銀魂 SF時代劇の彼方者 (メノウ)
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名前呼びは実行するまで時間がかかる
プロローグ


 飛行船が空を舞う。

 瓦の屋根の建物が建ち並び、着物を着た人々や異形の者が町を歩く。

 

 そして、目の前に建つ建物には「万事屋銀ちゃん」の看板。

 

 記憶が戻って10年くらい過ごしてきたが、いやはや長かったような短かったような。

 攘夷戦争終了後、気まぐれに(ソラ)へ足を踏み入れ、あちこちの惑星を右往左往。

 巨大エイリアンと勝負したりガチモンの「星砕(ほしくだき)」を発見してしまったりとまぁ波乱万丈な日々を3年ほど送ってきたがこれでは身体がもたんと一旦地球へ帰還。

 

 地球に戻ってからは仕事を引き受けながら日本中をふらふら、たまに海外進出。

 かぶき町に留まり始めたのは数ヶ月前だ。あるときは外、あるときは安宿に泊まり、そろそろ本気で不動産屋を探そうと決断したのが数分前。

 しかしこれが中々見つからない。ので、これをきっかけに、そろそろ万事屋さんに挨拶するかー、と思い立ってこの「万事屋銀ちゃん」の看板を見つけるまで30分。

 

 どうせすぐに見つかると思っていたのがいけなかった。

 2次元(アニメ)3次元(リアル)では見方が違うのだということを改めて痛感した。

 例えるならドラマなどでやっている戦闘シーンを見るのと現実で実際行う戦闘は全然違う、という感じだ。まぁ職業柄、この世界での戦闘も大分慣れたが。

 

 いや、しかし長い道のりだった。

 さてと依頼だ。常時金欠の万事屋さんには良いイベントだろう。

 別にそこらを歩いている人にでも訊けば済む話なのだが、どうせなら中心人物と関わりたいと思うのは、転生者なんてものであるが故か。

 

 

 階段を上がって、玄関前に立つ。

 やや緊張しながらインターホンのボタンを押すと中からメガネ風ツッコミ系男子の返事が聞こえる。なんとも不思議な感じ。

 

「どちら様ですかー」

 

「依頼人でーす」

 

「……え?」

 

 耳を疑っている。どうやら今は相当な金欠状態とみた。

 しかし構わず現実を突きつける。

 

「不動産屋の場所、教えてくれないかな」

 

 表情はもちろん営業スマイルで――何事も、第一印象が肝心なのだ。

 

 

 *

 

 

 転生してからかれこれ20年は経ったと思うが、幼少の頃の記憶が曖昧なもので年齢についてはまぁとりあえず成人はしている、というくらいの認識だ。

 これといったチート能力なし。

 おそらく特典的なものは原作知識の定着、くらいのものだろう。

 

「そ、粗茶です」

 

 女性に対する免疫が少ないぱっつぁんこと志村新八君、ガッチガチに緊張しておられる。

 たかが道を教えるだけでしょうに。私なんかにドギマギされてもこっちがやりにくい。

 

「君一人なの?」

 

「あぁえっと……他にも二人いるんですけど、生憎今は買出し中でして……すみません」

 

 なるほど、今の時間は物語の幕間、つまり日常風景的な位置にあるのか。

 確かにアニメでも原作でも万事屋の丸一日、細かく全部を描くことはない。これこそ間近で、現実で見られる、転生のメリットといったところか。

 

「じゃあ、早速依頼なんだけど。不動産屋さんの場所教えてください」

 

「は、はいっ」

 

 ばさっと机に地図が開かれる。

 新八の説明を聞き、とりあえずここから一番近く、評判の良い不動産屋を紹介してもらった。

 ……物事が滞りなく進んでいる。いや、問題児達がいないとこんなにも平和なんだなぁ。

 

「ありがとう。これ報酬ね」

 

「いえ、単に道を教えただけですし……」

 

 無視してとりあえず机に適当な量の札束を置く。

 それを見て一瞬固まるメガネことぱっつぁん。

 

「え、ちょ……っ」

 

「ありがとなー親切なメガネくーん」

 

「いやいやいやいや、ちょ、こんなに受け取れませんって! ただ道教えただけですよ!?」

 

 騒ぐ新八を置いて玄関、靴を履いて外に出る。

 

「遠慮すんなって。リーダーさんによろしくね」

 

「いやでも、」

 

 ったく、人の親切は素直に受け取れってのに。

 これなら家賃5ヶ月分は返せるし、それをしなくても少しは食費の足しになるだろう。

 このまま付いてこられても困るので「じゃあなー」と、手すりから飛び降りる。

 

「ちょっと!?」

 

 足に負担がかからないよう地面に着地し、後ろは振り返らず、ただ手をヒラヒラさせて教えて貰った通りに道を歩き出す。

 するとそのとき、聞き覚えのある二つの声が後ろから聞こえてきた。

 

 

『だからってなぁ、酢昆布買いすぎだろ。もう2、3袋減らせばあと一つ何か買えたってのによー』

 

『銀ちゃんはいつもいちご牛乳しか買わないアル。それなら酢昆布買ったほうがまだマシネ』

 

『マシって何だ? 一体どういう基準でものを言ってるんだコイツはぁ?

 ――って、何だ新八。そんなところで何して、』

 

『あ!? オイ新八、その金どうしたアルか!?』

 

『いや、これは、えっと……』

 

『おいぃ!? 何だその大金!? どっから盗ってきたァ!!?』

 

『ち、違います! ちゃんとこれは依頼の、道案内の報酬で……!』

 

『たかが道案内でこんな大金が手に入ったら苦労しねーわアアァ!!』

 

 

 どんがらがっしゃーん、と何か色々物が壊れるような音が聞こえたが無視する。

 犬の鳴き声が聞こえないところからすると、まだペットは飼っていないらしい。

 

 

「さってと」

 

 

 本日も青天なり。

 

 まずは――――住民登録用の名前でも考えるか。

 



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遭遇

 新聞には『またも狙われた大使館』と爆破事件についての記事が載っている。

 ということは、今は原作やアニメでいう第5話ら辺の時間軸になるのか。

 どうにか偶然にも、都合よく介入できないかと思考を巡らせつつ、何の銘も彫られていない木刀を腰に下げて街を歩いていると例の一行を目撃――そして同時に見つかった。

 

「あぁっ! 道案内の人!」

 

 そう聞こえたのはメガネをかけた人間ことぱっつぁんの声。

 振り返ると、慌てた様子で此方に駆け寄ってくる。どうやら運命は私の策略に味方してくれたらしい。

 だが、まさか本当に数日経たないうちに再会できるとは……あれ、爆破事件云々の話はどうなったのだろうか?

 

「なんだ、知り合いか?」

 

 口を開いたのはこの世界の主人公、坂田銀時。

 実際近くで見ると案外身長が高く、若干私が仰ぐ形となる。なんか新鮮。

 

「知り合いも何も、この前道案内だけであれだけの大金ポンと置いてった人ですよ! あれのおかげで僕等、今日まで白飯食べていけてるんですからね!」

 

 何っ、と声を上げる銀さん。

 しばしじーっと目を細めてこちらを見つめた後――

 

 

「……いやいやそんなわけねぇだろ。そう都合よくまた会えるなんてどんな確率だ?」

 

「そうヨ。幻覚でも見てんじゃねぇのか新八ィ」

 

「い、いやだって! 本当にそっくりだし……相手もこっち見てるし!!」

 

 ……どうやら無駄な期待はしないらしい。

 まぁ確かに、ばったり街中でホイホイ金くれる人に会えるなんて偶然もいいところだ。

 というか、別に私は何の意味もなく大金置いてったわけじゃない。

 依頼の報酬という意味もあるが、「主要人物に会えた記念」「印象を残しておくフラグ建築の材料」――まぁ、8割ほど後者のためである。

 

 しかし、このままスルーされては水の泡。

 そろそろ新八に助け舟を出してやることにする。

 

 

「あれ、この前の親切なメガネ君? 万事屋の」

 

 

 言った瞬間、ザッ! と姿勢を整えスッと頭を下げる銀さんと神楽ちゃん。

 

「お初にお目にかかります。万事屋、坂田銀時と申します」

 

「同じく万事屋・神楽アル。して、このたびはどのようなご依頼でしょうアルか、ブルジョワ殿」

 

 ……完全に金目当てなのがバレバレだった。

 どんな挨拶だよ、態度変わりすぎだろ。

 

「いや、別に依頼じゃないっていうか……単に偶然会っただけっていうか……」

 

「なら面会料10万はいかがでしょう? このメガネ、かなりしたんですよ?」

 

「ただのメガネだよ! 面会料ってなに、いつからそんなボッタクリビジネス始めたんですか!!」

 

 突っ込む新八。

 目の前で本物の万事屋コントが行われていることに歓喜するも、表には出さない。

 チッ、と舌打ちする銀さんと神楽ちゃん。

 これが主人公とヒロインか……なんか、改めて思うとすごいな。

 

「……何処か行くの?」

 

 目的も目的地も知っているが、とりあえず訊いておく。

 

「あ、はい。ちょっと届け物を……」

 

 へぇ、頑張ってね、と言って立ち去ろうとする。

 折角会えたが、親交を深めるのはまた別の機会にしよう。なんか居づらいし、金目当てな会話が最初だったというのもなんか嫌だ。

 しかし次の瞬間ガッと強い力で腕を掴まれる……神楽ちゃんだ。

 

「逃がすか金ヅル! まだ面会料貰ってないネ!!」

 

「ちょ、神楽ちゃん! そんな意地汚い……」

 

 金ヅルて……もう隠す気ないな。

 つーか面会料ってどれだけ払えばいいの。酢昆布1年分で許してくれるか?

 ……けど、どうせ払えないような状況になるんだから、ここらでもう少し踏み込んでおくか。

 ついでだ、上手くいけば攘夷派や真選組の中心メンバーとも面識を持てるかもしれない。

 

「……分かった。んじゃあ、金に見合うくらいの時間、付き添ってやります……」

 

「ヨッシャ! なんか上から目線なのが気に入らないけど大金ゲットネ!!」

 

「えぇ……いいんですか? ねぇちょっと、銀さん」

 

「んじゃあ面会料と出張料、合わせて300万でどうだ」

 

 アンタもかい! と新八。

 300万って……ケタ一つ二つ多くないか。つーかこれ一応初対面だったような気がするのだけれど。

 

「ハハハ、ボッタくるならもう少し恩を売ってからにしろよ天パ男。ま、ストレートになったら考えてやらないこともないけどな」

 

「あぁん!? 天然パーマ馬鹿にしてんじゃねぇぞこのアマ! 全国の天パに謝れコノヤロー!!」

 

 とかいいつつ手は頭の上。

 いや無理だから。どれだけ手で髪をとかしてもそう簡単にストレートにはなれないから。世界の強制力的に。

 ……てかどんだけ金に執着してんだ主人公。

 

 

 *

 

 

 目の前には戌威星(いぬいせい)の大使館。

 戌威族というのは地球に最初にやってきた天人のことである。

 別にいちいち覚えている必要はないと思うが、なぜか私の頭にはこういった『この世界』の知識が定着しているらしい。

 登場人物の過去なんかはあやふやだが、大体のストーリーは入っている。いわば未来人もどきみたいなものだ。原作という記録(・・)から情報を掠め取っている。

 

「嫌なとこ来ちゃったなオイ」

 

 そう銀さんが言うと、後ろから噂の戌威族さんがやってきた。

 ……門のところに爆弾魔がいるが、ちらりと視界の隅に入れる程度にしておく。何か察されても面倒だ。

 

「届けモンが来るなんて話、聞いてねーな。最近はただでさえ爆弾事件警戒して、厳戒態勢なんだ。帰れ」

 

「ドッグフードかもしんねーぞ。貰っとけって」

 

「そんなもん、食うか!」

 

 門番が荷物をはたく。

 上に舞い上がった荷物という名の爆弾は、予想通り門の高さを越え、重量に従って地面に着地――した途端、爽快な爆音をたてた。

 地面が抉れる。門が吹っ飛ぶ。煙が上がる。呆然と立ちすくむ万事屋3人組。

 私も立っていると監視カメラに映る可能性があるので、サッとしゃがんで回避する。後ろ姿が映ってしまっているかもしれないが、まぁ警察の方には既にコネを作ってあるので、いざという時は問題ない。

 

「なんかよく分かんねーけど……するべきことはよく分かるよ……逃げろォォ!!」

 

 そんな銀さんの叫びと共にバッと走り出す万事屋。

 ガブッと口を服の袖に噛み付かんかとばかりに口を開けてくる神楽ちゃんを避け、振り向くと後ろの三人はやはり手を掴み合って動けなくなっていた。

 

「あああ! ずるいぞブルジョワー!!」

 

 一緒に道連れにしようとした奴がいう台詞ではない。

 

「あ、なんかいっぱい来た」

 

 淡々とした口調でそう述べると、もうダメだとでも言わんばかりに取り乱す新八。

 すると視界の隅にいた人影が立ち上がり、跳躍して次々に戌威族達を踏み倒していく。

 

 

「逃げるぞ、銀時」

 

 

 ストレートの黒い長髪。

 坊さんの格好をした爆弾魔――及び、狂乱の貴公子こと桂小太郎。

 ヅラだのなんだのというテンプレ通りのやりとりをし、銀さんにアッパーカットを入れる。

 

「つーかお前、なんでこんなところに……」

 

「話は後だ、銀時!」

 

 逃走。

 無論、私もこのまま捕まったら面倒なのでついていく。

 ……思っていたよりも足が速いぞ、戌威族。

 

 

 *

 

 

 テレビには先ほどまでいた大使館が映っている。

 監視カメラの犯人にはやはり万事屋のみ。しゃがんでおいて正解だった。

 姉上に殺される……と怯える新八、実家に電話しなきゃと言う神楽ちゃん。

 銀さんに至っては完全に寝転んでくつろいでいた。余裕があるというべきか、楽観的だというべきか。

 

 新八が桂さんについて銀さんに尋ねる。

 帰ってきた返答はやはり「爆弾魔(テロリスト)」。まぁ、今の所そういうほかないだろう。

 

「そんな言い方はよせ、銀時」

 

 タイミングよく入ってきたのは後ろに数名の仲間を引き連れた桂小太郎ことヅラ。

 攘夷志士――だが、今の桂さん達はまだ穏便派じゃない。数分後にはそのきっかけとなる名場面が来るんだけども。

 

「……銀時。この腐った国を立て直すため、再び俺と共に剣をとらんか。白夜叉と恐れられたお前の力、再び貸してくれ」

 

 白夜叉。

 確かに昔、町の噂で聞いた事があった。そういうの聞くと、改めて「銀魂」の世界に来たんだなぁというのを実感する。遠くからちらりと見かけたこともあったが、結局当時の銀さんと話すことはなかった。

 ……そしてなんだか話は姑だのモテないのは天然パーマのせいだのと脱線していっていた。とりあえずそこは新八の突っ込みが入って軌道修正されたのだけれど。

 

「天人を掃討しこの腐った国を立て直す。我ら生き残った者が死んでいった奴等にしてやれるのはそれぐらいだろう」

 

 桂さん達の次の攘夷標的はターミナルとのこと。

 いやー、あれぶっ壊したら相っ当面倒な事態になりかねない。警察組と全面戦争、なんて展開だって真面目にありえる。

 ……おっと、なんだか足音が聞こえてきた。やっとおでましか。

 

 

「御用改めである! 神妙にしろ爆弾魔共!!」

 

 

 戸が蹴破られ、入ってきたのは黒ずくめの制服が特徴の真選組。

 あっという間にその場は攘夷志士達と真選組の戦闘が始まり混乱状態になる。

 すかさず銀さん率いる万事屋(と桂)も戸を蹴破って部屋から脱出。なんだかんだ私もついていき、イベント回避のため銀さん達を追い越していく。

 

「うわ! 意外と足速いアルなブルジョワー!!」

 

「まーな」

 

 そんなやりとりをしながら走っていると後ろで剣戟の音が聞こえ、後に爆音がした。

 銀さんと副長との戦闘中、そこにバズーカでも打ち込まれたのだろう。容赦ないなサディスト。

 

 

 

 

 外からは副長さんの声が聞こえてくる。

 一方、なんとか合流した銀さんはさっきの爆発の影響で髪がアフロと化し、桂さんは懐から時限爆弾を取り出した。

 爆弾を真選組におみまいしている間に逃げるつもりらしい。流石は逃げの小太郎、手段を選ばない。

 

 しかしその胸倉を掴み、桂さんを説得しようとする銀さん。

 自分は自分の武士道を貫く――うん、ここがきっかけの場面か。

 ところで神楽ちゃん、爆弾は無闇にいじるモンじゃないぞ。あ、そこスイッチ。

 ……そろそろこの事件も終盤か。

 

 万事屋が飛び出す。

 真選組が部屋から離れていくのを見計らって桂一派も逃げ出していく。

 動こうとしない私を疑問に思ったのか、桂さんが尋ねてきた。

 

「……? おい、逃げないのか」

 

「いや別に私、監視カメラにも映ってないし証拠不十分で多分釈放されるから捕まっても大丈夫です。どうぞお気になさらず」

 

「……そうか。名は、なんという」

 

 名前か……この前、住所登録用の偽名を考えたばかりだが……

 いや、別にここはなんでもいっか。

 

「ブルジョワ」

 

「うむ、巻き込んですまなかったなブルジョワ殿。侘びはこの『んまい棒』で手を打ってはもらえないだろうか」

 

「いらねぇよ。つかこれ賞味期限切れてんじゃん」

 

 ていうか煙幕兼非常食の切り札とかじゃなかったっけ? 賞味期限切れてるからくれるのこれ? 

 さらば! と言って部屋を出て行く桂さん。状況も状況だが全く以って人の話を聞こうとしない。

 そして建物の外で先の時限爆弾が作動したのであろう爆音。まともにくらったら確実に死ぬ感じの威力だ。銀さんやっぱすごいな。

 

 ちなみに、んまい棒の味はチョコレートだった。賞味期限切れてるけど、まぁいいか。

 食べながらお目当てが来るまでゆっくりテレビでも見ていようと思った矢先。

 

 カチャリと首筋に刃が当てられる。

 うーん、予想より早かった。

 

 

「動くな。事情聴取で来てもらう」

 

「土方さん早くしないとドラマの再放送始まっちまいやす」

 

 



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用心棒

「氏名、絶条(ぜつじょう)ソラ。年齢、42歳。生年月日は平成18年4月4日。職業は『用心棒』やってまーす」

 

「フザけてんのかテメェ! 外見と年齢が合ってねぇ上に元号がおかしいじゃねーか!! つか"ヘイセイ"ってなんだ、聞いたことねぇぞ!?」

 

「あ、間違えた。それ約150年後辺りのやつだったわ、ごめんごめん」

 

「150年て何だ! どこからきた!?」

 

「ところで名前が偽名だということはもうお見通しですね?」

 

「どこまでボケ倒せば気が済むんだテメェは!!」

 

 マトモなのが日付しかねーぞ!

 と、目の前で突っ込みまくっているのは真選組、鬼の副長でおなじみの土方十四郎。

 ちなみに今言った生年月日はアニメ銀魂が放送された日なのである。ここテストに出るぞ。

 

 絶条ソラ。全部を漢字で書くと絶条空。偽名。

 絶望の「絶」に条件の「条」、と書いて絶条。もちろん思いつきである。他にもう少し良いのはなかったのか、私の頭。

 ソラ、というのはゴリラ原作者様から頂きました。安直。

 

「なぁなぁ、さっきから気になってたんだけどなにコレ? 食べ物?」

 

 この取調べ室に入り、お前は桂の仲間かという質問を受けた時から机に用意されたのはこれでもかというくらいにぶっかけられたマヨネーズ。下はカツ丼か?

 実際に見てみるとインパクトが凄い。すぐに食べようとは到底思えない代物だ。

 

「土方スペシャルだ。ありがたく食え」

 

「なるほどヘビースモーカーの上にマヨラーか。随分とキャラが立ってるね」

 

「うるせェこちとらドラマの再放送が特番に緊急変更されてただでさえイラついてんだ。言動には注意しろよ、ぶった斬るぞ」

 

「うわー、怖い。本当に警察か? 瞳孔が開いてんぞ、多串くん」

 

 誰が多串くんだ! と椅子から立ち上がり刀に手をかける土方さん。

 しかし私が土方スペシャルならぬ犬のエサに手をつけると、どこか関心したようにスッと戻る。

 

「微妙に普通。そしてマズイ」

 

「どれだよ! っつーか日本語おかしいぞ!!」

 

 なんだか延々とマヨネーズの味がして飽きる。

 これはカツか? とするとこの細かいのは米か。もう少しマヨの量減らしたらどうなんだ鬼の副長。

 

「……で、結局どこの誰なんだお前。(さと)は? 出身地はどこだ」

 

「東京。嘘、スカンディナヴィア」

 

「斬る」

 

「待ってくだせェ土方さん」

 

 割ってきたのは資料らしき紙束と携帯電話を持った沖田総悟。

 第三者がやってきてくれたおかげか、あぁ? と土方さんの動きが止まる。

 ……やれやれ、ようやく来たか。

 

「そこの女はつい最近、かぶき町に住み着き始めた新入り。けどその前から『用心棒』と称して金稼ぎしてたらしいですぜィ」

 

「それが何だ」

 

「その仕事……どうやらお偉いさんの方にも依頼されたことがあるらしく――」

 

『斬ったら首ィ飛ばす』

 

 最後は電話からの声。

 松平片栗虎。破壊神の異名を持ち、幕府の治安組織を束ねる警察庁長官。

 意外な人物だったからか、土方さんからとっつァん!? と声が上がる。

 

『手ェ出すんじゃねーぞトシ。そいつは俺の手駒だ。使い勝手が良過ぎて俺に散々金巻き上げさせた(・・・)凄腕のカツアゲ犯だ』

 

「ちょっと言い方」

 

 カツアゲじゃないからな。ていうかアンタにカツアゲなんかしたら殺されるわ。

 きちんと依頼こなして手に入れてますからね私。

 

『それと攘夷志士でもねえ、白だ。解放してやれ』

 

「……、」

 

 本当か? と疑いの眼差しを向けてくる土方さん。

 が、空になった土方スペシャルの器を見せると納得したように頷いた。まさか仲間認定か? 一体どこまでマヨネーズ主義者なんだこの人は。

 

「すげぇや……アンタも味覚がおかしいタチですかィ?」

 

 さらりと失礼なことを言う。

 

「食えるもんなら、食っとかないと損だろ」

 

 味はビミョーだけど、という言葉は呑み込んでおく。

 下手をしたら今度こそ斬りかかられるかもしれない。

 

「……じゃ、疑いも晴れたことだし、取り溜めしてたドラマ見たいんで帰りまーす。それと長官殿、この前の分ちゃんと振り込みました?」

 

『おうよ、報酬はきっちり。また頼むぜぃ』

 

 そこで通信は途切れ、後はツーツーという音。

 ……いやはや、コネを作っておいて正解だった。報酬も振り込まれたみたいだし、これでまた安定した生活を続けられるだろう。

 

 

 *

 

 

 二度と来んな、という台詞を貰って屯所を出る。

 言われなくても来たくねー。土方スペシャルなんて人生で一回食べればたくさんだ。

 特に行くアテもなく、今日も今日とて青い空の下を歩き出す。

 

 ……さて、何をしようか。

 あの爆弾事件が終わり、取調べを受けてから一日半。

 肝心の主要人物、万事屋一行はあともう一日半待たないと取調べ室から出てこないだろうし、いずれにせよ出てきたら出てきたらで即行、寺門通ちゃんのライブに行くことになるし。

 定春はまだ来ないし。

 長谷川さんはまだマダオじゃないし。

 

 あーあ、イベント始まるまでの待機時間って本っ当に暇だな。

 

 

 □

 

 

 

 

「オ~イ、そこの嬢ちゃん。金に困ってねぇか。ちょっとオジさんの頼みごと、聞いてくんないかなぁ?」

 

 

 顔を上げると片手に拳銃を持ち、サングラスをかけたいかにも「ヤ」のつきそうな人が立っていた。

 しかしその服装はまごうことなき特殊警察部隊・真選組の制服。

 よくよく見るとその背後には真っ黒で高級そうな車が停めてあった。中に誰かいるらしいが、顔は暗くてよく分からない。

 

 

 ……地球に帰ってきて約5年。

 目立つと分かっていてもフードつきのマントを着て顔が見えないようにしているのは、宇宙を旅していた時の名残だ。

 とりあえず馴染みある祖国をぶらぶらし、昔のように借金取りに追われているだとか暴力団に目ェつけられているだとか、とにかくそういうワケありの人間を探し出して自分を雇わせる。

 もちろんそんな連中に金なぞ期待できないので代わりに生きていくため、必要最低限の食料を報酬として受け取る日々を送っていた。

 人間、金はなくても水と食料があれば生きていける。人としては色々問題があるだろうけど。

 

 かぶき町にやってきたのはほんの気まぐれ。 

 まだ原作が始まるまで2年はあると分かっていても、ほんの少し覗いてみたかっただけだ。この鉄の街を。

 

 丁度良い公園を見つけ、雨風がしのげる遊具に入って野宿生活。

 朝になって、近所の子供らが遊びに来る前にさっさと次の野宿場所を探す。

 一般人はおろかヤンキーさえも近寄ることのない、ぽっかりと空いた空き地を見つけ出し、空腹はこの間報酬で貰った食料を小分けにして少しずつ消費することで誤魔化し、今日もどうにか生き延びる。

 

 

 そんな折に見つかった。

 日が沈み、辺りが薄暗くなってきた頃のこと。

 ……私の姿を見ても、早々近寄るどころか話しかける奴さえいないと思っていたのだが。

 

 ――だが、しかし。

 

 私は目の前――正確には1、2メートルほど離れている場所――に立っている人物を()っている。

 何よりの確証、今こめかみを銃弾が掠めていった。唐突かよ。

 

「ねぇちょっと聞いてる? 無視するなんてひどいなぁ~」

 

「用は」

 

 私が口を開いたのに驚いたのか、それとも声が女だったのが意外だったのか――どちらにせよ、そこでその人、松平片栗虎は銃を下ろした。

 

「……お前さん、最近耳に聞く『用心棒』ってやつだろ? 相当腕が良いって話じゃねぇか。少し興味が湧いてな、わざわざウチの部下使って調べ回させたところ、ここにいるって聞いてオジさん会いに来ちまったってワケよ」

 

「用は」

 

「急かすなよ。別に急がなくちゃいけねぇ理由なんてないだろ? ……なに、報酬は弾むさ。何せこの国のトップなんだからぁな」

 

 この国のトップ――てことは。

 

 松平の背後の車の後ろ扉が開かれる。

 今まで車の座席に座っていたのは。

 そしてそこから出てきたのは。

 

 

「征夷大将軍、徳川茂々。そちが腕の良い『ようじんぼう』、という者か」

 

 

 将軍かよオオオオオオオオ!!!!!!

 

 ……などとという、お決まりの台詞を胸の内で叫び散らす。

 いやぁ、大体の予想はできていましたが。

 松平とセットになる人なんてかなり限られてくる。そしてあの高級感溢れる漆黒の車。

 つーか将軍。アンタ用心棒くらい漢字変換して言え。言い慣れてないと思うけど、なんか馬鹿みたいに見えるから!

 

「………………用、は」

 

 色々な感情を押し殺した声で言う。

 正直ここで叫んで一気にギャグ空間を展開させたいけれども、ここまで平静を保ってきた態度はあまり崩したくない。

 

「だからよぉ、『用心棒』になってくれや。成功した暁にゃぁ……弾むぜ?」

 

 クルッと輪を作ってみせる松平。大人って汚い。いや私も一応成人はしているのだろうけど。

 

「――――、」

 

 しかし。しかし、だ。

 私は別に金というものは好きっちゃ好きだがそう執着はしていない。

 「お金」、という物自体は好き。ただしその意味はあまり求めていない。

 どれだけ大金があろうとなかろうと、水だけあれば人間という生物は一週間は生き延びられるのだ。……そんな生活は地獄だが。

 

 ――だが、まぁ、金があれば生活は安定する。

 いちいち野宿場所を探さなくとも金があれば宿にも泊まれる。

 食料や水だってそうだ。金があれば好きなときに食べられる。

 つまりは生存率アップ。毒でも盛られない限り死ぬことはないだろう。

 そんな、合理的思考の後。

 

 

「――……引き受けた」

 

 

 私は基本、金より自分の命を優先する。

 誰を護ろうが護るまいが、それも全て自分のために行っていることであり、いつでもどこでも生存本能全開なのだ。

 

 

 □

 

 

 小腹が空いたのであんぱんを食らう。

 うまい。土方スペシャルを食ったあとだと数千倍うまく感じる。

 

 ……松平さんの依頼は、あれからふっと思い出したようにやってきた。

 大抵は将軍のお忍び時の護衛役。

 基本、将軍も変装しているからか狙われることも少ないが、ある時は本当にある。

 私は将軍に傷がつかない程度に火の粉を払い、犯人は警察の方に丸投げ。たったそれだけでも、フツーに1年2年は遊んでくらせそうな金がざくざく入ってきた。

 

 だからといって、別に住みかを高級マンションにしているわけじゃない。

 基本節約派なので数日前に住み着いた家も家賃は結構低い方だ。ちなみに2LDK。

 

「暇だなー」

 

 イベントはまだ始まらない。

 ともあれそれが、一番平和なことなのかもしれないが。 

 

 

 



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原作

「ワン」

 

 目を開けるとそこには白い何かがいた。

 犬と思われる息継ぎの音。しかし、犬にしてはデカすぎる。

 

「……あー?」

 

 白い。白くて、デカい。犬。

 まさか――

 

「定春メーッ! そいつは食べちゃダメアル、都合の良い金ヅ……ぶ、ブルジョワ様ネ!!」

 

 今絶対に金ヅルって言いかけた。つかもう前に一回堂々と言われたことあるからもういいよ。

 はなれてー! とグイグイと私から定春を引き離そうとする神楽ちゃん。

 最初は一体何の寝起きドッキリかと思ったが、なるほど今日は……いや、今日()定春回か。

 

 眠気が残り、未だ重く感じる身体を動かして定春の背後を見てみると、そこには地面に這いつくばった銀さんと仰向けに倒れている新八の姿。

 そういえば昼間、公園に来たときからの記憶がない。

 ベンチに座ってあんぱん食べて……そのまま寝オチか。

 幸い、掏りには遭ってなかったらしく、財布の中身は無事だった。

 

 

 例の爆弾事件から数日。

 その間、結構「イベント」とやらは起きたらしいが、私はほとんどそれには関わることはしなかった。

 しいて挙げるなら、夕暮れの橋下でボッキリ刃の部分が折れた「洞爺湖」と刻まれた木刀を発見したくらい。

 妖刀の紛い物とはいえ、もう少し丁寧に扱ったらどうなんだ主人公。

 

 

「アン!!」

 

 うぉぅ、こんな近距離で吼えないでくれ定春。耳がキーンとくる。

 

「あの、万事屋さ……えー、坂田さん? この犬どうしたんですかー」

 

「あぁ……いやちょっと飼い主探しをだな……」

 

 蚊の鳴くような声だった。

 ここまで銀さんを消耗させるとは、やるな定春。

 

「定春はどこにもやらないアルよ銀ちゃん!!」

 

「だから……それは無理だと一体何度……」

 

 ぐふっ、と今度こそ力尽きる銀さん。

 あれ、ベンチも壊れてないのになんで銀さん達が倒れてるんだ?

 

「やっぱり金の匂いアルな……公園に来て真っ先にブルジョワんトコ行ったアル。ほら、早く金渡せよブルジョワー」

 

「渡さねーよ。っつーかブルジョワブルジョワ言ってたらなんでも許されるとでも思ってんのかチャイナ娘」

 

 金欠生活がヒロインをここまで金に執着させるように仕立て上げたのか……万事屋って本当にギリギリやってるんだな……

 そのとき、ぐわっと定春が口を開けた。

 いかん、食われる。

 

「待て」

 

 ピタッと髪の毛先が口に触れる直前で止まる。

 ダメ元でやってみたが、少し威圧して言うといけるらしい。

 

「さ、定春?」

 

 困惑した声の神楽ちゃん。

 その理由は、定春が今まで他人の言うことを聞いていなかった、というのが大きいだろう。

 はっはー、もしかしたらこれいけるんじゃね?

 

「お手」

 

 スッと右手を乗っける定春。肉球がいい。

 

「おすわり」

 

 ズシン、と重量を感じさせる音と共に地面に座る定春。

 そこで、とりあえずもう一度待てと言っておく。

 

「なかなか賢いじゃねーか。犬種なに?」

 

「そ、そんな……定春が……」

 

 ガーンとショックを受けた効果音が聞こえてきそうにふらっと後ろへ下がる神楽ちゃん。

 ……やりすぎただろうか。しかしこの犬、案外言うこと聞いてくれる。一体何が原因なんだろうか。

 

「……やっぱり金アルか。流石はブルジョワ殿!」

 

 ザッと膝をつく。え、なにこれ。

 つかどんだけ金に正直なんだよ。

 

「お、オイ……定春に留まらず神楽もしつけてんじゃねー……天才かぁー……」

 

 やはり力なく掠れるような声の銀さん。意識が戻ったのか。

 

「やっぱすげーっすよこの人……お金なんですかねー……僕等には持っていないものを持っていらっしゃる……」

 

 続いて新八。生きてたのか。

 

「馬鹿言ってんじゃねーよ……所詮は金だろ? 金で何でも買えると思ったら大間違いだぜコノヤロー……」

 

「けど実際猛獣2体をしつけちゃってんじゃないですか……定春、この人に引き取ってもらえれば……」

 

「て、オイ。流石にこんなデカい犬、ペット可能なマンションでもアパートでも絶対苦情くるぞ。それにエサ代ハンパねーじゃねーか。責任持ってお前等が飼えー、そうしなかったから今そんな状態なんだろ」

 

 正論……と呟く新八にぐぅ……と唸る銀さん。

 いい加減認めてやれ。ま、どっちにしろ認めることになるんだけど。

 

「そうアル! こんなにかわいいのに、放っとくなんてできないアル!! 定春、こっち来るアルよ~!」

 

 ……そして、原作通りの神楽ちゃんと定春による追いかけっこが始まった。

 復活した銀さんと新八が隣りに座る。ありゃ、これじゃ神楽ちゃんの席がないぞ。いや私のせいか。

 

「僕らにはなんで懐かないんだろうか新八君」

 

「なんとか捨てようとしているのが野生のカンで分かるんですよ銀さん」

 

 原作通りのやりとりである。

 さて、早く離れないと巻き添えをくらう。とっとと行くか。

 

「あ、ブルジョワさん……じゃなくて、名前なんでしたっけ?」

 

 新八の問いかけに足が止まる。

 そういやまだ万事屋には名前……もとい偽名を言ってなかった。

 

「絶条ソラ。もう金ヅル呼ばわりはやめてくれよ万事屋さん」

 

「ゼツジョウ? 随分変わった苗字してんのなアンタ」

 

「偽名だからな」

 

 悪びれずそう言うと公園を後にする。

 ベンチが壊れるような音が聞こえたが、気のせいではないだろう。

 

 

 *

 

 

「あ」

 

 黒服の2人組を発見。

 うち片方は瞳孔が開いている多串君である。

 さらにもう片方は――なぜか首輪らしきものを持っていた。

 いやなぜかも何も、理由は知ってるんだけどさ。

 

「お、この前の用心棒さんじゃないですかィ。丁度よかった」

 

「……何がだよ。その首輪なに」

 

「ただの来日したどこぞのお偉いの顔色伺いのためでさァ。さっ、語尾は『ワン』ですぜ」

 

 ナチュラルに首輪を差し出して来る沖田の頭部にゴッ、と拳が入る。多串君こと土方さんだ。

 

「何してんだテメェは! 誰彼構わず首輪つけようとするんじゃねぇよ!」

 

「だから適当なものを見繕えば格好はつきまさァ。土方さんが断ったからこちらの絶条さんに――」

 

「いや、私そういう趣味ないんで」

 

 ピシッと丁重にお断りするとえー、という子供のような声を上げる沖田。

 なんでそんなに残念そうなんだよ、どんだけ首輪つけたいんだよ。

 

「どうしますか土方さん。さっきの犬も結局引き取れなかったし、あとはもう土方さんしかいねェですぜ?」

 

「何で俺なんだよ。やらねぇからな!?」

 

 犬……というのは定春か。

 原作通りに事は進んでいるらしい。

 今頃はバ……ハタ王子の車と定春が事故ってるところだろうか。

 

「付き合わせて悪かったな。オイ、行くぞ総悟」

 

 舌打ちをして土方さんの後をついていくサド王子。なんだあいつ怖い。

 

 

 *

 

 

 夕暮れ時。

 何か暇を潰せるものはないものかと万事屋の近くを通る。

 ……しかし、まだ帰ってきていないのか、それともイベントが終わって今日はもう特に何もなしの平和な日なのか、万事屋からは人の気配を感じない。

 

 諦めて帰るか、と(きびす)を返したところで、

 

「アンッ!」

 

「ぐふォッ」

 

 ドスッ、と背中からもふもふした重い何かが()し掛かる――定春だ。

 そこでガァッと頭部付近で口が開かれるのを察知し――――

 

()()

 

「…………クゥン」

 

 あ、しまった、と慌てて殺気をそっと収める。

 敵意も殺気もなく、ただ無垢な感情で突撃してくる動物の気配は感じ取りにくい。……もしかすると、定春は動物本能的に、私の本質を見抜いていたのかもしれない。

 

 動きを止めた定春の懐から抜け出し、できだけ優しく頭をなでる。

 世の中、強ければいいというものではない。私自身、別に他人を無闇に怖がらせたいわけではないし。

 

「定春~!! どうしたアルか、突然走り出して――あぁっブルジョ」

 

「絶条ソラだ。その呼び方やめろ」

 

 正直周囲の視線が痛い。

 ……そして、今がイベント終了の時間帯か。定春は無事、万事屋のマスコットキャラクターとして加入することができたようだ。やっと主要メンバーが揃ったな。

 

「コイツを飼う許可は貰ったのか?」

 

 確認のため、一応尋ねる。

 

「おうヨ! 銀ちゃんもとうとう観念したネ!!」

 

 ――きちんと話は進んだらしい。

 バカ皇子にとっては災難極まりなかっただろうが。

 

 

「あれ、お前……」

 

 

 そのとき、現れたのはやはりボロボロな銀さん。

 しかしその隣りに新八の姿はない。

 

「ん? 坂田さん、ツッコミ役はどうしたんです?」

 

「あぁ、車にはねられて足の骨折れたから今は病院だ。とりあえず家にあるいちご牛乳持って行けばなんとかなる」

 

 ならねぇよ。銀さんや神楽ちゃんが頑丈すぎるだけである。

 

「いでっ!」

 

 なにやら左手からガリッと嫌な音がし、激痛が襲う。

 ……やめようか定春くん。骨折れてない? これ大丈夫?

 引き抜いてみると案の定、血が流れていた。というか手が真っ赤だった。

 

 やはり純粋な、「遊びたい」という感情には反応できない。動物の思考回路も分かる筈がなく、こういう突発的な行動は回避しづらい。

 

「お、お前な……」

 

 もう一回殺気出してもいんだぞ、と一瞬思うが、ここではやめておいた方がいい。戦場を駆けていた銀さんは、とびきり()()()()()()には敏感だろうし。

 

「だ、大丈夫アルかソラ!? 血ィ出てるアルよ!」

 

 定春! と叱り付ける神楽ちゃん。

 しかし分かっていないのかただ首を傾げるだけの定春。今の時間軸じゃそこまで人語を理解できないらしい。いや人語を解する時点で色々ハイスペックなモンだが。

 

「ったく、コイツは……おい、ウチで手当てしてけ。包帯くらいはある」

 

 ……普通そこは慰謝料とか出るんだけどなー。

 自宅で手当てするって……いや、銀魂の一ファンとしてもう一度万事屋の敷居をまたげるのは喜ばしいことなんだけれども。

 けどこのままじゃ血のおかげで逆に目立つ。ここはお言葉に甘えるとしよう。

 

 

 *

 

 

 慣れた手つきで包帯を巻く。

 とりあえず、骨が折れていなかったのは不幸中の幸いだった。

 

「見舞いって何持って行けばいいアルか。酢昆布でいいよネ銀ちゃん」

 

「知らねーよ。カルシウム入ってればなんでもいいだろ」

 

 がさごそと音を立てながら台所の方からそんな声が聞こえる。おおよそ冷蔵庫でも漁っているのだろう。

 

 未だ2人は台所から出てきそうにないのでじっくりと万事屋内を観察してみる。

 ソファー、テーブル、テレビ、デスク………そしてそこら中に散らばっているジャンプ。

 そういえばギンタマンって実際にはどんなものなんだろう。

 前世では一部しか見られなかったし……折角の機会だ、読んでみるか。

 

 思った矢先、一番近くにあったジャンプを手に取る。この重み、この厚さ、なんだか懐かしい。

 目次を最初に開き、お目当てのものを探す――あった。

 これも転生のメリットだよなぁ、と思う。漫画やアニメでは詳細まで描かれない事柄を現実に見ることができる。これほどワクワクするものはない。

 

 

「――え?」

 

 それ(・・)を見て、思わず息が止まった。

 

 銀魂、がある。

 もう一度目次を見てもそこには「ギンタマン」というタイトル。

 漫画を見返す。次に目に入ったのは見慣れた銀髪天然パーマの主人公の絵。

 

 ちらっとソファー裏で寝ている定春を見る。

 違和感なし……か。

 

 どういう仕組みだ?

 確かに転生してから週間少年ジャンプは読んだことはなかったが……待て、これ何話……否、何訓目だ?

 

 

『第一訓 天然パーマに悪い奴はいない』

 

 

 まさかの第1訓。

 待て、そもそもこれはいつの週の――

 

「あれ、ソラもジャンプ読むアルか。けどそれ今週号のじゃないヨ?」

 

 こっちこっち、いつの間にか戻ってきていた酢昆布をくわえる神楽ちゃんが差し出したジャンプをバッと文字通り目にも止まらぬ速さで奪い取る。

 

「――、」

 

 間違いなく、それ(・・)も見間違えようのない、銀魂だった。

 しかし――なぜ――――

 

「……ギンタマン? そんなの好きアルかソラ?」

 

 ぐっと横から覗き込んでくる神楽ちゃん。

 ……どうやら神楽ちゃんには「ギンタマン」に見えるらしい。

 

 

 私にしか見えない、そして読めない漫画。

 転生の関係か何かで私の脳に定着しているこの世界の「知識」。

 大体ではあるが未来(ストーリー)も知っている未来人モドキ。

 

 ……まさか、この現象は未だ前世の世界で連載している銀魂(げんさく)の情報を更新するためのシステムだろうか。まぁ、貰えるモンなら貰っときますけどね。

 

「ンだよ、もう無くなっちまった……オイ神楽。俺ちょっとこれからコンビニでいちご牛乳買ってくるから。留守番頼むぞー」

 

「じゃあついでに酢昆布と定春のご飯もよろしくアル!」

 

 ……ぱっつぁんの見舞いはどうなったんだ。明日に持ち越しか?

 へいへいとやる気のなさそうな返事をしながら玄関へ向かう銀さん。

 

 こちらも特に変わったことはない。

 いや、そもそも「外」から「現実(せかい)」を眺めている――眺められる(・・・)私が変なのか。

 

 いずれにせよ、私自身がこの世界に違和感なく溶け込めたと思えるようになるのはまだ先になるらしい。

 ……アニメの方はやらないのかな、ギンタマン。

 



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花見

 春である。

 なのでお花見である。

 

「ハーイ、お弁当ですよー」

 

 そう言いながらお妙さんが弁当の蓋を開けると、中にはなんだかよく分からない黒い物体。

 「アート」だの「かわいそうな卵」だのと言った銀さんはお妙さんに無理矢理その物体を口に押し込まれていた。自業自得というのもあるが、お妙さんもお妙さんである。

 

 

 花見回。

 まさか自分がこの話に参加できるとは思っていなかった。

 定春が懐いてくれていなかったら一体どうこの日を過ごしていたことか。

 いや、今日は見つかるや否や圧し掛かられそうになって危なかったけど。

 

 

「ガハハハ、全くしょーがない奴等だな。どれ俺が食べてやるから、このタッパーに入れておきなさい」

 

 突然のゴリラ。

 一瞬の間の後、お妙さんによって殴られることとなったが、銀さん達が動じていないところから察すると、やはり既にこれも日常風景の一つになっているのであろう。

 

「うーん、微妙だな黒い卵焼き」

 

「ソラさんん!? 大丈夫ですか!? 大丈夫なんですか!?」

 

 とりあえず口に入れてはみたものの、ジャリジャリだのガリガリだのおおよそ卵焼きとは思えない感触である。一体何を入れた。

 

「どうですかソラさん。おいしいでしょ?」

 

 ゴリラを殴りながらそう笑顔で問いかけるお妙さん。

 その表情(カオ)には有無を言わせぬ何かを感じたが、ここで屈する私ではない。

 

「んー、まぁまぁかな。もう少し砂糖を足して、あと火加減ももう少し弱くして焼いた方がいいと思う」

 

「全くブレないよこの人……金銭、味覚にアドバイスとあらゆる方面で最強だよ……」

 

 おののきながらの新八。

 それは私の味覚がおかしいと言っているのか。いや現にそう見えちゃうけどさ。

 ……ぶっちゃけると、これと土方スペシャルだったらマヨの方が幾分かマシだ。噛むたびに味も感触も変わるダークマターは正直料理としてどうかと思う。

 

 

「ねぇ、さっきから君のお姉さんに殴られてるあのゴリラストーカー何なの?」

 

「ゴリラじゃないっすよソラさん。つーかあの人が警察らしいです」

 

「世も末だな」

 

 最後に銀さんがそう言ったところで、

 

「悪かったな」

 

 と、背後からの切り返しがあった。

 

 振り向いてみるとそこにはマヨラーこと土方さんが先頭に立ち、傍らにはサディストこと沖田総悟、後ろには大勢の隊士達――とどのつまり真選組が勢ぞろいしていた。今日は非番だろうか?

 

 なんでも今私達が座っている場所が毎年真選組が花見の際に使う特別席だとかなんとかだったらしい。なるほど、怒る理由も分かる。だが席をとっていなかった向こうも悪い。

 

 その要求に「俺たちをどかしてーならブルドーザーでも持ってこいよ」と銀さん。

 続いて「ハーゲンダッツ1ダース」とお妙さん、「フライドチキンの皮」と神楽ちゃん、そして威嚇する定春に――

 

「来週号のジャンプ持ってこいよ」

 

 乗っかった。

 一度でいいからこういう集団ボケに混ざってみたかった……!

 

「案外お前ら簡単に動くな。ていうかソラさんハードル高っ」

 

 そしてツッコミ役も完璧である。

 ハードルなんて言葉は知らん。

 

 土方さんが刀に手をかける。

 血の舞う花見なんてもはや花見じゃない……と、そのとき沖田が陣地争奪戦に「叩いてかぶってジャンケンポン」を提案してきた。

 花見らしく決着、と言っていたのに全く花見と関係ない。

 

 勝負は両陣営代表によって行われることになった。

 私の立場は中立的のよーな部外者のよーな扱いとされたので、野次馬に混ざって勝負を傍観することに。良い立ち位置だ。

 

 審判は真選組側から山崎、万事屋側から新八。

 勝った方はここで花見をする権利+お妙さんを得るとのこと。

 プラマイゼロでしょーが! とツッコんだ新八に山崎は「+真選組ソーセージ」だと言う。山賊かこいつら。

 

 

「それでは1戦目。近藤局長VSお妙さん!」

 

 

 ……お妙さんは全てを終わらせる気でいるようだ。目が怖い。

 ジャンケンはお妙さんの勝ち。ヘルメットを被る近藤さんだが新八は逃げろと叫ぶ。

 そして何やらとても長い呪文のようなものを唱え出すお妙さん。『涅槃経(ねはんぎょう)』という仏教用語らしい。コレ、豆知識な!

 

 で、肝心の勝負はお妙さんがヘルメットごと近藤さんの頭を強打してノックアウト。

 ルールの意味なし。刃向かおうとした隊士達をも黙らせるこの人こそ真の最強じゃないだろうか。

 

 局長が戦闘不能になったので今の(・・)1戦目は無効試合にする、と山崎。

 ……あれ、「今の」?

 

「お妙さんにはもう一度勝負していただき、1戦目の勝敗はそちらで決めることにいたします」

 

 ん? こんなのあったっけ?

 っつーかもう一度勝負するって一体誰が――

 

「絶条さん、お願いしまーす」

 

「え」

 

 

 *

 

 

 なんでも、松平さんの手駒だとかなんとかで私はどっちかというと真選組側だから! という理由らしい。

 ……クソ、金稼ぎのためとはいえ警察に肩入れし過ぎていたか……? けど別に私、あのオッサンの手駒になった覚えはないんだけど。

 

「すみませんねソラさん。面倒なことに巻き込んでしまって……」

 

「いえ、そこら辺は別に大丈夫ですけど……」

 

 怖い。

 何が怖いってそりゃ相手がお妙さんというところだ。

 ジャンケンで私が勝てればそこはすぐハンマーをとって軽く頭を叩けばいいのだが、叩くときもこの人の頭を叩くのは相当な勇気が必要である。爆発とかしないよね?

 

「ハイ! 叩いて被ってジャンケンポン!!」

 

 全てはこれで決まる――しかし結果はお妙さんがグー、チョキが私だった。

 素早くヘルメットを被る。通常ならそこで終了……だが、やはり向こうは何か唱え始めている。お妙さんの本気度が伺える。

 

 ――ハンマーが振り下ろされた。

 

 先の対決のゴリラの敗因。

 それはただ黙って攻撃を受けたからだと私は分析する。

 ヘルメットがあるから当たっても大丈夫、という油断もあったのだろうが、かわすぐらいした方がよかったのではないかと思う。

 

 などと。

 ハンマーが振り下ろされるこの数秒で、私はこの勝負をいかに上手く切り抜けられるかを推測した。

 

 ――結論。

 

「ッ!!」

 

 ハンマーの動きが止まる。

 否、止められた。

 

「セーフッ」

 

 白刃取りのハンマーバージョンである。

 止めた瞬間、ハンマーを伝って到底女性とは思えない力を感じ、フワッと風がおこり髪が揺れたところからすると、相当な勢いだったのだろう。危ない危ない。

 

「えーと……ひ、引き分け! 引き分けです!」

 

 ナイス判断だぱっつぁん。

 お妙さんの方も「あら残念」と落ち着いている。

 ナニが残念なの? 私の頭をかち割れなかったからなの?

 

 とにかく、無事峠は越えられたので心の内でガッツポーズ。

 ……もうルールは意味を成していないな。

 いや問題児共にそんなものを守れというのがそもそもの間違いか。

 

 

 2戦目は既に始まっており、神楽ちゃんと沖田がとてつもない速さで対戦していた。

 早過ぎてメットとハンマーを持ったままのように……違う、ずっとメットは被ってるしジャンケンもしてない。ただの殴り合いである。

 

 ちなみに3戦目である銀さんと土方さんは仲間である2人について「真選組の中でも最強をうたわれる男だぜ」だの「絶滅寸前の戦闘種族〝夜兎(やと)″なんだぜスゴイんだぜ~」などと言い合っていた。親バカか。

 

「よし次はテキーラだ!!」

 

「上等だ!!」

 

 どうやら既に銀さんと土方さんは勝手に飲み比べ対決を始めてしまっていたらしい。

 そして吐いてる。飲むのはえーよ。あ、新八がズッコケた。古典ギャグだな。

 

「ここはどーだ。真剣で〝斬ってかわしてジャンケンポン″にしねーか!?」

 

 無茶すぎる。酔ったまま真剣を握った侍ほど恐ろしいものはない。

 それなら普通に戦闘した方がまだマシってモンだ。メットの意味もない。

 

 

『いくぜ。斬ってかわしてジャンケンポン!!』

 

 

 銀さんがチョキ、土方さんがパー。

 とったァァァァ!! と、銀さんが「斬った」のは傍に生えていた桜の木。

 一方の土方さんは定春とジャンケンしていた。ここで人語を理解し始めていたのか、定春……?

 

 ……重量のある音を立てて倒れた桜の後始末はどうするのだろう。

 警察として真選組が始末書を書くのだろうか?

 

「一緒に飲みしょーか。グチを(さかな)にして」

 

 いつの間にか山崎と新八が仲良くなっていた。

 互いに面倒な上司がいる点で意見が合致したらしい。

 飲むってーか……ザキはともかく新八は未成年ではなかったか……

 

 

 先の殺伐とした(?)雰囲気から一転。

 現在、新八は気絶している近藤さんの横でお妙さん、山崎と語らい、神楽ちゃんはというとまだ沖田と勝負を続けていた。

 

 私もまぁ一応大人なので酒を飲めるが、この身体はアルコールにも強いらしく、酔ったりはしない。

 ダークマターを食べて何の副作用もなかったのは、昔から食べられると認識したものは何でも食っていたからだろうか。あまり思い出したい記憶じゃないが。

 

「そういえば、ソラさんってホントに攘夷志士じゃないんですよね? この前の爆破テロで桂と一緒にいたって聞きましたけど」

 

 口を開いたのは山崎退(さがる)ことザキ。

 真選組の中でもう私の存在が知られてるのか……今まで関わりがあったのは松平さんくらいだったからなぁ。

 

「あぁ、違うよ。私も単に巻き込まれただけ」

 

「あー……その節はどうもすみません……」

 

 頭を下げる新八。

 いやいや、あれは原作通りだったから別によかったのさ。

 ……とはいっても、コネがなかったらどうなっていたか……

 

「もうその件についてはいいよ。ところで山崎さんは真選組で何の役割をしてるんです?」

 

「え!? えぇっと俺は……みっ、じゃなくて……ミントンかな!?」

 

 密偵って言おうとしたな今。

 けどミントンで誤魔化すのは無理があるだろ……

 

「ミントン? そんな仕事あるんすか?」

 

 尋ねたのは新八である。

 流石ツッコミ役兼の常識人。そりゃあ疑問に思うだろう。

 

「そ、そうだよ~。とっっても重要な役割でね! これ以上は言えないな~」

 

 汗をダラダラと流し明後日の方向へ視線を向けるジミー。嘘は下手糞だな。

 

「えっと! そ、ソラさんはいつから用心棒なんて危険そうなお仕事を?」

 

 誤魔化すように話題を転換してきた。

 まぁこれ以上問い詰めるのも可哀想なので答えてやることにする。

 

 

 ……えーっと、用心棒をいつからやってた、か……

 宇宙に飛び立つ前からやってたから――多分攘夷戦争が終結する前――結構昔だな。

 

「……10年前くらいかな?」

 

「じ、10年も!? ベテランですねぇ」

 

「きっかけとか、あったんですか?」

 

 今度は新八からか。

 きっかけねぇ……きっかけ……

 

 

『おまんはまず人を護ることを覚えるぜよ。刀をデタラメに振り回すだけじゃあただの獣と一緒じゃきー』

 

 

 …………。

 ……アレ、なんか今もっさんの声が聞こえたような……

 いやでも攘夷戦争に参加したような記憶は――ていうか前世の記憶を思い出す前のことは結構あやふやなんだよな。

 知らない内に会っていたりしたのだろうか?

 

「うーん、よく覚えてないや。昔のことだからね」

 

 とりあえずその場は笑って誤魔化しておいて。

 日常の苦労話やグチなんかでその日、前世ぶりの花見は楽しいものになったのである。

 

 ちなみに酔い潰れた末、主人公と鬼の副長は自販機に置いていかれたというオチは後日耳にすることになった。いや、花見開始前から知ってたけども。

 

 



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祭典

 今日も何かイベントはないかと町を歩き、そして耳にしたのは3日後に開催される祭りの話だった。

 まさかと思い、橋へ行ってみると案の定、遠目だが派手な着物を着ている男と坊さんの格好をしたテロリストの姿を見つけた。

 絶対に関わっちゃいけない雰囲気である。

 坊さんの方はともかく派手な着物を着ている方は特に。

 

 鬼兵隊総督・高杉晋助。

 攘夷志士の中で最も過激で最も危険な男と称され、坂田銀時のライバル的立ち位置の人物。

 ……本格的に活躍するのは紅桜篇からだ。今はまだ会う時期じゃないだろう。

 

 そっと何事もなかったかのようにその場を離れると遠くから寺門通の曲……を、歌っている新八らしき声が聞こえてきた。音は外れているクセになんだか楽しそうである。

 

「祭り、ね……」

 

 着物どころか浴衣さえ持っておらず、そもそも着方も知らん私だが、祭りの参加条件に着物の着用はない。前世ぶりに子供に混じって遊んでみようか。

 

 

 翌日、祭り開催までの時間つぶしにおやつ感覚であんぱんを胃に入れる。

 ちなみに飲み物はコーヒー牛乳をチョイス。別に張り込みをするわけでもないのでここら辺は気分だ。

 

 ヂューヂューとストローで飲み歩いて、数十分前に訪れた橋……正確には土手へ行く。

 そこには案の定、カラクリを修理している万事屋と江戸1番のカラクリ技師・平賀源外の姿。本当になんでもやるんだな万事屋……

 が、なぜか神楽ちゃんはからくりに向かって昼ドラじみた台詞を言い、ドロドロなままごとをやっていた。一体どこで覚えてきたのやら。

 

「あ、ソラ!」

 

 こちらに気付いた神楽ちゃんが声を上げる。

 おい途中でやめるなよ。さち子とカラクリはどうなったんだ。

 

「いいところに来た。俺ちょっと厠行くからそれまで代わっといてくんねーか?」

 

 銀さん、アンタ逃げ出す気満々でしょう。

 アニメとか原作にそういうシーンなかったし……いや今は現実(リアル)だからあるのか?

 だがしかし。

 

「代わんねーよ。つか何してんのお宅ら」

 

 無論、カラクリをいじるなど私にできるハズもない。映らなくなったテレビ叩くくらいの知識しかないよ。

 

「えーと……明後日のお祭りで披露するカラクリ芸の手伝い、というか修理をですね……」

 

 マトモに答えてくれたのは新八。

 明後日ねー……それまでどう時間を潰そうか。

 

「おいテメーら。無駄口叩く暇があんなら仕事しろ仕事。まだ三分の一しか組み立て終わってねーんだぞ!」

 

 騒ぎ立てるはカラクリ技師の平賀源外さん。

 いずれ魂が入れ替わる装置やらタイムマシンなどを開発してしまう大物だ。

 

「そこの嬢ちゃんも手伝うなら手伝うで協力してくれよ。やる気がねーならどっか行きな」

 

「ちょ、平賀サン!」

 

「あーうん。もう行くわ私。頑張れよー」

 

 そう声をかけるとエッ!? という源外さんの声。どうやら万事屋の手伝いだと思っていたらしい。残念だったな。

 

「ええぇ!? ホントに通りかかっただけなんですか!! わー、ちょ、待ってくださいよソラさーん!!」

 

 聞く耳もたず。

 別に私がいなくてもなんやかんやで間に合うんだから大丈夫だろう、と思いながら今日も町を徘徊する。

 

 

 …………さらに翌、白いペンギンみたいな謎の生物が町を徘徊していた。なにあれ怖い。

 

「おぉ! ブルジョワ殿ではないか! その節はすまなかったな。んまい棒は美味かったか?」

 

 尋ねて来たのはテロリストこと桂小太郎。

 坊さんの格好で変装しているというのに丸分かり。原因はもちろんその傍らに佇んでいるもののせいだろう。

 

「……シケってたけどちゃんと食べたよ。ところであのー……そちらさんは?」

 

 訊くまでもない事だが、折角なので触れておく。

 実際見ると物凄いインパクトだな。

 

「最近飼い始めたエリザベスだ。かわいいだろう?」

 

 お、おう……と引き気味に返答する。

 かわいいのか、アレ。かわいいの分類に入れて問題ないのか、アレ。

 

『よろしく』

 

 そう書いてあるプラカードを見せるエリザベス。あ、ハイ。

 

「か~~つらァァァ!!!」

 

 声が聞こえた方を見てみると真選組。既にサディスティック星から来たドS王子がこちらに向かってバズーカを構えている。

 

「いかん、逃げるぞエリザベス!」

 

「逃がすかああアアッ!!」

 

 発射。ちょ、私もいるんですけど!!

