甘粕正彦が見た未来がISだった件 (雨着)
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あったかもしれない未来

「一つ未来の話をしよう。

 俺が先頃、邯鄲で体験した可能性世界の話だおおよそ百年と数十年後にはこういったことも有り得るという一例としておまえにも聞いて欲しい。

 俺の目指す楽園(ぱらいぞ)とは如何なるものか、知ってもらうには必須のことだと思うのでね」

 

「まずはそう、ISというものについて説明する必要があるな」

 

「IS。正式名称インフィニット・ストラトス。宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ……要は特殊な服のようなものだと思ってもらえればいい。宇宙空間を想定した……我々の現実では想像だにできない事柄だが、未来ではそれが可能となっている。人は夜空に浮かぶ満月にまで到達したのだ。それは素晴らしい。偉業と言っても過言ではないだろう。誰もが成し遂げないことをやってのけたのだ。それは尊敬に値する事柄だ。そしてISもまた人が宇宙へと飛び立つために生まれたものだと俺は思っている。

 だがそのISも開発当初は注目すらされなかった。しかしある事件によって世界中にISは知れ渡るようになり、各国がこぞって開発に取り組んだのだ」

 

「その事件というのが白騎士事件。日本を射程距離内とする軍事基地から何者かの手によって2341発以上のミサイルが日本へ向けて発射され、それを白いISに搭乗した誰かが半数以上迎撃したのだ。おかげで日本は救われた。その搭乗者はまさしく英雄なのだろう。いかにISが驚異的戦闘能力を持っていたとしても、だからと言って命の危機が無かった訳ではない。『彼女』は決断し、そして勇気を持って日本を守ったのだ。

 例えそれが『誰か』が仕組んだ芝居だったとしても」

 

「この事件をきっかけに各国はISという存在について興味を持った。だがそれは当時の宇宙空間の特殊服としてではなく、ISが持つ軍事的戦闘力として取り入れようとしたのだ。

 どれほど初志が良かろうと結局使い所によって兵器となる。いや、この場合そうさせられたというべきか。自然、または恣意的に、様々な要素が組合ってISはその本分たる機能を一個の兵器という位置づけにされたのだ。しかしある欠点があった。

 その欠点というのが、ISは女にしか扱えない、というもの。何ともおかしな話だろう? 俺達の現在で普及している車も女が運転することはないが、しかしできないということはない。だが、ISは違う。男ではそのエンジンをつけることすらできないのだ。

 ISの開発者である篠ノ之束。彼女は最初からISを兵器として認めさせたかったのか。それともISを世界に知らしめすために兵器としたのか。

 もしくはその両方か? それともまったく違うのか? 俺には分からん。だが何にしろ彼女が作ったISという存在は世の中を変化……いや、急速させたと言っていいだろう。俺にとっては快くない方向へ進んでしまったがな」

 

「前置きが長くなったが、これから俺が語る事柄について最低限これだけのことは知っていて欲しいのだ。だが、先に一つ重要なことを言うとだな、別段ISが全ての原因というわけではないのだ。ただあれは世間に蔓延っていた歪みを成長させただけにすぎん。

 おまえは怒るか? 笑うかな? 性質の悪い冗談だとさえ感じるかもしれないが、これは偽りなく邯鄲で見た未来であり、起こり得る人と総意(あらや)が判断した現実の延長なのだよ」

 

「その夜、俺は、東京の盛り場に存在した。

 亜細亜一の歓楽街として、眠らぬ街を歩いていたときに目にしたものだ」

 

「ふとな、怒声が傍らで弾けたのだよ。見れば自分の体に触っただの何だのと、通行人を捕まえて威勢良く吠えている女がいた。

 それだけならば、まあよくある光景と言えるだろう。吹っかけている女の格好が、あまりにも露出していて、俺達の感覚で言えばだいぶ奇異であり、それで触られて文句を言うのか貴様は、という突っ込みどころはあったがね

 まぁいいそれは問題ではない。

 俺が疑問を覚えたのは、絡まれているのは男であり、どう見ても強そうだったからだ。男女の違いは無論、身長差、体重差、身体の厚み、四肢の太さ……このままいざ殴り合いだの喧嘩だのになれば女が勝てそうな要素は微塵もない。一応言っておくが、この女が銃やナイフなどの武器を持っていた、などというオチは一切ない。

 にも拘らず、女の怒声は増すばかり。いや、怒りの中には何とも薄気味悪い喜びが混じっているのを感じたよ。だが、それでも男は何もせず頭を下げるだけだった。これは全体、どうした理屈のことだろう?」

 

「男と女だから? 女は守るべき存在だから? 確かにな。男が女を平気で犯し殺す。そんな世の中は唾棄すべきものだ。だが俺は、それでも違和感を拭えない。

 どうにもな、その女には欠けているというものがあるように思えたのだ。やる気というか、本気というか、大声で叫んで男を罵倒しているのになんの気迫も感じられない。ただ、そうただ男に罵詈雑言をぶつけて遊んでいるようにしか見えなかった。

 何とも奇妙な話だろう? 仮に女が男に対して構って欲しいからそうしているのだとしても、吹っかけられた相手にとってはそんなことは関係ない。

 言ったように両者の単純戦力は男が一目瞭然で勝っているのだ。その丸太のような腕で軽く払えば、小うるさい女など手も足も出ず吹っ飛ぶ。そういう力関係の二人なのに」

 

「度胸試し……というわけではないのは理解できた。そもそもその女が男に対して怒声を浴びせている時に俺は分かってしまったのだよ。その女には危機感というものが全く見えなかったのだ。おかしな話だ。自分が不利な状況下にも関わらず。

 まるで、男が自分に手出しできんと最初から知っているのかのように。

 そして事実、絡まれている男は喧しい女を実力で排除することができずにいる。

 顔面を紅潮させ、拳を震わせ、間違いなく怒り狂っているだろうに男はただ謝るばかり。殴らない。殴れない。

 実に奇々怪々な二人だったよ。ゆえに俺は、彼らの心とその背景を読み取ってみることにした。ああ、夢の中ではそういうことができるのだよ。程度に個人差はあるだろうが、表層を掬うくらいならそう難しいことでもない」

 

「結果、見えた答えに俺は心底愕然とした。先に言ったIS,その歪みがこうした形で出ていたのだ。

 絡んでいる女はな、自分が男よりも上の存在だと思っていたのだ。ISは女にしか扱えない。だから女である自分はISを使用できない男よりも強いのだと。権利があるのだと。先に言っておくが、この女は別段、IS乗りというわけではない。というより、ISにすら搭乗したことはないのだ。にも関わらず、ISという存在を持ち出しそれによって自らはまるで王様にでもなったかのような気分だったのだ」

 

「そして、それは目の前にいる男も同じようなものだった。

 この時代ではな、ISは女にしか扱えないという概念によって男は女よりも価値が低いとされていたのだ。裁判になれば男か女かということで有利に働く。男はそれを理解していた。だから謝るという選択肢を選んだのだ。ここで反抗的な態度を取り、裁判にでもなれば最悪の場合、職を失い、生き場を失う。ゆえに眼前の、本来ならばたやすくひねることができる雑魚の一人も殺せない。

 無念だよなあ。理不尽だよなあ。そもそもこれでは男として生きている意味がない。彼が何のために己の肉体を鍛えに鍛え上げたのか。そこまでは敢えて言うまい。しかし、不当な侮辱や悪意を打破しうる力を持っていながらそれに勝利できないことというのは、何とも不甲斐ない話だ。

 単に強さと言っても色々あるが、その中でも肉体的なものを選んだのなら論をまつまい。我慢して血圧を上げるよりは、敵を殺すことに重きを置く価値観の持ち主だからこそ、五体を凶器に改造したのだ」

 

「少なくともこの男はそういう人種と言って良かった。

 ひどい矛盾を抱えた生き物であり、この時代、そういう男はまったく珍しくないということが俺にとっては衝撃だった。

 そして、それに付け込む卑怯者の存在も。

 いいや、単に卑怯なだけならまだ分かる。俺が許せんと思ったのは、この女が恥すら知らぬ屑だったからだ」

 

「なぁおい、信じられるか我が友よ。この女はな、これをさも当然の如く自慢し、誇っていたのだぞ。

 自分は強そうな男をこうまで罵倒しても何もされない。だから自分はこの男よりも価値があり、そして優位な存在であると。相手が先の事情により手が出せんのを知った上で、己が何か偉大なる存在であるかのように吹き上がっていたのだ。目眩がするほどの愚劣さだろう。

 何なのだこれは、どうしたことなのだ、この時代は。

 近年世に生まれた概念……婦人参政権というものがある。あれはいい。女は常に男と家の所有物。いわば人として格下であるという扱いからの変化は素晴らしいものなのだろう。

 女も同じく人間である。生きとし生ける権利がある。愛した男を己で選び、子を産み育てる自由はもちろん、男のように社会で戦う自由もある。

 参政権とはそれが公に認められた第一歩だ。憲法で保障されたことを皮切りにこの時代では男尊女卑はすでに過去ものへと変わっていた。

 ああ正しいとも。女が弱者として物のように扱われる。そんな世の中が正しくあろうはずがない」

 

「しかし、その果てにあるのがこれか? 自分は守られ、殴られず奪われず殺されず、ISという存在があるから男よりも女のほうが権利を持っているからと、なんらの覚悟もなく思いあがった愚図を湧かせるこんな未来が? これではただ男尊女卑が女尊男卑に変わっただけではないのか?

 何も俺はこの女だけに憤慨しているのではない。ここでは煮え湯を飲まされた男にしても、男としての矜持を忘れているからこのような無様を見るのだ。そうした腑抜けた及び腰が、屑を増長させる結果になっているのだから同罪と言えるだろう。

 無論、これは極端な一例だとも。この出来事に眉をひそめる人間は数多く、この女にしても裏では馬鹿にされていただろう。

 だが、それだけに病理は深い」

 

「己もまた、大差ない醜さを普段発揮しているということにほとんどの者が気づかないのだ。気づいていても、目を逸らすのだ。

 殴り返される覚悟もなしに人を殴る。極端に言えばそういうことで、もっと言えば別に殺されはしないだろうと勝手に高を括っている。その証拠がIS学園という学園だ」

 

「現代でいうところの、いわば戦神館のようなものでな。IS操縦者育成用の特殊国立高等学校であり、ISの技術、ないし操作を学ぶ場所だ。先ほどISは驚異的な戦闘力を持っていると言ったが、普及しているこの時代では競技の枠に落とされていた。それによって争いが持つ陰惨さを薄れさせたのは勇気ある決断だと思っている。

 だがな……だからといってISが兵器の側面を持つことを忘れていいわけではない。

 なぁ、我が友よ。信じられないことだが、IS学園の生徒はな、自分たちの所持する物の危険性を全く理解していないのだ。ISには「絶対防御」というものがあってな。これがある限り、例えIS同士が戦っても何の危険もないのだと。

 俺は彼女達の正気を疑った。ISが優れたものだということは理解できるし、納得もしよう。だが、どうして絶対に安全などと言えるのだろうか。男と女が戦争すれば一週間も保たないと自分たちで口にしているにもかかわらず。高を括っているとは、つまりそういうことだ。

 自分たちが操縦する存在が兵器でもあることを忘れ、覚悟なく搭乗する。子供が凶器を玩具だと言っているのと何が違うというのだ?」

 

「これも平和という概念によって湧き出した蛆の一つ。平和で平和で銃も刀も持たないから、それ以上に危険な存在を所持しても危機感を全く持たない。持てない。

 実に素晴らしき日々……なのだろうかなあ。俺は悔しくて泣いてしまったよ。人間とはそんなものでよいのだろうか」

 

「権利とは、自由とは、夢とは、そして尊厳とは――そこまで安く下卑たるものか? 何尊く光り輝くものは、時代の流れや見方使い方の些細な変化で、容易く醜態を晒す程度か? 男が女を守ることが古臭いと吹聴され、それを受け入れる男共。覚悟を持たず兵器を操縦し、また当人でもないにも関わらず甘い蜜を啜ろうとする女共。そんな奇形児が蔓延する……ISという存在一つで世界は、人間は、こうまでも堕落するのか?

 俺は違うと信じている。普遍でかつ不変たれと、人の歴史(あらや)に謳いあげたい。盧生としてこの身が描く夢はそういうものだ。

 掴みとり、勝ち取ってこその生ではないか。だからこそ勇気の賛歌がまぶしく諸人を照らすのではないか。

 お前なら分かるだろう、友よ。

 生きるということに誰よりも真摯なおまえなら」

 

「俺は魔王として君臨したい。人の輝きを永遠のものとして守るため、絶対不変の災禍となろう。

 そこに男女の差などない。俺に抗い、立ち向かおうとする雄々しい者たち、その勇気を未来永劫絶やさぬために。男が自らの矜持を忘れず、女は彼らに対して尊敬を忘れない。誰も彼もが自らの輝きを発せられる、そんな世にするために。

 それこそが我が楽園(ぱらいぞ)。生涯かけて追い求める、我が悲願にして夢である。

 セージ、そういうことだよ。理解してもらえただろうか」

 

「甘粕……」

 

 熱のこもった、しかしどこまでも当たり前のことを述べているだけという態度の男に対し、彼の友である逆さ十字―――柊聖十郎による率直な感想をもってこの話は終わりを告げる。

 

「貴様、やはり狂っているよ」

 

 そして勇者は今日も魔王への階段を上っていく。




一発ネタ。続きません! IS見てたら思いついただけなんです!!
甘粕なら恐らくこれくらいは言うんじゃないか、と。
でも実際のところ、甘粕はISの世界は嫌いでもISそのものは嫌いじゃないと思うんです。そして奴なら気合と根性と勇気でIS動かせそうな気がする……。


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第一話 入学

続かないと言ったな。あれは嘘だ。
……はい。すみません。調子乗りました。ごめんなさい。

※ここから出てくるのは甘粕の子孫であって、甘粕本人ではないのであしからず。


 新入生の自己紹介とは大体出席番号順と相場が決まっている。

 だからこそ、『あ』から始まるその人間が最初の方で挨拶するのはごく自然な流れだったのだろう。

 新米教師がはりきっているというか空元気というか、とにかく静まり返った空気を何とかしようとして各々の自己紹介を進めていく中で、そいつの番が回ってきた。 ――後にその人間の存在が大きな波紋を呼ぶとは知らずに。

 

「では早速だが自己紹介をさせてもらおうか。私の名前は甘粕(あまかす)真琴(まこと)。諸君らと共にこのIS学園に入学した新入生だ。三年間という短くもあり、長くもあろう時を共に過ごす良き仲間としてよろしく頼む」

 

 大仰な台詞だ、とそこにいる誰もが思ったに違いない。しかし誰もそのことを口にすることはおろか、邪魔する者は誰一人として存在しなかったのだ。何というか、似合っているというか、自然なのだ。ここにいる他の誰かが同じことをすればきっと芝居掛かっていると見抜かれるが、しかしその人物は違う。その言葉には一切の嘘偽りはなく、己の真を口にしているのだ。

 

「と、まあ本来ならばここまでにしておくべきか、あるいは己の趣味趣向を口にするべきなのだろうが、この場を借りて言っておきたいことがある。諸君らは今の世についてどう思う?」

 

 だらこそ、だろうか。

 これから喋る事柄について誰も口を挟まなかったのは一種のカリスマ性というべきなのかもしれない。

 

「ISという道具の出現において世の中は変わった。女尊男卑、という言葉が耳に入ることが多くなっているはずだ。ISは女にしか扱えない。だから女は男よりも価値があると。そんな馬鹿馬鹿しい論理を口にする輩が少なくない今の世界をどう見ている?」

 

 

「私は歪んでいると思う。誤解をしてもらっては困るが、私はISを否定する気は毛頭ない。人が宇宙へと飛び立つために作られ、そして今では自由に空を飛べる。何ともロマンと夢があるじゃないか。それを軽蔑するほど私は心の捻れた人間ではない」

 

「故に私が問いたいのはそれを扱う人間の方だ」

 

「ISは女にしか使用することができない。そこにいる一部の例外を除いてはそれは正しく真実だろう。ISという『武器』を所持する諸君らは確かにそれを使用することができない男からしてみれば脅威であることは変わらない」

 

「だがな、脅威であることと強いことは同じではない」

 

「例えばの話をしようか。小さな子供が実弾の入った拳銃を持っていたとしよう。それは周りにとっても子供自身にとっても脅威だ。いつ発砲されるか分からない状況というのは極めて危険と言えるだろう。だがな、この子供は果たして強いと言えるのだろうか? 私は否だと考える。自分が持っているものが凶器ではなく玩具だと認識している子供がどうして強いと言えるのだ? それは強いのではなくタチが悪いというのだ。そしてこれらは諸君らにも言えることだろう」

 

「何度も言うようだがISは素晴らしいものだ。それは認めよう。納得もしよう。だがだからと言って『兵器』にもなりうるということを忘れてはいなか?」

 

「数年前に起こった『白騎士事件』。それが全てを物語っている。ISがただの宇宙空間でのスーツではないと証明し、そして現在に至っているわけだ。スポーツの中に落とし込まれてはいるもののだからと言って脅威が完全に振り払われたわけではない」

 

「『絶対防御』? 『バリアー』? くだらん。そんなものがあるから余計に人は考えをこじらせてしまう。この世に絶対など存在しない。安全面が確実にある乗り物がないのと同じ様に、ISもまた危険な代物であることには変わりはないのだ」

 

「つまりは、だ。私は諸君らに責任と覚悟を持って欲しいのだよ」

 

「相手を殺すかもしれない。それと同時に自分は死ぬかもしれない。そういった覚悟を持たず、当たり前のようにISへ搭乗する。何とも度し難い光景だとは思わんかね? 軍人や警官が武器を玩具だと思いながら所持していたらどうだ? 私はゾッとする。我々はそういった立場にいるのだよ。それをまず認識して欲しい。力を有する者は常にその力に誇りを持っているように」

 

「私を含む諸君らは何の考えも持たない餓鬼ではない。責任と覚悟、そして誇りを持つ立派な少年少女だと思っている。そしてその上で己の力を磨くべきだ」

 

「私は差別が嫌いだ。争いも嫌いだ。故に女尊男卑などという言葉も唾棄すべきものだと考えている。だがそれをやめろとは言わん。何故なら人の歴史とは差別と戦争によって日々進化してきたのだから。その不条理に不平等に抗った結果、人は輝きを放つことができるのだから」

 

「ただこれだけは言わせてくれ。相手を差別するのなら自分もされる覚悟を持て。相手を殴ったのなら殴り返されるかもしれないという認識を持て。そこにいるのはただの案山子ではないのだ。心を持ち、異なる思考回路を持った人間なのだ。それを肝に銘じて行動することこそが相手に対する礼儀というものだろう?」

 

「我も人、彼も人、ゆえ対等。基本だろう?」

 

 差別を否定しない代わりに対等を訴える。ひどく矛盾しているようでしかし納得のいく言葉だった。要は相手を嫌うのは結構だが最低限相手を一人の人間として認識しろ。そういうことだ。

 

「私の言葉に納得できない者もいるだろう。否定したいものも無論、不平不満をぶつけたい者もいるはずだ。その時は遠慮なく私に立ち向かってくるといい。私はいつでも相手になる。その怒りを憤慨を私は受け入れよう。そして同時に私は諸君に期待しているのだよ。諸君ならばきっと間違いなく人の輝きを見せてくれると信じている」

 

「……おっと。少々長くなってしまったか。いやはやつい熱が入ってしまってな。悪い癖だというのは自覚しているのだが性分なのでな」

 

「では、これにて『自己紹介』を終わるとしよう。最後まで聞いてくれた諸君に感謝を」

 

 それだけ言うと『彼女』はそのまま自らの席に座る。

 それ以降、静寂は「織斑一夏」の番が回ってくるまで続いたのだった。

 

 *

 

 時刻は夕暮れ。

 寮へと足を運ぶ生徒達の中にいた小さな金髪少女はめんどくさそうに呟いた。

 

「狂ってる……」

 

 特殊すぎる彼女の自己紹介を聞いた『世良(せら)(ひじり)』がまず抱いた感想はそれだった。

 ただの挨拶であそこまで特徴的な意見を物申す輩は恐らく世界中を回してもそうはいな。しかもその内容が内容だ。一見挑発的なものであり、ISによって変化した今の世界に対しての意見は即ちここIS学園の批判にも聞こえた。しかし彼女は別段、そんなつもりで言ったのではないのだろう。ただ自分の想いを伝え、それによってクラス中のISへの見方を変えようとしたのだ。結果的には敵を増やすことになってしまったが、それも彼女は承知の上だろう。むしろよーしバッチコーイ的なノリなのかもしれない。

 

「非常識すぎ。馬鹿なんじゃないの」

 

 いや馬鹿なのであろう。それも相当の。

 しかし厄介なのは彼女が言っていることが間違っていない、という点だ。ISについて、世間について彼女が述べたことはほぼ合っている。問題は人間とは本当のことを言われても怒る者は怒る、ということ。現に今日一日聖は彼女とその周りを観察していたが、やはりというべきか当然というべきか、彼女を影で批判する者は多かった。ただ面と向かってそれを口にする者は一人しかいなかった。

 そう。一人いたのだ。

 名前はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生。典型的なお嬢様且つエリートタイプであり、それ故に甘粕の発言は許せなかったのだろう。

 

「にしてもあの異常者につっかかるなんて命知らずな奴もいたものね」

 

 内容を要約するとこうだ。先程の発言を撤回して欲しい、とセシリアが言い放ったのだ。実際は高慢且つイラつく台詞のオンパレードだったが、それはここでは割愛する。

 しかし一方の甘粕は不敵な笑みを浮かべていた。まるで待ってたかの様なその表情と共にまず出たのはセシリアへの賛辞。自分へ真っ先に挑みに来たことへの勇気は素晴らしいだの何だの。その上で彼女はセリシアの要請を断った。それはそうだろう。あれだけ大口を叩いた人間があっさりと自分の意見を曲げるはずがない。むしろセシリアの考え方に異論を唱え、偏っているとの指摘を与えた。それが火に油を注ぐ行為であると知りながら。

 ヒートアップするセシリアを止めたのは授業のチャイム。あれがなければどうなっていたのか分からない。

 明日からどうなるのやら。

 ……そう言えばセシリアは甘粕だけでなく、他の『誰か』に食ってかかっていたような気もしたが……まあいい。覚えていないということはそれだけ価値がない(・・・・・)相手だったということだろう。

 

「ま、何にしてもわたしには関係ないことだけど」

 

 結局のところそこにたどり着く。

 世良聖にとっての目標とは『生きること』である。抽象的であるもののそれ故に単純明快。具体的な案などは存在せず、彼女にとって学校生活とは平穏に暮らすことが第一なのだ。

 面白味の欠片もない目標であるが、しかしそれは彼女の家系が関係してくる。彼女の両親は共に病弱であり、特に母親に関しては重病と言われる程のものを代々継ぐという奇妙な家系となっていた。そしてそれは聖にもしっかりと受け継がれている。小さい頃から病院通いは当たり前。何度か命の危険が伴う手術もした。しかし母親曰く「アンタはうちの家系じゃ間違いなく一番恵まれてるわよ」とのこと。これで恵まれているのなら一体先祖はどれだけ病に侵されていたのだろうか。

 とにかく、そんな家に生まれた彼女は普通に生きることですら大変なのである。中学では保健室通いの病弱女などとマシ(・・)にはなっているが、それでもやはり普通な女生徒とは程遠いだろう。そんな彼女が、厄介事に関わりたいと思うことなど有り得なかった。

 ここはIS学園。彼女にとって危険分子がうじゃうじゃいる。その中でも一等気をつけなければならないのはやはり甘粕真琴。あの女には何が何でも接点を持ってはいけない。

 

「同じクラスという繋がりはあるけど……結局それだけ。普通にしてればあんなのがわたしに目をつけることなんてありえないし」

 

 などと口にしていると目的地まで到着していた。

 

「ここがわたしの新しい住処、ね」

 

 一年の女子寮。自分がこれから住む部屋の前に彼女はいる。IS学園は寮生活が当たり前であるとは聞いていたが、しかし聖の気持ちは未だ憂鬱のままだった。

 その原因はルームメイト。聖の人生の中で人付き合いとは最も苦手とする類だ。何故相手の顔を伺いながら生きていかなければならないのか。そんなことを考える彼女だからこそ両親はIS学園へと入学させたのだが。

 ……否。正確に言えばそれは父の意見であり、母は別にあった。

 

「全く、父さんを詰っていじって嬲りたいからって、娘を寮へと放り込むなんて。我が母やながら凄まじいゲスっぷりね」

 

 自分の目的のためなら平気で他人を利用する母。そしてそんな母に魅了され、母すら惚れてしまったどうしようもない草食系の父。そんな家庭環境で育ってしまえば彼女が捻れた性格になったのは必然かもしれない。

 まあ、周りに優秀な検事や天才だけど馬鹿な叔母、面倒見の良い蕎麦屋の看板娘、小さな自衛隊員、お調子者のお笑い芸能人、百の顔芸を持つ右翼の娘とその幼馴染である手ぬぐい男、しまいには好奇心旺盛な歩くラッキースケベ女などなど……個性豊かな面子が揃っていたために彼女の捻くれがこの程度で済んでいるのかもしれない。

 ともあれだ。

 今はもうその人達はいなわけで自分でどうにかしなければならない。

 これから会うルームメイトについてもそうだ。

 

(とにかく最初の挨拶くらいはちゃんとしよう……面倒くさいけど)

 

 などと愚痴を心の中で零しながらドアを開けた。

 この時、聖が犯した過ちは二つ。

 万が一、億が一にもルームメイトが『彼女』である可能性を考慮しなかったこと。並びに自分の部屋とは言え、ノックの一つもしなかったこと。

 それらの原因から聖の目に飛び込んできたのは。

 

「ん? ああ、同室になった者か。このような格好で失礼だとは思うが、これから一年よろしく頼む」

 

 バスタオル一枚で牛乳を飲んでいた甘粕真琴(もんだいじ)の姿だった。

 

「……、」

 

 無言のまま直立不動な聖が思ったことはただ一つ。

 自分の高校生活はこの時点で確実に詰んだ、ということである。




再びやってきた息抜き。
甘粕の子孫とどこぞのゲスヒロインの娘が主役です。

ちなみに容姿のイメージは
甘粕真琴=チトセ・朧・アマツ(シルヴァリオ・ヴェンデッタ)
世良聖=ゲスヒロインと同じ
という感じです。

超不定期の亀連載になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。



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第二話 歪み

深夜テンションって凄いですね。気づいたら続きを書き上げてたんですから。

※甘粕成分が少なめです


「はッ、はッ、はッ、はッ――――」

 

 朝日が出かかっている早朝。心地いい風に吹かれながら世良聖は日課であるランニングをしていた。

 コースはIS学園の校舎外周。勝手に外出することが許されない身分であるため学外に出ることはできなかった。

 聖は体が弱い。にも拘らずランニングという日課を持っていたのは健全なる魂は健全なる肉体に宿るからだ……なんて大仰な理由などではなく、単に父親の影響。最初は流れで始めてしまったが、今では毎日やらなければ調子が出ないまでになっていた。少なくともランニングをしていれば嫌なことは忘れることができる。

 だが、今回に限っては例外だ。

 なぜなら。

 

「ふははははっ、どうしたどうしたヒジリよ! お前の輝きはその程度のものなのか!」

 

 ……悩みの種が目の前で走っているからである。

 先に言っておくが、この状況は聖がさそったわけではない。気づかれないようにそうっと部屋を出ていこうとしたのだが、既に部屋の外でスタンバッていた甘粕に捕まったのだ。

 喧しい声と共に走る彼女は上機嫌だった。そこまでならまだいいのだが、何故か先頭を走り聖を応援しているのだ。そのペースは配分などというものはなく、しかし息が全く切れていない。どんな化物だ。どこぞのラッキースケベ女と同等……いや、それ以上か。

 

「安心しろ! 私はお前が更なる高みへと踏み出せると信じている! 故にお前も自分自身を信じろ!」

 

 煩い黙れ気が散るからどっか行け……と罵声を浴びせたかったが、今の聖は体力がピーク。余計な言葉は口にできない。

 っていうか何だ、更なる高みって。要はペースを上げろと? これで最高潮だと言っているのにこの馬鹿は限界を超えろ言っているのだ。

 無茶を言うなこの考え無しが……と思いながらも聖はペースを落とさない。それどころか少しずつ、少しずつではあるが速度を上げている。

 そしてゴールまでのラストスパートを駆け切った彼女はいつもの倍以上の息切れを起こしていた。

 

「ぜぇ、はあ、ぜぇ、はあ……」

「ふむ、流石はヒジリ。よくぞ最後まで走りきった。私は今、お前の輝きを見て感動しているぞ」

「う、るさ、い……ちょっと、ほんと、に……黙りなさい」

 

 甘粕からしてみれば試練を乗り越えた者への賛辞なのだろうが、今の聖にはただの嫌味にしか聞こえない。というよりやはりこの女は異常である。確かに聖は病弱だが彼女達が走ったコースはスポーツをしている者でも結構ハードな距離のはず。にも拘らず汗一つかいていないとなればもはや疑いようもあるまい。

 

「あんたの正体、実はあれでしょ。鬼とか天狗とかそういう類の奴でしょ」

「むっ? これは妙なことを聞くものだ。私は歴とした人間だぞ。確かに普通の者よりは体力には自信があるが、何、こんなものは珍しいことではない」

 

 そんなことを平然と言えてしまう彼女は恐らく、というか絶対に普通じゃない。

 世良聖という人間はどこまでも異常な甘粕真琴が好きではない。むしろ恐ろしいとさえ思っている。自分の日常を木っ端微塵に破壊する問題児。そんな者に興味ももたないし、好感などもってのほかだ。

 だから彼女が口にしたのは好奇心としてではなく、単なる皮肉だ。

 

「あんた……一体どんな環境で育ったのよ」

「ふむ……そのことか。特に語るまでのことはないぞ。しいて挙げるのなら父が厳格な人間でな。毎日のようにしごかれ続けた。血反吐を吐いたり、病院送りになったことも何度かあるが、別に大したことでもあるまい。私はそんな父を尊敬している。今の私がいるのはほとんど父のおかげであると言ってもいい」

 

 つまりはその異様な性格は父譲りだと彼女は語る。

 一方で聖はこんな人間が他にもいるのかと思いながらため息を吐く。正直想像したくない。

 そして語られる家庭環境の一部だけで甘粕真琴が育ってきた場所がこれまた普通ではないことが明らかになった。さらにはそれを異常だと認識していない彼女はやはり聖にとって関わりを持ちたいと思えない。

 

「さて、まだ時間はあるようだし、もう二十周やるとするか。何心配するな、私はお前ならばやれると信じている。故にお前の輝きを私に見せてくれよ?」

 

 ……もうホント、関わりたくない。

 

 *

 

 事件は三時間目に起こった。

 何がきっかけなのか、と言われれば恐らく担任教師である織斑千冬の何気ない一言だろう。

 

「―――――ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 クラス代表者。つまりはクラス委員長のようなもの。生徒会が開く会議や委員会の参加はもちろんのこと、先に織斑千冬が口にしたようにクラス対抗戦などの参加が義務付けられている。まあ、クラスの代表なのだ。それくらいのことは任されるのは当然だ。それを一年やり続けることはやはりそれなりの責任がいるだろう。

 無論、聖はそんな責任を持つつもりはないのでやるつもりはない。そもそもそういうのには向いていないのは自覚しているし、病弱な人間がクラスの代表をやるなどもっての他だろう。それにそもそも面倒臭い。

 しかし彼女は不安を抱いていた。別に自分が選ばれるかもしれない、などとは微塵も思っていない。そもそも彼女と親しい人間はこの学校にはあまり……というか皆無なのだ。そんな自分が選ばれるなど有り得ない。

 問題は別のところにある。

 

「はい、私は織斑君を推薦します」

「私もそれが良いと思います」

「そうか。では候補者は織斑一夏だけだが……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

「えっ、俺!?」

 

 と立ち上がったのは一人の少年……そう、少年だ。

 

(何でこんなところに男が……ああ)

 

 その時聖は初めて織斑一夏を認識した。

 そうだ。世界で唯一ISを動かした男がIS学園に入学したとか何とかテレビで報道されていたことを思い出す。名前は織斑一夏。元日本代表である織斑千冬の弟でもある。

 そして昨日の自己紹介の時にそんなやつもいたことを聖は今思い出した。あまりに存在感がなさすぎて、忘れていた。いや、逆か。甘粕真琴の存在が大きすぎて男でISを操れる程度の人間に意識が向かなかったのだ。

 焦った表情を浮かべる彼に担任教師はいい放つ。

 

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権はない。選ばれた以上は覚悟しろ」

 

 それはどうなのだろうか、と聖は心の中で問いを投げかける。確かに選ばれる、ということは信頼されているということだ。ならばその信頼に応えるのが人間としてあるべき姿なのだろう。

 しかし、だ。この場合は全く状況が違う。先程彼を推薦した者は興味半分、面白半分で彼を推薦したに違いない。ISを使う男? 何それ、面白そう。じゃあ、何か特別なのかもしれないね。だったらクラス代表にしてみればもっと面白くなるんじゃない? というように。

 それは選ぶことの責任を持たず、全くと言っていい程覚悟がない(・・・・・)

 ふと聖は甘粕の方へと視線を向けた。

 

「……、」

 

 何も言わず、ただ黙って静観するその姿はある意味不気味だった。

 勇気だ覚悟だ責任だと口にする彼女が何も発言しないのは、しかしてこの際好都合だった。織斑一夏には悪いが、このままいけば何も問題も起こらずこの議題は終わりを告げることができる。

 が、世の中というのはそんなに甘いものではない。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 バンッ、と机を思いっきり叩きながら次に立ち上がったのは金髪の少女―――セシリア・オルコットだった。

 眉間に皺を寄せるその姿は不満を体現したものだった。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのそうな屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」

 

 聖は完全にセシリアのことを忘れていた。別に注意すべき存在ではないが、しかしこの場合は違う。特に彼女のようなエリート思考な人間が、自分以外、ましてや女ではない男が代表者に選ばれればどういう反応をするのか。それは言うまでもない。

 

「実力からいけばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ! いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべきものです。ならばこのわたくしが選ばれるのが当然ですわ!」

 

 一部正しいことを言っているものの、大半がただの罵倒になっていては意味がない。特に最後の一文で説得力が皆無になってしまった。

 詰まる所、彼女は織斑一夏が無責任で選ばれたことに意見しているのではなく、自分が選ばれなかったことに対して腹が立っているだけなのだ。前者ならともかく、後者の目的のために他者を貶す行為ははっきり言って度し難い。結局自分のためなんじゃないか、と言われても何ら不思議ではない。

 しかし、それを理解しない少女は続けて口を開く。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

「それを言うならイギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 唐突に割り込んできたのは先程推薦されオロオロとしていた織斑一夏。自分の国を馬鹿にされたからこその反論なのだろうが……しかし侮辱し返すことはこの場では逆効果であり、間違っている。そもそも指摘する場面がそこでいいのか、と聖は疑問に思った。

 

「あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの……!? 分かりました、ならば決闘ですわ!!」

 

 再び思いっきり机を叩きながら言い放つ。

 

「ああ、いいぜ。四の五の言うより分かり易い」

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い―――いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

「そう? 何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示す、またとない機会ですわね!」

 

 雪崩が一気に崩れていくように決闘の話はトントン拍子で進んでいく。

 ……何だろうか。この虚脱感と違和感は。

 互いの意見が相違している。だから決闘だ。それはいい。極端な話ではあるがそれでも解決策の一つではある。だからそれはいいのだが……。

 

(……こいつら、昨日の馬鹿(あまかす)の話聞いてなかったの?)

 

 個人の喧嘩でISを絡ませてくる。それがどれだけ身勝手で無用心な行為なのか、果たして理解しているのだろうか。

 この反応からすると聞いてはいたが、変な奴が妙なことを言っていると流していたのだろう。確かに自己紹介であんなことを語られても困るだろうが、しかしそこに何も感じ取らなかったのだろうか。

 そしてその疑問は更に大きくなる。

 

「それで、ハンデはどのくらいつける?」

「あら、早速お願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデをつけたらいいのかなー、と」

 

 瞬間。

 先程まで二人の会話に全く介入してこなかった生徒達が全員笑い出した。

 

「あははは、お、織斑君、それ本気で言っているの?」

「男が女よりも強かったのって、それはもう大昔の話だよ~?」

「織斑くんは、そりゃあ確かにISを使えるけどさ。それは言いすぎだよ」

「もしも男と女が戦争したら一週間も持たないっていわれてるしね」

 

 だよねー、などと言い合いながら彼女たちは笑い続けていた。その笑顔に一点の疑問もなく。自分達が正しいことを述べていると思いながら。

 笑っている。笑っている。笑っている。

 ……何だ、これは。

 その光景を目の当たりにした聖の体に悪寒が走り、鳥肌がたった。

 聖には先程の織斑一夏の発言のどこに笑い所があるのか全く理解できなかった。男が女よりも優れている、とは言わないがしかしながらそれでも嘲笑をするほど男という存在は卑下していいものなのか?

 違う。断じて違う。

 少なくとも世良聖が知っている男達は指を刺されて笑われるような人達ではない。格好が悪い時や情けない姿を見せる時もあるが、それでも大人として男として人間としてあるべき姿を見せてくれた『あの人達』を馬鹿にすることなど許されるわけがない。

 そして何より気に入らないのは。

 

「……分かった。じゃあハンデはいい」

 

 などと言いつつもクラスの連中に何も言い返さない少年だった。

 おい、お前。何を言い負かされているんだ。少しは何か言い返したらどうなんだ。しかも、何だその顔は。まるで彼女たちが言っていることが当たり前であるかのように納得するなよ。情けないなんてモノじゃないぞ。

 などと心の底で愚痴りながら握り拳を作る。

 彼は分かっていないのだ。自分が今、男代表の立場にあるということを。一学生に何を言っているのかと言われるかもしれないが、しかし事実だ。ここでの彼の評価は他の生徒達にとってみればイコール男の評価に変わるのだ。つまり彼がこのまま惨めな姿を見せ続けるのなら男は惨めな存在だと認識されてしまう。

 何とも馬鹿でていて、何とも愚図な雰囲気。反吐が出る。空気がクソマズい(・・・・・・・・)

 ああ、つまるところ、だ。

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあ―――」

「うるさい黙れ」

 

 ――――我慢の限界ということだ。

 一言。そのたった一言で静寂が生まれた。と同時にクラス中の視線が聖の元に集中する。それは驚愕であったり、嫌悪であったり、興味であったりと様々だったが、しかして彼女は臆さない。

 

「……今、何か仰いましたか?」

「黙れって言ったの。何、聞こえなかったの? 耳が遠いのね。耳鼻科に行ったら?」

 

 なっ、と言いながら赤面するセシリアを他所に聖は続けた。

 

「さっきから言いたい放題言っているけど、要は自分を選んでくれなかったことに腹を立ててるだけでしょ? それを長々と続けて……聞かされてる身にもなりなさいよ。何で自分がイギリス代表候補生にも拘らず選ばれないのか、わからないの?」

「何ですって!? ISをまともに動かしたことのないくせに代表候補生であるわたくしに意見を……」

「ほらその態度。どう見ても相手を見下してる。そんな奴を誰が好き好んで推薦すると思うの? 馬鹿じゃないの?」

「……っ!?」

「『我も人。彼も人。ゆえ対等』……どっかの馬鹿と同じことを言いたくはないけど、結局そういうことよ。あなたが相手を尊重する淑女なら皆率先して選んでいたはずよ」

 

 実際は淑女どころか相手を思いやる心を知らない畜生だが。

 

「それに男がどうのと言っていたけれど、何? 自分の男性経験の無さをアピールして何がしたいわけ? やめてよね、そういう不幸自慢は。『あなた達』が今までどういう男と知り合ってきたのか知らないけど、それが全ての男だと思わないでよ。怖気が走る」

「貴女、何を言って―――」

「少なくとも、わたしの知っている男の人っていうのはそこにいる男子とは違って、嘲笑され、馬鹿にされる人達じゃない」

 

 セシリアの言葉を遮りながら告げる聖の言葉にさりげなく混じっていたのは織斑一夏の評価。

 それを聞いた当の本人はムッとなっているがそんなものは無視だ。

 

「わたしの父は体が弱いわ。でもとても強い人よ。周りが何を言おうと自分の意思を曲げない真っ直ぐさを持ってる。どんな窮地に立っていたとしても進み続ける諦めの悪さを持ってる。わたしが過ちを犯せば思いっきり叱ってくれる。そんな人」

 

 本人を目の前にしていれば絶対に言えないことだ。しかし、だからこそ言えることでもあった。

 

「『あなた達』はどう? 自分の父親、兄弟、親戚、友達……自分が今ここにいる過程で一度も男の人には助けてもらわなかったの? 男は全員価値がない存在で、嘲笑すべき対象だった? ねぇ、聞かせてよ」

 

 問いかける聖にしかして誰も答えない。答えられない。

 

「別に男が強いとか、女が弱いとか、そんなことはどうでもいい。わたしの知っている男の人達だって間違いを犯すこともあるし、弱いところだってある。けれど、それは女も同じでしょう? ISが使えるという一点が違うだけでそんなに優劣が付くものなの? だったら……女の価値って、ISに依存してるだけじゃない」

 

 甘粕と同じことは言いたくないが、ISは優秀な発明品だと思う。

 けれど、そんなことで、そんな程度で、人間としての優劣を決めていいものではないはずだ。

 

「まぁ、要するに何が言いたいかってことだけど……『あなた達』程度が男を語るなんて百年早いってことよ」

 

 言いたいことを言い放った後に訪れたのは二度目の静寂。

 そしてそれを破ったのは金髪少女の罵倒ではなく、唯一の少年の反論でもなく、担任教師の注意でもなく。

 彼女のルームメイトの拍手だった。

 

「―――素晴らしい。ああ、何とも心地いい言葉だ。熱意がある。信念を感じる。覚悟を決めている。こんなに清々しい気持ちになったのは久しぶりだ……織斑教諭」

「何だ」

「推薦の話だが、まだ可能か?」

「ああ、構わんぞ」

「そうか。ならば私は彼女……世良聖を推薦したいと思う」

 

 その瞬間、聖は何を言われたのか一瞬理解できなかったが、すぐさま正気に戻ると素っ頓狂な声を上げた。

 

「はぁ!? あんたなに言って……」

「何、おかしな話ではないだろう? 彼女はこのクラスで一番真っ当な人間性を兼ね備えている。クラスの代表である以上、人間性とは重要なものだ。どうだろうか、織斑教諭」

「……いいだろう」

「ちょ、織斑先生……!?」

「先程も言ったが、他薦されたものに拒否権はない。選ばれた以上は覚悟しろ」

 

 そんな……と口にする聖を他所に織斑千冬は話を続ける。

 

「それでは一週間後に勝負を行う。時間は放課後、場所は第三アリーナだ。織斑、オルコット、並びに世良はそれぞれ準備をしておくように。では、授業を始める」

 

 淡々と授業が開始される中、聖が思うことはただ一つ。

 

(やっぱりあんな奴と知り合いになるべきじゃなかった……!!)

 

 切実に。切実に心の中で呟くのだった……。




甘粕が名乗り出ると思った? 残念! みんな大好き聖ちゃんでした!
……はい。すみません。また調子に乗りました。ごめんなさい。心の底から反省します。

冗談はさておいて、何故甘粕が名乗り出なかったのか、それは次回に明かします。

というか、今日はホント眠い。ぶっ通しでやるもんじゃないですね。
そういうわけで良い連休を!


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第三話 懸念

書いてて改めて思う。甘粕って性別関係ないんだな、と。

※↑は本編に一切関係ありません。


 昼時の学食はやはりというべきか混雑しており、人が賑わっていた。

 しかし一方で。

 

「最悪……」

 

 どんよりとした空気を漂わせながら昼食を摂る聖だったが、あまりの気分の悪さに味を全く感じなかった。

 一週間後の対戦。それに無理やりな形で参加させられたのだ。しかも対戦相手の二人の内、一人はイギリスの代表候補生。一方の聖はというと試験でISを操縦したくらいであり、実質ISを動かすのは初めてに近い。勝てる確率など皆無である。

 この状況で浮かれろという方が無理な話だ。

 

「ん? どうした、ヒジリ。先程から箸が進んでいないな。早く食べねば飯が冷めるぞ」

「誰のせいだと思ってんのよ……」

 

 全ては目の前でカレーライスを食べている馬鹿のせいだ。いや、確かにあの場面で目立った言葉を口にした聖も聖であり、あんなことを言えば甘粕が調子に乗って自分を選んでくるという可能性を考えなかったのは痛手と言えるだろう。

 だが、そもそもにして疑問が一つある。

 

「あんた、どうして何も言わなかったのよ。あんたの性格上、ああいうのは見るに耐えないんじゃないの?」

「ああ、そのことか」

 

 言いながら最後の一口を食べ終えると、甘粕はスプーンを置いて語りだした。

 

「確かにその通りだ。あれは酷い有様だったな。興味本位で推薦する愚か者。そこに責任感などは皆無であり、選んだ後のことなど考えてはいない。恐らく織斑一夏を選んだ連中は彼に一切の協力も助力もしないだろう。ただ面白がって試合を観戦するのみ。いやはや頭に蛆が湧いているのかと疑いたくなった」

 

 呆れた口調の彼女の顔はしかして真剣であった。

 

「それに対して反論したセシリアはある意味正しいと言える。その上で自分の優位性をクラスの連中に発言したのも勇気ある行動だ。そこはいい。そこまではいい……だが、あれの悪いところは他者を他者として認めていないという点だ。自分は偉大な存在であり、それ以外の人間は見下す。対等、などという言葉は彼女の中には存在しないのかもしれん。特に男がどうのこうのと言っていたが、あれは少々見るに耐えなかった。何とも今風の歪みを受けて育った典型的な女というべきか」

 

 セシリアの正しさを認めつつも大きく歪んでいる点を指摘する甘粕の意見は腹立たしいことではあるが、しかして認めざるを得なかった。

 

「そして何より私が落胆したのは彼……織斑一夏。あれはダメだ」

「ダメって……セシリアの悪口に対して罵倒し返したこと?」

「いや、そこは別に何とも思っていないとも。あれはセシリアが最初に仕掛けたことであり、彼にはそれに対して罵倒し返す権利があった。口喧嘩というものは見ていて呆れるものだが、しかしそれもまた一つの争い。否定はせんよ」

「じゃあ……」

「私が言っているのは、セシリアが決闘を持ち出した時の彼の台詞だ」

 

 その言葉に聖は首を傾げた。セシリアが決闘を持ち出した時、織斑一夏は何を口にしたのだったか。

 考えている彼女に対し、甘粕は答えを述べた。

 

「彼はこう言ったのだ。『ハンデはどのくらいつける』、と。何ともおかしな話ではないか。今から相手にするのはイギリスの代表候補生。性格は確かに難であるが、しかしその実力は本物のはずだ。にも拘らず、彼はまるで自分の方が上のような態度で物を言っていたのだ。私はつい思ってしまったよ。お前は一体何様なんだ、と」

 

 苦虫を噛むようなその言葉に感じられたのはある種の怒り。

 

「もしかすれば彼には凄まじい実力があるのかもしれない。何かしらの秘策があったのかもしれない。しかしな、その発言はあまりにも相手を馬鹿にしている。まるで相手が自分より弱いと言っているようなものではないか。セシリアも他者を見下しているが、奴もまたセシリアを見下していたのだ。自覚しているかどうかは、分からんが」

 

 聖の考えでは恐らくはしていないと思う。あれは何気ない一言であり、彼の素。つまり日常的に女は対等ではないと考えているのだろう。

 そこに悪意があるかないかなど甘粕には関係ない。相手を対等だと思っていないことに腹を立てているのだ。

 

「正直な話、私は彼に興味を持っていた。ISを初めて動かした男。そんな存在ならば世界の歪みに対して抗うことができるのでは、とな。だが、蓋を開けてみればどうだ。自分は無理やりここに連れてこられた被害者だ、などという面構えで平然と日々を無駄に過ごしている。ああ、確かに彼がここに来たのは自身の希望ではないのかもしれない。しかし、それでも彼がここにいる意味は大きい。その責任を全く感じていないあたり、もはや論外というべきだろう」

 

 それはあんたが勝手に期待して勝手に失望しただけでしょ、とは言えなかった。

 織斑一夏がIS学園に来たのはISに適合したからだ。そしてたったそれだけの理由で入学できた彼だが、しかして他の生徒が同じというわけではない。何十、何百という倍率の中を必死で勉強し、合格を勝ち得た女子がIS学園に入学できる。しかし、彼が来たことによって本来入学するはずだった一人の少女は不合格となったのだ。

 抗いがどうのとかは置いておくとして、少なくとも織斑一夏にはその一人の少女の夢を奪った責任を感じるべきである。だが、実際はISの勉強はおろか、教科書を間違えて捨てるなどとはっきり言って無自覚すぎる。

 

「あのような奴が世間一般的な男だと思われるのは確かに認めることはできん。故、お前の語らいに私は大きく賛成すると同時に感激を受けた」

「またそんな大仰なこと言って……」

「大仰などではない、真実そう思っているのだ。あの場で起こった争い、嘲笑、空気……なんとも度し難い。嗚咽を吐くどころか、怒りでどうにかなりそうだった。そして悔しかった。人間とはここまで堕ちたのかと。悔しくて泣いてしまうかと思った程だ。もしお前が何も言わなければ私は人間そのものに失望していたのかもしれない……だが、そこにお前が現れたのだ」

 

 それは彼女にとっては暗闇の中にあった一筋の光明だったのだろう。

 

「小さな体で一身に連中の視線を受けても尚、それを歯がにかけず自らの心根を口にする勇気。己が関わってきた人々を貶すまいとする誇り。そして周りに流されない強さ。ああそうとも。私が求めていた人間とは即ちこの女なのだと、あの時私は実感した。自分を律し、誰かが輝きを見せてくれると信じたかいがあったものだ、とな」

「……ちょっと待って。じゃああんたは自分以外の誰かが反論するのを待ってたってわけ?」

「ああそうだ。お前の輝きは実に眩しかったよ。尊敬に値する。

 だから言わせて欲しい―――本当に感謝する。お前のような人間がいて、私は真実救われたのだ」

「……あんたに褒められても全然嬉しくないんだけど」

 

 そう言いながら水を啜る聖。

 甘粕の口から出てくる言葉。それらは一つの嘘偽りはない。彼女は全て真実を語る。故に心の底から世良聖という少女に感謝しているのだろう。

 そんなことを真正面から言ってくるなど常識では考えられず、そしてそれは聖が苦手とする分類だった。そして何より気に食わないのは自分が甘粕の策略に嵌ってしまったこと。当人は策などとは思っていないだろうが。

 

「つまりあんたがわたしを選んだのは、つまるところ自分が理想とする人間像だったからってこと?」

「そういうことになる。私の悪い癖の一つでな。気に入った相手にはどうにも試練やら何やらを与えたがる。そして同時に期待しているんだよ。一週間後にお前が見せてくれる輝きをな。何、心配するな。選んだ以上は私としてもその責任を果たすさ」

「それはつまり……?」

「この一週間の訓練に付き合う、ということだ」

 

 その後、聖が全力で断ったのは言うまでもないことである。

 

 *

 

 放課後、聖は職員室にいた。もっと詳しく言うと職員室の隅っこの簡易応接間。椅子と机とコロコロ付きの壁があるそこは正直居心地は悪い。

 

「すまん、遅くなった」

 

 言いながら現れたのは担任教師の織斑千冬。

 元日本代表のIS操縦者であり、第1回IS世界大会『モンド・グロッソ』で優勝した超が付くほどの有名人。彼女が目的でIS学園に入学した生徒も少なくないとか何とか。

 着こなしている黒スーツは彼女の凛々しい顔立ちにぴったりだった。

 

「いえ、わたしもさっき来たところなんで」

「そうか……早速で悪いが本題に入らせてもらう」

 

 聖とは真反対の椅子に座り、数拍置いた後にようやく口を開いた。

 

「一週間後の試合だが、お前は出なくていい」

「……は?」

 

 教師に対してその反応は叱られるべきものなのだろうが、あまりの予想外な展開に思わず口が滑ってしまった。しかし実際は違う。これは彼女が忘れていただけであって、本来はそういう流れ(・・・・・・)になるものなのだ。

 千冬の言葉の真意を理解した聖は敢えて質問した。

 

「……それは、わたしの体が原因ですか?」

「ああ、その通りだ」

 

 端的に千冬は応える。

 

「お前の体は数年前の手術によって改善がされたのは知っている。だが、それでも万全というわけではない。中学も保健室に通いつめる程だったのだろう?」

「……ええまぁ」

「そんな奴をISの試合、それも一方は代表候補生を相手にすることなど担任として認められることではない」

「じゃあ、何でさっきは否定しなかったんですか」

「……お前が、自分の体のことをクラスの連中にわざわざ聞かせたいような性格をしていない、と判断したからだ」

 

 その通りだった。

 自分は体が弱い、なんてことを吹聴するような真似は聖はしたくなかった。それは自らが周りよりも劣っていると知らしめる行為であると同時に自分が弱いことを認めることでもあったから。そして何より周囲の目。人間というのは大半が弱者に対して気を遣う生き物だ。

 目の前の教師のように。

 しかし、だ。

 

「お気持ちはありがたいですが、わたしは試合に出ます」

「ダメだ認めん。万が一のことがあればどうする……」

「では、先生はこれから先もわたしにISに搭乗するなと、そう言うんですか?」

 

 千冬の言葉を遮りながら聖は強く言い放つ。

 別に彼女の言い分は間違っていない。正しい。常識人として正答を口にしている。病弱な人間がいればその心配をするのが当たり前。そんなことは聖も言われなくても分かっている。そういう対応は生まれてこの方何十回もあったことだ。特に彼女の教師になった者のほとんどは千冬と同じ反応をしている。

 ああ、そうとも。何度も言うようにそれは正しい。正しいとも。

 けれど、正しいことが相手を傷つけることもあるのだ。

 

「確かにわたしの体は普通の人間よりも弱いです。だけどそれを理由にしてしまえば、わたしはこれからISを操縦する時に毎回同じことを言われるでしょう。貴女は体が弱いんだからISに乗るのはやめなさい、と。IS学園に来たというのにISを操縦できない。これじゃあ本末転倒じゃあないですか」

「論点を変えるな。そういう話ではない」

「そういう話なんですよ、これは」

 

 試合なんて最初は嫌だった。今でも嫌だ。こんなとばっちりな形で決められたものなんて誰が喜んでやるものか。面倒臭いし、他の誰かが出るのならそれに越したことはない。

 だがしかし。

 自分の体が弱いから逃げることだけはしたくない。

 

「織斑先生、わたしの知り合いにかなりスパルタな検事がいるんですけどね、その人に言われたんですよ。『体が弱いことを理由に物事から逃げるな』って。その通りだと思いますよ。そんな程度で逃げ出すような人間はどんなことからも逃げ出す。私はそういう輩にはなりたくないんです」

 

 ここで逃げてしまえばそれこそクラスの連中と同じではないか。

 それに。

 

「こんなわたしでも゛一応゛は推薦された身なんで。おいそれと辞退するわけにはいかないんですよ」

「……、」

 

 聖の言葉を真剣な眼差しで聞き入る千冬。その顔は無表情、というか強張っている。正直このまま拳骨の一つや二つ飛んでくるのではないかとさえ思われた。

 しかし現実はそんなことはなく、帰ってきたのは拳でも反論でもなく溜息。

 

「……はあ。もしやとは思っていたがお前も相当な問題児だな。甘粕といい勝負だ。何故今年はうちのクラスにこうも変わり者が集まるんだ」

「先生、それは聞き捨てなりません。あの馬鹿……甘粕さんと同じというのは心外です」

「それはお前だけが思っていることだ。周りからしてみればお前も甘粕も同じくらい異質な存在だと自覚しろ」

 

 それはそうなのかもしれない。少なくとも聖にとってあのクラスは普通ではない。それを逆に考えるとクラスからしてみれば聖が奇妙な存在に見えるのも仕方ないのだろう。

 

「そして一番の難問は、お前たちのような問題児が一番真っ当であるという点だな」

 

 自嘲のような笑みを浮かべながら千冬は言う。

 

「お前も甘粕もあの場の歪みに気付いたはずだ。だからこそ、あんなことを言ったのだろう。しかしそれでもあいつらの考えはそう簡単に変わらんよ。何せ小さい頃から刷り込まれた認識だ。それが当然だと考えている。全く、こればっかりはどうにもならん」

「だから諦める、と? 歪みをそのままにしておくと言うのですか?」

「それは違うさ。ただ相当の時間がかかる、と言っているだけだ。三年間という限られた時間で認識を変えられる生徒は少ないだろう。それで世間の見解が変わるわけでも世界そのものが変化することはないのかもしれない」

 

 けれど、と目の前の教師は続ける。

 

「それでも私はしなければならない。ISに関わってきた人間として。こんな世界を作ってしまった人間の一人として、な」

 

 それは元日本代表のIS操縦者として、という意味なのだろうが、何故だろうか。聖には他の意味も含まれているように感じ得た。それが何かは分からない。しかしそれでも確かなことは一つ。

 目の前にいる女性は教師なのだと、心の底から理解したのだった。

 

「織斑先生……」

「無駄話が長くなったな。要するにお前たちが言わなくても今後、ああいうことは私が注意する。それだけのことだ。とは言っても、お前たち二人に何を言っても無駄だろうがな」

「だから先生、わたしとあの馬鹿をセットにするのはやめてください。不愉快です」

「ふふ、そういうな。私はお似合いだと思うぞ。というか、私からしてみればああいう奴は一人にしとくと何をしでかすか分からん。だからストッパーが必要だ」

「そのストッパーにわたしがなれと? 無理ですね」

 

 そんなこと不可能だ。

 あれはストッパーとか重石とかそういうものを全て突破して前に進む人間なのだから。

 

「それはそうと、試合の件ですが……」

「ああ、分かった分かった。試合に出ることは許可する。が、私が無理だと判断した場合は即座に中止してもらう。これは絶対だ。いいな」

「ありがとうございます。あっ、ついでにお願いがあるんですけど」

「何だ?」

「試合までに一度ISを操縦しておきたいと思いまして。訓練機を貸し出しして欲しいんですが」

「……すまんが、それは難しいな。訓練機の貸し出しは予約制なんだ。そしてお前が行う一週間後の試合まで予約は埋まっている状態だ」

「そうですか……」

 

 予定外の答え、ではない。IS学園はISの操縦を主に学ぶ場所なのだから訓練機が貸し出されない場合も普通なのだろう。

 しかしこれは困った。ISを使用した試合を行うのにISを使用した練習ができないとは。

 

「余計な世話かもしれんが、ISを扱うに当たって重要なのはイメージだ。ISの構造を理解した上で臨めば何もしないよりはマシになるはずだ」

「つまりはイメージトレーニングをしろと」

「そういうことになる。後は肉体的なトレーニングも欠かさないことだ。いくらイメージが大切とはいえ動かすのはお前のその体なのだからな」

 

 基本的だが、今の聖にとってはそれしか策は無かった。

 しかしここで一つ疑問が生じる。

 

「あの……教えて貰っていうのも何なんですけど、いいんですか? わたし一人にそんなこと教えて」

「別に問題はないだろう。何せお前が一番不利なんだからな」

 

 その言葉には少々首を傾げた。それはどういう意味か。

 確かにセシリアは代表候補生で勝つ確率はかなり低い。しかし織斑一夏に関して言えば少なくとも同じ土俵の上に立っているはずだ。

 

「勘違いするなよ。お前の体のことを言っているのではない。先ほど連絡があってな。ISを使う男がどれだけのものなのかというデータを取るために織斑には専用機が用意されることになった。つまり、訓練機で戦うのはお前だけということになる」

 

 専用機。代表操縦者および代表候補生や企業に所属する人間に与えられるIS。つまりは特別というわけだ。織斑一夏はその希少な存在から専用機を与えられ、また代表候補生であるセシリアも無論専用機を持っている。

 と、ここで聖は思う。

 あれ、これって完全にやばいんじゃないだろうか。




はい、というわけで甘粕が名乗り出なかったのは獲物を探してたからですね(オイ
実際のところ、甘粕が試練に挑むより、試練を与える印象が強いためこのような結果になりました。

そしてようやくIS勢の一人に絡ませることができた。千冬さんだけど。
個人的に千冬さんはいい教師だと思うんです(暴力的だけど
厳しいけど責任感があって、IS世界の歪みもどうにかしなければならない……そんなことを考える教育者だと私は思っています(暴力的だけど

さて窮地に陥った僕らのヒロイン聖ちゃん。果たしてどう乗り切るのか……一応は考えてあります。突拍子もないやつですけど……

では次回までおさらばです!


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第四話 ■■

昨日、ブレーキを踏んでも止まらない車を運転する夢を見た。
マジで怖かった。
※IS勢の霊圧が消えております。ご注意ください。


 走る。走る。走る。

 いつものような朝のランニング、ではない。それ以上の速度でしかし距離はその倍以上。

 聖が現状置かれている状況を簡単に説明すると、追われているのだ。

 

「チィ―――――しつこいっ」

 

 そんなことを言いながら足は止めず、さらに加速する。しかし追跡者はそんなものなど知るかと言わんばかりに同じ様に速度を上げてきた。

 何から逃げているのか……それを具体的に答えることはできなかった。何せ相手の姿は『見えない』のだから。

 ふと走りながら背後に視線を向ける。そこにいるのは影。真っ黒な靄が全体を覆い隠しており、それが男なのか女なのか、はたまた人間なのかすら把握できない。

 そんな得体のしれない存在に追いかけられながらもしかして聖は動揺していなかった。角をいくつも曲がり、撒こうとするが上手くいかないことに腹を立てるが絶望的な状況だとは思っていない。全力疾走のマラソンランナー状態であることに文句の一つや二つを言いながらも彼女はそれでも走り続ける。

 しかしこのままでも埒が明かないのは事実。

 一か八か。

 

「はぁッ―――」

 

 気合と共に全力で走行しながらの同じく全力の跳躍。

 高さは軽く二階建ての一軒家を有に超えており、いくつもの家や建物を飛び越える。そして五十メートル程離れた場所にあった建物の屋上に着地。コンクリートで出来た床にひびが入る。

 すかさず後ろを振り向くが、そこに相手の姿は無かった。

 

 

「どうやら撒いたようね……」

 

 肩で息をしながら安全を確信する。

 だが、それは甘い考えだった。

 次の瞬間、聖の頭上から突如として影が現れ、拳らしきものを握りながら落下していた。

 

「なっ……!?」

 

 咄嗟に避けたことにより直撃は避けられたものの、しかし先程まで聖がいた場所は木っ端微塵と化していた。

 油断した。成功したことにすっかり気を取られて、自分がやれるのなら相手もできるということを忘れてしまっていた。

 即座にこの場から離脱しようと試みるももう遅い。先程彼女は全力を使い果たしたのだ。『ここ』ではいつもの倍、いやそれ以上の力を発揮できるが、その上での全力だ。もはや歩くことすらままならない。

 そもそもこの相手にこの距離では逃げることすら不可能なのだ。

 刹那。一秒ともかからない時間で影は聖との距離を詰め、横から蹴りを入れてくる。

 

「が、はっ……!?」

 

 防御するもしかして武術の一つもしらない小さな体ではほぼ無意味である。まるでサッカーボールの如く聖の体は壁まで吹っ飛んでいく。

 追撃が来るかと思いきやしかし影は動かない。聖が動くのをただ待っている。つまりはいつものパターン入ったということだ。

 釈然としない……相手の思う壺に嵌っている。苛立ちを隠せないが、今のこの状況下で彼女に与えられた選択肢は他にない。

 

「しょうがないわね……相手をしてやるわよ」

 

 言いながら立ち上がりそして……聖は相手に突っ込んでいく。

 これが正答。タイマンの勝負こそがこの影の望みであり、役割。そこから逃げようとしていたから影は聖を追いかけ続けたのだ。

 とは言っても聖にも逃げていた理由がある。既に承知だろうが、聖は武術の一つも喧嘩のやり方の基本すらもしらないど素人だ。さらに言えば病気持ちの小さな少女。そんな人間が正体不明の怪物に立ち向かえばどうなるのかは一目瞭然。

 そして五分もしない内に。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 地べたに這い蹲いながら聖は呼吸をしていた。

 これが当然。自然な形。ここは異常な場所ではあるが漫画やアニメの世界ではないのだ。運や奇跡などはそう安々とは訪れない。

 一方の影は毅然とした……ような態度で聖の前に立っていた。その格好はまるで彼女を見下ろすような形。

 ふと聖は顔を見上げる。しかしやはりそこにあるのは黒い影だけ。男か女か人間かすら分からないそれは、いつものように拳を振り上げ、止めをささんと言わんばかりの勢いで下ろす。

 そして……。

 

 ピリリリリリリリ。

 

 世界に響き渡る電子音と共に情景が一瞬の内に霞む。

 そして視界はあるべき場所を写し出した。

 

「はぁ……またか」

 

 ため息をつきながら出てきたのは落胆の言葉。

 こうして世良聖は夢から現実へと帰還したのだった。

 

 *

 

「それは明晰夢だろう」

 

 朝のランニングを終えた後の朝食の時間。ここ連日見続ける聖の夢をそう結論付けた。

 

「明晰夢……何それ」

「有り体に言えば、自分が夢を見ていると自覚している夢の状態のことだ。それ自体は別段珍しいものではない。今までも何度か経験があるのではないか?」

 

 言われてみれば確かに。今見ているものが現実ではなく夢だと自覚したことは数える程度だが経験はある。

 しかし問題なのはそれが毎夜に見ているということだ。

 考えられる原因は二つ。目の前にいる馬鹿からのストレス、あるいは一週間後……いや、四日後のセシリアと織斑一夏との試合からの不安。またはその両方か。

 どちらにしても自分が精神的にも参っていることには変わらない。

 

「はぁ……現実でも疲れてるってのに睡眠まで疲れるって、どんだけよ」

「そう言えば明晰夢を見た時は眠った気にならないと言われているが、なるほど。だからここ数日のランニングには身が入っていなかったわけか。辛いのは分かるが、しかし鍛錬が疎かになるのはいただけないな」

「うるさいわね。別にサボってるわけでも気を抜いてるわけでもないからいいでしょ」

 

 といつもなら軽くあしらう程度にも拘らずついつい反論してしまうのは、やはり疲れが取れていないからだろう。少なくとも、明晰夢は自分が夢を見ている、という認識があることから実際のところ脳が眠っている状態になっているわけで、聖の疲れも自然なものと言える。

 イラつく彼女にしかし甘粕は笑みを浮かべながら返答する。

 

「まぁいいではないか。むしろ逆に考えてはどうだ? 自分には他の人間よりも時間がある、と」

「どういう意味よ」

「人間とは一日に六から八時間の睡眠時間がベストだと言われている。それを一個人の人生として換算してみろ。実に三分の一は睡眠に費やしていることになる。何もしないで意識もなく、ただ休む時間が人間にはそれだけあるのだ。無論、休むことが重要なことは理解している。が、やはりもったいないとは思わんか?」

 

 言われてみればそうかもしれないが、と思う聖に甘粕は続けて言う。

 

「つまり何が言いたいかというとだな。明晰夢を見るのならそれを利用すればいい、ということだ」

「利用する? どうやって? まさか、夢の中でも勉強やら特訓をしろと?」

「近いが、正確には違う。勉学や鍛錬も必要だが、今のお前に最も足りないものは何だ?」

「何ってそりゃISをちゃんと操縦したことが……あ」

 

 言われてようやく気づく。が、同時に呆れもした。

 聖はジト目の状態で甘粕に尋ねる。

 

「……まさか夢の中でISの操縦訓練をしろと?}

「流石はヒジリ。話が早い」

 

 ああ、うん。分かった。やっぱりあんたは馬鹿だ。

 

「……あんたね。夢だからってそんな都合がいいことできるわけなでしょ」

「夢だからこそ、ではないか? 無意識ならばともかく、自分が夢にいるということを認識しているのであればどうということはない。ISの一つや二つ、出せるだろう。夢とはつまり、そういうものなのだから」

「簡単に言ってくれるわね……っていうか、もしそんなことできたとしても、意味なんかないでしょ。それは夢のできごとであって、現実のことじゃないんだから」

 

 そう。今話しているのは夢の話。その中でどれだけ頭が良くなろうが強くなろうが関係ない。それは現実(ここ)に持ってこれないのだから。

 そんな馬鹿馬鹿しい会話をしている中でも甘粕は真剣だった。

 

「しかし実際現実では訓練機を貸出してもらえないのだろう? ならば夢の中でくらい操縦してはどうだ。授業の中でも言われているだろうが。ISとは即ちイメージが大切である、と。お前の明晰夢は正しく好都合な場所ではないか」

 

 その通りである。それは織斑千冬にも言われたことだ。

 イメージ……それがISの基本。そして夢とは言わば個人のイメージの世界だ。ならばそこでIS操作を行うことは現実に繋げられるのでは?

 と、そこまで考えて聖は首を横に振った。

 

「……馬鹿馬鹿しい。ほら、さっさと食べなさいよ。遅れるわよ」

 

 言いながら食器を持ちながら立った聖はそのまま返却口へと向かう。

 そんなことは無理だ。不可能だ。有り得ない。そんなことを考える聖の心にはしかしどこかひっかかりがあった。

 そして。

 そんな彼女の後ろ姿を見ていた甘粕の表情はいつもと同じような不敵な笑みが零れていた。

 

 *

 

 そして夜。

 やはりというべきか、それとも予想通りというべきか。

 影は当然の如く聖の前に現れた。

 そして必然的に夜の追いかけっこが成立する。

 

「全く、懲りないやつね……!!」

 

 この影が何なのか、聖には分からない。彼女の不安が具現化したものか、それとも彼女自身に『追いかけっこされる』という願望があるのか……後者でないことを祈るばかりだ。

 とは言え、その正体がなんであれこのままでは昨夜の二の舞だ。こちらも明晰夢であるためか、思い通りに体が動き、体力も現実の倍以上はある。が、しかしそれを嘲笑うかのように影は聖よりも体力筋力、共に遥か上を行っている。どれだけ運動能力を向上させても相手はその上をいってしまう。それはこの数日で理解していた。

 そしてもう一つ理解したことがる。ここでは思い通りになるといっても、限度があるということ。現に肉体面ではこれ以上の向上は無理だ。現実のように息が荒くなり、体力も消耗している。このままではバテてしまって即座に捕まり、いつものようにボコボコにされて終了。

 しかし、それではあまりに惨めすぎる。

 

「……試すしかないようね」

 

 このままでは結果は目に見えている。ならば可能性は低いが新たな試みしか方法はない。

 目を瞑り、右手に力を、念を送る。

 形成、構成、材質、骨子……それら全てを理解しているわけではないが、しかしそれでもやらねばならない。思わねばならない。今から自分が創り出すものが本物であるということを。

 すると光が集まり形を成しそれ――――拳銃が完成した。

 

「っ、よし!」

 

 思い通りに出現させることができた。

 しかし疑問に思う者もいるかもしれない。何故一般人である聖が拳銃などを創造できたのか、と。これはドラマや映画、アニメを見てきたから、ではない。

 かつて彼女は一度だけ本物を目にしたことがある。それは母の部屋にあった棚の一番奥に隠されていた代物。その時は母親にこっぴどく怒られた上で父には言うなとゲスな顔で口止めされたのだが、その話は置いておこう。

 聖はすかさず銃口を影に向けた。

 

(イメージしろ……銃弾が放たれることを認識しろ!)

