ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか (羽吹)
しおりを挟む

プロローグ

文体を大幅に変更。
描写を出来る限り分かりやすく仕上げました。


 

 階段を昇る。

 カツン、カツンと靴音が鳴いて、静寂を侵した。

 

 惨めな人生だった。

 

 振り返ってみて、

 心から楽しいと思えたことはあっただろうか。

 無かったな。と即答が帰ってきた。

 遊園地の人混みの中でも、

 教室でたった一人座っているときも。

 私は何も変わらなかった。

 

 扉を開ける。

 いつも通りの星が出ていた。月は見えない。

 隣のノッポが邪魔をして、

 何にも見えない。目立たない。

 貴方は居たの? と驚く顔は。

 貴方に価値は無かったね。

 そういっているように見えて。

 私から表情が消えた。

 

 車が走っている。

 レースのようだね、と見下ろした。

 いつだってゴールは誰かのものだ。

 必死の努力は継続に負け、継続は才能に敗れた。

 失ったものは、当たり前の順位を打破する力だ。

 私は波に飲まれて、当たり前に負けた。

 

 風を感じる。

 景色が流れていく。

 私の名前は何だっただろうか。

 何年も呼ばれていないから、忘れてしまった。

 この浮遊感を知っている。そう、

 有りもしないアイデンティティーを確立した時。

 

 目まぐるしく変わっていく景色は。

 絵の具のチューブを握りながら、

 キャンパスに塗りつけて擦っていく掠れかた。

 今だけに、全てを。

 そこに意味がきっとあるから。

 

 上を見上げる。

 星があった。眩しい星が。

 そうだ。あの星に自分の名前をつけよう。

 それは一つの意味としてここに残せるだろうか。

 当たり前の結果が頭に浮かんで、

 今この時の全能感で押し流す。

 一番眩しい星に。私の名前を。

 何時か、私が。幸せだなって。思える日まで。

 

 

    バイバイ。

 

 

 ☆ ☆

 

 花火が散った。

 

 夜が明けて、そこには何も残らなかった。

 

 

  くだらない螢のプロローグ

 

 

 明日、同じように星は出ているだろうか。

 

 その星は眩しく光っていますか。

 

 ☆ ☆

 

  ☆

 

 

 

  ☆

 

 ☆ ☆

 

 一体何だって言うんだ

 僕が何をしたって言うんだ。

 

 …………。

 うん。分かっているさ。分かっているとも。何もしなかったからだろう。

 だからってこれは酷いんじゃないかな。

 あくまでも神友に対する仕打ちじゃないよね。

 

 働け?

 住居は用意した?

 

 待つんだ。あれは廃墟じゃないか。

 一応は教会だけれども!

 雨ざらしじゃないのかも知れないけれど!

 

 それに働く場所にしたって一言申したい。

 ジャガ丸くんの屋台って何だよ。

 

 これでも僕は神なんだぞ!

 偉いんだ。すごく。

 加えて乙女でもあるんだ!

 可愛いんだぞ。すごく。

 

 こんな油っぽいものを売る屋台で働かせるなんて何を考えているんだ。まったく。

 

 こんな、こんな。

 あれ、以外にヘルシーで美味しい。

 ……し、仕方がないからジャガ丸くんの屋台については許してやろう。

 僕は寛大だからな。うん。

 

 さて、今日もよく働いた。

 ファミリアの勧誘は失敗し続けているけど、屋台の勧誘は大成功だ。

 僕が店先に立つだけで客が寄ってくるんだ。たまに頭も撫でられる。

 

 可愛いって罪だね。

 

 さあ、帰ろうか。廃墟に。

 いや、僕の教会に。

 

 上を見上げる。

 今日はいい天気だった。雲一つ無かった。

 月が空を丸く穿って、星が流れて、道を作る。

 ミルキィーウェイ。神の残梓。

 幻想的な夜空がそこにあった。

 下界に降りてきて一番綺麗だと感じる空だった。

 

 何故か物悲しくなった。

 その時、一つの星が光ったような気がした。

 いやいや、星は常に光っているじゃないか。

 見間違いだろうか。

 でも、うん。今日の星はやっぱり綺麗だ。

 

 




リメイク完了!
相変わらずなプロローグですが、読みやすくはなった、かなぁ?
前の書き方が好きだった人が居たなら、申し訳ありません。
そしてプロローグはウエハースです。オマケです。サクサクです。シールはついてきません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1羽 楽園

 リメイク前より直接的に。かつ分かりやすくしたつもりです。挑戦、挑戦。
 一羽と二羽の意味が分からない人は二羽の最後に解説をいれました。
【注意】気分の悪くなる描写を含んでいます。



 

 愛は永遠のものだ。

 酔いしれて委ねることは刹那のものだ。

 

 だから。私は。銘酒を煽るように求めている。

 ピリオドのない酔いのなかにいたいのだ。

 

 ただの一つの具体性もなく。

 私は、求めている。

 

 ☆ ☆

 

 未だに秋の冷え込みが続いている。

 冬の始まりの風が、部屋を叩いて。

 ゴトゴトと反響して、驚かせている。

 

 外には微かに雪が降っていて。

 地面が少しずつ白く染まっていった。

 

 暖房も、窓もないこの部屋に。

 くしゃみが聞こえて、咳が聞こえた。

 呟く声が響いて、誰も動かない。誰も話さない。

 暗い部屋の中で纏められて、肩を寄せあって。

 お互いの体温で暖を取っている。

 

 私たちはおんなじ立場の、敵同士。

 

 

  第1羽 楽園

 

 

 同じ顔をしていた。同じ瞳と、髪の色。

 アルビノなのかと間違いかねない肌の色。

 そして、瞳の中の絶望と孤独まで同じだった。

 幼さだけがかつてと違っていた。

 

 初めて意識して聞いた声は罵声だった。

 女の声だ。ヒステリックに突き抜けた、甲高い声が恨み言をはいていた。

 

 私に向けた言葉ではなかったが、怨嗟は私に向けられたものだった。

 何でも、私は望まれて産まれた子供ではなかったのだという。

 無理矢理に出来てしまった、誰の子かもわからないものをこれ以上育てられない、と叫ぶ声が聞こえた。

 

 そして、そんな悲惨な目にあった私にはお金がないのだと聞こえてきた。

 そうして、私は引っ越しをすることになった。

 

 ☆ ☆

 

 ここは楽園。

 これは楽しくなれる魔法だ。

 だから飲んだ。白い液体の魔法だった。

 頭が炙られて、熱い。燃えるように、あつい。

 熱さが思考と共に何かを奪って、気分が昂る。

 楽しいんだ。体が熱く、息が荒い。

 大切な何かを失っていく喪失感が、

 

 ああ、楽しい。

 

 私って、誰だっけ?

 

 ーーー

 

 大部屋があった。広いお部屋。窓の無い世界。

 赤色の壁には引っ掻き傷が刻まれて。

 絵本には黄色の絵の具で染まっていた。

 

 仲間がいる。笑顔の仲間。

 みんな笑顔。ずっと笑顔。どこでも笑顔。

 笑って、嗤って、わらって。

 いったい誰を見て、どうして笑っているの?

 

 冷たいシャワーを浴びる。雪のように、冷たいシャワー。

 体を拭かれて、綺麗なドレスを着る。

 

 君たちの仕事は、楽しませること。

 楽しませて、気持ち良くなって貰おう。

 

 そのためには、笑顔だよ。

 

 ほら、笑って。

 どうしたの、笑って。

 笑顔だよ。笑顔。笑わないと気に入られないよ?

 

 白い液体が。楽しくなる魔法が。

 私を芯から熱して。暑い。熱い。あついから。

 私は笑うんだ。笑顔で頷く。えがおで。

 

 ☆ ☆

 

 笑顔で頷く。

 

 頭を掴まれて、喉が痛い。

 笑顔でうなずく。

 

 粘ついて、踊る。体が軽い。

 え顔でうなずく。

 

 ベッドの上に突き飛ばされて。

  えがおでうなずく。

 

    えがおでうなずく。

 

      えがおでうなずくの。

 

    それは魔法の呪文だよ。

 

  笑顔の誰かが教えてくれた。

 

     かがみのなかで、わらっていた。

 

   見覚えのある、空虚な笑顔。

 

 

     あなたは、だあれ?

 

 ☆ ☆

 

     なかまがひとり へっちゃった

 

   まほうのおみず はきだして

 

       おきゃくさまを おこらせた

 

 

 なかまがふたり いなかった

 

   えのぐをはいて めがゆきのよう

 

       しろくてきれい かわいいな

 

 

 おへやがひろく なってきた

 

      あたらしいこが なかまいり

 

   どうしてそん にないてるの?

 

 

       だいじょうぶだよ

 

     ここはらくえん た しいところ

 

  いたくて にが て たのしい ころ

 

おきゃく まをたのしませてね うなずくの

 

 ありがとう ざいましたっておれいを って

 

     わらっ くれたら わた もうれ い

 

 

        だいじょうぶだよ

 

   まほうがあ から、す なれる

 

 

        だいじょ ぶ よ

 

       こ はらく ん、た しいせかい

 

 ☆ ☆

 

 雪が熱で溶けた。春の日差しで溶かされて。

 夏の炎に煽られて蒸発してしまった。

 気体になった雪は冬の寒波に凍らされて。

 もう一度降り積もる。白い、白い雪。

 

 風の強いある日のことだ。

 冬が笑って、肌寒くなった日だった。

 何も変わらないふざけた日常の中で。

 

 悲鳴が、聞こえた。

 

 ーーー

 

「一体何事なんだ!」

 

 お客様は叫んだ。苛ついた声。

 私をベッドに突き飛ばして。頭を掴まれる。

 私を見下ろして、魔法使いに尋ねたのだ。

 話せない私の代わりに魔法使いが応える。

 

「申し訳ありません、ただいま調査しておりますので、しばらくお待ちください」

 

 部屋の外から魔法使いが謝って。

 私はやっと息が出来るようになった。

 

「まったく、折角の楽しみが台無しじゃないか」

 

 私を見下ろしている人を見上げて。

 そうだ。きれいにしたら、たのしんでくれる?

 

 その声に答えずに、お客様は私を殴った。

 ああ、お客様は不機嫌なんだ。

 きょうはいたいあそびをするの?

 いやだな、いたいのはきらいだよ。

 

 お客様が部屋から出ていって、私は心を放した。

 私のなかに熱が入っていて、頭にまで伝播した。

 

 暑くて、熱くて、楽しくて、笑う。

 窓の外では、雪が降っていた。

 

 ーーー

 

 叫び声がして、扉が乱暴に開いた。

 お客様が入ってきた。先程の人。

 

 どうしたの? もういちどあそぶの?

 

 続けて、熊のお客様達が入ってきた。

 先程のお客様が私の肩を掴んで熊のお客様に投げた。

 

 私は熊のお客様に抱き締められて、またもや投げられた。

 窓を突き破って、外に放り出された。

 

 おそとにでても、いいのかな?