 反射で腰にある木刀を抜き、飛んできたバズーカの弾を斬る。

 真っ二つになった弾はそのまま後ろへと飛んでいき、背後で爆音。幸いにも民家はない。

 あっぶねー!! あっぶねえええ!!

 

「すいやせん、絶条さん。俺はそこの瞳孔開いたクソ上司の命令で仕方なく……」

 

「何言ってんの!? さっきのは完全にお前の判断だったろうが! なぁオイ!!」

 

 白々しく自分に責任を押し付けてくる沖田に怒鳴り散らす鬼の副長。続けざまに、部下へ桂の追跡を命令している。

 

「そっかそっか、怖いマヨラー上司なんて大変だねぇ。今度何か奢ってやろうか? そのクソ上司の金で」

 

「是非」

 

「無視か!? っつーか俺の金かよ!! テメェらになんか絶対に奢らねぇからな!?」

 

 副長のツッコミが冴え渡る。

 奢るならせめて土方スペシャル以外のものでお願いしたい。

 

 

 *

 

 

 祭り当日になった。

 りんご飴から始まり、たこ焼き、いか焼き、金魚すくい、ヨーヨー釣り、チョコバナナ、容器に入った焼きそば、狐の面を買い、わた飴を食べ終え残った棒をくわえていたところで――

 

「お! そこのお姉さん射的やっていかない? サービスするよ!」

 

 グラサンをかけたマダオを発見した。折角だしやっていくか。

 そして銃口を構えた先は扇子。

 思えば江戸に合ったものを何も持っていない。あるとするなら先ほど買った面くらいだ。

 

 引き金を引く。見事命中。

 だが――少し揺れただけで倒れない。

 

「あちゃ~おしいねお姉さん! どれもう1回……」

 

 瞬時にハンドルを引きコルク弾を装填し、もう一度撃つ――揺れる。

 もう一度――揺れが大きくなる。

 ラス1――行った。

 

「……お、おぉ……お姉さん、すごいねぇ」

 

「はよ寄越せやマダオ」

 

 マダオ!? と効果音の「ガーン」が聞こえるような声を上げる長谷川さん。

 すると、

 

「あ、おじちゃんだ」

 

 焼きとうもろこしを食べている神楽ちゃんがやってきた。その後ろにはりんご飴を持った新八がいる。

 

「げっ!! 激辛チャイナ娘!」

 

「長谷川さんじゃないですか――って、ソラさん!? 滅茶苦茶満喫してる!?」

 

「おー、メガネ助手。祭りってのァ、何歳になっても楽しいモンなんだよ」

 

 とは言ったものの。

 現在の私の装備を改めてみると大人にしてはどうかと思われるような格好だ。

 まず頭には狐の面をかけ、わた飴を巻きつけていた棒をくわえ、左手には焼きそばを抱えて、その手首から水風船をぶら下げ、右手には先ほど取った扇子――……

 

 はしゃぎ過ぎた。

 金があるとどうも無駄使いをしてしまう傾向にあるらしい。気をつけねば。

 

「当てればなんでもくれるアルか?」

 

 キュッ、とコルク弾を詰める神楽ちゃん。

 もちろん長谷川さんの答えはYESである。

 そして激辛チャイナ娘こと神楽ちゃんが狙ったのは。

 

「よこせよグラサン」

 

 パンッ、という音ともにグラサンが地面に落ちる。

 突然のことにうろたえる長谷川さんことマダオ。次の瞬間には腕時計が砕け散った。

 

「腕時計ゲーッツ」

 

 真選組一番隊隊長の沖田総悟である。サボりか、サボりだろ絶対。

 待てという長谷川さんの主張もむなしく、その身は的と化された。二人共容赦ないな。

 

 

 やがて花火が打ち上がり始める。

 そして程なくして向こうの広場から聞こえる爆発音。

 

「テロだ! 攘夷派のテロだァァ!!」

 

 場は騒然となり、客たちも次々と避難していく。

 煙幕か。しかし祭りはこれで中止になってしまった。

 ふと神楽ちゃんや沖田へ視線を向けると、なんだか赤色や青色のオーラが見えた。子供を本気で怒らせると怖いのだ。

 

 

 広場にはカラクリの軍団が群がっている。

 それに対抗しているのは武装警察・真選組の面々。

 先に妖怪・祭り囃子こと、神楽ちゃんと沖田が突っ込み、一部のカラクリ達を破壊していく。

 

「祭りを邪魔する悪い子は……」

 

「だ~れ~だ~」

 

 ゴゴゴゴゴ、と尋常ではないオーラを発する2人。

 ――かくいう私も、試し切りついでにカラクリを一掃していく。

 

「なんで木刀でそこまで斬れんだテメェはッ!?」

 

 土方さんの声が飛んでくる。

 金属製であるハズのからくりを木製の刀で粉々にするのはいくらなんでも有り得ない光景だったからだろう。だが受け入れて欲しい、なぜならこの世界、この刀のパチモンで何でも砕く馬鹿侍が主役やってるのだから。

 

「ただの木刀じゃねぇ、妖刀だバカヤロー!!」

 

 言って、祭り囃子たちと共に次々とカラクリを破壊する。

 その様子を見て祭りの神が光臨なされたぞォ!! と声を張り上げる近藤さん。

 このとき、真選組とカラクリ軍団の形勢は逆転した。

 

 

 *

 

 

 いつ使っても、何度使ってもこの妖刀はすごい。

 カラクリ軍団が面白いぐらいに斬れていく。

 内蔵された部品達を粉砕する様はまさに星を砕くが如く。まぁバズーカの弾も斬れるのならカラクリだってそりゃあ斬れるだろうが。

 

 けど少しでも力加減がおかしくなると、いつの前にか地面にクレーターができていることがあるんだよな。

 いつかこの刀の強度や切れ味について真剣に検証してみたいところだが、結局今日まで試せたことは一度もない。

 真・妖刀なので銀さんのようにあまり手荒く扱えないのである。ていうか私が扱いたくない。

 

「大分片付いた、か……」

 

 とは言ったものの。

 現場は死屍累々の有り様。

 私が参戦した影響もあるだろうが、神楽ちゃんや沖田の戦いっぷりがすごかった。遊びを邪魔された子供の本気はホントに恐ろしい。

 

 突然カラクリ達が動きを止めたところから察するに、舞台での決着もついたのだろう。

 敵討ち――今時、流行るもんじゃないけれど、私は全部を全部否定し切れない。

 もしかしたら、私もいつか「そういう風」になる可能性もあるからだ。

 その時はおそらく、私にとってとてつもなく不本意な形だと思われるが。

 

 とは言っても。

 結局のところ、はっきり過去の記憶を思い出すまでは、一介の用心棒としているまでである。



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木刀

「ソラのもパチモンアルか?」

 

「あん?」

 

 ある日――正確にはおそらく刀狩り事件後の幕間の出来事。

 日向ぼっこに土手で寝転がってボーッと空を見上げていたところ、例の如く金の匂いか、それとも単に私に懐いてくれているからなのか、やってきた定春によって神楽ちゃんと会う機会が増えた。

 そして会うや否や言われた台詞が先のものだ。

 

 ……これはあれだな。

 銀さんが木刀を通販で買うのを見ちゃった後なんだろうなー。

 

「んなワケねぇだろ。私のはガチモンだよ」

 

「……ホントアルか?」

 

 疑いの眼差し。

 銀さん……私が子供からこんな冷たい視線を向けられる理由はなんだい?

 

「ちょっと貸せヨ」

 

「……なんで」

 

「大丈夫アル。ちょっと試すだけ――」

 

 折るつもりだろ。絶対折るつもりだろ。

 私のやつは通販の紛い物じゃないからそう簡単には折れないとは思う。

 しかし相手は酢昆布好きのチャイナだと言っても戦闘民族の夜兎。いくらモノホンの妖刀とはいえ、折れない可能性はゼロではない。

 

「嫌だね。これは子供が触れて良いモンじゃねーの」

 

「じゃあ嘘アルか。大人は皆嘘つきアルか」

 

 知るかよそんなん、と起き上がって伸びをする。

 少なくとも、私としてはあまり絶条ソラという人間を全面信用してほしくない。それは私自身のこともあるが――

 

「フン、結局ソラも銀ちゃんみたいに単に腕っ節が強いだけで他は全部ダメダメアルか。金があるだけのダメ女アルか」

 

「別に金に価値は求めてねーよ。お前今日は随分と不機嫌なのな」

 

 今月分の給料か、それとも口止め料で貰ったのか、どちらにせよあまり美味しく無さそうに酢昆布を黙々と食べる神楽ちゃん。

 なんでこんな気まずい雰囲気でいなきゃいけないのか。子供って面倒くさい。

 

「ん」

 

「?」

 

 ふと神楽ちゃんが手を出してきた。

 金か――? 別に渡す気なんて更々ないけど。

 

「貸せヨ。なんなら私が素振りしてやるネ」

 

 木刀の方かよ!

 

「ダメです。子供にゃ早い」

 

「子供扱いすんじゃねーヨ! いいから貸すアル! 質屋に行って見て貰うからー!!」

 

「売る気満々だろ! そんなに金が欲しいならあの銀髪でも一回ぶん殴って来い!!」

 

「もうやったネ!!」

 

「やったんかい!!」

 

 物騒極まりないガキだコイツ。

 本当にヒロインか? いやゲロイン枠だったか?

 

「いいじゃんちょっとくらい!」

 

「だああ! ちょっ、」

 

 不意を突かれた。

 すっと全く違和感のない動きで神楽ちゃんが木刀を掴む。

 

「ふんぬぬぬッ」

 

「いやいや待って! 何でイキナリ折る感じ!? 試すってなに、握力検査!?」

 

「大丈夫アル。折れたら最悪、通販で買えるネ」

 

「ガチなもんは買えないの!! 返せ!」

 

 嫌ー! と木刀を持って駆け出すチャイナ娘。

 ……そっち川だぞ。

 

「ンボァッ!!」

 

 よく前を見ていなかったからなのか、それとも単なるアホなのかバシャンと水しぶきを立てて、川に飛び込み軽く溺れかけるヒロイン。

 アホだなー、という呆れと子供だなー、とほっこりした気持ち。当の本人からしてみれば羞恥しかないだろう。

 

「……、」

 

 サッとびしょ濡れになりながらそっぽを向く神楽ちゃん。

 人の物をとって自分から川に落ちたのだ、いい訳のしようがない。

 どう声をかけようかとしばらくその姿を見ていたが、段々見ていられなくなってきたので一旦引き上げてやることにする。木刀も回収しなきゃならないし。

 

「何してんだ。風邪ひくぞ――いぎッ!?」

 

 とりあえず近くまで行って手を貸そうとすると、待っていたといわんばかりの早業で腕ごと引かれ、川に落とされた。

 

 冷たい水が服にも靴にも染み込み、急激に身体の温度が下がってゆく。寒い。超寒い。

 上から馬鹿にしたような笑いが降り注いでくる。あー、殴りたい。

 

「これでおあいこネ――痛ッ!?」

 

 殴りはしなかったがチョップを脳天にかます。

 何がおあいこだよ、人の親切を無駄にしやがって……という怒りの念も込めた渾身のチョップである。

 大人気ない、という言葉は銀魂の世界において今更すぎるツッコミだ。聞くつもりはない。

 

「何するネ! 道連れにしたぐらいで!!」

 

 大人である銀さんは道連れにされたぐらいでは怒らないのだろうか。

 いや銀さんの場合、カナヅチだから道連れにされて気絶ルートだな。そんで気付いたら覚えてないパターンだろう、きっと。

 

 

 *

 

 

「全くエラい目に遭ったネ」

 

「こっちの台詞だ。金に目が眩むとロクなことがないってこれでよく分かったろ? ……つーかさ、やっぱ重いんですけど……」

 

 とりあえず当初の目的である妖刀の回収は達成――したのだが、なぜか私が神楽ちゃんを背負う形になって歩いている。

 私もびしょ濡れなんですけどね……定春の背に乗せるという選択は毛が湿ったら乾かすのが面倒、という理由で早々に却下された。

 

 ならばどうして私がおんぶをすることになったのか? という疑問についての理由は、子供特有の「おんぶしてー」という粘り強い要望からである。

 断れば駄々をこねて周りの視線に困らせる精神攻撃、承諾すれば水に濡れた荷物を背負って家まで送る、という肉体労働。

 どちらがマシか、という選択において私は後者を選んだ。目立つのは好きじゃない。

 ……ある意味脅迫じゃないかねコレ。

 

「ソラ、木刀取って悪かったアル。私もう人の大事な物奪うのやめるネ」

 

「そーかい。私がお前に今やって欲しいのは謝罪じゃなくて背中から降りてくれることなんだけどなー」

 

 しかし降りる気はないのか首にかける腕の力を強くされる。首絞まるって。

 ていうか謝るくらいなら最初からすんな。

 

「でもあの木刀どこで手に入れたネ。銀ちゃんみたいに通販で買ったアルか?」

 

「これは宇宙をフラついていた時に貰った奴だよ。仕事の報酬」

 

「宇宙アルか! まさかソラもえいりあんはんたーアルか!?」

 

 ソラ()……そうか、もう少しで星海(うみ)坊主篇だったな。

 確かに木刀を使ってエイリアンを倒したことは数回だけあるが……けど、別にそれも用心棒という仕事の一環だったしなぁ。

 

 宇宙では主に日本語が伝わる奴に雇わせていた。宇宙人故、姿形が異形な奴が多かったが、とりあずキチンと報酬を払ってくれる者と関わったらヤバい者の区別はしっかりつけれていた。

 まず自分が地球人ということはナメられたり売り飛ばされたりする可能性があったので、決して明かすことはなかったが。

 

「エイリアンハンターではないな。宇宙でも地球と同じことをやってたよ……なんで?」

 

「私のパピーがえいりあんはんたーやってるネ。けど家庭ほったらかしでずっと好き勝手やってるアル」

 

 そうどこか寂しそうな声色で愚痴を零す神楽ちゃん。

 あの人の出番まで巻数的にはあと1巻分と少し後か。もうちょい先だなー。

 

「ふーん、父さん凄いんだな」

 

「……ん、星海(うみ)坊主って聞いた事ないアルか。あちこちの星転々としてる、さすらいの掃除屋なんて言われるヨ。実際にはうすらいの掃除屋だけど」

 

 確かに噂でチラッと聞いたことはある。というかそれ以前に()ってる。

 しかし会うことはなかった。ていうかあの人が行ってる場所ってかなり荒れてる星ばっかりだったし。地球人である私に到底そんな危険地帯に降り立てる度胸なんてないし。

 せいぜい「星砕」で太刀打ちできるレベルの化物がいる星。あとは……まぁ死なない程度に治安が良いところか。

 

「星海坊主? あぁ、最強のえいりあんばすたー……だっけか? って、なに。父さん?」

 

「だからそう言ってるアル。今は一体どこほっつき歩いてんだか……」

 

 なんだかんだいって心配な様子である。まぁ当たり前か。

 

 しかし星海坊主篇って、確か終盤で松平さんが「松っちゃん砲」とかいう威力が馬鹿デカいビーム撃ってくるんだよな。

 ……介入したとして、生き残れるかどうか……不安だ。

 

 

 

 

「ハー……やっと着いた」

 

 子供一人背負って歩くのはもうやめにしよう。

 どうにかこうにか子供が駄々をこねても言い返せる言葉が載ってる本でも今度探すか。

 

「おい、降り――」

 

「Zzz……」

 

 Zじゃねぇよ。寝てんじゃねぇよ。

 玄関前に放置してやろうか――しかし、それで風邪を引かれても寝覚めが悪い。

 

 仕方がないのでインターホンを連打。

 しばらくするとドタドタと荒々しい足音が聞こえてきた。

 

 

「ンだようるっせぇなっ!! ピンポンピンポン押してんじゃねェェッ!!」

 

 

 蹴破られる戸と共に出て来る銀髪の侍。

 飛んできた戸については玄関より一歩横の方にいたので事なきを得た。怖い怖い。

 

「……どうしたのお前等。今日って雨予報だったっけ?」

 

「お届け物だよ、すっとこどっこい。川に落ちてこのザマだ。早く風呂に入れてやんな」

 

 そういえば事の元凶って目の前のコイツなんだよな……一発殴ってやりたいところだが、先ほどの神楽ちゃんの謝罪に免じてここは何もしないでやろう。

 背から寝ている神楽ちゃんを降ろし、放るように銀さんに預ける。

 服だけじゃなく、靴の中もぐっしょりだ。早く帰って乾かしたい。二度と土手で日向ぼっこなんてするか。

 

「オイ待て。テメーもずぶ濡れじゃねぇか。コイツと一緒に風呂入ってけ」

 

「いらね。私、自分の家の風呂にしか入れないから」

 

 即答した。

 なんというか、あまり万事屋の世話になるのは嫌だ。世話といっても今回の場合、非は完全に神楽ちゃんの方にあるのだが……

 

 憧れは憧れのまま。

 リアルだろーがなんだろーが、私は他人(ひと)と一定の距離を保つクセが出来ていた。

 他人とは一定の距離を保ち、決してその境遇には同情せず、ただ「護る」ことに徹する用心棒。

 要するに職業病というやつだ。こればかりは仕方がない。

 

「宿の枕じゃ寝れねぇってタチかよ。けどそのまま帰ったらお前も風邪引くぞ」

 

「大丈夫大丈夫。今まで風邪なんて引いたことねーから」

 

 ちなみにこれは本当だ。

 あちこちの地域や惑星を流れ歩いていた頃も、どしゃぶりの雨に濡れていても風邪だけは引かなかった。痛かったのは仕事でできた怪我くらいのもの。私の身体にも某テロリストと同じように様々な病原体に対する抗体があるのかもしれない。

 

 給料はちゃんと払ってやれよ、と言い残してその場を去る。

 後ろからまたも呼び止めようとする銀さんの声が聞こえた気がしたが、応えるつもりはない。

 ……というか。

 

 

『うあああ! 何アルかこれ!? ビチョビチョで気持ち悪いヨ銀ちゃん!!』

 

 

 気がついたのか、神楽ちゃんの声が聞こえた。

 さっきまでのことをもう忘れたのかあの子は。

 

『うおっ、起きたのかテメー。俺ァ川に落ちたとしか聞いてねーぞ。早く風呂入れ』

 

 人の物取った上に自分から落ちた、というのが正しいけどね。

 ばたばたと神楽ちゃんの足音が止んだ後、しばらくすると戸が閉まった音がした。

 それだけで、私のことを最後まで気にかけてくれたことがくみ取れる。

 優しいなーと感じながらも決して振り返ることはない。

 

 後は頼んだぞ、保護者さん。

 

 



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呼出

『オウ用心棒。テメェ今日暇だろ? 今日といわず毎日暇人かましてんだろオマエ? 3秒以内に屯所前に来い。1秒でも遅れたら頭ブチ抜くぞ』

 

 と。

 週末の朝っぱらから脅しの電話をかけてきたのは警察庁長官・松平片栗虎。

 大体この人からくるものは用心棒としての依頼。しかも報酬はかなり高額なもの。

 それでも3秒以内に移動しろというのは無理な話だ。頭はブチ抜かれたくないが、とにかく急げということだろう。

 

 

 

 

「おせーよ。3秒以内で来いっつったろうがよォ」

 

 

 屯所前まで最低走って10分弱。案外遠い。

 来るや否や例の如く発砲されて横の髪が数本どっか行った。

 

「無茶ですよ長官。で、用件はなんですか」

 

「あぁ。今日はオマエ、俺達の用心棒になれ。絶対に俺らを生きて帰せ」

 

 ……? そりゃあ依頼とあれば命がけでも護りますけど。

 そんなに深刻な用件なのだろうか?

 

「おっかね~人達に呼び出しくらっちまったのさ。何が何でも最低俺だけは護れ。家で可愛い娘が待ってんだよォ」

 

「ちょ、とっつァん! 俺は!? この際俺もでしょ!? ねぇ絶条サン!?」

 

「うん? 私は人間からの依頼は受けてもゴリラは受け付けてませんけど?」

 

 僕はゴリラじゃありませんよ! と珍しくツッコミポジションにいるのは真選組局長の近藤勲。

 この二人の呼び出しってことは……煉獄関(れんごくかん)の話が終わった後か。

 確かにあれはいい話だったけど、まさかその後日談に自分が巻き込まれることになるとは……

 松平さんの手駒、いや知り合いになった時点でこういう展開も予想はできたかもしれないが――今は帰りたい、というのが正直な感想だ。

 

「そりゃそうとオメー、『絶条』とかいう名前でかぶき町に留まってるらしいじゃねぇか。居住まですんなら先に言ってくれよ」

 

「え……何で?」

 

「何でってテメー、俺の手駒なら――」

 

 と、そこで近藤さんには聞こえないよう傍に近づき、小声に切り替え。

 

(警察庁長官の手駒なんてバレたら誰かに利用されんだろ。引っ越すときもまずオジさんに言えよ。住所とか偽造すんの大変だったんだぜ?)

 

 偽造したんかいィィ……

 つーかそれ職権乱用……以前に長官がやっていいことなのかソレ。

 

 

 助手席に座り、後ろに今回の依頼人達を乗せる。運転は松平さんの部下と思われしき人だ。

 

「天導衆?」

 

「て、天導衆って、あれでしょ? 将軍を取り込むっぽい事して裏から幕府の実権握ってるみたいなーっていう噂の!!」

 

「デッケェ声出すなや!! そうだよ! 将軍を取り込んで裏から幕府の実権握ってる奴等だィ!!」

 

 アンタも声デカいよ松平さん。つか断言までしちゃってるし。

 

 曰く、真選組が天導衆の仕切っていた「煉獄関」という殺人闘技場に手を出して、それで今回お呼びがかかったとのこと。局長である近藤さんは出張で知らなかったらしい。

 

 処罰されるのか、という問いに松平さんは、(おおやけ)にそんなことをすれば煉獄関と関わっていたことを自ら語るようなものとのこと。可能性は極めて低い。

 ま、攘夷志士の犯行にでもした方が都合は良いだろう。

 

「むしろ危険なのは今……城に来いとはただの名目で俺達2人揃ったところを『ズドン』なんてこともありえる……」

 

 松平さんがそう呟くと、近藤さんは「お家きゃえるうううう!!!!」と車のドアを開け放った。

 今朝のブラック星座占いか。確かに乙女座は最下位だったな。

 生きて城まで辿り着ければ私達の勝ち。そうなれば呼んでおいて消すのはナシ……というのが松平さんの案だ。

 

「助かる!」

 

「助かる!?」

 

「多分!!」

 

 振り出しに戻り、再び家に帰ると叫ぶゴリラ。

 やがて、落ち着いた近藤さんがおそるおそる松平さんに尋ねる。

 

「……とっつァんって、何座?」

 

「あん、乙女座だけど」

 

 純度100%で死に向かっていた。

 またも車から飛び降りようとする近藤(ゴリラ)。それを止める松平さん。

 私としては松平さんはヤク座、近藤さんはいっそのことゴリラ座の方がずっと似合っている気がするのだが。

 

「バカヤロー! だーから用心棒のこいつを呼んだんだろうが!! オイ絶条、この際だから一応確認しておく! テメーが刺客とかいう展開はねーよなァ!?」

 

「皆無ですね。私、客は選びますし」

 

「あ、絶条さん! 絶条さんは乙女座じゃないですよね!?」

 

「さぁ、誕生日なんてよく覚えてませんから可能性は無限にあります。もしかしたらここにいる全員が乙女座かもしれませんよ」

 

「4月じゃなかった!? ねぇ、4月って取調べで言ったりしてなかったけぇ!? トシからそんなこと聞いた気がする!!」

 

「いや、あそこで言ったの大半嘘だし」

 

「取調べなんだからちゃんと正直に言いなさいよォ!?」

 

 そう叫んだとき――車が目の前のトラックに衝突した。

 向こうの運転手はグラサンでおなじみのマダオである。相変わらず運が悪い。

 

『ちょっとどこ見て走ってんのォ!? 勘弁してよ~』

 

 抗議していたマダオだったが、松平さんに拳銃を向けられ一方的にトラックを撃ち抜かれ爆発炎上。

 とんだ理不尽である。さっきの偽造した発言といい、本当に警察なのかこの人。

 

「とっつァァん! 何やってんのォ!! アレどー見ても一般人だろ!!」

 

 近藤さんの声に構わず部下と運転をかわる松平さん。

 どうやら部下さんはここで帰らせるつもりらしい。

 

「バカヤロー。おめーアイツ、グラサンかけてたろ。殺し屋だ」

 

 松平さん曰くグラサンをかけている奴はほとんどが殺し屋らしい。アンタもかけてんだろーが。

 

 

「あの~すいません」

 

 

 ……いつの間にか、後ろにはさっちゃんこと猿飛あやめがいた。

 眼鏡が壊れている。さっきの爆発か。

 

「誰ェェェアンタ!?」

 

 そうツッコんだのは近藤さん。

 松平さんによると、今はフリーの殺し屋だが元お庭番衆(にわばんしゅう)のエリートとのこと。案外凄いんだぜ、始末屋さっちゃん。

 とどのつまり、殺し屋には殺し屋という戦法らしい。

 

「松平様、なんスかコレ? よく見えない」

 

 さっちゃんの手には拳銃。松平さんが渡していたが、眼鏡のない今の状態で持たせるのは危険極まりない。

 危ないと騒ぎ立てる近藤さんだが、引き金を引きまくるさっちゃんさん。

 窓が割れ、車内のあちこちに穴が開く。マジで洒落にならない。

 

「オイ静かにしねぇか。気が散るだろ――」

 

 松平さんが口を開くと同時、目の前にはオバQ的な白い何か。

 しかし車が止まることはなく――

 

「……あの、長官。何か今飛んでいきましたけど」

 

「ああアレも殺し屋だから」

 

 適当すぎる返答。絶対ウソだろ。後づけだろ。

 ……と、何やら車にトラックが近づいて来た。後ろの手すりに掴まっていたのは坊さんの格好をしたテロリスト。

 やっぱりさっきのエリザベスだったのか――……

 懐から爆弾を出す桂さん。ヤバイ、このまま漫画(げんさく)の通りだったら爆発に巻き込まれる。

 

 原作展開か? それともアニメオリジナルルートを通るのか――

 

 ……結果、アニオリルートではないのか、この時点で車内に爆弾が投げ込まれた。

 

 

「早く外へ投げてェェ!」

 

 叫ぶ近藤さんだが、さっちゃんは気付いていないのかじっと持ったままである。

 早く投げなくては。最低でも銀さんがここを通る前に!

 

「始末屋さん、爆弾貸せ!」

 

「いやメガネが……」

 

 メガネメガネと探すさっちゃんさん。んなことしてる場合じゃないって!!

 そしてやっと見つけたのかバッと外へ投げる構えをする。

 

「!!」

 

 車の横に銀髪の侍が通る。さっちゃんが見とれ、固まるその数秒のチャンスを私は見逃さない。

 

 ここで爆発されたらフツーに死ぬのだ。現実(リアル)だから。ギャグ補正とか期待するだけ無駄である。

 

 

「とうっ」

 

 

 車内に落とされる前に爆弾を回収。

 窓を木刀で突き破り、上空へと爆弾を力いっぱい投げ――爆発。

 

「……おぉ!」

 

 自分達が無事だと分かり、感嘆の声を上げる近藤さん。

 リアルなデッドオアアライブ。銀魂の世界ではしょっちゅうギャグに紛れた死亡フラグがあるので気が抜けない。

 

「……長官さーん、報酬値上げでよろしくお願いしまーす」

 

 横目で見た視界には静かに頷く警察庁長官の姿があった。

 

 

 *

 

 

「なかなかやるじゃない、アナタ」

 

 無事になんとか城(船)に到着。

 お前達はここで待っていろと言われ、松平さんと近藤さんが中に入っていくのを見届けた後のこと、何もするどころか迷惑しかかけていないメガネっ子がそう言った。

 

「まぁ、アンタよりはマシな働きしたと思うよ……ところでさっきの銀髪は?」

 

「ハッ!? 貴方銀さんのことを知ってるの!? まさか、その木刀も銀さんの真似をして……!?」

 

 恋敵!? と騒ぎ立てるさっちゃん。

 どういう基準で恋敵として認識するのだろうかこの人は。

 

「いや違うけど。全力で否定するけど」

 

 聞くや否やなんだ……とホッとしたように息を吐く納豆娘。

 ……これでなんとかさっちゃんを敵に回すことはなくなったか?

 

「ところでお宅、一体どこの組織に属しているの? お庭番衆ってワケでもなさそうだけど……」

 

「私は一応用心棒っつーのやってるよ。どこの組織の一員でもない」

 

「用心棒? この御時世に?」

 

 ……用心棒という職はそんなに珍しいのだろうか。

 まぁ護衛といってもこの世界には色んな組織があるから、今はそこから雇えばいいだけの話なのかもしれない。

 

「そーだよ。何か文句でも?」

 

「いえ……随分と腕に自信があると思って」

 

 ――そういえば。

 花見のときにも言われたが、なぜ私は用心棒なんて始めたのだろう。

 記憶をかすめたのはあのもっさんの声だけだが、何か攘夷戦争と関係でもあったのか?

 

 

 *

 

 

 夕暮れ時。

 土手の上に私達は立っていた。

 

「……なんとか生き残れたな。改めて礼を言うぜ絶条。報酬はキッチリ値上げしといてやらァ」

 

「そうですね。警察なんだから途中で何かはねたりするのはやめてくださいね」

 

 元はといえば松平さんがエリザベスをはねたのが原因で爆弾が放り込まれたのだ。

 大体長官のせい。

 

「すさまじい攻勢だったな。俺の人生ベスト5に入る死闘だった」

 

「とっつァん……アンタがいなきゃ何事もなく平和に城まで行けた気がするんだが」

 

 ごもっともである。よく言ってくれた局長。

 ちなみにさっちゃんはいつの間にか消えていた。流石はくの(いち)

 

 もうこんなことはこれっきりにしてくれという松平さん。それは私も同感だ。

 天導衆ね……いずれ私が直接戦うことはあるのだろうか。

 少なくとも、万事屋や真選組と関わっていれば何らかの形で衝突することはあるかもしれないが……絶対に(おぼろ)とかには目をつけられたくないな。銀さんでさえ苦戦する程の相手だし。

 

 

「とっつァん、絶条さん、色々迷惑かけてすまなかった。次はバレないようにやるさ」

 

 

 近藤さんの言葉に松平さんは分かってりゃいいんだよ、と言ってその場から立ち去る。

 その後、ゴリラもお妙さんを見つけて走っていったが、石につまづきチョップをかましてしまったことからボコボコにされていた。

 占いはそれほど間違ってもいなかったらしい。お気の毒に。

 

 

 



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親父

「えいりあんVSやくざ」、という映画をご存知だろうか。

 タイトル通り、えいりあんとやくざが戦う話なのだが、その内容は至ってシンプル。

 「もの凄い数のえいりあんともの凄い数の丈アニキが戦う」――それだけだ。

 

 えいりあんとやくざで地球の存亡をかけた戦い。

 ……前世の世界では元ネタがあったりしたが、銀魂の世界では完全なるオリジナル作品扱い。

 主演俳優はアニメ通り「音南寺丈(おとなのじじょう)」。先述した丈アニキである。

 

 この映画公開と共に連想するイベントは、一つしかない。

 

 星海(うみ)坊主。

 第一級危険生物を追い、駆除する宇宙の掃除人であり最強のえいりあんばすたー。

 ……さらに銀魂のヒロイン、神楽ちゃんの実の父親でもある人物だ。

 

 

 *

 

 

 腹筋崩壊、目からジャスタウェイ。

 なにこれカオス、な映画であった。前世じゃ到底見られない。

 見ましたとも。ええ、最初から最後まできちんと見ましたとも。

 

 後ろからグスグス聞こえるのは鬼の副長と真選組十番隊隊長・原田右之助のものだろう。

 分かる、映画を見た今なら分かりますよその気持ち……!

 

 

 チケットもパンフも買ったおかげで財布の中も小銭のみになってしまい、仕方なく銀行へ向かうことにした。一定額を財布に入れてないとなんだか落ち着かない。

 

 ――しかし、建物内に入った瞬間、私の耳に入ったのは銀行員の悲鳴。

 

 視界に映ったのは目の周囲にクマのような黒いアザがある坊さんらしき人と人質として掴まった銀行員。それを見るや否や一斉に出口から逃げ出す客達。

 

「うわ……ととっ」

 

 人混みに紛れて室内の隅へ移動する。丁度、私と神楽ちゃんで犯人を挟み撃ちにできる形だが、未だ神楽ちゃんは私に気付いていないのか坊さんの方を凝視したまま。

 ……よくよく見るとそこら中に米が散らかっている。詐欺の振り込めを「振り米」と勘違い……だったか。あの子らしいっちゃらしいがどんな勘違いだよ。

 

 店の奥には怯えた銀行員さん達。

 犯人のすぐ手元には人質。

 当の犯人は入り口の方へ向かい、扉に手をつけ外の様子を伺っている……ように見えるが意識はないのかもしれない。

 

 外へ目を向けると大勢の人影が見えた。

 警察、メディア、野次馬……いずれ銀さんと新八も来るだろう。

 さて、それまでどうするか。

 

「ほあちゃァァァ!!」

 

 そのとき、神楽ちゃんが犯人を蹴り飛ばし、人質が解放される。

 が、その瞬間に犯人の口から何やらでろでろとしたものが吐き出された――否、出てきている(・・・・・・)のか。

 

 第一級危険生物・寄生型えいりあん。確かそんな名称で呼ばれていた気がする。

 

 でろでろとしたモノ、というかえいりあんの本体に掴まり、もがく神楽ちゃん。

 流石に目の前にいる化物と苦しむ知人を放っておけるほど私は第三者を演じるつもりはない――ので。

 

「えいりあんがなんぼのもんじゃーい!」

 

 腰にあった妖刀を抜くと、神楽ちゃんに巻きついているえいりあんを映画の台詞と共にばっさりいく。割となんでも斬れるこの妖刀、とても使い心地がいい。

 

「ソラ!? なんでここに――グハッ!?」

 

 えいりあんから解放され、床に尻餅をついていた神楽ちゃんを入り口方面へと蹴り飛ばす。

 するとそのとき、丁度自動ドアが開いた。

 

「どぅわ!?」

 

「うぇっ!?」

 

 見慣れた銀髪の侍と眼鏡の助手にクリーンヒット。うまくクッションになってくれてなによりだ。

 しかし建物内の状況を見た瞬間、外の人影達は一斉に走り去っていく。当たり前か。

 だがえいりあんがまだでろでろしているところからすると、まだ完全に倒せたわけじゃないらしい。やっぱりここは専門家さんに任せる他ないか……

 

「ソラッ!」

 

 思い切り蹴飛ばし、戦線から離脱させてやったのにも関わらず、神楽ちゃんが加勢しようとこちらに近寄る。人の親切を無駄にするもんじゃないってーのに。

 

 

「おっ、いたいた」

 

 

 声のした入り口付近には、いつの間にいたのか茶色いマントを身にまとった人影。

 すると次の瞬間、持っていた傘が剛速で投擲される。

 一瞬にして奥の方まで吹っ飛ばされるえいりあん。轟音と共に壁へ突き刺され、ピクリとも動かないところから完全に仕留めたことが分かる。

 

「さがしたぞ、神楽」

 

 しばしの間の後。

 

「……パピー?」

 

『ぱ、』

 

 ぱぴィィィィ!? という銀さんと新八の驚愕した声が銀行内に響き渡った。

 

 

 *

 

 

「ウスラー、紹介するネ。このダメそうで全然ダメじゃない大人はソラっていうアル。お前も見習えヨー」

 

 ひとまず銀行から出て、さらに外で待ち構えていた真選組をもスルーし、ファミレスへと来た次第である。

 私の席のテーブルには星海坊主さん奢りのチョコレートパフェ。

 銀行から引き出しそびれたので未だ財布には小銭しかない。後でもう一度行かなくては。

 

「ほー、神楽ちゃんの友達か? なかなかカワイイじゃねーの」

 

「カワイイというよりカッコイイアル。クールな上に金もあるカッケー大人ネ」

 

 結局金なのか。

 褒められるのは嫌いじゃないが、基準がお金である点が何ともいえない。

 

「随分稼いでるらしいですねェ。ご職業は一体何を?」

 

「ただの用心棒ですよ。報酬さえ払ってくれれば仕事は引き受けます。客はこっちで選ぶことの方が多いですが」

 

「この時世に用心棒ォ? 女のクセに無茶するもんじゃねーよ?」

 

 ……それ、さっちゃんにも言われたな。

 生憎と始めたきっかけは覚えていないのでこれに関しては返しようがないのだけど。

 

「元々は万事屋にとって都合のいい金ヅルだったアル。けど今はもうすっかり友達――」

 

「誰が友達だ。ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞクソガキ」

 

「まぁまぁ照れんじゃねーヨ。素直になれ素直にィー」

 

 にやにやしてくる神楽ちゃん。軽く殴りたい。

 しかし子供相手に、さらに実の親と保護者が揃っているので、その場は思い切り深い溜め息で気を紛らわせておいた。

 

「あの……神楽ちゃん、そろそろ僕達も紹介してほしいんだけど……」

 

 おそるおそる、というか慎重な風に手を挙げ、意見したのは私の隣に座っている新八。

 そういや私が最初に紹介されたんだっけ。会話の区切りもついたし、そろそろ筋書き(げんさく)通りに事を進めるとしよう。

 

「こっちのダメな眼鏡が新八で、こっちのダメなモジャモジャが銀ちゃんアル。私が地球で面倒見てやってる連中ネ。ウスラー、挨拶するヨロシ」

 

 ダメって何? と呟く男二人の言葉は無視。

 一方、星海坊主さんの反応は私のときと違い、なぜか喧嘩腰になっていた。相手が男か女かで変わるモンだったのか。

 

 ――夜兎の力を悪用しようとする者はごまんといる。星海坊主さんが心配しているのはその点だ。

 しかし言い方が癪に障ったのか、銀さんも挑発的である。

 ま、筋書き通りの展開なのて別に深くは追求しない。

 

「――とにかく、テメーのような奴にウチの娘は任せてられねェ。神楽ちゃんは俺がつれて帰るからな!!」

 

「な――に、勝手に決めてんだァァ!!」

 

 そこで、星海坊主さんを銀さんごと蹴飛ばす神楽ちゃん。

 隣に座っていた新八は慌てて銀さんの元へ駆け寄るが、私はひたすら、黙々とチョコパフェを食す。他人の金で食うものほど美味いものはない。

 

『ほぁちゃああああ!!』

 

 ……と、口論の末に神楽ちゃんと星海坊主さんがファミレスの窓をブチ破って外に飛び出した。

 喧嘩すんならせめて周りを見てだな……あーあ、一体誰が修理費出すのやら。

 

「暴れてんなー、夜兎親子」

 

「言ってる場合ですか! 銀さん、ちょ、どうすんですかアレ!!」

 

「どうするっつったって……」

 

 面倒くさそうに頭をガリガリとかく銀さん。

 しかし一つ溜め息をつくと新八に「俺がなんとかしとくから先に帰ってろ」という内容の言葉を告げる。

 

「テメーはまだチョコパフェ食ってるつもりか?」

 

 尋ねる銀さんに「いいや」と返し、最後の一口を食べ終わる。

 おかわりをしようにも、今の財布に入っているのは小銭だけ。星海坊主さんが払ってくれた分はパフェ一つ。

 

「私は帰るよ。親子喧嘩に首突っ込むなんざ野暮だろ」

 

 席を立つ。

 新八の前を通り過ぎ、銀さんの横を通り過ぎ、何事もなかったかのようにファミレスを後にする。

 

 

 銀行強盗、星海坊主さんとの顔合わせ。

 介入はしたが、明日の「VS第一級危険生物」なんて生き抜けられる気がしない。

 もっとヤバイなのは「松っちゃん砲」だ。守りが傘一本とか現実的に考えて怖すぎる。

 

 いや、そもそもにおいて本来この問題に関わるべきなのは万事屋チームだけ。

 神楽ちゃんに友達呼ばわりされようと、部外者である私にできることは何一つとしてないだろう。

 

 

 *

 

 

 戦線離脱を決めた翌日、私は現金の引き出しに向かっていた。

 もちろん昨日の銀行は修繕工事が行われていたので、コンビニに設置されていたATMから引き出すことになったのだが。

 

 本題はここから。

 無事に何事もなく一定額を財布に入れ、町をぶらぶらしていたときのことだ。

 

 

「ソラさん! 丁度良かった、神楽ちゃんがお父さんと帰っちゃうらしいんです!!」

 

 

 ダメガネこと、新八が現れた。

 

 ちょっと待て。なんでここで会う?

 まさか今、万事屋抜け出してきたところか!?

 

「そ、そうなんだ。それは……残念だったね」

 

 心にも思っていない励ましの言葉をかける。

 どうせ明日になれば普通に万事屋の一員としているだろう。私の介入なんて必要ない。

 

「神楽ちゃんのトコ行きますよ! 早く!!」

 

「え? 何で!?」

 

「何でじゃありませんよ、貴方神楽ちゃんがいなくなってもいいってんですか!?」

 

「いや、あの……」

 

 ――心の内にて、私は叫ぶ。

 神楽ちゃんはちゃんとこれからも銀魂のヒロインやってくよ!

 別に私が行かなくても神楽ちゃん地球(こっち)に残るし!

 ターミナルに行ったとしても砲撃くらいたくないし、えいりあんと戦うとかまず面倒だし、何より死にたくないしィィ!!

 

 などという、結果だけ知る全能もどきの心境なぞ知るわけもなく。

 ほら早く! とぐいぐい腕を引っ張る新八。この男、一回キレるとすごい行動力を発揮する。シリアスな話の局面において、彼のような存在は欠かせないだろう。

 

 ……ということは、今はその存在の特性が私に向けられてるってことか。

 こりゃもう戦線離脱は諦める他ないかぁ……

 

 

 かくして私は「この世界のキャラはホントに人の話聞かねーな!」と心の内で絶叫しながら、引きずられるような形でターミナルへ行くことになったのだった。

 ……やはり、彼はあのお妙さんの弟だ。

 

 



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親子

 浮遊しているのは神楽ちゃんが乗り込んだであろう宇宙船。

 しかし現在、それにはえいりあんと思われしき巨大なモノがひっつき、異様としか言い表せない光景になっている。

 

 

「……どーすんのアレ。戦うの? マジで?」

 

 今までどんな修羅場をくぐってきたとしていても、流石にあんな巨大生物と戦うなど常軌を逸している。

 ガチモンの星砕だろーが、私は一介の用心棒に過ぎないし、宇宙でえいりあんを倒したことがあるといってもターミナルのエネルギー吸ってパワーアップした化物とか戦おうとうとも思わない。むしろ生き延びるだけで精一杯である。

 

 人をずるずるとここまで引っ張ってきた新八は、取り付けられていた梯子(はしご)を登り、大声で神楽ちゃんの説得をしていたが、今さっき船がバランスを崩し、壁にぶつかった衝撃で上から落っこちてきていた。

 なんとか受け止めはしてやったものの、やっぱり来るんじゃなかったと後悔する。

 ……今更、ここまで来て帰ろうとは、素直に思えないが。

 

 

「――てめーら、何しに来た?」

 

 声のした方を見ると、そこには星海(うみ)坊主さんが立っていた。

 新八は気絶したまま――てことはここは私が答えなきゃいけないのか。

 

「別に。私はただ引きずられてきただけですよ。アンタ、娘さんはどうしたんだ」

 

 他人事のようにそう問いかける。

 自分から勝手に境界線を引いてそこから先は絶対に踏み込まない――職業病。別段、克服しようとも思わない。

 

「……アイツのことだ。他の連中を気遣って船に残ってるかもしれねェ」

 

 船はターミナルを突き破り、機体の一部が外に出てしまっている状態だ。

 内部であるここもじきに、船に巻きついているえいりあんに呑まれるだろう。しっかしあの触手ホントに気持ち悪いな。

 

「おい、しっかりしろ坊主」

 

「……アレ、花畑じゃなくて焼け野原が見える……」

 

 誰の頭が焼け野原? と永遠に花畑で楽しく過ごさせてやろうかと拳を握る星海坊主さん。

 新八も復活したようだ。後は主要メンバーで何とかしてくれればいいのだが――

 

「さっさとお前らも逃げろ。死ぬぞ」

 

「僕も行きます。神楽ちゃんは……ほっとけない」

 

 真直ぐな瞳でそう言う新八。

 確かに、万事屋は3人いてこその万事屋だ。もう家族のようなモンである。

 

「邪魔だ、帰れ。テメーらみてーなひ弱な生き物にいられたら迷惑なんだよ」

 

 ここは俺達の居場所だ、と告げる星海坊主。

 その眼はまさしく、幾多の戦場をかいくぐってきた本物の猛者のもの。

 だが同時に、戦を好む狂気もはらんでいるようにも見える。

 

「……でも、」

 

 口を開きかける新八――その瞬間、私は動いた。

 背後に忍び寄っていたえいりあん。

 本来ならば星海坊主さんが気付いて倒すハズだったモノ。しかし、気付く前にほんの少し速く動き、腰にあった妖刀を抜いて一気に切り裂く。

 

「あっぶねーなオイ。もうちっと周り気をつけろよメガネ」

 

 ドシャッと地に落ちる禍々しい生物の一部。

 ……こんなものが大量にいる場所にこれから行くってか。結構ハードだなぁ。

 

「テメェ……それ本当に木刀か?」

 

「一応は。坊主さん、貴方の言いたいことはお察ししますけどね、今はとっとと娘さん探した方がいいですって。あんな状態の船、中で何が起こってるか分かりゃしませんよ」

 

 今頃は、一人でえいりあんと戦っているか、バカ皇子とそのお付きを助けるために動いているか――行ったってもう遅いかもしれないが、ここでグダグダ話していても仕方ない。

 

「すみません……僕が連れて来たせいで巻き込んでしまって……」

 

 その台詞を言うのは今更だぞ新八君よ。

 ずるずると引きずられる前に、こっちは昨日の銀行強盗から巻き込まれてるようなものだ。

 

「助手は……まぁ比較的安全そうなルートをどうにかして見つけろ。私は親父さんに借りを返さなきゃいけない」

 

「借り? 俺ァ、何もした覚えはねーぞ」

 

 ……確かに、ここまで巻き込まれてばかりだったが、この人はきちんと前払い(・・・)をしてくれている。

 報酬は最後に受け取ると決めているが、今回はその順番が逆になっただけだ。今までとやってきたことと何ら大差はない。

 

「一飯の恩だよ。パフェ、奢ってくれただろ」

 

 金はいらないと言い、報酬には食料を受け取っていた日々。

 安定した生活を求めず、生きることだけに執着していた時期。

 

 金でも食料でも、一日生き延びることができるなら用心棒としての仕事は敵が何であろうと引き受けた。巻き込んだ謝礼のパフェでも当時の私にとっては十分過ぎる報酬だ。

 今は――用心棒というより、えいりあんはんたー紛いのことをしようとしているのだろうけど。

 

「パフェ一つでアレと戦う? オメー、死ぬつもりか」

 

「誰があんなのと戦うなんて言ったよ。私がやるのは迷子捜しだけだっての」

 

 どちらにしろ、アレと戦うハメにはなるだろうから星海坊主さんの指摘は正しいのだが……死ぬつもりなど毛頭ない。せいぜい、私が行うのは主人公(ヒーロー)が登場するまでの時間稼ぎである。

 

「――……勝手にしろ」

 

 心底呆れたような声色で呟く星海坊主さん。

 話は決まった。なら、さっさと片付けよう。

 

 

 *

 

 

「えいりあんがなんぼのもんじゃーい……って、こりゃ流石に無茶か……?」

 

 次から次へと襲って来る触手の束。

 それを斬ったりかわしたりしてなんとか道を拓く。

 外まで出ることはできたものの、未だ赤いチャイナ服を見つけられていない。

 

 原作での出血量、滅茶苦茶痛そうだったもんなぁ……せめて、大まかな流れは変えられなくとも、あの傷をもう少し軽くしてやることはできないだろうか……?

 しかし既にどこかで倒れてしまっているのなら、まずは例のバカ皇子でも――

 

「「わああああ!!」」

 

 噂をすればなんとやら。

 喚くバカ皇子とそのじい発見。

 ということは――神楽ちゃんが近くにいる、という証明でもある。

 

「早く! こっちアル!」

 

 ハッキリと聞こえた声。

 見ると、二人を助け出さんがため足に巻きついた触手を傘でぶち斬り、えいりあんへ突進する神楽ちゃん。

 おかげでバカ二人の方は間一髪、化物からの猛攻から逃れるも、囲まれた彼女は――

 

 

「――ぃ、」

 

 胴体に衝撃があった。

 木刀で咄嗟に防ぐも、脇腹からは血が滲んでくるのが分かる。

 けれどもいちいち傷には構わず、矢継ぎ早にえいりあんの攻撃をさばいていく。少しは休ませろというのが本音だ。

 向こうのペースが徐々に落ちていくのを確認し、完全なる休息の場ができあがるとホッと息を吐く。

 

 神楽ちゃんは……気絶してしまったようだが、そこまで血が流れていないことから原作よりは軽症で済んだらしい。目的達成。

 

 狙い通りの結果だったのはいいが、少し動きにくくなってしまった。

 保護者たちは一体いつ来るのか。坊主さんの方はともかくとして、今頃の銀さんは散々カッコつけた末、えいりあんに定春共々呑まれているだろうし――

 

「あー、クソ」

 

 束の間の休息というのはこのことだろう、またもやうじゃうじゃと例の触手が集まってきた。

 

 今回の私の仕事は「迷子を捜して見つけ出す」こと。

 つまりその迷子を護る、までは含まれない。

 ならば私自身が勝手に場所を移動して勝手に戦えばいいだけだ。迷子は見つけ出したので後は保護者さん達の到着を待ちながら、帰りの道に邪魔な奴等を葬っておこう。

 

「おい係長。もしもこのチャイナと似たおっさんが来たらコイツ預けといてくれ」

 

 隅で体育座りとして縮こまっているバカ皇子達に一方的にそう告げると、えいりあんの攻撃が始まる前にすばやく移動する。

 ――脇腹の痛覚は、もう感じていなかった。

 

 

「神楽ちゃァん! どこ行ったァ!? お父さんはここだぞォォ!!」

 

 ――ふと、どこからか星海坊主さんの声が聞こえた。やっと来たか。

 

「……おっと、」

 

 危ない危ない。少しでも気を抜くとまた怪我が増える。

 これ以上この相手に不利になるのはヤバい。

 

 

「神楽アアアアア!!」

 

 

 待ちに待ったヒーローのご登場。

 触手に捕われ、呑み込まれようとした神楽ちゃんと、その口を破って出てきた銀さんと定春。空中で手を伸ばす銀さんと神楽ちゃんだが、届かない。

 それでも定春の背からえいりあんの触手へと飛び移る銀さん。続いて星海坊主さんも触手にしがみついた。

 

 互いを罵り合いながらえいりあんを次々とかっさばいていく。

 その様を見ていると、やはりあの保護者二人は規格外だということを改めて思い知らされる。

 

 とりあえず私も最後の舞台に向かうとしよう。

 松っちゃん砲……正直不安だが、少しは時間を稼げるだろうか……?

 

 

 *

 

 

 爆音がした。

 おそらくは肥大化し、えいりあんの「核」が船底を突き破ったものだろう。

 空の方を見ると、既に幕府の軍艦が迫ってきている。

 松平さん、下手したらアンタの手駒も木っ端微塵ですよ。

 

「今撃ったらもれなく国際問題だぞォ!!」

 

「たった5分でいいから待てって言ってんだよォ!!」

 

 お、核んトコにメガネと定春とバカ二人みっけ。

 皇子を人質にしたか。いい考えだとは思うが、いかんせん相手が悪すぎる。

 

「あ、ソラさん! って、その傷……!」

 

「そこらで引っ掛けただけ。それよりチャイナはどこいった?」

 

 訊くと、今は銀さんが助けに向かっているとのこと。

 というかこの核の中。神楽ちゃん達が出て来る前に、私は私で時間稼ぎしといてやりますかね。このままじゃ私も死ぬ危険性あるし。

 

「? どうしたんスかソラさん。携帯なんか出して……あっ」

 

 新八君はどうやら察したようだ。頭の回転が速い。

 携帯に登録してある番号を選ぶ――といっても、あるのは1件だけだが。

 

 

『なんだァおい。こちとら仕事中だぞ』

 

 

 数回のコール音の後、破壊神・松平片栗虎様が応じてくださった。

 まだスイッチ押してないよね? 大丈夫だよね?

 

「長官どのー。ちょっと今撃つのやめてもらえます?」

 

『あん? その声は絶条か。オジさん今忙しいんだよォ、話なら後にしてくれや』

 

 後にしたらこっちが死ぬんだよ……

 何のためにわざわざ電話したと思ってるんだ。

 

「いや私もエイリアンのトコにいるんです。撃ったら手駒よばわりされてる私も人生おじゃんなんですよ」

 

『はアァ? なーんでここでテメーが出て来るンだよ。早く帰れや』

 

「帰る前に死にそうだからこうして電話してんでしょーが。ちょっと待ってください。最低あと5分ちょいでいいんで。変なボタンとか押さないでくださいよ?」

 

『いや、5時から娘の誕生パーチーあるから……』

 

 パーチーが何だってんだ。本当にこの人も親バカだな。

 

「行くのは時間ちょっきりよりも最後チラッとサプライズ的な感じで出てきたほうがいいと思いますよ。プレゼントもコッソリ枕元に置いておくのがいいんじゃないですか」

 

『それクリスマスのだろうが。もういい? 5分経ったっしょ』

 

 早い早い早い!

 待て、待ちやがれ松平。何、スイッチに手ェ触れてないよね! 押すなよ!? 絶対に押すなよ振りじゃないからな!!

 

「ストップストップ! ちょっと待……!!」

 

 ピッ、という音が電話の向こうから聞こえた。

 すると船の大砲にエネルギーらしきものが充填されていく。それを遠い目で見つめる私。

 

「……アレ、なんか……撃とうとしてない?」

 

 その通りだよバカ皇子のじい。

 あぁ……あんな無茶苦茶な人を説得するとかいうのが無理な話だったんだ……

 

「……ソラさん、まさか……」

 

 嘘でしょ? と言いたげに顔が真っ青な新八に私はこう告げる。

 

「生きとし生ける者全てに祝福あれ」

 

 棒読みで聖書に書いてありそうな言葉を呟き、ピッと明後日の方向を向いて通話終了のボタンを押す。なす術なし。さようならセカンドライフ。

 

「ってことは、失敗したってかァァァ!!? ねぇソラさんンン!?」

 

 ツッコミが痛いぜ新八……なんなら一回だけでも長官さんに会ってみろというもの。出会い頭に発砲してくるヤバい人だから。警察ってよりヤクザな方だから。

 

 

「――それ私の酢昆布ネェェ!!」

 

 

 と、核から赤いチャイナ娘と銀髪の侍が飛び出してきた。

 形としては、神楽ちゃんが銀さんを殴ってそのままぶち破ってきた、みたいな。

 衝撃で周りの奴等が吹っ飛んだが、運よく私は電話をする際、隅っこにいたので事なきを得た。

 あれ? こんなん前もなかったっけ?

 

「いくぜェェ!! お父さん!」

 

「誰がお父さんだァァァ!!」

 

 銀さんと星海坊主さんが核に攻撃を入れる。

 おかげでえいりあんの動きは鈍くなったが、今一番心配すべき問題は……

 

『早く逃げろォ! おっさん知らないよ、おっさんは一切責任とりまっせん!!』

 

 スイッチ押した張本人が何か言っている。

 

 新八は本体であるメガネを探しているし、神楽ちゃんはまだ意識が戻ってないようで銀さんを蹴飛ばしたり殴ったりして暴れまわっている。あ、星海坊主さんの毛根が死滅した。

 

 そこまで見届けた直後。

 

「……あっ」

 

 

 次の瞬間、視界が白く染まる。

 ターミナルに巣くっていたえいりあんが消し炭にされる音。

 何より鼓膜を刺激するのが真っ向から放たれた砲撃による轟音。

 

 今までこんなにも死を身近に感じたことはあっただろうか。

 私が覚えている限りの記憶では、おそらく前世の――――、

 

 

 視界が開けたときに見えたのは、髪も衣装もボロボロな星海坊主さんの背中。

 周囲のものは焦げ、あちこちから煙が上がっている。

 

「俺も焼きがまわったようだ……他人を護って、くたばるなんざ、」

 

 グラリと身体が揺れ、その場に倒れこむ。

 本当に――傘一本でアレを止めたのか……

 

 銀さんと新八が坊主さんに駆け寄って呼びかける。

 私の傍らには意識がなく、眠ったままの神楽ちゃん。

 二人共、他人を護って気絶する辺り、やっぱり親子だな。

 

 物語終息の気配を感じながら、そんなことを思った。

 

 

 



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木刀使い

「オイ、待て」

 

 

 夕暮れ空の下、フッと煙のように立ち去ろうとした人物を呼び止める。

 抜けているような気がして全く隙らしきものはない――が、戦いを好む獣というよりは戦い慣れてしまった一般人、という表現が似合いそうだ。

 

「テメー、神楽のこと護ってくれたらしいな。おかげでそこまで大事にならずに済んだ。礼を言うぜ」

 

「……どっから聞いたんですか」

 

「係長っぽい人から」

 

 言うと、深い溜め息をつかれた。

 隠していたのか。そうじゃないのならわざわざ俺や神楽に伝える予定はなかったということだろう。

 

 現在、神楽は救護班に手当てを受けている。

 深手ではないにしろ、一応のためだ。

 目の前の女は、見た限りじゃケロッとしているが、痛みはあるに違いない。早く手当てに行けと言いたいが、そうしたところでコイツが俺の言うことを聞くとも思えない。

 

 ……しかし、腰に下げた木刀、そして神楽から聞いた用心棒という職業に、遠目だがチラリと見えたえいりあん相手にあの戦闘力――

 

「なぁアンタ、もしかして……」

 

「人違いです」

 

 言い終わる前に即答されたが、無視して質問させてもらう。

 

「アンタ、『木刀使いの女用心棒』の奴じゃねーか?」

 

 木刀を使い、あらゆる天人の護衛をする女用心棒。

 6年ほど前に宇宙の片隅で囁かれていた噂話だが、今ではすっかり聞くことはなくなってしまっている。

 木刀といえばあの白髪頭の奴も持っていたが、コイツの方が話の特徴に当てはまる部分も多いし、女の身で用心棒などそうそういるものでもない。

 

「……木刀使い? なんスかそれ?」

 

 振り返った奴の顔は心底からキョトンとしたものだった。どうやら本当に知らないらしい。

 

「何ってオメーのことだよ。まさか地球人とは思わなかったがな」

 

 へぇ……と興味を示すどころかどーでもいい、という感想が返ってきそうな答え。

 自分のことに関しては淡白な性格らしい。それとも周りの奴等が何をどう話していようがあまり気にしないのか。

 

「もう宇宙には行かねぇのか? テメー程の実力ならいつか立派なえいりあんはんたーになれそうだがなぁ」

 

「別にエイリアンハンターとしての予定はありませんけど……えいりあんと戦うなんて地球人の私は身体が持ちませんよ」

 

 ふむ、まぁその通りだ。

 いくら強いとはいえ、夜兎のようにすぐ傷が回復するわけでもない。コイツも、ひ弱な生物の一員か。

 ……なら、もう一つ気になっていたことを訊くとしよう。

 

「お前、なんで神楽のこと()()()()()()()()()()()()?」

 

 そう――最初の内はもしかすると、会話の流れで偶然呼ばなかっただけかもしれないと思っていたのだが、ターミナルでの「娘さん」や「迷子」といった呼び方。

 それでも十分誰を指しているかくらいは分かったのだが、どうしてもこの女の口から「神楽」といった言葉は出てこなかった。

 

「……坂田さんみたいなこと言いますね。親バカ同士、どっか似てんですか?」

 

「神楽だけじゃねぇ、他の奴等にもだ。どうして他人と距離を取ろうとする」

 

 坂田さん……こりゃ、あからさまだな。周りの奴等は「銀さん」だの「銀ちゃん」だのと呼んでいる中で、こいつは「銀」という単語すら口にしない。

 

 神楽はこの女を「友達」だと言っていた。

 しかしそれに対するコイツの答えは「ふざけんなクソガキ」、だったか。

 当の神楽はただの照れ隠しだと思っていたが、あれは――

 

「職業病ですよ」

 

「っつっても、まさか名前を覚えていねェなんてことはねーだろ?」

 

「……」

 

 おい、なぜそこで黙る。

 マジで? まさか名前呼ばないのは単に記憶力の問題?

