師の厚木先生は俺の背中を叩きながら笑う。

 この先生良い先生なんだけど、その立場上俺を注意することの方が多い為そういう時の対応はあまり得意ではない。でもまあ、嫌いじゃないし怒られていなければどうということはないけど。

 「勘弁してくださいよー。あくまで俺は手伝いなんですから!それに俺の元気は遊ぶために残してるんです!仕事に使うつもりはありません!」

 「がはは!そうかそうか!そんなに仕事がしたいか!よし、ようけ仕事回しちゃるけぇ頑張れよ!」

 おい、聞けよ体育教師。

 「まずは手始めにこのプリントを会議室まで運んでもらうけぇの!生徒会役員も移動するで!」

 聞けって!てか、重!明らかに他の役員より量が多いじゃねぇか!厚木先生め、ここぞとばかりにこき使いやがって!絶対楽しんでるだろ!

 「ほら、颯君行くよ」

 「めぐり、半分持たない?」

 「あははー」

 「薄情ものぉぉ!」

 俺はそう叫びながら会議室への長い道のりを踏み出した。

 叫びすぎて厚木先生に怒られたけど……。不幸だ。

 

 

 そして、文化祭実行委員が集まる会議室へと到着した俺達は、めぐりを先頭に会議室へ入室していく。俺は厚木先生と平塚先生の後について入室する。

 会議室へ入ると、一番初めに目についたのはこちらを見ながら苦笑いを浮かべる一だった。その隣には田中さんもいる。更に奥にはいるだろうとは思っていたが雪ノ下さんの姿も見えた。

 そして、俺自身も意外だったのだが、人目につかないように隠れながらこちらを見ている八幡がいた。まあ、八幡が進んで文実なんてするわけがないし、おそらく平塚先生の策略にはまったのだろう。憐れな八幡。あ、俺も同じ感じだったわ。

 「それでは文化祭実行委員会をはじめまーす!」

 めぐりのほんわか挨拶で文化祭実行委員会の開会が宣言される。

 まずはめぐりの紹介があり、その次に委員長の選出。例年通り二年生から選ばれるようで、選出に苦戦していたようだが一人の女の子の立候補により決定した。二年F組と言っていたから八幡と同じクラスの子らしい。

 そして、次は各部署決め。

 俺は手伝いという形だからどこにも所属しないが、委員は必ずどこかの部署に所属する。おそらくめぐりも全体のサポートという立場になるだろう。

 委員長ちゃんが進行を務めることになったのだが、あまり上手くはいっていない様子だ。めぐりのフォローによりなんとか進んでいるといった感じである。

 それも何とか終わり、最後に各部署で部長を決める。ちなみに一は既に有志統制の部長に決定していた。はぇぇよ。

 八幡と雪ノ下さんは記録雑務。まあ、二人の性格なんかを考えれば妥当ではあるか。

 そして、俺はというと委員長としての初めての仕事を終えた委員長ちゃんの傍らに立つめぐりの取り巻きをしていた。横には平塚先生と委員長ちゃんの取り巻きもいる。

 めぐり達の話を聞いていると、八幡が外へ出ていくのが見えた為追いかける。

 「はちまーん」

 「なんだ、兄貴か。もうちょっと戸塚みたいに可愛い声で呼んでくれ。興奮しない」

 「俺に戸塚君成分を求めないでくれよ。どんだけ飢えてんだよ」

 お兄ちゃん戸塚君に嫉妬しちゃうぞ!

 「それにしても意外だなー。八幡が文実なんて」

 「俺も好きでなったわけじゃねぇよ。係り決めの時に保健室で休んでたらこうなった」

 自業自得じゃん……。平塚先生が担任なのにそんなことしたらそうなるに決まってるのに……。

 「まあ、なったもんは仕方ねぇよ」

 「そだねー。なんかあったらいいなよ。手伝うからさ」

 「じゃあ遠慮なく使わせていただきますよ。お兄様。それにしても、なんで兄貴が生徒会の中にいるんだよ。兄貴は生徒会なのか?」

 まあ、もっともな質問だよな。八幡は俺とめぐりが友達だってことも知らないし。

 「手伝いだよ。めぐり……生徒会長は一年からの友達でね、いろいろあってちょくちょく手伝ってるんだよ」

 「そうだったのか」

 「そういうこと。まあ、というわけだから要望とかあったらめぐりに伝えとくから、遠慮なく言ってくれ」

 「仕事をあまり回さないでくれ」

 「却下」

 「くそ……」 

 そんなの通るわけないでしょうが……。

 その後、もう少し話をして八幡は家へと帰っていった。

 「あ、颯君。今日はもういいから帰っていいよー」

 「了解。お疲れさん」

 「うん、おつかれー」

 めぐりのお許しも出たし帰るとしますか。明日からも大変そうだし、早く寝よ。

 そう思いながら俺は会議室を後にした。




投稿遅れてすみません!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔王の訪れと崩壊の始まり。

 「ふむ……」

 俺は今現在行われているミーティングの様子を見ながら小さな声で呟く。

 初めての委員会から数日が経った頃、文化祭実行委員の中では一つの変化があった。それは……。

 「いいえ、少し遅い」

 名前は忘れたけど、文化祭実行委員長である彼女の隣に座り進捗について声を上げる雪ノ下さん。なぜ、この前まで記録雑務として動いていた雪ノ下さんが委員長ちゃんの横に座っているのか。

 それは簡単なことだ。

 そう、雪ノ下さんは文化祭実行委員の副委員長に就任したのだ。先日、委員長ちゃんから直々に紹介があった。

 元々めぐりも雪ノ下さんを委員長に推していたこともあったし、厚木先生からの期待もあった為あっさりと承認されてしまったらしい。

 どうしてこんなことになったのか、彼女から直接聞いたわけではないがその理由を俺は知っている。

 実は雪ノ下さんが正式に副委員長に就任する前日、家でくつろいでいた俺の元に一本の電話がかかってきたのだ。携帯の液晶には見慣れたガハマちゃんの文字。そしてこう言われたのだ。

 『ゆきのんを見ていてあげて。困ってたらヒッキーと一緒に助けてあげて』と。

 話によると、奉仕部の元へ委員長ちゃんがやってきたらしく、不安だから手伝ってほしいと頼まれたのだという。八幡からも聞いたのだが、文化祭が終わるまでは奉仕部は休みらしい。しかし、それを決めた直後に雪ノ下さんは依頼を受け付けたのだ。

 ガハマちゃんの性格上、一人で解決しようとする雪ノ下さんの行動を良くは思わないはずだ。証拠にガハマちゃんの声はいつもよりイラついていたようにも感じた。

 そして、それと同時に寂しさを感じているようにも思えた。

 まあ、俺としても助けない理由はないしガハマちゃんには任せろと伝えた。

 今現在までは概ね順調だろう。しかし、気になることはある。ついつい問いかけてみたくなるのだ。この委員会の委員長は誰なんだ?と。

 

 

 「さすがはるさんの妹だね。颯君もそう思うでしょ?」

 ミーティングを終えた後、委員は各々の仕事へと戻っていく。どこの部署もやることは山ほどあるからな。今の段階で仕事の少ない記録雑務の方も先程雪ノ下さんに仕事を貰っていたし。

 そんな会議室でめぐりはそんなことを呟いた。

 「まあ、確かに凄いな」

 凄い。俺もそう感じる。だが危うい。どうしてもそう感じてしまうのは俺だけだろうか。俺はそんなどうしようもない胸のつっかかりを覚えた。

 「これは、次期会長候補筆頭かな……」

 「ははは、大きく出たな」

 「颯君はそう思わないの?」

 めぐりの質問に少し考えてしまう。

 思わないこともない。彼女がどんな学校を作るのか、どんな仕事振りを見せてくれるのか見てみたい気もする。

 でも、彼女の居場所は生徒会なのか?と問われれば俺としては頷き難い。それは多分奉仕部という存在を俺が知っているからかもしれないな。

 「思わないこともないかな」

 「だよねー。頼んでみようかなー!」

 めぐりの嬉しそうな言葉を聞きながら、机に向かって作業を続ける雪ノ下さんと取り巻きを連れて部屋を出ていく委員長ちゃんを交互に見つめた。

 

 

 そして次の日。

 今日も今日とて会議室へ向かうのだが、今日は日直だったため日誌を職員室に返してから向かう。その為、いつもは横にいるはずのめぐりもいない。

 少し遅れたが集合にはまだまだ余裕がある時間に会議室へ到着することが出来たのだが、扉の前に群がる委員の集団。嫌な予感するなぁ……。

 「あ!比企谷先輩!」

 「あー……」

 そこで目敏く俺を見つけた委員の後輩君に名前を呼ばれてしまった。

 「えっと、どうしたの?」

 「入ってみた方が早いと思います……」

 えー、入るのー……?嫌だなぁ……。魔王のオーラが凄いんだけど。てか、嫌な予感の正体わかってるじゃん、俺。

 「はぁ……。うぃーっす」

 「んー?あ、颯太。ひゃっはろー」

 「あー!今日はお腹痛いなー!よし、帰ろう!それじゃ!」

 「颯太ー。おいでー」

 「はい」

 はい、予感的中!そして逃げることを容赦なく切り捨てられました!俺氏、今日は胃に穴が開くかもしれません!

 俺が来たことで陽乃さんの意識がこちらに向き、実の姉を睨んでいた雪ノ下さんの視線が逸れる。こら!後ろのギャラリー!ホッと胸をなでおろすんじゃない!俺の胃はもう限界よ!

 誰か助けてー!

 「ちょっと待っててー……ってどしたの颯太」

 そんなピリピリとした空気を引き裂いてくれたのは、何事もなく入室してきた我が親友だった。

 俺の心の声が聞こえたのか、一!やっぱりお前は親友だよ!

 「声に出てたぞ。それで?何が助けてなんだ?」

 マジか。

 「いや、あれ」

 「ん?ってはるさんじゃん!お久しぶりです!」

 「んー?あれー!一じゃない!久しぶりじゃない、元気してた?」

 「元気も元気っすよ!姉ちゃんに会えなくて少し寂しいですけど!」

 「あははー。相変わらずだね一は」

 周りは懐かしそうに話をする我が親友と魔王を不思議そうに、そしてキラキラした目で見ている。まあ、二人とも美男美女だもんな。そんな二人が会話してたらどういう関係が気になっちゃうよな。 

 まあ、三年生は知っているだろうが陽乃さんと一の姉、双葉さんは高校時代大の仲良しだった。その関係や俺やめぐりが陽乃さんと一緒にいたことから、一と陽乃さんは見知った仲なのである。

 「あの、そろそろいいかしら」

 一と陽乃さんが話に花を咲かせていると雪ノ下さんの冷たい声が響く。そして、再び会議室内はピリピリとした空気に包まれる。

 「そ、颯君……!」

 めぐりさんや?そんな涙目でおろおろしながら裾を掴まないでくれますかね。俺にもどうしようもないですよ?てか、絶対お前が呼んだんだろ!責任とれよ!

 「姉さん、何をしに来たの?」

 そう雪ノ下さんが口を開いたところで扉から八幡と葉山君が入室してくる。あ、八幡露骨に嫌な顔した。

 二人の会話、もといめぐりを加えた三人の会話によると、街で偶然陽乃さんに会っためぐりが有志団体のことを話したらしく、それに管弦楽団部のOB、OGを集めて参加するため許可を取りに来たのだという。

 やっぱりめぐりが連れてきたんじゃないか!確かに有志団体が足りないって言ってたけどさ!まさか、この人に話しちゃうなんて……。流石めぐりさんだよ!しびれもあこがれもしないけど!

 「比企谷君だー!ひゃっはろー!」

 ああ、矛先が八幡に向いちゃった。

 「陽乃さん……」

 「あれ?隼人じゃん」

 お?なんだ、陽乃さんと葉山君は知り合いだったのか。

 陽乃さんとの会話の様子を見るに、なかなか親しい仲みたいだな。

 「ねえ、雪乃ちゃん出ていいでしょー?」

 陽乃さんは引き続き雪ノ下さんに絡んでいる。

 そろそろ助け舟を出した方がいいかな。はぁ、胃が痛い。

 「まあまあ、別に出るくらいはいいんじゃない?それと陽乃さん、このことを雪ノ下さんに頼むのはお門違いですよ」

 「んー?なんで?」

 「雪ノ下さんに決定権がないからです」

 「あれ?そうなんだ。めぐりも颯太も一も三年生だから違うよね?」

 おそらくもうすぐ来るはず。てか、早く来いよ!完全遅刻だぞ!

 「すみませーん!クラスの方に顔出してて遅れましたー!」

 そこで会議室の扉が開かれ、待っていた人物が現れる。

 「陽乃さん、この子です」

 「あ、相模南です……」

 「ふーん……」

 委員長ちゃんを推しはかるように、鋭い目を向けながら一歩ずつ近づいていく。

 「クラスも楽しみ、文化祭を最大限楽しむ。陽乃さんもそうだったように、そういう人が委員長になってるんですよ」

 「……ふーん」

 そのふーんを直訳すると『心にもないことを颯太が言うなんて珍しいね』だ。自分でもそう思うよ。でも、今はこの状況を何とかしないと俺の胃がもたないから!委員長ちゃん、利用させてもらうよ!

 「そうだね。そういう人こそ委員長にふさわしいよ!えっと……委員長ちゃん、いいねー!」

 「あ、ありがとうございます!」

 あー、この人名前覚えるつもりないわ。まあ、俺もだけど。

 「それで委員長ちゃんにお願いなんだけど、私も有志団体に出たいんだよねー。雪乃ちゃんに言っても渋られちゃったからさー……」

 先程の肯定もすべてこの為。陽乃さんのことだ、彼女を肯定することで好感度を上げようとしたのだろう。結果、それは成功したわけだが。

 「いいですよ……」

 委員長ちゃんがそう答えたところで俺は考えるのをやめた。おそらくここから先、委員長ちゃんは陽乃さんの思い通りに動いていくだろう。それは誰にも止めることはできない。彼女の持つ文化祭実行委員長という肩書はそれほどまでに強いものなのだ。

 その結果。

 「少し仕事のペースを落とすってのはどうですか?」

 その時俺は確信した。崩れる、と。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そうして俺は彼女を受け止める。

 あの委員長ちゃんの提案からというもの、文実内では持ち回りで休む者が出てきた。

 まあ、八幡の所属している記録雑務の人間などが一日休むくらいは問題ない。だが、有志の数が徐々に増えてきた今、それに関する仕事が比例するように増えている。

 それに伴い、それを管轄する部署には若干の人員不足が生まれた。

 人員不足に関しては執行部でカバーするわけだが、減らない仕事に気が滅入ってしまっているようにも見える。大きな戦力である雪ノ下さんの介入や俺がサポートに入ってもその状況はあまり変わらない。

 そのしわ寄せは本来仕事が少ないはずの記録雑務にも及んだ。

 名前に雑務と付いているだけあって、彼等、彼女等には多くの雑用が回っていく。今日も今日とて律儀に八幡と担当部長がせっせと仕事をしている。

 他の記録雑務の生徒が休む中、この二人だけは毎日顔を出して仕事をしているのだが、やはり年功序列というものはなかなか崩せないもので、どちらかと言えば八幡の方に仕事が集中しているようにも見える。

 あ、今も目も合わせず湯呑を高く掲げ『お茶』とだけ言われてる。

 流石にそれは俺も見過ごすわけにはいかないし横やりを入れさせてもらおう。

 「お茶なら俺が入れてくるよー」

 「え、ひ、比企谷?」

 八幡にお茶を入れてくるよう命令した三年生男子は困惑したように俺を見る。

 「俺はサポートという立場だし、みんなが気持ちよく、快適に仕事ができるようにしないとね。それに、誰がお茶入れようと関係ないよね」

 「あ、えっと……」

 「じゃあ、行ってくるよー」

 気まずそうな顔をする三年生男子を横目に、俺は八幡から湯呑を掻っ攫うとお茶を入れに行く。

 「あ、颯太ー!私もお茶ー!」

 俺が彼女、もとい魔王の前を通ると、魔王は何も気にすることなく声を上げる。

 この状況を作った元凶である陽乃さんは当然のように会議室へ居座っている。

 「はいはい」

 まあ、陽乃さんのお茶を入れることくらい慣れているしどうってことないんだけどね。いやまあ、慣れるっていうのはおかしいとわかってるけどさ。

 そんな何とも言えない空気の中、俺は二つの湯呑をもってポットへと向かった。

 

 

 それから数日。

 会議室に集まる人数はさらに減った。遂に、記録雑務の担当部長ちゃんも休むことが多くなった。

 しかし、仕事は増えるばかり。なのに仕事は回っている。勿論それは執行部や雪ノ下さん、めぐりや俺、そして陽乃さんの尽力の賜物だ。

 そして、仕事が回っているからこそ人は減っていく一方だ。

 仕事が回ってるんなら私はいなくていいか。あれ?意外に仕事増えてないんじゃね?私たちがやるより優秀な人がやればいいし。

 理由なんてものはいくらでもつけられる。崩壊の時は刻一刻と俺達を追い詰めてきていて、早々に手を打たないと完全に崩壊する。

 そんな考えを巡らせていると、見知った顔二つが珍しくも会話をしていた。

 「よ、お二人さん。珍しい組み合わせだな」

 「あ、颯君」

 「兄貴か」

 そう、わが愛弟八幡とわが親友めぐりだ。

 「そういえば、ちゃんと紹介してなかったな。めぐり、こいつが俺の弟の八幡。で、八幡には紹介しなくてもいいかもしれないけど、我が校の生徒会長で俺の親友、城廻めぐりだ」

 「うん。さっき少しだけお話したから知ってるよ。雪ノ下さんが比企谷君って呼んでたから、もしかしてと思ってんだ」

 「まあ、先輩に関して知らない奴はいないだろ」

 だよね。朝礼とかで壇上に上がってるのを見てるだろうし。

 「それにしても、さっき弟君にも言ったけど、あんまり似てないね!」

 めぐりん?すこーしストレートすぎないですかね。まあ、確かに見た目がそっくりというわけじゃないんだけどさ。意外と似てるところもあるんだよ?ほら、揺れるくせ毛とか、内面とか。

 「すんませんね……」

 ほら、八幡拗ねちゃった。可愛いなもう。……いやいやそうじゃなくて。

 「まあ、なんだ。これから話すこともあるだろうし、仲良くしてくれよ」

 「うん!了解だよ!」

 「善処する……」

 八幡は苦笑いだけど、二人の相性はそれほど悪いと思わないんだよね。俺の勘だけど。

 それにしても、だ。

 「めぐり、お前疲れてんだろ。あまり無理するんじゃないぞ?」

 「わかってるよ。でも、人数が少ないんだし頑張らないと!」

 うーむ……。

 「めぐり、今日文実終わったあと家行ってもいいか?」

 「え?う、うん。お父さんもお母さんも喜ぶと思うけど……」

 「なら決まりだな」

 「いきなりどうしたの?」

 俺の突然の提案にめぐりは不思議そうに首を傾げる。可愛い。

 「いや、別に意味はないよ」

 「そっか、了解。お母さんに連絡しとくね」

 「おう」

 そこまで会話をしたところで八幡からの視線に気づく。

 「八幡、どうかしたか?」

 「いや、兄貴とめぐり先輩って……その、付き合ってんの?」

 「ふぇぇ!?」

 若干顔を赤くしながら目を合わせず聞く八幡の質問にめぐりは顔を赤く染め上げる。

 「どうしたんだ?いきなりそんな質問して」

 「反応薄くない!?」

 いやだって、この手の質問は散々他の男子にされたからな。女子の間ではそういう話にならないのかな?

 「いや、あいつ以来そういう話聞かなかったし。それこそ、あの女の先輩くらいしか。だから、そういうことだったのかと思って」

 「あー、なるほどね。まあ、付き合ってはいないよ。ちなみに、八幡の言う女の先輩ってのは陽乃さんな」

 「それは二人の会話見てたらなんとなくわかった」

 ですよねー。

 「そっか、付き合ってないのか。了解。変なこと聞いて悪かったな」

 「構わんよ。慣れてる」

 「あぅぅ……」

 こら、めぐりさんや、そろそろ戻ってきなさい。

 「まあ、そういうわけだから小町にはよろしく言っといて。あ、くれぐれも女友達のところに行ったなんて言わないでくれよ。後が面倒だから」

 「了解」

 

 

 そして、文実終了後、俺は約束通りめぐりの家へとやってきていた。

 「それじゃ、部屋で待ってて!飲み物持っていくから」

 「了解ー」

 リビングの方へ走っていくめぐりを見送りながら俺は階段を上っていく。

 「ふむ……」

 部屋に入り、まず目に入ったものは書類の山だった。おそらく学校から持ち帰り、家でも作業をしていたのだろう。その量はやはり多い。

 「お待たせー。ごめんね、散らかってて」

 書類を眺めながらめぐりを待っていると、コップの乗ったお盆を持っためぐりが部屋へ入ってくる。

 「いや、別にいいよ。家でも作業してんだな」

 「うん。少しでも進ませとかないとね」

 そう言って笑うめぐりの顔にはいつもの輝きがない。必死で作り上げたもののように見える。

 めぐりは必死で隠そうとしているのだ。焦り、疲れ、不安、様々な感情を外部に見せないように。俺達に悟らせないように。

 寂しいな。

 ただそう思う。俺の前でもそんな感情を必死に隠そうとするめぐりを見て、俺はそう感じてしまった。

 でも、だからといってこのまま放っておくわけにもいかない。

 だから俺はゆっくりとめぐりの両頬を包む。優しく、ほぐすように撫でてやる。

 「ふぇ?えっと……颯君?」

 めぐりの困惑した表情に笑みで返す。

 「頑張るなとは言わないよ。めぐりが頑張ると決めたなら精一杯頑張ればいいさ。だけどまあ、疲れたらこうしてほぐしてやるよ。俺はいつでもお前の傍にいてやるから」

 「……でも、弟君や妹ちゃんが優先でしょ?」

 「そりゃそうだけど、事情を話せばすぐに家から追い出されちまうよ」

 特に小町にな。

 「何それ……」

 徐々にめぐりの顔が歪んでいく。でも、両頬の手は離さない。

 「颯君は、颯君は本当に何でもお見通しなんだね」

 「ははは、何でもはわからないさ。わかることだけ」

 「それ、誰の受け売り?」

 「バサ姉」

 「……?」

 うーん、やっぱり伝わらないかー。まあ、しょうがないよね。めぐりだもん。

 「……ずるいなぁ、颯君は」

 「俺はいつも正々堂々だぞ」

 「どの口が言うのかな……。もう……」

 一つ溜息を吐くと、めぐりは俺の手をすり抜けそのまま倒れこんでくる。そして、顔を俺の胸へ埋めこすりつけてくる。

 「辛いよ……疲れたよ……不安だよ……」

 「ああ」

 「……助けてよ」

 「任せろ」

 俺はめぐりの絞り出した言葉に力強く頷いた。

 

 

 あの後、めぐりが落ち着いたところでいつも通り夕食をごちそうになり城廻家を後にした。

 「ただいまー」

 「おかえりー颯お兄ちゃん!……むふふ」

 帰宅した俺を迎えてくれた小町だったが、何故か怪しい笑みを浮かべている。なーんか嫌な予感するなぁ……。

 「お義姉ちゃん候補はいつ紹介してくれるのかな?」

 「……ハチメェァン!」

 俺はリビングから歩いてきた八幡に非難の目を向ける。

 「……てへっ」

 「くっそぉおお!」

 でも、可愛いから許す。長い夜になりそうだ。とほほ……。




どうもりょうさんでございます!
更新がなかなか出来なくてすみません!ここからは一つの山場なので頑張りたいと思います!
感想などいただけると嬉しいです!お返事も返せないでいましたが、ここからは出来る限り返したいと思います!

https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ついに雪ノ下雪乃は崩壊する。

 翌週、当然といえば当然だが、出席者は先週よりもさらに減った。今現在も会議室の中には執行部と他数人、そして自分から手伝いを申し出てくれた葉山君くらいだ。

 文実すら顔を出さないのに文実じゃない葉山君が積極的に参加してるってどうなのよ。いやまあ、それは俺も同じなんだけどさ。

 「少ないな」

 「まあそうだねー。こうなるのはわかってたけど」

 隣で黙々と作業を行っている八幡もこの状況には声を出さざるを得ないらしい。

 そりゃまあ、生徒会長であるめぐりが声をかけても集まらないんじゃ末期だよなぁ……。

 「相模さんの提案、やっぱダメっていたほうが良かったかなー……。うぅ……そーくん」

 「はいはい」

 八幡との逆の隣に座るめぐりは責任を感じて唸っている。別めぐりのせいではないのだが、自分が止められる立場にいることをわかっている為罪悪感を感じているのだろう。

 まあ、それでもめぐりに変化はあった。

 おそらく、あの話をする前までならばその罪悪感さえも自分の心に押し込み、それを誰にも悟られないように動いていただろう。しかし、今のめぐりにその動きはなく、今もこの前のように両頬を包み込めとせがんでくる。これは良い変化と受け取っていいと思う。

 「ほんと、仲いいよな。二人とも」

 「付き合いも長いしな。周りからは熟年夫婦と呼ばれてる」

 「呼ばれてないよー」

 こうして俺の冗談にも顔を緩ませながらふわふわと答えてくれる。

 俺もめぐりの助けになれていると実感できるし良いことずくめだな。文実のことがなければ。

 「ちょっといいか」

 「おう」

 八幡が葉山君に手伝いを頼まれ席を離れると、入れ替わるように八幡の座っていた席へ一が座る。

 「まずい状況だな」

 「そだなー」

 一は正規の文実が休んでいく中、一日も欠かさず委員会に参加している。仕事量の多い有志統制がなんとか回っているのは、一と手伝いをしてくれている葉山君のおかげといっても過言ではない。

 「特に雪ノ下さんは危ないぞ」

 「ああ、わかってるよ。俺も何度か注意はしてるんだけど、全くと言っていいほど聞く耳を持たない」

 一の言う通り雪ノ下さんの状態はかなりやばい。いつ身体を壊してもおかしくない状況だ。俺もそのことはわかっているから何度か注意をしているのだが、大丈夫と一蹴されてしまう。

 「書類を無理に取り上げても他の仕事を手に取っちゃうし、仕事をやらないように見張っててもどうせ家でやってるだろうしね」

 「頑固とかそういうレベルじゃないなそれ……。俺達じゃ、どうすることもできないってか」

 「そういうこと。こりゃ、流石の俺でもお手上げだわ」

 いくら考えても答えが出ない。ということは、俺にできることはないという結論を出すしかない。どうにもなんねえや。

 「雪ノ下、今いいか?」

 そこで作業を続けている雪ノ下さんに平塚先生が話しかける。

 聞こえてきた会話によると、雪ノ下さんが文理選択の希望用紙を提出していないということだった。そういえば、もうそんな時期だったな。

 「私は文系なんだよー。颯君も一二三君もだよね」

 「そうだな」

 「うん、颯太とクラス離れたくなかったし」

 え?何、一ってそういう系だったの?推薦の来てる学校が文系なのかと思ってたんだけど。てか、それは女子が言うセリフであって、一が言ってもドキドキしないぞ!まあ、ちょっと嬉しかったけど。

 「んー、文系なら教えられるけど理系はねー……。颯君ならどっちも得意だけど……。あ!はるさんなら……」

 「はいストップ、めぐり」

 「ふぁにふんのー」

 こんな時に陽乃さんの話題を出そうとするめぐりの頬を軽く引っ張る。これ以上雪ノ下さんに負担はかけられないしな。

 「なんとなく。ほら、そろそろ作業に戻るぞー」

 「うー、わかった」

 めぐりを連れてその場を離れる時、ふと雪ノ下さんの方を見ると申し訳なさそうに頭を下げてくれた。その顔はやはり疲れの色が濃く、もう手が付けられないことが容易に感じられた。

 俺はもやもやした感情を抱えながら軽く手を振りながらその場を離れた。

 

 

 そして数日後、ついに彼女は崩れた。

 雪ノ下さんが学校を休んだのだという。

 いつかはこうなることがわかっていた。わかっていたはずなのにどうすることもできなかったのだ。こりゃガハマちゃんに顔向けできねえな。

 「ここはいいから、誰か様子を見に行ってくれるかな」

 雪ノ下さんがいないという暗い空気の中でめぐりが八幡、そして葉山君を見ながら告げる。確かに一人暮らしの雪ノ下さんの様子を見に行かせるというのは大事だろう。

 しかし、となるとめぐり達の負担は計り知れないものとなる。でもまあ、めぐりの苦笑の中には確固たる意志が宿っているし心配ないだろう。

 「八幡、心配するな。めぐりの方は俺がサポートする。その他は一、指揮を執ってくれるか?」

 「任せろ。よし!ここにいる奴等に仕事を振り分け直すから集まってくれー!」

 めぐりの言に心配の声を上げている八幡に声をかける。一は俺の頼みを聞くとすぐさま今いるメンバーを集めて仕事の再振り分けを始めていく。

 最後にめぐりに目を向けると意思のある目で頷いてくれた。

 「そういうことだから。どっちが行くかは二人で決めてね」

 そしてめぐりは二人、いや八幡に目を向けた。

 めぐり自身どちらが雪ノ下さんの元へ向かった方が良いのか分かっていたのだろう。

 「会長!」

 そこで執行部の一人が会議室へ飛び込んできてめぐりを呼ぶ。

 その子の言によればスローガンのことで問い合わせがあったとのこと。それを確認しためぐりは大慌てで対応へと向かう。

 「颯君!」

 「ああ、わかった。俺も行く。八幡、葉山君。後は頼んだ」

 俺が二人へ短く告げると小さく頷きを返してくれる。それを確認し俺はめぐりの元へと歩みを進めた。

 

 

 「ふぅ……」

 「颯君、お疲れ様」

 「おう。めぐりもな」

 現在は夜の八時。ようやく仕事が一段落付き、今日はここまでということでようやく体を伸ばすことが出来る。

 スローガンに関しての問い合わせ。率直に言えばスローガンに関しての苦情だった。

 『面白い!面白すぎる!~潮風の音が聞こえます。総武高校文化祭~』

 そりゃ苦情も来ますわ……。

 執行部、先生、そして俺を交えた協議の結果、このスローガンは変更という形になった。こんな緊急事態だ。翌日には人が集められるだろう。

 それよりも今は疲れた……。

 協議を終えても仕事は残っているわけで、それをこなしていれば最終下校時刻はすぐにやってきた。しかし、平塚先生、厚木先生にも相談し今日は特例ということでこの時間までの作業を認めてもらった。まあ、俺とめぐりだけ、かつ平塚先生の監督付きという条件付きだが。

 「ふむ。もう夜も遅い。今日は私が送っていこう」

 「お、平塚先生の車久し振りー」

 「普通は教師の車に乗ったことがある方が珍しいんだがな」

 まあ、確かにね。俺達は少し特殊だからな。陽乃さんに連れられてどこかへ行くときは大体平塚先生の車だったしな。

 「おっと、電話だ。二人は先に行っててください。後で行くんで」

 「了解だ」

 「先に行っとくねー」

 二人を見送り、中庭に出て携帯を見るとディスプレイにはガハマちゃんの文字。

 ……意外とお早い連絡だったな。

 「もしもし」

 『お兄さん?』

 「おうよ。話すのは久し振りだな」

 最近は忙しくてガハマちゃんとも話してなかったからな。この声を聞くのも意外と久し振りだ。

 『あたしの言いたい事わかる?』

 「悪かったよ。おれもいろいろとやろうとしたんだが何も思いつかなかった」

 ガハマちゃんが電話をかけてきた理由。それは勿論俺を叱ることだろう。ガハマちゃんから雪ノ下さんが困っていたら助けてあげてと頼まれていたのに助けることが出来なかったんだからな。

 『うん。ゆきのんからいろんなことをして助けようとしてくれたって聞いた。だけど、ヒッキーじゃないんだからあたしに一言言ってくれたら良かったのに』

 「そうだな。確かに今考えればそうだ」

 ホウレンソウは常識のはずなのにな。それにしてもヒッキーじゃないんだからって意外と酷いな。

 『だから、次はそうして』

 「了解。肝に銘じておくよ」

 『うん』

 『由比ヶ浜さん。その電話、先輩でしょう?少し変わってくれるかしら』

 ガハマちゃんの短いが納得した返事の後、後ろからガハマちゃんとは別の声が聞こえる。なるほど、先に八幡は帰ったんだな。八幡、ナイス判断!

 『お兄さん。ゆきのんが』

 「おう、変わってくれ」

 『わかった。はい、ゆきのん』

 『ありがとう。……先輩?』

 耳に届いたのはガハマちゃんとは別の耳に入りやすい声。風邪を引いたと聞いていたから大丈夫かと思ったが、だいぶ調子は良くなったようだ。

 「うん。体調はどう?」

 『一日休んだら大分楽になったわ』

 「そっか」 

 『その……いろいろと迷惑をかけてごめんなさい』

 少しの間があったのちの言葉。その声は少し沈んでいて、いつもの覇気がない。

 「別にいいよ。……俺こそ何もできなくて悪かった」

 『先輩はよくやってくれているわ。……私のことをよく考えてくれていたことも伝わっていたし』

 「そっか。それならいいや。まあ、早く元気になって顔を見せてくれればそれでいいから。……待ってるよ」

 『ええ。……その、えっと、ありがとう』

 電話の向こうで顔を赤くしているのが容易に想像できるな。まあ、ここはいつもの俺らしく対応するのが一番か。

 「ゆきのんがデレた!もう一回言ってみ!もう一回!」

 『っ!さようなら!』

 あ、切れた。

 「……どうしたしまして」

 電話の切れた携帯を握りながら小さく笑うと、めぐりと平塚先生の待つ駐車場へと歩みを進めた。

 




どうもりょうさんでございます!
久し振りに投稿したというのに感想をいただけて嬉しいです!できる限り返信させて頂きますので、是非よろしくお願いします!
評価を入れてくださった方もありがとうございます!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして弟は兄と同じ道を通る。

 翌日、会議室には文化祭実行委員が集められ、積極的に手伝いを行っていた陽乃さんや葉山君などもいる。

 しかし、そこに統制なんてものはなく、今も委員長ちゃん自ら書記の取り巻きとお話をしている状況だ。そんな状況を見つめる執行部や雪ノ下さんの目は疲弊しきっており、全員が全員手元の書類を一心に見つめている。

 「相模さん、雪ノ下さん、全員揃ったけど」

 見かねためぐりが委員長ちゃんと雪ノ下さんに声をかけたところでようやくおしゃべりをやめる。すると、委員長ちゃんはボーっとしている雪ノ下さんに目線を向け、会議の開始を促す。

 普通であれば委員長ちゃんがやるべきことなんだけどね。でもまあ、これが今の文実の現状ということだろう。

 「それでは委員会を始めます」

 委員長ちゃんの声に慌てたように雪ノ下さんは会議の開始を告げる。

 とはいえ、このような集団で意見を出せと言われても無理な話だろう。誰も手を挙げないし、真剣な表情の者も少ない。

 それを見かねた葉山君が紙に意見を書いて提出という方法を提案する。

 まあ、それが妥当だろうな。この集団の中にも少ないが真面目に考えている人間もいる。実際、そのような者達がこれまでの文実を支え、回してきたのだから。ただ、この状況で矢面に出るのが嫌なだけ。誰だって浮くのは嫌だからな。

 やがて集計が終わり、ホワイトボードへ紙に書かれたスローガン候補が並べられていく。

 まあ、一つ例外で四字熟語的なものがあったけど概ねありきたりのものが多かった。以前のスローガンに苦情が出たということで攻めた案を出すのも難しいからな。

 「じゃあ、最後にうちらから」

 ある程度候補が並んだところで委員長ちゃんが立ち上がりホワイトボードにペンを走らせる。

 そこに書かれたのは、

 『絆~ともに助け合う文化祭~』

 おいおい、なんの冗談だよ。

 そこに書かれた文字を見た瞬間、腹の奥底から湧き上がってくるものを感じ、そして弾けた。

 「ぶっ!あっはははは!くくく……ははははは!」

 「うわぁ……」

 俺が湧き上がってきたものを吐き出すと同時に、聞き慣れた声で嫌悪感たっぷりの一言が呟かれた。この静けさの中だ、二人の声は間違いなく委員長ちゃんに届いただろう。

 俺達二人の様子を見て委員長ちゃんは固まり、周りからはざわめきが起こる。

 そして、委員長ちゃんの矛先は委員長ちゃんの中で一番立場の低いと思われている者に向けられる。そう、俺ではなく八幡にだ。

 「……何かな?なんか変だった?」

 「いや、別に」

 一瞬俺にもキツイ目線をくれたけどすぐさま目は八幡へ戻る。

 そして、委員長ちゃんはイラついた表情で代案を出せと八幡へ告げる。それが狙いだとも気づかずに。

 「人~よく見たら片方楽してる文化祭~」

 八幡はその表情に若干の笑みを浮かべそう告げた。

 会議室内はシーンと静まり返り、誰も言葉を口にしない。雪ノ下さんなんかは口をポカーンと開けて見たこともないような表情をしている。

 そして、その静寂を切り裂くように魔王の声が響き渡る。

 「あはははは!バカだ、バカがいる!……兄弟揃って最高だね!二人とも!」

 先程俺がやったように腹を抱え大笑いする陽乃さんは勢いで机に突っ伏してしまう。

 いやあ、八幡の述べたスローガンはまさにこの集団に当てはまる。平塚先生に促された説明を聞いても、ますます当てはまることを確信してしまう。

 そして八幡が説明を終えた後、静寂がざわつきへと変わる。そして、聞こえてくるのは八幡への苦言。簡単に言えば悪口だ。

 まあ、それが執行部などから出るのならば文句は言えない。しかし、その執行部と言えば空気を読んで黙ってはいるが、その表情は憑き物が取れたようなすがすがしい顔をしていて、口元が緩んでいる者も何人か見受けられる。

 では、どのような輩が八幡の悪口を言っているのか。そんなの決まっている。

 働いていない人間だよ。

 そいつらは自分に自信がないから、自分がそうではないと言うことが出来ないから根源をつぶそうとする。共通の敵を作ろうとする。

 くだらない。虫唾が走る。

 俺の目からはどんどん熱が引いていき冷たいものへと変わっていく。それを感じ取った八幡はびくりと震え、笑いの余韻を楽しんでいた陽乃さんも笑顔を引っ込める。平塚先生が軽く目を閉じたところで俺は口を開こうとする。

 しかし、その口の動きは右手を包む暖かく、柔らかい感触に止められる。

 「颯君」

 そう言うとめぐりは真顔を貫いていた雪ノ下さんを指さす。

 やがて、ざわめきが雪ノ下さんの元へたどり着いたとき、そのざわめきが一気に霧散する。そして生まれる静寂。

 固唾を飲むものまでいる状況で、雪ノ下さんは書類で顔を隠すように覆う。すると、肩を小刻みに上下に揺らし小さな笑い声のようなものを絞り出す。

 いや、完全に笑ってますやん。

 その光景に先程まで冷え切っていた目に熱が戻っていく。

 「……比企谷君」

 ピンと張りつめるような静寂がしばし続いた後、雪ノ下さんは顔を上げ、八幡の方へ向くと名前を呼ぶ。

 その顔はまるでこの世のものとは思えない程魅力的で、陽乃さんの本気の笑みにも、双葉さんの必殺下からのぞき込む笑顔にも、めぐりの超可愛いほんわか笑顔にも負けない程の笑顔を浮かべていた。

 そして、その笑顔のままで、

 「却っ下」

 と遠慮なく告げた。

 そんな光景が終わり、いつもの表情に戻った雪ノ下さんは早々に明日に持ち越しを決め、その絶対的な迫力で翌日の全員参加を決めると素早く会議を打ち切った。

 「ね?」

 「恐れ入ったよ」

 そのすべてが終わると、めぐりが改めてこちらを向き二カッとほほ笑む。

 そんな悪戯っぽい笑顔を浮かべられても俺にはどうしようもできんぞ。まあ、頭でも撫でておきますか……。

 「えへへ。颯君が周りを見失うなんて珍しいね。これも弟君が絡んだからかな?」

 「ご明察。唯一の欠点なんだよなー」

 「あはは……。それ以外欠点がないって豪語するのもどうかと思うけど。……さて」

 めぐりはそう呟くと席を立とうとした八幡へと近づいていく。

 「残念だな……。真面目な子だと思ってたよ……」

 めぐりの言葉を聞いた八幡は何も言わず会議室を後にした。

 「でも、本当に颯君に似てるよ……」

 そして、八幡が去ったあと、その後姿を見つめながらそう呟いた。

 「今の言い方だと誤解されてると思われても仕方ないぞ?」

 「いいんだよー。弟君の取った行動は確かに颯君によく似てる。颯君もよくああやって助けてくれたよね。だけど、あまり褒められた方法じゃないから」

 その言葉に俺は思わず黙ってしまう。

 俺と出会う前のめぐりならば八幡のやり方に否定しかなかっただろう。しかし、今のめぐりは俺と出会い、俺のやり方を何度も見てきた。

 それ故、あの方法が効果的なのもわかっている。だが、そうだとわかっていてもあまり良くは思っていないのだろう。

 おそらく明日以降、文実には大きな変化が訪れる。

 それは勿論多くの利益を生むこととなるだろう。ようやくこの文実に八幡によってメスが入れられたのだ。

 しかし、そのメスは入れるたびに自分をも傷付ける。そう、八幡の取った行動は自己を犠牲にして、周りを焚き付ける方法。俺も何度か使ったことがある方法だ。

 そして、この方法は効果的であるが、先程も言ったように自己を犠牲にする。だから、メスで傷つけられた自分の傷を癒してくれる者が必要だ。

 俺にはその存在がいた。八幡であり小町であり、陽乃さんであり、ある時は一だったりもした。そして、おそらく一番その役目を担ってくれたのがめぐりだ。

 八幡にとってその役目を担うのが誰かはわからない。

 今までは俺や小町がその役を担ってきた。だけど、今回は違うかもしれない。案外近くにいるかもな。

 八幡も兄離れの時期かな……。

 そんなことを考えながら俺とめぐりは共に会議室を後にした。




どうもりょうさんでございます!
新しくお気に入りしてくださった方、読み始めてくださった方、誠にありがとうございます!嬉しい限りでございます!
皆さまを少しでも楽しませられるよう頑張りますので、よろしくお願いします!
感想も待ってますね!僕のモチベーションも上がりますし!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして文化祭はスタートへと進んでいく。

 翌日、あれだけ難航していたスローガン決めもすんなりと終了した。

 スローガン決めが終わったことで普段通りの文実に戻るかと思いきや、八幡という明確な敵が誕生したことで委員会内には熱気が満ち溢れていた。

 まあ、俺的にはあんまり喜べないけど。

 そして、昨日自らを集団の敵に仕立て上げた八幡と言えば、周りからは無視され、仕事に関しては目の前に無言で積まれていく。

 しかし、そんな八幡にも救いの手が伸ばされる。

 八幡の前を通り過ぎる一人の三年生男子。八幡の前を通り過ぎると、通り過ぎる前にはなかったはずの書類が手に握られている。

 そう、あの皮肉の混じりに混じったスローガンを聞いた執行部、及び何人かの三年生が無言で八幡の仕事を掴んでいくのだ。決して言葉を交わすわけではない。もしかしたら同情や罪悪感から生まれる行動かもしれない。しかし、八幡のあの言葉が何人かの心の中に残っているのは確かだ。

 そのおかげできついことには変わりないが、八幡も少しは楽が出来ている。俺もめぐりの手伝いに専念できるし一石二鳥だ。

 「なんとかなりそうだね」

 ふとめぐりがそんな言葉を呟く。

 まあ、どんな形であれこれだけの活気があれば準備はなんとかなるだろう。

 「そうだな」

 そう答えると、慌ただしく人が動く会議室を眺めながら俺は再び書類へと目を落とした。

 

 

 文化祭が前日へと迫った日、俺は自分のクラスの教室へとやってきていた。

 実は俺、クラスの方には一度も顔を出していないのにも関わらず、文化祭中三十分だけクラスの出し物に協力しなければならない。ちなみに、めぐりは二十分、一も二十分の割り振りで参加することになっているのだが、その準備は別の日に終わらせたらしい。

 てか、なんで俺だけ十分長いんだよ……。いやまあ、確かに俺には文化祭中明確な仕事が与えられているわけではないし、本当であればもっと長い時間協力しなきゃいけない立場なんだけどさ。

 そこんところをクラスの子に聞いたら、『めぐりには比企谷君がついてないとだめだから!』と鼻息を荒くして言われた。意味が解らん。まあ、もともとめぐりの近くに居ようとは思ってたけどさ。

 「はーい、じゃあ比企谷君!これを着てみて!採寸はこの前やったからぴったりだと思うよ!」

 「お、おう。わかった」

 俺は衣装担当の子に渡された衣装に着替える為、カーテンに仕切られ、だんしこーいしつと書かれた場所へ入る。

 三十分の手伝いの為に衣装を作るとか気合入ってんなー……。

 「着替えたよー」

 サイズはぴったり。動きにくいこともないし、苦しいとこもない。衣装担当の子の優秀さがうかがえるな。

 「きゃー!出てきて出てきてー!」

 「ほいほい」

 カーテンを開け、外に出ると、そこにはクラス全員が目をキラキラさせながら立っていた。

 「きゃー!かっこいい!」

 「うわ、俺等自信なくなってきた……」

 「勝手に俺等の中に入れるなと言いたいところだけど、こりゃ言わざるを得ないわ……」

 「あーん!私もお客になりたーい!」

 様々な言葉が浴びせられ、俺はクラス全員に上から下まで舐めるように見られる。

 あの、あんまり見られることに慣れていないので、じろじろ見ないでくれますか?てか、さっきまで全員作業してたじゃねぇかよ!なんで目の前に全員いるんだよ!

