五風十雨を望む (あきあかね)
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01.自己紹介(プロローグ)

「遂にこの日がやってきた。……いや、やってきてしまった」

 

 

 とある東京都八王子市にあるマンションの一室で少女が自らの頭を抱えて呻き声を上げていた。

 

 現在日、西暦2095年4月3日。あの悪魔的主人公兄妹が国立魔法大学付属第一高校に入学する日である。

 

 とはいう少女も同じく第一高校に入学することになっているのではあるが。

 

 

 少女の名前は小野部久美香(おのべくみか)。第一高校に入学することからわかる通り、彼女は魔法師見習いである。

 

 彼女は所謂、転生者というもので、『魔法科高校の劣等生』の原作を読んでいた人間だ。

 

 

 なぜ、この世界にいるのか。前世では何をしていたのか。それらの記憶は彼女が物心がついた頃には非常に希薄になっており、その代りに『魔法科高校の劣等生』についての知識や前世書経験のある他作品の知識などははっきりと覚えていた。それでも自分には前世があり、この世界が前世での『魔法科高校の劣等生』の世界であるということはわかった。

 

 更に転生の特典なのかどうなのかは全く不明であるものの、久美香は魔法師の家系に生まれ、魔法の才能に恵まれた。とはいえ、十師族はおろか百家ですらない数字落ち(エクストラ)の家であり、父は魔法師だが、母は一般市民という魔法師の家系としては落ちこぼれもいいところの家であった。

 

 そんなところに十師族の子息相手でも通用するほどの才能を持った彼女が生まれたことは福音をもたらすのに十分な理由であったが、彼女の両親は特に野心も抱くことなく娘の才能を純粋に喜び、噂を聞きつけた百家からの婚約の話がたまに来る程度で実に平穏な日々を過ごしていた。それはかつて読んでいた創作物の世界で活躍できる機会に興味を持たず、ただ平和に暮らしたいという願いをもつ久美香からすれば望むべき日常であった。

 

 

「せめて第一高校以外ならよかったのに、よりにもよって第一高校……。否応もなく事件に巻き込まれるよぉ。唯でさえ面倒な身の上だっていうのに」

 

 

 しかし、そんな暮らしも新ソ連による佐渡侵攻時の戦闘に巻き込まれて両親が亡くなり、戦争孤児となったことで一転した。彼女の行方は、当初亡くなった両親と交流のあった魔法師の家からの誘いが占めていたが、最終的には母方の伯父に当たる立花勘蔵(たちばなかんぞう)という齢50歳の現役の国会議員が彼女を引き取り、名実共に彼が久美香の保護者である。

 

 

「勘蔵伯父さん的には養女が第一高校に入るのに意味があるから断れなかったけれど、憂鬱だなぁ」

 

 

 彼は彼女と同じく転生者であったが、魔法師ではなく、一般市民に生まれた。しかも、彼はこの世界が『魔法科高校の劣等生』の世界だという知識はなかった。彼は前世ではミリオタと呼ばれる類の人物で仮想戦記を読み耽っていたそうだ。その影響なのか、彼はしばしば彼女の前で「できれば日清戦争前の日本に生まれたかった」「大東亜戦争の結末を変えたかった」と良く溢していた。

 

 彼が久美香を引き取ったのも彼の妻、つまり久美香の伯母経由で私の異様さ(幼いながらに大人びているや小学生の時点で高校生並みの知識を有していた等)を聞き、自分の姪が同じく転生者であることを悟ったからでもあった。

 

 

「ブランシュの襲撃、九校戦への無頭竜の介入、横浜事変。……下手をしなくても身の危険があるような事件ばかり、関わり合いたくない」

 

 

 久美香と勘蔵の転生者であることのカミングアウトはすでに済ませてあり、彼の政治活動への協力する代わりに衣食住と安全の保証の契約が交わされた。

 

 彼はいい意味でも悪い意味でも日本への愛国心に溢れた人物であり、現在の混沌とした世界情勢と第二次世界大戦時の祖国を重ね合わせて「米帝(USNA)の経済的横暴、中華(大亜細亜連合)の領土的野心、赤熊(新ソビエト連邦)の暴力的専横から祖国を守る」と公言しており、政府関係者の中でも(いろんな意味で)有名であった。

 

 彼はその公約(?)の実現のために、魔法技術的優位性を高める重要性について理解してはいるが、何分、彼の前世の知識には魔法的な要素は乏しいものばかりであり、具体的な主張等が出来ずにいた。そこで魔法の才能があり、前世で魔法を題材とした創作物の知識を持つ久美香を養女として引き取り、その意見を取り入れて一挙にして親魔法師派、知魔法派政治家として成り上がろうと考えていたのだ。

 

 久美香が成人し、自分の秘書にでも取り立てて共に強い日本を造ろうというのが、彼の思い描く青写真である。久美香もそれには協力的である。彼女の場合は自分の居場所さえ守れればいいという考え方から「衣食住だけでなく将来の就職口も保証してもらえるなんてラッキー」程度の安請け合いであり、勘蔵のような理想は全く持っていないのではあるが。

 

 

「……入学式に遅刻はさすがに不味いからそろそろ覚悟を決めよう。まずは深呼吸を…」

 

 

 この世界での両親を亡くした頃は精神年齢的に年甲斐もなく大泣きしていた彼女ではあるが、それなりに逞しく生きていた。それは、この世界が『魔法科高校の劣等生』という前世の創作物の世界だということ、そして自分に『魔法科高校の劣等生』のストーリーについての知識があることなどを勘蔵に教えていないことからも窺えた。

 

 彼女なりに考えて、仮にとはいえ、この世界の未来の出来事がわかるというのは、彼のためにも、その被保護下にある自分にとってもあまり良い結果を齎さないと考えてのことだった。

 

 なにより、歴史が途中で分岐したとはいえ、前世で自分自身が生きていた祖国の未来の姿である現在の日本を本気で愛し、守ろうという勘蔵の真剣さに対して「この世界の日本は前世の創作物の中のものである」と告げてしまうのは残酷なことではないだろうかと考えた結果、久美香は口を閉ざしたのであった。

 

 更に、転生者という意味では同輩である勘蔵に隠している秘密はもう一つあった。それは勘蔵はおろか実の両親にさえ話したことのない秘密であり、それは勘蔵の愛国心や先制過剰防衛主義兄妹(特に兄の方)とどんな化学反応を引き起こすか彼女にも予想が出来ないものであり、平穏を望む彼女からすれば避けなければならないことだったからだ。

 

 

「入試試験では一科生の真ん中辺りを目指して臨んだから成績面で注目されることはないはず、後は私の方が出来る限り同じクラスになる可能性のある司波深雪と距離を置くようにすれば……。いや、あの兄妹はそういう気配に敏感のようだし、あえて他の生徒と同じようにほどほどに注目した方が目立たないかな? うーむ、わからん」

 

 

 何はともあれ、目下彼女が行動すべきことは決まっている。

 

 

「ハッ、いけない! もうこんな時間!? とりあえず学校へ行かなくちゃっ!」

 

 

 入学式に遅刻しないことである。



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02.特に動きのない入学式

 国立魔法大学付属第一高校。それは日本に存在する高等魔法教育機関の一つである。首都である東京に近く、国立魔法大学へ多くの卒業生を輩出していることもあり、事実上、日本で一番権威のある魔法科高校でもある。

 

 その第一高校に入学できるくらいなのだから、久美香もさぞや優秀なのだろうかというと確かに優秀だ。実技、理論共に高水準であるし、一科生として入学している。

 

