魔法少女リリカルなのは ~エクリプスの始祖~ (トリ野郎)
しおりを挟む

プロローグ

初投稿なのでかなり緊張しております。
お付き合いくだされば幸いです。




 少年は眠っている。

 少年は過去の記憶を夢という形で見ていた。

 自身の生みの親との最後の記憶を。

 

 

 

 

 とある一室に少年と少女、そして年老いた男がいた。

 男はベッドに横たわっており、その隣に少年と少女がそれぞれ椅子に座っている。

 少年は九歳くらいで、黒髪に黒い瞳と一見どこにでもいるような少年だが、その眼に子供特有のあどけなさはなく、強い決意に満ちた眼をしていた。そして彼の左腕にはデジタル式の腕時計が巻かれていた。

 少女は少年より幼く、色素の薄い金髪に青い瞳をしている。海外の子供のようだが、彼女の側頭部の上辺りからは一対の鷲の翼が、腰からは尾羽が生えていた。

 ベッドに横たわっているのは白髪の男。だいたい六十歳くらいのはずだが、その顔には無数のしわが刻まれており、年の割に老いた印象を持たせた。腕には点滴用のチューブがつながっており、余命いくばくもないのか青白い顔をしている。

 少年と少女が見守る中、男は二人のほうに顔を向けた。

 

「今のうちに、お前たちに伝えておくべきことは伝えておこうと思う」

 

 最初に男は少年に話し始める。

 

「リョウ、お前に宿る『エクリプス』の力、どう使うかはお前に任せる」

 

 男は少年の手を取る。

 

「エクリプスは可能性の力だ。この先何が起ころうとも、自分の信じた道を突き進め」

「わかったよ、父さん」

 

 リョウと呼ばれた少年は男の言葉に頷いた。

 男は次に、少女の手を取る。

 

「ルナ、リョウのことを支えてやってくれ。お前はリョウの、自慢の使い魔なのだからな」

「はい、博士」

 

 ルナと呼ばれた少女は男の手をしっかりと握り返した。

 最後に男は、少年の腕時計に顔を向ける。

 

「ドラグストーム、二人のことを頼む」

『了解しました、クリエイター』

 

 腕時計から低い男の声が発せられる。

 二人と腕時計の返答に満足したのか、男は頷く。しかし、その後複雑な表情をした。

 男は何かを言うのをためらっているようだった。だが、しばらく悩んだ後、それを話すことを決意した。

 

「それと、これは私の個人的なお願いだ……」

 

 男はその願いを話し始めた…

 

 

 

 

 夢はここで終わった。

 

 

 

 

 

 

 少年が目を覚ます。

 

「…ずいぶんと懐かしい夢だったな」

 

 時計を見るとちょうど午前六時を指したところだった。

 

『おはようございます、マイマスター』

「ああ。おはよう、ドラグストーム」

 

 枕元に置かれていた腕時計が少年が起きたことに気づいて電子音声を発し、それに少年が答える。

 実はこの腕時計、ただの時計ではなく別世界の技術で作られたデバイスである。

 

「朝食の準備をしてくるか」

 

 少年は制服に着替えてドラグストームを腕に巻くと、一階へ下りて行った。

 台所で朝食を作っていると、誰かが階段を下りてくる音がした。

 現れたのは十九歳くらいの女性。少し変わっているのが、側頭部の上辺りから鷲の翼が、腰からは尾羽が生えていること。

 

「おはよう、リョウ」

「おはよう、ルナ。今日の朝ご飯はハムエッグだよ」

「やった~♪」

 

 見た目は大人なのに子供のようにはしゃぐルナにリョウは苦笑する。

 

 

 

 朝食を食べ終えた二人は出かける準備をし、玄関にいた。

 

「ルナ、尾羽が出たままだよ」

「あ、いけない」

 

 ルナの尾羽が引っ込み、見えなくなる。それを確認し、二人は外に出た。

 

「それじゃ学校頑張ってね、リョウ」

「そっちもバイト頑張って、ルナ姉さん(・・・)

 

 本来は使い魔とマスターの関係である二人だが、外ではこのように姉弟として振る舞っている。

 そしてリョウは小学校へ、ルナはバイト先へ向かっていった。

 

 少年の名はリョウ・イスルギ。この先どのような未来が待ち受けているのか、彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きでは物語やリョウの能力についての解説もしていこうと思います。
まだまだ至らない部分が多いですが、どうぞよろしくお願いします。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無印編
第一話 運命の始まり


前回の投稿から約一か月……。お待たせしてしまい申し訳ないです。次から次へと予定が…って、言い訳は見苦しいですね(汗)
今回のお話はプロローグから三年後です。

それでは第一話『運命の始まり』、始まります。


 真っ暗な空間。鼻をつままれてもわからないような暗闇。

 その中に一人の少年がいた。

 

『それでは訓練を開始します。マスター、準備はいいですか?』

 

 暗闇の中に響く電子音声に応えるように、少年は目を閉じ、集中する。

 すると、少年の左右の頬に羽のような赤い模様が出現する。

 同時に、彼の両手にはそれぞれ一本ずつ剣が握られていた。

 その二本の剣は直刀・両刃で一見小太刀を長くしたように見える。だがその刀身はそこらの剣とは比べ物にならない輝きと鋭さを宿していた。

 

 まるで、あらゆる『魔』を断つ破邪の銀(ミスリル)のように。

 

 少年が目を開き、剣を逆手にもつ。それを構えたところで訓練が開始された。

 突然、目の前に巨大な刃が迫る。この真っ暗な空間にいる以上、普通の者であればそれに気づくことなく真っ二つにされてしまうだろう。

 だが、最初から分かっていたかのように少年は体を横に向け、刃をかわす。

 今度は左右から刃が襲い掛かる。

 少年は剣を振り、それらを斬りつけ、弾く。

 その後、大小さまざまな刃が次々と少年に襲い掛かっていった。

 

 そこから先は凄まじいの一言に尽きる。なぜなら、十数枚もの刃が連係を組んでいるかのようにありとあらゆる方向から斬りかかってくるのだ。これが実戦であれば命がいくつあっても足りないだろう。

 しかし、それ以上に少年も凄まじかった。自身にやってくる刃を、躱し、弾き、受け流し、捌いていったのだ。実際、彼の身体には切り傷ひとつなかった。

 そうして捌き続けること数十分、全方位から刃が襲い掛かる。

 少年は右手の剣を順手にもち、迫りくる刃の群れをギリギリまで引き付ける。

 そして、あと少しで少年に刃が届くかというところで…

 

 

 ガキン‼

 

 

 少年はその場で身体を横に回転、一瞬ですべての刃に剣を叩き付けた。

 弾かれた刃が少年から離れていき、同時にブザーが鳴る。

 

『訓練終了です。マスター、お疲れ様でした』

 

 アナウンスと同時に、真っ暗だった空間が明るくなっていく。

 そこは、頑丈な強化装甲の板が張り巡らされたトレーニングルームだった。少年に仕掛けていた刃は壁の隙間に収納されており、どこにも見当たらなかった。

 訓練が終了したので少年は息を吐く。すると少年の頬に浮き出ていた模様が消え、握っていた剣も姿を消した。

 少年は左腕を顔に近づける。そこには腕時計型のデバイスが巻かれていた。

 

「ドラグストーム、結果はどうだ?」

『前回に比べ反射速度、状況判断能力が高得点を出しています。そして、精神面のバランスも問題なしです』

「そうか」

 

 どうやら、刃の操作はこのデバイスが遠隔操作で行っていたようだ。

 少年とドラグストームが次の訓練メニューの相談をしているとき、トレーニングルームのドアがノックされ一人の少女が入ってきた。頭部には一対の翼、腰には尾羽が生えていることから使い魔だろう。

 

「リョウ、朝ご飯できたよ。今日は自信作なんだから早く来てね!」

「ありがとう、ルナ。今いく」

 

 リョウは軽く体をほぐした後、ルナについて行った。

 

 

 

 

 

 

「リョウ、訓練はどんな感じ?」

 

 朝食を食べ終え、出かける準備をしているときルナが言った。

 

「そうだな、最初の頃に比べると大分慣れてきたと思う。それがどうかしたのか?」

「なんだか時が経つのが早いなーって思って。訓練をやり始めてからもう三年は経ってるから」

 

 ルナが微笑む。しかし、その微笑はどこか不安げだ。

 

 そんなルナの表情を見てリョウはため息をつき、彼女の頭に手を乗せた。

 

「大丈夫だ、無理はしない。それに、万一の時はドラグストームもいるしな」

『はい。私が持つ力すべてを使い、マスターをサポートします』

 

 その言葉を聞いて、ルナの表情が少しだけ和らいだ。

 だが、不安そうな雰囲気は残ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

(この世界に移住して四年、父さんが亡くなってから三年か…)

 

 バイトへ行くルナと別れ、小学校行きのバスを待ちながらリョウは考えていた。内容は、彼の身体に宿る力のことだ。

 その力の名は、『エクリプス』。彼の出身世界で主流だった魔法とは異なる、可能性を秘めた力。

 

 

 しかし、今の彼のエクリプスは暴走の危険性を孕んだものへと変化しているため、今朝のように訓練を行い、暴走を事前に起こさないようにトレーニングしているのだ。

 

 

(訓練をせず危険とは無縁の生活を送るという選択肢もあったが、世の中絶対に安全な場所なんてものはないからな……)

 

 リョウの父、ジン・イスルギは亡くなる直前、リョウに『力』の使い道を任せた。そしてリョウは向き合うことを決め、父の残した訓練メニューをこなしている。

 

 だが……

 

(あれから、俺は変わることができたんだろうか……)

 

 制御ができるようになった。難しい訓練もこなせるようになった。昔よりは、自分の『力』を理解できるようになった。

 

 それでも、たまにわからなくなるときがある。

 

 いったい何のために自分はこんなことをしているのか。暴走しないよう、ただ制御するだけで終わるのか。

 

 この『力』には何か本当の役割があるのではないのか。直感にも似た感覚がそのように訴えてくる。

 

 そう思考の海に沈んでいるとき、背後から気配を感じ振り向く。顔に浮かんでいた悶悶とした表情はすぐに消した。

 

「おはよう、優斗(ゆうと)

「なんだよ~ビックリさせようと思ったのに。まぁいっか。おはよ、リョウ」

 

 そこにいたのは、リョウのクラスメイトであり親友の高橋優斗(たかはしゆうと)

 子供にしては少し精悍な顔つきをしているが、人懐こそうな雰囲気を纏っている。いたずら好きな性格で、気の合う友人に対してはよくいたずらをしてくる。

 

「あ~あ、これで八十三連敗か~。お前が海鳴第三小学校(ウチ)に転校してきてからずっと仕掛けてるけど一度も成功したことねぇな」

「気配を感じ取るのは得意だからな。というか数えていたのか」

「まあな、いたずら仕掛けた回数は一人ずつしっかりとメモしてるぜ。んでもって今年は六年生、小学校生活最後の年だからな。ぜってーお前にいたずら成功させてやる!」

「じゃあ俺は無敗記録を更新するとしようか」

 

 そうして喋っているとバスが到着したので、二人はバスに乗った。

 優斗は一番後ろの席に座ろうと思ったが、すでに先客がいた。金髪の少女と紫に近い黒髪の少女だ。二人とも聖祥大附属小学校の制服を着ている。

 

「う~ん、相変わらず聖祥の子に先越されてら。あそこの席けっこー気に入ってんだけどな」

「俺たちより前の停留所から乗っているからな。そんなに座りたいなら早起きをしたらどうだ?」

「朝弱いんだよ。てか、朝早くから学校に来るやつそんなにいねぇだろ」

「それもそうだな」

 

 仕方なく、二人は後ろから三番目の席に座った。

 その後しばらく談笑していたが、ふと思い出したように優斗が言った。

 

「そういやリョウ、お前また背が伸びてねぇか?」

「ん? ああ、そうだな。この前測ってみたらまた伸びていた」

 

 リョウの背丈はとても高い。同年代の子供の平均身長を大きく上回るほどで、中学生一歩手前なのに下手をすると高校生にも見えてしまう。

 これが『エクリプス』によるものなのか、単に体質によるものなのか。リョウはこのことについて一度調べたことがあるのだが、結局わからずじまいだった。

 とにかく、リョウの身長はかなり目立っていた。実際、バスに乗っている子供たちがリョウへ好奇の目を向けていた。

 二つほど先の停留所から乗ってきた栗色の髪を二つに結んだ聖祥の少女も、リョウに少しだけ視線を向けたあと最後尾の席にいる友人のもとへ向かっていった。

 

「ウチの学校の制服が大人っぽいデザインでよかったな。もし聖祥とかだったら違和感がすごいぜ」

「好きで背を伸ばしているわけじゃないんだがな……」

 

 リョウたちの通う海鳴第三小学校は海鳴市の公立の小学校だ。この学校は市内では割と有名で、その理由の一つが制服である。どこか大人っぽいデザインをしており、低学年の子供たちに人気だ。

 しばらくすると聖祥大附属小学校の前にバスが停車し、その学校に通う子供たちが次々と下車していく。最後尾の席に座っていた少女たちも降りていった。

 

 バスが発進する。そして同時に優斗がため息をついた。

 

「優斗、どうかしたのか?」

「ん? あ、いや、そのだな……」

 

 優斗は気まずそうに目を泳がせた後、突然真剣な顔になった。そして……

 

 

 

「リョウ、俺、聖祥の子に恋しちまった」

 

 

 

「そうか」

「おい、それだけかよ」

 

 先ほどのため息は恋したことによるものだったらしい。

 リョウの反応に優斗は不満げに顔を顰めた。

 

「なんだ、みんなに言いふらすとか相手との仲を無茶苦茶にするとか、そういったことをしてほしいのか?」

「すまん俺が悪かったそいつは勘弁してくれ!」

「……。ちなみに誰なんだ?」

「一番後ろの席に座ってた金髪の女の子だ。毎回あの席に座っているからな、何度も見てるうちにだんだん好きになっちまったみたいなんだ」

「そうか」

「だからなんでそんなに反応が薄いn」

「では新聞部の連中に暴露してこよう」

「ごめんなさい‼」

 

 そんなやり取りをしている間にバスは海鳴第三小学校の前に停車し、二人は学校へ向かっていった。

 

 校門に向かうとき、ふと、優斗が言った。

 

「なあ、リョウ。お前、何か悩んでねぇか?」

 

 あの時、悶悶とした表情をすぐに消したにも関わらず、優斗は気づいたのだ。今までこのように気づかれることはなかったために、リョウは少し驚いた。

 そんな様子に苦笑しつつ、優斗は言葉を続ける。

 

「お前と友達になって四年も経ってんだ、それくらいわかる。でだ、今すぐお前の悩みを吐き出せとかそんな無茶は言わねぇ。だがその代り…」

 

 優斗はニカッと笑う。

 

「話せる時が来たら、いの一番に俺に言えよ?」

 

 そんな親友に、リョウは少し気が楽になった。

 

「ああ、必ずな」

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、リョウは近くの商店街へ買い物に行った。この日は全ての店が割引を行うということで、ちょうど少なくなっていた食材の補充のためにやってきたのだ。ちなみに暇だということで優斗もついてきていた。

 買わなければならないものがたくさんあるのであちこちの店に行くことになるのだが、その度にリョウは店員や店長、客から親しく話しかけられる。

 例えば肉屋で。

 

「やあ、イスルギ君。こないだ新作のソーセージができたんだ。よかったら味見していかないかい?」

 

 例えば八百屋で。

 

「おっ、リョウ君じゃないか。昨日は荷物運び手伝ってくれてありがとな。おかげで助かったよ。あ、こいつはおまけだ。持ってってくれ」

 

 例えば魚屋で。

 

「よう、リョウ。今日は新鮮なネタが手に入ったんだ。サービスするぜ」

 

 例えばパン屋で。

 

「あら、リョウちゃんじゃない。この前は店番手伝ってくれてありがとうね。そうそう、これはお礼よ。受け取ってちょうだい」

 

 例えば酒屋で。

 

「おう、イっちゃん。いつものやつ用意してるぜ。言っておくが、おめぇはまだ酒は飲めねぇからな。間違って飲むなよ? ガハハハハ! おっと、割引券を渡すのを忘れるとこだったぜ」

 

 ついでにサービスもよくされていた。商店街の人たちからはよく可愛がられているようだ。

 

「リョウ、お前って有名人なのな」

「困っているところを手伝って回っていたら、いつのまにかこうなっていた」

「そのうち商店街のお助けマンとかになってそうだな…」

 

 友人になって四年が経つが、なんだかんだで知らないことが多いということを改めて知った優斗であった。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 早めの夕食を食べ終え、リョウは居間でくつろいでいた。

 バイトでいないルナのための夕食も作り、学校の宿題も済ませてしまったため、特にやることがなかった。

(読書でもするか…)

 新しく買った小説があったのを思い出し、それを取りに行くためにソファーから立ち上がった。

 

 その時。

 

 

 

 

『――聞こえますか? 僕の声が聞こえますか?』

 

 

 

 

 突然、頭の中にそんな声が響いた。

 

「これは…念話? ルナじゃない別の誰かが使っているのか?」

 

 聞こえてきたのはリョウの知らない少年の声。

 少年からのメッセージは続く。その声には、どこか焦りが感じられた。

 

『聞いてください。僕の声が聞こえているあなた。お願いです、僕に少しだけ力を貸してください!』

 

 少年の声に必死さが増す。

 

『お願い! 僕のところへ! 時間が…危険が……もう………』

 

 その言葉を最後に少年の声は途絶えた。

 

 リョウは考える。

 

 魔法を使える何者かが助けを求めている。それもかなり追いつめられている。念話の魔力量や周波などから察するに、割と近い位置だ。相手の位置も特定できた。自分ならすぐに向かえる。これでも、『力』だけでなく魔導師としての訓練も積んできた。力になれるかもしれない。

 

 だが、とも考える。

 

 

 その『敵』が、エクリプスが暴走を引き起こすほどの強敵だった場合、どうする?

 

 

 これほど広範囲に念話を送っているなら、バイト中のルナも気づくはずだ。今の時間帯ならもうすぐ終わる頃だろう。安全に対処するためにルナと合流したほうが良いかもしれない。何が起こるかわからない以上、ルナに心配をかけたくない。

 リョウはさらに考える。脳裏に浮かぶのは自分の通う小学校や商店街の、この町に住む人々。

 こうしている間に、彼らがこの謎の脅威にさらされたら……。それで大切な人たちを失ってしまったら……。

 

 

 

 

 ……俺は後悔するだろう。

 

 

 

 

 リョウは決断した。

 ルナに念話を送る。

 

『ルナ、聞こえるか?』

『リョウ、こうして連絡したってことは、あの念話を聞いたんだね?』

『ああ』

『……もしかして行くの?』

『……ああ』

 

 しばらく沈黙が続く。十秒程度だったが、リョウにとってはそれ以上の長さに感じられた。

 そして、ルナが再び念話を送る。

 

『わかった。でも、無茶はしないで。わたしも用事が済んだらすぐに行くから』

『ありがとう、ルナ』

『気にしないで。それに、使い魔は主人を信じる、でしょ?』

『そうだったな…。必ず戻ってくる』

 

 念話を終えたリョウはドラグストームを左腕に巻き、家を飛び出す。

 

「行くぞ、ドラグストーム」

『了解しました、マイマスター』

 

 向かう先は、反応のあった動物病院だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウとルナが念話を行っていた数分後。一人の少女が動物病院の前にやってきていた。

 

 彼女の名前は高町なのは。聖祥大附属小学校に通う三年生で、今朝バスに乗る際、リョウに視線を向けた少女だ。

 なのはは頭の中に響いた助けを求める声をもとにここまで来た。ここに来る際、”何らかの痛み”に悩まされていたが、今は大分治まっている。

 急いで走ってきたことで乱れた息を整え、動物病院の中へ入っていこうとした。

 

 

 そのとき。

 

 

「あれは⁉」

 

 病院の中から一匹のフェレットが飛び出してくる。今日、なのはが友人たちとともに森で助けた動物だ。怪我を負っていたので、その体には包帯が巻かれている。

 

 そして、それを追って巨大な黒い”何か”が突っ込んできた。

 

 おそらく、フェレットを襲うつもりなのだろう。押しつぶさんとフェレットに迫る。

 フェレットは迫りくる脅威から逃げようと、目の前にあった木を駆け上がる。しかし、黒い”何か”はそのまま木へ突っ込む。

 その質量とスピードをもって、木は後ろの壁ごと粉砕された。その衝撃によってフェレットが吹き飛ばされる。

 なのはは咄嗟にそのフェレットをキャッチした。

 

「きゃ!」

 

 しかし割と勢いよく飛び込んできたので、その拍子に尻餅をついてしまう。

 

 何が起きているのかわからない。

 ふだんの日常からはかけ離れたこの状況でなのはは混乱した。

 

「な、なになに!? いったい何なの!?」

 

 だが、さらにその混乱を増すことになることが起きた。

 

「来て……くれたの?」

「!? しゃ、喋った!?」

 

 助けたフェレットが喋ったのだ。

 なのははさらにパニックに陥るが、破壊された木のそばでもぞもぞと動く黒い”何か”を見て本能的に危機を感じ、とりあえずここから離れることにした。

 

 

 

 

 

 

 フェレットを抱えながら、なのはは夜の住宅街を走っていく。

 

「その、何がなんだかよくわからないけど、いったいなんなの、なにが起きているの!?」

「君には資質がある。お願い、僕に少しだけ力を貸して」

「資質?」

「僕はある探し物のためにここではない世界からきました。でも、僕一人の力では思いを遂げられないかもしれない。だから、迷惑だとはわかってはいるんですが、資質を持った人に協力してほしくて」

 

 フェレットはなのはの腕から飛び降り、彼女に向き合う。

 

「お礼はします、必ずします! 僕の持っている力を、あなたに使ってほしいんです。僕の力を、魔法の力を!」

「魔法…?」

 

 そう話している間に先ほどの黒いモノがなのはたちに上空から襲い掛かる。龍に似た姿になり、二人めがけてアスファルトに突っ込んできた。

 反射的になのははフェレットを抱えて近くの電柱に隠れたことで難を逃れた。

 

「お礼は必ずしますから」

「お礼とかそんな場合じゃないでしょ!?」

 

 電柱の陰からこっそりと覗いてみると、落下地点で黒いモノが蠢いている。どうやら動けないようだが、このままではまた襲い掛かってくるだろう。

 

「どうすればいいの!?」

「これを!」

 

 フェレットが赤い宝石をくわえてなのはに渡してくる。手に取ると、温もりを感じた。

 

「あたたかい……」

「それを手に、目を閉じて心を澄ませて、僕のいうことを繰り返して」

 

 黒いモノは体勢を立て直しつつある。いつこちらに来てもおかしくない。なのははフェレットの言葉に従った。

 

「いい? いくよ!」

「う、うん」

 

 なのはは赤い宝石を両手で包み込む。

 そしてフェレットが詠唱を始める。

 

「我、指名を受けしものなり」

「我、指名を受けしものなり」

 

 フェレットの言葉をなのはが繰り返す。

 宝石が赤く、暖かい光を発し始める。

 

「契約のもと、その力を解き放て」

「えっと…契約のもと、その力を解き放て」

 

 体内から何かがドクン、と脈動したようになのはは感じた。

 

「風は空に、星は天に」

「風は空に、星は天に」

 

 宝石が発する輝きがより増してきた。何らかのエネルギーがなのはの中に覚醒し始める。

 

「そして不屈の心は」

「そして不屈の心は」

 

 次の言葉は自然となのはの口から出され、二人の言葉がシンクロする。

 

「「この胸に!」」

 

 宝石を握った左手を、上空に掲げる。

 

「「この手に魔法を! レイジングハート、セット、ア――ップ‼」」

 

 その掛け声と同時にまばゆい光があふれ、宝石から女性の声で音声が発せられる。

 

 

『stand by ready. set up』

 

 

 次の瞬間、なのはのいた場所から天を貫くほどの光の柱が出現する。彼女の体内に眠る魔力が覚醒したことで、こうして形となって具現化したのだ。

 ようやく落下地点から抜け出せた黒いモノは、突然現れたその光に驚いたような表情を見せた。

 

「な、なんて魔力だ……」

 

 フェレットが膨大な魔力量に驚愕しつつも、なのはにやるべきことを伝える。

 

「落ち着いてイメージして。君の魔法を制御する、魔法の杖の姿を! そして、君の身を守る、強い衣服の姿を!」

「そんな、急に言われても…」

 

 それでも、なのははイメージする。頭に浮かんだのは、先端に赤い宝石の付いた杖、そして彼女がよく着ている学校の制服。

 

「と、とりあえずこれで!」

 

 彼女がそう叫んだあと、より一層強い光がなのはを包み込み、その光が消えた時には。

 

 

 

「成功だ!」

「え、え、うそ!?」

 

 

 

 なのはの服はさっきまで着ていたものではなく、聖祥大附属小学校の制服をアレンジしたようなものになっていた。そして左手にはなのはがイメージした『魔法の杖』が握られていた。

 

「な、なんなのこれ⁉」

 

 なのはが驚く中、背後から唸り声が聞こえてきた。おそるおそる振り返ると、先ほどの黒いモノがなのはたちに敵対心に満ちた目を向け、臨戦態勢に入っていた。

 

「ふぇ~~~!?」

 

 その迫力に後ずさる。しかし、すぐに背後の住宅の壁に行き止まってしまった。

 

「来ます!」

「!」

 

 フェレットからの警告と同時に黒いモノが上空へ飛び上がる。そして回転と落下の勢いを加えながらなのはたちに突撃してきた。

 

「きゃあ!」

 

 迫りくる脅威に思わず目を閉じてしまうなのは。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 一陣の風とともに黒いモノは道路の向こう側へ吹き飛ばされていった。

 

 

 

「ふぇ?」

「い、一体なにが…」

 

 二人が混乱する中、黒いモノを吹き飛ばした何者かが現れる。そしてなのはたちに声をかける。

 

「大丈夫か?」

 

 その姿を見てなのはが声を上げる。

 

「あ、あなたは‼」

 

 そこにいたのは、背の高い少年。黒いスーツに身を包み、その上から紺色のコートを着ている。右手には、両端に刃の付いたナギナタにも似た武器を握っていた。

 そして、なのはが知っている、というよりはよく見かける少年だった。

 彼は、朝の登校時にバスに乗っている少年。

 その名は……

 

 

 

 

 

 

「背高のっぽのお兄さん‼」

「……ほかに呼び方はなかったのか?」

 

 

 ……いつのまにかそんなあだ名がつけられていたことに少しがっかりし、リョウ・イスルギはため息をつくのだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回のお話について一つ注釈しますと、この世界ではなのはたちはスクールバスではなく公共交通機関のバスを使っています。あらかじめ用意した設定からいろいろ考えた結果、このようになりました。独自設定として受け入れていただければと。

ちなみに今回登場したリョウのバリアジャケットですが、『牙狼』の冴島鋼牙の服装をベースに、コートの色を白から紺に変えたものに近いです。次の後書きではドラグストームについて記述しようかと思っています。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 魔法少女との邂逅

前回の投稿から約3週間。少しだけ早くなった。この調子で期間を縮めていきたいけど、どうにも忙し……まぁ、言い訳はこの辺で(汗)

それでは第二話『魔法少女との邂逅』、始まります。


 なのはが魔導師として覚醒する少し前。

 

 リョウは住宅街を走っていた。

 数分前に目的地である動物病院にはたどり着いたもののすでにもぬけの殻だった。そこから周辺の地域を探知魔法で調べてみた結果、助けを求めていたものと民間人と思われるもの、そして魔力で構成された得体のしれない何かの反応を捉えた。その後、その三つの反応を追っているのだ。

 

「ドラグストーム、二人の所まであとどれくらいだ?」

『対象まで残り500mです。そして、正体不明の魔力の塊が対象に向かって急激に接近しています』

 

 それを聞いてリョウは焦った。このまま道路を走っていては間に合わない。

 リョウはショートカットをするために体内の魔力を開放、飛行魔法を使用して住宅街の上を飛んでいく。

 同時にその地域一帯に結界を展開する。これで無関係な人を巻き込むことはない。ルナの使う結界魔法に比べるとまだ拙いものの、使わないよりはマシだ。

 

 その時、三つの反応がある地点から巨大な光の柱が出現した。

 

 最悪の事態がリョウの頭をよぎるが、すぐに違うと思い直す。あれは魔力体のものではない。反応の一つである民間人が、魔導師として覚醒し始めているのだ。

 

(もしかして、魔導師としての資質を持っていたのか?)

 

 反応を捉えた時、最初は単に巻き込まれただけかと思っていたがそうではなかったようだ。ということは、あの場にいたのも念話を聞いて行動を起こしたということなのだろう。

 そう考えているうちに反応のある場所の近くまでやってきた。肉眼で見える距離に入り、三つの反応の正体が明らかになる。

 

 一つは民間人と思われる少女。魔導師として完全に覚醒しており、白いバリアジャケットをその身に纏っている。彼女の左手にはデバイスと思われる杖が握られていた。

 

 一つはフェレットのような生き物。おそらく、助けを求めていたのは彼だろう。

 

 念話で聞こえた声からリョウは少年を想像していたため判断に困ったが、あのフェレットで間違いないと思った。

 

 

 

 なぜなら、三つ目の反応と思われる対象が明らかに”助けを求めている存在”には見えなかったからだ。

 

 

 

 最後の一つは真っ黒なナニか。二つの赤い目が爛々と光り、体のあちこちから触手のようなものが飛び出ている。少女とフェレットを襲おうとしているのか、蛇が鎌首をもたげたような姿勢になっている。

 

 そして、黒いモノは上空へ飛び上がり、跳躍の最高点に達した後、彼女たちめがけて突撃していった。

 

「っ!」

 

 その瞬間、リョウは速度を上げて黒いモノとの距離を縮めていく。

 

「行くぞ、ドラグストーム!」

『了解。set up』

 

 その掛け声とともにリョウの身体を一瞬で青い光が包んでいき、霧散した。

 光が消えた時、リョウの衣服は変化していた。

 胸部に防具が付いた黒いスーツ。その上から羽織っている紺色のコート。そして彼の右手にはデバイス形態に変化したドラグストームが握られていた。

 姿を変えている間も黒いモノは少女に接近していく。

 リョウはナギナタ状の武器になったドラグストームを振り上げる。同時に、魔力で生み出した風をその刀身に纏わせていく。

 そして、横薙ぎに振り払った。

 

「ウインドウェイブ!」

 

 次の瞬間、刀身に集められた風が解放され、凄まじい暴風となって異形の存在に襲い掛かった。

 少女たちに襲い掛かろうとした黒いモノは衝突する直前に巻き込まれ、アスファルトを砕きながら吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 そして現在に至る。

 

 

「背高のっぽのお兄さん‼」

「……ほかに呼び方はなかったのか?」

 

 遠くから確認しただけではわからなかったが、よく見るとその少女はリョウが登校の際に乗るものと同じバスに乗っている聖祥大附属小学校の生徒だった。

 そしてリョウに対する呼び名。少なくとも初対面や初めて話す相手にはそんな呼び方はしないだろう。彼女の発言から、他校でそんなあだ名がつけられていることがわかり、リョウはため息をついた。

 

「にゃ!? す、すみません! その、思わず…」

「気にするな。これだけ背が高いと目立つからな、そんなあだ名がついてもおかしくない」

 

 少女の謝罪にリョウはやんわりと返した。

 もっとも、ほんの少しだけ顔を顰めていたが。

 その時。

 

 

 

 グオオオォォォォッッ‼‼

 

 

 

 道路の向こう側から空気を震わせるほどの咆哮が響き渡り、リョウと少女、そしてフェレットが顔を向ける。

 そこにいたのは先ほど吹き飛ばされた黒いモノ。

 リョウの放った暴風によりダメージを負ってはいるが、それほど(こた)えていないのか再び攻撃しようと身構えている。

 

「思っていたより頑丈だな。ドラグストーム、どう思う?」

『対象を分析した結果、体内に膨大な魔力を蓄積した結晶体を宿しています。おそらく、古代遺産(ロストロギア)のようなものと思われます』

「とすると、あれはその暴走体ということか」

 

 ロストロギア。超高度に発達した文明によって生み出された危険な代物。それらが悪用されれば世界が滅びかねない。

 

 そして今、目の前で暴走体となって暴れている。

 

 ロストロギアの暴走を止める有効な方法としては、『封印』もしくは『ロストロギアが耐えられないほどの力で破壊する』のどちらかである。

 この黒いモノはリョウの攻撃に対しわずかなダメージしか受けていない。仮に破壊したとしても膨大な魔力を蓄積したロストロギアだ、それによって大きな被害が出る可能性もある。

 よって、これを止めるには封印するしかない。

 だが……

 

「まいったな、封印魔法はまだ覚えきれていない」

 

 魔導士としての訓練もしていたリョウだが、攻撃や防御といったものを重点的に練習していたため、結界や封印といったサポート型の魔法は未熟な状態だった。ルナがサポート型の魔法を得意としていたので、完全に使えるようになるまでルナがカバーするというスタイルをとっていた。

 しかし、ルナはまだ来ていない。

 

(どうしたものか)

 

 リョウが考えを巡らせていると、暴走体が唸り声をあげながら再び突っ込んで来る。

 リョウはすぐに左手をかざし、バリアを張る。同時に、そのバリアに暴走体が衝突し、そのまま拮抗状態になった。

 

「……これではどうしようもないか」

『Barrier Burst』

 

 バリアを爆発させ、暴走体を弾き飛ばす。

 破壊するのは難しい。そして封印魔法が使えない以上、ルナが来るのを待つほかない。

 ルナが到着するまで持ちこたえるしかないか、とリョウがドラグストームを構えなおした時。

 

