凡才 (マダラッコ)
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凡才

「ううむ……」

「高町?」

 高校も三年の冬に成り、センター試験も記憶に新しいとある日、赤星勇吾はクラスメイトである高町恭也が自分の机に座って唸っているのを発見した。

 彼の視線の先には一冊の本。前に回って表紙を見れば、案の定というべきか、余り当たってほしくない予想が当たってしまったというべきか。

 受験もこれからという時期に、彼は趣味についての指南書などを読みふけっているのであった。

「なぁ高町、お前センターやばかったんじゃなかったか?」

 彼の普段の態度や成績を知っている赤星は当然彼を心配する。彼、高町恭也はこの三年間学校では授業をよく寝て過ごしていたため内申点がそう高くないことを赤星勇吾は知っていたのだ。

「む、たしかに志望校のボーダーギリギリだったが……。まぁボーダーよりも上ということは少しは余裕があるということだろう」

「いやまぁ、そりゃあそうだけど。たしかにお前ならやると決めたらやるんだろうけどな」

「でも志望校って言うよりは月村さんと同じ大学って言うべきなんじゃないか?もともと大学行く気なかっただろう? 高町は」

「それは……」

 この、基本的に学校では寝ているか趣味、スポーツ肉体学などの本を読んでいるかのどちらかで家族ぐるみの付き合い以外での友人の少ない高町恭也はつい最近同じクラスの月村忍という女子とお付き合いを始めたのだという。

 そしてそれまで進学について興味を持っていなかった彼がいきなり進学する気に成ったというならば、その理由は言わずもがなであった。

 まぁこうやって直接言葉にされると言葉を濁すということはまだ初々しい段階といえるのだろう。基本泰然としている恭也がこういった反応を見せることを、勇吾は内心面白く――もちろん言葉にも表情にも表さないが――思っており、事あるごとに端々に思わせる言葉を載せているのである。

 とは言え彼女――月村の方はそういったことにオープンであり、恭也の方も少し言葉を濁し、明言を避ける程度であるため、そこまで面白みのあるものでもないのだが……。

 それでも勇吾は高町のその幸せを祝福していた。

「まあそれはそれとして。しかし、こんな時期にも読んでいたいってことは、やっぱり面白いのか? それ」

 そう言いつつ勇吾は本のページに目を向ける。図解付きで解説されている項目には――吹流し、懸崖、蟠幹に箒立ちなどなど、彼には目にしたこともない単語がそこら中に踊っていた。

「これもしっかり学んでみれば奥が深くてな。できるだけ知っておきたい」

 そう語る恭也の眼差しは穏やかで、本当に好きなのだと理解できた。

 そんな彼の様子を見て、勇吾はふと、恭也のそれをするさまを見たことがないことを思い出した。

 いつか見てみたいと思ったことはある。しかしどうにもタイミングが合わずにそれがなされることがなかったのだ。

 これから先大学に進学し、お互い一時的かどうかは別としてこの街から出てゆくであろう。もちろん勇吾はその程度で恭也との友情が途切れることはないと確信しているし、恭也もそう思ってくれていると信じている。

 しかし、そうなってしまえば今よりさらに時間を合わせるのは難しくなるだろう。

 ならばこれはいい機会なのだと思うことにした。

「なぁ高町。もちろん受験が終わったらの話なんだが……。もし良ければ一度見せてくれないか?」

 視線は恭也の持つ本へと。恭也も何度かタイミングが合わなかったのを思い出したのだろう。そこそこに付き合いが長くないとわからない、彼特有の微笑を浮かべながらうなずきをかえしたのだった。

 

 

 

 

 その日、春もうららかなとある一日の午後のこと。

 常ならば義妹と末妹と、その他の屋敷の住人が戯れているであろう庭先は異界とかしていた……。

 その原因は二人の男。一人は御神恭也。旧姓不破恭也。

 かつて最強とうたわれた御神流、その正統後継者であり、一族郎党皆殺しの憂き目にあって、なお続く最強の流派を受け継ぐ男である。

 かつての無理な修練で壊した膝の面影はもう無く、現存する4人の御神の剣士の中では3番手なれど、過去を遡っても上位に位置するであろう剣の冴えを見せる青年である。

 彼の向かいに居るは赤星勇吾。

 歴史は御神流ほど深くないが、明治維新とほぼ同時期に起こった剣道という活人剣という一つの道において、最大勢力を誇る流派、草間一刀流を収めている。

 持って生まれた体格と、草間一刀流剣道により、全国でも有数の使い手である。

 その二人が剣呑な気を放出しながら、高町家の庭先で向かい合っていた。

 