 「おーおー。やってるやってる」

 俺が絶句していると、そこに笑顔の一が入ってくる。

 「一!助けて!」

 「ははは!俺もこの前やられたからな。お前もその恥ずかしさを味わえ!」

 「もう充分味わったよ!もういいよ!」

 「まだまだー!」

 そのあと滅茶苦茶見られた。

 

 

 「はぁ、酷い目に遭った」

 クラスメイトの魔の手からなんとか逃げ出せた頃にはもう辺りは暗くなってきていた。この時間となればめぐりも既に帰宅しているだろう。今日は、早く帰れと言っておいたしな。

 「ん?」

 ふと、いつも文実が使っている会議室に目を向けると、まだ電気が点いているのが見えた。まだ誰か残っているのだろうか。

 「よし」

 俺は若干見当はついているが確認の為、会議室へ足を向けた。

 

 

 「やっほ。やっぱ、雪ノ下さんだ」

 「あら、まだ帰っていなかったのね」

 会議室に残っていたのは俺の見当通り雪ノ下さんだった。

 「まあね。クラスの連中につかまっちゃって。雪ノ下さんは?」

 「明日の最終確認よ。念には念を重ねておかないと」

 「なるほどね。……平塚先生は?」

 夜遅くまで作業をしているということは平塚先生が監督をしていると思ったのだが、その姿はどこにもない。

 「別の仕事があるからと言って職員室に戻ったのよ。帰るときは鍵を職員室まで返しに来るよう言われたわ」

 「あの人も働き者だねー」

 あの人若手だから。きっと、そういう仕事が回ってくるんだよね!うん。

 「そうね。前日の一番忙しい時に委員会をサボった誰かさんとは違ってね」

 「いや、それはだな」

 「ふふ、冗談よ。本来ならば部外者なのだから気にする必要はないわ」

 そう言って彼女はしてやったりといった表情で笑う。普段はなかなか笑うことのない雪ノ下さんだが、こうしてふとした瞬間に見せる笑みは凄まじい破壊力だ。うっかり惚れてしまってもおかしくないレベルだもんな。

 「そっか。じゃあ気にしない」

 「少しは気にして頂戴。あなたがいなくて仕事の効率が下がったのは事実なのだから」

 「どっちなんだよ!」

 「気にして頂戴」

 「結局かよ!」

 「ふふ……先輩」

 「何?」

 からかうような笑みを浮かべたかと思うと、雪ノ下さんは途端にこちらをうかがうような目をする。

 「その……。この間電話でも言ったのだけれど、直接は言っていなかったから……。いろいろとありがとう。先輩には本当に感謝しているわ」

 雪ノ下さんから紡がれた言葉は俺への感謝の言葉だった。

 「ははは、別にお礼を言われるほどのことはしてないよ。結局、俺は何もできなかったからね。ガハマちゃんにも報告しろって怒られたし」

 本当に俺は何もしていない。結局、雪ノ下さんを助けたのだって八幡とガハマちゃんだ。お礼を言われることなんて一つもしていない。

 「いいえ、あなたは私を助けようとしてくれたわ。私は、その……。あまり、一生懸命助けようとしてもらった経験なんてあまりないから……。その、嬉しかったのよ」

 少しの間言葉を失ってしまう。

 顔を赤くしながらそう述べる雪ノ下さんは、間違いなく俺に感謝してくれている。普段、そんなことなど言わないはずの雪ノ下さんがそう言ったのだ。そして、たまらなく嬉しい。

 「……あなたが本当に兄さんだったらよかったのに。と少しだけ思ってしまったわ」

 「そりゃ光栄だね。思ってしまったというのに引っ掛かりを覚えるけど」

 「それは勿論、悔しいからよ。あなたなんかをそんな風に思ってしまったのだから」

 わー、すぐいつもの雪ノ下さんにもどっちゃったー。

 「なんだよー!デレたゆきのん可愛かったのになー!」

 「次その名前で呼んだら、あなたが私にしてきた所業の数々を城廻先輩と小町さんに告げ口するわよ」

 「やめて!どんな報告するのかわからないけど絶対誇張するだろ!しかも一番厄介な二人だよ!」

 「なら姉さんにするわ」

 「すみません、その人が一番やばいです!」

 先程の可愛いゆきのんはどこへやら。そこには、いつものように楽しそうな顔をしながら俺をいじる雪ノ下さんがいた。そんな雪ノ下さんを見て、俺はなぜだか安心ができた。

 ……別に、ゆきのんにいじられて嬉しいわけじゃないんだからね!ほんとだよ!

 そんな会話を楽しみながら、俺はさりげなく書類へ目を通していった。

 

 

 暗闇の中、ざわめきが止むことはない。

 その中で、耳に着けたインカムからは雪ノ下さんと、各部署間での会話が聞こえてくる。

 なぜ、文実でもない俺がインカムつけてるのかって?それは俺が何かあった時すぐに駆け付ける遊撃部隊だからですよ。

 朝、平塚先生にインカムと今日の役割を教えられたときは絶句しましたよ。ええ。

 今は、別段困ったことはないから雪ノ下さんの横で待機している。

 やがて、開演一分前となり、ざわめきは静寂へと変わっていく。そして、インカムからは八幡のカウントダウンが聞こえてくる。

 それが全員の心の中でのカウントダウンになり、ゼロになる。

 「お前ら、文化してるかー!?」

 「うおおおおお!」

 「しゃあおらあ!」

 突如舞台に現れためぐりが生徒を煽る。それに呼応するように生徒、そしてインカムをオンにしているのに気付かない俺が怒号で応える。

 「千葉の名物、踊りと!?」

 「祭りいいいいいいい!」

 「祭りじゃおっほぉう!」

 「同じ阿呆なら、踊らにゃ!?」

 「シンガッソー!」

 「シンガッソッ!おっふぉ、ごほ!ごほぅ!」

 俺が盛大にむせたところで、遂に文化祭がスタートした。




どうもりょうさんでございます!
なんとか早い投稿を続けられております。大丈夫です。無理はしてませんよ!
次も何とか頑張りたいと思います!
感想頂けると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして文化祭は幕を開ける。

 ステージ上ではキラキラと輝きながら様々な色に変わる照明の中で、ダンス同好会とチアリーディング部によるオープニングステージが行われている。

 あー、チア部の服可愛いなぁ……。小町に着せたい。

 え?俺の状況?俺は……

 「先輩?聞いているのかしら?」

 「はい、勿論でございます」

 絶賛説教中ですよ。正座で。

 ちなみに、この様子は雪ノ下さんと俺のインカムにより全文実へ実況されている。何もここまでしなくていいじゃないか、ゆきのん!

 「はぁ……。あなたはインカムと文実の耳を壊すつもり?」

 「雪乃ちゃん?みんなの前では先輩と呼んでくれない?ほら、俺一応先輩だからさ。威厳とかあるじゃん?」

 「は?」

 「すみません」

 怖いよ!いや、本当に全部俺が悪いんだけどさ!そこまで睨まなくてもいいじゃんよ……。

 『あの、副委員長……。そろそろ曲あけるんですけど……』

 俺の謝罪で目つきが少し緩んだところでPA部門から連絡が入る。

 「……了解。相模委員長。スタンバイします」

 その報告を聞いて雪ノ下さんの目線は再びステージへと戻っていく。

 なーいす!PAちゃんなーいす!でも正座は解かせてくれないんですね。

 チア部達がステージ袖へはけていくと、司会のめぐりが再び壇上へ現れ委員長ちゃんを呼び込む。そして、マイクのハウリング音から始まった挨拶はまるで聞けたものではなく、予定の時間を大幅に過ぎていく。

 それを見かねた雪ノ下さんがタイムキーパーである八幡へ巻くよう伝える。しかし、八幡も先程から指示を出しているようで、委員長ちゃんはそれを確認する余裕もないらしい。

 まあ、あれだけテンパっていれば周りが見えなくなるのは当たり前だよな。

 そうこうしている間にインカムから聞こえてくる会話は痴話喧嘩へと発展していく。

 まったく、この二人は仲が良いんだか悪いんだか……。

 『あの、副委員長。みんなに聞こえてます……』

 そこで一人の文実からそんな言葉がインカム越しに伝わる。

 うん、ばっちり聞こえてましたねー。人のこと言えないじゃん!

 「……以降のスケジュールを繰り上げます。各自そのつもりで」

 文実の言葉を聞いた雪ノ下さんは顔を若干赤くして今後のスケジュールを皆に伝えた。

 「……痴話喧嘩」

 俺のそんな言葉に無言の蹴りとインカム越しの複数の笑い声が俺を襲った。痛い。

 

 

 二日ある文化祭のうち、今日の一日目は校内だけのお祭りだ。校内はオリジナルTシャツを着た生徒達で溢れかえっている。

 今日は生徒会執行部の主な仕事である来賓対応がない為、執行部の生徒、そして仕事があまりない文化祭実行委員の生徒は今日という日を目いっぱい楽しんでいる。

 そのことをクラスの奴に伝えると、手伝いの時間を急遽二時間増やされた。なぜだ。

 というわけで、ただいま店番中です。

 「いらっしゃいやせー。らっしゃっせー。焼きそばいかがっすかー」

 「比企谷君、その格好でそのセリフはないよ……」

 教室の前で客の呼び込みをしていたのだが、教室から出てきた同じクラスの女子に呆れた顔で見られてしまった。まあ、確かに執事服でさっきの言葉は違和感バリバリかもしれないが。

 「そっか。じゃあ、安いよ安いよー!地域の祭りで出す結構高い焼きそばより断然安いよー!あ、そこの兄ちゃん!焼きそば!焼きそば食ってけ」

 「変わってないよ……。確かに地域の祭りの食べ物は高いけどさ……」

 だよね。絶対三百円くらいのものが五百円したりするしね。ジュースだけでもコンビニで買うより倍くらい違うもん。

 ちなみに、教室内で出す焼きそばは流石に教室内で作ることはできない為、中庭で作ったものを定期的に教室へ運んでくる。火事になったら大変だもんね。運搬係も執事服やメイド服を着てるのはどうかと思うけど。

 「はぁ……。そろそろ、中に入って接客してくれる?めぐりも一二三君ももうすぐ来るから」

 「了解。それでは、おつかれさまでぇいっす!比企谷入りやーす!」

 「お前は居酒屋の店員か!」

 そんな調子で教室へ入っていくと、入り口付近に立っていたクラスの男子にツッコミを入れられる。

 「ほらほら、執事服着てるんだからお嬢様の前では静かでいないと」

 「お前に言われたくねぇよ!はぁ……。さっきからお前を指名してる人がいるんだよ。さっさといけ」

 「りょうかーい」

 そしてクラスの男子に教えてもらった席へと向かう。

 「……」

 「どうした、比企谷。こういう時の常套句があるんだろ?早く言え」

 そこに座っていたのはいつもの白衣を身に纏った平塚先生だった。

 てか、教師がなんで普通に接客されようとしてんの……。ん?あれは鶴見先生?あっちは科学の橋本先生!?教師結構いるし!自由にも程があるだろこの学校!

 「ほれ、早く言わんか」

 うぜえなぁ……。まあ、客は客だししょうがないか。

 「おかえりなさいませ、お嬢様。ご注文はお決まりですか?と言っても焼きそばしかないですけど。てか、焼きそば食って早く出て行ってください」

 「私への扱いが酷くないか?泣くぞ?」 

 いや、泣くぞと言われても……。なんでこの人は事あるごとに涙目だったり泣いてるんだよ。俺、この人に泣き虫のイメージもっちゃってるんだけど。

 「はぁ……。これは失礼いたしましたお嬢様。あまりの美しさに照れ隠しをしてしまいました。お時間の許す限りおくつろぎください」

 「う、うむ!くるしゅうないぞ!」

 あんたはどこの姫さんだよ!年甲斐もなく照れてんじゃねえ!まあ、可愛いなとは思ったけど!この人美人だしな!ふん!

 平塚先生の対応を終えた俺はカーテンで仕切られている控室前に立つ。

 「あ、比企谷君。めぐりと一二三君来たよ。今着替えてる」

 教室の様子を見に来たのか、カーテンから顔を出した女子が教えてくれる。

 「おー、了解。二人の格好は見てないから楽しみだな」

 「ふふふ!度肝を抜かれるよ!一二三君は当然比企谷君と同じくらいかっこいいけど、めぐりを見たら比企谷君動けなくなっちゃうんじゃない?」

 「ははは!そんな馬鹿な!」

 「お待たせー。って颯君!?」

 「……」

 「あ、やっぱり固まっちゃった」

 俺の前に現れためぐりの姿を見た俺はそこから一歩も動けなくなる。

 フリルの沢山ついたミニスカートタイプのメイド服。いつもは三つ編みにしているその綺麗な髪は結ばずおろしていて、それでいて俺のあげた髪留めはしっかりつけている。

 語ろうとしてもひとつの言葉しか出てこない。

 天使。

 「まあ、こんなめぐりん見ちゃったら颯太が動けないのも納得できるけどな」

 「あ、一だ」

 「反応薄いなぁ。親友の執事服だぞ。もっと拝め、そして崇めろ」

 そんな軽口をたたきながらカーテンの向こうから現れたのは執事服を纏った一だった。

 「崇めるかよ」

 「ねえねえ、颯君!似合う?みんなは凄く褒めてくれたんだけど!」

 一とそんな冗談を交わしているとめぐりがとことこと寄ってきて自分の服を自慢してくる。

 「おう。可愛いぞ。めぐり。最高だ」

 「区切らないと喋られないんだな」

 「うるさいぞ、一」

 だって、しょうがないだろ。メイド服のめぐりが可愛すぎるのが悪い。

 まあ、いい加減慣れてきたけどな。こんな可愛い姿、見ないのも損だしな。俺、順応するの早くね?

 「どうせなら、髪留め外して前髪下ろせばよかったのに」

 「ううん。だって颯君に貰ったものだし、これだけは外したくないなって思ったの!」

 「はぅあ!」 

 思わずめぐりみたいな声が出ちゃったじゃないか。何この天使。俺を殺そうとしてる?天使なのに?もう反則ですわー。

 「どうしたの?颯君」

 「比企谷君ー!ご指名でーす!」

 「よっしゃ!どんとこい!」

 「あ、逃げた」

 「逃げたな」 

 「んー?」

 そんな言葉を聞きながら俺はご指名先へと向かった。

 あと、ここはホストクラブじゃないぞ!ご指名ってなんだよ!

 

 

 「おかえりなさいませ、お嬢様」

 「あら、なかなか様になっているじゃない」

 教えられた席に向かうと、そこには優雅に足を組み、まるで本当のお嬢様のような雰囲気を漂わせた雪ノ下さんが座っていた。

 いや、本当にお嬢様なんですけどね。

 「……ゆきのん」

 「もしもし姉さん?」

 「やめて!ごめんなさい!」

 ほんとにシャレにならないから!

 「冗談よ」

 「……雪ノ下さんはなんでここに?」

 「見回りよ。校内行事とはいえ問題がないとも限らないし」

 確かに、祭りの雰囲気にあてられ問題を起こす生徒がいないとも限らないだろうしな。そういう意味では見回りの重要性は高いだろう。

 「そっか。さて、お嬢様。ご注文はお決まりでしょうか?まあ、焼きそばしかないですけど。あと水」

 「……なぜ焼きそば?」

 「わたくしに聞かれましても存じかねます。提案したのはわたくしめではありませんので」

 いや、実際わかんないんだって。誰かが案を出して、それいいじゃん!決定!という鬼のスピードで決まったからな。彼等、彼女等の意図は全く分からん。

 「……まあ、いいわ」

 「お嬢様だけの特別メニューでわたくしとおしゃべりというものがありますが?」

 「そう、ならそれで」

 「かしこまりました」

 そこから数分、俺は雪ノ下さんと雑談を交わした。途中から喋り方が気持ち悪いからいつも通りで良いと言われたけど。

 やれ、八幡のクラスの演劇がおかしいだの、うるさすぎて頭が痛いだの、陽乃さんから明日行くねー?という意味合いのメールが何件も届くだの、ほとんどが雪ノ下さんの愚痴だったが。

 まあ、気を抜くという意味ではよかったのかもしれないな。

 その後、担当の時間が終わり、めぐりと文化祭を回ったのだが、お互いそのままの服で出てきた為、声を掛けられて仕方がなかった。

 そんな風に楽しい時間はあっという間に過ぎ、文化祭一日目は成功という形で幕を閉じた。 

 どこに行っても委員長ちゃんの姿を見なかったのだけが気がかりだったが……。




どうもりょうさんでございます!
メイド姿のめぐりんがみたいよおおお!と感じるお話でした。
感想待ってます!次回もよろしくお願いします!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして祭りは終わりを告げる。

 文化祭も二日目を迎え、校内は昨日よりも更に人で溢れかえっていた。

 そんな中俺はといえば、執行部でも文実でもないのにめぐりや執行部、そして文実が詰めている文化祭本部に居た。

 逃げ出すつもりは毛頭ないのだが、例え逃げ出そうとしても奥の机で目を光らせている平塚先生と厚木先生に阻まれてしまうだろう。

 まあ、陽乃さんのステージの時間には解放してくれるみたいだし、全く自由時間を与えてくれていないというわけでもないから問題はないんだけどね。

 「あのー。失礼しますー」

 「ん?君は……」

 「あ、平塚先生!」

 少し暇だった為、体育館で行われているステージ発表のプログラムを眺めていると、本部の扉が開く音と共に聞き慣れた声が耳に入る。

 「あ!颯お兄ちゃーん!」

 「おー小町か!一人で来たのか?」

 元気な声を発しながら俺の元へ駆けてくる小町を出迎えながら問う。

 「うん、そうだよ。さっきお兄ちゃんに会って、颯お兄ちゃんはここにいるだろうって」

 「そっか、もう八幡には会ったのか」

 「うん。仕事してて驚いた!あのお兄ちゃんが」

 小町は心底驚いたような表情を浮かべる。

 まあ、確かに八幡が働くなんて珍しいどころじゃないしな。でも、その言い方は少し八幡傷付いちゃうんじゃないかな、小町ちゃんや。

 「そーくん、ただいまー」

 「おう、おかえり。めぐり」

 小町との会話を楽しんでいると、来賓の対応をしていた執行部の一部とめぐりが帰ってくる。

 めぐりの表情は少し疲れているようにも見える。間延びした声で俺を呼んでいることから、その疲れは相当なもののようだ。確かに長い時間帰ってこなかったしな。

 「疲れてるみたいだな」

 「うん。来賓の人がなかなか離してくれなくてねー」

 「ほいほい、お疲れさん」

 「うん。ふふー」

 俺の元へ寄ってきためぐりの頭を撫でてやると満足したように笑みを浮かべる。相当疲れていたようで、既に甘えモードに突入しているようだ。まあ、朝から大忙しだしこうなるのも仕方ないと言えば仕方ないか。

 「ほぇー……。ふむふむ。ほほー!」

 「小町。一人で納得して怪しげな笑みを浮かべるのはやめなさい」

 俺達の黙ってみていた小町が何かを悟ったような笑みを浮かべる。

 この顔はまたよからぬことを考えている顔だな。

 「ふぇ?あれ?もしかして。颯君、この子って」

 めぐりもようやく小町の存在に気付いたのか、目をぱちくりしながら小町を見つめる。

 「おう。こいつは俺の妹で、俺が世界一愛してる存在の小町だ」

 まあ、世界一位タイだけどな。

 「どーも!小町は、そこの頭おかしい颯お兄ちゃんの妹です!気軽に小町と呼んでくださいね!」

 「あ、これはこれはご丁寧に!えっと、私は城廻めぐり。総武高校の生徒会長で、颯君とは三年間同じクラスだよ!」

 小町の自己紹介に続き、めぐりが応えるように自己紹介をしていく。

 そういえば、俺はめぐりの家族とも仲がいいけど、めぐりはうちの家族と全く面識がないんだよな。うちにも遊びに来たことないし。

 それより小町ちゃん?頭おかしいは酷いんじゃないかい?俺は純粋に小町への愛を語っただけなのだよ?

 「それにしても良かったです!めぐりお義姉さんみたいなお友達がいてくれて。颯お兄ちゃんってば、そういう噂を一つも聞かないので心配してたんですよ!そっかそっか、なるほど。こんな可愛い人がそばにいたんですねー!」

 小町ちゃん、お姉さんだよね?字、間違ってないよね!

 「か、可愛い!?そ、颯君!可愛いって!こんなかわいい子に可愛いって言われちゃった!」

 お、おう。落ち着けよめぐりさんや。可愛いがゲシュタルト崩壊しちゃうよ。

 「まったく。颯お兄ちゃんも隅におけないなー。こんな可愛い人を小町に紹介してくれないなんてー」

 「あのなぁ。めぐりが可愛いのは認めるけどさ、別にそういう関係じゃないぞ?」

 『え?』

 え?いや、なんでこの部屋の全員がこっちを向いて嘘だろ?みたいな顔してんだよ。厚木先生までぽかんとしちゃってるじゃんか!

 「あー、えっと……」

 「比企谷妹。それが事実なんだ。こいつらは付き合っていない」

 「……颯ごみいちゃん!」

 「いきなり過ぎる!」

 なぜ俺はいきなり罵倒されないかんのだ!ごみいちゃんは八幡の専売特許じゃなかったのかよ!

 「あははー……」

 「めぐりお義姉さん、すみません。こんな兄で……」

 「ううん。颯君はこれでいいんだよ。こんな颯君でも……」

 そこから先は小町への耳打ちに変わり聞こえなかった。……俺は事実を言っただけなのに!

 「はぁ……。颯ごみいちゃん!小町は結衣さん達に会いに行ってくるから!」

 「えっと、付いていこうか?」

 「必要なし!」

 「あ、はい」

 それだけ言い残すと小町は文化祭本部を出ていった。

 颯ごみいちゃんは定着しちゃうのね……。

 「あの、めぐり?」

 「颯君は気にしないでいいんだよ。それでいいの。颯君の言ったことに嘘はないんだから」

 その慈愛に満ちた表情を見るとなんか申し訳ないよ!執行部や文実の連中もそんな目で見るな!なんなんだよもー!

 

 

 「ほんと、毎回毎回驚かされるよ。あの人には」

 「そうだねー。ああいうのをカリスマっていうんだろうねー」

 俺とめぐりは体育館の一番後ろに立ち、高校の文化祭ではめったに見られないだろうオーケストラの演奏を聴いている。

 音を奏でるのは我が校のOB、OG達であり、その中心に立ち、絶対的オーラでオーケストラを率いているのが雪ノ下陽乃だ。

 「まあ、陽乃さんも凄いけど……」

 「あはは、双葉さんだよね」

 「ああ、あの人も相変わらずだよ」

 俺達から見て陽乃さんの左側に座るヴァイオリンを持つ女性。彼女こそ、一の姉であり、俺達の直接の先輩である一二三双葉(ひふみふたば)さんだ。陽乃さんの呼びかけに応じ、わざわざ地元へ戻ってきたのだという。

 陽乃さんと並んでも劣ることのないオーラは流石と言わざるを得ない。

 「終わったか」

 「凄かったねー」

 やがて、陽乃さん達の演奏が終了し、陽乃さん達は次の演者と入れ替わるように舞台袖へはけていった。その最中でも観客からの拍手は収まることがなかったことは言うまでもないだろう。

 「会いに行く?」

 「そうだな。双葉さんと話すのも久しぶりだし」

 「そうだね。じゃ、行こっか」

 「おう」

 俺とめぐりは陽乃さん達に会いに舞台袖へと向かった。

 

 

 「どもー」

 「お疲れ様でーす」

 「あ!颯太ー!めぐりー!こっちこっちー」

 舞台袖へ到着すると、そこに陽乃さん達の姿はすでになく、体育館裏へと移動したと聞いた為、俺達は体育館裏へとやってきた。

 到着すると、一番に俺を見つけた陽乃さんが大きな声を上げながら手を振る。

 「ねーねー。どうだった?凄かったでしょ?」

 陽乃さんの元へたどり着くと、陽乃さんがニヤニヤしながら絡んでくる。

 この人、自分が凄いことくらい分かっているくせに聞いてくるからうざいんだよなぁ……。こういう時は無視だ。今日は幸いなことにそうできる口実もいるしな。

 「お久しぶりです、双葉さん」

 「おや?陽乃を無視してもいいのかな?顔がみるみる膨らんでいくよー?」

 「いいんですよ。無視してもしなくても絡まれるのは同じなんですから」

 「颯太君も大変だねー」

 「慣れましたよ」

 こんな会話も久しぶりだ。

 そんな懐かしい会話と共に改めて綺麗な人だと感じる。

 陽乃さんと同じくらいか少し低めの身長に長い黒髪、圧倒的なスタイルに親しみやすい言動。本当に非のつけどころが全くない。一が惚れ込むのも仕方がないな。

 「めぐりんとは仲良くやってるみたいだね!」

 「まあ、仲はいいと思いますよ。大事ですし」

 「言うねぇ。格好良いぞ、少年!うちの一と良い勝負だ!」

 「双葉さんに言われると悪い気はしませんね。でもまあ、一には負けると思いますよ」

 あいつの格好良さは半端じゃないからな。男の俺が何度惚れかけたか解らない位だぞ。あれじゃ、女の子が惚れるのも仕方ないよ。

 「双葉さんこそ、彼氏さんとは上手く行ってるみたいじゃないですか」

 「ふふ、一から聞いた?」

 「ええ、婚約までしたって聞きましたよ」

 「まあね。今は口約束でしかないけど。それでも、私達にとっては大事な約束だから」

 そう語る双葉さんの表情は本当に幸せそうなもので、辺りを通りかかる男子生徒が思わず見惚れてしまう程だ。こんな表情をさせることのできる彼氏さんは、相当周りからうらやましがられるだろうな。

 「一も認めてくれてるし、問題はないかな」

 「ですね」

 双葉さん達が婚約するにあたって、一番の懸念事項が一だったらしい。いくら彼氏さんとの仲に問題がないと言っても、婚約となると話が別と考えていたらしい。

 しかし、ふたを開けて見れば、一も最初から二人が結婚するものだと考えていたらしく、あっさり祝福されてしまったらしい。一らしいと言われればそうだが、心配していた二人からしてみれば大分肩透かしを食らったようだ。

 「……あはは。そろそろ颯太君を返してあげないと、二人に恨み殺されちゃうよ」

 「あー……」

 「相変わらずモテモテだねー」

 「そんなんじゃないですよ……」

 俺は溜息を吐きながら頬を膨らませながらこちらを見る陽乃さんと、苦笑いを浮かべてはいるが、明らかに寂しそうにしているめぐりの元へと戻っていった。

 

 

 長いようで短かった文化祭も大詰め。そろそろ閉会式が近づいていた舞台袖では、ちょっとした……いや、大分大きなトラブルが起こっていた。

 こうなることは容易に予想できた。

 そう、委員長ちゃんが姿を消したのだ。

 既に執行部は委員長ちゃんを探しに出張っており、葉山君達はSNSなどを通して情報を集めている。更に、時間稼ぎとして葉山君達がもう一曲演奏することを申し出てくれた。

 しかし、それでも足りない。

 そう思ったところで雪ノ下さんが口を開く。

 「もう十分あれば見つけ出すことが出来る?」

 それは八幡に向けた言葉。

 それに対して八幡は『わからない』と答える。そりゃそうだ。目撃情報がない今、委員長ちゃんを見つけることが出来る可能性は未知数。文字通りわからないのだ。

 だが、それを聞いて雪ノ下さんは満足したように頷き、ある人へと電話を掛ける。

 

 

 結果として、雪ノ下さんが呼び出したのは自分の姉だった。

 いつもの飄々とした態度で現れた陽乃さんは、その態度を崩さないまま文句を垂れる。しかし、そんなものは気にしないとばかりに、雪ノ下さんは単刀直入に要件を伝える。

 「姉さん、手伝って」

 普段の雪ノ下さんなら絶対に言わない言葉だろう。それが、陽乃さん相手ならば尚更だ。

 そんな雪ノ下さんを見て、陽乃さんは案外すんなりと承諾する。雪乃ちゃんのお願いなら……と。しかし、雪ノ下さんはそれを否定した。

 これはお願いではなく、命令だと。命令に従ったことで生まれるメリットも合わせて述べた。

 そして、陽乃さんはそれも承諾した。

 結果として、雪ノ下さん、陽乃さん、平塚先生、めぐり、そしてサポートヴォーカルとしてガハマちゃんとでバンドをすることになった。

 なったのだが……なーんかつまんねえなー。

 こんな面白そうなことに俺が何もすることが出来ないなんてつまらなすぎる。こういうところは陽乃さんに影響されたんだろうなー。

 しゃあねえ、ここは横槍を入れさせてもらうとしましょうか。

 「ちょっといいかな?」

 「先輩?どうしたのかしら」

 俺の突然の横槍に雪ノ下さんが反応する。

 「八幡。もう五分あれば見つけられる可能性は上がるな?」

 「は?……いやまあ、そりゃ上がるだろうけど」

 「そっか」

 「どうするつもり?」

 雪ノ下さんは俺が何かをしようとしていることに気付いたのだろう。何か怪しむような顔で尋ねてくる。

 「雪ノ下さんとやることは変わらないよ。めぐり、陽乃さん、平塚先生、できますよね?」

 「もう、颯君はいつも首を突っ込みたがるんだから」

 「仲間はずれが嫌なだけだよねー」

 「私は構わん」

 俺が三人に問いかけると、三人とも苦笑いを浮かべながら頷いてくれる。

 やろうとしていることは簡単だ。雪ノ下さんと同じく、バンド演奏をすること。

 「兄貴、楽器は……ってそうか。兄貴はギター弾けるんだったな」

 「おうよ。誰かさんにみっちりしごかれたからな」

 まあ、魔王だが。

 「でも、歌は……」

 「はっはっは!二年前、雪ノ下陽乃バンドのギター&ヴォーカルを務めたのは誰だと思ってるんだよ」

 「まさか、あの時の男子は……」

 「そう。俺だよ」

 雪ノ下さんはあの時のバンドを見てるから男子がいたことも知っているのだろう。そう、二年前、雪ノ下陽乃、平塚静、城廻めぐりが参加したバンドには、ギター&ヴォーカルとして俺も参加していたのだ。

 「……任せたわ」

 「任された」

 それを確認した八幡は静かに行動を開始していく。

 それを目敏く確認した雪ノ下さんとガハマちゃんは八幡に向け、信頼のこもった言葉を投げかけた。そして、応えるように手を上げる八幡を見たとき俺は確信した。

 八幡が自分で傷つけた傷を癒す存在。それは彼女達なのだと。

 

 

 ステージでは現在雪ノ下さん達が準備をしている。

 その様子を眺めていた俺の元へ葉山君が近づいてくる。

 「どした、イケメン」

 「いえ……」

 歯切れの悪い返事を返す葉山君はそれっきり黙ってしまう。

 「……委員長ちゃんの取り巻き二人を連れて、屋上へ行け」

 「え?」

 「多分、委員長ちゃんはそこにいる。八幡も一緒だろ」

 「でも」

 「行けって言ってるんだよ」

 「……わかりました」

 少々語気を強めて言うと、葉山君は足早に舞台袖を後にした。

 「……もしもし、材木座君?うん、ありがと。じゃ。……ふぅ」

 電話を切ると、小さく溜息を吐く。

 居場所を知っているなら自分が向かえばいいと、葉山君はそう思ったのだろう。しかし、それじゃだめなんだ。八幡のすべてを肯定できる、そんな性格をしている俺が委員長ちゃんをここへ戻すことなんてできないのだ。

 頼んだぞ。イケメン。

 

 

 この舞台に立つのは二年ぶりだ。

 後ろにはあの時と同じメンバー。目の前にはあの時の俺達を知る三年生の姿も多くある。

 えっと、その、まあ、すっげえ緊張するんだけど。

 「まあ、こういう場に出てきたのはいいんだけど、緊張して言葉が出てきません。どうしたらいい?」

 マイクの前で棒立ちする俺に皆は爆笑。後ろの陽乃さんなんてお腹を抱えて笑いこけている。

 「二年前、覚えてる三年生は忘れてくれ。一言目で噛んだ俺のことは忘れてくれ。あれ以来、人前で歌うのが凄く嫌になったんだ」

 『みんなー!もりあがってりゅかー!』

 「やめろと言っているのがわからんのかー!」

 そんな俺の言葉により一層笑いが大きくなる。

 実はこれ、本当にあった話で、本当にあれ以来人前で歌うのが嫌になったのだ。その為、以前カラオケに行った時も断固として歌わなかった。

 「とまあ、そんなこと言ってても時間が経つばかりなんで、さっさといきますよー!んじゃ、聞いてくれ!『本物と歩む道を』」

 俺は、舞台袖で目を赤く腫らした委員長ちゃんがいることを確認すると、声高らかに歌いだした。

 よくやった、八幡。

 

 

 短かったはずなのにとてつもなく長く感じた文化祭がすべて終了した。

 帰ってきた委員長ちゃんの挨拶はハッキリ言って最悪。まるで聞けたものではなかった。だが、挨拶をしたことには変わりない。これにて、雪ノ下雪乃……いや、奉仕部が請け負った依頼は完遂された。八幡という犠牲を伴って。

 しかし、俺は心配していない。あいつには、支えようとしてくれる者がいるのだから。

 「お疲れ様」

 「おう。めぐりもな」

 先程まで八幡と言葉を交わしていためぐりが隣に立つ。

 「やっぱり、素直に褒められないかなー」

 「それが普通なんだよ。例え事情を知っていたとしても、八幡のやったことは決して褒められることじゃないんだ」

 「そうだね。でも、素直に怒れないのも事実なんだよね」

 「めぐりの責任じゃないぞ」

 「うん。でも、やっぱりそういう風に考えちゃうんだよね」

 それは仕方のないことだ。でも、どうすることもできなかったのも事実である。だから、俺はめぐりに対してそう言うことしかできない。

 「颯君。頭、撫でて」

 「おう」

 俺は言われるがままにめぐりの頭を優しく撫で続ける。

 「よし。元気でた!颯君」

 「ああ、行ってくる」

 

 

 「八幡」

 「兄貴か」

 陽乃さんと平塚先生が去ったあと、俺は静かに八幡の後ろに立つ。

 「こっちを向かなくてもいいよ」

 「……」

 こちらを向こうとする八幡を手で押さえ、そのまま手を頭へと移動させる。

 「よくやった」

 「平塚先生には説教されたよ」

 「説教にもいろんな種類があるだろ?」

 おそらく、平塚先生も八幡を責めるような説教はしていないはずだ。あの先生はそういう先生じゃないからな。

 「俺はお前の味方だ。お前をどこまでも支えてやる。愛してるぞ、八幡」

 「……きめぇよ」

 俺は体育館にめぐりしか残っていないことを確認すると、そっと八幡の頭を抱き寄せた。

 そして、区切りをつけるように八幡の背中を押し、笑顔と共に八幡が動き出すのを見守り、見えなくなるまでそれを崩さなかった。

 「あとは、頼んだよ」




どうもりょうさんでございます!
今回はなんとも文字数が多いでございます!ということで、文化祭編終了でございます!これからも読んでいただけると嬉しいです!
感想待ってますね!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

俺達の祭りはまだまだ終わっていなかった。

 文化祭も終了し、俺達三年生は受験へ向けて一直線!と言いたいところだが、その前にもう一つ大きな行事がある。

 そう、体育祭だ。

 めぐり達生徒会にとっては行事の連続というのはあまり手放しに喜べないかもしれないが、一般生徒たちにとってみれば一大行事だ。とはいえ、めぐり達執行部も体育祭が嫌というわけではなく、めぐりなんかは最後の体育祭だから絶対に勝つ!と意気込んでいる。

 まあ、唯一の懸念事項と言えば、俺がめぐりと同じ組ではないことだろうか。めぐりの奴、目に見えて落胆してたからな。

 当初は実行委員長すら決まっていなかったり、目玉行事が決まっていなかったりなどいろいろ問題はあったようだが、めぐりが奉仕部と自ら協力して何とかしたらしい。

 らしいというのは八幡から聞いたからで、俺は今回の案件について一つの助言すらしていない。というのも、委員長が決まらないということを聞いた時点で相談に乗ろうと思ったのだが、敵に相談なんてしません!とめぐりに一蹴されてしまったのだ。

 あいつ、どんだけ組が離れたこと根に持ってんだよ……。

 まあ、そんなこんなあって体育祭当日。

 校内は文化祭とは異なるお祭り雰囲気が漂っており、皆のテンションは異常に高い。その中でも、毎年のことではあるが、高校生活最後の体育祭となる三年生のテンションは最高潮だ。

 受験シーズンでピリピリしている三年生だ、こんな気分転換のできる行事があっても良いと俺は思うから気にはしていないが。

 「颯太!勝つぞ!絶対だぞ!うははは!」

 隣では先程から白組の誰よりもテンションの高い一が騒いでいる。とまあ、一が騒いでいるのに俺が黙っているわけもなく……。

 「あったりめえだこの野郎!赤組に目にもの見せてやるぜぇ!者ども!声をあげぇぇい!」

 と、白組全体を率先して鼓舞する始末である。

 「三年生男子による百メートル走に参加する選手の皆さんは入場門にお集まりください」

 「よし!じゃあ行ってくるぞ、一!」

 俺が参加する百メートル走の選手の呼び出しを聞き、膝を叩きながら立ち上がる。

 「おう!一位掻っ攫って来い!」

 「了解!」

 一の激励を受けると、俺は入場門へ向かって走り出した。

 

 

 「次の種目は、三年生男子による百メートル走です!」

 放送係のアナウンスと共に、数十人の三年生男子は駆け足で入場していく。そして、スタート地点付近で止まり、一組目がスタート地点に立ち、それを確認した平塚先生がピストルを天に掲げ勇ましい声に続けて引き金を引く。

 『うおおおおお!』

 それと共に静寂に包まれていた会場内が一気に盛り上がり、それを後押しするように定番の音楽が流れ始める。

 「比企谷、今日は負けないからな」

 順番を待っていると、隣に座る陸上部の男子が話しかけてくる。

 実は何回か練習があったのだが、この男子には負けたことがない。というかこの組全員に負けたことがない。すなわち、練習では一位しか獲ったことがないということだ。

 勿論、今回も負けるつもりはない。

 「ははは!負けないぜ!」

 そう答えると、俺達の前の組がスタートしていき、俺達はスタート地点へとつく。

 「比企谷せんぱーい!頑張ってー!」

 「負けないでー!」

 「こっち向いてー!」

 スタート地点についたところで、生徒達が待機する場所から黄色い声援が飛んでくる。悪い気持ちではないのだが、同じ組の奴等がこちらを睨んでくるのでちょっと控えてもらえると嬉しいなー……。

 あの文化祭以来、後輩の女の子から声を掛けられることが多くなったんだよなー。やっぱ文化祭効果ってすごいな。まあ、めぐりの目がどんどん細くなっているし、あまり良いことばかりではないが……。

 「位置について」

 そんなことを考えていると平塚先生の声が発せられ、俺達はそれに従ってスタート位置につく。

 陸上部の男子はクラウチングスタートの構え、野球部の男子は盗塁のような構え、様々な構えをする中、俺だけはたった一人ジョ○ョ立ちをする。

 「……よーい」

 平塚先生の眉がピクリと動いたが、気を取り直したようにピストルを天に掲げる。そして、引き金が引かれたと同時に俺達は走り出す。

 「ぬはははは!」

 俺はジョ○ョ立ちから素早く走行姿勢に入ると、全速力で声を上げながらトラックを走っていく。五十メートル地点で二位の陸上部君に三メートル程のリードをつけている状態だ。

 七十メートルを過ぎても陸上部君が迫ってくることはなく、あっさりとゴール地点間近までやってくる。

 「うおぁぁ!」

 勝利を確信したその時、調子に乗ったバチが当たったのか足がもつれる。

 「負けて……たまるかぁぁあ!しゃあおらぁぁ!」

 完全に倒れる瞬間、咄嗟に地面に手をつき逆立ちのような格好になったあと、そのままブリッジの体勢へもっていきその足でゴールテープを切る。

 「うおおおおお!腰がぁぁ!」

 ぴきって、ぴきっていったぞ!

