簪とのありふれた日常とその周辺 (シート)
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簪との堕ちた一日

 閉まりきっていないカーテンの隙間から夕日が差し込み、薄暗い部屋を微かに照らす。それを見て夕方になったのを気だるくぼんやりとした眠りにあった意識の中で確認した。

 気だるいのは意識だけじゃない。体もだ。疲れているせいか体が気だるく、そして重く感じて動かすのが煩わしい。めんどくさい、出来れば閉じている目をこのままにしてもう一眠りといきたい。だるくて仕方ないんだ。

 しかし、そうさせてくれないものがあった。眠りにあった気だるくぼんやりとした意識を半ば無理やりにでも覚醒させるかのように、俺のすぐ傍で動いているもう一人の存在。それが原因だった。

 目を閉じていたかったがしぶしぶ目蓋を開け、それを確認した。

 

「んっ、んっ……あっ……やっと起きたんだ」

 

 目を開けると、すぐ目の前に簪がいた。何やってるんだ。

 綺麗な水色の髪のセミロングがとてもよく似合う簪は俺に寄り添い、俺の体に何度も何度も楽しそうに愛おしそうに唇だけが軽く触れるキスをしている。まるで愛撫のようだ。

 

「何、やってるって……んっ……ちゅっ、んっんっ……見ての通り、だよ」

 

 悪びれる様子もなく簪は体にキスするのをやめない。

 ふと下のほうを見れば、簪は何も身にまとってないのが分かり、それは俺も同じ。自分達の様子を見て、ゆっくりと前のことを思い出していく。

 普段学園生活の疲れを癒したり、日々代表になる為の訓練の息抜きにと俺と簪は大型連休を利用して、三日間泊りがけで観光地に二人だけで観光しにきたんだった。簪との始めての旅行。

 今はその観光二日目で宿泊している旅館の部屋にいることを思い出した。

 

 簪はキスするだけじゃなく、時には頬ずりしたりしている。何やってるんだかと思うが嫌な気持ちはしない。くすぐったいだけで、むしろ嬉しかったりする。

 そんな簪の様子を起きてすぐのぼーっとした頭で眺めていると。

 

「な、何見てるのッ……え、えっち……」

 

 恥ずかしそうに頬を赤く染めて、恥ずかしいのを隠すように俺の体に抱きつきながら顔を埋める。すると、一糸まとわぬ姿の俺達は必然的に肌と肌が触れ、また俺の腹部の辺りと簪の胸が触れ合うと簪は体を一瞬ビクっと震わせていたが、抱きついて顔を埋めるのをやめない。

表面上では恥ずかしそうにしているが、簪のやってることは真逆。むしろ、体の間に隙間なんてけっして存在させないかのようにぴったりと抱きついて、簪は足を絡めてきたりと恥ずかしくなるようなことをしている。

 

こんな風に密着しているのだから、必要以上に簪のその華奢な体、控えめではあるけれど決して小さいというわけじゃない、形の良い簪の美乳がさっきから当たっていて気恥ずかしさを感じ、意識し体が反応してしまう。具体的に何処が、とは言わないが。

 

「んふふっ……ん? どうかしたの?」

 

 俺の様子が気になったのか、簪は様子を伺ってきた。しかし、どう答えたらいいものやら。こういうことは初めてじゃないが、正直に伝えるのは何だか気恥ずかしい。一夏じゃないんだから馬鹿正直に今更胸が当たって照れているだなんて言えない。

しかし、そこは簪。出会い、付き合い始めてからまだそんなに長い月日は経ってはいないが、短いながらも濃密な時間を過ごした間柄。俺の考えていることなんてお見通しみたいだ。

 

「む、胸が……気になるの? えへへー嬉しい。こういうのは……あててんのよって言うんだよね」

 

 またえらく古い言葉を。大方、ネットや漫画から仕入れた知識からの台詞なんだろうことは分かった。そして、その言葉通りなので、俺はただただ気恥ずかしさから視線を簪からそらした。

 しかし、それが簪には気になったらしい。

 

「あ……ご、ごめんね。私の胸なんて嬉しくないよね。お姉ちゃんみたいに大きくないから……」

 

 悲しそうな簪。相変わらずちょっとしたことがあると悲観的になる。それに何かと楯無会長と比べる癖はまだ治ってない。楯無会長との確執が先のことで多少なりと解決したとは言え、簪にとって楯無会長は未だ大きな存在。比べてしまうのをそう簡単にやめられないのは分かるが、それで悲しい顔を簪にされるのは俺が嫌だ。

 

「きゃっ!?」

 

 簪の悲しいのが少しでもまぎれる様にと簪を抱き寄せる。簪は驚いた声を上げていたが、徐々に俺の腕の中で安心してくれたのが分かった。

 そして、少しの時が経つと俺と簪の目と目があう。どちらからともなくゆっくりと唇があわさった。

 

「っん、っちゅ……ん、はぁ……っ、ちゅっ、ちゅっ、んっんん、ちゅっ」

 

 最初こそはふれあう軽いキスで簪は緊張気味だったが、いざ舌と舌が絡みあい始めると簪は積極的だ。熱がこもった甘い吐息をもらしながら、簪の方が激しく舌を絡めてくる。簪は夢中なようで口端から唾液がすすり落ちるのも気にせず俺の頭を抱きかかえ、無我夢中で舌を動かす。

 どうやら俺は簪のスイッチを入れてしまったのかもしれない。部屋には舌が絡み合う音だけが響き――そしてどのくらいの時間が経っただろうか。

 一まず満足したのかどちらからともなく唇を離し、俺は簪から解放された。今だ気持ちがあかぶっているのか、簪の目は潤んでおり、頬は赤く、その姿は妖艶に見える。俺はそんな簪を落ち着けるように簪の髪をなでた。

 

「ありがとう、慰めてくれるんだね。あなたに抱きしめてもらえるととっても安心する。ダメだって……分かっているのに……ごめんね……私めんどくさくって」

 

 事実だから特に否定はしない。否定すると簪は返って気にする。ありのままの簪を受け入れる。

 それに簪のそういう一面も含めて簪のことを愛してる。愛の前には瑣末なことだ。

 抱き合い、俺は簪の髪を撫でながら、簪はまどろみながら二人っきりの時間が経っていく。そういえば、意識が覚醒してからどのくらい時間が経ったんだろう。時間が確認できないから正確な時間とその経過は分からないが、体感的にかなりの時間が過ぎている気がする。

 流石に夜も近い、というかもう夜だろうし、そろそろ起きなくては――そう思い体を起そうとするが、それはできなかった。

 

「ねぇ……あ、あのね」

 

潤んだ瞳、熱をおびたなまめかしい表情で見つめてくる簪。何だか悪い予感がする。

 

「……しよ?」

 

何を? なんて野暮なことは言わない。若い男女が一つのベッドの上で一糸まとわぬ姿でいれば、まあそういうことになってもおかしくはない。

 だけど――少し戸惑っていると簪はかまってほしそうに首筋にかみついてきたり、人の腕とっていじってくる。 ついには我慢できなくなったようだ。

 

「もう、我慢できないよっ……!」

 

 俺の下腹部に簪は手を伸ばし始めて、慌てて手を掴む。すると、案の定というかべきか悲しそうな表情をした。

 

「いや、なの……?」

 

 そういうことじゃないんだ、簪。

 

 嫌じゃない……だがここだけの話、“そういうこと”は寝る前、散々やった。これでもかってぐらいに。ぶっちゃけ、観光なんて二の次になってしまっている。観光はこの観光地に来た初日だけだ。本当は今日も昨日行ったところとは別のところを観光する予定だったのに……

 思えば夕べは食後、“そういう”雰囲気になり、夜何度もして、朝も朝で軽い朝食をとったら昼までぶっ通しでしたりと、観光しに来たのか、しにきたのか分からなくなってくる。

 

「観光なら明日は必ず観光しよう。だから……ね」

 

 さっきのキスで簪のスイッチを入れてしまったのは気のせいではなかったみたいだ。男の俺より、女の簪の方がこうも積極的だとは……まあ、今に始まったことじゃないか。

 簪は普段内気な性格だが……こういう時は人が変わったかのように積極的だ。“初めて”の時は確か簪からだったか。

 そう思えば、本当に簪はいやらしくなってしまった。

 

「……い、いやらしいって! ばかっ……私がいやらしくなっちゃったのはあなたのせいなんだから……」

 

赤くなってはずしそうに言うが簪はまんざらでもなさそうだ。

簪がより密着してくる。

 

「遠慮……しないで。あなたが完璧じゃなくて……そこがいいなんて言ってくれたから。今もこれからも私の全部あなただけのものだよ」

 

 ――だから、あなたの全部を私のものにさせて。

 と、簪は熱のこもった甘い声で言い、行為をし始める。

 

結局、今夜もか。観光しに来たのに薄暗い部屋でぴったりと寄り添いあい爛れに爛れた行為にまるで獣の様に励む。これじゃあ、いつも休日となんら変わらない気もしなくはない。

だけどこんなことを簪に言われれば、拒否する気も起きず、先ほどまで気にしていたことがどうでもよくなってくるのはやっぱり、惚れた弱みというものなんだろうなとふつふつと感じる。

 

「好き、好きよ。あなたを愛しているの。私のヒーロー」

 

甘く確かなキスをしながら、俺と簪は一つに混ざりあうように快楽の海へと溶けて行った。

 




簪可愛い!


今回は簪メインのお話
テーマは『依存しきった簪と薄暗い部屋の中でずーっとひっついている爛れに爛れた二人の一日』。

この簪は
・一見クールで口数少ない無口キャラだけど、割と激情型かつ個人的感情に従うタイプ
・すぐ悲観的になって、悲観的なことばかり言う
・依存体質かつ凄くおもくめんどくさい子
という、要素を念頭に置いて書きました。
めんどくさ可愛い簪可愛い。

発想は某スレからいただきました。
何かあれば、遠慮なくどうぞ。

感想やご意見、随時受け付けています。一言二言でも嬉しいので、お気軽に感想爛に書き込んでいただけると幸いです。

ちなみに簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪と過ごした11月11日

 さくっ、さくっ……とポッキーを食べている音が木霊する。

後どれくらいなんだろうか。目を閉じているから、実際後どのくらい俺と彼女――簪との間にポッキーがあるのか分からない。

 しかし、目を閉じていても簪が目の前にいて、だんだんとお互いの距離が縮まっていることはよく分かる。

 

「んっ……んっ、んぅっ」

 

 ただポッキーを食べているだけなのに簪の吐息が色っぽく聞こえる。それはきっと目を閉じているせいだ。目を閉じ、耳しか使えない今。脳が耳から聞こえる音をいつもより意識して、聞こえた音をつい厭らしいと思ってしまうのは男の性。

 

 そろそろポッキーの長さ的に唇と唇が重なるのではないだろうか。簪とそういうことをするのは嫌じゃない、むしろ好きなぐらいだ。だが、いかんせん普段してないようなことをしている為、このままそうなってもよいものかとふとした迷いが脳裏を過ぎ去る。

 

 そもそも何故今、こんなことをしているのか、それは簪のある一言がきっかけだった。

 

 

 

「ねぇ」

 

 放課後。学校が終わった俺と簪は俺個人の自室で過ごしていた。

 二人共通の趣味であるDVDを見ている時、簪が問いかけてきたのだ。

 

「……今日がポッキーの日だって知ってるよね」

 

 俺は頷く。知っている。今日は十一月十一日。

 この日、日本では今日の日付に使われている数字の11が某お菓子会社から発売されているポッキーとプリッツに見えるということから、ポッキーの日――正しくはポッキー&プリッツの日と呼ばれることがあり、日本記念日協会でも正式に認定されている記念日だ。

 学校でもポッキーやプリッツを食べている人達を多く見かけ、一夏が多くの女子からたくさんポッキーを振舞われていたのを思い出す。

 

「それでね、ちょっとネットで調べたんだけど……ポッキーの日にカ、カップル同士でする……ポッキーゲームってのがあってね」

 

 頬を少し深く染め恥ずかしそうに言う簪。

 

 そういえば、ポッキーの日にカップルはよくそんなことをするってのは何処かで聞いた憶えがある。どんなことをするのかもちゃんと知ってはいる。

 もっともあれはパーティーゲームの一つでポッキーの日関係なく、そのお菓子さえあればやろうと思えばいつでも出来る。

 確か学校でもそれを知ったラウラが一夏に迫っていたっけか。

 

「ポッキーゲームをカップルですると盛り上がるらしくて……だから、えーっと、ね」

 

簪が何を言いたいのか分かった。したいってことか、と聞けば簪は目を輝かせて言った。

 

「うん!」

 

 やる気満々の様子の簪。

 

 確かにカップルでそういうことをすれば盛り上がるだろうけど、俺の部屋には肝心のポッキーがない。こんなことなら、購買で買っておけばよかった。

 そう思ったが簪の手元を見れば、ポッキーの袋が一つ握られていた。あ……最初からやるつもりだったんだな。

 

「あ……目は閉じといてね。絶対……終わるまであけちゃダメだから」

 

 はいはいと、言いながらポッキーの枝の部分を俺は簪に咥えさせられる。

 簪にはもうさっきまでの照れた様子はない。するということは自分の中での決定事項なんだろう。そうと決まったらそうする、自分の欲望に素直な簪らしい。

 

「じゃあ、ん」

 

 簪はチョコの方を咥え、お互いに食べ始めていく。

 

 ポッキー自体はそんなあるわけじゃないが、二人でこんな風に食べるといつもよりもポッキーがあるように感じてしまう。食べ進めているが目を閉じている為、実際どのくらいお互い進んでいるのか確かめることが出来ない。

 何より――

 

「んっ……んっ、んぅっ」

 

 さっきから聞こえる簪の微かな吐息がいやらしく聞こえてしまう。

 ただポッキーを食べているはずなのにおかしい。でも、目を閉じているせいか余計に聞こえてくる簪の吐息を意識しまう。いけないことをしている気分だ。普通にキスとかじゃれあうのは嬉しさがあっても今の様なやましさは感じないのに、普段しないことをしてポッキーゲームの結末――キスしようとしているのを更に意識して気恥ずかしい。

 

「あっ」

 

 ポッキーが折れてしまった。折れたっというよりかは……状況的に俺が折ったということになるんだろうな。しかし、折れた拍子に目を開けてしまえば、簪の顔は目の前にあり、同じ様に折れた拍子に目を開けた簪と目があってしまった。

 恥ずかしさから二人して少し離れる。

 

「……えへへ、私の勝ち、だね」

 

 折れて残ったポッキーを簪は食べ、恥ずかしそうにでも嬉しそうに言った。

 ポッキーゲームの一応のルール的に言うと先に折ってしまった俺の負けで、簪の勝ちとになる。

 しかし、俺としては一安心だ。ドキドキとして仕方ない。

 

「でも、残念……後、少しだったのにな」

 

 気のせいか簪は名残惜しそうな瞳をしている。

 気のせいってことはないな、経験則から言って……というか、すっかり簪のスイッチが入っていることは俺には容易に分かった。

 

「……ねぇ」

 

心なしか艶っぽい表情で簪は上目遣いで見つめてくる。

 

「まだポッキーはたくさんある……よ。次、しよ?」

 

 ポッキーのことだよな?と聞きたくなるほど艶っぽい声。簪を見ればポッキーを咥え、目をつぶって待っている。その表情がまた可愛らしく、俺には簪に従うしか選択肢が残されてないことを実感さられる。

待たせるのはよくないので俺も残るもう一方の端を咥えると再びお互い食べ始めた。

 

「んっ、んむ……んむっ……」

 

 だんだんとお互いの距離が縮まっているのが分かる。さっきよりお互い食べる速度が早いのは気のせいなんかじゃない。二人してポッキーゲームの結末――キスに辿りつきたいそんな思いがあるのは確かだ。

 簪の顔が近い。おそらく目を開ければ、簪の可愛い顔は本当すぐ目の前にあるだろう。むしろ近すぎて、簪の甘い吐息がかかっている。いつまでもこうしてたいと思える幸福を、嗅覚で感じていた。しかし、このままではいけない。この一時はそろそろ終わる。キスによって。

 

 ポッキーがなくなり、必然的にそっと唇同士が重なる。

 

「んんっ! ちゅっ、はぁっ……ぁっ、んちゅっ」

 

 触れ合うだけでは男のサガもあって我慢できなくなり、確かにするキスに簪は始め、体をビクっとさせていたが次第にキスを受け入れてくれ、触れ合うようなキスから舌を絡め、唾液のやり取りをする深いキスになっていく。

 ポッキーを食べてた後なので微かなポッキーの破片はあるが気にならない。それどころか、二人を隔ててある種の境界線となっていたポッキーがなくなったことで、二人が混じりあいそのまま溶けていきそうだ。

 甘く痺れるような長く深いキスをしてから、そっと唇を離す。

 

「んっ、ぁ……も、もう! 突然っ!」

 

 頬を赤く染めてポカポカと俺の胸板を叩きながら怒る。痛くはない。じゃれているかのようだ。怒っているのも照れ隠しの為だろう。決して嫌がって怒っているわけじゃないと分かっている。

 そんな簪が可愛くて、ちょっと意地悪っぽく聞いてみた――嫌だったかと……。

 

「い、嫌じゃない……むしろ、嬉しい」

 

 と、誰が見ても幸せだとわかるくらいの笑顔で簪は言った。

 簪は二人っきりの時だけだが、素直でちゃんと自分の思いを伝えてくれるのだ。

 それは恋人である俺だけが見れる特権。なんて至福。

 

「あ……で、でも、どうしよう……貴方のせいで、私……どんどんえっちに……なってる」

 

 確かに。簪は欲求に忠実な分、多分俺よりもそういう欲求が強いからなんだろう。

 

「だね、あなたの言う通りかも。だから……あなたの好きにしていいから。たくさん愛して……私を、私だけを。ちゃんと責任とってよ、ね」

 

 ここまで簪に言われて、断れば男が廃る。

 正直、もうポッキーゲームなんてお互いどうでもよくなってる。

 俺達の身体はどんどん熱くなって――ただ、好きな愛しい相手をむさぼりたいという感情一心。

 俺は返事をするように簪を抱き寄せ、今一度深いキスをした。

 

「ふっ……んちゅっ、んぅ……んんんっ、あなた……んむぅ、愛してる……ちゅっ……」

 

部屋の明かりで出来た二人の影が一つに触っていく。

そうして、俺と簪は一つになるかのようにまるでチョコのように甘く溶けていった。

 




11月11日の昼11時11分には流石に間に合わなかったので
11月11日の夜11時11分に投稿しました。

設定?は前作のお話と一緒です。
なので今回も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪に『お兄ちゃん』と呼ばれた日のこと

「お姉ちゃんと妹……どっちが欲しい?」

 

 そんなことを簪に尋ねられたのは、二人一緒に休日の時間をまったりしていたときのことだった。

 その日は朝から雨でISの訓練を室内型の競技場でしようと思ったが同じことを考える人は多くて、使用許可を貰う書類の段階でかなり人数を待たされることを教えられ、待っていたらその日にできそうにないのでISの稼動訓練はあきらめた。

 次に専用の部屋で体作りをしたが一通り終えてしまい、他にやることもなく手持ち無沙汰を感じながらも俺の個室で二人一緒に過ごしていた。

 

 突拍子のない突然の質問。内容がよく意味が分からない。

 どういう意味なんだ?

 

「えっとね……今あるツイートを見つけて。これ」

 

 俺の部屋のベッドに寝そべって端末を見ていた簪は体を起して、ベッドに腰掛けて雑誌を読んでいる俺に端末の画面を見せてくれる。

 そこには

 

『フォロワーに聞く。姉か妹、どちらが欲しい?』

 

 という二択のアンケート形式のツイート文が書かれていた。

 ちなみに簪は妹に票を入れているのが分かった。

 妹欲しいんだ。

 

「この二択ならね……お姉ちゃんはいるから」

 

 ああ……楯無会長がいるなら姉はいらないわな、まあ。

 あんなアグレッシブなお姉ちゃんが二人もいたら凄い大変そうだ。

 もう一人の姉が楯無会長と同じ性格とは限らないし、どう大変そうなのかは言わないが。

 

「それで……どっち? お姉ちゃん? 妹?」

 

 簪は再び問いかけてきた。

 そうだな……この二択なら妹かな。

 お姉ちゃんはいるにはいるし……

 

「妹かぁ……ってあれ? 一人っ子じゃなかった?」

 

 俺が一人っ子なのを知っている簪は不思議そうに聞いてくる。

 

 違う違う。言葉足らずだった。

 お姉ちゃんみたいな存在というのが適切な表現だ。

 いるだろう、楯無会長が。

 

「ああ……そういうこと」

 

 簪は納得してくれたみたいだ。

 楯無会長は俺にとって……というか、一年生にしたら上の学年の人なんて兄貴やお姉ちゃん的存在だ。

 実際、楯無会長はお姉さん的存在そのものだし。

 それに簪と結婚すれば……事実上、楯無会長は姉もとい義姉になる。そう言って自分がとんでもないことを言っている事を自覚した。

 

「け、結婚してくれるんだ……」

 

 両手を深く染まった頬に当て簪が嬉しそうしているのが分かった。

 流れでとんでもないことを言ってしまったが否定する必要はない。ゆくゆくはだけど……ちゃんと簪との将来を考えているのだから。

 

「嬉しい……すっごく。ありがとう」

 

 そう言ってベッドに腰掛けている俺に抱きついてくる。それを受け止めて、抱きしめる。

 

「ふふっ、えい……っ!」

 

 驚く間もなく押し倒すように簪は体重を全部預けてくる。上半身だけでは上手く受け止め続けることが出来ず、簪の狙い通りなのかはわからないが押し倒され、ベッドに二人して寝転がる。

 

「~♪ ~♪」

 

 鼻歌を歌いながら、俺の首筋に簪はすりすりと頬ずりをしてくる。くすぐったいが首筋が気持ちよくていい気分だ。簪の柔らかな体が密着し、女の子独特の甘い匂いがする。抱きしめあうなんてことは今まで何でもしているがやっぱりドキドキと鼓動が早くなる。しかしそれでいて同時に簪の優しい暖かな体温に安心感を感じてまどろむ。

 

「あ……そうだ」

 

 首筋にすりすりと頬ずりするのをやめて簪はこちらを見つめてくる。

 俺はどうしたんだと問いかける。

 

「あの二択以外にも選択肢があってもやっぱり妹が欲しい? 例えば、お兄ちゃんや弟を選べたとしても」

 

 そんな質問を問いかけてくる。

 どうだろうな……と少し考える。一人っ子だが兄妹が欲しいなんて考えたこともなかった。だからやっぱり、選ぶとすれば妹かな。特に深い意味はないけど。

 そう答えると簪は嬉しそうな顔をしていた。

 

「そっか……妹かぁ。そっかそっか……」

 

 簪はしきりに何か納得した様子。

 よかった。理由でも聞かれたら困っていたところだ。選んだ理由なんて本当に何となく。

 そんな風に思っている時だった。

 

「お兄ちゃん」

 

 時が止まった感覚を生まれて初めて肌で感じた。

 聞き間違えではないようだ。簪に『お兄ちゃん』と呼ばれた声が脳裏で反響して、嫌でも現実逃避なんてことはさせてもらえない。

 

「凄い顔してる」

 

 笑われながら言われてしまった。それだけ面白い顔をしてるってことなんだろうけど、突然『お兄ちゃん』なんて言われれば、驚くに決まっている。しかし、いきなりどうして……いや、前フリみたいなものは 思い返せばあったけど。

 

「ふふっ、お兄ちゃん」

 

 嬉々とした声で呼ばれる。誰かにその呼び名で呼ばれるのは初めてじゃないはずなのに、簪にその呼び名で呼ばれるのはなんだかむず痒い。

 

「顔、赤くなってますよ。お兄ちゃん」

 

 からかう様にまたその呼び方をしてくる簪。言われて俺は、顔が赤いことを自覚した。簪は俺が赤くなって照れているのが珍しくて楽しいんだろう。これじゃあからかわれるのも無理もない。可愛い反応をしてくれるからついからかってしまうけどいつもと逆だな、まったく。

 それに簪にそう呼ばれるのが今初めてなだけで悪い気分はしない、むしろ違和感みたいなものも感じない。多分それは簪が楯無会長の妹で妹がどんなものか知っているからなんだろう。

 

「お兄ちゃん~んふふっ」

 

 しきりに何度も『お兄ちゃん』と呼び、俺の胸に簪は頭を埋めてぐりぐりとしてくる。いつもとは違う甘え方。それは普段の恋人に甘え方ではなく、妹が兄貴に甘えるような甘え方。

 その甘え方をされるのは満更でもないが、何度も彼女に『お兄ちゃん』と呼ばれているとそういういかがわしいプレイでもしている気分になってくるのは男の性のせいだ。

 にしても、簪は急にどうしたんだろう。深刻な感じではないが、『お兄ちゃん』と呼ぶのには並々ならぬ思いがあるのを感じる。

 どうして急にそんな風に呼んだのか当たり障りのない様に聞いてみた。

 

「さっきのアンケートの二択以外でも妹選ぶのかってあなたに聞いたよね。私はね、あの二択以外ならお兄ちゃんが欲しかったの」

 

 そう答えてくれた簪。

 妹ではなく、兄が欲しかったのか……一般的にだが兄姉がいるひとは弟妹がほしくなるって聞くが姉がいても兄が欲しいと思うものなんだな。

 しかし、どうしてまたお兄ちゃんを欲しいだなんて。

 

「どうしてって顔してる。まあ……お兄ちゃんが欲しかった理由は簡単。甘えたかっただけ。更識の家は厳しいし、お姉ちゃんとは物心ついた時からもう自分との差を感じちゃって……誰かに甘えるなんてとてもじゃないけど出来なかったし、甘えようとも思わなかった。でも、お姉ちゃんじゃなくておにいちゃんならもしかして甘えさせてもらえるんじゃないかって」

 

 そういうことか。

 

「でも、お兄ちゃんがいても結局変わらないかもしれないね。私はダメダメだから」

 

 伏せ目がちな簪の表情は悲しそうにみえる。

 

「ごめんなさい、変なこと言って。変な甘え方しちゃったね、しかもこんな口実まで使って。また甘え過ぎちゃってごめんなさ……な、何?」

 

 そこまでだ、と言葉を止めるように抱き寄せて顔を埋めさせる。

 また簪の謝り続ける悪い癖が出ている。思い込みの激しい簪は自分のことをダメだと思い、ダメだと思っているを自覚しているから余計に自分のことが嫌になって謝ることしかできなくなる。

 甘えるのだってそうだ。甘えたいけど、甘えすぎてしまうことを自覚して、そんな自分ことがまた嫌になって罪悪感から謝ることしか出来なくなる。

 まったく、不器用だな、簪は。気にせず、何も気にせず甘えればいいものを。まあ、気にせずにはいられないから不器用になってしまうんだろうけど、その不器用さが簪のかわいいところだけども。

 

 落ち着かせるように抱き寄せて胸に顔を埋めている簪の頭をポンポンと優しく撫でる。

 簪の気持ち分かるから気にするなとは直接的にも言えないが、それでも存分に頼ってくれていい、好きなだけ甘えてくれればいい。

 付き合う前の一人で何でもしようとして冷たかった簪を知ってるからこそ、余計に素直に頼ってくれるのが嬉しい。自分の性癖じゃないが、頼られたり、信じてくれる人がいるといろいろ力が沸いてふつふつと「男としての幸せ」を感じる。

 嫌だったりしたらちゃんと言うし、頼りないかはちゃんと頼って甘えられる方がいい。それが許されるのが今の俺達なのだから。

 

 そんなことの思いを簪ちゃんと伝える。

 

「そう、だね……ごめんなさ……じゃなくて、ありがとう」

 

 引き合うように自然に俺達は優しいキスをする。

 

 それと簪に『お兄ちゃん』と呼ばれるのは悪くはないが、俺は簪の『お兄ちゃん』になりたい訳でもないし、なってもあげられない。

 

「どういうこと?」

 

 恋人だから、と言って照れくさくなったけど。

 

「ふふっ、そうだね。お兄ちゃん欲しかったけど、もういいかな。今は何よりも大切な恋人(あなた)がいるからね」

 

 簪は幸せそうに笑みを浮かべていた。

 そんな笑顔を見ていると、俺もまた幸せを感じて口元が緩むのが分かった。

 

 まあ、たまになら簪も『お兄ちゃん』と呼ばれるのは悪くなく、また満更でもないので捨てがたい。

 そんな風なことをぼやく様に漏らしてしまったようで。

 

「そうなんだ……ちなみに他に呼ばれたい呼び方ってある? お兄様とかにぃにぃとか兄様とか」

 

 兄様はヤバい感じがするのは気のせいだろう。

 他の『お兄ちゃん』の呼び方か……どれもおもしろそうでいいけど、やっぱりシンプル・イズ・ベスト。

 お兄ちゃんでお願いします。

 

「は~い、お兄ちゃんっ♪」

 




脳内で浮かんだ話を整理するためにこっそり投稿。
テーマはタイトル通り『付き合っている簪に突然お兄ちゃんと呼ばれたら?』
まあ、いつも通りの仲良しさんな二人ですが。
簪にお兄ちゃんと呼ばれたら、いろいろとヤバい感じがするのは確か。
簪の場合は実妹よりも義妹のほうが元から持っている妹属性が発揮される気がします。
まあ実際、簪‘みたい’な(←ここ重要)妹いたらめんどくさくて可愛い。

今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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ドライデレな簪との一時

「二人ってさ付き合っているのに何だかドライなカップルだよね」

 

 そんなことを突然言われたのは放課後、学食のカフェテリアで簪と二人でお茶をしていた時のこと。

 言ってきたのは同じクラスの女子。仲はそこまでよくはないが見知った顔だ。

 突然のことにどういうことか分からず、俺と簪は顔を見合わせた。

 

「あっ、それ私も思った!」

 

 近くにいた女子までもがその言葉に賛同して、ますますどういうことかなのか分からなくなる。

 自分達で困惑していても仕方ないので、ほぼ無表情に近い簪が静かに聞いた。

 

「……どういうこと?」

 

「あ、更識さん、気を悪くしたのならごめんね。別に悪気があって言ったんじゃなくて、二人ってさ今みたいにいつも一緒にいるけど……何というか付き合ってるのにこう甘い雰囲気が少ないっていうかイチャイチャしてるの全然見ないなぁと思って」

 

 なんてことを言われ、周りにいる女子達がうんうんと頷いている。

 

 どうやら俺達は周りからドライだと見られているらしい。自分達がそうだなんて今、言われるまで考えたことなんてなかったし、簪との関係がドライってことは決してない。加えてドライなのをお互い自ら装っているつもりもない。自分達で言うのも恥ずかしいのは分かっているが、熱々なくらいだ。

 それに彼女達が言う甘い雰囲気やイチャイチャしているが一体どういうことを指して、そう言うのか分からないが俺達がドライなカップルに見えてそれが何か問題あるのだろうか?

 悪口……ってわけじゃないだろうし、そう言われても訳が分からないだけで嫌だとは思わない。

 別に誰かに対して自分たちが熱々なのを見せつけたいなんて考えはないし、そんなことはしてないつもりだ。俺も簪も今の付き合い方に不満があるなんてことは決してない。むしろ、今の付き合い方が一番性にあっているぐらいだ。

 だから余計にどうしてそんなことを聞かれたのか、ますます疑問でしかない。そう思っているのは俺だけじゃなく、簪もだったみたいで。

 

「……それが何か問題でもあるの?」

 

「えっ? えっと……問題はないんだけど、そんな二人見ないからもう少しぐらい二人がイチャイチャしてるの見てみたいなぁ……って思っただけで……」

 

「う、うん」

 

 静かに問いかける簪の雰囲気に圧されて彼女達はたじろいだ様子をする。

 

 そういうものなんだろうか。やっぱり、女子高でしかも年頃の女子。恋愛ごとに興味ある年頃で、俺と簪はIS学園で数少ないカップルだ。付き合っていることは自他共に認めていることだからこそ、話題になって彼女達にしたら興味がわいて他人の恋愛が気になるんだろう。

 例えるなら芸能人カップルがどんな付き合い方をしているのか気にするエンタメ的な感覚で。多分そんな感覚なはずだ。その気持ちが分からなくはないが、だからといってな。

 

「……別にドライなつもりはないし、イチャイチャなんてする必要ない」

 

 静かに簪は言った。

 

 俺も簪と同意見だ。人前で人目を気にせずイチャイチャなんてする必要ないし、しないからこそ傍から見てドライに見えたとしても今更変えるつもりはない。それは拒絶しているわけじゃない。外でそういうことは基本的にしないと、お互いの中である種の暗黙の了解となっているだけの話。暗黙の了解となってはいるが……そういう雰囲気になればするし、求められればちゃんと求め返す。本当にそれだけの話。

 

「か、更識さんはツンツンしてるというかクールだね。あっ、そうだ。彼氏さんとしてはどうなの? イチャイチャしないの?」

 

 矛先が今度は俺に向いてきた。

 俺も特にそこまでは……と答えておいた。

 

「本当、付き合ってるのにドライだね」

 

 そんなことを何度も言われてもな。ドライに見えるのがそんなに気になるものなのか。

 付き合ってるとは言え、IS学園はもちろん今の俺が置かれている状況で付き合っていることが少なからず公認されているのがありがたい話だ。よくある政治的圧力なんてものはないし、やっかみもほとんどない。

 だからといって、人前でも人目を気にせずってのはやっぱり気が引ける。やればこんなこと言われずに済むんだろうけど、やったらやったでそれをネタにからかわれたりするんだろうな……おそらく。

 それは嬉しい気がしなくはないが、やっぱり恥ずかしさから煩わしくも感じてしまういそうだ。

 

「何かもったいないな~……折角付き合ってるのに」

 

「そういう問題じゃないし……イチャイチャなんてしたくない」

 

「……は、はい」

 

  いつになくきつい口調で簪が言うと、たじろいだ様子で彼女達はそれ以上何も言わなかった。

  同じこと何度も言われて、流石の簪もいい加減しつこくなってきたみたいだ。機嫌悪くなってるのがよく分かる。が、だからって簪、凄むのはやめような。

 ともあれ、他人にどう思われようとも簪が言ったことが全てだとは思う。人前でイチャイチャする必要はやっぱり感じられないし、露骨にイチャイチャなんて人前でしたくない。恥ずかしいからな……。

 結局、恋愛の仕方や恋人との付き合い方は星の数あるだろうから気にしても仕方ない。

 

 

 

 

「さっきはごめんなさい」

 

 俺個人の自室のソファーにもたれながら、胡坐をかいている膝の上に向かい合うように座って抱きついてきている簪を抱きしめ、簪の髪を撫でている時、突然簪がそんなことを言い出した。

 さっき……そう言われてすぐにピンと来なかったが、今こうして夕食まで過ごすしている前のことを順を追って思い出していくとあることにつきあたった。

 ああ、さっきってカフェテリアでのことか……でも、謝られるようなことをされた覚えはない。何についてのごめんなさいなんだ?

 

「ほら、さっきイチャイチャしたくないとかする必要ないとか言っちゃって……あなたとしたくないわけじゃなくて! その……!」

 

 頬を赤く染め恥ずかしそうにモジモジとしている簪が可愛い。

 確かに「誰と」という主語がなかったから聞き方によっては誤解するかもしれないが心配しなくても、大丈夫だ。簪がどういう意図でどういう意図で言ったかぐらいは分かっている。

 そのことを簪の髪を梳きながら伝える。

 

「流石だね。よかった」

 

 安心したのか簪はほっと胸を撫で下ろして安堵に頬をほころばせる。

 

「でも、私達ってそんなにドライに見えるのかな?」

 

 気にしてたんだ。

 

「悪口じゃないと分かっていてもあれだけ散々言われたら嫌でも気になる。やっぱり、人前で見せつける様にキ、キス……とかしたほうがいいの、かな」

 

 その光景を想像して恥ずかしくなったのか、また頬を赤く染めて照れている簪。

 彼女達が言っていた甘い雰囲気やイヤャイチャってやっぱり、簪が今言ったようなことだったんだ。確かに人前ではそんなこと滅多にしないし、学園内ではもってのほか。しなさすぎて、言われたんだと今になって分かった。

 しかし、人前で見せつける様にキスか……あくまでそれは例えだが、これに近しいことをするのは嫌じゃないがやっぱり恥ずかしい。だから人前ではあんまりそんなことしたくないけど、簪が望むのならやぶさかでもない。

 

「ん、自分で言っといてアレだけど……やっぱり、私も人前じゃ恥ずかしいから人前ではしない。今のままがいい。付き合い方は人それぞれだからね」

 

 頷いて簪をぎゅっと抱きしめる。

 

 やっぱり、人前でそういうことをするのはお互いに恥ずかしい。

 恥ってほどじゃないが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしくてお互いに出来ないから、他人に指摘されたからってするほどのことじゃない。あれだけ言われて急にやったらそれはそれで怖いだろうし、からかわれたりやっかみを言われるかもしれない。そうなったら、結局煩わしい。

 だから結局のところ、今のままが一番という結論にお互いたどり着くように戻る。

 

「それにあなたのキスしている顔とか出来れば他の人に見せたくない。表情だけじゃない。いいところも悪いところも。全部全部私だけのものに……私だけが見れて知っている特別なものにしていたい。独り占めしてたい。私だけのもの。感じる顔とか、もね」

 

 からかうように微笑み簪は言う。

 

 凄いことを言われたが嬉しい事には変わりない。俺も同じ思いだ。簪のたくさんの表情やいろいろいな一面を自分だけものしたいと俺だって思う。それこそ、簪が言うよないいところも悪いところも。他の人には見せるのはもったいないと思うのはきっと独占欲みたいなものなんだろう。

 

「人前ではやっぱり、そういうことはしないけど……今みたいな二人っきりの時はその分たくさん愛し合おうね」

 

 そう言って簪は甘えるように対面の姿勢のまま抱きついてくる。それを俺は抱きしめる。

 

 今更、付き合い方を変える様な器用なことは俺も簪も出来ない。今のままが一番なのはお互いよく分かっていて、そこに不満はない。

 人前ではしない分、今みたいに二人っきりの時にたくさん恋人同士がするような甘いことをすればいいだけのこと。それなら人目なんて当たり前の如く気にしなくて済むから、時間が済む限りしたいことをしたいしたいだけ出来る。

 

「あ……でも今回みたいなのはまだいいけど……ドライだって思われすぎてあなたにちょっかい出す子があらわれたら嫌だなあ」

 

 それは流石にないだろうなんて笑っていたが。

 

「甘い。甘々」

 

 諭すように言われてしまった。

 こう言われてしまった以上、普段よりも気をつけるしかない。前科がないわけではないことだし、簪に要らぬ心配はかけたくない。

 

「人前ではイチャイチャはしないけど……その代わりに」

 

 言いかけて、簪は唇と俺の首筋へと当てる。

 何をするつもりだろう……そう思っていると簪は首筋の同じところに何度もキスをする。

 

「んっ……ちゅっ……ふぅっ、ちゅっ……」

 

 いつもの触れるような優しいキスとは少し違い。首筋に軽く歯を押し当て首筋を吸うような、それでいて首筋を軽く噛むような感じのキス。首筋を吸ってから唇を離すときに軽く噛むキスを簪は何度も繰り返す。それはまるで印をつけるかのように。

 噛まれている感覚はあるが本当に軽いもので痛くはない。むしろ、くすぐったい。

 

「ん、ついた」

 

 俺の首筋を見ながら簪は満足げな声を漏らす。

 ついたのが何かなんて確認するまでもない。印……キスマークだ。首筋にあるのを確かに感じる。

 

「あなたが私のだって証、つけちゃった」

 

 頬を赤く染め、はにかみ笑いながら簪は言ったが自分で言ってまた恥ずかしくなってきたのか、消え入りそうな声。

 加えてばつが悪いのか、俺に顔を見られないように胸に顔を埋めて隠している。だけど、耳が真っ赤だ。

 その様子があまりにもおかしくて、何より愛おしかった。

 




今回のテーマは『二人っきりの時はベタベタなのが普段はツンケンしていて、そのことを二人っきりになったらツンケンしたことを謝ってきてデレデレする』
的なのです。このテーマはふろうものさんから提供していただきました。
ありがとうございます! 氏の作品もよければどうぞ!

簪を最初見たときはクーデレかなと思ったけど、何度も見てるとそんな感じしなかったのでこんな感じになりました。
人前ではドライだけど、二人っきりになるとデレデレ。ある意味ツンデレも含まれているかも。

1シーンだけでもその様子を思い浮かべていたただいて萌えたりしていただければ幸いです。
今回の簪が読んでて可愛く見えていたのなら更に幸いです。

今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいるあなたかもしれません。

それでは~


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簪とあなたと楯無の一幕

「簪ちゃんと上手くいってるの?」

 

 放課後、楯無会長との自主訓練が終わり、休憩所で休んでいる時。タオルで汗を拭きながらISスーツに身を包んだ楯無会長が突然そんなことを言い出した。

 突然のことに訳が分からず、首をかしげてしまう。今に始まったことじゃないがこの人は突然何を言い出すんだろう。

 

「心配なのよ。簪ちゃんと弟君が上手くいっているかどうか」

 

 心配そうな表情を浮かべてそんなことを楯無会長は言う。

 楯無会長の言葉が本当に心配してのものなのか、はたまたいつものからかい半分なのか判断に困る。

 というか失礼な話、余計なお世話だ。楯無会長に心配されなくても簪とはとても上手くいっている。些細な喧嘩こそはたまにするが特にこれといって大喧嘩した憶えは最近ないし、二人揃って幸せだ。

 そうなのだが、どうして楯無会長はそんなことを聞いてくるのだろう? 

 そういえば前、クラスの子に……。

 

『――君と更識さんって付き合っているのに何だかドライなカップルだよね』

 

そんなことを心配した風に聞かれたことを思い出した。

その時もまた、突然言われたものだから訳が分からずどういことなのかと聞き返してみたら。

 

『いつも一緒にいるけど……何というか付き合ってるのにこう甘い雰囲気が少ないっていうかイチャイチャしてるの全然見ないなぁと思って』

 

 なんてことを言われたのを思い出す。

 楯無会長が心配していることはこういうことなんだろうかと聞いてみた。

 

「皆、貴方達カップルに思うことは一緒なのね。そうよ! そうなのよ! 簪ちゃんが幸せなのは分かっているのよ! でも、貴方達あまりにもドライだから心配になるっていうか……」

 

 やっぱり、聞くまでもなかったことだった。

 しかし、楯無会長にまでドライだと思われているのか。俺と楯無会長はそこまで交友が深いわけでもないし……簪と楯無会長の仲は兎も角、何だかんだで楯無会長は簪のことをよく見ている。

 だから、楯無会長がそういうのは相当のことなんだろうってことは分かる。だけど、今更付き合い方を変えるわけにもいかないし、はたしてそこまで心配になるほどのものなのか俺には分からない。

 仮に俺が楯無会長の立場だとして……俺達の立場に仮に一夏達を置き換えて考えても、そういうカップルなんだろうって思うだけで心配するほどのことじゃない気はする。

 

「分からないって顔してるわね、まったく。ラブラブなのは分かっているつもりだけど私はもっと簪ちゃんの幸せな顔が見たいのよ」

 

 拗ねたような口調で言われてしまった。

 まあ、そう言われたら言いたいことは分からなくはない。いくら幸せだと分かっていても、楯無会長にも俺達はドライなカップルに見えている。人前でイチャイチャだなんてしないし、何より外では簪表情硬いからな。無表情に近い。だから、余計に具体的なものが分かりにくいんだろう。

 それに簪は楯無会長との昔の因縁めいたものは解消して前よりかは仲はよくなりつつはあるけど、それでも全てが全ていきなりかわるものでもないから、簪から楯無会長に俺達の具体的な話しないだろうし。

 

「だから、これからはお姉ちゃんにちゃんと恋人同士らしい姿を見せなさい!」

 

 ビシっと指を尽きてまた無茶な言ってきた。

 一度、楯無会長にちゃんと説明しないといけないか、やっぱり。

 そう思い楯無会長にも人前ではそんなことはしたくない、しないという簪との約束に近いものがあるということを説明した。

 

「あら、そういうことなの。ふ~ん、変わってるわね。普通なら見せつけたいとか思いそうなものだけど」

 

 説明して楯無会長は一応納得したくれたみたいだ。

 変わっているだろうか……見せつけたいってのはそりゃ一般気に多いだけで、やっぱりそうしたいとは思わないし、それこそ付き合い方は人それぞれだと思う。

 

「それもそうね、変なこと言ってごめんなさい」

 

 謝られてしまい、謝るほどのことじゃと返す。

 

「それに簪ちゃんの性格よくよく考えたらしないわよね。あの子そういうの人前でそういうことするの恥ずかしがるだろうし」

 

 本当に何だかんだで簪のことを楯無会長はよく分かっている。

 常識や立場的な問題もあるが、恥ずかしいというのが一番の理由。

 恥ずかしい思いしてまでは流石に。

 

「簪ちゃんは分かったからいいけど、弟君はしたくないの?」

 

 は?と思わず聞き返してしまう。

 今さっき説明したばかりで分かってもらえたと思っていたけど、違うかったのか?

 というか、悪い予感がする。

 

「例えば……こんなこと、とか」

 

 言いながら、抱きつこうとしてくる。

 思わず俺は反射的に楯無会長を避けて、抱きつかれるのを回避する。

 すると、拗ねたように見つめてくる。

 

「もう~! 何で避けるのよ~!」

 

 何でも何もない。何でとはこっちの台詞だ。

 脈絡ないし、第一そんな格好……ISスーツのまま抱きつこうとするな。

 iSスーツじゃなければいいって話でもないけど、普通の服装よりもISスーツはいろいろと危ない。

 

「ふふんっ、お姉ちゃんの体意識しちゃった? 弟君はいけない子ね♪」

 

 からかう様な笑みを浮かべて、楯無会長は自分の腕で胸を隠すようぎゅっと抱きしめる。

 格好的には隠している格好だが、腕に隠している胸が強調されている。これはわざとやっているのは嫌でも分かる。

 だから俺は見ないように楯無会長から目線を反らす。

 

「今は私と弟君の二人っきりよ? 他に誰もいないし、誰の目も気にしなくてすむ」

 

 目をそらしたのがいけなかった。楯無会長がじりじりと歩みよってくる。俺はじりじりと後ろへ下がる。

 嫌な予感が悪寒に変わって止まない。

 楯無会長、恐いんですけど。

 

「怖いって失礼ね。それと楯無会長だなんて……他人行儀なのは寂しいわ。二人っきりの時はお姉ちゃんか刀奈って呼んでって言ったはずよ」

 

 楯無会長にじりじりと歩み寄られ、じりじりと後ろへ下がるしかない俺はいつしか背に壁が近づいてきているのが分かった。

 

 さっきまで割りと普通な話しをしていたはずなのに……どうしてこうなった。

 本当にこの人は一体何をしたいのか分からない。こんなことをされると楯無会長に対する苦手意識が強くなるばかりだ。

 正直、楯無会長のことはかなり苦手だ。簪と付き合っていることを認めてくれ、喜んで、手助けや後押しをしてくれたりや、俺のことを『弟君』と呼び、妹である簪と同じくらい弟として可愛がったくれたり。今みたいにISの自主訓練にも付き合ってくれたりといい人なのは分かっているが……何を考えてるのかまったく分からない。

 分からないし、考えが読めないから対応に困る。今だってそうだ。いつものようにからかっているだけなのか……はたまた、別の意図があってのことなのか分からない。

 別の意図があってもこんなことされても困るわけだが。

 

「私なら簪ちゃんが出来ないことをしてあげられるわよ? あなたが望むこと何でも」

 

 艶っぽい声でそう楯無会長は至近距離で言ってくる。

 近い。物凄く近い。吐息が若干かかっている。逃げようにも後ろは壁、左右には壁に手をついた楯無会長の両腕。逃げられない。

 本当どうしてこうなった。

 

『甘い。甘々』

 

 先日簪言われたことが頭を過ぎる。

 言われても仕方ない。警戒が今一つ甘かった。自主訓練終わったのなら、さっさと部屋に戻ればよかったと今更ながらに後悔する。

 しかし、どうやってこの状況を打破したものか。このままだと埒明かないし、早く簪に会いたい。

 

「ん? 首筋……」

 

 俺の首筋を見てそんなことを言う楯無会長。

 首筋? と思い楯無会長が見てる箇所に意識をやれば、そこは先日簪にキスマークをつけられた場所だった。

 あれから数日経っているのに、目につくほどまだ痕残ってるんだな……じゃなくて、さっさと抜け出さないと。

 

「へぇ~なるほどねぇ~」

 

 ニヤついた笑みを浮かべてる楯無会長。気づいた様子だ。

 まあ流石にこんなところに痕をつけていれば、簪がつけたキスマークだとバレてしまう。もっともバレてもかまわない。こんなところにキスマークがあるってことはつけた人が自分のだと主張するためのものだから。

 

「私もつけたあげよっか?」

 

 耳を疑った。何言ってるんだ、まったく。あまり手荒なことはしたくないが、仕方ない。

 ――悪いがお断りだ。そう言い腕を振り払って楯無会長と距離をとる。

 

「……」

 

 こんなことされると思っていなかったのか言葉を失ったように呆然としている。

 仕方ないとは言え、こんな反応されると少しばかり罪悪感を感じるが今は捨て置こう。

 こればっかりはおふざけが過ぎている。楯無会長のことだ。からかったら俺の反応が楽しくて度が過ぎたんだろうけど、こればっかりはこれ以上はいけない。

 ここから先のパーソナルスペースには簪しか許してないのだから。

 

 未だ呆然としている楯無会長を放っておくのは気が引けるが、今がチャンスと感じ、俺はお礼を言って休憩室を後にした。

 

 

 

 

「……それで遅くなったんだ」

 

 あの後、急いで着替えて簪の待つ俺の自室へと戻った。

 そして、休憩所であった楯無会長とのことを全て正直に話した。

 目の前にいる簪はそんな話をただ静かに聞いてくれだが、申し訳なさから正座して簪の反応を待つ。

 さっきの出来事は警戒の甘さが招いた事。ましてや彼女の姉が相手だ。他の人、友達とか以上にことが複雑になる。何より、簪に対して不貞を働いたみたいで罪悪感が増すばかりだ。

 

「ん、分かった。話してくれてありがとう」

 

 伏せていた顔を恐る恐る上げると目が合い、簪は笑った。

 

「もうっ、何で正座なんてしてるの」

 

 いや、あんなことあったわけで怒らせてしまったのやも。もしくは嫌な気分にさせてしまったんじゃないかと……

 

「へぇ~そんなこと考えてたんだ」

 

 静かな口調だが怒ったというよりかは拗ねたような感じの簪。

 どうやら俺は思い過ごしをしていたみたいだ。よかった。

 よかったんただけど……それでもやっぱり、あんなことがあった訳で、気にしないわけにもいかなくて。

 

「もう! あなたは気にしすぎ。私は別に怒ってもないし、嫌な気分にもなってない。気にしたりもしてない」

 

 気にしすぎな俺を元気付けてくれるように言ってくれる言葉がありがたかった。

 ずっと気にして重かった気が少し楽になったのを感じた。

 

「それに未遂で済んだんでしょう? ちゃんと自分から断ったって聞けて安心したし嬉しいよ。だから、大丈夫」

 

 優しい笑みを浮かべて簪は言った。

 

「ほら、来て」

 

 目の前で両手を広げている簪の胸へ倒れこむように抱きつく。

 簪は胸元にある俺の頭を抱くように抱きしめてくれて、頭を撫でてくれる。

 撫でてくれる柔らかな手。暖かな簪の体温、聞こえてくる簪の心臓の鼓動の音。聞いているとすごく安心できる感覚して、ずっと聞いていたい感じする。

 重たかった気がだんだんとほぐれていくのがよく分かる。心があったかくなる。

 

「ふふっ」

 

 小さな子供みたいな俺を簪は嬉しそうな笑い声を漏らしながら抱きしめ撫で続けてくれる。

 

「でも……お姉ちゃんには困ったな」

 

 確かに。

 あんな風にいつも人をくったような態度で人をからかった楽しんでいるけど、こんなことをまたされたら困ったものじゃない。どうしたものか。

 

「そうだね、こんなこと私だってされたくないし。うーん……私……一度お姉ちゃんと戦わないといけないね」

 

 濁点が思わずついてしまいそうなぐらいえっ?と聞き返した。

 戦うってまた物騒な。もしかしてISで戦う気じゃないんだろうなと聞けば、簪はあきれたように笑った。

 

「もう。馬鹿じゃないんだから私闘でISは使いません。もっと平和的な方法で、だよ」

 

 平和的な方法がどんなものなのか俺に検討が危ないものではなさそうだ。

 

「ISじゃまだお姉ちゃんには到底敵わないって分かってるし、ISだけが全てじゃないからね。もろちろん、あなたにも協力してもらうけどいいかな?」

 

 ああ、喜んでと簪を抱きしめる力をほんの少し強める。

 

「それにお姉ちゃんだからこそ、一度ちゃんと見せてあげないといけないのかもね」

 

 何をか何て聞くのは無粋だ。

 俺はただ静かに簪に抱きしめられる。

 

「人前でイチャついたりしてないせいで……あなたが満たされてないって、そんな風に見られているのは私が嫌だから」

 

 簪の瞳には確かな強い意思があるのが分かる。

 簪の言うこと……それは俺もそう思われてたら俺だって嫌だ。

 だから恥ずかしいのもやっぱりまだあるけど、一度ちゃんと目に見える形として示した方がいいのは確かだ。

 姉という近親者だからこそ楯無会長には余計に。

 

「お姉ちゃんだろうと誰だろうと何があっても私はあなたを絶対渡さないから」

 

簪は満面の笑みを浮かべながら、俺をそっと抱きしめた。

こんなかっこいいこと言われたら、男として立つ瀬がない。でも、嬉しい言葉。

簪にはかなわないなまったく……。

 




ととの。

今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいるあなたかもしれません。

それでは~


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気になる簪ちゃんと妹の彼氏

簪と“あなた”が付き合い始めてちょっとぐらいのお話


「よし」

 

 目の前の鏡に向かって私は意気込む。

 鏡に映るのは、普段の私ではなく、妹である簪ちゃんの姿をした私。

 変装なんて生易しいものではない。顔は似たもの姉妹だと昔から評判で自分でも私と妹の簪ちゃんとよく似ていると思うから、メイクでちょっと簪ちゃんに似せるだけで簪ちゃんそっくり。

 髪型や声、口調やしぐさ。何を取っても、何処からどう見ても今の私は簪ちゃんそのもの。誰も私だとは思わない。見抜けない。友人や虚や本音、実の父親はもちろん、もしかする当の本人である簪ちゃんですら分からないかもしれない。それほどまでの完成度。

 まあ……正直なところ自分でも何やってるんだろうとは思わなくはない。

 でも、これは当主楯無として、何より姉として必要なこと。だから、間違った行動ではない断じてない。

 そう私は、自分の中で結論付けて自室を後にする。

 

「……」

 

 簪ちゃんの姿をした私がこれから向かうは、簪ちゃんの彼氏の自室。

 私の情報網によると彼は今、自室で一人っきり。簪ちゃんは別のことしているらしく、目的を果たすのにうってつけ。

 目的とは、彼が簪ちゃんに相応しい男かどうか確かめること。これもまた当主楯無として、何より姉として必要なこと。言うならば、そう使命。生徒会長として当主として姉としての使命なのだ。

 それに妹に彼氏が出来たなんて気になるじゃない。いや、男性として好きだからとかでは決してなくて、純粋に簪ちゃんが心配だから気になる。私達が生活するIS学園で男女のカップルが誕生するなんてありえないことだし。ましてや、あの簪ちゃんが男性と男女交際するだなんてありえない。ただでさえ、引っ込み思案な子なのに。まあだからって、二人を別れさすなんて無粋なことはしない。本当にただ確かめるだけ。

 

 簪ちゃんと彼は、つい最近付き合い始めた。

 虚と本音じゃなくて私の情報網によると、二人が出会ったのは五月頃。そこからISを通じて交流し、夏休みであった八月頃に交際をスタート。だから、夏休み本家に帰ってこなかったのね。専用機の完成のついでに彼氏を手に入れるだなんて我が妹ながらよくやるわ。

 というか、私が家の仕事や国家代表としての仕事とかを済ませる為学園を離れているうちにひっそり交際するだなんて……簪ちゃんにあまりよく思われてないのは分かっているけど、交際をしただなんて一言も簪ちゃん達からは私から聞くまで一切教えてもらえなかった。そんな素振り見せなかったから余計に気になってしまう。

 

 簪ちゃんの彼氏である彼。

 一夏君の次に発見されたISの男性操縦者。男性でありながらISを扱える点以外、特特質すべきところがない男性。勉強は平均以上には出来るみたいだけど、肝心のISの操作技術についてはとても平凡。一夏君のように目に見えて成長するわけでもなければ、特にこれといった潜在的才能が秘められている様子もない。同じ男性である一夏君と比べると彼は凄い地味。それはIS操縦者としては勿論、人としても。一夏君を太陽とするのなら、彼は太陽があってこそ存在できる暗い影の様。だから、私が気にかけるほどの男性ではない、はず。

 でも、彼がいたから簪ちゃんの専用機、打鉄弐式は完成した。もっとも彼ではなく、他の人が協力していても完成はしただろうけど。彼がいなければ打鉄弐式のお披露目として私の簪ちゃんが試合することもなかったはず。

 あの試合内容に不満は今でもない。姉として、先輩操縦者として簪ちゃんの成長や努力がよく分かる一試合だった。結果としては私の勝利だったけど、あの試合は私にしてみれば、試合に勝って勝負に負けたようなもの。

 それに、簪ちゃんの試合の簪ちゃんはとても感情的だったのは今でも鮮明に覚えている。それは暴走的な意味のものではなく、一つ一つの攻撃に簪ちゃんの強い感情が篭っているのを感じて、それは私が知らなかった、知ることのできなかった簪ちゃんの秘められた感情だった。

 私のほうが姉として家族としてずっと簪ちゃんと一緒にいたはずなのに。私ではなく彼のほうがあんな簪ちゃんの一面引き出せると思うと、取るに足らない男性だと思っていても恥ずかしながら、あの時のことを思い出すと苛立ちにも似た何かが再燃するのが分かる。 

 何だか悔しくて今でもあの時のことが忘れられない。

 

 悔しいといえば、私は簪ちゃんの専用機開発に結局最後まで何も手を貸すことができなかった。

 簪ちゃんによく思われてないことは分かっていたから、一夏君にでも頼んで開発を手伝ってもらって、一夏君経由で私も稼動データをひそかに送って、陰ながら協力しようと思っていた。裏から手を回すみたいでアレだけど、これが私のが出来る精一杯のこと。でも、出来なかった。

 私が気づいた時には、もう簪ちゃん達は自分達でやり始めていて、手出しする隙もありゃしない。

 彼経由で稼動データの提供も試みたけど、彼に断られてしまった。協力したしたければ直接簪ちゃんに言えばいいだなんてよく言ってくれるわ。そんなこと出来たら、私は彼になんて頼らない。それが分かってて言ってるぽいところが、ムカつく。

 

「……ッ」

 

 ハッと私は、我に返る。

 いけない、いけない。彼のことを思うとイラついたのは認めるしかない事実だけど、こんな感情的なのは私じゃない、楯無()らしくない。楯無たる者、常に冷静に、余裕を持て。よし。

 今からは目的を果たす大事な時。取り乱したりなんかできない。そう私は気持ちを一新して、彼の部屋、その扉の前に立つ。

 

「お邪魔しまーす」

 

 そう小声で言いながら、あらかじめ用意していた彼の部屋のルームキーカードを使って扉を開け、中へと入る。

 部屋の中は思ったよりも静かだった。人の気配は感じるが、賑やかさは感じない。奥で勉強でもしているのかしら。何にせよ、今のうちから気づかれたら台無しなので気配を殺し、奥へと進む。

 すると、部屋の主である彼は、ベットの上でお昼寝していた。

 

「はぁ~……」

 

 呆れて思わず溜息が出る。

 簪ちゃんほっといてこんな時間から昼寝だなんていいご身分だこと。

 安眠しているのか私の気配に気づく様子も起きる気配もない。でも、私にとって好都合なのは確か。再び気配を押し殺しながら、寝ている彼のベットへと近づく。

 

「よいしょっ、とっ」

 

 そのままベットへと上がり、彼に馬乗りになる。

 すると一瞬、むっと苦しそうな表情をしていたが、すぐに元の表情に戻る。

 これでも起きる様子はない。どんだけぐっすり眠っているのかしら。本当、呆れちゃうわ。

 だけど、これでじっくり彼を観察できる。

 

「……」

 

 不細工ってほどではないではないけど、美形ってほどでもない。有り体に言えば、整った顔立ち。まあ、顔は悪くはないと思う。

 それによくよく考えれば、寝顔ではあるけれど、こうして真面真面と彼の顔を見るのは初めてかもしれない。私、彼に嫌われていて何だか避けられてるぽいから。

 ぽいと私が勝手に思っているだけで、簪ちゃんほど露骨に避けられているわけでもなければ、失礼な態度取られているわけでもない。むしろ、彼は一夏君以上に礼儀正しい。嫌われていると感じるのは多分、簪ちゃんと一緒にいるから必然的に避けることになっているだけだと思いたい。

 もっとも礼儀いい態度取って体よくあしらわれている気もしなくはない。そう思うと邪険に扱われている気がしてきた。何だかムカつくわね。

 自分で言うのは気色が悪いけど、私は今までそんな風に扱われたことなかったし、それどころか周りの人間に愛されて大切にされてきたという自覚すらある。

 だから、余計に彼のことが気になってしまうのかもしれない。そこに他意はないけど。

 

 でも、本当に簪ちゃんが彼と付き合うなんてね。

 正直、妹に先に越された気がしなくはないし、羨ましいと思わないなんてことも言えない。羨ましいものは羨ましい。こんなこと絶対に口には出せないけど。

 これまた自分で言うのも気色悪いけど、私は何でも持っている。地位も容姿も力も何もかも。欲しいものは何だって自分の力で成し遂げてきた。

 何でも持っているけど、全部持っているわけじゃない。ない物だってある。特に大きいのが自由。刀奈()は楯無。家に全てを捧げ、家の発展の為に生きる。それが楯無という名を持つ者の生き方。楯無を望んで襲名したけど、その代わり多くのものを失った。今までの刀奈()、そして自由。

 私は、簪ちゃんの様に自由恋愛できない。簪ちゃんの場合は相手が彼だったから運よかっただけだけど、私は簪ちゃんの様にはいかない。家の為、家の輝かしい発展の為、好きでもない男性と結婚する未来が強い。自由恋愛なんて夢のまた夢。だから、羨ましいと思う。

 

「……欲しい」

 

 そう、羨ましいから欲しいと今感じている。

 生まれて初めて簪ちゃんにあって、私にはない明確なものが出来てしまった。

 こんなこと考えるだなんて私らしくないとは分かっている。簪ちゃんが交際していることは姉として嬉しい。交際によって簪ちゃんは変わっていっている。そのことも喜ばしいこと。でも、素直に喜びきれない。寂しいやら悔しいやら何とも言えない複雑な気分だわ。

 

 私は問いかける。

 そんなに邪険に扱わないで。ねぇ、どうしたら、あなたは私を見てくれるのかしら。

 ――私を見て。そう思うのは楯無()、それとも刀奈()か。

 

「……ッ!?」

 

 ふと、彼の小さな寝声が聞こえ、ビクッと驚いてしまった。

 起きては……ない。私はほっと胸を撫で下ろす。まったく、ビックリさせてくれちゃって。

 でもおかげで我に返れた。私、とんでもないことを考えていた。

 まったくらしくない。忘れよう。

 

 とりあえず今は、私がすべきことをしよう。

 このまま寝られっぱなしじゃ、事態は進展しないからとりあえず起す。

 今の私は誰が見たって簪ちゃんにしか見えない。それが馬乗りして、目の前にいるんだものきっと驚くはず。加えて、彼は寝起きだから絶対簪ちゃんと見間違えるはず。

 彼の驚いた顔が目に浮かぶわ。それでも見抜けるものなら見抜いてみなさい。見抜けたらあなたの負けだけど。そうワクワクしてくるのを教えながら、簪ちゃんっぽく彼を起す。

 

「ねぇ……起きて……」

 

 あれだけぐっすり寝ていたから、一度や二度体をゆするだけじゃ起きない。

 だけど、寝起きはいいみたいで何度かそうしていると彼は眠そうにしながらも、ゆっくり目を開けた。

 さあ、これで。

 

「――」

 

 彼の言葉を聞いて、私は言葉を失った。

 彼は確かに寝起きで完全に意識が覚醒しているわけではなさそうだけど、確かに呼んだ。簪ちゃんの名前ではなく、私の名前を。

 寝起きの声。言い間違いかと一瞬思ったが、そうじゃない。確かに彼は、私だと分かって名前を呼んだ。

 絶対に見間違えると高をくくったのに いとも簡単に見抜かれてしまった。それはそれで嬉しいような……でも、それ以上に私は今の自分のことが酷く滑稽に思えた。

 何やってるんだろう、私は……。

 そう私があっけに取られているうちに、彼は完全に目が覚めたようで周りと私を交互に見て、状況を冷静に確認していた。対する私は、完全に我に返ってしまい、その反動のようにあっけに取られたまま。

 すると彼は訝しげな目を向けながら、何しているんだと聞いてきた。

 

「そ、それは……ほ、ほら、うん。あ、おはよう、弟君」

 

 いつも彼を呼ぶ呼び方で呼んだ後に今の自分の格好を思い出した。この格好で弟君って呼んだら、意味ないじゃん。

 冷静に努めようとしたけどすればするほど、どんどんボロが出てしまいそうになる。

 何だか情けなくて、無性に恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 というか、慌てる私とは対照的に冷静な彼。これって普通、逆じゃないの。

 

「えっ? あ……うん、ごめんなさい」

 

 とりあえず退くように言われ、私は彼から退き、ベットからおりる。

 このままだと根掘り葉掘りいろいろと聞かれそうな気がひしひしとする。

 ここは戦略的撤退あるのみ。これは決して敗走ではない。仕切りなおしあるのみ。

 そう私はすぐさま判断しこの場、彼の部屋を後にしようとした。

 

「きゃっ!?」

 

 でも、出来なかった。

 思っていた以上に内心取り乱していたようで、足がもつれて倒れてしまった。

 しかも運悪く彼の方へ。何たる不覚。

 

「っ……ごめんなさい」

 

 格好としては私が彼を押し倒すような感じ。逆ならまだしも、これではあまりにも不恰好。

 視界が安定してくると、すぐ目の前に彼の顔があった。

 押し倒したのだから当たり前かもしれないけど、思った以上に近い。

 

「何、してるの……?」

 

 聞きなれた声。

 ハッと我にかえり、声が下した方向を振り向くとそこには簪ちゃんがいた。

 本当に運が悪い。何でこのタイミングで簪ちゃんが来るのかしら。私は何か罰が当たったのかもしれない。

 

「え? 私……?」

 

 信じられないものを見ているかのような簪ちゃん。

 一瞬どうしてかと思ったけど、そうか……今の私は簪ちゃんそのもの。驚いても無理はない。やっぱり、本人である簪ちゃんは私だとは思ってないみたい。だったら、何故彼は気づけたんだろう。

 簪ちゃんが困惑していると彼がこれは私だと教えた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 何であっさりバラすのよ!

 こうなった以上、いずれバレるのは確実だけど、だからって言わなくてもいいじゃない。

 心底あきれ果てたような簪ちゃんの冷たい視線が今までで一番痛い。

 

「本当、何してるの。というか……早く彼から離れて」

 

「うっ……」

 

 言い訳も何も出来ないので大人しく彼から退き離れる。

 もう戦略的撤退も出来そうにない。進退窮まれり。

 そして、彼から何してたのか、どうしたこんなことをしていたのかと改めて問い詰められる。

 

「そ、それはほ、ほら、うん。そう! 簪ちゃんが心配で確かめに来たのよ!」

 

「心配? 確かめに?」

 

 不思議そうに簪ちゃんは、首をかしげる。

 嘘は言ってない。というか、これが今回の行動理由、のはず。多分。

 

「だって、簪ちゃんが彼と交際するって聞いたらいても立っていられなくて!」

 

「……そう。でも、余計なお世話。そんな格好までして……」

 

「っ……分かっているわ。でもね、弟君が簪ちゃんに釣りあうかどうか確かめたくて……私はお姉ちゃんとして本当に簪ちゃんが心配で!」

 

 これも嘘じゃない。

 心配だから私は今こうしているのだ。ただそれだけでしかないのに……。

 

「いい加減にして! なんでお姉ちゃんはいつもそうなの!」

 

 部屋に響く簪ちゃんの大きな怒鳴り声。

 見てみれば、私を睨みつけ怒っていた。簪ちゃんのこんな大声を聞くのも始めてだけど、こんな風に怒鳴られるのも初めて。その様子に私は思わず、ビクッとなる。

 

「都合がいい時だけお姉ちゃんぶらないで! 釣りあうとかそういうことじゃないの! 私は彼が好きだから付き合ってるの! 今更お姉ちゃんに心配される筋合いはない! だからもう、余計なことして邪魔しないで!」

 

 簪ちゃんのありったけの想いをぶつけられる。そんな想いを私は、受け止めてしまった。

 こんな感情的な簪ちゃんなんて私は知らない。今まで知ることができなかった。あの時……あの試合を嫌でも思い出させられる。胸の奥が嫌な締め付けられ方をして気持ち悪い。

 今みたいに簪ちゃんのありったけの想いをぶつけられるとショックなのか、私は頭の中が白くなる。何か弁解したい、言い返したい気持ちは確かにあるのに頭の中が言葉が浮かんでは消え、言葉が上手く口に出来ない。

 

「だって……私は簪ちゃんが……」

 

 ようやく口に出来た言葉がこれだ。

 これじゃあまるで、駄々をこねる幼い子供のよう。

 こんなの楯無()じゃない、私らしくない。こんなの望んでない。こんなことなるなんて思ってなかった。

 どうしたらいいのか分からず、感情的な簪ちゃんの姿を見て呆然としていると、彼は簪ちゃんを宥めるように抱きしめ、私に一言すまないと謝り帰ることを進めてくれた。

 

「……そう、ね」

 

 そう言うので私は今精一杯。

 私は大人しく彼の部屋を後にすることにした。

 去り際、簪ちゃんに一言謝りたかったけど、そんなこと言えばますます傷つけてしまうことは今の私にでもよく分かった。

 悔しさと情けなさが入り混じった思いで胸が一杯になる。

 

 本当、何やっているんだろう、私は……。

 





今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪と楯無会長はお互いを思いあっている

 楯無会長が去った後、部屋に残された俺と簪。

 今更だけど、毎度のことながら嵐の様な人だった。短時間のうちにいろいろとありすぎて、状況整理にすぐには頭が追いつかない。何だかドッと疲れた気分。

 それは簪も同じなようで、加えて楯無会長がいなくなったことで気が抜けたのか、簪は泣き出してしまっていた。

 

「……ひっく……ぐすっ」

 

 立ったままも何なのでベットに腰掛け、簪を膝の上に乗せて背中をポンポンと撫でながら慰める。

 やっぱり、簪にしたら楯無会長の行動、そして何よりあの言葉はよっぽどショックだった様子。簪があんな大声出すぐらいだからなぁ……。今まで聴いたことがないくらいの大声で、思わず俺も驚いてしまった。

 

「なんでお姉ちゃんはいつもいつも……ひどい。ひどいことばかり……言う……っ」

 

 泣きながら涙声で言う簪。

 未だに簪の怒りは収まってない。まあ、普段姉らしいことしないのにあんないかにもなこと言われ、あんなことされれば、簪が怒って恨み言言うのはもっともだ。

 それに簪は、普段嫌なことがあって外に出さずに内に溜め込んでしまいがちだから、今みたいに吐き出せるものは早いうちに吐き出してしまった方がいい。俺でよければ、愚痴はいくらでも聞くから。

 そんな言葉をかけながら慰めること数分。落ち着いたのか、ようやく簪は泣き止んだ。

 

「もう大丈夫。ごめんなさい……迷惑かけて」

 

 まだ少しだけ目と鼻先を赤くしながら、簪は申し訳なさそうに言う。

 迷惑だなんてとんでもない。これはある意味、仕方のないこと。だから、あまり気にしなくても大丈夫だ。

 

「うん。本当……お姉ちゃん、何考えてるんだろうね」

 

 それは俺に聞かれても困る。

 初めて出会った頃から楯無会長は何考えてるのかよく分からない人。妹の簪でさえ分かってないんだ。赤の他人である俺に分かるわけがない。もっとも、何も考えてないってことはないはず。ただやっぱり、考える方向性はおかしい気はする。あんなことするぐらいだからなぁ。

 

「あー……アレね。部屋に入って見た時、流石に驚いた。自分がいるんだもん」

 

 そう言う簪は呆れ顔だった。

 それもそうか。簪に扮した楯無会長の変装、と言っていいのか分からないけど、アレの完成度は凄まじいほど高かった。流石はIS学園最強の生徒会長とでも言えばいいのか。やることの方向性も違えば、スケールも無駄に大きい。

 

「そう言う割りには、全然驚いてないどころか……凄い冷静だった。もしかすると最初から分かってたの?」

 

 まあな、と頷く。

 起きて目を開けたら、何故か簪の姿した楯無会長がいて驚いたことには驚いた。だが、驚きすぎて驚くの通り越して冷静になってしまったってのはある。人間、驚きすぎると変に冷静になることを身をもって体験した。

 それに第一、簪があんな雑な起こし方するわけがない。ということは、目の前の人は簪ではなくほかの誰か。ドッペルゲンガーなんてオカルトチックなことは現実でまずありえないし、そうなると誰かが変装とかしているのかもしれないという考えにたどり着く。そうであれば、そんなこと出来るのは知る中で楯無会長一人しかいない。

 幸い、その考えは楯無会長がすぐボロ出してくれたおかげですぐに正解だと分かった。

 

「……ん、そう。間違わなくて、よかった……」

 

 安心したような嬉しそうな笑みを浮かべながら、簪はぴとっと体をひっつけて預けてくる。

 安心したのは俺だって同じこと。疑われたり、怒られたりしなくてよかった。

 

「怒る? 疑う? 何、を?」

 

 分からないと簪は不思議そうに首をかしげる。

 こけた楯無会長に不可抗力で押し倒されたとは言え、部屋に入ってきた簪に最初見られたのがあんな姿だったんだ。理由はどうあれ、普通男のほうが疑われたり、怒られたりしてもおかしくなかった。

 すると、膝の上にいる簪は呆れように優しく笑った笑みをこちらに向けていた。

 

「ないない。あんなことで疑ったり怒ったりしない。それにすぐお姉ちゃんだって教えてくれたでしょう? そしたらいろいろと納得いったから大丈夫。心配するのは分かるし、こういうこと一々口に出したくないんだけど……私はあなたを信じてるからあんな多少のことで気に病んだりしない。だからそう考えるのは仕方ないことだけど……そんな風に思われただなんてちょっぴり悲しい」

 

 そんな悲しい表情をされたら、心が痛むからやめて欲しい。

 簪が言っていることはもっともで、余計な言葉だった。やっぱり、こういうのは勝手に一人で心配するだけ損というもの。

 それに簪に信じてもらっているんだ。簪の信頼に報いたい。もう二度とこんなことがないようにしなければ。

 でもあの時、万が一にでも簪と楯無会長を間違えていたらどうなっていたことやら。

 

「ん? それはもちろん……ね。ふふっ」

 

 わざっとらしく悪い笑みを浮かべて微笑む簪が怖い。

 冗談に冗談で返してくれているのは分かるけど、全部が全部冗談なのか怪しい。何が勿論なのか気になりはするが、これは詳しく聞かない方がよさそうだ。というか、何だか恐くて聞きづらい。

 それよりも大事なことはこれからどうするかということを考えなければならない。

 

「どうするって……何を?」

 

 例えば楯無会長との話し合いだ。

 簪が心配だったから、何か言いたそうにしていたけどあの時楯無会長を帰らせた。

 だけど帰り際の楯無会長が今にも泣き出しそうな顔をしていたのが、頭の片隅にあってこのまま放っておくわけにもいかない。

 もっと言えば、話し合いをして仲直りしなければいけない。いがみ合っている喧嘩をしたわけじゃないけど、このままじゃいがみ合いの喧嘩になりかねない。それにこういうのは時間が経てば経つほど、目には見えない溝みたいなものが出来て、お互い今以上に歩み寄れなくなる。

 簪にもこのままじゃダメだってことは分かっているはずだ。

 

「でも……」

 

 暗い顔をして簪は、言い淀む。

 今すぐにさっきのことを許して簡単に仲直りはではない。あんなことを言われたんだ簪が躊躇って当然。それは多分、楯無会長だって同じはず。

 だったら、まずは折り合いを一つずつつけていくってのもありかもしれない。

 

「折り合い……」

 

 全部を全部許せなんてことは言えない。俺だって少しは今回の楯無会長の行動に思うところはあるから。

 でも少しでも許せるところは許して歩み寄り、許せないところは話し合って歩み寄って、ゆっくりでも少しずつ仲直りしていく。そうやって折り合いをつけていくのもアリなんじゃないかって俺は思う。

 

 楯無会長は何もおもしろ半分、嫌味だけであんなこと言ったわけじゃない。

 言い方は気持ちのいいものじゃなかったけど、楯無会長が簪のことを本当に心配している思いはまぎれもなく本物。ただ少し不器用なだけ。

 

「それは……ちゃんと、分かってる。落ち着いた今なら、お姉ちゃんは本当に私のこと思ってくれてたんだって分かる」

 

 なら大丈夫。

 それに楯無会長が言ったことから考えるのに、知らないうちに俺達は楯無会長には必要以上に心配をかけすぎてしまった。だから、今一度話し合いをして安心させてあげたい。

 だから、そういったいろいろいな面も含めて話し合いしたいと考えているんだけど、簪はどうなんだろうか。

 

「うん……そうしよう。やっぱり、まだお姉ちゃんがしたことも言った事も許せない。でも、このままお姉ちゃんといたんじゃ……昔のままと変わらない。だから、私少し頑張ってみる」

 

 簪はそう言いながら、小さく意気込んでいた。

 話し合いをして仲直りするのが一番大事な目的だけど、もう一つ出来れば果たしたい目的がある。

 

「何かあるの?」

 

 話し合いで出来れば楯無会長に簪との仲を、交際を認めてもらいたい。

 認められてないわけじゃなさそうだけど、認められてるわけでもない。凄い曖昧な状態。だから、この際はっきりと認めてもらいたい。

 楯無会長は簪の実の家族であり実の姉。そうした人に認めてもらえれば、心強いし、何より嬉しい。認められないよりかは認められたほうがいいに決まってる。これは絶対。

 それと打算的なことも言ってしまえば、楯無会長は生徒会長で国家代表。そうした人に認めてもらえれば、今後も簪と交際していく上でプラスになるし、強力な後ろ立てといった味方になってくれる可能性は高くなる。敵みたいなものに回せば、楯無会長は厄介この上ない人な訳だし。認められなければ未来は暗いものになりうるけど、認められれば少しは明るい未来になるはずだ。未来は明るい方がいい。

 そういった二つの意味合いもあるにはあるから、話し合いで出来れば簪との仲や交際を認めてもらえたら嬉しい。あんなことがあった後だから、そう簡単には認めてもらえないとは思うけど、そこは頑張るし、誠意の見せ所だ。

 

「そう……だったら、尚更頑張らないと」

 

 そうだな。

 

「でも、あなたって相変わらずだね。いろいろと考えているし……何より、先々のことまでちゃんと考えている。凄いよ」

 

 まあ考え無しに行動するよりもちゃんとした考えがあって行動するべきだと思うからな。

 今はゆっくり考えられる時だから尚更、考えられるうちに考えておきたい。

 だけど、いろんな事態を想定するって大事だと思うんだが、なんか女々しい奴、見たいに思われるのも嫌だから、あんまり言いたくはないけど。

 

「女々しいだなんて、大丈夫。そんなことないよ。ちゃんと私のこと考えてくれているのはいつもしっかり分かっているから」

 

 それはありがたい限りだ。

 簪と遊びで付き合っているのなら、そんなあるかも分からない先々のことを考えるよりも今のほうを楽しむべきなんだろうけど、遊びで付き合っているわけじゃない。立場上、軽い気持ちで交際なんて出来ないし、するつもりは毛頭ない。何よりこの先、何十年も簪とずっと一緒にいたい。それこそ極端な言い方すれば、一緒の墓に一緒に入るまでそれなりにはちゃんと考えている。

 

「い、一緒のお墓って……っ!?」

 

 頬を赤く染め簪は驚いていた。

 突拍子なく。あまりにも極端すぎた。だけど、そういう気持ちは本物だ。

 本当、気が早すぎるとは思う。すまない。

 

「謝らないで。ちょっと驚いただけだから……それにね、私も実は少しそんなこと考えは、ある。だから、心配しなくてもいいよ。嬉しい……すごく。私もずっと早く一緒になりたい。そして……ずっと一緒にいたい」

 

 嬉しそうに簪は、はにかみながら言った。

 とんでもないこと。その言葉に気恥ずかしさみたいなものを感じて、それが簪にも伝わったのか、お互い顔を赤くして黙りあってしまった。

 何だこれ……このままだと話が進まないので、とりあえずと言って場を仕切りなおす。

 

 とりあえず、考えはまとまって、やることも決まった。ならば、行動を起さなければならない。でも、問題があった。どうやって、楯無会長と話し合いするかだ。今日の今でいきなり話し合いするってのも急ぎる。それにまず話し合いに応じてくれるかは不透明で、話し合いに来てもらうためには声かけないといけないけど、声かけづらい。楯無会長の連絡先なんて持ってないから、携帯でやり取りも出来ないわけだし。

 

「話し合いはしたいけど……私も自分からは話し合いしたいだなんてお姉ちゃんに言えない。ごめんなさい」

 

 仕方ないのことだ。あんなことあった後なのだから。

 しかし、場所と日は改めなければならないのは確かで、自分達で出来ないとなれば、第三者を頼る他ない。けれど、自分達と楯無会長と共通してる人となると思い当たる人は限られてくる。二年生の知人なんていないし、ましてや楯無会長の交友関係なんて知るわけがない。

 となると、一夏か本音あたりになるけども……。

 

「本音はダメ。あの子に頼むと返ってややこしくなるから」

 

 それは一夏も同じだ。

 というか、こんなこと男の一夏に頼めるわけがない。喧嘩しただなんて周りにもれて知られるのは嫌だから、なるべく穏便に済ませたい。二人がダメならどうするべきか……。

 

「虚に頼むのはどうかな? 三年生の布仏虚。私の家、更識に大体仕えてくれている家の人間で本音のお姉ちゃんでお姉ちゃんの従者。虚なら頼りになるし、一応身内ってことになるから連絡先も知っている」

 

 布仏先輩……確か楯無会長の傍に控えるようにいた人だったけか。何となく顔は思い出せる。

 そこまでちゃんと話したことはないけど、三年生らしくしっかり物の年上お姉ちゃんって印象を感じたのは覚えている。その人になら、気兼ねなく頼めるだろう。

 

「うん……任せて」

 

 考えがまとまって、やることとその具体的な案も用意できた。

 後は行動あるのみ。望んだ結果が得られるよう頑張らねばならない。

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 簪に布仏先輩へ連絡を取ってもらい、直接会ってもらえることとなった。待ち合わせ場所は俺の部屋。既に簪と部屋で待っており、後は布仏先輩が来るのみ。

 携帯でのやり取りで済ませられる話だが、こういったことは面と向かってのほうがいい。それに本当なら談話室とかで話をするべきなんだろうが、ああいった場所は公共の場。他に利用する人も当然いるわけで、自分達だけで独占するわけにもいかない。隠し通すほどの話でもないが、知らない人たちに聞かれて気持ちのいい話ではない。万が一話が外に漏れて騒ぎになるようなことも避けれる為、こういう運びになった。

 

 部屋の扉がノックされる。どうやら来たらしい。

 扉を開け、出迎えに行く。

 

「こんにちは。遅れてすみません。布仏虚です」

 

 扉を開けた向こう側には眼鏡をかけた三年生の布仏先輩がいた。

 この人が布仏先輩。落ち着いた雰囲気の知的で綺麗な人だ。姉妹だからある意味当然かもしれないけど、何処となく本音に似ている。

 玄関先で立ち話のままというのは申し訳ないので挨拶をして、奥へと入ってもらう。

 

「ご丁寧にどうも。失礼しますね」

 

 中に案内すると布仏先輩は簪とも挨拶していて、とりあえず適当なところに腰を下ろしてもらった。

 

「それでお話というのは?」

 

「そっと……それは……」

 

 簪と一緒に今日来てもらった理由、昨日の出来事、これからどうしたいのかその具体的な案を説明した。

 話している最中、何か納得いのいくところがあってのかそういう頷き方をしながら、布仏先輩は黙って聞いてくれた。

 

「話は分かりました。楯無お嬢様と仲を取り持つないし話し合いに応じるようお嬢様を説得して欲しいと言う事ですね。分かりました」

 

「虚……協力、してくれるの……?」

 

「はい、もちろん。こんなこと他に本音などには出来ないことですから。私で簪お嬢様方のお力になれるのであれば喜んで」

 

「よかった。ありがとう、虚」

 

 安心したようで簪は、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 話が早くて助かる。

 

「ですが、それで昨日から楯無お嬢様は元気がなかったのですね」

 

 やっぱり、楯無会長は元気なかったのか。

 簪の言葉にかなりショック受けていたのは間違いなかったわけだし。

 

「私としてはこれぐらい大人しい方が助かりますけどね。自業自得ですし、あんなことするぐらいなら」

 

 あんなこととは多分、楯無会長の変装のこと言っているんだろう。

 まあ、布仏先輩の言う通り、あんなことするぐらいなら大人しい方がいいのは確かだけど、自業自得って布仏先輩は結構ズバズバ言う人なんだな。

 楯無会長の従者って言うぐらいだから、もっとこう主人である楯無会長をたてるものばかりだと思っていたけど。

 

「ただべた褒めして従順なだけでは従者は務まりませんから」

 

 と布仏先輩は優しげな笑みを浮かべながら言った。

 そのどこか黒さみたいなものを感じる綺麗な笑みだった。

 

「もっとも、流石に今回のことはかなり身に染みて反省していると思いますよ。ですので、情状酌量といいますか、双方にとって良い落としどころを得られることを願っています。楯無お嬢様は決して、悪い人ではないですから」

 

「うん……それは分かってる。……頑張る」

 

 

 

 

 そしてまた後日の放課後。

 ようやく迎えることが出来た楯無会長との話し合い。場所は再び俺の自室。

 布仏先輩に頼んでもことがことなだけに多少なりと手間取るだろうなとは考えていたが、思った以上にすんなり話し合いにこぎつけることが出来た。やっぱり、仲介役を頼んで正解だった。

 

俺の隣には簪が座り、向かい側には楯無会長と、その付き添いで来てくれた布仏先輩が座っている。

 「……」

 

 「……」

 

 部屋に集まってこうして向かい合うこと早数分。未だ話し合いは始まっていない。

 重い空気が部屋には流れていた。そのせいなのか、二人揃って俯いて気まずそうにしている。

 俺や布仏先輩が変わりに進めるべき話ではないし、話しづらいのは分かるがこのままでは拉致が明かない。そのことは分かっているようで、おそるおそる簪が先に話し始めた。

 

「……お姉ちゃん」

 

「うん」

 

 楯無会長は、冷静に努めようとしているが、それでも緊張ないし恐がっているのか、表情が強張っているのがよく分かる。

 こんな楯無会長を見るのは初めてだ。

 

「その……や、やっぱりまだ……お姉ちゃんがこの間したことも、言ったことも私は今はまだ許せない」

 

「……そう。それはそうでしょうね」

 

「うん。でもだからって、土下座しろだなんて言わない。私だって……お姉ちゃんにたくさんひどいこと言ったから。それはお互いとりあえず謝ってすむようなことじゃないと思うし、私だって簡単に謝られたって困る。その代わり、っていったら変だけど……私、お姉ちゃんに言いたいことがあるの」

 

「えっ?」

 

「その……今までずっとありがとう」

 

 予期せぬ簪の言葉に本気で驚いた様子の楯無会長。

 まさか簪がこんなこと言うなんて。思わず俺と布仏先輩も驚いていた。

 

「この間言ってくれた言葉は、本当に私のことを大切に思ってのことなんだなって分かったの。不器用だけど、本気で大切に思ってくれていると感じられたら、何だかその……嬉しくて」

 

「……」

 

「ううん、この間だけじゃない。お姉ちゃんは昔からずっと見守って、いつも守ってくれていた。でも、私はお姉ちゃんに劣等感を感じて、分かっていたはずなのにずっと言えなかった。だからこそ、刀奈お姉ちゃん。遅くなっちゃったけど今までずっとありがとう」

 

 簪の言葉に楯無会長は泣き出してしまった。

 だけどその涙は悲しい涙ではなく、嬉し涙。

 

「ありがとうだなんて私のほうこそありがとう。本当、私の知らぬうちに簪ちゃんは立派になったわね」

 

「立派だなんて……そんなこと」

 

「立派よ。ずっと手のかかる妹だと思っていたけど……私は本当の意味で簪ちゃんを見れなかった。だからこそ、成長している簪ちゃんを見て私は寂しさを感じたのね」

 

 そう楯無会長は寂しそうにしみじみと言った。

 

「私は寂しかった。お姉ちゃんだから何でもしてあげられると思い込んでいて結局何もしてあげられなかった。そのことに気づいた時には簪ちゃんのことが遠くに感じて、寂しさを感じて少しでも近くに繋ぎとめようとしてあんなことをしてしまった。まったく、我ながら馬鹿だったと思うわ」

 

「でも、そんなところも含めて、刀奈お姉ちゃんは私の大切なお姉ちゃんだよ。強くて、賢くて、綺麗な今でも尊敬する私のお姉ちゃん」

 

「簪ちゃん」

 

「だから……ちゃんと仲直りしたい。ごめんなさい」

 

「私のほうこそ、ごめんなさい」

 

 お互いに頭を下げて謝りあう簪と楯無会長。

 昨日今日ですべてが綺麗に丸く収まったわけじゃない。

 そうなるにはまだまだ沢山の時間が必要で簪に譲れないものがあるように、言わないだけで楯無会長にだってそういうものはきっとあるはず。

 それでもお互いの想いを伝えあい、二人が納得のいく落としどころを見つけ、落ち着くところに落ち着いたみたいだ。

 

 簪と楯無会長は照れくさそうに笑いあう。

 きっとその光景は昔あっただろう在り日の穏やかな姉妹の姿に再び戻れたようだった。

 それを見て俺はようやくほっと胸を撫で下ろすことができた。

 その後は落ち着いた雰囲気でのちょっとしたお話。こんな話の後で、男子俺一人に対して女子の方が3人と圧倒的に多いので、もっぱらどういう交際をしているのか、といったものばかり。話せる範囲のことを話してはいるが、恥ずかしいものがある。流石に今日は根掘り葉掘り聞かれる事はなかったが、そのうち聞かれるのだろうな。

 話が一旦途切れ、今度は別の話でもとなった時。

 

「ね、ねえ……お姉ちゃん」

 

「ん?」

 

 簪は緊張した様子で楯無会長に問いかける。

 ちらちらと俺を見る簪の頬は心なしか赤く染まっている。俺のことで何かあったりするのだろうか?

