緋弾のアリア K・O・H リメイク (上平 英)
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プロローグ

 最後までリメイク前の小説を消すか迷いましたが、残すことにしました。


 

 時刻は午前7時。俺こと『霧島 レオン』が日課である早朝トレーニングでかいた汗を冷たいシャワーで洗い流していると、風呂場の外から慎ましいドアチャイムが聞えてきた。

 

 その慎ましさを感じさせるチャイムの音に、俺の頭のなかでチャイムを鳴らした相手の姿が浮かび上がる。

 

 腰まで伸ばしたつやつやの黒髪に、ぱっつりと切りそろえられた前髪。雪のように白い肌に、優しげな目つきと長いまつげ。まるで絵に描いたような大和撫子。 

 

 俺はため息を吐いてシャワーを止める。風呂場から出て手早く体の水気を拭き取り、トランクスにズボン、グレーのTシャツを着て首にタオルをかけてから脱衣所の扉を開ける。

 

 脱衣所の扉を開けると、一緒に住んでいる同居人(先ほどまで寝ていた)が来訪者――予想していた通りの大和撫子を連れてリビングへと向っているところだった。

 

「おはよう、キンジ」

 

「お、おはよう、レオン」

 

 俺の挨拶に口元をひくつかせながら返したのは、朝っぱらから辛気臭い雰囲気を纏っている同居人で同じ高校2年の遠山(とおやま) 金次(きんじ)

 

 こいつとは現在俺たちが通っている東京武偵高の入学試験で初めて出会い、トータル(・・・・)で半年間ほど同じ寮の同室で生活している、日本で1番仲がいい友人である。

 

「おじゃましてます、霧島くん」

 

「ああ。いらっしゃい、白雪さん」

 

 金次の後ろから来訪者の大和撫子、星伽(ほとぎ) 白雪(しらゆき)が丁寧に挨拶してくる。

 

 俺はそれに大人の対応(微笑み)で応えたあと、金次に視線をやる。

 

「このリア充野郎め」

 

「……そんなんじゃねえよ」

 

 迷惑そうに言葉を返す金次だが、同い年で幼なじみの大和撫子(本物の巫女)が、中身は朝食だと予想される重箱を抱えてわざわざ男子寮まで着てくれただぞ? これをリア充と呼ばずになんと呼ぶんだ。あーあ、羨ましいなぁ。春休みの間は一緒にコンビニ弁当や弁当屋の弁当を買いあさって過ごしてたのに。これから金次は白雪さんの手作り弁当かよ。いいなぁ。白雪さんって料理上手で使ってる食材も高級品だからめちゃくちゃ美味いんだよなぁ。

 

 ――と、これ以上考えるのはよそう。目の前のリア充野郎を殺したくなるから。

 

「じゃ、俺は自分の部屋で着替えてくるから」

 

 2人にそう言い自室へ向う。ハンガーにかけているの武偵高校の制服である防弾仕様のズボンに履き替え、白のワイシャツと学ランをTシャツの上から羽織る。

 

 ひと通りの準備が出来たところで、机のなかにしまっている拳銃を取り出して手に取った。

 

 ――S&W M19。

 

 アメリカの銃器メーカーであるスミス&ウェッソン社が1955年に開発した回転式拳銃で、通称――コンバット・マグナム。アメリカの警察官が携帯する銃としてよく映画などにもよく出ているポピュラーな銃だ。

 

 コンパクトなため携帯しやすく、それでいて拳銃のなかでも高威力を誇るが、装弾数6発という少なさとサプレッサーなどが取り付けられない点から武偵が所持する銃としては相応しくない代物なんだが……俺は気にいっているため、武偵になってからずっと使用している。ちなみに通常のM19がKフレームのところをLフレームに改造しているため、357マグナム弾の強装弾も問題なく撃つことができる。

 

 俺はいつものように安全装置と弾薬の確認を行ってからベルトに取り付けたホルスターに帯銃させ、次に竹刀袋を肩にかける。

 

 こちらの竹刀袋だが、中身は竹で出来た竹刀ではなく本物の日本刀が入っている。

 

 通常の日本刀とは違って歯が背の部分に付いている『逆刃刀』と呼ばれる代物で、ある名匠に特別にオーダーして打ってもらった、頑丈さがウリの名刀である。全長は1メートルほどで、一応打撃武器という扱いになっている。

 

 防弾制服に拳銃と日本刀を装備するという、一般人では考えられない登校準備だが、これは校則――『武偵高の生徒は、学内での拳銃と刀剣の携帯を義務づける』で決められていることだ。

 

 もちろん、これも普通の高校ではありえない校則だということは理解してるが、武装探偵――通称『武偵』を育成するための総合教育機関である『東京武偵高校』に通っている俺たちにはこれがいたって普通のことなのだ。

 

 ちなみに『武偵』とは凶悪化する犯罪に対抗して新設された国際資格で、武偵免許を持つ者は武装を許可され逮捕権を有するなど、警察に準ずる活動ができる。

 

 ただし警察と違って武偵は金で動く。金さえもらえば、武偵法の許す範囲内ならどんな荒っぽい仕事でも下らない仕事でもこなす。つまり、『便利屋』のようなものだ。

 

 そんな武偵という職業には常に危険が付きまとうため、制服が防弾仕様になっていたり、帯銃や刀剣を常に所持するように校則で決められている。

 

 そして、さらに言うと武偵高では通常の一般科目に加えた、武偵の活動に必要な専門科目が14科目あり、その専門科目によっては毎日のように銃を発砲したり、刃物で斬りつけあったり、肉弾戦を行なったりといった物騒な勉強が毎日のように学校で行なわれるのだ。

 

「さてと……じゃあ行くか」

 

 部屋を出てリビングへ向う。ドアノブを回して開けると、座卓に座った金次が朝食を食べているところだった。

 

 ちなみにメニューは玉子焼にエビの甘露煮、銀鮭に西条柿などといった豪華食材が惜しみなく使われた、見るからに美味しそうな和風の弁当で、しかも美少女で巫女である幼なじみの手作り&世話付だ。

 

 まったくもって羨ましいヤツめ。……憎しみだけで人が殺せたらいいのに……。

 

 そんなリア充金次の向かい側には白雪さんが座っていて、食後のデザートだろうミカンを金次のために一生懸命にせっせと剥いていた。

 

 ……ああ、ほんとに羨ましい。つーか、殺意が湧く。なんだこのリア充野郎、白雪さんのお手製弁当を当然のごとく食べてやがる。

 

「あっ、霧島くん」

 

 金次の向かい側で丁度ドアのほうを向いている白雪さんと目が合った。白雪さんに次いで金次がこちらを振り返る。

 

 俺は白雪さんのために(決して金次のためではない)、これ以上このリア充空間を壊さないよう出て行こうとするが――

 

「霧島くんはもう朝食済ませた?」

 

 白雪さんが床から和布に包まれたモノを机の上に出して訊ねてきた。それは金次が今使っているヤツと同じ形状をしていて――

 

「喜べ、レオン。白雪はおまえの分の朝食も作ってきてくれたみたいだぞ」

 

「……俺の分? え、あ……いいのか?」

 

「うん、もちろんだよ」

 

 笑顔でうなずく白雪さん。嫌な顔ひとつしないで、金次の隣に重箱を置いてくれる。あー……白雪さんはほんとにいい子だなぁ……。好きな男(金次)以外の分まで作ってきてくれるなんて。うれしい反面、なんだか申し訳なくなってしまう。気を使わせちゃって悪いな。

 

 本当はこのまますぐにでも重箱へと飛びつきたいが、これ以上白雪さんの邪魔をするわけにはいかないだろう。ここは気を使うべきだ。

 

「あー……白雪さんの美味そうな朝食はマジで食べたいんだが、実はこれからすぐにでも登校しなきゃいけないんだ。――だから、学校に持っていって食べてもいいか?」

 

 あとで弁当箱を回収しなければいけない手間を承知の上で、白雪さんはうなずいてくれる。そんなやさしい白雪さんに俺は続けて言う。

 

「食べ終わった重箱は洗ってキンジに渡しておくから、今日の帰りにでも家に――」

 

「はい! キンちゃんの家に取りに来ます!」

 

 俺の言葉に手を上げ、元気よく返事を返す白雪さん。金次の家に来れる大義名分をもらってうれしそうだ。

 

 一方の金次は「なんで俺が……」なんて迷惑そうに息を吐いているが、そこは黙らせておく。こいつは色々と俺に貸しがある。金次も貸し1つが弁当箱を返却するだけで消化できるなら願ってもない話だろう。

 

 俺は机の上に置かれた和布に包まれた重箱を手に取り、もう一度白雪さんに感謝の言葉を述べ、

 

「俺は今日も帰りが遅いから――頑張れよ」

 

 と小声で白雪さんにつぶやく。

 

「――っ! ありがとう、霧島くん!」

 

 バッと深く頭を下げてお礼を言った白雪さんと、何のことだかわからないと首を傾げている金次に苦笑し、俺は部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 白雪さんのお手製弁当を手に部屋から出た俺は、寮の近くにあるコンビニへと入った。コンビニでサンドウィッチを3袋とアメリカンドックに鳥のから揚げを1つずつ、肉まんとカレーまんを1つずつに、新発売のスライムまんを1つ、飲み物としてお茶とこれまた新発売のバブルスライム味の缶ジュースを1本ずつ購入した。

 

 大きなビニール袋いっぱいに食料を購入した俺は武偵高行きのバスに乗り込み、朝食を食べ始める。朝食のメニューはコンビニで購入したものだ。白雪さんからもらった弁当は昼飯に回し、午後から始まる専門科目のためのエネルギーに変える予定である。

 

 ケチャップとマスタードをたっぷり付けたアメリカンドックを頬張りながら窓の外を眺める。

 

 レインボーブリッジの南。まるで海の上に浮んでいるような東京のビル群。ここ、東京武偵高校は南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形をした人工浮島(メガフロート)の上にある。

 

 学園島とあだ名されるだけのことはあり、人工浮島に存在しているビル群のほとんどが武偵に何らかの関わりがあり、武偵の活動や教育に必要な設備が充実している。

 

 景色を眺めながら朝食を食べ続けること十数分。武偵高校の校舎前に到着した。運賃を払い、バスから降りて校舎へと向う。

 

 今日は始業式なので玄関前に設置された掲示板を見て、自分の新しいクラスを確認してから教室へと向った。

 

 自分の教室となる2-Aのドアを開け、「おはよー」と挨拶しながらなかへ入るが、まだ誰も着ていなかったようで、自分の声だけが空しく響いた。

 

「…………」

 

 小さく息を吐いて事前に決められている自分の席に鞄をかける。そしてまだ何も入れられていない自分用のロッカーに白雪さんからもらった弁当を入れて、席につく。コンビニのビニール袋を漁って朝食の続きを始める。

 

 サンドウィッチを食べ、肉まん、カレーまんと食べて、最後に残したスライムまんとバブルスライム味の缶ジュースに手を付ける。

 

 おお、スライムまん、意外といけるな。皮はラムネ味で中身がストロベリーソースと見た目はグロいが味はいい。一方のバブルスライム味の缶ジュースは普通のソーダ味だった。ラムネ味の肉まんとソーダ味の飲み物。味の変化が微妙すぎて合わないな。

 

 …………。

 

 ……それにしても誰か登校して来ねえかなぁ。広い教室にひとりはあまりにも寂しすぎる。

 

 

 

 

 

 

 寂しい朝食が終わり、生徒たちがぞろぞろと登校し始めてきた。無人だった教室ももうすでに半分近くの席が埋まっている。

 

「おお、今年も一緒のクラスだな、霧島」

 

「ああ、そうだな。おはよう、武藤」

 

 俺に挨拶してきたのは、車両科の武藤(むとう) 剛気(ごうき)。身長190近いツンツン頭の大男で、荒っぽい武偵高の生徒らしくノリのいい陽気な男だ。

 

 武藤は席につくと、きょろきょろと周りを見回して、

 

「キンジの野郎も同じクラスだったと思うんだが、まだ着てねえのか?」

 

「ああ、着てないぞ。そろそろHRが始まるから着てもおかしくないんだがなぁ……」

 

 来る気配がない。もしかしたら朝食後のデザートと一緒に白雪さんも……なんてまさかな。金次は女嫌いっていうか、常に女を避けてるし。そもそもあの朴念仁は白雪さんの好意にも気づいてないようすだった。そういう展開にはどう転んでもならないだろう。

 

 ――しかし、なんでもないのなら、なんで金次は遅れてるんだ?

 

 体調不良でもなさそうだったし、何か他に理由でもあるのか?

 

「みんなー、おっはよー!」

 

 教室全体に向けた元気のいい挨拶。む? この声は……。

 

 覚えのある声と挨拶に思考を中断して声のほうに顔を向けてみると、黒板側の入り口で手を振ってる女子生徒を発見した。

 

 ツーサイドアップに結ったゆるい天然パーマの金髪に幼さが残る整った顔立ち。武偵高の制服である純白のブラウスと、臙脂色(えんじいろ)の襟とスカートに、ひらひらとしたフリルをふんだんにあしらってゴスロリっぽく改造した制服を着込んだあいつは――(みね) 理子(りこ)

 

 俺と同じ探偵科に所属している女子生徒で、明るい性格とアホっぽさからクラスのマスコットのような位置にいて、男女共にかなりの人気がある。

 

 その人気は新しいクラスでも変わらないようで、理子の周りには人だかりができていた。

 

 理子はひと通り挨拶を終えると俺の席へ近づいてきて、元気よく片手をあげて挨拶してくる。

 

「おはよー、レオポン!」

 

「おはよ、理子」

 

 理子の手に軽く手を合わせてタッチする。ちなみに『レオポン』とは理子がつけた俺のあだ名である。1年前から呼ばれているあだ名ではあるが、この前ゲーセンで同じ名前のぬいぐるみを見つけたので、急ぎ別のあだ名に改名して欲しいところである。

 

 理子はにんまり笑い、笑顔でつぶやく。

 

「今年も一緒のクラスだね、レオポン」

 

「そうだな。今年もよろしく頼むよ、理子」

 

「うん、よろしくー! 今年こそはレオポンにパソコンの使い方をマスターさせてあげるね!」

 

「……ああ、ありがと」

 

「せめて簡単なHPぐらい作れるようにならなきゃねー、ふふふ」

 

 俺を見上げながら口元に手を当ててニシシと笑う理子。こいつとは去年の入学試験からの付き合いで、同居人の金次を除けば1番行動を共にしていた相手である。

 

 お互い強襲科の入学試験で武偵高を受験し、2学期から探偵科に転科した俺とほぼ同時期に同じ探偵科に転科したという共通点があり、一部の趣味が合うことからよく話したり、クエストを一緒に受けたりする女子では1番仲がいい相手だ。

 

 ちなみに武偵ランク――S~Eまである武偵としての格付けは、理子が探偵科のAランクなのに対し、俺は下から3番目のCランクで、探偵科では理子に教えを請う側だったりする。

 

 現在はさっきの会話であった通り、俺は理子からパソコンの使い方を習っている最中だ。……探偵科に転科する前から俺も自分のパソコンを持ってて、よくネットゲームしたり、ネットサーフィンしてたんだが、HPの作成やプログラムの解析、ハッキング等のやり方はさっぱりで、ネット中毒患者でパソコン機械に強い理子にパソコンの使い方を1から習ってるわけだ。もう半年近くもマンツーマンでレクチャーを受けてるのに未だにHPが作れないんだよなぁ……。

 

 ――と。

 

 現代機器にいまいち対応できていない自分の残念さに嘆いていると、とうとう予鈴が鳴ってしまった。

 

 予鈴の音色を聞いて理子は自分の席に腰を下ろす。つーか、隣の席だったのかよ。

 

 チャイムの音を聞いて今まで席を立って談笑していた他のクラスメイトたちも次々に自分の席へとつき始めるが、

 

 ――金次の席は未だに空席だった。

 

 窓の外を見てみるも、金次の姿はどこにもない。

 

 ……あいつ、一体どうしたんだ?

 

 

 

 

 

 

 闇討ちや拳銃の誤射に気をつけ防弾制服を着用しようという注意以外、普通の学校とあまり変わらない始業式を終えて教室に戻ってみると、姿の見えなかった金次が机に顔を埋めて座っていた。

 

 見るからに疲れてるから話しかけるなというオーラを体から放っていて、なにやら焦げ臭い。爆薬や硝煙の臭いもすることから、大方何かの事件にでも巻き込まれたんだろう。

 

 クラスメイトたちも俺と同じく気づいたのだろう、机に突っ伏してる金次を気遣い、最低限の挨拶だけして自分の席につく。そんななかでガサツの定評がある武藤だけはしつこく金次に話しかけていたが結局金次は何も話さず、担任の先生がやってきてしまった。

 

 俺らの新しい担任は、高天原(たかまはがら) ゆとり。武偵高では珍しい、笑顔を絶やさない穏やかな性格した女性教諭で、年も22歳と若く、それでいて美人なので教師の中でかなり人気のある先生だ。

 

 教壇に立ったゆとり先生は、自分の自己紹介と「1年間よろしくお願いします」という普通の挨拶を行なったあと、

 

「うふふ。じゃあまずは去年の3学期に転入してきたカーワイイ子から自己紹介してもらっちゃいますよー」

 

 などと前置きしてクラスの自己紹介へと話を移す。

 

 ゆとり先生の言葉を訊いて自分のことだと気づいたんだろう、後ろ側の席からひとりの生徒が立ち上がり、教壇へ向う。

 

 堂々とした足取りで教壇へ向うのは、長いピンクブロンドの髪をツインテールに結わせた幼児体型の女子生徒――

 

「――神埼・H・アリア。あいつとも同じクラスだったのか」

 

 強襲科のSランク武偵であり、去年の3学期にロンドン武偵局から編入してきた99%という脅威の検挙率を誇る問題児、神埼・H・アリアだった。

 

 あることから俺は彼女に目を付けられていて、自由履修で強襲科の授業に出ると毎回のようにヤツは俺に絡んできては模擬戦しろと命令してくるので、正直言うと同じクラスにはなりたくなかったヤツだ。見つかっては面倒なので、周りの気配と同化させて自分の存在を希薄にする。これで気づかれにくくなるはずだが……もう遅いか?

 

「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」

 

 ――っ! 自己紹介もまだだというのに、そう言ってアリアが指を指した場所は――

 

 青い顔で教壇を、教壇の前に立っているアリアを見ていた遠山金次だった。

 

 アリアの発言にクラスの生徒たちは一瞬絶句して、それから一斉に金次へと視線を向け、わぁーっ! と一斉に歓声を上がった。

 

 教室を震わせるような大歓声を聞いてずりっとイスから転げ落ちる金次。

 

 俺は気配を同化させて自分の存在を隠したまま、内心で安堵する。

 

 よかった、俺じゃなくて。どうやらアリアには同じクラスだってことはまだバレてないようだ。

 

「な、なんでだよ……!」

 

 わけがわからないと金次がつぶやく。アリアに向って警戒するような視線を送るが、

 

「よ……良かったなキンジ! なんか知らんがお前にも春が来たみたいだぞ! 先生! オレ、転入生さんと席代わりますよ!」

 

 金次の右隣の席に座っていた武藤が、選挙に当選した代議士の秘書のように金次の手を握り、ブンブンと振りながら席から立ち上がった。

 

「あらあら。最近の女子高生は積極的ねぇー。じゃあ武藤くん、席を代わってあげて」

 

 ゆとり先生は何だか嬉しそうにアリアと金次を交互に見てから、武藤の提案に即OKだした。

 

 わーわー。ぱちぱち。

 

 まるで漫画やドラマのような展開にクラスの連中が拍手喝采を送る。おめでとー、金次。おめでとー。アリアはものすごーく面倒くさいぞ。がんばれー。

 

「キンジ、これ。さっきのベルト」

 

 クラスの皆と一緒になって2人を祝福していると、アリアが金次に向ってベルトを放り投げて渡していた。

 

 なぜアリアが金次のベルトなんて持ってるんだ?

 

 そんな疑問を感じていると、

 

「理子分かった! 分かっちゃった! ――これ、フラグばっきばきに立ってるよ!」

 

 俺の右隣で、金次の左隣の席でもある理子が、ガタン! と席を立った。おいバカやめろっ! 俺の存在が気づかれるだろ!

 

「キーくん、ベルトしてない! そしてそのベルトをツインテールさんが持ってた! これ、謎でしょ謎でしょ!? でも理子には推理できた! できちゃった!」

 

 ……理子、たぶんその推理はこいつ(アリア)相手には言わないほうがいいぞー……って、今さら遅いか。

 

 理子は変な踊りを踊りながら推理を披露し始める。

 

「キーくんは彼女の前でベルトを取るような何らかの行為をした! そして彼女の部屋にベルトを忘れてきた! つまり2人は――熱い熱い、恋愛の真っ最中なんだよ!」

 

 理子が教室中に響く声でぶち上げた能天気な推理を聞いて、今でも大盛り上がりだったクラスが、さらに盛り上がる。

 

「キ、キンジがこんなカワイイ子といつの間に!?」「影の薄いヤツだと思ってたのに!」「女子どころか他人に興味なさそうなくせに、裏でそんなことを!?」「キンジ×レオンはどうするのよ!」「フケツ!」

 

 新学期なのに、息が合いすぎだろお前ら。さすがバカの吹き溜まり、武偵高だな。皆バカばっかだ。

 

 あと、俺と金次をかけた女子生徒! 金次はともかく、俺にはそんな趣味なんてねえよ! ふざけんな!

 

「お、お前らなぁ……」

 

 盛り上がりまくるクラスメイトたちに金次が呆れて机に突っ伏したとき――

 

 ずぎゅぎゅん!

 

 鳴り響いた2連発の銃声が、クラスを一気に凍り付かせた。

 

 ――顔を真っ赤にしたアリアが、2丁拳銃を抜き様に撃ったのである。

 

「れ、恋愛だなんて……くっだらない!」

 

 翼のように広げたその両腕の先には、左右の壁に1発ずつ穴が空いていた。

 

 チンチンチリーン。

 

 拳銃から排出された空薬莢が床に落ちて、静けさをさらに際立たせる。

 

 理子はおかしな踊りを踊っていた途中だったらしく、変なポーズで固まっていた。そのままの体勢で、ず、ずず、と着席する。

 

 ……武偵高では、射撃場以外での発砲は『必要以上しないこと』となっている。つまり、してもいい。銃撃戦が日常茶飯事の武偵を目指す武偵高の生徒だからこそ、発砲に対する感覚を軍人並みに麻痺させておく必要があるからだ。

 

 しかし……。

 

 新学期の自己紹介でいきなり発砲したのは、コイツが初めてだろう。

 

「全員覚えておきなさい! そういうバカなことを言うヤツには……」

 

 それが、神埼・H・アリアが新しいクラス……いや、武偵高のみんなに発した――最初のセリフだった。

 

「――風穴あけるわよ!」

 

 ……理子、無言でこっちを見るな。俺にはどうすることも出来ないぞ。

 




 後々、R-18になるかも……。


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第1話   

 とりあえず書いてるところまで連投していきます。


 自分の存在をアリアに気づかれることなく、何とか午前の授業を終わらせることができた。

 

 現在はもう昼休みの時間となっており、怒涛の質問責めにあい始めた金次に同情しつつ、俺は素早くロッカーから楽しみにしていた白雪さんの手作り弁当を取り出し、学食へと向う。

 

 学食のおばちゃんにカツ丼を大盛りで頼み、料理を受け取ってから空いているテーブルに座る。弁当を包む和布のなかに入れられた箸箱から箸を取り出して、まずはカツ丼を食べ始める。

 

 うむ……。さすが武偵高が誇る学食だ。量も味も申し分ない。

 

 最後までカツ丼を味わい尽くし、食器を片付ける。もう一度テーブルに戻り、白雪さんの弁当に手を付ける。

 

「さあ、いよいよだな」

 

 本日のメインディッシュ、白雪さん特製弁当!

 

 元々は金次のために作った弁当のついで(・・・)に作られた品であるのだが、それでも美少女の手作り弁当には変わりないっ!

 

 ワクワクしながら蒔絵(まきえ)つきのフタを開けると、キラキラと輝く高級食材たちが……! ああっ、すげー美味そう! 思わず涎が出ちまう。

 

 今朝金次が食べていたものと全く同じメニューの弁当であることに、白雪さんの優しさを感じる。キミはほんといい子だなぁ!

 

 弁当に向って改めて手を合わせ、白雪さんと高級食材とまたまた白雪さんに感謝して「いただきます」と頭を下げる。

 

 ふんわり柔らかそうな玉子焼きを箸で掴んで口へ運ぶ。

 

「ああ……うめえぇぇ……」

 

 塩加減や焼加減が絶妙すぎる。こんな玉子焼き食べたら他の玉子焼きなんて食べれなくなるんじゃないかって心配になるぐらい、美味い。

 

「おお、霧島じゃねえか。ずいぶんとまぁ、美味そうな弁当だな」

 

「む? むほうか」

 

 学食のメニューにある『大盛りカレー』を抱えた武藤が話しかけてきながら、空席だった正面の席に腰掛けてきた。

 

「霧島君。僕もいいかな?」

 

 武藤に続けて眼の覚めるようなイケメン面の男が、話しかけてきた。

 

 ニコッ。

 

 と優男スマイルをしたコイツは、強襲科の不知火(しらぬい) (りょう)

 

 去年の3学期まで強襲科にいた金次とよくパーティを組んでいたクラスメイトだ。

 

 武偵ランクはA。このAにも色々あるのだが、不知火はバランスがいい。格闘・ナイフ・拳銃、どれも信頼がおける。拳銃はL A M(レーザーサイト)つきのSOCOM(ソーコム)とこちらも信頼性抜群だ。

 

 不知火はクラブサンドを乗せたトレイをテーブルに置き、俺の隣の席に腰を下ろす。

 

 ……ちなみにこの不知火だが、かなりモテる。

 

 とんでもないイケメンなことはもちろん、武偵高には珍しい人格者だからな。女子にかなりの人気がある。……一部の女子や後輩の女子にしか人気がない(この場合付きまとわれるという意味で)俺には何とも羨ましいヤツなんだが――

 

 不知火ってカノジョとか、そういうのはいないらしいんだよな。

 

 俺の同居人の金次も、白雪さんや後輩で戦兄妹の風魔っていう美少女たちに好かれてるっぽいのに、無反応どころか異性全般を避けているような素振りを見せるし……。

 

 まさか、ホモじゃねえだろうな?

 

 正直、異性を避け続ける金次に関しては前々から疑っていたが、ここにきて新たに不知火にもホモ疑惑が……。よし、これからこいつにも気をつけよう。どうか杞憂であってくれ。

 

「おまえが弁当だなんて珍しいな。しかも、めちゃくちゃ美味そうじゃねえか」

 

「ん? まあな」

 

 武藤の声に思考を中断された俺は、不知火&金次に浮かび上がっているホモ疑惑を一旦忘れることにして食事を再開することにした。

 

 ピンと立ってる米を箸で掴み、感謝しながら食べる。ああ、美味いぃぃ……。コンビニ弁当の米とはまるでものが違う。

 

「手作りみたいだね。誰かに作ってもらったのかい?」

 

 不知火の言葉に、武藤が弁当を見ながら推理を始める。

 

「見るからに高級そうな食材が使われてるとこを見ると……これ用意したの、去年おまえの戦兄妹だったあのお嬢さまだろ? あいつ、お前にだけは懐いてるっぽかったからなー」

 

「勝手に確信してるところ悪いが、はずれだよ」

 

 そもそもあのお嬢さまは弁当を作って渡すタイプではなく、高級店に連れて行って一緒に食べることを選ぶタイプだ。

 

「じゃあ、火野……はねえな。おまえが面倒見てた後輩の女子ではないとすると、同級生か年上……。かといって年上に親しい女子がいるなんて聞いたことねえし、あの理子がそんな弁当作るわけないからなぁ……」

 

 むむむ……と考える武藤。結局この弁当を作成した人間が思い浮かばず、両手を上げて降参してきた。諦めが早いな。それでは立派な探偵にはなれないぞ。まあ、運転が主な仕事の車両科ならあまり関係ないか。「乗り物ならなんでも操縦できるぜ」が売りの車両科のAランク武偵だし。

 

 俺はお茶を一口飲んでから、教えてやった。

 

「白雪さんだよ、これ作ったの」

 

「なんだ、白雪さんが作った弁当だったのか。通りで美味そ……」

 

 ん? どうし――

 

「白雪さんが作った弁当だとぉおおおおお!?」

 

「うおっ!? ど、どうしたんだよ、武藤。いきなり大声なんか出して」

 

「てめえ……!」

 

 怒りの形相を浮べた武藤が、いきなり両手で俺の胸ぐらに掴みかかってきやがった!