「あ、あのっ!」

 

 少女が杖を両手で握りしめてリョウに言った。

 

 

 

「私にも手伝わせてください! 何ができるかはわからないけど……でも、私も力になりたいんです‼」

 

 

 

 その言葉を聞いてリョウは考える。

 

 普通なら、魔導師になったばかりの初心者にこんなことを手伝わせるものではない。それが実戦ならなおさらだ。

 

 しかし、同時にこうも考える。

 

 あのフェレットが魔導師としての資質のある者に助けを求めていたということは、少なくともあれを何とかする方法があるからこうして呼びかけていたのだろう。

 そして今の状況では、あの黒いモノがいつ生み出されたのか分からない以上、完全に暴走するまでの時間がわからない。ならば、打てる手は打ったほうが良いかもしれない。

 最後に少女の顔を見たとき、リョウの中で答えは決まった。

 

 

 なぜなら、その子が決意に満ちた真剣な表情をしていたから。

 

 

 同時に、彼の直感が訴える。

 

 

 この少女には、大きな可能性が秘められていると。

 

 

 リョウはフェレットに尋ねる。

 

「そこのフェレット、あいつをどうにかする方法はあるか?」

「は、はい! レイジングハートに封印するためのプログラムが入っているので、それを使えば可能です!」

 

 フェレットが少し緊張したような表情で返事をした。

 

「そうか。なら、その子に封印の方法を教えてやってくれ。その間、やつの足止めをしておく。俺は封印魔法が使えないからな」

「わ、わかりました!」

 

 次にリョウは少女のほうを向く。

 

「俺が封印もできればよかったんだがそれができない。お前に任せることになるが、いいか?」

 

 リョウの問いに少女はしっかりと頷いた。

 

「はいっ! 私、頑張ります‼」

 

 その言葉にリョウは頷く。

 

「頼んだぞ」

 

 リョウがそう言った瞬間、一陣の風とともにその場から彼の姿が消えた。

 そして少女が気付いたときには、彼はもう一度攻撃しようとしていた黒いモノのすぐ目の前におり――

 

「ウインドウェイブ!」

 

 暴風で再び吹き飛ばした。

 暴走体は道路の上をバウンドしながら転がっていくがすぐに態勢を立て直す。そして、体に生える無数の触手を伸ばして攻撃を始めた。

 襲い掛かる触手の群れ。だが、少年はそれを避けようとしない。逆に加速しながらその中へ飛び込んでいく。

 感情があるのかどうかはわからないが、黒いモノはそれを見て笑ったような表情をした。自殺行為にしか見えない行動をとった少年を馬鹿にしているのかもしれない。

 しかし、その表情はすぐに消え、今度は目を見開いて驚愕の表情となった。

 

 

 

 なぜなら、その触手のなかをリョウは絡め取られることなく、それらの合間を縫うように突き進んでいるのだ。

 

 

 

 次から次へと襲いくる触手を、彼は持ち前のスピードで躱し、ドラグストームの刃で切り裂き、風で弾きながら、暴走体との距離をどんどん縮めていく。

 リョウが暴走体の懐まで来たとき、彼の左手には紺色に輝くエネルギー球があった。その内部では、まるで竜巻を球状に圧縮したかのように風が渦巻いていた。

 

「ウインドディフュージョン」

 

 そして、それを黒いモノへと叩き付ける。

 

『Burst』

 

 叩き付けられたエネルギー球は爆発。圧縮されていた風が一気に解放され、鎌鼬(かまいたち)現象を引き起こしながら暴走体に襲い掛かる。

 暴走体はその体を無数の風の刃に切り裂かれながら吹き飛んでいった。

 ちらりと少女たちのほうを見ると、まだ万全ではないようだ。目を閉じて杖を構え、フェレットの指示を聞いている。

 暴走体のほうに向きなおると、ちょうど立ち上がったところだった。しかし、先ほどの攻撃が効いたのか動きが少しだけ鈍くなっている。

 

「お前の相手は俺だ。まだ付き合ってもらうぞ」

 

 そう言ってリョウは再び黒いモノに向かっていった。

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 少女――高町なのはは少年の戦いぶりに目を奪われていた。素人の自分が見ても、少年の戦いがどれほどレベルが高いものかがわかった。

 そしてなにより、『速い』。目で追うのが難しいほどのスピードで相手の攻撃を躱し、目にもとまらぬ速さで攻撃を当てていく様は、何かの舞を連想させた。

 その動きに見とれているとき、フェレットが声を掛けた。

 

「あれを封印する方法を教えます。いいですか?」

「!? は、はい!」

 

 返事をしながら、なのはは今やるべきことを思い出す。

 手伝いたいという自分のわがままを彼は聞き入れ、こうして黒いモノに立ち向かい時間を稼いでくれているのだ。何もしないでいるわけにはいかない。

 

「それで、どうすればいいの?」

「攻撃や防御の基本魔法は心に願うだけで発動します。ちょうど、彼がやっているような感じですね。ですが、より大きな力を必要とする魔法は呪文が必要なんです」

「呪文……?」

「心を澄ませて。心の中にあなたの呪文が浮かぶはずです」

 

 その言葉に従い、なのはは目を閉じ、心を澄ませる。

 最初はぼんやりとした感じだったが、段々とイメージが明確なものになっていく。

 それが完全になった瞬間なのはは目を開いた。

 

「よし、これなら!」

 

 そして少年に声を掛ける。

 

「こちらの準備できました!」

 その声に頷いた後、少年は暴走体に暴風をぶつけ、地面に叩き付けた。

 

「ウインドプリズン!」

 

 同時に藍色の魔弾を4つ生み出し、黒いモノの周りに撃ち込む。

 すると、撃ち込まれた場所から4つの竜巻が発生し暴走体を囲んだ。

 暴走体はそこから抜け出そうとするが、竜巻に弾かれ中央に押し戻された。

 

「今だ!」

 

 少年になのはは頷く。レイジングハートを上に掲げ、心に浮かんだ呪文を唱え始める。

 

「リリカルマジカル」

「封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」

「ジュエルシード、封印!!」

『sealing mode set up』

 

 呪文の詠唱とともにレイジングハートがその形状を変えていく。赤い宝石を取り囲む金色のフレームの下の部分がスライドし、そこから光の翼が発生した。

 同時に黒いモノが桃色の光に拘束され、額と思われる部分に数字が浮かび上がる。

 

『stand by ready』

「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアルXXI!」

 

 魔法の杖の先端を黒いモノに向け、なのはは叫ぶ。

 

「封印‼」

『sealing』

 

 その言葉に応じるようにレイジングハートから魔力の光が発射される。その光は黒いモノを四方八方から貫いていく。

 暴走体は断末魔の叫びをあげ、青い宝石を残して消滅した。

 

 

 

 

 

(驚いたな、初心者であれほどの実力を持っているとは)

 

 リョウは少女とフェレットのもとへ行きながらそう思った。彼自身、魔導師としての訓練を始めた頃はあそこまで上手くいかなかった。おそらくあの少女には、それを成し遂げるのに十分な才能があるのだろう。

 彼女たちのもとに着くと、少女の目の前には、黒いモノだった青い宝石が浮かんでいた。

 

「これが僕が探していたもの、ジュエルシードです。レイジングハートで触れてください」

「えっと……こう?」

 

 少女が魔法の杖――レイジングハートを近づけると、ジュエルシードは赤い宝石の部分へ吸い込まれていった。

 

『receipt number XXI』

 

 そして少女が光に包まれ、彼女の衣服はバリアジャケットから私服へ戻った。レイジングハートも、待機形態と思われる赤い宝石の姿へ変化した。

 リョウも、周囲に敵がいないことを確認してバリアジャケットを解除した。

 

「お、終わったの?」

「はい、無事に封印できました」

 

 少女の言葉にフェレットが答える。しかし、どこかフラフラとしている。

 

「あなた方のおかげです。ありがとう…ござい……ます………」

 

 お礼を二人に言った後、フェレットはその場に倒れてしまった。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!? ねぇ!」

「ドラグストーム、このフェレットの容体を調べてくれ」

 

 リョウが腕時計状態のドラグストームをフェレットに向ける。すると、そこから青い光が放たれ、フェレットの身体をスキャンし始めた。

 

『分析完了しました。疲労により倒れたようです。しばらくすれば目覚めるでしょう』

「よ、よかった~」

 

 ドラグストームの言葉に少女は安堵の表情を浮かべてフェレットを抱え上げた。

 すると少女は「あ」と思い出したようにリョウに顔を向ける。

 

「さっきはありがとうございます。えっと……」

「それよりも今はここを離れたほうがいい」

「え?」

「どうやらあの暴走体、俺が来る前から大暴れしていたようだしな」

 

 そう言われ、少女は周囲を見渡す。

 リョウが結界を張ったおかげで、戦闘時に起きたこの地域への被害は一切ない。

 

 

 …が、結界を張る前のものはどうしようもない。

 

 

 結界を解除した時、道路にはクレーターのような大穴が開き、電柱は倒れ、あちこちの民家の塀がボロボロになっていたりしていた。

 遠くからサイレンの音が聞こえた。おそらく、住人の誰かが通報したのだろう。もっとも、ここまで大事になったにも関わらず巻き込まれた人間が少女以外にいなかったというのは不思議だったが。

 

「…もしかして、ここにいたら大変アレなのでは……」

「とにかくここから離れるぞ。近くに公園があったはずだ。そこへ行こう」

「は、はい!」

 

 そして二人はその場から逃げた。

 

「と、とりあえず……ごめんなさ~い!」

 

 そこにいない誰かに謝罪する少女の隣を走りながら、リョウはため息をついた。

 

 

 

 

 

 公園についた後、リョウと少女はフェレットが目覚めるのを待っていた。

 少女は全力で逃げたのか息切れしており、ベンチに座って息を整えていた。

 一方、リョウは特に変化はなく、少女の隣で立っていた。

 少女が落ち着いてきたとき、ちゃんとお礼を言いかけたことを思い出した。

 

「あ、それとさっきは――」

「あ、いたいた。リョウ~!」

 

 少年に改めて言おうとしたとき、一人の女性がリョウのもとへ走ってきた。

 

「ルナ」

「よかった~、無事だったんだね。さっき変な反応があったところに行ったら警察の人たちが集まっていたから大変だったよ」

「すまなかった。だが、とりあえずは解決したから大丈夫だろう」

 

 二人が話すなか、少女は置いてけぼり状態になっていた。それに気づいたルナが話題を変える。

 

「そういえば、この子はどうしたの?」

「ああ、実は…」

 

 リョウは事の次第を簡潔に話す。それを聞いてルナは「そっか」と少し複雑そうな表情をした。

 そして少女のほうに顔を向ける。

 

「ごめんね。私がもっと早く着いていれば、あなたを巻き込まずに済んだかもしれなかったのに……」

「い、いえっ、気にしないでください! それに、私がやりたくてしたことですから!」

 

 ルナの謝罪に少女は慌てながらもそう言った。

 そうしていると、少女の膝で眠っていたフェレットが目覚め、体を起こした。

 

「あ、起こしちゃった? ごめんね、乱暴で。怪我は大丈夫?」

「怪我は平気です。ほとんど治っているから」

 

 少女にそう答え、フェレットは体をプルプルと振りながら包帯を外す。フェレットの言う通り、怪我は見当たらなかった。

 

「ほんとだ。怪我が無くなってる」

「あなた方が助けてくれたおかげで、残った魔力を治療に回せました」

「よくわかんないけど、そうなんだ」

 

 フェレットを持ち上げながら怪我がないことを確認していると、少女があることを思い出す。

 

「そうだ、自己紹介していいかな? お姉さんたちも」

「あ、うん」

「俺は別に構わない」

「私もいいよ」

 

 それを聞いて少女はこほん、と咳払いをする。

 

「私、高町なのは。小学校三年生、家族とか仲良しの友達はなのはって呼ぶよ」

「僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名だから、ユーノが名前です」

「ユーノ君か。かわいい名前だね」

 

 次に、リョウとルナが自己紹介をした。

 

「俺はリョウ・イスルギだ。よろしく」

「私はルナ・イスルギだよ。一応、リョウのお姉さんなんだ」

「リョウ君にルナさんだね。って、一応……?」

 

 ルナの言葉になのはが首を傾げたので、リョウが説明する。

 

「ルナは俺の使い魔なんだ。ただ、姉として振る舞ったほうがいろいろと都合がいいから姉弟ということになっている」

「ちなみに、私のもう一つの姿が~……」

 

 そう言ってルナは魔力を開放し、その身を光で包んでいく。

 

 光がおさまった時、そこには大人が一人乗れるくらいの大きな鷲がいた。

 

「にゃ!? 鳥さんになった!」

「正確には鷲だよ」

 

 なのはの変わった驚き方に苦笑しながらルナは人型に戻った。

 そうして自己紹介が終わったとき、ユーノがなのはとリョウに向き、頭を下げた。

 二人が頭に(はてな)を浮かべていると、ユーノが言う。

 

「すいません……あなた方を、なのはさんとリョウさんを巻き込んでしまいました」

 

 ユーノは今回のことを後悔していた。仕方なかったとはいえ、民間人として普通に生活していた二人をこの騒動に巻き込み、さらにはなのはの魔導師としての力を覚醒させてしまった。もともと一人でこの件を解決するはずだったのだが、結局こうなってしまった。

 ユーノは罪悪感に押しつぶされそうになっていた。

 そんなユーノを見て、なのはがそっと抱え上げる。

 

「あ、その……たぶん、私は平気!」

 

 なのはは笑顔でそう言った。その顔には『迷惑』という感情は一切なく、心の底から協力したい、力になりたいという思いがあふれていた。

 そしてリョウも続く。

 

「俺も問題ない。結局のところ、放っておくわけにはいかなかったからな」

 

 二人の言葉に、ユーノの表情が少しだけ和らいだ。

 

 

 

 

 

 

 あの後、詳しいことはまた後日ということで解散することになった。

 ちなみにユーノはなのはの家に預けることになった。魔法に詳しいユーノが魔導師になったばかりのなのはをサポートするという点で都合が良いからだ。

 もう遅い時間であったため、リョウとルナはなのはたちを家まで送っていくことにした。

 

「あ、この辺りです」

「結構大きい家だね~」

 

 塀の上から覗く家の屋根を見てルナが少し驚いたような顔をした。

 この時二人は知らなかったが、なのはの家は敷地の面積が広く、その中に大きめの家と道場が建てられているのだ。

 

「それじゃあリョウ君、また明日」

「? ああ、そうか。同じバスに乗っていたんだったな」

 

 リョウは最初何のことかわからなかったが、登校する際に同じバスを使っていることを思い出した。

 ……同時に、なんとなく面倒なことになりそうだと思った。主に優斗が食いついてくるだろう。

 

「また明日、な」

「またね~」

 

 二人に見送られ、手を振りながらなのはは家に入っていった。

 なのはの姿が見えなくなった後、二人は家路についた。

 

「さて、急いで帰るとするか。今日の夕飯は普段と一味違うからな」

「わぁ、楽しみだな~!」

 

 ルナが嬉しそうに言った。

 リョウは料理が得意であり、その腕前はルナ曰く『お店に出したら大人気になる』レベルである。そんな彼の作る料理はルナにとって大好物となっている。

 早く早くと催促するルナに苦笑しながら、リョウは考える。

 

 その内容は、今朝と先ほど感じた二つの直感。

 

(俺の直感はよく当たる。さっきも直感に従ってなのはに任せた結果、早く物事を終えることができた)

 

 これまでリョウは、今回のような直感を何度も感じていた。

 

 ある時は、迷子の親を探しているとき。

 

 とある場所が頭に浮かんだのでその方向へ向かうと、予想していたよりも早く親を見つけることができた。

 

 そしてある時は、用事があって出かけているとき。

 

 嫌な感じがしたのであるルートを避けて行った時、ちょうどそこで大きな事故が発生した。

 

 このように直感に従った場合、大抵の物事を解決、もしくは回避することが多いのだ。

 

(もしかすると今朝の直感も、俺の『力』が必要になる何かが起こる前触れなのか……?)

 

 訓練により一層励んだほうがいいかもしれないと思いながら、リョウはルナの後を追いかけた。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の後書きでは、ドラグストームについてご説明しましょう。

ドラグストーム
リョウの相棒であるインテリジェントデバイス。リョウの父、ジン・イスルギが製作した。様々な機能や形態を持ち、あらゆる場面で活躍できる。性格は真面目だが柔軟性がある。
スタンバイフォーム
待機形態はデジタル式の腕時計。通常の腕時計と同じ機能を持つが、それに加え、対象を分析する機能もある。これにより自分や相手の体調を診断したりすることができる。この機能は他の形態でも使用可能だが、待機形態の方がより正確である。
ハルバードフォーム
両端に刃の付いたナギナタのような形態。近接戦もできるが、主に魔力運用に特化しており、多彩な魔法を使うことができる。

とまぁ、こんな感じです。ハルバードフォームは『仮面ライダーアギト』のストームハルバードをベースに、刃の根元にコアを付けたものをイメージしていただければと。
なお、ドラグストームの形態は今回紹介したもののほかに二つほどあるのですが……現時点ではまだ調整中です。リョウとルナが頑張って細かい部分をあれこれいじってます。
ちなみにリョウのもつ『力』ですが、本格的に使うのはまだ先です(汗)。無印編のうちに出す予定ではあるのですが……。楽しみにしてる方がいましたらもう少しお待ちくださいm(__)m

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 力になりたいという意思

前回の投稿から約3か月……(戦慄)
遅れてしまい申し訳ありません。非常に忙しかったことと文章をあーでもないこーでもないと書き直しまくったのが原因です。
投稿速度が非常に遅いこの作品ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それでは第三話『力になりたいという意思』、始まります。


 暴走体との戦いから一夜明けた。

 昨日はあんなことがあったにも関わらず、リョウは普段通りだった。朝の訓練をし、ルナと一緒に朝食を食べ、学校へ行く準備を終えた後出かけていった。

 そしてバス停で優斗と待ち合わせ、バスに乗る。相変わらず最後尾の席がいつもの二人にとられていることをぼやく友人をなだめつつ、雑談しながら目的地に着くのを待った。

 ここまではいつものことだった。

 

 しかし、昨夜の出来事により、リョウの日常に変化が訪れる。

 

 二つほど先の停留所から栗色の髪を二つに結んだ少女がバスに乗ってきた。

 その少女はリョウの姿を見つけると……

 

「おはよう、リョウ君!」

 

 笑顔で挨拶した。

 

「あ、ああ、おはよう」

 

 少し遅れてリョウが挨拶を返す。また会うことがわかっていたとはいえ、このように面と向かって挨拶をしてくるとは正直思っていなかった。

 

 そして昨夜リョウが予想した通り優斗が、そしてなのはの友人の二人の少女がこのことに食いついてきた。

 

「おいリョウ、お前聖祥に知り合いがいたのか? ってか、どーいう関係なんだ? ん?」

「なのは、あんたあの『背高のっぽ』と知り合いなの?」

「アリサちゃん、本人の前でそのあだ名を言っちゃダメだよ」

 

 優斗は面白そうな話題を見つけたと言わんばかりにニヤニヤしながらリョウに詰め寄り、金髪の少女は自身の友人がちょっとした有名人と知り合いであることについて聞こうとし、黒髪の少女は金髪の少女の物言いを窘めていた。

 ちなみに、その様子を見ていた他の子供たちの反応は様々で、面白そうに見ている者もいれば、特に気にしない者、なのはとリョウの関係をあれこれと談義する者などがいた。

 なのははリョウと会話したかったようだが、友人たちから早く聞かせるよう急かされたことと、バスが動き出したこともあってその場から離れ、彼女たちのもとへ向かっていった。

 

「それにしても……ぷっ、くくっ」

 

 なのはが席へ座った後、優斗が笑いをこらえながら言った。

 

「せ、『背高のっぽ』って、まんまお前のことじゃねーかよリョウ。ぶ、ぶはははっ!」

 

 どうやら、先ほど金髪の少女が言ったリョウのあだ名が壺に入ったらしい。とうとう吹き出し、大笑いし始めた。

 それに比例するようにリョウの顔がだんだん顰めっ面に変化していく。

 

「……。早速お前の黒歴史を暴露するとしようか」

「すまん悪かった許してくれそれだけは勘弁!!」

 

 リョウの低い声を聞いて、その場で土下座でもしそうな勢いで謝罪する優斗。

 リョウは一度口にしたことは必ず実行に移すタイプだ。優斗がリョウを怒らせた時にすぐ謝るのは、これが原因である。以前、リョウを本気で怒らせた時に謝らず、そのまま放っていた際、優斗にとってかなり面倒な事態になったことがあるのだ。

 もっとも、さすがにやり過ぎだとリョウが反省したことと、優斗があまり気にしないタイプだったこともあり、二人の間では会話のバリエーションの一つと化している。

 閑話休題。

 次々と謝罪の言葉を並べる優斗に頭を上げるよう言おうとしたとき。

 

『あの、リョウ君?』

 

 唐突に頭の中に声が響いた。

 念話が聞こえてきた方向を見ると、なのはが困り顔でこちらに目を向けていた。

 

『アリサちゃん――私の友達にリョウ君とどこで知り合ったのか聞かれてて、どう答えたらいいかなって……』

『……。ルナと一緒にユーノを保護していたところで知り合ったということにしておいてくれ』

 

 とりあえず簡単な言い訳を考えてなのはに教えた後、リョウは思った。

 なのはには色々と驚かされてばかりだ。昨日魔導師になったばかりなのに、最初のうちから封印魔法、さっきは念話と、短い期間で新しい技術を次々と身に着けている。魔法についてしっかり学んでいけば、とんでもない大物になるのではないか?

 

(天才的な資質だけでなく、行動にも驚かされているな)

 

 魔導師としての力があったとはいえ、助けを求める声を聞いて危険な場所へ向かっていったなのはの行動力を思い出し、リョウはため息をついた。

 ため息に気づいた優斗がリョウの方に振り向く。

 

「? 最近ため息が多くなったな。何かあったのか?」

「いや、お前の相手は疲れるなと思ってな」

「おいこら、そりゃどーいう意味だ」

 

 考えていたことを適当にごまかしながら話していると、バスが聖祥大附属小学校の前に到着し、その学校の生徒たちが次々と下車していった。

 もちろんなのはたちも席から離れ、出入り口へ向かう。

 

「それじゃあリョウ君、またね」

「ああ、またな」

 

 なのはとリョウが挨拶をしていると、後部座席にいた金髪の少女が声を掛けてきた。

 

「あんたたち、なのはの知り合いなのよね?」

「ああ、そうだが」

「え、俺も?」

 

 なぜか優斗も知り合いと思われていたらしい。少女が続ける。

 

「よかったら今度から一緒の席に座らない? あそこ五人席だし、ほかに座ろうとする人もいないから」

 

 どうやら彼女はリョウたちに興味を持ったようだった。リョウと優斗は顔を見合わせた後、互いに頷く。

 

「じゃあ、明日から一緒に座らせてもらう」

「よろしくな~」

 

 二人の答えに金髪の少女は満足そうにした後、自己紹介をしようとするが……

 

「アリサちゃん、早くしないとバスが出発しちゃうよ」

「あ、いけない! それじゃ、また明日!」

 

 黒髪の少女からそう言われ、慌てて降りて行った。

 下車する人たちがいなくなり、バスが発進する。

 

 ふと、リョウが隣を見ると、優斗が口を半開きにしてボケーっとしていた。

 

(そういえば、優斗はあの金髪の子が好きだとか言っていたな……)

 

 つまり、偶然とはいえ意中の相手にお近づきになるきっかけを得たことで、優斗の頭の中は最高にヘヴンな状態になっているのだ。

 

 優斗がリョウの方に顔を向けた。顔はだらしなく緩み、二ヘラとした表情を張りつけていた。

 

 かなり気色悪い顔だったので、リョウは思わず後ずさった。

 

「やべぇよやべぇよ、お前のおかげであの子と知り合うきっかけが出来ちまったよ! っていうかお前は神か!?」

「優斗、落ち着け」

「これが落ち着いていられるくぁぁああ――!!」

 

 嬉しすぎて興奮し、はしゃぐ優斗に他の乗客たちは迷惑そうな目を向けていた。

 暴走する優斗を抑えながら、リョウはため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 昼休みの時間、リョウは昼食を食べた後図書室に向かっていた。今月に新しく入荷された小説を読むためだ。

 楽しみにしていた本であるため、リョウの足取りは軽い。

 

「それにしても、まさかあんな面倒なことになるとはな」

 

 リョウはため息をついた。心なしか、足取りが重くなったように見える。

 今から遡ること約三時間前、正確には一時間目の終了後、新聞部が所有する掲示板にとある号外が張り出された。題名は『朝のバスでの特大スクープ』というもので、どうやらあの時の様子を新聞部の一人が目撃していたらしい。おそらく、最初の授業が始まるまでの短い間に作成したのだろう。

 最初、リョウはこのことについて特に気にしなかった。暴走した優斗のことがネタにされているものとばかり思っていた。

 だが、優斗に誘われて実際にその号外の内容を見てみると……

 

 

 

 

 

『本日午前7時30分頃、海鳴駅行きのバスにて驚くべき光景を目撃した。リョウ・イスルギ氏(12)が聖祥大附属小学校の女子学生と逢引きしていたのだ。ふだん本を読んでいる印象しかないリョウ氏に彼女がいたとはコノヤロな事態である。リョウ氏のお相手についてだが、我々新聞部の独自の情報網を持って調べ上げたところ、高町なのは嬢(9)と判明。なんとあの聖祥三大美少女の一人である。なのは嬢が途中のバス停で降りた後、リョウ氏にインタビューを行った。リョウ氏は取材に対し「いずれ残りの二人もモノにしてやるぜ」と語っている。今後、彼らの関係がどうなるのか目が離せない』

 

 

 

 

 

 リョウのことがネタにされていた。

 なぜ会話しただけであのように捉えられなければならないのか。個人情報をダダ漏れにしてプライバシーもへったくれもないではないか。そもそも取材を受けていないし、自分はそんなプレイボーイみたいなことは言わない。どう見ても面白おかしく脚色されている。

 何はともあれ、すぐにリョウは新聞部員の集まる部室へ向かい猛抗議した。魔法関連のことは省きながら懇切丁寧に事情を説明し、記事の撤回を行わせた。

 ちなみに、この記事を書いた張本人は「真実をありのままに伝えた」などどふざけたことを言ったため、リョウから凄まじい威圧感(プレッシャー)とともに説教された。しばらくは記事を書こうとする度に身体に震えが走ることだろう。

 幸い、リョウの人柄は多く知れ渡っているためデマを鵜呑みにする者はいなかったが、からかいのネタとして、行く先々でなのは達との関係を聞かれることとなった。

 こうして図書館に向かっている現在も、あちこちから好奇の視線を向けられている。

 

(しばらくこの状態が続くんだろうな……)

 

 その状況を想像し、リョウは再びため息をつく。そうこうしているうちに図書室の前にたどり着き、リョウは中へ入っていった。

 図書室の中はほとんど無人の状態だった。ようやく落ち着けると思いながらリョウは司書に挨拶し、小説を探した。

 お目当ての本はすぐに見つかり、リョウは嬉しそうな顔をした。早速それを手に取って席に座り、最初のページを開く。

 

 その時。

 

『リョウ、なのは、今いいかな?』

 

 ユーノからの念話が頭の中に響いた。

 楽しみの時間を邪魔された形となり、リョウは顔を少しだけ顰める。

 だが、と考える。

 ユーノは、何か用事があるからこうして連絡を取ってきたのだろう。今は忙しいという訳ではないから断る理由はない。それに、本は借りればいつでも読める。

 リョウはそう考え直し、顰めっ面から元に戻した。

 そうしていると頭の中に別の声が響く。

 

『うん、いいよ。リョウ君は?』

 

 なのはが念話で話しかけてきた。リョウは表面上は読書をしているようにして念話に応じた。

 

『俺も構わない。それでユーノ、用事は何だ?』

『うん。二人に、僕がこの世界に来た理由とジュエルシードについて話しておこうと思って』

 

 そしてユーノは話し始めた。

 

 

 

 ジュエルシード――ユーノが元いた世界で発掘された21個の魔法の宝石。『願いを叶える宝石』と言われているが、実際には歪んだ形でしか叶えることができない。膨大な量の魔力を宿しており、それによって昨夜のような存在を生み出したり、偶然ジュエルシードに触れたものを取り込んで暴走することもある。

 そんな危険な代物を安全な場所で厳重に管理するために時空間船で輸送していたのだが、原因不明の事故によってこの世界にばらまかれた。

 ジュエルシードの発掘に多く関わっていたユーノはこのことに責任を感じ、独自にこれを回収しようとした。

 しかし回収は失敗。傷を負った彼は、やむを得ず魔導士の資質を持つ者に助けを求めた。

 そして昨夜の出来事が起きたのだった……。

 

 

 

『もともと一人で回収するはずだったのに、結局二人を巻き込んでしまって申し訳ないと思ってる。本当にごめんなさい……』

 

 話し終えたユーノは、二人に謝罪した。話を聞く限りではユーノに非はないはずだが、真面目な上に責任感も強いのだろう。その声には強い自責の念が込められていた。

 

『数日ほど休めば、僕の魔力は回復する。だから、その間だけ休ませてほしいんだ』

 

 それを聞いてリョウはもしやと思った。責任を感じ一人でここまで来た、ということは……

 

『また、一人でジュエルシードを探すつもりなのか?』

『……うん。これは僕の責任だから、自分でなんとかしないと』

 

 リョウの問いに少しだけ逡巡した後、ユーノが答える。

 その答えにリョウは思った。

 いくら責任を感じたからといって何もかもを一人で抱え込んでは、肉体的にも精神的にも耐えきれなくなる。何より、相手はいつ暴走するか分からない21個のロストロギア、少なくともユーノ一人の力では限界がある。彼が一つを相手している間に別の一つが暴走し、町に被害を及ぼす可能性もあり得るのだ。

 頼れるものには、頼れる時に頼るべきだ。

 そこまでを一瞬で考えたリョウはすぐに言った。

 

『『それはダメ(だ)』』

 

 と同時に、なのはの声と重なった。

 

 どうやら彼女も、リョウと同じことを考えていたらしい。

 

『ユーノ君、私、学校や塾の時間以外ならジュエルシードを探すのを手伝えられるよ。リョウ君は?』

『ああ、俺も学校に通っている時と用事がある時でなければ協力できる』

『それじゃあ、早速今日の放課後から始めない?』

『そうだな。今日は特に用事はないから問題ない』

『ちょ、ちょっと待って二人とも!』

 

 話を進める二人にユーノが待ったをかけた。

 

『手伝うって言っても、昨日みたいに危ないこともあるんだよ?』

 

 心配そうな声をあげるユーノ。そんな彼に苦笑しながら、なのはが言う。

 

『ユーノ君と知り合って、話も聞いちゃったんだからほっとけないよ。それに、昨日みたいなことがご近所でたびたび起こったら、皆さんにご迷惑をかけてしまうかもしれないし』

 

 なのはの言葉に『でも……』と躊躇うユーノ。協力してもらうか、二人を巻き込まずに解決するかで悩んでいるようだった。

 

(真面目にもほどがあるぞ……)

 

 内心ため息をつきながら、リョウはユーノに念話を飛ばした。

 

『俺も、今回のことを放っておくことはできない。それに、あれを一人でどうにかするには限界がある』

 

 それを聞いたユーノは黙り込んでしまった。おそらく、自身の力不足を改めて痛感しているのだろう。

 その時、落ち込んだ様子のユーノに、なのはが言った。

 

『今まで一人ぼっちで頑張ってきたんでしょ? 一人ぼっちは淋しいもの。私にもお手伝いさせて』

 

 彼女が過去にどんな経験をしたのかリョウは知らない。しかし、念話で伝わってきたなのはの言葉からは、一人でいることがどれほどつらいものかが感じ取れた。

 

 それに、となのはが続ける。

 

 

『魔法の力が私にもあるのなら、それを誰かのために役立てたいの』

 

 

 その言葉には、彼女の優しい性格が、誰かの力になりたいという気持ちが表れていた。

 そして、その言葉はユーノの心を動かしたらしい。

 

『……うん、そうだね』

 

 ユーノはそう呟く。彼の中で決心はついたようだ。

 決意のこもった声で、ユーノは言った。

 

『二人とも、僕はこれからジュエルシードを集めないといけない。でも、僕一人だけの力では足りないんだ。だからお願い、僕に力を貸してほしい』

 

 それに対する二人の答えは決まっていた。

 

『うん! もちろん!』

『ああ。力を貸そう』

 

 二人の返答にユーノは感謝した。そうして場の雰囲気が良いものになった時、なのはが思い出したように言った。

 

『……と言っても、私はちゃんと魔法使いになれるかどうかわからないんだよね……』

 

 どうやら彼女は自分の実力に自信がないらしい。

 確かに、なのはは昨夜初めて、魔法の力を手にした。ユーノやリョウに比べれば、ほとんど初心者も同然である。

 だが、とリョウは彼女が初めて魔導師になった瞬間と初戦闘の様子を思い返す。

 通常の魔導師とは比べ物にならないほどの魔力量。ロストロギアの暴走体を封印した強力な魔法。そして、初めてにも関わらず魔法を上手く扱うことができる技量。

 

(はっきり言って、彼女は才能に溢れている)

 

 それこそ、初心者であることをカバーできるほどに。

 リョウとユーノはそれぞれ思ったことを言った。

 

『そんなことはないよ。多分なのはは、僕なんかよりずっと才能がある』

『俺も同感だ。初めて魔法を使って、封印を成功させたときは驚いたぞ』

『え、そ、そうかな? でも、レイジングハートのおかげでできたことだし……』

『確かにレイジングハートは高性能なデバイスだ。だが、デバイスだけではどうすることもできない。上手く扱ってくれる者がいるから力を発揮できるんだ』

 