 今一つ意味が分からずにいると、楯無会長は何か察しがついた様子で言った。

 

「あーそういうこと。皆まで言わなくていいわよ、簪ちゃん。言いたいことは分かっているから、彼との仲をちゃんと認めて欲しいんでしょう?」

 

「う、うん」

 

 照れくさそうに簪は頷く。

 ああ、そのこと。忘れていたわけじゃないけど、すっかり頭の片隅に追いやられていた。

 

「認めるも何も最初から認めているけど、弟君」

 

 呼ばれて俺は頷きながら姿勢を正す。

 

「本当に今更だけど、簪ちゃんはね……私の大切な家族で愛しい妹。あなたになら安心して任せられる。だからこそね、本当に頼んだわよ? 簪ちゃんと幸せになってくれるのなら、私はどんなことでも慶んで力になるから」

 

 優しい声色でそう言う楯無会長は真剣な瞳で真っ直ぐ見つめる。

 言われずとも、もちろん。これからも俺は簪と生きていくのだから。

 

「よかった」

 

 頷いた俺に、楯無会長もまた満足げに頷き、嬉しそうに微笑んでいた。

 




ただ謝るのではなく、まずは感謝を。そんな話。


今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪と過ごした聖なる夜

 12月24日。今日はクリスマス・イヴ。

 街はイルミネーションで彩られ、その雰囲気を一層にかもしだし、世間は聖夜を祝福するムードに包まれていた。

 IS学園とて例外じゃない。特に学生寮は明日25日のクリスマスにもクリスマス会をするのにイヴの今夜に託けて騒いでいた。

 

「静かだね」

 

 俺は頷く。

 騒がしい室内とは違い、今俺達がいる外……いつもの場所のいつものベンチの周りには人気はない。俺と簪の二人っきりでとても静かだ。外は冬なので当然寒いが、簪とこうして二人っきりでいられると思うと気にはならない。

 

「……」

 

 二人肩を寄せ合いながらイヴの夜を過ごす。俺達を照らしてくれているは月と夜空に浮かぶ星々の光。これはこれで中々ロマンチックではあるが、どうせ二人っきりで過ごすのならクリスマスイルミネーションがあるところのほうがよかったなぁ、とふと思う。

 イルミネーションだけじゃない。クリスマスと言えば、クリスマスツリーだ。立派なツリーでも見ながらこうして簪と過ごしたかったというのもなくはないが、立派なツリーとなると有名な場所……学校の外となる為、寮生である俺達は門限に縛られて、そういうわけにはいかない。

 寮のほうにもイルミネーションやツリーはなくはないが騒がしい室内にある為騒がしく、また沢山の人がいることもあって二人っきりというわけにもいかないし、何より周りに人がいてはこんな風に落ち着いて過ごすことは出来ない。

 

「ツリーとかもいいけど……私はこっちのほうがいい。この静けさが、いい」

 

 ゆっくりと言う簪。

 それはまるで二人きりの時間を、噛み締めるように。

 

「それに“あなた”と始めて過ごすイヴ。少しでもいいから二人っきりがいい」

 

 そう今日はイヴはイヴでも簪と知り合い、恋人になってから過ごす初めてのクリスマス・イヴ。

 イヴは毎年あるけど、簪と付き合い始めて過ごすイヴは今日が最初で最後で特別な日だ。

 特別な日だからこそ、特別なことをしてあげたいと思ってしまう。普通の高校生のカップルなら、イヴの夜はデートをしたり、一つ屋根の下で一緒に聖夜を過ごすものもらしいが、俺は立場が立場でそんな普通には過ごすことはできない。

 いつもの様に部屋からの外出禁止時間までの短い間しか一緒にいることはできない。それはそれで幸せなことだと分かっているがやってることは結局いつも通りだ。

 

「いつも通りでも私は充分。いつもの場所でも私にとって“あなた”と二人っきりでいられるだけで特別で幸せなことだから」

 

 そんなことを言われれば、これ以上どうしようもないことを今更言うのはもちろんのこと、考えることすら憚られる。今はただ簪と二人っきりで過ごせる限りある時を噛み締めよう。

 そういえば、一つ改めて言わないといけない言葉があった。

 

「メリークリスマス」

 

 微笑みながら言う簪。

 重なった言葉。聞いて、俺達は笑みを浮かべあった。

 しばしの間、夜空を見上げながら、俺達は無言。

 夜風に触れていたせいか、手先が冷たくなったのを感じて、何となしにポケットに手を入れる。

 すると、小箱が手に触れた。

 

 忘れていたわけじやないが、頭の片隅に追いやられていた。

 用意していたんだ。渡さないとな。

 渡すことに抵抗なんてい。 喜んでくれる自信もある。 それでも尚、何か得体の知れない緊張があるのは確か。声を出そうとすると、喉の奥が痛い。

 でも、渡さなければ。小箱を握り、簪の前へと出し、中を開けた。

 

「……」

 

 小箱の中を見て簪が息を呑んで驚いているのが分かる。

 

「指輪……これって……クリスマスプレゼント」

 

 頷いて俺は答える。

 小箱の中にあるのは二つの指輪。

 銀色の指輪でネックレスにも出来るようにチェーンが二つある。俺の今の経済状況からはかなり高いものだが、相場からすると安いもの。

 だけどこれが精一杯の俺の気持ちの形。簪に送るクリスマスプレゼント。

 

「いいの?」

 

 いいも何も簪の為のものだ。

 そんなことを頷きながら言って俺は簪に左手を出してもらうようにお願いした。

 左手、簪のしなやかな指先が見える。俺は指輪を手に取った。

 左手で簪の手首を支え、銀色の指輪を、そっと簪の左薬指へと近付けた。

 簪の指先は震えていた。

 

――これからも一緒に幸せになろう

 

ありふれた言葉。

沢山悩んで出せた言葉じゃなく思わず、すっと出たセリフだった。

簪の左薬指に嵌った銀色の指輪。

指輪が嵌った左手、薬指を何かに取り憑かれたように、ただじっと見つめていた。

すると、簪の頬に一筋の涙がしずくのように零れた。それが月の光や夜空に浮かぶ星々の光に照らされ、輝いているように見えるのは見間違いじゃないだろう。

 

「ありがとうっ」

 

 嬉し涙を流しながら、簪は嬉しそうに微笑んだ。

 

「大切にする。でも……忙しかったのにちゃんと用意してたんだね」

 

 まあな。

 ここ最近はいろいろとあって忙しい毎日だった。主に年度末試験だけど。

 忙しい合間をぬいながらも何とか用意できたのが今日のクリスマスプレゼント。

 

「ごめんなさい……私用意できてない」

 

 左手にある指輪を胸元で両手で抱きしめ、簪は申し訳なさそうに悲しげな表情をする。

 仕方ないさ。俺以上に簪の方が忙しいかったし。

 実際、今日まで忙しくてクリスマスなのにデートできなかったから。

 慰めの言葉をかけたが、簪は納得してない模様。

 クリスマスだからな……でも、手がないわけじゃない。

 簪にしかできないプレゼントを俺にくれればいい。

 

 「うんっ」

 

 頷いて簪は差し出した俺の左手を取り。

 

「これからも一緒に幸せになろう」

 

 俺がしたのと同じように薬指へそっと、指輪を通す。

 どこか、厳かな光景だった。 

 言葉なく熱っぽい視線で見つめあう俺達。

 引き寄せられるように、どちらからともなく唇を重ねた。

 

「……んっ」

 

 唇に冷えた感触。脳髄がジンと痺れた。

 ゆっくりと唇を離すと、俺達は抱きしめあった。

 

「私……凄く、今……幸せ」

 

 俺もだ。

 お互いに言葉を交わし、抱きしめあったまま、笑い合う。

 しばらくそうしていると。

 

「あっ……」

 

 何かに簪が気づいた。

 体を離し、簪が見た方向に視線を向けると。

 

「雪」

 

 夜空から雪が降っている。

 ひらひらと白い雪が世界を銀景色へと変えていく。

 この雪はまるで愛し合う俺達を天からののよう。

 

「綺麗……ホワイトクリスマスだね」

 

 二人は降り続く雪を見ながら、再び静かに唇を重ねた。

 ひらひらと降る白い雪はまるで二人を祝福しているようだった。

 



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簪はいない夜。野郎二人の会話

※注意
・今回タイトル通り簪本人は出ません(名前や話には出てきますが
・簪シリーズと同様の主人公と一夏のとある話題について話すお話です。
・いつも「」付けで話してない男主が普通に話しています。悪しからず。
・一読して下さり、読んで下さった方が今回の話の内容について何か考えて下さったら幸いです。


それはある日の出来。

 

「ただいま」

 

「おう、お帰り」

 

夜、外出から寮の自分の部屋へと帰って来るとルームメイトの一夏がそんな言葉と同時に出迎えてくれ。

 

「また、更識さんと会ってたのか」

 

「ん? まあ、な」

 

事実なので肯定の返事をする。

 

今日も今日とて夜、外出禁止時間まで彼女である簪と寮のラウンジであって他愛のない話をしていた。

本当はもっと一緒にいたいとお互いに思ってはいるが、自分達は寮生活をしている身。

規則は守らなければいけないし、仮に破ってしまえば織斑先生のきつい説教が待っているのは目に見えている。

まあ、明日も会えるんだ。こういう我慢も恋の醍醐味なんだろうと自分を言い聞かせ納得させるしかな。

 

それに一夏に対しても簪とのことは今更隠す必要はない。

自分と簪が付き合っていることは一夏はちゃんと知ってるからだ。

 

「そっか……な、なあ」

 

「何?」

 

「いやさ……何ていうか、聞きたいことがあるんだけど……いいか?」

 

明日の学校の用意をしていると一夏が問いかけてきた。

いつになく遠慮気味だ。遠慮気味というよりかは、戸惑っているといったほうが正しい気がする。

どうしたんだろうか? いつもなら遠慮なんて知らないかのように遠慮なしに物を言ってくる一夏なのに。

 

「お前さ、更識さんと付き合っているだろう?」

 

「そうだけど、それが?」

 

「ぶっちゃけ、女子と付き合うっていうか……恋人がいるってどんな感じなんだ?」

 

なん……だと……!?

 

一夏の質問を聞いて、言葉を失ってしまう。

聞き間違いかと思ったがそれはなさそうだ。

まさか、あの一夏がこんなことを聞いてくるなんて。

 

「変なもの食べた? というか、お前女子とかそういうことに興味あったんだな」

 

「食ってねぇよ! 失礼な奴だな。俺だって高一の男子だぞ。女子やそういうことに興味あるに決まってるんだろう」

 

そんなことを一夏から初めて聞いた。

驚きが収まらない。

だけど一夏もやっぱり、年頃の男子ってことか。

 

でもよく考えれば、恋愛は兎も角、一夏が女子に興味がないなんてことはなかったか。

唐変木とか鈍感とか散々言われていても、一夏のことを好きな女子達に迫られれば、困りつつも時には恥ずかしそうにして異性として意識しているみたいだった。

性欲についても織斑先生の水着に反応してたし、会長の際どい格好にも反応していたからないわけじゃない。まあ、同い年と比べて物凄く薄そうではあるが。

一夏にしたら女子の仲のいい子に対して友達感覚が強いだけで、女子を異性として見ているわけで、そういうことを踏まえて考えると一夏はやっぱり正常といったら適切なんだろうか、正常だ。

にしても、一夏が恋愛に興味あるとは。

何か心境の変化でもあったんだろうか。

 

「いや、さ……お前と簪が付き合ってこう……ラブラブしてるの見てたら、些細なことでも凄く楽しそうにしてて羨ましいっていうか。お前がそこまで夢中になる恋愛。好きな女の子……恋人がいたりして恋愛するのってどんな感じなんだろうって思ってさ」

 

「へぇ~なるほどな」

 

一夏の心境の変化にはよくも悪くも自分達が関係しているようだ。

それに一夏の言い方的に恋人がどんなものかは一応知っているようでよかった。

というか、一夏のこの言葉聞いたら、達……一夏のことがを好きな女子達は凄い喜びそうな気がする。

 

「一夏は恋人が欲しいのか?」

 

「お前ら見てると羨ましいって欲しいとは思うけど……好きな奴なんて今いないし、仲のいい女子はたくさんいるけどそれは異性でも友達だろう? 好きな女の子、恋人つくって付き合うってことが今一分からねぇんだ」

 

つまるところ一夏が言いたいのは‘恋人と友達の違い’ってことなんだろう。

難しい話だ。それは人によって定義が大きく異なるからだ。

恋人こそはいるけれど感覚でそういうものなんだろうと分かったつもりでいるだけかもしれず、自分自身実際この定義を聞かれてもよく分からない。

だから、上手く言葉にするのは難しい。しかし、一夏がこんなことを聞いてくるのは初めてのこと。

始めが肝心だ。何かしら上手いことをいってあげならいと……。

 

「そうだな……楽しいかな。簪と恋人になれて恋愛するってこと(毎日一緒に過ごすってこと)は」

 

「楽しい、なぁ……」

 

「うん、楽しい。些細なことでも凄く楽しくて幸せだ。まあ、楽しいことばっかじゃないけど、好きだと想える相手がいてまた自分のことを好きだと想ってくれる相手がいるってのは幸せだなあって思う」

 

簪の幸せそうな顔を思い浮かべながら自分は一夏に話していく。

 

「それに幸せそうな簪を見てるともっと幸せに、大切にしたいって思えるし。そんな簪がいるからもっとこれから頑張ろうって思える」

 

「惚気かよ」

 

「惚気だよ。頭いいわけじゃないからこう……実体験に基づいてしか、女子と付き合って恋愛するってのは説明しようがない」

 

恥ずかしいことを言っているのは自覚はしているが本当にこうとしか説明しようがない。

感覚みたいなもので理解しているつもりなだけに、もう少し上手く説明したいところだ。

しかし、聞いてきた一夏は「そんなものか」と納得している様子をしいるので何より。

 

「で、恋人を作って付き合うってことについてだけど……これは単純に一人の人とだけ友達以上に特別一緒にいたい、自分の傍にいてほしいって強く思うことだと自分は思う」

 

「特別か……」

 

「例えそう思う相手が友達だとしてもそう思うのなら友達以上のもの、恋人になるしかない。 相手のことが好きだからこそそう思うのであって、それが恋人関係になって付き合うってことだと思う」

 

これはあくまで自分の考え。

付き合うってことの意味はよく言われているが人の数だけあって、考え方は皆違う。

違う考え方が人の数だけあるのだから、意味なんて考え始めたらキリがないし、訳が分からなくなる。

結局は感覚の問題。自分が相手にどう感じるかが大切だと思う。

 

「……難しいな。だけど、何となくだが分かったよ」

 

「何となくでいいじゃないか。むしろ、一夏が女子や恋愛に興味あること知れて嬉しいぞ。一夏はホモ疑惑あるからな」

 

「なんだよ、それ。酷すぎだろ。俺は女子に興味はあるにはあるけど、そういう恋愛とか分からないだけで興味ないわけじゃないんだからさ」

 

一夏はいい意味でも悪い意味でも幼くて純粋なんだろう。

それは生まれ育った環境が大きく関係しているはずだ。

一夏は女子のことを異性として認識しているが、それ以上の認識ってのを分からない又は知らない。

だから、異性も同性の友達と同じ感覚で付き合うから一夏に対して好意を寄せている女子達の態度もああ鈍いものなんだろう。

今までははよ気づけと思っていたが、分からない知らないものを気づけってのは無理がある。

一夏にそういうことを教えたり、感じさせる知り合いや身内っていなさそうだからな……肉親である織斑先生は仕事や生活一筋で、恋愛経験多くなさそうだし。本人の前じゃ絶対に言わないが。

一夏のことを好きな彼女達にしても一夏に対する態度は傍から見たらあからさまでも、直接言ったわけじゃないし。

 

「だけど、俺が恋人見つけて恋愛するよりも先に千冬姉に早く恋人見つけて恋愛の一つや二つしてほしい」

 

「それは織斑先生だって思っているんじゃないか?」

 

待てよ、思ってなさそうな気もしてなくはない。織斑先生ブラコンの気があるからな。

それでも。

 

「織斑先生に恋人作って欲しいと思うのなら先に一夏が作るべきじゃないか? 相手に何かを望むのならまずは自分からだ」

 

「んなこと言ったって、やっぱり今そういう意味での好きな奴いねぇしなぁ。いないことには恋人作るなんて難しいだろ」

 

「まあ、そうだけど……幸い俺達は世界で二人だけの男性IS操縦者で学園には二人しかいない男子生徒。周りは女子ばかり、好きになりそうな子見つけられるんじゃないか」

 

可能性としてはなくはない。むしろ高いぐらい。

学園の女子は外見も中身もレベル高い子多いからな。客観的に見ての話だが。

第一、一夏は(篠ノ之)やデュノア達から好かれているわけだし。

それを教えようかと思ったが、やっぱり本人が自分で気づいた方がいいだろう。

彼女の為にも、一夏自身の為にも。知らないものや分からないものは自分で知っていたり、自分で分かっていくことに意味がある。何より、悩んだり迷ったりするのは恋の醍醐味なはずだ。

 

「見つかるか?」

 

「一夏次第だろ、それは。まあ、近いところで行くなら篠ノ之やデュノアとかいいんじゃないか? 一夏、彼女達によくされているだろ?」

 

「よくってなぁ……でも、箒は幼馴染でシャルは友達だぞ」

 

「例えばの話しだ。それにそれこそさっきの話だ。一緒にいればそのうち友達でも二人だけで特別一緒にいたい相手がみつかるかもしれない。行動あるのみだ」

 

「そうか……ああ、そうだな!」

 

今日の明日で一夏がいきなり変わるわけがないが今夜の雑談で何かしら一夏に今後変化があれば何よりだ。

同じ世界で希少なIS操縦者であり、朴念仁でも鈍感でも一夏は学園で出来た大切な男友達。

幸せになって欲しい。

 

……




今回の話のテーマは以下の通り

・オリ主がISヒロインの一人と恋人関係になり、そのことが与える一夏への影響
・恋話?する一夏を経て、一夏の今後の変化。
・オリ主が恋愛している姿を見て、一夏に恋愛感情や恋愛について考えさせる。
・一夏を歳相応の男子として描く
・一夏のホモ扱いについての個人的な答えじみたもの

です。
私が単に見てないだけかもしれないのですが、ISの二次小説でオリ主とISヒロインが恋愛して、その様子を見て一夏の心境とかに何かしら変化を起すってのは見かけないんですよね。
やっぱり、オリ主がいることでヒロイン達にも一夏にも変化はあると思うんです。
恋愛ごとでは特に。

一夏が恋愛ごとに疎いのは本編でも書いていますが、知識としては知っていても本当にそれがどういうものなのか理解できてないところにあると思うんです。
知らない、分からないことに気づけってのは無理がありますし、一夏にそういうことを教えるって言ったら偉そうですが、雑談形式で話す人物もいませんし。特に同性。

オリ主には一夏を踏み台にするのではなく、利用するのではなく、よき相談相手になったほうが同じ男性IS操縦者として深み、みたいなものが増すと考えています。

長くなってしまいすみません。
この話を読んで下さった方が、何かしら考えていただければ幸いです。

今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

ちなみにこの話題でもう少し話は続いていきます。
お楽しみにしていただければ幸いです。

それでは~


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簪達とあることを思いついた日

 放課後。自主訓練を終えた自分達は簪の専用機【打鉄弐式】などの整備で普段から使っている整備室の端で休憩がてらお茶をしていた。メンバーは自分、簪、本音のいつも一緒に行動している三人。

 そこで俺はつい最近、一夏が恋愛に興味を持ったあの夜のことを思い出して、簪達に話してみた。

 

「ふ~ん……あの織斑が」

 

「えぇぇっ!? あのおりむーが!?」

 

 興味なさそうにして手元の端末を弄っている簪と、目を見開いてかなり驚いている本音の対照的な二人。二人とも『あの』とつけて一夏のことを言っているあたり、やっぱり一夏が恋愛に興味をもったことは少なからず大変な出来事だということがよく分かる。

 

「私的には……織斑がそういう意味で女子に興味あること自体驚き。同性愛者じゃないかって噂よく聞く」

 

「あっはは……確かにおりむーには悪いけどよく聞くねー」

 

 やっぱり、簪達もその噂知ってたんだ。一夏の事情を知ってから、その噂のことを聞くと一夏がかわいそうに思えてくる。一夏にしたら性別分け隔てなく友達として接していて、デリカシーがなくても女子のことをちゃんと異性と認識はしているから、同性みたいにベタベタできず。

 やっぱり男なんだから女子とずっといるのも辛いものがあるわけで、同じ男子の俺といたくなる。その気持ちは同じ立場である俺でもよく分かるが、そのせいで仕方ないとは言え、そういうあらぬ噂が立ってしまう。女子高同然とは言え、男子が二人仲よくしていれば最近の女子ってそういうことを考えてしまうものなんだろうか。まあ、男子も女子が二人仲良くしてると勝手に百合認定してしまうから、ある種仕方ないのかもしれないが。

 

「……でも、これで貴方にも変な噂立たなくてすむ。人の彼氏で変な妄想されるの嫌」

 

 そうだな。

 一夏ほどじゃないとは言え、簪と付き合う前は一夏とセットでそういうことに巻き込まれていた。簪と付き合ってからは減ったけど、一夏もこれでそういう噂は減っていくのだろう。

 

「篠ノ之さんとかデュノアさんとかの気持ちに早く気づいたらいいね」

 

 紅茶を飲みながら簪は静かに言う。

 

 それはそうだな。時間かかりそうだが。

 恋愛に興味持ったんだ、興味というきっかけばできた今、その内気づくだろう。

 

「んーかんちゃん、それはどうだろう~? おりむーってさすっごい鈍感、にぶちんじゃん? 気づくのめっちゃ時間かかると思うんだけどー」

 

「それはそうだけど、時間かかっても……気づかないよりも気づいた方がいいと私は思う」

 

「でも、興味あるのと気づくのって別じゃない? 興味あってもあるままで気づかないままおりむーならおじいちゃんになっちゃうよ」

 

 それは言いすぎ……と言いかけて俺は言葉を抑える。

 

 確かに本音が言う通りだ。恋愛に興味が出てきになっても、所詮それは興味があるだけ。興味というきっかけがあっても気づくかどうかは別問題。興味あるままで鈍感な一夏だから凄い歳を取ってから気づくなんて容易に想像できてしまうあたり一夏が怖い。

 だとしたら、どうしたら……

 

「んーそうだなぁ~」

 

「難しい……あの鈍感め」

 

 真剣に考えこむ顔をして考えてくれる本音と毒舌を吐きながらも考えてくれる簪。

 

 難しいな……いっそ篠ノ之達からお前は男として好かれているんだ、あわよくば恋人になりたいんだって教えるか? いやいや、それは気づくとはまたちょっと違う気がする。

 女子を好きになるってことがどんなことなのか……好きな女子と恋愛していくということがどんなことなのかをやっぱり自発的に気づかないと意味がない。

 この間、「行動あるのみ」なんてことを言ったが……今思えば、無責任だったのかもしれない。いらぬおせっかいはよしとこうと思ったが……一夏は興味があって知っていてもそれは知識としての話。実際にどんなものなのかは知らないし分からない理解できてないんだ。知らないものを行動あるのみで行動させようにも肝心の始めの第一歩は踏み出せはしない。

 やっぱり、いらぬお節介だとしても背中ぐらいは押すべきなんだろうな。

自分らぐらいの歳で恋愛や好きな人がいるってのが感覚だけでもそういうものなのかって知らなかったり分からなかったりするのは大人になった時、かなりマズいって聞く。

 

 ここは一ついらぬお節介を焼くか……だがしかし、肝心のどんなことをすれば一夏が気づくのか分からない。

 そんな風に三人して悩んでいる時だった。

 

「あっ! そうだ~! ダブルデートなんてってどうかな?」

 

 本音が提案してきた。

 

「折角かんちゃん達カップルさんがいるんだから丁度いいかな~っと思って。二人に仲介役?っていうになってもらって、おりむーともう一人の女の子とで四人でデートするの! ダブルデートなら二人っきりでデートするより緊張感が和らいで普通のデートよりは緊張しないって聞くし、デートっていう恋愛の定番のことをすれば恋愛がどんなものなのか何となくにでもわかるじゃないかな?」

 

 ダブルデートか……。

 

 いいかもしれない。本音が言うようにデートっていう恋愛の定番を実際にすれば、例えそのとき分からなくても何となくでも雰囲気は感じてもらえるはずだ。行動あるのみだからな尚更。

 本音の話だと緊張も二人よりかはしないみたいだし、二人でデートするよりかは自然に一夏を誘い出せそうだし、相手の女の子も二人っきりよりかは安心してくれるはずだ。二人っきりになりたいのなら、途中カップルそれぞれで分かれればいいわけだし。

 

 こんなメリットもある分、デメリットもあるがそれはその場に応じて対応すれば済むだろう。

 いい案だと思う。俺は賛成だけど……簪は? そう聞くと。

 

「私もいい案だと思うよ。賛成……あなたがいいのなら私も協力するよ。面白そうだし」

 

 簪が賛成してくれてよかった。

 これでダブルデートするってことは一まず決まった……が次の問題が出て来た。

 

「よかった、参考になったみたいで。でも、そうなったらおりむーのデートの相手どうするかだよねぇー」

 

 そう相手のことだ。

 俺達が賛成で、一夏には了承させるとして、もう一人女子がいないことには始まらない。

 ダブルデートするなら知り合いの女子のほうが女子も一夏も初対面の子とよりかは気まずくなったりはしないだろう。

 となると、やっぱり……一夏のことが好きなあの五人から誰か一人誘うか?

 

「それはよしたほうがいいかな。あの五人のうち一人だけ呼んだりしたら面倒なことになる」

 

 簪の言う通りだ。

 あの五人の中から誰か一人呼べればいろいろな意味で一番いいけど、一人だけ呼んだりしたら面倒なことになる。あの五人、お互いライバル意識強いから一人呼んだら全員来そうな予感がひしひしとする。

 それにあの五人の一人呼んで、ダブルデートしても女子の方が一夏のこと意識しすぎていつもの感じになりかねない。それだったらあんまり意味なさそうだしなぁ。

 やっぱりデートするのなら仲はいいけど、デートなんてしない人のほうが一夏にとって新鮮味あっていいと思う。

 

「第一、私篠ノ之さんやオルコットさん達とあんまり仲良くないから誘いにくい。第一連絡先知らないし」

 

 それもある。俺も連絡先知らないや。五人とは知人関係にはあるけど、それは一夏を通しての繋がり。個人的に親しいかってなるとそうじゃない。だから、揉め事があった時止めるの一苦労して、疲れただけのデートになってしまうかもしれない。それも避けたい。

 となると……あの五人以外で誘えそうな女子。いるか?

 

「ん~! 楯無お嬢様とかは?」

 

「えぇぇっ……」

 

 凄い露骨に嫌そうな顔を簪はしてる。

 おもしろい顔だが、そこまで嫌がる必要ある?

 

「おもしろいって……あなた。だ、だって……! お姉ちゃん呼んだら押せ押せで……自分が楽しむだけ楽しんで今後のネタにしそうだもん! それであの五人に話して煽ったりだもん……!」

 

「か、かんちゃん……言い過ぎだよぉ」

 

「本当のことだからいい。それにお姉ちゃんは織斑より……まだあなたのこと狙ってるから絶対嫌」

 

「あぁ~……そう言われればそうかも」

 

 簪の言葉に本音は妙に納得して同情した目で俺を見てくる。

 

 ないでしょう、簪の言うことは流石にもう。そりゃ……最初こそはかなり迫られたけど、簪と付き合い始めてからは流石に弁えてるのかそんなことなくなったし。

 

「あなたは甘すぎるよ……お姉ちゃん絶対諦めてない」

 

 左様で。

 

 まあ、楯無会長呼んだら呼んだであの五人と同じことになりそうだし、簪の言うことはもっともだ。

 じゃあ次……ってなるといい人が思い浮かばない。

 虚先輩はダメだ。一夏の友達の弾だったっけか? その人といい感じだって聞いてるから邪魔するような真似は絶対出来ない。

 いっそクラスの子を適当にって言ったら語弊があるけど……呼んでもなぁって感じだ。となると……誘えそうな人いなくないか?

 

「困った」

 

「困ったねぇー」

 

 紅茶を飲みながらでも簪と本音は他にあてがないものかと探してくれている。

 呼ぶなら身近な人のほうがやっぱりいいなぁ……そう俺が言葉をこぼした。

 

「身近な人か……ん? あ、いた」

 

「え? かんちゃん~誰々~!」

 

「本音、貴女」

 

「ほえ?」

 

 簪は本音を見つめながらそう言った。

 ああ、そういうことか。俺は簪が何を言いたいのか分かった。

 

「えぇぇ~! 彼氏君までーどういうこと~?」

 

 本音は一人分かってない様子で知りたそうにしてる。

 なるほど、灯台下暗しとはこのこと。

 

「だから、本音。貴女がダブルデートで織斑の相手役」

 

「なぁ~んだ、私かぁ~……って、えぇぇっ!?」

 

本音にしては珍しく本気で驚いているようでいつもみたいな間延びした物言いはない。

 

「嘘ですよね? お嬢様」

 

「お嬢様言わないで。本音がダブルデート提案したんでしょう。言い出しっぺの法則って奴」

 

「そんなぁ~」

 

 本音ならこの話に始めっから参加しているからわざわざ誘う必要もないし、本音と一夏はクラスメイトで仲はいいけど、一緒に遊びに行くほどってわけでもないから、ダブルデートするなら相手同士新鮮さがある。

 一夏の周りにいる女子は押せ押せタイプの女子が多いが、通称「のほほんさん」というあだ名で呼ばれるぐらいのほほんとしている本音だ。一夏を優しく包んでくれるかもしれない。そうなると周りとの女子とのギャップで、一夏にまた別の変化が起きるかもしれない。

 それにこう見えてもって言ったら失礼だけど、本音は暗部の家の人間。本音から情報がもれることはない。一夏さえ俺が適当に話をあわせていたら、このことが当日終わるまで周りに情報が漏れるなんて事はまず起きない。

 

「もしバレても私はあなたの護衛で本音が織斑の護衛の為について行くことになってるってすれば説明はつく」

 

 確かに。簪、よく考え付いたなぁ。

 

 そうなると本音がダブルデートの最後の女子として適任じゃないだろうか。むしろ、本音以外適任な女子が思いつかない。

 もっとも強制は出来ないので本音が了承してくれればの話だけど、そこは簪とこれから説得していく。

 

「無理強いはあまりしたくないけど……本音は嫌?」

 

「い、嫌じゃないけど……」

 

「そういえば、前……織斑のこと、良いなぁとかおしもろい人とか言ってたけど?」

 

「そ、それは! お友達としてで……えっと、その、な、何というか……嫌じゃないよ? おりむーとデートしてみたいし……ああん! もぅ恥ずかしいよぉ!」

 

 真っ赤になった顔を両腕のぼたぼたの長袖で隠して恥ずかしそうにうずくまる。

 珍しいのを見てしまった。しかも、満更でもなさそう。むしろ、やる気すら感じられる。

 

「じゃあ、決まり」

 

「あい……」

 

 かくして俺と簪のカップル、一夏と本音のカップルでダブルデートすることが決まった。

 

「あ、分かってると思うけど本音。デートだからデートぽっいこと……恋人がするようなこともするかもしれないから」

 

「かんちゃん!?」

 

「返事」

 

「あい」

 

 簪には敵わないと思ったのか、うなだれながらも大人しい本音。

 何だかお嬢様といわれたとおりにするしかないメイドの図だ。

 実際、二人はお嬢様とメイドだから、その通りなんだけど。

 

 というか、簪がある意味一番楽しそうだ。

 出会ったばかりの頃は内気で自分に自信がなくいつも何処かおどおどしていたけど、付き合い始めてからはかなり明るい性格になった。大人しいところは変わらずだが笑顔も増え、冗談だって言ってくれるようになった。

 それはいいことだ。実際楽しんでいる簪は可愛いからいいけど楽しんでるでしょう? 簪。

 

「うん! 凄く!」

 

 そう笑顔で言う簪の表情は、何か悪巧みしてる時の楯無会長の不敵な笑みを思い浮かべさせられる。

 やっぱり、姉妹って何処かで凄く似るものなんだとしみじみ感じた。

 






で、今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と見守ることにした一夏と本音の様子

「寒っ。なぁ、まだ行かねぇのかよ」

 

 隣で一夏が寒さを紛らわすかのように両手をこすってる。

 確かに寒い。吐く息も白くなり、朝から冬の寒さが増しているの感じる。

 

 あれから三人……主に簪と本音の二人だが、デートプランをしっかり練って準備万端。

 そして今日は例のダブルデート当日。今朝から俺と一夏は、学園へと向かうモノレールがあるレゾナンス前の駅で待ち合わせの為に待っている。

 

「待ち合わせ? 他に誰か来るのか?」

 

 まあ、な……っと俺は適当にはぐらかして一夏に返答する。

 

 待ち合わせの相手は言わずもがな、簪と本音の二人だ。その理由もまた言わずもがな。

 正直、一夏には今日がダブルデートだということは勿論。行き先や簪と本音が一緒だということは教えてない。

 教えてもよかったのだが、簪と本音の二人に止められた。前もって今日のこと一夏を教えれば、ポロっとあの五人や周りに言いかねない。そうなれば、後の祭り。

 実際、今日は俺と二人で遊びに行くという体で寮を出てきたのだが、このことを一夏は食事の席か何かで言ったらしく。

 

『そういえば一夏から聞いたんだけど、今度の休日二人で出かけるんだってね』

 

 と、デュノアに何となしにだが聞かれた。

 まあ、俺と一夏が二人で遊びにいくなんてことは珍しいことじゃないので聞かれただけでそれ以上大した詮索なんてされなかったが、もしダブルデートだと一夏に教えてどうなったかと思うと想像するのも恐ろしい。

 待ち合わせ場所も悩んだ。始め、IS学園から外部に続くモノレールの駅がすぐに集まれてそこにしようとしたが学園生徒しか基本使わない為、行きに見つかって騒ぎにでもなったら面倒なのでわざわざ一旦レゾナンス前の駅でこうして待ち合わせしている。

 幸いなことに朝が早く休日だからか学生らしき年齢層の人影はすくない。いても他所の学校らしき人影で、後は老若男女ばかりだ。

 

 時間を確認する。俺達がここについてのは待ち合わせ時間の十五分前。そして今は待ち合わせ時間の五分前。そろそろ来る頃だろう。

 

「ごめ~ん~」

 

「お待たせ」

 

 来たようだ。

 

「ごめんなさい、待たせちゃった?」

 

 俺達の姿が見えて急いだのか息がほんの少し上がっている簪にまだ待ち合わせの時間になってなないことを教えると「よかった」と微笑んだ。

 

「そうだ……今日のどう……かな?」

 

 恥じらいながら簪は今日の服装を聞いてくる。

 簪の今日の服装は白のレーススカートに優しいグレーのハイネックローゲージニット。

 といったお嬢様コーデのようだ。今日もまた一番と可愛い。

 そんなありきりだが思った通りの「可愛くて似合っている」なんて感想を簪に伝えると。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。

 

「本音も凄いんだよ。ほら、織斑見惚れてる」

 

 そういえば簪達が来るまで寒い寒いと言っていた一夏がやけに静かだ。一夏達を見てると、簪が言ったとおりの光景が広がっていた。

 

「……」

 

「……」

 

 本音を見て見惚れている一夏とじっと見られて恥ずかししそうに顔を真っ赤にして固まってる本音。

 今日の本音の服装は、頭には白の耳付きニット帽上は白のロングセーター で下はショートデニムを履いて、セーターが長めのせいかショートデニムが隠れてすごいミニスカっぽい。全体的に普段の本音の雰囲気そのままだぼだぼというかゆったりとした感じだが、本音は普段だぼたぼの制服か気ぐるみっぽい服を来ているせいか、同じゆったり系でも雰囲気は随分と違ってみえる。普段よりも服装に気合が入っているのがすぐに分かった。

 本音にはデートに付き合ってもらっているが、あの満更でもなさそうな発言といい、今日の服装といい、デートに凄い気合入ってるのがわかる。

 

 というか、一夏見過ぎ。

 流石の一夏でもいつもとは違う本音の姿に思わず見惚れてしまっていることは分かるが言葉を失ったままそうじっと見つめたままだと本音がかわいそうなぐらい顔が真っ赤なままだ。

 

「織斑見過ぎ。今日の本音に何か言うことはないの?」

 

「え、えっと……!」

 

「お、おりむー……ど、どうかなっ?」

 

 流石の一夏でも何について言うかぐらいは分かっているみたいだ。その証拠に慌てた様子で一生懸命言葉を捜している様子。そして、長いようで短い思案が明け。

 

「……い、いいんじゃないか」

 

 今にも消えそうな小さな声で一夏はそう恥ずかしそうに言ったが、本音にはちゃんと聞こえたようで物凄く嬉しそうにしながら。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「お、おうっ……」

 

 嬉しさとその反動なのか二人ともおもしろいぐらい赤い。

 というか、もう二人は二人だけの世界に入っているな、これは。俺と簪が見ていることに気づいていない。 

 

「二人とも初々しいね」

 

 ああ、そうだな。二人を見てると初々しくて甘酸っぱい。このまま二人を見ていたい気もするが、まだ今日は始まってすらいない。スタート地点で二人にもう満足されては困る。楽しいのはいまから。

だから、そろそろ行こうかと皆に伝える。

 

「……っ!」

 

「ひゃっ!」

 

 俺の言葉で二人とも我に返ったのか、ばっと二人は距離をとるように離れる。つくづく面白い反応をしてくれる。

 

「い、行くってどこにさ! というか、俺達二人で遊ぶんじゃなかったのかよ」

 

 騙して悪いが、あれは嘘だ。 

 ここでようやく一夏に元々二人を呼んで四人で出かける予定だったことを告げる。

 

「まったく! 何で内緒にするんだよ!」

 

「ごめんね、おりむー」

 

「ああ、いや! のほほんさん達が嫌ってわけじゃないからな! うん!」

 

「えへへ~よかったぁ~」

 

 騒がしい一夏の相手はやっぱり本音に任せる判断は間違ってないようだ。さっそく上手く丸め込まれている。

 行き先とその場所の理由は一夏にはまだ黙っていた方がいいか。ついてからのお楽しみだ。

 

「そろそろ行こう」

 

 簪の言葉の後、俺達は目的の場所へと向かった。

 

 

 

 

「さくらパーク……ここって遊園地か?」

 

 頷いて答える。

 

 レゾナンス前の駅から出発して電車で揺られること約三十分。やってきたのはさくらパークと呼ばれるIS学園のある島とレゾナンスがある街からほんの少し離れた隣街の遊園地。

 ISが急激に普及したことに伴って日本各地では街開発や環境整備が盛んとなり、この遊園地はその一つ。出来てまだ2.3年しか経ってない様で、遊園地ということと休日ということもあって人の数は多い。

 デートと言えば、遊園地ということで決まったこの場所。飲食店やアトラクションが多く、自然と一体になっているらしく景色がまたいいとの評判。カップル向けの一面もあってカップルに人気なデートスポットらしい。実際、カップルらしきグループはちらほらいる。

 IS学園の近く、それこそレゾナンスでもデートスポットとしては申し分ないのだが学園に近い分容易に目撃されかねない。だが、ここでならIS学園からは離れているし存分にデートを満喫することができるはずだ。

 

「でも、なんでまた……遊園地なんかに」

 

「何でって……ダブルデート……デートの為に来たんじゃない」

 

「はぁ!?」

 

 簪の冷静な言葉に反応する様式美を感じさせる一夏の驚いた声。

 ここまでずっと黙っていたから、当然のリアクションだ。

 理由を知りたそうにしている一夏に漸くことの全貌を明かした。

 

「急すぎるだろ……」

 

「考えが甘い、織斑。貴方が恋愛やそういう意味で女子に興味持ったことは聞いてる。今回はそれをより感覚として明確にさせるものなの」

 

「恋愛に興味があるのはそうだけど……というか、更識さんが知ってるって……お前教えたのかよ」

 

 許せ、一夏。

 

 男としては同性なら兎も角、女子に恋愛に興味があるとか女子に興味があるとか知られたくないのだろう。多分。昔ながらの男の考えがある一夏なら尚更。

 しかし、相談され何かしら力になりたいと協力してあげたいと思っても男の俺にでは限度というものがあり、出来ないことも当然ある。だが、対象である女子なら男では思いつかないことを思いつくだろうし、何より女子にしか出来ないことがある。

 デートがまさにその一つだ。特殊じゃないかぎりデートの相手は女子しかできない。女子にしか出来ないからこそ、今こうしてデートが出来つつある。

 

「余計なお節介なのは私も彼も承知。だけど、こうでもしないと織斑は興味あるまま気づくことなく終わってしまいそうだからデートするの。だから尚更……貴方にはこのデートで恋愛がどういうものなのか好きな人がいるってことを少しでも理解して、好きな人とデートするっていうことがどういう感じなのか分かってもらわないと困る。その為に本音に協力してもらっているんだから」

 

「協力って……そんな」

 

「何、うちの本音じゃ不満?」

 

「そ、そうじゃないけど……」

 

 凄むのは流石にやめような、簪

 まあ、簪がそんな態度するのは仕方ないか。本音、一夏とデートするの満更でもない様子だからな……現に今もそわそわしている。だから、余計にこのデートで本音が一夏のことを……なんて思うといらぬお節介でも焼かずにはいられない大切な幼馴染、親友を思っての思いからなんだろう。

 

「なら……いい。私と彼と一緒のダブルデートだけど……織斑、これは二人のデートでもあるんだからそこはちゃんと意識して」

 

「い、意識……」

 

「うぅ~……」

 

 簪の気に押されてゴクリと生唾を飲み込む一夏と意識の意味をちゃんと理解して本音は恥ずかしそうに俯く。

 

 意識はしてもらわないと困るのは事実。

 今日はデート……異性の友達と遊びに来ているのとはわけが違う。意識しないまま一日過ごされたら意味がない。一夏と本音はまだ両思いでもないし……ましてや付き合ってすらいないが、それでもデートだということを、例え仮のものだとしても好きな人がいて恋愛して好きな人とデートをしているということを意識するのとしないのではまったく違う。

 その辺はちゃんと一夏に意識させてからデートに望んでもらわないと……それことをちゃんと一夏に言い聞かせる。

 

 何となくでもいい意識してくれ、一夏。

 

「お、おう! 何となく分かったぞ!」

 

 不安だ。

 だが、俺達から前もって言うと言わないのもまた違う。言ったんだ、大丈夫だと信じよう。

 幸いさっきから意識しまくっている本音がいることだし、それっぽい感じにはなるだろう。

 

「よし……じゃあ、そろそろ中に入ろう」

 

 そうだな、時間は限られているんだ……時間が潰れていくのは惜しい。

 前フリはしっかりとした。あとは二人の問題。実際、やってみないと分からないことだらけだ、こればかりは。

 俺は簪の手をとり、普段の様に指を絡めるように繋ぐ。

 

「あ……そうだ」

 

 そこで俺と簪の声が重なる。大事なことを忘れていた。

 

「本音と織斑もこんな風に手繋いで」

 

「うぇぇっ!?」

 

 俺と簪が繋いでいる手と手を二人に真似するように見せて、驚く二人。

 

「更識さん、それは恥ずかしいんだけど!」

 

「女たらしが何今更、恥ずかしがってるの。いつも女の子と簡単に手を繋いでるじゃない」

 

「いや! それとこれとは違うって!」

 

「まあ、それはどうでもいい。今日は恋人同士のデートっていう体なんだから手を繋ぐのは当たり前」

 

「かんちゃん、わ、私も! 流石に……」

 

「本音? 早くして」

 

「はいぃ……」

 

 可愛らしくも怖い笑みを本音に向ける簪は二人に有無も言わさない。仕掛け人とは言え、他人事だから余計に楽しいんだろう。

 思い出せば、手を繋ぐのにやたら時間かかった簪が懐かしい……。

 

「のほほんさん……」

 

「う、うん。おりむー、どうぞ」

 

 差し出されて本音を手を一夏は戸惑いながらも取り、繋いで指を絡ませていく。

 

「これは物凄く恥ずかしい……!」

 

「えへへ~! そだねーでも、おりむーの手大きくて暖かい。私は繋げて嬉しい~」

 

 本音の純粋な感想に一夏は赤く染まった頬を残るもう片方の手で気恥ずかしそうにかいていた。

 

 

 

 

「うわ~」

 

 さくらパークの中に入るなり、簪は無邪気な声をあげる。

 いくつになっては遊園地は楽しいみたいで、幼い子供の様にはしゃいでいる。

 そんな様子を見ているとまだ入ったばかりだがこっちまで楽しくなってくる。

 

 一方、一夏と本音はと言うと。

 

「……」

 

「……」

 

 二人揃って恥ずかしそうに顔を赤くして、俯いている。

 律儀に手こそは繋いだままだが、歩き方といい二人の間の雰囲気といいどこかぎもちない。

 まあ、理由は目に見えているだけに見ている分には初々しい二人の姿がおもしろい。

 しかし、簪にはほんの少しかわいそうになったのか心配そうに声をかける。

 

「二人とも……しっかり」

 

「だ、大丈夫だよ! お嬢様! そ、そうだ! ど、どれから遊ぼう?」

 

「あっ、ああ! えっと……そ、そうだな、う~ん。あっ……あれなんてどうだ? 少し並んでるけどまだそんなに人は多くないし、遊園地の定番だろ。後々になって凄い並んでから乗ることになるよりかはマシじゃないか?」

 

 顔は赤いが緊張を隠すように一夏と本音は会話する。

 そして一夏が指さしたものはというとそれはジェットコースター。ループ状のレールの上を乗り物が高速で走りぬけている。結構な高さとコースの長さがあり、途中一回転している。ががが、とコースターは駆け抜ける轟音。そして、乗客たちの楽しそうな声。迫力ありそうで楽しめそう。

 確かに定番でまだ人は少なめだ。今ならほんの少し待てばすぐ乗れるだろう。乗れるなら乗りたいが、初っ端からアレか……。

 

「……っ。わ、私はいい」

 

 物凄い勢いで簪は首を横に振る。

 そういえば、絶叫系苦手だったな。普段からISであのジェットコースター以上の高いところから急降下の訓練をしているが、あれとこれじゃあ別物だからな。ジェットコースターの急降下する時にふわっとした感覚が嫌なんだと昔聞いた憶えがある。

 まあ……簪が嫌なら俺もいいかな。また別の機会で乗ればいいもの。二人には悪いが……何だったら二人で乗ればいい。ダブルデートはそういう風に別々に別れることが出来るし、ジェットコースターなら早速恋人同士っぽいことできるだろうそう提案したが。

 

「うーん、私もいきなりジェットコースターはちょっとぉ……ね。ごめんね、おりむー」

 

「そっかー……仕方ないな」

 

 がくっとなる一夏。よほど乗りたかったんだな。確かに急降下気持ちで乗りたい気持ちになってくる。

 でも、女子二人が嫌がってるのに無理強いしないのはいいことだ。相手が楽しんでくれるものに乗るのが一番だからな。

 そんながくっとなっている一夏の姿を見て本音が優しく励ます。 

 

「じゃあ、おりむーまた後で、乗ろう。ね?」

 

「ああ!」

 

 一瞬で元気になる一夏。単純な奴。

 しかし、ジェットコースター以外ってなると他に何から乗ろうか。

 あたりを見渡していると。

 

「かんちゃん! かんちゃん! あれあれ!」

 

 本音が見つけたのは。

 

「ああ……メリーゴーランド。アレならよさそう」

 

 簪も存在にきづいて言葉をこぼす。

 まあ、アレならゆったりしてるし最初に乗るアトラクションとしては最適。

 ゆったりという一面だけの話だが。

 

「いこいこ!」

 

「うん!」

 

 乗り気な本音と簪。それぞれの相手に手を引かれて、俺と一夏はメリーゴーランドの前に連れて行かれる。

 到着して、そのあまりにもファンシーな佇まいに思わず一夏は固まってしまった。

 まあ、そうなるわな。目の前にするとファンシーな感じが凄い。

 

「……これに乗るのか? いや、流石にこれは」

 

「え~! おりむー、すごく楽しそーだよ! ほら、童話に出てくるお姫様みたいな気分になれそう」

 

 実際、そういうコンセプトなのは明白だ。

 幸いこのさくらパーク自体、カップル向けの一面があるから乗っている夢を持った幼い年頃の女の子中に若いカップルはいることにはいる。しかしいざ、自分があの中に入って乗ると思うと恥ずかしさを感じる。

 

 簪も乗りたい? そう聞けば。

 

「……うん、一緒に乗りたいな。嫌?」

 

  分かった、一緒に乗るか。判断は一瞬。返答に迷いはない。

  俺が恥ずかしがっているのを簪に悟られて遠慮気味に聞かれれば、断れない。断るという選択肢は最初かに存在しないのだ。

 

「即決かよ! すげぇな!」

 

 これも可愛い彼女のお願いだ。俺の少しばかり羞恥心なんて捨てる。

 俺が簪と一緒に乗ることを決めれば必然的に。

 

「ねぇ~おりむーも一緒に乗ろう?」

 

「ぐっ……わ、分かったっ」

 

「やったぁ~!」

 

 笑顔ではしゃぐ本音。

 そんな本音の笑顔を見たら流石の一夏でも乗ることへの抵抗は薄れていっているみたいだ。

 自分が即決したことで一夏の逃げ道をなくしてしまったが、それはそれでよかったかもしれない。

 ここはIS学園から遠く離れた遊園地。こんな時ぐらい体裁はもちろん知り合いの目も気にすることがない分、気が楽なのも確か。

 

「じゃあ、早速行こう!」

 

「……うん!」

 

 また手を引かれ、列へと並んだ。

 

「……メリーゴーランドなんてすごい久しぶりだけど楽しいね」

 

 そうだな。とすぐ目の前にいる簪に答える。

 

 ファンシーな音楽と共にメリーゴーランドはゆったりと回っていく。

 気恥ずかしさこそはまだほんの少しあるものの、目の前にいる簪が楽しそうなので俺も楽しい。

 このメリーゴーランドは並びはしたがほとんど待つことなく、あれよという間に自分達の番。まあ、近いのに乗って一人一頭ずつ馬だかに乗るだろうと思っていたら、係員の人に「カップルですか?」と聞かれれば、カップル用の大きめの白い馬一頭に二人でまたがることになった。もちろん、一夏と本音も二人で一頭の馬に乗っている。

 

 「ふふっ」

 

 幸せそうに笑う簪は俺の腕の中にすっぽりと納まるような形で白馬にまたがっている。いや、むしろ簪はポールこそは握っているが、俺に体を預けている。

 簪の甘い匂いが鼻を掠め、密着しているせいか伝わってくる簪の柔らかさで内心ドキドキだ。俺でこんなだから、前の白馬に乗っている一夏と本音は見てて面白い。

 

「のほほんさん、大丈夫か? 辛くないか?」

 

「う、うんっ! だ、だだっ、大丈夫だよー! おりむー、やっぱり優しいねー」

 

「お、男として当たり前だ! うん!」

 

 一夏は普段からオルコット達とあんな距離近くて平然としているのに、今目の前にいる一夏はおもしろいぐらいぎこちない。本音も普段では見られないほど動揺してぎこちないがやっぱり満更でもなさそう。

 一夏のこの様子はデートということを意識していることが現れ始めた証拠なのかもしれない。そうだったらいいのにな。

 

「本音、凄い真っ赤。おもしろい」

 

 確かに。でも、簪も最初のころはよくあのぐらい真っ赤なことが多かったな。いや、あれ以上だったかも

 なんて軽くからかってみれば。

 

「……もうっ、ばかぁっ」

 

 頬を赤く染めそっぽを向いて俯いてしまったが、声は幸せそのもので俺もまた幸せな気持ちになっていくのを感じた。

 

 

 

 

 始めにメリーゴーランドを乗ったのは正解だったみたいだ。あれを皮切りにある程度アトラクションで四人揃って遊んだが、一夏と本音はすっかりこの状況になれたみたいで最初ほどの露骨なぎこちなさはなくなっていた。

 

「そろそろかもしれないね」

 

 頃合か。

 

「織斑、本音。今から別行動しよう」

 

「かんちゃん!?」

 

 簪の言葉に本音が驚く。

 今の今まで四人で遊びまわっていたが、一旦カップルずつで別れてみることにした。四人でも充分楽しいけど、そろそろ一夏と本音を二人っきりにしてみてもいいかもしれない。四人のままだと平衡を保ち続けるが、二人っきりになれば今とは別の反応が二人に起きるだろう。それを期待したい。

 

「ふ、二人だなんて無理だよぉ~」

 

「そ、そうだ! もうちょっと二人いてくれよ」

 

「いつまでも四人だと変化なさそうだし。私も彼と二人っきりになりたいから、ごめんね」

 

 こうでも言わないとダメだろう。

 

「まあ……何かあれば、私か彼の携帯に電話して。それじゃあ、二人とも……ごゆっくり」

 

 そういうことで……っと二人を置いていくようで悪いが足早に二人の前を去る。

 そして二人が見えなくなったところで一旦立ち止まる。

 

「……どうしようっか?」

 

 別れたが正直、今からどこに行くかは決めてない。

 むしろ、今さっき残してきた二人のことがやっぱり気になる。

 

「別れたばかりで……あれなんだけど」

 

 簪の言いたいことは何となく分かる。俺も同じ気持ちだ。

 離れた場所で少しだけ一夏と本音の様子を見守るか。

 

「そうだね、もう少しだけ見守ろう」

 

 簪と俺は二人っきりにした本音と一夏を離れたところでほんの少し見守ることにした。

 




ついに始まったダブルデート。
一夏と本音の初々しさや簪とあなたの甘い感じを楽しんでいただけたのなら幸いです。


で、今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいるあなたかもしれません。

それでは~


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簪と見守る一夏と本音の様子

「いや~やっぱ、ジェットコースターは楽しいな!」

 

「だね~めっちゃ凄かったー。流石、おりむーが勧めてくれるだけあったね」

 

 当初の約束通り、いくつかジェットコースターを乗り回した一夏と本音。

 コースの内容はどれもありきたりではあったが、それでもジェットコースター独特のスリリングや爽快感があり、一夏と本音は満足していた。

 

「でも、ちょっと疲れたかな~」

 

「だな。おっ……のほほんさん、あのベンチで休憩しようぜ」

 

「おっけ~」

 

 辺りを見渡して一夏が見つけたベンチに向かい二人並ぶようにして腰を下ろす。

 疲れを抜くように深呼吸して息を吐く一夏を本音は微笑ましそうに見守る。

 二人の間には無言の空間が出来ていた。それは気まずさはなかったけど、少しばかりの気恥ずかしさを感じて、何か話題でもと二人して探していた。

 そうしていると二人の目に繋いだお互いの手が見えた。

 

「あっ……手、ずっと繋いだままだったね」

 

「あっはは、そうだったな」

 

 二人して繋いだまま一つになった手を見つめる。

 その手は今だ繋がったまま。もちろん簪に最初言われた通りの指が互いに絡まった繋ぎ方。

 今の今までずっと二人は手を繋いでいる。無論、アトラクションに乗る時など手を離さなくてはいけない時は離していたが、それでも終わればまたすぐに元のつなぎ方へと手を繋いでいた。

 二人の間で手を繋ぐことに対してまだ少しばかりの気恥ずかしさこそはあれど、最初の様な気恥ずかしさからくるぎこちなさはもうない。それほどまでに今では手を繋ぐと言うことは二人にとって自然なことになっている。

 しかし今は休憩。お互いに名残惜しさを感じながらも、休憩の為にと手を離した。

 

「……そうだ。のほほんさん、今日はありがとうな」

 

 流石に二人っきりの時、しかも本音相手に沈黙を続けるのは悪いと感じた一夏は何か話題でもと思った話題でも考え、ふと今日感じたことを言った。

 

「ほぇ?」

 

 のんびりと心身共に休んでいた最中に突然、一夏がそんなことを言うものだから、何のことかと本音は首をかしげた。

 

「……デ、デートだよ。今こうしてセッティングしてくれた二人にはもちろんだけど、のほほんさんには凄い感謝してる。今日の相手がのほほんさんでよかったって思うよ」

 

「またまた~おりむーはす~ぐ、女の子が喜んじゃうこと言うんだから~。謙遜でもそんなことは……」

 

「謙遜なんかじゃない。俺は本当にのほんさんでよかったと思ってるんだ」

 

「えゅ……」

 

 照れくさそうにしながらもちゃんと本音を見て言ってくる一夏を見て本音はいつものほかの女の子に言うような謙遜だと思っていただけに、一夏の言葉が本心だと分かってしまい嬉しさや恥ずかしさが混ざり合って変な言葉で出て頬を赤く染め、それを隠すように俯くことしかできなかった。

 

――のほほんさんでよかった。のほほんさんじゃなければ、こんな風に過ごせなかったなぁ。

 

 それは本当に本音以外の女の子に普段言うような謙遜でもなければ、軽口でもない。本心からそう思って自然と出た言葉であり、本音でよかったと身をもって感じている。

 一夏にとって本音はクラスメイト……友達だが、同じ様に友達のシャルル達五人とではこうはならない。彼女達五人ともが一夏のことを一人の男として好きで惚れているが、五人互いに一夏に惚れていることを知っているだけに、他の四人よりも先に一夏と結ばれようとしてあれやこれやとして、いつも押せ押せになってしまう。

 そうでなくても一夏をいざ目の前にすると、緊張からドタバタと慌しくなり、愛情の裏返しとも言えなくはない暴言や暴力を一夏は振るわれてしまう。

 

  しかし、本音はそんな皆とは違った。 皆のように押せ押せで一夏と過ごすのではなく、常に控えめな態度でそれでいて遠慮しすぎるということもない。自分の意見や思っていることをちゃんと伝えてくれて、嫌だと感じたことには嫌だとはっきりと言ってくれる。それでいて一夏の様子や意見をちゃんと聞いてくれた上で二人の意見を合わせた上で二人共が満足できそうな行動を進めてくれる。

 引っ張りまわされてドタバタとなることもなければ、愛情の裏返しだからと暴言や暴力を振るうようなことは決してない。本音の一夏に対する態度は自分の意思を持ちながらもちゃんと男である一夏を立ててくれるようでそれが一夏にとって嬉しい。

 だから、一夏は今もおだやかにデートを楽しむことが出来、そうしたことがあるから今楽しめているのは本音のおかげで本音じゃなかったら、こんな風には過ごせていないと感じていた。

 ただ、それだけに一夏にはある罪悪感を感じていた。

 

「でも、ごめんな」

 

 突然謝られ何のことか分からない本音は不思議そうに首をかしげた。

 

「今日、無理やり付き合わせちゃったみたいで……」

 

 本音が今も自分とのデートを楽しんでくれていることは一夏でも分かっている。しかし、今日のデートの理由が理由なだけに大方簪達二人に相談されて断るに断れなくなったか、巻き込まれてしまったのだろうと一夏は思った。そうなると自分のせいで無理やり付き合わせしまったみたいで申し訳ないとそんな罪悪感を一夏は感じていた。

 

「ストーップー! それ以上は言わせないぞ~おりむー」

 

 謝ろうとする一夏の口元に人差し指をやり本音は拗ねたような表情を浮かべ言葉を遮る。

 

「まったく、おりむーは酷いなー」

 

「え?」

 

「今日、おりむーとデートしようと決めたのは誰でもない私の意志。そりゃかんちゃん達には勧められはしたけど、それでも最後にそうしたいって決めたのは私。私、おりむーとは一度デートというか出かけてみたかったんだ」

 

「そうなのか」

 

「うん。おりむーはモテモテだからね、こんなこと滅多にできないし。だから、今こうしておりむーとデートできてて私すっごい嬉しい。それにおりむーと同じなんだよ」

 

「同じ?」

 

「私も今日の相手がおりむーで本当によかった。じゃなきゃ、こんな風に楽しいデートできなかったって思うもん。今、私とっても幸せ」

 

はにかみながら幸せそうな笑みを満開にさせながら素直に気持ちを伝える本音に一夏はただただ見惚れる。

 

――俺、凄い勝手な思い違いしてたんだな。

 

 自分がとんでもない思い違いをしていたことに一夏は気づく。それはそれでまた悪い気がするが、本音の笑顔を見ていると胸の中にあった罪悪感がゆっくりと和らいでいくのが分かる。

 本音が自分と同じ思いでいたことが嬉しくて、一夏もまた今とっても幸せ。同じ思いを分かち合っているのはどうしてこんなに胸が温かくなるんだろうと感じていた。

 

「だから、気にしなくて大丈夫。無理やり付き合わされたなんて悲しいこと言わないで。今こうしていられるのはおりむーのおかげでもあるんだから」

 

「そっか……ありがとうな、のほほんさん。気持ちが楽になったよ」

 

「どういたしまして♪ それにこのダブルデートをかんちゃん達に提案したの私だから」

 

「えぇぇっ!?」

 

 恋愛経験をつんでいる真っ最中の二人がてっきり今日のダブルデートのことを考えていたと思っていた一夏は驚いた。

 むしろ、本音がダブルデートをあの二人に提案していたことに更に驚く。

 

「かんちゃんの彼氏君におりむーが恋愛やそういうことで女の子に興味を持ったって聞いてね。おりむー一人だと興味は持てても実際どんなことか分からないし難しいと思うから、かんちゃん達に協力してもらってダブルデートすることで少しでもおりむーに知ってもらえたらと思って提案したんだ」

 

「そうだったのか……」

 

 へぇ~と感心した思いの一夏。

 女の子である本音に自分が恋愛やそういうことで女子に興味持ったってことはいまだに恥ずかしいけど、嫌な思いはしない。またお節介だとも思わない。むしろ、うれしいぐらいだ。本音達が自分のことをここまで考えてくれて、ダブルデートまで考えて手助けしてくれていることは。

 実際、自分一人ではいつもでも興味があるままで終わってしまいそうなことを一夏は身をもって知っている。

 

「そういえばさ、一つ聞いてもいい?」

 

「何?」

 

「おりむーが恋愛やそういうことで女の子に興味持ったのってやっぱり、かんちゃんと彼氏君が付き合ったことがきっかけだよね?」

 

「まあな。更識さん達がというよりかは、あいつが更識さんと付き合ったのがきっかけって言った方が正しいかも」

 

「あいつって……かんちゃんの彼氏君?」

 

「ああ。決して変な意味じゃないがあいつは俺にとって特別な存在だからな」

 

「特別……」

 

「ほら、あいつも男でISを操縦できるから」

 

 ああ、なるほどっと本音は思った。

 簪の彼氏もまた一夏同様男でISを操縦できる。つまるところの世界で二番目に男にしてISを扱える少年。確かに特別な存在だろう。

 

「俺はさ、手違いでISに触れて操縦できるようになってIS学園に入学させられて生活することになって今でこそ慣れたけど、最初はかなりキツかった」

 

 思い出すように一夏はポツポツと話していく。

 

「周りは女子だらけで女子高の中にいるような気分で気が休まることなんてないし、ただでさえ女尊男卑の今で女の力の象徴?のISを動かせるから客寄せパンダ扱いされるわで。それにあんまりこんな風に千冬姉のこといいたくないけど俺の姉はあの織斑千冬だろ? やっぱり、周りからあの織斑千冬の弟だからって期待を寄せられているのは何となくでも分かった」

 

 それは男でありながらISを使えるようになった故の必然的な悲劇。ISが急激に普及した今の世界では女にしか扱えないISは女の分かりやすい力の象徴となり、今まであった男女のバランスが崩壊し、ISを軸に国際社会が形勢されるなかで必然的に女が優遇され、おざなりにでも女尊男卑の社会風潮が広まった。そんな中でISを男が使えれば、好奇の目で周囲から見られるのは避けようのないこと。

 まして一夏の姉である織斑千冬はIS登場以来からずっとISに携わり、開発者である篠ノ之束と旧知の仲で半身ともいえる存在。知識、技術共に開発者である篠ノ之束に匹敵し、競技の枠を超えてブリュンヒルデ(世界最強)の名をほしいままにし、誰もが千冬の力や能力を認めている。

 そんな力のある女性代表織斑千冬の弟である一夏にはこれまた必然的に期待を寄せられる。

 

――私もおりむーにそんな期待してないなんて言えない。

 

 本音は一夏の話を聞いてそう感じていた。

 あのブリュンヒルデ(世界最強)の織斑千冬の弟だから漠然と何か凄いことをしてくれるんじゃないんだろうかと期待したり。あのブリュンヒルデ(世界最強)の織斑千冬の弟だから一夏も姉の偉業に相応しい力を持っているんじゃないかと期待したり。ましてや有史以来、女性と共に世界を作ってきた男という存在で女性にしか使えないISを扱えるのだ、彼は特別な存在で何か秘めた力を持っているんじゃないかといった沢山の期待を一夏に寄せる。

 

「別に期待されるのはいいんだ。期待されないよりかは期待されたほうがいいし、俺は男だから期待されたら応えたい。頼られてるって感じがするからな」

 

 事実一夏は周りから寄せられる期待に答え続けている。ゴーレム襲来しかり、VTシステム暴走しかり、福音事件しかり。どれも一夏がかかわった事件は全て一夏によって最終的に解決に導かれている。

 実力においても特訓やさまざまな相手との模擬戦、実戦を通じて驚異的なスピードで力をつけ、流石はあのブリュンヒルデ(世界最強)の織斑千冬の弟だと言わしめるほど期待に応えている。

 だが、一夏が周りの期待に応えれば応えるほど新たな期待を寄せられ、期待は強くなるばかり。

 

――おりむー、何だかその内壊れてしまいそう

 

 一夏は頼られていると言って期待され続けることに不満を吐かないが、それでも一夏は結局歳相応の男でしかない。どれほど英雄的に物事を解決に導こうとも、どれほど驚異的なスピードで実力を身につけようとも、一夏のキャパシティーを越える期待に応え続けていればいつかは壊れてしまう。

 本音にはそんな気がして怖いと感じている。

 

「でも、正直きついことには変わらないかな。そんなこと言えるような奴、友達なんてあいつと出会うまでいなかったし。あ、のほほんさんや箒達を友達って思ってないわけじゃないぞ? でも、のほほんさん達は女子だから、男が女子にこんな弱音みたいなの言うのは正直情けないって言うか。中学までの男友達はいるけど、学園は全寮制でそう毎日気軽には会えないし、会ったところでこんなこと言えないからな」

 

 つまりは一夏には胸のうちの奥深いところにある悩みを相談できる相談相手がいないということ。

 一夏にはたくさんの友達はいるが基本的に女の子ばかり。一夏にだって男としての意地があり、男としての意地があるからこそ女の子に弱みを見せるのは情けないと感じて気軽に悩みを打ち明けることは出来ない。

 かといった弾といった中学までの男友達に相談しようにも、住んでいる世界が違う。ましてやISを使えるのと使えるのでは価値観が違い始め、そうなれば一夏にとって自分の悩みはただの愚痴でしかなく、相手にとって嫌味にも聞こえかねない。

 故に他人に気安く愚痴を零したり、悩みを相談することがができない。だから――。

 

――ああ、そういうことか。

 

 本音は納得した。

 一夏は期待に応え続けているだけで精一杯なんだ。だから恋愛になんて興味向けてる余裕がなく、余裕がないからそういう対象で見れず女子に興味がないような鈍い行動をしてしまう。

 当然のことかもしれないのだ。期待に応え続けないとその期待に押しつぶされてしまいそうで、恋愛になんてかまけてられない。一夏は周囲からの期待と自分の中での悩みや愚痴との葛藤で板ばさみ。

 

――私達、ううん私はおりむーに過度な期待しすぎちゃって頼りすぎてる。本当は一番誰かを頼りたいのはおりむーなのかもしれない。

 

「あ、だからなんだね。かんちゃんの彼氏君がおりむーにとって特別なのは」

 

「ああ。俺はあいつに出会えてよかったよ。俺以外にISを動かせる男が現れるなんて思ってもいなかったから」

 

 一夏の発見により、全世界で一斉に一夏以外に男でもISを使える人物がいるのではないかと調査が行われ、それによって日本で見つかったのが一夏と同い歳である簪の彼氏だ。

 自分と同じ境遇でしかも同性で同い歳。現れるなんて思ってもいなかった自分以外の男でISを扱える人間がいたことに一夏は心底喜んだのを憶えている。これで漸く自分は一人ではないのだと、漸く同性の友達が出来ると思えたから。

 

「あいつと出会って俺達はすぐ友達になった。同じ男でISを使える者同士互いに何か共感みたいなのをしたのかもな。多少馴れ馴れしかったと今になって思うけど、あいつは邪険にはしなかったらな。それが嬉しかった」

 

 同じ様に男なのにISを使えるからと好奇の目で見られる苦しみやISを使える男だからというだけで寄せられる期待に応えつづけないと押しつぶされる苦しみを分かち合える喜び。

 異性の友達では出来ないような遊びや同性にしか話せない様な話なんかも出来る喜び。

 そうして喜びを感じ、今まで周りが女の子ばっかりで辛かった一夏だが、簪の彼氏がいることで気が楽になって、楽だからこそ少しでも一緒にいようとする。

 それが一夏が同性愛者と疑われる様な行動の理由であり、今までの反動の証拠だった。

 

「あいつと過ごせる時間は気が楽で疲れなくてよかった。その分、あいつには迷惑かけたみたいだけど。それでもIS学園っていう生活の場で同性の友達がいるっては本当に嬉しいし、助かってる」

 

 しかし。

 

「でも、あいつはあいつで辛い中でも気づいたら更識さんっていう彼女作って……それが何かな。別に更識さんに嫉妬なんて気持ち悪いことしてないけど、彼女が出来た途端冷たくなった気がして寂しかったんだ俺は」

 

「寂しかったか……私も分かるな~それ」

 

「のほほんさんも?」

 

「まあ、ね~かんちゃん、彼氏君できてから本当に彼氏君にべったりだから」

 

「ははっ、そっか」

 

 本音も一夏の言いたいこともその気持ちも同じ体験をしているだけによく分かる。

 

「恋人が出来た途端友達付き合い悪くなるって本当だったんだな」

 

「本当にねー。かんちゃん、彼氏できたことで明るくなって前よりもいい方向に変わったのはうれしいんだけど……かなり惚気話聞かされちゃったなぁ~」

 

「のほほんさんもか。俺もあいつにかなり惚気話されたよ。勝手に話す事はなかったけど、ニヤニヤ幸せそうにしてて俺から聞かないといけない感じになってさ」

 

「かんちゃんも同じだよ。部屋にいる時いつもニヤニヤ幸せそうにして聞かないといけない雰囲気っていうのかな? いざ聞いたら惚気話たくさんされてあれは面白かった半分困ったよー」

 

「俺もだ。本当あいつら似たもの同士だな」

 

「ねー、まったく」

 

 惚気たくなる気持ちは分からなくはないが、ああも惚気話をたくさんされると流石に……といった苦笑いにも似た同じ表情を浮かべる一夏と本音の二人。

 

「でも、あいつがあんなに幸せそうにしているんだ。そんなに夢中になるほど恋愛っていいものなのかと思って」

 

「で、おりむーは興味を持ったと」

 

「まあ、な。本当興味持っただけだけど」

 

 けど、一夏が興味を持てたことは出会ったばかりの頃の一夏を知っている本音にしたら驚くべきことで、興味を持てたのは簪の彼氏と出会い、同じ立場の人間がいるからこそ余裕ができたからこそなんだろうなと本音は思った。

 

「それでどうなの? おりむー。今日のことで……その、恋愛がどんなことなのか? 好きな人がいて好きな人と恋愛っぽいことするのってどういうことか分かった?」

 

「うん、まあ……少しは。言葉にしろって言われたら、流石に上手く言葉には出来ないけど。のほほんさんとデートしてさ、恋愛してるってこういうことなんだと好きな人がいるってこういうことなんだと何となくだけどこうなのかって思えるよ。何だかむず痒いけど、それはそれで悪くない。こういうの……幸せっていうのかな」

 

「幸せかぁ~そうだね、こういうのを幸せって言うんだよ。私、おりむーの役に立てたかな?」

 

「役に立てたってレベルじゃないぞ。言っただろう? のほほんさんじゃなかったらこんな風に過ごせなかったよ。こんな風に思えなかった。本当、のほほんさんのおかげだよ」

 

「ふふっ、それならよかったぁ~」

 

 簪の彼氏のように本音もまた一夏に何かしら変わるきっかけを与えることが出来て、今日のデートが無意味なんかじゃなかったと一夏の言葉からちゃんと知ることが出来ることが出来て嬉しくなる。

 何より、その一夏の幸せそうな笑顔を見れて、本音も嬉しくて胸が幸せで満ちていくのを感じた。

 




のほほんさんisGod


二人っきりになった一夏と本音の様子をお送りました。
ほぼ始めての三人称で書いたので長くなってしまい申し訳ございません。
何故一夏が恋愛に興味をもったのか、その具体的な理由と
そしてかなり拡大解釈でありますが、私なりに原作の一夏が何故あそこまで鈍感なのか、ホモっぽく見えるのかというのを考えてみました。
楽しんでいただけたり、何かまた別の考えをするきっかけになったりすれば幸いです。

ちなみに簪さんたちは出ていませんが、見守っているという体です。
まあ、最初の方で二人がいい感じなのを見て、見守るのやめましたが……


で、今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいるあなたかもしれません。

それでは~


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簪と見守った一夏と本音の様子

 きゅるる~

 なんとも可愛らしい音がした。

 

「あぅ~……お腹鳴っちゃったぁ~」

 

 顔を真っ赤にした本音が、恥ずかしそうにしながらお腹を抱える。

 そんな本音の様子が一夏にとって可愛くて思わず笑ってしまった。

 

「もう~っ! おりむー何で笑うのー!」

 

「やっぱ、のほほんさん可愛いなぁっと思ってさ」

 

からかうように一夏が笑うと、本音の顔はますます赤くなっていく。

 

「そう言えば、もう昼か」

 

 簪達と別れて別行動になったから今までずっと時間を忘れてしまうほど楽しく過ごしている二人。

 一夏がふと携帯で時間を確認すれば、時刻はもう十二時過ぎ。お昼時だ。

 この時間帯はどこも込む時間帯で、尚且つ一夏達が今いるのは遊園地。食事処の込み方が激しいと予想できるが、幸いさくらパークはフードコートが充実しており、飲食店の数が多いと簪達から一夏達は聞いている。

 だから、相席などになる可能性はあるが込んでいても探せば座って食べられる場所くらいはまだあるはずだ。

 

「ごめんな、のほほんさん。何か随分話し込んで……それも結局愚痴や弱音吐くみたいなこと言ってしまって」

 

 苦笑いしながら一夏は言った。

 

 本音が話を聞いてくれていると不思議と話しやすく、普段誰にも言わない……箒達女の子の友達は勿論、簪の彼氏にまで言わない様な話まで一夏はしてしまった。

 ふと思い返せば、自分が女の子相手に話すのを嫌う弱音や愚痴っぽかったと一夏は感じたが、それでも本音に聞いてもらえると楽になる。

 一夏の胸のうちにあるモヤモヤとした嫌な感覚が和らいでいくのが分かった。

 

「ううん、気にしないで~おりむー。私はおりむーが頑張ってるのちゃんと見て知ってるから。ただ、おりむーは無理して頑張りすぎちゃうところがあるから……私でよければいつでも話聞くよー!」

 

「のほほんさん……ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ、お昼ごはんでも食べ行こうぜ」

 

「うんっ!」

 

二人は再び指を絡めるように手を繋ぐと、お昼ごはんを食べる為にその場を後にした。

 

 

 

 

「席、空いててよかったねー」

 

「本当だな」

 

 一夏達が入ったのは屋内型のフードコート。人は多いが座れないほどではなく、特に相席もすることなく、二人ゆったり席につくことが出来た。

 

「本当はもっといいものをご馳走できればよかったんだけど」

 

「あっはは! 何だかおりむーらしくな~いっ!」

 

「今日は仮でもデートだからな。少しはカッコつけたいっていうか」

 

「気にしなくていいのに~遊園地なんだから仕方ないよ」

 

 一夏達の目の前にあるテーブルの上にはハンバーガーにチキンナゲット。ポテトフライに小さなサラダにドリンク。学生の昼定番とも行っても過言ではファーストフードがあった。

 二人がそれぞれお互いに好きなのを選んだ。しかし、一夏はほんの少し不満そうな様子だった。別にファーストフードが嫌いな訳でもなければ、ファーストフードそのものに不満があるわけでもない。

 ただ、仮とは言え、折角本音とのデートなのだ。一夏としてはご馳走するなら勿論のこと、少しでも雰囲気のいい落ち着いたところを、と思った。それにファーストフードはいつもでも食べられるのだから、と。

 しかし、今は遊園地。いいものを選びご馳走しようと思えば、値段が一気に跳ね上がる。一夏達

高校生の身では辛い値段設定がされており、ファーストフードといったリーズナブルな値段のものを選ぶ他なかった。

 

「それにおりむーにはこうしてご馳走してもらったんだしさ。気にしなくて、大丈夫~! ありがとうね、おりむー♪」

 

――ファーストフードでも喜んでもらえているみたいでよかった。流石は彼女持ちの意見。聞いといて損はなかったな。

 

 いつか簪の彼氏から聞いた『彼女とデートして金銭的に余裕があればご飯代を奢るのも手の一つ』という話をふと思い出し、今日のお昼ご飯は二人分の代金一夏が全て払った。

 決して安い金額ではないが、それでも本音は遠慮しつつも素直に一夏の好意を受け取ってくれて、その様子が一夏には嬉しかった。ご馳走して正解だったと感じた。

 

「まあまあ話はそこそこにして食べよ」

 

「そうだな。よしっ、いただきます」

 

「いただきま~す!」

 

 二人揃って手を合わせ食べ始める。

 一夏達がまず最初に食べたのはハンバーガー。口の中でハンバーグの肉汁とケチャップが混ざり合い、ファーストフードならではの味付けだがそこそこ美味しい感じさせられる。

 

「基本学食だからたまにはファーストフードも悪くないな。うまいうまい」

 

「ふふっ、そうだね~うまうまっ~」

 

楽しく美味しく食べる二人。

 

――よっぽど、おりむーお腹空いてたんだ。凄い食べっぷり。

 

 先にお腹を鳴らした本音より本当のところ一夏のほうがお腹が空いていたみたいで本音がハンバーガーをまだ少ししか食べれてないのに比べ、一夏はもうすぐしたらハンバーガーを食べ終えられる。

 ファーストフードでも美味しそうに食べる一夏を見て本音はその姿が何とも幼い少年ぽく見え、母性本能がくすぐられてか何だか可愛く思え微笑ましくなる。

 

「こんなことならお弁当でも作ってきたらよかったね」

 

ふと本音がそんなことをもらした。

 

「のほほさんって料理できるのか」

 

「出来るよ~かんちゃんのメイドだからねーかんちゃんの身の回りのお世話する為に家事全般は幼い頃から叩き込まれたんだ。ちなみに私はかんちゃんの料理の師匠なのだ~!」

 

「へぇ~のほほんさんの手料理一度食べてみたいな」

 

「えへへ~いいよ~機会があればねー」

 

「楽しみにしてる」

 

 そんな話をしつつ、本音がポテトに手を伸ばした時だった。

 

「あ~んっ♪」

 

「お、おい。こんなところで」

 

「照れない照れない。はい、あ~ん」

 

「くっ……んっ」

 

 隣の席のカップルが恋人に何から料理を食べさせていた。

 甘い雰囲気。そのカップルは一目を気にするどころか二人っきりの世界。周りもその様子を気になっているだろうと、周りを見れば特に気にしていない様子。むしろ、周りは周りでカップルづれが多く似たようなことをしているありさまだった。

 

「うわ……」

 

「……」

 

 周りのカップルから流れてくる甘い雰囲気に当てられてか一夏は恥ずかしそうにしており、何かを考える表情している本音。

 

――私とおりむーって周りからどう見られているんだろう? 友達……それとも……恋人? おりむーは私のことをどう思っているのだろう?