 

 そして、放つ。

 走りながら放てば反動で肩が外れてしまうかもしれないが、しかしここは夢。そんなものはないと思えばどうとでもなる。

 そして実際、銃を乱射するも聖には何の反動も無かった。

 しかし、驚くべき点はそこではない。確かに聖は銃を作り出し、乱射することに成功した。だが、その弾は一発も影には直撃しなかった。明後日の方向に放ったから、ではない。

 影が銃弾を悠々と躱したのだ。

 

「う、そでしょ……!?」

 

 確かにここは夢だ。ある程度何でも出来る場所なのだろう。

 だが、そんなこともありなのか。

 などと思いつつも聖は影の驚異性を改めて理解した。こいつの肉体的能力は反射神経すらもずば抜けている。やはり運動面での勝利は見込めなさそうだ。

 しかし、別にそれはいい。拳銃を造り、銃弾を放ったのはただの実験でしかない。

 問題だったのは、見ただけでしかない拳銃を作り出せるか、という点。

 そしてその問題点は解決された。

 ならば……。

 

(あいつの言う通りにするのはかなり癪だけど……!!)

 

 それでもやるしかない。

 意識を集中させる。両腕、両足、体全体に。

 想像(イメージ) 想像(イメージ) 想像(イメージ)

 できないはずはない。何度も目にした。何度も調べた。何度も学んだ。まだ日は浅く、熟練までとはいかないが、しかしそれでもできるはずだ。できると思え。

 装甲、装備、武装。特殊なものは必要ない。妙な設定を盛り込んだところで自分にそれは扱えない。あるのは教科書通りものでいい。それでなければどの道意味はない。

 創造(イメージ) 創造(イメージ) 創造(イメージ)

 想い、念じ、そして確信する。自分ならばそれくらい何てことはないと。

 そして光が生じ、聖を包み込む。

 

「で、できた……」

 

 出現したのはネイビーカラーをした4枚の多方向加速推進翼が特徴的なIS。

 『ラファール・リヴァイヴ』

 第2世代型ISの最後期の機体でありながらそのスペックは第3世代型初期に劣らない。現在配備されている量産ISの中では最後発だがシェアが大きく、IS学園が使っている訓練機の一つ。

 ISを夢の中で再現できたことに驚きを隠せなかったが、しかし今はそんな場合ではない。

 喜びも束の間。影はISの登場に一瞬動きを止めたが、即座に攻撃を仕掛けてくる。

 

「そうよね、でも―――――」

 

 それは無意味だ。

 今までは生身であったら想像(イメージ)できなかった。しかしISを身に纏っているのなら話は別だ。

 四枚の翼が動いたと同時に空へ駆ける。

 

「こうすれば、流石のあんたでも手出しできないでしょ」

 

 一、五、十、二十メートル……そこまで来てようやく彼女は地上に目をやる。そこには聖を見据える影がポツンと立っていた。

 このまま逃げ切る、という考えは正直甘い。あの影のことだ。何か仕掛けてくるかもしれない。

 ならばやることは決まっている。

 

「まぁ、今までの恨みも込めて……」

 

 言葉と同時に両手に武器が展開される。

 右手にはアサルトカノン「ガルム」、左手にはアサルトライフル「ヴェント」。

 それら二つの銃口の先は無論影であり。

 

「喰らっときなさい」

 

 撃つ。

 撃つ、撃つ、撃つ。

 弾が無くなるまで撃ち続ける。とは言ってもここは夢なため弾の限界があるわけではない。よって銃弾は聖の気力が無くなるまで続く。まあ彼女からしてみれば数日間一方的にやられていたわけで、そこに何らかの理由があったかは知らないが、そんな相手を簡単に許せるはずはなく。

 よって銃撃は土煙で辺りが見えなくなるまで続いた。

 

「はぁ、はぁ……まぁ、こんなもんでしょ」

 

 乱れる息を整えながら聖は下を見る。

 弾丸の一つや二つを回避可能な運動神経の持ち主でも無数の弾丸、しかもIS専用の武器となれば話は違ってくるはずだ。

 これで少なくとも今晩は追いかけられずに――――。

 

「■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■……」

 

 ふいに雑音が耳に入った。

 雀蜂が耳元で飛んでいるような、そんな不快音。しかし、それはいい。問題なのはそれが土煙の中から聞こえているということだ。

 

「■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■」

 

 喋っている、のだろうか。

 言葉というには雑音が交じり過ぎて何を言っているのか全く分からない。

 

「■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 ただ言えることが一つある。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■」

 

 今日も聖は安らかには眠れないということだ。




はい、そういうわけで今日は夢の話でした。
これで実際聖が強くなったのか、それは次回のお楽しみということで。

色々と疑問があるでしょうが、ここで衝撃の事実。
私、実はISはアニメ1期、2期と原作一巻ぐらいしか知識がないのです……!!
なので、至らぬ点や「え、間違ってんじゃねこれ」という場面があるかもしれません。色々と調べながら書いていきますので、何卒よろしくお願いしまう(土下座

最後に一つ……戦闘シーン上手くなりたい……。


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第五話 開幕

戦神館のBGMサイコー!
※少し分量が少なめです。ご注意ください。


 結局夢の中でISを創造できるようになった聖であったが、しかしだからと言ってあの「影」を圧倒できたかと言われれば否であり、むしろ俄然やる気を出したかのように強くなり、ISを身に纏っているにも拘わらず、彼女は相変わらず土の味を覚えさせられた。

 聖がISを未だ熟練者並みに動かせていなかったというのもあるが、それでも生身……なのだろうか……と仮定して考えるとやはり現実味が無さすぎる。ISが絶対、というわけではないが、それでも生身の人間が相手でああも圧倒されるなど、少々考えにくい。そんな状況を何故夢見たのか未だ不明ではあるが、しかしそれも考えている暇はない。

 試合当日。

 第三アリーナのピットには既に織斑一夏が聖、それから甘粕(バカ)と……名前が思い出せないポニーテール少女がいた。千冬と山田はコントロールルームで準備に取り掛かっていた。

 いたのだが……。

 

「なぁ、箒」

「なんだ?」

「この一週間、剣道をみっちりしたわけだが……ISの事を教えてくれる話はどうなったんだ? そういう話だったろ?」

「……、」

「あっ、ちょ、目を逸らすな、目を!」

 

 言われるもポニーテール少女はぷい、と視線を逸らした。とそこで聖は彼女の名前を思い出す。確か彼女の名前は篠ノ之箒。ISの開発した篠ノ之束の妹だ、ということでクラスが賑わったことがあったような無かったような気がしない。何せ、聖は常日頃からどうしようもない問題児に絡まれているため、周りのちょっとした出来事にそこまで注意を払えないのだ。

 

「し、仕方ないだろう。お前のISは届かなかったのだから」

「いや、そりゃあそうだけど、それでもISの基本的な知識とか色々とあるだろ」

「……、」

「だから目を逸らすな、目を!!」

 

 どうやら会話から考えて織斑一夏は篠ノ之箒にISの基礎を学ぼうとしていたわけだが、結局それは教えてもらうことができず、剣道での練習しかしてこなかった、と。

 それでいいのか、と思ったがしかし聖も他人のことは言えない。何せ、夢でイメージトレーニングをしていた、なんてことは笑い話にもならない。

 

「ええい、男がぐだぐだ言うな! 世良を見習え! 決闘前だというのにあの落ち着き。相当自信があるということだ」

 

 いや、別にそんなんじゃないんだけど。これは単純に睡眠不足でダウンしているだけだ、とは流石に言えない。

 

「そういや、世良達は一週間何をやってたんだ?」

 

 織斑一夏の疑問に聖ではなく甘粕が答える。

 

「何、そんな特殊な事はしとらんよ。朝のランニングに放課後の特訓、寝るまでにIS知識を頭に叩き込むなど……まぁ基本的なことだけだ。やってきたことはそちらと大差はないさ。まあ、私としても彼女を勝たせたいという思いが強いのでな。少々興が乗ってやりすぎてしまうこともあったが、しかし流石はヒジリ。私の試練(メニュー)を見事にやってのけたのだ」

「なるほど、だから最近授業中に眠たそうにしてたのか……大変だったんだな」

「……まあね」

 

 気のない声でぼそりと呟く。実際の睡魔の原因は他にもあるが、確かに甘粕が与えてくるメニューは地獄だった。よくこの一週間倒れなかったと疑問に思うくらいに。

 しかしまぁ、付け焼刃ではあるものの以前よりは体力が向上しているのは確かなので一方的に責められないのがまた厄介だ。

 

「それにしても、甘粕は本当に世良の事が好きなんだな。自分が選んだからってそこまでするなんて」

 

 今、物凄く、ものすごく、不快な単語が混ざっていたような気がしたが……ここは敢えて何も言わないでおこう。

 

「当然だ。選ばれた者に使命があるように、選んだ者にも責任が生じる。選ばれた者の応援は当然のことであり、支援や助言、協力は惜しまない。それが義理というものだ。まあ、昨今の選挙ではどちらにもその自覚が皆無であるのが多く、甚だ遺憾ではあるがな」

「そっか……甘粕は責任感が強いんだな」

「そういうわけではない。これが当たり前なのだ。そうでなくてはならない。誰かを選ぶというのは重大なことだ。何せそれは任すということであり、相手を認めたことと同義。決して興味本位などが理由であってはならない。そんなことが常になってしまえば、人は責任の在り方を忘れ、愚図の群れと化してしまう。そんな世の中は認められんだろう」

「まあ……確かにな」

 

 甘粕の語りに一夏は少々圧倒されながらも耳を傾けていた。

 

「故に、だ。私がヒジリを支援し、応援するのは何の不思議もないわけだ。それにこれはそちらにも言える話だ。なぁ、篠ノ之箒?」

 

 唐突に呼ばれたポニーテール少女はビクッと肩を震わせた。

 

「なっ、何故そこで私の名が上がるのだ」

「お前は確か、代表を決めるときに織斑一夏を推薦していなかった。にも拘らず彼に手ほどきをするなど、物『好き』と言えるのではないか?」

「す……ち、違う、違うぞ甘粕! それはだな、一夏にどうしてもと頼まれたから仕方なくだな、幼馴染のよしみというやつで……!!」」

 

 言いながら赤くなっていく頬。そして視線を敢えて織斑一夏から逸している。

 なるほど、そういうことか、と聖は納得した。幼馴染、と口走っていたがそういうわけか。

 しかし、だ。織斑一夏に関してみれば「ん?」と首を傾げて何が起こっているのか理解していない模様。気づいていないのだろうが、しかしこの状況で分からないものなんだろうか。

 そして最も厄介なことは、甘粕がそれに気づいていたという点。別に聖にとって箒は特別な存在でもなんでもないが、甘粕の行動に日頃から胃を痛めている身としては同情せざるを得ない。

 言い訳をつらつらと述べる箒を他所に甘粕は再び織斑一夏の方を向く。

 

「織斑一夏。お前がここにいるのは不本意なことなのだろう。この決闘は男がどの程度のものなのかを見たいという連中の浅はかな考えが原因とも言える。だが、それでもお前は今日、ここに来た。それは何故だ?」

「何故ってそれは……」

 

 そこで言葉が止まる。織斑一夏は自分が何故ここにいるのかを再度考えた。

 イギリス代表候補生、そして小さな少女と闘う意味。

 その答えはとても単純だった。

 

「このままじゃ嫌だからだよ」

「……、」

「確かに最初は他人から選ばれた流れで決闘するハメになったけど、それでも一度やると決めたことはやるべきだろ。それが甘粕が言う責任かどうかは分かんないけど、それでも何もせずに言われっぱなしで終わるのは嫌なんだ」

「ほう。ではお前は、自分の存在価値を見返すために戦うと?」

「ん~、どうなんだろ。俺、難しい話とか苦手だから何とも言えないけどさ……ただはっきりと言えることがある」

「それは?」

 

 甘粕の問いに織斑一夏は聖を方を向いて一拍置いて答える。

 

男っていうのは嘲笑され(・・・・・・・・・・・)馬鹿にされる連中のことじゃない(・・・・・・・・・・・・・・・)ってことだよ」

 

 それは少し前に『誰か』が言った言葉だった。

 その言葉に箒はうんうんと首を縦に振り、聖は戸惑いを隠せず、そして甘粕は目を瞑りそしていつものように不敵な笑みを見せる。

 

「――――なるほど。そうか。それはなによりだ(・・・・・・・・)

 

 満足気なその表情はどこか少し安堵したように見えたのは気のせいだろうか。

 

「そうだな。男であればそれくらいの気概を見せて欲しいものだ」

「ああ。任せとけ。でも、世良に対しても俺は全力で行くからな」

「無論だとも。そうではなくては話にならん。全身全霊をもってぶつかってこそのせめぎ合いであり、闘争だ。そこに遠慮などというものは無粋というものだ」

 

 などと会話が弾んでいるものの、ここで一つ疑問が。

 

「ねぇ、盛り上がってるとこ悪いんだけど……あなたの機体、いつくるの?」

 

 *

 

「予定変更だ。織斑の専用機がまだ到着していない。そのため、先にまずオルコットと世良の試合を始める」

 

 千冬の指示のすぐあとに聖はISスーツに着替えた。それはスクール水着……ではなくその形状をしたレオタードである。ISが普及している今だからこそ何も言われないが、正直二十年くらい前であればアウトだったかもしれない。

 着替え終えピットへ再び戻ってくるとすでにそこには訓練機が用意されてあった。

 ラファール・リヴァイブ。ここ数日夢の中で創造していたそれの本物が目の前にある。形状、肌触り、部分的な差異はあるが、しかし夢で扱ってきたものとの大きな違いは見受けられなかった。

 いつもなら想像するだけで身に纏うことができるが、ここは現実、そうはいかない。

 ラファールに搭乗し、起動。瞬間、解像度を格段に上げたかのようなクリアな感覚になると同時に数値の羅列が目前に広がった。それらは夢には無かった代物であり、全方向に視界があるのは聖にとって慣れない光景だった。

 

「ハイパーセンサーの調子は良さそうだな。世良、どうだ? ISに乗った気分は」

「試験の時にも動かしましたけど……やっぱりあれですね。『これ』はまだぎこちない感じはします」

「? そうか。気分が悪くなれば即座に報告しろ。武装は事前に申し出ていたもので間違いないな」

「はい。問題ありません」

 

 武装データを確認するも異常は見られない。それらは何も特別な武器ではなく、あれば専用機を倒せる代物など一つもない。

 だが、いやだからこそ、聖にはそれが向いているのだ。

 と、事前確認を大体終わらせた所で箒が聖に尋ねる。

 

「……なぁ、世良。今更なんだが、訓練機と専用機のスペックは違う。何か秘策でも用意しているのか?」

「秘策、ね。そんなものないわよ。これは訓練機で私はペーペーの操縦士。それに比べてセシリアは代表候補生にまでなったエリート。秘策だろうが奇策だろうが、潰されるのがオチよ」

 

 これが織斑一夏のような専用機ならば話は変わってくるが、しかし現実は違う。聖が扱うのは一般学生が扱う訓練機であり、特殊な武装も能力もない。

 勝ち目が薄い。それは分かっている。

 しかし、だ。

 

「それでも、負ける気は毛頭ないから」

 

 瞬間、どこぞの馬鹿がまた愉しげに笑ったのが見なくても分かった。

 

『それでは世良さん。準備が整ったのでピッドゲートに向かってください』

 

 そうして世良聖は進みだす。

 その背中を見る問題児はやはり彼女の予想通りな表情を浮かべていた。

 

 

 

「――――逃げずに来ましたのね」

 

 既に空中で待機していたセシリアはそんな事を言いながら聖を出迎えた。

 相変わらずの大きな態度にしかして聖は何も言わない。彼女が今、気にしなければならないのはセリシアではなくその彼女が搭乗している機体。

 青一色で彩られたIS。その名を『ブルー・ティアーズ』という。

 聖は一瞬で理解した。ああ、これが専用機なんだと。

 装備、武装、そして風格。ありとあらゆるものからしても確かにこれは並外れたものだ。右手に持っている二メートルを有に越す長銃器は明らかにメインで遣う武器なのだろう。だが、何故だろうか。それがあからさまにすぎるように感じるのは。

 

「まさか、貴女が最初の相手だなんて」

「予想外?」

「いいえ、ただわたくしはあなたよりもあの男を倒したくてしょうがない、というだけの話です」

 

 なるほど。どうやら彼女のご指名は織斑一夏であり、聖はただのオマケというわけか。

 ああ、全く。完全に見下されている。

 

「そんなに祖国を馬鹿にされたことが悔しいの?」

「それもあります。しかし何より許せないのは男がISを扱っていて、それがわたくしよりも必要とされたという事実ですわ」

「なるほど。要するに未だ自分が選ばれなかったことが悔しいってことね。全く、いつまで根に持っているんだか。安い女ね、あなた」

「……前言を撤回しますわ。やはり貴女も粉微塵にして差し上げます」

 

 敵意をむき出しにしながら睨みつけてくる。ああ、そうだ。そうでなくては始まらない。

 自分を前座だと思い込まれていては困る。そんな奴を相手に全力を出したいなどと誰が思うだろうか。

 

「しかし、わたくしも鬼じゃありません。最後のチャンスをあげますわ」

「どうせあれでしょ、泣いて謝れば許してやる的な」

「いいえ、それに付け加えてやってもらうことがありますわ……えーっと、何でしたっけ、あれ、あれですよ……あの、ど、ど……」

「土下座?」

「そう、それですわ!」

「断固拒否よ」

 

 即答である。当然だ。そんなものなど糞くらえだ。

 大体、ここで聖が謝るというのはつまるところ自分が言った台詞が全て嘘になってしまう。それはできない。したくない。『あの人達』を穢す行為だけは何が何でも認められないのだ。

 それに、だ。

 

「わたしはあなたと違って他人に選ばれてここにいるの。そう易々と勝負を投げ出すわけにはいかないのよ」

 

 それが世良聖とセシリア・オルコットの決定的な違い。

 聖は他人が望んだから、セシリアは自ら望んだから、ここにいるのだ。

 その事実にセシリアはムッとなる。

 

「……愚かな人。そしてどこまでわたくしをイラつかせる人ですわ。貴女も彼女もそしてあの男も。本当、何故こうもわたくしを苛々させるのですか?」

「さぁ。ただ、一つ言えることがあるとすれば……」

 

 言いながら両手に現れるのは二つの銃。

 その銃口は目の前のイギリス代表候補生に向けられた。と同時に向こうもまた馬鹿でかい銃口を聖に対して向けてくる。

 

「わたしも、あんたのそういう態度がイラつくってことよ」

 

 試合開始。

 直後、激しい銃撃戦の幕が開かれた。




そういうわけで開幕です(闘うとは言っていない
今回は区切りがいいところで切ったので次回からセシリア戦になります。

さて、夢での特訓はどこまで活かせられるか。それはまた次回で。
それでは!


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第六話 決闘

皆さんに一つ聞きたい。
セシリアってこんなんだっけ?
※セシリアの性格に若干の改変がされている可能性があります。ご注意ください


 セシリア・オルコットにはクラスに気に入らない人間が三人いた。

 一人目は甘粕真琴。

 彼女が自己紹介の時に言っていたあの演説。正直な話、共感するべき部分はある。ISを操縦する身としてある程度の覚悟と誇りは持っている。そしてISが兵器としての側面を持っているというのは自覚もしている。でなければイギリス代表候補生になどなれるわけがない。

 しかし、どうしても認められない部分がある。それは、男を対等に見ろ、という点だ。セシリアの性格は難であり、例え女同士でも相手を見下す発言が多い。そして男であればそれが誰であろうが同じことだと考えている。

 その原因たるは彼女の父親。彼女の父は所謂婿養子でオルコット家にやってきたのだ。その立ち位置からか、母に対し卑屈になる場面が多かった。というか、そういう場面しかセシリアは見たことがなかった。女に対して弱い立場にあった男。そんな人間を父に持てば男が女より弱い立場にあるのだと認識するのは自然なのかもしれない。

 そして二人目である織斑一夏が彼女の認識を正しくさせている。

 あの軟弱な態度に飄々とした雰囲気。日頃の態度からして何とも覇気がない。ISを動かした世界初、そして唯一の男であり、あの元日本代表である織斑千冬の弟。それだけの肩書きを持ちながら、あの体たらく。セシリアのことをイギリス代表候補生と知らず、さらには代表候補生がどれだけのものか知らない無知。ああ、何とも馬鹿げた話ではないが。こんな奴らを対等に見ろだなんて。そんなこと、無理ではないか。

 何より気に食わないのはそんな者がクラス代表に選ばれたということ。好奇的な意味が多かったのだろうが、しかしそれでも納得がいかない。自分よりも男が上に立つということはセシリアの誇りが絶対に許さないのだ。だから反対したし、抗議もした。その中で行われる醜い争いの中でセシリアは思った。ああ、やっぱり男はこれ程底辺な存在なのだ、と。

 しかしそれを三人目である世良聖が断ずる。

 そんな奴を男の代表にするな、と。自分が知っている男達は凄いんだ、と。

 それに対してセシリアは思う。この人は一体何を言っているのだろうか。

 男というのは女よりも下の存在だ。野蛮で下品で弱腰で、女がいなければ何もできない。その程度の存在だというのに。

 嘲笑するな? 馬鹿にするな? 何を言っているんだ。価値がない存在にどうして尊敬などできようか。

 だが世良聖は堂々と言うのだ。お前たちが男を語るなんて百年早いと。

 何だその自信は。何だその誇らしさは。何だその輝きは!

 おかしい。おかしいではないか。まるで彼女の言っていることが正しいと思えてしまうではないか。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 そんなことは絶対に認めない。認めてたまるものか。男が女と対等であるなどと。男が素晴らしい存在などと。

 故にセシリアは世良聖を徹底的に倒す。完膚無きまでに。

 とは言っても所詮相手はISを十時間も動かしたことのない素人。そんな者に本気になる必要はない。

 そう、思っていたのだが――――。

 

「こ、のっ……!!」

 

 長器銃―――スターライトmkⅢから放たれるレーザーは正確であり的確。そしてそれは一発ではない。豪雨のような連続射撃は素人の聖には絶対に対処できず、シールドエネルギーはすぐにでも底を尽きる。

 そのはずなのに。

 

「どうして……回避できますの!?」

 

 降り注がれる閃光はしかして聖には届かない。

 いや、掠ってはいるのだ。だが、セシリアが思うような場所には当たらず、シールドエネルギーの被害も予想より遥かに少ない。

 

「最初は確かに当たっていたのに……!!」

 

 開始直後の一分はセシリアが優勢だった。

 ぎこちない聖の操縦は彼女にとって格好の的。ハンターの様に着実に命中させ、シールドエネルギーを減らしていった。

 にも拘らず、今はどうだ。セシリアの攻撃に対し回避行動している。しかもその合間合間に放たれる二丁の銃撃。それは少なからずセシリアの方にもダメージを与えていた。それらから分かることは、聖がセシリアの動きについてきているということだ。いや、そもそも今の聖の動きは素人どころか初心者の動きですらない。ISをそれなりに動かしたことのある人間のそれだ。

 どういうことだと疑問視するセシリアに聖がまるで心を読んだかのように答えた。

 

「ええ、最初は苦労したわ。夢《あっち》と現実(こっち)ではやっぱり違いがあった。ズレとでも言った方がいいかしら。おかげで必要以上に攻撃を受けてしまった。けれど慣れるまでにはそんなに時間はかからなかったけれど」

「慣れる、ですって……!?」

 

 驚くセシリアだが、それは聖も同じだった。

 夢は所詮夢。今、彼女がISを動かしているのは現実での特訓と勉学の賜物……そう断じることはできなかった。いくら特訓しようが勉強しようがISそのものを操縦しなければ結局のところは机上の空論と同じことだ。しかし聖は今こうして代表候補生のセシリアに圧倒しているわけではないが、それでも食らいついている。

 ISはイメージが重要。千冬も甘粕も同じことを言っていた。そして、今ならその言葉の意味も理解できる。夢で培ってきた経験則が現状の聖の動きを可能にしているのだ。

 

「わたしもまさか、ここまではとは思っていなかったわよ。でもこれは、思わぬ誤算というやつかしらね!」

 

 言いながら放たれる銃弾。それに対してセシリアもまた閃光を射出する。だが、やはり思うように当たらない。

 スターライトmkⅢは強力な中距離射撃武器だ。一発一発の威力も高く、まともに喰らえばダメージも大きく削られる。しかし、それがまた弱点だ。一発の威力が高いためにそれだけ次の一発までの時間がある。無論、それもわずかなものだが、今の聖にとってみればそのわずかな時間が避けるタイミングを与えてくれているのだ。

 そしてその隙は反撃のチャンスでもある。避けながらもアサルトカノン「ガルム」、アサルトライフル「ヴェント」での攻撃が少しずつセシリアにダメージを与えていく。

 

「くっ……このブルー・ティアーズを前にして、初見でここまで渡り合ったのはあなたが初めてですわ……認めたくはありませんが、あなたの実力は本物のようです」

 

 言われるものの聖は素直に喜べなかった。セシリアに言われたから、ではない。自分はたまたま見るようになった妙な夢を使ってようやく彼女に追いついている状況だ。言ってしまえば、ズルをしている感覚に近い。偶然が生んだ結果だが、だからこそ有耶無耶な気持ちが心の片隅にはあった。

 

「ですが……いえ、だからこそ、わたくしは納得できません。あなたのような人がどうしてあんなにも男を持ち上げるのかを」

「別に、男を持ち上げているわけじゃないわよ。わたしだって好き嫌いはあるし、気に入らない男だっている。でも、それが全ての男だというのが間違いって言いたいだけ」

 

 よくあることだ。例えば百人の生徒がいるとしよう。その中の一人が罪を犯した場合、世間は他の九九人もまた同じような罪を犯している、または犯すだろうと勝手に判断する。セシリアや他の女子生徒達が抱く男への評価など結局それと同じだ。

 

「あんたは世界中、全ての男と話をしたの? 会ったことがあるの? そんなことないでしょ。むしろ、わたしが思うにあんたは男と知り合った経験が極端に少ない気がするんだけど。だとしたら、あんたの言葉は滑稽よ。何の真実味もないんだから」

 

 そんな言葉に耳を傾ける人間はいない。

 

「耳障りですわ……あなたこそ、どうなんですか。ただ、自分が知り合ってきた男の人達が凄いんだ、と言いたいだけではなくて?」

「半分は否定しないわ。だって、自分の知り合いが凄いんだと自慢したのは当たり前のことでしょ。そして、その人たちの尊厳を、誇りを、守りたいって思うのもまた自然な話よ」

「……、」

 

 セシリアは思う。まただ、と。

 聖が話す『あの人達』。その話題が出るときの聖は生き生きとしている。その姿が正しいかのように見えてしまうのだ。そしてつい考えてしまう。

 彼女の言う『あの人達』はそんなに凄い人たちなのか、と。

 男など所詮、女よりも価値はない。その前提を崩されてしまうことがセシリアには恐ろしかった。

 そして。

 そんな人達がいるというのに、何故自分の父はああだったのか、と。

 疑問が頭に浮かぶと同時に頭を左右に振り、消去する。そんなことを思うな、考えるな。認めるな。忘れるために、否定するためにもまずは目の前の『敵』を排除しなければ。

 

「……あなたの考えは理解に苦しみますわ。ですが、だからこそわたくしはあなたを全力で排除しましょう」

 

 瞬間、四つの閃光が聖を襲う。

 それはスターライトmkⅢの四連続攻撃、ではない。どころか、四つの閃光はセシリアがいる方向とは全く別の場所、それも四方からだった。

 突然の強襲に聖は驚きながらも何とか三つまでは回避できた。しかし、最後の一発をまともにくらってしまい、シールドエネルギーも大幅に削られる。

 

「一体、何が……」

「驚きまして? これがブルー・ティアーズの真の戦い方ですわ」

 

 見るとセシリアの周りには四つの何かが浮いていた。フィン状のパーツに直接特殊レーザーの銃口が開いているそれが、先程の奇襲の正体であるのは一目瞭然だ。

 

「これらの名前は自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』。わたくしの専用機がブルー・ティアーズと呼ばれているのは、実際のところこれを装備しているからですわ」

「自立機動兵器、ね……」

 

 それはまた厄介だ、などと言いつつも聖は状況悪化に歯噛みする。

 おかしいとは思っていたのだ。セシリアのIS操縦技術にブルー・ティアーズの性能、またスターライトmkⅢの威力は凄まじいものだ。しかし、専用機というものはこの程度のものなのかと。しかしそれはセシリアが本気を出していなかっただけに過ぎなかったのだ。

 

「ちなみに聞くけど、そのスターライトmkⅢ(馬鹿でかい銃)は奇襲をかけるための囮ってわけ?」

「そうですわね……スターライトmkⅢはその大きさから人目を集めやすいですわ。『ブルー・ティアーズ』の初撃が命中しやすいのはそのためでもあります。まぁ、あなたにはあまり意味はありませんでしたけど」

 

 あれだけ大きな銃を使っている最中に四方からのレーザー攻撃。確かに予想はしずらいし、故に命中もしやすい。

 つまり聖は戦う前からすでにミスリードされていたというわけだ。

 

「けれど勘違いしないでくださいまし? 『ブルー・ティアーズ』の本来の戦い方は奇襲などではありませんわ」

 

 展開される自立機動兵器。それらの銃口は全て聖に照準を合わせており。

 

「では、閉幕(フィナーレ)と参りましょうか」

 

 同時、一斉に放たれる。

 そこから先はセシリアの一方的な攻めの連続だった。

 四方から襲ってくる閃光。そしてその発射口である自立機動兵器はセシリアの思い通りに操ることができ、多角的に動き回る。そしてそれらを避けたと思ったところでやってくるのはスターライトmkⅢの一撃。ただでさえ四つの砲門を同時に相手にしているのに、そこに長器銃が加わるとなるとますますもって状況は悪化する。

 いや、これが本来あるべき光景なのかもしれない。

 専用機と訓練機。本来この二つは比べるまでもない程の差がある。聖が扱うラファール・リヴァイブは誰もが扱いやすい量産型だ。だが、それ故に専用機であるブルー・ティアーズのように唯一の武器がない。性能が圧倒的に違う二つが戦えばどうなるかなど、言うまでもないだろう。

 しかしだ。聖はこの状況でセシリアが恐ろしいとは思わなかった。彼女がこの数日戦ってきた相手はセシリア以上の強敵だったからだ。

 夢という架空の場所、相手は男か女かも分からない影。それは空想の産物で現実の相手と比べるなどおこがましいのかもしれない。

 だがそれでも、聖は思う。

 あいつの方が、もっと恐ろしかった、と。

 次々と襲いかかる閃光だが、聖は徐々にそれらを上手く躱すようになっていった。

 

「なっ……どうして、また……!!」

 

 当たらなくなっているのか。

 セシリアには分かりかねないことだが、聖の夢に出てきた影は様々な方法で彼女を屠っていた。その中には死角からの攻撃というのが存在した。

 死角。つまりは聖から見えない場所からの攻撃。それは戦術として正しいものであり、当たり前のことだろう。そして、その死角からの攻撃を聖は何度も受けてきた。そう、今の『ブルー・ティアーズ』からの攻撃のように。

 夢では一度も躱すことができなかったが、今はISのクリアな視界、それから夢で培ってきた死角攻撃からの慣れによって、セシリアの攻撃を回避することができていた。

 そして何より、セシリアの弱点、いや欠点を見出した。

 

「喰らいなさい!!」

 

 スターライトmkⅢの銃口が火を噴く。

 しかし、放たれた閃光にすかさず聖は反応し、悠々と避けた。

 

「何故ですの……!! どうしてわたくしの攻撃が……」

「簡単な話よ」

 

 そしてこれもまた同じ。

 聖はセシリアの疑問に答える。

 

「あんたの攻撃は凄まじいわ。それは認める。死角からの攻撃も正直キツい。けれど、その分意識を自立機動兵器に回さないといけない。そして、その時あんたは他の攻撃ができない。逆に自身が攻撃するときは死角からの攻撃はできない。そこに気を回しさえすればどうってこないわ」

「……っ!!」

 

 図星、と言わんばかりな表情を浮かべるセリシア。

 

「そして――――」

 

 聖は振り返らないまま右手の「ガルム」の銃口を後ろに向け、引き金を引く。

 次の瞬間、聖を狙っていた自立機動兵器が爆散した。

 

「なっ……」

「死角から来ると分かっているのなら、そこを狙えばいい。あとはタイミングの問題。まぁ、それを合わせるのが至難の技だけど……あと三つ。どうにかしてみせるわよ」

「くっ……ブルーティアーズ!!」

 

 名前を呼んだと同時に同じく四方からの……いや、三方からの攻撃が始まる。

 だが、セシリアはここからミスを犯してしまう。

 一つは焦ったことにおる状況判断が落ちてしまったこと。

 一つは自立機動兵器が四つから三つに減ったことを忘れていたこと。

 一つは相手にバレていてもそれでも死角からの攻撃を続けたこと。

 冷静に考えればこの状況でセシリアが負ける確率は低かった。自立機動兵器が一つ落ちたからといって、装備、経験、操縦のスキルは断然セシリアの方が上。クールダウンを入れながら戦略を変えさえすればどうにでもなったはずだ。

 だが、いかんせん、焦った人間というのはそういったことができないものだ。

 そしてその結果は――――自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』の全滅。

 

「そんな……!?」

 

 最大ともいえる主力武器がなくなったことでの隙。

 そんな好機を聖は逃さない。

 スラスターを全開。一気に距離を詰めながら銃弾の嵐を浴びせるために照準を合わせる。

 が、その時。

 

「かかりましたね」

 

 先程までの演技(・・・・・・・)をやめ、不敵な笑みを浮かべながら告げる。

 

「お生憎様。『ブルーティアーズ』は六機あってよ!!」

 

 セシリアの腰部にあるスカート状の二つのアーマーから突起が外れ砲門と化し、そこから放たれるミサイルが聖を襲う。

 が。

 

「――――ええ。そうでしょうね。あんたならそれくらいの備えはしてるでしょうよ!!」

 

 言うと同時に。

 聖は右手に持っていた「ガルム」をミサイルが飛んでくる方向へと投げつけた(・・・・・)。ミサイルは「ガルム」と激突し、爆発。辺りには煙が蔓延し、セシリアの視界を奪った。

 これではスターライトmkⅢで照準を合わせるどころか、最後に残ったミサイル攻撃もままならない。

 

「目眩し……!? 一体、どこへ……!!」

「ここよ!!」

 

 声がしたのはセシリアの真後方。そこにはアサルトライフル「ヴェント」を構えた聖の姿が。しまった、というセシリアの顔を見て聖は理解する。もう遅い。

 聖とセシリアの距離はおよそ七メートル。スターライトmkⅢは振り向かなければ狙えず、ミサイル攻撃もこの距離ではセシリア自身にもダメージがいく。

 結論、セシリアはもう何もできない。

 

歌劇の終焉(アクタ・エスト・ファーブラ)……これで決着よ!!」

 

 勝利を確信し、「ヴェント」の引き金を引く。

 その瞬間だった。

 

 ドクン、と。

 

 悪寒が体中を走った。そして次の瞬間、やってくるのは嫌な汗。そして眩暈と頭痛は当然の如く聖の体に襲いかかった。

 

(な、んで……)

 

 どうしてこのタイミングなのかと彼女は思うかもしれない。しかし、これは自然な形なのだ。

 よくよく考えて欲しい。彼女は何でもできる超人だっただろうか? 努力すれば天才すらも退けられる秀才だっただろうか? 勝ちを約束されたライトノベルの主人公だっただろうか?

 違う。彼女はただの病気がちの少女だ。

 確かに日頃からランニングなど体は鍛えている方だ。しかし、それでもこの一週間は聖にとって異常だった。限界を何度も超えさせられた特訓に加えての夢の中での戦闘。朝も昼も夜も。彼女は努力し続けた。し続けてしまったのだ。

 人間とは休まなければ生きていけない生き物だ。いや、生き物とは皆そういうもののはずだ。オーバーワークは人を殺す。そして彼女はその休むという行為をあまりにも逸脱しすぎた。それは根性とか気力とか覚悟とか気合とか、そういうものでは覆らない代物。

 よって、彼女がここで溜め込んできた疲れが一気に体に襲いかかるのは自明の理だった。

 体に力が入らない。意識が段々と遠ざかっていく。そして何故か落下していく気分になる。

 

『お……聞……る……返事……ろ……良、世……!!』

 

 無線から聞こえてくる千冬の声に、しかし聖は応えることができなかった。

 徐々に暗くなる視界の中で、ふいに思うのは一人の女の姿。

 自分を信じてくれた者。勇気と覚悟をどこまで愛する人間。世の中の在り方に嘆き、意義を唱える大馬鹿。

 そんな彼女には今の自分はどう映っているのか。

 しかし、その答えを考える暇もなく、聖の意識は完全に切れてしまった。




今回セシリアを書くに当たって色々調べましたが、よくよく考えると両親が死んでいて、遺産を狙ってくる輩を相手にしてと色々と頑張ってきたんだな、と改めて思いました。
アニメを見たとき、あっ、ちょろインだとか思ってすみませんでした!!

次に、聖について。
特訓だとか、夢でイメトレとか、色々していますけど、彼女はあくまで病弱な少女です。そんな娘がここまでオーバーワークすればこの結果は当然でしょう。

問題は、そんな彼女に目を付けている馬鹿が今後どう動くかですが。
ええ、書いている自分が一番心配しています……はい。


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第七話 相談

更新が遅れてすみません。しかし、聞いてください、これも全部乾巧って奴の仕業で(黙れ
※今回甘粕(バカ)は登場しません。ご注意ください


「どうして彼らはああなのか。どうして彼女らはああなのか。

 どうして世界はこうも歪んでいるのか」

 

 真っ暗な視界の中、聞こえてくるのは覚えのある声。しかし何故だろうか。それが誰なのかがはっきりとしない。

 

「だから私は、お前を――――」

 

「お前を――――」

 

 

 *

 

「……、」

 

 目を覚ますと知らない天井が広がっていた。

 そんな在り来りな台詞が頭に浮かんだと同時に聖は自分が試合をしていたことを思い出す。そして自分はその途中で気を失ってしまったことも。

 

「わたし、は……」

「ようやくお目覚めか」

 

 傍らから聞こえてくるのは担任教師のものだった。

 ふとそちらを向きながら辺りを確認する。どうやら聖は保健室にいるようだ。

 

「織斑先生……一体何が……」

「それはこちらの台詞だ。急に動きな妙になったかと思えば、意識が途絶え、そのまま墜落しそうになった。オルコットに感謝しておけ。あいつがお前を助けなければ死ぬことはなかったかもしれんが、それでも重傷を負っていただろう」

「セシリアが……」

「医者の話では無理をしすぎた過労ということだが……概ね事情は理解できる。この一週間何をしてきたかはしらんが、それで試合に負けるなど笑い話にもならん……まぁそれだけ試合に勝ちたかったということは評価するがな」

 

 全くもって返す言葉がなかった。

 だからこそ、聖は話題を別へと切り替える。

 

「……あの、試合の方は……」

「お前とオルコットの試合はお前の戦闘不能によってオルコットが勝利した形となっている。その後のオルコットと織斑の試合だが……まぁ同じようなものだ」

「同じようなもの……?」

「……織斑があと一歩というところまでオルコットを追い詰めたんだが、その瞬間にシールドエネルギーが切れた。要は自滅というわけだ」

 

 はぁ、とため息を吐いているその姿は弟の失態を嘆く姉のものだった。それを見た聖は、織斑千冬という存在は姉でもあるのだと改めて理解した。

 

「しかし、奴がオルコット相手にあそこまで善戦したのはお前の功績が大きだろう」

「わたし、ですか?」

「お前があの自立機動兵器(ピット)を壊したおかげで、セシリアはスターライト一つで闘うはめになったからな。そうでなければ代表候補生にあの馬鹿があと一歩まで追い詰めれるとは到底思えん」

「随分と厳しめな評価ですね」

「奴の戦い方は専用機に救われた要素が大きい。確かにISを動かしたのが二度目とは思えんほどの動きではあったが、まだまだ穴だらけだ」

 

 正論であるような言い分に聖は何とも言えなかった。織斑一夏の戦いを見ていないというのもあるが、どうにもこう、千冬の身内に対する厳しさが混じっているように思えてならなかったからだ。

 

「それに、お前の戦いを見た後だ。どうにも比べてしまう。確認だが、世良。お前はISを動かしたのはあの時が二度目なんだな?」

「ええまぁ。試験で動かした以外は、あれが初めてですよ」

 

 現実では。

 その言葉を付け加えなかったのは、当然と言うべきか。夢の話をしたところで、どうせ信じてもらえず、くだらんの一言で済まされそうだった。

 

「しかし、だ。大事には至らなかったから良かったものの、自分の健康管理もできんようでは操縦が上手かろうがIS乗りとして失格だ」

「あはは……すみません」

「笑い事では済まされんぞ……まあ反省しているのならばいい。今後は気をつけろ」

 

 すると保健室のドアがコンコンとノックされた。

 

「失礼しま……お、織斑先生!?」

「ん? ああ、オルコットか。世良の見舞いか?」

「え、あ、いや、その……はい」

 

 セシリアの表情には驚きと戸惑いが混合していた。それだけ千冬がここにいることが予想外だったというわけだ。

 彼女の顔を見て千冬は立ち上がる。

 

「では、私は仕事があるためこれで行く。お前も少し休んだら自室に戻っていいぞ」

 

 それだけいい残すと千冬はセシリアの横を通りながら保健室を出て行った。後は二人で語り合え、とでもいいたかったのだろう。

 

「……、」

「……、」

 

 だが訪れたのは無言。聖はもちろん、セシリアも何を喋っていいのか分からない、といったところか。そもそも彼女たちの間柄はあまり宜しくない。試合中でも互いに言い合った記憶も新しい程だ。

 しかしだからといってこのまま、というのも聖にとってはいただけなかった。

 

「……取り敢えず、座ったら?」

 

 気まずい雰囲気の中、提案した一言にセシリアは無言で頷き、先程まで千冬が使っていたパイプ椅子に腰をかける。

 そして、それから一分程の沈黙があった後、聖が口を開いた。

 

「試合、結局あなたが勝ったんですってね」

「……そのことですが、少しお話があります」

 

 ようやく喋ったかと思われたが、しかしセシリアの表情は未だ芳しくない。

 真剣と戸惑いを合わせながら彼女は続けて言う。

 

「わたくし、クラス代表を辞退しようと思っておりますの」

 

 へ? と聖が口に出さなかったのは奇跡に近かった。

 しかし、その言葉の裏側を考えた途端、彼女の頭はスッと冷えていった。

 

「織斑先生から何か聞いた?」

「……ええ。貴女の体のことを少々……ごめんなさい」

「別にいいわよ。言いふらすつもりがなかっただけで、知られてまずいようなことでもないし……でも、それが原因で辞退するっていうのなら……」

「違いますわ!」

 

 聖の言葉を遮りながらセシリアは必死に否定した。

 

「あなたの戦いぶりは見事でしたわ。イギリス代表候補生のわたくしに訓練機であと一歩まで追い詰めたあなたの実力は本物です。それはあの試合を見ていた誰もが思うはず。だからこそ、あのような形で決着がついたのは確かに心残りです……ですが、それを理由にしてしまうのはあなたに対する冒涜だということも理解しています」

 

 その言葉には偽りが見当たらなかった。

 セシリアとてイギリス代表候補生まで上り詰めた人物だ。エリート思考があるものの、そこにはISに対する誇りや信念があるのは確かだ。そんな彼女だからこそ、相手の体調が充分でなかった。だから自分は納得いかないから辞退する……それが相手に対しても自分に対しても何の意味もないことを知っているのだ。

 

「じゃあどうして?」

「……わたくし、あなたに言われて色々と考えていたんです。自分の考えが正しいのかどうか、と。それについては今でも答えは出ません。ただ、戦っている最中のあなたの言葉にはどこか眩しいところがありました……そして思ったんです。わたしもあなた言う『あの人達』に会ってみたい、と……そして同時に自分の心の何かが揺らぎました。そんな中途半端な人間が代表など務めるべきではないと思ったのです」

「……そう」

 

 何かが揺らいだ。それはつまり、聖の言葉が彼女に通じていたという証拠だった。それはそれで良かったのかもしれない。それはつまり、聖の考えにセシリアが少しでも共感したということなのだから。

 

「……本当のところを言うとわたしはあなたが羨ましいのかもしれません」

「羨ましい?」

「ええ。わたくしは、出会ったことを誇れるような男性に会ったことがありませんから……」

 

 笑みを浮かべるセシリアだったが、それはどこか自嘲気味であった。

 

「わたくしの父はISが生まれる前から母の言いなりでした。そして、両親が亡くなってから近づいてくる男性はどれもこれもわたくしの両親が残してくれた財産が目当てだった……そんな男ばかり見てきたせいでしょうか。わたくしはいつの間にか男とは『そういうものだ』と思い込んでいたんです」

 

 近づいてくる男どもは自分の財産が目当て。そこに誇りも名誉も何もない。あるのはただの金が欲しい、地位が欲しいという名誉だけ。

 男は女よりも価値がない……セシリアがそう思うのも無理はないだろう。そんな連中のどこに惚れろというのか。誇ることなど天地がひっくり返っても有り得ない。

 しかし、聖はそれでも言いたいことがあった。

 

「……あのさ、わたしも散々言ってきた身で言うのもあれだけど……わたしの父親もだいたいは母親の言いなりよ?」

「え?」

「いや、言いなりというか脅されているというか……っていうか、わたしの父さん、草食系男子なのよ。普段はどうしようもなく温和な平和主義者。争いごととかは大ッ嫌い。娘のわたしですら情けないなぁと思う時なんて一杯あるわ」

「では……」

「でもね」

 

 と一拍置いてから聖は言う。

 

「娘から見た父親ってそういうものでしょ? どれだけ偉い人でも外で威張っている人でも家の中では娘の言うことに一々わたふたする。あなたが父親を情けないって思うのは娘として当たり前だったってことよ」

「そう、なんですか……?」

「少なくともわたしはそう思うわ……でもね、だからといって見下すべきではないとも思っているの。だって、わたし達がこうして生まれてきたのって父親のおかげでもあるわけだし。それに対してわたし達は感謝しなきゃいけない。それに娘が見る父親って一方的なものだから、本当の姿を見れるなんてそうそうないわけだし」

「本当の、姿……」

「セシリア。あなたは、あなたの父親の本当の姿を知ってるの?」

 

 その言葉にセシリアは言葉が詰まる。

 父親の本当の姿……そんなものは知るまでもない。情けなくて弱々しい、どう見ても頼りない存在。そう思う。思っていた。

 だが……本当にそうなのか?

 本当に自分の父は、そんな男だったのか?

 今のセシリアが言えることはただ一つだった。

 

「分かりませんわ……」

「そう。なら、それを調べてみたら? 例えこの世に存在しなくても、その人がどんな人物でどんな性格で、そしてどんなことを考えていたのか。それを知ることくらいはできるんだから」

 

 聖は思う。調べたところで、結局何かが変わるとは限らない。

 もしかすれば父親が実は凄い人間だったと分かるかもしれないし、思っていた以上に最低な人間だとわかるかもしれない。どうなるかだなんて、神様でもない彼女に示すことなど不可能だった。

 けれど、それでも。

 セシリアは父のことををもっと知るべきだと思った。

 その結果が彼女に対して幸福をもたらすか、あるいは不幸を招くか。分からない。

 ただそれでも、自分の父親が本当はどんな人物だったのか。それを知る責任が娘にはある。

 

「……あなたという人は、本当におかしな方ですね」

「織斑先生にも同じようなことを言われたわ。自覚しろ、みたいなことも言われたけど」

 

 正直な話、心外である。確かに聖は自分とクラスの連中……いや、IS学園に通うほとんどの生徒と考え方が違うというのは理解しているが、それでも問題児だのおかしな人物だのと言われる筋合いはない。

 

「さっきの話だけど、それだとわたしと織斑一夏のどっちかってことよね……だったら、わたしも辞退するわよ」

「ど、どうしてですの……!?」

「どうしても何も、わたしはこんな体だしね。言い訳に聞こえるかもしれないけれど、やっぱりクラス代表が病気持ちじゃ締まらないでしょ」

「そんなこと……」

 

 ないですわ、と口にしようとしたのだろうが、しかしセシリアは続けず、代わりにため息を吐いた。

 

「……分かりましたわ。あなたがそれでいいというのなら、それを無理に変えろという資格はわたくしにはありませんもの」

「そういうこと。まぁ、一つ気に入らないことがあるとするなら、織斑一夏が代表になるってことだけど」

「聖さんは一夏さんのことが嫌いなのですか?」

「嫌いというわけじゃないわよ。ただ気に食わないってだけ」

「そう、ですか……」

 

 と呟くセシリアだったが、何故かその表情には安堵が見られた。

 

「ところで用事はそれだけ?」

「いえ、実はもう一つあるのですが……くどいようなのですが、聖さん。もう一度聞きますが、一夏さんのことは気に食わないと思っているのですね?」

「ええ、そうよ。それがどうし……一夏さん?」

 

 そこでようやく聖は気づく。

 男嫌いであるはずのセシリアが織斑一夏を下の名前、しかもさん付で読んでいることに。よく見ると今の彼女の顔はどこか頬が赤らめている。

 それは、つまり……。

 

「……まさかとは思うけど、あなた織斑一夏のことが好……」

「そ、それ以上は言わないでください!!」

 

 顔の赤みを耳まで到達させながら手を交差させるその姿からもう答えは分かっていた。

 別に人の色恋沙汰に文句を言うのは聖の趣味ではないが……それにしても織斑一夏とは。

 

「一応、理由、というかきっかけのようなもの聞いてもいい?」

「そ、それは……」

 

 と戸惑いながらもセシリアは語り始める。

 彼女を追い詰めたその瞬間、熱い決意の篭った瞳を見たという。それは今まで出会った中の男達にはないものであり、それにセシリアは惹かれた。

 たったそれだけのことだったが、しかし織斑一夏のことを意識すると胸が熱くなる。彼の顔を思い出すだけで胸がいっぱいになるのだ。彼のことをもっと知りたり、彼ともっと一緒にいたい。今のセシリアの胸にはそれで埋め尽くされているという。

 その話を最後まで聞いていた聖は確信する。間違いなく、恋をしている、と。

 確かにセシリアの育った環境の中で織斑一夏は初めて出会った『まとも』な少年なのだろう。彼女に対して顔色を伺うこともなく、あろうことか反論までしてくるというのがまたスパイス的な意味をもったのかもしれない。それが悪いとは言わない。ちょろい、と言えば一言で済まされてしまうが、しかし初恋とはそんなものだろう。

 それにしても、織斑一夏か……聖が知っている限りでは織斑一夏に好意を寄せている女は既に一人いる。入学してそうそう二人の少女に片想いされるとは、織斑一夏にはそういった才能があるのだろうか? 聖には全くいい男には思えないのだが。

 

「それで? つまりあなたはわたしが織斑一夏に気があるのかを確かめたい、と」

「そ、それもありましたが、重要なのはもう一つの方で」

「もう一つ……?」

「その……もしよろしければ聖さんにアドバイスというか、相談を聞いて欲しい、と……」

「却下」

 

 即答である。

 

「な、何故ですの!?」

「何故って、あなた、わたしが他人の色恋沙汰を聞いてやるほどの善人だとでも? そもそもどうしてわたしなわけ?」

「だって言っていたではありませんか。わたしは男性経験豊富な女だ、と」

「いつよ! いつわたしがそんなことを言ったのよ!!」

「クラス代表を決める際にわたくしに言っていたではありませんか!!」

「いやそんなこと言ってないし! そもそもあれはわたしが知っている男の人ってだけの話で色恋沙汰には全くしてないでしょ!! そもそもわたしだって未だに――――」

 

 とそこで正気に戻った聖はハッとした顔で口を紡ぐ。

 ふとセシリアを見ると縋るような眼差しを向けていたた。

 正直このまま話が続けば余計なことを言い出しかねない。その前に、何とかこの話を終わらせなければ。

 

「……はぁ。わかったわよ。時々でいいなら相談に乗るくらいはしてあげるわよ。ただし、手伝いとかは一切しないからね」

「はいっ、それで構いませんわ!!」

 

 嬉々として感謝を述べるセシリア。

 こうして世良聖の厄介事はまた一つ増えたのだった。




皆さんに言っておきたい。一夏とセシリアの戦いを書かなかったのは流れてきにぐだると思ったからで別に面倒だったからとかではないことを!
……はい。白々しいですね。すみませんでした。

セシリアは今まで出会ってきた男がダメダメで初めて強い意思を持っていた男が一夏だったわけですね。だから惚れてしまうのも無理はない……のか?
ちなみに聖のタイプは草食系だが一本筋が通っていて、一緒に地獄へ行く覚悟を持った男性です。え? どっかで見たことがある? ワカラナイナー。

そして次回は甘粕との対話ですが……どうすればいいんだ!!


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第八話 既知

最初に言っておく。聖は神座万象シリーズをやりつくしている。
※一部見たことがある文面があります。ご注意ください。


 唐突だが一つ問いたい。既知感というものを経験したことがあろうだろうか。

 既視ではなく既知。

 既に知っている感覚。

 それは五感、六感にいたるまで、ありとあらゆる感覚器官に訴えるもの。

 たとえばこの風景は見たことがある。

 この酒は飲んだことがある。

 この匂いは嗅いだことがある。

 この音楽は聴いたことがある。

 この女は抱いたことがある。

 

 そして、この感情は前にも抱いたことがある。

 錯覚―――脳の誤認識が生み出す、なかなかに風情がある一種の錯覚。

 これを感じたことを、経験したことがある者はどれだけいるか。

 少なくとも彼女―――世良聖はその既知を今まさに体験していた。

 具体的に言うとだ。

 

「……あんた、何してんの?」

 

 バスタオル一枚で牛乳を飲んでいた甘粕真琴(バカ)の姿がそこにあった。

 

「おお帰ったかヒジリ。何、少々汗をかいたのでな。先にシャワーを浴びさせてもらったぞ」

 

 淡々と、微動だにせず、何の問題もないかのごとく目の前にいる少女?は言う。

 おかしい、と聖は心の中で呟く。自分はいつから永劫回帰(メルクリウス)の世界へと迷い込んだのだろうか。これはあれか。既知感(ゲットー)を破壊せよとかそういう試練なのか。

 などと少々パニック状態に陥っていると甘粕が飲みかけの牛乳を出し出してきた。

 

「何をそんなにカリカリしている? 悩むことはいいことだが、根を詰めるのはよろしくないな。牛乳でも飲んで少し落ち着いたらどうだ?」

 

 元凶たる女らしきものが何かを言っている。

 

「……あんたねぇ。ほんっとそのクセやめなさいっていつも言ってるでしょう。目のやり場に困るのよ! 女同士だから気にしないとか思ってんじゃないでしょうね!!」

「思っていないとも。女同士だからとて普通に裸を見せ合うなどという考えは持ち合わせてはおらん。無論、自分がいいから周りを気にしない、というわけでもないぞ。それは相手を無視しているのと同じであり、つまりはそこらで徘徊する変質者と何も変わらん。

 ただ私は風呂上りの牛乳を開放感溢れる姿で飲まないと気がすまないだけだ」

「尤もそうなことを言って、結局はそれ!?」

 

 馬鹿はやはり馬鹿であった。

 

「それにな、私は誰にでもこんな姿を晒すわけではないぞ。一応女という自覚はある。故に自身が認めた相手にしかせんよ」

「ああそうですか。こっちとしてはとんでもなく迷惑な話よ」

「どうしても嫌だというのなら力づくで私を屈服させるがいい。私も相応に全力で己の在り方を貫かせてもらう」

 

 ああ何故だ。何故こんなにも凄くいいことっぽい風に聞こえるのだろうか。内容はとんでもなく下世話な話だというのに。

 そして驚きの事実が発覚。なんとこの馬鹿は自分が女であることを自覚していたらしい。普段の仕草、発言、雰囲気。どれを取ってもそんな風には見えないというのに!

 しかし現実とは残酷なものだ。

 ふと彼女の胸元に視線を寄せる。そこにあるのは布切れ一枚だけで隠されている豊満な代物。

 一方の聖は服の上からでも分かるほどの絶壁であった。

 

(なんで、こうも違うのかしら……)

 

 それは遺伝だからか、としか言えない。彼女の母親も負けず劣らずの壁であったのだから。

 曰く「胸なんて気にしない」とか何とか言っていた記憶があるが、聖からしてみればそれはあの異常なまでに母のことを想っている父がいるからであり、普通の女性はやはり気になるものなのだ。

 それが女の自覚があるとか言いながらタオル一枚の状態で牛乳を飲んでいる輩に負けているとなると尚更であろう。

 しかしそれをどうこう言っても仕方がない。

 

「……はぁ。もういいわよ。今日のところはこれ以上何も言わないわ」

 

 言ったところで目の前にいる者が聞く耳を持つとは到底思えなかった。いや、話そのものは聞くだろうが、それに従うことは断じて有り得ないだろう。

 それに今の聖は試合の疲れが未だ取れていなかった。

 甘粕の隣を通り過ぎ、自らの机に鞄を置く。と彼女はそのまま数秒そこで何かを考えるかのように俯いていると、ぽつりと呟く。

 

「……さっきセシリアが保健室に来たんだけど……彼女、代表を辞退するですって」

「ほう。そうなのか」

「で、それだとわたしと織斑一夏になるわけだけど……わたしも辞退しようと思ってる。推薦してもらったあんたには悪いと思ってるけど……」

「そうか。ならそうするといい」

 

 あっさりと。

 あまりにも呆気ないその言葉に聖は目を丸くさせた。そんな彼女に甘粕は不思議そうな顔をして問いを投げかける。

 

「どうした。何をそんなに驚いている」

「いや……もっと何か言われるかと思ってたから」

「辞退するというのはヒジリが自分で決めたことなのだろう? ならば私にそれをどうこう言う資格はない。ああ、確かにお前を推薦したのは私だ。ゆえにお前が辞退するということは残念ではある。だがそれがお前の意思ならばそれを曲げろとは言わんよ」

「……随分と聞き分けがいいじゃない。らしくないわね。もしかして、わたしに失望してもうどうでもいいとか思ってる?」

 

 自嘲気味な聖の言葉にしかして甘粕は首を横に振った。

 

「まさか。そう思われたのなら心外だ。お前は試合に敗けた。それは厳然たる事実だ。だがな、一度の敗北で私がお前を見捨てることなど有り得んよ。人とは戦いの中で進化する生き物だ。一度の失敗が取り返しのつかない状態を引き起こすことなど山のようにある。だがな、それを乗り越えてこそ、人の輝きとはかくも美しくなるのだ。言い換えれば敗北とは人間が成長する過程で必要不可欠な要素と言っていいだろう。逆に言えば敗北を知らない、常に勝利してきた者はその輝きを持っていないと言えるだろう」

 

 勝利とは輝かしいものだ。一方で敗北とは苦く、そして悔しいものだ。

 だが、甘粕は敗北したものには勝利し続ける栄光よりも輝かしいものがあると述べる。

 

「いや、正確には一度も敗けたことがないと思い込んでいる者、というべきか。この世に生を受けて一度も敗けたことがないとは、おかしな話ではないか。だが、自分は強い、最強だ、だから誰にも負けない……結構結構。自らを信ずることができない者が強く在れるわけがない。だがな、そういう輩は必ずと言っていいほど自惚れを持っており、それが人を堕落させる」

 

 自分は強く相手は弱い。それが事実だと相手を見下し、それ故に手を抜き、そしていずれは敗北を生じさせる。

 

「セシリアとの戦いで序盤の彼女の攻撃はどうだった? お前を軽く見てどうにでもなると高を括っていただろう? その油断が、驕りが、人をダメにするのだ。本来の彼女ならばもっと早くにお前を追い詰められていたはずだ」

 

 確かに序盤からスターライトと自立機動兵器の二つ攻撃をされていたら聖もISの操縦に慣れる前に撃ち落とされていたかもしれない。

 

「だが、彼女は織斑一夏との戦いでは一切の自惚れを捨てていた。主戦力を大幅に削られ、相手には自らの行動パターンを知られていたにも拘らず、彼女はあの時間違いなく輝いていた。それはお前が彼女に『敗北』を与えたからにほかならん」

「敗北って……敗けたのはわたしなんだけど」

「それは試合の話だ。勝負の上ではお前が勝利していたのは誰の目から見ても明らか。故にお前は勝負の上では勝利したと言える」

 

 実際の話などは別にいい。結局はセシリアが自分が敗けたと思えばそれでいいわけだ。その結果、彼女は気を引き締めて織斑一夏との戦いに臨み、主戦力がない状態でも互角に戦い抜いた。つまり、彼女は敗けたからこそ本来の力を発揮できたと言えるだろう。

 

「敗北とは勝利への道筋の一つだ。それを否定することは勝利を否定することと同義だ。お前が試合に敗けたのは悔しいし、悲しい。ああ何故だと疑問も浮かんだよ。だがな、一度の敗北で相手を失望する程私という人間は阿呆ではないよ」

 

 堂々と何の後悔もないような口ぶりはまさしくいつもの甘粕だった。

 

「実際、戦っているお前は誰よりも輝いていた。そしてだからこそ私はお前に期待しているのだよ。努力し、奮闘し、敗北したお前ならば必ず次こそは己自身に勝ち、尚且つあの時以上の輝きを見せてくれる、とな」

 

 そう。結局、聖は自分自身に敗けたのだ。あれだけ千冬に大見栄切って体の病弱性を理由にしないと語っておきながら最後はそれが原因で倒れてしまった。滑稽の一言である。

 だが、目の前にいる馬鹿はそれすらも超えてくれると信じている。いや、信じ込んでいる、というべきか。

 何にしろ、確かなことはただ一つ。

 この甘粕真琴(もんだいじ)が聖に与える被害はまだまだ続くということである。

 だが、それでも彼女は小さな笑みを浮かべながら。

 

「……ええ、見せてやるわよ、次こそは」

 

 聞こえるか聞こえないか、ギリギリの極小の言葉をつぶたいた。

 そしてその夜。

 聖は久しぶりにゆっくりと熟睡することができたのだった。

 

 *

 

 夜。まるで何かの口のような三日月が天より光を降り注ぐ中、一人彼女は歩いていた。

 いつも一緒にいる小さな金髪少女は部屋ですでに睡眠していた。無理もない。一週間のトレーニングと試合の疲れが一気に来たのだろう。

 そしてそれは彼女にとっては好都合だった。

 何せ、今のこの会話は誰にも聞かせたくは無いのだから。

 

「ああ、私だ……。何、そちらの様子はどうなのかと思ってな。こちらから連絡をさせてもらった。何、盗聴や逆探知されている心配がないことはお前がよく知っているだろう?」

 

 それはまるで古き友人と話すような口ぶりであった。

 

「そもそもにして居場所がバレた程度でどうなるものでもあるまい。どうせすぐに雲隠れできる対策をしてあるのだろう? ……はははっ、そうか。そんな手が。全く抜け目のない奴だ」

 

 相変わらずだ、と言わんばかりな表情を浮かべながら彼女は話題を切り出す。

 

「例の件だがな、予定通りに行おうと思う。……ああ確かに『彼』には手に負えないかもしれないな。お前が用意したものならまだしも、それに加え『アレ』が入っているとなると今の段階では確実に死ぬな。しかし、ここにいるのは何も『彼』だけではない。幸か不幸か、『彼』の周りには何人かの少女達がいる。現状、実戦に出れるのは一人だが……ん? 『彼女』か? さてな。今のところは何とも言えんが、私は信じているよ。『彼女』ならば必ずこの試練に立ち会い、そして乗り越えていくと……盲信? ああ、かもしれないな。それだけ『彼女』の輝きは私を魅了している、ということだろう」

 

 電話の向こうの人物の呆れ声が携帯を通り越して聞こえてくる。

 

「はははっ。そう言うな。私という人間はそういうモノなのだ。今更この性格を直せと言われてもな。もう遅いとしか言えん」

 

 言うもののその顔にはどこか誇らしげなものがあった。

 自分とはこういう存在なのだ。周りに迷惑をかけているのは自覚しているが、それでも貫き通すと決めた。気に食わないのなら殴るなり言いくるめるなりすればいい。自分もまたそれに対抗し殴り言いくるめる覚悟がある。

 実際は既に開き直っているというわけだ。

 

「心配するな、安心しろ、などとは言わんよ。ただ一つ述べることがあるとするのなら、信じろ。お前にとっては難しいことだろうが、私は信じているよ。『彼』らなら、『彼女』なら、この程度の地獄(しれん)などに敗けることはないとな」

 

 何の迷いもない言葉は携帯の向こうの人間にも通じたのだろう。もう何も言わないなどと言いつつ、反論するのをやめた。

 

「そうか。また近いうちに連絡するだろう。ではな」

 

 と言いながら少女――――甘粕真琴は携帯を切った。

 ポケットに携帯をしまいながら天を見上げるとそこにあったのは月。

 あの試合。確かに聖は輝いていた。それは本当であり真実だ。

 だが、やはり甘粕は思うのだ。

 もっとその輝きを見てみたい、と。その先にある光をこの目に焼き付けたい、と。

 そのためにやることはたった一つだ。

 

「『見せてやるわよ、次こそは』、か。ああ、疑っていないさ。何せ私はお前を信じているのだからな」

 

 自らの友を尊敬し、期待し、信じる。

 いつもと同じ。いつもと変わらない。

 これが甘粕真琴。

 どこまでも馬鹿でどこまで青い少女はそのまま部屋へと帰ろうとした。

 とその時。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 ふと見知らぬ女子が甘粕に話しかけてきた。

 視線を声がした方向へと向けるとそこにいたのは小柄な体躯に不釣合いなボストンバックを持った少女がそこにいた。

 左右それぞれを高い位置で結んであるその髪型は所謂ツインテール。肩にかかるかからないかくらいの髪は、金色の留め金がよく似合っていた。手に持っている紙はぐしゃぐしゃになっていることから大雑把な性格なのかもしれない。

 

「何かな?」

「本校舎一階総合事務受付ってどこにある?」

「ふむ。それならここをまっすぐ行った突き当たりを右に行けばあるが」

「そう、ありがとう」

「荷物から察するに今日来たばかりのようだが……転校生か?」

「ええそうよ。中国から留学しに来たの。これでも代表候補生なのよ」

「ほう、中国の……私は甘粕真琴。名前を聞いてもいいだろうか?」

「もちろん。名乗られた以上は名乗り返すのは世界共通の常識だもの」

 

 と言って少女は一拍置いてから自己紹介を始める。

 

「私の名前は凰鈴音(ふぁんりんいん)。よろしくね」

 




犠牲者がまた一人やってきた(笑)
という冗談はさておき、聖と甘粕はこうしていつも通りの関係を続けていきます。
……が、何やら影でコソコソと動いている様子もあるのでこれまでと一緒とは限りませんが……。

そしてようやく鈴の登場。
実はこいつ、あの第四盧生の子孫で(黙れ
……はい。自粛します。以前感想で「苗字の発音同じだね」ってあったんでぼけただけです。
作者の勝手な感想ですが、鈴は気性が激しいくらいで、普通に努力家な女の子なので甘粕の琴線にはあまり触れなさそうな気がします。まあ、結局被害には会うんですけどね!