 そう、いくらデバイスの性能が高くとも、扱うものがいなければ何もできない。そして、それを上手く使いこなせなければ、その性能を引き出すことができない。デバイスは、いわば乗り物のようなものだ。乗り手がいなければ、乗り物は動かないのだ。

 

『そして、レイジングハートはなのはに応え、なのははレイジングハートの力を引き出すことができた。相性が良いんだ、お前達は。今はまだ初心者でも、これから練習していけば、俺やユーノをきっと上回る』

『あっ、ありがとう、リョウ君』

 

 リョウからの言葉になのはは照れたのか『にゃはは』と笑った。

 

『それじゃあユーノ君とリョウ君、私に魔法のこと、いろいろ教えて。私、頑張るから!』

『うん、僕も頑張って教えるね』

『俺も、できる限り力になろう』

 

 と、ちょうどリョウの学校のチャイムが鳴った。時計を見てみると、あと数分で昼休憩が終わる頃だった。

 すると、なのはが慌て始めた。どうやら彼女の方も、こちらと同じ時間に昼休憩が終わるらしい。

 

『ごめん、そろそろ昼休憩が終わる頃だから、いったん念話を切るね』

『あ、うん。二人とも、話を聞いてくれてありがとう』

『それじゃあリョウ君、また後でね!』

『ああ』

 

 そして、頭の中から二人の声が遠のいていき、聞こえなくなった。

 リョウは手元の本へ栞を挟んだ。

 今開いているページは13ページ。なのは達と念話で会話している間、リョウは並列思考(マルチタスク)で同時に読み進めていたのだ。

 

(途中で念話を切ったのは、なのはがまだ慣れていないからだろうな)

 

 マルチタスクは魔法の実践や高速化などにおいて欠かせない要素であるため、多くの魔導師がマルチタスクのトレーニングを積んでいる。慣れた者であれば先ほどのリョウのように、二つのことを同時に行うことも可能となる。

 なのはには、まずは基礎から教えるべきだな。そう考えながら貸し出しの手続きを済ませた本を抱え、リョウは図書室の外へ出た。

 と同時に、廊下にいた学生たちからの好奇の視線に晒された。いまだにデマの影響は消えていないらしい。

 リョウは今日何度目かわからないため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 放課後、リョウは山中の神社に通じる道を走っていた。

 その日の授業が終了した後、町でしばらく探索を続けていた時、ジュエルシードの反応を捉えたからだ。

 なのはたちもこの反応に気づき、神社へ向かっている。

 

(それにしても、暴走していない時は全く反応が捉えられないのは厄介だな)

 

 ジュエルシードは暴走していない時、魔力反応を一切出さない。そのため、探索魔法で見つけようとしてもその反応を捉えられないのだ。暴走前にジュエルシードを確保するには様々な場所を地道に探すくらいしかないが、もともとかなり小さいものであるため非常に困難を極める。

 他の手段として広範囲に魔力をばらまくというものもあるが、その場合、放った魔力に反応したジュエルシードが暴走してしまう。なるべく被害を抑えたいリョウ達にとっては悪手だった。

 そうこうしているうちに神社の入り口が見えてきた。すでになのはとユーノが到着している。

 

「二人とも、状況はどうなっている?」

「リョウ君!」

「少し遅かったみたいだ。それに、この世界の動物を取り込んだせいで実体化してる。昨日のものより手ごわい!」

 

 なのは達の近くへ来ると、二人が対峙しているモノが見えた。

 

 それは、狼のような黒い化け物だった。

 

 大人の背丈を大きく上回る巨大な体躯。身体のあちこちに備わった強固な装甲。そして四つの赤い目。昨夜の黒いモノとは違い実体化しているため、力強い印象があった。

 そんな化け物が、倒れている女性――飼い主と思われる――の近くにおり、獲物を襲う直前の肉食動物のようにその周囲を回っている。

 

「あ、あの人が危ない!」

 

 なのはが声を上げた。待機状態のレイジングハートを取り出し、バリアジャケットを展開しようとする。

 だが、暴走体と女性の距離はとても近い。対して、こちらとの距離は非常に遠く離れている。なのはが準備を終えるよりも先に何らかの行動を起こせるほどに。

 そして暴走体は、その強靭な前足を振り上げた。

 

 それを見たリョウはすぐに行動を起こした。

 

「ユーノ! なのはのサポートを頼む!」

「リョウ!?」

『Air ignition』

 

 リョウは瞬時にバリアジャケットを着用し、魔力変換で生み出した風と共に暴走体へ向かって加速した。

 視界に映る景色が一気に後方へ流れていく感覚を感じながら、一瞬で女性のもとへ到着。

 女性を腕に抱えた後、後方――なのは達のいる方向へ再び高速移動魔法を使用。もちろん、衝撃緩和の魔法を女性に使用し、負担を減らすのも忘れない。

 そしてなのは達のもとへ戻った直後、暴走体の前足が振り下ろされ、先ほどまで女性がいた場所に大きな罅を入れた。

 

「リョウ君!」

「安心しろ。この人は無事だ」

 

 助け出された女性を見てなのはがほっと胸をなでおろした。

 

 だが状況はまだ続いている。

 

 獲物がいなくなったことで、暴走体の視線はリョウ達のほうに向いている。次の標的は自分たちだ。

 リョウは今の状況を整理した。

 

 正面を見る。

 

 暴走体が唸り声を上げながらこちらを睨みつけている。身体を低く構え、今にも飛び掛かってきそうだ。

 

 後ろを見る。

 

 なのはとユーノが話している。待機状態のレイジングハートを手に持っているが、起動パスワードがわからないらしい。ユーノが必死になって教えようとしているが、相手は待ってくれないだろう。

 

 そして自分は、気絶した女性を脇に抱えているため、普段のように早く動くことができない。暴走体がこちらに向かってきた場合、シールドを張るしか防ぐ手立てはない。

 

(さて、どうするか?)

 

 そして、暴走体が雄叫びとともに襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 なのはは、ユーノの言う起動パスワードを復唱しようとしていた。

 だが、その前に黒い狼がこちらに向かってきた。

 リョウは女性を抱えているために動くことができないのか、シールドを張る態勢を取ろうとしている。しかし、狼はものすごい速さで迫ってきており、たとえリョウでも下手をすれば弾き飛ばされてしまうだろう。

 

(このままじゃいけない!)

 

 なのはは急いでパスワードを言おうとするが、そうしている間も暴走体はどんどん距離を縮めてくる。あの長い文章を口にする時間がないことは明らかだ。

 思わず自分の身を守るように腕を前に翳してしまう。その時、なのはは自身の手に握るレイジングハートが光ったのを見た。

 同時に、昼にリョウが言った言葉を思い出す。

 

 

『レイジングハートはなのはに応え、なのははレイジングハートの力を引き出すことができた。相性が良いんだ、お前達は』

 

 

 それはつまり、なのはとレイジングハートは互いをパートナーとして認めているということ。

 なのははレイジングハートを信じ、心の中で念じた。

 

(レイジングハート、私に力を貸して!)

 

 そしてその思いに、レイジングハートは応えた。

 

『stand by ready. set up』

 

 レイジングハートを握る手を中心に眩い光が溢れ、その光がおさまった時、なのはの手にはデバイス形態になったレイジングハートが握られていた。

 

「パスワードなしで起動させた!?」

 

 ユーノが驚きの声を上げる中、レイジングハートは次々と準備を済ませていく。

 

『barrier jacket』

 

 今度はなのはの身体が光に包まれ、バリアジャケットを纏った姿となった。

 自分の思いに応えてくれた相棒に、なのはは微笑んだ。

 

「一緒に頑張ろう、レイジングハート!」

『All right, my master』

 

 そう言葉を交わし、女性を守るように身構えるリョウの隣に立った。

 

「なのは?」

「リョウ君、ここは私に、ううん、私たちに任せて!」

 

 リョウはそれを聞いて少し驚いた顔をした後、なのはに目を向け、次に暴走体に目を向け、少し考えた。そして、出した答えは……

 

「わかった。ただし、危ないと判断したらすぐに動くからな」

 

 肯定だった。そして少し後ろに下がり、敵の一挙一動を見逃さないように暴走体を見据えた。

 

「うん、ありがとう!」

 

 リョウに礼を言い、なのははデバイスを構え、集中する。

 頭の中でイメージするのは、昨夜の戦いでリョウが見せた防御魔法。心の中で望むのは、皆を守る強い力。

 彼女の中で構築された思いを受け止め、レイジングハートが輝きを放つ。

 同時に、すぐそこまで接近していた黒い狼が雄叫びとともに飛び上がり、そのまま叩き潰さんと急降下してきた。

 

「レイジングハート、いくよ!」

『Protection』

 

 なのはは飛び掛かる暴走体に向けてデバイスを掲げ、バリアを展開。

 同じタイミングで暴走体が前足を突き出しながらバリアにぶつかってきた。

 なのはのバリアと暴走体の鋭い爪が拮抗し、周囲に火花を散らす。

 

「く……うぅっ!」

 

 なのはの持つ膨大な魔力によって生み出されたバリアが暴走体の攻撃を完全に抑えている。

 しかし、暴走体はあきらめず、後ろ足も使ってバリアに張り付くような体勢になり、目の前の障壁を破ろうとした。なのはは突破させまいと歯を食いしばる。

 これ以上は危険と判断したのかリョウがドラグストームを構えて動こうとする。だが、それよりも先に行動を起こした者がいた。

 

『利き手を前に出して』

 

 レイジングハートがなのはにアドバイスをしたのだ。

 

「うん!」

 

 その言葉を聞き、なのはは左手を前に掲げる。

 

『Shoot Barrett』

 

 レイジングハートが魔法の名を唱える。すると、なのはの左手に光が集まり、一つの魔力球が生成される。

 魔力球がバレーボールくらいの大きさになったところでレイジングハートが合図を出した。

 

『撃って』

 

 なのはは頭の中で弾丸を撃ちだすイメージを浮かべ、それを放った。

 発射された魔弾はバリアをすり抜け、暴走体の胴体に命中した。

 黒い狼は悲鳴を上げながら神社の石畳にたたきつけられた。

 

「レイジングハート、お願い!」

『all right. sealing mode. set up』

 

 なのはの言葉に応え、レイジングハートがその姿を変える。

 同時に、再び立ち上がろうとしていた暴走体の体を桃色の光が拘束する。その額に浮かび上がった数字は『XVI』。

 

「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアルXVI!」

 

 レイジングハートに魔力が込められていく。なのははその先端を暴走体に向けて叫ぶ。

 

「封印!!」

『sealing』

 

 レイジングハートから放たれた封印の光が黒い狼を包み込む。暴走体は青い宝石と自身の宿主となった子犬を残し、光の粒子となって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました女性が子犬を抱えて神社を去っていくのを見届けて、無事にジュエルシードを封印できたことを喜んだ後、リョウ達は帰路に着いた。

 リョウは今、途中で帰り道が違うなのは達と別れ、一人で家に向かっていた。

 

(それにしても、あの暴走体が俺やなのはでも対処できるレベルで良かった……)

 

 今回の件をなのはとレイジングハートに任せたのは、昨夜と同じ直感を感じたからである。しかし、万一あの暴走体が非常に強力な相手だった場合、リョウではサポートしきれなかったかもしれない。

 

 何より、自分が対処できないほどに敵が強力だった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)場合、エクリプスの暴走を引き起こす恐れがあるのだ。

 

(まだまだ、俺も力不足なんだろうな)

 

 そう思ったリョウは、待機状態の腕時計に変化しているドラグストームに言った。

 

「ドラグストーム、家に戻ったら訓練室でいろいろと練習をしようと思う。付き合ってくれるか?」

『もちろんです、マイマスター』

 

 なのはだけでなく自分自身も精進していこうと改めて決意したリョウは、家へ向かう速度を速めた。

 

 

 

 

 ちなみに、特訓に集中しすぎたために夕食を作るのが大幅に遅れ、ルナからお小言を食らうハメになったのはまた別の話である。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の後書きでは、リョウがこの第三話までに使用した魔法をご紹介します。

ウインドウェイブ(Wind wave)
ドラグストームの刀身に纏わせた暴風を相手にぶつける攻撃魔法。敵を吹き飛ばすことができ、相手との距離を取ったり、対象から離れさせるなど応用が利く。
ウインドディフュージョン(Wind diffusion)
竜巻を球状に圧縮したエネルギー球を相手に近距離で叩き付けることで大ダメージを与える攻撃魔法。エネルギー球の内部では竜巻が超高速で回転しており、叩き付けるときに解放されることで鎌鼬現象を起こし、敵にさらなるダメージを負わせる。
ウインドプリズン(Wind prison)
竜巻を発生させる魔弾を相手の周囲に撃ち込むことで動きを封じる拘束魔法。内部では上から下に向かって特殊な気流が発生しているため、相手は周囲はもちろん、上へ脱出することもできない。ただし、この魔法は地面などに撃ち込む必要があるため空中などでは使えず、また、魔弾が撃ち込まれた場所に穴を掘るなどをされた場合、そこから先は効果がないため脱出されてしまう。
エアイグニッション(Air ignition)
圧縮した風を暴発させることで瞬間的に超高速移動を行う移動魔法。進行したい方向に対し逆の場所から風を暴発させ、自身を移動させる。ただし、一直線にしか進むことができない上に、凄まじい衝撃が起きるためバリアジャケットなどの衝撃を緩和する対策が必要。

とまあ、こんな感じです。
今度の後書きでは何を紹介しようか……それよりもお話を完成させないと話にならないんですが(汗)。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 つかの間の休息と決意 前編

前回の投稿から約5か月……Oh! My! GOD!
圧倒的に時間が! 少ない! 試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のような必死こいた気分で書いても、これが私の限界か……!

失礼しました(汗)。毎度おなじみ『リアルが忙しい』と『あーでもないこーでもないと書き直しまくった』ために時間がかかりました。
それとサブタイトルの通り前編と後編に分かれております。けっこうな文章量になったものですから。これで次は早く投稿できる!(フラグ)

それでは第四話『つかの間の休息と決意』、始まります。


 ジュエルシードの回収を始めてから一週間が経過した。

 その間に、三つの出来事があった。

 一つは、なのはが魔導師の特訓をするために早起きをするようになったこと。

 朝早くにユーノとともに山の公園へ向かい、魔力弾の制御といった練習を始めたのだ。たまにリョウも参加して様々なことを教え、時には簡単な模擬戦を行ったりもしている。

 二つ目は、プールや夜の学校で暴走体と戦闘し、二つのジュエルシードを封印、確保したこと。

 その中でなのはは魔導師として成長していった。特にプールでの戦いでは、リョウがいない状況だったが、ユーノのアドバイスを受けて封印に成功、さらにバインドといった拘束魔法も習得したのだった。

 

 そして、三つ目は……

 

 

 

「あ~……。バス遅ェな~」

「……まだ予定時刻の十分前だぞ」

 

 なのはの友人達と一緒に登校するようになったことである。

 

 きっかけはなのはとリョウが知り合い、その結果、なのはの友人――アリサ・バニングスと月村すずかが興味を持ったためだ。

 リョウは同学年の小学生の平均を上回る高い背丈をしている。その身長から、同じバスに乗る聖祥大附属小学校の学生の間では『背高のっぽ』とあだ名が付けられ、話題になっているのだ。そんなある意味有名人と自分の友人が知り合いなら、興味を持つのも無理はないだろう。

 また、リョウの友人である高橋優斗はアリサに恋心を抱いており、リョウが起こしたこの偶然に我を忘れるほどに大喜びした。

 

 そして現在、いつものようにアリサ達の乗るバスを待っている。

 

「まったくよぉ、たまには時刻表無視してサッサと来てくれってんだ」

「その場合、アリサ達と会えない可能性が高くなると思うんだが?」

「……それは困るな」

 

 それにしても、とリョウは自身の友人を見ながら思った。

 隣では、優斗がそわそわしながらバスの到着を待っている。傍から見て非常に落ち着きがない様子だ。だが、最初の頃――正確には、初めてアリサ達と一緒に登校する直前、その時に比べればだいぶマシだった。

 

(あの時の優斗は、本当にひどい状態だったからな……)

 

 ちなみに、どれほどひどかったかというと……

 

 

 

 

 

『えーと、まずは挨拶して、「今日もいい天気だね」と言って、他愛ない話をして、それからそれから……』

『優斗、落ち着け』

『んでもって手を繋いで、キスして……いや早まるな、そうじゃなくて、あばばババババ………』

『……。ダメだ、話にならない』

 

 

 

 

 

 とにかく緊張しているせいで、おかしな方向へ思考が傾く始末だった。

 最終的に、リョウが耳元で『まずは友達から』と暗示のように唱え続け、『異性』から『友達』という認識にさせることで、ぎこちない部分はあったものの大失態を晒すようなことはなかった。

 そこからは、何度も一緒に登校していくうちに慣れてきたのか、普通に接することができるようになっていった。

 

「それにしても、アリサ達ってなんかこうフレンドリーだよな。知り合ってすぐに、名字じゃなくて名前で呼ぶよう言ってきた時は、一瞬どうしたらいいかわからなかったぜ」

「それには俺も同感だ。名前で呼ぶというのは、よほど親しい仲でなければできないことだからな。俺達でも、名前で呼び合うようになるまでに大分かかった」

「普通はそんな感じだよなぁ。フレンドリーなのは外国人だから……って理由じゃなさそうだな。それだと、なのはとすずかが当てはまらねぇ」

「あの三人がそういう性格なだけかもしれないな……」

 

 そう雑談しているとバスが到着したので、リョウ達は車内へ乗り込む。

 すると、後部座席の方から声がかけられた。

 

「二人とも、こっちこっち~!」

「おはよう、リョウ君、優斗君」

 

 そこにいたのは二人の少女。アリサとすずかだ。

 

「おう、おはよう!」

「おはよう、二人とも」

 

 挨拶を返しながらリョウと優斗は彼女達のもとへ向かう。アリサとすずかは最後尾の席の左側に座っていたので、二人は右側に座った。

「ところで、あんた達は今度の土曜日って空いてる?」

「土曜日? 俺は空いてるけど、何かあるのか?」

 

 アリサからの質問に、頭に(はてな)を浮かべる優斗。

 

「なのはのお父さんがオーナー兼コーチをしてるサッカーチームの試合があって、その応援に行くのよ。暇なら来ない?」

「あと、男の子なら飛び入り参加もオーケーなんだって」

「よし、俺は行くぜ」

 

 すずかの補足を聞いて優斗が即答した。おそらく、飛び入りで試合に参加することで、アリサにカッコいいところを見せるつもりなのだろう。

 問題は、普段から練習しているサッカー少年だらけの試合で、優斗がついてこれるかどうかだが。

 

(まぁ、優斗は運動は上手い方だから、何とかなるか……)

「リョウ、あんたはどうなの?」

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、アリサが聞いてきた。

 

「すまない、その日は用事があって行けない」

 

 リョウの答えにアリサは少し残念そうにするが「ま、用事があるなら仕方ないわね」と深くは追及せずに切り上げた。

 その時、優斗が何かを思い出したように言った。

 

「リョウ、その用事って、もしかして『あの日』か?」

「そうだ、『あの日』だ」

「やっぱりか。時期的に今だもんな」

 

 リョウの答えを聞いて遠い目をする優斗。

 二人だけにしかわからない会話となっているので、残りの二人の少女は置いてきぼり状態である。おまけに優斗が意味深な言い方をするので、すずかはもちろん、あえて理由を聞こうとしなかったアリサにも聞きたいという欲求が出てきたらしい。

 

「なんか気になる言い方ね……一体何の日だっていうのよ」

「なにか大切な日なの?」

 

 すずかが少し遠慮がちに聞いた。大切な人が亡くなったとか、そんな大事な日なのではないか。彼女はそう考えたのだろう。

 リョウが質問に答えるべく、すずか達の方へ顔を向けた。

 

「この日はな……」

 

 彼の顔はすごく真剣だ。どんな話が飛び出すのか、すずかとアリサは緊張気味に、リョウの次の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「野菜の大安売りの日なんだ」

 

 

 

 

 

 想像とは全く違う答えに、アリサとすずかはガクンと力が抜けた。重い話が来るかと身構えていたら予想の斜め上を行くような話だったのだから、当然の反応である。

 

「年に四回、色んな地域から農家のおっちゃんやおばちゃんとかが集まって、育てた野菜の即売会をするんだよ。んで、むちゃくちゃ安い上に味も良いから、リョウはこの日を楽しみにしてるってわけ」

 

 ぽかんとした表情のアリサとすずかに、優斗が説明した。

 

「ま、誰かが亡くなったとか、そういう日じゃねぇから安心してくれ」

「って、元はと言えばあんたがまぎらわしい言い方と仕草をするからでしょうが!!」

「あ、バレた?」

 

 優斗がニシシと笑った。彼が意味深な言い方をしたのも、遠い目をしたのも、いたずらをするためにわざと行ったことである。

 

「ドッキリ成功、テッテレー!」

「やかましい!!」

「あだだだだだ!!」

 

 いたずらが成功して調子に乗る優斗の頬を、アリサは思いっきり引っ張った。

 その様子を見て、リョウはやれやれとため息をつき、すずかは微笑ましいものを見るようにニコニコとしていた。

 そうこうしているうちに、バスは二つ先の停留所に到着。そして、栗色の髪を二つに結んだ少女が乗車した。

 高町なのはである。

 

「みんな、おはよう!」

 

 待っていた最後の一人がやってきたので、四人も彼女に挨拶を返した後、それぞれ左右に避けて真ん中の席を空けた。

 

「あ、そうだ。リョウ君と優斗君、今度の土曜――」

「それなら私がもう聞いたわよ。優斗は来れるけど、リョウは用事があって無理だそうよ」

 

 席に座ったなのはがリョウ達に土曜日の予定を聞こうとし、すでに二人の予定を知っていたアリサが答えた。

 ただ、言葉を途中から遮った形となったため、なのはは少しだけむくれた。

 

「そっか。リョウ君はこの日、どんな用事があるの?」

「それはな……」

 

 リョウが真剣な顔で少し間を空ける。なのはが緊張の面持ちになったところで……

 

「野菜が大安売りされるんだ」

 

 先ほどと同じことを言った。当然、なのははずっこけた。

 

「というかリョウ! さっきから思ってたけど変に間を空けたり真剣な顔をしたりするんじゃないわよ! いろいろと誤解するでしょうが!」

「何をどう誤解したのかな~?」

「ややこしくなるからあんたは黙ってなさい!」

 

 茶々を入れられたのでアリサは再び優斗の頬を引っ張った。

 

「それで、サッカーの試合よりも優先したその大安売りはそんなにすごいの?」

「もちろんだ」

 

 アリサからの問いにリョウの目がキラリと光った。まるで『よくぞ聞いてくれた』と言わんばかりに顔が生き生きとしている。

 

 普段、あまり表情を出さない(かと言って無表情というわけではないが)リョウには珍しい光景だったので、優斗を除く三人は目を丸くした。

 

「果物のように甘いトマト、苦味が一切ないピーマン、みずみずしさを長く保ち続けるレタス、焼くとすぐ溢れ出るほどに蜜を蓄えたサツマイモ、粒が盛りだくさんのトウモロコシ、エトセトラ、エトセトラ。おまけにこれほどのものをお得な値段で購入することができるんだ」

 

 そう語るリョウは本当に楽しそうで、同時に炎が瞳の中でメラメラと燃えていた。

 

 そしてアリサは理解した。リョウが真剣な顔をしていたのは、その大安売りが彼にとって一種の『戦い』であるからだと。

 

「なんだか、すごくおいしそうだね」

「ちょっと食べてみたいかも……」

「さすがに試合が終わった後すぐに行くのは難しいかしら」

 

 なのは達はリョウの話を聞いて、興味を持ったようだ。

 そんな様子の彼女達にリョウが言った。

 

「それなら、俺のおすすめをいくつか見繕ってこよう。俺の奢りだ」

「え、良いの?」

「構わない。それに売られているものが安いからな、この程度問題ない」

 

 ちなみに、リョウのこの行動はイベントの宣伝も兼ねていたりする。商店街で八百屋を営んでいる店主がイベントの主催者を勤めており、より多くの人を集められるようリョウに宣伝を頼んだためである。

 

「それで、野菜はいつ渡せばいい? なるべく新鮮なうちに渡せると良いんだが」

「だったら、サッカーの試合の次の日にうちの執事をあんたの家に送るわ。そこで野菜を受け取らせて、なのはとすずかの家にも届けさせれば手間がかからないでしょ?」

「そうだな。じゃあ、よろしく頼む」

 

 アリサの提案を承諾すると同時にリョウは思った。

 

(執事がいるって、アリサはどれほどお金持ちなんだ?)

 

 アリサの家が、両親が大会社を経営しているためお金持ちであるということは本人から聞いていたものの、まさか執事までいるとは思っていなかった。なによりイギリス限定のものと思っていただけに、こうして実際に目にするチャンスを得られたことに驚きだ。

 少しだけワクワクしている様子のリョウに、優斗が「ああ、そうだ」と思い出したように言った。

 

「リョウ、あの大安売りでいつものやつ買っといてくれるか?」

「ああ、代金は後払いでな」

「そこは三人と同じように奢ってくれよ」

「ダメだ。なのは達は初めてだから良いとして、お前は毎回頼んでいるだろう」

「ちぇー」

 

 そうやり取りする二人の様子を見ていたなのはは、あることが気になった。

 目の前のいたずら好きな友人が、この大安売りでリョウに頼むものとは何なのか?

 

「優斗君はどんな野菜がお気に入りなの?」

 

 なのはからの問いに優斗はニヤリと笑って答えた。

 

 

 

「キュウリだ」

 

 

 

 その一言に、全員が頭の中で細長い緑色の物体を思い浮かべた。

 

「以前俺が買ってきた野菜をつまみ食いして、それ以来ハマっているそうだ」

「悪かったって、あん時は小腹が空いてしょうがなかったんだよ。でもまさか、キュウリがあんなに美味いもんだったとは思わなかったぜ、ホント」

 

 ため息交じりに話すリョウと、謝りつつも悪びれた様子の無い優斗。

 

「つまみ食いって、あんた何やってんのよ」

「それにしても、キュウリが好きって……」

 

 三人は顔を見合わせた後、優斗を見た。

 

 

 

 

「カッパ……」

「カッパね……」

「カッパみたい……」

「誰がカッパだ!」

 

 

 

 

 優斗が思い切り突っ込んだ。

 そしてほとんど同じタイミングでバスは聖祥大学付属小学校前に到着。三人はここでお別れなのだが……

 

「決めたわ、今度からあんたのことはカッパと呼ぶことにするわ!」

「え、ちょ、おま」

「バイバーイ!」

 

 去り際に、優斗にからかわれてばかりだったアリサがチャンスと言わんばかりにからかい返し、すぐにバスから降りていく。その後を追うようになのはとすずかも急いで下車した。

 ちなみに、バスが発進した瞬間優斗とアリサは窓越しに互いにあっかんべーをしていた。

 バスが速度を上げていき、なのは達の姿が見えなくなったところで優斗はドカッと音を立てて席に座った。

 

「くそぅ、勝ち逃げされた。おかげで一勝一敗二分になっちまった」

「何がどうなってそんな結果になったんだ?」

「一番最初のやつで一勝、アリサの勝ち逃げで一敗、誤解云々のところとさっきのあっかんべーで二分だ」

「よく分からんな……」

 

 そうしている間にバスが海鳴第三小学校に到着したので、二人はバスから降りて学校へ向かっていった。

 

「っていうか、リョウが大安売りの話をしたせいでほとんどアリサにアピールできなかったじゃねーか!!」

「……。そもそもの原因は、お前が俺を利用していたずらをしたことだと思うんだが?」

「オーケー俺が悪かった、だから無表情で迫るのはやめてくれ頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ショッピングモール・ウミナル・ライズ。

 

 海鳴市の中でも最大級の規模を誇るこのショッピングセンターは、飲食店や雑貨店はもちろんのこと、ゲームセンターなどの娯楽施設も充実している。そのため、毎日多くの人で賑わっており、休日や連休時には、その賑わいはさらに増す。

 ちなみに、こういった大型ショッピングセンターが建つと地元の商店街の経営が大打撃を受けるという事例が多くあるが、リョウがお世話になっている海鳴商店街には、特にそういった影響は見られなかった。むしろ、以前に比べて勢いがつき、売り上げも伸びている。

 この理由は、リョウが普段している商店街での手伝いや人助けによって、商店街の人達の情熱に火が着き、活気づいたためだったりする。

 

 閑話休題。

 

 本日は土曜日、時刻は午前九時頃。リョウとルナはウミナル・ライズに来ていた。

 

「こうして二人で出かけるのも、なんだか久しぶりな気がするね」

「ここ最近はいろいろあったからな。さて……」

 

 そう言ってリョウは目の前に視線を向ける。

 そこはウミナル・ライズの多目的エリアにある屋外催事場であり、今回、野菜の大安売りが行われる場所でもある。

 会場では至る所に白いテントが設営されている。その下では農家の人から一般家庭の人まで様々な人たちが集まり、各々が育てた野菜を並べていた。会場の前には、まだ開始前であるにもかかわらず、すでに多くの人たちが集まりイベントの開始を今か今かと待ちわびている。

 

 そして、係員らしき男性が三人やってきて、その一人が大きな声で言った。

 

「皆様、大変お待たせいたしました。只今より、『野菜大安売り市』を開始いたします!」

 

 その宣言を聞いて集まっていた客がざわめき始めた。近くにはアップを始めている奥様方もいらっしゃった。

 

「ルナ、準備は良いか?」

「もちろんだよ! たくさんいいもの見つけて、リョウにおいしい料理を作ってもらうんだから!」

 

 気合十分といった感じでルナが拳をグッと握る。リョウもそれに頷き、いつでも動ける体勢に入った。

 

「それでは、『野菜大安売り市』開始です!」

 

 係員の言葉とともに門が開かれ、会場目掛けて大勢の客がなだれ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 野菜の大安売りの話をしているリョウの目を見た時のアリサの感想、『戦い』。そして、それはある意味正しかった。

 

 

「その野菜はアタシのモンよ!」

「横取りしないでちょうだい! それは私のよ!」

「太郎はあそこのテント、次郎はそこのテントへ行って。なるべく大きいのを手に入れてくるのよ、いい? 三郎はあたしと一緒に行くわよ」

「あぁ……先に取られたわ」

「どきな、それを狙ってたのはアタイだよ!」

「あなた! 私はそれじゃなくてあっちの赤いのを取ってくるように言ったのよ!」

 

 

 なぜなら、殺気立った奥様方が安くて美味い野菜を求めてあちこちで乱戦を繰り広げているからだ。

 人の荒波をかき分けて直接手に入れようとするもの、自分の旦那や子供たちと手分けして複数の場所から手に入れようとするもの、誰かが取ろうとした野菜を隣から掠め取るものなど、エトセトラ、エトセトラ。野菜を手に入れるために様々な手段を用いている。

 ちなみに、野菜を求めてあちこちから手が伸びてくる光景は売る側から見るとちょっとしたホラーであるため、売る側の人間のほとんどが顔をひきつらせていた。

 

 

 さて、そんな大混戦の中リョウたちはというと……

 

「ルナ、俺の後ろを離れるなよ」

「ちょ、ちょっとリョウ、なんかいつもよりも速くない!? 正直、私いっぱいいっぱいなんだけど!」

「前回の時よりも人が多いせいだろうな。それより早くしないと、あそこの隙間が閉じてしまう。なんとかついてきてくれ」

「ま、待ってぇ~!」

 

 人の波の隙間を縫いながら最短距離で目当てのテントにたどり着き、素早く野菜を選んで会計するという方法をとっていた。

 何より驚きなのは、人の波の隙間が開く瞬間と閉じる瞬間を見極めて動いている点だ。これだけ大勢の人がいるとすぐに八方塞がりになりそうなものだが、リョウは全体の流れを把握しているかのようにスイスイと進んでいく。

 実際、リョウは周囲の気配を感じ取るトレーニングを何度もこなしていることもあり、今のこの状況も把握していた。

 

(エクリプスの力を理解するためのトレーニングが、まさかこんなところで役に立つとはな……)

 

 そう思いつつ、なんとか後ろをついてきているルナに呼びかける。

 

「ルナ、次の目的地まであと少しだ。離れるなよ?」

「り、了解!」

 

 そして二人はお目当ての野菜を手に入れるために大安売り(激戦区)を巡り歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 激戦区その一。地元で有名な農家が自慢のトマトを売っているテントでは……

 

「さあ奥さん方、押さないでおくれよ。欲しい数を言ってもらえりゃすぐに用意できるからね」

「このトマトを五個ちょうだい!」

「あたしは八個よ!」

「アタシは十個で!」

「俺は二十個だ!」

『!?』

「……少年、それはホントかい?」

「もちろんです。二十個分の代金もこの通りあります」

「お、おう……はい、まいどあり」

「よし、これでなのは達の分も手に入った」

「リョウ、これどうやって持って帰るの? この後もいろいろ回るのに……」

「……」

 

 ……持ち帰れない分は近くの宅配業者に運んでもらうことになった。

 

 

 

 

 

 

 激戦区その二。農業大学の学生達が研究で作った農作物を出張販売しているテントでは……

 

「これも、これも、これも! 全部私が買う!」

「こいつとこいつはアタイのもんだよ!」

「なによ?」

「やる気ィ?」

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!』

「な、なんかあちこちでリアルファイトが始まっちゃったよ!」

「農大の作った野菜だけあってかなり安いからな、ここは後にした方が……ん?」

「お客様! 会場内での暴力行為は禁止されt」

『邪魔ァ!』

「あべし!?」

「あ、係員の人が吹っ飛ばされちゃった……」

 