 

 本音の脳裏にはそんな疑問にも似た思いが浮かんだ。今日はデートだが、あくまで仮のデート。一夏にいろいろなことを学んで知ってもらう為のもの。自分と一夏は恋人ではないし、一夏は異性として好きなのかと聞かれるとやっぱり友達として好きとしか今は言えないが、それでも周りからどう見られているのか気になってしまう。

 友達同士に見えてたらその通りなので否定しようがない。だけど、もしも周りから恋人に見えているから何だか嬉しい気がする。

 

 それに一夏が自分のことをどう思っているのかも本音は気になる。一夏が自分のことを友達としてしかみてないことは分かっている。そうだとしても……万が一、一夏がそういうことで自分を好きだと思ってくれているのなら……あの五人には悪いけど、嬉しい。そんな気がする。

 

――ちょっと試すみたいでごめんなさいだけど……よしっ

 

「おりむ~、あ~ん♪」

 

 本音はポテトを一つつまんで一夏に差し出した。

 一夏がこういうのになれているのは知っている。あの五人によくされているのを本音は見かけるからだ。だから、今更恥ずかしがっても嫌がりは一夏はしないだろう。

 隣のカップルを見ても、周りに漂う甘い雰囲気を感じてもいつも通りの反応で一夏が食べるのならそこまでだが、いつもとは違う反応をしてくれるならもしかして……っと本音はそんな淡い期待をしてしまう。

 

「……あ、あ~ん」

 

 一夏は一瞬、戸惑った様子だか次の瞬間覚悟を決めたように口を開け食べた。

 

――あのカップル見て、まさかとは……思ったけど箒達に食べさせられるより恥ずかしいな、これ。

 

 そんな思いの証拠にいつもの何ともない様子とは違い、いつになく恥ずかしそうに顔が真っ赤に一夏。そんな一夏を見て、自分からやったはずなのに物凄く恥ずかしいことをしたんだと改めて実感させられてしまい顔が真っ赤な本音。二人は言葉を失い、いつにない酸っぱい沈黙が二人にはあった。

 

「……よくある奴だけど、これは……やっぱ恥ずかしいな」

 

「そうなの~? おりむーよくされてるのに?」

 

「あ、あれとこれは違うっていうか! 何と言うかその……相手がの、のほほんさんだから、かな」

 

「そうなんだぁ~えへへ、嬉しいな~♪」

 

 普段とは違う一夏の様子に本音は満足そうに笑顔を咲かせていた。

 

 

 

 

 別れてそれぞれのカップルで遊園地を周り遊んでいた簪達と一夏達の両カップルだったが偶然にもばったり出会い今こうして合流し、再び一緒に周ることになった。

 そして楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気づけば、もう夕暮れ時。今日の終わりが近いことを告げている。

 最後に一つ何かアトラクションに乗ろうということになった四人は最後に観覧車を選んだ。

 さくらパークの目玉アトラクションの一つである観覧車。一夏達はそれぞれカップルごとに二つに分かれてゴンドラに乗り込む。ゴンドラはゆっくりと上に向かって上がっていく。

 

「……」

 

「……」

 

 気恥ずかしそうな様子でお互い沈黙する一夏と本音。

 当たり前だが観覧車がどういう乗り物でどういうものなのか知ってはいたが、いざゴンドラの中で二人っきりになると無性に気恥ずかしくなってる。このゴンドラは二人用で大して広いというわけでもない。加えて密室。今までのアトラクションは周りに人がいたが今はいない。本当に二人っきりの空間。

 そのことを意識してしまうと手を恋人繋ぎするよりも恥ずかしく思えて、向かいあっているせいなのか、相手との距離がないように思えてくる。

 

「け、景色! 綺麗だね!」

 

「あっ、ああっ! ほ、本当だなっ!」

 

 気恥ずかしさを紛らわすように二人してゴンドラから見える景色を眺める。

 ゴンドラから見える夕焼けの景色は何とも綺麗、幻想的で圧倒される。そして同時に寂しいと感じさせられてしまう。そう感じるのはやはり、沈みゆく夕日がそろそろ本当にデートが終わるということを意識させるからかもしれない。

 

「……そろそろ、デートおしまいだな」

 

「そうだね~名残惜しいけど。おりむー、今日はどうだった? 楽しかった?」

 

 昼前にも似たようなことを聞いた本音だが今一度、一夏の口から直接今日一日の感想を聞いておきたかった。

 

「ああ、楽しかった。すっごく、のほほんさんとデート出来て本当によかった。のほほんさんはどうなんだ?」

 

「私もすっごく楽しかったよ。おりむーとデートできてよかった。いい思い出になったよ」

 

「思い出か……そうだな」

 

「あ、そうだ。どうだった? 恋愛がどんなものなのか。好きな人がいて恋愛するっていうことがどんなことなのか少しは分かったかな?」

 

 これもまた今一度聞いておかなければならないこと。今日のデートはこの為にあり、これらを一夏に少しでも理解してもらわなければならない。

 

「ああ。本当にまだ少しで何となくだけど……やっぱり、幸せな気持ちになるんだなって感じた。そして幸せな気持ちで胸がいっぱいになって暖かくて楽しくて嬉しい。好きな人がいて好きな人と一緒に過ごすっていうのは多分こんな感じなんだろうなって」

 

「そっか……ふふっ、よかった」

 

――おりむー、少しは分かったみたいだね。よかった……これならおりむーのことが好きな子、例えばあの五人の気持ちにも近いうちにきづくなんだろうな……。

 

 微笑みながらも今日一日の成果は少しでも出てよかったと思うのに、思えば思うほど本音は胸が締めつけられるのを感じた。

 

 ゴンドラが頂上を越えて、今度はゆっくりと下へ降りていく。後、数分もしたら地上へとたどり着く。こうしていられるのもあと僅かで……観覧車が終われば、後はもう寮へと帰宅するだけ。

 

――寂しいって感じるのはきっと夕日のせいだけじゃない。

 

 夕日を眺めながら一夏はそんなことを考える。本音と別れるのが正直寂しいと一夏は感じている。別に永遠の別れじゃないことを分かっていれば、また明日学園でも会えることをちゃんと一夏は分かっている。なのに、このままデートが終わって、本音と別れると思うとやっぱり寂しいのだ。

 

――まだもう少しのほほんさんといたいな。

 

 居たりない。もっと一緒にいて、楽しいことを共に分かち合ったり、もっといろいろな本音の表情を見たいと一夏は切に思い始める。もっと一緒にいたい、傍にいてほしいと。

 

――そういえば、あいつが言ってたな。

 

いつ夜か簪の彼氏が言っていた『単純に一人の人とだけ友達以上に特別一緒にいたい、自分の傍にいてほしいって強く思うことだと』という言葉を思い出す。

 その言葉に当てはめていくと一夏の今の思いはぴったりとその言葉通りになっていく。

 

――そうか、そういうことか。

 

 今だ本音のことは友達だと思っているが、あの言葉のように友達以上に特別一緒にいたい、自分の傍にいてほしいって強く思っている。そして何よりその想いの先にある想いに一夏は気づいていく。

 

―― 一緒にいたいと想う気持ち。俺は……のほほさんのことが好きなんだ。

 

 まだ一緒にいたいと。友達以上にいたいと感じたらそれは好きということなんだと気づいた一夏。

 今はまだ好きがどういうものなのか自分の中ではっきりとはさせられないが、友達以上にまだ本音と一緒にいたいと一夏は強く思う。

 

だから、一夏は言った。

 

「なあ? のほほんさん」

 

「ん?」

 

「またさ、のほほんさんが嫌じゃなかったらだけど……遊びに……いや、俺とデートしてくれないか?」

 

「えっ?」

 

 一夏の言葉があまりにも一夏らしくなくて本音は信じられず間の抜けた返答をした。

 だけど次第に本音は言葉の意味を理解していく。

 一夏がいったデートは単に友達と遊びに行くというものではない。それは一夏自身がはっきりと否定した。一夏が本音を誘ったデートは恋人同士でする類のもの。

 それを本音は一夏の言葉からちゃんと理解していたが、あえて聞いた。

 

「それは今日みたいなダブルデート?」

 

「違う。今度は最初からのほほんさんと二人っきりだけで過ごしたい。デートしたい」

 

「どうして私なの? デートなら私以外にも出来るよ」

 

「俺はのほほんさんが好きだから」

 

 顔を赤くしながらも真剣な表情で一夏は言った。

 

――他の奴らじゃ、デートしてもこんな風にはならない。のほほんさんだからこんな風に思えるんだ。のほほんさんじゃないとダメなんだ。

 

 今日の日の別れは永遠じゃない。また明日も会える。会えるのなら、またデートをすればいい。今度はちゃんと二人っきりで。

 そんな単純な発想だが、それ故に一夏に迷いはない。一緒にいたいから好きだと思える本音が相手だからこそ言える言葉。

 

――どうしよう! 嬉しい……っ!

 

 泣き出しそうなぐらい嬉しい。嬉しくて顔はいつも異常に熱く感じるが、その熱さが本音にこれは夢じゃないと思わせてくれる。夢の様な言葉。一夏から聞けるなんて思ってもいなかった。

 しかし、本音の脳裏にあることが過ぎり、徐々に冷静さにも似た感覚が憶える。

 

――でも、ダメだよ。こんなの……抜け駆けみたいだ。今回はそうする必要があっただけで、本当にそうして欲しい子は他にちゃんといるんだから。後からあらわれたのに抜け駆けなんて真似できない。

 

「気持ちは嬉しいんだけど、ごめんね。それは出来ない……織斑君の気持ちは受け取れない」

 

 本音の言葉を一夏は疑った。

 

「今度は織斑君のことを好きだと想っている子がいるから、その他の子とデートしてあげて。そして、その子の想いにちゃんと向き合って。今の織斑君には出来るはずから。あせらなくても大丈夫。ゆっくりでもいいから……」

 

「俺は本当にのほほんさんのことが!」

 

「織斑君はまだ私しか知らないからすぐに好きだなんて言えるんだよ。他の子ともデートしたら……酷い話、また一緒にいたいと思える子が出来たら私への想いなんて変わるかもしれない。そんなものだよ」

 

 それはきっぱりと断られたことを告げる言葉。何より、いつもの間延びした口調のない真剣な口調で一夏のことを『織斑君』と呼ぶ本音の言葉が嫌でも現実なんだと分からせられる。

 

「……な、なんだよ……それ。俺のことが好きってそんな奴いるわけ」

 

「いないなんて酷いことは言わせない。いるんだよ、ちゃんと。篠ノ之さんもそう。オルコットさんもそう。凰さんもそう。デュノアさんもそう。ボーデヴィッヒさんもそう。皆、織斑君のことがただ一人の男として本気で好きなんだよ」

 

 変わらず真剣な口調で一夏に話す本音。

 

――私、嫌な子だな。酷い言い方して。それどころかおりむーに自分から気づかせず、突きつけるような言い方しちゃうなんて。でも、こうでもしないと。

 

 本音に告白した今の一夏では本音がこうでもしないとならない。今の一夏は恋という居心地のいい場所を見つけてある種盲目になっている。恋に恋しているにしか過ぎない。他に同じようなことをする人間がいればその方へ行ってしまうかもしれない。そんな危うさが今の一夏にはある。それを本音は本能的に今の一夏から感じたからこそ、言えた言葉。

 

――私はおりむーにとってその時都合のいい女になりたくない。好きだからこそ、ちゃんと周りも見てほしい。

 

 そしてゴンドラはゆっくりと地上へたどり着く。

 

「私もね、おりむーのこと好きだよ。好きだから、ちゃんと皆の想いに向き合って欲しい。皆の想いに向き合えなんて私のわがままだってわかってるけど、皆のおりむーへの想いは無駄にしたくないから」

 

 悲しげな笑みを浮かべて、本音はそう言ったのだった。

 




のほほんさんisGod

デートの話はこれにて終わりです。
いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたり何かを考えるきっかけになれば幸いです
私個人としては原作でも?母性溢れる本音を上手く表現できてたら嬉しいなっと思っています。

一夏の恋物語は今後も続いていきますが
続けていくのなら、この『簪とのありふれた日常』でやっていく予定です。
簪とあなたを絡めつつこの作品の外伝的な位置で話を進めていく予定です。
話によっては今回みたいに簪とあなたが出せなかったりすると思うのですが、この辺はご了承お願いします。

今回の一連の話、『簪とのありふれた日常』の発想元になった
『ラウラとの日々』や『IS-InfiniteSentinel- Will Of ALICE』を書いている
ふろうものさんにご協力とアドバイスしていいだきました。
この場をかりてお礼申し上げます。ありがとうございました!
氏の作品、オススメなのでよければどうぞ。

それでは~


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簪はいない夜。野郎二人の会話再び

※注意
・今回タイトル通り簪本人は出ません(名前や話には出てきますが
・簪シリーズと同様の主人公と一夏のとある話題について話すお話です。
・いつも「」付けで話してない男主が普通に話しています。悪しからず。
・一読して下さり、読んで下さった方が今回の話の内容について何か考えて下さったら幸いです。


そろそろ日付が終わる時間帯。

今夜もまたいつものように部屋からの外出禁止時間ギリギリまで簪と会話した後、今の今までずっと部屋で勉強をしていた。

 いつもと変わらない日々の生活。新鮮味こそないがそれでも飽きたりは決してない。大変だった今までを思うと平和すぎて心地がいいと俺も簪も感じて満足している。俺達の生活には大して大きな変化はないが、また一人、身近な奴が大きな変化の渦の中心にはまっていた。

 

「う~ん……」

 

 唸り声を上げている同室の一夏。

 ベットの上で上にあぐらを組みながら、考え事をしているのだろう。凄いしかめっ面をしている。

 外では今ほどでもないが、部屋で一人にすると最近よくこんな感じで考え事をしている。

 いや、外でも様子が変と言えば変だったな。あの五人に対して妙に一夏の態度がぎこちなかった。

 

「う~~ん……」

 

 飽きずに一夏は唸り声をあげて考え事をしている。

 考え事……悩みの種はおおよそ検討はつく。悩み事を招いた原因が俺と簪にあることは分かっているし、理解している。

 が、だからといってこっちから一夏に救いの手を差し伸べるようなことはしない。差し伸べるのは簡単なことで、一人で悩むよりも誰かに相談して悩んだ方が解決早いのかもしれない。だけど、そうすることが……最初のうちから手助けするのが正しいこととは限らない。

 薄情者と思われるだろうが正直、一夏がここまで考え事をして悩んでいる姿を見るのは始めてだ。今まで見えてなかったものが見えたからこそ出来た考え事であり、悩み事なのだから今まで考えず悩まなかった分、一度ギリギリまでトコトンまずは一人で悩めばいい。

 傍から見てヤバく見えれば、勿論その時は手を差し伸べるが今はその時じゃない。う~んう~ん唸ってる間はまだ大丈夫だろうし、限界だと一夏が自分が感じたらおのずと言ってくる。最近の一夏はそんな感じだ。

 

「そろそろ寝るけど一夏は?」

 

 考えて悩むのもいいが今夜はもういい時間。寝る準備してそろそろ布団に入らないと明日も学校だから明日が辛くなる。

 

「あ、ああ」

 

 歯切れの悪い返事。迷っているのがもろ顔に出てる。

 

「なに」

 

「あ、いや……その、さ。相談……っていうか。うん、相談……があるんだけどいいか?」

 

 一夏にしては本当に珍しいほど歯切れが悪い。表情も浮かない。それだけ悩んでいることがよく分かる。

 俺は一夏の言葉に頷き、自分のベットに腰をかけ、話を聞くことにした。

 夜もいい時間でこれは何だか長話になる予感があるが致しかたあるまい。

 

「それで相談っていうのは?」

 

「いや……あのさ……何というか、最近……のほほんさんに……避けられてるような気がするんだ」

 

 深刻な雰囲気をかもし出すものだから、深刻なことを言い出すのかと思ったら、それほどのものじゃなかった。いや、本人にしたら深刻なことなんだろうけど、今の一夏がかもしだしている深刻な雰囲気と言ったことのレベルみたいなものがあってない気がした。

 一夏が本音に避けられている、か……そんな風には見えないが。今までと変わらない気がする。

 

「そんな感じには見えないけど、どうして一夏は本音に避けられてると思ったんだ?」

 

「何ていうか……距離みたいなものを感じて。遠いというか何というか」

 

 一夏はそう言うが俺にはそんな風には感じない。これまた今までと変わらない。

 本音は沢山の人に愛される人懐っこいタイプの人間だが決して馴れ馴れしいわけじゃない。相手のほどよい距離感……友達の距離をちゃんと弁えている。それは一夏に対しても言える。俺から、傍から見て、一夏と本音の距離は今までどおり友達の距離だ。決して近いというわけでもないが、遠いというほど遠いってことはないと思う。

 

「そんなこともないと思うけど。俺から見てだけど、今まで通りにしか見えないけど」

 

「そうか……でもな……」

 

 またしかめ面をして考え込む。

 他人からの客観的な意見を聞いても一夏は納得できない様子。それは分かる。悩み事なんて自分が納得できる答えを得ない限り、悩み続ける。

 しかし、このまま悩み続けられても埒が明かない。野暮なことはしたくなかったが仕方ない。もう少し踏み込んだことを聞いてみる。

 

「一夏、お前自分でどうして本音に避けられてると感じるのか、何か思い当たる節があるんじゃないか?」

 

「……そ、それは……!」

 

 少し驚いた様にビクっとなっている一夏。その態度が全てを物語っていた。

 やっぱり、一夏が本音に避けられていると感じる何か思い当たる節があるようだ。

 何となくだがそんな気はしていた。

 

「……」

 

 言いずらそうにして一夏は黙ってしまった。

 あの一夏がこんな風になるなんて……よほど自分でも思い悩むようなことをしたんだろうな、きっと。

 だからと言って、本音が一夏を避けるなんて事ないと思うが。

 

 一夏は何度か言葉にしようとして何度も躊躇った後、漸く決心したようで言い始めた。

 

「この間、ダブルデートしただろ? んで、最後観覧車に2グループ分かれて乗ったのを憶えているよな?」

 

「ああ、憶えてる」

 

「その時にさ……俺、のほほんさんに告白したんだ」

 

「告白ってあの付き合ってくださいっていう愛の告白?」

 

「そ、それ以外に何があるんだよ……!」

 

 愛の告白という言葉を聞いて、意味がちゃんと分かっているようで、恥ずかしそうに顔を伏せる一夏。

 

 一夏が告白か……今あの時の事実を聞かされて、驚きを隠せない。 

 一夏は知ったら、気づいたらいろいろと手が早そうだと簪と言っていたが、まさか一夏に恋愛がどんなものか知ってもらい、好きな人がいて好きな人と恋愛するってことが具体的にどんなものか知る為のあのダブルデートですぐ告白するとは……気づいたら一直線というか、予想を裏切らないというか。

 

 だけど、今聞かされていろいろと納得いったことも出てきた。

 観覧車が終わった後、二人の様子がどうも親密だった乗る前よりもぎこちなく見えたのはそのせいだったのか。

 何かあったんだろうと感じて、聞くのも野暮だと思い聞かずにいたが、そのせいだったとはな。

 結果は……。

 

「……はぁ」

 

 聞くまでもないか。思い出したのか小さくため息をつい凹んだ様子の一夏を見ると、わざわざ確認の為にでも聞くのは可愛そうだ。

 しかし、告白があったにもかかわらず、本音に変わった様子はない。告白があっただなんて、本音からは聞かされてなかったし、そうだとも感じさせられなかった。本当に今まで通り。一夏との距離も今まで通り友達の距離だ。

 

 逆に一夏のほうが様子が変だ。何かあったのは明らか。

 告白されたことを知った今思えば、一夏のほうが本音と距離を作って自ら遠くしていたんじゃないかと思う。告白をして振られたんだ。気にするなというほうが無理があって、一夏は今までの本音との距離感がどんなものだったのか分からなくなったしまったんだろう。

 それは本音との距離だけじゃない、一夏のことが好きなあの五人との距離も今までの様に自分なりの上手い距離をとりあぐるているみたいだった。

 

……ああ、そうか。

 

「なるほどな……」

 

「何がなるほどな、なんだよ」

 

「お前が本音に避けられてると感じた理由だよ。何となく分かった」

 

「本当か!? 教えてくれよ!」

 

 さっきまで凹んでいたのに顔をバッと上げて期待するような表情を一夏は浮かべている。

 

「一夏、お前は本音との友達の距離に我慢できなくなったんだ」

 

「友達の距離?」

 

「振られてもお前と本音が友達なのは変わらない」

 

「……あ、ああ」

 

「でも、お前は振られても本音と友達でいることを嫌だと感じているはずだ。だけど、本音とお前は今友達なのは事実でそこには当然距離感ってものが出来る。家族には家族の距離、恋人には恋人の距離があるように。だから、友達の距離である本音が遠く感じて避けられてると感じてるんじゃないのか?」

 

 一夏は告白して振られたが、まだ諦めるなんてことはできないんだ。だから、本音が保つ友達としての距離が一夏にはとって遠いように思え、また避けられていると感じんだろう。一夏は単純に本音と友達の距離で居るのが嫌になったんだ。そして本音と友達以上の距離でいたい、または傍にいたいと思っているはずだ。これだけで一夏が本音に惚れていることはよく分かる。

 

「言われればそうかもしんねぇ」

 

 納得はした様子だが友達ということを一夏に再確認されたようでまた一夏は落ち込んだ。

 

「でも、そうだとしてさ。どうしたらいいんだよ……はぁぁ……」

 

 深いため息をつく一夏。

 こう目の前でため息つかれては堪ったものじゃない。はっきり言うか。

 

「一夏、ため息つくのもいいがお前はどうしたいんだ?」

 

「どうって……何が」

 

「本音に避けられてる気がして嫌なんだろ? だったらいろいろとあるだろう。ただでさえ友達でいたくないって思ってるんだから。そうだな……例えばもっと仲良くしたいとか。もしくは、付き合いたいとか」

 

「なっ!? 付き合いたいっておまっ!」

 

 お前は恋する乙女か。付き合うって単語聞いただけで顔を赤らめて恥ずかしがるなんて。

 そんな反応をするってことはちゃんと意味を理解して、本音を好きな異性として意識してるってことで、朴念仁だった昔と比べたら成長したってことなんだろうけど。

 

「違うのか? とてもそうは見えないけど……もう一夏には本音と付き合いたいってのはないか? 振られて諦めついた?」

 

「んなっ!? ……ッ、諦められねぇよ! でも、ダメなんだ……」

 

 一夏は暗く沈んだ表情を浮かべる。

 振られたのを否定しないあたり、ちゃんとって言ったら変だけど、やっぱり振られたんだな。

 諦められないという気持ちも今の表情を見ていたらよく分かる。一夏はまだ諦めてない。

 しかし、一夏のこの暗く沈んだ表情を見るからして、かなりこっ酷い振られ方をされたんだな。本音なら一夏が傷つかないようにやんわり断りそうなものだが。

 というか本音、一夏のことを満更でもなさそうだったから告白されてすぐに受けるってことはなくても交際前提の友達付き合いみたいなものを提案しそうだが、一夏が傷つくと本音は分かっていてもきっぱり断ったってことは何か考えあってのことなんだろう。

 

「ダメか……一夏、こんなこと聞くのは悪いと思うんだけど、ちなみにどう告白して、どう振られたのか教えてくれないか?」

 

「えっ……か、観覧車で二人っきりになった時にさ、夕日見てるともう終わりなのかって急に実感わいてきたんだ。このまま分かれるのが寂しいなって……まだのほほんさんと一緒にいたいって思う自分が居ることに気づいてさ。こんな気持ち他の奴ら、友達じゃならないって確信は持てたんだ、その時。お前、言ってただろう? 『単純に一人の人とだけ友達以上に特別一緒にいたい、自分の傍にいてほしいって強く思うことだと』って。だから、また一緒にいたい過ごしたい……今度は二人でデートしたいって言ったら、のほほんさんにどうしてそう思うのかって聞かれて、好きだからって告白した」

 

 告白した理由としてはちゃんとしているとは思う。

 一夏が言いそうな友達感覚で好きだって言ったわけじゃなく、ちゃんと一人の異性として本音のことを意識しての好きを伝えた。悪くはないと思う。

 だが告白したのはいいが、これで振られたんだよな、一夏は。一夏の告白を聞いただけに、どう振られたのか余計に気になってしまう。

 

「で、どう振られたんだ?」

 

「やっぱ、言わないとダメか?」

 

「無理にとは言わないけど、言ってくれないと相談乗れそうにないし、ここまできたら言って楽になれ」

 

「くっ……分かった」

 

 苦い顔していたが覚悟を決めたのかしぶしぶ一夏は話し始める。

 

「俺はまだのほほんさんしか知らない。のほほんさんとしかそういうデートしてないから他の奴ともそういうデートしたら同じ様に感じるかもしれなくて、のほほんさんへの気持ちが変わるかもしれないって言われた」

 

「まあ、何だ……本音らしい言葉だな。それにその通りだと思う」

 

「なっ! お前!」

 

 本音への気持ちを疑われたと思ったのか、一夏は語気を荒げる。

 

「落ち着けよ。お前だっていくら友達でも一日デートしただけ好きだって告白されても気持ちは嬉しいけど困ったりするだろ」

 

「うっ……そ、それはそうだけど……」

 

「それに本音は一夏にもっと周りを見てほしいから言ったんじゃないか?」

 

 一夏の気持ちを疑いたくはないが、本音が言うことはもっともだ。

 本音としかあんな風なデートをしておらず、恋愛対象とした今の一夏はまだ本音一人しか知らない。一度のデートで惚れて告白するのは悪いことじゃないが、一夏の場合は生まれたてのヒヨコが始めて目にしたものを親と思い込む刷り込みのようなもの。

 本音が最初だったから本音に思いを寄せているだけで、本音以外の相手が本音と同じ様なことをすれば今の様になる可能性は否定できない。本音はそれを危惧して言ったのかもしれない。

 それに何より、本音はもっと周りを見てほしいんだろう。恋愛が……大きく言うと愛がどんなものか知っただろう今の一夏なら、篠ノ之達の気持ちに気づく可能性は前以上に高い。

 

「もっと周りをか……」

 

 何か思い出したような顔をしている一夏。

 やっぱり本音に何か言われたみたいだな。

 

「そういえばさ、俺……のほほんさんに告白した時に言われたんだ。俺のことを好きな奴が居るって」

 

 まさか……!

 

「俺ずっと知らなかった……箒達が俺のこと好きだったなんて……」

 

 マジか……本音の奴、一夏に言ったんだ。

 まあ男の俺からは言いにくいことだが、女の本音だから逆に言えることでもあったりする。それに本音なら抜け駆けしたくないとかで言いそうだ。恋愛を知っても一夏が自分からあの五人からの想いに気づくとは限らないし、知るのが遅い早いかだけの問題か。知るなら知るで早いことにこしたことはないことだし。

 

「って……お前、あんまり驚いてないな。もしかし……お前も知ってたのか?」

 

「まあ、な。というか、知らない奴の方が少ない。多分知らないの一夏ぐらいなもの」

 

「なっ!? そんなに!? 俺一人だけ知らないとか……」

 

 驚いたと思ったら凹んだ様子の一夏。

 あの五人の一夏への態度は傍から見てもあからさまに一夏のことが好きだと分かる態度だし、こういうのって案外好意を寄せられる本人は気づかないもの。第一、本人が気づいてたらこんなことにはなっていない。

 

 本音が一夏にあの五人のことを伝えたから、いつもよりあの五人に対する一夏の態度が困り気味だったんだ。

 

「俺……あいつらの気持ちと向きあわねぇいとけねぇよな……」

 

「それも本音が?」

 

「ああ。のほほんさんはあいつらの想いを無駄にしたくないって……俺にあいつらと向き合ってほしいって」

 

 本音が一夏を振った理由に納得がいく。まったく、本音らしいというか何と言うか。

 

「でも、向き合うってどうするんだ? やっぱり、デート?」

 

「うーん、難しいな。でも、デートはちょっと危ない気が……」

 

「そ、そうだよな……う~ん、ああ~! 分からん!」

 

 布団へと倒れこむ一夏。

 何が危ないと聞かない辺り、一夏でも察しているみたいだ。別に馬鹿にするわけじゃないが、あの五人とそういう意味でデートとなったら、ドタバタして一夏がボロボロにされる未来の姿が容易に想像できてしまう。前科というか前例みたいなものがありすぎるからな、あの五人。

 というか、ぶっちゃけ。

 

「あの五人のこともいいが一夏は結局本音とどうしたい、どうなりたい?」

 

「どうって……」

 

「諦められないんじゃないのか? じゃあ結果は兎も角、やることは一つ」

 

「何だよそれ」

 

「言わないと分からないか? もう一度告白するんだよ。こ・く・は・く」

 

「告白!?」

 

 だから、ざわわざ言葉一つで顔を赤くするのやめろ。

 

「避けられている気がしてそれが嫌で、告白したけど振られて、だけど諦めきれない。なら、やることは一つしかないはずだ」

 

「で、でも、俺は……箒達の思いと向き合わなくちゃならねぇ。やっぱ、デートしか……」

 

 一夏らしくないうじうじとして悩んだ様子。

 ことがことだからそうなっても仕方ないのだろうけど、頭が固いというか本音の言葉に囚われすぎてる。

 それだけ本音に言われたことがインパクト大きかったってことなんだろうけど。

 

「本音の言うことも正しいのかもしれないけど、本音がいったからするってのも変じゃないか? 本音が言ったからするなんて言いなりになってるようなもの」

 

「まあ……確かに」

 

「それに何もデートするだけが向き合うってことじゃないはずだ。それに一夏はもう既に向き合ってるだろ?」

 

 俺の言葉に一夏は分からないと言った表情で首をかしげる。

 

「あいつらの思いを知ってお前は悩んでる。それはもうあいつらの思いと向き合うってことだと俺は思うよ。それとも何? あいつらの思いを知って本音への思いは変わった?」

 

「そんなわけねぇよ! あいつらの気持ちは嬉しい、それでも俺は本気でのほほんさんのことが好きだ!」

 

「なら、結局することは一つかないだろ。もう一度、告白だ。あいつらの思いを知ってそれでも本音を好きだという気持ちは分からないってことを伝えるしかない」

 

 一夏の気持ちが固まりつつある以上、やることは結局変わらない。今はそれを何度も一夏に伝え続けるしかない。

 

「流石は彼女持ち。経験が違うな」

 

「茶化すな。それでどうなんだ? それしかないだろ?」

 

「そうだけどさ……でも、あいつらの気持ち直接聞かなくていいのか?」

 

「聞きたいなら聞いたらいいと思うけどオススメはしない。下手すりゃ嫌味になるかもしれないからな。俺のこと好きなのか?なんて。好きという気持ちを受けるなら別にいいかもしれないけど五人ってなると普通そうはかない。少なくても4人は振ることになるし、振るかもしれないにそんなことしたら余計に傷つけることになる。まあ複数人と付き合う、俗にいうハーレムなら気にしなくてもいいけどさ」

 

「気にするわ。それはいくらなんでも無茶苦茶だろ。俺は一人としか付き合うつもりはない」

 

 きっぱりと一夏は言いきった。

 と思ったらまた一夏は悩み始めた。

 

「でも、振るか……俺でもこんなに辛いのに……あいつらを傷つけたくない……」

 

「はぁ……告白なんて受けるか、振るかの二択しかないだろ。振られたら多少なりと傷つくのは避けられない。それぐらいは覚悟しろ。ましてや本音以外の気持ちは受ける気ないんだろ?」

 

「そうはそうだ。俺が好きなのはのほほんさんだけだから」

 

「だったら……」

 

「いや、だけどさ……」

 

 うじうじと一夏は悩み続ける。

 はっきりしない奴だな……もう答えは出ていて、後は覚悟を決めるだけ。

 優しいというか……『守る』ことに固執してる一夏らしい悩みで、悩むのは結構だが。悩むだけ無駄だ、結局本音以外振ってあの五人の気持ちを受けられないのなら結果的に傷つけてしまう。

 もっとも、一夏が本音にもう一度告白して振られる可能性がないわけじゃないが。

 

「はぁ……お前が本当に欲しいものは何だ? 本音? あの五人? どっちも欲しいなんて言うなよ。二兎を追う者は一兎をも得ず。二つに一つ。覚悟を決めろ、一夏」

 

「覚悟」

 

「そうだ。お前がそううじうじ悩んでいる間に状況は変わっていく。本音がいつまでもフリーとは限らない。もう一度告白するなら今しかない」

 

 一夏を急かしているのも分かっているけど、一夏にこのまま悩ませていても事態は進展しない。その場で足踏みし続けるようなもの。これは俺個人的なことだけど、俺としては一夏には本音とくっついてほしいというのもある。一夏には早く幸せになってほしいから、こう急かすように余計なお節介をやいてしまっているのかもしれない。

 それに一夏にはもう既に答えは出ている。例え何かを犠牲にしようも本当に得たいものを得る為の覚悟をするだけ。

 後、俺が出来るのはそんな一夏の背中を押すぐらいのこと。結局行動するのは一夏自身だから。お節介なのは今更百も承知。一夏には今という絶好の機会を逃してほしくない。

 

 一体どれほど一夏は思案していただろうか。短いようで長い、長いようで短い思案の後、一夏は決心した顔で言った。

 

「そうだな。俺、もう一度のほほんさんに告白してみるよ。デートから日が経っても変わらない俺の気持ちを」

 

「そうか」

 

 一夏の決心は決まったようだ。

 後は一夏の頑張り次第で結果はどうにでもなる。真摯な一夏だ。ありのままの思いを伝えれば、きっと本音にも今度こそ思いは伝わり、結ばれるだろう。俺は一夏の告白を祈るばかりだ。

 

「あ、でも」

 

 漸く話が終わったと思い、やっと寝れると思ったのに話はまだ終わってなかったらしい。

 一夏は何かに気づいたように表情をしている。

 

「告白ってどうするんだ?」

 

 一夏の言葉の意味がよく分からない。何言ってんだこいつ。

 

「いや、どうするも何も本音に改めて気持ちを伝えるだけだろ。簡単のように思えて難しいのは分かるけど、一夏は一度告白したんだろ?」

 

「それはそうだけど……あの時はその場の雰囲気というか流れというかそんなんでしたからよ。改めて告白するってなるとどうしたらいいのか分からない」

 

 分からないって何だ。俺はお前の言っていることが分からない。

 

「一夏が本音に思ってることを想いを本音にありのまま全て伝える。それだけ」

 

「それだけって……告白の場所とかいろいろとあるじゃん? シチュエーション?とか……告白の言葉もそうだ。なぁ、教えてくれよ~!」

 

「アホか。告白の言葉は自分で考えろ。意味がない。というか、そんなことまで人に頼ろうとするなよ」

 

 えー!といった顔を一夏はする。

 余計なお節介でアドバイスしすぎたかもしれない。

 それにさっきまでわりと真面目な話しをしていただけにこう間の抜けた話をされると気が抜けて、疲れを感じてくる。いい加減眠くなってきた。

 

「まあ、告白の場ぐらいは俺と簪で設けてやる。だが、その場の雰囲気作りや告白の言葉は自分のことなんだから自分で考えろよ」

 

「わ、分かった……! だけどよ、いつ告白するのが一番いいんだ!? 明日かっ!?」

 

 相変わらず気が物凄く早いな。一夏の首根っこ攫んでいる様な今の状態でその首根っこ離したら本音へ一直線を猛ダッシュしてそうな勢いだ。

 

「明日って……ていうかもう今日だがそれはやめといたほうがいいんじゃないか? 気持ちが高ぶったままじゃ告白の言葉も上手くまとまらないだろ。日を置いて、いろいろと整理して考えたほうがいい。数日ぐらい日を置いてもお前の気持ちはぶれないだろう?」

 

「当たり前だ」

 

「が、あまり長く日を置きすぎるのもよくなさそうだし……今日は金曜日になったから明後日の日曜日にでも告白するのがベストじゃないか?」

 

「日曜日……分かった! そうする! 俺頑張る!」 

 

 告白からくる緊張でテンション上がっているだけなんだろうけど夜中なのにテンション高いな。

 まあこれで一夏の覚悟は決まり、告白の日にちも決まった。後はその日に備えるだけ。後は本当に一夏の頑張り次第だ。

 

「本当、助かったよ、お前にはこの間からずっと何から何まで世話になりっぱなしだ。お前がいてくれて、お前が友達でよかったよ、感謝してる。ありがとうな!」

 

「やめろ、改まってだなんて気持ち悪い。まあまた相談に乗るのはいいがこんな相談はこれっりな。一夏らしくなくうじうじ悩まれるのは疲れる」

 

「うっ……すまない」

 

「まあ、何だ。その……本音と結ばれることを祈ってるよ。頑張れ」

 

「おうっ!」

 

 一夏は元気よく頷いた。

 





今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~



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あなたはいない。乙女二人の恋話

 

 「ふわぁ~……」

 

 眠気からくる欠伸を噛みころすように抑える。

 今夜も彼とお話できた。話の内容は本当にありきたり。今日あったことや共通の趣味の話題。

 私はあまり自分から話をするのは得意じゃない。でも、彼は急かしたりすることなくちゃんと話を聞いてくれて、彼もまたたくさんのお話をしてくれた。部屋からの外室禁止時間までの短い時間だったけど、今夜もまた彼と同じ時を少しでも長く過ごせてよかった。

 いつもと変わらない夜の過ごし方で、些細なことだけどそんな些細なことが幸せ。

 幸せな気分のまま眠れそうだと思ったのに……。

 

「う~ん~……」

 

 お肌のお手入れとか歯磨きを終えて、いざ寝ようとベットに戻ってみれば、着ぐるみパジャマに身を包んだルームメイトの本音がベットの上にある枕に顔を埋めて、うーうー唸っていた。

 このところ、部屋にいると大体いつも本音はこんな感じで考え事というか悩み事してる。学校ではいつも通りだけど、部屋に戻ると唸りながら悩み始める。主人である私の前でもお構いなし。別にそれはいいし、本音が悩み事するぐらいなら私は気にしない。

 むしろ、本音とは幼馴染で幼い頃から知っているけど、悩み事とは無縁の生き方、いつもゆっくりのんびりとしているだけにこうして本音が本気で悩み事をしている姿を見るの初めてで、正直面白い。始めのうちは初めてみる本音の姿が面白かったけど、流石にこう何日も隣でうーうー唸りながら悩み事されるとイラっとくる。私や誰かに相談するわけでもなく、一人で悩み続けているから余計に。

 本音がこうなったのはあのダブルデートがあった日からだ。何について悩んでいるのかは大体察しがついている。

 

「……そろそろ寝るよ」

 

「う、う~ん……」

 

 返事なのか唸り声なのかどっちなのか分からない声をあげる。

 人が折角、幸せな気分に浸っていたのに本音のおかげでもうそんな気分じゃない。

 はぁ~……あんまり面倒ごとには関わりたくなったけど、明日もまたうーうー唸られて悩み事され続けたら堪ったものじゃない。それに本音には昔っから散々世話をかけているんだ、たまには私のほうが本音に世話を焼いても罰が当たったりはしないだろう。

 私は自分のベットに腰を降ろして、問いかけてみた。

 

「……本音、悩み事あるなら私でいいなら聞くけど」

 

「!? な、悩み事なんてないよ!?」

 

 ビクっと肩を震わせ、慌てた様子になる。あからさますぎる。

 隠すならもう少しマシな隠し方は思いつかなかったのか。

 

「何年一緒にいると思ってるの。隠し事しても無駄。どうせ、織斑のことで悩んでいるんでしょう」

 

「……ッ!」

 

 図星だったのか声も出ないほど驚いて、本音は耳まで顔を真っ赤に染める。

 こんな本音見るのは初めて。恥ずかしそうに目を泳がせて照れている本音のその姿は同性の私から見ても可愛いと思う。

 こんな反応されると、恥ずかしがるようなことが織斑とあったのかと気になってくる。それに本音の様子が可愛くて、おもしろくてついつい悪戯心が働いてしまう。

 

「にゃ、にゃんでお、おお、おりむーがッ!? わ、私、本当になにもっ!」

 

「ふーん……そんなこと言うんだ。へぇ~……」

 

「うぅ~……今日のかんちゃんいじわるだょ~っ!」

 

 本音は今にも頭から湯気が出そうなくらい真っ赤。

 かわいそうなぐらい動揺している本音が可愛くて、からかうのが楽しい。私はどっちかというとからかわれる側だから、こうしてからかう側にまわってからかってみるとその楽しさがよく分かってしまう。こんな可愛い反応されるとからかいたい気持ちが抑えられなくなりそう。

 でも、からかうのはここまで。本音の具体的な悩みはまだ聞けてない

 

「話を戻すけど、本音が悩んでるのは見ててすぐ分かる。こう毎日隣でうーうー唸られたら余計に」

 

「うっ……」

 

「無理に話せなんて私は言わない。でも、うーうー唸りながら一人悩むぐらいならさっさと言ってほしい。こういうのって誰かに言うだけでも楽になるものでしょう?」

 

「で、でも……」

 

 悩み事を話すことに本音は抵抗があるみたい。仕方ないか……悩み事の内容は兎も角、言うことを進められて簡単に言えたらこんなにも悩まない。

 

「私じゃ上手い解決案なんて思い浮かばないかもしれないけど……私でも話し聞くぐらいできるから。親友の悩み事ぐらい聞けるようになったし、聞きたい。だから……」

 

 私は今まで本音にずっと世話になりっぱなしで、そんな本音に感謝するわけでもなく顧みず、私はずっと自分のことばかりだった。でも、私は“彼”と出会え結ばれて変わることが出来た。

 昔よりかは少しだけでも強くなった。そう思っているし、だからこそ親友の悩みごとを聞くぐらいなんてことはない。

 むしろ、今まで主人らしいことはもちろん、友達、親友らしいことは出来なかったからこそ、今この時本音の悩み事を聞きたいとそう思う。

 

「……分かった。ありがとう、かんちゃん」

 

 優しげな笑みを浮かべると本音は決心したのかゆっくりと話し始めてくれた。

 

「かんちゃんの言う通り、私ね……今、おりむーのことで悩んでるの」

 

 それは知ってる。というか、本音が今悩むなら織斑のことぐらいしかない。最近、何かあったのって織斑しかいないのだから。

 そういえば、織斑も本音みたいに最近様子が変だった。周りとの女子、特に本音と距離を取りあぐねているようで、そしてまたあの五人とも距離を取りあぐねているようで、今までと比べて明らか様子が変。

 そうなったのは本音と何かあったからなんだろうことはすぐに分かったんだけど、本音でもこんなにもうーうー唸って悩んでいるから、織斑はもっと酷い悩み方してるんだろう。同室の“彼”も大変そう、明日にでもなぐさめてあげよっと。

 

「それは知ってる。というか、織斑のことで悩んでるのって……ダブルデートの日からだよね? 何かあったんでしょう?」

 

「えぇっ!? かんちゃん、気づいてたの!?」

 

 目を見開いてた本音はとても驚いた表情をしている。

 何故、気づいてないと思ったのかこっちが驚きたい。ダブルデートが終わったその日の夜から悩み始められて、隣でうーうー唸られたら私じゃなくても気づいているはず。この様子だと本音本人は隠していたつもりなんだろうけど、本音ってのんびり通り越してただの間抜けな気がしてきた。

 

「まあ、ね。それで……続きは?」

 

「えっとね……それでダブルデートの最後に観覧車乗ったの憶えてるよね?」

 

「うん」

 

「それで……ね」

 

 本音にしては珍しく要領を得ない。

 頬を赤く染め何処か恥ずかしがりながらも嬉しそう。その姿はまるで恋する乙女そのもの。どうしたんだろう?

 

「その時、おりむーに告白されたの」

 

「告白ってあの付き合ってくださいっていう愛の告白?」

 

「そ、そうだよ……ちゃんと告白してくれたから」

 

 恥ずかしそうにしながらも言う本音を見て、織斑が言いそうな軽口じゃなく本当の告白をされたんだと分かる。

 しかしあの織斑が告白か……正直驚きは隠せないし、始め聞いたとき聞き間違えなのかと思った。織斑は恋を知ったら、気づいたらいろいろと手が早そうだなんて話を“彼”としてたけど、まさかこんなに早いなんて。正直、これ以上どう驚いたらいいものやら。

 本音のことを前から好きだったのなら、まだ納得できなくはないけど、織斑に今までそんな素振りはなかった。本音を好きになったのはあのダブルデート中なのは間違いない。一度のデートで惚れて告白するぐらい珍しくもおかしくもないんだろうけど、あの織斑だと何故だか違和感を感じてしまう。

 早すぎ……私達ですら告白して付き合うのに二ヶ月近くかかったのに。

 

「でも、本音は……」

 

 言いかけて私は口を噤む。結果は言うまでもない。

 

「あっはは……やっぱ、かんちゃんには分かっちゃう? 気持ちは嬉かったんだけど、きっぱり断っちゃった」

 

 本音は苦笑いを浮かべながら何処か少し寂しそうに言った。

 思った通りだ。告白を本音が受けたら織斑と付き合うことになっていて、今日までみたいに平穏には過ごせていない。織斑が誰かと付き合うってことになったら、絶対一波乱も二波乱もある騒動になる。

 それに納得いったことがある。織斑のぎこちない様子の理由だ。本音に告白して振られたらショックの一つや二つ受けてあんな風に様子が変になっても無理はない。むしろ、ショックを受けず平然としてたら、私が一発頬を叩いているところ。こんなに可愛い本音に告白したのに平然としているなんて信じられないのだから。

 もっとも、織斑のあのぎこちなさは単に本音に振られたからじゃないと私は何となくだけどそう思う。

それに関係してか、私の中にある疑問が出来た。

 

「そうなんだ。だけど、本音……何で断ったの? 織斑のこと嫌い?」

 

 意地の悪い質問だと我ながら思うけど、聞かずにはいられない。

 ダブルデートは本音があの会話の場にいていろいろな都合がよかったからと半ば強引に本音には付き合ってもらったけど、傍から見てお似合いな二人だったし、織斑のことを本音は満更でない様子は見て明らかで、正直本音は織斑のことを好きになりつつあるなっていうのは見て感じた。

 だから、本音が織斑の告白をきっぱり断ったと聞いてびっくり。

 

「き、嫌いじゃないよ……そ、そのおりむーのこと正直……」

 

「好きなんだ。可愛いね、本音」

 

「好きだけど~……可愛いって! もう~っ! やっぱ、今日のかんちゃん意地悪だよ~!」

 

 恥ずかしそうにもじもじとしながら言う本音。

 一々赤くなってるものだから可愛くて、こんな姿の本音を見るとまたからかいたくなる衝動が沸いてくる。

 それに随分とあっさり認めたなぁ。まあ、今更否定したしたら結局認めるようなものだから、認めるしかないだけど。

 

「だったら、どうして」

 

 どうして本音は織斑の告白を受けなかったの?

 もちろん断った理由はちゃんとあるんだろうことは分かるけど、それでも好きなら告白を受けてもよかったのに……と、そう簡単に思ってしまうのは薄情にも結局他人事だと何処かで思っているからかもしれない。

 

「ダメなんだよ。そりゃ始めてデートしたその日に告白されてびっくりしたからってのあるけど、今のおりむーの気持ちを素直には受けられない」

 

「今の織斑?」

 

 少し考えてみたが本音が何を言いたいのか分からず私は首を傾げた。

 

「うん。デートでおりむーには目的だった恋をすることや好きな人がいて恋をすることがどんなことなのか分かってもらえたみたいでそれはよかったんだけど、分かったばかりなのにすぐ告白してくるのは盲目的というか……おりむーはまだ私しか知らないからあんな風に告白できた気がして。多分、私と同じようにおりむーにデートでもして一緒に過ごしたら、私じゃなくても誰でもいい気がしちゃったんだ」

 

 盲目的か……確かに言われればそうかしもれない。

 本音と織斑のデートはあの五人では考えられないほど優しく、暖かいものだった。普段体験しないような一日を一緒に過ごせば、本音は優しく気遣いの出来るいい子だから場の雰囲気もあって…あの織斑ですらころっといってしまうだろう。事実本音の優しい部分に惚れて告白したっぽいし。

 そしてあの日のデートは本音に惚れてもらうためのデートじゃなくて。恋がどんなものなのか、好きな人と恋をするのがどんなのか知ってもらうのが目的のデート。知ってもらってあの五人の気持ちに少しでも気づいてもらうのが最終目的なわけで……織斑が本音に惚れたのはその時に一緒だったのがたまたま本音だったという事と、優しくしてくれたのが本音だったからなんだろうな……。

 正直、場の雰囲気といつもと違って優しくされれば織斑は本音じゃなくても誰でも好きになってしまいそうなところがある。まるで某赤い彗星みたいに。立場が某白き流星だから余計にたち悪いけど。

 だから、織斑には悪いがこれは盲目的と言われても仕方ないのかもしれない。

 だって……。

 

「好きな人にはやさしいところをだけを好きになってもらうじゃなくて、やっぱり私自身を好きでいてほしいよ。変わりに好きになるかもしれない人がいるのって辛いから」

 

「そうだよね」

 

 本音が言うことはもっとも。

 別の誰かに変わられるぐらいの好きなら、こっちからお断りだ。

 

「それにおりむーは私の何処が好きで告白してくれたのかよく分かんなかったし……」

 

「言ってくれなかったんだ。本音の何処が好きか」

 

「うん。まあ、私が割りとすぐに断っちゃったから言えなかったと思うけど」

 

「でも、言ってほしかったよね、そういうのは特に」

 

「うん……ちょっぴりね」

 

「ああ……」

 

 少し凹んで様子の本音を見て、私は同情したような何とも言えない気分になる。

 『ねぇ、私の何処が好き?』みたいな定番ともいえる女特有のめんどくさい質問だ。

 めんどくさがられるだろうなと分かっているけど私も度々“彼”によく聞いてしまう。“彼”はその度にめんどくさがらず、ちゃんと日頃から感じていることや私の好きなところをたくさん言ってくれるから嬉しいからいいけど。

 本音の場合は告白だ。男にしたら好きだから告白したとかなんだろうけど、何処を好きになって告白しようとしたのかぐらいは聞きたいもの。それこそ、織斑の場合は本音が好きなのか、たまたま本音だったから好きになったのか分からないから聞きたかったはず、本音は。

 織斑が告白したのはもう驚きはしないけど、今一つ織斑は本音のことを好きになった決め手にかけてる気がする。

 

「第一おりむーには篠ノ之さん達のこともあるから……素直に受けられなくて」

 

「抜け駆けしたくなかったとか?」

 

「それも少しはあるけど、やっぱり皆のおりむーのこと好きだから皆の思いを無駄にしたくないっていうか。ちゃんと向き合ってほしいから」

 

 本音らしすぎて何も言えない。

 本音も織斑の事好きなんだから自分の気持ち優先したらいいいのに、他人に優しくて気遣い屋な本音にはそれができない。そんな本音だから皆に愛されて、私も何度も助けられるんだけども。

 っていうか、織斑にはあの五人のこともあったなあ、そういえば。本当めんどくさい人。

 

「ただ……ね」

 

 苦笑いを浮かべる本音。

 

「ただ?」

 

「余計なお節介というか何と言うか……凄い失言しちゃっておりむーに言っちゃったの」

 

 何だか嫌な予感というか何と言うか、本音が何言ったのか察しがついてしまった。

 この話しの流れからして本音が言いそうなこと。それは――。

 

「篠ノ之さん達がおりむーのこと好きってこと」

 

 やっぱりか……本音、織斑に言ったんだ。

 まあ、仕方ないか言ったものは。盲目的になってるだろう今の織斑じゃ恋を知っても、本音のことを好きになった織斑なら本音のことばかりに気が言って、それどころじゃなくなりそう。

 

「ほんとどうしてあんなこと私言っちゃったんだろ~! 頭にきてたとは言え、うぅぅッ!」

 

 後悔からなのかベットの上にある枕に顔を埋めてまたうーうー唸っている本音。

 本音はこのことでも悩んでたんだなあ、きっと。

 というか、頭にきてたって何があったんだろう、気になる。

 

「やっぱり、ダメだったよね!?」

 

「う~ん……どうだろう、私は言ってよかったと思う」

 

えっ!?と本音は驚いた表情をする。

 

「今の織斑じゃ恋とか知ってもとてもじゃないけど気づかない。本音が織斑のことで頭一杯なように織斑も本音のことで多分頭いっぱいだと思うから」

 

「うぅ~!」

 

「なら、いっそ言った方が早く織斑が知れることができていいと思う。前に本音が言ってた言葉通りだよ」

 

「?」

 

「下手したら大分歳いってから気づきかねない、特に今の織斑なら。それにどうせ、知るのが早いか遅いかの話。それなら早いことにこしたことはないよ」

 

 本当それだけの話。

 むしろ、今の織斑が早いうちにあの五人からの好意を知れてよかったんじゃないかと思う。

 恋を知っても気づかなかったら、見てるしか出来ない私達は織斑の鈍感っぷりに呆れながらも見せられることを強いられていただろうし。

 それに本音が織斑にあの五人のことを伝えたから、いつもよりあの五人に対する織斑の態度が困り気味だったんだ、と最近の織斑の様子に納得がいった。

 

「でもやっぱり、おりむーには自分で気づいてもらった方が……」

 

「言ったのに今更後悔しても遅い。というか、何度も言うけど鈍い織斑が自発的になんて無理」

 

「あっはは……」

 

 私の言葉に本音は苦笑いを浮かべている。

 

「本当どうしてあんなに鈍いのか」

 

 鈍いなんて言葉だけで片付けていいものかと思うほど鈍い。時々わざっと鈍いフリしてるんじゃないかと思ってしまうほどに。

 あの五人のことにしてもそうだ。直接言ってないとは言え、あんなにもあからさまに織斑への好意を示しているのに気づかないなんてどうかしている。

 

「鈍感かぁ……そうだね。多分、私が思うにおりむーのあの鈍さの原因は『自分をないがしろ』にして、自分は後回しで、他人のことばかり気にするからじゃないかな」

 

どういうことだろう?

 

「おりむーは相手のことばかり大切にして自分をないがしろにするあまり『自分がされたらどうだろう』って感覚が鈍いんだよ、きっと。それにおりむーってあんまり自己主張しないじゃん? 周りがおりむーに頼りすぎてそうさせないってのもあるけど、おりむーの中でも自己主張するのは甘えだと無意識にでも思ってるんだろうね。だから自己主張しないおりむーには『自分がどうしたいか』が抜けて、歪んでしまう。『自分がどうしたいか』を持ってない人が『相手がどうしたいか』を分かるのはとても難しいよ」

 

 確かに。

 織斑が自己主張している姿って私が見る限り見たことない。いつも話題の中心、沢山の人の中心に織斑はいるけど、それは基本的に巻き込まれて結果的にそうになっただけ。いつも誰かに、五人に引っ張られて、仕方なくってことがほとんど。

 そうだよね……自己主張しない人に自己主張する人の気持ちが分かるわけがない。特にあの五人は自己主張がとても強いから。

 

「……それだと普段からズレたり鈍感になったりするんじゃないの? でも織斑、普段はどっちかっていうと鋭い方じゃない?」

 

「それは「相手がどうしたいのか」がわからないから、「一般的にどうなのか」で判断するから大丈夫なんだよ。だから普段は困らない。でも、こと恋愛ごとになるとそうはかいない。第一、おりむーはつい最近まで恋愛ごとについて全くといっていいほど知らなかったんだよ? 知らないものを知ってるも同然と思って。『自分がどうしたいか』を持ってなくて『相手がどうしたいのか』がわからない人に鈍感だとか、早く気づけとかって……今更だけど、結構酷いこと、無茶苦茶なこと言ってるよね」

 

 なるほどね。

 本音の言葉に私はついつい関心してしまった。

 

「どうしたの? かんちゃん。急に黙っちゃって」

 

「……本音って本当よく織斑のことを見てるなって。それにちゃんと織斑のこと考えてるし」

 

「ううん、そんなことないよ。私はただ知った風な口利いてるだけだよ」

 

「そうかな? 本音が本気で織斑のこと好きなのがよく分かるよ」

 

「なっ!? もう、かんちゃん~! またからかわないでよ~!」

 

「からかってるつもりはないよ。ほんとのこといっただけ」

 

 好きじゃなきゃ、そこまで織斑のことを見て、考えたりはしないはず。

 それに私が知る限り、本音ほど織斑のことを想ってる人は見たことない。あの五人もそれぞれでは織斑のことを診て考えてはいるんだろうけど、何処か自分を見ているような気がしてならないっていうのは私が言えた事じゃないし、それに本音ばかりよく考えているのは身内かわいさに、良いように思っているだけなのかもしれない。

 とはいえ、好きっていうのを否定しないあたり、本音が織斑のことを好きなのはもう固まりつつあるみたい。

 だからこそ……。

 

「でも正直、本音は織斑に具体的にどうしてほしいの? そして、本音自身はどうしたいの?」

 

「私は……」

 

 思い悩んだ表情を本音は浮かべている。

 

「振ってもう織斑のことよくなった?」

 

「そんなことはないよ……!」

 

 決して大きな声じゃないけど力強い本音の言葉。

 本音はまだ織斑のことを諦めてない。織斑のことを思うばかりに今は一歩引いた感じだけど、本音がまだ織斑のことを諦めてないことは今までの本音の言葉の数々でよく分かる。

 だから織斑のことを思うばかりに今は一歩引いた態度をしているけど、諦められない織斑への想いの狭間でどうしたら一番いいのか分からず悩んでいる。そんな本音の具体的な悩みの内容は分かった。

 でも、肝心の本音は織斑に具体的にどうしてほしいのか、そして本音自身はどうしたいのが見えてこない。

 まあ、見得ないというか……決められないから今悩んでいるんだけど、それでも漠然とこうしたいというのはあるはず。こうしたいけどこれでいいのかと迷うようなものが。

 

「織斑にはあの五人の想いと向き合ってほしいって言ってるけど向き合うって具体的にどういうこと? まさか、五人一人ずつ私達がしたようなデートでもさせるつもりなの?」

 

「うっ……」

 

「ああ……言ったんだ」

 

「あ、あくまで例えばだよ~!」

 

 慌てて弁解する本音。例えでもそれはどうなんだろう。

 私、あの五人のことよく知らないから私見でしか言えないけど、あの五人一人ずつデートなんてしたらただ事ではすまなさそう。ただでさえ織斑はまだ本音のこと好きだと思うから、デートなんて私達の時ほど上手くはいかなさそうな気がする。

 第一、五人一人ずつデートなんて現実的にしんどいだけ。かといって五人まとめてなんてすると結果は怖いぐらいはっきりと見えてる。

 

「べ、別に私は何も本当にデートしてほしいだなんて思ってないよ。デートは一人の人とするのでさえ、大変なんだから。だからって、オルコットさん達の気持ちを確かめろ何てことも言わない」

 

「そんなことしたら織斑冗談抜きで確実に死ぬよね」

 

「……あっはは、そうかもしれないね。かんちゃん、私が言う向き合うってことはね……五人、皆の思いを知った今、篠ノ之さん達のことについてちゃんと悩んでほしい。『他の選択肢』を『ほとんど知らない』のに『盲目的』に私だけを見るんじゃなくて、おりむーにはもっと沢山の『他の選択肢』があるんだから、もっ周りを見てほしい。皆本当は優しくていい子ばかりだから。だから皆の好意を知ってたくさんたくさん悩んで、それでも私を選んでくれるのなら」

 

 本音は決心したような顔をして言った。

 

「私はもうおりむーの想いから逃げない。私もおりむーと……ううん、織斑君と付き合いたい(結ばれたい)。だから私もちゃんと織斑ーの想いに向き合う。だって私織斑君のことだ好きだから」

 

 本音の気持ちは固まったみたい。その証拠に本音の表情に迷いはもうない。

 

「何かすっきりしちゃった。ありがとう、かんちゃん。話聞いてくれて」

 

「お礼なんていい。本音がすっきりしのなら私はそれで」

 

「よぉ~し、私頑張るよぉ!」

 

「うん、頑張って。応援してる」

 

 私でも少しは本音の役にたてたみたい。よかった。

 後は本音の頑張り次第。本音ならきっと必ず織斑をものにできる。私に後出きる事は微力ながらの応援ぐらい。

 こんなにも織斑のことを見て、考えて、思ってるんだ。もしも織斑が本音を泣かして、悲しませるようなことがあったら、絶対許さないんだから。

 

「あ……」

 

「かんちゃん、どうしたの?」

 

「本音、頑張るのはいいけど、何も頑張るのは告白の時だけじゃない。というか、付き合ってからのほうが頑張ることは多いかもしれない。それは多少なりと覚悟はしておいたほうがいいよ」

 

「どういうこと?」

 

「本音はあの織斑と付き合うかもしれないんだよ。政治的な問題は抜きにしても織斑はモテるし、あの五人は織斑に恋人が出来てもそう簡単には諦めそうにないよ」

 

「ぁ……そう、だよね……返って叩きつけることになるよね」

 

 その辺ことはちゃんと本音は分かっているみたい。

 未来のそんな光景を想像してか、困った顔している。

 本音と織斑が付き合うとはまだ決まってないのに今のうちから不安を煽るようなこと言ってるのは分かっている。でもこれは先人として……じゃないけど、一応言っておかないと。

 世界で二人しかいない男性操縦者と恋人関係を続けるのは思っているよりも大変なこと。政治的な問題も勿論あるけど、アイドルを独占するようなものだ。周りから嫉妬や羨望とか様々な思いをたくさん寄せられる。事実私もそんなことは体験済みだ。

 それに織斑の場合はあの五人のことがある。織斑からケジメをつけようとしても彼女が出来ようとしても、あの五人はあきらめたりしない。ケジメなんてことで諦められるなら最初っから諦めてる。五人が特別ってわけじゃなく一般的にも女の子はあきらめたりしないはず。むしろ、余計に燃え上がって何とかして自分を見てもらおうと頑張ったりする。

 そうなったら大変さが大きくなる。

 

「あ……ちなみにね、かんちゃんはどうしてたの?」

 

「私?」

 

「ほら……楯無様」

 

 躊躇しながらある人物の名前を言う本音が何を言いたいのか分かった。

 私もその大変を現在進行形で私は目の当たりにしている最中。織斑のように五人なんて大人数じゃないけど、私の“彼”を付き合ってもお構いなしに狙っているどうしよもないくらい諦めの悪い人が一人いた。

 楯無、更識楯無――私の実の姉。私の“彼”を狙っていたのはお姉ちゃん一人だけど、お姉ちゃんは楯無の名を継ぐ人。しつこさは格別。あの五人のアレさ加減が一つになったような存在。

 私達の仲を認めてはくれているみたいだけど、その上で“彼”を狙っていた。まったくどうしようもなかった人。

 過去形。それは前までのこと。最近ではようやく諦めはじめたのか、私達に必要以上に近寄ってこなくなってきた。

 それを本音は知っているから聞いてきたんだね。

 

「私の場合は“彼”との仲を見せつけ、差に気付かせ、諦めさせたよ」

 

 至極簡単なこと。

 あんまり他人に見せ付けるような事はしたくはなかったけど、あればっかりはしないといけなかった大事なこと。

 

「『あれが居る限り手は出せ無い』と思わせられるように頑張り続けるしかない」

 

「そんなのでいいんだ。私、てっきりかんちゃんが楯無様を説得したんだと思ってた」

 

「そんなのって、本音。同じ様なこというけど説得して聞く人間なら最初から諦めてる。言っても分からない人には行動あるのみ。簡単なことのように思えるけど……見せ付けるのって結構勇気いるし、それにこれは根気が重要。途中でやめたらダメ」

 

 私は言い聞かせるように言うと本音はメモするようにうんうんと頷いていた。

 あれは大変だった。と今では懐かしめるけど、見せ付けるのは本当に勇気がいった。私達が人前でそういうことしないのも原因の一つではあるんだろうけど、物凄く恥ずかしい思いをした。

 これでもかってわざっとらしいこともしたし……本当に根気が重要。流石のお姉ちゃんも一度や二度見たら満足するか諦めるだろうと思っていたけど、逆に“彼”の寝込みを襲ってきたとかなり時間がかかったのが今ではいい思い出。

 実際、諦めさせるのは勿論、相手も相手で好きな人を諦めるのってかなり時間がいることだと思う。本当に想っていたのなら、想っていたぶんだけ時間はかかる。だから、途中でやめたりなんてできない。やめたらそれこそ、私の恋人の想いはそれまでって、逆にこっちのほうが恋人のことを諦めることになりかねない。

 もっともこんなことして諦めさせようとしたら逆上して暴力的なことをしてくる可能性が少しはあるかもしれないけど、そんなことしてくる人には話通じないし、その人は所詮それだの人っていうことを向こうが勝手に自己証明してくれる。

  だから、勇気を持って根気強く途中でやめたりしないで行動あるのみ。それしかないと私は思う。

 

「それに困難の一つや二つ二人で一緒に越えないと。後、困難を利用してしたらいい。そうしたらもっと仲を深められてラブラブになれるよ」

 

 私の体験談。

 本音に私がやったことを押し付けるつもりはなかったけど、何処か押し付けがましかったかな……と思っていると、本音はいつも感じで感心したような表情をして言った。

 

「何だかかんちゃん、とっても強くなったね」

 

「そうかな……昔よりも本当に強くなれてると嬉しいな。私は強い“彼”とずっと一緒に生きていきたいから」

 

「惚気だ~」

 

「なんとでも言って。本音も早く惚気られるように本当頑張ってね」

 

今まで散々私が惚気話を本音にしてきた。

 でも、これからはもしかすると本音に惚気話を聞かされるそんな未来がすぐ目の前にあるかもしれない。

 そうなることを望むのは私の我侭なのは分かっているけど、そうなる未来が私は楽しみ。

 だから、私は本音の幸せを思って祈る。

 

「もちろん。かんちゃんに背中押してもらったからね。そうなったら頑張る」

 

 笑みを浮かべて決心したように言う本音。

 本音が望み、納得できる未来が得られるようにと私はそっと本音の幸せを祈った。

 




この物語初めてになる女性視点&簪視点。
“あなた”は今回いませんでした。ご了承を。

さて本音も動き出して、某赤い彗星系男子の一夏も動き始めました。
なのでこの話題でもう少し話は続いていきます。
お楽しみにしていただければ幸いです。

それでは~


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簪と考えたお膳立て計画

 時間が刻一刻と過ぎていく。

 今夜はもう金曜日。約束の日曜日は明後日にまで迫っている。日曜日――その日は一夏が本音に告白する大切な日。

 想いが固まり、告白すると決まってから一夏はずっとそわそわとしていてテンションが上がりっぱなしなのがよく分かる。それ自体はある意味当然の反応だが、学校でもそうなのであの五人に告白が終わってもう一度結果が出るまで悟られないかヒヤヒヤしたのが今日の出来事。それでも今一夏は一人寮の自室で本音への告白の言葉をあれこれ考えているみたいだ。それはいい。部屋にいてくれているから思う存分悩めばいい。

 問題は俺のほうだ。『告白の場ぐらいは俺と簪で設けてやる』なんてことをかっこつけて言ったけど、実際どうしたらいいのか考え付かず、今こうして一人寮の外にあるいつも簪と二人っきり時に利用するベンチで一人悩んでいる。

 冬の夜だから当然、寒いが分厚い上着と中に着込んでいるおかげで凍えるほど寒くはない。むしろ、夜風が冷たく熱くなりそうな頭を冷やさしてくれて丁度いい。部屋で考えるのもいいが、部屋には同室の一夏が今考えていて、邪魔したくない。それに今は一人で考えたい気分。

 

 さて、どうしたものか。

 一夏が告白をするのが始めてのように俺もまた他人の告白をお膳立てするのは始めて。もちろん、告白の経験はあるにはある。簪へしたので一度きりだが。

 第一自分がする告白とは少しわけが違う。男に二言はない。今更前言撤回する気なんて毛頭ない。何より、大切な親友の一世一代の告白。結ばれるといういい結果を得てほしいと思うし、自分に出来ることなら自分の持っている力を尽くして協力する。そして、いい結果をより確実に得られるようにしてやりたい。

 そう何処か意気込んでしまっているからこそ、余計になのかもしれない。

 さて、本当にどうしたものか。そう思いながら夜空を見上げた。

 

「あ、やっぱりこんなところにいた」

 

 心地のよい愛しい声が聞こえる。

 声がした方向を向けば、俺の様に上着を着て、その上着の中も着込んだ簪がいた。

 白い息を吐きながら少しだけ寒そうにしている簪。

 どうしてここにと思っていると簪は少し飽きれたような表情を浮かべて言った。

 

「LINE送ったのに既読すらつかないから気になって。部屋に行ったら織斑しかいなくて外に出たって聞いたから……外にいるならここかなって」

 

 経緯を説明されて、携帯を取り出すと簪のいう通りメッセージが数件来ていた。

 マナーモードにしていたせいかまったく気づかなかった。ごめん、簪。

 

「いいよ……別に。隣、座ってもいい?」

 

 頷くと簪は俺の隣へとベンチに腰を降ろした。

 

「それで……どうしたの? こんなところで。朝からずっと考え事してたみたいだった。今もしてるよね」

 

 開口一番簪からそんなことを言われ、俺はびっくりする。

 隠していたつもりはないが、凄いあっさりと見抜かれてしまっている。

 

「もう、なんでびっくりしてるの。私へんなこと言った?」

 

 いいや、と首を横に振る。

 当然と言わんばかりの簪にうれしい様な恥ずかしいような気持ちだ。

 見抜かれている以上、今言わないわけにはいかない。

 簪には一夏のことを話してなかったので、改めて昨日一夏から悩みを聞いたこと、気持ちが決まりもう一度告白することを一夏が決めたこと、そしてお膳立てすると決めたことを話した。

 

「へぇ~織斑ようやく腹が決まったんだ。よかった……本音、上手くいくかもね」

 

 どういうことかと聞けば、簪はゆっくりと話してくれた。

 同じ様に本音から悩みを聞いたこと。本音が一夏のことをどう思っていたのか教えてもらったこと。そして本音が一夏のことが好きで気持ちが決まったということを。

 話をきいて驚いた。多少なりと一夏のことを振って気にしているとは思っていたけど、もしかあの本音が悩んでいたとは思わなかった。それに……。

 

「二人とも同じように悩んでいるなんて。ふふっ、付き合う前からもうこんなにも両思い……やっぱり、お似合いだね」

 

 微笑む簪に同意しながら俺も笑みを零す。

 おもしろいぐらい一夏と本音は同じ様に悩んでいることに簪と気づいてつい笑ってしまった。唸りながら一人悩んでいるのまで一緒だったなんてどれだけ似た者同士なんだか。

 でも、二人がお似合いで両思いなのは確かだ。本音は本当によく一夏のことを見ていて、分かってくれている。そしてちゃんと一夏のことを好きでいてくれている。

 それだけで二人が結ばれるのは確かだと確信させられる。

 

「でもね……何でそれをもっと早く言ってくれなかったの? ましてや告白の場を設けるだなんて大事なこと。私も本音のことがあるから余計に早く言ってほしかった。当然協力するから」

 

 少し拗ねた様な表情で簪に叱られてしまった。

 怒っているわけじゃないのは分かる。簪も本音には一夏と結ばれていてほしいと思っているのはよく分かっているから、こんな風に叱られても当然のことで言い訳はできない。

 簪に真っ先に言わなかったのはまず最初は自分一人で考えたかったからだ。いつくか案を用意した上で、簪に言おうとしたがそれがいけなかった。一人で考えようとしても、いつくか案は出来たがすぐに否定的な考えが思い浮かんで一つも案を決められるずにいるのだから、もっと早くいうべきだったと今更ながら反省する。

 

「日曜日か……ちょっと気が早い気がするけど……早いことにこしたことはないよね。特に今の織斑をそのままにしてるとおちおちしてると皆に気づかれかねないし」

 

 そうだな、簪の言う通りだ。

 ダブルデートあった日から一夏の様子が前までと比べて変なのは誰の目から見ても明らかで、気持ちが決まって告白することも決まった一夏はそわそわしていてますます変だ。

 今は適当に誤魔化しきれているけど、日を置けば置くほど一夏のあの様子なら確実に周囲にバレる。そうなったら面倒。特にあの五人にバレたら、絶対に何かしてくる。そうなってしまえば全てが台無し。

 俺達としてはあの五人に今更邪魔されたくない。だから早いことにはことしたことない。

 

「う~ん……だけど、どうしよう。お膳立てか……改めて考えると難しい」

 

 簪と二人して寒空の下頭を悩ます。

 

「大切な親友の告白だから何か特別なことでもしてあげたいけど……」

 

 そう俺も同じ様に思うがやっぱりいい案が思い浮かんではすぐ否定的な考えが思い浮かんでしまう。

 特別なことを、と意気込んでるのがいけないのか。言葉は一夏が考えるから兎も角、告白の場は俺達が設ける。告白ってどういうシチュエーション、場所でするのが一番いいんだろう?

 定番の公園とかか? しかし学校の周辺は勿論、レゾナンスの近くに公園なんてものはない。でも、やっぱり外――外でまたデートしながらのほうがいい気が……。

 

「それは……やめといたほうがいいんじゃない、かな? 今は適当に誤魔化しきれているとは言え、あの五人最近の織斑を見て気にかけてるみたいだし……外なんて出ようものなら確実に尾行されかねない」

 

 いくらなんでもそれは考えすぎじゃ……そう思ったけど否定しきれない。

 今は適当に誤魔化しきれているけど、一夏の様子が今までと比べて明らかに変で違っているのは紛れもない事実。それは誰からもそう見えて、あの五人ですら一夏の様子を気にかけているのは俺にも分かる。一夏を学校の外に出そうものなら確実に尾行されかねない、か……だったら、どうすればいいんだ。

 外がダメなら消去法的に中になるが……だからといって学校や寮のほうがかえって危ない気もする。詰んだ。

 

「あ、そうだ! だったらいっそあなた達の部屋は……どうかな? 日曜日に私達四人で遊ぶっていう体で一旦集まって……頃合を見て本音と織斑を部屋で二人っきりにして告白できるようにするの」

 

 部屋かぁ……

 

「部屋なら織斑を外に出さなくてすむ。それに周りなんて気にしなくていいから、落ち着いて二人もいえると思う。私達も私達で人払い程度で済む」

 

 それなら一夏を外に出さなくて済むから尾行される可能性はない。部屋から出ないから当然、見られる可能性もない。自分の部屋なら一夏も緊張を和らげることができるだろし、好きなタイミングで告白ができるはずだ。俺達も俺達でやることが人払い程度で済むのなら、それに越したことがない。

 でも、告白の場所が俺達の部屋なんかでいいのだろうか。うーん、好きな女子との告白ならもっと場所としてムードや雰囲気がある所のほうが場所としていい気がするけど……。

 

「部屋なんかっていうけど……女の子としては好きな男子の部屋で告白されるのって……いつの時代も憧れるものなんだよ」

 

 へぇ~そうなのか……始めて知った。簪の言うことなら信頼できるがしかし……と思ってしまう。

 

「部屋もちゃんと場所としてムードや雰囲気が充分あるから心配しなくても大丈夫だよ。それに」

 

 簪は口角をニヤとさせ、いたずらっぽく微笑んで言った。

 

「あなたは……私に何処で告白したのか忘れたの? 私はちゃんと覚えているけどな」

 

 もちろん憶えている。それを言われるともうこれ以上場所のことで何も言うことはない。

 やっぱり、場所の選択肢としては部屋以外ないか。となると、明日土曜日一日も一夏をなるべく部屋にいさせたほうがいいな。

 それに部屋でとなるとやっぱり俺達のほうでちゃんと警戒はしておいたほうがよさそうだ。

 

「そうだね。私達も部屋に入るまではなるべく見つからないようにするよ」

 

 一学期の頃みたいに万が一、何かの拍子にバレてあの五人とかに無理やり部屋に入り込もうされたら怖いな……。

 

「それは考えすぎじゃないかな? まあ……万が一そんなことあっても私が四人だけで遊びたいからって断る。それでも過激なことして入ろうとするならそれまでの人達。それに邪魔が入ったところで告白やめてしまうのなら、それまでの思いだったってことだよ。そんな思いの織斑に本音は任せられない」

 

 辛辣な簪の言葉。しかし、簪の言うことはもっともだ。

 仮にあの五人がいつもみたいな過激なことしてきたら、それまでの奴らだってことだし、一夏も本音と五人の違いをより一層はっきりと感じるはずだ。邪魔が入ったとしても、それでも告白するぐらいじゃないと意味がない。邪魔が入ったぐらいでたくさん悩んで考えた告白をやめるのならそれまでの思いだったってことになる。

 

「だけど……心配しなくても大丈夫だよ。二人ならきっと上手くいく。二人のことは二人に任せて……私達は私達でやるべきことしよう」

 

 それしかないよな。

 お膳立てとは言え、元々告白の場を設けるって話だったわけだし、出来るのはここまで。

 後は二人のことで、それは二人に任せるほかない。後、俺達できることは邪魔が入らないように人払いするぐらいか。

 なら、それで決まりだな。

 

「うんっ」

 

 そう頷く簪は夜空を眺めていて、その表情は何かを懐かしんでいるようだった。

 

「懐かしいね」

 

 懐かしい?

 

「ほら、告白。何だか……ついあなたに始めて告白された日のことを思い出しちゃった。懐かしい……夏休みの終わりに整備室で告白されたのが昨日のことみたい」

 

 懐かしむような表情を浮かべて簪は嬉しそうに言う。

 

 付き合う前。俺から告白してそれを簪が受けてくれて今に至る。だけど、俺達の告白の場は整備室――打鉄弐式や俺の専用機を整備、調整する時にいつも使う整備室だった。

 今では俺と簪の溜まり場になっている思い出の場所だけど、今思えば告白の場としてムードや雰囲気なんてないようなもの。だから、一夏達の告白の場として自室は整備室よりかは充分ムードや雰囲気があるのは分かる。それだけに今更後悔はしてないが、簪にはもっと告白の場として素敵なところでしたかったと思ってしまう。

 

「ま~た……一人難しい顔してる。どうせ……あなたのことだからもっと素敵なところで告白したかったとか思ってるんでしょう」

 

 うっ……まったく鋭い。難しい顔していたのは認めるが、そこまで顔に出ていたんだろうか。

 

「難しい顔してだけだけど私には分かるよ。場所はもちろん大切だけど……場所以上にやっぱり、言葉と気持ちが大切……でしょう? 私は整備室でも充分嬉しかった。それだけじゃない。あなたの告白の言葉、気持ち……全部全部嬉しい」

 

 難しい顔してた俺を励ますかのように簪は俺の手をそっと取って握ってくる。

 簪の手は夜風で冷えてしまったようで少し冷たいが、柔らかい簪の手は気持ちよくて心地がいい。

 

「それにね……ちょっとおもしろかったし」

 

 お、おもしろい……

 

「がーって私の不器用なところとか私の生真面目なところとかたくさん私の好きなところ言ってくれたと思ったら……急に黙って。と思ったら、『好きです。付き合ってください』って真剣な目で私の目を見て告白してくれて私すっごく嬉しかった」

 

 微笑みながら簪は嬉しそうに言いながら、握っている手にぎゅっと力が篭る。

 そんな簪に俺は見惚れてた。確かに懐かしいな……簪の言ってくれた言葉であの時、俺がどれだけ緊張したのか思い出した。一杯一杯で気恥ずかしいけど、本当懐かしい。

 

「……ッ」

 

 強めの夜風が一つ吹いて、寒そうに簪は身を縮こまる。

 目と目が合い、俺達は暖めあうようにどちらともなく抱きしめあった。

 厚着していても感じることができる落ち着く簪の暖かな体温。冬の夜風の冷たさなんて気にも止まらない。

 

「ふふっ」

 

 耳元で簪が小さく笑うのが分かる。こそばゆい。

 

「私……日曜日がとっても楽しみ。頑張るだろう二人の幸せを祈りながら……私達もちゃんと頑張ろう」

 

 ああ。頷くように抱きしめる力を少し強くする。

 俺も日曜日が楽しみだ。日曜日、一夏と本音には上手くいってほしい。幸せになってほしい

 だからそうなれるようにと俺と簪は寒い夜空に祈った。

 




最近は一夏の恋物語(仮)ばっかりだったので一夏の恋物語(仮)に絡めつつ簪と“あなた”のお話を一つ。
ずっと冬っぽい話を書きたくて、いつかの感想で二人の馴れ初めの話がほしいとか頂いた気がするので今回の話になりました。
馴れ初めは触り程度ですが
甘くないのでもう少し甘い感じにしてもっと冬っぽい感じにしたかったですね……


今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と見守った一夏と本音の告白 前編

 ついに迎えた日曜日。

 清々しい朝を迎えられ、部屋の窓から見える天気は快晴。天も今日のことを快く背中を押してくれているみたいだ。

 

「すぅー……はぁ……」

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしているが、身振り手振りはそわそわとしていて一夏は落ち着きがない。

 一夏の奴……いつも以上に緊張してるな。まあ、無理もない。

 今日は一夏の告白当日。泣いても笑っても今日が最後……ってわけじゃないが、今日という日を逃せば、おそらく次こういう場を設けるのは難しいだろう。

 一夏のこんな様子じゃ、もうこれ以上誤魔化しきるのは難しい。

 誤魔化しきれなくなったら周囲には確実にバレるだろうし、そうなったら特にあの五人はあれやこれやとしてくるはずだ。

 でも、そうなったら俺達にはこれ以上のこともう何も出来ない。今日みたいに追い払うような他人の恋路を邪魔することをするのはこれで最後。それこそ、その時は一夏本人が自分で何とかする問題。

 何より、今日がいろいろなことが上手く重なっているベストタイミング。今日以外で告白するなら他の日はない。そう断言できる。

 だから今日、無事に上手くいってほしい。

 

「な、なぁ! 変なところないか!? 今日の格好おかしくないよな!? やっぱもう一度!」

 

 もう何度目か分からないほど聞き飽きた一夏の台詞。

 俺の思いは他所に緊張からか落ち着かない様子で部屋をうろうろする一夏。そんな一夏を落ち着かせベットにでも座らせる。

 普段服装とか気にしない一夏の慌てっぷりは面白かったけど、流石に何度もそんな様子を見せられ、同じ事を聞かされれば、いい加減鬱陶しくなる。

 落ち着かない気持ちは分からなくはないけど今更慌てても、後数分で簪と本音は俺達の部屋にやってくる。

 男なら……じゃないが、もう無理にでもドンと構えて待っている方がいさぎいい。

 

 コンコンコン。規則正しいドアをノックする音が聞こえた。

 来たみたいだ。ドアに向かいながら、部屋の掛け時計で時刻を確認する。予定よりも少し遅いが全然大丈夫だ。

 俺は部屋のドアを開け、中に迎え入れた。

 

「お邪魔します」

 

「……お、お邪魔します」

 

 いつも通りの簪と緊張した様子の本音。

 二人に中に入ってもらってから、一応部屋の外の確認する。

 外には人影は見当たらない。周りに隠れるようなものはところはないから今のところは大丈夫そうだが心配だ。

 

「大丈夫。ちゃんと見つかれないように来たから。尾行もされてない」

 

 簪がそう言うなら心配いらないか。

 安心してドアを閉める。

 

「……ぅぅっ」

 

 初めて部屋に来たわけじゃないのに、本音はきょろきょろと不安げに辺りを見渡しながらおずおずとした足取りだ。

 部屋の入り口の角、緊張しながらベットに座っているだろう一夏から見えないところで本音は俯いたまま急に立ち止まる。

 背中からでも緊張して顔を赤くしている本音の姿は手に取るように分かってしまう。本当、本音も一夏のことを友達以上に恋愛対象として意識してるんだな。

 

「邪魔。早く行って」

 

「うっ……うぅぅっ」

 

「早く」

 

 簪に押されるように本音はまたおずおずとした足取りで進んだ。

 

「い、いらっしゃい……」

 

「おっ、お邪魔……します」

 

 お互いを見るなり、同じ様に顔を真っ赤にして恥ずかしそうに固まってる一夏と本音の二人。

 会って早々、こんなにも表情や動きまで同じだなんて。まったくどんだけ両思いなんだか。

 ただ、このまま立ったままだと落ち着かないままだろうから、簪と本音には適当に好きなところにでも座ってもらった。

 自分のベットに腰を掛ける俺の横に簪が座り、何故だかその横に本音も座る。

 

「……」

 

「……」

 

 三対一で必然的に自分のベットに座っている一夏と本音は向かい合う形になり、一瞬お互いを見て目が合っては恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯く二人。

 何でこの二人は向かい合って座っているんだろうか。無意識についつい向かい合って座ってしまったのだろうけど、それじゃあかえって余計に緊張するだけだ。

 それに一人用のベットで二人ぐらいならまだ横並びに腰掛けても狭くはないが、三人となるとちょっとした狭さを感じる。そう思っていたのは俺だけじゃないようで。

 

「本音、狭い。向こういって」

 

「む、向こうって」

 

「ん」

 

 簪が言葉で指したのは一夏の隣。それを聞いて本音は驚いた声をあげそうになったみたいだが、有無も言わさない簪の無言の威圧に押されてか、本音はおそるおそる一夏の隣に座った。隣といっても表現の仕方としてはそういうしかなく、実際は物凄く離れた所、ベットの端に座っている。

 

「本音……いくらなんでも離れすぎ」

 

「だ、だってぇ~っ!」

 

「慣れなさい」

 

 いつもより強い口調の簪だが言っている事はもっとも。それは本音も分かっているようでまたおそるおそる一夏との距離をほんの少しだけだが詰めて落ち着く。

 まだ一夏と本音の間には距離があるが、普通の距離感とギリギリ言えなくはない。

 

「~~ッ!」

 

「うぅ~~っ!」

 

 向かい合ってる時より距離が縮まって二人は同じ様にかわいそうなぐらい顔が赤い。そろそろ頭から湯気が出そうなくらい。二人とも揃って無言だが、内心いろいろなことを考えているのは表情を見ただけで分かってしまう。

 一夏が反射的や本能的以外にこうして意識して赤くなってるのは珍しいが、それ以上に本音が赤くなり恥ずかしがって何も出来なくなっている姿は本当に珍しい。

 前までは本音ののほほんとした雰囲気が一夏の緊張を紛らわしてくれていたが、もう前とは状況が違う。二人ともお互いのことを好きなのは傍から見てよく分かるし、それだけ意識しあってる。故に前までのようにはいかないのは仕方ないことなんだろう。

 正直、簪が今日のことを提案してくれたよかった。部屋に二人をさせてよかったとしみじみ感じる。もしも外でデートでもしてこんな今まで見たことないような二人の様子をあの五人に見られていたらと思うと怖い。だから、部屋なら思う存分今の様に意識してくれたらいいけど。

 

「私も体験あるから分からなくはないけど。正直……先が思いやられる」

 

 まったくだ。お互いのことを意識して緊張から気恥ずかしくなって動けなくなることは俺と簪も体験したことあるからその気持ちも分からなくはないけど、今の二人の様子だと先が思いやられる。

 まあ、今からいきなり告白させるような焦らすことはさせないつもりだ。だが、時間は限られている。それに今日の目的は告白。忘れてはないだろうが、変わった二人に慣れるだけに時間を費やしてもらっては本末転倒。こればっかりは無理にでも早く慣れてもらうしかないんだろうな。

 

「そうだね」

 

 俺と簪は二人の様子に少しあきれ気味な苦笑いを浮かべあった。

 

 

 

 

 いらぬ心配だったと感じたのはすぐだった。

 一夏本来の適応力の高さは勿論、ただ意識しあい恥ずかしがって黙っているわけにはいかないと一夏本人もよく分かっているようで、本音に普段どおり……それ以上に優しく接しようとしていて。

 本音もまたそんな一夏の思いを感じ、汲んで普段どおり接しようとしていた。

 その成果もあって今だぎこちなさこそは感じさせるものの、照れながらも話せるようになっていて普段に限りなく近い二人の様子。

 それを見て俺と簪はいらぬ心配だったと感じた。

 

「そういえば、そろそろお昼だな」

 

 部屋にある時計を見ながら一夏がそんなことを言う。

 時間はお昼過ぎ。俺も含めて皆そんなにお腹が空いている感じじゃないけど、今のうちに食べとかないと後で食べようと思っても今日は時間がなさそうだ。後ろにはいろいろと控えているわけだし。

 しかし、困った。お昼のことを考えてなかった。本当に考えてなかったわけじゃないけど、適当にすればいいか程度しか考えてなかった。

 予めちゃんとした昼ごはんを用意してればよかった話だけど、そんなものは当然ない。一応、部屋には給湯器とカップメンがいくつかあるからミネラルウォーターを沸かして食べることも一応できなくはないけど、彼女や告白する相手に出すような食べ物じゃない。

 一夏を部屋から出すわけにはいかないから、ここは一つ。簪に二人のことを任せて、俺が四人分の昼ごはんを購買部で買ってこようかな。そんなことを簪達に伝えると簪と本音の二人は持ってきていたバッグを膝の上に置いた。

 

「お昼ご飯なら心配無用。ね……本音」

 

「う、うん」

 

 言って二人はバッグの中からオシャレな手ぬぐいのようなのに包まれた大きめの物体を取り出し、俺と一夏のベットの間にある机の上に置いた。

 

「まさか……!」

 

 一夏は気づいたように声をあげる。

 何かに気づいたみたいだ。俺もそうだ。思い違いでなければ、包まれている物の正体は一つ。

 そんな俺達の様子を見て簪は嬉しそうに包みを開けた。

 

「どうぞ」

 

 包みの中にあったのは弁当。弁当の蓋を開けて見せてくれると、その中には食欲をそそる彩りのおかずが沢山。簪の弁当の中には俺の好物が沢山ある。量も見た感じちゃんと二人分ある。

 大変なのにわざわざ作ってきたくれてたのか。

 

「まあね。それで今朝は少し遅れたの。お昼用意してないと思って」

 

 それは助かるし、まさか弁当を用意してくれてるなんて思ってもいなかったからサプライズ的な感じで嬉しい。

 

「これ、のほほんさんが!?」

 

「うん、そうだよ~ほら、おりむー。この間、私の手料理食べてみたいって言ってくれたから……今日、折角だから作ってみたんだよ」

 

「マジで!? すげぇ嬉しい!」

 

 本音の弁当を見ながら目を輝かせている一夏を本音は微笑ましそうに見守っている。

 隣にいる本音の弁当も豪華だ。しっかりと彩りや食のバランスが考えられており、一夏の好物だろうか。それと思わしきものもちゃんと入っており、美味しそうに見え、一見するだけで手が込んでるのがよく分かる。

 そういえば、本音が簪に料理を教えたんだったけか。それならこれだけで出来るのも納得。

 

「じゃあ、食べよう」

 

 箸も二人分ちゃんとあるようで、一組貰い手を合わせる。

 

「頂きます!」

 

 そう元気よく言った一夏に続いて俺も頂きますと告げて箸をのばす。

 最初に食べたのは好物の一つである出し巻き卵。綺麗に巻かれている。

 作ってから時間がある程度経っているせいか、暖かくないけどそれでもダシがよく効いていていい感じだ。弁当にある白ご飯とよくあい箸が進む。凄く美味しい。

 

「よかった」

 

 素直な感想でもありふれた言葉でしか言えなかったけど、それでも簪は俺の感想は聞いて嬉しそうにしていた。

 こうして簪の手料理を食べるのは久しぶりだ。普段の昼食は学食や購買部ばかり。だから、余計に美味しく感じる。それに以前食べた時よりも料理の腕が上がっている気がする。

 

「経験つんでるからね。それにそんなに喜んでくれるのなら毎日作ろうかな」

 

 なんてうれしいことを言ってくれる簪。

 二人して一つの弁当を食べる。それは一夏達も同様だが少し様子が変だった。

 

「おりむー?」

 

 本音達も食べているが、一夏がやけに静かだ。

 まずいって言葉を失ってるなんてことはないはずだ。逆に感心したような顔で美味しそうに静かに食べている。

 静かに味わって食べているのはいいけど、感想とか何も言わないものだから本音が不安そうに一夏を見ている。

 そんな本音に視線に気づいたのか、一夏はハッと我に返った。

 

「……あっ、ごめん」

 

「ぼーっとしてたけど、もしかして……美味しくなかった?」

 

「ッ! そんなことない! 凄く美味い! 何か感動しちゃってさ」

 

「感動?」

 

「凄く美味くて食べてるとこう……心が暖かなくなって言うか。こんな暖かい気持ちになれるご飯食べたの久しぶりだ」

 

「大げさだよ~」

 

「そんなことないって。こんな風に感じられるのは作ってくれたのが他の誰でもないのほほんさんだからだと思うから」

 

「もうっ!」

 

 一夏の言葉に照れた様子の本音。

 言葉的にはいつもの無自覚な口説き文句のようだが、いつもとは決定的に違う。

 本音の瞳を見つめて真剣な表情で言う一夏はちゃんと他の人ではこんな風に感じないと分かっているよう。

 熱っぽい視線で見つめないながらご飯を食べている一夏と本音の二人は甘い空気に包まれていた。

 

 

 

 

 気づけば、時刻は午後のおやつ時。

 お昼ごはんを食べ終えた後。午前と変わりなく過ごしていたけど、今ではもうすっかり一夏と本音は打ち解けあいぎこちなさはなくなっていた。

 

「それでさ」

 

「うんうん」

 

 こんな風に今で二人とも楽しげに話してる。

 いい雰囲気の二人。落ち着けて話せている今ならそろそろ今日の本題に入ってもらっても大丈夫だろう。

 

「そうだね、そろそろ」

 

 簪も同じ考えだったようで一緒に立ち上がる。

 

「更識さん達、どっか行くのか?」

 

「おやつ時だから購買部とかでおやつでも買ってこようかと思って。二人は部屋で待ってて」

 

「ふ、二人!? か、かんちゃん! 私も……!」

 

「本音……織斑一人残したらかわいそうでしょう。大人しく二人で待ってなさい」

 

 落ち着けて話させるとは言え、流石にいざ二人っきりになることに抵抗があるようで本音は恥ずかしそうにしている。それは一夏も同様だ。

 俺達も俺達でお膳立てというかお節介が過ぎたのは自覚している。そのせいで今みたいに四人でいることに慣れはじめてしまっている。だから、今無理やりにでも二人っきりにしないと今日の本題に移れない。このままだと余計に二人っきりになることに抵抗を更に憶えて今日というベストタイミングを失ってしまいそうだ。

 第一、一夏の奴……忘れてないよな。そんなことを確認してみると。

 

「お、憶えてる」

 

 覚えているみたいでとりあえず安心だ。おそらく頭の隅に追いやられていた程度なんだろう。

 一夏のことがまだ心配ではあるが、これ以上の心配をしても余計なお世話か。いざ本番になれば、一夏も男。自分の力でどうとでもするはずだ。

 

「じゃあ、そういうことで。後は二人でごゆっくりと」

 

 そう簪と告げて俺達は二人を残して部屋を後にする。

 あんな風にいい雰囲気の二人ならきっといい結果を手に入れられるだろう。

 



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簪と見守った一夏と本音の告白 後編

静かな部屋の静けさをこんなにも嫌だと素直に感じたのはいつぶりだろうか。

 

「……ッ」

 

「……ぅッ」

 

 目の前にいるお互いの視線がふいに合ってしまうすると気恥ずかしさから一夏と本音の二人は揃って視線を揃って別の方向へと外す。

 簪達が部屋を出て二人っきりになった二人はずっとこんな感じだ。二人っきりだという事実に気恥ずかしさを感じている二人に間に会話はない。簪達がいた時は楽しげな会話が二人には何度もあったのにそれが嘘のよう。ただ一つあるとするのなら、部屋の静寂のみ。

 その静寂が二人には今一番辛いものだった。姿勢を維持するのが辛くなって変えようと体を動かそうものなら、普段は聞こえない聞こえても気にならない床と衣服がスレる音が嫌というほど耳について心なしか大きく聞こえて、恥ずかしさを強めてしまう。

 

――二人っきりになったらこうなるってアイツに言われて覚悟してたけど、いざなると辛い! 何か無性に恥ずかしいし。でもやっぱ、このまま黙ったままってのもよくないよな。

 

 ふと視線を戻すと一夏には気まずそうにして俯いている本音の姿が見えた。

 居心地が悪そうな本音。そんな風なのは何も一夏と二人っきりなのが辛いということではない。折角、二人っきりなのに二人っきりだということを意識してしまうとついつい気恥ずかしくなって、この無言の空間から自分から抜けることが出来ない。だから、結局無言でいることしかできない自分が情けなくて本音は居心地が悪い。

 そんな本音を見てると一夏は自分が居心地悪くさせているんじゃないかと考えてしまう。

 

――俺から話さないといけないよな。というか、告白か……でもな……

 

 簪達二人が自分達二人を残して部屋を出て行った理由が分からないわけでも、忘れたわけでもない。

 だがしかし緊張からか一夏は迷っていた。それに加えてこの無言の空間。自分から言い出すとなると、それも告白をとなると今の一夏にとってハードルが高い。

 

――いいや、迷うなんてらしくない! 言われたことも言葉もあれだけ考えたんだ。それに折角二人が作ってくれたチャンス。活かさないでどうする。漢を見せろ、俺!