 ちなみに、配られたIDカードに記載された久美香のクラスは1-B。恐れていた司波深雪と同じクラスになるのを回避できたことに久美香は、人知れず歓喜していた。人目がなければ、肉体年齢的に年頃の女子でありながら小躍りをしたことだろう。

 

 なにはともあれ、久美香は無事、なんの問題もなく、入学式を終えた。恐怖の1-Eクラスの面々とはクラス(というか一科と二科)の違いもあり、席は遠く離れており、接触はなかった。久美香からすることもなかった。

 

 

「たった数時間程度、しかも話すはおろか、姿を見たわけでもないのに、この冷汗の量……。先が思いやられるなぁ」

 

 

 自宅マンションへ帰宅した久美香は半日着用しただけにもかかわらず、すっかり汗臭くなってしまった制服を洗濯機に放り込み、今後の予定を振り返っていた。

 

 

「とりあえず、接触に気を付けていればブランシュの騒動までは平穏な日々が送れるだろうし、大丈夫。後は成績かな」

 

 

 久美香の場合、将来がある程度決まっていることもあって学校の成績にそこまで力を入れる必要性を感じなかったが、保護者であり現役国会議員でもある立花勘蔵の養女の成績が芳しくないというのは彼の面子的によろしくなかった。

 

 勘蔵自身は久美香の箔をつけるためとはいえ、第一高校への入学を強く要望して彼女の進路を決めてしまったこともあり、成績についてはとやかく言うつもりはないことを伝えていたが、それでグータラとできるほど彼女は恥知らずではなかった。勘蔵には同じ転生者の誼や野心という理由もあったが、両親を亡くした自分を養ってくれている恩があるのだ。それに彼が手を回してくれなければ久美香はあの悪名高い魔法師遺児保護施設に送られる可能性もあったのだ。それらの恩を蔑にできる久美香ではなかった。

 

 

「まあ、自分がどう足掻いたところで、司波兄妹はおろか光井ほのかや一三束鋼にさえ敵いそうにないからそこまでは心配はいらないわね」

 

 

 彼女の実力は実技、理論共に優秀だ。だが、飛び抜けて優秀というわけではない。彼女が全力で試験に挑んだとしても総合順位で一桁に入るか入らない程度で済むだろう。

 

 

「そういえば、1-Bってことは一三束鋼と同じクラスか。他の原作の登場人物だと明智英美と……。えっと、他にいたかな? ああ、桜小路紅葉か」

 

 

 久美香は原作の登場人物たちの顔を思い浮かべると思案顔で更に思い耽る。

 

 

「一三束鋼は2学年以降でなければ司波達也に接触することはない。明智英美は九校戦のときに司波達也にエンジニアを担当してもらうけど、親しい関係にはならない。桜小路紅葉に至っては司波兄妹と碌な接触すらない。クラスメイトで特に警戒すべき人間はいないわね。

 司波達也は1-Aにいる司波深雪を訪ねる以外、一科の教室を訪ねることはまずないし、その司波深雪も他クラスに特別親しい友人を作らないから、間接的なあの兄妹との接触ができる可能性もない。むしろ、明智英美のゴールディ家繋がりの方が警戒した方がいいかな」

 

 

 久美香が入学式を終えて早々に交友関係の問題に頭を悩ませていると、彼女の伯父であり、保護者でもある立花勘蔵からテレビ電話の着信が鳴り響く。

 

 

「久美香君、第一高校への入学、おめでとう」

「ありがとうございます。勘蔵伯父さん」

 

 

 画面に映る初老の男性、勘蔵はにこやかに久美香の入学を祝う。何しろ日本の魔法師養成施設の中でも特に権威と実績のある国立魔法大学付属第一高校に入学できたのだ。一般的にはそれだけでも十分に魔法師としての才能を認められたと評価されていると言っても過言ではない。

 

 

「私も都合が合えば入学式に父兄枠で出席したかったのだが、すまんね」

「いえ、その心遣いだけでも嬉しいですよ」

「ふむ、それで入学式はどうだったかね。やっぱり、宙に浮かぶマジックアイテムとか、生きた肖像とかが出迎えてくれるような感じなのかな」

「勘蔵伯父さん、ハ○ーポッターじゃないんですから、そんな演出なんてありませんよ。そもそもこの世界の魔法はそんなファンタジー要素よりもSF超科学的な代物ですし」

「うーん、私はそっち方面は前世でも興味なかったからな。いまいち実感がわかないし」

「まあ、魔法と関係のない一般市民からすればそうかもしれないですけど」

 

 

 魔法がテーマであるにもかかわらず『魔法科高校の劣等生』の世界における魔法師ではない一般市民からすると魔法師というのは相当胡散臭い連中に見える。おそらく、魔法技術のほとんどが軍需に最優先されている結果、民需の方へ転用が比較的少ないため、一般市民からでは魔法という現象に対して未だに不信感が残ってしまっているのだろう。最も科学的根拠が証明されているおかげで、その辺の怪しい占い師よりかはずっと信用度はあるだろうが。

 

 

「まあいい、それで本題に移るが。十師族との交流は持てそうかな? 確か今年は七草家とか十文字家の生徒がいたのではなかったか」

「生徒会長の七草真由美と部活連会頭の十文字克人ですね。どちらも入学式で見かけましたよ。まあ、見かけただけでしたけど」

「入学式ならそんなものか。しかし、魔法の名家である十師族ないし二十八家とのコネは欲しいところだな」

 

 

 勘蔵の他にも魔法の重要性を理解し、魔法師や魔法技術の研究をしている企業などにコネを持つ政治家は少なからずいるが、彼ほど魔法を推す主張をする者は少ない。

 

 しかも、勘蔵の主張には理はあったが、彼自身には魔法の才能はなく、また、魔法師とのコネも持っていない。そのため、彼の主張は選挙のための政治パフォーマンスだと色眼鏡で見られることもしばしばある。その結果、魔法に関するコネを持つ他の同業者からは煙たがれ、魔法師からも距離を置かれている状況だ。それは彼にとって非常に不味い状況だった。

 

 そんな状況を打破するために、彼は持てるコネと口巧者の才能で、魔法師の才能を持つ親類である久美香の親権をもぎ取り、更に久美香を介して日本の魔法師の頂点である十師族とのコネを得ようと画策しているのだ。

 

 出来うる限り平穏に過ごしたい久美香からすると迷惑の一言に尽きるのだが、無下に拒否することもできないのが被扶養者の悲しい立場だ。

 

 

「相手は三年生で生徒会長と部活連会頭ですよ? 学年も役職も関連性がなければ、まず御近づきになることも難しいですよ」

「そうだなぁ、あまり強引に攻めても不信感を煽るだけになりかねんか」

 

 

 勘蔵自身も自分が色眼鏡で見られていることの自覚はある。そしてそれは久美香にも波及していることでもあった。

 

 

「ならあとは実績で目立つくらいか。活動とか部活とか成績とか」

「はっきり言いますけど、部活面や成績面では正真正銘のエリートたちには敵いませんよ。前世の記憶があるアドバンテージは小学生や中学生までが限界です。才能自体では勝ち目はないです」

 

 

 久美香も勘蔵も転生者で前世で学んだ知識があるため、スタートダッシュでは優位であったが、その後は段々と失速していった。一般教養の範囲であれば久美香達の知識は有用であったが、歴史が大きく違い、まったくの未知である魔法という分野に対しては逆に足枷となった。父親が魔法師であった久美香はまだ救いがあり、才能もあったため第一高校という名門魔法学校へ入学することができたが、若い頃の勘蔵の場合は魔法という現象に対して非常に懐疑的であった。魔法のない前世の記憶があるからこそ、当初の彼は魔法という未知に対して積極的になれなかったのだ。