 

 胸ぐらへ伸ばされる武藤の手を、俺はほとんど無意識で掴んで捻り上げる。

 

「あだだだだだ……!? い、いてぇ!? い、痛いから早く……離してくれ!」

 

「ああ、すまん。勝手に体が動いちまった」

 

 パッと手を離す。

 

「けど、いきなり襲い掛かってきたおまえが元々悪いんだからな」

 

 腕を折られなかっただけよかったと思え。

 

「ぐっ……それはすまん。――って、それよりなんでおまえが白雪さんの弁当食ってんだよ!?」

 

「説明してやるからこれ以上大声を出すな、武藤。周りに迷惑だ。この弁当は今朝白雪さんから貰ったもので、キンジに渡すついでに渡されたモノなんだよ。――まっ、同居人の特権みたいなものだな」

 

 そう言って煮物を食べる。どれも美味いな、ちくしょー。

 

 俺の説明を訊いて納得したのか武藤は黙り、俺の弁当を見て――がん見してる。

 

「……欲しいのか?」

 

「――っ! いいのか!?」

 

 うわぁ……すげえ食いつきの良さ。ほぼ一瞬で反応しやがったよ、こいつ。

 

「しかし、ただではやれないな。白雪さんお手製の弁当以前に俺の昼飯でもあるから、おかず1品の代わりに……カレーじゃおかず交換もできないか。まあ、今回は諦め――」

 

「ちょっと待て! これをやる! 俺が食後のデザートに用意していた武偵高売店1番人気のデザート、ロイヤルプリン(430円)をやるから! 1品! せめてひと口だけでも食わせてくれ! 頼むッ!」

 

 ビニール袋から取り出してテーブルにドドンと置く武藤。その必死さに少し引く。どんだけ食べたいんだよ? いや、絵に描いたような優等生で大和撫子な星伽白雪さんの手製弁当だからな。欲しがって当然か。学校に存在してる白雪さんのファンならおかず1品に数万円ぐらい出しそうだし。

 

「わかったよ、武藤。どれか1品な」

 

「恩に切るぜ、親友!」

 

 涙でも流さんばかりの勢いで銀鮭を攫っていく武藤。遠慮ねえな、おい。メインじゃねえか。

 

「不知火は? おまえも食うか?」

 

「いいのかい?」

 

「ああ。クラブサンドじゃおかず交換はできねえから、あとで飲み物でも奢ってくれ」

 

「わかったよ。じゃあ、玉子焼きをもらっていいかな?」

 

「おう」

 

「ありがと」

 

 ニコッとイケメンスマイルを浮べる不知火 亮。武藤とは違い、取る前に確認するんどこういったマメなところが女子に人気がある理由なんだろう。

 

「うっんめぇええええ!」

 

「ほんとに美味しいね」

 

 叫ぶ武藤と笑顔を浮べて静かにつぶやく不知火。リアクションも対照的だなぁ。

 

 そういや金次のヤツはどうしてんだろ? まだ質問責めにでもあってんのかな? 昼休みが終わっちまうぞ。

 

「霧島……いや、レオン! もう1品! 今度昼飯奢るからもう1品恵んでくれ、頼む!」

 

 わかったからこれ以上叫ぶな、武藤。

 

 

 

 

 

 

 武偵高は午後からそれぞれが選択した科目に分かれ、訓練や授業、クエストなどを受けたりして進級や卒業のための単位を稼ぐ。

 

 俺は去年の2学期から強襲科から探偵科に転科しているため、本来であれば探偵科用の施設に行かなくてはいけないのだが、

 

「ねえねえ、レオポンレオポン!」

 

「どうした、理子?」

 

「これ! このクエスト受けよーよ!」 

 

 理子がA4サイズのプリントを両手で持って見せてくる。

 

「えーっと、なになに? ……ああ。この前逮捕されてた暴力団の残党狩りか。所属していた組員の洗い出しと強襲逮捕で、募集人数は20名。期限は今月いっぱいまで。……おい理子、おまえなんつークエストを持ってきてんだよ? 推奨武偵ランクこそA~Cって低いけど、かなり面倒臭いクエストじゃねえか」

 

「でもでも、その代わり報酬はいいでしょ!」

 

「まあ、確かにそうみたいだけどよ……」

 

 このクエストで狩らなきゃいけない残党って、かなりメンバーがいたような気がするんだよなぁ。

 

「理子とレオポンが組めばさいきょーなんだからまったく問題ないしょっ!」

 

「問題ありまくりだ。2人でこなせるわけないだろ、こんなクエスト」

 

「もー、いくら理子りんでも2人だけでやろうなんて考えてないよぉー。他に何名か集めるつもりだし、作戦も考えてるからさ。理子りんと一緒に受けよーよぉー。ね? お願いだよぉ、レオポーン」

 

 駄々っ子のように体を揺すってくる理子。おいコラ、止めろ。胸が……。おまえ、背だけはアリア並みに小さいクセして巨乳なんだから、胸が揺れたり当たったりして困っちまうじゃないか。

 

「ああもう、わかった。わかったから。受けてやるよ、そのクエスト」

 

「ほんとに!? わーい! ありがとーレオポン。愛してるぜ、こんちくしょー!」

 

「はいはい。俺も愛してる愛してる」

 

「ふふっ、そうしそーあいだね、理子りんたち」

 

 ニッコリ笑ってぐっと拳を突き出してくる理子。……おいコラ、人差し指と中指の間に親指挟むな。

 

 呆れる俺を置いて、理子はその場でくるりとターンする。ゴスロリに改造した制服のスカートの裾が捲れてパンツが見えそうになるが、見えない。……こいつ、計算でやってやがる!?

 

「じゃあ理子りんは教務科に提出してくるね! レオポンは前衛、強襲担当だからよっろしくー!」

 

「はいはい、りょーかい」

 

 うなずいた俺に理子はもう一度微笑むと、アラレちゃんのように両手を広げ、「キーン」と言いながら理子は教室から出て行った。

 

 ――さてと、じゃあ俺は自由履修の申請して強襲科の訓練施設に向うかな。

 

 自由履修を行なうための申請書を書いたり、強襲科の訓練で使用する弾薬や武器を用意するのは時間がかかるが、俺は度々自由履修を利用して強襲科で訓練してるので、申請書を書き溜めがある。武器に関しても弾薬以外問題なしだ。

 

 丁度探偵科の授業を受けに行こうとしていた、いつもよりだいぶ疲れ顔の金次に白雪さんの弁当箱を渡し、俺は強襲科の訓練施設にむか……おい、お前も俺に話があるのかよ?

 

「なあ、レオン。強襲科に行くなら神埼についてちょっと調べてきてくれないか?」

 

 女のことを調べてくれという、女嫌いだと自称し、公言している金次には珍しい頼み事だった。

 

「なんだ、キンジ。武藤が言ってたみたいに春でもきたのか?」

 

「んなわけないだろ。俺は、女嫌いなんだから。これは色恋沙汰とは全くの別件だ」

 

「……そうかい」

 

 ほんと消えねえな、こいつのホモ疑惑……。むしろ1年前より益々強くなってんじゃねえか? 夜中俺の尻を襲ってこないか心配だぜまったくよぉ……。

 

「わかった、調べといてやるよ。資料にして今週までにはまとめて渡してやるから」

 

「別に資料にしなくても口答で十分だぞ?」

 

「ま、俺もそれで十分だと思うが、今の俺は探偵科で勉強してるからな。一度パソコンの使って調べて資料作成みたいなことしてみたかったんだよ」

 

「……勉強熱心なヤツだな。素直に感心するよ」

 

「そういうおまえは不真面目だけどな」

 

「…………」

 

 俺に言われ、苦い顔で黙る金次。金次は、去年までは強襲科の生徒として一応真面目に取り組んでいたヤツだったが、去年の3学期に起こった事件がキッカケで武偵を志す気持ちをなくしてしまっている。気持ちは硬いようで、すでに武偵高から普通の学校に転校するための書類を書いて提出を待ってるぐらいだ。

 

 まっ、辞めるのは人の勝手なので俺は引きとめたり何か言ったりしないけど。

 

 金次が武偵を辞めたがる理由も、気持ちも。俺自身、わからなくはないんだから。

 

 

 

 

 

 

 教務科に自由履修の申請書類を提出して、やってきたのは強襲科の訓練施設。

 

 体育館のようなドーム型の屋根が特徴的な施設で、ここでは主に格闘術やナイフ術、模擬戦に加えて筋力トレーニングなどが行なわれている。この建物の近くには同じく強襲科の施設である射撃場や実戦形式の模擬戦ができるトレーニングルームがあり、その他にも様々な訓練施設が隣接している。

 

 俺と同じように強襲科の訓練場に向う人の波に紛れてなかへ入る。

 

「おう、浅井! まだ死んでなかったのか!」

 

「おまえこそよく生きてるな茂山ぁー! てっきりもう死んでることかと思ってたぜ!」

 

「おまえより先に俺が死ぬかよ! 知ってか? ここではマヌケから先に死んでいくんだぜ!」

 

「だったら、俺らより倉持が死ぬな!」

 

「何言ってやがる! おまえらのほうがマヌケなんだから死ぬのはおまえらだろうが!」

 

 ……ふむ。さすがは強襲科の生徒たち。いつもながら挨拶からすでに物騒だ。いたるところで死ね死ね言い合ってる。

 

 まあ、卒業時生存率97、1%の『明日無き学科』とも呼ばれてる強襲科の生徒だからな。死亡フラグに死亡フラグを重ねることで、生存フラグに変えようとしてるんだろう。

 

 俺もソレにあやかろうと見知った顔を見つけ、挨拶をする。

 

「おう不知火ぃー、まだ死んでなかったのか、おまえ」

 

「え? ああ、うん。霧島君も死んでなかったんだね」

 

 一瞬首を傾げたあと、すぐに強襲科特有の挨拶だと理解して笑顔で言い返してくれる不知火君。……なんだろう、いつもは嬉しい気遣いが今は逆に辛い。

 

「霧島君は、今日は強襲科なんだね」

 

「さっき教室で理子からクエストに誘われてな。強襲を担当することになったから訓練しに着たんだよ」

 

 まったく……。アイツのやることはいつも唐突すぎる。

 

「へえ、そうなんだ。そういえば、霧島君はよく峰さんと一緒にクエストを受けているけど、2人は付き合っているのかい?」

 

「いや、別に付き合ってないぞ」

 

「そうなのかい?」

 

 俺が否定すると、意外だと言わんばかりの表情を浮べる不知火。

 

「まっ、前衛と後衛の相性がいいからクエストはよく一緒に受けてるけどな。付き合ったりとかはないから」

 

 そう言って俺はS&W M19、通称――コンバット・マグナムをホルスターから引き抜き、改めて弾薬を確認する。

 

 安全装置は大丈夫。弾薬は……足りなくなったら購買で買えばいいだろう。

 

「ちょっとレオン!」

 

 突然背後から特徴的なアニメ声で名前を呼ばれた。この声は……

 

「神埼か……」

 

 声のほうを振り返ると、新学期始めの自己紹介で発砲するという珍事を起した神埼・H・アリアが立っていた。

 

「あたしのことは『アリア』って呼ぶよう言ったでしょ!」

 

 怒りながら、なぜか偉そうに言ってくるアリア。

 

「じゃあ、アリア。俺に何か用でもあるのか?」

 

「あんた、去年の入学試験でキンジと戦ったんですってね?」

 

「…………。……まあな。戦ったぞ」

 

「そのときのキンジはどんな感じだった? 試験の結果は? 使用してる武器や特異な戦術……ああもうっ、とにかくあんたの知ってること全部教えなさい!」

 

 いきなりなんなんだよ……。突然話しかけてきたかと思えば怒鳴り、怒鳴ったかとおもえばいきなり話を振ってきて、金次のことを訊ねたかと思えば、突然切れて命令してくる。高2で16歳なのに、オツムは見かけ通りのお子様だなぁ。情緒不安定な上に説明不足とか……。相変わらずせっかちを絵に書いたようなキャラだ。

 

「話してやるから少しは落ち着けよ、アリア」

 

 俺はなるべく優しい口調で言う。アリアは見て分かるとおりものすごく怒りっぽいので、逆に怒り返せば面倒になる。アリアと会話がしたい場合は、まずは落ち着かせることから始めなくてはいけないのだ。

 

 ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向くアリア。

 

「早く教えなさいよ」

 

 態度は変わらず偉そうで少々鼻につくが、小さな子供を相手にしていると思えば怒る気も失せる。

 

「じゃあ、まず名前から順に説明するぞ? ――遠山 金次、17歳。入学試験で強襲科のSランクを取得し、1年の3学期に探偵科へと転科。探偵科に転科してからは進級や進学に必要な単位しか取得しないため、探偵科として最低のEランク扱いとなっている。好んで使用している武器はマットシルバーのベレッタ・M92Fとバタフライナイフだ」

 

「……他には?」

 

「他に、か……。そうだな。将来性はともかく、普段はSランクを取得できるような実力者には見えないんだが。たまに……あいつは別人のように強くなることがある」

 

「――っ!」

 

 赤紫色の瞳を大きくするアリア。どうやら強くなった金次を見たらしい。これは……上手くいけば俺からアリアを離せるか? 自由履修でも訓練に付き合ってるのに、強襲科に転科しなおしてまで毎日自分の訓練に付き合えって付きまとわれてて、少し迷惑してたんだよな。

 

 俺は日本刀の確認をするように見せかけながら、平然と話を続ける。

 

「別人になったあいつは強いぞ。なにせ、俺でも倒しきれなかったからな」

 

「――っ! 嘘……。キンジってそんなに強いの?」

 

 赤紫色の瞳を大きくし、とても信じられないと訊いてくるアリア。

 

 クククク……上手くいってるようだな。

 

 思わずニヤけそうになる顔を引き締め、俺はゆっくりとうなずく。

 

 そんな俺を見てアリアは黙り込み、しばらく俯いて考えるような素振りを見せると――

 

「ねえ、レオン。キンジの家がどこにあるか知ってる?」

 

「あ? それなら探偵科の寮にあるぞ」

 

「部屋の場所は?」

 

「そこは尾行でもして自分で調べろよ。武偵なんだからさ」

 

「うっ……。わかったわよ。……あと、教えてくれて、あ、ありがと」

 

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらお礼を言ったアリア。普段からそれが出来ていれば、周りから敬遠されなくて済むんだろうがな。

 

 アリアはさっそく金次の尾行に向うつもりなのか、「じゃあね!」と言い残してアリアは訓練場から風のように走り去っていく。相変わらずの猪娘だ。前しか見えてない。

 

 俺は風に揺れるピンクブロンドのツインテールを見送りながら、

 

「……計画通り!」

 

 デスノートの主人公ばりに片手を顔にあて、悪い笑顔でつぶやく。

 

 俺の情報提供によってアリアの意識は完全に金次へ向いたことだろう! これでもう強襲科に来る度に付きまとわれて模擬戦を申し込まれるなんてこともなくなる、はずだ!

 

「霧島君」

 

「なんだ、不知火」

 

 やっとあのチビから解放されて喜んでるところなんだから邪魔を――

 

「遠山君の部屋って、霧島君の部屋でもあるんじゃなかった?」

 

「……あ」

 

 そ、そうだった。今年の初めからあいつ、強襲科から探偵科に移ってまた俺と同室になったんだった!

 

「忘れてたのかい?」

 

「……忘れてた。け、けどまあ、いくらアリアだからって尾行して部屋知ったその日に突撃なんてことはしないだろ? キンジに追い返されるかもしれないんだしさ」

 

「でも、あのアリアさんだよ?」

 

「そ、それを言われると……」

 

 マジで何を仕出かすか予想がつかない。さすがのアリアでもドアを爆破したり、発砲して乱射して部屋を荒らしたりなんてことはしないよな?

 

 …………。

 

 ……不安だ。かなり不安だ。しかし、だからといってここで俺が出て行って止めるのも無理だ。そんなことをすればせっかく金次に向っていた意識がまたこちらに向けられてしまう可能性だってあるのだから。

 

 どうしよう……。今日はホテルにでも泊まるか?

 

「レオン先輩」

 

「ホテルか……。でもキンジから頼まれた調べ物あるし――」

 

「レオン先輩っ」

 

 声に気づいて振り返る。

 

「……む? あぁ、(うらら)か」

 

 ふんわりカールがかかった長い金髪に、細く整えられた眉。猫みたいなツリ目と長いまつ毛。唇には赤い口紅が塗られており、おまけにスタイルもずば抜けてるという、文句なしの美少女、高千穂(たかちほ) 麗が立っていた。

 

 麗は1年後輩で強襲科を専攻している強襲科のAランク武偵。こいつは去年、戦徒(アミカ)と呼ばれる年上が年下に戦闘技術や武偵としての心得をマンツーマンで教え込むという制度を利用し、俺の戦妹(アミカ)だった後輩だった。

 

 麗はいつも持っている扇子を腹の前でパタパタと開いたり閉じたりしながら、こちらを見上げてくる。……普段のこいつは誰に対しても強気な振る舞いをしているんだが、今は見るからにソワソワとしていて落ち着きの無い。

 

「どうしたんだ?」

 

「れ、レオン先輩。以前、戦徒(アミカ)期間が終わるときに(わたしくし)と結んだ約束は覚えておられますか?」

 

「約束?」

 

 戦友契約が終わるときの約束ねえ……。ああ、思い出した。戦徒契約が終わっても、暇なときは強襲科の訓練に付き合うって約束してたな。

 

「ま、まさか覚えていらっしゃらないんですか?」

 

 扇子をギュッと握りながら不安げに訊いてくる麗。普段は本当に、アリアと同じぐらい偉そうなのだが、なぜか今は弱々しい。

 

 そんな麗の姿に俺は戦徒契約を結んでいた頃、よく手を焼かされたことを思い出し、ちょっとだけ意地悪をしたくなった。顎に手を当てて麗から視線をはず――

 

「なんの約束だったか……ああ、すまん。嘘だ。ちゃんと覚えてるよ。強襲の訓練つけるんだったな」

 

 ――さずにうなずく。

 

「覚えていてくださったんですね!」

 

 パアアっと明るい表情を浮かべる麗。

 

「もちろんだろ。今日は何の訓練がしたいんだ?」

 

「では射撃でお願いします!」

 

「わかった。じゃあ、強襲科の射撃場に向うぞ」

 

「はい!」

 

 いい返事を返して俺のあとに続く麗。

 

 ――ほら、これでいいだろ?

 

 意地悪するの止めたんだから、もう物陰から拳銃向けてくるなよ、麗の取り巻き隊筆頭の双子コンビたちよ。

 

 

 

 

 

 

 強襲科Aランク武偵で元戦妹だった高千穂 麗を連れて、強襲科専用の射撃訓練施設へ向った俺だが、実を言うともうこいつに教えることなんてほとんど無かったりする。

 

 不知火と同じく、麗は総合的なバランスの良さで強襲科でAランクを取得しているし、今さら俺がマンツーマンで教える必要はな……、

 

「レオン先輩。今すぐ射撃レーンを開けさせますので、しばしお待ちを」

 

「おい、ちょっと待て麗」

 

「はい? どうかなさいましたか?」

 

「一応聞いておくが、どんな方法で開けさせるつもりだ?」

 

「もちろん、コレを使ってです」

 

 万札の札束を手に微笑む麗。『それがどうかしましたか?』とでも聞きたそうだ。……教えること、まだあったな。

 

 ため息を吐きつつ、麗に言う。

 

「麗。おまえが戦徒(アミカ)だったときにも注意していたが、なるべく金の力には頼るな」

 

「で、ですが先輩。私は今までお金以外の力はあまり……」

 

 不安げな表情で見上げてくる麗。俺は麗の頭に手を置いてポンポンと優しく撫でる。そして、幼い子供に言い聞かせるようにつぶやく。

 

「これまでおまえが金の力を上手く使って自分の生活を築いていたことは知ってる。――けどな。いつまでも金の力ばかり頼っていたらダメだろ? 金の力ばかり頼っていて、いざ金の力で解決できない状況に陥った場合、今みたいに戸惑っていたら何もかも手遅れになるかもしれないし、この国のことわざにもある通り、『金の切れ目は縁の切れ目』なんて状況になった場合、困るのはお前自身なんだから。なるべくでいいから、金の力以外の方法で解決することを覚えよう、な?」

 

「……はい」

 

 俺の話を分かってくれたか、素直にうなずく麗。

 

 自分より格下だと定めた相手には見下した態度を取って偉ぶる麗だが、年上や自分より上と定めた相手には素直で礼儀正しい子だったりする。

 

 麗の頭から手をどけてやると、麗は深呼吸を2回繰り返し、射撃レーンに視線を向ける。端から端まで見て――キラッと目を光らせる。

 

 ハイヒールで床を鳴らしながら、まるでランウェイを歩くファッションモデルのような優雅さと気品を漂わせながら、使用されている射撃レーンのひとつに向かう。丁度弾切れで新しいマガジンを取り出そうとしていた女子生徒に向って――、

 

「そこのあなた。私にその場所をお譲りなさい」

 

 愛銃であるスターム・ルガーのスーパーレッドホークを向けながら麗はそう言い放った。

 

「……え? ええっ!? い、いきなりなんなんですか!?」

 

 案の定、射撃訓練中に後ろから突然銃をつきつけられた女子生徒は麗に困惑している。取り出したマガジンを銃に装填することも忘れ、銃を両手で抱きしめて震えていた。

 

 そんな女子生徒の姿に麗のもうひとつの悪クセが出てしまったようで、

 

「あら? 聞えなかったの? 私は、その場所から『どけ』と命令したのよ」

 

「な、なんで? ここはあたしが使ってる場所で……」

 

「そんなこと知ってるわ」

 

「だったら他の場所でも……。今はあたしが訓練してるんだから」

 

「訓練? 一体なんの訓練をしていると言うのかしら? 少なくとも私には壁に向って撃っているようにしか見えなかったわ。もしかして的に当てない訓練をしていたのかしら?」

 

「う、うううぅ……」

 

 ぎゅっと拳銃を握りしめて俯く女子生徒。麗はそんな女子生徒のようすを上から見下ろし、ニヤニヤと、何ともサディステックな笑みを浮かべている。

 

 はぁ……。

 

「おい、麗」

 

「――はっ! せ、先輩っ! も、もう少しお待ちください! 今すぐこの子をどかして――」

 

 もう一度女子生徒に愛銃のスーパーレッドホークを向けようとしたところで止める。親猫が小猫の首根っこを噛んで持上げるように、首の後ろの襟を掴んで自分の近くに引き寄せる。

 

「なんで金以外の方法が脅迫になるんだ? まぁ、強襲科の生徒らしいけどよ。せめてそれは最後の手段にしとけ」

 

「す、すみません……」

 

 しゅんとして謝る麗。わかったなら、その物騒な拳銃はしまってくれ。

 

「あ! レオン先輩!」

 

 射撃訓練中に突然麗に絡まれたかわいそうな女子生徒が俺の存在に気づいたようだ。顔を上げてこちらを見て――

 

「ああ、間宮だったか」

 

 高1にして低身長(しかもアリアより低い)で幼児体型。茶髪を白いリボンでツインテールに結った、強襲科所属のEランク武偵、間宮あかり。

 

 あー……こいつが麗に絡まれた理由、わかっちまったよ。麗の好みにぴったりだもんな、こいつって。

 

「すまないな、間宮。このおバカが迷惑かけちまって」

 

「おバカ!? 先輩っ、私はおバカなんかじゃ……」

 

「いや、おまえはおバカだ。いきなり銃をつき付けて脅迫するようなヤツをおバカと呼ばないで他になんと呼ぶんだ?」

 

 むしろ『お』を付けてやってるところに感謝して欲しいところだ。

 

「うっ……」

 

 言葉につまる麗。まったく、こいつは……。アリアに似てクセのある思考回路と性格を除けば文句なしのAランクなんだけどなぁ。

 

「ほんとにすまなかったな、間宮」

 

「え……あ、はい。あたしもあんまり気にしてないから大丈夫です」

 

「そうか。そう言ってもらえると俺も助かるよ」

 

 麗の襟を掴んでいないほうの手で間宮の頭を撫でる。相変わらず小学生みたいに小さいから頭を撫でやすいな。

 

「うー……子供扱いはやめてくださいよ、先輩」

 

 文句を言いつつも頭を好きに撫でられる間宮。俺は撫でるとき、毎回こいつのアンテナみたいなアホ毛を直そうとするが、間宮のアホ毛は形状記憶合金でも出来ているかのように一瞬で元に戻る。これをむしり取ったら闇落ちでもするんだろうか?

 

 ああ、それと間宮。子供扱いされたくないならもう少し色々発育させような。今のままじゃ小学生にしか見えないから。……コラ、麗。気づかれないと思って拳銃に武偵弾をつめるな。1発百数十万の炸裂弾なんて、撃たれ相手はトマトにみたいになって即死するぞ。

 

「レオン先輩、今日はこっち(強襲科)なんですか?」

 

「ああ。今月いっぱいまでのクエストで強襲を担当することになったからな。クエストが終わるまでは強襲科で訓練を受けるつもりなんだ」

 

「そうなんですか? だったらあの、また訓練に……」

 

 間宮が言おうとしたところで、麗が叫ぶ。

 

「何を言ってるんですか、あなたは! 先輩は私のです! そもそも射撃訓練で碌に当てることもできていないのに何をおっしゃってるんだか」

 

 扇子を開いて口元を覆い隠し、見下した視線で上から見下ろす麗。様になってんな、おい。

 

「つーか、誰がおまえのだよ?」

 

「それは当然霧島レオン先輩がですわ。何せ私の戦兄(おにいさま)なんですから!」

 

 背を後ろに反らし、バン! と言い放つ麗。続けて『おー、ほっほっほっほ』とでも高笑いしそうないきおいだ。

 

「お兄さま!? この人ってレオン先輩の妹なんですか!?」

 

 ビックリしてマガジンを落とす間宮。俺は床に落ちたマガジンを拾って渡してやりながら言う。

 

「落ち着け間宮。こいつが言ってるのはあくまで戦友契約上での話だ。俺に妹は最初から存在してねえよ」

 

「ええっ!? 先輩の戦妹ってこの人だったんですか!?」

 

 ……なんでまた驚いてんだよ、間宮。まぁ、こいつは去年の途中から編入してきた元一般中(ぱんちゅー)出身者だからな。戦妹がいると知ってても誰かは知らなかったんだろうが……

 

 俺と麗に交互に見ながら、顔を引きつらせるな。

 

 言いたいことがあるなら聞いてやるから。

 

 とりあえず、このままでは麗の印象は最悪以外のなにものでもなくなるので、元戦兄としてフォローをしておく。

 

「改めて紹介すると、こいつはお前と同じ高1で強襲科を専攻してる高千穂 麗。見ての通り性格にクセがあるヤツなんだが、根はいいヤツだからできれば仲良くしてやってくれ」

 

「あたしと同じ1年……」

 

 ……間宮の視線が麗の体に向けられてるがそこは気づかないフリをしよう。世界の理不尽に負けるな、間宮。頑張れ、間宮。今は30cm以上の差があるが、いつかは縮まってくれるさ。あ、牛乳飲んでも大きくならないから気をつけろよ? 飲みすぎは腹壊すからな。

 

「麗。こいつは間宮 あかり。元一般中出身で去年編入してきた強襲科を専攻してる武偵だ。見てくれは幼児……いや、小さいがこれでも立派な16歳だ。インターンの生徒じゃないから間違えるなよ」

 

「ええ。わかりましたわ」

 

 わざわざ胸を強調させてうなずくな。谷間を見せ付けてんじゃねえよ。間宮がかわいそうだろがっ。

 

「……先輩? その紹介の仕方は酷いんじゃないですか?」

 

 ゴゴゴゴゴゴ……。

 

 ニコニコ笑顔を浮べたまま、背後から怒気を放つ間宮。……ふむ。豊満なスタイルを見せ付ける麗の態度もあれだが、確かに俺の紹介も悪かったな。

 

「すまん。今度好きなだけ奢ってやるから許してくれ」

 

「えっ! ほんとですか!? なら許しちゃいます!」

 

 わーい、おごりだー! なんて大喜びして間宮は飛び跳ねる。毎回思うが諜報科の風魔並みに安いヤツだよな、お前って。

 

「フフフフ……」

 

 ……おい、麗。そのサディステックな笑顔は止めろ。そのうちR指定されるぞ。

 

 間宮の容姿や子供のような思考回路に高千穂 麗の悪癖、チビ専のサディストが誘発しやがったな。

 

 間宮ぁー、これから麗には気をつけろよ。陰険なイジメこそしないが、正面からなら堂々とイジメてくるからな、こいつは。

 

「じゃあ、俺たちはこれで行くな。射撃訓練の邪魔して悪かった。訓練には今度付き合ってやるから」

 

「はい! ありがとうございます」

 

 ニッコリ笑顔で頭を下げてくる、間宮。1回メシを奢るだけで喜びすぎだろ。まあ、常に兵糧が不足してる間宮家なら分からない話でもないけど。

 

「麗。行くぞ」

 

 麗の制服の襟から手を離して振り返る。麗は「はい」とつぶやいてぴったりと後ろについて歩きだす。

 

 歩きながら、後ろを振り返らずに話しかける。

 

「射撃レーンがいっぱいだから、今日のところは諦めろ。射撃の訓練以外の訓練なら何でも付き合ってやるからよ」

 

「何でも!? で、でしたら先輩。ぜひ私の自宅でCVRの実技を……」

 

 恥ずかしそうにつぶやきながら、後ろから制服の袖を掴んでくる麗。そんな麗に対して俺は長いため息を吐く。

 

 こいつが言ったCVRとは、諜報科でも手こずるような相手にハニートラップを仕掛け、潜入調査したりする、一定の基準を超えた美少女だけが専攻できる科目であり、麗は優れた容姿と天性の女王様(この場合、SM嬢のこと)の素質の持ち主であるため、以前スカウトされたことがあった。

 

 その CVR (ハニートラップ)の実技の訓練したいということはつまり……あれだ。思春期真っ盛りの高校生男子が泣いて喜ぶエッチなことを訓練という言い訳で体験することが出来るわけなんだが……

 

「冗談でもそういうことを言うな、麗。いくら戦妹だったからって、しまいにはマジで襲うぞ」

 

「それこそ大歓迎ですわ!」

 

 無言でチョップを落とす。

 

「わったい!?」

 

 チョップされるとは思ってなかったのか、麗の口から鳥取弁が漏れた。確か『わったい』って驚いたりしたときに使う方言だったよな?

