元姫は異世界で娼婦をしています (花見月)
しおりを挟む

1話

 私の職業は娼婦だ。

 しかも、只の娼婦じゃない。

 一晩買うのに金貨が何枚も必要な高級娼婦というやつだ。

 

 本当は、何十枚どころか何百枚も必要な最高級になってもいいくらいの人気を誇るのだけれど、なにせ客は庶民が多いし、そのレベルになるなら貴族や金持ちを相手するために王都か隣の帝国の由緒正しい大娼館でも行かなければ無理だ。

 それに、まだ数年しかいないこの街から、それだけのために離れることはあまり考えていない。

 

 この街……エ・ランテルは、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国、スレイン法国との境界に位置する三重の城壁に囲まれた城塞都市だ。

 城塞都市というだけあって、常駐する兵士だけでもかなりの数になる。

 その上、都市だから一般の市民もいるんだけど、冒険者という存在もここにはとても多い。

 

 つまり、血気盛んな奴が多いから、それだけ需要もあって稼げるってことだ。

 

 

「うん、最高だった。また来るぜ」

 

「あは……絶対ですよぉ? 待ってますから」

 

 服を着ながらそう言った上機嫌な客に、私はベッドの上で裸にシーツを巻きつけたまま、甘く艶然と微笑んで、部屋から見送った。

 

「……はー、つっかれたー。全身ベットベト……お風呂はいろ」

 

 あいつ、早いくせにしつっこいんだよねえ。まあ、回数できるのは認めるけど、持久力たらなさすぎ。もっと時間持つようにしろよ……なんて、考えながら。

 一晩買われて、快楽に苛まされ――いや、どちらかというと苛ました……かな――私はあくびを噛み殺しながら、隣室に特別に作って貰った風呂に向かおうとすると、私付きのメイドのシャーレが小走りで客が帰った扉から入ってきた。

 

「お疲れ様です、アメリール姐さん! 先程のお客様ですけど、女将さんに身請けしたいって話してましたよ!」

 

「あー、また……? まあ、断るからいいけど」

 

「えー……。いつも身請け話は断っちゃってますよね。さっきのミスリル級のイグヴァルジ様でしょ? 将来性だってあって、それなりにいい話なのになんで断るんですか?」

 

 シャーレは、この辺では珍しくない金髪を肩で切りそろえた、青い瞳の可愛らしい十六歳の娘だ。

 彼女は、この店に買われて娼婦になる予定だった。だけど、私が自分で部屋を掃除したり整えたりするのが面倒だったから、自分付きのメイドにするために店から買い受けた。

 もちろん、買い受けたとはいっても彼女にはお給料も出してるし、そのお給料を貯めて買い受けた金額分稼いだら自由にする約束もしている。

 けど、本人は娼婦にならなくてすんだと私に大変感謝しているようで……時々見当違いの忠誠心を見せて鬱陶しい。

 

「……好きでやってる仕事だから、色々あるの。それより、シーツの片付けと着替えの用意、それから部屋の清掃お願いね。私はお風呂入ってくるわ」

 

 昨夜からのイロんな体液で汚れ、乱れたベッドのシーツを指差して、そう指示すると今度こそ風呂場にはいる。

 

「うっえ、ドッロドロ……あははー、洗濯今日も大変だなあ……」

 

 扉越しに聞こえてくるシャーレのいつものセリフは、もはやBGMだ。

 私はアイテムボックスから、無限の水差しを取り出すと特別製のバスタブに水を張り、魔法でお湯へと変える。

 

 私はこの娼館のナンバー1の売れっ子で、割と自由にさせて貰っている。

 部屋が風呂付きなのも、特別扱いのため。

 元々、風呂の習慣なんてここの人にはないから、説明してバスタブ作ってもらうのも苦労したけど。

 

 大体、私は別に売られたわけじゃない。

 必要にかられて、私が自分の意志で娼婦という仕事をしているだけである。

 だから借金があるわけではないので、身請け話されても応じない。

 

 しかも、私は普通の人じゃないし?

 

 うん。実は、私は人間じゃありません。

 悪魔……それも淫魔(サキュバス)である。

 

 まあ、そもそも、元は人間だったんだけどね。

 ちょっと身の上話を聞いてもらえないだろうか。

 

 ……って、脳内で語った所で誰も聞いちゃいないけどさ。

 

「ほんと、どうしてこうなったかな……」

 

 肩までお湯に浸かりながら、私は思わず呟いた。

 

 

 

 

 そもそもの始まりは、ユグドラシルというDMMORPGだ。

 

 黒ネカマ、飴姫、ビッチ飴。

 これら全ては、一時期某大型掲示板の「ユグドラシル晒しスレ」にてこの私を呼ぶ二つ名だった。

 

 外装クリエイトツールで数日かけて作成した、姫カットの長い黒髪、濡れたように潤んだ大きな深い紫の瞳に整った小顔と白い肌。華奢な体躯だが巨乳……と、色々と自分の理想を詰め込んだこだわりのキャラだった。

 結局、途中で堕落の種子を使用して異形種となったので、その姿に山羊のような角と背中にコウモリのような翼がついた姿がゲーム内の姿で、そのどちらもない今の姿はシェイプチェンジしているにすぎないけど。

 

 私は、ロールプレイが好きだ。

 

 だから、このアメリールをやる時には気合を入れたロールプレイをしていた。

 お淑やかだけど、やや気が強く身内に甘いツンデレ。それが、このキャラに設定した性格だった。

 

 そして、私の声はとある有名声優にそっくりなのだという。

 その声優は、甘い可愛らしいロリ声で、下積み時代はエロゲーによく出ていたらしい。

 だから、私の声を聞いた人でその声優を知っている人は、まずそれを聞いてきた。

 

 ボイスチェンジャーではないナマの可愛らしい声で、なおかつロリ巨乳という外装。

 そして、演じている性格のせいか、私は当時所属するギルドに取り巻きっぽいのができていた。

 ぶっちゃければ、装備やアイテムにガチャ品、果てはワールドアイテムまで。欲しいっていうものは大体貢がれてたし、レベリングもカンストまで粛々と姫プレイ。

 一応、前衛もできる中途半端な魔法詠唱者なんだけど、ほとんど前線に立ったことなんて無かった。

 

 当時は我が世の春だった。

 

 ただ、空気が微妙になったのは、そんなギルドでオフ会があった後だ。

 自分はその日は仕事があるから行けなかったのだけど、どうもリアルに非常に美人な娘がいたようで、その娘に取り巻きを全部持って行かれたのだ。

 仕事にかまけず、有給休暇とってでも参加すればよかったと思ったけど後悔先に立たず。

 

 ……姫と姫の争いは、酷い。同じギルドに姫2人はいらないってことなんだろう。

 女同士の友情なんてものは、あっけなく壊れる。

 

 それまでは、ゲーム内でもとても仲良くしていた娘だったのに、ギルドを自分のテリトリーにするためにか、最終的には私はやってもいない罪を着せられ、追い出された。

 しかも、いつの間にかその罪状やキャラクターのスクリーンショットなどが晒されていて、掲示板は妙な祭りになった。その時に上のような不本意な二つ名がついた……。

 おそらくだけど、自分は彼女に晒されたんだろうなと思っている。

 

 もちろん、一度は人間不信になりかけて、そのままユグドラシル自体引退したよ?

 

 でもね、貢がれてたことは事実だったし、ビッチとか言われても実際は誰とも会ってないし、エロ規制の激しいユグドラシルだから他ゲーみたいなチャHもなかったし、リアルでも経験無いし……

 まあ……規制激しい割には、種族に淫魔[サキュバス・インキュバス]があったのには笑うしかないところだけど。

 だから、晒された所でそこまで落ち込む程でもないなと、アメリールは黒歴史だったと気をとり直して、別ゲーやってた。

 

 それからしばらくたってから、たまたま見ていたゲーム情報サイトで、ユグドラシルがサービス終了すると知って、懐かしさに最終日にログインして……投げ売りしてる色んなアイテムとか買い漁って。

 

 そのままGMによるカウントダウン花火を空を飛びながら見てたら……

 気が付いたら、この世界に飛ばされてた。

 

 いやー、びっくりしたよー。

 

 突然星空が広がって、地上には草原が広がってた。

 風が吹いて、草原がサヤサヤと鳴ってね。

 

 草の香りっていうのかな?

 

 電脳法じゃ禁止されてるはずの"嗅覚"を刺激した植物の柔らかな香りがして。

 アーコロジーにある植物園の植物はガラス越しで、実際には触れることもできないし、香りだって人工的なものしか知らないからね。

 

 もしかして。

 昔流行った小説みたいに、異世界に転移したー?

 

 なんて、思わず、全力で空の散歩を楽しんで……。

 自分が別人になったってことも、その時は気が付かなかった。

 

 

 

 ……それが、今から約100年位前の話。

 

 

 

 心まで元の私じゃなくなったんだなって気がついたのは、その直後に人間の姿になってとある街まで来て。

 お金を稼ぐにはどうしようかなって思った時に、真っ先に娼婦になるって考えついた時かな。

 

 普通はそんなこと思いも考えもしないはずなのにね?

 

 複数の相手と関係をもつとか、本来の自分なら感じるはずの忌避感が全く無くて、倫理観とかそういうのも無くなっちゃったみたいでね。

 どうせ病気や毒は無効だし、サキュバスだから吸収しちゃえば妊娠はしないし。

 気持よくなれて自分に必要な精気も吸収できて、相手も喜ぶしお金も稼げるまさにwinwin。

 

 で、そのまま、その街の娼館を探して娼婦になっちゃったんだよね。

 

 

 処女だったのに! 何故か知ってる性技知識とか! いろいろ駆使しまして。

 

 

 あ、もちろん美少女の初物ということで、ぽっと出の娼婦としてはかなりお高く買ってもらえましたけど。

 

 それからは、大体数年から十数年を目処にあちこちの街の娼館を渡り歩いている。

 一処にとどまると、見た目が変わらないってバレてしまうから。

 

 

 

 

 風呂から上がれば、部屋は綺麗に掃除されてベッドメイキングも完璧になっていた。

 さすが、シャーレ。文句言いつつもきっちり仕事をこなす君が大好きだ。

 ベッドの上には、柔らかなバスタオル代わりの大きな布と、ちょっと街娘が着るには仕立てが良すぎる若草色のドレスと下着一式。

 タオル代わりの布で身体や髪の水分を軽く取り、生活魔法で髪を乾かすと、中庭に望む窓を全開して下を覗き込む。

 

 中庭の井戸でシーツを洗っているシャーレが見える。

 他の下働き達の姿が見えない所を見ると、私の客が最後の客だったようだ。

 

「ねえ、シャーレ! 私の今日のスケジュールはどうなってるー?」

 

「……ちょ、アメリール姐さん! なんで全裸で窓全開してるんですかっ!? 見えたら勿体無いですよ!」

 

「いいからいいから。で、どうなってるの?」

 

「いいからじゃないですよ……言われたとおり、今日は夕方まで予約は入れてません。そんなことより、服着てください服を!!」

 

「はいはーい」

 

 生返事をシャーレに返して、私は着替えを手にとった。

 うん、これで街に買い物に行ける。夕方までに戻れば問題はない。

 久しぶりの休みに私はウキウキとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 いつも、街中へ向かう度に思うのだけど、ここ(エ・ランテル)って確か国王の直轄領だよね。

 なのに、中央通り以外の通りが石畳になってないのって怠慢じゃないの?

 せめて、うちみたいな高級娼館とか歓楽街付近までは、きちんと敷いてほしいわ。

 

 そんな風に思うのは今歩いてる道が、荷車や馬車の(わだち)の痕に水たまりができてたり、泥とか砂でぐしゃぐしゃな悪路なせいだったりする。

 伊達にステータスが高いわけじゃないから、この特注のハイヒールブーツでも転んだりなんかしないし、問題なく歩けるけど……歩きにくいのには変わりない。

 

 今日は、適当に露店巡りをした後に、仕立屋の所で新しいドレスの生地とデザインの打ち合わせの予定。

 

 私の黒髪と黒に近い深紫の瞳は、この王国と帝国の辺りではかなり珍しいらしい。十中八九、髪や目よりも美貌のせいだろうけど、歩くだけでこちらを振り返ったり凝視したりする人間がとても多い。

 だから、出かける際は深いフード付きのローブを手放せない。

 今日は、茶褐色という目立たないローブの下に若草色のドレスと濃茶のハイヒールブーツ。

 

 本当はフードは鬱陶しいし、そのまま普通に歩きたいんだけどね?

 

 人通りがちょっとでも少ない所を歩いていると、つまらない人攫いに襲われる羽目になったりするのだ。

 別に怯えたフリして捕まって犯されるのも輪姦されるのも、それはそれで有りなんだけど、流石に百年もこの世界で暮らしているといい加減飽きる。やることがワンパターンだし、だいたいそういう相手って異常に汚いし臭いから、結局はイラッとして殺しちゃうのよね。

 人間に紛れて暮らしてるんだから、そういう意味のない揉め事は起こしたくない。

 

 それにしても、言ってることもやってることもアレだけど、イラッとしただけで躊躇なく殺す。

 ほんと、私の元の人間性ってどこいったんだ……?

 

 

 

 これでも、五十年と少し位前だったかな。

 たった数年間だったけど、身請けを了承して娼婦をやめて、一人に尽くしていたことがあるんだ。

 

 相手は若いけど名の知られた傭兵剣士でさ。己の強さを求めるストイックな人だった。

 たまたま戦勝祝いか何かで連れてこられた娼館で私と会ったんだ。最初は女に興味ないって言ってた癖に、その後、私が身請けに応じるまでほぼ毎日ずっと通ってたんだから、全くもって説得力無いよね?

 

 彼は、確かに整った顔と均整の取れたスタイルのイケメンではあったけど、彼よりも外見が良い男も頭がいい男も金持ちの男も両手の指の数よりいたし、何で身請けに応じたのか今でも良くわからない。

 あえて言うなら、客の中で一番の強さ(レベル)を持ってたくらいかな? もちろん本来の私と比べたら、全然弱かったけど。

 

 だから、最初は単なる気まぐれだったんだと思う。

 

 それでも、身請けされたからには私は彼の物。二人で冒険者のようなことをして暮らした。

 彼からは剣や短剣の扱い方とか武技っていうのも、教えてもらってさ。

 毎年、彼が戦争に行っている間は宿で待ちぼうけしてたけどね。

 それでも……あの頃は、楽しかったな。

 

 でも、彼はある年『この戦争が終わったら、傭兵をやめるから一緒に故郷に帰ろう』……そう言って戦争に行ったまま、約束の日になっても帰って来なかった。

 

 死亡フラグを天高く掲げた挙句にそのまま回収するとか……どうなの?

 

 もしかしたら、私に嘘をついて戦争には実際行っていなくて、ただ姿を消しただけ……なんて思おうとしたけれど彼が私のもとに預けていった資産の額や、それまでの行動から絶対にそんなことだけはない。

 だから、必死で不慣れな探知魔法と本来の私の身体能力をフルに使って、戦場となったカッツェ平野で彼の痕跡を探した。

 最初に調べた帝国と王国のどちらの死体置場にも反応がなかったから、戦場にまだあるはずだと思ったんだよね。

 死体の一部でも見つけることができれば、蘇生の短杖で生き返らせることもできるはずだと。

 あんな広大な所だし、詳細な地図なんて手元にも無いから、見つかるわけないのはわかっていたのに。

 それにあんな場所だもの、アンデッドにその身が変わっている可能性が高い。

 彼が元になってるアンデッドなんて見たくは無いけれど……それでも探さずにはいられなかったのだ。

 

 彼に反対されても、一緒に戦争に行けば彼を死なせることはなかったのに。

 いや、私の持つ装備かマジックアイテムのどれかを渡すだけでも違ったはずなのに。

 

 彼に人間をやめさせる機会だって、たくさんあった。

 堕落の種子や昇天の羽なんて、ゲーム時代に貢がれたものの中に大量にあったし、果ては吸血鬼の真祖になる貴重なアイテムだってあった。

 

 でも、私はソレを言い出せなかった。

 

 

 自分が人間ではないことが言えなかったから。

 

 

 そのせいで装備やマジックアイテムを渡すことも、戦争について行くこともできなかった。

 それに人間をやめたら、きっと彼は彼でなくなる。私が私でなくなったように。

 だから、言えるはずもなかった。 

 

 散々探しまわったけれど……結局、彼は見つからなかった。

 

 悔しくて悲しくて、その場で泣き叫んだことを覚えている。

 その後……私は彼の相方としての自分の痕跡を全て消して、もとの娼婦に戻ったのだ。

 

 今思えば、リアルでは恋愛とは無縁だったから、きっとあれが初恋だったんだろう。

 そしてあの慟哭が私の『人間としての心の残滓』の最期だったのかもしれない。

 

 だからこそ、もう身請け話は絶対受けない。受ける必要もないのだから。

 

 大体、姫プレイしてた自分が、あんなのに引っかかって全力で探すとか笑い話にしかならない。

 まあ、あんな相手とはもう会うことはないと思う。

 そもそも、娼館に来るような相手は、ヤることしか考えてないしね。

 

 

 

 仮初の一夜の恋、皆の私☆ ソレでいいじゃない?

 

 

 

 とりとめもなく、そんなことを考えながら私は広場に向かって歩く。

 そろそろ、冒険者組合の建物が見えるなーって辺りまで来ると、なんか周りが騒がしい。

 いや、この広場通りが騒がしいのはいつものことなんだけど、種類が違うっていうの?

 よく見れば視線が一つのところに集中してるから、その視線をたどると真っ黒な全身鎧に真紅のマントを身につけて、背中に二本の大剣を背負った人物と、深い茶色のローブに私のような黒髪をポニーテールにした美女が見えた。

 

 ふうん? あの全身鎧のひと、随分良さそうな装備をしてる。

 しっかり鑑定したわけじゃないからなんとも言えないけど……少なくとも、冒険者の中でも抜きん出た装備だわ。

 ま、私の持ってる装備には、劣るけど。

 たぶん、男だよね? 女でも蒼の薔薇のガガーランみたいなのもいるけど、アレは特別なはずだし。

 装備を見る限り稼げそうな相手だから、是非とも懇意になってほしいんだけど、女連れってことは娼婦(ウチ)のお呼びはなさそう。

 

 あの美人さんの方は、ローブ姿の軽装だし魔法詠唱者かな。

 私と同じ黒髪って珍しい。南方の国出身なんだろうか。

 

 どっちも初めて見るけど、余程腕に自信があるのね。あれは目立つことで、顔を売ることを計算に入れてる。じゃなかったら、あんな華美な全身鎧を装備して、派手な真紅のマントなんて選ばないし、連れの美人さんの顔を出したままになんてしない。

 

 路地に入っていった彼等を眺めながらぼんやりそんなことを考えていると、さっきの美人さんと紫の秘薬館の最上位娼婦のどちらが美しいか、という言い争いをしているのが聞こえて、私は思わず笑った。

 

 だって、同じ黒髪美人系列だから比較に出したんだろうけど、その最上位娼婦って私のことだもの。

 

「……私の方が美しいって言って下さってありがとう。また来て下さいね、お待ちしてますわ」

 

 悪戯心が抑えきれず、私の方が美人だといった男の側に行ってこっそり囁いた。

 

「えっ!?」

 

 声が聞こえた彼は、慌ててキョロキョロするものの、私はすでに人混みに紛れた後だ。

 まさか、すぐ側にその娼婦がいたとは思ってないだろうなあ。

 普通の娼婦は娼館から絶対出ることはないからね。高級娼婦はその娼婦よりは自由だけど、それでも仕事以外では外へは出れない。買物は娼館に商人呼ぶのが普通だし、外出する私が特殊なのだ。

 私が何があっても戻ってくるってわかってるから、自由にさせてくれてる女将さんに感謝である。

 

 

 露店で串焼きの肉を買って、食べながら歩く。

 うん、美味しい。

 あとは、さっき売ってたサンドイッチみたいなの買って、それでお昼でいいかな。

 やっぱり、かしこまった食事よりも、行儀悪いけどこれが良いのだ。

 

 モシャモシャと食べながら目的地である街一番の仕立屋に向かうと、店の前に黒い大きな馬車が止まっている。

 

 どっかの貴族か金持ちが来てるんだろうかと四頭立ての大型馬車を見ながら思う。

 御者台にいるのは馬車の雰囲気に合わせた上等な服は着ているものの、服に完全に負けているチンピラみたいな酷い男だ。

 なんでこんな男を御者なんかに使ってるんだろう? どう見ても信頼できる人間じゃない。

 食べ終わったゴミを片付けながら、思わず眉をひそめてその横を通り過ぎ、仕立屋の扉を開け中に入る。

 

 フードを外して自分が来たことを告げようとすると、それと同時に甲高いヒステリックな叫び声が店の中に響いた。

 

「なんなのよ、これは! ろくなものがないじゃないっ」

 

 声の元を見れば、先客らしい長い金髪縦ロールのお嬢様と老齢の執事がいる。

 その前には、仕立屋と弟子がデザイン画と完成見本のドレスを、そしてお針子達がたくさんの布を広げているのが見えた。

 

「しかし、お嬢様。ここは、この街一番の仕立て屋だと――」

 

「もういいわっ 宿に帰ります!」

 

「承知いたしました、お嬢様」

 

 バタンっと大きな音を立てて扉を開けて、縦ロールのお嬢様は外に出ていき、執事は店員と私に向かって申し訳無さそうに深々とお辞儀をして彼女の後を追いかけていった。

 嵐と表現した方がいいような二人に、私は思わず呆気に取られた。

 

「なんなの……あれ……」

 

 この声で、ようやく私が来たことに気がついた仕立屋が、慌てて私のローブを受け取って椅子を勧めてくる。

 客用に用意されているテーブルセットのテーブルから、さっきまでいたお嬢様達が使用したのであろうカップが片付けられ、新しい紅茶が運ばれてきた。

 

「いやー、すみません。先ほどのお客様はバルド・ロフーレ様からの御紹介だったのですが……」

 

「あら、そうなの? ふーん……あの、わがままなお嬢様を相手にするって大変ね……」

 

 食料関連の大商人の名前が出て、少し戸惑ったが、恐らくあのお嬢様の父親の方と伝手を取りたかった彼が、彼女の機嫌を取るためにこの仕立て屋を紹介したのだろう。

 結局はわがままぶりに振り回され、無駄だったようだが。

 

「まあ、そんなことより、打合せの方を始めましょう。今度は裾にスリットを入れて脚がよく見えるようになるドレスを――で、生地はこんな感じで」

 

「ほほう。新しいデザインですね? アメリー様の指示なさるデザインは、斬新で素晴らしいです」

 

 仕立屋と弟子が、私の話を聞いてデザイン画を書き上げていく。

 お針子たちも入れ替わり立ち替わりで、倉庫から生地となる布を持ってくる。

 

 こうして、私は夕方近くまで仕立て屋で有意義な時間を過ごしたのだった。 




見つからなかった理由 ヒント:フールーダ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

 久しぶりの休日から二日ほど経ったある日の昼下がり。

 今日は夕方から、食事デート付きの一夜買いの予約が入っているため、ドレスアップ前に風呂に浸かり、暖かな湯に脱力していた。

 

「ふぃー……」

 