 

 ゆきがふっていた。

 いつかのような浮遊感が私を支配して、

 私は雪原に落下した。

 風が吹いて、雪が下から私を冷やした。

 

 ねつがひいた。

 

 熱が、引いた。

 

 ☆ ☆

 

 恐怖を感じた。

 私は一体何をしていて、私は一体何を失ったのだろうか。

 

 頭が痛い。割れるように痛い。

 なのに冷たかった。

 不意に目の前が温かくなった。

 燃えている。

 建物だけではない。魔物も、人も、燃えている。

 

 魔法の呪文が聞こえた。

 

 あなたはいったい誰? 見覚えのある子だね。

 極東の顔立ちに、色の無い瞳。

 アルビノなのかと間違えかねない肌の色。

 女の子のような顔立ちの、男の子。

 この子の名前は、何だったのかな。

 

 遠い昔に、呼ばれた名前が。

 私には、思い出せない。

 

 魔法の呪文は悲鳴に変わった。

 あの建物の中では日常的なものだった。

 

 雪が炎に煽られて溶けていた。

 

 ☆ ☆

 

 走る。必死に走って、転んで、また走る。

 どこまで行けばいいのかは分からない。

 でもどうして走っているのかだけは分かる。

 

 あの場所から逃げたかった。

 私が目を背けて、大切な物を無くしてしまった、

 あの場所から、楽園から。逃げたかったのだ。

 

 沢山のものを失った。

 始めから無かったものも多かった。

 

 親の愛が無かった。自己愛を失った。

 

 希望は無かった。尊厳を失った。

 

 居場所は無かった。感情を失った。

 

 だけども、失った一番大切なものは自分自身だ。

 

 私は誰だったのだろうか。

 見覚えのあるあの子が、私を見ていた。

 

 ☆ ☆

 

 私は願っている。今でもまだ、願っている。

 

 愛が欲しいのだ。認めてくれる、愛が。

 自分を包み込んで、誰かを許して、

 笑って、満ちていられるための、愛が。

 

 私は、欲しいのだ。

 




 これはR-15、R-15。R-15なんだ。R-15だよー
 よし。暗示は成功したはず。皆、R-15だよね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2羽 ユウアイ

後書きに解説があります。
次羽のネタバレがありますが、そこまで問題ないんじゃあないかな。


 

 誰かが泣いていた。

 

 寂しいんだって泣いていた。

 シーソーに一人座っていた。

 

 私が大丈夫だよって慰めて。

 後から来た友達に連れられて行った。

 

 シーソーに一人座っていた。

 いつから泣けなくなったんだろうか。

 

 誰も迎えに来ないのかな。

 

 

  第2羽 愛を結う 

 

 

 迷宮には全てがある。

 

 夢がある、希望が、宝が、意味がある場所。

 そこに行こう。行って得よう。

 

 吟遊詩人が歌った。拍手も響かない。

 客はまばらの通行人。ステージは寂れた広場だ。

 聞いてくれてありがとう。と彼が笑って、私は聞いた。

 

「迷宮には、本当に何でもあるのかな」

 

 彼は答えた。笑って答えた。

 

「当然だよ。迷宮には全てがあるんだから」

 

 次の曲だよ。といってパストゥレルを歌う。

 私はもう聞いていなかった。

 

 ☆ ☆

 

 寒い。

 雪が降っているからではない。

 ボロの一枚しか身に付けていないからでもない。

 

 心が寒い。ぽっかりと穴が開いたようだった。

 根元的な虚無感だ。

 私が誰なのか分からなくて、生きている実感がない。

 

 これはこの世界に来てからのことではなく、もっと昔からだ。

 その時の私はこの虚無感をどう埋めたのだろうか、と考えて。

 

 見覚えのあるあの子が首を振った。

 

『違うよ、誤魔化していただけだ。

 義務と過去を名前で縛って、私にしたんだ』

 

 彼が笑った。

 その笑顔は空虚そのもので、彼は結局誤魔化しきれなかったことがすぐに分かった。

 

 じゃあ、彼と同じではこの空っぽを埋められないんだ。

 それは嫌だな。だってこんなに寒いんだ。

 空っぽを埋めないと。この空っぽを埋めるにはどうすれば良いの?

 

 彼は笑った。悲しそうに笑った。

 

『私が得られなかった物を、持っていなかったものを。探せば良いんだ。

 無くしてしまった物を、見つければ良いんだ』

 

 彼のことなんて、私は何も知らないはずなのに。

 私はその答えが分かってしまった。

 

 『愛』だ、愛なのだ。

 

 ()が、手に入れられなかった物。

 私だけの宝物。大切なもの。

 

 簡単だった。愛を探せば良いんだ。

 何処に、あるんだろう。

 

 そんな時に音が聞こえた。歌だった。

 

 ☆ ☆

 

 迷宮都市『オラリオ』

 

 50階層から驕る白亜の泡が私を見下ろして、絶え間ない話し声と笑い声が私を出迎えた。

 この町は発展している。

 中世のような周囲から隔絶するかのように利便化して、人を飲み込んでいる。

 

 理由は簡単だ。魔石である。

 迷宮都市の名の通り、この都市には迷宮がある。

 そして迷宮からは魔石が採れるのだ。

 

 魔石は燃料だ。

 光を灯して、暖めて、冷まして、保たせる。

 大きな物を動かして、止めて、壊して、治すことが出来る。

 まるで魔法だ。

 

 ボロを引きずって、大きな道を歩く。

 どこに行けば良いのか分からなくなった。

 そうだ、迷宮だよ。迷宮に行かなくちゃ。

 

 迷宮には何でもあるんだ。

 だから、迷宮には愛があるんだ。

 

 早く、早く迷宮に行かなくちゃ。

 

 ーーー

 

 剣を履いている。鎧を纏って、堂々と歩く。

 そんな貴方に着いていく。迷宮のある場所までだけど。

 

 大きな建物に着いた。ギルドらしい。

 中に入ると、光が私を出迎えた。

 

 カウンターに近づくと、声が降ってきた。

 

「ねぇ、君。どうしたの? こんなところで?

 迷子にでもなった? 親は? 何処かのファミリアに所属してる?」

 

 笑顔がそこにあった。どこかで見たような笑顔。

 私を見てすらいない、フィルターを通した笑顔。

 自分の世界から、誰かに。メーデー。めーでー。

 私だって結局は同じだ。何も変わらない。

 そこまで思考が及んで、不機嫌な顔が少し和らいだ。

 

 それよりも、ファミリアって何だろう?

 知らない言葉だ。所属ということは団体だろうか。

 

 分からない。分からないなら、聞けば良いのだ。

 

 ☆ ☆

 

 神に会いに行く必要がある。

 

 ファミリアとは神の眷族である。

 その他にも色々あるらしいが、前の世界で言うギルドだと思えばいい。それで大抵は説明がつく。

 

 私は迷宮に行きたい。いや、行く必要がある。

 なぜならそこには愛があるはずだからだ。

 

 そして、迷宮に潜るためには冒険者登録をしなければならない。

 冒険者登録をするためにはファミリアに加入しなければならない。

 ファミリアに加入するためには神に認めてもらう必要があるのだ。

 

 そう、ここには神が存在しているのである。

 私は、もう一度人生をやり直している。

 こういうこともあるのだろう。

 強引に納得させて、私は歩き出した。

 

 ーーー

 

 色々なファミリアがあった。いや、神様がいた。

 

 俺がガネーシャだ! とポーズを決める神様がいた。

 君はまだまだ幼いだろう! と返された。

 

 神に会わせて欲しい。とある酒場で請う。

 酒が飲めないだろうが! と怒鳴られて追い出される。

 足がかけられて、嗤われた。

 食べ残しのドレッシングをかけられて、裸で踊れよ、と酔った声が私を揺らした。

 

 路地裏で腰かける。

 この場所は私と同じ空気が立ち込める。

 何も持っていない者の、雰囲気だ。

 少し先に隠し扉があって、入り組んだこの場所はまるで人工の迷宮だ。

 休んでいると、数人の子供が私を見ていた。

 私の勘違いだったようだ。

 ここは独りぼっちが居る所じゃ無かった。

 

 途中の水道で器用に体を洗って、私は歩き出す。もうすぐ日が暮れる。

 同じように唾を吐きかけられて、私を見下ろす瞳に嘲りを感じた。

 

 そんなことはどうでもよかった。

 迷宮に。迷宮にさえ、行ければいいんだ。

 そこには愛があるんだ。私を埋めてくれてくれるのだ。

 

 私を認めてくれるのだ。

 

 ーーー

 

 月が昇った。

 広場の噴水の水面に映って、私では掬えない。

 喉を潤して、また歩く。歩いて、進む。

 星が瞬いて、ボロの裾が擦りきれた。

 今日は、もう無理だろうか。喧騒が小さくなっている。もう、家に帰る時間なのだろうか。

 

 風が吹いて、小さく震える。寒い。

 私は独りだった。

 笑い声が聞こえて、怒鳴り声が聞こえた。

 人混みの中で、独りだった。

 人混みすら消えて、私は分からなくなった。

 

 どうして、ここにいるんだっけ?

 そうだ。迷宮。迷宮だよ。早く、行かないと。

 

 ああ、でも足が動かない。頭も痛い。眠たいな。

 どこかで休まないと。もう、倒れそうだよ。

 あそこの廃教会なら誰もいないだろう。

 

 私と同じ、寂しそうな場所。

 

 ☆ ☆

 

「おーきーるーんーだー!」

 

 声が聞こえた。

 薄目を開けて、声の主を見る。神だった。

 神威で分かる。神様が私の前にいた。

 じゃあ、この声は神の啓示だろうか。

 いや、ニュアンスを鑑みると、警告だろう。

 2000LP支払う必要がありそうだった。

 

「分かっているんだぞ! さっきから薄目を開けてボクの言葉を無視していることぐらい!」

 

 まったく神を何だと思っているんだ、と愚痴っている神様をこれ以上怒らせないためにも起きるべきだろう。

 

 私は居候の身分であることだしね。

 おはよう。また今日を迎えられたね。

 

 ーーー

 

「ファミリアを探しているんだ」

 

 私は朝食の席でそう切り出した。

 目の前でジャガ丸くん(朝食である。脂っこくはないのだろうか)を美味しそうに頬張る神様の名前は、ヘスティアという。

 

 ヘスティアとは炉の神だ。

 炉とはかまどとも同一視され、それ故に家庭の神でもある。

 だと言うのに、うらぶれた教会で朝食にジャガ丸くんとは。

 

「うん? 何かなその目は。せっかくボクが好意で。こ、う、い、で君に朝食を恵んであげていると言うのに」

 

 文句があるなら僕が全部食べるからな。

 そう脅してくる神様の魔の手から守るようにジャガ丸くんを口に運ぶ。

 あ、意外にヘルシーだ。朝食用なのかな。

 

「それで、ファミリアを探しているんだったね」

 

 神様が先ほどの話題を拾ってくれた。

 

「分からないな。どうしてファミリアを探しているんだい? 見たところ君はまだ子供じゃないか。

 保護者も無しに迷宮に向かうのは自殺行為だよ」

 

 神様が諭すように私を見た。

 

「それでも行きたいと言うのなら、

 まずは事情を説明するべきじゃないかな」

 

 神様の言葉はどこまでも正しかった。

 だから、答えなければならない。

 

「ええ、分かりました」

 

 この言葉は本当だ。

 

「私は北方の生まれで、極東の血が混じっています。

 親が病で倒れ、故郷の数人にも病が移りました。

 親を無くした私でしたが、その町に病を持ち込んだのは私の両親です。

 居づらさを感じた私は両親の言葉に従って、オラリオにやって来ました。」

 

 そして、これは嘘だ。

 

「…………」

 

 神様は黙って聞いている。

 

「両親は冒険者だったのです。

 だから、私は今すぐにでも冒険者になって、迷宮に行きたいんです」

 

 最後の言葉だけが本当だった。

 両親のことは全然知らないけど。

 

 私の経歴は言いふらすようなものではない。

 生まれ変わり、産まれて捨てられ、尊厳を喰らって生きてきた。

 

 私とは誰だろうか。

 見覚えのある彼が私を見下ろしていた。

 

 ーーー

 

 しばらくの時間がたった。

 沈黙していた神様がよしっと小さく声をあげた。

 伏せられた顔が急浮上して、そこには覚悟を決めた顔があった。

 

「ねえ、君の名前を教えてくれないかな」

 

 そして、質問が降ってきた。

 

「……」

 

 困った。私は自分の名前を覚えていない。

 昔も、今も、あの場所でもだ。

 

 だから、答えられない。

 だけど、答えないわけにはいかなかった。

 私の話のなかで、私には名前があるべきだからだ。

 

「……ユウ、といいます」

 

 頭のなかで浮かんだ単語を引きずり出す。

 見覚えのある、あの子が笑った。

 それでいいんだよって。そう笑った。

 過去を踏んで、義務を負って、今を見るのなら。

 ()()()()()()()()()って、笑って消えた。

 

 彼は私だ。私だったんだ。

 

 そう。私はユウだ。

 

「羽を、結うと書いて、結羽です」

 

「名字は捨てました」

 

 あの話を鑑みるとここが落とし所だろう。

 

 神様が笑った。

 

「よろしくね、ユウちゃん。

 ボクは君に、このヘスティア・ファミリアに加入することを認めよう」

 

 私を見て、笑った。綺麗な笑顔だった。

 

「まあ、眷族は一人も居ないんだけどね」

 

 それは産まれて始めて聞く、歓迎の言葉だった。

 少しだけ泣きそうになって、

 ちょっとだけ悔しいから、言い返した。

 

「ちゃん、は止めてください。私は男です」

 

 神様の驚いた顔が印象的だった。

 

 ☆ ☆

 

 腰に剣を吊る。

 支給品の鋳造品だったけど、手に馴染んだ。

 何の心も込められていない剣は、私だけで満たされている、心強い私だけの味方。

 

 ギルドを通って、道を歩いて、バベルを抜ける。

 ボロを纏って、早足で歩いた。

 冒険者たちは私を避けて歩いていった。

 

 所々の光沢が中途半端に反射して薄暗い。

 それでも私にとってここは明るい世界なのだ。

 宝物がある場所だ。私を愛してくれる場所だ。

 

 そう、私が一人でいるこの場所は、迷宮一階層。

 全てのある場所。私の愛の在処。

 

 ボコッ、と音がして。

 壁から小さなコボルトが現れた。

 私を見つけて、甲高い声をあげた。

 

 私だけを見つめて、向かってくる。

 私は愛を見つけた。

 

 ーーー

 

 ヒュン、と音がして。遅れて鈍い悲鳴が上がる。

 浅く傷いた目に手を当てて、彼は苦しんでいる。

 

 私の剣に少しだけついている血を確認して、

 私は優越感に浸る。ああ、気分が良い。

 あの傷は私がつけたものなのだ、と実感できる。

 

 ねぇ、お願い。愛し合おう。

 

 足を切り着ける。彼が転んだ。嬉しい。

 彼に跨がって、腕を切る。顔が見えた。

 ああ、駄目だって。そんなに暴れないで。

 

 声が聞きたい。悲鳴を聞かせて。

 叫んで。本気で声をあげて。私に響かせて。

 

 耳を削って。さあ。鼻を削って。さあ!