 恭也は相対する“敵”を見据える。無駄のない、洗練された立ち姿。よくぞここまで、と思わなくはなかった。

 かつて自分が未熟だった頃、相手はこれほどの美しさを見せていたであろうか、と。

 大地にずっしりと根を張る体幹、雄々しく体を伸ばす姿はまるで大樹のよう。さりとて風にそよぐ様は無駄な力が入っていない、自然体であることが見て取れた。

 それに比べて自分はどうかと考える。

 ……未熟であることは理解していた。

 その姿を見、自分の持つ刃をどう通せば良いのか判断に迷ってしまう。どれだけ考えても先を見据えることができない。毎日のように顔を合わせ、一度となく刃を交わしたことすら有ったのに……。

 

 ――未熟、だな。

 

 思わずそう嘆息する。どうしてもそんな後ろ向きな思いが出る。目の前のそれを見て、自分程度がと言う思いが湧き上がる。

 

 

 赤星勇吾もまた困惑していた。彼の思いもまた自身の友人と似たようなものであった。

 眼前に写る存在の美しさに魅せられる。刃を持って思案に耽る恭也の一挙一動を見据えていた。

 両腕をだらりと下げたその姿は一見して隙だらけだが、まるで一切の身動きを封じるかの威圧感を赤星に強いていた。

 彼にとって恭也が御神流という古流剣術を収めていることを知ったのは最近のことだ。

 今まで剣を交えたことはあれど、恭也は二刀流を用いたこともなければ、飛針や鋼糸などの暗器を使う素振りなど有りはしなかった。

 あくまで剣道、自宅に道場があり、常々恐ろしいまでの動きを見せることから何かの流派を収めているとは考えていたが、そのような実戦用の剣術であるなど予想もしていなかったのだ。

 そうして迎えた今日という日。お互いの秘密……とは言え勇吾には秘密といえるものはなかったが、その細かいところを明かした上でのこの相対。自身が緊張するのも無理はなく、とは言え黙って相手の動きを見るだけというのも芸がないと考えた。

 ゆえに、彼は舌鋒を用いることを決断した。

 

「なぁ高町、俺はお前のその姿を見るのは初めてだけど……。いつもそんなに剣呑なのか?」

「当然だ、俺がこれを持つ時は常に本気で望んでいる」

 

 彼はそう言いながら自身の持つ得物を示し、一分の隙も見逃さないという視線を向ける。

 やれやれと勇吾は思う。たしかに自分はそれを見せて欲しいと願ったが、そこまで本気でやられるとは、と。

 とは言え願ったのは勇吾だし、恭也はそれほど本気で勇吾の願いに答えてくれたということだろう。

 そこに気後れがないかといえば嘘になる。しかし、興味が有るのもまた本当のことであった。

 ゆえに、彼の技を、刃の結論を、自分は見届けようと決意した。

 

 

 ――ありがたいことだな。

 と、恭也は思う。母や妹、多くの同居人達には枯れていると言われる自分の、自分で選んだ唯一だ。友人がこれを見たいというのは否やはないし、見たところで面白いものかどうかは甚だ疑問なものである。

 しかし、こうして相対してから十数分、全く動きのない自分を見て、それでもなお彼は自分に付き合ってくれる意志を固めてくれた。

 ならば自分はその思いに答えなければならない。自分にとって最高の一刀を。自身に、そして見ている勇吾にとっても得るものがある。そういったものを残そうと……。

 見据える。眼前の目標を。

 御神流・神速 自身の体感時間を操り、余人にはありえない高速での戦闘を可能にするその技術。その前段階である思考のみの高速化を使って考える。

 風に吹かれるその姿に、どう得物を差し込むのが最良か……。流派によっては制空と呼ばれ、奥義とさえ称されることもあるそれ。次の一手を決めるためにどう動くかという見極めを、動かないままに繰り返し、繰り返し。

 御神流の第三段階である相手の防御を、見切りを見抜く眼力でもある『貫』を用いて。

 恭也は自身の求める次の一手を絞り込んでいった。

 

 

 高町なのは――高町恭也の異母妹である――彼女は困惑していた。

 常に無愛想な兄はその武術の冴えには反してどちらかと言うと優男然とした体格を有している。

 友人の少ない恭也の数少ない男友達である赤星勇吾。彼が遊びに来ると聞いて、カップとポットの準備をしたのだ。

 ふたりとも緑茶党なのは知っていたが、最近習った母親じこみの紅茶でもてなそうと思ったのである。

 