 思わずマヌケな声が出るけど、気持ちいいので仕方ない。

 そのうち温水シャワーもマジックアイテムで再現したい。手持ちの簡易拠点作成アイテムのグリーンシークレットハウスには、そういうのも完備してるから参考にできるだろうか。

 

 扉の向こう側でいつものBGM(文句)が流れている。今は、シャーレが必死に部屋の掃除をしているのだろう。

 あれ? あちらの部屋の扉が開いた音がする。誰かとシャーレが話をしているようだ。

 

 やがて、私のぼんやりとした微睡みを壊すように風呂場の扉を開けて、シャーレが現れた。

 

「アメリール姐さん。仕立屋のネアンから試作品ができたので、都合が良い日時をお知らせ下さいって連絡来ましたよー」

 

「あら、早い。お針子さん達が随分頑張ったみたいね」

 

 ドレスを仮縫いで立体化するのに普通は一週間はかかるから、まさか二日で試作品とはいえ完成するとは思わなかった。

 

「んー。じゃあ、明日ここに届けて……いや、また直接行こうかな。明日の予約はどうなってたっけ?」

 

「えーと、確か昼頃に初回のお客様が一人。夕方からは翌朝までの一夜買いで、先日もいらしたイグヴァルジ様が」

 

 あー、アイツか……できれば、しばらく相手したくないんだけど。

 

「そう。ま、一夜買いなら、少し遅れても文句はでないわよね? じゃ、昼のお客様終わったら、出かけることにするわ」

 

「……姐さん。気のせいかもしれないですが、イグヴァルジ様に対する扱いが酷いような?」

 

「うん、私アレ嫌いなのよ」

 

 シャーレには、あまり隠し事は(流石に自分が人間でなかったり、百年前にこの世界に来たとかは言っていないが)しないので、キッパリはっきり言い放つ。

 

「うっわ、はっきり言っちゃった。姐さんのお客さんの中で一、二を争う金蔓なのに」

 

「それ、シャーレの認識も割と酷いよね……?」

 

「お金は正義ですよ、アメリール姐さん。お金は裏切りません。お金持ちは偉いのです」

 

 真顔でそう言われた。

 知らなかったよ……シャーレって、守銭奴だったんだね……

 なるほど、確かに振り返ってみると私に身請け了承をシャーレが勧めていた客は全員、ある程度の金持ちだ。

 忠誠心から言ってると思ってたけど、単純に金持ちだから良いと思ったってことか。

 

「……うん、何か。シャーレの基準がわかった気がするわ」

 

「えっ?」

 

 意味がわからないと首を傾げるシャーレに、私は苦笑を返して風呂からあがることにした。

 

 

 

 

 

 今でこそ、私は高級娼婦として特別待遇で自由を謳歌し、楽しんで仕事をしているけれど、この世界に来て娼婦になったばかりの頃は、文字は読めないし常識やマナーは知らないと散々だった。かろうじて、外見は超一品だったから、そのおかげで客がついて、その客達に色々と教えて貰えたからこそ今の私がいる。

 

 つまり、ただの娼婦と高級娼婦の大きな違いの一つに、知識があるか無いかというものがあるのだ。

 

 娼婦は基本的に娼館の中で客を迎えるだけでいいのだけど、高級娼婦ともなると性技と外見だけでなく、場合によっては娼館の外へ連れ出されてどこぞの貴族や大商人主催の夜会のパートナーとして参加するとか、自前の頭の中身を試される機会も多い。

 まあ、私は長く生きてるので、その辺りのマナーは完璧に近いと自負している。例え国王や皇帝の御前に行っても落ち着いて行動できるはずだ。

 

 さて。なんで、こんな話をしているのかというと、現在私は黄金の輝き亭というエ・ランテル最高の宿に、客に連れられて食事に来ているからだったりする。

 相手は、魔術師組合の組合長のテオ・ラケシルという、三十代後半くらいの痩せぎすで神経質そうな男だ。

 組合長が娼婦なんぞ連れて食事に来ていいのかとか言われそうだけど、私『高級娼婦』だからね?

 知らない人から見たら、どこぞの御令嬢と食事しているようにしか見えないし、上客用の個室(たぶん、普通は商談や密談なんかに使われるんじゃないだろうか)を使用してるし。

 それに彼は独身だから、そういう意味では問題にならないし。

 

 最高級の素材が使用された、豪華な料理を食べつつ、個室で何の会話をしているのかというと……ある種の突き詰めた専門家というか、オタクというか。興味ある分野については立て板に水のごとく饒舌(じょうぜつ)になる人物がいると思うけど、ラケシルもそういった人物で会話の殆どが魔法やそれに付随する学問に関することだったりする。

 私もその辺りの知識は一通りあるし、その手の話ならば長年の娼婦生活で客から仕入れた知識で彼との会話に困ることはない。

 それに私も魔法が使えることを彼は知っている。魔力系の魔法詠唱者としての意見交換もできると言うのは彼に言わせればかなり希少価値が高いらしい。

 流石に私が第十位階まで使用できるというのは知らないけど、この世界で一般的に習熟していると言われる第三位階、もしくは第四位階以上使えるのではと思っているみたい。

 

 ま、それがきっかけで、私の客になったんだよね。

 どこから知ったのか、第三位階以上が使える魔法詠唱者が娼婦などと……という感じで、娼館に部下を引き連れて直接文句を言いに来てさ。

 結局、うるさいから『娼婦らしい力づく』で私が彼を黙らせたの。

 あ、ラケシルはこれで魔法使いを卒業したみたい? なかなか初々しくて美味しかったです。

 ちなみに、部下の方は他の姐さん達に頼った。花代は私持ちだったし、あちらはあちらで楽しんだはず。

 

 ラケシルは、食事にも連れ出してくれるし、時々くれる装飾品や細々としたプレゼントのセンスも悪くはない。

 ただ、彼に対する不満を言えば、身請けの話を忘れた頃に持ってくることとか、その割にはアッチの方は淡白で今日みたいに一夜買いしても、ほとんどが話だけで終わってしまうことかな。場合によっては抱きもせずに寝てしまうことすらあるくらいだけど、そう言う時は私が勝手に寝てる彼にイタズラしてる。

 遊び慣れてない感じが、割と私の嗜虐心をそそるので、性的にイジメたくなるのが玉に瑕だ。

 

 娼婦にとって、一夜買われることと時間で買われることのどちらが疲れるかと言われれば、複数の相手をこなすことになる時間買い。

 そして、高級娼婦ともなると基本的に時間買いの客はほとんど受けなくなる。客層が娼婦とは違って上客がメインになるから、一夜買いという高額料金でも支払うって人ばかりになるからだ。そのため、私は暇な昼間は時間買いも多少受けてるけど、他の姐さんは昼間は受けつけてない。それでも十分やっていけるからね。

 まあ、これが低辺の闇娼館だと時間買いのが儲かるから無理に客を取らせるし、娼婦自体も使い捨てだから避妊薬も渡さないし。

 

 ああ、避妊薬なんて飲んでるのかって?

 

 避妊薬は妊娠して仕事できなくなったり、下手に落胤・庶子騒動になると困るから高級娼館ともなると強制的に飲まされる。

 卵巣と子宮に影響がある薬っぽくて、月のモノが来なくなるみたい。効果はピルそのものだね。

 ただ、この薬って錠剤じゃなくて薄い緑色をした液体の薬で、飲み続けてると子供が産めなくなる毒の一種らしい。つまり、毒が無効の私には効かないから無意味なものだけど、この身体になってから人間で言うところの月のモノが無いから、ごまかす手段になっていて正直助かっている。

 医学があまり進んでなさそうなのに、ちゃんと効果があるこういう薬が開発される辺り、なんか文化の進みが歪んでる気がする。

 

 そんな風に思考はあちこちと飛んでいるのに、ラケシルと話す内容は魔法理論の話というある意味器用なことをしていたのだが、ドアの外が騒がしい。ドアの向う側にあるホールで、甲高い声で叫んでいる女性がいるようなのだ。

 会話に邪魔が入ったことにラケシルは険しい顔をしている。

 

「ねえ、何かあったのかしら?」

 

 彼の機嫌が悪く怒ってしまいそうだったので、私はその前にドアの横にいる給仕にやんわりと何があったのか聞いてみた。

 

「申し訳ございません。恐らくでは有りますが、数日前から宿泊しているバハルス帝国からいらっしゃったお客様が……」

 

 話しによれば、わがままなお嬢様が食事が気に入らないと難癖つけているらしい。

 一瞬、仕立て屋で鉢合わせしたあの二人が頭に浮かぶ。

 

「もしかして、ご年配の執事を連れた、金髪でこんな感じの巻髪で……とても美しい方?」

 

 自分の髪を縦ロールにするように軽く巻いて見せて聞いてみればそうだと言う。

 

「うん? アメリー、知り合いなのか?」

 

「ううん、違うの。実は……」

 

 ラケシルに仕立屋での一件を話し、食事も終わりかけていたので席を立つことにした。

 

 

 こういう、運が悪いことっていうのは重なるもので。

 

 

 馬車でデート気分のまま娼館まで戻ってくると、受付のあるホールで男が二人もめている。

 片方は魔術師らしいローブ姿で、もう片方は戦士のような男だ。

 受付係が二人に事情説明をしているようなのだが、どちらもお互いを罵る言葉しか発しておらず、埒が明かない。

 周囲を見回せば、受付の側でオロオロしている姐さんが一人。

 なんとなく察した私は軽く溜息をついた。

 大方、ダブルブッキングというやつだろう。

 予約係がミスしたのだと思うが、流石に高級娼館でこの騒ぎはいただけない。

 

「……ラケシル、悪いけれど先に部屋で待っていてもらえないかしら?」 

 

「構わないが……大丈夫なのか?」

 

 ちらりと彼もその二人を見やり、自分が一声言うべきだろうかと考えているようだった。

 確かに、片方は魔術師なので魔術師組合長のラケシルが何か言えば黙るだろうが、彼の立場を考えるとあまりこういった場所で目立った形で面倒を起こさせたくはない。

 待機していた下働きの一人にシャーレを呼んでくるように伝え、その後現れたシャーレに彼を部屋まで案内するように頼む。

 

「すぐに行くから。ごめんなさいね」

 

 シャーレに連れられて、部屋に向かう彼の姿が奥に消えたことを確認してから、私は揉めていた二人を眠らせるべく魔法を使用する。

 

「《睡眠(スリープ)》」

 

 範囲は極力二人だけに狭めたつもりだったが、二人の周囲を囲んでいた娼館お抱えの護衛数人も巻き込んでしまったらしい。

 バタバタと眠りに落ちて、その場に崩れ倒れた。絨毯の引かれたホールなので、恐らく痛みはないはず。

 

「理由はわからないけど、ここで揉めているのはこの娼館の品位を落とすわ。空いてる客室あったわよね? そこに二人を運んで。受付係は女将さんを呼んできなさい」

 

 私が毅然として言うと、皆慌てたように行動を始めた。

 受付係は弾かれたように店内の奥へと走り、睡眠に巻き込まれなかった護衛が寝てしまった護衛たちを起こしてから揉めていた二人を運ぶ。

 そして私は、オロオロしていた姐さんに事情を聞くと、予想通り予約が重なっていたらしい。

 こういう場合は、上客の方を優先することになっているのだが、どちらも一夜買いの常連なので判断がつきかねたのだという。

 

 完璧に予約係が悪いとしか言いようが無い。

 軽い頭痛がしたが、女将さんへきちんとその説明をするように言うと私は、ラケシルが待つ自室へと向かう。

 流石に客を待たせているので、これ以上私ができることはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 結局。

 部屋に戻った私達は、お風呂プレイをしたわけだが、彼が先に音を上げ、ベッドに行くことになってしまった。

 

 ラケシルはすでに夢のなかだ。

 

 ちょっと調子に乗ってイジメすぎたかもしれないが反省はしない。




おかしいな、予定のところまで進まなかった誰得回……
次回、クレマンさん登場


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

 朝になってから体力的に辛そうなラケシルが、フラフラと馬車に乗って魔術師組合へと向かうのを内心ちょっと謝りながら笑顔で見送って。

 軽い仮眠をとったあとに、初回で"色々"初めてだという必死にお金を貯めてきたのであろう、若い冒険者くんの相手をして。

 

 そんな風に一仕事を終えた昼下がり、私は仕立屋の中にいた。

 

「いかがですか、アメリー様? 御指示通りの形にしてみたのですが」

 

 仕立屋がトルソーに着用させたドレスは、チーパオ……いわゆるチャイナドレスというものだ。

 生地は打ち合わせ通り濃紺の絹地で、予定ではドレス全体に金糸で小花の刺繍だったが、試作品だからか長い裾にだけ図案化された大輪の花が刺繍されている。

 

「そうね……スリットはもっと深い方がいいかしら?」

 

 襟元はしっかりとした詰襟のマオカラーだが、胸元がしずく型に開けられているので胸の谷間が見える。身体の線が出る様にピッタリと作られているが、スカートの部分にはひざ上の辺りまでスリットが入っているので動きづらいことはなさそうだが、個人的にはもう少しスリットが深いほうがいい。

 

「ちょっと下品かもしれないけど、脚の付け根の辺りまで入れて。その方が扇情的でしょうし」

 

「かしこまりました。このデザインですが、一般受注にも使用させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 実は、私が頼んだデザインのドレスの幾つかは、この仕立屋を通して上流階級にも流れていたりする。

 この世界ではあまり見ないデザインで目新しく、そのおかげでここ数年で街一番の仕立屋と呼ばれるようになったらしい。

 元の世界でも一般的だったデザインしか指示していないので斬新とか言われてもちょっと困るけど。

 

「んー……このデザインを一般受注にも使うなら、中に薄手の平織り(シフォン)生地のスカートか、ゆったりしたパンツを別に合わせたほうが良いと思うの。もしくは、スリットは入れずにスカートの部分をマーメイドラインにするとか」

 

 シフォンスカートを合わせれば単純に足は見えなくなるし、パンツを合わせればアオザイもどきになる。そして、マーメイドラインのチャイナドレスは、豪華で上品だからこちらでも受けるはず。

 完成したら、そっちのデザインのドレスも作りたい。

 

「ほほう……四種類になるわけですね」

 

「ドレスを頼む普通の御令嬢からしたら、脚が見えるのは、はしたないでしょうしね。だから、そこを抑えればいいと思うわ。もちろん、相手が私みたいな娼婦ならスリット入りをそのまま作ればいいと思うけど」

 

 仕立屋が私の言葉をメモして、お針子達と弟子が台の上に広げられた生地の中からシフォン生地を見繕って広げると、仕立屋と弟子、お針子達で意見交換が始まった。

 これも、いつものことなので、私はその間は静かにお茶を飲みながら、話に耳を傾けている。

 もちろん、意見を求められれば遠慮なく言う。

 

 この雰囲気が大好きだ。

 

 私にとってドレスは、仕事服であり、普段着であり、戦闘服だ。

 元姫らしく、アイテムボックスに放り込んであるユグドラシル時代の手持ちのローブ系装備は外装データがドレスが多い。どれも貢いでもらった物ばかりだが、Aラインにマーメイドライン、エンパイア、プリンセス……更にはウェディングドレスのようにトレーン付きのものだってあるし、真っ白なウェディングドレスそのもののベールとセットになったものもある。

 その数は、今の娼館にある手持ちのドレスの数よりも多いし、性能面でも品質においても、こちらで作ったものよりも遥かに上のレベルのものだ。しかし、それを仕事着として着るつもりはないし、参考としても実際に仕立屋に見せるつもりもない。

 

 私はドレスを娼館のあるその街の仕立屋で最低でも一着は作る。デザインはどうしても好みに合わない時は指示することもあったが、基本お任せだ。

 こちらの職人が手をかけたものを着ることで、自分が異物だということを忘れようとしているとも言えるけれど、少しずつ進歩している技術が見たかったからだ。

 

 ……なのにおよそ百年、殆ど変わらないという残念な服飾の発展ぶり。

 ほんと、文化の発達がどこか歪んでると思うの。

 

 こっちのドレスはベルラインやプリンセスラインといった、ウェスト切り替えでスカート部分がふくらんだものばっかりで……それもデザインが、自分が知るものよりもモッサリしてるのよ!

 しかも、昔からあるような仕立屋であればあるほど、そういうデザインを勧めてくるし、こちらが指示するデザインは言外で却下されるし。

 

 この街で初めて仕事用のドレスを作ろうとした時は、他の格式のある仕立屋では娼婦のドレスなんぞ作らんと突っぱねられ(後々知ったけど、紫の秘薬館の娼婦だと言えば作ってくれたらしい)、この新興だった仕立屋『ネアン』以外からは断られてしまった。

 だが、それが逆に良かったのだ。

 新興のためか、ネアンの店員たちは新しいこと珍しいことに貪欲だったから、自分達が提案するデザイン以外にも興味を持った。

 私が知るデザインを指示すれば、そのデザインを認め更にそれを昇華し、それ以上の品物にしようとする。

 今回のチャイナドレスも満足がいくものになりそうで、思わず笑みがこぼれた。

 

 そして、こうやって好きなことをしていると時間は過ぎるのが早いもので。

 

 気がつけば、街灯に光が灯り始め、街全体に夜の雰囲気が降り始めていた。

 室内が薄暗くなってきた時点で手元を照らすために永続光式のランプをつけたために、気がつくのが遅くなったようだ。

 慌てて席を立とうとすると、入口の扉が開いた。

 入ってきたのは、金髪のメイドと腰に剣を下げたゴツい男。

 

「……ごめんください。こちらに紫の秘薬館のアメリーが来て……って、やっぱり、いたぁーーーっ!」

 

 こちらを見て、最後は叫び声になった。

 シャーレと娼館の護衛だ。どうやら、私を迎えに来たらしい。

 ツカツカと近寄ってくるシャーレは薄い笑みを浮かべてるし、護衛は困ったような表情をしている。

 

「もー、何やってるんですか! 時間とっくに過ぎてるし、お客様もお待ちになってるんですよ?!」

 

「あー、ごめーん……今帰るところだったから」

 

 時間を忘れて過ごしていた自分が悪いので、全面的に謝らねばならない。

 話を中断させてしまった仕立屋達にバツが悪そうに謝罪し、帰るためにフード付きローブをまとって店の外に出る。

 

 

 迎えといえば馬車だろうと思ったけど、外に出てみれば馬車がない。

 シャーレ達に何で来たのかと問えば、馬車が出払っていたので徒歩できたのだという。

 そのために護衛が、わざわざついてきてくれたらしい。

 本来、娼館の外に仕事で出かける際は、娼婦を買った相手が馬車で迎えに来るものなので、店にある馬車の数はそんなに台数がないのだ。

 

「ほんとに女将さん、カンカンですよ! 外出禁止になるかもしれませんよ、全く……」

 

 ブツブツと文句を言いつつ、私の前をシャーレは早足で歩く。

 石畳が無い路地にさしかかり、時々、躓いて転びそうになっているが、決定的に転ばないのは器用なことだ。

 私の後ろを歩く護衛の人も、転びそうもない安定した足取りの私よりもシャーレを心配している気がする。

 

「うん、時間忘れてた私が悪いから、しばらく謹慎する……」

 

 元高級娼婦上がりだという、おっとりした年齢不詳のマダムな女将さんは、一度怒ると本当にコワイ人だ。

 

 ああ、コワイって言っても精神的にね?

 

 別に相手は只の人間だし、片手間でも殺せる程度でしかない相手だけどさ。一応、敬意を払っているのだ。

 世話になっているのだから、その娼館の決めごとくらいは守らないといけないよねと、悪魔も悪魔なりに思ってるわけですよ。

 

 契約は絶対守るのが悪魔ですし――――それを歪めて理解しないとは限らないのも悪魔だけど。

 

「わきゃっ!?」

 

「やだ、あっぶないなー」

 

 私が少し考え事をしていた隙に、可愛らしい声を上げて、ついにシャーレが転んだようだ。

 そのそばで、金属のこすれるような音と共に翻った影がぼやく。

 思わず、そちらに目をやると黒いマントを身につけた女性がそこにいた。

 私よりは薄い紫の瞳と短めの金髪が揺れ、面白いもの……おもちゃを見つけた子供のような目でこちらを見ている。

 

「……えっと……連れの者がごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

 一応、シャーレは私専属のメイドだから、この場合は私が謝らないといけないだろう。

 謝罪するために、フードを外して頭を軽く下げた。

 

「あは、大丈夫よー。ぶつかられそうになるの今日は二回目だしー?」

 

 そう返事し、手をひらひらとさせて、彼女はニヤリと嫌な笑いを浮かべた。

 彼女が手をひらひらとさせたことで、一瞬マントに隙間があき、彼女の鎧が目に入る。

 

 スケイルアーマー……?

 

 金属音はこれだったのかと思うと同時に、そのスケイルの色が一つ一つが違うことに気がつき、一瞬で理解した。

 

 あのスケイルアーマーは、冒険者のプレートでできている――と。

 

 今、私を庇うように前に立つ護衛も、立ち上がって申し訳無さそうにしているシャーレも、この薄暗い路地ではあの鎧はきっと見えていない。

 私が闇視と魔法的視力強化/透明看破を、種族特性として持っているからこそ見ることができ、気がついたのだ。

 

 彼女(アレ)は恐らく快楽殺人者。私は長い生の中で、そう言う人間は何度か見た。きっと、今まで殺した冒険者のプレートを集め、身を飾っているのだろう。 

 今はシャーレと護衛というお荷物がいる。ここは気が付かなかったことにして、穏便にやり過ごしたほうがいい。

 

「そうですか……それでは、失礼します」

 

 二回目という言葉に何か引っかかりを覚えたが、自分には関係ないことなので気にしないことにする。

 

「んー、ほんと残念。時間がアレばかわいがって()()()んだけど。お嬢さん、美人だから絶対楽しめたのにー」

 

 笑いながら、彼女は私の横を通りすぎる瞬間にそんなセリフを呟いて街中へと歩いて行った。

 思わず立ち止まって私は彼女の後ろ姿を凝視してしまい、その姿が建物の角へと消えたことを確認して溜息をつく。

 そして確信する。あれは、私が嫌いなタイプの人間だ。私が一人の時に会っていたら、躊躇なく殺していたかもしれない。

 

「……さ、帰ろ。うん」

 

 再度、フードを付け直して連れの二人を促す。

 

「あの人、女の人のほうが好きな方なんですかね? かわいがってとか言ってましたけど」

 

 促されて、歩き出したシャーレが不思議そうに、色々とぶち壊しの一言を言ってくれた。

 どうやら、声が聞こえていたようだけど……違う、シャーレ。そうじゃない。

 

「そうだね……たぶん、どっちもいけるんじゃないかなー……」

 

 うん、きっと()()対象はどっちでもいけるだろうね。

 人間が壊れていくのを楽しんで見るのだろうし。

 

「でも、お客さんには無理ですね。見た感じお金持ってなさそうでしたし」

 

「ああ……うん、知ってた。やっぱりシャーレの基準はそこなのね。私もう驚かない」

 

「お金は正義ですから」

 

 なんだろう、この変な徒労感。

 

 護衛の方を見れば、私達の会話に笑いを堪えているようだった。

 やがて、華やかな光りに包まれた店が見え、会話も止まる。

 

 そして、私は部屋に待たせていたイグヴァルジと女将さんへ、全力で猫をかぶって謝ることになった。

 

 

 

 この時の私は知らない。

 

 あの路地で出会った女をあの時殺しておけば、一つの冒険者パーティを死の運命から救うことができたかもしれないことや……アンデッドの大群が現れることもなかったかもしれないことを。




たくさんのお気に入りと評価や感想ありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

 普段はあまりしない()()()()()を色々とったために、ちょっと節々が痛む気がする身体で、私は風呂にぐったりと浸かっている。

 

 どうも、風呂場からこんにちは。アメリールです――――みたいな。

 

 いったい、誰に対して挨拶してるんだよ……と自己ツッコミを入れつつ、バスタブに浸かったままうつ伏せて、ふちに乗せた腕に額を当てる。ちょっと熱めのお湯が気持ちいい。

 お仕置きと称して執拗に私を抱いたイグヴァルジが恨めしいが、この場合は自業自得なので仕方ない。

 ほんと、アイツ早いくせに回数だけは多いってどういうことなの……

 

 レベルカンストしてるサキュバスのくせに何言ってるんだって?