 目を取り出して。声をあげてよ!

 

 どうして、あげてくれないの?

 

 そうだ。その胸板の中は何色だろうか。

 きっと美しいに違いない。

 

 脇腹から剣先を差し込んで、魚の皮を剥ぐように丁寧に剥いでいく。

 コツン、となにかに当たって、

 悲鳴もあげずに彼は居なくなった。

 

 残念だ。

 もっと、もっと愛し合っていたかった。

 

 ☆ ☆

 

 嘘だ。

 

 僕たち神々には、嘘は意味を持たない。

 だからあれは嘘だ。あれはデタラメだ。

 

 あんな小さな子供が一人で教会で寝ていたのだ。

 ボロを一枚纏っているだけの格好で。

 それなりの事情があることは簡単に想像がついた。

 そして、僕には彼をどんな理由があってもファミリアに入れる気など無かった。

 

 死ぬからだ。

 

 日に日に迷宮では死人が出ている。

 今に始まった事ではないが、尋常な数ではない。

 守ってくれる人の居ない子供が生きていけるほど甘い場所ではない。

 

 彼に聞いた。どうして迷宮に行くのかと。

 そして僕は嘘を聞いた。

 顔色一つ変えずに、彼は嘘をついた。

 

 僕が神でなかったのなら、分からなかっただろう。

 まるで経験したかのような口調だった。

 

 だけど僕は神だったから。

 だから僕は嘘を見抜いた。

 

 そして話の最後で、僕は気付いた。

 迷宮に行きたいと語った彼の瞳に剣呑な光があった。

 

 あれは狂気だ。

 

 理解した。

 ここで僕がファミリアに入れなかったら、彼は何処のファミリアにも所属できないだろう。

 身寄りも、技術もない子供を入れるファミリアは存在しない。

 それでも彼は迷宮に行くことを諦めないだろう。

 

 例え神の恩恵が無くても、だ。

 それはもっと危険だ。

 それならばまだ僕の目が届くファミリアにいた方がいい。

 

 ファミリアに加入することを認める。

 その言葉を聞いた彼の表情には剣呑な光など一切無くて、

 

 僕は少し安心した。

 




ここまでの解説!
 ただし、ネタバレがあります。

・楽園

 楽園です。楽しい世界。
 みんな笑顔のたのしいせかい。

 ではなく、小さい子供専門の大人のテーマパークです。
 楽しくなれるお薬で子供たちを魅了します。
 裏ではナマモノを処理していたり、実験していたりしています。

・私って誰?

 一種の自我崩壊状態です。お薬で楽しくなった結果です。
 アイデンティティーを無くしちゃって、自分をちゃんと認識できないんです。

・名前が必要とかなんとか。

 名前を着けることで自分を定着させたのです。
 これで自分をちゃんと認識できるようになったのです。

 過去を踏んで。
  ↓
 前世で生きて、ここに辿り着くまでにしていたことを認識して。

 義務を負って。
  ↓
 これから先、生きていくこと。
 生きていっても良いと認識して。

 今を見る。
  ↓
 今この時を歩んでいくこと。

 名前がいる。
  ↓
 自分をちゃんと認識して、己の足で歩いていく、ということ。

 ーーー

・ユウアイ

 まず前提として、ユウの状態を説明します。

 ユウは自分に価値を認めていません。
 その上で、誰かと笑いあえることを望んでいます。(これがユウの幸せです)
 そして、ずっと独りだったので寂しいのです。

・空っぽ

 ユウが自分をそう称します。
 誰とも関係を築けず、虚しくなってしまったこと。
 その結果を引き起こした自分の性質のことです。

・愛を探す

 空っぽの自分を埋めるもの。
 もしくはその性質を変えてくれるものです。

 それを探そうとして、迷宮には何でもあると聞き、ユウは迷宮に愛を探しにいきます。

【注意】
 ここからネタバレがあります。

・私の愛!

 私は出会ったの!

 私は空っぽだね。何にも持ってない。
 近くには誰も居ないし、私にはその価値もない。

 誰も認めてくれない。寂しいな。
 (神様はこれを狂気だと思ったのです)

 だけど、迷宮にいったら認めてくれたの!
 モンスター達がね、認めてくれたの!
 食べようとしてるの。
 私に食べる価値があるって言ってくれるの!

 嬉しい! 愛してる! ねぇ、私をもっと見て?
 私だけを、もっと見て!
 見てくれたら私の全てをあげるから!

 ねぇ、いいでしょう?
 (多分こっちが本当の狂気)

 それは愛し合うってことだよね。
 沢山、愛し合おうねっ!
 でも、私以外を見ないで?
 私はあなただけを見ているから。

 ねえ、いいでしょう?

 剣で切ったら血が出るの!
 これは私が彼らと愛し合った結果だよね!
 だから沢山浴びよう。
 モンスターの血で赤く染まっていくことって沢山愛し合ったっていうことだよね。嬉しい!

 こういう思考回路です。
 うん。正常な理論だ。
 純愛だね。間違いない(白目)
 ここでタイトル回収済み。やったぜ!

 ーーー

 ここまでとヘスティア・ファミリアに入団。
 この二つが二羽までの内容の全てです。
 というか未来の内容も入っています。

 心理的な描写の難しさがヤバイです。

 あと、上の詩にはちゃんと意味があるのです。
 今回は『限界』がテーマでした。
 一羽は『愛と刹那』です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3羽 独占欲

 

 赤い。

 

 叫び声が上がる。

 叫びたいのは私の方だ。

 

 剣先を上げる。

 

 そうだ。刺そう。

 その目は何のためにあるのかな。

 

 そうだ。刺そう。

 その腕はどうしてそんなに赤黒いのかな。

 

 そうだ。刺そう。

 その口は誰に向かって鳴いたのかな。

 

 そうだ。刺そう。

 あなたは私のものでしょう?

 

 ねえ。そうでしょう?

 

 

  第3羽 独占欲  

 

 

 薄汚れた部屋だ。

 所々が破れたソファーとスプリングの弱いベッドが鎮座している廃教会の隠し部屋。

 薄暗い光に照らされるみすぼらしい部屋だ。

 だけど、何故か落ち着く、不思議な空間だ。

 

 私はベッドにうつ伏せに寝転んでいた。

 神様が私にまたがって、楽しそうに言った。

 

「これで君はボクの子供だ」

 

 恩恵というものがある。

 ファミリアに加入すると、神様から授かる祝福。

 背中に刻まれた祝福は、私の場合ヘスティアからの恩恵だ。

 

 それはステイタスを表している。

 ステイタスとは強さの指標である。

 そして、神様は自分のファミリアの人たちを自分の子供のように称している。

 

 楽しそうな顔を歪めて、神様は続けた。

 

「これで、ユウ君は迷宮に行くことが出来るよ。

 僕たち神々の恩恵があれば、モンスターとも戦える」

 

 けれど、と続けて。

 

「それでも、気を付けるんだよ、ユウ君。

 君は恩恵を得たけれど、人であることに代わりはない」

 

 死ぬときは、あっけなく死ぬんだよ。

 

「だから、無理はしちゃダメなんだ」

 

 神様はそう締めくくった。

 

 ☆ ☆

 

 私は愛に出会った。

 私を認めてくれるものに出会った。

 私をちゃんと見てくれるものに出会った。

 私を満たしてくれるものに出会った。

 

 私を、私だけを愛してくれるものに出会った。

 

 小さなコボルトだ。

 鳴き声をあげて私を見ていた。

 

 私を食べようとしていた。

 私を認めて、私に食べる価値があるんだって囁いてくれているんだ。

 

 涙が流れて、頭が熱くなった。

 息が乱れて、体が僅かに発熱する。

 

 私だけを見てくれている貴方が、

 ああ、嬉しい。愛してる。愛してる!

 

 その視線が私を満たすんだ!

 その表情が私を満たすんだ!

 その存在が私を満たすんだ!

 

 私を食べたいのだろうか。

 私を啜りたいのだろうか。

 

 いいよ。全部あげる。だから、全部、頂戴。

 

 愛し合おうよ。私と。私だけと。

 

 そして彼は灰になった。

 足りなかった。もっと愛し合っていたかった。

 

 犬のような声がした。

 彼も私だけを見ていた。

 

 ーーー

 

 赤い色が跳ねる。私のボロを染める。

 

 心地よかった。

 

 これは結晶なのだ。私と、彼との愛の結晶。

 

 愛し合った結果。

 

 出来るだけ浴びていこう。

 彼らに包まれていられるから。

 

 ーーー

 

 真正面から向き合う。

 彼を見る。彼も見る。

 彼の視線だけが私を認めてくれている。

 私が埋まって、満たされていく。

 

 剣先を横に。

 半円を描きながら正眼の形に、維持しない。

 

 手首を少し引いて、突く。

 彼の右肩に刺さって、左腕が私に向かってきた。

 

 走ったまま後ろ足に力をいれて、無理矢理飛ぶ。

 刺さった剣を支点にして、彼の上をとる。

 左肩に右足を乗せて、もう一度飛ぶ。

 踏み台になった彼はうつ伏せに倒れた。

 

 その上にまたがる。

 落ちている剣を拾って、まだ動いている左肩を突き刺す。

 腕が動かなくなった。

 

 彼がうつ伏せのままこちらに振り向いてきたので、その顔に手を当てて、顎までさする。

 

 下顎を上げて。お願い。

 そのままだとやりにくいの。ね、いいでしょ?

 

 鋼を首に当てて、彼の首が飛んだ。

 

 しまった。

 私がまたがるのではなく、彼にまたがられているべきだった。

 これでは彼の血を浴びることができない。

 

 それは嫌だな。そうだ。

 彼の首を上に持ち上げて、皮を剥ごう。

 

 そうすれば、沢山出るよね。

 

 ひっ、と声をあげた冒険者が逃げた。

 それよりも、耳の皮が剥ぎにくい。

 あ、灰になった。もう、しょうがない子。

 

 さあ、次に行こうか。

 次は誰と愛し合えるかな。楽しみだな。

 

 ☆ ☆

 

 私は満たされていた。

 彼らに愛してもらえた。

 私だけを見てもらえた。

 だから彼らを愛した。彼らだけを見つめた。

 

 私と彼らの間には愛があったんだ。

 だから、ほら。

 その証拠に私はこんなに満たされている。

 

 だというのに、楽しい時間はすぐに終わるんだ。

 魔石を回収する袋が限界に近い。

 私の体が限界なのだと訴えている。

 オラリオに戻らなくてはならなかった。

 

 しかし、どのくらいの時間が経ったのだろうか。

 体感時間では一日も経っていない。

 せいぜい15、6時間といったところかな。

 

 バベルの塔の地下。

 そこに迷宮の入口が存在している。

 私が地上に上がると既に夕方だった。

 私は昼間に迷宮に入ったのだ。おかしいな。

 体感時間と計算が合わない。

 

 人混みを歩く。

 周りの人が私を避けて通りすぎていく。

 

 何故だろうか。

 歩きやすいから問題はないか。

 そんなことを考えながらギルドに向かう。

 

 私のボロから血が滴り落ちて、地面に吸い込まれていった。

 

 ーーー

 

「2日間も、何処に行っていたんですか!」

 

 怒号が響いた。

 ギルド中の視線が私に向いて、すぐに逸れた。

 

 職員が捲し立てる。

 

「昨日、ヘスティア様が泣きながらクエストを発注しに来たんですよ!