 

「う~……何するちゃぁ」

 

 頭をさすりながら抗議してくる麗。語尾に『ちゃ』や『だっちゃ』とか付けるのも鳥取のなまりらしい。個人的にはお嬢さま口調よりも方言使ってるときのほうがかわいらしくて好きだったりする。麗自身は田舎臭くてお嬢さまっぽくないから滅多に使わないけど。

 

「もう俺が決める。……確か、2階の徒手格闘専用の訓練場が空いていたはずだから。今日のところは組み手するぞ」

 

「う……。徒手格闘のみでの組み手ですか……」

 

 嫌そうな顔をする麗。ここまであからさまに嫌な顔されると逆にイジメたくなるよな。 こいつ (サディスト)じゃなくても。

 

「強襲科で1番お前が苦手なことだからな。苦手克服のために訓練つけてやるよ」

 

「うう……ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 徒手格闘の訓練を終えたあと。

 

 訓練の疲れから訓練場の隅に座りこんでいる麗に、強襲科の施設内にある休憩所に設置されてる自動販売機で購入したスポーツドリンクを渡す。

 

 大きく呼吸を繰り返しながらも、ちゃんとお礼を言ってからスポーツドリンクを受け取った麗。キャップを開けようとして――

 

「あ……」

 

 どうやら上手く手に力が入らないようだ。

 

「ほら。開けてやるから貸せよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 スポーツドリンクを受け取り、キャップを開けて再び手渡す。ゴクゴクと喉を鳴らしながら喉を潤していく麗の側で、自分用に買ったスポーツドリンクを飲む。……俺のは麗とは違う、新発売のスポーツドリンクだが、酷い味だった。よくよくラベルを見てみると……武偵高の救護科と装備科が一緒に作成したオリジナルドリンクだった。しかも試供品。真っ黒な背景に赤文字という個性的なラベルのスポーツドリンクだったから買ったが、失敗してしまったようだ。

 

 味は酷いものだが、残すのも勿体無いので我慢して一気に飲み干す。……うげぇ。まじぃ。

 

「そういえば、先輩」

 

「……なんだ、麗」

 

「先輩が受けたというクエストとは、いったいどのような内容のものなんですか?」

 

「あー……あまり詳しくは言えないが。ある暴力団の残党狩りだよ。推奨ランクはA~Cの」

 

「A~C……」

 

「ああ、そういや麗は強襲科でAランクの武偵だったよな。おまえも受けてみるか?」

 

「わっ! いいんですか!?」

 

「一度、大規模作戦を経験しておいて損はないからな。おまえのいい勉強になるはずだし。もし受けるなら明日にでも用紙を持ってきてやるぞ」

 

「はい! 受けます!」

 

 深く考えもせずにうなずいた麗。常に警戒心を持たなければいけない武偵としては減点ものの対応の早さだが、まあいいだろう。

 

「じゃあ、今日のところはこれで終わりだな」

 

「はいっ、ありがとうございました! レオン先輩」

 

 ……ほんとに各上だと定めた相手にだけは礼儀正しいんだよな、こいつって。

 



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第2話

 日が沈み始め、下校時刻からだいぶ時間が経った武偵校。今日が始業式だったこともあり、校舎に残っている生徒の姿はほとんど見られない。

 

 そんな無人に近い武偵高の強襲科の施設に存在する、映画のセットのようなものが組まれた訓練場で、男が女を組み敷いていた。

 

 男は女の下腹辺りにドガッと腰を下ろし、両脇の下に足の裏を押しつける。

 

 両脇の下に足を挟まれていることで、満足に腕を動かすことができず女は歯噛みする。鋭い犬歯をむき出しにしながら怒気を込めた眼光で男を睨みつけ、顔とは逆に冷静になった頭で男の下から脱出する方法を考える。

 

 愛銃でたるS&W M500は男によってすでに奪われ、訓練場のどこかへ投げ捨てられた。

 

 自分の最大の武器である自慢の怪力と培ってきた格闘技術は、男には通用しない。

 

 腕も足も封じられ、武器もない。

 

 そんな自分に対して、男の手にはコンバット・マグナムが一丁、弾薬を残して握られている。

 

 誰の目から見ても女より男のほうが有利な状況にあることは明らかだ。有利な状況から生まれる油断を上手く利用し、状況を打開しようと考えるが、男に油断は全く無い。

 

 静かに引き金を引き、女の眉間目掛けて銃口をつき付ける。

 

「クソがっ!」

 

 このまま何もせずには終われない。女は豪快に悪態をつきながら両足に力を込めた。コンクリートで出来た地面を自慢の怪力使って蹴りつけ、その反動によって腹の上に乗った男を強引にどかそうとするが……

 

「くっ……」

 

 ――巧みな体重移動によって勢いを完全に相殺される。

 

 最後の賭けも徒労に終わり、女は大きく息を吐く。男の銃口は完全に自分の額に標準が定めらている。もはやこの状況下で銃弾を避けることは不可能に近い。

 

「ちっ。…………。……あー……まいった。降参だ」

 

 苦虫を踏み潰したような何とも嫌そうな顔でつぶやく女。そんな女の顔に銃口を向けたまま、男は訊ねる。

 

「以前のように嘘とかじゃないですよね?」

 

「……今さら嘘なんかつくかよ」

 

 吐き捨てるようにつぶやいた女。しかし以前、負けたと宣言したあとに「油断してんじゃねーよ!」と背後からブレーンバスターを受けたことがある男――霧島 レオンからしてみれば、イマイチ信用できない。

 

 まったくもって信用できないのだが……、

 

 相手は仮にも教師。

 

 19歳と17歳という2歳ほどしか離れていないが教師である蘭豹(らんぴょう)に言われれば、自分は素直に銃を下ろし、上からどく以外に選択肢は無い。

 

 せめて油断だけはしないよう気をつけながら、蘭豹の上から立ち上がってホルスターに拳銃を収める。

 

「あー……クソッ。これで94戦8勝76敗12分けかよ。教師が生徒に負けっぱなしとか、マジでへこむじゃねえか」

 

 レオンの拘束から解放された蘭豹は手足を地面に投げ出し、大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 強襲科担当の先生である蘭豹との模擬戦を終えた俺は、模擬戦の最中に奪って投げ捨てた蘭豹の愛銃であるS&W M500を回収し、未だに地面に仰向けになって休んでいる蘭豹の元へと向った。

 

「先生、どうぞ」

 

「おう」

 

 俺から拳銃を受け取った蘭豹は、それをホルスターに収め、飛び上がるように地面から起き上がる。首を振ってゴキゴキと音を鳴らし、腕を組んで全身のコリを解すように腕を真上に上げる。

 

「んー……」

 

 その状態で気持ち良さそうに蘭豹が息を吐くと、黒のタンクトップに包まれた巨大な双球が強調され、

 

「……はぁ」

 

 腕が解かれるのと同時にブルンと上下に跳ねる。

 

 さすが教務科の巨乳三人衆のリーダー、蘭豹。ものすごい重量感だ。正確なバストサイズこそ不明だが、あの大きさからいってEは堅い。しかも蘭豹の服装がヒョウ柄のジャケットに黒のタンクトップという組み合わせで、おまけに汗をかいてるから、肌に服が張り付いてこれがまた何とも……。

 

「おい、なにガン見してやがんだよ?」

 

「いえ。俺は別に何も見てません」

 

 蘭豹の胸から顔を逸らす。前もって買っておいたスポーツドリンク(普通)を2本取って、片方を蘭豹に渡す。

 

「ちっ。酒じゃねえのかよ」

 

「未成年が酒を買えるわけないでしょう」

 

 つーか、いい加減酒を控えたほうがいいんじゃないか、あんた。強襲科の訓練中でも酒瓶片手に飲みながら指導したり、アルコール中毒に……は、もう手遅れか。

 

 蘭豹はスポーツドリンクを半分まで煽ると、残りを頭の上からぶちまけた。黒の混じった赤髪から滴る水滴を顔を振ることで飛ばし……

 

「あの、せめて俺がいないところでしませんか? スポーツドリンク混じりの汗がかかりまくってるんですけど」

 

「ハッ、おまえにはご褒美みてぇなもんだろ」

 

「汗をぶっかけられて喜ぶ特殊な趣味はないです。ていうか、透けて見えてますよ、色々と」

 

 顔を逸らしながら蘭豹の体を指を指す。スポーツドリンクにより、さらに水気を含んだ黒のタンクトップから浮かび上がるレース状の模様。薄い生地で出来ているようで、注意して見てみると乳首の位置が勃起で分かる。おいおい、結構エロい下着穿いてんなぁ。

 

 そんな俺の指摘に普通の女子だったなら胸を隠して怒ったり、恥ずかしがったりするんだろうが、目の前の女は普通とはかけ離れた存在だ。むしろ俺に見せ付けるように胸を張り、ニカッと男前な笑みを浮べてアームロックを仕掛けてくる。

 

「ハハハハ、うるせぇんだよ、このクソ童貞っ!」

 

「ら、蘭豹先生、苦しい……以前に胸が当たってますって。あと童貞とか言わないでくださいよ」

 

「ああん? 童貞を童貞って呼んで何が悪いんだよ」

 

「ぐっ……。俺だって好きで童貞でいるわけじゃ……」

 

「より取り見取りのクセしやがって。意気地がねえのか、おまえは」

 

「は? より取り見取り?」

 

 ぐぐぐ……と締め上げられる。顔に押し付けられてる感触は最高だが、ベルトが邪魔だ。いや、服が邪魔だ。やるんだったらせめて素っ裸でやって欲しかった。下着姿でもうれしい。

 

「おまえの元戦妹はもちろん。よく面倒見てる強襲科の後輩たちに、強襲科1番の問題児でチビガキの神埼。探偵科の峰とより取り見取りじゃねえかよ」

 

 蘭豹はセクハラ親父のような下品な笑みを浮かべ、拳を頭にぐりぐりと押し付けてくる。

 

「戦妹に手を出せるわけがないだろっ。後輩たちもただの後輩だし。理子は……好みだけどそういう関係じゃねえし。アリアなんて端から候補にねえよっ!」

 

「酷いヤツだな、おい。……あー、そーいやおまえって巨乳好きだったもんなぁ?」

 

「……いや、それだけの理由じゃないデスヨ? 性格とか立場とかで神崎さんはNGなだけで。決してぺたんこだからって理由じゃないです」

 

「ハッ。下らねえ嘘ついてんじゃねーよ、霧島。単なる巨乳好きだからダメなだけだろ。現に今もあたしから逃げようともしてねえし。美人のお姉さんに乳押しつけられてうれしーんだよなぁ、おい? ほれほれ」

 

「……否定は、しない」

 

 いや。むしろ肯定しよう。汗で濡れしたタンクトップとブラ越しの乳押し付けられるとか、サイコーっスよ! ランラン!

 

「見境の無いヤツ。これだから童貞は……」

 

 童貞は関係ない。男なら誰だって喜ぶはずだ。……金次や不知火みたいなホモじゃねえ限り。

 

「わざわざ『なごじょ』に送ってやったのによぉ。まったく成長してねえじゃねえか」

 

 やれやれだぜ、とため息を吐く蘭豹。

 

『なごじょ』とは名古屋武偵女子校の略称で、武偵を志望の女子が集まる女子校。そこは軍人養成校なんて呼ばれ方をしていて、所属する生徒の9割が強襲科という、日本一物騒な女子たちが集まる女子校である。

 

 去年俺は教務科からの依頼で、なごじょへ戦闘訓練の教導へ行かされたんだが……

 

「勘弁してくださいよ……。あそこ、本当に大変だったんですよ……」

 

 依頼である戦闘訓練の教導自体は問題なかった。あちらの強襲科の先生と事前に話し合い、Sランク武偵の実力をわからせるのと、強大な敵を相手にどう立ち向かえばいいか考えさせるために模擬戦することを決めていて、模擬戦でもきちんと強襲科の生徒全員を倒し、個人個人で問題点や改善点を教えたから、教導自体には何も問題がなかったわけなんだが……、

 

 そのあとに、問題が起こったんだ。

 

 名古屋武偵女子校に存在する校訓。

 

 ――第8項、『他者の下に敷かれる事まがりならず』

 

 ただし、例外として16項、『配偶者の下になら敷かれてもやむなし』

 

 中学までアメリカの武偵局に所属し、世界各地を飛び回っていた俺は、そんな校訓が名古屋女子校に存在する事なんて知るわけもなく、

 

 強襲科の模擬戦に参加した生徒たちを全員、完膚なきまでに倒してしまったんだ……。

 

 その結果――俺は……『なごじょ』の生徒たちから何度も同じような告白されることになった。

 

 その告白を簡単に表すと、

 

 私、負けた。

 

 お前、勝った。

 

 お前、強い。

 

 私、自分より強い相手と結婚する。

 

 嫁にしろ。

 

 …………。

 

 あいつらは現代に蘇ったアマゾネスなのだろうか? いくらなんでも男に飢えすぎだろう。武偵校でも変人率・危険度共にナンバーワンを誇る強襲科の生徒が9割もいるせいだろうか? はたまた女子校という環境がそうさせるのか?

 

 最初の教導で生徒たちを伸してから、クエストが終わるまでの2週間。俺はずっと襲撃され続けた。心休まる時間なんて存在せず、用意されたマンションにも度々強襲かけられて。突如スタングレネードと煙幕弾をぶち込まれ、ゴムスタン弾を装填した拳銃を乱射される。通学途中には不良漫画ばりに待ち伏せされて、突然のエンカウントバトルが始まり、昼食や休憩時間ですら隙を見つければ襲ってきて。

 

 最後のほうでは、俺に自分の力を認めさせた者が、俺『を』嫁にできるルールがなごじょの間では出来ていたようで、ものすごーく大変だった。

 

「なごじょの制服は過激だからな。相当いい思いしてたんじゃねえのか」

 

 豪快に笑いながら訊ねる蘭豹。……まあ、確かにいい思いはしたよ、視覚的にはな。なごじょの制服は半制服というか、『弾丸なんて端から当たらないぜ! だから私には防弾制服なんて必要ないんだぜ!』とかいう、ものすごい精神理論でヘソだし&超ミニスカが普通だし。そりゃあ、いい思いもするだろう。特にC以上の胸となると、少し動いただけで丈が異様に短いセーラー服やミニスカートの下から下着が覗けるんだから。健全な男子高校生なら、喜ばないわけがない。

 

「……突然強襲かけられたりしなければ、もっと素直にうなずけていたんですけどね」

 

 魂まで抜けていってしまうかのような長いため息を吐く。あの100人を超える女生徒たちから求婚という名の襲撃されていた状況のなかで誰かを気に入り、俺がサルのように何も考えず生徒に手を出していれば……あれだぞ。色んな人の血の雨が降ること確定してるだろ。ひとりを選んだ場合でも物騒なキャットファイトが始まることは違い無しだし、むしろ手を出せない状況で迫られて苦しんでいたよ……。

 

 ――と、少々名残惜しいがそろそろ抜けるか。蘭豹の腕をタップして、外してくださいという意思表示を行なうと、蘭豹はあっさりとアームロックを解いてくれた。

 

 俺は立ち上がって制服のシワを伸ばし、ネクタイを直す。赤い髪をいつのもポニーテールにセットしなおしている蘭豹に向い、頭を下げる。

 

「今日はありがとうございました」

 

「いいってことよ。生徒の訓練に付き合うのがあたしたち先生の仕事だからな」

 

 そう言ってくれる蘭豹。だけど、それでも俺はあなたに感謝する。世界的に、人類的に規格外の部類に入ってる俺の戦闘訓練に付き合える数少ない人間だから。

 

「さてと、じゃあシャワーでも浴びにいくか。結構汚れちまったし」

 

「そうですね」

 

 蘭豹に同意して模擬戦場から出る。強襲科の施設に設けられた大浴場……は、時間的に使えないので、シャワールームのほうへ向う。 

 

「……おい、霧島。まさかとは思うが、あたしと一緒におまえもシャワー浴びる気か?」

 

「? そうですけど。それが何か?」

 

 入ったらダメなのか? 俺だって汚れたまま帰りたくないんだが……。

 

 俺の一歩前を歩いていた蘭豹が顔だけを振り返えさせる。苦虫を踏み潰したような苦い顔で、こっちを見てくる。

 

「何か?」

 

「……ちっ、なんでもねえよ。それより、あたしに何かしようとしたらブッ殺すからな」

 

 ガチャっと愛銃を抜いて見せてくる蘭豹。……何をしろってんだよ。

 

 とりあえず両手をあげて降参の意を示す。俺の気持ちが伝わったのか、蘭豹は愛銃をホルスターへしまい、歩き出した。

 

 男女別に別れたシャワールーム。女性用の扉に手をかけた蘭豹に続いて、俺も隣にある男性用の扉に手をかける。……おい、なんでこっちを見てるんだよ、蘭豹。

 

「なんだ、一緒に入らないのか?」

 

 手をかけたまま訊ねてくる蘭豹。……一緒にって、そういう意味なのか。

 

 俺は内心で小さくため息を吐き、蘭豹に言う。

 

「何もできないんでしょ?」

 

「…………」

 

 おい蘭豹、そこで沈黙するなよ。怖いだろ。

 

「……もしかして。何か(・・)していいんですか?」

 

 この場合の『何か』って、あれだよな?

 

 ギャルゲでいうところの覗き。

 

 エロゲでいうところの教師と生徒の背徳青姦セックス。

 

 おいおい、いつの間にフラグ立ったんだ? まさかの蘭豹ルート突入か? しかもこんなエロゲみたいな展開で。

 

「――なわけねえだろうが」

 

 まァ、そうですよねー。そんなうまい話があるわけがない。ほら、もうわかったから銃を仕舞おう、な?

 

「まったく、おまえは……」

 

 やれやれだと息を吐き、シャワールームの扉を開ける蘭豹。

 

 このすぐに拳銃を抜いたり暴力を振るう蘭豹だが、巨乳美人教師というカテゴリにいながら19歳と若いので、強襲科の一部男子にはかなり人気があったりする。個人的にクセのある赤毛をポニーテールにしてるところもポイントが高い。

 

「……蘭豹と一緒にシャワー浴びるなんてことになったら、性欲抑えられる自信ないからな」

 

「――っ」

 

「かなり惜しいけど、我慢するさ」

 

「…………」

 

 自分にそう言い聞かせ、俺はシャワールームのなかへ入った。

 

 

 

 

 

 

 時間も遅いので手早くシャワーを浴びて外に出ると、まだ蘭豹はシャワーを浴びているようだった。

 

 ……あれ? 風呂は長い割りに、シャワーはいつもカラスの行水かってレベルですぐ浴びて出てくるのに。

 

 小さな疑問を抱きつつ、このまま帰るのも悪いのでシャワールームの前に設置されたベンチに座って蘭豹を待つ。

 

 ケータイを取り出して、今朝届いていた周知メールを読み返す。

 

「『武偵殺し』の模倣犯が武偵を襲撃ねぇ……」

 

 周知メールの内容は『武偵殺し』に対する注意喚起だった。

 

 ちなみに『武偵殺し』とは連続殺人犯の呼び名で、その名の通り、武偵を狙って殺す犯罪者。そいつはターゲットが乗った乗り物に『減速すると爆発する爆弾』を仕掛けて自由を奪い、遠隔操作でコントロールしながら武偵がどう動くのかを見ながら殺すという方法を好んで今まで犯罪を繰り返していた。

 

『武偵殺し』の犯人は捕まったというニュースが流れていたが……冤罪らしいんだよな、どうにも。

 

 犯人(?)にかけられた刑罰とか、異例の刑期だとか。証拠もそこまでそろっていたわけでもなしに刑務所にぶち込まれてすぐに終身刑確定は、客観的に見て明らかにおかしい。アリアも冤罪だと声を大にして叫んでいたし、俺が世界でもっとも信用してる探偵も『冤罪』だと断言していたからな。

 

「だとすると、こいつは模倣犯じゃない可能性もある。犯行時刻は朝の8時前後?」

 

 8時前後……。被害者を含めて怪我人もなし。狙われた生徒は武偵高の2年生。

 

 この条件に当てはまってるヤツを、俺は知っている。

 

 始業式に出席せず、机に突っ伏していた、あいつ。

 

 そういや、爆薬と硝煙の臭いしてたなぁ。

 

 アリアも、よく思い出してみるとあいつも始業式には出ていなかった。

 

 周知メールには、被害者を同じ武偵高の生徒が救出したと書いてある。

 

 探偵科に転科して約10ヶ月。ちょっとはマシになったオツムが答えを導き始める。

 

「……被害者はキンジ。キンジを救出したのがアリアってことなのか? だけど、それだけなら今朝と俺にキンジのことを訊ねてきたアリアの態度に説明がつかない。アリアがキンジに興味を抱いた理由……」

 

 目を瞑って壁に背中を預け、推理を深めていく。

 

 アリアは、パートナーを求めている。

 

 Sランク武偵の自分と吊りあうような、自分と周りとの架け橋になれるようなパートナーを。

 

 イ・ウーという、世界でも名の知れた国際犯罪者集団を逮捕するために、パートナーを探している。

 

 そんなアリアが、探偵科Eランクの金次に興味を持った理由。

 

「キンジを救出したあとに、キンジが別人のように強くなったのか? そしてそこでキンジの強さを知ったアリアが、キンジに興味を持った」

 

 そう考えればアリアの行動に説明がつく。今朝の自己紹介の前にアリアが金次に返却したベルトも、あいつらが今日の朝に出会ったのを照明している。

 

 ――謎はすべて解けた!

 

「けど、だからどうだっていう話だよな……」

 

 頭は大人、体は子供の少年探偵なら、ここで一筋の閃光と共に推理を披露したんだろうが、あいにくと今は蘭豹ぐらいしかいない。蘭豹相手に推理を披露したところで、強襲科担当教諭である蘭豹は褒めてくれないどころか「強襲科に帰ってこいやっ!」などと怒るのが目に見えている。

 

 そもそも推理してわかったからといっても、どうということはない。金次とは同室なんだから直接訊ねればいい話だし。

 

「はぁ……」

 

 まあ丁度いい暇潰しにはなったか。目を開けて前を向くと、丁度蘭豹が出てきたところだった。

 

 首にタオルをかけた蘭豹が、こっちをみて驚いたような顔をする。

 

「まだいたのかよ、おまえ」

 

「……先に帰らなかったことを喜んでくださいよ」

 

「ちっ……」

 

 なんで毎回のように舌打ちするんだ、この先生は……。

 

 小さくため息を吐いてベンチから立ち上がる。

 

「じゃあ、帰りましょうか」

 

「……そーだな」

 

 うなずくが歩き出さない蘭豹。先に俺が出口へ向って歩き始めると、蘭豹は俺のあとに続いて歩き出した。

 

 ……いつもは前を歩くのに、なんで今日は半歩後ろを歩いてるんだ?

 

 

 

 

 

 

 武偵高前から出る最後のバスに乗り込み、探偵科の寮へと帰ってきた俺は、近くのコンビニで夕食を購入してから自宅へ向う。

 

 マンションの玄関ロビーを過ぎてエレベーターに乗り、上へと昇る。自室がある階に到着し、エレベーターの扉が開くと、

 

「あっ」

 

 巫女さんがいた。ぱっつり切りそろえられた前髪に、艶やかな黒髪。ぱっちりした瞳に整った顔立ちの。

 

「霧島くん。おかえりなさい」

 

「あ、ああ……」

 

 俺にぺこっと頭を下げて挨拶してくる巫女さん。って、白雪さんかよ。そういえば今朝、金次と「よろしくやれよ」って発破かけてたなぁ。こんなすっかり遅い時間に帰る途中ってことは――、

 

「少しは進展した?」

 

「――っ! ……そ、それがね。私、授業で遅くなっちゃって……キンちゃんにお夕飯届けたかったから、着替えないで来ちゃって……。で、でも、キンちゃんは着替えなくてもいいって言ってくれてね。それで、今朝出てた周知メールの自転車爆破事件に巻き込まれたのがキンちゃんなのか心配になって聞いてみたら、やっぱりキンちゃんが巻き込まれてて、手当てしようとしたら怪我してないからいらなって言われて、キンちゃんを巻き込んだ犯人は八つ裂きにしてコンクリ……じゃなくて、逮捕するの!」

 

 ……え? 何? 何だって?

 

 金次は巫女服のままのほうがいい以外、ほとんど聞き取れなかったんだけど……。

 

「と、とにかく。白雪さんは今着たばっかりなんだね?」

 

 それで相変わらず進展もなかったと。

 

「あ、うん。そうだよ。……ご、ごめんね、霧島くん。せっかく2人っきりしてくれたのに」

 

「別に気にしなくてもいいよ、白雪さん。俺の分まで朝ご飯作ってもらったんだし。いつもこれぐらいの時間に帰ってるからさ」

 

「それでもありがとう、霧島くん」

 

 腰を折って丁寧にお礼を言ってくる白雪さん。そこまで畏まられると、こちらも恐縮してしまう。

 

「じゃ、私はこれで帰るね。タケノコご飯、霧島くんの分もあるから良かったら食べてね」

 

 マジで!? 俺の分もあるの!? タケノコご飯!

 

 思わず涎が出てしまいそうになるのをぐっと堪えてお礼を言う。

 

「ありがとう、白雪さん。――っと、もう時間も遅いし、送ろうか?」

 

「うんん。大丈夫だよ。ありがとう」

 

「そっか。じゃあね、白雪さん」

 

「うん。じゃあね」

 

 エレベーターに乗り込んで下へと降りていく白雪さんを見送り、俺は自室へ向う。いつものようにカギを開けてなかへ入り、

 

「キンジー、帰ったぞぉー」

 

 奥にいるだろう金次に呼びかけながら廊下を歩いて行くと、脱衣所の扉が開いていて、そこから光が漏れていることに気づいた。

 

「風呂入ってるのか、キンジ」

 

 声をかけながら俺が脱衣所の扉を開けると、

 

 ツインテールを解いてロングヘアーになっていた全身つるっぺたのアリア嬢が、風呂場のドアを開けて出できたところだった。

 

 さらに脱衣所の床に視線を向けて見ると、アリア嬢の衣服が入ってると思われる洗濯カゴに手を突っ込んでる金次(変態)がいた。

 

 …………。

 

 流れる、沈黙。

 

 見つめ合う、アリアと金次。

 

 見つめ合う、俺とアリア。

 

 見つめ合う、俺と金次。

 

 俺と金次の姿を確認したアリアは、

 

「へ……ヘンタイ……」

 

 ばっ、と右腕で胸を、左手で……あー……うん、へその下を隠した。

 

 そして、アリアは自分の洗濯カゴを漁っている金次を見て、全身に鳥肌を立てる。

 

「ち……ちがッ……!」

 

 金次が何かを抱えて立ち上がる。持上げたモノはアリアの武器である2本の刀のようだが……

 

 右の刀に、ひらり。

 

 左の刀にも、ひららり。

 

 まるで手旗信号のように、アリアの上下の下着が引っかかっていた。ちなみに引っかかってる下着は、小さなトランプのマークがいっぱいプリントされた、ガキっぽい木綿の下着だった。

 

 ……俺の同居人はいったいアリアに何がしたいんだろう? 巨乳で今時珍しい大和撫子タイプの美少女である白雪さんを帰して、アリア嬢の衣服を手に入れたかったのだろうか?

 

「~~~~死ね!」

 

 どごっ!