 

 カンストしてる悪魔だって疲れるんですよ。そりゃー生きてるんだし、肉体的にも精神的にも。

 元の姿の時ならともかく、シェイプチェンジしてる人間時は余計にね。

 ……まあ、今回ばかりは精神的疲れが過分に影響してる気もするけど。

 

 そりゃ、睡眠・飲食不要で肉体疲労しなくなるリング・オブ・サステナンスなんていう微妙アイテムも持っているけれど、あれは食事の楽しみがなくなるし、娼婦の仕事をする上では指輪は邪魔にしかならないのでアイテムボックスに入ったままだ。

 それに仮にこの指輪をしていたとしても、この精神的な疲れは防げるわけではないので結局は一緒である。

 

「……それにしても、冒険者組合から緊急招集ねえ」

 

 遅れた時間分、お昼手前くらいまでイグヴァルジの相手をするハズだったのだが、朝になって彼の所属するパーティ『クラルグラ』の仲間だという男が、彼を探してここに来たのだ。

 もちろん、男をそのまま部屋に通す訳にはいかないから、受付からシャーレが言伝を受け取って部屋まで知らせに来たけれど。

 そして、それが冒険者組合からの呼び出しだと聞き、慌ててイグヴァルジは自分の常宿へと帰っていった。身なりをきちんと整えてから、組合に向かうのだろう。

 最初は、ついにアイツの素行の悪さが何か問題になったのだろうかとひっそりと思ったのだが、そういうわけではなかったようで。

 送り出したシャーレ曰く、吸血鬼が出たとかなんとか、二人は話していたらしい。

 

 確か、吸血鬼は白金級から相手できるんじゃなかったっけ?

 なのにミスリル級が呼ばれるっていうのも変な話だけど、ちょっと強い個体でも現れたんだろうか?

 

 もっとも、考えた所で私には関係はないし、それよりも昨夜の路地で見かけたあの嫌な目をしていた快楽殺人者の女のことの方が気になる。

 別に人間が何人死のうが、それが知らない相手ならどうでもいい。

 けれど、少なくとも自分のよく知る相手や身の回りの誰かが殺されることになるのはちょっと嫌なのだ。

 大事にしているコレクションが壊されたり、ペットを殺されたりするかもしれない的な感覚に近いのかな。

 

「……ほとぼり冷めたら、探して消しとこ」

 

 密かに決意して風呂からあがる。

 

 軽く身体の水分を拭くと裸のままベッドにダイブした。シャーレが折角、着替えとして真紅のドレスを出して置いてくれたのだが、袖を通すのも面倒だったのだ。

 流石に昼からの客が来る前に着替えるつもりだけど、風呂で熱った身体をさますように私は新しいシーツを堪能しながら、一人で寝るには広いベッドの上を転がり、部屋を眺める。

 

 板ガラスを利用した中庭に面した窓、アンティークのような飴色の猫足のスツールとガラス鏡のついた美しい装飾の施されたドレッサー。寝転んでいるベッドはクイーンサイズか、キングサイズくらいはありそうな大きさでドレッサーたちと同じ猫足のモノ。奥には衣裳部屋兼シャーレの寝室に続く扉が見える。そして永続光を利用した照明器具と、床にはロココ調の敷き詰められた絨毯。

 

 調度品はどれも素晴らしいものだけど、この世界の文化レベルから考えるとちょっとおかしい。

 やっぱり、魔法があることで発展が歪になるんだろうなあ。

 

 本当は……今までに知ったこの世界の情報をかえりみれば、もう一つの理由を思いつくけど、それはあえて考えない。

 

 目を閉じて溜息をつくと、着替えるために起き上がる。

 その時に見えた、ガラス窓の向こう側はとても良い天気だった。

 

 

 

 

 

 イグヴァルジが死んだことを知ったのは、翌日の昼過ぎのこと。

 

 吸血鬼討伐に巻き込まれて、パーティが全滅したらしい。

 教えてくれたのは魔術師組合長のラケシルだが、死んだと聞かされても特に何か感慨があるわけでなく。

 常連客が一人減ったなくらいしか思わなかった私である。

 

 私は今、魔術師組合に駆り出されている。

 その強大な吸血鬼を倒したという漆黒の英雄の鎧を直すためである。

 どうやら、数日前に見たあの漆黒の鎧と美人さんの二人組が件の英雄のパーティのようだ。

 

 別に私は魔術師組合に登録しているわけではない。しかし、一度ラケシルが悩んでいた仕事に気まぐれで手を貸してしまったせいで、厄介な仕事の時は依頼して来るようになったのだ。

 今にして思えば、私が気まぐれを起こすとろくな事になっていない気がする……

 組合員じゃないのに手伝わせていいのか、魔術師組合。しかも娼婦にだぞ、魔術師組合。

 

 一部の魔術師達が私を見てヒソヒソとなにやら話をしているし。

 黒や茶、灰、紺などの地味色のローブ姿の男女の中、私の薄紫のシフォンのドレスはかなり浮いているのだ。せめて、上に着ていた茶色のローブを脱がずに着たままでいれば良かっただろうかと、周囲を眺めつつ思う。

 魔術師の中には、極稀に看破の魔眼とも呼ばれる相手が使用できる魔法の位階を見ることができる生まれながらの異能(タレント)持ちもいるけれど、幸いなことにこの街にはそういう異能持ちはいないはずだから、単純に場違いなドレス姿の女がいることに困惑しているだけだと思いたい。

 そういうのがいる時は探知阻害のマジックアイテムを身につけるか、そいつを文字通り消すかしないと暮らしていけないので割と面倒なんだよね。

 

 組合に持ち込まれていた、そのアダマンタイト製の漆黒の全身鎧は、焼け焦げ、切り裂かれたような爪痕で大きく破損していた。

 口外厳禁と言い含められたが、話によれば吸血鬼を倒すために第八位階の封じられた魔封じの水晶を破壊し、暴走させた結果がこれらしい。

 確認した森の戦い跡は広範囲にわたって黒色化し、一部は砂漠化していたそうである。

 

 魔封じの水晶の暴走――――ね。

 

 うん、それ嘘だ。言い訳として用意したって感じがする。

 魔封じの水晶は傷つけたり、壊したところで使用不可になる程度で、そんな破壊力など出ない。

 

 考えたくなくて見ないふりしていた理由の一つが目の前に転がってきた感じがある。

 

 たぶんだけど、あの二人のどちらか。もしくは二人共、ユグドラシルのプレイヤーだと思う。

 話がしたい気持ちもあるけれど、あいにくと私は一時期晒しスレに祭りが起きて、名前とスクリーンショット画像まで載っていた姫だ。

 その晒しスレの情報で私を知っていた場合を考えると、色々とリスクが高すぎる。

 おまけに自分は異形種プレイヤーだ。この世界ではいきなり殺し合いにはならないと思うけど、相手が人間種ではユグドラシルの時は殺されかねなかったし……。

 

 実際に現地に行って直接調べないと詳しくはわからないけれど、聞いた戦闘跡から考えると本当に使われたのは、超位魔法の《失墜する天空(フォールンダウン)》かな?

 範囲内のあらゆる物を燃やし尽くし、溶かし尽くす……って言ったら、それくらいしか思いつかない。

 でも失墜する天空じゃ森を焼くことはできても、黒色化と砂漠化の理由が説明できない。

 砂漠の一部がガラス化してたってことは、焼く前に地面が砂になってたってことよね……地面を砂にするってなんか方法あったっけ?

 

 《天地改変(ザ・クリエイション)》はフィールドエフェクトを変更する魔法だけど、それで森を砂漠にしたのかな。

 でも、それだと何のためにわざわざ砂漠になんてしたんだろう。森への延焼防ぐにしたって他に方法あるだろうし……

 

 うーん……それとも、何かのクラススキル?

 そこが謎だ。 

 

 もちろん、このことは誰にも言うつもりはない。

 言った所で、ここの常識の範疇外だからだ。

 第三位階魔法が限界のところに第十位階どころか超位魔法。彼等からしたら神をも超える領域だろう。

 

 そうやって何食わぬ顔のまま、詳しい経緯や説明を聞くと、私は指示に従って鎧を修復した。

 

 

 英雄の二人は、それにふさわしいアダマンタイトへ昇格したそうだ。

 生きた伝説、冒険者達の憧れであり、人間の切り札。

 

 彼等は、まさに主人公(ヒーロー)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――この世界には、ユグドラシルのプレイヤーが来ている。

 

 六大神とか八欲王はその最たるところで、口だけの賢者や英雄譚として残る十三英雄、天空を駆け続けた有翼の英雄、水晶の城を支配する姫君などは間違いない。

 

 文化の発達が歪む理由はそこにある。

 彼等が手を貸したことで完成されたモノを与えられて、歪んだままに文化が発達したのだと思う。

 

 私はこうして人間に紛れて、力を隠して生活することを選んだけれど、彼等はそれを選ばずに自分の望む形に世界を動かした。

 私の選択を彼等は笑うかもしれない。『折角の力を利用しないのか』と。

 

 でも、考えてみて欲しい。

 

 異形種である自分が、たった一人で平穏に暮らすなら他に選択肢がない。

 仲間がいれば別かも知れないが、私は一人だ。

 一人だからこそ、目立たずに溶け込んで傍観者になった。

 

 この選択に私は後悔はしていない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

 修復作業は時間がかかり、作業が終わると組合内の一室で参加した魔術師達へ睡眠を取るための毛布や軽い食事代わりのスープと硬いパンが配られた。

 疲弊している魔術師が多く、この状態で帰宅させるにも問題があると判断したみたい?

 とはいえ、私はそれらを辞退していつものローブをまとって部屋を出る。

 出て行く私を心配したのか、係りの者から呼び止められそうになったが無視して、そのまま外へ歩き出した。

 

 魔術師組合に来た昼過ぎは雨は降っていなかったはずだけど、少し前に通り雨でも降ったのか所々に水たまりができて、空気が心なしか澄んでいる気がする。

 時刻は、もう夜と言っていい時間だ。灰色の雲の合間から見える黒から濃紺とも濃紫とも言えるグラデーションの夜空の色のもと、永続光の街灯の明かりが足元を照らしていた。

 

 本来であれば今頃は予約客の相手をしている時間だ。でも、魔術師組合からの呼び出しということもあって、今日の相手は私の隣室の姐さんが代わりを務めることになっている。

 彼女は影で『あいつの客を奪って私こそがナンバー1になるんだから!』と日々常々、意気込んでいたみたいだけど、たぶん無理だろうなあ。

 だって、シャーレにそんな影口を叩いてる現場をよく目撃されて、挙句私に報告されるようなレベルだもの。

 

 うん、前にも言ったかもしれないけど、女の争いは陰湿なんですよ?

 まあ、全ての女がそうだと言い切ってしまうのは短絡的で視野が狭いけどさ。

 

 影口に脚の引っ張り合いは当たり前。演技はデフォルトで表裏で態度が違う。

 ドレスを破られたり、汚されるのは序の口。私が自由に外を出歩くことを利用して、商売道具の顔や身体を傷つけるために暴漢を雇ったり、メイドを買収して毒を盛ったり。

 それに、こういう嫌がらせをする相手は同じ娼婦だけじゃない。客の恋人や妻、果ては愛人が乗り込んできて騒ぎになったことだってある。

 

 こういう職業(高級娼婦)について、なおかつ上位にいる女はプライドが高いイキモノで、やることは姫の争いと似たようなものだ。

 権力や財力といった力に憧れ、自らを高く売る努力を怠らない。ライバルは蹴落としてでものし上がろうとする。

 逆に客の恋人なんかの場合は……女のヘイトは同性に対しての方が高くなるから、よくよく考えなくても完全に男の方が悪いのに相手の女を恨む。

 『この泥棒猫!』とか『あんたがあの人を誘惑したんでしょう!?』なんていう、使い古されているけれど、言われる可能性の高い台詞には、それが如実に現れてると思う。完全に相手の男に対する愛情から暴走してるもの。

 

 自分で言っててあれだけど、こんな裏の部分なんて、誰も知りたくないだろうなあ。

 華やかな光の部分があれば、影にこういった部分があるのは仕方ないことだと思うんだけどさ。

 私にとっては娼婦なんて嫉妬と欲望をともにするような仕事している限り、付き合い続けなければならないことだし、こういうのを楽しんでいるところもあるし。

 

 まあ、今お世話になっている紫の秘薬館では、女将さんの娼婦への教育や客をそれなりに選んでいるからか、揉め事らしい揉め事はあまり経験していない。

 精々、ちょっとした客同士の喧嘩だったり、娼婦同士の影口の言い合いくらいですんでいるから、今まで暮らした娼館の中でも、待遇も質も破格の場所だと思うのよ。

 

「うん……不満はない」

 

 けれども……もう、この街を出ようかな。

 

 館を辞めるにしても、シャーレのことや常連客達への対応はどうするのか? といった面倒事が頭をよぎるけれど、一人で生きてきた私にとって同じプレイヤーらしき存在の出現は、住み慣れてきたエ・ランテルから離れることを考えさせる程度にはショックだったらしい。

 

 一人じゃなかった時もあったけれど、それはもう過ぎたことだ。

 

 チクリとどこか痛む心を無視して、歩き出す。

 私が向かっていたのは北門だ。別に今すぐこの街を出るわけではない。まずは、例の森の中の戦いの跡地をこの目で確かめてこようと思っている。

 魔術師協会に泊められていると娼館の者達は思っているだろうし、自由に動ける今がチャンスだろう。

 もちろん、そのまま門を出れば衛兵に止められるのはわかっているから、門付近の路地に入ってから元の姿に戻り、種族スキルで不可視化すると空へと舞い上がる。

 夜ではあるが、大体の方角も聞いていたので、そのまま向かった。

 

 

 

 

 

 聞いていた方向に進めば、上空からもその場所はポッカリと空間が空いていて、すぐ分かった。

 数日間は調査が入ると聞いているけれど、夜は調査を中止して街に戻っているらしく、跡地付近には人の気配はしない。

 

 私は地上へと降りると、アイテムボックスから宝石のように輝くスカージ『シェンディラ』を取り出した。

 スカージは棘鞭とも言って、本来は革紐に無数の金属や骨の棘をつけたものだけど、これは鞭の部分が棘のついた鎖になっている。

 この武器は私がサキュバスになった際に取り巻きから、是非使って欲しいと渡されたものだ。

 シェンディラからは『輝ける修道会』と名付けられた13人の悪魔の聖歌隊を召喚し使役できる。

 この悪魔達は一見するとヴェールをつけた美しい修道女のような姿をしているけれど、服の下は鉤爪のある手と山羊の蹄の足を持った異形だ。そして、姿は修道女だが信仰系の魔法を使用するわけではない。

 

「この跡を調べたいから、誰も寄せ付けないようにしなさい」

 

 召喚した彼女達にそう言って命令を下すと彼女達は深く礼をとったあとに散開して、美しい声で歌を歌い始める。

 恐らく、人払いの効果のある歌だろう。この歌は聴力があるモノ全てにかかるはずだ。

 

 シェンディラはサキュバスの女王が持つ武器をイメージして作られたらしいのだが、ユグドラシルの時は完全にロールプレイ用でしかなかった。

 何故なら神器級という一級品にもかかわらず、純粋な武器としての攻撃力は聖遺物級程度しかない。その上、召喚される輝ける修道会はバード以外のスキルを持たない悪魔だ。レベルも低く、単純に悪魔を召喚するだけなら位階魔法の悪魔召喚のほうが余程使い勝手がいい。そして、ユグドラシル時代は歌うことによってバフやデバフを掛けたり、結界を貼ったりする程度で、それも高レベルが相手では無意味になる事が多かった。

 こちらに来てからは高レベルと言える存在もないし、帰還を命じないかぎり召喚されたままになったことで使い勝手は良くなり、便利といえば便利だけど……彼女達にきちんとした意志があるのかはわからない。私の命令にはきちんと反応はするけれど声は出さず、言葉を発するのは歌うときのみなので。

 故に、私は必要なときにしか彼女達を召喚しないし、用が終わればそのまま帰還させる。

 

 それにしても、彼女達はどこから呼ばれどこに帰るんだろうか?

 

 私にとって永遠の謎の一つを考えながら、ここに来た目的を果たすことにした。

 

「……うん。間違いない、これは失墜する天空が使われてる……」

 

 小一時間ほど色々と魔法を使用して、跡地を調べた結論は、話から推測したことを裏付ける材料にしかならなかった。

 

 逆に浮上した問題は、何故そんな超位魔法を使用したのかということだ。

 そこまで使用しなくとも、位階魔法で殲滅できないものでもないはずなのに。

 

「これって、吸血鬼もプレイヤーだったのかな……?」

 

 考えた所で、答えは出ないけれど。

 その可能性も頭に入れると、私は輝ける修道会の彼女達を帰還させ、街へと帰ることにした。

 

 

 

 

 ――そして、私は街道付近の森の中で、行き倒れらしきものを発見してしまった。

 

 普通の人間なら、そこにいたことも気が付かないのだろうけれど、私には見えたから仕方ない。

 それが彼にとっては運が良いのか悪いのかわからないが。

 

 その男は、雨に打たれるに任せたままだったのか、長めの髪も服も水を含んで貼り付いていて背中を大木に預けるように倒れていた。右手に持った剣……あれは、刀? だろうか……を抱えこんで。

 

 刀はこの世界では南方の砂漠の中の都市で作られる非常に珍しい武器らしく、手に入れるにはかなりの金銭が必要だ。だから、大切そうに抱え込んでいるその姿に、刀を手に入れるために食い詰めた冒険者だろうかとも思ったのだけど、よく考えればおかしい。こんな森の中で一人。旅装というわけでもない。

 

 いつもの私だったら、見なかったふりをしていただろう。

 どう考えても厄介な代物の気配がするし、割りきって関わらなかったはずだ。

 なのに、どうしても、それが気になってしまったのだ。

 

 私は地上へと降りると不可視を解いて、人の姿へ変わるとゆっくりとその男へと近寄る。

 気配を消すのは苦手だが、少なくとも普通の人間には気取られることはないだろう。

 

 倒れたままで反応はないが、胸が上下して呼吸をしている所を見る限り生きている。みすぼらしく汚れてはいるが、ケガらしいケガはない。

 よく見れば、細身だが鍛えられた身体だ。実践で鍛え上げたのだろう、刃物によるものと思われる無数の傷跡が、鋼のようなその腕に刻まれていた。

 びっしょりと濡れた髪の間から、端正ではあるが疲労感の溜まった無精髭に彩られた顔が見える。

 

 その顔を見て、私はどうして気になってしまったのか納得してしまった。

 

 行き倒れの顔色は悪く病人か死人のようだったが、その顔立ちは()()()によく似ていた。忘れようとしても忘れられない、私の思い出の中に生きるあの傭兵剣士と。

 もちろん、こんな行き倒れと自信と気力で溢れていたあの人は似ても似つかないと心のどこかで叫ぶ声がするけれど面影を重ねてしまう。

 

 生まれ変わり……とか、そんな言葉がつい頭をよぎったけれど、あるわけがない。

 このまま放っておいてもいいが、その後、私は気になって仕方なくなるだろう。

 ならば、腹を括ってこの男を連れて帰った方がいい。

 

 私は軽くため息を付いて、空を見上げた。

 見上げた空には、雨の名残の雲が少しはあるものの、小さく瞬く星々が見えた。





原作を読み&聞き返して、割と間違いや思い違い等に気がつき、更には当初のプロット通りに進めると、今までのイメージ壊すんじゃないかという壁に当たりました。

それでプロット通りか、それとも変えるかで悩み、筆が全く進みませんでした……

とりあえず、プロットのまま進めることにしたのですが、完結したら別のルートも書こうと思います。未熟で申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

・途中で視点が第三者に変わっています。



 今日の予約は昼間はキャンセルになり、夕方からの一夜買いしかない。

 常連の誰かを呼ぼうかなとちょっと考えたけど、昼間は仕事がある確固たる地位にある人がほとんどだ。

 流石に、昼間っから女遊びさせるのはそういう立場にある人たちには申し訳ないし。

 自由業と上にルビが付きそうな冒険者の常連もいないでもないけれど、そっちはそっちで金銭的に余裕が無い客ばかりだ。

 そう考えると、ミスリル級冒険者で金払いの良かったイグヴァルジは割といいお客だったんだなと今更惜しい人物を亡くしたと思った。

 

 さて、暇になったのは良いけれど、先日の件もあって自主的に外に出ることを私は控えている。

 だから、外出はできないわけで。でも、部屋でごろごろするのもいい加減飽きた。

 

 ――そんなわけで、とある人物の様子を見るために、シャーレを連れて護衛達の宿所に向かった。

 

 護衛達の宿所は娼館の裏手にあり、同じ敷地にある。だから、何かあった時もすぐに対処できるようになっているのだ。

 

 待機している彼等は、暇そうに武器を磨いている者や、トランプのようなカードゲームで賭け事に興じている者などそれぞれが思い思いに過ごしているようだった。

 

 娼館のお抱え護衛はそれなりの腕も必要だけど、見た目も重視される。もちろん、優男のイケメンという意味ではなく真逆の意味でだ。まさに用心棒のための見た目というやつだ。そのためにゴツくていかつい、いかにもな男ばかりで、あまりそういうのが好みではない私としては、この部屋は割とうんざりする場所だ。実際、暑苦しくて、男臭い雑居部屋なので長居はしたくない。

 

 ざっと見た所、彼はいない。街の方に出かけているのか、館の見回りに行っているのか……

 仕方なく部屋に戻ろうかと思えば、シャーレが入口近くの窓際で煙草を吸っていた男と何やら楽しそうに話をしている。

 中断させるのも悪いなとそのまま見なかったことにして帰ろうとすると、私が帰りかけているのに気が付き、小走りでシャーレは戻ってきた。

 

「姐さん、置いてかないで下さいっ! 聞いてみたら、中庭にいるんじゃないかって言ってましたよ」

 

「あら、ありがとう。話、途中で切り上げてよかったの?」

 

「良いんですよ、仕事中ですし」

 

「ふーん。ところで、あの人は恋人? ずいぶん楽しそうだったけど」

 

「……ハァ? 何言ってるんですか…………姐さん、私の事バカにしてます? 私、姐さんに借金立て替えて貰った、言わば買われた身なのに、そんなことに気を取られてる場合じゃないんですよ?」

 

 同じ娼館にいるただの同僚だとわかってはいたけど、ちょっと軽口を言ってみただけなのに、シャーレの真顔の反論と正論にぐうの音も出ない。

 

「あ、うん……も、もちろん、冗談よ?」

 

「それに、あの人は前に一緒に姐さん迎えに行った人ですよ。姐さんだって覚えてるでしょう? ……まさかとは思いますが覚えてないとか言いませんよね?」

 

「…………」

 

「……いい加減、興味がない相手でも顔と名前くらい覚えて下さいよ」

 

 うん、なんかもう……ほんっと、ごめん。覚えてなかったとか、言えない。

 言われてみれば、あの男は以前私が仕立屋に出かけたまま遅くなった際に、シャーレに付き添ってきたあの護衛っぽい。せめて名前くらいは覚えてやるべきだろうか。

 客や興味がある相手なら、ちらっと見ただけでも忘れない素晴らしい記憶力も持ってるんだけど……無関心な相手だと忘れるのよ。まるで記憶容量をその程度の相手に使うなんて勿体無いかのように。

 でも、仕方ないじゃない、私人間じゃないし?