 受注した冒険者は今になってキャンセルするし!」

 

 私に叫んでいた。

 

「大体、その格好は何ですか! 血塗れじゃないですか!」

「えっと……」

 

 私は彼女の剣幕におされて、何も言えない。

 

「えっと……じゃありません! 初日からこんなことをして!

 無事だったから良かったものの、何かあってからじゃ」

 

 逃げよう。分が悪い。

 危なくなったら逃げるのは鉄則だ。

 目の前の彼女もそう言っていたじゃないか。

 

 未だに怒っているらしい職員の横を通って、魔石の換金所に行く。

 私はここの物価が分からないが、悪くない金額になったのではないだろうか。

 換金所の人が驚いていた。

 

 そのまま廃教会に帰ろうとして。

 肩を捕まれる。痛い。誰?

 

「せめて、シャワーくらい、浴びなさい!」

 

 私はその形相に恐怖を覚えた。

 

 ☆ ☆

 

 廃教会の中は暗い。今は夜だ。

 つまり2日と半分迷宮の中に居たことになる。

 

 今日は月の光が無かった。

 だから、目の前が見えない。

 不安定な世界で、足元だけが確かに感じる。

 

 光があった。奥から見えた。

 温かい光の中で、神様が寝ていた。

 近くにあるベットに横たわらずに、机に突っ伏して寝ていた。

 

 目の前に料理があった。

 ジャガ丸くんが大量に置いてあって、

 明らかに手作りの段幕があった。

 

 馬鹿なんだろうか。

 

 明らかに冷めていて、食べられるかどうかも分からないものをどうしてまだ置いているのだろうか。

 

 奥に入って、キッチンを確認する。

 水は出る。火は着く。オーブンもあった。

 

 踵を返して、町に走った。

 賑わっている道を越えて、大量の食材を買う。

 明らかに2人では食べきれない量だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 パイ生地を敷き詰めて、ジャガイモをベースにチーズなどを詰める。

 オーブンにいれて、小麦粉と卵を混ぜ合わせる。

 トマトを煮詰めて、付け合わせを用意する。フルーツを潰して果汁を取る。

 

 そろそろブイヨンが、

 ああ、早くしないとキッシュが焦げる!

 

 ☆ ☆

 

 良い匂いがして、目が覚める。

 僕はどうして机で寝ているんだ?

 

 そうだ。昨日のことだよ。

 

 昨日は大変だったんだ。

 ユウ君が帰ってこなかったんだよ。

 始めて迷宮に入って、

 一日中帰ってこなかったんだ。

 

 僕はなんてことをしてしまったんだ。

 ユウ君を冒険者になんてしたから。

 まだ7歳の子供だと言うのに。

 

 死んだかもしれない。

 考えると止まらなくなって、涙が出てきた。

 

 探しにいかなくちゃいけない。どうやって?

 

 依頼だ。報酬は? 大丈夫。少しなら手持ちはある。

 

 真夜中にギルドに駆け込んだ。

 必死な顔でクエストを発注した。

 幸いなことに近くにいた冒険者が受けてくれた。

 

 迷宮に居るとは限らないかもしれない。

 クエストを発注してから気付いた。

 

 町を走り回る。大声で叫んだ。

 ダイダロス通りも含めた、他の区間も見て回った。

 喉が痛くなっただけだった。

 

 太陽が真上に鎮座する頃、限界が訪れた。

 最後の望みを賭けて、廃教会に戻って来たんだ。

 ここにもユウ君は居なかった。

 

 昨日用意した、パーティー用の料理がそのまま置いてあって、僕は疲れて寝てしまったんだ。

 

 以上が昨日の出来事だ。

 結局、僕は何も出来なかった。

 

 やっぱり、奥が騒がしい。誰かいるのだろうか。

 泥棒だろうか、と思って。

 奪う価値のあるものはなかった、と思い直す。

 

 奥を覗き込む。ここはキッチンだ。

 食料は置いてない。料理ができないからだ。

 

 僕が覗いていることに気付いたのか、

 誰かが僕を見て言った。ちょっと焦った声だ。

 

「神様、オーブンを開けて! 焦げる!」

 

 内容は頭に入ってこなかった。

 声が聞こえる。ユウ君の声だ。

 

 涙が出てくる。これは夢だろうか。

 確かめようとして、ユウ君の頬をつねる。

 

 包丁持ってるから、とか。危ない、とか言っているが、そんなことよりも嬉しかった。

 これは夢ではなかった。

 

 結果。キッシュは焦げた。

 それでも、美味しかった。

 




 本来書きたかったシーンを入れられなかった。
 でもこれ以上入れられないしなぁ……。
 リメイクだからかどうしても前の文章に引きずられてしまう。
 こんな稚作でもお付き合い下さると嬉しく思います。

 お・ま・け

 必死な顔を見てしまったから。クエストを受けた。

 難易度は高い訳ではない。
 が、成功するかどうかは全く分からなかった。

 新米冒険者の救出だ。
 生きていれば、難しいクエストではない。
 しかし、そうでないなら達成不可能なクエストだ。

 一階層か二階層には居るだろう、ということだったので、くまなく見て回る。
 こういうことはきっちりと見ていくべきだ。
 深夜だからか、冒険者は少なかった。

 甲高い悲鳴が上がった。モンスターの声だ。
 これは当たりかな、と思ってその場所に急ぐ。
 そして、見た。見てしまった。

 女の子が。幼い、女の子が。
 モンスターの首を撫でていた。

 その首には皮がなかった。
 頬の赤い筋に指を這わせて、
 耳の皮を少しづつ丁寧に剥いでいた。
 時折滴り落ちる血を舌で舐めて、
 切断面を愛撫していた。

 狂っていた。間違いなく、まともじゃなかった。
 恐怖を覚えて、逃げようとして、足がすくんだ。

 彼女がこちらを見た。無感情だった。
 なんの興味も持っていない目。
 恐ろしく澄んでいて、何も写していなかった。

 声を出そうとして、舌が動かなかった。
 しゃくりあげた、引きつった短い声が聞こえて、
 それが自分の声だと理解する。

 彼女の舌が官能的に動いて、
 首の断面から滴る血を舐めた。

 彼女はもうこちらを見ていなかった。

 無意識に足が下がり、気付けば逃げ出していた。
 無理だ。このクエストは達成できない。

 そもそも必要すらない。
 彼女はこんなところで死ぬような人間には見えない。
 キャンセルしよう。もう関わりたくない。

 結局、トラウマだけが残った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4羽 雪の歌

 

 白くて、冷たくて、音がない、

 ここは雪の世界。

 

 歩いた場所に後を付けて。

 後ろを向いて、見下ろした。

 綺麗な景色。雪化粧。

 

 白くて、冷たくて、音がない、

 ここは死の世界。

 

 

  第4羽 雪の世界

 

 

 血が私の背中に落ちる。

 神様が私にまたがっていた。

 座ってやろうとは思わないのだろうか。

 

 紙に何かが書き込まれるような音が聞こえて、止んだ。

 赤く染まったボロを抱き締め、神様に結果を聞く。

 

「魔法が発現しているよ!」

 

 神様が興奮しながら答えた。

 

「君は魔法スロットが3つもあったからね。

 いつかは発現するだろうとは思っていたんだ」

 

 内容は、といって紙に視線を落とす。

 

「基本的な氷の魔法かな。特筆すべき点は詠唱の短略を駆使することで、威力、範囲、ある程度は効果もかな。変化させることが出来ることだよ」

 

 ユウ君らしいね。と呟いて。

 

「応用性の高い魔法だよ。色々なことに使ってみると良い」

 

 例えば、寝苦しい夜に部屋を涼しくするとか。

 などと話す神様。

 神様、今は冬です。寒いです。

 

「魔法名は『雪の世界』。幻想的じゃないか!」

 

 良かったね、と続ける神様を見て、思う。

 

 雪とは死の象徴だ。

 その白は生気を感じさせない神聖さを持ち、その冷たさは体温を感じさせない。

 音の無く降る光景は、前触れの無い、それこそ直接的な死を象徴している。

 

 しかし、私は雪が好きだ。

 地上に着いてすぐに消えるあの儚さが、私に似ている気がするから。

 なんて、自惚れかな。男性なんだけどね。

 

 私が黙っていると、神様が真剣な表情をこちらに向けて、口を開いた。

 

「ユウ君。昨日みたいなことは、もうしないで欲しい」

 

 僕がどれだけ心配したと思っているんだ。

 言外にそう聞こえた。

 そして、それは間違っていないのだろう。

 

「君はボクにとって始めての眷族で、大切な、家族なんだ。

 君は聞いていなかったようだから、もう一度言うよ」

 

「無理は、しないでくれ」

 

 真摯な声だった。

 本気で私のことを心配している声だった。

 

 だから、私は何も言えなかった。

 

 ☆ ☆

 

 朝になって、神様はバイトに向かった。

 私はバイトをする気はない。

 何故なら、昨日の換金額を考えると十分に生活できるからだ。

 神様からバイトの報酬を聞いたのだが、一迷宮は十バイト近い効率を持っていることが判明した。

 レベル1でこれなのだから一流冒険者はもっと凄いのだろう。

 

 なので、また明日には迷宮に向かう。

 その為には装備の整備をしなければならないが、私にはその前にやらなければならないことがある。

 

 服だ。私の服はボロしかない。

 それも赤くなって、匂いが凄い。これはもう着れないだろう。

 

 適当に歩いていると、安い服屋を見つけたので、入ってみる。

 

 今日の大特価品! と書かれた服があった。

 雪のように白い和服。

 特価だからか非常に安かった。

 一目で気に入って、複数購入する。

 

 店主が私の背丈に会わせて調整してくれた。

 オマケまでしてもらった。

 この店は私の行きつけになるだろう。予言する。

 

 ーーー

 

 昨日の残りの食材を使って、料理を作った。

 神様の分と私の分の二人分だ。

 誰かのために料理を作るのは久しぶりだったので、楽しかった。

 

 作り終えて、魔法を小規模で発現させて、手慰みにする。

 空気を凍らせて、溶かして、また凍らせる。

 ルーチンワークを繰り返していると、昨日の神様を思い出した。

 

 神様は私が帰ってこなくて、こんな気持ちだったのだろうか。

 大量のジャガ丸くんを思い出した。

 もし今、神様が帰ってこなかったら。

 

 私が作った料理はどうなるのだろうか。

 その時、私はどう思うのだろうか。

 

 当たり前のようにまた笑いあえる保証なんて、どこにもないじゃないか。

 白い着物を着ているはずなのに、少し寒かった。

 

 少しの時間がたって、私の心配を吹き飛ばすように神様は帰ってきた。

 

 ☆ ☆

 

「パーティを、組まない!?」

 

 神様は信じられないものを見るような顔をした。

 当たり前だろう。

 迷宮にソロで向かうような真似は普通しない。

 死ぬ確率が跳ね上がるからだ。荷物だってある。

 

「サポーターも、雇わない」

 

 宣言する。

 パーティの荷物の管理、安全確認等を行うサポーターも雇わない。そう宣言した。

 

 それは、正真正銘一人だけで迷宮に行くと言うこと。

 迷宮で死んだのなら、骨も残らないだろう。

 

「っ、何を考えているんだ!」

 

 神様が私を見て。続ける。

 

「ボクは、君に! 無理をするなと! 何度言えば分かってくれるんだ!」

 

「パーティを組まないのも、サポーターを雇わないのも。君の勝手だ。

 ボクがその選択にとやかく言う資格はない」

 

 泣きそうな顔だった。

 

「それでも、ボクは。君に死んで欲しくないんだ」

 

「絶対に。生きて帰ってくるって、」

 

 約束して欲しいんだ。

 神様の言葉に、私は分かった、と小さく返した。

 

 料理は冷めていた。

 

 ☆ ☆

 

【歌おう、唄おう、謳おう】

 

 単調な詠唱を唱える。いや、歌う。

 私の詠唱は歌なのだ。歌詞は何でもいい。

 