 ――それに、翠屋のシュークリームに緑茶は合わないよね。

 

 コーヒーを淹れるのが上手い父・士郎には悪いが、コーヒーは苦くて自分は美味しいと思えなかった。窓の外は午睡を誘う暖かな日差し。兄と、その友人と午後のお茶を楽しむのもいいだろうと、そんな理由でポットにお湯を注いでいた。

 事前に暖めておいたポットの中で、茶葉はしっかりとジャンピングをし、透き通るような琥珀色と程よい香りが周囲を満たしてゆく。

 あとは砂時計を返し、カップとシュークリームとともにトレーに乗せて縁側へと持ってゆくだけである。

 

 縁側に立ち入った直後、異常に気づいた。

 一見すれば筋肉が付いているようには見えない青年と巌のような体躯の青年、兄とその友人が向かい合っていたのだ。

 もちろん兄が外見のままの優男でなく、その服の下には引き締まった肉体を有していることをなのはは知ってはいたし、体格のいい赤星にしても威圧感よりもその大きさが安心感をもたらす、気のいい好青年であることもなのはは知っていた。

 その二人が今、向かい合っている、それはいい。だが、なぜこんなにも空気が張り詰めているのだろうか?

 兄がそれを握る姿は毎日見飽きるほどに見飽きた光景。余り笑顔を見せない彼が、それをしている時だけは薄く笑顔を見せていたのを覚えている。

 自分には全く理解できないことではあったが、兄はほんとうに真剣に、そしてそれに愛情を注いでいたのは知っていた。

 また、向かいにいる兄の友人についても普段とは全く異なっていた。兄とは真逆に、普段から微笑を絶やさない朗らかな青年だったはずである。それが今は目を見開き、兄の動きを絶対に見逃さないという決意に満ち満ちていた。

 

 ――これじゃあ、まるで……。

 兄と友人が立ち会っているようではないか、と。

 そのつぶやきは声にならず、喉はかすれてひょうという音にならない息遣いが漏れただけであった。

 

 

 そうして、なのはの漏らした息遣いが合図に成ったかのように、ついに恭也が動き出した。

 右手に持つ刃を進め、目標の、向かって左側に狙いを定める。

 その動きはまるで刺突、腰元から目標の腕に対してまっすぐに伸びる突きだった。だが恭也は右手首をひねり、内側に刃を寝かせたあと、左右全く同時に、刃で挟みこみ目標の一分を切り落とした。

 

 ――ッ!

 勇吾が息を呑む。全く出が見えないその動きに戦慄した。何千、何万と脳裏で反復し、毎日目標を見据えて練磨したその動きには一切の無駄がなく、恐ろしいほどの冴えを見せた。

 

「ふぅ……」

 恭也は嘆息した。かなり時間はかかってしまったが、彼にとって最高の物が見せられたはずである。

 勇吾は楽しめただろうか? と思う。

 時間にして二十分、ただの一刀で事は成ったが、それも常日頃からの努力によるものだ。自分よりも才があるものは多いし、他人の成したものに目を奪われることなど日常茶飯事である。

 ゆえに先程まで右手に持っていた“ハサミ”を傍らに置き、つい先程やってきた愛妹に振り向いた。

「ああ、なのは、こっちは今終わったところだ。一緒にお茶を飲もう」

 

 

 

 その後、なのはを加えた三人はアフタヌーンティーと洒落込んだ。

 縁側で兄が世話した盆栽を片目に、紅茶とシュークリームで親睦を深める。和洋折衷、ちぐはぐなお茶会と成ったが、恭也の冗談になのはが騙され、それに怒り、 赤星が笑うという、なんとも朗らかな時間が過ぎ去っていった。

 

 

 

 それはなんとも単純な話。

 高町恭也の趣味が盆栽であることを、ふとしたことで思い出した赤星勇吾が、なんとはなしにその様を見せて欲しいと願っただけのこと。

 恭也の趣味は盆栽で、収めた技が御神流というだけのお話。

 

 




理想郷で投稿していたものをちょっと加筆して投稿してみました。

原作恭也はバトルジャンキーじゃなく、縁側で盆栽眺めたり、渓流で魚釣ったりするのが趣味な枯れた男性なのでそんなのが伝えられたらなぁと思います。
ちなみに士郎さん生きてるルート。でも膝はぶっ壊れてるルートです。
なのでタグにはとらハとなのは両方で。


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