 

自分に強く言い聞かせ、一夏は迷いを押し払う。

今自分がやるべきことは一つ。それに逃げ道や遠回りの道なんてものはない。

一夏は意を決して言った。

 

「のほほんさん」

 

「……は、はいっ!」

 

 俯いていたのと緊張のせいか、一夏の様子に気づけなかった本音は一夏に声をかけられて体をビクッと震わせ声をあげる。

 

「のほほんさんに話があるんだ。聞いてほしい」

 

「話……」

 

 そう一夏に振られて本音は頭の中で考える。

 

――は、話ってあれだよね……やっぱり。

 

 本音が思いあったのはただ一つ。告白だ。

 今日はただ遊ぶだけと簪に連れてこられ、まさか一夏から告白されるなんて誰からも聞かされてはなかった。だが本音はこうなるんじゃないかと薄々勘づいてはいた。

 今の二人っきりという状況、場の雰囲気、そしてつい最近一夏から告白されたばかり。その告白を自分が断ってあんな言葉を問いかけてしまい、ここのところ以前と比べて明らかに様子がおかしい一夏を知っていた。もう一度、告白される可能性だってなくはない。それを期待してなかったと言ったから嘘になる。

 むしろ本音は心の何処で期待していた。あの5人の思いと向き合った上で、もう一度自分の思いとも向き合ってほしいと思っていたから。

 何より、今真剣な表情をして問いかけてきた一夏を見てそうなのだと確信した。

 

 自分と今一度また向き合ってくれるのだと感じて、自分もそれ相応の態度を、と思い本音は身形を整えながら正座して一夏の言葉を待つ。

 

「――」

 

 一夏は緊張で今まで散々考えていた作戦や沢山の言葉が頭が真っ白になっていくのを感じた。

 人間って緊張するとこうなるって何処かできいたことあるけど、本当だったんだ。

 そんな冷静なことを一夏は頭のどこかでぽつりと考えながら、思っていたよりもすっと言葉を言えた。

 

「俺はやっぱりまだ、のほほんさんのことが好きだ」

 

 言えたのはよかったが緊張や気恥ずかしさはもちろん、なによりも怖かった。

 それでも一夏は逃げることなく本音の目を見つめて真正面から伝えた。

 言えたことで一夏の中である種の自信の様なものがついたのか、更に言葉を続けた。

 

「俺、あのデートの日からずっと考えてたくさん悩んだ。のほほんさんに言われたこと。俺のことを好きだと思ってくれる奴らのことを知ったけど、それでも俺が本当に好きなのはのほほんさんただ一人。他の誰でもない。のほほんさん以外じゃ、こんなにも一緒にいたいと思わない。のほほんさんだから俺は好なんだ!」

 

 精一杯、今伝えたい気持ちを全て言葉にしきった。

 もっとシンプルに伝えようとしたはずなのに随分と長ったらしくなって要領を得なくなったかもしれないが一心不乱に一夏は気持ちを伝えた。

 

――告白ってやっぱり怖いな。

 

 本音の返答を待つ一夏の内心にあるのは変わらない緊張と、そして恐怖。

 告白。それは今までの人生で、自ら行ったのは一度だけ。しかもそれはつい最近、断られたばかり。済んだことだと引きずらないように割りきっているつもりでも、傷はあるものでそれは深く、癒えきってない。心の痛みは鮮明だ。それ故に恐くて二の足を踏んでしまいそうになる。

 再び断られたらどうする? 断れたら、今度こそ折れてしまいそうだ。

 心の傷が痛む気がする。本当に怖い。一夏は体が震えてしまいそうになるのを感じた。

 後ろ向きな考えばかり浮かびそうになる弱い自分の心に渇を入れ、本音の言葉を待つ。

 少しの沈黙のあと、ゆっくりと本音は言った。

 

「それで本当にいいの? 織斑君のことを好きだっていう皆の気持ちを振ることになるんだよ。そしたら傷つける。皆を守ってあげるんじゃなかったの?」

 

――……ッ、守るか。

 

 本音の言葉が一夏の胸に深く、そして強く突き刺さる。

 守る――それは幼い頃から千冬に守られてきたことから『誰か(何か)を守ること』に強い憧れを持ち、強くあこがれているからこそ固執しまっていること。守るということが一夏の主義であり行動理念。そして今の一夏をあらわす言葉。

 だというのに、今の一夏の行動はそれとは真逆。守るといっている人間が傷つけるなんて本末転倒だ。

 

――また酷い問いかけしちゃってるな。でもこれもちゃんと確かめないと。

 

 一夏が『守る』ということに固執しているのは誰の目から見ても明らかだ。ある意味、『守る』ということに囚われてると言っても過言じゃない。その一夏が『守る』ということをやめるようなことが出来るのか。それが今重要なこと。

 

――守る、まもる、守る……守る。

 

 眩暈がしそうな一夏。

 蓋をしたはずの触れてはいけないものが開きかけ、その中にあるモノに囚われそうだ。自分の内側――その深いところから恐怖が沸いてくるのが一夏にはよく分かる。

 これは蓋を今すぐにしないといけない。しないと自分が自分でなくなってしまいそうな気がしてならない。だけど、蓋をするということをは本音への思いをも蓋をするということになる。

 最中、一夏の脳裏に過ぎった。

 

――二つに一つ。自分が本当に欲しいものって何だ? ? それ以外?

 

 親友の一言が。

 

――本当迷うなんて俺らしくないよな。今更選択肢なんてわざわざ持ち出して迷うフリは必要ないか。俺が本当に欲しいものは今一つ。

 

 蓋をしたはずの触れてはいけないものが開こうとも、恐かろうとも一夏の覚悟は変わらない。

 恐いのは変わらないがそれでも、と一夏は本当にほしいものを自分自身で?みにいった。

 

「傷つけることになるかもしれない。覚悟はしてる。それでも俺ののほほんさんのこと好きだという気持ちはやっぱり変わらない」

 

 迷いが脳裏に過ぎったが、もう一夏が迷い続けることはない。

 

「のほほんさんの答えを聞かせてくれないか?」

 

 一夏は本音の目を見つめたまま、もう一度本音の返事を待つ。

 

「……ッ、本当に……私でいいの……?」

 

 その問いかけは一夏へのものであると同時に、本音自身への問いかけであるかのように。

 今更、本音は一夏の気持ちを疑うようなことはしない。

 自分が言ったことを一夏なりにちゃんと悩み考えた上で今こうして答えを出してくれている。

 そんな一夏の思いが痛いほど本音に伝わっている。正直、嬉しくて頭が熱くなって、視界が今にも歪んでしまいそうだ。

 

 だからこそ不安になる。だからこそ、自分自身への問いかけ。

 本当に自分でいいのだろうか。

 散々悩ませ、苦しめるようなことをして、試すようなことを何度もしたのに今簡単に手を取ってもいいのだろうか。

 そんな本音の迷いを打ち消すかのように一夏はいつもより一層優しげな笑みを浮かべて言った。

 

「言っただろ? いいや……何度だって言う。のほほんさんじゃないと俺はダメなんだ。こんな風に考えることなんて今までずっとなかった。ほんと、自分がどんだけ何も考えてなかったのか、鈍感だったのか気づけた。それはのほほんさんのおかげで、のほほんさんじゃなかったらこんな風には考えられなかった。柔らかくて暖かい雰囲気、実はしっかりしてるところ、物凄く気配り上手なところ。そして優しくて可愛いところ……そんなのほほんさんが大好きなんだ」

 

「……っ……!」

 

 本音の頬に涙が流れ落ちていく。

 その涙は悲しい涙ではなく、嬉しさから溢れるたくさんの涙。

 その証拠に本音は涙を流しながらも嬉しそうに頬を綻ばせ笑っていた。

 

「……私……おりむーが大好きだよ……っ!」

 

 通じあった想い。

 我慢できなくなったのは一体どちらなのだろう。

 抑えられない気持ちを溢れ出させ、それを体一杯で表すかのように二人は抱きしめあう。

 互いの体温は落ち着く暖かさ。

 

「……頑固で、優柔不断で、鈍感で……格好良くて……優しくて……! そういうの、全部ひっくるめて……知った上で、好き! そんなおりむーだから私は大好きなの!」

 

 一夏の胸で本音は嬉しそうに泣き続ける。

 

――笑ってみせる、筈だったのになぁ……

 

 涙が嬉しくて止まらない。本音は何度も、何度も拭っているのに、どんどん涙が溢れ出してくる。

 少しして落ち着いた本音は一夏からゆっくりと身を離す。

 一夏は本音が落ち着くまでの間、ずっと抱きしめていた。

 

「……もう大丈夫か?」

 

「うんっ……ごめんね」

 

「いや、いい。じゃあ、改めて……」

 

 一夏の真摯な瞳がまた本音を見つめる。

 

「俺と恋人に……俺と付き合って下さい」

 

「はいっ、喜んでっ」

 

確かな返事をして本音は信じきった表情で静かに目を閉じた。

その様子が何をさしているのか、分からない一夏じゃない。

一夏は本音の肩に手を沿え、そっと唇を重ねた。

 

「……んっ」

 

 唇と唇が触れ合うだけの軽いキス。

 だというのに、唇が重なった瞬間、本音は微かに体を震わせ、互いに頭が真っ白になる。

 お互いの唇の感触、吐息だけに思考は支配される。触れ合うだけだが、甘いキス。恋人の証。

 触れ合うだけで短いようで長くも感じられ、唇を名残惜しさを感じながらもそっと離すと、一夏の目の前には頬を赤く染めながらも幸せそうに笑っている本音の姿があった。

 

「これからよろしくなっ! のほほんさんっ」

 

「うん、こちらこそっ」

 

 幸せそうに笑う本音の笑顔を見て、一夏の胸は高鳴る。

 想いは通じあった。でもこれで終わりではなく、ここからが二人の本当の始まり。

 これから大変なことはいくつもある。まだ全てが全て終わったわけじゃない。

 でもこの先、どんなことがあってもこの笑顔があるなら大丈夫。この笑顔を守っていこう。本音と共に歩いていける。

 一夏にそう思わせ、守りの誓いを強くさせる……そんな本音の幸せな笑顔が咲き続けていたのだった。

 




これで漸く一夏と本音は結ばれました。
でも、これは作中にあるように終わりではなく、始まりです。
二人の本当の物語はここから始まっていく。
って感じでこれからも続いていく感じです。
まだあの五人とのことや書きたいネタもあるので書いていくつもりです。
もちろん、ここにある限りは簪達から見た話でですが。

感想と一緒に何かリクエストとかあれば絶賛受け付けてます。
簪の話は勿論。一夏と本音達の話などでも、これが見たいってのがあればどうぞ。
話作りの参考にさせていただきます。

それでは~


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簪と見守った一夏と本音の告白 オマケ

 一夏と本音の告白の件から一週間ほどが経った。

 俺達の願い通り、二人は無事付き合うことになった。晴れて正式な恋人関係だ。

 隠すなんて出来ない一夏。二人が付き合うことになったことは当然の如く、周りに知れ渡った。予想通り……いや、予想以上の反響があった。一夏と本音にどうやって恋人になったりだとかお互いの好きなところだとか質問攻めをしたり、泣いたりだとかいろいろと。今思えば、俺が簪と付き合うことになった時以上だ。

 世界、学園で二人しかいない男性IS操縦者。しかも一夏はアイドル的な扱いをされているところがあるからある意味当然の反応と言えば、当然か。

 

 反響……精神的ダメージが大きかったのはあの五人だというは語るまでもない。

 筋を通すと一夏はあの五人に本音を恋人として紹介したが、最初は言葉を失ったと思ったら、泣き叫んだりと阿鼻叫喚の地獄絵図。

 一週間経って周りの子達は受け入れたり慣れ始めたりしているけど、あの五人が皆全てを受け入れたり慣れはじめるのには、まだたくさんの時間がいる様子。

 こればっかりは本当にたくさんの時間が必要だ。時間が全て解決してくれるなんてことを言いきることは出来ないけど、まず最初に時間をかけなければならない。

 凰やオルコットは折り合いつけたら立ち直り早そうだけど……篠ノ之やボーデヴィッヒは難しそうだ。特にデュノアが一番危ない感じはした。

 

「何もなければ一番いいんだけどね」

 

 寮の外。夜、いつもの場所から寮へと戻る帰り道、隣にいる簪がそんなことを言う。

 

「もし仮に流血沙汰になったりしたら目覚め悪い」

 

 冗談半分で簪は言っているが半分本気だ。

 流血沙汰か……流石にありえないと思うけど、一概に否定できないのが怖い。前科ありすぎだからな……あの五人は。本当何もないのが一番なのは確か。今は何も起きないことを祈るばかりだ。

 

「でも、くっついて本当よかった」

 

 簪は嬉しそうだ。

 俺だって嬉しい。二人が付き合うことに、恋人関係になってよかったと思う。俺達が二人の為にした些細なことも無駄じゃなかったし、何より一夏も本音も今とっても幸せそうだ。

 付きあって間もないから幸せなのは当然かもしれないけど、俺と一夏は置かれている状況が状況なだけに幸せになりにくい。だから、一夏達の幸せも末長く続いてほしい。

 それに隣でうーうー唸られて悩まれることがなくなってよかったのが一番よかったかもしれない。仕方ないとはいえ、ずっと唸りながら悩まれるのは正直鬱陶しかった。

 もっとも、悩まれることはなくなったけど代わりに惚気られるようにはなったが。

 

「嫌そうだね。私も本音にここ最近ずっと惚気られてばかりだけど楽しいし嬉しいよ」

 

 それは女同士だからだろう。女子ってのは恋愛トークやらなんやらで何時間も楽しそうに過ごせる。

でも、俺と一夏は男同士だ。聞かれなければ話はしなかったが、俺も今まで一夏には散々惚気話を聞いてもらったから、聞く義務は当然あると思い聞くには聞いていたけど。一夏の奴、こっちが話を聞く気がなくても一方的に喋り続ける。更に聞いてないと分かると怒るからめんどくさい。

 付き合ったばかりだし話したい、聞いてもらいたい気持ちは分からなくはない。実際、一夏がそういう話をしている姿を見れるのは嬉しい。一夏は何処か絵に書いた英雄像臭くて人間ぽくない一面があるから、そういう歳相応の人間臭い一面を見れるのはいい。

 だが、うれしいだけで楽しくはない。男が男の惚気話を聞かされても退屈なだけだ。そもそも一夏とは今まで恋話どころか女子について深く話したことなんてない。話したことなんて精々好みのタイプぐらい。

 だから、こう毎日一夏に惚気られ続けのは辛いものがある。

 

 そんな話をしながら寮の中、ラウンジまで行くと。

 

「あ、かんちゃん! おかえりなさ~いー!」

 

「うん……ただいま」

 

「お前も帰ってきたんだな」

 

 ラウンジで出迎えてくれたのは一夏と本音の二人だった。

 夜、自室からの外出禁止時間までの間、俺達に倣ってか二人は付き合い始めてから今みたいによくラウンジで二人一緒にいる。ぶっちゃけイチャついている。

 ラウンジには当然他の生徒もいる。だが、一夏と本音は……というか、一夏は周りの目も気にしてないもよう。本音しか眼中にない。

 こんな大っぴらなところでイチャつくものだから当然見られるし、話題のカップルだ。皆、気になって覗き見してたがそれも最初の一日二日程度。誰もが一夏と本音のかもし出す甘い雰囲気にあてられ、見ているほうが恥ずかしくて見れなくなるという始末。今ではもう見て見ぬふりをするのが暗黙の了解。

 それを知ってか知らずか、一夏と本音は座っているのに仲睦まじげに手を繋いでいる。

 

「今夜もラブラブだね」

 

「う、うんっ」

 

 冷やかすわけでもなく事実を淡々と言う簪に本音は恥ずかしそうに照れながらも嬉しそうに頷いていた。

 そろそろ自室からの外出禁止時間なのに俺達が集まると目立つようだ。その証拠にまだラウジンジにいる沢山の生徒が、チラチラとこちらの様子を伺っている。

 一夏はまあいいとして本音もよくこんな人目のつくところで出来るな。人前でもイチャつくのは本音、満更でもなさそうというか……むしろ嬉しそうだからまあ本音もいいんだろうけど。

 

「おい、何やってる。そろそろ時間だぞ、お前達部屋に戻れ」

 

「やばっ! 織斑先生だ!」

 

 見回りでラウンジにやってきた織斑先生の姿を見て、ラウンジに残っていた生徒達は去っていく。

 すると、織斑先生は俺達を見つけて言葉をかけながらこっちへ近寄ってくる。

 

「お前達も部屋に戻……」

 

 絶句した織斑先生。視線の先に目をやるとそこには一夏と本音。相変わらず手は繋いだまま。

 

「もうそんな時間か……のほほんさんと分かれるの寂しいな」

 

「そ、そうだね……」

 

 能天気に口説き文句を言う一夏とは対照的に、本音は一夏の言葉は嬉しいが素直には喜べない様子。

 本音は複雑そうな表情を浮かべ、伏し目がちに織斑先生を気にしているようだった。

 

「……」

 

 戸惑いやら怒りやらなんやらが目の前の光景を見て全部吹き飛んだのか、どんな顔をしたらいいのか分からないといった何ともいえない顔をしている。

 鉄仮面といったらアレだけど、いつも凛々しい表情の織斑先生しか知らない。先生でもこんな顔するんだ。まあ無理もないか。こればっかりは。

 ラウンジ来たら、生徒とは言え弟が教え子とイチャついているんだからな。

 何ともいえない顔をしている織斑先生が本音を見ているけど、その目が心なしか怒っているように見えるのは気のせいなはずだ。そんな目で見つめるものだから本音は少し怯えている。織斑先生の目の雰囲気に気づいてないのは一夏だけ。

 そしてふと本音と織斑先生の目が合うと、本音は視線をそらし、織斑先生はハッと我に返ったようだ。

 

「い、一夏っ」

 

「?」

 

「お前、彼女出来たんだな」

 

 言葉ははっきりしているのに声が震えている。

 ショックを隠せないのが分かる。

 

「ああ、千冬姉……じゃなかった、織斑先生も知ってたんだな」

 

「まあ、な。生徒達が噂してたからな」

 

「そっか」

 

 当たり障りのない様に応える織斑先生を見て一夏は真剣な表情をして改まった様子でいった。

 

「じゃあ、言っとかないとな。織斑先生……いや、千冬姉。紹介するよ、一週間前から付き合うことになった彼女ののほほんさん、布仏本音さんだ」

 

「えっ? は、はい! 布仏本音です! お、織斑君とは一週間前からお付き合いさせていただいてまして! その! えっと! 織斑先生! 不束者ですが末永くよろしくお願いしますっ!」

 

 いきなり一夏に振られたものだから本音は慌てた様子で立ち上がり口早に言った。

 オマケに深々と織斑先生に頭を下げている。

 

「のほほさん、何だかそれ結婚の挨拶みたいだぞ」

 

「あっ……うぅぅっ」

 

 一夏は一夏で本音の緊張が少しでも和らぐように軽い冗談のつもりで言ったんだろうけど、本音は間に受けて顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

 ちゃんと紹介したのはえらいと思うし、一夏らしいけど

 

「――」

 

 絶句し続けている織斑先生の笑顔凄い引きつってる。

 弟に彼女が出来たことは喜ばしいこと。弟の幸せを喜ばないといけないと分かってはいるみたいで、喜ぼうとはしている。だけど本心では複雑で素直に喜べない様子だ。それだけで内心物凄くショックを受けているのことがよく分かる。

 無理もないのかもしれない。一夏には年上好きと同時に相当なシスコン疑惑があるけど、織斑先生にも相当なブラコン疑惑がある。実際、織斑先生は一夏のことを物凄く大切にしていているのはよく知っている。

 だから弟に彼女が出来て、彼女が出来ることを覚悟していたとしても嬉しい反面戸惑ったり寂しいといったところなんだろう、おそらく。あの五人とは別レベルで織斑先生にも精神的ダメージは大きそうだ。

 

「噂は本当だったんだ。ねぇ……織斑が異様に鈍いのって織斑先生が原因の一つにあるよね」

 

 簪は耳打ちしながらそんなことを言ってくる。

 原因かどうかは分からないが、織斑先生が関係していることは確かなはず。

 織斑先生、一夏に対して過保護だからなぁ。一般的な過保護とはちょっと形は違うが、大切にしているのは確か。その影響だとはっきりとは言えないが一夏は変に物事を知らなかったりする。特に今の世の中一般常識化しつつあるISについて知らないことが多かったりことしたり、病的じゃないかって思うほど鈍ったりする。大切にするあまり、本当は教えとくべきことを織斑先生は頑なに教えなかったんじゃないかと思ってしまうほどだ。

 まあ、どんな形であれ過保護にされるとズレるってことはよくあることで今気にしても仕方ない。

 

「千冬姉? どうかしたのか?」

 

 引きつった笑みを浮かべている織斑先生の様子が流石の一夏にも変に見えたようで、心配そうに声をかける。すると、織斑先生はハッと我に返り、一間で気持ちを切り替えたように見えた。

 

「……あ、ああ、何でもないぞ、うん。それにしてもよくお前が恋愛できたものだ」

 

「ひでぇよ、千冬姉。まあ、言われても仕方ないのは分かっているんだけどさ。これがいろんなことを知れたのもこうして今のほほんさんと付き合えたのも全部あいつらのおかげなんだ」

 

 言わなくてもいいだろ、そんなことを。そう思ったが遅かった。

 織斑先生がこっち見てる。めっちゃこっち見てる。というかこれは見てるというより、睨んでいる。

 

「――ッ」

 

 俺と簪は同じ様に声ならない声をあげる。

 怖い。凄い怖い。嫌な汗が出ているのを感じる。正直今すぐ簪と一緒にこの場から逃げたい。世界最強に本気で睨まれているんだ、失神しないのを褒めてほしい。一夏の馬鹿野朗、余計なこと言うなよ。というか何で睨まれないといけない。

 睨んでいる織斑先生の目はこう言っているようだった。

 

――余計なことしやがって

 

 本当に言っているわけじゃない。

 だが、確かに織斑先生の目はこう言っているんだということがひしひしと伝わってくる。

 織斑先生の疑惑は本当だったと身をもって知った。

 

「千冬姉、やっぱり何かあったんじゃ」

 

「何でもないぞ、ああ、何でもない。何だ……その……一夏、おめでとう。そして、布仏」

 

「は、はい!」

 

「一夏はお前も知っての通りのやつだが、愚弟のことよろしく頼む」

 

 一応、割りきってはいた感じで大人な対応を本音にはしている織斑先生。

 睨まれたけど、流石に織斑先生は大人だ。あの五人と同じぐらい精神的ダメージがあると感じたのは気のせいだったか……そう思ったが。

 

「話が過ぎたな。お前達も部屋に戻れよ」

 

そうとだけ言い残して、立ち去る織斑先生の背中は頼りなく何だか泣いているように見えた。

 






今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それではよいお年を


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簪と過ごした冬休み 一

「冬休み……予定空いてたら……私の実家来ない?」

 

 そんな誘いを受けたのは冬休みに入る前、十二月上旬のこと。

 何でも更識家では新年一月一日一族関係者集まって行う年始行事が毎年あるらしい。特別な事情がない限りは一族関係者は必ず出席しないといけないらしく、簪も出るようで実家に帰省するとのこと。

 冬休み――IS学園でも普通高と同じぐらい十二月二十五日から冬休みがある。悲しいかな特にこれといって予定はない。まあ、本当にないわけじゃない。あるとすれば俺も実家に帰省するぐらい。

 それも帰れるのは、自分の専用機関係のこともあって年明けになりそうだ。だから、簪ほどにそんな特別な予定があるわけじゃない。

 しかし、簪と付き合ってはいるけども俺は更識家の人間じゃなければ、関係者でもない。俺が行ってもいいものなんだろうか。

 

「大丈夫。御館様……つまり、私のお父様があなたに会いたがってるの。今回連れて来いってお父様から直々に言われたから」

 

 簪の父親に会うのか……簪の家に行くってことなんだからそういうことになるんだろう。

 これはもしかして親に恋人を紹介するって奴になるんじゃないだろうか。

 

「そうだね。少しはあなたのことお父様に話したけど、一度ちゃんと会って紹介したい。ダメ……かな?」

 

 そう言われて、断るわけがない。俺は二つ返事で了承した。

 簪の父親、ひいては親族とも会うことになると思うと緊張してくる。だが、俺も一度ちゃんと面とむかって会って少しでいいから話ぐらいはしたい。

 簪と付き合っていることをちゃんと自分の口から言って、出来れば認めてもらえると嬉しい。今時、そんなこと一々しなくてもいい気はするが親公認であるのと、でないとではやっぱり違う。

 頑張ろう。

 

 そして今日三十日。

 俺と簪は夜、寝台列車に揺られていた。

 簪の実家で行われる年始行事に向けて、実家へついていけないとならない十二月三十一日に間に合うようその前日から向かっていた。

 

「ちょっとした長旅になるね。ずっと乗りっぱなしだけど」

 

 そう楽しげに言う簪の胸元にはクリスマスにあげた指輪がネックレスとなって光っている。

 簪の実家がある地元までは寝台列車で約八時間以上かかる長旅。寝台列車は疲れると聞いていたが、思ってた以上に快適。

 というか、今俺達が使っている客室は物凄く豪華だ。よくこんな部屋取れたな。

 

「ん。まあ……ね」

 

 簪が取ってくれた寝台列車の部屋は二人部屋だった。

 俗にいうスイートルームで内装は寝台列車とは思えないほど豪華で綺麗。ツインベッドに2人分のソファはもちろんシャワールーム、トイレなどを完備しているその様子はさながら高級ホテルの一室のよう。

こういうのって何年も前から予約一杯でいきなり取れるものではないだろうし、下世話な話になるが値段もかなりするはず。

 それこそ一般の高校生ではとても出せないような金額。まあ、IS学園に通ってる時点で一般ではないけど……。

 

「ちょっと値は張ったのは確かだね。それでも一泊六万ぐらいだよ」

 

 簪はなんてことのないように言ってるけど、た、高い……。

 相場的にはそんなものなんだろうけど、簪……それを俺の分も払ってくれたんだよな。

 彼女に宿泊費を持ってもらうのは何だか男としてはなさけない限りだ。そんなすぐには払えないけど。

 

「お金のことは気にしないで……って……言っても気にするよね。でも、気持ちだから。折角、遠い私の実家まで今こうして来てくれていることだし」

 

 この件についてこれ以上何か言うのは野暮というもの。簪の気持ちはありがたく受け取っておこう。

 そしていつか倍にして返せるようになろう。

 

 にしても豪華だ。

 簪がこんな高そうな部屋をさらっと選べるのは、やっぱり家が裕福だからなんだろう。

 IS学園にはオルコットのようなお嬢様は決して多くはないが珍しくもない。ISはいろいろとかかるからな。

 簪もまたそんなお嬢様の一人。楯無家は対暗部用の暗部の家系らしく、日本有数の歴史の古い名家。旧家のようなものだと楯無会長から聞いた。

 俺は簪の家、楯無家についてほとんど何も知らない。知っていることと言えば、さっき言ったことぐらい。暗部、つまりスパイや諜報的な家系だからそう簡単にぺらぺらとは言えないことのほうが多いことは分かってはいる。でも、具体的にどんなことをしているのか気になってしまう。

 

「私……自分の家が暗部だってのは知ってるけど、暗部としてどんなことをしてるのかはまったく知らない。知らされてないの」

 

 簪の言葉に俺は意味が今一つ分からず首をかしげる。

 

「私は当主の証である楯無の名を継いでないから。暗部としての更識については当主である楯無の名前を継いだものとその直轄の人間にしか知ることができない決まりなの。だから、私は何も知らないし知れない」

 

 淡々と言う簪。

 そういうことか……当主になる人間しか知れない、知らされないってのはありえる話ではある。

 暗部の家系だとやっぱり秘密主義的なところを持たないと情報とかを守れないから、実の家族に対してもそういうのは仕方ないことなのかもしれない。

 

「私が知ってるのことって言えば……表の顔として更識は企業経営してるってこと……ぐらいかな」

 

会社か……。

 

「大企業ってほど大きくはないけど……そこそこ大きい中規模企業を経営してるの。歴史も大分長いって聞いた」

 

 表の顔として企業経営……俗にいうフロント企業みたいなものか。言い方は悪くなるが。

 暗部としての更識を抜きにしても、簪は歴としたお嬢様。

 普段からの立ち振る舞いや礼儀作法はもちろん、私服や身につけているちょっとしたアクセサリーとかが高級感溢れていたりと前々からお嬢様だとは思っていたけど、まさかそれほどとは。

 実家はきっと大きいんだろうな。そう思うと何だか余計に緊張してくる。

 

「そう……だね」

 

 暗い表情を簪が浮かべ、胸元にあるネックレスをぎゅっと両手で抱きしめる。

 一瞬緊張からかと思ったけど、これは違う。何かを思い出しての顔だ。

 状況から察するに実家での何か嫌なことでも思い出させてしまったんだろうか。

 

「うん……ちょっとね。家じゃ楽しい記憶よりも辛い記憶や悲しい記憶ばかりだったから……家を離れて寮生活をしてまた戻るってなると何だか変な感じがして……つい思い出しちゃって。ちょっぴり不安」

 

 気が重たそうだ。

 無理もないか……簪から聞かせてもらった昔話は、いつも姉である楯無会長のようになることを両親達から期待と比較され続けた話ばかり。期待に報いようとしても楯無会長という偉大すぎる人の残した結果の前では、頑張って作った結果はないも等しいものと扱われ認められない。

 泣き言なんて誰にもいえない。いえる状況じゃない。ただ心を閉ざすようにしていなければ、心が当の昔に折れてしまいそうだった。そんな話ばかり。

 楯無会長はもちろん、簪の家庭の事情からしてそうになるのはある種当然のことなのかもしれない。不安は避けられそうにない。

 

「……」

 

 簪は列車の窓から見える流れる夜の景色を、不安そうな瞳でぼんやり見つめていた。

 避けられそうにないのなら、乗り越えるしかない。それに俺だって不安なことはある。

 

「不安……? あなたが……?」

 

 驚いたような目で言う簪。

 まるで俺には不安なことなんてない能天気な奴みたいだと云われてるようだ。

 

「そんなこと言ってない。でも、不安がるなんて珍しいね。いつもどっしり構えているのに」

 

 あのな……俺だって不安なことぐらい一つや二つはある。

 これから彼女の実家に行って、両親や親族と顔を合わせることになる。ましてやそこで簪とつき合わせてもらっていることを認めてもらおうとするんだ。不安になるだろ。

 言っても仕方ないが、現実問題として、簪はいいところのお嬢様。対して俺はISが使える以外は特にこれといってないただ一般家庭の一般人。一夏の様に姉がいて有名人で実力者なんてこともない。

 『お前と簪とは住んでる世界が違う。認めん』なんていわれたらと思うと……。

 

「ふふっ……何それ漫画じゃあるまいし……ふふっ、あははっ」

 

 ツボに入ったのか小さく笑う。

 笑い事じゃないんだけど……言葉は兎も角、認めてもらえなかったらと思うと不安だ。認めてもらえることに越したことはないのだから。

 

「だね……避けられそうにないのなら、乗り越えるしかない。あなたと一緒なら私は乗り越えられる」

 

お互いに、ふっと笑う。

 

「あ……でも、私もそういう不安ごとならまだある」

 

 まだ何かあるのか?

 

「忘れたの? 私だって……あなたのご両親に年明け挨拶しに行くんだよ。認めてもらえなかったらって思うと……私だって怖い」

 

 年明け一月二日頃の昼から今度は俺の実家へと簪と一緒に行くことになっている。その時には親に簪を紹介する予定だ。それはつまり、簪は俺の親に挨拶をするということにもなる。

 でもまあ、不安がるほどじゃないと思うけどな、ウチは。簪なら親も喜んで認めてくれるはずだ。というか、認めないっていう選択肢自体まずないだろう。

 

「そうは言っても初めて会うんだよ。緊張したりつい悪い風に考えてしまうものでしょう?」

 

 それもそうだな。

 不安な気持ちも、それを乗り越えようとする気持ちもは俺と簪は一緒だ。

 

「頑張ろう……ね」

 

 ああ。

 俺達はお互いに決意を新たにした。

 

「んっんん……」

 

 眠たそうにしている簪。

 時間を確認すれば、もう日付は変わって大分夜は更けこんでいる時間帯。寝台列車に乗った時間は大分遅かったから、本当はもう寝てないと明日が辛い。寝台列車は列車なわけだから当然駅に止まって、俺達は俺達でおりるべき駅で降りなければならない。だから、こうして起き続けて、寝るのが遅くなると寝過ごしかねない。そろそろ寝ないと。

 

「そうだね」

 

 俺はベットに入ろうとする。お風呂も明日の身支度も全て学校で済ませてきた。後は本当に布団に入って寝るだけ。だというのに簪は物言いだけな顔をしてる。

 

「あ……あの……ね」

 

 いつになく簪はもじもじとしている。

 心なしか頬がほんのりと赤く染まっている。どうしたんだろう?

 

「一緒に……寝てもいい?」

 

 それは一つのベットで眠るってことだよなと確認すれば、簪は恥ずかしそうに頷く。

 俺としては大歓迎だが、ベットは二つあって、ベットそのものは一人用。一人用ので二人で寝れば、狭くてぐっすり眠れないと思うんだけどそれでも簪はいいのか。

 

「うん。私はあなたの傍が一番ぐっすり眠れるから」

 

 うれしい事を言ってくれる。

 俺は喜んで簪を胸元へと歓迎する。かけていた眼鏡を枕元において、胸元にやってきた簪は嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

「あったかい……安心する。こうして二人一緒に寝るの久しぶり」

 

 胸元に顔をうづめながら、まるで猫の様にすりすりとしてくる。くすぐったい。

 言われてみればそうだ。基本俺達は寮生活で別々。こうやって二人一緒のべットに寝るのは本当に久しい。簪は間なんて存在させないようにぴったりとひっついてくる。すると、簪にある柔らかくいいものが俺の体に当たって、俺は俺で反応するものが生理現象的に反応してしまう。

 

「欲情してる。嬉しい。が、我慢できないのなら……今……襲ってくれてもいいんだよ?」

 

 俺の様子に気づくと簪は、いじわるっぽい笑みを浮かべて言う。

 欲情とか襲うって。まったく……いつから簪はこんなにもいやらしくなったんだ。どっちかというと嬉しいけども。

 

「私をこんな風にしたのはあなたなんだから……ね。好きなようにしていいんだよ」

 

 艶やかな声でいう簪にグッとそそられてしまう。

 理性の防壁みたいなものを今のでがっつり削られてしまった気がする。でもダメだ。明日は大事な日。そういうのは許されない。まあ、許されればまんざらでもないが……こういうのは機会が大切だ。

 

「そうだね。楽しみしてる」

 

 布団を被りなおす。

 

「ん……ちゅっ……」

 

 最後にキスをして俺達は漸く眠りについた。

 





今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と過ごした冬休み―二

 目的地の駅に着いた。

 時刻は朝の八時過ぎ。年末でも朝が早いせいか、周りの客はそこまで多くはない。

 

「後……ちょっとで迎えが来るって」

 

 駅から簪の実家まではかなりの距離があるらしく、迎えをよこしてくれるとのこと。

 いよいよだ。

 俺達は駅の一般車が入れるロータリーで迎えを待つ。

 

「寒い」

 

 言いながら簪は寒そうに手をこすり合わせる。

 

 そういえば、今日の実家の集まりには一族関係者が集まると聞いた。

 ということは楯無会長はもちろん、本音や虚先輩も来ているんだろう。彼女達は更識に仕える家の人間らしいから。

 もしかすると本音と付き合っている一夏も俺と同じ様に呼び出されているのかもしれない。俺達が学園を後にした時はもう本音も一夏も帰省していて、今どうしているか詳しくは知らないけど。

 

「織斑? さあ……そんな話は聞いてない。でも……本音と付き合っていることは布仏家はもちろん、更識家にも確実に伝わってるだろうから……もしかしているかもしれないね」

 

 ありえなくはないか。

 学園では有名人だけど、世界的に見ても有名人だからな一夏は。男でISを使えて、しかもあの織斑千冬の弟だ。世界裏事情に精通している家なら二人が付き合ってることも知らないわけはない。

 第一、一夏は隠すどころか大っぴらにしてるからな。俺達は聞かれない限り言わないだけだけど。

 そうこうしていると俺達の目の前に黒い高級車が一台止まり、中からスーツを着た男性が現れた。感じた雰囲気的この人は更識家の使用人のようだ。

 

「簪お嬢様、お帰りなさいませ。遠路はるばるご足労お疲れ様です。ささ、お荷物をどうぞ」

 

「……ありがとう」

 

 簪は使用人に荷物を渡す。

 

「お連れの方もどうぞ」

 

 声をかけられ、俺も使用人に荷物を渡す。

 そして俺と簪が車の後部座席に乗ると、車はゆっくり走りだした。

 着いたばかりの駅から簪の実家への道と外の景色。特に変わったものはない。

 そして車に乗ること三十分ぐらい経っただろうか。目の前には大きな門。その門の前で一旦止まると、閉まっていたゆっくりと門は開き中へと進む。

 通り抜ける時チラッと見たが、門の近くに人影はなかった。自動式だ。そういうちょっとしたことがこれからのことを意識させてくる。

 

「到着しました」

 

 門から長い道のりを走らせた車のドアを使用人に開けてもらい外へとおりる。

 すると、目の前には大きな洋館が建っていた。映画や漫画に出てきそうな佇まい。一目で豪邸だと認識させられる。あまりの大きさと豪華な外観に圧倒されて言葉を失っていると、そんな俺の様子を見て簪は小さく笑っていた。

 

「もう……何ぼーっとしてるの。早く入ろう」

 

 言われて俺は簪の後に続いて洋館の中へと入る。

 すると、そこもまた世界の違いというものを見せられた。

 

「お帰りなさいませ、簪お嬢様」

 

 入った矢先、左右一列綺麗に並んだ控える沢山の使用人が頭を上げながら出迎えてくれる。

 こんな光景、現実で、しかも今の日本で見れるものなんだ。ついついそんな感心をしてしまう。

 何だかこんな光景を見ていると、簪と住んでいる世界の違いというものを否応なく感じさせられてしまう。

 それにふと使用人の人達に目をやれば、男性の中に女性もいる。むしろ、女性の人のほうが多い。女尊男卑の世の中といわれている現代。まだこういう仕事についている人も多くいるんだ。

 

 現実離れした光景に若干戸惑いながらも使用人に中を案内される。

 そしてT字路に差し掛かった時。

 

「御親方様と楯無様はどちらに?」

 

「お二人とも奥の間に」

 

「そう。分かった……彼を連れてそちらへお伺いすると伝えて」

 

「畏まりました」

 

 いよいよか……場の光景や雰囲気もあってなのか、緊張から鼓動が早くうってるのが分かる。

 

「お荷物の方はお部屋に運ばさせていただきます。お着替えの方よろしくおねがいします」

 

「はい」

 

「お連れの方はこちらに。お着替えを用意してますので」

 

 一旦簪と別れ、別の使用人の後をついていく。

 広々とした個室へ案内される。そこには黒のスーツが一着用意されていた。

 これに着替えろということか。

 

「はい。恐れいりますが御館様とご当主様にお会いになられるのでお着替えの方よろしくおねがいします」

 

 一礼して部屋を出て行く使用人。

 やっぱり、偉い人に会うんだ。それ相応の正装をしなくてはいけないのは当たり前の話か。

 一応制服持ってきてはいるけど、学園の制服は白いし、一般的な制服と比べるとコスプレっぽくてこういう場や冠婚葬祭とかには似つかわしくないからな。

 スーツは着心地がよく、サイズがぴったり。多分、簪が事前にサイズを伝えてくれたんだろう。

 着替えをすませ、部屋の外に出ると使用人が外に控えてくれていて、再び案内される。そして先ほど別れたT字路で簪と再開した。

 フォーマルな洋服に身を包んでいる簪。とてもよく似合っていて可愛らしい。

 

「ふふっ……ありがとう」

 

 嬉しそうな笑みを簪は浮かべる。

 

「うん……似合ってる。あっ……ネクタイ曲がってるよ」

 

 簪にネクタイを直される。何だかこういうの気恥ずかしい。

 

 簪が使用人に「ここまででいい」と言い渡し、簪に案内されながら二人で目的地である奥の前へと向かう。

 その道中、ふと気になったことを簪に聞いた。御館様とはどういう立場の人なんだろうかということを。簪の父親であることは分かっているが、当主とはどう違うだろうか。

 

「うーん……先代の楯無がつく特別な地位で会社における会長みたいなものだよ。もっと簡単に言うならご隠居みたいなものかな」

 

 なるほど、そういうものなのか。

 

「権力的には当主である楯無よりはないけど、それでも更識では楯無の次に特別な存在。それに今は当主である楯無を補佐する形で変わりに実務的なことをしてるんじゃないかな? お姉ちゃんは歴代最年少として楯無の座についたんだけどほらまだ未成年だし……全てはお家の為、お国の為、ひいては世界の為にとはいえ、いろいろとやって忙しいから」

 

 それもそうか。

 実力もあって今の様々な地位にいるんだろうけど、IS学園の生徒会長、ロシアの国家代表、そして更識家の当主。様々な肩書きを持っていて、本当に楯無会長は忙しい人だ。

 全て楯無会長の実力があってこなせているけど、身体は一つ。当然手が回らないことだってある。

それを御館様という地位の人間がカバーする役割も担っているのか。本当、絵に描いたような構図だ。

 ただ暗部の人間が目立つ国家代表を、それも他所の国のをしているのは俺からすると変な感じだけど、それも一般人の俺では到底はかりしれないようないろいろと複雑な事情があるんだろう。

 楯無がやっぱり更識にとって特別なもの、地位であるのは再確認できたけど。やっぱり、簪もなりたかったんだろうか?

 

「んー……昔はね。お姉ちゃんに憧れてたから。でも、今はいい。だって、お姉ちゃん見てると大変そうでめんどくさそう」

 

 簪は少し皮肉っぽく言う。めんどくさそうって……でも、これが簪の本音なんだろう。

 そんな話をしていると、奥の間と書かれた部屋へと着き、中へと進む。

 部屋の中にはたくさんの人がいた。耳打ちして小声で簪が教えてくれたことによると、直系親族とその家に遣える高位の使用人の親族がほぼ全員揃っているとのこと。

 当主である楯無会長と御館様らしき人を中心に、沢山の人がくつろいでいる。

 その中には見知った顔がいくつかいた。本音と布仏先輩と、そして一夏だ。やっぱり、一夏も呼ばれていたか。布仏先輩は楯無会長の傍に静かに控えている。

 そして一夏と本音の二人は入ってきた俺達に気づくと目配せで挨拶してきた。そんな二人の様子に気がついた、他の人らはしていた談笑が微かに会話が途切れ、俺と簪を見る。むしろ、俺のほうが見られているのは気のせいじゃないだろう。いくら情報規制されて、顔写真とかは報道に出てなくても、俺のこと……俺がISを使えるというのは風の噂として知っているはずだ。

 まるで異質なものを見るような目。懐かしい。こんな目で見られるのは、ISが使えると発覚した時を思い出す。

 それにこっちを見ながら、ひそひそと小声でなにやら話し合っている。何だかなぁ。

 だが、気にしていても仕方ないので構わず、簪の後について楯無会長と御館様の下へと行く。

 

「楯無様、おはようございます。ただいま参りました」

 

 そう言った簪に続いて俺も挨拶をして頭を下げる。

 

「ええ、ご苦労」

 

 楯無会長もフォーマルな服装に身を包んでいる。いつもと変わらない余裕のある笑みを浮かべているが、いつもとは少し違う顔だ。格式のある一族の当主としての威厳のある凛々しい表情。雰囲気もいつもとは違う。

 

「御館様、ご無沙汰しております」

 

 今度は御館様――簪の父親に頭を下げて挨拶をする。

 この人が簪の父親。初老、いや五十過ぎぐらいだろうか。渋く、厳格な顔立ち。威圧感がある。

 着ている高級感溢れる黒い着物の上からも身体は屈強で鍛えられているのがよく分かる。

 御館様は威厳に満ちた顔つきの中に、思いのほか満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「うむ、簪は入学式以来か。また美しくなって以前とは見違えた」

 

「嬉しいお言葉おそれいります」

 

「して、そちらが簪の」

 

 先程のとはまた別に、改めて名前を名乗り、挨拶をする。

 品定めされるような視線を御館様から向けられる。娘が彼氏を連れてきたんだ。釣り合うかどうか品定めされるのは当然のこと。覚悟はしているが、厳格な人に見られるというのは肝が冷える。この手の人は織斑先生で慣れたと思っていたが、やっぱりレベルみたいなものが違う。言っては何だか織斑先生なんて比べ物にならないほど視線が怖いと今感じている。

 そして品定めが終わったのか満足そうな笑みを再び御館様は浮かべていて、俺は内心ほっと胸を撫で下ろす。

 

「そうか。この度は遠路はるばるこの更識家に来てくれたこと感謝する。君とは一度直接会っておきたかった。なんせ」

 

「お父様、お話したい気持ちは分かりますがもうじき餅つきの準備が整います。二人とも動き易い服装に着替えて来なさい」

 

「そうだな。長旅で疲れているなら、ゆっくり見物しておればいい」

 

「はい」

 

 下がって良いと言い渡され、下がる。

 その後、親族に片っ端から挨拶する簪に習い俺も挨拶をしていく。

 挨拶を返す皆、当主の実妹である簪には丁寧で敬い、その彼氏である俺にも体裁は保っているが、目の奥が異質なものを見るような目なのは変わらない。それがひしひしと伝わってくる。隠す様子はない。というよりかは、隠せないんだろう。

 一夏の様に後ろ盾もなければ、何故男にISが使えるのか科学的に証明されてない本来ありえない存在。奇妙だと見られるのは仕方ない。

 しかし、そんな目を俺が向けられているのを簪は感じて、俺には心なしか表情が硬くなっているように見えた。それでも簪は相手に不愉快感を感じさせることなく、型通りの挨拶を済ませていく姿は場慣れしている感じがして流石はお嬢様だと感じさせられた。

 

 最後に一夏と本音に挨拶をした。

 布仏先輩は楯無会長の傍でまだ控えていた為、挨拶は出来ない。

 

「本音……やっぱり織斑連れてきてんだ」

 

「はい、簪お嬢様。織斑様とのことは御館様もご存知だったようで連れてくるようにと」

 

「同じ、か……本音と織斑はいつごろ本家に着いたの?」

 

「昨日の昼でございます。既に昨日の夜、私と織斑様と御館様は面会が済んでおります」

 

「そう……今夜は私達の番」

 

「かもしれません」

 

 そんな会話を小さい声です話す簪と本音。

 俺と一夏も小さな声で話す。

 

「お前もお疲れさん。何か別の世界だよな。慣れねぇわ」

 

 まったくだ。

 IS学園に来た時も女子ばかりで別の世界だと感じたが、今回の方がその度合いは大きい

 この場にいるメンツの中にはいつものメンツや顔見知りがいるのに、皆それぞれ立場があって、それ相応の立ち振る舞いをしている。本音の立ち振る舞いと口調が特に顕著だ。いつもみたいなのんびりとしたほんわかな雰囲気は今の本音にはない。簪に仕える使用人そのもの。

 場の雰囲気といい、何から何まで一から十の型に嵌っていて、来て間もないのに何だか息苦しくて肩がこる。簪達はこんな世界で生きてきたんだと思うと、俺自身の場違い感が物凄い。

 

 そういえば、一夏はもう御館様と話ししたんだよな。参考までにどんな話をしたのか聞いてみた。

 

「学校での生活やIS、後千冬姉とかについて聞かれたり話したりした。それとのほほんさんとだけこのまま交際していく覚悟があるかどうかって聞かれた。政治的な意味でもな。後は、のほほんさんとの交際状況?ってのを根掘り葉掘り聞かれたのが辛かった」

 

 結構いろいろなこと聞かれたんだな。

 政治的な意味で交際していく覚悟があるか、か……簪とは好きだから自分の意思で交際していて自分のものだけど、同時に自分だけのものじゃない。俺達が異性と男女交際するってことは必然的に政治的なことも絡んでくる。

 なぜなら俺と一夏は男でありながらISが使える。俺達のことを欲しい国や組織は沢山ある。手に入れようと異性である女子を使って、政治的な意味合いの強い交際または政略結婚だってなくはない。そうなったら個人では解決できないような複雑な事情がいくつも起きて絡み合っていくことは、俺にだって想像できる。

 更識家の娘と付き合ってるんだ。政治的な問題とかあるんだろうな、きっと。学園が保護してくれている身柄をどこにするかとかいろいろと。

 気が滅入りそうな話をされるのは間違いない。だが何があっても簪と別れるつもりはないし、手放すつもりもない。覚悟を強く持とう。

 

「俺もちゃんとのほほんさんとこのまま交際する覚悟を伝えられたんだ。お前なら大丈夫だよ」

 

 一夏の言葉は今はありがたい。

 

 その後、俺達は餅つきに参加した。

 

「織斑様。餅つき、よろしければとうぞ」

 

「は、はぁ……それじゃあ」

 

 周りに誘われて一夏は本音に見守られながら、餅をつく。

 俺も誘われはしたが、疲れているからといって丁重にお断りして、見物していた。

 蒸篭や釜の香り、蒸しあがったもち米の匂いが、食欲をそそる。

 本当に疲れているわけじゃないが、餅をつく気分じゃない。一夏が御館様と話した内容が頭の片隅でも思考の渦を巻く。

 簪は俺の隣にいて特に楽しそうという訳でもなく、ぼんやりと餅つきの光景を眺めていた。

 俺に話しかけてくる人はいない。一夏の様に姉という後ろ盾があるわけじゃないし、所詮は俗にいう庶民。話しかけるにしてもどう話しかけていいのか分からないのだろう。

 簪に話しかけてくる人ももういない。最初こそはいろいろな人が話しかけてきてはいたが、不愉快感は与えない程度だが反応はそっけなく事務的なので、だんだんと話しかける人はすくなくなっていった。

 二人してぼんやりと持ちつきを眺めていると、簪がそっと話しかけてきた。

 

「暇……だよね」

 

 まあな。

 暇だが餅つきが終わり、遅めの昼食が済むまでここから離れられない。変にこの場を離れて、何か言われるのも嫌だしな。

 ぼんやりと餅つきを眺めていると楯無会長の姿が見えた。

 

「……大変そう」

 

 凄い他人事の様にぽつりと簪は小さく言う。

 楯無会長は布仏先輩を連れて、現場や使用人を仕切ったりして甲斐甲斐しく働いていた。

 それと同時に親族やそこに仕える高位の使用人家の人達との談笑も欠かさずしている。学園では生徒会長をして学校行事や全校集会などを仕切っている楯無会長の姿は今まで何度も見てきているが、それとは雰囲気が随分と違う。威厳があって、その姿は当主なのだと改めて感じさせられる。

 知らなかった楯無会長の姿を見た。

 

 

 

 

 餅つきと昼食会が終わり、ようやく一旦この堅苦しいのから開放される。とは言え、あくまでも一旦。また夜には直系親族とそこに仕える上位の使用人家との宴会があるとのこと。堅苦しいのはまだ続きそうだ。

 それでもここからの開放なのは変わらない。今回寝泊りする部屋を用意しているとのことで今からそこに向かう。

 

「こっち」

 

 簪の案内で屋敷の中を歩く。

 慣れてるな……と思ったけど、IS学園に入学する以前はここに住んでいたんだ。当たり前か。

 

「……着いた」

 

 一部屋の前に着いた。何故だか簪は緊張した様子。

 ゆっくりと部屋の扉を空け、中に入る。最初に目についたのは綺麗に置かれた俺の荷物と、そして簪の荷物。中に進みながら、部屋を見渡す。

 客室にしては、テレビやパソコンがあったりと少し豪華な感じがする。そして使用感があり、目に入った本棚には教材やIS関連のほんの数々。そして漫画。

 もしかしなくてもここは。

 

「うん……私の部屋」

 

 やっぱり。ここが簪が生まれてから学園に入るまで過ごしていた部屋。寮の簪の部屋には何度も行ったことがあるが、あれは学園での部屋。今こうして本当の簪の部屋にいると思うと、緊張してしてくる。

 しかしなんでまた俺と簪を同じ部屋にするんだ。嫌じゃないが、いろいろとまずいだろ。いろいろと。

 

「……御館様……お父様が気を利かせてくれたみたい」

 

 簪は困ったような表情をしている。

 どういう気の利かせ方なんだ。からかわれているのか。はたまた試されているのだろうか。こういう意図の読めない感じは楯無会長を強く思い出させられる。流石は親子だ。

 まあ、信頼はされてないとしても信用はしているはずだ。多分。でないと付き合っているとはいえ、結婚前の愛娘を男と同じ部屋にはしないだろう。家柄がある家なら特に。

 その証拠……と言っていいのだろうか、ベットは一つしかない。上流階級の家らしく、ベットは高級感があって、ふかふか。サイズは大きく、二人一緒に寝ても余裕は充分ある。

 これもその気を利かせてくれてのことなんだろう。もしかして、床で寝たほうがいいのだろうか。

 

「い、一緒で……いいんじゃ……ない……かな」

 

 消え入りそうな簪の恥ずかしそうな声。

 頬が赤い。昨日も列車の中で二人一つのベットで一緒に寝たのに何を今更と思うが、俺も恥ずかしい。彼女の実家……しかも、彼女の部屋で二人っきり。緊張しない方がどうかしてる。

 まあ、折角気を利かせてもらったんだ。気持ちを受け取って、甘えない方が失礼になりかねない。

 それに夜の宴までは自由。ここには俺と簪の二人だけ。恥ずかしさからの緊張はあれど、慣れない場で疲れた体や気持ちを休めるにはこの場をおいて他はない。簪にならいらぬ気をつかわなくてすむ。

 

「疲れた……よね」

 

 床に腰を落ち着けて休む俺を見て、簪は隣に腰を降ろし心配そうな表情を向けてくる。

 まあ……と否定するわけでも肯定するわけでもなく曖昧に答える。疲れは顔に出ているみたいだから肯定しているみたいなものだけど、「疲れた」なんて言葉にするのはばかられる。

 今日の行事はまだ全部終わったわけじゃない。この後は夜の宴、そして御館様――簪の父親との話し合いがあるかもしれない。ここで「疲れた」と言葉に出して弱音を吐けば、本当に疲れてくる。だから、顔に疲れが出ていても、言葉にはしない。

 

「……大変な思い……嫌な思いも……させちゃった」

 

 今度は不安そうに申し訳なさそうな表情を簪は浮かべた。

 ああ……俺に向けられて周りの視線しかのことか。仕方ないだろう、アレは。別にああいうのは、初めてのことじゃない。それに大変なのは簪もだろう。俺を連れてきたんだ当主の実妹とは言え、いろいろと詮索されるだろう。それに当主の実妹として、更識家の娘としての役割がたくさんあるはずだ。だから、大変な思いも、はたまた嫌な思いもするのは簪のほうが多い。俺のなんて些細なことだ。一々簪が気にとめるほどのことじゃない。

 

「もう……強がって。かっこつけてる」

 

 しかたないなとでも言うかのように簪は小さく笑う。

 男の見栄なのは重々承知しているがかっこぐらいつけさせてくれ。折角、彼女の実家に来てるんだ。親族や親には、かっこわるい姿は見せられない。簪とのなかを公に認めてくれるかどうかがかかってきたりも、もしかしてあるかもしれないし。

 疲れたり、嫌な思いをして暗い顔はしてられない。

 

「……えっと……くる?」

 

 照れた様子で簪は両手を広げている。

 これは抱きしめて、癒してくれたり、勇気付けようとしてくれているということなのだろうか? 気持ちは嬉しいが今は遠慮した。

 すると、簪は少し悲しげな表情をしていた。簪が力になってわけでも、無理をしている訳でもない。疲れたり、嫌な思いをして暗い顔はしてられないと思ったばかりなんだ。今、簪に甘えてしまうわけにはいかない。俺はまだ大丈夫。

 それに流石に外で聞き耳を立てていたり、部屋の中にいる俺達の様子を伺っている人達はいないだろうけど、万が一のことがある。今はそういうことはよしたほうがいい。

 俺達はこれからもずっと一緒になんだ。そういうことは後でいくらでも好きなだけできる。

 

「それも……そうだよね」

 

 はにかむように小さく笑う簪。

 簪が勇気付けようとしてくれた。それだけで俺は元気をもらえて、夜の宴も大丈夫だと感じた。

 




今回の話に出ていた一夏は本音と付き合っている設定です。
気になる方は以前の話をお読み下さい。

今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と過ごした冬休み―三

 夜、直系親族とそこに仕える上位の使用人家のみの宴会。

 本当にそれだけの人達しかいないのに、やっぱり格式ある家。俺が知る宴会とはほど遠く、きっちりとして、席順がちゃんと決められていた。

 上座と呼ばれる一番偉い人が座る席に当主である楯無会長が座り、そこから中心にして、左右に別れて用意された席。

 上手の席から当主の次に偉い御館様が座り、その隣に三番目に偉い簪が座り、と偉い順に上手から下手にかけて座っていく。相変わらずの別世界感。いつの時代の年末風景何だか。

 親族でもなければ、上位の使用人家の人間でもない俺と一夏がその宴に呼ばれていること自体おかしな話。

座っても下手の一番端だろうと思っていたが、俺は簪の隣、四番目に偉い人が座る席に座らされ、一夏は上手にある上位の使用人家で五番目に偉い、本音の隣の席に座らされていた。

 こんなことは初めてなようで親族の方々や上位の使用人家の方々は動揺しているのは明らかだが、当主である楯無会長が俺達の席順を決めたとのこと。内心に不満はあったとしても、誰も文句どころか、不服そうな表情をし続けるものはいない。だが、俺としては居心地が今日一番悪かった。

 

「美味しいわ」

 

 宴の料理に舌鼓を打ち、そんな感想をもらす楯無会長。

 流石は名家の宴で出る夕食。楯無会長の言葉通り、どの料理も美味しく、豪華。下手したら一生お目にかかれそうにない料理ばかりだ。

 それに宴につき物なのがお酒。御館様を始めとする周りの大人は楽しげに酒を飲んでいる。俺や簪、一夏や本音、布仏先輩は未成年なので飲んではないが、当主である楯無会長はそうはいかないみたいだ。今夜は無礼講、加えて当主としてのメンツや付き合いというものがある様子。

 俺が見た限りでは、嗜む程度の量ではあるがお酒を飲んでいた。若くして、これほどの親族の上に立つ苦労は俺が諮れるものではないのだろう。

 しかし酒が作る陽気な雰囲気のおかげもあってか、俺も簪の親戚の方と当たり障りのない軽い世間話をしながら、宴を楽しむことが出来た。

 

 宴の夕食を食べ終えたが、宴そのものは年明けまで続くらしい。

 大人達は酒盛り。しかし、夕食を済ませた未成年組みは酒盛りするわけにもいかず、席を外すものも少なからずいる。席を外しても、年明け前にはこの場に戻っていればいいとのこと。またお風呂を貸してもらえるとのことなので、使用人へ「風呂を頂く」的な意味の言葉を掛け、簪に伴われて退出、部屋へ戻った。

 宴の席で少しではあるが御館様と会話をした。その時、特にこの後話があるようなことは言われなかった。見逃してもらえた、もしかすると思い違いだったのかもしれない。

 そう思っていたが、宴の部屋を出る時、御館様と目が合った。まさかな。

 

 部屋に戻り、着替えを用意してると、部屋の扉がノックされた。

 簪が扉を開け、対応する。扉の向こうには使用人らしき人がおり、簪と会話している内容が聞こえてきた。

 

「はい」

 

「お話があると御館様からのご伝言です。お二方ともお風呂が済み次第、御館様の私室まで来るようにと」

 

「……分かりました」

 

 伝言を伝え終えると、使用人は一礼して去っていった。

 

「やっぱり……呼ばれちゃったね」

 

 複雑そうな表情で簪はそう言った。

 

 見逃してはもらえなかったか。

 まあ、一夏は話を済ませていたし、宴で聞いた話によると他の親戚の方々も既に御館様または当主である楯無会長と話を済ませたとのことで、残すは俺と簪のみ。

 これは毎年ある決まりごとらしいから仕方ない。

 

「……頑張ろうっ」

 

 簪が勇気付けてくれるように手をぎっゅと握ってくれる。

 そうだ、頑張ろう。一夏に話されたようなことを言われると思うと、気が滅入ってくるが、これが今日一番の山場だ。乗り越えてしまえば、後のことなんて楽に感じてくるはずだ。

御館様を待たせるなんてことはできないので、いつ頃私室へ向かうのかはっきりとした時間を使用人から御館様に伝えてもらうようお願いし、風呂に向かった。

 風呂に入っていた時間は大体、二十分ほどだったと思う。もちろん、男女別で特に他の誰かと風呂が被ったということはなかった。一人で大きな浴室、浴槽を楽しむ。気持ちは落ち着けられたはずだ。

 そして風呂を済ませ、簪と二人一緒に御館様の私室の前までやってきた。

 

「……ふぅ……」

 

 簪は扉の前で緊張した様子で深呼吸を一つする。

 話すといっても一般的な親子の会話だけではすまないのは確か。それに今から御館様にどんな話をされるのか、簪も俺と大体同じ想像がついているはずだ。

ぎゅっと唇を噛み締め、簪は覚悟を決めたように、扉をノックした。

 

「入れ」

 

 低く、威厳のある声が部屋の中から聞こえ、俺達は部屋の中へと入る。

 私室は高級感ありながらもシックな雰囲気で落ち着いた部屋。俺達はソファに座るように言われ、反対側に御館様が座る。俺達と御館様の間には一つ机があり、その上には御館様のだろうか。ささやかな酒と肴が用意されていた。部屋には本当に三人だけ。気まずい雰囲気を俺は感じた。それは簪もらしく、顔こそは伏せてなかったが気まずそうに目を伏せていたのが横目に見えた。

 

「そういえば、君には自己紹介をしてもらったがワシの自己紹介がまだだったな。遅れて済まぬ。ワシは現御館、刀奈の先代にあたる第十六代目、『楯無』の――」

 

 と、自己紹介を御館様からされた。

 

「しかし、刀奈よりも簪のほうが先に男を連れて帰ってくるとはな。しかも、世界で二人しかいないあの男性IS操縦者の片割れとは。我が娘ながら、よくやったと言うべきか。簪よ、いい人を捕まえたものよな」

 

「……はい」

 

 恐縮した様子で簪は返事をする。

 御館様の言葉は、いろいろな意味がありそうだ。本当にただいい人という意味なのか、それとも更識家や国にとって政治的に他をおいて都合のいい人はいないという意味なのか、ということ。

 考えすぎな気はしなくないが、わざわざISのことを言ってから言うあたり、後者の意味も含まれている気がしなくはない。

 

「布仏の娘も織斑君と交際している。いいことだ。となると、心配なのは刀奈だ。刀奈は当主の立場あって大人をしているが、実際は生娘だからな」

 

 流石は父親。娘のことはよく分かっている。

 実際、御館様の言っている通りなんだろう。

 

「して、二人は夏頃から交際をしておると聞いているがどうだ」

 

 その通りです。お嬢さんとは夏頃から付き合わせてもらっています、と俺は肯定する。

 緊張からか言葉遣いが変に感じる。

 というか、そんなこと知っているのか。おそらく、簪か楯無会長から聞いてのことだろうけど。これ以上のことを知っていそうな気がするのが怖い。

 簪と付き合い始めたのは、夏頃。正確には夏休みの終わり頃。

 もう数ヶ月も前のことだ。懐かしく思える。

 

「そうか。それで簪は夏帰省しなかったのか」

 

「……ッ、夏の行事を欠席してしまったことは申し訳ございません」

 

 簪は深々と頭を下げる。

 

「よい。専用機の件があったのだろう。何より、学生の夏はいろいろと忙しいからな」

 

 含みのある御館様の笑みが気になる。否応なく楯無会長の似た笑みを思いださせられる。

 夏もやっぱり、更識家は行事があったのか。旧家だから季節ごとの行事が多いんだろう。

 夏は俺達が付き合い始めた季節だけど、同時に簪の専用機「打鉄弐式」が完成した季節でもある。

 

「婿殿。実際君は簪のどこに惚れたのか聞かせてはもらえないだろうか」

 

「なっ……!?」

 

 素で簪は驚いた声をあげる。

 婿殿って。旧家更識家の娘である簪と付き合ってるんだ。男女の交際関係にあるってことは、ひいてはそういう認識をされるものなんだろう。ISを使えれば尚更。

 それにしても随分と突っ込んだことを聞いてきたな。彼女の親に何処に惚れたのか言うなんて中々難易度高い。言えないわけじゃないが、親の手前。言い難さは物凄い。

 でも、言わないわけにもいかない雰囲気。言って減るものじゃないし、言わないままでいると印象が悪くなりそうな気がする。言うことで少しでもプラス印象を御館様に持ってもらえれば良し。俺は、意を決して言った。

 

「はっはははっ! そうかそうか! 簪や、愛されておるなぁ」

 

「は、はい……っ」

 

 俺の簪の何処に惚れたのかを聞いて、御館様は満足にニヤついた笑みを簪に向ける。

 簪は簪で、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに俯いて顔を隠している。

 にぎやかな雰囲気。てっきり、難しい話や重い話などをされるものばかりだと思っていたが、今はそんな気配はない。正直、拍子抜けだ。まだ油断なんて出来ないとわかっているのに、にぎやかな雰囲気を前に入れた気合みたいなものが抜けそうになってしまう。

 

「時に婿殿よ。気が早いのは重々承知だが卒業後はどうするつもりか考えているか」

 

 突然の言葉だった。

 卒業後。それはあまりにも先のことで、漠然としている。いや、漠然となんてものじゃない。どうなってるか、まったく見えない。俺は卒業後、どうなっているんだろう?

 卒業後も簪と一緒にいたい……結婚だって考えてないわけじゃない。そうした思いはある。でも、そうする為には現実的な未来設計がなければ、ただの上辺だけのことだ。

 将来どうしていくのか。具体的にどんな職業につくのか。そうしたのが俺には見えない。男でありながらISを操縦できる身。普通には生きていけない。どうしてもそのことが先のことを暗くしていく。

 

 すぐに答えられずにいる俺に御館様は言葉を続ける。

 

「君は男でありながら、ISが使えようとも一般家庭の出。織斑君のように後ろ盾があるわけじゃない。いつまでも今のように上手く行くとは限らんぞ」

 

 御館様の言うことはもっともだ。

 俺は一夏じゃない。姉が世界最強でもなければ、知り合いにISの開発者がいるわけでもない。そうした後ろ盾ようなものが、すぐに頼れるものがあるわけじゃない。この先、そんなもの俺個人では到底作れないだろう。

 それに今は学生の身。政府やIS委員会が守ってくれているが、それがいつまでも続くという保証は何処にもない。様々な思惑が集まった集団に守ってらっているんだ。政治的にいいように使われる可能性だってないとは俺には言い切れない。

 俺がいいように使われるのは百歩譲っていいが、親にだって今以上に迷惑をかけるかもしれない。ただでさえ、今だって俺がISを使えたばかりに迷惑をかけてしまっているのに。

 最悪、簪にだって迷惑をかける可能性もある。ISが使える以外、力は勿論、コネも後ろ盾も何もない自分を無力に感じて。ないものを持っている一夏を羨ましいと一瞬でも思った自分が情けなくなった。

 

「君には、今後も他の誰でもない更識家の娘である簪とだけ付き合っていくという堅い決心が――更識家に入る覚悟はあるか」

 

 凄味のある眼光を向けながら、御館様は問いかけてくる。

 流石は、元楯無の名を冠していた人。貫禄と威圧感に溢れていた。

 今まで感じてきたプレッシャーなど、比較にはならない圧力だった。

 

「……」

 

 隣にいる簪は俯いたまま、不安げな表情で俺の答えを待っている。

 御館様が真意を確かめようとしているのは俺にでも分かる。

 更識家に入るということは、今日のような旧家特有のしきたりや行事ごとなどに深く関わることになる。当然、しがらみも増えていく。でも、それは更識家の一員にならなくても、簪と今後も付き合っていけば、ありうることだ。

 それだけのことで卒業後の身の安全は無論、両親のことを守れるのなら是非もない。

 更識家に入っても、俺がISを使えるということは充分に利用されることだろう。それも構いはしない。

 別に後ろ盾がほしくて簪を好きになったわけでもなければ、付き合っているわけじゃない。何だか、簪をいいように利用している気がして、気が引ける。だが、そうしたいろいろなことを知った上で、それでも更識家に入る、今後も簪は付き合い続ける覚悟はあるのかと、御館様に今聞かれている。

 

 それに御館様は意地悪な人だ。

 俺が簪と別れるつもりがないのを確信して、こんな選択肢のないことを聞いてきている。

 更識家に入れば、辛く苦しい大変なことがいくつも待っているだろう。それでも気持ちは変わらない。俺は簪と離れるつもりはない。

 俺は頷いて、自分の言葉で覚悟を御館様に示した。

 御館様は俺の言葉を聞いて、口角に笑みを浮かべた。

 

「そうか。誠に婿殿は決断が速い。それは早々できることではない。無論ただそれだけはないだろう」

 

 口角に笑みを浮かべたのは変わらず、問いかけてくる。

 簪とは今後も付き合っていく。将来的に更識家に入るのもいい。その上で男性IS操縦者ということを利用されるのも致し方なし。だが、一から十のように何から何までただ良い様に利用されるつもりはない。そう俺は気概を示す。それが今の俺に出来る唯一の抵抗。

 それを聞いて、御館様は楽しげに笑った。

 

「ただ良い様に利用されるつもりはないか! 生意気だがその気概気に入ったぞっ、婿殿っ! 簪よ、まったく気持ちのいい少年を見つけてきたな」

 

 御館様が笑い、胸を撫で下ろして俺も少しだけ笑った。

 

「簪」

 

「はい」

 

「お前も覚悟はあろうな。今以上に更識の人間として生きる覚悟が、彼と共に生きていく覚悟が」

 

「もちろんです。彼の隣は誰にも譲りません」

 

 簪は即答だった。

 瞳に強い覚悟を宿した簪を見て、御館様は嬉しそうに笑みをほころばす。

 その笑みはまるで一人立ちする娘の姿を喜ぶよう。

 

「強くなったなぁ簪。ISを使える男が我が更識家にくるんだ。都合がいいのは事実。元より、拒絶するつもりはないが一個人としてのお前達二人の仲を正式に認めよう」

 

 それは嬉しい言葉で、簪は嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 その後は、近況をあれこれ話したりして時間が過ぎた。

 特にこれといった内容はなく、やがてお開きとなった。

 

「では、御館様。そろそろ」

 

「うむ。……婿殿よ」

 

 席から立った時、御館様は言った。

 

「今なら刀奈も嫁にやるぞ。ISが使える君なら嫁の一人や二人抱えたところで皆が納得しよう。刀奈は、楯無だ。君にとって更識にとっても簪よりももっと都合が良い。どうだ?」

 

「……お、お父様!?」

 

 思ってもいなかった言葉に簪は動揺する。

 まったく、御館様は。表情は真剣なのに、目が笑っている。

 俺は一言、御戯れを。そんなつもりはない。簪だけで十分だ。そう返した。

 

「そういうと思ったわ。言わなかったらぶっ飛ばしていたところだ。いくら君がISを使えて嫁を複数人持てようともそのようなことをすれば、我が娘もどうかと、そこに漬け込む下賎な奴も必ず現れる。婿殿や織斑君は身持ちが固いほうが今の世の中丁度いい」

 

 そう冗談でも言うように楽しげに話す御館様は最後まで気の抜けない人だと感じさせられた。

 






今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と過ごした冬休み―四

 御館様との話が終わり、簪と共に宴会場へと戻る。

 年明けはまもなく。後、一時間もない。年明けの瞬間は、勢揃いで迎えたいということらしい。

 だからだろう。宴会場を離れていた人達が次々と戻ってきている。最初よりか、席順は曖昧になっていて、歳の若い人達は一夏と本音を囲んで何やら談笑している。

 この様子なら、ゆっくりしていても問題なさそうだ。俺達は適当なところに腰を落ち着ける。

 

「……お父様に……認めてもらえて……よかった」

 

 隣にいる簪が安心した声色で言う。

 表情は沢山の人の前もあってか普段どおりだが、嬉しさが隠しきれておらず、口元が小さく笑っているのが可愛らしい。

 よかった。今はこの言葉に尽きる。

 思っていたよりも随分あっさり、認めてもらうことが出来た。案ずるが何とやらなんていう諺があるけど、まさにその通りだった。昔の人はいいこと言ったものだと思う。

 でも、大変なのはこれからだ。更識家に入る覚悟を示した。それに御館様の前で俺みたいな若造が大口叩いたんだ。言葉をなかったことには出来ない。口だけなら誰でも叩ける。これからは行動で示していかないといけない。御館様だけに認められるんじゃなくて、更識家の人達にもちゃんと認めてもらえるように。

 

「……私も……頑張らないと」

 

 簪も決意を再認識しているよう。

 

「その様子ならお父様とのお話は上手くいったようね」

 

 突然の聞き覚えのある声に俺達は体をビクっと振るわせる。

 声の正体は楯無会長。楯無会長は俺達の隣に座る。俺達は当主の前ということもあって、崩れていた姿勢を正す。

 それを見て楯無会長は苦笑いを浮かべていた。

 

「いいわよ、楽にしてもらって。今はオフ。当主、楯無じゃなくて貴方達の先輩としているつもりだから」

 

 言われて、楽にする。

 オフという言葉通り、楯無会長の周りには布仏先輩どころか沢山引き連れていた他の使用人すら今はいない。

 そしてオフだからなのか、一息ついている楯無会長は何処か疲れている様に見える。当主とは言え、年齢は俺達と大して変わらない。流石の楯無会長でも、こういった宴ごとは疲れるみたいだ。

 

「当たり前よ。楯無の名前継いでから毎年のことだけど、流石にね。飲みなれないお酒飲まなくちゃいけないし」

 

 疲れを一瞬で引っ込めて、困ったように楯無会長は苦笑いする。

 それもそうか。

 労いもかねて、俺は手近にあった飲み物を注ぐ。

 

「あら、ありがとう。婿殿に注いでもらえるだなんて光栄だわ」

 

 その言葉にドキッとする。

 

「お姉ちゃん……まさか……聞いてたの?」

 

「やぁねぇ、そんなわけないじゃない。弟君か簪ちゃん、どちらか一人だけ呼び出したならまだしも。二人揃って呼び出してたのなら、お父様が何話すかなんて大体察しはつくわ。それに」

 

 楯無会長はニヤついた笑みを浮かべながら、簪の口元を指差す。

 

「簪ちゃん。口元、そんなに嬉しそうにさせてたらどうなったかなんて言っているようなものよ」

 

「――ッ!」

 

 顔を赤くして、簪は慌てて口元に手を当てて隠す。見られたのがくやしいようで簪は楯無会長を睨むが、睨まれている当の本人は楽しげに笑っている。

 いくら表情が普段どおりでも、口元を嬉しそうにさせていたら、言っているようもの。

 それだけで楯無会長が、ことの全てを察していてもおかしくはないか。

 

「おめでとう。簪ちゃん、弟君」

 

 そう一言楯無会長は嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

 

「ありがとう……お姉ちゃん」

 

 俺達はお礼の言葉を述べた。

 

「お父様が認めたのなら私、当主楯無からも異論はないわ。二人の仲を認めましょう」

 

 嬉しい言葉だ。

 御館様だけじゃなく、当主である楯無会長から簪との仲を認めてもらったのなら、これほど心強いことはない。

 

「知らない仲じゃないし、それに簪ちゃんの婿は弟君以外考えられないしね。何より、弟君は一夏君と同様非常に貴重な存在。護衛対象が近くにいてくれるのなら、更識としてはそれにこしたことはない。むしろ、更識に入ってくれるのならいろいろと都合が良いからありがたいぐらいよ。まあ、持ちつ持たれつってこと」

 

 言って楯無会長は何処からともなく広げた扇子を出し、口元を隠している。

 広げた扇子には「互助」との言葉が書かれている。

 楯無会長のいうことは分かる。

 

「でも、実際いろいろと都合いいのは確かよね。簪ちゃんには、そろそろ遠縁の親族の中からか交友のある名家から婚約者の一人でもって話が一族会議でも出てたから」

 

「……そうだね」

 

 少し暗い表情を簪は浮かべる。

 やっぱり、名家。俺からしたら遠い創作物上のことにように思えるが、そういうことは必要になってくるもので、避けられないものなんだろう。

 

「当たり前よ。更識に生まれた以上、人生は自分のものであると同時に更識の為にもあるんだから。家の発展の為に生きて、家の為に死ぬ。婚約だってその一つ。代々そうしてきて、それはこれからも変わらない。変えるつもりもない。人あっての家だけど、更識ほど大きくなると家あっての人になるからね。だからこそ本当、簪ちゃんは好きな人と婚約者になれてよかったと思うわ」

 

当主としててではなく、一人の姉としての顔をしている楯無会長。

ただ表情こそは普段と変わりないのに、何処か楯無会長の表情は複雑そうにも見える。

それを見ていたのに気づいて、楯無会長はおどけたような笑みを浮かべる。

 

「でも、個人としては複雑よ。妹に彼氏兼婚約者が出来て先越されちゃったんだもの。困ったわ~」

 

 何か言いたそうにじとっとした目を向けながら楯無会長は言ってくる。

 複雑ってのはその言葉の意味以外にも意味があるのは明らかだ。何のことかは大体察しがつくが、言葉にはしたくない。言葉にしたら面倒なことになる。

 楯無会長の言葉を適当に受け流していると、不服そうに口を尖らせる。

 

「もうっ、弟君ってばつれないわね! そうだ! 今なら楯無である刀奈()も一緒にどう? 囲ってみない? 当主だし国家代表だし、万能よ。家事だって大丈夫。ちゃんと出来るから。ねぇ、いい物件でしょう」

 

 公の場なのに、体を摺り寄せて迫ってくる楯無会長。

 押し返そうとしても負けじと押してくる。というか時と場合を考えろ。勧められたお酒の飲みすぎで酔っ払ってるのか、この人は。それに囲うってなんだよ……女子の口からそんな言葉聞きたくない。

 第一、簪の前でそういうことはしないでほしい。

 

「いいじゃな~い! 今夜は無礼講よ! って……簪ちゃん、今日は何も言わないのね。いつものなら絶対に何か言ってくるはずなのに」

 

「……呆れて何も言えないだけだよ……お姉ちゃん」

 

 簪は呆れたようような顔をしている。

 簪の言っていることはもっともだが、楯無会長の言っていることももっともだ。

 いつもならこの辺で簪が妬いたり、怒ったりする。それを狙って楯無会長は俺をからかっているんだろうけど、今の簪にはその様子はない。

 

「まあ……その、お姉ちゃんがやっぱりくっついてるの見るのは嫌だけど……私はあなたがお姉ちゃんに気がないの知ってるから大丈夫だよ」

 

 ね、と笑みを向けられる。

 その笑みが凄い信頼されてると感じると同時に、これは裏切れないと、裏切る気持ちなんてなくてもそう強く思わせられる。

 何だか、今の簪はいつもと違う。

 

「い、言うようになったわね、簪ちゃん」

 

 簪がそんなこと言うなんて思ってもいなかったようで、楯無会長も驚いている。

 驚いた隙に楯無会長から離れる。

 まさか、簪がこんなこというなんて俺も思ってもなかった。簪には悪いが、こういう時いつもの反応をしそうなものだとばかり思い込んでいた。

 今の簪は何だかとても頼もしい。やっぱり、さっきの御館様との話の中で簪にも何か思うものがあったんだろう。

 

「これでも私は更識の人間……それに彼の妻になる身ですから……それ相応の態度でいようと思っただけのことですよ……楯無様」

 

「あらやだ、身が固まったら強くなっちゃって。お姉ちゃん何だか悲しいわ。まあ、今更妹の婚約者に手を出すつもりはないから安心し……」

 

「お話し中に申し訳ございません。お嬢様、そろそろお時間です」

 

「もうそんな時間なのね。分かったわ」

 

 現れた布仏先輩の言葉を聞いて楯無会長は腕時計で時間を確認する。

 自分も時間を確認すれば、そろそろ日付が変わる約十分前ほど。

 

「ごめんなさい、二人共。そろそろ、行くわね」

 

「うん……いってらっしゃい」

 

 楯無会長は席を立つ。

 その時に「ああ、そうだ」と何かを思い出した様に呟くと俺達のほうを向き言った。

 

「私とお父様が貴方達の仲を認めたからって、それで安心したらダメよ。楯無と御館が認めたから他の人達も認めるしかないっていうのに甘えてないで。弟君がいくらISを使えようとも、更識に何の力もない一般家庭の子が婿入りするのはよく思わない人達だって当然いる。更識に入るっていってもそう簡単なことじゃないんだから。だから、私達のこと抜きで他の人達にもゆっくりでいいからちゃんと認めてもらうこと。それは楯無家一族もそうだけど、世間様にもね」