 

「ぐっ!?」

 

 真っ赤になったアリアが金次を蹴り飛ばす。シャレにならない角度で入った前蹴りが、金次の体を「く」の字に折る。

 

 そのままアリアは2本の刀に引っ掛けられた下着をもぎ取り、反対側の足で、飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 

 アリアの強烈な2連撃に、強襲科でも打たれ強いと定評があった金次も耐え切れなかったようだ。完全に意識を飛ばして床へと沈んだ。

 

 ……とりあえず、アリア嬢。マッパでの蹴りはおススメできないぞ。色々モロで見えてしまったから。ツルツルもいいと思うよ、うん。ロリ体型の女の子らしい。

 

「れ、れれれレオン! あ、あああんた、なんでここにいるのよ!?」

 

 キンジが手放した刀を1本掴み、その切っ先を俺に向けてくるアリア。とりあえず俺は、自分に攻撃する意思がないことを示すために両手をあげて訊ねた。

 

「……それはこっちのセリフだ。なんでお前が俺の部屋にいるんだよ?」

 

「――っ。まさかキンジが言ってたもうひとりの同居人ってあんたなの!?」

 

 相変わらず会話のキャッチボールができないヤツ……。俺がアリアに「そうだ」とうなずくと、

 

「な、なら丁度いいわ! あんたも、私のドレイになりなさい!」

 

 アリアがそんなことを言ってきた。

 

「この前は断わられたけど、やっぱりあんたの力が……その、必要なのよ。だから、キンジと一緒にあたしのぱ、パートナーに……」

 

 俺から顔を逸らしながらつぶやくアリア。

 

 そんなアリアに、俺は――、

 

 脱衣所の引き出しからバスタオルを取り出し、アリアへと放った。

 

「まずは服を着ろよ。話はそれからでもいいだろ」

 

「――っ!」

 

 俺の言葉に、自分の現在の姿(つるっぺたの全裸さらし中)を思い出したアリアは、タオルをキャッチして急いで体を隠す。……バスタオル1枚で全身が隠れるとか、マジで小さいんだな、こいつ。

 

 バスタオルで体を隠してなお、警戒し続けるアリアに小さくため息を吐いてから、床で気絶している金次を担ぎ上げる。

 

「こいつがいたんじゃ着替えられないだろうし、リビングのほうに持って行っとくぞ。俺もリビングにいるから、着替えたら来いよ」

 

「う、うん……。わかったわ」

 

 アリアがうなずいたのを確認して、俺はリビングへと向う。……よし、何とかこの場は誤魔化せた。事故で金次の二の舞になるのはさすがに嫌だからな。

 

 ……さてと、金次はソファに寝かせるとして……。

 

 制服のネクタイピンに付けたカメラ(襲撃時、証拠写真を撮るためのもの)で思わず撮っちまったアリアの全裸はどうしようか。

 

 このまま消すのはもったいないし、あいつの土産にでもするかな? あいつはアリアの身内になるんだし、同性だから別にいいだろ。何枚か撮った内、モロに映ってない画像をプリントしようっと。

 

 

 

 

 

 

 気絶している金次をソファに寝かせ、頭に氷嚢を置いたりして看病していると、薄いピンク色のネグリジェに着替えたアリアがやってきた。

 

 ……は? ネグリジェだと? 

 

「アリア。おまえまさか……ここに泊まるつもりか?」

 

「あら、よくわかったわね。そのつもりよ」

 

 男子寮に泊まることを、なんでもないことのようにうなずくアリア。

 

「……わかったもなにも、この時間にネグリジェなんか着てきたら誰だってわかるだろ……」

 

 それにリビングの隅には、お泊りセットのようなトランクが置いてあるし。

 

「う……。だ、だったら! なんであたしがここに泊まることになったのか、その理由がレオンにはわかる?」

 

 こっちを見上げながら訊ねてくるアリアちゃん。こうして見ると本当に同い年とは思えない。ちなみに俺とアリアの身長差は30cm以上ある。

 

 俺は口元に手を当てて、考える素振りをとり、

 

「キンジだな」

 

 前もって推理していたことを、あたかも一瞬で推理して見せたかのようにつぶやいた。

 

 アリアは俺が考え出した推理を訊いて、ニヤッ、と獲物を見つけた猫みたいな笑みを浮かべた。

 

「さすがレオンね。その通りよ。あたしはキンジをぱ……ど、ドレイにしようと思って来たの」

 

 ……わざわざパートナーからドレイに言い直さなくてもいいだろ。さすが天然のツンデレ娘。

 

「それでね……。レオン。さっきも言ったけど、あんたも……あたしのパートナーになってくれない?」

 

「……それは前にも断わっただろ。俺は、おまえの求めているようなパートナーにはなれないって」

 

「――っ」

 

 ショックを受けたような顔をするアリア。俺はアリアの頭に手を伸ばし、

 

「あの理子って子がそんなにいいの?」

 

 ――かけて止める。

 

「……は? おまえ、何を言ってんだ?」

 

「探偵科のAランク武偵、峰 理子。その子がレオンのパートナーなんでしょ?」

 

「パートナーって……。まぁ、この武偵校でいうならそうだな。あいつとは前衛と後衛で1番バランスが……」

 

「や、やっぱり胸なのね……」

 

「おい、話聞けよ」

 

「あの子、すごく大きいものね。あたしと身長はほとんど変わらないのに……。バカみたいに脂肪の塊2つもぶら下げちゃって……」

 

 ギリッ、とアリアが歯を鳴らし、真っ赤になった顔を俯かせる。わなわなと体を震わせて自分の胸に手を当てた。

 

 アリアと理子は同じロリでも、アリアは正統派のロリであり、貧乳。一方の理子はロリだが巨乳という、ハッキリとした違いがお互いの体に現れていて、アリアは理子の豊満な胸が羨ましがっているのだ。

 

 以前、俺を呼びに強襲科の施設へとやって来た理子を見て、アリアは自分のぺたんこな胸と理子の歩くだけで揺れる胸を見比べて以来、アリアは一方的に理子を敵視していた。

 

 今回もそのコンプレックスが原因でこんなことを言い出しているんだろうが、

 

「おいおい、アリア嬢。俺が胸なんぞで仕事相手を選ぶと思ってるのか? それはちょっと失礼だぞ」

 

「じゃあ! だったらなんであんたはあたしのパートナーになってくれないのよ!」

 

 両手を振り上げて癇癪を起すアリア。俺はため息を吐いて、今にも泣き出しそうになっているアリアの頭に手を置く。膝をまげて視線の高さを合わせる。

 

 いい子いい子とアリアの頭を撫でながら、言い聞かせるようにつぶやく。

 

「アリア。前にも言ったが、俺とお前は同じ本能に従って動くタイプの武偵だ。理性的に動くことが苦手で、突っ走る傾向にある俺らには、自分とは違うタイプのパートナーが必要なんだよ」

 

「……でも、あたしには……」

 

 赤紫色の瞳に涙をいっぱい溜めながら、片手で俺の制服の裾を掴んでくるアリア。

 

「おまえに急がないといけない事情があるのは知ってるよ。――けどな、それでも俺はおまえのパートナーにはなれないんだ」

 

「――っ」

 

 俺の拒絶に、制服の裾を掴んでいる手にぎゅっと力が込められる。フローリングの床へ向けてポタポタと涙が落ちていく。

 

 俺は小さくため息を吐いて、その場でしゃがむ。下からアリアの顔を見上げ、指で涙を掬い取りながら言葉を続ける。

 

「ま、パートナーにはなれないが……協力はしてやるよ」

 

「……きょう、りょく?」

 

 涙を拭いながら訊ねるアリア。俺はアリアの手をしっかりと握り、うなずく。

 

「ああ、協力してやる。おまえひとりでは無理なとき。おまえと、そのパートナーでも解決できない事件が起こったら俺に依頼しろ。この俺が、『キング・オブ・ハート』がおまえを助けに駆けつけてやる。例え、相手があのイ・ウーであってもな」

 

 俺はアリアに向って威勢よく笑いかける。アリアは涙で潤んだ赤紫色の瞳に俺の顔を映したまま、

 

「…………」

 

 なんのリアクションもなしに、固まっている。

 

 ……おーい、アリアさん? 何でもいいから反応を返してくれないと、俺、ものすごく恥ずかしいヤツになるんだけど……。あんまり名乗りたくない2つ名まで言って決めたのに、放置ですか?

 

「アリアー?」

 

「…………」

 

「おーい、アリアさーん?」

 

「…………。――っ。~~~~っ! い、いつまで手を握ってるのよ、このヘンタイっ!」

 

 顔を真っ赤にしたアリアが両手を振り上げ、いきなり蹴りを放ってきた!

 

「おわっ!? あ、危ねえな……いきなり蹴りなんか放ってくるなよ」

 

「あ、あんたがあたしの手をに、握るからよ!」

 

 ……手を握っただけで蹴るのかよ。避けれたけど、かなり本気だったよな、おまえ。

 

 ジト目で見つめる俺をアリアは見ようともせずに振り返り、

 

「もう寝るわ! おやすみ!」

 

 それだけ言ってリビングから出て行ってしまった。

 

「はぁ……」

 

 色々言いたいことはあるが……まあ、いいか。やっぱり泣いて落ち込んでるあいつより、目標に向って一直線なあいつのほうがいつものアリアらしいからな。

 

「じゃっ、俺は白雪さん特製のタケノコご飯でも食べるとするか」

 

 リビングのテーブルに置いてある2つの重箱のウチ、ご丁寧に『霧島君用』と書かれた紙が挟まれた方を手に取り、テレビのバラエティー番組を見ながら夕飯を食べ始めた。

 

「う……ん? こ、ここは……」

 

 あー、さすがは白雪さん。タケノコご飯もサイコーに美味いっ!

 

 おかずひとつにデザートを渡してきた武藤の野郎にも食わせてやりたいが、残念。これは俺が全部いただく。あー、美味いっ。

 

「――っ。……ああクソ、そういえばアリアのヤツに……ん? レオン? ああ、そういえばおまえ、帰ってきて……」

 

「む? おー、キンジ。起きたのか」

 

「……まあな。それで、あのデコチビはどこいったんだ?」

 

 上半身をソファから起こし、きょろきょろとデコチビ――アリアを捜す金次。

 

「もしかしてかえ――って、ないな。あいつが大人しく帰るとは思えん」

 

 顔に手を当て、金次は長いため息を吐く。俺はタケノコご飯を一気に掻きこみつつ、金次に教えてやる。

 

「アリアならもう寝るってよ。今頃使ってない部屋――はないだろうから、寝室だろうな」

 

「マジかよ……。あいつ、本気で家に泊まっていく気なのか?」

 

「ここまで来ればそうだろうなー」

 

「他人事みたいに言ってんじゃねえよ……。お前はアリアが家に泊まっても平気なのか?」

 

「まあ、何かあるわけでもないからな。キンジも、アリアに何かするつもりは――いや、あるのか。お前、アリアのシャワー中に洗濯籠のなかから下着盗もうとしてたもんなぁ」

 

 わざわざ白雪さんを帰してまでアリアの下着が欲しかったんだよな? そうなんだよな、金・次(変・態)

 

「なっ!? それは誤解だ! 俺はあいつから武器を取り上げようと……」

 

「ほう、つまり武器を取り上げた上で何かをしようとしていたと?」

 

「すっ、するわけないだろうがっ! 俺は、女嫌いなんだから!」

 

「…………。あー……そうかい」

 

「おい、なんだその眼は? 信じてないのか?」

 

「いや、信じてるよ。うん。お前、女、嫌いだもんな。アリアに何かするわけがないよな」

 

「当然だろ。誰があんなデコチビなんかに……」

 

 吐き捨てるようにつぶやき、金次はソファに座りなおす。……女嫌いでもなんでもいいから、ホモだけは止めてくれよ、金次。

 

「まあ、それよりなんだ。どうしてアリアが泊まることになったのか、説明してくれないか?」

 

「……あいつから聞いてないのか?」

 

「一応聞いたけど、おまえの口からも聞いておきたいんだよ。とりあえず、今朝起こったチャリジャックの被害者っておまえか?」

 

「……ああ。そうだよ」

 

 大きなため息を吐きながら金次はうなずく。……俺以上にため息が多いヤツだな。

 

 それから金次は、アリアに「奴隷になれ」と言われて付きまとわれていることを話し始めた。

 

「俺は武偵を辞めるんだ。強襲科なんかに戻って、女なんかとパーティなんて組めるかよ。ああクソッ、あと少しで一般の高校に転入できるのに、なんでこんな目に……」

 

 ……話し始めたというか、もはや独り言だな。チャリジャックやアリアのことでたまりに溜まったストレスを吐き出そうと盛大に愚痴ってる。

 

 ……まっ、とりあえずこいつらの話を客観的な視点からまとめてみる。

 

 金次はアリアとパーティを組む以前に、武偵なんか辞めたいし、一般高校への転校の手続きが済むまで安全に過ごしたい。そもそも女嫌いだから近づいてくるなよ、デコチビ。

 

 ――と、思っていて。

 

 アリアは金次とパーティを組みたい。できればパートナーになって欲しい。奴隷というのは照れ隠しであり、最大限の譲歩なんだよ。それぐらい言わなくてもわかりなさいよ。

 

 ――と、思っている。

 

 相反する2人の考えに、ある事情から余裕がないアリア。

 

 武偵への情熱をなくし、惰性で生活している、事なかれ主義の金次。

 

 これはちょっとやそっとじゃ動かないだろう。

 

 何かキッカケがないと、こいつらはずっと対立し続ける。

 

 俺がキッカケになってやってもいいが……

 

「なんだよ?」

 

「いや、なんでもない。じゃ、俺ももう寝るから」

 

 それはアリアと金次……2人のためにはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 白雪さんの弁当箱を洗い、自室で寝間着であるジャージに着替えてから寝室へ向う。

 

 俺と金次が住んでいるこの探偵科の寮は元々4人部屋なので、寝室には2段ベットが2基ある。俺と金次は2段ベットのそれぞれ下段を使用していたわけだが、

 

 アリアが2段ベッドの中央にトラップを仕掛けようとしていた。

 

 アリアはお泊りセットが入れられたトランプ柄のトランクからリード線と対人地雷(おそらく見かけだけ)をせっせと取り出し、黒のマジックを手にとって床に――

 

「おい、それは待て」

 

 マジックで床に何かを書こうとしていたアリアを呼び止める。こちらを振り返ったアリアに近づき、マジックを取り上げる。

 

 アリアが頬を膨らませて抗議の声をあげた。

 

「もう何するのよ、レオン」

 

「それはこっちの台詞だ。床に直接マジックで文字書こうとしてただろうが、おまえ。それに、そのトラップの山はなんなんだよ」

 

「もちろん、痴漢対策よ」

 

「痴漢対策って……」

 

 男子寮に自分から乗り込んどいて何言ってんだよ……。

 

「ほら、返してよ。これから境界線を書くんだから」

 

 アリアがマジックへ手を伸ばしてくる。

 

「境界線はいいとして、床に直接マジックで文字を書くのは止めろ。誰が掃除すると思ってんだよ。あと、トラップ仕掛けるのもやりすぎだ」

 

「……だけど……それだとあいつが……」

 

「そりゃあ、シャワー浴びてる最中に自分が脱いだ服探られて、下着盗まれそうになったんだから不安になるのもわかる。……わかるが、男子寮に押しかけてきたのはおまえだろ?」

 

「…………」

 

「自衛することは結構なことだが、住人である俺たちにあまり迷惑のかからない方法でやれよ」

 

「うー……わかったわよ」

 

 しぶしぶながらもうなずいたのを確認して、マジックをアリアに返す。

 

 アリアはA4サイズの用紙に『これ以上入ってこようとしたら殺す』と何とも物騒なメッセージと拳銃のイラストを書いて、2段ベッドの上段の手すりにテープで貼りつけた。

 

「次はトラップな。全部仕舞えよ?」

 

「……わかったわよ」

 

 しぶしぶと、不安げな表情でトラップを片付けていくアリアの頭に後ろから手を乗せてる。

 

「そう心配しなくても大丈夫だって。キンジは一応女嫌いで通っているヤツだし、女の寝込みを襲おうとするヤツはここにはいないからよ」

 

「……でも、もしものときは?」

 

「そのときは、お前に触れる前に俺がキンジをぶん殴ってやるよ」

 

 ま、そんなことはまずありえないと思うがな。

 

 アリアは全部のトラップをトランクに仕舞い込んで立ち上がると、

 

「レオンは……あんたは、どうなのよ?」

 

 そんなことを訊ねてきた。

 

 訊ねられた俺はアリアに向って肩をすくませ、自分のベッド……アリアが紙を貼り付けたベッドの下段に入り、

 

「じゃあ、おやすみ」

 

 そう言って布団に潜り込んだ。

 

「ちょっと! さっきの反応はどういう意味なのよ!? ねえ、レオン! レオンってば!」

 

 揺らしてくるな、アリア。

 

 俺は、今、すっごく眠たいんだ。

 



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第3話

 翌朝。いつものように6時前に目覚めた俺は、日課の早朝のランニングに行こうとして思い出す。

 

「そういや、アリアがいたんだったな」

 

 仰向けになって寝転んだまま、自分が使っている2段ベッドの上段を見上げる。そちらに向って耳を澄ますと、アリアのものらしい小さな寝息が聞えてくる。まだアリアちゃんは夢のなかのようだ。

 

「じゅるる……あっちにももまん、こっちにももまん、たくさんのももまん……うふふふ……」

 

 ……夢の中までももまんかよ。さすがももまん中毒者。だてに毎日食べてないな。

 

 上で寝ているアリアから視線を横へ移すと、もう片側の壁にある2段ベッドの下段で寝ている金次の姿があった。こちらも熟睡しているようで、まったく起きる気配はない。

 

(なら今のうちにシャワーでも浴びるか)

 

 昨夜アリアに対して金次が寝込みを襲い掛かるようだったら殴ると言った手前、長い間部屋を開けることはできないのでランニングは諦めるが、シャワーぐらいはいいだろう。

 

 金次を信用していないわけではないが、アリアのことを考え、一応2段ベッド間に警報が鳴るタイプのトラップを仕掛けてから風呂場へと向った。

 

 いつもより手早くシャワーを浴びて、武偵高の制服に着替える。脱衣所の棚に置いたバスタオルで体を拭き、洗濯機を回す。いつもなら金次の分の洗濯物もまとめて回すが、昨日風呂に入らなかったのか、洗濯物は自分の分だけだった。……ちなみにアリアの洗濯物が昨夜のまま脱衣所の隅に置いてあったが、こちらは無視することにした。見掛けは幼児でも同い年だからな。あいつも同い年の男に洗濯物なんて洗われたくないだろう。

 

 洗濯機が回っている間に、マンションの下にあるコンビニで全員分の朝食を購入する。朝食の入った袋をまとめてリビングのテーブルに置いて、寝室に戻る。

 

(気の使いすぎだと思うが……一応な)

 

 まだ2人が寝ているのを確認して、自分のベッドに座る。ベッドの下に置いている自分のノートパソコンを取り出す。

 

 ノートパソコンを起動させたところで、

 

「あ、そうだ」

 

 ある悪戯を思いついた。

 

 俺はケータイのカメラを使ってアリアのマヌケな寝顔を激写し、ノートパソコンに画像を送る。

 

 メールボックスを開いて、イギリスにいるあいつに画像を送り付ける。

 

 すると、ものの数分もしない内に返信メールが返ってきた。イギリスと日本の時差は約8時間で、日本のほうが進んでいるから、あっちは今頃夜の10時を越えた辺りなんだがなぁ……お早い返信だとこで。

 

『これは、どういうことかしら?』

 

 返ってきたメールにはそのたった一文だけ。たったそれだけの文章だけでも相手の怒りの感情が簡単に読み取れる。

 

 これは……早まったか?

 

 俺は軽い悪戯のつもりだったんだが……、

 

『返答しだいではあなたを抹殺するわ』

 

『お姉さまと必要以上に接触しないという、私との約束を破ったわね』

 

『お姉さまに何か不埒なことをしていたらどうなるか分かっているでしょう?』

 

『あなたは私を怒らせた』

 

 怒りの感情が込められたメールが続けざまに送られてくる。俺は慌てて弁解のメールを送信する。

 

『アリアとは何もない。単なる悪戯だ』

 

『悪戯? 悪戯でなぜお姉さまの寝顔なんてものが撮れているのかしら?』

 

『パートナー探しの一環。って言えば伝わるだろ?』

 

『そのパートナー候補はあなたじゃないでしょうね?』

 

『違う。俺の同居人が候補だ。まぁ、相変わらず俺にもパートナーになってくれって頼まれてるがな』

 

『ちゃんと断わってるんでしょうね?』

 

『ああ。あの事件に関して協力するとは言ったけど、パートナーの件はちゃんと断わったぞ』

 

『そう。ちゃんと断わったのね』

 

 ふぅ……何とか怒りを納めてくれたか。

 

『それはそうと、お姉さまの寝顔を盗撮するなんて最低ね』

 

 ……うっ。

 

『武偵には武偵3倍法なんてものがあるんでしょう? 盗撮であなたを告発してあげましょうか?』

 

『それは止めてもらえると助かる』

 

 幼児体型(アリア)の盗撮で逮捕されるのはさすがに嫌だぞ。

 

 ――と、ここで洗濯機から洗濯が終わったことを告げる音が聞えてきた。

 

『洗濯が終わったみたいだから、メールを止めるぞ』

 

『お姉さまの衣服まで洗濯してないでしょうね?』

 

『するわけがないだろ……。じゃあ、そっちじゃもう遅い時間なんだし、おまえも早く寝ろよ』

 

『あなたに言われなくてもちゃんとわかってるわ』

 

『そうかい。――あと、最後に。今月の中ごろぐらいからヨーロッパの武偵局に応援に行くことになってるから、日本のモノで欲しいものがあれば言っておいてくれ。それじゃあな』

 

 返信を待たずにノートパソコンを閉じる。スリープモードにして、洗濯物を干しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 洗濯物をベランダに干してリビングに戻ると、丁度アリアが起きてきたところだった。

 

「ふああぁ……」

 

 かわいらしいあくびをかみころし、ソファに座るアリア。低血圧なのかまだ寝ぼけているようだ。寝間着にしてるキャミソールの肩紐がずれているのも気にせず、ボケーっとどこかを見つめている。

 

 俺はアリアの目覚まし代わりに砂糖とミルクをたっぷり入れたインスタントのコーヒーを作って手渡してやる。

 

「ほら、アリア」

 

「ん……? ああ、ありがと、レオン」

 

 俺からコーヒーを受け取ったアリアはカップに口を付けてちびちびと飲み始めた。これで少しは目が覚めるだろう。

 

「じゃ、俺はキンジを起してくるからな」

 

「ん」

 

 アリアにそう言ってリビングを出る。寝室へ向って仕掛けたトラップを解除し、金次を起す。

 

「おーい、キンジ。そろそろ起きろー。もう7時だぞー」

 

 何度か呼びかけると、目を擦りながら金次が目を覚ました。こいつも朝は低血圧で寝起きはだいたい機嫌が悪いんだが、アリアのこともあってか普段よりさらに機嫌が悪いようだ。

 

 睨むようにアリアが寝ていたベッドを見上げ、ため息を吐きながら金次が俺に訊ねてくる。

 

「あいつは……?」

 

「アリアなら少し前に起きてきて、今はリビングでコーヒー飲んでるよ」

 

「……まだ居やがるのか……」

 

「ああ。当分はずっと、おまえの周りに付いてまとうつもりなんだろうさ」

 

「……はぁ、勘弁してくれよ……」

 

 閉まっているカーテンを開けて朝日を部屋に取り込む。窓を開け放って空気を入れ替える。

 

「まぁ、とりあえず制服に着替えてリビングに来いよ。お前の分の朝飯も買ってきてやったんだからさ」

 

「……ああ、助かる」

 

 ……そういえば。アリアのヤツ、制服はどうするつもりだ? 昨日と同じモノ……は女の子として着ないと思うだろうし、持ち込んだトランクの中に替えの制服が入っていたりするのか?

 

 …………。

 

 ……一応、トランクを持っていくか。

 

 トランプ柄のトランクを手に、俺は寝室のドアを開けながら金次のほうに振り返り、

 

「アリアの着替えシーンを見たいなら脱衣所かリビングの扉を開ける際、気配を殺してノックをしないで開けろよ」

 

「誰があんなデコチビの着替えなんか見たがるかっ!」

 

 マジギレで返す金次。おいおい、単なるジョークだろ。女のことになるとほんと余裕がないヤツだぜ。

 

 

 

 

 

 

 アリアと金次がそれぞれ武偵高の制服に着替え、リビングに集まったところで今朝方買ってきた朝食をテーブルに用意する。

 

 今朝の朝食のメニューは皆別々で、

 

 金次が、白雪さん特製のタケノコ弁当。

 

 アリアが、今朝俺が下のコンビニで買ってきたももまん(もものかたちをしたただのあんまんで、アリアの大好物)5つ。

 

 俺が、サンドウィッチ3パックにハンバーグ弁当がひとつ、アメリカンドック1本に、から揚げ棒2本、肉まん3つ。

 

 ――というラインナップだった。

 

 ちなみに今朝、俺が金次へと買ってきた『ウナギまん』は白雪さんの弁当が残っていたので、昼食に回された。

 

 俺と金次が並んでテーブルの片側につき、その反対側にアリアが座って朝食を食べているわけだが、

 

「いつ見ても胸やけしそうになる光景だな」

 

 休むことなくももまんを次々に口へと放り込んでいくアリアを見るのは、結構くるものがある。よくあんな甘ったるいモノをいくつも続けて食えるものだ。見てるだけで口のなかが甘く思えてくる。

 

「……毎食フードファイター並みに食べるおまえが他人に言っていいようなセリフじゃないと俺は思うぞ」

 

「ん? まあ、それもそうか」

 

 ジト目の金次にそう言われ、自分の目の前に置かれた朝食を見る。確かに、ひとり分を遥かに超える量の食料だ。自分でも、よくこんな大量に食べれるな、と思うが、全部訓練で消費するエネルギーだからなぁ。食わないと動けないし、一応まだ成長期だからな。1ヶ月の食費はかなりかかるが、こればっかりは仕方がない。

 

 そんな大量の食事を摂取する俺だが、食べるスピードも早く、比較的に普通の量を食べている金次やアリアとほぼ同時に食べ終わった。

 

 いつものようにコンビニ袋の中にゴミをまとめ、ゴミ箱へと捨てる。

 

「さてと……じゃあ、俺は先に学校行くな」

 

 あらかじめ用意していた武偵高の学ランをシャツの上から羽織り、壁に立てかけている日本刀が入った竹刀袋を肩にかける。ソファの上に置いた学生カバンを空いているほうの手に持って、リビングのドアを開ける。

 

「お、おい待てレオン! このデコチビも持っていけ!」

 

「なっ!? 誰がデコチビよ! このバカキンジ!」

 

「誰がバカだ! って、それよりほら、レオンに付いて先に登校しろよ」 

 

「なんでよ」

 

「なんでも何も、この部屋から俺とお前が並んで出てってみろ? 見つかったら面倒なことになる。ここは一応、男子寮ってことになってんだからな」

 

「うまいこと言って逃げるつもりでしょ! 男子寮で見つかることが面倒なら、あたしとレオンが一緒に行っても何もかわらないじゃない!」

 

「それは……ほら、レオンのヤツは巨乳好きで有名だから……。おまえと一緒のとこ見つかってもクエスト受けてる関係だとかで誤魔化しやすいだろ」

 

「それどういう意味よ! あ、あたしの胸が小さいって言いたいわけ!?」

 

「そ、それは……」

 

 ……背後で金次とアリアの言い争う声が聞えているが、無視して足を前へ踏み出す。

 

「あ、おい! レオンっ!」

 

「まだ話は終わってないでしょうが! このバカキンジ~!」

 

「ちょっ!? 銃は……!」

 

 ずきゅぎゅん!