 旋律を奏で、感情を込めた歌。

 美しく、長く、難しく歌うことで効果が増していく。

 

 歌は魔法だ。私はそう思う。

 世界を作る魔法だと思う。

 

 歌詞が気持ちを代弁して、旋律が私の代わりに泣く。

 時に暖かくて、暗くて、優しくもある、

 歌という名前の、世界。

 

 雪の世界が空気を舐めて、白色に染める。

 ここは、痛みの無い世界。

 

 凍った彼らに近づいて、首を切る。

 目を開いたまま彼は事切れた。

 

 首から剣を突き刺して、鍋を掻き回すように回す。

 骨が邪魔をした。

 抜いて、もう一度、刺す。回して、また抜いて、刺して。回して、抜いて、刺す。回して、

 

 こうしていると、暖かいんだ。

 周りが凍っていて、寒い場所だから。

 暖まらないと。風邪を引いちゃう。

 

 ☆ ☆

 

 口元に赤色を確認した。

 布の切れはしが少しだけ飛び出ていて、

 あのモンスターは何かを食べた後なのだと分かる。

 

 私の足から力が抜けて、へたり込む。

 頭が下がって、前髪が顔を覆った。

 

 私には同行者は要らない。どうしてだろうか。

 理由は簡単だ。彼らが私以外を見るからだ。

 

 私を満たしてくれるはずなのに。

 私をみとめてくれるはずなのに。

 

 彼らが私を裏切るのだ。

 わたしはかれらだけをみているのに。

 

 

 無意識に言葉が漏れて、世界が雪に染まる。

 地面が凍って、彼らの足を縫い付ける。

 剣先を口に差し込んで、下顎を削る。

 

 その牙、要らないよね。

 口を大きく開けさせて、顎をはずす。

 

 その舌、要らないよね。

 切り落として、頬を左右共に裂いていく。

 

 ねえ、何を食べたの。

 剣を差し込んで、食道を拡張する。裂けた。

 ねえ、何を食べたの。

 手をいれて、胃を掴む。魔石があった。

 

 彼が灰になってしまった。

 仕方ない。もう一匹で確認しよう。

 




こちらの方が独占欲だよね。
前の章に入れたかったです。まる。
やっぱり狂気成分が薄れてるなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5羽 日溜まりを歩く

 

 振り返って、笑えてしまった。

 馬鹿なことばかりをしていて。

 

 前を向いて、困った顔になる。

 どの向きに歩けば良いのかな。

 

 明日が今日になって。

 今日が昨日になった。

 

 ねぇ、ちゃんと笑ってる?

 

 

  第5羽 日々を歩く

 

 

 一年が過ぎた。

 満たされた生活だったと思う。

 迷宮に潜って、満たされて帰ってくる生活。

 

 神様との二人暮らし。

 春になって一緒に花見に行き、夏になってガネーシャ・ファミリアの見世物に出掛けた。

 秋になって実りのある秋の作物に舌鼓を打ち、そして冬になった。

 私が迷宮に潜り始めてから、一年の節目の日に、私は神様とパーティーを執り行った。

 

 高いデザートを買いに走り、パイやスープを大量に用意した。

 二人で夜通し笑い、私が歌いながら雪を降らせた。楽しい時間が過ぎて、朝になった。

 起きたときには何故か私は神様の服を着ていた。

 

 そうだ、神様に無理矢理着せられたのだ。

 胸元の布が、というより全体的に大きかった。

 私はまだ8歳だ。しかも男だ。当たり前である。

 因みに神様はちゃんと服を着ていた。あしからず。

 

 だが、髪留めは貰った。プレゼントらしい。

 神様が私に似合うような物を自分の給料から用意したのだという。

 少ない給料の中から用意してくれたものだ。

 大切にしよう。

 

 何故髪留めを貰ったのかというと、私の髪は非常に長いからだ。

 しかもあんまり手入れもしていない。

 特に意味を見出だせなかったからだ。

 愛し合うときに邪魔になるわけではなかったので、半ば無視していたのだけれど。

 

「せっかく可愛いんだから、お洒落は義務なんだよ!」

 

 と、神様の啓示があったので無視できなくなった。

 まあ、見映えが良くなるのは悪いことではない。

 ありがたく使わせてもらうことにする。

 

 そうだ。一方的にプレゼントを貰ったと思われても気分が悪い。

 

 私からもプレゼントはしたのだ。服を。

 

 説明しよう。

 私は着物を着ている。白い着物だ。お気に入りである。

 これは特価品だったので高くはないが、なんと再利用できない。

 赤くなって帰ってくるからだ。

 当然洗濯では落ちない。

 

 そこで、費用削減のために私は着物を自分で作成することにしたのだ。

 幸い、着物の型紙やパターンを教えて貰った常連のお店が、古くなって使い勝手が悪くなったミシンを貰ってきてくれたので、安く買えたのだ。

 

 そして今に至るというわけだ。

 なので、服屋にも協力してもらって、神様の服を一から作ったのだ。

 デザインを決めて、パターンを作る過程で神様にも協力してもらった。

 着る人の体型が分からないと作りようがないからね。

 

 その過程で神様は何故か胸を強調する紐を主張していた。

 拘りだろうか。

 

 ☆ ☆

 

 拘りと言えば、私にもある。

 鋳造品の武器しか使わないことだ。

 鋳造品とは型に流し込んで作る武器で、鍛冶士が独自に鍛えた品ではない。

 大量生産に向いていて、その事もあるのか非常に安価で手に入る。

 しかしすぐに折れる。強度がほとんど無いのだ。

 

 そして、鋳造品の武器には心がない。

 型に流し込んで作る武器である以上、そこに鍛冶士の意志が介在しない。

 

 私はモンスター達を愛している。

 掛け値なしの私を見て、価値を認めてくれる彼らを愛している。

 だから、私は彼らに私の全てを持って応えたい。

 

 私だけの、全てを持って、愛し合いたい。

 だから、私に業物は要らない。

 私が独りで戦い続ける限りは、モンスターは私だけを見てくれるのだから。

 

 そんなことを続けていたからだろうか。

 【武器庫】などと言う魔法が発現した。

 

 いや、それスキルじゃないのかと思ったが、魔法らしい。

 しかも詠唱すら要らない。精神力を消費して使える。

 

 効果は単純だ。

 自分の武器だと認識したものを異空間に収納する。あと、射出機能付き。

 結構便利なのだ。

 好きなときに武器を取り出せる。離れた場所への使いきりの攻撃も出来る。

 一番大きいのは武器を大量に持ち運べることだ。

 大量に使うので、出費も激しいが。財布が泣いている。

 

 ☆ ☆

 

 更に時がめぐって、私のレベルが上がることになった。

 

 考えてみるといい。

 私は愛し合うために迷宮に行く。

 何日も籠っていることすらある。加えてソロだ。

 経験値が入らないわけがなかった。

 かなり速く成長していたらしい恩恵によって、私は更に愛し合った。

 

 何か特筆するべきことがあったとは思えない。

 何匹も纏めて冷凍保存したことだろうか。中層にいるはずのモンスターが上層にいたので、激しく愛し合ったことだろうか。

 何が原因か分からない。でもレベルは上がった。

 そして、レベルが上がるとは、二つ名を貰うと言うことだ。

 

 今日は神様が神会(デナトゥス)に出席する。

 二つ名というのはその神会で決定される。

 私は廃教会で料理を作りながら神様を待っていた。

 

 今日はシンプルにオムレツにしよう。

 ケチャップを取り出す。

 トマトとハーブがあれば以外と簡単に作れる物なのだ。

 

 バタン、と音がして。

 神様が帰ってきた。そして、私に言った。

 

「可愛い名前になったぜぃ! 『赤姫』だ!」

 

 グチャ、と音がして。オムレツが赤く染まった。

 

 ☆ ☆

 

「だいたい、私は男だと何時も言っているでしょう。

 背は低いですけど、初対面で男だと思われたことはありませんけど!」

 

 酷い話である。

 ギルドの職員さんも私のことを女性だと思っていたらしい。

 冒険者登録したときに性別も書いたはずなのだけれども。

 まったく、どうして間違えるのだろうか。

 

「でも、君の着付けは女性用の着方じゃないか」

 

 神様が反論してきた。その通りだった。

 しかし理由はある。あるんだ。

 男性用に着付けると毎回のごとくギルドだったり街だったりで注意されるんだ。

 

 間違ってるよ、と。

 間違っていない。

 

 しかし、余りにもしつこいので間違っていることにしたのである。

 

「負けたんだね」

 

 神様はいつだって正しかった。

 

「と、話がそれています」

 

 私は話をそらした。

 

「どうして赤『姫』何ですか」

 

 おかしいだろう。

 おおよそ男性につける名前ではない。

 ないはずだ。ないと言って欲しい。

 冗談だよって。さあ。

 

「簡単じゃないか。君が迷宮から帰ってくる度に赤いからだよ」

 

 そっちじゃない。そんなことは分かっている。

 わざわざ『姫』を強調したのに、こんな答えが返ってくるということは、答える気がないのだ。

 

 結果、少し間、食事が生野菜になった。

 神様が泣いて謝ってきたけど、少しの間はこのままにするつもりだ。

 

 私は後悔していない。

 

 ーーー

 

「スキルが発現していたよ」

 

 言い忘れていたよ、と神様がフライパンと卵と格闘しながら話しかけてきた。

 

「それよりも集中してください」

 

 私は答える。死活問題だからだ。

 生野菜が相当堪えたのか、神様は料理を教えて欲しいと進言してきた。

 

 レベルが上がると言うことは、これから更に迷宮に籠っている時間は増えるということで。

 それはつまり、今の神様の料理スキルでは生野菜よりも酷い炭を食べる可能性もあがるということでもある。

 

 危機感を覚えたらしい神様は土下座も辞さない!といって脅してきたが、そもそも私は断る気など無かった。

 構わないと快諾した私に気をよくした神様は、何と私の分まで作ると言う。

 

 私の顔が青くなった。

 これは生野菜の復讐だろうか。

 しかし神様は本気らしく、私も渋々付き合うことになったのだ。

 

 それが、少し前のこと。

 まともな食事がしたいんだ。

 そちらの方が二人とも幸せになれるはずだ。そのはずなのだ。

 だから、それ以外は今はどうでもいい。

 

 ーーー

 

「そういえば、どんなスキルが発現したんですか?」

 

 所々が焦げた卵を食べる。

 食べられないことはなかった。

 

「うー、そんなに美味しくない……」

 

「ああ、スキルだったね。レアスキルだよ。

 というよりも誰も発現しないようなものだよ」

 

 神様の顔が、

 

独りぼっち(アライン)

 ソロ、もしくは独りでの戦闘に対してステイタスの大幅上昇。ダメージの急速回復。異常耐性まで付いたかな」

 

 苦いものを食べたように歪んだ。

 本当に食べたのだけれど。

 

「君が取得した『魔導』と合わせて、かなり出来ることの範囲は広がったはずだよ」

 

 誉められている筈なのに、神様はジト目で私を見ていた。

 何か悪いものでも食べたのかな。

 

 ☆ ☆

 

 中層に行こう。

 そんなことを考えていると、ギルドから呼び出しを受けた。

 

 内容はピンポイントで、中層に行くために必要なもの、あった方がいいもの、どういう形態になっているかの説明、セミナーの様なものだった。

 私以外にも何人か来ており、そこでパーティを組む人もいた。

 

 私は当然誘われない。

 

 赤姫(始めは不服だったが慣れた)の名前は敬遠の対象だからだ。

 曰く、着物をモンスターの血で染める。

 曰く、モンスターの血を啜る。

 曰く、モンスターを解剖して笑っていた。

 等々。色々あるが、間違っていないものも多く、訂正する気も起きない。

 まったく、どうしてこんな噂がたったのだろうか。

 よって、私に寄り付く冒険者はいない。

 私はソロなので何の問題もないのだが。

 

 しかし、困ったことになった。

 精霊の護符が必須だと言う。

 火を吐くモンスターの対策である。

 

 その通りだと思う。

 防御もそうだが、着物では火を吐かれるとたまったものじゃない。

 どこに燃え移るか分からないからだ。

 迷宮の中で真っ裸は洒落にならない。本当に。

 

 だから、燃えない服は必要だ。

 私の尊厳のために。絶対に必要だ。妥協できない。白い服にしたいな。

 常連の服屋で相談しよう。そうしよう。

 

 直ぐに解決した。

 基本は赤色になる火精霊の生地だが、色を変えるのは難しくないらしい。

 染める代金、後は割引の為に幾つか服屋からの依頼をこなしたりして、私は精霊の護符を手にいれた。

 その生地を使って着物を織る。

 

 これで中層に行ける。

 




一気に時間が進む今羽ですが、実は主人公にかなり余裕が出来ています。
前回までは張り詰めていたのですが、一年以上満たされた生活を送って、解れていったのです。むしろ此方が本来の性格です。
この話はほとんど書き直してない!
タイトルは変わったけれどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6羽 後悔

 

 続いていく。

 

 明日に進んで。明後日に行こう。

 夜が短くなって、昼が短くなった。

 

 変わらずに、

 

 昨日を思って。一昨日に泣いた。

 夜が長くなって、昼が長くなった。

 

 続いていく。

 

 ☆ ☆

 

「はぁ、はっ、はっ、……っ」

 

 避ける。避けきれない。

 足に線が走って、血が出る。

 

「リオン、大丈夫!?」

 

 声が聞こえた。

 

「問題ない! っ、アリーゼ! 後ろだ!」

 

 予備のナイフを投げる。当たった。よし、怯んだ!