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第九話 趣味

おふざけな回って必要だと思うんですよ
※とある少女が登場しますが、またまた性格が変わっているかもしれません。ご注意ください


 四月も下旬に入った頃、聖はようやく平和な日常を取り戻した……などという展開は当然のことながら起きなかった。

 朝のトレーニングには毎日のように甘粕が連れ添う状態になっており、自分のペースで走らせてもらえないのは当たり前になっている。それでも続けるのは聖にもプライドがあるためだ。

 問題なのは未だ続いている奇妙な夢。

 セシリアとの試合の日の夜は見なかった夢だが、しかしその次の日からはまた同じような繰り返しが起きるようになった。しかし、以前と違う点があるとすれば日が昇っている間に襲ってくる眠気が然程気にならなくなってきたということだろう。夢の内容が薄れたのか、それとも聖が慣れたのか。どちらにしろ、体調管理はしっかりとしておかなければまた同じことの繰り返しだ。

 授業中に関してもよく織斑一夏が中心となって小さな騒動……つまりはセシリアと箒の言い合いが勃発する。今日も飛行訓練の際に織斑一夏をどちらが教えるかで揉めていた。千冬は大きなため息を吐き、甘粕に至っては不敵な笑みを浮かべていた。

 甘粕曰く「男を取り合う女というのは醜いと言われているが私はそうは思わない。自らが惚れた男を物にするために努力し、敵対し、そして勝ち取ろうとするその意思は尊重すべきものであり……」などと宣っていはいたが、要するに面白がっているわけだ。いや、甘粕風に言うならばその輝きに魅了されていたというべきか……。

 今は別に何もしないと思うが、そのうち何かやらかしそうだ。その場合、箒とセシリアにはお気の毒としか言えない状況になるのは丸分かりであったが、わざわざ修羅場に赴くほど聖はお人好しではないので何も言わない。

 そんなこんなで夕食時。

 

「というわけで、織斑君クラス代表決定おめでとう~!」

「「「おめでとう!!」」」

 

 食堂に響き渡るクラッカー音。乱射されるそれは激しい音と共に少量の煙と色付き紙テープが宙を舞った。壁には『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれてある手書きの紙が貼られてあった。つまりはそういうことである。

 ちなみにこんなことをすれば寮長である千冬の雷が落ちると思われるかもしれないが、既に許可はとってあるらしい。

 そもそも聖がこの場にいるのも半分は千冬に言われたからである。

 

『お前の性格上、出席したくないのは分かるがそれでもクラス代表選で戦った一人で、お前も一組の生徒だ。顔出しくらいはしておけ』

 

 ご尤もである。

 しかし聖は人見知りではあるが、母ほどではないと自覚はしている。というのも、彼女の母親はそれはもう人と関わるのが嫌いというか苦手というか、高校生活ではステルスモード全開で当時付き合っていた父以外との交流はほとんどなかったという。さらに驚くべきことに『あの人達』とちゃんとした顔合わせは父と付き合いだしてから四年後だったそうで……まぁその時にかなりいじられたという逸話がある。本人にそれを聞き出そうとすると物凄い形相で「二度と聞くな」と言われたのは聖の記憶に残っていた。

 一方本日主催の本人はというと。

 

「…………」

 

 何やらめでたくないと言わんばかりな表情を浮かべていた。自分は負けたのに何故、と考えるのは無理からぬことだろう。もし聖が同じ立場ならそう思う。

 周りを見てみると女子という女子がお喋りをそこら中でしている。この就任パーティーは一組のパーティー。しかしながらその数は明らかにひとクラスのそれを超えている。男子がクラス代表になったことで偵察に来たのか、はたまた面白そうだから混ざろうと思ったのか。どちらにしろ、これは多すぎる。

 

「人気者だな、一夏」

「……本当にそう思うか」

「……ふん」

 

 機嫌が悪そうにお茶を啜る箒。意中の男が女子に囲まれている、というのが気に食わないと見た。そして聖の隣にいる甘粕はやはり口元がにやけている。

 とそこに。

 

「はいはーい、新聞部二年、黛薫子でーす! 話題筆頭の新入生、世界でただ一人ISを動かせる男、織斑一夏君にと・く・べ・つ・インタビューをしに来ましたぁ!!」

 

 元気よく現れた少女に一同が「おお!!」と唸る。

 

「では早速ですが、織斑君! クラス代表になった感想をどうぞ!!」

「え? えーっと……頑張ります?」

「っておい!! それだけかい!! っていうか、頑張りますはいいとして、何故疑問形!? いやぁ、もっとこう、なんていうか『俺に触ると火傷するぜ!!』とか『俺様の美技に酔いな』とか『俺に勝てるのは俺だけだ!』とか」

「いや、何か後半変なものが混じっていたような気が……っていうか、そんなこと言われても困りますよ。自分、不器用ですから」

「おお、何という前時代的な台詞……まぁ、そこらへんは適当に捏造するとして」

「捏造!? 今この人捏造って言わなかった!?」

「セシリアちゃんからも何かコメントもらおうか」

「ってスルー!? スルーするの!?」

「そうですわね……わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが……」

「そしてセシリアも何事も無く進めるな!!」

 

 織斑一夏の怒涛のツッコミにしかして誰も聞く耳を持たない。

 

「コホン、ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと、それはつまり……」

「ああ、ゴメン。長そうだからいいや。写真だけ頂戴」

「さ、最後まで申し上げておりませんのに!!」

「大丈夫。大丈夫。そこから辺は上手く捏造しておくから。ん~そうだなぁ……織斑君に惚れちゃったから、とかにしておこう。そうしよう」

 

 なっ!? と驚きの表情を浮かべるセシリア、織斑一夏、そして箒の三人。しかし、そんな彼らを他所に薫子は話を進めようとする。

 

「それじゃあえーっと、最後! 世良聖さんに話を聞きたいんだけど……」

「……あれ?」

 

 ふとそこで織斑一夏は気づく。

 先程までテーブルの隅に座っていた金髪少女の姿が無いことに。

 

「世良の奴、どこに行ったんだ……?」

 

 *

 

 敵前逃亡ではない。

 別に新聞記者とか面倒そうなものが来たから食堂から逃げたのではなく、ただ単に疲れたから部屋に戻っているだけだ。

 だからこれは断じて敵前逃亡ではない。

 ……などと誰かに向けているのかも分からない言い訳を心の中でつぶやき続けながら聖は歩いていた。

 

「まぁ、実際は逃げてきたんだけど」

 

 本音を口にしながらのその表情はどこか自嘲気味だった。

 母親よりはましとはいえ、やはり聖はどうにもああいう場所が苦手だ。見知った人たちならまだしも、ただのクラスメイトともなれば話は別。特に一組は問題児やら厄介児やらが勢ぞろいしているのだ。あのまま居続けたら確実にロクな目に合わないに違いない。

 

「けど、これからどうしよっか」

 

 逃げてきたはいいが、しかし何か目的があるわけでもない。

 ここは取り敢えず部屋にでも帰ろうかとしたその時。

 

「……音楽?」

 

 どこからか音楽が聞こえてきた。しかもその音楽は聖が良く知っているもの。小さい頃から叔母に聞かされたそれはしかして聖の心に根強く残っている。

 音が聞こえてくる方向へと足を運ばせるとそこにあったのはIS整備室。そこから漏れ出す音楽……いや、正確にいうのならばBGMか。それはやはり聖が聞き知っているものだった。

 ドアを開けるとBGMはさらに大きなり、確信へと変わる。

 そして。

 

『そしてこれも言わせてもらおう。貴様、いつまで死体を抱いている!』

 

 その声もやはり聖がよく知る者の声だった。

 

『失くしたものは戻らない。彼はそれを誰よりも知っているからこそ、刹那を愛したのではなかったのか』

 

『その煌きを、燃焼を、疾走したからこそ光と仰いだ。それはすなわち、未来を信じていたからに他ならん』

 

『邪神の理、おぞましい。自らそう弾劾し、器ではないと封じていたこの太極を、彼が憎悪の泥を纏ってまで展開したのは何のためだ』

 

『その先を願い、前を見ていたからだろう! この泥濘(ぞうお)の果てにも花は咲くと、信じていたからではないというのか!』

 

『それを貴様ら、そろいもそろって彼の憎意(あい)に甘えよって! それが貴様らの報恩か! これが貴様らの絆なのか!』

 

 

『笑わせるなよ甘ったれども! 真に愛するなら壊せ!』

 

 

『彼もそれを望んでいる。そしてこれは、我が君の遺命である!』

 

 黄金の獣に忠誠を貫き通した女の意思は聖の胸を打つものがある。

 簡潔に言えば。

 

「「やっぱり母刀自殿はかっこいい……」」

 

 声がシンクロしたかと思い、ふと声がした方へと視線を向けるとそこにいたのは眼鏡をかけた水色髪の少女。

 少女もまたこちらの存在に気づいて視線を合わせてくる。目を見開き、何やら見られてはいけないものを見られた、と言わんばかりな表情を浮かべていた。文句の一つ口にしたいのだろうが、しかし驚きのあまり何も言葉がでないのだろう。

 とりあえず聖は一言。

 

「……その……ごめん」

 

 

 

 

 更識簪。それが彼女の名前だった。

 一年四組の所属であり、日本の代表候補生である専用機持ち。

 整備室にいたのは自分のISの整備をしていたからであり、その合間に自分が好きなアニメを見ていたらしい。そしてその休憩中に聖が入ってきてしまった。

 それが今までの経緯である。

 

「……、」

「……、」

 

 気まずい。

 これはかなり気まずい。

 自分がアニメを一人で見ていてそれを全くしらない赤の他人に見られてしまった。その恥ずかしさは聖にも充分に分かる。が、だからと言って聖が何を言えばいいのかが分からないのも事実だ。

 とりあえず、ベタな質問をすることにした。

 

「……神座万象シリーズ好きなの?」

 

 問いを投げかける聖から数メートル離れた場所で簪はコクリと頷いた。

 

「……あなたも好きなの?」

「好きというか、まぁ昔から見てるものだから……見さされたっていった方がいいのか。叔母とかその知り合いが大の神座万象シリーズのファンでね。姪っ子の私に色々吹き込んでくれたおかげでいらないことばっかり知ってるわよ。あとゲームも持ってるし」

「本当?」

「こんなことで嘘ついてどうするのよ」

 

 聖の言葉をまじまじと聞きながら簪は問い返してくる。

 

「質問。神座万象シリーズ第二弾『Dies Irae』に出てくるメルクリウス。その別称を知っているだけ答えて」

「知っているだけって……えーっと、水銀の蛇、カール・エルンスト・クラフトにカリオストロ、あとサンジェルマン、だっけ? それくらいしか知らないわよ」

「じゃあ次の質問。神座万象シリーズの座の理を一から答えて」

「理って……二元論、堕天奈落、天道悲想天、永劫回帰、輪廻転生、大欲界天狗道、天照坐皇大御神……だったはず」

「最後の質問。何でもいいから詠唱して」

「いや、何その無茶ぶりは!! 何でもいいからって……」

「詠唱して」

 

 抵抗は無意味である。

 じっと聖を見つめるその視線は真剣そのもの。それを無碍にするのは今の聖にはできなかった。

 仕方なく、彼女は自分が唯一言えるであろう詠唱を口にする。

 

「えーっと……うみははばひろく、むげんに……」

「ダメ。そんなの全く詠唱じゃあない。もっと気持ちを込めて」

 

 瞬間、ムカッときた聖はしかして逆にやる気が起きた。

 いいだろう。ならばそこまでいうのなら、見せてやる。昔から『あの人達』に仕込まれた自分をなめるな! 

 などと思いつつ彼女は一番いいずらく、そして演技が重要な台詞を告げる。

 

 

「『アセトアミノフェン アルガトロバン

  アレビアチン エビリファイ

  クラビット クラリシッド グルコバイ』」

 

「『ザイロリック ジェイゾロフト セフゾン

  テオドール テガフール テグレトール』」

 

「『デパス デパケン トレドミン

  ニューロタン ノルバスク』」

 

「『レンドルミン リピトール

  リウマトレック エリテマトーデス』」

 

「『ファルマナント ヘパタイティス

  パルマナリー ファイブロシス

  オートイミューン ディズィーズ』」

 

「『アクワイアド インミューノー デフィシエンスィー

  シンドローム』」

 

 

「『――太・極――』」

 

 

「『マリグナント チューマー アポトーシスッ!!』」

 

 ………。

 ……………。

 ……………………。

 言い切った。やりきった。それはいい。一言も噛まずに間違えることなく詠唱を口にできたのは素晴らしい。晴れ晴れとした気持ち。ああ、そうだとも、私は今、生きている!!

 ……などという言い訳は無論、通じずあるのはただの恥ずかしさだけ。

 赤面しながらその場に蹲る聖に対して、簪は拍手を送った。

 

「凄い……あの『宿儺』の台詞を一文字も間違わずに言えるなんて……」

「あのさ。拍手はやめてもらえる? 滅茶苦茶恥ずかしいから」

 

 目を輝かせる簪に聖は注意するものの恐らく聞いていない。

 何やらごそごそとしているかと思えばどこからかスケッチブックとマジックペンを取り出した。

 

「じゃあ次はベイ中尉の創造を……」

「断固拒否よ」

 

 速攻で断わったのは何も間違っていないのだと聖は強く思った。




簪ちゃんは本来ヒーロー物が好きな少女なんですけど、神座万象シリーズ好きでも問題ないと私は言いたい!

更新速度が遅れてしまい、申し訳ありません。けど、亀更新って言っているので問題は……あっ、はい。ありますよね。すみません。
しかし、実際のところ更新が遅れるのは度々あると思います。何分、リアルでも色々とやることが多いので……。

それでは次回までおさらばです!
さて、『あやかしびと』をプレイするか(オイコラ


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第十話 布告

あ、ありのまま今までに起こったことを言うぜ……。
俺は前のあとがきに「あやかしびと」なるゲームをやってくると宣言した。しかしいつの間にか原作者が一緒の「Bullet Butlers」までもクリアし、そしてそれらがコラボする「クロノベルト」のエンディングを見て号泣していた。
な、何を言っているのか わからねーと思うが俺も何を言っているのかさっぱり分からねぇ。
ただ一つ言えることがあるとすれば……東出祐一郎先生。俺はあんたの作品に出会えたことを誇りに思うぜ。
※↑のこれは深夜のハイテンションで書きました。ご注意ください。


 黄金の獣は語らう。

 

「無為だと遠ざけた、塵芥だと烙印を押して通り過ぎた。本当は全てを愛してやりたかったのに、愛するには万物全て脆すぎたから。

 ああなぜだ、なぜ耐えられぬ。抱擁どころか、柔肌をなでただけでなぜ砕ける。なんたる無情だ、森羅万象、この世は総じて繊細にすぎる。

 ならば我が愛は破壊の慕情。愛でるためにまずは壊そう。頭を垂れる弱者も、傅いて跪く敗者も、反逆を目論む不忠も、全てが愛しい。ゆえに壊す」

 

「それこそが唯一の道理。私は死を眺め、感じながら生きている。だがそれは死を拱く事ではなかった。

 愛でるべきものを愛でず、労わりすぎて放置するなど無粋の極み。だからこその死を想え(メメント・モリ)だ」

 

 彼に(あい)される者達へ、それを行う彼自身に向けて。

 死は想い。だからこそ厳粛に受け止めて欲しいのだ、この愛を。

 それは歪んだ考え。しかし彼にとってみれば何も特別なことではない渇望。

 満たされぬ心の空洞。その不感症を癒すために全てを飲み込み進んできた。まだ壊していないものを求めてきた。

 しかしまだ―――まだ喰い足りない。飢えた獣は猛っている。

 心躍る好敵手。全力を出すに足る難問。そのために喰らおう、我が生の証明を、さらにさらにさらに。

 

「全てを愛そう。『卿』とて例外ではない。その平等を与えぬことこそ、蔑ろにしている証明そのものではないか」

 

 未だ壊さなかったもの。何より愛すべき他者。それを放置することなど今の彼には不可能だ。

 なぜならば。

 

「そうだ。私は――――」

 

 黄金の長髪が靡く。軍服はその厳粛さを表し、その手にあるのは光り輝く黄金の聖槍。

 開かれた瞳は―――凄烈に輝く黄金の眼光。

 

「私は、総てを愛している! 故諸共(あい)してやろう!」

 

 開放される力は無限大。

 その力の前に一人の男はしかしていつものような無表情のままでいた。

 軍人の理想、鉄の化身、断頭台、閃剣、光刃。

 あらゆる呼び名で尊敬を畏怖を集めた男だが、一番の呼び名はやはり『英雄』だろう。

 

「……そうか。それが貴様の在り方か、ラインハルト・ハイドリヒ」

 

 アドラー最強の戦士にして総統―――――クリストファー・ヴァルゼライドはラインハルトを見据えながら口を開いた。

 

「その覇気、その気概。ああ、認めるとも。総てを愛する……それは俺が持ち得ないものだ。心の底から尊敬の念を送ろう」

 

 しかし。

 

「だが受け入れることはできん。貴様のそれは世界を地獄に変える。そこには数多の悲劇があり、絶望が混合する。民草の涙を容認するほど俺という人間の器は大きいわけではない」

 

 悲劇、絶望。それらの幕はここで下ろさせてもらう――――涙(おまえ)の出番は二度とない。

 

「俺とて奪い、勝ち取ってきた。敵を踏みつけてここまで来た。しかしそれら戦ってきた夢の数々、無価値であったわけではなく、劣っていると見下すなどいったいどうして出来ようか」

 

「そして勝者の義務とは貫くこと……涙を笑顔に変えんがため、男は大志を抱くのだ」

 

「貴様の渇望はそれら全てを無に還す。だから俺は貴様を否定する。その上で教えてやる」

 

 内に秘めた光熱を解き放たんと刃を二振り、引き抜いた。

 視線の篭る決意の火は、強く尊く眩しく熱く――――

 

「貴様を殺すのが俺の役目だということを」

 

 威風堂々と言い放った瞬間、クリストファーの体から発生する光。それらは眼前にいるラインハルトが見せる輝きに劣っていなかった。

 黄金の獣と黄金の英雄。

 今、二つの黄金が牙を向け、そして。

 

「来るがいい。勝つのは私だ!」

「抜かせ。勝つのは俺だ」

 

 瞬間、黄金の爆発が世界を巻き込んだ。

 そして。

 そして。

 そして……。

 

 *

 

『K.O.』

 

 テレビ画面にデカデカと表示される赤文字をまじまじと見ながら更識簪はコントローラーを落とした。

 

「そんな……私の獣殿が負けるなんて……」

 

 それは落胆というより驚きというべき声音だった。

 当然だろうと聖も思う。

『神座万象シリーズ』。そのコンテンツの一つである格ゲーは既に世界中に知れ渡っており、超が付くほどの有名なゲーム。

 簪が使っていたキャラクター……ラインハルト・ハイドリヒという男はその中でも強い能力を持っていた。扱いはそこそこ難しいがしかしとあるシュピ虫さんの言葉を借りれば「そこはそれェ、慣れととでも言いましょうかァ」的なことである。そして簪はどう見てもラインハルトを使いこなしていた。流石は彼の爪牙の一人というべきか。っというか何を言っているんだ、私は……。

 ちなみに。

 甘粕が使っていたクリストファー・ヴァルゼライドは神座万象シリーズには登場しないのだが、製作元が同じ作品の超有名なキャラクターということで少し前にコラボという形で参戦したのだが……あまりにも違和感が無さすぎて今では間違えて神座万象シリーズキャラとして扱われることもしばしばあるという。

 などと聖が訳のわからない電波を拾っている間にも簪は口を開く。

 

「私はハイドリヒ卿を扱うに足る人間では無かったというの……? 愛が足りなかったと……厳然な実力差とはこういうものなの……?」

「いいや、そんなことはない」

 

 簪の言葉を甘粕は否定する。

 

「お前の実力は本物だ。その熱、その愛、その輝き。偽物などと言わせはせんよ。コントローラーを持ち画面に向かっていたお前は生き生きとしていたぞ。その光景に私は思わず見蕩れてしまった程だ」

「でも……」

「ああ確かに今回は私が勝利した。そしてお前は負けた。それは事実だ。だが、それが即ち貴様の情熱が劣っているという証明になるわけではあるまい? 何度か負ければそれで全てが意味をなさなくなる。誰だそんなことを決めたのは。勝ち続ける努力は素晴らしい。だが負けて後悔し、それを次に活かすのもまた素晴らしいことだと私は思う」

「真琴……」

「ゲーム如きで? 所詮お遊び? くだらん。そんな理由を並べてへらへらと笑う連中が多くいる。だが、そういった連中に限って何かに没頭し続けるということができんのだ。だが、お前は違う。ゲームであってもアニメであってもお前はそれに対して愛がある。熱がある。それを好きなことに誇りを持っている。そんなお前に私は心底期待しているぞ」

 

 だから、と言って甘粕は続ける。

 

「私は信じている。お前がいつか、私を超えることを。そしてその時が来るまで私もお前の壁であり続けると約束しよう」

 

 嘘偽りの無い言葉に簪は驚きと戸惑いを隠せずにいた。

 今まで自分にこんなことを言ってくれる人間はいなかった。馬鹿にされるか、苦笑されるか、認めてもらえないか。

 簪の姉は優秀だ。ISを自分で作ってしまう程に。

 だからいつも比べられる。表立ってはないが、しかしそれでも分かるものは分かるのだ。それが嫌で簪もまた自分一人でISを作っている。それが単なる対抗心や劣等感から来ていると問われれば頷くほかないだろう。そしてそれから逃げるように簪はアニメやゲームに没頭した。

 そんな事情を甘粕真琴は知らないはずだ。もしかすれば彼女が本当のことを聞けば幻滅するかもしれない。失望するかもしれない。愛想が尽かされる可能性だって有りうる。

 それでも。

 それでもだ。

 自分のことをここまで真っ直ぐ見てくれたのは今まで誰もいなかった。

 またそのことが嬉しいと思う気持ちも初めてである。

 そして……いやだからこそだろうか。

 簪は小さな笑みを浮かべながら甘粕に対していう。

 

「ねぇ……お願いがあるんだけど、いいかな」

「何だ?」

「その……もう一度、私と勝負してくれる?」

 

 勇気を持った少女の言葉。そしてそんなことが大好きな魔王(ばか)がそれを断るわけもなく。

 

「ああ、いいだろう。そうでなくてはな。さぁ、お前の輝きを私に見せてくれ!」

 

 そういって再び画面に向かう二人。

 この瞬間、彼女らには奇妙な友情らしきものが芽生えたのかもしれない。簪にとって何かしらのきっかけを与えたのかもしれない。彼女が抱える問題がこれで解決するとは到底思えないが、それでも彼女に何かしらの変化を及ぼすことがあったのかもしれない。

 それはいい。それはいいことだと聖も思う。どれだけ問題児だろうと、他者に与える影響が大きいのが甘粕真琴という少女だ。それが良い方向へ行くか、それとも悪い方向へと行くのか。それは聖はおろか、甘粕自身にも分からないことが最大の欠点ではあるが。

 しかしこの場合それは置いておく。ここで聖が言いたいことはそんな小難しい話ではない。

 ただ彼女は一言物申したいだけなのだから。

 

「あんたら……いい加減にしなさいよっ、今何時だと思ってんの!!」

 

 ビシッと部屋の時計を指差す聖。それは既に夜の十一時を示していた。

 

「む? ヒジリよ。せっかくの再戦を邪魔するとは少し無粋ではないか?」

「同意。今から私と真琴は真剣勝負を再開するの。邪魔しないでほしい」

「いや、だからそんな真面目な顔で言われても何の説得力もないから!」

 

 別に聖はゲームやアニメを馬鹿にはしてない。いや、むしろそれらに影響されて成長したと言っても過言ではないだろう。

 だが、だ。それでも限度というものがある。ゲームのやりすぎ、アニメの観すぎ。それらはある種の達人への道なのかもしれないが、しかしやはり実生活においては適度な活動が一番のはずだ。

 そもそも簪が部屋にやってきてからの四時間。その間ずっとゲームをやり続けていることから察しても彼女達がやりすぎな状態であることは明白だ。

 いや、簪と会って話をしている内に流れで部屋へ連れ込んだ聖にも責任があるが……。

 などと思っていると甘粕が再びその口を開いた。

 

「確かに、お前の言いたいことは分かる。ゲームをやりすぎる、というのは確かに傍目からしてみれば不健康極まりない行為だ。健全とは到底言い難いのだろう。しかし」

「しかし?」

「それを差し引いても尚、私は彼女と戦いたいのだよ。彼女が私に死力を尽くすその姿、その輝き。見てみたいと思ってしまうのだ。ああ、これは私の勝手だ。お前にとってみれば迷惑この上ないことだというのは容易に理解できる。故に、だ」

「故に?」

「お前が私の行為に不満があるというのならその力をもって私を退けるしかないだろうな。とは言え、ここで殴り合い、というのは些かどうかと私は思う。いや、その展開は結構な割合で私好みなのは確かだが」

「いや、頼まれたってそんなのゴメンよ」

「だろうな。だからこそ私は別の提案をしてみたいと考える。具体的には」

「具体的には?」

 

 反復する聖の問いに甘粕はコントローラーを見せながら答えた。

 

「我々にゲームをやめて欲しかったら、お前が我々にゲームで勝てばいいという話だ」

「うるさい黙れこの馬鹿」

 

 どこまで言っても我を通す甘粕によって聖に日常は今日も崩れていくのであった。

 

 *

 

 一年二組に転校生がやってきた。

 昼休みの時間帯はその話題で持ちきりだった。

 

「転校生か……こんな時期になんて珍しいんじゃないのか?」

 

 何気ない疑問を口にしたのは女子生徒に囲まれている織斑一夏であった。無論、その中には篠ノ乃箒やセシリアの姿もある。何やら自分以外の女子が彼の周りにいるのが気に食わないのか、少し拗ねているように見えるのは聖の見間違いではないだろう。

 そして当然のことながらその女子連中の中に聖は含まれていない。ただ無駄に大きい会話が聞こえてくるだけである。

 

「まぁそうだよねー。でも、何だか事情があって入学するのが遅れたってだけで別に転校してきたってわけでもないんだけど」

「そっかぁ……」

「しかもその子、国家代表候補生って噂もあるのよ」

「代表候補生? それってセリシアみたいな?」

「そうですわね……しかし、一体どこの国の方なんでしょうか?」

「確か中国、とか言ってたような……」

 

 その瞬間、聖の隣にいた甘粕が「ほう」と口を開いた。

 何やら知っているらしいその態度が気になったせいか、聖は珍しく彼女に質問した。

 

「……どうかしたの?」

「ん? いや何。先日それらしき少女と会ったことを思い出したのだ」

「会った?」

「ああ。道を尋ねられてな。その時に言っていたよ。自分は中国から来た代表候補生だ、とな」

 

 瞬間、なるほどと納得する聖。つまりは顔見知りということか。

 それにしても代表候補生となるとやはりセシリア位の強さを持っているのだろうか、と思案する。だとするのならその転校生が二組のクラス代表になることも有りうる話だ。

 ならば織斑一夏からしてみれば要注意人物である可能性も高い……が、あの唐変木がそんなことを気にするタイプとは到底思えなかった。これは聖の単なる一方的な見解だが、彼は出たとこ勝負を得意としているところがあるように思えた。そんな彼がクラスの代表として闘うであろう相手の偵察に趣いたり、調べたりするなど手の込んだことをするとは考えづらい。

 しかしだからと言ってそれを指摘してやるつもりは無かった。それは彼が自分で考え導き出さなければならないことだ。それが代表、クラスの長として闘う者の責任というやつだろう。

 そしてその彼が言った一言は。

 

「どんな奴だろう? 強いのかな?」

 

 …………。

 何とも能天気な言葉に聖はもう何も言う事は無かった。

 

「でも、今のところ専用機持ちがいるのはうちを入れて一組と四組だけだから。何とかなるって」

「そうそう。それに織斑君には頑張ってもらわないとねぇ。主に食券的な意味で」

「そうだよ織斑君。君にはクラス皆の想いを背負ってもらうからね。主に食券的な意味で」

「責任重大だね、織斑君。主に食券的な意味で」

 

 そして彼を応援しようとするそこの女子ども。お前らの頭には食券のことしかないのか。いや、そりゃ学食デザートの半年タダ券は嬉しいことだけど。是非とも手に入れてもらいたいものだけど。

 

(とはいえ……何だかんだであいつもすっかり溶け込んでるわね)

 

 女子だらけの場所でああも何の不自然もなく会話できている彼にはある種の才能があるのかもしれない。いや、唐変木だからこそやれる技なのだろうか。そこのところは……あまり追求しない方がいいだろう。

 女に世の中の男への意識を変えさせる……などと大仰なことは無論できていない。今この状況が良い方向へ向かっているのか、あるいは悪い方向へと向かっているのか。それすら分かっていないのだ。いや、そもそも本人にその気が全くないのが最大の問題というべきか。

 一体、彼がこれから先、どんな事件や出来事に巻き込まれていくのか、聖には分からない。

 分からないが、だ。

 それはきっと彼個人ではなく、周りを巻き込む形となるのは目に見えていた。

 

「――――――専用機持ちが一組と四組しかないって情報は古いわよ」

 

 聞き覚えのない声がしたのは教室の入り口だった。突然の出来事でそこに多くの視線が集まる。そしてまた聖もそちらへと目を向けるとそこにはやはり見覚えのない長い茶髪をツインテールにした少女が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

 その言葉には一切の嫌味はなかった。彼女の言葉にはどこか信念というか、熱意のようなものを感じたのは聖の気のせい、というわけではないだろう。恐らくは彼女が噂の転校生なのだろうが……そこでふと織斑一夏の様子がおかしいことに気づく聖。何やら驚いたと言わんばかりな表情を浮かべていた。

 

「鈴……お前、鈴か?」

 

 その言葉に彼女はありったけの自信を持って答えた。

 

「ええ、そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 

 こうして歯車は進んでいく。全てを巻き込み、どこまでも進んでいく。




甘粕がヴァルゼライドが大好きなのは公式設定である。
……という冗談はさておき、更新が遅れてしまい申し訳ありません。
前書きに書いたゲームやりすぎも原因なのですが、真面目な話リアルでの事情が重なるに重なってしまして。ええ、ホントにすみません。
しかし、前回にも申し上げたように更新がガチで遅れることがこれからも多くなります。それでも続けていきたいと思いますので、何卒、何卒よろしくお願いします!

それではまた次回に!

PS
何故だろうか……鈴ちゃんが登場するのがいつも最後ら辺、しかもちょっとしか出れないのは。


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第十一話 鈴音

遅れて申し訳ありません。リアルが何分忙しかったもので。
べ、別に他のサイトのオリジナル小説を完結させてたからじゃないんだからね!
……はい。本当に申し訳ありません。心の底から反省しています。

※再び甘粕成分無し。ただし替わりにある少女が多めに登場しますのでご注意ください。


 凰鈴音の来襲から数日。

 ……いや来襲とは言っても、その後すぐに千冬によって追い返されたわけだが。しかし、それによって皆の疑問が確信へと変わった。

 織斑一夏と凰鈴音は知り合いである。

 その事実はすぐさま全クラス、否全学級に伝わった。

 そして、噂が大好きな女子生徒達の話を聞くと、内容は次のとおり。

 

「織斑君と凰さんは幼馴染なんですって」

「何でも篠ノ乃さんと入れ違いにやってきて知り合ったとか」

「それで去年……つまりは、中学三年の時に中国に帰ったんだって」

「でも織斑君って凄いよねぇ。だって、凰さんって中国の代表候補生でしょ? そんな人と知り合いだなんて」

「それに最近じゃあ篠ノ乃さんやセシリアさんとかも仲良さそうだし」

 

 それは凄いことなのか?

 そんな疑問が頭をよぎるが、しかし聖は何も言わない。所詮、織斑一夏がどれだけの繋がりを持とうと聖には関係のないことなのだから。

 とは言うものの、元凶である織斑一夏は聖と同じクラス。故に知りたくなくても彼の周りの状況は入ってくるのだ。

 例えば凰鈴音との関係を箒やセシリアが織斑一夏に色々と聞いていたこと。

 例えばそれに対して凰鈴音が余裕の態度で返すなど。

 例えば……織斑に紹介される時『ただの幼馴染』と言われていたことなど。

 ここ最近で言えば、何やら放課後ISの練習を箒がやるか、セシリアがやるかで揉めているとか。

 そんなどうでもいい情報が何故か入ってくる。何故だろうか。

 

 

 しかし、今の聖にとって重要な問題は彼らではない。

 現在、彼女の部屋で居座っている二人の馬鹿である。

 

「ったく、あいつら……」

 

 などと言いながら聖は夜の廊下を歩いていた。その目的は自動販売機のジュース。

 喉が渇いたから買い物に出かける……という理由ならば良かったのだが、そうではない。これは一種の罰ゲーム。負けた者が勝利者達が欲しい飲み物を買ってくるという何とも在り来りなものだ。

 その勝負内容は言うまでもない。

 

「あの二人が容赦ないのは知ってたけど……何で私の宿儺が負けるかなぁ。そりゃあ、スペック的に? ハイドリヒ卿の方が上だし? ヴァルゼライド総統は色んな意味で規格外だし? 加えて連中の腕前はプロ級だし? でもなぁ……何で負けるかなぁ。いや、ハイドリヒ卿はともかく、ヴァルゼライド総統には相討ちでもおかしくないはずなんだけど。声的に」

 

 それはお前の愛が足りないからだ……などというツッコミは無論飛んでこない。

 

「今度はベイ中尉で……いや、あの人はやめとこう。宿儺や司狼並みに好きだし、外伝で主人公やってるけどやめとこう。水銀(へんたい)の呪いで絶対に勝てない気がする」

 

 などと誰にか分からない言い訳を呟きつつ、聖は自販機の前に立つ。

 さて、あの二人が言っていた飲み物はあるだろうか……そんなことを考えながら探していると。

 

「…………ぅ、……う……」

 

 何やらうめき声のようなものが聞こえてきた。

 一瞬何だ、と思う聖だったが、よく聞いてみるとそれがうめき声ではなく泣いている少女の声だというのがすぐる分かった。

 ふと声がする自販機の隣を覗いてみると。

 

「あなたは……」

「……あんた……ぐすっ、誰……?」

 

 そこには大粒の涙を流している凰鈴音が体育座りしていた。

 

 *

 

「落ち着いた?」

「…………うん」

 

 ベンチに座り込む鈴は答える。

 確かにもう涙は流してはいないが、しかしいつものような活気はない。落ち着いている、というより、落ち込んでいる、という方がより正確だ。

 

「はいこれ」

「……ポカリ?」

「わたしのおごりよ。嫌いだった?」

「ううん……ありがと」

 

 礼を言う鈴であったが、やはり元気はない。

 そんな状態でありながらも、一応聖は彼女の話を聞くことができた。

 凰鈴音―――――もとい、鈴の話を要約するとこうである。

 

「つまり、あなたは織斑一夏に昔プロポーズしたけどそれを別の意味で覚えられていて、ショックで泣いていた、と」

「ぷっ!!」

 

 透明な液体が空中を舞う。

 事実を言ったまでなのだが、そこまで驚くような……ことなのだろう。彼女からしてみれば。

 

「な、なななな、アンタ、何言って……!?」

「実際そうでしょうが。自分が料理が上手くなったら酢豚を毎日食わせてあげる……それって私がお嫁さんになって毎日味噌汁を作ってあげる的なことでしょう?」

「ち、違っ! そんな、意味では、断じて、ないわよ!!」

 

 などと供述しているものの、顔は真っ赤であり、説得力の欠片もない。これがリアルツンデレというやつか。

 

「まぁ、あなたが織斑一夏のことが好きだとして……」

「だから、違うって!!」

「……仮定の話よ。もし、織斑一夏に対してプロポーズをしたつもりなら、まぁ今回の件は八割は織斑一夏が悪いでしょうね」

「八割……?」

 

 聖の言葉に首を傾げる鈴。

 女の方に、というのは些か表現はあれだが、少なくとも彼女は告白をしたつもりなのだ。それを正しく受け取らなかったのはやはり織斑一夏に責任はあるとは思う。

 だが、だ。擁護するわけではないが、今回の場合、織斑一夏が全て悪い、というわけではないだろう。

 何故なら。

 

「でも、あなたにも至らない点があったとは思うけど」

「それは……酢豚のところ?」

「いや、酢豚だろうが味噌汁だろうが、それは別に問題じゃないわよ……問題なのは、回りくどい言い方よ。あの織斑一夏よ? 自分のことを気になってる女が二人も傍にいるっていうのに全く気づく気配がないあの『唐変木』よ? そんな奴が遠まわしの告白に気づくと思う?」

「それは……まぁ……」

「何が原因でああなったのかは知らないけど、きっと彼は『付き合って』という言葉すらも『買い物に付き合う』的な意味に解釈するわよ」

「それは流石に言い過ぎ……とは言い切れないわね」

 

 鈴でさえも聖の言葉を否定することはできなかった。それだけ織斑一夏の常人離れしたスルースキルは高いのだ。いや、格好良く横文字で表現したが、実際のところは女心が分かっていないだけだが。

 簡単に言えば超がつく程の鈍感なのである。

 

「まぁ、あなたが直接的な意味合いで告白できなかったのは分かるけど」

 

 彼女が告白したのが小学生か、はたまた中学生の時なのか。そこまで聞くつもりはない。だが、いつだろうが告白することに勇気が必要なのは当然だ。そして、その結果少々誤魔化しの言葉が混じってしまうのは自然な流れと言えるだろう。

 

「……あたしね、この学園に来たのは一夏を追ってきたからなの。ほらあいつ、一時期テレビとかで話題になったじゃない? 世界で唯一の男性IS乗り誕生だって……そのニュースを聞きつけてね」

「聞きつけて追いかけてきたって……でもIS学園ってそんな簡単に編入できるところじゃ……」

 

 聖の言葉に鈴は「あー……」と明後日の方向を見ながら苦笑する。

 

「それはその、前から誘いはあったのよ。中国の軍部の奴らにね。連中からしれみれば、あたしをIS学園とのパイプにしたかったんだと思う。後はまぁ、IS学園にいる他国の搭乗者のデータ採集とか? まっ、そういうのが嫌で一度は断ったんだけど……一夏が入学したのを知って今度は逆に脅して何とか編入できたってわけ」

 

 鈴の説明のほとんどは理解できるものだった。なるほど、だから彼女はこんな微妙な時期にやってきたということか。

 

「にしても、脅したって……中国の軍人相手によくできたわね」

「し、仕方ないじゃない! そうでもしなきゃ、一夏の元に行けなかったんだから……そりゃあ男を追って編入するなんて他の連中からしてみれば馬鹿馬鹿しくて許せないことだとは思うけど……」

「それを自覚している辺りはマシってところかしらね」

 

 うぐっ、と肩を竦ませる鈴の姿から考えて、どうやらそれなりの罪悪感は感じているようだ。

 それにしても……恋は盲目とは言うものの、ここまで行動的な鈴を聖は素直に凄いと思っていた。一人の男のためにそこまでできる女性は今の世の中にどれだけいるだろうか?

 女が上だとか、男が下だとか、そういう風潮が伝染病の如く広がっているこの世界において、この少女は好きな相手のためにここまでやってきたのだ。

 脅し、という行為は褒められたものではないが、しかしそれでも彼女の努力は評価すべきことがらだ。

 だが、そこまでした彼女だからこそ、この現状に蹲る他無かったのだろう。

 

「……でもどうしたらいいんだろう。あたしがいない間に変な虫がついちゃってるし」

 

 変な虫、というのが箒やセシリアのことであることは言わずもがな。しかし箒から言わせてもらえば、鈴の方が後からやってきた女という認識であることに違いない。もしかすれば、今現在もそのことで苛々しており、それを織斑一夏にぶつけている可能性もある。

 まあ、それはそれで織斑一夏の自業自得、と言えなくもないが、そんなことはどうでもいい。

 

「私に聞かれても何も言えないわよ」

 

 結局のところ、それである。

 正直な話、聖は織斑一夏が何故こうも女性陣から好意を向かれるのかが分からない。はっきり言ってしまえば魅力を感じないのだ。そんな相手は別段嫌いでもないが、興味もない。故に彼女達がどう想っているのか、それを正確に判断することはできないし、するつもりもなかった。

 そもそもにして、聖は既に多くの厄介事に巻き込まれている。そしてその中でも一等問題児な奴が現在進行中で彼女の部屋でゲームをしているわけだ。

 これ以上迷惑を被るのは御免だ、と思うのは何の不思議もないことだ。

 けれど。

 

「…………、」

 

 無言で俯く少女の姿はどこか寂しげだった。

 放って置く、という手段は当然ある。これは鈴の問題だ。聖には何の関係もないし、被害もでない。むしろ、彼女に何かしら助言することで自分に妙なことが返ってくる可能性だってある。

 けれども。

 聖には今の鈴に何も言わず、立ち去るという選択肢は無かった。

 

「しかしまぁ、好きになったものは仕方ない。そういうのは惚れた者の負けって相場が決まってるのよ」

「……わかってるわよ、そんなことは」

「そう、だったら」

 

 言いながら聖は立ち上がり、自らが飲み干したペットボトルをゴミ箱へシュート。

 見事に入ったと同時に鈴の方へと顔を向ける。

 

「織斑一夏を惚れさせないとね」

「……へ?」

 

 言葉の意味を理解しきれていない鈴に聖は続けて言う。

 

「言ったでしょ? 恋愛っていうのは惚れた者の負けなのよ。だったら話は簡単。相手にも負けて貰えばいいだけの話。そうすれば問題は解決される」

「相手を惚れさせるって言っても……」

「自分の気持ちだけを押し付けて相手が好きになってくれるなんてことは有り得ない。そんなのただの自己愛に過ぎないわ。相手のことを想うのなら、相手が何を望んでいるのか、それを分かった上で自分に惚れさせる度量を持ってなくてどうするのよ」

 

 好きです付き合ってください。その言葉は大切なものだ。言葉にするには勇気が必要だ。故に馬鹿にすることなどできるわけがない。

 しかし、だ。

 本当に相手のことが好きならば自分に惚れさせる努力もするべきだろうと聖は想うのだ。

 目を丸くさせていた鈴は少しの間惚けると、微笑を浮かべた。

 

「何よそれ。良いこと言ってるようで実際のところ、当たり前のことを口にしてるだけじゃない」

「ええそうよ。だってわたし、恋なんてしたことないし」

「結構なこと言ってたクセに結局それなのね……でもまぁおかげでちょっとは励まされたかな」

 

 背伸びをしながら立ち上がる鈴。

 その表情には既に涙は見当たらない。

 

「色々とありがと……えーっと」

「聖。世良聖よ」

「そう。じゃあ、聖。また何かあったらあんたのところに行くわね」

 

 はにかみながら言う鈴。

 それは断固として断りたい聖であったが、流石の彼女もここで空気を読めないわけではない。

 

「……まぁ、愚痴を聞く程度ならいいわよ」

「了解っ、それじゃあね!」

 

 手を振りながら去っていく彼女の姿に先程の寂しさは感じられなかった。

 再びやってきた厄介事に聖は大きなため息を吐きながらも、そのまま自らの部屋へと帰っていった。

 

 

 そして数日後。

 クラス対抗戦において織斑一夏と鈴の対決が学校中に広まったのだった。




一方その頃

簪「混沌より溢れよ怒りの日(Du-sollst――Dies irae)!!」

甘粕「超新星(Metalnova)―――天霆の轟く地平に、闇はなく(G a m m a・r a y K e r a u n o s )!!」

 二人はいつも通りであった。

―――――――――――――――――――――

 というわけで鈴が全面に出てくる回でした。
 前々から鈴は登場させていたんですが、これほどまでに出てくるのは今回が初めて。というのも彼女は甘粕が『気に入りそう』なので少々厄介な事態になりかねないので……。
 とは言え、ようやく一夏VS鈴に持って行けます。

 何度も申し上げていましが、本当にリアルが忙しくなっているので、更新速度も遅れていくと思いますが、何卒、何とぞ、よろしくお願いいたします!


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第十二話 乱入

部屋の片付けをしなきゃいけないのにいつの間にかまた書いていた
※今回、甘粕が大人しめです。ご注意ください。


 唐突だが、凰鈴音は泣いていた。

 

「うっ……ぐすっ……」

 

 瞳から涙を流し、鼻から水を零しているのは織斑一夏が原因……ではない。

 その要因は彼女の目の前で流れるモノ。

 もっと詳しく言えば、テレビ画面。

 そこに映る一人の女性の姿に、生き様に、鈴は泣かずにはいられなかった。

 

 

『ああ……これでようやく眠れる』

 

『本当に長い間、旅をしてきた。だからしばし休ませてくれ』

 

『死は無に非ず。おまえたちが創る新しい世界で――――』

 

『――――きっといつかまた会おう』

 

 

 そう言って女性は光の粒子となって消えていく。

 彼女の仲間との確かな絆に包まれて、何とも言えない幻想的な光景が広がる刹那―――

 

 

 

■■■■■(ジークハイル)……■■■■■(ヴィクトーリア)……』

 

 

 かつて彼女が守ろうとした世界の言葉で仲間の勝利を願うと口にして……。

 女性―――――御門龍明という一人の女はその生涯を終えた。

 そして同時に鈴の涙腺も崩壊していた。

 

 

「うぅ……龍明ぃぃ……あんたって奴は本当にいい女よぉ……」

 

 などと言いながら両手で瞼を擦る彼女に聖はティッシュをさりげなく差し出す。それを鈴は即座に取り、鼻をかんだ。

 

 現状の説明をすると、だ。

 数日前、いつものように鈴が織斑一夏に対する愚痴を聖の部屋でしていたら、簪がやってきて甘粕と共に神座シリーズのアニメを観賞し始めた。それを鈴も観るようになり、結果がこれである。

 

 その顔は他人に見せられたものではないが、しかしこれはしょうがないと聖も想う。

 だってここだもの。御門龍明のこのシーンだもの。神座万象シリーズを知っている者なら誰だって涙する場面だもの。

 実際、聖や簪は何度も見ているというのにその眼には涙が溜まっている。甘粕に至っても泣く様子はないもののどこか感じ入っているようだった。

 

「母刀自殿のこのシーンは何度見ても泣ける……」

「うむ。かつての仲間や友と対立しながらも自らの主に対する忠義、そしてそんな中で見出した仲間との絆。それらを守り、そして貫いた彼女の生き様は感嘆に値する」

 

 それは心からの言葉、なのだろう。

 甘粕にとってアニメや漫画の登場人物だろうが関係ない。創作だろうが作り物だろうが、己の行き方を通した者は彼女にとって賞賛すべき者なのだろう。

 

「……ところでリンよ。明日のクラス対抗戦で想い人である織斑一夏と対戦するわけだが……」

「ぶふぅっ!?」

 

 鼻をかんでいた途中での不意打ちに鈴は思わず奇妙な音を立てた。

 

「なっ、何言ってんのよ、真琴!!」

「何、今更隠すことでもなかろう。お前……いや、お前や箒、セシリアが織斑一夏の事を好いているのは周知の事実だ」

 

 なっ、と顔を真っ赤にさせる鈴であったが、本当に今更だと聖も思った。

 

「それよりも、だ。リンよ。確認しておきたいのだが、明日の戦い、勝てる自信はどのくらいある?」

「何よ急に……勿論、負ける気なんかないわ。明日は私の勝ちで決まりよ」

 

 ほう、と呟きながら甘粕は続ける。

 その絶対的な自信が甘粕の何かに火をつけたのだろう。

 

「その根拠は何かな? もしや相手が男だから、という理由か?」

 

 この時、もしかすれば甘粕はある種の試験をしていたのかもしれない。

 目の前にいる少女、凰鈴音が世の歪みに染まっているか、そうでないかを確かめるために。

 そして。

 

「はぁ? 何よそれ。そんなもの、根拠でも何でもないじゃない」

 

 きっぱりと、まるで何だそれはと言わんばかりの口調で鈴はいう。

 

「私は中国代表候補生よ。自分で言うのもなんだけど、それなりに努力してきたつもり。だから自信があるし、自分が勝つって確信してる。そこに男だ女だ、なんて理由はないわ」

「なるほどな。では相手が織斑一夏でも必ず勝つ、と?」

「当然。一夏は最近ISを使い始めたばかりだけど、あいつ昔っから時々突拍子もないことするから油断はしない。徹底的に叩き潰すだけよ」

「……それは約束を勘違いされていたことへの憂さ晴らしじゃ……」

「べ、別にそんな理由はないわよ! そこ、余計なこと言わない!!」

 

 聖の呟きに鈴は素早く反応する。なるほど、理解した。

 顔を真っ赤にさせながら、ゴホン、と咳き込むと鈴は再び甘粕に対して口を開く。

 

「それに今の私は二組のクラス代表でもあるわ……まぁ無理やりかっさらったことは事実だし、一夏がクラス代表になったからって理由も否定しない。でも、その分責任はあると思うし、それを忘れるほど私も落ちぶれちゃいない。だから私は負けられないの」

 

 その言葉に嘘がないのは聖にも理解できた。

 そう。目の前にいる少女は自信を持っているのだ。それは過信でも奢りでもない。努力に努力を重ねてきた本物の自信。その過程に何があったのかは本人以外は誰にも分からない。けれど、己が努力し強くなったとしても責任というものを忘れていない彼女はやはり本物なのだとここにいる全員が認識した。

 そして、だからこそ。

 

「――――ああ、理解した。お前の言葉、覚悟。しっかりと脳裏に刻み込ませてもらった。ならば明日は存分に戦ってお前の輝きを私に見せてくれ」

 

 甘粕真琴は不敵な、しかしどこか嬉しそうな笑みを浮かべたのだろう。

 

「? よく分からないけど、まぁ楽しみにしていないさい!!」

「ああ。言われずとも、期待している」

 

 未だ甘粕という少女と付き合いが短い鈴は彼女の言葉に少々首を傾げながら答えた。一方の聖や簪は慣れているためか、それほど大きなリアクションは無かった。

 しかし、彼女達……否、この学園の誰もが知らなかった。

 明日の試合で大きな厄介事が起きるということを。

 

 *

 

 クラス対抗戦当日。

 天候に恵まれたのだろう。空には雲一つ存在していなかった。

 一組と二組だけでなく、他のクラスの生徒も観客としてやってきている。

 そんな中、教師に問題児扱いされている少女達……聖と甘粕は他の生徒からは少し離れた場所にいた。

 クラスの連中といるのが嫌い、というわけではないが……正直な話、聖にとってこれだけの人がいると酔ってしまうのだ。

 

「さて聖。一つ問おう。今回の対抗戦、どちらが勝つと想う?」

 

 何の前フリもないその質問に聖は面倒臭そうに答えた。

 

「さぁ? 普通に考えれば鈴だけど、勝負事に絶対はないから」

「ふむ。その意見には賛同だな」

「けどまぁ正直な話、わたしには織斑一夏が勝つってイメージが湧かないのだけど」

「ほう。それは何故?」

 

 続けて投げられる問いに聖はいう。

 

「この数日、鈴とはそれなりに一緒にいたし、人と成りも少しは理解しているつもり。彼女の気概はそんじょそこらのものじゃないってのが理由。まぁ実際に戦っているところを見たわけじゃないけど、これでも一応は代表候補生の実力を身にしみて実感しているから」

「なるほどな」

「そして織斑一夏の戦いをわたしは見てないってのが大きい。見てないものよりも、実際に戦って実感した方がより印象的になってるだけなんだろうけど」

 

 結局のところ、聖の根拠とはそれなのだ。

 聖は織斑一夏とは戦っていないし、彼の戦いを見てない。それよりもセシリアと同じ代表候補生の鈴の方が強い、と思っているだけだ。

 こんなものはただの偏見。見ていないにも拘らず、一方的に決めるのはどうなのかと思われるかもしれないが、しかしそれだけ代表候補生の印象と実力は強い。

 などと言っていると。

 

「どうやら出てくるようだな」

 

 甘粕の言葉と同時、ピットから二人が飛んで出てきた。

 空中で止まり、何やら話込んでいる二人であったが、審判の合図と共に構え、そして。

 激突する。

 

 試合が始まってしばらくした後。

 戦況はやはり、というか流石というか、鈴が優勢であった。

 彼女の使うISの武器は青龍刀。中国映画などでしか見たことがない聖だったが、中国人である彼女にはぴったりの武器であると同時に、身の丈程あるそれを、よりにもよって二本も使いこなしているその姿からやはり彼女は代表候補生なのだと再認識する。

 一方の織斑一夏は刀のような光の剣で対抗している。噂で聞いたが、名前は「雪片弐型」。織斑一夏が扱うIS『白式』の専用武器。

 上手く躱してはいるが、余裕は見当たらない。防戦一方とは正しくこのこと。青龍刀を雪片弐型で受け止めるのが精一杯、というところか。

 しかし青龍刀は打撃系、刀は斬撃系の武器である。打撃系統の武器と斬撃系統の武器で受け止めるのは達人以上の者でなければ簡単に使い物にならなくなってしまう。けれど、それでも未だ武器として通用するのはそれだけ雪片弐型が特殊な武器だからだろう。だが、だからと言って織斑一夏に勝機は訪れない。

 

(しかも……)

 

 と聖が心の中で呟くと、鈴のISから『何か』が放たれた。

 直撃する直前、織斑一夏は何とかそれらを避けることに成功し、そのまま飛行しながら回避し続ける。

 これこそが、鈴が優勢になっている要因。

 見えない何かが、鈴の武器になっており、それが織斑一夏に襲いかかる。

 

「衝撃波……いや、衝撃砲と言うべきかか」

 

 不意に甘粕が呟く。

 

「何、簡単な手品だ。空間自体に圧力をかけ砲弾を射出しているのだろう。見たところ、連射だけでなく、溜め撃ちも可能なようだ。それらを組み合わすとなると、厄介この上ないな……しかも」

「しかも?」

「あれの最大の特徴は目に見えない、というところだ。見えないのならばいつ攻撃されるのか、どこに攻撃されるのか、ギリギリまで予測不能だ」

 

 それはまた、面倒なものである。

 見えない砲身に砲弾。そんなものを相手にしてしまえば、予測など不可能に近い。銃系統の相手を倒すには、その砲身を見て予測するのが普通だ。それができない、と言われているのだ。

 けれどそれでも織斑一夏は食らいついていた。男の意地、というただ単純なものだけではないのは何となく分かっていた。

 何か秘策でもあるのだろうか?

 などと考えていると、織斑一夏が雄叫びを上げながら鈴に特攻を仕掛ける。

 

「うおおおぉぉぉっ!!」

 

 瞬間、雪片弐型を振り上げる。

 トップスピードで駆け抜ける彼の先にはここぞとばかりに待ち受ける鈴が―――――

 

 

 その時である。

 何かが壊れる音と共に凄まじい閃光が辺り一面を支配した。

 

 




 というわけで鈴も神座シリーズとファンになるのだった。
 ……はい、冗談はここまでにしろ、と。了解です。
 というわけで前半は鈴と甘粕の対談、後半は乱入まででした。
 以前言いましたが、甘粕は鈴のことが気に入ると思うんです。よって今回のような対談になりました(まぁその前に感動のシーンを一緒に観ているわけですが。
 これで彼女は既に甘粕のえも……ごほん、良き友人になったわけです。やったね(白い目

 さて、未確認ISの搭乗で次回はどうなるのか……そもそも甘粕や聖の出番はあるのか……。
 それは次回のお楽しみということで。
 それでは!
 


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第十三話 襲撃

そろそろロッズ・フロム・ゴッド的な話を落とそうかと思います。
※今回はIS勢がメインです。ご注意ください。


 アリーナ上空の遮断シールドというものが張られていた。それはIS学園が誇る強固なものであり、並大抵のものでは破壊されることはない。

 しかし、それは既に過去の話。

 現在は謎のISの奇襲によって破壊されてしまっていた。

 そんな現状に戸惑いを感じつつ、管制室にいた山田麻耶はアリーナにいる二人のIS乗りに緊急連絡をしていた。

 

「もしもし織斑くん、凰さん!? 今すぐアリーナから脱出して下さい!! すぐに先生達がISで制圧しに行きます!!」

 

 緊急事態のためか、いつも穏やかな彼女が今はどうしようもなく威厳を持っていた。

 いや、これはただ単に焦っているともとれるか。

 しかし、そんな彼女の言葉を一夏は受け入れない。

 

『いや、皆が逃げるまで食い止めないと』

 

 その言葉は正しかった。

 あのISは遮断シールドさえ突破してきたのだ。アリーナそのものを破壊することは勿論、人間があのISの攻撃を受けてしまえばひとたまりもない。

 しかし……。

 

『それでいいな、鈴』

『だ、誰に言ってんのよ。そ、それより離しなさいってば! 動けないじゃない!!』

『ああ、悪い』

 

 言うと二人はそれ以降返答しなくなった。

 

「織斑君!? だ、ダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったら……もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 凰さんも聞いてますか!?」

 

 麻耶は返答しないと分かっていても何度も呼んでしまう。それだけ今の彼女は切羽詰っていた。

 彼らの言い分は正しい。けれど、正しいからとって生徒自身を危ない目に会わす教師がどこにいるだろうか。

 そんな彼女とは裏腹に千冬はいつものような態度で言う。

 

「落ち着いてください、山田先生。貴女が焦っても状況は変わらない」

「ですけど、織斑先生――――!?」

「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

「なっ、そんな呑気なことを……!?」

 

 と言い返そうとしたその時、麻耶は見た。

 千冬が組んでいる腕。その右手がギュッと服を掴んでいることに。そしてその手が震えていることに。

 それが意味することを彼女は理解した。

 

「織斑先生……」

「今我々がやるべきことはあの二人が時間稼ぎをしている間に少しでも逃げ遅れた連中を救出すること。だが――――」

 

 と言いながらブック型端末の画面を数回叩き、表示される情報を切り替える。その数値はこのアリーナのステータスチェック……つまりは現状どうなっているのかが分かる。

 それを見た金髪少女……セシリアは目を丸くさせながら言う。

 

「遮断シールドのレベルが4……!? しかも、扉が全てロックされて――――――まさか」

「あのISの仕業、だろうな。これでは避難するどことか、救援に向かうこともできない」

 

 冷静に状況を判断する千冬であったが、心の底はそうもいかない。苛立ちのせいか、端末を操作する仕草がどことなく荒っぽくなっている。

 

「で、でしたら! 緊急事態として政府に助勢を!?」

「現在やっている。それに既に三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できればすぐに部隊を突入させる」

 

 既に策は講じている。

 しかしそれは言ってしまえば今は何もできない、ということと同じだ。

 そのことに苛立ちを覚えるのはここにいる全員。

 千冬もセシリアも麻耶もそして……。

 

「あら?」

 

 と、そこで麻耶はあることに気がついた。

 

「篠ノ之さんはどこへ……?」

 

 三人と共に一夏の試合を観戦していた少女。その姿が見当たらなかった。

 

 *

 

 襲撃後、聖は避難出口へとやって……きてはいなかった。

 いや、無論避難することが今は先決であり、優先すべきことなのだ。現状で聖ができることなど何もないのだから。

 しかし、そんな彼女が今アリーナ内部で駆けずり回っているのは無論、目的があった。

 それは。

 

「あっの馬鹿……どこに行ったの!?」

 

 いつの間にか居なくなった甘粕(ばか)を探すためである。

 織斑一夏と鈴の対戦の時は確かにいた。ならばいつ居なくなったのか? 答えは明白、所属不明のISが襲撃し、そこから避難する時だ。

 甘粕のことである。どうせあのISと対峙している二人の勇姿と見たいとか何とか、そういった理由で彼らが見える場所に言っているに違いない。

 

「全く、本当に面倒なことしかしてくれないんだから……!?」

 

 口に出して文句を垂れる一方で疑問が浮かぶ。

 何故自分はあのような馬鹿を探しているのだろうか。放っておけばいいのではないだろうか。

 そもそもにして、あの少女……というのは憚られるルームメイトがこんなことで危険な目にあうだろうか?

 様々な問いが頭に浮かぶが、しかし聖は探すのをやめない。

 何故ならば。

 

「後で何かあったって分かったら、目覚めが悪いじゃない……!!」

 

 それが本心なのか、それとも虚言なのか。真実は本人にしか分からない。

 けれども今やるべきことは理解している。それだけで十分だった。

 

「にしても、誰もいないわね……まぁ当然だけど」

 

 赤い照明が照らすアリーナ内部。正確に言うならばここは元々アリーナの観客席だ。

 謎のISの襲撃時、即座に作動した緊急装置によって外との間に壁が出現し、遮断している。これがあるおかげで外の戦闘に巻き込まれずに済んでいるわけだ。

 肝心の生徒達はというと、奥にある出入り口にいるが、外に避難できてもいない。というもの、何かの故障なのか、出入り口が固く閉ざされているのだ。

 

「もうすぐ学園の救出部隊が来るとは思うけど……」

 

 何故だろうか。何か嫌な予感はするのは。

 しかしそんなことを考えても仕方がないと判断した聖はそのまま別の場所へと捜索しようとした。

 瞬間である。

 

 なんの前ぶりもなく、外と遮断してあった壁の一部が崩壊した。

 

 

「なっ何!?」

 

 崩れる瓦礫に巻き込まれないように逃げる聖。幸いなことに崩壊した壁の場所は聖がいる場所よりも遠かった。

 けれども崩れた壁は予想以上大きかった。これでは謎のISが穴から侵入してしまう可能性もある。いや、もしかすればそのためにあのISが穴を作ったのかもしれない。

 それを確認するため、ではないが聖は外の様子を見るために大きな穴へと近づく。

 そして外では予想通りというべきか、謎のISに織斑一夏と鈴は苦戦を強いられていた。

 

「……ちょっとあれはまずいわよね……」

 

 ISに触って未だ二ヶ月も経たない聖であっても、戦況が悪いのはすぐに理解できた。

 巨大な両拳での接近戦。両肩に乗ってる砲身からの遠距離ビーム攻撃。そして何より、連携が取れていない織斑一夏と鈴。

 これだけの悪条件が揃っているのはやはりまずい。

 しかし、今の自分には何もできない。

 と思っていると。

 

 

『一夏ぁぁぁぁぁあああああ』

 

 

 どこからか聞き覚えのある声が響いてきた。

 

 

 *

 

 

「箒っ!?」

 

 唐突に呼ばれたこと、そしてそれが自分の幼馴染であったことに驚きながら、一夏は放送室の方へと目をやる。

 今から一かバチかの攻撃をしかけるまさにその時というなんとも間の悪い瞬間だ。

 

「あいつ……何してんだよ!!」

 

 そんなことを言ったところで彼女には聞こえない。

 その替わり、というべきか。箒は先程と同じような音量で一夏に言う。

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 それはある種の声援、だったのだろう。

 しかし、それが事態を悪化させる。

 考えて見て欲しい。ここまで大声で叫ばれたとして、それが聞こえるのがこちらだけということが有りうるだろうか?

 答えは……否である。

 ハッ、と一夏は敵ISへと視線を向ける。

 

「…………、」

 

 見事想像通りというべきか。謎のISは先程まで大声で叫んでいた箒の方へと向いていた。

 そして獲物に狙いを定めるかのように両手を箒に向けると、そこに光の粒子が集まっていく。

 ビーム砲を打つ気なのだ。

 

「くそ……鈴っ!! やってくれ!!」

「わかったわよ!!」

 

 溜めに溜めた衝撃砲を放とうとする鈴。無論、狙いは敵のIS。

 その射線上に一夏は躍り出た。

 

「ばっ、ちょっと!! 何してんの!!」

「いいからそのまま撃て!!」

「……ああもうっ!! どうなっても知らないわよ!!」

 

 そしてそのまま一夏は鈴の衝撃砲を受けた。

 想い衝撃が背中にかかったと同時に一夏は『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を作動させる。

 瞬時加速。その原理は後部のスタスター翼からエネルギーを放出、それを内部に一度取り込み、圧縮して一気に放出する。その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速するのだ。

 そして、それは外部からのエネルギーでも良い。

 つまり、鈴のIS……『甲龍』の衝撃砲からエネルギーを吸収することも可能というわけだ。

 重く、凄まじい衝撃が体中をきしませる。

 そして―――――加速する。

 

「ォォォオオオッ!!」

 

 右手に持つ雪片弐型が強い光を放つ。中心の溝から外側に展開したそれは、一回り大きいエネルギーの剣と変貌していく。

 

【零落白夜】。

 それが、今のこの剣の正体である。

 あらゆるエネルギー兵器……つまりはISのバリアーさえ無効化する特殊な技。その圧倒的なまでに必要とされるエネルギーはしかして今、一夏の手には存在している。

 故に彼は前へと突っ込む。

 

(俺は……千冬姉を、箒を、鈴を、関わる人すべてを――――)

 

 そうして敵ISとの距離を一気に縮めた瞬間。

 

「守る!」

 

 その言葉と同時に必殺の一撃で敵ISの右腕を見事に切断。

 

「やっ……ぐはっ!?」

 

 しかし喜びも束の間、切られた右腕のことなど知るかと言わんばかりに敵ISは左拳を叩き込んできた。

 そして追撃と言わんばかりにビーム砲を一夏へと向ける。

 至近距離からの攻撃など、今喰らえばひとたまりもないのは明白。

 

「「一夏っ!?」」

 

 叫ぶ幼馴染達。その声音は必死そのもの。

 けれど――――当の本人は笑みを浮かべている。

 何故ならば――――。

 

「……狙いは?」

『完璧、でしてよ』

 

 刹那。

 客席からブルーティアーズのレーザービームが敵ISを貫いていく。

 本来ならば、その攻撃で止めをさすことは不可能なのだろう。

 しかし、だ。その攻撃を守る楯……遮断シールドは既に先程一夏が取り除いている。

 ならばどうなるか?

 連続的に放たれる攻撃に敵ISはなすすべもなく受け続け、結果機能を停止させ、人の切れた操り人形のようにがっくりとその場に膝を折る。

 ふぅ、とため息をついているとふとセシリアから通信が入る。

 

『ギリギリのタイミングでしたわ』

『ああ……でも、セシリアならやれると思っていたさ』

『そ、そうですの……。と、当然ですわね! 何せわたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生なのですから。これくらいのこと、造作もないですわ!!』

 

 といつものような会話を聞けるだけで一夏は理解する。

 ああ、終わったんだ、と。

 やりきった達成感と共に疲れと虚脱感が彼を襲う。

 しかし何はともあれ、だ。

 

「これで事件は一見落着ってことだな」

 

 そう。これで事件は終わ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、終わらん。地獄(しれん)はここから始まるのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタンッと何かが壊れる音がした

 

「……?」

 

 ふと見てみると敵のISの一部が壊れていた。そしてそれによって、中の様子がどんな風になっているのか見えるようになった。

 一夏は思った。このISには人間的動きが全く存在していない、と。

 一夏は思った。それ故にこのISには誰も搭乗していない、と。

 一夏は思った。結果、このISは無人機なのだ、と。

 それは今も思っているし、変わらない。

 けれど、と一つ思い浮かべることがある。

 もしも、人間ではない何かがあったとするなら、どうだろうか。

 

「……何だ、あれ……」

 

 目を疑いたくなるような光景がそこにはあった。

 まず、それは白かった。純白、という意味ではなく、まるで死臭を誘うかのようなその色合いは生者にとっては猛毒のようなものだ。

 次に、それは古かった。見た目から察するにかれこれ百年以上前の代物……いや、これを代物などという表現は不適合と言うべきだろう。

 そして、それはおぞましかった。恐らくこれを見た人間の大半はそういったある種の恐怖を抱くだろう。そうでない人間がいたとしても、決して幸福的感情など抱くわけがない。

 これを一言に、そして簡潔に表現するならばただ一つ。

 

 そこには白骨化した死体が入れられていた。

 

「何よ……どうなってんのよ、これ……」

「これは一体……」

 

 後からやってきた鈴とセシリアも一夏と同様な感想を抱く。

 当然だ。こんなモノがISの中に入れられていたなんてこと、信じられないのが普通である。

 いや……これをモノと言うべきかどうか、それすらも迷うものだ。

 白骨化した死体……ミイラは既にモノだ。血を抜かれ、肉を削がれ、温もりを徹底的に消失させている。故に生きているわけではない。だからこそ、博物館にあるミイラなどはそこまで嫌悪するわけでもないし、恐怖することもない。

 しかし、だ。

 

「気味が悪い、などというレベルではありませんわ……」

 

 ならばどうして自分達はここまでこのミイラに嫌悪を抱くのだろうか。

 所属不明のISに入っていたから? それもあるだろうが、しかしそれよりももっと重大な原因があるはずだ。

 

「っていうか、あれ……何かこっちを睨んでるように見えるのはあたしの気のせい……?」

 

 言われてみれば、と一夏はようやく気づく。

 それが死体であるにも拘らず、何かしらの感情をこちらにぶつけているような、そんな風に見えるのだ。怒りや憎悪、嘆きに悲哀。そういったマイナス的なものを放出している気がする

 そのことを意識した瞬間、胃液やら何やらが逆流してきそうになった。

 そして一夏は思う。思ってしまう。

 こんな死体になってまで、こんな状態になってまで恐怖を、嫌悪を感じさせるそれは――――。

 

「まるで……化物じゃないか……」

 

 

 

 

 

 言った。

 言ってしまった。

 口にしたということはそれは心の中で思っていると……つまりは認識していると証明したようなもの。

 そして、それこそが『彼女』の力の発動条件。

 

 

 

 

 

 

 

 

『急段・顕象――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ少年よ。少女よ。心せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

鋼牙機甲獣化帝国(ウラー・ゲオルギィ・インピェーリヤ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここからが本当の地獄(しれん)である。




やってしまった……ついにやってしまった……。
しかし、後悔はしていません。
色々言いたいことがあると思いますが、今日は敢えて語りません。
そこら辺は感想などで受け付けます。
さぁ、ここからどうなるのか……それは次回のお楽しみということで!


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第十四話 人外

さぁ、皆大好き絶望の時間の始まりだよ(笑)
※今回もIS勢がメインです。ご注意ください。


 それは少女のものだった。

 ミイラであるはずの、死体であるはずのそれから発せられたであろう声に一同は驚愕を隠せない。

 だが、本当に驚くのはそのすぐ後―――――全てはそこから一瞬の出来事だった。

 

 風。そう、風だ。奇妙で奇怪で不快。何とも言い難い力の奔流が自らの横を通り過ぎた感覚。

 

「え……?」

 

 それと同時にブルーティアーズがまるでサッカーボールのように吹き飛んでいった。

 

「なっ……!?」

「セシリアっ!!」

 

 叫ぶ鈴と一夏。あまりの出来事に信じられないと言わんばかりな口調な二人であったが、しかしそんなことをしている場合ではない。

 不穏な空気が再び彼らを襲いにかかる。

 

「っ!? 鈴!!」

「分かってるわよ!!」

 

 瞬間、二人は同時に空中へと飛び立つ。それは恐怖からの咄嗟の行動。ふと見るとセシリアはアリーナの壁に激突していた。意識はあるようで、死んでいるわけではないようだが、それでもまともに動ける状態ではないらしい。

 

「セシリア、大丈夫か!!」

『ええ……ですけど、ダメージは……相当、喰らいましたわ……まともに動けそうにありません』

「嘘でしょ……遮断シールド越しの攻撃なのに……」

 

 血反吐を吐きながらのセシリアの言葉に鈴は呆然と言う。

 そしてその通りだと一夏は思う。

 遮断シールドは絶対なのだ(・・・・・・・・・・・・・)。だからこそ、ISは競技用のスーツとして使用されているし、万が一のことが起こらないようにしているのだ。

 そのはずだ。

 そのはずだのに。

 

「何で……」

 

 何が原因なのか、そんなものは言わずもがな。

 しかし、それでも一夏は思うのだ。一体何が起こったんだ、と。

 例え一夏の読み通り、あのミイラが原因だとしても、それはおかしい。何故なら、あれは一瞬たりとも動いていないのだから。

 にも拘らず、セシリアはいきなり吹き飛ばされた。まるで大きな何かに殴り飛ばされたかのように。

 あれだけの攻撃を何もせずに放つことなど不可能のはず。

 ならば、敵はあのミイラではないのか?

 などと考えている暇はなく、そしてその予想は否定される。

 

「一夏っ、あれ!!」

 

 ふと鈴の声がしたと同時、一夏は気づいた。

 先程まで停止していたISが再び動き出しているということに。

 そして。

 

『汚ラワシイ血ダ――――――一滴残ラズ、引キ裂イテヤル』

 

 どこか奇妙な声音。恐らく死体だからこその影響だろう。

 だが、今度こそ、確信する。

 あのミイラは生きてはいないが、同様に死んでもいないということを。

 

『ウラー・インピェーリア!!』

 

 そうして獣は動き出す。

 女王の魔眼は二人を捉え、そして―――――飛び出す。

 およそニ十メートル程の距離を一瞬にして詰めた。

 そして、その先にいるのはツインテールの少女。

 

「鈴っ!!」

「しま……」

 

 気づく。

 しかし遅い。圧倒的なまでに遅い。

 

『マヌケガ』

 

 声がしたと同時、ISの踵が鈴の顔面を狙う。無論、彼女のISにはシールドが張られてある。その程度の攻撃を喰らったところで何のことはないはずだ。

 普段ならば。

 咄嗟に鈴は両手を交差させ防御の体勢を取る。

 

『無駄ダ』

 

 だがそれがどうしたと言わんばかりにミイラはそのまま踵落としを炸裂させる。

 同時、鈴のISはシールドが一瞬光ったかと思えば、相手の攻撃に耐えられなかったのだろう。そのまま地面へと音速並みの疾さで落下する。

 土煙が舞い、約半径五メートル程のクレーターが出現した。

 その隣に敵ISは着地する。

 

「鈴……くそ!?」

 

 毒づきながら一夏は目の前に化物を睨むと同時に再び気づいた。

 彼女……ミイラの眼光が鋭く黄金に輝いていたことに。

 先程までは確かに空洞だったはずの場所に何故瞳が宿っているのか。これはもはや科学の領分を超えてしまっている。

 まるで(ジャンル)違いな世界に迷い込んだような、そんな感覚が一夏を襲う。

 

『一夏さん、おどきになって下さい!!』

 

 言われた一夏は理解し、即座にその場から離脱した。そしてその直後、いくつものレーザー攻撃が敵ISに襲いかかった。

 ブルーティアーズのピット攻撃。空中に分散しているピットからの攻撃は操作する側も困難であるが、それ故に相手にする方からしてみれば相当厄介な代物。

 けれども、だ。

 

『ハッ、何ダソレハ?』

 

 鼻で笑うかのような言葉。

 そしてそれを体で体現するかのようにミイラの少女はブルーティアーズの攻撃を次々と避けていく。

 それは規格外の速さ。全く動いていないようにしか見えないというのに、一発も直撃しない理由はそれくらいしか考えられなかった。目で追えない程疾く、吐き気を催す程理不尽に。

 格が、違いすぎる。

 さらには。

 

『邪魔ナ蠅ダ』

 

 言うとミイラの姿が消えた。

 そしてその直後、四機あったブルーティアーズのピットが全て四散した。

 

『そ、んな……』

『蠅ハ好カン。ドウニモ「奴」ヲ思イ出ス』

 

 まるで虫を潰すような口調……いや、実際彼女にとってみればその程度のことなのだろう。

 それだけ相手が圧倒的強者であることを一夏は認識せざるを得ない。

 だとしても……。

 

「はぁぁぁあああっ!!」

 

 土煙の中から特攻していったのは額から血を流していた鈴。

 その両手に持つ巨大な青龍刀に遠心力をかけながらミイラの少女に詰め寄る。恐らくは衝撃砲が効かないと踏んだのだろう。あの速度ではブルーティアーズの二の舞になるだけだ。

 ならば近距離戦闘ならどうだ?