 

 その経緯もあって政治家になってから魔法の重要性に対して考えを改めたが、そのときまでに築かれた溝は今の彼にとっては高い壁となってしまっていた。

 

 

「活動といっても基本的に魔法学校のカリキュラムは魔法技術を学ぶことで一杯一杯です。よほど学業に対して余裕がない限り、そんな暇ありませんよ。修学旅行ですらないんですよ?」

「なんだか魔法なのに夢がないな」

「あくまでも学問であり、技術ですからね」

 

 

 久美香が勘蔵を嗜めるように言うと勘蔵も溜息をつきながら妥協する。

 

 

「仕方ない、今年は諦めるか」

「さらっと来年度の課題を溢すのやめてもらえませんか」

「最近は大亜連合もキナ臭い動きが目立つし、USNAとの関係も若干不透明のままだ。新ソ連は油断ならんし、おまけに国内には反魔法国際政治団体なんてものが跋扈している状態。内憂外患だらけの状態で焦りを持つなという方が無理というものだぞ、久美香君」

 

 

 実際、勘蔵の言う通りではある。原作の知識により大抵の問題は主人公である司波達也や十師族が片づけることがわかっている久美香からするとそこまで危機感を持つには至らないが、国会議員であり、国防に関して並々ならぬ熱意を抱いている彼からすれば苦々しい現状ではあるのだ。

 

 

「君は第一高校を卒業したら魔法大学か防衛大学に入ることになるだろう。今の内からでも政治や国際関係の問題に目を向けておきなさい」

「正直に言えば、面倒くさいですけど仕方ないですね」

 

 

 その後も世間話に花を咲かせた後、久美香は入学日を終えたのだった。



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03.高校一日目(前編)

 翌日、高校生活一日目を迎えた久美香は早いうちにマンションを出た。

 

 

「確か今朝は司波兄妹は九重八雲の元で鍛錬してるから早朝から来ることはないはず」

 

 

 久美香がわざわざ早起きして登校したのは司波兄妹と出くわさないためであった。彼女自身、いくらなんでも警戒し過ぎであると自覚してはいたが、自分にとって司波兄妹、特に兄である司波達也は鬼門であるのだ。他の原作の登場人物との接触は勘蔵の希望もあってある程度までは考慮するが、彼女自身の事情により司波達也との接触は避けるべき事案であったのだ。

 

 

「せっかく早く出てきたんだから少し校内の探検でもしましょうか。何かあった時のために退路はよく把握しておかないと」

 

 

 今のご時世では携帯端末によって校内の見取り図や非常口の場所くらいはどこでも確認することはできるが、実際に歩いて見て場所を確認しておいた方が緊急時の際により早く退避することができるのだ。特に彼女の場合、原作知識によって一校が襲撃されることは前もって知っているため、自身の安全確保に余念がない。

 

 

「明後日からは新入部員勧誘週間が始まるし、今のうちに見ておかないとね」

「あら、こんな早朝から登校してるなんて、今年の一年生は真面目な子が多いのかしら」

 

 

 ふと背後から声が聞こえて久美香が振り返るとそこには第一高校のマドンナ、もとい生徒会長の七草真由美がいた。

 

 

「(うげぇ)おはようございます。生徒会長」

「おはよう、新入生の子ね。こんな朝早い内から登校なんて熱心ね」

 

 

 七草真由美はごく当たり前のように久美香を新入生だと言い当てる。在校生なら全員の顔を覚えているのかと久美香を戦慄させた彼女は続けて言う。

 

 

「それとも部活の朝練の見学が目当てだったのかしら? 残念だけど、明後日の新入部員勧誘週間の準備で朝練している部活はないと思うわ」

「(ここは適当に話を合わせて怪しまれないように)ああ、そうだったのですか。全然人がいないから変だなと思いました」

 

 

 七草真由美は原作の登場人物の中でもいろいろと伏線を持っていそうな人物であった。司波達也との関係も深い方であるし、七草真由美自身も洞察力の強い人間である。個人的な事情により久美香からすれば距離を置きたい部類の人間だ。

 

 

「ふふふ、昨日も新入生の子が早いうちに登校していてね。真面目な子が多くて嬉しいわ」

「そうなのですか。そういえば生徒会長はこんな朝早くから学校に用事でも?」

「そうね、新入部員勧誘週間の準備の確認とかいろいろあるのよ。そういえば、あなたは…」

「失礼しました。1-Bの小野部久美香といいます」

「…そう、あなたが」

 

 

 七草真由美はなんとも哀れみを含んだ微妙な表情で久美香に応えた。久美香の養父である立花勘蔵が魔法師へラブコールを送る政治家であることは有名な話であったし、その彼が親族であったとはいえ、有望な魔法師の才能をもった久美香を養子にした出来事は多くの魔法師にとってあまりいい印象を与えることではなかった。

 

 魔法師の中には、久美香は魔法を己の政治的野心に利用しようとする政治家に道具として引き取られた哀れな女子と見る者もいるほどだ。

 

 もちろん、それは表面的には的を射ているが、当人たちの関係はそんな単純なものではなかった。

 

 

「お気づかいは結構です、生徒会長」

「まあ、そうね。せっかく第一学校に入学できたんですもの。いろいろ大変でしょうけど、がんばってね」

 

 

 七草真由美はそう言い残してその場を去っていく、その姿を見送りながら久美香は内心で溜息をつく。本音としては七草真由美の誤解を解きたい気持ちなのだが、事情としてそれが出来ない立場に彼女はいる。

 

 両親を失った弱い立場の久美香から悪意のある思惑を逸らすために、勘蔵はあえて様々な先入観から来る久美香を引き取った意図を問い質す質問を訂正返答ではなく、肯定とも否定とも言わない無視という形で対応した。

 

 これにより元々色眼鏡で見られることが多かった勘蔵の立場が更に確固たるものになり、現在の苦境を生み出している。代わりとして勘蔵にヘイトを集めることに成功し、久美香には同情的な感情を向けられることになり、男性政治家を頼った女性魔法師と見られることは避けられたのではあるが、久美香からすれば伯父にして養父である勘蔵に余計な迷惑をかけてしまったことで、申し訳ない気持ちは増大するばかりである。

 

 そのため、勘蔵の希望は出来うる限り叶えようと考えてはいる久美香であった(ただし、司波兄妹に対しては生死に関わるので消極的)。

 

 

「……仕方ないとはいえ、心が痛むわ」

 

 

 初の原作登場人物との邂逅は、久美香の精神に小さなダメージを与えて何事もなく終止した。



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04.高校一日目(後編)

1/26サブタイトル追加


 その後の久美香は特に変哲もない一日を過ごした。物語の根幹である司波兄妹とは違うクラスであることもあって、原作にあった小イベントに関わることがないので当然とも言えたが。

 

 カウンセリングの先生の紹介時で小野遥に、今朝にあった七草真由美と同じような目で見られたり、昼食時に学食で主人公ら1-Eの面子と一科生らの不完全燃焼衝突を視界の端で捉えたり、実習室の見学で先頭列に陣取る主人公らとそれを自分と同じクラスである1-Bの一科生らが苦々しい表情で睨んでいるのを見ないように努めたり、放課後の正門で起きる生徒会長と風紀委員長を巻き込むイベントに遭遇しないように下校する時間を遅らせたりなど、おおよそ通常の生徒が感じることがないくらいの気疲れを負うこと以外では、久美香の学生生活一日目は平穏であった。

 

 

 

「この調子でブランシュの襲撃までのイベントをやり過ごすのを当面の目標として、問題はまったくの偶然による接触よね」

 

 