 そのままアリーゼはモンスターに向かい合った。もう問題はないだろう。

 私も目の前のモンスターに集中する。

 

 腰を低く構え、モンスターの右下に走る。

 大降りの腕をギリギリで避け、すれ違い様に一閃。

 後ろに回りつつ、右足の健を切る。

 

 怯んだ隙を逃さずに股関節の骨の微かな出っ張りに足を掛け、跳躍。

 右肩まで飛び上がり、左肩に横飛ぶ。

 首に線が走り、血が吹き飛ぶ。

 

 一連の動作の中で絶やしていなかった詠唱が完成する。

 効果が発現するまでの僅かな時間を利用して、左肩から後ろ足で飛ぶ。空中で位置を調整。

 よし、問題ない。

 

【ルミノス・ウィンド】

 

 暴風が吹き荒れる。髪が靡いて、目の前から悲鳴が上がった。

 巨体が魔石に変わって、一時の安寧が訪れる。

 

「きゃ、」と短い悲鳴が聞こえて、慌てて振り返る。アリーゼの声だ。

 

「アリーゼ!」振り返って、安心する。

 巨体は見えなかった。

 モンスターは討滅された後だったということだ。

 

「もう、大丈夫よ。ちょっと傷が痛んだだけ」

 

 アリーゼが笑った。

 周りを見渡す。モンスターの気配はない。

 

「どうしたの、リオン? あなたここ最近変じゃない? 大丈夫? 疲れているのかしら。

 それなら、いいマッサージのお店をこの前見つけたのだけど」

 

 今度一緒に行かない?

 といって笑うアリーゼに笑みを返す。

 元来表情が薄いことは自覚していたので、うまく返せたかどうか分からない。

 

「いや、大丈夫だ。嫌な予感がしたというだけ」

 

 だから、大丈夫だ。神経質になっていただけだ。

 ……これは、疲れているということだろうか。

 しまった。マッサージの話、受けておけばよかった。

 

 後悔は、先に立たないものだな、そう思って。

 少しだけ、笑った。

 

 

  第6羽 後悔 

 

 

 私をいくつかの目が見ていた。

 

 獣の、赤い目。

 口の中に揺らめく炎を確認して、私に向けて吐こうとしていた。

 彼の攻撃を受けてあげたいのだけれども。

 

 ゴメンね。でも、愛してる。

 アリアが響いて、雪が彼らの唾液を凍らせる。

 開かない口から炎が暴発して、彼は仰け反った。

 

 敏捷のステイタスを最大限に利用して彼の懐に入り込む。

 左前足を切り上げるように飛ばして、上になびいた私の手から剣が消える。

 

 『武器庫』だ。

 軽くなった腕は推進力を失い、制御が容易だ。

 そのまま上段に構えて、剣を顕現。

 彼の首を切り飛ばす。違和感があった。

 

 しかし、首の半ばまで切り落とされた彼は動かなくなった。

 やっぱりおかしい。首を断ち切ったはずなのに。

 

 直後に後ろからもう一匹が走ってきた。

 剣を射出する。速い。避けられた、いや、避けきれていない。後ろ足に当たった。

 バランスを崩した彼は私を押し倒すように倒れた。

 顔のすぐ近くに彼の顔がある。

 

 彼の右と左の前足を剣を射出することで固定して、口を凍らせる。

 もう一度炎が暴発した彼は後ろに仰け反った。

 

 首が無防備。

 私の腕は彼に押さえつけられて動かない。嬉しい。私を必要としてくれてる。

 だから、彼の首に口を付けて、

 

 ぐちゃ、鉄の味。温かい。

 

 ーーー

 

 気が付くと、口から鉄の味がした。

 

 そうだ。首を噛み切ったんだ。と思い出す。

 半分以上が赤く染まった着物を見下ろして、溜め息をつく。

 中層である程度倒さなければ元が取れそうになかった。

 

 私はモンスターとの戦闘中は性格が変わっている。

 端的にいうとトランスしている。

 普段は取らないような猟奇的な行動を取っていることも理解している。

 

 しかし、それはイケナイことだろうか。

 

 そんなことはない、と私は思う。

 自分を認めてくれるモンスターを愛している事実は普段から何も変わりはしない。

 トランス状態でも意識はしっかりしている。記憶もある。自身の安全の確保も怠ってはいない。

 

 ならば問題はない。

 それが原因で他の冒険者から気味悪がられようとも。

 私はソロなのだから、何の問題もない。

 モンスターさえいれば、それで、いい。

 

 友達なんていらない。

 これまでだって居なかったんだから、必要なんてない。

 

 そう、思っていたんだ。

 

 ☆ ☆

 

 鍾乳洞のように遠くで水音が聞こえた。

 呟く声すら反響しそうな静かな空間で、私は思案してした。

 

 迷った。どうしたものかな。

 地図とにらめっこをしていると、冒険者の一団が走り去っていくのが見えた。

 その後にモンスターの声が聞こえて、私はモンスターを押し付けられたことを悟った。

 

 いつもならば高揚する気持ちが、嫌に静かだ。気分が悪い。

 彼らは私を見ていない。先ほどの冒険者を見ている。私はただのついでだった。

 

 機械的に壊す。血の一飛沫も浴びたくなかった。

 

 そして終わった。ドロップアイテムが出た嬉しさはあっても、他は何の感慨も湧かなかった。

 私って、こんなに冷めていたのかな。

 

 まあ、それは良い。それよりも、問題が発覚した。

 武器の性能が限界に近いのだ。

 

 力のステイタスの影響か、斬撃も刺突も通ってはいる。

 しかし、今まで跳ねられたはずの首が中途半端に残ることが起きていた。

 因みに、内蔵に関しては先程試したが、問題なく絶ちきれた。

 

 切れ味が足りないのだ。硬い外皮を切るための切れ味が。

 

 剣を使うことが間違っているのかもしれない。

 切ることに執着するのなら、確かに剣ではない。

 

 刀だ。そちらの方がいい。

 このままでは、いずれ剣の性能が命取りになる可能性がある。

 一旦戻ろう。戻って、刀の購入、基本的な使い方等を学ばなくてはならない。

 

 ☆ ☆

 

 刀を購入した帰り道を歩いていた。

 バベルで何本かの刀は買えたが、使い方が分からない。

 どこか使い方を教えてくれる道場などを探そうかな、と考えていると。

 

 強盗だ! と叫び声が聞こえた。

 小汚い男が走ってきた。通りの真ん中で一人突っ立っている私に向かって。

 

 え? 何? と思って、取りあえずは動かないでいると、男が私を捕らえた。

 私の腕を掴んで、首に剣を突きつけた。

 

「このガキがどうなってもいいのか!」

 

 叫んだ。耳元で叫ぶな。うるさい。

 

「下がれ! 道を開けるんだ!」

 

 叫ぶ声に、返事が返ってきた。

 

「待ちなさい! あんたはもう顔が割れてるのよ!」

 

 追って来ていた赤髪が言った。

 

「そんなことをしてどうなるっていうの!

 今すぐ降伏しなさい! 悪いようにしないから!」

 

 首元の鋼が震えた。切れたらどうしてくれるんだ。

 まあ、切れないようには細工してあるが。

 

「うるせぇ! てめぇらはいつもそうだ!

 俺たちを見下してやがる。何様のつもりなんだ。

 パンすらまともに食えねぇガキがいるんだ。

 俺が捕まったらそいつらはどうなるってんだよ……」

 

 言葉が尻すぼみに小さくなった。

 相手に聞かせるための言葉ではないのだろう。

 

「どけろ! どけねぇなら……」

 

 言葉が止まった。

 

「……え?」

 

 腕が上がらなかったからだ。凍っているから。

 

「あなた……」

 

 赤髪が驚いて私を見ていた。

 

 ☆ ☆

 

「ありがとう。助かったわ」

 

 あなたのおかげで騒ぎも大きくならなかったし、と付け加えて。

 

「申し訳ないけれど、ちょっと家の本拠に来てほしいの。いいかしら」

 

 そう続けた。

 今回の件についての話が聞きたいのだろう。

 話せることは何もないのだが。

 

【アストレア・ファミリア】

 

 彼女が団長を務めているファミリアだ。

 そこまで大きなファミリアではない。

 しかし、アストレアというと正義の神だ。

 その性格が出ているのかこのファミリアはオラリオの治安維持の役割を帯びている。

 

「そう、本当に偶然巻き込まれたのね」

 

 分かっちゃいたけど。

 そう続けて、申し訳なさそうな顔になった。

 

「一応、規則なのよ。面倒くさいけど。

 これから強盗に入られた店の店主からも話を聞かなくちゃならなくて」

 

 はあ、と溜め息を着いた後、私に言う。

 

「それにしても、噂の赤姫が通りかかるなんて。

 やっぱり噂は噂ね。こんな可愛い子がモンスターを解体してるなんて、」

 

「全く、酷い噂よね」

 

 彼女が笑って、

 

「まったくです」

 

 私も笑った。

 

 ーーー

 

 部屋から出る。そこには覆面がいた。

 椅子に座ってお茶を飲んでいた。

 

 不審者じゃないか。どうしてこのファミリアはこの人を取り調べないのか疑問に思う。

 まあ知り合いなのか、このファミリアに所属しているかだろうけれど。

 

 覆面さんは私を見て、口を開く。

 

「『赤姫』ですね。事情は聞きました。災難でしたね」

 

 以外にいい人だった。

 声からは本当に気の毒そうに感じていることが伝わってきて、私は好感を持った。

 

 そこまででもない、と返すと、対面の席にお茶が置かれた。帰れそうになかった。

 私は覆面さんに好感を持ったことを後悔し始めたが、遅かった。

 

 その後にドワーフがやってきて、リューさん(対面の覆面さんの名前である。エルフらしい)と話した後に私に絡み出した。

 迷惑そうに顔をしかめていると、

 赤髪がやってきて、

 

「あれ、まだいたんだ」

 

 などとのたまった。

 貴方達のせいでしょうと皮肉で答えると、

 

「じゃあ今晩奢ってあげようじゃないか!」

 

 などと唐突に提案した。

 

 ドワーフに腕を取られた私にはなす術がなく。

 晩御飯を御馳走になった。

 

 ☆ ☆

 

 お酒を飲んだ。

 あまり冷えていないから自分で冷やした。

 頭にキーンと鋭く痛みが走って、少し気分が高揚する。

 

 冷えたお酒を飲みたかったのか、赤髪がやって来た。

 私にもそれお願い! と私に絡みだした。

 

 彼女が持っていた串を代金として、冷やしてやる。

 冷えたお酒を飲んだ彼女は笑って、私に自己紹介を要求してきた。

 

 アリーゼ(彼女の名前である)に私は男性だから間違えないようにいうと、全く信じなかった。

 何が嘘はダメだよ! だ。嘘じゃないのに。

 

 その後アリーゼは私に愚痴をたっぷり2時間は聞かせて、トマトを食べていた。

 愚痴に付き合ったお返しにトマトを奪って、塩を降って食べる。美味しい。

 

 トマトを奪われたことに不満だったのか、アリーゼは私のカクテルに別のカクテルを混ぜて笑っていた。

 何て事してくれるんだ。

 お返しに何かしてやろうかと思ったが、思い付かなかったので情報で妥協する。

 