 「おおぉぉうぅ……」

 「だ、大丈夫ですか?」

 腰を押さえる俺にゴール係が声をかけてくれる。

 「だ、大丈夫!問題ナッシング!おーいてぇ……。腰折れるかと思った」

 「あの、次の組がスタートできないので早くしろと平塚先生が」

 「りょ、了解」

 調子に乗ってすんませんでした……。後ろの組のみんなもごめんね。

 俺は大きな笑い声の中、腰を押さえながら待機地点へと向かった。

 

 

 「おーい、大丈夫かー。颯太君やーい。つんつん」

 「おっほぉう!一君!今はやめて!お願いだから!」

 競技が続く中、俺は一に連れられ救護テントへとやってきていた。

 「あんなところで無茶するなよ、兄貴……」

 「ふはは……。なんのこれしき……」

 救護係である八幡の呆れた声を聞きながら、保健の加藤先生が貼ってくれる湿布を眺め苦い笑みを浮かべる。

 うひょー……湿布貼るのは中学以来だなこの野郎……。

 「弟君の言う通りよ。なんとか動けると思うけど……。棒倒しは危ないわよ?」

 「それまでには治します……」

 「いや、無理だろ。どんな回復力だよ」

 「ふはは、我の回復力は果てしないのだよ……」

 材木座君、俺に力を貸してくれ……。いや、無理でござるよなんて言わないでさぁ……。

 「だめよ。ここで寝てなさい」

 「ういっす……」

 加藤先生に止められたらしょうがないな……。ここは大人しく引き下がるとしよう。

 「一。あとは頼んだぞ」

 「任せろ!ばっちり勝ってやるよ!」

 一は寝たままの俺に頼りがいのある笑顔を向けてくれた。

 くっそぉ……。なんか面白そうな競技だったのになぁ。悔やまれるぜ。

 

 

 結果、白組の暫定優勝という形に終わった。

 暫定というのは、最後の競技である棒倒しで反則行為があったらしく、両組とも点数の加算がなかったからだ。俺見てないよ?どこかの誰かさんが包帯でハチマキの色を偽装してたのなんか。救護テントからはグラウンド全体が良くみえたしー。良く見えすぎて、めぐりが見えるたび大声で応援しすぎて加藤先生に怒られたほどだし?

 とまあ、暫定で何であれ、白組の優勝ということになった。

 勿論、反論は多く上がったが、最後の体育祭であった三年生は楽しめたようで、それほど勝ち負けを気にしている様子もない。

 わだかまりがないと言えばうそになるが、楽しかったのならこの体育祭は成功といえるだろう。

 俺は腰の痛みが付随しているから何とも言えないけど。

 「颯君、腰大丈夫?」

 「おう。まだ痛いことには痛いけど、動けるし大丈夫だろ」

 体育祭が終了し、俺は久し振りにめぐりと帰宅を共にしていた。最近は文化祭やらなんやらで忙しかったしな。なかなか時間が合わなかったのだ。体育祭は一切かかわってなかったし。

 「もう、無理しちゃだめだよ?」

 「気を付けるよー」

 「むぅ!ほんとにー!?」

 「ほんとほんと!だから腰をつつかないで!痛みは引いてないんだから!」

 うへぇ……。こりゃ、帰ったら湿布貼り直さないといけないかなぁ……。

 「ねえ、颯君」

 「ん?」

 腰から手を離しためぐりが俺の名前を呼ぶ。

 「最近、女の子とよく話してるよね」

 「お、おう?まあ、後輩の子から勉強でわからないところがあるとか、その他諸々相談されることが多いけど……」

 「ふーん。今日もいっぱい応援してもらってたよね」

 「お、おう……」

 うーむ。これは、あれだ。嫉妬って奴だ。俺、鈍感じゃないからわかるよ。

 まあ、それ以前につつけば大量の息が漏れ出そうな程膨らんだ頬を見れば一目瞭然だが。

 「よかったねー。モテモテで」

 「……はぁ。めぐり」

 「な、なに?」

 めぐりは俺の溜息を聞いて言い過ぎた?という風な顔を見せながら返事をする。

 そーです。僕は不満なのです。

 「確かに体育祭は楽しかった。でもな、俺は一つだけ不満だ」

 「え?」

 「今日、めぐりからの応援が一つも聞こえなかった。俺は騎馬戦の時めっちゃ応援したのに。てか、騎馬戦以外でも応援したぞ?聞こえなかったか?」

 「聞こえた……」

 先程の威勢はどこへやら、めぐりはしょんぼりと顔を落としてしまう。

 「俺は後輩の女の子よりめぐりの応援の方が力が出るんだけどなー。めぐりは他の男子の応援の方が元気出るかー?」

 「そんなことない!颯君の応援が一番だよ……」

 一瞬上げためぐりの顔が再び下を向くと、俺はめぐりの頬を優しく包み顔を上げさせる。

 「だから、お互い様ってことで。次からはこういうことがないように気を付けようぜ!あ、でも後輩ちゃんはどうすることもできないんだけど、どうしようか」

 「……ううん。それはいい!もういいの!だから、応援しなかったの許して?」

 めぐりはいつもと変わらない笑顔を見せた後、こちらを窺うような目で俺を見る。

 「了解。じゃあ、この話はおしまい!さ、早く帰ろうぜ!」

 「うん!」

 まあ、最初から怒ってなんかないんだけどね。

 そんなことを思いながら夕陽の沈む道を二人で歩き始めた。




どうもりょうさんでございます!
というわけで、体育祭終了です。さがみんの委員長再挑戦の件は奉仕部にお任せしました。
次回からは七巻に入りたいと思います!次回からもよろしくお願いします!
感想頂けると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり八幡のいない日々は間違っている。

 暦上では秋なのに、変わらず暑かった時期も過ぎ去り、外に出れば涼しい風が吹く季節になった。

 昔、某日曜夕方に放送しているアニメで言っていたのだが、秋は気候的にも勉強に一番適している季節だという。その為秋休みというものがないのだとも言っていた。まあ、最近は秋休みがある学校もあるらしいけど。

 そんな涼しい季節、俺達三年生は受験へ向けての大詰めも大詰め。休憩中だろうがなんであろうが勉強をしている生徒が大半を占めるようになった。

 しかし、それも三年生だけであり、特に二年生は高校生活でも一度しかない一大行事を迎えていた。

 そう、修学旅行だ。

 現在、この総武高校には俺達三年生と一年生しかいない。

 二年生は今日から京都へ向けて旅立っていった。朝早くに出ていく八幡を見送ろうと早起きを試みたのだが、見事に失敗。気づいた時にはいつもの起床時間を五分過ぎた頃だった。自分の体質が恨めしい!まあ、小町に起こしてもらえたのは役得だったけど!

 とまあ、そういうわけで同級生は机に向かい、八幡や雪ノ下さん達は修学旅行。こうなると俺は恐ろしく暇だ。流石にこういう時まで絡みに行くほど俺も無神経ではないし、絡みに行っても本気で相手にされないだろう。

 「ふむー……」

 その為、必然的に休み時間はこのような声を上げながら校内を散策することになる。

 お前も勉強しろよ!って言われるのも仕方ないが、どうも学校では勉強をする気にはなれないんだよなぁ。願書作成や諸々の資料作成も済ませているし、指定校推薦も貰えることが確定している。この前正式に連絡があったし。

 まあ、先生には本当にその学校でいいのか?とは言われたけど。確かに難関校ではないけど、そこそこ良い大学ではあると思うんだよなぁ。別に俺は超難関校を目指しているわけでもないし、そこそこでいいんですよ。家から近いし。

 「あれー?比企谷先輩じゃないですかぁ?」

 「……人違いです」

 え?何、この甘い声。私、こんな人知らない。海で会ったあざとい後輩に似てる気もしないけど。

 「……は?」

 「あ、はい。そうです。なんか用ですか?」

 こっわ!なんだよその低い声はよ!さっきの甘い声はどうしたんだよ!てか、そういうキャラって簡単に崩していいものなんですか!?思わず敬語になっちゃったじゃないか。

 「いや別に用とかはないんですけどぉ。この時期に三年生が昼休み中にふらふら歩いてるなんて珍しいじゃないですかぁ」

 ほんとにぃー、さっきの低い声はなんだったんですかぁー。もう元に戻っちゃってるじゃないですかぁー。うわ、思ったよりもこの喋り方って辛いな。頭の中だけでも続けるのに疲れちゃうわ。

 「まあねー。でもほら、俺って優秀だから」

 「え?そうなんですか?」

 後輩ちゃん……えっと一色ちゃんだったかな。一色ちゃんは不思議そうに首を傾げる。

 まあ、クラス内順位とか学年順位ってのは公開されるわけじゃないからな。三年生なら、大体誰が一位かっていうのは知ってると思うけど、一年生がしるわけないよね。

 「そうそう。学年一位だから」

 「へぇ、人は見かけによらないんですねー」

 おい、それはどういう意味だ……とは言わない。だって言われなれてるし。普段が普段なだけにあまり頭が良いって思われてないみたいだしね。

 「あ、そういえば文化祭のライブ見ましたよー。格好良かったですー!」

 「あー、あれね。実は緊張しすぎてほとんど覚えてないんだよね」

 委員長ちゃんの姿を確認したまでは記憶があるんだけど、そこからの記憶が曖昧なんだよね。気づいたら舞台袖で陽乃さんに背中叩かれててビックリしました。

 「そうなんですかー?すっごく楽しそうに見えましたけど」

 「多分楽しかったことには楽しかったんだと思うよ。覚えてないだけで」

 「へー。なんか意外でした。緊張とは無縁な人なのかとー」

 「いやいや、俺めっちゃ緊張するよ。普通なら人前で歌うとかできないから」

 あの時、調子に乗らなかったらよかったなーってずっと思ってたし。だって仲間はずれにされたみたいで寂しかったんだもん!

 「そうなんですねー。あ、比企谷先輩、お昼済ませましたー?」

 「ん?いや、まだだけど」

 実は、体育祭が終わってからはクラスの邪魔をしないように昼休みは外で飯を食うようにしている。クラスにいるとどうしてもめぐりや一に絡んじゃうからな。それはめぐりもわかっているようで、教室外へ出ようとする俺にいつも弁当を渡してくれる。別にこんな時まで作ってくれなくても良いんだけどなー。めぐりの負担にもなりたくないし。

 まあ、それをめぐりに言ったら私が作りたいだけだからと押し切られちゃったんだけどね。そこまで言われてしまっては断る方が悪いからな。

 「そうなんですねー。それじゃ、一緒に食べませんかー?」

 「え?ぼっち?」

 「違いますよ!いつもは一緒に食べている友達もいますー!比企谷先輩にもありませんか?他の場所で食べたかったり、一人で食べたかったり!」

 びっくりした。一瞬この子ボッチなのかと思ったよ。

 まあでも、ぶっちゃけ女友達は少ないと思う。この手のキャラの女の子って同性に嫌われやすいと思うし。逆に男友達……とはいえないか。ヒモ……お財布……。やべえ、良い呼称が思いつかねえ。まあ、そんな感じの男は山ほどいるだろうという話だ。

 「んー。ないな」

 「ないんですか!?」

 「ない」

 まあ、他の場所で食べたいっていうのはあるかもしれないけど、一人で食べたいということはないかな。めぐり、一と食べるのはもはや日課だし、それを苦だとは思わない。むしろそれが毎日の楽しみであると言ってもいいくらいだ。

 めぐり達が用事で一緒に食べれないときは、大体雪ノ下さんとガハマちゃんと食べてるし、それもまた苦痛とは思わない。

 誰でもいいから一緒に食べたいとか、一人で食べるのが嫌だとかではなく、特定の人物と食べたいのだ。よって、一人で食べたいと思ったことはありません!

 「なんか、本当に不思議な人ですね、比企谷先輩って……」

 「変な人って言われるぞ」

 「納得です」

 「即答!?」

 即答過ぎて思わず驚いちゃったじゃないですか。納得納得って何度もうなずくのやめて!

 「まあ、それはどうでも良くてですね。まだ食べてないなら、一緒にお昼ご飯食べませんかー?」

 「いやです」

 「即答!?」

 おー。数秒前の俺と見事に反応が同じですな。

 「いやだって、一色ちゃんとご飯を食べる理由がないし」

 「ありますよー!こんな可愛い後輩とご飯が食べられるんですよ?最高じゃないですかぁ」

 えぇ……。何それー。理由になってないじゃないですかぁ……。

 「あー、そういうのいいです」

 「なんなんですか、もー!」

 あ、キレた。

 「ちょっといろいろあって教室に居にくいから一緒に食べてくださいお願いしますー!」

 あ、本音が出た。

 てか、やっぱ教室に居にくいんじゃん。まあ、何があったのかは聞かないけど、可哀想になってきたし別に一緒に食べるくらいいいか……。

 「わかった、わかったよー。えっと、じゃあ中庭にでも行く?」

 「はいっ!行きます!」

 あざとい。そして態度変わりすぎ。もう、気にするのも面倒になってきたZO☆

 その後、中庭に向かったのだが、バドミントンをしていた一年生のスマッシュが顔面に当たって、おでこに跡が残りました。めっちゃ一色ちゃんに笑われて、もう二度と中庭で飯は食わないと心に決めたある日の昼休みでした!最近、怪我してばっかじゃねえかよ!

 

 

 「ただいまー」

 「おかえりー、颯お兄ちゃーん」

 放課後、家に帰ると既に小町が帰宅しており、ソファーで雑誌を読んでいた。

 小町ちゃん、雑誌を読むのはいいけど、もうちょっと体勢に気を付けた方がよろしいとお兄ちゃんは思いますよ?あと、その服俺のだよね?もう慣れたけど、どこから引っ張り出してきたの?

 「八幡は今頃京都かー。いいなー、俺も舞妓さんと遊びたい」

 「修学旅行じゃ舞妓さん遊びはしないと思うよ、颯お兄ちゃん……」

 「だよなー。俺も去年しようとして先生に怒られた」

 「当たり前だよ……。てか、しようとしたことに驚きだよ!」

 あの時の先生、必死に説教してたからな。『こういう遊びはもっと歳を食ってからのほうがおもしろいから!だから、今日は帰ろうな!な!』って。あれ?てか、なんで先生あんなとこにいたんだろ。不思議だ……。

 「それにしても、八幡がいないっていうのも久しぶりだな」

 「そだねー。颯お兄ちゃんと二人きりってのもあまりなかったしねー」

 小町の横に腰かけるとそんな話を始める。

 「小町、今日は久し振りに一緒に夕飯作るか」

 「お、いいねー。颯お兄ちゃんの手料理を食べるのも久しぶりだ!」

 「よし、じゃあ着替えたら始めるか!」

 「おー!」

 そんな小町の元気な声を聞きながら俺は着替えをするべく部屋へと向かった。

 

 

 「ふぅいぃー……」

 小町と共作の夕飯を食べ終えた後、俺は自分の部屋に戻り机に向かっていた。

 「小論文に面接……。高校入試の時もやったけど、やっぱ大学となるとレベルが違うなぁ」

 現在取り組んでいるのは、小論文の過去問や面接についての勉強だ。

 指定校推薦とはいえ、面接や小論文に気を抜くわけにもいかないからな。取り組んでおくに越したことはない。ちなみに、小論文の過去問は平塚先生に用意してもらった。

 「お?……平塚先生か」

 次の過去問を取り出そうとすると、携帯が震え、液晶には平塚先生の文字。

 「もしもーし。平塚先生の愛する生徒、比企谷颯太君ですよー」

 「おー、比企谷!げんっきにしとるかねー!」

 え?何このテンション。もしかして酔ってます?あの人、修学旅行中まで飲んでるのかよ!ばれたらどうすんだよもう!

 「あの、平塚先生?お酒飲んでるんですか?」

 「えぇー?飲んでないよぉ!」

 「いやいや!絶対飲んでるでしょ!」

 「飲んでないと言っているぅだろう!」

 嘘やん!なんだよいるぅだろう!って。全然説得力ないんですけど。

 「はぁ、それでなんの用ですか?」

 「……ひきがやぁ」

 「え?」

 俺の問いに答えた平塚先生の声は、まるで一色ちゃんのような甘えた声だった。

 「京都、たのしくなぁい」

 「えぇ……」

 「生徒の監視とかぁ、職員会議とかぁ、京都を全く楽しめてなぁい!うー!」

 いや、うー!と言われましても……。この人、あり得ない位酔ってんな……。

 「そりゃ、楽しむのは生徒であって先生じゃないですから」

 「ひきがやぁ……」

 「はぁ……。先生が寝るまで付き合いますから、明日も頑張ってください」

 「うん……ありがと」

 なんなんだこの先生はよー!はぁ、もっとこういうところを俺以外の男性に見せれば、少しは違うと思うんだけどなぁ……。

 こうして、八幡のいない夜は騒がしく更けていくのだった。

 はちまぁん!早く帰ってきてくれー!




どうもりょうさんでございます!
はい、ということで七巻終了でございます。あれ?七巻って颯太が割り込む余地なくない?って後で気づきました。
なのでこういう話になってしまいました!
次回からは絡んでくると思うのでよろしくお願いします!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どこの家にも喧嘩は存在する。

 八幡が修学旅行から帰ってきてから初めて迎える登校日の朝、いつもと変わらないはずの食卓は何故か微妙な空気に包まれていた。

 いつものように八幡が迎えに来てくれて、いつものように小町が挨拶をしてくれる。何も変わらないはずなのに何かがおかしい。その違和感の正体は俺も小町もわかっている。

 その違和感の発信源に目を向けてみても一向に目が合わない。小町も段々と目が細くなっていき、苦い顔で首を傾げる。

 「なんかあった?」

 少しの会話の末、ついに我慢できなくなった小町が八幡へ問いかける。

 しかし、いつもの無駄に長いどうしようもない軽口も更にどうしようもない。こういう時の八幡は調子が悪い、すなわち八幡が何かしらの問題を抱えているということだ。小町もそれをわかっているようで、はっきりと指摘する。

 そして、小町の口から雪ノ下さんとガハマちゃんの名前が出た時、八幡の機嫌が少しばかり悪くなるのを感じた。

 こりゃ、黒だ。

 その後も二人の会話は続いていき、小町は必死に何があったのか聞き出そうと絡む。それが繰り返されるたびに八幡の機嫌も徐々に悪くなっていく。

 そして、繰り返される問答は八幡の言葉によって打ち切られる。

 「……しつけえよ。いい加減にしろ」

 八幡のそんな言葉を聞いた小町は少しの間唖然とすると、肩を振るわせ大声で反論する。しかし、一度切れてしまった堰から水が止まることはない。

 八幡の語調にはイラつきが感じられ、それを隠そうともせず小町を突き放す。そして、小町も問いかけることをやめた。

 こうして、そうそう途切れることのない我が家の食卓の会話は途切れた。

 慌ただしく食器を片付けた小町はドスドスと音を立てながら部屋に戻り、まるで八幡にぶつけるように言葉を吐いて家を出ていった。

 小町のいなくなった食卓に響くのは、俺と八幡が飯を食べる咀嚼音と食器と箸が当たるときに起こる音のみだった。それに耐えきれなくなったのか、八幡は俺に向けて小さく呟く。

 「兄貴は行かないのか?」

 「もうちょっと時間あるからね。それに、八幡をあまり一人で行かせたくないし」

 「……怒ったかな」 

 「怒っただろうな。これから長いぞ」

 小町は怒りが持続し、静かに怒るタイプだ。怒った対象とは徹底的に話さないし、容易に話しかけられる雰囲気も出さない。これが意外にきつかったりする。小町が怒っている間、家の雰囲気は最悪だしな。

 「まあ、その期間が短くなるか長くなるかは八幡次第だけどな」

 八幡が動けばその期間は容易に短くできる。しかし、今の八幡にそこまでの決断ができるかと聞かれれば素直に頷けない。何かきっかけがあれば良いのだろうが、今現在で俺にできることはないし、黙ってみていることしかできないのだろう。

 「……兄貴は聞かないのか?」

 「聞いたところで八幡は答えてくれないだろ?それに、八幡が言いたくないことを聞く趣味もない。嫌われたくないからな」

 「そうか」

 八幡はそう呟くとそれきり黙ってしまった。

 そしていつもより長く感じた朝の時間は終了し、俺達は二人で会話もなく登校していった。

 

 

 学校へ登校した俺はクラスの仲間に挨拶を済ませ、今日も今日とて机に向かっているクラスメイトの邪魔をしないよう机に突っ伏した。

 朝からあんなことがあったからか、騒ぐ元気もないし、若干頭も重い為ちょうど良いといえばちょうど良いか。このまま寝てしまおう。

 徐々に周りの音が消えていき、やがて何も聞こえなくなった。

 

 

 「比企谷!」

 「うぉ!?は、はい!」

 大きな声と共に目を覚ますと、目の前には担任の山本先生が立っていた。

 やべえ、ついついホームルームまで寝ちゃったみたいだ。

 「や、山本せんせぇい。今日も格好良いですね!ハンサムですよ!」

 「そっかー!ありがとう比企谷くーんっ!……言い訳は?」

 「ありません」

 そのあと滅茶苦茶説教された。

 「はぁ、次からは気を付けろ」

 「了解であります!」

 普段の行いが良いと説教だけで済まされるから得だよね!俺は授業中寝ることがないからな。先生も最後は珍しがってたし。

 やがてホームルームが終わると、隣の席でずっと俺を眺めていためぐりが話しかけてくる。

 「ねえ颯君」

 「なんだ?」

 「一色いろはちゃんって覚えてる?」

 一色ちゃんって言えばあの一色ちゃんだよな。覚えてるも何も最近一緒に飯食ったしな。

 「覚えてるよ。一色ちゃんがどうかしたのか?」

 「えっとね、生徒会長の選挙のことで相談されたんだけど、私だけじゃ解決できないから颯君も知恵を貸してくれない?」

 そっか、そういえばもうそんな時期だったな。ん?一色ちゃんが選挙のことで相談に来たってことは……。

 「一色ちゃん、会長選挙に立候補してるのか?」

 「うん、実はそうなんだ。だけどね、なんか自分で立候補したわけじゃなくて、他人が勝手に立候補しちゃったみたいなの」

 おいおい、それって軽いいじめじゃねえか。あの子、やっぱり敵が多いみたいだな。

 「それで、他に立候補者がいればよかったんだけど、立候補者がいろはちゃんだけでね?信任投票なんだよ。クラスからもすっごく応援されてるみたいで、どうしようもないんだって」

 なるほどな。確かに信任投票で落選なんて、あの一色ちゃんが自分のメンツ的に許すはずがないもんな。クラスから応援されてるってんなら辞退も難しいか。

 うーん。頭が痛いな。

 「やっぱ難しい?」

 頭を抱え唸る俺を見てめぐりは心配そうに尋ねる。

 「まあな。よし、放課後一色ちゃんを連れて平塚先生のとこにでも行くか」

 「やっぱりそうなるかー」

 「こういう時は信頼できる大人に相談するのが一番なんだよ」

 周りで一番信頼できる大人と言えば平塚先生だからな。平塚先生自体が何とかすることはできなくても、わずかな希望位は見出してくれるだろう。

 「てか、めぐりこんな時期に選挙のことやってていいのか?」

 「あれ?言ってなかったっけ。私、指定校推薦取れたから」

 え?初耳なんですけど。

 「どこの大学?」

 「颯君と同じとこ」

 「なんで」

 「颯君と一緒がいいから」

 うっそやん!俺そんなの一言も聞いてないんですけど!まあ、気を使って進路のこととか聞かないようにしてた俺が悪いんですけどね!

 「本当にその学校でいいのか?って言われなかったか?」

 「それは颯君もでしょ?」

 ごもっともで。

 「颯君は私と一緒じゃいや?」

 「いや、嬉しいよ」

 「じゃあいいでしょ?」

 「お、おう」

 なんだかめぐりに言いくるめられてしまったな。まあ、驚いたけど大学でもめぐりと同じっていうのは、正直言ってありがたいし、まあいいか。

 「それじゃ、また放課後な」

 「うん。……颯君」

 「まだなんかあるのか?」

 「……無理しないでね」

 「……?」

 めぐりのそんな言葉に俺は首を傾げることしかできなかった。

 

 

 「ふむ、話はわかった。しかし、まさかこんなことが起こるとはな……」

 放課後、俺は約束通り、めぐりと一色ちゃんを連れて平塚先生の元へとやってきた。

 話を聞いた平塚先生は苦い顔でタバコに火をつける。

 「何か良い案はないですかぁ?」

 「ふむ、難しいところだな。やらかした生徒には指導を行う。しかし、それでは一色の件はどうにもならん。……比企谷」

 「はい」

 一瞬考える素振りを見せた平塚先生は俺の名を呼ぶ。

 「この件、奉仕部に任せてみようと思う。どうだ」

 平塚先生の提案にいつもの俺ならすんなり頷いていただろう。しかし、今朝の八幡の様子を見るとどうも不安になってしまう。

 「懸念事項があるのだな?」

 「まあ」

 「……それでも、奉仕部に依頼する価値が、私はあると思うがね」

 「それは、一色ちゃんにとってですか?それとも、奉仕部にとってですか」

 俺は平塚先生をまっすぐ見つめながら問う。

 「どちらにも……だよ」

 「そうですか。平塚先生が言うならそうなんでしょうね。……奉仕部に任せていいと思いますよ」

 そうだ、きっかけが必要だと言っていたのは俺じゃないか。そのきっかけとなりえるものが転がってきたんだ。それがきっかけになるかどうかはわからないけど、それにすがってみる価値はある。

 「ふむ。では、早速行くとしようか」

 「あ、颯君」

 「ん?」

 奉仕部へ向かうべく平塚先生が立ち上がったところでめぐりが俺を呼ぶ。

 「奉仕部へは私達三人で行くから。颯君は先に帰っていいよ」

 「え?いや、俺も」

 「いいから。私の言うこと聞いて」

 めぐりの目には絶対に譲らないという意思が宿っており、いつものぽわぽわとした雰囲気は一切感じられない。

 「……わかった。頼んだぞ」

 「任せて」

 めぐりの笑顔に見送られ、俺は職員室を後にした。

 

 

 「ただいまー……。誰も帰ってないか。おー。ただいま、カマクラ」

 学校から帰宅した俺を迎えてくれたのは我が愛猫カマクラだった。

 「飯はまだまだ先だからなー」

 俺はカマクラを一撫ですると、着替えを行うためにリビングを素通りして部屋に向かう。

 「ふぅわぁ……ねむ」

 制服からジャージへ着替えると、猛烈な睡魔に襲われる。

 今日は異様に眠いな。頭も痛いし、体も重い。

 「お?あれ?」

 少し力を抜いた瞬間、いつもなら踏ん張れるところなのに踏ん張れない。俺はそのままベッドに倒れてしまう。

 「おいおい、まじかよ」

 やがて視界がぐるぐると回りだし、体が熱くなり、瞼が閉じていく。

 そして、完全に瞼が閉じ切った。

 こりゃ、あれだわ……。

 そう思った時、俺は意識を手放した。




どうもりょうさんでございます!
さて、今作の中でもとても重要なお話がやってまいりました。いろんなお話を考えておりますので、楽しみにしていただけると幸いです!
話の内容上、少しシリアスが入ってくると思われます。どうか、我慢して読んでいただけると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり母親というものは人生の教師だ。

 「気分わりぃ……」

 あれから何時間経ったのだろうか、まだ明るさを残していた部屋も今は真っ暗だ。そんな中、俺は目を覚ます。

 寝起きは最悪。未だに頭はガンガンするし、熱っぽい。体の節々が痛み、のどの痛みもある。いやぁ、久し振りにひいたな……風邪。

 そう、俺がぶっ倒れた原因はただの風邪。皆が一般的に知っているあの風邪だ。最後にひいたのは確か小学校の頃だったか。久し振りすぎて症状忘れてたわ。

 「んっ……」

 「お?」

 痛む頭を押さえる為手を動かすと、隣で見慣れた小さな影が動く。

 「小町……?」

 俺の傍らで寝息を立てていたのは、紛れもなく小町だった。そういえば、倒れた時と体勢が全く違うし、顔の横にはタオルが落ちている。おそらく何度も汗を拭ってくれたのだろう。心配させてしまっただろうか。

 「颯……お兄ちゃん?」

 「悪い、起こしたか?」

 ゆっくりと揺れる小町の頭に手を乗せると、ゆっくりと目が開き、寝ぼけ声で俺を呼ぶ。

 「颯お兄ちゃん!起きたの!?ご飯になっても降りてこないからどうしたのかと思ったら苦しそうに倒れてるし、熱は凄いし、汗はいっぱいだし!もう、小町焦っちゃって……!心配したんだから!」

 「お、おう。悪かった。だけど、もう少し声の音量下げてくれるか……?頭に響く」

 心配をかけてしまったのは悪いと思うが、できることなら小言は完治してからにしてほしい。大きな声が頭に響いて割れそうだ。

 「あ、ごめん……。調子はどう?」

 「最悪。こりゃ一日二日じゃ完全には治らないかな」

 俺の顔色が最悪なのを見て声を落とす小町に笑いかけながら今の状態を伝える。

 「調子が悪いなら早く言ってよ……。颯お兄ちゃん、滅多に病気しないけど、病気になったら酷いんだから」

 「ははは、久し振りすぎてわかんなかった。面目ない」

 小町の言う通り、俺は滅多に病気をしないのだが、それが訪れた時が凄まじく酷いのだ。普通の風邪でもインフルエンザレベルで酷いからな。

 「すまん小町、なんか飲み物持ってきてくれるか?」

 「あ、そうだね。リンゴジュース買ってきたから、持ってくるね!」

 「ありがとう」

 小町は俺の顔を再度確認するとパタパタと部屋を出ていった。

 部屋の時計を確認すると深夜一時。結構な時間寝ていたみたいだな。母ちゃんや親父はすでに寝ている頃か。小町にも寝ろと言ったと思うが、それを素直に聞く小町じゃないからな。俺も、できれば小町には別の部屋で寝ていてほしかったのだが、それはもう仕方がないか。

 「颯お兄ちゃん、リンゴジュース持ってきたよ」

 「おう、ありがとう」

 少しの間ボーっとしていると、小町がリンゴジュースの入ったコップを持ってきてくれた。

 「体、起こせる?」

 「少し手伝ってくれるか?」

 「うん、わかった」

 小町に手伝ってもらいながら体を起こすと、立ってはいないけど強烈な立ちくらみに襲われるが、なんとか体を起こすことが出来た。

 はぁ、リンゴジュースが体に染みわたる……。

 「母ちゃんと親父は?」

 「ちょっと前に寝ちゃったよ。お母さん、明日仕事休むって」

 「あの母ちゃんが?」

 あの仕事の鬼が有給取るなんて珍しいな。

 「有給は貯まりに貯まってるから気にするなだって。それに、こんなことじゃないと有給使う暇がないとも言ってた」

 「なるほどね」

 会社では結構頼りにされてるみたいだし、有休を使うってのも躊躇われるみたいだしな。良い口実が出来たみたいで良かった。

 「でも、それは全部建前。お母さんも颯お兄ちゃんが心配なんだよ」

 「母ちゃんが?」

 「颯お兄ちゃんは自分のことを過小評価しすぎだよ。お母さんだって颯お兄ちゃんを凄く大事に思ってるし、頼りにしてる。そんな颯お兄ちゃんが風邪ひいちゃったんだよ?仕事休んででも看病するに決まってるじゃん」

 そう語る小町の目は真剣で、反論することも許してくれない。まあ、俺も愛されていないとは思っていないけど、ここまで言われると流石に照れてしまう。

 「ほんとは、小町だって学校休みたいもん。それに、お兄ちゃんだって……」

 「八幡のこと、まだ怒ってるか?」

 「怒ってるよ。当たり前じゃん」

 やっぱり、そう簡単に小町の怒りは静まらんか。

 「だけど、颯お兄ちゃんを思う気持ちは小町と同じくらいだと思う。今だって、本当は様子を見に来たいと思ってるはずだよ。小町がいるから来れないだけで」

 小町の言葉は素直に嬉しい。八幡が本当にそう思っていてくれるなら尚更だ。だけど、そろそろ小町も寝ないと明日……いや今日に支障が出る。

 「ありがとう、小町。俺の言いたい事、わかるか?」

 「わかってる。だけど、何かあったらすぐにメールでも電話でもいいから連絡してね?絶対だからね?」

 「わかった。約束するよ」

 俺がそう告げると、小町は空になったコップをもって部屋を出ていった。

 そして、俺は再び枕へ後頭部を埋め、瞼を閉じた。

 

 

 翌朝、昨晩の予想通り風邪が治ることはなかった。

 「熱も下がってないし、顔色も最悪、今日は休みなさい」

 「あぁ……、皆勤賞がぁ……。中学校から続いてたのにぃ……」

 「今はそういうのいいから、あんたは大人しく寝てなさい」

 そんな俺の軽口も母ちゃんは軽く流しながら溜息を吐く。

 既に八幡、小町、親父は家を出ており、今現在この家には俺と母ちゃんしかいない。母ちゃんと二人ってのは何年ぶりだろうか。

 「それで?この風邪の原因は八幡?小町?それともどっちも?」

 「どっちでもないと言ったら?」

 「吐くまで問い詰める」

 「それは本音をですか?それともげろんちょって意味ですか?」

 どっちにしても怖いけど。

 「どっちもよ」

 もっと怖い回答が返ってきましたよ。

 「……まあ、原因の原因は八幡だよ。それに小町も重なってノックアウトってとこかな」

 「そう。何があったのかは私にはわからない、あんたにもわからない所が多いんでしょ。あんたにはつらい思いばかりさせて悪いと思ってるよ」

 母ちゃんの言う通り、俺は八幡に何があったのかわからない。八幡の様子がおかしいのは修学旅行から帰ってきた時からわかっていた。わかっていたのに何があったのかわからない。それがどうしようもなく辛かったのだ。兄貴になのに、肝心な時に何もできないというのが辛かった。

 そして、それが体にも影響をもたらしたということだ。

 八幡には格好の良いことを言っておきながら、裏ではそのことばかりを気にしていた。俺もまだまだだな。

 「母ちゃんは悪くないよ。母ちゃんが俺達を思ってくれてるのは充分わかってる。母ちゃんや親父がいなかったら俺達は生きていけないし、思ってくれていることに感謝もしてる」

 「ふん、親が子を思うのはおかしいことじゃないだろう?大事な息子と娘なんだから」

 「そういうこと、八幡にも言ってやればいいのに」

 「あいつはダメだよ。調子に乗るから」

 そんなことを言いながら俺達は小さく笑い合う。

 「あの二人をこれからも任せてもいいの?」

 「当たり前だろ。八幡と小町は俺の弟と妹だ。世界に一人の弟と世界に一人の妹なんだ。大丈夫。この風邪が治ったらいつもの俺に戻る」

 大丈夫だ。何も俺一人であいつらを支えるんじゃない。母ちゃんや親父、八幡と小町がお互いに、そして、二人の周りの奴等全員で支えるんだ。

 ほんと、なんで一人で抱え込んでたんだろうな。なんで誰にもぶつけなかったんだろうな。二人を支える者がいるのに、俺を支えてくれる奴がいないわけない。俺の弱音を聞いてくれる奴だっているはずなんだ。

 俺はやっとそのことに気付けた。

 「いつも言ってたはずなのにな」

 「なんて?」

 「支えてくれる人は必ず存在する」

 「……あんたにもね」

 「ああ」

 そうだな。この風邪が落ち着いたら、まずはあいつに電話しよう。

 そう決心しながら俺は天井を見つめた。




どうもりょうさんでございます!
はい、颯太はただの風邪でした。重い病気とかではないですよ!でも、ただの風邪がインフルエンザレベルになるっていうのは、ある意味重病かもしれませんねw
さて、今回で一つ壁を乗り越えた颯太がどう動いていくのか、次回以降をおたのしみに!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして俺は気付き再スタートし、再会を果たす。

 その日の夜、目が覚めた時には風邪も大分楽になっていた。これも母ちゃんや小町の丁寧な看病のおかげだろう。ベッドから出て立ち上がってみても、前のように強烈な立ちくらみも襲ってこない。

 それを確認した俺はベッドに再び座り、枕の傍らに置いてある携帯を手に取る。

 『もしもし、颯君?』

 「おう。心配かけて悪かったな、めぐり」

 俺が電話を掛けたのは、俺の体調不良に真っ先に気づいてくれためぐりだ。

 『ほんとだよ……。あの後、ずっと心配だったんだから』

 「ああ、悪かったと思ってるし、感謝もしてる」

 『そうだね。もっと感謝してほしいよ。あのままだったら、颯君学校で倒れてたところだったんだから』

 まったくだ。そうなったら大騒ぎどころの話じゃないもんな。

 「本当に感謝してるよ。でも、なんで俺が体調悪いってわかったんだ?」

 『ああ、えっと、実はね?私、ホームルーム前に何度も颯君を起こそうとしたんだよ。でも、反応すら見せなかったから、なんか変だなって思ったの。颯君が朝に弱いのは知ってるけど、呼びかけても起きないなんてことはなかったし』

 本当にこいつはよく見てるなぁ……。普段はぽわぽわとしているのに、時々こうやって鋭いところを見せる。人の変化に良く気づけるっていうのは素直に感心する。

 「そっか」

 『ねえ、颯君。何か言いたいことがあるんじゃないの?』

 ほら、こういうところだ。ほんと、いつまでたってもめぐりには敵わないな。

 「よくわかったな」

 『颯君のことだもん。わからないことなんてないよ』

 「すげぇ自信だな。……めぐり、弱音吐いてもいいか?」

 いつ振りだろうか、こうしてめぐりに弱音なんて吐くのは。まあ、いつだったとしてもめぐりの立ち位置はずっと変わっていない。

 『私は颯君の味方で、颯君は私の大事な人。弱音位いくらでも吐いていいんだよ』

 優しく、包み込むような声でめぐりは俺を肯定してくれる。

 そうだ、めぐりはいつだって俺の味方で、俺の大事な人だったんだ。大事だから弱いところを見せたくなくて抱え込んでた。でも、本当は逆だったんだよな。大事だから弱いところを見せても良いんだ。

 「実はな、今ちょっとばかし疲れてる。でも、今俺にはそれをどうすることもできない。だからめぐり、そんな俺を支えてくれないか?」

 『……バカ言ってんじゃねぇよ』

 少しの間の後、めぐりはどこか覚えのある口調で俺に応え始めた。

 『そんなの当たり前だろ?疲れてるなら一緒に休んでやるし、支えてほしいなら肩を貸してやる。任せろよ。……颯君は私が颯君と同じことを言った時、こうやって答えるんじゃない?』

 「そうだな。当たり前のことだから」

 『そう。当たり前のことなの。颯君が私を支えてくれるのを当たり前だと言ってくれるように、私が颯君を支えるのも当たり前のこと。だから、颯君。颯君は気にせず私を頼ってくれれば良いんだよ』

 なんというか、やられたな。吊り橋効果っていうのも否めないけど、間違いなく俺の心の中にあったものが鮮明に見えてしまった。

 「ありがとな、めぐり」

 『うん、どういたしまして』

 めぐりの言葉を聞いてから我慢していたものがついに弾ける。最小限に抑えた泣き声はめぐりにしか聞こえていない。今の俺にはこれくらいが限界だ。でないと、泣き声と一緒に思わず漏らしてしまいそうになるから。

 俺は……比企谷颯太という人間は、城廻めぐりのことが……一人の女性として好きだということを。

 

 

 『落ち着いた?』

 「ああ、ありがとな」

 十分後、ようやく流れていた涙も止まり、いつものように喋られるようになってきた。

 抑えていたものが解き放たれ、涙と弱音となって流れ出た為か気分は妙にすっきりしている。風邪の方もほぼ完治に近く、明日には普段通り学校に行けるだろう。

 『ふふ、颯君って子供みたいな泣き方するんだね』

 「う、うるせいやい。あんまり泣くことなんてなかったから大人な泣き方なんて知らん」

 兄貴という立場上、俺はあまり泣くということをしてこなかった。兄貴が泣けば、弟や妹を不安にさせることになるからな。

 『冗談だよー。明日は学校これそう?』

 「おう、楽勝だぜ」

 『よかった。待ってるからね』

 それから少しばかり話をしてめぐりとの電話は切れた。

 切れた携帯を枕元に投げると、ベッドに身を預ける。

 頭によみがえってくるのは、俺が泣いている間にも優しく相槌をうってくれていためぐりの声。一つ、また一つと思い出すたびに心が満たされていく。

 やべぇ、こりゃベタ惚れだ。

 「うおおおお!気づいちゃったなぁ……。気づかないフリもできなくなっちゃったなぁ!だってよぉ……」

 めぐりのことを考えるだけでこんなに心臓がバクバクいってるもんなぁ……。

 こうして、俺の眠れない夜は更けていった。

 ……嘘です。泣き疲れて十分で寝ちゃいましたとさ。

 

 

 「朝だ……」

 「おはよう、兄貴」

 翌朝、目覚めた俺の前に立っていたのはジャージ姿の八幡だった。八幡の姿を見るのも久しぶりな気がする。

 「八幡、とりあえず抱きしめさせてくれる?」

 「嫌だけど」

 「病み上がりのお兄ちゃんに弟成分を補給させてくれてもいいんじゃないですかね!バチは当たりませんよ!」

 八幡ったら釣れないんだから!