 

「大丈夫ですよ星海坊主(・・・・)さん。名前ぐらい知ってます」

 

 星海坊主、という名を言うか。

 しかしそれは仕事をこなしている内に定着した通り名であって、本名じゃない。

 それを知ってか知らずか……妙な野郎だ。

 

「……ならどうして口に出さない。単に嫌いなだけか、照れ隠しか、どっちだっつーんだ」

 

「どっちでもないですね。私としては……」

 

 言いかけ、言葉に詰まったのか軽く肩を落とす。

 寂しさや、悲しさなどはその仕草からは読み取れない。ただ、微かに感じたのが、

 

「…………困りました。分かりやすい言い訳が思いつかないですね」

 

 ――自身に対するどうしようもなさ。

 申し訳なさ、ともいうべきか。しかし、きっとそれが真実ではないだろう。単にその表現が近しいだけだ。

 

「なんだ、言い訳するほどのことがあるのか」

 

「そうですねー……まぁなんというか、()()()()()()のはちょっと」

 

「?」

 

 妙な言い回しをする。

 先に呼ぶ? 誰に対して? 誰より先に?

 

「別に娘さんたちを嫌ってるわけじゃないです。むしろ面白い。友達になるかは別問題ですけど、ええ、いずれ素直に呼び始める時もきますよ」

 

 ますます訳が分からない。一体こいつは何を思ってそんなことを言うのか。

 だが、此方の困惑に反して、彼女の表情は穏やかだ。どこか、達観しているような雰囲気であるのは見間違いか。

 

「それじゃ、私はこれで。パフェ奢ってくれてありがとうございました」

 

 (きびす)を返し、地上へと戻る道のりを歩いていく。

 名は……絶条ソラっつったか。アイツのことだから偽名の可能性もあるが。

 

「……フン、最近の若い奴ァ、変なのばっかだな」

 

 呟いて反対側の道を見ると、遠くから白髪の奴が歩いてくるのが見えた。

 

 



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夢と希望だけでは生きられない
勧誘


「あ、絶条さァーん。そんなトコで何やってんですかーぃ」

 

 突如かけられた間延びした声。

 きょろきょろと辺りを見回していると「下ですよ下ぁー」と言われた方角を見ると川に赤いアイマスクをつけているサディストが流れていた。

 

 えーと、このシーンは……ちょっと前にニュースで巨大化した定春が映ってたから、その後……銀さんの隠し子篇か。

 相変わらず予想外の場面に遭うなー……どういう反応すればいいんだこれ。

 

「散歩だよー。お前は何だ、そのまま海にでも行くつもりかー?」

 

「別に行きやせんよー。どうやって陸に上がろうかと考えてたところでしてー」

 

「へぇーそうなんだー頑張れよー」

 

 相手が誰だろうとどんな状況だろうと私には関係ない。

 そそくさとその場を離れようとした――のだが。

 

「俺から川の脅威を退けてくれた暁には何か奢りますぜー」

 

 分かりにくいからそこは普通に「引き上げるのを手伝って欲しい」と言え。

 

 

「ハーゲン3つな」

 

 引き上げるや否や、びしょ濡れの依頼人に対して報酬を要求する。

 コイツのことだ、下手をしたらいつの間にか報酬未払いで姿を消されるかもしれない。

 

()けーですよ絶条サン」

 

 濡れた上着の裾をしぼり、せめて1つ、と交渉を持ちかけてくる沖田総悟。

 まぁ別に、報酬が貰えればそれでいい。

 

「しっかし、まさか橋の上から釣り上げられるとは……縄はともかくとして、竿の部分はどうしたんですかィ? まさか女一人の力で俺を引き上げたわけじゃねーでしょう」

 

「橋の手すりをよく見ろ」

 

 言うと、沖田はナルホドと納得の声を上げ、縄が括りつけられている手すり部分を確認し始めた。

 私も上から覗き込んでみると、そこには若干ながらヒビのようなものが――

 

「……用心棒サン、これって器物損壊……」

 

「お前も共犯だろ」

 

 

 とりあえずその場は、人命救助という名目と報酬のダッツの支払いで、二人共何も見なかったことにする方針で決まった。

 別にいいよね、あの橋これから何度も壊れるし!

 

「アンタ、用心棒って割には何でもやりやすねェ」

 

「私はただ川の脅威から依頼人を護ってやっただけだよ。昼寝すんならもう少し場所を考えろ」

 

「ありゃ違いやすって。万事屋の旦那に投げ捨てられたんですよ」

 

 ……川に投げ捨てられるなんて事態、日常では起こらないのだが。

 もはや一つの事件である。

 投げ捨てる方も、投げ捨てられる方も、尋常な人間じゃないのが伺える。

 

「なんでも旦那の奴、隠し子がいたそうで。ホント、クリソツだったんでさァ」

 

 聞いてもいないのにペラペラと喋る。

 なるほど、こうやって色んな誤解を生み、事件が起こるから銀魂の世界はいつも騒がしいのか。

 きっとこの世界で主要人物とされている者は、事件の種を知らず知らずの内にまいてしまう奴のことを言うのだろう。

 

「隠し子ねぇ。あんなダメ侍に相手なんていたっけ?」

 

「相手までは分かりやせんけど、あの死んだような目なんて瓜二つでしたぜ。旦那もスミにおけねーや」

 

 ……銀さん本人が聞いたらまた川に投げ落としそうだな。

 ていうかそういう台詞を吐いたから投げられたんじゃなかったか。

 

「んじゃ、俺も公務に忙しいからこれで。あと橋についてはご内密に」

 

 わーってるよと手を挙げて見送る。

 アイマスクつけてる時点でサボりだろうに、白々しい。

 

 

 

 

「おや、こんなところで会うとは奇遇だなブルジョワ殿。さては貴様も国を変えんがため、攘夷活動を――」

 

「しねーよ。あとブルジョワって呼ぶのヤメロ。絶条だ、絶条ソラ」

 

 あえてブルジョワというのは否定しないでおく。

 警察の次は坊さんに変装したテロリストか。銀さんは――まだ来てないのか?

 

 

「おい、ヅラ! ――っと、テメーは……」

 

 現れたのは子守り狼こと、腕に勘七郎(かんしちろう)君を抱えた銀さん。

 

「……腐ってんなー」

 

 私が発した言葉に一瞬キョトンとする。

 しかしすぐさま、

 

「いやいや違うって! 俺の子じゃねーって!!」

 

 と、激しく首を振り全力で否定。

 事情は知っているものの、誤魔化すにはハードルが高い。

 

「どうした銀時。というか貴様いつの間に子を……」

 

 尋ねる桂さんに、銀さんはなるべく手短くこれまでの経緯を語った。

 見知らぬ赤子、それを追う橋田屋の名を口にする連中――もうじきここにも来るので、少し隠れさせろ、という要望。

 

「絶()殿も身を隠した方がよかろう。さ、早くこの中に……」

 

「絶『条』な。そしてお前は缶という容器についてもう少し考えろ」

 

 桂さんが差し出したのは「みかん」と書かれた缶詰だった。

 バカだ、やっぱバカだよこの人……

 

 銀さん、勘七郎君と共に、路地を塞ぐ形で置かれている壁の裏側へ隠れ潜む。

 横にいる二人を改めて見比べる。やっぱりクリソツ。

 

「どこへ行った!?」「向こうを探せ!」

 

 追っ手らしき者の声とその足音が壁越しに聞こえてきた。物騒。

 音が遠のくと、桂さんから行ったぞ、との合図。

 行ったぞと言われてもなぜだか即座に出ようという気がしない。一応の間を取ってから、としばし壁にもたれかかる。

 

「……行ったと言っている」

 

 二回目の声を聞いて外に出ようと立ち上がるが、外を見ると桂さんが先ほどのみかんの缶に向かって「行ったと言ってるだろうがァァ!」と叫んでいた。

 続いて「んなトコ隠れられるかアア!!」と銀さんがツッコむ。仲良いなこの人達。

 

 桂さん曰く、先の追っ手はおそらく攘夷浪士とのこと。

 そしてその雇い主が銀さんソックリの赤子と関係ある人物……て、いや全部知ってるケド。

 

 

 ……この事件、「人斬り似蔵(にぞう)」と呼ばれるキャラが出て来るんだよな。

 本格的に動き出す時期は紅桜篇。赤子回が今日ということは、事が起こるのはそう遠くないだろう。

 似蔵と面識を持つのは今じゃなくてもいい。そもそも鬼兵隊と関わるのは紅桜篇からでも十分間に合うし。

 

 溜め息を吐き、その場から離れようと足を踏み出す。

 

「む? もう行ってしまわれるのか。攘夷はいいのか攘夷は」

 

「だからやんねーって。何でアンタそんなに勧誘してくんの」

 

 攘夷だのJOYだの、私はそんな面倒なことはやらん。

 というか警察庁長官と繋がりのある奴が攘夷志士になったりしたら色々問題だろ。

 

 

「何を言うか。貴様もかつては我々と戦を共にした者であろう?」

 

 

 ――――……はい?

 

 これぞまさしく絶句。あえて浮かんだ感想を言うならそんな馬鹿な、である。

 何だ、新手のボケか、それとも本気(マジ)か。

 

 ……確かに、前世の記憶が戻る前のことはあやふや……というか覚えていないといっても過言ではないのだが。

 しかし、花見のときに思い出したもっさんこと坂本社長の声。

 攘夷戦争と無関係とは言い切れないのも事実だ。

 

「ちょっとちょっと!? ナニお前、何マジになって考え込んでんの!? おいヅラ! 人の記憶まで勝手に改ざんしようとしてんじゃねぇ!!」

 

「銀時、お前覚えてないのか? まぁ俺も最近思い出したことだから無理もなかろう。この女子(おなご)は、あのとき坂本が連れてきた……」

 

「どこまで話作り込んでやがんだよ! コイツはただの用心棒! 攘夷志士じゃねーって!!」

 

 そう、銀さんの言う通りである。

 私はただの用心棒であって攘夷志士ではない。

 たとえ、記憶が戻る前に攘夷志士と繋がりがあったとしても、今更攘夷に加担することなどは考えない。

 

 ……私としては、坂本が連れてきた、の部分がものすごーく気になるんですけれども。

 もしかすると全てヅラの妄想かもしれない――本当かもしれない……かもしれない……

 

 深く考えるとキリがない。一旦思考を止める。

 

「――さて、私は面倒事に巻き込まれる前においとましますよ。子育て頑張れよお父さん」

 

「だから違うっつってんだろうが! なんで俺の周りには話を聞かねー奴ばかりなんだ!?」

 

 それはアンタも話を聞かねー奴だからです、と原作での沖田の台詞をパクる。

 

 過去については気になるところもあるが、ひとまずその件については保留だ。

 詳しくは坂本さんに聞こう。あの頭カラの人が覚えてるか分からないけど。

 そもそも宇宙にいるから会える機会なんてまず少なすぎると思うけど。

 

 ――しかし時を待たずして、かの坂本辰馬に会えるとはこの日の私は知る由もなかったのだった。

 

 



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楽天家

 銀さん隠し子事件から数日。

 日が落ちて、月が出始めた頃、何かの言い争いをしている万事屋と、傍らでしりもちをついているもっさんを見つけた。

 

「お、そこのお姉ちゃーん! よかったらわしと遊ば――」

 

 そこでもっさんこと坂本さんの台詞は銀さんと神楽ちゃんによる蹴りで遮られた。

 

「人が目ェ離した隙にナンパしてんじゃねェェッ!!」

 

「テメーのために動いてんだヨこっちはアアァッ!!」

 

 どさっと地面に伏す坂本さん。

 あの二人からの蹴りなんて絶対に受けたくない。確実にどっか折れるよ。

 

「す、すみません突然……ってソラさん!?」

 

「相変わらずだなお前等は。そこのサングラスは何だ。殺し屋か?」

 

 松平さんの「グラサンをかけている奴は皆殺し屋論」である。

 無論、オッサンのバカな妄想だ。

 

「いや違いますけど……今回の依頼人ですよ」

 

 ……てことは今日はアニメオリジナル回か。57話の貴重な坂本の登場回でもある。

 どうやらこの世界、基本原作沿いで物事は進むらしいがアニオリも時折混ぜてくるらしい。

 

「――……あり? おんし、どっかで見たことあるような……?」

 

「まだナンパ続けんのか。確かにコイツァ金はあるけどよ」

 

「いい加減にするアル! 女はしつこい男は嫌いヨ!!」

 

 まだ私=金ってイメージなのかい銀さんよ。

 てか、私やっぱり坂本さんと会ったことあるの?

 

「この人は用心棒やってる絶条ソラって人で……えと、お知り合いですか?」

 

 知り合い……といっても私の方はせいぜい花見のときに脳裏をよぎった台詞くらい。

 しかし、坂本さんの方は何やら「用心棒……」と考え込みながらじっと私の木刀を見つめている。

 え、何? 売らないよ?

 

 

「あ、思い出した! おんし、あん時食料持っていった女子(おなご)よの!? 久しぶりじゃのお!!」

 

 

 ……――ハイ?

 

 戦=攘夷戦争?

 前にも桂さんが言ってた感じのやつだが、それに関しては全く記憶がない。

 助かったって……え、共闘とかしたの?

 

 その場にいる私を含めた全員が呆然とする中ただ一人、快援隊社長・坂本辰馬だけがアッハッハッと笑っていた。

 

 

 ■

 

 

 

 

「おまんか、最近(ちまた)で食料奪っていくっちゅう奴は」

 

 鉛色の空の下には、倒れている武士と思われしき者達と、そこにある光景を眺めるように佇む桂浜の龍・坂本辰馬。

 ……そして、坂本からやや離れた場所でしゃがみこみ、先ほど武士達(しかばね)から掠め取った食料を頬張っているのはおよそ12、13歳と思しき少女。

 ろくに手入れもしていないのかまとまりのない髪、屍から剥ぎ取ったのか、裾が若干破れているフードつきマントを羽織る様は、まるで娘の境遇そのものが反映されたようである。

 

 自分に声をかけた坂本に対し、少女は何を答えることもなく、口に含んでいたものを飲み込み、立ち上がると脇に抱えていた刀を鞘から抜く。

 

「待て待て、それは(わらし)が扱うもんじゃなかろうて。第一、おんし剣の振り方を知っちょうのか?」

 

 今にも飛び掛りそうな程じっと睨みつけてくる少女を片手で制する坂本。

 しかし一方の少女は剣先を相手(てき)に向けたまま。

 他人(ひと)に怯えている様子はなく、あるのは獲物を狙う獣のような鋭い眼光と、自分のために、生きるために行うという決意の念。

 それを察したのか、坂本は顔をしかめながらもさらに問いを投げる。

 

「……人を、斬ったことはあるか」

 

 今度の質問には無言でゆっくり頷く少女。

 だが刀をしまう気はないらしく、「だから今はお前を斬る」と言いたげに未だ真直ぐ坂本の目を見据えている。もしかすると、今までに何度も訊かれてきた事柄なのかもしれない。

 

(……だったらどういて、今まで関わった者達はこやつを放っておいたのかのぅ……)

 

 何故何も教えてやらず、こんなところで人から食料を奪う生活をさせているのか。

 

 坂本は奇襲に遭った者達の懐から消えていたのは携帯食料のみで、金銭には全く手をつけられていなかったという話を思い出す。

 犯人を見ると、どうやら金という言葉どころかその存在すら知らない様子である。

 

 生きるために、仕方がなく。

 剣を振るうことしか知らんのか――ならばこの娘にはまず「(あきな)い」という言葉を教えてやらんとな、と坂本は溜め息を吐いた。

 

「おまんはまず人を護ることを覚えるぜよ。刀をデタラメに振り回すだけじゃあただの獣と一緒じゃきー」

 

 子を戦に参加させるのに気は乗らんが、このままだと鬼になる――だが、今ならせめて、道を正すことはできるだろう。

 眉をひそめる彼女に構わず、坂本は言葉を続ける。

 

「わしの名は坂本辰馬。課題達成の暁にはたんまり報酬(しょくりょう)ばやるじゃきに、今はわしの後についてくるとええ」

 

 食料、という響きで少女は相手に敵意がないことを察したのか、カチャリと刀をしまう。

 人を疑わない、案外単純なところも残っているのかと口元を綻ばせる坂本。

 彼を知る者達からすれば、それはテメーもだろ、というツッコミが入りそうなのだが。

 

 

 

 

 ■

 

 

「……そん後のことはよく思い出せんなぁ。ヅラには紹介したんが、金時と高杉はもう戦に向かっちょってて……確か終わった後は報酬の食料だけ持っていつの間にか消えちょってたわなぁ、アッハッハッ!!」

 

 「喫茶珈琲屋」の中で本日会ってから数回目の大笑い。

 ……てことは、私は坂本さんに会ったのがきっかけで用心棒をやり始めた、ということだろうか。

 

 全然しらねー。思い出せねー。

 つまり結局、白夜叉時代の銀さんには会ってなかったのか……けど、どこかで見たような気はしてたんだが……

 

「……えーとつまり? 私はかつて攘夷に加担したことがある、と……?」

 

「攘夷に加担、というか攘夷志士(みかた)を全員護れっちゅー無茶振りをさせたぜよ。ハードルが高い方が身体に身につくきー思ってのー、アッハッハッハッ!」

 

 アハハじゃねぇ、全員ってどんな無茶振りだ。そしてそれを受けたのか私は。

 ていうかそんなの、ホントに実行とかできたのか。どういう戦闘していたのだろう、とても興味が沸く。

 

「あ、そういえば金時辺りの頭を踏み台にしちょってたような……」

 

「…………」

 

 何だよクサレ天パ。そんな目で見るんじゃねえ。

 大体私、何にも覚えてないからね、まだ何にも思い出せてないからね。

 

「あぁ、あと……そんときの戦死者はゼロだったよーな気ィするなぁ。途中で援軍が来たっちゅーのもあったけんど、初陣にしては凄い快挙を成し遂げてたぜよ。全員の生還は中々あるもんじゃないからのー」

 

 全員生還……

 もしかすると、原作ではそこで死んでしまった人達もいたのかもしれない。

 前世の記憶が戻る前から原作改変じみた行動起こしてたのか……あんまり覚えてないけど。

 

 

 ……剣を振ることしか知らなかった人間に、その力を使って人を護る、ということをもっさんが教えてくれた。

 つまり私が今もずっと用心棒の仕事を続けているのは「その方法でしか」生きる術を知らないからなのか。

 ……やっぱ人として色々問題あるな、私。

 

「――あの、ていうか何で私だと分かったんですか? 身なりとか、当時と全然違いますよね?」

 

「そらァおまさん、あの戦の後から『やけに腕の良い女用心棒がいる』っちゅー噂が立っちょったからの。わしが宇宙に行ったときも『木刀使いの女用心棒』て似たよーな話が一部で流れちょったがぜよ」

 

 あぁ、後者は星海坊主さんにも言われたな。

 「木刀使い」って、探せば結構いると思うけど……いや「女用心棒」のところはあんまりいないのか。

 

「しっかしよく喋るようになったのぉ、おんし。あん頃は最低、一言二言で会話終了な人見知りだったじゃけん、いやぁ元気そうで何よりぜよ!!」

 

 余計なお世話だ。

 人の懐にズケズケと入り込めるアンタとは違うんだよ。

 

 

「オイ辰馬。昔話も程々にして、そろそろこっちの問題に戻るぞ」

 

 

 タイミングを逃すと本題に入れないと踏んだのか、そこでパフェを食べていた銀さんが口を挟む。

 

 なんでも快援隊の積荷と取引先の金が消失したとのこと。

 社長は地球に着くなりフラッと行方不明になってしまったので、今回万事屋に副官である陸奥さんから依頼がきたという。

 

感電血(かんでんち)ィ? 知らんのォ」

 

 ……細かい仕事は全部陸奥さんに任せているらしく、坂本さんはなにも知らないようだ。

 頭カラのクセによく昔の話を覚えてたな。これはもう奇跡といっても過言じゃないんじゃないか。

 

 

 さて、記憶どころかぼんやりしたイメージすら掴めなかったが、仕事を始めたきっかけらしき事柄があった、という事実だけでも収穫である。

 以前、桂さんが言っていたこともこれで確証が得られた。妄想かと疑ってごめん。

 

「……じゃあ、私はこれで。坂本さん、教えてくれてありがとうございました」

 

「そんな他人行儀にせんでもええわい、昔みたいに呼び捨てでええんじゃぞ?」

 

 

 ――呼び捨て、ね。

 なんだ、もう"彼女"は呼んでいるらしい。

 ()()()()、まぁ……

 

「んじゃ、あざっした『声のデカい人』」

 

「アレェ!? なんか悪化しとらんかそれ!?」

 

 呼ぼうと思ってすぐに実行できるわけでもないのだ。

 ていうか坂本さんって色んな呼び名あるし。

 桂浜の龍から超楽天家、さらには船上のゲロリスト。もっさんとかね。

 

 席を立ってとっとと店を出る。

 次に社長と会えるのはいつだろう。蓮蓬(れんほう)篇――は、カオス過ぎてついていけない気がするので介入する気はナシ。そもそも現実にやるのかどうかも不明である。

 

 もっさんは原作でもアニメでも登場回数少ないから次の再会は下手すると数年後とかになるやもしれん。今の内に話を聞けて本当に良かった。

 

 



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妖刀

 既に日が落ちた頃、食料の買い足しにコンビニへ向かう。

 

 報酬で金を貰ったのは確か松平さんが始まりだったか。

 貰った当初はなんとか前世の記憶をほじくり返して金の使い方を思い出し、値段の計算も転生してから全くやってなかったから慣れるまでは苦労した。

 

 ……自分が何かをする代わりに何かを貰う。

 「与えて与えられる」、これも坂本さんのおかげで得られた知識か。流石は宇宙を股に掛ける大商人(あきんど)

 

 

「あれ、ソラさん? 奇遇ですね」

 

 

 声の発生源へ目を向けると新八がいた。

 やはり予想外のところで出逢う。今度は何だ、つか今日は一体何のイベントだ。

 

「小腹がすいてな、あんぱん買いにきた」

 

「あんぱん好きなんですか?」

 

「好きじゃねぇよ」

 

 即行で否定するとえぇ……? と釈然としないさそうな表情をする。

 別に毎日食ってるわけじゃないが、何か食べたいと思うとなんとなくあんぱんに手を伸ばす。原因はきっと……というか完全に山崎だろう。彼が食べているところを実際にまだ見たことはないが。

 

「助手は何してんの?」

 

「いやぁ、ちょっとおつかい……的な? コロッケパンあります?」

 

 コロッケパン……てことは紅桜篇か。

 おつかい、ってかパシりだろ。

 

「もう売り切れてるよ。というか私ので最後だ」

 

「ええっと……それを譲ってくれる、とかは……」

 

「断る」

 

 流石の私もあんぱんだけ大量に買うなどというマネはしないし、あんぱん以外のものも食べる。

 一方の新八はじゃあ似たようなのでいっか……とやきそばパンをカゴに入れていた。

 ……どうせ焼きそばパンもコロッケパンも食べることはないんだけどね。

 

 

 *

 

 

「ソラさん、最近巷で噂の辻斬りって知ってます?」

 

 コンビニを出ると新八がそう切り出してきた。

 案の定、内容は桂さんが辻斬りに襲われたかもしれない、というもの。

 新八とエリザベスはそれを調べるため、辻斬りに話を聞くとかなんとか。

 ……かなり危険だろう、それ。

 

 なんて説明を聞いていると、いつの間にかエリザベスが待っているという路地裏に着いていた。

 

「ちゃーすエリザベス先輩! 焼きそばパン買ってきましたァ!!」

 

『俺が頼んだのはコロッケパンだ』

 

 ちらりと新八がこっちを見てくるが無言を貫く。渡すつもりなど更々ない。

 

「でも、やっぱり無茶じゃないっスかね。まだ犯人が辻斬りと決まったわけじゃないし……」

 

 言いながらエリザベスの元に歩いていく新八。

 するといきなりエリザベスが振り向いたかと思うと、刀を振り回してきた。

 

「なにすんですかァちょっとォォ!!」

 

 抗議の言葉を叫ぶ新八。

 振り返ったエリザベスの頭に巻いていた鉢巻には「打倒辻斬り」の文字が書いてある。殺る気満々じゃねーかエリゴサーティーン。

 

『俺の後に立つな』

 

「うるさいよ! どっちが前だか後ろだか分からん身体してるクセに!!」

 

 それは言えてる。

 

 

「オイ」

 

 振り向くと提灯(ちょうちん)を持った奉行所の人が立っていた。

 傍らでビクッと肩を揺らした新八だったが、正体が分かるとホッと息を吐く。

 ……安心するなよ新八君。

 

 役人が注意を促す――しかし、その言葉は唐突に途切れた。

 

 

「辻斬りが出るから危ないよ」

 

 

 ソレ、辻斬り(本人)が言うことか。

 役人が斬られ、悲鳴を上げる新八に対し、私は何を考えることもなく自然と身体が動いていた。

 

 相手を確認したと同時、近くにあったゴミ箱を思い切り蹴り飛ばす。

 ……一瞬聞こえた呻き声には聞こえないフリをする。すまん主人公。

 

「おっと……突然危ないじゃないか」

 

 全然危なくなさそうに避ける辻斬り――岡田似蔵(おかだにぞう)

 転がって行ったゴミ箱は後ろに設置してあった手すりに激突。

 壊れなくてよかった……でもアレ、絶対中にいる人は気絶してるな。

 

「人斬り似蔵……! (くだん)の辻斬りはアンタの仕業だったのか!?」

 

「知り合いか助手? 随分と物騒な友達持ってんのな」

 

 自分で言っておいて何だが、コイツは物騒では済まない。

 

 腰にある木刀を抜く。

 妖刀VS妖刀。

 星砕(ほしくだき)紅桜(べにざくら)

 ……勝敗は使い手の腕次第か。

 

「ほォ、何者かと思えば……女か。にしては変な気配だねェ」

 

 それは一体どういう意味で言っているのだろう。

 私の気配がそうなのか、それとも転生の――、

 ……ま、魂が見えるという岡田なら勘付いてもおかしくはない。

 

「アンタ、辻斬りなんだろ? 最近、名の知れた攘夷志士と()り合わなかったか」

 

「桂のことかィ? 奴ならもう斬っちまったよ。知り合いだったなら、すまんことをした」

 

 せめて形見だけでも返すよ、と桂さんのものと思われる黒髪を差し出す。

 ……死体の確認はちゃんとしたのかね?

 

「ソラさん、気をつけてください。そいつ居合い斬りの達人ですよ!」

 

 それは知ってるけど……うわー、近寄りたくない。特に刀の方。

 

「俺は強い奴を捜してるんだ……アンタはどうなのかねェッ!?」

 

「――ッ!」

 

 ガキンとぶつかった刃同士の音が反響する。

 路地裏近くじゃ逃げ場がない。一旦、路上に出るか。

 

 似蔵の足を蹴って隙を作り、その間に軽く跳躍して移動――した瞬間に襲ってきた刃を紙一重でギリギリかわす。

 

「逃げるだけかィ?」

 

 逃げるだけ――てーか、こっちから攻撃したら紅桜の経験値にされてしまう。思うように動けないというのが実際のところである。

 

 その時、奥で先ほど蹴り飛ばしたゴミ箱からうぞうぞと銀色の何かが動いているのを確認した。

 意識が戻って来たか――ならば後は任せよう。

 

 一歩で似蔵の懐へ入り込む。

 間合いに入るのはかなりのリスクを伴うがそれを理解(わか)っている上での行動。

 ここで倒れてしまっては今後の展開に支障をきたす相手なので、力加減には注意しながら木刀で胴体を叩く。

 

「――ッ!?」

 

 怯む似蔵だったが、紅桜の方はそうはいかない。

 紅色に輝く刃からは以前、ターミナルで戦ったえいりあん並に気色の悪い触手が(うごめ)いた。

 

「危ねっ」

 

 傍から見ればそこまで危なくなさそうな声を上げながら触手――というかコードのようなものを慌てて斬って引きちぎる。

 こんなのもう相手にしてられない……つかしたくない。そう思いながら刃を紅桜が乗っ取っている右側の肩甲骨付近へ突き刺し、力任せに後ろへと押し返す。

 

「ッ――女にしてはやるねぇ、アンタ」

 

「そりゃどーも」

 

 私というよりは、星砕の方が凄いのだろう。

 本来なら既に吹っ飛ばされているところを、この木刀が衝撃をも粉砕し、使い手の私を立たせてくれている。

 木刀を抜き、その上さらに胴体へ一撃――と、いこうとするがそこで紅桜が動いた。

 

「いッ!?」

 

 咄嗟に後ろへ跳ぶ。

 斬られたかと思った腕は無事。

 せいぜい衣服を掠っただけか。しかし反応が一瞬でも遅かったら……

 

 私が怯んだのを好機と見たか、紅桜を使ってさらに攻め入る似蔵。

 だがこちらも扱っているのは同じ妖刀――反射的な行動で相手の刃を防ぐ。

 紅桜の攻撃を防ぎ切り、全く折れる気配を見せないからか、似蔵が訝しげに眉を潜めた。

 

「……おかしいねオイ。アンタそれ、本当に木刀かィ?」

 

 質問に答える気はない。

 ここでの台詞は――

 

 

「おかしいねオイ。アンタらそれホントに刀ですか?」

 

 

 似蔵の背後から、銀色の侍が姿を現した。 

 振り返ろうとした人斬りだったが、その前に銀さんが設置されていた手すりごと川へ叩き落とす。

 満を期して主人公登場! ……と言いたかったが、遅れた理由が私なので何も言わないでおく。

 

 ……てか、結局似蔵と銀さんの立場入れ替わっちゃったな。

 紅桜さん、なんとか仕事してくれるといいんだけど。

 

「ったくよー、なんであそこで蹴るかね。おかげで出遅れちまったじゃねーか」

 

「なんだ、死体でも入ってるのかと思ったけどアンタだったのか」

 

 白々しい、と皮肉気に言う銀さん。

 いやこの人が言うのだから皮肉以外の何物でもないだろう。

 

「銀さん……何でここに!?」

 

「目的は違えど奴に用があるのは一緒らしいよ新八君。ったく、妖刀を捜してこんな所まで来てみりゃ、どっかで見たツラじゃねーか」

 

 川へ落とした似蔵を見ながらそう言う銀さん。

 相手の方といえば、銀さんの姿を確認するとにやりと笑う。

 

「嬉しいねェ、わざわざ俺に会に来てくれたってワケだ。桂にアンタ……そしてそこの()()お嬢さん。こうも強者(つわもの)を引き寄せてくれるとは、紅桜(コイツ)は俺にとって吉兆を呼ぶ刀かもしれん」

 

「……下がってろ。アレの相手は俺がやる」

 

 アレの相手は通販で買った妖刀(紛い物)でも無理があると思うのだが――

 

「あ、そう?」

 

 だがここはお言葉に甘えて下がっておくことにした。面倒なことを代わりに引き受けてくれる奴がいるのならそいつに任せればいい。

 決断早ぇのな……と呟く銀さん。悪いなホント。

 

「えぇ!? ちょ、ソラさんん!?」

 

 そこは共闘とかじゃないんですかー! と新八。

 だってここで私が手ェ出したらシナリオどーりに銀さんが気絶してくれないもの。ま、死なない程度には手伝うつもりではいるけれど。

 

 

 *

 

 

 夜のかぶき町の片隅で、剣戟の音が響き渡る。

 銀さんと似蔵による攻防戦はしばらく続いていたが、銀さんの木刀が紅桜の触手によって捕らえられたところを見ると、どうやら原作の展開に戻ることができたらしい。

 

 ……私が紅桜にあんまり攻撃するなよとアドバイスしていたら、もう少し話も変わっていたのかもしれないな。

 

 ついに木刀が折られ、銀さんは壁へ打ち飛ばされた。

 

「銀さああああん!!」

 

 叫んだのは新八。

 態勢を立て直そうとした銀さんだったが、いつの間に斬られたのか胸板から血が吹き出る。

 そこへさらに追撃しようとする似蔵、否、紅桜の剣先。

 ……本日第二の介入は、この辺りか。

 

「――あん?」

 

 怪訝な声を出す似蔵。

 それは斬れぬものはないと断言されるほどの紅桜が、またしても一本の木刀の前で止まったからだろう。

 

「気をつけろよ。私のは……いや、私のも妖刀(ガチモン)だからな」

 

 ビシッ、と紅桜の剣先にわずかながらヒビが入る音を聞く。

 ……これ修理されるよね? 大丈夫だよね? 鉄矢さんマジよろしく頼むよ。

 

「なッ……」

 

 思わぬ事態に後ろへ後ずさろうとする似蔵。

 だがそれと同時に上から跳んできた新八が似蔵の腕を叩き斬る。

 ひゅー、かっこいいぞメガネー。

 

「……腕が取れちまった。酷いことするね僕」

 

「それ以上来てみろォォ! 次は左手をもらう!!」

 

 じっと両者が睨みあっていると、頭上で笛の音が鳴った。

 

 うるさいのが来た、としっかり紅桜を回収して逃走する人斬り。

 銀さんは……気絶してしまったようだ。

 新八は必死に呼びかけているが、この人は明日になるまで起きない。しばらくは主人公の休息期間であろう。

 

 



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護衛

「用は何だ」

 

 開口一番、私はそう言った。

 

 似蔵との対決の明くる日、町を歩いていると白い化物が「ちょっと来い」と書かれたプラカードを持って現れたのである。

 そして前だか後ろだか分からん身体の後を着いていくこと数十分。

 前方の奥に巨大な戦艦が停められてある港に到着した。

 

 ……あれ絶対に鬼兵隊の船だよね。

 関わったときからそれなりに予想はしていたが、まさか最後まで参加できるとは思っていなかった。

 

『力を貸してくれないか』

 

「……報酬さえ払ってくれればいいよ。けど何で私?」

 

『桂さんが言っていた』

 

 ? 何故ここで桂さんが……いや、オイ、まさか――、

 

 

『その昔、我ら攘夷志士と戦を共にした「用心棒」がいる、と』

 

 

 ああ、なるほど。と納得した後、内心で叫ぶ。

 

 か――つらあああアアアアッッ!! と。

 

 言ったのか。覚えてたのか。

 まぁこの前もボロッと言ってたから、覚えてても何らおかしいところはないんだけども……!

 

 よしてほしい。思い出話までならまだしも、仲間に、攘夷志士(テロリスト)に言いふらすモンじゃない。

 そもそも私、まだ全っ然思い出してない。夢とかフラッシュバックみたいな現象も何にも起こってないのである、

 

「……あ、そォ」

 

『当時、子供にしてはやたらと腕が立っていた、とも。風の噂で今は「木刀を持った女用心棒」として――』

 

 もういい。もういいですエリザベス先輩。

 その話はもう聞いた。船上のゲロリストさんから全部聞いたッ……!

 つーかそれって桂さんも私だって気付いちゃってるってことじゃないか。おのれ、なんと面倒な。

 

「……大っ体、用件はこっちで察したよ……で、私は何を護衛すればいい」

 

『万事屋のガキどもを』

 

攘夷志士(あんたら)じゃないのかよ」

 

 思った通りの依頼内容に失笑する。

 切り出しから攘夷志士引っ張ってきたクセに、最初から目的はそっちか。

 ま、あの二人に何かあったら桂さんに顔向けできない、ってのは分かるけど。

 

 周りに目を向けると、身を潜めている新八らしき人影を見つける。

 アレ、まだあいつが船に侵入してないってことは……

 

『行くぞ』

 

 目を離した隙に、エリザベスは桂さんを模した変装をしていた。

 怪しい。怪しすぎるよ、変装でも何でもねーよこれ。元が怪しいから変装も何の意味も成さねーよ。

 

 堂々と道を歩いていくエリザベス……そして少し離れた位置からついていく私。他人のフリ他人のフリ。

 

 しばらくすると案の定、見張りらしき人に絡まれ、あの身体の中にどう仕込んでいたのか、口からカノン砲を出して鬼兵隊の船に攻撃。

 

 くせ者だと騒がれると、エリザベスが持っていた真剣を新八がいる方向へ投げ渡す。

 早くいけ――それは彼の用心棒を任せた私にも言っているんだろう。

 

「うおおおおっ!!」

 

「叫ぶなよ、気付かれるだろ」

 

 新八に追いつき、真横で注意を促す。いや、エリザベスの砲撃と今の周りの騒々しさならバレることはないか。

 

「そっ……ソラさん!? なんでここに!?」

 

「先輩に頼まれてな」

 

 それだけ言うと、察しがついたのか「エリザベス先輩ィィ!」と叫ぶ新八。

 だから気付かれるって。

 

 

 *

 

 

 混乱に乗じて新八と共に戦艦に乗り込む。

 はりつけにされていた神楽ちゃんを爆撃の中、助けに入る新八。

 

「わざわざ危険なとこに行くのやめてくれる?」

 

 降りかかる砲弾を星砕で粉砕する。この刀の頑丈さは今に始まったことではない。

 

「お待たせ神楽ちゃん」

 

「しっ、新八ィィ!!」

 

 ヒロイン救出完了。

 無事で何よりだ――まだはりつけになったままだけど。

 

「貴様、何者っスかァ!」

 

「……ふむ? あの木刀は……!」

 

 おぉ、紅い弾丸・来島また子と変人謀略家・武市変平太。

 ていうかもうこの木刀の説明はいいから。

 

「……白夜叉と同じものですね。ファンか何かですか?」

 

「全身を粉砕骨折させてやろうかロリコン」

 

 ロリコンじゃありませんフェミニストです、というお決まりの台詞を口にする武市。

 確かにファンみたいなもんだけど、この木刀自体はガチなモノホンなのだ。何度でも言うが、どこぞの銀侍が扱う通販で買えるパチモンじゃねーのである。

 

「ん?」

 

 爆音がした。

 まさかと音の方向を向こうとした瞬間、私達の乗っている船が傾いていくのを感じ取る。

 

「んごををををッ!!」

 

「ぐうゥゥゥッ!?」

 

 船の傾きが始まると前方から様々なものが落ちてきた。

 足を止めれば下に真っ逆さま。かといって油断すると色々と直撃する。

 

「神楽ちゃん、助けに来といてなんだけど助けてェェェ!!」

 

「そりゃねーぜぱっつァん」

 

「のん気でいいなお前よォ!」

 

 はりつけにされたままなので新八に抱えられたままのんびりと返す神楽ちゃんに叫び返す。

 いや、やれば私の木刀で解放することもできるんだが……今ははりつけにされたままの方が運びやすいだろう。

 

「!!」

 

 またも爆撃――砲弾。

 ここで神楽ちゃんが吹っ飛ばされる……のだが。

 現在、この二人の用心棒となっている私はそれをなんとかしなければならないわけで。

 

「く――のォ!!」

 

 星砕で真っ二つ、にするにはいささか無茶過ぎたようだが、なんとか軌道をずらすことには成功する。

 

「うわばばば!!」

 

 急なことに体勢を崩しそうになる新八。よく持ちこたえた。

 

「――お」

 

 船が安定し始め、足場が落ち着いてくる。

 しかし私が声を上げた理由は他にもあった。

 

「エリザベス!! こんな所まで来てくれたんだね!」

 

 心底嬉しそうな新八。

 『いろいろ用があってな』というプラカードを掲げるエリザベス――の、後ろには。

 

 

「オイオイ、いつの間に仮装パーティ会場になったんだここは。ガキが来ていい所じゃねーよ」

 

 

 ――高杉晋助。

 鬼兵隊総督にして主人公(銀さん)と敵対している人物……徹底的に決裂するのは今より少し後になる。

 

 斬られてしまったエリザベスだったが、次の瞬間聞き覚えのある声がした。

 

 

「ガキじゃない、桂だ」

 

 

 不意をつき、高杉を斬り返す桂さん。

 しかし懐に「思い出」と呼称する和綴(わと)じの本を入れていたためか、そう深い傷を負わせることはできなかったようだ。 

 

 ……ところでイメチェンして短髪になっている。いや似蔵に刈り取られたからか。

 

 



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脇役

 桂さんの目的は工場と量産されていた紅桜の殲滅。

 仕掛けてきた爆弾によって現在進行形で吹っ飛んでいっている。

 

 エリザベスの格好でよくできたな……変装の達人だからか? 知らないけど。

 

「貴様ァ! 生きて帰れると思うてかァァ!!」

 

 ザッと鬼兵隊が周りを囲む。

 朝日を見ずして眠るがいい、と神楽ちゃんを解放し、刀を構えた桂さん――だったのだが。

 

「眠んのはてめェだァァ!!」

 

 背後からジャーマンスープレックスを桂さんに決める神楽ちゃん。

 さっきまでのシリアス空気はどこへ行ったのやら。いやキレる理由は分かるけれども。

 

「テメー人に散々心配かけといてエリザベスの中に入ってただァ~?」

 

 ガリガリと先ほどまで神楽ちゃんがはりつけにされていた丸太を引きずり、「ふざけんのも大概にしろォ!!」と桂さんごと敵を蹴散らす新八。

 

「……いつから私達騙してたんだアンタ? ていうかなんであのペンギン?」

 

「待て、落ち着け。何も知らせなかったのは悪かった、謝る。今回の件は敵が俺個人を標的に動いていると思っていたゆえ――」

 

 要約すると、「自分が死んでいる事にしておけば動きやすいし、自分個人の問題に他人を巻き込むのは不本意だった」とのこと。

 

「「だからなんでエリザベスだァァ!!」」

 

 とうとうブチ切れた二人が桂さんの足を掴んで振り回し始め、ついでに近寄ってきた敵も次々と薙ぎ倒していく。

 あれ酔わないのかなー……絶対に喰らいたくない技だ。

 

「……お、」

 

 そろそろかと空を見渡すと、遠くにエリザベス率いる桂一派の船を発見。

 そこからは早かった。

 

 

「高杉ィィィ!! 貴様らの思い通りにはさせん!!」

 

 

 戦艦が鬼兵隊の船に激突し、一気に桂一派の者達が甲板へなだれ込む。

 乱戦開始で敵味方がごちゃ混ぜになる中、私は神楽ちゃんと新八、そして短髪になった桂さんを護るようにエリザベスと他の攘夷志士さん達と共に3人の前につく。

 

 ――これで、桂一派と鬼兵隊の亀裂は完全なものになってしまった。

 奴とはいずれこうなっていた、と語る桂さん。

 

 しかしまだ間に合う、と告げるエリザベスの言葉を聞き入れ、艦内に入っていった高杉と鬼兵隊の幹部達を追う。

 そして、その後ろについていくのは万事屋2人。

 

 

 今回の私の護衛対象は「万事屋のガキども」……つまりは神楽ちゃんと新八である。

 なので、ここで私はあの二人についていくことになるのだが――

 

「――っ」

 

 しぶとい。何がしぶといって、鬼兵隊の皆さんが予想以上にこちらに絡んでくる。

 もしかすると、似蔵の奴が「木刀を持った女には気をつけろ」とでも言っていたのかもしれない。クソ、余計なマネを。

 

「ソラさん!」

 

「悪ィ、先行け!」

 

 用心棒としては非常に心苦しいが、集中的に狙われてきている以上、自分も後を追ったら他の奴等もついてくる可能性が高い。それはつまり今後の展開で支障をきたしてしまう、ということも考えられるのだ。

 

 兎にも角にも、ここは脇役として乱闘コースを乗り越える。

 ラスボスコースは主人公達に任せればいい。私は所詮、端役の方がお似合いだ。

 

 

 *

 

 

 背後で轟音が響き渡る。

 

 おそらく屋根から銀さんと似蔵が落ちたものだろう――名シーンを見たい、本当に大丈夫なのか、等々の気持ちはあるが、あの人達ならどうにかなる、という確信めいた希望もあるので私は私の仕事をこなすことに撤しておく。

 

 

「限界です! これ以上もちこたえられません!!」

 

 一人の攘夷志士の声にマジで? というプラカードを出すエリザベス。

 

 ……この人、ずっとプラカードで戦ってるのに妙に強いな。

 つーか一体どのタイミングであのプラカード作ってんだろ。転生して実際見てても謎だらけである。

 

 

「――春雨! 宇宙海賊春雨だ!!」

 

 

 鬼兵隊の船の隣についてきたのは春雨の巨艦。

 

 おぉ……生で見るとやっぱデカいな。迫力満点じゃないか。

 確か高杉が幕府を潰すために天人と手を組んだ……って感じだったよな。

 

 神楽のお兄さんは流石に見ない。

 会えるのはもっと先のことだろう。できれば会いたくない人物の一人だけど。

 

 春雨の船から大勢の天人がこちらの船に乗り込んでくる。

 足止めをするという意味では、乱闘コースを選んで正解だったかもしれない。

 

 

「お――う、邪魔だ邪魔だァ!!」

 

「万事屋銀ちゃんがお通りでェ!!」

 

 扉が蹴破られ、例の万事屋2人と鉄子さんに支えられている宇宙一バカな侍が戻ってきた。

 どうやらラスボスコースは無事にクリアしたらしい。

 あとは残りの乱闘コース……、もう残業コースの方が近いような気もする。

 

「どけ。俺は今、虫の居所が悪いんだ」

 

 桂さんとも合流――説得は失敗か。

 集まっている者達で互いに背を預け、取り囲む天人を見やる。多いな……

 

「桂さん! ご指示を!」

 

「退くぞ」

 

 量産されていた紅桜も殲滅したのでこの船にもう用はない、とのこと。

 後ろに味方の船もやってきた。後は――

 

「させるかァァァァ!!」

 

「全員残らず狩りとれェェェェ!!」

 

 攻める天人をすかさず銀さんと桂さんが切り伏せる。

 

 ここからのシーンが一番かっけぇんだよなぁ……

 加勢をする気はない。今日の私はあくまで万事屋2人の護衛役だ。結局護衛もクソもなかったが。

 

「退路は俺達が守る」

 

「行け」

 

 ここからは伝説の攘夷志士さんに任せよう。

 あの二人なら負けることはまずない――よし。

 

「でも――、わっ!? 離すネソラぁー!!」

 

 神楽ちゃんの首根っこを掴んで引きずるように戦線を離脱する。

 新八は原作通りエリザベスに抱えられていた。足も速いぞこのペンギン。

 

 

 *

 

 

 桂一派の船から見えるのは海へ堕ちていく鬼兵隊の船。

 今頃は銀さんと桂さんもルパンのように脱出しているのだろう。

 

 ……なんとか、紅桜篇終了までこぎつけた。

 今回、桂一派の攘夷志士達はともかく、鬼兵隊の重要人物への接触はロリk……フェミニストと二丁拳銃使いのみ。

 もしかしたら、つんぽさんには目撃くらいされているかもしれない。

 どうか鬼兵隊と春雨のブラックリストとかには載らないことを祈る。

 

 



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調査

「――で、万事屋の旦那についてなんですけど……あれ、聞いてます?」

 

「聞いてる聞いてる」

 

 そう軽く返事をして、さてどうしたものかと先ほどされた質問内容に思考を巡らせる。

 

 今日はいわば紅桜篇の後日談――山崎ことザキによる聞き込み活動の日。

 銀さんの見舞いにも行かずに町を歩いていたところ、声をかけられ、どっかのテニス漫画を連想させる格好をした山崎の横で、歩きながら話をされているという状況である。

 

「万事屋ねぇ……あ、そういえばこの前貸した300円戻ってきてねぇな。溜まったら一気に取り立てにいくか……」

 

「……中々えげつないことしますね、絶条さん。話は戻りますけど旦那のこと、何か知ってたら教えてくれませんか?」

 

 知らないといえば嘘になる。

 が、話すつもりなど全く以ってないので、ここは上手く誤魔化しておく。

 

「それを私に訊かれてもなんともね。別にそんな仲良いってわけじゃないし」

 

「え、そうですか? よく公園でチャイナさんと一緒にいるじゃないですか」

 

「……なるほど、察するにアンタの役割は密偵か」

 

「は!?」

 

 頭を抱えるザキを尻目に内心でほくそ笑む。

 知っていたこととはいえ、あからさまなリアクションを返してくる人は面白い。

 

「万事屋がどうした。サツも巻き込まれるような事件でもあったか」

 

「あ、あぁ……はい。実は先日、穏健派と過激派の攘夷浪士たちが――」

 

 ……そんなにベラベラ喋っていいのかねぇ。

 あ、いや向こうから見れば私は警察庁長官の手駒か。……警戒心が薄くなるのも無理はない。

 

 ザキの話は元から知っていた情報と()()全く同じものだった。 

 桂一派と高杉一派の衝突。

 人斬り似蔵の行方不明。

 そこまではいい。

 

 引っ掛かったのは両陣営の被害状況についてだ。

 

「高杉一派の被害は死者、行方不明者50数名……しかし、どういうワケか桂一派は高杉一派と比べるとそこまでの被害は出なかったようで。

 ……用心棒でも、雇ったんでしょうかね?」

 

 さっきの仕返しとばかりにジロリとこちらを見てくる山崎。

 もちろん証拠はないはずなので当てずっぽうだと思う。しかし「木刀を使った女」などという目撃情報があるのなら、こっちの身も危ない。

 

「よせよ。大体私がそんな争いに関わって一体何のメリットがある。そりゃあ単にロン毛が戦上手だった、ってだけだろ」

 

「で、ですよね……」

 

 ホッとしたように息を吐くザキ。やっぱり怪しまれてたのか私。

 ……関わらなかった、といえば嘘になるが。

 

「万事屋さんについては私よりもっと身近な人間に訊いた方がいい。例えば……あ、向こうにいるグラサンとかどうよ?」

 

「グラサン……?」

 

 私が指差した方向には、ベンチに座り求人雑誌を読んでいるグラサンことマダオ、本名・長谷川泰三(はせがわたいぞう)がいた。

 最初に見かけたのはトラックの運転手のとき――そして松平さんに発砲されて病院送りにされてしまった人である。うちのお得意様が申し訳ない。

 

「あれ? アンタよく公園で激辛娘といる……」

 

 近づいてみるや否や第一声がそれだった。

 顔覚えられてたのかよ。もう公園行くのやめようかなぁ、と軽く考える。

 

「ほォ、じゃあアンタが話に聞いたマダオさんか」

 

「ちょ、どんな話してんだあの娘!? 俺にはちゃんと長谷川泰三って名前があんの!」

 

 知ってるし。

 

「……結構、目撃はされてるんですね。絶条さんとチャイナさん」

 

「そりゃあ、結構な頻度で会うからなぁ……」

 

 定春の鼻が良いのか、それとも神の思し召し(イヤガラセ)か。

 かぶき町内を歩いていると、嫌でも出くわしてしまうのである。

 

「ていうか、一体どんな会話してるんですか?」

 

「……、」

 

 山崎に問われ、脳が過去の記憶を呼び戻す。

 

『ソラー! 酢昆布ー!!』

 

『単語だけ言われても分からんぞ。私は酢昆布になれないし、酢昆布もまた酢昆布以上のものになることはできない。諦めろ』

 

『何ワケ分からないこと言ってるアルネ! 早く酢昆布を私に献上するアル!』

 

『そういうことは私を倒してから言えよ』

 

『上等ネ。そのなめくさった根性、私が叩き直してや――アレッ!? どこ行ったアルかソラぁー!?』

 

 

「ソラさん?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「いっつも相手すんの、大変だろ? アンタもよくやってるよなぁ」

 

 分かってくれるか、マダオよ。

 

「ま、見てるこっちとしては、仲が良い姉妹にも見えるけどね」

 

「蹴り飛ばすぞ」

 

「何でェ!!?」

 

 会うたび何かを要求してくる子供を相手にすんのはもう嫌だ。

 しかしここまで目撃率が高いと、もう周囲からは友達関係と認定されていることだろう。

 間違っても絶対に私は認めてやらないが。

 

「というか、俺に何の用だよ?」

 

 あ、そうだったと山崎が先ほど私にしていた質問を繰り返す。

 銀さんの名前を出すと、長谷川さんは何か心当たりがあるような反応だ。

 ……まあ、当たり前っちゃ当たり前か。長谷川さんからみれば、今の生活の元凶と言ってもいい人物なのだから。

 

「よければこれ、どうぞ」

 

 そう言って山崎が差し出したのは缶コーヒー。準備いいな。

 嬉しそうに受け取る長谷川さん。交渉成立、か。これで私はお役ごめんだろう。

 

「じゃ、せいぜい頑張れよ」

 

「はい! ご協力ありがとうございました!」

 

 軽くお辞儀を返してくれる山崎。

 ……敬語とか使われてる上、こっちはタメ口きいちゃってたけれど。実はあいつ、三十代なんだよな……

 



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少年漫画

 それは日も暮れて、月が出てきた頃のこと。

 俺は仕事帰りにコンビニへ寄り、今週発売のジャンプを取ろうと雑誌売り場に手を伸ばした――

 

 

「「ん」」

 

 

 手はもう一つあった。

 またいつぞやの銀髪野郎かと顔を上げると、そこにはどこにでもいそうな一般人のお嬢さん……いや、腰に木刀を差している。あいつのファンか何かか?

 

「……一冊しかないですね」

 

「……そーだな」

 

 最初の一言は至って普通だった。

 さて、ここで俺は男らしく初対面のお嬢さんにジャンプを譲ってやるべきところなのだろうか……

 

 顔は悪くない。ただし目付きにはどこか鋭さがあり、「一般人」という括りに入れていいものなのかと一瞬迷ってしまう。

 

 パッと見はただの一般人だ。

 しかし木刀とセットで見るとなんとも奇妙な雰囲気が拭えない。

 

「どうします? 私もうかれこれ7、8軒は捜しまわったよーな気がするんですけど」

 

 真顔でどこぞの銀髪と同じような台詞を吐きやがった。

 あーもうコイツ絶対にアイツの知り合いだな。木刀といい、初対面の男にこの態度といい、こりゃ確定だ。

 

「いや、俺も10軒くらいはまわったかな。今週はギンタマンが表紙だからかなぁ、どーりで売れてるわけだ」

 

「私、ギンタマンの大ファンなんですよ。だからもう必死に捜して――あ、あれ入れたら15軒はいってますね、うん」

 

 ……全く引き下がる気配を見せない。

 それどころか幕府指定有害図書のギンタマンが好きと断言し、あまつさえまわった店の数を増やしてきやがった。

 コイツ――できる!!

 

「……なぁ、もういっそのことジャンケンで決めねーか? グダグダ言い合っても仕方ねーだろ」

 

 これ以上の長期戦は何が起こるか分からない。

 今のうちに安全策を提案しておいた方がお互いのためになるだろう。

 

「会計お願いしまーす」

 

「何ィィィ!?」

 

 まさかのガン無視!?

 ……いや、待て。

 

 そうか――つまり相手もこれ以上の言い合いは不毛だと悟ったのだ。

 今の状況はただその解決策がお互いにすれ違ってしまったというだけ。

 向こうは無視したつもりなどない……が、ここで譲るわけにはいかねぇ!

 

「オイちょっと待……!」

 

「300万だっけ?」

 

 ポンと財布からあっさり出したのは――

 

 ……え、何。札束アアアアァァァ!!?

 ジャンプってそんなに高かったっけェェェェ!!? 

 フザけんじゃねーぞオイ、どこまで本気でジャンプ取り(買い)に来てんだこの女!?

 

「……いや、あの。できれば小銭で……」

 

 顔を引きつらせながら言葉を発するは店員の男。

 そうだよなぁ、突然目の前に札束置かれたら誰だって呆然となるわ!

 つーか子供に夢を与えるジャンプが突然そんな高額雑誌になったら子供どころか誰も買わなくなっちまうだろーが!!

 

 アレ、そうだっけ? と至って普通の動作で札束を財布にしまう木刀の女……いや、ブルジョワ女。

 一体何者だコイツ……?

 

「――って、ちょっと待ったぁ!!」

 

 慌てて女の支払いを引き止める。

 札束に気をとられてしまったが、目の前でジャンプをそう易々と渡すわけにはいかねェ!

 

「……あり? 小銭が足りない……やっぱり札で――」

 

「ハァイ分かったぁ!! もう半分は俺が出してやるよこん畜生!!」

 

 叩きつけるように小銭を出すと、えぇー、と嫌そうな声を上げる女。

 しかし全く引く気のない俺の姿勢に諦めがついてくれたのか、もう半分の小銭を払う。

 なんとか滑り込んだ……こんな奴にジャンプを渡してたまるかってんだよ。

 

 

 

 

「だから私が今日読んで明日アンタに貸すって」

 

「貸すって何だお前。俺も勢い余って金出しちゃったんだぞこんにゃろー」

 

 ミシッ、メキッと音を立てるほどジャンプを掴み、全く譲る気なしの大人二人がコンビニ前で睨み合っていた。

 

 ……ここからどうする。前みてーな二の舞を演じるのはごめんだぞ。

 

「――ん? あぁ、ちょっと失礼」

 

 突如、相手の携帯電話のバイブ音が言い争いを遮った。

 これによってしばしの間、相手はジャンプから注意が離れるはず……と思って両手で引っ張ってみるも取れない。どんな握力してやがんだこのアマ!

 

「はいはい、どちら様――って、あぁ長官?」

 

 は? 長官?

 長官って……いや、まさかな。そんなハズ……

 

「……了解しました。いつものトコですね」

 

 パタンと折りたたみ式の携帯を閉じ、あっさりとジャンプを離す。

 するとこちらに見向きもしないで場を立ち去ろうとした。

 

「え、ちょ、どこ行くんだ?」

 

「ちょっとキャバクラまで」

 

 何故ここでその単語が出て来る。

 キャバ好きの長官……? いやいやまさか。

 

「女がキャバ行ってどうすんだよ。客のもてなしか?」

 

「いえいえ、私はただの用心棒なんで。ちょっと護衛しにね」

 

「護衛って――誰の」

 

 そこで一旦、何か考えるような間が空いてから。

 

 

「将軍だけど」

 

 

 ……耳を疑った。

 しかし待て。()()()()()()()、女の用心棒?