 

 それは先輩である楯無会長としてではなく、いち当主としての忠告。

 分かっている。その通りだ。二人が認めてくれたからと安心していたけど。それだけじゃ、やっぱりいけない。更識家に入るということは楯無会長達以外の一族の人達が当然いるわけで、その人達にも自分達の力で認めてもらわなくちゃいけない。

 そうでなければ、本当の意味で更識家に入るとは言えない。

 

「それと弟君。簪ちゃん泣かして不幸にしたらあなたが生まれ変わっても絶対に許さないから。簪ちゃんも私にさっきあんなこと言ったんだから、それ相応の態度は見せ続けてもらうわよ。 二人には私個人としても楯無としても期待しているんだから、その期待裏切りでもしたらどうなるかは分かっているわよね?」

 

 口元を広げた扇子で隠し、俺達を睨むように言う。

 楯無会長が漂わせる雰囲気は、いつもの知っている生徒会長の雰囲気ではなく、更識家当主の圧倒的な雰囲気。御館様から感じた雰囲気を髣髴とさせる。

 俺と簪は、楯無会長の言葉に静かに頷く。

 まあ、例に漏れず頷くだけなら誰にだって出来る。楯無会長にちゃんと期待していると言われたのだから、しっかりその期待に応えていかないと。

 

 俺達の答えに楯無会長は満足したのか、当主の席へと布仏先輩を引き連れて戻っていった。

 俺達も最初に座っていた席へと行き、全員が元いた席に座る。

 そして、年が開けた。

 

「楯無様。新年あけましておめでとうございます」

 

「ええ。新年明けましておめでとう」

 

 まず最初に新年の挨拶。

 宴の席にいる楯無会長以外の一同が挨拶を揃えて言い、当主の座に向けて深々と頭を下げる。

 何だかヤクザ映画のワンシーンみたいだ。後はまた宴会という名の酒盛りが再開した。

 この様子だと大人達は夜中まで飲み明かすんだろう。正直、付き合っていられない。 明日も明日で更識家は行事があるらしいから、それにも付き合わないといけない。

 そんなわけで楯無会長には悪いけど、俺と簪は先に休むと告げ、宴を後にした。

 

 

 

 

 部屋へと戻ってきた。

 人目がなくなったと思うと、一気に身体の力が抜けた。

 何とも情けない声を漏らしながら、俺は床へと腰を降ろす。今日はこれで終わり。後は明日に備えて早めに寝るだけ。ようやくゆっくり休める。

 始めよりかは更識家の雰囲気というか名家独特の雰囲気には慣れた気がするけど、やっぱり初めてなだけに精神的にかなり疲れた。肩が凝った感じがしたりと身体もあちこち悲鳴を上げている。 しかも、これが明日以降も続くと思うとやっぱり少しはキツい。

 

「……お疲れ様。……疲れたよね……」

 

 隣に座る労うような笑みを簪は見せてくれる。嬉しかった。

 まあ、流石に疲れた。こればかりは正直になるしかない。

 俺とは対照的に簪はさほど疲れてない様には見える。

 

「……私は毎年のことだから……疲れはもちろんあるけど……もう慣れた」

 

 苦笑いを浮かべながら簪は言う。

 慣れか……俺もその内慣れていくのだろう。というか、慣れないとこんな堅苦しいことはやってられない。

 更識家に入ると言ったからには、これから同じようなことが何度もあるような気がする。早く慣れていかないと。

 

「……だね」

 

 でも今回は明日一日乗り切れば終わる。後一日の我慢。

 

「うん。だから……もうゆっくり休もう」

 

 明日もまた朝早い。

 明日は明日で年始行事が控えている。俺と簪はさっさと寝ることにした。

 二人揃って、一つのベッドへ潜り込む。

 

「……おやすみなさい」

 

 そう言葉を交わし、俺達は寄り添いあいながら眠りにつく。

 こうして更識家で過ごした怒涛の一日目が終わった。

 




こんな風にじゃれあっている楯無姉妹の姿を原作でも見たかった人生だった……
楯無さんが二人に言っている事は、楯無さん自信にも言えてること。
強くなった簪ちゃんくっそ可愛い。 というか、簪ちゃん可愛い。


今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と過ごした冬休み―五

 目が覚めた。

 眠気はあるもののゆっくりと体を起し、辺りを見渡す。

 見覚えのない部屋にいる……そう寝ぼけ眼で考えていたが、次第に頭が冴えてきて更識家、それも簪の部屋にいるということを思い出す。

 枕元においてあるスマホで時刻を確認すれば、目覚ましをセットした時刻よりも少しばかり早い。もう二度寝をするつもりはないので目覚ましを止める。そして、ふと隣を見てみれば。

 

「……」

 

 気持ちよさそうに簪がまだ可愛らしい寝息を小さく立てながら眠っている。

 そういえば、こうして簪の寝顔を見るのは随分と久しぶりだ。気持ちよさそうに寝ている簪の寝顔があまりにも可愛くて、起さないように気をつけながら頭を撫でる。

 

「んっ……んん~っ……」

 

 声は上がったが起きてはいない。髪を梳くように撫でると口元を嬉しそうにさせ、今だ簪は気持ちよそうに眠っている。その寝顔はとても愛おしく。あまりにも無防備だから余計に守ってあげたいと優しい気持ちになる。

 簪の寝顔を見れるなんてことは滅多にない。今自分だけがこの寝顔を見れていると思うと嬉しくて、ちょっとした優越感に浸ってしまう。いつまでも眺めていたい。そんな気持ちになってくる。

 部屋の内線が鳴る。突然のことに驚きはしたが、受話器を取った。

 

「おはようございます。本日のご予定は……」

 

 モーニングコールを兼ねた連絡が入り、本日の流れを大まかに説明される。

 そして何でも朝食を部屋に持ってきてくれるとのこと。15分ほどしたら朝食を持ってくるとのことなので、とりあえず簪を起す。

 声をかけながら体をゆっくりとさすると、簪の眠たそうな目とあった。

 

「……んっんん~……おはよう……」

 

 寝ぼけ眼で簪は柔らかい笑みを浮かべながらそう言った。

 その可愛らしい簪の笑みに思わず見惚てしまう。

 内線の音で簪は起きたようで、二度寝する気配もないが、流石に起きたばかり。まだ眠たそうにしている。

 

「……んー……」

 

 両手を簪はだらっとこちらに伸ばしてくる。

 起せということか。普段お互い人前ではこんな風に甘えたりはしないが、今は部屋で二人っきり。しかも簪は寝起きで眠そう。こんな風に甘えられるのは嬉しいので、俺は簪の体を抱き寄せるように体をゆっくりと起した。すると、自然と抱きしめあうような体勢になる。伝わってくる簪の体温は暖かくて、心地いい。

 

「……んっ」

 

 軽く触れ合うようなキスをする。

 こうしておはようのキスをするのも久しぶりだ。

 

「……あっ」

 

 何か思い出した顔をして、簪はたたずまいを改める。

 

「新年明けましておめでとうございます。本年も相変わりませずお願いします」

 

 ベットの上で正座をして深々とお辞儀しながら新年の挨拶をされ、俺も新年の挨拶をする。

 そういえば、今日は一月一日。元旦だ。忘れていたわけじゃないが、こうして新年の挨拶をすると新年を迎えたんだと改めて実感する。

 

「新年の挨拶もだけど……新しい年になって始めに会えたのがあなたで嬉しい」

 

 そう簪は嬉しそうに、にっこりと笑みを浮かべて言った。

 そして起きた簪に今日の予定を伝えると、丁度朝食が部屋へとやってきた。

 メニューとしては軽いものだが、やはり見栄えはよく高級ホテルで出ていそうな料理だ。というか、こんな豪華な朝食を部屋で食べるのは何だか変な感じはするが、とりあえず朝食を済ませる。

 朝食が終わったらゆっくりできるわけでもなく、まず最初にある神事に向けて相応しい正装に着替えなければならない。俺は昨日と同じく黒のスーツ。そして簪は……。

 

「……おまたせ」

 

 着替えから戻ってきた簪は和服に身を包んでいた。

 艶やかな振袖が、小柄な身体にもよく似合っていた。

 髪は綺麗に結われており、いつもの眼鏡を外した顔には化粧がしっかりされていて、元々可愛い顔が更に映えていた。 起きた時よりも更に見惚れた。

 だからだろう。自然と綺麗だと素直な感想が口から出た。

 

「……あ……ありがとう」

 

 頬を赤く染め簪は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 それすら絵になる光景だった。

 

 神事は朝から昼頃まで続いた。

 最初のうちは初めてのことだけにどんなことをやるのかと見ているだけでも楽しかったが、それも本当に最初のうちだけ。神事は座って待つことが多くて、次第に飽きてきた。だが、飽きたからといって自由にできるわけでもなく、大人しく待つことしか出来なくて身体的にも疲れた。

 そして神事が終われば、昼食会。そして昼食会を終えた午後からは、わらわらと年始の挨拶客が楯無家へやってくる。 来ている挨拶客は地元の人や更識がフロント企業としてやってる会社関係の人が多くやってきているらしい。

 一夏と俺は立場上、挨拶の場にいれば騒ぎになりかねないので離れたところからその挨拶の様子を見ていた。簪は前当主の直系親族であり、現当主の妹なので、従者である本音を引き連れて挨拶をしている。何百というお決まりの年始挨拶を繰り返しはいたが、簪は嫌な顔一つせず、常に笑みを浮かべて挨拶に応じていた。挨拶客は夜まで途切れることはなく、それだけで一日が終わってしまいそうだった。

 夜は夜でまた宴会。集まったのは直系以外の親族や有力者ばかり。

 やっぱり、更識家としては午前の年始挨拶よりもこちらのほうが本番みたいなものなんだろう。宴会は昨日のものよりも豪華。

 

「なぁ、あの人って確か芸能人だよなぁ。テレビで見たことある」

 

 違うから。

 一夏が言葉で指した人は総理大臣。

 有力者の中にはテレビで見たことがある有名政治家どころか防衛長官や防衛大臣までいる。

 

「へぇ~、あれって総理だったんだ。知らなかったぜ」

 

 感心めいた言葉をもらす一夏。

 お前は物を知らなさ過ぎだ。自分の国の総理ぐらい知ってないとヤバいぞ。

 でもまあ、感心するのは分からなくはない。これほどの人達を呼べるのは、やっぱり更識家は暗部としての一面もあるから、そん所そこらの名家とは訳も違うし、確かに力のある家だということが分かる。

 この宴会には一夏と俺も列席させられていた。この場に俺達がいるということは他言無用とのこと。政治家の大人が素直には聞き入れないとは思うが、相手は更識家。まあ、大丈夫だろう。それに大人達は皆、一夏と俺が更識家にいることを喜んでいるよう。やっぱり、うれしいものなんだろうか、こういうことは。

 

「織斑さん、お姉さんの千冬さんは家ではどんな感じなのですか?」

 

「あ、私も聞きたいですわ」

 

「お、おう」

 

 ここでも一夏は人気者だ。もう沢山の人に囲まれて話をしている。

 姉である織斑先生のこともあって一夏のほうが話しかけやすいんだろうけど、話しかけやすいのはやっぱり一夏自身の人柄が一番大きい気がする。

 かくいう俺はというと話しかけられ、話はするが一夏ほど沢山の人とではなく、そういう意味では気楽だった。

 話もそこそこに普段では到底食べられそうにないご馳走や飲み物を堪能する。 しかし、腹が膨れ、特にこれといった話し相手がいなくなると、あっという間に片手間が暇になってくる。

 どうしたものか……そう思いながらあたりの様子を眺めているとふと、遠くにいる簪の様子が見えた。

 

「……ふふっ。ええ……それはありがとうございます」

 

 親戚の人だろうか。何人かの人達に囲まれて簪も話をしている。

 簪は人見知りのきらいがあるけど、今は笑みを浮かべて沢山の人と上手くやっている。思えば、午前の挨拶の時もそうだった。やっぱり、昨日のことが簪をそう強くさせているんだろう。

 そんな風に簪の様子を眺めていると目が合った。

 ……外に出るか。そんなアイコンタクトを簪に送れば、それに気づいて、周りにそれと悟られないように瞳だけで頷いた。

 

 宴会の席を後にして、外にある庭園へと出る。

 賑やかな中とは対象的に外は静か。人影もたまに通る使用人達ぐらい。

 

「……外はやっぱり……冷えるね」

 

 そう言いながら、簪はお付の本音を連れずに一人で現れた。

 そのまま俺の隣にやってきて、密着するほどではないが寄り添ってくれる。

 思っていたより、簪がやってくるのは早かった。抜け出してきたみたいだったけど、大丈夫だったんだろうか。

 

「うん……大丈夫。私も流石に疲れてきてたし」

 

 朝からずっと行儀よくさせられていたから無理もない。

 以前の簪ならいざ知れず、今日の簪は本当によく頑張っていた。

 

「そうかな? なら……頑張った甲斐があった。私……ちゃんと上手に更識の人間の務めを果たせてたってことだよね」

 

 立派だった。こんな頑張っているいい女がいるんだ。俺も負けていられない。

 庭園で夜空を眺めながら簪と一緒に一息つく。

 いつしかどちらからともなく手がふれあい、手を繋いでいた。

 

「いよいよ……明日だね」

 

 明日二日目の午後から、いよいよ今度は俺の家で残りの冬休みを過ごす。

 おそらく明日のことを考えているだろう簪の表情が、心なしかかなり緊張しているように見える。

 緊張するのは分かるけど、そこまでのことなんだろうか。俺の実家は更識家ほどきっちりしているわけでもなければ、豪勢なわけでもない。

 

「そういうことじゃないの。やっぱり……緊張するよ……明日だって思うと余計に。いろいろなこと考えちゃう」

 

 それは分からなくはないが……。

 

「だって……か、彼氏の……ご両親に挨拶するんだよ?」

 

 それもそうだな。

 頬を赤らめて恥ずかしく言われるとこっちまで何だか恥ずかしくなってくる。

 というか、こんな話前にも列車の中でしたな。そういえば。

 

「ふふっ……確かに」

 

 小さく笑みを簪は浮かべて笑う。

  

「そろそろ……戻らないと」

 

 宴会はまだまだ続いていく。

 流石に付き合っているとは言え、いつまでも二人だけ抜け出したままというわけにはいかない。

 

「ありがとう……元気出た。もうひと頑張りできそう」

 

 それならよかった。

 ほんの一時でもあの宴会での疲れや堅くるしさを忘れられたのなら何より。もうひとふん張りだ。

 庭園を後にして、俺と簪は宴会の席へと戻って行った。

 




着物の姿の簪ちゃん可愛い!ヤッター!
もっと! 簪をもっと可愛く。刹那、究極的に可愛く書かなければなけない……

この場を借りて、『簪とのありふれた日常』の推薦を書いていただいたふろうものさん、ありがとうございました。

今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と過ごした冬休み―六

 地元、俺の実家に着いたのは夜大分遅くなった頃。

 日が沈み、あたりは真っ暗。この時間帯に着くことは親にはもう連絡しているから、それは問題ない。問題があると言えば、簪だ。

 

「……すぅ……はぁ……」

 

 インターホンを前にして、緊張を落ち着かせるように、簪は深く深呼吸している。

 地元に着いてからの実家までの道のり。簪はずっと緊張しっぱなしだ。緊張する気持ちは分かるし、緊張するなとは言えないけど、流石に心配になってきた。簪は元々、気が強いタイプじゃないから余計に。

 

「大丈夫」

 

 緊張で瞳は揺れているが、簪がそういうのならそれを信じるほかない。

 インターホンを押した。

 すると、待ってましたと言わんばかりにすぐさま扉が開けられ、家の中から母さんが出てきた。

 

「やっと来たわね。寒いでしょう。中に入りなさい」

 

「……お邪魔……します」

 

 恐縮したように簪は言う。俺と簪は家の中へと入っていく。

 実家は閑静な住宅街にあるごくごく平凡な二階建ての一軒家。

 久しぶりの我が家。こうして帰ってくるのは、IS学園に入学する前以来。懐かしい。

 とりあえず、始めにリビングに入るとさっき会ったばかりの母さんと、そして親父がいた。

 

「おかえり。よく帰ったな」

 

 出迎えてくれた親父。

 母もそうだけど、両親共に元気そうだ。むしろ、以前よりも元気そう。

 ISが使える二番目の男として発見された時は、情報規制こそはされていたもののいろいろと騒ぎになった。その時、両親には大分苦労をかけてしまった。

 だから今、元気そうな顔を見て心底安心した。

 

「して、そちらのお嬢さんがお前の彼女の……」

 

 親父が簪に気づき、リビングの床に二人並んで座り、両親に簪を紹介した。

 俺の紹介が終わった後、改めて簪本人が自己紹介をした。

 

「改めまして新年明けましておめでとうございます。お付き合いさせていただいてます。更識簪と申します。ふつつかものではありますが、どうぞよろしくおねがいします」

 

 淀み無い自己紹介を終えると、正座した簪は丁寧に頭を下げた。

 さっきまでの緊張が嘘みたいに、今の簪は堂々としている。

 両親共に、簪の丁重さと可愛さに、ものの見事に面を食らっている。

 

「まあまあ、これは丁寧にどうも。本当、ろくに自分から近況報告しないこの子が彼女を連れて帰るって聞いた時は嘘かと思ったわ」

 

「まったくだ。それでご両人はいつから交際を?」

 

「えっと……な、夏休みの終わり頃から……です」

 

「ほぉ……それでお前、夏休み帰ってこなかったんだなぁ」

 

 それだけが決して、帰ったこなかった理由じゃないんだけども。

 というか親父のニヤついた顔が最高にムカつく。だが、ここはグッと我慢。

 母さんのいう通り、自分から近況報告したのなんて片手の指で数えても余るほどで、逆に母さんから近況報告を聞かれても適当に答えるだけ。もう高校生なのだから一々言うことじゃないと思ってそうしていたけど、彼女が出来たことを言ったのは去年の終わり頃だった。だから、変に詮索されたりしても仕方ないこと。そう思って我慢しているけど、その我慢しているのが親父達には分かっているようで、ますますニヤニヤされる。余計にムカついてくる。

 

「簪さん、でいいかしら?」

 

「……はい」

 

「簪さんもIS学園の生徒なのよね?」

 

 その通りだと答え、ついでに簪は国家代表候補の一人だということも伝える。

 

「それはまた。息子よ、いいお嬢さんを見つけてきたじゃないか」

 

「そう言えば、簪さんのご自宅にはうちの息子と伺ったと聞いたけど、どうだったの?」

 

「はい。私の親には二日前ほどに会って……その……ちゃんと交際の許可は貰いました」

 

「あら、そうなの。やることはちゃんとやってるのね」

 

 母さんから、俺に向けられる温かい目が今は何だか無性にむず痒い。

 

「簪さんの親御さんの許可があるのなら言うことは何もない。ウチとしても簪さんが息子の彼女なら大歓迎だ」

 

「そうね~早くお嫁に来てもらいたいぐらいだわ」

 

 笑いながら言う母さん。

 場を和ますつもりなんだろうけど、冗談ではすませそうにないのが母さんの恐いところだ。

 それを真に受けた簪が頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俯いている。

 

「でも、簪さん。こう言っては大変申し訳ないんだけど、うちの子でいいの? 分かっていると思うけど、息子はほらいろいろと大変よ」

 

 何が、とは言わないのは母さんなりの気遣いなんだろうか。

 

「はい」

 

 簪は躊躇わず返事をした。

 

「大変なのは重々承知しています。私は彼を支えたい。支えられるようになりたい。どんな困難だって二人で乗り越えていきます。彼もそう思ってくれているから……私は彼がいいんです。彼じゃないとダメなんです」

 

「そう……」

 

 母さんはそう感心した声をもらしながらも、嬉しそうな笑みを浮かべて。

 

「なら、ふつつかな息子だけど」

 

「どうかよろしく頼みます」

 

 そう母さんと親父は言った。

 

 簪の紹介をそこそこに、その後は母さんが夕飯を用意してくれて四人で囲むことになった。

 夕飯のメニューは正月らしく、おせち料理。ただやっぱり、簪を連れて帰ると前もって連絡していたせいか、例年以上に気合が入っている。いつもは皿の上に適当に乗せられているだけに今回は重箱に詰められている。凄く豪華だ。

 今ではすっかり母さんも親父も簪を受け入れてくれ、馴染んでいる。というか、馴染みすぎて。

 

「いや~ISの騒動が起きた時は一時はどうなるかと思ったが、息子がこんな美人でいいお嬢さんを連れて来るとは! これで我が家も安泰だ!」

 

「もう~お父さん飲みすぎよ」

 

 酒を飲んだ親父は顔を真っ赤ににしてすっかりできあがっていた。飲んでいる量はいつもと大して変わらないはずなのに、よほど簪のことがが気に入ったのか、ずっと褒めちぎっている。母さんも母さんで口では親父を止めはするが、ずっと楽しげに笑っていて、やっぱり簪をずっと褒めちぎっている。

 そんな両親に簪はただうれしそうにしながらも恥ずかしそうに縮こまっていた。

 親父達、嬉しいのは分かるが流石に騒がしい。仕方ないとは言え、簪にこんな騒がしい両親の姿を見せるのは何だか申し訳ない。

 

「そう? 私はいいと思うよ。私……こんな風に賑やかに家族揃って夕食食べたことも……お正月過ごしたこともないから……楽しい」

 

 そう簪は楽しげな笑みを浮かべて言う。

 まあ、簪がそういうならそれでいいか。

 

「よいしょっと」

 

 笑っていた母さんは、一旦洗物でもする為にか立ち上がる。

 

「あ……わ、私も手伝います」

 

 簪が空いたお皿達をまとめて、母さんの後を追う。

 

「あら、ありがとう。本当、簪さんみたいないいお嫁が出来て嬉しいわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 頬を赤らめながらも簪は喜んでいる。

 会って初日だけど、嫁姑の仲は中々よさそうだ。

 

「なあ、息子よ」

 

 母さんと簪が台所へ消えると、親父がそう声をかけてきた。

 まだ顔は真っ赤だが、さっきみたいに酔っ払ってる気配はない。何だか真剣だ。

 

「あんないいお嬢さんなんだ。お前が大変なのは分かるが、絶対に二人で幸せになるんだぞ」

 

 言われるまでもない。

 

「男はカッコつけてなんぼのものだ。カッコつけるからには最後まで彼女の前ではカッコつけ通せよ。何、お前は俺の息子だ。出来るさ」

 

 肩に手を置いて親父はそう言ってきた。

 嬉しい言葉。その言葉は頼もしく、曇りなく言える親父が何だかカッコよかった。

 

 そして簪と母さんが洗物をしている間に俺は風呂を済ませ、その後に簪も風呂を済ませた。

 実家についたのも夜遅かったせいか、気づけば日をまたいでいた。

 明日特にこれと決まった予定があるわけじゃないが、学園を後にして、電車移動が長かったこともあって、そろそろ寝ることにした。俺の部屋で、簪と二人一つのベットに。

 てっきり、簪にちゃんと客間を一部屋用意していると思ったのだが、母さん達は俺達が俺の部屋で一緒寝ると思って用意しておらず、今まで通り一緒に寝ることになった。

 

「狭い……よね」

 

 遠慮気味にすぐ傍にいる簪はそう聞いてきた。

 狭いか狭くないかで言うと確かに狭い。部屋のベットはシングルベットだから、二人一緒に寝れば狭くなって当たり前だ。だが、簪が遠慮する必要はない。どんな形であれ一緒に寝るのはやっぱり、嬉しい。

 それに、ひっついていれば狭さなんて気にならない。そう俺は簪を抱き寄せた。

 

「そうだね」

 

 嬉しそうに頷いて簪は体を密着させてくる。

 

「素敵なご両親だね」

 

 簪にそう言ってもらえるのなら何よりだ。

 

「私……頑張らないと」

 

 何を頑張るというのだろうか?

 母さん達は、簪のこと大歓迎してくれて、めちゃくちゃ喜んでくれているのに。

 

「それは嬉しい。でも……もっとご両親とも家族……になれるように私は頑張りたい」

 

 顔を埋めていて表情は分からないけど、簪の声音は真剣だというのはよく分かる。

 好きな人の両親とも家族になりたいというのは分かる。俺だってそうだ。

 簪ならきっとなれる。大丈夫。

 

「うん……私頑張る。おやすみなさい」

 

 おやすみ。

 俺達は寄り添いあいながら眠った。

 

 

 

 

 翌日。一月三日。

 新年を迎えて、まだ初詣に行ってないことを思い出した俺と簪は、二人で実家の近所にある神社へと初詣をしにやってきていた。

 元旦を過ぎたとはいえ、今日はまだ正月三が日。参拝者はそこそこ多く、気を抜いてるとはぐれてしまいそうだ。なので、はぐれないように俺達は腕を組む。

 

「こうやってするの……久しぶり」

 

 ここのところはいろいろとあって手を繋ぐことすらままならなかった。

 確かに久しぶりだ。腕に当たる胸の感触も。

 久々の胸の感触を楽しんでいるとそれに気づいた簪は嬉しそうに笑う。

 

「くすっ……私の胸好きだね。好きなだけ……どうぞ」

 

 腕を胸の谷間で抱きしめる簪。

 大人しく俺はされるがままにする。まあ、人前ではあるが今日ぐらいはいいんだろう。別に騒いでるわけでもないのだから周りの人らは俺達なんて気にしてない。それに簪の胸が好きなのは否定しようがない事実なわけだし。

 ちなみに俺達はというと今、お参りをする為に賽銭箱のある神社本殿まで並んでいる。と言ってもそこまで長い列にいるわけじゃない。後五分ほどすれば、俺達の番。以前元旦に、かなりの時間並んだことを思えば、正月三が日とは言え、かなり進み具合は早い。

 本殿、賽銭箱の前までやってきた。自分達の番となった俺と簪は二人横に一列に並んで、賽銭箱へと小銭を投げ入れ、手を合わせてお参りする。

 ひとしきり神頼みが終わると、後ろで待っている次の参拝者に譲るように、その場から離れ、おみくじやお守りが売られている本殿横の売店近くへと行った。

 

「……なんてお願い事をしたの?」

 

 それを言うとお願い事した意味が薄れる気がしなくはないけど、簪一人ぐらいなら言っても問題ないか。第一、お願いごとをしてないのだから。俺がお参りの時、心の中で言ったのは神に向けての誓い。昔、どこかで元旦のお参りは本来、「お願いごと」ではなく、「誓い」をするものと聞いた覚えがある。神頼みしたいことならいくらでもあるが、それは神頼みして叶うようにするのではなく、やっぱり自分達自信の力で叶えたい。

 だから。

 

――去年一年も幸せだった。だから、今年一年も簪と共に幸せに過ごせるよう努力する。その姿を見守ってください。

 

 と、神頼みするのではなく、神に向けて誓いをたてた。

 そんなことを伝えたと教えると、簪は驚いたような顔をして、嬉しそうに小さく笑っていた。

 どういうことなのかと思えば。

 

「同じだね」

 

 そう簪は言った。

 

「私も……ね。神様に誓ったの。今年は幸せだった去年よりももっとあなたと一緒に絶対幸せになるから。どうか神様……その頑張りを見ていてください……って」

 

 こんな時まで、俺と簪の気持ちは一緒だった。

 こういうのは照れくさいけど、同じだということ。それがまた嬉しかった。

 そしてその後、売店で売り物でも適当に見ているとあるものが目に入った。

 

「あ……あれって絵馬……だよね」

 

 簪が指したのはたくさんの絵馬。

 そう言えば、去年高校受験の合格祈願で書いたな。

 初詣で神社に来たんだ。せっかくだから書いてもいいかもしれない。

 

「うん……そうだね。書いてみたい」

 

 ということで売店で、人数分買おうとした。

 

「カップルさんですか? よろしければ、こちらの絵馬がオススメですよー」

 

 売店の巫女さんに勧められた絵馬はいかにもカップル用の絵馬。

 裏面を見せてもらえれば、ピンク色で『縁結び』と書かれている。

 こんなのあったんだ……知らなかった。折角、勧められたて、値段も普通のものと比べて百円高いだけ。

 まあ、勧められたことだし……。

 

「そうだね。えっと……じゃあそれで」

 

 俺達はカップル用の絵馬を一つ買った。

 なんでも二人で一つの絵馬に書きたいことを書くものらしい。

 絵馬に書くスペースに場所を移す。さて、何を書いたらいいのやら。

 

「……うーん……ちょっと耳貸して」

 

 簪は耳打ちで絵馬に書く内容を伝えてきた。

 思わず、驚いてしまった。そんなこと書くのか?

 

「ダメ……?」

 

 ここぞとばかりに上目遣いできかないでほしい。ダメじゃないが、流石に恥ずかしい。

 だが、簪がいいのなら別にいいけど……そう言うと簪は嬉しそうにして、絵馬にその内容を書いた。

 絵馬に託すことを書き終えると最後、名前の欄に俺の下の名前と簪の名前を書いて、絵馬をかけに絵馬掛け所へと行く。

 ずらりとかけられた沢山の絵馬。かけられそうな場所を探していると、いくつかかけられた絵馬が見えた。この時期、定番の受験合格祈願が圧倒的に多いが、中には家族の健康祈願や就職祈願などいろいろな絵馬がある。その中には当然の如く、他のカップルもすすめられたんだろう俺達と同じ種類の絵馬がいくつか飾られていた。

 

「ここ……空いてる」

 

 簪が空いている場所を見つけてくれて、そこにかけた。

 

「まあ、こういうバカップルぽいの……本音と織斑のほうが書きそうな内容だよね」

 

 確かに、と俺達は苦笑いする。

 でも心なしか、簪は満足そうにしている。

 俺達のかけた絵馬にはこう書かれていた。

 

――二人一緒に幸せになる

 

 シンプルだけど、神頼みするのならこれに限る。俺達の嘘偽りない気持ち。

 正直、こそばゆいものがあるけど悪い気はしない。

 

「私も悪い気はしない。こういうのもいいよね」

 

 幸せを噛み締めるように言う簪に頷いて、俺は簪の手を取り繋ぐ。

 新しい年の時は、ゆっくりと流れていく。

 こうして俺達は新年改めて神に誓いを立て、互いを想うそれぞれの想いをちゃんと確かめあった。これからも迎えていく、ありふれているけど大切な人との日々に想いを思いを馳せて。

 




これにて冬休み編はおしまいです。
今回は婚約の挨拶みたいになったけど、またイチャイチャできてよかったです。
簪と過ごした冬休みは波乱万丈だったけど幸せだった……
簪可愛い 可愛い簪ヤッター!


誤字・脱字などの報告をしてくれた方々、ありがとうございました。
お手数おかけします。

今回の話の男主も前回同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪はいない夜。野郎二人が感じた嵐の前触れ

※注意
・今回タイトル通り簪本人は出ません(名前や話には出てきますが
・簪シリーズと同様の主人公と一夏のとある話題について話すお話です。
・いつも「」付けで話してない男主が普通に話しています。悪しからず。
・一読して下さり、読んで下さった方が今回の話の内容について何か考えて下さったら幸いです。


 

 二月。その月は一年のうちにあるいくつかのイベントごとの一つ、バレンタイデーがある。

 今日はそのバレンタインデーを一週間後に控えたとある日の夜。

 IS学園は一夏や俺といった例外を除けば、女子高そのもの。やっぱり、イベントごとが好きな女子が多く、IS学園も世間の例に漏れず一週間前だと言うのにバレンタインデー一色だ。

 今までバレンタインデーは縁遠いものだった。生まれたこの方、本命チョコなんてものは貰ったことがない。

 でも、今年は違う。今回の俺には簪という素敵な彼女がいる。くれると公言されたわけじゃないが、多分簪から本命チョコをもらえることだろう。期待してないなんてことは嘘でも言えない。今から楽しみで仕方ない。

 そんな期待を胸に今夜も簪と部屋からの外出禁止時間まで話をした帰り、ロビーで一夏を見かけた。

 最近では珍しく、今日は一夏は本音とではなくデュノアと二人でいた。

 

「ね、一夏。だから……」

 

「あ、ああ……」

 

 やけに体と体の距離が近い二人。一夏の奴、デュノアと浮気でもしているのかと思ったが、そういうわけじゃないらしい。珍しく困った顔をしていている一夏はデュノアに捕まっているように見える。

一夏と本音が付き合い始めて早二ヶ月近く。新年を迎えた今では、一夏と本音が付き合った当初よりかは大分周りは慣れて、落ち着いてきた。今では前みたいに二人の後をつけたりといったこともなくなり、一夏と本音が二人でいることが当たり前の風景に一つなりつつある。

 それは篠ノ之達とて例外じゃない。今では前みたいな地獄絵図を繰り広げることもなくなった。心の傷はまだ癒えきってない様子で、決して諦めたわけでもなさそうだが。篠ノ之達は一夏に本当の恋人が出来たこと、一夏が本音と付き合っていることをゆっくりとだけど、受け入れつつある。

 だけど、気がかりなのがデュノアだ。彼女だって、一夏に本当の恋人が出来たこと、一夏が本音と付き合っていることを受け入れつつあるとは思うけど、篠ノ之達以上に一夏のことをあきらめてないというのが男の俺にだって分かる。

 他人の恋路だ。そう簡単に割り込んでいいものじゃない。付き合っても尚一夏のことを思い続けるのはデュノアの自由で、それで苦しい思いをするのはデュノアの勝手。

 でも、今みたいにデュノアはやけに一夏と体の距離が近かったりして露骨な気がする。まあ、自分に振り向かせようと一生懸命なんだろうし、その気持は分からなくはないが、気にはなってしまう。

 皆を『守る』ヒーローでも、周囲の期待を常にこたえ続ける英雄でもない。本音と付き合っていることは一個人としての一夏が心から望んで手に入れた幸せなんだ。親友の一夏には幸せになって欲しいと思うのは当たり前のことで、大事な友達である本音にも同じ様に幸せでいてほしい。

 本音だって、自分以外の女子が自分の男にベタベタとしていてはいい気分はしないはずだ。嫌な思いをして、本音が悲しむかもしれない。そんな本音の姿は見たくない

 ここは一つ困っている一夏を助けるついでに、釘の一つでも刺して置いたほうがいいか。そう思い一夏に声をかけた。すると、デュノアにほんの一瞬だが睨まれた。

 

「……」

 

 こわっ。

 一夏と本音をお膳立てして結ばせたと周囲には知られているから、篠ノ之達に何度か睨まれはしたがあの五人の中でデュノアがやっぱり一番怖い。無言で睨まれただけに恐さはひとしおだ。

 

「じゃあ、ボクもそろそろ部屋に戻るね。一夏、バレンタイン。楽しみにしててね!」

 

「お、おう……」

 

 デュノアが去っていく。

 残された一夏はその場に疲れた様子で深く腰掛けていた。

 

「お疲れさん、一夏。俺達も部屋に戻るぞ」

 

「……ああ」

 

 疲れた様子の一夏を無理やり起すのは何か忍びないけど、もう外出禁止時間間際だ。こんなところで油売ってたら、寮長である織斑先生に怒られる。一夏を連れて、自分たちの部屋へと戻った。

 

「はぁ~~……」

 

 部屋について自分のベットに座り込むと、一夏は深い疲れた溜息をついた。

 

「んな溜息ついてたら幸せ逃げるぞ」

 

「分かってるけどよぉ……」

 

 浮かない顔の一夏。

 無理もないか。彼女がいるのに別の女子にあんな風にベタベタとされたらかなわない。だからと言って、好意を寄せられているのを知っているだけに、そう易々と邪険にすることも躊躇うものがある。俺だって楯無会長関連で経験あるから、その気持ちは分かるし。それに一夏の性格を考えるなら、その思いは一際大きいのだろう。

 

「まあ、なんだ。そう溜息つくなよ。一夏がバレンタインも相変わらず大変なのは分かるけどさ。正直、羨ましい話だけど」

 

  凰や篠ノ之から一夏が幼い頃からも、それはもう映画やアニメに出てくるキャラみたいにモテていたのはよく聞かされたし、実際一夏のモテ具合の凄まじさは今まで散々隣で目にしてきた。

 

「羨ましいってお前なぁ……バカ言え、ホワイトデーのお返し大変なんだぜ」

 

 疲れた顔で一夏はそう言った。

 もっと気の利いた言葉をかけられればよかったし、一夏の身の上を知っているだけに正直同情してるけど、今の言葉を聞いて一発殴ってやりたくなった。

 そりゃ一夏からしたらその言葉通りなんだろう。くれる全員からちゃんと受け取って、半端ない数になっても生真面目な一夏は律儀に一つ一つちゃんと丁寧にお返ししてそうだ。そんな風にお返ししてたら大変なのは当たり前だけど、そういう細かいところもちゃんとしているのが一夏のよさでモテる秘訣なのはよく知っている。だけど、今の一夏の言葉は最高にムカついた。そんな言葉一度でいいから言ってみたい。

 

「たくさん貰いはするけど基本は友チョコばっかで後はおもしろ半分だぜ、いつも」

 

「モテる男は言うこと違うねぇ」

 

「まあ、今年はお前もいるから安心だけどな」

 

 嫌な笑みを浮かべて言う一夏の言葉に何言ってるのか分からなかった。

 

「IS学園で男は俺とお前しかいないんだ。おもしろ半分でくれるなら俺だけじゃなくて、お前も沢山貰うはずだ」

 

「いやないない。ありえないって。俺一夏ほどモテねぇよ」

 

「お前はいい男なんだ絶対モテるって。でも、たくさんチョコ貰ったら更識さん怒ったりしてな」

 

 ニヤリと笑う一夏。

 おもしろ半分だとしても俺は一夏じゃあるまいし、そんなチョコもらえるわけがない。簪からのチョコ一つだけもらえれば、それだけで充分だ。

 それに何かの手違いで万が一そんなチョコを貰ったところで、簪がそんなことで怒ったりしてないだろう。多分。

 

「あ……でもバレンタインか……はぁぁ~……」

 

 思い出した様に言って、一夏はうな垂れてまた落ち込んだ。さっきまで散々憎まれ口叩いてた癖に忙しい奴だ

 

「俺……本当自分のこと馬鹿だなって思う。のほほんさんと付き合ってからさ……のほほんさんと過ごす毎日が新鮮で楽しくて幸せで。そしたら今まで見えてなかったいろいろなものが見えてきて、いろいろと考えるんだ。だから、余計に今まで俺深くも考えないで本当とんでもないこと言ってたって気づいたよ」

 

 今までの自分を悔いるように一夏は言う。

 まさか、一夏がこんなことを言うなんて。一夏が本音と付き合って、かなり変わった。まず第一に本音のことを思い、考えて、行動するようになった。本音と言う一夏にとっての一番大事なものが出来たからこそ、以前みたいな女ったらしなことをしないよう気をつけ始め、皆……特にあの五人と決して拒絶するわけではなく今の関係で丁度いい距離を保とうとしている。

 それにこの一夏の言葉はそれはきっとデュノアに向けての言葉でもあるんだろう。そんな気がする。

 いっそのこと「彼女が出来たのだからこういうことはやめてほしい」ときっぱり突き放せばいいんだろうけど、一夏はデュノアに対して多分何か大切なことを昔言ってしまって、そんなことはそう易々とはできないようだ。でなければ、今みたいなことにはなってないだろう。

 

「昔の俺に会うことが出来るなら思いっきりぶん殴りたい」

 

 また今までの自分を悔いるように一夏がそんなことを言うものだから、思わず笑ってしまった。

 

「おい笑うなよ。俺は真剣に」

 

「いや、悪い。お前があまりにも面白いことを言うものだからついな」

 

「何だよそれ」

 

 一夏は拗ねてしまった。

 

「でも、笑われても仕方ないよな……俺一人で何とかしないと。お前にも、のほほんさんにはもう迷惑かけられねぇ」

 

 こいつはまた一人で全部抱え込もうとしている。一夏らしいと言えば、一夏らしいけど。

 

「そう何でも一人で抱え込もうとするなよ、一夏。お前自身の力で何とかしないといけないことなのかもしれないけど、何も全部自分だけの力でどうにかしようとしなくてもいいだろ。周りをもっと頼れよ。俺ならいくらでも力を貸す。そりゃ勿論どこまで力になれるか分からないし、力になれないかもしれない。それでも、話……それこそ愚痴ぐらいいくらでも聞いてやる」

 

「お前……」

 

 一夏が変わっていく姿や新しいことを楽しんでいる姿を見れるのは、幸せになっている姿は、純粋に友達として嬉しい。そして変わっていくことで、新しい悩みや困難な壁ができるのはある種当たり前のこと。それを乗り越えようと悩んでいる今の一夏の力になりたいと思う。近くにいるのにただ隣で見ているのは歯がゆいものはがある。

 それはきっと――。

 

「俺じゃなくても、少しは彼女の本音ぐらい頼ってもいいじゃないのか?」

 

「でも、それは」

 

「何も全部、頼らなくてもいいし、一夏が自分のことに本音を巻き込みたくないってのも分かる。彼女の前では情けない姿見せずにカッコいい姿でいたいからな」

 

「それはな」

 

「男がカッコつけるからには最後までかっこつけ通さなくちゃならねぇけど、別に頼るのはダサくはないだろ。何でも一人でって意地張ってる方がかっこ悪い。一夏は少しぐらい周りに、それこそ本音に甘えることを知ったほうがいい」

 

 正直、一夏は誰かに甘えるということを知らないんじゃないかって思う。

 まあ、それは両親が居らず、唯一の肉親である姉の織斑先生は昔っから忙しくて、家にいないことが多かったといつか一夏から聞いたから、そんなんだと甘えるような相手がいないし、知らなくても無理もない。

 

「甘える、か……」

 

 随分と一夏は苦そうな顔をしている。

 

「いきなりは難しいだろうけど、ゆっくりでも知っていけばいいさ。それにあんまり男だからってカッコつけて一人で背負い込んでると彼女怒らすぞ」

 

「体験談っぽいな」

 

「まあ……体験談だからな」

 

「そうか」

 

 俺と一夏は苦笑いしあう。

 

「女子の本音に言いにくいことなら、男の俺がいくらでも聞くだけ聞くし。女子の意見がほしいなら、簪も聞いてくれるはずだ。口では凄い嫌がりそうだけど」

 

「ははっ……そうかもな。何か悪いな」

 

「気にするな。今に始まったことじゃないだろ、こういうのは」

 

「確かに。本当、お前と出会えてよかった。やっぱ、お前のこと好きだぜ」

 

 寒気がした。なんっつう気持ち悪いことを言うんだ、この馬鹿は。

 

「気持ち悪いこと言うな。そういうのは口にするんじゃなくて思ってればいいことだし、第一本音に言ってろよ。そういうのは」

 

 まあ……どういう意味の『好き』は分かるし、言葉は気持ち悪いが、その好意自体向けられるのは悪い気はしないと思わせられるのが、こいつの悪いところ。

 女ったらしは気をつけていても、根っからの人間ったらしはまだなようだ。

 

「そうだな。本当にありがとうな。でも、まずはもう一度、自分でじっくりどうするべきか悩んで考えるよ」

 

「そう。まあ、言いたくなったら言えばいいさ」

 

 結末としては二つに一つしかなくて、一夏の気持ちは結局悩んでも考えても変わらないんだろうけど、それでも悩まないよりかは悩んだほうがいいと思う。第一、悩まないのなら、もうとっくに答えは出て、一夏がこんなことにはなってない。一人でダメな時は、一人で背負い込むなと釘を刺したから、まずは大丈夫だろう。それこそ今の一夏には本音がいることだし。

 

「十四日、楽しみだけど出来れば、のほほんさんと平和に過ごせたら一番いいんだけどなぁ……」

 

「無理だろ。一夏は特に」

 

「即答かよ。はぁ……でも、俺もそんな気がするよ……」

 

 うな垂れる一夏。

 バレンタインは楽しみだが、俺達は確かに嵐の前触れを感じていた。

 




修羅場。

今回からバレンタイン編です。
まずは導入編、男子から。
次は女子。どうなることやら。


今回の話の男主もこれまで同様に簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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あなたはいない。乙女二人の恋話その弐

 

 夜。部屋からの外出禁止時刻まで、彼といつも通り一緒に過ごした。

 そして、自室に戻った私は明日の授業に向けての予習復習をそこそこに、タブレットでネット検索していた。

 検索キーワードは『バレンタイン 手作りチョコ』。来週に控えた来る二月十四日。バレンタインデーに向けて、私は手作りチョコをどんな風にしようかと考えていた。

 渡す相手はもちろん、私の大好きな愛しの恋人。調理室の使用許可届けは用意した。後は具体的にどんなチョコを作るか決めるだけ。

 料理は苦手だけど、カップケーキといったお菓子作りは得意。それと大体要領は同じだろうし、基本的なチョコ自体の作り方も一通りは知っているから多分大丈夫なはず。

 

「……んー……たくさんある」

 

 検索の末、たどり着いた料理レシピのコミュニティウェブサイトで私はバレンタインチョコの項目に目をやる。

 バレンタインデーの時期らしく丁度特集されていて、オススメチョコの特設ページがある。いろとりどり様々なチョコが掲載されていて、パッと見どれも凝って、美味しそうに見える。正直どれを作ろうか迷う。こんな風に凝ったチョコじゃなくて、簡単なチョコでも本当はいいのかもしれない。どんなチョコだって、彼は喜んでくれるはずだ。

そう分かっているからこそ、やっぱり彼にあげるバレンタインチョコは今まで作ったどんなお菓子よりも美味しくて、凄いものを作りたい。

 何より、この年のバレンタインデーは私と彼が付きあって、初めて迎える日。やっぱり、初めてっていうのは私にとっても、彼にとっても大切な日になるし、大切な日にしたい。

 そう思うからこそ、レシピ選びにより熱が入って、迷いが強くなる。どれにしようか沢山悩んで大変だけど、例えばこんなチョコをあげたら、彼はどんな反応をしてくれるのかと何度も頭の中でたくさん想像するのは楽しい。

 

「……」

 

 ふと、隣の本音の様子を伺う。

 本音も同じ様にバレンタインに向けてどんなチョコにしようか、調べて考えているみたいだけど、様子が少しおかしい。端末を眺めてはいるが、心ここにあらずでチョコのことよりも何か別のことを考えいる。ううん、悩んでいるみたい。

 織斑と付き合い始めてから本音は本当に幸せそうだけど、同時に大変そうだ。男性IS操縦者と交際するってことはいろいろな面で大変。本音のその気持ちは分かる。実際、私も同じ様に男性IS操縦者である彼と付き合っていて、正直なところ大変なことは沢山経験してきている。

 何より、本音が付き合っているのはあの織斑。物凄くモテて、あの五人はいまだに織斑のことを好きでいる。そりゃチョコを考えるよりも、大きい悩み事の一つや二つ考えていても無理はない。

 でも、付き合う前……あの時みたいに唸ったりして露骨に悩んでる様子がないだけに、余計に本音の様子が心配になってくる。

 

「本音……悩みごと?」

 

「えっ?」

 

 私の声に驚いて、本音は体をビクっと震わせる。

 

「あ……うん。チョコ中々決まらなくて。どれもおいしそうだし、これだけ数多いとね」

 

 それは嘘じゃないのは分かる。本音がそれでも悩んでいるのは知っているし、私だって現在進行形で同じ様に悩んでいるのだから。

 でも、今私が聞きたいことはそれじゃない。

 

「それにバレンタイン心配で……」

 

「心配……?」

 

「ほら、おりむーって聞いた話だと毎年凄い数のチョコ貰ってるらしいから今更、私がチョコをあげても喜んでもらえるかな~って。今年も多分一杯貰うだろうし」

 

 この子は一体何を言っているんだろう。

 彼女が彼氏にあげないで一体誰があげるというのか。というよりも、彼女を差し置いて、他の女のチョコで彼氏を喜ばせるわけにいかないじゃない。

 

「本音……それ本気で……言ってるの? 本音からのチョコを織斑が喜ばないなんてこと絶対にない」

 

 断言できる。

 織斑なら誰からチョコを貰っても喜ぶだろうけど、やっぱり本音から貰うチョコを一番に喜ぶはず。

 でなければ私と彼とで織斑に説教してやる。

 

「それに沢山貰うって言ったら……それ、私もだよ」

 

「あ……それもそうだね」

 

 本音は、謝るように苦笑いする。

 織斑ほどアニメみたいに信じられない数貰うことは多分ないと思うけど、私の彼も今年のバレンタインデー沢山貰うんだろうな。

 私と彼が交際していることは誰もが知る事実。だけど、彼はIS学園に二人しかいない男子の一人。バレンタイン一色の皆は、おもしろ半分で渡すと思う。実際、私のクラスてある四組のクラスメイトや仲良くなった整備課の知り合いから彼に『友チョコ』としてチョコを渡してもいいかと聞かれた。おそらく、イベントごとやおもしろおかしいことが大好きな私の姉も渡してくるだろう。

 正直、彼が貰うだろうチョコの数を想像したらげんなりはするけど、別に彼が他の女子からチョコを貰うのはいい。聞いてきた子達にもいいと返事したし、そんな些細なことで独占欲みたいなものを表に出すのも何だか情けない。私は彼の彼女。どっしり構えてればいい。

 

「彼氏がたくさんのチョコを貰うかもしれないけど。だからこそ……自分のチョコを一番に喜んでもらえるように……頑張って作るんじゃないの……?」

 

 それが全て。

 彼への想いを少しでも、チョコという一つの目に見える形に出来るように。そして、そのチョコを少しでも美味しいと喜んでもらえるように、今悩んでいる。

 他の子が渡すからとかどうでもいい。自分のあげたチョコを喜んでもらう。本当にただそれだけのこと。

 

「……」

 

 驚いた表情をして、本音は嬉しそうに小さく笑った。

 

「かんちゃん……本当、強くなったね~」

 

 思わず呆れてしまった。強くなったって……。

 何で本音に温かい目を向けられて、しみじみと言われなきゃいけないのか。

 というか逆に、この子は何でこんなに弱気なんだろう。いけない。このままだとはぐらかされる。それにこれでさっき何で悩んでいたのかよく分かった。私は正直に聞いた。

 

「デュノアさん達のこと考えてるんだよね」

 

「……やっぱり、分かっちゃった?」

 

「当たり前。何年一緒にいると思ってるの」

 

「あははっ」

 

 苦笑いしながらも嬉しそうな本音。

 生まれた時から私と本音はずっと一緒なんだ。何考えてるのか、何で悩んでいるのかなんて大体分かる。それはお互いそうで、本音が悩むとすれば、最近だと織斑のことぐらい。織斑のことで悩んでなくても、それ関係で悩んでいるのはさっきの言葉達で察しがつく。

 

「やっぱり、昨日今日で全てが丸く収まるなんて事ないよね」

 

 織斑のことを好きなあの五人。未だに織斑のこと好きみたいだど、最近じゃすっかり落ち着いたもの。凰さんは元々、サバサバしたところもあったせいかすっかり割り切っているみたい。オルコットさんやボーデヴィッヒさんは、織斑に対して兄や父親に向ける異性への憧れのほうが強かったみたいで、割り切りつつある。篠ノ之さんはまだ目に見えて全然ダメージ大きそうだけど、まあ何とか言ったところ。

 一番の問題はデュノアさんだ。篠ノ之さんみたいに目に見えてダメージは受けている様子はない。むしろ、凰さんのように割り切っているみたいだけど、織斑のことを好きなのは変わってない。それどころか、前以上に織斑のことを想っている。何というか、全体的に露骨。

 織斑にはもう本音という彼女がいるのにも関わらず、気にせず織斑にベタベタしたりといろいろと酷い。織斑が珍しく困っていてもやめたりしない。

 私の彼は、デュノアさんのそんな様子を織斑に振り向いてもらおうと必死なんだろうと言ってたけど、そんな可愛い物じゃない。肉体的な繋がりを求めようとしているのが、嫌でも分かる。

 当人ではないけど、今のデュノアさんの行動は、見ていていい気分じゃない。好きでいるのならまだしも、彼女がいる男にちょっかいを出す神経が私には分からない。

 だけど、本音も本音だ。

 

「それはそうだけど……本音。どうして、デュノアさんに対してもっと強くでないの?」

 

 デュノアさんが織斑にベタベタしていたら、一言ぐらい本音はデュノアさんに言うけど、本当に一言二言程度。弱腰だ。

 本音にしたら、あの五人……デュノアさんの織斑への気持ちを知っているから、優しい本音は強く出にくいのかもしれないけど、それがデュノアさんにつけいれられる隙になっている。

 本音は周りのことを思うからこそ、自分を押さえていつも一歩引いている。そこが本音のいいところだけど、それが今仇となっているのは明白だ。

 

「……う~ん、やっぱり……負目、感じてるのかも。まあ、感じたところで今更どうしようもないことだとは分かっているんだけど、つい考えちゃうんだ」

 

負目か。

 そう感じるのは本音らしいと言えば本音らしい。織斑と付き合う前からあの五人の織斑への想いを知っているだけに、そう感じても無理はない。

 

「デュノアさんにあんな風にされて、本音は嫌じゃないの……?」

 

 私だったら嫌だ。

 私は今の本音と同じ様なことされた経験があるから、尚更。

 でも、本音は今みたいに困った顔しているだけで強く嫌がったりはしない。それは本音が言う負目があるからそうさせているんだろうけど、本当に嫌がるなりして、本音が織斑の彼女なんだからもっと強く出ないといけないと私は思う。このままでは、本音も辛いだろうし、デュノアさんの為にもよくない。

 それに今更、織斑が本音以外になびくとは思えないけど、万が一ということもあるわけだし。

 本当なら、私達がデュノアさんを止められれば一番いいんだろうけど、やっぱり本音と織斑をくっつけたことで嫌われているみたいだし、何より睨んでくるあの目が怖い。あれは同級生に向ける目じゃない。冗談抜きの殺気が篭った目。あんな目を向けられたら、簡単には二の句を告げにくくなる。情けない話だ。

 そんな私の心配を気遣うように本音は言った。

 

「嫌、だよ。このままじゃなくないってよくないってことも分かっている。ちゃんとケリつけるから、大丈夫!」

 

 私を気遣うように本音は笑ってみせる。

 まったく……この子って子は。本音を心配していたはずなのに、逆に私のほうが本音に気を使われているなんて本末転倒。

 だけど本音がそういうのなら、信じるしかない。ここで食い下がっても、余計に本音に気を使われてしまうだけな気がするし。

 

「本音がそう言うのなら分かった。でも……何かまた何かあったら言ってよね。解決は出来なくても、話ぐらい聞くことできる。それに今更、隠し事なんて水臭い」

 

「分かってるよ~かんちゃん。ありがとうね~」

 

 嬉しそうに笑う本音に何だか結局、上手くはぐらさかされた気分だ。

 でも、こればっかりは仕方のないことなのかもしれない。私じゃ頼りないかもしれないけど、また何かで少しでも力になろう。そして、今はデュノアさんのことが上手く解決するよう祈るほかない。

 

「あっ、そうだ。じゃあ、先輩カップルであるかんちゃんに一つ聞きたいことあるんだけどいいかな?」

 

「……?」

 

「あのね……彼氏君ってちゃんと甘えてくれる?」

 

 甘えてくれるか……。

 

「うん。まあ……ね。頻度としてはやっぱり私のほうが多いけど……それでもちゃんと甘えてくれてる」

 

「そっか~。ちなみにどんな感じ?」

 

「えっ?」

 

 思わず、ビックリしてしまった。

 

「えっと……二人っきりの時にお願いしてなくてもぎゅっとしてくれたり、髪を手で梳いてくれたり……かな」

 

 ただ事実を言っているだけなのに、恥ずかしい。

 いや、事実二人っきりの赤裸々なことを言っているのだから、恥ずかしいのは当たり前なんだけど、言葉にしている以上に恥ずかしい。顔が何だかとっても熱い。

 私達は人前ではそういうことしないし、彼はしっかりしていてクールだけど、二人っきりの時にはちゃんとそうやって甘えてくれる。こんなこと言ったら彼は拗ねるかもしれないけど、甘えてくる彼は可愛くて愛おしい。

 何より。

 

「……そうやって身を委ねてくれるのは嬉しい」

 

 ちゃんと信頼してくれているのを実感できて私はとっても安心する。

 

「かんちゃん、惚気だぁ~」

 

「っ……ほ、本音が聞いてきたんでしょう」

 

 恥ずかしいのを我慢して教えてあげたのに、からかわれるなんて心外だ。

 というか……。

 

「もしかして本音……織斑に甘えてもらえてないの?」

 

「少しね。あ、でも全然甘えてもらえてないってわけじゃないよ。ただ、彼氏君みたいに甘えられたことがなくて……ちょっと気になって」

 

「普段、あんなにベタベタしてるのに」

 

 普段の織斑の様子を思い出す。

 いつも本音といる時は距離が近くて、人前だろうと手をよく繋いでいたりと馬鹿ップルそのもの。

 二人っきりの時はもっとベタベタしてそうなのに、何だか意外だ。

 

「私から抱きついたら抱き返してはくれるんだけど……自分から抱きしめるのは何だか抵抗あるみたいで」

 

「なるほど……ね。でも、そうするだけが甘えてもらうってことじゃないはずだよ。その……キス、とかもそうだし」

 

「っ……」

 

 キスと聞いて、本音はぎゅっと堅く唇を結ぶ。

 

「もしかして……」

 

「うん……その、キスもね。付き合い始めた時に一回しただけでずっとしてないの……」

 

「嘘……」

 

 思わず、そんな言葉が出てしまった。

 男子の方から甘えてこないのはよくある話だと聞いたり、ネットで見かけたりするけど、本音と織斑が付き合って、1ヶ月以上経っているのに、キスがまだ一回なんて。織斑ならいろいろと済ませてそうなイメージが強いし、織斑からよく手を繋いでいるのを知っているだけに、何だか凄く変な感じがする。それを本音も思っているのが、不安げな顔によく出ている。

 

「それで……もっと甘えてほしいと」

 

 本音は静かに頷く。

 全く甘えられてないと分かっていても、キスや相手から抱きしめてくれたりと肉体的なスキンシップみたいなものがないと不安になるのはよく分かる。気持ちで繋がっているとしても、そういう肉体的なスキンシップがあったほうがより仲が深まるのは確か。

 

「そっか……でも、やっぱり……織斑に甘えてほしいっていうしかないじゃないのかな……?」

 

「言ったんだけどやっぱり遠慮してるみたいで。そういうのがないのは生まれもっての感性だったりして仕方のないことなのかもしれないし、私の我侭なのは分かっているけど……」

 

「我侭だなんて……そんなことないよ、本音。これはやっぱり、もっとお互い理解し合えるように、自分の気持ちも話して、織斑の気持ちも聞いてみるしかないよ」

 

 これは私の体験談。

 うじうじ自分の中で考え続けるだけじゃなくて、話し合うのが一番大切なんだと私は気づいた。

 想いなんてものは結局、言葉にしないと相手にはちゃんと伝わりはしない。

 

「そうだよね。うん、もう一度、おりむーと話し合ってみるよ。ありがとうね、かんちゃん」

 

「どういたしまして。でも織斑って案外、パーソナルスペース変に狭いんだね」

 

「あっはは……そうかも」

 

 人のパーソナルスペースにはズカズカと入り込んでくるような人なのに、あんまり甘えたりしてこなかったりと変にパーソナルスペースが狭い。

 

「あんまりおりむーから何がしたいとかって言ってくれないかな。私にはよくどうしてほしいって聞いてくれるんだけど」

 

「知らないのかもしれないね。甘え方も」

 

 こう話を聞いていると恋と同じで知らないだけなのかしもれない。

 お姉さんである織斑先生は昔からあんな風に厳格だったらしいから、織斑は甘える相手いなさそう。それだったら知らないものをやれって言われても遠慮したりするのは当たり前のことかもしれない。

 

「知らないか……」

 

 何か考え込むように呟く本音。

 

「本音?」

 

「あっ、ううん。何でもないよ! まあ、いろいろと頑張ってみるよ」

 

 気丈に笑って見せる本音の笑みが私には何だか痛々しく見えた。

 




修羅場。嵐の前触れ。
バレンタインデー導入編、女子の部。

この物語では度々ある女性視点&簪視点。
“あなた”は今回いませんでした。ご了承を。

この物語ではもう簪は原作よりも精神面強く成長しているので、強く……それでいて面毒差可愛いをテーマに。
のほほんさんは、マスコットキャラの位置から脱却し、一人の恋する乙女として悩んでいく姿をテーマにしています。
悩まず、一夏とイチャラブさせてればいいけど、それじゃあ他とやっていることと変わりないのでこうなりました。

シャルルどうしようか……

それでは~


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簪達はいない。暗雲立ち込めるバレンタイン

放課後。

 

『おりむ~ 生徒会終わったんだけど、自主練終わった~?』

 

『お疲れさん。俺も今丁度、終わったところ』

 

『よかった~じゃあ、迎えに行くね~』

 

『おうっ! 待ってる!』

 

生徒会の用事が終わった私は、そんなやりとりをメールでしたおりむーを迎えに、訓練場へと繋がる渡り廊下を一人歩いていた。

一週間前だと思っていたら早いもので、バレンタインはもう明後日にまで迫ってきている。

チョコの心配はもうない。仲のいい友達やクラスメイトにあげる友チョコはもちろん、おりむーにあげる本命チョコはどういう風にするか、かんちゃんのおかげもあって決まった。後は本当に作るだけ。心配はない、はずなんだけど……

 

「はぁ……」

 

まただ。

溜息をついていることに気づいて、私はハッと我に返る。溜息なんて私らしくない。気をつけているはずなのに、無意識みたいでついつい溜息をついてしまっている。いけない……こんな様子だと、またかんちゃんに心配をかけてしまう。きっと溜息ついている私の顔は暗いんだろうな。そんなの私らしくないや。いつも通りでいないと。

 

「はぁ……」

 

また溜息。それもさっきよりも深くついてしまい何だか自分に腹が立ってくる。

こんなにも溜息が出てしまうなんて。思っているよりも、心配しているみたいだ。

私の心配事……あるとすれば、バレンタインのこと。チョコのことじゃない。それはもう先程通り解決済みなのは確か。次に心配事があるとすれば、バレンタイン当日におりむーが貰うだろうチョコのことぐらい。

 おりむーはモテるからたくさんの女の子から一杯チョコを貰うはず。友達だった時ならまだ『こんなこと現実であるんだ~』って思うだけだったかもしれないけど、彼女になった今は正直、あまりいい気分しないのが正直なところ。おりむーは優しいから、どんな女の子のチョコでもきっと喜ぶ。その姿をつい思い浮かべてしまうと、むっとした気分になる。これが嫉妬というものなのかな。今まで誰かに対して羨ましいと思ったことは勿論あるけど、誰かに対して嫉妬したことなんてないから何だか新鮮な感じ。

 それにあまりいい気分がしないからといって嫉妬丸出しにはしていられない。仮に嫉妬丸出しにして、『おりむーにチョコ渡さないで』とか『私以外のチョコ受け取らないで』とかやってしまえば、例え彼女だとは言え、周りの子から反感買いかねない。そんなの嫌だし、何よりおりむーがモテモテなのは変えようのない事実。でも、逆にそれはそれだけ私の彼氏さんは素敵な男性だってこと。

 ここはかんちゃんみたいに彼女なんだからとどっしり構えていればいい。チョコはたくさん貰うだろうけど、それは仕方ないのことで、私のチョコをおりむーには一番に喜んでもらえるように頑張って作る。

 

「それだけのはず……なんだけどな……」

 

 溜息の変わりに、今度はそんな言葉がつい口から出た。

 チョコをたくさんもらうのなら、そこには当然チョコを渡す人がいる。バレンタインに渡すチョコには友チョコ、義理チョコ、そして本命チョコがある。きっとあの五人……デュノアさん達は、おりむーに本命チョコをあげるんだろうな。もしかすると本命チョコをあげて、改めて告白するかもしれない。バレンタインとはそういう日。

 それは構わない。そうするのは彼女達の自由で、それについてどうこういう気はない。何より、私はおりむーを信じている。告白されたとしても今更、他の人のところ行くなんてこと思っていない。それも心配はないはずだ。

 

――だったら……何を心配してるんだろう、私。

 

 だんだん訳が分からなくなってきた。

 改めて心配事について考え直して、頭の中を整理してみた結果、特に心配するようなことはない。そのはずなのにやっぱりまだ気づいてない別のことでも無意識に心配しているのか、気持ちは暗く沈んだまま。もしかして、これは心配というよりも。

 

『負目、感じてるのかも』

 

 かんちゃんにいった言葉をふと思い出した。

 この暗く沈んだ気持ちの原因を心配以外の言葉で表現するのなら、負目が一番ピッタリな気がする。

 私は確かに篠ノ之さん達五人に対して、負目を感じている。五人の想いを最初から知っていながら、私はおりむーと付き合っているのだから。

 おりむーと付き合って、五人とは必要なこと以外で口聞かなくなって仲違いみたいになっているけど、これは皆の好きな人と付き合っているのだから仕方のないこと。友情か恋か。二つに一つで、私は恋を自分自身で選んだ。その結果にある必然的なこと。

 おりむーと交際について不満はある一つのことを除いて、特にない。むしろ、毎日が幸せ。負目を感じているからと言って別れるつもりもない。

 だから今更、負目を感じたところでどうすることも出来ないのだから、いい加減割り切るしかない。

 付き合っていながら負い目を感じるなんて、酷いことしていて、私の身勝手なのは分かっている。本当なら、かんちゃんのように堂々としているべきだということも。

 だけど、篠ノ之さん達を……特にデュノアさんを見ていると、どうしようもなく負目を感じてしまっている。

 

『デュノアさんにあんな風にされて、本音は嫌じゃないの……?』

 

 かんちゃんのそんな言葉を思い出す。

 私とおりむーが付き合い始めてから、デュノアさんのおりむーに対してのアプローチは私達が付き合う前以上に激しくなってきていた。

 なるべく傍にいようとするのは当たり前、終いには体を密着させて寄り添うことまでしてくる。

 そんなデュノアさんに対して、おりむーは強く嫌がらないものの、ちゃんと嫌がってくれる。それは私のことも思ってくれてのことだと分かるし、おりむーがちゃんと私と交際してくれているという証拠で嬉しかった。でも、デュノアさんはそんなこと気にせず、むしろアプローチを激しくしていくだけ。

 私もデュノアさんに一言二言言いはするけど、本当に一言二言程度。傍から見たら私のほうが弱腰なのは自分でも分かっている。

自分の彼氏に別の女の子がベタベタしているのは嫌だけど、私に止めるなんてそんな権利ない。

 デュノアさんが本当におりむーのことを好きなのが痛いほど伝わってきて、自分に振り向いてもらおうと必死なのが分かるから。それが負目となって、私はデュノアさんに強く出れなくなっている。

 でも、このままなのはよくないってことも分かっている。私が嫌なのも変わらないし、このままだとかんちゃんや彼氏君にまで余計に心配かけちゃう。何より、このままだとデュノアさんの為にもよくない。

 

『ちゃんとケリつけるから、大丈夫!』

 

 あの時、かんちゃんの前では気を使わせないように偉そうなこと言ったけど、どうしたら一番いいのか私には分からない。気持ちは変わっていないし、このままなのはよくないと分かっていても、何一つ解決策を出せてない私は負目を感じながら、現状をズルズルと続けさせている嫌な女だ。自分でそう思う。

 何より、負目を感じているのは何もあの五人に対してだけじゃない。

 

「ぁ……」

 

 男子更衣室の前までやってくるとそこにはある人がいた。

 噂をすれば何とやら。その人はデュノアさんだった。

 

「……」

 

 向こうも私に気づいたみたいで、お互いに目があった。

 すると怖い顔をしたデュノアさんからキッと鋭く睨まれる。

 最近、デュノアさんはずっとこんな感じで睨まれてばかり。

 

「……その……どうしてここに?」

 

「へぇ~そういうこと聞くんだ。白々しい。分かってるくせに」

 

 冷たい声色。

 デュノアさんが言うことはもっともだ。聞かなくても大体察しがつく。

 でも、私が今デュノアさんにかけられる言葉はこんな言葉ぐらいが精一杯。

 

「どうしても何も一夏と少しでも一緒にいたいから、だよ。当たり前じゃない? 好きな人と少しでも一緒にいたいって思うのは」

 

「……」

 

「そっちこそ、どうしてこんなところにいるの?」

 

 冷たい声色と私を鋭く睨みつける視線は変わらない。

 凄い気迫。正直、怖いと強く感じている。だけど、ここで私が引き下がるわけいかない。

 ケリをつけるための第一歩であり、何より、私がおりむーの彼女なんだから。

 

「私はおりむーから自主練終わったってメール貰って、迎えに来たんだよ。私がおりむーの彼女だから」

 

「――っ!」

 

 デュノアさんの顔が青ざめ行くのが分かる。

 目を背けたくなるほど蒼白になっているデュノアさんは、きゅっと唇を噛み締めて、更に睨みつけてくる。

 わざわざ今更、『彼女』だなんて言えば、余計に傷つけるのは分かっている。でも、ちゃんと言葉にして伝えないといけないことなんだ、これは。例え、相手を怒らせるようなことになっても。

 

「彼女って……! 私の気持ちを知っていながら、見守るような顔しながら! 後からのこのことあらわれた癖に!」

 

 デュノアさんは、私に詰め寄ってきた。

 ぎゅっと自分の手を握って、先ほどの冷たい声色とは対照的な強い口調で言ってくる。

 

「私にはもう一夏しかいないの! 私の居場所を奪って楽しい!? 幸せ!? この卑怯者!」

 

 切実なデュノアさんの叫びの言葉が私の胸に突き刺さる。痛い。

 そうだ。私はデュノアさんの気持ちを知っていて、見守っていた。言われたとおり、卑怯者だ。それが私の彼女たちに対する負目になっている。

 でも、それはもう昔のこと。今は違う。

 

「それに一夏は前に言ってくれた。『ここにいろ』って!」

 

 前のおりむーなら言ってもおかしくない言葉。

 好きだとか、愛してるといった他意なく前のおりむーなら平気で言いそうで、今デュノアさんからその言葉を聞いて、少しショックだった。

 

 「だから、もう貴女に何か絶対一夏は渡さない! 例え貴女から奪うことになっても私は一夏に好きになってもらってみせる! 私のほうが一夏のこと好きなんだから!」

 

 デュノアさんの必死の叫び。

 

 「私は……」

 

 私は意を決して言った。

 

「私はおりむーのこと誰にも渡さない! 絶対に!」

 

「……っ!」

 

 強い口調で言うと、強気だったデュノアさんは体をビクっと震わせ、表情を強張せた。

 この言葉が今、私の想いの全て。

 けれど、デュノアさんは一呼吸置いて落ち着いたのか、言葉を告げた。

 

「……口ではお互い何とでも言える」

 

「えっ……?」

 

「布仏さん。抱いてもらうどころか一度しかキスしてもらってないでしょう?」

 

 どうしてそのことを。

 私は驚きを隠せなかった。

 

「一夏から特別に教えてもらったの。布仏さん、一夏に遠慮させてるんじゃないの?」

 

 遠慮……その言葉が私の胸に突き刺さり、二の句が告げない。

 確かにそうなのかもしれない。私が遠慮させているせいで、今の様なことになっている。

 遠慮なんてさせず、ちゃんとおりむーに甘えてもらえていれば、いろいろなこと、もっと上手くいけたのかもしれない。

 だけど――

 

「私なら一夏の為に身も心も全て捧げられる。一夏が望む全てをしてあげられる。一夏が私の全てだから……誰よりも好きだから」

 

「言わせない」

 

「え?」

 

「そんなこと言わせない」

 

 言葉こそはまだ弱腰なのかもしれない。

 それでも最後まで想いだけは決して弱腰にはならない。負けられない。譲れない。

 

「デュノアさんが何と言おうともおりむーの彼女が私なのは変わりない」

 

「……っ」

 

「もう一度告白するならしたらいい。それはデュノアさんの勝手だし、おりむーとデュノアさんの問題。私が横からどうこういえるものじゃない。だけど、今更デュノアさんが告白したところで結果は変わらないよ」

 

「そ、そんなことやってみなきゃ!」

 

「好きにしたらいいよ。私はおりむーのこと信じてるから。そして何より、おりむーのこと愛してる。だから、私は信じて待つよ」

 

「――」

 

 絶句した様子のデュノアさん。

 酷いことを言っているのは重々承知している。でも、このぐらい言わなければ、今のデュノアさんの耳には届かない。

 不思議なことに言うべきことを言ったおかげなのか、負目こそはまだあるもの、負目からかモヤモヤとしていたものがなくなって何だかスッキリとした気分。

 そうだ。負目を感じているからといって、気持ちまで弱腰になってどうする。かんちゃんのように堂々として、強くいないと。

 

「……っ、後悔させてあげるから」

 

 そうとだけ言い残すと、デュノアさんは何処かへ立ち去っていった。

 

「はぁ~……」

 

 いなくなって一人なのを確認すると、私は壁に体重を預け、脱力した。

 何か物凄く疲れた。言い争いをしたことなんてかんちゃんとどころか、お姉ちゃんともしたことないし、下手したら初めてな気がする。

 デュノアさん、凄い怖かった。それだけ必死なのは改めて確認できたし、デュノアさんに対する負目との折り合いのつけ方。そして、何より私のデュノアさんに対する想いは固まった。後は……

 

「のほほんさん、大丈夫?」

 

 突然聞きなれた声が聞こえ、気を抜いていたせいで、びっくりした。

 慌てて声のした方法を向くと、そこには着替えを済ませたおりむーがいた。

 

「う、うん。自主練お疲れ様、おりむー」

 

「ありがとう、のほほんさん」

 

 それからお互い無言になって、その場から動かない。

 何だか気まずいけど、おりむーのほうも気まずそうに慰している。

 多分、それはこの無言だけじゃない。おそらく、さっきの私とデュノアさんの会話をおりむーが聞いていたからだと思う。

 さっき割りと大きな声だしちゃったしたな。

 

「さっきのデュノアさんとの会話聞こえてたよね?」

 

 正直に問いかけた。

 すると、おりむーはドキっと体を震わせ、あからさまに聞いていた様子を見せた。

 最初は聞いてないことにしようかと思ったみたいな様子だったけど、おりむーは正直に言ってくれた。

 

「え……あー、うん。その、ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ、出るにでられなくて……それで」

 

「ううん、気にしないで。仕方ないよ。私のほうこそごめんね。こんなところで」

 

 案の定、聞かれていた。

 まあ、仕方ないよね。あんな大きな声で、しかも男子更衣室の前で、言い争いみたいなことしてたら、嫌でも聞こえてくる。

 ちゃんと聞こえてたのなら、内容の方はかなり聞かれてちゃったんだろう。それが今のおりむーの気まずそうな顔からよく分かる。

 気まずい沈黙がまたやってくる。聞かれていたのがちゃんと分かっただけにますます私のほうも気まずい。

 どうしたものかと思っていると。

 

「ごめん、のほほんさん」

 

「え?」

 

 突然謝られたものだから何のことだか分からずにいると、おりむーは言葉を続けた。

 

「俺がシャルルにあんな無自覚なこと言ってしまったばかりに……のほほんさんに迷惑かけてしまって」

 

 後悔している表情で申し訳なさそうに言うおりむー。

 

「迷惑だなんてそんなことないよ。それにこればっかりは仕方ないよ……私は皆の好きな人と付き合ってるんだもん。皆好きな気持ちは誰にも負けないって思うから、ぶつかり合うことは仕方ないよ~」

 

 いつもの感じでこれ以上おりむーが背負いに過ぎないように声をかける。

 皆から好意に気づいたおりむーは、今までの自分の行いを悔やんでなのか、時々必要以上に一人で思い悩んで背負い込もうとする。

 過去を思いなおすってことはいいことではあるんだけど、おりむーの場合は度が過ぎることがある。

 正直、素直に甘えてほしいところで、それうしてくれないのがおりむーに対する唯一の不満だけどだからこそ、私がちゃんと支えてあげないと。

 

「あんまり気に病まないで、ね」

 

 あからさまに気に病んでいるおりむーを元気付けようと、肩に手をやると避けられてしまった。

 

「本当にごめん。これは俺の責任だ。シャルルのことは俺がなんとかするからっ」

 

「俺の責任って……勘違いしてない? これは私達の問題だよ?」

 

 このことは私達が付き合っているから起きたことであって、決しておりむーだけの責任じゃない。

 なのに。

 

「それは分かってる。だけどさ、原因は俺なんだ。だから、俺が、俺がどうにかしないと」

 

「何も分かってないよ。どうして一人で背負い込もうとするの」

 

 出会った時からおりむーのこんな一面だけは相変わらず変わってない。

 むしろ、何だか酷くなってくる気がする。

 何でも一人で背負い込もうとして、何でも一人でやろうとする。

 俺が、俺が、とまるで、何かに突き動かされているみたいに。

 

「遠慮なんてしなくていい。もっと誰かに甘えても……頼ってもいいんだよ」

 

  再び手を伸ばしたけど、結果は変わらず避けられてしまった。

  それどころか。

 

「……」

 

 一瞬おりむーの表情が酷く戸惑って怯えているように見えた。

  そうすることがいけないことだと思っているようで、怯えてしまっているようだ。

 

「え、遠慮なんかさてないさ。大丈夫だから。俺がのほほんさんを守るから。安心して」

 

 私に気を遣わせまいと笑ってみせるおりむーの笑みが私には見てられなかった。

 

 守る。

 まただ。おりむーの口癖の様な言葉。

 どうしてそうなの。どうして、一人で背負い込もうとするの。

 何だか、おりむーに距離を取られている気分。

 こんなにもすぐ近くにいるのに、触れられそうで触れられないこの距離がもどかしい。

 かんちゃんが言っていた『パースナルスペースが変に狭い』っていうことはこのこと。

 信頼されてないわけじやないことは今の変わりないけど、信頼の先にある肝心な部分に恋人である私すら入れさせてくれない。

 それが凄く悔しくて寂しい。

 




のほほんisGoD
初めてののほほんさん視点。そして本格的な修羅場。
女の戦いは怖い

そして、一夏の心の闇は深い……

それでは~


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簪達はいない。一夏が本当に求めていた温もりというもの

 二月十四日。ついに当日。

 その日、一夏達男二人組みの一日は誰もが予想していた通りだった。

 二人とも朝から誰かと出会うたびにバレンタインチョコを貰っていた。簪や本音が予想していた通り、おもしろ半分のチョコや友チョコばかりだが、なにせIS学園は男子二人に対して、残りは全員女子という男女の比率。二人が今日一日で貰ったチョコの数は少なくても二桁以上と数が多かった。

 一夏は毎年のことなので平然としていたが、簪の彼氏は初めての体験なだけに嬉しい反面、それ以上にげんなりともしていた。

 しかし、それも放課後まで。放課後になれば、ほとんど皆渡し終え、すでに落ち着いたものとなっていた。けれど、一夏は違った。

 

「……」

 

 学生寮のロビーのソファに腰掛け、暗く神妙な面持ちでスマホを見つめる一夏。

 液晶ディスプレイにはLINEのアプリが表示されており、そこにはこんなメッセージが書かれていた。

 

『五時に学校の屋上で待ってます。どうしても話したいことがあるので来て下さい シャル』

 

 というメッセージがシャルロットから来ていた。

 今日、放課後までに一夏はたくさんのチョコを女子達から貰った。その中には当然、箒達もいた。改めて告白こそはなかったが本命の様な義理チョコを貰ったが、一夏のことを好きな五人の中で唯一まだチョコを渡してない人物がいる。それがシャルロット。

 おそらく会いにいけば、チョコを渡してくることは勿論。

 

『どうしても話したいことがある』

 

 この一文を見て、どんなことを話されるのか分からない一夏ではもうない。

 決して自惚れているわけではなく、今までのこと。何より、最近の一夏に対するシャルロットの行動から、確実に告白されているということを一夏はちゃんと分かっている。

 メッセージが来たのはたった今。既読がついてしまったので見てみぬフリもできないし、まして逃げるつもりなんてもの一夏にはない。

 これはいい機会なんだ。自分に向けられているシャルロットの想いを断ち切って、今の曖昧な状態にちゃんとしたケリをつけるには。

 そう分かっているが、一夏の表情は暗く浮かない。おまけに暗い溜息までついてしまっている。

 

「はぁ……」

 

 約束の時間、会いに行くしかないのだが気が重たい。

 しかも、五時までまだ三十分以上もある。五時ちょっと前には向かうつもりだが、早く行くにしても 、まだかなりの時間がある。ゆえに約束の時間まで暇という長い時間があり、その長さから気の重たさは尚更大きくなる。

 だからなのか、ついつい一夏は考えても仕方のないことを考え悩んでしまう。シャルロットに告白されても、一夏は受けるつもりはない。二股とかなんてもってのほか。どれだけ悩もうとも答えはただ一つ。振るだけだが振れば必然的に、一夏はシャルロットを今以上に傷つけてしまう。それも避けられない仕方のないことだと分かってはいるが、一夏はシャルロットが傷ついている姿をつい思い浮かべてしまうと、胸が痛む。

 

「割り切らないとな」

 

 胸は痛むが、今は割り切らなければならない。気持ちは変わらないのだから。

 一夏の心の中にいるのはただ一人。本音だけだ。

 これからのことは一夏自身の為だが、同時に本音のためでもある。

 このままは本音の為にもよくない。

 

「のほほんさん……」

 

 ふと彼女の名前を呼ぶ。

 本音は今日も生徒会の用事や簪の専用機の整備の手伝いなどで今一夏の傍にはいない。

 一昨日から一夏と本音の仲は何だかぎこちない。別に喧嘩したわけではない。いつも通り何気ない会話をしたり、一緒にいたり、お昼ご飯も一緒に食べたりしている。だが、いつもとは違う確かなぎこちなさが一夏と本音、二人の間にはあった。その原因を一夏は分かっている。

 一昨日、本音とシャルロットが言い争っていたことで一夏は責任を感じていた。そして、責任を感じるあまりに思い込みすぎていることも一夏はちゃんと自覚している。そんな一夏を本音は気遣ってくれたが、一夏はその本音の気遣いを遠慮してしまった。それが原因で、これ関連の話題をお互い無意識に避けるあまり、ここのところ二人の間にあるぎこちなさを作っている。

 

「甘えろか……そう簡単にはいかねぇよ、やっぱり」

 

 親友や本音に言われた『甘えろ』と言う言葉が一夏の脳裏に過ぎり、悔やむように言葉をもらす。別に本音の気遣いが嫌だったわけじゃない。むしろ、嬉しい限りだ。

 しかし、今回のことは自分のふがいなさが招いたこと。自分がちゃんとしていれば、本音がシャルロットにあんなことを言われなくてすんだ。一夏はそう後悔するから、簡単には気遣いを受け入れられなかった。何より、今甘えてしまえば、決意や決心が揺らいでしまいそうになる。

 だから、簡単には甘えるわけにはいかない。

 

「俺がやらなきゃならないんだ」

 

 声こそは小さいが、語気は強い。

 甘えてなんいれられない。本音の気遣いは嬉しいが、自分ひとりでやらなきゃ意味がない。

 自分がまいた種の責任は自分できっちり取りたい。取らなくてはならない。自分はそれが出来るぐらいには成長したのだと思うからこそ、一夏の中で自分がという思いは強くなり、余計に甘えられなくなっていく。

 

――というか今更、甘えろなんていわれてもどうしたらいいのか分からねぇよ。散々、甘えさせてもらっているのに。

 

 周りからはあれやこれやと言われているが一夏本人にしてみれば、別に甘えてないわけではない。不器用なのかもしれないが、一夏は自分なりに甘えているつもりだ。それが周りには伝わってはない。

 

――遠慮も……してない、はず。だから、これ以上甘えるっってもなぁ……

 

 どうしたらいいのか今の俺には皆目検討もつかない。

 散々甘えさせてもらっているのに、伝わってないってことは今のままでは全然足りないってことも分かっている。それが周り……特に本音には、遠慮しているように見えてしまっている。  それは悪いと思うし、のほほんさんに心配かけてしまっているのは不器用な俺のふがいなさに尽きる。

 

――こんな俺が、方法は兎も角、今以上にたくさん甘えるってなったら……

 

 そんなことを考えてきた時だった。ふと、一夏はあることを思い出した。

 昔。忘れもしない第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』決勝戦の日。誘拐された自分を、姉である千冬が確実視されていた優勝すらなげうって、助けに来たくれたことを。

 そして、助けに来てくれた姉、千冬の凛々しく、強く、美しい姿を。何より、自分がどれだけ……。

 

「――」

 

 一夏の背筋に悪寒が走る。何だか恐くて仕方ない。

 不意に胸の内に浮かび始めた不透明な想いがどんどん強くなるのを一夏は感じる。それはまるで蓋をしたはずの箱の中から何かがあふれ出ていくよう。ダメだ。これはダメだ。急いで蓋をしなくては。箱の中身を外に出してはいけない。箱に堅く蓋をするかのように一夏は自分の体を強く抱きしめていた。

 すると、ふと一夏はあることに気づいた。

 

――なんだこれは……暖かい。優しい感じがする。とっても。

 

 自分を包む暖かさ。その暖かさは優しい感じがしてもとても安心する。

 まるで陽だまりのような暖かさ。その温もりは一夏を堅くこわばらせていた様々なものを優しくゆっくりと解きほぐしていく。何かがこみ上げてきている感じがして、このままじゃ。

 

「っ!?」

 

 瞬間、一夏は我に返り、後ずさりするように体を起す。

 

「きゃっ!?」

 

 驚いた声が上がり、声をした方を見れば、そこには一夏がよく知っている人がいた。

 

「のほほんさん……なんで」

 

 今まで一緒にいなかったはずである愛しの彼女が目の前におり、一夏は目を疑う。

 どうした彼女がここにと、不思議で仕方なかった。

 

「えっ……用事終わったから会いに。LINE送ったんだけど、返事なくてここならおりむーがいるかなって」

 

 言われて一夏はポケットにしまったスマホを取り出し、確認する。

 スマホには彼女の言葉通りの文面が送られており、納得した。

 

「ごめん……気づかなかった」

 

「それはいいんだけど……おりむー大丈夫? 震えてたけど」

 

 一夏は返事に困った。

本音の言葉から自分が震えていたことを自覚した。そして、さっきの温もりは本音が抱きしめてくれていたからだということに気づいた。すると、一夏は何だか気まずさを感じ、とっさに誤魔化した。

 

「ああ、大丈夫。何でもないって」

 

「何でもないってあんなに震えていたのに」

 

「いや、もう落ち着いたよ。ありがとな、のほほんさんのおかげだよ。それで会いに来てくれて悪いんだけど、これからその……シャルルに呼ばれてて、会いに行かなくちゃならないんだ。終わったら、連絡するよ」

 

 言って、一夏はこの場から離れようとする。

 嘘は言っていない。この後、シャルロットに会いに行くのは本当のことだ。

 だが、先程本音のメッセージを見たときに時間を確認すれば、約束の時間までまだ二十分近くあった。向かうにはまだ少し早い。それでも一夏は少しでも早くこの場から、本音の前から離れたかった。

 あの温もりはダメだ。今の自分にとって危険すぎる。せっかくの決心や決意が緩んでしまいそうになって、堅く蓋をしたはずの箱の中から、不意に胸の内に浮かび始めた不透明な想いがどんどん強くなっていく。いけないこのままでは。そう感じて一夏はこの場から一刻でも早く離れようとしたが、それはできなかった。

 本音に腕をつかまれ、一夏は立ち止まる。

 

「のほほん……さん?」

 