 その考えは、しかしてやはり通用しない。

 

『ダカラ無駄ダト言ッテイル』

 

 鈴が放つ横薙ぎに縦方向から蹴りを合わせ、青龍刀の一本をへし折ったばかりか、そのまま右ストレートを彼女に叩き込む。

 

「つっうううっ!?」

『遠心力ニ頼リ過ギダ。振リガデカイゾ、支点ヲ狙ワレレバコノ有様ダ』

 

 故に。

 

『手本ヲ見セテヤル』

 

 そして追い打ちと言わんばかりに回し蹴りを放つ。それは言葉通りに手本のつもりなのだろう。適度な遠心力。疾く、鋭く、隙がない。

 故に援護に行こうとした一夏が間に合うわけもなく、そのまま壁まで吹き飛ばされ、新しいクレーターが生まれる。

 

 何だ、これは。

 何だ、これは。 

 何だ、このふざけた状況は!? 一対三なんだぞ? こっちは全員専用機なんだぞ? 代表候補生が二人もいるんだぞ!?

 一夏は彼女達と戦ったことがある。だから、彼女達がどれだけ強いのか、それを知っているつもりだ。だというのに何だこれは。

 まるで虫けらのような扱い。滑稽にも程がある。

 

『サァ、次ハ誰ダ?』

「く……俺だぁぁぁぁあああ!!」

 

 叫び、構え、そして突撃。

 既に二人はやられた。死んではないだろうが、それでも今は動けないはずだ。信じがたいことだが、目の前にいる化物にはISのシールドはほぼ無意味だと言っても過言じゃあない。

 嘘だと思いたい。そんなこと有り得ないと叫びたい。

 けれど、それは今は考えるな。

 やるべきことは一つ、目の前にいる怪物を倒すことだ。

 などと思う一夏であったが、しかしそれでも差は埋められない。

 

『ハハハハハハハッ、何ダソレハ。大道芸デモヤッテイルツモリカ?』

 

 嘲笑が木霊する。そこからくる悔しさと共に、一夏は確信した。

 もはや疑いようがない。こいつは、この化物は白兵戦の頂点だ。速さだけではない。ISをバリアーごと吹き飛ばす怪力はもはや常軌を逸している。

 しかも、だ。この怪物は一番最初に何もせず、セシリアを吹き飛ばした。恐らくは何らかの飛び道具を持っているのだろう。

 こんな奴をどうやって倒せというんだ!?

 

『ノロイ、鈍イ、欠伸ガ出ル。アア、マッタクナッテイナイ』

「くぅぅぅううううっ!! 何なんだよ、お前!!」

『私カ? サァナ。名前ナド当ニ忘レテシマッタ。自分ガナンノタメニ生マレタノカ、ソレスラ覚エテオラン。タダ、記憶シテイル事ガアルトスレバ―――――』

 

 殺気が迸る。

 

『人間ガ憎イ、ソノ感情ダケダ』

 

 襲い来る牙から一夏は咄嗟の判断で何とか後ろに避けることが成功。しかし、今のが単なるまぐれだというのも嫌というほど自覚していた。

 このままでは確実に負ける。いや、それだけではない。ここにいる三人、そしてアリーナにいる全生徒達が殺されてしまう。

 それはダメだ。

 自分はさっき決めたではないか。

 関わる者全てを守る、と。

 しかし、だとしてもあの速さではどうにもならない。もしも勝てる可能性があるとすれば……。

 

『何ヲ考エテイルノカ分カルゾ、当テサエスレバ――――ソウダナ、ヨロシイ』

 

 そういって怪物はその場に棒立ちになる。

 

『許ソウデハナイカ、当テテミロ』

 

 何を馬鹿な……と一瞬戸惑う一夏であったが、しかしこれは千載一遇。相手が油断していようが、勝機はここただ一つ。

 だからこそ、一夏は全身全霊の一撃を放つ必要がある。

 故に、一夏は掛けに出るために怪物から距離を取る。

 そして瞬時加速、作動。

 一度使えば最早これは通用しなくなる。しかし、相手は今も一夏の攻撃を受けきるつもりだ。ならば、ここが使いどころのはずだ。

 

「はあああああっ!!」

 

 そして次の瞬間、直進――――――――渾身のひと振りを放った。

 

『―――――――』

 

 結果命中。間違いなく当たった。その感触が嫌というほど一夏の手に伝わってくる。何かを直接斬ったという感触は怖気と共に吐き気を催しそうになる。

 けれど、確実に切り裂いた。その結果は変わらない。

 ああ、だというのに。

 何故これ以上の悪夢が続くのか。

 

『効カンナァ、ソノ程度カ、名モ知ラヌ塵ヨ』

 

『殺セ殺セ、男モ女モ乳飲ミ子モ……ナァ誰ヲ殺ストイウノダ、コンナ様デ』

 

『イイヤ……ソモソモ貴様ニハ殺意ガ丸キリナイ……本当ニ何ナンダ、貴様。殺ス覚悟モ殺サレル覚悟モナイ……ソンナ様デ何故私ノ前ニ立ツ?』

 

『コレナラバ、「連中」ノ方ガヨッポドマシダッタゾ……知ラヌ間ニ人間ハココマデ堕チタカ』

 

 傷が――――ミイラのか細い胴体を叩き切ったはずなのに、喰らえば確実に胴体が二つに分かれるというに、そしてその結果を確かにみたというのに。

 致命傷……という表現はそもそもおかしいが、しかしそうであろうはずの傷が、瞬く間に修復されていく。復元、と言い換えるべきかもしれないその現象は再び一夏に衝撃を与える。

 

「そ、んな……」

 

 これがもし、全く傷つかない、というのであればまだ精神的ダメージは少なかったのかもしれない。もしかすれば、そのどうしようもない硬い皮膚を叩けば勝てるのだと勝機を願うことができたかもしれない。

 だが、現実はそれを遥かに上回る。

 

「不死身、なのか……?」

 

 ミイラだというのに不死身と表現するのはやはりおかしいが、それでもそれが事実だ。

 攻撃は通じる。しかし、そんなものは無意味だ。どれだけ渾身の一撃を放とうが、どれだけ必殺の一撃を食らわせようが、関係ない。

 何せ、即座に治ってしまうのだから。

 

『ソンナ胡乱ナモノニ興味ハナイガナ……サテ、ソチラガ来ナイノナラ、コチラガ行クゾ』

 

 瞬間、再び目に見えない速度で距離を詰まれた。

 もはやそこからどう動こうが意味がない、既に拳は一夏の目の前にやってきた。

 

 

 そして―――殴る。

 

 

 

 

 殴る、殴る、殴る。

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 

 

 

 

 無限ループに近い単純な攻撃。しかしその一発一発は強力であり、ISのシールドなどお構いなしだ。そんなものなど端っから意味がないと言っているような具合の連撃が一夏を襲う。

 当然、そんなものを受け続けて耐えられる者などいるわけがない。

 ラッシュが終わる頃には既に一夏の体はボロ雑巾そのものだった。

 そんな彼を見て、怪物はため息を吐いた。

 

『ドウシタ、コレデ終ワリカ? ハッ、ドウシヨウモナク弱イナ貴様。訂正ダ、「連中」トハ比ベ物ニナラン。戦ノ真トヤラハドコへヤッタ?』

「なん……だよ、それ……」

『知ラン。何ダロウナ、思イ出センガ、一ツ言エル事ガアル……本当ニ堕落シタモノダ、人間モ』

 

 すると怪物の瞳が黄金色に光輝く。

 一夏は直感で理解した。何かが来る、と。

 それは最初にセシリアを吹き飛ばしたあの攻撃―――――!?

 けれど、今の彼にそれを回避する余裕も時間もない。

 

 いや……そもそもこれを避けたところでどうなるというのだ?

 

 よしんば回避ができたとして、その先にあるのはさらなる絶望。倒せないと分かりきっている敵をどうして相手にしようとするのか。そんな無駄なことをして生き抜いたとしても、待っている死は回避できない。いいや、むしろ今以上に悲惨な目にあう可能性の方が高い。

 ならば、これ以上足掻くことに何の意味がある?

 

 戦いの中で敵はふたつ存在する。それは己と相手である。

 そして既に一夏は心が折れていた。あらゆる状況が、現実が、彼を追い詰めたのだ。自分自身に負けているのだ。そんな人間に目の前の怪物に立ち向かう勇気などあるわけがなく、もしも戦うことができたとしても勝利することなど不可能。

 よってこの時、織斑一夏という一人の少年の死は確定した。

 

 その場から動かない一夏の姿を、怪物は軽蔑の眼差しで睨みつける。

 

『失望ダ。モウ用ハナイ……死ネ』

 

 そうして。

 不可視にして不可避な『結末』が一夏目掛けて放たれ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿かあんたはッ、何簡単に諦めてるのよッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声と共にやってきた少女は、あろうことかなんの装備もない状態で勢いよく怪物へと特攻をしかけ、案の定なんの効果もないままそのまま怪物に軽く吹き飛ばされる。

 

『? 何ダ、貴様ハ』

 

 虫を払うような仕草で返り討ちにした怪物がそんな言葉を口走る。

 一方の吹き飛ばされた少女は体から血を流している。当然だ。ISでも敵わない化物に生身のまま投げ飛ばされたのだから。死んでいない方が運が良い。

 けれど、それで分かったはずだ。目の前の恐怖を。

 しかし、それで理解したはずだ。そこにある絶望を。

 だから、それで悟ったはずだ。逃げても生き延びることはできないことを。

 

 けれど、けれど、けれど。

 それでも彼女は顔を歪ませながらも、その場に立つ。

 その姿から、瞳から、表情から、彼女が未だ諦めてはいないことを一夏は知る。

 

 一夏は知っていた。彼女のことを知っていた。

 彼女の名は―――――。

 

「せ、ら……?」

 

 世良聖が、そこにいた。




そういうわけで皆大好きキーラちゃんの大活躍な話でした。
絶望感とか出せていればいいんですが……。

感想の反応を見てみると予想外な人が多かったようです。
まぁ、実際本編で彼女の死体がどうなったかは語られてなかったはず……なので問題はないと思いますが……。
え? 死体の保存はどうやっていたかって……そ、それは裏設定ということで……(考えていなかったなんて言えない言えない

次回はついに聖が動きます。どうなるのか、楽しみにしていてください。
それでは!

……さーて、ここからどうしようか(オイ


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第十五話 奇跡

後半からはBGM「アラヤ」を聞きながら読むことを推奨します
※↑はあくまで作者の好みです。ご注意ください。


 ああ、自分は何をしているのだろうか。

 

 先程まで漠然と眺めていた光景。それは一方的な蹂躙劇(ワンサイドゲーム)。少し前までの苦戦などただのお遊びにしか見えない圧倒的戦力差。

 別にあそこにいた三人が最強とは思ってはいなかった。別に専用機という存在が至高とは考えてはいなかった。

 だがそれでも、少なくとも実力のあるセシリアや鈴が歯が立たず、そんなものは塵でしかないだろうと言わんばかりに彼女達を踏みにじる怪物の姿は、信じられるものではなかった。

 

 ああ、自分は何をしているのだろうか。

 

 目前にある現実はもはや現実ではない。非日常という名の地獄。もっと言うならあれは架空の登場人物(キャラクター)だ。二次元の存在を三次元にいる人間が何もできないように、彼らではあの怪物には勝てない。当然だ。これは格の差などという次元ではない。住む世界が違うのだ。

 いくら強くなろうと、極限にまで己を高めようとそんなものなど無意味。空想の怪物は強いのだ。そういう風に作られており、それを倒すのは同じ空想の主人公(ヒーロー)の役目。

 そして、ここに主人公はおらず、故に全滅は必至。

 

 ああ、自分は何をしているのだろうか。

 

 分かっていたはずだ。

 ISに搭乗している、しかも専用機持ちの三人が何の抵抗もできないまま、まるで雑魚のように薙ぎ倒されるその姿を見て、何の装備も準備もない自分が行っても無駄だということは。

 理解もしていたはずだ。

 生身の状態である人間が戦いに加わったところで何ができるわけでもない。むしろ、邪魔になるだけであり、足でまといになるだけだ。

 結論から言えば、彼女が持っていた選択肢はただ一つ。息を潜めてただじっと待つこと。そうすれば運良く助かる可能性も出てきたかもしれないのだ。

 それが普通。それが常道。それが当たり前の行動。

 

 ああ、だというのに。

 世良聖はこうして血反吐を吐き、体中の痛みに耐えながらも戦場に立っていた。

 

「せ、ら……ば、馬鹿!! 何してんだよ!!」

 

 織斑一夏は聖に向かって叫ぶ。当然だ。状況を鑑みれば彼の言葉は正しい。聖の行動は単なる自殺行為にしかみえないだろう。それこそ、阿呆で馬鹿な姿に見えたのかもしれない。

 しかし、だ。

 

「それは……こっちのセリフよ」

「え……?」

 

 聖から言わせてもらえば、一夏が取ろうとした行為は絶対に認められないものだった。

 

「分からないならもう一度言ってあげるわ……何簡単に諦めてんのよ」

 

 聖の言葉に一夏は呆然としていた。

 何を言っているのか理解不能。

 そんなことを言いたげな彼に対し、聖は続けて言い放つ。

 

「生き残るのが難しいから? 死んだ方が楽だから? だからさっさと諦める? ふざけるなよボケッ、人生舐めるのも大概にしろッ!!」

 

 怒気の混じった言葉の口調は少しいつもと違っていた。

 ああそうだ。自分は、世良聖は怒っているのだ。この程度(・・・・)のことで命を捨てようとしていた彼に対し、どうしようもないくらいの怒りを感じていたのだ。

 

「生きることは厳しいし、辛い。嫌なことだって沢山あるし、ロクでもないことにも巻き込まれる。死にそうになることだってあるかもしれない」

 

 それは今まさにこの状況のことだ。

 絶対絶命。四面楚歌。この絶望的状況において、それでも彼女は言うのだ。

 

「でもね……それでも生きるのが人生なのよ。生きて生きて、なんとしてでも生き続ける。あがき続ける。抗い続ける。続けなきゃいけない! それが人間なのよッ!!」

 

 可能性がわずかでもあるのならそれを掴み取る。ないのなら作り出す。それくらいの気概が無くて一体全体どうするというのだ。

 それがただの日常の中だろうと、命が懸かった非日常でも関係ない。

 全身全霊で生き続ける。それが人間という存在だ。

 だから……。

 

「逃げるな、甘えるな、立ち向かえッ!! 男だろうが女だろうが、関係ない。自分は人間だと言い張るのなら、生きてそれを証明して見せろ、織斑一夏ッ!!」

 

 その言葉に、信念に織斑一夏は混乱している。彼にとってみれば今のこの状況でそんなことを言い出す彼女の方が頭がおかしいと考えているのかもしれない。

 しかし、聖にとってはそんなことは関係ない。結局彼女はただ、気に入らなかっただけなのだから。

 死の恐怖。それを聖はよく知っている。死ぬかもしれないという状況を、彼女は何度も体験したことがあった。だから織斑一夏の気持ちもある程度は理解できているつもりだ。

 だが、その上で彼女は彼に生きろという。

 

「もしもここまで言っても分からないようなら……わたしが見せてやるわよ」

 

 激痛を押し殺しながらも彼女は敵の前へと立つ。

 それはただ単に我慢強い……というわけではない。むしろ、我慢の限界など当の昔に超えている。気概や勇気や覚悟……そういった諸々だけで動いているようなものだった。

 彼女はただの一般人だ。ISの適正が高いわけでも、この状況に対して何かしらの事情を知っているわけでもない。普通の価値観を持つ、病弱な少女に過ぎない。

 この状況をどうこうする技術どころか、鍛錬され訓練された肉体を持っているわけでもない。

 無論、恐怖を感じていないわけではない。今とて体が震えて仕方ない。

 しかし、それでも彼女は雄々しく言い放つのだ。 

 

「さぁ、かかってきなさい!!」

 

 それはものを知らないからという理由もあるかもしれない。ただの蛮勇であり、愚か者なのかもしれない。実際、戦闘の玄人ならばこんな馬鹿げた形で戦いを挑むなんてことは絶対にしないだろう。こんなことは誰にも褒められることでもないし、そんなことは彼女も望んでいない。

 ただ、ここで自分は立ち向かわなければならないと思ったから、しているだけなのだ。

 

『ヨク吠エル人間ダ。ソシテ愚カナ。ソコノ男ヲ見殺シスレバ、アルイハ助カッタカモシレント言ウノニ』

「ハッ、そんな真似、するわけないでしょ。だってわたしは……」

 

 そうだ。誰かを見捨てるようなことなど、できるわけがない。

 何故なら自分は――――

 

「わたしは『あの人』達に……千信館に育てられたんだからッ!!」

 

 

 

 

 

 その事に誇りを持ち、そして貫かんがために。

 これが、これこそが自分が彼らから、彼女らから受け継いだ心であり、間違っていないと確信したその瞬間、(きせき)は現実となる。

 

 

 

 

 

『何……ダト……』

「これは……」

 

 気づくと聖はいつの間にか奇妙な発光現象に包み込まれていた。

 そして理解する。これがこの場にいる誰かの仕業ではなく、とてつもなく大きな意思による干渉のためだということを。

 だが一方で、これは悪影響を及ぼす攻撃ではないことも何故だか知ることができた。

 何故ならば、彼女の体を蝕んでいた激痛が和らいくのだ。癒しというものがこういうものなのだと聖は感じていた。

 そこに害意はない。ただ真摯に厳しく、そして優しく見守るような。

 讃え、慈しみ、鼓舞するような。

 

 父のようで母のようで、兄のようで姉のようで。

 そして何より、どこか懐かしい暖かさがそこにはあった。。

 

 時代を超えた戦の真が、世良聖の中へと流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは人を思いやり、標にならんとする仁の心』

 

 

『愛し、守り慈しむ、生を敬う義の心意気は普遍でかつ不変ならば』 

 

 

『境界に礼を払うからこそ過たない。律する心は自己の誓いと共にあり』

 

 

『その真髄は慧眼に。あるがまま見通す覚悟を持って智の心を磨がいい』

 

 

『なぜなら誰がために己があるかを知る限り、忠の輝きに負けはなく―――』

 

 

『偽りなく己の真をさらけだせば、(あまた)(いのり)に晴らせぬ闇は存在しない』

 

 

『よって考心、継いで報いることを誇りとすれば俺は応える、いつだとて』

 

 

『我も人、彼も人。己があるからこそ忘れてはならない(きずな)を守れ』

 

 

『それこそが―――――』

 

 

『仁義八行、如是畜生発菩提芯

 ―――愛する我が子孫よ。この朔を切り払え』

 

 

 唐突に頭の中に響き渡る誰かの言葉。

 けれども聖はこれが自分に向けられた言葉ではないことをすぐに理解する。

 彼女は今、立ち聞きしているに過ぎない。この奇跡の主がここにはいない『別の誰か』に送っている言葉だからこそ、自分には聞き取れないのだ。

 しかし、それでも聖には分かる。

 それは祝福であり、激励であると。今、希望でもある究極域の夢が今ここに顕象したのだと。

 

 

『眷属の許可を与える』

 

 

 力が沸く、体が軽い、魂が震える。

 己の変調に戸惑う聖。けれども、最後の言葉はそんな彼女に向けられたものだった。

 

 

『そして君にも感謝を――――ありがとう、俺達の心を受け継いでくれて』

 

 

『さぁ行け。そしてあの夢の残骸に戦の真を見せてやれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、聖は自分の身に何が起こったのか、それを真実把握してはいなかった。否、聖だけではない、一夏も鈴もセシリアも……敵でさえ理解した者はいないだろう。

 だが、それでも聖は確信していた。

 今ならば、できる、と。

 意識を統一し、集中させる。

 

 想像(イメージ)想像(イメージ)想像(イメージ)

 

 それはいつも夢の中で行っていること。ああそうだとも。ここは夢ではない現実だ。(あちら)の中のできごとを現実(こちら)へ持ってくることは不可能だ。傍から見れば目の前にある恐怖に対し、現実逃避をしているだけのように思われるかもしれない。

 しかし、そうではない。そうではないだ。

 何故ならば、聖は理解していたから。

 この光は、そんな不可能を可能に変えてくれる、唯一の希望なのだと。

 

 創造(イメージ)創造(イメージ)創造(イメージ)

 

 想い、念じ、そして確信を現出させる。

 ああ、そうだとも。今の自分にならばこれくらいのことはできて当然なのだ。

 何故ならば、これは自分一人の力ではない……名前も知らない、『誰か』が自分を認め、信頼し、その上で授けてくれた希望(きせき)なのだから!

 光が彼女を包み込み、現実のモノとなっていく。

 聖が顕現させたのは『ラファール・リヴァイヴ』。夢で彼女がいつも使っている機体。しかし、いつもとは違い、その色合いは黄色に染め上げられていた。

 正直なところ、聖にとって把握しきれないことが多すぎる。

 けれども、そんな中でも彼女は確信していた。

 自分は勝てると―――こんな奴に負けなどしない。今、そのための力を貰ったのだと理解したのだ。

 

『カッ、ハ――――――』

 

『ハハハ、アハハハハハハハハ――――――ッ!!』

 

 怪物は、化物は、人外は嗤う。

 それはまるで喜ぶかのように。懐かしむかのように。そうではなくてはと言うように。

 それこそが、『彼女』が待ち望んでいたモノだと言わんばかりに。

 

『久シイナ、コノ感覚ハ……ダガ、ダカラドウスル? 所詮ハ同ジ土俵ニ立ッタニスギン。貴様ガ勝利スルコトナド、出来ハシナイ』

「だからどうしたっていうのよ。無駄口叩いてないで、さっさと来なさい!!」

 

 そんな聖の言葉に、しかして『彼女』は笑みを浮かべる。

 そして―――。

 

『行クゾォォォッ!!」

「来ぉぉぉい!!」

 

 次の瞬間人外と奇跡が、激突した。




そういうわけで、見事眷属入りできた聖ちゃん。良かったね!
……はい。色々言いたいことがあるでしょう。文句もあることでしょう。ご都合主義だと思っているでしょう。それら諸々は感想にて。
でも、私は後悔していません。だって最初からこれがやりかったのだから。

ちなみにミイラキーラの実力ですが、本来の力はありません。ただし、ISのバリア越しでダメージ与えるくらいの力はあります。
聖が無事だったのは、軽く腕でなぎ払った程度で、全く力は入っていなかったためです。


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第十六話 奮闘

巌窟王、全話見て感動しながら執筆していました……。
※巌窟王はアニメの方です。ご注意ください。


 物語に置いて、怪物とは強い生き物として描かれる。

『ベオウルフ』のグレンデルしかり、『大江山』の酒呑童子しかり、『西遊記』の牛魔王しかり。

 そして『彼女』もそれらに類する存在だ。

 

 獣であり、人外であり、化物。そう認識されることによって『彼女』の力は爆発的に跳ね上がる。そこに考える、などというものはない。獲物を喰らう行動に頭を使う必要性など皆無。あらゆる反射と本能で、持ち得た能力うを思うがまま撒き散らす。

 無論、人の矜持、などというものはあるわけがなく、けれどもだからこそ、『彼女』は人間では成し得ない力を兼ね備えていた。

 人性を捨て、理性を捨て、悪辣奔放な人食いへと堕天した『彼女』は、それ故に強い。例え全快ではなくてもその恐ろしさは既に証明されていた。

 ISという競技道具の名を持つ兵器とて、『彼女』には歯が立つわけがない。

 そしてISとは世界において世界最高の戦闘力を持つ。

 結論を言えば、今この世界において彼女以上の戦闘力を持った兵器はない、というわけだ。

 だからこそ、『彼女』は自分が負けることなどあるわけがないと確信していた。こんな堕落した世界の人間に敗れることなどありはしない、と。

 だというのに……。

 

『ナ、ゼダ……』

 

 口から出たのは疑問の言葉。

 自分は手を抜いていない。全力で目の前の獲物を狩っている。速さも強さも何もかも、人間などとは比べ物にならない。

 自分は魔獣。故に勝てる人間などいるわけがなく、有象無象を蹴散らすはずだ。

 だというのに……。

 

『ナゼ、貴様ハ私ト互角ニ渡リ合ッテイル!?』

 

 未だ倒れない敵に対し疑問を抱く『彼女』に聖は簡潔に言う。

 

「さぁね!!」

 

 言葉と共に銃弾を放つ中で彼女は思う。それはこちらの台詞だ、と。

 聖はこの前からずっと奇妙な夢を見続けている。最近ではその夢にもやっと慣れてきた状態で今、こうして戦えているのはそのおかげでもある。

 しかしそれだけではこの状況に説明がつかない。相手は常識の範疇など当の昔に食い破ったであろう存在。本来ならば、自分はとっくに惨殺されていてもおかしくはない。いや、そうでなければならないはずだ。

 この矛盾の答えがあるとすれば、それは……。

 

「あんたが弱くなったからじゃない!?」

『ホザケッ!!』

 

 叫びと共に放つ死の一撃。

 しかし、目前の少女はそれを意図も簡単に回避し、銃弾の嵐を浴びせてきた。無論それはただの銃弾ではない。自分と同じ法則の力によるもの。

 銃弾は『彼女』の体を貫通していく。そこまではいい、先程から何度も何度も食らっているため、当たったことに対し思うことはない。

 けれど問題はそこから。

 即座に傷は治癒されるはずだというのに、その治りが先ほどよりも遅くなっているのだ。

 

『コレ、ハ……』

 

 信じられない、と言わんばかりの声音。どうやら想定外のことが起こっているようだ。しかも、それは敵からしてみればその原因が全く分かっていないらしい。

 正直、聖にもどうして傷が治りにくくなったのか、それは分からない。だが、これは聖からしてみれば好機以外の何者でもない。

 再び攻撃をしかけようとした瞬間。

 

『チィッ―――!!』

 

 魔獣の眼光が光る。

 けれども、聖は造作もないかの如く、その不可視の一撃を避けた。

 

「それからもう一つ、言っといてあげるわ……さっきから『視えてる』のよ、そのデカ物がっ!!」

 

 今の聖の目にはっきりと認識できる。

 キーラの背後……彼女と繋がっているかのような人型の影。いいや、この際だ、はっきりさせておこう。そこにあったのは、肉の塊。十メートル、あるかないかの巨体はその各部、すべて『人間』で構成されていた。まるで一つの生き物の如く密集して組み合わさっている。

 ある者は顔の一部として。

 ある者は腕の一部として。

 ある者は足の一部として……。

 それは統率された獣の連携であり、真の姿。人の輪郭を帯びてはいるものの、この大怪物こそは人間を超え、さらには獣すら超えた魔獣……否、超獣と言うべき存在。

 もはや疑いようがない。これこそが『彼女』の本性だと理解する。そして同時に先程からの謎もすでに解けていた。

 

「セシリアをやったのは、そいつの仕業だったってわけね」

 

 最初のセシリアを吹き飛ばした不可視の脅威……指先一つ動かさずに、彼女を戦闘不能にまで追い込んだ異能の正体。

 種を明かせば何の不思議もない。ただ自分達はあれが見えていなかっただけなのだ。あれだけの巨躯が見えない状態で殴りにくれば、なるほど、見えない衝撃波で攻撃されたと思うのは道理だ。

 けれど、それももう通用はしない。不可視の正体を見破った時点で、それはもう不可視ではないのだから。

 

『薄汚イ人間風情ガ……ヨクモ……私ノ姿ヲ……見タナァァァァァッッ!!』

 

 激昂と共に超獣は猛威を振るう。

 しかしそれに対抗するかの如く、聖もまた空を駆ける。

 

 

 

 

 さて、そろそろネタばらしをするとしよう。

 この場にいる誰もが気づいてないが、聖が言った言葉はある意味で正しかった。

 

 かつての『彼女』……キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワならば、こんな状態にはなっていなかった。かつて彼女を倒した少女でさえ、相性の問題があったからこそ、何とか倒せたようなもの。

 当時なら再生が遅れることも、本来の姿が見られてしまうことも有り得なかった。特に後者はキーラにとっては十八番のようなもの。その巨大な姿を隠蔽・偽装するのは高度な技術であり、ある程度の実力が無ければ感知すら不能なはずなのだ。

 けれども現実は、未だ力を持って間もない聖によって簡単に看破されてしまった。

 それは何故か。

 

 答えは単純明快……ここにいるのはかつてのキーラではないからだ。

 

 聖が相手をしているのはあくまでキーラの死体であり、残骸だ。その力はまさしく残りカスそのもの。本来の十分の一……それ以下の力しか残っていない。それだけでもISを相手に圧倒的な力の差があるのは事実。そもそも十全の彼女ならばISのシールドなど関係なく、軽く殴っただけで搭乗者ごとミンチにしているのだ。

 

 問題だったのは、彼女が自分の力が劣化していることに気づかなかったということ。

 そして、そんな状態なのにも拘らず、わざわざ大ダメージを受けた、ということ。

 

 確かに織斑一夏の一撃はキーラにとっては何ら痛くもない代物だった。あの程度のものなどかつていくらでも味わったことのある彼女からしてみれば虫に刺されたようなものだ。

 しかし、破損した自らの体を治癒するにはそれなりの力が必要であり、劣化した彼女ではそれをカバーできる程の力を持っていなかったのだ。治癒はしたものの、力そのものがさらに衰えたことにキーラは気づくことができなかった。結果、治癒能力は下がり、隠蔽していた己の姿まで曝け出すハメになった。

 

 

 結論を言えば、だ。今の彼女はダメージを受ければ受けるほど、力が大幅に劣化していく、ということだ。

 例え『急段』という力で怪物のように成長しても、劣化の方がそれを上回ってしまう。

 

 そして、彼女はもう一つ見落としていたものがある。

 ここにいるのは、何も聖だけではない、ということを――――――。

 

 

 

 

 聖はキーラの力が衰えてしまっていることに気づいていた。しかし、同時にそれでも尚次々と繰り出される連撃を避け、その中で隙を見つけ、銃弾を当てることが精一杯でもあることも理解していた。

 ダメージは与えている。けれども、それだけではダメだ。聖の纏うのは夢から現出されたIS。本来のラファールよりも高性能であり、彼女の思うがままに軌道を描き、銃弾も限りなど存在しない。

 しかし、思うがまま、というのにも制限と限度がある。例えば破壊力。これは本来のラファールと同等しか発揮できない。貫通はするものの、結局それだけ。再生が遅くなっているとは言え、治癒そのものはしているのだ。

 決定的な一打が足りない。

 歯がゆい感情はやがて焦りを生じさせる。

 そしてそんな隙を、しかしてキーラは見逃さない。

 音速を超える拳が聖の目前に迫る。

 

「しまっ……」

『貰ッタァァァァアアアアッ!!』

 

 叫びと共に放たれる一撃。そこからはどう足掻いても回避することは不可能。ならば防御かと問われれば、それは賢くない選択。衰えて続けているとはいえ、それでも一撃でISもろとも聖を戦闘不能にすることくらいわけはない。

 まずい……そんな言葉が彼女の頭を過ぎったその時。

 

 一発のレーザー攻撃が、キーラの体に直撃した。

 

『ナ、ニィッ……!?』

「これは……」

 

 驚くキーラとは裏腹に聖はそのレーザー攻撃の正体を知っていた。

 ふと見ると、先程壁に激突し動けなくなっていたセシリアが、スターライトmkⅢを構えながら、不敵に笑っていた。

 

『援護はお任せ下さいな。微力ではありますが、動きを一瞬封じるくらいのことはできますわ』

「あんた……どうして……」

『どうもこうもありません。あれだけのことを言われて、黙っていられるほどセシリア・オルコットは情けなくはありませんわ』

 

 倒れながら、意気消沈した状態。絶望という地獄の中で、聖の言葉(ひかり)がセシリアを奮い立たせた。

 あの少女が、自分に道を示してくれたあの人物が、再び覚悟を決めて戦場に立っている。何の装備もなく、何の策もないのは明白。

 それでも、世良聖の叫びは、セシリアの心に確かに届いたのだ。

 そして、それは何もセシリアに限った話ではない。

 

「全くその通りよッ!!」

 

 声がしたと同時、見覚えのある壊れかけの青龍刀が、背後からキーラを襲う。

 顰めっ面で回避し、距離を取るキーラ。

 そこにいたのは、額から血を流しながらもやはりというべきか、笑みを浮かべる鈴がいた。

 

「鈴……」

「人が倒れているところに、色々と言ってくれたわね……でもまぁ、あんたの言葉は確かにあたしらの心に響いたわ。ええ、そうよ。こんなところで死ぬわけにはいかないものね」

 

 言いながら、片方が既にイカレてしまった青龍刀をまるでバトンのように回す。

 そして、勢いよく地面に突き刺すと、鈴は高らかに告げた。

 

「あんたもそう思うでしょ、一夏!!」

 

 瞬間。

 自らが持つ刀を杖のようにしながらも、呼ばれた少年は震えながらもその場に立った。

 その震えは積み重なった痛みのよるものか。それとも目の前にある脅威によるものか。

 それは少年自身にも分からない。けれど、一つだけ言える……言いたいことがあった。

 それは……。

 

「ああ……そうだ……そうさっ、俺は、俺たちは……まだ……諦めるわけにはいかないっ!!」

 

 その瞳にはまだ絶望の色は存在する。恐怖はそう簡単には拭えるのもではない。

 しかし、今の彼には別のものも宿っていた。

 それは熱く、強く、光輝くもの。未だ小さく、微かなものではあるが、しかし確かにあったのだ。それだけ確認できれば、もはや聖が言う事はない。

 セシリア・オルコット。凰鈴音。そして織斑一夏。

 彼らは応えてくれた。自分の言葉を、叫びを、覚悟を、確かに聞き届けてくれたのだ。

 ならば、ここから先、やることはただ一つ。

 少女は機械の翼を広げ、高らかに言い放つ。

 

「行くわよッ、あんた達ッ!!」

『「「―――応ッ!!」」』

 

 そして銃弾が、刃が、レーザーが、衝撃砲が――――――乱れ舞う吹雪のように撃滅の鳳仙花を咲かせ続けた。

 連携しての攻撃。それは未だぎこちなく、ところどころ合っていない部分もあった。それはそうだ。何せ彼女達は個人戦のスペシャリストであっても、チームプレイなどしたことがなかったのだから。

 だが、それでも彼らは共に戦うことで補い、隙は埋め、機会を作っていた。

 無論、聖を除く、三人の攻撃はキーラにとっては微々たる痛み。だが、それでも体が傷つけば傷つくほど、彼女はますます劣化していく。

 

『邪魔ダァァアアアアッ!!』

 

 咆哮する超獣。

 狂乱しながら絶叫し、突撃する。その全身は少しずつではあるが、崩れ始めていた。もはや彼女の体は限界に誓い状態だったのだろう。しかし、それすら見えていないのか、それでもキーラは暴走し続ける。

 それは怪物ゆえの矜持、というべきなのか。例え自分が劣化していることに気づいたところで本能を抑える必用などない。

 好きなように獲物を喰らい、貪りつくして蹂躙する。暴虐こそが自分の存在そのもの。

 故にこの程度の連中に敗けるわけがない。

 

『ミクビルナヨ子兎ィッ! コノ程度……草食獣が哂ワセルナァッ!』

 

 故に獣は彼らの攻撃をもろともせず、特攻を仕掛け続ける。

 牙が、爪が、凶刃が、嵐のように振り回される。

 

『死ネヨ、極東ニ棲ム下賤ノ猿ガ。

 私ハ、我ラハ鋼牙、狼ダ! 見下スコトナド断ジテ許サンッ!』

 

 既に彼女は攻撃を見抜くのをやめていた。そんなことよりも単純な力押しで責める方が実に合理的であり、この束縛めいた状況から脱出できると考えていた。なるほど、確かに施錠された扉の鍵をどうにかして開けようとするよりは、扉ごと壊す方が彼女のやり方に合っている。キーラという怪物だからこそ出来る技、というべきか。

 

 しかし、それこそが勝敗を分かつ一手となる。

 

 確かに『生前』の彼女ならば自壊を厭わない突破は何の問題も無かった。それこそ超回復能力によってどうにでもできたのだろう。

 けれど何度も言うように、彼女はもはや劣化品。既にその治癒は無いにも等しいものに成り下がっていた。

 

 四肢を撃たれ、胴体を斬りつけられる。

 傷を負う度にキーラは弱くなっていく。先程まで全く効いていなかった攻撃も通用するようになり、速度も硬度も落ちるところまで落ちていた。

 

『何故ダ、何故ダ、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――――』

 

 自分が追い詰められていることが信じられない怪物はそんな言葉を吐き続ける。

 しかし、彼女がこれまでに追い詰められるのは別に劣化していたから、という理由だけではない。そもそも劣化するならそれなりの戦い方をすればよかったのだ。劣化状態であろうが、ISや力を開眼させたばかりの少女達など敵ではなかったのだから。

 しかし、キーラはそれをしなかった。

 何故なら、そんなものは人間のやることだからだ。自分の状態を鑑みて、それにあった戦法を取る。そんな人間らしいことなど、獣の誇りを持つ彼女にできるわけがなかった。

 人間など所詮下らん生き物。下劣で下賤でどうしようもなく醜い存在。

 そんな考えだから、彼女は才能はありながらも『■■』になれなかったのだ。自分が掴み取ろうとしているものを自分自身で否定している彼女に本当の意味での勝利などありはしない。

 

 そして何より彼女は一つ大きなことを忘れていた。

 物語の中で強い怪物が出てこようとも、その怪物は最期には必ず倒されるということを。

 そして。

 

「セシリアッ!」

『はいっ』

 

 セシリアのスターライトmkⅢが右足を打ち抜き。

 

「鈴ッ!」

「分かってるわよっ!」

 

 鈴の青龍刀が左腕を切り裂き。

 

「織斑ッ!」

「任せろぉぉぉおおおお!!」

 

 織斑一夏が左足を真っ二つにした。

 

 もはやキーラの体は治らない。両腕両足を切断、破壊された彼女は無防備そのものだ。

 そして。

 

 

「行けぇッ、世良!」

「やっちゃいなさい、聖!」

「後は任せましたわ、聖さんッ!」

 

 

 送られる声援。

 それらに温かみを感じ、感謝をしながら、世良聖は駆け抜ける。

 

「これで、終わりよッッ!!」

 

 両手に握られるのは、彼女が創造した一本の日本刀。

 名も無く、歴史も無く、ただ今の一瞬で造りだされたそれは、しかして彼女の魂が宿っていた。

 直進し、加速し、そしてそのままその日本刀を―――――突き刺す。

 

『ア、ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 断末魔を上げる獣に対し、聖は最後に言い放つ。

 

「死人はあの世で大人しくしてなさいッッ!!」

 

 その言葉が届いたのかどうか、聖には分からないまま、怪物であった死者は崩れ、そのまま塵のように消えていく。

 瞬間、訪れたのは静寂。

 先程まで阿鼻叫喚の戦闘がまるで嘘のようなまでの静けさがそこにあった。

 あまりにもあっけからんとした状況に、一同が驚く中でけれども分かっていることが一つあった。

 

 悪夢(じごく)は、終わったのだ。




これにてキーラ(ミイラ)戦は終了です。
短く感じた方もいるかもしれませんが、あまり長くやっているとどこぞの馬鹿が暴れだすので……。
次回か、その次かで一巻部分は終わります。

PS
感想にていくつか前話の伏字部分が読みづらいという意見がありました。もしも他にもおられるようなら、伏字ではなく普通の文章に直そうと思っています。
ご意見がある方は感想にてお願いします。


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第十七話 疑念

※今回は所謂説明回のようなものです。ご注意ください。


 IS学園の地下十五メートル。そこは薄暗く、外の光など全く入らない場所。機械的な光はあるものの、まるで温かみを感じないそこは、学園にとってトップシークレットの場所であり、知る者などほとんどいない。

 その例外中の例外である山田麻耶は機能停止状態であった謎のISを解析していしていた。隣ではディスプレイに記録されていた謎ISの戦闘動画をじっくりと観ている千冬の姿があった。

 

「…………、」

 

 無言のまま見つめるその姿はある種の達人の瞳としている。それは武術を嗜む者として、そして何よりかつて最強と言われていたIS乗りとしての目であった。

 

「あの……織斑先生?」

「ん……ああ、すまない山田先生。どうした」

 

 少々不安げな声で呼ばれたことで千冬が自分が近づきがたい空気を出していたことに気がついた。

 いかんな、と心の中で呟きながらも、麻耶からブック端末を受け取る。

 そこには、千冬の想像通りの結果が記載されてあった。

 

「あのISの解析結果ですが……その……」

「無人機だった……か」

「はい、その通りです」

 

 暗い表情を浮かべる麻耶だったが、千冬もその気持ちはよく分かる。世界各地にその名を轟かすISだが、無人機のIS、などというのは存在しないはずだ。それも記録映像にあるような、動きをするなど聞いたことも見たこともない。

 そしてさらに問題なのは……。

 

「どんな方法で動いていてのか……いいえ、動かされていたのかは不明です。解析したところ、ISコアが壊れていました。恐らくですが、織斑くん達の攻撃によるものだと思われます。機能中枢が焼き入れている状態なので、修復はほぼ不可能かと……ただ」

「……コア、か」

 

 千冬の一言に麻耶は首肯する。

 

「織斑先生もご存知の通り、ISのコアは世界に467とされており、その全てがアラスカ条約によってどこのものなのか、把握することが可能です。しかし調べたところ、このISに使われていたコアは登録されていませんでした」

「つまり、どこの国の回し者なのか……いや、誰の差金なのか分からない、ということか」

「そういうことになります……」

 

 世界の一般常識として、ISのコアがこれ以上増えることはない、と言われている。それは何故か。答えは簡単だ。世界で唯一ISのコアを作成できる人物はただ一人であり、その人物は現在行方不明、もとい捜索対象となっている。

 だが、現実として彼女達の前には一つの矛盾が存在している。

 この矛盾を紐解く答えはただ一つ。

 それは……。

 

「一体、誰がこんなことを……」

「……さぁな」

 

 どこかなげやりな一言と共に、千冬は再びディスプレイに視線を戻す。

 そこには謎のISの右腕を切り落とす自らの弟が映っていた。そして、窮地に陥ったかと思えばセシリアの援護攻撃によって謎ISは機能を停止させる。

 

 ――――――が、そのすぐ後に再び動き出したところで、画面は途絶えてしまった。

 

「山田先生。もう一度聞くが、他のカメラにもこれ以降の映像は無いんだな?」

「はい。どのカメラの映像も同じ時間に一斉に消えていました。正確に言えば、消えているというよりは、何かに邪魔をされているような、そんな感じですね」

 

 麻耶の言うとおり、提出されたカメラの全てに千冬は目を通したが、そのすべてがことごとく、途中で切れてしまっている。

 まるでこれ以上のことを見る資格はないと言われているような、そんな気分にさせられてしまい、千冬はどこかイラついていた。

 

「恐らくはこのISを送り込んできた者の仕業なんでしょうけど……でも、何かおかしい気がするんです」

「おかしい?」

「はい。我々は二度、ハッキングをされました。一度目のものは相当手こずりましたが、それでも上級生の方たちがシステムクラックに成功しています。しかし、その後に起こったハッキングには、何といいますか……違和感を感じたんです。いいえ、あれをハッキングと呼べるかどうか、それも怪しいと思います。あれはそう……別の法則で無理やり介入された、そんな感じで……」

「何とも抽象的だな」

「あ……あははは……すみません。ちょっと疲れているのかもしれません」

 

 無理やり笑う麻耶にしかして千冬は同様な気持ちを抱いていた。

 

「君がそう思うのも無理はない。何せ今回の事件は色々と訳の分からないことが多すぎる。先程のカメラの件もそうだが、突入したはずの上級生連中が一人残らず意識を失っていたというのはどういうことだ?」

 

 そう。セシリアが突入できたのは、上級生達がシステムクラックを成功させて遮断シールドを解除したおかげだ。故に彼女達はセシリアと共に突入したわけなのだが、その全員が気づいた時には気絶していた、と供述している。

 さらにはその後にやってきた増援も遮断シールドとはまた違った奇妙な壁に阻まれて中に入ることができなかったという。

 一体全体、何が起こったというのだ?

 彼女達が嘘をついている……とは到底思えなかった。実際に謎の壁が消失し、増援部隊が突入した時、上級生達は気絶した状態で見つかった。

 そもそも嘘を付く理由が千冬には分からない。

 だが、同時に思うことがある。

 何故、彼らは嘘をついているのか、と。

 

「そう言えば、織斑くん達のお見舞いには行ったんですか?」

「一応は、な。全員怪我はしていたが、まぁ問題はないだろう。同時にカメラが記録していない間、何が起こったのかも聞いた。連中曰く、機能停止したはずのISが再び動き出し、それと戦っていた。その途中、逃げ遅れた世良が怪我をしてしまった、とな」

「そうですか……それで、世良さんは」

「多少怪我はしているものの、まぁ一週間も安静にしていれば普通に生活できる状態に戻る、だそうだ」

 

 良かったぁ……と呟く麻耶。彼女は本当に世良の事を気にしていたらしい。

 だが、千冬は思う。弟達が言っていることは真実ではない、と。

 もっと言えば、何か大切なことを黙っている。

 教師として、そして大人として、そのことを問いただす必要があったのかもしれないが、しかし千冬は思う。どうにも彼ら自身、踊らされているのでは、と。

 もしも、だ。

 もしも今回の事件に絡んでいる人物が千冬のよく知る人物ならば、彼らに何を聞いたところで足など掴むことなど不可能。逃げ足だけは速いことを彼女は嫌になるほど知っている。

 だが、だ。

 千冬はどうにも確信が持てない。

 証拠が不十分、ということではない。むしろ、『彼女』が犯人だとすればもっと簡単だったかもしれない。

 

「何か、匂うな……」

 

 匂う。そう、匂うのだ。別の誰かの異様な気配が。

 そして、それはある意味において『彼女』よりももっと危険な気がするのは、千冬の気のせいなのだろうか。

 分からないことだらけの状態で、彼女が確かに思うことはただ一つ。

 

「だとしても……私がやることは変わらんがな」

 

 教師として、担任として、そして大人として生徒を守る。

 それが彼女が抱く、『真』であった。

 

 *

 

 聖と一夏達は怪我を負ったために保健室に運ばれ、治療を受けた。

 保健室、とは言ってもそこはIS学園、様々な不足の事態に備えてか、設備は普通の病院よりも優れていた。そのおかげだろうか。一夏達は数日、聖は一週間程安静にしていれば元の生活に戻れるというらしい。それまで自室で療養、と言いつけられた。

 元々病弱である聖からすればこんなものはいつものことであり、それほど大したことではない。

 そして、事件から数日が経ったある日。

 

「よう」

 

 何の前触れもなく、織斑一夏が聖の部屋へとやってきた。

 

「……、」

「な、何だよ、露骨に嫌そうな顔して」

「いや、別に嫌とかじゃなく……驚いているだけ」

 

 実際、それは事実だった。

 聖は自分の部屋に織斑一夏がやってくることなどないと思っていたのだ。確かにクラスは一緒であり、代表を決める時に対戦するかもしれなかった間柄で、先日は共に戦ったわけではあるが、それでも彼が一人で自分のところに来る、ということが想像できなかったのだ。

 

「その……座っていいか?」

「どうぞ」

 

 素っ気ない、とも取られる口調で聖が答えると一夏はそこら辺にあった椅子に座る。

 そしてきょろきょろと周りを見渡した後、また質問。

 

「甘粕は……いないみたいだな」

「あいつはまだ帰ってきてないわよ。どうせそこら辺で油売ってんでしょ。全く、あの馬鹿のせいでとんだとばっちりを受けたわ」

「そう言うなって。結局お互い生きてたんだし」

「それが問題なのよ。ったく、敵を倒したかと思えばひょっこり現れて『見事だったぞ、お前達。ああ、素晴らしかった。その一言に尽きる。今までにないほど輝いていたぞ』とか何とかほざきやがったのよ。頭に来ない方がどうかしてるでしょ」

 

 そもそも聖があんなことに巻き込まれたのは甘粕を探してのこと。

 その彼女が無傷であったことは確かに喜ばしいことだろう。だが、ボロボロになった状態で原因たる人間に無傷のままで賞賛されたところで腹が立つだけだ。それはつまり、甘粕がどこかで自分達の戦いを見ていた、という証明でもあるのだが……うん、それがまた腹立たしい。

 と煮えくりかえる怒りを抱いていた聖だが、あることを思い出し、一夏に向かって言う。

 

「あなた達、あの怪物のこと、織斑先生達には言ってないんですってね」

「まぁ、そりゃあな。っていうかあんなもん、信じてもらえるとは到底思えないからな」

「それには同意見ね。直接目にしたわたしだって、未だ実感が沸かないもの」

 

 聖達が対峙した正体不明のミイラは、聖の一撃を受けて、塵となって消えてしまった。そして残ったのはあの巨大なISのみ。

 本体が消えてしまってはもはやどうしようもない。そんな状況でミイラが異様な力を使って襲いかかってきました、などと言ったところで誰が信用するものか。最悪の場合、精神科医を紹介されるハメになるだろう。

 ならば、アリーナに設置されてあるカメラを使えば、という話になるのだが。

 

「それにしても、不思議だよな。あのミイラが暴れだす直前にアリーナのカメラが停止してたなんて」

「……それ、本気で言ってんの?」

 

 へ? と間が抜けた声音を出す一夏に聖は頭を抱える。そして確信した。ああ、こいつは馬鹿だ、と。

 

「そんなもの、誰かが故意にしたに決まってんでしょ。でなきゃそんな偶然あるわけがない」

「そっか……でも誰が、何のために……?」

「それが分かれば苦労はしないわよ」

 

 そう、これは誰かが仕向けた演劇(シナリオ)だ。

 だが、それが誰なのか、何が目的なのか、それが一向に分からない。情報不足すぎる。敵のISはもちろん、その中に入っていたミイラ。

 そして何より……自分自身について。

 

「……そう言えば言い忘れていたことがあったわ。私のこと、黙っていてくれて、ありがとう」

 

 聖にとってはそれはありがたいことだった。

 あの時手に入れた奇妙な力。名前も何も分からないこれは、しかして今も彼女の中にある。カメラに写っていなかったおかげで、聖がこの力を持っていることを知っているのはわずか数名だ。その全員に彼女は誰にも話さないでくれと言ってある。

 手を天井に上げ、それを見つめながら、聖は言う。

 

「正直、この力が何なのか、わたしにもさっぱりなのよ。ただ分かるのは、悪い力じゃないってこと。それから、誰かに認められて与えられたってことぐらい。そんなものを説明しろ、だなんて言われた日にはどうしようもできないから」

 

 それに、と聖は続ける。

 

「ISを創り出す力、なんてものが知れ渡れば変な連中に狙われるかもしれないし。まぁ、これはあなたにも言えることだけど」

「俺にも?」

 

 再び寝ぼけた様子で首をひねる一夏に聖は愕然とする。

 

「……あのねぇ。あなたは世界でただ一人、ISを動かせる男なのよ? こんなこと言いたくないけど、女の人権をどうたらこうたら言ってる連中からからしてみれば面白くないでしょうよ。研究者からしてみても是非とも研究してみたい、と思われてもおかしくないでしょ。それこそ、無理やり誘拐してでも」

「……っ!?」

 

 何の言葉がきっかけだったのか、聖には分からない。だが、その時一夏が今までに見たことがない程張り詰めた反応をしたことを見過ごさなかった。

 

「……どうかした?」

「え……あっ、いや。何でもない……そうだよな。そういう連中もいるかもしれないもんな。気をつけるよ」

 

 どこかはぐらかされたような言葉に、けれども聖は追及しない。人にはそれぞれ聞かれたくないことの一つや二つ、あるというものだ。

 追求しない聖の前で、一夏は何やら大きなため息を吐いた。

 

「……俺、今回のことで色々と自覚したよ。特に、自分が今、弱いってことは嫌というほど思い知らされた……」

 

 一夏は思い出す。あの怪物を。

 そこにあったのは恐怖。絶望。これ以上やっても無意味だと言わんばかりの圧倒的な力の差。まるで虫けらのような扱いで一方的になすがままにされる屈辱。けれども、それをどうしても覆せない悔しさ。そして、それが当たり前なのだと自覚してしまった挫折感。

 あんなものは、正直もうゴメンだった。

 

「俺さ。皆を守ろうって思ったんだ。千冬姉はもちろん、箒や鈴、セシリア。関わる人全員を守ろうって……でも今の自分にはそんな力はないってはっきり分からされた」

 

 それは単なる思い上がりでしかなかった。

 あの怪物と対峙し、なすすべもなくボロ雑巾のようにあしらわれた時、一夏は認めてしまった。自分にはそんなことはできない。不可能だ、と。目の前にある現実に諦めてしまったのだ。

 けれど、そんな彼のまえに聖は現れた。

 

「お前の言葉は、その、なんていうか、心に刺さったよ。……いや図星って言った方がいいのかな」

 

 逃げるな、甘えるな、立ち向かえ……聖が言った言葉を一夏は今でも頭の中に響いている。

 ああそうだ。あの時の自分は死に逃げようとして、死ぬことに甘えようとして、死に立ち向かおうとしなかった。

 

「正直、今でもああいうのは怖いって思ってる。死ぬってことがどういうことなのか、少しだけ分かった気がするから……でも、でもさ。それじゃダメなんだよな。ああいう状況になっても、それでも諦めず戦うことが、生きることが強いってことなんだ」

 

 そう、例えばそれは目の前の少女のように。

 今でも鮮明に思い出す。ISを装備せずに、生身のまま、それでも強敵に立ち向かうその小さな、けれどもどこまでも大きな背中を。

 そして同時に思った。

 それに比べて自分はなんと小さな男なのだろうか、と。

 

「俺、強くなる。強くなって、今度こそ皆を守れるくらいの男になってみせるよ」

 

 それは一種の意思表明のようなものだった。

 聖からしてみれば、その言葉には未だ確固たる信念があるようには思えない。いや、それはさっき言ったように本人も不安を抱えてるためだろう。

 それでも、だ。

 最初に出会った頃よりは幾分マシな顔になっていると思った。

 

「まぁ言いたいことは分かったし、理解もしたわ」

 

 けれど、それと同時に一つ疑問が生じる。

 

「でも、それを何でわざわざわたしに言うわけ?」

「いや、それはまぁ、俺がこういう気持ちになれたのは世良のおかげだし、一応言っておこうと思ってな」

「あっそ。でもまぁ、そういうのはそこにいる連中に言ってやった方がいいんじゃない?」

 

 聖の言葉の意味がよく分からないと言わんばかりな表情を浮かべる一夏。

 そんな彼を他所に聖は扉に向かって叫ぶ。

 

「盗み聞きなんて感心しないわよ。さっさと入ってきたらどう?」

 

 聖が言うと、ドアが開き、二人の少女が倒れかけるように入ってきた。

 そこにいたのは聖はもちろん、一夏もよく知る人物であった。

 

「鈴、それにセシリア……お前ら一体何してんだ?」

「な、何って……そ、その……そう! 聖のお見舞いに決まってるじゃないっ、ねぇ!?」

「そ、そうでしてよ!! 聖さんにはお世話になりましたから、命を助けていただいたお礼を忘れるほどわたくしは落ちぶれてはありませんわ!」

 

 などと慌てて答える二人であったが、まぁその言葉が真の目的ではないのは言わずもがな。どうせ一夏が他所の女の部屋に行くことが気になってしまって尾行してきた、とかそんなオチだろう。それで二人で鉢合わせて、中で話している内容を聞くために聞き耳をたてていた、と。

 

(まぁ、気持ちは一応分かるけれども……)

 

 彼女達が一夏にどういう想いを抱いているのか、それを知っている聖だからこそ許せる行為だけれども、これが他の女子であれば、相当な問題になるのではないだろうか。いや、無論、聖にとってはいい迷惑ではあるが。

 そこのところを今度じっくりと注意してやろう……と思いながら、彼女は一夏に言う。

 

「そう言えば織斑。今日の放課後練習はないの?」

「あっ、いや。一応練習場は予約してあるけど……」

「だったらこんなところにいないでさっさと行きなさいよ。強くなるって決めたんでしょ? コーチも二人、来たようだし」

 

 と扉の傍にいる二人に視線を送る。それに気づいた鈴とセシリアはどこか恥ずかしげな表情を浮かべていた。

 一方の一夏はというと、俯いて少し黙っていたが、すぐに顔を上げた。

 

「そうだな……そうだよな。よしっ……鈴、セシリア。アリーナに向かうぞ。今から特訓だ!」

「ちょ、一夏っ!?」

「わたくし達、まだ聖さんとお話してませんのに……!?」

 

 颯爽と部屋から出て行く一夏の後ろ姿に呼びかける二人であったが、当の本人は丸きり聞いていない。まるで元気を取り戻した子供のようなその姿である。

 そんな彼を追いかけるために鈴とセシリアは短い挨拶を聖にし、部屋から飛び出した。

 部屋から全員がいなくなったのを確認した途端、聖は大きなため息を吐いた。何とも騒がしい連中だ、と思いながらも、先程一夏が言っていた言葉を思い出す。

 

「強くなる、か……」

 

 窓の外を見つめると、そこには夕日が今、まさに沈もうとしていた。

 

「わたしは……強くなれたかな、父さん……」

 

 寂しげな彼女の言葉を聞き届けるものは、誰もいなかった。




前回、あとがきに伏字について書きましたが、感想などのご意見から、伏字を無くすことにしました。どうなっているかは、本編でご覧下さい。
色んな意見、ありがとうございました!


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第十八話 悩み

先日発売したイカベイでお気に入りのシーン

クラウディア「そ、そんな……ジャガイモがないドイツ料理なんて何をどうすればいいんですか。それじゃあ礼儀正しいヴィルヘルムみたいで、気持ち悪いことになっちゃいますよっ」
ヴィルヘルム「喧嘩売ってんのかこのやろうッ!」

※久しぶりに甘粕成分があります。ご注意下さい。


 篠ノ之箒は織斑一夏と幼馴染である。

 同時にそれ以上の、つまりは男と女という想いを持っていた。

 

 ずっと幼い頃から抱き続けたそれはしかして当の本人には一切伝わっていない。気づかれないようにした、というわけではないが、しかしそれが織斑一夏という少年である。

 だから彼女は六年前、とある剣道での大会に優勝したら付き合って欲しいという約束をしたことがあった。それは当時今よりもまだ子供だったからこそ言える一言であり、今同じことをできるかと言われれば厳しい。色々と成長してしまった今では羞恥心がどうしても勇気の邪魔をしてしまう。それを言えば、当時の彼女は今よりも勇気を持っていたことになるが、それはまた別の話。彼女が一夏に対して約束を持ちかけたのは、自分が優勝できるからと信じていたところが大きいだろう。過大評価ではなく、それだけの実力を箒は持っていたし、誰もが彼女の優勝を疑わなかった。

 

 だが、彼女は優勝することはなかった。

 何故か。それは彼女の姉、篠ノ之束が原因である。

 

 当時、彼女が発表したISは発表段階ですでに兵器への転用が危ぶまれており、束本人は勿論、彼女の家族は全員保護という形で政府主導の転居を余儀なくされた。簡単に言えば、監視である。独自で兵器を作れる人間を放置するほど日本の政府は平和ボケをしていない。

 そして間の悪いことにその転居を申し渡されたのが、箒の剣道の試合当日だったのだ。

 おかげで箒は参加不可。一夏とロクな挨拶もできないまま、引っ越すことになった。

 その後も重要人物という名目から自由が効かず、一夏とは電話どころか手紙ですら連絡を取ることもできなかった。西へ東へと引越しは続き、落ち着いた時など一度もない。そして、気づけば両親とは離れて暮らすようになり、元凶である姉といえばいつの間にか姿を消していた。それによって箒はさらなる聴取、そして監視が続けられ正直参っていた状態だった。

 

 そんな中で剣道だけは続けていたのは、それが一夏との唯一の繋がりだと思えたから。

 剣道をしてればいつか一夏とまた会えるんじゃないか。そんな淡い希望を抱きながら。

 そして、それは見事に叶った。

 

 

「久しぶり。六年振りだけど、箒ってすぐに分かったぞ」

 

 

 六年という月日が経っていながら一夏は箒のことを忘れていなかった。それがどれだけ嬉しかったか、恐らく一夏は知らないだろう。正直なところ、彼の前で涙を流さなかったのが奇跡だったのだが。

 けれど、再会は良いことばかりではない。一夏は六年という年月の中ですっかり剣道を忘れていた。箒が彼との唯一の繋がりだと思っていた剣道を、だ。それがどうしようもなく悲しくて、悔しくて……だからこそ、彼に稽古を付けた時、箒は少々……というか、かなり乱暴にしてしまった。

 それについては箒自身も反省している。

 けれども、と箒は思う。一夏にも問題があったのではないか、と。

 自分との繋がりである剣道をあっさりやめてしまい、軟弱になった彼は正直見るに耐えなかった。そして何より腹立たしいのはそんな彼の周りに自分以外の少女達がいることだ。

 セシリアに鈴。二人が一夏に想いを寄せているのは箒にはすぐにわかった。何故なら彼女達は自分によく似ているのだから。

 けれども彼女達と箒では圧倒的なまでの違いがあった。

 

 代表候補生であり、一夏と同じ専用機持ち。

 

 その壁はとても大きく、高いものだ。

 練習をするにしても特訓をするにしても専用機を持っていない箒より彼女達の方が断然有利なのは自明の理。そしてそこから交友が深まればそれだけ箒が不利になるのも自然な話だ。

 実際、先日の事件の時、専用機持ちである彼女達は一夏と共に戦っていた。

 それが即ち恋愛に繋がるかと言われれば難しい話だが、しかし共に戦うという意味は大きい。何せ、背中を預け合うのだから。

 一夏と共に戦う彼女達を見て箒は自分がそこにいないことに苛立ちを感じた。

 どうして自分が一夏の隣にいないのだろうか、と。

 だから彼女は叫んだのだ。

 

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 

 それは彼女なりの声援であり、支援。

 専用機を持たない彼女からしてみれば、それが精一杯。これが単なる試合ならば問題はない。むしろ褒められるべきことなのだろう。

 けれどもそこは戦場。一瞬の油断や隙が命取りになる。

 幸いなことに箒は助かったが、少し間違えば彼女は生きていなかっただろう。

 箒は思った。自分は一夏のためならば命を賭けることができる、と。だからこそ、あんな危険を冒してまで声援にいったのだと。

 けれどもそれが単なる自己満足でしかないことを彼女はすぐに思い知らされた。

 

 

「ウラー・インピェーリア!!」

 

 

 倒したはずのISから出現した化物の暴走。そこは正しく地獄だった。

 専用機持ちである三人がまるで虫のようにあしらわれ、ISが相手だというのに出現した化物はそんなものなど知ったことかと言わんばかりに彼らを蹂躙していった。

 常識から外れ、世界が崩壊した瞬間とも言うべき光景がそこにはあった。

 セシリアが吹き飛ばされ、鈴が戦闘不能になり、一夏もまた化物の攻撃を浴びせられていた。

 助けなければ……その言葉が頭を巡り巡るもしかして箒の体は一向に動こない。否、動けない。当然だ。目の前にある惨状を見てそこに突っ込んでいくことなどできるわけがない。

 何故なら自分は専用機持ちではないのだから。

 何故なら自分は怪物に立ち向かう力を持っていないのだから。

 だから行きたいけれども行けない。行けるわけがない。それが自然。それが当然。何も間違ってはなく、正しい判断だ。

 そのはずだ。そのはずなのに……。

 

 

「馬鹿かあんたはッ、何簡単に諦めてるのよッッ!!」

 

 

 一人の少女がそんな箒の思考を覆す。

 

 

「生き残るのが難しいから? 死んだ方が楽だから? だからさっさと諦める? ふざけるなよボケッ、人生舐めるのも大概にしろッ!!」

 

 

 それは箒のような単なる声援ではない。

 彼女、世良聖はその身で怪物に特攻し、ボロボロになりながら、脅威を理解しても、しかして絶望を瞳に宿していなかった。

 

 

「逃げるな、甘えるな、立ち向かえッ!! 男だろうが女だろうが、関係ない。自分は人間だと言い張るのなら、生きてそれを証明して見せろ、織斑一夏ッ!!」

 

 

 血を流しながらのその言葉に箒は唖然とする他なかった。

 彼女の言葉には重さがある。熱意が、覚悟が、そして決意が篭っていた。あんなものを見せられて、それが単なる言葉に過ぎないと、何の役にも立たない強がりであると断じることなどできるわけがない。

 そして同時に、自分の行動が、言葉が、いかに軽いものなのかを思い知らされた。

 箒のそれは単なる自分の想いを伝えただけ。悪く言えば、ただの一方通行でしかない。相手のことなどお構いなし。自分の想いを口にしただけで、それで何かをやった気になっていたのだ。

 けれど、聖は違う。

 彼女は自らの想いを、決意を、覚悟を示すためにその身体を使って行動に表した。その姿は誰から見ても彼女の想いが本物であり、その上で一夏を導こうとしていたのがわかるはずだ。

 そう、箒と聖の最大の違いはそこだ。

 身体を張って、血まみれになりながらも自らの在り方を見せつける聖に対し、箒がしたことと言えば何だ?