 どこかで聞いたような……

 

「ぁっそう……で、ジャンプはどーすんだ?」

 

「あー……いや、いいです。また別の場所捜しますから――、え?」

 

 ジャンプを押し付けるようにして手渡してやる。

 札束まで出しやがってたのにこうもあっさりジャンプを手放されると腑に落ちない。

 

「明日の昼だ。ちゃんと持って来いよ」

 

 そう言って、その場から離れようとしたところであることを思い出し、足を止める。

 

「――そういや名前聞いてなかったな。俺は服部(はっとり)全蔵(ぜんぞう)ってんだ。お嬢さん、名前は?」

 

「……絶条ソラ」

 

 随分と変わった苗字だ――いや、これは偽名なのかもしれない。

 絶条ソラか……調べてみる価値はありそうだ。

 

 



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優しさは時に凶器となる
病人


 ――お前さん、そりゃあ妖刀・星砕かィ?

 

 ――その切れ味……本物らしいねェ。

 

 ――一つ、爺の話を聞いてかないかい。なーに遠慮することァないさ。報酬のついでだよ。

 

 

 ――いいかい、この星には「龍脈」と呼ばれるものがあってな――

 

 

 *

 

 

 ――行き倒れていた。

 

 何の脈絡も文脈もないのは許して欲しい。

 一つ明らかになっているのは用心棒の仕事帰り、空腹が極まって倒れてしまったということだ。

 

 頭上からザワザワと人の話し声が聞こえる。

 「おーい生きてるかー?」などの呼びかけ、「救急車呼びます?」という心配する声。

 生きてます。救急車はいらないから食料寄越せ。

 

 

「すみません、何かあったんですか?」

 

「姉上、余計なことには首突っ込まない方が……」

 

「そーちゃんは警察でしょ。困ってる人がいるなら助けてあげるべきよ」

 

 むぅ……と息詰まるような声。

 あれ、誰だっけこの声……そーちゃん? 姉上? 警察――?

 

「おーい用心棒さん。生きてますかィ?」

 

「…………オォ、こんな所でどうしたサディスティック星から来た王子よ……」

 

 未だぼんやりとしている頭でなんとか声の主を思い出す。

 

 あぁ、そうか。

 ミツバ篇――とうとうそんな時期がやってきてしまったのか。

 

「話す気力くらいは残ってんですねェ。何で金持ってるはずのアンタがこんなとこで生き倒れてやがんでィ」

 

「……ショクリョウ」

 

「は?」

 

「一週間くらい前から水しか飲んでねーんだよ……だから、早く、食い物……」

 

 限界だった。

 ――そこで意識が暗転する。

 

 

 /

 

 

「用心棒さーん。起きてくだせェ。アンタが待ち望んだ食料ですぜー」

 

 身体を揺すられて目を開けると、まず感じたのは凄まじい空腹感。

 次に食料と思しき匂い――が、したところでガバッと起き上がる。

 ……そこで今までテーブルに突っ伏した状態だったということに気がついた。

 

「……?」

 

 テーブルの上には何やら()()()()()()がふりかかっている料理が並んでいた。

 しかし料理を用意した相手が何者なのかも毒の警戒もしない。

 空腹。

 ただそれだけが、「彼女」を料理に喰らいつかせる理由になっていた。

 

「ば、馬鹿な……姉上特製の激辛フルコースを物ともしないなんて……!?」

 

「あらあら、良い食べっぷり。そーちゃん、この人とはお知り合い?」

 

「いや、まぁ……」

 

 隣りに座っている男と向かいの席に座っている女が何かを話しているが、「彼女」の耳には届かない。

 ただただ目の前に広がる食料で飢えを満たし、一息ついた頃には全ての料理を完食していた。空き腹にまずい物なしとはよく言ったものである。

 

「初めまして、用心棒さん。私、沖田ミツバと申します」

 

 にこりと笑って話しかけられ、思わず彼女は目の前の女性が言った言葉(なまえ)を復唱する。

 

「…………()()()……?」

 

「はい。こっちは弟の……そーちゃん、ご挨拶」

 

「……沖田総悟。けど姉上、奴ァもう僕の名前は知っていると思いやすぜ?」

 

 あら、やっぱり知り合いなの? と首を傾げるミツバだったが、当の「彼女」はたどたどしい口調で単語(なまえ)を復唱する。

 

「……()()。沖田、総悟」

 

「何でィ、初対面みたいなツラして。用心棒さん、気絶してる間に何かあったんですかィ?」

 

「――、」

 

 ……それっきり、「彼女」は黙り込んで目を伏せる。

 こういう状況――つまり助けられたとき、何と言えばいいか分からないのだ。

 言う言葉は知っている。だが、礼の言葉を言うタイミングが判断できないくらいに、彼女は内側に閉じこもり過ぎていた。

 

 故に、そこで()()()()()

 

 

 /

 

 

「……ハッ!」

 

 意識が覚醒する。

 いや、今まで()()()()()()()()()のだが……いや、どこだここ。レストラン?

 

「『ハッ!』じゃねェでしょーや絶条サン。やっぱりアンタ、どっか打ったんじゃ――」

 

 顔を上げると隣りにはサディストこと沖田総悟、向かいにはその姉――沖田ミツバがいた。

 あ、そうだった。行き倒れてたんだっけか。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「……イヤ、結構ぼんやりしてたような……まぁいいや。姉上、もうこの人復活したらしいんで、」

 

「絶条さんっていうの。そーちゃんのお友達?」

 

「姉上ェー!!」

 

 ……ミツバさんのスルースキルが冴え渡っていらっしゃる。

 弟には最強だなこの人。

 

「あー……いや友達になった覚えはないですけど。ご迷惑をおかけしました。拾ってくれてありがとうございます」

 

「いいんです。辛いの、お好きなんですね」

 

 辛いの……? そういえば、口ん中が妙に熱い気が……

 

 もしかして食った? という視線を総悟へ向けてみれば、「そりゃあもう無我夢中に」と強く頷かれた。

 ……空腹時の勢いって、凄まじいな……

 

 

 *

 

 

「――ははぁ、じゃあ嫁入り先に挨拶も兼ねて江戸へ?」

 

「本当ですか姉上。嬉しいっス!」

 

「フフ、私も嬉しい」

 

 ……なんだかんだ、気がつけば雑談に入っていた。

 

 最初こそタイミングを計って出て行こうとしていたのだが、予想以上にミツバさんの口が利き、あまつさえ総悟から「テメー姉上の言う事聞けねーのかオイ」的な殺気を受けたので滞在せざるを得なくなってしまった。何この姉弟(きょうだい)怖い。

 

「でも僕心配です。江戸の空気は武州の空気と違って汚いですから……」

 

 見てくださいあの排気ガス、と総悟が窓の外へと指を差す。

 

 ――あ、このシーンは。

 

 思い出すと同時、サッと両手で耳を塞いでテーブルへと突っ伏した。

 ミツバさんの視線が外に向けられた次の瞬間、遠くの席から覗き見していた山崎と原田を総悟がバズーカで攻撃する。容赦ねぇなおい。

 

「! まァ……何かしら。くさい」

 

「ひどい空気でしょ。姉上の肺に障らなければいいんですが」

 

 オメーがやったんだろォがアアア!! ……という台詞は総悟からのギロリと向けられた視線によって呑み込むこととなった。空気を読むって大事よね。

 

「皆さんとは仲良くやっているの? いじめられたりしてない?」

 

「うーん、たまに嫌な奴もいるけど……僕くじけませんよ」

 

「じゃあお友達は? あなた昔から年上ばかりに囲まれて友達らしい友達もいないじゃない。悩みの相談ができる親友はいるの?」

 

「…………」

 

 横目でこちらを見てくる総悟。

 しかし私は構わず「チョコレートパフェくださーい」と無関係を装った。

 

 

 やがて。

 

「大親友の坂田銀時く……」

 

「何でだよ」

 

 席に座るや否やガシャンと総悟の頭をテーブルへ叩きつける銀さん。

 現在、座席は私がミツバさんの隣へ移動し女性陣と男性陣に分かれていた。

 

「オイいつから俺たち友達になった? つーかコイツ(ソラ)がいるなら俺いらなくね?」

 

「旦那、友達って奴ァ今日からなるとか決めるもんじゃなくいつの間にかなってるもんでさァ。用心棒さんの方はただの成り行きで……」

 

「あっそう。そしていつの間にか去っていくのも友達なんだぜ総一郎くん」

 

「すいませーん、チョコレートパフェ3つお願いします」

 

「あとイチゴパフェ1つお願いしまーす」

 

 総悟の注文に乗っかって2品目のデザートを要求する。

 銀さんはそんな声を聞いたからなのか即行で席に戻った。なんてちょろい。

 

 

「友達っていうか、俺としてはもう弟みたいな? まァそういうカンジかな総一郎くん」

 

「総悟です」

 

 銀さんの方にはチョコパフェが3つ並んでいる。

 私はというとひたすら頼んだイチゴパフェを黙々と食していた。まだなんだか食い足りない。

 

「まァ、またこの子はこんな年上の方と……」

 

 ……この世界、登場人物の平均年齢高いからなー。

 何気に私も総悟より年上だし。

 

(旦那、頼みますぜ。姉上は肺を患ってるんでさァ。ストレスに弱いんです。余計な心配かけさせたくないんでェ。もっとしっかり友達演じてくだせェ)

 

 ヒソヒソやってるけど私には大体話してる内容は分かるぞ総一郎くんよ。

 

「――ん? 何してんのアンタ」

 

 銀さんのチョコパフェがあと一つ、となった頃。

 ミツバさんがその残りのチョコパフェを手前まで持ってくると、タバスコをかけ始めていた。

 

「そーちゃんがお世話になったお礼に私が特別おいしい食べ方をお教えしようと思って。絶条さんもかけます?」

 

「えー……あ、あぁ……お願いします……」

 

 聞くんじゃなかった。こうなることくらいは予測できたというのに……!

 ここで断って咳き込まれても困るのでおとなしくタバスコをかけてもらう。

 アレ、何か多くね? そんなにいらねーよ、もういいからお姉さん!!

 

「やっぱりお好きなんですね、辛いもの」

 

「ハハ……まぁ、食べられなくはないです……」

 

 イチゴパフェが真っ赤に染まっていた。

 食いたくねー。けど気を失ってたときは大丈夫っぽかったし……いやでも怖い。

 

「え、ちょ、マジで? お前いくの? 本当にいくの?」

 

「坂田さんもどうぞ」

 

「イヤ、パフェ2杯も食べたからちょっとお腹が一杯になっちゃったかななんて」

 

 ゲホゴホと咳き込むミツバさん。

 諦めろ銀さん。あと総一郎くんは刀を収めろ。

 

「いっただっきまーす……」

 

 こんなにテンションの上がらねーいただきますは初めてだ……

 ……ん、アレ、いけるぞこれ。味覚もう狂っちゃってんのかな私。

 

「みっ……水を用意しろォォ!!」

 

 そう叫ぶ銀さんだったが、飲むなと言わんばかりに血を吐くミツバさん。

 本気過ぎやしねぇか。病人がやるもんじゃねーよ。

 

「姉上ェェェェ!!」

 

「んがァァァ!!」

 

 総悟が叫び、銀さんがパフェを飲み干す――うわ、火ィ吹いた。

 

「姉上! 姉上! しっかりしてくだせェ!!」

 

「あ、大丈夫。さっき食べたタバスコ吹いちゃっただけ」

 

 ガクゥ! とそのままテーブルにダイブしようとする銀さん――を、木刀で横へ吹っ飛ばしてテーブルの破壊を止める。

 ……残念ながら幻聴は聞こえなかった。当たり前か。

 

 

 *

 

 

 ――そこからは原作通りにレストランを出て町を歩くこととなった。

 

 ちなみに支払いは総悟の奢りかと思いきや、自分で食べた分は自分で払ってくだせェ、との声がかかり、私はカードで済んだが、銀さんには現金を少し借りられた。

 ……取り立て日はいつにしてやろうか、と考えようとして止める。今はそんなことに構っている場合じゃない。

 

 

 記憶にない攘夷戦争、紅桜篇の桂一派……そして「用心棒」の仕事で護った人々。

 それくらいなら原作に大きな問題はない。

 

 しかし、沖田ミツバは沖田総悟の姉という重要ポジションのキャラだ――生存なんてさせたら、この先のイレギュラーは必須。下手をすれば、病気で死ぬより最悪な結末が訪れる可能性だってある。だが――

 

「なるようになる、か……」

 

 何か起これば私が動けば良い。それだけの話だ。

 

 



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干渉

 見事、小銭が財布から消えてなくなった。

 久しぶり過ぎるゲーセンにテンションが上がってしまったのだ。クレーンゲームを制したときの達成感はしばらく忘れない。

 

「坂田さんも絶条さんも、今日は色々つき合ってくれてありがとうございました」

 

「あー、気にすんな」

 

「私も楽しかったっすよ」

 

 日は既に暮れ、辺りは暗くなっていた。

 帰り道の果てに辿り着いた屋敷は実際に見ると本当に大きい。金持ちか。

 

「それじゃ姉上。僕はこれで」

 

 立ち去ろうとした総悟をミツバさんが呼び止める。

 

「……あの……あの人は……」

 

 あの人――土方さんのことか。

 私は恋とかそういうの前世(まえ)からよく分かんないからなー……

 

「野郎とは会わせねーぜ」

 

 総悟曰く、今朝方も何も言わずに仕事に出て行ったとのこと。

 それだけ告げるとサッサと帰ってしまった。いや、すぐ戻ってくることになるんだけども。

 

「オイオイ、勝手に巻き込んどいて勝手に帰っちまいやがった」

 

「ごめんなさい、我がままな子で」

 

 幼くして両親を亡くした総悟(おとうと)に、寂しい思いをさせまいと甘やかして育ててた結果、あんな性格になってしまったそうだ。なるほどな。

 

「ホントは……あなた達も友達なんかじゃないでんしょ。無理矢理つき合わされてこんな事……」

 

 ……確かに、私は友達ではないと言ったが。

 しかし別に無理矢理付き合わされたとは思っていない。町をまわってたときは本当に楽しかったし。

 

「奴がちゃんとしてるかって? してるわけないでしょお姉さん」

 

 ……まぁ、総悟のことをよく知っているわけではないが、ちゃんとしてないというのはよく解る。実際に以前、仕事をサボって昼寝していたのを公園で目撃した。

 

「友達くらい選ばなきゃいけねーよ。俺()みたいのとつき合ってたらロクな事にならねーぜ、お宅の子」

 

 ガリガリと頭を掻きながらそう言う銀さん。

 コイツ……何気に私も混ぜやがったな。

 

 しかしミツバさんは銀さんの台詞にクスクスと笑う。

 

「おかしな人……でも、どうりであの子が懐くはずだわ」

 

 なんとなくあの人に似てるもの、とミツバさんが言ったそのとき。

 

 

「オイ」

 

 

 ――いつの間にか。

 背後にはパトカーが停まっていた。

 そして降りてきたのは土方さんとアフロの山崎。なんというタイミング。

 

「と……十四郎さ……」

 

 動揺した声を上げるミツバさん。

 しかし、案の定咳き込み始め、ぐらりと身体が揺れた。

 

「おっと」

 

 地面に倒れこんでしまう前に受け止める。

 ミツバさんの顔色は大変よろしくない。早く医者呼べ。

 

「オイッ! しっかりしろ!!」

 

「み、ミツバ殿!?」

 

 慌てて駆け寄る銀さんと山崎。

 土方さん、呆然としてる暇があるなら早く医者呼んでください。

 

 

 *

 

 

「ようやく落ち着いたみたいですよ」

 

 ザキからの報告にひとまず安心する。

 まだ()()()ではないとはいえ、倒れた人間はやはり心配である。本当、倒れたのが屋敷前じゃなかったらどうなっていたことか。

 

「それより旦那、アンタなんでミツバさんと?」

 

「……なりゆき。そーいうお前はどうしてアフロ?」

 

「なりゆきです」

 

 どんななりゆき? と疑問の声を上げる銀さん。

 レストランで総悟にバズーカを撃たれてからずっとあのままなのだ。原作では4週くらい続いていた。

 

「……そちらさんは、なりゆきってカンジじゃなさそーだな」

 

 銀さんが声をかけたのは縁側に立ち、タバコを吸っている土方さん。

 ……結構デリケートな話題なんじゃねーのそれ? 

 

「てめーにゃ関係ねェ」

 

「すいませーん、男と女の関係に他人が首つっ込むなんざ野暮ですた~」

 

「ダメですよ旦那~あぁ見えて副長、純情(ウブ)なんだから~」

 

 ……こいつ等、絶対楽しんでやがる。

 すると土方さん、剣を抜くと銀さんへ斬りかかろうと――したところで、後ろから山崎に抑えられた。

 

「関係ねーっつってんだろーがァァ!! 大体なんでてめェ等ここにいるんだ!!」

 

「副長落ち着いてェ! 隣に病人がいるんですよ!!」

 

「うるせェェ! 大体おめーはなんでアフロなんだよ!!」

 

 まだ引きずるのかアフロネタ。

 確かにこっからもしばらくザキのアフロヘアーは続くけどさ。

 

 

「みなさん」

 

 そのとき、隣の部屋からいずれミツバさんの旦那さんとなる人物が姿を現した。

 転海屋(てんかいや)――ぶっちゃけるとラスボスである。私は決戦に参加する気などないが。

 

「その制服は……真選組の方ですか。ならばミツバの弟さんのご友人……」

 

「友達なんかじゃねーですよ」

 

 答えに応じたのは総悟。いつの間に。

 

「総悟君、来てくれたか。ミツバさんが……」

 

 転海屋の言葉に構わず、総悟は土方さんへ歩いていく。

 

「土方さんじゃありやせんか。こんな所でお会いするたァ奇遇だなァ――

 ――どのツラさげて姉上に会いにこれたんでィ」

 

 ……あー、なんか嫌な空気。

 しかしそれもザキの声で終わる。空気が読めない奴も時には役に立つのだ。

 

「邪魔したな」

 

 土方さんが慌てて弁解しようと騒ぎ出した山崎を蹴り飛ばし、首根っこを掴んで引きずっていく。

 とりあえず、一区切りついたか。

 

「……よーし。じゃあ後はよろしく。私は帰る」

 

「何がよーし、だよ。テメーずっと目ェ閉じたまま微動だにしてなかったじゃねーか」

 

 ……いやいやいや、ちゃんと状況は見てましたよ。

 確かに眠くて眠くて仕方ないけれども!

 

 思い出してみろ、私がミツバさんに関わったきっかけは「行き倒れ」。

 食事の後に町歩き(うんどう)したら誰だって眠くなる。私の場合は疲労も含まれているのだろうが。

 

「うるせェ。こちとらずっと徹夜続きなんだよ。行き倒れから回復して町で遊びまわって正直もうクタクタなんだよ!」

 

「ぜつじょーサン。眠気ざましにゃカフェイン摂るといいらしいですぜ」

 

「いや寝かせろよ。私ァ眠気ざましの方法を訊いてるワケじゃねェンだよ!」

 

「ば、おまっ、分かったから! 隣に病人いんの忘れてねーか!?」

 

 ……あぁ、そうだった。すいませんミツバさん。

 しかしとうとう眠気で視界も霞んできたぞ。

 ここからずっと原作通りの展開についていったら間違いなく睡眠不足で()()()に脳が働かなくなる。それはなんとしても回避しなければならない。

 

「とにかく帰る。見舞いは明後日にでも行くから……」

 

「結局は丸一日寝る気かよ!」

 

 銀さんからのありがたいツッコミを背後から受けながら退室。

 眠い眠い眠い。家に着くまでに倒れなきゃいいんだが。

 

 

 *

 

 

 大江戸病院。

 そこがミツバさんが入院することになった病院らしい。後々にも結構出て来る。

 

 場所の情報はメールで山崎から送られてきていた。

 ……つーかどこまで広がってるの? ねぇ、私の連絡先どこまで広まってんの?

 

 例によって丸一日グッスリと眠った私は全快した。気のせいか身体も軽い。

 軽く食事を済ませて外に出てみると既に暗い――……丸一日どころじゃねぇ、ほぼ二日寝てたのか私? まぁ、まだイベントは終わってないはずだ。

 

 とりあえず見舞いにコンビニで激辛せんべえを買い、病院へと足を運ぶ。

 

「「あ」」

 

「はよーっす。いやー、よく眠れたぜ。今日の私は絶好調だよ!」

 

 今更てめー何しに来たんだよ的な空気がなんともいえない。ごめんって。

 既に目にクマができている銀さんは軽く溜め息をついてから、

 

「……遅かったじゃねーかよオイ。本当にあれから丸一日寝やがったのか」

 

「絶好調だからな」

 

 開き直ったようにどや顔で言い放つ。

 どうやらもう物語(シナリオ)の方は終盤らしい。本当にギリギリのタイミングである。

 

「――絶条さん」

 

 そこで既に真選組の上着を肩にかけている総悟が口を開いた。

 

「姉上のこと、よろしく頼んまさァ」

 

「ん、……あぁ」

 

 少し迷ったが返事はしておいた。

 よろしく頼む――つまりは様子を見ておいてほしい、ということだろう。

 銀さんと総悟は戦場へ行く。あくまで留守番係の私は裏方に徹しておこうじゃないか。

 

 

 *

 

 

「……家族の方でしょうか?」

 

 銀さんと総悟が出て行ってまもなくのこと。

 ミツバさんの治療にあたっていた医者の一人がそう尋ねてきた。

 

 無言で席から立ち、ミツバさんのいる病室の入り口へと向かう。

 しばらく中を見つめ、

 

「二人きりにしてもらえますか」

 

 などと意味ありげに呟いてみると、何かを察したのか医者たちが次々とこの場から立ち去っていく。一体何を察されたのか。

 ……人払い完了。さーて、改変作業開始だ。

 

 

 ――妖刀・星砕(ほしくだき)

 ついこの間、護衛してやった老人に聞いた話だ。

 

 なんとびっくり、本物の妖刀は僅かながら惑星の生命エネルギーといえる「龍脈」を操ることができるらしい。

 

 星の龍脈を操作し、星を追い込み――()()。まさしく星砕。

 おとぎ話か何かに出てきそうな超兵器扱い。

 ま、木刀一本で星を滅ぼせるというわけではない。そんなんだったら今頃地球も誰かに滅ぼされている。

 

 確かに戦闘中、時折力加減がおかしくなると、いつの前にか地面にクレーターができていることがあった。いつかこの刀の強度や切れ味について、真面目に検証してみたいとは思っているのだが、結局今日まで試せたことは一度もない。

 

 ちなみにこの龍脈操作、通常の人間ができるものではないらしい。

 ……そりゃそうだ、龍脈のエネルギーはあのターミナルを運航させ、星海坊主篇では宇宙生物を巨大化させてしまったものなのだから。

 が、そんなおっそろしい武器(へいき)を扱えてしまっているイカれた奴がここにはいる。

 

「……ふー」

 

 集中集中。

 ……これ、実を言うと一歩間違えば一瞬でミツバさん爆散ルートなのだ。

 

 リスクは大きい。

 でもやるしかない――いや、ただ成し遂げたいだけだ。単なる、自己満足として。

 この人はまだ死者側(こっち)に来るべきじゃない。来て欲しくない。

 だから――

 

 

 

 *

 

 

 

「……用心棒さん?」

 

「あぁ、起きちゃいました?」

 

 「作業」が終わり――息切れしているのを何とか悟られまいとあくまで普通に返事をする。

 

 ……思った以上に疲れた。

 ミツバさんの身体へ妖刀を介して龍脈を注ぎ、病気を治す。

 注ぐ、といっても実際は一滴程度だ。たったそれだけを搾り出すのに相当な体力を使う。

 星を砕くなんて、到底無理な話である。

 

「……そーちゃんは、私の自慢の弟なの。わき見もしないで前だけ見て……歩いていく。あの人たちの背中を見るのが好きだった」

 

 ……まるで遺言のようにそう言葉を紡ぎ始める。

 いや、実際これは遺言に()()()()()()()

 

「ぶっきらぼうでふてぶてしくて不器用で……でも優しいあの人たちが大好きだった。だから、私――」

 

「なーに今から死ぬ人みたいな台詞吐いてんすか()()()()()? 随分と顔色が良いじゃないですか。ちょっと先生呼んで来るんで、それまで大人しくしててくださいよー」

 

 え……? と瞬きするミツバさん。そりゃ、さっきまで本当に死の淵にいたのだから驚くのは無理もない。

 

「――名前、やっと呼んでくれましたね。ソラさん」

 

「だからそういう死亡フラグみたいなの建てない。おとなしくしてろよ、絶対おとなしくしてろよ!?」

 

 クスクスと笑うミツバさんにビシッと指を差して念入りに注意する。

 龍脈を、生命エネルギーを他人に流すなんて初めてだからな……

 

 けどまぁ本当に少しだけだから、龍脈が働いてもせいぜい病気が治るか寿命が延びるかだろうし……一応、医師による診察は受けてもらった方がいいだろう。

 

 

 ――ミツバ篇、これにて閉幕。

 しかし、これから起こるイレギュラーに私は何の対策も練っていない。

 

 




 星砕が何だのというのは捏造です。


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怨念

「――というワケで先月分と先週分、返して貰おうか」

 

「まぁ待て、話せば分かる。人間、こういう時こそ言葉を使って対話という道をだな――」

 

「そうか、じゃあ一つ覚えとけ。私は借金されたら必ず取り立てに来る奴だってな。そしてもう一つ学んでいけ。金を借りる相手は選べ」

 

 きっぱり言い放つと、銀さんの動きがそこで止まる。

 大方、頭の中で必死に策を講じているに違いない。部屋には澄ました顔をしているが、冷や汗を流す神楽ちゃんもいる。二人揃って変に連携とって、ボケとツッコミが存在するカオス世界に引き込まれる前に、とっとと回収しなければ。

 

「お宅のチャイナ娘がねだった分、お前がパチンコ屋の前で懇願してきた分だ――覚えてるだろ?」

 

「なァオイ聞いたか神楽、お前がねだった分だってよ。覚えてる?」

 

「私知らないネ。銀ちゃんこそ懇願した分覚えてる?」

 

「知らん」

 

「その銀髪、毛根から引っこ抜いてやろうかテメェ」

 

 さっと素早く銀さんが頭に手を乗せる。冗談に聞こえなかったのだろうか。

 

「つ、つーかさ……どうせお前、全然金に困ってないじゃん? 俺らが返してもそう大した額には……」

 

「あん? 折角人が二桁になる前に取り立てに来てやったのにか? それとも何か、このまま三桁狙ってみる?」

 

「どんだけ貸し作ってアルかオメー。私なんかどーせ素昆布パック十セット分アルよ?」

 

「惜しい。実は総計二十だ」

 

「ッ……!!」

 

 感覚無くなってたんだろうなぁ、これは……いや、だからといって同情する気はさらさらないのだが。そもそも胸張って言うもんでもない。

 

「……まぁ、流石に銀さんの方は詳しい金額は言わないでおいてやるけどさ……」

 

「お、お、お、おう…………」

 

 とはいえ、多少の配慮はする。

 私だって鬼じゃない、今回は積もり積もった金を返して貰いに来ただけだ。何も社会的地位まで叩き落すつもりはない。

 

「……その、なんだ。おとなしく払ってくれたらスグ帰る。別のトコに借金するか、臓器売買でもしてくるか、銀行強盗でもしてくるか、この際手段は問わないでやるから金を用意しろ」

 

「さりげに犯罪の道を用意するのやめろよ。何で選択肢にそんな真っ暗闇行きなの入れる? ていうか、アンタの物言いの方がよっぽど強盗らしいよソレ?」

 

 おかしい、善意で言ったのに何かズレてしまったようだ。

 しかし、ここで見逃せば間違いなく連中は借金を重ね続けるだろう。手遅れになる前にサクッと解決してしまいたい。

 

 沈黙の空気が重くなってきた頃、ふと玄関の方からインターホンの音が聞こえた。

 

「――いらっしゃいませェェェエ!! じゃあな俺ちょっと出てくるわ!!」

 

「ズルいネ銀ちゃん! 私も行くアルー!!」

 

 音速で問題児二人が玄関方面へと走り去った。

 その速度、肉眼で捉えるのがやっとか。相変わらず逃げ足だけは速い。だから今日、直接出向いてきたというのに……!

 

「オイ、アンタ等なッ……!」

 

 と叫びかけ、ふと玄関から聞こえた会話に耳を傾けた。

 

『……そのですね、銀さん。何かこの人、チョットおかしくなってるっぽくて……』

 

『――あ? 何、オタク……え? 土方……さんですよね? ホントに……』

 

『何を言ってるんだよォ、坂田氏。この通り、正真正銘の土方十四郎でござるよ?』

 

『ござる!?』

 

 …………なんか今、玄関口からただならぬ来客の気配を感じたような。

 まさか、おい、今日だった……だと!?

 

「どうしよう」

 

 ……以前、人助けとはいえ、一人の人間の運命を捻じ曲げてしまったばかりである。その影響が、どこで出るかは一切不明。完全に放置するより、関わっておいた方が前兆も見えるかもしれない。

 

「――動乱の気配を察知」

 

 誰に言うまでもなく、一人そう開幕の宣言をした。

 

 

 

 

「何が起きてるんだよこれ……?」

 

「知らねーよ、こっちが聞きてーよ。つか帰れよお前」

 

「300円硬貨と1万円紙幣が等価値なら負債なんて言葉はいらねぇ」

 

 チッと舌打ちする銀さん。

 

 現在、万事屋メンバーとトッシーがテーブルをはさみ、向き合う形で椅子に座っている。

 私は万事屋側の後ろで佇み、いつでも徴収ができるよう準備を整えておいた。

 

 現在、万事屋は2つの問題を抱えている。

 まず一つは借金取り――私の存在。自業自得だ。

 そして二つ目、新八が連れて来たトッシーと化した土方十四郎。一体何があった。

 

「……あの、すいませんでした。まさかあんな所にあなたがいると思わなかったもんで……」

 

 どうやら原作通り、新八と土方さんはオタクサミット関連の番組で会ったらしい。

 内容は確か、アイドルオタクとアニメオタクがひたすら討論するというもの。その中で乱闘が勃発して新八は土方さん、否、トッシーに殴りかかってしまったらしい。

 

 ……そりゃ、真選組・鬼の副長と呼ばれる人物が、そんな番組に出演しているなど誰も予想だにしないし、考えようともしないだろう。いたらきっとその人の種族はゴリラか何かに違いない。

 

「あの……仕事はどうしたんですか。昼間からこんな所ブラついて」

 

 新八の問いにキョトンとした様子のトッシー。

 鬼の副長の面影が全くない。誰だこれ。

 

「ああ真選組なら――クビになったでござる」

 

 一瞬、その場が凍りついた。

 ……ずっとトッシーの状態でいたらそんなことにもなるだろうよ。侍のさの字もないんだから。

 

「ええええ!? 真選組を!? 真選組やめたの!?」

 

 ガタッと思わず立ち上がる新八。

 しかしそれにあくまでフツーに対応するは土方さ……否、トッシー。

 

「まァこのご時勢、働いたら負けでござるよ。とりえず今は、働かないで生きていける手段を捜してるってカンジかな~」

 

 戻って来い。鬼の副長戻って来い。

 

「そうだ! 考えたら君らもニートみたいなもんだろ」

 

「誰がニートだ! 一緒にすんじゃねーよ!!」

 

 万事屋――確かに働いてはいるから無職ではない。

 ならやはり金があるはずだ。はよ借金返せ。

 

「どうかな。僕と一緒にサークルやらないか」

 

 トッシー曰く、今はとある少年誌の同人本を描いているので、ジャンプに詳しい銀さんと今年の夏コミで荒稼ぎしてみないか、ということらしい。

 しかし出してきたサンプル本を見る限り、売れないであろうことは容易に想像できた。

 副長、描力はないらしい。

 

「じゃあ絶条氏は? 絵は描ける?」

 

 突然話を振ってきやがった。

 絵、は……いや、まぁ、描けなくはないけど……売るほどの価値はないだろう。

 

「やらねーよ。一人でやってろ」

 

「……そっか。参ったな、貯金をほとんどフィギュアで使っちゃってね。もう刀でも売るしかないかと」

 

「最低なんですけどこの人! フィギュアのために侍の魂売ろうとしてんですけど!!」

 

 だが、もう何度も売ろうとはしているらしいのだがどうしても手放せないとのこと。

 そりゃあ……そもそもトッシーの人格が出てきたのそれが原因だし……

 

「店の人が妖刀とか言ってたけど、まさかね」

 

 

 *

 

 

 そのまさかである。

 大体予想通りなので驚くことはない。

 

「間違いない、村麻紗(むらましゃ)だ」

 

 そう断言したのは万事屋の知り合い――というか、紅桜篇に出ていた鍛冶屋の鉄子さんである。

 室町時代の刀匠、千子村麻紗(せんこむらましゃ)によって打たれた名刀。そして人の魂を食らう妖刀としても知られいるものだそう。

 

「妖刀って……一体どんな妖刀だっていうんですか」

 

「母親に村麻紗で斬られた引きこもりの息子の怨念が宿っているらしい」

 

「つーかどんな妖刀ォォォ!!?」

 

 村麻紗を一度腰に帯びた者はその怨念に取り憑かれ、ヘタレたオタクになってしまう……か。

 本当にどんな妖刀だよ。引きこもりの息子の怨念、恐るべし。

 

「コイツが正真正銘本物の妖刀村麻紗なら、最早その男の本来の魂は残っていないかもしれない。もう、本来のそいつが戻ってくる事は――」

 

 鉄子さんがそう言いかけた時、どこからかもくもくと煙が上がってきた。

 振り返ってみると、そこにはトッシー……否、煙草を吸う土方さんの姿が在る。

 

「やれやれ。最後の一本吸いに来たら、目の前にいるのが……よりによってテメーらたァ、俺もヤキが回ったもんだ」

 

 しかしワラだろうが何だろうがすがってやる、と言う。

 それはつまり、土方さんがそこまで言うほどの事態が今起きている、ということでもある。

 

「てめーらに……最初で最後の頼みがある……」

 

 煙草が落ちる。

 掠れた声で、土方さんは言葉を紡ぐ。

 

「頼……む、真選組を……俺の……俺達の真選組を、」

 

 護ってくれ、と。

 ――それが、最後だった。

 

 

 



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動乱

 真選組動乱篇。

 伊藤(いとう)鴨太郎(かもたろう)という人物によって引き起こされる真選組内の反乱だ。要は、真選組が伊藤派と土方派に真っ二つに割れるという大事件である。

 

 ……そうかー。ここでかー。

 まさか取り立てと重なるとは。一体いつから始まっていたのやら。

 とはいえ、しかし、

 

「自分でやれって話だよなぁ」

 

「まァ何が起きてようが起きてなかろうが、俺達には関係ねーだろ」

 

 銀さんの言葉には筋が通っている。

 今回の件は万事屋も一介の用心棒である私も関わる理由はない。警察庁長官と知り合い? いや、あれはただの仕事上の関係であって、依頼が入らない限りは赤の他人だ。

 

「おめーももう帰れ。お互い、これ以上の深入りはよそうや」

 

「借金」

 

「ぐっ……い、イヤ、それはまた今度……」

 

 今度っていつだ。何年後になるんだそれ。

 何にせよ今返してもらわないと一生返して貰えない気がする。

 

「――ん、失礼」

 

 突如、携帯がバイブ音を鳴らした。

 ……何か、嫌な予感がする。気のせいであってほしい。

 

 しかし、画面を見ると知らない番号が表示されている。こんなタイミングで一体何だというのか。不穏でしかない。

 

「……もしもし」

 

 おそるおそる出てみると、電話の向こうからは聞いた覚えのある声――転生してからは、聞き覚えのない声が応えた。

 

 

『……ふうむ、なるほど。絶条だけに絶望的な音でござるな』

 

 

 げぇ、と思った。

 別にござる口調に引いたわけではない。

 タイミング的にも、そして何より相手がかなり厄介な者だと知っていたからだ。

 

「イタズラ電話なら切りますけど」

 

『失敬。いや初めましてでござる、用心棒殿』

 

 身元バレてる。

 切りたい。今ここで会話を終了させてしまいたい。

 ……てかホントどこまで広まっちゃってるんだ携帯番号。後でメアドも変えとくか……? いやいっそ機種変した方が平和になるか……?

 

「今日はオフなんで依頼ならまた今度――」

 

『鬼兵隊、河上(かわかみ)万斉(ばんさい)と申す。紅桜での乱闘は見事でござった』

 

「…………、」

 

 話聞けよ。ヘッドフォンしてんの?

 

 しかし相手の身分、名前を聞かされてしまった以上、もう無闇に電話を切ることは許されない。

 せめて鬼兵隊を敵に回す事態になるのは回避したいところだ。紅桜篇の乱闘は、桂一派に紛れてやってたから大丈夫かとは思っていたのだが……どうやら甘かったらしい。

 

「……そりゃどーも。ご用件は?」

 

『何、ただの()()でござる』

 

 ただの――じゃ、ねえよ。

 どういう意味の忠告だよ。アンタが言うから余計こえーわ。

 

『――沖田総悟の姉。名は……沖田ミツバといったか』

 

「ッ――!」

 

 思わぬ言葉に呼吸が止まる。

 何故ここでその名前が出て来る……!? いや、原因は間違いなく私だ。人の運命を変えるとロクなもんじゃない。

 そこで完全に意識を切り替え、相手の話に耳を澄ませる。

 

「どういうことだ」

 

『言ったであろう、紅桜での乱闘は見事でござったと』

 

 分かりにくい。ストレートに結論を言って欲しい。それだけじゃ分かるもんも分からんわ。

 

『しかし今回の件、原因はこちらの不手際もあるでござる。まこと、申し訳なんだ』

 

「謝られても分かんねーよ。ハッキリ言ってくれ、何がどうなってる」

 

『おぬしに恨みを持った鬼兵隊(こちら)側の人間たちが沖田ミツバを誘拐した』

 

 ………………。

 …………。

 ……訊くんじゃなかった!

 

「おまっ、それ……不手際って……」

 

『元々の原因は拙者たちの同志を斬りつけたぬしであろう。恨みを持った者達の怒りを鎮められなかった……それがこちらの不手際、でござる』

 

 ……くそぅ、正論だし向こうが変に実直だから何も言い返せない。情報を流してくれているのは、侍として最低限の義理、ということか?

 

『ターゲットと親しい仲の者は人質として最良。もう手遅れでござろう。何せ、沖田ミツバは既に()()()()()()()()()()()()らしいのでな』

 

「はははは――冗談にしては悪質な」

 

 無論、冗談じゃないのは分かっている。だが現実逃避したくなる私の心も分かってほしい。とっくに事態はクライマックス直前ですよと言われたようなものなのだから。

 

 ――私のできること全てを行い、最善を尽くして救出する。

 道はそれしかない。天運全てを賭けてでも、ミツバさんを生きたまま取り返さなければならない。

 

 それが、運命を変えてしまった者の責任というヤツだ。

 

「場所は?」

 

 ダメ元で聞いてみる。

 元はといえば、向こうからかけてきたのだ。教えてくれる可能性は十分にある。

 ……嘘ということもあるかもしれないが。

 

『そういえば、犯人が先頭車両へ乗り込むところを見たと言う者がおったな。それでも、救出できる結末など万に一つの可能性だろうが』

 

 うるせぇ。

 内心そう舌打ちしつつ、頭の中で先頭車両への辿り着く手段・ルートを組み上げる。

 だがそこでもう一つ思い出す。確か、そこの近くって総悟が爆弾仕掛けてたようなぁ……?

 

「――ご親切にどうも。じゃあ頑張ってみるよ」

 

『フッ……せいぜい人質と共に爆殺されないよう気をつけるでござるよ?』

 

 言葉から聞き取れるのは、此方に対する微かな期待と嘲笑だ。そりゃあ見てる側からすれば、これほど面白い見世物はないだろう。

 今回の件は完全に想定外ものだ。原作の描写だけが全てと思っていては、きっと失敗する。

 

 ミツバさんを攫った攘夷浪士たちの狙いは、私へのうさ晴らしだろう。木刀の正体を知らない者からすれば、私は女の身で男共を斬り倒していった人間だ。……や、その気になれば、鍛え上げた技量はそこらの者には負けない自信はあるけれど。

 

 今は関係のない話だ。こうしている間も、ミツバさんの身が危ないことには変わりないのだから。

 

「そうですか。あ、あと――次の曲、楽しみにしてますよ。()()()さん」

 

『なっ、おぬし――』

 

 うろたえた声を聞けたところで通話を切る。

 とりあえず最後の台詞で万斉にそれなりのダメージは与えられただろう。ざまぁみろ、というものだ。

 ……ま、お通ちゃんの曲はアニメで放送されてたものくらいしか聴いてないけども。

 

 ミツバさんが、それも自分のせいでこの事件に関わってしまったというなら、話は別だ。

 動乱篇……参加せざるを得なくなってしまったな。

 

 

 *

 

 

「副長ォ! ようやく見つけた!!」

 

 携帯をしまい、恥や外聞を覚えないトッシーを踏みつける万事屋一行と丁度合流した時。

 すぐ傍にパトカーが停まり、中から隊士たちが降りてきた。

 

「山崎さんが――何者かに、殺害されました!!」

 

 大丈夫だ、奴はきっとラケットを携えて戻ってくる。

 ……という余裕は、知識ある者ならではだろう。現実に生きている者からすれば、情報が事実なら楽観できるわけがない。

 

「とにかく! 一度屯所に戻ってください!!」

 

「え……でも拙者クビになった身だし」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! さっ早く――」

 

 無理矢理に手を引かれる土方さんの周り、するりと隊士たちが刀を抜いた。

 

「――副長も、山崎の所へ」

 

 瞬間、銀さんがトッシーの襟首を掴んだ。

 パトカーを踏み台に、全員揃って近くの路地へと逃走を図る。

 だが進んでいくと、出口の方からもう一台のパトカーが攻め入ってきた。よくもまぁ、こんな細い道を走る根性があったものだ。

 

「ふんがアアアァァ!!」

 

 それに迎え撃ったのは夜兎族の力を活かし、素手でパトカーを押し留まらせる神楽ちゃん。この世界の住人の、こういう咄嗟の判断と行動には目を見張るものがある。

 

 トッシーが何か騒いでいるが聞いている者はいない。

 銀さんが運転手を木刀で窓を突き破って叩き落し、素早く全員で車内に乗り込む。

 運転は銀さん。助手席には神楽ちゃん。後ろには私、新八、土方さんと3人。

 路地から抜け出すためとはいえ、無理矢理出た震動で揺れまくって狭いことこの上ない。

 

「あーあー、こちら3番隊こちら3番隊。応答願います、どーぞ」

 

 繋がれていた無線を使い、銀さんが情報収集へと移る。

 すると聞こえてきたのは『土方は見つかったか?』という問い。

 

 無線を面白く感じたのか、今度は神楽ちゃんが無線機を銀さんから奪い取って口を開く。

 「アル」という口調は一瞬不審に思われたが、相手はいちいち気にするような人ではなかったらしく、勝手にベラベラと計画を話し始めてくれた。

 

『近藤暗殺を前に不安要素は全て除く。近藤、土方、両者が消えれば真選組は残らず全て伊藤派に恭順するはず』

 

 暗殺――とは、また随分と物騒な単語が出てきたものだ。

 事件の細かいところはまではもうあまり覚えていないが、今の私の目的はとりあえず列車に辿り着くことである。ミツバさんのことは、私一人で片をつけると決めた。いや、私が片をつけねばなるまい。

 

『近藤の方は既に成功したようなもの。伊藤さんの仕込んだ通りだ。隊士募集の遠征について既に列車の中。つき従っている隊士は全て伊藤派(われわれ)の仲間――奴は今、たった一人だ』

 

 近藤の地獄行きは決まった――と。

 親切に現在の状況まで知らせてくれた。口が軽すぎるぜ隊士さん。

 

「おい、トッシー」

 

「僕はしらない僕はしらない」

 

 ガクガク震えていらっしゃる。

 今はヘタレ状態……震えるのも無理ないが、早く元に戻って欲しい。

 

「しっかりしてください土方さん! このままじゃあなたの大切な人が……大切なものが全部()くなっちゃうかもしれないんですよ!!」

 

「……知らない。僕知らない」

 

「こりゃもうダメかね」

 

 新八の説得も虚しく、怯えた表情でそう言い続けるトッシー。

 だが、煽るように言った私の言葉には、ピクリと僅かに反応したような気がした。

 

「銀ちゃん、どうするアルか?」

 

「…………、神楽。無線を全車両から本部まで繋げろ」

 

「あいあいさ」

 

 ……神楽ちゃん大丈夫なのか。いけるのか。

 少し不安に思ったが、なんとか繋げられたらしい。再び銀さんが無線機を持つ。

 

「あー、もしも~し。聞こえますかーこちら税金泥棒」

 

 相変わらず気の抜けた声。

 だが、伝えるべき事柄はしっかりと伝える。

 

「今すぐ今の持ち場を離れ、近藤の乗っている列車を追え。もたもたしてたらてめーらの大将首取られちゃうよ~。

 ――こいつは命令だ。背いた奴には、士道不覚悟で切腹してもらいまーす」

 

『イタズラかァ!? てめェ誰だ!!』

 

「てめェこそ誰に口きいてんだ。誰だと?」

 

 そこで一際、大きく息を吸い込むと。

 

「真選組副長、土方十四郎だコノヤロー!!」

 

 そこまで言い終えると、叩きつけるように無線機を戻す。

 結局、最終的にはキレていた。まぁ銀さんらしいといえばらしいけど。

 

「ふぬけたツラは見飽きたぜ。いい機会だ、真選組が消えるならテメーも一緒に消えればいい。墓場までは送ってやらァ」

 

「冗談じゃない! 僕は行かな……っ」

 

「てめーに言ってねーんだよ。そもそも、てめーが人にもの頼むタマか」

 

 反論しようとするトッシーの胸倉をガッと掴む銀さん。

 運転を離れた影響でぐらりと車内が揺れる。神楽ちゃんが頑張ってハンドルを握るが、何かにぶつかったのか車外に火花が見えた。事故ってる事故ってる。

 

「くたばるなら大事なもんの傍らで、剣振り回してくたばりやがれ!

 それが土方十四郎(てめー)だろーが!!」

 

 そう叫び散らすと、明確な変化がそこで起きる。

 ――土方さんが、銀さんの腕を掴んだ。

 

「……ってーな」

 

「あ?」

 

 ――お?

 

「痛ェって、言ってんだろーがアアァァァ!!!!」

 

 瞬間、銀さんの頭をわしづかみ。

 そのまま無線機などが設置されているところへと、勢いよく叩きつけた。

 

 



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副長

「御用改めであるうぅぅ!!」

 

「てめーらァァァ! 神妙にお縄につきやがれ!!」

 

 バズーカの引き金が引かれ、傘からは弾丸が放たれる。前者は銀さん、後者はもちろん神楽ちゃんによるものだ。

 二人の総攻撃により、辺りを走り回っている敵の車は次々と蹴散らされていく。

 

「おいおい、あんま揺らしてくれんな。事故らせちゃうぞー」

 

「おわアアアア! ソラさん冗談に聞こえないからヤメテェェエ!!」

 

 ハンドルを握っているのは私である。大昔に運転免許は取った覚えがあるが、果たして最後に更新したのはいつだっただろうか。

 ……というか現在の運転難易度はハードすぎる。敵の攻撃を避けつつ此方の砲撃を当てさせるのだ。今はほぼ身体と自身の直感に任せていると言っていい。

 

 一方、肝心の土方さんはパトカーの上に乗り、副長らしい風格を漂わせていた――が。

 

「痛ィってェェェ!!」

 

「てめェェ!! 少しの間くらいカッコつけてられねーのか!!」

 

 ガサリという音から察するに木の枝か何かにぶつかったらしい。原作の流れが起きたので、茂みから車をやや離して行く。

 結局、彼は銀さんを殴るときだけ復活して、すぐトッシーの状態に戻ってしまったのだ。亡霊の恨みほど怖いものはないぞ、と主張しておく。

 

「奴ら攘夷志士かァ!? ったく、どうやら事は内輪モメだけじゃねーらしいな!」

 

 ……全く、銀さんの言う通りだ。

 その攘夷志士の中で、私に恨みを持つ奴が動くなんて考えもしなかった。おかげでミツバさんは……いやいや、諦めるのはまだ早い。

 

「で、あのゴリラ局長はどこにいる」

 

「アレアル! 離れた位置を走るあの車両!! 敵がみーんなあそこへ向かっていくネ!」

 

「……だそうだ土方氏。あとは自分で何とかしろォ!」

 

 ドカッと銀さんがトッシーを蹴り飛ばす。

 土方さんは衝撃で開いたドアに何とか掴まるが、身体が半分引きずられる形になっているだろう。ギャグの流れでほいほい命が危険にさらされる。

 

「ちょっと待ってよォ坂田氏ィィ!! こんなところに拙者一人を置いていくつもりかァァァ!!」

 

「――副長ォォォオオ!!」

 

 と、そこ後方から他のパトカーが追いついてきた。銀さんの放送で駆けつけた味方の隊士たちだろう。

 

「副長だァァ! 副長が無事だったぞォォォ!!」

 

「無事じゃねーだろコレどーみても!!」

 

「ようやく来やがったか。もうお守りはたくさんだ。さっさとコイツ引き取ってくんな。ギャラの方は幕府からこの口座に入れとけっ……」

 

「伊藤の野郎ついに本性を表しやがったか!! だが副長が戻ってきたからにはもう大丈夫だぜみんな!!」

 

 銀さんの話を無視して騒ぐ原田。スルースキル高っけぇな。

 ……で、銀さんの持ってる紙に口座番号が書かれているのか。なるほど。

 

「オイ万事屋、その紙寄越せ。そっから借金の分と出張料合わせて引き出しておいてやるからよ」

 

「お前だけには絶対渡さねぇ!! 出張料って何だ、それこそ真選組の連中が払うべきモンだろーが!!」

 

「副長、敵は俺達が相手します! 副長はそのスキに局長を救い出してください!!」

 

「オイ、待てコノヤロー!! てめーらの副長おかしな事になってんだよ! きけェ、ハゲェェ!!」

 

 しかし、やはり無視されていってしまう。

 もうギャラは諦めるべきだぞ銀さん……そしておとなしく借金を返すのだ。

 

 

 *

 

 

 敵も味方もバズーカを撃ち合い、辺りは焼け野原になっていく。

 今回の件で、一体どれだけの隊士達が死んでいくのだろうか。組織の内輪モメほど面倒なものはない。

 

 ――車を線路に乗せる。近藤さんが乗っているという車両まであと少し。

 

『トシぃぃぃぃ!! なんで来やがったァ……バカヤ、』

 

 列車の中で泣き叫ぶ近藤局長が見えたが、躊躇なく銀さんはバズーカを放った。

 

「近藤さーん? 無事ですかァー?」

 

「ダメネ。いないアル」

 

「何すんだァァてめーらァァァァ!!」

 

「あっいた。無事かオイ、なんかお前、一丁前に暗殺されそうになってるらしいなァ」

 

「いや今されそうになったよ! たった今!!」

 

 軽い調子で三途の川を渡りそうになるこの世界。

 シリアスはもちろん、ギャグでも気は抜けない。

 

「お前等まさかトシをここまで……って、ありえなくね!? お前らが俺達を……」

 

「遺言でな、コイツの」

 

 今までの経緯を銀さんがざっくりと説明する。

 近藤さんの様子を見る限り、真選組をクビになるまでの土方さんの行動に何か思い当たることがあるらしい。そりゃそうか。

 

「俺達の仕事はここまでだ。ギャラはてめーに振り込んでもらうぜ」

 

「……振り込むさ。俺の貯金全部。だが万事屋、俺もお前達に依頼がある。これも遺言と思ってくれていい。――トシ連れてこのまま逃げてくれ」

 

 近藤さん曰く、こんなことになったのは自分の責任であり、戦いを拒む今の土方さんを巻き込みたくないとのこと。

 伊藤に気をつけろという副長の助言も拒み、更に些細な失態を犯した彼を伊藤の言うがまま処断してしまった――大馬鹿者だと。

 

「全車両に告げてくれ。今すぐ戦線を離脱しろと。近藤勲は戦死した。これ以上仲間同士で殺り合うのはたくさんだ」

 

 そこで、隣りにいたトッシーがおもむろに無線機を手に取り、口を開いた。

 

『あーあー、ヤマトの諸君。我らが局長、近藤勲の救出は無事成功した。勝機は我等の手にあり。局長の顔に泥を塗り、受けた恩を仇で返す不逞の輩は――あえて言おう、カスであると!』

 

 冷や汗を流しているところから察するに、相当勇気を振り絞って言っているのだろう。しかし生憎、オタクっぽさは未だ抜けていない。

 

『オイ誰だ! 気の抜けた演説してる奴は!?』

 

『誰だと? ――真選組副長、土方十四郎ナリ!!』

 

 そして銀さんの時のように乱暴に無線機を戻す。

 ガチガチに緊張していたためか呼吸は荒い。トッシーにしてはよくやった方である。

 

「近藤氏、僕らは君に命を預ける。その代わりに、君に課せられた義務がある――」

 

 それは死なないこと。

 何が何でも生き残る……近藤さんがいる限り、真選組は終わらない。

 

「――近藤さん、あんたは真選組の魂だ。俺達はそれを護る剣なんだよ」

 

 タバコをふかし、そう告げたのはトッシーではなく、土方さんの方である。

 ようやく戻ってきたようだ。が、私の用件はむしろこれからだ。

 

「一度折れた(きみ)に、何が護れるというのだ。

 土方君、君とはどうあっても決着をつけねばならぬらしい」

 

 パトカーの後ろ、バイクに乗る伊藤鴨太郎と運転している万斉が現れた。

 ……あれが伊藤。今回の主犯。

 奴の運命に介入する気はない。今、私がやるべきことはもう決めたのだから。

 

「剣ならここにあるぜ。よく斬れる奴がよォ」

 

 リアガラスを破り、刀を持って土方さんはそのまま外へ飛び出していく。

 

「万事屋アァァ! 聞こえたぜェ、テメーの腐れ説教!! 偉そうにベラベラ語りやがってェェ!!」

 

 村麻紗を握り、刃を抜こうと力を入れる。

 だが呪いのせいなのか、なかなか抜けない。

 

「何モタクサしてやがる。さっさと抜きやがれ」

 

 口を挟む銀さんに「黙りやがれ」と返答する。

 かなり固く収められているようだ。トッシーの怨念恐るべし。

 

「てめーに一言いっておく! ありがとよォォォ!!」

 

「オイオイまた妖刀に呑まれちまったらしいな。トッシーか、トッシーなのか?」

 

 ガッと鞘が動く音。

 それと共にギシギシいっていた力む音も止む。

 

「……俺は、真選組副長、土方十四郎だァァァァ!!」

 

 

 *

 

 

 自力で妖刀の呪いをねじ伏せた。

 トッシーとしての人格はもういない……少なくとも、今は。

 

「ワリーなゴリラ、残念ながらてめーの依頼はなんぼ金積まれても受けられねェ。土方(あっち)が先客だ」

 

「万事屋、仕事はここまでじゃなかったのか」

 

「なァに、延長料金はしっかり頂くぜ」

 

 近藤さんがパトカーへと移る。

 そして、万斉が運転するバイクがこちらに迫り、剣を抜いた伊藤と土方さんがぶつかり合う。

 

「土方ァァァァ!!」

 

「伊藤ォォォォ!!」

 

 バイクがすぐ横を通り過ぎる。

 その瞬間、伊藤の肩から血が噴き出したのを認識した。

 

「――ん、おお!?」

 

 同時に、下からガコンという音と共に車内のバランスが崩れる。おそらく、タイヤが外れたものとみた。

 するとパトカーの外にいた銀さん、土方さん、神楽ちゃんまでもが反動で後部座席へ転がり込む。此方は必死にハンドルを握っているが、どうにも動く気配がない。むしろ――

 

「オイ後ろォ!!」

 

「チィ――――!」

 

 先頭車両が近づいてきているのは分かっている。

 だが、ここで車ごと抜け出すのは至難の技だ。運とか経験とか関係なく、物理的にただ潰される結末が待ち受けるのみ。

 

「あっぶ……! ぅぐォォォ!! 早くなんとかしやがれェ!!」

 

 そこで咄嗟の行動か、土方さんが車と列車の間に入り、なんとか時間を稼ごうとする。

 空中ブリッジのような体勢だ。キツくないすかそれ。

 

「チャイナ娘ェ! 今こそその怪力を役立てろォ!」

 

「仕方ないネ。ソラもふんばるアルよー!」

 

 神楽ちゃんも車外へ出ると、土方さんを踏み台にする形で列車を止めようとする。

 が、直後に接近してきていた攘夷志士が、彼女に向かって刀を振り上げ――

 

「近藤さん、さっさとこっちへ移ってくだせェ」

 

 途端、蹴破られた列車の扉によって、浪士が吹き飛ばされていく。

 中からは血にまみれている沖田総悟。その車両内は反乱した隊士達の血で真っ赤に染まっている。粛清、だったか。

 

「ちぃと働き過ぎちまった。残業代出ますよねコレ」

 

「俺が、是が非でも勘定方にかけあってやる」

 

 土方さんがそう告げると、そいつぁいいや、と総悟が零す。

 

「ついでに伊藤(やつ)の始末も頼みまさァ、俺ァちょいと疲れちまったもんで」

 

「待ってくれ、トシを置いて俺だけ逃げろいうのか!!」

 

腹の上(そこ)でモメんなァァ!!」

 

 全員土方さんを橋のように扱っている。順応が早いというかノリがいいというか、信用が変な方向に働いている気がしなくもない。

 

「モタモタしてんじゃねーよ、さっさと――、ッ!?」

 

 そこで銀さんの言葉は途切れ、衝突してきた万斉のバイクで遠くへ飛ばされていく。

 ……あっぶねぇ、本当に気を抜いたら即死するぞこの状況。

 

「銀さんんん!! うわああァッ!?」

 

 車の外へ出ていった新八の声で、離れていた先頭車両が遂に追いついてきたことを理解する。

 慌てて新八と神楽ちゃんが総悟のいた車両へと避難していくのを合図に、私も運転を放棄し、先ほど土方さんが破ったリアガラスから外へ出た。

 

「おい、お前……!」

 

「私は私で用があるんでね」

 

 こちらに気付いた土方さんへ、適当にそう告げる。

 ミツバさんに関して知っているのは、おそらく私だけであろう。今回の動乱事件に乗っかり、私への報復を行うとは、随分と手の込んだ嫌がらせだ。

 

 本当なら、先頭まで車両内を突っ切っていきたいところだが、後々の展開を考えるに、それでは到底行けそうにない。

 だから、()()()()

 

『ソラさあああん!!』

 

『ソラァ、生きてるアルかー!?』

 

 ……パトカーが縦に潰され、高さが届くと判断した瞬間に列車上へと飛び移る。

 新八と神楽ちゃんには、妖刀で車両を叩いて無事の返事――聞こえていればいいのだが。

 

「さぁーて」

 

 時間はもうない。

 なんとしてでも、ミツバさんの死亡フラグを叩き折らなくては。

 

 



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救出

 ――風圧が身体を襲う。

 しかし止まっている時間はなく、ただひたすらに走り、前へと進んでいく。

 

「くっそ……キツいなこれ……」

 

 足を滑らせたら致命傷を負うのは免れまい。

 とにかく今は、爆弾が作動する前に何としてでも先頭車両へ追いつくことだけを考えろ。

 

 二両目、三両目と超えていく。

 谷に架かっている橋への距離は――やばい、もう差し掛かってる……!