 ちなみに乱闘を繰り広げた客たちは集まってきた大勢の警備員によって退場させられた。

 

 

 

 

 

 

 激戦区その三。家庭菜園を営むイケメンのいるテントでは……

 

「キャ――――――――! ショウイチさ―――ん!!!」

「こっち向いて―――――!!!」

「今日もそのスマイル素敵よ、素敵!!」

「私よー! 結婚してー!!」

「……。ここで野菜を買うのは無理そうだな」

「相変わらずすごい人気だよね、ショウイチさん……」

 

 このように会場内ではあちこちで激戦区が発生しているのである。

 リョウ達が激戦区を巡り歩いて買うべきものをすべて手に入れた頃には、すでに正午を過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あむ……あ、これおいしい! リョウも食べてみなよ!」

「このメンチカツも美味いぞ。俺のと交換するか?」

「うん!」

 

 大安売り会場という名の戦場から戻ってきたリョウ達は、ウミナル・ライズ内のフードコートで昼食をとっていた。

 ウミナル・ライズ内の食べ物を扱う店はそのどれもがレベルが高く、それでいて家計にやさしい値段である。多くの人がウミナル・ライズを訪れる理由の一つだ。

 その中でも特に『安くて美味い』で評判のフードコートでリョウはメンチカツ定食を、ルナはステーキ丼(大盛り)を注文して食べている。

 

「ご馳走様でした!」

「相変わらず食べるのが早いな」

「だって、ここのごはんおいしいんだもん。まぁ、リョウの料理の方がおいしいけどね!」

「いや、料理人として働いている人たちに比べたらまだまだだと思うぞ」

 

 ルナからの賞賛にそう返すリョウだが、その顔はまんざらでもなさそうな表情をしていた。

 

「それじゃ、食器を返してくるね」

「ああ」

 

 リョウの食事が済んだところを見計らって、ルナが二人分の食器を持って席を離れる。食器の返却口はリョウ達のいる場所から大分離れている。戻ってくるには時間がかかるだろう。

 

「ふぅ……」

 

 ルナが戻ってくるのをのんびりと待つことにしたリョウは、ふと、周囲に目を向ける。

 

 泣いている赤ん坊をあやす若いカップル。

 食事をとりながら談笑している老夫婦と孫。

 三人の子供の面倒を見て大変そうにしながらも楽しそうなシングルマザー。

 遊び疲れたのか眠ってしまった娘を背中におぶっている夫とそれを優しい笑みで見つめる妻。

 色んな『家族』がいた。形は様々ではあるが、そのどれもが『子供』とそれを見守る『親』が存在しており、皆幸せそうだった。

 

(……)

 

 唐突に、リョウは父親に会いたくなった。

 

 ジン・イスルギ。リョウにとって父親である存在。直接の血のつながりはないものの、リョウとジンは互いに親子の関係だった。

 リョウの中で思いが渦巻く。

 父さんに会いたい。色んなことを話したい。一緒に料理を作りたい。楽しいことを共に分かち合いたい。そういった思いが次から次へと膨れ上がり、外へ溢れんばかりに心を満たす。

 

 

 

 

 

 

 だが、それは叶わぬ願い。

 ジンはすでにこの世にはいない。

 

 

 

 

 

 

(……ッ)

 

 その事実が、リョウ自身も受け入れている現実が、先ほどまで渦巻いていたあらゆる思いを砕き、心に大穴を空ける。

 一気に押し寄せる虚無の感覚。どうしようもないほどに自分が無力であることを思い知らされる空白感。そして、後悔。

 

(俺は……)

 

 父の死は受け入れたはずだった。理解したはずだった。しかし今のように、何かの拍子にその現実を忘れて思いを溢れさせ、直後にこの無力感が襲い掛かってくる。その度に過去の記憶が甦ってくる。

 

 全てを焼き尽くす、蒼炎の記憶。

 リョウの中で大きな後悔となっているその記憶が、心を蝕み始める。

 

 いくら周囲に比べて若干大人びているとはいえ、彼はまだ十二歳。弱く、脆い部分はいくらでもある。

 心を負の感情が覆い始める。段々と、心が闇に沈んでいく。

 

(俺、は…………)

 

 その時、目の前に誰かが立っている気配を感じた。

 顔を上げると、ルナがいた。すでに食器を返却して戻ってきたらしい。

 

「ああ、すまない。少し考え事をしていた」

 

 じゃあ、帰るか。そう言って席を立つリョウ。

 しかし、移動しようとした途端、ルナに服の裾を掴まれる。

 

「ルナ?」

 

 リョウが振り返ると、ルナは何かを考えているような表情をしていた。それは一瞬のことで、今度は笑顔になって言った。

 

「リョウ、せっかくだからゲームセンターに寄っていこうよ!」

「え?」

「ほら早く!」

 

 グイグイとゲームセンターへ引っ張っていくルナ。リョウはよろけながらもその後をついていった。

 

 そこからは彼女の独壇場というべきか、色んなゲームで遊びまくった。

 UFOキャッチャーで景品を山ほど取りまくり、シューティングゲームで一緒に最高得点をたたき出し、エアホッケーで白熱したバトルを繰り広げた。ルナが全力で楽しもうとしてくるのでリョウもそれに応える状態となり、気づけば三時間以上ゲームセンターで遊んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~、遊んだ後の甘いものは格別だね!」

 

 ゲームセンターから出た後、二人はモールの近くのクレープ屋でクレープを食べていた。

 

「そうだな」

 

 ルナに相づちを打ちながら、リョウは自分の心に意識を向ける。

 先ほどまで渦巻いていた虚無感が嘘のように消えてなくなっていた。

 同時に、精神リンクのことを思い出す。

 使い魔とその主の間にある潜在的なつながり。それによって使い魔は主の感情を察知できる。リンクは主の任意で切断することもでき、基本的にリョウはリンクを切った状態にしている。自分の感情を感じ取ってルナを混乱させないためだ。

 しかし、主が感情を制御できなくなった時、リンクを切っていてもその感情が使い魔に流れ込むことがあるのだ。

 おそらく、リョウの負の感情が流れ込んできたことで精神的に危ない状態だと判断したルナは、一緒に遊んで別のことに熱中させることで心を安定させようとしたのだろう。

 

(俺を気遣ってくれたのか。だが、またルナに迷惑をかけてしまった)

 

 こんな自分がつくづく情けない。そう思ってリョウが俯きかけた時、

 

「また迷惑かけちゃった、て思ってるでしょ」

 

 ルナがクレープを食べながら言った。その顔は『精神リンクなんかに頼らなくてもリョウのことはわかる』と語っていた。

 

「困ったことがあれば遠慮しないで何でも頼ってよ。迷惑だなんて思ってない。主を守るのが使い魔の務めで、それ抜きでも私自身そうしたいって思ってるんだから」

 

 その言葉に思わずハッとなるリョウ。そして、父が亡くなった日以来のこれまでの自分を思い返してみる。

 ルナとは主と使い魔として、そして兄妹もしくは姉弟のように普通に過ごしてきた。互いに助け合って生きている。そう思っていた。

 だが、自分の身に宿るこの力に関してルナをあまり関わらせないようにしていた。

 訓練場での特訓も基本的に一人で行い、力をどのように使いこなすかについても、ドラグストームと相談することはあれどルナに話すことはなかった。

 エクリプスのことを、一人で背負いこんでいた。

 

 ルナを巻き込みたくなかったから。あの日、父だけでなくルナまで傷つけてしまったことを悔いているから。

 

 それでも、ルナはリョウの力になるべく、色んなところで頑張っていた。

 料理や家事をリョウの代わりに行ったり、訓練を終えたリョウに問題はないか聞いたり、リョウが落ち込んでいるときに明るく振る舞ってくれるなど、何かと支えようとしてくれていた。

 

『ルナ、リョウのことを支えてやってくれ。お前はリョウの、自慢の使い魔なのだからな』

 

 ジンの託した頼み。ルナはそれを精一杯やっていたのだ。

 

 そのことに気づいた時、リョウの中である感情が生まれた。

 溢れ出てくるルナへの『何か』。ルナにその『何か』を伝えたい。伝えないと気が済まない。だが色んな言葉があってどう表現したらいいのかわからない。一体この感情は何だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その感情が『感謝』ということに気づいた時、なにを伝えたいのかがすんなりと決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルナ」

「ん?」

 

 頬っぺたにクリームをつけたまま振り向くルナに苦笑しながら、リョウは一言。

 それは、もっとも『感謝』を伝えやすい、簡単な言葉。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「その状態なら、もう大丈夫そうだね」

 

 突然の感謝の言葉にルナはきょとんとしたが、すぐにニッコリと笑って再びクレープを食べ始めた。

 

(近いうちに、エクリプスのこともしっかり話し合うことにしよう。今までみたいに一人で背負いこんだり、遠ざけるんじゃなく、共に歩んでいくんだ)

 

 リョウはそう決意した。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回はセリフなどを強調するためにスペースを多く開けてみました。もし『こうしたほうが良い』という方がおりましたら、感想もしくはメッセージボックスにてお伝えしていただけると幸いです。

ちなみにすでにお分かりの人はいると思いますが、ルナの耳?としっぽ(尾羽)は、ストライクウィッチーズの鳥類を使い魔にしているウィッチみたいな感じです。
さて、後編の方の調整をしなくては……(白目)

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 つかの間の休息と決意 後編

三週間経過ァ! WRYYYYYYYY! (フラグなんか)ぶっつぶれよォォッ!!

失礼しました(汗)。
何はともあれ完成したので投稿いたします。もう安易な発言はやんない……。

それと、これより前の話の内容を一部変更・修正しました。今回の話が投稿される前から読んでいる方は、時間があればご覧になることをお勧めします。

なに? 読んでる暇がない?

簡単に言いますと、エクリプスに関して『今のリョウは完全に制御できる』設定から、『暴走を事前に防ぐことしかできない』設定に変更しました。


それでは後編どうぞ。


 クレープを食べ終えた二人は帰路に着いていた。

 ちなみに大安売りで買った大量の野菜はとてもではないが持ち帰ることができなかったため、モール内の宅配業者に家まで運んでもらうことになった。

 

 行きの時よりも少し身軽になった二人は談笑しながらゆっくりと歩く。

 

「今日の夕飯は何にするの?」

「さっき食べたばかりなのに、もう夕食の話か?」

 

 苦笑しながらも夕飯のメニューを考え始めるリョウ。

 

 その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市に轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

「リョウ、あれ見て!」

 

 ルナが指差す方向の先――海鳴市の町の中心部に、轟音の正体がいた。

 

 巨大な大木だ。

 だが、あまりにも巨大すぎる。

 ドーム並に太く、高層ビルを大きく上回る背の高い幹。そこからのびる枝には、大勢の人が乗れるほどに広い葉が無数に生い茂っている。この世界における『巨大な大木』の概念からかけ離れ過ぎているそれはもはや、植物の怪物と呼ぶべきだろう。

 

 普通ならばあり得ない状況。もしやと思い、ルナに指示を出す。

 

「ルナ、結界を張ってくれ!」

「了解!」

 

 ルナが足元に東雲色の魔法陣を光らせ、封時結界を展開した。以前リョウが使っていたものよりもはるかに洗練されたそれは瞬く間に広範囲へと広がり、大木を覆っていく。さらに、結界に閉じ込める対象を大木のみに設定しているため、一般人が巻き込まれる心配はない。

 巨大な植物を完全に閉じ込めたのを確認し、リョウはバリアジャケットを展開、ナギナタ形態に変化したドラグストームを構えた。

 ルナも戦闘に備えて魔力を解放する。それに伴い、普段は隠している頭の翼と尾羽が現れた。

 戦闘の準備が完了し、リョウが植物を見据える。

 大木の幹の中間に青い球状の光が見えた。中には少年と少女が互いを守るように抱き合っており、その間ではジュエルシードが輝いていた。

「あれが本体か。すぐに封印して彼らを助け――何っ?」

 リョウが行動を起こそうとした瞬間、植物の怪物が地面から大量の根を出現させた。

 植物の怪物は自分の陣地を拡大するかのようにあちこちに根を広げ、そこから新たな大木を生み出し数を増やしていく。おまけにそのスピードが尋常ではない。暴走体の周囲はあっという間に巨大な森林と化した。

 

 そして、問題も起きた。

 

「まずいな、周りの木が邪魔だ」

 

 ジュエルシードの位置は特定できた。しかし距離が遠いことに加え、その周囲に分身を増やされたことで本体が守られた状態となり、直接叩くことが難しくなってしまった。

 リョウは近接戦闘型の魔導師であるため、接近戦においてその真価を発揮することができるが、強力な遠距離攻撃の手段を持たない。少なくとも、この距離からどうにかする方法はリョウにはない。

 

「ルナ、今いる場所からやつを封印できるか?」

「できないこともないけど、この距離からだと準備にすごく時間がかかるし、何より周りの木が本体を隠しているから、かなり難しいよ」

 

 そしてルナは後方支援型の使い魔である。味方の強化、結界の展開、敵の拘束、封印魔法など味方のサポートを得意としているがその反面、攻撃魔法に関してはある程度の威力しかない。

 現在、この場にいるのは近接戦闘型のリョウとサポート型のルナの二人だけ。

 故に、この状況で彼らにできることは……

 

 

「ルナ、封印魔法の準備をしてくれ。俺が接近して、邪魔な木々を切り裂く」

「あの中に突っ込むの!?」

「他に方法がない。少なくとも今はな」

 

 

 使える手をすべて使って、この状況を打開することだ。

 

「それに、相手ものんきに待ってはくれないようだ……」

 

 ドラグストームの刃に風を纏わせながら、リョウが植物の怪物を睨む。

 これまでの経験からして暴走体がおとなしく倒されてくれることはなかった。

 そして、目の前の敵もその例に漏れず。

 森から何十本もの蔓がリョウ達のいる方向に向けて伸びてきた。暴走体が彼らの存在に気付いたらしい。しなやかで強靭、伸縮自在なそれらは、進路上のあらゆるものを破壊しながら近づいてくる。こんなものに捕まればひとたまりもないだろう。

 

「おそらく、なのは達もこの事態に気付いているはずだ。俺達だけでなんとかできればもっと良いんだが難しいだろう。せめて彼女達が到着するまでに奴を弱らせておく」

「わかった。それと、いつも言っていることだけど……」

「無理はするな、だろう? わかっている」

 

 心配そうな顔をするルナに少しだけ微笑み、リョウはドラグストームを構える。ルナもそれに合わせて、いつでも動けるように身構えた。

 

 

「さあ、収穫の時間だ」

「もしかして今日の野菜の大安売りと掛けてたりする?」

「……。――来るぞ!」

 

 

 微妙な空気をほっといて二人はすぐさまその場から離れる。

 直後、植物の蔓が上から振り降ろされ、二人のいた場所を粉砕した。

 仕留め損ねたことに気付いた植物の怪物は、再び蔓をリョウ達に向けて伸ばした。

 

『リョウ、どうするの?』

『ルナは後ろに下がって封印魔法の準備をしてくれ。俺が突撃して道を(ひら)く』

『了解!』

 

 念話でそう打ち合わせ、ルナは後方へ、リョウは暴走体に向かって飛んだ。

 接近するリョウに暴走体の攻撃が集中する。敵を叩き落とそうと蔓が鞭のように振るわれる。

 

『リョウ!』

「問題ない」

 

 だが、それらはいずれも当たらなかった。

 上から振り降ろされれば、加速しながら体を少し横に傾けて避ける。横薙ぎに振るわれれば、がら空きの上下を加速してすり抜ける。多方向から襲い掛かられれば、さらに加速することで逃げ場が無くなる前に脱出する。

 リョウは持ち前のスピードと加速のみで、蔓の攻撃のすべてを振り切っていた。そして、そのまま森との距離を縮めていく。

 リョウに脅威を感じたらしい植物の怪物は、より多くの蔓を伸ばし、薙ぎ払う攻撃から突き刺す攻撃に変えた。『突』の動きで空気抵抗が少なくなり、先ほどとは比べ物にならないほどの速度と手数で襲い掛かる。

 

「さすがに避けきれないか……迎え撃つ!」

 

 暴走体の攻撃を、リョウはドラグストームを振り回して迎撃する。風を纏ったその刃は、迫ってくる蔓を片っ端から切り裂いていく。

 しかし、いかんせん数が多すぎる。暴走体が立て続けに次から次へと新たな蔓を伸ばし攻撃してくるため、そちらの対応をしなければならず、スピードも落ちていく。すでに四方を蔓に囲まれ始めており、このままではいずれその場にとどめられ、一斉に攻撃を受けてしまうだろう。

 

『リョウ! 早くそこから離れて! 今すぐ援護に――』

『ルナはそのまま封印魔法の準備を進めてくれ』

『リョウ!?』

 

 逃げようとしないリョウにルナが驚きの声を上げる。

 

『大丈夫だ。それに……』

 

 蔓の群れが敵を串刺しにせんと動いた時、リョウがドラグストームを構える。

 

『この状況をどうにかする方法なら、もう見つけた!』

「ウインドウェイブ!」

 

 次の瞬間、リョウがドラグストームを一閃し、周囲に向けて暴風を撒き散らす。突如発生した風に圧倒され、リョウを取り囲んでいたすべての蔓が吹き飛ばされた。だが、何としても倒すつもりなのか、体勢を崩されながらも苦し紛れに蔓が突き出される。

 

 そのうちの一本を、リョウの目が捉えた。

 

 先行して飛び出してきたそれを最小限の動きで避け……

 

「そこだ!」

 

 左手で掴み、一気に加速した。

 

 掴んだ蔓に沿って、ロープウェーの要領で森に向かって前進していく。

 通常ならば摩擦熱で手の平が焼け爛れそうなものだが、今のリョウはバリアジャケットを纏っている。つまり、全身を魔力で覆っている状態であるため、その心配はない。

 予想外の事態にほかの蔓が進行を止めようとするが、その前にリョウが猛スピードで通過していき、全ての攻撃が空振りに終わった。

 そして植物が戸惑っている隙に、右手のドラグストームに魔力をチャージしながらリョウは蔓を伝ってどんどん前へ進んでいき、森まで数十メートルの距離に来た。

 

『こっちの準備できたよ!』

『チャージ完了。いつでも行けます、マスター』

 

 直後に、ルナとドラグストームから準備完了の知らせが入る。

 

『了解、行くぞ!』

 

 それらに答えた後、蔓から手を放し、準備していた技を発動させる。チャージした魔力を解放しながらドラグストームを両手で構えて前に突き出し、錐揉み回転した。解放された魔力が暴風となり、回転するリョウを中心にしてその周囲に渦巻いていく。

 

『Tornado dive』

 

 そしてリョウは、巨大な竜巻となって森に向かって突っ込んだ。

 突撃してくるそれに対し、暴走体は分身たちとともに各々の得物を伸ばして一斉に攻撃を仕掛ける。暴走体の蔓が、分身たちの強靭な枝が竜巻目がけて襲い掛かる。

 

 

 

 ズガガガガガガ!!

 

 

 

 暴走体の攻撃は確かに全て命中した。

 しかし、リョウに対しては全くダメージが通っていない。彼の纏う竜巻によって無効化されたからだ。

 竜巻に触れたあらゆるものが切り刻まれ、その破片は竜巻の起こす暴風によって彼方に吹き飛ばされる。

 暴走体がいくら蔓を突き出そうとも、分身がどれほど枝を犠牲にしようとも、その勢いは止まらない。

 そしてついに、森との距離がゼロになる。

 

「エアイグニッション!!」

 

 リョウがトルネイドダイブを維持したまま瞬間加速魔法を発動、竜巻に魔力を注ぎ込んで強化しながら爆発的に加速する。

 

 

 

 

 次の瞬間、森に巨大な道が出現した。

 いや、正確にはリョウの進路上の木々が一瞬で切り刻まれた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

 

 

 

 本体の間近に着地したリョウはルナに呼び掛ける。

 

『ルナ、今だ!』

 

 リョウが合図を送るのと同時に、はるか遠くから何かが高速で飛来してきた。ルナの封印術式が組み込まれた魔力球だ。ライフルのごときスピードと正確さで放たれた魔弾が市街地を抜け、リョウが切り拓いた道を通過して、本体に迫る。

 当然、暴走体は抵抗する。竜巻の攻撃範囲外で無事だった分身たちを操り、その枝を伸ばして魔弾の進行を阻もうとする。しかし、距離が離れている上に魔弾のスピードは速く、どれも追いつかない。そして本体の持つ蔓は竜巻を止める際に使い切っていた。

 あとはこの植物の怪物がおとなしく封印されるのを待つのみ。

 

 そう思えたかに見えた。

 

 

 

 

 

『警告! 対象の魔力の急上昇を確認!』

「なにっ!?」

 

 

 

 

 

 ドラグストームの警告を聞いてリョウは急上昇することでその場から離れる。直後、ジュエルシードを抱える本体から膨大な魔力が吹き上がり、その周囲に新たな分身を瞬時に生み出した。

 突如現れた分身によって魔弾が阻まれ、本来の目的を達成できないまま分身を何本か消滅させるだけに留まった。

 そして、おかえしとばかりに植物が攻撃を仕掛けてくる。今度は、分身体そのものが伸びて襲い掛かってきた。

 

「くっ!」

『リョウ! 援護している間に離れて!』

 

 大技の強引な使用によって疲弊した身体を動かして分身の攻撃をなんとか躱し、ルナの誘導弾による援護射撃によって森から離れる。

 

(まいったな……追い詰められた途端に強くなるとは)

 

 次はどうするべきか。先ほどよりもキレが増した植物の攻撃から逃れながら、リョウは必死に頭をフル回転させる。

 

 大技による再度の突撃。

 先ほどの突撃で多くの魔力を消費しており、無理に行えば途中で魔力切れになる可能性があるため却下。

 

『剣』による蔓の群れの突破。

 魔力を使わない上にあの刀身自体が魔力を『消滅』させる効果をもっている。だが、それだけだ。あの蔓の群れを突破するには砲撃魔法のような強力な攻撃が必要だ。いくらなんでも一本一本切り裂いて進むほどの力量は持ち合わせていない。

 

 他にはないのか。再び考えた時、一つの方法がリョウの頭に浮かんだ。

 

 

 

(エクリプス……)

 

 

 

 それは、彼に宿る力。ジン曰く『可能性の力』。

 だが……

 

(論外だ。今の俺はエクリプスの暴走が起きないようにできるだけで、コントロールできるわけじゃない。力を解放するのは危険すぎる!)

 

 彼のエクリプスは、最初はあらゆる可能性を秘めた『真っ白』な状態だった。

 しかし、とある『出来事』が原因でエクリプスは進化。一つの力へと変化した。

 

 

 

 

 

『敵を撃滅するための、狂気混じりの過剰な防衛力』に。

 

 

 

 

 

 確かに目の前の暴走体を倒すことはできるかもしれない。だが、それはジュエルシードに捕らわれている少年と少女だけでなく、ルナやこの後来るであろうなのは達まで巻き添えにする危険性を孕んでいるのだ。

 そしてリョウは過去に一度、この力でジンとルナを傷つけたことがある。以来、ジンが考案した特訓メニューをこなすことで、あらゆる状況に対する適応力とエクリプスの暴走を起こさせない精神力を身に付けていたのだ。

 

 とはいえ、今の自分たちだけではほとんど詰んでいる状態である。それでもあきらめずに思考を巡らせていた時、ルナから再度念話が入った。

 

『リョウ、なのはとユーノが到着したよ!』

 

 結界の端に小さな揺らぎが発生すると、そこからバリアジャケットを纏ったなのはとユーノが現れた。

 だが、彼女たちの様子がいつもと違う。

 なのははどこか思い詰めたような表情をしていた。隣でユーノが何かを言っているようだが、なのははその言葉に悲しげに首を振るばかりだ。

 まるで、今の状況は自分に責任があると思っているような、そんな表情だ。

 

(……もしかして……)

 

 とある可能性を予想したリョウは、それを確かめるべくなのはに念話を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのは、悲しい顔しないで。元々は僕が原因で……なのははちゃんとやってくれてるよ」

 

 ユーノが何度も説得しているが、なのはの心は晴れない。

 彼女は、サッカーの試合に参加していた選手の一人がジュエルシードを持っていたのを見かけていた。しかし見えたのは一瞬だったこともあり、気のせいかもしれないと思って見逃してしまった。

 

 その結果が、目の前の光景である。

 

 結界内では、ジュエルシードの暴走体である植物の怪物が暴れている。もしリョウとルナがいなければ、もし彼らが結界を張らなければ、町が破壊されていたかもしれないのだ。

 なのはが強い自責の念に駆られる中、どこかから念話が届く。

 

『二人とも、聞こえるか?』

『リョウ!』

『リョウ君……』

 

 念話が送られてきた方向を見ると、その先ではリョウが植物の攻撃を躱し続けていた。その動きには少しだけ疲労の色が表れており、普段の速さが出ていない。なのは達が到着する前からジュエルシードの暴走体と戦っていたのだろう。

 

『単刀直入に聞く。今の状況に心当たりがあるのか?』

「ッ!」

 

 その一言に思わず身体がビクリと震える。

 自分が落ち込んでいることが遠く離れた場所にいるリョウでもわかるほどに、顔に、雰囲気に出ていたらしい。

 

『実は……』

 

 未だ落ち込んだ状態のなのはに代わってユーノが答える。ここまでに何が起きてこうなったのかを。

 

『そうか。そんなことがあったんだな』

 

 ユーノから事の次第を聞いたリョウは暴走体の攻撃の届かない位置まで移動し、なのは達の方を向いた。

 なのははリョウの言葉を待つ。

 

『二人とも、奴の封印を手伝ってくれ。俺達だけでは対処しきれないからな』

 

 なのはは驚いた。てっきり、怒られたり叱られたりするものと思っていたからだ。

 

『え、で、でも……』

『どうした?』

 

 怪訝そうに返すリョウに、なのはは言う。

 

『わ、私、自分の不注意でジュエルシードを見落として、それで、こんなことになって、その……』

 

 段々と尻すぼみになっていくなのはの声。しまいには言葉が続かなくなり、黙り込んでしまう。

 

 リョウ達がいなければ大惨事になっていたであろう目の前の光景を、自分のミスで引き起こしてしまった。もしかすると、これまでジュエルシードの封印を無事に成功させてきて、いつの間にか慢心していたのかもしれない。そんな自分に、ユーノの手伝いをする資格はあるのか。足手纏いになっているのではないのか。

 

『言いたいことはそれだけか?』

 

 なのはがもう一度言葉を紡ぐのを待っていたのだろう。少しの後、リョウが再び念話を飛ばしてくる。

 なのはは何も答えることができない。

 

 

『それがどうした』

 

 

 その一言になのはは一瞬何を言われたのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それがどうした』

 

 なのはの途切れ途切れだが責任が感じられる言葉。それに対してリョウが抱いた感想はこれだった。

 今の彼女は自分の失敗に目を向けすぎて、心がその事しか考えられなくなっている。

 

 それではいけない。それでは、いつしか『自分のやるべきこと』を見失ってしまう。

 ならば、自分がすることは決まっている。

 

『なのは、お前に二つほど確認したいことがある』

 

 再び追撃してきた植物を避けながら、リョウは尋ねる。

 なのはに『あること』を確認させるために。

 

『お前は何故ここにきた?』

『そ、それは、ジュエルシードを封印するためで……』

『何のためにジュエルシードを封印する?』

『それは、ユーノ君のお手伝いと、この町の人達を守るために……』

『それでいい』

 

 リョウは植物の攻撃を警戒しながら、なのは達のいる方向に顔を向ける。

 なのはと目が合う。

 

『ジュエルシードは俺達の都合を考えてはくれない。今みたいに突然暴れ出すこともあれば、もしかすると間に合わないこともあるだろう。当然、失敗や後悔するようなことも起きる』

 

 だが、とリョウは続ける。

 

『何のために戦うのか、その目的と理由は見失うな。それさえあれば、あらゆる失敗を次に活かせる。何があっても、前を向き続けられる』

「あ……」

 

 リョウの言葉が響いたのか、なのはの口から声が漏れる。すでにその目には迷いの色はなかった。

 試しにリョウは、挑発的な言葉をぶつけてみた。

 

『それとも、お前の決意は「ただユーノの手伝いをしたい」程度のものだったのか?』

『ううん! これは私が自分の意思でやりたいって思ったことだから、私はやめない、諦めたりしない!!』

 

 迷いが消えたなのはは当然その言葉を否定する。

 その様子を見て頷き、リョウは再度確認する。

 

『俺たちが今することは?』

『ジュエルシードの封印!』

『この後することは?』

『反省と特訓!』

 

 リョウの質問に力強く答えるなのは。おそらく、彼女がこの件に関して迷うことはないだろう。

 

「なのはは大丈夫そうだな。さて……」

 

 暴走体の攻撃が届かない位置に移動したリョウは今の状況を整理した。

 

 敵は先ほどよりも強力になっている。

 なのはとユーノが到着したことで、ひとまず戦い方の選択肢は増えた。

 だが、不安要素もいくらかある。

 リョウは先の戦いで魔力を大量に消費しているために思うように戦えない。

 現在まともに戦えるのはなのはとルナ、そしてユーノ。しかし、なのはは今の段階では植物の群れを蹴散らせるほどの強力な攻撃魔法を習得していない。ルナとユーノもサポート型であるため難しい。

 

(どうしたものか……)

 

 リョウが思案していると、

 

「リョウ君、ここは私とユーノ君に任せて!」

 

 合流したなのはがそう言った。

 

「私達が来るまで、ずっと頑張っていたんでしょ? 今度は私達が頑張る番!」

「リョウは魔力の残量が少なくなっているはずだ。一旦休んでいた方がいいよ」

「だが、何か手はあるのか? 魔力弾をぶつけるだけでは、奴を止められないぞ」

 

 二人の厚意はありがたいが、肝心の暴走体をどうにかする手段がないのであれば、おちおち休んでいられない。下手をすればなのは達が大怪我を負う危険もあるのだ。

 その点を心配するリョウに、なのははレイジングハートを掲げて答える。

 

「大丈夫! さっきレイジングハートが教えてくれたから!」

『Shooting Mode. set up.』

 

 同時に、レイジングハートが変形を開始した。

 丸みを帯びていた先端は槍のように鋭利な形状となり、その根元から三枚の光の翼を展開する。持ち手の部分からは銃のグリップのような握りとトリガーが出現する。

 

 その様はまるで、細身の大砲だ。

 

「なるほど、砲撃魔法か」

「なのはがチャージを完了させるまでの間、僕が攻撃を防いで……」

「封印の力を乗せて発射すれば、ジュエルシードまで届いて封印できるはず!」

 

 その方法ならば、分身を蹴散らしながら封印ができそうだ。

 問題は、初めて使用する砲撃魔法をなのはが使いこなせるかどうかだが、彼女がもともと持っている膨大な魔力量と魔導師としての才能、そしてレイジングハートがこれまで行ってきたサポートのことを考えれば、その心配は無さそうだ。

 何より、今まで出てくることがなかったレイジングハートのシューティングモード。なのはに砲撃魔法の素質があると判断した上で、レイジングハートはその姿を現したのだろう。

 

「わかった、その方法で行こう。俺も可能な限り援護する」

「え? でも……」

「動き回って注意を引き付けるくらいなら問題ない」

 

 現在のリョウの魔力量は全体の半分といったところだ。さすがに大技を使うことはできないが、残りの魔力を回避に回すくらいの余力はまだ残っている。

 そのことを伝えるとなのはとユーノは不安そうにしながらも頷いた。

 

「了解! 行こう、ユーノ君!」

「うん!」

 

 なのははユーノを肩に乗せて、砲撃しやすいビルの屋上へ向かっていった。

 

「ルナはなのは達のサポートに回ってくれ」

「わかった。何かあったらすぐ呼んでね」

 

 そう言ってルナは、なのは達の後を追った。

 

 残されたリョウは上空に飛び出す。

 植物は姿を見せたリョウに反応して、再び攻撃を仕掛けてきた。

 襲い掛かってくる分身体をひたすらかわしながら、なのは達のいる方向を見る。

 

 足元に魔法陣を輝かせてチャージを行っているなのは。そして彼女を守るように構えているルナとユーノ。

 彼女たちの様子から、砲撃魔法は失敗することなく順調に魔力を溜めているようだ。

 しかし、砲撃魔法はチャージすればするほどその魔力は膨大になる。つまり、超遠距離からの狙撃や乱戦中の不意討ちといった相手の認識の範囲外でない限り誰もがその反応に気づく。

 そして、暴走体もそれに気づいたらしい。

 分身の群れの一部がなのは達の方へ向かっていった。

 直ぐ様ルナとユーノが迎撃する。魔力弾で分身を撃ち落とし、障壁を展開して攻撃を防いでいく。襲い掛かる分身の数も増えていくことで周りが少しずつ包囲されていってはいるものの、二人の奮闘のおかげでなのはには分身体を一切寄せ付けていなかった。

 

 彼女たちの奮闘ぶりと今の状況を見れば、多くの人が『これなら上手くいく』と思うだろう。

 しかし、リョウは素直にそう思えなかった。

 なんとなく、嫌な予感のようなものを感じていたからだ。

 

(俺とルナが相手をしていた時、最後の最後で奴は状況をひっくり返した。この程度で済むとは思えない……)

 

 

 

 そして、彼の予感は的中した。

 

 

 

 ジュエルシードを抱える本体の周囲にある分身達が互いに絡まり、束ねられ、伸ばされていく。

 そうして出来たのが、天をも貫かんばかりに巨大な一本の大木。

 

 それが凄まじい音を立てながら、なのは達のいる場所へ倒れ込んできた。

 

 大木の長さは彼女たちの地点に易々と届くほどに長大。

 巨大な木が倒れてくる様子は、上段に構えた大太刀を勢いよく振り下ろす様を想像させた。

 

(まずい、このままではなのは達が!)