 

 ……7時半のバスには乗れそうだな。

 

 

 

 

 

 

 金次が疲れた顔でアリアと一緒に登校してきた、その日の午後。午前中に行なわれる一般教科を終えた俺は、探偵科の施設へと向っていた。

 

 本来なら今月中に行なわれるクエストのために強襲科で訓練しなければいけないのだが、金次からの依頼があったからだ。

 

 探偵科の施設内にあるコンピュータルームに入室する。探偵科のコンピュータルームは依頼の内容流出などといったトラブルを防ぐため、席は防弾性能がある強化プラスチックの仕切りで区切られ、簡単にはパソコン画面を覗き見れないようになっている。

 

 見かけこそネットカフェに近いそこで、一番奥の席に設置されているパソコンを起動させる。すぐにネットを開いて、グーグル先生に教えを請う。

 

 グーグル先生が見つけ出して着てくれた、アリア関連のサイトをひとつクリックする。

 

「……むむ、すごいな」

 

 アリアの写真1枚3000円からで、高いものとなると軽く数万円を越えるらしい。特にフィギュアスケートやチアリーディングのポラ写真は人気があるようで、万単位で取引が行なわれているようだ。この前開催されたオークションではスク水姿の写真に11万円の高値がついているそうだ。

 

 一緒にパーティを組む武偵としては人気のないアリアだが、その他ではかなりの人気があるらしい。特に男子生徒から人気があり、一部後輩の女子生徒からも高い人気があるとか。

 

「それにしても、フィギュアスケートとかチアリーディリングの授業って……この学校は大丈夫なのか?」

 

 しかもその授業風景を普通に盗撮して売りさばいてるし、犯罪を取り締まるべき武偵が犯罪を起してるじゃないか。

 

 まったく……けしからんヤツらがいるものだ。

 

 …………。

 

 ……いや、それにしてもよく撮れてるな。この写真を撮ったのは諜報科の生徒だろうか? なかなかいいアングルで撮れている。しかし、麗のチア写真とは……。これは戦兄として買っておかないと……いやいや、ネット上から削除しないと……。だが、それにしても大きな胸だ。これで高1だなんて信じられない。戦兄という立場じゃなかったらこの乳の魔力の前に俺は屈していただろう。……あいつを戦妹にしたのもそれが少しだけ関係しているわけだし。

 

「ヤッホー、レオポン! 何熱心に見てるのかなぁー?」

 

「――っ!」

 

 背後からの声に俺は即座に戻るボタンをクリックする! そして丁度画面が切り替わったところで、後ろから覗き込まれた。

 

「えーっと、なになに……神埼・H・アリアについて? むー……理子りんという美少女がありながらアリアのこと調べるってどーいうことなのかなぁー? ねえ、レオポン」

 

「頬っぺたを抓ってくるな、理子。アリアを調べてるのは、あくまでキンジからの依頼だからだよ」

 

「キーくんの?」

 

「ああ。なんでも付きまとわれて困ってるそうでな。探偵科でも強襲科によく行く俺に、アリアについて調べてきて欲しいって頼まれたんだよ」

 

 そう説明しながらアリアが所属しているロンドン武偵局のサイトをクリックする。アリアの項目を捜してクリックし、公式で公開されている情報をパソコン台の下に設置された印刷機で印刷していく。……何とか誤魔化せたようだ。

 

 理子が俺の首に両手を回しながらつぶやいてくる。

 

「へー、そうなんだ。じゃあ、理子も調べるの手伝ってあげようか?」

 

「それは……俺としては助かるし、おまえのパソコン技術は勉強になるが……いいのか?」

 

「うん! 一緒に受けてるクエストはもう洗い出しも終わって作戦考えてるとこだからねー。この理子りんにとってアリアを調べるぐらいなんてことないんだよ」

 

 大きな胸を前へ突き出して得意げにそう言うと、理子は仕切りと椅子の間を通って俺の前へやって来くる。椅子に座っている俺の膝の上に腰を下ろしてきた。

 

「おい」

 

 そこは彼女だけの特等席だぞ。……まあ、俺に彼女なんていたことないけどさ。

 

「えーとね、アリアを調べるなら彼女の出身であるイギリスのサイトでググるのが1番効率的でねー」

 

 膝の上からどくつもりのないらしい理子は俺の声を無視して検索をかけていく。英語で書かれたサイト名をクリックし、次々にアリアの情報を表示していった。

 

 本来、俺が受けた依頼なので、俺が解決しなければいけないのだが……まあ、いいか。どうせ金次からの依頼だし。理子の技術を見るのは勉強になる。時間短縮にもなるしな。

 

 膝からどかすことを諦め、俺は理子の細い腰に両手を回す。シートベルトの代わりのように理子の腹の前で軽く手を組んだ。

 

 これで落っこちたりしないだろ。……他意はほとんどない。あっても多くて3割程度だ。

 

 理子は左右に体を揺らし、鼻歌を口ずさみながらノリノリでパソコンを操作していく。

 

「じゃあ、アリアの情報印刷していくねー」

 

「ああ、キンジのヤツは英語読めないから日本語のヤツも印刷してくれよ」

 

「んーっ、つまり英語で書かれてるヤツも一緒に混ぜていいってことだよねぇ? レオポン、キーくんが英語読めないのわかってて渡すとかひどーい」

 

「読めないあいつが悪いんだよ。それに、そういう理子だって俺に言われる前から英語で書かれてる資料印刷してるじゃねーか」

 

「だってそっちのほうが面白そうでしょ!」

 

 ニッコリ笑ってポチッとマウスをクリックする理子。ふっ、さすがは俺のパートナー。よくわかってやがる。

 

「これもキーくんに見せたらどうなるかなぁ?」

 

「喜ぶだろうな、あいつなら。いや、喜んでもらわないと俺が困る」

 

「むむっ? それってどういう意味で?」

 

「は? どういう意味?」

 

 聞き返された意味がわからず理子に訊ね返すと、理子は俺のほうを振り返り、正面から顔を見据えてきた。

 

「どうしたんだ、いきなり」

 

「ねえ、レオポン」

 

 いきなり、マジな表情になる理子。その突然の変化に俺は戸惑ってしまう。

 

「……なんだよ?」

 

「レオポンは、アリアのパートナーにならないかって誘われたんだよね?」

 

「ああ。断わったけどな」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……。前にも話したと思うが、あいつと俺は同じタイプの武偵で、アリアが求めてるパートナーには該当しなかったからだけど……?」

 

「……だったら。該当してたら? レオポンはアリアのパートナーになった?」

 

「それは……まあ、なったかもしれないし、ならなかったも知れない。出会い方とかでそのつど変わるもんだし。そもそもその話はもう終わった話だろ? 今さら考えてなんになるんだよ」

 

 ポンと理子の頭に手を置く。……なんだか今日は変だな、こいつ。

 

 手触りのいいハチミツ色の金糸をなでていると、理子は顔を上げ……あ、これ昨日のデジャブか?

 

「アリアが好きなの?」

 

「……は?」

 

 昨日アリアに訊ねられたこととまったく同じ質問を理子にされて呆ける俺。理子はそんな俺から視線を外し、これまた昨日のアリアのようにつぶやき始めた。

 

「レオポン、強襲科行くときはよくアリアの訓練に付き合ってるし、しつこく付きまとわれても本気で突き放さなしたことないし……さっきだって、アリアのファンサイトなんか見てた」

 

 み、見られてたのか!?

 

「あ、あれは……こんなもんもあるんだなって興味本位で見てただけで……」

 

「でも理子が声かけたらすぐに閉じたよね? それってやましいことがあったからじゃないの?」

 

「それは……」

 

 言い訳したいが後輩……しかも戦妹の盗撮写真を見ていたからだなんて口が裂けても言えるわけがない。というか、今日の理子は本当にどうしたんだ? いつもはこういうことをマジなテンションで聞いてくるヤツじゃないのに……。

 

「レオポンはアリアのことが好きなの?」

 

「す、好きか嫌いかで聞けば、好きの分類に入る……が、あくまで人間的にだぞ?」

 

「じゃあ、恋愛対象としては?」

 

 恋愛対象って……おいおい。

 

「それはないな。俺はロリコンじゃないし、アリアはタイプじゃない」

 

 いうなれば俺にとってアリアは手の掛かる妹のような存在だと思う。性欲の対象としては大きく俺のストライクゾーンから離れてるし、実際に全裸見てもほとんど反応しなかった。やっぱり胸だよな、胸。AAはいくらなんでも性欲湧かない。

 

「へえ、そうなんだ」

 

「……なんでニヤニヤしてるんだよ?」

 

「べっ、別にニヤニヤしてないよ。もうレオポンったら、ぷんぷんガオーだぞ?」

 

「いや、それは意味わからない」

 

「むふふー、じゃあちゃちゃっと印刷していくねー」

 

 くるんと回って画面に向き直ると、理子はご機嫌で印刷を開始していった。

 

 ……さっきのはいったい何だったよ、おい。

 

「あーそれとレオポン」

 

「今度は何だよ?」

 

「アリアの情報は理子が調べたんだから、キーくんから貰う報酬、理子も貰っていいよね?」

 

「……ちゃっかりしてやがるな、まったく……」

 

「むふふー」

 

 ご機嫌で微笑んでやがる理子の頭をぐりぐりと髪型を乱すように撫でまくってやった。

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。俺は金次を連れて女子寮の温室へと向っていた。

 

「なんで女子寮なんだよ?」

 

「昨日説明しただろ。おまえに引っ付いて寮の部屋にいるアリアの前じゃ情報を渡せないし、持って帰れないから、情報まとめたファイルを理子に預けて他の場所で渡すって」

 

「だからって女子寮はないだろ。見つかったらどうするんだよ?」

 

 不機嫌なことを全面に出して歩いてる金次。待ち合わせ場所が女子寮の温室であることが気に入らないらしい。

 

「心配しなくてもそう簡単に見つからねえよ。いつも人けがない場所なんだからさ」

 

「むぅ……」

 

 やっと黙ってくれた金次だが、相変わらず不機嫌そうな顔で周囲を警戒していた。健全な男子高校生なら一度は憧れるだろう女子寮訪問なのに、おまえはなんでそんなに嫌がってるんだよ……。

 

「理子」

 

 前もって待ち合わせしていた通り、女子寮の前の温室に理子はいた。

 

「レオポン!」

 

 バラ園の奥で、理子がくるっと振り返り、俺の隣に立っている金次を見つけて手を振った。

 

「ヤッホー、キーくん!」

 

「相変わらずの改造制服だな。なんだその白いフワフワは」

 

「これは武偵高の女子制服・白ロリ風アレンジだよ! キーくん、いいかげんロリータの種類ぐらい覚えようよぉ」

 

「キッパリと断わる。ったく、お前はいったい何着制服を持ってるんだ」

 

 指を折り折り改造制服の種類を数え始めた理子を金次は呆れながら見下ろしつつ、鞄から紙袋で厳重に隠したゲームを取り出した。

 

「理子こっち向け。いいか。ここでの事はアリアには秘密だぞ」

 

「うー! らじゃー!」

 

 びしっ。

 

 理子はキヲツケの姿勢になり、両手でびびしっと敬礼のポーズを取る。

 

 苦い顔になった金次が紙袋を差し出すと、理子は袋をびりびりと破いていった。ふんふんふん。荒い鼻息。まるでケモノだな。

 

「うっっっわぁーー! 『しろくろっ!』と『白詰草物語』と『妹ゴス』だよぉー!」

 

 ぴょんぴょんと跳びはねながら理子が両手でぶんぶん振り回しているのは、R-15指定、つまり15歳以上でないと購入できないギャルゲーだ。

 

 そのギャルゲーを持って跳びはねているところを見てわかるとおり、理子はオタクだ。それも、世間一般のオタク女子と違い、女の子なのにギャルゲー好きのマニアという趣味の持ち主なのだ。中でも特に自分と同じようなゴスロリ系のヒロインにかなりの関心を示す。

 

 もちろん理子も俺たちと同い年なのでR-15歳以上であるこれらのゲームも買うことはできる。できるのだが理子は背がアリア並みに低いため、店員さんには中学生ぐらいだと判断されてしまい、R-15歳以上のゲームを売ってもらえないことが多いのだ。先日も理子はゲームショップも兼ねている学園島のビデオ屋でR-15のゲームを売ってもらえなかったとぶつぶつ言ってて、今度俺が代わりに購入してやる予定だったのだが、今回はアリアの情報を調べた報酬として金次に買ってきてもらったというわけだ。

 

 それにしても店員のお姉さんに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらギャルゲーを差し出す金次を少し離れた位置から眺めるのは楽しかったなぁ。某動画サイトに『初めてのギャルゲー購入』という名でアップしてやりたいと思ってしまったぐらいだ。

 

「あ……これと、これはいらない。理子はこういうの、キライなの」

 

 そう言って金次に『妹ゴス』の2と3を突きかえす理子。

 

「なんでだよ。これ、他と同じようなヤツだろ」

 

「違う。『2』とか『3』なんて、蔑称。個々の作品に対する侮辱。イヤな呼び方」

 

 不機嫌そうにつぶやく理子。金次はまったくわけがわからないそうにしているが、

 

「じゃあこれは俺が貰うな」

 

 かくいう俺も理子と同じオタクだ。アメリカ人と日本人のハーフとしてアメリカで暮らしていた頃、日本のアニメに触れて以来、オタク文化に足の先まで毒されてしまっていたのだ。ひと昔前は本当に酷い中二病患者で、『キング・オブ・ハート』という2つ名もその名残であった。

 

「……レオポン」

 

 ゲームを取った俺を見上げてくる理子。

 

「ん? 理子はいらないんだろ?」

 

「そーだけど……」

 

 口を尖らせる理子。俺も理子の続編嫌いの理由は知らないが、まあ、

 

「俺は続編でもなんでも自分が気に入ればそれでいいからな。(ワン)はあとで買うとして。理子がいらないって言うならこれは俺が貰っとくよ。キンジもいいだろ?」

 

「ああ。どうせ返されても俺はしないしな。理子に渡した分も含めて全部くれてやるよ。そのかわり、こないだ依頼した通り、アリアについて調査したことをきっちり話せよ?」

 

「……うん」

 

 ……お前がいらないゲーム受け取ったぐらいでテンション下げられても俺が困惑するだけだぞ、理子。

 

「よし、それじゃあとっととしろ。俺はトイレに行くフリをして小窓からベルトのワイヤーを使って脱出してきたんだ。アリアにバレて捕捉されるのは時間の問題なんだからな」

 

 金次はそう言うと、周囲を警戒してから近くの柵に腰を下ろした。

 

「トイレに行くフリって……確実にもうバレてるだろ。たとえバレてなくても便秘扱いされんじゃねーか?」

 

「う、うるせえ! 俺だって四六時中付きまとわれてなかったらおまえみたいに連絡取り合って外で合流したわ! それが出来なかったからわざわざトイレに行くフリして脱出してきたんだろうがっ」

 

「ああ、はいはい。俺が悪かったからそう怒鳴るな」

 

「ちっ……」

 

 そうとうストレス溜まってやがるなこいつ……。

 

 理子はゲームをなぜか服の中にしまいつつ、ちょっとジャンプしながら金次の隣に腰を下ろした。金次は柵に腰を下ろしても足がついてるが、理子は足がつかないらしく膝下をぶらぶらさせている。

 

 2人が座ったところで、俺は金次から1番遠い理子の隣側に腰を下ろした。……ホモ疑惑が出ているヤツの隣にはあまり近づきたくないんだよ。

 

「ねーねー、キーくんはアリアのお尻に敷かれてるの? カノジョなんだからプロフィールぐらい自分で直接聞けばいいのに」

 

「カノジョじゃねえよ」

 

「えー? 2人は完全にデキてるって噂だよ? 朝、キンジがアリアと腕を組んで寮から出てきたっていうんで、アリアファンクラブの男子が『キンジ殺す!』って大騒ぎになってるんだもん。がおー」

 

「指でツノをつくらんでいい」

 

 心底疲れた様子で大きなため息を吐く金次。昨日と同じで今朝も家出るときはアリアとケンカしてたみたいだったのに、そのあと腕組んで出てきたのか。仲がいいのか、悪いのかよくわからないヤツらだ。

 

「そういや俺のところにもお前の暗殺依頼が入ってたなぁ」

 

「なっ!? それはちゃんと断わったんだろうな?」

 

「当たり前だろ。……報酬もそこまでよくなかったし」

 

「確か新作のゲームソフト5本だったけ?」

 

「そうそう。さすがにゲームソフト5本じゃ同居人をころ……いや、誰に頼まれようと親友を殺すはずがないだろ」

 

「おい、報酬がよかったら受けてたように聞えたぞ」

 

「む? そんなこと言ったか理子?」

 

「んー? 言ったような言ってないような?」

 

「なら言ってない、だな」

 

「そーだね。言ってないね」

 

「「あはははは」」

 

 理子を一緒に声を出して笑う。

 

「おまえらなぁ……」

 

 手を顔に当てて長いため息を吐いてる金次を横目で見ながら楽しんだあと、理子がニヤニヤしながら金次に訊ねた。

 

「ねえねえ、それでアリアとはどこまでしたの!?」

 

「どこまでって」

 

「えっちいこと」

 

「バカ! するか!」

 

「嘘つけぇー! 健全な若い男女のくせにぃー!」

 

 理子は満面の笑みで、金次のわき腹を肘で突く。

 

「……おまえはいつも話をそっちの方向に飛躍させる。悪いクセだぞ」

 

「ちぇー」

 

 金次の返答につまらなそうに理子は口をすぼめる。つまらなそうな理子に話題提供として金次のヤツがこの前アリアのシャワー中に服を漁っていたことを話すのもありだが、それだとアリアの全裸を俺も見たことがバレるのでここは黙っておこう。

 

「それより本題だ。アリアの情報……そうだな、まずは強襲科での評価を教えろ。資料はお前が持ってるんだろ、理子」

 

「はーい。んと……まずはランクだけど、Sランクだったね。2年でSって、片手で数えられるぐらいしかいないんだよ。理子よりちびっこなのに、徒手格闘もうまくてね。流派はボクシングから間接技までなんでもありの……えっと、バーリ、バーリ……」

 

「バーリ・トゥード」

 

「そうそうそれ。それを使えるの。ありがとね、レオポン」

 

「どういたしまして。あと、ちなみにイギリスではバーリ・トゥードを縮めてバリツと呼ばれてるそうだ」

 

「そうか……。じゃあ、他にアリアの得意なことや特技はどうだ? レオンはよく強襲科でアリアと訓練してるって不知火から聞いたぞ」

 

「まあ、してるな」

 

 ……先日、そのことを理子にマジなテンションで突っ込まれたばかりだからここでは蒸し返して欲しくなかったが……仕方がないか。

 

「とりあえず、拳銃とナイフは天才の領域。どっちも二刀流で使えて、生まれたときから両利きだそうだ」

 

「それは知ってる」

 

「……黙って聞いてろ、バカキンジ。――アリアはその優れた二刀流の腕前から『双剣双銃(カドラ)』という2つ名が付けられてるほどの実力者で、所属はロンドン武偵局。14歳の頃からプロの武偵に混じって仕事をこなしていて、その間に関わった99もの事件をすべて1回目の強襲で解決してるヤツなんだよ」

 

「なんだ……それ……」

 

 アリアの経歴に信じられないという表情を浮かべる金次。

 

双剣双銃(カドラ)のアリア。笑っちゃうよね。双剣双銃だってさ」

 

「理子……おまえの笑いどころはよくわからないが……アリアがすごいヤツだってことはよーく理解した」

 

 そう言って頭を抱える金次。金次からしたらバケモノにストーカーされてるようなものだからなぁ。これは力づくじゃどうにもならないことを悟ったか。

 

「あー……他には。そうだな、体質とか」

 

 あからさまに話題を変えてきた金次に、理子は資料をパラパラと捲りながら言う。

 

「うーんとね。アリアって、お父さんがイギリス人とのハーフなんだよ」

 

「てことはクォーターか」

 

「そう。イギリスの方の家がミドルネームの『H』家なんだよね。すっごく高名な一族らしいよ。おばあちゃんはDameの称号を持ってるんだって」

 

「ちなみにDameはイギリスの王家が授与する称号で、叙勲された相手が男性ならSir、女性ならDame……まあ、本物の貴族様ってことだな」

 

「マジかよ……あいつ、貴族だったのか」

 

「うん。でもアリア自身は『H』家の人たちとうまくいってないらしいんだよね。だから家の名前を言いたがらないんだよ。理子は知っちゃってるけどー。あの一族はちょっとねぇー」

 

「教えろ。ゲームやっただろ」

 

「理子は親の七光りとかそういうの大っキライなんだよぉ。まぁ、イギリスのサイトでもググればアタリぐらいはつくんじゃない?」

 

「……レオン」

 

「渡す資料にちゃんと書いてあるから安心しろ、キンジ」

 

「理子」

 

「ほいほーい」

 

 ファイルにまとめられた書類を金次に手渡す理子。金次はファイルから書類を取り出してパラパラと捲り、

 

「おい、なんで英語で書いてあるんだよ」

 

「そりゃあイギリスのサイトから情報を引き出して印刷したヤツなんだからしょうがないだろ」

 

「嘘つくんじゃねーよ! タイトルに『H家について』って日本語で書いてるくせに内容が英語って確実におまえらの悪戯じゃねえかっ!」

 

「悪戯って……。俺たちは英語が苦手なお前のことを心配してわざわざ英語で印刷したというのに……」

 

「うえーん、酷いよキーくん」

 

「あークソ。ワザとらしく泣きまねしてんじゃねえよ……」

 

 ……む、まるでノッてこないか。

 

「まあ、英語の文章でもネットに打ち込んで翻訳かければ読めるし、勉強にもなるだろ?」

 

「そうそう。サイトに直接翻訳かけるのもいいしねー」

 

「……英語が得意なお前らだったら問題ないだろうが、英語が苦手な俺は探したり打ち込むだけでもかなり疲れるんだよ」

 

「そこはがんばれやー!」

 

 と、金次の背中を叩こうとしたらしい理子の手が――

 

 ぶんっ。

 

 思いっきり空振り、ばし、と金次の手首をぶっ叩いた。

 

「うぉっ?」

 

 がちゃ。

 

 その勢いで金次の腕時計が外れて足元に落ちた。

 

 金次が拾い上げると、金属ハンドの三つ折れ部分が外れていた。あーあー壊れてら。

 

「うぁー! ごっ、ごめぇーん!」

 

「別に安物だからいいよ、台場で1980円で買ったヤツだ」

 

「だめ! 修理させて! 理子にいっぱい修理させて! 依頼人の持ち物を壊したなんていったら、理子の信頼に関わっちゃうから!」

 

 そう言って金次から腕時計をむしりとると、理子はセーラー服の襟首をぐいーっと引っ張って開け、すぽっと胸の間にそれを入れてしまった。

 

 ……ふむ、相変わらずのいい乳だ。理子のお気に入りであるハニーゴールドの下着も似合ってる。

 

「あー、レオポンが理子の胸ガン見してるー。もう、えっちなんだからー」

 

「こればかりは仕方がないんだ。男は、誰だってエロいんだよ」

 

「かっこよく言ってもかっこついてないよぉー。まったくもぉ」

 

 頬を膨らませる理子をかわし、金次のほうに顔を向ける。

 

「それでキンジ、他には何かあるか?」

 

「……あ、いや、もうそのぐらいでいい。じゃあ、俺はもう行くから」

 

 そう言うと金次は立ち上がり、早足で温室から出て行ってしまった。

 

 金次のさっきの反応……まさかだとは思うが、理子の胸を見て男の部分が反応したのか?

 

「どうしたのレオポン? 急に考え込んだりして」

 

「ん……。いやな、ここ最近……というか、探偵科の寮で同室になってから俺はずっと、キンジのヤツがホモだと警戒してたんだが……」

 

「ぶはっ!? き、キーくんがホモぉ!?」

 

「おいおい、噴出してまで驚くことか? 見るからに怪しいってのに」

 

「だってキーくんがホモとか……。レオポンはいったいどーしてキーくんがそうだって思ったの?」

 

「そりゃあ、女を極力さけてるからだよ。健全な男子高校生のクセしてエロ本やエロビデオ、エロDVDといったものは本当に何一つ持ってねえし。恋愛ドラマを見ても濡れ場が始まった瞬間チャンネルを変えやがる。ものすごく純情なヤツで、エロいのが苦手なヤツだとも考えてみたが、あいつの場合は女を嫌って遠ざけているように見える。1年のとき、武藤や不知火と話してるときに白雪さんやおまえがやって来たらあからさまに金次は嫌な表情を浮かべていたからな。入学して強襲科のときに同じ寮になって、探偵科の寮に移るまでに抱いていた疑惑が、また同じ寮になったことで確信に変わりかけている……って感じだ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 口を両手で押さえてぷるぷると震えてる理子に、俺は自分の推理を話す。

 

「おそらく、俺が推理するにキンジのヤツはホモだ。それもなりかけている途中で、男子が気になっている途中といったところか? これで俺や武藤、不知火とか近しい友人が女子と仲良くしたり付き合ったりして、キンジの心に嫉妬が芽生えれば……そこから恋愛感情に発展してしまいそうで、俺は怖い!」

 

 ホモになった同居人を想像し、俺は思わず自分の体を抱きしめる。理子はそんな俺を落ち着かせるように腰を抱き、やさしくつぶやいてきてくる。

 

「だ、大丈夫……ぶぶっ……うん、だいじょうぶ……ぷぷぷっ……大丈夫、だよ、うははっ、う、うんん……。大丈夫だよ、レオポン」

 

「……理子、俺の尻は狙われないよな?」

 

「ぶはっ!? ……っ、……くっ、んんっ……はぁーっ、はぁーっ。だ、だいじょうぶだって! ね、狙われるとしても、さ。最初はあの2人だと思う、からね。だから、レオポンは大丈夫だよ。うん、よーし、よーし」

 

 手を伸ばして理子は俺の頭をなでてくれる。……ああ、こうして頭をなでられながら理子のバニラのような甘い匂いを嗅いでると、金次(ホモ)への恐怖心が薄れていくようだ。

 

「それにしても面白……いや、なんでもないよ、レオポン」

 

 完全に落ち着いてから、俺は金次とアリアが待つ自宅へと帰宅した。

 

 そして、帰宅してリビングの扉を開けると、

 

「……1回だけだぞ」

 

「1回だけ?」

 

「戻ってやるよ――強襲科に。ただし、組んでやるのは1回だけだ。戻ってから最初に起きた事件を、1件だけ、お前と一緒に解決してやる。それが条件だ」

 

 ……ソファに倒れたアリアに向って、金次がそう言っていたところだった。

 

 え? これなんて状況?

 

「……」

 

「だから転科じゃない。自由履修として、強襲科の授業を取る。それでもいいだろ」

 

 アリアはソファから上半身を起こし、視線を合わせないよう窓の外に顔を向けている金次のほうを見て、何かを考え始めたようだ。

 

 しばらく沈黙が続き、俺もリビングの扉に手をかけたまま固まっていると、ようやくアリアがうなずいた。

 

「……いいわ。じゃあ、この部屋から出てってあげる。あたしにも時間がないし。その1件で、あんたの実力を見極めることにする」

 

「……どんな小さな事件でも、1件だぞ」

 

「OKよ。そのかわりどんな大きな事件でも1件よ」

 

「わかった」

 

「ただし、手抜きしたりしたら風穴あけるわよ」

 

「ああ。約束する。全力でやってやるよ」

 

 自信たっぷり金次がつぶやくと、アリアはソファから立ち上がった。そこでやっとリビングの扉に立っている俺に気がついたようだ。

 

「レオン……」

 

「よお、アリア」

 

「さっきの話、聞いてたんでしょ。泊まるのはやめて今日から自分の寮に帰るわ」

 

「ああ、そりゃあよかった。さすがの俺も女の子と何日も同棲なんてことになったら気が休まらないからな」

 

「……迷惑かけたわね」

 

「なあに、女の子の寝顔やシャワーシーンが見れただけで十分元は取れてるさ。おまえも、これで少しは落ち着けるだろ」

 

 リビングのドアを開け、横に避ける。アリアは「ふんっ」小さく鼻を鳴らして俺を横切り、荷物が置いてある寝室へと向った。

 

 四六時中付きまとわれないために、あえて相手の条件の一部を受け入れたか。条件決めの際に『どんな事件でも1件』という金次にとって都合がいい条件を出してるし。意外と策士だな、金次。

 

 まっでも、とりあえずは――

 

「おかえり、キンジ。強襲科はキミの宣戦復帰を心待ちにしていたよ」

 

「……あくまで一時的だ。俺は戻らねえよ」

 

 どんなかたちであれ、強襲科Sランク武偵の宣戦復帰はよろこばしいことだ。



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第4話

 金次が一時的でも強襲科へ戻ると決めた翌日の昼。同じく自由履修で強襲科の訓練施設へ向っていると、後ろから声をかけられた。

 

「先輩~!」

 

「おお、間宮か」

 

 声のほうを向き直って視線を下へと落とすと、アリア並みの幼児体型で茶髪をツインテール結わえた間宮あかりがいた。いつもながら明るくて元気なヤツだな。

 

「今日も強襲科なんですか?」

 

「まあな」

 

 間宮の問いにうなずいて片手で頭をなでる。……アリアといい、こいつといい、理子といい、ほんと丁度いい高さに頭があるよな。まぁ、それはそうと相変わらずこのアホ毛は治らない。

 

「こ、こんにちは。レオン先輩」

 

「よお、ライカ」

 

 間宮の後ろから挨拶してきた『火野 ライカ』に挨拶を返す。

 

 ライカは間宮と同じ強襲科の武偵で、武偵ランクはBの生徒だ。女の子にしては高めの身長に、スタイルのいい体と……幼児体型のアリアや間宮からしたら何とも羨ましいだろう体つきをしている。髪型はクセのある金髪を強引にポニーテールで、瞳の色は澄んだエメラルド色。

 

「いつ見ても綺麗で羨ましい金髪だな、ライカ」

 

「――っ。そ、そんなこと……ないですよ」

 

 顔を赤らめ、金色ポニーテールの尻尾を手で弄ぶライカ。俺もライカと同じハーフだというのに、俺の髪の毛の色は金色に黒をぶちまけて混ぜた、まるでプリンのような色をしている。顔を覚える前に死んだ両親からそれぞれ受け継いだ遺伝子がでたからといっても、髪色に関してはどちらか一方の遺伝子で統一して欲しかった。

 

「俺もライカみたいな金髪だったらよかったのになぁ」

 

「あ、あたしは先輩の色……す、すすす……」

 

「あたしはプリンみたいで好きですよ!」

 

 にぱーっと笑顔で言ってくれる間宮。

 

「ありがと、間宮。でも涎を垂らしながら俺の頭を見るのはやめてくれ」

 

「じゅるる……す、すみません」

 

「ちっ……あかりのヤツめ」

 

「どうしたんだ、ライカ」

 

「別に……なんでもないです」

 

 ツーンとライカはそっぽを向いてスタスタを先に歩いていってしまう。俺、何かしたか?