 

 そんなことを、薄笑いでごまかしながら考えつつ、中庭に出た。

 

 庭には眩しい太陽の光が降り注ぎ、シーツやベッドカバーといった大物から、娼婦達の下着や夜着などの色とりどりの洗濯物が風にたなびいている。

 

 その合間から、男の姿が見えた。

 

 刀の鯉口を切り、腰を落として体勢を低く下げて正面を見据え、息を止めて素早く刀身を抜く。

 逆袈裟斬りというのだろうか? 下から斜めに切り上げ――そのまま返す刀を袈裟斬りに振り下ろす。

 刀は、削ぎ切るための武器。だから基本的に叩き斬る剣と違って、動きも自然とそれのためのものになる。

 まるで刀で優美な舞を踊っているようで、その刃が陽光を反射して眩しい。

 

 普段なら、そのまま声をかけに行ってしまうところだけど、雰囲気に当てられたのか、私もシャーレも無言でその舞を見ていた。

 

 刀を静かに鞘に戻したことを確認した所で、声をかけるために側に近寄る。

 

「…………どう? ここには慣れた?」

 

「ん……? ああ、アメリーか」

 

 こちらに振り返って、私に軽い返事を返してきた彼に、シャーレが腹立たしいとばかりに私の前に出た。

 

「ちょっと、ブレイン! さんをつけなさいよ、このモロダシ粗○○野郎。拾われた分際で姐さんを呼び捨てとか、分をわきまえなさいよ!」

 

 ちょっと、シャーレさん! 女の子が何言っちゃってんの!? しかも、そのセリフの元ネタどっかで聞いたことあるけど、何故そんな言葉がポンポン出てくるの貴女。実は、転生者とかじゃないでしょうね?

 とっさに口をつぐんでそんな風に叫ばなかった自分を褒めたい。

 いや、まあそんなことはありえないし、普通の人なのはわかってるけど我が専属メイドながら、とんでもない発言にドッキリさせられ、思わずマジマジと彼女を見てしまう。

 モロダシ以下略には話すと長……くはないが、原因は彼にはない。諸々込みで、どう考えても私が悪いんだけど、ブレインにとっては忘れたい黒歴史だと思う。

 実際、言われた瞬間、彼の顔色は青くなり、ひきつった表情になっている。

 

「シャーレ……黒歴史をエグるのはやめてさしあげて」

 

「え、くろれきし……?? えと、それって」

 

「あー、その意味から説明しないといけないのね。真っ黒に塗りつぶして忘れたい酷い過去って言えばいいのかな」

 

「……なるほど。理解したですよ!」

 

 まさか、黒歴史の意味について説明を求められるとは思わなかった。

 ……そういえば、黒歴史とかこっちに来てから、初めて他人に向かって言ったかもしれない。

 

 今まで会話自体は何故か成立するからあまり深く考えたことはなかったけど、文字はまるで違うんだものね。だから、同じ意味に当てはまる言葉がなければ通じないのもしかたない。本当に異世界ならではだ。

 これもきっと、過去に会話が通じるように何かしたプレイヤーがいたんだろう。魔法ではアイテムに付与しなくちゃ永続効果には成らないし、他の国や亜人にも通じるのが謎だし……永劫の蛇の腕輪でも使ったのかな?

 変な所に感心していると、その間に立ち直ったらしいブレインが口を挟んでくる。

 

「……あの時は悪かったな。ただ、できれば忘れて欲しいんだが……」

 

「口にしない事はできても、忘れるのは無理ね。諦めなさい」

 

「ですよねー。流石にあれは酷かったですし」

 

 私はシャーレと頷きながら、あの時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――バサッと突然頭にかかってきた布状の何かのせいで、フッ……と意識が覚醒した。

 

 覚醒した瞬間は、頬に触れるベッドカバーのリネンの感触に何故自分がこんな体勢をとっているのかと悩んだものの、昨夜のことを思い出して身じろぎもせずに寝ているふりを続けた。

 どうやら、寝台のかたわらに座り込み、よりかかるように寝ていたらしい。

 薄く目を開くと、まだ部屋が薄暗いことから、太陽が昇る前の明け方位の時間みたい?

 昨夜拾ってきた男のずぶ濡れの服を脱がして、軽く体を拭いて寝台に寝かせた後、久方ぶりの繊細な魔法行使に私は気が抜けて眠ってしまったのだろう。足元には、投げ捨てた私のローブや男の服が無造作に置かれていた。

 

 気配から察するに、私が覚醒する少し前に昨日の男は目が覚めたらしい。

 彼が身体を起こしたためにリネンがはだけられ(そのリネンがかかってきたために私は目覚めたみたい)、彼は裸で柔らかな寝台に寝ていたことに驚き、手元に刀があることに安堵したようだ。

 

 広い豪華な調度品のある見知らぬ部屋、その絨毯の敷き詰められた床に彼の服が投げ捨てられたように無造作に置かれている。訝しげに表情を固くし……ぐるっと見回してから、ようやく足元の方で寝台にもたれかかって寝ている女、つまり私を見つけた。

 しばらくこちらを見つめていた彼は、その後、リネンをひったくるように引き寄せて被り、震えだした。

 まるで何か恐怖する対象を見つけたかのように刀を抱え込み、震えからくるガチガチという小さな歯の音が薄暗い部屋に響く。

 

 え……なにごと? 何で私を見て怯えているの?

 まさか、気を失っていると思っていたけど、拾ったあの時目覚めていた?

 いや、万が一目覚めていたとしても、ここまで彼を運ぶのは魔法の《完全不可視化(アンノウアブル)》と《浮遊板(フローティング・ボード)》で行ったし、移動は人間の姿のまま《転移門(ゲート)》でこの部屋と直接繋げたし、悪魔としての姿は彼の前には晒していないはず。

 

 とりあえず彼と話してみないと原因はわからない。

 寝たふりをするのをやめ、身じろぎし、伸びをする。

 そして、たった今起きたかのように、小さなあくびをしてから、立ち上がった。

 

 

 * * *

 

 

「あら……起きてたのね。おはよう――と言うには、まだちょっと早すぎる時間かしら」

 

 薄暗い部屋の中、高価な薄絹の平織りを幾重にも重ねて作られた広がる裾のドレスを身にまとった女は、寝台で震える男にその柔らかく耳障りの良い声をかけた。

 

「濡れたまま寝せるわけにはいかなかったから、服を勝手に脱がせたことは謝るけど……何もしていないわよ? そんなに怯えないで欲しいのだけど」

 

 返事がないことに困ったように首を傾げた後、そのまま彼女は壁際に歩いて行く。

 壁際に設えられた永続光式のランプに光を灯すと、彼女の姿があらわになる。

 薄暗い部屋でも十分判別できたのだが、まるで造られた人形のような素晴らしい美貌の女である。光に照らされ、艶やかな絹の様な長い黒髪に白磁の様になめらかな肌が目立つ。少し小柄で華奢なウェストと対象的な豊かな胸はドレスの胸元から溢れんばかりで、紫水晶のような深い紫の瞳がきらめき、紅を載せた赤い唇が誘うように弧を描く。

 女の立ち居振る舞いは優雅で、どこの高貴な令嬢かといった所であったが、ドレスの造形が脚線美を前面に出したスリットがあり、扇情的で年頃の令嬢が着るものとしては相応しくない。そして、どこかで嗅いだことのある甘い香りが立ち込める部屋の淀んだ空気も、ただの令嬢ではないと男の脳に訴えている。

 

「ここ、は……、……か?」

 

 ベッドカバーのリネンを頭から被り、震えてかすれる声で男は問いかけた。

 

 彼の武人としての矜持と心を砕き、人の努力とは全てが儚く虚しいものだとトラウマになる原因を作った化物も、見かけは高価なボールガウンドレスを纏った美の結晶のような美しい少女であった。

 その少女(化物)に圧倒的な実力差で敗れ、逃げ出した森の中で彷徨い、最期に自分が目指した王国最強と言われる男に会いたいと思ったことまでは彼は記憶している。

 その後、どこをどう歩いていたのか、わからない。雨に打たれながら、森の中を街道を目指していたと思うのだが、気がつけば見知らぬ部屋の寝台に全裸で寝ていた。

 

 だからこそ。今、目の前の人外とも言える整った美しさを持つ女に対して、ブレインは恐怖する。

 この女も、あの化物の仲間かと疑心暗鬼に襲われたのだ。

 

「ん、何か言った?」

 

 かすれた声だったためか、内容が彼女は聞き取れなかったらしい。

 先程と同じように首を傾げ、やはりブレインから返事がないことに眉をひそめた。

 

「貴方、どこまで覚えてる? 雨上がりに行き倒れていて……私が拾ってこなかったら、貴方死んでたわよ?」

 

 いつの間に手にしていたのか、ガラス細工の水差しと同じデザインのグラスの載った金のトレイを寝台の横のナイトテーブルにそっと置いた。

 

「だから、そんなに怯えないで欲しいんだけど……まあ、いいか。ここは、エ・ランテルにある紫の秘薬館。早い話が娼館よ。割と有名な高級娼館だから貴方も聞いたことあるんじゃない?」

 

 確かに、その娼館の名前はブレインも聞いたことはあった。以前いた傭兵団とは名ばかりの野盗の集団でさえ、時々話題になっていたのだ。

 しかし、強くなることに全てをかけ、女に興味が無いブレインは詳細までは覚えているわけがない。

 

「私はここで働いてる娼婦のアメリーよ。で、この部屋は私の部屋ってわけ」

 

 そう言いながら、彼女は水差しからグラスに水を注ぎ、ブレインに差し出した。

 差し出されたグラスを一瞥するも、ブレインは受け取らない。

 

「別に毒なんて入ってないわよ? 水でも飲んで少し落ち着けばと思っただけなんだけど……」

 

 ため息をついて、アメリー……アメリールはグラスをトレイに戻す。

 

 けんもほろろ、取り付く島もない。まさにお手上げ状態で、彼女はブレインへの対応に困っていた。

 昔の男に似ていたからと拾ってきたものの、ここまでおかしな状態になっているとは思わなかったのである。

 精神安定か状態異常正常化のポーションは、アイテムボックスにあったっけ? ……と彼女が考えはじめたころ、この部屋の入り口の扉ではない、もう一つの扉がノックされた。

 そこは、アメリールの衣裳部屋を兼ねた続き部屋であり、その部屋から直接娼館内部に出ることもできることから、専属メイドのシャーレの部屋でもあった。




・次話も第三者視点のまま、続きます。
・読み返してなんか夢っぽいですが、恋愛は今後もないよ!(ここ重要)

投稿遅くなりましてすみませんでした。
今後はこんなに間を空けないようにしたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

・途中で視点が一人称に戻ります
・捏造設定が更に色々


「姐さん、帰ってきてるんですかー? 帰ってきたなら、声かけてくださいよー」

 

 ノック音の後に響いたのは、シャーレの気の抜けた声だった。

 恐らく、部屋の物音や声に気がついて、起き出してきたようだ。

 

「うーん。やっぱり、鍵はかかってるよねえ? 魔術師組合の仕事って言ってたし……気のせいかなあ」

 

 確認のためにシャーレはガチャガチャとノブを回すが開く気配はない。

 基本的に廊下を通らずに出入りできるこの扉は、仕事のお楽しみ中やアメリールがいない時間は、魔法で鍵をかけられているためにシャーレには開けることはできない。

 開鍵のためのキーになっているのは、鍵をかけた本人であるアメリールからの入室許可である。

 

 アメリールは寝台の上のブレインを見やり――その後扉を見て、ため息を一つ。

 

 扉に身体を向けたまま、ブレインから見えないようにアイテムボックスから、無色透明な水のような液体の入った、繊細なデザインのガラス瓶を取り出した。

 それは、下級状態異常正常化ポーションという。ユグドラシル時代であれば、毒や睡眠、混乱、狂騒状態など複数の状態異常を治療する薬だ。

 もちろん、一部の上級毒や精神支配、超位等の魔法、ワールドアイテム産の物については治療効果が現れないし、戦闘時に使用することはできないという平時専用のアイテムである。その上、下級と名がつくのに非常に高価な消耗品で、調合するには希少な鉱物素材がいくつも必要という大変難儀な代物であった。それでも治療のできる職業持ちがいない際には重宝されるアイテムであったため、姫の彼女には大量に貢がれていたのである。

 アメリールにとっては、もう使う必要性を感じないアイテムであり、アイテムボックスの片隅にスタックされたまま忘れかけていたものだ。

 だから、その希少価値に躊躇すること無くポーションの蓋を無造作にあけると、寝台に近づいて力任せでリネンを勢い良く剥ぎ取って、その影にいたブレインに向けて中身をぶちまけた。

 突然のことに反応が遅れたブレインは、かなり情けない悲鳴を上げる。

 それは普段の彼なら絶対にありえないことなのだが、アメリールはそんなことは知るよしもない。

 

「ちょ!? やだ、やっぱり誰かいるうぅぅぅ!?」

 

 慌てたのは、扉の向こう側から男の悲鳴を聞いたシャーレである。

 魔術師組合に出かけたまま帰室していないはずのアメリールの部屋で、何らかのデキゴトが起きているのだ。慌てないほうがおかしいというものである。

 

「あー……」

 

 まあ、そうなるよね? と心の中でアメリールは呟きながら扉を見やる。

 

「シャーレ、入っていいわ。帰ってきたの知らせてなかったわね」

 

 入室許可をし、魔法の鍵を解除するとともに声をかける。

 

「え。あ、姐さん!? え?」

 

 館内に続く方の扉に向かおうとしていたシャーレはその言葉で動作を止めた。 

 

「帰ってたなら何で返事してくれないんですかぁっ!! また変ナノが来たのかとすっごく、すっごく! 怖かったじゃないですかっ!!」

 

 涙声でわめきながら、扉を荒く開けて入ってきたシャーレは、室内の状況に再度動きを止めた。

 

 ベッドカバーのリネンと空のガラス瓶を手にして、若干乱れた髪とドレスのまま立っているアメリール。

 そのアメリールの寝台の上で、細長いこの辺りではあまり見かけない剣を右手に抱えた――全裸で、その股間のモノを隠そうともせずに呆然としている無精髭込みで薄汚い男、ブレイン。

 寝台の上は事後のようにみだれ濡れ、足元の服の塊も絨毯も渇いた泥で汚れ、かなり酷いことになっていた。

 

「えっと。これって……どういう、状況……です?」

 

 少なくとも何かのプレイ中というわけでもなさそうだし、ベッドの上の男は金を持っているように見えないから、絶対に客ではないな、と把握するのがシャーレにはやっとの事だった。

 

 

 * * *

 

 

「……悪かった。恩人に対する態度じゃなかった」

 

「落ち着いたようで何よりよ」

 

 私は思わずそう呟いた。

 下級状態異常正常化ポーションは本当に良い仕事をしてくれた。あれだけ怯えてどうにもならなかったこの男を平静状態に戻し、どうしてそうなってしまったのかという簡単な経緯と、本人の名前を聞けたのだから。

 

 男の名前はブレイン・アングラウス。

 ざっくりした説明によれば、己の剣の腕に絶対の自信を持っていたらしいのだが、それを私のようなドレスを着た令嬢……のような化物、シャルティア・ブラッドフォールンに粉々に砕かれたのだとか。

 十中八九、そのシャルティアという化物は例の漆黒の英雄達に討伐された吸血鬼だろうなと、話を聞きながら思う。

 

 現在、私とブレインは風呂場にいたりする。

 別に風呂に入っているわけではない。シャーレに惨状でしかない部屋の清掃を頼んだせいで、居場所が無くなったからだ。だから、私は薄汚れたドレス姿のままだし、ブレインは左手に刀、腰に布を巻きつけただけという、割と情けない格好でバスタブの縁に腰掛けていたりする。

 私の背後の扉の向こうでは、いつものBGMよりも酷い彼女の怒りとも取れる愚痴が聞こえていた。

 

「だが、助けてもらって言うことじゃないが……どうして、俺を見捨てておいてくれなかったんだ?」

 

「知り合いに似ていたから、ほっとけなかったのよね」

 

 思わず遠い目になった。流石に昔の男に瓜二つだったからとは言えない。それは外見以外似ている要素を今のところ感じられないあの人に対して失礼だ。

 

「生き恥を晒しているより、あのまま野垂れ死んだ方がマシだったのに」

 

「……それは遠回しに殺してくれって言ってるのかしら? それなら、その化物から逃げなければ良かったでしょう」

 

「お前に何がわかる? 恐怖と焦燥感で逃げたが……今までの努力が、鍛錬が……全部、全て!! 無駄だと否定されて踏みつけられて、信じていたことが全て幻のように消えたんだぞ!?」

 

 死にたくないから逃げたのに、それで死にたくなるとかバカバカしいにも程がある。

 

「だから、何? プライドと意識だけは高くて御立派ね。自信と信念を打ち砕かれたから、生きてる価値が無いとでも言いたいの?」

 

 私は、そこまで言うとアイテムボックスから細身のオリハルコン製のダガーを取り出し、流れるようにブレインをバスタブの中へと押し倒して、首元に突きつけた。

 私の動きを追えなかったのか、ブレインは頭を浴槽にぶつけたようだが、そんなことは知ったことではない。そもそもそれくらいじゃ、この男は死なないだろう。

 

「折角、手間を掛けて助けた命を無駄にしないでほしいわね」

 

 私が人間であったころのように、全てにおいて企業に支配され、選択肢など全く無い世界でもない。

 その気になれば、どんな生き方だって選べるではないか。

 話から察したほどの強さがあるのなら、ここで困ることなど殆ど無いはずで、他に進む道だってある。

 それにそれだけ強い相手から逃げられたのだから、それを糧にして、死ぬ気でもっと剣の腕を磨くという選択肢だってある。

 

「その化物から逃げおおせられたのなら、死線を超えた天運はまだ残っているのでしょう。強さを渇望する割には、諦めが早過ぎるわ」

 

「お前、魔法詠唱者じゃ……!?」

 

 森からここに魔法で運んだことは話してあるから、私が魔法詠唱者であることは知っている。

 

「そうよ? しかも、娼婦のそんな私に負けるのよ」

 

「どんな力をしてるんだ?! クソッ、おい、放せ!」

 

 もがいてブレインは起き上がろうとしているが、それを私は力尽くで止める。

 人化して多少弱体化しているとはいえ、カンストプレイヤーの力にかなうわけがない。

 

「いらない命なら、私に寄越しなさい。強さが欲しいというなら、私が鍛えてあげるわ」

 

 淡々と私は言葉をこぼす。

 

 たかが人間が。つまらないプライドで、私の手間を無駄にするなんて許せない。

 あの人と同じ顔で弱音など吐くな。ヘタレた姿など見せるな!

 

「それに貴方は私が拾ったのよ? 生死の選択権は私にあるの。おわかりかしら?」

 

 冷ややかな視線で彼を見ながら、私はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――うん、アレはないわ」

 

 思考の海から戻った私の口から出たのはこの言葉である。

 

「どうしたんですか、姐さん?」

 

 シャーレが不思議そうに私を見つめてきたので、手を振ってなんでもないと伝える。

 

 嫌だっておかしいだろ、あの時の私も。拾ったから私のものとか。

 どんな真夜中テンション? 自分でも別人みたいで怖いんですけど。

 

 勢いで鍛えるとか言ってたけど、結局のところ、実際に剣はまだ交わしていないし。娼婦の仕事してるから、暇を見てそのうち……ってことにしたけど、なんとも……。

 まあ、あのダガー突き付けの後に、なんでその腕を持っているのに娼婦をやってるのかって、質問攻めにされたから『趣味と実益』の一言で叩ききったけど。

 娼館においておくために、女将さんと交渉して、護衛の一人として組み込んで貰う羽目になったし。

 

 

「なあ、暇なら軽く手合わせしてくれよ。そういう約束だろう?」

 

「ここは狭いから、駄目よ。下手すると洗濯物を台無しにするもの。そのうち嫌ってほど相手してあげるから、もう少し待ちなさい」

 

 ブレインは不満そうにするものの、私が意見を曲げることがないのをここしばらくで理解したらしく、素直に自主鍛錬に戻った。

 近いうちに、この館を私が辞めることは話してあるから、辞めた時に一緒に冒険者登録でもして路銀稼ぎつつ、パワーレベリングでもすれば約束は果たせると思いたい。鍛えるとは言ったものの、レベリングくらいしか方法が思いつかないし。

 

 前にも言ったけど、私は近接戦闘できるクラスも持っている。姫であったから、それをしっかり使用し始めたのは、この世界に来て50年近く立った頃だったけど。

 あのオリハルコン製のダガーは、そのころの思い出の品物だからあまり使いたくはない。だから、何か適当な短剣を買うか魔法で作ればいいか。

 

 そういえば、シャーレには私がここを辞めることは話していない。

 彼女は、どうするのだろうか。

 残りの金額はまだあるけれど、今まで迷惑もかけていたし、本人の好きにさせてあげた方がいいかな。

 問題は、いつその話を切り出すかだけど。タイミングを間違うと面倒そうね。

 

 そんなことをブレインに胡乱げな視線を浴びせているシャーレを見ながら考えた。

 

「こんな所にいたのね! ねえシャーレ、女将さんが呼んでるってアメリー姐さんに……って、何よ本人もいるじゃない」

 

 ん?