 

 新たな脅威が友人たちに迫っているのを見て、リョウの体に戦慄が走る。

 そして彼女たちも暴走体の異常に気付いてはいたが、どうすることもできない。

 すでに周囲は暴走体の分身と蔓に囲まれており、状況から考えて大木が倒れる前に彼女たちがその場から離脱することは不可能。

 ユーノとルナは迫りくる大木を何とかしようと魔力弾と魔力でできた鎖で必死に食い止めようとしているが、それらはほとんど効果を為していない。魔力弾は表面をわずかに削るのみで、鎖は大木に巻きついたはいいものの、その重さと勢いに耐えきれず引き千切られていく。

 

 そんな中、なのはは……

 

「ッ……! ッ……!!」

 

 砲撃魔法のチャージを続けていた。

 目の前の光景に怯えているのか、足がすくんでいる。だが、彼女の視線は目の前の大木にしっかりと向けられ、砲撃の姿勢は解いていない。

 

 

 

 

 その瞳には最後まであきらめないという意思が宿っていた。

 

 

 

 

 その瞳を目にして、リョウはフルスピードでなのは達のもとへ向かおうとした。

 それは彼にとって無意識の行動であった。一刻も早く彼女たちのもとにたどり着こうと、どんどん加速をかける。

 だが、今の彼は魔力の残量が少ない状態。

 

「ぐ……ぅ……ッ!」

 

 当然そんなことをすれば身体に多大な負荷がかかり、肉体に痛みが走り始める。

 

 それでもリョウは、スピードを落とそうとしなかった。

 

『危険ですマスター! これ以上魔力を消費した場合意識喪失(ブラックアウト)を起こします!』

 

 右手に握るドラグストームから警告が発せられる。しかし、リョウはそれを無視してさらにスピードを上げる。

 無理やり魔力を引き出したことで、身体から力が失われていく感覚がリョウを襲う。このままでは本当に意識を失ってしまうだろう。

 

『マスター!』

「悪い、ドラグストーム。だが、あのまま放っておくことはできない!」

 

 デバイスの再度の呼びかけにそう返すリョウ。今の彼の心には、一つの思いが燃え盛っていた。

 

(ジュエルシード、貴様が俺の家族や友人に手を出すというのなら……)

 

 それは、どんな人間の願いも歪めて理不尽へと変えるジュエルシードに対する怒りであり。

 

(たとえ俺がどれほど傷つこうとも……)

 

 親しい人物に迫る脅威を排除しようという決意の表れ。

 

 

 

 

(容赦はしない!!)

 

 

 

 

 一見すれば怒りに任せているような彼の思いと行動。

 だが、その根底にあるものは……

 

 

 

 

 

 大切な誰かを守りたい、救いたい。その一心であった。

 

 

 

 

 

 そして、思いは形となる(・・・・・・・)

 

 

「ッ! 何だ!?」

 

 身体の奥がドクンと脈動したかと思うと……

 

『マスターの魔力が急激に回復しています! これは一体……』

 

 消耗寸前のはずだった身体に魔力が満ち始めたのだ。

 

 魔力回復系の魔法を受けたわけでもない。たとえ受けたとしても、自身の魔力の最大値を大きく超える(・・・・・・・・・・・・・・・・)などありえない。

 突然起こった謎の現象。普通なら混乱しそうなものだが、リョウはすぐに行動した。

 

「何が起きているのかわからないが、やれるのならやらせてもらう!」

 

 チャンスは最大限に生かすと言わんばかりに、回復した魔力を消費。一気に加速をかけてなのは達のいる場所へ向かう。

 同時にリョウは、もう一つの魔法の準備に入る。

 ドラグストームを振り回し、魔力を乗せながら高速で回転させる。さらに、魔力変換で生み出した風をもその刀身に纏わせ、圧縮していく。魔力と風は、ドラグストームの刀身に風の刃を形作っていく。

 その間に目的地に到着し、なのは達と大木の間へ躍り出るリョウ。

 

「リョウ君!?」

 

 なのはが驚きの声を上げ、ルナとユーノも驚愕の表情になる。休んでいるはずの人間が急に現れれば誰でも驚くだろう。

 

「これで道を切り拓く!」

 

 リョウは大木に向かってさらに加速をかけ、デバイスを回転させたまま大木との距離を一瞬で縮める。

 そして、同じタイミングで準備が完了した。

 

 ドラグストームの刀身に纏われていたのは、巨大な旋風の刃。

 

 

 

「疾風斬!!」

 

 

 

 それを、回転の勢いそのままに大木目がけ叩きつけた。

 

 風が大木を切り裂いていく凄まじい音が辺り一帯に響き渡る。風の刃は蔓と分身をまとめて断ち切っていく。

 だが、まだ足りない。

 蔓と分身の塊である大木が巨大すぎるために完全に切断するには至っておらず、傍から見ると拮抗しているようにしか見えない。

 

(このままでは間に合わない!)

 

 そう判断したリョウは……

 

「ウォオオオオオオ!!」

 

 体内の魔力のほとんどを、風の刃に注ぎ込んだ。

 再び悲鳴を上げる身体。だが、それを代償に刃は変化した。

 

 より強力に、より巨大に。目の前の大木の横幅を超えるほどに(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「アアアアアアアア!!!」

 

 リョウは雄叫びを上げながら、渾身の力を込めてドラグストームを一気に振り抜いた。

 

 

 次の瞬間。

 

 

 大木は横一文字に真っ二つになった。

 

 本体から切り離された部分が破片をまき散らしながら、なのは達のすぐ隣のビルを崩壊させていく。

 気のせいか、植物の暴走体が狼狽えたように見えた。

 リョウはなのはの方に視線を向け、呼びかける。

 

「今だ、撃て!」

 

 なのはが頷いたのを見たのと同時に、リョウの身体に凄まじいほどの脱力感が襲ってきた。

 身体が力を失い、重力に引かれて下に向かっていく。

 

(魔力切れ、か……)

 

 そのことに気づいたリョウの視界はどんどん暗くなっていく。意識を失い始めているのだ。

 

 

 

 

 意識を完全に手放す前にリョウが見たのは、ルナがこちら目がけて飛び込んでくる姿と、桃色の光の奔流が暴走体を飲み込んでいく光景だった。




ここまで読んでくださりありがとうございます。

ところで、書いてから思った。

『これ、なんて無理ゲー?』 

でも後悔はしていない。すべてはリョウという存在によるバタフライエフェクトなのだ(適当)。
終盤にリョウの身に起きた謎の現象の正体とは? すべてはこの先の物語で明らかとなる。

さぁ、急いで書き上げなくては(汗)

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 第二の魔法少女、そして向き合うこと

(久々に投稿できて)スゲーッ爽やかな気分だぜ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよーによォ~~~~ッ。

もうすでに元旦は過ぎているというのに(涙) でも投稿できて爽やかな気分なのは確か。
いろいろありましたが、何はともあれ投稿いたします。

それでは第六話『第二の魔法少女、そして向き合うこと』、始まります。



 植物の暴走体との戦いから約一週間。

 あの戦いの結末を話すと、暴走体の封印には成功した。宿主となった少年と少女も無事救い出せた。

 

 同時に、リョウが魔力切れで気を失い落下した。

 

 もしルナがいなければ、今頃リョウは大怪我をしていたか、最悪死んでいた。

 意識を取り戻したときに、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたルナの顔が間近にあったのは今もリョウの記憶に残っている。ちなみにその後、『あんなになるまで無茶するなんて!!』と怒るルナを必死に宥めることとなった。

 あの後、学校を一日休み、トレーニングもほとんど休みにしたおかげで、魔力も体調も元通りに回復した。

 おかげで回復した後は、休んでいた分を取り戻すために三倍のトレーニングをこなす羽目になったが。

 

 それはさておき、リョウが今何をしているのかというと……

 

「優斗……本当にここなのか?」

「アリサから渡された地図によれば、ここで合ってるぜ。にしても……」

 

 優斗とともに、とある豪邸の前に立っていた。

 

 二人はすずかの家にやってきていた。アリサ達が行うお茶会に誘われたためだ。

 リョウと優斗には馴染みのない場所であったため、事前に渡された地図を頼りにここまで来た。

 地図を見た時にすずかの家の土地面積が広いことはわかっていたが、実際に見ると……

 

「「ここまで広いとは思わなかった……」」

 

 二人そろって同じことを言うほどに広かった。

 

「来る途中に見た森まで敷地内だとはな」

「というか、入口まで行くのに割と時間がかかっちまった。早く出発したから良かったが、アリサ達に言われた通り車で迎えに来てもらえばよかったぜ……」

 

 少し疲れた表情の優斗といつも通りのリョウ。

 バスで近くまで来たものの、すずかの家の入り口がバス停から離れていたことと、敷地面積が広いために長距離を歩いて移動することになったから、優斗は体力的にも精神的にも疲れていた。

 ちなみにリョウは『普通の小学生ならしない訓練』をほぼ毎日しているため、特に変化はない。

 何はともあれ、無事に到着した二人は、門の隣にあるインターホンを押す。

 インターホンを押してしばらくすると、一人の少女が出てきた。

 

「リョウ・イスルギ様と高橋優斗様ですね。ようこそおいでくださいました!」

 

 少女はリョウたちの前まで来ると、一礼をした。

 年齢は十代後半か。紫がかった長い黒髪に整った顔立ちをしている。きびきびとした動きをしているはずなのだが、ほんわかとした雰囲気を纏っているせいか、どこか小さな子供が背伸びをしているようにも見えた。

 そんな少女にリョウと優斗は少し驚いていた。すずかの家から知らない少女が出てきたこともそうだが、それ以上に気になる点があった。

 

(この人が来ているのは……メイド服か?)

(何故にメイド服?)

 

 その少女はメイド服を着ていたのだ。

 紫色の仕事着にロングスカート、それらの上からはエプロンドレスを纏い、頭にはフリルの付いたカチューシャをつけている。

 どこからどう見てもメイドにしか見えない。

 

「申し遅れました。私、月村家でメイドを務めております、ファリン・K・エーアリヒカイトと申します。よろしくお願いしますね」

 

 否、メイドだった。

 

 メイドが自己紹介をしたことで、驚きによるショックからいち早く復活した優斗がおそるおそるといった感じで質問した。

 

「えっと……メイドって、主人のために働いたりするあの『メイド』ッスか?」

「はい! あのメイドです」

「日本でいう『女中』とか『使用人』みたいな?」

「そんな感じですね」

「マジッスか」

 

 それを聞いた優斗が震え始める。驚愕と歓喜が入り混じったような震え方だ。

 

「聞いたかリョウ、メイドだってよ。メイド喫茶じゃねぇ、モノホンのメイドだってよ!」

「落ち着け。俺も割と気が動転している」

 

 慌てた様子のリョウと優斗。

 

「すでにお嬢様達がお待ちになっております。ご案内しますね」

 

 そんな彼らを見てクスクスと笑い、ファリンは二人を屋敷へ案内した――

 

 

 

 ――直後に『ずるべたーん!』と音が聞こえてきそうな転び方をした。

 

(ドジッ娘……)

(ドジッ娘メイドだ……)

 

 それを見たリョウと優斗はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファリンに屋敷のテラスへ案内された後、リョウと優斗はなのは達とともにお茶会を楽しんだ。

 途中、ユーノが猫に追い掛け回されたり、そのせいでファリンが洋菓子の乗ったお盆を落としかけたりしたが、お茶会は概ね順調に進んでいった。

 

 そして今は……

 

 

「それでね、『俺が決めるぜ!』ってカッコ良く突っ込んでいったはいいけど、パスされたボールが顔面に命中して台無しになったのよ」

「グワァァァ! やめてくれー! 俺の黒歴史がー! 恥ずかしい記憶がー! 穴があったら入りたいー!」

「なんというか、立場が逆転しているな……」

「アリサちゃん、絶対、優斗君を悶絶させて楽しんでるよね」

「にゃはは……普段から優斗君によくからかわれてるからだと思うよ」

 

 

 ……優斗がアリサにひたすら悶絶させられている最中である。

 

 

 アリサの話の内容は、一週間ほど前に行われたサッカーの試合での、優斗の恥ずかしいミスの数々である。

 アリサ曰く、『コメディでも見ている気分だった』らしい。

 日頃の仕返しをまとめて倍返しせんばかりにアリサがネタを洗いざらい暴露することで、優斗に反撃する暇を与えない。気のせいか、優斗の姿が真っ白になり始めているように見えた。

 これは長くなりそうだ。リョウがそう思っていると、

 

 

「ッ!」

 

 

 ジュエルシードの反応を感じ取った。

 なのはとユーノを見ると、二人も察知したようだ。

 割と近くにあるのか、すずかの敷地内の森から、その気配が伝わってくる。

 

『リョウ君、ユーノ君!』

『わかっている。だが……』

 

 しかし、今の状況では難しい。

 この場には優斗、アリサ、すずか、そしてファリン達がいる。

 トイレを装ったとしても、なのはと一緒に席を離れれば怪しまれるだろう。

 だからといってこのまま放っておくわけにもいかない。早く手を打たなければ友人たちを巻き込みかねない。

 

『そうだ!』

 

 その時、ユーノが何か閃いたらしい。先ほどまで乗っていたなのはの膝の上から飛び降り、そのまま森の方へ向かっていく。

 

(なるほど、そういうことか)

 

 なのはとリョウ以外には、ユーノは少し変わったフェレットとして認識されている。

 そして、動物が突然何らかの行動をとって、それを飼い主が追いかけるというのはよくあることだ。

 ユーノの作戦は、自身をなのはに追いかけてもらい、二人でジュエルシードのところまで向かうというものだった。

 

『リョウ君、今回は私とユーノ君が行くよ!』

 

 なのはが念話でそう伝え、席を立つ。

 

「何か見つけたのかな……私、ちょっと探してくるね」

「一人で大丈夫なの?」

「私たちも手伝おうか?」

「大丈夫、すぐ戻ってくるから!」

 

 心配するアリサとすずかにそう言って、なのははテラスを出て行った。

 

『何かあったら呼んでくれ。すぐに駆けつける』

『うん!』

『もしもの時は頼むよ、リョウ。結界展開!』

 

 念話を終了すると同時に、森がユーノの結界に包まれた。魔力を持たない人間には見えないそれは、無関係な者を巻き込まないために重要なものだ。何らかのトラブルが起きない限り、中で起きていることが外に知られることはないだろう。

 

「なのはちゃんとユーノ君、大丈夫かな……」

「なかなか戻ってこないようなら、私たちの方から探しに行きましょ」

「ふぃ~、ようやく悶絶地獄から解放され――」

「あ、まだ私のターンは終わってないから」

「アイエエエ!?」

「……やれやれ」

 

 優斗いじりが再開するのを見て、リョウはため息をついた。

 

(二人なら大丈夫だと思うが、いつでも出られるよう準備はしておくか)

 

 

 その数分後、ユーノから連絡が来た。

 

 別の魔導師が現れ、なのはを攻撃していると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはは攻撃を必死に躱していた。

 ただし、敵はジュエルシードの暴走体ではない。

 暴走体自体はすでに封印されたようで、近くにはその宿主となったらしい仔猫が気絶していた。

 問題は――

 

「はぁっ!」

「ッ!?」

 

 その場にいた魔導師の少女である。

 赤い瞳に二つに結んだ長い金髪。黒いバリアジャケットを纏っており、右手には斧型の無骨なデバイスを持っていた。

 黒衣の少女がジュエルシードをデバイスに収納しているのを見てなのはは話しかけようとした。

 自分と同じ魔法使いなのか。なぜジュエルシードを集めているのか。頭に浮かんだ疑問を彼女に聞くために。

 だが少女は、なのはをジュエルシードを奪い合う敵と判断するや否や攻撃を開始した。

 

 そして今に至る。

 

「ま、待って! 私、戦うつもりなんて――」

「だったら、私とジュエルシードに関わらないで」

「だから、そのジュエルシードはユーノ君が……」

 

 なのはは必死に呼びかけるが、相手は取り合おうとしない。返ってくるのは魔力弾の嵐とデバイスによる斬撃。

 

「くっ!」

 

 なのははそれらを躱し、躱しきれないものはバリアで防ぐ。

 最初は、黒衣の少女の攻撃を躱し続けることができたが、戦いが長引くにつれて攻撃が激しくなっていく。段々とバリアを使用する回数が、被弾数が増えていく。

 

(この子、リョウ君よりも速い!)

 

 何より、目の前の少女はリョウ以上のスピードをもっている。さらにデバイスは近接戦闘もできるタイプ。近中距離で多彩な攻撃を繰り出し、なのはを追い詰めていく。

 でも――

 

(私でも、なんとかついていける!)

 

 幸いだったのは、戦闘スタイルがリョウのものに近かったこと。そして、リョウと様々な模擬戦を何度も行っていることだった。

 ゆえに、相手の姿を見失わない程度には対応できていた。

 

(この状況、あの模擬戦の時みたいだ)

 

 なのははリョウとの模擬戦のうちの一つを思い出した。

 

 

 

 

 

 

「えいっ!」

「甘い!」

 

 なのははひたすら魔力弾を操作し、周囲を高速で飛び回るリョウに放っていた。模擬戦の内容は、地面に描いたサークルから出ない状態で、敵役のリョウに攻撃(ただし砲撃以外)を当てること。制限時間内にリョウに攻撃を当てられればなのはの勝ちとなる。

 だが、彼女の放った魔力弾はいずれも命中することなく躱されていた。

 

「ハァ……ハァ……全然当たらない……」

「だが段々と上手くなっているぞ。特に、さっきの不意打ちは避けるのが大変だった」

「そ、そうかな?」

 

 リョウの賞賛を受け、顔をパァッと輝かせるなのは。だが、次の言葉でその表情のまま固まることになる。

 

「そろそろ俺のスピードにも慣れてきた頃だろう。ここからは魔力弾を増やしてみてくれ」

「え!?」

 

 そこからは大変だった。

 数を増やしたことで負荷が増した魔力弾の制御に加え、リョウの動きにも対応しなければならず、肉体的にも精神的にも疲れたなのははその場にへたり込んでしまった。

 だが模擬戦はまだ終わっていない。挑発するようにリョウがなのはの近くに着地し、こう言った。

 

「どうする? あと九十秒残っているぞ」

「! まだまだ、これからだよ!」

 

 なのはは立ち上がる。持ち前の不屈の闘志を胸に八つの魔力弾を形成、残りわずかな時間に全力をかける。

 

「ここからは全力全開なんだから!!」

 

 

 

 

 

 

(結局あの時は一度も攻撃当てられなかったんだよね……)

 

 模擬戦の後、リョウから『全力全開というより、むしろ全力全()だったな』とからかわれたりするのだがそれはさておき(今は関係ない)

 なのはに攻撃する意思がない以上、ひたすら耐えることしかできない。

 今彼女にできるのは、リョウが到着するまで黒衣の少女の攻撃を耐えきることだった。

 

『ユーノ君、リョウ君は今どの辺り!?』

『まだ屋敷の中! 恭也さんに模擬戦を申し込まれてて動けないみたい!』

『お兄ちゃん何やってるのー!?』

 

 ユーノからの連絡になのはが心の中で叫ぶ。

 ちなみに、恭也はリョウとは今日が初対面となる。家で御神流という名の剣術の鍛錬をしている恭也はバトルジャンキーのような面をもつため、リョウの何かが彼の心に触れたのだろうか。

 

(……と、とにかく、このまま耐えていれば、あの子とお話しできるかもしれない)

 

 一旦攻撃を止めて様子をうかがう黒衣の少女に、なのはは目を向ける。

 もしかすると、攻撃を諦めてくれるかもしれない。そして、訳を話してくれるかもしれない。

 相手の動きに警戒しながら、なのはは頭の隅でそう思っていた。

 

 だが、それは甘い考えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(この子、思ったよりも粘る……)

 

 黒衣の少女は僅かに眉をひそめながらそう思った。

 ジュエルシードを封印した後に現れた白いバリアジャケットに身を包んだ女の子は、こちらを見るなり『話がしたい』と近づいてきた。

 そして、緊張しながらも話しかけてくる彼女の言葉から、相手もジュエルシードを集めているのだとわかった。

 だから、少女は攻撃した。

 自身はジュエルシードを必要としている。それは絶対に譲れない。そしてこのままでは、目の前の女の子と何度も戦うことになる。

 

 だったら、ここで退いてもらう。見たところまだ初心者のようだし、ある程度手加減して実力差を見せつければ諦めてくれるかもしれない。

 

 それが心優しく、しかし不器用な少女の判断。

 だが相手の女の子はこちらの攻撃に対応しきった。被弾数こそ多くなったものの、少しずつこちらの動きについてきているように見える。

 このままイタチごっこを続けるのはまずい。なら……

 

(悪いけど、少しだけ本気を出す)

 

 黒衣の少女は加速する。相手との距離を一気に詰め、相棒のデバイス『バルディッシュ』を振り下ろす。

 

「くぅ!?」

 

 女の子は咄嗟にデバイスを構えて防ぐが、攻撃に耐え続けて疲労が溜まっていたようだ。踏みとどまれずに後方へ弾き飛ばされる。

 

「バルディッシュ」

『Scythe form Setup.』

 

 主の合図を受けてバルディッシュがその身を変形させる。展開したパーツの隙間から金色の魔力刃を発生させ、鎌のような姿となる。

 

『Arc Saber.』

 

 そして少女は鎌を振りかぶり、その魔力刃を飛ばした。

 放たれた刃が、ブーメランのように回転しながら女の子に迫る。相手が態勢を立て直し気付いた時には、光刃は目前まで来ていた。

 避けられないと判断したのか、女の子はバリアを展開してそれを受け止める。

 だが、それだけでは終わらない。先ほどまで使っていた魔力弾と違うのは、防がれるとすぐ霧散するものではないこと。

 魔力を固めて放ったそれは、その魔力が無くなるまで攻撃を止めない。火花を散らしながら回転し続ける様はまるで、バリアに『噛みついている』かのようだ。

 そのため、防御という手段をとった以上相手はほとんど身動きが取れなくなる。もしバリアを消せば、その刃はそのまま自身に襲い掛かってくるからだ。

 

 女の子が魔力刃と拮抗している間に、黒衣の少女は次の行動に移る。

 

 少女の持ち前の高い機動力で女の子の後ろに瞬間移動。魔力刃を再び生成したデバイスを構え、相手に急速接近する。

 

「なのは、後ろだ!」

 

 使い魔と思われる動物の警告を受け、女の子がこちらに視線を向ける。同時にデバイスから片手を離し、こちらに向けて手を翳した。バリアをもう一枚展開するつもりなのだろう。

 黒衣の少女は少しだけ驚いた。使い魔の警告からほんの数瞬で、自分の攻撃を防ごうとしている。自分のスピードをもってすれば、ほとんどの相手が防ぐ前に落とされているというのに。

 

(でも、もう遅い)

 

 

 こういう時のためのアークセイバー(保険)だ。

 

 

『Saber explode.』

 

 魔力刃が爆発を起こし、近くのものを吹き飛ばす。

 

「きゃあ!?」

 

 当然、その近くにいた女の子は爆風によって吹き飛ばされ、一直線にこちらに向かってくる。

 なんとかバリアを張ろうとしているものの、それよりも前に黒衣の少女が動く。

 

『Scythe Slash.』

「はぁっ!」

 

 すれ違いざまにデバイスを一閃。斬撃を受けた女の子は魔法の制御もできないまま地面へ落下していく。

 黒衣の少女が振り返った瞬間、落下する女の子と目が合った。

 

(ッ……)

 

 目を見ただけで分かった。あの子は本当にこちらの訳を聞きたいだけなのだと。あれだけ攻撃したにもかかわらず一切反撃しなかったのが何よりの証拠だ。

 少女は、最後の攻撃を行うべきか迷った。もう、これで十分じゃないかと思った。

 

 だが……

 

(……私には、やらないといけないことがある)

 

 全ては、ジュエルシードを求める母のために。

 

 バルディッシュを斧の形状に戻し、四つの魔力弾を展開。それでも、あの子に申し訳ないという気持ちは拭えず。

 黒衣の少女は小さく呟き、

 

「…………ごめんね」

 

 魔力弾を、放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのは!?」

 

 なのはが魔力弾の直撃を受け、吹き飛ばされる。

 ユーノはすぐに駆け出した。

 

(こんな時、魔力が十分あれば……!)

 

 ユーノは、思うように動けない自身に腹が立った。魔力が少ない今の状態では、できることが少なすぎる。一番早く動けるであろう飛行魔法も使えない。

 無いもの強請りをしてもどうしようもない。とにかく走る。

 間に合いさえすれば、魔法陣をクッション代わりにして受け止めることができる。

 

 だが、なのはとユーノの距離はどんどん離れていく。魔力弾が命中した時に発生した爆風のせいで、なのはの身体がユーノとは逆の方向へもっていかれているのだ。

 

(間に合わない!)

 

 そう思った瞬間、ユーノの隣を何かが通り過ぎた。

 

 地面すれすれを高速で飛んでいたそれは、地面に叩き付けられる寸前だったなのはに当たり土煙を舞い上げた。

 ユーノが落下地点に追いつくと、巻き上がっていた土煙が晴れ始める。

 そこでようやく、ユーノは『何か』の正体を見ることができた。

 

「すまない、遅くなった」

「リョウ!」

 

 その正体はリョウだった。

 高速でここまで飛んで来た後、落下するなのはをスライディングキャッチしたのだ。

 リョウが抱えていたなのはを地面にゆっくりと下ろす。なのはの容態を見て、ユーノは眉をひそめた。

 なのははあちこちに傷を作っていた。特に左手がひどい。手首の防具は砕け、その隙間からは血が流れている。

 リョウはなのはとユーノが後ろになるように立ち、デバイスを構えた。見据える先は、黒衣の少女だ。

 こちらを守る態勢をとっていることに気づき、ユーノはなのはに治癒魔法を使った。

 

「あの子が、話にあった魔導師か?」

「うん、見た限りかなりの手練れだ」

 

 治療を行いながらユーノは答えた。

 リョウの本気を見たことがないため断言はできないが、おそらく彼女の実力はリョウと同等かそれ以上。

 そして、守る戦いというものはとても難しいものである。負傷者を守っているこの状況では、こちらが不利だ。

 

(もしここで彼女が攻撃してきたら……)

 

 その時は、身体を張ってでもなのはを守る。せめて、リョウの足手まといにならないくらいには。ユーノはそう覚悟を決めた。

 しかし、それは杞憂に終わったらしい。黒衣の少女はデバイスを下ろし、こちらに背を向けた。

 

「今度は手加減できないかもしれない」

 

 背中越しになのはとユーノ、そしてリョウを見た後に、少女は言った。

 

「……ジュエルシードは諦めて」

 

 そう言い残し、黒衣の少女は姿を消した。

 

 

 

 

 

 幸い、なのはの怪我はすぐに治った。これなら、屋敷の方に戻っても大事にはならないだろう。

 だが、ユーノは心配だった。

 このままジュエルシード集めを続けていれば、またあの黒衣の少女とぶつかることは間違いない。そうなれば、なのはにまた怪我をさせてしまうことになる。リョウに関しても、彼女と戦ってどうなるのか、わからない。

 ここからのジュエルシード探しは、自分一人でやった方が良いのだろうか。

 

(でも、なのはやリョウはどう思うんだろう……)

 

 なのはは、自分の意思でやりたいからと言った。リョウは、大切な人たちを危険な目に合わせたくないからと言った。

 自分が二人の立場で、『もう協力しなくていい』みたいなことを言われたら納得するだろうか?

 

(……納得しないね)

 

 そこまで考えたユーノは答えを出した。

 ひとまず今夜、なのはとリョウと一緒に、今後のジュエルシード探しについて話し合うべきだ。

 

 その日の夜に話し合った結果、二人ともジュエルシード探しを続けてくれることになった。そしてなのはからは、もっと色んな魔法の使い方を教えてほしいとお願いされた。

 もちろん、ユーノは了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒衣の少女の襲撃があった、その日の夜。

 ユーノ達との念話を終えたリョウは、自宅のリビングにて考え事をしていた。

 台所で皿洗いをしているルナの鼻歌を聞きながら、今日の件で疑問に思ったことを頭に思い浮かべる。

 

(あの魔導師は、何が目的でジュエルシードを集めていた?)

 

 ユーノのように『自分のせいでばらまかれた危険物を回収する』といった目的ではないようだ。そうでなければ、なのはを攻撃することもなければ、去り際にあのような台詞も残さない。普通に協力するだろう。

 むしろ、ジュエルシードで叶えたい願いがあるから集めている、と言った方がしっくりくる。

 

(だが、彼女の様子からして暴走体とは何度も戦っているようだった。ジュエルシードがどういうものかを知らないはずがない)

 

 それをわかっていてなお、叶えたい何かがあるのか。それとも、何者かから依頼されて集めているだけなのか。

 いくら考えても、彼女に関しての情報が少ない今ではそこから先が全く分からない。

 これ以上は無駄と判断し、リョウは別のことに頭を巡らせた。

 

 一週間前の戦いでリョウの身に起きた謎の現象のことだ。

 

 あの後、現象のことについてドラグストームに調べてもらってわかったことは一つだけ。たった一つ、だがそれは、リョウにとってとても重要なものであった。

 

 

(ごく微量のエクリプスのエネルギーが検知されたこと……)

 

 

 それは、ドラグストームが記録したデータを注意深く解析した結果明らかになったこと。

 リョウのエクリプスの力を観測、検知するためのプログラムに、ほんの僅かだが反応があったのだ。

 

(エクリプスは、剣で開放しない限り使えないものだったはずだが……)

 

 リョウがエクリプスを使うとき、彼の身体と同化している二本の剣で封印を解除し、解放する必要がある。

 過去に一度暴走(・・)を引き起こして以来、彼はエクリプスを使うことをやめた。使っただけで暴走する力など信じないと、逃げにも諦めにも似た気持ちで決めた。

 現在では剣による訓練こそしているものの、エクリプスの封印は解いていない。

 

 なのに、エクリプスは発現した。

 封印したはずの危険な力、それが少しとはいえ漏れ出ている。普通の人間なら誰もが恐怖するだろう。

 この事実を知った時、最初はリョウも恐怖を抱いた。あの時のように暴走し、大切な人たちを傷つけてしまうのではないかと、恐ろしく感じた。何より、ほんの少しだけであれほどの力を引き出すエクリプスを、純粋に怖いと思った。

 

 だが同時に、それ以上の『信じてみたい』という気持ちがあった。

 

 あの時リョウは、なのはを、ユーノを、町の人たちを守りたいと思った。

 エクリプスの力が発現したのは、そのタイミングだ。

 そして表れた力は、破壊を生み出す力などではなく、脅威から皆を守る力。

 そのおかげで、大切な人たちを守ることができた。

 そこから導き出される答えは……

 

(『守りたい』『力になりたい』という思いが重要ということ……)

 

『思い』という不確かなものを引き合いに出すのは論理的ではないかもしれない。

 だが、リョウにはそう思えてしょうがなかった。

 そして、そう思えるだけの理由が、リョウにはあった。

 

 

 

 

 

 暴走した時、その時の自分は確かに『何が何でも倒す(殺してやる)』という純粋な意思を持って動いていたのを覚えているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

(……確か父さんは、エクリプスを『思いの力』と言っていたな)

 

 エクリプスはもともと、リョウの父であるジンがどこかで見つけてきた古い資料に書かれた『エネルギー』だった。

 幼い頃、リョウはそれを一度見せてもらったことがあるが、当時の彼には非常に難しい内容だった。頭に?を浮かべるリョウに、ジンは微笑みながらこう言ったのだった。

 

『この本には、「人の思いを形にする力」が書かれているんだよ』

 

 ジンの言う通りであるならば、胸に抱く思いによって、エクリプスはその力の在り方を変えるのだろう。

 だとすれば、正しい思いを抱き続ければ、エクリプスを正しく扱うことができるのかもしれない。

 

 リョウは、自身のエクリプスと向き合うことを決めた。

 

(そうだ。もう一度、あの資料や父さんの遺したエクリプスの記録を読んでみるか)

 

 当時は内容を理解できなかったために放っておいた資料。暴走してからはエクリプスを抑え込むことに集中し、見向きすらしなくなったそれらは、読んでおく必要がある。

 

(ジュエルシードに加えて今回の件もある。おそらくエクリプスの力が必要になってくる場面が出てくるかもしれない。どのくらいかかるかわからないが、きっと、使いこなしてみせる。)

 

 そこまで考えた後、リョウは口を開く。

 

「ルナ、ドラグストーム。話したいことがある」

「ん、なに?」

『どうされました、マスター?』

 

 ちょうど皿洗いを終えてリビングに来たルナと、もとから腕にはめている腕時計状態のドラグストームが、リョウに反応する。

 

「明日から、エクリプスを本格的に使いこなしてみようと思う。手伝ってくれないか?」

 

 その言葉を聞いてルナは目を見開き、ドラグストームはその画面を明滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 幕間の出来事①

 

「そういえばリョウ様、先日は野菜を分けて下さってありがとうございます!」

 

 屋敷の案内の途中、ファリンがリョウの方に振り向いてお礼を言った。

 

「お嬢様方のお食事を作る上で市場で直接野菜を見て購入しているのですが、あんなに新鮮で美味しいものは初めて見ました!」

「そうですか、それは良かったです」

 

 リョウが選んだ野菜は、料理を担当する者にとってかなり良いものだったようだ。

 実際、野菜の受け取りに来たアリサの執事――鮫島も、一度野菜を目にした時に驚きの表情を浮かべた後、「これは良い料理が作れそうですな」とホクホク顔になっていた。

 