 

 

 

 

 

 

 強襲科の訓練施設で決められたノルマをこなしたあと。筋力トレーニングをしに2階のトレーニングルームへ向っていると、通路で間宮とライカにばったり出くわした。どうやらこいつらも筋力トレーニングをするらしい。

 

 ライカは腕立て伏せをするための器具へ向い、間宮は自転車のような器具に跨る。俺も奥にある棚から30kgダンベルを2つ持って、下から上へと上げて上腕などを鍛え始める。あー……昔はすっごく重かったのに、少し力を入れるまったく重さを感じない。

 

 がしゃがしゃと音を鳴らしながら何度も繰り返していると、ライカの腕立て伏せの回数が100を迎えたようだ。

 

 ライカはそこで一旦休憩するらしく、そのまま寝転がるように、床に仰向けになった。

 

「プハーッ」

 

 大きく息を吐いて、自転車のペダルを回し続ける間宮を見る。

 

「まあ、志乃が戦姉妹試験でいない間。あかりはあたしが独占出来るけどな……。――ウヘヘヘェー」

 

「……?」

 

 ライカの奇妙な笑い声に後ろを振り返る間宮。間宮が首をかしげているのに対してライカはカメラマンがよく行なう、両手の親指と人差し指をくっつけて四角の枠を作って間宮のお尻へ狙いをつけ、

 

「うわー、白木綿(しろコットン)。ガキッぽ」

 

「!?」

 

「白木綿……」

 

「先輩!?」

 

「ああ、ごめん」

 

 ギラッと睨まれ、すぐさま目を逸らす。つぶやいたのがマズかったけど、俺は見てませんよ。ライカの声に反応しただけ。俺は立ってるからスカートの中身なんて見えないから。

 

「はははは! こりゃ『パンツ』というより、『ぱんちゅ』だぜ」

 

「~~!」

 

 真っ赤になってスカートを抑える間宮。トレーニング器具から飛び降りて、両手を上へつきだし、「コラー!」と逃げるライカを追いかける。

 

 ライカも間宮をからかうのが楽しいのか。

 

「はんちゅ~~丸見え~~。キィーン」

 

 と、アラレちゃんのような走りで間宮から逃げる。

 

 間宮……。追いかけながら『バカライカ』とか『ローアングラー』って叫ぶのはいいけど、『金払え』はないだろ。

 

 元気よく戯れる2人に、ため息を吐きながらダンベルを棚に戻していると、

 

「おい聞いたか?」

 

「金次が強襲科に帰ってくるって!?」

 

「マジかよ! 金次って、遠山金次だよな?」

 

「強襲科の首席候補って言われてたアイツか!」

 

 という話し声が聞えてきた。どうやら金次のヤツが強襲科へ一時的にでも戻るという情報を掴んだらしい。

 

 ライカも金次について知っていたのか、走るのを止めて立ち止まった。……急に立ち止まるものだから追いかけてた間宮が背中に顔をぶつけたことは、スルーするようだ。

 

「……ライカ?」

 

「遠山金次……。あの人が帰ってくるのか」

 

 独り言のようにつぶやいたライカに間宮が訊く。

 

「金次……? 誰それ?」

 

「2年の先輩。任務でいつもいなかったし、あかりがインターンで入ってきた頃、探偵科に転科しちゃったけど……」

 

 ライカは言う。言葉に畏れを含ませながら。

 

「去年は強襲科でSランク武偵だった。入試で教官を倒したらしい。伝説の男だよ」

 

 ……伝説の男ね。

 

「い……1年でSランク!?」

 

 声をあげて驚く間宮に、ライカは言う。

 

「……プロ武偵に勝てる中坊なんて、バケモノだろ」

 

「……。バケモノ……」

 

 ライカの言葉を聞いて小さくなって怖がる間宮。

 

 俺はそんな2人に近づき、

 

「あのー……俺もね、よく忘れられてるみたいだけど、Sランク武偵だからな」

 

「あっ……そういえば」

 

「……間宮。本当に忘れてたのか……」

 

「あ、いえ、その……す、すみません! えっと、レオン先輩って強襲科に着てもいつも他の人の訓練に付き合うか筋力トレーニングしてるかだから……わ、忘れちゃうというか、そのですね……」

 

 焦りながら何とか弁解しようとする間宮。間宮の言葉を聞いて、まあ、納得する。確かに模擬戦とかほとんどアリアぐらいとしかやらないし、それも最近じゃあまりやってないからな。そう思われても仕方がないか。

 

 これじゃライカにも忘れられて……、

 

「ばっ、バカかおまえ! レオン先輩はなぁ、アメリカ……いや! 世界でも上から数えたほうが早いほどの強襲科武偵なんだぞ! それを忘れるとか……まったく、お前ってヤツは……」

 

「ご、ごめん……」

 

 ……どうやら忘れていなかったようだ。というか、聊か過大評価されているような……。

 

 怒りの表情で詰め寄るライカに、涙目になってしまう間宮。俺は間宮から視線で助けを求められたので、話題を金次へと戻すことにした。

 

「間宮は金次の顔、知らないよな?」

 

「はい! 知らないです! あの、誰がその遠山先輩なんですか?」

 

「あっ、あかり」

 

 ライカを無視して2階の通路の手すりへと身を乗り出した間宮に、俺は1階の人だかりを指差す。

 

「……ほら、あれだ。あの今死ね死ね言われてるヤツだよ」

 

 間宮は手すりに体を乗り出して指差した方向を見る。

 

 それにしてもすごい人気だな。探偵科に転科したというのに、いまだに多くの強襲科の生徒から歓迎受けてやがる。

 

「なんか想像と違う……」

 

 そんな金次を見て間宮が小さくつぶやく。……おまえはいったい何を想像してたんだ?

 

「そう見えるんだよな。上勝ちすると大手柄だから狙っている1年もいるけど……。なんか勝ちなさそうな気がするんだよなあ」

 

「まぁ、そりゃあそうだろうよ。俺も入学試験のとき、あいつだけは仕留めきれなかったからな」

 

「ええ!?」

 

「先輩が倒せなかったんですか!?」

 

 俺の言葉に大声をあげて驚く2人。俺はそんな2人のリアクションが面白く、笑顔でうなずいた。

 

「ああ。普段は精々CランクからよくてAランクぐらいに見えるが、一度本気になればSランクでも上のほうの実力者になるからな。上勝ち狙うのは止めたほうがいいぞ」

 

「そんなに……」

 

「はい、あたしは勝てないケンカはしない主義ですから!」

 

 言葉を失ってしまう間宮に、ハハッと笑ってうなずくライカ。

 

 それにしても、あいつ……挨拶を交わすだけで授業時間が終わってしまうんじゃなかろうか?

 

 金次死ね死ねコールがなかなか収まる様子ない。

 

 

 

 

 

 

 強襲科での訓練を終えたあと。俺は学生寮近くの公園で理子と会っていた。なんでもこの前受けたクエストで、犯人たちを捕らえるための段取りが決まったそうだ。

 

 前もって近くのコンビニで買ったアイスを食べながら、理子から渡された極秘と書かれたファイルを開く。

 

 ファイルには捕らえる予定にある構成員の顔写真や簡単な経歴、行動パターンが詳しく記載されていた。

 

「よく短時間でここまで調べたな、理子。正直、月末近くまでかかると思ってたぞ」

 

「ふふーん、この理子りんさまを舐めてもらちゃ困るよ、レオポン。この理子りんにかかればこの程度の暴力団の情報集めなんてヌルゲーレベルなのさぁー」

 

 理子は得意げに言って、アイスの実というアメ玉タイプのアイス(俺のおごり)をころんと口に含む。

 

「だけどまぁ……とっておきの作戦があるって言ってたが、何とも大胆な作戦だな」 

 

「そうでしょそうでしょ! 理子りん、寝る間も惜しんですっごく頑張って考えたんだからぁ、レオポンは褒めていいんだよぉー」

 

「ああ、はいはい。よしよし」

 

「うー……ん、心が全然篭ってなーい!」

 

「これでも篭めてるよ、十分な」

 

 そう言ってポンポンと頭を軽く叩く。実際、心を篭めて褒めてるんだけどな。態度には見せてやらないが。

 

 俺は理子の頭からファイルへと手を戻し、さらにページを捲って読み込んで行く。

 

「1,2,3と3つの施設に立て続けに強襲を仕掛けていく電撃戦。作戦行動におけるリーダーは理子で、現場のリーダーは俺。ん? おまえは現場には出ないのか?」

 

「うん。今回は作戦が作戦だからねぇー。理子は襲撃かける建物が見える高層マンションから目視とハッキングした監視カメラを使って、常に構成員たちの監視して指示飛ばすことにしたよ。そっちのほうが効率もよさそうだし」

 

「まあ、それもそうか」

 

 現場で行動するメンバーも実力、人数共にゆとりもあるし。作戦の特殊さからいっても統括役は完全に後衛に置くほうが安全だな。

 

「だけど、それにしても女子のメンバーが多くないか?」

 

 男性メンバーが俺と不知火ぐらいしかいないじゃないか。

 

「ハーレムだね! うれしいでしょ、レオポン」

 

「強襲かけるメンバーじゃなかったら嬉しかっただろうよ。――ま、俺も麗とその取り巻き姉妹を参加させたから言えたことじゃないか」

 

 もう一度俺は資料へ視線を落とし、ファイルされた情報を頭に叩き込んでいく。

 

「って、おい」

 

「んー? なにかなレオポン」

 

「腕……組んでくるなよ」

 

「えーっ、いいじゃんべつにぃー」

 

 そう言ってニヤッと微笑み、顔を見上げてくる理子。

 

「おまえな……。そんなことやってると周りから誤解されるぞ。つーか、胸が盛大に当たってるからな」

 

「もぅ、レオポンはすぐそういうこと言う。ほんとにえっちぃなぁ、レオポンは」

 

「自分から胸に腕を挟んでおいて誰がエッチだ。むしろエッチはおまえだろ」

 

「ひどーい、理子はエッチなんかじゃないよぉ」

 

 理子はそう言いつつも、さらに胸を押し付けてくる。……かなり機嫌いいみたいだな、今日の理子は。

 

「……はぁ、まあいいか」

 

 胸を押し付けられても、俺は別に迷惑だとは思わないし。むしろ、この感触が味わえることをご褒美だと思うことにして資料を読みすすめて行ことにした。

 

「うふふ~、ふふ~、んん~……」

 

「…………」

 

「ふふ~、んふふふ~……」

 

「…………」

 

「ぁんっ……もぅ、急に腕動かさないでよ、レオポン。ブラと擦れて痛いでしょ」

 

「……ワザとらしく耳元で囁くな、理子」

 

 気になって資料がまったく頭に入らねえじゃねえか。

 

「えへへっ」

 

「笑って誤魔化すな……」

 

「だってレオポンの反応がおかしくて……あれれ?」

 

「ん? いきなりどうしたんだよ」

 

 理子は目を凝らして広場の中央に植えられている木を見ていた。俺も気になってそちらへ視線を向けて見ると、

 

「あれは……キンジか? 木の上にいる、くのいちの格好したあいつは……確かキンジの戦妹で1年の風魔だったな。って、なんで間宮がいて、キンジと銃を向けてんだ?」

 

 三すくみ……というか、金次&風魔 対 間宮で睨み合っていた。

 

「むー……これは止めたほうがいいか?」

 

「ダメだよ、レオポン! せっかくおもしろそうなのに!」

 

「いや、そう言われてもな……」

 

 仮にも間宮はよく訓練つけてやってる後輩だし……。

 

「キーくんは甘々だから戦闘にはならないって! ……たぶんだけど。それよりせっかくおもしろそうなことが目の前で起きてるんだから盗聴しよーよ!」

 

 ……ん、んー……まっ、それもそうか。

 

「OK。じゃあ、このまま静かに様子をうかがうとするか」

 

「うん!」

 

 一応ファイルを立てて顔を隠して3人の様子を覗くことにした。

 

 

 

 

 

 

 武偵高の寮の近くにある公園で、金次が銃を向けながら、間宮に声をかける。

 

「お前、出身どこ中だ」

 

 ……え? 訊くことそれ?

 

 金次とその戦妹の風魔、そして間宮の3人から少し離れた位置で覗いていた俺と理子は、金次の言葉に首をかしげる。

 

「キンジのヤツ、間宮をナンパするつもりか?」

 

「んー……? いくらキーくんでも銃を向けられながらそれはないんじゃないかなぁー? キーくんって女嫌いで有名なんだし。それに、レオポンは間宮って子の面倒よく見てるんだし、わかるんじゃないの?」

 

「面倒見てるっていっても、プライベートでの関わりなんてほとんどないからわからねーよ。普段は人に銃向けたりするヤツじゃないんだけどなぁ。キンジのヤツがラッキースケベでもやらかして、間宮にセクハラしたとかじゃないか?」

 

「あー……それはありえそうだねぇー」

 

 俺たちがすぐ近くでそんな会話をしているなんて夢にも思ってないだろう3人は会話を進めていく。

 

「い、一般出身です。中3の2学期に武偵高付属中に転入してきました」

 

一般中(パンチュー)か……」

 

 間宮の返答に、金次はなぜか安心したように銃をしまう。

 

「風魔いい。コイツは大丈夫だ」

 

「御意」

 

 金次の指示に従って、木の上に登っていた風魔がクナイをしまう。相変わらず時代錯誤というか、くのいちっぽいヤツだな。制服もくのいちっぽく改造してるし、武器もクナイや煙玉だし。

 

 間宮はその対応に自分が舐められていると思ったんだろう。銃を持ったまま立ち上がり、

 

「ぱ……一般中(ぱんちゅー)がなんだって言うんですか!」

 

 顔を真っ赤にして金次に怒鳴った。

 

 ――が、それと同時に間宮の背後から突然強風が吹きあげ、間宮のスカートを盛大に捲りあげた。

 

 それは、木を挟んでベンチに座っている俺たちからも見えて――、

 

「……白、木綿(コットン)……。確かに。パンツっていうよりぱんちゅだな」

 

「――ブハッ!? ぱ、一般中(ぱんちゅー)だけに、ぱんちゅって? あはっ、あははっ……わっ、笑わせないでよ、レオポン! バレちゃうじゃない!」

 

「ああ、すまんすまん」

 

 ――と、さらに金次と間宮がやりとりは続いているようで、

 

 スカートが捲れている事に気づいた間宮が真っ赤になりながらもスカートを抑え、もう一度……。

 

「ぱ……ぱんちゅーが!」

 

 ――くっ! だ、ダメ……笑っちゃッ! わ、笑うな、俺ッ!

 

「プ……ププッ……」

 

 隣に座ってる理子は、間宮の言葉にますます笑いのツボを刺激されたようで、悶絶している。俺の腕に顔を埋めて体をビクビクと揺らして笑い声を漏らしていた。

 

 ……くっ、隣で笑われると俺まで声出して笑いそうに……。

 

「――なっ、なんなんだお前は!」

 

 ……え? 金次?

 

 間宮のパンツ……もといぱんちゅを見た金次はなぜか両手で両目を隠し、目が潰れたムスカさんのごとく「うわああああ」と叫んでいた。

 

「し、師匠!?」

 

「うおおおおお……」

 

「お気を確かに! 傷は浅うござる!」

 

 目を覆い隠しながら逃げていく金次。それを風魔が心配して追いかけながら、間宮から遠ざかっていった。

 

 公園にひとり取り残された間宮。何とか再起動すると、怒った様子でどこかへ歩いていってしまった。

 

「……理子」

 

「あー、おかしかったぁ……。――っと、なにかな、レオポン」

 

「キンジは……もしかしたら、ロリコンかもしれない」

 

「ふえっ!?」

 

 驚く理子。まあ、驚くのもわかる。――だが、しかしだな。

 

「俺は見たんだ。キンジが間宮のぱんちゅに顔を真っ赤にしてたところを。まさかとは思うが、あいつが白雪さんや同世代の女を遠ざけている理由は……キンジのヤツが幼児体型専門のロリコンだからなんじゃないか?」

 

「…………」

 

 俺の推理を聞いて真剣な表情になって黙ってしまう理子。

 

 理子はロリ巨乳に分類される美少女だからな。何か心当たりがあるのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 ケツを掘られる心配は少なくなりそうだが、同居人がロリコンだったとは……。




 とりあえず、連投はここまで。


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第5話

 クラスメートであり、寮のルームメイトでもある友人の遠山金次にホモ疑惑だけでなく、新たにロリコン疑惑が浮上して数日。週の間に存在する祝日に、俺はひとりでオタクの聖地といわれる日本一の電気街、秋葉原へとやって来ていた。

 

 秋葉原の最寄り駅から出てすぐに広がるビル街。大小さまざまで建ち並ぶビルには、アニメや漫画のイラストやゲームや近々放送予定の新作アニメの広告がいたるところに掲げられていて、道行く人々のなかにはアニメや漫画のコスプレしている人や、大きなリュックにポスターをいくつも装備した人の姿がちらほら。なかでも元気いっぱいの笑顔で客引きするメイドさんたちは目を引いていた。

 

 1年前に日本へとやって来てからずっと変わらない秋葉原独特の空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

 常に人で溢れかえり、入り組んだ路地が多いことから別名、「武偵殺し」と呼ばれている秋葉原だが、オタク趣味の俺にとっては疲れを癒し、明日への希望を抱かせるパラダイスだった。

 

「そういや、ひとりでアキバに来るのも久しぶりだな」

 

 いつもは理子と一緒に着ていたからな。ひとりで来るのは、だいたい1ヶ月ぶりぐらいか? 確か今年のバレンタイン――メイドコスした理子と、理子の行きつけのメイド喫茶のメイドさんたちとお店でハーレム接待――のお返しに3月のホワイトデーにその逆バーションを企画して、執事喫茶にひとりで下見にやって来たときぐらいか。……ちなみに執事喫茶にひとりで入店した際に周りの女性客たちからガチホモ疑惑をかけられ、薔薇で覆われた妄想の糧にされたために逆ハー企画は早々に断念して、『1日理子の執事券』なるものを渡して済ませた。

 

 今回はクエスト前の息抜きもかねて、理子の分は全て奢るつもりで理子を自分から誘ったのだが、色々と忙しいからと珍しく断わられたのだ。

 

 誘いを断わる際に俺の奢りだと聞いた理子はものすごーく行きたそうに数十秒うんうんと唸り続けたぐらいだから、どうしても外せない用でもあったんだろう。

 

「――さてと、とりあえず今月の新刊からチェックしに行くか」

 

 そう呟いて歩き出す。

 

 オタクの聖地と言われるだけあって、漫画やラノベをおいてるショップはいくつも存在するが……どこの店にするか迷うな。

 

 別にどこのショップでも――とは言うなかれ。

 

 ショップごとにポイントカードが存在していて、各ショップごとにそのポイントでしか貰えない激レアグッズが存在するのだ。しかも、ポイントを溜めた先着順で激レアグッズは引き換えられていき、その在庫数は日々減っていく。さらにショップごとに購入特典も違うので、それも考慮してショップを選ばなければいけない。欲しい購入特典が複数ある場合は同じ店や別の店で同じ物を複数購入しなければいけなくなったりと――まあ、大変なのだ。ショップ選びひとつ取り上げても。

 

 そして今回買う予定なのは、いつもの漫画とラノベの新刊と新作のゲームに加えて、ロンドンにいる友人に頼まれた品だ。

 

 脳内に各ショップのポイントカードと現在までに溜まっているポイント。ポイントで引き換えられる特典を思い浮かべ、笑顔で誘ってくるメイドさんたちからの誘惑を振り切りながら秋葉原をひとり歩いて行く。

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 ショップ店員のハキハキトした声を背に、俺はホクホク顔でショップをあとにする。片手には大きな紙袋。一見するとお洒落な紙袋に見えるが、アニメに登場するロゴマークがプリントされた品である。もちろんその中身は、今月の新刊や新作ゲームだ。

 

「ふふふふ~ん、次はどこに行こうっかなぁ」

 

 鼻歌混じりに秋葉原を練り歩く。

 

 おっ、あのメイドさんすっごく綺麗だ。あっちのメイドさんはゴスロリメイド服が似合っててかわいいな。ああ、そういやメイド喫茶もいいな。理子が贔屓にしてるメイド喫茶に行くか? でもなぁ、あそこはよく理子と行ってるし、ひとりで行くのはなぁ。それに忙しくて来れなかった理子が、俺ひとりでメイド喫茶に行ったことを知ったら面倒くさいことになりそうだし……。

 

「ん~……たまにはフィギュアでも見に行くかな?」

 

 たまたま目に付いたショップを見ながら呟く。

 

 これまで興味はあっても購入したことは一度もなかったんだよなぁ。かさ張って処分に困るから。これを期にひとつ買って見るのも良いかもしれない。どうせあと1年間は日本にいるんだし。

 

「行ってみるか」

 

 そう結論を出して歩き始めようとした俺に、後ろから声がかけられる。

 

「――あれ、レオン先輩?」

 

 ややハスキーな女の子の声。その聞き覚えのある声のほうを振り返って見ると、強襲科の後輩、火野ライカが立っていた。

 

「お、ライカか?」

 

 今のライカの服装はいつもの武偵高の防弾制服ではなく、珍しい私服姿だった。

 

 黒と白の縞模様のTシャツにキャミソール。ショートパンツに黒のジャケットというボーイッシュなスタイル。いつも無雑作に後ろでまとめている髪も下ろしてストレートにしていた。そして顔には目元を隠す大き目の色つきサングラスを付けていて、ひと目ではライカとは気づかれにくくなっている。お忍び、という言葉が浮んできそうな格好だ。

 

「ほぉ~、武偵高の制服着てないライカは新鮮だな」

 

「へっ!? えっと……似合い、ませんか?」

 

「いや。よく似合ってると思うよ。髪下ろすと結構雰囲気変わるんだな」

 

「そ、そうですか? へへっ」

 

 照れくさそうに小さく笑って金髪を弄るライカ。

 

 俺はそんなライカを見て、素直に感想を呟く。

 

「ああ、かわいいよ」

 

「かわっ……!? あたしが!?」

 

 突然顔を真っ赤にして、その赤い顔を左腕で隠すようにして半歩後ろに仰け反るライカ。そのあまりのオーバーリアクションに呟いた俺のほうが驚いてしまう。

 

「そんなに意外なことか?」

 

「それは――そうですよ。あたしなんか男女がかわいいなんて、あり得ないですよ」

 

 ……いや、いきなり暗くなられて断言されても困るんだが。

 

 いきなり表情ごと雰囲気を暗くしたライカは、笑顔を振りまきながら呼び込みをしているメイドさんたちのほうに視線を向け、どこか羨ましそうに呟いた。

 

「かわいいってのは、あんな風に笑顔を振りまけて、かわいい服が似合う子のことをいうんですよ。――だから、あたしなんかは……」

 

 ――かわいくない。

 

 なんて、口の中で小さく呟いたライカだが、

 

「俺はライカにもああいう格好は似合うと思うけどなぁ」

 

「……え? ああいう格好って、あのひらひらしてるメイド服がですか?」

 

「それ以外に何があるんだよ? まぁ、白のワンピースとかも似合いそうではあるな」

 

 しかし、いいよなぁ。金髪のメイドさんって。きっとライカが着れば高レベルのツンデレ金髪メイドさんになれると思う。つーか、純粋に見てみたい。ライカのメイド服姿。きっとすごく似合っててかわいいと思うし。

 

「メイド服に白のワンピースって、そんなわけないじゃないですか。もうからかわないでくださいよ、レオン先輩」

 

 そう言って困ったように笑うライカ。……今日は本当にどうしたんだ? いつもの元気はどこに行ったよ?

 

 普段とは違ってどこか影のあるライカに戸惑いつつ、腕時計の時間を見てハッと思いつく。

 

「――あ、そうだ。ライカ。今、暇か?」

 

「今は……。えーっと……」

 

 気まずそうにどこかに視線をやるライカ。

 

「何か予定でもあるのか?」

 

 まぁ、それもそうか。秋葉原にひとりでやって来てるぐらいだし。何か予定があっても不思議じゃない。待ち合わせとかの可能性だって――

 

「だ、大丈夫です! 別に今日どうしてもやらなきゃいけないことじゃないですし、気にしないでください!」

 

「ん、そうか? じゃあ、これから俺が――」

 

 昼飯奢ってやる――じゃあ、色気も何もないな。

 

 俺はライカと視線を合わせて、改めて呟く。

 

「――俺とデートしようぜ、ライカ」

 

「はい! ……へ? デート?」

 

 おお、まさかの突然誘ったデートを二つ返事でOKが貰えるなんて驚きだな。これはライカの気が変わらない内に行動したほうが良さそうだ。

 

 俺は片手でライカの手を取って、

 

「じゃあ、行こうか」

 

「ええっ!? せ、先輩ぃいい!?」

 

 顔を真っ赤にしたライカを連れて、再び秋葉原を歩き始める。

 

 昼飯奢るにしても昼にはまだちょっと早いし……さて、どこに連れて行くか。

 

 

 

 

 

 

「せ、先輩……。やっぱりあたしにこういうのは無理ですよぉ」

 

「大丈夫だって。ほら、こっちもどうだ?」

 

「なっ――こんなの無理! 絶対無理ですって! 絶対着たとこ見て笑うつもりでしょ、レオン先輩っ」

 

 ここは秋葉原に存在する雑居ビルに入った洋服店。俺はライカに似合いそうなかわいい服を選んでいる最中だった。

 

 しかし、入店からすでに30分近く、俺が勧めるかわいい服はことごとくライカにNGを出されていた。さっき勧めたメイド服も、ライカは「うわぁ」っと一瞬瞳を輝かせるもすぐにブンブンと首を横に振り、自分には似合わないと試着も拒否してしまうのだ。

 

「いやいや、笑わないから着てみろって。こういうのもいい経験になると思うしさ」

 

「けど……」

 

 渋るライカに俺は別の衣装を手に取って渡す。

 

「む~……だったら、こっちはどうだ?」

 

「これですか? これならまぁ……って、これゴスロリ衣装じゃないですか! こんなのあたしが着れるわけ……」

 

 そして、今度も先ほどと同じように衣装を見てすぐNGを出そうとするライカに、俺は続けて別の衣装を見せる。

 

「なら巫女服か? ピンクのナース服や白スク水なんてのもあるぞ。それとこの店、ネコミミカチューシャもあるから一緒に付けてみたらどうだ?」

 

「スク水にネコミミ!? ……あ、あ~……もぅ、わかりました。これを着ます。着ればいいんでしょ、もうっ……」

 

「おお、そうかそうか。ようやく着てくれる気になったか。――で。ネコミミはどうする? きっとゴスロリ衣装と相まってかわいいと思うぞ」

 

「いっ、いりませんっ!」

 

 ライカはぴしゃりと言って、店の奥に設置されてる更衣室へ向い、シャッと更衣室のカーテンを閉めた。

 

 ――よし、作戦成功。

 

 やっぱり消去法って使える手だよな。

 

 露出の少な目のゴスロリ、コスプレ仕様の巫女服、なんだか犯罪臭がする白スクの3択なら、ライカはゴスロリを選んでくれると思ってたよ。いや~、全部嫌だって拒否されなくてよかった。自然な形で試着するよう誘導することも成功したし、楽しみだなぁ。

 

「もう、こんなひらひらした服……あたしに似合うわけないのに……」

 

 更衣室の入り口として付けられた分厚いカーテンなかから、ブツブツと呟かれる文句と一緒にライカの服を脱ぐ音が聞えてきた。

 

「ううぅ……せめてもの救いはミニスカじゃないことか。けど、ロングスカートってあたしに似合うのか? ……へ、へえ。結構良い……かもしれねえな、へへへ……」

 

 姿が見えないってのも色々と想像が膨らんでなかなか……。しかもカーテン越しに同世代の女子が着替えをしてるってシチュエーションがまたなんとも言えない。…音からしてまずは上から脱いで、次に下を……

 

 ――高校2年生の春。青春も思春期も真っ盛りで、簡単に脳内がピンク色に染まる自分を残念に思いつつも、嫌いになれないことに愛おしさを感じていると、

 

「う~……」

 

 カーテンの隙間から恐る恐るライカが顔を出した。

 

「どうした? サイズが合わなかったのか?」

 

「いえ、そうじゃなくて……。着替え……終わりました」

 

「そうか! なら、さっそくお披露目して見せてくれよ」

 

 わくわく、ドキドキ。

 

 期待を胸に待っていると、ライカは恐る恐るカーテンに手を伸ばして、

 

「ええいっ、どうにでもなれ!」

 

 豪快に、一気にカーテンを全開にした。

 

「おおっ……!」

 

 ボーイッシュなスタイルから一転、黒を基調にした白のかわいらしいゴスロリ衣装に身を包んだライカを見て、俺は思わず目を大きくして感嘆の息を漏らしてしまう。

 

「どう、ですか……?」

 

 恐る恐る顔を見上げてきたライカ。元々発育の良い胸元が深い谷間と作り、清楚でどこか近寄りがたい高貴な雰囲気をかもし出すロングスカートが普段とは違った雰囲気を演出する。

 

 しかも元々素材がいいだけに、その破壊力はバツグンだ。

 

 もうっ、ギャップ萌え! たぶん、今の俺の感情や興奮を言葉で言い表すならギャップ萌えが1番相応しいだろう! いつもは強気なライカが弱々しく、しかも頬を赤らめて恥らっている。時折スカートの裾を両手で握ったりするのも高得点だ!