 無言で腕をつかんだまま俯く本音。

 表情は俯いているせいで一夏からは伺えないが、腕をつかんだ手とは反対の手はぎゅっとよく握られおり、心なしか震えている。

 

「……か……」

 

「えっ?」

 

「馬鹿ぁッ!!」

 

 抑えられない感情を吐露するように叫ぶ。

 顔を上げた本音は、瞳に涙を浮かべている。そして悲しむような、怒るような、悔やむような、様々な感情が入り混じった目を一夏に向けていた。

 叫び声は大きく、今まで一夏は本音のこんな大声を聞いたことは勿論、こんな風に感情をあらわにしている姿を見るのは始めてで思わず怯んだ。

 

「おりむーは馬鹿。大馬鹿だよ。今だってあんなに震えて辛そうにしてたのに、どうしてすぐ平気な顔をするの! おりむーはいっつもそうだよ。いっつも一人で何でも背負い込もうとする! 一人で全部が全部出来るわけないじゃない! 何でも一人で背負いきれるわけないんだよ!」

 

 抑えていた想いを全て言葉に乗せて言った本音は、静かに泣いている。

 

「おりむーが誰よりも人一倍責任感強くて『俺がやらなきゃ』って思ってるのも知ってる。分かってる。男の子だからって素直になれないのも、おりむーにしたら遠慮してないのもちやんと分かる。でもね……やっぱり、頼ってほしいよ。甘えてほしい」

 

 黙って聞く一夏。

 

「今のままじゃ辛い。おりむーと一緒になったのに結局、本当は何もしてあげられてないのが悔しいよ」

 

 涙を流しながらそう本音は言った。

 本音はただ悲しくて泣いているのではなく、悔しくて泣いてもいるのでもあった。

 今もこうしてすぐ触れ合えるほど近くにいるのに、あんなにも辛そうにしている一夏に強がられて、素直に頼ってもらえず、甘えてもらえずにいるのが辛い。何より、頼ってほしいと、甘えてほしいと口では言っているが、ただ少しだけ遠慮されてたからといって、それで二の足を踏むようになってしまい踏み込めないでいる。遠慮しているのは、本当は自分の方なのではないかと本音は感じさせられて、無性に情けなくて泣いている。

 

「のほほんさん……」

 

 涙でぐじゃぐじゃになっている本音に、一夏は手を伸ばそうとした。

 悲しみにくれている彼女を今すぐに抱きしめたかったけれど、一夏は迷っていた。

 今の自分がこのまま抱きしめても本当にいいのだろうか。抱きしめてしまうのは卑怯なのではないかと。

迷いから宙をさ迷う一夏の手。それを見て、本音はあることを思い出す。

 

『知らないのかもしれないね。甘え方も』

 

 いつの日か簪が言っていた言葉。

 

――違う。そうだ。私、ずっと決め付けてた。おりむーは甘えるってことをちゃんと知っている。ずっと一人で生きてきたんじゃなくてお姉さんという家族がちゃんといて、ちゃんと甘えてきた。だから……。

 

 本音は宙をさ迷っていた一夏の手を優しく包むと、そのまま抱き寄せて胸元で一夏の頭を抱くように抱きしめる。

 本音は気づいた。どうして一夏がこんなにも頑なに大して誰も頼りもせず、甘えもせず、何でも一人で抱え込むのか。どんなに辛くても泣くこともせず、平気な顔をして頑張り続けるのか。その訳を。

 そして、薄々気づいていたはずなのに一方的にずっと決め付けていたことを。

 

「甘えることが本当にどういうことなのか。本当に甘えるということが甘えた相手にどんな影響をもたらすのか、おりむーはちゃんと知っているからこそ甘えることが恐くなって臆病になってしまったんだね」

 

 その言葉は一夏の中ですっと綺麗に当てはまっていく。

 

――ああ、そうかもしれない。

 

 一夏は知らないわけではなかった。親がどんなものか知らないし、いないがそれでも姉がいる。家族がいる。

 家族がいるからこそ、一夏は不器用なりにでも甘えてきて、頼ってきた。だが、自分が甘えて頼るばかりに、姉にたくさん迷惑をかけてることも一夏はちゃんと分かっている。

 頼るということ、甘えるということが相手にとって重荷になっているのではないかといつからから感じてしまい、必要以上に頼ることが甘えることが恐くなって、臆病になって今の様になっていた。

 

「ごめんね、おりむー。私はずっと決め付けてきた。おりむーが本当に頼ることも甘えること知らないんだって。おりむーの一面一つだけ見ただけで、おりむーの全部分かったような気でいて決め付けてた。それなのに自分のことばかり悩んで、おりむーのことちゃんと見て考えられてなかった。こんな自分のばっかりの人になんか、頼れない。甘えられないよね」

 

 本音は謝りながらも、一夏を優しく抱きしめる。

 やはり、遠慮されてたのではなく、自分の方が一夏に遠慮させてしまっていた。傷つけていた。

 今更、こんなこと言っても仕方ないとも本音は思う。でも、想いは言葉にして伝えなくては伝わらないとも思うから、一夏を心の底から強く想うからこそ、本音の想いは言葉となってあふれ出す。

 

「おりむーが、いっぱいっぱい頑張ってるの知ってる。男の子だもん、簡単には譲れないものたくさんあるよね。でも、強がって無理してるのもたくさん背負い込んでるのも私知ってる。自分ひとりで皆を何もかもから守って助けようとして全部一人で頑張るだけなんだって……誰にも頼らないで……頼ろうともしないで。頼ってもいいのに……甘えてもいいのに」

 

 本音は出会った時から一夏の頑張りをずっと近くで見ていた。

 一夏のことを想う五人よりも近くそれでいて遠い場所で。恋人になってからはより近く。

 だからこそ、他人が気づけないようなことに気づくことが出来て、今回新たに気づくことが出来たことがあった。

 

「遅くなっちゃったけど私はようやく気づけた。だから、ここから私と一緒に始めよう。辛いは、辛いっていうの。甘えたい時は、めいっぱい甘えるの。頼ったり甘えたり、弱音吐くことは悪いことじゃないんだから。それにおりむーだけがそうするんじゃなくて、私もちゃんとそうするから安心して。約束する。おりむーがたくさん頼っても甘えてもそれは重荷なんかにはなったりしない。もう恐がらなくても大丈夫。もう怯えなくてもいいんだよ」

 

 まるで母親が幼い子供に言い聞かせるように本音は、とても優しい声音で言う。

 

「私達は付き合って恋人同士なんだから私には、ちゃんと頼っても甘えてもほしい。素直に甘えて頼ってもいいんだよ。何も気にすることなんかない。思ってることをありのまま言えば。私は柔なんかじゃない。彼氏のことぐらいちゃんと受け止められる。私がおりむーのこと受け止めるから」

 

 一夏を包む本音の抱擁が強くなる。

 それに連鎖するように一夏は無意識に本音を抱き返していた。

 本音はそれを見て、優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「お互い心から向き合って助け合っていこう。それが一緒になるってこと。傍にいるってことなんだから」

 

 一夏は抱きしめられながら、無言で静かに頷く。

 本音から送られた言葉の数々が一夏にとって今までのどんなものよりも嬉しかった。

こんなこと言われるのは初めてだ。友達にはもちろん、家族である姉にすらこんなこと言われたことなかった。自分の頑張りを認めてくれて、ただ甘えていいというわけではなく、一夏も納得できる妥協点もちゃんと教えてくれている。誰よりも何よりも自分のことをよく見ていてくれて、よく考えてくれていると分かる言葉。

 言葉の一つ一つは確信をついていてむず痒いくもあるが、全てその通りで、 むず痒さは次第に嬉しさに変わっていく。もう強がろうなんて思いすら湧き上がってこない。むしろ馬鹿らしいとさえ思う。

 またもう一度甘えてもいいんだと思わしてくれる本音の暖かい優しさ。その優しさが全てを溶かされていく。一夏を背負い立たせていたもの。一夏を頑なにさせていたもの。そして、胸に内に押さえ込んでいたものすら。

 すると、一夏に変化が起きた。

 

「あ、あれ? なんだ……よ、これ。ごめん、俺」

 

 一夏の頬に一筋の雫が伝わる。

 胸の内に押さえ込んでいた不透明な想いがどうしようもないほど抑えられない。

 

「涙が、嬉しいはずなのに止まらないんだ」

 

 自分が泣いているのだと自覚した一夏は、少しばかり動揺した。

 それに嬉しいはずなのに、嬉しくて涙が止まらない。こんなこと始めてだ。

 

「大丈夫。それでいいんだよ。泣いてもいいんだよ。今までどんなことがあっても弱音はかなかった。それどころか泣かなかったんだもん。もう我慢しなくていい。無理に強がろうとしてなくてもいい。私が許すから……」

 

 泣くことを躊躇う一夏を本音は慰めるようにそっと優しく頭を撫でる。

 一夏はその優しく暖かな手の温もりに安心を感じ全てを委ね、声もなく静かに泣いた。

 たくさん泣きながら一夏は、自分はこんなにも泣けるのかと思った。こんなに泣いたのはいつ以来だろう。誰かの前でこんな風に泣いたことどころか、姉である千冬の前でも泣いた記憶すらない。何だか始めて泣いた気がする。

 満杯になった水が更に吹き上がるように一夏の涙が溢れる。小さな箱に無理やり押し込めていた感情が外側へと止め度なく流れ出す。

 

「おりむー」

 

 静かにたくさん泣き続ける一夏を本音は優しく抱きしめ、落ち着かせるように撫でる。

 一夏は誰にも頼らず、甘えず、強がり続けて我慢して。そうしていたら、いつかしか泣き方どころか、甘え方すら忘れた気でいた。誰も彼も守れる強い『織斑一夏』を演じることで、自分を守っていた。

 だけど、一夏はずっと求めていた。この暖かな温もりを、頼らせて甘えさせてくれる人を。そして、母性を。

 本当は誰よりも一夏のほうが甘えたかった。甘えることを本当に知っていたから。

 

――やっぱり、一番甘えたかったのはおりむーのほうだったんだね。

 

 ひとしきり泣いた一夏はすっきりとした気分だった。

 胸のうちにあった迷いや悩み、それら全てが涙となって流れたよう。

 一夏は本音から体を起すと、泣いて赤くなった目元を拭い、気恥ずかしそうに笑って言った。

 

「ありがとう、のほほんさん。それとごめん」

 

「いいんだよ。これでもうひと頑張りできそう?」

 

「ああ」

 

一夏は力強く頷く。

 本音が何のことを言っているのか一夏にはすぐ分かった。

 一夏自身も頭の片隅に追いやられていただけで、忘れたわけじゃない。

 今日これで全てが全て終わったわけではなく、一夏にはまだやらねばならないことがある。

 シャルロットとの待ち合わせ。それを乗り越えなければ、本当の意味で二人はここから先には進めない。

 

「よかった。頼っても甘えても欲しいけど、ただそうさせてあげるだけが優しさじゃないって私は知ってる。頑張らない時は背中を押してあげる。頑張らないといけないのにへこたれてるなら、お尻ペンペンしてでも奮い立たせてあげるから、もう一頑張り頑張って」

 

 本音の言葉は、とても頼もしい。

 まるで強い母親の様な言葉だと、一夏は感じた。

 こんなにも頼もしくて強い、そして優しい最愛の彼女が自分なんだと思うと一夏は嬉しくて、気持ちが奮い立つ。彼女に恥じない自分でいたい。彼女に恥じない結果を今から掴みに行く。

 そう決意を締めなおした一夏は、今一度立ち上がる。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 一夏は本音に見送られながら、約束の場所へと向かった。

 




のほほんさんisGoD

一夏が求めていたのは母性であり、一夏が誰よりも甘えると言うことやその意味、それが相手にとってどうなるのか知っていたからこそ、臆病になってしまったという話でした。
そして、一番甘えたかったと言う話です。
この物語ののほほんさんは母性に溢れていますが、ただ甘えさせるだけの母性ではなく、必要な時はちゃんと頑張らせる背中を押す『オカン』的な母性を目指しました。

今回の話もまた『ラウラとの日々』や『【恋姫†無双】黒龍の剣』を書いている
ふろうものさんとの話で原案が生まれ、
『IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~』や『セシリア・ダイアリー』を書いている若谷鶏之助さんのアドバイスと協力で完成しました。
この場をかりてお礼申し上げます。ありがとうございました!
両氏の作品、オススメなのでよければどうぞ。


それでは~


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簪達はいない。ありがとうの向こう側へ

 

 約束の時間である五時。

 一夏は、約束の場所に指定された本校舎屋上へとやってきた。

 屋外がある屋上は二月の冬風が静かに吹き少しばかり肌寒い。加えて放課後ということもあり、人影はある一人を残してない。

 そのある人とは、シャルロットのこと。シャルロットは、屋上にやってきた一夏を見つけて、ぽつりと立ったまま静かに待っていた。

 

「よかった、ちゃんと来てくれたんだ」

 

「ああ。約束だからな」

 

「そっか」

 

 二人は短く言葉を交わす。シャルロットは寂しそうな笑みを浮かべると、一夏の前にあるものを出した。

 

「まずは……はい、これ。バレンタインチョコ、一夏の為に作ったんだよ。ちゃんと食べてね」

 

「……ああ」

 

 シャルロットから一夏が手渡されたのは、バレンタインチョコが入っているだろう紙袋。

 笑みを浮かべて紙袋を渡してくるシャルロットを見て、一夏は一瞬受け取るかどうか迷った。だが、今受け取らなければ、話が始まらない気がして、何より会って早々シャルロットから逃げてる感じがし、大人しく受け取る。

 一夏が受け取ってくれたのを見て、ホッとしたようにシャルロットは笑う。

 そのまま二人の間に沈黙が流れそうになるが、沈黙になっては話しづらい。それに話の主導権ぐらいは自分の方でも管理しておきたいと一夏は思い、ゆっくりと口を開いた。

 

「それでシャルル、話っていうのは?」

 

「シャルルか……」

 

 寂しそうにシャルロットは小さく呟く。

 もう自分のことを一夏は、一夏自身がつけてくれたこの世でたった一つだけの特別な愛称である『シャル』とは呼んでくれない。そのことが今の今まで目を背けていた沢山の嫌な現実を突きつけられているようで胸が痛いほど締め付けられ、また自分の一夏との間には『友達』としての距離しかないようで嫌になる。

 その距離をつめるように、シャルロットは唇を噛み締めてから言った。

 

「ねぇ、一夏」

 

 シャルロットは一夏を見つめ、瞳をキッと細める。

 燃え上がるような『本気』が、そこから感じられた。

 

「今の僕は何もない、何も持ってないけど」

 

「……」

 

「でもね、僕は一夏の為ならどんなことだって出来る。一夏の為にならどんな風にだって、一夏の望む僕にだって変われる。この気持ち、一夏への想いは誰にも……あの女にだって絶対負けない」

 

 静かに、それでいながら力強くシャルロットは言う。

 あの女……シャルロットが誰のことを指して言っているのか一夏にはすぐにわかる。

 そして、シャルロットの一言一言が一夏には、とても重くのしかかる。 

 そう感じている一夏を他所に、シャルロットは告げた。

 

「一夏、好きです。僕と付き合って、恋人になってください」

 

 一夏から目からそらすことなく見つめたまま、シャルロットの口から想いが言葉となってあらわれた。

 気丈な表情を浮かべているが、内心不安なのが一夏にはすぐに分かった。

 その証拠にシャルロットの瞳は一夏をしっかりと捉えているが、微かに不安げに揺れている。

 

「一夏が望むなら僕、どんなことだってする。一夏の為なら、僕の身も心、僕の全てを一夏に捧げられる」

 

「……」

 

「あの女……布仏さんのことだって、全て僕が忘れさせてあげる。誰にも文句言わせないくらい、最高の彼女になってみせるから」

 

 言葉はしっかりとしているが、シャルロットの声は不安から震えていた。

 告白。 予想してなかったわけじゃない。むしろ、予想としていた通りになった。シャルロットの言葉が一夏の胸を締め付ける。

 真剣なシャルロットの姿は心から愛おしく思えた。

 だが、それでも一夏が持つ答えは、一つしかない。

 

――……のほほんさん

 

 刹那、一夏の脳裏に本音の顔が思い浮かんだ。

 一夏の心にいるのは、ただ一人のみ。迷いはない。覚悟は今も変わらない。

 どういう結果を招こうと、それは所詮、自分の撒いた種だ。それは、自分で刈り取るしかない。

一夏は、答えるべき答えをシャルロットへ告げた。

 

「ありがとう。気持ちは嬉しい。でも、シャルルの気持ちは応えられない」

 

「……」

 

「俺が好きなのは、愛しているのはのほほんさんだけだ。それは今も、そしてこれからも変わることはない」

 

「……ッ……」

 

 シャルロットの表情が悲痛なほど曇る。

 一夏の言葉、想いに嘘や迷いなんてものがないことをシャルロットは決して変わらぬ事実なのだと、認めずにはいられなくなる。

 正直、今すぐにでもこの場から逃げだしたい。逃げだすことが出来れば、どんなに楽か。

 しかし、ここで逃げれば一夏から、そして疎ましく思っている本音に対して完全な敗北を自分で認めているようなものだと感じてシャルロットは、逃げ出したい一心の気持ちを抑え、震える声で一夏に問いかける。

 

「僕じゃ……ダメ、なの?」

 

「ああ」

 

「……ッ。ね、ねぇ、一夏。僕がもっと早く告白していたら僕達は恋人同士になれてたのかなぁ」

 

 一縷の望みをかけるようにシャルロットは言った。

 こんなこと聞いてももう手遅れなことは認めたくないがシャルロットはもう分かっている。それでも聞かずにはいられなかった。あったかもしれない未来に恋焦がれるから。

 しかし、一夏は。

 

「それもないよ」

 

 即答だった。

 

「俺が恋をすること。誰かを本当に好きになるってこと、他人から寄せられている想いの数々に気づけたのはのほほんさんのおかげなんだ。のほほんさんと出合って、一緒に過ごさなければ気づけなかったことなんて沢山ある。シャルルの気持ちだってそうだ。のほほさんのおかげで気づくことが出来た。のほほんさんでなければ、ずっと昔のまま変わらなかった」

 

 一夏は確信をもって言う。

 例えシャルロットがもっと早く、それこそ本音よりも早く告白してきたとしてもそんな未来はない。

 これは遅いか早いかの問題ではない。本音よりも早く告白してきても、どういう意味のものなのかなんて以前の自分では絶対気づかないと一夏は思う。例え説明されても理解できないでいるはずだ。今の様にシャルロットの気持ちを理解しない。理解使用ともしない。ずっと無自覚で無責任なまま。

 本音だからこそ、自分は変われた。変わることが出来た。今みたいにシャルロットを苦しめることはないが、今の様に今まで気づかなかったたくさんのことに気づいて考えたりはしない。

 そう思うからこそ一夏は即答した。

 

「……」

 

 唇が切れそうなほど強く噛み締めながら、シャルロットは悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「なら、どうして……」

 

「シャルル……」

 

「どうして! 一夏は『ここにいろ』なんて僕に言ったのッ!」

 

 シャルロットは弾ける様に叫んだ。

 

「忘れたなんて言わせない!」

 

「この言葉だけが唯一の支えなの。お願い………傍に居てよ。お願い……お願いだから……僕を好きになって、愛してよ!」

 

「母さんが死んだ今、もう僕には誰も居ない。今更国になんて帰れない。帰ったところでまた昔みたいに父親にいいように使われて最後は捨てられるだけ。そんなの嫌!」

 

「僕には一夏しかいないの。一夏じゃなきゃ、ダメなの……ッ!」

 

「憶えてるさ。ちゃんとな」

 

 忘れられるわけがない。

 今でも一字一句、はっきりと昨日のことのように覚えている。

 無自覚で無責任な昔の自分が言ったこと。忘れたくても、あの時の自分のことを一夏は殺したくなるほど憎くて忘れられない。

 

「大切な友達が理不尽な目にあうんだ。助けたいと思うのは当然だろ。シャルルにここにいて欲しいと思う気持ちは今も変わらない」

 

「だったら……僕と」

 

「でも、俺はシャルルの居場所にはなれない。俺にとってシャルルは友達だからだ」

 

 ここまではっきりとしたことを言う必要はないのかもしれない。

 だが今まで曖昧にしていたからこそ、はっきりと言わなければならないと一夏は決意した。はっきり言葉にしなければ、今のシャルロットには届かない。

 言った通り、あの時一夏が言ったここにいたらいいという言葉に今も変わらない。

 シャルロットが絶望すら通り越して諦観している姿を見て、シャルロットを苦しめているたくさんの理不尽が許せなくて、友として救いたいと思ったから。あの時、言ったのはこの思いからだけのこと。それ以下でもそれ以上でもない。

 しかし、自分が思っている以上にその言葉にシャルロットは縋っていた。安心させてしまっていた。

 安心していたのは一夏とて同じだ。甘い言葉をかけるだけかけ、安心して、代替案の一つすら考えてなかった。

 

 そして自分の想い人に対する、シャルロットが抱いていた想いを知ってしまった今。

 一夏は改めて、自分の犯した罪を実感していた。

 結局、今シャルロットとの間に起きていることは全て、己の鈍さと曖昧さが、彼女の心を縛り付け……ずっと、立ち止まらせていた。こんな甘い言葉をかけてまで。

 何をどう繕おうと、それが真実なのだと、一夏は深く痛感していた。

 

「――」

 

 一夏の言葉を聞いてシャルロットは、言葉を失い動揺していた。

 

「フランスに帰れなくて日本にいたいのならいたらいい。シャルルが卒業後も日本にいてちゃんとした生活が送れるように俺が日本政府やIS委員会とかにかけあって絶対にしてみせる。それは約束だ。俺にはそれができるから」

 

 自分には何かをいきなり変えられるほどの大きな力はない。

 だが、自分が周りや大人にとって、世界にとってどういう存在なのか一夏にはもう重々分かっている。自分には世界を少しでも動かすことが出来る力があるのだと分かっている。

 言ったからには、やらなければならない。簡単なことではない。代償だって大きいはずだ。

 周りの人間にたくさんの迷惑をかけるのかもしれない。姉やそれどころ大切な恋人までに。

 それでも大切な友達が理不尽な目にあうのから助けられるのなら、きっと安いものだ。

 

「やめてよ! そんなこと聞きたくない!」

 

「分かれなんて言わない。だけど、ちゃんと聞いてほしいんだ!」 

 

「――ッ!」

 

 一夏の強い語気にシャルルが竦む。

 シャルロットが言ってほしい言葉はこれではないと一夏にも分かっている。

 でも、これもまたはっきりと言葉にしなければ、今のシャルロットには届かない。

 何よりこれは、 男以前に一人の人間として一夏なりのケジメのつけ方。曖昧にしすぎていた今までの自分や多くのことにきっちりと決別する為に。

 

「い、一夏が誰と付き合っているとか、誰のことを好きかとか、もうどうだっていい」

 

 シャルロットは自分に言い聞かせるように震えた声で呟く。

 その瞳には涙が浮かんでいた。

 

「僕は一夏のことが好きなの! 好きで好きでたまらないの! どんなことがあっても大好きなのッ!」

 

 シャルロットの瞳が涙で潤む。

 

「今はダメでも……絶対に僕が一夏のこと惚れさせてみせるから」

 

「……」

 

「この先どうなるかだった分からないよ? 一夏の気持ちだって変わるかもしれない」

 

「……」

 

「布仏さんのことが忘れられないのなら僕が忘れさせてみせるから。布仏さんがしてくれないようなことだって僕がどんなことでもしてあげる。だから、一夏」

 

 涙をポロポロと流しながらシャルロットは縋るように言う。

 泣いている目の前の彼女を見ていると一夏の胸は痛む。

 守りたいと思う大切な人達の一人であるシャルロットを今も自分が傷つけ続けている。守るという行為からは正反対の行為。

 泣いているシャルロットの姿を見ていると守りたいと気持ちが強くなってしまう。今の自分がシャルロットにそんなことしてはいけないと分かっているのに。

 

――こういうのがきっと依存されてるってことなんだよな

 

泣いているシャルロットの姿を見て、一夏は頭の片隅でおかしなぐらい冷静に考えている自分がいることに気づく。

 今自分はシャルロットに縋られている、依存されてると一夏には、はっきりと分かっている。

 このままではいけない。自分が傍にいても、もうシャルルにしてあげられることは『友達』としてのことしかないい。それ以上はできない。逆に自分が傍にいることでシャルロットは、いつまでも新しい道に、ここから先に進めない。一夏にはそんな気がしてならない。

 ちゃんと距離を置かなければならない。誰かの為にとかではなく。このままでは共倒れしかねない。

 もう昔には戻れない。前に進むと決めていたのだから、一夏が言える言葉はかわらなかった。

 

「どんなことを言われても、どんなことをされても俺の気持ちは想いは変わらない。変えさせない」

 

 変わらない一夏の意思の強い言葉。

 それを聞いて、ポロポロと涙を流していたシャルロットは、これ以上堪え切れなくなったかのように、、大粒の涙を流し更に沢山泣いた。

 

「……っく……ッ……」

 

 どんなことを言っても、どんな甘い言葉をかけても、もう自分の言葉は一夏の心には響かない。

 叫んでも、泣いても、もう自分の想いは一夏には届かない。

 悔しい。死にたいほど悔しくてたまらないけど、もうダメなんだ。自分では、一夏の心はつかめない。

 自分の知っている一夏のはずなのに、自分が知っている一夏ではないみたい。

 こんな風に一夏を変えたのは、彼女の力なのだろう。正直、今殺したいほど憎くてたまらないけど、もう認めるしかない。

 

「ダメ、なんだね……」

 

 そんな言葉が小さくシャルロットの口からこぼれた。

 

――……ダメだ。僕では……もうどうにもできない。敵わなかった、んだね……

 

 僕といても一夏はこんな風には変わらなかったはずなんだ、と拒絶していた事実を無理にでもシャルロットは、受け入れていこうとする。

 しかし、まだ認めたくない。諦められないという気持ちも強いからなのだろうか。

 認めたくない一心からなのかどうにはシャルロットにすらもうよく分からなくなっていた。

 無意識のうちにシャルロットの体は動いていた。

 

「……ぃッ」

 

 一夏の体に衝撃が走る。

 ドスッ、という物音が聞こえた気がして、胸元の辺りが痛む。

 引いていくじんわりとした痛みを感じながら一夏はふと自分の胸元に目をやると、そこにはシャルロットが一夏の胸元に顔を埋めていた。

 絶対に離さないと言わんばかりに、シャルロットは両手を一夏の背に回し、ぎゅっと力強く抱きしめられていた。

 

「……っ……うぅ……ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……!!! 一夏、一夏、一夏ぁ……!!!!」

 

 シャルロットは、心の箍が外れたかのように、一夏の胸の中で激しく泣き叫んだ。

 一夏の名を、何度も何度も呼びながら……。

 

「……やだ……嫌……やっぱり、嫌、だよ……!! 一夏、一夏ぁッ! ぅぅッぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 シャルロットの悲痛な叫びが、一夏の胸を引き裂く。

 

「好き……大好き……一夏ぁ、大好きだよ……っ!!!!」

 

 泣き叫び思いのたけをぶつけてくるシャルロットに一夏は強く強く、抱き締められる。

 シャルロットの本気が伝わってくる抱きしめる力。これほどまで強く自分のことを想ってくれているんだと一夏は改めて実感する。

 だからこそ、最後までシャルロットの想いと真剣に向き合うなければならない。

 一夏はシャルロットの想いを受け止めはするが、受け入れしない。そして、最後まで抱きかえすことはしなかった。

 ただ、泣き続けるシャルロットに胸を貸すだけ。

 

――甘いってことは分かっているんだけど、やっぱり……

 

 シャルロットとはこれからも友達の関係でいると決めた。

 しかし、今の距離は友達以上の距離。自分に依存しているだろうシャルロットを想うのなら、最後はきちんと突き放すべきなのだろう。甘い自分がいるとシャルロットはいつまでも甘えてしまう。先に進めない。

 だが、泣いているシャルロットを見ていると一夏は、どうしても突き放せないでいた。

 だからといって、抱きしめてしまえばそれは一夏とシャルロットにとって、受け止めていたままのシャルロットの想いを受け入れることになってしまう。それでは余計にシャルロットが先に勧めないようにしてしまう。

 ゆえに、甘いと分かっていても今一夏に出来ることは静かに胸を貸すことのみ。それが最後、一夏が送るシャルロットだけの優しさ。

 すると、自然と一夏の口から言葉が出ていた。

 

「ありがとうな、シャル」

 

「……」

 

「ありがとう」

 

 一夏のその言葉を聞いてシャルットの涙が溢れ出す。

 その涙は悲しみの涙ではなく、嬉しさから溢れ出る涙。

 

 たくさん偉そうな事言って思い上がっていたけど自分は結局、かなわなかった。

 だけど、今までずっと胸に秘め続けているだけで、言えずにいた想いをようやく一夏に伝えることが出来た。

 想いは確かに結ばれはしなかった。でも、一夏に自分の想いを知ってもらえた。それだけで充分。

 一夏への想いをまだ全部が全部あきらめられたわけじゃない。今でも好きな想いは変わらない。変えられない。

 けれど、ようやく一夏への想いに一区切りなんとかつけられそうな気がする。そう思うとシャルロットの心は軽くなっていく。

 

――……一夏が『ありがとう』って言ってくれてよかった。『シャル』って呼んでくれて嬉しい。

 

 自分の想いを一夏はちゃんと喜んでくれた。謝られでもしていたらそれこそどうなっていたのか、シャルロットにすら分からない。

 また、大好きな愛称で呼んでもらうことが出来た。本当に、これで充分だ。

 

 ほんの少しだったけど、同じ部屋で過ごしたあの頃の一夏は自分だけのもの。

 『ありがとう』って言ってくれた一夏は、泣き止むまで抱きしめてくれなくても静かにずっと傍にいてくれた一夏は、自分だけのものでいてほしい。

 今、この瞬間だけでいいかからとシャルロットは願うように強く思った。

 



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簪達はいない。一夏と本音のバレンタイン

 シャルロットが泣き止むのを見届けた後、一夏はシャルロットを一人残し、屋上を後にした。

 先程まであんなにも泣き叫んでいたシャルロットを一人にするのは不安ではあるが。

 

『今は一人にして』

 

 そう言われてしまえば、一夏からは何も言えない。

 一頻り泣いた今だからこそ、落ち着いて頭が少しは冷えてきたはずだ。そうなれば今一度、一人で考えたいことや見つめなおしたいことがあるのだろう。

 そんな風にシャルロットのことを一夏は考えるからこそ何も言わず、一人にした。

 屋上を後にした一夏は、寮へと戻りながら、スマホのLINEアプリで本音に用事が済んで帰っていることを伝える。するとすぐに返事がくる。

 

『分かった~ 寮のロビーで待ってるね~』

 

 といったメッセージが可愛らしいスタンプつきで送られてきた。

 一夏はそれを確認するとスマホをポッケにしまい足早に寮へと帰る。

 寮の中へ入るとメッセージ通り、ロビーに本音がいた。本音は、戻ってきた一夏に気づくと駆け寄ってくる。

 

「お帰りなさい、おりむー」

 

「ただいま、のほほんさん」

 

 優しい笑みを浮かべながら一夏を迎える本音。

 それを見て一夏は、シャルロットに悪いという気持ちは確かにあるが、ようやく肩の荷が降りたことを実感して、安堵を覚える。

 シャルロットとのことで自分が捲いた種が起したことが全て終わったわけじゃないけども、それでもようやく一つ区切りをつけることは出来た。

 それに本音は出迎えの言葉だけをかけてくれるだけで、それ以上は何も言わない。別に何も一夏は、『お疲れ様』や『大変だったね』とかを言ってほしいわけじゃない。その言葉通りだが、それだけで済ませられるのは嬉しくない。そんな心情を察してくれたのか気遣ってくれる本音の気遣いを一夏は、嬉しく感じていた。

 

「あっ、それ」

 

「ああ、これ。受け取ってきた」

 

「そうなんだ」

 

 一夏が手に持っていた紙袋の存在に本音が気づく。

 おそらく中身が何であるか本音が気づいたことは一夏には分かった。

 理由はどうあれ、彼女に他の女子からチョコを貰ったことを気づかせてしまい一夏は、ふとした罪悪感から一瞬誤魔化そうという考えが頭に過ぎったが、素直に答えた。

 すると本音は、特にこれといった反応はせず、いたっていつも通りだった。

 

「あ」

 

「ん~? どうかしたの~?」

 

「い、いや! 何でもない!」

 

一夏はあることに気づく。

 そういえば肝心の本音からまだ貰っていない。

 本音から貰うチョコは本命チョコで間違いなだろうし、自惚れ抜きにしても確実に貰えるはずだ。

 しかし、まだ貰ってないだけに今か今かと胸がドキドキしてくる。こんなにもチョコを期待したのは、生まれて初めてかもしれない。

 だからといって、自分から『チョコがほしい』なんてことを言うのは、言葉に出来ない気恥ずかしさがあり、中々言い出しにくい。どうしたら自然で恥ずかしくないものかと一夏は悶々と考えてしまう。

 

「ええっと……おりむー、この後はもう特に予定はないんだよね」

 

「えっ? ああ、そうだな」

 

 悶々とした思考の渦から、本音の声が聞こえ、ハッと我に返る一夏。

 この後は特に予定はないはずだ。あえて予定らしい予定をあげるとすれば、夕食と入浴ぐらいなもの。

 だから、特に予定はなく今日はもうゆっくりできるはずだ。

 

「だったら、ね」

 

「?」

 

 頬を赤く染めて本音が恥らいながら問いかけてくる。

 一夏がどうしたのだろうと思っていると。

 

「今からおりむーの部屋行ってもいいかな?」

 

「俺の部屋?」

 

「うん。ほら、部屋のほうがゆっくりできると思うから」

 

 それは確かにそうだと一夏は思う。

 このままロビーでゆっくりしていてもいいのだが、ロビーは公共の場。当然、ここには一夏と本音達以外にも他の生徒がおり、行き来する。普段の一夏なら一目なんて気にしないが、今日は少し訳が違う。本音からのバレンタインチョコを期待しているだけに何だか落ち着かない。人目もいつもより気になって、尚更。けれど、自分の部屋なら人目も気にせず、落ち着けるはずだ。

 

「それもそうだな。よし、行くか!」

 

「うん!」

 

 一夏と本音の二人は仲よくロビーを後にし、一夏の部屋へと向かった。

 

 

 

 

「お邪魔しま~す」

 

 本音のその声と共に、一夏の一人部屋へ入る二人。

 

「まあ、そのへん好きなところに座って」

 

「分かった~」

 

 そう言って本音は、一夏の部屋にあるベッドに腰をかける。

 続くように一夏も本音のその隣に腰をかけ、ベッドに座った。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 思ったとおり、部屋は人の目を気にせずに済み、二人っきりの空間なのでゆっくりはできる。

 しかし逆に二人っきりの空間だからこそ、余計にそれを意識してしまい一夏はまた言い表せない気恥ずかしさを感じてしまい、チョコを気にかけていることも相まって何だか落ち着かない。

 何も今みたいに一夏の部屋で二人っきりになることは何も初めてのことではない。何度も経験していることだが、落ち着かない理由が理由なだけにいつもと違う感じがする。

 

「……」

 

 一夏の緊張が本音にも伝わってしまったのか、頬を赤く染め恥ずかしそうにしている。

 折角、部屋で二人っきりになったのにこのままではいけない。ゆっくりするはずなのに、これでは体は兎も角、精神的にゆっくりできない。本音にリラックスしてもらわないと。

 

――俺から何か話すべきだよな。というか、こういうの前にもあったよな。確かのほほんさんに二度目の告白をした時もこんな感じだった。

 

 もう数ヶ月の前になったことを一夏は思い出す。

 今となっては懐かしい思い出。一度振られて、二度目の告白で想いは通じあった。あの時は、本当に嬉しかったという想いは、一夏の中に今も鮮明にある。

 あれから沢山の日々を共に過ごし、本音と過ごすうちに自分は変わっていくことが出来た。それでもやっぱりこういう些細な今のような状況、そして何より一夏の本音への想いは今も変わらない。むしろ、強くなっているのを一夏は実感する。

 そう思うと何だか嬉しい気持ちで胸が一杯になり、また熱くなる。一夏は、思わず小さく笑ってしまった。

 

「どうしたの? おりむー、急に笑って」

 

「いや何でもないよ」

 

「変なおりむー」

 

 二人して笑いあう。

 一緒になって笑ってくれる本音を見ていると、一夏にはその姿が堪らないほど愛おしく思えた。

 暖かい雰囲気が二人を包む。

 

「そうだ。はい、どうぞ」

 

 本音から一夏の前にあるものが差し出される。

 

「これってもしかして……!」

 

 差し出されたものが何であるか気づくと、一夏はパァッと嬉しそうな笑顔になる。

 それを見て本音も嬉しそうにして微笑む。

 

「もしかしなくてもそうだよ~ ハッピーバレンタイン! おりむー!」

 

 差し出されたチョコレートが入ってるだろう包みは丁寧かつ可愛らしいラッピングがされている。

 見ただけで気合が入っているのは一目瞭然で、一夏の胸は期待で高鳴る。

 

「開けてもいいか?」

 

「どうぞ~ おりむーの為に腕をふるったんだよ~」

 

 ラッピングを丁寧に解き、その中にある箱を開ける。

 すると中には、小さい小部屋に入った小さなチョコが並んでいた。

 

「すげぇ、これトリュフじゃん!」

 

「さっすが、おりむー! よく分かったね。嬉しいよ~」

 

 本音が作ったのはトリュフという名のチョコレート。

 形は全てハート型だが、一つずつデザインが違う。

 一夏は元々料理や菓子作りが出来るため、一目でトリュフだと分かった。

 トリュフは綺麗な見た目通り、作るのが難しい。様々な種類のトリュフがあるのを見ると、沢山の手間隙をかけて作られているのが、よく分かる。

 このチョコを自分の為に本音が作ってくれたんだと思うと、一夏はたまらなく嬉しい。

 

「ありがとうな、のほほんさん。大変だっただろ?」

 

「まあね~ やっぱり、見本みたいに綺麗に出来なくて、ちょっと不恰好になっちゃったから」

 

「そんなことないって」

 

 本音はそういうが一夏には充分すぎるほど綺麗に、そして美味しそうに見える。

 

「喜んでくれたみたいでよかったよ。さっきからおりむーずっとそわそわしてたから気になって」

 

「うっ……それはのほほんさんのチョコが楽しみで」

 

「そうだったんだ。なら尚更嬉しいよ」

 

 一夏の言葉に嬉しそうに頬を綻ばせる。

 

「じゃあ、早速」

 

「あ、ちょっとまって!」

 

 トリュフを一つ取り、食べようとした一夏に待ったをかける本音。

 何事かと一夏が不思議がってると、本音はトリュフを一つ取って、満面の笑みを浮かべながら一夏へと差し出してきた。

 

「は~い、おりむー。あ~んっ」

 

「えぇっ!? ちょっと! のほほんさん!?」

 

「早く早くぅっ! 落ちちゃうよ! ほら、あ~んっ」

 

「……あーん」

 

 本音に言われて、照れながらも一夏は大人しく口を開け、食べさせてもらう。

 口の中で広がる甘くて美味しいチョコの味。それと同時に何だか優しい味がすると一夏は暖かさを感じていた。

 

「どうかな? 美味しい?」

 

「もちろん、美味い。美味くできてる」

 

 嘘はもちろん、お世辞でもなく一夏の口から素直な言葉が出た。

 心からの言葉だが、もっと気が利いた言葉がなかったものかと一夏は思ったが、一夏の言葉を聞いて喜んで笑顔を浮かべている本音を見て、一夏も安心した。

 

「よかった~」

 

「本当、美味い。そうだ! のほほんさんも食べてみろよ! 食べさせてあげる」

 

「えぇっ!?」

 

「さっきのお返しだ。ほら、あ~ん」

 

「……あ~ん」

 

 ニッと笑みを浮かべると一夏はトリュフを一つ取り、本音の口へと運ぶ。 

 本音は驚き頬を深く染め照れながらも、ゆっくりと口を開け、一夏に食べさせてもらった。

 口を開けた瞬間、一夏の指が本音の口に触れたような気がした。

 

――自分でやっといてアレだけど、これ結構恥ずかしいなぁ

 

 自分のやったことをされてその恥ずかしさを本音再確認し、恥ずかしさを感じていた。

 だが、相手が恋人なら恥ずかしさ以上に、嬉しさで胸が一杯になる。

 

「美味いだろ?」

 

「うん! おりむーに食べてさせてもらったから尚更美味しい」

 

 本音はうっとりと目を細めて、はっーと幸せそうな吐息をもらす。

 つられて一夏も幸せな気持ちになってくる。

 

――幸せだぁ

 

 しみじみと一夏は感じていた。

バレンタインを今日みたいに過ごすのは初めてのこと。こんな風に過ごせたのは、本音だからなんだと一夏は実感する。胸のうちから熱いものがこみ上げてくる。

 幸せでたまらいなことを今無性に本音に伝えたい。それは押しつけなどではなく自分が幸せでたまらないことを知ってもらい安心して喜ばせてあげたい。

 そしてまた、本音にも幸せでいて欲しい。

 

――何かお返ししたいなぁ

 

 そう思いたった一夏は言った。

 

「のほほんさん、お礼したいんだけど何かしてほしいことないか?」

 

「ええ!? おりむー、気が早いよ。ホワイトデーはまだだよ?」

 

「それは分かってる。ホワイトデーはホワイトデーでちゃんとお返しするよ。けど、それとは別に今のほほんさんにお礼がしたくてまらないんだ。こんなバレンタイン初めてだからさ」

 

「そっか~。今……う~ん」

 

 一夏にそんなことを言われたら、本音は悩んでしまう。

 別に嫌だからとか、困っているからというわけじゃない。一夏が自分のバレンタインチョコを、一夏に捧げる自分の想いを、そして自分と今いるこの時間を幸せに感じてくれていることはよく分かっている。

 一夏の望みは叶えてあげたい。しかし、急にそんなことを言われても、一夏にしてほしいことなんてとっさに思いつかない。本音は今で充分だと感じてる。一夏とこうして恋人同士の一時を過ごせているだけで幸せでたまらない。これ以上、何か望むのがほんの少しばかり怖い。

 それでもやっぱり、一夏の望みは叶えてあげたい。これもまた一夏なりの本音への甘え方の一つなのだと分かっているから。

 悩んだ末に本音は一夏に言った。

 

「じゃあ、キス」

 

「ん?」

 

「キスしてほしいな」

 

 言って本音は、静かに目を閉じる。

 それは一夏から本音へキスしてほしいという合図。

 一夏はほんの一瞬だけ、気恥ずかしさから迷ったが、すぐさま迷いを断ち切る。

 

――あれ?

 

 目を閉じてキスを静かに待っていた本音だったが、思っているよりも中々一夏からキスしてもらえない。

 やっぱり、いくらなんでもキスなんてお願いは迷惑だったのかもしれない。そう不安に思い本音は閉じていた目を開けそうになったが瞬間、異変を感じた。

 

「んっ……」

 

 触れ合うような軽いキスをしあう本音と一夏。しかし、それだけではない。

 

――あっ……嘘。おりむーに抱きしめられてる

 

 本音は、キスと同時に一夏に抱きしめられているのを感じていた。

 一夏からしてくれたキスとハグ。キスは二度目で、一夏からのちゃんとしたハグは初めてかもしれない。もう自分からハグすることに一夏が抵抗を感じているのだとは、本音にはもう思えない。

 唇と唇が触れ合う程度のものだが、本音の唇に何度もキスの雨がふる。

 

――今、私おりむーに甘えられてるんだ。幸せ。

 

 ぎゅっと抱きつかれ抱きしめられながら、一夏から本音へ送られる甘えるようなキス。

 そのことが今、ようやく精神的にも肉体的にも甘えてもらえているんだと実感させられ、嬉しいと幸せだと感じる以上に一夏のことが愛おしくてたまらない。きゅぅと“何か”が締め付けられ疼き、母性本能が刺激されていた。

 名残惜しさを感じながらもお互いどちらからともなく唇を離すと、抱き合ったまま顔を見合わせ、笑いあった。

 

「チョコの味がしたよ、おりむー」

 

「それはのほほんさんもだぞ。チョコ食べたから当たり前だけどな」

 

「ふふっ、その通りだね~」

 

 幸せそうに笑いあう二人。

 チョコの様に甘くて幸せな二人だけの時間が、ゆっくりと二人の間に流れていた。

 



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簪と過ごしたバレンタイン

 今日は例年とは比べられないほどに忙しいバレンタインだった。

 案の定というか、物凄い数のバレンタインチョコを貰った。全部義理チョコや友チョコとかいう奴なんだろうけど、数がおかしい。

 IS学園に二人しかいない男の片割れ。全員おもしろ半分に渡してきて、特に上級生の先輩方は本命を渡すかのように芝居がけて渡してくるものだから、素直に喜べずただただ困った。

 隣に簪がいるのにも関わらず、堂々とそんな風に渡してくるものだから尚更困った。嬉しいというよりかは疲れた。

 ただ、簪は特に気にしてない様子だったのが印象的だった。

 

 そして夜の自由時間の現在。

 今さっき入浴を済ませ、同じく入浴を済ませただろう簪が俺の部屋に来るのを待つ。

 今日も今日とて入浴は部屋風呂で済ませた。

 一夏と俺、それぞれの男子の部屋には高級ホテルさながらのトイレや洗面所とが一体になったバスルームがあり、入浴などに問題はない。

 漫画やアニメであるお風呂場で女子とばったりなんていう逮捕物のことを未然に防げるのが何よりも助かるし、女子と違って好きな時間に好きなだけ入れるのがまたいい。いろいろなことを配慮されてのことだろうけど、至れり尽くせりだ。

 そんなことを考えていると部屋のドアがコンコンコンっとノックされた。はーいと言いつつドアを開けに向かう。

 

「……こんばんは」

 

 ドアを開けるとそこにはゆったりとした水色のパジャマに身を包んだ簪がいた。

 手に小さな紙袋とミニボストンバックを持っているのが目に入った。

 気にはなったけどドアの前で立ち話するのは何なので部屋へ迎え入れる。

 

「お邪魔します……」

 

 部屋に入り手荷物を置くと、ベットに腰掛けた俺の膝の上に簪が座ってくる。

 人前では簪はこんなことほぼしてこないし、俺もしないけど今は部屋で二人っきり。人目なんて気にせず、密着できる。手を絡ませ甘えるように体を預けてくれる簪を受け止め、後ろから抱きしめる。

 

「ん……」

 

 気持ちよさそうに目を細める簪。

 すると密着しているせいか、視線を少し下げれば、簪の首元が見えた。綺麗な簪の首元の素肌と綺麗なうなじ。簪も今しがた風呂を上がったばかりだからなのかは分からないが、艶っぽく見える。

 オマケに風呂上り独特のシャンプーだと思わしき髪のいい匂いまでしてきて、僅かながらこう……ムラムラっとくるものを感じていた。

 どうして風呂上りの女子ってこんなにもいい匂いがして、来るものがあるんだろう。それは好きな彼女だと尚更強い。

 

「どうかした……?」

 

 ぼーっと見すぎたようで、簪は不思議そうにこちらを見ている。

 すぐさま答えることが出来ず困った。どう答えたものか。彼女とは言え、風呂上り姿を見て、髪の毛のいい匂い嗅いで少しばかりムラムラしていました、なんて恥ずかしさを感じてそう簡単には言えない。

 だが、このまま返答に困っているわけにもいかない。俺は、当たり障りのないよういい匂いがするという他なかった。

 

「そう」

 

 言葉こそは淡白だが、簪は嬉しそうだ。

 その証拠に匂いを嗅いでと言わんばかりに体を預けてくれる。

 そこまで許してもらって今更遠慮するのは簪に対してよくないので、遠慮なく首筋に顔を埋めた。

 

「……ぁ……や……」

 

 くすぐったそうな声が上がる。

 埋めた首筋からする簪の匂い。大好きな匂いだ。先ほどはムラムラと来ていたが、それと同時に凄く心が安心する。簪以外じゃ到底こんな事は出来ないし、こんな気持ちにもならない。こうさせてくれている簪に感謝の気持ち一杯で、何より愛おしくてどうしようもない。

 だから、なのか俺は気づくと簪の首筋にキスを落とした。

 

「っん……くすぐったいよ……もう」

 

 声からして簪が笑っているのが手に取るように分かる。嫌がってもいない。むしろ、喜んでくれているようだ。

 

「本当……好きだよね」

 

 突然、簪がそんなことを言ってきた。

 否定しようのない事実だから認めるほかない。好きでなければ、今のようなことはしないし、好きだからついついやってしまう。

 ただ、簪がこんなことを言うということはやりすぎてしまったのかもしれない。

 

「あ……ううん。そういことじゃないの。私は嬉しいよ……私の匂い、好きでいてくれること。私も同じだから」

 

 同じということは考えるまでもなく匂いのことなんだろう。

 

「私もね……あなたの匂い好きだよ。いい匂いで……何だか癖になる」

 

 言って簪は、向かい合わせに座り、俺の胸元に顔を埋めて幸せそうにしてる。

 自分の匂いを自分ではいい匂いだなんて到底思えないけど、簪の匂いをいい匂いだと感じるように同じことなんだろう。それに癖になるのは確かにそうだ。俺の匂いでこんなにも幸せそうにしてもらえるのなら嬉しい。

 抱き合いながら二人して、お互いの匂いを嗅ぎあう。何だかこれって。

 

「変態みたい……ふふっ」

 

 声が重なり、二人一緒に笑いあう。

 変態だという自覚がありながらも、やめない辺りかなり重症な気がするけども、今は本当に二人っきり。気が済むまでお互いを堪能すればいい。

 そんな風に楽しんでいる時だった。

 

「ぁ……」

 

 簪が何かを見つけたような声をあげる。

 視線を追うとその先、冷蔵庫の近くには中に入りきらなくなった沢山のチョコが入った紙袋とかがあった。

 しまった。簪の前で今日散々受け取って今更隠す様なものおかしな感じがするけど、簪が部屋に来ることは前もって知っていたんだ。もう少し気を使うべきだったかもしれない。今更ながら反省する。

 

「凄い量だね……お返し大変そう」

 

 淡々という言う簪。

 お返しは量が量なだけに確かに大変だ。貰ったからにはちゃんと一人一人お返しするつもりだが、正直今はお返しについて考えたくはない。毎年これだけの量をちゃんとお返ししている一夏はやっぱり凄い奴だと関心してしまう。

 と、それは置いといて、今は他に考えなければならないことがある。

 簪はパッと見特に気にしてはない様子だが、内心ではいい気分ではないはず。すまないと思う。

 

「謝らなくていいよ……気にしてないって言ったら嘘になるけど……気にしないようにはしてる。これだけもらってるの見るともう……凄いとしか言いようがないよね。それに何だか……誇らしい」

 

 誇らしいか……。

 

「おこがましいかもしれないけど……あの沢山のチョコを見てると……私の彼氏はこんなにも沢山の人に想われてるんだって思えて……誇らしい」

 

 そういう風に思ってもらえているのなら助かるのは事実だ。

 

「それに……今のうちから慣れておかないとバレンタインは来年もある。こんなことで一々何か嫌味いったり、取り乱したりなんてしていられない」

 

 俺を見つめ曇りのない目でそう簪は言った。

 簪の言うことはもっともだとは思う。バレンタインはこれからも毎年あってその度に何か小言を言われたり、拗ねられたりすると、可愛いは可愛いが簪には悪いけどくるものがある。

 それに今からもう来年のことまで考えているなんて。去年の年末の帰省から簪が強くなったと改めて実感させられる瞬間はもう何度目か。今の簪からは強さと、そして頼もしさを強く感る。

 

「だから……謝ったりしなくてもいいよ」

 

 簪に結局、気を使わせてしまったけど、簪がこういってくれている以上、謝ったりするのはもうやめておこう。野暮ってものだ。

 それでも開き直りはせず、俺のことを誠実に思ってくれている簪に対して、これからもしっかり応えていこう。

 

「あ……そうだ」

 

 思い出した様に言って簪は、一旦俺から離れ、荷物を置いたところへと行く。そして荷物と一緒に置いてあった紙袋の中から箱を取り出し、それを持って再び膝の上に戻ってきた。

 

「随分遅くなっちゃったけど……どうぞ。ハッピーバレンタイン」

 

 簪から綺麗にラッピングされた箱が差し出される。

 そう言えば、まだ簪にチョコを貰っていなかった。もらえると思っていたから貰えない不安は感じなかったけど、今こうして貰えるとそんな不安が打ち消されたかのように、気持ちが高揚してくる。

 

「自信作……その……あ、愛情……たっぷり込めて作ったん、だよ」

 

 頬を赤く染め、簪は恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべて言う。

 恥ずかしいのなら言わなくてもいいのにと思ったが、折角のバレンタインだから言ってみたかったんだろう。こんな簪も可愛くて、抱きしめたい衝動に駆られる。が、その前に今は簪のチョコだ。聞くまでもなく手作りなのは分かる。早く食べてみたい。

 

「うん。……いいよ」

 

 簪に許可を貰い、ワクワクしながら箱を開けた。

 中に入っていたのは、小さなハート型のチョコの数々。

 普段菓子作りどころか料理すらしない自分でもとても綺麗に作られているのがよく分かる。

 しかし、意外だ。簪はお菓子作りが得意で趣味の一つなのは知っているから、てっきり凝ったものを作ってくるものばかりだと分かっていた。けれど、目の前にあるチョコ達は予想に反してシンプルだった。

 

「あ……うん。いろいろと考えたんだけど……シンプルのほうがいいかなって」

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 作ってもらったのに文句なんてない。シンプルイズベスト何ていう言葉もあるわけだし、変に凝ったものよりもこういったシンプルなもののほうがいいのかもしれない。

 俺は一つチョコを取り、早速食べてみた。

 あっ……苦い。それが思わず、口から出た素直な感想。

 

「ビターチョコにしてみたんだけど……どう? 苦さは大丈夫?」

 

 俺は頷きながら、味わう。すると、簪は安心したかのように笑った。

 甘さを感じた匂いとは裏腹に、簪のチョコは苦味がする。といっても、声をあげるほどの強い苦味ではない。市販のビターチョコよりかは少し苦い気はするけど、ちゃんと苦味の中にもチョコの甘さがあって、口の中でゆっくりと広がるこのチョコの苦さが丁度いい。好きな味だ。

 

「よかった。そう言ってもらえて……喜んでもらえみたいで……嬉しい」

 

 頬を綻ばせて安心している簪を見つつ、二個目のチョコを食べようとすると。

 

「ちょっと待って……実はね……トッピングがあるの」

 

 トッピング……辺りにはそれらしいものがないのは確認済みだ。

 どういうことだろうと思っていると、チョコを簪に食べさせられた。

 

「口、開けて……あ、あ~ん」

 

 戸惑いながら言われるがまま口を開け、チョコを食べさせてもらう。

すると簪は、腰に回していた手を俺の頬に添えると、ゆっくりと顔を近づけ。

 

「んっ、んん……」

 

 簪と俺の唇があわさる。

 始めは唇と唇が触れ合うだけの軽いキス。数回も繰り返しているとどちらからともなく、口が開き、舌が深く交わりあう。

 

「んぅっ……ちゅぅ、んむ、ちゅっ……んぅんんっ、んちゅ、んふぅ……んっ、ちゅんんっ……ちゅ、ちゅぁっ……」

 

口内でまだ微かに残っていたチョコが深いキスの熱によって溶け、それをお互い舌を絡ませあいながら味わう。

 

「……ん……ちゅぅ、っちゅ、ちゅッちゅッ……んんァっ……」

 

 舌を絡ませ、唇を重ね、吐息を吹きかけ合う。

 瞬く間に動悸が速くなり、体温と共に性的興奮が高まっていく。

 

「ちゅっ……ど、どう……? お、美味しく……甘くなった、でしょう……?」

 

 伏せ目がちながらも簪はしっかりとこちらを見つめて言う。

 顔を真っ赤にして、その恥ずかしいのを我慢している姿がたまらなくそそられる。

 

 頷きながら答える。

 トッピングってこれのことか。確かに美味しくなったし、甘くもなった。

 まったくやってくれる……これではチョコよりも、簪のほうがもっと食べたくなってくる。

 

「私? ふふっ……いいよ、たんと召し上がれ」

 

 目を閉じ顔を上向かせている簪の唇を唇で塞ぐ。

 

「んぅ……ん、ちゅっ、んぅっ、ちゅぅ……んんぅちゅっ……んぅふっ……んむぅ……」

 

 たんと召し上がれ、なんて簪は言っていたけど、我慢できなくなりつつあるのは簪もらしい。

 熱心に舌を絡ませてくる。

 俺も負けじと簪にこたえ、深いキスを続ける。

 

「ふっ……んぅ、ちゅっ、んぅ……んんんっ、ん、気持ち、いい……んっむぅ、ちゅっ……好きぃ……んんぅ……」

 

 正直もう口内にはチョコはない。

 ただの深いキス。しかし、口内にはチョコのエキスが多少なりと残っていて、口内にしみこんだその甘さを吸い取るように舌が動き回りあい、互いの口内で唾液が循環しあった。

 チョコの苦味のある甘さを感じるには感じるが、正直頭の片隅。愛して止まない相手をむさぼりたいという本能的欲求に取り付かれた興奮する獣のようになってた。

 

「はぁ……はぁっはぁ……」

 

 呼吸すら忘れてキスをし合っていたが、流石に辛くなり、二人して荒く呼吸をしながら息を整える。

 簪は既に事後の様な恍惚と至福が入り混じった色っぽい表情をしている。だが、物足りなさそうにもしているのが簪に更なる色気をまとわせている。

 

「ねぇ……いいよね」

 

 懇願するような目で問いかけてくる簪。

 何がとは簪は言わないし、俺もまた聞かない。ただ頷くのみ。

 何を求められているのかなんて、簪のトロンとしたスイッチの入った瞳を見れば分かる。簪の奴、かなり興奮している。それは俺とて同じだ。

 俺としてもここまで興奮していると流石にキスだけでは満足できない。それは男のサガというもの。

 

「よかった。今夜は泊まりだからね……」

 

 そう簪は今夜俺の部屋に泊まる。その為のあのミニボストンバック。ちなみに明日は休みで、泊まるのは何も始めてのことじゃない。

 本来あまり許されることではないが、ご愛嬌ということで。一応、ちゃんとそれ相応のアリバイ工作はしているから抜かりはないはず。

 だから、気にすることは何もないし。あったとしても今の状況では野暮ってものだ。

 

「ふふっ」

 

 妖艶な笑みを浮かべて簪は俺のほうへ倒れてくる。

 すると俺は簪に押し倒されるような体勢になり、簪は艶めかしい表情で下になった俺を見る。

 

「今日はバレンタイン。だから、私に任せて……? 私が……たくさん尽くして気持ちよくしてあげる」

 

 そう言うのなら、今夜は簪の気がすむまで任せよう。

 今日はバレンタインチョコを貰ったり、簪まで貰えて至れり尽くせりな気分だ。

 嬉しい気分いるとそれが簪に伝わったのか、今だ色っぽい差を残しつつも満足そうに顔をほころばせた。

 

「じ、じゃあ……始めるね」

 

 そうして簪は衣服を脱ぎ乱しながら、俺に尽くし始めた。

 




簪とイチャイチャしまくっただけのバレンタインだった……


続きは愛欲の日々をお読み下さい


今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは~


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簪と体操服

 死ぬほど疲れた。

 ラウンジでそんなことを思いながら、放課後男二人して脱力しダレる。

 

「足いてぇっ」

 

 目の前にいる一夏がいつにもましてだらしなく机にうつ伏せへばっている。

 いつもなら小言の一つでも言ってやるのだが、あいにく俺も椅子の背もたれにもたれて一夏と同じ様にへばっている。

 同感だ。足が痛い。というかダルい。足どころか全身に凄い疲労感があって、何かするどころか喋ることすら、億劫でひたすら疲れた。

 明日に響くほどじゃないと何となく分かるし、人前でこんなだらしないのはよくないと重々分かっているが、今こうしてダレているが一番楽だった。

 

「わぁ~すっごいお疲れモードだね~」

 

「……大丈夫?」

 

 ダルさを感じながらも、声のほうを向くとそこには本音と簪がいた。

 

「おりむーしっかり~」

 

「うぅ~疲れたぜ、のほほんさん」

 

「もう~よしよし」

 

 一夏はうつ伏せていた体を起すと、すぐ傍で立っていた本音に抱きついて、腹の二人に顔を埋めて甘えていた。

 人前でよくやる。最近は人前でこんな風に一夏はよく本音に甘えている。何かあったからなんだろうけど、以前よりも酷い。まあ、今ラウンジは人少ないし、一夏なりに場所とかを弁えてやっているみたいだ。それに甘えられている本音も本音で満更どころか、今みたいにニコニコとして凄く嬉しそうだから、人前でも二人がいいのなら見て見ぬ振りしてそっとしておこう。簪もそうしている。

 

「……六限目……体育があったって聞いたけど……そんなに大変だったの……?」

 

 問いかけてくる簪は俺は言葉なくただ頷いた。

 一夏と俺がこんな風に疲れきっている原因は、六時目にあたる今日最後の授業であった体育が原因だった。

 ISを稼動させる訓練の授業が時間割の大半占めているから割合としては少ないがIS学園にも無論体育の授業はある。ただ一般的な学校の授業内容とは少し違い、体力、主に持久力をつける体作りや陸上運動の授業がほとんどだ。ボール運動などといったほかのことをしないわけじゃないが、それでも体作りや陸上運動の授業のほうが大きい。

 それはISを長時間稼動させる為に身体的に長い集中力や忍耐力、持久力が必要だからなんだろう。この学園はISの操縦者を育てる国際的な専門校。よくも悪くも最終的にISの為にならないことはしない。

 

「ちなみに……何したの……?」

 

「走りこみだよ~」

 

 俺より先に同じクラスで同じ授業を受けた本音が答えた。

 いつしか簪は俺の隣へ、本音は一夏の隣へ座っていた。

 今日やったのは走りこみ。走りこみの内容自体は一般的なものと何ら大差ないと思う。

 

「走りこみ……でも、そこまでしんどい思いすることじゃないよね」

 

 まあ、なぁ……と言いながら頷く。

 走りこみ自体はこんなになるほどしんどいものじゃない。だが、俺達一組の体育担当の先生は織斑先生なのがこんな風に疲れきっている原因の一つでもある。

 

「ああ……なるほど」

 

「今日の織斑先生、ちょー厳しかったよね~」

 

 納得した様子の簪と授業のことを思い出したのか苦笑いしている本音。

 普段から厳しい人ではあるものの、厳しいなんて言葉だけでは済ませられないほど、今日の織斑先生は特に厳しかった。それもこれも一夏が最大の原因だ。なんせ一夏の奴、女子達の体操服姿ガン見してたからなぁ。

 

「なっ!? ちょっ! お前なぁ!」

 

 声をあげながら一夏は驚いている。よほど驚いたのか、顔が赤い。周りから図星だと思われても仕方ないな、これでは。図星かどうかは兎も角、一夏が女子の体操服を見ていたのはまぎれもない事実だ。

 

「まあまあま~おりむー落ち着いて~。あ、でも、ガン見ってほどしゃないにしても、おりむー見惚れていたよねー。何度か目あったもんねー」

 

「ちょっと!? のほほんさん!?」

 

 確かに授業中、ガン見していた一夏と本音の目が何度かあっていた。

 ただ目が合うだけならまだしも、目が合うたびに最低限周りに気遣って小さく手を振り合って、一夏は鼻の下伸ばしていた。オマケにやらしい目をしていた気がする。

 そして、それを織斑先生に見つかったから大変だった。授業中の気の緩みを教師としては見過ごせんとか、もっともなことを織斑先生は言っていて、走りこみを厳しめにさせられた。見て見ぬふりしていた俺は、止めなかったという理由で連帯責任として一緒にさせられた。もう一夏絡みのことに巻き込まれるのは慣れてしまってなんとも思わないが、とばっちりだ

 まあ、織斑先生の言っている事はわからなくはないし、最もなのだが、多分根っ子の部分では彼女相手とはいえ、弟が鼻の下伸ばしていたのが気に入らなかったんだろうな。あの人、凄いブラコンだし。

 

「……」

 

「更識さん! 引かないでくれよ!?」

 

 簪は無表情だが、一夏に蔑むような目を向けて、凄いドン引きしている。だからなのか、一夏とは物理的な距離を取っている。それが妙な生々しさを感じさせる。

 

「ひでぇ……か、彼女がブルマ着てるんだぞ。見たいだろ。見ても仕方ないだろ」

 

 一夏の気持ちは分かるが、言っている事はあまり弁解になってない。

 

「お前だって見てたくせに、ずるいぞ」

 

 何故か一夏は拗ねるように言う。

 ずるいってなんだ。簪の前で変なことを言うのはやめて欲しい。ほんの一瞬だが、簪がピクっとしていたのを見逃してない。

 一夏ほどガン見してないし、見ていたといってもたまたま目に入った程度。本当にそれ以下でもそれ以上でもない。

 

「結局、俺だけ悪者扱い」

 

「まあまあ~おりむー」

 

「というか、何で体操服ブルマなんだよ」

 

 うな垂れながら一夏が愚痴をこぼす。

 今更言っても仕方のないことだが、これもまた愚痴る気持は分からなくはない。

IS学園の女子の体操服は全学年ブルマ。ブルマの伝統的なカラーであるらしい赤で統一されていて、IS学園創立から今日までずっとブルマらしい。俺達が生まれる前にはもうブルマは反対運動等によって廃止されていたが、IS出現以降は女尊男卑社会において、機能性の高さを見直され、何より女性本来の健康美観と尊厳を象徴するものの一つとされ、女性の熱い希望により復活し、ブルマをいち早く採用したのがIS学園だというのをいくつか座学で教わった憶えがある。

 ただ体操服とは言え、ブルマはやっぱりISスーツ並みに着衣部分の体型が強調されたりして、男の俺達からしたら際どいものには違いなく始めのうちは戸惑った。今でもふと、何で体操服はブルマなんだろうと一夏と同じ疑問を持つときがある。

 体育は男女一緒で、本来IS学園は一夏と俺という例外を除いたら実質的な女子の花園。異性からの性的な目を気にする必要はない。それでも恥ずかしいからとかで嫌がってる子はいるにはいるが。

 

「ねぇ」

 

 簪が小さな声で問いかけてきた。なんだろう。

 

「あなたはブルマ……好き?」

 

 一夏と本音に聞かれないようにまるで内緒話するようにそんなことを突然簪が言ってきた。

 どう答えて言えばいいんだ。好きか嫌いかで言えば好きだが、正直には何か言いづらい。

 というか、簪がこんなことを聞いてくるってことは一夏がさっき言ってたことを多少なりと気にさせてしまったようだ。こんなことを簪に聞かせてしまうってことは俺の落ち度も何かしらあるんだろうけど、一夏の奴が余計なこと言うから。

 まあ、好き好きちゃ好きだけど……。そんな風に若干、言葉を濁しながらしか言うことが出来なかった。

 

「そう」

 

 俺の答えに納得したくれたみたいだ。

 これ以上、簪が何も聞いてこないってことは質問そのもの以上に他意はないってことでいいんだろうか。どういう意図で質問してきたのか今一つさっぱりだが、あえて聞くのもはばかられる。

 ブルマと言えば、簪の体操服姿をあまり見たことがない。この四人の中で簪だけ、一人四組と別クラス。ISスーツは普段の自主訓練などやISの実習授業は合同でやることがあるのでよく見るが、体育は基本的にクラスごとなので見る機会が少ない。見ないわけじゃないが、休み時間の移動の時に見かけたりといった程度のもの。

 一夏がさっき言ったことはもっともで、正直簪のブルマ姿は見たい。だが、だからといってお願いとかまでして見せてもらったりするのも変な話。仕方のないことだ。

 

「うし、ここでこのままこうしてるのもなんだしそろそろ部屋戻るか」

 

 そうだな。

 馬鹿話とかしてある程度授業終わりよりかは楽になった気がする。それに部屋に戻って、シャワーで汗を流したい。

 

「じゃあ、また夕飯の時にな」

 

 俺達は自分の恋人に付き添われながら、それぞれ自分の部屋へと帰っていった。

 

 

 

 

 部屋に戻ると、すぐさまシャワーを浴びた。

 汗を流す程度だったのでいつもより早く数分ほどで上がり、髪や体をしっかり拭き、新しい服に着替えるとそのままベットへ倒れこんだ。シャワーを浴びたことで身体共にすっきりとして、ベットの布団の心地よさでまどろんでくる。

 簪は一度部屋に戻ってから俺の部屋へ来るとのことらしい。いい気分で正直、今すぐにでも寝てしまいそうだが幸い、簪には部屋のルームキーを渡してあるから幸い寝てても勝手に入ってきてくれるだろう。今だって、声かけずにそのまま鍵開けて入ってくれたらいいと伝えてある。心配はない。

 静かな部屋でドアが開けられる音が聞こえた。簪が来たんだろう。何となくだけど、気配で簪が来たのだと分かった。

 

「寝てるの?」

 

 目を瞑ったまま横になっているとベットの傍から簪の声が聞こえてきた。

 見ての通りだ。寝てる。

 

「もう、起きてるでしょう。あ……そうだ、お風呂場……借りてもいい?」

 

 軽い唸り声を上げ返事代わりにした後に、言われたことを漸く認識した。

 風呂場を貸すのは別にいいんだけど、何するつもりなんだろう。流石に風呂に入るってのはないだろう。となれば、考えれるのは風呂場と一体になっているトイレか洗面所を使うことぐらいか。

 簪が何の為に借りたのか気になってまどろんでる気分じゃなくなってきた。意識を起しながら、待つこと数分、簪が風呂場から出てきた。

 寝転がったまま、顔だけ風呂場の方に向けると衝撃的な目の前の光景に目を疑った。

 

「……うぅっ」

 

 俺と目があった簪はすぐそこで恥ずかしそうに固まって立っていた。

 目の前にあらわれた簪の服装はいつものと違い体操服、ブルマだった。

 風呂場を借りたのは着替えるためだったのか。さっきの行動に納得はいったものの、今度はどうして今ブルマを着ているのか気になった。

 しかしやっぱり、際どい。衝撃的なブルマ姿の簪から目を離せず、止むをえず真面真面と見てしまうと、体操服だと言うのにその際どさがより一層際立つ。

 トップスであるノースリーブシャツから見える肩から柔らかそうな二の腕。臀部にぴったりフィットしたブルマから見える丁度よく引き締まった簪の細く綺麗な太ももや生足。ブルマ姿の簪から見えるその全てがとても艶かしい。いつもとは違う服装で見ているだけに、正直かなり情欲がそそられる。

 いやらしい気持ちで見てはいけないと分かっているけども……。

 当の本人である簪はと言うと、体育でもないのに着るっていうのははやり恥ずかしいようで、頬を赤く染めながら身体をちぢこませていた。その姿は返ってエロい。

 

「だ、大丈夫。この体操服綺麗だし……その、もう今週体育ないから大丈夫」

 

 大切なことらしく二度言った。大丈夫という言葉に他意がある気がする。

 二度言われて念を押されたが、心配されずとも例えば汚すようなことはしないつもりだ。

 しかし、何でまた体操服なんて。

 

「あなたがブルマ、好き……って言ったから」

 

 確かに言った。ついさっきのことだ。よく憶えている。

 というより、ブルマを着たこと、そして簪の今の様子。思っていた以上に簪には気にさせてしまった。

 願ってもない簪のブルマ姿を見れて嬉しいと同時に、簪に気にさせてしまってすまないと思う。

 そんな思いが顔に出てしまったようで、簪は俺を見て不安そうにしていた。

 

「ご、ごめんなさい……変……嫌、だったよね。すぐ着替えるから」

 

 待て待て、嫌じゃない。言葉たらずだった。

 この際諸々の経緯や事情はひとまずおいといて、今は簪のブルマ姿を堪能しよう。滅多に見れる姿じゃないわけだし。

 再び風呂場へ着替えに行こうとする簪を引きとめ、手招きして近くに来てもらうと、膝の上に座ってもらう。

 真っ赤にした顔を少しでも見せない様にと俯く簪の長く美しい髪を好きながらブルマ姿を堪能する。

 ブルマは学園の正式な体操服だけど創作物などに沢山出る理由や、何より一回絶滅した理由になった性的な対象としてみる気持ちが何となく分かった。

 ボトムスだけどブルマって下着に見えなくはない。本来は思っちゃいけないけど、改めて思うと凄いマニアックだ。

 

「ま、マニアックって……確かに私もそう思うけど」

 

 数分してなれつつあるのか、まだほんの少し恥ずかしそうにしながらも、もう顔を赤らめて俯くことはなくなった。ちゃんと目を合わせてくれている。

 漫画やアニメとかでブルマ姿の登場人物を見てもただ服装が違ってるだけで、それ以上何も感じなかったが、実物は思っていた以上。これはとてもいいものだ。

 

「ん、喜んでもらえたみたいでよかった。疲れ……取れみたいだね」

 

 膝の上で簪は嬉しそうに微笑む。

 そう言えば、すっかり疲れは取れている。これもひとえにブルマ姿の簪に心身ともに癒されたからなんだろう。

 しかし何故、簪は今ブルマなんて着たんだろうか。俺が好きと言ったから着てくれたってのが大きな理由なのは分かった。だけど、別の理由もありそうな気がする。簪があれだけの理由で着てくれとはあまり思えない。この際だ。せっかくなので正直に聞いてみた。

 

「体操服着た他の理由? え、えーと……」

 

 僅かに言いにくそうにする簪。少し躊躇った後に簪は、ゆっくりと言った。

 

「その、あなたが織斑みたいに体操服姿の女の子を見てないのは分かってる。でも、どうせ体操服姿の女の子を見るのなら、私の体操服姿のほうを見て欲しいなって……」

 

 なるほど……そういうこどたったのか。

 

「ごめんなさい。変、だよね……嫌ってわけでもなくて大した理由でもないのに少し……焼きもち焼いてたのかも。めんどくさくてごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに簪は何度も謝った。簪の悪い癖だ。

 何度も謝るようなことじゃないと思うのに、思った以上に思いつめさせてしまった。

 気にするほどのことじゃない。そういう理由で着てくれたことが分かった。それだけでありがたい。

 それに焼きもち焼いてくれたのか。簪に悪いけど、焼きもちを焼いてくれて実は嬉しい。

 

「わっ」

 

 膝の上に座っていた簪を抱き上げると、後ろから抱きしめられる体勢に座りなおさせてもらった。

 簪凄い軽い。ちゃんと食べてるのか心配になる軽さだ。

 焼きもちをやいたことをめんどくさいと気にしていたけど、普段気のない様子が多いだけに焼きもちやいてくれている簪は可愛い。

 そんな可愛い簪をもっと愛でたくなった。

 

「もうっ……愛でたくなったって。ふふっいいよ、あなたの為に着たんだから好きなだけ……ね」

 

 簪が体を俺に預けてくれる。

 すると、ブルマの上、トップスのノースリーブシャツが見えた。

 ブルマもそうだが、トップスであるノースリーブシャツもまたいい。ブルマほど特徴的なものじゃないが、肩口から見える肩から二の腕を撫でるように触れる。

 

「んぅっ、ん……な、なに?」

 

 突然のことに微かに声をもらしながら簪は小さく驚く。

 やっていることは変態行為だが、簪に嫌がってい様子はない。ずっと触れたいと思っていた。

 簪の二の腕はぷにぷにというわけではなく言葉にして表わすのなら「ふにゅ」とした感じで触りこご地がいい。何だか気分がいい。思わず笑みがこぼれた。

 

「あ……笑ってる。ふふっ、楽しい……?」

 

 ああ、物凄く。

 こうして触らせてもらっているのも楽しいが、簪がちょっとはにかんで嬉しそうにしてくれているのが凄く嬉しい。

 だからなのかつい欲が出てしまう。

 

「ひゃぁっ! ちょ、ちょっとっ」

 

 簪が驚いた声をあげていたのを聞き、俺は自分の手元を見た。

 手は半分無意識にブルマから露出している太ももを撫でていた。

 簪の太ももは営みでの行為なら何度も見てきたが、こういった場面で見るのは少ない。というか、ここまで太ももが露出してることはない。普段はスカートはいているわけだし。

 部屋の当たりがあって簪の太ももがよく見える。きめ細かく白く綺麗な肌。日々の訓練の賜物であるかのように細く引き締まっているが、決して堅いわけではなく、ふわふわとした柔らかさがある。

 簪が驚いているのは分かっているけど、触れば触るほど太ももを撫でる手が止められない。

 

「んっ……手つきやらしい」

 

 くすぐったそうにしながらも我慢した声をもらす簪。

 やらしいか……確かにそうだな。というか触りまくっているが、簪は嫌な気分になってないだろうか。ふとそんなことを思った。

 

「嫌じゃ……ない、よ。くすぐったい……だけ。んっ、んんっ……それに、何だか気持ちいい」

 

 安心した。

 喜んでくれているのがよく分かる。くすぐったいのを我慢している声を聞いていると、何かこう燃えてくるものがあるのを感じた。もっと聞きたい、もっと愛でたくなる。

 本当に簪は可愛い。こういう時、特にブルマ姿の簪は食べたくなるくらいに可愛い。

 そんな思いが簪にもちゃんと伝わっているのか、嬉しそうにしながら顔を蕩かせる。

 簪がここまで心を許してくれているという事実。それが、ただただ幸せだ。

 




ブルマ姿の簪にスキンシップしまくっただけの話になった感しかない。

今回は『【恋姫†無双】黒龍の剣』や『ラウラとの日々』の作者である盟友ふろうものさんからの「普段体育参加しない簪が部屋でブルマ履いてる」というクリエストにお答えしました。

簪のブルマ姿を拝んでクンカクンカしたい

それと活動報告の「リクエストについて」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=106250&uid=89 にてリクエスト受け付けています。よろしくおねがいします。

今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪の素顔と瞳

 

 午前授業が全て終わった土曜日の昼下がり。

 コンコンコンッ、と自室のドアがノックされる音が聞こえる。ドアに向かって返事をしながら開けに向かう。ドアの向こうに誰が待っているのかは分かっている。俺はゆっくりとドアを開けた。

 

「ごめんなさい。遅くなちゃった」

 

 向こう側にいたのは恋人の簪。

 この時間に行くと前もって知らされていた。時間を少し過ぎてはいるがそれはいい。

 今日は特に具体的に何かするってのを決めているわけでもない。二人一緒にだらだら過ごそうと暗黙のうちに決まっている程度。

 ここで問題視をあえてするのなら簪の姿だ。別に問題ってほどのことじゃないし、ましてや変な格好をしている訳でもない。ただいつもとは決定的に違うところが一つだけあった。

 ほんの少し戸惑いながらも俺は簪を部屋の中に入れた。部屋の中へ案内しながら、気になっていることを聞いてみた。いつも簪は眼鏡をかけているのに、今の簪は眼鏡かけてない。何かあったんだろうか。

 

「眼鏡……? ああ……それで」

 

 俺がほんの少し戸惑っていたことに気づいていたようで、いつもの様に俺の膝の上に座った簪は納得した様子だった。

 今、簪は眼鏡をかけてない。だけど、今朝の朝食の時や、つい先ほどまで一緒にやっていた自主訓練の時はまだ簪は眼鏡をかけていた。訓練中に壊れたということもなかったはずだ。ここまで気にするほどのことじゃないが、普段簪はずっと眼鏡をかけていて、その姿が印象強いせいか、つい気になってしまう。

 

「ここに来る前にね……いつも使っているの定期メンテに出してきたの。サブもちょっと……調子悪いみたいだから一緒に」

 

 定期メンテ。ああ、そういえば、簪の眼鏡は視力矯正用のものではなく、眼鏡型のIS用簡易ディスプレイだったけか。簪は視力が悪いということはなく、むしろ視力はいいほうだと以前聞いた覚えがある。つまり、普段の眼鏡は一種の伊達眼鏡みたいなもの。

 簪が今眼鏡をかけない理由は分かったが、ほとんどずっとかけていたものを外したりして、違和感みたいなものはあったりしないんだろうか。

 

「もちろん……あるよ。見えにくいとかはないんだけど、弐式を任されてからずっとかけているからね。かけてないと……変な感じする」

 

 そう膝の上に座っている簪は小さく笑いながら言った。

 眼鏡型のディスプレイとは言え、眼鏡。眼鏡は体の一つというのはよく聞くし、やっぱり、そうものなんだろう。

 にしても。

 

「ひゃっ……! どうか、したの……?」

 

 膝の上に座っている簪と向かい合い転んだりしないように片手を腰に回し支えるように抱く。残るもう片方の手で簪の頬に軽く触れる。そして、簪の姿を見る。

 こうして眼鏡をかけてない簪の素顔を見るのは初めてな気がする。気がするだけで、営みの時、簪は眼鏡を外していることが多いし、一緒にお風呂に入った時なんかも当たり前だが外している。だから、実際に眼鏡を外している姿を何度も見ていることはちゃんと憶えている。

 しかし、今みたいな何もない、何もしていない時にこうして眼鏡をかけてない簪の素顔を見るのはやっぱり初めてな気がした。

 すべすべとしてながらも、もっちりとした柔らかい頬。綺麗で整った可愛らしい小さな顔立ち。眼鏡をかけているいつもの簪は、知的で凜とした感じだが、今眼鏡をかけてない簪はゆったりとした柔らかい感じがして、いつもとは印象が正反対。

 それに簪の目、瞳はとても綺麗だ。眼鏡のない簪の素顔、眼鏡によって遮られてない瞳をこうして見ていられるのも、何だか始めてな気がする。この瞳がいつも自分のことを見て、愛してくれ、沢山の感情を語ってくれる。哀しんだ時瞳は暗く濁ってしまうのに、喜びや愛しさに潤む瞳はどんな宝石よりも綺麗にキラキラと輝く。俺の大好きな瞳だ。

 

「そ、そんなに見つめられたら……は、恥ずかしいよ……っ。というか、近いっ」

 

 恥ずかしがっている簪の声が耳に届き、我に返る。

 簪の素顔、瞳に魅入られてしまっていたのようで気づけば、額と額を引っ付け間近で瞳を見つめていた。

 我ながらかなり近い凄いことをやっているなと思うが、これもまた眼鏡がある普段ならそう簡単には出来ないこと。恥ずかしいのは俺とて同じで、簪はただ恥ずかしがっているだけで嫌がっている様子はない。その証拠に、恥ずかしいと言いながらも、目をそらそうと思えば簡単に出来るはずなのに簪から先に目をそらすことはない。それどころか負けじと、じっと見つめ返してくれる。

 

 今は恥ずかしさで彩られているが、いつもこんな風に簪の瞳はいろとりどり沢山感情の色を映し見せてくれる。

 本当に綺麗な瞳だ。

 

「綺麗って、もう……っ!」

 

 思わず零した言葉で、また新たに簪の瞳は潤み輝く。

 簪の瞳は嬉しさでいろどられ、キラキラと輝きが増していくのが楽しくて、普段以上に口が滑らかになる。もっと簪の声が声が聞きたい、もっと簪の瞳が輝くのを見たくて、可愛い、綺麗だ、好きだ、愛してる、と言葉を囁く。

 

「……~ッ!」

 

 言葉にならない恥らう声をあげる簪。

 おもしろい。それに言葉を囁けば囁くほど、簪の瞳はキラキラと嬉しそうに輝き、それに自分が映って、こっちまで嬉しくなる。

 簪の瞳はただ綺麗なだけではなく、瞳の奥に確かな意志の強さを感じさせられる。簪には、強烈な意志の強さがある。根っこ部分では絶対に曲がることのない強さ。そんな簪の強さに俺自身、憧れているし、尊敬もしている。

 だからなのか、そんな気持ちと愛おしさで胸が一杯になり、簪への情景と愛情を込めるかのように柔らかな瞼にそっとキスをした。すると、簪はくすぐったそうに微笑む。

 

「んっ……もしかして、眼鏡かけてないほうが……好き?」

 

 別にかけてないほうが好きってわけじゃない。眼鏡かけているのも好きだ。

 単純な話、眼鏡をかけてない簪を見れるのは稀なことで、稀だからこそ特別なものを見ている気がしている。

 眼鏡をかけてない簪の素顔を自分だけが知っている気がして、そんな素顔を間近で見れるのは自分だけだと思ったら、何だかとてもむず痒くて、とても嬉しい。

 こういうのを征服欲とでも言うんだろう。出来れば、自分だけに見せて欲しいと思う。

 

「ふふっ、分かった。眼鏡外すの恥ずかしいけど、あなたがそう言うのならそうする。あなたになら私の全部見てほしいから」

 

 なんてことを簪は、恥ずかしがる様子は一切なく嬉しそうな笑みを浮かべて、堂々とした様子でさらっと言った。

 

「あ、照れた。可愛い」

 

 男に向かって可愛いってなぁ。

 第一、ついそっぽを向いてしまうような聞いているこっちの方が何だか恥ずかしくなるようなことをよく言えるものだ。

 まあ、恥ずかしいだけで悪い気はしない。むしろ、嬉しいほどだけど。

 

「本当……今日のあなたは、可愛い。ねぇ……」

 

 甘い声で名前を呼ばれ、キラキラと輝く瞳でじっと見つめてくる。

 熱の篭った熱い眼差し。何を訴えているのか、俺にはよく分かる。

 確か、『目は口ほどに物を言う』ということわざがあったような。簪を見てると、正しくピッタリだ。

 俺は簪の眼差しが求めるものをこたえた。

 さあ、今度はどんな感情の色で瞳をいろどり、どんな風に瞳をキラキラと輝かせてくれるのだろうか。楽しみで仕方ない。

 

… 




簪の素顔、瞳を愛で、簪を愛でるだけのお話。
簪=眼鏡キャラで、眼鏡姿の簪も語るまでもなくもちろん可愛いのですが、眼鏡のない簪もまた可愛いと思います。
というか、簪のワインレッド?の瞳凄く綺麗。ずっと愛でていたい。ああ、簪可愛い。


引き続き活動報告の「リクエストについて」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=106250&uid=89 にてリクエスト受け付けています。よろしくおねがいします。

今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪と仲を深め合った日

 

 休日の日曜だと言うのに、IS学園の学食は今日も今日とて賑やかだ。

 そんな喧騒の中で、簪と俺は静かに昼食を食べていた。ちなみに今食べているものは、日曜限定の和食ランチ。流石はIS学園。お金持ちのエリート学校なだけあって、味は確かで美味しい。限定ランチというだけでその美味しさが増している気がする。

 

「うん、美味しいね」

 

 目の前で同じものを美味しそうに食べている簪も満足そうな笑みを浮かべている。

 周りは賑やかだが、食事中に俺達が交わす会話は基本的に少ない。周りと比べると、とても静かな食事。

 少ないだけで、全く会話をしないわけじゃない。今みたいに『美味しい』だとかの料理の感想や、他愛のない話はするが、それでも周りの賑やかさと比べてしまうとやはり会話の少ない静かな食事だ。

 別に比べるようなものではないことは分かっているし、険悪で重い雰囲気があるわけでもない。これが俺達のいつもの食事風景。二人で過ごす食事の一時というものを楽しんでいる。

 しかし。

 

「……」

 