 刀に武器を変えたのだけど、技術を教えてくれる場所を知らないか、と尋ねる。

 知らなかったら、この混合カクテルを無理矢理飲ませてやる。

 だが、残念ながらアリーゼは寂れた道場を知っていた。

 次の日に案内してくれるらしい。

 

 仕方がないのでアリーゼに混ぜられたカクテルは自分で飲んだ。

 苦くて喉が焼けたのに。

 

 何故か美味しかった。

 

 ーーー

 

 アリーゼに案内された場所は道場だった。

 何の流派かって? 書いてないから分からない。

 アリーゼに聞くと、彼女も知らなかった。

 ドウイウコトナノ……

 

 不安になった私が道場に入ると、人が襲ってきた。

 アリーゼは爆笑していた。

 

 道場破りめ! 覚悟しろ! といって竹刀を向けている人に道場破りではないことを説明するのに苦労した。

 アリーゼはずっと笑っていた。許さない。絶対に。

 

 この人は元レベル4の冒険者らしく、モンスターやヒューマンよりもあらゆる面で特化している他の種族と渡り合うための柔の刀術を開発したらしい。

 

 ところが跡継ぎがおらず、ファミリアから独立して道場を開いていたのだが、誰も来なかったと話していた。

 

 襲われて解ったが、この人はかなり強い。

 悔しいがアリーゼの紹介に間違いは無かったようだ。

 

 そして私はそのまま成り行きで弟子入りすることになったのだった。

 

 ☆ ☆

 

 私のレベルが上がった。

 刀の練習をしながらも頻繁に迷宮には行っているのだ。

 

 今度は何をしたのだろうか。

 ミノタウロスとバグベアー5匹を撫で切ったことだろうか。

 それとも階層主と愛し合ったときに、両腕と両足を凍らせて絶ちきったことだろうか。

 

 達磨になったゴライアスを愛でようとしていたら、口から衝撃波を出して天井を崩し、更に私を吹き飛ばしたので最後まで達することは出来なかった。

 今でも心残りだ。

 

 レアモンスターのヴィーヴルも何体か愛した。

 ドロップアイテムの売価の桁が違って驚いたのを覚えている。

 

 おかげで貯金の額も上がった。

 後でとんでもない額の買い物が控えているので、貯めているのだ。

 

 付け加えてヘスティア・ファミリアのランクもGに上がった。

 恒例の如く神様と夜通し騒いだ。

 

 生クリーム等を購入して、簡易のケーキを用意したのだ。

 神様の料理スキルもかなり上がってきていたので、一緒に作った。

 姉妹みたいだね! と神様がはしゃいで、私は男ですと恒例の如く返した。

 

 そして、私に3つ目の魔法が発現した。

 

 ☆ ☆

 

 アリーゼに切りかかる。

 

 垂直を意識して、竹刀の軌道を曲げる。

 上段から、逆胴へ。

 足元まである着物のおかげでこの変化は読めないだろう。

 思った通り、反応が遅れる。盾の位置が高い。

 下を潜り抜けるように竹刀を振るう。

 

 アリーゼが後ろ足で飛んだ。

 竹刀が寸での所で当たらない。

 

 しかし、まだだ。

 体制を崩しているアリーゼに追撃。

 盾に当たる。そのまま押し返される。

 垂直に当てたからこそ反らせない。

 

 しまった、体制が崩れる。

 ゾクっとして、体をそらして、自分から横に倒れる。

 一瞬後に盾から飛び出した竹刀が私のいた場所を突いた。

 

 しかも、避けられることを予測していたのか、非常に軽い。

 そのままアリーゼは私の首元に竹刀を突きつけて、言った。

 

「これで今日はユウの奢りね。やった!」

 

 私の財布に直撃した。

 私たちがしていたのは、模擬戦だ。

 

 私とアリーゼが休みのときは、こうして模擬戦をしている。

 勝った方がその日の飲み代を持つという賭け勝負を。

 そして、私は負け越している。

 

「アリーゼ、やっぱり盾はズルい」

「良いじゃない。私は本来剣が武器なの。

 剣と盾ね、私の武器。だからズルくない」

 

 アリーゼの楽しそうな声に私は少し口を尖らせる。

 そう、アリーゼはあの道場の門下生ではない。

 というよりはあの道場には私しか門下生は居ない。

 

「アリーゼはレベル4だ」

「それでもいいって言ったのはユウじゃない」

「だとしても! 今日は私のレベル昇格の宴会じゃないか!」

 

 自分の宴会で自分が奢るのはどうなのだろうか、という話だ。

 仕方ないわね、といって今日は割り勘になった。

 良かった。あれ? 良くないような……?

 

 ☆ ☆

 

 まともに刀を扱えるようになった頃には一年以上過ぎていた。

 取り回しや距離の取り方が独特なのだ。

 そして、まだまだ私は未熟だ。

 

 出来るだけ折らないようにする為には、重心を安定させることだけでなく、刀に血が付かないように切る必要がある。

 

 動かないものにそれらを成すだけでも苦労する。

 動いている敵に成すのはまだまだ私には出来ない。

 

 だけど、アリーゼにも稀に勝てるようになってきた。

 初勝利したときは殆ど出回らないソーマを頼んだ。

 

 アリーゼの顔が青くなったのは見物だったが、ソーマの7割は彼女が飲み干した。私が頼んだのに。

 しかし、酔いつぶれた彼女をリューやドワーフと一緒になって介抱したのは楽しかった。

 

 師匠は後は実践で覚えるがいい、といった。

 この刀術は未完成であり、故に名前はない。

 自分が名付けたいと思えば自分の技に自分で名付ければ良いと笑った。

 

 そんなことだから門下生が来ないんじゃないか、というと、

 お前が来た。と師匠が笑った。

 

 もう年だから、私が最初で最後の弟子かもしれない。

 たまにはここに遊びに来よう。そう思った。

 

 そんな日々が過ぎていった。過ぎてしまった。

 




アリーゼはオリジナルのキャラでは無いですよー
ちゃんと原作にも登場しています。
ユウ君はこの段階で11歳です。だから所々言動が幼いんです。
まあ、精神年齢はすごく高いので、アリーゼとは対等の付き合いをしていますが。というか、アリーゼの精神年齢が低いだけな気も……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7羽 殉ずる

 

 笑っていた。

 

 嗤っていた。

 

 笑っていられた。

 

 嗤っていた。

 

 笑っていけるはずだった。

 

 嗤っていた。

 

 笑っていきたかった。

 

 ☆ ☆

 

「ここは綺麗ね!」

 

 空気も美味しい! 彼女は綺麗に笑っていた。

 その言葉にどんな言葉を返したのだろうか。

 

「もし、私が死んだなら。こんな場所に埋めて欲しいわね」

 

 楽しそうな声だった。冗談なのだ。

「おっ、そうだな」「ここよりいい場所は思い付かねぇなぁ」「いやいや、それよりも3階層下の……」「ちくわ大明神」「場所よりも墓石の質が問題です」「なんだいまの」

 矢継ぎ早に言葉が聞こえて、笑い声が響いた。

 

「ねえ、リオン。墓石をアダマンタイトで作ったら幾ら位するのかしら」

 

「家の本拠地よりも値が張りますよ」

 

 呆れ顔で返して、スープを飲んだ。

 暖かくて、美味しい。

 私も料理を手伝おうとすると、ファミリアの全員に邪魔されたのだ。

 

 それにしても、少し味が薄くないだろうか。ここで取れる甘い果物があったはずだ。

 その果汁を加えてみると更に味が深まるだろう。今度提案してみようか。

 

 

  第7羽 殉ずる(たとえ、わたしがどうなろうと)

 

 

      ーーそう、どうなろうと構わない。

 

 

 ☆ ☆

 

 キナ臭いファミリアがある。

 

 集会での主な話題だった。

 私たちアストレア・ファミリアは治安維持を担っているファミリアだ。

 それ故に恨みなど幾らでも買う。

 ついこの間も抗争に発展しかけたものだ。

 

 今回も同様の内容で、私たちに恨みをもつファミリアが動き出しているということだ。

 どのファミリアなのかも分かっている。秘密裏に監視もしている。

 しかし相手も慎重なのか、決定的な証拠は出てきていない。証拠がなければ強制捜査も出来ない。

 監視をつけているこちらの方がよほどグレーだ。

 

 そんな日々が続いて、今日は監視からの報告がある日だった。

 結果によってこちらの動き方も変わる。

 報告を待っていると、一人の冒険者が取調室から出てきた。

 

 『赤姫』だ。レベル2の冒険者で、ソロで迷宮に向かう数少ない人物の一人。

 そして、良くない噂が絶えない人物でもある。

 特に猟奇的なものが多い。

 真実なんだ、と主張する冒険者も多くて、私たちのファミリアも注意をしなくてはならない人物。

 

 しかし、今回は事件の解決の一助けとなったらしい。アリーゼが言っていた。

 そうだ。報告の時間まではまだ時間がある。

 話の相手になってもらおう。そう思って、話しかけた。

 

 その後で報告を聞いて、件のファミリアに動きがなかったことを知った。となれば現状維持だろう。

 仲間のドワーフが赤姫に絡んで、彼女は迷惑そうな顔をしていた。

 アリーゼがその中に加わって、今日の夕食の席が一つ増えた。

 

 ☆ ☆

 

「綺麗な手ね! 私以上かも!」

 

 彼女は私の手を取って笑った。

 素手を触られる事を忌避していた筈だったのに。

 彼女に手を握られていることに不快感は全く感じなかった。

 

「ねぇ、行くところがないなら、家に来ない?」

 

 歓迎するわよ。とこちらを誘惑するように片目をつぶる彼女に呆れる。

 私は女だ。誘惑されることなんてあり得ない。

 

 そう思っていたのに。

 私の目は言うことを聞かなくて。

 徐々にかすんでいく視界の中で、私ははっきりと頷いた。

 

 だというのに。私は覆面を外せない。

 

 皆は事情を聞きもしない。

 同僚のエルフが私にエルフ専用の服屋などを紹介してくれた。

 ヒューマンが戦い方の基礎を積み上げるのに付き合ってくれた。

 種族のせいで始めは気が合わなかったドワーフは、いつの間にか一緒に酒を飲み交わして、笑いながらお互いの悪口を言っていた。

 

 私は覆面を取ってすらいないのに。

 彼らは私に、全てを見せてくれた。

 彼らは私に、居場所をくれたのだ。

 

 アリーゼが笑って、ドワーフが怒って、

 エルフが慌てて、ヒューマンが誇った。

 彼らのファミリア。私たちの、ファミリア。

 私はいつの間にか、笑っていた。

 

 笑えていたんだ。

 

 ☆ ☆

 

 それから幾つかの報告を受けたが、一切の動きがないままである。

 幹部の一人がもう動かないんじゃないかといって、何人かが同意した。

 他の幹部が監視だけは続けようと提案して、採用されたことで集会は終了した。

 

 アリーゼから声が掛けられる。

 食事でも行かない? と提案されて、仲の良い何人かで纏まって出掛けた。

 

 アリーゼは今日はユウも誘ったんだよ!

 とはしゃぐのをあしらいながら、酒場に向かう。

 

 ユウとは赤姫ことだ。

 彼女とアリーゼは馬があったらしく、あれからよく食事などに行っていた。

 たまに私も同行させてもらっている。

 

 ーーー

 

「ユウがね、一緒にダンジョンに行ってくれないの!」

 

 酒気の帯びた声が私を揺らした。

 

「アリーゼ。10歳近い少女を無理矢理連れ出そうとするのはやめた方がいい」

 

 それは犯罪だ。

 

「してないわよ! ちょっと一緒にダンジョンに行こうってだけ。上層でいいのよ。

 一緒に行って、笑いあって、無事に帰ってきて、一緒にお酒を飲んで、ねぇ、分かるでしょう」

 

 要は達成感なの。といって杯を傾ける彼女は完全に出来上がっていた。

 そして、横に目を向けると、

 

「わらしは、男だと言っているのです」

 

 白い着物がドワーフに絡んでいた。

 

「アリーゼは、もう少し私の話を聞くべきであって、ちょっと、ちゃんと聞いているんですか、ねえ!」

 

 こちらも出来上がっていた。

 酒は子供でも飲める。だが、性別や相手を間違えるまで飲んではいけない。ダメ、絶対。

 

 結局、私はこの状況を放っておくことが出来ず、まともに飲むことすら出来ずに二人の介抱をすることになった。

 ドワーフも手伝ってくれた。感謝。

 

 ☆ ☆

 

 そんな日々が続いたある日のことだ。

 アリーゼに呼ばれた。他にも何人かいる。

 一体何の用事で呼び出したのかと聞くと、

 彼女は答えた。宴会よ! と。

 

 宴会? 何の宴会だろうか?