 

 背後から声をかけられ振り向けば、シャーレと同じお仕着せを着た、女将さん直属の小間使いの女性が洗濯物の影から現れた。

 確か女将さんいわく、元娼婦上がりだけど、気が回ってよく働くし使い勝手が良いから、そばに置いているって言ってたっけ。

 

「私を女将さんが呼んでるの?」

 

「あ、はい。何か面倒くさい仕事が冒険者組合長のアインザックから来たらしくて……ちょっと、相談したいって言ってました」

 

「冒険者組合長から……? 何かしら」

 

 冒険者組合長直々とか、一体なんだろう。

 私冒険者じゃないし……娼館に仕事って言ったら、高級娼婦としての仕事よね。

 

「とりあえず、手が開いてるんでしたら女将さんのところに行って貰えます? 詳しくは私も知らないので」

 

「わかったわ。わざわざありがとう」

 

 ペコリと私にお辞儀すると、彼女は忙しそうに早歩きで館の方へと戻っていった。

 

「冒険者組合長からのお仕事ですかっ!」

 

 お金に目ざといシャーレの眼が輝く。

 

「らしいけど、面倒くさいって付いてるよ? 何か訳ありっぽい」

 

「冒険者といえば、ほら漆黒の英雄とか美姫とか……彼等を囲い込む宴でもやるんじゃないですか?」

 

「それなら、なるべく出たくないなあ……」

 

 プレイヤー疑惑濃厚どころか確実すぎて、会うことを躊躇せざるを得ない。

 

「俺は会ってみたいけどな。あの化物倒したのそいつ等なんだろう?」

 

「そうらしいわよ。とりあえず呼ばれてることだし、女将さんの所に行ってくるわ」

 

 ブレインが興味深そうに私達の会話に混ざってくるが時間もないので会話を打ち切り、踵を返して館へ戻るために歩き始める。

 

「あ、姐さんまた置いてかないで下さいよーっ!」

 

 背後から追いかけてくるシャーレの声を聞きながら、私は今後のことに思いを馳せていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

 シャーレには聞かせられない話だったらしく、早々に彼女は部屋に戻らされ、私は一人で女将さんの部屋の応接スペースに通された。

 館の中でも一番豪華な部屋、それが女将さんの部屋である。調度品のレベルも私達娼婦の部屋の物より更に高くて、まさに王侯貴族の部屋と見紛うばかりに豪華だ。

 娼館の主人の部屋は今までにいくつも見てきているけれど、その部屋の主の性別や趣味趣向で調度品の種類や部屋の大きさ、続き部屋の数や雰囲気といったものは随分違う。

 しかし、そんな部屋でも共通するものがひとつだけある。

 

 それは鍵の掛かった薬品棚。

 

 どんな主人の部屋にも必ず一つはあり、客や娼婦に提供するためのローションのような潤滑剤や媚薬の類の他、娼婦に定期的に支給されている避妊薬、そして完全に毒に分類される堕胎薬といった劇薬が収められている。

 ただ、中には隠し扉の奥に造っている者や棚にせずに薬箱で管理している者もいて、ここにも多少の違いは出ているけれど基本的に主人の部屋にあるのは、娼館の主人以外が劇薬を持ち出さないように管理しているためだ。

 

 そういえば、この紫の秘薬館のオーナーは別にいるらしくて、とある貴族だとか有力な豪商だとか噂話では聞いたけど、私は会ったことはない。

 女将さんがしっかりそのパトロンの手綱を握っているのか、営業方針は女将さんへ完全に任せて口を出さないのかな?

 

 スプリングの効いた座り心地の良いソファーに座り、来客用と思われる高価な茶葉を使った茶をこれまた来客用らしい薄手の白磁のカップで出され、一応礼儀として一口飲む。

 

 あ、これかなり良いお茶使ってる。美味しいし、香りが違うもの。

 てことは、かなり面倒な仕事なんだろうなあ。

 

 瞬時にそう理解して内容によってはどう断ろうか考えながら、私がカップを皿に戻した所で、向かい側に座る豊かな金髪に目元の泣きぼくろがセクシーな女将さんが、目の前のテーブルの上にコトリとシンプルで小さなガラスの瓶を置いた。

 

 そのガラス瓶には、オレンジ色の液体が入っている。この液体……いや、薬の正体を私は知っている。

 『排卵誘発剤』――わかりやすく言えば、妊娠薬と言えばいいのだろうか。こちらでは受胎薬と呼ばれることが多いみたいだけど。

 普段、娼婦が飲んでいる避妊薬の真逆のもので使用すると数日のうちに排卵を促し、子宮に着床しやすく、妊娠しやすくするという娼婦にとって迷惑極まりない薬である。

 

 もちろん、私には全く効果はないよ?

 でも、過去に身請けを企む客に何度か盛られたことがあるので知識として覚えている。

 

 この薬も純粋に不妊治療のために発展したのなら良いのだけど、多分そんなこと無いんだろうなあ。

 寝とり孕ませや妊婦プレイみたいなある意味特殊性癖のユグドラシルのプレイヤーが、作らせた薬じゃねーの? と邪推するわけで……ここでも歪みが出てるとしか思えない。

 うん、私が物事を穿った目線でしか色々見てないのは認める。

 

「それで、面倒な仕事って、まさかコレ絡み?」

 

「そうなのよね。まあ、貴女なら言わなくてもわかると思うけどお察しの通り、受胎薬よ。これを飲むことも仕事の内に入っていてね」

 

 女将さん……確か名前はリオネ? だったと思うけれど、ずっと女将さんとしか呼んでないので咄嗟に名前が出てこないが、そんな彼女は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえる。

 

「とある冒険者を歓迎する宴に参加して、彼を籠絡して欲しいそうなのよ」

 

 女将さんは溜息をつく。

 

「そして、子供を孕んだら身請けして、養育費も支給するらしいわ」

 

「はあ……?」

 

「だから、仕事としては良い話なの。実際、うちの上位争いしている他の娘達に話したら、割と乗り気だったもの」

 

 高級娼婦は娼婦の中でも選ばれた者で、その待遇も素晴らしいけれど、売れなくなればどんどん落ちていくしかない。そのために落ちる前にいかに条件が良い身請け元を見つけるか考える。

 高級娼婦ともなればその金額もすさまじいから、例え驚くほどの人気の娼婦でも、自力で自分を買い戻すというのはその中でも選ばれた一握りにしかできない。

 つまり、そんな高額の身請け金額の高級娼婦が子供を産むだけで娼婦から自由になれる。しかも、養育費が支給されるというのは、それだけで破格である。

 

 ただ、冒険者の子供とか、どう考えても貧乏くじだと私は思うんだけど?

 

 それが、他の姐さんが乗り気ってことは相手の男の冒険者ランクがよっぽど良くて箔がつくのかな?

 こんな依頼が来るんだから、ミスリル以上……やっぱり、例のアダマンタイトになった漆黒の英雄しかないよねぇ。

 

 確かに、これは私に対してなら、面倒で良いお茶も出したくなる。

 つらつらと思考を走らせ、げんなりとしながらカップを手にとってお茶を飲んだ。

 

「それなら、そういう案件は、私が断るっていうのもわかってるよね?」

 

「んー、でも相手はあの漆黒の英雄よ?」

 

 やっぱり。

 シャーレさんや喜べ、君の予言通りだった。 

 

「だ・か・ら・ね? 籠絡するしないはともかく、前提が間違ってるの。私、子供は産めないよ?」

 

 避妊薬を長期に渡って飲み続けると子供が産めなくなるというのは、一部の高級娼婦にとっては常識だ。

 ここまで言えば相手は勝手に勘違いしてくれるので言葉は続けない。

 

「ああ、別の所でも娼婦をしていたと言っていたし、薬を長く飲み過ぎたのね」

 

 都合よく解釈してくれた。

 もちろん、子供が産めないのは"人間の"という冠がつくので文字通りの意味じゃない。

 だって、私が孕めば子供は確実にハーフデビルだろう。

 

「そういえば、貴女の本当の歳は幾つなのかしら? 18歳って触れ込みだけど……子供が産めないほど薬を飲んでるってことは、見た目通りの年齢ってわけじゃないでしょう?」

 

「フフ、いくつだと思う? まあ、見た目は公称通りなんだから良いじゃない」

 

「『公称』ね。まあ、稼いでくれるなら何歳でも良いわって言ったのは私だから、言う気がないなら聞かないでおくわ」

 

 魔法詠唱者って長生きらしいから……と、女将さんは小さくつぶやいた。

 恐らく私には聞こえてないと思ってるんだろうけど、そういう小さな声程よく聞こえるものですよと。

 まあ確かに、有名所だと帝国の切札とか言われてるフールーダなんちゃらとか言う魔法詠唱者はかなりのお歳なんだっけ?

 本当の年齢言ったら、どんな驚きを見せてくれるのかな? とも思うけれどあえて聞き流しておく。

 波風立てるのは好きじゃないし。

 

「話はこれで終わりでいいのかしら? それなら、断るってことでよろしく」

 

「ところが、そうも行かないのよね。ほら、貴女って冒険者ではないけれどラケシルも認める魔法詠唱者でしょう? だから、名指しの指名入りなのよ」

 

「名指しって……子供産めないのに? それ説明したら、諦めるんじゃないの」

 

「子供は別に孕まなくてもいいの。この都市に居着く理由になればいいそうだから」

 

 ああ、だから籠絡しろってことなのね。

 

 でも、私がやる必要性を感じないし、何より彼には相方の美人さんが居たはず。

 そんな相手に色仕掛けが効くとも思えない。

 

「あのねえ。私、今の予約分でここ辞めるつもりなのよ? 余計受けられないでしょう」

 

「ああ、そうだっけ……でも、困ったわ。貴女みたいな黒髪で象牙色の肌の南方タイプの娘は居ないし……絶対、貴女が選ばれるだろうってアインザックのお墨付きなのに」

 

 何と言われようと私は宴に出るつもりはない。

 プレイヤーらしき人物と会うなど冗談ではないのだ。

 

御生憎様(おあいにくさま)。申し訳ないけど私には荷が重いわ。だから、他の娘に頼んだほうが良いわよ」

 

「そこまで言われたら仕方ないわね……本当に残念だわ」

 

 悩ましくため息をついた女将さんを見ながら、私はカップのお茶をきれいに飲み干して、皿に戻して席を立った。

 

 

 

 

 

 

 ――――これで、あの話が終わったのであれば、本当に色んな意味で楽だったのにと今になって思う。

 

 

「え……ビッ……いや。あ、飴姫……!?」

 

 その漆黒の甲冑を身につけた男は私を見るなり、そう叫んだ。

 ああ、やっぱり、貴方晒しスレ御存知でしたか。というか、言うに事欠いてビッチ飴って言いそうになったでしょう? 言わなかっただけ褒めてあげるけど。

 

「……なんの……ことでしょう?」

 

 頑張れ表情筋。にこやかな笑顔を浮かべつつ、頬が引きつる。

 ああ、本当にどうしよう……。

 

 ええ、私。実は、どうやらその例の宴とやらにいます。正確にはいたんだと今、気が付きました。

 

 ちなみに会場は、都市長の屋敷。

 身内のみを集めたささやかな宴……ってことになっている。

 

 ラケシルから都市長主催の夜会(パーティ)にパートナーとして着いて来てくれないかって言われたから、最後くらいは良いかと誘いに乗った私が悪かった。

 

 いや、そこでちゃんとパーティの内容を確認しなかった私の落ち度か。

 

 しかもね、今回のドレスは以前に仕立屋ネアンで新調したチャイナドレスである。

 濃紺の深いスリット入りの豪華な金糸の小花刺繍が入ったドレスに、パーティだからと生足を隠すためのシフォンスカートを合わせたマーメイドスタイル。

 運が悪いことに、このデザイン何気に晒されたスクリーンショット画像のドレスと色違いなだけ。

 そう、こんな変わった形のドレス身につけてるの私しか居ないわけですよ。

 チャイナドレスのデザイン自体、この世界には存在しないようなものだからね。

 

 ……だって、知らなかったんだよ!?

 

 普通はきちんとしたドレスコードが必要なパーティに冒険者を呼んだりなんてしませんよ?

 精々、室外の警備程度。中にいるとかありえないし。

 

 ラケシルに連れられて開催者の都市長に挨拶しに行ったら、さり気なく都市長の護衛についていたのが漆黒の英雄だったなんて……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

 あの一方的な面識による驚愕の挨拶の後、私はアルカイックスマイルを浮かべて"アメリール"ではなく"アメリー"であると通した。

 

 実際、私がこの街で名乗っている名前はあくまでも『アメリー』であり『アメリール』ではない。

 いわゆる源氏名という仮名である。

 アメリールという名前を知っているのは、シャーレだけだ。それも、本当なら教えるつもりがなかったのに、ちょっとしたアクシデントで教えた程度のこと。あの娘はわきまえているから、他に人がいる時は『アメリー』姐さんとしか呼ばないので助かっている。

 だから、雇用主である女将さんや、ブレインにすら正しい名前を伝えていない。客に対しては言わずもがな。

 それに『アメリー』と言う名前は高級娼婦が名乗る名前としては珍しくなかったりする。

 今は無い国の王族にすら恋われた、傾国の娼婦の名前だから。

 

 うん、元を正せばそれも私なんだけどさ……。

 流石に写真や映像を残すほどまでは発展していないから、手がかりとして残っているのは絵姿のみ。

 一般人の平均寿命が五十いかない世界だし、国と街を転々としていたおかげで、決定的な事件はなかったわけで。

 

 まあ、今回はモモンには完全に晒し姫、アメリールであるとバレているし、あの挨拶の場にいた他の連中にも面識がある知り合いだと思われていることは間違いない。

 なにせ、ラケシルだけでなく都市長のパナソレイからも関係性についての質問が来たにもかかわらず、全て曖昧にしたまま、気分が悪いので一人にして欲しいとバルコニー(ここ)にいるせいだ。

 私のそんな普通でない態度に、ラケシルが心配そうにチラチラとこちらを見ているのは気がついているけど、あえて無視である。

 

 私はワイングラスを傾け、オープンバルコニーから室内のざわめきを眺めた。

 窓は開け放たれているので、会場内から誰でもバルコニーへは出て来られるのだけど、こちらに来る者はいない。一部の男性は、ラケシルのようにこちらを見てはいるけれど、声をかけてくる様子もない。それは、今は女よりも、パナソレイの隣りに立つ漆黒の英雄と是非とも『お知り合い』になりたいからだろう。

 

 でも、そんな注目の的の彼は、全身で『仕事中』と言い張ってる。

 本来、護衛でも夜会ならばそれ相応のドレスコードを守るものだ。にも関わらず、威圧感のあるそのアダマンタイトの鎧を脱いでいないのは、完全に護衛に徹すると周囲に知らせるためだろう。

 ああ、流石に普段は背負っているあの大剣だけは外しているみたいだけど、そんなことは割と些細な事。彼は徒手空拳でもそれなりにやれるんでしょうね。

 

 正直に彼を歓迎する宴だといえば、噂に聞く漆黒の英雄の謙虚な人柄では丁重に参加をお断りされるだろうから、護衛ということで雇ったのだと思うけど、威圧感満載の今の状況は当初の目論見は崩れている気もしないでもない。

 彼に声をかけようとする女性は多いけれど、鎧姿の威圧感で普通の女性が撃沈し、残るのは上昇志向の高い女か自分の美貌に絶対の自信がある女、もしくはそのどちらも持った高級娼婦。そんな彼女達の誘いすら、にべもなく断っているようだ。

 

 こういう状況だと、ますます最初のあの対面はまずかったかな。

 元々は彼を籠絡できる娼婦を探していたわけだし、私は一番可能性が高い相手だと目されていたわけで。

 籠絡はともかくとして、完全に興味は持たれたわけだし。

 ラケシルがそれ狙って、私を連れてきたのであれば有罪だけど、純粋に私をパートナーとして連れて来たかったのであれば情状酌量ってところか。

 とはいえ、モモンがいるってことを知らないってことは完全にないわね。

 

「どうしたものかしら」

 

 最近、この言葉も口癖になっている気がする。

 どうしたものかしら、本当に。

 

 モモンの反応を見る限り、晒しスレの書き込みは把握しているのだろう。

 確かに、一部は実際にあったこともあるのかもしれないけど、私怨による誇張や嘘がかなり混じっている。特に私の場合は、面白半分からか有る事無い事……というか、無いことだらけが書き込まれていたし。

 スレの内容が全て正しいとは限らない。自分がその対象になるまで、晒しスレの内容はほぼ正しいものだと思っていた当時の自分が馬鹿らしい。

 

 結局は交流を持つまではどんな相手かわからないものなのに。

 

 そうなんだよ、交流しなくちゃわからない。

 だから、ちゃんとモモン達とも交流したほうが良いとは思う……でも、悪い方の意味で過去の私のようにそのまま取るタイプなら?

 

 断罪と称して殺される可能性だって無いとは限らないわけで。

 

 返り討ちにすればいいって?

 確かにモモンの装備は、恐らく聖遺物級程度のものだろう。だけど、今の装備が彼の完全装備だと言い切れない。

 私だって、自分の最強装備は普段は身につけてなんていないし、それに彼には相方の魔法詠唱者の美姫ナーベがいる。

 あの吸血鬼を倒した跡地の威力を見る限り、カンストレベルと推測できる。

 魔法詠唱者プラス前衛(モモン)とか……ロールプレイ風味の微妙職構成の私にどうしろと?

 対人戦なんて、取り巻きに任せて逃げることばかりうまくなってた姫ですよ、私?

 ネタ職構成ならともかく(それでも一部はガチ職だろうし、勝ち目は0に限りなく近いとは思うが)、ガチ職構成だったら勝てるわけがない。

 

 モモンが私の正体を周囲にバラしたら、この街での私は終わりだ。

 でも、私が人間ではないと騒がない所を見る限り、一応は同じプレイヤーとして気遣ってくれているんだと思いたいけれど……。

 

「ああ、もう……なんか思考が堂々めぐりしてる。何悩んでるんだよ、私」

 

 まとまらない考えに苛々しながら、落ち着くためにグラスをあおって空にする。

 どうせ、ラケシルやアインザック、もしくは都市長から私の所属は漏れているはず。引きこもりは無理だ。

 これだから、顔を合わせたくなかったんだ。

 

 結局のところ、彼等の存在は私にとって不利益でしか無い。

 自分が把握している限り、彼等のスタンスは人間の味方。何より、プレイヤーらしき異形種(吸血鬼)を既に一人殺してる。

 人間に溶け込んでいる自分のような異形種は、討伐対象だろう。

 

 

 ――――三十六計逃げるにしかず

 

 どうにもならなくて策が尽きた時は逃げて再起しろって意味の兵法の言葉らしい。

 まさに今の私の状況そのものである。

 

 うん、逃げよう。追求されてからじゃ遅い。

 女将さんや予約客には悪いけど、自分の命がかかってるんだから知ったことじゃない。

 距離と時間があれば追跡は難しいし、たぶん国を越えれば追いかけるのは難しいはず。

 

 私は、そっと《伝言(メッセージ)》を使う。

 

「あー、えーと。ブレイン、聞こえるかしら? すぐに旅立つ用意して」

 

 送り先はブレイン・アングラウス。

 一応、小声で話しているけど、声を発しているので周囲に注意をする。

 ゲームの時は、個別チャットだったから他人に聞かれなくて楽だったのになあ。

 

『は? 何だよ、この声……どこから……って、もしかしてアメリーか?』

 

 突然脳内に響いた声のせいでブレインは面食らったらしい。

 

「伝言って言う魔法よ。ちょっと諸事情で、今夜この街を出ることにしたから」

『おいおい、随分急だな。まだしばらく、この街にいるんじゃなかったのか』

「そのつもりだったんだけどね。ちょっと面倒なことになったから……まさか行かないとか言わないわよね?」

『はあ? それこそふざけんな! 約束はどうしたんだよ?! すぐ用意する』

「外周部の城門前に集合で。また後で詳しい場所とか連絡するから」

 

 そこまで伝えて、伝言を切る。

 そして、私はそのままラケシルの元へと室内へ向けて歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 体調不良を訴え、夜会を後にした帰り道の馬車の中は、重い無言の空間に包まれていた。

 別に一人で帰ってしまっても良かったのに……むしろ、そのつもりでラケシルに断りに行ったんだけど、来た時と同じように彼の用意した馬車で帰ることになったからだ。

 まだ宴も始まったばかりだったし、固辞したのだけど、彼がどうしてもって譲らなかったのである。

 

 そんな同乗しているラケシルは、向かい正面の席に座る私を見つめて、何か言いたそうに口を開くものの、苦しそうに顔を歪め言葉にできないでいる。

 私は、そんな姿を横目にしながらも無言で窓の外を眺めて、それに気が付かないふりをする。

 

 普段ならば、彼の隣に座ってイチャイチャしつつ、何かしら会話をしているものなのだが、今回ばかりはそんな気にもなれず、あえて向かい側の席に座ったのだ。

 

「……アメリー。一つ聞きたいことがある」

 

 このまま無言で別れることになるのかと思い始めた頃、やっとラケシルが声をかけてきた。

 

「君が身請けを受けなかった理由は、彼か?」

「え?」

「モモンは君のことを知っていた。そして、今日の君の態度は……普段の君とは全く違う」

 

 意図がわからず返答に困り、ポカンと見つめる私を気にするでもなく、彼は話し続ける。 

 

「彼は君のことを姫と呼んでいた。君は、どこかの国の王族だったんじゃないか」

「は?」

「確かにおかしいと思っていたんだ。この辺りでは珍しい黒髪に象牙色の肌の南方系の姿、礼儀作法や所作はあまりにも完璧だし、魔法詠唱者としての知識と能力も……」

「ま、待ってラケシル……?!」

 

 どういう根拠でそんな考えが?

 彼の言葉を止めようと途中で声をかけたけど、雰囲気に酔っているのか残念なことに止まる様子がない。

 

「そう考えたら、納得行ったんだよ。君は王族の姫で、彼は君の婚約者、もしくは愛する人だったんじゃないかとね」

 

 だから、どうしてそうなった!? 何か発想が飛躍してない?

 呆気に取られる私を他所に、ラケシルの語りはヒートアップしていく。

 

「だから、娼婦に身を堕としても心は売らないと、身請けは受けないと決めていたんだろう?」

 

 悟りきった笑みを浮かべるラケシルに、なんと言えば良いのか思考を巡らせる。

 

「いいえ、と言っても信じてもらえないのかしら?」

 

 実際、愛していた人間は居ましたが彼じゃないし?

