ねえ、おばあちゃん (リバポから世界へ)
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1「可能性の一つ」
こんな未来も有り得るのかもしれない。
3月ではあるが、その日はやけに暖かかった。
満開の桜の美しさに人々が笑みを浮かべる。春休み真っ只中なのか、平日の午前中だというのに駆け回る子供たちの声。これを微笑ましいと受け取るか、ただ騒がしいと思うだけかは人それぞれだろう。
ごく普通の住宅街。その内のこれまた普通の一軒家のバルコニーで椅子に腰掛けた白人女性がせっせと編み物をしている。女性の年齢は60代から70代前半程であろうか。歳を取ってもツヤを保っている、ウェーブのかかったブロンドヘアーにサファイアのような蒼い瞳。若かりし頃はさぞかし美しかったことであろう。今まで何人の若人が彼女に恋焦がれてきたのか。
年齢を重ねるにつれ、体の衰えを自覚していったが、それと反比例するように彼女から溢れる気品は高まっていった。
何て長閑なのだろう。
晴れた日は早々に家事を終わらせて今日のように編み物に興じながら、ティータイムを楽しむ。
それが彼女の至福のひと時だった。
ピンポーン……。
不意にインターホンが鳴る。女性は編み物をテーブルの上に置くと、老眼鏡を外し玄関へと向かった。
どこの何様だろう。自分の楽しみを中断させる不届き者は……。
「はいはい、どちら様でしょうか?」
ドアノブに手をかける。これが新聞の勧誘だったり、下らないセールスだったとしたら無言でドアを閉めるつもりだった。だったのだが……
「おばあちゃん!こんにちは!」
ドアの向こう側にいた人物に彼女はふくれっ面から一変、驚きと共に満面の笑みを浮かべた。インターホンを鳴らした人物は彼女の愛する孫だったのだ。
「あら!いらっしゃい、よく来ましたわね」
「春休みだからね。遊びに来たんだ」
「あら?遊びに来ただけかしら?」
ギクリとした表情を浮かべる少年。その表情はどこか彼の父親の幼い頃に似ていた。
「うっ……英語の宿題教えてください……」
観念して白状した孫に彼女は優しく微笑んだ。
「ふふっ、それが本音ですわね」
「ひ……比較級が」
「まあ、まずはお茶にしましょう。今淹れ直しますわ」
「あっそうだ。おばあちゃんのクッキーある?」
「ええ、先程焼き上がりましてよ」
「食べる食べる!」
彼は自分の焼いたクッキーが好物だ。今でこそ、お客に出しても恥ずかしくない出来なのだが、昔は中々上手くいかなかった。夫の立会いの下、何度も何度も練習して料理下手を克服できたのだ。
「……あら?」
つい今やって来たばかりなのに、愛孫はどこへ行ったのだろう。名前を呼ぶが返事は無い。
(お手洗いかしら?)
そう思い、お茶を淹れていると
「おばあちゃん!おばあちゃんの部屋でこんなの見っけた!」
そう言いながら、駆け寄ってきた彼の手には古くて分厚いアルバムがあった。
「……もう、レディーの部屋に断りなしに入るのはお行儀が悪いですわよ?」
クッキーを並べながら、嗜めるが
「……もう、レディーって歳じゃ……」
「……何か言いまして……?」
やや、低い声を出すと彼は真っ青になった。そして
「はっはい!すいませんでした!何でもないです!」
ビシッと直立不動の姿勢を取り、謝罪する孫に呆れながらも……彼女は久しぶりに目にするソレに目を向ける。
また、随分と懐かしい物を引っ張り出してきたものだ。
「ねえねえ、おばあちゃん」
「何ですの?」
「これ、見ても良い?」
あまり進んで見せる物ではないのだろうが……まあ、家族になら良いだろう。
「ええ、構わなくってよ」
バルコニーのテーブルにアルバムが広げられた。涼しい風が吹き抜け、彼女のブロンドヘアーが揺れる。
一番初めに二人の目に写ったのは学生時代と思われる集合写真だった。白い制服に身を包んだ生徒たちの中で、自分の祖母がどこにいるのか。彼にはすぐに分かった。
「この人がおばあちゃん?」
「ええ、そうよ」
「おぉ……おばあちゃん可愛い……」
「ふふふ。でしょう?」
自信満々にすまし顔をする祖母は写真の表情と同じに見える。
「あれ、この人……」
指差した写真には端正な顔付きをした、一人の少年が写っていた。
「もしかしてこの人が?」
「そうですわね。織斑一夏さん。史上唯一の男性IS操縦者でそれから…………」
「……?」
ほんの少しではあるが、切なげな表情を浮かべた祖母が心配になったが、何故かその先には踏み込んではいけない気がした。話を変えた方が良いかもしれない。
ペラッ、ペラッとページを捲り続けると、今度は背の高い別の男性と共にレンズに収まっている祖母がいた。
「あっ、この人おじいちゃんでしょ?」
スーツ姿の男性は先程の少年とは全く違うタイプだった。顔つきが端正なのは同じだが、織斑一夏が俗に言うイケメンならば、こちらの男性はハンサムと言った方が言いのだろう。
「若いでしょう」
「うん……」
しばらくの間、沈黙が続いたが……
「ねえ、おばあちゃん。一つ聞いて良い?」
「?」
「こんなこと聞いたら、怒るかもしれないけど…………おじいちゃんと結婚して良かった……?」
恐る恐るといった孫の問いに彼女は一瞬、キョトンとした表情をする。だが、やがていつも以上に優しい笑顔でこう言った。
「ええ。ええ、もちろんですわ。今、あなたがここに居ることが何よりの証拠ではなくって?」
「…………そっか……そっか!」
頭を撫でられる。高校生にもなって、おばあちゃんっ子が抜けないのはどうなのかと自分自身でも思うが、今は祖母の優しさが嬉しかった。
「ところで、そのおじいちゃんは?」
「ゴルフですわ」
「また!?おじいちゃんも元気だね……」
「ふふっ」
二人でお茶を楽しみながら、アルバムを捲っていく。
子供が生まれて、成長を見届け、結婚し、孫が生まれた。
この歳になって分かった気がする。かつて経験した、どんなに素晴らしい出来事も今感じている幸せには敵わないのではないかと。
私はセシリア・T・オルコット。
元ISグレートブリテン及び北アイルランド連合王国代表操縦者兼オルコット家12代目当主。
今は……そうですわね。ごく普通の老婆とでも名乗っておきましょうか。
ほんの思いつきで書いてみました。こんな未来になる可能性も0ではないのかもしれません。
とりあえずは短編ということにしましたが、連載の可能性もアリかも……
感想待ってます!!
それではまたm(..)m
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