「次にあのイベントが行われる際は、私も是非とも参加します!」

「え、ええ……頑張ってください」

 

 ファリンの言葉にリョウは少し顔を引きつらせながらもそう言った。

 案内を再開したファリンをチラリと見て優斗が小声で囁く。

 

「……なぁリョウ、ファリンさんがあれに参加したら絶対ダメな気がするんだが」

「俺もそんな気がする」

 

 もしかすると、主婦の方々の波にさらわれて『あ~れ~』みたいなことになるのではないか。ファリンのドジッ娘ぶりを見た以上、そう思ってしまうのは当然かもしれない。

 

(……まぁ、いいか)

 

 結局、リョウは何も言わなかった。

 

 ちなみに次のイベントの際にファリンがどうなったのかは、リョウ達の知るところではない。

 

 

 

 

 

 

 幕間の出来事②

 

 ユーノからの連絡を受け、リョウは屋敷の中を移動していた。さすがに走るわけにもいかず、早歩きだ。

 一応、優斗たちには「トイレに行ってくる」と言って離れた。幸いなことにトイレのある場所は森の近く。逆の方向へ行って怪しまれるようなことはないだろう。

 そうして歩いていると、向こう側から青年がやってきた。

 大学生くらいだろうか。背は高く、好青年なイメージを受ける。

 

 だが同時に、リョウは感じ取っていた。青年から少しだけ出ている、『戦士』の雰囲気を。

 

 身のこなしや足運びが、どことなく自分のものと似通っている。それに加えて、どんな状況にも対応できそうな、隙の無さが青年にはあった。

 

「おや? 君は……」

 

 青年がこちらに気づき、近づいてくる。

 名乗ろうかとリョウが思った時、青年が思い出したように手をポンと打った。

 

「もしかして、リョウ・イスルギ君かい?」

「ええ、そうですが、あなたは……」

「俺は高町恭也。なのはの兄だ。君のことはなのはからよく聞いてるよ」

 

 恭也がそう言ったのを聞いて、リョウは少し不安になった。

 

(余計な事とか話していないだろうな……)

 

 知られて困るようなことは魔法のこと以外には無いつもりだが、大丈夫だろうか。なんとなく厄介なことになりそうな気がした。

 二言三言、恭也と会話を交わした後、リョウは話を切り上げることにした。

 今は急がないといけない。なのは達が待っている。

 この場を去ろうと口を開いた時……

 

「そういえば、君は何か武術を嗜んでいるのかい?」

 

 恭也がそう聞いてきた。同時に、自身の直感が警告を鳴らす。これはとんでもなく面倒なことだと。

 

「少しだけです。それがどうかしましたか?」

「俺は家で剣術を習っていてね。もし機会があれば、俺と模擬戦してみないか?」

 

 ……面倒なことだった。そして今更ながらわかった。目の前の青年は、いわゆるバトルジャンキーに近いものだと。

 確かにリョウは武術のようなものはやっているが、それはあくまでエクリプスを暴走させないための訓練であり、誰かと戦うためのものではない。少なくとも、リョウはそう思っている。

 

「え、ええとですね……」

「無理強いはしないよ。どうするかは君に任せる」

『リョウ、今どこにいるの!?』

『すまない、恭也さんに模擬戦を申し込まれてて動けない! もう少し待っててくれ!』

 

 どこかワクワクとした表情で言う恭也に圧倒され、さらにはユーノから念話で催促され、焦ったリョウが出した答えは……

 

 

「そうですね、機会があれば」

 

 

 聞く側からすれば、了承ともとれる曖昧な答えだった。

 

「そうか! じゃあ、その時は連絡してくれ。これが俺の連絡先だ」

「わかりました。では、俺はこの辺で。トイレに行こうと思っていたので」

「む、そうか、それはすまなかった。じゃあ、また」

 

 すごくニコニコとした表情で、恭也は去っていった。

 リョウは恭也の連絡先を携帯に保存しながら周りに人がいないことを確認し、すぐ近くの窓から森へ飛び出した。

 

 ……後にリョウは、恭也と模擬戦の約束をしたことを色んな意味で後悔することになる。

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

今回はわりと飛ばし飛ばしにしましたが、こうしないとダラダラと話が進みそうだったので、このようにしました。
ちなみに最後のおまけの部分、最初は本編に無理やりねじ込もうとしてました(汗)

次回は温泉回……ではないです。いえ、時間軸的には温泉回なのですが、リョウは行きません(真顔) その代わり、リョウの方であることが起こります。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 調べ物、からの遭遇戦

思ってたより早く投稿できた件。いやまぁ、一か月以上というのは十分遅いんですが(汗)
何はともあれ投稿いたします。温泉回? リョウは別行動です(´・ω・`)

それでは第七話『調べ物、からの遭遇戦』、始まります。


 世間は連休シーズン。

 旅行に行ったり、買い物に行ったり、家でのんびりしたりと、多くの人たちが思い思いに過ごす(仕事で大忙しな人もいるが)。

 そんな中、リョウは……

 

 

「ルナ、今何時だ?」

「夜中の一時だよ。……ねぇリョウ、そろそろ寝たほうが良いよ」

「む。だが、予備知識がない状態でエクリプスを解放するわけにはいかない」

「だからって、鍛錬と食事と睡眠以外の時間を全部使うのはどうかと思うよ? いいから寝る! 明日も休みで時間はあるんだから!」

「……。わかった」

 

 

 大量の紙の資料を読んでいた。

 

 

 エクリプスの力と向き合うことを決めた次の日、リョウはジンの遺品からエクリプスの研究データを記録した特別製の記憶装置を見つけ出した。

 これで少しはエクリプスのことを理解できるかもしれないと、リョウとルナは喜んだ。

 だが、そこからが問題だった。エクリプスのことを何十年と調べていたのは伊達ではなかったようで、その容量が膨大だった。少なくとも一日では読破できないほどに。

 また、これらを全部パソコンの画面で読んだら絶対に目を悪くする、というルナの意見で、中身のデータを全て紙に印刷した。

 

 すると、部屋を埋め尽くすほどの大量の紙の資料が出来上がるわけである。

 

 刷り上がったそれらを整理した後、暇な時間を見つけてはそれらを読んでいたが、内容の難しさと量が量なだけになかなか進まない。

 そこで考えたのが、『連休を利用して一気に読み進める』というものだ。

 実際その効果はあったようで、これまで少しずつ読んでいたこともあり、連休一日目の本日は全体の半分まで読み終えることができた。

 

「それで、エクリプスに関してどこまでわかったの?」

 ルナからの問いにリョウは首を横に振った。

「まだ全部を読んだわけではないから何とも言えないが、あまり手がかりは得られなかったな」

 

 リョウは話しながら部屋を片付ける。資料は部屋のあちこちに置かれており、ベッドの上まで侵食していた。そのため、それらを退けないと寝るスペースが確保できないのだ。

 

「読み進めた辺りまでは、父さんが見つけた古い資料を翻訳した内容と、それをもとにエクリプスを生み出すまでの試行錯誤の数々が記録されていただけだった」

 

 資料を束ねた塊を枕元からどけながら言ったリョウ。その内容にルナがピクリと反応した。

 

「ちょっと待って。原本を翻訳したものなら、何か手がかりがあるんじゃないの?」

 

 ルナの言い分はもっともだろう。

 父がエクリプスの研究を始めたきっかけは件の資料だ。すべてはその古い資料から始まったのだ。ならば何かしらの情報があり、始まりの原点ともいえるそれを得られればエクリプスを理解し、完全に制御できるかもしれないのだ。

 

「俺も最初はそう思った。だが、これを見てくれ」

 

 だが、そうならない理由があった。

 資料の一つをルナに手渡す。そこに書かれているのは、原本の内容をミッドチルダ語に翻訳したものだ。

 それを受け取った瞬間、ルナの目が点になった。

 

「なにこれ」

「多分、暗号のようなもの……だと思う」

 

 その内容は奇妙なものだった。

 まず、まともに読めない。文章として成り立っておらず、かと言ってでたらめに文字を羅列しているわけでもなく、意味を為しているようで為していない。矛盾の塊、理屈と屁理屈の融合、とでも言えばいいのか。

 奇妙奇天烈なその文章は暗号のように見えないこともないが、少なくともリョウ達の知る暗号の解読法はどれも当てはまらなかった。

 

 とにかく、解読しようにもできないのだ。

 

「……翻訳したらおかしな文章になった、みたいなアレかな?」

「肝心の原本が見つかれば、一から翻訳し直せるんだが。この件は後回しにするしかないな」

 

 もっとも、そこに書いてある内容まで翻訳後のものと同じであればどうしようもないが。そう思いながらリョウは近くのバラバラだった資料を一纏めにしていく。すでに隣には資料の束を積み重ねたタワーが何本もできていた。

 

 

 

「それにしても……片付かないね」

 

 

 

 ルナがげんなりとした表情で周囲を見渡す。会話をしている最中も片付けていたはずなのに、書類の山が一向に減らないのだ。正直最初とあまり変わっていない気がした。強引に床にばらまくなり部屋の外に追い出すなりすれば簡単だろうが、それをすれば後が大変だ。

 これでは、いつまでたっても睡眠をとることができないだろう。

 

(片付けは明日にした方が良いかもしれないな。今日はリビングのソファーで寝ることにするか)

 

 

 

 

 結局リョウは、ルナと同じベッドで寝た。理由は簡単、ルナが『ちゃんとベッドで寝ないと体を痛めるよ!』と猛反対したからだ。

 ちなみに、寝惚けたルナが抱き枕か何かと勘違いしているのかやたら抱きついてくるので、リョウはなかなか寝付けなかった。

 

 だが、調べ物による疲労か、彼女の包容力によるものか、はたまた幼い頃に一緒に寝ていた時の感覚が甦ったのか。気づいた時には眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

『おはよう、リョウ。今大丈夫?』

「む……」

 

 翌日の早朝、目を覚ますと同時にユーノから念話で連絡が来た。

 

『……ああ、おはよう』

 

 念話に応じながら隣を見ると、ルナはすでにいなかった。今日はルナが朝食の当番なので、先に起きて作りに行ったのだろう。

 

『なんだかすごく眠そうだね。また後にした方がいいかな?』

『問題ない。それよりも、話はなんだ?』

 

 いつも通りの起床時間だが昨日は普段よりも遅く寝たために、今日のリョウの寝起きはかなりぼんやりしていた。だがユーノからの報告を受けて眠気は一気に吹き飛んだ。

 

『僕達の旅行先で、あの魔導師が現れたんだ』

『何?』

 

 なのははこの連休を利用して家族とともに温泉旅行に行っている。

 この旅行にはなのはの友人も誘われており、アリサとすずかと優斗、そしてすずかの姉とメイド達も一緒だ。

 全員温泉が好きな方なので、旅行の前日は皆はしゃいでいたのをリョウは覚えている。

 

 ちなみにリョウはエクリプスのことを調べるために、なのは達には『調べ物がある』と言って温泉の件を断った。

 ……別に、資料そっちのけで一緒に行けば良かったなんて思っていない。

 

『り、リョウ、どうしたの? なんだか落ち込んでるみたいだけど……』

『いや、気にするな。それより話の続きを頼む』

『う、うん』

 

 ユーノの話によると、昨日の深夜に温泉の近くに落ちていたらしいジュエルシードが暴走した。なのは達が駆けつけた時には、先日の魔導師によってすでに封印されていた。

 その後なのはが話し合いを試みたが相手は拒否し、戦闘に突入。結果、実力の差によってあと一歩のところまで追い詰められた。

 

『そして、レイジングハートがなのはを守るために、ジュエルシードの一つを渡した、と』

『うん、あの子は本当に強かった。強力な使い魔も従えていたから、魔導師としてもかなり優秀だ』

『そうか……なのははどうしている?』

『幸い、あの時みたいな怪我はしてないから元気にしてる。今はアリサ達と一緒にお土産を選んでるよ』

 

 けど、とユーノは続ける。その声は心配げだ。

 

『あの後から、時々思い詰めたような表情をしているんだ』

『決心が、揺らいでいるのか?』

『そういうわけじゃないみたい。なのはが言うには、あの子が気になってしょうがない、だそうなんだけど、なのは自身もよくわからないって』

『本人にわからない以上、自分で答えを見つけるまで待つしかないだろう。もしなのはが何かアドバイスを求めてきたら、その時に力になればいい』

『そうだね……』

 

 そう返すユーノだが、やはりなのはのことが心配らしい。

 ひとまずリョウは話題を変えることにした。

 

『ところで、向こうで温泉は楽しめたか?』

『え!?』

 

 なぜか、ギョッとしたような声が返ってきた。

 

『ユーノ?』

『あ、う、うん! すごくよかったよ!?』

『?』

 

 ひどく慌てた様子のユーノ。無難な話を選んだつもりが逆効果だったらしい。

 

(一体向こうで何があったんだ?)

 

 気にはなったがあまり触れてほしくなさそうだったので、あえて聞かないことにした。

 その後は少しだけ雑談して、リョウとユーノは念話を終えることにした。

 

『それじゃあ、僕はこの辺で。それと、リョウの方でジュエルシードが暴走したら彼女たちにも気を付けて。もしかすると、もうそっちに移動しているかもしれないから』

『わかった』

 

(それにしても、あの魔導師の行動範囲はかなり広いようだな。ユーノ達のいる旅館は海鳴市(ここ)から山二つ分くらいは離れているはずだが)

 

 念話を終えて、リョウは考える。

 例の魔導師は、なのは達よりも先にジュエルシードを見つけ、封印している。

 ジュエルシードは暴走していない時はとことん見つからないものだ。そんなものをこの広範囲から、短期間で見つけ出すことはもっと難しいだろう。それを行うとしたら、それなりの人手が必要なはずだ。

 だが今日までの時点でその仲間と思われるものは、なのは達の出会った使い魔以外に確認できない。単に遭遇していないだけかもしれないが、その場合あの魔導師が遠く離れた場所まで出向く必要がない。エリアごとに手分けすればいいからだ。

 

(だとしたら、どんな方法で……)

 

 リョウはそこから別の可能性を考えようとするが、なかなか思い浮かばない。こういう時に何も出てこないのはもどかしいものだ、とリョウは思った。

 

(……とりあえず下に降りてルナを手伝うか)

 

 リョウはドラグストームを腕に巻き、ベッドから降りる。

 あの資料を今日はどこまで読み進められるか。そう考えながら部屋のドアに向かった。次の瞬間。

 

「リョウ、大変だよ!」

 

 リョウが開けるよりも先にドアが開き、ルナが入ってきた。よほど急いできたのか、少し息切れしていた。

 ルナは基本的にノックをして部屋に入る。それがノックなしに入ってきたということは。

 

(何か大変なことでも起きたのか!?)

 

 思わずリョウは身構える。なんであれ、まずは話を聞く必要がある。

 

「とりあえず落ち着け。何があったんだ?」

 

 ルナは乱れた息を整え、一言。

 

 

「食材を、切らしちゃった」

 

 

 その一言に、リョウはカクンと脱力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、調べ物に没頭していたせいで買い出しを忘れていたとは……すまない」

「ううん、私も早く気付くべきだったよ。ごめんね」

 

 結局、朝食は近くのハンバーガーショップで済ませ、商店街へ向かうリョウとルナ。

 ルナは一人で行くと言っていたが、思っていたよりも食材が少ないために買う量が多く一人では持ちきれないことと、残った資料はまた時間がある時に読むということで、そのまま二人で買い出しに行くこととなった。

 

「うーん、こういう時に車があったらなぁ……」

「なら免許を取りに行けばいい。お金には余裕があるし、お前はこの世界では成人という設定だ。この世界の戸籍もあるから問題はないと思うが」

「でも、自動車教習所って暴言や嫌味を言ってくる人が多いんでしょ? そんな人から教わるのは嫌だな」

「ひどい偏見だな……」

 

 そんな会話をしながらリョウは手元のチラシを見る。今朝の朝刊に挟まれていたものだ。

 海鳴商店街が出しているそのチラシには、本日のお買い得商品が掲載されている。その中の『本日のオススメ!!』の欄には、ニンジン、ジャガイモ、玉ネギ、手羽元、しめじ、カボチャが載っていた。どれも普段に比べて安い。

 

(さて、どうするか……)

 

 家に残っている材料とチラシの食材を頭の中で掛け合わせ、今日のメニューを考える。その過程で、久々に食べたいものが思い浮かんだ。

 

(そういえば、以前ミッドチルダから取り寄せたアレがまだ残っていたな)

 

 丁度、それに必要なものが揃っていることを思い出し、メニューはすぐに決まった。

 

「ルナ。今日はシチューにするか」

「! それってもしかして……」

「ああ、父さん直伝の特製カボチャシチューだ」

「やったぁ!!」

 

 ルナが喜びのあまり飛び上がり、それを見た奥様方にクスクスと笑われて赤面した。

 やれやれとリョウは苦笑しながらも、ルナの喜びようは仕方ないと思った。

 

 そのシチューは、二人にとってジンとの思い出の料理である。自分たちの誕生日の時はもちろんのこと、ジンの機嫌が良い時や、何か良いことがあった時は、決まって作って食べていた。

 材料のうちいくつかはミッドチルダでしか取り扱っていないものだ。この世界にいる以上それらは取り寄せる必要があるために、今ではたまにしか食べられない特別なものなのだ。

 

(そういえば、ここ最近まったく作っていなかったな。何か月ぶりだろうか……)

 

 そう思うと、ますます食べたくなってきた。必要な食材も今日は安くなっているため、早く行かないと売り切れるかもしれない。

 その前に、恥ずかしさで悶絶しているルナに声をかける。

 

「早く来ないと置いていくぞ?」

「わわ、待ってよ~」

 

 なんとか立ち直ったルナが慌ててリョウの後を追いかける。

 ルナが追いついたのを背中で感じながら、リョウは商店街へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、たくさん買ったね!」

「そうだな」

 

 食材を買い終えたリョウとルナは海沿いの道路を歩きながら自宅に向かっていた。

 食材の詰まった買い物袋は全部で三つ。一つはリョウの右手に、もう一つはルナの左手に、最後の一つはリョウとルナが空いた手で一緒に持っている。

 最初はリョウが二つ持つつもりだったのだが、それはルナも同じだったようで、互いに自分が持つと言っているうちに『なら、一緒に持とう!』とルナが提案し、こうなったのである。

 海から流れてくる風を肌で感じながら、ルナの歩調に合わせてゆっくりと歩く。

 

(そういえば、初めて買い物に行った時もこんな感じだったな……)

 

 ふと、昔の記憶を思い出す。

 何年も前、ルナがリョウの使い魔になってからしばらくした頃、ジンから買い物を頼まれたことがあった。その時はルナも連れて行き、頼まれた品を買った。

 あの時は二人が幼かっただけでなく荷物自体が割と重めだったので、途中で休んで運び方を工夫したりしながら苦労して持って帰っていた。

 今ではお互い成長し、昔は両手でひーこら言いながら持ち上げていた買い物袋も、片手で持てるようになった。

 

(なんというか、本当に時が経つのは早いものだな)

 

 昔のことを懐かしく思った時。

 

「……?」

 

 視界の端で、何かが光ったような気がした。

 すぐにその方向へ顔を向けるが、そこには砂浜が広がっているだけだ。光はすでに消えたらしく、それらしいものはどこにも見当たらない。

 

(ガラス片か何かが太陽の光を反射したのか……?)

 

 そう思ったリョウだが、どうにもそのまま素通りできない。さっきの光を放っていたら、何かマズいことが起きる。嫌な予感がしてならないのだ。

 突然立ち止まったリョウに、ルナが声をかける。

 

「リョウ、どうしたの?」

「今、あそこで何かが光ったような気がしてな……ちょっと見てくる」

「わ、ち、ちょっと!」

 

 左手の買い物袋を掴んだまま砂浜の方へ向かおうとしたため、ルナがつんのめる。リョウはルナに謝った後、彼女と歩くペースを合わせて改めて砂浜へ向かう。

 

 探し物は、思ったより早く見つかった。

 

 海水を含み固くなった波打ち際の砂浜。そこに埋もれていたのは、菱型の青い宝石。微かに魔力を感じるそれの中央には、十三を意味する数字が刻まれている。

 

「これって……ジュエルシード!?」

 

「幸い暴走はしていないが何が起きるかわからない。今のうちに封印する」

 

 買い物袋を一旦置き、リョウはドラグストームをデバイス状態にする。ルナも人払い用に結界を展開、準備を整えた。

 リョウは封印術式を起動する。ジュエルシードの事件が起きてからルナに何度も教わり、つい最近ようやく会得したものだ。

 足元に藍色の魔方陣が展開され、封印の力を宿した旋風が周囲に吹き荒れる。

 

「ジュエルシード、封印」

『sealing.』

 

 ドラグストームを指揮棒のように振るうと、旋風が一斉に放たれジュエルシードを包み込む。

 風の嵐が止んだ時、そこには再封印されたジュエルシードが転がっていた。

 

「これで大丈夫だ」

 

 空いている左手でジュエルシードを拾い上げる。

 後は、これをなのは達に渡せば大丈夫だろう。彼女達は今日の夜に海鳴市に戻ってくる予定だ。明日から早朝トレーニングを再開するから、その時に渡すとしよう。

 リョウがそう思った時だった。

 

「リョウ、結界に誰か入ってきたよ! 反応は二つ、どちらも魔力を持っている!」

 

 ルナが警告する。『魔力』『二つ』というワードから、なのはとユーノがもう戻ってきたのかと思ったが、すぐに違うと判断する。

 あの二人であるならルナは名前を言う。しかし、彼女は今『誰か』と言った。

 ルナの知らない何者かが侵入してきたということだ。

 

(まさか……)

「ルナ、買い物袋を全部持って後ろに下がってくれ。念のため荷物は魔法で保護してくれ」

 

 ユーノが今朝言っていたことを思い出し、ルナに下がるよう指示する。ついでに戦闘に巻き込まれないように、自分の持っている買い物袋を預ける。せっかく買い揃えたものを台無しにされてはたまったものではない。

 ルナが下がったのを確認し空を見上げると、そこに侵入者はいた。

 

 

「見つけた、ジュエルシード」

 

 

 一人は、前回遭遇した黒衣の少女。あの時は距離が離れていたためによくわからなかったが、全身の半分を覆っている黒いマントの下は軽装タイプのバリアジャケットになっている。血のように紅い彼女の瞳は、強い意志を持っているにもかかわらず、寂しげな感じがした。

 

 もう一人は、高校生くらいの女性。オレンジに近い赤髪を長く伸ばし、額には赤い宝石のようなものがついている。おそらく、ユーノが言っていた使い魔だ。こちらを睨みつけて威嚇している彼女の頭には犬のような耳、腰からは尻尾が生えていることから、イヌ科の動物が素体だろうか。

 

『リョウ、どうするの?』

『話し合いだけで何とかしたいところだがな……。戦闘になったら、俺だけで相手する』

 

 ルナが後ろに下がりながら念話を送ってきたので、それに応じる。

 

『彼女たちの狙いは俺の持っているジュエルシードだ。ルナは、向こうに襲われない限りは俺が指示を出すまでは何もしないでほしい』

『了解。気をつけて』

 

 ルナと念話を終えながら、相手の様子をうかがう。少女と使い魔は砂浜に着地し、こちらを見据えている。

 リョウとの距離は近すぎず遠すぎず、だが戦闘可能な距離を保っている。相手はバリアジャケットを纏ってデバイスも携えており、臨戦態勢。その気になればすぐにでも襲い掛かってくるだろう。

 黒衣の少女はリョウの手にあるジュエルシードを一瞥した後、リョウに視線を向けて告げる。

 

「ジュエルシードを渡してください」

 

 リョウは考える。

 黒衣の少女の目的はまだわからないままだ。だが一つだけ確かなことは、なのは達を攻撃してまでジュエルシードを集めようとするほどの何かが彼女にはあるということだ。

 

 それが人々を危険に晒すようなものだった場合、絶対に渡すわけにはいかない。

 

「渡すかどうかは俺が決める。その前に、俺の質問に答えてくれないか?」

 

 相手の目的を明らかにする必要がある。リョウは相手の要求を一旦保留にし、質問を投げかけようとした。

 だが少女はそれを拒む。

 少女はデバイスを向けながら言った。

 

「……貴方に話すことは何もありません」

「これがどれほど危険なものかは知っているはずだ。お前たちの目的次第では――」

「ごちゃごちゃうるさいねぇ。あんたはおとなしくソレを渡せばいいんだよ!」

 

 相手の使い魔が一歩踏み出し声を荒げる。

 有無を言わさぬ脅しのようにも捉えられる使い魔の声。その声がリョウには、どこか焦っているようにも聞こえた。

 

 まるで、自分の主を酷い目に合わせたくないかのような……

 

「ジュエルシードは諦めて、と私は言ったはずです」

 

 リョウが思考を進めようとしたところで、黒衣の少女がデバイスを構える。

 

「渡してくれないのなら……」

(……来る)

 

 もう、戦闘は避けられない。

 その事実を残念に思いながら、リョウは少女の動きに警戒する。

 

「力づくで、奪わせていただきます」

 

 その一言と同時に少女の姿が消える。

 すぐにリョウは行動する。瞬時にバリアジャケットを展開しながらドラグストームを左側に翳し、ジュエルシードを握った左手をかばう。

 次の瞬間、デバイス同士が打ち合わされる衝撃とともに黒衣の少女が目の前に現れる。

 少女は少しだけ顔をしかめるが、防がれること自体は想定内だったらしい。すぐに距離をとり、魔力弾を放ってきた。

 

(やはり、ジュエルシードを狙ってきたか)

 

 横に転がることで魔力弾の雨を躱すリョウ。それと並行して、片手がふさがったままでは上手く戦えないのでジュエルシードをドラグストームのコア部分に収納する。

 同時に背後から気配を感じたリョウは、即座に飛行魔法で空中へ飛ぶ。直後、少女のデバイスの一撃が、リョウがさっきまでいた空間を薙いだ。

 空中に逃げながら、リョウは相手の実力を分析する。

 

(スピードを生かし、接近戦と射撃で相手を追い詰めるスタイル。俺と同じ戦い方だが……)

 

 相手はリョウよりも速い。バリアジャケットの軽量化によるものだけでなく、リョウを上回る先天的な速さがある。加えて腕利きの講師に教わったのか、速度を生かした戦い方が上手い。

 

(さすがに、あの時のなのはと同じやり方ではキツイな)

 

 このまま防御と回避に徹していれば、いずれ墜とされてしまうだろう。

 少女はリョウの後ろを追いながら魔力弾を次々と放ち、距離を詰めてくる。

 そろそろ反撃に出るか。魔力弾をドラグストームで破壊しながらそう考えた時……

 

「さっさとソレを渡しなッ!」

 

 真横から雄叫びとともに相手の使い魔が突撃してくる。

 そして下では、黒衣の少女が新たな魔力弾を生成して構えている。リョウが使い魔の攻撃を躱した場合その方向へ、もし防御したなら畳み掛けるように撃ち込むつもりだ。どちらを選択されてもある程度は動きを止められるため、少女たちは次の攻撃につなげることができる。

 

(……)

 

 しかしリョウは普段の訓練でこういった多方向からの攻撃の対処は何度も練習している。そしてこの状況で回避または防御の選択肢は、リョウの中には存在しない。

 代わりに、使い魔の方に突っ込んでいった。

 その行動に使い魔は『上等』と言わんばかりにニヤリと笑って迎え撃ち、少女は魔力弾を維持したまま使い魔の援護に向かう。

 

「アタシに接近戦を挑むのかい? 舐められたモンだね!」

 

 使い魔は懐に飛び込もうと一気に加速し、打撃を打ち込むために右腕を構える。

 

(この使い魔、格闘戦が得意なようだな)

 

 見ただけでわかった。リョウはエクリプス関係の訓練の一つとして徒手空拳での戦い方も練習しているため、相手が手練れであることが見てとれた。

 使い魔の言葉も、それだけ実力があるという自信の表れだろう。

 

(だが、特に問題はない)

 

 懐に入られる前にリョウは身体を捻り、攻撃を躱しながら相手の真横へすれ違うように移動。同時に、デバイスを持っていない方の手を伸ばし使い魔の足首を掴む。

 

「なにッ!?」

 

 こちらに向かって突撃してくる相手に無理矢理掴まったことで腕が思い切り引っ張られる。だがリョウはその勢いを利用し、魔力変換で生み出した風を相手にぶつけて加速させながら、自分を中心に高速回転。

 

 そして、手を離した。

 

「うわぁ!」

「アルフ!?」

 

 ”アルフ”と呼ばれた使い魔は遠心力に従って放り投げられる。その進行方向には、黒衣の少女がいる。

 

「くッ!」

 

 少女は驚きながらも直ぐさま対応。発射寸前だった魔力弾を味方に当てないよう全て霧散させ、投げ飛ばされてきた使い魔をギリギリで躱し、正面衝突を避ける。そのまま入れ替わるようにリョウに飛び込んでくる。

 

「はぁッ!」

 

 少女がデバイスを横薙ぎに振るってきたのを上体を反らして躱し、後ろへ下がる。

 少女は追撃をせず身を屈める。その上を輪のような何かが複数通過した。

 リングバインド。拘束魔法の一つだ。それに当たれば拘束用の術式が発動し、対象をその場に固定する。基本的なものだけにそこまで拘束力はないが、それでも少しの間だけ敵の動きを止めることはできる。

 ここで動きを止められるわけにはいかない。リョウは魔力弾を撃ち込みバインドを破壊する。

 だが状況はまだ止まらない。

 

「さっきはよくもやってくれたね!!」

 

 破壊によって生じた魔力の粉塵を突き破ってアルフが突撃。さらに背後には、瞬間移動した黒衣の少女が現れ、デバイスを振りかぶる。

 

「行くよ、アルフ!」

「あいよ!」

 

 その掛け声を合図に、二人が猛攻を開始する。

 

 少女がデバイスを振るい、その隙間を縫って使い魔が拳と蹴りを叩き込む。時には魔力弾や拘束魔法でリョウの動きを止めようとする。さらに前衛と後衛をたびたび入れ替えることで、片方の戦い方のパターンに慣れさせないようにする。これらの複雑な組み合わせを、二人は息もつかせぬ勢いで繰り出していく。

 

 黒衣の少女と使い魔のコンビネーションは相当なものだった。並みの魔導師であれば、最初の数撃で墜とされていたことだろう。

 

 だがリョウは、一対多の戦闘に関しては常人を遥かに上回っている。リョウにとってみれば、普段行っているエクリプス用の特訓に比べれば『ぬるい』といった感覚だった。

 何度も繰り出されるデバイスの斬撃を、ドラグストームで打ち合い相殺する。何度も放たれる拳と蹴りの嵐を、デバイスに加え自身の手と足も使っていなす。隙を見ては発射される魔力弾と拘束魔法を、こちらの魔力弾とデバイスで破壊し、時に躱す。

 彼女たちに追随する、いや、追い抜く勢いで、リョウは猛攻を捌いていく。

 段々と少女と使い魔の顔に焦りの色が見え始める。そして、二人の連携がほんの僅か崩れる瞬間。

 

「ウインドウェイブ!」

 

 自分の周囲に風を巻き起こし、二人を吹き飛ばす。

 突風から体勢を立て直した少女と使い魔が目配せをする。おそらく念話でやり取りをしているのだろうが、その内容まではわからない。

 次の瞬間、使い魔が主から離れ、猛スピードで移動した。向かった先はリョウではない。

 

 ルナが隠れている物陰だ。

 

(ルナを人質にするつもりか!)

 

 使い魔を止めようとリョウが動くが、目の前に黒衣の少女が割り込み、行く手を阻む。

 

「行かせません」

 

 再びデバイス同士がぶつかりあい、鍔迫り合いとなる。リョウは何とか引き離そうとするが、その度に少女がデバイスを押し付け、移動させまいとする。

 

(! この子……)

 

 鍔迫り合いによって少女の顔が間近にある。そこでリョウは気づいた。

 よく見ないと気付かないような薄い隈が、少女の目の下にあった。なんとなくだが、どこかやつれているようにも見えた。

 

(まともな休憩をとっていない、のか?)