 と内心の副音声が囁く。

 

「何故、そんなに隠そうとするんだ? ……彼の、あの漆黒の鎧を直した際に、君だけは夜の街を一人で帰ったと聞いている。あの鎧を知るからこそ、眼にしたくなくて帰ったんだろう?」

 

 あれぇ? なんでこんなに勘違いされてるんだろう……なんかもう疲れてきたんですが本当に。

 無駄にげんなりとして疲れる会話を終わらせたくて窓の外を見れば、娼館のすぐ近くで馬が速度を落としているのがわかった。

 

「誰かに操なんて立てるわけ無いでしょう。私は時間で心と身体を売る女よ? 貴方と寝台にいる時は貴方のことを愛してる。だから、そういう理由で断っていたわけではないのよ……私は私だけのものよ」

 

 その言葉とともに、馬車が止まる。

 

「送ってくれてありがとう。花代は後で返金するわ」

 

 体調不良で付き合えなかったのだから、当然のコトだ。

 

「……これで、さようならね」

 

 それに、私は今日いなくなるつもりだし、もう彼と会うこともない。だから、挨拶は『またね』ではなく、『さようなら』なのだ。

 

「アメリー、それはどういう……」

 

 ラケシルが怪訝そうに私に声をかけてくるけれど、背を向けたまま軽く手を振り、私は娼館へ帰る。

 もしかしたら、私がここを辞めることを彼は知らないのかもしれない。

 まあ、ラケシルくらいになると予約に横入りできるレベルの上客だし……一応、女将さんには後のことはお願いしてあるけれど、本来辞めるのは随分先の事だったから。

 

 

 

 

 

 部屋に戻り、シャーレを呼ぶ。

 脱いだドレスを片付けてもらうためと今後の話をするためだ。

 

「今日は随分早かったんですねー。泊まってくるんじゃなかったんです??」

 

 私が脱ぎ散らかしたドレスをまとめて抱え上げながら、不思議そうにシャーレは私を見た。

 

「んー、ちょっとねー」

 

 そう返事しながら、私は下着姿のままレターセットを取り出し、鏡台の前にそれを広げた。

 

「あー、もう! 姐さん、手紙書くなら、せめてなにか着て下さい! 裸じゃないだけマシですけど……同性でも眼のやり場に困るんですよ!?」

「別に減るもんじゃないから、見たければどうぞ? それとも、裸のほうがいいのかしら」

「そうじゃなくてっ! うわーん、もうこの痴女イヤだ。早く何とかしないと……」

 

 疲れたように呟きながらシャーレが衣裳部屋へと向かうのを眺めて苦笑する。

 シャーレのこんな姿見るのも今日で最後かと思うと、寂しい物があるが仕方ない。

 

 手紙は二通。

 一つは女将さん宛で、予約者達を無視して突然居なくなることへの詫びと、その補償代わりに衣裳部屋のドレスや宝飾品達の処分のお願い、そしてシャーレの今後のことなどを書いていく。

 恐らく宝飾品を売るだけでも、元を取るどころか一財産になる金額だろうし。

 

 もうひとつは……宛名は書いたものの何を書くべきか悩んだ挙句、そのままアイテムボックスへと放り込んだ。

 

「ほら、姐さん。これ着て下さい!」

 

 その直後に、衣裳部屋から戻ったシャーレに、ジュリエットドレスタイプの黒のロングナイティーを投げつけるように渡された。

 アイテムボックスを操作していたのは見られては居なかったらしい。

 

「あら、珍しく大人しいデザインの持ってきたのね」

「体調でも悪くて帰ってきたんでしょう? だから、今日はもう寝るだけだと思って」

 

 心配してるんですよと、困った顔でシャーレは私を見る。

 本当にいい娘である。ちょっとお金にガメついが、それはそれとしてこの娘の個性なんだと思う。

 だからこそ言わなくてはならないだろう。

 

「ねえ、シャーレ。貴女には言ってなかったけど、私この館を辞めるの」

 

 シャーレは私を見つめたまま、眼を瞬かせた。

 

「やっと、言ってくれましたね。私、知ってますよ?」

「え? なんで、知って……」

 

 あれ? 私言った覚えないし、女将さんには口止めしていたはず。

 

「ブレインと一緒に、旅に出るんでしょう? そう、聞いてます」

「あいつ、いつの間にシャーレに話したのよ?!」

「あ、あの人が悪いわけじゃないですからね。私が察して、問い詰めたっていうのが正しいので」

 

 私が怒りだす前に、シャーレが止める。

 その顔は、とても真剣な表情を浮かべていた。

 

「私は、あくまで姐さんに買われたメイドです。だから、アメリール姐さんが旅に出るなら、私も連れて行って下さい」

 

 それはおそらく、心から思っていることなんだと思う。

 真摯な、言葉なんだとは思う。

 

「……それはできないわ」

「どうしてですか?!」

「貴女の借金は、今までの働きで返し終わってる。だから、後は自由にすればいい。女将さんに今後のことは頼んでいるから、貴女が望むならこの娼館ではない場所で働くことだってできるはずだから」

 

 だからこそ、彼女は連れていけない。

 

 シャーレはただの十六歳の人間の少女だ。何もできないに等しい。

 彼女を連れて行くのは、私に負担が掛かり過ぎる。

 

「……とりあえず、もう休みなさい。明日、コレについては話しましょう」

 

 まあ、明日には私はいないのですが。

 

「諦めませんからね! 私も絶対連れて行ってもらいますから!」

 

 キッと睨むようにそう言うと、彼女は自分の部屋である衣裳部屋へと戻っていく。

 その姿を確認すると、私は衣裳部屋の扉に鍵をかけた。

 

 ベッドの上に、女将さん宛の手紙を置き、アイテムボックスから装備を取り出していく。

 とりあえず、完全装備とまでは行かないまでも、人間の姿のままでも装備できるものをいくつか選択して身につけた私は《飛行(フライ)》を使用して、窓の外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 ――――そう、ここまでは、良かったのだ。

 今思えば、そのまま門の外に出てしまえば良かったのかもしれない。

 

 ブレインに伝言を送るつもりで、立ち並ぶ建物の影の屋根の上に降り立った私の周りを囲むように、影と同化するような全身が漆黒のシャドウデーモンと、八本の腕を持つ蟲人と思われる異形種が姿をあらわしたから。




予定よりも遅くなりましてすみません(´・ω・`)
いっそ、1万字超えで投稿してもいいかなーと思ったんですけど、結局途中で切っちゃいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

 雲の合間から月が現れて、辺りを照らす。街明かりの影になっていた屋根の上にもその光は届く。

 

 シャドウデーモンが7体に蟲人(人ってより蟲っぽいけどたぶん蟲人のはず)が2体か。

 影の悪魔のうち一体は私の影に潜んでいて、蟲人達は残りの悪魔を連れてつかず離れずの距離で追跡してたみたいね……

 

 それにしても、透明看破持ちのくせに自分は何をやっているんだ。酷いていたらくぶりに内心ため息を付く。ほんと、潜んでいたのに気が付かないとか、目が曇り過ぎだわ。

 まあ、今は人化してるし、その分ステータス下がってるから気が付かなかったって可能性も無きにしもあらずだけど。

 一応、弁解させてもらうなら、百年もの間、私は自分と同等以上なんていう存在に会うことはなかったんだもの、慢心して油断していたって仕方ないじゃん?

 ユグドラシルのころなら当たり前のように常時展開しておくべき、魔法やスキルに対する防御や対策の魔法を掛けておくことなどすっかり忘れていたし、元々そっち系等は取り巻きが担当してたから知識が薄いのだ。

 唯一、情報遮断の魔法だけは掛けていたけど……うん、警戒を疎かにしていたと今は反省はしている。

 

 そんな言い訳を誰かにするかのように脳内に思い浮かべながら、私は周囲を見回した。

 ふむ。今囲んでいる以上の者は潜んでなさそう……ちゃんと意識しても視えないし、たぶん。

 

「こんな夜更けに、何か用?」 

 

 艶然とした微笑みを浮かべてゆっくりと声をかける。

 

「至高の御方が、お前に聞きたいことがある」

「我々と共に来い。ああ、拒否権はない」

 

 若干聞き取りにくいかすれた声で先に蟲人達が淡々と述べると、ほぼ同時にシャドウデーモンと蟲人が拘束するために襲いかかってくる。

 

 至高の御方……って、誰よそれ?

 

 そんな疑問を私は浮かべながら、それらをなんとか避けて、上空へと飛び立って囲みの外へ出る。

 こいつらの主人ってことなら、じゃあ、それは誰かってことよね。

 タイミングから考えると、モモン達じゃないかって思うんだけど、そう単純に考えて良いものか。

 もう一つの可能性は例の吸血鬼だけど、それはそれで矛盾が出る。

 

 ……詳しく思考を走らせたいが、今はそんなことしていられない。

 

 そりゃあ、シャドウデーモンなんて、いくら数が居た所で大した脅威にはならないから、人化を解かなくても殲滅して逃げることも可能だ。

 しかし、面倒なのはレベル不明の蟲人の方だ。この蟲人はかなりレベル高い気がする。

 追跡を気づかせないとか、スキルを考えると暗殺者か忍者?

 やっばいなあ……一番、苦手な相手じゃない。

 このまま続けていたら、スキル使われて不利になるのは目に見えている。

 

 なら、とりあえず取る手段は一つ。

 

「お断りだわ」

 

 笑え。嗤うんだ、私。

 

「もう少し相手を考えることね。この女王(マルカンテト)である私を迎えるなら、礼儀を尽くしなさい」

 

 気分を高揚させるためにサディスティックな微笑を浮かべる。

 焦っていることを悟らせないように、思い切りの哄笑を。

 

「時よ止まれ……《時間停止(タイム・ストップ)》!」

 

 時間停止の魔法を使うと、異形種たちの動きが止まった。

 読みが当たったことにほっとする。さすがに、時間停止対策はしていなかったらしい。ここで対策とられてたら完全装備引っぱり出さないといけないところだった。

 しかし、ある程度の抵抗力があればすぐに解かれてしまう。効果時間が切れる前に移動完了するに限る。 

 だから更に《上位全能力強化全速力(グレーター・フルポテンシャル)》と《完全不可視化》をかけて、全力でその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――そんなわけで、なんか追われてるっぽい」

「あんたなら後腐れ無いように全部始末できるだろうに何やってんだ……」

 

 詳しい事情や経緯については隠し、シャドウデーモンと蟲人に追われたことだけとりあえず説明しながら、深夜の街道を永続光をかけたカンテラで照らしながら馬2頭で並走する。

 

 当初の落ち合う場所は城門だったけど街の中は奴らがいる可能性があったので、伝言で連絡を取って街道で待ち合わせ、転移門で王都リ・エスティーゼ付近の街道へ移動して今に至る。

 本当はバハルス帝国の帝都アーウィンタールへ行きたかったのだけど、ブレインが帝国に行く前に、どうしても会いたい男がいると伝えてきたためだった。

 

「下手に手を出して、その()にいるのに睨まれたくないもの。どう考えたって面倒事よ?」

「こんなマジックアイテムまで持ってたら狙われるのもわかるが……そいつらの飼い主が突然街を出るって言った理由か?」

 

 ブレインが乗っている馬達を見ながら、呟く。

 うん、この馬達はゴーレムです。スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホースというマジックアイテムで召喚したもので、例のごとく昔貰ってアイテムボックスに複数持っていたものだ。

 利点はゴーレムなので疲労しないことや操作し易いことぐらいで、戦闘には参加させられないし見た目はただの馬。

 確か、乗用・テイム用モンスターガチャの"当たり"扱いの中に混じってた"ハズレ"という微妙ランクな代物で、これで当たりの確率を水増しさせていたという疑惑があり、運営に対して怒りを感じさせてくれた一品である。

 

「んー……まあね。ただ、ちょっとわかりやすすぎて、それが本当にその相手なのかなと悩んでる」

 

 微妙に話が噛み合わないが、指摘されない限り言うつもりはない。

 

「はあ……。単純に考えるべきなのか、慎重に取るべきか……うう、モヤモヤする」

 

 ちなみにモヤモヤの原因のひとつには、気分を高揚させるためとはいえ、何故に女王RPやったし私。という後悔があるのは秘密だ。

 

「あ、相談してるわけじゃないから、聞き流して。考えがまとまらないから、言葉にしてるだけだから」

「……だからって反応しないと後でなにか言うんじゃねえか? 女は本当にその辺が面倒だ」

「確かにそれは面倒くさいのは同意するけど、私はそこまで要求しないわよ」

 

 女に無関心だったブレインだが、娼館での用心棒生活で女嫌いに進化したらしい。護衛と客以外は、女しかいない閉鎖空間だったから、気持ちはわかる。

 元々無駄口が嫌いな相手ですら、話し相手にしようとする一部の女どもが悪いわけで。

 相談のふりをした肯定を求める会話というのを女という生き物は良くするのだ。それに対してどっちでも良いというような適当な反応を返すと途端に機嫌が悪くなるのだから、同性ではあるけれど本当に理不尽で面倒くさい。

 

 そこで口を開くことをやめて、さっきまとめきれなかったことを考え始めた。

 

 至高の御方……単純に考えるべきなのか、慎重に取るべきか。

 漆黒があやしいと思った方が説明つくし、楽なんだよね。

 英雄のモモンないし、美姫ナーベがシャドウデーモンを使役して、私を追いかけさせたと考えた方が。

 

 あのシャドウデーモンは拠点のPOPMOBか、召喚したものだろう。

 ユグドラシルではさして珍しいものではなかったけど、少なくともこっちに来てからだとはじめて見た。

 蟲人の方は、ユグドラシルでも見たことはないけど、強さから考えると拠点防衛NPCとまでは言わないけど少数配置のエリート系NPCかな? ちょっとわからないから、この辺りについては、私の知識不足だ。

 

 仮に、そんな彼等の主人が漆黒以外だとしたら、候補に上がるのはプレイヤーっぽい討伐された吸血鬼だ。

 でも、彼……いや、女の吸血鬼だから彼女か?……が、主人だとしたらおかしいんだよね。

 吸血鬼は討伐されたってことになっている。

 あの大規模戦闘跡を見た限り、超位魔法の複数使用が確認できるし、他にも魔法やスキルの跡があった。近接職と魔法職のカンストペアを相手にすると考えると、蘇生アイテムを持っていたとしても、それが無くなるまで擦り減らされるわけでこの時点で死亡が確定する。

 

 さて、それじゃ彼等の台詞を思い出してみよう。

 

 "至高の御方が、お前に聞きたいことがある"

 

 これって、至高の御方は生きてるってことよね?

 吸血鬼が主人なのだとすると、ここで最初も思った矛盾が起きる。

 

 不死者に蘇生魔法は効かない。だからHPを削られ殺されたら、復活させるには別の手段を講じるしか無い。

 この世界にゲームでよくある"死に戻り"という、言葉も現象もないのだし。

 ……最も、これは私が確かめていないから 実際はプレイヤーは死に戻りができるのかもしれない。でも、そんな恐ろしいことを実際に試してみようなんて私は思わないもの。

 

 そこで、逆にこの吸血鬼と漆黒はぐるで、漆黒から命令されてマッチポンプを起こしたと、視点を変えてみると簡単にこの辺りは説明がついてしまう。実は殺してなんていなくて、それらしい戦闘跡だけ作ったとかね。

 

 あー。もしかすると、吸血鬼もNPCなのかも?

 それなら復活させることもできるから、本当に戦闘して殺したのかもしれないし。

 

 別にこれらに嫌悪感はないけどね。だって、名声を得るために丁度良いレベルの敵なんてすぐ見つかるわけがない。そう思えば、とても合理的だ。

 むしろ、そこまで考えた上で漆黒の英雄のあの誠実な人柄も演じているのだとしたら、どこまでがロールプレイか知りたくなるレベルで気になるし、好感が持てる。

 配下をも利用して名声を得るとか、計算高く合理的でまさに悪魔的。案外、私と同じ異形種だったりして。

 

 取る物も取り敢えず、あの街からさっさと逃げ出したのは失敗だっただろうかと少しだけ思う。

 結局のところ、相手にどんな意図があってそれらの行動をとったのか、問わないかぎり答えは出ない。

 いくら考えても、推測であって事実ではないし。

 こんなふうに考えている私はただの凡才だ。強さに慢心してたくらいだし、頭が良いわけでもないから、もっと他に深遠なる真相があるのかもしれないけど、そんなことわかるわけがない。

 

 例えば、あのシャドウ・デーモンと蟲人達だって、実は単純にその至高の御方とやらが私と話がしたいから平和的に来てくれるように頼めって言ったのに、それを連れて来いという命令として受け取ったとかね。

 ……まあ、これは一番ありえないか。

 

「……どっちにしても、一度くらいきちんと話をした方が良かったのかな」

「ん? なんか言ったか」

「なんでもないわよ」

 

 危ない、どうも無意識に言葉にしていたようだ。

 全部は流石に独り言にしていないと思いたいけど。

 

「それはそうと、さっさと王都に入って宿取るわよ。夜に相手先を訪ねるわけには行かないんだから」

「はいはい」

 

 もう少しで王都の城門が見えるはずだ。

 手綱を強めに握り、馬の腹を蹴って速度を上げた。





 (8/19、感想返信が一通り終わったので、前書きから後書きに移動しました)
 
 お久しぶりです。御心配おかけしました。
 取り急ぎ、投稿更新です。
 今回の話、少々短いです。本当に申し訳ありません……

 7月末には退院したのですが、休み明けまでこちらに手を付けられず申し訳ありませんでした。
 入院前は6月下旬には退院できると医者から言われていたんですが、結局長期入院になり仕事が溜まってしまいまして……クビにならずにすんで良かったです。

 とりあえず、今後は経過観測中とのことなので、また入院しないように気をつけたいと思います。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

 ユグドラシル……ゲームの頃の私のカルマ値は邪悪だった。悪魔に変わる前は極善だったから、最終的に変わった合計値だけ見れば極悪よりも酷いのかもしれないけれど。

 そんなカルマ値のゲーム内地位は、特定の魔法の威力が変わったり、精神支配系の魔法などにかかった際に自動で取る行動に影響されるくらいの設定でしかなかった。

 

 そう、あくまで"設定"だったはずなんだけど、こっちではそれに影響された性格になっている。

 

 自分に関係のないモノの生死はわりとどうでもいいし、気に入らないモノを不幸に落としたり、苦しみもがく様子を見るのは楽しい。

 傲慢で色を好み、怠惰。良くも悪くも、享楽的な性格で。

 あれ? 悪魔と関係が深い七つの大罪に例えるなら、強欲に暴食、憤怒に嫉妬と四つも足りない気が……

 あー、でも贅沢は好きだから欲はあるね。食事は量より質だから暴食とまではいえないけど、変な所で怒りっぽかったりするし。嫉妬は他者からのものって思えば、少なくとも嫉妬絡みでの事件の当事者に何度もなってるし……うん。まあ、悪魔らしいのには変わりないか。

 

 ところで極善の人間だったのに、なんで邪悪な悪魔になったのかというと。

 

 簡潔に言えば、悪堕ち・闇堕ちって萌えない?

 古今東西の物語は元より、エロゲー、乙女ゲー、BLゲー、果ては同人誌なんかでもよくあった題材だけど、白い無垢なものが黒い邪に染まるとかゾクゾクしない?

 

 私は萌えるし大好きですが。

 敬虔な神の僕を名乗る神官や聖女が堕落していく様を見るとか、本当に最高の愉悦だと思うのよ。

 

 ちなみに人間種当時の私は、女司教や巫女を中心とした、いわゆる信仰系と精神系の近接戦闘は苦手なガチ支援ヒーラークラス構成をしており、まさしくhimechan、姫らしい姫。

 身内に愛想を振りまき、取り巻きの一部からは聖女なんて呼ばれて嬉しがるという完全に痛い姫で、カルマ値にふさわしくあろうと善良な行動を率先して行っていたくらいだった。

 

 それが、たまたまとあるクエストで堕落の種子を手に入れた時、コレだ! と思った。

 堕とされた聖女とか、なんて背徳感満載な上にロールプレイのやりがいがある設定……! と。

 

 取り巻き達にも相談という名の決定事項を通知。その後、一部の反対を押し切ってそのまま実行して自キャラを聖女から悪魔へと堕とした。

 その際にわざわざデスペナのレベル低下すら利用して、魔法戦士を中心としたなんちゃって近接戦闘もできる魔力系魔法詠唱者という微妙構成に変えていった。

 人間ではなく悪魔になるから魔法詠唱者系のクラスが激減するため、使える魔法の数を補うために課金して覚えられる枠や、装備できるアクセサリの数など躊躇なく増やした。

 思えばこの頃から、行動だけでなくクラス構成や装備ですら、ロールプレイ重視に偏っていったのは間違いない。

 最終的には、堕ちた聖女に相応しく真逆の存在である淫魔(サキュバス)になり、更には女王(マルカンテト)のクラスすら取得したことに後悔はしていない。

 

 

 ……ん? まさか、例の晒されたそもそもの発端て……もしかして、このビルド再構築のせいだったりする?

 そういえば、晒された情報に以前のビルドについての言及は殆どなかったような。

 有る事無い事書かれてた割に、それらについてまったく書かれていないのも不自然。

 本来の晒しなら、そういう情報も合わせて載るはずなのに。

 

 ……つまり、ガチ構成じゃなくなって、利用価値が薄くなったからギルドから切り捨てるため?

 

 確かに最初は反対してたけど……少なくとも、再レベリングだって喜んで手伝ってくれてたし、その後カンストまで引っ張ってくれたのはあの娘と取り巻き達だったじゃん?

 プレゼントだってあの参加できなかったオフ会までは普通に渡してきてたし。

 ……でも、例のワールドアイテム貰ったのは聖女の頃だったっけ。ガチャ品とか課金アイテムもあの頃の方が一番当たりクラスの物貰ってたような……

 

 つまり、発端はこれで決定的になったのはオフ会で取り巻きを吸収したから、完全に私が用無しになったってところ……?

 姫のポジション争いかと思ったら、実際の利用価値の有無も見極めての行動ってこと?

 ……本当に友情なんて無かったの?

 利用価値しか、私にはなかったの? 他に何か……

 

 

 って――――ああ。なんというブーメラン。

 

 

 本当に今更だけど百年経ってようやく判明したかもしれない事実とブーメランな言葉に私は微妙に硬い表情のまま、粗末な二人用の寝台から降り、昨夜脱ぎ散らかした自分の下着と服を拾う。 

 

 こんな事を考えていた原因は、この宿に入る前に見かけたどこかの貴族の使用人……たぶん執事? らしき立派な体躯を持った老年の紳士が、始末される寸前の娼婦を助ける場面を見たからだったりする。

 

 そもそも、時間が時間だったからまともな宿など取れるわけもないので、いわゆる連れ込み宿(わかりやすく言えばラブホテル)に宿をとるために、歓楽街やスラムに近いあまり治安の良くない場所を歩いていた時の事だった。

 最初はそのまま、そこを通り過ぎるつもりだったのだけど、その場違いな執事が気になり建物の影から様子を見ていた。

 

 あんな……いかにも廃棄処分の娼婦とか、間違いなく八本指という面倒な闇組織関連に違いない。

 そんな厄介事なのに、その執事は助けを求める彼女を保護した。いや、彼女だけではない。彼女の廃棄処分を命じられていた男にすら執事は慈悲の手を差し伸べていた。

 彼の行動は恐らく善意で行われているモノ。それを今の私にはわかるけれど理解ができない。

 

 何故、無関係の人間をそうまでして助けられるの?

 どう考えても彼女、彼には利用価値すら無いのに。

 

 宿に入った後も、そのことが頭の片隅に残ったままだった。

 一応、念の為に部屋に盗聴と遠視の防止と扉に鍵を魔法でかけて、仮眠をとる前にブレインと少しあの執事について話をした。

 

 底の見えない達人。殺気の恐ろしさは、例の吸血鬼に匹敵するそうだ。

 自分よりも遥かに強い相手に何度も会うことから、ブレインは自分がいかに慢心していたか、ほとほと反省しているらしい。

 確かにあの殺気は、常人が持つものとは違っていた。

 もしかしたら、プレイヤーなのかもしれないけど、そう何度もプレイヤーと遭遇するのかって話もあるわけで……どちらとも言えないけれど、気になる相手であることは確かだ。

 

 それはともかくとして、連れ込み宿なので寝台は一台きり。

 服を脱いで寝台に入った私を見て、彼は床で寝ると言って断ってきたけど、こちらとて今までほぼ常に隣に誰かいた生活から、寂しい一人寝なんて嫌なので無理を通す。

 

 ……女嫌い故なのか、気分が乗らないのか、鋼の精神のせいなのか。

 はたまた、そういうことに関してはヘタレなのか、話疲れていたのか。

 単純に幼女趣味もしくは熟女趣味なのか、男の方が良いのか。

 

 全裸の私と同衾したというのにブレインは全くサッパリ何もしない。

 

 え、雰囲気と空気を考えろ?