 

「これは……本当にすごいな。正直予想以上だよ。まさかこんなに似合うなんて」

 

「に、にあっ……!? ~~っ!」

 

 ジロジロと観察するように見つめると、ライカはボフンと小さな爆発音が聞えてきそうなほど一瞬で顔を真っ赤に染めた。そして陸に上げられた魚のように口をパクパクして、

 

「ほ、本当に、似合ってます?」

 

 そんなことを確認してきた。

 

 ……またこの問いかけかよ。何度目だ、いったい。いい加減、面倒くさくなってきたぞ。

 

 俺は小さく息を吐いてライカの両肩に手を置く。「え、ええっ!?」とライトグリーンの瞳を大きくして顔を見上げてくるライカの体をくるっと反転。更衣室の壁についている姿見のほうを向かせて呟く。

 

「ほら、ちゃんと鏡見てみろよ。すごく似合ってんだろ」

 

「…………」

 

「いや、俺じゃなくて。鏡を見ろって」

 

「は、はいっ!」

 

 慌てながらようやく姿見を見たライカは「う……」と、ゴスロリ衣装に身を包んでいる自分の姿を見て、一瞬苦い顔になるが、

 

(せ、先輩の言う通り、意外と、似合ってんのかな?)

 

 しだいに表情を緩めていき、姿見に映る自分の姿を受け入れ始めてくれたようだ。

 

「ほら、俺の言った通りだっただろ」

 

「――っ! そ、そんなこと……」

 

 また急に影を背負い出して言いよどむ。いったいどうしたってんだよ、今日のライカさんは。

 

 俺は大きく息を吐いて、姿見ごしにライカの顔を見つめる。

 

「ライカ。何かあったか?」

 

「――っ」

 

 ライカの体がビクッと跳ねる。姿見に映っているライカの顔も「なんでそれを……!?」とでも言いたげに驚愕している様子が見て取れた。……なんとも分かりやすいヤツだ。

 

「やっぱり何かあったんだな?」

 

「…………」

 

 無言は肯定ってな。やっぱり何かあったのか。

 

 俺は俯いてるライカの頭にポンッと手を乗せて、

 

「よかったらでいいから、話してみないか?」

 

 と呟いた。

 

 ライカは俯いたまま、小さく頷いた。

 

 後輩の悩みを聞くのも先輩の役目ってな。

 

 

 

 

 

 

 普通の洋服よりもコスプレ衣装のほうを豊富に取り揃えている秋葉原の洋服店から移動すること十数分。デパート内に存在するメイドさんがいない普通の喫茶店へとライカを連れてやって来ていた。

 

「あの……ここって、先輩の行き着けの店だったりするんですか?」

 

「ん? いや、別に行き着けってほどじゃないかな。着たのもこれが3回目ぐらいだし。けど、ここの料理……とくにデザートはどれも絶品だから期待していいぞ」

 

「へえ、そうなんですか! じゃあ、何かおススメとかありますか?」

 

「おススメは……。ん~……どれも本当に美味いからなぁ。強いて言えばチョコレートケーキか? けど、今は持ち帰りで食べれないパフェ系のデザートがおススメだぞ」

 

「パフェもあるんですか!? へえ~」

 

 期待にライトグリーンの瞳をキラキラさせながら、案内された奥のテーブル席へと座る。ほどなくして置かれたお冷で喉を潤す。

 

 ――で。

 

 かわいい後輩であるライカのお悩みを聞いた俺は、

 

「アハハハハッ! まさか、そんなことで悩んでいたのか。くくっ……! ああぁ、まさかライカがそういうことで悩むなんてなぁ」

 

 打ち明けられた悩みの内容に大笑いしていた。

 

 大笑いする俺に、俺の向かい側の椅子に座ったライカの顔がカーッと顔を真っ赤になる。

 

「あたしには……あたしにはショックなことだったんです! 何もそんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

 

「あー……そうだよな。悩みを聞いて置いて笑うのはあまりにも失礼だったな。謝るよ、ゴメン」

 

 誠意を見せるように姿勢を正して頭を下げる。大笑いは本当に失礼すぎたな。

 

「――けど、まさかライカが『男女』って呼ばれていることをそんな気にしてたなんて思わなかったからさ」

 

「――っ」

 

 再びライカの顔が赤くなるが、今度は笑われた怒り――というか、羞恥心が原因のようだ。顔を合わせないようそっぽを向いて、ふんっと息を吐く。

 

 そして、横目で俺の方をちらちらと窺うように見ながら、

 

「……レオン先輩もあたしのこと、『男女』って思ってますよね」

 

 恐る恐るそんなことを聞いて――いや、断言してるから違うか――言ってきた。

 

 俺はそっぽを向き、どこか遠い目になって何か嫌なことでも思い出してるのか、暗い表情になるライカにため息を吐く。

 

「なんで思ってること確定なんだよ? 俺は別にライカのこと、『男女』だなんて思ったことは一度もないぞ」

 

「え……!? 一度もですか?」

 

「ああ。むしろ好み……ゴホン。スタイルもかなり良いし。俺には女にしか見えねえよ。……なんだよ? そんなに信じられないことか?」

 

「……で、でも、皆あたしのこと『男女』だって。昨日だってクラスの男子たちが……火野はないって」

 

 火野はない? 何が?

 

 言葉の意味が分からずに首を傾げると、ライカは言い難そうに表情を歪めながらも補足するように呟いた。小さな声で。

 

「か、彼女にするなら」

 

「彼女? それって……ああ、そういうことか」

 

 火野はないって、彼女にするならライカはないってことだったのか。

 

 けどなぁ……この場合、結構な確立でアレだよな。思春期の照れ隠しとか、その場のノリとか、周りが言ってるから自分も言っておくとかいう、まあ、特に深くもない考えから呟かれた軽口だよな。……言われた本人はすごく気にしてるみたいだけど。

 

「まぁ、俺だったらライカみたいな女が彼女だったらすごく嬉しいと思うけどな」

 

「えっ!? なっ……ええっ!?」

 

 今日1番のすげぇオーバーリアクション。もしもお冷に口を付けてる最中だったらぶっかけられてたな。

 

「先輩の彼女って、あたしがですか!?」

 

「もしもライカが彼女だったら嬉しいって話だよ」

 

 告白はしてないからなー?

 

「けど、それでも……。あたしみたいな男女が彼女だと嬉しいだなんて……。そんなこと……」

 

 とても信じられない、という様子のライカ。

 

 ……今日のライカさんは本当に面倒くさいな。

 

 まあ、男勝りで自分に女としての自信がないのは――この1時間ちょっとでわかったけど。実際にはスタイルがよくて美人なのに「自分はかわいくない」って何度も呟いて暗くなるのは、正直嫌味に聞える。俺の髪色もライカみたいな綺麗な金髪だったらどんなに良かったか……いや、これは今考えるのはよそう。それよりもネガティブライカさんのほうをどうにかするのが専決だ。

 

「――まっ、とにかくだ。ライカ自身が自分のことをどう思ってようと、俺には――俺から見た火野ライカは美人でスタイルの良い、ちゃんとした『女』に見えてるから。そんなに自分のことを『男女』だなんて何度も卑下しないでもいいんじゃないか?」

 

「レオン先輩……」

 

 ライカは俺の顔を見つめ――ゆっくり、じわっとライカのライトグリーンの瞳が輝きを増して始め、

 

 ――ポタッ。

 

 小さな滴が机に落ちて跳ねた。

 

 ……へ? 

 

「……あ、ありがとう、ございます……。あたし、今までずっとそんなこと言われたことなくて……」

 

 ――ポタッ、ポタポタッ。

 

 いくつもの滴がおち始め、机に落ちては跳ねる。

 

 ずずぅ、っと鼻を啜る音がライカのほうから聞えてくる。

 

 ちょ……!? え……。

 

「す、すみません……あたし……」

 

 そう言って手で目元を隠すライカ。

 

 手の隙間からは滴が頬を伝って机へと――、

 

 な……泣いたぁああああああ!? ええっ!? ど……いきなり、え……!? なんでだ!? 俺の所為? 俺の所為だよな? 俺の所為か。俺の所為なのかぁあああ!? 

 

 と、とりあえずどうする? 謝るか? とりあえず謝るのはてっとり早くて良い手だが、何について謝るんだよ!? 俺の今までの会話で謝るところなんてねえだろ。……ないよな? えー……っと。そもそもライカが泣いた理由は、アレでアレがアレなんだから……謝るのはやっぱりおかしいよな、うん。

 

 ――そうすると、この場合は、

 

「――ほら、使えよ」

 

 ポケットからハンカチを取り出してライカへと渡す。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 濁点が付きそうなお礼を言われた俺はライカの頭へと手を伸ばし、ポンッと手を置いた。ちょっとクセはあるが、サラサラとした細い女の子の髪だな。つーか、綺麗に色が統一されてて綺麗だし、羨ましい。

 

「――っ」

 

 目元に当てたハンカチの間から、少し赤くなったライトグリーンの瞳がこちらを窺うように視線を向けてきた。

 

 俺はその視線を正面から、微笑という名のポーカーフェイスで受け止め、ライカの頭をやさしく撫でる。

 

「よしよし……」

 

「…………」

 

 ……うん。

 

 俺の行動にライカはポカーン、無言からの涙大量排出&鼻を啜る回数増加コンボが発動しちまった……。

 

 ラノベ主人公しかり、エロゲ主人公しかりの「撫でポ」なんて高等テクは狙ってなかったけど、さらに状況が悪化するとは……。

 

 あー……でも、よーく思い出せば、泣いてるところを慰めると気と一緒に涙腺も緩んで決壊するのが自然だったな。ライカが号泣してしまったのも当然のことだろう。

 

「ううぅ……レオンぜんばぃいい……」

 

「よしよし」

 

 ――しかし、だが、

 

 お冷を貰って注文もせず、店の奥の席で女の子を号泣させた男として、店員、客問わず周りからの視線が痛い。嫌悪感を通り越して殺気みたいなものも向けられてる気がする――が、今は耐えるしかねえんだよなぁ。……号泣については俺が原因みたいなものだし。

 

 ほらほら、もうこの際だ! これまで溜め込んだストレスとか不満とか、負の感情をもろもろ全部吐き出しちまえ! 最後までこのレオン先輩が付き合ってやんよ!

 

 

 

 

 

 

 号泣すること数分。ようやく落ち着きを取り戻したライカが恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「……すみませんでした、レオン先輩」

 

「別に気にしてないさ」

 

 そう言って俺はすっかり氷も解けてしまったお冷を傾ける。……まあ、ライカの号泣で周りからの視線は痛かったけど、半ば自業自得みたいなものだからな。気にしてないのは本当だ。むしろレアなライカの泣き顔が見れただけでも……と、蒸し返すのはさすがにマズいか。

 

 俺は話を切り替えるようにメニューを手に取り、テーブルに広げた。

 

「じゃあ、飯でも食べるか。今日は俺が全部おごってやるから、なんでも好きなもの食べて良いぞ」

 

「ほんとですか! よっしゃー、ごちになります!」

 

 爛々と、少し赤くなってるライトグリーンの瞳を輝かせてメニューを見つめるライカ。椅子から身を乗り出して「どれにしよっかなぁー?」なんて鼻歌混じりに料理を選んでいる。

 

 ……相変わらず切り替えが早いというか、もう大丈夫そうだ。

 

「これに、これもいいなぁ……。先輩、いくつまで頼んでいんですか?」

 

「ん? ああ、俺のお財布事情なんて気にしないで食べられるなら食べられるだけ頼んでいいぞ。これでもSランク武偵として高給取りだからな。懐は暖かいんだ」

 

「ほんとですか! じゃあ、これも頼もうかなぁー」

 

 嬉しそうにメニューからいくつかの料理を選択したライカは、近くにいた店員を呼んで料理を注文し始める。俺もライカに次いで、あらかじめ決めておいた料理を注文した。

 

 そして、しばらく。

 

 たて続けに、ところ狭しにテーブルの上へと置かれていく料理たち。5人……いや、6人前はありそうな量ではあるが、これで全部というわけじゃない。まだいくつかの料理が残っていた。

 

「じゃっ、食べるか」

 

「はい、先輩!」

 

 料理が並んだところで俺はライカと一緒に手を合わせ、あらゆるものに感謝を捧げ、

 

「「いただきます」」

 

 料理を食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いいなぁ、すごっく美味しそう……。しかもあんなにたくさん。あたしも食べたいなぁ……」

 

「涎が出てますわよ、あかりさん。それより、あの男ですわ……ッ! お姉さまを泣かせた上に今度は餌付けするなんて! ああ、なんて卑怯で下劣な男なんでしょう!」

 

「じゅるる……。で、でも、麒麟ちゃん。レオン先輩は卑怯でも下劣な人でもないと思うよ。強襲科での評判もいい、面倒見の良い先輩だし……あたしにもたまにお菓子とか、ご飯おごってくれてね……」

 

「お姉さまもあかりさんも皆さんも、あの男に騙されてるんですわ! 面倒見の良いのは強襲科の女子生徒を手篭めにするための作戦! あの霧島レオンがこれまで何人の女を泣かせていると思うんですの!?」

 

「ええっ!? 泣かせてるって……ええーっ!? あのレオン先輩が!? ……あ。で、でも……レオン先輩が誰かと付き合ってるなんて聞いたことないけど……?」

 

「なにも付き合ってる付き合ってないだけが関係じゃありませんでしょ。私の戦姉……元戦姉のお姉さまは、あの男に毎回のようにこき使われるだけこき使われたり、貢がせるだけ貢がせていっつもポイっ、なんですわよ! そのクセ高千穂麗という戦妹のアプローチを受けていたり、クエストだとか理由付けて『なごじょ』に通ってハーレム気分を満喫しながら『なごじょ』の方々と乳くりあってたんですのよ! しかも、理子お姉さまを放置して! ムキーッ! 絶対に許されることではありませんわ!」

 

「お、落ち着いてよ麒麟ちゃんっ。さすがにバレちゃうよっ」

 

「バレたときはバレたときですわ! 今度という今度こそは理子お姉さま仕込みの拳法であの男のを潰し、二度と私のお姉さまたちや他の女子生徒たちにも手を出せなくして差し上げますわ!」

 

「うわわわ……麒麟ちゃんからどす黒いオーラが溢れちゃってるよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えて、店を出る。

 

「ぷはぁーっ、食った食った」

 

「な? 結構美味かっただろ」

 

「はい! 先輩の言った通りデザートもほんと美味しかったです」

 

 上機嫌で嬉しそうな笑顔を浮べるライカ。そうまで喜んでもらえると、こっちも奢った甲斐があったというもの。俺も笑みを浮かべて「それはよかった」と頷いた。

 

 ライカと2人、秋葉原を歩きながら、ふと俺は口を開く。

 

「――さてと。これからどうする? 昼飯は食べたし、このまま一緒にどこか行くか? 別に予定があるのなら解散でもいいが」

 

「ど、どこかって……えーっと、もしかしてその……それってデートのお誘い、ですか?」

 

 言い難そうに、気まずそうに視線を逸らしながら呟いたライカ。

 

 正直、俺からしたら最初からデートのつもりだったんだけどなぁ。ハッキリとデートに誘ったわけだし。まあ、これからデートってことでもいいか。

 

「ああ、デートのお誘いってやつだよ。ライカが行きたいところならどこでも付き合ってやるぞ」

 

「――っ! ほんとにいいんですか?」

 

「もちろん。――ああけど、下着売り場とかは勘弁してもらえると嬉しいな。さすがにそこはハードルが高すぎる」

 

「下着売り場って……何言ってるんですか、レオン先輩っ」

 

「ハハハッ、冗談だよ、冗談」

 

「もうっ……」

 

 ライカは頬を赤くして拗ねる。そんな子供っぽくてかわいらしいライカに笑みを浮かべていると、ライカは俺を置き去りにするように早歩きで進み、数歩分進んだ辺りで不意に立ち止まった。

 

 視線の先に存在する雑居ビルを思いつめたように眺め、数秒――。

 

 ライカは深呼吸を繰り返し、真剣な眼差しで俺を見つめてきた。

 

 いきなり、どうしたんだ? 何かあの雑居ビルにあるのか?

 

 正面からライカを見つめ返したまま戸惑う俺に、ライカはゆっくりと口を開いた。

 

「本当にどこでも……いいんですよね?」

 

 恐る恐る、確認するように呟いたライカに「ああ」と頷く。

 

 それを確認したライカは「じゃあ、付いてきてください」と言って、歩き出した。向う場所は先ほどライカが見つめていた雑居ビルだ。

 

 話しかけるのもはばかられるような真剣な雰囲気を身に纏い、俺の数歩先を歩くライカから視線を外し、雑居ビルに掲げられたいくつもの看板を見上げていく。

 

 雑居ビルは7階建てで、1階は本屋、2階は人形売り場、3階は同人誌売り場、4階は漫画に使うトーンやフィギュアに使用する塗料などを扱う雑貨売り場で、5階からはイメージカラーがピンク色な店が最上階まで続いていた。

 

 ……いや、まさか、な……。

 

 下着売り場とか、冗談でも俺が言った所為か? いや、元々ライカが行きたかった場所なんじゃ……。しかし、あのライカが行くか? ……むしろ行けるのか? 18歳以上しか入店できないのに。けど、今のライカの服装は武偵高の制服じゃないし……。あっ! この帽子に顔を隠すデカいサングラスって年齢を誤魔化すためのアイテムだったりするんじゃないか? 元々ライカは同世代の女子と比べて身長も発育もいいから、18歳以上に見られないこともないし、俺が店員だとして、今のライカの格好ならスルーしてしまうと思う。しかし、ピンク色な店って……。ライカには早過ぎないか? ……いや、武偵に限っては早いも遅いもないか。CVRの生徒はそういうこと(・・・・・・)を専門に教育させられ、クエストでもやってるし。CVRの生徒じゃなくても麗はエロい……。万年盛ってるウサギのようにいつもベッドに誘ってくるからな。年齢なんてのは武偵には関係ないだろう。

 

「――って、そんなことあるはずがないか」

 

 顔を左右に振って今までの考えを否定する。

 

 そもそも、どこの世界にデートでピンクな店に連れていく女子高生がいるというんだ。一緒に大人のおもちゃ売り場を見学とかありえないだろう。20を超えたラブラブカップルでもそんなことしねえよ。するやつは特殊な性癖の持ち主かハイテンションのバカぐらいなものだろ。それに、うちのライカに限ってそんなエロい場所にデートで連れ込んだりするわけが……

 

「……で、出来れば、引かないでくださいね、レオン先輩」

 

 ……え? なに? 連れて行ったら引くだろう場所に連れていくつもりなの? 

 

「これまで誰にも話してなくて、自分では恥ずかしいとか似合わないって思ってた趣味なんですけど……」

 

 目的地へと向うエレベーター内のボタンを押して、頬赤らめてるライカ。

 

 おい何番を押した!? 何階のボタンを押したんだよー!? 恥ずかしい場所って、おい、おいおいおいおい!? アレか? アレなのか!? 俺の予想通りの場所なのか!? ……それはそれで――

 

 周りをモザイクで覆われた、イメージカラーがピンク色の店で大人しか買えないおもちゃを恥ずかしそうに勧めてくるライカ。

 

 ウィンウィンとモーター音が鳴るおもちゃを片手に「へえ、結構激しいんだな」とニヒルに呟くライカ。

 

 喫茶店で言った「男女には見えない」っていう俺の発言を証明するよう求め、「これを使ってみてくれませんか」と正方形の小さい包装紙に包まれたアレを渡してくるライカ。

 

「ある意味下着売り場ですよね」と悪戯っぽく微笑み、俺の精神をガリガリと削るような布切れを見せてくるライカ。

 

 ――これ、どんなエロゲのシチュ?

 

 下半身に血液が集まり始め、前かがみになりそうになるが、済んでのところで堪える!

 

 確かにおいしいシチュエーションだが、ダメだ! 俺にもライカにもあまりにもこのイベントは早すぎる! つーか、逮捕されるぞ!

 

 スコア900越えのクエストでもしないような緊張を感じ、全身からだらだらと汗を流す。

 

 恥ずかしそうにボタンを隠すようにして入り口前に立ってるライカの後姿を見つめ、

 

 静まれ俺! 妄想するんじゃない! 相手はお前が面倒見たこともある後輩なんだぞ! 先輩として後輩に手を出すのは……しかし、それはそれでおいしいシチュ……ああクソッ、考えないようにするとむしろ考えちまう!

 

 数秒を数分、数十分にも感じながら、頭のなかで両手で頭を抱えて身悶えていると、チーンという音に次いでエレベータが停止した。

 

 ゆっくりと左右に開かれていくエレベーターの扉。

 

 扉の向こう側が俺には輝いて見え、緊張で表情を硬くしながらも光りに向っていくライカが、吹っ切れたような笑顔を見せたライカが、いつもより綺麗に見えた。

 

「――これが、あたしの趣味です」

 

 そして、その言葉と共に見せられたものは――

 

「……にん、ぎょう? フィギュア、なのか?」

 

 オタク趣味が染み付いた俺には馴染みの深い、フィギュアや人形がところ狭しに並べられた店内だった。

 

 ライカは店内を見つめ、恥ずかしそうに呟き始めた。

 

「こんなあたしには似合わないだろうけど……。あたし、人形とかかわいい服とかが好きで、少女漫画とかも読んだりするんです」

 

「そう、なのか……」

 

「はい……。やっぱり、似合わないですよね? あたしには……」

 

 無理矢理笑顔を作るライカだが、俺は正直これまでくる間に予想していた店じゃなかったことに安心していた。

 

 いやー、やっぱりライカが年齢制限のある店に俺を連れ込むわけないよなぁー。アハハハハ、なんてバカな予想してたんだろ。だから俺は探偵科でもランクが低いままなんだよ。

 

 ――っと。

 

 無言の俺にライカが泣きそうになってる。早く弁解しないとまた厄介なことになっちまう。

 

 俺はエレベーターから出て、ライカの隣に並んで呟く。明かされたライカの趣味を前にして感じたことを、素直に。

 

「まぁ、確かにいつものライカのイメージには合わないけどさ。別にそんなこと気にしないでいいと俺は思うぞ。そもそも趣味ってのは、似合う似合わないってことで選ぶものでもないし。俺だってほら」

 

 俺は片手に持った紙袋からゲームを取り出してライカに見せる。ゲームのタイトルは『妹ゴス』、パッケージには美少女の絵が描かれていた。

 

「こんなナリでもオタク趣味で、ギャルゲーもエロゲーも大好きだしな」

 

「レオン先輩……」

 

「ま、人様に迷惑が掛からないなら趣味は人の自由だと俺は思ってるから。ライカがどんな趣味をしていようと、俺は受け入れるつもりだ」

 

 ……まぁ、さすがにピンク色やモザイクで見せれないような趣味だったら、受け入れるまで多少時間が掛かったと思うけど。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 その言葉と共に再び涙を浮べるライカだが、俺も学習している。俺はライカの手を取って、

 

「ほら、行こうぜ。見て周るんだろ」

 

 フィギュアや人形がところ狭しに飾られた店内を歩き出した。

 



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第6話

 信じられるか、年末から今日まで風邪引いて苦しんでたんだぜ……。しかも、喉を直撃して今もよくしゃべれず、タンが詰まるんだ。


 秋葉原に存在するデパートの屋上で、ライカが徒手格闘するために長い髪をリボンで縛る。ライカの視線の先には、武偵高の制服に身を包んだ金髪の少女――島 麒麟(きりん)が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

 数メートルほどの距離を開けた2人のほぼ中央に審判、進行役を勤めることになった間宮あかりが確認するように口を開いた。

 

「じゃあ――時間無制限、武偵柔術ルールで投極打、全部あり。銃、ナイフ以外の道具使用はあり。ギブアップするか、背中が地面についたほうが負けだよ」

 

 間宮がルールを読み上げると同時に、2人が本格的に戦闘態勢へ移行する。

 

「アタシが勝ったら二度と近づくな」

 

「あの男とお姉さまが2人で居たことは予定外でしたけど、今日戦う事は予定済みでしたのよ」

 

 手を鳴らしながら凄むライカに対し、麒麟は独特の構えをとった。

 

 体を半身にして左腕と左足を相手に向ける構え、

 

「――中国拳法(クンフー)か」

 

「前の戦姉から教わりましたの」

 

 ライカの予想を肯定する麒麟。構えは立派だが、いかんせんライカと麒麟では体格差がありすぎる。

 

 おまけに麒麟は武偵でも専門はCVR――ハニートラップ専門であり、見るからに非力。年齢もライカより下で、本来なら後方支援や参謀役がメインの、直接戦闘を苦手とする武偵だ。しかも今ライカに見せている中国拳法も所詮は1年ほどしか鍛錬していない付け焼刃で、たいした戦闘経験もない。戦闘能力はほとんど皆無に等しい、根っからの後衛タイプの武偵である。

 

 そして、そんな麒麟と相対するライカといえば、武偵高でも荒事を専門とする強襲科のBランク武偵。持ち前の高い身体能力に加え、近接格闘術にも優れていて、あの蘭豹が一押しする将来有望な女性武偵だ。

 

 子供でも命中させる技術があれば大人にもダメージが与えることのできる拳銃やナイフの使用が認めらないこのルールなら、もはや麒麟の勝ち目は皆無。仮に俺の予想よりも中国拳法の錬度を高めていようとも、ウエイトやリーチの関係でまともにダメージも与えられずにやられてしまう可能性が高い。……まあ、俺のような不思議肉体をもっていれば別だが。麒麟の場合は見た目通りの華奢で非力だ。筋力や体力ではライカに遠く及ばない。

 

 ライカも俺と同じように自分の有利と勝利を確信している様子で余裕の笑みを浮かべ、

 

「いいんだぜ、銃とナイフ以外なら何使ってもよォ!」

 

 真っ向から麒麟へと向って駆け出し、様子見とばかりに蹴りを放った。

 

 麒麟はそれに回避ではなく、膝を上げて蹴りを受け止める。

 

 ……む? 麒麟なら今のは避けれただろ。なんで避けなかったんだ? 体格を含めて近接系は総合的に劣ってるんだから下手に足を止めるとここぞとばかりに追撃が――

 

「~~っ!?」

 

 ――こなかった。

 

 それどころかライカの蹴りを受け止めるために上げた膝と、膝を上げたことでふんだんにフリルがあしらわれた改造ゴスロリ防弾制服のミニスカートが捲れ――中身が見えそうになり、その光景を前にしたライカが追撃することも忘れて立ち止まってしまったのだ。

 

 蹴りを受け止めても膝を大きく上げたままの姿勢を保つ麒麟。その姿に顔を赤くして戸惑うライカ。そんなライカの様子を麒麟は満足そうに眺めて、ここぞとばかりに口を開いた。

 

「これ、私なりに備えをしてきましたの」

 

 ミニスカートを両手で摘まみ、

 

「お好きなんでしょう? こういうの」

 

 ちっこい外見にそぐわない妖艶な微笑みをライカに向ける。

 

 言われたライカはというと、

 

「~~~~っ!?」

 

 ――湯気が幻視できるほど顔全体を真っ赤にしていた。

 

 …………。

 

 ……さらに、言われてない間宮まで赤くなってた。

 

 間宮ってやっぱり百合……だよな? 前にアリアのポスターを諜報科から購入してたし、最近はアリアの戦妹になって一緒に風呂に入ったとか強襲科の訓練場で永延と嬉しそうに語ってたからなぁ。……間宮の親友といい、百合かもしれない。

 

 そして、麒麟に頬を染めてるライカも百合――なのか? む~……ライカは正直判断に困るな。今日明らかになった少女趣味といい、別に女が好きってわけでもなさそうじゃないし。純粋にかわいいものが好きなヤツだと思う。いや、そう思いたい。間違ってもすでに手遅れっぽいヤンデレてる間宮の親友、ガチ百合の佐々木のようになって欲しくはない。だから、俺はお前を信じてるぞ、ライカ。

 

 ――あと、ちなみに。

 

 俺は年下の幼児体型にいまいち性欲が湧かないので、麒麟がスカートを捲り上げようとまったく気にならない。精々はしたないなぁと思うぐらいだ。スカートの奥に白い布切れが覗けていようとノーリアクション。

 

 まあ、それに加えて去年麒麟は理子の戦妹だったから、その性格や趣向。男=汚物や害虫などと考えているガチ百合の腹黒幼女だということを俺は嫌というほど知ったり、被害に会ったりしているのでさらに性欲は湧かなかったりしているのだが。

 

 だがしかし、それを全く知らないライカは麒麟の術中に見事に嵌り、激しく動揺。動きが見るから悪くなっていて、攻めることすら忘れて混乱していた。

 