 ただ言いたいことを言っただけ。そんな『空虚』な代物に一体何が宿るというのだろうか。

 

 結局のところ、だ。

 箒は今までただ自分の我が儘を一夏に押し付けていただけだった。

 

「……、」

 

 夕刻の屋上。無言で沈む太陽を見つめる彼女からは近づきがたい空気が放たれている。それだけ真剣、かつ深刻なまでに今の彼女は落ち込んでいた。

 例え幼馴染である少年だとて、今の彼女に近づくのは少々勇気が必要だろう。正直なところ、彼女にとってそれはありがたい。今は誰とも話したくはない。特に幼馴染である少年とは。

 

 しかし、だ。

 

「少し、よろしいかな」

 

 この学園にはそんなものお構いなしに語りかけてくるような馬鹿がいるのだ。

 ふと箒が振り向くと、そこにいたのは威風堂々とした雰囲気を醸し出している少女……否、人間ともいうべき知人が立っていた。

 

「甘粕……」

 

 甘粕真琴。箒のクラスメイトであり、クラス全員にある意味で一目置かれている生徒。

 クラスで最初の挨拶の時の言葉。あれは大勢のクラスメイトの記憶に残っているはずだ。無論、箒もあの時の様子は今でも思い出せる。

 今の世界の在り方についての持論。そしてISを扱う者の覚悟について。言い方としては少々、というかかなりアレだったが、少なくとも箒は彼女の言っていることは間違ってはいないと思った。

 ISをファッションか何かにしか思っていない……そんな連中よりも遥かに現実を見つめ、そしてそれを乗り越えんとする度量を感じさせるのだ。

 それは凄いと思うし、素晴らしいとも取れる。

 けれども、何故だろうか……箒は彼女にどこか近寄りがたい何かも感じていた。

 

「何か用か」

「用。用、か。いや、特にこれと言って私はお前に求めるものは今のところ何もない。ただ、話しかけたのはほかでもない、何やら悩んでいる様子だったのでな。老婆心ながら少々気になったのだ」

「……、」

「余計な世話、だとでも言いたげな顔だな」

 

 不敵に笑みを浮かべる甘粕に箒は少々苛立ちを隠せずにいた。

 

「……悪いが、今は誰かと話す気分じゃないんだ。放っておいてくれ」

 

 突き放すような言葉。大方の人間ならば眉間にしわを寄せることもあるだろうが、生憎と彼女の目の前にいる少女はそんな言葉でどうこうなる人間ではない。

 

「なるほど。一人になって考えたい、ということか。何やら鬱屈している感情があるようだな。だが、お前くらいの年頃の娘ならば、誰でもそういった感情は持つはずだ。特別、どこかおかしなところがあるわけではない。実に健全であり、普通だと感じる」

 

 甘粕の言葉に箒はお前も同い年だろうが……と反論したかったが、ここは敢えて何も言わない。

 

「だが、そんな普通なお前だからこそ、感じている悩みがある……その原因は先日の襲撃事件と関係しているのだろう?」

「っ!? どう、して……」

「お前の様子を見れば分かる。先日の事件から何やら暗い顔ばかりしていたからな」

 

 まるでお前の全てを見透かしていると言わんばかりな口調である。

 そう、この感じだ。

 目の前にいるのは自分と同い年の少女であり、容姿は……認めたくはないが、箒よりも断然大人びている。

 けれども彼女には美しい、とか可憐だ、などという言葉は似合わない。いや、表現的に間違っている、と行った方がいいだろう。

 一言で言い表すのなら、怖いのだ。

 何かとてつもなく大きな存在……それでいてそんな彼女と話していると自分が何かに巻き込まれそうな、そんな危機感。

 

「不躾な問いだとは思うが、敢えて聞こう……何をそんなに悩んでいる? 何か助言を求めるのなら、労は惜しまんが?」

 

 不敵に笑み。けれどもそれは、決してこちらをほくそ笑んでいる、というものではないだろう。

 だが、それを理解した上で箒は未だ拒否の姿勢を崩さない。

 

「結構だ……話したところで、信じてもらえる話ではない」

「信じてもらえない、か。確かにな。その様子で何を話したところで誰もお前を信じようとはしないだろう」

「何……」

 

それはどういう意味だ……そんな視線を浴びせるが、しかし甘粕は全く歯がにしていない。それがどうしたと言わんばかりな表情を浮かべながら甘粕はいう。

 

「どれだけ荒唐無稽な話であろうと、そこに信念と覚悟があるのなら、人は有無を言わず信じるものだ。例えそれが空想上の御伽噺のようなものでもだ。しかし逆を言えば、例え真実であったとしても相手に伝えようという想いがなければ空虚な言葉となり、誰も信じることはない。そして、今のお前は相手に信じてもらおうという気概が全く感じられない。信じてもらえない、とはつまりそういうことだ」

 

 理路整然とした言い分に箒は何も答えられない。口調や態度はいつも通り上から目線のように感じられるが、しかし甘粕の言っていることに間違いはない。

 そう、間違いはないのだ。

 それ故に箒は苛立ちを隠せずにいた。

 

「ま、話したくないと言うのならば無理やり聞き出そうとする程、私という人間も野暮ではない。一人になって黄昏る……ああいいとも。そういう風に静かに考えたい時もあるだろう。否定はせん。好きにすればいい」

 

 そう言いながら甘粕は背を向け、そのまま立ち去ろうとする。

 これで邪魔者はいなくなる。また一人になれる。そもそもそのために箒は甘粕を邪険に扱っていたのだ。故にこれは彼女の思い通りの展開。

 そのはずだったのだが。

 

「甘粕っ!!」

 

 不意が箒は去っていく甘粕の背中に声をかけると彼女はぴたりとその場に止まった。

 

「……一つ。聞きたいことがある」

「何だろうか」

「お前は……自分を情けないと感じたことはあるか?」

 

 箒の言葉にふむっ、と言った具合の表情を浮かべながら甘粕は振り向いた。

 そんな彼女に箒は続けていう。

 

「私は……つい先日、自分が情けない思う出来事にあった。最初は力がないから仕方がないと思っていたんだ。けれど、自分と同じ様に力のないはずの者が、身を挺してまで戦う姿を見て、それが間違いなんだと気づかされた」

 

 それはある種の告白だった。

 抽象的すぎて、事情を知らない人間からしてみれば何を言っているのかさっぱりな話。しかし、そんな箒の言葉を甘粕は笑うわけでも、難しい顔をするわけでもなく、ただ真剣に耳を傾けていた。

 

「同時に恥ずかしいとさえ感じた。自分は自分なりに何かをやった。これ以上できないのは仕方のないことで、当たり前なんだと……勝手に言い訳を並べて逃げていたんだ。それがどうしようもなく悔しいんだ」

 

 専用機を持っていなかったから……そんな理由で箒は何もしなかった。しようと思わなかった。恐怖に震え、身体が動かないのは自然なことなのだと思い込もうとした。

 それが、彼女にとってはとてつもなく屈辱的なものだった。

 

「私は……私は、どうすればいいんだろうか」

「さぁな。知らんよ」

 

 箒の言葉をしかし甘粕は一刀両断で切り伏せた。

 

「おいおい、何をそんなに驚いている。私が何か気の利いた言葉をかけるとでも思ったのか? 悪いが、私は野暮ではないが、気の利いた人間でもないのでな。そもそもすぐに他人に答えを求めるのはいかがなものかと思うぞ? お前、私が何か言えばそれが正解だとでも? それは些か早計であると言わざるを得んな」

 

 二人は違うのだ。人格、趣味趣向、向かっている方向すら異なっている。だからこそ意見が大切だ、という言い分も正しくはあるが、しかし今の箒に何かを言えば、彼女はきっとそのままのことをやるだろう。そこに自分の意思や意見などない。オウム返しのようなやり方では意味がない。

 しかし。

 

「とは言えそちらの質問に答えない、というのは気が引ける。故に最初の質問には答えよう――――無論、情けないと思うことはある」

 

 きっぱりと。何の迷いもなく甘粕は言い放った。

 それはある意味清々しいと表現できるものだった。

 

「私とて人間だ。間違いを犯すこともあれば、恥をかくこともある。それを情けないと思う心も持っている。故に貴様の気持ちが分からないわけではないのは事実だ。だが、私はそこで立ち止まらない。間違いを犯したのならばそれを正せばいいし、恥をかいたのならば次はかかないよう努力するまでだ」

 

 それは当たり障りのない、どこにでもありそうな言葉。実際甘粕にとっても当たり前のことを口にしているにすぎないのだろう。

 けれど、何故だろうか。彼女が口にすることで、とても説得力があると思えるのは。

 

「甘粕……」

「先程も言っただろう。意見を聞くのはいいとしても、他人に答えをすぐに求めるな。悩み、考え、その上で自らの答えを導き出せ。それこそが人間が人間たる証なのだから」

 

 目の前にある獲物に食らいつくことなど獣でもできることだ。

 一つの問いに対し、考えて考えて考え抜く。それができるのは人間だけだ。ならばこそ、甘粕は言うのだ。自分で考えろ、と。

 それはある種突き放したモノと言えるかもしれないが、しかしそれこそが彼女なりの導きと言えるのかもしれない。

 

「……ん?」

 

 甘粕は自分の携帯が鳴っていることに気がつくとポケットから取り出した。そしてそれを見ながら箒に言い放つ。

 

「すまんが電話が入った。私はここで失礼するとしよう」

「ああ……呼び止めて悪かったな」

「何、元々話かけたのはこちらだ。気にする必用はない。それに……良いことを聞くことができた」

「?」

 

 何を言っているのかいまいち理解できない表情を浮かべる箒に対し、甘粕は不敵な笑みを浮かべて告げる。

 

「ではな、ホウキ。お前がお前自身の答えを見つけ出せることを願っているよ」

 

 言いながらそのまま立ち去る甘粕は、最後の最後まで甘粕真琴らしいものだった。

 そんな彼女の背を見ながら、箒は一言。

 

「私自身の答え、か……」

 

 未だ晴れぬ想いと共に呟く言葉は、彼女自身にしか聞こえていなかった。

 

 *

 

 屋上から下りる階段。

 そこでゆっくりと降りていく甘粕は携帯を片手に会話をしていた。

 

「珍しいこともあるものだ。そちらからかけてくるとはな。ああ用件は分かっている。先日の一件はやりすぎだと言いたいのだろう?」

 

『彼女』の言い分は常識的に考えれば一理ある。『彼女』の目的からすれば甘粕が後付けしたアレはあまりにも想定外の出来事だったのだろう。その存在を認識していても『彼女』からしてみればアレは予想外のことであり、それ故に怒っているのだ。

 だが。

 

「しかしな、正直なところを言えば私としてはアレでも少し物足りないと思っている。ああ、勘違いしてもらっては困るが、何もあの時立ち向かっていった彼女……そしてそれに看過された彼らの輝きを侮辱するわけではない。むしろ、その逆だ。彼女、彼らの輝きはあんな程度で評価されるものではない。もっともっと、輝けるはずだ。それこそ、私自身が介入すべきだとも思ったよ」

 

 あの時、あの瞬間、彼女が、彼らが放った輝きは確かに甘粕が見たいと思っていたもの。人間が持つ勇気(ひかり)であり覚悟(きぼう)だ。そして甘粕はそれをもっと見てみたかった。そのためにはもっと過酷な窮地を、試練を容易しておく必要がある。

 そう。例えば甘粕自身、とか。

 だが、それはまだだ。

 

「けれど今はまだ、私が出て行く場面ではない。私はご先祖様と同じでやりすぎるとついやってしまうからな。いやはや、介入したい衝動を押さえつけるのは存外大変だった」

 

 世良聖が言っているように甘粕真琴という少女は馬鹿である。故に歯止めが利かなくなればどこまでも走り続け、突き抜け続けてしまう。それが自分にとっても他人にとってもロクでもないことになってしまうのは分かっていた。

 もしも彼女があの戦いに介入していたら……いやそれは敢えて何も言うまい。

 

「計画を次の段階に移行するか、か。ああ、そうだな。彼女達の実力の確認も取れた。ならば問題はないだろう」

 

 否。この程度で問題があっては困る。

 何せ、先日のアレは単なる序章。前座に過ぎない。

 これから始まるであろう本当の地獄(しれん)を乗り越えてもらうためにも手を抜くわけにはいかないのだ。

 

「ああ、またその内連絡を取るということだな。了解した……ああ、そうだ。一つ言い忘れていたことがある。妹を大事にするのはいいが、あまり過保護にしているとロクなことにはならんぞ。ではな」

 

 言いながら携帯を切る甘粕。彼女には分かっていた。あの瞬間、タイミング良く彼女の携帯がかかってきたことが意味するものについて。恐らくではあるが、甘粕という人間に自分の妹が接触することを心配したため。

 しかし、それは人として当然の行動であり、いくら『天災』であろうと身内のことは感がているものだ。

 だが、時すでに遅し。

 

「束よ……お前の妹も、もしかすれば見所があるかもしれんぞ?」

 

 既に『天災』の妹は馬鹿の標的となっていたのだから。




甘粕成分足りてますかね? 足りていると信じたい……。
はい、というわけで今回は箒がメインでした。色々と影が薄かったので、今回はメインを張らせてもらいました。これで彼女にも今後何かしらの影響があると信じたいですね……。
そして本当は乱入したかった馬鹿、もとい甘粕。彼女の性格からしてみればそれが自然だと思うんです。
さて、次回からは二巻突入……と言いたいですが、その前に番外編らしきものを書きたいと思います。
それでは!!


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番外編 あったかもしれない過去

久々の投稿……だというのにISが全く関係ないとは、これいかに。
※今回の話は本編と一切関係ない……であろう話。所謂IF話、番外編です。ご注意下さい。



「神様。私は決して、貴方に慈悲を請いたりはしません」

 

 かつてそんなことを誓った少年がいた。

 やがて少年は青年となり、青年は男となり、男は王となった。

 王は兵士達に、戦士達に言う。

 

「戦え、皆戦え、皆、神のために戦え。

 神は助けを乞う者を助けたりしない。

 慈悲を乞う者を救ったりしない。

 それは祈りではなく、神に陳情しているだけだ、死ねばよい。

 戦え、皆、戦え。戦いとは祈りそのものだ。

 呆れかえる程の祈りの果てに神は降りてくる、神の王国(エルサレム)は降りてくる!

 百人のために一人が死ね、千人のために十人が死ね、万人のために百人が死ね。

 ならば億土の神の世界のために この私の小さな世界が燃え堕ちても、その果てに神は降りてくる、それは私の祈りの果ての神の王国だ。

 皆で戦え、裂けて砕けて割れて散る、戦い(いのり)戦い(いのり)戦い(いのり)の果てに、惨めな私の元に、哀れな私達の元に、馬の群れのように、神は降りてくる! 天上から!」

 

 そして王は戦い続けた。

 戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って。

 幾千、幾万の屍の山を作り、鮮血の河を流しながら、それでも彼は戦い続けた。

 その闘争(いのり)がいつかきっと神に届き、自分達の下へやってくると信じて。

 けれどその果てにあったのは楽園でも、神の降臨でもない。

 

 死。

 

 皆、死んだ。

 皆、死んでしまった。

 彼のために。

 彼の信じるもののために。

 彼の楽園のために。

 彼の神様のために。

 彼の祈りのために。

 皆、死んでしまった。

 

 狂った王は、もはや王ではなかった。

 神の従僕ですらない。

 いや、もはや人間とも呼べない存在。

 敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も治めるべき国も、男も女も老人も子供も、そして最後には自分までも。

 

 けれど、その瞬間においても彼は自らの人生を受け入れることはできなかった。

 終わらない。自分は、こんなところでは終わらない。しかし、現実は彼の死へと刻々と迫りつつある。

 直前の死。それは彼にとって変えようがない真実であり、事実だ。

 しかし、それでも。

 それでも、あきらめを踏破するのなら……。

 

 *

 

「――――馬鹿な」

 

 目の前にある結末を見せつけられて、幽雫宗冬は瞠目していた。

 そこにあったのは戦真館の第四層(ギルガル)突破の光景。本来ならば、柊四四八を含めた七人が最後の一人になるまで殺し合う。それが第四層の突破の条件であり、それを覆すことは不可能。何故ならば、それが本来歴史に沿った流れだからだ。

 けれど、彼らが出した答えは違う。

 仲間を殺すこと、殺されることを『逃げ』だと断じ、信じることを選んだ。

 そして、その当事者である宗冬は思う。

 有り得ない、こんなこと。茶番にも程がある、と。

 行動だけを見るならば彼らは何もしていない。あの状況で何もしないというのを選択するのがどれだけ困難かは分かっているが、それで道が開けるとでも? ふざけた話だ、そんなものは子供の理想(たわごと)でしかないだろう。

 

「確かに、甘ったるい話ですわね。まったく趣味ではありません」

 

 まるで興味が失せたかのような言葉を呟く百合香。

 

「彼らがどう堕ちるのか……わたくしはそれが楽しみだったのですが」

 

 何とも悪趣味な言葉。それを口にすると同時百合香はちらりと宗冬を見る。この家令と同じ選択をされてはそれはそれで困るが、だからといってこれはまた別だ。想像異常に拍子抜けである。まるで辛い料理を食べていたというのに、途中で甘ったるい蜂蜜を上からぶちまけられた気分だ。

 

「それに、そもそも歴史の分岐という面から見ても筋が通っていない。現実にあのような目にあったとき、何もしなければ助かるとでも? 有り得ない話ですよ。現実において致命傷は消えたりしないし、襲撃者もまた消えはしない。夢だから罷り通った非日常を未来へ繋がる選択だとは認められませんよ。破綻しています。

 正直申しまして、失望を禁じ得ません。無論あなたに対してです、狩摩殿」

 

 深く嘆息するように百合香は声を落としていた。言葉通り、そこにはあからさまな失望の念が滲んでいる。

 だが、それとは対象的に応える者は陽気だった。

 

「そうかいのう。確かに臭い落ちじゃったのは否めんが、俺はどうして気に入っちょるよ。そがァに目くじら立てんでもええじゃない。

 あんたァ、俺がなんぞ弄ったせいじゃ言いたいみとォなが、そりゃあ下種お勘繰りよ。こっちはなんもしとらんっちゅうに」

「誓って、ですか?」

「応とも。だいたいこの邯鄲は俺が絵図描いたもんじゃなかろうが。設定したのは“あいつ”じゃし、なら必然“あいつ”の趣味よ。なんともやりそうなことじゃないか? 好きじゃけえのォ、あれは愛じゃ勇気じゃいう青いもんが。それを守ろういうんが奴の理想(ぱらいぞ)―――なら小僧どもは資格ありじゃ、ちゅーて俺は思うが」

「…………」

「納得いかんかい、お嬢? じゃったらどうする?」

 

 それは挑発の一種、だろうか。距離を隔てた四年だけの、互いに顔を合わせない会話の中に、壇狩摩は面白おかしいと言わんばかりの稚気と、抉るような殺意を込めて言葉を継いだ。

 

「ここで俺と戦ってみるか? そういう話じゃったもんのォ、俺の手が理解できんようになったら敵同士じゃゆうて。どうするんなら。あそびたいんならこっちは別に構わんでよ。なぁ、幽雫ァ」

「待ちなさい」

 

 その言葉は狩摩に対してのものではない。今にも抜刀しようとする宗冬を抑えるためのもの。

 百合香はそのまま小さな溜息をついて、やれやれと首を振った。

 

「分かりました。あなたの仰ることももっともです。非礼をお許しください、狩摩殿。確かにあの御仁の好みではありそうです。そしてだからこそ、四四八さんたちに賭けてみようとしたのはわたくし。道理が立たないのはこちらのほうでしたわね……ただし」

 

 椅子の背もたれに身を預けつつ一拍置いて、刺すように百合香は続けた。

 

「あなたはこれで終わりと思っていますの?」

「んなわきゃあるかい」

 

 問いに、返事は即答だった。並外れた空間支配を成す身として、超絶した視力を四四八に注ぎながら、壇狩摩は嗤う。

 

「見とけやお嬢、甘粕っちゅう男を舐めたら死ぬで。あれは気に入った奴にこそ、洒落にならん真似をする男じゃ」

 

 勇気が見たい。

 愛がみたい。

 その輝きに誰よりも何よりも魅せられている者だからこそ。

 

「試練、試練の釣瓶打ちよ」

 

 言って狩摩は、何かを予言するかのように煙管の煙を虚空に吐いた。

 

「……では、あなたは彼女が来ると考えておられるのですか?」

 

 柊四四八達は第四層を超えた。ならば、次にたどり着くのは必然的に第五層(ガザ)である。

 そして、この邯鄲の夢において、ほとんどの勢力が知っていること。第五層には『鋼牙』、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワがいる。

 自らの縄張りに入り込まれて、あの人外が黙っているわけがない。

 故に試練とやらを推察するに、次の敵はキーラであると百合香は考えたのだが……。

 

「さぁてのォ。そこまでは俺にも分からん。五層にいるのが『鋼牙』だけならそうじゃったかもしれんが……何せあそこにはもう一人、厄介な男がおるけぇ」

「……あの方ですか」

 

 失念していたかのように百合香は呟く。

 そう。五層にいるのは『鋼牙』だけではない。それ以上に厄介な、それでいて恐ろしい男が存在していた。

 その男の名は―――――。

 

 *

 

 その時、男は夕景の処刑台に立っていた。

 見渡す限りは血、血、血。屍体は山の如く積まれ、もはやそこからは生の気配は一切感じられない。しかし、不思議と嫌悪を抱くこともなかった。

 あるのは何もかもを失ったという虚無感のみ。

 そう。ここは彼が何もかもを失い、そして誕生した光景であり、記憶。

 

「青いな」

 

 その言葉はこの景色に対してのもの、ではない。

 彼は見ていたのだ。百合香や狩魔と同じ様に、そしてどこかでこれを眺めているであろう『あの男』と同じ様に、戦真館の試練突破をその目に刻み込んでいた。

 その決着は、彼にとってもあまりに都合の良すぎるものだと言わざるを得ないものだ。戦場という戦場を駆け抜け、闘争という闘争にその身を投入していった彼にとってはその選択は甘すぎる。百合香が言っていたように、この結末はあまりに現実離れしすぎだ。

 彼ら戦真館がとった行動は男からしてみれば、単なる戦闘放棄に他ならない。

 他者を信じる? 殺すことが逃げ?

 馬鹿な、そんなものはただの妄想。仲間を殺したくないというだけの詭弁だ。そんなもの、現実の戦いにおいては何の役にも立たない。むしろ、思考を停止しているだけであり、そういった者から死んでいくのが戦争というものだ。

 その相手が非日常ならば、尚更のこと。

 

「しかし、彼らは試練を乗り越えた……か」

 

 その理由は言わずもがな。狩魔が言っていたように、『あの男』が好きそうな展開だから、だろう。なるほど、言われてみれば確かに『あの男』が好きそうな展開ではある。仲間を信じ、友を信じる。ああ、そうだ。あの男が見たがっていた物に他ならない。

 故に彼らは試練を乗り越え、踏破した。

 けれど、それは計算されたものではない。今の彼らは『あの男』の存在すら知らない状態。ならば、何が正解なのか分からないはず。いや、そもそも彼らは自分達が何を乗り越えたのかも自覚していないはずだ。

 であれば、これはあまりにも都合が良すぎる結果というもの。

 言ってしまえば、彼らは数学の問いに答えしか返していないのだ。その過程を一切記さず、ただ己の勘だけで答えに至ったようなもの。

 幸運。偶然。そう断じられても何も仕方のないものなのだろう。

 そして、男は疑問を生じさせる。

 果たして彼らは、本当に何の勝算もない信念に殉じたというのか。

 そんな問いを考えついたところで、男は呟く。

 

「いかんな……柄にもなく、考えにふけるなどとは」

 

 言いながら自嘲の笑みを浮かべる。 そうだ。そんなことをする必要はない。そんなものは無駄であり、何より自分らしくない。

 自分は怪物だ。どうしようもない化物だ。戦いの中でしか、自分という存在を見いだせない人外だ。そんな自分が生じた疑問を一人考えたところで何になるという。それで納得する答えが得られるとでも?

 否、断じて否だ。

 ならばどうするか。

 

「私は化物だ……ならば、化物らしく、闘争の中で答えを見出すとしよう」

 

 瞬間、世界が一変する。

 まるで紙のドアでも切り破るかのごとく、夕焼け空の地獄から戦真館のグラウンドに男は舞い降りた。そしてそこには散り散りの状態から集まった戦真館の七人が。

 彼らの驚く顔を見ながら、男は不気味な笑みを浮かべた。

 

 こうして第二幕の……否、本当の試練が介入する。

 

 *

 

 四四八がグラウンドに集結するのに、然程時間はかからなかった。

 唐突に襲いかかってきた謎の現象。そこから脱した彼らは異常が去ったことを認識した直後に集まったのだ。幸いにして誰も怪我をしておらず、安堵の息を吐けるかに思えた。

 しかし、現実……否、この夢はそんなに甘くはなかった。

 グラウンドに集まった彼らの前に現れたのは一人の長身の男。

 赤いロングコートと同じ色の大きな帽子。それだけでも異様だというのに、男から感じるのはそれ以上のモノ。恐怖。そう、これは恐怖だ。目の前にいる得体の知れない存在に、四四八や他の者も危険だと感じているのだ。

 

「四四八君……」

「ああ、分かっている」

 

 四四八は理解していた。目の前にいるのが、敵であるということを。そして同時にどうしようもなく強い敵であるということも。

 しかし、ならばこそ、四四八は問いを投げかける。

 

「あんたは、一体何者だ」

「私か? 何、私は単なる化物だよ」

 

 あっけからんと。そんなことを口にする男は本当にそれが当然だと言わんばかりのものだった。なるほど、確かにこの夢の連中は誰も彼もが異常であり、怪物的な力を持っている。しかし、男の言葉はそういうものを言っているのではない。正真正銘、自分は化物だと確信して言葉にしている。

 そして、それが戯言ではないことを四四八は男の纏う空気で理解した。

 

「単なる化物か。それで、その化物が何の用だ」

「何の用? 何の用だと? 決まっている。人間と化物が合間みえた。ならば闘争以外に何があるという?」

 

 正体不明の男は不敵な、不気味な笑みを浮かべながらそんな言葉を口走る。

 何を馬鹿な、とこの場にいる誰もが思ったことだろう。しかし同時に理解する。目の前の男は本当にそれだけの理由でこの場に立っているのだと。先程から空気を伝って肌を刺激する凄まじい殺気。それによって恐怖が駆り立てられているが、彼らはそれを何とか押さえ込んでいる。

 何故、何が、どうして……疑問はいくつも出てくるが、この相手はきっとまともには返してはくれはしないだろう。そんな理由もない確信が、四四八達の中にはあった。

 だが、意外にも戦闘は即座にはやってこない。

 

「しかし、ああそうだな。一つ聞きたいことがある」

「聞きたい、こと……だと?」

「何故、殺すことを選択しなかった?」

 

 唐突な質問に言葉を失う四四八。そんな彼に追及するかの如く、男は言う。

 

「お前達は戦うはずだった。殺し、打ち倒し、朽ち果てさせるために。殺されに、打ち倒されに、朽ち果たされるために。そのはずだ。そのはずだった。それが闘争の契約。そして弱いカードにかけたものは死ぬ。殺される。惨殺される。そうならなければならない。殺し、殺されなければならない。それを違えることはできないはずだ。あってはならないはずだ。誰にもできない唯一の理のはずだ。神も悪魔も私もお前達も」

 

 だというのに、彼らは生き残った。

 

「何故だ、何故お前達は生きている? 友を信じた? 仲間を信じた? 戯言だ。そんなものは戦の中では何の役にも立たない。お前達は殺すことを選択しなかった。それは諦めだ。生きることを諦めた選択だ。そんな選択は断じて認めない。認められるわけがない。諦めが人を殺すのだ。諦めを拒絶した時、人間は人道を踏破する権利人となるのだ。だが、その逆は有り得ない。諦めが人を生かすことなど、断じて有り得ない。許されないのだ」

 

 死ぬか生きるかの場面において生きることを諦めた人間から死ぬのは自然の摂理。その見解からすれば、確かに四四八達がとった行動は生きることを諦めた選択と言えるだろう。

 彼らが生き延びたのが『あの男』の好みの選択だったからというのは男も理解している。だが、納得しているわけではない。むしろ逆。そんなものは断じて認めない。そんな甘く、青く、軽い選択が道理になるというのは自分が味わってきた闘争への侮辱に他ならない。

 故に男にとって四四八達の選択は自分への宣戦布告に他ならない。

 だから彼はここへやってきたのだ。

 

「さぁ。答えろ、人間っ!!」

 

 男の殺気立った問いかけ。

 そしてその数秒後。

 

 

 

「誰が、諦めただと?」

 

 

 

 そんなことを口にしながら前に出たのは四四八だった。

 得体の知れない化物。恐怖を感じさせる怪物。殺気を放つ人外。そんなモノに対して、しかし彼は怯むことなく男の前へ立った。

 その瞳に迷いはなく、恐怖もない。

 

「勝手なことを言ってくれるな。確かに、何度も諦めかけたことはある。ここは現実とはかけ離れた場所だ。死にそうになったことももう二度程体験している。だが、それでも俺達は諦めたことはない。だから今、こうしてここにいるんだ」

「……っ」

 

 四四八の言葉はやはりというべきか、迷いがない。その言葉には嘘偽りが存在しない。自分の発現に自身を、信念を持っていることを男は確かに感じ取った。

 それがまるで、誇りであるかのように。

 正直に言えば、男にとってその発現はあまりにも予想外なものだった。

 

「そうだぜ。全くよぉ、諦めた諦めたって好き放題散々言いやがって。確かに俺は諦め癖がある奴だよ。でもなっ! 生きるか死ぬかの場面でさっさと自分の命を諦めるような真似はしたことはねぇ!! そんな奴は男って言わねぇんだよ―――覚えてろッ」

 

 しかもそれは四四八だけに留まらない。

 

「そういう言い方、腹立つなあ……男女関係なくない、こういうのって」

 

 一人、また一人と彼らは男の前へと立ち塞がる。

 

「栄光の馬鹿はいつものことだし。馬鹿男はまあ……場合によっちゃ可愛いけどよ」

 

 男にはそれが理解できなかった。彼らは一体どういう気概で、どういう勇気で、男の前に立っているのだろうか。

 

「そもそも、勘違いしてるよね、貴方」

 

 彼らは今日という日まで夢の中で訓練をしてきた少年少女達だ。しかし、だからと言って男のような化物と戦い慣れているわけでないはずだ。

 

「龍辺の言うとおりだな。勝手に自分で解釈してべらべら一人語りしてんじゃねぇぞ」

 

 訓練をしたからと言って死の恐怖を克服できているわけではない。実際の年数で言う半年程の訓練など、たかがしれているはずだ。

 

「そんなに自分の価値観を押し付けたいんなら他所でやってちょうだい。そんな一方的な価値観、ごめんよ」

 

 なのになぜ、恐怖を前にして雄々しく吠えることができるのだ? あまつさえ、その瞳に希望という名を光を輝かせているのだ?

 わけがわからない。理解不能だ。そうなるのは彼らの方であって、男ではないはずだ。正体不明の恐怖を前に、

怯え、震え、逃げ惑う。それが普通。それが当然。

 だというのに、彼らはその真逆。立ちふさがり、立ち向かおうとしている。

 そして、そんな彼らの姿は男に戸惑いと疑問を生じさせる。

 

「勘違い、だと……? 私が一体、何を勘違いしていると?」

 

 男の言っていることは事実のはずだ。この世の理であり、絶対だ。これを否定することは誰にもできないはずなのだ。それが例え神であったとしても。

 しかし。

 そんな男の考えに四四八は真っ向から対峙する。

 

「俺達はあの時、確かに互いを殺さないことを選択した。だがそれは生きることを諦めたからじゃない。互いを信じることを諦めなかったんだ」

「……自らの死を前にしながらも敵を殺さない。それは、生きることを諦めたのと何が違う」

「ああ、違うさ」

 

 男の言葉に四四八ははっきりと断言した。

 

「確かに死地の中で生きるために相手を殺すことはある。それは戦場においての必然だ。それを否定するほど、俺達も物分りが悪いわけじゃない」

 

 だが。

 

「それでも、それを当たり前のことだと納得するほど、聞き分けのある性格はしてないんだよ」

「詭弁だな。若く、そして青い」

「ああそうだ。俺達は若く、そして青臭い。戦場を経験した、なんてことは言えないし、未だに知らないことも多いだろう……けれど、だからこそ、俺達は俺達の意思を貫く。例えどんなことが起ころうとも、友を信じ、仲間を信じる。それが俺達の戦の真だ」

 

 瞬間、男の中の何かに戦慄が走った。

 目の前にいる少年は確固たる意思を持って男と対峙している。感じているであろう恐怖を抑え込み、その上で自らの信念を貫き通すために。

 友を信じ、仲間を信じる……それはかつての男の通った道とは真逆のもの。何もかもを殺して殺して殺し尽くした彼とは正反対の生き様。

 それは青く、甘く、若く、未熟。

 けれども一方でどうしようもなく眩しく、男にとっては輝かしいものでもあった。

 しかし、だ。

 それを認めることは、男にはできない。

 何故ならば自分は化物だから。人間と化物は相反する存在。心から認めているが、認めるがこそ、拒絶しなければならない。それが人間と化物の争いなのだから。

 そして同時に思うのだ。

 彼なら、彼らにならば……■されてもいいかもしれない、と。

 

「よかろう。ならば、その戦の真とやらを見せてみるがいい」

 

 もはや対話はそこまで。

 そも、最初から対話で終わるとは誰も思ってなどいない。会話はあくまで意思確認。それが確認できたのならば、その後にやることなど一つしかない。

 男は満月に背を向けながら、両手を広げ、声高らかに宣言する。

 

「大英帝国王立国教騎士団―HELLSING機関―ゴミ処理係。アーカード

 ――――――準備はいいか? 戦真館」

 

 そうして。

 戦真館と化物の闘争が始まった。




というわけで、「もしもアーカードの旦那が邯鄲の夢にやってきたら」の回でした。
色々と仕事やらなんやらで忙しくて本編書く気力が無くて気分転換に書いたものを投稿させてもらいました。
……ええ、色々と言いたいことはあるでしょうが、そこは感想で受け付けます。
だがしかし、私は後悔していない!!(黙れ

次回からは2巻に突入する……はず……だといいいなぁ。


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第十九話 転入

※何やらまた作者がやらかしていますが、通常運転です。ご注意下さい


 まず第一に抱いた感想は、そこは万華鏡のようである、ということだ。

 見渡す限り、果のない空間。けれども開放的だという感じは一切せず、どこか縛られているようなそんな感覚に襲われる。それだけでも異常だと言うのに、上空には常に複雑な幾何学模様が規則性と共に描かれている。班で不揃いな色彩は目に厳しく、ある種の攻撃性を表していた。何とも自然不快な気分である。

 規則性のある混沌。そんな言葉が不意に浮かんできた。複数の絵を鋏で切り刻み、満遍なく継ぎ接ぎ模様を構築すればこのようなものになるかもしれない。

 捻れている。歪んでいる。

 けれどもそれでいて揺れない芯が奇怪な法則を示している。相反する二律背反、矛盾を形としたような風景こそ。

 

「そう、此処がオレの地獄(せかい)だ」

 

 ふと声がする。見ると、そこにいたのは一人の鬼の仮面を被った男。

 上半身ははだけており、服装も女物という何とも奇形な格好をしている。しかし、問題はそんな人物がこの世界を作り出しているという事実。

 そう。ここはあの鬼面の内界に他ならないと『青年』は理解した。

 いわばこれは敵陣に一人で突っ込んできたようなもの。圧倒的不利な状況に、けれども『青年』は不敵な笑みをこぼしていた。

 その風格。その態度。その身に纏う常識外れの極大にして禍々しい空気。

 

 ―――おお、なんという極上の獲物であろうか。この男は。

 

「カッ、これはまたすげぇ舞台を用意してくれたもんだ。だが、いやだからこそいい。これぞ正しく俺の生き様を証明するためにぴったりの場所だ。

 ―――その首、俺がもらい受ける。異論はあるかい? 夜都賀波岐が一人、天魔・宿儺殿よ」

 

 大仰に語られた真意は愚直で、在り来たり。

 だが、その瞳はまるで飢えた獣がようやく獲物を見つけたかのような輝きを放っていた。

 欲求不満の溶解炉。破裂寸前まで煮詰められた闘争への渇望が、地殻のように高温高圧を維持している。敵が欲しい、死闘が欲しい、欲しい欲しいと喧しいほど喚くのだ。

 なぜなら彼―――――アスラ・ザ・デッドエンドは、未だ満足していない。運命から袖にされた埋め合わせを見つけなければ、生きるも死ぬもないのだから。

 既に己が闘争本能は放し飼いにした狂犬と化していた。そうとも、もはや我慢などできるものか――――

 そんな彼に宿儺は未だ不敵な笑みを見せ続けていた。

 

「ハッ、目ん玉爛々と輝かせやがってよ。若いってのはいいねぇ。血気盛んで向こう見ずで、適当に偉ぶっている奴に噛み付けばそれで幸せなんだからな。

 ――――死相が見えるぜ、餓鬼。そうなって生き延びた奴はいねぇ」

 

 アスラの殺気を受けながらもしかして宿儺の態度は変化しない。その瞳はまるで何かを見定めているかのような、そんな視線を放っていた。

 そして同時に、どうしようもない空虚さも。

 

「死相? 上等上等。死が怖くて死闘なんぞできわけがなかろうに」

「ほう……いいぜ。そこまで言うなら相手してやるよ。ただ? やるってんなら本音で来いよ。嘘偽りを周りに振りかざして満足するような輩とやるほど、オレは暇じゃねぇんでな」

「おお、よく言うわ」

 

 その的外れにも程がある言葉に、アスレは思わず苦笑した。

 何を馬鹿な。

 そもそも、どうでもいいと思っているのはそちらだろうに。

 

「舐めているのはあんたの方だろ? 俺なんかと戦う気はさらさらない。そんな価値など俺にはないと。そう思ってんだろう? 何をしようがどうしようが問題無し。大した手間にはならないと、高を括ってやがる。まぁ、何にしても評価が低いわけだが……そこんところ、どうなのよ」

「大方正解、と言ったところだな。正直、俺には別にやることがあるわけだしな」

 

 だからお前なんかに構っていることさえ惜しい、という判断。

 加えて、こんなことより優先すべき事柄あるという運命。

 それらの理由を総合した上で、すなわち結論――――宿儺は自分が敗けることを想定していないのだ。

 

「呵々、なるほど。最初から眼中にはございませんと……」

 

 あまりに率直にこき下ろされたせいか、むしろその回答はアスラの中で爽快感さえ生み出した。

 これは参った、どうしたものかと喉を鳴らして含み笑う。

 お前などただの格下。自分が本気を出すまではないと。そう断じられたのだ。

 それを自覚した上で、アスラはいう。

 

「―――善いぞ。その高慢、参じて挑む価値があるッ」

 

 ならばいざ、思うがままにただ吼えよう。

 そしてその傲慢な態度を豹変させてやる。

 その(まなこ)を抉り出し、己が武勇を刻んでくれる。満たしてくれよと、色即是空(ストレイド)魔拳(ほし)が輝く。

 

 

「天昇せよ、我が守護星―――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 野獣を思わせる瞳に浮かぶのは開戦の狼煙。

 

「森羅万象、天地を握る老いさらばえた支配者め。古びた玉座がそれほどまでに恋しいか? 何故そうまでしがみ付く。

 憤怒に歪み血走る眼球(まなこ)、皺を刻んだ悪鬼の相貌。見るに耐えない、怖気が走る、なんと貴様は醜悪なのだ」

 

 天の唾するかのような内容の詠唱(ランゲージ)は、そのままアスラのみならず、かつて彼の元となった老人も表している。

 彼には衝動がない。我執がない。一切の寄る辺とやらを有していない。

 そう、だからこそ無頼漢(ストレイド)。天の支配者に組みすることなく何にも頼らず破壊する悪童は、己を生み出す創造主を嘲り笑い祝福していく。

 

「その大口で我が子を喰らい飲み下すのが幸福ならば、いずれ破滅は訪れよう。汝を討つは、汝の継嗣。血の連鎖には抗えない

 鎌を振るい暴威をかざした代償が、積もり積もって現れる。かつて御身がそうした如く、他ならぬ血縁に王位は簒奪されるのだ

 産着に包んだ石塊を腹へ収めたその時に、逃れられない運命は約束された未来へ変わる」

 

 親と子は如何なる生物にも存在する。生まれ落ちると同時に成立するその関係は契約にも等しい。

 しかしアスラは孤児(ストレイド)。見捨てられた子に親はいない。

 煢然(けいぜん)寂寞(せきばく)も覚えはないが、心はいつも飢えている。

 そして、だからこそ。

 

「刮目せよ、これぞ予言の成就なり」

 

 目前の獲物をどうしても食い殺したいのだ。

 

超新星(Metalnova)―――色即絶空空即絶色、撃滅するは血縁鎖(D e s d e n d S t r a y e d)ッ!」

 

 解放と同時、夥しい量の星光をその身に迸らせる。

 心の底から嬉しそうな凶笑は、目の前にいる強者への反逆。その喜悦だ。

 その光景を前にしても宿儺の態度は一変しない。むしろ、アスラの力を発揮した今でさえ、彼と宿儺の差は縮まらない。

 けれど、それでいい。それがいいのだ。

 

「流石、流石だ天魔殿。この状態でさえ、俺には勝機が見えねぇ。離れていても感じ取れるその膨大な力。瞬きの間に即死しかねんこの空気……泡立つ肌の心地よさよ、やはり死合はこうでなければッ!」

 

 そして、今度こそ。そう今度こそ。

 命と命がぶつかり合う生死の狭間に、どうか高みに到れるようにと。

 この空虚に開いた胸の穴が埋まることを願いならば、己が極地の死闘へと狂喜しながらアスラは挑む。

 

「来いよ、悪童(がき)。試してやるからかかってきな」

 

 一方の宿儺は未だ笑みを変えず、ただ胡座をかいて正面に座っている。どこまでもふざけた態度。傲岸不遜な余裕は一体どこから出てくるのか。

 しかし、そんなことは今はいい。

その余裕を覆すことこそが、今のアスラがやりたいことなのだから。

 

 そうして。

 悪童と悪童は己の渇望のままに激突したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、もちろんではあるが。

 

 

「いっけぇぇぇぇぇええ!!」

「負けるかぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 

 その悪童を扱っているのが、ツインテールの中国女子と金髪少女の貧乳コンビであることは言うまでもないことだろう。

 

 *

 

 月曜の朝。

 その単語だけでも気が滅入るというのに、今日の聖はいつもより数段疲れきっていた。もっと単純に言えば、寝不足である。

 

「眠い……」

 

 ふと心の声を吐露すると、どこぞの馬鹿こと甘粕がふむ、と言いたげな顔付きで言ってくる。

 

「何やら疲れ果てているな。いかんぞ、体の体調管理には気をつけなければ」

「うっさいわね。誰のせいで疲れてると思ってるのよ……」

 

 などと口にするも、半分は自分のせいなのでそれ以上は言葉を続けない。

 昨日、聖の部屋では神座シリーズのゲームで盛り上がってしまった。最初、聖は参加していなかったものの、やはり自分の知っているシリーズだったためか、途中参加し、深夜になるまでプレイしてしまった。その結果がこれである。

 参加していた鈴や簪も恐らくではあるが、ぐったりしているはずだ。

 唯一、元気が有り余っている馬鹿は除くが。

 などと考えていると、他の女子生徒の声が耳に入ってくる。

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

 などと話し合っているのが聞こえてくる。見てみると、その手にはなにやらカタログらしきものがあり、楽しそうに会話していた。

 

「あれは……」

「ふむ……ISスーツのカタログだな」

 

 ISスーツ。

 その名前の通り、ISを装着する際に着るスーツである。

 肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部へと伝達、ISはそこで必要な動きを行う。

 また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径銃程度なら完全に受け止めることが可能。ただし、衝撃は消えないため、ダメージ事態はある。

 性能はいいものの、その見た目がどうみても『アレ』なのがちょっと……否、かなりの欠点ではあるが。

 

「聖は決めたのかね?」

「いいえ、まだよ。そういうあんたは?」

「私もだ。まぁ、私も一応女なのでな。自ら着飾るものは真剣に選びたいと思っている」

 

 そう思うのなら普段の言動とかにも気をつけてるべきでは……と心の中で呟くもそれを口にしないのは、甘粕がどういう人間なのか、聖はよく知っているからだ。

 聖と甘粕が出会ってから、日数はそんなに経っていない。せいぜい二ヶ月程度というものだ。しかし、たったそれだけの間でも一緒に暮らしていれば嫌でも相手がどういう人間なのか、ある程度理解できてしまうものだ。

 

(二ヶ月、か……)

 

 そう。聖がIS学園へ入学し、早二ヶ月が経とうとしている。

 最初はここの空気、そして他の学生達の在り方に憤りを感じた時もあった。そして、それは今でも時折感じている。聖の発言が何かしらの効果を表す、とまでは思わないものの、それでも何か変化があるのでは、と少しばかり期待してしまったのは事実である。

 そして、この結果は彼女達……否、今の社会の考え方がどれだけ根強いのか、それを意味しているのかもしれない。

 それをどうこうする力は、聖にはない。

 だが、それを見過ごし、見て見ぬふりをするつもりは毛頭ない。

 

「面倒事は、嫌なんだけど……」

 

 愚痴を零しながらため息を吐く。

 しかしまぁ、この二ヶ月、色々なことがあったが、しかし普通に考えれば事件と呼べることが起こるのはそう何度もないはず。そんな異常事態が連続して続くわけが……。

 

 

 

 

 

「ええっとですね、今日はなんと! 転校生を紹介します!」

 

 

 

 

 

 瞬間、彼女は確信する。

 何か面倒事がやってきた、と。




第二部、始動です。
亀更新が続いていますが、仕事の関係なので、これくらいの速度になると思います。すみません。

さて、ついに第二巻に入るわけですが……どうしましょうか(オイ
いや、ラウラとかシャルとか結構好きなキャラなんですけど、甘粕の琴線に色々と触れすぎな気がして……特にシャル。彼女は頼りがいがあるように見えて、依存というか、諦めというか、そういう風にも見えてしまうんですよ。そしてそういうのは甘粕的に「よし、試練だ」とか言い放ちそうで……。
まぁ、そこら辺を考えながら、楽しくやっていきたいと思います。


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第二十話 銀髪

最近思うんです……『ヴェンデッタ』のルシードってラウラとか鈴とかありなのかなって。
※再び甘粕成分無しです。ご注意下さい。


 転校生がやってきた。

 その言葉はつい最近聞いたばかりのものだった。あれはそう、鈴の時だったか。

 あれは二組の話であり、一組とは関係ない話ではあったが、しかしこんなにも短い間に新たな転校生がやってくるなど前代未聞。

 しかも。

 

「なんと、転校生は二人います!」

 

 元気ハツラツ、と言わんばかりな山田麻耶の言葉に聖は耳を疑った。

 連続的な転校生、しかもそれが二人。

 IS学園は他の高校とは違う。ある種別格な学校だ。だが、それを差し引いたとしてもこんな異例は驚愕ものなのは間違いないはずだ。

 ざわつき始めるクラスメイト達。そんな中、教室のドアが開かれた。

 

「失礼します」

「…………」

 

 二人の転校生が入ってきた瞬間、ざわめきがピタリと止む。

 同時にクラスの全視線がそちらへと向けられた。

 

 一人は眼帯を左目にかけた少女。長い銀髪はその小さな背丈の半分程あり、腰まで伸びている。そしてその身体は華奢な、という言葉がしっくりくるものだが、体から出てくる雰囲気が普通の女子高生とは何か違う。歩き方、

姿勢、態度。どれをとってもきっちりしている。女性らしさ、というよりもどこかで訓練を受けてきたかのような

動き。まるで軍人のようだ。

 

「……、」

 

 無言を貫く銀髪少女に替わり、もう一人の生徒から自己紹介が始まる。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さん、よろしくお願いします」

 

 濃い金髪の生徒。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねていることから、手先が器用なのかもしれない。人懐っこい顔立ちで、銀髪の少女とは違う、礼儀正しさを持っていた。こちらは背丈はそこそこあるのだが、同じく華奢そうな体つきであり、繊細な体のラインを醸し出している。

 ただ、こちらは銀髪の少女とは大きく違う点が存在していた。

 というのも……。

 

「……男?」

 

 つい口走った言葉はそれだった。

 そう。中性的な顔立ちの下に来ている服は織斑一夏が来ているのと同じ男子生徒服。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を―――」

 

 と続けて説明をしようとしたその時。

 

「きゃ……」

「はい?」

「きゃあああああああっ!!」

 

 唐突な黄色い声に少々驚きを見せるシャルル。それはそうだろう。一斉にこれだけの女性陣から歓喜の叫びをかけられれば、いやでもこうなる。

 

「二人目!! えっ、二人目!?」

「しかもかなり美形!! 守ってあげたくなる系の!!」

「織斑君と違うタイプ!!」

「かっこいいーーー!!」

「いや、あれは可愛いでしょ!?」

 

 わいわいと声を立てて再びざわつく女性陣。そんな彼女達に呆れながらも千冬は一言。

 

「いちいち騒ぐな。HR中だぞ。静かにしろ」

 

 瞬間、ぴしゃりと声が収まる。流石、というべきか。ブリュンヒルデの異名を持つ織斑千冬の言葉は生徒達にとっては影響力が大きい。

 

「そ、そうですよ皆さん。まだ自己紹介は終わっていないんですから」

 

 麻耶が言うものの、しかしもう一人の転校生は無言を貫き通す。

 銀髪眼帯の少女は騒いでいた女子生徒達を下らないと言わんばかりの態度で見ていた。しかし、それも一瞬のこと。今はただ目を伏せて腕を組んで立っているのみ。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

 言われた瞬間、まるで軍人が上司に対してするかのように敬礼する。その姿を見てやはり彼女は軍人関係の人間であることが匂える。

 さらにいえば、千冬に呼ばれた途端に態度を変えた。それはつまり、彼女と千冬は知り合いであることを意味している。

 

「ここでその呼び名はやめろ。私はもう教官ではなく、お前も、ここでは一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 言うものの、ラウラはぴっと伸ばした手を身体の真横につけ、足を踵で合わせて背筋を伸ばしている。見事なまでの気をつけ、だ。

 そして。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「……、」

「……、」

 

 挨拶もこれまた見事なまでに清々しさだ。無論、悪い意味で、だが。

 聖も長々しい自己紹介はあまり好きではないが、これはこれで問題があると思う。

 

「あ、あの、以上ですか……? もっとこう、好きな食べ物とか、これからの抱負とか……」

「以上だ」

 

 あ、はい……と項垂れる麻耶。教師だというのに千冬とは全く別の対応だ。

 無慈悲な即答に泣きそうになる教師を他所にラウラはある一点のみに視線を集中させていた。

 

「……貴様が」

 

 その先にいるのは織斑一夏。

 つかつかと足を鳴らし、彼の方へと距離を詰める。その表情は不機嫌、というよりある種の怒りが満ちていた。

 そして。

 

 

 迷いない平手が織斑一夏の頬を叩く。

 

 

「っ!? な、何すんだよ!?」

 

 唐突な平手打ちに驚愕する織斑一夏。

 そんな彼にラウラは殺気の篭った視線をぶつける。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

 それは何かの宣戦布告だったのだろうか。

 状況は混乱していた。叩かれた織斑一夏本人もどうして自分が叩かれたのか分からないと言わんばかりの表情を浮かべている。

 しかし、確かなことが一つだけあった。

 

 厄介事、襲来である。

 

 *

 

 1組と2組の合同実習が終わった後の昼休み。

 聖は食堂にいた。

 無論その目的は昼食を食べるためではあるが……しかし、今の彼女は何を食べても味がしない自信があった。

 というのも、彼女と共に食堂へとやってきた連れ添いが問題。

 いつもなら甘粕がついてきているはずだった。彼女なら、まぁ問題はなかった。人間という生き物は環境に適応するものであり、もはや甘粕の真っ直ぐするぎる、ある意味で斜め上からの言動には既に慣れた。

 だが、今回の連れ添いは残念というべきか、喜ぶべきか、甘粕ではなかった。

 聖の目の前にいる少女。

 銀髪の長髪に左目の眼帯、小柄な背丈。

 簡潔に言ってしまえば、ラウラ・ボーデビィッヒがそこにいた。

 

「……、」

「……、」

 

 周りの雑音に比べてあまりにも静かな空間が聖の周りを支配している。そしてふと、先程不敵な笑みを浮かべながら見ていた馬鹿に聖はどうしようもない怒りを覚えた。いや、彼女のせいではないのは分かっている。が、完全にこの状況を面白がっていたことが腹立たしい。

 

 そもそも、だ

 こんな状況に陥っているのは聖の担任である千冬の一言。

 

 

『織斑、デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子同士だ……そして世良。お前にはボーデヴィッヒの面倒を見てもらう。二人共、日本語は流暢に話せるが、日本の常識には不慣れだ。頼むぞ』

 

 

 そんな何気ない言葉がこの現状の発端である。

 いや、確かに転校生に対し、誰かを付けるという選択は間違っていない。言葉が通じるのはいいが、それでも右も左も分からないことに変わりはないのだ。それが外国人ならば尚更である。そして、男であるシャルルに織斑一夏を付けたのは正しい判断だ。この学園で男は彼しかいないのだから、必然的と言えるだろう。

 だが、だ。どうしてラウラの担当が自分になったのか、聖は全く理解していなかった。あの千冬のことだから何か考えがあるのだろうが……しかしこの状況はかなりまずい。

 母親からの遺伝なのか、聖は他人との付き合いがそこまで上手くない。現在では周りに変わった連中がいるため、そこまで意識してこなかったが、こうやって誰かの面倒を見る、なんてことはほとんどしたことがない。

 故に無言が続くのは当然だった。

 そして。

 

「おい」

「何?」

「いつまで私に付きまとう気だ?」

 

 そろそろ言われるであろう言葉が聖に投げかけたれた。

 睨みつけてくるラウラに対し、しかし聖は動じずに答える。

 

「しょうがないでしょ。織斑先生にあなたの面倒を頼まれたんだから」

「教官の指示に従うのはいい。当然のことだからな。だが、今回に限ってそれは無用だ。私に貴様は必要ない」

「必要あろうがなかろうが関係ないわよ。転校初日からクラスメイトに暴力振るう奴を野放しにしといたら、それこそ心配でしょうが」

 

 その言葉にラウラの目元がまた怖くなる。

 しかし聖は自分が言ったことはあながち間違いではないのだと思う。自分が選ばれた理由は定かではないが、それでもラウラ・ボーデヴィッヒには誰かがついていなければならないと何をしでかすか分からない……などという判断を千冬がした可能性は高いはず。

 何せ初日、しかも自己紹介の時にやらかしたのだ。お目付け役は必要であるはずだ。

 それに抜擢された方からすればいい迷惑ではあるが。

 

「貴様……私に喧嘩を売っているのか? ドイツの代表候補生であるこの私に対して」

「事実を言ったまでよ。それで腹を立てたってことは、図星ですって自分から言ってるようなものだって理解してる?」 

「……貴様」

「それから、余計なお世話だとわかった上で言うけど、自分を代表候補生だって名乗るんなら、それに見合う自覚を持ちなさい」

「どういう意味だ。私には代表候補生の自覚がないと聞こえるが」

「……他国の専用機持ち、しかも世界で数少ないISを操縦できる男に暴力を振るった。これって結構な大事になると思うんだけど」

 

 結構な、どころの話ではない。ラウラの行動が世間に出れば、ラウラは確実に非難されるだろう。さらに言えば、彼女はドイツの代表候補生。事が外に漏れればラウラだけの問題ではなくなってくる。確実にドイツは避難の的になってしまう。

 大げさな、と思う連中もいるだろう。だが、代表候補生とはそれだけの立場にいるのだ。候補、となっているが代表であることに間違いはない。代表候補生は様々な特権を持っている。だがその一方でその責任は重大であり、意識を常に持っていなければならない。

 

「あなたと織斑一夏の間に何があるのかは知らない。嫌いな相手を無理やり好きになって仲良くしろとも言わない。けど、感情に任せて後先考えずに行動することが必ずしも良い方向へ進むとは限らない。特にそれなりの立場にいる人なら尚更、でしょ」

 

 人間は感情を持つ生き物だ。だからこそ、感情に任せて動く時がある。それが悪いこととは言わないが、しかし一時の感情に流されて行動し、後で後悔するなどよくある話である。聖はそれを指摘したまで。

 しかし。

 

「……貴様に、何が分かる」

 

 聖の言葉はラウラの何かに触れてしまったらしい。

 

「あの男が何をしたのか、知りもしないくせによくもそんなことが言えるものだ。あいつさえ、あの男さえいなければ教官は―――――」

 

 と、そこでラウラは言葉を止める。何か言いたげな表情ではあったが、しかし彼女は続きを言わず、聖に告げる。

 

「とにかく、これ以上私に構うな。迷惑だ」

 

 きっぱりと言い放つとラウラは席を立つ。

 たった一人で食堂を後にする銀髪の少女の後ろ姿は怒りと苛立ちに満ちていた。

 そんな彼女を見て聖は、厄介事が増えたことに頭を悩ませるのだった。




そういうわけで、甘粕ではなく千冬からの試練に困惑する聖でした。
何故シャルには一夏をつけて、ラウラには誰もつけなかったのか、という疑問からこのような形になりました。
まぁ千冬が何故こんなことを言いだしたのか。それは次回のお楽しみということで。
それでは!


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第二十一話 努力

※今回は一夏の視点です。ご注意下さい。


 シャルルとラウラ、二人の転校生がやってきて早五日が経った。

 

 相変わらずというか、当然と言うべきか、聖とラウラの距離は一向に縮まることはなかった。聖の対人能力が低いこともあるが、やはりラウラが全くと言っていいほど心を開かないという点が大きいだろう。それでもラウラの面倒を見ようとあれこれ試行錯誤する聖をどこぞの馬鹿は不敵な笑みで見ていたのは言うまでもない。

 一方のシャルルと一夏はというと。

 

「なるほど……えっとね一夏。一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握してないからだと思うよ」

「そ、そうなのか? 一応分かっているつもりだったんだが……」

「分かっている、というより知ってるだけ、みたいなことかな。さっき僕と戦った時もほとんど間合いを詰められなかったよね」

「うっ……確かに」

「まあ、白式は接近戦のISだからね。使わない武器に関して疎かになっちゃうのも仕方ないかもしれないけど、でもだからこそ射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうから」

「直線的……つまり、動きが単純ってことか?」

「そういうこと。ああ、でもだからと言って瞬時加速中に無理に軌道を変えたりはしないことをオススメするよ。空気抵抗とか圧力で機体に負荷がかかっちゃうし、最悪骨折とかしちゃうかもしれないから」

 

 などとアドバイスを貰える程の仲になっていた。

 男同士、だからだろうか。今まで女性ばかりだったため正直気を遣っていた一夏であったが、シャルルに対しては同性という理由からあまり気を使わなくていいため、気さくな関係に落ち着いた。おかげでここ五日間、一夏とシャルルはいつも一緒にいるような具合だ。

 

「そうか。じゃあどうすれば……」

「そうだね……例えば銃を扱う人の立場を考えてみようか。どんな姿勢なのか、どうやって撃つのか、安定させるにはどうしているのか。どんな動きが狙いやすいのか……相手の行動原理をより理解しておけば、それが相手の弱点を見つけることに繋がるんだ」

「えっと、つまり今ので言うと射撃をされにく位置とか、狙うことができない動きが分かるってことか」

「そう。さっきも言ったけど一夏のIS、白式は接近戦のISだからね。まずはどうやって近づくか、それを考える必要がある。そのためにも回避のタイミングや動きはしっかりと覚えておいたほうがいいよ」

 

 シャルルの説明に「なるほど……」と呟く一夏。彼の言葉はとても分かりやすい。特に一夏の周りにいる三人に比べれば遥かに、だ。

 何せ彼女達の説明はというと……。

 

『こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんっ!という感じだ』

『なんとなくわかるでしょ?感覚よ感覚。……はあ?なんでわかんないのよバカ』

『防御の時は右半身を斜め上前方五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』

 

 ひどい、の一言だ。

 一人は効果音ばかり、一人は感覚という勘、一人は理路整然としすぎている。

 彼女達の実力は確かなのだろうが、しかしそれがつまり人を教えるのに長けているわけではないのだ。

 

「そういや世良も射撃武器を回避したりするのはすげぇ上手かったな。やっぱり射撃武器の特性ってやつを熟知してるからなのか」

「世良さんって、あの金髪の小さな子? 確かオルコットさんと模擬戦をしてかなりいいところまで追い詰めたって聞いたけど……そういえば、この前の実習の時も他の子達と比べてISの操縦に手馴れてたよね」

「まぁな。多分、代表候補生並みに強いと思うぞ」

 

 軽い感じで口にする一夏であったが、実際その言葉に嘘はないと確信している。

 それは代表候補生であるセシリアを追い詰めたというだけでなく、世間や学校関係者には一切知られていない、あの奇妙な戦い。その中で一番活躍したのは言うまでもなく、聖だ。あの戦いぶりを見れば彼女が代表候補生となり、専用機を持ったとしてもなんの不思議もないと一夏は考えている。

 

「今の俺じゃあ、あいつには勝てないと思うし」

「ふーん……」

「? どうしたんだ、シャルル」

「いや、一夏がそこまで言うんだなぁと思って。オルコットさんや凰さんに対しては現状勝ててないけど、『勝てない』なんて断言してないでしょ?」

 

 確かにそうである。

 一夏はセシリアや鈴に未だまともに勝利していない。それどころか最近では練習でボコボコにされるのがオチとなっている。が、それでも自分が「あいつらには勝てない」と口にしたことは一度もなかった。

 セシリアと鈴。彼女達と聖に違いがあるとすればそれはやはり一つしかない。

 

「あいつは、その、何というか、ISの技術だけじゃなくて、人間としても強いからな」

「人間として……強い?」

 

 首を捻りながら復唱するシャルルに「ああ」と言いながら一夏は言う。

 

「あいつの諦めの悪さは天下一品だ。俺も根性はある方だと思ってたけど、あいつに比べたら全然だって思い知らされて……そんでもって教えられたんだ。諦めないことの大切さを」

 

 命の危機。その状況に陥った瞬間、一夏は何もかもを諦めかけた。

 しかし、それを叱咤し、その上で自分に立てと言う少女の背中を見た。

 分からないのなら、見せてやる……そう宣言した彼女の背中は小さく、けれどもどこまでも大きく見えたのだ。

 

「正直、俺はあいつと比べてまだ何もかもが足りてない。唯一優ってることがあるとすれば、専用機持ちってことくらだ。といってもそれもあいつの前では何の意味もない。知識が努力が、そして何より気概が俺には全くないんだ」

 

 しかし。

 

「このままじゃいけないとも思ってる。何もしないで、負けているのが当然だなんてこと、許容することはダメだんだ。それじゃああいつが示してくれたことの意味がない。だから、俺はいつかあの小さな背中を追い越したいと思うんだ」

 

 皆を守る。それを実現させるには、あの背中を追い越さなければ到底無理な話だ。誰かを守ると言うのに、守られていては話にならない。

 しかし、今の一夏にその力はない。

 だからこそ、強くなる努力をしなければならないのだ。

 

「……あ、悪い。変な話しちまったな」

「ううん、そんなことないよ。一夏が強くなりたいっていうのはよく分かったし……でも」

「? でも、何だ」

「え……あ、いや、別に何でもないよ。話は元に戻るけど、一夏は射撃についての知識と経験が必要だと思う。ということで、とりあえず射撃の練習をしてみようか」

 

 などと言いつつはぐらかしながらシャルルは一夏に、五五口径アサルトライフル《ヴェント》を手渡す。本来ならば他の者の武器を使用することは不可能であるが、所有者が使用許諾(アンロック)すれば、登録してある者全員が使用可能となる。

 渡されたヴェントを構える一夏。

 

「こ、こうか?」

「えっと……脇を締めて、それから左腕はこっちで――――」

 

 剣道をいくらかしてきた一夏であったが、銃を持つなどということは今回は始めて。そんな彼が基本的な銃の構えなどから四苦八苦するのは自明の理というものだろう。そんな彼に対し、シャルルはできるだけ分かりやすく丁寧に教えていく。

 そして実際に撃ってみるとその衝撃と感覚に驚きとある種の感動を覚えた。

 

「おお、これが銃で撃つってことなのか」

「感想はどう?」

「何というか……色々言いたいけど、一言でまとめると、速いって感じだな」

「そう、弾丸は速いんだ。一夏が使う瞬間加速も速いけど、弾丸はもっと速い。面積が少ないからね。大抵は軌道予測さえ確実なものにできれば、簡単に命中させられるし、外れたとしてもある種の牽制になる。一夏は特攻するときに集中してるけど、それでも心のどこかではブレーキがかかってるはずだよ。でも、銃弾にはそんな迷いは存在しない」

「なるほど……ブレーキが存在するから、間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

「そういうこと。あっ、そのまま使い続けて。マガジン使い切るまで撃ってみようか」

 

 サンキュー、と言いながら一夏は打ち続ける。そして、全てを使い切った時、息を吐きながら呼吸を整えた。手から全身へと伝わる衝撃は、剣とはまた別物であった。

 

「そういえば、シャルルのISってリヴァイヴなんだよな」

「うん。そうだよ」

「前に世良もリヴァイヴを使ってたんだが、だいぶ違うように見えるんだけど……」

 

 聖が使用していたものはネイビーカラーに四枚の多方向加速推進翼(マルチ・スラスター)が特徴的なシルエットをしていた。しかし、シャルルのものはカラーはオレンジ、そして全体のフォルムにしてもかなり違う。

 背中に背負った一対の推進翼は中央部から二つの翼に分かれるようになっていて、より機動性と加速性が高くなっている。また、アーマー部分も聖や麻耶が使用していたものよりも小さくなっている上、マルチウェポンとして大きなリアススカートがついている。そこにも小型推進翼がついていていた。

 そして大きく異なる点。肩部のアーマーだ。本来ついているはずの四枚の物理シールドが全て取り外されている。その代用としてなのか、左腕にシールドと一体化した腕部装甲が付けられていて、逆に右腕は射撃の邪魔にならないためなのか、すっきるとしてスキンアーマーだけになっている。

 

「ああ、僕のは専用機だからね。学校で借り出される物とは違って、結構いじってあるよ。正式には『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』っていうのがこの子の名前。基本的な装備を外して、その上で別の装備を色々と付け加えたんだ。例えばこのシールドとか―――――」

 

 などと自らのISの装備について語りだしたシャルル。自分で自分のISをいじれるというのは一夏にはできないことだ。故にそれが可能なシャルルは凄いのだな、と一夏は素直に思った。

 自分もどこか拡張などできる部分はあるだろうか……そんな疑問が頭をよぎったその時。

 

「ねぇ、ちょっとアレ……」

「ウソッ、ドイツの第三世代型じゃない」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたんだけど……」

 

 突如としてざわつき始めるアリーナ。何事かと思い、一夏はふと皆の視線がある方へと目をやった。

 

「…………」

 

 そこにいたのは黒いISに身を包んだ一人の銀髪少女。

 もう一人の転校生、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「おい」

 

 冷たく、そして端的な一言が一日に迫る。

 

「……何だよ」

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

 突然な提案、というか一方的な言葉に一夏は一瞬驚くもしかし視線を逸らしながら返答する。

 

「断る。理由がねぇよ」

「貴様にはなくても私にはある」

 

 その言葉に一夏は何となくその理由とやらに思い至る。

 織斑千冬、ドイツ。この二つの単語で連想されるものは一つしかない。

 そして、その予感は的中した。

 

「貴様が……貴様の存在が、教官を栄光を地に追いやった。貴様がいなければ、教官が決勝を棄権することもなく、大会二連覇という偉業をなしとげることができたはずだ。なのに……」

 

 苦虫を噛むような表情で睨みつけてくるラウラ。その視線、その言葉に一夏は何も返す言葉がない。

 ラウラの言葉は正しい。その通りだ。一夏という存在が織斑千冬の足を引っ張ったのは言い訳の余地もなく、弁解の仕様もない。

 わかっているし、理解もしている。

 けれども、だ。

 

「……お前の言う事は尤もだよ。でも、それはそれ、だ。ここで今すぐ闘う理由にはならない。それに、今戦わなくてももうすぐクラスリーグマッチがある。その時に決着をつければいいだろ」

「……どうしても、ここで今、戦う気はないと?」

「ああそうだ」

「……ふん。そうか……ならば、戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 張り詰めていた空気が一変。

 言うが早いか、ラウラが身に纏う黒い重装甲のIS。それを戦闘状態へとシフトさせ、左肩に装填された大型の実弾砲が火を噴こうとした瞬間。

 

 一発の弾丸が、ラウラの大型実弾砲に直撃する。

 

「……何また馬鹿なことやってんの、あなたは」

 

 見るとそこにはリヴァイヴに搭乗し、銃口をラウラに向けている聖の姿があった。

 

「貴様……」

「こんな密集空間で、そんなどでかい一発を放とうとするなんて、どういう神経してんのよ。っていうか、この状況で戦闘しようとか、何考えてんのよ。ちょっとは頭を冷やしたらどうなの」

「余計な世話だ。大体、貴様こそ頭の方が回っていないのではないか。たかが量産品風情で私の前に立ちふさがるとは」

「別に。あなたとやり合うつもりは毛頭ないわ……けど、前にも言ったけど、私は織斑先生にあなたのことを頼まれたの。だから、これ以上勝手をやるつもりなら……相手をしてあげてもいいわよ」

 

 互いの視線が激突し合う。

 殺気、というものが確かにそこにあるのだと一夏は理解した。そして同時に、自分では二人の間に割り込んでいく、ということができないことも自覚した。そんなことをしたところで、状況を悪化させるだけだということくらい、一夏にも分かる。

 まるで張り詰めた糸がいつ切れるのか分からないその状況は、しかして第三者の手によってすぐさま抑えられる。

 

『そこの生徒!! 何をやっている!! 学年とクラス、出席番号を言え!!』

 

 アリーナに響き渡る女性の怒声。声からして、大人……つまりはアリーナの担当教師といったところか。

 横槍を入れられたせいだろうか。ラウラは「ふん」といいながら自らのISを解除する。

 

「……今日のところは引くとしよう。だが、織斑一夏。私はお前の存在を決して認めない。それを忘れないことだ」

 

 そして。

 

「世良聖、といったか。今度また私の邪魔をするというのなら、その時は貴様も一緒に潰してやる」

 

 そう言い残すとアリーナゲートへと去っていく。その様子を見終えると聖はふぅ、と息を吐き難しい顔付きになっていた。

 そんな彼女を見て一夏は。

 

(また、助けられちまったな……)

 

 そんな事を心の中で呟きながら、己の無力さに拳を握り締めるのであった。




Q どうして聖はリヴァイヴを装着していたの?
A そこらでリヴァイヴを着て練習していたからです。付け加えるなら、ラウラが攻撃をする前に威嚇できたのは、彼女が何かやらかさないようにずっと気にしていたからです。

 再び甘粕が登場しない回……おい、大丈夫なのか、これ(知らん
 今回はほぼ原作のままですが、一夏にちょっとした変化があることが大きな違いでしょうか。彼も彼なりに成長?しているということで。
 そして、次回は甘粕が搭乗……するのだろうか。
 それはお楽しみということで。

 それでは!!


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番外編 あったかもしれない過去2

待たせたな(黙れ
※今回は以前と同じ番外編になっております。また以前のものとちょっと続いています。ご注意下さい。


 柊四四八が第八層に到達した。

 四周の人生を終え、そして超えた上で四四八は最後の試練に挑んでいる。

 だが、大切なのは八層の試練ではなく、その先にあるもの。

 甘粕正彦。光の魔王との決戦がいよいよ始まるのだ。夢を現実へ持ち帰り、そして激突する二つの勢力の戦いは想像を絶するものになるだろう。

 故に局面は大詰め。もはや邯鄲の夢に用があるものはほとんどいない。

 しかし、だ。

 中には邯鄲の夢に未だ想いを残している者もいる。

 いや、邯鄲の夢だからこそか。

 我堂鈴子。

 彼女にはやるべきこと……やらなければならないことが存在していた。

 それは。

 

「あんたに引導を渡しに来たわ、吸血鬼」

 

 鈴子の前に立つは赤い外装に身を包んだ長身の男。

 最強にして最凶、そして最狂の化物―――アーカードがそこにいた。

 

「これはまた、何かと思えば……引導? 何の冗談かな、お嬢さん」

「冗談を言ってるように見える?」

「ああ見える。見えるとも。何せこの場所でその台詞を吐くのだから。私に敗北したこの場所で」

 

 二人がいる場所は戦真館の校舎。その運動場だ。

 そう。かつて第四層から第五層へ移動する際、アーカードと戦真館勢は激突した。そして、鈴子達はアーカードの前に敗れたのだ。

 圧倒的なまでの力。そして不死。斬っても撃っても潰しても、何をしても死なない絶対的な不老不死。その前に彼らは奮闘するも、最後は成す術なく敗れ去ってしまったのだ。

 それは鈴子も重々承知している事実だった。

 

「……そうね。あの時、妙な横槍さえ入らなければ私達は確実にあんたに殺されてたわ。言い訳のしようもなく、あれは私達の負け……そして、だからこそ私はここに来たのよ」

 

 鈴子達は邯鄲の夢を何度も回る中で様々な敵と戦ってきた。そして何とか勝利を収めたものも存在する。

 だがしかし。彼には……アーカードには一度も勝ったことがなかったのだ。

 

「思えば、あんたが介入してきたのはたった一度きり。それ以外は全部、キーラが攻めてきたのよね」

 

 鈴子は既に四度の人生の記憶を取り戻していた。その中で第四層から第五層への移動の際、アーカードがやってきたのは一度のみだった。

 故に彼らとアーカードが戦ったのは正真正銘、一度きりなのだ。

 本来なら決戦を目前としたこの状況でアーカードとの戦闘は控えるべきもの。確かにアーカードは現在、甘粕の眷属であり、いずれは戦うであろう敵。

 けれど、今ここで、しかもたった一人で戦うことは無茶であり無謀なのは目に見るより明らか。

 しかし、だ。

 

「私には、あんたを倒さなきゃいけない理由がある。何故なら……あんたもまた、私の鏡だから」

「……、」

 

 その言葉にアーカードは何も言わない。笑わず、無視せず、ただじっと聞いていた。

 そして数拍後、どこか不敵な笑みを浮かべながら、彼は口を開く。

 

「よかろう。なら来るがいいフロイライン。存分に私を楽しませてくれ」

「言ってなさいこの犬っころ!! 今すぐでかい首輪をつけてやるわ!!」

 

 啖呵を切ると同時、鈴子は薙刀を構え、そして切り込んでいった。

 

 *

 

 刃が交差し、獣が駆ける。

 

「つぅぅうううううっ!!」

 

 衝撃を受け流ししただけで踏ん張る足から血が溢れる。全身は既に大小様々な傷で覆われており、まばらに赤く染まっていた。自己回復が得意ではないために体勢の立て直しも追いつけない。戦闘が始まってから僅か数分……それだけの間で、鈴子はこうも成す術なく追い込まれている。

 奮戦できていないわけではないし、当然強くもなっている。

 そこは盧生という太源(サーバ)との接続強化と今までの戦いが、鈴子の力を大きく引き上げているのはいうまでもない。かつてない鋭さで彼女の夢は今も雄々しく駆動している

 だが、それでも追い込まれている理屈は単純にして明確。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 目の前に立つこの吸血鬼―――アーカードは、劇的に強化された鈴子達の上を行っているということ。

 闘争、闘争、闘争。ただそれのみを求めて疾走し、蹂躙し、破壊する長身の鬼。一度見定めた敵は決して決して逃さない。

 豪腕が振るわれ気軽に地面を粉砕し、砕けた地面を弾へと変える。それを回避しても襲ってくる右腕。鋭く素早く全くといっていいほど迷いがない。故に殺意の塊であるそれは如何なるものも貫く。

 距離はとっていた。だというのに間合いなどしったものかと言わんばかりに飛んできた死の一激。

 

「―――こんのォォ!!」

 

 迎撃できたのは偶然そのもの。腕を切り裂き、攻撃を防いだのは奇跡だろう。けれど動きが止まったのはほんの一瞬。次の瞬間、鈴子がその場を飛んだと同時、彼女のいた床が男の左腕によって跡形もなく消し飛んでいた。一歩遅れていれば、自分は無残な死に様を晒していたに違いない。

 そしてさらに、迫る脅威は終わっていない。彼女の視界には再生した腕が映っており、鋭い牙となって再び鈴子に襲いかかってくるのだから。

 

「さぁ、お嬢さん。空を飛んでみたまえ」

 

 無慈悲な一激が防御ごと鈴子を跳ね飛ばす。

 薙刀で防いだことなど無駄な足掻きであるという、絶対的な暴力。火力。そして不死身の再生能力……それらがまるで獣のような速さで襲いかかるのだ。対応できるわけがない。

 アーカードは武器を持たない。けれど、彼は全身が武器そのものなのだ。野生の獣が己の牙や爪で獲物を狩るように、今の彼もまた己の手足が剣であり、槍であり、斧。その鋭さや威力はもはや凶器などという表現では足りない。

 そして彼に対して場所の不利有利など問題外。例えどんな場所であろうと彼は己の武器を振りかざすのみなのだから。

 かつての彼はある国の王だった。故に戦というものが何なのかを熟知している。戦術と戦略それらを駆使して戦うことが戦いに勝つということも承知している。

 けれど、それは人間の話。

 化物である今の彼には全くもって意味がない。化物が戦術を行使するか? 化物が戦略を練るか? 否。化物とは力を振りかざし、虐殺する存在。人間じみた行為など不必要なのだ。

 考えることなど、するまでもない。

 敵を、獲物を、標的を、殺戮するのに一々頭など使う必要もない。あらゆる反射と本能、そして持ち得た能力を思うがまま撒き散らす。

 それこそが私。

 それこそが化物。

 まるで、自らも廃神(タタリ)の一柱であるかのように。

 人間性を捨て、理性を捨て、ただ闘争のみを求めた悪鬼羅刹へと変化する。

 

「馬鹿馬鹿しい、何がそんなに楽しいのよ」

 

 その様が、その有り様が、どうしようもなく悲しいのだ。

 攻撃は通じず、息絶え絶えによろめきながら足掻くだけ。それでも鈴子は、目の前の男を、アーカードという吸血鬼を憐れんでいた。

 敗亡の淵であるが、それがどうした。血の混じった鍔を吐き、負けてなるものかと相手を睨む。

 我も人、彼も人として。

 

「人間であることを簡単に放棄して、冗談じゃないわ。馬鹿じゃない。

 良心を持たないのがそれほど自慢? 楽しく敵を殺せることがそんなに偉いの? 格好良いの? 狂気で全身を覆って、闘争に明け暮れることが幸せなの?