 いくら久美香が原作について事細やかに記憶しているといっても、文章化されていない行間については知りようもない。そもそも彼女自身が紛れ込んでいる時点で原作と同じ展開になるとは限らない。そのため、一番可能性が高い校内での偶発的な接触を久美香は警戒している。とはいえ、効果的な対策などを立てられるものではないため、精々彼らの根城である1-Eクラスには近づかないことが限界である。

 

 現時点で司波兄妹と接触する可能性は低いとはいえ、久美香からすれば自身らに危険である可能性があるという理由で、突如として襲い掛かってくる獰猛な魔物である彼らが近くにいるというのは、非常にストレスを感じる環境下であるのは間違いないだろう。まあ、実際のところ、そこまで警戒している久美香の方に問題があるとも言えるのだが。

 

 

「妹の方はまだいいとして、兄の方は風紀委員として校内の見回りをすることになるし、事前に接触を回避するのは難しいかしら。むしろ、カリキュラムが終わったら早めに帰宅するのが一番安全?」

 

 

 端から見れば自らの影を恐れる自意識過剰者だが、当人にとっては至極真面目である。

 

 そんな生活を送りつつ、あっという間に日々は過ぎていく。原作にあったイベントのことごとくを回避するのが久美香の方針であるため、一般生徒からすれば大イベントである新入部員勧誘週間も何の変哲もなく過ぎていく。まあ、騒ぎのあった場所に寄り付かないため、当然の結果だろう。

 

 普通であれば、極一部の界隈の間とはいえ、数字落ち(エクストラ)でありながら有望な才能を持つことで一時期、才女として馳せた小野部久美香であればどのクラブからでも欲しい人材ではあるが、実際のところは彼女に話しかける存在はほとんどいない。精々クラブ勧誘のチラシをもらう程度だ。

 

 これも勘蔵のイメージを魔法師から忌諱されていることによる余波である。小野部久美香の才能は一部の魔法師の間で有名だが、彼女の伯父を国粋主義者だという認識は一般市民を含めた全国規模である。当然、その姪である久美香もいろいろな視線で見られる立場であり、特に魔法師を親に持つ、魔法師を目指す魔法科学校の生徒からすれば、彼女は距離を置きたい存在であるのだ。

 

 そのため、彼女はクラスの中でも少し浮いた存在であるが、久美香自身は1-E組から同距離を置くかについて全神経を尖らせ、脳漿を絞る日々を送っているため自覚は薄い。自覚したとしてもあまり気にしないだろう。彼女にとってこういう評判は勘蔵に引き取られてからずっとであり、様は慣れたのである。

 

 更に言えば、彼女は前世の自分の人生についての記憶はほどんど摩耗してしまい、覚えていないことも多いが、精神年齢的の成長はとっくの昔にピークを終えている。今時の若者の話題にはついていけないと感じることも多く、うら若き見た目とは大きく食い違った感性をもっているため、孤独や孤立をそれほど苦にしないことも関係している。

 

 だが、そんな久美香に思いもよらない方面から奇襲された。

 

 

「私、ですか?」

「ええ、そうよ。一緒に狩猟部に入らない?」

 

 

 久美香に話しかけているのはクラスメイトの明智英美。原作の登場人物の一人である。その彼女が新入部員勧誘週間ももうすぐ終わりだというのに、部活の見学をするわけでもなく、放課になればそそくさと帰宅準備に入る久美香に彼女から話しかけて来たのだ。

 

 久美香からすれば、彼女が話しかけてきたのは意外であった。彼女の本名はアメリア=英美=明智=ゴールディと言い、イギリスの魔法師の名門であるゴールディ家の当主とはいとこちがいの関係にあるという血統の持ち主である。だが、祖母とは比較的良好な関係を築けているものの、明智家とゴールディ家とはあまり良好とは言えない。

 

 そんな彼女からすれば、自分の姪を政治利用しようとしている立花勘蔵などは、ゴールディ家内の勢力争いを遠い日本でいる自分達家族にまで巻き込む人間達を連想させる人物であり、その身内である久美香に対してもあまりいい感情を持たないと予想していたのだ。

 

 ただ、その評価はあくまでも久美香の主観からくる予想であり、英美からすると久美香は身内の野心に振り回されているように見え、ゴールディ家の人間から諍いの種にされる自身の境遇と重ねて見えることから、むしろ同情的な感情を抱いていた。実際、久美香を誘ったのも伯父の評判でクラスから孤立しつつある彼女に対する義侠心からの行動であった。

 

 そんな内心を英美の目から読み取った久美香は一定の納得を得ると共に返答した。

 

 

「申し訳ないですが、放課後は用事があるので部活は遠慮させてほしいです」

 

 

 久美香は英美からの誘いを断った。

 

 これにはいくつか理由があるが、二つ例を挙げるとまず、明智英美は原作の登場人物であると同時に日本にある各魔法科高校らが鎬を削る九校戦にて、司波達也のサポートを受けるため司波達也との接触の可能性が高まるのでできるだけ距離を置きたいのが一つ。狩猟部に限らず放課後に時間を取られる部活動は、風紀委員として校内の見回りを行う司波達也との接触の可能性を引き上げる要因となるのが二つ目である。結局のところ司波達也が原因である。

 

 他にも英美の祖母の実家であるゴールディ家の面倒事に巻き込まれる可能性も憂慮すべき点であるが、司波達也の危険性に比べればまだマシかもしれない、という司波達也をトコトン扱き下ろす結論に至っていた久美香であった。

 

 

「そう、でも興味が出たらいつでも覗きに来ていいわよ。自分の手で成果をあげられるのは楽しいし、ストレスの発散にもなるわ」

「わざわざ誘ってくれてありがとうございます。機会があれば御願いします」

 

 

 英美の心遣いには感謝するが、久美香は己の平穏のために断固として彼女の誘いを受けるわけにはいかなかった。

 

 英美もそれ以上押しつけがましいマネはせずに引き下がってくれた。彼女としては久美香に対して憐憫に近い感情を持ってはいたが、あくまでも本人とその周囲の問題であるし、自分も他人のことをとやかく言える立場にないことを自覚していたためである。

 

 何はともあれ、久美香は接触禁止の司波兄妹を回避することに成功したのだった。

 

 今のところは。



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05.忍び寄る騒乱

「すみません、勘蔵伯父さん。もう一度言ってくれませんか?」

「久美香君。風紀委員に入る気はないかね」

 

 

 久美香は自分の顔が蒼褪めていくのを実感した。

 

 

「まずは、なぜそういう話になるのかを教えてほしいですね」

 

 

 声が震えそうになるのを必死に堪えながら久美香は勘蔵に尋ね返した。そもそもここまでの経緯を振り返ると勘蔵の発言は久美香にとって全く予期しないものであった。

 

 現在は新入部員勧誘週間も終わり、新入生らも徐々に第一高校の生活にも慣れ始めた頃だ。久美香も学校のカルキュラムを坦々とこなし、放課後になれば自宅か図書館に籠って自習に勤しむか、もしもの時の切り札の準備に耽るかのどちらかであり、平穏そのものだ。

 

 相変わらずクラスから多少浮いてはいるが、いじめを受けている訳でもなく、無視されている訳でもない。挨拶や連絡等では普通に交わすし、授業でグループやパートナーを組む場合でも特に敬遠されることもない。

 

 元々魔法師見習いである彼らは一般の少年少女と比べて将来をしっかり見据えている傾向が強く、成熟度も高い。まあ、一科生と二科生の差別意識等はあるものの、学校の制度と多感な年頃特有の肥大化している自尊心が絡み合った結果なので、ある意味仕様がない部分もある。

 