 「はぁ……。その様子じゃ、もう大丈夫みたいだな。ほら、学校行く準備しろよ」

 「ケチだなぁー!はいはい、わかりましたよー」

 「何拗ねてんだよ……。まあ、治ってよかったよ。安心した」

 「……は、は、八幡がデレたぁ!」

 「……はぁ」

 比企谷颯太、いつものように朝が始まりました!さあ、今日も元気に行ってみましょー!

 

 

 結果で言うと、八幡と小町は仲直りをしていなかった。あまり期待はしていなかったが、少し期待していた部分もあったため残念だ。

 まあ、それはどうにかなるだろう。……なると信じたい。

 それはそうとして、一日休んだ後の登校だ。多分、一あたりには根掘り葉掘り聞かれそうだな。

 「よし」

 意を決した俺は教室の扉を勢いよく開く。

 「おっはよーう!」

 「あ、おはよー比企谷君」

 「お、比企谷来たのかー!風邪大丈夫か?」

 「おはよー!」

 俺の挨拶に教室内に居た生徒が元気よく挨拶を返してくれる。

 「おはよーさん、颯太」

 「おっす、今日も元気そうですな、一さんや」

 「お前は病み上がりにしては元気すぎるぞ」

 「だって、俺だもん」

 「納得」

 一との軽口混じりの挨拶も終わった。

 そして、俺は隣の席へ目を向ける。

 「おはよう、めぐり」

 「おはよう、颯君っ!」

 うん、いつも通りだ。よし、今日も一日頑張るか!

 そう心の中で言うと、俺はめぐり、そして一を交えて雑談へと入っていった。

 

 

 「ぐでー……」

 あれから数日が経ち、金曜日。あの後風邪のぶり返しもなく、順調に過ごせている。今現在は、休み前日の放課後を家で満喫しているところだ。

 「ん?……わぁお」

 そんな最高の時間をぶち壊すように携帯が震える。液晶には雪ノ下陽乃の文字。

 出たくねぇ……。うわぁ、出たくねぇ……。嫌な予感しかしねえよ……。まあでも、出ないわけにもいかないよなぁ。

 「もしもし」

 『あー、もしもし颯太ー?ひゃっはろー!陽乃お姉さんですよー!』

 沈んだ声で電話を取ると、無駄に高いテンションの陽乃さんが出る。

 「いきなりなんですか?」

 『うん。面白いものが見れそうだから、颯太も呼んであげようと思って!』

 「俺に拒否権はないんでしょう?」

 『颯太は物分かりがいいから好きだよー。愛してるー』

 今まで俺に拒否権があったことなんて一度もありませんからね!誰だって学習しますよ!

 「はいはい、俺もですよー。それで、どこへ行けばいいんですか?」

 『地図は後で送るから。そんじゃよろしくー』

 そして一方的に電話は切られてしまった。

 はぁ、行きますか。

 

 

 陽乃さんから送られてきた地図が示していたのは一つのカフェ。

 カフェに入ると、店員さんが『おひとり様ですか?』と聞いてくるが、待ち合わせだと答え店内を見回す。そして、見慣れた顔がいくつか目に入る。

 「おー、みなさんお揃いじゃないですかー」

 その一団に近づいていくとメンバーがはっきりとわかる。

 我が弟八幡に、葉山君、雪ノ下さんとガハマちゃん、それと……海浜総合高校の制服を着た二人。

 「兄貴……」

 「ん?どうした、八幡……っておいおい」

 俺を見た八幡が苦い顔で海浜総合高校の制服を着た二人のうちの一人に目を向ける。

 その一人を見た瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねる音がする。

 「久しぶり、颯太先輩っ」

 「……かおり」

 「お兄さん、知り合い?」

 俺が彼女の名前を呼んだことを不思議に思ったガハマちゃんが首を傾げながら尋ねる。

 「……元カノ」

 俺がそう告げた瞬間、その場の空気が一気に凍ってしまった。

 そして、それを聞いた喫煙席に座る彼女はビクリと肩を震わせて、こちらをゆっくりと向くのだった。




どうもりょうさんでございます!
やっと元カノ出せました。皆さん的にはビックリ何ですかね?それとも予想がついてたのかな?これから、かおりがどのように絡んでいくのか、楽しみにしていてくださいね!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔王の尋問。

 「元カノって……あの元カノ?」

 凍り付いた空気の中で、いち早く立ち直ったガハマちゃんが驚いた様子を残しながら問う。

 「どの元カノかは知らないけど、一般的には別れた彼女のことを指す言葉だね」

 「あたしは別れたつもりないけどねー」

 「は?お前あの時わかったって言ってたじゃねえか」

 横から口を出してきたかおりに俺は何言ってるんだ?といった顔を向ける。

 「わかったとは言ったけど、別れるとはいってないしー」

 「……二人だけで話を進めないでくれる?とっても不愉快なんだけどー」

 かおりとの会話をイライラしながら聞いていた喫煙席に座る陽乃さんが正体を現す。

 うわー……。すげえイライラしてんなぁ。元カノって聞いた瞬間は驚いていたような顔してたけど、今はそんな顔どこにもないし。

 「ここで全部説明しろと?」

 「そうだよ。そこにいる君の弟君は何も言わなかったからさ。颯太に聞くしかないでしょ?」

 八幡に聞いたのか……。まあ、八幡は中学の同級生位にしか言わなかったんだろう。できることならこうならないように立ち回ってほしかったなぁ、八幡よ。一応は試みてくれたんだろうけど……。

 「初対面の子もいるんですけど……」

 「……」

 「あ、私かえりますね……」

 「そう?ばいばーい」

 陽乃さんがかおりの友達らしき女の子に目を向けると、女の子はびくりと肩を震わせ自分の頼んだもののお金だけおいて帰ってしまった。

 「これで話してくれるよね?」

 「……はいはい」

 俺に拒否権がないことくらい知ってますよ……。

 「かおり、いいか?」

 「あたしは別にいいよー」

 相変わらず軽いというか楽観的というか、まあこういうところがこいつの悪いところであり良いところでもあるのかもしれないが。

 「さて。まず、最初に言っておくと、俺は中学校の頃いじめられてた」

 「えぇ!?あの、お兄さんがいじめられてたの!?」

 「信じ難いわね……」

 まあ、驚くのも無理ないと思う。今の俺しか知らない雪ノ下さんやガハマちゃんからしてみれば、俺がいじめられてたなんて事実を信じられないだろうからね。

 それに対して、一年生の頃の俺を知っている陽乃さんや八幡は落ち着いて話を聞いている。かおりに関しては懐かしいーなんて呟いている。

 「……原因はなんだったの?」

 驚きの抜けきらないガハマちゃんは恐る恐る聞いてくる。

 「簡単だよ。俺が三年生の春、女の子からも人気があって、もちろん男子からも人気のあった女の子がいたんだけどね?俺がその子から告白されて、断った。その時は三年生ということもあって、部活のことしか頭になかったから、女の子からすれば結構傷つくような言葉でね。そしたら、女子、男子共に妬みと怒りを買っちゃっていじめられてたってこと」

 「色恋絡みのいじめね。私もよく受けてたわ」

 そうだね、雪ノ下さんモテるもんね。

 「まあ、そのうち流行りも過ぎ去るだろうって思ってたんだけど、俺がやり返さないのを良いことにイジメはどんどんエスカレートしていった。二年苦楽を共にした部活仲間もその中に混ざってたのを見た時は流石に堪えたね」

 膝から崩れ落ちそうになったからな。仲間だと思っていた奴らに裏切られるというのは意外に堪えるもんだ。

 「それでも俺は何もしなかった。そして……」

 

 

 「八幡!その傷どうしたんだ!」

 「なんでもねえよ。そこらへんでこけただけだ」

 俺がいじめられ始めてから二ヶ月がたったある日、学校から帰宅した八幡の腕に無数の傷があった。そう、俺をイジメていた者達の矛先は八幡へと向いていったのだ。

 「……そうか。次からは気を付けろよ」

 「兄貴?何を考えてるんだ?」

 俺が素直に引き下がったのを不思議に思った八幡が問いかけてくる。

 「なんでもないよ。八幡は気にしないでいいんだ」

 俺はその問いかけをバッサリと切り捨て、自分の部屋へと戻っていった。

 

 翌日、クラスから半分の生徒が教室から消え、部活からも同級生がほとんどグラウンドから消えた。

 俺が何をしたのか、それは簡単なことだ。暴力に訴えたわけでも、彼等彼女等を脅したわけでもない。ただただ、全てのことを洗いざらい先生にお話しただけだ。

 覚えている範囲の人間とされたことを話せばそれが最後、捕まった者達の裏切り祭りが始まる。あいつがやった、あいつがやっているのを見たなど、次から次へと呼び出される生徒が増えていった。

 結果、俺は所属していた野球部を辞め、志望校もうちから進学するものがほとんどいない総武高校へと変更した。最悪のチクリ魔なんて汚名まで授かったがそれほど気にしていない。

 それでも多くの目に見つめられながら集団生活を送るのは思った以上に根気がいるもので、精神的疲労はどうしてもたまっていくのだった。

 

 

 「とまあ、そんなことがあったわけですよ」

 「人間の闇が垣間見えるわね……」

 ここまでの話を聞いて雪ノ下さんも流石に複雑そうな顔を浮かべる。

 「……それで?それがどうこの子と付き合うことに関係あるの?」

 俺の話を黙って聞いていた陽乃さんが棘のある態度で先を促す。

 なんか、今日の陽乃さんはやけにイライラしてんな。さっきの電話では結構機嫌良さそうだったんだけどなぁ。

 「えっと、それから少し経ってからのことなんですけど……」

 

 

 あの学校始まって以来最悪のいじめバレ騒動が終了し一ヶ月がたったころ、このくらい時間が経てば指導に入っていた連中もぞろぞろと教室へ戻ってくる。

 戻ってきた連中は俺に形だけの謝罪と共に、この世の誰よりも俺を恨んでいるような視線を向けてくれた。それに立ち会った先生は何も言うことはなく、謝罪を終えた生徒を連れて戻っていく。これが何度も繰り返されているのだ、先生の方も気が滅入るのも仕方ない。

 実際、被害者である俺の方も同じことの繰り返し、感情のこもっていない謝罪を受けることへの苦痛は凄まじいものだった。

 そんないるだけで精神的疲労がたまっていく教室に居たくない俺は、休憩時間になる度に教室から出ていく。学校の裏側にある非常階段の下が主な隠れ場所だ。

 そんなことを続けていたある日の昼休み、人気がほとんどない階段下に迷い込んだ者がいた。

 「あれ?こんなとこで何してんの?」

 くしゅりとしたパーマが当てられたショートボブに少しつり目の女子生徒。その言葉の端々から、彼女が明るい性格をしていることがわかる。

 そんな陽の存在がこんな暗い階段下に現れたのだ、きょとんとした顔を隠せるわけがない。

 「君こそ何してんの」

 「あたし?あたしは……なんだっけ」

 なんだ、この子は鳥なの?三歩歩いたら忘れちゃうの?

 「あ、そうだ!あたしらかくれんぼしてたんだけど、ここなら見つかりにくそうじゃん?」

 校内でかくれんぼとか見つかったら先生に怒られるぞ。てか、そういうのは小学生で卒業しなさい。

 「確かに見つかりにくそうだけど、ここにいたら休憩中に見つからず終わるぞ」

 「それあるー!てか、こんなとこに一人でいるとか、まじウケる」

 「いやウケねえよ。てか、君何年生」

 「二年だけど?」

 「俺三年。敬語使え、敬語」

 初対面の奴にいきなりため口使えるあたり、三年生かと思ったけど違ったみたいだな。てか、こいつコミュ力高すぎるだろ。

 「敬語っ!ウケる!」

 なんかむかついてきたぞ。俺、何かウケること言いましたかね!説教してるんですけど!説教!

 「それで、先輩はなにしてんの?」

 「教室に居にくいからここにいるの」

 「え?イケメンなのに?」

 「イケメンは関係ないの」

 いや、あるわ。イケメン超関係あったわ。イケメンのせいでこうなったんだったね。

 「なんかあったん?」

 「聞いてないか?三年生がいじめられてた話」

 あれから一ヶ月経ったんだ、この話は学校中に広まっているだろう。

 「あー、なんか先生が言ってた。友達のお姉ちゃんもイジメてたって聞いたよ」

 「その友達言ってなかったか?いじめられてたやつがチクったから全員ばれたって」

 「言ってたかも」

 やっぱりそこまで広まってんだな。

 こいつの相手するのもそろそろ面倒くさくなってきたし、さっさと本当のこと話して退散してもらうとしよう。

 「それチクったの俺だから」

 「ふーん。ウケる」

 は?

 「えっと、チクったの俺なんだぞ?」

 「うん、わかった。それで?」

 ……なんだこいつ。退散どころか続きを促してるんですけど。え?

 「全部チクった。俺悪い奴。わかる?」

 「別に悪くないっしょ。悪いのはいじめた方で、先輩はひがいしゃ?じゃん。どう考えても悪くないっしょ」

 まあ、確かにそうなんだけど、生徒の立場から見ればチクった方が責められるのが一般であり、嫌われるのは俺の方なのだ。悲しいことに。

 でも、なんかこの子の言葉を聞いて憑き物が取れたような感覚になったのは、無意識にその言葉をかけてもらいたかったからだろう。俺も案外傷つきやすいんだな。

 「そっか。そうだよな。俺は悪くない。君、名前は?」

 「お?なんか元気になったね。あたしは折本かおり!二年二組!」

 「そっか。俺は比企谷颯太。三年一組だよ。二組っていえば俺の弟と同じクラスだな」

 確か八幡も二組だって言ってた気がする。

 「え?先輩って比企谷のお兄さんなの?似てないわー!ウケるー!」

 「ははは、よく言われるよ。でも、あいつは俺の自慢の弟だぜ?」

 「ぷふ、ウケる……」

 この子の笑いのツボがわからん。

 でもまあ、悪い子じゃないというのはわかる。確かに空気が読めなかったり馴れ馴れしすぎるところはあるが、それもまたこの子の個性なのだろう。

 「ねえ、先輩って大体ここにいるんでしょ?暇だったら来てもいい?」

 「俺と話してるといいことないぞ」

 「大丈夫!ばれないようにするから」

 そのあと、何度が説得したのだがまたここに来るということで押し切られてしまった。この子、小町より押しが強いんじゃないか?

 

 

 「それで、それから何度か話していくうちに、かおりから告白されて付き合うことになったんです」

 「颯太ってそんなにちょろい子だったんだー。ふーん。なんか幻滅ー」

 「半ば無理矢理聞き出しておいて勝手に幻滅しないでください……」

 あんたが話せっていうからここまで話したってのに、なんで俺は幻滅されてるんだ。

 「それで?なんで別れたの?」

 「それは陽乃さんにも話したことあるでしょ?」

 「あの時颯太ってば、『俺と一緒に居たらだめだからです』としか言わなかったじゃない」

 「その通りですよ。俺と一緒に居たらかおりが良い目に遭わないからです」

 「それは最初からわかってたんじゃないの?」

 陽乃さんはそう言うと鋭い目で俺を見つめてくる。

 陽乃さんの言う通り、そうなることなんて最初からわかっていた。だけど、あの時の俺はすがってしまったのだ。俺を肯定してくれるかおりという存在に。

 「かおりちゃんもそれがわかった上で告白したんでしょ?そんな理由で別れを告げられて、よく平気な顔してられるね」

 俺に向いていた矛先は静観していたかおりへと移り、陽乃さんは俺に向けていた鋭い目を崩さず睨む。

 「うーん。別に良いんじゃないですか?あの時の颯太先輩がやばかったのはわかってたし、誰かにすがりたい気持ちを持っても仕方ない。誰だって弱ってるときは誰かに頼りたくなるもんだし。ていうか、颯太先輩がそういう気持ちで付き合っているのもわかってたし、その中にもちゃんと好きっていう気持ちが入っていたのもわかる。それに……」

 陽乃さんの冷たい目に臆することなく言葉を紡ぐかおりはそこで言葉を切ると、俺も何度か見たことのある幸せそうな顔を浮かべ口を再び開く。

 「好きな人があたしのことを本気で思ってくれて、本気で考えてくれたなら……これ程嬉しいことってないじゃん?」

 その言葉を聞いていた人間が言葉を失ってしまう程、かおりの言葉にははっきりとした思いがあった。あの陽乃さんですら驚いた様子を隠すこともなく目を見開いている。

 「そ、それで好きな人と別れることになってもそれが言えるの?」

 「だから今言ってるじゃん。それが質問の答えじゃん?」

 あぁ、陽乃さんの肩がプルプル震えてる。これ、あとで俺が被害被るパターンじゃね?あとかおりさん?最初は敬語使ってたのに、今は普通にため口になってますよ?あれだけ直せと言ったのに……。

 「それに、あたしは颯太先輩のすべてを肯定できるから」

 「かおり、まだそんなこと言ってるのか。頭おかしいぞ、お前」

 「兄貴がそれ言うのか……」

 「あたし知ってるよ!そういうの、おまいうっていうんだよね!」

 「おまいうっていうのが何か解らないのだけれど、意味が凄くあっているということだけはわかるわ」

 あれ?何故か奉仕部連中から総ツッコミを受けてしまった。

 「それある!颯太先輩いっつもそう言うけど、颯太先輩が言ってるのを聞いて、それある!って思ったから使ってるだけだよ?」

 「はぁ?俺がいつ言ったよ」

 「いつも比企谷の話するときに言ってたじゃん!」

 「八幡は特別だし。あと小町もな」

 「ぷふ!ウケる!」

 何を当たり前のこと言ってるんだこいつは。こらー、奉仕部連中は何を溜息吐いてるんだー。呆れたような目でこっちを見るんじゃないよ。

 「……帰る」

 「え?陽乃さん?」

 「帰る!なんか嫌だから帰る!じゃあね!」

 投げ捨てるように言葉を吐くと、陽乃さんは自分の伝票をもってレジへと向かっていってしまった。俺、数日後生きてられるかな……。

 「ねえ颯太先輩。あの人なんだったの?」

 「……さあ?」

 わっかんねー!すべてがわっかんねー!いや、ガチで。

 「ふふ……ふふふ……。くっ……!ぷふふ……!」

 雪ノ下さん?なんでそんな素晴らしい笑みを浮かべてるの?なんだか怖いわよ?

 「折本さんといったわね」

 「え?うん」

 「これから、仲良くしましょう」

 「う、うん」

 すげえな、あのかおりが若干引いてる。

 こうして、俺への尋問は陽乃さんの退出により終了し、かおりと雪ノ下さんの間には一方的な友情が芽生えたのであった。

 ……俺の胃はもうボロボロよ。




どうもりょうさんでございます!
というわけで、かおり本格的に絡んでまいりました。かおりのキャラが若干おかしいかもしれませんが、この小説ではこうなのです。
次回以降もよろしくお願いします!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

寄り添い、そして歯車は回りだす。

 かおりとの再会を果たした日の夜、俺は半ば死んだ目で携帯を耳に当てていた。

 「なんの用ですか」

 『敬語とかウケる!なんか懐かしいっしょ?付き合ってた頃は毎日話してたじゃん』

 「そん時はメールだったけどな」

 最近は無料通話アプリとか出たし、通話代を気にしなくていいからな。技術の進歩に感謝感謝。

 「それで、何の用だよ」

 『別に用はないけど、やっと新しい連絡先も貰ったことだし話したいじゃん?』

 「貰ったとか嘘言うなよ。強引に聞き出しただけだろうが」

 あの後、普通に別れようと店を出ると、昔と変わらぬ笑顔で腕を掴んだかおりが連絡先を聞いてきたのだが、いろいろと面倒なことになりそうだった為断った。

 しかし、そんなことでへこたれるかおりではなく、数十分粘られた挙句、渋々連絡先を教えてしまったのだ。こういう強引なところには昔から困らされている。

 『ウケるー』

 「おい、お前ウケるって言えばなんでもやり過ごせると思ってないか?」

 『ウケるー』

 ハイ確信犯!かおりさんギルティィ!

 『それよりさー』

 結構重要なことだと思うんですけどね。主に君の将来的に。あと会話のキャッチボール的に。

 『なんか颯太先輩疲れてない?』

 「……」

 俺の周りにいる奴は超能力者か何かなのかな。めぐりもかおりも目敏く気づきすぎだろ。

 『無言のこうていってやつ?だね』

 「肯定の発音が幼稚だぞ。お前、仮にも進学校に通ってんだろ?大丈夫か?」

 『ほら、そうやって都合が悪くなると話をそらそうとする。いろいろ変わってもそういうところは変わらないんだね』

 かおりの声に俺を咎める様子はなく、むしろ懐かしんでいるようにも思えるほどあたたかい。

 こいつはいつもこうだ。何か隠し事をしていても俺を咎めることはしない。ただこうして隠してるんでしょー?わかってるんだぞーと笑うだけ。それでいて事実を聞こうとしない。

 「整形で顔が変わっても性格が変わらないのと同じだ。結局根付いたものはなかなか引っこ抜くことが出来ないんだよ」

 『ははは、そうだねー。ウケる』

 何がだよ……。

 『ま、今度どっか遊びにいこーよ!颯太先輩のリフレッシュってことでさ!』

 「えー。嫌だよー」

 元カノと遊びに行くとか何その罰ゲーム。俺耐えられる自信ないんだけど。

 『ぷふ!即答とかマジウケる!』

 「お前のウケるポイントがわかんねえよ。……そろそろ寝るから。じゃあな」

 『はいはーい。あ、そうだ』

 笑いを堪えながら返事をするが思い出したように声を上げる。

 『比企谷、颯太先輩に似てきたね』

 かおりの言葉が良い意味でなのか悪い意味なのかはわからない。しかし、俺がその言葉に対して返す言葉は決まっている。

 「光栄だね」

 

 

 休日明けの月曜日、そんな週で一番憂鬱な日の放課後、俺は今年何度目かわからない職員室への呼び出しを食らっていた。

 「俺、何か悪いことしましたっけ?」

 「いや、そうではない。そうではないんだがな……」

 シチュエーションはいつもと変わらない。しかし、目の前に座る平塚先生はいつもと目に見えて異なっていた。

 「……比企谷」

 俺を呼ぶ声にもいつものハキハキさがない。目尻は下がり、タバコの煙も気のせいだろうがいつもより揺れ幅が大きい気がする。

 「なんですか?」

 「雪ノ下が選挙に立候補するようだ」

 「……誰かに言われたとかではなく?」

 「ああ、雪ノ下は自分の意志だと言っていたよ」

 陽乃さんに金曜日に何か言われたという線もあるだろうが、雪ノ下さんがそれに流されるっていうこともないだろう。雪ノ下さんの言に嘘はないか……。まあ、一色ちゃんの言を聞いて思い至ったという可能性が高いだろう……。

 「まあ、適任だとは思いますけどね」

 「そうだな。弟もそう言っていたよ」

 既に八幡にも報告済みか。なら俺を呼ぶ必要もないと思うのだが、平塚先生にも思うところがあったのだろう。

 「私はあの空間が壊れるのが怖いのだよ……」

 怖いなんて言葉を一番似合わない人から聞くとはな。それほどまでに先生がきっかけを与え、あそこまで発展したあの場所が好きなのだろう。

 「そして、あいつらが私の手元から離れていくのが寂しいのだよ」

 「独占欲が強いですね」

 「ん?知らなかったのか?」

 「……いえ、知ってました」

 この人、知っていて当たり前だろう?みたいな顔を平然とするなぁ。俺はあんたの幼馴染か彼氏か!まあ、知ってるんですけどね。

 「大丈夫ですよ。あの場所を大切に思っているのは先生だけじゃないですから」

 「……そうか」

 「はい。あの三人もきっと同じ思いですよ」

 当の本人たちがあの場所を大切と思っていないわけがない。八幡や雪ノ下さんが素直にそう言うとは思えないが、心の奥底ではそう思っているはず。

 「そうか、ならいいんだ。わざわざ呼び出してすまなかった。こういう時は無性にお前と話したくなる」

 「別に慣れましたよ。酒に酔ってウザ絡みされるよりはマシです」

 まあ、しょっちゅうは勘弁してほしいが、たまにならこういうのもいいんじゃないかと思う。

 「あれは愛だ」

 「あんな愛があってたまるかよ!」

 「じゃあ八つ当たりだ」

 「そうだろうけど直球過ぎる!もうちょっと濁せ!」

 やっぱ八つ当たりかよ!生徒に八つ当たりとか教師としてどうなんだ。

 「注文が多い奴だな。最終的に私は食べられるのか?」

 「俺は料理店を営んでおりませーん!食べるならめぐりを食べますよ!」

 「えっと……不純異性交遊はいけないぞ?」

 「本気で心配そうな顔してんじゃねぇよ!」

 「やっぱり私を食べろ!」

 「食べるか!なんで期待してんだあんたは!」

 「期待させるようなこと言ったのはお前じゃないか!」

 「言ってねえよ!都合の良い解釈してんじゃねぇ!」

 先程までのしんみりした空気はどこへやら、俺達はいつものように騒がしく口論を始めた。

 その後、ここが職員室だということを忘れて口論を繰り返した俺達は教頭にこっぴどく叱られ、俺は職員室を追い出されてしまった。

 教師陣の生暖かい目がつらかったです。あと一ヶ月もすれば年が明け、少し経てば卒業。二年半以上続いてきた職員室での口論もできなくなる。それを見てきた教師も思うことがあるのか、最近はあんな目を向けられるようになってしまった。心なしか教頭の説教も短かった気がする。

 「ありがとう……か」

 職員室を出る際に平塚先生からかけられた言葉だ。

 その言葉を放つ平塚先生の顔は、いつものようにきりっとしていながら優しさを兼ね備えた美人に戻っていた。あの様子なら心配はないだろう。

 安堵すると同時に、俺は思考を奉仕部の方へと持っていく。

 一色ちゃんの相談を受けた雪ノ下さんは、自分が生徒会長になることで問題を解決しようとした。おそらく奉仕部のほうも両立を考えているはずだ。

 しかし、それができるだろうか?文化祭の時だって雪ノ下さんは仕事に集中しすぎて崩壊した。

 一つのことに集中するタイプの人間が悪いとは言わない。一つに集中すればそれだけ精度も上がるからな。実力も伴っている雪ノ下さんならば学校をより良いものにしてくれると断言できる。

 だが、それは奉仕部の崩壊を意味する。だから、奉仕部を守るのであれば、雪ノ下さんの生徒会長就任を阻止しなければならない。更に、それに代わる代案を考える必要もある。

 やることはいっぱいあるし、難しいなぁ。

 八幡。そろそろなんとかしないと前に進めないぞ。

 俺は頭の中に八幡と部屋にこもって勉強をしているだろう我が妹の顔を思い浮かべた。

 「あと……。いや、これはなしだ。考えから削除削除」

 本来であればもう一つ考えなければならないことがある。もう一つの可能性のことだ。

 しかし、俺はあえてその可能性を排除した。時には間違わせることもしなければならない。俺にとっての一番の優先は八幡なのだから。

 

 

 比企谷八幡という人間は誰かを頼るということを極度に避ける。まあ、頼れる人間が極度に少ないということもあるが……。やだ、自分の弟が寂しい子にしか思えなくなっちゃったわ!

 とまあ、冗談はさておき、それは俺達家族であってもそうだ。

 ならば、八幡を頼らせるにはどうしたらいいのか。それは、こちらから歩み寄るという行動が必要になる。

 「よ、八幡」

 「兄貴か……」

 電気も点けずにリビングに座っていた八幡へ声をかける。

 「雪ノ下さん、選挙に立候補するんだってな」

 「知ってたのか」

 「平塚先生に聞いた。それでいいのか?」

 「……別にいいんじゃないか?それが一番手っ取り早いわけだし」

 八幡は何かを隠すようにカモフラージュの言葉を並べる。

 俺にそんなものが通用するわけがないのにな。八幡の中にあるもやもやと焦燥感が駄々漏れだ。寂しいなぁ。

 「なあ八幡。俺をだますのか?俺に嘘つくのか?八幡がそれでいいっていうならそれでもいいけど。寂しいぞ」

 「……」

 「家族ってそういうもんか?一歩踏み出せよ。立てないか?だったら手を貸してやる。歩けないか?だったらおぶってやる。困ってるのか?だったら……話を聞いてやるよ。家族ってそういうもんだろ。迷惑なんてかけてなんぼだ。そうだろ?」

 「……」

 「なあ八幡。俺、結構奉仕部好きだぜ?」

 その言葉を最後に俺は口を閉ざす。

 そして長い沈黙の末、八幡はゆっくりと口を開く。

 「兄貴、相談がある」

 「ああ、聞いてやる。と言いたいところだけど、その前にやることがあるだろ?」

 「……ああ、小町と話してくる」

 そう言うと、八幡は勢いよく立ち上がると階段を上っていった。

 

 

 二十分ほど経っただろうか、静かだったリビングに扉の開く音が響く。

 「兄貴」

 「颯お兄ちゃん」

 「待ちくたびれたぞ、おぬしら」

 扉の向こうに立っていたのは八幡と小町だった。

 二人の距離は近く、寄り添っているようにも見える。二人の間にあった溝はどうやら埋まったようだ。

 「えっと……」

 「あー、その」

 二人はトコトコと俺の元に寄って来ると、きまずそうに俺を見る。

 そして、二人は目を合わせると小さく頷き、申し訳なさそうに俺に頭を下げた。

 「ごめんなさいでした」

 「悪かった……」

 俺は二人の言葉を聞き、たっぷりと間を持たせ口を開く。

 「まったくだ。勿論、八幡や小町と二人っきりっていうのも好きだけどな、俺は、八幡がいて小町がいて、そして俺がいる。そんな三人でいる空間が好きなんだ。この数日、俺がどれだけ寂しい思いをしてきたか」

 俺の言葉を聞きながら二人は険しい顔を更に険しくしていく。

 「でもまあ、こうしてちゃんと戻ってきてくれるなら別に問題ない」

 そう言うと、俺は頭を下げている二人を力一杯抱きしめた。

 「よかった……。愛してるよ、二人とも」

 驚いた様子の二人だったが、顔を見合わせ小さく笑うと俺の背中をさすってくれる。

 「小町も愛してるよ」

 「俺も……愛していないこともない」

 「……ぷふ、なんだよそれ」

 俺は目の端に浮かぶ涙をごまかすように小さく笑い、抱きしめる力を更に強めた。

 これでやっと動き出す。

 カチリという音と共に歯車が動き出したような感じを俺は覚えた。




どうもりょうさんです!更新期間が少し開いてしまいまして申し訳ございません!次からはもっと頑張りたいと思います!
さて、本編では兄妹が仲直りしました。なかなか暗いお話が続いておりますが、我慢していただけると幸いです!
暑くなってまいりました、梅雨にも入り気分が滅入ってしまうかもしれませんが、体調など崩されないようにしてくださいね!それではこの辺で失礼いたします!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!リプ下されば喜びながら、満面の笑みでお返しします!見せられないのが残念!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして比企谷八幡は動き出す理由を与えられる。

 愛しの弟妹が仲直りを果たしたその後、俺と小町で八幡を挟み事の顛末を聞いた。

 修学旅行中に受けた依頼のこと、それに対して八幡がとった解決法、そして今起こっている生徒会選挙のこと、そのすべてを八幡は話してくれた。

 生徒会選挙のことについては風邪を引いていた時にいろいろ起こってしまったようで、どんな状況になっていたのか、どんな話をしたのかは初めて聞いた。ガハマちゃんまで選挙に立候補するというのは初耳だが。

 長年連れ添った俺や小町ならば八幡らしいなと笑うことが出来るだろう。しかし、他の者達が必ずしもそうとは限らない。どうしても理解ができない者もいるだろうし、八幡の行動を肯定できる者も少ないだろう。

 俺が今思った気持ちは小町が代弁してくれたし俺から言うことはない。流石小町。

 「……もし小町がお兄ちゃんの妹じゃなかったら、お兄ちゃんは小町に一歩も近づかなかったと思うよ。颯お兄ちゃんにもね。でしょ?颯お兄ちゃん」

 「そだなー」

 悲しいことに小町の言う通りだと思う。

 傍から見れば俺はリア充だしな。おそらく八幡の方から話す事を拒否するだろうから、俺の内面を知ることもない。俺という人間を八幡は知ろうとしないだろう。

 まあ、俺はどんどん八幡に絡んでいくと思うけどね。こんな興味を誘う人間、他にはいないし。

 「でもまあ、八幡が弟であるのは事実だし、小町が妹なのも事実。変わりようはないし、事実は覆らない。俺は生まれた時から八幡と小町を見てきたんだ。いろんなことをしてきたし、いろんなものを見てきた。その過程を踏んだうえで、俺はお前達を愛してる。お前達の兄貴で本当によかったと思ってるよ」

 「そだね。小町はお兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったら絶対近づかないと思うけど、十五年一緒に居れば愛着も湧くってもんですよ」

 小町の言う通りだ。十五年。そう、十五年という年月を共に過ごしてきたのだ、愛着くらい湧く。でも小町ちゃん?最初の言葉は八幡が傷付いちゃうと思うなー。

 「まあ、俺は八幡とは十七年の付き合いだがな」

 「……そうだな。十五年、十七年も一緒に居ればな」

 八幡も小町の言葉には納得がいったようだ。

 「小町の友達の為になんとかなんないかな……」

 そして少しの問答の後、小町は八幡の肩に頭の乗せ、真面目なトーンでねだる。

 「俺からも頼むよ。俺も奉仕部が好きだし、あの子達を本当に妹みたいに思ってる。それに、俺はお前達三人がいるあの部屋が好きなんだよ。兄貴のお願いを聞くのも弟の役目だろ?」

 「……そうだな。兄貴と妹のお願いは聞かないといけないよな」

 じっくりと考え、八幡は答えを出した。動き出す理由を見つけた八幡は明日にでも動き始めるだろう。ならば、俺は助けを請われた時、いつでも動けるようにしておこう。弟の頼みなら断れないしな。

 その後、俺達はリビングで別れ、自分の部屋に戻っていった。

 

 

 「颯君おはよー!」

 「おっす。おはよう、めぐり」

 翌日、席についてボーっと黒板を眺めていると、横からめぐりが顔を出す。

 「あれ?颯君、なんか元気になった?」

 「よくわかったな」

 本当にこの子エスパーなの?俺の顔を一目見て、一言挨拶を交わしただけで俺の精神状態までわかるとか、エスパーとしか言いようがないぞ。

 「えへへ……。颯君のことだもん。表情を見ればわかるよ。私の大好きな笑顔で挨拶してくれたし、声もなんとなく元気な気がしたから」

 「……」

 これ、惚れないほうがおかしいだろ。俺がちょろいわけじゃないよね?

 「めぐり」

 「んー?どうしたの?」

 「ありがとな」

 「……どういたしましてっ!」

 そんな笑顔を見せられたらもっと惚れちゃうだろっ!バカ!こりゃ、いかんな。

 

 

 放課後、俺はとある教室でとある人物を待っていた。

 「おー?」

 その人物を待っていると、ポケットに入れた携帯が震える。

 「もしもーし」

 『あ、颯お兄ちゃん?』

 「おー、どした、小町」

 電話の主は小町だった。

 『えっとね。さっきお兄ちゃんから電話があって、打ち合わせ?をするから飯はいらないって。それで、小町もいろいろ頑張らないといけないかなって思って、沙希さんと戸塚さんに声をかけて押しかけようと思ってるんだ。颯お兄ちゃんも来ない?』

 小町も頼んだ手前、自分も何かしたかったのだろう。その心がけは素晴らしいが、今日は先客が入ってるし断らさせてもらおう。

 「悪い。今日はちょっと予定があってな。飯は俺もいらないから食って帰りな」

 『そっか……。わかった!じゃあ、気を付けてね!』

 「小町もな」

 そこで電話は切れ、俺は携帯をポケットに戻す。

 すると、教室の扉が開き、今回俺が呼び出した人物が顔をのぞかせる。

 「いらっしゃい、一色ちゃん」

 「比企谷先輩、なんですかー?こんなところに呼び出して。は!もしかして告白しようとしてます!?結構顔は好みですし、格好良くて優しいのでありかなーとは思いますけど、ある人に悪いのでお断りします。ごめんなさい」

 この子は何を言っているのだろうか。ちょっと颯太君頭が回りません。早口すぎて半分以上聞き流しちゃったよ。

 「えっと、まあ座りなよ」

 「スルーされるのは、それはそれで不愉快ですけど失礼します」

 可愛い顔を歪めた一色ちゃんは文句を言いながらも用意した椅子に座る。

 「それで比企谷先輩、この部屋ってなんなんですか?わたし来たことないですけど」

 「そだねー。一般の生徒がここに入ることは殆どないだろうし、知ってる人は少ないかもね。ここは、生徒会倉庫。文字通り、生徒会の備品とか、いろんなものをまとめた記録や、会議の議事録なんかがしまわれているところだよ」

 そう、今回俺が一色ちゃんを呼び出したのは生徒会倉庫。それを証明するように棚には備品や、生徒会記録なんてものが所狭しと置かれている。

 「倉庫ってことはわかりました。それで、なんでわたしをここに呼んだんですかー?」

 「うん。ちょっと見てもらいたいものがあってね。これなんだけど」

 そう言って俺が一色ちゃんに手渡したのは第五十七期生徒会記録と書かれたものだ。

 「これは俺が一年の頃の生徒会記録だよ」

 「はぁ……。なんか、写真がいっぱいですね」

 「そうだね。生徒会記録っていうのは、俺達が卒業時に貰う卒業アルバムと同じようなものでね、その一年に起こったことなんかを写真でまとめたものなんだ。そんで、そこに写ってるのが当時の生徒会長」

 俺は一ページ目に写る女子生徒の顔写真を指さす。

 「可愛い人ですねー」

 「そうだね。名前を一二三双葉。一二三一のお姉さんだよ」

 「一二三先輩のお姉さん!?凄い美形家族なんですね」

 「俺も思うよ」

 あそこの家、お母さんやお父さんまで美形だからな。まあ、あの親からあの二人が生まれてきたのだったら納得ができるけどね。

 「それで、話を戻すよ。まあ、ひとまず記録を一通り眺めてみてよ」

 「は、はぁ」

 一色ちゃんは困惑した様子を隠すことはせず、訝し気な顔で記録を眺めていく。

 「……なんか、凄いですね」

 「だろ?」

 あの頃の総武高と言えば、双葉さんと陽乃さんがまだ在籍していた時代であり、総武高の黄金時代とも呼ばれていた時期だ。

 二人が先頭に立ち学校を引っ張っていく。それに誰もが疑問なくついていき、結果大成功する。そんな凄まじい時代だったのだ。

 「なんか、殆どの写真に会長さんと綺麗な先輩、そして比企谷先輩と城廻先輩が写ってるんですけど」

 「そう。俺はそこに写っている生徒会でもないのに、生徒会室に入り浸っていた先輩に毎日のように振り回されてたからね。めぐりも同じ。もう、二人とも半ば生徒会みたいな感じだったよ。だから、必然的に写真にも多く写ってる」

 生徒会主体の活動には殆ど駆り出されたからな。半ばというか完全に生徒会だったよ。

 「それ見て気づくことない?」

 「えっと……」

 一色ちゃんは考えるように一から記録を見返す。

 「……笑顔になってる」

 「ビンゴ」

 俺が気付いてほしかったのはそこだ。

 記録の始めの方に写っている俺はまるで八幡のような腐った目をしている。しかし、ページをめくるたびにその顔はみるみる変わっていき、最後の方では完全なる笑顔で写真に写っている。

 「一色ちゃん。生徒会っていうのは、学校に変化をもたらしたり、その現状を維持させたりする。そして、自分を変えることのできる場所でもあるんだ」

 「……っ!」

 自分を変えるという言葉に一色ちゃんはピクリと反応する。

 「そ、それがどうしたんですか?わたしに生徒会長をやれっていってるんですか?嫌ですよ?」

 「別にそうじゃない。ただ、そういう場所でもあるんだっていうことを知っておいてほしかったんだ。俺はそれを経験したから」

 「……帰ります」

 「気を付けてね」

 一色ちゃんが教室から出ていくと、俺は椅子の背もたれに背中を預ける。

 一色ちゃんは悩みを抱えている。それは不思議なことじゃないし、誰だって悩みくらい持つ。だけど、なぜか放っておけなかった。それこそ、俺の過去の一端を見せるような真似をしてまで。

 「俺も、頑張らないとな……」

 小町も頑張っているみたいだし、八幡は更に頑張っているだろう。そう思うと脱力していた体に力が戻ってくる。

 「帰ろう!」

 「一緒にね」

 「うわあおうぅん!イツノメェニ!」

 「颯君、大げさすぎ……」

 いや、脱力から戻ってきたら目の前にめぐりがいた!なんて事が起こればこうなってしまってもおかしくないと思うのだよ。

 「なぜここに?」

 「一色さんを呼んだのは私だよ?そろそろ終わったかなーって思って迎えに来たの」

 「……はぁ、ドンピシャだよ。帰るか」

 こいつに俺は全て見透かされてるのかと疑ってしまうよ。

 「うん!うちでご飯食べてく?」

 「お邪魔するよ」

 「りょうかーい!」

 俺は笑顔で敬礼するめぐりを見て笑みを浮かべると、開いていた記録を眺め、笑みを深くした後たたみ、元あった場所へ戻した。

 「めぐり、ありがとな」

 「ふぇ?どうしたの、いきなり。今日は颯君にお礼言われてばっかりだね」

 「いや、なんでもないんだ」

 俺が最後に見た写真、そこには笑顔でピースサインを決めている俺と、その横で嬉しそうな笑みを浮かべるめぐりが写っていた。




どうもりょうさんでございます!
本編ではそろそろ八巻も大詰め!それが終わればクリスマスイベント!かおりが多く絡んでくると思われます。
しかし、まずは八巻です。次回以降も楽しみにしていただけると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!リプ下されば喜びながら、満面の笑みでお返しします!だれか颯太とめぐりんの並び絵を描いてくれー!描いてくださった方には僕の愛情のこもった、颯太とめぐりんのいちゃらぶ番外編をあなただけに書いちゃいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 やはりわたしの後輩は格好良すぎる。

陽乃さん視点です。


 「ふふーん。えへへー」

 今日はわたしにとって一年に一度の大事な日。そんな日にわたしは扉の前で呼び込まれるのを待っていた。

 心なしか機嫌がいいのは二年前の今日を思い出したからだろう。

 これは、わたしと、大事な大事な後輩が過ごした、ある日のお話。

 

 

 七夕。

 それは、会うことを禁じられた織姫と彦星が一年に一度だけ会える日。

 街には笹に短冊が着いたものが置かれていたり、夜になると星を眺めようと多くの人々が空を見上げる。そして、ツイッターではスマホの画面を使い尽くしてしまうようなツイートが多くの者から発信される。

 そんな七夕の日はわたしにとって少々別の意味合いで特別な日である。

 「ほら颯太ー!早く早くー!」

 「はいはい。あんま走って転ばないでくださいよー」

 「転ばないよ!」

 もう、失礼しちゃうな!わたしを子ども扱いするなんて颯太ってば生意気!