 

「……いよっし、ここら辺、か!?」

 

 なんとか最後の車両上へ辿り着き、星砕で下――天井を壊して車両へ入る。

 ……一応、ドアから入った場合の奇襲に備えたものだったのだが……その心配は無用だったらしい。

 

 奥には手足を縛られたミツバさんと思しき人が転がっていた。

 人の気配はない……まぁ、ここにいたら自分達も爆風に巻き込まれる可能性あるしね。

 

「よっと」

 

 手足の紐を切り、ミツバさんを肩に担ぐ。

 幸いにも気絶している。これなら、自分の状況や戦場の血も見ることなく普段の日常に戻ることができるだろう。

 

 すぐさま座席を踏み台にして開けた穴から外へ出る。

 爆発はまだだ。これなら――

 

「うおおおォォ!?」

 

 噂をすればなんとやら。私から見て前方の方――列車の後方で爆発。

 吹き飛ばされないよう木刀を車両へ突き刺す。

 マズッ……原作通りなら先頭も巻き込まれて下に……!!

 

 ……が、いつまで経っても落ちるときの浮遊感は来ない。

 どうやら綺麗に爆発した箇所で途切れたようだ。今は伊藤や近藤さん達が色々動いている頃だろう。

 

「けど橋がなぁ……」

 

 車両もろとも、橋まで崩れてしまった。

 原作やアニメでなら、爆発はこれで終わり。しかし今回はミツバさんという人質がいる。

 私達が今いる車両のどこかにも仕掛けられていても、おかしくはない。

 

「――――」

 

 本格的にヤバイ。

 どうやって向こうへ行く? 跳ぶか? いやいや無理だろ。

 

 

 ――と、バラバラとヘリのプロペラ音が聞こえてきた。

 段々と煙は晴れ、壊れた車両内の様子も見えてくる。

 

「あれは……」

 

 一番下に伊藤らしき人影。

 そして上でその手を掴んでいるのは近藤さん。さらに上を確認していくと、それぞれの足を捕まえ、ぶら下がっている総悟、新八、神楽ちゃん。

 ……向こうもギリッギリだな。今にも落ちそうだぞ。

 

 ヘリにいる攘夷志士が伊藤を始末しようと銃を撃つ。

 真選組の裏切り者は手を組んでいた者達の裏切りによって消える――実によくできたシナリオだ。

 

 

「何してやがる!! さっさと逃げやがれェェ!!」

 

 

 列車上にいた土方さんがヘリの上へ飛び降り、刀でプロペラを切り離す。

 ……よくあんなアクロバティックなことできるな。私にはせいぜいこうして列車上に飛び移ることくらいしかできないよ。

 

「おおおおおおッ!!」

 

 ヘリは墜落していき、土方さんは伊藤達がぶら下がっている列車へ跳んでいく。

 伸ばした手は――届いた。掴んでいるのは伊藤。

 いずれ自分が殺してやるから、こんなところで死ぬな……だったか。

 

 ……ここで、伊藤は自分の欲しかった(もの)にようやく気付いたのだろう。

 大切なものは、見えにくい。

 

 

「――さて、私はどうしようか」

 

 いつまでもここで突っ立っているわけにはいかない。

 土方さんみたいに跳んで、皆に助けてもらうか――? いいや、跳ぶには距離が開き過ぎている。何かこう、「背中を後押しするもの」が欲しいところだが……

 

「あ」

 

 ……ある。あるぞ、背中を――いや、身体全体を後押しするもの。

 だがそれもある意味アクロバティックな行動。

 ていうか完全に命がけ…………でもここで死ぬよりは、マシなはず。

 

「……、」

 

 車両の先へ近づき、足に力を込める。

 あと何秒で起きるかはさっぱり分からない――が、とにかく今は自分の勘を信じる他ない。

 私はやる。私は行く。なせばなる。燃えろ私のコス……いかんいかんいかん。

 

 

 ――カチリ、と時計の針が動くような音がした。

 

 

 刹那、私は思い切り列車上から跳躍し、向こう側を目指して空中へ身を投げる。

 背後では爆音。狙ったのはその爆風の威力。

 

「――ッ、――――!!?」

 

 叫びたい気持ちをこらえ、迫った車両へ木刀を突き刺して場所を固定する。

 絶対にミツバさんを離さないよう腕に力を入れて爆風が止むのを待ち――収まると大きく息を吐く。

 

 ……やっぱり仕掛けられていたか、爆弾。

 まぁ何はともあれ救出には成功だ。けれど地に足をつけるまでは安心しない。

 

 

 *

 

 

「ぅ……」

 

 着地した車両の天井を星砕で突き破り、中に設置されていた座席を足場として確保したときのこと。

 

 ピクリと、肩のミツバさんが動いた。

 それを確認した瞬間、素早く肩から降ろし、首を叩いて再度気絶させる。

 爆音で流石に意識が回復したのだろうが、ここで起きられては困るのだ――せめて、全ての事件が終わるまでこの状態でいてほしい。

 

 ……近藤さん達はもう上――地上に行っているだろう。

 私が今いるこの場所は斜面こそゆるやかとは言えないが、座席を足場に、何でも斬れる、突き破れる木刀を片手に這い上がっていけば、やがては辿り着ける……と思う。

 

 再びミツバさんを肩に担ぎ、上を目指す。

 ……銃声が聞こえた。動乱篇ももう少しで終わりを迎えるか。

 

 

 次の車両は若干傾いているものの、なんとか立てるくらいの傾斜だった。

 やっとこれで歩いていくことができ――いや。

 

「……誰だ?」

 

 質問するまでもないことだが、一応口には出す。

 次の車両への入り口から、ぞろぞろと数人の攘夷志士が出てきたのだ。

 感じるのは敵意と殺気。既に皆、腰の刀を抜いてこちらに斬りかかる準備はできている。

 

「もしかして、誘拐犯?」

 

 答える気はない、という顔。

 人数は7、8人といったところか。誘拐犯にしては多い――ま、それだけ私は恨みを買ってしまった、ということだろう。

 

「きっついなぁ……」

 

 手元にある武器は妖刀一本。

 それに加え、肩には決して傷をつけてはならない人が一人。

 あと使えるものは……今いる傾いた車両、設置されている座席、その他散らばっている瓦礫など。

 

 自分が置かれている環境を確認し、木刀を握る手に一層力を込める。

 人一人担ぎながら戦うのは困難だが――原因が自分なだけにやるしかない。

 

 

 そして、目前の敵が斬りかかって来るよりも早く、私の足は地を蹴った。

 

 

 /

 

 

 視界に映るのは赤色。

 まず確認したのは倒れ伏し、片腕が消えている男性。

 右を見れば、座席に座って腹に刀を突き刺されている者。

 

 左からは朝日が差し、向こうとして目を細める。無論そこにも血に沈んだ人間がいた。

 後ろには積み重なった数体の屍。と、そこで肩の違和感に気付く。

 

 握り締めていた木刀を腰に差し、落とさないよう横に抱き上げてみると、記憶にある顔――沖田ミツバ。

 その顔には傷一つ、血しぶきさえもついていない。

 

 改めて外を見ると、そこでは何やら黒い集団が輪になって集まっていた。

 一瞬、何かの雄叫びが聞こえた後、輪の内側から赤い血らしきものが噴き出す。

 

 それは伊藤鴨太郎を裏切り者としてではなく、武士として、仲間として死なせるため、真選組が執り行った土方と伊藤による決闘だったのだが――誰かと誰かが斬り合った、としか「彼女」は認識しない。

 

 兎にも角にも、自分はまずミツバを安全な場所へ届けなければ、という結論に達した彼女は車両の扉へと一歩、足を踏み出した。

 

 

 *

 

 

 外に出てすぐ見えたのは、3人の人影。

 足音で気がついたのか、ほぼ同時に全員がバッと振り返る。

 

「お前……!」

 

 怪我をしているのか肩を抑え、驚いたように目を見開く銀髪の男。

 

「ソラ! 生きてたアルか!」

 

 こちらを見るや否や嬉しそうに顔を綻ばすオレンジ色の髪をした少女。

 

「よかった……あれ、その人は……?」

 

 ホッと安堵の息を吐き、ミツバについて尋ねてくるメガネをかけた黒髪の少年。

 

 列車を飛び降り、押し付けるようにして少女と少年にミツバを預ける。

 慌てたように二人が受け取るのを見、それから気になっていた銀髪へ目を向けた。

 

「……これはどういうことだ。なんで沖田んトコの姉ちゃんがここにいる」

 

「鬼兵隊」

 

 それだけ告げると、息を呑む気配。

 これで大体の察しはついただろう――と、銀髪の男にぶつかるようにしてその場を後にする。

 

「オイ!」

 

 声をかけられ、少し離れたところまで来ると歩みを止めた。

 ……今、彼女が持っているのは黒い財布。先ほどぶつかった時に掏ったものだ。

 後ろからでは見えないだろう、それに入っている札だけを全て抜き、適当に懐へ押し込める。

 

「……ん、あれ!? お前、俺の財布を!」

 

 ようやく気付き、近づいてきた銀髪の頭へ乱暴に財布を投げつける。

 その際に聞こえたあべし!? という悲鳴は聞き流し、夜明けで青みがかかってきた空を仰ぐ。

 

 

 ――「ソラ」ならここで、動乱篇終了、とでも言うに違いない。

 

 ぼんやりとそう思ってから、絶条ソラ、否、「絶条空(かのじょ)」は意識を手放した。

 

 



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一見の客

「では、お気をつけて」

 

 それは、いつものように、したたかに酔ったお客様を見送っていた時のこと。

 視界の端に、ふらりとした足取りの女性が映りこみました。

 

 ――こんな夜中にどうしたのでしょう?

 

 そんな疑問が、頭をよぎったのが始まりです。

 

 

「……生体反応にブレが見られます。推定疲労度120%。下手をしたら過労死しかねません。嫌なことがあるなら飲んで忘れましょう。さぁ中へ」

 

「…………何、アンタ」

 

「『スナックお登勢』の従業員兼、機械(からくり)家政婦たまと申します。早く中へ」

 

「えー……いやいいって……」

 

 拒否の反応を示されましたが、特に抵抗する力も残っていないご様子。

 結局ぐいぐいと私の引っ張る力に負け、店へ引き入れることに成功します。

 

「――お? 何だい、見ない顔だね」

 

「お登勢様、この方はひどくお疲れのようです。日々溜まっているうっぷんをここで晴らせてあげましょう」

 

「いや別に……」

 

「遠慮スンナヨ! サッサト全部吐イチマイナ!!」

 

 ばしっとキャサリン様に背中を叩かれ、観念したのかやっとカウンターの席に腰を下ろし、腰に差していた木刀を傍に立てかけます。

 ……銀時様と同じ物――? しかし、解析してみるとあれよりもっと上質なもの。折角なのでデータに書き加えておきましょう。

 

「で、何飲むんだい?」

 

「……じゃあ焼酎で」

 

 はいよ、とお登勢様が準備を始め、その間にキャサリン様はテーブル拭き、私は床掃除を開始。

 おそらく今日のお客様はこの方が最後。日々溜め込んでいる愚痴を洗いざらい吐いて、スッキリしていただかなくては。

 

 

「アンタ、名前は?」

 

「……絶条ソラ」

 

 それを聞き、私は一瞬ピタリと動きを止めました。

 その名は確か――

 

「おや、じゃあお前さんがチャイナ娘の言ってた用心棒かィ?」

 

 以前、神楽様が話していた話の中にあったと記憶しています。

 

「あの娘……」

 

 ギリ、と苦虫を噛み潰したような顔をなさるソラ様。

 何故そんな表情を……あまりご自分のことは話されたくないのでしょうか。

 

「……一応、聞くけどさ。どんなこと話したんだアイツ?」

 

「『ソラが酢昆布を買ってくれないー』とか『絶対あの木刀高く売れるアルー』などと記憶しています」

 

 私がそう言うとガックリと肩を落とされました。

 ……嫌なことを思い出させてしまったのなら、申し訳ありません。

 

「あー、いやいや。アンタが謝ることじゃないって……やっぱ同じようなことしか言ってねーのなあいつ……」

 

「? ソラ様のことについてなら他にも『人を傷つけて金もらう仕事なんて早くやめればいいアル』と言っていましたが……」

 

「たま、それは陰口っていうんだよ。堂々と本人に言うもんじゃないの」

 

「ソウダヨ! 他ニモ『あんな大金、ボッタクリ商売に違いないネ』トカ言ッテタダローガ!!」

 

「……いや、あの。報酬で金くれんのはお偉いさんだけで、基本食料なんですけど……」

 

 ――食料?

 お金ではなく、食料が、報酬?

 

「理解しかねます。商売とは通常、金銭を頂いていくものではないのですか?」

 

「そうだけど……もうこういうやり方の生き方が染み付いちゃってるからなぁ」

 

「食料って……というか、一体何の仕事してんだィ?」

 

「ただの用心棒ですよ」

 

 用心棒。

 雇われて人を護る者。

 新八様が言っていた「一旦護ると決めたものは何が何でも護り通す」という侍とは、少し違うもの。

 

「……では、今の疲労度もその仕事によるものですか?」

 

「んー……仕事っていうか……まぁ自分でまいた種を自分で刈り取ってきたというか……」

 

「そりゃあ大変だったねェ。で? 上手く処理できたのかい?」

 

「色々ありましたけど、とりあえず丸く収まりましたよ。ったく、()()()()()()()のがこんなに難しいことだったとは……」

 

 人に――物を――?

 ……ソラ様は用心棒だけでなく、教育者としても働いているということでしょうか?

 

「アンタも大分酔ってきたようだね。まだ飲むかい?」

 

 いつの間にか、ソラ様のコップは空になっていました。

 なにか吹っ切れきてきたご様子です。やはり溜め込んでいたんですね。

 

 

 *

 

 

 世渡りどころか、読み書きさえ知らない。

 知っているのは、己がこうと決めた生き方のみ。

 ソラ様はもう、何年もそんなお方と付き合っているということです。

 

「……で、今回は金の使い方について教えようとした、と」

 

「そ。中々金を返さねー野郎には厳しく当たれ、ってね。けどやっぱり自分から動くモンじゃねーわ。相手の出方を伺って行動すんのが一番性に合ってるわ」

 

 聞き上手なお登勢様との対話、そして何より酒がまわってきたことが大きいのか、大分ご自分のことについて話してくれるようになりました。

 一方、キャサリン様は既に向こうのソファでぐっすり眠ってしまっていますが。

 

「それで結局、『取り立て』はどうなったんだい?」

 

「……きっちり回収してましたよ」

 

 やっぱ起きてるときは起きてんだなぁ、と感慨深そうに語るソラ様。

 起きる? いつもぼんやりしている方なのでしょうか。

 

「しっかし、そんなに長く付き合ってやるなんて、アンタも相当なお人好しだねェ」

 

「――……お人好し、ね」

 

 ほんの一瞬だけ。

 ソラ様の表情に陰りが見えたような気がしました。

 しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように酒を飲み始めています。

 

「お人好しといえば、あんた等もなんじゃないですか? こんな見も知らない私の愚痴聞くなんて」

 

「こいつは性分さね、もう治らんよ。けどおかげで面白い連中とも会えたがねェ」

 

 ある男はこうさ、とお登勢様が語り始めます。

 曰く、雪の降った寒い日のこと。気まぐれに旦那様の墓参りに出かけ、供え物を置いて立ち去ろうとしたら墓石が口をきいた、と。

 

『オーイ、ババア。それまんじゅうか。食べていい? 腹減って死にそうなんだ』

 

『こりゃ私の旦那のもんだ。旦那にききな』

 

 そう言うと、間髪いれずそのお方はまんじゅうを食べ始めました。

 

『なんつってた? 私の旦那』

 

 

「……そう訊いたらそいつ、なんて答えたと思う?」

 

 懐かしそうに、お登勢様は言います。

 この話は、もしかして――

 

「死人が口きくかって。だから一方的に約束してきたって言うんだ。

 

 『この恩は忘れねェ。アンタのバーさん、老い先短い命だろうが、この先は……あんたの代わりに俺が護ってやる』――ってさ」

 

 おそらく銀時様との出会い。

 ……あの方は、昔から変わらないんですね。

 

「死人が口きくか……かぁ。ははっ、そりゃそうだ」

 

 自嘲気味に笑ったのはソラ様。

 何か、思うところでも――?

 

「……さて、結構飲んじゃったし、私はもう行きます」

 

「いいのかい? まだいてもいいんだよ」

 

「大丈夫です。お代、ここに置いてきますね」

 

 懐の財布から小銭を出して立ち上がり、立てておいた木刀を腰に差して出て行こうとしましたが――

 

「お待ち下さい。これでは少し多いです」

 

「いいよいいよ。あげるって」

 

 しかし、と言いかけたところでお登勢様に止められます。

 もう何を言っても無駄……と感じ取られのでしょうか。 

 

 仕方がないので見送りだけでも、とソラ様の後ろについて外へ出ることにしました。

 辺りはもう真っ暗。夜空にはまるい満月が昇っています。

 

「……あのさ、一つ相談なんだけど」

 

 ふと、ソラ様がそう口を開きました。顔はこちらからでは見えません。

 

 

「……もしも、捨てたくても()()()捨てられないものがあったら……どうすればいいかな」

 

 

 それは、一体何を指してのことなのか。

 用心棒という仕事? 神楽様とのご友人関係?

 

「――その捨てられないものの性質にもよりますが」

 

 この方が何を思って質問したかは分からない。けれど、

 

 

「最後まで抱えて、いくべきだと判断します。そしてその最期は、両者の納得する形で終わりを迎えられれば……と」

 

 機械(からくり)は機械なりに、人の役に立てられるよう、最善を尽くすのみ。

 

 答えると、ソラ様はクックッと肩を震わせて笑い始めました。

 ……何か、おかしなこと言ってしまったでしょうか。

 

「……そ、やっぱりそうだよなァ」

 

 笑いを堪え、か細い声で呟くソラ様。

 やっぱり、ということから察するに、ソラ様自身も既にこの答えを……、

 

「うん――分かった。おかげで決心がついたよ」

 

 ゆっくりと、こちらを向く。

 

「ありがとう、()()()()

 

 にこりと、儚げにそう笑ったソラ様の顔に、もう陰りは見えませんでした。

 

 



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死んでからが本番なのは主役だけ
吉原


 そこに空は在らず、闇が支配する世界だった。

 地上とは切り離された地下遊郭・吉原桃源郷。

 中央暗部の触手に支えられ、幕府に黙殺される超法規的空間――常夜の街、ともいわれるか。

 

「おい、こっちだ」

 

「御意に」

 

 感情を封殺し、依頼主の近くを歩いていく。

 こんな場所になぞ普段なら決して近づかない。なにせ今はまだ、あの夜王の支配国家なのだから。

 

 一体ここで何をしているのか、と問われれば答えは一つ。仕事である。

 いや、別にこの街で働くとかそういうのじゃない。ただ単に、社会的な位が高い人間から護衛の依頼を受けただけだ。お忍びで、ただし何かあったときのための、最低限の護衛をと。

 

「お侍さん方、ウチに寄ってかないかい。サービスするよ?」

 

「向こうよりこっちの方が楽しいよ。おいでやす」

 

 柵の向こうで女たちが誘いの声をかけてくる。

 それらの全てを無視しつつ、依頼人は目的地へと突き進む。

 

 お忍びとはいったが、依頼主の目的は女でも酒でもない。

 ――会談、取引、そういう類の裏交渉というか、まぁ商い(ビジネス)の話だ。

 

 松平さんから入った仕事ということもあり、私も簡単には断れなかった。

 なにせお得意さまである。ぶっちゃけ生活資金の収入源である。紹介されたのなら、その信用に足る働きをしなければならない。

 

 で、ここからが本題なのだが。

 

「――失礼。鳳仙様はいらっしゃるか。私は先日の取引で――――」

 

 そう、この依頼人の取引相手、よりにもよって夜王(ボス)なのである。

 何やら異星出身であるそうで、やはり裏社会的な事情があるらしい。とっつぁんがそこまでの情報を見抜いていたかは知らないが、まぁ年中フリーな私に押し付ける辺り、察し案件なのは間違いない。

 

 依頼人は紹介文を出し、門番に話を通している。

 門番は吉原自警団「百華」の者たちだ。女性ではあるが、戦闘能力は普通の女性より高いだろう。

 吉原は女の国でもある。荒くれものだって流れ着くことがあるのだし、街を守護する部隊がいるのは不思議なことじゃない。

 

「――確認しました。どうぞ、お通りください」

 

 重い音を立てて門が開かれる。

 怪しまれることもなく、外からの「客人」として招かれた。初っ端から大ボス相手とは内心冷や汗ものだが、なに、鳳仙の相手をするのは依頼人だけだ。私はただ、この人間を護っていればいい話である。

 

 

 *

 

 

 ――元々、吉原炎上篇に関わるつもりはなかった。

 

 だって夜兎である。夜兎三昧である。特にあの三つ編み青年が嫌だ。ちょう面倒。

 夜兎の戦闘狂ほど関わりにくいものはない。何せ全知全能が戦闘特化なのだ。加え、まっとうな戦闘民族だから、まともに地球人が闘り合うと死ぬ。

 

 そして何より鳳仙。その経歴を知ればまずお近づきになりたくないキャラナンバーワンに匹敵する。

 宇宙海賊「春雨」元幹部。夜兎族の王――ゆえに、夜王。

 加え、現在はこの吉原という一個の国の主だ。ここが彼の領域である以上、絶対決定権は鳳仙にある。

 

 だが今日というこの日、別にパイプが崩壊した事件はないし、何より銀髪の天然パーマや、薄汚れた少年だって見ていない。

 つまり物語の幕間。吉原解放の日より、数日前にあたる出来事なのだろう。

 

「――久しいですな若殿。いや、もうそんな歳でもありませぬか。まったく、つくづく時の流れは早いものだ」

 

「左様。私が鳳仙様と初めてお会いになったのも、もう何十年も前のこと。最近は娘も中々素直になってくれず、手を焼いている始末でして。いや、成長を見るたび自分の老いを実感してしまいますなぁ」

 

 そんな世間話から入り、女をはべらせ、酒を口につけつつ、一見和やかそうな会談が始まる。

 無論私の位置は依頼主の後方、戸の近く。背景に溶け込むようにして気配を絶ち、常に周囲への警戒を続けている。

 

 会談の内容などには興味はないし、たとえ耳に残っていたとしても言いふらすこともない。私はただの用心棒であり、情報屋や密偵をしているわけではないのだから。

 

「さて、それで本題なのですが――――」

 

 雇い主がそう切り出し、やや空気の糸が張る。

 この上なく真面目な話をしているのだろうが、正直なところ、内容を聞くことはできてもそれを正確に把握することはできなかった。裏社会での用語でも入り混じっているのだろう。ならば、真っ当な人の子が理解する必要はない。

 

「――ク。ハハハ! やはり親の血ですかな、貴殿の一族は面白いことを考える」

 

「お褒めに預かり光栄です。では、報酬の方ですが……」

 

「よろしい。酒でも女でも、吉原きっての上玉を用意しよう」

 

 よほど鳳仙がお気に召する会話だったらしい。

 なるほどつまり、表社会から見れば、ろくでもない話だったのだと理解する。

 ――が。そこで問題が発生した。

 

()()()()()()。吉原きっての花魁と、一夜を共にさせて頂きたい」

 

 やめとけ!!

 

 いや、違うマテ、そうじゃない。

 別に日輪さんを批判しているわけじゃない。依頼主よ、その言葉を口にする相手は選べ、と言いたいのだ。

 

「………………」

 

 まだ殺気の気配はない。が、不愉快そうな様子なのは見てとれる。

 ここで冗談です、などと慌てて取り繕えばどうにか間に合う。たぶん、きっと、ギリギリ。

 しかしそんな祈りも虚しく、元若殿は口を閉じることはしなかった。

 

「どうしました? 報酬としては十分だと思いますが。まさか出し惜しみする気――」

 

 そこで、直感的に畳を蹴った。

 これ以上依頼主が馬鹿なことをのたまう前に。

 そしてその後に、()()()で彼が処刑されてしまう前に。

 全身全霊をその一瞬に叩き込み――背後から、雇い主の意識を刈り取った。

 

「ッッ……!!!?」

 

 突然の衝撃により、何が起こったか理解する直前で依頼主が倒れ込む。

 任務達成。損害被害共にゼロ。オーケー?

 

「――失礼致しました。では、報酬は適当に極上っぽい酒を」

 

「ほう? 頭目同士の会談に乱入した割には図太い者よ。地上ではただの護衛が殿の代理を務めるのか」

 

 かけられた声にわずかに精神が震える。

 だが、それを一切表に出すことなく、淡々と言葉を返す。

 

「私はただ、雇い主自らが火の海に飛び込むような愚行を止めただけでございます。()()どちらも護らずとして何が用心棒でしょうか」

 

 此方の言い分に、なるほど、と面白そうに鳳仙が声をあげる。

 あのまま、言葉の先を続けていれば間違いなく依頼主は、夜王から発せられた殺気によって昏倒させられていただろう。となれば、その後はまともな仕事など、できるかも怪しくなる。

 

「役割を果たしただけ、か。しかし……女の用心棒とはな」

 

「剣の腕には自信があるので。いえ、逆にいえばそれしかないのですが」

 

「そう珍しい話でもない。我が国を護っている『百華』の者共も、クナイ投げに関しては一流であるしな」

 

 不愉快な気分は少し晴れたのか、そこで酒を一口飲む鳳仙。

 ……会話できている。成立している。地雷も踏んでいない。やればできるじゃないか、私。

 

「さて。ならば報酬は、貴様の生真面目さに免じ、極上酒に似せたものを用意させるとしよう。優秀な護衛を選んだ若殿は幸運であったな」

 

「――お心遣い、感謝致します。それでは」

 

 若殿の襟首を掴み、ずるずると引きずる形で部屋を退室しようとする。

 向こうの気が変わらない内に、一刻も早くこの国を出なければ。暴君の気まぐれ一つで命が散るなどゾッとしない。

 

「――――その()()、星砕か。また珍しいものを下げているな」

 

 ばれてーら。

 

 などと思いつつ足を止める。別れの挨拶は口にしたが、まだ相手はそれを許していない。声をかけてきたのは、きっとそういうことなのだろう。

 ……ていうかこの木刀、知ってるのかよ。夜王も通販とか使うんだろうか。や、真面目に考えれば、夜兎を統べる長だったのだし、宇宙関連の品物については知識が深いのかもしれない。

 

「ふむ……? もしや貴様、数年前に噂になっていた女用心棒か。まさか地球人だったとはな」

 

 ……やはり、宇宙海賊団でもあったし、此方の情報は掴んでいたか。

 まったく、優秀すぎるというのも悩みどころである。 

 

「何が、言いたいのですか」

 

「フ、いやなに、少々意外だったものでな。宇宙で名を上げるほどの地球人なぞ、そう多くはない。女というから、何処ぞの戦闘部族かと思っていたのだが――その妖刀の力ならば、なるほど、納得はいく」

 

 答えになっていない。

 どんな星の出身の者だろうと、年を食えば話が長くなるものなのだろうか。勘弁してほしい。とりわけ、相手が夜王となっていては、此方も軽率に口を開くのは憚られてしまう。

 

「――用心棒よ。貴殿を雇う条件を伺おう」

 

 確実に一瞬、心臓が停止した。

 別に殺気を向けられたわけではない。単に、私自身が勝手に止めてしまっただけである。

 

 ……叩きつけられた嫌な予感を堪えながら振り返る。表情はもちろんポーカーフェイスだ。ここで仕事モードを切らせば命はない。

 

「特に、強くは決めておりません。私が判断するのは、生存に役立つものであるか否かです。金はもちろん、最低限食料さえ頂ければ、何も」

 

「生存、か。おかしなことを言う。貴殿ほどの力量の持ち主ならば、死に怯える必要などなかろうに」

 

 そこで、はあ、と出かけた間抜けな声をどうにか押し殺し。

 

「――何を言っているのかは分かりかねますが。私は死に際でもその状況自体を愉しんでみせますよ」

 

 見当違いな解釈に、少しだけ肩の力が抜けかけた。

 死は確かに怖いものだが、私が思う死という終着点の意味はそれだけではない。

 なにせ転生しているということは、一度死んでいるということでもあるのだ。ならば――

 

「ククッ、やはり貴様も狂人の類であったか。これほど酔狂な人の子を見るのは久しぶりだな」

 

 いいから早く要件を言えよクソジジイ。

 ……どうにか喉まで出かかった本音を思考から切り離し、無表情を貫き通す。

 この街の主と、噂は流れていようと一介の用心棒。どちらの立場が上かなど考えるまでもない。

 

「話が逸れたな。では依頼の内容を話そう。

 ――最近、日輪の周辺をかぎ回る者がいると聞く。別段珍しい話でもないが、警戒に越したことはあるまい。短期間だが、貴殿には日輪の護衛を頼みたい。……よろしいかな?」

 

 既に私に選択権はないと分かっているだろうに。

 こういう老人は苦手だ。特に集団の一番上に立てるほどの人種は超苦手だ。

 将軍は別だけど。

 

 頷き、言葉を返す。

 

「であれば、この若殿を無事ご自宅へ送り届けた際には、此方に戻ってきましょう。ここに居る通り、口は固い方なのでご心配なく」

 

 裏社会の密談に同行できるくらいの信用は世間から得ている――という事実をほのめかし、相手の同意を以って今度こそ退室する。

 

 外の空気の軽さといったらない。まるで地の底から一気に空へと顔を出したよう。

 

 身体の底から、心の底から、深海よりも深い溜息を吐いて精神状態をリセットする。夜王に雇われるなぞ誰が思うかフツー。

 しかし自分の立ち位置がこうなると……原作の流れを考えると、やや面倒なことになりそうな気がしてならない。

 

 本当にマジでどうしようもなくなったら行方不明を装って逃げよう。それが一番だ。

 

 ともあれ――これからは日輪太夫の傍にいることになるだろう。

 おそらくは仕事モード全開である。オフとオンの切り替えは大事である。

 ……しばらく、軽い口調は使えなくなることを覚悟しておいた。

 

 




久しぶりすぎる投稿。詳しくは活動報告にて。


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警護

 ――結論から言おう。日輪太夫は良い人だった。

 

 そりゃもう、この時代に合わせていうなら、天女かと思うくらいには。

 彼女の近くにいると、普段硬い表情をしている人間も自然と顔を綻ばす。

 光のない吉原において、日輪という太陽の存在の影響は大きい。多くの女たちは彼女を敬慕し、あらゆる男たちは彼女に恋慕する。

 

 とはいえ。

 

「用心棒さん、握り飯食べないかい。いっつもそんな隅にいてもつまらないだろう」

 

「――ご厚情痛み入ります。しかし現在、この身は貴方様を護るために在り、いついかなる時も警戒を解くわけには参りません。食事なら早朝に済ませてあるので、お気になさらずとも結構です」

 

 それはそれ、これはこれ。

 仕事中は、とりわけ位の高い人物の護衛中は私情を切り捨てる。

 日輪さんが良い人なのはこの短期間でよく分かったが、それは別に、仕事に手を抜く理由にはならない。

 たとえ誰が敵に出てこようと、雇われた以上、私は任された任務を全うする。前世の記憶がどんなものであろうと、役目は果たさなければならない。

 

「……真面目だねぇ、あんた」

 

 肩をすくめるも、出してきた握り飯を片付ける気配はなかった。曰く、「お腹が減ったら食べるんだよ」とのことだ。天女のようだとは言ったが、こうまで来ると母親のような包容力を感じる。

 

 そうやって今日も黙って陰で護衛を続けていると、やがて客寄せの時間帯がやってきた。といっても彼女は足が悪いということで、ただ高台でじっと下を見下ろしているだけだ。だが、たったそれだけのことでも、十分美しさが映えるというから、極上の花魁はやはり格が違う。

 

 ……客寄せということもあり、流石にこんな薄汚れた護衛が近くにいるわけにもいかない。よって、この時ばかりはやや離れた場所で警戒を続けている。それでもここは、遠距離からでも近距離からでも十分反応できる位置だ。本気を出せば、まぁ数十メートル離れていようが一瞬で傍にいけると思うが、わざわざそんな効率の悪いことはしない。

 

 けれど今日は、珍しく私に客人がやってきた。

 

「何の御用でしょうか」

 

「……ふん、わっちの気配を察知できるだけの腕はあるようじゃな」

 

 背後の闇から出てきたのは、吉原自警団「百華」を率いる死神太夫。――月詠(つくよ)だ。

 後にツッキーとも呼ばれている。

 

「ぬしが鳳仙の雇った用心棒か。まさか外の世界にも、こんな女がおったとはな」

 

「ご用件をお伺いします」

 

「……用件も何も、ぬしは何者じゃ。鳳仙が突然外の者を雇い、しかも吉原一の花魁の警護を任せるなぞ前代未聞。自警団の頭としては、とても安心なぞできぬわ」

 

 安心も何も、アンタ日輪の番人の位置を横取りされて嫉妬してるだけでしょうが。

 ――などと、確実に当たっているであろう推測はさておき、さてどう説明するべきか。

 というかどこから。妖刀の下りはいいとして……一言でいうなら、宇宙で名が通っている用心棒?

 

 ……それで納得するだろうか。しない気がする。

 多分、今この人が求めているのはそんな事実じゃない。私という人間がどんな奴なのか、試しているのであろう。

 ならば、此方も相応に応える必要がある。

 

「――ああ。私としても、この状況にはビックリしているところだよ。お偉いさんの考えることはいつも分からん。ま、いつまでもこんな目が悪くなりそうな場所には留まらないさ。鳳仙との契約期間が終わったら、さっさと地上(うえ)におさらばさせて貰う」

 

「――――、なんじゃ、ぬし。いつもの態度は営業モードじゃったのか」

 

 呆気に取られた表情の月詠に、当たり前だ、と言い放つ。

 

「けどま、引き受けた以上、仕事はきっちりこなすタイプなんでね。いつもは、ちょっとスイッチを切り替えてるだけだよ」

 

 言って、再び己の内で仕事人モードに切り替える。

 答えは返した。あとは彼女の判断次第だが――様子を見る限り、ひとまず僅かばかりの信用を得ることはできたらしい。

 

「仕事熱心で結構。わっちの杞憂であるなら文句はない。――ただ、一つ訊いておく」

 

「何でしょうか」

 

「……ぬし、もしも()()()()()()()と言う者が来たら――どうする?」

 

 日輪に会いたいと言う者。

 そんな人間は吉原でもごまんといる。だがおそらく今の月詠さんは、日輪の息子である晴太君のことを言っているに違いない。

 返す言葉に考える時間は、長くなかった。

 

()()()()()()()()()()()()。日輪様に近づく不埒者を追い払う、という役割を担っているのなら、相手が誰であろうとお引取り願うのみ。雇い主からの許可が出たのなら、それに従いますが」

 

「――そうか。いや愚問じゃったな。時間を取らせた」

 

 平たい声を最後に、月詠さんが闇に紛れて去っていく。

 すまない、という謝罪の言葉がなかった辺り、どうやら障害認定されたようだ。

 

 そりゃあ気持ちは分からなくもない。

 私が言ったのは、つまり相手が将軍様だろうと実の息子だろうと、()()()()()()()()()()()()容赦はしない、ということなのだから。

 

「……腹括っとくかな」

 

 どうかそんな面倒な事態にはならないことを祈りつつ、今宵も朝が訪れない街で警戒を続けていた。

 

 

 *

 

 

「――あり? どっかのブルジョワ用心棒じゃねーか。女がこんなトコで何やってんだ?」

 

 最初に弁明しておこう。別に私は一時の休息時間のつもりで団子屋に来たつもりではない。

 

 というかその逆。日輪さん護衛中は、基本扉の前で待機しているのだが、定期的に鳳仙からの命令によって引き離されるのだ。私たちが親交を深め、私が日輪さんを外に連れ出す――という展開を防ぐためなのかもしれない。ここら辺は、“仕事は仕事としてきっちりこなす”、という私の特性を向こうがまだ信用していない証拠だろう。

 

 それか過去に、似たような事例があったのかもだ。一部の「百華」の人間も、基本は扉から離れた場所――日輪さんと言葉を交わせない距離――で待機していたし。

 

 では状況説明に戻ろう。別に私は団子が食いたくて団子屋に来たわけではない――単にちょっと歩き疲れて、椅子に座っていただけなのだから。

 そこで出会った。出会ってしまった。そう、つまり、本日こそ、メインシナリオ進行の日だったということだッ……!

 

「……仕事だよ、仕事。ちょっと上の地位にいる若殿の護衛にね」

 

 ほーん、とあまり興味のなさそうな声と共に、横に銀色天然パーマが腰掛ける。

 それと同時に立ち上がる。

 

「ん? おい?」

 

「じゃーな。知らねー内に奢らされてるなんて展開になる前に私は帰る」

 

「いやッ……そんなことしないって! おいあれ、チョコかけ団子とか美味そうだぞ!!」

 

「店員さん一つ」

 

「はいよ」

 

「早ェェエよ!! あらゆる決断が音速だよ! さては甘味主義者だなテメー!?」

 

 やかましい。

 というか、甘味主義者なら銀さんだって負けてないと思うのだが。

 

「――じゃ、俺も団子二つで」

 

「おう待て。何私より多く注文してやがる。そして何故私の注文に乗っかるようにして言った? なぁ?」

 

「細けェこと言ってんじゃねーよ小金持ち。庶民の一人や二人の食費くらい奢ってくれてもいいじゃねーか」

 

「それを言うならまず借金を返してから言えよ。また前にみたいに取り立てられたいか」

 

「……前、ねぇ……」

 

 そこで何か思い出したのか、僅かに相手の雰囲気が変化する。コメディパートはこれにて終わり、ということだろうか。

 

「お前――沖田の姉ちゃんに何かしたか?」

 

 単刀直入だった。

 ここまでの思い切りの良さは逆に関心する。が、至って向こうは真面目な顔だ。変にあやふやな答えを返したら、それこそ怪しまれるってものだろう。

 

「さて。ここんトコは会ってないからな。何か、と言われても見当がつかない」

 

「はぐらかしてんじゃねぇ。沖田の姉ちゃんは至って元気一杯だよ――()()()()()

 

 ……銀さんが言いたいのはこういうことだろう。

 病弱だった人間が、突然調子が良くなってきている。それも病院の治療をさほど必要とせずに、だ。

 異常がないのならそれでいい――というわけではない。本人含め、周りの人間は首を傾げることだろう。

 長年、苦戦してきた病気が突然なりを潜めた。何かの前兆か、それとも単に身体の機能が回復しただけか――どちらを疑うかは明白だ。

 

「……知らないよ。身体が良くなったのは、単にミツバさんが頑張ったからだろう。それとも、本人は前みたいに戻りたい、とか言ってるのか?」

 

「それは――」

 

「ならいいじゃないか。生きてるなら、人生は堪能するべきだ。病気が再発しないか、いつまでも怯えていたって仕方ないだろう」

 

 そう、ミツバさんが元気になったということは、つまり、本当にミツバさんの身体が頑張った、と言う他ない。似たような言葉を言うのなら――適応した、というところだろうか。

 

 ……彼女の身体に注いだ、一滴ともいえない程度の星の生命力。

 並の人間が下手に触れたら拒絶反応を起こすどころじゃない。まず死ぬ。普通に死ぬ。

 けれど、私はその力を極限にまで絞りこみ、ミツバさんの身体に込めた。結果、彼女の身体はそれを受け入れ、元の流れ(げんさく)よりは寿命が延びた――というところだ。

 

 とはいえ、所詮は人の身体。力に適応し、延命が成功したとしても、その効果は短期間のもの。彼女の伸びた寿命は、せいぜい数十年くらいであろう。

 

「おまちどおさま」

 

 と、そこで注文していた団子群がやってくる。かけられたチョコソースが魅力的なことこの上ない。

 

「いったっだきまーす。……おいこら、どうした食えよ。私の金で食う有りがたい団子だぞ、食えよ」

 

「……お前、なんか雰囲気変わった……?」

 

「あ?」

 

 何をワケ分からんことを。

 そりゃ確かに――まぁ、以前よりは()()()()()()()()()、吹っ切れた、という感じはあるけれど。

 

 ……あぁいや、事実吹っ切れたのだろう、私は。

 この先、何も得るものがなかろうと――“それでもいい”、と思えてしまうくらいには。

 

「――というか、だ。万事屋さんこそこんなトコで何やってんだよ。人様にたからないと団子も食えねー貧乏人が色街に何の用だ」

 

「ぐっ……あーいや、それはだな……!」

 

 下手ないい訳を発表される前に団子を完食し、茶を喉に流し込む。

 まぁいいや、と心底どうでもいいような調子で言葉を吐き、立ち上がる。

 

「そんじゃーな。せいぜい、そっちも頑張れよ。――死なない程度にな」

 

 そうして軽く不穏な応援メッセージを残して、一旦彼の物語から退場した。

 

 



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夜兎

 ――何かが落ちたような轟音だった。

 普段なら在り得ないイレギュラー。地下遊郭全体に響いた揺れは、客だけでなく、住民たちをも混乱状態に陥れさせるには十分な効力を発揮していた。

 

「……用心棒さん? 何かあったのかい?」

 

「少しタチの悪い侵入者が現れたようです。心配なさらずとも、貴方の身は私が責任をもって護り通します」

 

 至って淡々とした調子を装って報告するが、日輪さんはそこで黙さなかった。

 

「皆は……!? 他の皆は大丈夫なのかい!?」

 

「――現在、怪我人の報告は聞いておりません。これはただの推測ですが、おそらく今の轟音は、外に張り巡らされたパイプの一部が落ちたものかと思われます」

 

 推測ではなく事実なのだが。

 ……しかし遂に始まった。吉原炎上篇――吉原解放篇ともいうべき物語が。

 パイプが落ちた、ということは晴太くんが鳳仙側に捕まったところだろうか。そして、次の流れでは、その確保した者たちが此方の拠点に戻り――きっと、今度はこの城内で轟音が聞こえるようになるだろう。

 

 嫌だなぁ。夜兎との戦闘とか絶対死ねる。

 そもそも連中と地球人は身体の造りからして色々違うのだ。実際戦えば解るかもしれないが、戦闘部族とは、全知全能全てが戦に特化しているものを指し示すもの。

 確かに、激戦を潜り抜けてきた侍ならば対抗することも可能だ。ただし私は違う。私は一介の用心棒であり、()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

 故に分かる。分かってしまう。

 私が彼らと戦っても勝利は掴めない。できてせいぜい、その戦闘能力に肉薄する程度だろうと。

 ……まぁ、()()の方なら話は別であろうが。

 

「――用心棒さん。これは、ただの推測なんだけれどね。この吉原で、きっとよくない事が起ころうとしてる。危ない目に遭う前に、あんただけでも先に逃げた方が、」

 

「私は貴方を護るよういわれて雇われました。

 ……ご安心を。たとえ、誰がこの扉まで来ようとも――――」

 

 今の日輪さんにとって私はある意味、死神のようなものだろう。

 会いに来る誰かを追い払うもの。決して彼女を鳥かごから逃がさないよう言いつけられた門番。

 

 ……なら、今はその役割を全うしよう。私にとって、これはただの仕事でしかないのだから。

 吉原の解放? 母と子の再会劇? ――知ったことじゃない。傍観に決め込んでいるのならともかく、こうして舞台で役目がある以上、それを通さなくして何が役者だろうか。

 

 故にその言葉を言い放つ。おそらく、彼女にとって最も好ましくない台詞を。

 

「――決して、通しはしません。貴方は吉原という街を照らす、太陽なのですから」

 

 

 *

 

 

 ――屋敷内での爆音と揺れが収まると、続いて「侵入者」の報告があちこちで飛び交わされるようになっていた。

 屋敷のあちこちで駆け回る百華たちの足音。

 遠方から聞こえる爆発音。

 

 ……メインシナリオとはいえ、あまりの無鉄砲ぶりに思わず嘆息しそうになった。

 紙の上ではなく、こうして「現実」にいる今だからこそ、彼らの行動がいかに無茶なことなのかは理解できる。

 

 世界最強の傭兵部族の頂点――夜王。そんな化物に真っ向から挑んでいく精神は、まず常人ではありえない。不屈の侍といえど、圧倒的な力の差の前では心が先に折れるだろう。

 

 だが、まぁ――真面目に考えたところで無駄なのだ。

 だって宇宙一バカな侍だから。

 いくら真っ当そうな理屈をつけようが、絶対的な現実が目の前にあろうが、立ち上がり続ける限り負けはない。それはこの世界の武士たちが持つ、精神の基本骨子である。

 

「――――そろそろ、か」

 

 春雨の問題児と鳳仙の戦闘は既に終わっている。

 この屋敷に侵入者がやってきたというのなら、それと同時にもう一つの事態も動いている頃だろう。

 

 

「――あーあ、やっぱりいたか。番人さん」

 

 

 近づいてきた気配で顔を上げる。

 後ろで三つ編みに結われた髪、夜兎特有の白い肌。そして、幾多もの戦場を潜り抜けてきた――血の匂い。

 

 ――春雨が第七師団団長、神威が晴太少年を連れて此処にやってきた。

 

「ば……番人ってまさか……数週間前、鳳仙が引き入れたっていうあの……?」

 

 神威の背後、柱の影に隠れている小さい影は晴太くんである。

 見れば、その周辺にはこの周辺の警戒をしていた百華たちの死体が転がっている。まぁ主犯はやはり、今私の目の前に立っている神威の方だろうが。

 

「お姉さん、ちょっとそこ退いてくれないかな。日輪太夫に面会者がいるんだけど」

 

「今日、そのような予定は存じません。お引取り願います」

 

「そう言わないで。この子、一応その日輪太夫の子供だって話なんだけど」

 

 ケラケラと顔は笑っているが、放っている気配からは明確な殺意を感じる。

 そういえばコイツが笑いかけた時は、大体殺意があるものだったか――いや、かといって、ここで仕事を放棄するわけにもいかない。

 

「その話が事実であれ、私がここを離れる理由にはなりません。お引取りを――――」

 

 刹那、直感だけで身体が動いた。

 地に突き立てていた妖刀を、即座に左手に持ち替えて防御に回る。

 此方の頭部を狙った一撃。目だけでは追えない速さの蹴りの威力を、確かに星砕は相殺した。

 

「――へえ、やるね」

 

 関心したような声が上がるや否や、次に拳が首に向かってくる。

 それを回避し、続けて襲ってきた左足を刃で流した直後、思い切り彼の首を強打する。

 ……強打を、狙った筈だった。

 

「危ない危ない。その刀、ただの木刀じゃないね?」

 

 あっさり後ろに下がることで避けられ、刃は空を斬る。――彼女だったら、今の一瞬で勝負をつけに行っていただろうに。

 

「お引取り願います。貴方は別に、日輪様の殺害が目的でここに来たわけではないでしょう」

 

「ふぅん、そういう判断基準か。確かに、俺に女を殺す趣味はない。ただ、夜王を腑抜けにした女が、どんな奴か見てみたくなっただけさ。けど――」

 

 そこで、彼の気配が変化する。

 様子見の殺意から、明確な殺気へと。

 

「――強い奴がいるなら、戦わなきゃ損だろう?」

 

 戦闘狂ならではの理論だ、それは。

 などと心情で愚痴りつつ、再び襲ってきた肉体凶器を迎撃する。

 一撃が思っていた以上に速く、重い。地球人でこれに対応できるのは、やはり相当な鍛錬を積んだか、戦を生き抜いた経験がある武士や剣士くらいだろう。

 

「ほう。言いつけ通り働いているらしいな、用心棒」

 

 突如聞こえた第三者の声に、向けあっていた拳と剣が停止する。

 夜王鳳仙。地下遊郭吉原の主にして、夜兎族最強を謳われる老翁。

 強者特有の現象か、たった一人だというのに、その気配だけで場が支配されかかっている。というのは、神威が未だ此方に向ける鋭い殺気を収めていないからだ。

 

「お言葉ですが鳳仙様。私が受けた依頼は『日輪太夫の警護』です。こんな化物問題児の相手は職務範囲外です。このまま続けろというのなら、追加料金を要求することになりますが」

 

「フ、やはり剣の腕に関しては自信があるらしいな。()()()()()()。今この時から、貴様の役目はその小童の排除だ」

 

「……御意」

 

 あっさり死の宣告をされた。お偉いさんの気まぐれほど厄介なものはない。

 

「珍しく気前がいいじゃないか、鳳仙の旦那。まったく、こんな面白そうな奴を一体何処で見つけたんです?」

 

「なに、わしが最初に見出したのはその妖刀の方よ。世に出る紛い物は多いが、本物はその特性上、扱える者は数が限られるのでな」

 

 それ以上情報公開されたらちょっと困るぞクソジジイ。

 

「へぇ、どんな特性なのかな。少し気になるね。――いや、戦いの中で見せてもらおうか」

 

「……ほざけ」

 

 早々使える技能じゃねーから!

 あんまり期待されても困る。かといって、もう彼との勝負を放棄できる地点は過ぎてしまった。こうなれば、全身全霊を以って生き残るしかない――そう、勝利は目的に設定せずに。

 

「じゃ、()ろうか」

 

 ――反応、できなかった。

 気付けば身体が宙を舞っている。そう認識した瞬間、強い衝撃が頭部から全身に走った。

 ……どうやら、すぐ横の壁へと叩きつけられたらしい。それでも夜兎の腕力は尋常なものではなく、そのまま壁を突き抜け、部屋の奥まで吹っ飛んでいくこととなった。

 

「ガっ、く――――」

 

「それじゃ、俺はあっちで遊んでくるから。君も、君の仕事を果たすといい」

 

 今のは晴太くんへと向けた言葉だろう。

 神威の気配は殺気に溢れている。感知しやすいのが救いだが、逆にいうと、救いがそれしか存在しない。

 

 パワーも速さも向こうが圧倒的。ならば、此方が出せる手札は――これまで積んだ経験と、鍛え上げてきた純粋な剣術だろうか。

 

「簡単に倒れないでねお姉さん。今のところ、貴方が一番期待できそうなんだから」

 

 ……さぁ、死闘の時間だ。

 一番戦いたくなかった相手と、せいぜい渡り合ってみせようか。

 

 



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死線

 ――絶条ソラは転生者である。

 

 今更な確認ではあるが、これを大前提にしてくれなければ、私と「彼女」の関係性の話は理解できないと思う。

 

 どうして今、こんなことを言うのか?

 理由は至極簡単。実に簡単なことである。

 

 ()()が出てくる事態になったが故、だ。

 

 

 *

 

 

 馬鹿じゃねぇの、という思考が頭をよぎる。

 しかしその考えは、次の手が来る前に忘れ去る。一瞬でも止まったが最後、かき消えるのは此方の命なのだから。

 

「っふ――――!」

 

 持てる力を使って刃を振るう。

 ()()()()()()()()()()練度、使()()()()()()()()()技術全てを乗せて。

 

「やっぱり強いね。だけど――」

 

 鋼のような拳と鉄のような木刀が交差する。衝撃はやはり、妖刀の力が「粉砕」という形で相殺し切るが、それではまだ足りない。

 

「――本気にならないと、俺には勝てないよ」

 

 脇腹が蹴られ、その威力に人体は耐え切れずに出血する。

 だが怯むことはない。瞬間に素早く彼の懐を通り、背後から一刀を叩き込む。

 ……手ごたえはあった。けれど夜兎族に妖刀の一撃がどこまで通じているか。

 そんなことを考えた途端、既に上へと跳んでいた彼から振り落とされた一撃に、やはり妖刀で対処()()()()

 

「チィ……!」

 

 万全に発揮できない実力に歯噛みする。

 防御に転換できたのは、身体が半分咄嗟に動いたからだ。やはり()()()()()()()()()、剣の速さも大幅に鈍っている。

 

 というか、夜兎の身体能力が異常だ。

 神楽ちゃんも時たま、町中で成人男性と未成年男子を抱えて、建物の屋根を飛び移っている光景を見たことはあるが、彼――神威の振るってくる一撃はまさに死そのものを思わせる。

 

 馬鹿みたいな威力の拳。馬鹿みたいな速度の動き。

 まさしくそれは、多くの戦場を駆け抜けてきた化物。いや、化物が戦場を通して、更に磨きがかかったものというべきか。

 

「解せないね」

 

 互いに獲物を弾き、距離をとる。

 神威の殺気は依然、薄れることはない。むしろ此方を追い詰めるために一瞬ずつ強くなっている気配もある。

 

 ……いや、彼は気付いている。追い詰めれば追い詰めるほど、私の意識が水底へと沈めば沈むほど――目の前の()の剣は、鋭くなっていくことを。

 

「どうして全力を出さないんだい? ()()()()()()()()()()()()()()()()()。それとも、貴方が今立っているその地点が、全力だと勘違いしているのかな」

 

「――――」

 

 血に飢えた獣の勘は鋭い。こと戦いに関するものなら尚更だ。

 私だって解っている。決して勘違いなどしていない。

 だが、どう言われようとも仕方ないのだ。だって、未だ私が表層にいるということは――

 

「だったら、俺が引き出してあげるよ。精々、途中で殺されないように頑張ってね」

 

 ――「彼女」はこの戦いに対し、興味さえ抱いていないということなのだから。

 

 死闘が再開される。

 鋼のようだった拳は、文字通り鋼の凶器となり、鉄のようだった木刀は、真剣を上回る鋭さを帯びた妖刀となって。

 

 ……理由(ワケ)を話すべきだろうか、と思考言語ではなく、感覚として思う。

 けれど話して解ってくれるような相手じゃない。戦闘狂に通じるのは、自分と同等、それ以上の実力で放たれる肉体言語くらいだ。

 

「ぎぃっ……!!」

 

 そこで、思い切り胴体に一撃を喰らう。

 渾身の蹴り技。吹っ飛ばされたのは本日二度目だ。それは背後にあった一枚の戸を破り、奥の壁に激突することで停止する。

 一応私に本気を出させるつもりのためか、胴体に穴は開いていない。……臓器はいくつか潰れたかもだが。

 

「こふっ、げほっ……」

 

 一緒に呼吸器官もやられたか、咳き込みながら吐血する。

 木刀を杖代わりに立ち上がると、向こうから歩いてきた神威の姿が見えた。

 

「……結局応えてはくれない、か。折角期待してたのになぁ」

 

 その言葉を聞き、結論に至る。たとえ、彼に訳を説明したとして――――

 

「じゃ、殺しちゃおうか」

 

 今と同じ言葉を言うに決まっている、と。

 

「ッ……!?」

 

 ()()()。――と、理解した。

 一瞬、どんな動きをしたのか自分でも解らなかった。――認識、できなかった。

 やや屈むような体勢だと気付いた時には、既に剣を振るっている。二、三度続けて放たれてきた攻撃を的確に流し、半自動的に――否、本来身体が覚えている動きのままに前方へと踏み込み、回転斬りを防御に回った彼の腕に直撃させた。

 

「――なんだ、やればできるんだね」

 

 動きの変わった此方にやや目を見開くと、次に彼の口角が上がる。ついでに殺意も上昇しているのを感じ取った。

 

 ――……あの野郎、なんつータイミングで出てきやがった……!

 

 と、思った瞬間、意識と身体が同調する。霞んだ視界に、鮮やかな色彩が戻っていく。

 ……私の意識が、回復した。

 

「ぐッ――!!」

 

 直感だけで刹那の攻撃を防ぎ、奇跡的に次の一撃をかわし、隙を作ることなく一閃する。

 だが、二度目は防がれた。それを予測していたかのように、再び視界が霞んだかと思うと、足は先に彼の攻撃範囲から離脱していった。

 

「逃げられるとでも――?」

 

 それでも、戦闘に乗ってきた夜兎(かれ)の方が速い。

 構えなおす前に懐に入られる。かくいう此方は、彼から離れた直後に視界良好、心身共に疲労困憊。――今度こそ回避する術がないままに、必殺の一撃を身に受けた。

 

「かっ――」

 

 ドッ、と鈍い奇怪な音が体内で響く。痛覚を脳が認識し、一瞬思考が空白になる。

 ……目を見開いたのはどちらだったのか。

 散った鮮血、身体機能の一部が完全に停止するのを自覚すると、

 

 ――瞬間、視界に宙を舞う()()が入った。

 

 神威が此方に突き刺した手刀。

 それは一寸の狂いなく自分の心臓を狙ったものだったが、咄嗟の判断で左手を盾に使ったのだ。……最も、これは私の判断で、だが。

 

「ぃ――――、」

 

 声が零れると同時、右手に握った妖刀で眼前の脅威を両断する。

 向こうが先に勘で動いたためか、刃先は床を切り裂く程度に留まるのみ。

 ……情けない。片手を犠牲にしても、私では彼の動きにはついていけないのか。

 

()()()()()()()……ッ!」

 

 当然の現実を直視し、地を蹴った。

 こんな結果になるのは百も承知なのだ。今更そんな無念がわいて出たところで、何かが変わるわけでもない。

 

 ……そう。どれだけ祈っても、どんなに望んでも。

 (ソラ)の願いが果たされる時は、決して訪れない。

 

「――ぁ、ああ、ああああアアアァァアア――――!!」

 

 咆哮する。

 片腕の激痛も、内側からの無念も、全て押し殺すように。

 

「――――」

 

 一方で、彼は笑っていた。

 心の底から、闘争そのものを愉しむ夜兎(ケモノ)の顔で。

 

 ――幾度目かの、刃と拳の激突が繰り広げられる。

 しかし振るった瞬間に理解した。「ああ、これは無理だ」と。

 種族がどうとかの問題じゃない。経験の差がどうとかじゃない。

 

 単に、足りないだけだ。彼が持っている、闘争への強い思いが。

 

 だから勝てない。

 所詮、私は平和な時代で生きていた人間の記録である。ただの死人が、今を全力で楽しんで生きている生者に勝てる未来など、あるワケもなかった。

 

「――惜しかった。けれど、楽しかった。――うん、良い戦いっぷりだったよ、お姉さん」

 

 労いの言葉だろうか、今の彼にしては珍しい温情だ。

 そんなこと思い――そして決着がついた。

 

 右手で必死に掴んでいた木刀は、あっさりと弾き飛ばされて。

 防御する暇を与えることなく、彼の拳が真っ直ぐに私の心臓を貫くと。

 

 ――死の気配を察知する前に、私という存在は即死した。

 

 

 *

 

 

 ――夢ではなく、記憶であると自覚する。

 

 気分としては、水中の中で漂う死骸。

 感覚としては、映画館でスクリーンを観ているようだった。

 

 いや、景色そのものは映画館を想像してもらえればいい。薄暗い闇の中、たった一人席に座って、その画面(きおく)を見つめている。

 今映っているのは、ここまで私が積み上げた転生してからの記録。走馬灯を見ているというよりは、ただの確認作業に近かった。

 

「――――」

 

 特に思い浮かぶことはない。感慨も、後悔も、とうに死人である私には関係ない。むしろ、そういうものを抱くべきは、私の方ではなく――――

 

『……あ、れ』

 

 ノイズが走り、映像が切り替わる。

 聞こえたのは微かな掠れ声。聞いた限り、幼い少女のものだろうと推測する。

 

 映像はどこまでも澄み渡った青い空――文句なしの快晴具合だ。さぞ良い天気だったに違いない。

 まぁ、登場人物の心情も、そう思っているかは知らないが。

 

 澄んだ青空の下には、赤く彩られた血の大地がある。

 そこには老若男女問わず、多くの人間の死体が転がっていた。

 

 少女は知っていた。その死体が誰であるのかを。

 少女は理解できなかった。この光景そのものを。

 

「稀によく見る地獄絵図」

 

 率直な感想はそれだった。

 青い空に赤い地上。コントラストはいいのだが、いかんせん物が物なので地獄絵図と評さざるを得ない。まぁこの世界に転生してから、こういう光景は何度も見たことがあるので、耐性くらいはついている。

 

 唯一、画面の中で生きている少女の年齢は十歳前後だろうか。トラウマ強すぎない? 大丈夫? とか言ってもいいぐらいの強烈な光景だ。まず間違いなくトラウマになると断言できる。

 

 別の声が聞こえたのはその時だった。

 

 

『――おや、まだ生き残りがいたんですね』

 

 

 黒い、影。

 顔は確認できない。声だけなら聞き覚えはあるのだが、前世での記憶が混合している以上、ここでは大した手掛かりにはなりえまい。

 

 しかし突如、映像はそこで途切れた。ホラー映画か。

 画面は真っ暗闇。ノイズのようなものが時折聞こえるが、それ以外はなにもない。

 ……いや。

 

 ――憎い。

 

「まぁ、だろうな」

 

 先の少女のものだろう、音声ではない、直接伝わってくる感情があった。

 それは燃えるような()()。身体に焼け付く鮮烈な思い。

 

 その気持ちには同情できるが、共感はできない。

 人格が違う以上、思うことも考えることも違うのだ。……たとえ、同一の魂を持っていようとも。

 

 ――憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い……ッ!