 何はともあれ、そんな周囲であることから彼女のレッテル、正確に言えば彼女の伯父の風評から来る久美香への印象をこれみよがしに非難したり嫌悪したりする者はいない。これが二科生であったなら話は別かもしれないが、幸いなことに彼女は一科生であり、授業の実習でもその実力は垣間見えていることから実力主義が根強い魔法科高校生からは比較的マイナスな印象を持たれてはいない。

 

 まあ、それでも久美香がボッチであるのは以前と変わりなく、これらしい友人もいない。クラブに誘った明智英美とも交友関係にあるとは言えない程度の接触しかない。

 

 そんな実習等で司波深雪がいる1-Aクラスとの合同授業のときに心拍数が急上昇するくらいしか、これといった刺激のない穏やかな日々を送っていた久美香であるが、四月も下旬に差し掛かり、春の陽気が徐々に起床への妨害力を高めつつある中、突然の伯父である勘蔵の来訪とこの提案である。

 

 今、久美香は実習授業中に司波深雪と目があったときと同じくらいの緊張に曝されている。無論、吊り橋効果なアレ的な現象ではない。

 

 

「うむ、実はとある筋から第一高校の教員の間で風紀委員の増員が検討されているのを聞いてな。久美香君なら入学時の成績から教職員推薦枠に入れるやもと思ったのだ」

 

 

 久美香は改めて自分の伯父の情報収集能力に驚かされた。有望な才能を持った魔法師の卵であった久美香の親権をもぎ取った手腕は運でもなんでもない。確かに勘蔵は魔法師関連のコネはほとんどないといってよいが、それでも過去複数回当選した現職の国会議員なのである。

 

 魔法師からは煙たがれる彼であるが、一般市民からすればいい意味でウケがよく、名物議員として有名なのだ。マスコミや政治評論家からは過激な思想を持つ極右議員と非難されてはいるが、それだけ人目を引く存在であるとも言えるのだ。実際、彼の唱える主張に共感する市民も皆無ではなく、現実問題として大亜連や新ソ連は明確な脅威であり、共感とまではいかないものの、一定の理解を示す人々もいる。

 

 そんな要因もあってか無所属にも拘らず与党野党、政財界、芸能、経済金融、広い範囲でコネを持っている実力者でもある。

 

 が、それはあくまでも非魔法関連に限った話であるというのが久美香の認識であったのだが、ましてや特に秘匿性の高い魔法科高校の内情にまで手が及ぶとは思いにも依らなかったのだ。

 

 

「勘蔵伯父さん、よくそんな情報を仕入れられましたね。学校の教師の方にお知り合いでも?」

「まあ何、いくら魔法科高校とはいえども、運営に携わる人間のすべてが魔法師というわけでもない。元々魔法師の教育は国策であるわけだし、官僚や企業の人間も携わっている。その関連を遡っていけばそれなりの情報は集められるよ」

 

 

 実際、魔法に関連するものを一から十までを魔法師だけで完結することは現実的ではない。現在、比較的魔法師の比率の高い日本においても魔法師の数は間に合っているとは言えない。魔法力とは関係しない運営や事務庶務、雑事まで魔法師が行う必要はなく、ある程度魔法に対して知識のある一般人や魔法師とは言えないものの魔法を使える人間がそれらを担っているのが実情である。教師ですら、魔法とは関係ない一般教養の授業を担当する教師の中には魔法師ではない者も存在するのだ。

 

 

「私や私の知り合いが直接君を風紀委員候補に挙げることはできないが、知り合いの知り合いであれば……。ということもある。さすがに機密に関することは難しいがね」

「それでも“難しい”で済む伯父に私はどんな感情を抱けばいいんでしょうね」

 

 

 勘蔵は久美香と同じく転生者である。物心がついたときから成熟した精神が宿り、しかも政治、国防に強い関心のある子供が周りの子供が無邪気に遊ぶ中、将来を見据えて行動し続けた結果が今の彼の姿である。勘蔵が前世で何をやっており、どのくらいの記憶が残っているかなどは久美香はプライベート的観点からあえて聞くようなことをしなかったが、精神的人生経験であれば並みの人間よりも多く、今の人生のほとんどを自分の信念に費やし続けている彼であれば、この成果も当然の結果なのかもしれない。

 

 それでも前世で経験したことのない魔法という未知に対して、四苦八苦しながら今世の人生を消費している久美香からすると畏怖に近い感情を持たざるを得ない。

 

 

「まあ、今回に限ってはそれほど大変なことではなかったがね。昨日の第一高校内で起きた騒動は議員同士の話題にも出たくらいだったからな。あの騒動がきっかけで風紀委員の増員の話が出るのはある程度予想の範疇であった」

 

 

 勘蔵の言う通り、この風紀委員の増員の検討が上がったのは、昨日第一高校で発生した有志同盟を名乗る生徒集団による放送室の占拠が原因であった。原作のイベントでもあったこれは久美香もその場で体験したが、彼女自身の生活には何ら影響を与えることはなかった。精々、土曜日に行われる公開討論会に行くかどうか、どんなことが話されるのか、二科生への陰口等々が久美香のクラスを満たす程度であり、彼女自身は距離を置いていた。さすがに公開討論会に出ないという選択肢は周囲の顰蹙を買ってしまうだろうから出席自体はするが、それ以上に関わるつもりはなかった。

 

 

「まあ、増員と言っても一時的なものになるだろうが、風紀委員に選ばれたというのは箔がつくのではないか? それに風紀委員には百家の人間もいるし、今の委員長は生徒会長である七草の御令嬢と懇意だそうじゃないか。彼ら彼女らとのコネと言ってはなんだが、顔合わせくらいはあった方がいいんじゃないかな」

「風紀委員は名誉職で内心点等の優遇処置はありませんよ。それにぽっと出の生徒に生徒会長との中継ぎをしてくれるほど甘くはないでしょう」

 

 

 毅然と勘蔵の提案に反対意見を述べる久美香であったが、内心ではムンクの『叫び』を連想させるほど戦々恐々としていた。

 

 彼女にとって死の化身とも呼べる司波達也が在籍している風紀委員への参入は、虎穴というかトラの口内に身を投じることに等しい。何としても死地を回避しなければならない思いで、久美香は次々と勘蔵へ反対意見を述べていく。

 

 

「そもそも今回の増員は公開討論会への備えとしての可能性が高いですし、そうであれば基本的に体力的な実績のある部活連からの派遣者がそれを担うことになると思います。そこに部外者である私が捻じ込まれたとしても不審に思われただけで一利にも成り得ません。それに風紀委員は実力主義志向が特に強く、そんな中に入り込んでも私では力不足にしかならないでしょうし、返って心証を悪くしかねません。また、そもそもとして私が候補に連ねても選ばれる確証もなく……」

「ああ、わかった。わかったよ。そこまで反対するなら私も強くは勧めんよ」

「……ありがとうございます」

 

 

 興奮で肩で息をしながら力説する久美香に勘蔵は若干引き気味ながら提案を引き下げた。勘蔵からすれば久美香が何故そうまでして反対するのかはわからないが、学生生活においてはある程度自由にさせてやるのを黙認している。今世の自分が幼少期から今までの人生を犠牲にしているため、久美香には花の青春期くらいは僅かな謳歌を楽しんでほしいという願いがあるためでもある。

 

 久美香と勘蔵は同じ転生者という同輩であると同時に、伯父と姪という家族関係でもある。それらが入り混じった互いの感情は複雑なのだ。

 

 