 そう、七月七日という日はわたしが主役になれる日、誕生日なのだ。

 今日はそれを祝うという形で、後輩である颯太と一緒に七夕ということで開かれている祭りへとやってきていた。

 「もー!主役を一人で歩かせるなんて男じゃないなー!もっとぐいぐいこなきゃ!」

 「あなたよりぐいぐい行ける自信ないですよ……」

 わたしの用意した浴衣を着た颯太が息を切らしながらやっと追いつく。うん、流石わたし。颯太に良く似合った良いチョイスだ!

 わたしが用意した浴衣は深めの青に白い線が入ったおとなしめなもので、黙っていればさわやかでイケメンな颯太に良く似合っていた。その証拠に多くの女の子の目線が颯太に集まっている。

 むぅ、なんか不愉快だ。

 「ほら、今日はわたしが主役なんだから、いつものように元気に引っ張り回してよ!」

 「元気に引っ張り回されてるのは俺だと思うんですけどね」

 「文句あるの?」

 今日はやたら口答えが多いなぁ。機嫌が悪くなっちゃうなぁ。

 「無いですよ!ないない!よぉーっし!今日は陽乃さんを目一杯楽しませちゃうぞ!」

 「きゃー!颯太ってば頼もしー!それじゃあいこっか!」

 「ういっす……」

 そう言うと颯太の腕にわたしの腕を絡め引っ張っていく。

 そうだよ。楽しませてくれないと家を抜け出してきた意味がないもんね。

 

 

 「ねえ颯太!あそこで短冊配ってるよ!」

 「本当ですね。書きに行きます?」

 「勿論!」

 少し歩くと、開けた場所に置いてある何本もの笹に子供達やカップルが短冊を括り付けている場面に出くわした。おそらく自由に括り付けられるのだろう。

 「陽乃さん、ペンどうぞ」

 「ありがとー」

 颯太からペンを受け取り、短冊に書く願いを考え、やがて短冊へとペンを走らせる。

 「かけたー。颯太は?」

 「書けましたよ」

 「なんて書いたの?」

 颯太は待ってましたとばかりに短冊を見せつけるようにわたしの前に出してくる。

 「弟と妹が元気に過ごせますようにです!」

 本当にこの子はぶれないなー……。普通、こういう時は自分の願いを書くんじゃないかな?

 「陽乃さんはなんて書いたんですか?」

 「世界征服」

 「陽乃さん、それは願いじゃなくて野望です。今すぐ破り捨ててください。そんなの子供達の純粋な願いの横につるさないでください!」

 「いやだ」

 「魔王だぁ!魔王がいるぞ!勇者でてこいー!」

 わたしがにっこりと笑顔で拒否すると、颯太は取り乱したように大声を上げ始める。

 わたし達のやり取りを見ていた人達がクスクスと笑っているが、祭りという楽し気な雰囲気の中では、それ程気にならない。笑っている人達も嘲笑ではなく、単に颯太の反応が面白いから笑っているだけだろうし。

 「ほらほら、騒いでないで吊るしにいくよー」

 「まじで吊るすんですか?え?まじで?」

 「当たり前でしょー。ほら、ウルトラマンになりたいって書いてる子もいるし。大丈夫だよ」

 「どうして大丈夫だと思ったのかはわからんですが、もうどうでも良くなってきたので早く行きましょう」

 どうやら颯太も諦めたようだ。諦めがいいのは颯太の良いところだよ。うん、これからも伸ばしていこうね。

 「颯太ー、これ吊るしててー」

 「え?いいですけど、どこ行くんです?」

 「それ聞くの?」

 「あ、すみません。どぞどぞー。すっきりしてきてください」

 「颯太、その答えは最低だよ」

 本当にこの子はデリカシーがないなぁ。まあ、そんなところも可愛かったりするんだけど。

 颯太から離れたわたしは颯太が周りにいないことを確認し、近くにあった笹に先程とは違うもう一つの短冊を括り付ける。

 「よし!これでいいかな」

 「何がいいのかしら、陽乃?」

 その声を聞いた瞬間、わたしの心臓が激しく跳ねるのがわかる。その綺麗で、冷たい声の持ち主はわたしの知る限り一人しかいない。

 「……お母さん」

 そう、わたしの母だ。

 「今日はあなたの誕生日パーティーなのよ?主役のあなたがいなくてどうするの」

 「パーティーが始まる前には帰るわ。まだ時間はあるでしょう?」

 「そういう問題じゃないのよ。パーティーが始まるまでに会っておかなければいけない人もいるの。西川様も待っていらっしゃるの」

 西川という名字は聞いたことがある。

 確か、そこの御曹司がわたしの将来の夫候補の筆頭で、お母さん達の中ではもう縁談が決まったようなものらしい。

 だけど、正直あの御曹司は好きじゃない。

 小太りで、常に偉そうにしていて、まさしくドラマなどに出てくる嫌な御曹司そのものな男なのだ。

 「さあ陽乃、帰るわよ」

 「……」

 数人の黒服に周りを囲まれ、わたしは無言で下を向く。

 こうなってしまえば、わたしに逆らうことなんてできない。あーあ、あとで颯太になんて言おう……。

 「あー!こんなところに居たんですか!探しましたよ!小便にどんだけかかってるんですか!」

 「……っ!」

 彼の声を聞いた瞬間、わたしはすがるような目でそこに佇む彼を見てしまった。

 「さあさあ、陽乃さん。まだまだ回ってない所いっぱいありますよ!いきましょ!」

 「えっと、そ、颯太……」

 多分、今のわたしは普段からは想像できないくらい、弱弱しい声と目をしている。

 それを見た颯太の顔が一瞬怒りに染まったような気がしたが、まばたきをするとそこにはいつもの笑顔を浮かべた颯太が立っていた。

 「あなたは?」

 「ん?陽乃さんの後輩ですけど?」

 「そう、残念だけど、陽乃は帰らなきゃいけないの。どうせあなたも陽乃に無理矢理連れ回されているだけでしょう?もういいわよ」

 「そうですか」

 颯太の言葉を聞いたわたしは力なく下を向いてしまう。あぁ、これで颯太もわたしから離れていくのだと、そう感じることしかできなかった。

 「ふざけんな」

 しかし、颯太は笑顔を浮かべたままそんな言葉を発した。

 お母さんも黒服の人達も何を言われたのか理解が出来なかったようでぽかんとしている。

 「当の陽乃さんが帰ることを望んでいないのに、なんで黒服で周りを囲んでまで帰らせようとする」

 「陽乃にはしなければならないことがあるのよ。それが陽乃の為になるのだから」

 お母さんはいち早く平常に戻り、颯太の言葉に応えていく。

 「陽乃さんの為……か。陽乃さんにこんな顔をさせることが陽乃さんの為になるんですか?」

 「はい?」

 「陽乃さんの表情すら見てないってか。それで陽乃さん為とか笑えるわ」

 「あなた、言葉に気を付け……」

 お母さんの言葉に冷たさが増すが、それは颯太によって燃やされる。

 「陽乃さんが俺の家の前に立っていた時どんな顔していたか知ってるか!俺と祭りを回っている時どんな顔をしていたか知ってるか!陽乃さんがどうやって笑うのか……あんたは知っているのかよ!」

 「は、陽乃はいつも笑っているわ」

 「だろうな。陽乃さんは笑いの絶えない人だから。でも、あんたはこんな笑顔見たことあるか!」

 そう言って颯太はお母さんにスマホの画面を見せつける。

 そこには、静ちゃんと言い合いをしている颯太と、それを慌てながら止めるめぐり、そして『本物』の笑顔を浮かべているわたしがいた。

 ……って、なんて写真見せてるのよー!ていうか、こんな写真いつ撮ったの!?……双葉がいないってことは、双葉ァァ!

 「あんたはこんな可愛い笑顔を浮かべる陽乃さんをどのくらい前に見た!それとも見たことないか!どうなんだよ!」

 「おい!お前、いい加減に……」

 「おやめなさい」

 黒服が颯太に近づこうとすると、それをお母さんが声だけで止める。

 「そうね、私がこんな笑顔を見たのは陽乃がまだ小さい頃よ。……こんな子供に大声で怒鳴られて気分が悪いわ。帰ります」

 「お、お母さん……」

 「陽乃。西川様にはパーティーの時、しっかりと話してもらいますからね」

 「……は、はい!」

 そう言ったお母さんは颯太の方をちらっと見ると、黒服を連れて歩いて行ってしまった。

 「颯太……」

 「……こわがっだぁ!」

 「……もう、馬鹿」

 私はへなへなと地面に座り込む後輩の頭を撫でながら、そう呟いた。

 

 

 上機嫌のまま扉をくぐると、多勢のお金持ちが拍手をして迎えてくれる。

 簡単な挨拶を済ませ、乾杯の音頭を取り終えると、大勢の人達の中でも一際騒がしい一団へと向かっていく。

 四人の男女。

 その一団へ飛び込み、男の子に目を向けると、男の子は微笑み口を開いた。

 「お誕生日おめでとうございます。陽乃さん」

 「うん!ありがとう、颯太!」

 あの時、颯太から離れて吊るした短冊。そこにはこう書かれていた。

 『また、颯太と一緒に誕生日が祝えますように』と。

 それが叶った喜びと共に、わたしは思う。

 やはりわたしの後輩は格好良すぎる。と。




陽乃さんハッピィィバァァスデェェェ!陽乃さん可愛いよー!うぼあぁぁ!
はい、というわけで陽乃さんお誕生日おめでとうございます。なんとか間に合った陽乃さん番外編でした。
陽乃さんによしよしと頭を撫でられたい人生でした。
本編もよろしくです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!リプ下されば喜びながら、満面の笑みでお返しします!だれか颯太とめぐりんや他のヒロインの並び絵を描いてくれー!描いてくださった方には僕の愛情のこもった、颯太とめぐりんのいちゃらぶ番外編をあなただけに書いちゃいます。希望があれば他のヒロインでも可です。勿論、八幡や小町との並び絵も涙が出るくらい喜びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こうして長かった一件は終息する。

 一色ちゃんとの話を終え、めぐりの家で飯をご馳走になった後俺はまっすぐ帰宅する。

 毎度の如く、お母さんの泊まっていったら?攻撃にあったが、それだけは丁重に断らさせてもらった。越えちゃいけない一線だと思うので!

 「ただいまー。みんなのお兄ちゃんのおかえりですよー」

 「にゃふ……」

 「おー、一番に迎えてくれるのはやっぱりカマクラなんだなー。嬉しいような悲しいようなー」

 帰宅した俺を真っ先に迎えてくれたのは我が愛猫カマクラだった。しゃがんで撫でてやると気持ちよさそうに身をよじる。

 むふう、可愛い奴よのぅ。

 「おかえり、兄貴」

 「お?八幡が小町より先にお出迎えとは珍しいじゃないか」

 普段であればカマクラの次に出迎えてくれるのは小町なのだが、リビングに繋がる扉から出てきたのは我が愛しの弟君だった。

 ということは、俺にいち早く頼みたいことでもあるのだろう。

 「兄貴、頼みがある。ちょっといいか」

 「ほいほい、着替えてくるから部屋で待ってな」

 「わかった」

 そう言うと、八幡は俺より先に階段を上り、自分の部屋へと入っていった。

 さて、今回は何をやらされるのやら。

 

 

 「それで、俺に頼みって?」

 数分後、着替えを終えた俺は八幡の部屋へと入り、八幡と向かい合い座っていた。

 「今日、小町や戸塚達といろいろ話したんだが」

 「みたいだね。俺にもお誘いがあったよ」

 「でだ、相談の結果、俺の方針は決まった」

 そこから、今日行った相談の内容や、その中で決まった方針を八幡は俺に教えてくれた。

 八幡が教えてくれた方針はこうだ。

 候補者を乱立し、推薦人を多く集め他の候補者を立候補できなくする。そして、それを行うのは人間ではないものであり、ツイッターで架空の応援アカウントを作り、架空の人物が推薦人を募ることで身バレのリスクを軽減するというのが八幡が教えてくれた全てだ。

 まあ、『八幡が教えてくれた』という点が非常に重要なわけだけど。

 「方針はわかった。それで?どうせその先があるんだろ?八幡のことだし」

 「……まあな」

 おそらく、これはアカウント運用の半分を任せている材木座君にも話していないことなのだろう。相当にクズいもので、聞いたものが引いてしまうような考え。それを八幡は心の奥底に持っている。

 「……一色を生徒会長にする」

 「彼女はやりたくないんだろ?」

 その意思は今日俺も目の当たりにした。彼女のやる気はないに等しいだろう。まあ、最後は少し揺らいだみたいだけど

 「やりたくないなら、やらせたくすればいい」

 「どうやって?」

 「それは……まあ、このアカウントと葉山と一色の置かれている境遇を交渉材料にしてな……」

 ようやく観念したのか、八幡は隠していた考えを渋々といった表情で話してくれた。

 三日後、八幡は材木座君にも頼んで運用している応援アカウントの名前をすべて『一色いろは応援アカウント』へ変えるのだという。そして、それと葉山君、一色ちゃんの境遇を材料にして交渉する。

 八幡は雪ノ下さん達を生徒会長にすることなく、尚且つ一色ちゃんを生徒会長にする選択肢を選んだということだ。

 「でも八幡、その交渉が難しいんじゃないか?相当博打になるぞ」

 「わかってる……。だが、やってみる価値はある」

 一色ちゃんを口説き落とすのは相当難しいと思う。だけど、八幡が決めたなら俺は兄として背中を押してやるだけだ。それに、八幡のこれ程までに必死な表情は久し振りに見たからな。俺が八幡を信じる理由なんてそれだけで充分だ。

 「わかった。八幡の好きなようにすればいい」

 「悪い。心配かけて」

 そう言って八幡は柄にもなく頭を下げてくる。

 「心配かけてる自覚はあったんだな」

 「おい、ひでぇな」

 「はっはっは!冗談だよ。まあ、気にすることないよ。弟を信じるのも、背中を押してやるのも兄貴の役目だ」

 「すま……いや、ありがとな」

 八幡は謝罪の言葉を出しかけ、思い出したように感謝の言葉を口に出す。

 「その言葉で充分。さて、俺は何をすればいい?」

 「情報の拡散を頼みたい。兄貴、ツイッターやってるだろ?」

 「まあね、ほら」

 俺は携帯のロックを解除し、ツイッターのアカウント画面を見せる。

 「これはリア垢だけど、他にもネトゲ用やネットサーフィン用もあるぞ」

 「……フォロワーとフォローの人数に差がありすぎるんだが」

 八幡は若干引き気味にそんな感想を述べる。

 「俺、基本的にリア垢触らないし。でも、フォロワーだけ増えるんだよね」

 「リア充が……」

 こんなことで妬まれても困る。

 でもまあ、久し振りに見たけど通知の多さには若干俺も引いた。名前も顔も知らない人から『フォローさせてもらいました!学校でもお話したいです!』とか来てても怖いだけです。通知切っててよかった。

 「それで、情報拡散ってどうするんだ?」

 「今、いろんな人の応援アカウントが稼働してるって情報を流してくれればいい。みんなも気になる人がいたらRTしてみよう!って一言も付け加えてな。兄貴くらいの影響力なら拡散にはもってこいだろ」

 「了解。あとで呟いておくよ。うわ、リア垢で呟くの始業式ぶりだ」

 ちなみに始業式のツイートは『ドーナツ食べたい』だ。始業式関係ねぇ!

 「助かる。ありがとな」

 「お安い御用ってことよ。また、何かあったら言ってくれ」

 「わかった」

 その後、八幡と少し話した後部屋へと戻った。

 

 

 さて、今回の件だが、結論から言うと解決した。

 雪ノ下さんやガハマちゃんが生徒会長になるわけでもない、そう、八幡は見事交渉を成功させ、一色ちゃんを生徒会長へ就任させることができたのだ。

 これで奉仕部は守られ、一色ちゃんからの依頼も解決。こうして、この件は終息したのだった。

 「あ、颯君こんなところに居た」

 「お、元生徒会長さんじゃないですか」

 後ろを振り向くとニコニコと笑顔を浮かべためぐりが立っている。

 「そっかぁ、もう会長って呼ばれることもないんだねー」

 一色ちゃんが生徒会長になったということは、前任の生徒会長であるめぐりは会長職を一色ちゃんに引き継いだということだ。めぐりがこの学校で会長と呼ばれることはもうない。

 「最初はそうやって呼ばれることに慣れないー!って泣いてたくせに」

 「ははは、そうだったねー。懐かしい。……颯君」

 「ん?」

 めぐりの声に後ろを再び振り向くと、そこには少しだけ寂しそうな顔をしためぐりがいた。

 「私ね?雪ノ下さんに生徒会長になるのを期待してたんだ。由比ヶ浜さんが副会長で、弟君が庶務。それで、卒業した私と颯君が遊びに行くの」

 「……」

 それは非常に魅力的な光景だ。そんな光景があってもよかったのかもしれない……そう思えるほどに。

 「でもね、今は別にどうでもいいかなって思ってる」

 「どうしてだ?」

 「あの三人が一緒にいるなら、そこに遊びに行けばいいもん。颯君がいれば問題ないでしょ?」

 そう言う、めぐりには先程までの寂しそうな表情はない。本当に、心の底からそう思っている証拠だろう。

 「俺は奉仕部に行く口実かよ」

 「ち、違うよ!私はただ、奉仕部に行くなら颯君も一緒の方が楽しいと思って……」

 「……わかってるよ。俺もめぐりと一緒の方が楽しいと思う」

 「だよね!ねえ颯君。今から生徒会室の私物片付けに行くんだけど、一緒に行かない?」

 私物って、あれをまとめるのは結構時間かかるぞ……。

 「まったく、手伝いのお誘いですか」

 「だめ?」

 「いいよ。城廻会長への最後のご奉公だ」

 「ふふ……じゃあ行こうか!」

 「おう」

 そう言って俺は生徒会室へと向かっていった。

 

 

 「やあ、一色ちゃん」

 「あ、比企谷先輩じゃないですかぁ。どうしたんですかー?」

 俺が生徒会室に入ると、晴れて生徒会長に就任した一色ちゃんがいつもの甘い声で迎えてくれる。

 「ん?こいつの手伝い」

 「やっほー!」

 「あ、城廻先輩!お疲れ様ですー」

 一色ちゃんと挨拶を交わしためぐりは、自分の私物をまとめる為生徒会室の奥へと向かっていった。

 「ちゃんとやれそう?」

 「さあ、どうでしょうねー。でもまあ、大変な時は先輩がいますしー」

 憐れなり、八幡よ。

 「……比企谷先輩」

 「ん?」

 「比企谷先輩言いましたよね?生徒会は自分を変えることが出来るって」

 「言ったね」

 あの日、生徒会倉庫で一色ちゃんに言った言葉だ。

 「あれ、違うと思います」

 一色ちゃんは甘い声を低く抑え、俺にしっかり伝わるような声で続ける。

 「先輩を変えたのは生徒会ではなく、周りの人間です。違いますか?」

 「……確かにそうかもね」

 一色ちゃんの言うことに間違いはない。

 たとえ、俺が生徒会との関係を持っていたとして、そこにあの三人がいなければ俺は変われていたのだろうか。可能性がないわけじゃない。しかし、今のようにはなれていなかっただろう。

 「一色ちゃんの言う通り、俺が変われたのは生徒会のおかげじゃないかもしれない。でもね、生徒会はいわば接着剤なんだ」

 「接着剤……」

 「俺と彼女達を繋いでくれた接着剤ってこと。一色ちゃんはその接着剤を手に入れた。あとはそれで繋ぎ合わせる人間関係だね」

 「……そんな人達いません」

 果たしてそうだろうか。本当に一色ちゃんに彼女達のような人間がいないだろうか。

 「そっか、じゃあ見つけようぜ。幸い、一色ちゃんには生徒会長に誰かさんに就任させられたっていう大きな口実があるんだからね」

 「……ふふ、弟を売るんですか?」

 「はは、まあねー」

 「悪い人です」

 一色ちゃんは先程とは打って変わって小悪魔を彷彿とさせる笑みを浮かべる。

 まあ、これじゃ、誰か言ってるようなもんだよな。でも、多分そうなんだと思う。なんでかって?そりゃ……。

 

 兄貴の勘ですよ。




どうもりょうさんでございます!
というわけで八巻終了でございます!少し駆け足気味だったかもしれませんが、次回からはようやく九巻に入ります。
元カノだったことが判明したかおりとの絡みも期待してください!
それではまた次回でお会いしましょう!


なんと月水水憐さんが比企谷三兄妹を描いてくださいました!水憐さんにはお礼の小説を送らさせていただきました!本当にありがとうございます!

【挿絵表示】


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり俺の祝いの席は間違っている。

 十二月も半ば、もうすぐ年も明けるというこの時期、俺氏大学に合格いたしました。

 え?試験はいつ受けたのかって?ちょっと前ですよ、ちょっと前。

 指定校推薦とはいえ、合格したことで肩の荷がおりた気分だ。安心できているように思えても、内心では不安な気持ちもあったのだろう。

 とまあ、合格したからと言って生活サイクルが変わるわけではない。大学に行っても置いていかれないように勉強は少しでもやるし、遊ぶ時は遊ぶ。勿論、適度な運動も欠かさない。油断するとすぐに太っちゃうからね。

 「ねえ颯君!似合う?似合うかな!」

 「おう、めっちゃ似合ってるから落ち着きなさい」

 そんなことを考えていると、俺の横に立つめぐりが興奮気味に自分の服を見せてくる。

 今日のめぐりは少々おしゃれをしていて、白いドレスを身に纏い、頭には小さな花の髪飾りを付けている。ハッキリ言って超可愛い。

 かくいう俺もいつもの服装とは大きく異なり、以前陽乃さんに連れられバーに行った時と同じ格好をしている。

 なぜ、俺達がこんな格好をしているのかと聞かれれば、今から行く場所がとんでもなく高級なレストランだからだと答えるしかない。

 「それにしても、はるさんも太っ腹だよねー。私達をあんな高級レストランに誘ってくれるなんて」

 「陽乃さんからすれば大したことじゃないんだろうよ。まあ、お祝いだっていうんだから遠慮なく食わせてもらうけどね」

 「もー、颯君ったら」

 俺の遠慮を一切感じさせない言葉にめぐりは頬を膨らませる。

 そう、俺達を高級レストランに誘ったのは陽乃さんであり、陽乃さん曰く、俺とめぐりの合格祝いなのだという。

 「お、着いたぜ」

 「……ねえ颯君」

 めぐりは目の前にそびえ立つ高いビルを前にして、不安そうに俺の名前を呼ぶ。

 「なんだい、めぐりさんや」

 「私達、今からここに入るんだよね?」

 「そうだね」

 「ものすっごく場違いな気がするんだけど」

 「まあ、それは俺も思う」

 いやまあ、高級ホテル内にある高級レストランなんて、俺達みたいな一般高校生が入るような場所じゃないからな。場違い感を感じてもなんら不思議じゃない。

 「なんか、颯君は落ち着いてるね」

 「んー、いやぁ……。なんというか、慣れた」

 「慣れた!?」

 俺の言葉に嘘はない。

 確かにめぐりもこのような場所に呼び出されることは何度かあった、それ故、今めぐりが身に纏っているドレスを贈られたこともまた事実である。

 しかし、俺とめぐり、どちらが多く呼び出されたかと言われると、圧倒的な差で俺なのだ。今年に入っても呼び出されたし、奉仕部でも場違い感のあるバーに行った。こうも、頻繁に来ていると幾ら慣れないと言っても、最小限の免疫はついてしまうのだ。

 「めぐりもそのうち慣れるよ」

 「なんだろう、颯君の表情を見てると慣れたいという気持ちが一向に湧いてこないよ」

 おっと、無意識に遠い目をしていたらしい。いけない、いけない。

 「まあ、ここでだらだらしてても仕方ないし、行くぞ」

 「う、うん」

 めぐりは決心したように俺の左肘を掴み、俺と共に一歩を踏み出した。

 

 

 「二人ともー!こっちこっちー!」

 俺と緊張顔のめぐりを迎えてくれたのは、お洒落な場の雰囲気に似合わない明るく元気な声だった。

 「恥ずかしいので声抑えてください……」

 「えー?颯太ってばそういうの気にしないでしょ?」

 この人は俺をなんだと思ってんだ。最低限場の空気には合わせるぞ。あれー?なんでめぐりんってば頷いちゃってるの?不思議だなー。

 「平塚先生も止めてくださいよ」

 「私が止めてどうにかなるならとっくにしている」

 「ですよねぇ……」

 陽乃さんの隣に座っていた平塚先生の言葉に納得してしまう。

 「もー!そういうのはいいから、早く座りなよ!」

 「了解っす」

 「はーい」

 陽乃さんに促され、俺達は陽乃さん達の対面に座る。

 「ひとまず、二人とも合格おめでとー」

 「うむ、指定校推薦だったとはいえ、ようやく安心できたな。おめでとう」

 席に座ると同時に陽乃さんと平塚先生から祝福の言葉を掛けられる。

 「ありがとうございます、はるさん、平塚先生」

 「どうもっす。こちらからも、いろいろと世話になりました。ありがとうございました」

 受験に際し二人には世話になった。

 平塚先生には小論文の過去問を用意してもらったり、添削などをしてもらっていたし、陽乃さんに関しては、この人と話す事自体が面接練習だったからな。二人の力は非常に大きいと言える。

 「でもさー、なんで二人ともわたしと一緒の大学に来なかったのー?」

 そのことがよっぽど不満だったのだろう、そう切り出した陽乃さんの頬はこれでもかという位膨らんでいた。

 「いや、陽乃さんの大学って理系じゃないですか。俺達文系ですし」

 「なんで文系選んだのー!」

 あー、こりゃ面倒くさい奴だ。こうなると長いからなー……。

 「だって、一番家から近い学校が文系だったし……」

 「そんな理由でわたしとのキャンパスライフを棒に振ったっていうの!?わたしと家からの距離、どっちが大事なの!」

 「そんなの、八幡と小町に決まってるじゃないですか」

 「それは選択肢になかったでしょー!」

 選択肢になくても間接的には関係あるのですよ。八幡と小町に勝るものなし。

 「まあ落ち着け、陽乃。今日は祝いの席だろう。その追及はまた今度にしろ」

 追及されることには変わりないんですね。ええ、わかってましたよ。

 「ま、そうだねー。今度ゆっくりと聞かせてもらうよ」

 「うむ。それでは食べるとしよう」

 陽乃さんの怪しい言葉で追及が終わると、タイミングよく料理が運ばれてきた為、しっかり手を合わせゆっくりと食べ始めた。

 あ、これうめえ。

 

 

 「あ、そうだ。二人はクリスマスどうするの?」

 「あー……。そういえばもうすぐでしたね」

 もう二週間もすればクリスマスだ。街は徐々にクリスマスに向けて準備を始めている。クリスマスケーキの予約なども始まっているし、本格的にクリスマスモードだ。

 「特に予定はないですかねー。あ、そういえばかおりが総武高と合同で、地域の園児やお年寄り向けにクリスマス会開くって言ってたな。時間があれば来てとも言ってたし、もしかしたら行くかもしれないっす」

 「ふーん。かおりちゃんねー」

 あ、やべえ。なんで俺、自分から地雷踏み抜いちゃってんの?マジあり得ないんですけど。

 「かおりちゃん?ねえ颯君、その子誰?」

 おう、本当に純粋に疑問で問いかけてくるめぐりの目が痛い。セリフだけ聞けば若干ヤンデレっぽいセリフだけど、そんなの一切感じられない純粋な顔が胸に来る!

 「あー、えっと、元カノ」

 「……あの、颯君が自己犠牲で助けた元カノさん?」

 おぉう、そしてこの若干寂しそうな顔だ。俺っちどうしようもないっす。

 「まあその、最近偶然再会してな。ちょくちょくメールやら電話が来る」

 「あの子はまだ別れたつもりないんだってー」

 「え?」

 おぉい!陽乃さんの言葉でめぐりの顔に寂しさが増したぞ!どうするつもりだよ!

 「いや、あのな?それはあいつが勝手に言ってるだけだから!俺はちゃんと別れたつもりだし、あいつのことはどうも思ってない!」

 「そ、そっか!そうだよね!颯君がそんな中途半端なことするわけないもんね!」

 「当たり前だろ!」

 なんとか信じてくれたようだが、めぐりの挙動が明らかにおかしい。めぐり、ナイフとフォークが反対だ。

 「まったく。そんなことで騒ぐんじゃない。まったく……」

 ……えっと。

 「静ちゃん。手、震えてるよ?」

 「そんなことはない!」

 そんな微妙な空気の中、俺とめぐりの合格祝いの会は続いていった。

 

 

 あれから数時間後。ベッドの上にて。

 「あ、颯太先輩?用はないけど電話かけてみたー。そういえば今日さー、ひき……」

 「かおりのばかー!嫌いだー!」

 「うぇ?……あたしは好きだし!まじウケる!」

 うけねぇよ!マジでかおりのばかぁぁぁ!

 「逆切れとかまじウケる!」

 「うけねぇよぉぉぉぉ!」

 「颯お兄ちゃんうるさい!」

 「はぃぃ!」

 「ウケるー!」

 もう、いやっ!




どうもりょうさんでございます!更新遅れてすみません!
さて、最近暑いですね。梅雨も明けて、更に暑さが増した感じがします。そんな中、僕はお外で仕事です。皆さまも倒れないように水分補給はしっかりしてくださいね!室内でも要注意ですよ!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比企谷颯太は胸の奥にモヤモヤを覚える。

 この前まで残暑だの何だのと耳にタコができるくらい言われていたのにもかかわらず、今現在はそんな面影など何処にもなく、雪の予報すら聞こえてくる。

 巷では完全にクリスマスモードに移行しており、浮足立った若者たちを見かけることも多くなった。

 そんな時期に俺はと言えば校舎裏のクソ寒い場所へと呼び出されている。

 「……あの、急に呼び出しちゃってすみません」

 寒さに震える俺の前には顔を赤くし、別の意味で体を震わせる後輩女子が立っていた。

 彼女の目は真剣で、これから彼女が行う行為の重要性を感じさせる。

 「……比企谷先輩、好きです!私と付き合ってください!」

 清々しい程のシンプルな告白だが、だからこそ彼女の真剣さが伝わってくる。この行為に及ぶまでにどれだけ自分の中で葛藤したのかが如実に表れている告白だ。

 彼女の容姿はどっちかというと可愛い系。守ってあげたくなるような小動物といった表現が正しいだろう。こんな子に告白されたのは非常に喜ばしいし、普通の男の子なら一発OKしてしまうだろう。

 だが、俺の答えは決まっている。

 そして、未だ目を固く閉じ俺の答えを待っている彼女に向けて口を開く。

 

 

 「はぁ……」

 「お疲れさん。モテ男はつらいな」

 あの後輩女子からの告白に答え、教室に戻ってきた俺は大きなため息を吐きながら机に突っ伏す。それを見た一が苦笑いを浮かべながら近づいてくる。

 「お前に言われたくない」

 「はは。それで?告白受けたの?」

 「断ったよ」

 「だろうね」

 結局、彼女の告白を受けることはしなかった。

 彼女と話したことは一度もないし、そんな子に興味を持つこともない為その時点で断ることは確定なのだが、今の俺には好きな女の子がいる。

 そんなわけで俺があの子の告白を受け、付き合う可能性はゼロだったわけだ。

 しかし……。

 「随分と気にしてるじゃないか。いつもの颯太ならもっと平気な顔してるじゃん」

 「失礼な……。まあ、たいして好きでもないのに告白してくるような子の告白を断るなら、今日よりは楽だよ。でも、彼女みたいな子の告白を断るのは幾ら俺でも罪悪感位わくよ」

 彼女の目は本気だった。あんな真剣な告白をされたら俺だって断るのに罪悪感がわく。それに昔のこともあるしな。

 「でも、最近呼び出し増えたよな」

 「一もそうなのか?」

 確かにこの時期になって告白を受ける回数が増えた気がする。

 「まあな。やっぱクリスマスが近いからだろうよ」

 「なるほど。だから男子も女子も必死なんだな。一はどうなんだ?双葉さんより魅力的な子はいないのか?」

 まあ、なかなかいないと思うけど……。いたら一の方からアタックしてると思うし。

 「可愛い子や綺麗な子はいるんだけどねー。姉ちゃん以上の子はいないかな」

 「だよな……」

 「クリスマスと言えばさ、颯太はクリスマスの予定なんかあんの?」

 「うーん……」

 クリスマスの予定か……。陽乃さん達にも聞かれたけど、今のところ本当に何もないんだよな。かおりに誘われているクリスマス会にも参加するか迷ってるし。

 陽乃さんから呼び出しがあるのかと思ったけど、この前言われなかった時点でその可能性は薄いだろうし。いや、勿論低いというだけで可能性がないわけではないが……。

 「めぐりん、誘わないのか?」

 「……い、いや、あいつにもいろいろあるだろうし」

 「颯太の誘いを断るめぐりんじゃないと思うけど?」

 一の言葉の後に続く沈黙の中、一はニヤニヤとやらしい笑顔を浮かべながらこちらを見つめている。

 こいつ……!

 「一、いつからわかってた」

 「颯太が風邪ひいて、戻ってきたころ位からだな」

 こいつ最初からじゃねえか!

 「俺ってそんなにわかりやすいか?」

 「さあね。でも、俺にはわかったよ。これでも颯太とは親友のつもりだぜ?舐めてもらっちゃ困る」

 「親友怖いな。隠し事できねえじゃねぇか」

 いや、割とガチで。

 「親友に隠し事するのか?寂しいこと言うじゃないか」

 「親友とはいえ、隠し事位する」

 「そりゃ、確かにそうだな。まあでも、わかっちまうもんは仕方ないよ。それを言いふらすつもりもないし、今回のことに限っては精一杯応援する」

 本当に一には敵わないと思う。てか、俺が敵わない人間多すぎない?俺ってどんだけ窮屈な世界で生きてるんだよ。幸せだけど。

 「まあ、何、ありがと」

 「ああ、親友だからな」

 普通、親友だからってここまで良くしてくれる奴も少ないと思うけどな。

 

 

 「さみぃ」

 「だな。昼休みとはいえ外に出るのは間違いだ」

 「散歩しようって言ったのは一だぞ」

 「……てへっ!」

 きめぇ。まあ、こんな仕草も女子から見れば可愛いものらしい。ただし、一みたいなイケメン限定で。俺は全然そんなこと思わないけど。むしろむかつく。

 そんなこんなで、俺と一は昼飯後の空いた時間を使って校舎内や校庭などを散歩していた。散歩を楽しめるような気温ではないけど。ちなみにめぐりは用事があるとかでここにはいない。

 「まあまあ、ほら、あそこにも物好きな連中がいるぞ」

 「お、ほんとだ」

 一が指差した先には男子と女子が人目を避けるように立っていた。

 ……片方には見覚えがあるが。

 「あ、あれ?そ、颯太?」

 「なんだよ」

 二人の方、いや正しくは女子の方を見ていた一が慌てたように俺の名前を呼ぶ。

 そんなに慌てなくてもわかってるっての。

 「いやでも、あれって」

 「別に珍しくもないだろ、告白なんて」

 そう、目線の先で行われているのはおそらく告白。男子の顔を見ればそれは一目瞭然だった。しかし、一が慌てている理由はそこになかった。

 「さて、人の告白じろじろと見るのも悪いだろ。行くぞ」

 「あ、おい!颯太!」

 大きな声出すんじゃねぇよ。気づかれるだろうが。

 俺と一は二人に気づかれないように足早にその場を後にした。

 珍しいことなんかじゃない。そう、ごく普通にあり得ることなのだ。……めぐりが告白されるなんてことは。

 

 

 「……それでね!高橋先生がさ!」

 その日の放課後、俺はいつもと同じようにめぐりと下校していた。

 あの後、めぐりは昼休み終了の予鈴と同時に教室へと帰ってきた。その時のめぐりに大きな変化はなく、いつもと同じだった。

 一は相変わらず俺の方をチラチラ見ていたが、何も変わったこともなく放課後を迎えた。

 めぐりが告白をされたのはこれが初めてではない。何度か相談をされこともある。

 優しい性格に優れた容姿、学業優秀で元生徒会長。考えてみればめぐりは超ハイスペックであり、モテない理由がないのだ。

 これまでなら相談を受けても楽にアドバイスをすることが出来ただろう。しかし、今の俺にはおそらくそれができない。

 今もめぐりがどんな返事をしたのか、結果はどうなったのかが気になって仕方がないのだ。こんな状態で相談なんてされたらどうなるかわかったもんじゃないからな。

 とはいえ気になるものは気になる。どうしたもんか……。

 「んー?颯君どうかした?」

 「ん?いや、何でもないぞ」

 「そう?なんか悩んでるみたいだったから。なんかあったら言ってね!」

 そんなめぐりの笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥にあるものがぎゅっと締め付けられる感覚がする。

 あー、こりゃいかんな。我慢できないわ。

 「めぐり、今日、告白されただろ」

 「え?えっと……。うん……」

 なるべく優しく。きつくならないよう最大限の注意を払い、俺はその先を聞いた。

 「なんて答えたんだ?」

 一瞬の沈黙。そのはずなのに俺には数十秒にも感じられた間の後、めぐりはゆっくりと顔を上げ、ニッコリと微笑みながら口を開く。

 「ごめんなさいって言ったよ。あの人と話したこともなかったからね」

 めぐりのその言葉を聞いた瞬間、胸付近でモヤモヤしていたものが一気に飛んでいくような爽快感を感じる。

 「そっか。ならいいんだ。うん」

 いや、何がいいんだよ。顔熱いぞこの野郎。

 「えへへ、嫉妬?」

 「違うわい!バカなこと言ってんじゃねぇぜお嬢さん!」

 まあその通りなんですけどね。

 「ふーんだ。私だって颯君が告白されてるの知ってるんだからね!」

 「俺は全部断ってるからいいんだよ!あーもういいだろ!帰るぞ!」

 「あ、ちょっと待ってよ!颯君ってば!」

 待ってられっかよ!