 

 喪失感よりも、悲嘆よりも先に、彼女の中には憎悪が生まれた。

 故郷を滅ぼされた故か、家族も皆殺しにされた故か。

 なんにせよ、彼女は憎んだ。あの黒い人影を。

 

 なるほど。これが、

 

「――これが、()()()()が憎悪を抱いたきっかけか。我ながらすげーことになってんな」

 

 スクリーンに映っていたのは彼女――絶条空、とでもいうべき少女の記憶だ。

 要は、()()()()()()()()。いや、幼少期から中々ハードな人生を経験している。

 故郷を失い、憎悪を抱いて生き続ける。結果だけみるなら、この上ないバッドエンドだ。だがそれでも、映像はまだ消えていない。

 

 ――生きる。生きないと、あいつを殺せない――――

 

 画面が回復する。少女の歩みが開始する。

 全てを台無しにした者への報復のため。それは無論、故郷や身内を滅ぼされたこともあるだろうが――彼女は、信じているのだ。自分の生きてきた、ささやかで穏やかだった日々の尊さを。

 

 だから殺す。

 たとえ、故郷の皆があの影を恨んでいなくとも。

 ……たとえ、影の人物が既に消え去った後であろうとも。

 彼女は捜し続け、生き続ける。焦がすような憎しみを抱えながら、もう何処にもない、かつての日常を夢に見て。

 

「……なるほどなぁ」

 

 まず、納得した。

 次に同情した。そして、やや――怒りを覚えた。それで、まぁ、恨んだ。世界を。

 

 かくして、少女の放浪の旅は始まったのだろう。

 正直、故郷の土地を離れて何年経ったのかは分からない。私という前世の人格が生まれたのは攘夷戦争真っ只中の時代である。それまで一体、彼女がどこで何をしていたのかは断片的にしか理解できない。

 

 ただ分かっているのは、彼女が他人から食料を奪い、命を繋ぎつつ、ひたすら剣の腕を磨いていたこと。

 

『おまん、そんなトコで何しちょる?』

 

 その折に出逢ったのが、おそらく坂本辰馬。

 それがきっかけで、おそらく彼女は「用心棒」を始めた。剣の腕を磨き、己の目的のために用いていた剣術を、他人のために使うようになったのだ。

 坂本辰馬は、少女に商いという道を教えた。そこからパッタリ少女が一方的に人を斬ることはなくなり、現在のあり方にも影響している。

 

 ――そして。

 

「私、か」

 

 やがて彼女は前世や原作……この世界に関する知識を思い出す。

 その記憶を元に形成されたのが、絶条ソラ(わたし)という人格だ。

 個人的に言いたいことは多々あるが、現在は事実だけを述べるとしよう。

 

 つまり、前世の人格と、今世の人格は()()()()()()()()、という事実を。

 

 前世の記憶で塗り替えるには、あまりにも今世の憎悪は強すぎたのだ。

 平たくいえば二重人格。ただし基本、肉体の所有権は彼女持ちである。それでも、よほど興味を示さない限り、彼女が表層に出てくることはない。

 彼女の目的は、主犯への復讐と剣術磨き。前世(わたし)という人格を得た今、それ以外は大体投げっぱなしだ。

 

 ……単に、彼女には知識がない。

 人と関わる術を、その縁の重要さ、人との関係を利用する、という超基礎的な本能が動いていない。いや、実際は私の方が動かしている、というべきか。

 

「――この機会だから言わせて貰う。私はあくまでお前の前世であり、お前自身じゃない。だから、まぁ……偶には出て来い。これは、お前の人生なんだから」

 

 伝わったかどうかは分からない。

 彼女と私の境界線も、どこにあるかは不明瞭なのだ。ただ、生死の境を彷徨った時は、今みたいに向こうの記憶を垣間見ることもある。

 

「そりゃあ、お前が出て来ないことで、シナリオへの介入はしやすいけどさ。でもやっぱり、それじゃダメだ。お前はお前自身の意志で――」

 

 この知識を活用するなり何なりして、生きるべきなのだ。

 

 ……返事はない。

 だが、今の意見を言って思い当たったことがある。

 

「いや、違うのか。お前はもう、前世(わたし)を利用するっていう選択を……」

 

 ああ、やっぱり私だ、と思う。

 転生しようが何だろうが、本質はきっと変わらない。

 単に、彼女は、そう――原作の知識を有用に使える前世(じんかく)の方が、効率がいいとでも考えたのだろう。

 

「……やっぱお前(わたし)、転生しない方がよかったんじゃない?」

 

 心から皮肉を込めてそう告げると、そこで世界は閉ざされた。

 

 



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生存報告

 ――常夜だった街に、太陽が昇っている。

 

 鳳仙との戦いは幕を閉じ、吉原は救われた。

 そうすぐには街は変わらないだろう。けれど、こうして陽の光が出た以上、人もきっと変わっていく。住人が変われば、街だって変わっていけるはずだと、銀さんは言っていた。

 

「それにしても、あの刀は結局何だったアルか。最後の最後でぶっ飛ばしてくるなんて、とんだ傍迷惑なピッチャーもいたもんアル」

 

 月詠さん達が経営を始めた茶屋の椅子に腰掛け、神楽ちゃんがそう口を開く。

 彼女が言っているのは、鳳仙との戦いの直後――より正確に言えば、彼女のお兄さんが立ち去ろうとした直前の出来事だ。

 

 どこからともなく、屋敷の奥から剛速で一振りの真剣が飛んできた。

 速度は放たれた矢のように。ただし直撃した衝撃は大砲を思わせるそれ。

 

 標的はおそらく、神楽ちゃんの兄である神威さん。

 まぁ刀そのものは瓦屋根に突き刺さり、神威さんも既に屋根から飛び降りかけて宙にいたので、当たることはなかった。しかし一瞬振り返った彼が、僅かに目を見開いていたような気がしたのは僕の見間違いか。

 

「あの刀も気になるけど、番人……ソラさんも大丈夫かな。結局、屋敷や吉原のどこを捜しても見つからなかったんでしょう?」

 

 ……ソラさんがあの屋敷にいたのは、全てが終わった後に知ったことだ。

 女の用心棒で、木刀使い。そんな特徴を兼ね備えた人物、僕らの中では一人しか心当たりがなかった。

 

「さァな。甘味が恋しくなったら、ひょっこり出てくるんじゃねーの。……とはいえ、あの出血量だ。今頃はどこぞの病院か――それとも、」

 

「それともじゃねーよ。そんなに死んで欲しいかコノヤロー。まぁいいけど」

 

 バッ!! っと三人同時に飛び退いた。

 銀さんの席の背後、見慣れた銘なしの木刀を立て掛けて座っている彼女の姿が、そこにある――――

 

「ソラさん!?」

 

「ソラァ!! 生きてたアルか!!」

 

 姿を確認し、迷いなく神楽ちゃんがソラさんに飛びつく。が、瞬時に出された団子を口の中に叩き込まれ、がふぅっ、という呻き声を上げてその動きは停止する。

 

「なんじゃ、ぬしら知り合いか」

 

 煙管をくゆらせ、そう言いながら来たのは月詠さん。

 吉原が解放された今、彼女はこの茶屋を経営する日輪さん、晴太くんの世話をみることを決めたらしい。元々、日輪さんの下で働いていたとも聞いているので、当然といえば当然の結末である。

 

「まーな。とはいえ、ここにいるとは思わなかった。それとも何か? まさか万事屋(あんたら)が夜王を倒したのか」

 

「いや、それは皆さんの応援もあったからで……っじゃなくて! ソラさんこそ、大丈夫なんですか!? 怪我は!?」

 

「怪我ぁ? あぁ、真面目に死にかけたがこのとーり。二度と老いぼれ問題児の依頼なんぞ受けんがね」

 

 ……そう簡単に流していい問題なのだろうか。屋敷にあった血痕を見た限り、致命傷だったのは明らかだ。どこか、無理をしているのでは――

 

「……正直、俺ァどっかでくたばっているモンかと踏んでいたんだが。存外テメーも悪運が強いらしいな。今までどこに居やがった?」

 

「そりゃあ仕事に失敗したんだ、手痛い仕打ちが来る前にずらかったんだよ。けどその後の吉原の情報を集めてみたら、あの夜王が倒されたって聞いてな。様子見がてら、お呼ばれがてら――もう一度来てみたんだよ、この街に」

 

「……? 誰かに呼ばれたんアルか、ソラ?」

 

「私だよ」

 

 その時、店の奥から日輪さんが車椅子をこいでやってきた。現在その膝には、おぼんに酒と団子を乗せたものがある。

 

「初めはダメ元で連絡を取ってみたんだけどね。これがあっさり繋がったものだから、この変わりつつある吉原を見て貰いたいって、誘ってみたんだよ」

 

「いやぁ、やっぱり明かりのあるなしは大きいですよね。大分雰囲気も変わってますし」

 

 それは、まぁそうなのだが。

 少なくとも、鉄の空に覆われていた頃より、今の吉原の方が活気はある。かぶき町と変わらない、どこにでもある街だ。

 

「というかどうやって連絡を――?」

 

「あぁ、名刺渡してたから」

 

「名刺ィ!?」

 

 いつの間にそんなものを、いや、よくよく考えれば、ソラさんは警察庁長官をお得意様にするほどのプロなのだ。そりゃあ名刺くらい作るようになるのも当然か。

 

「日輪太夫は吉原一の花魁だしな。それも、将軍でもなけりゃ会えねーっつー特上の花。そんな最高クラスの太夫の警護あたるなら、そりゃ自己紹介くらいするだろ?」

 

「ってことは……ソラ、電話番号変えたアルか!? 道理で繋がらない筈ネ! 教えろヨコラー!!」

 

「無駄だ。携帯は既に機種変更して家に置いてきた」

 

 ……それ、携帯の意味を為していないような…………、

 

「あと機種変ついでに家も変えた。宇宙海賊なんてのに関わっちまったからな、何があるか分かったもんじゃねーし。ちなみに高級マンションの最上階」

 

「いきなり金遣い荒くなったよこの人。致命傷ついでに金銭感覚もイカれたんですか」

 

「……は、何か怖かったからヤメた。今はとりあえず、松平のおっさんの紹介で、ご近所にあった江戸――……お城の片隅に寝床を用意してもらったよ」

 

「全然誤魔化せてねぇよ!! むしろ言っちゃってるよ! 城!? まさか将軍家!? ホントにどこか狂っちゃったんじゃないですかソラさん!?」

 

「ん? いつから狂っていないと錯覚していた……?」

 

 ニヤリ、と口角を上げると、運ばれてきた団子を頬張るソラさん。

 ……あれ。なんかこの人、何か憑き物でも落ちたような……そんな、どこか清々しい表情をしているような気がする。気のせいだろうか?

 

「……ソラ、いま宇宙海賊って言ったアルか?」

 

「うん? あぁ、何かあぶねー三つ網み兄ちゃんに出会っちまってな。凶暴さにおいては鳳仙を上回っていたと思うぞ、あれ」

 

「――――っ」

 

 そこで、やや神楽ちゃんの顔が曇る。

 ……無理もない、なにせその三つ網みは、神楽ちゃんの実のお兄さんなのだ。それが、ソラさんと戦った――今でこそ平気そうな顔しているが、屋敷に残されていた彼女の血痕を見れば、どんな戦闘だったのかは想像に難くない。

 

「……戦ったのか、アイツと」

 

 銀さんの問いに、ソラさんが頷く。

 

「久しぶりに世界……いや、宇宙の広さって奴を実感したよ。最後の最後に奇襲だけ仕掛けたけど、結局まともな傷は与えられなかった」

 

「奇襲――待て。まさか最後の一刀、あれはぬしが……」

 

 全てが終わった直後、放たれてきたあの刀。

 ……予想していなかったといえば嘘になるけど、本当にソラさんが投げていたものとは。刀って一応、侍の魂なんだけど。用心棒のソラさんに言っても仕方ないかもしれないけど、あれ僕たちの魂なんだけど。

 

「……ウチのバカ兄貴が世話になったアル。侘びに今度は私が素昆布奢るネ」

 

 すると、やや驚い……いや、神楽ちゃんの反応が予想外だったのか、ソラさんが僅かに目を開く。既に、彼女は戦った相手の正体には薄々勘付いていたらしい。

 かぶりを振って、ソラさんが返答する。

 

「いや、謝る必要はない。私も、あいつとの戦いを愉しんでいたのは事実だしな。むしろ自分の力量を計るいい機会だった。……礼こそお前に言うのは筋違いだけど。あれはあれでいい経験になったよ」

 

「……ホントアルか? 隠れて義手義足つけてないアルか?」

 

「ねーよ。正真正銘、私の手足だよ」

 

 証明するかのように、軽くソラさんが手を振る。

 ……深手は負ったのだろうが、まさか互角に渡り合ったのだろうか。

 思えば、ソラさんの実力は未知数だ。警察庁長官や、あの鳳仙までもが彼女を雇っている。今でこそ妖刀を携えているが、昔は宇宙を旅したこともあったと聞いた。それはつまり、妖刀を持つ前――元から、それなりの技量はあるということで…………

 

「ともあれ、無事ならそれでいい。だが、何かあったら言え。手ェ貸してやるから」

 

「――――」

 

 ジロリと銀さんの方を見るソラさんに、一瞬また借金のことを持ち出されるかと思ったが――珍しく素直に言葉を受け取ったらしい、一度目を伏せてから、静かに口を開いた。

 

「……そうだな。どうしようもなくなったら、アンタ等を餌か囮に使わせてもらうよ」

 

 いや、違う、やっぱり捻くれていた。やっぱりソラさんはどこか根性が捻じ曲がっているというか、腹黒いというか……こう、素直さは絶妙に入り混じっているんだけど、どうにも信用ならない部分の比率の方が大きい。

 

「ごっそさん。んじゃあ、私はこれで」

 

 団子の串を皿に置き、妖刀を持ってソラさんが立ち上がる。

 それを日輪さんが引き止めた。

 

「おや、もう行っちまうのかい? もう少し留まってもいいんだよ」

 

「いえ、生憎と新しい住居を捜さなくちゃいけないので。…………もう牢屋はご免だし」

 

 ……城の片隅ってそういう……?

 ま、まぁこうして無事も確認できたし大丈夫だろう。根性こそ曲がっているが、ソラさんはそう無闇に嘘をついたりしない人だ。先の銀さんへの返答も、彼女の本心……だと信じたい。

 

 茶屋から出た後姿を追いかけるように、遅れて僕も建物の影から外へ出る。

 徐々に小さくなっていくその背中に声をかけ、

 

「ソラさん、本当に無理しちゃダメですよ! 気をつけてくださいね!」

 

「――ああ、ありがとう」

 

 背を向けたまま、片手を振る彼女を見送った。

 

 



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黄泉帰りには代償がある
修行


「強く……」

 

「なりたいんです……僕たち……」

 

 真っ昼間の公園で何かが始まろうとしていた。誰か助けてほしい。

 

 目の前には何やら覚悟を決めたような、神妙な面持ちをしている神楽ちゃんと新八くんがいる。これアレだ、確か修行篇……っぽいやつの導入のアレだ、たぶん。

 

「……えーと」

 

 ひとまずベンチに座ったまま、くわえていた串焼きを食べ終える。

 久方ぶりの出番で調子が掴めない。

 なんかちょっとぼーっとしてる間に年号変わって原作もアニメもFINAL迎えてしまって四半世紀にも及ぶ決着も付いてしまったような気がするが――まあ今はそんなことはどうでもいい。

 遠い世界の話だ。

 転生して二次元入りした私には関係ない。

 ええ、こっちでは一年だって経っていませんとも。

 

 目を閉じ、息を吐き、二人に向き直る。

 

「何て?」

 

「強く……」

 

「いや、繰り返さなくていいよ。ええと、うん。なればいいんじゃないの? 強く。頑張ってね?」

 

「そうじゃないネ! 修行アルよ修行! ソラなら何か、強くなる方法、知ってるんじゃないアルか!?」

 

 助けを求めて新八くんへ目をやる。

 どうしよう。まさかこれ、本当は銀さんの方にこの話がいくはずなのに、なぜかその立場が私になっちゃってる、って感じじゃねーだろうか。

 

「その、すみません突然……万事屋に行く途中でソラさんを見かけて、参考に聞いてみようって、神楽ちゃんが」

 

 やっぱり立場変わっちゃってるじゃねーか。

 どうしようコレ。どうすんのコレ。軌道修正を求められてるこれ? 下手に返せば、本当にこの二人の「修行篇」とやらに捕まってしまうのではないか……!?

 

「修行ったって……それなら銀さんに聞けばいいんじゃないの? 他にも二人の人脈なら、強い人なんて沢山いるでしょ」

 

「それはそうだけど、私はソラの修行が知りたいネ! 今まで全然本気出してくれたことないけど、今日はそうはいかないアルよ! 洗いざらい、全部吐くアル!!」

 

 なんだか取り調べじみてきた。

 前から薄々感じていたが、相手側もこちらに段々と遠慮が無くなってきている気がする。こうやってツッコミ役もボケ役も関係ないカオス空間に引き込んでくるのだ。それが万事屋流だ。

 

「こう、いきなり強くなるー! って方法が無いのは分かってるんですけど……コツみたいなのはないのかなぁ、って……」

 

 ……とはいえ、新八くんの言葉は真剣そのものである。

 

「ああ……要するにアドバイスね。インストラクターでも雇ったら?」

 

「いきなりぶん投げたよこの人。回答する気まったくないよ」

 

 いや、だって仕方がない。

 原作の流れはこうだ。二人に助言するのは、私以外の大人たち。しかし彼らは二人に、あえて適当な助言を送り、それを受けた二人は、最終的に「自分たちで修業法を探す」という結論をもって、この話は決着を迎えるのである。

 と、そこまで考えて思った。

 ――最終的に至る結論が同じであれば、あまり過程は問わないのかもな、と。

 

「銀ちゃんや姉御、マダオとかヅラにも聞いたけど、まるでアテにならなかったアル。あと頼れるアテはソラだけネ。何か教えてほしいアル」

 

 いきなり推測をぶっ壊された。もうシナリオはなぞった後かよ。

 ――そこで、何か視線を感じた。

 横目で周囲の――公園の端にある茂みを見ると、そこにはどっかで見覚えのある銀髪天然パーマや着物の女性に、サングラスの人影と黒髪ストレートの人影が隠れていた。

 

「…………、」

 

 ええ……

 ってことは何だコレ。ダメな大人四人に助言を求めた直後、偶然見かけた私に白羽の矢が立った、って状況なのか。

 もしかすると、今の二人は、彼らの言葉を中途半端に受けた時点で見切りをつけ、「じゃあ次はソラさんに聞いてみます!」な感じなのだろうか。

 

 原作介入のしわ寄せがこんなところにまで。

 確かに二人の交流関係の大人の中には、当然私も含まれているのだろう。

 やばいぞコレ。責任重大だぞコレ。

 今ここで二人を、原作の結論にもっていかなければ、今後の展開に歪みが生じかねない……!

 

「……まあ、そうだな。人はいきなり強くはなれない」

 

「……!」

 

「ソラさん……! やっとまともなアドバイスを……!」

 

 状況が状況だ。仕方がない。

 今回は、私がこの疑似修行篇のオチ役として抜擢されたらしいのだから。

 これも現世の修行の一環だろう。

 

「まず程良い山に篭るだろ?」

 

「山アルか! やっぱり山アルね!? それで熊を――」

 

「いいや」

 

 目を閉じ、若干周りの空気をシリアス風味にしてから、私は言った。

 

「滝行だ」

 

「滝行」

 

「あと山は空気が薄いところがいいな。んで毎日頂上から下まで走って降りる。罠もそこそこ設置するといいだろう。それから真剣一本で大岩を斬れるところまで行けば、」

 

「待って! 待ってください! なんかソレ、この前読んだジャンプに同じようなことしてた漫画ありました!!」

 

 なんだと。

 

「もうパクられていたとは」

 

「パクったのアンタ! ちゃんと真面目に答えて下さいよ!?」

 

「えー、じゃあ」

 

 今度は()()()今まで経験してきた記憶を振り返りながら言った。

 

「まず地球から出るだろ?」

 

「宇宙進出!?」

 

「宇宙生物の討伐を生業にする団体とか組織とか、まずそこに入れ。そしたら下級の危険生物の討伐依頼とかこなしていけば、二年後あたりにはアラ不思議。そこそこ名の知れた宇宙生物ハンターになってます。ね、簡単でしょ?」

 

「二年も待ってられないアル! こう……上手く数か月ちょいで強くなれる方法はないアルか!?」

 

「その向上心をなー。もうちっと計画性の方に活かせたらなー」

 

 そう言っていると、だんだん二人の面持ちが微妙なものになってくる。

 よしよし、いいぞ。そのまま私に見切りをつけて、自分で方法を探す旅に出――

 

「……なるほど。宇宙生物の討伐隊なんてあったんですね……メモメモ」

 

「あれっ? やる気?」

 

「いや、やっとそれっぽいアドバイスが出たので。実行するかはともかく、メモっといて損はないでしょう」

 

「……いやいやいや、アレだよ? 宇宙なんてキケンいっぱいだよ? 残機二億くらいないとヤバイよ? ちょっと人間やめるか卒業しないと危ないよ?」

 

「宇宙行きを勧めた口で一気に引き留めに来ましたね。でも僕らは本気ですよ。今の僕らは超強くなりたいモードなので。ってか残機二億って何すか。ソラさんは人間でしょう?」

 

「いや私は不死だからいいんだよ。死にゲー感覚でゴリ押し戦法通るし……」

 

「傲慢の権化!? 自分の強さをそういう風に例える人初めて見ましたよ!!」

 

「何にせよ宇宙行くのも帰ってくるのにも時間がかかるネ。効率良い方法、他にないんアルか?」

 

 そうは言われてもなぁ。

 うーむと視線を公園の端にいる四名の人影にやると、事の顛末を緊張した面持ちで眺めている銀さんたちと目が合った。

 

『サラサラヘアーになりたいです』

 

『(謎に神々しい天使の画)』

 

『全テ灰ニナレ』

 

『(謎の甲羅を掲げている)』

 

 全員が全員、何やらスケッチブックや甲羅やらを掲げて何かを伝えようとしていた。

 何をしたいんだかサッパリわからん。

 まあ、まともな助言なんぞ求める方が間違っているのかもしれないが。

 死んだ目で見つめていると、今度は持っていた携帯が震えた。

 

『やっほう☆

 暇だからメールしちゃった☆

 部下のノブたすからドーナツの差し入れ!(^^)!

 ギザうます☆☆

 P.S ほしかったらメールしてネ』

 

 無言でガラケーをねじり砕いた。

 二秒前の記憶を削除し、携帯の残骸をポイ捨てし、さて、と足を組み直す。

 

「それで――修行法だっけ?」

 

「いやスイマセンごめんなさいッッ!!」

 

「正直舐め腐ってたネ私たち!! お手軽な修行なんて無いアルネやっぱり!!」

 

「……? なんだ、急に聞き分けがいいじゃないか。もう修行の方針が固まったのか?」

 

「ハイいやもうそれはサッパリ!!」

 

 激しく慌てふためく様子の二人に首を傾げつつ、茂みにいる頼りにならない四人衆へと目を向ける。

 

『やっぱ天パでいいです』

 

『(綺麗に着色された天使の画)』

 

『灰ニナッテキマス』

 

『(甲羅をつけたインストラクターを背負っている)』

 

 また意味不明の光景が並んでいる。そして何故か四人全員、懺悔のポーズのような姿勢になっている。この数秒であの四人に何が起きたのだろうか。

 

「で、ででででもっ、ソラの話はスゴク参考になったネ! 私たちもガンバルアルー!!」

 

「あ、ああ、ありがとうございました! もう誰にも頼りません、強くなる方法は自分たちで見つけてきます!!」

 

 更になんだかよくわからない内に、此方の話もまとまっていた。

 何があったか知らないが、これでひとまず原作通り……でいいだろう。

 

 何かから逃げるようにして早足で去って行く万事屋二人の後ろ姿を見届けると、茂みの方にいた四人分の気配も消えていた。忍者かあの人たちは。

 

 とまあこんな感じで、今日も私はこの世界を生きていく。




おひさー


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商人と一人

「――用心棒、か?」

 

 聞こえた声に、内心やや首を傾げながら振り返った。

 そこには編み笠を被った人影が一つ。

 顔は見えない――が、背格好や今の声からして女性だろう。いや、編み笠を見た時点で、もう察しはついているのだが。

 

「貴方は?」

 

 しかし、質問する。話の流れを守って。

 

「……自己紹介が先じゃったな。わしは快援隊副艦長の陸奥。ところで、この辺りで頭がカラのモジャ毛を見んかったか?」

 

 江戸町内、とある路上。

 今生における恩人・坂本辰馬――その副官と邂逅した昼下がりだった。

 

 

 *

 

 

「放浪癖ある上司を持つと大変っすねー。人捜しなら、その道の万事屋(プロ)にでも頼んだ方がいいんじゃないですか?」

 

「そうしたいのは山々じゃったが、珍しく居らんかった。他の仕事でも入っとったんじゃろう」

 

 まぁ、あの人たちは頼まれたら、浮気調査から裏組織の潜入まで何でもやる。流石に新八くんや神楽ちゃんに犯罪の片棒担がせる真似はさせないと思うが、割とあくせく働いているというのは本当らしい。

 

「しかし付き合う必要はないと言うとるのに。さては暇人か、貴様(きさん)

 

「特に予定も入っていないので。それに、坂本さんに会える機会だって早々ありませんし」

 

「……? なんじゃ、奴に用件でもあるがか」

 

 用件というか、彼にとってはそう大したことではないかもしれない。

 だが、それでも伝えたいことができたのだ。エンカウントできるこんな貴重な機会を逃すなどありえない。

 ――彼には返しても返しきれない恩があることを、最近ようやく思い出したのだから。

 

「いやなに、一言お礼を言いたいだけですよ」

 

 そう言うと、僅かに首を傾げる陸奥さんだったが、それ以上踏み込んでくることはなかった。

 ともあれ、カミソリ副官と会えたのは僥倖だった。これで坂本さんとの再会は確実なものとなっただろう。後は、彼が何かしらの事件に巻き込まれていないことを祈るだけだが――

 

「おまんのことは坂本から聞いておった。曰く、食料に目がない用心棒だとな」

 

「紹介の仕方に悪意を感じるんですけど」

 

「安心せい、奴の頭はカラじゃ。他意はなか」

 

 だとしても他に言い方あっただろーがと突っ込みたい。

 

「……獲物は木刀一振り。出身も種族も分からん女が、地位やその種族関わらず、用心棒を果たしているという。攻撃性の危険えいりあんをもろともせずに、ただ各星を放浪している変わり者――それが六年ほど前、宇宙の隅でまことしやかに囁かれていた噂じゃった」

 

「へー……」

 

 一部でとはいえ、そんな評判が立っていたとは。

 宇宙に行ったのは、まあきっかけこそ気紛れだったが、戦闘経験など得たものは多かった。そこらへん、ばっちりモノにしてるのは「彼女」の方だけども。

 

「すると? 貴方はその変わり者を値踏みするために、私に声をかけた、と?」

 

 やや皮肉混じりにそう返すと、陸奥さんが失笑する。

 

「おまんがわざわざ地球を出た理由を詮索する気はない。わしは単に、大昔に奴が(たぶら)かした奴を見てみたいと思うただけじゃ」

 

「誑かした、って……」

 

 まぁ……確かに食料で人一人の人生を変えた手腕は、並の商人ではない。あの人は、気質は商人でも方法がサギ師じみているのである。

 

「実をいうと、わしも海賊よりタチの悪いサギ師に騙された身でな。同じ人間に誑かされた者同士、さてどんなものかと会ってはみたが――なんてことはない、ただの同業者じゃったな」

 

「――――」

 

 同業者――同業者と、きたか。元々、生きるために人斬りをしていたこの私が。

 しかし、生憎と私は識っていた。彼女……陸奥さんもまた、宇宙海賊という身から快賊――商人という生き方を示された者であることを。

 

「……言うなれば坂本さんは、商人製造機ってことですかね?」

 

「商人ならば、利益を生み出せと言いたいところじゃがな」

 

 そんな会話をして、お互いにクッ、と軽く笑い声を零す。

 

「そういえば、おまん、名は――」

 

 陸奥さんが言いかけた直後、道の向こうから爆音が轟いた。

 

「――カーツラァァアアアアアアア!!!!」

 

 けたたましく鳴るサイレン、飛び交う怒号、逃げ惑う一般住民。

 一瞬にして平和だった午後が戦場の雰囲気になりつつあるのを感じ取りながらも、目の前で繰り広げられている騒ぎの景色を二人揃って平静に眺める。

 

「相変わらず騒がしいの、この町は」

 

「まー、それが特徴っていえば特徴なんですけどねー」

 

 油断していると偶にバズーガが飛んでくるくらいには賑やかである。

 実際、かぶき町では月に四、五回くらいはどこかで爆音が響く。それはつまり、あちこちに攘夷志士がいるという事実でもある。

 まぁ、最初に聞こえた怒号を聞く限り、今のは死人が出ないタイプの騒ぎだろう。

 

 と、そこで土煙の中から此方へ向かって、二つの人影が飛び出してきた。

 

「――むっ!? これは用心棒殿、こんなところで再会するとは奇遇だな! こんな攘夷日和には是非とも攘夷志士オリエンテーションを開催したいところだったのだが、生憎と今の俺は逃亡の身。追って期日と場所を伝えるから、採用試験はまた今度……」

 

「ねぇよ! なんで私が攘夷志士志願者みたいな話になってんだよ!!」

 

 まだ諦めてなかったのかよこの勧誘……!

 桂さんとは久し振りに会ったが、ここまで勧誘の意志がブレていないと一周回って尊敬の念を抱く。神経図太すぎだろ。

 しかし逃亡中、足踏みしてまでこんな勧誘メッセージを送るとは、まさか攘夷志士って人出不足なのだろうか……? 入る気は更々ないが。

 

『桂さん、早くしないと』

 

「うむ、そうだなエリザベス。真撰組の連中が混乱している間に一刻も早くここを離れなければ。それと、くれぐれもそのモジャ頭は落としてくれるなよ? そんなのでも、れっきとした俺の友なのだからな」

 

「――オイ待て貴様(きさん)。それはもしや……」

 

 白い怪物、エリザベスが抱えているのは気絶している様子のモジャモジャ頭。その毛色は銀ではない――茶色であった。

 

 陸奥さんが声を上げかけ、そこで遠方からバズーカ砲が飛んでくる。

 それを引き抜いた木刀で素早く斬って処理すると、再び逃亡のため走り出していたテロリスト二人組が振り向きながら、

 

「ではな用心棒殿! より詳しい攘夷活動の説明はまた後日ッ!!」

 

『バイビ~』

 

 古すぎるネタを放ちつつ、そのまま彼らの後姿はどんどん小さくなっていく。

 ――無論、抱えられていたモジャ毛もろとも。

 

「追えェェェ!! 待ちやがれカツラァァァァ――!!」

 

 そこへ、一台のパトカーが恐ろしいスピードで此方の真横を通過しようとやってくる。

 どうしようかと考えかけた時、平坦な合図が聞こえた。

 

「跳ぶぞ」

 

 えっ、と返す暇もなく、気付いた時には首根っこを掴まれて宙にいた。

 ガシャン! という音を立てつつ着地したのは車の上。襲い来る突風で飛ばされないよう、咄嗟に屋根へ木刀を突き刺して身体の位置を安定させる。

 

「オイィィィ!! なんだテメェ等! 勝手に乗ってんじゃねェぞ!!」

 

 下から聞こえる声は土方さんのものである。どうやら木刀を刺したことで、此方の存在がバレてしまったらしい。

 まぁそれはともかく、

 

「ぐふっ……! あの副官殿、首っ、首がとれる……!」

 

「辛抱せい。それより、さっさとあのバカ共を止めるぜよ」

 

 嗚呼、やはり貴方もこの世界の住人ですね……! などと思いながら、前方の景色に目をやった。

 確か向こうには川……と、よく破壊被害に遭う橋があった気がする。あの“逃げの小太郎”のことだ、あのまま川に飛び込んででも逃亡するに違いない。

 

「フン、芋侍が。パトカー如きでこの俺に追いつけるとでも思うたか!」

 

「やべっ――」

 

 車の進行方向の先で、走りつつ、桂さんが懐から出した小型の爆弾を地面に放る。

 車両が轢けば爆裂は不可避。上にいる私たちもろ共吹き飛ばされるだろう。

 

「行くぞ」

 

 しかし瞬間、再び陸奥さんが動いた。無論私も掴まれたままで。

 

「ちょっと待ァ――――ッ!?」

 

 いや、待つ筈がない。彼女はもう跳んでいる。

 

 そこでこの後、彼女が起こすであろう言動を直感的に察知した。

 桂さん達との距離は約二十メートルほど。加え、陸奥さんは()()夜兎族。こうして人間一人軽く掴んでいる時点で、地球人とはかけ離れた怪力の持ち主であろう。

 それらの情報を統合し、思う。

 

 ――飛び道具にされるッ……!!

 

 それが結論だった。それ以外に有り得なかった、この状況。

 

 だが時既に遅し。

 結論に至ったその瞬間、案の定投げ飛ばされた。

 

「グォおおアアア――ッ!?」

 

 為す術なく、脳天から白い的へと直撃する。

 ゴッ!! という鈍い嫌な音と、直後に走った激痛により、一瞬だけ意識が遠のき――

 

 

 意識が 切り替わる。

 

 

 

 

「ああァっ!!? エリザベ――――ぶほォぁッ!?」

 

 「彼女」の視界に映ったのは、陸奥が桂小太郎に跳び蹴りを入れた場面だった。

 そのまま飛ばされた桂は、エリザベスと巻き込みに遭い、そのまま川へと落ちていく。

 

「――」

 

 身体が動いたのは反射的なものだった。

 エリザベスが抱えているモジャ頭――もとい坂本辰馬こそ、今回救出すべき相手だ。このままでは、テロリスト二人と落下の一途を辿るだろう。

 

「――せぇ、」

 

「のぉッ!!」

 

 即座に体勢を整え、川へ飛び込みかけた坂本の足を、陸奥と「彼女」はガッと片足ずつ引っつかむ。

 直後、同時に手前へ引き抜き、回収した彼を勢いよく地面へと転がす。土まみれになったものの、坂本が動く気配はなかった。初めから気絶していたらしい。

 

 同時に、炸裂音が背後から聞こえる。爆弾にぶつかり、先のパトカーが臨終した音である。

 しかしそこは流石の真選組か。彼女らが振り返ると、とっくに車内から脱出していた土方副長と隊士たちは、桂追跡を続行しにかかっていた。

 

「あーあ、川に飛び込まれちまった。良い蹴りでしたけど、逃亡の手助けだったなら、事情聴取させてもらいやすよ?」

 

「……人質回収」

 

 木刀を投げてよこした沖田総悟に、彼女は転がっている坂本辰馬を指し示す。陸奥副官がはよ起きんか、と容赦なく蹴り倒してもまるで意識を取り戻す気配がない。

 

「まァ、一応アンタはとっつぁんと繋がってるし、報告したところで、最終的にはモミ消されるでしょーね。土方さんが無事に桂を捕まえられたら、感謝状が送られてくるかもしれやせんけど」

 

 投げかけられる皮肉に、しかし今の彼女はそれが皮肉とさえ分からず、何の反応も示せない。

 

「……で、こちらの御仁は?」

 

「快援隊商事の者じゃ。地べたのこれが社長で、わしはその副官じゃき」

 

 そこで陸奥が、でっち上げ込みの大まかな経緯を説明する。坂本と桂の関係――特に昔、攘夷戦争での戦友だった……ことについては曖昧にし、攘夷志士の口車に社長が乗せられて……という、完全に桂を悪役に仕立てたものだった。事実らしいので弁護のしようがなかった。

 

 そういえば、と彼女――もとい「絶条空」は思う。あの謎の白生物エリザベスは、坂本辰馬が地球に輸入した生物だったか、と。

 己の知る由もない知識。

 己が知る事もない、未来の記憶。

 前世の人格が持つ記憶の一部を、彼女も時折目にすることがあった。

 今の自分が修羅に堕ちていないのは、坂本辰馬との出会いはもちろんだが――この荒唐無稽な、しかしそう跳ねのけるにはあまりにもはっきりとした記憶と知識もあるおかげだと、彼女は考える。

 

 でなければ、こうしておとなしく人里のただ中にはいなかった。

 

「情報提供に感謝します、っと。んじゃあ、俺はこれで。あ、そういえば絶条サン、姉上が会いたがってましたよ。暇な時にでも、顔見せてやってくだせェ」

 

 空は、おそらく彼女(ソラ)ならこう返すだろうと考えて口を開いた。

 

「そうか。善処する」

 

「日本人らしい曖昧な答えじゃの」

 

 沖田が去っていき、後には空と陸奥と、転がったままの坂本辰馬が残った。

 現在、絶条ソラの意識は、一時的に空の深層へ落ちている。

 坂本辰馬に礼が言いたい、とソラは言っていたが、その気持ちが空にはまだ分からない。解るのは、彼と出会った事実が、今の自分に影響しているのだろうということだけだ。

 

「……ところで、なのじゃが。おまん――今さっき、絶条と言ったか?」

 

 陸奥のやや険しい表情を、不思議がることもなく空はうなずく。

 

「――おまん、投資とか、しちょるか?」

 

「トウシ?」

 

 金というものはまだよく分からない。

 しかし以前、ソラの方が色々やっていたことを彼女は思い出す。

 せめてもの恩返し、と言いつつ。

 定期的に、快援隊へ有り余る金を叩き込んでいたような。

 

「あぁ……偶に」

 

「そうか――そうか。……これはまた、久し振りにやらかしてしもうたようじゃの……」

 

 陸奥さんの呟きに彼女は首を傾げる。

 そんな様子に構わず、そこで陸奥はガッと空の肩を掴んだ。

 

「――――行くぞ」

 

「?」

 

「トップの救出に得意先の手を煩わせたなぞ、快援隊の面目が立たんぜよ。だから黙ってついて来い、飯奢っちゃる」

 

 呆然とする彼女の手を引き、また空いている片手で気絶艦長を引きずりながら、陸奥が歩き出す。

 一人の用心棒は、今はただ、世界の流れに身を任せる。

 この状況を楽しんでいることに、本人も気付かぬまま。



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故事と一人

「地雷亜ァ? 誰それ?」

 

「まぁ、だろうな」

 

 茶屋で団子を食べていた。

 解放された吉原は、全体的に明るい。遊郭としての賑わいではなく、ただの、どこにでもある町と同じような活気に包まれていた。

 

「そいつがどうかしたのか」

 

「ついさっき、俺が引きずってきた天パをやった奴だよ。興味ねぇのか」

 

「ないなー。全く」

 

「……あっ、そう」

 

 意外だな、とでも言う風に、みたらし団子にかじり付いているのは服部全蔵。

 時は少しだけ遡る。といっても、事は先ほど全蔵が言った通りだ。

 朝方、気まぐれに吉原の様子を見に来ると、ボロボロの銀さんを引きずって歩いていた全蔵にバッタリ出くわした。

 全蔵とは偶に、ジャンプを貸し借りする仲である。お互いの行き着けの店にジャンプがなかった際は、一緒に探し回ったりする程度の関係だ。

 

「てっきり俺ァ、アンタもあの天パの勢力の一人だと思ってたんだがな」

 

「心外だな。私にとって、あいつらはただの債務者だぞ」

 

「そういう発言をする奴に限って、遠くない内にレギュラーメンバーに抜擢されるのさ」

 

「あいつら超友達です!!」

 

「手の平返すの早すぎない!? その友情安すぎない!?」

 

 全蔵の戯言を聞き流しながら、今回の流れについて考える。

 章題、紅蜘蛛篇。ざっくり言うと、三日後に吉原が物理的に炎上する話である。

 銀さんが意識不明で運ばれてきた、ということは現在、月詠さんもどこかに捕まっている、ということだ。

 とはいえ助けに行く気はない。そういうのはヒーローの仕事である。

 

「追加の団子、おまちどー」

 

 振り返ると、そこには追加の団子を乗せた盆を持った晴太くんが立っていた。

 二人で一本ずつ手に取り、もぐもぐと食べていく。

 

「……ま、要するにだ。お前さんも気をつけるこったな。剣の腕こそ、そんじょそこらの奴らとは比べるまでもねぇけど、女ってだけで突っかかって来る輩はいるからな」

 

「私を誰だと思ってるんだ。昔は宇宙人とひょいひょい渡り合ってきたんだぞ? 簡単にやられるワケねーだろうが大丈夫だ私は最強だからな……!!」

 

「なァんで秒でそんなに脱落フラグを建てるマネすんだテメェは! お前っ、発言にはマジで気をつけろよ!? テメーみたいに訳知り顔してる奴からやられるって俺はジャンプで学んだんだからな!!」

 

「死なないからヘーキヘーキ」

 

「……あん?」

 

 どこか、釈然としなさそうな声を上げる隣人を尻目に、三本目の団子へとかぶりつく。

 原作――恐らくは、世界の本筋、とも言うべき知識は、私のアドバンテージだ。しかし私が「ここにいる」という事実、そして「干渉」行動によって、果たしてどこまでこれが価値を保っていられるのかは分からない。

 

 陳腐な例えだが、「私」という存在は、池の中に放り込まれた小石のようなものだ。

 現状――少なくとも、生み出している波紋はごく小さなもの……だと思いたい。というかまぁ、既にブン投げられている岩石たちの波紋が強すぎて、全然影響できていない、というのが近いかもだが。

 

 ともあれ。

 今は、まだ――平和だ。平和そのものだ。

 私ごときが未来を憂うことなど愚かしい、と思えるくらいには。

 

「隕石がどうだか知らないけど。アンタたちも、カラスにならないよう気をつけてよ。油断大敵、寝耳に水、青天の霹靂! 何が起こるか分からないんだからさっ」

 

「なんだ小僧、覚えたてみたいな言葉をひけらかしやがって。カラス、ってのはあれか? 『鴉の天災』か」

 

「カラスの……天災?」

 

 ……昔ながらの、例え話のようなものだろうか?

 聞いたことのない名前である。

 

「知らないの、ソラ姉? 寺子屋じゃ、一度は聞くような話だけど……」

 

「うん、知らん。教えてー」

 

「えーとね……まず、この話には旅人と鴉が出てくるんだけど――……」

 

 その教訓話は、至って単純な構造をしていた。

 

 かつて、とある旅人がいた。

 歩いていたところ、旅人は地上を塞ぐほどのカラスの群れと出くわした。回り道をしようにも、目的の場所へ行くための道は、ここにしかない。

 どうしてカラス達は、こんな道の中央で立ち往生しているのだろう?

 疑問に思った旅人は、よくよくカラスたちの足もとを確認してみた。するとそこには――

 

「死体の山」

 

「ホラーかよ。にしてはもう一捻りなかったのかよ」

 

「ここらだ、ここから」

 

 戦場跡だったのか、そこには多くの亡骸が溢れていた。そう、地上に降りていたカラスたちは、それらをついばんでいたのである。

 その光景を認めた旅人は、次の瞬間――――

 

「邪魔だからといって、一羽ずつ叩きのめしていきました」

 

「……なにを?」

 

「聞くまでもねェだろ。――鴉を、だよ」

 

 そして出来た道は、真っ赤な血と、暴れ回った鴉たちの羽で彩られていましたが、旅人はそれらを一切気にすることなく、意気揚々とまた旅を続けていきましたとさ。

 

「――っていう話。聞く度に思うけど、これ、かなりグロテスクだよね……」

 

「昔話なんてそんなもんだろ」

 

「だから『鴉の天災』か。あくまでも、視点は鴉なんだな」

 

「まぁ、不意打ちには気をつけろ、って話さ。寺子屋では、『この時の旅人はどんな気持ちだったのか』とか『死体はなんだったのか』とかって、わざわざ考察させられたりしたな」

 

「オイラもやったよ、それ。でも、最初に寺子屋で聞いた話では、死体の山が花畑になってたり、旅人は鴉を追い払っただけ、ってことになってたんだよね」

 

 旅人に――鴉。

 旅人は邪魔だからといって、鴉たちを叩きのめした。

 旅人は、自分の道を遮る鴉たちが邪魔だったから、叩きのめした?

 

 ――否、否、否。

 

「……旅人は……どんな気持ちだったんだろうな」

 

「ん? だから、邪魔だったから潰したんだろ」

 

「そうかなぁ。オイラは、死体の名誉を守るために退けたんだと思うけど」

 

「おいおい、旅人は一人で旅するような奴だぞ? いちいち死人のことまで考えるか、っての」

 

「違うってば。旅人の正体は、実は徳の高い僧侶で、亡霊の成仏を手助けするためにやったんだよ!」

 

「ここにきて新解釈かよ。僧侶がいきなり大量虐殺とかするかねぇ……?」

 

「違う――違うよ」

 

 記憶の風景がザッピングする。

 旅人じゃない。僧侶でもない。先に、手を出したのは。

 

「――鴉、だ」

 

 そうだ。

 あの時。その時。

 旅人は――彷徨っていたそいつは、鴉に出くわした。

 故に。だからこそ。

 

「鴉がいたから、嫌っていたから……殺したんだ」

 

「ほお? こっちでもまた新しい解釈か。考察のしがいがあるねぇ」

 

「ソラ姉は鴉敵対派かぁ」

 

「あ、いや」

 

 軽く頭を振り、意識を切り替える。

 残りの団子二本を一気に口の中へ叩き込み、完全な覚醒を促していく。

 

「……はぁ。晴太くん、団子おかわり」

 

「まだ食べるのッ!?」

 

 三本指を立てると、心底ドン引いたような顔して晴太くんが奥へと引っ込んでいく。

 少しずつ空腹状態は解消されてきたが、どうにも物足りない。聞くところによれば、かぶき町の大食いエースという噂も立ってきているらしいし、そろそろフェードアウトしていきたいところではあるのだが。

 

「お前、大食いキャラだったのか。実はあのチャイナ娘と仲良いな?」

 

「一緒にするな。私は必要な分だけ食べてるだけだぞ」

 

 心外である。それに好きで大食いしているわけじゃない。

 茶を飲み、ホッと一息ついていると、全蔵が思い出したように口を開いた。

 

「――そういや、これはあくまでも噂なんだがな」

 

「?」

 

「今の話。『鴉の天災』には、元になった実話があるらしい」

 

「……というと?」

 

「この旅人にあたる奴には名前があってな。一部の地域じゃ、『羅刹』だとかって呼ばれてるんだと」

 

「羅刹? 人喰い鬼っていわれる、アレか」

 

 羅刹天。人を惑わせて喰らう悪鬼。

 確か、前世の記憶(ちしき)では、インド辺りの神話に出てきていたような気がする。

 元は魔物の側面が強調されていたが、仏教が入ってきた後は、毘沙門天に仕える鬼神になったのだったか。

 魔物から、破滅と滅亡を司る神様へと。

 

「そ。話の中では、あくまでも潰されたのは鴉だったが――もしかすると、実話じゃ人間だったのかもな、ってこと」

 

「どこまで行っても嫌な話だな……」

 

 晴太君の聞いた話が、マイルドになっていた理由が少し分かった気がする。

 

「つまり、代々伝えられてきた教訓話は、実は本当にただの虐殺話だったと」

 

「多分な。まー、どっちにしろ鴉共はやられてるから、犯人は永遠に闇の中だが」 

 

 所詮は言い伝え。昔話。

 実話があろうとなかろうと、現代にまで関わってくることはない。

 その話が形作るまでに、一体どんな事柄があったのだとしても。

 

「……けど、鴉たちが被害者だったなら、そいつらは羅刹を恨んでいるかもな――」

 

 最後に全蔵が呟いた言葉が、酷く遠くに聞こえた気がした。



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助演

 そして指を指した。

 

「「ん」」

 

 何やらデジャヴを覚えつつ、視界に入り込んだ、もう一つの一指し指の主へと視線を向ける。

 黒に近い紺色――長髪。艶やかな髪を引き立たせるかのように、その服装は真白く、まるで秩序という文字が具現化されたようだ。

 

 ……視線が合う。

 見つめていると、まるで深淵に吸い込まれそうな赤い瞳。

 無機質、無感情、無表情。人形のような人間。そんな第一印象だった。

 

「……ポンデリングは、私のもの」

 

「いや、そう言われても」

 

「……ポンデリングは、私のもの」

 

「いや、別に私が譲る理由にはならないし……」

 

 現場はかぶき町内の甘味処(ドーナツ店)

 店内にはデザートの甘い香りが漂っており、ショーケースの中には色とりどりの、ドーナツを初めとした焼き菓子が置かれている。

 どうやら別々のカウンターで、同じものを注文してしまったらしい。更に奇妙な巡り合わせなことに、ケースの中に鎮座しているポンデリングの残数は一個。

 

 戦争が始まる予感がしてならない。

 こんなところで剣なんか抜いたら、出禁確定だと思うが。

 

「……貴方のこと、知ってるわ」

 

 唐突な言葉に、身体の内側が強張る。

 

「新星の如く現れた、真のラスボス……かぶき町のフードファイター。通称、鬼木刀……!」

 

「そっちかよ!?」

 

 確かにここ最近、かなり噂になってしまっているらしいけど!

 ……でもアレ、原因は絶対に陸奥さんとの食事だからな!

 大食い三昧の旅にあの人と連れていかれたら、そりゃあ抑制も効かなくなるわ!!

 空としての行動だったから、ほとんどの記憶はないけど!!

 知らぬ間に有名になってた時の肌寒さといったら!!

 

「…………あー、とにかく、だ。私のことを知っているなら話は早い。おとなしくここは引いて貰おうか」

 

「嫌」

 

 予想通りの答え。

 であれば。

 

「――よし分かった。仮にも同じドーナツ好きの同士だ。無為な争いはやめよう。だから私はこのポンデリングからは手を引く」

 

「……含みのある言い方ね?」

 

 そりゃあな、と内心呟き、ニヤリと口角を上げ――

 

「すいませーん、ここにある期間限定のドーナツだけ全部くださーい」

 

「なッッ……!!?」

 

 

 

 

「おや、昨今名を轟かせ始めた期待のルーキー、フードファイター鬼木刀こと絶条ソラさんではないですか。こんにちは、奇遇ですね」

 

「ほんへぇわー」

 

 ドーナツを頬張りながら雑に挨拶する。

 江戸の町中。道行く人々が、その目立つ服装に視線を向けていた。

 目の前に現れたのは、真白い制服に身を包んだ男性、佐々木異三郎。

 今日は会うかもなと思っていたが、まさか本当に会えるとは。

 

「随分な荷物をお抱えで。ドーナツ、マイブームなんですか?」

 

 私の両手には、六箱を越えるテイクアウトドーナツがあった。

 人々の視線が向いているのは、この多すぎる荷物も理由の一つだろうか。

 

「最近、食にはまっていてですね。ドーナツも新作出てましたよ。買い占めましたけど」

 

「それは健啖な。しかし食べ過ぎると医者にかかる事になりますよ」

 

「生まれてこの方、虫歯にも糖尿病にもかかったことないんでご安心を。あー、それともあれですかね。新作ドーナツ買い占めた事、怒ってます?」

 

「別に怒ってませんよ。貴方がどこでいつドーナツを買おうと私の知ったことじゃありません。そもそも新作ドーナツが出ることなんて今初めて耳にしました」

 

「……嘘。本当は一昨日からずっと楽しみにしてた」

 

 そんな声が足元から聞こえた――最初からずっと私の足にしがみついていた女性、今井信女である。

 

 ――見廻組とエンカウントしたのは、割と最近のことだ。

 例の如く松平さんに将軍の護衛に呼び出され、今日は合同任務だぞー、と紹介されたのである。当時、居合わせたのは佐々木一人で、しかも彼は見廻組の制服を着てなかったので、合同任務とは名ばかりの顔合わせに近かったが。

 

 その時ついでにメアドも交換された。

 一日五通くらいメールが届くので、こっちも八回くらい携帯を捨てているのだが、何をどうやってもあらゆる伝手で新しい携帯が手元に届くようになった。

 ……携帯代が浮くようになったのは有難いことだが、完全にリアルホラーの領域に踏み込んでいる。

 

「……何故、私の部下が貴方の足に?」

 

「目の前で買い占めちゃったからでしょうかね。新手の背後霊みたいですよ」

 

「……、」

 

 何度か振り払おうとしたのだが、恐るべき握力でしがみつかれているのである。

 ドーナツへの執着恐るべし。

 そしてドーナツの恨み恐るべし――である。

 

「そんなに新作楽しみだったんですか二人とも? けどまあ、もうお金払っちゃいましたからね私。何を積まれても何を取引材料にされようと、譲る気ありませんよ?」

 

「私が楽しみだったこと前提で話を進めないで頂きたいのですが――」

 

 そこで携帯が振動した。

 

『ウソだお。

 ホントはチョー楽しみにしてたお。

 P.S ゼッちゃんうらやましいな☆』

 

「たかがドーナツの一つ二つで揉めるほど子供じゃありません。のぶめさん、帰りますよ」

 

 ……合ってない!!

 言動と心の声が致命的に合ってない!