 違う。絶対に違う。こんな才能、単なる適応不全だもの」

 

 人間で構成された世の中……すなわち社会というものを乱すことだけに長けている

 環境に馴染めない不適合者。人の命という重さを無感で刈り取ってしまえる狂気の才能。そんなものは絶対に解き放っていはいけないだろう。

 恐らく目の前にいる男は自分に関わりのないものを巻き込むような男ではない。だが、逆にいえば少しでも立ち塞がるものがあるとするのなら容易く殺人をこなせる。そういう化物だ。

 そして、そんなものは漫画や小説だけで十分だ。

 だからこそ、人には礼が必要なのだと鈴子は信じる。

 他者を尊び、対等な人間として敬意を払う知性。

 規範という自然界には存在しない戒律を深く重んじるかこそ、人と獣は違うのだと思う。

 そして、それをこの男は分かっているのだ。理解しているのだ。

 何故なら、この男は人間がどうしようもなく好きだから。

 だからこそ―――。

 

「そこに改善の意思があるなら……」

 

 何がこの男をここまでの化物にしてしまったのか。何がこの男を狂気の沙汰に陥れたのか。それは分からない。 けれど、それでも。

 

「私は、あんたを救いたい」

 

 見捨てることはできないと、アーカードへ手を差し伸べる。

 認めがたい。自分がこんな男と同じような気質を持っているなんてことは。

 けれど、それが事実。殺人巧者こそが自分達の才能なのだ。方向性や在り方は全く別のものではあるが、けれども同族であることに変わりはない。

 だからこそ、鈴子は軽々とこの男を切り捨てたくはないのだと思う。

 

「……、」

 

 それはアーカードにとって初めてかけられた言葉。

 その戸惑いからか、彼は動かなかった。攻撃をしかけることすら忘れ、白痴のように伸ばされた手を眺めている。

 呆然……いや、驚愕というべき表情を浮かべる彼に、鈴子は続ける。

 

「その気があるなら、他の誰が何を言っても私はあんたを肯定するわ。社会復帰ができるよう全力で支援してあげる。……いいえ、そうさせてほしいのよ。そんな人間も胸を張って生きられるようにしてみせるのが、我堂鈴子の夢だから」

 

 権利を持つ者には、相応の責務を果たさなければならない。。

 自分は本当に恵まれていた。平和な時代の平和な国で、こんなろくでもない才能を自覚せずにいきてこられた。それはまごうことなき幸福であり、守ってきてくれた親や法律があったからだ。

 だから自分もそうしたい。自らの本性を知った今、それを与える番が来たのだと思うから。

 沈黙を経て、アーカードは唇を開いた。

 

「これは驚きだ。未だこの私を、このような私を見て、まだ人間に戻すと語るか」

「ええそうよ」

 

 即答だった。

 

「化物が何? 吸血鬼が何? 知らないわよそんなこと。あんたが人間になりたいと、戻りたいと思うのなら、それを手伝うわ。無理? 無茶? 無謀? だからどうしたのよ。そんなものもう慣れっこよ。そんなことで諦めるほど私は、私達はやわじゃないのよ」

 

 故に。

 

「お願いだから……あんたを助けさせて」

 

 少女は化物へ救いの手を差し出す。

 アーカードは思う。ああ、この少女は何と眩しいのか。

 この状況、この場面で、この少女は自らの夢を貫こうとしている。自分が死ぬかもしれないというのに、命の危険がそこにあるというのに、あろうことか殺されそうになっている相手を彼女は救おうと言うのだ。

 それを欺瞞だと、偽善だと断ずるのは容易かった。

 けれどこの姿を、血まみれになりながらもその瞳から決して消えない光を見て尚、戯言だと切り捨てることはアーカードにはでずにいた。

 彼女は本気だ。本気でアーカードを救いたいと想っている。

 その勇姿こそ、アーカードが認める人間という在り方。人間は、やはり素晴らしいものだと再確認できた。

 だからこそ。

 

「――――――それはお断りするとしようフロイライン。私は化物だ。今更化物が人間に戻りたいなどと思うわけがなく、そしてできたとしても私はそれをしない。何故なら、それこそ人間への最大の侮辱。私は諦めた者だ。私のような化物は人間でいることにいられなかった弱い化物は人間に倒されなければならない。化物は化物のまま、いつか人間に倒される日を待つのが宿命なのだから」

 

 そして。

 

「故に、貴様が人間であるというのなら、私を、この私を、倒して見せろ――――!!」

 

 雄叫びと共にやってくる暴風。

 その中で、鈴子は悲しさと悔しさ、そこに怒りを宿して叫ぶ。

 

「この……大馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」

 

 激昂は力となり、刃が振るわれる。

 アーカードという存在に対し、鈴子は複雑な想いを感じずにはいられない。この男を作り出した背景を彼女は全くしらない。けれども、理解できることはある。

 先程、鈴子は言った。人間であることを簡単に放棄して、と。しかし、それは誤りであった。この男は、こうならなければならない程、追い詰められたのだ。狂気の沙汰に落なければ生きていけない世界に彼はいたのだ。殺して殺して殺し尽くして、外敵を殺戮することが存在意義であり、自らの証……そんな風に思うしかない世界に。

 哀しい、などという言葉で片付けられるものではない。同情する余地は十分にある。

 けれども。

 

「……斃すわ、絶対」

 

 この男を世に解き放つことは、何万もの流血を許してしまうのと同義である。

 人としての礼節、社会規範を守る気概が全くないのだ。恐らくではあるが、この男は公衆の面前で平気に人を殺せてしまう。闘争ができるというのなら、規律など平気で踏みにじるのだ。

 そしてそれは当然、罪なのだ。

 同情はする。本当ならば救いたいという想いが鈴子の中には未だに存在していた。けれど、もはや手遅れ。彼は既に自らの意思で化物であることを望んでいるのだから。

 ならば下手な憐憫などもう抱かない。

 同じ怪物の性質を持つ者として、この吸血鬼を打ち倒す。

 

「さぁ、どうした戦真館。化物はここにいるぞっ!!」

 

 叫ぶ怪物。

 そうか、そんなに自らを怪物だと、化物だと言い張るか。

 ならば我堂鈴子がやるべきことはただ一つ。

 

「破段、顕象―――」

 

 ―――脳裏に思い描いたのは刃の牢獄。

 獣と人の住む領域は、強固に分かたれてなければならない。

 

「はあああああァァァッ―――!」

「無駄だッ」

 

 次の瞬間、鈴子の刃はアーカードに簡単にはじかれた。

 身体全体を利用して大きく振りかぶったはずのなぎ払い。確かに詠段よりも遥か研ぎ澄まれたものになっていたが、それ以外はまったく同じ。何の変哲も遂げていない。

 右手の指先を五本程切り飛ばしたが、それも瞬く間に復元されていく。結果として鈴子の戦果は無。そしてアーカードは左手を既に振り上げていた。

 迷いなく放たれる左腕。薙刀を振り抜いた体勢の鈴子へ、遮るものなく激突し―――

 血の花が咲いた瞬間、初めて異常事態が訪れる。

 

「――――なに?」

 

 声を上げたのはアーカード。突如として裂けた手を凝視し、顔を歪ませている。しかし、それは苦痛からのものではなく、純粋な疑問。

 それも無理はない。彼は相手に触れてさえいないまま、鈴子という敵を潰す寸前でいきなり腕を切り裂かれたのだから。

 そして、それは一度に留まらない。

 二度、三度と、互いに切り結ぶたびにアーカードは謎の現象によって切り刻まれる。

 振りかぶった腕が、避けようとした左足が、敵へ視線を寄せようとした両目が、そして退こうとした胴体が離散していく。

 意味不明。理解不能。理屈の一片も見抜けないまま、全身っが無数の刃で傷つけられていく。

 

「これは、一体……!?」

 

 攻撃、防御、牽制、回避……どの動作を取ろうとも、不可思議な斬撃がそれを感知して獣に襲いかかってくる。まるで動くことを阻むように。末端から切断されてしまうのだ。

 腕を動かせば腕が。足を動かせば足が。目を動かせば目が……どんな些細なものでもそれを挙動と判断され、損傷となって付きまとってくる。

 最強を誇る吸血鬼への最大の屈辱。

 窮屈、などいうものではない。これは牢獄。刃に囲まれているようではないか。

 そして、それは当然のこと。

 なぜならば。

 

「ここから先を、超えてはならない」

 

 これこそ鈴子の描いた破段。

 恐らく二人の戦いを最初から見ていたものならば、あるいは理解できた者もいるかもしれない。それが、以前に薙刀で鈴子が描いた軌道であるということに。

 激突する際に攻撃を放った軌跡、そこを通ろうとした際に怪物は身体を見えない何かで斬られていく。

 つまりは剣閃の残留―――それこそがこの術の正体であった。

 たとえ見えなくても、人間には破ってはならない法がある。超えてはならない一線がある。

 憲法、法律、倫理観に週間、暗黙の了解や不文律……定められた決まりを突破しとうとする傲慢な輩には、刑罰が下されるのが世の定めというもの。それは怪物とて例外ではない。

 力があれば何でも許されるという弱肉強食。その概念を自然界は肯定している。が、自分達は人間だ。獣ではない。

 守るべき最低限の線を互いが共有し、尊重し合う礼の心。それこそが、人間が畜生ではないという証。獣の性を押し殺すことができるのだし、分かり合うということを諦めずにここまでこれた。

 別段、常日頃から正しい事を選び続けろ、なんてことは言わない。欲望を完全に消しされ、なんてことも言わない。そんな無茶なことは人間にはできないのだから。

 ただ、自分達が社会に生きるひとりの人間であり、一員であることに自覚と意識を持つこと。その意思が寛容であり、未来を創るべきであると鈴子は夢に描きたいのだ。

 だから彼女は空へと見えない線を引く……何度も何度も、提示していく。

 人はこちらで、獣はあちら、と。

 

「ここから先は通さない。怪物を自称するのなら、大人しく魔界(そっち)の奥ででも過ごしてなさい!」

 

 人間社会に寄り付くなと、吼えながら不可視の斬檻を作り上げていく。

 戟法と創法の二重掛け。どちらも鈴子の得意技であり、よって精度は言うまでもない。

 円の軌道で疾走する彼女の動きはもはや小型の台風そのもの。見えない囲いを何十にも残留させ、アーカードを牢獄へと閉じ込める。

 目視できない境界線は気づかれることなく完成した。

 見えないものの、もはや二人の間には深い断絶が存在している。ここを一歩でも踏み込めようと願うのなら、相応の代償を払うはめになるだろう。

 この斬気は本人にさえ解除は出来ない。自分はこの向こう側に行ってはならないという戒めと、その差は絶対であるという畏敬が軽々しく消えることなど許されないのだから。

 それだけに効果は絶大。疑う余地のない夢は、断頭台の鎌のように世界を大きく二分する。

 ……けれども。

 

「ククク、ハハハ、アハハハハハッ!!」

 

 それでもアーカードは化物だった。

 狂気の笑みを浮かべながら、激突する。全身から噴水のように血を吹き出しているものの、それすら見えていないのか……いや、彼の場合そんなものは躊躇するに値しない事柄なのだろう。

 それは化物故の在り方を示しているのだろう。鈴子は人のなんたるかを示した。そしてアーカードは化物の何たるかを知らしめようとしているのだ。

 厳格な人の法? 知らん知らん。小賢しいにも程がある、と。

 暴れ、狂い、殺し、貪りつくす。その暴虐こそ化物のすべてである。容易く繋ぎ止められるものではない。

 

「面白い、面白いぞフロイライン。だが、この程度で、このようなもので、化物は止まらんぞ!?」

 

 そして次の瞬間、アーカードは合理的な手段に出た。

 すなわち、単純な力押し。施錠された扉をこじ開けるかのように自壊を厭わず突撃していく。

 四肢が断たれる、輪切りになる、横一文字に一刀両断される。

 斬られる、斬られる、斬られる……ありとあらゆるレパートリーで分割されていくアーカードの姿はまさしく裁断機に投入された紙束そのもの。

 けれど即座に回復し、また切り刻まれる。その繰り返しの中、アーカードの足は止まらない。

 死の苦痛を味わっているというのに、その表情に苦悶は一切なく、あるのはただの狂気の笑みのみ。

 恐らく痛みはあるはずだ。ダメージも負っているはずなのだ。

 けれど、彼にとってこの程度など問題外。足は止まるが、脅威ではない。

 その事実は力強く、斬気の檻を食い破っていく。

 

「……くっ」

 

 これもまた、現実ではよくある光景だ。強大な暴力は時に法の絶対性をいとも容易く踏み躙る。

 武力を背景に強引な条約を締結する大国。あるいは秩序を粉々にする軍の暴走。それらと同じで化物の進撃は如何なる檻でも止められない。

 ましてそれが死を知らぬ化物ならなおのこと。

 これこそ吸血鬼の、化物の様式美。

 よって、鈴子に残された猶予はあと僅か。斬檻は確実に崩される。これは決定事項だ。このままいけば、あと幾許もなくアーカードは自由の身となり、鈴子に牙を立てるだろう。

 しかし、それでも彼女は問いを投げかける。

 

「――――あんたは、本当にそれでいいの?

 社会や秩序なんて知ったことじゃないって。

 自分は諦めたから、だから化物のまま朽ち果てるまで暴れ回るの?

 ……違うでしょ。少なくとも、あんたは違う。だって、あんたは自分が諦めたことを認めてるんだから!!」

 

 本当に、心まで化物であるというのなら人間を辞めたことを諦めたなどとは言わない。

 キーラという少女がいた。

 彼女のまた二人と同じような存在、そしてアーカードと同じ怪物でもあった。

 彼女は自分が人間でなくなったことを、逆に誇りに思っていたのだ。自分達は獣だと。人間など自分達より劣る下種なのだと。

 けれど、アーカードは違う。

 彼は言った。化物はいつか人間に倒される存在なのだと。

 それはつまり、化物を斃す力を人間が持っていると信じているのだ。

 

「そうだ。私は諦めた。そして諦めは人を殺す。殺すのだ。故に私は死んでいる。あの夕暮れの、黄昏の中で私は死んだのだ。ここにいるのは、その残骸。成れの果て。人間でいられなかった者の末路。つまりは化物だ。そして化物を倒すのはいつだって人間だ。人間でなくてはいけないのだ」

 

 故に自分は人界(そちら)には戻らないのだと、化物は謳う。

 その意思に、その有り様に、しかして鈴子の表情は苦虫を噛んでいるようなものだった。

 

「だから、自分は化物のままでいるって?」

「そうだ」

「だから、自分は人間に戻らないって?」

「そうだ」

「だから……あんたはいつか、人間に倒されるその日まで、化物としてあり続けるって?」

「そうだ!!」

 

 それこそが自らの願いだと豪語するかの如く、アーカードはついに斬気の檻から抜け出した。

 しかし、鈴子の方も決意が固まった。

 既に最後の審判は下されている。ならばやるべきことはただ一つ。

 

「……そう。なら、私があんたを倒してあげる。だから、潔く人の世界から消えなさい―――ッ!」

 

 汝、非人なりや? ―――応とも。

 条件は揃い、両者の見解は共に一致を見せた。

 それはつまり合意。

 すなわち。

 

「急段・顕象」

 

 今ここに、互いの夢を相乗させた協力強制が巻き起こる。

 

「犬村大角――――礼儀」

 

 刹那、アーカードの全身が何かを感じ取り、咄嗟に後ろへ飛ぶ。

 不老で不死で最強の吸血鬼。そんな化物が危険を感じ取ったのだ。

 そして、それは正しい判断だった。

 次の瞬間、放たれた一閃が化物の右腕を消し去った。

 細胞の一欠片、血の一滴、指先一つ残さず……そう完璧に完全に。

 超速再生を誇る史上最悪の吸血鬼。その腕を切除しこの邯鄲から消滅させた。傷の治療は起こらない。何故ならそれを互いに合意したのだから。

 

「これは……」

 

 まるで薙刀の軌道に従い、世界が漂白されたかのようだった。熱や衝撃という類ではない。これは一方的な消去の技。無慈悲かつ圧倒的に、鈴子の刃が通った後は万象あらゆるものが喪失している。

 たった一太刀。浴びただけであるが、アーカードには分かる。これは、自分にとって致命的な技である、と。

 

「これがあんたの望み。その結果よ」

 

 先程、自分達は明確にした。世界から人しての居場所を捨てたことで、人の世界から消えていく……何もおかしいことではない。そして、これはアーカードが望んだものだ。

 つまり、この急段とはそういうものだ。獣、つまりは人間としてのルールを遵守しない存在を人間社会から排斥する能力。その協力条件は単純明快。鈴子が相手を人外と判断し、さらにその相手も自身が人外であると認めること。あまりに狭い条件下ではあるが、とりわけ鈴子とアーカードの間においては顕著として当てはまる。二人の関係に限定されるが、この夢は必ず嵌まる。人を捨てた化物に逃れる術は決してない。

 そしてこれは嵌ったならば抜け出せない類の代物。脱出不可能。常時成立。しかもそれで描かれるのは、再生と防御を無視した完全消滅という断罪刃。

 例え相手が何百、何千、何万回殺しても再生し、蘇る化物でも関係ない。

 そも、その不死性を一刀両断するのだから。

 誰が見ても詰んでいるのは語るに及ばず。

 ゆえに勝負は決まっていた。

 あと一撃、放つだけで終わるだろう。

 そこに対して生理的な嫌悪感を鈴子は感じていないことから、やはり自分たちは同属であると自覚する。

 殺人に付きまとう陰惨さが分からない。心のそこから健常者の観点を持ち得ることは不可能だ。

 だからこそ。

 

「これが私がしなきゃいけないことなのよ」

 

 全てを飲み込んだ上で、払拭できない性に対し、鈴子が見つけた一つの答え。

 自分やアーカード、そしてキーラといった風に、こういう殺人に適した才能を持つ者はどうしても一定数、世の中には生まれてしまうのだ。だからそれが目覚めずにすむ世界を作る。それが鈴子の夢であり、偽りのない真実。

 けれど一方でその能力が完備ということも理解している。

 最初から得意な分野があって、備わっている特性を存分に活かせる場面と遭遇する……自分達で言うのなら、まさしく戦場だ。殺戮が繰り返されるその場所で幸福を感じる。アーカードなどまさしくその典型というべきだろう。

 そして、それはアーカードだけには留まらず、必ず一定数の割合で存在し、生まれてくる。いかに法整備しとうとも、誕生することを自体を防ぐなんてことはできないのだから。

 生まれつき死を振りまくことに才能のある、はぐれ者。

 殺人に対して嫌悪を抱かないという欠陥を、まるで誇らしいと振るう愚か者。

 そんな連中を放置しておけばロクでもないことになるのは明白。ならば当然、それに対抗する者が必要となるのは自然な事だろう。

 そして、それこそが我堂鈴子の役目だ。

 それを理解し、覚悟しているからこそ、彼女には迷いは存在しなかった。

 

「今こそ引導を渡してあげるわ、吸血鬼―――ッ!!」

 

 人はこちらで、獣はあちら。

 生きる場所が違うなら、それに応じて。相応しく。

 けれどそれを侵すというのなら。

 もはや惑わず、是非もなし。

 刃の檻は断罪の鎌へと姿を変えて、最後の一撃が放たれ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The bird of Hermes is my name(私はヘルメスの鳥)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、鈴子の耳に入ってきたのは見知らぬ詠唱。

 その意味も、その内容も彼女には理解できない。

 ただ、一つ言えることは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

eating my wings to make me tame(私は自らの羽を食らい、飼い慣らされる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このままではいけない。このままではまずい。

 何か恐ろしい……とてつもなく恐ろしいことが起きてしまうと。

 既に刃は放たれている。凶悪にして凶刃。絶対無敵の一撃はアーカードの目前にまで迫っていた。

 あと一秒。あと一刹那あれば届くという距離。

 しかし――――それはあまりにも遠いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――急段・顕象――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、死が全てを包み込んだ。




力尽きた。その言葉しか今は出てきません。
待たせて挙句、またISと関係ない話を書く……その辺の諸々も感想で受け付けますはい。
ただ、最近hellsingを見直して旦那と鈴子の掛け合いを書きたくなってしまったんです。そして悔いはありません!! ……途中で力尽きてるけど。

一応、次回は本編投稿するつもりです。ほ、本当ですよ?
これの続きもいつか投稿したいと思います。
ただ、最近になって本当に思うのは社会人って本当に執筆時間が少ないなってことです。
それを言い訳にせず、これからも頑張っていきたいと思いますので、何卒よろしくお願いします。
それでは!


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第二十二話 教官

ようやく本編投稿! 本当にお待たせしました。
※しかしやはりというべきか、甘粕成分全くなしです。ご注意下さい


 時刻は放課後。

 自室への帰り道、世良聖は頭が痛かった。

 それは文字通りの意味ではなく、厄介事に対するストレスのもの。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。ある意味において、あの甘粕と同じくらいの問題児と言っても過言ではない。彼女はとにかく周りに合わせる、ということをしない。それは別にいい。そこは個人の問題だ。聖がとやかくいう資格はない。だが、彼女の場合はそれが常識の範疇外すぎる。特に織斑一夏に対しての行動はそれを顕著に現れる。初日の暴行、そして練習での威嚇。何かにつけて彼につっかかっていくのはもはや習性なのかもしれない。

 

(まぁ織斑一夏が関わらなければ、ただの人付き合いの悪い女子生徒ってことになっていたんだろうけど)

 

 というか、ラウラは千冬と織斑一夏以外のことについては全く興味を示さない。初日のこともあってか、彼女に話しかける生徒など聖くらいしか存在していなかった。

 

(っていうか、あの甘粕が今のところ何も言ってこないのが何か恐いんだけど……)

 

 正直、ラウラの行動は甘粕の琴線に触れる行為だ。

 勇気、覚悟、責任……そういったものを重視する甘粕にとってラウラはかなりまずい立ち位置にいるといっても過言ではない。何があったのかは分からないが、彼女の行為は明らかに自分勝手なものであり、そこに信念なんてものは存在しないのは一目瞭然。そして、それをあの甘粕が見逃すはずはなく、何もしないわけがない。

 しかし、現実は何も起こっていない。それは安堵するべきこと、なのかもしれないが、逆に裏がありそうで疑問が湧いてしまう。

 

「全く、何考えてんだか、あの馬鹿は……」

 

 甘粕真琴という人間がどういう性格をしているのか、それは大体理解しているつもりだ。しかし、何を考え、何を思っているのか。それを把握することは未だ聖にもできないことである。

 どうしたものか、と考えにふけていると。

 

「何故です、教官!!」

 

 ふと曲がり角の先から聞き覚えのある声が響いてくる。

 誰の声か……それは言うまでもなく、ラウラのものだった。

 そしてもう一つ。

 

「やれやれ……何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

 どこか呆れた口調の千冬がそこにいた。

 

「このような極東の地で一体何の役目があるというのですか!?」

「何の役目、か……決まっている。私は教師だ。教師は生徒を教え、導く。それが仕事であり、全うするために私はここにいる」

「ここにいる連中に、それだけの価値があるとは到底思えません」

「……、」

「意識が甘く、危機感に疎い。ISをファッションか何かと勘違いしている。さらに言えば、ここの訓練は甘すぎる。以前の教官の教えとは比べ物になりません。あんなものでは、私がこの国へ来た意味がない。私は、もっと強くなりたいんです。己の力を磨き、貴女のようになりたいんです!」

 

 いつも冷静(クール)なラウラの必死な訴えは、ある種の叫びに近かった。そして同時に、それだけ彼女が織斑千冬に憧憬の意を持っていることを示している。

 世界最強のIS使いのようになりたい、という意味にも聞こえるがしかし何故だろうか。ラウラの言葉からはそんなものよりも「織斑千冬」個人のようになりたいという風に聞こえる。

 そんなラウラな言葉に千冬は苦笑した。

 

「私のようになりたい、か……随分と過大評価されているものだな」

「過大評価ではありません。厳然たる事実です……帰りましょう、教官。我がドイツで再びご指導を。ここでは貴女の能力は半分も生かされません」

「悪いが、いくら言われても答えは同じだ。私には、ここでやるべきことがある」

 

 少女の懇願を、元教官は変わらぬ表情で切り捨てる。

 

「確かに、お前の言うとおりISに対しての意識が低い連中がいるのは事実だ。だが、だからこそそういった連中の考えを改善させなければならない。そして、私にはそれをする責任がある。例え能力の半分が生かされないことであろうが、それが私がすべきことだ」

「教官……」

 

 千冬の言葉に最早ラウラは何も言えなかった。彼女の意思は硬い。それを崩す手段を今のラウラは持ち合わせていないのだ。だからこそ、余計に悔しいのか、握りこぶしを作りながら唇を噛んでいる姿は怒りを感じさせると同時にやるせない気持ちが見え隠れしている。

 

「すまんが、これから仕事を済まさなければならない。この話はここまでだ」

「……分かりました。今日は帰ります。ですが……私は決して諦めません」

 

 言い残すとラウラは早足でその場を去っていく。その後ろ姿はどこか寂しげなものを感じたのは気のせい……ではないのだろう。

 これ以上自分もここにいる必要はないだろう。そう決断し、足音をたてないようにその場を去ろうとすると。

 

「立ち聞きした上、挨拶もしない気か。いい根性をしているな、世良」

 

 名指しのご指名とあってはもはや知らぬふりはできなかった。

 

「アハハハ……気づいてたんですか」

「まぁこれでも元最強のIS乗りで通っているからな」

 

 それは答えになっていないのだが……とツッコミを入れたいのは山々だが、相手が相手だ。滅多なことはできない。

 

「それより……これから時間はあるか」

「え? まぁ、はい。別段これといって予定はありませんが……」

「よし、なら少し付き合え。お前に話しておきたいことがある」

 

 問答無用の千冬の前で、「これから仕事なのでは?」という言葉を言えるほど、聖の神経は図太くはなかった。

 

 *

 

 噴水前のベンチで聖が座っていると、唐突に缶コーヒーが飛んできた。見事にキャッチをした聖が見上げるとそこには片手にブラックの缶コーヒーを片手に持つ千冬がいた。

 

「ブラックのコーヒーだが、大丈夫だったか?」

「あっ、大丈夫です。問題ないです」

 

 そうか、と言いながら千冬は己の缶コーヒーを開けながら聖の隣へと座った。そして、口の中を潤す程度の量を飲むとふぅ、と息吐く。

 

「さて……まずは最初に言っておかないといけないことがある」

 

 など言いながら聖の方を向くと千冬は唐突に頭を下げた。

 いきなりの出来事に聖は目を丸くさせる他なかった。

 

「お、織斑先生?」

「済まなかった。お前にボーデヴィッヒを押し付ける形になってしまって」

 

 あの元日本代表、そしてIS乗りなら誰もが憧れる女傑。そんな彼女が頭を下げるのはかなり珍しい類のものであることは聖にも理解できていた。

 けれど、それに対して「別に気にしていません」ときっぱり言えるほど、聖も物分りが良い性格ではない。実際頼まれたからとはいえ、彼女自身色々と迷惑を被っているわけなのだから。

 

「……質問してもいいですか? ボーデヴィッヒさんと織斑先生との関係ってどういうものなんでしょうか。教官、と呼んでいることから察することはできますが……」

「おそらく、想像通りだろう。あれは、かつて私がドイツ軍でISの教官として所属していた頃の教え子だ」

「織斑先生が、ドイツ軍に……?」

「疑問に思うのも無理はない。それも含めて、最初から話すとしよう」

 

 最初……それは第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦の出来事から始まった。

 第一回での大会で圧倒的なまでの力で優勝した千冬は、第二回大会でも同じくその凄まじい力量で勝ち進んでいった。

 誰もが千冬の二連覇を確信していた中、事件は起こる。

 決勝当日、千冬は試合に出場しなかったのだ。

 決勝戦棄権。それは誰も予想していなかった事態であり、当時の話題はこれで持ちきりの状態だった。何故、何が、どうして……誰もがそれを訪ねる中で、千冬は一切その理由を口にすることはなかった。だが、彼女とてIS乗り。何の理由もなく決勝を捨てるような女性ではない。

 しかし、逆に言えば当時の彼女には試合を捨てなければならない理由があったのだ。

 それが。

 

「誘拐、ですか……?」

 

 聖の言葉に「ああ」と答えながら千冬は続ける。

 

「私の試合を見に来ていた一夏が何者かに攫われたんだ。それを知った私は試合に出場せず、ISに搭乗した状態で一夏を助けにいった」

 

 そうして見つけたのは、小さなコンテナの中に閉じ込められていた自分の弟の姿。

 多少の衰弱はあったものの、傷らしきものはなく、命に別状がなく、無事であった。

 

「連中の目的も、理由も、今尚分かってはいない。何せ、犯人は未だ捕まっていないからな。まぁ、大方大会を二度も制覇されることを嫌った誰かだったんだろうが……私にとってはそんなことはどうでも良かった」

 

 ただ弟の無事が彼女にとっては何よりも大切な事実だったのだろう。

 そう言えば、と聖は思い出す。以前彼に「誘拐されるかもよ」なんてことを言ってしまったことを。そして、その時の彼の表情が凍りついていたことを。

 なんたる失態か。知らなかったとは言え、相手の傷を広げてしうとは。

 

「大会を欠場した私は、一夏の軟禁場所を提供してくれたドイツ軍に『借り』を返すため、ドイツ軍IS部隊で教官をすることになった」

「そうなんですか……でもどうしてドイツ軍がそんな情報を持っていたんですか?」

「彼らは独自の情報網を持っているからな。……ああ、ドイツ軍が怪しい、と言いたげな顔だが、それはほぼないと言っていいだろう。私も色々調べはしてみたからな」

 

 なるほど、流石は世界最強。頼った相手にしても調査するとは、ぬかりはないらしい。

 

「そんなわけで、私はドイツ軍IS部隊の教官を務めることになった」

 

 そして、千冬はラウラと出会ったのだという。

 やはり、というべきか。ラウラの言動や行動から考えてみれば彼女が軍関係者であることは明白だ。しかし、その答えは新たな問題を生じさせた。

 

「……これはただの私の知識不足かもしれないんですけど、ドイツだとボーデヴィッヒくらいの年齢なら軍に所属できるんですか?」

「いや、そんなことはない。女性の軍人もいることは確かだが、それでもほとんどが成人している」

「じゃあ……」

 

 聖の言葉に千冬は一拍を置いて言う。

 

「……ISが世に出まわる以前、ドイツは強い兵士を人工的に作り出そうとした。優秀な遺伝子を組み合わせてな。所謂試験管ベビーというやつだ。あまり口にはしたくないが」

「試験管ベビー……つまり、ボーデヴィッヒさんも……」

「ああ。その実験で生まれた一人だ」

 

 何とも予想の遥か上を行く回答。だが一方で納得する部分もあった。いくら外国人だからといって銀髪の自毛など珍しすぎる。恐らくではあるが、あれは実験の副作用的なものなのだろう。

 

「あいつは強い兵士になるための訓練を徹底的に叩き込まれて育った。銃の扱い方、ナイフの捌き方、体術武術、その他の戦闘における必要なものを全て」

「……」

「言いたいことは分かる。私も聞かされた時は呆れてものが言えないぐらいだった」

 

 聖の表情を見て言う千冬。彼女の口から出てくるのはあまりにも身勝手な事実だった。人権侵害どころの話ではない。人の人生そのものを踏みにじっている。

 

「だが、世の中にISが広まると同時に軍の連中は強い兵士よりも優秀なIS操縦者を欲した」

 

 それは当然の結果、というべきかのかもしれない。いくら兵士を育てても結局は人の領分を超えることはできない。しかし、ISはその戦闘能力は計り知れない代物。表向きは軍事利用できないとはいえ、どちらを重視するかは明白である。

 

「私がボーデヴィッヒを初めて会ったとき、あいつはIS適正の強化手術の副作用で落ちこぼれになっていた。無理やりIS適正を伸ばそうとした弊害なのだろう」

 

 皮肉な話である。元々軍人として育てたというのに、それを超える代物が出た途端、欠陥品の烙印を押す。

 何という傲慢。何という身勝手。

 戦場ならば、闘争の中ならば、武器も人材もより良いものを求めるのが普通なのだろう。だが、だからと言って一人の少女の人生を踏みにじり、挙句いらないものとして扱うことが許されるのだろうか。

 否。断じて否だ。

 そして、それは千冬も同じ意見だった。

 

「当時、あまりにも見ていられなかった私はあいつにISについて、ありとあらゆる事を教えた。それくらいしか、私があいつにできることはないと思ってな。そして、あいつもまた私の指導についてきた。結果、あいつは代表候補になるまでに力を付けた……だが、それがいけなかった」

「いけなかった、とは?」

「言っただろう? 私はISについてあらゆることを教えたと。しかし、逆に言えばそれしか教えなかった。いや……教えることができなかった、というのが正しいか」

 

 皮肉な笑みを浮かべる千冬。それがどこか、自嘲のように感じたのは恐らく気のせいではないのだろう。

 

「私はISについてなら誰にも敗けない自信がある……だが、人としては半人前だ。他人が何を考えているのかは想像がつくが、何を想っているのかは把握できん。その結果が今のボーデヴィッヒだ。こう言ってしまえば自信過剰に聞こえるかもしれないが、今のあいつには私が全てに見えている。それが目標としてならばいい。だが、あいつの場合は目標ではなく、依存であり執着だ」

 

 劣等生として扱われていた自分を再起させてくれた恩人。その人物に憧れや尊敬の眼差しを送るのは何も悪いことではないし、珍しいことでもない。だが、ずっと軍で生きていたラウラには世間の常識というものがなく、接点もない。だからこそ、自分という存在に再び価値を与えてくれた人間への想いが通常の者よりも大きく、深いものになってしまったのかもしれない。

 

「私はあの時、ISのことよりも人として大切なことを教えてやるべきだった。視野を広げさせ、外の世界を見せる。そうしておけば、少なくとも今回のような事態にはなっていなかっただろうからな」

「織斑先生……」

「私は未熟者だ。教官どころか、教師として三流と呼ぶのもおこがましい程にな。だからこそ、かつて指導した者としてあいつと正面から向き合わなければならないのだが……いかんせん、教官だった頃の癖が抜けきれていない。あいつには教官はやめろと言っている癖にな。やはり、未熟者は未熟者のままらしい」

 

 自らを未熟者と断言する千冬。

 常日頃から毅然とした態度しか見ていなかった聖からしてみれば、今の彼女は珍しかった。しかし考えてみれば当然なのだ。いくら最強のIS乗りとは言え、彼女だって人間なのだ。完全無欠というわけではないのだから。

 

「さらに言えば時期が最悪だ。言い訳に聞こえるかもしれないが……私は今、別件で手が離せない状態にある。これが中々に厄介でな。だから……」

「私にボーデヴィッヒさんのお守りをしろ、と?」

「……生徒にこんなことを言うのは教師として失格なのは百も承知だ。それでも、頼めるのなら……ラウラのことを見てやって欲しい。そして、できることなら私が教えてやれなかったことを教えてやって欲しい」

 

 そういうとと千冬は再び頭を下げた。

 正直な話、これは聖にとって迷惑以外の何者でもない。これはラウラと千冬、そして織斑一夏の問題だ。それに対して全く関係のない聖が関わるというのがおかしな話なのだ。

 

「織斑先生」

 

 けれど、と彼女は思う。

 あの千冬が頭を下げたのだ。常に凛々しく、誰からも尊敬される彼女が、ここまで事情を話して、その上で自分を頼りにしているというのなら。

 それを無視することが果たしてできるだろうか。

 答えは―――否である。

 

「分かりました。自分が彼女に何ができるのか、どこまでやれるのか分かりませんが……できるだけのことはやってみたいと思います」

「世良……」

 

 聖の言葉に「すまんな」と言いつつ千冬は彼女の頭を撫でた。

 

「……織斑先生?」

「あ、ああ、すまん。撫でやすい位置にあったので、ついな。嫌だったか?」

「別にそういうわけではありませんけど……意外だなぁと」

「む? それはどういう意味だ?」

「いや、だっていつも織斑君の頭を叩いているイメージが強いので」

「あれはあの馬鹿が叩かれるようなことをするからだ……しかし、言われてみればそうだな。いつもの癖ですぐに手が出てしまう時が最近多いかもしれん。これでも公私混同はしないよう努力してきたつもりなんだが……これからはもっと気をつけるとしよう」

 

 あれで気をつけていたつもりなのか……というのは口にしないのはお約束。そも、それで迷惑を被るのは織斑一夏だけでなので、別段聖には関係ないのだから別にいいだろう。

 と、そこで聖は思い出したかのように口を開いた。

 

「織斑先生。一つ頼まれて欲しいことがあるんですが」

「私にできる範囲のことなら、何でもしよう。それで、私にして欲しいこととは?」

「えっとですね……」

 

 次の瞬間、聖の言葉を聞いた千冬は目を丸くさせた。

 

 *

 

 次の日。

 

「ちょっといい? ボーデヴィッヒさん」

 

 それは早朝の出来事。

 まだほとんどの生徒が教室に来ていない程、早い時間に聖はラウラに声をかけた。

 一方のラウラは当然というべきか、やはりというべきか、実に不機嫌そうな顔で聖を睨みつける。

 

「何だ。私は声をかけるなと何度言ったはずなんだが」

「ええ。ちょっとした用事があって」

「用事だと?」

 

 瞬間、眼光がさらに鋭くなる。流石は軍の出身。警戒心が強い。

 けれど、それで怯む聖ではない。

 彼女は不敵な笑みを見せ、挑発するかのように告げた。

 

「私と、模擬戦をしてくれない?」




そういうわけで、また模擬戦です。
ようやく千冬が聖にラウラを任せた理由がかけました。そして千冬の教師像もちょっとは見えたかな、と思います。彼女はまだまだ教師としては半人前。故に生徒に頼ってしまうわけです。
まぁ彼女が聖に頼らざるを得ないのはもう一つの厄介事のせいなんですけどね。
それもまた近いうちに本編で語れたらと思います。
それでは!!

追記

いつになったら甘粕が出てくるだ!!(黙れ


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第二十三話 意思

※久々の投降です。ご注意ください(色んな意味で


 突然だが、聖は一夏に屋上に呼び出されていた。

 屋上に呼び出された、と言われればまず何を予想するだろうか。

 愛の告白? 何らかの脅し? 恐らくそういった類のものだろうが、結論を言えば誰か第三者に聞かれたくない話があるから、という理由は同じだろう。

 今回、聖が一夏に屋上へ来て欲しいと言われたのもそういうものだ。ただし、彼の場合、愛の告白や脅しの類ではないのは彼女にもわかるし、その目的も何となく理解していた。

 

「で? 話って何?」

 

 昼休み。昼食も終え、生徒達がごぞごぞと動き出していた時間帯ではあったが、屋上には聖と一夏以外、誰もいなかった。

 一夏はいつになく真剣な表情のまま、口を開いた。

 

「ラウラと模擬戦をするっていうのは本当なのか?」

 

 その言葉にやっぱりか、と聖は心の中で呟いた。

 彼女がラウラに模擬戦を申し込んだのは今朝のことだというのに、噂というのは廻るが早い。特にここはIS学園。女子の溜まり場のようなもの。

 そして、女というのは噂話が大好きな生き物なのだ。

 

「ええ。本当よ。それがどうかした?」

「どうかした、じゃねぇ! どうしてそんなことになるんだよ」

「どうしてって、何もおかしなことじゃないでしょ。あっちは第三世代型の専用ISの持ち主。IS学園の生徒として、戦ってみたいと思うのは当然じゃないの?」

 

 実際、そういう生徒はIS学園に多くいる。とはいうものの、その目的は相手のISの情報を知るため。少なくとも、この学園にはイギリス、中国、ドイツ、フランス、それぞれの代表候補生が集まっている。故にそのIS機能を知るために模擬戦を申し込む者は少なくないと聞く。

 まぁ、大概は即座に断られるのが常。それも当然だろう。わざわざ自国のISの情報を明け渡す者などそうはいない。

 また、相手の国のISを探る云々関係なく、自分の力がどれだけ通用するか試したい、という者もいるはずだ。

 しかし。

 

「分かりやすい嘘つくなよ。お前がそういう目的で模擬戦を申し込むような奴じゃないってのは分かってる」

 

 ちっ、と舌打ちをする聖。しかし、それは同時に彼の言い分を認めたことでもあった。

 というか、恋愛関係、特に自分のことには全く無頓着且つ鈍いくせに、どうしてこういうことに関しては勘が働くのか。

 

「……俺のせいか?」

 

 顔を伏せながら一夏はたずねてきた。

 

「俺や千冬姉……織斑先生のせいで、お前が何か言われたのか? それで怒って模擬戦を申し込んだとか……」

「ハイストップ。何とんちんかんな方向で話を進めてるの」

「わ、悪い……だけど、世良が自分から模擬戦を申し込むなんてらしくないと思って」

 

 全くもってあらぬことを考えていた一夏ではあるが、しかしらしくない、という部分に関しては聖自身も同じ気持ちだ。面倒事はあまり好きではない彼女が、その面倒事の塊でもあるようなラウラにわざわざ自分から申し出る、なんてことは本来考えられない行為だ。

 

「確かにね。自分でもそう思うわよ。まぁ織斑先生にボーデヴィッヒさん……ラウラのこと頼まれているからってのは否定できないわよ。でも、本当のことを言えば、これ以上彼女を放置しておけないとおもったのよ」

 

 ラウラの行動はもはや度が過ぎている、という問題ではなくなっているのだ。

 初日の言動、行動もそうだが、それからの彼女は周りに一切関与しようとしていなかった。それはまぁ、別にいい。他人と仲良くしろ、なんてことをいうつもりはない。けれど、彼女はあまりに周りと隔絶しすぎている。それは彼女の過去が原因であることは聖も承知している。だが、それを考慮してもこのままではまずい。ここはIS学園。様々な国からISの搭乗者や技術者を育成する場所でもあり、また交流の場でもある。

 身勝手な行動、相手を挑発するような言動、そして専用機持ちという立場。彼女の行動一つで大きな事件が起こっても何もおかしくはなく、危険に晒される可能性は十分に高い。

 それは彼女自身だけではなく、一夏や千冬、そして周りの生徒にもだ。

 

「彼女はああいう性格だから、口で言っても聞き入れないわ。例えそれがかつての教官の指示だとしても」

「だからってどうして模擬戦なんか……」

「だからこそ、よ。よく言うでしょ? 口で分からないなら実力行使しかないって」

 

 ラウラはかなりの頑固者だ。入学当初のセシリア等、比べ物にならないほどに。そんな相手に態度を改めろ、と言ったところで何も改善されないのは、この数日で証明されている。

 ならばそれ以外の方法を取るしかない。

 

「別に力で叩き伏せる、とかそういう意味じゃないわよ。っというか、第三世代を叩き伏せる、なんてことはとてもじゃないけど想像できないし」

「じゃあ……」

「それでも」

 

 と言って聖は区切る。

 

「それでも、私は彼女と戦わなきゃいけない。勝てる、勝てないの話じゃないのよ、こういうのは。自分の在り方を、意思を伝えるためには、口よりもこういうやり方の方が手っ取り早い」

「そういう……ものなのか」

「そういうもの……らしいわよ。これも知り合いの検事をしているおじさんからの受け売りだけど」

 

 苦笑する聖に、一夏は何も言わない。いや、もう言えなかった。

 彼は最初、聖を止めるつもりだった。彼女が何をどう言おうとラウラのことは自分や千冬が関係しているのは間違いがない。自分達のせいで誰かを巻き込むのは嫌だった。特に、聖は今までのことがあるため尚更だ。

 けれど、一方で一夏は理解していた。世良聖という少女がどれだけ諦めが悪いか。そんな彼女が一度言い出したことを曲げる、なんてことはそれこそ有り得ない。

 

「……分かった。世良がそこまで言うんなら俺もこれ以上余計な事を口にしないよ」

「そう。なら――――そこの三人組、もう出てきてもいいんじゃない?」

 

 瞬間、ドンッ!? という痛い音が屋上に響く。見てみると、屋上の入口のドア付近で三人の少女、箒、セシリア、鈴が地面に倒れていた。

 

「お前ら、また盗み聞きしてたのか?」

「ぬ、盗み聞きだなんて、言い方がひどいですわよ、一夏さん!!」

「そうよ! 別に好きでしてたわけじゃなくて、何かこう、入りにくい雰囲気だったから、待ってただけよ!!」

「そうだ。別にお前と世良が屋上に行ったということを聞いてかけつけたわけではないぞ、絶対に!!」

 

 それぞれの言い分、というか言い訳が全く意味を成していないと思うのは気のせいではないだろう。

 彼女達が一夏が聖を屋上に呼び出した、ということを聞きつけてここにやってきたのは間違いない。何せ、全員一夏に想いを寄せているのだから。盗み聞きをされていたことは気分が良くないが、しかし分からないわけでもない。だが、その釈明はあまりにも杜撰すぎである。

 しかし、しかし、だ。

 相手は織斑一夏。そう、織斑一夏なのだ。

 故に。

 

「ふーん。そうなのか」

 

 この一言で終わってしまうわけだ。

 嫌味でも、何か含んだ言い方でもない。ただ、本当に彼女達の言葉で納得していえるのだ。

 正直、ここまで来るとわざとやっているのでは、と疑ってしまいたくなる。

 

「そ、それにしても聖さん。ラウラさんへの対抗手段は何かありますの?」

 

 話題を変えようとしたセシリアの言葉。あまりに急な話題振りではあるものの、しかしてそれはこの場にいる誰もが気になることだった。

 

「相手は第三世代型。わたくしのブルー・ティアーズと同じ、あるいはそれ以上の注意をしなければならない相手であることは間違いありませんわ」

「そうね。とは言っても、ドイツの第三世代って確かまだトライアル段階って聞いてたし、情報が少ないのが痛いわね」

「どうするつもりなんだ、世良」

 

 一同に質問される聖は。

 

「まあ、一応考えてはあるわよ」

 

 不敵な笑みを浮かべながら答えたのだった。

 

 *

 

 時刻は廻って夕方。

 聖は自らの部屋へと帰っていた。無論、そこに住んでいるのは自分だけではないため、既に彼女が帰ってきていることは予想できた。

 できたのだが……。

 

「何やら面白そうなことになっているようだな」

 

 開口一番でそれか、と思ってしまうのは仕方のないことだと言いたい。

 けれど、驚くことでもない。甘粕のことだ、今回の件で絶対に何か言ってくることは目に見るより明らかなのだから。

 

「聞いた話では、ラウラ・ボーデヴィッヒと模擬戦をやるとか」

「耳が早いのね」

「まぁな。しかし流石は聖だと思っていてな。考えることが同じだとは」

「……ちょっと待って。今の、どういう意味?」

 

 甘粕の言葉にさらっと流せない部分があったことを聖は聞き逃さなかった。

 一方の甘粕はというといつものように不敵な笑みを浮かべながら返答する。

 

「何、別にラウラ・ボーデヴィッヒの態度に何かしらの対応をしなければならないと思っていたのがお前だけではなかった、というだけの話だ。

 彼女の言動、行動、態度。それら全てがここにいる生徒とはかけ離れているものだ。しかし、それはいい。他の者と同列に物事を考えろ、などとは言わん。人間とは一人ひとりが違う存在。故にそこから生じる考えの違い、意思のぶつかり合いもまた、人間の美点だと私は考えているからな」

 

 また随分と大仰な、けれども甘粕らしい言い分だった。

 

「私が言いたいのはだな、彼女が他人を全く見ていない、という点だ。

 転校初日から私はラウラという少女を観察してきたつもりだ。何せ、初日から早々、やらかしたのだ。気になるのが人情というものだろう?」

 

 それはアンタだけよ、と言うのも面倒だったため聖は何も言わず、そのまま聴き続ける。

 

「実際、織斑一夏をぶった彼女にはある種の意思を感じた。目の前にいる男は絶対に許さない。それ故の宣戦布告。暴力は決して好きではないが、しかしああ、認めるとも。それが憎悪であろうが、嫉妬であろうが、それもまた他者へ己の意思を伝える手段の一つだ。拳で分かり合う、という言葉があるように時には力と力をぶつけなければ分からない時もあるものだ」

 

 けれど、と甘粕は言う。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒの場合は違う。あれはただの八つ当たりだ。そも、彼女は織斑一夏を見ていないように私は思ったよ」

「織斑一夏を、見てない?」

 

 甘粕の言葉に聖は復唱しながらどこか納得した部分があった。

 確かにラウラは一夏のせいで千冬が決勝戦に出られなかったから憎悪している。けれど、一夏がどんな人間なのか、全く知ろうとしてはいなかった。憎い相手。その事実さえあればいい。それだけあれば自分は織斑一夏に憎悪する権利があるかのように。

 

「彼女が何故、あそこまで織斑一夏に憎悪するのか。それは知らん。まぁ何となくではあるが、予想はつくがな。だが、それが単なる一方的なものであるのは彼女の態度からして明白だ。まるで子供が欲しいものが貰えず癇癪を起こしている様だ」

 

 辛辣な言葉だが、しかし確かにその通りなのかもしれない。

 結局のところ、ラウラは自分の教官である織斑千冬の二連覇ができなかったことが許せないのではない。自分の理想とする千冬の完璧性を傷つけれたのが許せないのだ。故に千冬が気にしていなくても理想を汚されたことで彼女は怒っているのだ。

 そして、さらに言ってしまえば彼女は千冬すら見えていないのかもしれない。

 結局彼女は自分中心にしか物事を判断できていないのだろう。

 

「私は常々思う。自己中心的な輩であろうと他者を助けようとする偽善者だろうと別に構わない。そこに意思や覚悟、確固たる己の考えがあるのなら善であろうと悪であろうと素晴らしいものなのだと。だが、彼女の場合、意思や覚悟が存在しない。ただ自分の考えを他者に押し付け、それが通ると信じている。他者を認めないどころか、そもそも見てない。己の世界で全てが終わっている。そんなもの、見ていられないだろう?

 だからこそ、私は感謝している。お前が立ち上がってくれたことにな。そうでなければ私自らが申し込んでいただろうからな」

 

 それはまた間の悪いことだ。いや、実際ラウラにとっては幸運だったのだろうか。

 甘粕は専用機を持っていない。だが、彼女がラウラと戦ったらどうなるのか、正直想像したくないという気持ちになるのは何故だろうか。そして、絶対にロクなことにならず、ラウラにとって不幸なことになると思えるのはどうしてだろうか。

 そして、それが現実になると考えると……ゾッとする。

 そんな気持ちを振り払うかのように聖は首を左右に振った。

 

「……別に。あんたのために模擬戦するわけじゃないわよ」

「それでも、だ。私の意思を任せられるのはお前しかいないと想っている。故に期待しているぞ、聖」

「喧しい、この馬鹿」

 

 これ以上ない程して欲しくない期待をする甘粕に、聖はただただ大きな溜息を吐きながら、そそくさと準備を整え部屋を出ていこうとする。

 

「ほう。早速練習にでも出かけるのか?」

「違うわよ」

「ふむ。ならばどこへ?」

 

 甘粕の問いに聖は一拍開けて答える。

 

「簪のところにちょっとね」




お久しぶりです。天城です。違った雨着です。
ようやく甘粕が登場。そして狙いを定めていたという事実! まぁ大体の人は予想していたとは思いますが。
さて、ここからは言い訳をさせてください。
作者が筆を止めていた理由。それは仕事が忙しいというのもありますが、聖とラウラがどのように戦うのか、という点が大きな問題でした。複数なら原作通りにいけばいいですが、一対一なのでどうしようかな、と。
一応対応策的なものが浮かんだので再び筆を取らせてもらっています。
投降がこれからも遅くなると思いますが、作品が面白くなるよう努力しますので、何卒よろしくお願います!
それでは!!

PS
感想多くくれたら速度上がるかもですよ!!(シャラップ


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第二十四話 約束

唐突ですが、FGOって面白いですよね!(脈略がなさすぎだろオイ
※今回もちょっと少なめです。ご注意ください。


 聖とラウラの模擬戦の話は瞬く間に全生徒に伝わっていった。それも当然だ。何せラウラという少女はあらゆる意味で注目されている。立場に態度、その両方から鑑みて彼女に目をつけているものは少なくない。そして、さらにいえば彼女の持つ第三世代型のIS。その能力や仕様を暴こうと何かしらのアクションを待っていた者も多いはずだ。

 故に。

 

「すげぇ人数だな、こりゃ……」

 

 聖とラウラの模擬戦当日。観客席から集まっている人数を見ながら一夏は呟いた。

 IS学園のアリーナ観客席は全生徒が集まっても大丈夫なように作られている。だが、実際にそれくらいの人数が集まるのは何かしらのイベント時のみだというのが常。だというのに、今、ここにはほぼ全学年の生徒がごった返していた。

 皆、聖とラウラの模擬戦を見たいがために集まった者達だ。

 そして一夏に箒、セシリア、鈴、シャルルもまたその中に入っている。

 

「これは、以前のクラス対抗戦よりも多い気がするな……」

「気がする、ではなくて、確実に多いですわね」

「ええ。何か癪だけど」

 

 というのは箒にセシリア、鈴。

 そんな彼女達の言葉にシャルルは続く。

 

「へぇ。そうなんだ……でもやっぱりそれだけ皆気になってるんだよ。ドイツの第三世代型の実力ってものが。何せ未だまともな情報が出ていないからね。ほら、この前だって姿を見ただけで皆興奮してたでしょ? あれが証拠だよ。一夏も気になるでしょ?」

 

 シャルルの問いかけに一夏は「う~ん」と唸っていた。。

 

「まぁ……確かにな。いずれあいつとは戦うことになるだろうし、情報を多く仕入れたいってのはあるよ。でも……俺的には世良の試合が観れるのが楽しみってのもあるな」

「世良さんの?」

「ああ。正直、俺がこんなこと言える立場じゃないってのは理解してるけど、それでもあいつがどう戦うのかは気になるな」

 

 一夏は自覚している。こんなことになったのは自分や千冬のせいであると。

 本来ならあそこにいるのは一夏自身だ。そしてラウラと戦うべきなのだ。恐らく事情を知っている者なら誰しもがそう言うだろうし、一夏もそうするべきだと今でも想っている。

 けれど、一夏は知っている。世良聖という少女がいかに頑固者なのかを。

 一度言ったことは絶対に曲げない。最後までやり通す。そんな彼女が既に宣戦布告してしまったのだ。今更何を言ったところで状況を変えることができないのは一夏も重々承知していた。だから屋上の説得も諦めたのだ。

 けれど一方で、微かではあるが彼は思っていたのかもしれない。

 世良聖が戦うところを見てみたい、と。

 そして、それは自分だけではないこを彼は理解していた。

 

「ほう。これは興味深いことを聞いたな」

 

 ふと聞きなれた少女の声がした。

 振り返ると、そこには――――。

 

「あま……かす?」

 

 甘粕真琴がいつものような不敵で奇妙な笑みを浮かべて立っていた。

 ……正確に、より正しく言うのなら、小脇にポップコーンを抱え、右手にフランクフルトを持っている、と付け加えなければならないが。

 

「何やってんだ……?」

「ふむ。少々小腹が空いていたところに出店があったものでな。ついつい買ってしまった。いやはや、流石はIS学園。こういうイベントに際し、こういった配慮を持った生徒がいるとは」

 

 いや出店って、そんなのどこかにあったか?

 

「……それ、絶対違反の類だろ。大丈夫か?」

「何。心配はいらんさ。出店の少女もそれを覚悟してやっていると述べていたからな。それに感動したため、私もこうして買わせてもらったわけだ」

 

 大仰な言い回しだが、結局のところ腹が減ったから買い食いをしていることに変わりはない。

 

「でも、何で観客席にいるんだ? 俺はてっきり世良のピットにいるとばかり」

「ああ、それも考えたのだがな。今は最終調整に入っている。流石にそれを邪魔する程、私も野暮な人間ではないのでな」

 

 最終調整……? その言葉に首を傾げる一夏に甘粕は言う。

 

「それはそうと、織斑一夏。今回の模擬戦、お前はどう見る?」

「どう見るって……」

「もっと簡単に聞こうか。ヒジリは、ラウラ・ボーデヴィッヒに勝てると思うか?」

 

 単刀直入な質問ではあるが、この場でそれを答えるにはあまりに酷な質問でもあった。

 けれど。

 

「俺は勝てると信じてるよ」

 

 甘粕の前にいる少年は何の迷いもなく即答した。

 その言葉に甘粕が「ほう……」と呟く中、シャルルが横から口を開いてきた。

 

「即答だね、一夏。でも、相手はドイツの第三世代型だよ? 情報が少ない上、世良さんが使うのは学園側が貸出をしている第一世代。話を聞く限りじゃ、多分リヴァイブだね。だとするとスペックの違いも大きい。それにISの適合性もラウラの方が上だよ。だとしたら……」

「関係ないよ、シャルル」

 

 シャルルの説明を一夏は一刀両断する。

 

「スペックの差とかあいつには意味がないんだ。そんな程度でどうにかなる奴じゃないんだよ、世良は」

 

 そう。世良聖とは計算や盤面の良し悪しでどうこうする少女ではない。そんなものをひっくり返すところを一夏はその目で見ているのだ。例え自分がどれだけ不利な状況であろうと、例え自分がどれだけ傷つこうとも、決して諦めず、解決策を探し出す。探してないなら作る。自分に正直で、真っ直ぐな心の持ち主。言葉にすると簡単ではあるが、けれどもそれを実際にやり遂げる者を一夏は知らなかった。

 不撓不屈の精神。それを具現化したような彼女を、だからこそ一夏は応援したいし、信じている。

 彼女が必ず勝つ、と。

 そしてそれは一夏だけではなかった。

 

「そうですわね。あの方は自分と相手の差を理解しながら、それでも倒す方法を探し出す。わたくしの時にそうしたように、今回も必ずそうしてくれると信じてますわ」

 

 かつて彼女に追い詰められた少女も。

 

「まぁ、あの頑固者がそう簡単にやられるところとか、正直想像できないわね。何せ、負けず嫌いって面に関しては私が知る限り一番だし」

 

 かつて彼女に背中を押された少女も。

 

「世良が努力していることは私達は知っている。それが無駄ではないということをきっと見せてくれるだろう」

 

 かつて彼女の背中を見て、己もそうありたいと思った少女も。

 

 全員が世良聖という少女の在り方を理解し、そして彼女が勝利を掴むことを信じていた。

 そして今度は逆に一夏が訪ねる。

 

「お前はどうなんだ、甘粕」

 

 一夏の質問に甘粕は。

 

「無論。信じている。ああ、信じているとも。彼女の努力、気概、信念。それを私は知っている。恐らく、この中の誰よりも彼女を見ているからな。だが、それは私個人の視点にすぎん。ふとな、他の者がどう思っているのか、気になったのだ。しかし……そうか。それがお前達の答えか。ならばよし、最早これ以上の無粋な質問はヤメだ。共に彼女の勝利を願って観戦するとしよう」

 

 不気味とも言えるその笑みの言葉に、けれども一夏は嘘偽りがないのだと感じたのは気のせいではないだろう。

 

 *

 

「気分はどうだ、世良」

『平気です。問題ありません』

 

 ピット内で最終調整をしている聖。その光景を千冬は管制室から見ていた。

 正直、最初聖から今回の提案を聞いた際、千冬は耳を疑った。模擬戦を通してラウラの視野を広がせる。そんなことは馬鹿げていると思った。

 相手はドイツの第三世代型。しかも情報が少ない相手だというのに、どう戦うというのか。

 けれども一方で、だからこそ、と思う自分がいた。ラウラは生まれながらの軍人だ。説教や言葉よりも戦いの中で、という方が理解してくれる可能性は十分にある。実際、千冬に心を開いたのもその戦闘技術があったからこそ、と言っても過言ではない。そう考えるならば聖が提案してきた内容は可能性はあるかもしれない。

 だがしかし、だ。彼女があまりに不利な条件であることは変わりはない。

 ラウラは軍人として育てられてきた。無論、ISとしての操縦も千冬が徹底して叩き込んでいる。故に現状を鑑みるならばラウラは一年生の中でも最上位に近い実力の持ち主。そして専用機持ちというアドバンテージ。

 その相手に聖は貸出のISで戦うという。

 これで安心しろという方が無理な話だ。

 そして、それは麻耶も同様である。

 

「世良さん、大丈夫でしょうか。以前のこともありますし……」

 

 麻耶の心配は尤もなものだった。

 以前、というのは無論セシリアのとの試合のこと。彼女の体が弱いことは千冬は勿論、教師側のほとんどが把握していることである。故に今回の模擬戦に関しても千冬はかなり他の教師達から言われている。

 大丈夫なのか、また気絶したりしないのか……その疑問は当然のものだ。ISには安全装置や絶対防御があるものの、危険がないわけではない。そして、万が一の場合、問題になった時、責任を取るのは教師側なのだ。ましてや一度聖は倒れている。何かあるかもしれない生徒に模擬戦をやらせるわけにはいかない、というのは千冬にも分からるし、実際最初は彼女も止めていた立場だった。

 

「安心しろ、問題はない……とは言えんな。本来ならば教師としては止めるべきなのだろう。だが……世良がやるというのだ。あれが一度言いだしたら聞かないのは、君も承知しているだろう?」

「あはは……そうですね」

 

 乾いたような笑みを浮かべる麻耶。世良聖という少女がどれだけ頑固者なのかは、もはや一組全体に知れ渡っている。一度決めたら最後まで曲げない。その姿勢を皆、セシリアとの試合で見ているのだから。それに代表を決める際の推薦。あの場での啖呵も彼女がどういう性格なのかを鮮明に表していると言っていい。

 今回はラウラの件が絡んでいる。彼女のことを任せた身としては出来うる限り、聖の手助けをしたいと考えている。

 

「山田君には悪いが、世良のメディカルチェックを常に確認してくれ。何かあればすぐ報告を」

「了解しました……それにしても不思議ですね」

「? 何がだ」

「ボーデヴィッヒさんが今回の模擬戦を受けたことです。代表候補生としての立場もそうでしょうけど、彼女の性格から考えて、申し込まれても即決で断ると思って」

「ああ、それか。それはだな―――――っとそろそろ時間だ。二人に準備にかかるよう伝達を」

 

 は、はい、と言いながら麻耶は二人にピットから出るように指示を出す。

 試合開始まで三分。

 

 *

 

「―――来たか」

 

 聖がアリーナに入場すると既にラウラが待ち構えていた。

 そして、聖の方に視線を送った途端、眉をひそめた。

 

「正直、ここに至るまで私は半信半疑だったが……まさか本当にそんな量産型で私に挑むというのか?」

「当然でしょ。私は専用機持ちじゃないんだし。けど、量産型だからってあんまり舐めていると足元掬われるわよ」

「ふん。世良聖。貴様のデータは見させて貰っている。確かにISの操縦に置いて貴様は他の者とは一線を画しているのだろう。そこは認める。だが、私とこのシュヴァルツェア・レーゲンは貴様如きがどんな小細工をしたところで意味はない。全力で排除してやる」

 

 相変わらずの上から目線な言葉。しかし、聖にとってみればそんなものは既に日常茶飯事。そもそもにして、彼女にはラウラよりも人あたりのきつい母親がいたのだ。今更ラウラの挑発に乗るほど、沸点は低くない。

 

「それよりも貴様、例の約束は覚えているだろうな」

 

 約束。そう、聖はある約束の下、今回の模擬戦をラウラに承諾させたのだ。でなければ彼女が素直に自分と模擬戦をしてくれるとは到底思えなかったし、実際最初は断れていた。

 そして、その内容というのが。

 

「貴様が負けたら次の学年別トーナメントにペアとして参加する。そこで織斑一夏と対戦できるよう手伝う。そしてその後、貴様は私に一切関わらず、私の行動に口を挟まない。この内容に間違いはないな」

「ええ。問題ないわ」

 

 自らに不利な内容にけれども聖は即答する。

 時期が迫っている学年別トーナメントはペアでの参加となり、事前に申請をしなければならない。期限までに申請ができていない者には当日抽選が行われ、強制的にペアとなり出場する。

 ラウラからしれみれば抽選でのペアでも別に構わないだろうが、聖が出した提案は一夏と対戦できように手助けをする、という点。ラウラにとっても損はない提案だ。

 

「私は織斑一夏を排除する。そして、教官の、あの人の汚点をこの世から消し去るのだ。これはその前哨戦。奴に私の圧倒的力を見せつけてやる」

「あっそう。でも、悪いわね。私も自分から申し込んだ以上は負ける気は毛頭ないのよ。だから―――全力で勝ちにいかせてもらうわよ」

 

 殺意と敵意。それぞれがぶつかり合いながら各々自らの武器を展開する。

 そこから先は無言。互いに喋ることは既に言い尽くし、故に静寂が二人の空気を支配する。そのせいか、会場までもが静けさで包み込まれ、二人の様子をじっと伺っていた。

 そして。

 

『カウントダウン始めます。5、4、3、2、1、0―――――試合開始です』

 

 瞬間、二人の銃口から火花が舞った。




ようやく、海鮮、否開戦です。
今回の約束の条件、ラウラにとっては然程重要ではないと思われるかもしれませんが、実際知らない相手と当日組むより事前にどういう相手が知っておいた方がマシ、というのが彼女の考えです。またラウラからしれみれば聖は尽く自分の邪魔をしてくれるわけですから、それを無くすため、という理由があります。
さて、次回からやっと対戦になるわけですが、聖がラウラをどう攻略するか、楽しみにしててください。
それでは!!