 小さな口でごはんを食べている目の簪は可愛らしいのだが、心なしか不機嫌なように見える。

 俺が怒らせたり、不機嫌にさせたといったことはないはずだ。思い返しても心当たりがない。喧嘩をしたということもない。第一、簪とはそこまでのことにはならない。しいて思い当たるとすれば、先日のアレか……。

 

「……」

 

 心なしか不機嫌なように見えるだけで、表情に出ていたり、雰囲気にその不機嫌さが出ているといううわけじゃない。八つ当たりなんてことはもちろんなく、いたっていつも通り。

 というか、おそらく簪も自分が不機嫌なのを自覚して、表に出てしまわないように我慢に努めてくれているのが分かる。それだけに、変に指摘したりするのも躊躇ってしまう。

 簪が不機嫌なのは気になるが、だからといってこっちまでそれで不機嫌になるようなことはない。今はただ。

 

「そういえば」

 

 ご飯を食べ終えた簪が聞いてきた。

 

「午後からそっちは……自主練だった、よね」

 

 俺もご飯を食べ終え、お茶を飲みながら頷く。

 午後からの予定はそれであってる。訓練場の使用申請は既に提出しているし、今日は最低でも二、三時間は訓練できそうだ。

 そう言う簪は午後、弐式のメンテナンスだったはず。多分、こっちが早く終わるだろうし、迎えに行くか。

 

「うん、ありがとう……私のほうは多分かなり時間かかると思うから。ごめんね、待たせちゃうことになるかもしれないけど」

 

 それは別に構わない。

 それにしても心なしか簪が不機嫌なように見えるのはやっぱり変わらない。

 簪が不機嫌なのは気がかりだが、先日のアレはもう済んだことだし、今はそっとしておくしかないだろう。

 

 

 

 

 ふぅ、と息をつきながら訓練場脇にあるベンチに腰を下ろす。

 今日も日課である訓練を一通り終えた。それに倉持から送られてきたテストして欲しいと言われていた新装備のテストも終わった。

 時間帯的には日が沈みかけている夕方。昼食を終えてからずっとやってたから、かれこれ四時間以上訓練していたことになる。

 今日の訓練をこのまま終えるには丁度いい時間だし、部屋に戻るか。汗をタオルで拭いベンチから腰を上げた時だった。

 

「やっほ~弟君」

 

 訓練で疲れた体に精神的に鞭打ってくるような聞きなれた楽しげな声が背後から聞こえてきた。

 確認するまでもない。こんな呼び方で呼んで来る人なんて一人しか心当たりない。

 無視するわけにもいかず、振り向くとそこには予想通りISスーツを着た楯無会長と、多分楯無会長の付き合いでいるのだろう虚先輩がいた。

 ここ以外にも訓練場は他にいくつかあるのにどうしてわざわざここに来たんだろうと思ったが、聞くのはやめとこう。別の話もされて長引きそうだ。

 嫌いじゃないし悪い人じゃないのは分かっているが、楯無会長と関わるとめんどくさい。出来れば、あまり関わりたくない人だ。

 軽く挨拶はしたし、さっさとこの場から去りたい。

 

「ちょっと、つれないわね~」

 

 楯無会長にガシッと手を掴まれ、引き止められた。

 掴まれて痛いってことはないが、凄い力だ。振りほどけない。華奢な体の一体どこにこんな力があるんだ。

 

「折角会ったんだから姉弟水入らずで一緒に過ごしましょうよー」

 

 楯無会長は腕を抱きしめようとしてくる。

 慌てて腕を引っ込め、楯無会長から離れる。

 何するんだ、この人は。普通、姉弟はそんなことしない。

 楯無会長曰く、親交の証としてのスキンシップらしいけど、毎回同じようにこんなことするのは困るしやめてほしい。本当に苦手な人だ。

 

「ふふっ、逃げられちゃった」

 

「お嬢様、やりすぎです。彼も困っていますよ」

 

 企みが未遂で終わったにもかからず、楯無会長は気にするどころか、とても楽しげに笑っている。

 虚先輩に注意されてるのに気にしてないし、虚先輩は呆れ果ててしまっている。

 

「困るだなんてそんなことないわよね、弟君。こんな美人のお姉ちゃんと触れ合えて嬉しいはずよね」

 

 さも当たり前かのように自信満々に言う楯無会長。

 聞かなかった。何も聞かなかったことにしよう。

 まあもっとも美人なのは事実だけど、自分で言ってしまったら意味ない気がする。

 それに嬉しい嬉しくない以前に何考えてるのか今一正確に読み取れず、ただただ困るばかりだ。

 

「あら、酷い。表情はいつも通りでも内心嫌そうにしてるのは分かるわよ。お姉ちゃん、傷ついてしまったわ」

 

 よよよ、と楯無会長はわざっとらしい泣き真似をする。

 人で遊ぼうとしているのが嫌というほど分かるだけに、内心凄くイラッとする。こういうところがこの人の苦手な原因の一つ。

 表情にはそれが出ないように努めているが、楯無会長にはおそらくそんな内心を読まれているのだろう。まあ、露骨に表情に出てなければいい。

 

「と、そんなことは置いといて。今日は簪ちゃんは一緒じゃないのね?」

 

 また、急に話題を変えて振ってきた。

 楯無会長の言う通り、今簪とは一緒じゃない。

 態々そんなことを聞いてくるってことは楯無会長は簪に用事があったのだろうか。

 だから、俺と一緒にいると思ってここ来たと考えれば、来た理由としてまた新たに納得できる。

 簪なら本音と一緒に整備室で整備科の子達の力を借りて、弐式のメンテナンス中だ。

 

「そうなの。あ、別に簪ちゃんに用事があるってわけじゃないんだけど……」

 

 楯無会長の言葉は歯切れが悪い。

 何かあるのだろうか。

 

「いやね、あなた達が一緒にいないの珍しいなって」

 

 そういうものなんだろうか。

 簪と一緒にいることが多いことは自覚しているけど、何も別に四六時中ベタベタと一緒にいるわけじゃない。一人で用事をすませることもあれば、一人でいることも無論ある。

 だから、改めて珍しいと言われるほどのことじゃないとは思う。

 それに楯無会長の言い方的にこの言葉そのまま以外の意味もありそうな気が。言い躊躇っているみたいだけど、楯無会長らしくない。はっきり言ってほしい。

 

「じゃあ、言わせてもらうけど、あなた達喧嘩してるでしょう」

 

「えっ? 喧嘩してるんですか?」

 

 虚先輩と似たような驚いた台詞が偶然にも重なった。

 喧嘩って感情的になって言い争ったり、最悪の場合は手が出てしまう奴だよな。俺と簪が喧嘩……またどうしてそんなことを言うんだろうか。

 俺の思い違いじゃなければ、女に手を上げるのは論外でしないのは当たり前だが、簪と感情的になって言い争うような口喧嘩を始めとする喧嘩はしてない。

 これを定義とするのなら最近どころか、付き合ってからこれまで特にこれといって思い当たるような喧嘩らしい喧嘩をした覚えはない。

 だからといって全部我慢しているわけじゃない。吐き出すべきものはちゃんと、『話し合い』でお互いに吐き出している。育った環境が違う者同士なのだから、価値観の違いがあるのは当然だ。理解し合ったり、歩み寄ったりするには、話し合いが不可欠。お互い相手を分かろう、受け止めようという気持ちがあるからこそ、相手の話を聞こうという気持ちになるのだと思う。

 その『話し合い』こそは先日にしたばかりだが、喧嘩をしているといわれて思い当たるような節はない。

 

「だったら、何でここのところ弟君と簪ちゃんはそんなに不機嫌そうなのかしら」

 

 痛いところをつかれた気分だ。

 言われた通り、簪はここのところ不機嫌だ。思い当たる原因は先の話し合い。話し合いでお互いの気持ちを確認しあって、一まず納得はしてそこで終わった。だが、全てが全て納得しきれるわけじゃない。だからこそ、今すぐには全てを完全に納得しきれなくて、不機嫌になっている。簪をそんな風に不機嫌にさせてしまっているのは俺だ。すまないと思う。

 それに簪は簪で自分が不機嫌なのを自覚しているだろう。自覚しているからこそ、相手に不機嫌なのを見せたりしたら、相手も不機嫌にさせてしまい、悪循環を招くことになると理解して、簪は内に溜め込み、更に不機嫌になってしまう。

 そして俺もまた言われた通り、多少なりと不機嫌だ。理由は簪と同様。自分が不機嫌なのを俺も自覚しているし、だからといって表立って不機嫌なのを見せたりはしたくない。そんなことされたら相手は嫌だろうし、自分がされたら嫌だ。

 だから、なるべく不機嫌なのを表立ってには出さないようにしていたのだけど、楯無会長には見抜かれてしまっていた。本当によく見ている。

 

「当たり前よ。歳は大差なくても私は楯無。あなた達の何倍も濃い人生送っているのよ、見抜けて当然。それに私はお姉ちゃんなんだからね」

 

 確かにそれは説得力ある言葉だ。

 でもだから、喧嘩しているように思われたのか。付き合ってもいる二人が揃って不機嫌だと、喧嘩してしていると思われても仕方ない。

 二人揃って不機嫌なのは事実だが、だからと言ってやっぱり喧嘩しているわけではないし、変に避けあっているわけでもない。いたって普段通り。一緒にご飯べたりするし、一緒に過ごしたりもする。

 あ、でも思い返してみれば、気持ち簪よりも私用を優先してしまっていたのかもしれない。

 

「あなた達……というか、弟君は物凄く理性的だから無意識にいろいろなものを我慢してしまっているのかもしれないわね。それは弟君に強く影響されている簪ちゃんにも言えたこと。あなた達は似たものカップルだから。その話し合い? で一まず納得はしてそこで終わったとか思っていたりしないからしら?」

 

 その通りだ。図星をつかれ返す言葉がない。そんな俺の様子を見て、楯無会長は呆れていた。

 

「はぁ~まったく、あなた達は。我慢は必要なことだけど、あなたたちの場合は我慢しすぎなのよ。その我慢もお互いのことを想い理解してなんでしょうけど」

 

 我慢しすぎ、か……。

 もしかしなくても、そうだ。俺は簪に我慢させすぎている気がする。だから実際、話し合いから数日経った今でも簪の機嫌はよくなっていない。

 しかしだからといって、今できることはないと思う。もう一度、簪と話し合いすれば済むだけの話なんだろうけど、それはそれで済んだ話を蒸し返すだけになってしまう。今は少しそっとしておくしかない。

 とは思うものの、それだと現状維持で何も変わらない。二進も三進もいかない現状だ。

 

「弟君はどうするべきか分かっているんでしょう。考え無しに行動するのもよくないけど、こういう時は考える前にまず行動」

 

 それは……。

 

「四の五の言わない。お互い変な意地張らずに、もう一度話し合いすべきだと思うのだけど。理解しあっていても、言葉にしなくちゃ伝わらないものってあるでしょう」

 

 それもそうだ。

 簪に不機嫌なのをぶつけてしまわないと、迷惑かけまいと、相手を想い我慢するあまり、お互い変な意地の張り合いになっていたのかもしれない。そうなれば、お互い不機嫌なのが長引くのもある意味当たり前のこと。済んだ話を蒸し返すことは分からないが、このままなのはよくない。言葉にしなくては伝わらない想いはやっぱりある。先の話し合いですんだと決め付けすぎていたのかもしれない。自分勝手だ。もう一度、簪と話し合ってみよう。

 楯無会長、虚先輩には要らぬ心配をかけてしまった。悪いことをした。

 

「要らぬ心配だなんて気にしなくていいわよ。喧嘩というより変な意地の張り合いしてる二人の面白い姿見れたことだし。本当、喧嘩なんてしちゃだめよ~」

 

「お嬢様……」

 

 言葉は心配している風なのに、声は嬉しそうなのが、いいこと言われたと思ったのに台無しだ。またもや、虚先輩は呆れている。まあ、楯無会長らしいといえばらしいが。

 それにどうあれ、楯無会長が俺達のことを心配してくれている気持ちは本物だ。

 

「心配ね……まあ今更、本気でお姉ちゃんぶりたくて心配してるわけじゃないわ。そんなこと本気でしたら簪ちゃん嫌がるだけだろうし。ただ先輩として後輩カップルが二人揃って不機嫌なのを見かねて余計なお節介やいただけのことよ」

 

  その余計なお世話のおかげで変な意地の張り合いをしていることに気づけた。純粋にありがたい。

  俺達は良き姉を持った。

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。そういう弟君の素直のところ、お姉ちゃん大好きよ」

 

 またとんでもない冗談を言ってきた。

 まあ、お世辞として受け取っておく。

 

「お世辞じゃないのに。まあ兎も角、仲良くね」

 

 楯無会長は優しい姉の顔をして、そんな言葉を送ってくれた。

 

 

 

 

 楯無会長達と別れた後、ISスーツから制服に着替え、簪がいるだろういつもの整備室に向かう。

 今から向かうとラインを送ったところによると、まだメンテナンス中らしい。

 もう一度、話し合いをすると決めたのはいいものの、どう切り出したらいいのか迷う。そんなつもりはないのだが、客観的に見てやっぱり喧嘩しているということになるのなら、仲直りするべきなんだろう。

 機嫌を直してもらおうにも、そもそもな話そこまで表立って不機嫌なわけではないし、機嫌をなおしてほしいだなんておかしい気もする。うーん、難しい。

 

『考える前にまず行動』

 

 さっき楯無会長に言われた言葉を思い出す。

 行動する前からあれこれ考えすぎだな。ここは一つ率直に聞いてみるか。

 気持ち少し歩く速度を早めると、整備室に着き、中へと入った。

 

「おっ~! 彼氏君だぁ~!」

 

「本当! 更識さんのお迎えかな。焼けるね~」

 

 入るなり出迎えてくれたのは本音と見知った同学年である整備科の子。

 俺も自分の専用機のメンテでよくお世話になっている子だ。

 来た理由が分かっているのか、その子は簪に声をかけてくれた。

 

「お~い、更識さん。彼氏君が迎えにきたよ!」

 

 割りと大きな声だったせいか、整備室に数人いるメンテを手伝ってくれている整備科の子達の視線が一気に集まる。

 慣れた光景だが、人の視線、それも同年代の女子の視線が集まるのは何度体験してもビクっとなる。あらあらまあまあといった感じの暖かい視線を送られるが、気にせず簪の元へ行く。

 

「ごめんなさい、まだ終わってなくて。もう少しで終わりそうなんだけど……」

 

 簪は申し訳なさそうに言ってきたが、気にすることはない。

 元々待つのを分かって来ていたわけだし、

 一瞬何か手伝おうかとも考えたが、かなり専門的なことをやっているようで、門外漢な俺がしゃしゃり出ても邪魔になってしまいそうだ。

 一言声をかけ、適当なところに腰を下ろして大人しく待つ。

 

「この調整ならスラスターの出力安定してきた」

 

「そうだね。でも、更識さん。これだとやっぱりここの数値が」

 

「あ……うん、だったらこことをこうしたら」

 

 目の前では変わらずメンテが進められている。

 こうして、弐式のメンテに立ちあうのは両手では数え切れないほどだが、すっかり簪は整備科と仲良さげ。会話こそは難しい専門的なものをしているが、雰囲気は和気藹々としていて、簪は楽しそう。

 初めの頃、簪は人見知りと内気全開で周りを警戒しまくっていたのが懐かしい。

 不機嫌さが幾分かマシになっている感じがする。

 

 そんな簪の様子見ていると待つのは苦じゃないけども、もう一度話をしようと思っていただけに、出鼻をくじかれた気分。

 すぐに話せるわけじゃないとは分かっていたが、思い立ってもすぐ行動に移せないだけに、また行動する前からあれこれ考えていても仕方ないことが頭の中で渦巻く。何だかモヤモヤする。

 そして待つこと一時間近く。ようやく弐式のメンテが終わり、今日のメンテナンスは解散の流れとなる。

 

「ありがとう、皆。今日、メンテナンスに付き合ってくれて……助かった」

 

「いいよ、そんなの水臭い。こっちとしては弐式のメンテナンスはいい勉強になるからね」

 

「そうだよ、更識さん。専用機なんてこうでもしないと関われないから頼ってくれてありがたいよ」

 

「うん、本当……ありがとう」

 

 片付けを手伝いながら、そんな光景を目にする。

 本当に和気藹々としたいい感じだ。簪の成長に胸がじんと熱くなる。

 

「じゃあ、お腹空いたしそろそろ帰るかな」

 

「だね~ かんちゃん、彼氏君。またお夕飯のときね~」

 

「アタシお腹ぺこぺこ。あ、後はカップルでごゆっくり」

 

 夕食時近くのいい時間なので本音やメンテを手伝ってくれた子達は早々に帰っていった。

 そして、その場に残される簪と俺。皆、気を遣ってくれたのかもしれない。感謝しないと。

 これで話せる状況にはなったが。

 

「……」

 

 場に立ち込める沈黙。

 簪は黙々と帰る準備とかをしている。それに何か言いづらそうにしている。

 俺もこの雰囲気で言いづらいが、それを簪に伝えてしまったかもしれない。ダメだな。ここで躊躇わず、さっさと言ってしまおう。

 

「あの……!」

 

 偶然、運悪くも簪と言葉が重なり、二人して顔を見合わせる。

 更に気まずい。どちらも余計に言い出しにくくなる。よくない。ここはやはり男の俺から言わないと。

 俺は、先日話したことについてなんだけど、と話を切り出した。

 

「先日……うん」

 

 何のことかは言わずとも伝ったらしい。

 先日の話し合いですんだとは言え、あれでやっぱり簪を不機嫌にさせてしまったのかもしれない。すまない。もう少し言葉を選ぶべきだったとか考えたが、言えたのはそんな言葉だった。でも、これが俺の率直な思いでもある。

 

「謝らないで。あれは済んだことだし……すんだことなのに私が一人で勝手にモヤモヤして不機嫌になってただけだから。というか、あなたも気づいてんだね」

 

 も、ってことは簪も。

 

「うん。あなたも不機嫌だったよね。でも、不機嫌でも八つ当たり何かせず、普段通りにしようと頑張ってくれて、その……ずっと我慢させちゃったよね。私のほうこそ、あなたを不機嫌にさせちゃってごめんなさい」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべると、簪は頭を上げた。

 頭を上げてほしい。というか、謝られても困ると……。

 俺のほうも済んだことなのに一人で勝手にモヤモヤして不機嫌になっていただけのこと。簪に何も非はない。

 

「じゃあ……お互い様……ってこと?」

 

 ああ、そうだな。俺達はお互い笑いあった。すっかり簪からは不機嫌さは感じられない。

 

「あなたのおかげだよ。私のことをちゃんと考えてくれていて、それが分かって嬉しかった。それにあなたも機嫌直ったみたいだね」

 

 俺の方もまた不機嫌さがなくなり、すっきりとした気分。

 結局、二人して同じ様なことで不機嫌になって、同じ様に考え合って謝りあった。おかしな話だ。

 でも、簪は不機嫌な時でも俺のことを考えてくれていて、それが分かってうれしいと俺も思う。

 やっぱり、これで簪と仲直りできたということになるんだろうか。

 

「ふふっ、そうだね。まあ……喧嘩してないのに仲直りってのは変だけど」

 

 小さく笑いながら言う簪に同意する。まったくその通りだ。

 そもそも先の話し合いの内容にしたって他人に聞かせでもしたら、あきれられてしまうような犬も食わぬ些細なこと。ここであえて言うまでもない。

 でもやっぱり、こうして簪と仲直りできてよかった。

 仕方ないとはいえ、不機嫌なままで簪といたくない。

 

「うん……私はありのままであなたといたい」

 

 そんな嬉しい言葉を簪はさらっと笑みを浮かべながら言ってくれた。

 

 …




今回の話のテーマは『喧嘩して深まる仲』。
といっても、二人は感情的に喧嘩するどころか、まず喧嘩しないのでこんな感じに。
相手を思うばかりに、意地の張り合いになるっていう感じ。

鼻血ブーちょろいんよりも、ちゃんと先輩やお姉ちゃんやっている楯無さんのほうが好き。
ヒロインの楯無さんも嫌いじゃないが、楯無さんにはお姉ちゃんでいてほしい。
後、今回の話もうちょっと虚先輩の出番増やしたかった。

今回も簪の彼氏君は例の如く、オリ主――「あなた」です。
決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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あなたと仲を深めあった日

 休日の日曜日だからなのか今日も学食は賑やか。というか、平日以上に騒がしい。別にそれほど気にならないからどうでもいいけども。

 今はただ、彼と一緒に過ごす静かな食事を楽しむだけ。ちなみに今日の昼食は、彼と一緒に選んだ日曜限定の和食ランチ。とってもヘルシーで、小食な私でも食べやすい。

 学園が選んだプロの料理人が作っているということもあって味は確かで美味しい。

 

「美味しいね」

 

 目の前の席で美味しそうに見ている彼を見ていると、そんな感想がふとこぼれ、彼も頷いてくれた。

 私達の周りの席はとても賑やかだけど、それとは対象的に私達の席はとても静か。基本的に私達が食事中に交わす会話は少ない。

 少ないだけで、全く会話をしないわけじゃない。今みたいに『美味しい』などといった食事の感想や、他に愛のない話はするけど、それでも周りの賑やかさと比べてしまうとやっぱり会話の少ない静かな食事。

 元々、彼はおしゃべりなタイプではないし、私もおしゃべりなタイプじゃない。むしろ私のほうが口数少なくて口下手なのが原因なのかもしれない。別に原因っていうほど大事じゃない。彼は私のそういうところをちゃんと理解してくれて、お互い会話が少なくても居心地のいい過ごしやすい雰囲気にしてくれる。

 だから、別に周りと比べるようなものではないってことは分かっているし、会話が少なくても険悪で重い雰囲気なんてことにはならない。これが私達のいつもの食事風景。二人で過ごす食事の一時というものを楽しんでいる。

 会話が少なく静かでも、彼と過ごせるこういうありふれた一時にちょっとした幸せを感じる。実際、一緒にお昼をしている今も楽しくて幸せ。

 だけど。

 

「……」

 

 私より先にご飯を食べ終え、スマホを弄りながら持ってくれている彼の傍で私は今だご飯を食べながら、彼の様子を伺う。

 心なしか彼が不機嫌に見えるのは私の気のせいじゃないはず。私が怒らせてしまったり、不機嫌にさせたといったこともないとは思う。私が気づいてないだけでだったら辛いけど……うん、思い返してみても心当たりがない。こういう時、カップルによくある喧嘩の可能性も一瞬考えたが、第一私と彼とじゃ喧嘩にならない。しいて思い当たることがあるとすれば、先日のアレかな……。

 

「……」

 

 心なしか不機嫌なように見えるだけで、表情に出ていたり、雰囲気にその不機嫌さが出ているということは一切ない。今の彼はいたっていつも通り。

 彼のことだ。私が気づけたぐらいなのだから、きっと彼も自分が不機嫌なのを気づいている。むしろ自覚しているからこそ、その不機嫌さを決して表に出さないように努めてくれている。それどころか少しでも私に悟られないようにしているのが私には何となくにだけど分かってしまった。彼はそういう人だ。

 私が勝手に気づいただけだから、変に指摘したりするのは躊躇ってしまう。彼の努力や気遣いを無駄にはしたくない。

 彼が不機嫌だからって、それで私も不機嫌になることはないけど、彼が不機嫌なのを気づいてしまうと、やっぱり気になってはしまう。

 

 うっ……一瞬、彼と目が合ってしまった。

 彼が不機嫌なのが分かっただけに、何だか気まずさが芽生えてくる。

 今はほんの少し沈黙が辛い。気まずさを紛らわす為に私は彼にふと思い出したことを聞いてみた。

 

「そういえば、午後からそっちは……自主練だった、よね」

 

 お茶を飲みながら、彼は頷く。

 朝、彼の今日一日の予定を聞いたら、そんなことを教えてくれた。

 ちなみに私は午後から本音を連れて整備室で整備科の子達に協力してもらいながら、弐式のメンテナンス。大掛かりなメンテナンスじゃないけど、かなり時間はかかりそう。

 すると、彼は迎えに来てくれるとのこと。

 

「うん、ありがとう……私のほうは多分かなり時間かかると思うから。ごめんね、待たせちゃうことになるかもしれないけど」

 

 私用で彼を待たせてしまうのは申し訳ないけど、こればっかりは仕方ない。

 彼も気にしなくていいって言ってくれたことだし、ここは素直にお言葉に甘える。

 それよりも今は、やっぱり彼の不機嫌さは変わってないのが気になってしまう。

 先日のアレが原因だとしても、アレはもう済んだこと。今更蒸し返すのもちょっとなぁ……。結局、今はそっとしておくしかないのかもしれない。

 

 

 

 

「よし……じゃあ、少し……休憩にしよっか」

 

「ん~疲れた~!」

 

 弐式のメンテナンスがキリのいいところまでいき一旦、休憩を入れる。

 お昼ごはんを食べ終え彼と別れてから、ここまで数時間ぶっ通しでやっていたせいか、皆の顔には疲労の色がある。ちょっと長めに休憩取らないと。

 

「ほい、かんちゃんもどうぞ~」

 

「ありがとう……本音」

 

 この整備室にいる皆の分の飲み物を買ってきてくれた本音から一本、ペットボトルのロイヤルミルクティーを受け取り、一口飲む。甘くて美味しい。

 さっきまで作業に集中していて考えることはなかったけど、こうして飲み物を飲みながら体や頭を休めていると、頭の片隅に追いやっていたことを……彼のことを考えてしまう。

 

 彼は不機嫌だった。原因といえるものがあればやっぱり先日のアレしか思い当たるものがない。

 アレとは、『話し合い』のこと。私達は殴りあったりはするのは当たり前にしないけど、言い争ったりする喧嘩もしたことがない。そもそも彼はとても理性的で自分の感情を上手くコントロールできちゃうから、感情的な喧嘩になったことは付き合って今まで一度もない。 

 喧嘩しないけど、だからって全部我慢してるってこともない。万が一感情的な言い争いにならないよう、私達は『話し合い』で解決する。といっても基本的に私のほうが言いたいことをばーっと言って、彼が黙って聞いてくれることがほとんどだけど。まあそれでも、私達は私達なりに上手く付き合っている。

 

「はぁ~……」

 

 だというのに、モヤモヤとして思わず溜息が出てしまう。よくないなぁ。

 私まで不機嫌になってしまいそう。私も自分の中で上手く解決しないと。

 彼が不機嫌な理由がおそらく先日の話し合いだとたどり着いたけど、アレはもう済んだこと。話し合いでお互いの気持ちを確認しあって、お互い一まず納得はしてそこで終わった。でも、全てが全て納得しきれるわけじゃない。それは私だってそう。だからこそ、今すぐには全てを完全に納得しきれなくて、彼は不機嫌になってしまっている。私が気づいてないだけで不機嫌にさせてしまったってこともあるかもしれないけど。

 もっとも八つ当たりされてるわけでも、不機嫌なのが表立って出てるわけでもない。話し合いから数日経っているけど、避けれるなんてこともなく毎日一緒に過ごしているし、パッと見普段通り。

 おそらく彼は彼で、その不機嫌さをゆっくりとでも解消しようとしてくれているはず。やっぱり、今はそっとしておくしかないのかな。

 

 そう分かってはいるけど、彼には少しでも早く機嫌を治してほしい。私の身勝手かもしれないけど、彼に不機嫌なままでいほしいくない。でも実際のところ、今私にできることはなく、ただ歯がゆさみたいなものだけが残る。どうしたらいいんだろう。あれこれ考えをめぐらしてみるけど、具体的な案が一向に思いつかない。

 

「か~んちゃん!」

 

「ひゃっ!」

 

 本音の大きな声が聞こえ、ハッと我に返る。

 

「どうしたの? ぼーっとして」

 

「え? あ……ううん、何でもないよ。うん何でもない」

 

 考え事をしすぎてぼーっとしてしまったみたい。

 適当に誤魔化してみたけど、このままじゃいけない。本音に気づかれてしまったんだ。このままだと彼には全て簡単に見抜かれてしまう。そしたら余計に心配とかかけちゃうかもしれない。平静でいないと。

 

「何でもないっていかにも悩み事してますって顔してたのに~ もしかして、彼氏君のことで悩み事かな?」

 

「なっ!」

 

 思わず、声をあげてしまった。わりと大きかったようで、本音以外の整備科の子達の視線も一気に私に集まる。

 これじゃあ、図星だと言っている様なもの。というか、図星だと取られて、目の前にいる本音がニヤニヤとして顔を向けてくるのが、内心すっごくイラっとする。

 ここは我慢しないと。何かリアクションでもしたりしたらもっと認めてるようなもの。本音にからかわれたくない。

 

「まあ、最近のかんちゃんが悩むことなんて彼氏君のことぐらいだよね~」

 

「っ……」

 

「彼氏君のことで悩み事か~ あっ、もしかして~! 喧嘩でもした~?」

 

「本音、声が大きい……!」

 

 視線が集まっている中で本音がそんなことを大きい声で言うものだから、整備科の子達も「何々、喧嘩したの?」と言いながら集まってきて、私は逃げるすべもなく野次馬に囲まれてしまった。

 

「更識さん達でも喧嘩するんだ」

 

「何かいが~い」

 

「や……その、喧嘩じゃないから」

 

「じゃあ、どうしてあんな風に悩んでたの~?」

 

 心配そうな視線を向けてくる本音と皆。

 皆心配してくれているのは私でも分かるんだけど、反面楽しそう。

 まあ、女子は恋話が好きってよく言うから、無理もないのかもしれない。昔は興味なかったけど、私も最近になって興味が少し出始めたから分からなくはない。特に他人の恋話なんていい話の種。学園で男女のカップルなんて私のところと、本音のところぐらい。あんなことあった後じゃ、いい話の種になるのは尚更。

 というか、どうしよう……この状況。出来れば話たくないけど、話さないってのはまず無理そう。言葉通り、取り囲まれてるから逃げ場がない。話すしかない。正直、私にはどうしたらいいのか思いつかないから、話すことで何か解決策みたいなものをもらえるかもしれないわけだし。ここは前向きに。

 

「えっと……その……」

 

「その?」

 

 皆の声が重なる。言いづらい。

 

「本当に喧嘩したわけじゃないんだけど……最近彼、ちょっと機嫌悪くて。別に喧嘩したり、怒らせたってことはない……とは思うの。そういう時、そっとしといたほうがいいってことは分かっているんだけど……早く機嫌治してくて。その為にどうしたらいいのか分からなくて……」

 

「それで悩んでいたと」

 

 こくりと私は頷く。

 

「あの彼氏君が不機嫌ね。いつも通りな感じにしか見えないけど」

 

「うんうん。そんな風に見えないからビックリだよ~」

 

 意外そうに整備科の子達と本音が言う。

 やっぱり、他の人には普段通りに見えているんだ。彼は同じ男子である織斑みたいに分かりやすいタイプじゃないしなぁ。話し合いがあったからこそ、私は気づくことが出来たけど、なかったら皆と同じ様に気づけずにいたのかもしれない。彼は隠すの上手だから。

 

「うーん、彼氏に機嫌なおしてもらうには、か……」

 

「やっぱり、何で機嫌悪いのか聞くとか?」

 

「そんな簡単に言われても……出来たら、もうやってる」

 

 出来ないから、こうして困って悩んでいるというのに。凄くモヤモヤする。

 

「でもさ、それか、話し合いするかなくない? 今時、女の方が男に変に気を使うのはおかしいじゃん。疲れるだけだし、ここは一つ強気に出ないと。それでもほっといてほしそうにしれたら、ほっとくしかないけどね」

 

「そうそう。男に舐められたらお終いよ」

 

 そんな自信満々に言われても。それに何かおかしい。いや言っている言葉の意味は分からなくはないけど。

 第一、そういうのじゃない。彼とは舐める舐められるって感じにはならない。

 でも、話し合い、か……そっとしておくのがやっぱり本当は一番だし、済んだ話を蒸し返してしまうようで気が引けるけど、このままってのはお互いによくない気がする。強気ってわけじゃないけど、ここは勇気を出してみよう。

 

「……まあ、そうだね。やっぱり、もう一度彼と話し合いしてみる。ありがとう……皆」

 

「お礼だなんていいよ。ね」

 

「うんうん。更識さんの話きけてよかったよ」

 

 結局、話し合いという初めからある答えにたどり着きはしたけど、私一人だったらずっとうじうじ悩んでいただけな気がする。 こんな風に決心しきれなかった。本当感謝しないと。

 そんなやり取りを皆としているとそれを見ていた本音が何故か微笑ましいそうに見ている。それこそ、子供の成長を見守る親みたいな感じで何か嫌なんだけど、それ。

 

「……何なの、本音」

 

「いや~かんちゃん、本当に丸くなったなぁと思って~」

 

 丸くなった? 

 自分ではそうは思えず、意味が分からなくて私は首をかしげた。

 

「あ、確かに。正直、こんなに素直に話してくれるとは思ってなかったもん」

 

 言わざるおえない状況だったから話したんだけど……とも思ったが、確かに以前の私じゃこんな話しなかったと自分でも思う。

 

「初めて会った時の更識さんは何ていうかこう凄いツンツンしてたもん。正直、昔の更識さんとじゃこんな風に仲良くなれよかったよ」

 

「確かに。でも、それが今じゃこんなに丸くなって。恋人が出来ると変わるって本当だったんだね」

 

「うんうん。今の方が親しみやすいよ。今の更識さんの方が可愛くて好きだなぁ」

 

 今度は本音だけじゃなく、整備科の子達にまで微笑ましいと言わんばかりの目を向けられる。むしろ、ニヤニヤされてる。

 自分でも彼女達と会ったばかりのころはツンツンしていた自覚はある。あの時は心に全然余裕なかったから。でも、それが彼と付き合い始めて変わった自覚もある。

 変わったってことはいい方向にってことでいいことなんだろうけど、こうニヤニヤされては居たたまれなくて素直に喜べない。それに何だか顔が熱い。

 

「おっ、更識さん。顔真っ赤~ひゅーひゅー」

 

「ふふっ。かんちゃん、可愛いね~」

 

「本当。更識さんは妹的可愛さがあるよね~ 更識会長が可愛がるのも何だかよく分かるわ」

 

「もうっ……や、やめてってば~」

 

 その後、作業再開を告げるまで私は皆に猫可愛がりするように遊ばれてしまった。

 

 

 

 

 スマホのバイブが鳴る。

 一旦作業の手を止め、スマホを手に取り、ディスプレイを見てみるとラインの通知が来ていた。

 内容は彼から訓練が終わったから今から迎えにいく、というものだった。

ディスプレイに映っている時間を確認してみれば、もうそんな時間なんだと思った。弐式のメンテナンスは終盤に差し掛かり、作業工程としては後少しだけど、時間はかかって彼を待たせることには変わりない。

 

「かんちゃん、どうかしたの~?」

 

「……うん、ちょっとね」

 

「ん~? それ彼氏君から?」

 

 ラインのことを指して言う本音に私は頷く。

 

「うん……迎えにくるって」 

 

「愛されてるね~」

 

「もうっ、そういうのいいから……さっ、作業作業」

 

 ニヤニヤしてる本音にまたおもちゃにされそうになったので、素早く逃れる。

 数分後、彼はここ整備室にやってきた。

 入ってくるなり、早速彼も本音や他の子達に遊ばれていた。

 

「お~い、更識さん。彼氏君が迎えにきたよ!」

 

 わざっと大きい声をあげて、私に声をかけてくる。

 何だか気恥ずかしい。それは彼も同じようで、少し気恥ずかしそうにしながらこっちへやってきた。

 

「ごめんなさい、まだ終わってなくて。もう少しで終わりそうなんだけど……」

 

 私が彼にそう言うと、彼は気にしなくて言いと声をかけてくれた。

 手伝いたそうにしていたけど、弐式のメンテナンスは今専門的なことをしている。彼には悪いけど手伝ってもらうようなことはない。それを彼も分かっているようで、邪魔にならない適当なところに腰を下ろして待ってくれた。

 

「この調整ならスラスターの出力安定してきた」

 

「そうだね。でも、更識さん。これだとやっぱりここの数値が」

 

「あ……うん、だったらこことをこうしたら」

 

 メンテナンスは続けているけど、その最中彼からの視線が痛い。

 睨むような悪い意味ものではなく、何というか……こう暖かい視線。まるで休憩中、本音から向けられた親が子供に向けるような暖かい視線で、嫌な気持ちになったりはしないけどむず痒い。本音といい、彼といい二人してそんな視線向けてくるほどのことじゃない気がするのに。

 それからメンテナンスは一時間近くかかってしまい、ようやく終わった頃には夕食時前になっていて、今日はそのまま解散の流れになった。

 

「ありがとう、皆。今日、メンテナンスに付き合ってくれて……助かった」

 

 皆を前にして、改めて皆に俺を言う。

 このメンバーに弐式のメンテナンスを手伝ってもらうのはもうかなりの回数になるけど、やっぱり腕がいい。何より細かい融通が利くのがいい。正直、倉持の正規メンテナンススタッフとメンテナンスにあたるよりもやり易い。

 私自身彼女達と仲良くなったと思う。彼女達には今回も感謝に尽きない。

 すると、真面目にしすぎたせいか、彼女達は照れくさそうに小さく笑っていた。

 

「いいよ、そんなの水臭い。こっちとしては弐式のメンテナンスはいい勉強になるからね」

 

「そうだよ、更識さん。専用機なんてこうでもしないと関われないから頼ってくれてありがたいよ」

 

「うん、本当……ありがとう」

 

 私はもう一度感謝の言葉を言った。

 いい雰囲気なのは確かだけど、何でまた彼と本音は子供を見守る親の様な暖かい視線を向けてくるんだろう。

 

「じゃあ、お腹空いたしそろそろ帰るかな」

 

「だね~ かんちゃん、彼氏君。またお夕飯のときね~」

 

「アタシお腹ぺこぺこ。あ、後はカップルでごゆっくり」

 

 夕食時近くのいい時間なので本音やメンテを手伝ってくれた子達は早々に帰っていった。

 すれ違い様、整備科の子達がウィンクしてくれた。きっと、気を遣ってくれたんだね。

 その証拠に、整備室には私と彼だけが残った。

 

「……」

 

 場に立ち込める沈黙。

 せっかく皆が気を遣ってれて、状況的にはもう一度話し合い出来るというのに、沈黙を作ってしまったせいか気まずくて言い出しにくい。

 少しでも気まずさを紛らわすために、黙々と帰り支度をしてしまっているけど、感じ悪いのは自覚している。このままじゃいけないことも。勇気を出すと決めたんだから、ここは躊躇せず早く言ってしまわないと。

 

「あの……!」

 

 間が悪く、彼と同じ言葉が重なり、二人して顔を見合わせる。

 どうしよう。余計に気まずくなってしまった。これからどうやって話し出そうか私が迷っていると、彼のほうから先日のことなんだけど、そう話出してくれた。

 

「先日……うん」

 

 彼が何を言いたいのかはすぐに分かった。

 彼もまた先日の話し合いについて何かまた話したいことがあるのかもしれない。そんな気がする。

 すると、先日の話し合いで彼が私を不機嫌にさせてしまったと謝ってきた。彼の様子は真剣そのもので、かなり気にしている様子。私は慌てて否定した。

 

「謝らないで。あれは済んだことだし……すんだことなのに私が一人で勝手にモヤモヤして不機嫌になってただけだから。というか、あなたも気づいてんだね」

 

 彼に私が不機嫌だと指摘されて、ずっと胸にあったモヤモヤの正体が何なのか、何でモヤモヤしているのか分かった。

 私も彼と同じ様に先日の話し合い関係のことで不機嫌だったんだ。でも、このモヤモヤ、不機嫌さは言った言葉通り、話し合いが済んだにもかかわらず私が上手く自分の中で解決できなくて、私が一人勝手にモヤモヤとして不機嫌になっていただけのこと。

 彼が謝る必要はないし、それでところかあの話し合いからずっと不機嫌だった私を気遣ってくれていたんだと分かって、私のほうが余計に申し訳ない気持ちで一杯。彼も彼で不機嫌なのを自分なりに自分の中で上手く解決しようとしてくれていたのに。

 

「あなたも不機嫌だったよね。でも、不機嫌でも八つ当たり何かせず、普段通りにしようと頑張ってくれて、その……ずっと我慢させちゃったよね。私のほうこそ、あなたを不機嫌にさせちゃってごめんなさい」

 

 申し訳なさ一杯で私は思わず、彼に向けて頭を下げた。

 頭を下げるような大げさなものじゃないけど、なんだか申し訳なさ一杯で頭を下げられずにはいられない。案の定、彼は困った顔をしていたけど、特に気にしている様子はなく。それどころか優しげな苦笑いの笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ……お互い様……ってこと?」

 

 彼も微笑みながら頷き、私達は二人して笑いあった。

 何だか肩の力が抜けた気分だけど、それと一緒にモヤモヤとした不機嫌さはもうない。

 すっきりとした気分で、それは彼も同じな様子でよかったと言って安堵の表情を浮かべていた。

 

「あなたのおかげだよ。私のことをちゃんと考えてくれていて、それが分かって嬉しかった。それにあなたも機嫌直ったみたいだね」

 

 私はほっと胸を撫で下ろした。

 結局、二人して同じ様なことで不機嫌になって、同じ様に考え合って謝りあった。おかしな話。

 だけど、彼は不機嫌な時でも私のことを考えてくれていて、それが分かって何だか嬉しい。

 やっぱり、これは仲直りってことになるんだろうかと彼は言う。仲直りか……そ

 

「ふふっ、そうだね。まあ……喧嘩してないのに仲直りってのは変だけど」

 

 まったくだと彼は苦笑いしていた。

 こんな話も、それどころか先日の話し合いも他の人に聞かれでもしたら、呆れられて、それこそいい話の種にされてしまいそうな些細な話。

 だけど、例え喧嘩してなくても彼と仲直りできてよかった。

 だって……。

 

「私はありのままであなたといたい」

 

 いつだって、そう心から素直に思えるから。

 ありままであなたと幸せなありふれた日々を過ごしたい。 

 

 …




前回の話の簪視点。
整備科の子達というか原作で言うところのいわゆるモブ子達と和気藹々と仲良くしてる簪可愛い。
原作でも見たかった……
この物語の簪は、一夏に恋してないので、原作のヒロイン達との関係は原作以上に希薄で中がよくない(不仲ってことではない。
顔見知り程度で、その代わりに4組のクラスメイトや整備科の子達と仲がいい簪。
そんな感じです。

感想、ご意見などを随時受け付けております。些細な一言でも構いませんので、お気軽の書きこんでいただけると幸いです。

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪と出かけた日

 「~♪ ~♪」

 

 隣で静かながらも楽しそうにしている簪を横目にしながら、俺達は今いるショッピングモールを周る。

 曜日は日曜。時刻は午後一時過ぎ。

 休日、それも昼間なのだから当たり前のように人は多く、油断していると逸れてしまいそうなほどだ

 そんな今日、ここIS学園へと行ける最寄り駅前にあるショッピングモール『レゾナンス』に来ていた。

 目的はデートと言いたいところだが、なくなってきたシャンプーやティシュペーパーなどといった雑貨品を買いに来ているのが実際のところ。簪は俺の買い物に付き合ってくれて、デートはそのついでだ。

 

「でも、こうして外でデートするのって……久しぶり、だね」

 

 確かにそうだ。

 簪とは毎日一緒に過ごしているけど、こうして外でデートするのは久しぶりだ。いつも簪とのデートは学生寮にある俺の部屋での俗にいう家デートがほとんど。

 むしろ、こうして学園がある人工島から出るのすら久しぶりな気がする。今みたいに学園では買えないようなものを買いに出る以外は基本IS学園にある購買部で買い物すれば事足りる。

 

「ふふっ……何だか一緒に歩いているだけで、楽しい……幸せ」

 

 くすりと隣の簪が楽しそうに、そして幸せそうに微笑む。

 そんな簪を見ていると、俺の方もまた楽しく、幸せな気持ちになってくる。

 ついで、なんて言ってしまったが、付き合っている男女二人が外でこんな風に一緒にいれば、歴としたデートであることには変わりない。

 買い物の為に来たのだからもちろん買い物はしないといけないが、何も急ぐ必要はない。今は買い物よりも簪とのデートを優先だ。それを伝えるべく繋いでいる手に優しく力を入れる。

 

「ぁ……ふふっ」

 

 簪もぎゅっと握り返してくれた。

 

「何だか……見られてるね……」

 

 ジロジロ見られているわけじゃないが、ちらちら見られているのは俺も感じていた。

 無理もないのかもしれない。それは簪が日本の代表候補だからとかそういう無粋なことではなく。

 休日、それも外でのデートだから簪は可愛らしく、尚且つ綺麗にお洒落している。その姿がいつもとはまた違って凄くいい。

 それどころか簪は、そこらへんのアイドル顔負けの人形のように整った綺麗で可愛らしい容姿をしている。だから、お洒落しているのと相まって余計に人目を引く。

 ゆえに当然如くこの視線の数々は簪に集まっているのだが、当の本人である簪の視線は俺に向かっていて、自分に視線が集まっているなんて微塵も思っていない様子。それどころか。

 

「んっ……あなたは、私の恋人」

 

 俺にだけ聞こえる小さな声でそう言うと、その言葉を示すかのようにぎゅっと握りなおされる。

 表情はそうではないが、声色は心なしかむっとしている。

 どうやら簪は、この視線の数々が俺に集まっていると思ったらしい。

 この視線の数々は明らかに簪に集まっている羨望の眼差しだというのに。むっとした声から思うにもしかすると、焼きもちを焼いてくれたのかもしれない。そうだったら嬉しい。

 そんな視線の数々をこれ以上特に気にとめる事はなく、ショッピングモール内をぶらつく。

 

「あ……本屋」

 

 俺達の目についたのはレゾナンスの中にある大型書店だった。

 

「確かここって……前一緒に見たデート雑誌に載ってたよね」

 

 簪が言った通り、この書店はデート雑誌に載っていて、デートスポットの一つでもある。

 一般的な書店としても利用でき、脇には喫茶スペースがあるのでゆっくりできるのだとか。

 買いに来たものを急いで買いにいく必要はない。ぶらつくには丁度いいところだし、折角だから中に入ってみようか。

 

「うん、入ろう。前からちょっと気になってたの」

 

 実は俺もだ。

 早速店内へと入る。

 

「わぁ……凄い」

 

 驚いたような声を小さくもらす簪。

 のんびり穏やかな店内BGMが流れており、静か過ぎず煩すぎずと、店内は比較的落ち着いたいい雰囲気。

 雑誌にデートスポットとして乗っていた通り、カップルが多い。だがそればかりではなく、友達連れ家族連れなども沢山いて、賑わっているのが一目でわかった。

 立派な建物の外観と同様に品揃えも充実しているように見える。その中でも一際目立つのがIS関連のピックアップコーナー。IS学園近くだからというのもあるんだろうが、凄く大々的だ。男の俺でも知っているような有名操縦者の特集が組まれた専門誌などたくさんの書籍が並べられている。

 それらを脇目に俺達は、とりあえず漫画やラノベが置いてある方へと向かった。

 ここも品揃えが充実している。専門店並みの品揃えだ。こうして眺めているだけで楽しいものがある。 

「これ、新刊出てたんだ。これも」

 

 棚に置かれている本を簪はおもしろそうに物色している。

 新刊が置かれている棚にも沢山の漫画やラノベなどが置かれていた。

 その中には俺がIS学園に入学するまでは集めていたものがいくつかある。懐かしい。昔はよくいろいろな本を買っていたが、入学してからは最低限のものしか買わなくなった。後は全て電子書籍ばかり。

 

「あ……私もそうだね。本だと、かさばるから……」

 

 それが現実問題としてやっぱり一番大きい。

 俺達は寮生活をしている身。実家みたいに自由な置き場所があるわけじゃない。だから、紙書籍類は置き場所に困る。何より、漫画やラノベは一度買って新刊を見かけると続きが気になったりして欲しくなってしまう。結果、数が多くなってかさばってしまう。

 今も現に昔集めていた奴の新刊を見かけて欲しくなっているところだ。まあ、後のことを考えると諦めるしかない。紙書籍のほうが読んでいる感じがして好きだけど、この欲しいやつも電子書籍ですませるか。

 そういう理由で本は買わないが、それでも気になる本は沢山ある。中には俺と簪、どちらも知っている物語も多くあった。

 

「これ知ってるんだ。あのね、これってね」

 

 いつもの静かな様子とは対象的に、饒舌に簪はその作品について話し始める。

 簪がアニメや漫画、ラノベなどを好きなのは知っている。俺もまたそうで、簪が笑顔で今熱心に話してくれている物語についても知っているので、自然と俺達は話が弾む。

 周りの迷惑にならないように気をつけながら話題に花を咲かせた。

 

「ごめんなさい……私ばっかり、話しちゃって」

 

 話が一旦途切れると饒舌に話していたことを自覚したのか、簪はしゅんと表情を沈ませる。

 別に気にするほどのことでものないのに。確かにマニアックな話が多かったけど、なるほどとつい関心してしまうようなおもしろい話ばかりだった。それに本当に好きなんだなぁってのがよく分かった。いつもとは違う簪を、そして何より、楽しそうにしている簪を見れたんだ。適当に入ったとは言え、入った甲斐があるというもの。それだけで満足だ。

 

「ん……ありがとう」

 

 簪は安心したようにニッコリ微笑んだ。

 

 

 

 

 本屋で割りと長い時間を過ごした後、俺達は再びシッヨピングモール内をブラつく。

 その最中、喫茶店を見つけた。長いこと立ったり、歩きっぱなしだったので、折角だから休憩がてらその喫茶店でお茶をすることにした。

 店内に入ると、席に案内され、向かい合うように座る。案内された席は端のほうで、あまり人目のつかないところだった。

 簪は抹茶味のロールケーキとミルクティーを、俺はショートケーキとコーヒーを注文した。

 

「ん~……美味しい」

 

 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら簪は嬉しそうに食べている。

 その言葉も仕草もなんだかやたらと可愛く、胸がこそばゆい。

 だから、なのかつい見惚れてしまう。

 

「? どうかした?」

 

 見惚れすぎていたようで、不思議そうに簪は問いかけてくる。

 本当に甘いもの好きなんだなと思って。

 そんな風に嘘ではないが適当に誤魔化し、俺も一口ケーキを食べる。

 

「うん。だから、こんな風なケーキ……自分でも作れたら素敵だなぁ……って」

 

 手作りケーキか。

 簪はお菓子作り上手だから、きっと美味しいのだろう。

 出来れば、ぜひ食べてみたい。

 

「いいよ……だったら私、腕によりをかけて頑張るから」

 

 小さく意気込む簪。

 そんな話や他愛のない話していると、ふと簪がちらりと俺の手元と俺の顔を交互に見てくる。

 俺の手元にはまだ半分残っているケーキがある。

 そういうことか……簪が何を思って見てくるのかすぐさま分わった。

 俺はケーキを食べやすいよう一口サイズにすると、そのまま簪へとそれ刺したフォークを向けた。定番の台詞もつけて。

 

「えぇっ……ぁ、あ~ん……」

 

 頬を赤く染め驚いた簪は、一瞬迷った様子だったが、ゆっくりとその小さな口を開けて食べてくれた。

 

「……ぉ、美味しいね……」

 

 それはよかった。やったことは幸いなことに的外れではなかった様子。

 顔を俯かせながら、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしている簪の様子を見れて、大満足だ。何だか大変気分がいい。

 簪の可愛い様子を楽しみながらお茶していると簪が。

 

「……じゃあ、あなたも。お返し」

 

 そう言って自分のケーキを簪は、俺がやったように食べさせてくる。

 一瞬戸惑った拍子に目が合ってしまった。向けられる凄いキラキラとした期待の眼差し。

 選択肢は食べるの一択のみなので、大人しく口を開けて食べる。

 

「美味しい?」

 

 言葉なく俺はただ頷く。

 やり返されることを予想してなかったわけじゃないが、まさか本当にされるとは。

 自分でやっていてアレだけが、こういうのは何度やっても気恥ずかしいものがある。

 

「む、ポーカーフェイスして……無駄なのに。ふふっ」

 

 簪が満足げに微笑む。してやったり、とでも言うかのよう。

 その様子は愛おしい。まったく、敵わない。そんなことをしみじみ思わさせられる。

 ただ、その愛でるような視線はやめてほしい。余計に恥ずかしくなってくる。

 

 

 

 気づけば、日が沈みかけ始めた頃。

 本来の目的であった雑貨品を最後に買った俺達は、門限近くになったので寮へ帰るべく、 IS学園のある人工島行きのモノレールに揺られていた。

 今日一日時間経つのが本当に早かった。素直にそう感じさせられる。

 楽しい時間はあっという間なんて言う暇がないほど凄まじい早さで過ぎていった。

 まあそれだけ、楽しかったということ。

 

「……すぅ……」

 

 隣で簪が気持ちよさそうに小さな寝息を立てて眠っている。

 久しぶりの外でのデートを簪も楽しんでくれたみたいだし、珍しくはしゃいでいたから、疲れてしまったんだろう。

 眠くなるのも仕方ない。駅に着くまでの短い間だが、ゆっくり寝かせといてあげたい。

 別の車両には学園へと帰る生徒が乗っている様子だが、幸いことに俺達が乗っている車両には俺達のみ。だから、こうして寝ている簪と寄り添っていても特に問題はない。

 

「んっ、ん……んんっ……」

 

 本当に気持ちよさそうに眠っている。

 だというのに、繋いだ手は握ったまま。オマケに口元が嬉しそうに笑っている。きっといい夢でも見てるのかもしれない。

 




一夏とのほほんさんカップルのデートの話は書いたのに肝心のこの二人のデートの話を書いてないなと思い脳内整理の為に投稿。
簪とはこんな風にデートしたい。しくたない? したい。

読者の皆様には可愛い簪を楽しんでニヤニヤしてもらたいけど
このカップルまたはこのカップリングで行われるひとコマを読んでいただき、二人のやりとりでニヤニヤして楽しんでもらいたい今日この頃。

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
無論、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。


それでは


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あなたと過ごすありふれた午前

 目が覚めた。

 まだ残っている眠気に煩わしさを感じながら、枕元に置いたスマホで時間を確認する。

 液晶ディスプレイ表示されていた時間は、朝の六時二十分。目覚ましをセットしていた時間より十分早い。何だか損した気分。

 寝ていたい気持ちはあるけど、寝なおしても十分も寝れない。さっさと起きてしまおう。どうせ、隣で今も寝てるあの子を起すのに苦労するし。

 そう思い私は、隣のベットで寝ているルームメイトをそのままにして、部屋の洗面所へと向かい身支度を始める。

 それをしながら、恋人である彼に『おはよう』のラインを送る。すぐには既読はつかない。まあ、いつものこと。時間的にきっと朝のトレーニングしてるはずだから、気にせず身支度を進める。

 

「あ……」

 

 顔を洗い終え、髪を梳かしていると、遠くで目覚ましが鳴ったのが聞こえた。

 そしてすぐさま鳴り止んだ。止まったってことは一応起きはしんたんだろうけど、あの子のことだから二度寝しているはず。今日もか……何だか気が重い。

 髪を梳かしおえると私はベットへ戻り、案の定二度寝しているルームメイトの姿を見て、溜息をこぼす。

 

「はぁ……本音、起きて。起きなさい」

 

「んんっ~! 後五分~」

 

 返事があって安心したのもつかの間、本音は布団を深く被る。

 目覚めてるんだから、無駄なことせずさっさと起きてほしい。めんどくさい。 

 

「何馬鹿なこと言ってるの。早く、起きて。朝ごはん食べれないからっ」

 

「う~! かんちゃん酷い~」

 

 朝から何言ってるの? 本当馬鹿じゃないの?

 何度声をかけても起きようとしない本音から最後布団を巻き上げ、無理やりにでも起して、洗面所のほうへ追いやる。

 ここまでが毎朝の流れ。毎度のことながら疲れる。自分から起きてくれることはあるけど、極稀。毎回こうだと慣れすら感じてしまう。嫌だなぁ。

 というか、主人の私が従者である本音起しているんだろう。本音、職務怠慢。

 自己責任ってことでほっといたら本当はいいのかもしれない。だけど、そんなことしたらこの子、本当に気がすむまで寝続ける。

 そうしたら遅刻は間逃れなくて、ルームメイトである私は助けなかったとかで連帯責任とらされてしまう。寮生活とはそういうもの。過去の一度だけそれがあったのはここだけの話。

 でも、これで本音は起きてくれたから安心。いや、今日も用心に用心を重ねておこう。

 

「本音……顔洗いながら、寝ないでね」

 

「寝ないよ~。かんちゃ~ん、朝から辛辣すぎだよ~」

 

 だったら、毎日自分からちゃんと起きて。

 何だか朝から疲れた。時間は六時五十分頃。そろそろ朝ごはんを食べに食堂行かないと。

 すると、ラインの通知が来た。そこには彼から。

 

《ごめん、ランニングしてた。おはよう》

 

 というメッセージが来た。思った通り。

 スタンプも何もないたった一言の質素なものだけど、それだけで嬉しい。今日も一日頑張ろうって気持ちになる。

 疲れてなんていられない。私もしゃんとしてないと。

 

「本音……行くよ」

 

「あ~! 待って~。待って~」

 

 朝の身支度を終え、部屋を出る。

 食堂に行くと、多くの寮生が朝食を食べていた。

 本音と一緒に食堂のカウンターで朝食を受け取ると、座れそうな適当な席を探しあたりを見渡す。

 すると、先に朝食を食べていた彼と織斑を見つけた。運よく同じテーブルの席は空いていたのでそこに向かう。

 

「おはよう」

 

「おっはよ~。おりむー、彼氏君」

 

「……ああ、おはよう。のほほんさん、更識さん」

 

 織斑に続いて、彼も挨拶を返してくれる。

 多分、ランニングの汗を流すためにシャワー浴びたのだろう彼はスッキリした様子だが、対象的に織斑は欠伸ばっかりしていてとっても眠たそう。

 

「おりむーとっても眠たそうだね」

 

「ああ、ちょっとな」

 

 織斑が言葉を濁す。織斑にはしては珍しい様子。怪しい。隠し事でもしているのだろうか。

 私どころか、本音まで疑っていると彼が教えてくれた。

 彼曰く、織斑は最近夜遅くまで勉強していて寝不足とのこと。

 

「ちょっ、おいっ。言うなよ」

 

 慌てた様子で織斑が少し声をあげる。

 

「なるほど~それでおりむー寝そうなんだね~。おりむーが頑張ってるのは知ってるけど、無理しちゃっダメだよ~?」

 

「……くっ、はい……」

 

 本音にたしなめられる織斑。

 ぐうの音も出ないようで大人しく本音の言葉に頷く。だけど、本音に知られたのが嫌だったみたいで、織斑は彼を睨むが、彼はさらりとその視線を流す。

 織斑が最近勉強に力を入れているのは勉強に付き合っている本音からよく聞かされて知っているけど、寝不足になるまでやるなんてらしいといえばらしい。でも、本末転倒。

 言われたくないのなら、寝不足にならないようにしなくちゃいけない。寝不足だとしても、ちゃんとしてないと。

 そういえば、彼は昔から夜遅くまで勉強をしてたりするみたいだけど、今の織斑みたいに外で眠そうにしている姿はあまり見たことがない。オマケに毎朝早くからランニングとかトレーニングしているみたいだから、無理してないか心配。

 

「ご馳走様」

 

 手を合わせて私は、そんなことを言う。

 朝ごはんを食べ終えると私達は一旦部屋に戻った。

 時間は七時三十分頃。この時間から部活に入っている人達は朝錬に励むみたいだけど、私は帰宅部。だからといって、暇なわけじゃない。洗濯物の整理をしたり、部屋を掃除をしたりとやることは朝から沢山。

 本音は、生徒会の用事があるから先に出た。いつものことながら申し訳なさそうにしていたけど、本音がいてもかえって邪魔になるだけ。私一人の方が進みがいい。

 それを終わらせると、時刻は八時頃。部屋を出る前に最後にもう一度鏡の前で身だしなみを簡単に整え、唇にリップクリームを塗り、部屋の鍵を閉めて、校舎へと登校する。

 

彼や本音、織斑は一組だけど、私だけ四組。

今更なことだけど、考えてしまうと少し寂しい。それでもクラスでは最近、仲のいい子も出来たから、以前ほど窮屈さとかを感じることはなくなった。

 

「おはよう」

 

「おっ、更識さん! おっはよ~! ねぇねぇこれ見て!」

 

「可愛いね、これ」

 

「でしょう~」 

 

 ファッション雑誌を見せられる。

 こんな風に授業と授業の合間の休み時間とかは仲のいい子と話すようにもなった。

 始業のチャイムが鳴ると、つい始まってしまった授業は基本的に退屈。ついていけないからとかそんなのじゃない。知っていることや習ったことを何度もやるというのは、やっぱり退屈。それでもサボらず真面目には授業を受ける。そうしてないと余計に退屈感みたいなものが増していく。

 

 そうこうしながら授業を受けていると四度目の終業のチャイムが聞こえた。

 ようやくのお昼。開放感からか体を伸ばしているとラインが来た。彼からだ。

 彼達も今からお昼を食べに食堂に向かうとのこと。サイフを持つと席を立ち、私も食堂へ向かう。

 

「あっ! かんちゃ~ん!」

 

 食堂への曲がり角を曲がると、タイミングよく彼と本音達に出会った。

 そのまま合流し、いつも通り一緒に昼食を取る。 

 今日もいい具合に込んでいる食堂の中で四人一緒に座れる席を探していると、ふと遠くの方にいる篠ノ之さんの姿が目に入った。私が名前を知らない子達と仲良さげに昼食を食べている。クラスメイト、それとも部活仲間かな。そういえば、最近はもう篠ノ之さん達が織斑に絡むことも少なくなっていった。それはいいことのはずだし、織斑は本音と付き合っていて、あれからもう何日も経っているからそんなものなのかもしれない。

 席を見つけると、私達は昼食を食べ始める。

 

「というか、あの時お前が」

 

 向かい側に座っている彼と織斑は談笑しながら食べている。

 本音と織斑が付き合い始めてから、最近ではこの四人で一緒に食事を取ることが多くなってきた。

 本音は楽しそうに聞いていたり、よくに会話に参加したりしている。私は、そんな光景を眺めながら静かに食べる。極稀に会話に参加したりはするけど、話のテンポみたいなのが速くて、のろい私じゃ中々ついていけなくて、聞いていることの方が多い。

 というか、この四人での昼食だとやっぱり賑やか。むしろ、騒がしい。でも、嫌いじゃない。こういうのもいいと思う。彼と私とじゃ、こんな風に賑やかな食事にはならないし。

 だけど。

 

「ははっ、そりゃそうだ」

 

 変わらず彼と織斑は楽しげに談笑しながら食べ進めている。

 私と食事してる時はとはまた違って、彼も凄く楽しそう。こんな風に彼を楽しくさせている織斑に何と言うか、妬けてしまうというか何というか。

 嫉妬……というよりは単純、織斑のことが羨ましいと思う。彼がこんな表情するってことは織斑だから、同性だからってことは分かっているけど、羨ましいものはやっぱり羨ましい。

 もっとも、こんなの何か恥ずかしくて誰にも言えない事。

 ただ、見つめすぎてしまった。運悪くといったらいいのか分からないけど、彼と目があってしまった。すると彼は、そんな私を見て、フッと柔らかく微笑した。

 

――ッ! 見透かされた……!

 

 彼は微笑はそうなんだと私にはすぐに分かった。

 

「……ッ」

 

 とっさに俯く。なるべく静かに。

 口に何も入れてなくてよかった。入れてたら、きっと咽ていた。

 はぁ~羨ましいからっていくらなんでも見つめすぎた。だから見透かされても仕方ないとは思うけど、何だかとっても恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じる。

 すると、ニヤニヤした視線を向けてくる本音と織斑(馬鹿二人)

 

「何したのか知らないけど、彼女だからってあんまり更識さんで遊ぶなよな」

 

「そうそう~。仲いいのはいいけど、こんなところでイチャイチャしないでよ~」

 

「してないから……っ!」

 

 本音と織斑(馬鹿二人)にからかわれる始末。余計に恥ずかしくなる。

 

 





今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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あなたと過ごすありふれた午後

「ふぁ……っ」

 

 口元に手を当て、欠伸を噛み殺す。

 相変わらず授業は退屈で、気を緩めると居眠りしそう。眠気を感じているのは、私だけではないようであたりに目をやると、居眠りしてる子すらいる。それを見てると、何だか私まで本当に居眠りしてしまいそう。いけない。

 眠気と戦いながら授業を受けること二限。ようやく授業、そして今日一日の学校が終わった。

 

「ん、んっん~……はぁ」

 

 体を伸ばすと、ドッと一日の疲れが押し押せた来た感じがする。それと座学が続いたせいか、体を伸ばすと体のあちこちが少しが痛い。でも、開放感を感じることが出来て、私はそれが好き。

 周りもそうみたいで開放感からか騒がしくなる教室。それを横目に彼へと終わったことを告げるラインを送る。すると、向こうも終わったらしくすぐさま返事が来た。それを見て私は、クラスの子達に別れの挨拶をして、教室を出る。

 

「あっ……お疲れ」

 

 廊下に出ると迎えに来てくれた様子の彼とすぐに会うことが出来た。

 そしてそのまま放課後の予定である訓練を一緒にする為、その場所へと迎う。今日はいつもの外での訓練ではなく、室内での訓練。途中、お互い一旦更衣室に行って制服からISスーツに着替えると、シミュレーター訓練をしにシミュレータールームへと行く。

 

「すみません。シミュレーター訓練を申請をしていた者なんですけど」

 

「はい。では、お名前の確認と申請書類の提示を」

 

 担当の人にそう言われ、私達は受付をする。

 受付を済ませると、宛がわれたそれぞれのシミュレーター機の中へと私達は入る。

 

 球体状のドーム内に設置され、様々なアームで固定された打鉄と同じ姿をした機械。

 これがISのシミュレーター機。IS操縦者に比べて絶対数が少ないコア、機体数を補うためにこれの雛形を開発者篠ノ之博士がじきじきに開発したらしい。

 ISを扱う多くの国や様々で機関などで最新型のシミュレーターは活用されており、IS学園でも非常に数多く設置されている。学園にあるシミュレーター機は訓練機と同様の打鉄タイプとラファールタイプの2種類あり、私と彼が選んだのは打鉄タイプ。

 基本的に専用機持ちは学園のシミュレーター機を使わない。その理由は単純明快で最適化による機体の設定の違いや、兵装の違いなどから使うことを避ける。

 ただ、私と彼の専用機は打鉄の後継機と同系機。特殊兵装が使えないという差異はあるけど、それでも操縦系統や操縦感覚は打鉄と大体同じなので操縦するのに大きく差し支えるような問題ない。

 

「よいしょ、っと」

 

 ヘッドマウントディスプレイを被り、シミュレーター機を装着すると、システムが立ち上がる。

 

『スキャン完了。VRシステム正常に起動。シミュレーターシステムスタンバイ』

 

 システムアナウンスが聞こえ、手元のコンソールを操作し、彼と通信する。

 

「準備できた。設定はどうする?」

 

 彼とシュミレーションの設定を再確認しあい、細かな調整をしていく。

 準備完了。機体がアームに持ち上げられ、いよいよシミュレーションが始まる。

 ヘッドマウントディスプレイに映し出されたアリーナの仮想映像。そこに彼の機体も映し出されていた。今日訓練内容はシミュレーター機を使った模擬戦。いつもの手合わせをシミュレーション機でやる。

 

「じゃあ……行くよ」

 

 彼の応答も聞こえ、ISの実機を動かす感じで操縦する。

 模擬戦が始まった。

 通常加速で彼との間合いを詰めながら、手に持ったアサルトライフルを放つ。 

 シミュレーター機なので実際に機体が前後左右に動いているわけじゃない。機体そのものその場で動いているだけだが、ドームの機体を繋ぐアームによって動きを再現している。

 武装もまた実際に持っているわけじゃない。アームにかかる圧力によって感触を擬似的に再現して、実際に持っているような感覚にさせてくれる。

 

「ッ……! はぁっ……!」

 

 迫りくるアサルトライフルの弾幕と日本刀を模した近接用ブレードから放たれる数多の剣撃。

 それを私は、スラスターを駆使し、最小限の動作でギリギリの間合いの回避を試みる。

 大きな直撃は避けられた。けど、全部避けられたわけじゃない。シールドエネルギーは割と多めに削られてしまった。彼の今の攻撃は中々際どいいい攻撃だった。

 

 彼は、ほぼ毎日時間を決めてかなりの自主練をしている。ISは知識や技術はもちろんだけど、稼働時間を重ねることがとても重要。今回みたいなシミュレーション訓練は話が別だけど、訓練は必要なこと。そして男性でありながら、ISを動かせるから彼は今こうしているけど、彼は元々一般人。男子は女子の様にISについて学ぶことを義務付けられてないし、何よりIS操縦者になる為の訓練を昔から受けているわけじゃないから、IS学園についていく為により自主練が必要になる。

 彼は正直、そこまでISでの戦闘が強いわけじゃない。あえて表わすのなら、操縦科の一般生徒以上、平均的なクラス代表よりちょっと上といったところ。だからって単に弱いわけでもない。最近では、代表候補生や国家代表といった私やお姉ちゃんですら、肝を冷やされる鋭い攻撃をよく打ち出すようになってきて、結果もちゃんと出ている。

 彼はそれに満足して止まるのではなくストイックに、そして時にはちゃんと人に教えを請い話を聞いて、ただ真剣に訓練と努力を重ね続けている。その姿はまるで求道者のようで、その様子を間近で見ている私はただ純粋に凄いと感じる。

 そして同時に尊敬すらしている。私も負けていられない。こんなにも頑張ってる素敵な彼氏がいるんだ。彼の様にもっともっと頑張らないと。彼とこれからあるだろう険しい道を共に進んでいく為にも。人は諦め続けない限り成長できると身をもって知ったのだから。

 ちなみに今日のシミュレーターによる模擬戦の結果は、十戦中私の七勝三敗という結果に終わった。

 

 

 

 

 二時間以上の訓練を終えると夕日が沈んで外はすっかり真っ暗。

 時間を確認すれば、夜の十八時過ぎ。夕食の食堂が開放されるのは十九時。

 それまでちょっとだけ時間があるので私は、彼の一人部屋で彼と一緒に時間を潰していた。

 ベットの上で寝転びながら二人一緒に、撮り溜まっていた日曜の朝にやってるスーパーヒーロータイムの某二番組を見る。

 その間、特にこれといった会話は相変わらず少ない。たまに感想をぽつぽつと言いあう程度。二人揃って静かに見る。

 もっとも、私も彼もそこまで真剣に見ているわけじゃない。むしろ、番組を見るのは片手間の暇を潰す程度で、私達は……その、イチャついていた。

 今更恥ずかしがるほど初心なつもりじゃないけど、人目がない部屋でイチャついていると思うと恥ずかしいものがある。その恥ずかしさと人目がないからこそ、イチャついているということを返って意識しているのかもしれないけど。

 

 ちなみにイチャつくと言ってもキスしあっているわけじゃない。

 テレビを見ながら、うつ伏せで寝転がっている彼の上に私もうつ伏せで寝転がって抱きつく。

 

「重くない……?」

 

 抱きつく何ていうのは綺麗な表現。

 彼の上に乗っかっているのだから、私の体重が彼に全部かかっている。体を彼に預けているのだから尚更。

 ふ、太ってないから重すぎるってことはない、はず。多分。IS操縦者として、何より彼に見られても恥ずかしくないように体系の維持は頑張っている。もっと、よくなろうとだってしている。

 でも、人間としての重みは当然あるわけで……なんて乗っかといて今更なことを考えてしまうけど、彼は「んー」と応えるてくれるのみ。「うん」の派生系の言葉なのは分かるし、声色からして苦しがっている様子は感じられない。

 私が返事に少し納得してないことを察したのか彼は丁度いい重さだと言ってくれて、私は凄く安心した。別に重くないだとかありきたりな言葉が聞きたいわけじゃなかったから。そういうの大体お世辞だし、重いものは重いとはっきり言ってほしい。はっきり過ぎてもそれはそれで逆に困るけど。

 でも、これで気兼ねなく彼に密着できる。私は、ぎゅっと抱きついた。すると、彼もお返しの様に足を絡めてくる。

 

「えへへ……」

 

 彼の首筋、うなじに鼻先を当てる。

 すると、彼の匂いがする。臭いなんてことはない。訓練の汗を流した後だからなのか、シャンプーやボディソープの匂いがほのかにして、それと彼の体臭が混ざった匂いを感じる。すごく好きないい匂い。とても安心する。そして、ドキドキもする。

 だからなのか思わず、口元がニヤけて笑ってしまったみたいで、彼に変態だなとからかわれてしまった。

 

「ち、違っ! うくは……ない、です……ぅぅっ」

 

 とっさに否定しようとしたけど、図星で否定しきれなく、凄い間抜けなことを言ってしまった。

 恥ずかしい。顔が熱い。

 そんな私の様子を知ってか、楽しげにフッと柔らかく笑う彼。それは反則だよ。間抜けなこと言ってしまったし、変態なのを認めてしまったようなものだけど、だからって笑わなくてもいいのに……。

 でも、変態でも今はいいや。彼の匂いを感じることが出来て、彼とこうしていられるのなら。

 そうこうしていると番組が終わり、私はある変化に気づいた。

 

「寝て、る……?」

 

 ふと彼の様子を伺うと、寝息らしきものが聞こえてきた。

 起さないようににそっと彼の上からおり、横に並んで見てみると、思ったとおり寝ていた。

 きっと疲れていて、ぼーっと見てしまっていたから、眠くなってしまったんだろうな。

 今日といい、毎日朝早くから夜遅くまで訓練や勉強を頑張っているから、寝ちゃっても仕方ない。

 食堂が開放されるまで時間は長くはないけど、ギリギリまでゆっくり寝かしといてあげたい。

 

「可愛い……」

 

 寝顔を見つめていると、そんな感想がふとこぼれた。

 相変わらずうつ伏せのまま器用に寝ているけど、顔は横向いていて、寝顔がよく見える。

 よっぽど疲れていて自室なのもあってか、彼はとても無防備な寝顔で寝ている。

 普段の彼は、人前でこんな表情しないから、何だかこんな寝顔をする彼が寝顔も含めて可愛くて愛おしい。この寝顔を今私だけが見れて、独り占めできていると思うと何だか得した気分。ちょっとした優越感。

 可愛いだなんて起きている時に彼に言ってしまえば、もしかして拗ねるかもしれないけど、本当に可愛い。それは否定しようのない事実。

 彼の寝顔を堪能しながら、起さないように頭を撫でていると、気づけば私は寝ている彼にキスをしていた。

 

「ん……」

 

 頬にするべきだったかもしれないけど、無意識のうちに引き寄せられるように唇の方へとしていた軽く触れ合うだけのキス。

 とても簡単なものだけど、今はこれで充分。というよりも、これが精一杯。

 普段、彼とはキスするけど基本的に場の雰囲気がいい感じになってどちらかともなくってのが多い。そうでなければ、基本的に彼から。私は受け身なことが多い。

 ただ受け身なだけじゃなくて、私からもキスできればいいんだけど、交際期間が長くても、いざ自分からとなると恥ずかしい。その、行為の最中となれば、話は別なんだけど……。

 それは置いといて、今みたいに彼が寝ている時にするのはどうなんだろうとは思う。お姉ちゃんほどは嫌だけど、お姉ちゃんの積極的なところは見習って私ももっと積極的にならないと。それこそ、次は起きている彼に私のほうからキスできるように。

 

「あっ……ふふっ」

 

 キスに反応してくれたのか、彼は相変わらず気持ちよさそうに寝ているけど、口元を嬉しそうにさせているのが分かった。何だか嬉しいな。

 そんなことを思いながら横に並ぶように寝転んで、時間まで彼の寝顔を堪能した。

 

 

 

 

 夕食を終えた八時半過ぎ頃。私と本音は、寮にある大浴場で入浴していた。

 体を洗い終え、髪を一つに束ねて、湯船に浸かる。

 

「ふぅ……」

 

 溜息にも似た安堵の声が出る。

 湯加減が丁度よくて気持ちいい。体が芯から温まっていくのが分かる。

 それに今入っている檜風呂は檜のいい香りがして落ち着く。

 人が多くなる夕食前と夕食直後を避けて、いつも通り空いていそうな頃合を狙って入りに来たけど、今日はいつもよりも人数が多い。といっても、混んでるってほどではなく、こうして足を伸ばしてゆっくり浸かることができる。

 

「ふにゃ~。気持ちいいね~。天国だよ~」

 

 隣に本音がやってくる。

 すると、本音の視線を感じた。

 

「何?」

 

「んーとね」

 

 本音は、意地の悪いニヤニヤとしたやらしい笑みを浮かべてきた。

 本音の視線の先を追えば、それは私の胸へと向かっていた。

 それに気づくと私は、とっさに両腕で隠した。何だか怖い。

 

「いや~かんちゃん、最近胸大きくなったなぁ~っと思って~」

 

「は?」

 

 思わず、聞き返してしまった。

 本音の言葉に釣られるように私は自分の胸を見て、そして本音の胸と見比べてしまう。本音の胸は大きくて綺麗。それを見ていると、私の胸の慎ましさが強調される気がする。

 本音の言う通り、確かに最近胸は大きくなった。だけど、本音の胸と比べてしまえば、些細な成長。だからなのか、本音に言われると凄い悔しい。私が胸にコンプレックス持ってることは知っているはずなのに……。

 

「もしかして……嫌味?」

 

「違うよ~」

 

 本音が困ったような顔して笑った。

 本音が本当に嫌味で言っているわけじゃないってことは分かっている。しかし、そう言わずにいられなかった。というか、何もこんなところで言わなくてもいいのに。

 そんなことを思っていると、本音はとんでもないことを言った。

 

「やっぱり、かんちゃんの胸が大きくなったのって彼氏君のおかげ?」

 

私は思わず声にならない声をあげそうになって押し殺した。

驚いて身じろいた為、湯船が音を立て揺れ、自然と周りの視線が私達が集まる。もっと厳密に言うと私の胸へと集まる。その中には同じ四組の子やお世話になって仲のいい整備科の子達がいて、「何々?」と近くに寄ってくる。この状況凄い既知感。

 本音の馬鹿。こんなところで、そんなこと聞かなくてもいいのに。本音のことだから特に考えないで深い理由もなく思わず聞いたんだろうけど、お陰で私は周りのいい話の種。

 かれかわれたくないから冷静に努めたいけど、突然のことに今だ驚いたまま。だからなのか、私の反応はどうやら本音には図星に見えたようでニヤニヤと笑っている。

 とりあえず何か答えるなり、言うなりしないと。このまま無言だと肯定と取られかねない。私よりも彼の名誉の為に言わないと、皆に彼がえっちだと思われてしまう。私は無理やり気持ちを落ち着かせながら言った。

 

「ちょ、ちょっと本音っ! な、何で、彼が出てくるの……!」

 

「だって~昔から言うでじゃん? 彼氏に胸を揉まれると大きくなるって~」

 

「あ、知ってる~! 女性ホルモンが分泌されてって奴でしょう」

 

「更識さん羨ましいー!」

 

「やぁっ、触らない、で……!」

 

 女同士だからなのか、その事実を確かめるように胸を触られる。

 抵抗虚しく結局おもちゃにされてしまう。なにこれ。最近、こんなのばっかり。

 幸い、かどうかは分からないけど、彼氏に胸を揉まれると大きくなるについては適当に誤魔化せることには成功した。

 お風呂で体は休められたけど、かえって気疲れしてしまった。

 

 

 

 

 部屋からの外出禁止までの僅かな時間。いつもの様に私と彼は、彼の自室で勉強していた。

 勉強といっても明日提出の課題を片付けたり、明日の授業に向けての予習復習をする程度。

 チラチラと見すぎて、彼に訝しげな顔されて、どうしたのかと聞かれてしまった。

 

「ううん、何でもない。ごめんなさい」

 

 とっさに何ともないフリして誤魔化してしまった。

 どうしたも何も私ははさっきからずっと気になっていたことが一つあった。それはお風呂でのこと。

 胸は確かに成長はした。でも、それは本当に些細なもの。尚且つ、お風呂であんなことを聞かれれば、成長してもやっぱり慎ましいままである自分の胸の大きさを自覚させられて、成長したても胸が小さい自分に自己嫌悪する。お風呂場で見た本音の大きい胸や、周りの子達の成長著しい旨を見てしまったから余計にそう思う。それに今、あんな話があったから、彼と二人っきりになると気になってしまう。 

 ペンを動かしながらも私は内心うじうじと答えの出ない考えをしてしまう。ちっとも集中できない。すると私は挙動不審だったのか、優しい声でどうしたのかともう一度聞かれてしまった。二度目になると誤魔化せない。私は思いきって気になっていることを聞いた。

 

「あ、あの……ね。胸……大きい方がいい、よね?」

 

 何だか恥ずかしくて思わず目をぎゅっと瞑ってしまった。

 聞くのは始めてのことじゃない。むしろ度々だけど、しつこいぐらい何度も聞いてしまってるかもしれない。そう分かっていても今聞かずにはいられない。恐る恐る目を開けてみると、彼はぽかーんとしていた。突然こんなこと聞きかれたんだ。無理ない。失言だった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいっ。えっと……その……っ」

 

 私が一人勝手に落ち込んでいると、彼は私を慰めてから、少し悩んだ。

 悩まれても困るけど、いつもの言葉じゃな私が納得しないと思ったんだろう。おそらくその通りで、私は彼を困らせてしまった。本当、最低だ。

 すると、彼はやっぱりと前置きしてから言ってくれた。「大きさなんて関係ない。簪の胸のサイズが好きなだ。手に収まる感じが安心する。それに簪のでないのなら大きかろうが小さかろうが意味がない」、と。

 照れくさそうに、それでいて真剣に言ってくれた彼の言葉を聞いて、肩の荷が降りたのが分かった。何より、彼は私の胸でなく私自身をも好いてくれているだと、分かって私は嬉しい気持ちで一杯になった。

 

 

 

 

部屋に戻れば部屋からの外出禁止時刻である二十三時過ぎ。

 寝る予定の二十四時までの約一時間。歯磨きやケアはもう済ませた。明日の学校の準備や目覚ましのセットもバッチリ。なので私は、ベットの上で眠くなるまで本を読みながら暇を潰していた。

 ぼーっと活字を追いながら、今日一日のことを何となくにだけど振り返る。今日も一日いろいろなことがあった。というか、いろいろありすぎ。その中でもからわかれたことばっかりが印象強くてつい思い出してけど、これは寝て忘れよう。うん。

 それ以外に印象強くて思い出せることと言えば、さっきの出来事。思い出してしまうと、嬉しくて嫌でも頬がニヤけるのが分かる。

 

「ん~かんちゃん、何ニヤけてるの~? 彼氏君のこと考えてたんでしょう~」

 

 私がニヤけてしまっていることに気づいて、目をこすり眠そうにしながら本音が言ってきた。

 

「うん、そうだけど本音には言わない。内緒」

 

「えぇ~ズルいよ~」

 

「はいはい、それでいいよ。もう寝よう」

 

 ニヤけているのにここで変に隠したら、またからかわれてしまう。

 それは嫌だけから、適当に流す。

 それに眠そうな本音を見てたら、私まで本当に眠くなってきた。今日はいつもより早いけど、さっさと寝よう。明日も学校なのだから。

 

 明日は今日よりも充実した幸せな一日になるといいな。

 そんなことを布団でぼんやりと考えながら、深い眠りへと誘われる。 

 これが私の毎日。

 彼がいる日常で過ごす私の、ありふれた日々の一幕。

 




簪の一日をお送りしました。こんな感じの一日送ってたらいいな
簪と彼氏君のやりとりで今回もニヤニヤして楽しんでいただけたら幸いです。

シミュレーター機は、本来こういう系統の物語に出すようなものではないとは思いますが
日常のひとコマにあるものなので、本来私のもう一つの作品に出すものなのですが、腐らないうちに登場させました。
私が見かけた作品の中でISのシミュレーター機はないのですが、こういうの悪くはないはず。

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪と髪飾り

 休日。普段なら学園でISの訓練か勉強、もしくは簪とまったり過ごすのが恒例。

 でも今日は違う。たまの息抜きとして一夏と二人で昼、レゾナンスにある焼肉店で焼肉の食べ放題を食べに行っていた。今はその帰り道。

 

「いや~食った食った~。美味かったな」

 

 その言葉に頷きながら、満足そうに腹をさする一夏を連れて道を歩く。

 どうせ学園の外に出るのなら簪や本音を連れ来てもよかったが、今日はたまの息抜き。

 こういうのは男同士の方が気兼ねないというもので、恋人と来る時はまた違った楽しさがある。実際、俺も楽しかった。

 都会、それも駅前にある店だったので地元の店や一般的な店と比べると食べ放題の割りには割高だった気がしなくはないが、美味しかったことには変わりない。

 俺もそんな満足感を感じながら歩いていると、様々な店が多く並ぶ店通りでとある店が目に止まった。

 

「どうした? ああ、あれか」

 

 俺達の目に止まったのはアクセサリーショップ。

 見たところ、百貨店とかによくある女性向けの店といった感じ。

 

「入るか?」

 

 そんな問いを平然としてくる一夏に呆れてしまった。

 そんなわけないだろう。俺達は男二人連れなのに、女性向けの店に入るなんて普通そう簡単には出来ない。目に止まったのは単に他の店よりもなんというかきらびやかで目を引かれただけのこと。

 それに自分から入りたいって思うほどの興味もなければ、何か買いたいものがあるわけでもない。

 足を止めて悪かった。そう言いながら再び歩き出そうとしていると、そのアクセサリーショップの女性店員と目が合ってしまった。明らか俺達をロックオンした店員はニコニコと笑顔を浮かべながら近寄ってきて、話しかけてきた。

 

「よかったら、店内で見ていきませんか?」

 

「えぇっ!?」

 

 流石のって言っていいのか分からないけど、一夏も実際に声をかけられて驚いている。

 困った顔を俺に向けるのはやめてくれ。俺だってどうしたらいいのか分からない。逃げようにも逃げられないこの雰囲気嫌いだ。

 困惑していると店員は相変わらず、ニコニコとした笑みを浮かべて更に言った。

 

「男性のお客様もいらっしゃいますので遠慮なさらずにどうぞ!」

 

 確かにチラっと見れば恋人連れでぽいけど、男性客はいる。

 それに遠慮しているわけでもない。どうしたものか。

 

「えっと……あ、はい」

 

 空気に呑まれて一夏は頷き言ってしまっていた。

 もう入るしかないな、これは。仕方ない。急いで帰る必要は特にないし、見るだけならいいか。男二人で女性向けのアクセサリーショップってのはとても変な気分だが。俺と一夏は言われるがまま、店に入った。

 店内もよくある女性向けの店といった感じ。眩く光るアクセサリーの数々を見てると、目がチカチカする。そんな中、目に止まったのがヘアアクセサリー。それも何か特集をしているようで、日本の伝統的な髪飾りとして簪、髪挿しがピックアップされていた。

 

 簪、髪挿し……彼女である簪と同じ名前。

 日本の伝統的な髪飾りとして紹介されているが現代風にアレンジして作られているのかいろいろなデザインのものがある。その中でも目に止まったのが水色の花柄の平打簪と呼ばれる髪挿し。

 男なのでこういうヘアアクセサリーについて疎く感覚でしかものを言えないが、いいデザインだと思う。

 この髪挿しを何となく見ていると、頭の中でふとこれをつけた簪の姿が思い浮かんだ。

 とてもよく似合いそうだ。

 

「それ気に入りましたか?」

 

 先程とは別の店員だが、急に声をかけられビックリした。

 気に入りはしたが買うつもりはない。

 というか、ショートカットでも髪挿しはつけられるものなんだろうか。髪挿し=長い髪の女性がつけている印象が強い。

 

「渡す相手はショートカットの女性ですか? それなら大丈夫ですよ。ショートカットの女性の方でもつけられる方法はありますから。ほら、これです」

 

 そう言って店員から掌ほどの小さな冊子を渡してきた。

 中を見てみれば、髪挿しを使った様々な髪型の結び方などが割りと丁寧に紹介されていた。そして店員の言った通り、ショートカットでも結べる髪の結び方も紹介されていた。

 こんな風に結ぶのか……これなら簪の髪の毛の量でも簡単に出来そうだ。方法自体も見た感じ、そこまで難しそうに見えない。

 

「いかがなさいますか?」

 

 どうしようか。

 お土産……と言ったら変な感じだけど、プレゼントするのには丁度よさそう。リーズナブル値段だし、これを一つ買って帰るか。

 

「お買い上げありがとうございます」

 

 店員にとびっきりの営業スマイルで言われてしまった

 この笑顔を見ていると何だか上手く乗せられた気がしなくはないが、押し付けられて無理やり買わされた訳ではないから、いい買い物したことには間違いない。

 もっとも、簪が本当に喜んでくれたらいいんだけど……。

 

 

 

 

 買い物を済ませてからは店員に捕まるということはなく、一夏と真っ直ぐ学生寮に帰ってこれた。

 

「おりむー達おっかえりなさ~い~!」

 

「お帰りなさい」

 

 寮のロビーに入ると出迎えてくれた本音と簪の二人。

 特にこれから予定はなくそのまま一夏達と別れ、俺の自室で簪と過すことになった。

 帰宅したから洗面所で外着から部屋着に着替えながら、ある不安が頭を過ぎった。

 はたして本当にあの髪挿しを本当に喜んでもらえるのだろうか。

 いくら彼氏からプレゼントされたからと言って、使わない、いらないものを渡されたって困るだけの話。

 困らせたくはない。買った時は不安はなかったけど、いざ簪を前にすると不安を感じてしまう。

 だけど、ここでこのまま渡さず腐らせるのも勿体無い。

 悩むのはらしくない。当たって砕けるつもりはないが、まずは行動。

 そう決心して、洗面所を後にし、ベットに寝転がってスマホを弄りながら暇を潰している簪に髪挿しの入った箱を渡した。

 

「これは……?」

 

 中に何が入っているか知らない簪は、体を起して不思議そうに箱を見つめる。

 何が入っているのかは開けてからのお楽しみ。とりあえず、あけて欲しい。

 俺の言葉に簪は変わらず不思議そうにしながらも頷き箱を開けた。

 

「これって……」

 

 箱の中から髪挿しを取り出した簪はそれを見つめ驚いている。

 

「でもどうして」

 

 不思議そうにしながら髪挿しと俺を交互に見る簪。

 予想の範囲内の反応だ。無理もない。今日は誕生日でなければ、特別何か記念日だったするわけでもない。だから、簪にしたら渡される理由がない。

 なのでアクセサリーショップでの出来事や、似合うと思って買ったことを説明した。

 すると簪は、頷いていた。

 

「……うん」

 

 何がうんなのか気になる。

 やっぱり、突然プレゼントしたのは迷惑だったのだろうか。

 

「もう、違うってば。……ありがとう、嬉しい」

 

 簪は嬉しそうにぎゅっと箱を抱きしめ、喜んでくれていた。

 それを見て俺はホッと胸を撫で下ろす。よかった。喜んでくれたし、それに気に入ってくれたようだ。

 

「でも、これって……私の髪でも、つけられるの?」

 

 それなら大丈夫だ。

 あの時貰った手の平サイズのあの小冊子を簪に見せた。 

 

「見た感じ簡単そう……これなら私の髪でも出来そう」

 

 冊子の内容を感心しながら簪は読む。

 これなら髪挿しを持て余すことなく、本来の用途として使えるはずだ。

 それに男の自分がこれなら簡単に出来そうだと思えたんだ。髪に触り慣れている女子の簪なら、もっと簡単につけれるはず。

 早くこの髪挿しをつけている簪を見たみたい。

 

「んー……だったら、あなたにつけて欲しいな」

 

 俺が?