「重ねて言わせてもらいますが、前世の世界にはなかった魔法というものに転生者の利点は少ないと言っていいです。幸い、才能自体はあるらしいので実技はどうにかなりますが、理論の方は自習の時間をきちんと取りたいのです。とても風紀委員の業務に時間を割ける余裕はありません」

「その割には入学時の成績は理論9位、実技6位、総合7位で十分な好成績のようだが」

「入学時の成績は公開されていないはずですが……。いえ、なんでもありません」

 

 

 久美香の実力は決して低いものではない。確かに実技に比べて理論が弱い傾向はあるが、一学年200名で一科生だけでも100名いる中で9位という順位は上位クラスに位置するものだ。更に言えば実技の方では6位とその練度は非常に高い水準にある。

 

 確かに魔法に関して言えば転生者の前世の知識や早い時期から自意識を持ってスタートダッシュを得ることが活かせるのは場面は少ない。前世には魔法といった技術はなかったし、早い時期から魔法について学ぼうとしても、魔法技術というのは普通の一般市民からは程遠い存在なのだ。そのため、前世の影響や自身が魔法師の家系ではなかったこともあってか勘蔵も若いうちは魔法という存在をあまり重視しない方向性を持っていた。

 

 久美香の場合は幸か不幸か、父親が数字落ち(エキストラ)とはいえ魔法師の家系であり、当人にその血統にそぐわないほどの才能を持っていたために、身体と環境の両面で魔法を学びやすい条件が揃っていた結果が、現在の久美香の成績に繋がっている。

 

 それでも何の努力なしで今の成績を維持できているわけではない。

 

 魔法を学べる環境と言っても片親が数字落ち(エキストラ)の家系で実戦的な魔法力が足らずに嘱託の研究職で食い扶持を稼いでいた程度であり、二十八家はおろか百家よりも下の言わば落ちこぼれの家でしかなく、魔法師を育成する環境としては優れていたとは言えない。更に言えば、その落ちこぼれの家と言う要素は、久美香の家族の不幸に結びつくわけでもなく、貧乏というほどでもない一般の中流家庭の家庭環境であったため、久美香からすれば居心地の良い家族の姿であったがために、それほど魔法に対して貪欲に学ぶ意欲を沸かせなかった。

 

 結果だけで言えば、両親が亡くなり、立花家へ引き取られ、保護者である勘蔵の面子のために改めて魔法について学び直して成績を急速に向上させ、第一高校へ入学できるほどにまでなった。今の久美香の成績を保持できるのは勘蔵への恩返しという思いの他にも、幼少時に父親より学んだ魔法の基礎があってこそであり、それらを昇華させるべく彼女の生来の才能が後押しし、努力し、それらを積み重ねたからなのだ。

 

 

「元々魔法師が魔法を行使するときにはフィーリングな側面が強く、感覚的にサイオンや魔法式を認識します。現に第一高校でも理論よりも実技を重視している傾向が強いですが、理論が役立たずなわけではなく、理論をしっかり理解することで発動できる魔法の幅は広がります。自惚れるようですが確かに私の魔法的才能は優秀な部類に入るでしょう。しかし、別に頭の回転は速いわけでも記憶力が優れている訳でもありません。実技であれば、必死に努力する必要なく、一定の水準の魔法を操れますが、理論は別なのです」

 

 

 久美香は成績の維持には自習の時間が必要であると強調し、風紀委員及び他の課外活動を促す勘蔵へ牽制した。実際、間違いではないのだが、久美香の場合は司波兄妹と距離を置くのを第一優先としており、何も授業以外の時間をすべて自習に費やしているわけでもなかったりする。

 

 例えば、大きなものでは司波兄妹対策の切り札やそれ以外における原作で頻発するイベントが己の身に降りかかった場合の対策の準備など、小さなものでは食堂を頻繁に利用する司波兄妹を避けるために学校の昼食は自分で弁当を用意して司波兄妹が近寄りそうのない場所(一科生の集まる場所など)で食べるなどの涙ぐましい努力も続けている。

 

 ちなみに言えば、第一高校はカリキュラム性であり、久美香は成績の維持のために幅広い講座や実習を履修しているが、度々司波深雪と共同になる場合がある。その場合では、できるだけ司波深雪と遠い席に座わったりなどの努力も欠かさない。幸いなことに司波深雪は大抵の場合同クラスの生徒であり、特に仲の良い光井ほのかや北山雫などと一緒に行動することが多く、同じグループになったことはない。

 

 

「そこまで考えてのことなら私からはあまり強くは言わんよ。ただ、一言言わせてくれるなら……」

「わかっています。できるだけ二十八家との繋がりを、でしょう? 何度も言われなくともよくわかっていますよ」

 

 

 勘蔵は自身がコネの力を知っているだけに、久美香にも最優近い環境にいる間にできるだけコネを築いて欲しいという思いは強い。だが、久美香の続けている(表向きの方の)努力も勘蔵は理解しており、その兼ね合いは感情とは裏腹に現実として難しいことも認識している。

 

 

「わかっているのなら、それでいい」

 

 

 勘蔵はそこで話題を切り上げ、日本各地に訪問した際のお土産や今の日本の現状を憂いた愚痴を残した後、政府官僚との会合ため、某所にある料亭へと旅立った。

 

 一方、久美香はと言えば勘蔵の愚痴を聞き流し、明日の支度をしながら原作最初の危険イベントであるブランシュの襲撃について思いを馳せた。

 

 

(ブランシュの襲撃目標は公開討論会が行われる体育館と機密魔法情報が保管されている図書館、それ以外では小規模の騒動しかないけれど、どう動いた方がいいかしら。まず図書館は論外として、やはり体育館の中で一番被害の少なく済みそうな場所で騒動が鎮圧されるまで大人しくしているのが一番確実かしら。あの騒動は最初の手榴弾攻撃も呆気なく対処されて被害は軽微で済んだはずだから、余程運でも悪くなければ無事で済むはず)

 

 

 久美香は自分の平穏を守るべく、考えられる限りの対策を考え続ける。

 

 久美香にとっての最初の試練はすぐそこまで迫っていた。

 




なんかマイページで感想が書かれているって出てきたから
なんじゃらほいと思い、覗いてみると五風十雨がお気に入りされて感想が書かれてる!?

検索除外で登校したはずなのに???

で、情報見るとランキングからは除外されているが
普通に検索等には見れてる設定になってるというね。。。

ある程度話数を書いたら誤字脱字を直したり
話が矛盾していないか確認してから
本作者名で週間投稿するための書き貯めのつもりだったのに、、、

これ事情によって半年ほど凍結したら
「エタった」
「エタった」
「エタりよった」
「エターナルフォースブリザード(作者は死んでいる)」

なんて煽られて結局モチベーションを持ち直せずに削除のパターンや
おろろろろろろろ

そしてその心境を作品の後書きに書くという自分の度し難さというね。


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06.不本意

さすがにそろそろ更新しないとなと思い投稿


「(なぜこうなった)」

「では事前に話した通り君は檀上端から全体を見渡して不審な動きがあった場合は所定の合図を送るように、後、この目印のところにエガリテ構成員らしき生徒がいるからそこを中心に警戒してくれ」

「はい、わかりました(バックレたい)」

 

 久美香は外見上では平静を保っているが、内心で自身の頭を抱え込みたい衝動で一杯であった。

 

 4月23日、原作の最初の危険イベントであるブランシュ襲撃の日である。こう書くと何かの記念日のようであるが下手を打てば大怪我を負う可能性のある危険な一日だ。当初は、討論会が放課後に行われるということもあって授業が終わったらそそくさと帰宅(つまりいつも通り)することも検討した久美香であったが、昼休憩中に幾人かの生徒と共に生徒会室へ呼び出された。

 