 

「――嫌」

 

「痛い痛い痛い。足千切れますわ副長さん」

 

 すると、有無を言わさぬ睨みが下から帰ってくる。

 そんなに楽しみだったのかドーナツ。ごめんなドーナツ娘。でも今日はマジでドーナツしか口が受け付けねー気分なので、交渉するとかいうルートはないんだマジでごめんなドーナツ。

 

「こうなっては仕方ありません。絶条さん、そのまま本部まで歩いてきてくれますか」

 

「嫌だよ! こっちだって一人ドーナツパーティ楽しみにしてたんだよ! 今日は家帰ってずっとドーナツだけ食って寝るんだよ!」

 

「なにそれ楽しそうね」

 

「目を輝かせないでくれますかね? んな顔されてもドーナツあげませんよ。ついてきても私がドーナツ爆食するところ眺めるだけになりますけどいいですか?」

 

「成程――よろしい、戦争ね」

 

 信女がすっくと立ちあがり、柄に手を置く。

 此方も腰の妖刀を手に、臨戦態勢の構えをとる。

 

「ちょっと御二方。白昼堂々、殺し合いは止めてください――」

 

 そう冷静に佐々木が声をかけてきた瞬間。

 ――爆音が市井に轟いた。

 骨の芯に響く破壊音。

 慌てふためく一般市民たち。

 悲鳴を上げ逃げ惑う道行く人々。

 その中で私たち三人だけが、凄まじく冷静に現状を観察していた。

 

「……爆発?」

 

「……さっき私たちが行った、甘味屋の方角ね」

 

「……ところでのぶめさん、その甘味屋付近をうろついていた過激派攘夷志士たちの動向は?」

 

「もう制圧したと思っていたけど――残党がいたらしいわね」

 

「お仕事中だったの!?」

 

 いやそりゃそうか。

 警察が何の用もなく市井をうろつくわけがない。

 二の句を継ぐ間もなく、二人が走り出す。取り残された私はその白い二つの後ろ姿が地平に消えるのを見届け――

 

「……あ、一箱パクられた」

 

 拉致されたドーナツを取り戻すため、その後を追いかけた。

 

 

 鎮圧は驚くべき速さで行われていた。

 流石エリートと言ったところか、どうやら大きい爆発の割には、死傷者もいなかった上、怪我人も少なかったようだ。そのエリート様が現場離れてまで執着するドーナツの価値が窺い知れる。

 

「……空っぽ」

 

「そりゃ最初に完食し終えた箱だからな」

 

 瓦屋根の上にいた信女の背に声をかけると、弾いたように振り返られる。

 気配を完全に殺していたから警戒したのだろう。ま、こちとら伊達に単独用心棒業で稼いでねーのである。

 片手に持った最後の一箱を差し出すと、僅かに相手の目が見開かれた。

 

「最後の一箱、最後の一個だ。有難く受け取――」

 

「ドーナツ!!!!」

 

「ぎゃふっ」

 

 飛び掛かるようにして奪い取られた。

 一瞬ドーナツの鬼を見た。なにこの娘コワイ。

 体勢を整えて向き直ると、そこにはじっっ……と箱の中を凝視するドーナツ狂が一人。

 

「……一個しかないわ」

 

「さっきそうだって言ったじゃん」

 

「異三郎の分は……?」

 

「丸々一個あるんだから二人で仲良く戦争して分け合えよ」

 

「……」

 

 あ、箱閉じた。まさかマジで見廻組トップツーのドーナツ争奪戦とかやるんだろうか。

 ちらと、信女がもう一箱もドーナツを持っていない此方を見た。

 

「……あれだけ買ったのに、もう食べ終えたっていうの……?」

 

「脅威の爆食期間中でね。今の私の胃袋はブラックホールだぞ」

 

「何? 病気? 体質か何か?」

 

「どっちかっつーと体質かなぁ」

 

 そう、とそこで興味を無くしたように座り込む。最後の箱を大事そうに抱えたまま。

 用も済んだので、私もここを立ち去ろうと踵を返した。

 

「――貴方は、何?」

 

「通りすがりの用心棒」

 

「だとしても、ただ者じゃないでしょう。罪人予備軍だというなら、ここで斬るに越したことはないわ」

 

「物騒だなぁ……」

 

 ドーナツ、持って来ない方がよかっただろうか。

 しかし見廻組に恨みを売りっぱなしは怖い。どこで仕返しされるか分かったものじゃない。

 

「貴方の経歴を調べさせてもらったけど、不明点が多すぎるのよ。松平公は、よく貴方を雇ったわね」

 

「昔は宇宙で色々やってたからなぁ。それに替えが効く人材は、雇っておくに越したことはない」

 

「本気で言ってる?」

 

「卑下じゃあないさ」

 

 雇われた当時の私は、他所で名の知れた余所者だった。

 しかも腕が立つ。

 更に聞けば地球出身の人間だという。

 出自がどうであれ、経歴がどうであれ、これほど使い勝手のいい駒はない。

 それに替えが効くというのも、あながち嘘でもない。今の時代、探せば宇宙には私以上の傑物がゴロゴロいるだろう。

 

「この国がどうとか、今の将軍家がどうとかってのには、てんで興味がない。私は積まれた金の分だけ働くし、その金で好き勝手に生きる。ほら、普通の一般市民だろう?」

 

「絶条なんて名字の家、この国にはどこにもいなかったわ。どこからどこまでが貴方の正体?」

 

「難しい質問をするなよ。私は私だ」

 

 答えは簡潔に、シンプルに。

 問答は率直に、嘘偽りなく。

 

「……貴方の真実は一体どこにあるのかしら。本当に用心棒なのかも怪しいわ」

 

「さて」

 

 それを言うのはまだ早い。

 二重人格者なんて言ってしまえば簡単だが、それを証明する術はない。

 証拠なんてなくとも、きっとこの世界は受け入れてくれるだろうけど。

 

「あえて言うなら、サギ師ってのが近いんじゃないか?」

 

 過去を偽り。己を偽り。周囲を偽り。

 多くを騙くらかしている私には、それが天職かもしれない。

 真実を語るには設定がいる。

 真実を話すには事実がいる。

 だからまだ、全てを明かすこともできないし、するつもりもない。

 

「さしずめ、『今はその時ではない』――ってね」

 

 そんな黒幕じみたことを言い捨てて、私は今度こそその場から立ち去った。

 




感想等、ありがとうございます。励みになります。


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彼方

次から更新速度低下します。スマヌ(完結させたい気持ちはある)


 かぶき町には四天王なるものが存在する。

 鬼神マドマーゼル西郷。

 大侠客の泥水次郎長。

 孔雀姫華陀。

 女帝お登勢。

 誰もこれもどいつもこいつも、キャッホーな連中ばっかである。

 こえー。

 しかもこの四つの勢力、睨み合って微妙な均衡状態を築いているのだが、それが最近は崩れ始めているとかなんとか。

 こえー。

 さらに言うと、ここらで一発デカい事件が勃発するのである。

 

 そう、かぶき町四天王篇である。

 

「あー、ヤダなー、コワいなー。私しばらく宇宙に逃げとこうかな巻き込まれたくないし」

 

「なぁーに油売ってんだバイトォ! キリキリ働けェ! そら、そっちの荷物運ぶんだよぉ!!」

 

「あいあーい」

 

 店長――もとい、平賀源外に命じられるまま、ガラクタばかりが詰め込まれたようなダンボールを持ち運ぶ。

 平賀源外。かぶき町一番の絡繰技師。

 全自動卵かけご飯製造機から、世界のルートによっちゃ、時間泥棒(タイムマシン)までもを創り上げる大天才博士野郎様である。

 

 そんな人の元で、私はバイトというのを始めていた。

 何故かというと、前述の通りこの爺さん、マジでヤベー天才科学博士だからである。

 要するにパイプだ。

 仲良くなっておいて損はない。

 偶に実験台にされそうになるけど。

 

「しっかし、一体どういう風の吹き回しだ? 嬢ちゃん、オメー用心棒じゃなかったか。なんだって機械いじりに興味持ちやがった」

 

「……アンタにゃ、いずれ作ってもらいたいものができるかもしれないからさ。技術者の腕を間近で見たいんだよ」

 

「品定めってワケか。この平賀源外様相手に、いい度胸してやがらぁ」

 

「腕は疑ってないさ。アンタなら何でも作れる」

 

 まぁ――保険のようなものだ。

 この世界がどんな道筋を辿るかは知らないが、その終わりを引っ繰り返すための要素には、間違いなく彼が関わってくる。ぶっちゃけ天人の下手な技術より、彼の技術の方が信用できるレベルで世界の補正がかかってる。

 時間泥棒然り、後々の源外砲然り。

 機械(からくり)をナメちゃいけねーのが銀魂世界だ。なにせここは、SF混じりの江戸時代なのだから。

 

「まー、バイトってかお手伝いみたいなもんだな。それか恩の先払いか。平賀の爺さん、アンタには世話になる気がするよ」

 

「そうかい。そん時ゃ、お代ぼったくってやるよ。俺の腕は安くねぇぞ」

 

「重々承知してるさ」

 

 というのが私の近況。

 マジでホントに真面目に回避したい未来があるので、こうして準備をするのも大切だ。

 ……永遠なれルート、ホントやめろよ。

 アレマジで対処の仕様ねぇからな。ラスボスも手の打ちようがないからなアレ。一歩間違えたら終わりの終わりですからねホントマジで。フラグじゃないよ。

 

 なんて、からくり堂に行き来していたのが要因の一つだったのかは知らないが――

 

「――そち。もしや『木刀使い』ではないか?」

 

 かぶき町四天王が一人、孔雀姫華陀(かだ)に出くわした。

 

 

 華陀様といえば、四天王篇でのザ・悪役ポジションの人物である。

 美人なのだが。

 ぶっちゃけその末路は、自業自得としか言いようがないというか。

 

 彼女とエンカウントした経緯は実に単純だ。

 私が近場の賭場で暇を潰していたからである。

 バイトする必要性も皆無なレベルで資金は潤沢、もっさんこと坂本社長に投資するくらいのブルジョワ生活。主に将軍護衛関係の仕事のおかげで。

 そんな金を持て余した人間は何をするか。

 金を使って遊び始めるのだ。

 というわけで、単に暇つぶしというか、かぶき町で事件が――原作シナリオが動かない間は、私もこうしてカジノなんかで遊ぶこともある。

 

 ともあれ。

 通された華陀様の謁見の間のような場所に、私は居た。目の前の玉座の席では、華陀様がオシャレ扇子を持って優雅に此方を見つめている。

 かぶき町のほとんどの賭場は、この華陀様の支配下にあると言っていい。四天王と呼ばれるが所以である。その四天王の一人の直々の声掛けなど、何の腹積もりなのか分かったもんじゃない。

 

「『木刀使い』といえば、不死と謳われた第一級えいりあんどもを殲滅したという伝説の用心棒。さらに最近では、かの鳳仙も雇った者であるとか」

 

「下手こいて失敗しましたがね」

 

「そこでじゃ。貴様とて、このままでは用心棒の名が泣こう?」

 

 ……名が泣くどころか、この国一番のお偉いさんの警護にあたらせてもらってますがね。

 しかしこの情報は機密扱いである。松平さんにも口止めされてるし。さらに警察の情報セキュリティによって、私の仕事上の情報、個人情報は闇に秘されている。

 調べたところで出てくるのは、宇宙での古い噂や直近の評判くらい。

 今の私の仕事内容を知る者は数少ない。将軍の護衛先で出くわす万事屋や真選組や見廻組なんかが特例すぎるのである。主要人物補正というやつだろうか。

 

「のう『木刀使い』。この華陀の下に付き、名誉挽回のチャンスに賭けてみる気はないか?」

 

「……というと?」

 

「そちもこのかぶき町が陥っている状況を知っておろう? 我ら四天王の均衡が崩れかかった、例年にない緊張状態。このまま捨て置けば、間違いなく戦争が起こる」

 

 いや戦争するのアンタ! けしかけんのアンタ!

 二枚舌もいいところだ。その舌で、今度は他の四天王や平子を躍らせるのだろう。

 女狐、女豹とはまさに彼女にこそ相応しい。

 

「わしはこれ以上争いが起こらぬよう、一計を案じようと思うとる。四天王配下に属する者は、一切の私闘を禁じ、これに反した者は――」

 

 残る勢力の力をもってして、一兵卒にいたるまで叩き潰す。

 

「……」

 

 ……よくできた建前だ。実際のところは、この法を使って、彼女はかぶき町内にいる三勢力を争わせ、疲弊したところを、全てかっさらう予定なのである。

 がしかし、現実大きすぎる野望を持つと、成功しないのが世の常なもので。

 相手をかぶき町に選んだ時点で、彼女の敗北フラグは建ちまくっている。さらに万事屋を敵に回すので、破滅フラグもオマケ付き。自業自得の満漢全席か。

 

 ここで彼女の依頼を受けても、どうせ私の名誉挽回など訪れない。

 悪役側。やられ役。

 けれどもここで話を振れば、どんな報復が来るか分かったもんじゃない。華陀様のプライドの高さはエベレストにも引けを取らないのだ。

 

「……つまり、その法を作った上で、何か争いが起こると?」

 

「杞憂で終わるに越したことはないのがな。だが万が一ということもあろう? 転ばぬ先の杖――とは、この国の言葉であったか」

 

 いやツルッツルですけどね。アイスバーンかってくらいに滑ってるよその地面。杖どころかもうアンタの杖バッキバキに折れてるからね。

 

「しかし華陀様、貴方ほどのお方になれば、強靭な精鋭部隊の一つや二つ、持ち合わせているのでは? 私の出る幕など――」

 

「慎重じゃな。安心せい、わしは鳳仙のようなヘマは冒さぬ。全てが終わった時、そちにも相応の地位と金をやると約束しよう」

 

 いやぁ……

 スッゲー断りづらいんだがメッチャ断りたいんだがこの話。あと地位は邪魔だからいらない。

 断る事自体は簡単だ。簡単なのだが――

 

 さっきから、物陰から、ビシバシ殺気を感じる。

 

「……」

 

 見なくともわかる。というかここは彼女の城、懐だ。ここには彼女の精鋭部隊――夜兎(やと)荼吉尼(だきに)と並ぶ三大傭兵部族、辰羅(しんら)たちが潜んでいるのだろう。

 おっかない。四天王おっかない。

 

「決心はついたかえ?」

 

 おう急かすなよ。

 ……と言いたいところだが、ここまで一介の用心棒に食いつくとは、やはり裏があるに違いない。

 

 ――多分知ってるな、こいつ。

 

 私がお偉いさん方にパイプを持っていることを。

 これは情報のセキュリティ云々の話ではなく、伊達に彼女が四天王を名乗っていないということだろう。その情報収集能力、流石は此度の黒幕と言ったところか。

 

 ……やだなぁ。

 かけられるプレッシャーに胃がキリキリしてくる。息苦しいことこの上ない。フランクに接しても許される将ちゃんを見習ってほしい。

 ヤダナ――――――。

 グルグルと思考が馬鹿になってくる。ゲシュタルト崩壊一歩手前か。

 

 鳳仙の時はアレだ、護衛対象が日輪さんだったからまだよかった。

 だが今回はマジで敵方に付くことになる。しかも失敗したら、その場で華陀様に「斬!」である。どこのラスボスのクソ上司だよ。

 

「……あー、」

 

 護衛するのは一万歩譲っていいとする。しかしだ。

 …………万事屋陣営と敵対する羽目になるのは、ご免こうむる。こっから先、上手くも無いシリアス面さらして要所要所で登場して、なんか悲しい過去とか暴露されつつ、最終的に改心とかして、万事屋傘下の後方で応援エールを送る感じの立ち位置になるのは――

 

 ホントマジで、ご免こうむる。

 

 だってそんなの、「彼女」の人生どころじゃない。

 

 今の絶条ソラ(わたし)の生は仮初だ。いつか「彼女」に、この身体を返す時がやって来る。

 悪役なんかやってみろ。

 そんなの、「絶条空」の今後の人生を縛り付ける鎖にしかならないだろうが。

 

 考えて、考えて、考えて――現実ではたった一分にも満たない沈黙だったであろうが――結論と、対抗策を出した。

 やればできるぞ、私。

 相応の覚悟が必要になるが。

 まぁ――どうにか、するしかない。

 

「……ご依頼、承りました」

 

 首を僅かに縦に振ると、扇子の向こうでニヤリと華陀が笑った。このやろー。

 

「交渉成立じゃな。では用心棒――ふむ、呼び名がないと不便じゃな。そち、何か名はあるのか?」

 

 名前――ね。

 絶条も偽名だが、私も長くこの町に住み着きすぎた。今の華陀様は依頼人とはいえ、未来の敵さんである。かぶき町で知られている「絶条(ソラ)」の名を使うのは得策ではない。

 

「――彼方(かなた)、と。そうお呼びください、孔雀姫」

 

 『鴉の天災』とはよく言ったものだ。

 人生ホント、いつ何が起こるか分からない。

 



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実況

 カタナを入れ替えてカナタ。やっぱり安直だが悪くない名前だ。

 

 てなわけで。

 

 どうも皆さんこんにちは、今回の実況役の絶条ソラ改め彼方です!

 今回はなんと! かぶき町四天王の会合に参加する、華陀様の護衛を仰せつかって来ております! すでに会場の方の空気は戦場と大差ありません! 隠れている此方も見ているだけで肌がピリピリしてきます! これで本当に会議なんてできるのか! 華陀様は本当にこんな空気の中、無法の町にルールを敷くことなんてできるのか――!?

 

 ……などという茶番はさておき。

 

 仕事の時間である。

 

『彼方、そちには泥水平子の監視を命ずる。これより奴がかぶき町で起こす騒ぎの数々、しかと目にし、わしの元に伝えよ』

 

 ――茶番の通り、てっきり定例会議にでも連れて行かれるのかと思っていたが、予想が外れた。というか彼女、用心棒なんていらないくらい配下は多い。

 既に身の周辺を任せている者たちがいる手前、新参者の私は便利よく使われる感じというか。

 

 しかし平子の監視とは。

 華陀様は言ってなかったが、平子も今回の事件の黒幕の一人である。

 孔雀姫と泥水次郎長――平子の親父さんは、長らく敵対関係にあった。そこへやって来た平子が、華陀様と手を組み、このかぶき町の均衡を瓦解させ、最終的には次郎長に天下を取らせようというのが、大雑把な話の流れだ。

 

「……そうなんだ」

 

 ハイそうです。あと私の言葉に返事をするな。

 ……私が何をやっているのか? それはまぁ、最初の茶番と関りがあるのだけど。

 そう、今回の私は実況役。第三者視点。読者側。観客側。そんな立ち位置にいる。

 言っている意味が分からねーと思うが、つまり、ゲームプレイ画面を実況しているような様子を想像してくれると分かりやすい。

 

 本日は身体の主導権を「彼女」――改め、絶条空に押し付けているのだ。

 

 プレイヤーキャラ(PC)とプレイヤーというか。

 

 そんな感じだ。

 

 なにせ私たちの状態は二重人格とかいう面白おかしいことになっている。

 一つの身体に人格が二つ。

 今までは私が身体を操作して原作に介入していたが、本来の持ち主、()()()()()()()なのだ。このままずっと私が操作し続けるわけにもいかない。

 というわけで、実験である。

 片方が行動している間、片方は身体の中でのんびり実況。

 元々戦闘能力は空の方が数段上だ。万が一、次郎長クラスと渡り合うことになんてなったら、私では対処の仕様がない。そんなことで華陀様に「斬!」されたくはない。

 

 それにこういう()()()()()()()なら、悪役に転がるにしろ転がらないにしろ、色々と選択肢も増えるだろう。少なくとも、万事屋と敵対なんて最悪ルートは避けられる。

 私一人で進むだけじゃこの先、対処し切れない問題も出てくるだろうし。

 ちょうどフードファイターなんて異名で顔を出し始めた彼女も、ここらで一回、世界に挨拶しておくべきだ。

 長篇という名のメインルートに参加する形で。

 

「……」

 

 ……とまぁ、こうして押し付けてみたはいいものの。

 困ったことに、「空」の思考は何一つとして読み取れない。食欲とか睡眠欲とか、生物の本能的なものは感じとれるが。

 私は以前にもあったように、映画館の観客席に座っているような感覚で、彼女の目を通した外を眺めることしかできない。ちゃんと起きたまま、彼女としての行動を記憶できるのは、大きな収穫だが。

 

 更にこの状態になって、はっきりと分かったことが一つある。

 

「……ごはん」

 

 絶条空(わたし)、コレただの腹ペコ娘だ。

 

 

 *

 

 

「この度万事屋一家末弟に加わりました。椿平子(ちんぴらこ)ですう。お登勢の大親分も何卒よろしくお願い申し上げますう」

 

 背後で、そんな声が聞こえていた。

 振り向かないまま、空はカラになったお椀を差し出していた。

 

「おかわり」

 

「……どうしちまったんだい、アンタ。食欲旺盛なのはいいけど、これじゃあそこのチャイナ娘と大差ないじゃないか」

 

 やれやれ、と肩をすくめながら、カウンターでご飯を盛ってくれているのはお登勢さん。

 もぐもぐと、口一杯にご飯を食べているのは、何を隠そう今は肉体の主導権を握った絶条空である。

 

 ……いや、こんなことある?

 主導権押し付けた私が言うのもなんだが、まさか初っ端からメインキャラの本丸で飯食い出すとか思わないよ!?

 

「しかもそんな物騒な真剣(モン)まで持ち歩いて。いつもの愛刀は?」

 

「今は無い」

 

 見りゃわかるよ、とお登勢さん。

 カウンターに立てかけてあるのは、いつものあの超絶最強便利妖刀・星砕ではない。

 真剣である。

 廃刀令のご時世に。

 

 木製妖刀は現在、華陀様預かりにされてしまっている。反逆を防ぐためだろうが、こうなると本当に彼女の狙いは「用心棒」ではなく、私の人脈の方らしい。

 

 あくどい、さすが華陀様あくどい。流石は悪の華。自分で勝手に枯れるけど。

 

 というか華陀様にとっちゃ地球人扱いだしな、私。信頼されないのも無理はない。ま、獲物が変わったくらいで空の戦闘能力が低下するとは思えないが。

 

「ったく、勘弁してくれよ。ドチンピラ子にフードファイターって、一気に押しかけてくんのも限度があんだろ。特にそこの用心棒! 今更大食いキャラ付けても遅ぇんだよ! いくら出番が少なかったとはいえ、大飯食らいになっただけで、レギュラー出演とかできると思わないこったな!」

 

 いやはい、今回は本当に実況役なので出番ないです銀さん。

 というか今までは代打だったというか、ほぼ成り代わりな状態だったというか。ようやく本物が出てきて本編開始ってカンジと言いますか。今がレギュラー出演中というか。

 

「おかわり」

 

「無視か!」

 

「そこのお姉さんもアニキの舎弟(こぶん)なんですか~?」

 

「違うネ。奴ァ、ここ最近最強フードファイターの名をほしいままにしている鬼木刀アル。でも……」

 

「……なんか、様子おかしいよね。もしかしてアレ? フードファイターモードってヤツなのかな。ご飯食べると人格変わる的な感じなのかなアレ」

 

 勘がいいんだか悪いんだか。

 いつもの私ではない、と万事屋の面々は気付いている様子だが、妙な推測でこんがらがっているようだ。ってかフードファイターモードって何。

 

「ソラァ、妖刀どうしたアルか? 落としたアルか? 奪われたアルか? それとも間違って食べちゃったアルか?」

 

「食べちゃったは無いでしょ神楽ちゃん。でも、何かあったんですか? ソラさん」

 

 横から神楽ちゃんが心配そうな顔を出し、新八も問いかける。

 すると一旦、空は箸の動きを止め、顔を上げると。

 

(からす)を殺すために妖刀なんて要らない。身一つあれば十分」

 

「えっ……え? 何この人、まともに口を開いたと思ったらなんか怖いこと言い出したんですけど……」

 

「カラスに妖刀食われたアルか!?」

 

「どんな生体だよ。ってか鳥にどんな恨みがあるんだよ、お前?」

 

 銀さんの質問に、空は短く答える。

 

「私の故郷、烏の胃の中。万死に値」

 

 静かな声色で。

 殺意と憎悪を込めながら。

 機械じみた単調な響きのまま。

 

「死すべし烏、()()

 

 それだけ言って、再び食事を再開する。

 そんな此方の様子を、万事屋三人衆は黙って見つめ――

 

「あ、あのォ……ソラさん、やっぱ過去になんかあった人なんすかね……?」

 

「女には秘密の一つや二つあるものヨ。無闇に踏み込んだらいけないネ」

 

「つーか様子おかし過ぎるだろ今日のアイツ。いつもならヘラヘラしてんのに、今日は仏像みてーにずっと無表情だぞ。悟りの修行でもしてんのか?」

 

 バレてます空さん! バレます空さん!!

 そりゃあ別人格だもの、違和感ありありに決まってるよね! いやバレたらバレたで、それはいいよ! しょうがないよ! こっちはそれを承知で主導権押し付けたからね! でも今から言い訳考えても、妖刀の呪いです的なアレしか案がないよ! トッシーよろしくお祓いされちゃうよ!! 本丸に乗り込むの早過ぎたよ君!!

 

 そんな此方の悲鳴が届いたのか。

 

「……烏は殺しても美味しい」

 

 などと、彼女はフォローにもならない下手な補足を付け加えた。

 

「食ってるよォォ! あの人烏食べちゃってるよ! 絶対何か悪いモン食べてますよアレェ!!」

 

「食欲もここまで来ると暴食だな……っつーワケだ、もっさり娘。俺たちはこれから、こいつの食生活をケアしに行かなきゃならん」

 

「そんなぁ! 一緒に暗黒面に堕ちましょうよアニキ! お願いします、わしにはもう行く所がないんですぅ~」

 

「……アンタ、極道モンかい」

 

 聞いたことがある、とお登勢さんが話し始める。

 平子の素性。次郎長と商売でモメてた植木蜂一家、抗争となるや女だてらに一騎当千の働きを見せる、とんでもない暴れん坊――ついた異名が、人斬りピラコだと。

 

「人斬りィ!? このもっさりしたのが!?」

 

「こんなもっさりっ()が極道の鉄砲玉!?」

 

 銀さんと新八の驚き様に、そんな大層なものじゃないんですぅ、と平子が言う。

 そんな一方で、

 

「おかわり」

 

 空は黙々と、スナックお登勢の飯を爆食し続けていた。

 ……遠慮の気配がまるでない。吉原での一件以降、やたら空腹になる時が多いと思っていたがアレだろうか。

 

 さすがに一回でも死ぬと、それなりに代償があるということか。

 

「……行く所がねーって、その一家とやらはどうしたんだよ」

 

「次郎長一家のだましうちにあって、今はお花畑しかありません。だからココに来たんですぅ、次郎長のいるこの街に……お花を飾るために。――かぶき町を、まっ赤なお花畑にするために!」

 

 なんと紛らわしい言い方か。一つも嘘を言っていないところ、余計にタチが悪い。

 確かに彼女の一家は次郎長に潰されたものの、組長から組員にまでピンピンしている。現在は皆で紅花園なる農家をやっているとか。

 

 がしかし、そんな事実を知らない万事屋からしてみれば、今の平子の言葉は爆弾発言でしかない。

 お花畑にする、は血の海にする、と同義にしか聞こえず。

 銀さんの力を借りて、次郎長親分に復讐をなそうとしている娘にしか思えない。

 

「ヤバイ……ヤバイですよ銀さん。とんでもない()抱えこんじゃいましたよ! しかもフードファイターに至っては、もう暗黒面にどっぷり浸かっちゃってる感じですよ!」

 

「ごちそうさまでした」

 

「あっ! 待つネソラ! ちゃんとカラス吐き出さないと身体に悪くなるヨ!!」

 

「もうお前ん中では烏食ってる前提なの……? ああでも確かにアイツ、ダークマターも恐れぬ胃袋の持ち主だったな。暗黒物質の食い過ぎで、別側面でも表出したのか……?」

 

「どこに行くんですかアニキ~。わしと一緒に、暗黒街のボスの夢追いかけましょうよ~。きっとアニキを日本一の大親分にしてみせますってェ~」

 

「テメーはまずその暗黒面を一切忘れろォォォ!!」

 

 がやがやと騒がしく。

 波乱の予感に満ちた四天王篇が、ここにスタートした。



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崩壊

もう何が起こっても何が起きていても許せ。


 引き続き実況していきます、絶条空の別人格兼第二人格、彼方です!

 孔雀姫華陀の依頼を受けたはいいものの、妖刀没収されるわ悪役側につきそうだわと心労で胃痛が収まりません! しかも主導権を握らせたもう一人の自分は、任務開始早々に万事屋陣営で飯を食い始める始末です! 一応「平子の監視」という華陀様の命令は現場で遂行中ですが、それはそれとして万事屋側が此方の真相、「絶条空二重人格説」に辿り着きそうな気配を漂わせています! このまま万事屋はキャラクター個別ルートに行くか、メインシナリオ・かぶき町四天王篇に行くのか、必見です! こうご期待!!

 

「おかわり」

 

『おかわりだァァァ! 鬼木刀、ここにきて四十皿目のケーキのおかわり! 小麦粉はまだあるか厨房! と、対抗するように店主、持ってきたのは――ホールケーキだァァァァ! ここで鬼木刀の勢いを削ぐ作戦か! がしかし鬼木刀、臆することなくホールケーキを食べる食べる食べる! はたしてその胃袋に底などあるのかァ――!?』

 

 ノリノリで叫んでいる司会者は、どっかで見たグラサンマダオ。

 夜兎にも負けない大食っぷりを見せる空の傍ら、万事屋メンバーが死んだ目で突っ立っていた。その横で、監視対象・平子は空がおかわりを出す度に拍手を送っていた。

 

「ごめん! ケーキ屋とか入った俺らの判断ミスだった! お願いだから食べるのもうヤメテッ! ヤメテェェェェ!!」

 

 銀さんの悲痛な声が虚しく響く。

 どうやらメインシナリオを進めながら、同時に新キャラ二人のルートを攻略するのは無茶すぎたようだ。

 

 

 

 

「……どうすんですか銀さん。ソラさん、相変わらず僕らからしてみれば違和感バリバリですけど、もうフードファイターとしてこの町には溶け込みまくってますよ。むしろ溶け込もうとしてた僕らの方が全然溶け込めてなかったですよ」

 

「なんであんな堂々としてんのアイツ。用心棒からフードファイターにジョブチェンジしてたの? だから妖刀から真剣になったの? お前の仕事魂その程度だったの……?」

 

 後ろからそんな声が聞こえるが、気にする空ではない。

 緊急開催された大食い大会を切り上げ、しかしテイクアウト用のケーキを食べながら彼女はかぶき町内を歩いて行く。

 

 ちなみに廃刀令で持ち歩きを心配していた真剣だが、今は万事屋の計らいで布に包んでもらったものを帯刀していた。ありがたい。アンタらのそういうところ、嫌いじゃないよ。

 

「おいソラ、テメー本当にどっか悪くなったんじゃねェのか。暗黒面に堕ちてテメーの矜持も忘れちまったら人間シメーだよ」

 

 と流石に真面目に問題を解決しに踏み切ったのか、そう銀さんが此方の肩を掴んで呼び止めた。

 

「……? 矜持?」

 

「そうだよ。今まで用心棒やってただろうが。食にかまけて仕事の誇りっつーもんも消化しちまったんじゃねぇのか?」

 

 銀さんの言葉は割と的を射ていた。

 そう、元々彼女は金より食料を優先して用心棒を務めていたのだ。潤沢した生活によって、その在り方に変容があったとしたら――それは間違いなく、ソラとしての私の責任だろう。

 

「……人斬りでは獣のままだと言われた」

 

 はぐ、と最後のケーキを飲みこみ、彼女は言った。

 

「用心棒は『人』らしいから私はその道にした。()()()じゃないと、斬れないものがあるから」

 

「……えーと、つまり?」

 

「人になれるなら職なんて用心棒以外でも別にいい」

 

「バナナの皮に包んで喋れェェェ!! じゃあ何!? 用心棒って仕事にはこだわりなかったのお前!?」

 

 銀さんが見事に私の心情を代弁してくれている。

 だが考えてみれば、彼女は坂本さんに示された道が用心棒だった、というだけなのだ。下手すれば人斬り以外の道だったら、割となんにでもなったのかもしれない。

 

「でも、私は剣を鍛えたかった。護ることで強くなる剣もあると知ったから、この生業を続けてた」

 

 いつもの私らしからぬ、静かな声で彼女は喋る。

 おそらくは、嘘偽りない本心を。

 

「傷つける武器で何かを護ることは難しい。護る対象が多ければ多いほど尚更に。

 だから万事(よろず)を護ってきた貴方たちは尊敬に値する」

 

 ……お、おお……。

 

「……お前、そんなことも言える奴だったんな……」

 

「……正面から言われると正直、反応に困っちゃいますね……」

 

「ソラ……私の知らない間に、いつの間にこんな立派になってたアルか……」

 

「あれあれ~? アニキたち、もしかして照れてるんですか~?」

 

「「「違わいッ!!!」」」

 

 からかうような平子の言葉に、三人の声が仲良く揃う。

 ……アンタら、チョロすぎないか。攻略する側が攻略されてどうすんだオイ。

 そんなだと空さんの個別解放ルートなんて夢のまた夢だよ? 万事屋陣営に引き入れられないよ? 今のままだと絶条空、確実に快援隊陣営行きだと思うぞ。OPとEDにしか出てない人たちに追い抜かれちゃっていいんか。

 

 でも空の方もアレだよ? 凄く良いこと言ってたけど、明日には一番護るべきだったお登勢さんがやられるから、かなりカウンターダメージ負うよ彼ら? まさかそれも織り込み済みの計算か?

 

「っあ~、とにかくだ。お前はこれからは用心棒としてではなく、暗黒フードファイターとして生きていくって感じでいいのか? そのためならキャラ変もいとわないと」

 

「そんなの困るアル! 前のソラの方が酢昆布たかりやすかったネ! 今のソラは酢昆布たかっても逆に食われそうアル!!」

 

「いやどういう例えなんですか二人とも。素直にいきなり変わるのはびっくりするから止めてくれ、って言えばいいじゃないですか」

 

 キャラに関しては二重人格だから仕方ないんだぜ、ぱっつぁん。

 ――なんて思っていたら、視界には乾いた昆布が映っていた。

 

「……カワイイ?」

 

「カッサカサに乾ききってます~、イヤンカワイイ~」

 

「なんで乾物屋!? 女の子らしいスポットなんですか乾物屋!?」

 

「オィィィ人の話聞けやコラ! 結局お前はダースベイダーなのかジェダイなのかどっちなんだァァ!!」

 

「バーちゃん酢昆布!」

 

 そろそろ場がネタのカオスじみてきた。

 というか空、何気に私の知識を活用しているようだ。いやアレが素なのか演技なのかは分からんけど。

 

 そんな光景を眺めていると、平子にいかつい男が軽くぶつかってきた。

 

「あっゴメンなさ……」

 

「ぎゃっぎゃあぁぁああ!!」

 

「どうしたんすかアニキぃいいい!!」

 

 平子が謝ろうとした矢先、男が勢いよく地面に倒れ込む。

 その子分らしき別の男が、これまた大げさに騒ぎ立てる。

 

 モノホンの極道サンが来てしまったらしい。

 平子をどうにか人斬りの女の子から、普通の女の子に抑えようと努力していた万事屋の男二人が、青い顔をする。

 

「今折れたァ! ぶつかったショックで完全に腕折れたァァ!!」

 

「どう落とし前つけてくれんだァァァ!?」

 

 平子に吠えたてる極道モンらしきモブ男二名。

 それに対し、私の背後で冷や汗垂らす万事屋二人。

 

「……この後は?」

 

 囁き声に近い空の問いかけは――ああ、私にかけられたものだろう。

 応えるように、覚えている記憶映像をザザーッと思い出す。

 この後、いさかいに介入した銀さんだが、結局相手側を殴ってしまい、次郎長陣営と敵対する羽目になってしまうのである。

 とはいえ、結局なんやかんやでお登勢さんは無事だし、万事屋メンバーの絆も強まるし、平子の元にも次郎長が戻ってきて、感動の結末を迎えるのが、この長篇なのである。

 

「……成程」

 

 視界が動く。

 見えたのは、今まさに、銀さんが騒ぎ立てる男を止めようと、その肩に手を伸ばしたところだった。

 

 ――刹那。

 

「ダースベイダァーッッ!!」

 

 ガゴッ!! と空の――私の――膝蹴りが、銀さんの顔面に直撃した。

 妙な断末魔を上げ、ゴロンゴロゴロと地面に転がっていく銀髪頭。

 唐突な展開に、周囲の人間は完全に硬直している。私も実況を忘れて停止していた。

 

「銀さアアアん!! ちょっ……ちょっとォォォ! ソラさんんんん!!?」

 

「遂に目覚めたアルかソラの暗黒面が! 新八、アレはもう私達の知るソラじゃないネ、闇の力に呑まれてしまった暗黒フードファイターアル……ッ!!」

 

「いやどんな設定!? どういう展開!? そ、ソラさん、一体何を――ぶげらっ!?」

 

「しんぱっ……ッ!!」

 

 邪魔者死すべし慈悲は無い。

 と言わんばかりに、秒速で新八を殴り倒す。続いて防御しようとした神楽ちゃんを叩きのめし、地面に転がした。

 

 ギャグみたいなノリで万事屋、壊滅。

 

 こ、コイツ――舌の根乾き切る前に尊敬してる奴らぶっ飛ばしたァアア!!?

 精神的にも肉体的にも攻略完了しやがったァァこの暗黒卿!! お前もう立派なダースベイダーだよ! 今まで私が保ってきた脇役という属性をかなぐり捨てたよご本人!! シナリオ崩壊まった無しですよ空さ――ん!!?

 

 ……え? この後どうすんのコレ。どうなるのコレ。予想不可能の事態すぎてもうこの精神世界で一生実況役やっていきたい気分なんだけど!!

 

「お……おお、ネーちゃん、やるじゃねぇ――ギャホォッ!!?」

 

「あ、アニキィィィィ――ぐぎゃらっ!?」

 

 暴走はそこで止まらず。

 引きつった笑みで近づいてきたモブ男二人を、空は容赦なく腹パンで気絶させる。

 周囲には五人の人影が倒れ伏している。

 その中央で佇む私――空は、どこからどう見ても誰が見ても、暴走(バーサーク)した狂人にしか見えなかった。

 

「あれあれ~? いいんですかァ、こんなコトして。貴方、ただじゃ済みませんよ~?」

 

 唯一魔の手から逃れたらしい――いや恐らくは空があえて見逃した――平子は、相変わらずのニコニコ顔だったが、動揺した様子を隠し切れずにいた。

 うん、今から全力でこの場から逃げ出したいよね、君。

 あえて声をかけるその度胸、流石は次郎長の娘だよ、君。

 ほんとごめんね、なんでこうなってるんだろうね…………?

 

「喧嘩両成敗」

 

「建前ですか? 言い訳のつもりですか~? 何にせよ、これで貴方はかぶき町の敵。明日にはこの町を追われることになりますよ~?」

 

 そうだよね、やっぱりそうだよね。

 万事屋との敵対を避けるどころか、万事屋一家に爆弾叩きつけたようなものだよね、コレ。

 しかも次郎長一家の連中もノックアウトしたしね、コレ……

 

「だったら、追われる前に全て片せばいい」

 

「正気ですか~? 暗黒面だか何だか知らないけど、かぶき町四天王を敵に回して、生き延びられるとでも……っ」

 

 空が拳を突き出したのはその時だった。

 鉄拳はそのまま、平子の顔面を殴り飛ばすかと思いきや、

 

「おうおう、ウチのモンに何してくれとんじゃワレェ。お嬢に手ェ出すモンは、たとえ女子供だろうと、この黒駒の勝男が許さッ――――」

 

 カッコよく庇うようにして間に入って来た、七三分けの男の顎を吹き飛ばした。

 

「――これでよし」

 

 空さ――ん!!

 クラス・アヴェンジャーからクラス・バーサーカー兼ボクサーにジョブチェンジしたっぽい空さ――――ん!!!!

 

「……貴方一体、何者なんですか。何が目的で……」

 

「絶条空。今は孔雀姫の用心棒」

 

 驚いたように平子が目を見張る。

 そうだよね、びっくりだよね。

 これじゃあ華陀様、自分の敷いたルールで破滅することになるもんね!!

 

「――筋書きがどうだったのか、これからどうなるかは知らない。けど、あの店のご飯は美味しかった。だから、これから起こることを知った上で、それを放置するのは()()()()()()

 

「……そんな理由で暴れたって言うんですか~? 貴方一人でこれからどう動こうが、戦争が起きるのは避けられません。それに今度は、貴方が華陀様に消される番なんじゃないですか~?」

 

「そう。だからこれから、全て片す」

 

 すると空は、平子を無視し、起き上がろうとしていた人影の元――坂田銀時の前へと歩いて行く。

 

「今晩。夜八時に、また」

 

「ッ、待ちやがれ……!!」

 

 手を伸ばした銀さんに、一方的に言い捨てて。

 踵を返し、地獄のような惨状の場から、彼女はあっさりと退場した。

 

 ……未来の事を知っている上で何もしない、傍観者に徹する。それは――人として、致命的に何かがズレている。

 たとえ、全てが解決に導かれる未来を知っているとしても。

 そう、私は大方そういう風に生きてきた。ただし起こした例外もある。それこそ、本来死ぬ人間を延命させてしまったあの一件だろう。

 

 対する彼女は、ただ傍観する在り方が気に入らなかった。故に多少強引にでも介入した、と…………

 

 ……まあ。

 それら諸々を理解した上で、一つだけ言わせてもらうとだ。

 

 誰がかぶき町四天王篇TA(タイムアタック)やれっつったよォォォオオ!!!!



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地獄

サブタイ ~ごめんね華陀様慈悲は無い~


 かぶき町四天王篇。

 それは坂田銀時の元に、元人斬りの平子がやって来たことで幕を開ける銀魂長篇の一つだ。

 この話で生まれた名場面、名台詞も数多い。

 もしも私が未だ、絶条ソラとして動いていたら、やっぱり脇役根性で舞台の端にいて、出てくるのは終盤辺りで華陀様を連れ去るとか、その程度だっただろう。

 

 この長篇で大事なポイントは、大きく分けて三つ。

 一つ、これまで以上に万事屋の絆が強くなること。

 二つ、かぶき町が一丸となって敵に立ち向かうこと。

 三つ、平子の元に次郎長が戻ること。

 他にも細々とした重要エピソードはあるが、まぁ大体こんな感じだろう。

 それが、たった一人の人間の暴走によって、大幅にスキップされてしまった。

 

 この長篇はかぶき町にとっても、万事屋にとってもターニングポイントに関わる。

 一体どんな跳ね返り――バタフライ・エフェクトが飛んでくるか分からない。

 だが生憎と、時間泥棒はこの時間軸に存在しない。

 セーブポイントはなし。やり直しは許されない。

 故にどんな展開がこの先に待っていようと、私は飛び込むしかなくなった。

 

 けれども、思うことがある。

 今まで、こんな来世の自分がいた世界――つまりは、絶条ソラという人格が生まれる前のこの世界は、本当に原作の筋書きの通りに進んでいるのかと。

 

 ……他にもなんかやらかしてねーだろうな、この娘。

 私の人格出来上がる前に、なんかビックバン級のやらかしやってねーだろうなァァァ!!?

 

 

 *

 

 

 ――ホラー映画でも観ている気分だった。

 

 明かりがチカチカと点滅している城内。広く、迷路のような造りをしているこの場所は、孔雀姫華陀の居城である。

 その謁見の間。そこには一人の人間を囲い込むようにして、無数の白黒の衣装に身を包んだ軍団――城の主・華陀の配下である傭兵と、精鋭たる辰羅たち全てが揃っていた。

 床に、壁に、天井に。

 四方八方を完全に封じられた人間に、逃げ道など存在しない。

 

「殺せ」

 

 孔雀姫の命令は短く。

 裏切者――絶条空に次の瞬間、凶刃の群れが襲い掛かる。

 鮮血が大広間に滴り散っていく。

 死がもたらされた空間を、束の間、静寂が包み込む。

 

 だが、その静寂は偽りのものだった。

 もたられた死は、彼女にとって、飽きるほど経験してきたものだったのだから。

 

「な、何ッ……?」

 

 玉座に座る孔雀姫の顔色が変わる。憤怒から驚愕へ。驚愕から、恐怖の色へと。

 ズシャリ、と「彼女」を刺し殺した兵士たちが崩れ落ちる。

 動揺が走ったのは、孔雀姫だけではない。周りにいた他の兵士、精鋭と謳われた傭兵たちもまた、眼前の光景に目を疑っていた。

 

「貴様、なぜ……」

 

「――」

 

 白刃が閃く。

 赤が吹き上がる。

 命が一つ、二つ、三つ、次々と失われていく。

 

『人の剣じゃないと、斬れないものがあるから』

 

 ――人の剣って、何だろう。

 

『護ることで強くなる剣もあると知ったから、この生業を続けてた』

 

 ――護る剣って、何だったんだろう……

 

 疑問に答えてくれる者はなく。

 私は精神世界の観客席で、ガタガタと膝を抱えて、震えることしかできなかった。

 

「な、なんじゃ貴様は、何だ、貴様は――ッ!!?」

 

 また、孔雀姫の問いにも、彼女が答える事はなく。

 再び斬り落とされた腕を、足を、肉体を()()しながら、絶条空は刀を握った。

 

「ば、化物めぇええぇぇェッ!!」

 

 孔雀姫・華陀の悲鳴が城内に響き渡り。

 ――無慈悲なる鏖殺劇が、ここに幕を開けた。

 

 

以上、オープニングムービー終了。

 

 

 というわけで。

 

 どうも皆さんこんばんは!! 今回の実況役、彼方です!

 私が絶条空を名乗るなんておこがましい、思い上がりも甚だしい! これからは絶条彼方でいきます! いきますっつったらいきます! 誰がこんなベルセルクになれるかァァァ!!

 

 目の前の画面――視界には――血しぶきを上げて、次々昇天していく傭兵部隊さんたちがいます。あ、華陀様が辰羅たちを連れて広間から逃げ出しました。もちろんそれを逃がす空さんじゃありません。

 

 現時刻、午後七時半! 銀さんに約束した時間まであと三十分! それまでに主人公たちはこの鏖殺劇に終止符を打つことができるのか!? いや無理ですハイ。確信をもって言います。これは絶対(ぜってー)に無理っすハイ。グロ十八禁指定モノの地獄がここには広がっている。あと空の動きが速過ぎる。あと二十分もすれば華陀様陣営の壊滅は必至ですねー! 笑えねぇよ馬鹿野郎。

 

 ……さて恒例通り、前回のおさらいから行きましょう。

 転生したらしい来世の私、絶条空さんは、肉体の主導権を握った瞬間、原作シナリオ崩壊モノの暴挙をやらかしてくれました。

 華陀様に雇われた身でありながら、万事屋陣営に喧嘩を売り、更に次郎長陣営にまで喧嘩を叩きつける! 無論拳で。

 

 で、華陀様に見つかった後、冒頭の通り彼女は処刑されました。

 無数の精鋭部隊に無数の刃。か、勝てる気がしねぇ……

 なんて、それは普通の人間の場合です。彼女なら大丈夫。だってなぜなら――

 

「何故、何故だ! 何故()()()()()、貴様ァ――!?」

 

 そう、彼女は――

 

 不死である。

 変異体である。

 故に、死にゲー感覚でゴリ押し戦法ができる。

 

 チート能力は持ってないと言ったな。あれはまぁ、言っていた当時は、嘘じゃなかった。

 だって知らなかったし。風邪とか全然ひかない健康体だなー、とか、傷の治り早いなー、とかは思ったことあったけどね!

 それに実際、「私」が持ち込んだのは原作知識くらいだった。再生能力なんて禁止級のモノ、マジで神楽ちゃんの兄貴と戦うまで知らなかった。落とされたはずの左手が起きたら再生してたり心臓が蘇生してたりした時点で気付いたのだ。マジで。

 

 不死者による無限斬殺。

 地獄でしかねぇ。

 誰だよ監督、あんなのに主役任せたの。

 ハイ、私です。

 もうダメだぁ……オシマイだぁ……

 

 華陀様の城内には、それはそれは綺麗な真ーっ赤なお花が咲き乱れている。

 絶景ですね。

 絶望的な眺めという意味で。

 

 で結局、「絶条空」はここに来るまで何をしていたかというと。

 四天王陣営に喧嘩のバーゲンセールして、然るべきところに連絡して、怒った華陀様に捕まって処刑されて、でも不死者だから死ななくて、現在無慈悲を搭載して殲滅中というわけです。ブルータスもびっくりだよ!!

 

「や、やめろ……わ、わしを誰と心得る! 宇宙海賊『春雨』、第四師団団長の華陀であるぞ!! こんなことをして、春雨が許すとでも――!」

 

 無駄っす華陀様。ソレブラフって私も彼女も知っちゃってるから。

 というわけで空さん、無言の追撃。華陀様の護衛たちが、これまた綺麗な赤いお花を咲かせていく。

 

 青ざめた顔色が白くなっていく華陀様。

 それでも気絶せず逃亡を続けているのは、偏に彼女がこれまで築いていきた地位とそれに付随する自信故か、それとも生物としての生存本能が故か。

 でもね華陀様。

 気絶しておいた方がよかったことも、あるんだよ。

 

「来るなァァァ化物!! 貴様なぞ、貴様なぞ――!」

 

 次々命潰えていく配下の光景を前に、半狂乱になりながら叫び散らす孔雀姫。

 ごめんね華陀様。怖いよね華陀様。だが慈悲は無い。

 

「あ」

 

 とそこで、華陀を追っていた空が、行き先を変えた。標的の方は振り返ることなく、上の階段へと逃げていく。当然。

 空が足を止めた部屋は武器庫のようだった。そしてそこには――見慣れた、あの妖刀・星砕があった。

 

「回収」

 

 ア、ウンアリガトウ。

 もしかして武器を持ち替えるのかと思ったが、妖刀は帯刀するらしい。……どういう基準で得物選んでんだろうか、コイツ?

 

 武器庫を後にし、再び単独ボスによる進行が始まる。

 当たり前のように武器庫の前には、伏兵さんたちが居たが、それらも容赦なくぶった斬っていく。

 

「ヒ、ヒィィイ!!」

 

 黒衣に身を包んだ兵士――華陀さまの配下の一人が腰を抜かした。目以外のほとんどを覆い隠す衣装であっても、その恐怖は見て取れる。

 得体の知れぬモノを見る目。

 死を前にして、どうすることもできぬ絶望感。

 

 うんうん、怖いよね。もう戦いたくないって顔に書いてあるね。

 だがスマネェ、華陀様の駒という時点で、この殲滅は避けられねーのである。彼らがどんなに命を乞うても、どんなに足掻こうとも、全滅するのはとっくに確定事項なのだ。

 このシナリオ崩壊が決まった時点で。

 

 ゆっくりと空が向き直ると、兵士は悲鳴を上げながら背を向け、逃げ出そうとする。だが何のためらいもなく、空は刃を血に染めた。

 援軍にやって来たのか、奥から出て来た別動隊たちが、その光景を見て足を止める。

 

 恐怖は伝播し、全ての感情は絶望に染まっていく。

 空が一歩足を踏み出すと――遂に立ち向かう者と、逃げ出す者とに兵士が分かれ始めた。

 

「うあああああああァァァアア!!」

 

「た、助けてくれ、命は、いやだ、やだやだ、死にたくないィィアアア!!」

 

 きっつい……

 皆さんの断末魔きっつい。心にクる。

 ホラー映画、いやこの場合はスプラッター映画か。にしたってキッツイ。

 

 というか空の歩き方が一番恐怖をあおってる。殺した兵士引きずって、肉壁(たて)にするって鬼畜の戦い方だよ! そりゃコエーよ! でも戦法としては合理的すぎて何も文句言えねぇ!

 

 戦い慣れてるし、殺し慣れてる。まるで戦い方に、彼女がこれまで歩んできた人生が表れているようだ。

 

 木造建築の廊下が血の絨毯に彩られていく。

 徒歩でスタスタと、無表情で突き進む斬殺犯は、もう完全にラスボスの風格だった。

 

「と、止めよォォォ!! 春雨が名にかけて、この化物の息の音を止めよォォォ!!」

 

 戦場は原作にもあった畳屋敷へ。そこにもまだまだ、華陀様自慢の精鋭たちが待ち構えていた。

 第二ラウンド開始、といったところだろうか。ちなみに野生のラスボスのHPにはまだまだ余裕があるぞ。だって不死だからね!

 

 最悪か。どこのクソゲーだよ。

 

「――、」

 

 飛び込んできた白い衣の兵士――辰羅の一人が、その身に刃を受ける。

 血飛沫が舞う。だが同時に、空の刃が初めて止まる。斬られながらも、兵士はその手で真剣を捕えていた。

 これこそこの傭兵部族ならではの集団戦法。隙を逃さず、周囲の敵兵たちが一体の化物へと襲い掛かる。

 瞬間、空が柄から手を離す。体勢を低くし、最も速く斬りかかって来た者の懐へ入り込み、武器を奪うや否や、周囲の敵兵たちを一息に斬り殺した。

 

 鏖殺は続く。

 全ての命が此処に果てるまで。

 

「化物……化物、め……ッ!」

 

 最後の傭兵を斬り殺したところで、露台にいた華陀様が膝から崩れ落ちる。

 ベランダの向こうには月が見えた。その明かりが照らす室内は赤く紅く染まっており、息絶えた死骸ばかりが転がっている。

 

 空が孔雀姫へ近寄る。

 いよいよ気絶しかかった華陀を前に――ふと、彼女は足を止めた。

 

「来た」

 

 ――そんな一言と共に、背後の戸が蹴り破られた音がした。

 そこに居たのは、遅れてやって来た、この舞台の主役たちだった。

 

 

「一足遅かったのか間に合ったのか……だが、どうする銀髪の(あん)ちゃん。やっこさん、この数の辰羅を相手にして、息一つ乱れてやがらねェらしいじゃねーか」

 

「ビビッてんのかガングロジジイ。どんな相手だろーが、たとえ暗黒卿だろーが、かぶき町(おれら)に喧嘩吹っかけておいてタダで帰れるワケねーだろうが」

 



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閉幕

 かぶき町四天王篇、マジで原作メッチャ良い話だから皆(観て)読んでね。


 ――パシャッ。

 

 響く軽快なシャッター音。

 一瞬視界を遮ったフラッシュに、坂田銀時は目を細めた。

 

「午後七時五十分。十分早い」

 

「……悪ィな。俺ァデートの約束には十分前行動する派なんだよ」

 

 平淡な声に言い返しながら、銀時は目の前にいる絶条ソラ――の姿をした何者か――を見据える。

 あれから。昼間、銀時が意識を落とされた後のこと。

 目覚めると、そこは住み慣れた我が家の自室。起きるや否や、眼鏡の助手やチャイナ服の同居人に引っ張られて外に出てみれば、そこには次郎長率いる溝鼠組が総勢で待ち構えていた。

 ガングロ組長に首根っこを掴まれたもっさり娘が、テヘッとベロを出す。

 

『ゴメンなさいアニキ~。全部バレ(ゲロッ)ちゃいました~』

 

『おめーさんが、万事屋って組の頭かィ』

 

 最初こそ殴り込みにでも来られたのかと身構えた銀時だったが、しかし蓋を開けてみれば、相手が銀時たちに持ってきたのは、協力要請の話だった。

 昼間、次郎長一家に並び、万事屋――お登勢の勢力へ、売りつけられた喧嘩の落とし前をつける、といった名目の。

 

 聞けば本日、かぶき町には私闘を禁ずる新しいルールが敷かれたという。

 これに反した陣営は、他の勢力によって一兵卒に至るまで叩き潰す――ただでさえ緊張状態のこの町で、その法は抑止力にも爆弾にもなる代物だった。

 そしてそんな爆弾の上で、たった一人、これに自ら着火した者がいた。

 

『華陀様には同情しますね~。まさか期待して雇い入れた用心棒が、まさかの裏切り行為に走るなんて~』

 

 そんなことを抜かした平子も、元はと言えば、その華陀とやらと協力関係を結んでいた黒幕だったらしい。しかも組長たる次郎長に黙ったまま。

 

『それで結局、俺らが殴るのはその孔雀姫って事になるのか? 用心棒は裏切ったらしいんだろ。だったら――』

 

『助けを求めて此方に来る、か? 可能性としちゃあるが、孔雀姫を裏切るたぁ相当肝が据わってやがる。そんな奴が、わざわざ他の元に来るかねぇ』

 

 それにな、と次郎長は続ける。

 

『当人の思惑がどうあれ、四天王を裏切った奴が無事で済むかよ。(オイラ)が孔雀姫の立場だったら即追放モンだ。二度とこの街には近寄らせねェ。だが相手はあの女狐。追放なんかじゃやっこさんの気は収まらんさ。

 ――間違いなく用心棒は、孔雀姫に処刑されるだろうな』

 

 万事屋の方針と目的は、その時点で決まったようなものだった。

 落とし前をつけるという名目の下、騒ぎの渦中にいるであろう彼女を取り戻す。

 一方で次郎長一家は、華陀の陣営と全面対決の構えであり、用心棒に関しては捕まえ次第、その沙汰を決める事で、一時的に万事屋との協力体制が敷かれた。

 

 しかし、いざ敵の根城へ行ってみればこの地獄の惨状である。

 けれども未だ孔雀姫華陀は健在。

 一足遅かったのか、間に合ったのか。

 それは、目の前にいる用心棒の思惑次第で解ることだ。

 

「で、テメェ一体何者だ。絶条ソラか、それ以外の()()か?」

 

「……、」

 

 空は応えない。否、その問いに対する答えを、彼女は持ち合わせていなかった。

 辟易したように、銀時は僅かに肩をすくめる。

 

「だんまりかよ」

 

(あん)ちゃんよ、コイツァそういう手合いなのやもしれねェぞ。こんな惨状を引き起こした奴が、自分自身の正体も知らねェ解らねェなんて、よくある話だろうさ」

 

 そう言葉を差し込んだ浅黒い肌の老爺は、年齢に反して気迫がある。

 溝鼠組組長・泥水次郎長。第一次攘夷戦争という激戦を潜り抜けた古強者。全盛期のその実力は、第二次攘夷戦争で名を上げた攘夷四天王をさえも凌ぐのではないか――と推測される人物。

 自分ではない自分の記憶から知り得た情報を踏まえ、空は眼前の老兵を観察する。

 

「率直に訊くぜ、嬢ちゃん。アンタが華陀に雇われた用心棒――そして(オイラ)たち次郎長一家と、そこの(あん)ちゃんの万事屋にも喧嘩を吹っかけた相手って事でいいんだな?」

 

「……だとしたら?」

 

「――昼間、(オイラ)の若い衆が世話になったらしいな。それに最近この町にゃ、新しい法が設定されていた。問題を起こした勢力の奴ァ、他の勢力によって、一兵卒に至るまで叩き潰すっていう法がな」

 

 低い声で語られる話の内容に、空の背後にいる孔雀姫が震える。その法は他でもない、彼女自身が提案したものであった故に。

 そんな華陀の様子を知ってか知らずか、付け加えるように銀時が口を開く。

 

「だが、ここに来る前にそっちのジジイの娘が全部吐きやがった。元々そういうルールの上で争いを起こし、最終的には天下の次郎長がかぶき町を支配するっつー手筈だったってな。ったく、とんだ孝行娘だ」

 

「ガキの思惑はともかく――んな結果を、そこの女狐が許す筈がねェ。せいぜい、戦争を起こした後、疲弊した四天王勢力をまとめて潰す算段でも立ててたんだろう。――嬢ちゃん、オメーさんが孔雀姫を裏切るまではな」

 

 次郎長の声がより低く変わる。敵意を帯びた硬い声色に。

 

「雇われの身でありながら法を犯し、殺されそうになったら徹底的に殺り尽くす。喧嘩売られた云々関係ねェ、んな危ねード外道か、四天王の一角を単騎で潰す化物か――どちらにせよ、この街の番人としておめーさんを放っておくワケにはいくめェよ」

 

 ギシ、と帯刀する刀の柄に握られた彼の手に、力が篭る。

 それを咎めるように銀時が声を上げる。

 

「ジジイ」

 

「わぁってらぁ。てめーとの約束を違える気はねェ。さっさと訊きな。もっともあちらさんは、答える気があるのかどうか……」

 

「黙ってろ――おい用心棒! 俺らに喧嘩を売りつけてきやがった以上、一発殴り返すのはもう確定事項なワケだが……殴る前に一応確認しとくぜ」

 

 ちらと、銀時の視線が、この空間に散乱する死体に向けられる。

 

「この惨状を作り出した理由、そしてそれに伴ったであろうテメーの目的だ。答えによっちゃ俺たちは、テメーを殴るだけじゃ済まねぇ。その腰にある妖刀ごと、テメー自身を斬り刻むことになる」

 

 随分と甘ェ対応だ、と隣で次郎長は内心呆れてさえいた。

 銀時の言葉は、脅しにも聞こえるが、同時に彼女へ慎重に答えろ、という意志も暗示していた。自分は彼女の素性を知らないが、どうやら事前に聞いた万事屋の情報によると、今の「絶条ソラ」の状態は、普段とはかなり異なるらしい。

 それも人格ごと、まるっきり別人ともいえる言動を繰り返しているときた。

 

 そんな分かりにくい、遠回しな最後の温情に対し、彼女は顔色一つ変えずに返答した。

 

()()()()()()()

 

 ――空気が冷える。

 よもや聞き間違いであってほしいと、銀時はその一瞬、心底願った。

 

「私の狙いは初めから彼女一人。邪魔をするなら死んでもらう」

 

「……本気で言ってやがんのか、テメェ」

 

「華陀は春雨の()第四師団団長。その社会に売りつければ、相応の価値はある」

 

「!? 貴様、なぜ知って――!?」

 

 うろたえる華陀に、平然と空は即答する。

 

「貴方のお友達から色々と」

 

「……って事はおめーさん、初めっから別口に雇われてたって事かィ」

 

 故の殺戮。孔雀姫だけを狙った犯行であるなら、その配下はただの障壁に他ならない。その線でいくと、華陀の部下として、四天王に喧嘩を売った理由にも説明がつく。華陀を表舞台から孤立させ、奪取する。その後、元の依頼人へ彼女を売りつけ、より強固なパイプを得る――

 

 だが、銀時は思う。

 たとえ目の前にいる相手が、己の知る者とは別人だろうが、本人の意志に基づいた「何か」だとしても。

 そんな仕事を、こんな方法を、あの絶条ソラが行うか?

 

 ――万事を護ってきた貴方たちは尊敬に値する――

 

 昼間の話が脳裏に過ぎる。あれは確かに、目の前にいる彼女自身の言葉だった。

 彼女は用心棒である。それは間違いない。

 一度護ると決めたものを、引き受けた依頼を、果たして彼女は、本当に放棄する人間だろうか?