 この髪挿しをつけるということは、結ぶということ。

 俺に出来るのだろうか。そりゃ冊子には結び方が紹介されてはいるけど、人の髪の毛、女子の髪の毛を結ぶなんて初めてのこと。不安だ。

 それに俺が簪の髪の毛、弄り回してもいいのだろうか。

 

「今更だよ……それは。いっつも……あれだけ私の髪、楽しそうに触ってるのに」

 

 飽きたように簪は小さく笑い言った。

 うっ……それを言われると返す言葉がない。

 やってみるか。

 

「ん」

 

 ベットに上がり、端に座っているの後ろへ行き、座る。

 格好としては後ろから簪を抱きしめるよう。

 後ろからの方がやりやすい。

 じゃあ、失礼して。

 

「どうぞ」

 

 人の髪の毛、ましてや女子の髪の毛を結ぶなんて初めてのこと、何だか緊張する。

 しかし、緊張していても何も始まらない。

 今の何もしてないままじゃつけられないので、髪挿しがつけられるようまず始めに土台を冊子を見ながら作り始めた。

 髪の毛を適量取り片方、上からきつめに編みこみを作る。この時、平たく編むことで、小顔効果も期待できるとか何とか。

 やってることは簡単なはずなのに、初めてだからなのか少し難しく感じる。でも、初めてにはしては中々上手く編みこめた気がする。

 どうなんだろう。簪の反応が気になって、簪が手に持つ手鏡を覗き込むと、そこに映った簪とふいに目があった。

 

「……っ」

 

 照れくさくて二人して思わず目をそらす。

 付き合ったばかりのカップルかよ、俺達は。

 だけど、簪の後ろに座っているおかげか、耳が真っ赤なのがよく見える。

 それが何だか面白くて笑ってしまった。可愛いな、まったく。

 

「な、何笑ってるの」

 

 別に。

 耳まで編んだので、耳後ろでアメピンを使いしっかりと固定する。

 これで土台は出来た。書いてある通りちゃんと出来たはずだから、解かない限りはそう簡単に崩れたりはしないはずだ。痛かったり、苦しかったりはしないだろか不安ではあるが。

 

「大丈夫……何ともない」

 

 なら、大丈夫か。

 最後に編みこんだ髪に髪挿しを挿して、完成だ。

 

「ん、ありがとう。それで……どうかな?」

 

 俺の膝の上に横向きで座りなおし、顔をこちらに向けて簪が聞いてくる。

 髪挿しをつけた簪。

 やっぱり思った通り、とてもよく似合っている。ああ、凄く綺麗だ。

 今まで"可愛い"と思う時は何度もあったのだが、それと比べて"綺麗"と思う事は少なかったのでじーっと、簪に見惚れていた。

 

「よかった」

 

 くすりと嬉しそうに簪は微笑む。

 本当に買って、プレゼント出来てよかった。

 それに普段、簪は髪を結ばないし、髪飾りらしい髪飾りをつけることもない。だから、余計に今の簪は何というか新鮮に見える。

 たまにこんな簪もいいものだ。

 




※この話では人物名の簪と、髪飾りの簪が混同しないように髪飾りの簪は「髪挿し」と表記しました。
誤字ではないのであしからず。
ちなみに髪挿しはかんざしの由来になった言葉です。

今回楽しんでいただければ幸いです。
髪挿しつけた簪も可愛い。
最初は未来設定でロングヘアーになった簪に髪挿しをつけてもらおうと思いましたが
それは何か違うとなったので、こんなお話に。
ショートヘアーでも髪挿しつけれるんですね……

今回『【恋姫†無双】黒龍の剣』や『ラウラとの日々』の作者である盟友ふろうものさんからのクリエストにお答えしました。
氏の作品、オススメなのでどうぞ!

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪との幸せまったりタイム

 風呂イスに腰をかけ待っていると、室内の無機質な音が静かに聞こえ、浴室のドアの向こうの物音を嫌でも強く意識させられてしまう。

 ドアの向こう側には簪がいる。

 

「……」

 

 距離があり、ドアを隔てているのに関わらず、簪が緊張しているのが、緊張したその息遣いが分かる。

 そしてドアには服を脱いでいる様子が影となって映っていて、余計に意識させられてしまう。

 やましいことは何もないはずなのに、何だかいけないことをしている気分だ。

 それに少しばかりの緊張と気恥ずかしさはやっぱりある。別に何も簪と風呂に入るのは今日が始めてというわけじゃないのに。

 

 この状況からから分かる通り、俺と簪は今から一緒に風呂に入る。

 どうしてこうなったかは深く語るまでもない。年頃の男女が二人っきりの部屋でイチャついていれば、場の雰囲気やその流れで“恋人同士の営み”をすることになる。

 お互いいい年齢でそういうことに興味あって、ある意味、俺達はそういうことをするのに関しては積極的と言っていいかもしれない。そうなる頻度的なものだって少なくない。

 しかし、そうなれば激しい運動になるわけで疲れもすれば、汗やら何やらいろいろ出る。実際、お互い汗やらなんやらでベトベト。それにウェットティシュで綺麗に拭き取ったけど、精子を簪の髪につけてしまったし。

 なので、それらを洗い流して、疲れも取る為に風呂に入ることにした。折角だから、二人一緒で。

 

「……お待たせ……」

 

 ようやく簪が入ってきた。

 ドアのほうを見れば、そこには眼鏡をしていないタオルで前を隠した簪がいた。

 緊張しているのか、恥ずかしいのか、多分どっちもだろう簪の頬は赤く染まっていて、恥ずかしそうに下のほうを見ている。

 

 前だけを長細いタオルで隠した簪。

 本当に前だけしか隠れてないので、普段衣服で肩や二の腕、くびれた腰などが見え、それらは行為の後だからなのか、汗で少しだけ光っている。そんな簪の姿はとても綺麗。そして、艶やかに見え、目を奪われてしまう。

 オマケに前を隠しているタオル、その下は先ほどまで見ていたものが隠されているのが分かるだけに、反射的にと言ったらいいのか、つい想像させられて思わず息を呑む。

 ガン見してしまっているだろうことは自覚しているし、あんまり変なこと考えるのは簪に失礼な気がするけど、目を奪われてしまうのはそんな簪も魅力的だからで、実際エロい。そそられるものがある。

 

「は、恥ずかしいから……じっと見ないで」

 

 恥ずかしそうに身を縮こませている簪にほんの少しだけだが、怒られてしまった。

 本気で怒っているわけじゃない。照れたように簪は笑みを浮かべながら言っていた。

 それにさっきまで今以上に恥ずかしいことに耽っていたのに何を今更……と思ったけど、じっと女子見るのは失礼なことには変わりない。怒られても仕方ない。こういう場でなら尚更。

 それに見惚れてのはどうしようもないけど、ずっとそのままってのもよくない。さっさと綺麗にし始めよう。

 まずは簪の髪から。

 

「ん、お願い」

 

 前にある風呂椅子に腰を下ろしてもらう。

 もちろん、前は変わらずタオルで隠したまま。

 目の前に簪の綺麗な髪の毛が広がる。簪の髪はふわふわとしていて細くて気持ちいい。

 オマケに光沢のある頭髪に出来る美しい天使の輪があって凄い。 普段から手入れを怠らず大事にしているのだと触る度に思う。

 だから、そんな簪の大切な髪を傷つけないよう丁寧を心がけながら洗っていく。痛かったり、痒いところとかないか心配だ。

 

「大丈夫。気持ちいいよ」

 

 それを聞いて安心。

 鏡に目をやると、シャンプーが目に入らないように目を瞑っている簪は、その言葉通り気持よさそうにしている。

 というか、自分に髪を洗われている簪と、簪の髪を洗っている自分が鏡に映っているのを見るのは何だか不思議な気分だ。自分たちの今姿が映るのは当たり前のことで、何もおかしなことはないのは分かってはいるが、本当にくっきり俺達を映している。鏡には俺からは見えない前からの簪の姿も。

 鏡に映る前から見た簪は、タオルで前を隠しているのは変わりないが、髪を洗う為頭にかけたシャワーのお湯がタオルにもかかってしまったようで、濡れたタオルは胸やお腹にピッタリと張り付き、特に胸の部分のは強調するような感じになってしまっていた。

 実際に胸は見えてないのだけど、その様子は見えている時以上に艶かしい。濡れていることも相まってか、尚更艶かしい。また、ついつい目を奪われてしまう。

 

「? どうかしたの?」

 

手が止まっていたのかもしれない。

簪は目を閉じたまま不思議そうに聞いてきた。

いけない。さっさと洗い終えてしまおう。

適当に言葉をごまかし視線ごと意識も反らした。

 

髪を綺麗に洗い終えると、次洗うのは体。

 しかし、流石に簪の全身、特に前を洗うようなことは出来ない。簪は恥ずかしがってさせてはくれないし、前ぐらいは自分で洗いたいとのこと。その気持ちは分かる。

 なので、二つあるうちのボディタオル一つ使って、簪の手が届かない背中を洗っていく。

 簪の背中は一言で表わすのなら、純白だ。もっと言うのなら、玉の肌。シミはもちろん傷なんてものはなく、美しくとても綺麗。髪を大事にしていると感じだけど、肌も同じぐらい大事にしているのだと感じる。

 それにボディタオル越しではあるけども、それでも肌の柔らかさを感じられて楽しい。

 

「……んっ、ふふ……」

 

 くすぐったそうにほんの少し身を捩じらせ、そんな声を小さくもらす簪。

 くすぐったくてそういう声をもらしているのは分かるけど、何だか喘ぎ声のように聞こえる。

 それが扇情的に聞こえ、おかげで理性の防壁みたいなのがガリガリ削られていくのを感じる。

 

 削られてると言えば、今更ではあるけれど、簪の姿もそうだ。

 今も後ろからしか見えてないけど、背中を洗っていれば、それにあわせて後ろからのいろいろなところに目をやらなければならない。

 すると必然的に腰やら脇やらが見える。特に横腹、そこから見える胸の横姿、横乳といったらいいのだろうか。それに目が行ってしまう。理性の壁も削られてしまえば、その横乳、胸に触れたくなってくる。とても魅惑的だ。

 でも、今は体を洗いあっている時。今はまだ早い。高まっているモノを沈めなければ。

 そろそろ簪も前しっかり洗い終わったみたいだし、シャワーで流していく。これでようやく簪が洗い終わった。

 後は俺だけ。簪には一足先に湯船に浸かってもらって。

 

「ダメ。交代」

 

 はい。

 後ろ前交代して、今度は俺が簪に洗われる番。

 手にシャンプーをつけた簪が俺の髪を洗い始めてくれた。

 

「……よいっしょ……ふふっ、お加減はどうですか?」

 

冗談っぽく簪が聞いてくる。

悪くない。それどころか気持ちいい。

一生懸命丁寧に洗ってくれているのが分かって嬉しい。

普段、風呂なんてサッと入ってサッと出る。髪や体も綺麗に洗っているつもりだが、結構雑。ここまで丁寧には洗わない。だから、他の人……簪に洗ってもらうのはいいものだとしみじみ感じる。

 

「じゃあ……次。ボディーソープつけて」

 

言われたとおり、ボディタオルにボディソープをつけて簪に渡す。

髪を洗い洗ってもらうと、今度は体。

簪と同じように前は自分で洗い、手の届かない背中とかを簪に任せる。

つい先ほどまでは自分が洗っていたのに、今自分が簪に洗われるというのはいつになっても多少なりにでも恥ずかしいものがある。何だか簪よりも照れている気がする。女々しいというか何とも情けない。

 男である俺は体洗うのに簪ほど時間はかかるものじゃない。さっさと前を洗い終えてしまおう。

 そう思いながら洗っている時だった。ふにゅっとした感触が背中に触れた。それが何の感触なのかは言うまでもなくすぐに分かった。だから思わず、声を出して驚いてしまった。

 

「……んふふ……」 

 

 俺が驚いたのが嬉しいのか、楽しそうにくすりと簪は小さく笑っている。

 簪が後ろから抱きついて来ているのが分かった。

 後ろでは珍しいことに簪はきっと悪戯っぽく小さな笑みを浮かべていはずだ。見なくても分かる。

 人肌って本当にあったかいんだな……というか、本当に柔らかい。

 ちゃんと目で確認してないけど、俺の背中と簪を隔てるものは何もない。おそらく、さっきまで簪が前を隠していたタオルは今つけてないはず。文字通り、肌と肌が密着している。

 どうしてまたこんなことを突然。

 

「嬉しくない?」

 

 嬉しい。

 少し不安そうな声で聞かれれば、そう正直に答えるしかない。

 

「ふふ、よかった。大きい」

 

 嬉しそうな簪。そのまま簪は、抱きつくようにもたれかかってくる。

 大きいって……背中のことを言っているんだよな。背中とは言えこれだけ密着しているのだから、下品な話ではあるが別のものは大きくはなっている。それはもう臨戦態勢といっていいぐらい。

 背中一杯で簪の胸の感触を楽しむ。嬉しいし、ふにゅふにゅとしていて気持ちいいけど、何だかこそばゆい。だから、身を捩じらすと。

 

「ゃ、あんぅっ、んぅ……っ。こ、擦れちゃうから……動いたら、ダメ……」

 

 何がこすれたなんて聞けない。半分、そうなるだろうなと思いながらもやったことでもあるし。

 それに簪は注意するようなことを言っているが、それでいて何処か期待しているような声色。

 さっきまでの行為で簪のスイッチはおもいっきり入っていたから、ここまでのことをしているとまたスイッチが入ったんだろうな。経験からそうなんだろうと想像できてしまう。

 

 それでも簪はしっかり背中を洗ってくれて、ようやく二人一緒に湯船に浸かることができた。

 




簪とお風呂はいる幸せ。

続きは18禁なので
『簪とのありふれた愛欲の日々とその周辺』の『簪とのお風呂での情事/湯煙に熱さに当てられて』をお読みに下さい

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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ジューンブライドの簪に見惚れて

 

 五月某日。

 大事な話があると生徒会室に呼び出された日のことだった。

 

「嫌っ……!」

 

「そんなこと言わないで簪ちゃん! お願いだから、ね?」

 

 嫌がる簪と、そんな簪に手を合わせて頼み込む楯無会長。

 もう何度目か。さっきからとずっとこんな二人のやり取りが、俺の目の前で繰り広げられている。

 

「お姉ちゃんが受ければいいじゃない……」

 

「それじゃあダメなのよ。向こうは簪ちゃんをご指名で、そのことは私もお父様も了承してるんだから」

 

「だ、だからって……ウェディングドレス着て式場のモデルなんて……」

 

 楯無会長からの大事な話とは、式場のモデルをやってくれないかという話だった。

 何でも更識家が経営するフロント企業の傘下にある結婚式場が六月のジューンブライドの時期に向けて、それ用のパンフレットとかを作りたいとかで、そのモデルとして簪が選ばれた。向こうたっての指名らしい。

 流石は更識家のフロント企業傘下と言ったらいいのか、式場はこの筋では有名な式場みたいだ。今パンフレットを見ているが、よくある結婚式場よりも豪華なのは見てるだけで分かる。

 

「何で嫌なの? ウェディングドレス着たくないの?」

 

「着たくないわけじゃないけど……面倒で疲れるし、今以上に目立つことなんてしたくない。だから、嫌」

 

 面倒は言いすぎな気がしなくはないけど、そう言いたくなる気持は分からなくはない。

 パンフレットを見る限り、ただウェディングドレスを着てその姿を写真に取るだけじゃなく、式の流れを一通りやる模擬挙式も行うらしい。これは長時間拘束されて大変そうだ。

 

「面倒って簪ちゃん、ブライダルモデルは極端だけど、将来正式に国家代表になったら宣伝モデルとかいろいろとモデルの仕事をしたりするのよ? 今のうちから慣れてないと。それに目立つなんてこと気にしてたら国家代表なんて」

 

「……そうだね……お姉ちゃんの言う通りだと思う」

 

「だったら」

 

「でも、それとこれとは話が別。というかもう屁理屈だよ、それ。嫌なものは嫌」

 

 お互い自分の意見を断固して譲らない二人。

 姉妹揃って頑固というか何と言うか。そんなところ似なくていいのに。

 話がまったく進んでない。平行線の話し合い。それどころか下手すると、振り出しに戻っているかもしれない。

 

 そう言えば仮にだけど、簪がモデルを受けた場合、新郎役は誰がするんだろうか。

 やっぱり、更識家が関わる一流の結婚式場での模擬披露宴。それ相応のちゃんとした男性モデルの人が務めるのだろうか。そんなことが容易に想像できてしまった。

 いい気はしない。一夏なら昔のドラマみたいにカッコよく花嫁をさらって幸せにするんだろうけど、俺にはとてもじゃないがそんなこと出来ない。第一、このことは楯無会長どころか、親方様、簪のお父さんまで了承済み。出来ることは少ない。

 そもそも今、何するのか適切で得策なんだろう。そろそろ手持ち無沙汰のようになってきた。

 

「弟君」

 

 楯無会長が何かを訴えるように見つめてくる。

 簪を説得しろとでも言うのか。

 

「簪ちゃんを説得するよりも簡単なことよ。弟君は簪ちゃんのウェディングドレス見たくないかしら?」

 

 見たい。

 

「そ、即答……素直すぎるほど素直ね、弟君」

 

「見たいんだ」

 

 簪が嬉しそうにしているのはいいんだけど、聞いておいて驚くのやめて欲しいんだが、楯無会長。少し傷つく。

 簪のウェディングドレス。見れるものなら、見たい。照れ隠しや嘘でも見たくないなんて言えない。

 よく似合って、綺麗なはずだ。ウェディングドレス姿の簪は。

 だけどだからって嫌がっている簪に無理強いはさせられない。今見れなくても将来的には必ず見れるわけだし。

 

「ということだけど、どうかしら? 簪ちゃん」

 

「ど、どうしよう……」

 

 揺れる簪。

 嫌がっていたのから、一転して考えを改めなおしてくれたみたいだけど、俺としては複雑だ。

 簪のウェディングドレス姿が鮮明にイメージできてしまったからこそ、模擬挙式とは言え、新郎役が自分以外の男だと思うと、みっともない話ではあるがふつふつと嫉妬のようなものがわいてくる。

 

「何、難しい顔してるのよ。もしかして弟君、タキシード着たくないの?」

 

 タキシード? どうして着る必要があるんだろう?

 

「どうしてって、弟君も新郎役として出るんだから当たり前でしょう。でなければ、私もお父様も一結婚式場のモデルに簪ちゃんをなんて許可するわけないじゃない」

 

 何言ってるんだって顔してくる楯無会長。

 言われてみれば、その通りなのかもしれないけども。

 しかし、新郎役の俺だなんて一言も聞いてない。思いあがりでなく、考えてみると分かることなのかもしれないけど、呼び出されて突然簪にウェディングドレス着てモデルしてほしいとだけ話されても、分からなくても仕方ないだろう。

 聞かされてないのは俺だけではなく、簪も安心した様子だった。

 

「相手役ってあなただったんだ……よかった」

 

「簪ちゃんまで気づいてなかったの? もうっ」

 

「聞いてないから。というか、ちゃんと説明してないお姉ちゃんが悪い。いきなり、ウェディングドレスの話しかしてこなかったでしょう」

 

「あ~だって、弟君なら二つ返事くれることが分かっていたから、先に簪ちゃん説得した方が早いと思って。ごめんごめん」

 

 謝ってるけど、あまり悪びれた様子はない。

 まあ、これで不安に感じていたことは解消されたわけだし、後は簪次第ってことになる。

 相手役が俺だと判明しても了承してくれるかは不明だ。やっぱり、長時間拘束される上に、モデルやるからには目立つことは避けられないから、やっぱり簪は嫌がりそうな気がする。

 

「で、どう? 簪ちゃん。引き受けてくれるかしら?」

 

「えっと……その、あなたが……嫌じゃないなら」

 

 そう言いながら簪は、俺の様子を伺ってくる。

 嫌じゃない。むしろ、いいと思う。

 

「えっ? そんな即答してもいいの? だって、大変だよ……?」

 

 確かに大変だろうけどその分、簪のウェディングドレスという普段は見れない姿を見れるのだから、悪い話じゃないと思う。それに得られるものだってきっとあるはず。

 例えば……将来、ちゃんとした結婚式をする為の予行演習になるわけだし。

 

「将来の為の予行演習、か……うんっ、そうだね。その通りだよね」

 

 将来結婚式を挙げることとかを想像しているのか、何やら簪は楽しそうに想いを馳せている様子。

 どうやら、もっと乗り気になってくれたみたいだ。

 

「じゃあ、簪ちゃん、引き受けてくれるってことでいいかしら?」

 

「うん……引き受ける。でも、余計なことは絶対しないでね」

 

「そんな念を押すように言わなくても大丈夫よ! お姉ちゃんが妹と弟の為に最高の舞台にしてあげるわ!」

 

「しなくていいから……はぁ」

 

 呆れた顔して、簪は嫌そうに溜息つく。

 かくして簪と共にブライタルモデルを引き受けることを決めたが、何だか幸先不安だ。大丈夫なんだろうか。

 

 

 

 

 そして当日。

 その日は朝早くから指定された結婚式場へと足を運んでいた。

 

「大きい……」

 

 簪と一緒になって建物を見上げる。

 俺達の前にあるのは大きなホテル。結婚式場はホテルと一体になっているらしく、今見ている外観からも立派なのがよく分かる。

 呆気に取られながらも、建物の中へ入る。

 

「ようこそおいでくださいました」

 

 入るなり、このホテルの従業員男女問わず多くの人に出迎えられた。

 壮観にも思える光景だ。こうして沢山の人に出迎えられると年末に始めて更識家に言った時に出迎えられた光景を思い出す。それほど凄い。

 末端といったら失礼かもしれないが、やっぱ簪がモデルを引き受けて、今日やってくることは隅々の人たちにまでちゃんと伝わってるみたいだ。

 尚且つ、簪は更識家の人間。この場にいる従業員一様に物凄くかしこまっている。その証拠にここの支配人らしき人が前にやってきたが、その人ですらかしこまった様子だった。

 

「ようこそおいでくださいました、更識様。この度はモデルを引き受けてくださいまして大変ありがとうございます。私は当式場、ホテルの支配人の……」

 

「……はい。今日はよろしくお願いします」

 

 こういった場や大勢に出迎えられることに慣れている簪は特に驚いた感じはなく普段通りの様子でやりとりをしていた。

 式の説明や今日の簡単な流れを説明されたところで早速本題に移ってもらった。

 

「では、早々で申し訳ございませんがご準備の方を……こちらになります」

 

「分かりました」

 

 簪と俺、それぞれに人が付き、一旦簪と別れ、まずは写真を取る為に着替えと準備を始める。

 衣装はホテル側が用意してくれているのこと。

 更識家が経営するフロント企業傘下の式場。向こうも今日のことに一番と気合が入った様子で、用意されたタキシードは豪華なものだった。

 言われるがまま着たが凄い違和感。

 

「お似合いですよ」

 

 そうお世辞を言ってもらえたが、自分では似合っているなんて実感が持てない。鏡に映る自分は何だか馬子にも衣装といった感じ。

 着替えが終わると、髪をセットして貰い俺の準備は終わり、今度は今簪が着替えをしているだろう衣装室の前で待つ。その間、軽くもう一度今日一日の流れを説明してもらいながら、待つことしばしの間。

 

「どうぞ。新婦のご支度が終わりました」

 

 スタッフの人が中から出てきて、中へと案内され入る。

 すると見えたのはいつもとは違う、ウェディングドレスを着た後ろ姿。ただ後姿を見ているだけなのに、とっても神秘的で綺麗。そして、胸がドキドキとしてくる。

 この胸の高鳴りは緊張によるものでもあるけど、これはきっとウェディングドレス姿の簪は間違いなく綺麗なはず、その期待への胸の高鳴り。

 簪、と名前を呼びかける。すると簪はゆっくりと振り返った。

 

「え、えっと……」

 

 ただ呆然と言葉なく簪に見惚れている俺に簪はほんの少し戸惑っている。

 何か簪に言葉をかけなければと思うけど、中々らしいいい言葉が思いつかない。俺もまた戸惑うばかり。

 純白に身を包んだ簪のウェディングドレス姿。その姿を何度も思い浮かべはしたけど、頭の中で思い浮かべるのと実際に見るのでは受ける印象が全然違う。

 たくさん言ってあげたい気持ちはあった。けれど、綺麗だ、ようやく出た言葉はそんなもの。

 あまりにもありふれて何度も言ってきた本当に月並みの言葉。言った後に、もっと気の利いた別の言葉を言ってあげたい思いがあったが、どうやらこの言葉でよかったらしい。

 

「嬉しい……とっても」

 

 そう言って簪は、嬉しそうに微笑んでいた。

 ウェディングドレス姿の簪は本当に綺麗だ。ただその一言に尽きる。俺の月並みの言葉でも嬉しそうにしてくれている簪を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。

 模擬とは言え、こんな綺麗な簪と今から結婚式を挙げられると思うと、嬉しいのと同時に誇らしい気持ちになってくる。

 

「あなたもかっこいいよ。凄くいい」

 

 そうか。照れくさくて、ついぶっきらぼうな返事をしてしまう。

 そのことは簪にはお見通しなようで、ニコニコとされると更に気恥ずかしい。

 だけど、簪に褒めてもらうと、馬子にも衣装だと思えていたこの姿が満更でもない気分。

 

 二人して言葉もなくお互いの姿を見つめあう。

 ウェディングドレス姿の簪は綺麗で、魅力的。だからなのだろうか、魅入られて吸い込まれそうな感じがする。

 それは簪も同じだったようで、俺達はどちらからともなく引き合い。そして――。

 

「準備は済んだかしら……って」

 

「……っ!?」

 

 驚き、俺達はとっさに離れあう。

 凄い嫌な汗かいた気がする。

 誰かなんて確認するまでもない聞きなれた声。誰なのかは確信めいた物を持ちつつ、声のした方向を向く。するとそこには、楯無会長がニヤニヤした顔でこちらを見ていた。

 

「お邪魔だった? ふふっ、相変わらずね~でも、まだ誓いのキスをするには少しだけ早いんじゃない?」

 

 ニヤニヤとしながら楯無会長はそんなことを言ってくる。

 ニヤニヤされても仕方ない。場の雰囲気に飲まれて凄いことしてた自覚はある。嫌じゃなかったが。

 しかし楯無さん、本当にニヤニヤしてくる。仕方ないことだけど、腑に落ちない。

 それは簪も同じなようで、頬を赤くして恥ずかしそうにしていた。けれど、それ以上特に反応をしないようにしていた。ここでこれ以上照れて何かいったりすれば、余計にからわかれる。なので、いつものように受け流すにつきる。

 それを察してくれたのか、楯無会長はそれ以上からかってくることはなく、ゆっくりと簪の方へ近づいてきた。

 

「綺麗よ、簪ちゃん」

 

「ありがとう……お姉ちゃん」

 

 飾りっけのない心からの素直な楯無会長の言葉に、簪は嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 着替えを終えると、いよいよ本格的に始めていく。

 

「凄い……綺麗だねっ」

 

 スタッフに案内されて、やってきたのは模擬挙式を行う式場。

 式場は教会タイプ。ドラマや映画よく見るような。パンフレットで見るよりも豪華で、何だか神秘的だ。その神秘的とも言える式場の雰囲気に珍しく簪はいつもより興奮気味だ。可愛いな、簪。こういうところも女の子らしい。

 なんてこと言ってるけど、俺だってテンションが上がっている。

 

 式場を見渡す。

 式場は広くて大きい。そこには沢山のスタッフがせわしなく動いている。

 結婚式には沢山の人の力があって成り立っているのは知っていたけど、こんなにも沢山の人の力で成り立っていることを改めて再確認した。

 

「新郎新婦方、リハーサルを始めるのでこちらの方へ」

 

「分かりました」

 

 呼ばれたほうへ俺達は向かった。

 

 模擬挙式は二、三回のリハーサル、それ経て本番となる。

 チャペル、教会式の今回の内容とその流れ自体はよく知る結婚式と変わらない。入場し、神父が呼んでくれる聖書を聞いて、誓いの言葉に同意して、新婦のベールを挙げ、指輪を交換して、誓いのキスをするといった感じの。

 

 どこでもそうなんだろうけど、初めてということもあって、リハーサルはとても丁寧にしてもらえた。

 何となく知っている程度だったことも、本当にやってみるとより理解できる。指輪の正しい交換の仕方とか。

 そして何より、こうして実際にやってみるとより鮮明イメージが高まっていく。将来、簪と本当に結婚式を挙げるとき、ここはこうしたいとか、こんな風になるんだろうなぁということが。

 

 模擬とは言え、結婚式。

 指輪の交換もすれば、定番の誓いのキスもする。

 リハーサルだった今まではしたという体で次の工程へ移っていった。

 

「本番ですか? もちろん、唇にしてもらっても構いませんよ? 恥ずかしければ、頬やリハーサルのようにしたフリでもかまいませんので」

 

 そうスタッフの人に言ってもらえた。

 俺達の模擬挙式はブライダルフェアの一環として沢山の人が見学しに来るらしい。

 そんな中でキスをする。そう思うだけで恥ずかしい気持ちで一杯になる

 どうしようかと簪の様子を伺えれば。

 

「……」

 

 期待するような瞳で俺を簪はじっと静かに見つめてくる。

 何を期待してくるのかなんて言うまでもない。俺にはよく分かった。

 第一、恥ずかしいのは俺だけじゃないしな。

 

「では、いよいよ本番です」

 

 スタッフの一言で俺と簪は気を引き締める。

 簪が最後の身支度『ベールダウン』を終えるといよいよ本番だ。

 俺達の挙式の様子は見に来ている人達の今後の役に立つかも知れない。失敗は出来ない。

 

「上手く、できるかな……」

 

 不安そうな顔をする簪。

 俺まで不安になってどうする。少しでも勇気づけるように簪の手を握る。

 俺だって簪の前ぐらいカッコつけていたし、折角の晴れ舞台だ。簪にはとびっきりの笑顔でいてほしい。

 

「うんっ……そうだねっ」

 

 元気を取り戻した簪を横目に、ついに式は始まった。

 ウェディングドレス姿の簪と腕を組み、二人揃ってヴァージンロードを歩き出す。

 式場内にはフェアの模擬挙式を見学しに来たであろう見知らぬ大勢の人達がたくさんいる。

 その中にはもちろん見知った顔である楯無会長達や、そして。

 

「え……本音と織斑だ」

 

 簪が客席にいた本音と一夏に気づく。

 あいつらまで来ていたのか。もう写真に収めてきてるし。

 楯無会長以上に身近な友達や親友が見に来ていると分かると、追いやっていた気恥ずかしさをまた覚える。頑張らねば。

 そうして、ヴァージンロードを歩き終えると神父がいる祭壇前へとたどり着く。そこで神父が呼んでくれる聖書の内容を聞き、誓いの言葉を言ってもらう。

 

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

 二人、しっかりと結婚を誓約を交わす。

 ここまではリハーサルでやったこと。順調だ。

 

「では、指輪の交換を」

 

 模擬挙式用に向こうが用意してくれた結婚指を受け取る。

 そして、差し出された簪の手を取り、ゆっくりと嵌めていく。

 ちゃんと簪の左薬指に嵌ったのを確認すると、今度は同じ様に簪に結婚指輪を嵌めてもらう。

 

「ふふっ」

 

 お互いに結婚指を嵌めてもらうとベールの向こうで簪が嬉しそうに微笑んでいるのが見えた。

 指輪の交換を終えるといよいよ最後。

 

「それでは、誓いのキスを」

 

 ベールを上げる。

 すると、表に出さないように努めているが、簪が緊張していることが俺にはよく分かった。

 誓いのキス……本番が始まるまでは迷っていたが、いざ本番が始まれば自然と腹は決まっていた。

 

「ん……」

 

 そっと唇を簪の唇に重ねた。

 どのくらいそうし続けていたのだろうか。現実的な時間で言えば、数秒なんだろうが、長くそうしていた気がする。名残惜しさを感じながらも唇と離せば、そこには幸せ一杯の笑顔の花を満開にしている簪がいた。今まで、今日一番の可愛く綺麗で、そして魅力的な簪。

 こんな素敵な簪と模擬とはいえ結婚式を挙げられたんだと、実感が沸いてきて、幸せだった。

 気づけば、式場はたくさんの惜しみない祝福の拍手で溢れていた。

 

 拍手を受け、客席に向きながら、簪はそっと俺に言った。

 

「将来、必ずこんな素敵な結婚式挙げようね」

 

 勿論。必ずだ。必ず、簪を幸せにしてみせる。今以上に。

 

「うん、幸せにしてね。そして、二人一緒にもっと幸せになろうね」

 




この話を投稿したのが2016年の六月なのでジューブライドのお話を。
公式にある簪の花嫁姿、尊い。結婚しよ。

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪が熱を出して

 早朝、日課の寮周りを周回するランニングと筋トレを終えてた俺は、一度部屋へ戻ることにする。

 スマホで時間を確認すれば、皆が起きだすいい時間。

 いつもなら大体このぐらいに簪からメッセージが来ているのだけど、今朝は来ていない。まあ、いつも簪から先にメッセージが来るのではなく、俺からも先に送ることがあるから、そこまでおかしいという訳じゃない。ただ少し気になりはする。

 とりあえず、俺から先にメッセージ送っておくか。『おはよう』と短いメッセージを送ると、自室へ戻った俺は汗を流すために風呂でシャワーを浴びた。

 簡単に済ませた為、十分もかからずシャワーを済ませると、体を拭きながら登校の準備などを少しずつ始めていく。この間にも簪からの返事を待ったが、まだ来てない。それどころか既読すらついてない。

 流石に少し変だ。いつもなら、この時間にはもう起きているはずだ。簪の朝も忙しいといえば、忙しいけど、そこまでじゃないはず。返事が出来ないほどのことがあったのだろうか。少々気にしすぎな気がしなくはないけど、そんなことを思っていると、タイミングよく簪からメッセージが返ってきた。

 

《おはよう。ごめんなさい、返事が遅れて。今朝、熱が高くて体調が悪くて》

 

 それでか。

 昨日はそんな素振りなかったけど、ここ最近も割かし忙しめではあったから、そのせいかもしれない。気づけなかったのが、少し悔しいところではある。

 ちなみに熱ってどれぐらいあるんだろう。

 

《……38.1。だから今日、学校お休みするね》

 

 かなり高いな。学校に行ってられる熱じゃない。

 簪一人なら心配は尽きないけど、簪のルームメイトは本音だ。おそらく、本音が簪の身の回りのことをやってくれているばずだ。本音は普段のほほんとしていても歴とした簪専属の従者。簪に熱があるのなら尚更。

 だから、今行っても何かしてあげられるわけじゃないけど、様子ぐらいは見に行きたい。大丈夫だろうか。

 

《……分かった。いいよ、来て》

 

 よかった。

 簪からのメッセージに感謝の返事を送ると俺は足早に簪の部屋と向かった。

 着くとドアをノックして、中の様子を伺う。すると、中から本音が出迎えてくれた。

 

「もう来たんだ~早いね~おはよう~。ささっ、入って入って~」

 

 本音に部屋の中へと入れてもらう。

 本音は元気そうだ。簪は大丈夫なんだろうか。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ~かんちゃん、さっきお薬飲んだしね。かんちゃん、来たよー」

 

「……うん、おはよう」

 

 膝辺りまで布団をかけ、上半身を起してベットの上に簪はいた。

 パジャマ姿の簪は、おでこに熱さまシートを貼っている。

 顔色はそこまで悪いわけじゃない。だけど、やっぱり辛そうだ。熱があれほど高いし無理もないか。

 でも、一安心だ。

 

「ちょっと、かんちゃんのことお願いしてもいい? 私、先にご飯食べてくるね~」

 

 そう言って本音は、申し訳なさそうに両手を合わせながら、部屋を後にした。

 気を使わせてしまったな。

 

「……ごめんね、朝早いのに。あなたも朝食まだなんでしょう」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべている簪。

 そう言えば、まだ食べてない。

 でも、朝食なら後でいくらでも食べるし、今は簪の方が最優先だ。

 

「ありがとう……嬉しい」

 

 簪は嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。

 部屋で二人っきりになった俺と簪。

 二人っきりにしてもらってのはいいけど、やっぱり、特にこれといって簪にしてあげられることはない。

 やるべきことはほとんど本音が済ませてくれたっぽいから、何だか手持ち無沙汰な感じ。 

 簪の看病が出来ればいいんだけど、いかんせん学校がある出来ない。いっそ学校を休んで看病できたらいいんだけど……。

 

「だ、だめだよ……! 学校はちゃんと行かないと。そこまで辛いわけじゃないから。それにほら、本音もいるし」

 

 分かってるって。

 看病はしたいけど、その為にだけに休めば、返って簪にいらぬ気をつかわせてしまう。今は簪に何も気兼ねなく療養してもらうのが大切なのだから。

 しかし何だ……こんな時でも簪の口からは本音の名前が出てくる。頼られてないってことじゃないことは分かっているし、簪と本音は幼馴染という長い長い付き合い。一々表すまでもない心からの信頼あったのことなのだと分かっているが少しだけ複雑だ。

 本音がいるとやっぱり俺がしてあげられることは何もないに等しい。

 

「決め付けよくない。そんなことないから……もう気をつかいすぎ。移るものじゃないけど万が一移ったらって心配だったけど……こうして様子見に来てくれたこと本当に嬉しい……凄く」

 

 嬉しそうな簪の表情がそれは嘘ではないのだと言葉と同じくらい伝わってくる。

 顔色もよくなった気がする。

 

「熱出して休むのなんて久しぶりだから……ちょっぴり不安だったけど……楽になったよ」

 

 どちらからともなく手が重なり、手を繋ぐ。

 熱のせいだろうか。ぽかぽかとしてあったかいけど、いつもの様に簪の手は柔らかい。

 握っている簪は、地よさそうにしている。

 

 決め付けだったな。

 様子見ることしかできないけど、それでも出来ることはある。だから、別に不安がる必要はない。

 簪には早くよくなってほしい。

 

「うん……療養に専念する。……時間そろそろ……」

 

 言われて、スマホで時間を確認する。

 そろそろ朝食を食べないと、まずい時間になっていた。

 名残惜しいけど、今朝はここまで。

 またお昼休みにでも様子見にこよう。幸い、俺達の学生寮は昼休みなら、寮に戻ってきてもいいことになっている。こういう時、寮生活だと便利だ。

 その時にスポーツドリンクやゼリーでも差し入れしよう。

 

「そんな悪いよ……」

 

 やっぱりダメか……

 すると、簪は慌てて笑みを含んだ少し困った顔をした。

 

「だ、だめなんて言ってない。もう……ずるい。そんな目されたら何もいえないよ」

 

 押し切った感はあるが、よかった。

 これで昼は簪と少しの間だけでも一緒に過せる。

 

「そうだね……楽しみにしてる。そうだ……鍵、サブだけど渡しておくね」

 

 簪に部屋の鍵、ルームキーカードを渡される。

 

「じゃあ、またお昼」

 

 鍵を受け取ると別れを告げて、簪の部屋を後にした。

 

 

 

 

 昼休み、俺は早速簪の部屋へと向かっていた。

 手には本音が手配してくれた寮の食堂の人が作ったお粥と、購買で買ったスポーツドリンクやゼリーとかを持って。

 簪の部屋の前まで着くと、まずはノックして中の様子を伺う。返事はない。

 一応ノックしたし、大丈夫だろう。朝貰ったルームキーカードで鍵を開け、中へと入った。

 

「……」

 

 穏やかに簪が眠っている。

 顔色がまたよくなっている。熱も下がっている様子だ。薬が効いて、ちゃんと体を休めてよくなった証拠だ。

 来たのはいいけど、眠っている簪を起すのはよくないし、気が引ける。書置きでも残して、また放課後出直そう。

 

「……ぁ……来てたんだ」

 

 タイミングよく簪が起きた。

 もしかして、起してしまったのやも。

 

「大丈夫だよ……お昼ごはん、持ってきてくれたんだ。ありがとう」

 

 お粥は消化にいいけど、少しぐらいは食べれそうなんだろうか。

 

「食べる」

 

 簪がスプーンとお粥、そして俺を順番に見る。

 俺を見る簪の目は、何かを期待しているようで、ねだる様な視線を向けてきていた。

 ……そういこうとか。

 頭の中で簪が何を考えたのか分かり、簪をチラッと見ると、目が合った。簪は、恥ずかしそうに目を伏せる。どうやら、正解らしい。

 俺はお粥を適量スプーンで掬うと、ふーふーと一度冷まして、こぼれないようスプーンのしたに手を当てながら、ゆっくりと簪の口へと運んだ。定番である『あ~ん』の台詞をつけながら。

 

「あ、あぅ……あ、あーん……」

 

 恥ずかしそうにしながら、簪は口を開き、ゆっくりと食べる。

 病人相手には悪いが、照れながら食べる簪は可愛いというよりもちょっとおもしろい。

 口の中のを美味しそうに食べ終えた簪の頬は、赤く染まっていた。

 

「美味しいけど……こんなことされたら……熱上がっちゃいそう」

 

 それは大変だ。

 なら、残りもしっかり食べないとな。食べたら満腹感で眠気が来てまた眠られるだろうし。

 そうすれば、早く治るに違いない。

 

「もうばか……あ~ん……」

 

 簪は満更でもない様子で口を小さく開けた。

 病人なんだから、このぐらい素直な方がいい。

 俺は再びお粥を適量掬い、冷ましてから、スプーンを差し出した。

 

「……はむ、もぐもぐ……美味しい」

 

 お粥が美味しいからなのか、食べさせてもらったのが嬉しいからなのか、それともその両方なのか。

 簪は、心の底から幸せそうに微笑む。

 その後、簪は自分でお粥を食べ、俺も持ってきていた昼食のパンを食べて、二人一緒に昼食を済ませた。

 

「……こういうのもいいね」

 

 突然、簪がそんなことを言った。

 

「……熱出して休むのも久しぶりだけど……こうして看病されるのも久しぶりだから」

 

 ああ、そういうこと。

 久しぶりに熱を出して休めば、不安になるもの。

 そんな時に誰かに看病、誰かが傍にいるというのは心強いもの。分かるような気がする。

 実家ではどうだったんだろうか。

 

「本音が看病してくれてた。ほら、専属だから」

 

 やっぱり、本音だったか。

 楯無会長とかはどうだったんだろう。

 

「お姉ちゃん……? ……うーん、ほら昔は私とお姉ちゃん仲よくなかったというか距離があったから……気にはかけてくれたみたいだけど、看病とか様子見にきたりとかそういうのは」

 

 まあ、そうか。

 昔からの簪と楯無会長の事情は詳しく聴かされて知っているから、何となくそのことが想像つく。

 でもやっぱり、昔から気にはかけていたんだ。楯無会長は、本当に不器用な人。 

 

「だからってのも変だけど……本音以外の人にこうして看病をしてもらえるのって何だか新鮮……特別な感じがする。何度も言うけど、あなたが傍にいてくれて本当によかった」

 

 そう言って簪はとても嬉しそうに微笑んでいたのだった。

 

「ん、ふぁ……」

 

 空きっ腹が満たされたことと安心して幸福感を得たからなのか、口に当てた手の下で簪が小さな欠伸をしているのが分かった。

 眠そうにしている簪。また眠気がやってきたな。

 

「うん……ごめんね、もう少しだけ寝るね」

 

 言って簪は、起していた体を寝かせ、布団を被る。

 よくなったとはいえ、まだ直りかけだ。少しといわずゆっくり寝て、しっかり治して欲しい。

 すると、簪の視線に気づいた。

 

「……」

 

 無言のまま、俺の手を見つめる簪。

 それが何を意図してるのか俺はすぐ気づき、手を差し出した。

 布団の隙間から簪がゆっくりと手を伸ばしてきて、手を取り、そっと握り合う。

 

「五時限目遅刻しないように少しだけでいいから……」

 

 分かってる。

 遅刻はしない。でも、簪が眠るまでちゃんと繋いでおくから。

 

「ありがとう」

 

 安心した様子で目を瞑り、簪は小さな寝息を立て始め眠った。

 それから俺は遅刻しない時間ギリギリまで、安らかに眠る簪の寝顔を眺め、授業へと戻った。

 

 

 

 

 今日一日の授業が全て終わった。

 この後、これといった必ずやらなければいけない前もって決めていた予定はない。自由な放課後。しいてあるとすれば、いつも自主練ぐらい。だけど、今日それはキャンセルだ。

 なので、俺は再び簪の部屋へとやってきた。ドアの前でノックして様子を伺う。

 

「……はーい。どうぞ、入ってきて」

 

 部屋の中からそんな簪の声が聞こえ、中へと入る。

 ベットの方までいくと、そこには上半身だけ簪が体を起していた。

 

「ごめんね……放課後も来てもらって」

 

 と簪は申し訳なさそうにている。

 何を言うんだと思ってしまった。

 まあ、こうして俺が来るのは簪にしたら、俺の負担になっているんじゃないかと不安に思っているみたいだ。

 らしいといえばらしいけど、そんなことはない。俺はいつも自分がしたいと思うことしかしてない。 

 放課後だって様子を見に来るのは行きたいと思ったからで、それは簪のことが大切で好きだからだ。

 だから、簪が気にする必要はない。

 

「よ、よくそんな恥ずかしいこと言えるね……嬉しいけど」 

 

 なら、よかった。 

 くさいこと言ったけど、満更でもない簪の様子を見て安心した。

 

 それにしても今簪は起きているけど、もう大丈夫なんだろうか。

 

「もう、大丈夫。……すっかりよくなった。逆に寝すぎて辛いぐらい」

 

 冗談めかしに簪が言ってことは、本当によくなったらしい。

 ならば、と言いながら俺は簪のおでこに自分のおでこを当てて熱を計る。

 

「ひゃぁ……!?」

 

 確かに熱は下がったようだ。

 よく知る簪の体温になっている。

 後はこのまま安静していれば、熱は上がることなく、明日から元気に過せるはずだ。

 

「……それは分かってるけど……汗かいてるから……ちょっと恥ずかしい」

 

 簪は恥ずかしそうに自分の体を隠すようにぎゅっとしていた。

 それもそうか。少し気が利いてなかった。

 だから、なんだろう。

 今の簪は、汗のせいだからか、いつになく色気みたいなものがあるように見える。

 

「それに……あまりくっついているとキス、したくなっちゃうでしょう」

 

 メッと叱るように簪は言う。

 その様子は、なんだか小悪魔っぽくて可愛らしい。

 

 別にキスしてもいいんだけど。

 と思ったが、よくなったとは言え簪は病人。

 明日ちゃんと治ってたら、簪のしたいことどんなことでもしてあげよう。

 

「私のしたいこと……? いいの……?」

 

 いいも何も、そうしてあげたいことが俺のしてあげたいことでもある。

 嘘は言わない。

 

「そっか……だったら、ちゃんと治す」

 

 満面の笑みで言った簪はとてもとても可愛かったのであった。

 






今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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簪達はいない。恋人の暖かさ

 「ふふっ、よしよし」

 

 「んー……」

 

 特に会話らしい会話もなく、一夏の一人部屋で静かに抱きしめあう一夏と本音の二人。

 厳密に言ってしまえば、服の上からではあるが本音の胸の谷間に一夏が顔を埋めながら抱きつき、本音に抱きしめられていた。

 

――可愛いなぁ~おりむー

 

 そんなことを思いながら本音は、嬉しそうにして抱きついてくる一夏を抱きしめ愛おしそうに頭を撫でた。

 一方の一夏はそうした本音の愛情を感じながら、一夏は心地よさそうにする。

 

 最近、一夏と本音の二人が一緒に過ごし、特にこれといってやることがなくなると、大体こういったことをしながら二人は過す。

 もっと言えば、一夏が本音に抱きしめてもらうことをよくお願いするように、甘えるようになってきた。

 流石に人前ではしない。今の様に部屋で二人っきりの時のみ。

 

「おりむーどう? 気持ちいい~?」

 

「ああ、凄く柔らかい。ごめんな、のほほんさん。いつもこんなこと頼んじゃって」

 

「それは言わない約束でしょう、おりむー。というか、気にしなくていいんだよ~私とっても嬉しいんだから」

 

 本音は、嬉しそうに微笑みながら一夏を抱きしめる。

 

 何故、一夏がこんな風に甘えるようになってきたのか、その理由は本音にはよく分かっていた。

 バレンタイン(あの日)のことを経て一夏に大きな変化があったからに他ならない。

 以前の様な変に片意地を張るようなことはやめた一夏。最初こそは自分から抱きつくこと、甘えることに抵抗がやはりあったようだが、徐々になれていき今ではこんな風に素直に甘えるようになってきた。

 形はどうあれ、こうして一夏がちゃんと素直に甘えてくれているのが本音はたまらなく嬉しい。一夏が変わっていってくれていることが嬉しい。

 

――あの日、おりむーとちゃんと向き合うことが出来てよかった。本当のおりむーを知れてよかった。

 

 そう思うのは一夏もまた同じ。

 あの日、本音のおかげで本当の自分というものに気づくことが出来た。

 自分が甘えることで相手の重荷になってしまうのではないかと恐がる必要なく。甘えることに臆病になることもなく。昔の様に言い表せない恐怖から必死に自分を守る為に強がる必要ももうない。

 ただ素直に甘えることが出来る。それがどれだけ嬉しくて、心の底から安心できるものか言い表せないほど。

 今までずっと足場がなく必死でいるしかなかった一夏だったが、ようやく地面に足をつくことが出来たような気分。

 甘えさせてくれている本音には感謝の気持ちで一杯だ。愛しくてたまらない。

 

「本当、こんな風に誰かに甘えることが、抱きしめてもらえることが出来るなんて夢みたいだ」

 

 独り言のように一夏は言う。

 こんなこと、昔だったら想像つかない。だからなのか、一夏は昔から秘めていたあることを思い出していく。

 相変わらず顔を半分本音の谷間に埋めたまま、視線を本音へと向ける。

 

「だからってのも変だけど、今だから言えるかっこ悪い話があるんだけどさ……聞いてくれるか?」

 

「ん、分かった」

 

「ありがとな」

 

 一夏は、本音に抱きついたまま、ぽつりと話し始めた。

 

「俺、ずっと小さい頃からこんな風に誰か抱きしめてもらうことに憧れてたんだ。女の人ってか、母さんに抱きしめられるのってどんな感じなんだろうって。正直、周りの奴らが羨ましかった」

 

 懐かしむようでそれでいて、何処か少しだけ寂しそうにして言う一夏。

 

―ーそっか。それでおりむーいつもこんな風に抱きしめてもらうことを頼んできたんだ

 

 本音は納得した。

 

 抱きしめてもらうこと。それは分かりやすい甘え方の一つ。本当は誰よりも、誰かに甘えたかった一夏だからこその頼みごと。

 特に幼い時、甘えた盛りの時に甘えることができなかったのなら、こんな風に憧れるのも無理ないのかもしれない。

 周りが普通に甘えている光景を見ているなら尚更。自分は強く望んでいるのに、周りが当たり前の様に出来ていることが、自分だけ出来ない。その辛さ、本音には何となくにだがうっすら想像がつく。

 

「そっか~……。だったら千冬さん、織斑先生には……無理だよね」

 

 一夏は天涯孤独というわけじゃない。姉が、唯一ではあるが家族がいる。

 甘えてないというわけでもない。一夏なりに不器用でも今までも千冬には沢山甘えてきている。

 それを分からない本音ではない。むしろ、一夏がどんな風に答えるのかある程度分かった上で本音はあえて聞いた。

 そしてまた、一夏も本音がそうなのだと分かった上で聞いたことを察したようで、同意するかのように苦笑いを浮かべていた。

 

「まあな。俺にとって千冬姉はそういう甘え方できる人じゃないし、ただでさえ俺は千冬姉に今もずっと甘えっぱなしで守られてるんだ。これ以上は流石に甘えられない。俺は強くて凛々しい千冬姉の背中にも憧れたんだから。千冬姉みたいに大切な人達を、弱い自分すらも守れるような強い人になりたい」

 

 一夏は変らないと本音は本音は思った。

 一夏という男にあるものの一つはやはり、『守る』ということ。それは変えようない一夏という存在を強く作り上げているもの。

 だが、話す今の一夏には以前の様な『守る』ということに固執や執着した様子はない。ただ純粋な思いから言っている。

 それは本当の自分というものに気づき、受け入れることで一夏はまた一つ人として強くなっている証拠なのかもしれない。

 強がるわけでも、相手に合わすわけでもなく。ただ素直に甘えることが出来るようになった一夏には広い心の余裕があるように本音には感じられた。その姿は頼もしく、かっこよく思える。

 

「というかむしろ、今まで甘えさせてもらってるんだから千冬姉には甘えてほしい。多分、千冬姉もきっと俺と同じで本当は千冬姉も誰かに甘えたいんだ」

 

「似たもの姉弟なんだね」

 

「だな。だから、こんな風に余計なこと考える必要もなく甘えられるのが嬉しい。いい年した男なのに小さな子供みたいでかっこ悪いってのは分かってるんだけどさ」

 

 照れ隠しするように一夏が苦笑い気味に言うと、本音は一夏を優しく抱きしめた。

 

「ううん、そんなことないよ。今こうして話くれたこと。そして、おりむーが甘えてくれているのが私で、こんな風に安心してくれているのが私で凄くうれしい。だから、大丈夫」

 

 ぎゅっと一夏を抱きしめる本音。

 

 一時期は一夏が甘えてくれないことに悩んだこともあったりしたが、ようやく自分たちはここまで来れたのだと実感できる。

 今の話だってそうだ。一夏が甘えてくれているからこそ、話してくれた。

 自分でよかったと思うのは女としての独占欲からなのかもしれない。それでも本音は、一夏が甘えてくれているのが自分でよかったと、ただただ嬉しくてしかたなかった。

 

「ああ。でも、別に俺はのほほんさんを母親代わりとかにしたいわけじゃないから」

 

「分かってるって。私もおりむーのお母さんの代わりしたいわけでもなければ、おりむーのお母さんになりたいわけじゃないからね~。私達は恋人なんだから」

 

「恋人……そうだな」

 

 ぎゅっと本音に抱きつく一夏。

 

 本音の胸の中は暖かで心が落ち着く。

 この胸の温もり、安心感にはやはり母親というものを感じてしまっていることは一夏は否定できない。

 だからといって、一夏は別に本音が母親であってほしいわけではない。一夏にとって本音は、やはり大切で愛しい“恋人”。こうして甘えてもいたいが、甘えた分、彼女に尽くして、本音にも甘えてもらえる自分でありたいと一夏は思う。

 甘えられる相手が、恋人がいるということがこれほどまでに自分をいい方向へ変えさせてくれるとは、一夏は思ってもいなかった。

  こんなにも母性が、包容力がある可愛い本音が自分の彼女でよかった。そう思わずにはいられない一夏だった。

 

「恋人と言えば……」

 

 思い出した様に一夏は言う。

 

「名前」

 

「名前? 名前がどうかしたの?」

 

「ほら、俺達って付き合ってからもあだ名呼びだろ。名前で呼ばないのかってよく皆言われるんだよな」

 

「ああ~それかぁ~。私もよく言われるね」

 

 一夏と本音が付き合い始めて早数ヶ月。

 付き合って間もない頃ならまだしも、二人のお互いの呼び方は友達だった頃と何ら変っていない。

 かといって二人だけの秘密の呼び方があるというわけでもない。昔のまま。

 そのことが周りには少し変に思えた。

 

「でも別にあだ名で呼び合うっておかしいわけじゃないじゃん。世の中にはそういう風に呼び合うカップルもたくさんいるしねー」

 

「だよな」

 

 あだ名で呼び合うカップルも当然いる。数も決して少ないというわけではない。

 ただ一般的にカップルとは親密度を示し感じる為に、下の名前で呼び合うカップルが圧倒的に多い。

 実際、一夏達の身近なもう一組のカップル。簪とその彼氏も付き合い始めてから、下の名前で呼び合うようになり、呼び方だけで周りから見てその親密度が分かった。

 故、余計に一夏達が友達だった頃と呼び方が変らないのは変に思えるのだろう。 

 それでもおかしいことではない。

 

「あっ……でも、流石にこのままの呼び方ってまずいよな……。下の名前で呼べるようにしておかないと」

 

「ん? どうして?」

 

 同じ意見だったと思っていたら、いきなり反対してきた一夏。

 しかも、何故だか真剣な表情をしている。

 一体一夏は何を言い出すのかと本音が思えば。

 

「だってさ将来、子供できた時……流石に子供の前であだ名呼びってのはまずいだろ」

 

 恥ずかしそうに言った一夏の言葉を聞いた瞬間、思わず本音は吹く様に笑ってしまった。

 

「あっははっ!」

 

「な、なんだよ?」

 

 何で笑われたのか分からない一夏は困った顔をする。

 しかし、本音の笑いは止まらない。

 

 言っていることは正しいと言えば正しい。それは間違っていないはず。

 だけど、あまりに一夏らしすぎる。

 普段、女ったらしを超越した最早人間垂らしの域に達した言葉や素振りを平然とするというのに、今恥ずかしそうに言っているものが、何だか可愛いくて、おかしくて笑いが止まらない。

 

――こんなところはやっぱり、変わらないな。

 

 一夏は確かに大きく変わった。

 それでも変わらないものだって沢山ある。これはその一つ。

 こういうことを急に言い出すようなところも本音は一夏が大好きでたまらない。

 

「わ、笑うなよ」

 

「ふふっ、ごめんね。うんうん、確かにそうだね。でも、子供の前ではパパ、ママとか。お父さん、お母さんでいいんじゃないのかな? もしくは、お前、あなたとか?」

 

「あ……それもそうだな」

 

「でしょう。でも、子供って……ふっ、ふふっ」

 

「お、俺が悪かったって」

 

 思い出してまた笑う本音に一夏はたじたじだ。

 真剣に言ったが、自分がどんなことを言ってしまったのか分からない一夏ではもうない。

 しまったと失言を心の内で認めたからこそ、ばつが悪い。

 

「嫌だったら」

 

「ううん、そんなことはないよ。絶対に。凄く嬉しいから。笑ってごめんね?」

 

「いいんだ。俺のほうこそごめん」

 

 優しい表情だが、真剣に言う本音を見て、一夏は安心した。

 

 突拍子のない一夏らしい言葉だったから、本音は嫌ではない。

 いつものようにほぼ無意識のうちに言ってしまったことは分かる。

 そこにどういう意図があったのかは正確なことは定かではない。未来のことを無意識にでも考えているからこそのことか、子供がいるためのそういうことを考えてのことなのか、とか。

 おそらくは前者。一夏かして後者はまずありえない。彼はそういう人ではない。

 

 無意識なのは間違いないが、無意識にでも自分達の将来のことを考えてくれて言ってくれたのなら、嬉しいと本音は思う。例えそれが違うとしては嬉しい事には変わりない。

 だから思わずとはいえ、笑ってしまったことに本音は内心で反省した。

 

「じゃあさー、一回やってみようよ」

 

「何を?」

 

「名前。下の名前で呼び合うことだよ~。子供がもし出来た時の為に備えよ! 備えあれば憂いなしっていう言うもんね」

 

「そうだな」

 

 そう言って二人は離れて、何故か正座して向き合う。

 

「こほん」

 

 わざとらしく咳を一つ本音が仕切り直すようにつく。

 仕切りなおしたからなのか、本音は少しばかり緊張を覚える。

 こうもかしこまるほど大したことではないが、あのままの体勢では名前を呼んでも味気ない。呼ぶならちゃんと呼びたいという思いが本音にはあった。

 それに緊張はただ仕切り直したからというだけではない。

 

――そういえば、おりむーの名前ってちゃんと呼んだのっていつだったけ?

 

 記憶を探るが思い当たらない。

 それほどまでにあだ名呼びに慣れてしまっている。悪いことではないのは確かだが、決していいことでもない気がするとか本音は思った。

 幸い、織斑一夏という彼の名前を忘れてしまったということはない。後は呼ぶだけの動作としては簡単なこと。

 しかし、久しぶりすぎて、尚且つ簡単だと思うからこそ余計に緊張するのは気のせいではないはず。

 言いだしっぺの法則というものがあり、自分から言わなければはこれは始まらないと本音は思う。

 

――やってみなきゃ分からないこともあるよね。よし、頑張ろー!

 

 本音は、決意を固め、一夏の名前を呼んだ。

 

「一夏」

 

 優しい声色で言う本音。

 噛む事もなく思ったよりもすんなり言うことが出来た。

 だが、言い終えると言いなれてない感覚と、言ったという実感から落ちつかなさを感じ、頬を赤らめるほどではないものの恥ずかしくなってくる。

 一夏はというと珍しく静かに喜んでいた。

 

――呼び捨てで呼ばれるのなんていつものことだけど、すげぇ嬉しい。

 

 今まで何度も呼ばれてきた今更なんてことのない呼ばれ方。

 ただ下の名前を呼ばれてただけのことなのに、他の誰に呼ばれるよりも嬉しい。

 今更すぎるが、本音と親密になれたということを、恋人になれたという事実を改めて実感し、感慨深いものを一夏は感じていた。

 呼んでもらえて嬉しいと感じたからこそ、一夏はこの嬉しさを本音にも伝えたい。喜んでもらえたら嬉しいと思った一夏は、返すように本音の名前を呼んだ。

 

「本音」

 

 はっきりと淀みなく名前を呼ぶ一夏。

 

――そういえば、初めてちゃんと下の名前呼んだな。

 

 始めてちゃんと彼女の名前を呼び、多少なりと緊張するだろうと思っていたが、意外にもこんなことはなかった。はっきりと呼ぶことが出来たことに一夏は安心した。

 だが、一夏も言い終えると呼びなれてない感覚と、言ったという実感から落ちつかなさを感じ、本音と同じく頬を赤らめるほどではないものの恥ずかしさを感じていた。

 

――普段あだ名で呼ばれてるから、下の名前で呼ばれると不思議というか、特別な感じ。ふふっ

 

 呼ばれたことを、その嬉しさを、胸の内でそっと本音は噛み締めるように喜ぶ。

 下の名前で呼ばれるのがこれほどまでにいいものだったとは驚きだ。それはやっぱり、呼んだのが他の誰でもない一夏だからこそ、こうして特別に感じるのだろう。

 

 互いに相手が喜んでくれていることも分かっており、また自分が照れていることも自覚しているからか、恥ずかしさで二人して黙りあう。

 そして、当然沈黙の空間。そこに重苦しい雰囲気はなかったものの、変りに気恥ずかしさがある。相手から視線をそらしていた二人の目が合う。

 すると、沈黙を我慢できなくなったかのように、苦笑いするかのように二人は微笑みあった。

 

「始めてだからかやっぱなれないね~何だか恥ずかしいや」

 

「だな。いきなりずっとってのはまだ難しいけど、これからゆっくりなれていこうぜ。な、本音」

 

「だね~、一夏」

 

 

 

 

「よし、じゃあ……本音」

 

 突然、一夏が両手を広げてた。

 たったそれだけで他に言葉はない。

 一夏の仕草が何を意味してるのかは本音には何となく分かったが、何故今そんなことをしているのかは分からずにいた。

 

「?」

 

「ほら、たくさん抱きしめてもらったり、名前を呼んでもらったり今日も沢山甘えさせてもらったからな、そのお礼っていうか。のほほんさんにも甘えてほしい。甘えてほしいっていう甘え方というか俺の我侭なんだけどさ」

 

「何それ」

 

 本音は、変なのとくすりと笑う。

 別に馬鹿にしている訳ではない。言っていることは一見矛盾しているようだが、言いたいことは本音には分かる。本音もまた同じだから。甘えてもらえることが自分にとっての甘えるということ。

 

 一夏は実は甘えたがり屋なのは今までのことで確かなことだが、同じぐらい一夏は甘えられたいという思いが強い。甘えた分、もしくはそれ以上のことを返したい丸元来一夏という男は、頼られ尽くすタイプなのだ。

 その一夏の気持ちが分からないではない本音だからこそ、素直にその言葉に甘えた。

 

「あったか~い」

 

 一夏が本音に抱きしめられていたように、本音は一夏の胸元に肩耳当てて抱きしめられていた。

 感じる一夏の温もり。姿としてはあまり変わりないはずなのに、自分から抱きしめるのと、こうして抱きしめられているのとでは、安心感や心地よさがこんなにも違うものなのと感じた。

 

「凄いドキドキしてるね」

 

「まあな。煩い?」

 

「ううん。凄い安心するよ~」

 

 耳元で感じる一夏の鼓動。

 ドキドキと一定のリズムで鳴っているが、いつもよりほんの少しだけ早く感じる。

 緊張してくれているのだろうか。そうだったら何だか嬉しいと本音は安堵の息をもらす。

 

 安心はもちろん。一夏の心音をしばらく聞いていると、いつしかだんだんと自分の鼓動のリズムが一夏の鼓動のリズムとあっているよう。

 一夏へと蕩けて堕ちていくような感覚。それはまるで……。

 

「ん~一つになっていく感じするー。何かダメになりそう」

 

「なんだそれ」

 

 とろけた幸せそうな顔をしている本音を見ながら、一夏は微笑む。

 幸せでゆっくりと時間が流れていく穏やかな時間。

 そこに溢れる変えがたい幸せを二人は共に噛み締めていくのだった。

 




のほほんさんisGod

久しぶりの一夏の恋物語。
甘えられるようになった一夏の変化をお送りしました。

簪と“あなた”のカップルが割りと爛れているので
一夏と本音のカップルは、ほのぼのまったり担当です。

一夏が守るというのに固執していたのは千冬に、その背中に憧れていたから。
そして、言いあらわせない内にある恐怖に負けないためのもの。
という解釈になりました。ご了承を。

それでは


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簪の甘い耳かき

 

 静かさに包まれる自室。

 そこにあるものと言えば、ノートを走るシャーペンの小さな音ぐらい。

 そして、テーブルの向こう側に視線を向ければ、そこには勉強をしている簪がいる。真剣な表情で教科書や参考書を見つめ、ノートに問題を解いていっていた。

 真剣な簪の表情は凛々しい。こういう表情の簪もいい。見ているだけで楽しい。

 

「? どうかしたの……?」

 

 ふいに簪と目が合った。

 特にどうかしたというわけではない。ただ何となく簪に見惚れていただけ。

 まあ、いくらなんでも見すぎか。勉強の邪魔してしまったみたいだ。

 

「ううん、大丈夫。そっちはもう、終わったんだね」

 

 その簪の言葉に頷く。

 簪と同じ様に俺もついさっきまで勉強をしていた。

 もっとも、宿題として出された課題を片付けた後に、少し予習復習をした程度。

 今夜はいつもより勉強量は少なめで、簪ほどガッツリしてないので早終わってしまった。

 

「じゃあ……私もおしまいにする。そろそろ時間だし」

 

 言って簪はキリがよかったのか、勉強道具一式を片付け始める。

 時間と言われてスマホで時間を確認すれば、夜も遅い時間。寮部屋からの外出禁止までは長いようで短い残り時間があった。

 夕食を食べ、風呂から上がってから、俺の部屋で一緒に勉強していたから、何だかんだ大分長い時間勉強していたことになる。やめ時には丁度いい。

 

 しかし、なんというか手持ち無沙汰だ。

 これといってやることがない。だからといって、無駄な時間を過すわけでもない。

 二人一緒に過ごしていれば、何かしてなくても楽しいはずだ。

 だが、手持ち無沙汰なのは変わらない。これを解消する為に何かないかと二人を何となく辺りを見渡す。すると、別の机の上にあった綿棒と耳かきが目に止まった。耳かきでもするか。

 以前は一応定期的に耳掃除していたけど、ここ最近は怠っていた。いい機会だ。思いついた今のうちに軽くにでもしておこう。

 俺は、容器から沢山ある綿棒を一本取り出し、耳の中に入れてコロコロと回す。こうしているだけでも気持ちいい。

 

「耳掃除……? かゆいの……?」

 

 いや、何となく。

 そんな風に答えると簪は、興味なさそうにして、その辺に腰を降ろす。

 彼女の前で耳掃除はいかがなものかと思ったが、まあこのぐらいなら許されるだろう。

 

「……」

 

 体育座りをして膝の上に顎をおいた簪が、じっーと見つめてくる。

 しかも、無言。そんなに見られても困る。

 ただ、表情こそはいつも通りだけど、何か悩んでいる様子なのは分かった。どう言おうか迷っている様子も感じられる。

 どうかしたんだろうか。そう思っていると簪が言った。

 

「そこの耳かき貸して」

 

 言われて、耳かきを簪に渡す。

 簪も耳かきしたくなったんだろうか。他人がしているのを見ていると、自分も何となくしたくなるってのはたまにあるから、そういうのだろう。

 けれど、簪は耳掃除する気配はない。それどころか、何故か正座している。おいでといわんばかりの様子だ。

 

「ん」

 

 たったそれだけ。他に言葉ないが、それが何を指しているのか、俺には分かった。

 その言葉が意味しているだろうことに従い、使っていた綿棒をゴミ箱に捨て動き始める。

 そして、簪のすぐ傍へ。床に寝転び、頭を恐る恐る簪の膝の上へ置。その行動は当たっていたようで、簪に頭を優しく撫でてくれた。

 

「耳かき、してあげるね……」

 

 耳かき持って、正座して待たれれば、そういうことだよな。

 何か悪いな。

 

「ううん、気にしないで。私がしたいだけだから……」

 

 なら、素直にお言葉に甘えよう。

 

 簪の膝枕に膝枕をしてもらうのは始めてのことじゃない。

 何度してもらっても簪の膝枕は、柔らかくて気持ちがいい。

 オマケに簪の今の服装は夜なのでパジャマ。女の子可愛らしいデザインだが、バジャマなので薄い。そのおかげというべきなのか、パジャマ越しに何とも言えない優しい暖かさを感じた。

 今の膝枕は耳かきをするためのものだけど、ただこうしているだけで癒される。

 枕で頭を置きなおすように身じろぐ。

 

「やっ、んっ……くすぐったい」

 

 そんなこと言いながらも簪は満更でもない様子。

 

「だめ……。もう……じっとしてるの」

 

 可愛らしく注意されてしまった。

 まあ、ふざけるのはこのぐらいしておこう。今から耳掃除してもらうわけだし、変なことしてられない。

 

「そうだね。あんまり……えっちなこと、してると刺さっちゃうかもね」

 

 なんてことを簪は、冗談めかしに言って、悪戯っぽく微笑んでいた。

 えっちなことってあのな……するわけないだろう。

 今は耳掃除。大人しくしている。終わったら、どうなるかは知らないが。

 とにかく、簪に任せよう。

 

「ん、任せて」

 

 耳かきを始めてくれる簪。

 

 カリカリと耳かきの先で中を掻いていく。

 手つきはゆっくりだが、とても丁寧に、それこそ労わる様にしてくれているのが伝わってきた。

 

「痛くない……? かゆいところとかない……?」

 

 心配そうに簪は言う。多分、誰かに耳かきするなんて初めての経験で不安だろうけど、大丈夫だ。

 くすぐったくて、むずむずするが、それかまた何というか気持ちいい。

 

「よかった」

 

 簪が安堵したのが何となく分かった。

 

 しかし、どうしてこうも誰かに耳かきをしてもらうのはこんなにも気持ちいいんだろうか。

 自分でするのも気持ちいいには気持ちいいが、今こうして簪にやってもらってるのとでは比べ物にならない。

 安堵はもちろん。リラックスして、夜も遅い時間帯だからなのか、だんだんまどろんできた。

 

「思ったよりも綺麗だね。あんまりない」

 

 簪の声でまどろみの中から少し意識を呼び起こされる。

 久しぶりの耳掃除とは言え、定期的にはやっていたから、そこまで耳垢がぎっしりということはないはず。それでも耳垢があるにはあり、簪が丁寧に掃除してくれているのが分かる。

 普段は綿棒で軽くする程度で、今みたいに耳かきですることない。それに他人にやってもらうことで、普段自分では気づかない、届きにくい奥とかもやってもらえるだろう。

 

「奥……? あっ、本当。ちょっと、溜まってるね。痛い時は痛いって言ってね? い、入れる、ね」

 

 遠慮気味に簪がそう言うと、耳の奥のほうでカリカリという音が耳いっぱいに広がった。

 簪が奥のほうで小刻みに耳かきを動かす度に、普段触れられないところなだけにゾワゾワと背筋に鳥肌が走り、何ともむず痒い。ちょっとづつ、耳垢が取れていっているのが分かる。

 なんだか、普段手の届かないところに手が届く感じがして、気持ちいい。すっきりした気分だ。

 

「よいしょ、取れた。多分これで大体綺麗になったと思う。残りは綿棒でやって、もっと綺麗にしちゃうね」

 

 今度は綿棒で耳の中を掃除してもらう。

 竹の耳かきよりも柔らかい綿棒の感触。これはこれで中々いい。

 耳の中でコロコロ左右に綿棒を回されたり、中をほじったりされる。そうすると耳かきで取りきれなかった耳垢がとれ、耳の中の綺麗さが満足いくものになったのか、綿棒が抜かれた。

 

 これでおしまいか……。気持ちよすぎて、もっとしてほしくなった気分。

 今終わったのが左耳。まだ、右耳のほうが残ってる。心なしか何だか待ち遠しい。

 そんなことを思っていると、簪の顔が耳元に近づいてくるのが分かった。

 簪は、仕上げとするかのように、耳元で穴にめがけて優しく息を吹きかけてきた。

 

「ふぅ~……」

 

 突然の不意打ちに我ながら何とも情けない変な声が出てしまった。

 

「ふふっ」

 

 簪は、くすくすと楽しそうに笑っている。

 恥ずかしい限りだ。

 

「可愛かったよ ほら、綺麗になった。次、反対側するから向こう向いて」

 

 いろいろと反論したいが、ここでは耳かきの気持ちよさが優ってしまった。

 言われるがまま俺は、大人しく反対側の左を向いた。

 すると、そこには目の前には簪のいい匂いが広がっていた。鼻先で感じるパジャマからした柔軟剤の匂いと、これは簪の甘い香り。包まれてる感じがする。心地よさを感じて、更にまどろみが強くなるのが分かった。

 こうやって考え事しているのも、正直辛いほど眠気が強い。気を抜くと寝てしまいそうだ。

 

「ん? 眠たい、の……? 夜も遅いからね。寝てもいいよ。終わったら起しちゃうけど……それまでなら」

 

 そう言って簪は、耳かきを動かす手はそのままに、頭を押さえていたもう片方の手で優しく頭を撫で始めてくれた。

 これは抗えそうにない。すまないな。またお言葉に甘えよう。

 そうだ。今度は俺がこんな風に簪に耳かきしてあげよう。

 

「ん、楽しみしてる」

 

 そんなことを思いながら優しい簪の手つきに誘われるように、眠ってしまった。

 

 

 

 

「――きて。起きて」

 

 遠くのほうから呼びかける声が聞こえ、身体を優しい揺すられているのがわかる。

 まどろみから夢の中にあった意識は段々と覚醒していき、ゆっくりと目を開けた。

 

「おはよう」

 

 最初に見えたのは顔の顔を優しく眺めている簪だった。

 そうだ。俺は寝てしまっていた。起してくれたということはもう時間か。

 

「うん。ごめんね、気持ちよさそうに寝ていたのに……」

 

 どうして簪の方がそう申し訳なさそうにするんだ。

 申し訳ないというのはこっちのほう。

 膝枕に耳かきしてもらった上に、少しとはいえ寝させてもらった。何だかしてもらってばかりで悪い。

 

「ううん、気にしないで。今日も大変だったからね……疲れ出ちゃっただけなんだよ、きっと。私にだけそういう顔見せてくれて、そんなあなたを私が労うこと出来てうれしい。それに……いつも、私の方が甘えっぱなしだから……たまには逆もいいね」

 

 本当に嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべて簪がそんなことを言ってくれた。

 確かに今日も大変で疲れたけど、それは簪も同じはずだ。

 気にしすぎなのは分かっているが、簪にしてもらってばかりでは男として立つ瀬がない。

 今夜のこと、何かお礼したい。

 

「お礼……? ……じゃ、じゃあ……ぎゅっ、ってして……? 苦しいくらいに」

 

 頬を薄っすらと赤く染めながら控え目がちに簪はそう言った。

 そんなことでいいのか。そう思ったが、これが簪の望みなら喜んでする。このぐらいならいくらでも。

 俺は膝枕してもらっていた状態から体を起し、簪をぎゅっと抱きしめた。

 背中に回される簪の両腕を感じて更に自分の方へ抱き寄せる。

 

「ん~……充電。気持ちいい……ふふっ、これじゃあ何だか……余計に帰りたくなくなるね」

 

 確かに。俺も簪を帰したくなくなる。

 だけど、時間は時間。守らなければならない。

 それは簪も充分理解していて、今こうして抱き合っている瞬間を惜しむように、抱きつく決して痛くない力が篭るのが分かった。

 

「ん、ふっ……充電完了……。今日は私が甘やかそうと思ったのに……結局、甘えちゃった。でも、ありがとう。幸せ。ねぇあなた、大好き」

 

 そう簪に言ってもらえて、俺は、俺達は幸せな気分にもう少し浸った。

 




いつも感想、評価ありがとうございます。
この場を借りて改めて、お礼申し上げさせていただきます。

hirohirohr様のリクエストで「耳かきをする/される簪ちゃん」書かせて頂きました。

現在もネタは募集しています(いつやるかは未定ですが
よければ、活動報告の「リクエストについて」のほうでお気軽に書いて下さい。
くれぐれも感想のページでは書かないようにしてください。
リクエスもですが、沢山の方からの感想もお待ちしております。

今回もまた簪の相手である男性はオリ主です。決して一夏ではありません。
もしかすると、主人公は簪が好きなこれを読んでいる貴方かもしれません。

それでは


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焼きもち妬きな可愛い簪

 無事二年生に進級することができ新学期である1学期も後1ヶ月ぐらいで終わる。

 進級した2年生の生活にも俺は大分慣れてきた。慣れが必要なほど劇的な変化はなかったが。

 クラスは持ち上がりな為クラスメイト全員知った人達ばかりで、勉強もこれまでの積み重ねが生きてきているのか、思ったよりも難しくはない。

 正直一年生、このIS学園に入学した時と比べれば、とても穏やかな日々を送れている。慣れは恐ろしいとよく言うけど、今は偉大だと感じる。

 

 そんな平穏な日々を送れているが、忙しい日々でもある。

 来年に向けての受験勉強をしたりだとか、以前と変らずISの訓練をしたりと、毎日やることが山積みだ。暇なんて言っている暇さえないほどに。忙しいが、忙しいからこそ余計に毎日が充実としていると感じられる。

 その一番の理由は、恋人である簪の存在が一番大きい。簪も忙しいのに、忙しい日々の合間を縫ったデートに付き合ってくれたり、ほぼ毎日二人だけの時間を共にしてくれては、愛してくれる。

 そして何より、献身的に俺のことを支えてくれている。それが嬉しくて幸せ。

 国家代表になるという目標に向けて頑張っている簪の姿は眩しいくらいに輝いていて、だからこそ俺もより一層頑張ろうと思えて、頑張れる。高め合える恋人がいるというのはこの上なく幸せなことだ。

 一緒にいればいるほど、前よりも更に簪に惹かれていく毎日。簪への愛情が増していくのを自分でも恥ずかしくなるくらい分かる。正直、怖いぐらい毎日が充実していると素直に実感できる。そんな日々を送れている俺達は幸せ者だ。

 

 二年生になって変ったことと言えば、やっぱり後輩のことになるだろうか。

 学年が上がって新一年生が入学してきたのだからそれは当たり前のことで、今まで通っていた学校でも当然後輩はいた。仲のよかった後輩のは男の方が多かったが、仲のよかった女子の後輩もいるにはいたし。

 だが、IS学園での後輩は全員女子。俺や一夏という例外を除いて女子ばかりの女子校で、言うなれば女の花園だ。だから、後輩が全員女子なのはここでは当たり前のことで、変なのは男である俺と一夏の方。

 なので当然、俺達男二人とあまり親しくない多くの後輩達は戸惑った様子の子が多い。女子校同然だと思って入学してきた子達の多くは、女子校上がりらしいし無理もない。

 それでも比較的友好的な感じを築かせてくれているのはありがたい限りだ。おかげで今のところは特にこれといった問題もなく新一年生達とも上手くやれているとは思う。

 特に一夏が当然の如く上手くやっている。相変わらずと言ってもいいのかもれない。一あの人間たらしオーラ全開で、まだ一学期だというのに凄い人気。

 

「織斑先輩、本当カッコイイよね~! 優しくて、男らしくて、オマケにイケメンとか素敵~! 惚れちゃいそう」

 

「ね~! 千冬様と姉弟で二人揃って美形だもん。付き合えたらいいのになぁ~」

 

「無理無理。彼女持ちだよ? 織斑先輩。彼女も美女だったじゃん。住んでる世界が違うって」

 

「あーね……でも、本当織斑先輩いいなぁ~」

 

 なんていう噂話を聞くのは最近では当たり前になりつつある。

 どこに行ってもどんな相手でも一夏の人気は本物だ。やっぱり、一夏はそこにいるだけで良くも悪くも人をひきつけ、魅了する。自然体で沢山の人と上手く付き合っていける。まるで太陽のような存在。一夏の様になりたいとは流石に思わないが、羨ましいとは思う。

 

 一夏の噂話だけで済んでくれたら一番良かったんだけど、そうは問屋が卸さないというか何と言うか俺も当然の如く噂話をされているようで、嫌でも耳に入ってしまう。

 

「もう一人の男の先輩はどうよ?」

 

「ああ、あの人。えーと、名前なんだったっけ……?」

 

「うーん、男前で織斑先輩みたいに優しいけど、なんと言うか……」

 

「暗いってわけじゃないけど、織斑先輩よりかは花みたいなものがなくて地味だよね」

 

「そうそう。地味だね」

 

 といった具合。

 この噂を聞いた時、運悪く一緒に聞いていた簪が物凄く何か言いたそうにしていたことのほうが俺の中では噂話より印象強い。

 実際、簪は散々な言われようとか言っていたけど、彼女達の言っていることは当てはまっており、反論する気は特にない。花がないというか地味だという自覚はあるし、一夏と比べられるとそう言われても仕方ない。

 だから、別に悪口ってことのほどじゃないのでそこまで気にもしない。ただのガールズトーク的なもののだろうし、好きな言わせとおけばいい。

 

 そんなことを気にするよりももっと気にするべきことに俺は、俺達は直面していた。

 

「先輩~!」

 

「先輩!」

 

 周りには沢山の後輩達。

 夜、 夕食や風呂を済ませて俺達にわざわざ会いに来てくれたらしい。そして俺達を上手く捕まえて、この現状。

 こういう状況は今まで何度か、それこそ俺達が一年生だった時にも似たようなのを経験したし、新一年生の子達に囲まれるのだって何度か経験している。

 だけど、何度経験しても慣れない。こういう囲まれてワーキャー騒がれるのは得意じゃない。そう思っているのは俺だけのようで、同じ様に後輩達に話しかけられている一夏は普通に楽しそうだった。

 

「織斑先輩! 今度、私にISの実技教えてください!」

 

「あっ~! ズルイ! 私も私も!」