PS
今回は甘粕は何もしません。
ええ、本当ですとも。


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第二十五話 激突

明日、というか今日仕事が朝早いというのにこの時間に投降。またやっちまったぜ(オイ
※深夜のテンションでおかしくなってます。ご注意ください。


 五五口径アサルトライフル『ヴェント』。

 六一口径アサルトカノン『ガルム』。

 二つの銃口が火を吹きながら銃弾が次々とラウラ目掛けて放たれていく。

 しかし、流石というべきか、やはりというべきか。ラウラはそれらの攻撃を意図も簡単に回避していった。別段、聖の狙いが悪いというわけではない。むしろ、狙いは的確だ。だが、的確故に軍人として教育されてきたラウラにはその軌道が読まれてしまうわけだ。

 

「まぁ、そう簡単に当たってはくれないわよ、ね!」

 

 聖は戦法を変えず、間合いを取りながら狙いを定め、乱射していく。幸いなことにどうやらラウラの方には聖と同じような遠距離武器はあの大きなレールカノンのみ。大きな機体に似合った威力と共に、それに反するかのような連射性能。しかし、その連射性も聖の銃に比べれば遅い。威力はあるものの、よけれないものではないため、聖の方も未だラウラの攻撃は受けていない。

 

(なるほど。確かにそこそこの実力はあるようだ)

 

 ラウラは戦いの最中、聖を分析していた。以前、彼女がしたという模擬戦。その戦闘データ、そして日頃の彼女の成績から考えても、この実力は想定以上だ。専用機持ちならいざ知らず、ただのIS乗り、それもまともに動かして三ヶ月程度しか経っていない者の動きではない。

 銃を撃つタイミング、射程距離の把握、そして状況判断能力。どれを取っても優秀だと言わざるを得ない。恐らく銃撃が彼女のスタイルなのだろう。そして、聖自身もそれを理解しているからこその対応能力だ。

 

「ならば、これはどうだ?」

 

 瞬間、鋭利な刃が付いたワイヤーが聖目掛けて飛び出していく。その数は六。レールカノンしか遠距離の攻撃手段として考えてなかったであろう彼女にとっては大きな不意打ちのはず。その証拠に射出された瞬間、聖は目を大きく見開いていた。

 しかし、それも一瞬のこと。殺気を放ちながら駆けながら襲いかかるワイヤーを、しかして聖はまるでダンスを踊るかのように縦横無尽と空中を舞う。

 いくら追いかけても追いかけても追いつけない。苛立ちが募る中、レールカノンを放つものの、それすらギリギリのところで躱される。

 そしてついに、というべきか。

 ワイヤーの一本が聖の銃弾によって破壊された。

 

「なっ!?」

 

 これには流石のラウラも驚愕する。

 けれども、聖にとっては別段特殊なことではなかった。

 何故なら。

 

「生憎ね。こっちは以前にもっと厄介な代物と戦ったのよ!!」

 

 それはつまり、セシリアのブルーティアーズ。あのピット攻撃は今でも聖は苦い思い出である一方で、だからこその対応ができているのだと思う。

 刃付きのワイヤーはラウラのIS本体と繋がっている。そこからどういう風に攻撃してくるかは大体予想ができるのだ。

 そしてこの結果の大きなところはあのラウラが驚いたということ。

 驚きとはつまるところ隙ができるというこであり、その隙を世良聖が見逃すはずはない。

 両手の二丁を瞬時に収め、グレネードランチャーを出現させる。

 

「もらった!!」

 

 そのまま放たれたグレネードはラウラめがけて一直線に射出。

 距離、タイミング、どちらもこれ以上なく合っている一発。流石のラウラもこれを回避することは不可能。

 ……の、はずだったが。

 

「―――無駄だ」

 

 言った瞬間、ラウラの右手が突き出された。

 と同時にグレネードが空中で動きを止めた。

 

「――――っ!?」

 

 グレネードはまるで見えない何かに捕まっているかのようにピクリとも動かない。よく見るとラウラの前方にまるでバリアのようなものが展開されていた。だが、バリアならばそもそも壁となってグレネードがその場で爆発するはずだ。にも関わらず、グレネードは静止しているのみ。

 まるで動くことを忘れたかのように。

 

「このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前では、そのような攻撃は意味をなさん」

 

 停止結界。その言葉で聖は理解した。

 恐らくラウラが使っているのはA.I.C(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)。慣性停止能力。その名の通り、空間をエネルギーで操り、慣性を止める代物。要は相手の動きを封じることができる。噂話程度でしか聞いたことがなかったため、実物を見るのは初めてであり、そしてこれ以上ない程厄介な相手だ。

 一方で納得できる部分もある。A.I.Cがあるからこそ、彼女はグレネードを避けようともしなかったわけだ。

 

「そう、だったら―――――」

 

 言いながら、ボタンを押した瞬間、リヴァイブの翼部分に割れ目が生じる。そこから見えたのは十六門のミサイル口。

 聖が仕様しているのは貸出用の訓練機。故に特殊な武器などはなく、技も存在しない。

 ならば、だ。

 それを付け加えればいい。

 とは言っても、そう易々と特殊な武器などがあるはずもないので、必要のない部分を削除し、武器の容量を多くしした上で、通常の武器を色々とつぎ込んだのだ。

 無論、それをやったのは知り合いのオタク仲間であり、頼れる友。

 そして、これもその一つ。

『山嵐』。聖が簪に頼んで装備してもらった実験段階武装である。

 

「これならどう!!」

 

 一斉射出。計十六発のミサイルがラウラ目掛けて一直線に向かっていく。

 ラウラが使うA.I.Cは相手の動きを停止される能力。それは凄まじいが、しかし見る限りではかなりの集中力を使う代物のはずだ。その証拠にラウラは聖の銃弾を回避していた。停止させられるのなら、そもそも回避する必要はないはず。

 結論。彼女は数の多い攻撃には停止結界は使えない。

 故にこの攻撃は命中す―――――

 

「無駄だといったはずだ」

 

 言葉と同時に起こったのは先程と同じ現象。

 ラウラは迫り来る脅威を全く意に返さず、一歩を動かないまま両手を上げることのみで解決させた。

 彼女の周りに展開しているA.I.Cのバリアが聖のミサイルをひとつ残らず静止させている。

 

「うそ、でしょ……」

「数が多ければ止められないと思ったか? 生憎だったな。この程度のミサイルと数なら、避けるまでもない」

 

 ラウラの言葉に聖は苦虫を噛む表情を浮かべた。折角、簪が装備してくれた中でも最大の火力を誇っていたというのに。

 

「……やってくれるじゃない」

「そちらもな。まさかブレードを全て打ち落とすとは思わなかった」

 

 それは紛うことなき事実だった。

 ラウラは戦う直前まで世良聖を全く脅威とは思っていなかった。いや、彼女にとってみればこの学園の誰も彼も自分の実力よりも劣る。そして、それは当然だと想っている。何せ自分は軍人。しかも一年前には千冬から直々にISの指導を受け、今や隊長の座にいるのだから。

 故についこの前、ISに乗り始めた素人同然の輩を脅威とみなすわけがない。いや、そもそも敵とすら認識するもの面倒だ、と考える程に。

 だが、実際戦うとどうだ。データ以上の力を見せられ、挙句武器も一つ落とされている。

 これはもう、否定できない。

 

「……認めよう。世良聖。確かに貴様には他の連中とは比べ物にならない実力がある。教官がお前に私の面倒を見るように言ったのも遺憾だが、納得はできる。

 だが、その上で言おう―――貴様は私には勝てん」

「……、」

「そもそもにして貴様と私では実戦の数が圧倒的に違う。いや、それ以前にISの性能差が歴然だ。ただの訓練機で専用機に勝とうなどと、思い上がりも甚だしい。それは先程の攻撃で理解しただろう。貴様がどれだけ奮闘したところで、結果は変わらん。貴様は地を這い、私が天を舞う。これは絶対であり、覆すことなど不可能。だが、ここまで戦ったお前に敬意を表し、提案をしてやる。

 ――――――降伏しろ。そうすれば貴様が無様な姿を晒すことはなくなる」

「……、」

「私の目的は織斑一夏の排除。そして教官に認めてもらい、その上で教官をドイツに連れ戻すことだ。本来ならこんな茶番に付き合っている時間などない。一刻も早く目的を遂行するためにも、さっさと負けを認めろ」

 

 高慢を形にしたような言葉。相変わらずな上から目線。

 しかし、ラウラが言っていることに間違っていない部分も確かにあった。彼女と聖では実戦経験が違う。そこは流石千冬に直接指導してもらったから、という点が大きいだろう。実際、銃撃戦においても正直なところラウラの方が一枚上手だ。

 さらにいえば、ISの性能差。ただでさえ基本的な出力や能力で差があるというのに、A.I.Cなどという厄介極まりない代物まである始末。

 それらのことから考えても聖の勝算は限りなく低く、ゼロに近い状況だ。これ以上やったところで無様な姿を晒すだけなのかもしれない。それならば、いっそのことここで負けを認めた方が傷つかず、会場の全員に自分のみっともない姿を見られずに済むかもしれない。

 以上のことから考えて、聖が出す答えは無論―――。

 

「言いたいことはそれだけ? なら、はっきり言わせてもらうわ……お断りよ」

 

 はっきりと、これ以上ないくらい大きく言い放った。

 

「貴様……」

 

 鋭い眼光でこちらを睨みつけてくるラウラ。

 しかし、聖はそんな彼女を見て不敵に笑ってみせた。

 ああ、そうだとも。そんな威嚇に何の恐怖も感じない。

 

「さっきから言いたい放題言ってるけど、ようはあれでしょ? わたしに負けるのが怖いんでしょう?」

「何をふざけたことを……」

「ええそうね。わたしが勝つ確率はかなり低いわ。けど、絶対じゃないとも想っている。もしそうなったら、それはマズイわよね。何せ、大好きな織斑先生に無様な姿を晒すことになるんだから」

「妄想も大概にしろ。貴様が私に勝つなど―――」

「有り得ない? だったら言わせてもらうわよ……織斑先生があんたと一緒にドイツに帰ることの方が絶対に有り得ないわよ」

 

 その言葉にラウラは目を大きく開いた。

 拳を握る彼女から明らかな怒りが感じられる。

 だが、それでも聖は口を閉じない。

 

「織斑一夏を排除する? それで教官に認めてもらう? 馬鹿じゃないの? 何で織斑一夏を排除することが認めてもらうことにつながるのよ。二連覇を逃したから? はっ、何よそれ。そんなこと、あの人が気にしてるとでも思ってるわけ? だとしたら元教え子として失格よ、あんた」

「何を……」

「織斑先生は言ってたわ。自分は教師失格だって。他人が何を考えているのかは分かるけど、何を想っているのか理解できない。だから自分は三流なんだって。でもこうも言ったわ。この世界を作った一人として、その責任を取るためにここにいるって」

 

 それがどういう意味なのか、どういう気持ちなのか、聖にも分からない。何せ聖は千冬ではないのだから。

 けれど、それでも。

 自分達の教師……織斑千冬が前を目指して歩もうとしているのは理解できていた。

 

「織斑先生は教師として、ここで頑張ろうとしている。努力をしている。不器用でちょっと怖いところもあるけど、それでもあの人は私の、私達の先生なのよ。それを、昔ちょっと教えてもらったからって勝手に人の人生決めようとしてんじゃないわよ!! あんたにそんな権限はないのよ!! あの人の邪魔をしようとしてるのはどっちだ!!」

 

 織斑千冬は言った。自分は未熟者なのだと。

 そうなのかもしれない。千冬とて人間であり、まだ二十そこそこの新米教師と同じくらいだ。それを世間が世界最強のIS乗りだの『ブリュンヒルデ』だのと言って期待を押し付けているのだ。今のラウラのように。

 別段、期待するな、とは言わない。だが、盲信するのは千冬にとって重石になるだけなのだ。

 しかし、それを目の前の少女は分かっていない。

 それが聖にはどうしようもなく腹が立って仕方がなかった。

 

「き、さま……言わせておけば……!!」

「この際だからはっきり言っとくわよ。織斑千冬は、あんたの所有物じゃないのよ。覚えておきなさい!!」

 

 それがきっかけだったのだろう。

 ラウラが聖目掛けて突っ込んでいく。その両手にはプラズマを収縮させ形づけられた刀―――プラズマ手刀が殺気を纏っていた。

 聖の武器は銃がメイン。中距離、遠距離ならともかく近距離の戦闘には弱いと判断したのだろう。実際、銃を持っていたとしても接近戦は聖が不得意とする状況だ。

 故に対応するのは、近づかれる前に攻撃をすること。

 聖は手に持っていたグレネードランチャーを再びラウラ目掛けて放った。

 

「無駄だと何度言わせればわかる!!」

 

 接近しながら再びA.I.Cでグレネードを止めたラウラ。

 だが。

 

「―――やっぱり止めるわよね、そこは」

 

 聖がそんなことを口走った瞬間。

 ラウラの視界を覆い隠す程の凄まじい閃光が、グレネードから発される。

 

「これ、は……!?」

 

 閃光弾(スタングレネード)

 閃光によって相手の行動を封じるそれこそがグレネードに仕込まれていた代物だった。

 A.I.Cは慣性を止めるものだが、発光を止める能力ではない。

 本来、昼間ならばその威力を半減させてしまうところだが、ラウラは閃光を間近で喰らってしまっている。それでも、効果は数秒程度だろうが、それで構わない。

 一瞬の動きさえ止められれば、十分だ。

 何故なら。

 それは、一瞬で距離を詰める技なのだから。

 次の瞬間、超高速状態で聖はラウラに接近した。

 

「なっ……『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』だと……!? そんな、データにはなかったはず……!?」

「当然よ!! 公式戦では、今始めて使ったんだから!!」

 

 言いながら、聖は放つ。

 しかし、それは銃弾でも刃でも、ましてや衝撃砲などでない。

 己の、小さな、けれども確固たる意思が詰まった拳をラウラの機体に叩き込んだ。

 

「がっ……!?」

 

 これには流石のラウラも予想外だっただろう。何せ拳の攻撃などすれば自分のシールドエネルギーを消費する代物。そんな非効率的な攻撃など誰もするはずない。

 そう、思い込んでいたのだから。

 そして、思い込みというのは戦闘において致命的な欠点となる。

 聖の一擊によって数メートル程吹っ飛んだラウラだったが、直ぐに体勢を立て直し、聖へと視線を向けた。

 憤怒の表情を浮かべながら。

 

「よ、くも……よくもよくもよくもよくも……!!」

「怒ってるところ悪いけど、一つ質問よ……ミサイルの自爆スイッチって知ってる?」

 

 その言葉にラウラは眉をひそめた。

 無論、知っている。ミサイルを発射した際、もしも軌道から外れたり、他の場所へと向かった際に途中で爆発させるために自爆するように設定されてあるのだ。

 だが、それが一体どうしたというのだ?

 

「何が言いたい……」

「別に。ただ……自分の足元はよく確認しておくことね」

 

 言われた瞬間、カツン、とラウラの脚に何かがぶつかった。

 そして、思い出したかのように見てみるとそこには先程彼女が停止させたミサイルが。それも一発ではなく、十六発全て。

 ミサイルと先程の聖の言葉。

 それらから結論されること、それは―――。

 

「き、さま――――!?」

「私の友達の力、よく味わいなさい」

 

 同時。

 十六発のミサイル爆発がラウラの体を襲った。

 

 

 *

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 彼女がこの名前を与えられたのは戦うために通常の、人としての名前が必要と判断されたからだ。

 本来、最初に付けられた名。それは『遺伝子強化試験体C-0037』。

 人工的な合成によって。『ある人間』の遺伝子を操作から生まれた、軍人であり、兵器。

 そのため、ありとあらゆる戦闘技術、知識、操縦を覚えこまされた。そして、ラウラ・ボーデヴィッヒという存在は最高の軍人という名の兵器として着々と育てられていった。

 

 だが、ISの登場がその道を瓦解させていった。

 

『ヴォーダン・オージェ』。IS適合性能を向上するための処置。擬似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは、脳への視覚伝達の爆発的な向上、それと超高速先頭状況での動体反射の強化を目的とされ、肉眼へのナノマシン移植処置のことであり、ラウラはそれを受け入れた。

 だが―――結果はあまりにも残酷なものだった。

 IS適合は向上どころか悪化し、左目は金色に変色、制御もままならない状態になった。

 この事故……いや、手術による失敗によってラウラは出来損ないの烙印を押された。いくら軍人として優秀であっても、彼女が求められたのはIS操縦者としての性能。

 故に彼女が闇の底の底、そのまた底に落ちていくには時間がかからなかった。

 そんな彼女が初めて目にした光。

 それが織斑千冬だった。

 

「私の名は織斑千冬。今日から貴様らの教官となった者だ」

 

 その日のことをラウラはよく覚えている。

 雲が一つもない、快晴である一方で、彼女の中は曇天そのものだった。

 

「貴様がラウラ・ボーデヴィッヒか」

「……はい」

「ここ最近の成績は芳しくないそうだな。だが、なに心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろうさ。なにせ、私が教えるのだからな」

 

 その言葉を信じていたかと言われれば、答えは否だ。自分のことは自分がよくわかっている。どれだけ努力してももはや自分は手遅れなのだ、と。

 けれど、ラウラは千冬の訓練をこなしていく内に徐々にではあるが、実力が向上していることに気がついていた。以前は遅かった反応速度も誰よりも早くなり、操作も誰よりも巧くなった。

 結果、IS専門へと変わった部隊の中で、彼女は最強の座に君臨した。

 けれど、正直なところ、彼女にとってそれは最早どうでもいよかった。

 それよりもずっと、もっと、強烈に、深く―――織斑千冬という存在に憧れていたのだ。

 

―――ああ、こうなりたい。この人のように強くなりたい。

 

 それからというもの、ラウラは千冬の傍にいることが多くなった。ISのことを話すことが多かったが、彼女にとってみれば千冬の傍にいること、それだけで十分だった。

 そしてある日、ラウラは千冬に訪ねた。

 

『どうしてそこまで強いのですか? どうしたら強くなれますか?』

 

 私の問いに答えた教官の顔は、どこか嬉しそうで、優しげだった。そんな表情は、今までに見たことがなかった。

 

『私には弟がいる』

『弟……ですか』

『ああ。あいつを見ていると、分かるときがある。強さとはどういうものなのか、とな。そしてこうも思った。何があっても、こいつを守りたい、と』

『……よく、分かりません』

『ああ。だろうな。私も、それを意識したのはある人の言葉がきっかけだ』

『ある人?』

『私が中学生の時だ。修学旅行先でちょっと面倒事に巻き込まれてな。そこで出会った大人にこう言われた。「君にとって、弟とはどういう存在か、きちんと考えてみるといい」とな。そして、私は自覚した。あいつは、私にとってかけがえのない存在だと』

『……すみません、教官。私には、やはり……」

『分かっている。今はそれでいいさ』

 

 そうして、千冬はラウラの頭を撫でた。

 けれど、彼女は心の中で。

 

(違う……こんなのは、違う……)

 

 こんなのは貴方ではない。優しく、暖かく、そして可憐な姿など、織斑千冬ではない。

 織斑千冬という人間は、誰よりも強く、誰よりも凛々しく、そして誰よりも孤高でなければならない。何故なら、それが自分が求めた理想の彼女なのだから。

 故に、だから、そのために。

 ラウラは織斑一夏を許さない。

 必ず排除すると決めたのだ。

 

 だというのに。

 だというのに。

 だというのに……!!

 

 ラウラは織斑一夏に対峙する前に敗北させられそうになっている。

 こんなはずではなかった。

 たかが学生。たかが訓練機。たかが素人。

 相手はどうみても格下。戦術的なことから考えてもラウラが負けることなど有り得なかった。

 だというのに、彼女は今、危機に陥っている。

 自らが倒そうとしている男の前で。そして、自らが尊敬している教官の前で。

 

 ……嫌だ。

 ……嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

 負けたくない。敗けたくない。マケタクナイ!!

 こんなところで、こんな場所で、こんな場面で。

 自分は負けるわけにはいかないのだ!! 

 

(力が、欲しい)

 

 瞬間、ドクンッ、と何かがラウラの奥底で蠢いた。

 

『―――願うか?』

 

 何かがラウラの中で囁く。

 

 

『―――欲するか?』

 

 それは甘やかな、けれども危険な言葉。

 

『―――汝、自らの変革を望むか?』

 

 けれど、別にそんなことはどうでもいい。 

 

『―――より強き力を欲するか?』

 

 

 この状況を打破できるのならば。

 力があるのなら、それを得られるのなら、絶対的な勝利を得られるのなら。

 私という存在を、引換にしてでも。

 

「よこせ―――比類なき力を……唯一無二の絶対を……私によこせ!!」

 

 瞬間、彼女の中で感情のない声が響き渡る。

 

 

 Damage level……D.

 

 これはきっと間違いなのだろう。

 

 Mind Condition……Uplift.

 

 これはきっと選択を誤っているのだろう。

 

 Certification……Clear.

 

 けれども、それがどうした。

 

《Valkyrie Trace System》......boot.

 

 例えこれが間違いであっても、誤りであっても私は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふむ、これは少々、厄介なことになってるな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  System/error.

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『喧しい』

 

 瞬間、女の声と共に警報が一気に鳴り止む。

 

『これでよし……さて、早速で悪いが、少々体を貸してもらうとしよう。何、心配するな。お前の願いは聞き届けた。なるべくそれに添う形にはするさ』

 

 意味不明。理解不能。

 何が何だか分からない。

 先程のこともそうだが、唐突に現れたこの女は一体……?

 

「き、さまは……一体……何者だ……」

『ふむ……そうだな。初対面の相手に名乗らないのも礼儀をかくというものだ。では、名乗らせてもらおう』

 

 そうして、女はこんな状況かだというのに全く動じず自己紹介をし始めた。

 

 

 

 

 

『私の名はクリームヒルト・レーベンシュタイン。

 知った者からはヘルヘイムと呼ばれている者だ』

 

 

 

 

 

 さぁ、少年少女よ、再び覚悟せよ。

『死神』が送る、試練の時間だ。




今回は色々と言いたいことがあるでしょう。
聖の戦い方とか、最後に出てきた人とか……。
それも含めて感想で訊きます。なのであとがきは少なめで。
かかってこいや!!(訳:すみません。内容的にはこういうのがやりたかったんで、色々意見があると思いますので、それは感想にお願いします。
でもメスゴリラ出したことは後悔してません!!


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第二十六話 宮殿

いやぁ、情報少なすぎて正直書きづらいですね、メスゴリ――――(ここから先は血に染まって読めない
※ヘルの口調とかおかしな点があるかもしれません。ご注意ください。


 気がつくと、聖の目前に城……いや、宮殿というべきものの内部の景色が広がっていた。

 

「……は?」

 

 唐突のことでそんな言葉しか口に出せなかったのは仕方がないと思いたい。先程まで自分はラウラとアリーナで試合をしていた。そこでラウラの機体から妙な光が出て辺り一面を包み込んだと思ったらこれである。

 しかも何故だかISがいつの間にか無くなっているという事態。

 常識外なことは以前もあった。だが、これは範疇外にも程があるというもの。これでリアクションをしろ、と言われても呆気にとられる他はない。

 冗談のような状況に聖はただただ困惑するのみ。いや、これで驚くなという方が無理というものだろう。

 というよりも、だ。

 

「何であなたがここにいるのよ」

 

 聖は自分の隣に織斑一夏がいることが不思議で仕方がなかった。

 彼は確か、応援席で観戦していたはずだ。こうなる前に何かしらのアクションをした覚えはないし、された記憶もない。

 そして、それは当の本人も同じであった。

 

「俺の方が聞きたいよ……っていうか、世良。これって一体……というか、ラファールはどうした?」

「わたしが知るわけがないでしょ。気づいたらこの状態だったんだから。まぁ、これがろくでもない状況なのだけは分かるけど」

 

 現状理解が及ばない。一瞬、夢でも見ているのではと思ったが、踏みしめる床や周りにある景色はあまりにも現実的だ。しかし、それ故に異常な事態でもあるわけであり、現実か虚実か、わからなくなってしまいそうである。

 

「これ、もしかしてアリーナよりも大きんじゃないでしょうね……」

 

 現実的すぎる非現実を前に、聖はそんなことを口走った。しかし、その言葉はただ虚しく伽藍に反響するばかりであり、一夏以外誰もいないことを意味していた。

 

「っと、それより他のみんなは!? 箒!! セシリア!! 鈴!! シャル!! 千冬姉!! 山田先生!! 誰もいないのか!!」

 

 そして、やはりというべきか。一夏の叫びに応える者は誰もいない。周囲を見渡しても、人の気配すらない状態だ。この広大な宮殿の中で、聖と一夏は完全に孤立してしまっていた。

 有り得ない事態。しかし、この雰囲気を聖は以前にも感じている。そう、一夏と鈴の対抗戦に割り込んできた襲撃者。あの空気によく似ている。けれども、実際の危険度はこちらの方が上なのかもしれない。何せ場所ごと変化させられ、挙句先程までいた観客や教員を大勢消してみせているのだから。

 これんなことができるなど、もはや人間業では不可能。

 とはいえ、だ。

 

「よりにもよって、どうしてあなたと一緒なのかしらね」

 

 やはり、聖はそこが気になって仕方がなかった。

 

「何だよ。世良は、その……俺と一緒だと嫌なのか?」

「別に嫌とかそういうんじゃないわよ。ただ、腑に落ちないっていうか、気になるだけ。これは明らかに誰かの仕業。その誰かさんはわたし達二人をわざわざ選んでここに呼んだ。その理由が分からないのよ」

 

 聖は思い返してみる。自分と織斑一夏の共通点などクラスメイトという以外、何かあるわけでも……。

 と、そこで一夏がふと口を開いた。

 

「……あのさ。これは俺の直感なんだけど……これってラウラがしでかしたことなんじゃないか?」

「ラウラが?」

「ああ。だって、あの光……ラウラがミサイル爆発を食らった後、あいつのISから妙な光が溢れ出して、気がついたら俺はお前とここにいた。これはどう考えてもラウラが関わっているとしか思えないだろ」

 

 それはその通りだ。一理ある。自分と織斑一夏の共有点を鑑みれば、ラウラが関わっているという点は納得がいく。何せ、彼女にとって聖と一夏は邪魔者なのだから。

 

「確かに。でもだとしても色々とおかしな事が多すぎる」

 

 そも、代表候補生、それも第三世代型のISを所持しているとはいえ、この規模の力があるとは到底思えない。これはそんなものの範疇を超えた別の何かだと、聖の奥底にある勘が訴えていた。

 そして。

 

「もし、これがラウラのしでかしたことなら、肝心の彼女はどこにいるの?」

「それは……」

 

 尤もな疑問を前に一夏は即答できない。

 しかし。

 

『それは私が応えるとしよう』

 

 奇妙な声がまるでここの主であるかのように館内に響き渡った。ふと周りを見る。しかし、そこに人影は存在しなかった。

 人の気配がないというのに声が消えてくる。これまた怪奇なことである、と聖はどこか呆れていた。

 

『私はそこにはいないよ。呼び出しておいて恐縮なのだが、私の元へと来てくれ―――なぁ、我が友の末裔』

「あんたは……」

 

 再び聞こえてきた女性の声に、聖は確信する。これは幻聴や幻視の類ではない。まぎれもない。現実の出来事であると。

 そして、この現象の原因が声の主であることも。

 さらに言えば、それを理解したのは彼女だけではなかった。

 

「おい、あんた!! これはあんたの仕業なのか!! 何が目的だ!! 皆をどうしやがった!! ここに俺達を連れてきて一体どうするつもりだ!?」

 

 次から次へと飛んでいく一夏の疑問。気持ちは分かる。唐突な出来事に対して人は早々対応できるものではない。

 けれど、それを口にしたり、行動に出すのは愚の骨頂。それは即ち、相手に自分は今、弱っているということを伝えるようなものなのだ。

 まずい、と思う聖を他所に声の主が話しを続けた。

 

『ほう。どうやら二人共無事に来れたみたいでなによりだ。そして少年。私が何の目的で君らを呼び出したのか。その疑問に応えるためにもまずはこちらへと来てくれないか?』

 

 それは別段こちらを見下しているわけでも、全く感情がない言葉でもない。凛々しく、華やかだがけれどもどこか鋭利な印象を受ける声音。

 言い方があれかもしれないが、古い意味での貴族。それが一番しっくりくるだろう。王族が戦士としても一線級でなければ成り立たなかった時代のような、硬骨とした世界観を声のみでこちらへ伝えている。

 

『とはいえ、そちらとしても不安があるままでは行動しづらいだろう。故に一つだけ、先に答えよう。他の人間は少々隔離させてもらっている。

 君らとの語らいを邪魔されるのは御免被るのでね。戦闘という意味では全く問題ないのだが、よく君らが使うだろう? 場の空気、というやつだ。彼らがいては色々と萎えてしまうかもしれんからな。それに、私は少々抑えが利かない性格をしている。つい、殺してしまうかもしれない』

 

 何の戸惑いもなく。何の躊躇もなく。

 まるで、うっかりしてしまうかもしれない程度の口調で声の主はそんなことを呟いた。

 その一言で聖は理解する。

 この相手はどうしようもない馬鹿であり、そして手がつけられない、と。

 

「あんた……」

『ヘル、と呼んでくれ。私を知る者は大抵そう呼ぶ。君にも是非、その名前で呼んでもらいたいのだ』

 

 何だそれは、と言いたくなる口を紡ぎながら聖は考えた。

 今、ここで彼女の反感を買うようなことはしたくない。先程彼女は言った。他の人間は別の場所に隔離している、と。こんなことをしでかす者だ。隔離された人間を本当の意味で消し去ることも可能であり、恐らくではあるが難しくないだろう。

 それに、だ。どうやらヘルはこちらに興味がある様子。ならば、現状において他の人間は殺すつもりはないということだ。

 その理由は不明だが、ここで突っぱねることにメリットは一切存在しなかった。

 

「……分かったわよ。お誘いに乗ってあげるから案内して、ヘル。わたし達はどこへ向かえばいいの?」

『真っ直ぐだ。ただ道なりに進めばいい。何、心配するな。こちらから招き入れた客人を迷わせるような真似はせんさ。待っているぞ』

 

 言い終わると、再び静寂が二人の周りを支配した。

 そして、それが幾許か過ぎた頃、ようやく口を開いたのは聖。

 

「と、いうわけで、話を勝手に進めて悪いけど、わたしは向かうわ。あなたはどうする?」

「もちろん、一緒にいくぞ」

 

 即答だった。

 

「……最初に言っておくけど、絶対にロクな目に遭わないわよ」

「ああ、だろうな。けど、ここでお前だけを送り出す、なんて選択肢は俺にはないんだよ。嫌だって言っても無駄だからな。しがみついてでもついてくぞ」

 

 そんなことを真顔で言い出す一夏に聖は溜息を吐いた。ダメだこれは。最早人の話を聞く段階を過ぎている。

 この現象に対して、聖もまた打開策など持ち合わせてはいない。無論、一夏も知る由もない。だが、一人でも仲間がいることはありがたいことだ。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 応、という一夏の返事と共に二人は歩き出す。

 

 

 *

 

 宮殿内はやはり広大であり、聖が述べたようにアリーナ以上の広さはある。いや、下手をすればIS学園そのものよりも大きいかもしれない。

 そんな中、二人は言われた通り真っ直ぐ進んでいくと大きな扉へと辿りついた。

 ガガガ、と軋む音が部屋全体に響かせながら、二人は宮殿の最奥にある扉を押し開けていた。

 目の前に広がるは、玉座の間。そして、待っていたぞと言わんばかりに仁王立ちをしている人物を見た瞬間、息を呑む。

 

「あなたが……」

「初めまして、というべきか。まずは自己紹介をさせてもらおう。私の名はクリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタイン。君たちをここへ歓迎したものだ」

 

 漆黒の軍装に身を包み、豪奢な金髪を靡かせながら不敵に笑っているその女性は、有り体に美しかった。容姿の面で欠点らしいものは見つからない。

 だが、聖が抱いた感想はそれだけではない。いや、そうではない、というべきか。恐らくではあるが、男である一夏には分からないことかもしれない。

 クリームヒルトを見ても全く羨ましいとは思えないのだ。将来こういう風になりたいとか、憧れているとか、美しいというのに劣等感や憎らしさ、それらが全く持てないのだ。

 

 例えばの話をしよう。織斑千冬。彼女は最強のIS乗りとして知られ、多くの少女達ひいては女性から憧れの的になっているが、しかしそれだけではない。彼女の凛々しさ、そして美しさ。それらが全て合わさってこその人気であると聖は想っている。実際、聖もまた千冬に対して女性として美しいと想うことは多々ある。

 

 だが、目の前の女性には全くそういった感情を抱けない。

 会って間もないとか、知りもしないでとか、色々と理由はあるかもしれない。だが、これだけ美しいというのに女として何も感じないというのはやはりそれだけ彼女が放つ雰囲気が異常ということだろう。

 はっきりと言うならこれは兵器だ。

 磨き上げられた無謬の砲身。稼働する鋼鉄の歯車による集合体。

 

 通常、人間の心や振る舞いには強弱と濃淡が存在する。そこから人は好き嫌いがはっきりとし、もっというのなら愛や憎しみが発生する。それは調べであり、メロディーと言い換えてもいいだろう。

 そして、そこから言うのならクリームヒルトから感じられるのは一音のみ。

 ひたすら巨大、且つ重く激しい単調な轟音。

 そう。彼女の美しさは機械の美しさ。人間の美しさとは別物なのだ。

 故にそれを羨ましいとも思わないし、劣等感も感じないわけだ。

 言葉を発さない来客に対し、城の主は不敵に笑う。

 

「私の城はあまりお気に召さんかね?

 まぁ、無理もない。基本、生者が立ち入るところではないからな」

 

 それはまるでここは生者が居るべき場所ではないような言い回し。

 けれども、それは一先ず置いておく。

 

「それで、わたし達に一体何の用があるのかしら? 強引に連れ込んだんだから、それくらいの説明をしてもらってもいいわよね」

 

 単刀直入の言葉。しかし、現状において聖と一夏が一番聞かなければならないことは正しくこれだ。

 自分たちがどういう状況下におかれているのか。それをはっきりさせなければ今後の動きも取りようがない。

 

「ふむ、何の用、か。そういえば説明していなかったな」

 

 今思い出したかのように呟きながらクリームヒルトは続ける。

 

「私は些か粗忽者でな。人情の機微というのも疎いので、それを学びたいと思っているのだがこれが中々上手くいかん。以前、友人と殴り合いになったこともあり、少々学べたつもりでいたのだが、それでも未だ足りないと自覚している。現状、正直に言うと私はお前達にあまり興味を持っていない」

 

 でしょうね、と聖は心の中で呟いた。

 というか、他の誰にも興味がないだろう。最初に感じた印象どおり、この女性は機械かその類の存在に等しい。感情に基づく選択はしかし出来ないのだろう。

 ここに来る前、邪魔をされたら困るという理由で他の者達を隔離していると言っていたが、それもただ障害排除という機械的な衝動だろう。優先順位は弁えている、という理由でしかない。

 だが、言ってしまえばそれも状況次第で覆るであろう危ういバランスだ。目の前の女は、いざとなったら平然と目的をご破産にしてしまえる。そんな予感がある。

 機械ではある。けれども精密ではない。故に恐ろしい。 

 しかし、だからこそ聞かねばならない。

 

「興味がないのに、わたし達をどうして呼んだの? これが、あなたの学びに繋がるの?」

「いや実を言うとな、正直私も困惑している。私がここにいること自体、ほぼ偶然と言っていい。奇跡と言い換えてもいいだろう。何せ、本来なら私がこの『時代』に来ることなどありえんのだから」

「この時代……?」

 

 一夏の疑問の言葉にけれどもクリームヒルトは不敵に笑うのみだった。

 

「しかし何の因果か、それとも因縁か。私はここに顕現している。いや、させられたというべきか。とは言え、一人の少女を寄り代として使っての顕現とは……また強引なやり方もあったものだ」

 

 不穏な言葉に流石に聖も口を挟まずにはいられなかった。

 

「……寄り代? どういう意味よ、それ」

「そのままの意味だ。私は今、ラウラ・ボーデヴィッヒなる者を寄り代として顕現している。いうなれば、この身体は彼女の身体、ということだ」

 

 なっ、と息を呑む二人。クリームヒルトとラウラの容姿は全く別物だ。故にただ単に身体を乗っ取った、と言われる以上に信じがたいことだった。

 しかし彼女が嘘をついているわけではないことは理解できた。

 

「誤解を招く前に言っておくが、私がここにいるのはほとんどは彼女が望んだことだ。まぁ本人も私のような者に身体を乗っ取られるとは思っていなかったようだが」

「ラウラが望んだ……? どういう意味だよ」

 

 一夏の言葉に「ふむ」と言いながらクリームヒルトは応える。

 

「彼女はそこにいる世良聖との戦いの中、願ったのだ。最強の力が欲しい、と。その願いに引き寄せられ私がこうして顕現したということだ。まぁ他の要因がないわけではないがな」

 

 何だそれは意味が分からない。

 確かに聖はラウラと戦い、そして追い詰めることができた。そこでラウラが勝ちたいと願うことも理解できる。だが、それがどうして目の前の人物を呼び出すことに繋がるのか。

 当惑する聖を他所にクリームヒルトは言葉を紡ぐ。

 

「しかし、これも何かの縁というやつだ。私は答えを見出し、悟りを得た。だが、それでもまだ尚、実感できないことは山のように存在している。私はどうしても理屈が先に立つ存在だからな。だから、誰かから認められたい、という気持ちは理解はできるが、実感したことがないのさ。故に、彼女の代理をすることで、それを実感できるかもしれない」

 

 自嘲気味に言いながらも、怪物じみた大きさの歯車が軋むような気配で彼女は―――

 

「抜けよ。いざ勝負をしよう」

「なッ―――」

「ちょ、待てよあんた!! さっきからいったい何を意味の分からないことを!!」

 

 別に戦闘にならない、なんてことを思っていたわけではない。むしろ、そうなるであろう予測は聖はおろか、一夏とて覚悟していた。

 けれど、これはあまりにも唐突すぎる。

 一体全体、何のために戦うのか、不明すぎる。

 混乱する二人であったが、そんなもの知るものかと言わんばかりにクリームヒルトが前に出る。

 

「行くぞ」

 

 同時に、凄まじい破裂音が絢爛な玉座に轟いた。

 

「「―――ッ!?」」

 

 それが音の壁を突き破ったものだと理解するより早く、強烈な拳を受けた二人は成す術もなく吹き飛ばされる。

 ダメだ。状況がつかめないが、このままではまずい。対応しなければ確実に呑まれて終わりだ。

 

「織斑!! ISを纏いなさい!!」

「っ!? でも相手は生身の人間で……しかもラウラの身体を使ってるんだぞ!!」

「今のを見てあれが普通の人間だと想う!? それに……こっちも本気でやらないと速攻で死ぬわよ!!」

 

 先程の一擊。あれは手を抜かれていた(・・・・・・・・)。でなければ自分達はすでに死んでいたはずだ。目の間の女にはそれだけの実力があるのだと聖の直感が囁いている。

 そして次からはそんな手を抜くようなことはしないだろう。

 けれども、一方で一夏の言い分も尤もだった。

 相手はラウラの身体を使用している。万が一、彼女ごと殺してしまえば……。

 

「成程。その心配は当然だな。だが、安心しろ。私を傷つけてもこの身体には問題ない。そういう風に細工をしておいた。故に、思う存分かかってくるといい」

 

 どういう理屈だそれは、と思わず叫びたくなるがしかしそれが事実なら取り敢えずラウラについては安心だ。

 だが、これはそれ以前の問題なのかもしれない。

 

「それからな、ヒジリ。君も《夢》を使うといい。というか、それ以外に道はないぞ。無論、私も使わせてもらうが……心配するなよ。《破段》以上は使わないさ。どだい盧生と眷属では、そうしないとまったく戦いにならんからな。とりわけ、自分が使っている力が何なのか、理解していない相手ならなおさらだ」

「――――っ」

「それとな、少年。君も相手が生身の人間だからと言って手を抜く必要はないぞ。そんなことをすれば確実に死ぬからな。そもそも君は眷属ですらない。スタートラインにすら立っていないのだ。巻き込んだ私が言うのも何だが、君は本来、この場に不相応な存在だ。それを自覚した上でかかってくるといい」

「――――っ」

 

 何故だろうか。初対面の相手だというのに、何故だか物凄く腹が立つ。

 彼女の言っていることの半分も意味が分からないが、それでも正論なのは聖にも分かる。手を抜いてくれる、ということはこちらからしてみれば好機であるというのに……。

 

「そう。なら、お望み通りやってやるわよ!!」

「不相応かどうか……その目で確かめさせてやるよ!!」

 

 頭に血が上ったわけでも、やけになったわけでもない。

 ただ、二人は想うのだ。

 絶対目の前にいる相手を泣かせてやる、と。

 二人の少年少女は己のISを身に纏い、そして―――突撃する。

 

「行くわよ織斑!!」

「応ッ!!」

 

 苛烈に挑んでくる二人に対し、けれども死神の顔には笑みがあったのだった。




というわけで、戦闘は次からです。
盧生と闘うとか無理じゃね? と皆さん思っているでしょう。
ぶっちゃけ、自分もそう思います(オイ
けれど、原作で水希が戦ったように今回も条件付きの勝負です。とは言え、聖も一夏も詠段まででもかなりやばいと思いますが。
それでも、どこぞの馬鹿大尉が言うじゃないですか。諦めなければいつか夢はきっと叶うって。そんな根性を彼女達にも見せてもらいましょう!!
それでは!!

……さて、ここから本当にどうしよう(オイまたか


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第二十七話 圧倒

遅くなって申し訳ありません。仕事等で忙殺されていました。
決して、そう決して、シルヴァリオ・トリニティをやりながら「レインちゃんの泣き顔もっと見たいなぁ」などと思っていません。ええ、本当に。
※作者は別にリョナ好きではありません。ご注意ください。


 常識的な話をしよう。

 今の世界にとってISに勝利できる武器はあるか、という問いに対しての答えがあるとするのなら、それは否だろう。絶対防御やハイパーセンサー、単一仕様能力(ワンオフアビリティ)等、現代の武器とは比べ物にならない性能を持っていることからしてもそれは明らかだ。

 無論、ISが絶対的な存在であるとは言えない。例えばエネルギー切れを起こしてしまえば絶対防御は機能しなくなり、そこを攻撃するという手段がある。他にも状況によってはISの盲点を付き、攻略する方法はあるはずだ。

 だが、そういう逆転劇ではなく、通常の戦闘を行った場合に限った話をするのなら、やはりISを単騎で打ち勝つ兵器は存在しないと言っても過言ではない。核兵器ならともかく、戦闘機ですら戦ったとしても絶対防御のバリアによって攻撃が通じず、一方的なワンサイドゲームになってしまう。

 ましてや、それがただの人間相手なら尚更だ。

 重装備のプロの殺し屋だろうが、壮絶な訓練を積んだ兵士だろうが関係ない。

 彼らが今まで積み上げてきたもの全てを台無しにするかの如く、なぎ払うだろう。

 

 故に、だ。

 やはり目の前で起こっていることは異常事態なのだと聖は理解する。

 

「はぁあっ!!」

 

 一夏が放つ攻撃。それらは全て以前クラス対抗で見たときよりも数段に上手くなっていた。剣を振るうタイミングや距離、そしてどこを攻撃するかという点。それらは全て妥当なものであり、彼が今日に至るまでそれなりの努力をしてきたことは確かだろう。それに加えて専用機ISという特殊な武器を備えている彼からすればもはや代表候補生以外の者で遅れを取ることはほとんどないだろう。

 けれど、言ってしまえばそれだけである。

 その程度の力で、目の前の敵をどうこうすることなど不可能だ。

 

「せいっ!!」

 

 渾身の一擊。振りかざした刃は確実に敵を倒すことのみに集中している。

 しかし。

 

「ふむ」

 

 敵―――クリームヒルトはそんな一擊を自らの拳で弾き飛ばした。

 なんだそれは、有り得ない。エネルギーを纏っている剣を拳で防ぐなど、理解不能だ。そして、一夏は未だ理解できていなかった。

 そんな異常事態を前にして生じる隙。それを見逃すような相手ではないということを。

 

 瞬間、絶対防御越しの一擊。正確に言うのなら、回し蹴りが一夏の脇腹に炸裂した。

 

「がっ――――」

 

 急激に襲いかかる痛み。同時に放たれた衝撃によって一夏はそのまま一直線に吹き飛ばされ、壁に激突した。大きなクレーターから這い出ながら剣を構える。

 口の中は鉄の味で満ちていた。しかし、そんなものに気を配っている余裕はない。

 剣先を向ける一夏に対し、クリームヒルトは言葉を紡ぐ。

 

「なるほど。少しは剣術に通じているらしい。その奇妙な装備……確かISだったか? それに依存している部分があるとは言え、動きは悪くない。だが、無駄な部分がまだまだ多いな。特に先程の一擊。乾坤一擲は構わんが、振りが大きすぎる。あれでは防いでくれと言っているようなものだぞ。剣の動きが全体的に真っ直ぐすぎる。いくら威力があったとしても動きが先読みされては意味がないだろうに」

 

 悠々と語る死神を前に一夏は何もできずにいた。

 確かに彼女の言うとおり、一夏はまだまだ未熟者。それは理解しているし、自覚もしている。だからこそ、以前よりも練習量を増やしたりもしていたのだ。

 しかし、相手が悪すぎた。先程の一擊からしてもそうだ。絶対防御があるというのに、この威力。もし絶対防御が無ければ一夏は確実に肋骨を全て持って行かれた上で死んでいただろう。

 そして、それは今も変わらない。

 再び攻撃をしかけようとするクリームヒルトを前に一夏は防御の構えを取る。

 瞬間、無数の弾丸が彼女を襲う。

 土煙によって姿が見えなくなったと同時、聖が彼の傍までやってきた。

 

「織斑っ、無事!?」

「ああ、何とか。すまねぇ、助かった」

「無事ならいいわよ。けど、一つ訂正……助かってはいないわ」

 

 IS装備の銃弾。本来ならそれだけえ肉片へと早変わりするはずだったのだが。

 やはりというべきか、土煙が消えたかと思えば、そこには傷一つないクリームヒルトの姿があった。

 あれだけの銃弾を浴びておいて怪我をしていないなんて、どうなっているのか……そんな疑問を心の中で呟きながら聖は考える。

 

(あれはどうみても人間じゃないわよね……正直、前に戦ったミイラよりもかなりやばい気配がするんだけど)

 

 かつて死闘をしたミイラ状態のキーラは獣の闘争心そのもののような感じだった。一方で目の前にいるクリームヒルトは機械的な殺意を自分達に向けていた。憎しみや怒りなどといった感情での殺しではなく、ただ殺すという機能をそのまま発揮している兵器そのもの。

 暴風雨のような荒々しさはないが、戦闘機のような重厚さを感じているのだ。故に狙いは正確であり、威力も的確。殺すという面において彼女は一部たりともしくじらない。

 ならばどうして自分達は生きているのか。それは言うまでもなく、彼女がある程度力を制限しているからに他ならない。手を抜いている、手加減をしている、というわけではない。少なくとも彼女は制限をした範疇で本気でこちらを殺しにきているのだから。

 

「ほう。どうやらそちらは彼のものとは違うらしい。創法……それも形に特化しているのか。何とも凄まじいな。見るからにしてISとやらは構造が複雑な代物だ。それをこうまで再現しているとは、やはり彼女の子孫だけはあるということか」

 

 しかし。

 

「だが、それ故にどこか縛られているところがあるな。簡単に言えば本物に近づきすぎている。こちら側の力が源にはなっているものの、結局はISで戦っているのと大差がなくなっている。だから、楯法を高めるだけで防げてしまうわけだ。ある程度の相手ならそれでも構わないが、私相手では通用しないぞ?」

「さっきから何を意味の分からないことを……!!」

 

 再び放たれる銃弾をしかして彼女は回避しない。その場に仁王立ちの状態で待ち構えていた。

 結果、全て命中。しかし、全く効いていない。まるで何か硬く透明なバリアでも張っているかのように銃弾はあれよあれよと弾かれていく。

 そんな中、クリームヒルトはまるで諭すかのように聖に告げた。

 

「少し、助言をさせてもらうのなら、大事なのは適度に夢を持つかということ、だ。君が今使っている力。それを象徴するのが『創法』だ。現実を見つめるのは結構だが、それだけでは勝てん。時には夢を見ることも大切だと理解するといい」

 

 まるで授業をする教師のおような物言いを前に、腹を立てるも聖はその言葉に耳を傾けている。

 今、自分が使用している力はクリームヒルトが使っているものと同じものだろう。ならば聖は力の経験から考えて圧倒的に彼女よりも劣っている。その証拠が現状だ。

 彼女は言った。

 現実を見つめるのは結構だが、それだけでは勝てん、と。

 時には夢を見ることも大切だ、と。

 彼女の言葉から察するに自分は『創法』という能力に特化しているらしい。言葉から考えれば物を創造したり、それらを操作するというものだろう。そして、その根源になっているのは聖が持つイメージ。つまりは想像。それらを考慮した上で言うのなら、聖は想い一つでどんなものでも作り出せるのかもしれない。

 だが、それはあくまで彼女が考えつくものに限られるだろう。

 例えば、普通の銃弾ならいくらでも出せる。だからこそ、彼女が放つ銃弾に制限はなく、弾切れなんてことは起こりえない。

 しかし一方で、怪物を必ず殺す魔弾はどうやっても顕現させることができない。理由は簡単。何故ならそんなものは現実にはなく、故にどういうものなのか、想像できないから。

 クリームヒルトが言っていることはつまりそういうこと。

 聖は現実にあるものなら創造することができるが、しかし想像の中にしか存在しないものは作り出せない。そして今自分達が相手にしているのは正しく非現実というべき存在。だからこそ、非現実的な力を用いる必要があるというのに、聖にはそれができないでいるわけだ。

 

「だったら―――」

 

 言いつつ、彼女は一旦銃撃を止める。

 代わりに両翼の全ての射出口を開放した。

 非現実がだめなら、現実にあるもので押し切るしかない。

 

「これならどう!?」

 

 放たれるのは十六発のミサイル。それら全て敵目掛けて一直線に向かっていく。回避しようがこれは追尾式。逃げたところで追いかけていく代物だ。

 だが。

 クリームヒルトはあろうことがそれを当然の如くその身に浴びた。

 次の瞬間、宮殿内に爆発音が鳴り響いた。

 その光景から考えても、先程までの銃弾の嵐よりも威力が十分なのは明白だ。

 

「やったか!?」

「だといいんだけど―――」

 

 刹那。

 爆炎から生じた土煙。その中から鋭利な殺気が篭った細剣が射出され、聖の目前まで迫っていた。

 

「っ!?」

 

 息を飲みながら聖はそれを、細剣が頬を掠るギリギリのところで回避に成功し、ことを得る。

 今のは危なかった。ISには絶対防御があり、聖の作り出したISも当然備わっている。だが、今の一擊はそんなもの知るかと言わんばかりに絶対防御のバリアを貫通していた。もしも回避に失敗していれば、聖はそのまま串刺し状態になっていたはずだ。

 そんな危機一髪を乗り越えた聖の心にあるのは安堵。どうにか防げたという安心。当然だ。それは人の心理として当たり前の反応である。

 だが。

 

「ミサイルの再現まで可能だったとは恐れ入った。だが、戦闘中に油断するのは関心しないぞ。どんな時でも気を抜くと命取りになる。このように」

 

 耳に入ってきたのはクリームヒルトの声。それはいい。問題なのは、それがあまりにも近い場所から聞こえてきたという事実。

 しかし時既に遅し。気づいたと同時、聖は真正面にいた彼女の拳をそのまま喰らい、数十メートルはあろう距離をまるでサッカーボールのように吹き飛ばされていった。

 

「世良っ!?」

 

 一夏は思わず叫びながら、心の中でもやばいと感じていた。

 今の聖は防御も回避も何もせず、まともに攻撃を受けていた。しかも相手はあのクリームヒルトの拳。素人同然の一夏にもそれがかなりまずい状況であるということは理解できてしまう。

 すぐさま聖の元へと駆けつけようとするも。

 

「他人の心配をするのは結構だが、そんな暇は君にはないと思うぞ」

 

 言葉と同時に放たれた一閃。やはりというべきか、絶対防御など意味はないと言いたげな一擊を一夏は咄嗟の判断によって紙一重で避ける。

 そして、即座に飛び退き、空中へと羽ばたいた。

 その様子を見て彼女は「ふむ」と呟いた。

 

「なるほど。空へ逃げれば私の攻撃は届かないと考えたか。だが、それは愚策ではないか? 聖のように遠距離武器で攻めるならまだしも、見たところ君は剣での接近戦を重きに置いているように思えるが……いや、実際はそれしかできない、というべきかな」

 

 まるでこちらの手は全て理解しているような言い草に一夏は歯痒かった。

 一夏が扱う白式はクリームヒルトの言うとおり、刀剣の形をした接近戦闘用主力武装『雪片弐型』しか武器が存在しない。故に取れる選択肢は接近戦での斬り合いのみ。

 しかし流石の一夏ももう理解している。

 相手は白兵戦の怪物。鍛錬に鍛錬を重ねた実力であり、その上で超人的な力を備え持っている。はっきり言ってIS異常の危険物だと言えるだろう。

 一方こちらはつい最近ISに乗り始めたばかり。昔は剣道もそこそこやってはいたものの、実践の剣術を習得しているクリームヒルトに比べれば一夏が培った程度のものは何の意味も成さない。

 結論。このまま特攻を繰り出したところで一夏は勝利どころか、傷一つつけることはできない。

 

「……どうやら自分の身の程を弁える技量はあるようだ。接近戦に持ち込めば必ず負けると理解している。そうだな、それは間違いではない」

 

 しかし。

 

「自分の力量を測ることは大切だが、相手のことももう少し観察する眼を持つことだ」

「それは、どういう……」

「ああ、つまりだな―――」

 

 言いながら彼女は少しだけ身体を屈ませるような体勢になり。

 

「飛行する手段がないからと言って、攻撃する手段がないとは限らない、ということだ」

 

 言い終わると同時。

 まるで弾丸のような勢いで死神は一直線に一夏の元へ飛んだ。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕。だがそれも一瞬。彼女ならそれくらいのことはやったのけてもおかしくはないと理解している一夏はすぐさま回避する。空中へ出てしまえば流石の彼女も方向転換はできないはず。その証拠にクリームヒルトは軌道を変えず、一夏の横を通り、天井へたどり着く。

 そして。

 そのまま天井を蹴り、再び一夏の元へと突撃する。

 

「嘘、だろ……!?」

 

 速度を高めた特攻に同じく回避しよう寸でのところで避ける。刃が頬を掠れた感触に一夏は死の恐怖を味わった。

 だが、いや故に、というべきか。

 そこで終わるわけがなかった。

 死神は床を壁を天井を、時には柱を足場に使ってすれ違いざまに一夏へ死の刃を振るっていく。

 蹴る度に速度は上がり、もはや一夏は躱すどころか、放たれる一擊一擊を防ぐので精一杯。にも関わらず、クリームヒルトは何段階も速度を上げていき、切れ味も増していく。

 

 

 

 

 蹴って斬る。

 蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。

 蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。蹴って斬る。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬――――――。

 

 

 

 

 四方八方からの連撃を前に一夏は成すすべなく切り刻まれていく。正確で的確、迷いなど一切ない斬撃にけれども一夏は奮闘している。彼は彼なりに急所を切られないよう防御の姿勢を保っていた。永劫続くかもしれないと思える程の攻撃を前に未だ命を繋いでいるのが生きようとしている証拠である。

 だが、何事にも限界というものが存在する。

 ボロボロな状態の一夏にクリームヒルトは止めと言わんばかりに頭上から一直線に特攻する。回避しようとするももはや今の彼に気力はあっても体力はなかった。

 そして結果、そのまま地面へと叩きつけられる。

 

「ぐぁ、あ……っ!?」

 

 吐血しうめき声を上げる一夏。身体の至るところに切り傷が存在しており、血が流れていく。一つ一つは軽傷であるものの、数が多く立つことが不可能なのは目に見えていた。

 そんな彼の姿を見て、死神は淡々と告げる。

 

「それだけの傷を付けられてまだ息をしているとは、大したものだよ。だが、それもここまでだ。君はそこで寝ているといい」

 

 それ以上の言葉はかけなかった。

 最初の賛辞は世辞ではない。彼女からしてみればこちら側の力を使わずにここまで耐えたことは評価するべき項目だ。

 けれど、言ってしまえばそれだけだ。彼女にとって織斑一夏は別段、興味を持つ対象ではない。彼女が寄り代としているラウラからしてみれば怨敵とも言える相手なのだろう。実際、内側から送られる念にはもっと痛めつけろ、という想いがこみ上げてくる。だが、それに応えるつもりはなかった。

 

 クリームヒルトはラウラの要望にできるだけ応じるつもりはある。だが、これ以上織斑一夏に攻撃をしかけたところで彼女が得られるものはなにもない。それはただの蹂躙であり、そんなものを欲していない。

 彼女が求めるのは感情のあり方。それを学ぶ機会が今、この現状である。ラウラの憎しみは理解できた。嫌悪も理解できた。けれど、それらを解消するための行動を起こす気は毛頭なかった。

 彼女は代役ではあるが、けれども結局は代役。ラウラ本人になった覚えはないのだから。付き合うべき一線というものは理解しているつもりだ。

 

 さて、と言いながらクリームヒルトは一夏に背を向けながら別の方向へと視線を寄せる。それは先程聖が吹き飛ばされていった方角だ。

 

「先程の一撃には手応えはあったが、死んでいる、ということはないだろう。何せ、彼女は『ミズキ』や『セイシロウ』の血を受け継いでいる。あの程度でどうなることもないだろう。しかし、となると今まで仕掛けてこなかったのは何故か。単に気絶しているか、それとも――――」

 

 その時。

 がさり、と。呟く彼女の背後で、何か物音が聞こえた。

 

「……、」

 

 クリームヒルトはゆっくりと振り返る。

 その光景を見ながら彼女は表情を一つも変えない。

 だが、その口から出たのは感嘆の声音。

 

「ほう……」

 

 無表情なのにどこか楽しげな視線。

 その先にはいたのは一人の少年。

 無数の切り傷を体中に刻まれ、出血も多く、さらに止めの一擊を食らったにも関わらず、織斑一夏は震えながらも立ち上がっていた。

 

「まだ立つか。少年」

 

 それは呆れからくるものではなく、単なる興味。

 一夏の体は既に限界状態。そのままにしていても出血多量で死ぬかもしれないというのに、彼はボロボロの状態で立ち上がった。

 身体にはもうまともな力が入っていないのだろう。両の脚はがくがくと震え、両の手は雪片弐型を杖代わりにしているようだった。

 もはや言うまでもなく満身創痍。戦ったところで一体何ができるというのか。何もできずにただ返り討ちに合うのが関の山。

 けれど。

 

「……るんだ」

 

 少年は倒れない。

 確かにこのまま地に伏せていたのなら楽だったのかもしれない。これ以上痛い思いをすることも、苦しいことに巻き込まれずに済んだのかもしれない。今だって血が流れて震えているのと同じくらい、恐怖によって足がすくんでいるのだから。

 当たり前だろう。何せ目の前にいるのは正しく死神。死を与える者。それを前にして平然としていられるほど一夏は強くない。

 けれど。

 しかし。

 それでも。

 

「今度こそ、俺は、守るんだ!!」

 

 無茶で無謀なのは百も承知。

 そんな力などないだろうと言われても言い返す言葉はない。

 だが、だとしても。

 一度言ったことから逃げ出す程、弱い男になったつもりもないのだ。

 

「……そうか」

 

 それは小さなつぶやき。何かを悟ったかのような、そんな表情を浮かべる彼女はどこか優しげであり、今までのような機械という部分が抜けたような気がした。

 そして。

 それは同時に、彼女が織斑一夏に再び興味を持った瞬間でもあった。

 

「ならばもう少し、手合わせを願おうか」

 

 細剣を握るクリームヒルトに一夏は自らの得物を構える。

 そうして。

 死神と少年の剣戟が再開された。




戦闘、というかクリームヒルトの一方的蹂躙劇でした。
うん、分かっていた。こうなるのは分かっていたんだ。
だって、どうやっても二人が彼女に勝てるところ想像できないもん! 特に一夏、お前近接戦闘しかできないとか無理ゲーだろ!!
などと思いつつ書き上げました。
次回からですが……ここは敢えて何も言いません。今後の展開に乞うご期待、とだけ。
それでは!!

PS

さて、次回は何ヶ月後になることやら……。


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第二十八話 啖呵

投降するまでに四ヶ月。待ってい方、申し訳ない。だが、一つ言わせて欲しい。別に遊んでいたわけではない。FGOのイベントとかやってたり、武蔵をレベル100スキルマとかにしたり、オリジナル小説を書いていたわけでは、決して、ない!!
※待たせてしまって本当にすみません。リハビリも兼ねているのでご注意ください。


 何故だ。

 

 眼前にある光景にラウラ・ボーデヴィッヒは歯ぎしりを覚えていた。

 彼女は今、身体をクリームヒルトに乗っ取られている状態だ。しかし意識ははっきりとしており、乗っ取られている身体の眼を通して、クリームヒルトと同じものを観ている。

 これは彼女が意図していない状況だ。けれども一方で都合の良い状況とも言える。クリームヒルトの力の原理は全く分からないが、しかしそれが強靭であり、強力であることは理解できた。実際、今相対している聖や一夏の攻撃は一つも通らず、傷一つつけられていない。逆に一方的に追い詰めている状況だ。素手や細剣でISと対等に戦うどころか、圧倒する状況はありえない状況だろう。それを可能にしているクリームヒルトの力はやはりどう考えても常人離れしている。

 怪物、化物、人外。そういう類のものだと判断されても、おかしくはない。少なくともこの惨状を見ているものがいたとして、彼女を普通の人間だと言い張れる者はいない。

 殺意の篭った一擊は間違いなく一夏と聖を狙っており、追い詰めている。その拳に、そのひと振りにラウラはしかして恐怖を覚えていた。自分に向けれているわけではないというのに、そこにあるのは殺意のみというまるで機械めいた攻撃は冷たさと鋭さが混在している。

 普通の人間ならば逃げ出してもおかしくはない。否、普通は戦おうなどとは思わないはずだ。

 

 けれども。

 

 世良聖は逃げださなかった。

 織斑一夏は立ち上がった。

 己に死を与えようとしている者を前にして、恐怖していないわけではない。見れば分かる。震える身体を押さえつけながら銃を放ち、剣を振るう姿は滑稽であり、無様だと言えるはずなのだ。

 だが、その瞳は未だ死んでいなかった。

 傷つき、血を流し、圧倒的な力の差を見せつけられても彼らは立ち止まろうとしない。逃げようとしないのだ。それどころか、己の敵を前に立ち向かっているのだ。

 どう考えても無謀。無茶。そして無意味。

 勝てるはずのない戦いを挑むその姿勢ははっきり言って愚か者としか言えない。

 だってそうだろう? そんなことをして何の意味がある? 敵前逃亡は確かに恥じるべきことだ。だが、それも時には必要な時もあるくらいはラウラも理解している。そして、彼らにとての時はまさに今だ。

 

 だというのに。

 

 彼らは未だ、ここにいる。

 その理由が、信念が、想いがラウラには分からない。

 分からない。わからない。ワカラナイ。

 理解不能な事態を前に彼女の中に疑問が渦巻いていく。

 そして、それは、彼女の身体を使っている人物に伝わっていた。

 

 *

 

「ふん」

 

 息を全く切らせずに放つ拳は刃が届く寸前で一夏の腹に直撃する。正確には腹部の周りに張り巡らされているバリアだが、しかしこの相手にそれはあまり意味を成さない。

 

「がっ―――」

 

 呼吸が一瞬止まり、意識を持って行かれそうになる。絶対防御を超えての衝撃は一夏の身体の隅々まで痛みと恐怖を植え付ける。しかし、そこで動きが止まってしまえばそれこそ終わりだ。理解した上で途切れそうになった意識を無理やり叩き起こし、右手に持っていた雪片弐型で一閃。しかし、クリームヒルトは予知したかのように後退し、その切っ先は相手を捉えることはできず、空を斬るのみであった。

 

「ちっ……」

「攻撃を受けながら相手の隙を打ち込む。そちらの国で言うのなら肉を切らせて骨を断つ、というものだったか。中々興味深い手法だ。しかし、それも当たらねば意味を成さない」

 

 事実を口にするクリームヒルトに一夏は若干、腹立たしさを覚えていた。別段、彼女がこちらを挑発しているわけではないのは分かる。そんなことをせずとも彼女は一夏を倒すことができるのだから。故にその言葉は紛れもない事実であり、真実。だが、それ故に一夏は苛立つのだ。自分が力がないと思い知らされるため。

 

「しかし、最初に比べえば上達した、と言っておこうか。ただ我武者羅に向かってくるのではなく、一つ一つ考えての行動。今の攻撃にしても、君が必死に導き出した答え、というわけだ。皮肉なものだ。あの男の言葉を借りるのならば、人間という生き物は試練を前にすると成長するらしい」

「何を、言って……」

「何でもないさ。ただの独り言だと思ってもらっていい……さて。少年。君との戦いももうすぐ終わりが近づいていることに自覚はあるかね?」

 

 それが意味するのは時間切れ。つまりはエネルギー切れのことを指している。

 無論、一夏もそれは理解していた。クリームヒルトの容赦ない殺人的攻撃。それを受けてもこうして未だ生きているのはひとえに絶対防御のおかげである。バリアーをいとも容易く突き抜けるかのような猛攻ではあったが、しかしバリアーがあったらからこそ、この程度で済んでいる。

 もしも絶対防御が無くなり、バリアーで防げなくなれば今度こそ一擊で殺される。いいや、そもそもエネルギーが尽きれば一夏に戦う術は無くなる。故にその時点で死亡は確定となるのだ。

 エネルギー残量は残りわずか。恐らくあと一擊喰らうか、たはまた一擊を与えるか。どちらにしろ、次で一夏は行動不能になってしまう。

 

「次の攻防で君との決着はつく。だがその前に聞いておきたいことがある。正確には私ではなく、私が身体を借りている『彼女』が、だが」

「彼女……ラウラか!?」

「そう驚くことでもない。確かに彼女の身体を借りてはいるが、別段それで彼女を縛っているわけではない。今は意識の底でこの戦いを見ている。そして、その彼女からの言葉だ。何故、逃げない?」

 

 細剣を地面に突き刺し、両手で塚の底を抑えながら問いを投げかける。しかし、戦闘の意思を無くした、というわけではない。彼女ならばいつでもどんな状態でも攻撃をしかけることができる。故にこれを隙と見るわけにはいかない。

 何も答えない一夏にクリームヒルトは続ける。

 

「君と私の実力差は理解したはずだ。その身に叩き込んだ。故に君はもう分かっている。自分では私には勝てない、と。私は人の気持ち、というやつに疎くてね。そういう頑張りや努力が決して無意味だとは思わないが、しかしこの場を借りて言えばそれは無謀すぎるのではないか? そして、それは私だけではない。この身体の持ち主も同じ考えだ」

 

 確かにその言い分は正しい。

 目の前にいるのがもはや普通の人間、化物という言葉ですら表現できない境地にいる者だと流石の一夏でも当にわかっている。戦略的、戦術的。どちらにおいても撤退という手段、逃亡という行動。それらが正しい選択であることは百も承知なのだ。

 自分の攻撃をあたかも子供と戯れるかのように回避され、防御され、そして反撃される。これだけの事をされて未だ自らの未熟さ、敵の危険度を把握できないわけがなかった。

 だが、だ。

 それでも彼は、織斑一夏には逃げられない理由があった。

 

「……ったんだ」

「?」

「約束、したんだ。強くなるって。強くなって、今度こそ皆を守れるくらいの男になってみせるって」

 

 それは以前、勝手に自分が聖に対して言い放った言葉。

 一方的で、言われた聖からすれば別段守る必要もない約束。云わば単なる自分への覚悟。それを破ったからといって彼は誰からも責められるわけではない。

 しかし、それでも。

 彼はその約束を破るわけにはいかない。

 

「皆を守れるくらいの男になってみせる、か。何とも大きく出たものだ。男児ならば確かに。それくらいの気概を持つべきなのだろう。その心意気は立派だ。だが……」

「ああ。分かってるさ。俺にはまだ、そんな実力も知恵も技術もない。皆を守るだなんておこがましい事を言ってるのは理解してるさ」

 

 前とは違う。俺にはそんな大層な力はないということに気づいている。

 戦闘の経験は浅く、ISの知識も狭く、技術においても未熟。他の生徒と違うのは搭乗しているISが特殊なものであるくらい。剣術においても毛が生えた程度であり、実際クリームヒルトには通用していない。

 そんな男が、その程度の男が、何もかもを守ろうとするだなんて不可能だ。これは諦めとかそれ以前の話。できないことはできない。その事実は認めている。

 故に。

 

「でもせめて―――せめて女の子一人くらい守れなきゃ、何が男だって話だよ!!」

 

 そう。結局のところ、そこなのだ。

 女尊男卑のこの世界で今更何をと言われるかもしれない。実際、クラスの連中にも笑われた。男が女よりも優れているだなんて時代遅れだ、と。確かにそうなのかもしれない。男が女よりも優れている、なんてものはもはやどこにも存在しない幻だ。それを主張する気もさらさらない。

 けれどそれで、男が女を守ってはいけない理由はどこにもない。

 特に、背中にいる女子にはもう二度と無様な姿は見せれないのだから。

 

「なるほど。女のために戦う男。この時代では特殊かもしれんが、しかし私のいた時代では好まれる種類のものだ。共感はできないが、理解はできる。だが、そこに命を捨てるというのは些か度が過ぎているとは思わんのか?」

「思わないね。そもそも、俺は命を賭けているけど、捨てるつもりは毛頭ないんだよ。前に諦めるなって怒られたからな。だから、俺はどんなに確率が低かろうが、どんなに絶望的だろうが、もう絶対に諦めない!!」

 

 恐怖はある。それは否定できない。今にも身体が震えて動けなくなりそうなのを必死に堪えているのだから。死ぬかもしれないという状況は一度体験しても早々に慣れてるものではないのだ。それを押し殺し、柄を握り、刃を構える。

 ここで生き残るのが一番高いのは今すぐにでも逃げ出すこと。運良くいけば一夏だけは助かるかもしれない。けれども一度命を助けてくれた少女を、自分に勇気を与えてくれた友達を見捨てるなんて選択はない。

 かと言ってここで命を使い果たすつもりもない。全力を持って目の前の障害を倒し、二人で一緒に戻る。わかっている。それがあまりにも無謀であることは。針の穴に糸を通す、なんてレベルではない。砂漠で一粒の金を見るけるようなもの。

 だが、可能性があることには違いないのだから、諦めるには早すぎる。

 

「―――威勢のいい啖呵ね」

 

 瞬間、後ろから聞こえてきたのは聞き知った少女の声。

 振り向くとそこにはやはり想像した通り、聖が額から、腕から、肩から、あらゆるところから少量の血を流しながら立っていた。

 

「世良っ、お前……」

「ちょっと油断したわ。おかげでこの様よ。まぁ少し眠ったから平気よ」

 

 口ではそんな言葉を吐くも、それが大丈夫な状態なわけがないのは明白。けれども、少女は、聖は笑みを浮かべながら一夏に向かって言い放つ。

 

「とは言っても、誰かさんの啖呵で起こされちゃったけどね」

「き、聞いてたのかよ」

「あれだけ大声で話されたら、誰の耳にだって聞こえるわよ」

 

 呆れたと言わんばかりな表情に、一夏はどこか恥ずかしくなる。

 

「でもまぁ、その上で―――よく言ったわ、織斑一夏。少しだけ、貴方のこと見直したわ」

 

 え? と呆気にとられた一夏から聖は視線をクリームヒルトへと移す。その表情は相変わらずの機械じみた笑みを浮かべていた。

 

「ようやく起きたか」

「ええ。私、ちょっと目覚めが悪いのよ」

「ならば、目を覚ましてやるため、一擊食らってみるか?」

「結構よ。どこかの誰かさんの啖呵できっちり目が覚めたから」

 

 不敵な笑みと共に放たれる戯言。余裕がある、というわけではないが、しかしその瞳に焦りという文字は無かった。

 聖は二丁の銃口をクリームヒルトへと向けた。

 

「あれだけやられて、まだやると?」

「当然でしょ。織斑一夏が諦めてないのに、私だけ諦めてどうするのよ」

「勝てる見込みがない戦に挑むなど、自殺行為ではないかね?」

「上から目線の助言、どうも。でも否定はしないわ。ええ、これはある種の自殺行為に見えるかもしれない。じゃあ聞くけど、貴方私達のこと見逃すつもりある?」

「ないな」

「即答ね。まぁでもそうでしょうね。貴方はそういう人。だからこそ、私達は戦う以外の選択肢は無くて、その上で生き残るとするのなら、これしか手段はないのよ」

 

 逃げるも死。戦うも死。どちらも死ぬというのなら、それを覆す。そのためにはクリームヒルトを倒す他はなかった。

 不可能に近いことはもう言うまでもない。言われなくても分かっている。

 だが、聞いたのだ。少年の声を。

 もう絶対に諦めない、という言葉を。

 その言葉を言わせたのは他の誰でもない。聖自身なのだ。ならば、その彼女がここで早々に諦めるなど論外である。

 

「世良、お前……」

「何も言わないで。お互い、何を言っても聞かないのは良くわかってるでしょ」

 

 既に聖も一夏もボロボロの状態。けれど、彼らは互いに下がっていろと言われてもそれを聞くつもりは毛頭無かった。一人だけ戦わせておいて自分は休んでいる、なんてことは死んでも御免だ。

 それを理解した一夏もまた不敵な笑みを見せた。

 

「全く……お前って結構強情だよな」

「そう? まぁ知り合いには良く言われるわ」

「だろうな……でも、だからだろうな。俺もお前を見て、諦めたくないって思ったんだよ」

 

 互いに軽口を叩きながら剣先と銃口を目の前の敵に向ける。

 死神を前に、けれども彼らは笑っていた。その神経が、考えが、心が、分からないと叫ぶ少女の声をクリームヒルトは一人聞いていた。

 だが、当の本人である彼女は彼らと同じ様に不敵な笑みを浮かべていた。

 

「これはまた、素敵な物を見せてもらった。君らを見ていると、『彼ら』を思い出す。ああ、なるほど。そういうことか。つまり、『彼ら』の想いはこの時代にも確かに受け継がれていたというわけか。これは仕方ない。分からないわけだよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。私と同じ、人間として致命的なものを無くしている君では、そしてそれを理解しようとしない君では、敵わないわけだ」

 

 何だそれは、どういう意味だ。理解不能だ。

 そんな言葉がクリームヒルトの頭の中で繰り返されながら、彼女は続ける。

 

「私は人間としては未だ欠陥品ではあるが、しかし何故だろうな。君らの存在が、彼らの意思が受け継がれている事が、無償に嬉しく思うのだよ」

 

 それは偽りなき本心であると言わんばかりに彼女は断言する。

 その微笑みは、機械じみた彼女に似つかわしくない、人間らしさが混じった優しいモノ。

 だが―――。

 

「そして、それ故に。興が乗った」

 

 刹那。空気が変わる。

 二人に重く伸し掛るのは重力ではなく、威圧。そう、クリームヒルトが纏うただの覇気だ。しかし、流石というべきか、やはりというべきか。人外の覇気はそれを受けるだけで意識が遠のきそうになる。崩れそうになる足元を必死に堪えながら二人の視線はクリームヒルトへと向けられる。

 驚き。焦燥。それらが篭った瞳を前に、彼女は答える。

 

「何、不思議に思うことはない。少々女らしく化けてみただけだ。それが嗜み―――そう教わったものでな」

 

 地面に突き刺していた細剣を抜き、構える。

 その姿は正しく魂を刈り取る死神。あるいは女神か。

 

「認識を改めよう、ヒジリ。そして少年―――否、イチカよ。君達は本気を出して倒したくなった。故にできることなら、私に血を流させてくれよ?」

 

 どこまでも上からの言葉。

 けれども、どこまでも正直な言葉。

 今の彼女はまさにこの状況を楽しんでいる。自分の状況を未だ理解できていなくても、それがどうしたと言わんばかりに戦おうとしている。

 これは予想外にして危機的状況。同時に二人は理解する。今までは手を抜かれて戦っていたのだ、と。だが考えてみればそうかもしれない。いくら絶対防御があったからと言って、ここまでの実力者に対し、自分達が生きていることが不思議なのだから。

 最悪な状況に陥った二人であるが、しかしそれでも己の武器を下ろさない。

 本気がどうした。実力差がどうした。

 それを跳ね返さんばかりの意思と覚悟を決めて、再び、そして最後の戦いが――――

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 

 不意に。

 言葉が耳に入る。

 第三者の乱入によって、研ぎ澄まされていたクリームヒルトの闘気は薄れ、聞き知った声に聖と一夏はそちらへと振り向いた。

 そこにいたのは。

 

「ウチの生徒に、それ以上手を出すな。どうしてもやるというのなら……私が相手になってやろう」

 

 長い黒髪を後ろで束ねた黒服の女性。鋭い目付きはけれども凛々しく、鷹のような気高さを感じさせる。右手には日本刀を持ち、その身体はボロボロであり、いくつもの切り傷があった。

 そこにいたのは。

 

「千冬、姉……?」

「織斑、先生……?」

 

 元IS乗り最強の女『ブリュンヒルデ』にして彼らの担任―――織斑千冬がそこにいた。




アイル・ビー・バック。
……はい、すみません。自重します。そして意味が違うというツッコミはなしで。
お待たせして、申し訳ありません。色々と諸事情により、ようやく帰って来れました。べ、別に遊んでいたわけじゃないんだからね!!(キモイヤメロ

まぁ真面目な話、ヘルをどうするかで結構迷っていたのは事実です。そして出した結論が彼女です。
色々と言いたいことはあるでしょう。それは感想にて受け付けます。
次回はなるべく早めにします!! 本当に!!
それでは!!