 確かに雰囲気は大切だけど、この世界で雰囲気を大切にするヤツなんて見たこと無いよ?

 空気を読むとか、それこそありえないし。

 それっぽい空気がないのに突然襲ってくるとか普通にありましたが。

 

 右手の中指にはめたリング・オブ・サステナンスのおかげで、睡眠を必要としない私は話が止まった時点から眠った振りをしながら、そんな風に思考を走らせはじめた。

 最初のうちは『手を出されないとか、淫魔としての矜持が廃る。いっそのこと、スキルの魅了でも使って逆に襲うべき?』などと、とても淫魔らしい考えをしていたのに、段々と渡せなかった手紙の無記名の宛先のことや置いてきたシャーレのこと、漆黒の二人のことや今後のこと……などと取り留めもなく浮かび、挙句にはユグドラシルでのことを思い出し、『そういえば、あの執事の行動はどう考えても善性高すぎ。どんだけ善行積んでるのよ。カルマ値いくつよ?』と考えて、巡り巡った結果がアレ。

 

 利用価値ではなく、何か別の――その何かを見出したから、あの執事は彼等を助けた。

 そして、私は逆に利用価値の他に何も見出だせないから、ギルドから切り捨てるために晒された。

 

 この違いである。

 

 変な思考のせいでへこんだ気分を、頭を振って切り替え、アイテムボックスのカモフラージュに持ち歩いている小さめの背負袋に、拾い集めた服を放り込んだふりをして着替えと仮面を出した。

 

 取り出したのは《宵闇の誘い(トワイライト・インビテーション)》と《亡霊の仮面(ファントム・マスク)》だ。

 亡霊の仮面は顔の上半分、ちょうど目の辺りを覆う銀色の仮面だ。この仮面は目の部分には覗き穴が空いていないが、付けても視界を阻害しない。認識阻害の効果もついているのでまるで亡霊のようにその場にいることが気づかれにくくなる。

 宵闇の誘いは、黒い絹織物のような肌触りの良い素材に銀糸で蔦柄の繊細な刺繍が施された、ホルターネックのゴシックドレスだ。

 キッチリと覆う首元と対照的に、ホルターネック故に袖無しであるため背中が()()()()()()()()()()()()()大胆に大きく開いている。スカート丈は太ももの中程くらいだが、足首の辺りまでの長さのトレーンがついているので、後ろから見るとロングドレスに見えるデザイン。

 これに《宵の明星(ヴェスパー)》と名付けられた黒い編み上げのハイヒールブーツを履いて、部屋を出る際にフード付きの灰色のローブを纏えば完了。

 一応、宵闇の誘いは伝説級だし、亡霊の仮面も宵の明星も遺物級アイテムだ。この世界で普通に旅するには、これにちょっとした武器を何か持てば十分。それに各種耐性や情報遮断と疲労無効の指輪も装備してるしね。まあ、プレイヤー相手ではちょっと心許ないけど。 

 

 私の装備は、基本的にローブ系列と取り回しが楽な短剣とか細剣がメインになる。

 例外は、以前使ったスカージのシェンディラくらいかな。ロールプレイ用なのに、軽量化やその他もろもろで籠められてるデータクリスタル数は神器級という無駄使いの極み。

 シェンディラが装備できるあたりでわかると思うけど、本当は中途半端に持ってる戦士クラスのお陰で、武器や防具はほぼなんでも()()()()()。だからと言って、金属鎧を装備すると今度は一部の魔法が使えなくなるという罠があったり……これ、《上位道具作成(クリエイト・グレーター・アイテム)》で装備作成しても同じだから、本当ままならない。

 きっとこれは、ユグドラシルのときのクラス制限がこっちでも効いてるせいだと思う。

 《完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)》なんていう完全な戦士になる魔法も覚えてるけど、あれはぶっちゃけ、ロールプレイ用以外の何物でもないし。

 だって、これ一部どころか魔法一切使えなくなるのよ? 誰が使うの、そんなの。

 

 わざわざこんな風に装備を変えたり、仮面までつけるのはあくまで自分だと発覚するのを遅くさせるため。

 大体、ブレインと行動一緒にしてる時点でバレバレだから、サッサと帝国へ行きたいんだけど……。

 

 そういえば、ブレインは少し前に寝台から抜けだした気配がしたけど、どこに行ったんだろ?

 

 なんとなく室内を見回すと、隅の方で刀を抱え片膝立ちで座り、うつむいた形で休んでいた。

 魔法の鍵をかけたので、流石に外にはでなかったらしい。

 解除のワードは教えてあったし、そのまま目的の人物を探しに街中に行っても良かったのに、律儀なヤツ。

 

「ブレイン起きてるんでしょ? そろそろ、ここ出るわよ」

 

 そう声をかければ、すぐに彼は顔を上げて伸びをして返事をする。

 

「ああ。じゃあ、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――で。

 どうして、私はこんなところにいるんだろうか。

 

 何かデジャブを感じつつ、私は少し遠い目になる。

 現在地は王城ロ・レンテのヴァランシア宮殿にある、塔の一階層を丸ごと使った兵士の訓練場だ。

 そこで周囲を囲む兵士たちに歓声を上げられながら、激しく剣を打ち合わせ、汗塗れで楽しそうに戦う男二人を見ながらそう思った。

 

 原因は簡単だ。『ブレインが悪い』の一言ですんでしまう。

 

 ブレインの探し人は、ガゼフ・ストロノーフだった。そう、今をときめく戦士長。

 戦士長の座に着くことになった御前試合で、戦った相手がブレインだったそうだ。

 その勝負に負けた時から、ブレインはガゼフに勝つために人を斬れる野盗に混じって腕を磨いていたそうなのだけど、結果はまあ……アレっていう。

 うん、強くなる(レベリング)なら、PVPよりPVEよ。PVPは、確かに対人戦の腕は上がるかもしれないけど、経験値目的で考えるとPVEしかないもの。つまり、人間ではないモンスターを倒した方が経験値が入りやすい。

 ユグドラシルではPVPというかPKは、経験値よりもドロップするレアアイテムや金銭、カルマ値の上下が目的なところがあったし。たぶん、この設定を引き継いでるこの世界でも、それは同じことだ思う。

 あ、でも異形種相手なら人間種だとPKでも経験値は稼げたんだっけ?

 異形種=モンスター扱いだったし、PK推奨だったみたいだけど。結果として私はやらなかったし、同じ異形種になっちゃったからよくわかってない。

 

 それはそれとして、そういう因縁の相手だから、剣を極めるなら、もう一度会って戦い、現在の自分の強さを正確に知りたいというのがブレインの言い分だった。

 で、彼の住居を探すためにとりあえず街の衛兵に聞いたら、御前試合のおかげでブレインの名前も知られていたらしくて、特に問題もなく教えて貰えて、すぐに戦士長の住所は判明した。

 

 訪ねた時間が、早朝の朝食前っていうかなり迷惑な時間だったのに、対応してくれた老齢の使用人も感じが良い人で、ガゼフもまるで旧友が来たみたいにブレインを快く迎えてさ。

 折角だから朝食を一緒にと、付き添いで行った私までごちそうになったまでは良かったのよ。

 その席でブレインが、私と一緒に帝国に向かうことを話して、手合わせを望んだことでこんなことに……

 おまけに私は、何か変な誤解をガゼフに与えてるみたいだし、本当にどうしてこうなった。

 

 約束とか、もうどうでもいいから、一人で帝国に行こうかしら……?

 朝食の席でガゼフが語っていた魔法詠唱者のことも気になるし。

 

 

 その名前は――――『アインズ・ウール・ゴウン』

 

 

 これは、ユグドラシルじゃ、PKと晒し板でも有名な異形種限定ギルドの名前だ。

 ギルドマスターが確かオーバーロードで、モモンガって名前だったっけ?

 なんか割と詳細なwikiのページまで作られてた気が……って、うん、名前以外覚えてないから全く意味がなかった。

 

「そういえばモモンガ……って、モモンと名前似てるよね」

 

 思わず呟いてしまった言葉は、訓練場の喧騒の中に消えていった。




 
 

 今回は会話が殆ど無い……独自設定と捏造設定過多でごめんなさい。
 あとMMORPGやらない方にはピンとこない用語が多いと思うのでちょっと補足。

 ・ガチ支援ヒーラー
  姫の鉄板職。次点は遠距離火力。近接火力の姫はあまり見ない。
  基本的に姫といえばヒーラー(回復)か、バッファー(支援)。
  その腕はピンからキリまで(実体験) 上手い人は、姫といえど上手い。

 ・PVPとPVE
  PVPについては説明は省きます。対人戦といえば説明付いちゃうので。
  PVE=プレイヤー(Player)VSエネミー(Enemy)の略。対Mob(モンスター)戦のこと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

 訓練所での一戦の翌日。

 結局、ガゼフとブレインの二人は、そのまま兵士達とつるんで仕事終わりに呑みに行ってしまった。まあ、しれっと私も付き合ったから、同罪なんだけど。

 それもあって、現在の宿は戦士長ガゼフ宅だ。

 旧知のブレインはともかくとして、面識がない私まで普通に泊まらせた辺り、懐が大きいというか、なんというか。良いのか戦士長。そんなにホイホイ信用して?

 しかし、そんなガゼフの誤解が解けないせいで私は、ちょっと迷惑というか困惑というか……

 

 ガゼフがしている誤解が何かって?

 ああ、うん……なんか私は元娼婦の没落貴族出身の娘で、ブレインの恋人だと思われてるらしい。

 部屋を相部屋にされたっていうのは、間違いなくそういう風に見てるってことだもの。

 ブレインが大まかに説明し私が補足した昨日の話は、ガゼフの中でどんな化学変化を起こしたのか、どうやら、壮大な逃避行ストーリーが出来上がったようである。

 

 元娼婦も没落貴族の娘もいいとして、どうして恋仲だと思われたのか疑問でしか無い。

 まあ、男女の二人旅なんて、デキてるとしか思わないだろと言われればそうだけど……少なくとも訓練所であのあと披露するハメになった私とブレインの模擬戦は割と殺伐としてて、どう見てもそんな甘い様子は無かったはず。

 ちょっとムキになって剣奮ったせいで、ブレインの右腕を軽くふっ飛ばしかけたしね……ポーションで慌てて治療したけど。

 うーん、『殺し愛』とかいうニッチなアレと認識されたのかしら。

 

 もちろん、否定はちゃんとしてるのよ。

 私は身体の関係は大歓迎だけど恋愛感情はノーセンキューだし、ブレインだって女嫌いだからね。

 昨夜も酔ってる勢い(私は酔わないけど)も利用して色々誘惑してみたけど、いっこうに手を出してこないので、ヤツは本当に男が好き(性的な意味で)なのかもしれないと諦めつつある。

 

「それにしても。どうして、そうなったのかしら……」

 

 私は小さくため息をつくとともにつぶやいた。

 ああ、このため息はガゼフの勘違いに対してじゃない。

 ブレインが、これから()()()()()()に……もとい、そこにいる者達を()()に行くことについてだ。

 

 うん、本当にどうしてそうなった? だよね。

 

 事の発端は、ブレインが最後になるだろう王都見物をしているときに、騒ぎを見かけたらしい。

 小さな男の子が酔っぱらったチンピラ達に暴力を受けていて。

 騒ぎを囲む人だかりはひどく、中心に向かうのはかなり苦労するくらいだったのに、前方を歩いていた老齢の執事が、それを苦もなく流れるように移動して、チンピラを素早く物理的に黙らせた。そして、適切に治療するように伝えてその場を去る。居合わせた別の金髪の少年……いや青年? がポーションを男の子に振りかけてから、その執事を追いかけたのだそうだ。

 

 ただ、それだけのことだったのだけど、執事の強さはブレインの心の琴線を震わせたらしい。

 その執事は昨日見かけた例のカルマ値が極善としか思えない行動をしていたあの執事だった。

 そんなジェントルな執事をブレインは追いかけ……いや、執事を追いかけるポーションをかけた青年の方を尾行? まあ、どっちでもいいか。

 それは、あの執事……セバス・チャンには気付かれていて、色々省略するけど結局、その青年……クライムと三人で違法娼館に乗り込むことになったらしい。

 

 ど う し て そ う な っ た ! ?

 

 なお、これらは予定時間になっても帰ってこないブレインに《伝言》を送ったことで判明したことだ。

 ちゃんと説明してくれただけマシだと思うべきなのか。

 

『悪いな、そういう訳だから』

 

 件のブレインは、全く悪びれた様子はない。

 

 もう、コイツ放置しても良いけれど、一応私は悪魔だからね。

 悪魔の矜持として、約束という名の契約は守らないといけないわけよ。悪魔は、約束(契約)を曲解したりすることはあっても、破ることは基本しない。

 破棄したり、破るときには必ずそれに相応しい対価を用意するのだ。

 今回は、対価を思いつかないから仕方ない。

 

 うん、仕方ない。

 

「わかった。場所は一昨日見たあの辺りよね?」

『な……お前も来るつもりなのか?! 違法娼館とは言え、やることは強盗みたいなもんだぞ?』

「だからこそよ。一応、言っとくけど私は手伝わないわよ。ただ、補助魔法を貴方達にかけに行くだけ。私、本職は魔力系の魔術師なんだから、それくらいは受けときなさいよ」

『……セバス様に合流してもいいか、聞いてみよう』

 

 まあ、断られても私は行くつもりだから、あまり意味はないけどね。

 そんなことを思いながら、私は全力で移動する準備を始めたのだった。

 

 

 

 ――――そして結果は、割とあっさりとしたものだった。

 

 私のかけた防御魔法のお陰で誰もケガをすることもなく、八本指の幹部の一人と六碗の一人を捕らえ、被害者を開放できたらしい。

 私自身はその殴り込みのようなものに参加はしていなかったし、会ってすぐに自分が使用できる肉体強化系と防御系の補助魔法をかけて、軽く激励したあとはガゼフ宅で待っていたので詳しいことはよくわからないけど。

 

 でもなあ、あそこって八本指の傘下の娼館だったはず? ということは……折角捕まえて解放できたのだろうけど、徒労で終わるんでしょうね。

 息の掛かった貴族辺りが特権振りかざして、逆に幹部とか解放&被害者をまとめて殺害ってところが目に見えてるのよね。

 この国は、ほんと腐ってるから。

 それをわかってても教えない辺り、私も意地が悪いけど。でも、言ったからって救えるわけじゃないし、救って何の得がとしか思えないのよね。

 

 大体さあ、国を護るために体張ってる兵士達の訓練所が城の目立たない塔の中というところからおかしいのよ。

 何で、あんな塔の中に訓練所を作ったのさ。

 訓練する兵士の屈強さや士気の高さは国力をあらわすから、訓練風景を見せるってソレだけで外交カードにもなるはずなのに。

 むかーし、贔屓客だったどっかの国のお偉いさんがそんなこと言ってたと思うんだけど……?

 少なくとも、ここの連中はそういう思考はないってことよね。

 ほんと、特権階級は腐ってるわぁ。

 目に触れないようにするとか、なんだかアーコロジーの富裕層の持つ、都市外に住む下層民に対するような思考で腹が立つ。

 自分達のために目につかないように、歯車のように働いて壊れて死ねと言わんばかりで。

 

 あれ……でも、お人好しガゼフは国王に忠誠誓ってるのよね。ということは、もしかしたら腐ってるのは貴族だけで王族は違う……のかな?

 自領さえ安泰なら、国のことはどうでもいいって貴族ばかりで、王の立場が弱いとか?

 

 うーん、この国の成り立ちから考えると、美談だった分割して臣下に与えた領土って話だけど、それが足枷になってるのかしら。

 

 王の立場って言えば帝国は逆だけど。あっちは貴族が何家もお取り潰しになってるし、平民でも騎士になれるし、何よりも皇帝の権限が強いし。

 あれが絶対王政? 絶対君主制? とかって言うんだっけ。よく知らないけど。

 現皇帝は貴族の粛清がすごかったせいで鮮血帝って言われてるけど、圧政されてた平民には人気あるのよねー。でも、粛清するくらいだから権力欲と征服欲も高いと思うんだけどな。少なくとも汚職と無能な貴族を許せなかったっていう清廉潔白な理由での粛清ではなさそうだし。

 そういえば前に、帝国から来た客が鮮血帝の即位記念に配られた姿絵を見せてくれたことあったなあ。皇族らしく金髪碧眼の美形だった。

 あの姿絵通りの姿とは限らないけど、あんな皇帝なら誑し込んで愛妾になるのも有りかな? 正妃はいなくて、今は愛妾が何人かいるって聞いたし。女の争いは慣れてるし、後宮でそれをやるのも楽しいわね。

 自分の権力と知略に自惚れてる皇帝を、手のひらの上で転がして屈辱で顔色を変えさせるとか想像するだけでも愉悦。

 

 『傾国の毒婦』とか呼ばれるようになれば、悪魔には最上の褒め言葉よね……!

 

 って、帝国には昔から皇族に仕えてる魔眼持ちのフールーダがいるじゃん。てことは、やっぱり無理だー。対処が面倒だもんなあ。

 無名なら口封じしちゃえば後腐れないけど、あれほど有名になってる人間の場合、その後の処理をどうするかって話になるし。

 

 それはそれとして。そんなことをつらつらと考えている私の目の前では、いつもよりも早く帰宅したらしいガゼフと、件のブレインが機嫌良く酒を飲みながら、話をしている。

 話題は、昨日した話を更に詳しくしたようなもので、私と出会うキッカケになったブレインが心が折れた原因の化物シャルティア・ブラッドフォールンの話から始まり、夢を語り、王族や貴族のことを語り、クライムという例の少年のことや、果ては王都の影を支配する八本指の話と多岐にわたった。

 昨日は兵士達の手前、二人共それなりに自重していたようだし、私は黙ってお相伴に預かりつつ、話には参加せずに積もる話をさせてやっていた。

 老夫婦の使用人がつくる薄味の健康食よりも、ブレインが外で買ってきた味の濃い惣菜たちは二人には丁度良かったようで、酒の進みが昨日と同じか、それよりも多い気がする。

 明日には、王国から出ることは二人共了承済みだし、二日酔いになったら笑ってやろう。

 

 まあ……もしかしたら、ブレインは帝国に行くのをやめて、ここに残るとか言い出すかもしれないけどね。それならそれで、本人からの契約解除だし、私がどうこう言う筋合いはないわけだから、心置きなく置いていける。早くここ離れたいのに、三日も足止め食らってるんだもんなあ。

 『護る者ができるというのは、それだけで強くなれるんだな……そういう生き方も良いかもしれない』とかなんとか言ってたし。

 

 護る者……これって、たぶんクライムのことよねえ。

 やっぱり、ブレインは男好きだったか……しかも、少年か。

 ブレイン×ガゼフとかじゃなかったのねー。

 

 見目的にはそこそこ良いから、分類するならホモではあるけどボーイズラヴ、BLと言うやつね。

 ああそういえば、ホモとBLには純然たる差があるらしいわよ?

 見た目が良いならBL、そうじゃないならホモ!! って、リアル友達だった腐女子が力説してたわ。

 よくネタになってる古のネタホモビはBL扱いにしたくないらしくて話題に出すのも毛嫌いしてたし。

 まあ、私は腐ってるのもイケなくはないけど、できればノーマルな男女のモノのが好きなのよね。

 男性向けの陵辱モノとか割と平気だったし、と言うかむしろそっちのが好きだったし。

 ああ、腐女子は雑食でもないと男女CPのノマモノは基本地雷らしいわよ?

 

 ……って、なんか話が盛大にそれたわね。

 

 ふと思う。

 そういえば、あのセバスって執事は商談で王都に来てるとかなんとか言ってたけど……

 顔を合わせた際に、私は名前を確認されたのだ。

 

「アメリー様、ですか……いえ、よく似た名前を存じていたものですから、聞き間違えたのかと思いまして。失礼いたしました」

 

 そう言って謝られたのである。

 これって……アメリールを知ってるってことだよね。

 偶然? そんなことで片付けられない。なんか、すご~く嫌な予感がする。

 

 漠然とした不安を抱えながら、私はワインを飲みながら、寄せられた料理に手を出した。

 

 

 

 

 ――――そんな風に感を信じて不安を払拭する行動を取っていなかったことが、悪手になるのは目に見えていたわけで……。

 

女王(マルカンテト)陛下と知らず、先日は大変御無礼を致しました!! 私はパンドラズ・アクターと申します」

 

 夜半過ぎに突然現れ、芝居じみたオーバーな身振り手振りとともに、そう名乗った埴輪のような顔の悪魔は慇懃に礼を取ると徐に話を切り出した。

 

「我が主が、是非とも貴方様とお会いしてお話をと望んでおります。ですから、ここにお迎えに参った次第でございます」




ちょっと体調が思わしくなくて、投稿が大幅に遅れてて申し訳ありませんでした……
もう少しでラスト。しばしお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

 ……あと数回。


 そもそも、何でこんな状態になっているのかというと――――

 

 

 あの王都最後になるであろうささやかな宴後、酔い潰れたブレインとガゼフを使用人と一緒に、それぞれの部屋に連れていき、そのままベッドに寝かせた。

 そして私も眠りはしないものの、とりあえず横になるつもりで服を脱ぎかけたところで、予め掛けていた攻勢防壁が破られたのがわかった。

 

 まあ、前にも言った通り、取巻きが得意としていたため、私は基本的に対人用と呼ばれる魔法の数々はあまり得意ではない。使い方も基本通りでおざなりだ。使う必要性がなくプレイヤースキルを磨くことなんて無かったのだ。そこそこのプレイヤースキルのある使い手なら、私がかけた魔法なんて意味をなさないし、ほぼ破り放題だ。

 

 ちなみに、これは晒しスレにもしっかり書かれていた。

 他に書かれていたのは、私が魔力系の魔法戦士であることや異形種のサキュバスで女王(マルカンテト)であること。姫プレイの結果、大量のアイテムを貢がれていること。一部で賑わっていた色々な詐欺や鮫トレの元締めであること。ギルド所有のワールド・アイテムを持ち逃げしたこと、そしてそのワールド・アイテムの効果など。

 

 ああ、もちろん詐欺や鮫トレ容疑、持ち逃げとか全部言われもない嘘よ。

 私、そういうのは大嫌いだったし、むしろ止めていた側。

 逆に手口の細かい描写とか内情知る者が書いてそうな所を見る限り、そっちに手を染めてたのは元親友のあの子の方かもね?