 俺はめぐりのぎりぎり追いつける速度で道を走っていった。




どうも、暑い日が続いておりますが、みなさんお身体など壊されておりませんでしょうか?お久しぶりです、りょうさんです!
更新間隔が結構あいてしまいましたが、自分生きてますよ。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします!
感想など頂けると泣いて喜びます!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある休日に俺は。

 いよいよクリスマスが目前まで迫ってきたとある休日、俺は眼前で繰り広げられている光景に呆然としていた。

 「ほんと、かおりさんって変わらないですねー!」

 「そう?小町ちゃんも相変わらず可愛すぎてウケる!」

 寝ぼけ眼をこすりながらリビングに降りたら、元カノと愛する妹が楽しそうに話していた件について。

 いや、まじであり得ないんだけど。

 「おい」

 「あ、颯お兄ちゃんおはよー」

 「おはよー、颯太先輩!ってすごい顔、ウケる」

 「誰がこんな顔にさせたと思ってるんだよ!」

 今の俺の顔は驚きと呆れなどが混ざった大変な顔になっているだろう。それはいい。しかし、こんな顔にした張本人に指摘されるのは我慢ならん。

 「それあるー」

 「自覚あんのかよ!」

 確信犯とかマジふざけてんのかこいつは……。

 「まあまあ、颯お兄ちゃんってば落ち着きなよ。こうして、またかおりさんが来てくれたんだから!」

 小町は心底嬉しそうな顔でこっちに向けて親指を立てる。

 まあ、小町とかおりは波長が合うのか仲が良かったし、こうして、もう一度笑顔で話ができるのは嬉しいのかもしれない。しかし、それとこれとは別だ……。

 「はあ……。なんか用があったんだろ?用件言ってはよ出てけ」

 「ぷふ、颯太先輩マジ冷たい、ウケる」

 「冷たくされてウケる奴を初めて見たよ」

 付き合ってた頃から思ってたけど、こいつ新手のMなんじゃないのか?俺にどんなこと言われてもウケるとか言いやがるし……。

 「別に用はないんだけどねー」

 「そうか、じゃあ帰れ」

 用がないならなんでこいつはここに来たんだ……。こいつの行動意図が全く分からん。わかる奴がいたらぜひ読み取り方を教えてほしいよ。

 「まあまあ、せっかく来たんだしさ、久し振りに二人で遊びに行こうよー」

 「いやだ」

 「即答ウケる。……小町ちゃん」

 いつも通りウケると、かおりは悪い顔をしながら小町に顔を向ける。

 なんか、とてつもなく嫌な予感がするんだが……。

 「颯お兄ちゃん、かおりさんと遊びに行かないと小町、颯お兄ちゃんのこと嫌いになるからね?」

 「……っ!なん、だとぉ!?こ、小町!小町!?」

 小町が俺を嫌いになる?え?嘘だろ?そんなの嫌だぁ!

 「かおり!お前汚いぞ!」

 「むふー。あたしは良い妹分を持ったなー」

 かおりは勝ち誇った顔でこっちを見ながらそんなことを言ってくる。

 やばい、すげえむかつくんだが。あー、なんか思い出してきたぞ。かおりがさっき見せた悪い顔、あれは小町と協力して何かを企んでいる時の顔だ。俺と八幡が最も注意しなければならない顔だったはずなのに、すっかり忘れていてしまった。

 「さて、颯太先輩。どうする?」

 「くっ……。くっそぉ!」

 

 

 結果。

 「いやー!颯太先輩とのデート、久し振りだなー!」

 「デートじゃないから。間違っても勘違いすんなよ」

 俺は貴重な休日をかおりと過ごすことになってしまった。

 元カノと二人で遊びに行くとかマジあり得ないんだけど……。

 「それで、どこに行くんだよ」

 「ディスティニーランド」

 「は?夢の国行くの?」

 「そうだよー。中学の時は手が出なかったけどさ、今ならいけるっしょ?」

 「まあ、そうだけど」

 確かに中学の頃は金銭的な面から滅多に自腹で行くことはできなかったが、高校生になった今なら行くことも可能だろう。少々痛手になるのは変わりないが。

 「颯太先輩が出せないっていうなら、あたしが出すけど?あたし、バイトしてるし」

 「舐めるんじゃないよ。これでも比企谷家の長男だぜ?小町の次に金持ちだ」

 「小町ちゃんがやっぱり一番なんだ……。ウケる」

 そりゃそうだ。両親、親戚に一番愛されているのが誰かと問われれば、間違いなく小町だからな。俺が生まれた当初は、今では考えられない程可愛がられたそうだが、俺にそんな記憶はない。

 「でもまあ、それなら問題ないね。さ、いこー!」

 「あ、その前に金おろしてくる」

 「締まらないなー」

 しょうがないだろう、最近とあるものを買ったばかりだから持ち合わせがないんだよ。

 

 

 「ついたー!」

 「おー」

 電車に揺られ、俺達は東京ディスティニーランドへ到着した。

 ディスティニーランドには昔何度か来たことがあるが、最近は八幡も行きたがらないしあまり足を運ばなくなった。俺的には八幡の小町と夢の国で遊びたいのだが、無理強いはいけないからね。

 「よーし、さっさと遊んで帰るぞ」

 「遊ぶのは確定なんだねー」

 「そりゃ、せっかく来たんだし遊ばなきゃ損だろ」

 「それある」

 かおりはニシシと笑顔を浮かべると、俺の手を勢いよく掴む。

 「お、おい、かおり!」

 「ほらほら行くよー!」

 てか力つよ!元々勢いは小町並みだったけど、高校に入って更に強化されてないか?

 「わかったから引っ張るなって」

 「えー?いいじゃーん!」

 俺の抗議もかおりに通じるわけもなく、俺は夢の国へと引きずられていった。

 夢の国なんだからもう少し優雅に誘ってくれよ、お姫様よ……。

 

 

 「うおぁ!見ろかおり!パンさんがいるぞ!うははは!」

 「颯太先輩はしゃぎすぎ!まじウケる!」

 最初こそかおりの勢いに押されていたものの、夢の国が漂わせる雰囲気に当てられたのか、辺りが暗くなる頃になると俺のテンションは最高潮に達していた。見るものすべてに一喜一憂する俺は傍から見れば大きな子供にも見えるだろう。

 「だってパンさんだぞ!え?抱きついていいの?うっほー!」

 「あ、ずる!あたしもー!」

 はしゃぐ俺に気づいたパンさんが『抱きついてもいいんだぜ?』みたいな仕草を取ってくれたため、俺とかおりは勢いよく抱き着く。

 その後、近くにいたお姉さんに写真を撮ってもらい、名残惜しいがパンさんから離れる。

 「はぁ、パンさん可愛かったなぁ……」

 「颯太先輩、パンさん好きだったっけ?」

 「好きっていう程のものではないけど可愛いとは思うぞ」

 グッズを集めたりパンさんに会うためだけにディスティニーランドへ来たりはしないが、キャラクターとして素直に可愛いとは思う。それに、この程度で好きっていうと雪ノ下さんに鼻で笑われそうだし。八幡やガハマちゃん情報だと結構重症気味に好きみたいだし。

 まあ、逆に好きになるよう布教という名の洗脳をされてしまうかもしれないけど。

 「そっかー。あ、そろそろスプライドマウンテンのファストパスの時間だ!」

 ふとかおりが思い出したように俺に知らせてくる。

 スプライドマウンテンは人気アトラクションであり、待ち時間が非常に長い為、かおりの提案でファストパスを取って置いたのだ。空いた時間を他のアトラクションに回せた為、スプライドマウンテンに並ぶよりかは効率的にパーク内を回れたと思う。

 こういうところはよく気が回るんだよね。この回り方が常識だと言われればそれまでだが、アトラクションを回る順番なんかを考え、効率よく連れ回してくれたところを見ると思わず感心してしまう。

 まあ、友達と何度も来ているからかもしれないが。

 「おー、もうそんな時間か。行くか」

 「うん!行こう行こう!」

 こうやって俺の腕を引きちぎらんとばかりに引っ張らなければ百点なんですけどね……。痛い……。

 

 

 スプライドマウンテンへ到着し、するするとファストパス専用通路を通ると、並ぶよりも格段に早くアトラクションに乗ることが出来た。

 今現在は、ファンシーな音楽と共に物語の展開を眺めているところだ。

 「そういえば颯太先輩」

 「ん?なんだ?」

 「クリスマス会どうすんの?」

 かおりから投げられた質問は、クリスマスが近づくにつれ多くなった質問だ。

 「んー、どうしようかね」

 「まだ迷ってる感じ?比企谷いるのに」

 「は?」

 「え?」

 かおりが当たり前のように漏らした言葉に俺は間抜けな声で聞き返してしまう。

 「八幡がいる?」

 「うん。総武高と合同でやるって言ったっしょ?それで、なんか手伝いとかで比企谷も来てるんだよ?言わなかったけ」

 言ってないですよ、かおりさん。そんなの一言も聞いてませんよ!

 「あー、あれだ。颯太先輩にいきなり嫌いだー!って言われた時言おうとしたんだけど、颯太先輩が遮っちゃったから言った気になってた」

 あー、あの時比企谷が……とか言ってた気がする。あの時は俺も興奮してたからなぁ……。

 「あー、うん。いやまあ、今回は俺も悪かったかもしれん。うん」

 「ああ、まーそれはいいんだけどさ。比企谷、何も言わなかったの?」

 「……そうだな。何も言われなかった」

 そういえば、八幡がクリスマス会の準備に参加していて、かおりがその場にいるなら何か言ってきても不思議じゃない。まあ、わざわざ言う必要もないわけだけど。

 ……まてよ?

 「なあかおり、八幡のほかに女子はいなかったか?」

 「んー?いなかったけど……。会長ちゃんの手伝いって言ってた」

 会長ちゃんはおそらく一色ちゃんのことだろう。なるほど。おそらく八幡は今回の件、奉仕部としてではなく八幡個人として動いているのだろう。

 俺が昼休みにちょくちょく奉仕部に行っていることは知っているだろうし、何か言われるのが嫌だったんだろうな。

 こりゃ、明日の放課後にでも尋問しに行かなければ……。

 ……あれ?なんか体が軽い?てか、浮いてるような。

 「颯太先輩、落ちるよー!」

 「心のジュンビガァァァァ!」

 全くできませんでした。

 

 

 「ぷふ、ぶふふ!心のジュンビガァァァァ!だって……。ぷはは!」

 「おい、そういうのはパーク内で終わらせなさい。今は帰り道ですよ」

 夢の国を後にした俺達は帰り道を歩いているのだが、かおりはスプライドマウンテンでの俺がツボに入ったらしく、先程からこの状態だ。

 「ぷふふ……。帰るまでが遠足だから……ふふ」

 「いつまで笑ってんだよ……」

 「ふふ……はぁ。いやー、面白かった!また行こうね、颯太先輩!」

 「いや、行かないから」

 なんだかんだ楽しんでしまったが、こんなの二度とごめんだ。

 「それは、あたしがもう彼女じゃないから?」

 「……っ」

 かおりに先程までの楽しそうな雰囲気はなく、そこには真面目な顔をしたかおりが立っていた。こういう時のかおりに冗談なんて通じない。そうさせない雰囲気を纏っているのだ。

 「……そうだよ。お前と俺はもう彼氏彼女の関係じゃない。かといって、友達と呼べるかも難しい。何より、俺がそう思っているからな」

 「そっか。でもさ、あたしのこと嫌いなわけじゃないんでしょ?」

 「……まあ」

 確かにかおりのことを嫌いかと聞かれれば、そうではないと答えるだろう。俺達は仲違いで別れたわけではないし。

 「もう、邪魔をする奴なんていないよ?あたし達、付き合えるんだよ?」

 「……」

 「……着いちゃったね。今日は楽しかったよ、颯太先輩。じゃあね」

 「……ああ」

 かおりの言葉に答えられないまま、俺達はかおりの自宅前に到着してしまう。かおりはこちらに笑み浮かべ、玄関へと走っていく。

 しかし、玄関の前で一度立ち止まると、かおりはこちらを向いて苦笑を浮かべながら口を開く。

 「あ、そうだ。颯太先輩に嫌いって言われたとき、冗談ってわかってても少し胸が痛かった」

 そう言い残すと、かおりは今度こそ玄関をくぐり、家の中へと入っていった。

 

 

 「……」

 時刻は深夜二時。

 帰宅した俺は飯を食い、風呂に入ってからずっとリビングのソファーでぼーっとしている。小町や八幡も不思議そうに俺を見ていたが、話しかけることなく自分の部屋へと戻っていった。

 「ただいまーっと。……死んだ魚みたいな目してるな。中学の時と同じだぞ」

 「今みたいな目は少なくとも家ではしてねえよ」

 「バカか。俺が見逃してるとでも思ってるのかよ。なめんな」

 リビングに入ってきたのは、仕事から帰宅してきた親父だった。その疲れ切った目は、己の社畜っぷりを如実に表している。

 「なんかあったのか?と言っても、お前が素直に言うとも思えんから、当ててやろう。女だろ?」

 なんで当たるんだよ。怖いんですけど。

 「図星かよ。ったく、お前もついに色気づきやがったか」

 「そんなんじゃねえよ。……親父はなんで母ちゃんと結婚したんだ?」

 気づけばそんなことを聞いてしまった。親父と母ちゃんの馴れ初めなんぞ別に聞きたくないが、無意識に会話の糸口を探してしまったのだろう。

 「……互いに好きだったから。それ以下でもそれ以上でもねえよ」

 気のせいだろうが、そう答える親父の目が先程よりも優しくなったように思えた。

 「親父の昔自慢が本当なら、モテてたんだろ?母ちゃん以外にも付き合ってた人いるんじゃねえの」

 「いることにはいたさ。いろんな奴と付き合ってきた。だからこそ、女の怖い部分ってのもいろいろ知ってるし、恋愛ってもんが難しいのも知ってるぞ」

 本当かどうかは知らないが、昔から女には気を付けろと言っていたし、女性関係で痛い目に遭っていることは事実なのだろう。

 「それでも、母ちゃんと結婚したんだろ?」

 「ああ。あいつよりも綺麗でかわいい子もいたが、最終的にはあいつを選んだ。結婚する直前に、別の奴から復縁を望まれたがそれも断った」

 「そうか……」

 そこまで聞いたところで会話がぱたりと止まってしまう。何かを言わなければと思うのだが、次の言葉を吐き出すことが出来ないでいた。

 「……あいつは、母さんはな、俺の本物なんだ。それも、特別な」

 「……っ!特別な本物……」

 本物という言葉は親父が良く使う言葉だ。そして、それは俺も同じ。だが、特別な本物なんて言葉は初めて聞いた。

 「お前の中の特別は俺達家族だけか?」

 「俺の中の……特別」

 本物と呼べる存在は確かにいる。だが、『特別』と呼べる存在は少ない。八幡や小町、母ちゃんや親父がそうだろう。しかし、それ以外に明確にそう言える存在が一人だけいる。

 馬鹿だな。最近それを自覚したばっかじゃねえかよ。最初から、俺の出すべき答えは決まっていたんだ。

 「へっ。お前も男ならシャキッとしやがれ、バカ息子」

 「うっせえよ。親父もシャキッとしねえと小町に嫌われるぞ」

 「余計なお世話だ」

 そう言って俺達は久し振りに、二人で向き合いながら心の底から笑いあった。

 「……ありがとよ、親父」

 「気持ちわりぃな。……頑張れよ、颯太」

 「おうよ!」 




どうもりょうさんでございます!
気づけばもう八月も終盤。学生の皆さんはもうすぐ夏休みが終わってしまいますね。もう、終わっていらっしゃる方もいるかもしれませんね。
しかし、暑い日はまだまだ続くようです。お身体にはお気を付けください!
本編もなかなか難しい場面へと入ってきており、全く書き進められない!ということが多くなってまいりました。
なんとか頑張ろうと思いますので、待っていていただけると嬉しいです!
それでは、また次回お会いしましょう!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終わり、そして始まり。

 翌日の放課後、俺は予定通り現状を確認するために奉仕部へと向かった。

 「ん?」

 しかし奉仕部の扉前には、何やら真剣な表情で隙間から部室内を覗く一色ちゃんの姿があった。中で何が行われているのかはわからないが、一色ちゃんが入るのを躊躇っているということはそれなりの理由があるのだろう。

 「一色ちゃん……」

 「……っ!比企谷先輩……?」

 驚かせないように小さな声で呼びかけたのだが、よほど真剣に中を覗いていたのか、俺の配慮は意味をなさなかったようだ。幸いにも八幡達には気づかれてないみたいだけど。

 「何見てんの?」

 「えっと……。直接見てもらった方が……」

 「そうだね」

 一色ちゃんの言う通りに部室内を覗いてみると、そこには何とも形容しがたい暗い雰囲気の中で話す三人の姿があった。

 そして、奉仕部を繋いでいた糸が完全に断ち切れそうになった瞬間、俺と一色ちゃん……いや、ガハマちゃんや雪ノ下さんさえも目を疑う光景が目に入る。

 『俺は、本物が欲しい』

 その光景は、八幡が本物を求めるその光景は、八幡のすべてを肯定する俺でも心の奥底では見たかった光景なのかもしれない。その証拠に、俺の胸の奥底から熱いものがこみ上げてきて、この場に一色ちゃんが居なければ我慢できずに涙を流していたかもしれない程嬉しいのだから。

 そして、隣の一色ちゃんはと言えば思い詰めた様子で胸のあたりに力強い拳を作っている。

 しかし、その拳は雪ノ下さんがこちらへ向かってくると同時に緩められる。

 「……っ!」

 「雪ノ下先輩……」

 「ごめんなさい」

 部室前に俺達がいたことに驚いたようだが、雪ノ下さんは一色ちゃんの言葉を続けさせないように、目をそらしながら空中廊下の方へと走っていった。

 俺の横を通り過ぎる際少しだけ目が合うが、その目には困惑が色濃く映っており、とても話しかけられる状態ではなかった。

 そうこうしている間に呆けている八幡の手を取り、ガハマちゃん達が部室から出てくる。

 「いろはちゃん、お兄さん?ごめん、またあとでね」

 ガハマちゃんは俺達に構っている暇などないとばかりに、あてもなく雪ノ下さんを追いかけるように走っていく。

 ガハマちゃん追従する形で部室から出てきた八幡は、一色ちゃんと少しばかり会話をすると俺に目を向ける。

 「兄貴……」

 「よく踏み出したな。よく手を伸ばしたな。……行け」

 「ああ」

 それだけ伝えると、戻ってきたガハマちゃんと共に廊下を駆けていった。

 今の八幡に必要なのはあの二人と話す事であり、俺が多く語ることではない。だから、俺はそれだけ伝えた。褒めるのは家に帰ってからで充分だ。

 「比企谷先輩はいかないんですか?」

 「いいんだよ。この問題に俺が入り込む必要はないから」

 「そう……ですか」

 今あの三人の間に入ったとして、俺が何かできるわけでもないからな。どこまで行っても奉仕部という部活はあの三人のものなのだから。

 「じゃ、俺は帰ろうかな」

 「あ、お疲れ様です……」

 未だ胸に突っかかりをおぼえている一色ちゃんを残し、俺はその場を後にし、とある人物に電話を掛ける。

 「あ、もしもし、かおり?クリスマス会行くよ」

 八幡が本物を求めるのならば、俺は兄としてその先を示そうじゃないか。

 

 

 あれから数日が経ち、今年もクリスマスイブがやってきた。

 去年はイブも本番も一、正確には一二三家と過ごしたのを覚えている。不運なことに、陽乃さんには用事が入り、めぐりの方は家族旅行が重なってしまった為だ。勿論夜には帰宅し、八幡達とケーキ&チキンを食べたのだが、日中に一二三家と遊びすぎた為ぐったりしていたのも良い思い出だ。

 しかし、今年は違う。

 そう、俺は今、海浜総合高校と総武高校の合同クリスマス会に参加している。

 かおりやガハマちゃんから聞いた話だと、あの日まで八幡一人で行っていた一色ちゃんの手伝いに二人が加わり、それまで滞っていたものが苦戦しながらも進んだらしい。

 結果から言えば大成功だろう。

 海浜総合高校の演奏も、総武高校と小学生合同の劇も、子供たちによるキャンドルサービスも、全てが良い出来だと思えた。

 キャンドルサービスの際に配られたケーキも雪ノ下さん達が自作しているというのだから驚きだ。

 「颯太」

 「おや、もう金髪じゃないんだね」

 「カツラは蒸れるから外した」

 出されたケーキに舌鼓を打っていた俺に話しかけてきたのは、いつぞやの林間学校で出会った小学生、鶴見留美ちゃんだった。

 「そっか。なかなか良い演技だったよ」

 「……ありがと」

 ふむ、照れる姿も可愛いじゃないか。いや、変な意味とかないよ?純粋に可愛いと思っただけだから。ほら、雪ノ下さんだって照れると可愛いじゃん?

 「それで、どうかした?」

 「……八幡、変わった?」

 「はは、そうかもね。変わったと言えば変わったかもしれない」

 ほんの数日の間で八幡の変化に気づくとは、留美ちゃんもなかなか鋭いところがあるな。

 具体的に何が変わったのかと問われれば答えることは難しいだろうが、林間学校の時とは違うとこの数日の間で留美ちゃんは感じたのだろう。

 「でも、悪い方に変わったと思う?」

 「……ううん。そんなことはないと思う。あっちの人達とはちがうまんまだから」

 そこまで感じ取ることのできる留美ちゃんは本当に小学生なのか?そう疑ってしまうが、実際に感じ取ってしまうのだから何も言えないな。

 「あとね」

 「ん?」

 「颯太も変わった?」

 本当に、この子には敵わないなぁ……。

 「そうだね。でも、今からもっと変わるんだよ」

 そう、もっと変わるんだ。

 

 

 いろいろあったクリスマス会も終了し、各々が片付けに入ると、俺はとある人物を呼び出す。

 「やっほ、颯太先輩」

 「おう」

 そう、折本かおりだ。

 「颯太先輩から呼び出すなんて珍しいね」

 「ああ、全くだよ。お前を呼び出すなんてもう一生しないと思ってたよ」

 いつもと変わらない軽口の応酬。しかし、互いの表情に笑みはない。

 「あの日の答えを持ってきた」

 「そっか。じゃあ、改めて言うね」

 かおりは大きく深呼吸をすると、短くも長く感じられる間の後、口を開く。

 「もうあの時みたいに邪魔する人はいない。そして、あたしは颯太先輩のことが好き。颯太先輩にもう一度好きって言ってもらいたいし、優しく抱きしめてもらいたいし、一緒に居たい!もう一度、あたしと付き合ってください!」

 かおりの強い言葉が耳に届くたび、かおりと過ごした日々が蘇ってくる。

 誰かにすがりたい一心で付き合い始めた。しかし、かおりと一緒にいるうちに明確な愛情が生まれ、最初のうちは言えなかった好きが言えるようになった。

 笑顔の絶えないあの日々が、強くつながっていると感じられるあの日々が、もう一度手に入れられる。

 しかし、俺の手がかおりの元へ伸びることはない。

 俺の脳裏に浮かぶ顔はかおりじゃない。

 「ごめん。俺はかおりと付き合うことはできない。……好きな奴がいるんだ」

 顔を下げているかおりの肩がピクリと震える。

 「それは、あたしよりも?」

 「かおりよりも」

 「あたしよりも一緒に居たいと思う?」

 「思う」

 「……永遠に?」

 「永遠にだ」

 「そっか……」

 全ての質問が終わると、かおりは俯いていた顔を上げ、真っすぐと俺を見ながら笑う。

 「わかった」

 「本当にわかったんだな?」

 「わかったよ。颯太先輩があたしに振り向くことがないってね。だから、わかった。ありがとう。ごめんね。……さようなら」

 こうして、俺とかおりの恋愛はお互いに涙を見せることなく完全に終わりを迎えた。

 

 

 コミセンを出た俺はコートを羽織ることも忘れ、走りながら電話を掛ける。

 『もしもし、颯君?クリスマス会どうだったー?』

 電話の向こうで声を弾ませながら報告を待つめぐりに、俺は息を切らしながら伝える。

 「それは……あとで、は、話す!めぐり、今から、で、で、出てこれるかぁ!」

 『うぇ?だ、大丈夫だけど……。颯君、走ってるの?』

 「あぁ!す、すっごく走ってるぞ!出てこれるなら、今年花火見た場所にぃ!しゅ、集合な!」

 息が切れすぎて何を言っているかわからないかもしれないが、今は勘弁してほしい。めぐりのリスニング能力に掛けるしかない。

 『な、なんかよくわからないけど、わかった!急いでるみたいだし、私も急いでいくね!』

 「お、おう!じゃ、じゃあなぁ!」

 『うんだよ!』

 そこで電話が切れ、俺は走ることに集中する。

 少しでも緊張を抑えるために。

 

 

 「はぁ……はぁ……!疲れた!めぐりはまだ来てないか……」

 陸上部をも圧倒する脚力で集合場所へとやってきたのだが、めぐりはまだやってきていないようだった。まあ、めぐりにも準備があるだろうし当たり前のことだとは思うが。

 「そ、颯君!」

 「めぐり!」

 と思っていたところにめぐりの方も到着したようだ。

 本当に急いできたのだろう、冬だというのに汗で額を濡らしているし、息も絶え絶えだ。

 「どうかしたの!?すっごく急いでたみたいだけど。颯君に何かあったんじゃないかって心配になっちゃって!」

 「ああ、大丈夫だ。ひとまず落ち着こう。お互いに」

 「う、うん」

 そしてお互いに深呼吸を繰り返し、落ち着いたところで再び向かい合う。

 「ふぅ、実はな。さっき、元カノに告白された」

 「え?……そっか」

 俺の言葉を聞いた瞬間、めぐりの目が下に向く。

 「でも、断った」

 「え?どうして?」

 そんなの、決まってる。決まってるんだよ、めぐり。勇気を出せ、一歩踏み出せ、比企谷颯太。八幡は踏み出したんだ。兄の俺が止まっててどうする!

 「俺は、めぐりのことが好きだからだよ」

 「……」

 めぐりが驚きのあまり固まっているが、逃すつもりはない。

 「俺にとってめぐりは特別なんだ。陽乃さんとも、一とも、そしてかおりとも違う。家族以外で特別と呼べる存在はお前しかいない」

 「え、えっと……」

 「めぐり、好きだ。俺と付き合ってくれ」

 思えば、これが人生初の告白ということになる。今まで告白してきてくれた女の子もこんな気持ちだったのだろうか。

 少しの間でも長く感じられ、気を抜くと息が止まってしまうような緊張感。告白というものがこんなに苦しいものだとは思わなかった。

 「……ねえ颯君」

 「なんだ?」

 めぐりは俺の目をまっすぐ見つめながら言葉を紡いでいく。

 「胸が熱いよ。でもね、全然苦じゃないの。これが幸せって奴なんだね。颯君、好きだよ、大好き。颯君の声を聞くだけで安心できるし、颯君が笑えば私も笑顔になれる。私にとっても颯君はずっと前から特別だよ?」

 「めぐり……」

 「だからね?えっとね、幸せにしてね?」

 「……あぁ!絶対だ!約束だ!」

 めぐりの涙交じりの答えを聞いた瞬間、俺は思わずめぐりを抱きしめ、涙を流しながら強く頷いた。

 「えへへ、あったかいなぁ……。颯君、大好きだよ」

 「俺もだ。……大好きだ」

 お互いの気持ちを再確認すると、どちらからでもなく二人の距離が近づき、そして二人の間の距離がゼロになる。

 こうして、俺とめぐりの恋愛はお互い涙で顔を濡らしながらスタートした。




どうもりょうさんでございます!
一言だけ言っておきましょう。皆さまお待たせいたしました。
そして、かおりファンの皆さま、申し訳ありませんでした。
次回もよろしくお願いします!



https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

比企谷家の行動力は意外に凄い。

 「えへへー。颯君、そうくーん」

 「はいはい、颯君ですよー」

 あの告白から十分程経ち、俺もめぐりも大分落ち着きを取り戻したのは良かったのだが、泣き止んだめぐりの甘え攻撃に俺氏内心で悶絶中です。

 俺の胸に収まり、スリスリと顔を押し付けてくるめぐりは小町並みに可愛く、俺の理性はゴリゴリと削られていく。

 こりゃ、本格的にまずい。

 そう思った時、俺はコートに入れておいた物の存在を思い出す。

 「そうだめぐり、ちょっと目を閉じてくれるか?」

 「え?うん。わかった」

 一瞬疑問に思った顔をするが、めぐりは考える暇もなく目を閉じる。その警戒心のなさに少しだけ心配を覚えるが、俺を信頼してくれていると思っておこう。

 めぐりが目を閉じたのを確認すると、俺はコートの中から小さな箱を取り出し、その中身をめぐりの首へと持っていく。

 思えば、今現在めぐりが着けている髪留めをプレゼントした時もこう言った気がする。芸がないと言われば仕方ないが、そこはまあ許してもらおう。

 「いいぞ」

 「うん。……わぁ!」

 めぐりは目を閉じている間に感じていたであろう首の違和感を確かめると、驚きと嬉しさの混じったような明るい声を出した。

 俺がめぐりの首に着けたのは、雪の結晶が花のように見えるネックレスだ。商品名は確かスノーフラワーだった気がする。あまり装飾品などを身に着けることのないめぐりだが、元が良いからか良く似合っていると思う。

 「クリスマスプレゼント。気に入ってくれたか?」

 「うん!すっごく可愛いよ!嬉しいなぁ……」

 めぐりの幸せそうな顔を見れたしひとまず安心だ。

 「じゃあ、今度は私の番ね。颯君、目を閉じてくれる?」

 「ん?ああ、わかった」

 めぐりに言われた通り目を閉じると、めぐりの手が俺の首付近でごそごそしているのを感じる。おぉ?なんか首に巻かれたぞ!あったけえ!これってもしかして!

 「よしっ!颯君、もう目を開けてもいいよー」

 「おう!うぉぉ!やっぱりマフラーか!」

 俺が目を開けると、首に巻かれていたものはやはりマフラーだった。コートに並ぶこの時期の必需品だ。

 「えへへー。お母さんに教えてもらって、自分で編んだんだよー。結構時間掛かっちゃって、出来上がったのは昨日なんだけどね」

 「めぐり……めぐりぃ!」

 「えぇ!?そんな、泣かなくても!」

 手編みのマフラーだと恥ずかしそうに教えてくれるめぐりを見た瞬間、俺の中で嬉しさと愛しさが爆発し、めぐりを思わず抱きしめ再び涙を流してしまった。

 手編みのマフラーなんて重いなんて考える奴がいるかもしれないが、俺にとってみれば最高のご褒美だ。めぐりが俺の為を思って一から編んでくれたものを重いだなんて思えるはずがない。

 「ありがとな。本当に嬉しいよ」

 「喜んでくれて私もうれしいよー。だから、涙拭いて、笑顔見せて?」

 「……あぁ!」

 「うん。やっぱり、颯君は笑顔が一番だよ」

 そういって優しく微笑んでくれるめぐりの顔を見ると、俺の心が満たされていくのを感じた。八幡や小町と過ごしている時とは少し違うが、その本質は同じ。本物……いや、『特別』と過ごす時間は俺にとってかけがえのないものだと自覚することが出来た。

 「なあ、めぐり」

 「どうしたの?」

 「明日、どこか行かないか?二人でさ」

 「デートだね」

 「ハッキリ言わないで!恥ずかしいぞ!」

 「颯君の恥ずかしがるポイントがわからないよ……。いつもは、『ふっ、そうだな』とか言うのに」

 「今は別なのー!」

 確かにいつもの俺ならばそう言ったかもしれないが、今は状況が状況だしそんな余裕ない。案外俺だって初心なのだ。

 「それで、行くのか?行かないのか?行ってくれなきゃ泣いちゃうぞ!」

 「もー、どこの坊なの?そうだなー。じゃあ、行きたいところがあるんだけど」

 めぐりは少しだけ考えるしぐさを見せると、思いついたように手を叩く。

 「おう、どこ行きたい?」

 「颯君のおうち」

 しかし、めぐりの口から出たのは想像もしなかった答えだった。

 「俺の家?」

 「そうだよー。私って颯君の家にお邪魔したことないでしょ?だからさ、この機会に行ってみたいんだけど。だめかな?」

 そういえばめぐりの言う通り、めぐりは俺の家に来たことがない。一は何度か来たことあるし、陽乃さんには押しかけられたりしてたし、双葉さんも一関係で来たことがある。平塚先生にはちょくちょく家まで送ってもらっていたし、確かにめぐりだけが俺の家に来たことがないな。

 「別にいいけど、でもいいのか?せっかくのクリスマスに俺の家で」

 「いいんだよ。颯君といられればぶっちゃけどこでもいいし、せっかく彼女さんになれたんだから行ってみたいな」

 そこまで言うのであれば断る理由もないか。ちょうど明日は八幡や小町もいるだろうし。いや、八幡は夜まで帰ってこないかもな。ガハマちゃん達とクリスマス会でもやるだろうし。

 「わかった。ほんじゃあ、明日の十時くらいでいいか?どうせなら昼飯も食ってけよ」

 「いいの?迷惑じゃないかな?」

 「大丈夫大丈夫。多分、大歓迎されるから」

 主に小町ちゃんに。

 「そっか、じゃあお邪魔しよっかな」

 「ああ、どんとこい。今日はもう遅いし、送っていくよ」

 「うん、ありがとね」

 そういうと、俺達はどちらからでもなく手をつなぎ、めぐりの家へと向かった行った。

 

 

 「たでーまー」

 「あ、颯お兄ちゃんおかえりー」

 「おかえり」

 「んみゃー」

 「あら、おかえり。遅かったね」

 「おう、やっと帰ってきたか」

 なんだなんだ、今日はやけにお出迎えが多いな。八幡や小町、カマクラは勿論、母ちゃんや親父までいる。いや、いても普通なんだけどね。

 「親父と母ちゃん、今日は早いんだな」

 「まあね。こういう時くらい早帰りしてもバチは当たらないでしょ」

 「そうだそうだ。ちなみに明日は昼からにしてもらっているから、良く寝れる」

 そう言って母ちゃんたちは気にするななんて言っているが、この早帰りするのでも相当苦労したんだろうな。まあ、それも母ちゃん達の優しさか。

 「兄貴、早くチキン食わねえとなくなるぞ」

 「おぉぉい!待てよ!聞いてないぜボーイ!」

 「早い者勝ちは世の常だぜ、ブラザー」

 「おぉぉ!セチガラァイデスネェィ!」

 「馬鹿やってないで着替えてきなさい」

 「ういっす」

 母ちゃんに兄弟芸を止められると、俺はチキンの為に大急ぎで着替えへと向かった。

 

 

 「ふぅ、なんとか五本は食えたか」

 「いや、食いすぎだろ。あの速度でチキン食べる奴初めて見たぞ」

 「それでいて綺麗に食べるんだからすごいよね」

 あの後、既に他の家族は食べ始めていたチキンにたどり着き、陽乃さんの元で修行……いや、勝手に身についてしまった早く、綺麗に食べる方法を実践し、五本のチキンを食べることに成功した。

 ちゃんと味わってますよ?カリッとしていて美味かったです。

 「あ、母ちゃん親父、明日彼女来るから」

 「……は?」

 「……い?」

 俺の言葉を聞いた母ちゃんと親父は食後のケーキに手をつけようとしたところで固まってしまう。食わないの?俺が食べちゃうよ?

 「彼女って、あんた。ほんとに?」

 「まさか、こんなに早く決めてくるとは……」

 「ほんとだよ。八幡と小町は知ってるやつだぞ。八幡、こま……」

 八幡と小町に確認するために目を向けると、そこには母ちゃんや親父と同じように固まっている二人がいた。だから、ケーキ食べちゃうわよ?

 「あ、もしもし、課長?明日、半休だって言ってたんですけど、全休にしてもらえますか?どうしても外せない用事が出来たので。それじゃ」

 「あ、部長?明日全休にするんで。それじゃ」

 「あの、お二人さん?」

 すごい剣幕と怖い声音で電話してたのが見えた気がするのですが、気のせいでしょうか?電話先の上司さんがすっごく怯えてたような気もしたんですけど……。

 「明日全休にしてもらったから」

 「俺も」

 「母ちゃん、明日クリスマス会とやらを部活仲間でするんだが、ここでしていいか?」

 「いいわよ」

 「ついに、めぐりお義姉さんが本当に……」

 「ねえ、あれ?」

 俺、明日どうなるの?めぐり、すまん。




どうもりょうさんでございます!なんと、この小説のお気に入り数が二千を超えました!ありがとうございます!
この小説も五十話を超え、多くの人に支えられていることを改めて実感いたしました。更新間隔が開いてしまうことの多々ある作者ですが、これからも応援していただけると嬉しいです!
記念話もどこかで書きたいと思っておりますので、こういう話が見たい!とか要望がありましたら、ツイッターや活動報告にコメントしていただけると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今日、自宅に彼女がやってきます。

 翌日、俺は自宅近くにある公園でめぐりを待っていた。

 平塚先生の車で何度か通ったことがあるとはいえ、家への道が曖昧なめぐりを迎えに来たのだ。

 ちなみに、今日ガハマちゃんと雪ノ下さんがうちでクリスマス会をする為に来ることも伝えてある。めぐりがそのことについて気にする様子はなかったし、むしろ楽しみにしていると言っていた為安心はしている。

 母ちゃんと親父も妙に張り切っているようで、いつも昼過ぎまで寝ているくせに、今日に限っては俺よりも早く起きていた。この日の為に無理矢理半休を全休にしてしまうあたり本気度が違う。

 そして待ち合わせ時間の十分前になった頃、白い暖かそうなコートを羽織っためぐりが公園にやってくる。

 「あ、颯君!待ったかな?」

 「いいや、俺も今来たとこだよ」

 そう、これだよこれ!こういうベタな会話が俺はしたかったんだよ。夏のリベンジがかなってよかった。

 「悪いな、いろいろ人が増えて」

 「大丈夫だよー。雪ノ下さん達ともじっくり話してみたいと思ってたしね。お母さん達も無理して休みを取ってくれたんだし、ちゃんとお礼しないと」

 「はは、別に気にしなくていいぞ」

 少しの会話の後、俺達は家族やおそらくきているであろう雪ノ下さん達の待つ家へと向かって歩き始めた。

 

 

 「ただいまー」

 「お、お邪魔しまーす」

 それから程なくして自宅へ到着した俺達は玄関の扉を開く。

 「颯お兄ちゃんおかえり!めぐりお義姉さんもお久しぶりです!ささ、こちらへどうぞー!」

 俺達を一番に迎えてくれたのは予想通り小町だった。小町はニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべながら俺達をリビングへと促す。

 「みんなー、颯お兄ちゃんとめぐりさんが帰ってきましたよー」

 「ただいまー」

 「お、お邪魔します」

 リビングへ入っためぐりは少し緊張しているようで、若干俺の後ろに隠れるようにしてリビング内にいる八幡達に挨拶をする。

 「ども」

 「あ、城廻せんぱーい!こんにちはー!」

 「おはようございます」

 まず俺達を迎えてくれたのは奉仕部の面々だ。

 一時期は崩壊寸前までいった奉仕部内の関係も今ではその影を見せず、俺の大好きな奉仕部の姿がそこにあった。

 しかし、今の奉仕部に不安が残るのは確かで、陽乃さんが見れば異を唱えるかもしれない。けれど、俺から何かを言うつもりはない。決断するのは彼等彼女等であり、決断する時を決めるのも彼等、彼女等なのだから。

 「お、やっと来たか。めぐりちゃんだっけ、俺は颯太や八幡、小町の父親だ。よろしくな」

 「同じく母親よ。まったく、かおりちゃんの時も思ったけど、うちの愚息にはもったいないくらいの可愛い子だね」

 「あ、その、えっと!おぉ、お、お初にお目にかかります!颯太君とお付き合いさせていただいておりますっ!しし、城廻めぐりです!よろしくお願いします!」

 奉仕部の面々に続いてこちらへ挨拶を返してきた親父達を見て、めぐりは慌てて挨拶と自己紹介をする。まあ、少々慌てすぎだとは思うが。

 「めぐり、そんな緊張しなくてもいいよ。とりあえず俺の部屋行こうぜ。親父達とは昼飯の時に話せばいいしな」

 「そうだな。俺達のことは気にせず二人の時間を大切にしろや」

 「親父にしては気の利いたこと言うんだな」

 親父の意外な言葉に八幡がからかうようなことを言う。

 親父には申し訳ないが、俺も八幡と同じことを思ったよ。多分、めぐりに格好良い親父だってところを見せたかったんだろうな。

 親父、大丈夫だぞ。めぐりはどんな親父でも笑って対応してくれるから……。

 「うるせえ、馬鹿八幡。めぐりちゃんを逃したらもうこいつには希望がないかもしれないんだぞ。だって、こいつだからな!」

 「うるせえのはおめぇだ親父!縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ!それに、俺は結構モテるんだぞ!なめんなよ!」

 「颯君、そうなる可能性があるの……?」

 「ないぞ」

 やっべえ、親父の言葉につい反論してしまったが、その仕方がとんでもなく悪かった。

 めぐりの寂しそうな言葉に条件反射で否定の言葉が出た俺を褒めてほしい。こういう時はきっぱりと否定した方が良いからな。まあ、後でフォローは必要だけど。

 「ほら、馬鹿二人は放っておいて早く行きなさい。後で飲み物でも持っていくから」

 「おう、わかった。めぐり、行くぞ」

 「う、うん」

 目が笑っていない母ちゃんに促され、俺の部屋へと向かう。

 ありゃ、親父の奴母ちゃんにこっぴどく叱られるな。無事に昼飯を食べられるよう祈っておいてやろう。

 

 

 「悪いな、うちの親父が」

 「ううん、面白そうなお父さんで安心した」

 「それならよかったよ」

 俺の部屋へと移動した俺達は適当な位置に座り話をしていた。

 部屋に入った直後は俺の部屋を珍しそうに見ていためぐりだったが、今はそれなりにくつろいでくれている。いずれ、めぐりにとってこの部屋が安心してくつろげる場所になってくれることを願うばかりだ。

 めぐりの家にいるときのように他愛もない話に花を咲かせていると、部屋の扉をノックする音が響く。

 「颯お兄ちゃーん、飲み物とお菓子持ってきたんだけどー」

 「おー、小町か。入っていいぞー」

 「りょーかいー。失礼しますよー」

 扉を開けて部屋へ入ってきたのは、お盆にジュースの入ったコップと俺の好物であるチョコレートなどのお菓子類を乗せた小町だった。

 「ありがとな、小町。親父はどうなった?」

 「あはは、お母さんにこっぴどく叱られてたよ。お兄ちゃんも巻き添え食らって何で俺までって愚痴ってた」

 俺の予想通りに事は運んだようで何故か俺は安心感を覚えた。ガハマちゃん達の前でそこまで出来たってことは、母ちゃんもあの二人のことを少なくとも悪く思っていないことが分かったから。

 「ごめんなさい、めぐりお義姉さん。うちのお父さんが」

 「ううん、いいんだよ。颯君にも謝ってもらったけど別に気にしてないよ。それに、お父さんやお母さん、颯君や小町ちゃん、比企谷君がお互いを大切に思ってるのはなんとなくわかるし。良い関係だと思ったよ」

 めぐりの言葉を聞いた小町は口を開けたまま呆然とした後、ぱぁっと顔をほころばせるとめぐりの手を握る。

 「めぐりお義姉さん!これからも、颯お兄ちゃんと比企谷家をよろしくお願いします!」

 「ふぇ?う、うん、任せて!」

 めぐり、あんまり意味も分かっていないのに頷くのは君の悪い癖だよ?まあ、そんなところも好きだけれども。

 それからなんだかんだ昼まで居座った小町と話をしていると、昼飯の用意が出来たとのお達しがあり、俺達は再びリビングへ降りていった。

 

 

 「おー、こりゃすげえ」

 リビングで俺達を待っていたのは、テーブルに所狭しと並んだクリスマスにぴったりの料理だった。台所の方にはおそらく雪ノ下さん特製のケーキも置いてある。

 「雪乃ちゃんと結衣ちゃんも手伝ってくれたのよ」

 「え、ガハマちゃんも?」

 母ちゃんの言葉に思わず俺は固まってしまう。俺が思い出したのはいつの日か八幡が食べていた木炭クッキーだ。不安になってきたぞ。

 「あー!お兄さん失礼なこと考えた!」

 「え、そ、そんなことないよー」

 嘘だけど。

 「大丈夫よ。私とお母様がしっかり見張っていたから。でなければ、台所に由比ヶ浜さんを立たせるわけないでしょ?」

 「ゆきのんもひどい!」

 まあ、雪ノ下さんがそこまで言うのであれば大丈夫だとは思うが、雪ノ下さんにそこまでさせるって……本当に料理できないんだなぁ。

 「もー、颯君?女の子がせっかく作ってくれた料理に失礼でしょ?変な事考えないのっ」

 「めぐり、君は彼女の料理の腕を知らないから言えるんだ。八幡、あの時のことを教えてやれ」

 「……そう、あれは木炭よりも木炭してたクッキーという名の木炭だった」

 「正真正銘クッキーだよ!」

 八幡の迫真の演技にガハマちゃんは可愛く怒る。

 それにしても、俺は実際に食わなかったからわからないけど、今現在思い出し震えをしている八幡を見る限り、相当のものだったんだろうなぁ……。

 「もー!いいから食べてみてよ!」

 「うし、じゃあ食べるか」

 親父の言葉で全員が席に着き、各々料理を口に運ぶ。

 「あ、うめぇ」

 一瞬の間の後、俺の口からはそんな言葉が出てきた。

 「うん、美味しいよ」

 「美味しいですっ!雪乃さん、結衣さん!」

 「……そだな」

 他の面々の評価も上々のようだ。

 俺が口にしたのは近くの皿にのっていたから揚げ。カリッとした衣の感触が楽しく、後から溢れてくる肉汁が旨味を口内に溢れさせる。から揚げとしては満点に近い美味さだ。

 「よし!美味いとわかれば食うに限る!おっしゃぁ!」

 「颯君、行儀よく食べないとだめだよ?」

 「どんどんたべましょー!」

 次々に料理へ手を伸ばしていく俺達をガハマちゃんを嬉しそうに眺め、雪ノ下さんも少しだけ嬉しそうに表情を緩めていた。

 

 

 食事が終了し、八幡達は場所を移し戸塚君達と合流するらしく家を出ていった。その集まりには小町もついていったらしく、今現在家に残っているのは俺とめぐり、俺の両親だけだ。

 「そういえばめぐりちゃん、めぐりちゃんは颯太のどこを好きになったんだ?」

 「ふぇぇ!?どこ、ですか?」

 唐突な親父の質問にめぐりは驚きながらもゆっくり答えていく。

 「優しいところや、いつも私をまもってくれるところ、格好良いところ、声、頼りがいのある背中、私を優しく撫でてくれる大きな手……全部です」

 めぐりから愛を囁かれることは付き合って一日経つまでのわずかな時間に何度もあった。でも、相手が思っている自分の好きなところを聞くのは思ったよりも恥ずかしく、同時に嬉しい気持ちが溢れてくる。

 「ははは、困ったな。これはからかう事もできん」

 「からかうのはやめなさいっていったでしょうが。……めぐりちゃん」

 「はい……」

 親父と母ちゃんの暖かな目に我を取り戻しためぐりは顔を赤くしながら母ちゃんの声に応える。

 「颯太はどうしようもないバカよ?普段は完璧気取ってるくせに大事なところで悩んだりする。そんな似非完璧超人よ?それでもいいの?」

 声を大にして否定できないのが複雑ではあるが、流石に似非完璧超人は酷いのではないでしょうか、お母様。いやまあ、自分が悪いんですけどね?