 

「――とんだ二枚舌、いや三枚舌だな用心棒サンよ。そこのジジイやネーちゃんはともかく、この万事屋を騙そうっつったってそうはいかねーよ?」

 

 次郎長が怪訝そうに眉をひそめる。当然の反応だ。確かに彼女のことを何一つとして知らぬ人間なら、彼女を裏社会の人間に通じる危険人物として、ここで迷いなく剣を向けるだろう。

 

 けれども万事屋は違う。

 たとえ、絶条ソラという人物の思惑も過去一つとさえ知らぬ者であれど。

 その魂が持つ矜持だけは、きっとこの場の誰よりも知っている。

 

「貴方は人を疑う事を覚えた方がいい」

 

「だったらテメーは、この状況でもてめーを信じる馬鹿もいるって事を覚えた方がいいぜ」

 

「それは今知った。光栄の至りだが無意味に過ぎる」

 

「ハ、何がなんでも意地張り通すつもりか」

 

「邪魔をするというのなら、押し通る」

 

 真剣を構えた彼女には、一部の隙も無い。

 感情の機微さえも見られず、果たしてどこに真意が潜んでいるかも判然とせず。

 ただここには、両者が対立するという、明確な事実のみが存在した。

 

「――上等だ。意地の張り合いってなら負けねェよ」

 

「ほォ、そんならこっちも番人の意地張らせてもらうとするかね。(オイラ)も乗ったぜ、その喧嘩」

 

「勝手にしやがれ。足引っ張るなよ、ガングロジジイ」

 

 次郎長が構え、銀時が木刀を抜き放つ。

 狙いの首はただ一人。

 筋書きから外れた決戦の火蓋が、切って落とされる。

 

「覚悟はいいな。観念した暁には洗いざらいゲロしてもらうぜ――用心棒!!」

 

 先手必勝。

 飛び込んだ銀時の木刀と、それを受けた空の刀が衝突する。

 その側面から斬り込んでくるのは次郎長の一太刀。神速に届くその速さに、しかし空は左手に掴んだ刀の鞘を使って防ぎ切る。

 

「腰の妖刀は抜かねぇってか。随分ナメてくれるじゃねーか」

 

「……」

 

 正面の銀時の言葉に、変わらず沈黙のみを返し。

 瞬間、二人を弾き返した空は、迷わず次の一手を次郎長へと向ける。白刃同士が火花を散らし、背後から襲って来た木刀を鞘で打ち払う。と同時、首めがけて振るわれた次郎長の刃に上体を逸らすことで回避、直後に跳ね上げた左脚で、彼の胴体を蹴り飛ばした。

 

「ッ……!」

 

 刹那に迫る銀時の木刀。先の蹴りの勢いを利用して重心を移動させ、空は鞘と刀という疑似的な二刀流をもってそれに斬り返す。

 太刀筋が見えぬその迎撃は、剣先まで殺しに特化している。僅かでも気を抜けば致命傷は不可避。()()を人斬りから用心棒に仕立てた戦友の商人を、銀時は今だけは賞賛した。

 

「無駄じゃ! そやつは不死の化物、貴様ら猿どもが殺せる道理はない!」

 

「不死だぁ? 部下皆殺しにされて、幻覚でも見たかよ姫サン!?」

 

 華陀の声に構わず、銀時は追撃を仕掛ける。振り払った一閃の後――空は視界から消えていた。目を見張った瞬間、背後から斬撃の気配がする。

 

「ッヤロ……!」

 

 木刀の刀身を足場にした空は、ガラ空きの背に刃を振り降ろす。

 直前、横から入った次郎長の刀が、それを妨害する。受けた刀身を滑らせ接近し、彼女は鞘で番人の頭を殴り飛ばす。着地の瞬間、飛んできた木刀が鞘を握る手を直撃すると、即座に真剣が銀時の腕を切り裂いていく。

 

 鞘が中空を飛ぶ。

 新たな鮮血が畳を濡らす。

 無感動な双眸と、侍の視線が交差する。

 

 足払いをかけてくるブーツを避け、空が回し蹴りを叩き込む。

 銀時と入れ替わるように出て来た次郎長の居合斬りが、彼女の鼻先を掠めていく。空が繰り出した次の斬撃は、次郎長に届く前に木刀が邪魔をする。だがそのまま斬撃は木刀を斬り刻み、破片と散らせていった。

 

「――ッ」

 

 銀時が転がる死体の得物に手を伸ばすが、それよりも用心棒の一閃が速い。白刃が防御に回った次郎長の懐へ潜り込み、容赦なくその胴を両断する。

 息を呑んだのは誰だったか。

 

「シメーだ」

 

 ――その瞬間、空は本能と直感に従い、柄をもって次郎長を吹き飛ばす。

 何枚もの襖を突き破られていく音がする中、パキンと、彼女の持つ刀が根元から折れていく。

 次郎長がいた位置に鮮血はなく、割れた煙管だけが落ちていた。

 

「いい加減にしやがれッ……!」

 

 続けざまに、横から得物をかっぱらって来た銀時の一撃が放たれる。

 それを防御するが、三手と持たずに、柄が弾かれていく。

 飛び退いて次の得物を取ろうと手を伸ばした空だったが、それを許すほど万事屋も甘くはない。

 

 ゴッ、と。

 鈍い音と共に、空の頭部に衝撃が走る。頭突き、とすぐに解った。

 ふらついた隙を逃さず、彼女の左手を銀時が捕まえる。

 

「クッソ、とんだ石頭だな。手間ァかけさせやがって――」

 

「……」

 

 その細い首元には、刃が突きつけられている。彼女が腰の妖刀を抜くより早く、どちらがどちらの命を奪えるかは明白だった。

 

「テメェ、俺らを殺すつもりなんてなかったんだろ」

 

 少し考えてから、空は口を開いた。

 

「……かぶき町のご飯は美味しい」

 

 その一言が、彼女の真意を物語っていた。

 用心棒は初めから孔雀姫の用心棒であり。

 たとえ依頼人を裏切る事になろうとも、かぶき町から被害を生まないことを目的に入れていたのだと。

 

「何をしている……貴様ッ! 早くそやつを殺せ!! そやつは化物ぞ! 化物は化物らしく――」

 

「悪ィが姫サン、あんまそれ以上無駄口叩くなよ。でなけりゃ今度はテメーをぶっ飛ばすことになるからな」

 

 華陀へ向けられた殺気に、僅かに彼女が動く。

 それを許さないと言わんばかりに、掴まれた手に力が込められる。

 

「おっと、逃げようとしても無駄だぜ? もうこの城の周りは、俺らの仲間が囲んでるからな。てめーらの逃げ場はもうねぇよ」

 

「邪魔をすれば押し通ると言った」

 

「なら、とっととてめーも沈めちまえばいい話だな?」

 

 にやり、と銀時が笑った時だった。

 

『行って……来ォオオ――――イッッ!!』

 

 城の外。

 露台の側から聞こえた大声の主が、西郷の声だと空が気付いた時。

 同時に外から、二つの人影が部屋に飛び込んできた。

 

「銀さんんンンン!!」

 

「こンの馬鹿用心棒がアアァァァ!!」

 

 一つは、おそらくは投げ飛ばされた故の震え声。

 一つは、わかりやすい罵倒交じりの怒号。

 室内に滑り込んできた二人を前に、空の頭で最適解が弾き出される。

 一瞬の後、彼らの一撃で自分は間違いなく沈む、と直感し――

 

「万事屋。『私』を信じてくれた事には感謝する」

 

「あ――?」

 

 ずっと封じて来た切り札全てを、次の刹那に全て叩き込むことを決意した。

 

「だから次に会う時、()()のことはまた信じてあげてほしい」

 

 新手二人が走り出す。

 追撃が背後から迫る。

 番傘に木刀。どちらも絶条空の意識を落とすには十分だ。

 

「――よけ、ろ」

 

 間際の伝達。かすれ声が、彼女の喉から発される。

 その意志は、絶条空のものではなく。

 次に彼女がとる行動を、その声の主は止められない。

 妖刀を手にした用心棒が銀時を蹴り飛ばし、その拘束から逃れた直後。

 

 

「避けろォォオオ万事屋ァァアアアアッッ!!」

 

 

 瞬間――星砕が抜刀された。

 悲鳴にも似た声は、直後の緑光と轟音にかき消えていく。

 全ての視界が、空間が光に満たされた後。

 城の外に居た者たちが見たのは、孔雀姫の屋敷の屋根が、斜め切りされた光景だった。

 

 それが龍脈による大斬撃と知るのは、絶条空という器の内に居る亡者のみ。

 空は完全に気絶している孔雀姫の元へ駆け寄り、その身を持ち抱える。

 粉塵の中、起き上がる気配は三つ。

 それらを無視し、空は()()()()()()()()()()()()()()()に手を伸ばす。

 

「テメェ、待ッ――ッブッホァ!?」

 

 声を上げた銀髪侍の顔面に、彼女の携帯が叩きつけられる。

 その通話画面になった端末からは、第三者の声が発されていた。

 

『回収ご苦労でござる。よもや本当に完遂するとは。人の縁とは、どこでどう繋がるものか分かったものではないでござるな』

 

 河上万斉。

 鬼兵隊幹部の声に、今度こそ万事屋の思考が止まる。

 

『アレッ、聞こえてござるか? もしもーし――』

 

「ござるござるウルセェェエ! なんでテメーが用心棒の電話と繋がってんだァァアア!!」

 

『むっ、間違い電話か。白夜叉の声が聞こえるとは……』

 

「待つアルソラァァアア!!」

 

「神楽ちゃ……ッ!」

 

 引き上げられていく梯子に掴まった用心棒へ、神楽が夜兎の身体能力をもって跳び上がる。

 その手が届いたのは、その腰にある妖刀。そのままよじ登ろうとした神楽だったが、絶条空は存外あっさりと、その妖刀を手放した。

 

「ソラァァアア――――ッ!!」

 

 落ちた夜兎の少女を、眼鏡の少年が受け止めるのを見届けて。

 地上からの呼び声に、彼女がもう目を向けることはなく。

 こうして筋書きから外れた騒動は、たった一日で幕を下ろした。




 押し通るとは言ったし殺しもしないけど別に裏社会と繋がりがないわけじゃないし使えるものは全部使っていくスタイル。
 ちなみに実況役はライフポイントマイナスを突き抜けたことにあたってセルフ幻覚夏休み中。


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異変

「人ってさ……本当に辛い事が起きたら涙出ないんだね……」

 

「おう……」

 

「もうさぁ、別の銀河系行こうかなって真面目に考えてるんだよ。シナリオ? ラスボス? ハッハッ、ハハハハハハハ――んなモン現実にあるわけねーだろ。ふひ、ふふ、ふひゃひゃひゃひゃ――――」

 

「こいつァもう、絶望のドン底を突き抜けちまってる感あるな。……次の星、良い精神科あるけど……行く?」

 

「……バカ言えよ。世の中にゃ、私よりよっぽど辛い思いしてる人もいるだろ……私一人が、患者の枠埋めてちゃあ世話ねーぜ……」

 

「バッカ、んな事言うモンじゃねぇよ。人間、ツライ時はツライって口にした方がいいんだぜ? 抱え込むのは、こう、よくねぇと俺は思うよ……?」

 

「ありがとう……貴方みたいに気遣ってくれる人がいただけで、私は幸せ者だよ……」

 

「お、おい……おい! なぁ団長ォ、マジでこいつヤバそうなんだけど! ハンパに正気なだけ、浮かばれないんだけどぉ!! 何があったのォォ!!?」

 

 そう檻の外で叫び散らしているのは、茶色の後ろ髪を肩まで伸ばし、無精ひげが特徴的な、黒衣をまとう夜兎の男。三十二歳、誕生日二月十日。左腕を義手にしている、春雨第七師団副団長――その名を阿伏兎(あぶと)

 その横ではどっかで見た第七師団団長戦闘狂ニキが腹を抱えて爆笑している。

 だがそんな二人の様子に、私はツッコミできる気力も、呆れるような精神力も残っていなかった。

 

 ライフはゼロなんてもんじゃない。ロストである。

 

 マジで今異世界転生してえ。切実に。

 

「――ふぅ、ここまで笑ったのは久々だよ。それにしても生きていた事には驚いたなぁ、番人さん。こんなところに捕まって、何してるのか訊きたいところだけど、まず俺との戦闘からどうやって生き延びたのか、そのカラクリを是非知りたいね」

 

「ホント……なんであんなやり方しかできなかったんだろうね。過去に戻りたいって偶に思う時はあったけど、今まさに戻りたいよ……やり直したいよ……でもさ、今戻ったら、今日まで抱えてた後悔ってどこに行っちゃうんだろうね……? 人ってさぁ、やっぱ生きるにあたって、抱えてくモン多すぎる気ィするよ……」

 

「団長ォォォ!! 俺もうコイツ見てらんなァい! 今スグ美味い飯食わせてやりてぇよ切実に!!」

 

「囚人に情けをかけちゃ駄目だよ阿伏兎」

 

 牢屋の隅で体育座りしている此方を前に、副団長殿は憐れみから涙目、団長野郎はニコニコ笑顔。

 嗚呼、副団長の優しさが心にしみる。まるで砂漠で見つけたオアシスのよう。ようやく会いたかった人物に会えたという多幸感に反し、しかしライフポイントは驚異の絶望値。彼への生まれて来てくれてありがとうの気持ちと、はよ世界滅べという相反する感情が心の中でボクシング。今なら新しい人格作れそう。

 

「鬼兵隊に恩を売ったと思いきや、裏切られて牢の中、か。どう考えてもこいつは被害者だぜ団長? てゆーか、そこにいる元第四師団団長様のオマケだろう、コイツァ」

 

 阿伏兎が目を向けた先の通路の奥には、原作と同じく廃人状態となった孔雀姫・華陀の姿があるのだろう。今も椀とナットを使って、丁半遊びしている音が聞こえてくる。

 

「被害者ね。でもそうとも言い切れないんだよ。なんせこのお姉さん、今はそこの孔雀姫の用心棒を請け負ってるみたいなんだから。まとめて春雨に幽閉されるのは自明の理さ。真面目というか馬鹿というか、いや、この場合は用心棒として当然の職責を果たしていると言った方がいいのかな」

 

「……職責、ねえ」

 

 そう――私は鬼兵隊に華陀様を売り渡した後、二人まとめて鬼兵隊に春雨へ売り飛ばされたのである。

 裏社会ってコワイねと言いたいが、まぁ想定していたことだ。仕方ない。

 おかげで華陀様は例の状態へ陥り、私は意識の底でグッナイしやがった絶条空の諸行を思い出し、こうして牢の中で一人、ブツブツとやっているわけである。

 

「それに、これでも目覚めた初日よりはマシになった方だよ。その時は一日中、『リィングディンドン』って唱え続けてたらしいし」

 

「ナニソレ怖ァア!! 地球式の精神統一法か何かァァ!?」

 

「寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー……」

 

「また何か別の唱え出してるんだけど!! 意味ワカンねーし怖すぎるだろ地球式精神療法!!」

 

 大丈夫!? と狼狽え続ける副団長の声が今は心の癒しだった。あと二百四十時間ぐらいそこにいてほしい。

 

「同族でもないのに、随分と彼女の事を気に掛けるじゃないか阿伏兎。お前好みのメガドライブを守護してた人間だからかな?」

 

「……オイ妙な勘ぐりは止めろ。大体仕事にそんな私情持ち込んでたまるか。ねェ聞いてる? ねぇ! オイ!!」

 

「じゃあねー、用心棒さん」

 

 もう興味を失くしたのか、彼の上司たる団長はスタスタと踵を返していく。

 ああ、そろそろ至福の時間も終わりか。しかしセカンドライフを投げ捨てる前に、こうして前世のメガドライブに対面できたのは不幸中の幸いだっただろう。

 

「……用心棒さんよォ。俺はアンタの事情も信念も知らねーが、人生は重要な選択肢の連続だ。次何か選択する時は、こんな貧乏クジ引かねーよう気を付けな」

 

「……」

 

 クールにそう言って、副団長も行ってしまった。

 カツカツと、彼らの足音が遠のいていく。

 後に残されたのは、憐れな囚人二人だけ。

 

「……すっとこどっこい。人生、そんな簡単じゃねーんだよ」

 

 はぁ――――、と深く息を吐く。

 今までも色々あったが、今回はトビキリだった。詳細は言うに及ばず。まさか用心棒がとんだフラグブレイカーの役職持ちだったとは、誰が思うか。

 でも恥を忍んで一つだけ感想を言わせてもらうとだ。

 

 ――銀さん、メッチャカッコよかった。

 

 全俺が泣いたとはこの事か。あんな主人公力を見せつけられたら誰でも万事屋陣営に入るわ! 力になるわ! 俺がお前らの万事屋になってやるよもするわ!!

 

 あんな虚実混じる彼女の二枚舌を前にして。

 それでも坂田銀時は信じたのだ。信じられたのだ。信じてくれたのだ。

 絶条という用心棒そのものを。その魂と矜持を。

 カッコよすぎやろ主人公。今度また会えたら借金徴収した後、いくらでもパフェ奢ろう…………

 

 でも信じてくれたのに私ときたらアレですよ?

 裏で鬼兵隊と連絡とって回収任せてるときたもんですよ。

 オメーは何度裏切れば気が済むんだ。裏切り屋か。ブルータスか。んな職業あるか。

 ちなみに鬼兵隊の連絡先、河上万斉の電話番号は、動乱篇の時にかかってきていたアレで繋がったのだ。一度しか電話番号見てなかったのだが、どうやら絶条空という身体の方はばっちり覚えてたらしい。でも万斉さんが携帯マメに変える人だったら詰んでたぞ私。

 

 しかし銀の魂最高だね。私のソウルはダークに染まりつつあるけどね。アノールロンド行けるかな。

 

 ……とまぁ、敗北である。大敗北だ。戦闘では引き分け、しかしその信念たる部分では、もう完全に此方の負けだった。ってか全部見抜かれてたレベルだろう。

 

 華陀様という依頼人を裏切りながらもその身だけは護り、かつ戦場の舞台になりかけていたかぶき町から、必要以上の被害を一切出さないよう行動する。

 

 結局のところ、空の目的はそういう事だった。自ら火種になって全ての火種を燃やし尽くす。不器用なんてレベルじゃない。傍から見りゃあ、合理的に損得を度外視する計算の化物である。計算なんて言っていいかも不明だが。

 しかし華陀様の配下を皆殺しでもせねば、華陀様の目的は決して変わらない。かぶき町を手に入れるという野望は決して潰えない。彼女は賭け事好きだ。だからどんなに窮地に追い込まれ、後が無くなろうと、小銭程度の残党連れてでも賭けに乗りたがる。原作でもそうだった。

 

 ……その原作では「かぶき町」が主題になった物語だった。だがそれをぶち壊してしまった今、もうここが原作の世界線ではないのは確実だろう。

 だからって好き勝手しすぎやろうが。本当にこの世界線大丈夫か? 本当に私の知ってるシナリオ、これからなぞってくれるか? ん?

 

 あと次郎長と平子はどうなっただろうか。

 心配だ。不安だ。ただただひたすらに不安だ。

 

「あ゛――……やってらんねえ」

 

 もうやだお家帰れない。

 今までの人間関係リセットして出て来たようなもんだよ。実家に放火してきましたレベルで居たたまれない気持ちだよ。

 確かに宇宙逃げようかなとか思ってたけど、こんな形で宇宙に逃げたくなかったわ。

 

 ともあれこうして捕まってしまった以上、後はシナリオ通りの騒ぎが起きるのを待つしかない。

 春雨第七師団団長、神威。組織によるその処刑イベントまで。

 

 

 

 

「やっほ~用心棒さん。昨日ぶりだね。元気かい?」

 

 起きてから向かいの牢を見ると、そこには上半身を包帯に巻かれ、手足を枷で拘束された、アホ毛三つ編みの団長がいた。

 牢屋の中なので、日にち感覚がさっぱりである。やや寝ぼけた頭を起こし、用意していた台詞を舌にのせる。

 

「……何やってんの、アンタ」

 

「おっ、どうやら正気を取り戻したようだね。俺は見ての通りさ。上にハメられてこのザマってわけ。裏切られた貴方の気分、ちょっとだけ分かった気がするよ」

 

 ニコニコ笑顔で吐くその言葉はどこか白々しい。けれども彼がこうしてバッチリ捕まって、手厚い治療を受けて生かされているということは、どうやらこちらの話は筋書き通り進んでいるらしい。

 

「裏社会あるあるだな。斬れすぎる刃は嫌われるって奴か。海賊なんてやってるからそうなるんだよ」

 

「……察しがいいね。大正解。貴方も超能力が使えるって類なのかい。あの妖刀に秘密でもあるのかな」

 

「さてな。得物は白髪の侍んトコにポイしちゃったから分からんよ」

 

「お姉さんもその侍に会ったクチなの? 宇宙って狭いね」

 

「ただの近所の債務者だ。偶に殺し合いする程度の仲のな」

 

「いいなあ。でも奴も俺の獲物だよ。獲物同士で勝手に食い合われちゃ困るよ、もったいない」

 

 そう言う神威の目はマジである。これだから戦闘狂は。

 などと言葉を交わしていると、檻の外に新しい気配があった。その人物の正体を、私はもう察している。

 

「……フ、囚人同士で仲良くお喋りか。余裕があるのか、呑気なのか。化物同士、どこか合うウマでもあったかい」

 

 派手な着物に身を包んだ男の名を高杉晋助。この世界の悪役の代表が、神威を含めてここに揃った瞬間だった。

 

「わざわざ手当してまで俺を生かしたのは、公開処刑でもして他の連中への見せしめにするためだろう? 日取りはいつ?」

 

「三日後だ」

 

 言いながら高杉は、奥の牢屋へ向かって歩いて行く。そこにいるのは、ナットを駒代わりに転がしている元孔雀姫。

 

「……ウフフ、ちょうかはんか……ちょうかはんか……」

 

「――『()』だ」

 

「……うふふ~、()()~。『丁』じゃ」

 

 ……ありっ?

 なんか違和感を覚えた。ここの場面、高杉って賭けに勝ってたっけか。

 というか彼、廃人姫華陀様の賭けに勝つ場面なんて、あったっけか?

 

「へえ、お見事。呪いの博打に勝つなんて。こりゃ良い事あるかもね」

 

 いやお前、そんな台詞言ってたっけ? 直前に変なやり取り挟んだから、運命が狂ったとか? あれれれれ。

 

「片や殺しても死なねェ化物に、傭兵部族を単騎で殲滅する化物。こんな所にいたら、折角生えたその牙も腐り落ちちまうだろうな」

 

「……あんた、一体春雨(ここ)に何をしに?」

 

「さてな」

 

 口角を僅かに上げる総督。あれれれ、そんな台詞台本にありましたっけ。

 嫌な汗が背中を伝う。いやでも、源外さんの件とか、紅桜では、そんな変わったコトしてなかったはずだけど――

 と、私が冷静にしていられたのもそこまでだった。

 

「無様に生え残った大層な牙で、どこまでできるか、あちこちをぶらりぶらりさ。だがこんなオンボロ船じゃ、行ける距離なんぞたかが知れている。どうせ乗るなら、てめーのような奴の船に乗ってみたかったもんだな――」

 

 お得意の仲間お誘い台詞を彼が放つ。その内容にも、どこか記憶との齟齬を感じる。

 そうして彼が歩き去って行く中で、私は思う。

 

 …………高杉クンって、包帯、してなかった、っけ…………?



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脱獄

 誰が考えただろうか、世界に挨拶どころか世界にビッグバン並のパンチ喰らわせていたとか。

 フラグブレイカーはどこまでいってもフラグブレイカーだというのか? 何で来世のやらかしに前世の私が付き合わなきゃならんのだ。今すぐ記憶喪失になってやろうか。つーか未来の事が分かる異分子とか、どっかで消されてもオカシくないと思うんですけど!!

 

「どうしたのさ用心棒さん。いきなり壁に頭打ち付けて。やっぱり正気、まだ取り戻してなかったのかい」

 

「正気なんて持ってると思うから発狂するんだ。つまり最初から発狂してれば問題ないんだ」

 

「なるほど、そろそろ狂っちゃったみたいだね」

 

 頭痛がする。精神的にも肉体的にも。

 もう何も考えたくないし、早く別の銀河系に亡命したい。なんなら異世界転生でもいい。こんなイカレたシナリオ世界から早く逃げた方がいいと本能が云っている。

 

 絶対に嫌な予感がするのだ。

 

 絶対に! 嫌な予感しかしないのだ!!

 

「ところでお姉さん、そろそろ教えてくれよ。どうやって俺と戦って生きていたのかをさ。あの時、間違いなく俺は貴方を殺したよ。この手で心臓をぶち抜いたはずなのに、どうして貴方はケロッとした顔で生きているのかな」

 

「……吸血鬼だからだよ」

 

「嘘が下手だね。だったら俺は十字架片手に貴方と戦えば良かったのかな。それとも日光の下でどちらかが灰になるまで戦えばよかったのかな」

 

「真面目な話をすると私は絶条空の代わりだからだよ」

 

「真実と嘘を混ぜないでよ。分かりやすく言えないのかな」

 

「蒼崎橙子的なアレだからだよ」

 

「さては真面目に答える気ないね?」

 

 背中に神威団長の殺気をビシバシ感じる。でも今は檻に阻まれてるから特に気にしない。奴が自由になるのは処刑当日である。まだ二日もある。

 そう、対策を立てるための時間はまだ存在する。別の銀河系に亡命する余裕はまだある。まだ間に合う。もう遅いかもしれないが私はこのシナリオ崩壊銀河戦線を離脱する。付き合ってられるかスットコドッコイ。

 

「変異体」

 

 そんな神威の一声が、空間を支配した。

 

「……星のアルタナを食って生き続ける不死者。アンタはそれなんだろう、用心棒さん」

 

 確信を帯びた声にゆっくり振り返る。

 柵の向こうの団長は、例のニコニコ笑みを消していた。

 シリアスの気配に、私も彼へ向き合うように座り直す。

 

「よく分かったな。身内にでもいたか」

 

「――、早いね認めるの。それとも、そうやって言えば俺がアンタを諦めるとでも思った?」

 

「いや別に。今も殺そうと思えば殺せるしな。ここ、地球じゃないし」

 

「って事は地球産か。道理でね……」

 

 神威に不死事情がバレるのは想定の範囲内である。

 なにせ彼とその妹の母親も、別惑星育ちの変異体だったのだから。

 ……というのはまぁ、とてもここで口に出せる情報じゃないが。

 

「……生まれてからどのくらい経つの?」

 

「知らん。覚えてない」

 

「死なないってどんな感じ?」

 

「便利。明日が約束されてるからな。絶対に来週のジャンプが読める」

 

「死ぬってどんな認識?」

 

「うたた寝と大差ないよ。ちなみに私は食事中に窒息死したことある。あん時だけは不死でよかったって思ったね」

 

「ええ……」

 

 素で引かないでほしい。

 ちなみに窒息死は空がやらかしたのだ。しかもフードファイターやってる途中で静かにコロッと。すぐに復活したけど。

 

「……ずっと生きるって、どんな感覚?」

 

「ヒマ。チョ~ヒマ。とにかくヒマ。ヒマすぎてヒマ。ヒマオブヒマ。趣味沢山持ってないと発狂する。趣味人はこの体質向いてるけど、そうじゃない奴は不向きだな。じゃないと苦しみとか死ねる連中への嫉妬とかで世界滅亡計画とかシャレにならんコト考えかける。故郷の星がある限り、生も死もないからな。人生楽しんでないとやってらんねーよ」

 

「自滅願望があるってこと?」

 

「根底的には。生きすぎも飽きるしなー」

 

「じゃあアンタ、今は何のために生きてるのさ」

 

「復讐。この世には絶対に殺さなきゃいけない奴がいる」

 

 その答えに神威が虚を突かれたような顔をする。こうして見ると年相応の不良少年のようだ。

 

「意外だね。アンタがそういうモノとは思ってなかった。何というか――」

 

 似合わないね、と。

 そう言われた。

 だが別に二重人格うんぬんの丁寧な補足説明を加えてやるつもりはない。

 

「死ねる連中は、憎い?」

 

「それに関してはもうどうでもいい。生物的に別種ってだけだし」

 

 もしも主要格キャラが事故死したら発狂モノだが。

 

「俺との勝負に本気を出さなかったのは、死なないから?」

 

「出さなかったっつーか、出せなかったっつーのが近いが……まぁ私も、別に殺されたい病にかかってるわけじゃないしな。条件さえ揃ってれば、ちゃんとあの時は戦ってたと思うよ?」

 

「条件って?」

 

「依頼の内容が変わってただろ」

 

 日輪太夫の警護から、悪童くん神威の排除へと。

 

「あの時、私が用心棒としての戦いで追い詰められてたら、本気を出してた。たぶんな」

 

「……随分と拘りがある仕事みたいだ。それはなぜ?」

 

「強くなるため」

 

 ピクリ、とそこで神威が微かに反応を示す。

 

「と言っても、それも手段に過ぎないけどな。さっきも言ったように、私の最終目標は()()()()()だ。どんな手を使ってでも、必ず殺す。そのためには強くなる必要があり、そのためには戦いの経験がいる。それだけさ」

 

「ふうん……じゃあアンタの思う『強さ』ってのは、その復讐対象を殺すことってことか」

 

「そゆことそゆこと」

 

 戦うことで手に入る強さ。

 護ることで手に入る強さ。――エトセトラ。

 とにかく絶条空にとって、「強さ」とは「武器」である。殺すための手札である。あらゆる経験、知識、技術を、最終的には「殺し」に注ぎ込んでいく。

 

 不毛な人生だ。

 だけどその道じゃないと晴れないものもある。

 

()()()()()()

 

 ばっさりと言い切った彼の言葉に。

 おっ、と今度はこちらが反応する番だった。

 

「理屈は通っているし、アンタが言いたいことも理解できる……けどなんだか腑に落ちない。だって実際、アンタ自身からは()()()()()()()。これでも俺は第七師団の団長として宇宙中の色んな強い奴を見てきたつもりだよ。その中にはアンタみたいに復讐を掲げて来る連中もいた。そいつらと比べたら、今のアンタから感じられる憎悪は部屋の埃より軽い。不死者のくせに。かといってアンタは、死ねる連中を憎んでないときた。それはもうアンタに、復讐対象がいるからかもしれないけど――」

 

 一旦言葉を区切り、彼はその結論を言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……参ったことに。

 顔を伏せた自分の口角が、ニヤリと上がるのが分かる。

 それは看破されたことに対する懸念から来る焦りの笑いではなく。

 ――嬉しかった。ただただ嬉しかった。そう自覚すると共に、喜びの感情が胸にわき上がってくる。

 

「――パフェクトアンサーだ、神威団長。流石、戦闘狂のプロはちげーな」

 

 顔を上げてそう言い放った瞬間の気分は、筆舌に尽くしがたい。

 初めてはっきりと、自分の言葉を紡いだような。

 ずっとかかっていたフィルターが外れたような、そんな解放感を抱いていた。

 

「一度戦えば、相手のことは大体解るからね」

 

「はっはは、お見それしましたわ」

 

「じゃあインタビューを続けようか。どうせ暇だしね――君も何か訊く? 丁半遊びもそろそろ飽きたんじゃない?」

 

 神威の言葉に瞬きする。

 その物言いからすると、考えられる可能性は一つだけ。

 

「くだらぬ」

 

 冷めた返答が牢内にこだまする。

 その声は紛れもなく、奥の牢屋で、廃人になっていたはずの華陀様のものだった。

 

「猿一匹のことなど、わしの知るところではない。わしがそやつに求めるのは用心棒としての働きのみ。不死の化物であるなら尚更よ。そんな気色の悪い奴の中身を聞かされるくらいなら、身体を休めていた方がまだ有意義じゃ」

 

 ごそり、と寝転がるような布擦れの音がする。

 ……驚いた。まさか華陀様、アレですか。廃人のフリしてたんすか。マジ?

 

「ありゃりゃ、フラれちった。ん? どうしたんだい用心棒さん。もしかして気付いてなかったとか?」

 

「……春雨の団長ってコエー」

 

「あっはっは。囚われの身といえど、まだアンタだけは彼女の味方をしているからね。残る正気も理性もあったんだろう」

 

 はえー。恐れ入る。

 ていうか昨日、高杉くんが賭けに勝ったのは、華陀様が廃人の芝居打ってたのも要因だったんだろうか。

 イヤだわー。もう着実に原作崩壊の音が聞こえてくるわー。

 

「さ、俺の処刑まであと二日だ。冥土の土産に何か面白い話聞かせてよ、用心棒さん」

 

「……インタビューついでに例の侍の話、聞く?」

 

「聞く聞くー」

 

 こうして世にも奇妙な雑談祭りが開催された。

 実に二日間。

 しかしどれだけ会話を重ね、言葉を重ねても、私が話していたのは果たして第七師団団長だったのか、ただの近所の知り合いの迷惑兄貴だったのか。

 それとも、最強を目指して走り続ける一人の戦士だったのか。

 

 処刑日当日、彼が牢屋から姿を消した後になっても、それは分からなかった。

 

 

 *

 

 

 カラン、コロンとナットを転がす音が響いている。

 と同時に、船内の気配が妙に動いているのも感じていた――そう、まるで船内の気配のほとんどが、一ヵ所に集められているかのような。

 

 さて動くか。

 そう決めると同時、手足を縛っている枷を力任せに破壊する。常人なら決してできない芸当、まさに生物の理を逸脱している者だからこそできる諸行に、内心溜息をつく。

 ホントに変なところで便利だな、この身体。

 

 そのまま牢の入口へ足を向けると、すぐ外に牢番――ではない、何者かがいるのを察知する。

 

「鍵もなく脱獄か。春雨特注の拘束具もガラクタ扱いたァ、この牢はてめェにゃ狭すぎたようだな」

 

 予想外の人物に足が止まる。

 派手な柄の着物に、無地の黒羽織。その腰には黒い鞘の刀が一本。

 そして包帯が未装備。件の左目は前髪でメカクレしてやがる。

 

「……なぜここに」

 

「ただの野暮用だ」

 

「……あの、つかぬ事を伺うんですけど、貴方の両目の視力どれくらい?」

 

「二.○だ。てめェの動揺してる様子もよォく見えるぜ」

 

「へ、へー……へェー……ソウナンダァー……」

 

 畜生イイ声してやがる!

 いかん本音が。じゃなくて。

 ……顔を傾けた高杉の前髪が揺れる。覗いたその左目には、()()()()()

 

 ――予想していたことだが、まさか的中して嬉しくないことなどあったろうか。

 さらにこうなってくると、彼本人どころか、その周りにいたであろう、攘夷四天王たちの過去にも、私の知る筋書きと大きな乖離がある可能性だってある。

 一体目の前にいる彼は、どんな道を歩んできた「彼」なのか――?

 

 とその時、ガチャリと牢の扉が開いた。

 

「そら、出所だ。どうせそのつもりだったんだろう、とっとと行きな」

 

「……え? あの?」

 

「得物はこいつで我慢しろ。脱出ポッドの場所はここに書いてある」

 

「タカスギサンッ!!?」

 

「なんだ」

 

 怒涛の展開に頭が追い付かない。

 気付けば私は牢の外に出ており、手には真剣と地図らしき紙が一枚。

 

 待てぃ、待ってくれ。私はいつから一級フラグ建築士の資格を取得していた!? むしろフラグブレイカーの業が板についてきていたところだが!?

 いつどこでどんな場面でこいつの好感度上げてた!? まだ過去に二回しか顔見てないけど!? ここは鬼兵隊ルートだったのか!? そういう世界線だったのか!? いや知らん、私がさっきまで交友を深めていたのは宇宙の喧嘩師団長だったハズ!!

 

「ああ……てめェの護衛対象の事か。好きにしな。こっちで口裏は合わせておいてやる」

 

「高杉様! 高杉! 総督! 総督殿! 鬼兵隊指揮官殿ッ!!」

 

「無駄に叫ぶな。とっ捕まりてェのか逃げてェのかどっちだ」

 

 もたらされた手厚い処遇に、思わずその場に正座する。

 

「すみません、理由をお伺いしたいです。私達を春雨に売ったの鬼兵隊(アンタら)ですよね……?」

 

「ハ……成程な、そりゃ警戒もするか。だがどう思おうと、今の俺にはてめェを阻む気はねェよ。まァ最終的に、俺らと敵対するかどうかは、今後のお前の選択次第だが……」

 

「監督、推測材料足りなさすぎて何も納得できねぇっす」

 

「監督じゃねェ、総督だ。……いやこれはヅラの持ちネタだったか」

 

 こいつギャグを!? っていうかネタとか分かるんだ! ツッコミの概念は知らないのに! ツッコミの概念は知らないのに!!

 

「今は時間がねェ。詳しい話をする時間もな。とにかくお前らはここを脱出しろ。でなけりゃ何も始まらねェ」

 

「……、」

 

 立ち上がる。そうして足早に華陀様の牢の前へ行き錠前を斬り、扉を開けた。

 

「ほう、来たか。猿に借りを作るのは気に入らんが、よくやっ――」

 

「えいっ」

 

 手刀で素早く華陀様の意識を落とす。

 高杉がここにいるということは、本当に時間が無いのだろう。彼の野暮用はさっさと済ませてやるべきだ。

 

「……手荒い用心棒だ」

 

「スピード勝負と見たんで。何がなんだか分からないけど、ありがとうございます」

 

 華陀様を背負い、刀を帯刀する。

 自分がシナリオのどこにいるのかも不明だが、こういう時はとにかく見える道の方を走るしかない。

 シリアス筆頭キャラがこの時点でギャグを口走っている事とか。

 何よりも絶対にバタフライエフェクトの爆弾たる左目の事とか。

 訊きたい事は大いにあるが――それで何も始められないんじゃあ、話にならない。

 

 グダグダ言うのも焦るのも後だ。

 どうせ色々やらかしているのだ、今はその荒波に身を投じるしかあるまい。

 

 だが最後に一つだけ言わせてもらおう!

 

「高杉さんマジカッケェ! 私来世があったら鬼兵隊のスポンサーになりますわ! じゃっ!!」

 

 無駄に叫びながら全速力でその場を後にする。

 だから聞こえなかった。

 

「ああ――」

 

 彼が放った、別れの一言を。

 

 

「――()()()()()()()()

 



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邂逅

おや? シナリオの様子が……?


 地図に書かれた脱出ポッドを発見し搭乗する。

 この船は確かアレだ、原作ではアホ提督たちが最後に逃亡しようとした時に使おうとしていたものである。

 

「しっかし廃人の芝居とはやりますね華陀様。女優にでもなったらどうですか」

 

「たわけが。わしがそんな器に収まるような者に見えると?」

 

「美人ですしぃー、イケると思いますけどぉー」

 

「貴様、調子に乗るなよ。わしの部下を皆殺しにした咎、いかにして払わせようかわしは今真剣に考えておるんじゃからな……!」

 

「でも華陀様が頼れる相手って今はもう私だけですけど。貴方の部下はあの世に送っちゃいましたが、別に貴方を殺す気はないですよ?」

 

「……ええい、いいから早く船を出せ!」

 

「ところで船ってどうやって動かすんですかね」

 

「バカたれ、こうじゃ!」

 

 華陀様がキレながら船のキーを操作する。

 すると船のエンジンがかかり、徐々に動き出した。

 流石華陀様、元団長の名は伊達じゃない。私も一応源外さんのところで機械については少しかじったが、本職の人がいると作業効率がまるで違う。

 

『まままっ、待ってくれ!! 乗せてくれェェ――!!』

 

 そこでパッとモニターに、例のアホ提督となんか片手がフックな獣人が映し出された。

 

「発進」

 

「ラジャー」

 

 カチッとボタンを押すと、船が宇宙へ向けて飛び出した。

 さらば春雨。

 いざ、先の見えぬ大航海へ。

 

 

 *

 

 

 航海はそれから三日、順調に進んだ。

 春雨様様というか、船の中には食糧庫も搭載されており、華陀様によれば、およそ一月に渡る宇宙の旅が可能とのことだ。

 まあ不死者にやる飯なんぞねぇ! と取り上げられたが。

 

「あ、華陀様華陀様。なんか星が見えてきましたよ」

 

 航行する宇宙船のモニターには、黄金色の綺麗な惑星が映っている。

 変装のためか、黒い着物姿になった華陀様が、もしゃもしゃとんまい棒を食べながら寄って来る。

 オー悪の華。オフですね悪の華。でもそういうギャップ萌え、イイと私は思います。

 

「ようやくか。ここはまだ春雨の手が及んでおらぬ惑星じゃ。しばらくは此処を活動拠点とする。早急に着陸準備をせよ、彼方」

 

「あいあいさー」

 

 この三日で叩き込まれた操縦技術を駆使し、惑星へ接近していく。

 大分会話もフランクになってきた元孔雀姫だが、その警戒の色はあまり薄まった気配がない。つか部下皆殺し犯と一緒にいて、表向き平静を保っている精神力がおそろしい。

 駒が一つでもあるとギリ大丈夫なんだな、この人。

 ということは今、彼女は私のもたらす可能性に賭けているということでもある――とんだ博打だが、ややもすると、彼女は案外こういうのに向いた性質なのかもしれない。

 

 とか言ってたら、後ろからブスッといかれそうだけどな!

 

「華陀様―。ここなんて名前の星なんです?」

 

「――金剛星。見た通り、ド辺境にあるくせにキンキラキンの自己主張が激しい惑星じゃ。観光スポットに、樹齢一万年を誇る大樹、金剛樹がある土地だったか」

 

「マジで」

 

 マジ?

 あの銀さんのパチモン妖刀の原産地?

 なんかとんでもねートコに来てしまった気がする。

 だが、そんな少しワクワクした私の気持ちに、元孔雀姫は容赦なく極寒の冷や水をぶっかけた。

 

「そしてこの星にはある宗教が根付いておる。星に巡るアルタナを信仰するその宗教団体の名を――星芒教(せいぼうきょう)、と」

 

 オイ、今なんつった。

 

 

 *

 

 

 星芒教。

 星芒教っつったらアレだ。メインシナリオ最終幕を過ぎた二年後篇で出張ってきた、敵組織である。

 その母体が、この惑星にあるということか。

 ……オォ、ジョニー。あたい疲れちまったぜ、もう眠らせてくれ。永遠に。

 

 だが現実逃避している暇はない。

 原作に星芒教が出てきたのは二年後だ。そしてその時には既に、壊滅した天導衆の残党がその宗教組織を乗っ取り、ラスボス復活のために動いていた。

 であれば、今の星芒教は、まだ天導衆に改装工事される前のもののハズ。

 

 金剛星の、なるべく人目につかぬ場所を選び着陸し、船を降りる。

 地面に草は生えておらず、砂の地面が辺りに広がっている。景色で目を引いたのは、何よりもあちこちの住居の屋根を突き破ったりして生えている、黄金の葉をつけた樹木たちだった。

 

「……なんとまぁ、半ジャングル的な風景ですね」

 

「星芒教は金剛樹を神木とした宗教じゃったな。故にこの星での信者は多い。神木の根は惑星中を覆う程といわれる故、各地でアルタナを信仰する文化が芽生えたそうじゃ」

 

 なぜなに華陀様の講義はかなり勉強になった。

 しかもその神木、星のアルタナを養分にしているらしく、こうしてあちこちに樹が生えているんだとか。

 星の見た目が金色だったのも、この金剛樹たちの葉の色だったんだろうか……

 

「てゆか華陀様、私たち思いっきり密航してますけど」

 

「海賊に密航も何もあるか。さっさと貴様は金を稼ぎ、わしに尽くせ。それが此度の貴様の贖罪じゃ」

 

「うぃーっす……」

 

 あ、もうこの人、完全にこっちを利用し尽くす気でいるぞ。当然か。

 しかし道を歩いて行くその足取りに迷いはない。更に、この一大宗教が根付いているという星で活動し始める、ということは――

 

「……華陀様、アンタ教祖の地位とか狙ってます?」

 

「ほう、頭の巡りは悪くないようじゃな。流石はわしの計画をズタズタにした張本人じゃ。さよう、この星の者に取り入るには、教団に入るが近道。さっさと貴様は教祖を暗殺し、その不死性をもって、教団の御神体になれ。ああ、もちろん貴様の所有権はわしのものじゃ。クク、これで地球も江戸もかぶき町もわしのものよ……!」

 

 ククククク、といつ作り直していたのか、オシャレ扇子を手に薄ら笑いする華陀様。

 コイツ――全然懲りてねぇ! まぁ私が色々やらかしたから、原作よりも? 多少こっぴどく「かぶき町に返り討ちにあった」という意識は薄いんだろうけども? にしたって、なんとしたたかな女王精神か。

 つか、もう計画は成功したも同然な様子になってるところを見ると、もう彼女は野望へ向かって一直線なのだろう。ヤベーよ孔雀姫。私一生この人んところで飼い殺しにされちゃうわ。

 

「……あ、でも華陀様。その現教祖様ってどこにいるんすかね……?」

 

「それを探しに行くんじゃろうが。まずは旅行ガイドブックでも見つけて来い」

 

 ……地道だなぁ。

 てゆーか、二年後篇じゃあ星芒教の本殿は、移動神殿九曜なる巨艦にあるんじゃなかったか。

 現時点ではどうなってるんだろーか。

 原作では天導衆という名の大工さんが、色々その技術力を底上げしてくれたよーな感じだったけど。

 

『――警報! 警報! 全地区の住民に警報! 教祖様が逃亡した! 即刻捕縛せよ――!!』

 

 突然、街中に響き渡った文句に、華陀様と二人で首を傾げる。

 

「……え? 教祖様って?」

 

「……ほう、面白い。これでスグに貴様の暗殺対象が解るな。いやもっと言えば、この騒動に紛れ、とっとと教祖を始末するぞ」

 

「いきなり物騒な……ッ!?」

 

 いや惑星レベルで鬼ごっこ仕掛ける教祖ってどんな教祖だ。

 とか思っていると、街中の煉瓦造りの家々から、人が飛び出して来る。

 それらの皆は一様に、

 

「教祖さまー! 何処におられるのですかー!」「教祖様を探せぇえ!」「教祖様! 嗚呼、教祖様! 貴方を見つけられぬ我らをお許しください……!」「教祖さまー! 俺の! 愛の歌を聞いてくれー!」「教祖様グッズ販売中! 今なら半額!!」「教祖サマァァァアア!!!!」

 

「ヤベーなこの星」

 

「おい声に出とるぞ」

 

 ホントにアルタナ信仰しとんのかこの宗教。

 なんかもう、アイドル教祖を信仰する感じの、そう、言うなればお通ちゃんの親衛隊を務めるぱっつぁんを見たようなあの感覚を覚える。

 走り回る住民たちは、捕縛に典型的な縄や鎖、人によっては針や拳銃、虫取り網まで持っている。いや虫取り網はねーだろ。

 

 なんか、本格的に「珍獣・教祖を捕まえろ!」みたいな番組に乗り込んじゃった的な場違い感である。

 この光景、地球でネットに流したら人気になること間違いなしだぞ。

 

 教祖の顔が描かれたビラも撒かれていたので手に取る。

 だがその顔は、なんというかその。

 

 黒い兜的なものを被った、黒コートを着た某暗黒卿みたいな姿だった。

 

「パクリかァァァァ!!」

 

 思わず地面にビラを叩きつける。

 

「なんと目立ちやすい恰好をしておる。フ、これならば見つけるなど造作もないわ! 行くぞ彼方ァァ!!」

 

「カブト狩りじゃねーんだよ! ちょっと、華陀様―!?」

 

 住民に混じって虫取り少年のテンションよろしく、華陀様が走り去っていってしまう。あの野郎、野望達成を目前にして落ち着きねーぞ!

 慌てて追いかけるが、なにせあちこちには、教祖――ではない、アルタナを信仰する敬虔な教徒たちが忙しく走り回っているので、凄まじく動きづらい。

 

「華陀様―! ちょ、ちょっと!? 華陀様ァアー!?」

 

 結果――当然ながら、その姿を見失ってしまった。

 用心棒失格である。しかし依頼人と教祖を同時に探すなんてトラブル、実に万事屋向きではないだろうか。イヤマジで今、万事屋さんの力借りたいわ。なんでここ地球じゃないの、なんで私はグレートマザーから外に出てしまったの。

 

 ……おうち帰りたい。

 

「はぁー、ハァー……クッソどこ行きやがった……!」

 

 建物の屋根へ跳び、上から探しても華陀様の姿は捉えられない。

 あとやっぱ教徒邪魔。一斉にかくれんぼ大会とか、教祖は何してんだ。なんで逃亡? てかこの住民たちの順応感、よくある行事っぽい雰囲気なんだが!?

 度々逃亡する教祖ってなんだ……星芒教、天導衆が関わる前はどんな宗教団体だったんだよ!!

 

 ホントに謎すぎる銀魂世界。江戸はやっぱ最後の安息地だったのかもしれない。

 

「――すみません。迷子なのですが」

 

 人混みを避け、息を切らしながら歩き回ること数十分。

 路地を行き来していると、背後から、そんな声が聞こえた。

 

 ……この期に及んで、迷子の案内だと? そろそろキレていいか私。サブクエストとかフリークエストとか後でまとめてやるタイプなんだよ。

 

「あんだよ、こっちは忙し――」

 

 ――と言いながら振り返って。

 言葉を失う。声を失う。表情を失う。思考を失う。

 そこにいたのは、私より背の高い黒ローブの人影。身長は、坂本さんと同じくらいか。明らかに怪しい見た目だが、私が瞠目した理由はそこじゃない。

 

「あ、すみません言い間違えました」

 

 耳に響く柔らかな声音。

 人懐っこそうな柔和な笑み。

 亜麻色の長い髪に、それと同じ色の両眼。

 

「もしかして、迷子ですか?」

 

 松下村塾を開いていた男。

 坂田銀時らを導いた恩師。

 この世の始まりであり、終わりの人物。

 

 そして本来なら生きている事自体、決して、絶対に、在り得ない人物。

 

 

「――用心棒さん」

 

 

 吉田松陽が、そこに居た。



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鴉の天災

 ――不可能だと、思った。

 

 歴史の影で、古くから時の権力に仕えた暗殺組織――天照院(てんしょういん)奈落。

 その追手から逃げ切ることが容易でないことを、先生が一番よく解っているはずなのに。

 なにより足手まといになるのは俺だ。それに先生は、誰も殺さずに逃げるつもりでいる。こんな縛りを二つも受けては、脱退など不可能だ。

 

松下村塾(しょうかそんじゅく)。いずれこの松の下に、たくさんの弟弟子が集まってくれるといいですね』

 

 俺は先生に命を救われた。その時に俺は一度死んだ。既になきこの身、この命、あの方のために捨てる覚悟はとっくにできている。

 

「……」

 

 身体を休めている先生を起こさぬよう、先生の刀を手に取る。追っ手の影は、もう崖の下に見えていた。動くなら、今しかない。

 そっと先生から離れ、坂道を下って歩いて行く。

 

 ……ごめんなさい、先生。

 先生の志を護れねば。

 まだ見ぬ弟弟子の志を護れなければ。

 一番弟子なんて、言えないでしょ。

 

 そう決意して、更に足を踏み出そうとした時だった。

 

 ()()()()と、出会ったのは。

 

 

「烏が 一羽」

 

 

 闇の中から。

 憎悪と殺意の入り混じった、平淡で無機質な声が聞こえた。

 

 足を進めようとした先。

 そこには薄汚れ、裾もボロボロになった黒衣をまとう者が立っていた。

 顔は、外套と一体になった頭巾を深く被っているため見えない。背丈は、子供である俺とさして変わらない。だがその身が放つ気配は、ただの人間と言うには程遠い。

 まるで死という言葉を具現化したような。

 死神と呼ばれる奈落よりも、より死そのものとも言えるその存在。

 

 そして俺は目の前の奴の名を、今この瞬間に直感した。

 

()()ッ……!?」

 

 烏を狩る存在。いつからか奈落の前に現れた、天照院最大にして唯一の天敵。

 奈落が、幕府がいかに捜索し抹殺しようとしても、決して手の届かぬ死の御使い。

 奈落に恨みを持つ亡霊の具現か、或いは地上で死をもたらし続ける奈落へ、天が遣わした罰の象徴か。

 

 出会えば必死。

 いかに屈強な部隊といえど、その最後は必ず皆殺し。残る命は一つたりとて存在しない。

 殺された仲間たちが最後に残した、断片的な情報を集めて、ようやくソレには「羅刹」という名称がつけられた。……名称だけで、未だにその正体は掴み切れていないが。

 

 人か、呪いか、亡霊か、現象か。

 必ず烏を殺し尽くす存在が、なぜ今ここに……!

 

「……何の用だ、何が目的だ。まさか先生を追って――」

 

 その先の言葉は続かない。

 気配もなく足音もなく。

 俺のすぐ喉元には、刀の切っ先が突きつけられていた。

 

 ……指先から、体温が冷えていく。眼前には避けようのない死神。

 至近距離で感じる、あまりの殺気の圧に呼吸が浅くなる。

 少しでも身じろぎすれば、殺される。

 一秒後に、俺はかつて見た、見知らぬ「物」になる――

 

「……小烏(こがらす)?」

 

 耳に届いた声が、目の前の死神の言葉と悟るのに数秒かかった。

 声には疑念の色が帯びている。予想外の相手の反応に、こちらも思わず目を瞬いた。

 

「小烏?」

 

 声が再び尋ねる。

 ハッとなって、俺は反射的に、

 

「あ、ああ……」

 

 そう、喉から声を絞り出して肯定していた。

 その答えが果たして正解だったのか。

 スッと喉元から刃が引き、鞘に納められる。

 

「失礼。烏違い」

 

 殺気も憎悪も嘘のように。

 相手が顔を上げる。

 そこには、黒衣をまとった赤眼の少女……らしき者が立っていた。

 

 ……いや、少女!?

 あの羅刹の正体が!? 長らく奈落を壊滅に追い込んできた存在の正体が、こんな――!?

 

 

「――君!!」

 

 

 呼び声は己の背後から。

 それは紛れもない、眠っていたはずの師の声だった。

 

「せんせっ……!」

 

 まずいと咄嗟に振り返った瞬間、

 

「大烏ッ……!!」

 

 目の前を、死の黒風が通り過ぎた。

 その後姿をこの目が捉えた時には遅く。

 斬、と空中に、師の鮮血が舞っていた。

 

「先生ェェェ!!」

 

「――!」

 

 死神の白刃は音より速い。

 再び凶刃が師に迫り来る直前、俺は手に持っていた刀を投げ飛ばす。

 

「止まれ――ッ!!」

 

 死神が刀を避ける。直後、素早く先生が刀剣を掴み取り抜刀した。

 ガキィンッ!! と火花が激しく散り咲く。死神と、死神の刃が衝突する。

 交わされる凄絶な剣舞。その一挙一動は、俺の目では追い切れない。

 

「待ってください、私は――」

 

「問答無用……ッ!」

 

 幾度目かの剣戟が二人の間で行われる。

 先生が本気で相手にしていない――決して殺さぬよう手を抜いているのは明らかだった。しかしそれでも、彼女の剣術も決して師に劣らぬものであることが見て取れる。

 

「ッ――」

 

 先生の腕を刃が掠め、次の瞬間、その刀が弾き飛ばされる。

 トドメの突きが放たれる。

 それは真っ直ぐに、師の心臓を狙った一撃だった。

 

「やめろォォオオオッ!!」

 

 気付けば俺は、突き出された刃と、先生の間に割り込んでいた。

 何故、その刹那、彼女の動きに、身体が追い付けたのかは分からない。

 ただただ必死だった。先生のために、と考えていた思考もなく、ひたすらに先生を失いたくないという感情が、俺の身体を動かした。

 

 目を瞑った瞬間。

 ――死をもたらすハズの痛みは、いつまで経っても来なかった。

 

 目蓋を開けると、そこには無感動な表情でこちらを見つめている死神。

 その瞳に底はなく、光さえない赤い虚のようだったが。

 果てしない憎悪と殺意と怒りという意志だけが、そこには在った。

 

「……別物」

 

 ポツリと、静寂に彼女が零した。

 見れば刃は、全く俺の方なんて向いておらず、すぐ後ろの先生の首筋ぎりぎりで、完全に停止していた。

 ……更に言えば、彼女の瞳が見つめていたのも、俺ではなかった。

 

「別人。異物。特例。例外。――理解、不能」

 

「……貴方、は。“羅刹”……なんですか?」

 

 背後から聞こえる師の声は、どこか震えていた。

 恐れというよりは、驚愕の色に近い。

 それに対し、小さな死神は。

 

「皆目知らず。当方、烏を滅すのみ。――だが」

 

 刀が引く。

 殺気も殺意もそのままに、彼女はふと、崖下の方へと視線を動かす。

 

「大烏、肩透かし。想定外に予想外。()()()()()()

 

 失望を帯びた目で、彼女は言う。

 ついでにチッ、と強い舌打ちもして。

 

「故に、彼方(あちら)の大群、鏖殺す」

 

 八つ当たり、と最後に相手はそう言い残し。

 ふわり――と、崖を飛び降り、その幼い体躯を宙に躍らせた。

 

「待っ――――」

 

 先生が手を伸ばすが、届くことはなく。

 落下していった死神の黒影は、下を歩いていた奈落の追手たちに襲い掛かった。

 

 どよめきと混乱の気配が、地上に広がっていく。

 まき散らされる血潮。奈落の精鋭たちが、次々と彼女の手によってその命を刈り取られていく。

 

「……っ、行きましょう、先生。今の内に……!」

 

 肝の冷える出会いだったが、追手の注意が逸れている今が好機だ。

 グイと師の着物の裾を引っ張ると、先生は彼女のいる地上を一瞥する。

 

「……、」

 

「先生!!」

 

 強く声をかけると、ややためらいながらも、先生は視線を切る。

 手早く準備を整え、後ろ髪を引かれる思いであろうそんな師の手を握りながら、俺は足早にその場を後にした。

 

 

 *

 

 

 それから――

 先生は吉田松陽と名乗り、松下村塾という学び舎を始めた。

 旅の道中、いつまで経っても生意気な銀髪の子を拾い、また次の場所へ移動していく内、いつの間にか旅をする弟弟子は、一人二人と増えていた。

 

「だからあの時、朧兄さんの注意をちゃんと聞いていれば……」

 

「ハァ!? ありゃ高杉が先に行ったんだろ! 俺はそれを止めようとして、」

 

「なに人に責任なすりつけようとしてんだ。最初に話を持ってきたのは銀時、お前だろーが」

 

「いやホントに見たんだって! 仙人っぽいの居たんだって! マジで!!」

 

「お前ら、最初から全員乗り気だっただろう。結果がその泥濡れだ。帰ったら早急に風呂に入るように」

 

 ……はぁーい、と揃う三人分の返答。

 毎日問題を起こす困った弟弟子たちだが、おかげでこの日々に飽きがくることはない。

 

「あはは、仙人ですか。私も見てみたかったですね」

 

 隣で微笑する師の顔は、奈落にいた頃では、決して見ることのできなかった、この平穏な日々の象徴だ。

 

 ただ、それでも。

 様々な土地を歩き、門下生が何人増えようとも。

 俺と師の頭には、あの時置いてきぼりにした、一人の少女の姿がチラつくのだった。

 

 

 *

 

 

「――君が居眠りとは珍しいですね、朧」

 

 目蓋を開ける。

 そこは奈落の拠点にある、己にあてがわれた自室だった。

 

「何か夢でも見ましたか?」

 

「……いいえ。今となってはもう不要の、下らぬ過去の記憶です。――虚様」

 

 正座したまま見上げると、そこには赤い眼をした当代奈落の頭首が立っている。亜麻色の髪やその顔立ちは、記憶にあるかつての師と瓜二つ。

 

 幾日が経った。幾月が経った。幾年も経った。

 あの温かな日々の時代から。

 「吉田松陽」は処刑され、その弟子たちは別々の道を歩んだ。

 そして己は、弟弟子たちより一足早く道を決め、再びこの日陰に戻ってきた。

 

「そうですか。私は今も夢を見ています。“未知”たる彼女とまみえる日を――」

 

 かつて。

 少女が探し追い求めていた大烏は、そう言い残して去って行く。

 

「……、」

 

 この胸に抱く意志は、無謀なものかもしれない。無意味であるのかもしれない。

 ――それでも、俺は信じている。

 決して、不可能ではないと。

 必ず彼らと相まみえる時は来る。必ず師は、生きて戻られる。

 

 

 黎明、未だ来らず。

 烏となった男は、闇の中で、今もその日を待ち続けている。

 




~緊急記者会見~
 羅刹「朧くんを松下村塾ルートに叩き込みました。ごめんなさい」


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