「す、すきっ、すきっ……」

 

「――なんですか? お姉さま?」

 

 動揺している隙に距離を詰め、挑発するように顔を近づけて微笑む麒麟。微笑みを向けられたライカはさらに動揺して、

 

「……~~隙だらけだ、お前は――!」」

 

 無理矢理、力任せに麒麟の腕をとって1本背負いを仕掛けた。

 

 あーあ、重心も崩していないし、力任せで色々甘い。いくらなんでも動揺しすぎだ。せっかく持ってる技術がまるで発揮されてない。

 

 なので、屋上の床に叩き付けるほうが明らかにダメージを与えられた上で、勝負にも勝利する方法があるというのに、ライカはそれを忘れて考えなしに投げ飛ばそうとし――麒麟は投げ飛ばされる途中の、拘束が緩み始めた瞬間を狙い、試合前から肌身離さず片手で持っていたキリンのぬいぐるみを地面に向って投げる。

 

「いきなさい! ジョナサン3号!」

 

 そんな声と共に投げられたキリンのぬいぐるみは、錘が入っていたのか、ゴトンと大きな音で地面に着地する。

 

「――っ」

 

 その確かに普通のぬいぐるみとはちがう着地音に、ライカが表情を引き締め、ただのぬいぐるみではないと警戒した瞬間――。

 

 その隙を狙い、麒麟が背負い投げから完全に脱出。

 

 そのままひらりっと宙を舞い、キリンのぬいぐるみの頭へと片足で着地した。

 

 そして、その上でくるりと1回点してライカを見ると、

 

「麒麟は、背高のっぽですの、お姉さま」

 

 微笑んで、ライカの唇の端にキスをしながら足を掛け、ライカをそのまま押し倒した。

 

 バタンと、抵抗もしないで倒れてしまうライカ。

 

 それを見た間宮は遅れながら呆れながらも勝者の名前を呼んだ。

 

「……えと、1本。島麒麟の勝ち」

 

「…………。――えっ!?」

 

 いや、そう何度も見なくても背中が地面に付いてるから。ていうか、これが決着なのか……。そもそもどうしてこんなことになってるんだ? ライカと人形店でデートしてたはずなのに……。

 

 

 

 

 

 

 ライカと麒麟の突然のガチバトル。そのすべての始まりは、人形店でのことだった。

 

 人形についてすごい知識量を有するライカに案内されながら2人で人形店を見て周っていると、間宮と麒麟がエレベーターから出てきたのだ。

 

 ――間宮と麒麟と秋葉原の人形店で遭遇。

 

 これだけならただの偶然だと済ませられるかもしれないが、エレベーターから出た2人は急いで物陰に隠れ、俺たちの様子を遠目から観察するように見つめてきたのだ。しかも、片方はレースのハンカチを口に咥え、歯軋りしながら。……いわなくても麒麟である。

 

 この時点で片方――ガチ百合の姉系好きの麒麟がライカを性的に狙ってストーカーしていることに気づいた俺が、人形が並べられた棚の後ろに隠れていた間宮と麒麟に話しかけ、それから……それから……。

 

 見つけられた麒麟が「少女趣味……ぷぷっ」、「尾行(ストーカー)に気づかないほうが悪いんですわ」とライカを挑発して、挑発されたライカはそれに面白いぐらいに乗っかり、戦妹試験に移行。

 

 戦闘モードに移行したライカと策を巡らせているだろう麒麟を尻目に、麒麟に付き合わされて一緒に尾行していた間宮に詳しい事情を聞くところ。ライカは数日前から戦妹にしてくれと麒麟に付きまとわれていたらしい。ちなみに戦姉妹契約を持ちかけられたライカはというと、高校1年の未熟者が、しかもCVRの戦妹を持つ意味や理由が分からず戦姉妹契約を拒否していたそうだ。

 

 間宮は「戦姉妹契約ぐらいしてあげればいいのに」と、あまり深く考えることなく麒麟に味方しているようだが、この場合、ライカの判断のほうが正しいだろう。

 

 そもそも高校1年になったばかりのヒヨっ子、しかもBランク武偵がまったくジャンルが違う科目の生徒と戦姉妹契約を結ぶ必要も利点もあまりない。戦姉妹契約を結んで戦妹を育てる暇があるなら自分のランクを上げたほうが有意義である。

 

 そして、何よりもライカは生まれて初めての戦姉妹契約。初めての戦姉妹契約の相手がCVRの武偵なんて、教える側にとっても学ぶ側にとってもハードルが高すぎる。最悪、どちらかの専門科目に引きずられ、これまで築いてきた戦闘スタイルに歪みが出来かねない。

 

 なので俺は正式に記録として残ってしまう戦姉妹契約よりも、普通の友達だったり、パーティメンバーでいるほうを押したいところだが――時はすでに遅し。

 

「戦姉っ、戦姉っ」

 

 デパートの屋上で行なわれた戦姉妹試験に見事(?)勝利し、麒麟は正式に戦姉妹契約を結んで戦妹になってしまっている。

 

 これを覆すことは、実質俺には不可能だった。

 

 晴れて正式にライカの戦妹となった麒麟はデパートの屋上からメイド喫茶へと場所を移してもライカの腕に抱きつき、ニコニコ笑顔を浮べていた。俺が向かい側の席――正確には正面ではなく、斜め左の席――に座っているというのに笑顔を崩すことなく、まるで視界にさえ入ってないようにライカの腕に体をすり寄せる。

 

 思わず見ているほうが苦笑いを浮べてしまう麒麟の擦り寄りっぷりに、当のライカは疲れ様子でされるがままになっている。どこにも視線を合わることなく、時折疲れた様子で息を吐く。

 

 ちなみに現在座っている席は、俺と間宮が並んで座り、その向かい側の席にライカと麒麟。俺の正面には当然、ライカが座っている。ガチ百合で、男=害虫と思っている麒麟が男の正面に座ったり、隣に座るなんてあり得ないからだ。

 

 俺の隣に座っている間宮が、苺のショートケーキにフォークを付きたてながらライカに言う。

 

「初めて見ちゃったよ。ライカが徒手格闘で負けるの」

 

「…………」

 

 間宮を無視して、視線を逸らしたままジュースを飲むライカ。そんなあからさまな対応に、間宮は意地悪な笑みを浮かべてある指摘をする。

 

「でも、倒された時、ちょっとヘンだったぞー?」

 

「――ッ!」

 

 ギクッとライカがジュースを噴く。

 

 濡れた口元を袖で拭きながら、

 

「…………。~~るっせーな!」

 

 と、さらに間宮から視線を逸らすライカ。相変わらず分かりやすいライカのリアクションに、間宮は確信を得て笑みを深めた。

 

「へへへっ、やっぱりね」

 

「え!? ど、どういうことですの?」

 

 意味深な間宮の笑みに、何かを感じた麒麟が訊ねた。間宮は苺を刺したフォークを揺らしながら得意げに、本来のライカなら最後の麒麟の足技をかわして投げに入っていたと説明する。

 

 間宮の話を聞いて、目に見えて落ち込む麒麟。

 

 そんな見るからに落ち込んでいる麒麟を見かねて、ライカが大声で言う。

 

「い……『いい』って思ったんだよ! あのときは!」

 

「……?」

 

「お前を戦妹いしてやってもいいかっ……て」

 

「だからしょぼくれんな」

 

「キャッ!」

 

 強引に麒麟の頭を撫でるライカ。

 

 そんな姿を微笑ましく思ったのか、それとも落ち込ませる原因を作った罪悪感からか、間宮が麒麟を励ますように呟いた。

 

「ライカにそう思わせたのは麒麟ちゃんだよ」

 

「えっ」

 

「すごく頑張り屋さんだし、かわいいし」

 

「間宮さま……!」

 

「麒麟ちゃん。ライカをよろしくね」

 

「はいですの!」

 

「――バ! バカ! 余計な事言うなよ!」

 

 間宮と麒麟のやり取りに真っ赤になるライカだが……2人とも、何か忘れてないか? 麒麟はCVRの生徒なんだぜ。最初からライカに勝てないことは織り込み済みだっただろうし、さっきの戦姉妹試験でも最初から実力で勝とうとはしていなかった。つまりは全部麒麟の作戦なんだよ。

 

 ライカの性格や趣向を読み取り、弱点を調べてあげて。あえて相手の土俵で勝負するように見せかけ、余裕と油断を大きくさせる。体力でも格闘技術でも劣ることは分かりきっていたから最初からライカには何もさせるつもりなんてなく、短期決戦のつもりで動揺したところをここぞとばかりに攻め立て、混乱させて選択肢を減らし、あえて無防備に近づくことで行動パターンを単調にさせ、ワザと投げられた。鉛入りの人形にライカが警戒することも当然織り込み済みで、最後の言葉とキス、どさくさに紛れて足をかけて倒したことも、すべて麒麟の計算通り。

 

 当然、ライカの得意なコンビネーションや足技の豊富さも調べ上げていて、それをさせないための策略なんだから、

 

 今こうしてライカに慰められていることも、麒麟の計算だったりするんだよなぁ……。 

 

「あっ、そういえばレオン先輩はなんでライカと一緒にいたんですか?」

 

「ここでそれを訊くのか、間宮……」

 

「うっ……」

 

 どうやら本人も聞くタイミングが悪いことはわかっているらしい。散々放置していきなり話題振ったんだからな。

 

「まぁいいけどな。――今日はライカと2人でデートしてたんだよ」

 

「ちょっ!? 先輩ッ!?」

 

「なんですってっ!? お姉さま、嘘ですわよね!? こんな優柔不断の鬼畜なんかとデートしていたなんて、嘘なんですわよね!? ねえ、お姉さま!」

 

「あ、う……そ、それは……」

 

 間髪入れない麒麟からの問いかけに、ライカが顔を真っ赤にして言い淀む。間宮はそんなライカを見て、からかうような笑みを浮べて呟いた。……2人とも俺に対する麒麟の扱いにはスルーのようだ。

 

「へぇー、やっぱりそうだったんだね、ライカ」

 

「あっ、あかりまで……。ていうか、やっぱりってなんだよッ!?」

 

「だってライカとレオン先輩、駅で会ってからずっと一緒でデートの定番っぽいところ見て周ってたし」

 

「そ、それは……レオン先輩が……。っていうか、駅からずっとつけてたのかよ!?」

 

「それはまあ……今はいいでしょ。それよりもほら、途中色々あったみたいだけど、結局ライカも楽しんでたじゃん? それにさ、男の子と女の子が2人っきりで買い物すること事態がデートでしょ」

 

「あ……うぅ……」

 

 すごい、あの間宮が怒涛の責めを見せてライカがなす統べなく追い詰められてる……。

 

「そうですわ、お姉さまッ! 途中立ち寄った喫茶店でこの鬼畜男に泣かされてましたわよね!? あれはいった……」

 

「わーっ! わぁあああー! 何言ってやがんだ、お前ぇええええ!?」

 

「――むぐっ!?」

 

 ボフンと顔を真っ赤にして急いで、無理やり手で麒麟の口を閉じさせるライカ。麒麟はライカの手を両手で剥がそうとしながら、口が塞がれた状態で無理矢理呟く。

 

「ふぇふぇえふぇふぁ、ふぇふふぇいふぇてくふぁふぁいふぁふぇ!(お姉さま、説明してくださいませ!)」

 

 麒麟から真っ直ぐ向けられる視線にライカは顔を赤らめ、こちらへ助けを求めるよう、アイコンタクトをしてくるが、

 

 ここで俺が加わったらさらにこじれるだろ、と注文したコーヒーに口を付ける。

 

「先輩ぃ……」

 

 情けない声を出すな、ライカ。まがりなりにも後輩を指導する戦姉になったんだろう。あ、麒麟が強引にライカの手を振りほどいた。

 

「とにかく、男はもとより、こんな鬼畜男が恋人なんてこの麒麟が認めませんからねっ! 泣いてるところを慰められてデレるのは私だけにしてくださいまし!」

 

「泣いてねえし誰もデレてねーよっ! つか、あたしはツンデレでもねえ! そもそもあたしが誰と付き合おうがおまえにはかんけーねえだろうがっ!」

 

「麒麟はお姉さまの戦妹です!」

 

「うっ……。って、それが何か関係あるのかよ!?」

 

「当然ありますわ! 戦妹には戦姉が間違いを犯そうとしたとき、止める権利がありますわ!」

 

「間違いってそれとこれは別の話だろうが!」

 

「いいえ、一緒ですわ!」

 

 うおー、ヒートアップしてる。ていうか、麒麟。鬼畜男って。先輩だからもう少し、なぁ? 確かに理子にライカと、お前が狙ってる『お姉さま』の側にいるから敵視するのも分からないでもないがよぉ……。俺は仮にも1年先輩だぞ?

 

 しかし、ここで俺が麒麟を注意して直るわけがないので、黙ってコーヒーを飲む。

 

「あの、レオン先輩」

 

 ヒートアップして言い争いを繰り広げているライカと麒麟に気づかれないよう、間宮が小声で話しかけてきた。

 

「ん。どうかしたか、間宮」

 

「本当のところはどうだったんですか? ほんとはライカと付き合ってたり……?」

 

「いや、別に付き合ったりとかしてないぞ。あくまで俺とライカの関係は強襲科の先輩後輩だ」

 

「でも、今日はデートしてたんですよね?」

 

「まあな。偶然駅で会って、デートしたよ」

 

「…………」

 

「……どうかしたか?」

 

 間宮のヤツが急に黙り込んで、俺を睨み始めたんだが。何か悪いことでも言ったか?

 

 戸惑う俺に、ゆっくりと間宮が口を開く。

 

「付き合ってないのにデートしたんですか?」

 

「? それが何か悪いのか?」

 

「悪……くはないですけど、デートってのは付き合ってる人たちがするものであって付き合ってない人たちがするのはデートとは言わないんじゃないかなと私は思ってですねライカは日ごろからレオン先輩を尊敬してて、そもそもレオン先輩には2年の……」

 

「――待った。その辺りでストップ」

 

 これ以上は長くなりそうだ。つーか、ブツブツ呟く姿が地味にホラーで怖い。

 

 俺は不満げに頬を膨らませる間宮に視線を向けて、弁解するために口を開く。

 

「別にお互い誰かと付き合ってるわけでもないんだ。デートぐらいしてもいいだろ」

 

「へ? 誰とも付き合ってないって……レオン先輩って2年の峰先輩と付き合ってたんじゃなかったんですか?」

 

 意外そうに目を大きくさせて驚く間宮。

 

「……またそれかよ。なんで皆、俺が理子と付き合ってるって思ってんだ? あいつと俺はよくコンビを組む相棒であって、おまえらが想像してるような男女の関係なんてないぞ」

 

「で、でも。峰先輩とよくほ……ホテルとか行って、あ、朝帰りしたとか……」

 

「それは一緒に受けてるクエストの作戦を確認したり、現場の下見だったりで、そのまま徹夜でゲームしたりってのが理由だよ」

 

「じゃあ、よく腕組んで帰ったり、き……キスしたりってのは?」

 

「あいつからしたら全部スキンシップの範疇。ちなみにキスはしてないぞ」

 

 ……たまに、頬っぺたにはあるが。それは普通だろ。……いや、理子のキスは故郷のアメリカでもないのか。軽くじゃないもんな。

 

「じゃあ、本当に付き合ったりとかはしてないんですね?」

 

「まあな」

 

 頷いてコーヒーを飲み干す。

 

 ……ん? どうしたよ、ライカ。顔に生クリームつけてる間宮と違って俺の顔には何も付いてないだろ。

 

 こちらを窺うように見つめてくるライカに俺は理由を訊ねようとするが、

 

「お姉さま! ダメですわ!」

 

 ライカの隣に座っている麒麟が、絶妙なタイミングで大声を上げて邪魔をする。

 

「こんな朴念仁でフラグメーカーな鬼畜男なんか、お姉さまには相応しくありませんわ! そもそも、お姉さまにはこの麒麟という戦妹がすでにいるじゃありませんか! 恋愛したいのなら私が……」

 

「う、うるさいっ!」

 

 胸を張る麒麟が全て言い終わる前にライカがアイアンクローが顔面を捉える。

 

「ひぎゃんっ!? いたたたた……痛いですわ、おねえさまぁぁ……」

 

 ギリギリと小さな麒麟の顔にライカの指が食い込み、麒麟が悲鳴を上げる。それを見た間宮は「あわわわわわわ……ライカ、さすがにやりすぎだよぉ~」と口元に両手を当てて怯えているが、こいつは麒麟を舐めすぎだ。あの麒麟だぞ。打たれ弱く見せておいて実は打たれ強く、極めて狡猾。こいつのおかげで俺が何度痴漢やセクハラ容疑で逮捕されかけたことか……。

 

「ああぁんっ、痛いですわぁぁ……。んっ、んんっ、ああぁ……お姉さまぁ……」

 

「――っ」

 

 案の定、麒麟の声音が艶かしいものに変わり始め、それを聞かされたライカの顔が真っ赤に染まり――その様子を麒麟は顔を捉えている指の隙間から覗き、愉しみ、

 

「ああんっ、痛い、いたぁーいですわぁぁ……」

 

 ライカの腕を掴もうとするように見せかけ、ライカの胸に触れた。

 

「――っ! どこ触ってやがる!?」

 

「ひぎゅっ!? いた、いたたたた……っ! ど、どことは……? どこを触ってるとおっしゃってるんですの? ……あらら? これは……」

 

 むにむに、もみもみ……。

 

 胸に当てていた手。その手の指を動かして感触を楽しむように揉む。

 

「~~~~っ!」

 

 胸を揉まれたライカは麒麟の顔面から手を離し、麒麟に拳骨を食らわせる。

 

「ひぎゃんっ!? うわ……うわぁああん、痛いですわぁぁ!」

 

 殴られた麒麟は両手で目元を押さえて泣き真似を開始、それを騙されやすい間宮が本当に泣いてると思い、「酷いよ、ライカ。やりすぎだよ。麒麟ちゃんに悪気はなかったのに」なんて麒麟を非難する。ライカは間宮に非難され、泣き続ける麒麟を見ることで罪悪感を感じ、麒麟に優しい言葉をかけたり謝罪して、

 

「お姉さまぁあああ!」

 

「こ、コラ、麒麟! くっつくな!」

 

 この最終的に仲直りするというパターンで麒麟は毎回ライカの胸に顔を埋め、欲望を満たして、さらに距離を縮めようとしているみたいだ。

 

 ……はぁ……。

 

 俺だけ先に帰っていいかな?

 

 目の前で百合百合されるのはものすごい疎外感を感じるんだが。しかも、男1人に対して女3人。しかも全員に百合疑惑があるメンバーだし。

 

「あのー、レオン先輩。これ、注文していいですか?」

 

「ん? ああ、いいぞ。ライカにも結構奢ったし。あと、妹さんの分も持ち帰りで頼んでいいから」

 

「え、本当ですか!? ありがとうございます、レオン先輩!」

 

 そうお礼を言った間宮はニパァーという効果音が似合いそうな笑顔を浮かべ、店員に向って手を上げる。……これで1こ下なんて信じられないな。小学生でも通用しようだ。

 

「えへへへ、パフェ頼んじゃった。本当にありがとうございます、レオン先輩」

 

「どういたしまして」

 

 嬉しそうに笑う間宮の頭に手を置いて撫でる。普通の1つ下の女の子にするには軽率な行動だが、

 

「えへへへへ」

 

 間宮の場合は女の子は女の子でも異性を意識し始める前とあまり大差がないので、心配がない。間宮も嫌がることなく、嬉しそうに目を細めていた。

 

「ほら、ご覧くださいお姉さま。あれがあの男の本性ですわ。朴念仁でフラグメーカーで優柔不断な鬼畜。しかもロリコンなんですわよ。お姉さまが恋慕を抱くに値しない低俗な男ですのよ」

 

「バッ……レオン先輩がロリコンなわけないだろうが! 先輩はあたしみたいな……」

 

「あたしみたいな? なんですか、それは?」

 

「え……あ……それは……なんでもねえよっ。とにかく、先輩はロリコンなんかじゃねえ!」

 

「ですが間宮さまの頭を撫でて笑顔を浮べてましたわ!」

 

「それは……間宮は……ほら、ああ見えてもあたしと同い年だろ? だから、ロリコンじゃなえんだよ」

 

「でしたら、幼児体型好きの変態ですわね!」

 

「なんでそうなるんだよ!?」

 

 再び言い争いを始めるライカと麒麟。そろそろ店の店員から周りの迷惑追い出されそうなんだが……。いや、それより、

 

「あたしの頭を先輩が撫でただけでロリコン疑惑が出て、今度は幼児体型好きの変態なんて……。あたしは麒麟ちゃんよりも年上で、ライカと同い年なのに……」

 

 間宮が影を背負って今にも泣き出しそうになっているんだが、それはいいのか? 2人とも。

 

「間宮……」

 

「……レオン先輩」

 

「強く……生きろ。いつかはきっと、おまえにも成長期がやってくるはずだ」

 

「――っ! ……う、うう……。レオンせんぱぁあああい!」

 

 涙腺決壊。腕にしがみついて泣き出し始める間宮。

 

 しかし、ライカと麒麟の言い争いは止まることはない。むしろさらに加速する。

 

「先輩はロリコンじゃねえし、朴念仁のフラグメーカーでも……ゆ、優柔不断でも……くっ……。き、鬼畜男じゃねえ!」

 

「あらあら。朴念仁とフラグメーカー、優柔不断は認めたようですわね、お姉さま。この調子でロリコンと鬼畜も認めてもらえませんか?」

 

「くうぅっ……」

 

「それでは、霧島レオンに対するロリコン疑惑と鬼畜疑惑を確定させるためにディベートを始めましょうか、お姉さま。もちろん、ロリコン鬼畜男を信じているお姉さまは逃げませんわよね?」

 

「――っ。上等だ! 受けてやるよ、その勝負!」

 

 ライカと麒麟との間で突然開催されたディベート。

 

 皮肉にも先日俺が金次にかけたロリコン疑惑が主題に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、ライカと麒麟の間で繰り広げられたディベートの結末は、麒麟がロリコン疑惑を強めるために用意した材料、「お姉さまは同い年だからロリコンではないと主張してますが、間宮さまは正真正銘の幼児体型! 胸もほとんどないAAカップで、スリーサイズも同い年であるお姉さまと比べると悲惨の一言」と、言ったところで間宮が号泣して、今度こそ店から追い出されたため、強制終了。勝負は無効となったが、間宮の心には傷が刻まれたようだった。

 

 ちなみに、関係に亀裂が入るかもしれないと危惧された間宮と麒麟だが、麒麟のフォロー――理子も使用しているらしい、バストアップの健康器具(7980円)と間宮の妹へのお土産用お菓子をプレゼントしたことで何とかなったようだ。……相変わらず安いな、間宮。そして騙されてるぞ、間宮。理子の巨胸は天然だ。あいつの部屋にあんな健康器具はなかったし、育ちすぎてバランスが取りにくいと愚痴ってたぐらいだ。

 

 しかし、まぁ、何とか円満にまとまってよかったよ。疲れたけど。

 

 休日なのに疲れが増した俺が、麒麟と間宮と別れ、ライカを武偵高の女子寮まで送ってひとりで帰っていると、突然ケータイの着信音が鳴った。着信を知らせる画面には理子の名前が表示されている。

 

 受話器を上げるボタンを押して耳にあてると、 

 

『理子がデートのお誘い断わったからって後輩ちゃんたち3人とデートなんて最低だよ、レオポン。理子りんはお休み返上して働いてたのにぃ……』

 

 第一声でいきなりこんなことを呟かれた。

 

「それは……って、なんでおまえがそれを知ってるんだよ? どこかで見てたのか?」

 

『クエストの下見してるときに偶々見えたの。もぅ、楽しそうにしちゃって。プンプンがおーなんだぞ』

 

「用事ってクエストの下見だったのか。それはすまなかったな。けど、それなら俺も付き合ったのに」

 

 というか、下見するときはいつも理子から誘うのに、なんで今回は誘わなかったんだ?

 

『だったら、これから理子りんの部屋で――って、あううぅ……。そういえば夜にも予定があったんだ。むぅ~~……じゃあ、今度! 今度デートしよ! もちろんレオポンのおごりでね』

 

「はぁ……わかったよ。じゃあ今度な」

 

『うん! なら、許してあ、げ、る♪ ――愛してるよ、レオポン』

 

「はいはい、俺も愛してるー」

 

『むぅ、心が籠もってないぞぉー?』

 

「これでも十分心込めてるつもりなんだが、伝わらなかったか」

 

『つもりじゃだめなんだよ! 「理子ぉおおお、好きだぁあああ! 愛してるぅううううう!」って叫ぶぐらいしないと全然伝わらないね』

 

「……それを実際に俺がやった場合、お前絶対引くだろ」

 

 つーか、そんなキャラでもないだろ……。

 

『理子はぜぇーたい、引かないよ。むしろレオポンにメロメロになって一気にフラグ起っちゃったりするよ! ほらほらぁ、試しに言ってみよ? ねぇ、ちょっとだけ。先っぽだけでいいから、ね? いいでしょ?』

 

「いきなりそのネタをぶっ込むなよ……。はぁ……じゃあ、先っぽ? だけな」

 

『うんうん、さすがレオポン。ノリがいいねぇー』

 

 う、る、さ、い。前言撤回するぞ。

 

 俺は受話器から耳を離してマイクを正面に持ってきて、呟く。なるべく心を込めて。

 

「――理子、好きだ」

 

 …………。

 

 ……ああ、ノリで言うには結構……いや、かなり恥ずかしいな、これ。

 

 名前呼んで、好きだって言うだけで、顔が熱くなる。

 

 遊びでも、その場のノリでも恥ずかしくて顔を覆いたくなる。

 

 改めてアニメや漫画の主人公の凄さが窺えるな。レントン、君ほんとすごいよ。そりゃあエフレカも惚れるわ。

 

『…………』

 

 ……理子さん、そろそろ何か反応は返してくれないかな?

 

『…………』

 

 ほら、笑ってもいいんだよ? いや、いっそのこともう大笑してくれ! ノリに乗ったからってよくよく考えれば、あれはない。何雰囲気出して『好きだ』なんて言ってるんだよ!? うわああああああぁあああ……物心付き始めた頃から15歳の始めまでアメリカだけでなく、世界中でも刻んだ黒歴史にまた新たな黒歴史を刻んだ気分だ。穴があったら入りたい。海があったら飛び込みたい。……もうこのままケータイの電源落としてなかった事にするか。

 

 そう思ってケータイの電源を切ろうとしていると、突然スピーカーから理子の声が聞えてきた。

 

『――私も、レオポンが大好き』

 

 スピーカーから聞えてきた理子の言葉。

 

 その言葉にはいつもの陽気でどこかふざけている感じはなく、心が込められた、嘘が感じられない真剣なもののようで、

 

「――っ」

 

 思わず俺は少女漫画のヒロインのようにトキめいてしまった。

 

 なんだこれ、ドキドキするぞ……。いつもの遊び……なんだよな?

 

「り……」

 

『えへへっ、じゃあまたね。約束、忘れちゃプンプンがおーなんだからね』

 

「ん……あ、ああ。わかってるよ。約束な」

 

『じゃあね、レオポン』

 

 そう言って、受話器が下ろされる。

 

 通話が終了した電話を片手に、俺はしばらくその場から動けなかった。

 

 なんだったんだ、今のは……。






 以下↓ おそらく書く時間がないのに何となく組んだ『ダン間違』のプロローグ。



 瓦礫の山がいくつも出来上がり、炎と、黒々とした煙が立ち昇る迷宮都市オラリオ。

 少年は崩壊した街並みも、迫り来る炎にも目はくれず、空を、黒龍を見上げ続ける。

 だんだん見えなくなってゆく黒龍を真っ直ぐ見つめ続ける少年の脳裏には、今まで見たことも聞いたこともないはずの情景が映し出されていた。

 それはどんな怪人や怪物だろうと、絶対的な存在だろうとワンパンチでやっつけてしまう、最強のヒーローの姿――英雄譚だった。

 奴隷として生を受け、流されるままに生きていた少年の心に、ある思い()が宿る。

 情景のなかのヒーローのように、どんな怪人だろうと怪物だろうと、あまたの冒険者さえも寄せ付けない強さを見せた黒龍さえもワンパンチでやっつけることのできるヒーローなりたいと。

 憧れのような思いを抱いた少年は強くなるためのトレーニングを始めて数年後――。

 情景のなかのヒーローとは違い、禿げることなく成長を遂げ、青年となった少年には、もう敵と呼べる者は存在しなかった。

 しかし、それでも青年はダンジョンの奥へと潜り続ける。

 更なる成長と、自分の敵となりえるモンスターを捜すために。

 今日もひとり、ダンジョンの深層で叫び続ける。

「またワンパンチで終わっちまったじゃねえかぁああああああっ!」

 ――と。


 ちなみに、アイズとは幼なじみ設定。ヘスティア・ファミリアルートで、ベルの数年先輩設定。

 そして、テンプレなアイズがヒロインもの。


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