 「……私は颯君を完璧超人だなんて会った時から思ってませんよ。確かに勉強はできるし、運動も得意で家事全般も難無くこなしますけど、物事が上手く行かなくて泣いちゃうときもあるし、誰かに助けを求めちゃったりします。でも、そういう颯君だからこそ誰かを守ることが出来るんだと思うんです。そんな弱いところも颯君なんです。私は颯君の全てが好きです。だから、お母さんが言われたようなことを気にすることはないですよ」

 めぐりは俺の弱い部分も肯定し、好きだと言ってくれた。

 俺自身、めぐりには自分の弱い部分を曝け出しても良いと思っている。しかし、それがめぐりにとって迷惑ではないかとほんの一瞬だけよぎることがある。こういうことを考えていること自体が俺の弱さだというのだろう。

 それでも、めぐりはそれも俺の一部だと言って包み込んでくれる。

 それがたまらなく嬉しく、俺の胸の奥底から熱いものがこみ上げてきた。

 「ふふ、颯太。今度こそ離しちゃだめよ?」

 「ははは、冗談じゃない。めぐりが離れていったら俺泣いちゃうぞ?」

 「めぐりちゃんも、そこまで言うならこいつのこと離しちゃだめよ?」

 「それこそ、私が泣いちゃいます」

 母ちゃんの問いかけに答えた俺達は自然と笑顔を浮かべ、ふと目に入った親父と母ちゃんも優しい笑顔を浮かべてこっちを見ていた。

 

 

 「今日はありがとね、颯君」

 「いや、こっちもいろいろと迷惑かけた」

 辺りが暗くなってきたころ、俺はめぐりを家まで送っていた。

 「ううん、楽しかったよ」

 「そうか。それならよかった」

 「……えへへ、颯君っ」

 めぐりは甘えた声を出しながら俺の腕に抱き着いてくる。その声と仕草はとても幸せそうで、見ているこちらまで表情が緩んでしまう。

 「あったかいな」

 「うん、あったかい」

 ポケットの中であたためておいた手をお互いに握り、そのあたたかさを確かめる。俺よりも小さな手を握ると、めぐりも仕返しとばかりに握り返してくる。

 「来年のクリスマスはめぐりの家だな。お母さん達には今日寂しい思いをさせただろうし」

 「そうだねー。お母さん達も喜ぶと思うよー」

 本当であればめぐりとクリスマスを過ごしたかったであろうお母さん達には、それとは別に埋め合わせをしなくちゃいけないかもな。

 「……颯君」

 「ん?」

 「好き」

 「俺もだよ」

 「そーじゃなくて」

 「んー?」

 めぐりは不満そうに唇を尖らせながら、何かを訴えかけるような目で俺を見る。

 「……もう。ちゃんと好きって言って?そっちの方が嬉しいから」

 「……んんっ!」

 俺は咳払いで照れを飛ばすと、できるだけめぐりの心に届くようにゆっくり、ハッキリとその言葉を告げる。

 「好きだよ、めぐり」

 その言葉を聞いためぐりはとびっきり嬉しそうな顔を浮かべる。そして、その表情を更に引き立たせるかのように空には白い雪がちらちらと降り始めた。

 サンタさん、来年のプレゼントの予約していいか?

 「来年も、この笑顔を……」

 




どうもりょうさんでございます!毎回更新遅れてしまって申し訳ございません!なんとか生きておりますので、これからもよろしくお願いします!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新しい年は愛しい人と共に。

 例年通り、静かな年の瀬となった今年、というか去年も終了し、新たな年が始まりを告げた。

 昨年は様々なことがあった。

 まあ、それまでも多くのことがあったのは確かなのだが、去年はいろんなことが動きを見せた年だと思う。

 小町の受験勉強がスタートし、俺の方は無事大学合格を決めた。奉仕部の二人に出会ったり、一色ちゃんともかかわることになった。

 更に元カノである折本かおりと再会したり、八幡が本物を求め動きだしたりなど重要な出来事も多々起こり、まさに激動の一年だったと言えるだろう。

 そして、何より……。

 「あけましておめでとう、颯君っ」

 「……ああ、おめでとう、めぐり」

 俺の目の前に立つのは、この湯島天神に集まる多くの人の中でも一際可愛い振袖を着た女の子。信じられないことだが、この女の子こそ俺の彼女なのである。

 そう、去年一番の出来事、それは俺に家族以外の特別と呼べる存在が出来たことだ。

 「やっぱり混んでるなぁ……。俺も八幡達と同じところに行けばよかったかなぁ」

 「しょうがないよねー、受験シーズンだし有名どころはどこもこんな感じだと思うよ?」

 俺達が新年早々やってきたのは湯島天神。初詣と小町の合格祈願を兼ねてやってきたのだが、流石有名どころというべきか、その人の多さに俺は圧倒されていた。

 「帰っていい?」

 「いいけど、まだ小町ちゃんの合格祈願できてないよ?お守りだって買ってないし」

 「よし、小町の為に頑張る」

 「はは、そうだね!私も小町ちゃんの為に頑張るっ!でもね、颯君……?」

 「ん?」

 いつもと変わらない笑顔で握りこぶしを作りながら気合を入れためぐりだったが、急にこちらを窺いながらもじもじし始める。

 「その……彼女になって初めての初詣だし、私の為にも頑張ってほしいかなーって」

 「……っ!」

 なんという不意打ち。その反則級の表情と言動に俺は一瞬声を出すことが出来なかった。

 「……はっはっは!当たり前だろ!勿論、めぐりの為にも頑張るさ!」

 「うん、ありがと。凄く嬉しいよっ」

 なんだろう。めぐりと付き合い始めて一週間程経ったが、会えば会う程にめぐりが可愛く見えてくる。勿論、付き合う前から可愛いと思っていたし、ドキドキすることもあった。しかし、最近は前よりも一層その頻度と度合が多く、大きくなってきている。

 なるほど、これが付き合うということなのか。これは危険だ、ものすごく危険だ。

 そして、そんな態度にあてられたのか、俺の行動も積極性を増していく。

 「めぐり、手……繋ぐか」

 「……うん!繋ぐ!」

 俺から差し出した手をめぐりが握り返すと、境内へと続く道を埋め尽くすほどの人ごみの中、俺達は互いの体温を感じながらその間をかき分けていった。

 

 

 「ただいまーですよー!おかーさん!おとーさん!」

 「もう、そんな大きな声出さなくても二人とも聞こえるからー」

 あの後数十分並び、無事小町の合格祈願を済ませ、お守りも購入できた俺達はその足でめぐりの家へとやってきていた。

 「二人ともおかえりー!颯君、あけましておめでとう!今年も娘共々よろしくねー」

 「あけましておめでとう!もっと早く来てもらいたかったんだけど、俺の仕事の都合に合わせてもらってすまないね!」

 俺達が玄関で靴を脱いでいると、お母さんとお父さんが嬉しそうな笑みを浮かべて迎えてくれる。

 「あけましておめでとうですよ!お父さん、お母さん!お父さんもお気になさらず!」

 「ありがとう。さあ、寒かっただろ?早く上がって上がって」

 「はーい」

 二人との挨拶も程ほどに、俺達は暖房の効いたリビングへと向かう。

 「改めて、颯君あけましておめでとう。……うふふー」

 「おめでとう。……ふふ」

 リビングの炬燵へ入ると、満面の笑みで嬉しそうに正月の挨拶をしてくれる。気になってはいたのだが、なぜ二人はこんなに嬉しそうなのだろうか。

 「おめでとうございます。どうしたんですか?嬉しそうに」

 「そりゃー、ねぇお父さん?」

 「だよなー、母さん?」

 俺の問いかけに二人は笑顔で頷き合いながら、俺とめぐりを見る。

 「二人がようやく正式にお付き合いすることになったんだ。それを待ち望んでいた俺達にとって、これほど嬉しいことはないよ」

 「そうね。颯君が初めてここに来た時からそうなればいいと思ってたし」

 なるほど。俺達が正式に付き合うことになったのはめぐりがあっさりと白状したらしい。そして、二人にとってその事実はそれほどまでに嬉しい出来事だったようだ。

 「も、もう、二人とも恥ずかしいよ」

 しかし、それを面と向かって言われるのはめぐり的に恥ずかしいらしく、その可愛い顔を赤く染め上げ、俺の服の裾を二人に見えないように掴み俯いている。

 そんなめぐりのあざといとも見える天然の行動にドキッとしながらも、俺はいつも通り四人での会話を楽しんでいた。

 まあ、四人での会話となると大体の割合でめぐりいじりが入ったり、めぐりのツッコミを受ける場面があったりするのだが、それがいつもの俺達であり、逆にその方が安心できたりする。

 そんな心地良い時間を過ごしていたのだが、いつまでも振袖を着ているのも窮屈だろうということで、めぐりとお母さんはリビングを出ていった。

 「さて、颯君」

 「はい」

 残された俺とお父さんの間には緩い空気が流れていたが、お父さんの声により少しだけその空気が締まる。

 「俺も母さんも颯君のことを信頼している。颯君のことを話すめぐりは凄く楽しそうで、幸せそうだ。あんな表情を浮かべるめぐりを見るのは親としても幸せだ。……あの笑顔を守ってくれるかい?」

 お父さんの言いたいことはわかる。守ってくれるかい?という言葉の中に含まれている、泣かせないでくれという思いはハッキリと伝わった。

 親として子供の泣いている姿など見たくはないだろう。お父さんは不安なのだ。いくら家族と同等に扱ってくれているとはいえ、誰かに任せるというのが不安だということは俺だってわかるつもりだ。

 ならば、どうするべきか。そんなの決まっている。

 自分の思いをハッキリ伝えるだけだ。

 「俺もめぐりの笑顔が大好きです。守りたいとも思っています。いや、守って見せます。一生。どちらかが果てるまで」

 「……そうか」

 俺の言葉を聞いてお父さんの表情が少しだけ緩んだ気がする。

 でも、俺の思いは全てじゃない。まあ、先程の言葉に具体性を持たせるだけなのだが。

 「お父さん、俺は将来めぐりと結婚したいと思っています」

 「……ふへっ。んんっ!失礼、続けてくれ」

 一瞬お父さんの顔が凄いニヤケ顔になった気がするんだが、気のせいだろうか。

 「すぐには無理だと思っています。だけど、大学を卒業して、就職して……それほど待たせないつもりでいます。だから、許してくださいますか?」

 今言う必要があったのか?と問われれば今じゃなくてもよかったのかもしれない。しかし、俺がどのような覚悟をもってめぐりと付き合っているのかを知ってほしかったのだ。

 お父さんは黙ったまま俯いている。

 殴られるだろうか?まだ高校すら卒業していないのに無責任なことを言うなと叱咤されるだろうか。そんな不安を抱えたまま沈黙が続く。

 そして、数分が経った頃、お父さんは顔を上げ口を開く。

 「許す」

 そう一言述べたお父さんの目には涙が浮かんでいた。

 

 

 その後、俺はお母さんと入れ替わるようにめぐりの部屋へ入り、のんびりと二人の時間を過ごしていた。

 めぐりもそのまま降りてくるつもりでいたようだが、先にリビングへ戻ってきたお母さんの手によってそれは阻止され、今現在はおそらくお母さんがお父さんに寄り添っていることであろう。あの二人のことだ、膝枕でもしながら話をしているかもしれない。

 「……」

 「颯君、どうしたの?」

 そんなことを考えていると無意識にめぐりの太ももに目が行ってしまい首を傾げられてしまう。

 彼氏なんだし、頼んでもいいよな?

 「めぐり、膝枕してくれるか?」

 「えへへ……。恥ずかしいけど、颯君ならいいよ」

 そう言ってめぐりは恥ずかしがりながらも膝を差し出してくれる。

 「そんじゃ、お言葉に甘えて」

 めぐりの太ももに頭を乗せると、何とも言えない充実感と幸福感が身体の奥底から溢れてくる。

 おぉ……。こりゃ、くせになりそう。

 真上を見上げると笑顔でこちらを見ているめぐりの顔がある。

 「颯君が甘えてくれるなんて珍しいね」

 「そうか?俺は意外と甘えるの好きなんだぞ?」

 「じゃあ、もっと普段から甘えてくれていいのに」

 「それは男としては格好付けたいわけで」

 男としては甘えるのに相当な勇気がいるわけで、しかも好きな相手となれば格好良いところも見せたい。男とは面倒くさい生き物なのだ。

 「じゃあ、今日は?」

 「そういう気分だったんだ」

 「そっか。そういう気分なら仕方ないね」

 そう言ってめぐりは笑顔を崩さないまま頭を撫でてくれる。

 普段は頭を撫でる方が多い俺だが、こうして撫でられるというのも案外悪くないものだ。好きな相手に触れられるということがこれ程までに幸せなことだとは思わなった。

 「なあ、めぐり」

 「何?」

 「さっき、お父さんにめぐりとの結婚を許してくださいって言った」

 「ふぇぇ!?」

 「いってぇ!」

 いってぇ!マジいってぇ!めぐりのやつ、驚きすぎて髪思いっきり引っ張りやがった!

 「あぁ!ごめん!大丈夫?」

 「お、おう。はげるかと思った」

 「もう……。それで?け、結婚って?」

 恐る恐る続きを促すめぐりにお父さんとの会話を簡単に説明した。

 

 

 「……颯君」

 「ん?」

 全てを説明した後、めぐりは俺の手を握りながら俺を呼ぶ。

 「私もずっと一緒に居たい」

 「嬉しいよ」

 「……うん。でね?颯君がそうやって一生懸命私のことを考えていてくれたのがすごくうれしい。こんなに幸せでいいのか不安になっちゃうけど、颯君が愛しいって思う気持ちがどんどん溢れてきちゃうの」

 めぐりは手の握りを強め、言葉が尻に向かっていくほどその声に震えが増していく。俺はその震えをなだめるようにめぐりの頬に握られていない方の手を伸ばし撫でる。

 「それで、その……私も!颯君とけ、結婚したいって、思ってるよ?」

 「そっか、じゃあ両想いだな」

 「……えへへ。うん、両想い。早く迎えに来てね?」

 「ああ、わかってる」

 そう言って俺達はお互いに手を握り合い、離れないように固く結んだ。




どうもりょうさんでございます!
本編では年も明け、そろそろエンディングが近づいてきております。頑張って完結まで行きたいと思っておりますので、応援していただけると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新学期と共に実感する。

 年が明け、正月ムードも大分収まってきた今日、いろいろな意味で大変だった冬休みも終了し学校が始まる。

 正月太りしている奴もいるかもしれないし、逆にセンター試験に向けそれどころではなかった者はやせ細っているかもしれない。どちらにしても何かしらの変化があるだろう。

 かくいう俺にも少しばかりの変化があった。

 「おはよーさん、めぐり」

 「おはよう、颯君っ」

 そうして挨拶を交わした俺達は並んで学校へと向かう。

 これまで通りであれば、俺の隣には小町を後ろに乗せた八幡がいるはずだ。しかし、今現在隣で微笑んでいるのは、この冬休み中に晴れて彼女になっためぐりだ。

 新学期を迎えるにあたって、家族、主に小町と母ちゃんから俺に提案があった。

 それは、週四日はめぐりと通学すること。

 当初は全てめぐりと通学することを提案されたのだが、それは流石に可哀想だし、颯君の気持ちを尊重したいというめぐりの一言でそこまで譲歩された。

 別にそんなことしなくてもみんなで登校すればいいんじゃね?と言ってみたのだが、小町と母ちゃんに怖い目で睨まれた。多分呆れも混ざっていたと思う。

 とまあ、そんなこんなで週の大半をめぐりと登校することになったというわけだ。

 「新学期初日だし、別に小町ちゃん達と登校してもよかったんだよ?」

 「んー、今日は絶対めぐりお義姉さんと登校しなさい!って覚醒して間もない時に言われたんだよ」

 こちらを窺いながらの質問に俺は苦笑いをしながら答える。

 まあ、流石に今日はめぐりと登校しようと思っていたし、すんなり了承したんだけどな。

 「なんか気を使ってもらってるみたいで申し訳ないなぁ。小町ちゃんだってお兄ちゃんと登校したいだろうし……」

 「気にしなくてもいいと思うぞ。小町も八幡もいつもより清々しい笑みで見送ってくれたからな。そもそも、めぐりと一緒に登校するよう提案したのは小町だしな」

 あの時の目は凄まじかった。俺殺されちゃうのかと思ったもん。

 「まあ、その、俺もこういうのしてみたいと思ってたし」

 「元カノさんとはこういうことしなかったのー?」

 そっぽを向き明後日の方向を見る俺にめぐりは、陽乃さんとは違う純粋な笑みでからかうように尋ねてくる。

 うーむ、なぜしている行為は同じなのにこうも笑みに違いが出るのだろうか。それとも俺の目がそう見えるように矯正されてしまっているのか?え、どちらに?そんなの言えるわけないじゃないですかー。

 「うーん、かおりと付き合ってた頃はいろいろと事情があったからな。一緒に登校するとかは俺が拒否してた」

 「あ、そっか……。ごめんね?」

 本当に表情がころころ変わる奴だな。別に気にしてないっていうのに。

 「気にすんな。ほら見ろめぐり、今日も元気に子犬が走り回っているぞ」

 「颯君、あれサッカー部だよ……」

 「おや、そうであったか。ぬっはっはっは!」

 ジト目で見られるという一種の人種にはご褒美になる行為を食らったが、めぐりの気を逸らすことはできたようだ。

 ん?めぐりのジト目?可愛さの塊でしかありませんよ?

 

 

 学校に到着し、一を筆頭にクラスメイトに挨拶を済ませ、少しすれば始業式。それが終われば放課となり、担任教師が出ていくと再び教室内はざわつき始める。

 「そーくんっ!」

 「はいよー」

 HRで配られたプリント類を鞄に詰め込んでいると、隣の席からひょっこりとめぐりが顔を出す。めぐりの良い香りが鼻をくすぐって幸せな気分になったのは内緒だぞっ。

 「これ着けてー」

 「ほいほい」

 めぐりの手には俺がクリスマスプレゼントで贈ったネックレスが握られている。

 服装や装飾物、更には髪色に至るまでの校則が緩い我が校だが、元生徒会長という肩書きがあるめぐりは始業式の間ネックレスを外していたようで、それを着けろという意味らしい。

 「ほい、でけたでー」

 「ありがとーだよー。ふふー」

 ネックレスをいじりながら嬉しそうに笑うめぐりは可愛くて、人目がなければ一目散に抱きしめていただろう。その笑顔は反則だと思う。

 「新学期になっても本当に仲が良いよな」

 その様子を眺めていた一が慈愛の目を向けながら話しかけてくる。

 「はっはっは!羨ましいだろう!」

 「うるせえよ。まったく……これで進展がないってんだから不思議だよなぁ」

 そう言って一は小さく溜息を吐く。

 あ、そっか。まだ言ってなかったな。

 「俺達付き合ってるぞ。なあ、めぐり?」

 「ふぇぇ!?……う、うん。付き合ってる……よ?」

 めぐりがその言葉を紡いだ瞬間、教室内から一切の音が消え、次の瞬間全員が持っている物を落とす音が響き渡る。

 「おーい、一くんやーい。起きろー」

 「……う」

 う?うなぎパイか?あれ美味いよな。

 「うわあぁぁぁ!」

 『うわぁぁぁぁ!』

 「うぉ!?なんだなんだ!?」

 一が隣のクラスにも聞こえているであろう叫び声をあげると、その叫び声で再起動したクラスメイトが一斉に騒ぎ出す。

 「なんじゃこの騒ぎは!お前ら静かにせぇ!」

 「厚木ぃ!比企谷と城廻が付き合い始めたぁ!」

 「……」

 おい、厚木先生?なんで黙ってるの?おーい。

 「ぬおぉぉぉぉ!」

 お前もかーい。いや、なんとなく予想はついてたけどね?

 「う、うわわぁ!そ、颯君!ど、ど、どうしよう!」

 いや、めぐりが取り乱してどうするんだよ……。はぁ、この様子じゃ校内に広まるのは決定事項だな……。

 

 

 その後、この騒ぎを聞きつけてやってきた校長すら騒ぎはじめ、その勢いでカツラが取れるという事件が起こったりもしたが、慌ててやってきた教頭により騒ぎは沈静化した。

 普通であれば大目玉であるが、その輪の中に生徒指導と校長がいたことにより、責任の多くは二人に押し付けられたが、生徒には教頭による少しばかりの説教と情報の拡散が課せられた。

 ……いや、なんで教頭は情報拡散を推奨してんだよ。別に隠すつもりもないし、隠せる自信もないからいいけどさ。

 ていうか、律儀に拡散しても良い?って聞かないでくださいよ……。

 「いろいろと大変だったみたいだな」

 「ほんとですよ……」

 そんなことがあった数時間後、俺とめぐりは平塚先生に呼ばれ生徒指導室に来ていた。

 教頭からの説教が俺には珍しくなかった為、平塚先生からの説教が待っているのかと思ったが平塚先生にそんな様子はなく、いつも通り綺麗で優しい笑みを浮かべていた。

 「まあしかし、やっと君達もくっついたか」

 「おかげさまで」

 「えへへ……」

 平塚先生から直接言われたわけではないが、おそらく俺のめぐりに対する気持ちも平塚先生には見破られていたのだろう。

 そう考えると悶々とした日々を過ごさせてしまったかもしれないな。一にもそういわれたし。

 「校長も厚木先生も教頭も、そして生徒も君達の行く末を見守っていたんだ。ああなるのも無理ないよ」

 「まあ、悪い気はしませんけど」

 「もうすぐ君達は卒業してしまう。早いものだ。教頭たちも寂しくてたまらんのだよ」

 平塚先生の目には何が写っているのだろうか、一年生からの俺やめぐりの姿が走馬灯のように駆け巡っているのかもしれない。

 そんな寂しさと嬉しさの混じった優しい顔をしている平塚先生を見ていると、やっともうすぐ卒業なんだと実感することが出来た。

 勿論、まだ少しだけ時間はある。

 しかし、その少しだけの時間が寂しさを増幅させてしまうのだ。陽乃さんや双葉さんもこんな気持ちを経験し、卒業していったのだろうか。

 卒業するのが寂しい。入学した当初の俺ならばそんなこと思えるはずがなかっただろう。本当に感謝してもしきれないと思う。

 「ところで比企谷」

 「はい?」

 「陽乃には報告したのか?」

 あ。

 「ふふ、最大の難関が残っていたな。まあ、覚悟しておくんだな。城廻もだぞ」

 「ういっす……」

 「はい……」

 やっべぇなぁ……。俺、卒業できるのかしら。物理的な意味で……。




どうもりょうさんでございます!
新学期が始まり、物語は終盤になってまいりました。相変わらずの更新速度ではございますが、見守っていただけると嬉しいです!
寒くなってまいりました。お身体にはお気を付けください!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女は着実に輪を広げている。

 「てなわけなんだけど、どうしたらいいかな?」

 「……知らん」

 「八幡つめたーい!」

 「うるせぇ。いきなり押しかけておいて冷たいも何もあるか……」

 八幡は俺を見ると溜息を吐きながら額を押さえる。

 平塚先生と別れた後、俺とめぐりは優雅に紅茶を飲みながら談笑をしていた奉仕部へとやってきていた。

 目的は勿論、悪魔の笑顔で俺達を待っているであろう陽乃さんにどう会えばいいのか、という相談をするためだ。まあ、案の定良い答えは返ってきていないが……。

 「あはは……。ゆきのんのお姉さんの対応はあたし達よりお兄さんの方が慣れてるんじゃないかな?」

 「そうね、少なくとも私よりは慣れていると思うわ」

 「あはは、そうだね。対等……まではいかないけど、話を聞いてもらえる可能性は一番高いかもね……」

 女性陣&めぐりの答えもそれほど良いものではない。

 まあ、確かに平塚先生や双葉さん以外で対等に近い対応ができるのはおそらく俺くらいだろう。

 「……てか、今回はめぐりも当事者だからな?なに他人事みたいなこと言ってんの?」

 「うっ!現実逃避くらいさせてよ……」

 あー、うん、ごめんね。

 めぐりが現実逃避をしているのを苦笑いで見つめていると、ガハマちゃんの横で一生懸命携帯と格闘している雪ノ下さんが目に入る。

 「雪ノ下さんが携帯いじってるなんて珍しいね」

 「ええ、自分でもそう思うわ」

 「ゲームでもしてるの?」

 「いえ、えっと……由比ヶ浜さん、このアプリなんていったかしら」

 ギリギリのところで名前が思い出せないのか、ガハマちゃんに助けを求める。

 「んー?ああ、LUNEだね」

 「へぇ、雪ノ下さんにもガハマちゃん以外に連絡を取る子がいたんだね」

 「その言い方は少々癪に障るのだけれど……そうね、最近は良く話すわね」

 これまでの雪ノ下さんであれば、こんな風に誰かと無料通話アプリなどを使って連絡を取り合うなんてことはなかったであろう。奉仕部で活動していく上で雪ノ下さんにも少し変化があったのかもしれないな。

 しっかし、雪ノ下さんと気軽に連絡を取り合える子がいるなんて初耳だ。心当たりがあると言えば、奉仕部と親交のある戸塚君や川崎さんだろうか。

 「やっぱ恋バナとかするの?」

 「……」

 「あれ?雪ノ下さん?」

 俺の質問が悪かったのかな?気のせいかもしれないけど、雪ノ下さんの目が呆れたような目になっているんだけど……。

 「……それあるー」

 「……!?」

 雪ノ下さんが小声で発した言葉に俺は心の底から驚いてしまう。

 雪ノ下さんが発した言葉は間違いなくかおりの口癖。ってことは……。

 「クリスマス会の後にあんなことがあったなんて知らなかったわ」

 「かおりぃぃぃ!」

 何勝手に話しちゃってんの!?確かに初めて会った時に仲良くしましょう!って言ってたけどさ!まさかメールする仲になってるとは思わなかったよ……。

 「安心して頂戴。かおりさんの愚痴は全て聞いたから、あなたに飛び火することはないわ」

 「それ、君は全部知ってるってことだよね?安心できないんだけど!」

 「うるさいわね。殴るわよ?」

 「罵倒が直球するぎる!なんかキャラ変わってないですかね!」

 なんか初めて雪ノ下さんと会った時と随分キャラが変わってきてないか?いやまあ、悪い変化じゃないとは思うけどさ、俺に対しての扱いがどんどん雑になってきているのは少々不満なんだが……。

 「あはは……。でも、かおりちゃんって話してみると意外に面白い子だよねー」

 俺と雪ノ下さんの様子を見ていたガハマちゃんが苦笑いを浮かべながら呟く。……ん?

 「ガハマちゃん?なんかガハマちゃんもかおりと親しそうに聞こえるんだけど気のせい?」

 「え?あたしも最近かおりちゃんと連絡とってるよ?この前遊びに行ったし」

 俺は思わず頭を抱えてうずくまってしまう。

 なんか着実にかおりと奉仕部の仲が深くなっているのだが……。

 「えっと、八幡は?」

 「……」

 え、なんで無言なの?真っ先に否定しないの?

 「……ちょくちょくメールが来る」

 「お、おぉう……。なんか、かおりのコミュ力を改めて思い知ったよ」

 いろいろあって忘れてたけど、あいつのコミュ力は常人を超えてるからな……。きっかけがあればこの短時間で仲良くなるなんてこと造作もないんだよなぁ……。

 「そうね……。最初は押しの強さに若干引いてしまったけれど、話していくうちにかおりさんの雰囲気にのまれてしまって、時間を忘れて話してしまっていたわ。よくあれだけ話題が出るものだと逆に感心したわよ」

 「確かにあいつといると話題が尽きないからな。小町とは一日中話しても足りない位だし」

 「ああ、そういえば朝から晩まで話してたな。ちゃっかり晩飯まで食っていったし」

 八幡もあの時を思い出したのか若干引いた笑みを浮かべている。

 まあ、あの時の小町は凄く楽しそうだったし八幡も俺も悪い気はしなかったけどさ。

 「ほぇー、折本さんってすごいんだねー」

 「まあな」

 「颯君、今度会ってみたいな!」

 「まじで?」

 「まじまじ!」

 すげえな、めぐりの奴。普通、相手がどんなに良い奴であったとしても元カノに会いたいとは思わないと思うけどな……。

 まあ、それはめぐりの凄いところというべきか。

 「そうね、会う会わないはともかく、かおりさんとはもう一度会った方がいいわ」

 「そうなの?」

 「ええ、けじめをつけて会わないというのもいいかもしれないけれど、あなたとかおりさんにそれは似合わないわ」

 別にそういうことは考えていなかったけど、俺から一方的に別れを告げたうえに告白を断ったわけだし、会うのは少し躊躇われていた。

 しかし、雪ノ下さんの言い分は違うらしい。

 「あなたは恋愛的な好感を持っているわけではないけれど、友好的な意味での好意を持っていないわけではないでしょう?」

 「まあ、そうだね……」

 「なら、深く考えなくても良いのではないかしら」

 そう語る雪ノ下さんの目は優しく、俺の心にしっかり伝わる芯の通った尚且つ優しい声だった。

 「颯君、私もそう思うよ」

 「めぐり?」

 「私のことは気にしなくていいよ?だって、颯君が折本さんと会ったとしても颯君の中での一番は弟君や妹ちゃん、そして私だもん」

 めぐりの目は慈愛に満ちていて、何と表現したらよいのだろうか……。

 そうだな……正妻の余裕が一番合っていた。

 「ふふ、未来の奥様に許可がいただけたようね」

 「お、奥様!?ゆ、雪ノ下さんってば!もう!」

 雪ノ下さんの軽口にいつものように慌てふためくめぐり。

 「そうだな……。ありがとう、雪ノ下さん、めぐり」

 「ふふ、私は友人の為を思っての行動をしただけよ。……これ、見なさい」

 「ん?……はは」

 俺は雪ノ下さんが差し出した携帯の画面をのぞき込み、思わず小さく笑みをこぼしてしまう。

 『颯太先輩が悩むなんて珍しいねー、ウケる。別に悩むことなんてないと思うけどねー!颯太先輩は颯太先輩らしく、正々堂々と向かっていけばいいのに!それが颯太先輩の得意技っしょ?雪乃ちゃんもそうおもうよねー!』

 雪ノ下さんの携帯の画面にはそう記されていた。

 差出人はもちろん折本かおり。

 「さて、行くか、めぐり」

 「うん!いこ!」

 「雪ノ下さん、ありがとうって送っといてくれる?あと、たまには連絡してきてもいいんだからね!とも」

 「気持ち悪いわね」

 「気持ち悪い上等!当たって打ち勝つボンバーだ!」

 「意味が解らないわ……」

 「はは、じゃあね!ありがとう、奉仕部のみんな」

 勢いよく立ち上がった俺の言葉に雪ノ下さんは微笑み、ガハマちゃんは大きく手を振り、我が愛弟は手元の本を軽く振る。

 よし、覚悟は決まった。

 待ってろよ!魔王様!

 

 

 「いらっしゃい。待ってたよ、颯太、めぐり。ね?お母さんっ」

 「ええ、お待ちしておりました。久し振りですね。比企谷君、城廻さん」

 「オーマイゴッ……」

 待ち構えていたのは魔王だけではなく、大魔王も一緒でした。

 俺、生きて帰れるの?はちまぁぁぁん!こまちぃぃぃ!




どうもりょうさんでございます!
随分とお久しぶりになってしまいました。待っていてくださった方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
不定期更新ではありますが、長い目で見守っていただけると嬉しいです!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人は誰しもワガママである。

 奉仕部へ相談という名の泣きつきをした日から数日経った頃、遂に恐れていた事態が起こり、めぐりと共に雪ノ下家へとやって来ていた。

 そこまでは良かった……いや、そこまでも全然良くはなかったのだが更に最悪の事態が起こった。

 「あ、あの、陽乃さん?」

 「んー?」

 恐る恐る優雅に紅茶を飲む陽乃さんに説明を求める。

 「何故お母様がここに?」

 「何故だって、お母さん」

 「うふふ……」

 怖いよ!うふふってなんだよ!ちゃんと質問に答えてくれませんかね!

 そう、陽乃さんの呼び出し以上に最悪の事態とは、大魔王こと雪ノ下母がこの場にいることだ。ついでと言ってはあれだが、大魔王の隣にはきまずそうに苦笑いを浮かべる雪ノ下父もいる。

 「私は止めたのだがね……」

 お父上に申し上げたいことはいくつかあるのだが、そんな心底申し訳なさそうな苦笑いを浮かべられると逆にこちらが申し訳なってくるよ……。

 「うふふ、そろそろ本題に入りましょう?じっくり聞かせていただくわ」

 「そうだね。回りくどいのは颯太も嫌いでしょ?」

 雪ノ下母の言葉を合図に二人の鋭い笑みが俺とめぐりに向けられる。

 鋭い笑みってこの二人にしか使うことないと思うわ……。めぐりなんか小さく震えながら俺の手を握って離さないし。

 「うふふ……」

 「あはは」

 その様子を見て二人の機嫌がさらに悪くなったんですけど!めぐり空気読んで!お願いだから!

 そんな殺伐とした空気の中、魔王と大魔王によるお話という名の尋問は始まった。

 

 

 

 「さて、颯太、めぐり。私に何か伝えなきゃいけないことあるよね?」

 紅茶を飲みながら厳しい目を向け、俺達を問いただす姿勢を見せる陽乃さんの姿に思わず息を呑む。

 めぐりは恐怖で震えているし、とてもめぐりの口から伝えることが出来ない状態である為、必然的に俺が伝えなければならない。

 ……こぇぇ!陽乃さんだけでも悪魔級に怖いのに、その横でさらに鋭い目をしている雪ノ下母がマジこえぇ!