PS
疾く剣豪来い。そして俺の武蔵愛を見せてやる。


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第二十九話 鏡像

まずかった……あやうくFGO・武蔵と神咒神威神楽・壬生宗次郎の対決短編を書くところだった。
※この場面の時間軸は前回の少し前に遡ります。ご注意下さい。


 織斑千冬。彼女を一言で現すのなら、それは「最強」の二文字だろう。

 最初期のIS乗りであり、第一回IS操縦世界大会「モンド・グロッソ」の覇者。その肩書きだけでももはや有名人やスターのレベルを超えている。さらに公式戦での無敗記録も保持していた。IS乗りの中で彼女を知らぬ者はおらず、目標にする者は数知れず。IS学園に入学したのも彼女に会うためという理由の者も少なくないだろう。

 それがいけないことかと問われれば、別段悪いことではない。どんな理由があれ、誰かに憧れその背中を追う姿勢は素晴らしいものであり、かけがえのない事柄だ。

 

 だが、IS学園の者達が抱く感情がただの憧れではない。

 

 織斑千冬は最強であり、無敵。誰にも敗けない絶対者。実際、彼女がIS乗りを引退することになった第二回大会でも決勝戦に出ていれば確実に優勝すると言われていたし、そうなっていたと誰もが確信している。何故なら彼女は織斑千冬。負けることなど有り得ないのだから。

 そんな彼女を見てみたい、近くにいたい。そうすることで自分もまた特別な存在になれるかもしれないから……そんな浅はかな感情によって彼女は見られている。要はただの追っかけファン。その後を追い、道を歩み、試練を乗り越え、いずれ彼女と同じ頂きに登る……などという覚悟はなく、意志も持ち合わせていない連中が数多く占めている。所謂ミーハーという奴だ。

 簡潔に言って、彼女達は千冬を教師とは認めていない。確かに彼女がIS乗りを引退し、教師になったことで自分達は千冬に会う機会が訪れた。それは嬉しいことなのは事実。しかし、一方でその程度の器ではないのだと心の奥底で思っているのだ。教壇に立って授業をし、生徒に対して真剣に向き合う……そんな『くだらないこと』など彼女には似合っていない。

 

 織斑千冬は偶像(アイドル)なのだ。自分達の手には絶対に届かない別次元の存在。テレビに出てくる人物であり、自分達に対して弱音を吐かず、弱みも見せない。凛々しく孤高。誰もが憧れる存在。そして最強。唯一無二なのだ。

 織斑一夏が男でありながらISを操縦できたのも、織斑千冬の弟だから。それだけで多くの者が納得するだろう。あの織斑千冬の弟ならばそれぐらいの奇跡が起こっても不思議ではない。

 何故なら織斑千冬は特別だから。特別だからこそ、その弟も特別なのだ。

 

 そして―――

 

織斑千冬(おまえ)自身、それが当然だと思っている」

 

 ふとどこからか声がする。

 

「だってそうだろう? お前は最強無敵のIS乗りだ。これが特別でなくて何だという? 過大評価? 馬鹿馬鹿しい。これは的確な評価だ。それを他者に言われて何の問題がある? それにいつもお前は言うじゃないか。私の弟ならそれくらいできて当然だ、と。それは、自分が特別だと認めている証じゃないか」

 

 それは右から左から、前から後ろから上から下から、反響するように位置の掴めないものでありながら、すぐ耳元で囁いているようにも感じる。呼吸や体温、これの持つ情念の濃さまでもが伝わってくるのだ。

 

「ISに関わってきた人間として? こんな世界を作ってしまった人間の一人として? 自分はここで教師をして生徒に教えていかなければならない? 馬鹿も休み休み言え。そもそも、お前に教師など不可能だ。それは、ラウラの時に思い知っただろう?

 お前は誰かの憧れになることはあっても、誰かを導くことはできない」

 

 この摩訶不思議な状況に千冬は分からないことだらけだ。本当ならば混乱し、戸惑うべき場面なのだろう。だが、そうならないのは皮肉なことではあるが、謎の声の言うように彼女が常人とは違うからか。

 ……いいや、そうではない。確かにその一面があるのは認めるが、しかし今ここに至って言うのなら別の要因があるからだ。

 それはこの謎の声。

 

「……なるほど」

 

 考えが追いつかない現状において、けれども千冬はただ一つだけ理解していることがある。

 それは、この声が“己の内”から聞こえてくるということ。

 それだけ分かれば十分だ。

 

「それで、一体何が言いたいだ、『織斑千冬(わたし)』」

 

 自らそう言い放った瞬間、彼女の視界を閉ざしていた闇が打ち払われる。

 次いで千冬が立っていたのは見知らぬ宮殿の内部。そして、そこには黒いスーツに身を纏い、長い黒髪を纏め上げ、凛々しく腕を組みながら立っている女性――――織斑千冬が不敵に笑みを浮かべながらそこにいた。

 

「なんだ、驚かないのか。折角の演出が台無しだ……だが、それでこそ(おまえ)だ。織斑千冬はこの程度で動じない」

 

 けれど。

 

「だからこそ、気に入らない。お前があんな場所で教師などをやっているということが。そんなものは誰も望んでいないというのに」

 

 憤怒の感情が表情を歪ませる。

 

「お前は世界最強のIS乗りだ。無敵の存在だ。多くの者がお前に憧れ、お前を崇拝している。千冬様千冬様。そう読んでくる連中に対し、お前はいつもイラついていたが、一方でこうも思っていたはずだ。それも悪くない、と。いいや、そう呼ばれるのが当然なんだと。何故なら、自分は世界最強のIS乗り。特別であり、唯一であり、絶対。大勢の人間がそう想い、望んでいる。そしてそれはお前も例外じゃあない」

 

 写身の言葉に千冬は何も言わない。

 それは彼女も理解していた。

 自分がIS乗りをやめたせいで迷惑をかけた者は大勢いる。それまで応援していた者をひどく悲しませたのも自覚している。本来ならばIS乗りを続け、多くの大会に出場し、そして優勝する。それが大勢の人間が望んでいること。

 そして、彼女自身もまた心のどこかでそのことを忘れられていないのも事実だ。

 そのことを理解しているのか、

 

「だから、なぁ。いい加減茶番はやめにしよう。教師なんて下らないことは終わりだ。そんなものは他の奴がやればいい。本当は戻りたいんだろう? ISに乗ってまた戦いたいんだろう? 戦って、勝って、その度に喝采を浴びたいんだろう? 自分は普通じゃないんだ。選ばれた人間なんだと。そう示したいんだろう?」

 

 だったら。

 

「私の手を取れ。そうすれば、お前の望みは叶う」

 

 差し出される右手に千冬は視線を寄せる。

 恐らくではあるが、彼女の言葉に間違いはない。どのような手段を取るのかは不明だが、この手を取れば千冬はまたIS乗りに戻ることができる。このIS学園の教師という役目を投げ捨て、かつての自分に返ることができるだろう。

 故に。

 

「――――断る」

 

 ただ一言。短い言葉で千冬は手を払った。

 怪訝な視線に対し、けれども千冬は態度を改めない。むしろ、これが当然の答えであると胸を張るかのように続ける。

 

「この状況が何なのか、私にはよく分からない。何をすれば解決されるのか、理解できていない。だが、断言できることもある。お前は私で、私はお前だ。そして、お前が言ったことは正しい。私は教師に向いていない。本来なら他の者に任せるべきなのだろう。そして、私は未だIS乗りを続けていたかったと思ってもいる。それらは全て真実だ。否定はできない

 だが……お前の言い分は間違ってはいないが、正確でもない」

 

 そうだ。彼女の言い分は正しい。けれども、抜けているところがある。

 それは重要で、そして何より大事なモノ。

 

「私はそれらを度外視してでも、教師をしたいんだ」

 

 確かに織斑千冬は教師に向いていない。

 それはラウラを見れば明らかだ。彼女は技術を教えることはできても、心を教えることはできない。それを自覚したのはラウラが自分に依存していると分かった時。もはや全てが遅かった。それが自分の過ちであり、教える者として失格だというのは理解している。

 

 けれども。

 それでも。

 敢えて言わせてもらうのならば。

 ラウラの教官であった時、千冬は嬉しかったのだ。

 

 自分が誰かに何かを教える……その事実がどうしようもなく、今までにない何かが千冬の心を揺さぶったのだ。今まで戦い、勝ち抜き、他者を倒すことしかしてこなかった自分にも、こうして誰かに何かを教えることができるのだと、そう思えたのだ。

 

「確かに私はラウラに対し、肝心なモノを教えることができなかった。その結果がこの様だ。自分が三流以下の教師であることは自覚はある。教師をやりたい理由だって他人から見れば些細なことなんだろう。

 それでも、それが私にとっては重要なんだ。やらなければならない……確かにその想いもある。何をどう言い訳したところで、今の世の中を作ったのが私であることには変わりない。そのことへの責任も含まれている。だが、それ以上に私は誰かに何かを教えるということをやりたい。それが大きな理由なんだ」

 

 分かっている。それが単なる我が儘であることは。

 理解している。それがエゴから来ているものであることは。

 それら全て承知の上。それでも自分はこの道を歩くと決めたのだ。ならばそれを貫き通すのが筋というものだ。

 その答えに、けれどももう一人の千冬は納得しない。

 

「なんとも馬鹿馬鹿しい。やはりお前は邪魔だ。私の在り方を、私の願いを否定する。どうしようもなくつまらない現実に、私を引き戻そうとする。

 させるものか。それは許さん。邪魔をされる前に潰してやるッ!」

 

 瞬間、二人の千冬の眼前にひと振りの刃が出現する。日本刀。鋭い輝きを放つ人殺しの道具が各々一本ずつに渡るかのように地面に突き刺さっていた。

 

「抜けよ。説得は無意味だろう? なら決着がこうなるのは必然だ。私はお前を殺してもっと私らしい『織斑千冬(おまえ)』になってやる。皆が望み、そしてお前自身も願っているお前にな。

 だから安心して殺されろ!!」

 

 純粋な殺意が篭った凶刃が放たれる。

 瞬間。

 

「―――っ」

 

 無言で千冬はその一擊を受け止めた。

 重い。相手の一擊もそうだが、自らが握っている日本刀。命を奪う道具の重さはいつ手にしてもやはり慣れないなどと思いながら千冬は自分をにらみ返す。

 

「全く……こうして見ると、私という人間は何とも捻ているな」

 

 そこに宿るのは殺意ではなく、自嘲であった。

 まるで苦い思い出を振り返るような、そんな表情は彼女は告げる。

 

「いいだろう、相手になってやる……かかってこい!!」

 

 *

 

 まるで鏡だ。

 それが千冬が戦っている最中に思い描いた印象。

 実際問題、当たっている。何せ、目の前にいるのは正真正銘、自分自身。何が原因なのかは全く理解できていないが、しかしそれが真実なのだ。

 だからこそ、力が拮抗するのは当然だった。

 剣筋も、素早さも、防御も攻撃も何もかも。全てが同じ。故、考えることも同じであり、対処の方法もわかりきっている。自分ならばどうするのか。それを考えればいいだけなのだから。

 

「そらどうした。この程度か、織斑千冬!?」

 

 真上からの一閃。それを紙一重を避けながら、千冬もまた左真横から刃を振るう。確実に捉えたであろうその一擊は、しかして刃によって阻まれる。

 

「そうだ。そうでなくては、お前じゃない。これくらいやれなければ織斑千冬ではない!!」

「一々喚くな鬱陶しい!!」

 

 自らの声音であるため余計に腹立たしい。けれども彼女は理解していた。それが間違いなく己自身の声であることは。

 自分ならばこれくらいやれる……そう思っているのは事実なのだから。

 

「ああ、ほらみろ。お前は分かっているじゃないか。そうだ。私の声はお前の声。私は戦いを望んでいる。もっと言うのならISに乗り、敵を叩き潰し、皆から賞賛されることを願っていると!!」

「ちっ、ぐっ―――」

 

 言葉と同時に放たれた蹴りが千冬の胴部に直撃する。先読みができなかったわけではない。読めていたにも関わらず、それより早く敵が動いたのだ。

 それは相手の言葉の動揺からか。それとも相手が強くなっているのか。またはその両方か。

 答えを出す前に。言葉が続いていく。

 

「いいじゃないか、それで。その方がお前らしい。何度も言うが、お前に教師は向いていない。誰もそんなことを望んでいないんだ。楽になれよ。そうすれば、お前はお前らしくなれるんだから」

「―――勝手に決めるな、馬鹿者が。さっきから同じことを何度も繰り返すな」

「お前が納得しないからだろう? だから私は何度でも言うぞ。お前に教師は不可能だ」

 

 千冬は理解している。これは相手の戦略だ。

 同じ力を持っている。ならば、その心を乱せばいい。心の乱れは戦いの乱れに直結する。先程の蹴りに関してもそうだ。

 

「そもそもお前には他人の心を分かろうとしていないだろう? 分からない、じゃあない。分かろうとしてこなかった。だから束以外、誰もお前に着いて来なかった。一夏にしてもそうだ。自分ができるのだら弟にだってできて当然。何故なら自分と同じ血が流れているんだから、と。

 そして、それでいいとお前自身思っている」

 

 だから聞く耳をもつ必要はない。

 そう断じて切り伏せるべき……なのだろう。少なくともかつての千冬ならばそうしていた。

 

「話を聞かなければすぐに手を出す。だが、お前のそれは愛の鞭でも何でもない。ただ、そうしなければ相手が自分の思うようにならないと思っているからだ。そんな奴に、そんな人間に、誰かを教える資格があると思うか? 今はいいかもしれない。世界最強のIS乗りとしてお前の元にやってくる連中は多くいるだろう。だが、それが長く続くわけがない。いずれ気づくだろう。お前という人間性に。誰も見ず、己しか見ようとしないお前の傲慢さを!!」

 

 だが、しかし。千冬はその言葉を聞き逃さない。

 彼女は自分。そう、自分なのだ。今まで見て見ぬ振りをし、押し殺し、知らぬ存ぜぬを通してきた己。故に見る。聞く。前を向く。己との対話ができない人間に教師など務まるはずもないのだから。

 剣戟は互角だった。そう、それはもはや過去。今では少しではあるが、徐々にその差に開きができている。

 ひと振りの速さ、突きの鋭さ、正確さ、それら全てが同等だったはずだが、もう一人の千冬に天秤が傾き始め、威力を捌けなくなりつつある。

 腕が切られた。足を突かれた。首筋を掠った。僅かな、けれども確固たる負債が千冬の体力を奪う。

 血が流れ、骨が軋み始める。もはや身体へのダメージは同じでは無くなっており、千冬は防戦一方の状態になりつつあり、彼女自身それを自覚している。

 だが。

 

「―――だからどうしたっ」

 

 もとより傷など些細な事。これしきの差を見せつけられたところで何だというのか。むしろ、この痛みを忘れないよう心に刻みこんでいた。

 ああ、そうか。これが自分か。織斑千冬か。何とも歪んだ存在だろうか。普段は凛々しいだの格好良いだの祝われているが、何のことはなに。その実中身は自分勝手で我が儘で周りのことなどお構い無しの自己中。他人だけではなく、身内や家族にまで迷惑をかける愚か者。実力が少しあるからといって他から褒めたてられ、それが当然だと思い込んだ大馬鹿者。

 何とも無様。

 何とも滑稽。

 これ以上ない自らの醜態を前に自嘲を浮かべる。

 

「ああ、認めよう。お前は私だ。紛れもない織斑千冬だ」

 

 そしてそれ故に。

 

「だからこそ、問う。お前は、甘粕の言葉に何も感じなかったのか? 世良の姿に何も感じなかったのか? 生徒達の成長に何も感じなかったのか?」

 

 甘粕真琴の言葉。

 世良聖の勇姿。

 看過されていく生徒達の姿。

 そして教官として、教師としての日々。

 あの日常の中の出来事に、生徒達に、希望に。

 

「本当に、何も感じなかったというのか!!」

 

 そうではない。そうじゃないはずだと千冬は信じている。

 

「私は―――私は彼らが輝いて見えた」

 

 共に励み、共に歩み、共に成長していく生徒達。

 中には仲が悪い者もいるだろう。いがみ合い、対立し、時には喧嘩だってするかもしれない。だが、それでいい。甘粕のような事を言うつもりはないが、それは互いが互いを認識し、一個の人間だと理解しているからこそのもの。

 

「私は勇気がなかった。そして、それ故に何もできずにいた」

 

 結局のところ、千冬は一人だったのだ。

 親友と弟。二人以外、自分にとって他人とはそれしかいなかった。後はどうでもいい連中。そういう認識だった。親に捨てられ、その後もISを使える人間としてしか見られなかった日々。大会に優勝しても『ブリュンヒルデ』などという妙な異名で慕われ、世界最強などと謳われた。

 そんな自分に友はいても仲間はいなかった。

 そんな自分に弟はいても戦友はいなかった。

 ずっと一人で戦い、一人でこなしてきた。

 それが当然。それが当たり前。

 織斑千冬とはそういう人間なのだと自分でも認めるようになってきていた。

 だが、だ。

 そんな自分にも、そんな自分でも、生徒達の成長を嬉しく思う心はあったのだ。

 

「女尊男卑。そんな言葉が蔓延したこの世界でその中心とも言えるこの学校。そこに集まった連中はやはり世界の毒に侵されいた。それはもはやどうすることもできないのだと私は諦めかけていた。だが、甘粕の言葉が、世良の在り方が、私に勇気をくれた。それだけじゃない。彼らに影響され、意識を変えようとしている連中も出てきた。そんな状況に、そんな光景に、私は笑みを浮かべたくなった」

 

 最早自分が何をしたところで世界は変わらない。そう思っていた矢先に光が現れた。そして輝きは他の者も巻き込み始めた。

 小さな、本当に小さなその光は、けれども千冬に可能性を示してくれたのだ。

 

「無理? 無駄? 不可能? 知るかそんなもの!! 生徒ができると示してくれた。ならばそれを信じずして何が担任か。何が教師か!! 戯言も大概にしろ!!」

「戯言を吐いているのは貴様だ!! どれだけ吠えようが、貴様に教師は務まらん!!」

「かもしれん。だが、やれることとやりたいことは別だ。例えそれが手に届かないものだったとしても、その過程にあったもとは決して無駄じゃない。自分にも何か伝えられることがあるのなら、それを後世に残せるのなら、それは決して、無駄じゃないんだ!!」

 

 戻りたいと思ったことは何度かある。

 確かに最強のIS乗りの選手として続けることはできるかもしれない。

『ブリュンヒルデ』として世界中から称えられる功績を残すことはできるかもしれない。

 だが、最早それはやらない。

 出来ない、ではなくやらない。見たいものを、信じたいものをその目にみることができたのだから。

 

「戦って戦って戦って……それで何が残る? 守るためでも、何かを求めるでもない。ただ最強になり続ける。そこにどんな意味があるんだ? 何もない。何もないんだよ、千冬……」

 

 守るためなら、大儀あるかもしれない。

 求めるのなら、意義があるのかもしれない。

 だが、千冬はどちらも望んでいない。ただ目の前の彼女がそちらの方が楽だから誘っているに過ぎないのだ。向いているから、性にあっているから。そんな理由で。

 だが、それは認められない。

 断じて認められないのだ。

 何故ならば。

 

「私はあの光景をもっと見たいと感じてしまったんだよ。これもまた、私の我が儘なんだろう。だが、それが私だ。織斑千冬だ」

 

 故に。

 

「私は―――自分を曲げるつもりは毛頭ない!!」

 

 瞬間、電光石火の一刀が振るわれる。

 一瞬の甲高い音。それと共に白刃が空を舞い、地面へと突き刺さる。

 見ると千冬の刃がもう一人の己の喉元へと向けられ、あと数センチ、いや数ミリというところで寸止めされていた。

 

「……何故、斬らなかった」

 

 刹那。天秤が僅かに逆転した好機。

 だというのに、千冬はその機会を見逃した。逃したのではなく、自ら手放したのだ。相手を一刀両断できるその一瞬を。

 意味不明。理解不能。

 そんな表情をするもう一人の自分に千冬は微笑する。

 

「言っただろう。お前は私だ。どれだけ醜くとも、どれだけ否定したくても、お前が私であることには変わりない。故に切らない。認める。そして受け入れよう。お前という私を。居心地が悪いかもしれないが、それは当然だ。人の想いというのは何も一つではないのだから」

 

 こちらの自分とあちらの自分。どちらも織斑千冬の心であるのは間違いない。かつての自分ならば一方を容赦なく切り捨てていただろう。だが、それではダメだ。何の解決にもならない。それはただ逃げであり、一歩も前に進んでいないのだから。

 だから決めたのだ。どれだけ難しくとも向き合うと。

 

「―――そうか。それが(おまえ)の答えか」

 

 小さなその言葉と同時、影法師の身体が薄らいでいく。

 驚きの表情を見せる千冬に消えゆく影は笑みを浮かべる。

 

「不思議な事ではない。こちらが負けを認めた。そして、敗者は消えゆく定め。いや、この場合は元ある場所に戻るというべきか? まぁそれだけの話だ」

「お前……」

「何をぼやけている? さっさと行け。私がお前の中へと戻る今現在、見えているはずだ。あちらの状況が。教師だなんだと言うのなら、その責務を果たしてこい」

「……ああ。無論だ」

 

 言うと千冬はそのまま駆けていく。後ろを一切振り向かず、己が守るべき、導くべき生徒達の下へと。

 それはかつて『ブリュンヒルデ』と呼ばれた者の背中ではない。

 それはかつて世界最強と謳われた女の姿ではない。

 そこにあったのはただの―――そう、ただの一人の教師の姿だった。

 

 

「―――ああ、全く。本当に『織斑千冬(わたし)』は頑固者だな」

 

 

 呆れたような、けれどもどこか嬉しそうなその言葉と同時、もう一人の織斑千冬(かのじょ)は消えたのだった。




英霊剣豪七番勝負、無事終了。そして私の財布も無事終了。いや、無事ではなかったが。むしろ大事故に遭ったが。

そういうわけで千冬回でした。
原作ではクールな彼女ですが、その心の中を私なりに考え、苦悩や葛藤、そしてそれを乗り越える一人の人間として描きました。
前から言うように、彼女は未熟ですが、それでも良い先生になれると思うんです。
向いていないかもしれない。けれど成りたい、やりたいという気持ちがあれば十分だと思うんです。
だっていつも馬鹿が言うじゃないですか。諦めなければいつか夢はきっと叶うって。

そんなこんなで、次回からいよいよ終幕に向けて走ります。
あのヘルとどう戦うか……私の答えを次回、書きたいと思います。
それでは!!


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第三十話 戦女

先日、dies irae phanteonのCMを見て思った事。
疾く課金し尽くして戦神館とコラボさせなければ。
※作者に重課金する余裕はありません。ご注意下さい。


 どうして。

 そんな疑問を感じたのは聖だけではないだろう。

 一夏もまた千冬の登場に目を見開き、驚いている。当然だ。実の姉がこんなところで登場するなど誰に予想できようか。しかも命の危機があるこの状況下で喜べるわけもない。事実、自分達ももはや瀕死と言っていい。

 確かに千冬はIS乗りでは最強と言われていた女性だ。だが、ここはそんな理屈が通る場所ではない。ましてや今の彼女はISを所持していないのは聖にも理解できる。

 無茶で無謀な戦いを前にけれども千冬は。

 

「二人共、無事、というわけではないようだな。だが、安心しろ。もう大丈夫だ」

 

 いつものような無表情に近い、しかし確かな笑みを浮かべながら彼女はそんな事を言うのだ。

 凛々しく、美しく、そして逞しく。まるで全てを任せろと言わんばかりな言葉にもはや二人は何も口にすることができなかった。

 

「これはまた、珍しいお客人だ。こちらが招いてもいないというのに、さて一体誰の仕業なのか」

「さてな。それは私にも分からん。だが、大方の状況は掴めている。無論、ラウラの事もな」

「ほう? ならばどうする?」

「知れた事。ここで貴様にじっくり尋問する、などという選択肢は私にはない。そんな時間もないだろうしな」

 

 だから、とただ剣を構えて一言。

 

「貴様に言う言葉はただ一つ―――返してもらうぞ、私の生徒達を」

 

 一切の迷いのない一言。

 その覚悟に、その決意に、余計な言葉は必要ない。

 故に死神もだた一言を返すのみ。

 

「承知した。ならば、やってみるがいい」

 

 瞬間、白銀の刃が衝撃と共に交差する。

 

 *

 

 冥界。それは死者の国であり、生者が訪れるべき場所ではない。否、正確に言えば生者がその国に訪れた瞬間、その者は死者となる。

 故に色は無く、故に音も無く、ただ静寂に包まれる事を是とする。それは世界樹に地下に広がるとされるヘルヘイム然り、ケルベロスが門番を務めるあの世然り。そも、死者とはそういう存在であると人々には認識されている。

 だからこそ、その玉座であるこの場所はある種の場違いであると言えるだろう。

 疾風怒濤。その言葉が正しくここに再現されていた。全てを破壊する刃と全てを切り裂く刃。弾け、ぶつかり、閃き合う。乱れざく花吹雪の如き剣戟に聖と一夏は言葉が出なかった。

 美しい、そんな感嘆さえ漏らしそうになる状況下であるが、しかし当事者にとってはそんな感想を抱く余裕は微塵もない。

 特に千冬は全く力を緩める事ができなかった。

 何せ一瞬でも気を抜けば即座に目の前の死神に魂を刈り取られてしまう。この場は死地であり、冥界であるのだと頭に叩き込みながら己の刃を振るう。

 

「ハッ―――」

 

 百、百十、百二十……切り結ぶ数が増えていき、その度に死の恐怖を感じ、克服していく。だが、それだけ殺り合っても全く慣れというものは存在しない。一瞬一瞬の攻撃が別物であり、同じ一擊がまるでないのだ。故に同じ防御をしてしまえば必ず負け、死ぬ。結局のところ、戦いとはいかに臨機応変、柔軟な行動ができるかが鍵となるのだ。そして、千冬は今まで培ってきたIS戦闘での経験をフル活用し、生き延びている。

 そう、彼女は戦っているのではない。生き延びているのだ。

 攻撃はする。刃も振るう。殺気を放ちながら一擊を放つ。けれども、それは全て生存するためと言い換えてもいい。決死の覚悟とやらで打ち込んだとしても目の前の敵はそれを簡単になぎ払い、そして自分が死ぬというのは明白であった。

 それほどまでに、クリームヒルトという女は死を叩きつけてくるのだ。

 質、密度、何もかもが桁外れ。死という重みそのものをぶつけてくるようなそんな感覚に襲われる。

 今まで千冬はここまで死の近くにまで来たことはない。ただ一度だけ死ぬ覚悟を決めて望んだ戦いはあったが、それもISという兵器を装備していた上でのもの。生身を晒して一本の剣で立ち向かうことがこんなに恐ろしいとは考えていたが、実感したことはなかったのだ。

 死とはそれだけ恐ろしく、そして畏れるべきものなのだろう。歴戦の戦士が死を掻い潜ってきたと言っても、それは結局のところ分かった気になるのだけの話。そして、千冬が感じているこれもまたその類。

 実際の死とは一度きりのもので、二度はない。唯一無二なのだから。

 その死を司る神は言い放つ。

 

「見事―――驚嘆に値する。まさか、私とここまでやれるとはな。ミズキとまでは言わないが、認めよう。お前の腕は相当なものだ」

 

 短く、どこにでもあるような賞賛の声。けれども、今の千冬にそれを言い返す気力も体力も余裕もない。あるのは目の前の繰り出される攻撃に対処する思考のみ。

 目前にいるのは死神であり、戦乙女。故に隙は絶対に見せない。見せたとたん、まるで機械のようにそこを突いてくるのだから。

 説明しようがない暗闇と深淵に引きずり込まれそうな感覚を跳ね除け、戦い続ける。

 そんな怪物を相手に未だ生きている千冬は流石はIS最強乗りと言えるし、褒められて然るべきだ。

 

「これは以前私の友人にも言ったことなのだがな。概して臆病な者ほど死から逃れる術に長けている。技量より、強固さより、なお大事なのはその認識。己は脆く、弱く、至らないと思っているからこそ回避が上手い。ある種の死神さ。私と同じな。自覚はあるかね、チフユ。自分が周りに死の因果をばらまいて、一人だけは切り抜けているということに」

 

 全くの無動作で放たれた一閃。鋭利な横薙ぎの斬撃は千冬の首元の寸前まで迫ってきた。それを紙一重、寸でのとこで己の刃で防ぎ、そのまま前へと進む。

 

「当然だ―――自分が臆病者だということくらい、とっくの昔に自覚している!!」

 

 ここで初めての応答と共に千冬はクリームヒルトの腹に蹴りを叩き込もうとする。タイミング的にはこれ以上とない必殺のものであり、外れるわけがなかった。一方でこれで決まるわけがないとも理解していた。それで倒せるのなら、こんなに苦労することはないのだから。

 強烈な足技としかしてクリームヒルトは千冬を上回る速度で後ろへと飛び、回避した。目標を失った千冬の足はその場の地面を蹴り、一瞬止まる。

 刹那、殺人の刃の先端が視界に入った。

 たった一瞬、動きを止めた事によって生じた隙。だが、その隙を死神が見逃すわけがなく、氷のような冷たい殺気と共に容赦ない突きが放たれた。

 だが、千冬は怯まず、対応する。

 迫ってくる刃に敢えて自分から前進し、突っ込んでいく。自殺行為と思われたその行動だが、刃が首元に当たろうとする直前、彼女の首が曲がる。

 首筋に痛みが走る。だが、それは自分が死んでいない証拠。見るとクリームヒルトの刃は千冬の首元を掠っただけであり、ほとんど空を突いた状態だった。

 

「づっ、アアアァァァッ!!」

 

 彷徨。突撃。そして一閃。

 だが、千冬のひと振りはあっさりと回避されてしまう。

 けれどそれで良かった。

 本命は、その次に放つ左拳の一擊なのだから。

 瞬間、鈍い音と共に確かな手応えが千冬の左拳を通して全身に伝わる。クリームヒルトはそのまま後方へと吹き飛び、微かに呻きながら距離を開ける。

 入った。決まった。手応え有り。そう思った渾身の一発にしかしてクリームヒルトは表情一つ変えない。

 胸元を軽く手でさすり、問題ないかと言わんばかりに碧眼をこちらへと向けてくる。

 一方の千冬は肩で呼吸をしている状態であり、対照的と言わざるを得ない。そしてそれ故にどちらが優位なのかは言うまでもなかった。

 今のは千冬が一本取ったと言えるだろう。だが、これは死合であって試合ではない。全体的に見れば千冬はどう考えても劣勢だった。

 

(だが―――それがどうしたっ)

 

 不利な立場など百も承知。そんなものは剣を交えたその瞬間に理解しているのだから。

 それにこの戦いの中で見えてきたものもある。

 敵、クリームヒルトは極端に言ってしまえば単純なのだ。心が無い、感情がないと感じたのは間違いなく、挙動に強弱、濃淡といったものが存在しない。

 常に一つの音色しか鳴らさないモノであり、旋律を、音楽を響かせることができないのだろう。言ってしまえばピアノのドをずっと一定の間鳴らすだけのような、そんな感覚。

 そしてそれは攻撃にも影響している。

 簡単に言ってしまえば、攻撃そのものが純粋な必殺なのだ。

 誘い技、騙し技、そういった類が一切混在しない。それこそ彼女を人間ではなく、機械だと感じる点なのかもしれない。問題なのは、虚と実、布石。そういったものが無くても彼女が戦える実力を持っているということ。要は大砲を連射しているようなものなのだ。だから容赦がなく、人間らしさが皆無。

 しかし、逆に言ってしまえばそれを理解して戦闘すれば対処はできるはずなのだ。

 先を読み、技を返し、逆転も可能のはず。

 

「ァァァアアアッ!!」

 

 叫びと共に特攻を仕掛ける千冬。瞬間、大音響が号砲の如く炸裂し、玉座を支配する。

 荒れ狂う剣戟の暴風雨。一種の災害と化した攻防はもはや当人達だけでなく、周りにすら被害を題してく。

 罅割れていく床。次々と瓦礫が落ちてくる天井。柱や石像は潰され、吹き飛ばれていく。そして壁にはいくつもの斬撃と打撃の跡がくっきりと刻まれていった。

 当然の如く、地鳴りは響き渡り、彼らの戦いが桁外れなものだと証明していた。

 そう。これはもはや災害だ。二人の戦女の鬩ぎ合いは通常のものを遥かに上回っている。ISですらこんなことはできない。とは言え、破滅を振るっているのはクリームヒルト単独の猛威であり、しかしだからこそそれらを逸らしながら叩き続ける千冬も相当人並み外れていた。

 全てが決め技であり、殺し技。

 この死神はそういうものだ―――それが分かっているから対処できる、という領域は超えている。これぞ正しく織斑千冬という人間の実力、否底力というものか。

 既に戦闘は地面の上だけでは行われていない。崩れてくる瓦礫。その上を跳躍しながら互いの刃を交え、切り合う。もはやそれを異常だとは感じる余裕はなく、できて当然であると自分に言い聞かせながら千冬は己の剣を振るっていた。

 交差した刃は互いの肩を切り裂いていた。無論、どちらも軽傷。全く動きに問題はなく、攻防は続けられる。

 だが。

 

「く―――っははは!! 私に血を流させるか!! ああ、こんな気持ちは久かた振りだ!!」

 

 軽傷だったとは言え、受けた傷をむしろ喜び、寿ぐかのように死神を笑みを浮かべた。同様に圧力が高まっていく。攻勢の密度、強度、速度。それらもまた跳ね上がり、しかし同様に千冬もまた力を高める。

 互角。拮抗。同等。

 一方が傷つけば一方も傷つく。一方が回避できれば、一方も回避できる。そんな鏡写のような状況下でクリームヒルトは再び口を開く。

 

「流石は元最強のIS乗りか。ISが無い状態でよくぞここまで練れるものだ!!」

「だからどうした。無駄口を開いていないで、さっさとかかってこい!!」

「ふふ、そう言うな。私はお前が気に入っている。故に語り合いたいのだ。私は欠落が多い。多くの者を見た。多くの可能性を見た。生とは何か。死とは何か。我も人。彼も人。一は全、全は一なり。私の悟りは間違っていない。道理も理屈も分かっているのだ。だが―――私の悪い癖でな。どうしても理屈が先に来てしまう。方程式を解いただけで、その先にあるエネルギーを実感できない。ああ、何故私には心がないのか……だから私は『彼女』に成り代わって戦い、そしてお前と対峙している。そして―――ふふっ、難しいな。これが憎悪か。これが憤怒か。そしてこれが―――羨望であり、憧憬であり、執着か。中々、表現しずらいものだな」

 

 今のクリームヒルトはラウラの代替でもある。

 彼女の感情がそっくりそのままクリームヒルトに流れ込んでくるのだ。

 故に分かるのだ。

 織斑一夏への憎悪が。

 世良聖への憤怒が。

 そして、織斑千冬へのどうしようもない羨望と憧憬、そして執着が。

 それらが混ざり合ったまさしく混沌とした何か。それを表現するにはクリームヒルトは欠落が多すぎて、どのような言葉で表せればいいのかが分からない。

 故に言葉でなく、行動で体現する他ないのだ。

 なのに。

 

「ああ、本当に。私には『戦闘(コレ)』でしか表現できないというのに……もどかしいな。『力』が思い通りにならないというのはっ!!」

 

 言い放ち、そして再び死地の剣戟が錯綜する。

 

 *

 

 当然の、そして本来の話をしよう。

 クリームヒルトと千冬。この二人が戦えばどうなるのか。結論から言えば、クリームヒルトの圧勝に終わる。千冬がISを持っていない、という点もあるが、そもそもISに搭乗していたところで彼女に死神を屠るだけの技術と力は無い。それは彼女が劣っているからではなく、それだけクリームヒルトという怪物が人外じみているだけの話に過ぎない。故に手も足もでないまま、一瞬のうちに片がついてしまう。

 

 ならば、だ。

 何故現在、彼女達の力は拮抗しているのか。

 

 それは彼女が乗っ取っている身体が原因だった。

 もしも本来のクリームヒルトがこの世界で戦えば、勝てる者などいないだろう。ISに乗っていようがいまいが関係ない。それだけの実力を持っている。

 しかし、だ。

 今の彼女はいくつもの奇跡が重なりここに現界している。

 そして、その中で最も大きな要因となっているのは本来の身体の持ち主であるラウラの感情。

 

 誰よりも強くなりたい。

 最強でありたい。

 比類なき力。唯一無二の絶対。

 

 その夢が叶ったのが今のクリームヒルト。

 けれど、いやだからこそ、ラウラの感情によって彼女の力は影響されてしまう。

 そう、例えば。

 かつての教官であり、自分の師、そして最も憧れる女性。その人物は絶対的な存在であり、勝てるわけがないと思っていたとするのなら、それが事実であり、真実となる。

 つまりは、だ。

 今のクリームヒルトは聖や一夏、その他大勢のどんな連中にも勝利することができるが、織斑千冬だけには勝つことができない。

 けれどもそれがイコール千冬に負ける、という意味ではない。

 勝つことはできない。しかし、負けることもない。故に互角、対等、拮抗。 

 どちらが勝つこともなく、負けることもなく、ただただ永遠と傷つきあっていく。

 

 故に、だ

 とくと見るがいい、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 お前の願いがお前の織斑千冬(あこがれ)を傷つける。

 お前の想いがお前の織斑千冬(ぜったい)を苦しめる。

 泣いても喚いても無駄だ。そんなものは意味をなさない。お前が招いた種。故にお前に目を逸らす権利など毛頭ない。これは他ならないお前のせいなのだから。

 苦しみ、悲しみ、後悔しろ。

 そして、その上でよくよく理解しろ。お前がお前である限り、この悲劇は決して終わらない。織斑千冬は助からない。誰も救われない。

 ならばどうすればいいか? そんなものは自分で考えるべきことだ。本当にそれが分からないというのなら、尚更彼女から、織斑千冬から目を離すな。

 今、彼女は何のために戦っているのか。

 今、彼女は何のために血を流しているのか。

 それを本当の意味で分からなければ、この戦いは終わりを迎えない。

 だからこそ、あえて言おう。

 

 この地獄(しれん)の結末は、お前の手の中にある、と。




前回主人公の姓名を間違えるとか考えられないヘマをやらかした作者です。
はい……マジですみませんでした。反省してます(土下座
今後はこのようなことはないようにしますので、何卒宜しくお願いします。

さて、今回は千冬とクリームヒルトとの戦い。
これが自分が数ヶ月かかって出した答え。納得いくかいかないか、そこら辺は是非とも感想にてお願いします。
それでは次回をお楽しみに!!


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第三十一話 本音

大変長らくお待たせしました!!(何回目だよ
※久かた振りなのでご注意ください。


 やめてくれ。

 

 ラウラは最強を願った。無二を望んだ。絶対を欲した。

 あの人のように。あの女性のように。

 強く、強く、強く。

 何者にも負けることはなく、何者にも勝利する。そんなものを手に入れたかった。否、そんな人になりたいと考えていた。

 

 やめてくれ。

 

 しかし、それは彼女に成り代わりたかったわけではない。むしろ、彼女を超えるなどとは考えたことはない。ただ自分に戦い方を教える存在として、自分という人間をここまで育ててくれた人として、尊敬できる教官として、ずっと傍に居て欲しかっただけだ。

 

 やめてくれ。

 

 だから、これは自分が願ったものではない。

 だから、これは自分が望んだものではない。

 だから、これは自分が欲したものではない。

 大切な人を、大事な人を、傷つけたいなどと、そんこと想っていない。望んでいない。欲していない!!

 

 だが、しかし現実は変わらない。否と答える。

 自らの身体を支配している女は死を振るいながら千冬を襲う。それを回避し、反撃するもクリームヒルトには意味を成さず、再び攻撃に転ずる。

 そんな、いつ終わるか分からない攻防を前に、ラウラは何もできない。

 身体は言うことを聞かず、クリームヒルトもこちらの言うことに耳を貸さない。それどころか、彼女の戦う姿はこう物語っている。

 これはお前の責任だと。お前はこれを見なければならない責務があると。

 

(違うっ)

 

 違わない。お前の身勝手な行動がこの状況を招いた。最強になりたい? 織斑千冬になりたい? 笑わせるな。そんなものを願っておいて、何の犠牲もなしになれるとでも?

 そもそも他人を蹴落とすしか能のないお前に、誰かを傷つけたくないなどという資格があるとでも?

 

(それ、は……)

 

 ドイツ軍にいた時も、IS学園に来てからも、お前は他人を他人と思わなかった。世界は自分と織斑千冬の二人だけ。後の者はどうでもいい。邪魔をするのなら消す。それが例え恩師の弟でも壁となるのなら潰す。そういう人生を送り、そしてこれからもそういう生き方しかできない。お前はそういう存在だ。

 故にお前は一人だ。孤独だ。誰も理解しようとしないから、誰からも理解されない。例え織斑千冬のことでもお前は都合の良いことしか見てこなかった。彼女が考えろと言ってもお前は考えなかった。思考を止めていた。そんなことはどうでもいい。私のことだけを見ててほしい。何とも無様で滑稽で憐れな女か。

 

(だ、まれ……)

 

 そうしてまた現実から目を背けるのか。理解していることを知らないふりをするのか。

 本当は織斑千冬がお前のことを鬱陶しいと感じているとわかっているのに。

 

(……ぁ)

 

 考えれば誰でも分かる。ちょっと指導をしてやっただけで、特別扱いされていると勘違いした愚か者をどうして鬱陶しいと思わないのか。

 その上、自分の後ろにやたらと付いてきて、あまつさえ問題行動を起こし続ける。これで好印象など持てるわけがない。

 それはIS学園に来てからではない。彼女がドイツから去った時お前は察していたはずだ。

 自分は見捨てられた……いいや、見放されたのだと。

 

(ちが……そんなことは……)

 

 では何故彼女はお前の前から姿を消した? 何も言わずに去った? IS学園に来ても事務的な事しか言わない? それはつまり、お前のことなどどうでもいいと思っている証拠だ。邪魔くさいと言ってもいいだろう。

 お前はそれを理解していた。けれど認めたくなかった。自分という存在を唯一育ててくれた人間に捨てられたという事実が受け入れられなかった。愚かにも程がある。

 それでもまだ認めたくないというのなら、現実を見せてやろう。

 

(やめろ……やめろ、やめろ、やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!)

 

 *

 

 剣戟が飛び交う。拳がぶつかり合う。殺気が荒れ狂う。

 人智という領域を一歩超えた先での戦いの中で千冬は未だに立っていた。額から血が流れ視界が半分朧げではあるが、拭っている暇もない。視界が不十分なら聴覚で、匂いで、殺気で相手の行動を見据える。それくらいのことができなければこの相手と渡り合えない。

 何故なら今この時も尚、必殺の刃が眼前に迫ってきているのだから。

 

「くっ……」

 

 既に顔面まで五センチ。

 これはよけられない。不可避の一擊。だが、ここから右手に握っている刀で防御するのもまた不可能。

 回避も防御もできない攻撃。

 故に千冬が取った行動は一つ。

 左手の拳で剣の腹を叩き、軌道を変えた。クリームヒルトの一擊は千冬から逸れ、そのまま地面へと激突する。

 その隙を見逃さまいと千冬は日本刀を振り下ろす。

 

「――ほう」

 

 しかし相手は怪物。感嘆の声を上げながら、日本刀の一擊を片手で白羽取りした。

 

「今のを拳で弾くか。中々人外じみた真似をしてくれる」

「……片手で軽々と受け止めておきながら何をいうか」

「それもそうか。しかし驚いたのは本当のことだ。まさかこの時代にお前のような人間がまだ残っているとは。……この感情を一言で言うのなら……そうだな。嬉しいのだろうな、私は」

 

 何食わぬ顔でそんな事を口にする。今もこうしている間にも刃を交わしているというのに自然体のままクリームヒルトは会話している。今までの戦い、そしてこの現状から千冬は再確認した。目の前にいるのは人間の皮を被った兵器なのだと。

 感情が全く読めない。ない、というわけではないのだろうが、読めないのだ。故に何を考えているのかを理解できず、把握できないままここに至る。

 

「そう怖い顔をするな。さっきも言っただろう? 私はお前ともっと語りたいのだ。友人がいない、というわけではないのだがな。こうして対等に戦いながら語り合うというのは中々ない機会だ。そしてお前は未だ死なず、私についてきている。これは私にとっても珍しいことなのだ。こんなことはミズキ以来だからな。故に聞きたいのだが―――お前はラウラ・ボーデヴィッヒをどう思っているのだ?」

「何……?」

 

 唐突な問いに思わず言葉が溢れる。

 

「様々な要因があるとはいえ、この状況を招いたのは彼女だ。彼女の勝手な願いのために我々はこうして剣を交えている。そのせいでお前の生徒は傷つき、お前自身もこうして苦しんでいる。私がいうのも何だが、彼女ほど傲慢で身勝手な人間はそうはいない。環境という問題もあっただろうが、しかしそれが全ての言い訳にはならない。それは君も分かっているはずだ」

「……、」

「私は彼女の記憶を見た。故にその生い立ちを知っている。同情に値する過去を持っている……のだろうな。先程も言ったが、私は理解ができても実感をもてない。故に彼女に同情し、可哀想だ、ということを口にはできるが実際にそう思えるわけではない。だからこそ、彼女の行為はただの八つ当たりであり、傍迷惑にも程がある自己中心的なものでしかないと思えてしまう。その行いは簡単には許されるものではなく、本人もまた罪の意識など持っていない。はっきり言おう。彼女のような人間に好意を抱く者は恐らくいないだろう。その上で、だ」

 

 剣を振り払った瞬間、クリームヒルトは己の剣先を千冬に向ける。

 

「今一度問いたい。お前にとって、ラウラ・ボーデヴィッヒとは迷惑な存在ではないのか?」

 

 それは悪意からの質問ではない。本当に純粋な疑問。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは問題児だ。軍人としても生徒としても、そして何より人間としても。己の世界を勝手に作り出し、自分が中心で世界は動いていると思い込んでいる。だから周りのことも気にしないし、我が儘を言えば千冬が自分の元へと帰ってきてくれると信じている。その結果、周りがどれだけ傷つくか、千冬がどれだけ迷惑を被るか、考えきれていない。

 結果、この有様。

 結果、この状況。

 ならばこそ。答えは明白だった。

 

「―――ああ。その通りだよ」

 

 

 *

 

 

 分かっていた。

 

 その答えは簡単に予想ができた。

 ああ、そうだとも。当たり前ではないか。こんな自分の事しか考えない傲慢な女のことを好きになってくれる者がいるわけがない。自分が同じ立場でも同じ返答をするだろう。

 

 何を期待していたのか。

 

 詰まるところ、ラウラ・ボーデヴィッヒとはそういう女で、そういう存在なのだ。周りからは厄介者でそれを勘違いして周りがおかしいと決めつけた馬鹿な小娘。

 

 故に一人。故に孤独。

 

 当然だ。何せ自分から周りを否定しているのだから。最初の経緯がどうであれ、それで殻に閉じこもって世界を閉ざしていい理由にはならない。

 視野が狭いのなら、思考も狭くなるのも自然だろう。だから何度も外の世界をみろと言われ続けていたのに、それを無視しつづけたのは、自分が変わってしまうことを恐れたから。

 彼女は満足していたのだ。千冬が教官であり、自分を育ててくれる。その日常が好きで、それがいつまでも続くと信じていた。だが、自分が変わってしまえば千冬は自分の前から消えてしまう。この幸福が消えてしまう。

 

 嫌だ嫌だそんなの嫌だ。

 

 だが、彼女が変わらないままでも幸せは終わりを告げた。ラウラの前から千冬は去っていった。それでも諦めきれないから彼女は千冬を追った。そして再びあの日を取り戻そうと足掻いた。それがどれだけ馬鹿な事で呆れるほど未練たらしいことか。

 

 そして、その結末がこれだ。

 

 一般人のIS乗りに追い詰められ、よく分からない女に身体を乗っ取られ、挙句自分の憧れの存在に否定される。

 滑稽、ここに極まれりだ。呆れて言葉もない。

 だから涙を流す資格はない。

 ない、のだが―――

 

(うっ……うぅ……)

 

 理解していながらも頬に涙が流れる。

 自分が尊敬している人間に否定されるとは、こんなにも苦しいものだっただろうか。

 他人に見捨てられるというのは、これほどまでに哀しいものだっただろうか。

 それはかつて軍人として落第と見なされた時よりも深く、大きく、ラウラの心を抉った。

 だが、現実は変わらない。

 どれだけ後悔してももう遅い。ラウラは見放され、見捨てられた。それが事実で現実だ。

 

 誰かが笑う。哂う。嗤う。

 

 思い知ったか。これが答えだ。これが真実だ。誰もお前のことなど見ていない。必要としていない。鬱陶しいとしか思っていない。

 故に邪魔だ。もう消えろ。お前の存在価値などないのだから。

 

(……ああ、その、通り、だな……)

 

 クリームヒルトとは別の理解不能な声。その声の言うことは正しく、間違っていない。

 誰も自分を見ていない

 誰も自分を必要としていない。

 邪魔者、厄介者、問題児……ああそうだ。その通りだ。こんな自分が生きていい理由はどこにもない。

 だからもう―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『だが、それがどうした?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、『誰か』の声が聞こえてきた。

 

 

 *

 

 

「だが、それがどうした?」

 

 千冬の言葉にクリームヒルトは口を挟まない。

 その答えを最後まで聞くつもりなのか、真っ直ぐと彼女に視線を向けていた。

 そんな死神の眼光を千冬は真正面から受けながら答える。

 

「私はあいつの教官になった時、色々と思い知らされた。人に何かを教える事、誰かと向き合う事、その難しさを。おかげでこっちは手をやかされっぱなしだった。毎日どうやったら相手に伝わるのか、どうやったら理解してくれるのか、そんな事ばかり考えていた。迷惑をかけられたのも一度や二度じゃない」

 

 けれど。

 

「それがどうした。教師とは生徒に迷惑をかけられるものだ。ここ最近じゃあ特にそういった事が多い。だが、その度に思う。彼ら彼女らが問題を起こした時、それにどう対処し、向き合うのか。それが教師の務めなのだと。そして、私はラウラに対してそれができなかった。だから、あいつの問題は私の問題でもあるんだ」

 

 故に。

 

「今度こそ、私は逃げない。真っ直ぐあいつと向かい合う。迷惑をかけられるだろう。面倒事にも巻き込まれるだろう。あいつのことだ。とんでもない勘違いで騒動を起こすことだってありうる。そういう諸々含めて、もう一度、教えていく。教官としてではない。教師として」

 

 だから。

 

「私は助けるぞ、クリームヒルト。一夏も世良も、そしてラウラも。自分の全てを懸けてでも、私は私の生徒を守ってみせるっ!!」

 

 拙い言葉だ。どこかで聞いたことのある台詞。

 ああそうだとも。千冬は口が達者なわけではない。どちらかというと口下手だ。だからこういう時、本当はどんな言葉を言うべきなのかも分からない。

 けれど、先程の言葉に嘘はなく、それを必ずやり遂げる覚悟もあった。

 逃げない。迷わない。向かい合う。そう決めたのだから。

 そして。

 

「―――そうか。それがお前の答えか。ああ……何とも難しいものだな、教師というのは。私には到底できない代物だ」

「だろうな。私もまだまだ未熟者だ。教師と言い張ることすら憚られる」

「そうか? 私はそうは思わないぞ? 少なくとも―――お前の気持ちは、生徒達には伝わっているようだからな」

 

 言葉の意味が一瞬理解できなかった千冬は死神の視線の先を見る。

 そこにはボロボロの状態で未だ己の剣を持つ弟と血塗れになりながら銃を構える小さな少女が立っていた。

 

「お前達……っ!?」

「何をしてるのか、っていうのはナシですよ織斑先生。そういうの、この状況だと野暮ですよ」

「そうだぞ千冬姉。俺はともかく、世良は止めても全く耳を貸さないぞ。むしろ逆効果だ」

「そりゃどうも。っというか、人の話を聞かないのはお互い様だと思うけど?」

「うぐ……まぁ否定はしない」

 

 それを素直に認めるくらいは成長したと見るべきか。

 

「まぁそういうわけでわたし達も混ぜさせてもらうわよ。っというか、最初にやり合ってたのは私達なんだから文句はないでしょ?」

「俺は自分の家族が戦ってるんだ。それ以上の理由は必要ないよな?」

「ふふ……ああ、いいとも。そういうノリもまた、悪くない」

 

 二人の言葉に笑みを浮かべる死神。

 それを他所に千冬は己の生徒達に向かって口を開く。

 

「二人共……」

「言いたいことは分かります。けど、自分達のために戦ってくれている人がいるのに黙って見てるわけにはいかないでしょう? それに私もラウラに色々と言いたいことが山のようにあるんで」

「文句は後でたっぷり聞く。説教だってちゃんと聞く。だから……今は一緒にラウラを助けさせてくれ、千冬姉」

 

 助ける、と。

 倒すでも、戦うでもなく。二人はラウラを助けるために手を貸してくれるという。

 本来なら教師として大人としてそれを突っぱね、一人で事を成すべきなのだろう。それが責任であり、役割。教え子に協力してもらうなど言語道断。

 それらを理解し、わかった上で千冬は一言。

 

「……行くぞっ」

「「はいっ!!」」

 

 そして三人は死神と相対する。

 殺すためでも、倒すためでもない。

 自分の生徒を、友人を、クラスメイトを、助けるための戦いに身を投じたのだった。

 

 

 




皆さん、仕事は忙殺される前にきちんと片付けましょう。
はい、今のでこの数ヶ月間何があったのか、察してください。

というわけで続くラウラ回。
ここら辺は本当に難産でした。ラウラに己の在り方をどう見つめ直させるのか。その答えはやっぱり千冬だというのが自分の答えです。
今のラウラは千冬の要因が大きい。だからこそ、まずは千冬を真っ直ぐ見せるということが大切なのだという結論に至りました。

さて、次回は早めに投降するつもりです。
それではっ!!



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第三十二話 前進

白状しましょう。ISを初めて見た時、一番好きになったのはラウラです。
※好きになった理由は機体も含めてです。決して作者はロリコンではありません。ご注意ください。


 深く暗い、一筋の光もない闇。

 そんな場所に、しかして届く言葉があった。

 

『教師とは生徒に迷惑をかけられるものだ。ここ最近じゃあ特にそういったが多い。だが、その度に思う。彼ら彼女らが問題を起こした時、それにどう対処し、向き合うのか。それが教師の務めなのだと。そして、私はラウラに対してそれができなかった。だから、あいつの問題は私の問題でもあるんだ』

 

 詭弁だ。

 

『今度こそ、私は逃げない。真っ直ぐあいつと向かい合う。迷惑をかけられるだろう。面倒事にも巻き込まれるだろう。あいつのことだ。とんでもない勘違いで騒動を起こすことだってありうる。そういう諸々含めて、もう一度、教えていく。教官としてではない。教師として』

 

 戯言だ。 

 

『私は助けるぞ、クリームヒルト。一夏も世良も、そしてラウラも。自分の全てを懸けてでも、私は私の生徒を守ってみせるっ!!』

 

 嘘だ。そんな事は絶対にない。

 あれだけ迷惑を被られて、あれだけ傷つけられて。

 それでも尚、見捨てず、見放さず、助けるというのか?

 おかしい。それはおかしい。有り得ない。

 彼女にとってラウラは他人。そのはずだ。だというのに教え子という理由だけで命を張るというのか。

 分からない。分からない。分からない。

 本当に、何を考えているのかが理解できなかった。

 

(でも……)

 

 何だろうか。この胸の奥から湧いてくる感情は。

 何だろうか。この頬を伝う涙が意味するものは。

 ラウラにはやはり分からないことだらけだ。ただの兵士として生まれただけの彼女にはそれらを何と呼ぶべきなのか答えがでない。

 ただ一つ言えることがあるとすれば。

 それは、決して悪いものではない、ということだ。

 

「悪いものではない、か……曖昧な言い方だな」

 

 ふと視線を上げるとそこにはクリームヒルトが立っていた。

 

「理屈がなく、非合理的な言い回し。具体的でなく、評価しづらい。はっきりとした答えではない」

 

 だが、と彼女は続ける。

 

「それでいい。人間とは非合理的且つ曖昧な存在だ。善にもなれば悪にもなる。どっちつかずの不完全。だからこそ可能性があり、面白いのだと私は思う……いや、思いたい、というべきか。そして―――お前もまた、その一人になりつつある」

「私、が……?」

「今までのお前は私とは別の意味で機械だった。自分の世界に閉じこもり、考えることをしなかった。思考を放棄したものは人間とは言えないからな。織斑千冬に対する想いも一方的で相手や周りの事を見ていなかった」

「……、」

「しかし今はそれが悪いことだと自覚した。その上で織斑千冬の戦う姿や言葉に感化された。あまりにも小さい一歩だが、しかし前進したことには変わりない」

 

 今までのラウラならば他者を傷つけても罪悪感を感じることはなかった。むしろ、自分の壁になったことが罪である、と言い張るかもしれない。

 そんな彼女が己を見直し、そしてちゃんと他人を見た。

 まだ彼女に課せられた課題は山のようにあるが、大きな変化である。

 

「故にもう一度問おう。ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前の願いは何だ」

「私の、願い……」

 

 それは先程も問われた内容。

 言われて改めてラウラは考える。

 自分は本当に最強になりたかったのか。

 自分は本当に無二になりたかったのか。

 自分は本当に絶対になりたかったのか。

 今なら分かる。本当はそんなもの、望んでもいないし、願ってもいないし、欲してもいなかった。

 ただそうあらなければならないと想っただけ。

 でなければ――――

 

「……ああ、そうか。そういうことだったのか」

 

 苦笑しながらラウラはつぶやく。

 ようやくここまで来てラウラは自分が求めていたものを見直す。

 彼女は強くなりたかった。強くならなければならないと思っていた。そうしなければ千冬が離れていってしまうと思ったから。

 では何故彼女は千冬と一緒にいたいと思ったのか。

 それこそ単純明快。

 

「私は……ただ、自分を見てくれる誰かと一緒にいたかっただけだんだ」

 

 暗い闇に亀裂が入った音がした。

 

「私は今まで一人だった。親もいない、友もいない。自分を大切に思ってくれる人もいない。だから教官は……あの人は特別だった。落第となった私を見捨てず、見放さず、ここまで成長させてくれた人だから」

 

 小さなヒビはしかし徐々に広がっていく。

 

「私の事を初めて見てくれた。褒めてくれた。よくやったと言ってくれたんだ……そんな言葉をかけてくれた者は誰もいなかった。だからあの人との時間は私にとって初めて訪れた幸福だった。だから強くなろうとした。強くなればそれだけあの人が褒めてくれると、自分を見てくれるのだと。だからあの人が自分の前からいなくなった時は悲しかった。どうして自分の前からいなくなったのか。私が弱くなったから? もう教官を務めるのが嫌になったから? それとも……自分の弟と一緒にいたいから? 分からなかった。だから私は織斑一夏を憎んだ」

 

 やがてヒビは蜘蛛の巣のごとく闇に伝っていった。

 

「ああそうだ。今考えれば、本当にどうしようもない程愚かで馬鹿な逆恨みだ。モンド・グロッソの事など本当はどうでもよかった。私はただあの人の家族であるということに羨んでいただけなんだ。そして傷つけた。織斑一夏だけじゃない。世良聖や他の多くの生徒にも迷惑をかけた。本当に……本当にダメな奴だ、私は」

 

 でも。

 

「それでも……あの人はまだ見捨ててなかった。自分を守ると言ってくれた。織斑一夏も世良聖も戦ってくれている。こんなどうしようもない、身勝手な愚か者のために。本当のことを言えば私がこれからどうしたいのか、定まっていない。けれどそれでももう殻に閉じこもることだけはしない。それは逃げだ。自分のために戦ってくれている者達に対しての侮蔑だ。だから私はもうここから出て行く。そして周りを見て、知って、触れていく。

 そして許されるのなら―――私は誰かと一緒に生きていたいと思う」

 

 次の瞬間、闇がガラスのように砕け散り、破片が小雨のように落ちていく。

 それは自らの世界の崩壊。今まで彼女が見てきた己自身が崩れていく様だった。

 ある種の訣別の言葉に、死神は不敵に笑みを浮かべた。

 

「―――それでいい。人とは決して、一人では生きていけない。誰かと共に励み、理解し、歩んでいく生き物だ。時には争いもするだろう。ぶつかり合うこともある。そういった不合理を繰り返しながら、それでも進んでいく。その姿にこそ輝きはあり、決して機械には真似できない代物だ。

 おめでとう、ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前は今、歴とした人しての道を歩み始めた。私はそれを心から祝福する」

 

 それはまぎれもなく祝いの言葉だった。

 不思議な感覚だった。目の前にいるのは死を撒き散らす死神。機械のような理屈主義者。そのはずなのに、まるで全てを悟ったかのような表情を浮かべていた。

 まるでこちらを導いているような気がするのは、どうしただろうか。

 

「しかし難儀なものだ。我々の国の子孫が、ここまで面倒な事になっているとは。これではおちおちしていられんな。今からでも対策を敷くべきか。私個人が口を出せる立場にはいないが、コネを使えばあるいは……っと、時間が来たようだな」

 

 ふと見るとクリームヒルトの身体足先から薄くなっていっていた。身体からも光の粒子のようなものが出ており、消えかかっていた。

 

「これは……」

「何、不思議がることではない。お前が強くあろうとした結果、私はここにいる。その願いが無くなれば消えるのは自明の理だろう?」

 

 クリームヒルトがラウラの身体を乗っ取れたのはいくつもの奇跡と偶然が重なった結果だ。そしてそれ故に脆い。例えば、ラウラが別のことを望めば簡単に消え去ってしまう程。

 だが、それはあくまでラウラが自分の想いに気づかなければ意味がない。逃避からの願望ではダメだった。

 しかし、彼女は今、己の在り方を振り返り、本当の願いを自覚した。

 それは小さな、けれども確固たるモノ。

 クリームヒルトはこれ以上ない結末を見て、納得した。

 

「あ、あの……」

「ん? どうした」

「お前……いいや、貴女は一体何者なんだ?」

 

 それが名前や所属に関してのものではないことは流石のクリームヒルトにも理解できた。

 だが、彼女は口元を緩め、言葉を紡ぐ。

 

「何、ただの通りすがりの死神さ」

 

 *

 

「――――、」

 

 その瞬間、僅かにクリームヒルトの動きがぶれた。

 そして、今まで死線を乗り越えてきた千冬はその刹那の狂いを見逃さない。

 

「っ、世良、一夏、奴の身体を封じろっ」

 

 応える間もなく、二人はクリームヒルトの身体に飛びつき、動きを封じる。本来なら一瞬にして吹き飛ばされるだろう。事実クリームヒルトは二人を引き剥がし、壁へと放り投げた。

 だが、その大きな隙が勝機となる。

 気づくと千冬は懐へ入り込み拳を振りかざしていた。だが、それに気づいたクリームヒルトは素早い反応で先に拳を突き出す。

 だが、千冬はそれを避け、拳の下へと潜り、そのまま相手の勢いを逆に利用しながら腕を掴む。その格好は正しく背負投のソレだった。

 

「っらあああああああああっ!!」

 

 雄叫びと共にクリームヒルトは身体を床に叩きつけられた。

 響き渡る轟音と崩れ割れる床。渾身の一擊はもはや人間の業からかけ離れており、故に大きな一擊だった。そんなものを受身も取らずに叩きつけられた死神は、ようやくその動きを止めたのだった。

 

「っ、づ、はぁ……はぁ……」

 

 千冬はその場に膝を折る。身体のあちこちから血を流し、息を切らせ痛みを感じながら……それでも千冬は生きていた。

 それが結果、勝敗は言うまでもない。

 

「勝った……のか?」

「……ええ、どうやらそうらしいわね」

 

 ボロボロな身体で千冬の傍までやってきた二人がそんなことをつぶやく。

 まるで現実感がない言葉だった。当然だろう。あれだけの化物を倒せたと突きつけられても納得していない、というべきだろうか。

 最後のクリームヒルトの動き。あの一瞬が全ての分かれ道だった。動きを止めたあの瞬間が勝因だったのだろう。

 何故止まったのか、何が起きたのか、正直なところ不明だ。

 しかし、とにかく乗り切ったのだ。あの死神相手に自分達は生き残った。

 安堵の息をつこうとする三人だったが。

 

「これは……参ったな」

 

 死神が苦笑を浮かべて口を開いた。

 

「まさか……ミズキと同じやり方をされるとは……全く、やられたよ、チフユ。お前は本当にミズキによく似ているよ。

 とはいえ、結果は認めなければな。私の負けで、お前達の勝ちだ」

 

 身体は動かないはずなのに、まるで健全な状態であるかのような口調でクリームヒルトは自らの負けを認めた。

 だが、それでも三人は未だその事実を受け止めていなかった。特に千冬は理解していた。あんなものはクリームヒルトの全力ではない。半分の力すら出していないはずだ。彼女は重い枷を持ってこの場に顕れ、自分達と戦った。その理由はわからないし、聞いたところで答えてくれないだろう。

 だからお前の勝ちだと言われても、笑みを浮かべることができなかった。

 

「―――しかし、ここまで似ているとなるとチフユ、お前相当面倒な性格をしているだろう? それは改めた方がいいぞ。人間関係もそうだが、男関係でロクな事にならないのは目に見えているからな」

「……まるで、見知ったような言い方だな」

「よく知っているさ。友人に同じような面倒な性格をしている者がいるからな」

 

 まるで世間話のような言葉に千冬は鼻を鳴らしながら答える。

 

「余計な世話だ……それより」

「心配するな。ラウラは無事だ。私が消えればこの場と共に全て元通りになる。お前達の傷もな。とはいえ、多少の痛みは残るだろうが、そこは我慢してくれ」

 

 と言いながらクリームヒルトは視線を移す。

 その先にいたのは―――。

 

「しかし、あの『仙人』程ではないにしろ、何とも面倒なことをしているものだ。しかも、何やら混ざった形で行っている。もしや壇狩摩の仕業か? それとも別の誰かか……どちらにしろ、質が悪い」

「? 何を、言って……」

「気にするな。今のお前達に言っても理解はできないだろう。私が言えることは、これで終わりではない、ということだけだ」

 

 それはつまりこういう事がこれからも起こるという宣言だった。

 その言葉に三人は顔を曇らせる。

 そんな三人を見ながらクリームヒルトは最後の言葉を告げた。

 

「さて……では私はここらで退場するとしよう。何、そう暗い顔をするな。お前達の先にあるのは絶望だけじゃない。希望があると信じて進めばいい。あの男の言葉を借りるようでむずがゆいが―――諦めなければ、いつかきっと夢は叶うのだから」

 

 言い終えると同時、三人の視界は光に包まれる。

 こうじて死神の試練は幕を閉じたのだった―――。

 




ここまで来るのに何と一年以上も費やすとは……難産とはこういうことをいうのでしょう。
というわけで、クリームヒルト戦これにて終了です。
クリームヒルト戦といいながら、ほとんど千冬とラウラの成長物語ですが。
言いたいことがある人もいるかもしれません。それは感想にてお願いします。
しかし、後悔はしてません。自分の書きたかったものはこれなのですから。

さて、クリームヒルト戦はここまでですが、後日談的なものを次回あげます。
それでは!!


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