 

 だが、こうして拮抗している間にも使い魔はルナに急接近する。それだけではなく、光を放ちながらその姿を変えていく。

 ルナの近くに着地した光が収まった時、そこには巨大な赤毛の狼がいた。

 大人が一人乗れそうな大きな体躯。細くしなやかで、なおかつ力強い四肢。額には、人間状態だったときにも付いていた赤い宝石状のものがあった。

 

「痛い目見たくなかったらおとなしくしな、お嬢ちゃん?」

 

 その見た目は、誰が見ても『凶暴そうな狼』と答えるもの。普通の人間なら恐怖に支配されてその場を動けなくなるだろう。仮に逃げ出したとしても、使い魔は拘束魔法が使えるから意味を持たない。

 だが、リョウは焦りもしなければ不安もない。サポート型とはいえルナも使い魔、そんじょそこらの魔導師に後れを取らない程に優秀だ。そして、こういう状況を想定してトラップ(・・・・)を仕掛けていることは、戦闘の合間に彼女の様子を見た時に知っている。だから、このことに関しては問題ないと思っている。

 

 ただ、アルフが狼形態になったのを見て『あ、ヤバい』と思った。

 

 反射的にルナの方を見る。

 ルナはどこかウズウズとした様子だ。そして彼女の両手は、注意深く見なければ気づかないほど小さな動きだったが、怪しい動きをしていた。

 

 擬音を付けるとすれば『わきわき』だろうか。

 

(不味いな……ルナの悪い癖(・・・)が出た)

 

 何であれ、次にどうするかは決まった。相手の使い魔が動く前に、そしてルナの抑えが効かなくなる前に指示を出す。

『ルナ、その使い魔を捕まえてくれ』

『……は~い』

 残念そうな声が返ってくると同時に、ルナの周囲が爆発、砂煙に覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(砂の中に魔力スフィアを埋めて、それを爆発させることで一時的な目眩ましにしている……)

 

 黒衣の少女は突然の事態に驚くものの、何が起きたのかはすぐにわかった。しかし今、自分の使い魔は砂煙で見えなくなっている。少女は念話を送って状況を確認しようとした。

 もともと、こちらの邪魔をせずただ隠れているだけの彼の仲間に手を出すつもりはなかった。しかし、思いのほか相手が手練れであったため苦戦してしまった。そこでアルフが、相手の仲間を人質に取って有利に立とう、という提案をした。攻撃らしい攻撃をしていないことから相手がまだ本気を出していないことはわかっていたので、その前にどうにかした方が良いと考え、少女は仕方なくその作戦に賛成したのだ。

 

 相手の味方や護衛対象を人質にする、それは戦いにおいて有効な手段である。よほど非情な性格でない限り、人質を取られた側は要求を飲まざるを得なくなる。

 

「ぐぁッ!」

 

 だが、それは何の対抗手段もなければ、の話だ。

 

 煙の中から悲鳴が響く。声の発信源は、アルフだ。

 急いでアルフの安否を確認しようとする前に砂煙が晴れ、悲鳴の理由がわかった。

 

「く、くそッ、離せ!」

 

 アルフは地面に縫い付けられていた。

 その上にいたのは、人質にしようとした女性ではなく、巨大な鷲。

 狼形態のアルフよりも一回り大きく、その背中は大人が乗っても余裕があるほど広い。太く強靭な脚部はアルフの首元と腰をガッシリと掴んで離さず、全体重をかけることで脱出を許さない。

 

「アルフ!」

 

 すぐに助けに行こうとするも紺色の魔導師が先回りをして、道をふさぐ。

 

(まずい、このままじゃ!)

 

 完全に立場が逆転している。

 戦いを有利にしようとしたはずが、逆に人質をとられて劣勢に陥っていた。

 

「どうする、まだ続けるか?」

 

 紺色の魔導師がこちらを見据えて言った。薙刀型のデバイスを構えているその姿には、隙というものが見られない。

 最初は自分でもどうにかできる、ジュエルシードを手に入れることができると思っていた。だが、相手が反撃を始めた途端、歯が立たなくなった。上には上がいると、思い知らされた。

 だが、まだ諦められない。少女はなんとか突破口を開こうと思案を巡らせようとした。

 その前に、魔導師が言った。

 

「少なくとも今のお前では(・・・・・・)俺には勝てない」

 

 淡々と告げるその一言に、思わず頭に血が昇りかける。

 魔法を教えてくれた山猫の使い魔を、自分と共に戦ってくれるアルフを、今は厳しいがきっと昔のように笑ってくれるはずの母を、そして今までの自分を否定されたような気がした。

 しかし、魔導師の言葉をどこかで納得してしまっている自分もいた。現に自分の攻撃はおろか、アルフの攻撃も、アルフとの連携も悉く防がれ、躱され、相手はまともなダメージを受けていない。

 その事実が、少女の頭から選択肢を奪う。

 もう、本当にどうすることもできないのか。少女が歯噛みした時。

 

「ふざけるな!」

 

 彼女の使い魔、アルフが叫んだ。

 

「アタシのご主人様は強いんだ! アンタなんかすぐにコテンパンにできるんだよ!」

 

 そして、アルフが雄叫びを上げると同時に周囲の砂が巻き上がる。

 

「ウオォォォオオオオ!!」

 

 アルフが、自身の魔力を放出したのだ。

 ただ全力で、でたらめに撒き散らすだけの無茶苦茶な行動。だが彼女の行動は、敵に隙を生み出した。

 

「うわ、とと!?」

 

 魔力流に煽られたことで鷲の使い魔がよろめき、拘束が緩む。

 もちろんアルフはそのチャンスを逃さない。すぐに抜け出し、鷲の使い魔に襲いかかる。

 

『フェイト、今だよ!』

 

 そして、少女――フェイトにもチャンスが訪れる。アルフに言われて視線を向けると、そのチャンスに気づいた。

 突然のことに驚いたのか、視線を向けるだけだった紺色の魔導師が、アルフの方に完全に振り向いているのだ。

 

 つまり今の相手は、こちらに背中を晒している状態だ。

 

『ソイツに一発かましてやりな!』

 

 アルフの力強い声に諦めの感覚が吹き飛んだフェイトは、バルディッシュを構えながら超高速移動魔法である『ブリッツアクション』を起動する。

 

(今なら!)

 

『ブリッツアクション』によって周囲の景色が瞬く間に後ろへ流れ、敵との距離も詰まる。

 紺色の魔導師は何の構えもとっていない。いまだ背を向けた状態だ。

 バルディッシュを振りかぶる。相手はまだ、動かない。

 

(とった!)

 

 こんな隙だらけの姿を晒しておいて何が『俺には勝てない』だ。

 私は強い。今まで実戦で負けたことは一度もない。アルフだって私のことを強いと言ってくれた。魔法の先生だったリニスからもたくさん学んで褒められたんだ。

 そして、今まで培ってきた力で母さんの笑顔を取り戻す。こんなところで、立ち止まってなんかいられない!

 

 それらの思いをのせ、フェイトはバルディッシュを背中目掛けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その刃は届かなかった。

 

 いつの間にか背中に回された薙刀型のデバイスによって受け止められていた。

 

(そんな!)

 

 フェイトは驚いた。バルディッシュが背中に当たる直前まで、相手は何もしていなかった。なのに攻撃は止められた、まるで瞬間移動したかのように現れたデバイスによって。

 

(まさか、バルディッシュが命中する直前に、デバイスを割り込ませたというの!?)

 

 フェイトの目に、紺色の魔導師がとてつもない脅威として映った。

 

「いい一撃だ」

 

 こちらを見ずに話す魔導師の声は、どこか恐ろしく聞こえた。

 

「今のは、流石に焦ったぞ」

 

 紺色の魔導師がデバイスを一気に跳ね上げる。それによってバルディッシュが腕ごと上に持ち上げられ、フェイトの胴ががら空きになる。

 

(不味い!)

 

 相手がこちらに振り向こうとする。デバイスを構え直していることから、振り向き様に一撃を叩き込むつもりだ。

 持ち上げられたデバイスを手元に戻すより早く、相手の攻撃が来るだろう。ならば後ろに下がって射程外に逃れる方が良い。

 フェイトは魔導師の動きに警戒しながら距離を離そうとする。

 魔導師がこちらに振り向く過程で、顔を向けてきた。

 

 その時、フェイトは紺色の魔導師と目を合わせた。

 

 

 合わせてしまった。

 

 

 

 

「――!?」

 

 

 

 

 今までに見たことのない目。自分を叱る時の母でさえしない、フェイトの経験したことのない『何か』が込められた冷たい目。

 

 ゾクリ、とした感覚が全身を駆け巡り、肌が一気に粟立つのを感じた。距離を取らなければいけないのに、身体が硬直して動けない。

 

 

 

 そして気づけば、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の身体から、鮮血が噴き出ていた。

 

 

 

 相手のデバイスによって右脇腹から左肩へ逆袈裟懸けに切り裂かれた光景(・・)を認識したと同時に、フェイトの意識は途絶えた。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

ちなみにフェイトですが、死んでません。なのはForce六巻を読んだ人なら、何をしたのかわかると思います。

嗚呼、時間がほしい(切実)。 同情するなら時間をくれ!

次にあなたは「つべこべ言わずにとっとと書かんかい」という! 

仰る通りで(´・ω・`)

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 その感覚の正体

「作者、事情を説明してもらおうか?」
「今少し時間と予算をいただければ……」
「弁解は罪悪と知りたまえ!!」

更新が無茶苦茶遅いことをパロディを交えて自虐ネタにしがちな今日この頃。

ここ最近お仕事が忙しいもので、なんでこうも連続で次から次h(キングクリムゾン!)

何はともあれ投稿いたします。……ところで皆さん、狼形態のアルフやザフィーラの毛って、すごくモフりがいがあると思いません?

それでは第八話『その感覚の正体』、始まります。


「温泉土産と言えば温泉饅頭でしょ!」

「いや、温泉卵だろ!」

「「なのはとすずかはどっちが良いと思う!?」」

「え、えーと」

「にゃはは……」

 

 海鳴温泉でのお泊り二日目。『お土産は何がいいか』について優斗とアリサが激突している。

 その議論にすずか共々巻き込まれながら、なのはは昨日の夜の戦闘を思い出していた。

 

(……フェイトちゃん)

 

 戦いはなのはの負けだった。すずかの家での出来事の後、リョウとユーノだけでなくレイジングハートにも特訓を付けてもらった。だが、それでもフェイトの実力には届かなかった。

 負けたことは確かに悔しい。自分が不甲斐ないせいでジュエルシードを奪われてしまった。

 

 だがそれ以上に、フェイトの悲しげな目が気になっていた。今でも、目を閉じればすぐにあの子の姿が脳裏によみがえる。

 

(私は、あの子とどうしたいんだろう……)

 

 そう考えているうちに議論は終わり、お土産はなぜか煎餅に決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あ! おかえり、ママ!

 

『ただいま、■■■■。いい子にしてた?』

 

 うん! ママの言う通り、ちゃんといい子にしてたよ! パパもおかえり!

 

『あ、ああ。ただいま、■■■■』

『ふふ、■■もそろそろ「パパ」って呼ばれるの慣れないとね。今度の仕事が終わったら私たち、晴れて夫婦になるんだから』

『それはそうだけど……というか結婚の話をして以来、職場の皆にまで「お父さん」だの「パパ」だの呼ばれ始めてるんだけど』

『それはアレよ、貴方からお父さんオーラがあふれでてるからよ。元から「お父さん」って感じしてるもの』

『……。と、とにかく、今日は■■■■の誕生日だ。今日の夕飯は、僕に任せてくれ』

 

 おぉ、パパが晩御飯を……ということは。

 

『よかったわね■■■■、今夜はパパの特製シチューよ』

 

 ホント!? やったぁ!

 

『ちょ、■■■■、僕はそんなに運動神経が良くないから急に抱き着いたら、うぉわっ!?』

『あらあら、大丈夫?』

 

 ママ、パパ、二人とも大好き!!

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……」

 

 フェイトは目を覚まし、寝起きで視界が優れない眼をこする。

 

(なんだか、すごく懐かしい夢を見たような……)

 

 そんな気がするがそこまでだった。夢を見たという記憶はあるのにその内容が最初から無かったかのように記憶から抜け落ちている。

 眠る時に見る夢には、起きた後も覚えているものと、何か見た気はするが思い出せないものの二種類がある。今回自分が見たのは後者だろうと判断し、フェイトは気にしないことにした。

 今はそれよりも――

 

(なんで、私は寝ていたんだろう……)

 

 かかっていた毛布をどけて起き上がろうとしたが、思っていたよりも疲労が溜まっていたようで身体が気だるく、なかなか起き上がれない。

 フェイトはこの世界に来てから、ほとんどの時間をジュエルシードの探索に費やしてきた。母親のためにと、とにかく頑張っていた。しかし休みなく活動していれば、当然身体に負担がかかる。今回睡眠をとったことで休まなかった分の反動が一気に押し寄せているのだ。

 

 仕方なく首だけを動かして辺りを見渡す。

 

 知らない場所だ。中央にはテレビや低めの机があり、自分が寝ていたのがソファーの上であったことから、どこかの家のリビングだろう。

 なぜ自分がこんなところにいるのかわからない。ひとまず、いまだぼんやりしたままの頭を無理やり働かせ、覚えている範囲の出来事を思い出すことにした。

 

(確か、温泉街であの子と戦ってジュエルシードを二つ手に入れて……)

 

 そうだった。私はジュエルシードを一度に二つ手に入れて喜んだ。これで、母さんを喜ばせてあげられると思って。

 そして自分たちが拠点にしているマンションに戻って休憩していると、新たなジュエルシードの反応を捉えた。アルフは私の身体を心配してくれたけど、私は行くことにした。母さんの望みを叶えるために。

 

(その後、反応の合った海の近くに行って……)

 

 そこまで思い出した途端、一瞬で眠気が吹き飛び、目を見開く。

 

 

 

 

 

 薙刀型のデバイスを持った紺色の魔導師と、鷲の使い魔。

 アルフと二人がかりで立ち向かっても、全く歯が立たなかった強敵。

 そして、男は自分目掛けてデバイスを振り下ろし――

 

 

 

 

 

「ッ――!」

 

 その直後の光景が脳裏に甦り、フェイトは思わず両肩を抱いた。生死の決定権を握られているかのような、死がすぐ近くにあるような恐怖が襲う。

 恐怖によって発生した身体の震えを抑えようと、フェイトはひたすら耐える。

 その時。

 

『ちょ、やめ―――アンタも―――ないで助け―――』

 

 自分の寝ているソファーの後ろの方向から声が聞こえてきた。離れているのか途切れ途切れにしか耳に届かないが、フェイトにとって聞き覚えのある声。

 

 その声は彼女の使い魔、アルフのものだ。

 

(まさか、アルフが酷いことをされている!?)

 

 意識を失う寸前、アルフがまだ戦っていたのを覚えている。自分が倒れた後は、あの魔導師は仲間の援護に向かうだろう。二人がかりで勝てなかった相手が襲いかかったとなれば、アルフに勝ち目はない。

 

 もしかすると今、アルフから力づくでこちらの情報を引き出そうとしているのかもしれない。

 

 こうしてはいられない。心の恐怖を強引に無視し、気だるさで言うことを聞かない身体に鞭打ち、ソファーの背もたれに手を掛け、その身を無理やり持ち上げる。

 

 

「アルフ!」

 

 

 起き上がったフェイトが見たものは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そぉ~れ、モフモフ~♪」

「アンタね……そろそろやめないとガブッていくよ!」

「ハァ~~、アルフの毛、スッゴくモフモフだよ~~♪」

「聞いてない……リョウ、こいつアンタの使い魔だろう、何とかしとくれ!」

「料理中だから手が離せない、後にしてくれ」

「そんな!? っていうか、アンタはいい加減離れな! そんなにモフりたけりゃ自分の羽毛でしろ!」

「私のよりアルフの方がモフモフだもん。そんなこと言う子には……」

「ちょ、その手の動き、まさかアレをやる気かい!? アタシゃそれは本当に弱いんだからやめ――あふン」

 

 

 狼と少女がくんずほぐれつしている光景と、台所で料理をしている紺色の魔導師(エプロン装備)だった。

 

 

 

 

 

 

 

「モフモフ♪」

「もう好きにしとくれ……」

 

 人間形態の鷲の使い魔が狼形態のアルフに抱き着き、体毛に顔を埋めてうっとりとした声を出している。いくら言っても相手が聞こうとしないため、アルフはもう諦めたのかされるがままだ。

 

(モフモフしたものが好きなのかな?)

 

 アルフの毛は毎日フェイトが欠かさずブラッシングをしている。おかげでその毛触りはとてもモフモフだ。

 自分が手入れしたアルフの毛を堪能している鷲の少女を微笑ましく思いつつ、フェイトは尋ねる。

 

「アルフ、一体何がどうしてこうなったの?」

 

 その顔には未だ困惑が残っている。それもそうだろう。自分の予想とは全く違うことになっていたのだから。

 

「それに、なんであの人は料理をしているの……?」

 

 特に、件の紺色の魔導師を見た時の衝撃は大きかった。恐怖を抱くほどの強敵が、主夫みたいに料理を作っていれば当然である。これがギャップというものだろうか。

 ちなみにフェイトはその光景を見た途端に緊張が霧散し、その場にへなへなとへたり込んでいたりする。ついでに彼に対する恐怖心も消え失せたのはありがたかったが。

 

「晩飯の準備をしているんだってさ、アタシ達の分も含めて」

 

 アルフの答えに、男がテキパキと料理を作っていく様子を見ていたフェイトが、さらに困惑気味になった。

 

「アタシにも正直よくわからない。あの戦いの後に『家に来い』って言ってから、客をもてなすみたいに怪我の治療とか食いモンの用意とかしてるんだ。多分だけど、お人好しの類じゃないかとアタシは思ってる」

 

 フェイトの表情を見て察したアルフが、そう言った。

 アルフから聞いてもわからないことだらけだったが、『お人好し』についてはなんとなく納得できた。彼の様子を見ていると、確かにその言葉がピッタリな気がする。

 ひとまず、フェイトは別の質問をする。

 

「私が倒れた後のこと、教えて」

 

 フェイトから促されたアルフは一度頷き、話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 ――数時間前 海鳴市の海岸

 

 それを感じ取ったのは、鷲の使い魔と戦っていた最中だ。

 自分に向けられたものではない。しかし、どこかで感じたことのある、明確な『何か』の込もったそれは、フェイトと紺色の魔導師がいる方向から来た。

 それが『殺気』だと気付いた時、嫌な予感がしてその方向に顔を向ける。そして、見た。

 

 意識を失ったフェイトが、墜落しようとしていたのを。

 

「フェイト!?」

 

 すぐに主人の所へ向かおうとするが、それは対峙する相手からすれば大きな隙だ。バインドを掛けられ、その場に固定されてしまった。

 バインドを解こうともがくアルフに、紺色の魔導師が近づく。その腕にはフェイトが抱えられていた。

 遠目から見た限りでは、フェイトには怪我などは見られなかった(・・・・・・・・・・・・)。そのことに安堵しながらも、アルフは叫ぶ。

 

「アンタ、フェイトをどうするつもりだい!」

「どうもしないさ」

 

 返ってきたその一言に、アルフは目が点になった。

 自分たちのしていることが犯罪まがいの行為であることは彼女も理解している。敵対する者全てから敵意を向けられたり罵詈雑言を浴びせられるのも承知の上だった。

 その悉くを力づくで叩き潰すことで押し通してきたアルフにとって、自分たちを追い詰めたこの魔導師の言葉はわけがわからなかった。自分たちが手も足も出ないほどの実力を持ち、さらには主人を戦闘不能にしたというのに、『何もしない』と言っているのだから。

 アルフからすれば、この先の障害とならぬようさっさとトドメを刺すべきと言いたくなるような、甘い行動だ。

 

「もともと俺たちは話がしたかっただけで、敵対する気も倒す気もない。だがお前たちが攻撃してきたから、こうして無力化した」

 

 そう言って紺色の魔導師はフェイトを背中に背負う。

 その様子を見ながら、アルフはこの状況をどう切り抜けるか思案を巡らせる。相手にこちらを倒す意思がないことはわかったものの、このままおとなしく屈服する気はアルフにはない。

 

(倒さずに無力化……フェイトが無事ならそれで良いけど、そんな実力を持った奴にどうやって対抗すれば……)

 

 その時、魔導師はバリアジャケットを解除。同時に、アルフに掛けられていたバインドを解くよう使い魔に指示した。

 訝しげな視線を向けるアルフに、魔導師は言った。

 

「ひとまず俺たちの家に行こう。お前も付いてこい」

 

 一方的なその言葉に、アルフは思わず殴りかかりそうになった。

 

(この野郎、勝者の余裕ってやつかい!?)

 

 そう思ったものの、今の状況をどうにかする術はない。こちらから見てどんなに甘い人間であろうとも、それを押し通すことができる力を相手は持っているのだ。無理に楯突こうものなら、直ぐ様返り討ちにされるだろう。

 

 血が昇った頭を何とか冷やし、アルフは考える。

 

 相手の力量と今の自分の状態から判断して、フェイトを取り戻して逃げるのは不可能だ。

 でも、こうして話してみてわかったことがあった。コイツは嘘をついていない。獣としての本能がそう察知している。

 

 ……別にコイツを信用したわけじゃない。そう、これは『あえて敵の懐に飛び込む』ってやつだ。コイツの家にジュエルシードがあったら容赦なく戴いてやる。

 

 何にしても、『相手に従う』以外の選択肢は、アルフにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んで、特に何かされることなく、もてなしを受けてるってわけ」

 

 最後に『ただ、ジュエルシードは今回の一つを除いて白いおチビちゃんが全部持ってるってさ』と残念そうに付け加えながらアルフが話し終える。

 聞き終えたフェイトは、自分とアルフが酷いことをされていないことに安堵すると同時に、疑問に思った。

 今の話の中で、フェイトが『斬られた』という場面が出てこなかったのだ。

 

「アルフ、その時の私は斬られてなかった?」

「いや、アタシが見た時は傷はどこにもなかったよ。どうしたんだい?」

 

 フェイトは自分の身体を見る。その身体には、あると思っていたものがなかった。

 

「傷がない……あの時確かに斬られたはずなのに」

 

 アルフが言っていた通り治療が施されたらしく、怪我の多くは消えていた。

 

 問題なのは、肝心の斬撃による切り傷はおろか、その治療跡も見当たらないこと。

 

 治癒魔法でまとめて治した可能性も考えたが、否定する。記憶が確かなら傷はかなり深かったはずだ。あれほどの大怪我は腕の良い魔導師でも数日はかかる。だが近くにあった日付入りの時計を見ると、あれから数時間程度しか経っていない。不可能だ。

 自分は確かにこの目で斬られる瞬間を見た。しかし、アルフは『何もなかった』と言う。一体何が起きたというのか。

 

 その疑問の答えは、台所の方から来た。

 

「その様子だと、『斬られるヴィジョン』が見えたらしいな」

 

 その声と一緒に、台所の方から件の魔導師がやってくる。私服の上に料理人が使うようなエプロンを羽織っているその姿は、普段から着慣れているのかすごく様になっていた。

 食卓にサラダボウルを運んでいく彼にフェイトは思わず身構えるが、あの時感じた強烈な『何か』は、今の彼からは感じられなかった。

 

「ヴィジョンって……アレは幻術魔法だったんですか?」

 

 それはともかく、彼の言葉から真っ先に思い浮かんだのは幻術魔法だった。

 使い手が少ないために情報も少なく、あまり詳しくは知らなかったが、生き物だけでなく機械のセンサーにも効果があると聞いている。機械すら欺くその魔法ならば幻覚を見せて気絶させるといった芸当もできるのではないか。フェイトはそう思った。

 だが男は「いいや」と否定した。

 

 

「魔法は一切使っていない。あの時俺がしたのは、殺気を込めた精神的圧迫(プレッシャー)だ」

 

 

 殺気とは、『相手を殺す』という憎悪などの意思がこもった雰囲気や気配のようなもの。そして人は五感ではない心の感覚によってそれを感じ取り、認識する。

 フェイトも殺気というものについてはある程度は知っている。しかし、それに関する文献などを読んでも、母からのおつかい(・・・・)の過程で様々な魔導生物と戦っても、殺気と思われる『何か』を認識することは出来なかった。

 故に、殺気というものは創作物の中でしか存在しないと思っていた。

 

 だが、紺色の魔導師と戦い、それが存在すると認めると同時にわかったことが一つある。

 

 

 その気になれば、紺色の魔導師はフェイトの命を簡単に刈り取っていた、ということ。

 

 

 もしかすると、あの時見た光景は『ありえた未来』だったのかもしれない。

 彼の言葉を聞いて意味を理解した時、フェイトは改めて目の前の男が恐ろしいと思った。

 

「殺気をぶつけられると実際に攻撃されたような感覚に陥るらしい。お前が『斬られた』と錯覚したのはそのためだ」

 

 魔導師は料理を運びながら説明を続ける。皿から漂ってくる美味しそうな香りが、再び訪れた恐怖で硬直したフェイトの身体を幾分か和らげた。

 

「もっとも、それをはねのけるほどの強い意思を持っていれば普通に防げるがな。戦いに慣れている者なら殺気を出すことも防ぐことも大体できる」

 

 男はそう締めくくった後、『そういえば』と思い出したように言った。

 

「自己紹介がまだだったな。俺はリョウ・イスルギ。こっちは使い魔のルナ」

 

 魔導師の男はそう名乗った。

 ちなみに、こうして紹介している間も鷲の使い魔――ルナが性懲りもなくアルフをモフっていたりする。流石に我慢の限界がきたアルフが人型に戻ったことでモフれなくなったが。

 

「それにしてもさぁ……」

 

『お願い! ワンちゃんに戻ってぇ!』としがみついてくるルナを『アタシゃ狼だよ!』と押しのけながらアルフが言った。

 

「アンタの殺気はなんていうか、命懸けの殺し合いをする狼みたいだった。最近のガキンチョは、あんな殺気をポンポン出せるもんなのかい?」

 

 アルフはもともと野生の狼だ。常に命がけである弱肉強食の世界では、殺気といったものに敏感になるのだろうか。おそらくアルフは使い魔になる前の経験を感覚として覚えているのかもしれない。

 もっとも、人間が子どもの時点であんな殺気を出せていたら随分殺伐とした世の中になっていることだろう。フェイトは内心そう思った。

 アルフからの問いかけに対し、リョウは一瞬動きを止め、

 

「俺が特殊なだけだ」

 

 首を横に振って返答し、再び料理を運ぶ作業に戻った。

 

(……?)

 

 苦笑気味に答えた彼の声に、フェイトはどこか自嘲しているような雰囲気を感じ取った。

 まるで、望んで手に入れた力ではないと言っているかのような、そんな感じがしたのだ。

 

(この人の戦闘技術……私なんか比べ物にならないくらい、すごかった)

 

 殺気に関して彼の説明通りなら、リョウは戦闘において相当な場数を踏んでいると思われる。少なくとも、たくさん練習しただけでは手に入らないものであるはずだ。

 

(もしかして、自分の意志に関係なく戦わざるを得なかった環境にいた……?)

 

 その先を考えようとしたが、リョウが大きめの鍋を運んできたことで中断される。鍋敷きの上にそれを置いた後、リョウが振り向く。

 

「夕飯の準備ができた。お前たちもこっちに来て座るといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと、俺に敬語はいらないぞ。これでも十二歳だ」

「リョウは同年代の子よりも背が高くて大人びているだけだからね」

 

「「え!?」」

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

ルナはモフモフしたものが大好きです(小並感)

前回の後書きで、殺気のヒントとしてマユゲマンの威嚇を挙げたわけですが、バトル物の漫画や小説などで見るようなものとはなんか違うような気がするんですよね。ティアナさんの分析によると何らかのタネがあるとか……。色々気になるところが多いんで、どれくらいかかってもいいから再開してほしいです、Force(涙)。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 晩餐と手がかり

読者「あ……ありのまま起こった事を話すぜ! 『次の更新は数か月先だと思ってたら一週間程度で更新されていた』 な……何を言ってるのかわからねーと思うが、自分も何が起きたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか幻覚だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」


なかなか失礼じゃないかチミ達……まぁ今までの行い(不可抗力)が原因だけど(´・ω・`) と、とにかく、できたので投稿!!


それでは第九話『晩餐と手がかり』、始まります。


「夕飯の準備ができた。お前たちもこっちに来て座るといい」

 

 食卓の上には料理が並んでいる。

 メニューはフランスパン、シーザーサラダ、赤身の魚のカルパッチョ、そしてカボチャシチューだ。

 

「手羽元……アンタの使い魔、共食いになるんじゃないかい?」

「私、猛禽類だから。普通に食べるから」

 

 席に着くよう促されさっさと座ったアルフが、シチューに使われている肉が鶏の手羽元なのを見てそう言い、ルナが突っ込んだ。

 そんな中、フェイトだけはただ困惑気味に立ち尽くしている。

 

「毒は入っていないぞ。お前の使い魔の反応が良い証拠だ」

 

 毒を盛られることを警戒されていると思ったらしいリョウがそう言った。

 隣を見ると、アルフがお預けを食らった犬のように口元から涎を垂らしていて、フェイトの視線に気づいた途端慌てて拭っていた。

 アルフは狼を素体とした使い魔だから鼻がいい。毒が入っていれば臭いですぐわかるから、彼女の反応から見て心配はないだろう。

 

「えっと、そうじゃなくて……」

 

 だが、自分が聞きたいのはそういうことではない。

 

「なんで、私たちにここまでしてくれるの?」

 

 怪我の治療や自分たちの食事の用意。見ず知らずの、それも敵に対してここまでするのはなぜなのか。

 

「言っておくけど、君が何をしようと私たちは事情を話すつもりはないから」

「事情を知りたいのは山々だが、別に無理強いはしないぞ。何より、今はそれ以上に――」

 

 リョウは少し考えた後に言った。

 

 

「お前が放っておけなかった。それだけだ」

「放って、おけない?」

「弱っている動物を見かけたら、そのまま素通りできないものだろう」

「アタシらは捨て猫か何かか!?」

 

 

 アルフが盛大に突っ込み、フェイトは少しムッとした。彼の言いたいことはわからないでもないが、たとえが悪かった。

 

「まぁ、アレだ……敵がどうとか言う以前に、人としての問題ということだ」

 

 二人からの不機嫌そうな視線を受け流しながら、リョウは各々の取り皿にサラダを取り分ける。

 

「殺気に慣れていない人間が殺気を浴びた時、普通なら身動きができなくなる程度で済む――――受けた者が万全の状態なら、の話だが」

 

 リョウがフェイトに顔を向ける。その顔には呆れの表情がありありと浮かんでいた。

 

「隠しているつもりだろうが、お前が無理をしていることは丸わかりだぞ」

「!」

「身体と精神が弱っていると殺気の効果を受けやすくなる。お前は斬られるヴィジョンを見ただけでなく気絶までした。それだけお前は疲労を溜め込んでいたということだ」

 

 フェイトは目を見開いた。

 そして、ようやくわかった。あの時リョウが『今のお前では俺には勝てない』と言った理由を。

 

「なぜ二人だけでこの広範囲から、俺達よりも先にジュエルシードを発見できているのか不思議に思っていたが、食事や睡眠の時間を削ってまで探索をしているんだろう。違うか?」

 

 リョウの言葉にフェイトは顔を俯かせた。図星。まさに彼の言う通りだった。

 彼は戦いの中でフェイトの疲労のサインを見つけ、彼女の状態が万全ではないことを知ったのだ。

 

(じゃあ……私が万全の状態なら、彼に勝てたってこと?)