 

 だから、晒された当時は本当に大変だったんだよ。

 

 頻繁に破られる防壁に狩の妨害、ワールドアイテムを狙う徒党、何故か私を避ける友人やギルメン、そして取巻きたち。

 そして、知らない相手からのBAN一歩手前の卑猥な内容の伝言など……並べればキリがないけれど、その中に、私が晒されてるって教えてくる親切な(はた迷惑な)相手がいてね。それで、自分が晒されてるってわかったの。

 

 ちなみに私の持ってるワールドアイテムは、常時発動型の《有限の宝石箱(リミテッド・ジュエリーボックス)》と呼ばれるものだ。

 見た目は5カラットダイヤくらいの大きさの薄い黄色味がかった小さな宝石で、胎内に融合することで効果が発揮する。効果は、所有者のアイテムボックスの大きさを10倍にし、デスペナによるアイテムドロップを防ぐという代物だ。

 ワールドアイテムにしては、正直その効果はかなりしょぼい。アイテムボックスの拡張も、デスペナによるドロップの防止も課金アイテムで可能だから、有用性という意味では微妙なのだ。

 まあ、課金で増やした大きさ分も含めて10倍だから、使いようだとは思うけど。

 

「……やっぱり、さっさと帝国行くべきだったわ」

 

 知り合いを巻き込むのは心理的に避けたい。

 すでにバレているのであれば、外で出迎えるしかないだろう。

 

 ベッドの上で寝息を立てるブレインをチラリと見て、約束を守れなかったことの詫び代わりにアイテムボックスから、一本の刀を取り出して枕元に置く。

 遺産級の数打ち武器だが、少なくとも今使用している刀よりは強いはずだ。

 

「強くするという約束を守らなくてごめんなさいね。だから、貴方は自由。その刀は詫びの対価よ」

 

 どうせ、寝ていて聞こえてないだろうが、自己満足のためにそれだけ口にすると、アイテムボックスから自身の完全装備である神器級装備を取り出して、元のサキュバスとしての本性に戻る。

 数多のデータクリスタルを潤沢に使った、真紅の生地に金糸の小花刺繍が散りばめられた背中が大胆に開いたロングのチャイナドレスとハイヒール。そして黒狐のショールに黒いレースのロンググローブ。サキュバスの女王なら、モデルから考えれば薄い透き通るようなガウンとスカートの裾に刃物を仕込んだ露出の激しいレザーのビスチェドレス、それに編上げのピンヒールが正しい姿だとは思うけど、そのデザインは伝説級の装備として持っていたから、あえて、どこぞのマフィアの情婦のような姿に路線を変えたのだ。

 懐かしい、そんなスクリーンショットを晒された際に着ていたものと同じ装備を身に着けて、全ての指に各種耐性用の指輪をはめる。最後にシェンディラを装備してから、窓を開けて外へと私は飛び出し、翼をはためかせてガゼフ宅から少し離れた屋根の上へと降り立った。

 

 

 ――――そして、その私を待ち構えていたのが、このパンドラズ・アクターというわけだ。

 

「いくつか質問しても良いかしら?」

 

「お答えできるかどうかは、内容にもよりますが……どのような御質問でしょうか?」

 

 彼の返答には、そこはかとない敵意を感じた。

 この迎えに現れたパンドラズ・アクターのレベルは、前回の異形種達とは比べ物になどならないことはわかる。

 もしかすると、100レベルの拠点防衛用NPCの一人なのかも?

 これは、内容の如何によっては私の身が危ないかも……と思いながらも、一応相手が表向きとは言え友好的に接しようとしているのならば、いきなり生命を取ることはしないだろう。

 だから、私は気にかかっていた質問を投げかけてみた。

 

「そうね。まずは、貴方の御主人様はアインズ・ウール・ゴウンであっているかしら」

 

 様と呼ぶのは、今RPしている女王としての矜持が許さないし、さんをつけるのもなにかおかしいので呼び捨てる。

 ガゼフが言っていた魔術師が主人なのか。これは、今後の指針ともなる質問だから重要だ。

 

 主人を呼び捨てにしたのが気に入らなかったのか、ハニワのような顔の表情はかわらないが、一瞬、突き刺すような剣呑な殺気を帯びた。しかし、それもすぐに表面上は穏やかな気配に戻る。

 

「やはり、ご存知でしたか。そうでなくては」

 

 私が知っていることが、当然と言うような態度で返された。

 この態度は少し気になるけれど、とにかく疑問は解消させるべきなので、今は流す。

 

「あら。でも、おかしいわ? 私の記憶が確かなら、その名前はギルド名称のはず。どうして、人物の名前になっているのかしら」

 

「お名乗りになっていらっしゃる御方は、至高の御方々の長。ギルドそのものとも言える彼の方がそうと決められたのであれば、我等は従うのみでございます」

 

 この言葉で私の中で、うっすらとしていた点と線が繋がった。

 ギルドそのもの、長であるといえば、ギルドマスター以外にない。

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターの名前はモモンガだ。

 そして、私が追われる原因になったのはエ・ランテルでの一件でしかない。

 

 アダマンタイト冒険者、漆黒の『モモン』は『モモンガ』だ。

 

 非公式魔王の呼び名で有名だった彼、モモンガは不死者のオーバーロードのはずだから、私と同じように人にシェイプチェンジしているか、魔法で鎧を作って身につけているか……そのどちらかで、冒険者になっているに違いない。

 

「そう。ということは貴方の主人は()()()()()()なのね。確かに過分なお迎えを頂いたようだけど……流石に『はい、それでは参ります』とは行かないのだけど」

 

 自分のテリトリーに呼ぶ、ということは私を信用していない現れだから、少しでも相手方の出方と情報を手に入れなくてはならない。

 たしかに前回の相手とは違い礼を尽くしてはいるものの、どちらかと言えば慇懃無礼の部類だ。

 これは私を侮っているか、それとも敵としてみなしているのかそのどちらかだ。

 

 そう考えると……これは、間違いなく敵視されてる。

 初見の挨拶の時から、敵意感じられたし。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは異形種ギルドじゃなかったっけ?

 同じ異形種とは言え、警戒対象なのか……。

 いや、晒しスレで持ち逃げしたビッチな姫として有名だったから、それが原因か。

 

 私は、ここで静かに自分らしく生きたいだけなんだけど……どうしたものかしら。

 

 そんなことを思いながら、次の質問を考えていると、目の前のパンドラズ・アクターが突然、うろたえながら虚空に向かって叫ぶように話を始めた。

 

「……なっ、アインズ様自らコチラに向かわれるですと!? なりません、私がナザリックへお連れすると申し上げたではありませんか!」

 

 どうやら、パンドラズ・アクターは魔王様と伝言を繋げたままだったらしい。

 ということは、この様子をモモンガは聞いていたのかな。いや、そもそも見ていたのか。

 

 この隙に逃げられるのでは……などと、淡い期待をしながらジリジリと後退していると、パンドラズ・アクターの隣に転移門の黒い渦が出現し、そこから人影が現れた。

 

 まず、赤い鎧を着てスポイトのようなランスを持った少女。そして、その配下らしい白い薄絹をまとった白すぎるほど肌の白い女性……たぶん、吸血鬼? が二人。

 続いて、眼鏡をかけて凶悪なガントレットをはめたメイドと、人形のように表情が動かない和服っぽいメイド服の少女。それと、艶やかな黒髪をポニーテールにしているクールで麗しい()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()メイド。

 黒い全身甲冑に身を包み、緑色の光を放つ巨大なバルディッシュを所持した女性。

 そして最後に禍々しい気配を放つ巨大な杖を携えた豪奢な装備のオーバーロードがゆっくりと現れた。

 

 いやいやいや、ちょっと待って?

 何この過剰気味な戦力。

 どんだけ警戒されてるの私?

 

「この姿では初めまして……だな。アメリール・オルテンシア」

 

 焦りまくって心中穏やかでない私の前で、オーバーロード……モモンガがおもむろに声をかけてきた。

 

 アメリール・オルテンシア。

 これは私の正式なキャラクター名だ。掲示板でも正式名なんて、そうそう呼ばれないから、一部の悪意ある伝言はただの『アメリール』さんの元に行っていたかもしれないけれど、そんなことは知ったことではない。

 

「"この姿では"……ねぇ」

 

 彼の後ろに控える面々のうち、見覚えのあるメイドにちらりと目をやる。

 隠しもせずに連れてきたということは、自分がモモンであると認めているのだろう。

 

「そうね。初めまして、非公式魔王様。それで……私と話がしたいとのことだったわよね?」

 

「ああ。いくつか聞きたいことがあるのだよ。少し空中散歩と行かないか?」

 

 そう言ってから、彼は配下に振り向き、私と二人で話がしたいのでこの場に控えているようにと告げた。

 

 もちろん、配下達からは恐ろしい勢いで反対された。

 特に、黒い全身甲冑の女性の反対と懇願は激しいもので、同じように反対していたパンドラズ・アクターと赤い鎧の少女が霞む勢いで。

 

 結果、私と魔王様の二人は護衛のその女性を連れて、色気のない空のデートへと向かった。




 
 感想の返信が滞っておりまして、申し訳ありません。
 全て読ませていただき、励みや反省などの糧にしております。

 

用語解説
 鮫トレ
 シャークトレード。本来はトレーディングカードゲーム発祥の用語。
 レアリティの低いものをレアと偽って、相手のレアと交換するパターンや、相手の持つ高額レアを「次のアップデートで価値が暴落する」等と根も葉もない事を言い、こちらの安いレアと交換するパターンがある。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

 完全装備で大空を飛翔するなんて、いつぶりだろう。

 サキュバスに戻ることはあっても全身を神器級装備で包むなんてことは、転移してきたばかりの時以来のような気がする。

 

 王都と言えど一部の眠らない場所や人々を除けば、寝静まる深夜。

 眼下に見えるのは永続光の街灯と少し遠くに歓楽街の光。雲すらも越えた天上には星と月。 

 

 モモンガが先導するように先に魔法で飛び、その背を守るように白いドレス姿の女性……アルベド? だったっけ……が腰の黒い翼を広げ、後を追う。

 アルベドは、あの黒い全身甲冑の中の人だ。

 モモンガに何か言われたのか、空に飛び立つ前に装備を全て解いてその美しい姿を見せた。

 そして、その後を私がついて行く形になっているのだが、私の一挙手一投足が気になるのか、彼女はチラチラととても強い敵意の篭った視線を送ってくる。

 そんな彼女の輝くような美しい白いドレスは、黒と紫を基調とし金の差し色の装飾という重厚なアカデミックガウンの魔王様と並ぶととても絵になるし、魔王と副官……というよりは、魔王と寵妃のようにも見える。

 艶やかな長い黒髪、こめかみにねじれた山羊のような角。人間の女性としてみると少し長身だけど、なめらかな白い肌に手に余りそうなくらい大きく柔らかそうな胸と対象的に細い腰のしなやかな肢体。そして、その腰にはまるで堕天使のような大きな黒い翼。濡れたように潤んだその大きな金色の瞳の瞳孔は、爬虫類のような縦長で印象的だ。

 オトナのできる女性という感じで、ロリ顔で華奢だけど巨乳というある種の属性山盛りの私とは違うベクトルで、外装エディタで凝りに凝ったんだろう。

 種族はわからないけれど多分悪魔なのは間違いない。所作に色気を感じるから、私と同じ淫魔なのかも。

 

 あ、そっか。だから、余計敵意を感じるのか。

 

 私の持つ女王(マルカンテト)という種族には《淫魔支配》という、その名の通り淫魔を強制的に精神支配下に置くというパッシブスキルが有るのだ。

 精神支配がマジックアイテムで無効化されても、淫魔として感覚的にそれを拾っちゃうから、余計イライラしてるんだろう。

 うん、これオフにしとこう……流石にまずい。こっちで淫魔に会うこともなかったし、そのままだったんだよね。

 感覚でパッシブスキルを切ることができるって知ったのはいつのことだったかなあ……感慨深いわ。

 

 それにしても、アルベドってなんか忠誠心みたいな何かが高すぎるし、ロールプレイとも思えない。

 多分プレイヤーじゃないよね。NPCなのかな。まさかと思うけど、さっきの団体様まるごとNPCだったり?

 プレイヤーだと思ってた美姫も、メイドみたいで違うみたいし……。

 ん? ということは、あそこにギルドマスターとNPCだけで来たってこと?

 アインズ・ウール・ゴウンってメンバー何人だっけ。少数だったのは覚えてるけど、プレイヤーが誰もついてこないって変じゃない?

 

 もしかして、ギルドマスター一人がNPCと共に転移してきたとか?

 

 …………まあ、それはないか。

 多分、私程度一人で十分とかそんな扱いなんだよ、きっと。

 

 私もNPC一体くらい作っとけばよかったかな。

 こっちに一緒に来ていたなら、話し相手くらいにはなってたわけじゃん?

 所属してたギルドが拠点を手に入れた時に作ろうよって話は出たけど、私は辞退しちゃったんだよね。

 まさか、ただのNPCがこんな風に感情と思考を持って行動するとか、当時は思わなかったし。

 

 まあ、主人の帰りを待ち続けてるあのNPCに会ったり、主人を失ったNPCが拗らせて魔神になるって話を聞いたりしなければ今もそうだったとは思うけど。

 

 って……ギルド脱退してた私の場合、結局無理じゃない?!

 来てたら拗らせた魔神になって、話し相手どころか、逆に虎視眈々と命狙われそうだよ……

 なんだ、むしろ作らなくて正解だった。

 

 空を上昇し続ける二人を追いながら、私はそんなことを考えていた。

 我ながら、随分とお気楽と言うか楽天過ぎるとは思うけれど、基本享楽的で楽天的な私には悲観的に色々考えるのは性に合わない。

 ここしばらく、悲観的に物事を考えすぎて頭が疲れてきていたというのもあったし、もしかすると最期かもしれないなら、重いことは考えたくなかったのだ。

 

「ここまで昇れば、気づかれることはないだろう」

 

 上空へと昇り続けていた魔王様はそれをやめて、後方へと向き直った。

 

「アルベド。お前の懇願を聞き入れて連れてきたが、これから聞くこと見ること一切他言無用だ。口出しも許さぬ。良いな?」

 

「っ! ……か、かしこまりました……」

 

 強い口調で命令するモモンガにアルベドは一瞬、見捨てられたような絶望に彩られた表情を浮かべたあと、目を伏せて頭を下げた。

 

「さて、改めて名乗っておこうか。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。元の名前はモモンガだが、故あってギルド名を名前としている」

 

 口調と態度こそ、魔王のような支配者として頼もしい威厳のあるものだけど、アインズの雰囲気はとても穏やかだ。

 その落ち着いているアインズの隣から、殺意の篭った視線を浴びせてくるアルベド。

 あまりにも対象的すぎて、例えるなら周囲の温度差が激しくて観賞魚が死にそうな。

 でも、私は空気を読まず、気が付かないふりをする。

 

「私もきちんと名乗ったほうが良いのかしら? アメリール・オルテンシアよ。私のことは、そちらはよく知っているみたいだけど」

 

「ああ、実はギルドメンバーに――――いや。まあ、興味がある者が居てな」

 

「……はぁ?」

 

 困ったように少し言い淀んだアインズに思わず、気が抜けた声で返事してしまった。

 

「最初は『所業がムカつくから、コイツを追い込みたい』『異形種だからうちに紛れ込まれると困る』と言う動機だったらしい」

 

 そう言って、晒しスレには書かれていなかったはずの事を、アインズは語り始めた。

 

 まず、私が所属していたギルド……名前を出すのも私がイラッとするのであえて伏せる……を脱退後、しばらくして、そのギルド内部で真実が明らかになったらしい。

 その頃には、私自身はとっくにゲームを引退してしまって連絡が取れなかったために、完全な名誉回復とまでは行かなかったが、少なくとも一部の者は見限ってギルドを脱退したり、友人関係を解消したそうだ。

 そして、騙されたと知った彼等は、SNSなどに投稿して事の顛末を周囲に漏らしていた。

 そのため、物好きなそのアインズ・ウール・ゴウンの誰かさん達はそこそこ情報を手に入れられたそうである。

 

 アメリール・オルテンシアは元は人間種であったが、ロールプレイのために善を極めた後に悪堕ちを選択して、種族や職業まで変えたこと。

 持ち逃げと言われているワールドアイテムも、ギルドを結成する前に譲られたもので、あの書き込みとはいわれが異なること。

 黒ネカマと言われていたがどうやらリアル女であることや、盛られた話だと思われていたアイテムの貢がれっぷりが本当の話でドン引き案件だったことなど。

 

『ワールドアイテムまで貢がせるとか、なんとも王道な姫だな。でも、ロールプレイ好きで善よりも悪を好むとか話が合いそうだ。悪堕ち、闇落ちはいいものだぞ』

『姫は後継姫に追い出される宿命みたいなのあるからねー。でもさ、清楚な聖女からビッチ淫魔への悪堕ち選択とか、闇っつうか業が深いっつうか……まあ、そういう設定は俺も好きだけど! つか、アメちゃんは昔の聖女の頃の姿の方がロリかわいいし、あっちのほうが信奉者多かったんじゃね? 路線戻せば晒されなかったんじゃねえの』

『それにしても、このビッチ姫の姫プレイっぷりはなかなか。私としては、是非うちのギルドに引き込みたいね。ハニートラップ要員として他に送り込んで内部破壊させる楽しみができそうだ』

『いや、ギルドに迎えるのは反対です。リアルも女性ならなおさらですよ。飴姫……もといアメリール本人に悪意は無さそうですが、所業が危険人物過ぎますし。その上、中身がウルベルトさん2号とか、頭痛する未来しか見えない』

 

 話題にしていた人達の会話からの抜粋だそうだ。

 なお、この後に最初の人と最後の人がケンカになったそうだが。

 

 この会話の最初の人とは美味しいお酒が飲めそうだ。できれば、ゲーム時代に知り合いたかった。

 二人目の人とも話が合いそうだけど、ちょっとツッコミ入れたい。

 三人目は、それ手駒として優秀だから欲しいって言ってますよね、わかります。これ、手駒になったら使い倒されそう。

 というか、お前のせいかアインズが私の事ビッチと言いそうになったの。いや、たしかに晒しスレでもビッチ飴って言われてたから、たいした違いないけど……。

 最後の人は、うん。なんというか、これが普通の反応だよね? 実際、言われても仕方ないもの。 

 ん? ケンカしたってことは、このウルベルトって人は最初の人のこと? なんで、ギルメンなのにナチュラルにディスられてるの。

 

「その後の会議でお前をギルドに誘ったほうが利点も多いと、メンバーによる多数決で決定された。それならと、性格やその他のこともあわせて得られる情報は完全に調べ上げることになったのだ」

 

 確かに新しくメンバーとして迎える時は、情報収集するわ。

 でも、晒されたヤツをギルドに誘おうとするとか、さすがアインズ・ウール・ゴウン……頭おかしい。

 

「そ、そう……良くわかったわ……」

 

 言いようのない脱力感に襲われて引きつった半笑いを浮かべた私に、アインズは更に言葉を続ける。

 

「まあ、いつになっても《伝言》が届かず、SNSのアカウントもメールアドレスもわからずじまいだったので、恐らく完全に引退したんだろうという推測に至ってな。その内ギルドメンバーを増やすこと自体に問題が起きて……その時点でこの話も流れてしまったんだ」

 

 記憶を懐かしむかのように、アインズはその暗い眼窩で遠くを見つめた。

 

「まさか、そんな相手とここで会うとは思わなかった。だから、あのユグドラシルから同じようにこの世界に来たのであれば情報交換なり、話ができないかと思ったのだ」

 

「……それなら早合点して、逃げた私が悪いのかしら。でも、あんなお迎えはないと思うのだけど? 《伝言》なり、他のギルメンに迎えに行かせるなりできたんじゃないの?」

 

 敵意の塊とも言える、シャドウデーモンと蟲人達を何故よこしたのか。

 せめて、伝言やギルメンが直接など他に方法がなかったのだろうか。

 

「正式な名前がわかったのが、正直な話、ここに来る直前だ。飴姫やビッチ姫、アメリールとしか呼んでいなかったせいで覚えていなくてな……結局、ギルメンの私室まで探して昔の資料から見つけた有様だ。」

 

 ああ、たしかに正式名じゃないと伝言は発動しなかったっけ……仮名やら偽名、略称だとだめだった覚えがある。

 

「そして、あのときは時期が悪かった。丁度、こちらでとある事件が起きた後だった」

 

 洗脳系のワールドアイテムを使用され、守護者が支配され、やむなく自分の手で処分したことを彼は語った。

 彼は、私がその洗脳系のアイテムを使用したとは思っていないと言う。それに類するアイテムを持っていなかったと言う根拠と、私の性格と職と種族の性能からそう認識したらしい。

 

 確かにワールドアイテムで持っているのは《有限の宝石箱》だけ。

 性格と言われても自分では把握できないし、こっちの世界に来てから大分変わったのは言わないほうが良いのだろうか。

 

 守護者……もしかして、あの漆黒で討伐した吸血鬼のことかな?

 そう言えば、さっきの団体さんの中に吸血鬼を連れた赤い鎧の女の子がいたけど、あの子がもしかしてそうかな。

 装備から考えると、ガチ前衛系……え、それを魔力系の魔法詠唱者のアインズが倒したの? すごいな。私だったら、彼女と戦ったら何もできずに殺される自信があるわ。恐らく、時間停止無効だろうし、不死者には毒も効かないし……逃げるのに全力で挑む羽目になりそう。

 

 それはともかく、アインズは流石に拠点であるナザリックに来るのは抵抗があるだろうからと、単純に街中なり、娼館なりで彼は話をするつもりだったらしい。

 だが、配下の下僕達に止められ、結果がアレだったというわけである。

 その後、私が逃走したことで、あの下僕達は他の守護者やら何やらから突き上げをくらい、アインズも大変だったらしいが、そんなことは知ったことではないけど。

 

「逃げたことで、余計にお前を怪しむ声が増えた。そして、どうしたものかと悩んでいるうちに、エ・ランテルの冒険者組合から、漆黒に二件の指名依頼が来たのだよ。どちらも『居なくなってしまったアメリーという女性を探して欲しい』と言う依頼がな」

 

「……え?」

 

「依頼主は、魔術師組合長とお前の専属メイドだ。組合長はお前に会って謝りたいと言っていたし、メイドの方はアメリー以外の元では働きたくないと言っていてな」

 

「ラケシルもシャーレも……いったい何やってるのよ……」

 

 思わず私は空を見上げて、呻くように呟いた。

 流石にこれは、予想外過ぎる。

 

 というより、ある意味私のアキレス腱だ。

 出せなかった手紙の宛先であり、できればこちらの世界に踏み込んでほしくない相手。

 

「そうそう、魔術師組合長は『モモン殿、依頼をする前に何も言わずに、一度殴らせて欲しい』と突然言い出した時は気でも狂ったのかと思ったがな」

 

「ほんと何やってるの、ラケシル!?」

 

 もしかしてあの勘違いが続いてた?

 一瞬にして、私のしんみり気分は吹き飛ばされた。

 

「まあ、それはなんとか断ったが、探すことは確約した。アインズ・ウール・ゴウン(こちら)としても探さないという選択肢はない。残していった持ち物から探そうかとも思ったのだが、思わぬところから連絡が入り、こうして相対したというわけだ」

 

 そう言うと、アインズは纏う雰囲気を穏やかなものから、恐ろしい気配のものへと一変させた。

 

「さて、それで……一つだけ聞きたいことがある」

 

「……何かしら?」

 

「アメリール・オルテンシア。お前は私達に敵対するのか?」

 

 それに対して、私の答えは――――――



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。