 そして討論会の警備のために風紀委員だけでなく一般生徒の中から選抜し警戒に当たるとのことで協力を求められたのだ。

 

 久美香が勘蔵より聞いた話では風紀委員の増員で対応する話であったのだが、風紀委員はCADの携帯を特例によって許可されており、一時とは言え不用意にその特例者を増やすのは好ましくないという運営側の事情によって却下された。が、その代わりに一般生徒の有志による協力によって警備人員を確保する方向で進められたらしい。

 

 まあ、この時点では討論会で暴れる可能性があるのは校内生徒のエガリテ構成員のみだと想定されていたので、CADの使用できる人員を増やす必要はないという結論に至るのは仕方のないことであった。

 

 更に言えば、今回召集されたのは一年生の一科生ばかりである。

 

 これはエガリテの構成員と思われる生徒は主に2年生や3年生である在校生の二科生がほとんどであり、例え一科生であっても在校生の場合は、エガリテに動きを読まれる可能性が懸念されている。そのためエガリテの影響が最も少ないであろう新入生の一科生を採用するのは理に適っている。

 

 今回の招集された生徒に振り分けられる任務は警戒、つまり見張りであるので、暴れだしたエガリテ構成員を取り抑えたり、生徒会や他の一般生徒の護衛としての戦力は期待されていない。そのため、成績よりも信頼性を重視された結果、風紀委員会と教職員達が選抜した中に久美香が入ってしまったのだ。

 

 まあ、これは勘蔵の後方支援があっての結果なのかもしれないが、久美香にそれを確認できるすべはない。

 

 結果だけで言えば、協力の要請に対して久美香は受けた。召集された久美香以外の生徒全員が快諾してしまったので、ここで彼女だけが拒否したら悪い意味で目立つことになり、いろいろと面倒な視線にさらされることになるので受けざるを得なかったとも言えるが。

 

 実際、見張りだけであればそれほど危険性は少ない。体育館を襲撃したブランシュの攻撃は初手の時点でとん挫しており、体育館内で立て籠もっていれば外の乱闘に巻き込まれることもない。

 

 黙って見ていれば原作の登場人物達が速やかに鎮圧してくれるのでわざわざしゃしゃり出ていく必要もないし、自然と暴れ回る主人公たちと距離を取ることができる。

 

 それに久美香しか知らない事実だが、どんな危険であれ|()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるため万が一にも命を落とすことはない。そこまで考慮した上での判断であった。無論、死にはしなくても普通に怪我をすれば痛みはあるので安全を最優先にする方針に変わりはない。

 

 で、このまま原作通りに事が進むかと思いきや、表向き生徒会に呼ばれた理由である討論会の準備(椅子や檀上の用意など)の手伝いを終え、本題の見張りの任務の打合せにおいて、何故か久美香は現生徒会副会長である服部刑部とペアを組むことになってしまったのだ。

 

 

「(司波達也が近い!?)」

「生徒会長がこの位置、有志同盟の弁論者がこっちに座るから……。どうかしたか? 小野部」

「いえ、何でもありません。(窒素、私は窒素! むしろアルゴンッ!)」

 

 

 久美香の心の内を察知したのか服部刑部が窺うも、彼女の鉄壁の仮面によりそれ以上突っ込むことなく打合せの続きを進めていった。

 

 一方、久美香は久美香で気配を消そうと気張っているが、彼女は忍者でもなんでもないのでそんなことはできない。逆にできたら司波達也に気付かれたかもしれないが。

 

 

「そうか、話を戻すが君達臨時招集メンバーの役目はあくまでも警戒だ。例え怪しい行動を見つけても自分で止めようとするのではなく、まず生徒会か風紀委員に合図をするように、いいね」

「はい」

 

 

 久美香は舞台の反対側にいる司波達也を出来うる限り見ないようにしつつ、服部刑部の指示を聞く。

 

 それにしても、と久美香は思う。

 

 服部刑部は魔法科高校の学生らしく実力主義マンセーな人間であったはずだ。ならば現役の国会議員が後ろ盾にある久美香のような縁故で第一魔法学校入学したかのように見える生徒は嫌悪の対象に映るのではないか。そう久美香が邪推するのも無理はない話ではある。

 

 だが、実際には服部刑部は久美香に対して偏見のない態度と言動で接している。

 

 服部刑部は確かに久美香の評価通り、実力主義でありやや選民思想染みた先入観のある少年だ。まあ、選民思想といっても白人至上主義や白豪主義のようなガチガチなものではなく、マスコミのプロパガンダや自身の愛国精神からくる優越感程度のものである。それもあって、しばしば二科生を侮るような言動が目立つことがある。

 

 しかも七草真由美から気があるようで、彼女に贔屓されていたように見えた司波達也にやけに突っかかったのはそれらの要因から来るものであった。

 

 しかし、その二科生だと侮っていた司波達也に手も足も出なかったことで若干ではあるが偏見の目を緩めつつあるようである。それにそもそも彼は久美香のことを侮ってなどいない。

 

 この第一高校がどれほど難問の壁で構築された実力社会かなど彼はその身をもって思い知っている。たかだか閣僚でも与党の要職にいるわけでもない代議員一人のコネで入学できるほど第一高校は甘くないと自らの母校に自信を持っているし、実際久美香の評価は第一高校入学前の時点でも非常に高い。まだまだ日は浅いが、大抵の新入生が戸惑う魔法に関する本格的な理論、実習共に高い水準の理解度を持っていることは教職員から聞こえて来るほどである。

 

 加えて言えば服部刑部は百家の一つである服部家の出であるが、魔法師としてはほとんど無名に等しい。そんな出自でありながら今や第一高校の副会長であり、成績の面でも最上位クラスの実力を持つ。それが彼の実力主義への拘りの大元である。

 

 それと比べると久美香は百家ですらないほぼ一般人の家系であり、一概には言えないが服部刑部よりも血筋も家柄も良くない。だが、彼女も彼と同じくその実力で持って第一高校の一科生という幾多の難関を越えて入学してきたのだ。久美香は邪推しているが、服部刑部からすれば彼女に対して親近感すら感じるほどの好印象を持っていたのだ。

 

 更に少し前には二科生だと侮っていた司波達也にコテンパンに熨されたことによって、如意棒の如く伸びつつあった天狗の鼻をポッキリと折られたことで若干性格も丸くなった。

 

 何はともあれ、久美香の杞憂はあくまでも杞憂で終わることとなる。

 

 この後の騒乱との比重を考えれば大した問題でもないことでもあったが。

 




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07.開始の爆発

 久美香が知る原作通り、エガリテとブランシュの襲撃は唐突に始まった。

 

 七草真由美生徒会長の演説の後、動き出そうとするエガリテの構成員たちを次々と拘束し、一安心と気を緩めた次の瞬間には外から聞こえてくる大きな爆発音、ほぼ同時に投げ込まれたスモークグレネードに対して瞬時に対応して見せた服部刑部はさすがであるといえよう。

 

 とはいえ、ここまでは本当に原作通りの展開であり、久美香もこの後もそのとおりになるであろうと高をくくっており、油断していたのは否めなかった。

 

 予想外の事態が起こったのは、服部刑部が魔法で隔離したスモークグレネードを外へ排出すると同時に反対側の窓からもう一個のグレネードが投げ込まれたことだった。

 

 それを久美香が一番最初に発見したのは、緊急事態とはいえ原作通りに進むそれらを冷静に見ていられたことに起因する。久美香がいたのは壇上の傍だったので、体育館全体を見渡せる位置にいたのも要因となるだろう。おまけに二発目のグレネードは久美香の近くに投げ込まれた。

 