 でも、言葉にしなければこの状況はどうにもならない。覚悟を決めるしかないか……。

 「俺とめぐりは付き合うことになりました」

 せめての強がりで、はっきり伝わるよう大きな声でゆっくりと言葉を口にする。

 陽乃さんはその言葉をゆっくり飲み込むように目を瞑ると、紅茶を一口飲むと再び口を開く。

 「私は認めないから」

 ハッキリと。鋭い笑みを絶やさず陽乃さんはそう告げた。

 「ねえ颯太。私の気持ち知ってるよね?颯太が気づかないはずないもんね」

 陽乃さんの気持ち。わかる……いや、本当のことを言えばわからなかった。鋭い笑みの中に少しだけ隠しきれず顔をのぞかせている悲しみの表情。怒の中にある哀の感情。

 雪ノ下陽乃は俺に恋をしている。

 この表情を見るまで俺はわからなかった。

 いつだったか、俺は自分のことを鈍感ではないといったことがある。まあ、その相手は一であり真っ先に否定されてしまったが。

 今ならハッキリ言える。

 俺は超鈍感野郎だ。いわゆるテンプレ天然鈍感クズ系主人公ってわけだ。まあ、主人公かどうかはわからんが。

 「私は誰かに颯太を取られるなんて嫌だ。それがたとえめぐりであっても同じ。私が独占したい!」

 陽乃さんはいつしか笑みを保つことも忘れ、本来の雪ノ下陽乃の姿で俺に言葉をぶつけてくる。熱く、強く、重い言葉が俺を貫いていく。

 「いつだって颯太の隣にいるのは私がいいの!……私はめぐりが羨ましかった。いつも颯太の隣にいて、同い年で、特別な感情を向けられるめぐりが羨ましかった!私も……私がその場所にいたかったのに!」

 陽乃さんの涙を見たのはいつだったか、いや、一度きりだ。陽乃さんの卒業式の日。あの時だけ。

 その姿を前にして俺は遂に口を開くことさえもできなくなってしまった。

 そしてふと気づく。先程まで服の肘部分をつまみながら震えていた手が優しく俺の手を包んでいることに。

 「はるさんは欲張りですね」

 震えの無い小さな、絞り出したような声。小さいのにやけにはっきり聞こえるその声はその場に静寂をもたらした。

 「でも……私はもっと欲張りです!颯君を独占したい気持ちもはるさんよりずっと強い!颯君に特別な感情を向けてもらえるのも私だけでいい!はるさんがどう思おうと、はるさんがどんなに颯君のことが好きでも、颯君は絶対私のものなんです!誰にも、はるさんにも渡すつもりはありません!」

 めぐりが陽乃さんにこれだけの反論をしたのは初めてだろう。正直、俺も驚きすぎて言葉を出すことが出来ない。

 「それでも……それでも私は認めない」

 しかし、めぐりの言葉を聞いた陽乃さんが引き下がることはなく、むしろ失っていた冷静さを取り戻しているようにも見えた。

 目は赤く腫れ、小さく涙は浮かんでいてもめぐりに真っ向から向かい合う陽乃さんの姿はいつもの陽乃さんより強く見える。

 「はるさんの許可なんてもらう必要ないですよね?それなら今まで颯君に告白した子や颯君を好きになった人全員に許可を貰わなくちゃいけないじゃないですか」

 そんな陽乃さんの断固として認めない姿勢をめぐりは言葉で薙ぎ払う。

 いつものめぐりからは想像もできないようなその強気な姿勢は、一歩も引かないというめぐりの固い気持ちを如実に表していた。

 今回のようなことは俺も初めての経験であるため、どう止めに入ったら良いのかわからないし、迂闊に介入すれば火に油を注ぐことにもなりかねない。

 そんな膠着状態の中、重い口を開いたのは意外にも雪ノ下父であった。

 「比企谷君。少し私達は席を外そうか」

 「え?」

 雪ノ下父から発せられた提案に俺は気の抜けたような声を出してしまう。

 この状況で席を外す?そんなの陽乃さんが許すはずないと思うんだけど……。

 「ちょっとお父さん。意味の分からないこと言わないで」

 予想通り陽乃さんから冷たい視線で咎められる。

 しかし、そんなのお構いなしに俺の腕を引き雪ノ下父は扉へと向かっていく。

 「お父さん!」

 「陽乃、少し落ち着きなさい。女性には女性の、男性には男性の話の仕方というものがあるのだよ」

 そう言い残すと俺と雪ノ下父は扉の外へと出ていった。

 「さて、比企谷君。少し付き合ってもらおうか」

 「は、はい」

 俺は彼に黙ってついていくことしかできなかった。

 

 

 「ふぅ、生き返る。やはり風呂は良い。そう思わないかね、比企谷君」

 「は、はぁ……」

 そこら辺の銭湯よりも大きな浴槽、白い湯気が立ち込める中、俺と雪ノ下父は裸で語り合っていた。

 あの後、俺が連れてこられたのは雪ノ下家の浴室だった。

 どこか懐かしさを覚えるのは、昔はそこら中にあった銭湯の雰囲気によく似ているからであろう。壁に富士山が描いてあるところなんてもろそれだ。

 「比企谷君は銭湯に行ったことはあるかい?」

 「えっと、昔一回だけ親父に連れられて」

 昔と言っても小学生、それも低学年の頃のことであるため記憶は曖昧だ。

 「そうか。ふぅ……。俺は昔、毎日のように通っていたよ」

 ……いかん、いきなりの口調変化に相槌を打つことも忘れてしまった。今まで何度か会ったことのある雪ノ下父だが、自分のことを俺などと呼んだことは一度もなかった。

 「驚いたかい?」

 「え?えっと……正直」

 「だろうね」

 そう言って悪戯が成功したみたいに笑う雪ノ下父は普段の姿からは想像できない程無邪気だった。

 「俺は婿養子なんだよ。生まれは普通の一般家庭さ」

 「そう……だったんですか」

 昔、陽乃さんから聞いたことがあったような気もするが、すっかり頭から抜け落ちていた。それほどまでに今のこの人は立派に雪ノ下家当主を務めているから。

 「あぁ、俺が雪ノ下家の婿養子になるのにも様々な困難があった。結婚を認めてもらうのにも相当苦労したのを覚えているよ」

 雪ノ下父は当時を懐かしむように笑う。

 その当時に何があったのかはわからない。しかし、今に至るまで相当な困難を乗り越えてきたことは容易に想像できる。

 「何度も諦めようとした。普通の生活を送ることが出来ればどんなに楽だろうってね。でも、俺はこの道を外れることはなかった。どうしてここまで出来たのか……わかるかい?」

 「お母様が好きだから」

 俺は迷いなく答える。間違っているならそれでいい。しかし、俺はこの答えに自信を持ちたかった。そうであってほしいと強く思った。

 「ふふ……。正解だ。彼女がいたから俺はここまでやってこれたんだ。君ならそう答えてくれると思ったよ」

 そう言って笑う雪ノ下父は心底愉快そうであった。

 「できることなら君には陽乃を選んでほしかった。俺と同じように婿養子に入ってもらって次世代の雪ノ下家を創ってもらいたい。そう思っていたのだがね……」

 「それは……」

 「わかっている。……比企谷君、そんな他人の思いなど関係ない。他人の言うことなど気にするな。恋愛というのはワガママになりきれた者が成功を手にできるのだよ。迷う必要などない」

 雪ノ下父の言葉は俺の胸に重く響き、固まっていた思いを更に強固にしてくれた。

 これまで雪ノ下父とは何度か会ったことがあるが、印象としては雪ノ下母の一歩後ろに立ち、言ってしまえば尻に敷かれており、どことなく弱い印象を感じた。

 しかし、この人の根底にはいつもこのような熱い思いがあり、積み重ねてきた経験による冷静さも持ち合わせている驚くほど太い芯の通った人であった。

 そうだよな。雪ノ下家の婿養子になるような人が、あの娘二人の父である人が弱いはずがないよな。間違いなく雪ノ下家の当主はこの人だ。

 「おそらく、いくら話をしても陽乃が比企谷君と城廻さんの仲を認めることはないだろう。万が一あったとしてもどれほどの年月が掛かるかわからない」

 「そうですね。お父様に似て芯の太い人ですから」

 「ははは!誇らしいことだ!それで、どうするんだ?」

 「もちろんこっちも負けるつもりはないですよ。こちとら、もう結婚の約束までしてるんですからね!」

 「ははは、それは負けるわけにもいかんな」

 「はい!」

 こうして俺と雪ノ下父の裸の語らいは終了した。

 この会話の中で得られたものは非常に大きかった。

 あとは実践するだけだ。

 

 

 「ただいま帰りましたよ……って、ナニコレ」

 風呂から上がった俺を待っていたのは、部屋の端へと追いやられた机と床に座るいろいろとヤバい陽乃さんとめぐりだった。

 「女は女の話し合いをしていたのですよ。とても見ごたえがありました」

 なんでこの大魔王はこの状況で笑っていられるんだ!?お宅の娘さん髪ぼっさぼさですけど!?一体この場でどんなことが起こったんだよ!

 「うっふふ……」

 「あははー……」

 ねぇ!うちの彼女と先輩の笑い方がおかしいのだが!お願いだからその握った拳を下げてー!

 「颯太!」

 「は、はいぃぃ!」

 「私は絶対、ぜぇったぁい!認めないから!」

 話し合った結果、陽乃さんの思いは変わらなかったようだ。でも、俺の気持ちも変わらない。いや、明確に言えば変わったか。

 「そうですか。陽乃さんの気持ちはよくわかりました。けど……」

 俺は一呼吸置いて目を見開いて大きく口を開けて叫ぶ。

 「そんなのっ!関係ありません!!俺とめぐりの仲を絶対に邪魔させません!」

 「……颯君」

 俺はここに来るまでなんとかして陽乃さんを納得させようとしていた。しかしそうじゃないのだ。ここに来る目的にふさわしいのは俺達の仲を認めさせることではない。

 それは……覚悟を見せること。

 認められなくても良い。

 突っぱねられたって良い。

 ただただ、あなたには邪魔させない。その覚悟を見せるためだ。

 「今日はその覚悟を示すために来ました!」

 「……」

 「いひゃいです」

 陽乃さんは黙ったまま俺の元まで近づいてくると俺の頬を力強く引っ張る。

 「颯太のくせに……颯太のくせに生意気!私は絶対に認めないから……」

 「はい」

 その手は酷く震えていて、力は入っているのに弱々しかった。

 

 

 「めぐり、大丈夫か?」

 「うん、大丈夫。ふふ……」

 あの後、めぐりと陽乃さんは二人で風呂へと向かった。戻ってきた二人がいつものように仲良さげに話していたのはただただ口を呆然と開けることしかできなかった。

 今は雪ノ下家が用意してくれた車で送迎してもらっているところだ。

 「ありがとね、颯君」

 「俺は覚悟を示しただけだよ」

 俺に寄り添いながらそんなことを言ってくるめぐりに俺は頭を撫でてやりながら答える。

 「その覚悟が嬉しいんだよ。本気で私のことを思ってくれてるんだー、大切にされてるなーって思えるから」

 「そりゃ、大切だし」

 「うん。だから、ありがと」

 「おう。どういたしまして」

 そう言って俺達はどちらからでもなく手を握り合った。

 

 

 「なあ、俺が席を外している間、何があったんだ?」

 「んー?ないしょー」

 「気になるんだけど」

 「聞かない方がいいよー」

 一体あの場でどんなことが起こったんだろう……。

 それから数日、めぐりの浮かべる笑みが頭にこびりついて離れなかった。




どうもりょうさんでございます!
あけましておめでとうございます。去年は結局最後まで投稿が出来なくてすみませんでした。覚えていらっしゃいますでしょうか?りょうさんですよ。
年が明け、明日から仕事ということで今日しかないと思い書き上げました。
待っていてくださった方には本当に申し訳ないと思っております。
なんとか完結まで頑張りたいと思っておりますのでよろしくお願いします!それでは次の投稿で!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人には誰しも苦しむ時期がある。

 雪ノ下家での一件の翌日、昨日のことがまるでなかったかのように俺とめぐりはごく普通に学校生活を送っていた。

 とはいえ、もう少し、本当にもう少しすれば俺達三年生は自由登校となり学校に来なくても良くなる。センター試験を控えているならまだしも、指定校推薦で早々に内定を決めている俺達は逆に迷惑になる為、先生からもよほどのことがない限り来てくれるなとも言われている。

 まあ、来なくてもいいのに来るもの好きはいないと思うけどね。

 ……いや、知り合いに一人いましたわ。流石に毎日とはいかなくても週に一回は必ず来てた魔王さんがいましたわ。

 とまあ、そんなこんなで内定を決めた生徒にはなんとも緩い空気が流れていた。

 「ねー颯君」

 「なんだー?」

 そんな日の休み時間、隣の席に座るめぐりが緩い空気そのままに話しかけてくる。

 その緩い雰囲気とほんわかとした笑顔と声に思わず脱力してしまったぜ。恐るべしめぐりん。

 「なんか結構前から噂になってるんだけど、雪ノ下さんって葉山君と付き合ってるの?」

 「……」

 なんなの!緩い雰囲気でめっちゃ重要なことぶっこんできやがったよ!いや、絶対ありえないとは思うけど、あまりにも緩すぎませんかね!

 「めぐり……。泣かされたくなければ雪ノ下さんの前でその話しちゃだめだぞ」

 「んー?えっと、わかった」

 めぐりは首を傾げているがわかったと納得した様子を見せる。

 しかし、校内ではそんな噂が広がってるのか……。なぜそんな噂が出たのかは知らないけど、いろんな意味で有名な二人だし広まるのは必然だったのかもしれないな。

 「そういえば颯君。明日二年生向けに進路相談会があるんだけど、それに参加してほしいって平塚先生が言ってたよ」

 「あー、そういえば去年もこの時期にあったな。……もしかして」

 「うん。去年と同じように卒業生代表としてはるさんと双葉さんも参加予定だよ」

 「やっぱりかぁ……」

 我が総武高校では、毎年この時期に二年生向けの進路相談会を実施している。うちは校風の自由さからはあまり想像できないが、地元ではなかなかに有名な進学校であるため進学に向けてこの時期から意識している子は多い。

 その為、早めにこのような行事を行っているのだ。

 そして、その場には相談役として先生のほかに卒業生や既に内定を決めた三年生も同席している。去年はその場に卒業生代表として陽乃さんと双葉さんが招かれた。

 どちらも高レベルの大学に通っているし、総武校黄金期を作り上げた人物であるし相談役としては申し分ないだろう。先生たちも随分と頼りにしていたようだし。

 「もー、二人とも忙しいのに時間を作ってきてくれるんだよ?そんな嫌そうな声出さないの」

 「うっ……すまん」

 確かに自分で調整すれば比較的時間のある大学生とはいえ双葉さんは県外に住んでいる身だ。陽乃さんもなんだかんだ言って忙しいとは思うし、それを考えれば本当にありがたいと思う。

 「それに、今回は人手があまり足りないから奉仕部にも応援を頼むんだって」

 「よし、参加するぞ」

 「本当に颯君はぶれないなぁ」

 八幡のいるところに颯太あり!お兄ちゃんはいつまでも弟のことを見守りたいのだよ。むふん。

 こうして俺は進路相談会に参加することになった。

 

 

 最近は毎日のようにしているめぐりとの放課後デートを終え、めぐりを自宅へと送り届け自分も帰宅する。これで大体部活を終えた八幡の帰宅時間と同じくらいになる。

 小町にはもっと遅く帰ってきても良いんだよ?と言われているが、めぐりにも早く帰ってあげてと言われている為いつもこの時間だ。

 うむうむ、二人の仲は良好みたいで安心だ。

 「ただいまー」

 玄関の扉を開けると八幡と小町の靴が確認できた。二人とも帰ってるみたいだな。

 小町は本命である総武高校の受験に向けて最後の追い込みに入っており、机に向かう時間が前よりも圧倒的に増えた。わからないところを俺に聞きに来ることも増えたし、その真剣さに感化され俺はこれまでよりも細かく解説したりした。

 その為、あまり邪魔をしないよう小さめな声で帰宅の挨拶をした為、返事が帰ってくることはない。

 「ん?」

 リビングへとゆっくり足を向けると聞き慣れた声での会話が聞こえてくる。

 リビング内で行われている二人の会話から小町にかかっている負担の大きさを俺は改めて実感した。

 『落ちたらどうしよう』とつぶやく小町の目には疲れと焦り、そして不安の色が見えた。

 しかし、その不安を隣に座る弟は優しく、自分なりのやり方で解きほぐしていく。

 八幡だって小町と同じように受験を経験している。今の小町程ではなくともそれなりに苦しい思いはしていただろう。俺だってそうだ。

 でも、そんな時力をくれたのは八幡や小町だった。

 八幡も同じように小町を支え、いまいち格好のつかない……それでいて俺達兄妹にとっては胸にくる言葉で笑いかけた。

 小町は頭に乗せられた手を振りほどき、先程とは打って変わったすっきりとした笑みで八幡へ感謝の言葉を投げかけ扉へ向かってくる。

 「あ、颯お兄ちゃん」

 「おう、ただいま」

 「うん、おかえり」

 リビングから出てきた小町が俺を見つけ声をかけてくれる。

 「小町、ちょいちょい」

 「んー?」

 俺は小町をこちらに呼び寄せ、優しく抱き寄せる。

 「颯お兄ちゃんどうしたの?」

 「ん?いつも頑張ってる妹に感謝の気持ちをね」

 「大袈裟だなぁ」

 そう言って小町はぎゅっと背中に回した手を締める。

 感の良い小町のことだ、俺がここにいる時点で先程の話を聞かれたことに気付いているはず。ならこの抱擁に込めた気持ちもわかっているはずだ。……わかってくれてるといいなー。不安だ!

 「ちなみにこの抱擁にはな……」

 「いいよ、言わなくて。そんな不安にならなくてもわかってるから。ほんとにうちのお兄ちゃん達は格好付かないなー。……ありがと」

 「……おう」

 いやうん、わかってるなら良いんだよ。本当に良い子に育ってくれてお兄ちゃん嬉しいです。

 「じゃ、小町は勉強してくるから」

 「おう!頑張れよ!」

 そう言って俺の腕の中から出ていった小町は忙しなく階段を上っていった。

 

 

 「ただいま、八幡」

 「おう、帰ってたのか」

 小町を見送りリビングに入ると八幡がいつものように迎えてくれる。

 「ああ、しっかり八幡の格好良いところ見させてもらったよ」

 「……別に格好良くねぇし」

 んー!照れてる八幡可愛い!まあでも、格好良いと思ってるのは確かだ。本当に誇らしいと思う。

 「あ、そういえば今日めぐりに聞いたんだけど雪ノ下さんって葉山君と付き合ってるの?」

 「……兄貴、わかってるなら聞くなよ」

 「いや、一応ね」

 そうそう、一応。

 「この前、一色が聞いて泣かされかけたよ」

 「あー、うん……わかった」

 一色ちゃん憐れなり!まさか本人に聞く子がいたとは。

 「あ、雪ノ下さんといえば!明日の進路相談会、奉仕部が手伝いに来るんだって?」

 「まあな。平塚先生に聞いたのか?」

 「いや、めぐりから聞いた。実は俺とめぐりも相談役として参加することになっててな。その関係で」

 「なるほどな。まあ、学年一位と元生徒会長なら相談役として申し分ないか」

 八幡は俺の説明に納得したような顔で頷く。

 「まあ、進路先で言えばもっと上のランクの子がいると思うんだけどね。国際教養科には留学する子だっているし」

 「やっぱいるのか、留学」

 「んー、毎年いるわけじゃないけどね」

 我が総武高校には国際教養科という偏差値がすこしばかり高いクラスが存在するため、そういった希望進路を持っている子も少ないが存在する。

 まあ、双葉さんや陽乃さんのように留学できるくらいの学力と言語能力があったとしても、そこに踏み切らない子が多いのも確かだが。

 「進路と言えば兄貴、葉山の文理選択知ってるか?」

 「いや、俺が知るわけないじゃん」

 「だよな」

 なんだよ!そんなのわかりきったことなのに知らねえのかよ……みたいな顔するなよ!

 「葉山と親交のある陽乃さんと仲良いだろ?だから何か聞いてると思ってな」

 「んー、知らんなぁ。ていうか、陽乃さんから葉山君のことを聞いたことがない。それこそ昔から知ってるというのもめぐりや他の人に聞いたくらいだ」

 「そうか……」

 「奉仕部への依頼?」

 「よくわかったな」

 「まあね」

 やっぱりか。

 葉山君はおそらく文理選択を誰かに知られることを拒んでいる。だけどそれをどうしても知りたい人物がいる……。それでいて奉仕部の存在を知っている子。

 「金髪ロールちゃんか」

 「三浦な」

 「ああ、そうそう」

 確かそんな子だった気がする。

 「どうしても知りたい、曖昧でもいいから調べてくれって涙流しながら頼んできたよ」

 「ふむ、八幡は力になりたいと思ったんだね?」

 「……まあな」

 八幡がそう思う程、金髪……いや、三浦さんの涙は綺麗だったのだろう。いまいち想像はできないけど八幡が決めたのならそれでいい。

 「なんか頼みたいことがあったら言ってくれ。力になる」

 「いいのか?三浦のことあまり好きじゃないみたいだが」

 「好きじゃなくても興味は湧いてきたよ。八幡が力になりたいと思う程の涙を流す彼女に」

 「そうか。じゃあその時は頼む」

 「任せなさい」

 俺の出番が回ってくるかはわからない。本当に八幡の周りには人が増えたなぁ。俺が出なくてもちゃんと八幡を助けてくれる、支えてくれる人がいる。これ程嬉しいことはない。

 まあ、お兄ちゃんとしては少し嫉妬しちゃうけどね。




どうもりょうさんでございます!
今回も更新間隔が開いてしまい申し訳ないです。ほぼ月一ペースで申し訳ないと思っております。
なんとか完結までは行こうと思っておりますのでどうかお付き合いください!



https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはりイケメンの考えはよくわからない。

 翌日の放課後、俺とめぐりは相談役の待機場所で呼び込まれるのを待っていた。

 「ひゃっはろー」

 「ねぇ、気になってたんだけど、その挨拶流行ってるの?」

 用意されたお茶に手を伸ばそうとしたところで、そんな会話をしながら二人の女性が待機場所へ入ってくる。

 「あ!はるさん、双葉さん!」

 「めぐりやっほー」

 「文化祭以来だね、めぐりん」

 二人の姿を確認しためぐりは嬉しそうな笑みを浮かべながら二人の元へ駆けよる。

 騒がしく入室してきたのは、今回の進路相談会で相談役を引き受けてくれた陽乃さんと双葉さんだ。

 文化祭の時はあまりゆっくりと話す時間がなかった為、久し振りに四人が集まるこの日をめぐりは楽しみにしていたようで、めぐりのテンションは異様に高い。

 めぐり曰く聞かない方が良いという雪ノ下家でのお話から未だ日にちは経っていないが、めぐりと陽乃さんの表情に怒りも遠慮も見えない。あれだけ険悪な雰囲気を醸し出していたにも関わらず、これほどまでに普通に会話が出来ているあたり女の子ってわからない。まあ、この二人が特別なだけかもしれないけど。

 「颯太君も久し振り」

 「毎日のように一から話は聞いてるんで久し振りって感じしないですけどね」

 「あはは、もー困った弟だね」

 そう言って笑みを浮かべる双葉さんの言葉には呆れと嬉しさが混じった微妙な声だった。

 俺ほどではないにしろ、なんだかんだいって双葉さんも一のことを溺愛している。そんな弟が自分のことを嬉しそうに話しているとなればまんざらでもないのだろう。

 「もうすぐ一も来ると思いますよ」

 「あれー?一も来るの?」

 俺達の話をめぐりと共に聞いていた陽乃さんが意外そうに声を上げる。

 「あいつは主にスポーツ推薦を考えている子の相談に乗るらしいですよ。サッカー部も完全に引退して時間は有り余っているみたいですし」

 「なるほどねー。それにしても最後の大会惜しかったねー」

 「まあ、あいつも精一杯やって悔いはないって笑ってましたし」

 去年の十一月、葉山君率いる総武高校サッカー部は千葉県大会の決勝トーナメント準決勝まで駒を進めたのだが惜敗してしまった。しかし、総武高校始まって以来の快挙となり多くのメディアでも取り上げられた。

 その影響もあってか大会終了後、一の元には強豪大学や実業団からの誘いが舞い込んできたのだが、そのすべてを断り、兼ねてより話を貰っていた大学への進学を早々に決め、現在は後輩の育成に力を注いでいる。

 ちなみに、ちゃっかり応援に来ていた双葉さんと陽乃さんがテレビに映り、ネット上でプチフィーバーが起こったことは今ではもう笑い話だ。

 「ちーっす!遅くなりましたー!」

 「お、噂をすれば」

 教室の扉が勢い良く開かれ見慣れたイケメンが入ってくる。

 「お、みんな揃ってんじゃん。懐かしいメンバーだなー」

 一は懐かしいものを見るような目で俺達を見る。

 一も部活の関係もあり頻度は少なかったが、双葉さん経由でいろんなことに巻き込まれた仲間だ。その時の光景を思い出しているのだろう。

 「一ってば、もうちょっと落ち着いて入ってきなさい」

 「おぉ、姉ちゃん!愛してるぜ!」

 「あーはいはい、私もだよー」

 「俺、姉ちゃんのその家族に向ける微妙に低い声大好き」

 「あーもう!うっさい!」

 一からのラブコールに双葉さんは若干顔を赤くしながら声を荒げる。

 この姉弟の会話も昔から変わらない。俺達はこの会話が大好きだ。普段は見せない双葉さんの表情を見られる貴重な場面でもあるしね。

 「二人は相変わらずだねー」

 「わかるぞー……すっごくわかる!あの絶妙な低さが良いんだよなー!」

 「颯太も相変わらずだけどねー」

 「まあ、颯君ですし……」

 一の意見に同意しているとめぐりと陽乃さんから呆れたような目を向けられる。

 だって信頼されているような感じがして良いじゃん!家だけでの声のトーンっていう響きがなんか特別感あるじゃん!

 「姉ちゃん!膝枕してくれ!」

 「あーもう!家に帰ったらいくらでもしてあげるからちょっと黙っててー!」

 「ふむふむ。めぐり、膝枕してくれ」

 「別に良いよ?」

 「いやいや、そこは拒否しなさいよ」

 「失礼しまーす」

 なんとも懐かしく、カオスな会話を繰り広げていると扉が開かれ、聞き覚えのある甘々ボイスが聞こえてくる。

 「お、一色ちゃん」

 「あ、どーもです。そろそろ会議室入ってもらえますー?」

 「ほいほーい。ほら一、移動してくれってさ。続きは家に帰ってからにしろよ」

 「ん?おぉ、いろはいたのか。了解了解」

 「お前なかなかひどいな」

 「いえ、慣れてますし」

 え、慣れてるの?一って一色ちゃんにいつもこんな対応してるの?勇気あるなぁ……。

 とまあ、そんな会話の末、俺達は進路相談会の会場である会議室へと移動を始めた。

 

 

 会議室に到着すると、まあ予想はしていたのだが陽乃さんと雪ノ下さんの雰囲気が最悪だった。まあ、この辺の仲裁は一色ちゃんや双葉さんに任せるとして……。

 「はちまーん!お兄ちゃんが相談に乗ってやるぞ!ガンガン質問してくれよ!」

 「うるせぇ……。別に相談することなんかねぇよ。てか、相談するまでもなく希望進路まで知ってるだろうが」

 「はっはっは!じゃあ他の相談でもいいぞ!例えば、恋のな・や・みとか!」

 おぉ……。見事にガハマちゃんと雪ノ下さんが反応したな。おや、一色ちゃんと……川崎さんまで?やるなぁ、八幡。

 「何言ってんだよ。てか、はよブース行け」

 「へいへーい」

 不機嫌そうな八幡の言葉に仕方なく頷き、俺は自分に用意されたブースへと向かう。

 それと入れ替わるように陽乃さんが奉仕部の輪に入っていくのが見えた。おそらく三浦さんの依頼について陽乃さんに話を聞くのだろう。

 まあ、教えてくれないだろうが。

 「やあ比企谷」

 「おや、平塚先生じゃないですか」

 自分のブースへ到着すると、隣の席に平塚先生が座っていた。

 「平塚先生も相談役ですか?」

 「うむ。文系関連の相談を主に受けることになっている」

 なるほど。平塚先生国語担当だもんな。そういえば、平塚先生の逆隣はめぐりのブースになっているし進路別で分けてるんだな。

 「君もしっかり後輩の役に立つと良い」

 「そっすねー。長い間世話になったし、少しくらい学校に恩返ししても良いですかねー」

 「ツンデレさんめ」

 ち、ちがうわい!ツンデレなんて俺のキャラじゃねぇぜ!ただまあ、いろいろと世話になったからってのは本当だ。たまにはいいかなって!そう思っただけなんだからね!

 

 

 「ふー、だいぶ人減ってきましたねー」

 「うむ。もうすぐ終了時間だからな」

 「結構人来たねー」

 進路相談会も終了時刻が近づき、相談している人も少なくなってきた。

 まあ、なんだかんだ言って後輩の悩みを直接聞ける良い機会だった。国公立文系志望の川崎さんの成績問題も平塚先生によって解決されていたし、その他の生徒も疑問が解決し、すっきりとした表情をしている様子が多くみられた。学校側としても進路相談会は成功と言って良いだろう。

 まあ、約一名話にならん奴もいたけどな。なんなんだあいつは!人の話を一つも聞きやがらねぇ!何が『っべーわ!マジ志望校とかやりたい事とかわっかんなくってー!っべーわ!』だよ!まずはその口調から変えやがれってんだ!

 まあ、相談に来たってことは少しくらい焦りを感じているということだろうし、これから考えていけば大丈夫だろうけどさ。……感じてるよな?

 「すみません」

 「……おや」

 俺達の周りに人が消え、一色ちゃんなどが席を外した瞬間、俺達の前に一人の男子生徒がやってきた。

 「ん?葉山じゃないか。相談か?」

 「はい。時間ないですけど良いですか?」

 「構わん。ちょうど良い、両隣の二人も空いているところだ」

 さわやかな笑みを浮かべながら俺達の前に立ったのは葉山君だった。

 「俺達も居ていいのか?」

 「はは、大丈夫ですよ。あなたが誰かに告げ口する様子が想像できません」

 「随分と高く買ってくれてるみたいだね。俺、そんな好感度アップすることしたっけ?」

 「さあ、どうでしょう」

 考えが読めない笑みを浮かべる葉山君は明確な答えは出さずに平塚先生の前に座る。

 「葉山は……文系を選択するんだったな」

 「はい」

 平塚先生は一瞬言葉を紡ぐのを躊躇ったようだが、本人が気にしていないのを見てそう紡ぐ。

 それからはごく普通の進路相談だった。時折俺達の方へも意見を求め、今時点での志望校のことなど、今まで行ってきた相談と変わりない話の後、葉山君は席を立つ。

 「ありがとうございました」

 「うむ。また疑問などがあれば来い」

 「はい。先輩たちもありがとうございました」

 「どういたしまして」

 「どいたー」

 そして何事もなく葉山君は会議室を出て行ってしまった。

 いろいろと気になる点はあるが気にしてもしょうがない。葉山君の言う通り俺から八幡達に告げ口をするつもりはない。まあ、なるようになるだろう。

 「平塚先生。ラーメン食べに行きましょうよ。進路相談会手伝ったんだし!」

 「教師にラーメンをねだる生徒がいるか……。まあ、真面目に相談を受けていたようだし、今回は可愛い生徒の要望に応えてやるとしよう」

 「やったぜ!めぐりも行くか?」

 「うん!ラーメン久し振り!」

 やったぜ!やっぱり持つべきは優しい恩師だな!

 

 

 「だっからぁ!別に悔しくなんてないって言ってるんだー!お前達なんか羨ましくなーい!」

 「おい誰だ!平塚先生に酒飲ませた奴出て来いやぁ!なんでテーブルに生の空きジョッキが五つもあるんだよ!」

 「あはは……。とんこつラーメン美味しいなぁ」

 「おいめぐり!他人の振りしてんじゃねぇ!」

 「ひきがやぁ!なんとかいえぇぇ!」

 「だぁぁ!酔っ払いうぜぇぇぇ!」




どうもりょうさんでございます!
なんとか早めに投稿できました!これからも頑張ります!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり俺に長距離走は向いていない。

 一月も終盤へと差し掛かり、あと数日学校に行けば自由登校となる頃、俺は自室で明日のことを考えていた。

 我が総武高校では毎年二月に校内マラソン大会が行われる。

 例年通りであれば、そのころには既に自由登校となっている三年生が出場することはないのだが、今年は学校側の都合で明日に前倒しで開催されることになり、三年生である俺達も参加を強制されたのだ。

 本来であれば出場しなくても良いはずのマラソン大会だ、主に走ることが苦手な生徒からは不満の声も上がったがその決定が覆ることはなかった。

 そこで俺が何を考えていたのかという話に戻すが、率直に言うと全力を出すか出さないかだ。

 実を言うと、俺は長距離を走ることが得意ではない。短距離ならば敵なしの俺だが、どうも長い距離を走るということにやる気を見出せないのだ。

 とはいえ、中学時代は三年生まで部活で嫌という程走り込まされたしある程度は走ることが出来る。要はやる気の問題なのだ。

 「どうすっかなー……」

 最後のマラソン大会だし、出来たばかりの彼女や我が愛弟に格好良いところを見せたいという気持ちもある。悩ましいなぁ。

 「兄貴、いいか?」

 「んー?八幡か。いいぞー」

 ベッドの上で唸っていると、ノックと共に八幡の声が聞こえてくる。最近は八幡がよく訪ねてきてくれるからお兄ちゃん嬉しいよ!

 「悪い。もう寝るところだったか?」

 「いや、もうちょっと起きてるつもりだったよ。それで?何か用事?」

 申し訳なさそうに入室してきた八幡は俺の言葉に安心したような表情を見せ、クッションの上に座ると真面目な顔で用件を伝え始める。

 「頼みがある」

 「よし、任せろ。何をすればいい?」

 「いや、普通は何をするか聞いてから返事をするんじゃないか?」

 「八幡の頼みを断るお兄ちゃんじゃありませんよ!なめないでください!」

 「そこで胸を張られても困るのだが……。まあいいか」

 八幡は溜息を吐きながら気を取り直すとぽつぽつと話し始める。

 軽く流されてお兄ちゃん少しだけ寂しいな!

 「明日のマラソン大会、全力で走ってくれないか?」

 「八幡が全力で走れというならそうするけど、またなんでそんな頼みを?」

 個人的には俺の格好良い姿が見たい!とかなら嬉しいけど、八幡がそんなことを言うわけもないだろうし。

 「別に最後まで全力で走ってくれと言っているわけじゃない。兄貴が前に出ればついて来ようとする奴が一人いるだろ?ここまで言えば大体わかるんじゃないか?」

 「……なるほどね」

 俺が全力で走ればおそらく先頭を走ることになるだろう。しかし、そんな俺の独走を許さない生徒が一人だけいる。

 勿論、葉山君だ。

 前年度優勝者の葉山君が連覇を狙っていないはずがないのだから。

 そうなると、今回のマラソン大会の少なくとも前半は俺と葉山君だけが集団から離れて走ることになるだろう。しかし、それが八幡の狙いだ。

 「葉山君を俺が引っ張り集団から抜け出す。つまり、八幡と葉山君の二人きりの空間を作ってほしいということだろ?」

 「そういうこと。……戸塚にも協力してもらうことになってる」

 「……そっか」

 そうか。八幡も周りを頼ることが出来たんだな。これまで俺が担っていた役割も後々はあの子達が担っていくのだろうか。

 考えてみると少々寂しい気もするが、兄として喜ばしい気持ちがあるのも事実だ。まあ、もう少しの間はなんだかんだ甘えん坊な八幡のままで良いと思うけどね。

 「兄貴にはいつも頼み事ばかりして悪いと思ってるよ……。でも……頼む」

 「ははは、気にするなよ。俺にとって八幡や小町に頼られるっていうのは、めちゃくちゃ嬉しいことなんだから。……お兄ちゃんに任せなさい!」

 そう言って、俺は飛び切りの笑顔を浮かべながら胸を叩いた。

 

 「そういえば、俺が全力で走るのはいいけど、八幡ついてこられるの?」

 「……善処する」

 「はっはっは!鬼ごっこで一回も追いつけなかったもんねー!」

 「うるせぇ……」

 

 

 翌日、様々な思惑が渦巻くマラソン大会当日がやってきた。

 まあ、当然と言えば当然だが、やる気のある人間はそれほどいない。

 そして、ただでさえ真冬の寒い日だというのに、普段であれば参加しなくても良い三年生のテンションは一、二年生よりもさらに低く、やる気を全くと言っていいほど感じない。

 その為、そんな雰囲気の中で念入りにストレッチを行う葉山君やさりげなく先頭集団へ向かう八幡の姿は、俺の目からすると良く目立っていた。

 「颯太ー」

 「お、一か」

 そんな弛緩した雰囲気の中で葉山君を見習ってストレッチをしていると、やる気のない間延びした声で一が話しかけてくる。

 「颯太は全力で行くのか?」

 「まあ、ちょっとばかし事情がありまして。最後だし、めぐりに格好良いとこ見せたいしな」

 「なるほどねー」

 そう言って笑う一は非常にリラックスしており、全くやる気が感じられない。

 「一は全力で行かないのか?」

 「ははは!俺が全力で走り回るのはピッチだけだぜ!」

 「なるほど。おたくの後輩は手を抜くつもりないみたいだけど?」

 俺は、尚胸を張る一の後輩に目を向ける。

 「隼人はなー。去年優勝したし、手を抜くことも出来ないんだよ。あいつも抜く時は抜かないと辛いだろうにな。周りの期待に応え続けてさ」

 そう言って後輩の姿を見つめる一の表情は複雑なものが露骨に表れており、普通の先輩が後輩の心配をしている様子とはなんとなく違う気がした。

 「まあ、頑張れよ。後ろの方から応援してる」

 「ああ、いけるところまで頑張るよ」

 先程まで浮かべていた複雑な表情を引っ込めた一は、いつもの笑顔を浮かべて後ろの方へと下がっていった。

 それを見届けた俺はスタート地点付近へと向かい、八幡と同じように先頭集団へと紛れ込む。

 葉山君や八幡が各々女子からの声援を受ける中、きょろきょろと誰かを探すようにあたりを見回しているめぐりが目に入る。

 「めぐりー」

 「あ、颯君いたー!」

 俺の声で気づいためぐりはそのほんわかした笑顔に嬉しさを混ぜ俺に向けてくれる。うん、可愛い。

 「頑張ってね!応援してるよ!」

 「ああ、なるべく早く戻ってくるよ」

 「ふふー、一位で帰ってきたら胴上げしないとね!」

 「あー……。あれって飛んでる途中気持ち悪くて吐きそうになるんだよねー」

 「ふぇぇ!?そうなの!?」

 一年生の時にやられたけど、まじであれはやばかった。あの時ばかりは本気で陽乃さんを恨んだね。自由登校のくせにわざわざ見に来て煽るだけ煽って帰るとかマジ自由すぎるよ。

 「えっと、じゃあ……」

 「別に特別なことしてくれなくて大丈夫だよ。いつもの笑顔で迎えてくれればそれで充分。それだけで疲労回復しちゃうからさ」

 「うん!わかった!待ってるね!」

 「おうよ」

 そんなめぐりの笑顔に見送られ、俺はスタート位置に向かった。

 

 

 「位置について、よーい」

 スターターである平塚先生の凛々しい声に続き、スターターピストルの音が響き渡ると目立ちたがり屋の諸君が一気に走り出す。

 そして、少しすればその子たちが後ろへと下がっていき、葉山君を先頭とする集団が前に出てくる。

 そのタイミングで俺は少しだけペースを上げ、葉山君と八幡を引っ張るように前に出る。すると、葉山君の後ろを走っている八幡と集団の間が空き、材木座君と戸塚君、及び男子テニス部が行く手を阻むようにして走り始める。

 これで先頭集団は少しの間だが俺達だけになる。

 さて、この時間を生かさない手はないよな。

 「……っ!」

 俺がさらにスピードを上げると葉山君は驚いたように目を見開き、同じようにスピードを上げる。

 徐々に二位集団との差は開き、折り返し地点を回る頃には完全な独走状態を作り上げることに成功した。

 「……え?」

 ここまでくれば俺の役目は終了だ。

 ほんの少し離れてはいるが、ちゃんとついてきている八幡に目を向け、俺はスピード緩めながら八幡の後ろへと後退していく。

 葉山君はその行為に驚き、間の抜けた声を出しながら俺を見てくる。

 そして、二人の声が聴こえない位の位置でペースを落ち着かせた。

 「きっつ……」

 やっぱ俺に長距離は向いてねぇや。この長距離走独特の息切れがどうにも苦手でしょうがない。

 微かに見える前方では八幡と葉山君がなにやら話している様子がうかがえる。おそらく文理選択のことを話しているのだろう。

 傍から見れば言い合いをしているようにも見えることから素直に教えてくれるということはなさそうだ。

 そして、八幡が何か言葉を発した瞬間、二人は足を止めてしまった。

 何を言ったのかはわからない。しかし、八幡の放った言葉は何か刺さるものがあったのだろう。その様子を俺も足を止め眺めていると、後ろから二位集団が迫ってくるのが見えた。

 やべ、先頭の三人が止まってたらそりゃ仕掛けてくるよな。んー、めぐりとも早く戻るって約束したしな。二人を見届けるのはやめにしよう。

 そして、俺は再び足を動かし、未だ足を止めている二人の横を後ろに集団を引き連れて通り過ぎた。

 

 

 一度は追いつかれた二位集団を再び突き放し、ゴールまでもう少しというところで俺は後ろを向く。

 「終わったの?」

 「やっぱり、あなたも一枚噛んでいたんですね」

 そこには爽やかな笑みを浮かべ、額に汗を浮かべる葉山君の姿があった。

 「俺は弟の頼みを聞いただけだよ。話す内容については何も口出ししていないし、君が文系を選択することも言ってない」

 「そのことについては心配していないですよ。比企谷も最後の最後までわかっていないようでしたから」

 「そうか」

 てか、この子はやっ!俺に追いつくだけでも相当早いペースで来たはずなのに俺を追い抜こうとしてるし!サッカー部ぱねぇわ。

 「俺は比企谷のことが嫌いです」

 一瞬の沈黙の後、葉山君はそんなことを言いだす。

 そんなこと見りゃわかるっての……。そんなことより、ペース落としません?やばいんだけど。

 「俺は八幡が大好きだ」

 「……あなたの気持ちが俺にはわかりません」

 「当たり前でしょうに。君は俺じゃない。俺は君じゃない。君の気持ちを押し付けられても困る」

 そもそも、俺と葉山君じゃ、八幡と過ごしてきた年数が違う。家族でもない。そんな相手にわかるなんて言われてもこっちが困っちゃうよ。

 「それで?結局君は何が言いたいの?」

 「……俺はあなたも嫌いだ」

 なんだ、そんなことか。

 「あなたと俺は似ている。最初はそう思っていた。……けど違った。期待されて、それに見合うだけの力を持っていて、周りからの信頼も厚い。それでいて、誰かを助けることが出来る」

 「まるで君みたいだね」

 「いや違う。俺は誰かを助けることなんてできない。俺はあの人も、あの子も救うことが出来ないのだから」

 そう言って葉山君は俺から目を逸らす。

 「俺も君みたいな子は大っ嫌いだよ。理由は、人を嫌うのに他人を理由に使うその根性が大っ嫌いだ。まあ、その他にも、言動や諸々嫌いな部分は沢山あるけど、今この瞬間にそれが一番の理由になった」

 「……」

 「でもまあ……みんながそうとは限らない。実際、お互いがお互いを嫌っているけど、俺を、君を大切だと言ってくれる人がいる。それでいいんじゃねぇの?全員に好かれる人間なんて存在しねぇよ」

 そこまで喋り終えると俺は最後の力を振り絞ってペースを上げる。

 「本当に……本当に俺はあなたが嫌いだ。どうしてもあなたに劣っていると感じてしまう」

 「だから……」

 「でも、俺はあなたに負けたくない」

 その時の葉山君の顔はどんなだっただろう。ゴールテープを切った瞬間の葉山君の顔はどんなだっただろう。

 決まっている。

 みんなが知っている葉山隼人の笑顔だ。

 まったく、俺は心底君が嫌いだよ。

 

 

 とある休日のとあるオープンカフェ。

 先程まで我が愛弟と話をしていた彼女の元へ俺は歩みを進める。

 愛弟が去った後の椅子を眺めながら彼女は呟き、こちらを振り返る。

 「本物なんて、あるのかな……ねぇ、颯太」

 「それは、俺達がわかることじゃないですよ。あの子達がもがき、苦しみ、たどり着いた場所に答えはあるのですから」




どうもりょうさんでございます!
毎度毎度更新遅くなってしまいすみません!最終回もおそらく近いです!多分!最後までお付き合いいただけると幸いです!
次回もよろしくお願いします!


https://twitter.com/ngxpt280
ツイッターもやっております!是非絡んでやってください!仕事終わりや投稿後にお疲れ!と声をかけていただくと懐くと思われます。引き続き絵なども募集してます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。