 

 そう思ったが、そんな簡単ものではないと思い直す。

 あの時のリョウはこちらを無力化するためだけに戦っていた。要するに『手加減して戦っていた』ため、彼本来の実力はあの程度ではないだろう。

 ジュエルシードを巡ってリョウと本格的にぶつかることになった場合どう戦えばいいのか。それを考え始めた辺りで料理の取り分けが終わったらしい。

 

「何であれ、今のお前には休息が必要だ。気絶のついでに眠ったおかげで顔色はだいぶマシになったようだが、睡眠だけでは身体の疲労は取れない。必要な栄養を取ることも大事だぞ」

 

 そう言ってリョウは空いてる席の椅子を引いた。

 

「とりあえず夕飯だ。早く座れ」

 

 そう言われたものの、フェイトは正直迷っていた。

 敵意がないことはわかったが、フェイトはリョウのことをジュエルシードを奪い合う敵として認識している。

 怪我の治療をしてくれたことも、夕飯を用意してくれたことも感謝はしている。しかし、このまま厚意に甘えてしまっては、再び戦うことになった時に相手を敵として倒すのを躊躇ってしまうのではないか。そう思っている自分もいるのだ。

 素直に厚意を受けるべきか、罪悪感を押し殺して誘いを断るか。そうやって迷っていると――――

 

 

 

 

 キュウゥゥゥゥ~~~……。

 

 

 

 

 何かを絞り出すような音が部屋に響いた。空腹時特有の音だ。

 音の発信源は――

 

「……」

 

 顔を真っ赤にしたフェイトのお腹だ。

 

「……もらえるものはもらった方が良いぞ?」

 

 リョウは笑いをこらえながら言った。

 

 結局フェイトは、ご相伴にあずかることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いただきます」」

「い、いただきます」

「いただきます!」

 

 リョウとルナが手を合わせて食事のあいさつをしたので、フェイトも慌ててそれに合わせる。

 アルフは待ってましたといった感じで言い、料理を食べ始めた。よほどお腹が空いていたようで、すぐにスプーンを掴んでシチューを口に運ぶ。

 そして目を輝かせた。

 

「うまー! このシチューすっごくうまいよ!」

 

 そのまま凄い勢いでシチューを食べ進めていく。そのスピードは、好物の肉を食べる時に匹敵するくらい。

 

「手羽元もスプーンでほぐれるほど柔らかいし、カボチャの甘みがまたイイね」

「ふふん。リョウの作るシチューは天下一品だからね!」

「なんでアンタが自慢気なんだい。あ、リョウおかわり!」

 

 そう突っ込みながらもアルフは空っぽになった皿をリョウに渡す。リョウがおかわりを用意している間に今度はソースのかかった魚を食べ、また目を輝かせた。

 

「この魚も美味い!」

「それはカルパッチョだ。シチューのようなこってりした料理にはサラダなどさっぱりしたものが合うんだ」

「アタシゃシチューに合うのはパンだけだと思ってたよ」

 

 リョウからおかわりを受け取り、再び食べ始めるアルフ。食べるたびに幸せそうな笑みを浮かべる様子から、目の前の料理はとても美味しいらしい。

 

「ほら、フェイトも食べなよ。このシチューすっごく美味いからさ!」

 

 アルフが口元にシチューのクリームをつけたまま料理を勧める。

 その姿に苦笑しながら、フェイトは自分の食事に手を付けた。

 シチューをスプーンで掬い、息を吹きかけて冷ましてから口に運ぶ。

 

「……おいしい」

 

 思わずそう呟くほど、美味しかった。自然と頬が緩み、笑顔が浮かぶ。

 そのシチューは、最近食べていたレトルトや保存食など比べものにならないほど、美味しいものだった。

 煮込まれた野菜と肉は程よい具合に柔らかく仕上がっている。そしてシチューのスープに裏ごしされたカボチャの甘みと手羽元の出汁が絶妙に合わさり、それが具材に染み込むことでより美味しく完成させている。栄養も豊富なようで、疲れ果てた自分の身体に活力が戻ってきているような気がした。

 

 久しく食べていなかった、家庭的で優しい味。フェイトはそのシチューに、どこか懐かしいものを感じた。

 

(この味、どこかで……)

 

 これに似た味のシチューを以前食べたことがある。一体いつ食べただろうか……。

 記憶を手繰るようにフェイトは一口、さらに一口とシチューを食べる。

 シチューを食べ進めていくにつれて記憶の断片が集まり、フェイトの脳裏に一つの情景が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 私が今よりもっと幼かった頃。母さんがほとんど家に帰れなくなる前の頃。

 

 私の誕生日に、母さんと■■■がお祝いにシチューを作ってくれた。

 

 二人とも忙しいのに、三人で過ごす時間を作ってくれて私はすごく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 思い出した記憶は完全ではなかった。しかし、それはとても大切な思い出だった。

 家では一人の時が多かった生活。食事も一人で済ませ、夜は一人で眠る。どちらか一方が帰ってこれた時もあったが、それも偶のことだった。

 そのため、彼女にとって家族が全員そろって団欒できる時間は、とても幸せなものだった。

 思えば、誰かと食卓を囲んだのは随分前のことだ。フェイトにはアルフがいるが、今はジュエルシードの探索を優先しているために一緒に食事をする機会は少ない。

 

 ふと、目の前を見る。

 

 自分の使い魔であり家族であるアルフ。自分の怪我を治療し、何かと世話を焼いてくれるリョウとルナ。

 本来なら敵同士のはずなのに、和やかに会話しながら食事を楽しんでいる。

 

 家族と過ごした時とは異なるものの、それは温かく、楽しく、心が満たされるものだった。

 その光景が、フェイトの記憶の中の情景と重なり、

 

 

 

 気づけば、自分の目から涙が溢れていた。

 

 

 

「ちょ、フェイト、一体どうしたんだい!?」

 

 突然のことにアルフが焦ったような声を出した。リョウとルナも驚いた顔をしていた。

 

「う、ううん、なんでもないよ」

「いきなり泣き出してなんでもないことなんかないだろう! まさか、コイツら毒を入れてたのかい!?」

「ち、違うの! シチューを食べていたら、その……」

「苦手な食べ物でもあったのか? すまない、作る前に一言聞いておくべきだった」

「い、いや、そうじゃなくて……」

「美味しさのあまり感動したとか! わかるよその気持ち、リョウのシチューは美味しいからね!」

「あの、話を聞いて……」

 

 涙をぬぐった後、慌てる三人(一人は違う気がするが)を何とか落ち着かせる。

 

「その、シチューを食べていたら昔のことを思い出して、こうやって誰かと一緒に食事をするのは久々だなって思っていたら、涙が出てきて……」

 

 泣いたことに自分自身も割と驚いていたらしく、自分に起きたことをそのまま言うような形になってしまった。

 

 しかし、三人はそれだけでわかってくれたようだった。

 

 アルフは何も言わずにフェイトを抱きしめた。目には少しだけ涙が浮かんでおり、その姿は妹を思いやる姉のようにも見えた。

 リョウは「そうか……」と目を伏せた後、「シチューの追加はいるか?」と聞いた。フェイトが頷くと、空っぽになった彼女の皿を取る。

「まだたくさんあるから、遠慮はしなくていい」

 そう言って皿にシチューを入れるリョウの表情は、ここにいない誰かを思い出しているような、そんな表情をしていた。この家に彼の両親といえる存在がいないことから、リョウも似たような思いをしたことがあるのだろうか。フェイトはそう思った。

 ちなみにルナは……

 

「なんか辛気臭いな~……とりあえずモフる!」

「うぉ! 何すんだい!!」

「見て見て、アッチョンブリケ!」

「ウボァー、ひゃ()ひゃめろぉ(やめろー)!」

 

 アルフに飛びつき、両手でその顔を両側から押さえ込んだ。どうやら彼女なりに励まそうとしてくれているらしい……やり方は強引だが。

 

「……ふふっ」

 

 フェイトは笑った。こうやって自分を心配してくれる人が、励ましてくれる人がそばにいることが、なんだかとても嬉しかった。

 

「うんうん、やっぱり女の子は笑っているのが一番だね!」

「だからってアタシにいたずらするのはどういうこったい!」

「えー。いいじゃん別に減るものじゃないし」

「アンタねぇ、いい加減にしないと――」

「二人とも、食事中は静かにしろ」

「「ゴメンナサイ」」

 

 取っ組み合いそうになる二人を、先の戦いで使ったプレッシャーほどではないもののそれなりの威圧感をもってリョウがおとなしくさせる。

 そんな騒がしくも賑やかな光景を見ながら、フェイトは食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 食事を終えたフェイトとアルフはそろそろ御暇することにした。リョウ達は見送ると言って玄関までついてきていた。

 

「今回はそのジュエルシードは諦めるけど、今度会ったら敵同士だからね。油断してたら容赦なくガブッていくよ?」

「俺達に敵対する気はないんだがな……とりあえず連絡先を渡しておく。もし何かあったらいつでも連絡してくれ」

「いや、世話になっといてなんだけど、アタシ達はこれ以上アンタらと馴れ合うつもりは――」

「今度会った時にお前の主がまたやつれていたら、強制的に睡眠と食事を提供するぞ。ついでにルナをお前に突撃させるぞ」

「どうせなら今モフっていい?」

「ちょ、強制的ってなんだい! すごく不穏な響きがするんだけど!? ていうかアンタはモフろうとするな! これだけは今も先もごめんだよ!!」

「それが嫌なら、しっかりと面倒を見ることだ」

 

 アルフとそんなやり取りをして、リョウがフェイトの方に向く。

 

「お前も自己管理はしっかりしろ。意地を張ったりして無理するなよ?」

「う、うん……」

 

 さっきは嬉しく思ったものの、いずれ戦うことになるであろう『敵』であることを思い出して少し複雑な気分になる。

 

 そして、フェイトを複雑な気分にしている理由はもう一つ。

 

(そういえば、リョウは私の名前を呼んでいない……)

 

 アルフが何度かフェイトの名前を呼んでいるので知らないことはないと思うが、リョウは今に至るまでフェイトのことを『お前』と二人称で呼んでいた。

 自分たちがリョウを敵視していることを考えて、馴れ馴れしく名前を呼んで不愉快にさせないようにしているのだろうか。

 

 だが、『お前』ではなく名前で呼んでほしいと、フェイトは思った。何故なのかはわからないが、そう思った。

 

 完全に敵と認識していた時では思わなかったことだ。しかし、自分が涙を流した時にリョウが見せた表情、それに自分と近いものを感じ、親近感を覚えたことが原因かもしれない。

 

「……フェイト・テスタロッサ」

「え?」

「それが私の名前だから」

 

 だから、自分の名前を教えた。白い魔導師の子の時とは違い、自分から教えた。

 

「テスタ……ロッサ……」

 

 目を見開くリョウ。そばにいたルナも、主と同じ顔をしていた。なぜ名前を教えられてこんな表情をするのか、不思議だった。

 

「じゃあ、私達はこれで……」

「――テスタロッサ、聞きたいことがある」

 

 いざ帰ろうとした時、リョウから呼び止められた。

 ファミリーネームの方で呼ばれるとは思っていなかったので、フェイトは少し驚いた。

 

 だが、リョウの次の一言で、フェイトはこれまでで最大の驚きを受けることになる。

 

 

 

 

 

「お前の母親の名前は――プレシア・テスタロッサか?」

「ッ!」

 

 

 

 

 

 突然飛び出した母親の名前に、フェイトは驚きのあまり身体が強張った。アルフも心なしか顔を険しくしていた。

 

「な……なんで……」

 

 どうして、母さんの名前を知っているの。

 そう言おうとしたが、驚きによるショックで思うように言葉にできない。

 

「俺の父さんの知り合いに、『テスタロッサ』という名前があったんだ。特徴的な名前だったから、もしかしたらと思ってな」

 

 フェイトの様子から察したらしく、リョウが答える。

 そして、待機形態のデバイスから何かを取り出した。それは、海岸でリョウが封印したジュエルシードだった。

 そんなものを今出してどうするのか。困惑するフェイトに、リョウが言った。

 

「このジュエルシードだが、お前達に譲ってもいい」

 

 それは、フェイトからすればありがたい一言。

 

「ただし、条件がある」

 

 しかし、こういった言い回しは基本的に何らかの条件が付いてくると決まっているものだ。

 とりあえず、その条件を聞いてみる。

 

「お前の母親、プレシア・テスタロッサに会わせてほしい。ジュエルシードを渡すのはその後だ」

「母さんに会って、どうするの?」

「俺の父さんに関することで、聞きたいことと確認したいことがある」

 

 リョウが聞きたいことは一体何なのか。伝言ではなく直接会う必要があるということは、自分が聞いてはいけない内容なのか。

 フェイトは考えるが、ただ疑問が増えるばかりだ。

 一つ確かなのは、自分の一存では判断しかねるということ。この件は母さんに聞かない限りどうすることもできない。

 

「……わかった。一応、母さんに伝えてみる。けど、もしダメだったときは諦めて」

「構わない。ありがとう、テスタロッサ」

 

 取り次いでくれたことに感謝するリョウ。

 それに頷いて返し、フェイトはアルフを連れて家から出た。

 

 ちなみに、彼女としては『フェイト』と呼ばれたかったため少しもやもやした気分になったのだが、その理由は今の彼女にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトとアルフが帰った後。

 リョウとルナは、とある部屋に来ていた。

 そこは、今は亡きジンが使っていた書斎。物理や生物学、化学などに関する様々な論文や学術書が大量に保管されているこの部屋は、今ではそれらに加えて、ジンの遺品も置かれている。エクリプスについてのデータが入った記憶媒体を発見したのも、この部屋だった。

 

「リョウ、どう思う?」

「……正直、俺の予想通りにはなってほしくないな」

 

 今二人が話しているのは、フェイトのことだ。

 

 リョウは頭の中で今ある二つの手がかりを整理する。

 

 一つ。フェイトの全身の怪我。

 

 先の戦闘である程度反撃したため、怪我をさせたかもしれないと思ってドラグストームでフェイトの身体をスキャンした(脱がすわけにはいかないので服の上からスキャンし、治療そのものはルナが担当した)。その時、彼女の全身――特に背中に大量の傷があることがわかった。だいぶ前につけられたものも見受けられるそれらをドラグストームに確認してもらったところ、鞭を叩きつけることによってできる傷だとわかった。さらに両手首には縛られた痕があったことから、何者かに拘束された状態で虐待を受けた可能性がある。

 この点から、フェイトは自分の意志ではなく、誰かに命じられてジュエルシードを集めていると思われる。

 

 一つ。フェイトの発言。

 

 彼女の母親との取り次ぎについての相談の際、フェイトの『母さんに伝えてみる(・・・・・・・・・)』という発言。判断を仰ぐ先を母親としていることから、犯罪者グループなどに脅迫されて従っているわけではないことがわかる。そう言った連中に脅迫されているのであれば、家族を人質にされるなりして、満足に会話することすら難しいだろう。

 

 この二つの点から導き出される答えは……

 

 

 

 

 

 テスタロッサは、自分の母親に命じられてジュエルシードを集めている

 

 

 

 

 

(それも、失敗すれば虐待というおまけ付きだ……)

 

 心の中でそう付け加え、沈痛な面持ちでリョウが言った。

 ルナも悲しげに頷く。

 

「フェイトってなんだか家族を大事にしているように見えるから、お母さんのために無理をしてまで頑張ってるんだと思う」

 

 ルナは、夕食の時のフェイトの涙を思い出す。おそらくフェイトは、長い間家族と共に過ごすことができていなかったのだろう。

 もしかすると、ジュエルシードを集めれば昔のように過ごせると言われたか、自分でそう判断しているのかもしれない。

 

「だが同時に、不可解なこともある」

 

 そう言ってリョウは、書斎の机の引き出しを開け、何かを探す。

 

 

 

「父さんが話していた通りなら、プレシア・テスタロッサの子供はすでに死んでいる(・・・・・・・・)はずだ」

 

 

 

 リョウは目的のものを見つけ、取り出す。

 それは、写真立てだった。そこにはめ込まれた写真には三人の人間が写っている。だが、その中にリョウとルナはいない。

 

 それは、リョウ達が生まれるよりももっと前に撮られたジンの写真。フェイトのファミリーネームを聞いて、彼女の母親がプレシア・テスタロッサではないかと考えた理由。

 

 

「なぜ……こんなにそっくりなんだろうな」

 

 

 その写真には、リョウ達の記憶の中よりも若い姿をしたジンが、その隣には長い黒髪の女性――プレシア・テスタロッサ。そして、その二人の間には――

 

 

 

 

 

 

 フェイトにそっくりな金髪の少女が写っていた。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

そして、割と多めの伏線を敷いていくスタイル。今回の話であれこれ盛ったので、タグに『原作改変(主に過去)』を追加しました。

もちろん伏線の回収は忘れない。ここから先の話でいろいろとやっていく予定です。

ちなみに次回も、割と多めの伏線を敷いていくパターン(´・ω・`) 早め早めの更新を心掛けていきたいところ(汗)

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 心に潜むもの

(休みが)潰れる! 
(前回の投稿から時間が)流れる! 
(書きたい欲が)溢れ出る!


ハーメルンイン トリ野郎! ブルァァァァァ!!(歓喜)


……失礼しました(汗) あのベルトが出た時の衝撃は忘れられない。まぁ茶番はさておき。
前回の投稿から約8か月、色んなことがありました。特に大きかったのは『なのはreflection』!! あれは良かった。マテリアルズ+キリエとの激闘や親子の絆や色んなものが凄かった!! 
ちなみに大ショックだったのは娘type休載。なのはforceどうすんのさ……orz

それでは第十話『心に潜むもの』、始まります。


 フェイト達との出会いから数日。

 学校を終えて帰宅したリョウは、トレーニングルームで準備を行っていた。

 

「これで、完了だな」

 

 トレーニングルームのシステムとその他諸々の変更を終えたことで、リョウのやることは全て済んだ。後はルナの準備のみ。

 することが無くなったので、待っている間リョウは考え事をすることにした。内容は、最近のなのはのことだ。

 

 

 なのはは今、悩みを抱えている。

 

 

 ジュエルシードの探索を始めてから遭遇した魔導師の少女、フェイト・テスタロッサ。

 なのはは彼女と二度会い、二度戦い、二度敗北した。

 その二回の邂逅で、なのははフェイトに何かを感じたらしい。

 

 その何かの正体は彼女自身もわからない。確かなことは、『寂しげな目をしたあの子を放っておけない』という思いがわき上がっていること。

 

 そして、なのははこの件を一人で解決しようとしているようだ。

 リョウとユーノは手助けをしたいと思い、何度か相談に乗ろうとした。だが、その度になのはは『大丈夫』と言った。本人がそう言う以上強く言い出すこともできず――また、最近知ったことだが、なのはは割と頑固な性格らしく、頑なに自身の決定を曲げなかったこともあって、どうすることもできなかった。

 

(だが、『大丈夫』には見えないんだよな……)

 

 以来、なのはは考え込むことが多くなった。リョウの知る範囲では、友人と話している時などにぼうっとしているところをよく見かけていた。

 そのことに関して、今のところ何かトラブルは起きていない。だが、なのはの様子がいつもと違うことはアリサやすずかはもちろんのこと、彼女達と知り合ってからそれほど経っていない優斗でさえ気付き始めており、正直このままではまずいとリョウは思っていた。

 すずかと優斗は、なのはが話すまでは待つつもりらしいが、それも限界があるだろう。問題はアリサだ。

 なのはが答えを見つけるより先にアリサの怒りが爆発し、色々と問い詰めようとして関係がぎくしゃくする。そんな予感がした。

 

(……苦手だな、こういった問題は)

 

 普段は親しいはずの友人同士が険悪な関係になった時のあの雰囲気。あれが苦手ではないという者などいないだろう。

 そしてリョウはそういった雰囲気が特に苦手だった。

 本当に、どうしたものか。ああでもないこうでもないと考えたところでトレーニングルームの扉が開く。

 

「リョウ、こっちの準備はできたよ」

 

 入ってきたのはルナ。彼女の格好はバリアジャケットだが、それに加えて、支援タイプの彼女ならまず使わないものが右手に握られていた。

 

 それは、無骨な大剣だった。

 

 刀身はルナの身長の三分の二ほど。刃の付け根部分には杭打機のようなピストン機構が設けられ、可動させれば巨大な刀身と相まって凄まじい威力を発揮するだろう。しかし刃は潰されており、剣にしては分厚い刀身ということもあって、斬るというよりは殴打する、叩き潰すことを目的としているようだった。

 

「でも……本当にやるつもりなの?」

 

 そんな代物を片腕で軽々と持ち上げながらルナは聞いた。

 

 

 

 

 

「エクリプスの封印を、自分から解くなんて……」

 

 

 

 

 

 リョウがこれまで行ってきた訓練は、エクリプスの暴走を未然に防ぐことを目的としたもので、そのために肉体と精神を鍛えてきた。

 しかし、それは『封印』が施されていることを前提としたもの。

 

 

 封印無しでエクリプスを制御する。それが、今回リョウがやろうとしていることだ。

 

 

 バリアジャケットを展開して準備を進めるリョウに、ルナが不安気に言う。

 

「私、心配だよ。あの時みたいになったら……」

「だが、このまま封印だけには頼れない」

 

 そう言ってリョウは直刀両刃の剣をその手に出現させる。同時に、左右の頬に羽のような赤い模様が浮き上がる。

 これまで、剣を出すには目を閉じて意識を集中させる必要があったが、最近では『来い』と念じるだけで出せるようになっていた。

 

「この前の暴走体との戦いで、封印はエクリプスを完全に封じ込めるわけじゃないということがわかった」

 

 破邪の銀(ミスリル)――この剣を、リョウはそう呼んでいる。

 普段はリョウの身体と一体化しているこの剣は、武器であると同時にエクリプスを封印するための鍵でもある。エクリプスはミスリルによってロックがかけられ、外界やリョウの心から切り離されている状態だ。

 

 ゆえに、リョウが自分から封印を解こうとしない限りは何も起こらない。そのはずだった。

 

「あの時の俺は、『皆を守りたい』と、『暴走体を倒したい』と強く思っていた。その結果、封印されていたにもかかわらずエクリプスが発動した。つまり――」

 

 リョウは前回の大樹型の暴走体との戦いを思い返す。

 なのはが、ユーノが、ルナが危機に陥った時、リョウは身体が限界だったにもかかわらず助けに行こうとした。その際エクリプスは、リョウが心に浮かべた強い思いに反応して力を生み出した。それにより、リョウはあの窮地から仲間を救い出すことができた。

 一時的とはいえ、封印されたはずのエクリプスが発動した。これが表すことは――

 

「――俺に何か強い思いや感情があれば、エクリプスは容易に封印を破って干渉してくるということだ」

 

 この結論に至った時、リョウは使い魔との精神リンクを連想した。

 いくらリンクを切っていようと、制御できないほどの強い感情が主にあれば使い魔にもダイレクトに伝わる。そして、その点はエクリプスも同じ。つながりがある以上、限界を超えた感情の濁流の前には封印も切断も意味を為さない。

 

 想定外の事態が起これば、何がどうなるかは予想がつかない。もし、リョウだけではどうしようもない状況――例えば、凄まじい憎悪に支配された場合――に陥れば、エクリプスを暴走させてしまう危険もありえるのだ。

 

「だからこそ封印に頼らず、エクリプスを自分自身の力で制御できるようにならないといけない」

 

 この先何が起こるかわからない以上、エクリプスのことを今まで通りに済ませるわけにはいかない。

 結局のところ、時間を割いて調べ続けた記憶媒体内のデータに、リョウ達の求めるものは何もなかった。

 

 ならば、エクリプスとの新たな向き合い方を自分から見つける必要がある。それが、リョウの出した決断だった。

 

「それに、俺は父さんがくれたこの力を、エクリプスを信じてみたい。俺の思いでその在り方を変えるのなら、ただ破壊を振り撒くだけの力に終わらないはずだ」

 

 そして、ジンの『自分の信じた道を突き進め』という遺言。正しい答えがわからないからこそ、胸の奥に刻まれたその言葉を、リョウは実行したいと思ったのだ。

 

「……わかった。リョウが決めたことだから、私はリョウを信じるよ」

 

 それを聞いて不安そうな顔をしながらも、仕方ないといった感じでルナが言う。

 でも、と付け加えながらルナは続ける。

 

「もしもリョウが暴走したら、その時は全力で止めるから」

 

 真っ直ぐにこちらを見てそう言ったルナにリョウは頷いて返す。

 

「そろそろ始める。ルナは持ち場に移動してくれ」

「うん」

 

 トレーニングルームの中央に向かうリョウの言葉に頷いたルナは部屋の隅に移動し、大剣を構えた。何が起きてもすぐに動けるように。

 

「ドラグストーム、精神状態のチェックは頼んだ」

『了解』

 ドラグストームにそう言い、リョウは訓練場の中央に立った。

 

 解除の方法はわかっている。

 後は己の思いを強く意識することのみ。

 

「……いくぞ」

 

 目を閉じて集中力を高め、リョウは心の中でイメージする。

 

(俺は、誰かを守れる力がほしい)

 

 リョウには、この海鳴市で親しい人がたくさんいる。その誰もがリョウの大事な人達だ。

 今、海鳴市で起きているジュエルシードの事件に彼らを巻き込むわけにはいかない。

 

 

 

 そう、何もかもを守らなければならない。守らなければならないのだ。

 

 

 

(この町の人達に傷付いてほしくない。彼らを守りたい。だから――)

 

 心の中で描くイメージと思いを固め、リョウは目を開く。

 

(俺の思いに応えろ、エクリプス!)

 

 心の中でそう叫び、Xを作るように頭上で二本の剣を交差させた。

 

 刀身が打ち合わされ、甲高い金属音が響き渡る。

 

 

 次の瞬間、意識がどこかへ強引に持って行かれる感覚が襲い―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば、蒼い炎の海にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(これは一体……!?)

 

 突然のことに驚きながらも、周囲を見渡す。

 

 先の見えない暗闇の中で、ただただ蒼い炎が燃え盛っている空間。だが不思議と熱は感じない。試しに手を翳してみると、蒼炎は手をすり抜けた。

 

「ドラグストーム、状況の分析を―――ドラグストーム?」

 

 自身のデバイスに呼びかけるが反応がない。見ると、腕に着けていたドラグストームがいなかった。

 さっきまで握っていた剣もない。今着ているものもバリアジャケットではなく白一色の簡素な服装だ。

 

(……とりあえず、この空間を調べてみるか)

 

 そう思って移動しようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 獣のような凄まじい叫び声が空間の中に響き渡った。

 咄嗟に身構えながら、リョウは音の発生源に顔を向ける。

 さっきまで蒼炎が燃え盛っていただけの場所に、『ソレ』はいた。

 

 

 

 

 ソレは、鎧を纏った魔獣だった。

 

 

 

 

 おとぎ話に出てくる凶暴な人狼を巨大にしたような体躯。

 全身が銀色の鎧で覆われ、その各部から鋭利な刃を何十本と生やした、あらゆるものに敵対する意思を体現したかのような攻撃的な姿。

 背中では蒼炎が不死鳥の翼のように燃え盛り、蒼い火球を無限に吐き出し続けている。

 

 魔獣が咆哮を上げ、周囲を蒼一色に染め上げながら暴れていた。

 

 その姿を見た瞬間、リョウは脳裏に過去の記憶がちらつき、目の前の光景と重なる。

 

(これは、『あの日』の記憶……)

 

 リョウは確信する。これは、『あの日』の記憶をもとにエクリプスが見せている幻だということを。

 

 そして、リョウにとって最も忘れられず、最も忘れたい、頭に焼き付いた忌まわしい記憶だということを。

 

 

 

 

 

『破壊シロ……』

 

 

 

 

 

 突然、自分の背後から声がかけられる。

 振り向くと、人型の影がいた。まるで闇そのものを人の形に凝縮したかのように真っ黒な何かがそこにいた。

 

『怒リノママニ、悲シミノママニ、憎シミノママニ、全テヲ破壊シロ!』

 

 影の言葉には、凄まじいほどの憎悪が込められている。

 一体何を経験すればここまで強い負の感情を抱けるのか。存在するだけでも十分伝わってくるほどの怒り、悲しみ、憎しみを影は抱えていた。

 そしてリョウは、影の放つ強大な負のオーラに覚えがあった。

 

(コイツは、『あの日』の俺……)

 

 この状況がエクリプスが見せている幻なら、当時の自分も再現していることは確実。

 

 

 そして、その人物にとってのトラウマが生み出す衝撃の前では、並大抵の意思(・・・・・・)は容易く吹き飛ばされるのだ。

 

 

 心が揺らぐ。

 思い描いていた『守る』という意思が揺らいでしまう。

 固く抱いていた意思に罅が入り、隙を生み出してしまう。

 

 

 目の前の憎悪は、その(揺らぎ)を決して見逃さない。

 

 

『忘レタノカ。オ前ノ大切ナ品ヲ壊シタノハ誰ダ?』

 

 

 影がそう言うと同時に何かが現れる。

 

 それは、リョウが幼い頃に遊んでいた玩具の数々。

 

 だが、それらは全て壊れていた。

 お気に入りだった絵本も、ルナと一緒に遊んだ積み木のおもちゃも、壊れ、破れ、全て等しく蒼炎に焼かれている。

 

 

『忘レタノカ。オ前ノ父親ト使イ魔ヲアンナ目ニ合ワセタノハ誰ダ?』

 

 

 影がそう言うと同時にリョウの後方から声が聞こえた。

 

『博士お願い、目を覚まして! このままじゃリョウが!!』

 

 振り返るとそこには、倒れているジンと、彼にしがみつく幼き頃のルナがいた。

 

 ジンは腹から大量の血を流し、閉じられた目は一向に開く気配がない。ルナはあちこちに殴られたような痕がある。痛みで思うように動かない体を引きずり、ルナはひたすらジンに呼びかけていた。

 

 

『ソウダ、元凶ハコイツ。全テハコイツノセイダ』

 

 

 その言葉と共に目の前の光景が変化し、魔獣が再び現れた。

 

 魔獣が腕を振り払い、その射程範囲内の全てを薙ぎ払う。

 その衝撃で舞い上がった煙と炎の中から、何かが飛び出してきた。

 

 それは、一人の魔導師。

 

 手には、禍々しい形状の剣型デバイスを持っている。全身をロープで覆い、頭もフードで隠しているため、どんな姿をしているかはわからない。だが、デバイスを握る手に付けられた鱗状の籠手、フードの下で爛々と光る真紅の瞳、屈することなど微塵も感じさせないほどの闘志を纏うその姿は、誇り高い龍を彷彿とさせた。

 

 さながら『竜騎士』という言葉が当てはまるその男を目にした途端――

 

 

 

 

 

 

 コ■■■■ル……

 

 

 

 

 

 

 そんな言葉が浮かんだ。

 心で描いた人を守るイメージに割り込むように。リョウの思いに更なる亀裂を入れるように。

 

 

 

 

 

 

 胸の奥で、暗い炎が灯ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 それに反応するように影が脈動し、その表面が蠢く何かに変化していく。

 

『認メロ――オ前ハ胸ノ憎悪ヲ晴ラスタメニ、エクリプスを持っていることを』

 

 次の瞬間、影から黒い何かが解き放たれた。

 この空間を埋め尽くさんばかりの大量のそれは瞬く間にリョウを飲み込む。

 

「――――!」

 

 そこから始まるのは、怒り、悲しみ、憎しみの奔流。

 

 自身を包み込む闇そのものがあらゆる感覚全てに直接送り込んでいると思えるほどのそれは、まさに負の感情の濁流。許容範囲を超える凄まじい情報量にリョウは吐き気を感じた。

 憎悪の闇と負の感情の濁流で五感を塞がれた状態。しかしそんな中でも、魔獣と魔導師の争う姿と音はなぜかはっきりと感知できた。

 

 闇の向こうで状況が動く。

 

 魔導師が悪態を吐きながら様々な魔法を行使する。

 その悉くが魔獣に命中する寸前で、消えた。魔法という存在を、魔導師という存在を真っ向から否定するかのように、消えた。

 ならばと魔導師が手に持ったデバイスで斬りかかる。繰り出される鋭い斬撃、しかしその全ては、魔獣の強固な装甲に阻まれ弾かれる。

 

 そして、魔獣が反撃する。

 

 巨大な腕で、体中の刃で、蒼い炎で、魔導師を攻撃する。

 素早く動こうにも蒼い火球が圧倒的な物量で襲い掛かり、逃げ道を塞がれる。バリアで防ごうにも、魔獣の攻撃が当たった瞬間バリアが消滅する。

 攻撃は効かない、防御も回避もできない。あらゆる手段を失ったところに魔獣が腕を振り下ろし、魔導師は為すすべなく地面に叩きつけられる。

 

 そこから始まるのは一方的な蹂躙。

 

 叩きつけられたダメージで動けないところに追い打ちをかけるように、拳を振り下ろす。

 叩く。叩く。叩きつける。

 相手が潰れようが、鎧の刃で切り刻まれようが、容赦なく叩きつける。

 もはや戦いにすらなっていない、残虐な行為。誰が見ても、魔獣の方が優勢。魔導師が未だ生きているのが不思議なくらいだ。

 

 だが足りない。ただでは終わらせない。

 

 もっと。

 もっと、もっと。

 

 

 

 

 

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!

 

 

 

 コ■■テヤル!!!

 

 

 

 気付けばそんな言葉が心の中で渦巻き、リョウはハッとする。

 

(違う! 俺は……!!)

 

 リョウは必死にそれを否定する。『守りたい』という意思を、膨れ上がった『コ■■テ■■』(衝動)をかき消すようにぶつけ続ける。

 

 

 だが、もう遅い。憎悪の闇は、すでに傷口から内部へ入り込んでいた。

 

 侵食が始まる。

 

 その瞬間、リョウの脳裏にバラバラだった記憶の断片が一つに集まり――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りだったはずの日常。

 

 ある日、父さんからのおつかいを済ませて研究所に戻ると、中が荒らされていた。

 

 何かあったと思って、必死になって父さんとルナを探して見つけた時、二人は知らない三人の魔導師に囲まれていた。

 

 三人のうちの一人――龍みたいな感じの魔導師が、父さんにデバイスを突きつけながら何かを言っていた。父さんの白衣のあちこちは赤く染まり、魔導師のデバイスには血が付いていた。

 ルナは、残った二人に殴られていた。ルナは強い使い魔だけど、優しい子だ。自分から誰かを傷つけるのを嫌う。だから、いくら殴られても決してやり返さない。泣きながら、ひたすら耐えていた。

 

 やめて。やめてよ。なんでこんなひどいことをするんだ。

 

 僕はすぐに三人に飛びかかった。でも、目の前の魔導師よりもずっと小さく、ずっと弱かった僕に何ができる訳でもなく、すぐに殴り飛ばされた。

 

 そして、ルナともども殴られそうになった時。

 

 視界の端で、龍みたいな魔導師がデバイスを父さんのお腹に、思い切り突き刺した。

 

 それを見た瞬間、僕は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン……

 

 

 

 その甦った記憶は、燃え上がったばかりの小さな火を地獄の業火へ昇華させるのに十分すぎた。

 

「ぐ……ぁぁ……ぁああああ!」

 

 思わず胸を抑えてその場に蹲る。

 

 だが、炎は止まらない。

 

 憎しみの炎が、心を黒く塗り潰す。

 憎しみの炎が、『コ■シテ■■』という衝動を膨れ上がらせる。

 憎しみの炎が、『守りたい』を別のものに書き換えていく。

 

 ついには、リョウの身体そのものが憎しみの炎に包まれていく。

 

 

『憎む情熱はいつだって正しい。憎悪の快楽に身を浸せ』

 

 

 憎悪で構成された暗闇の中で、影の声が脳内に直接響き渡る。

 影の言葉は、闇に侵され始めているリョウにとって、ひどく甘美な響きがした。

 

「やめ、ろ……」

 

 残っている理性を総動員して抗う。

 だが、さらなる膨張を起こしている胸の中の衝動はあまりにも巨大だった。

 必死に抗うも、次第に理性が侵食されていく。

『守■た■』という意思が、希薄になっていく。

 影の言葉が正しいのだと、自分はそれを望んでいたのだと、意思が塗り替えられていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に自分が望んだのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴を『コ■シテヤル』ことなのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前の中の炎を燃やせぇぇぇぇえええ!!!』

 

「やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 完全に闇に汚染される直前に浮かんだ疑問。

 

 それが一瞬だけ、リョウの理性を繋ぎ止める。

 

 なけなしの『守■■■』という意思を振り絞り、憎悪に塗り潰されまいと叫ぶリョウ。

 しかし、それは塗り潰される運命をほんの僅か先延ばしにしただけ。もう、リョウ自身の力では、どうにもならない。ただ呑まれるのを待つのみ。

 

 

 だが、無駄ではなかった。その『ほんの僅か』は、外部(心の外側)からリョウを救うチャンスを作った。

 

 

『精神状態レッドゾーンへの突入を確認! マスター、失礼します!』

 

 聞き慣れた機会音声がどこかから聞こえた。

 同時に、身体に雷を落としたかのような衝撃が走り、リョウは意識を闇に落とした。

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

『憎む情熱はいつだって正しい。憎悪の快楽に身を浸せ』

なのはforce二巻で出ていたこの台詞、個人的に物語のキーワードなんじゃないかと思ってます。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。