 その場にいた多くの人間が最初のグレネードの方に注目していたし、何より、エガリテが暴れだそうとした影響で体育館内は混乱状態にある。

 

 久美香は目の前に投げ込まれたグレネードを目にした瞬間に彼女の心中を満たしたのは凶器となる兵器を前にしたことによる恐怖よりも、原作にはなかった現象が起こったことに対する困惑と不安であった。

 

 久美香がこの世界に転生してからこの世界ではいろいろな事件や出来事があったのだが、それらは皆原作で示唆されたとおりのものであり、久美香は自身の持つ原作知識を大いに信用していたためにそれらの出来事に驚くことはなかった。

 

 今までで唯一の誤算であるこの世界での両親が新ソ連による佐渡侵攻によって死亡してしまったのは、当時の彼女が自分自身とこの世界のことを把握することで精一杯であったことと、自分の両親が出張で自宅にしばらくいないことは知っていたが、その出張先が佐渡島であったことを知らなかったことによって防ぐことができなかった。

 

 そのときでも両親が死んだことに驚愕と喪失感による悲しみの感情を抱いたが、新ソ連の行動自体に対する驚きはなかった。その代わりに事前に知っていたにもかかわらず両親を死なせてしまった後悔はあったが。

 

 何はともあれ、久美香の人生で原作と明確な相違がある出来事は今現在に至るまで起こることがなかった。そのため、目の前のグレネードはその威力以上の衝撃を彼女に与える結果になった。

 

 事実上として、目の前の爆発物が破片手榴弾だろうと核爆弾だろうと彼女が死に至ることはないとはいえ、その過程では途方もない苦痛を伴うことは大いにありうる。そして、ここまで明白な危機に晒されたことによって彼女は少々過剰にも反応してしまった。

 

 

 魔法師の無意識階層にはゲートと呼ばれるイデアに繋がる門があり、魔法師はこのゲートを通して魔法式をイデアへ送り、イデアに存在するエイドスを書き換えて現実世界において改変事象を引き起こすことができる。これが魔法の根幹を成すプロセスである。

 

 久美香の無意識階層にはこのゲートの他に、ある存在へと繋がるラインが存在する。これはおそらくこの世界で久美香にしかない特異なものである。彼女はそのラインを通してある存在へ要請し、一時的に本来の彼女の限界を逸脱した能力を行使することができる。

 

 久美香はまず第一にそれらの能力を行使することができる権限を要請し、取得した。そしてその権限を用いて自身の意識を大幅に拡張し、あらゆる認識と処理の速度を高速化させる。そうすることで彼女の感覚では時が止まったかのように錯覚する。俗に言うところのゾーン状態、その強化版である。

 

 この状態になって初めて久美香は冷静さを取り戻した。

 

 今彼女の目の前には床に転がったままのグレネードと停止した周囲の様子がある。特に周囲では服部刑部が排除した最初のグレネードに注目する人間と、新たに投げ込まれたグレネードに注目する人間の二分がある。

 

 その後者の中には、二発目のグレネードに向かって魔法を行使しようとする一人の学生の姿が久美香の感知範囲に引っかかる。久美香はさすがは原作登場人物と感嘆する。しかし、同時にその人物の魔法の行使よりも早くグレネードの爆発が起きることを久美香はある存在による情報の閲覧により確信した。

 

 その差はほんの僅かな時間差であるが、久美香が無防備にその爆風に身を晒していれば負傷は免れないだろう。そこまで考えて、久美香は選択する。

 

 二発目のグレネードは所謂スタングレネードといわれる種別の爆発物であり、非常に強い閃光と爆音を発生させる。基本的にはグレネード内のマグネシウムなどの激しい燃焼によって光と音を引き起こす仕組みであり、火器というより化学兵器の側面をもつ非殺傷兵器だ。

 

 久美香はそのマグネシウムの燃焼反応を不自然にならない程度に遅らせることにした。久美香自身がスタングレネードを対処してもよいのだが、より目立たず、すぐ近くで警戒している司波達也にも無用な警戒心を抱かせることはないだろう。

 

 最も、久美香が魔法で燃焼反応に干渉したのだと発覚すれば、その限りではないのだが、そのあたりの対策は彼女の十八番と言える。もしかしたら普通の魔法の行使よりも得意かもしれないくらいである。

 

 久美香は燃焼反応に干渉する魔法式を隠蔽し、それによるサイオンの動きや流れを抑制し、イデアに集約されるエイドスにも痕跡を残さない、魔法など起こっていないことを演出した。彼女が司波達也に出会う遥か前から鍛錬してきた魔法式の隠蔽である。ある存在からのバックアップもあり、それは完璧に仕上げることができた。

 

 この技術は彼女にとって唯一の天敵となりうる司波達也への対抗手段の一つだ。精霊の目(エレメンタル・サイト)をもつ司波達也に対して、この技術は非常に有効な対抗手段と言える。彼の一番の脅威である“分解”はまず対象物の構成を認識する必要があるが、この技術によってそれを隠蔽あるいは欺瞞を行うことができるのだ。間違った構成情報を元に“分解”を行っても不完全な発動や不発に終わる。ある意味一番の切り札となる技術である。

 

 まあ、一般的な魔法の行使において、魔法の隠蔽や欺瞞はともかく、エイドスにすら残らない魔法式自体の完全な隠蔽など行うことは無いため、これは久美香くらいしか真剣に研究や研鑽を行ったことは無いだろう。何と言っても魔法式の瞬時の解読なんて非現実的であり、精霊の目(エレメンタル・サイト)とエイドスの変更履歴を24時間遡れる能力をもつ司波達也くらいにしかできない芸当である。そのため、これは司波達也専用の魔法技術と言える。

 

 久美香は見過ごしがないか、確認できてない危険は無いか、止まった世界の中で知覚探索するが、それ以上何も無いことを確信すると自身の強化を解除し、再び世界が動き出す。

 

 久美香は自身の目の前にあるグレネードに怯えたような演技をして、出来るだけ自然な反応を演じた。ある生徒が行使した障壁魔法が久美香を包み込んだ次の瞬間にスタングレネードが炸裂した。視界を真っ白に染め上げる閃光と爆音が襲い掛かるが、魔法によって守られた久美香は眩暈や耳鳴りすら及ぼさず、平穏無事であった。

 

 久美香の他にも近い位置にいた生徒も同様の魔法によって守られて被害者はゼロだった。とは言え、殺傷力の低いスタングレネードの場合、外装の破片が当たるかもしれないといった程度の威力しかないため、よほど近くにいなければ軽症以下の被害しか及ぼさなかったであろう。

 

 

「遅れたかと思ったが、間に合ったようでなによりだ」

 

 

 そう言いながら、姿を現したのは十文字家次期当主であり、部活連会頭でもある十文字克人であった。

 

 高校生らしからぬ筋肉だるま、もとい立派な体格をもつ3年生であり、原作の登場人物の中でも折り紙つきの戦闘能力をもつ有力人物である。司波兄妹とは特に親しい関係にはならない人物であり、そのことも含めて久美香にとっては比較的安心感を覚える人物だ。

 

 一安心したのも束の間、体育館の扉を開いて突入してきたのは武装したブランシュの戦闘員たち、中をガスで充満しているかと思っていたのかガスマスクまで装着している。が、渡辺摩利の気流操作の魔法で窒息状態にさせられて無力化。久美香は「わかっていたが、こいつらは本当に高校生か」と戦慄を覚える。

 

 

「どうやら危機はまだまだ続きそうだ」

 

 

 十文字克人はそう呟きながら生徒たちを安全地帯まで誘導する。ブランシュの襲撃は始まったばかりである。




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