 ファミリアのランクが上がったのだろうか。

 そう思っていると、彼女が続けた。

 

 ユウのレベルアップの宴会!

 良い笑顔だった。殴っても良いだろうか。

 

 というのはもちろん冗談だ。

 ユウと私たちは仲が良い。ファミリア限定の酒席でも無ければ呼ぶことも多い。

 一緒に飲むことで冷えた酒が飲めるからでもあるが。

 

 そんな彼が(男らしい。アリーゼが驚きながら慌てていた。忙しそうだったが、ドワーフは冷静だった。知っていたらしい)レベルアップしたのなら、むしろ呼ばない方が不自然で、本当に呼ばれなければ私たちは怒っただろう。

 

 割り勘らしく、手持ちはある程度持ってきてねと言い渡して、アリーゼは私たちを酒場へ案内した。

 

 ーーー

 

 始めにユウに祝辞を述べる。

 そして、すぐに無礼講になった。

 ユウはあまり堅いことは好きではなく、楽しく過ごすことを重視していたからだ。

 

 私は始めにエルフと飲んでいた。

 最近の流行りの色について彼女が語っていると、ヒューマンがユウに怒鳴った。

 

 どうして業物を使わないんだ、と。

 安物ばかり使うことは自分の寿命を縮める行為だ。君はもう第2級冒険者になったのだから……

 と続けて、私は笑う。彼は酔っているのだ。

 普段から他人を気にしがちな性格だが、プライドが高くてここまで誰かを心配する様子を見せない。

 

 そんな彼に辟易したのかユウがこちらに来てエルフに絡みだした。流行の色は白である、と主張して。

 エルフは断じて赤です。何を言っているんですかといって口論を始めた。

 何を言っているのか、緑に決まっているのに。

 

 避難した私はアリーゼと飲むことにする。

 ドワーフも居たが。

 

 三人で静かに飲んでいると、アリーゼが笑って言った。

 

「ユウには私たちのファミリアに入って欲しかったな」

 

 ドワーフも同意して、私も頷いた。

 

「それとなく誘っても断られちゃったのよ。

 今のファミリアが気に入ってるみたい」

 

 一人しか居ないらしいけれど、と杯を傾けて、

 

「ユウって、どこか寂しそうなのよ。」

 

 声が聞こえる。

 

「楽しそうに笑っているのに。それは自分には許されていないような。そんな顔をしてるの」

 

 一気に飲み干して。

 

「だから、笑ってやるのよ。バカじゃないのって。

 私たちは友達で、親友じゃない」

 

 乾杯を求めるように、杯を突き出した。

 

「一緒に笑って。一緒に泣いて。一緒に生きていくの。()()()()()()()()()()って。笑ってあげるの」

 

 アリーゼが笑って、私たちは杯を合わせて、乾杯した。

 

 ヒートアップしたエルフが杯を割って、ユウと一緒に店員に謝っていた。しょうがない奴等だ。

 

 まったく、まともに酔うこともできない。

 

 ☆ ☆

 

 監視が取れた。

 あれから随分経っても動きがなかったのだ。

 これはもう諦めただろうと結論付けて、通常の体制に戻る。

 

 集会はこれからのファミリアの目標について話が向いた。

 だが私は集中できない。頭が痛いのだ。

 

 理由は昨日にある。

 昨日もいつものごとく何人かで酒場に行ったのだが、地獄だった。

 

 アリーゼが早々に酔って、ユウに大量に酒を飲ませた。

 出来上がったユウはドワーフを挑発して飲み比べを始めた。

 だが、途中で飽きたのかアリーゼと魔法の運用について口論していた。

 

 問題になったのはドワーフだ。

 相手が居なくなったことに不満だったのか、私を飲み比べの相手に定めたのだ。

 エルフとヒューマンが止めてくれなければどうなっていたか。考えたくない。

 

 結果、私は頭が痛い。

 明日は休みなのが救いだ。明後日は全員で遠征だが。

 なので、明後日までには二日酔いを直さなくてはならない。

 アリーゼとユウを恨んだ。あいつら、何時か覚えておけ。

 

 集会が終わって、解散になった。

 どうやら今日はアリーゼも体を休めるようで、酒盛りの招待はなかった。

 今日も飲もうとしていたら、流石に説教していただろうが、アリーゼはそんなにバカじゃなかったようだ。

 

 そして、遠征が始まった。

 

 ☆ ☆

 

 嗤っていた。嗤っていたんだ。

 

 目が私を見ていた。大量の目。口。声。脚。腕。

 横でドワーフの腹に穴が開いた。

 声が淀んで、赤色を吐いた。

 引きちぎられた腕に蛇が噛みついて、

 目から寄生虫のような虫が飛び出した。

 

 助からない。どころではない。

 あれではモンスターの温床だ。

 

 炎が舞って、虫共を焼く。

 同僚のエルフが泣きながら詠唱していた。

 その後ろに熊が見えて、無理をして走る。

 愛用の小太刀で熊の腕を絶ちきって、エルフを見る。

 腕がなかったが、生きていた。

 

 影が私を覆った。

 先程の熊だ。回避。ダメだ。間に合わない。

 

 リュー! 

 叫び声がして、ヒューマンの剣士が熊を切った。

 後ろだ! 

 と叫んで、遅かった。巨大な犬に頭から噛みつかれた。

 カラン、と音がして。剣が落ちた。

 

 

 地獄だった。

 

 

「後ろを振り返るな!」

 

 アリーゼが叫んだ。

 そう、私たちは戦いながら逃げている。

 この数は無理だ。ロキ・ファミリア程の規模ならば撃退できたかもしれない。

 だけど私たちはアストレア・ファミリアで。

 それも今日で終わってしまうかもしれなかった。

 

 逃げる。今はそれだけを考えるんだ。

 片腕を無くしたエルフがバランスを崩して、転んだ。

 

「たすっ、」

 

 その続きは聞こえなかった。

 ガリッ、ガリッ、とワームに骨をかじられている音が後ろから聞こえた。

 

「後ろを振り返るなっ!」

 

 アリーゼがもう一度叫んだ。涙声だった。

 更に最悪の事態が起きた。

 血の臭いを嗅ぎ付けて前からモンスターが現れたのだ。突破するしかない。

 

 並行詠唱した魔法を全力で打ち付ける。手加減などしている場合ではない。

 アリーゼも熊型のモンスターを切り捨てた。

 仲間が必死で目の前のモンスターを倒している。

 

 今私たちがいる通路は一本道であり、倒さなければ進めないからだ。

 後ろからはモンスターの大群が押し寄せていた。

 

 必死だった。必死だったからだろうか。

 

 見逃したのだ。

 死んだと思っていた巨体が動いていた。

 

 口から衝撃波を飛ばして、天井が崩れた。

 

 ーーー

 

 衝撃が走った。飛んでいる。

 訳がわからないまま、背中を打ち付ける。

 

 そして、ゴシャ、という轟音と共に天井が崩れた。

 完全に塞がった。

 

 私しか居なかった。

 

 どうして?

 

 遅れて、理解する。

 蹴り飛ばされた。誰に? 

 近くにはアリーゼしか居なかった。

 

 皆は?

 

 私しかここに居ないのだから。

 そう、

 壁の、向こう、側。

 

 地獄。

 

 その時、聞いたことのある悲鳴が聞こえて、

 頭が沸騰する。

 

「……っ、アリーゼェ!」

 

 返事は、聞こえなかった。

 

「あ、ぁ、ぁ、」

 

 声にならなかった。

 

 ☆ ☆

 

  ュー!」

 

 何かが聞こえる。何の音だろうか。

 頭が働かない。呼ばれたような気がした。

 

「リュー!」

 

 気がした、ではない。確かに呼ばれている。

 顔を上げる。赤色が居た。

 見慣れた白い着物が赤く染まっていた。

 

「ユ、ウ……?」

 

 ユウだ。どうしてここに?

 偶然ここにいたのだろうか。

 そもそもここはどこだ。どうしてそんなに必死な顔をしている?

 

 何があったんだ? そう、何が。

 

 嗤い声が聞こえた。

 

 そうだ。そうだ、そうだっ!

 モンスターが、天井、崩れて。

 私、一人……

 

「アリーゼェ!」

 

 叫ぶ。

 未だに壁がある。あれからどれだけ経った?

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

「ユウ! 手伝ってくれ!」

 

 叫ぶ。悲鳴に近い声だ。

 

「壁の向こうに、アリーゼが、アリーゼがっ!」

 

 見たこともないほど真剣な顔をしたユウが詠唱する。

 空気が変わる。崩れた壁の中にある空気を操っているのだろう。正確には空気中の水分をだが。

 私には出来ない、魔法の超精密操作。

 アリーゼも羨ましがっていた。

 

 程なくして、壁がひとりでに壊れた。

 

 見た。見てしまった。

 隣でユウが崩れ落ちた。

 私の脚にも力は入らなかった。

 

 赤い、肉が。所々に。落ちていて。

 食べ滓のように、布の切れ端が舞っている。

 内側の取っ手が食い千切られた盾が中途半端に割れていて、ひび割れた剣が刺さっていた。

 

 食事の、後だ。

 これは、戦闘の、跡ですら、無かった。

 




敵対ファミリア「一年以上時間を掛けて着々と計画を進めてやったぜ……! それはもうゆっくりじっくりと少しずつパズルを解いていくようになぁ……! 一クールにも及ぶ友情ごっこを楽しんでいる感覚だったぜぇ。衝撃の真実ぅ~ってやつだよ。まあ俺たちはポリスじゃなくてポリスを潰す側なんだがよぉ……! どうだったぁ、じっくりことこと煮込んだシチューのように絶品の絶望はよぉ……! はははは、ひっひっひっひっ、ふぅわーはっはっはっは!」
?「絶っ対に許さねぇ! ドン・サウザンドォ!!」

うん。前に比べるとカタルシス減っちゃったね。二つに分けたからなぁ……
でもストーリー上はこっちの方が重要なんだよね。
world's end, girl's rondo/分島華音
がイメージ曲。聞きながら読むといい感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8羽 友達

 15/12/26 リメイクしました。
 前の文章が読みにくかったので、ちょっとした修正。
 後は少しだけ(2000字ほど)加筆しました。


 

 必死に生きてきた。

 一人で生きてきた。

 一人だと思って生きてきた。

 

 当たり前のように失敗して、

 それらが全て真っ白な嘘になった。

 私には何にも残っていなくて、

 私は一人で虚しくなってしまった。

 

 痛くて、いたくて、堪らないのに。

 私だけでは、何にも出来ない。

 

 

  第8羽 友達

 

 

 アリーゼが死んだ。正しくは生死不明だ。

 彼女のものである剣や盾は落ちていた。しかし、所々で落ちていた肉が彼女かは分からなかった。

 

 あの時、私は偶然迷宮に来ていた。

 探索をしていると嫌な予感がして、それを三つ目の魔法が捉えて私に知らせた。

 急いでここに来てはみたが、私は何一つ間に合わなかった。

 全てが終わった後だったのだ。

 

 たった一人でリューが佇んでいた。

 覆面越しにも茫然としているのが分かったので、私は声をかけた。

 リューはアリーゼに身の危険が迫っていると訴えて、私に協力を要請した。

 私の魔法はアリーゼが危ないと告げていたこともあって、私は急いで崩れた壁を壊す。

 壁の中の水分の凝固点を操作。常温でも凍るようにする。

 ひとりでに壁が崩れて、私は見てしまった。

 

 そこは地獄の後だった。

 所々に落ちているまだ少し動いている肉が生々しくて、私はへたり込んでしまう。吐き気がしてきた。

 

 しばらくの後。

 リューが18階層に墓を作ると宣言した。

 アリーゼたちは墓を作るなら18階層が良いと言っていたらしい。それは聞いたことがあった。

 私たちは遺された全てをかき集めて、18階層にやって来た。

 森の奥深くに二人で穴を掘って、埋めて、土を被せて、その上に墓標を建て、剣を刺したところで、私はようやく理解が追い付いた。

 

 もう、居ないのだ。

 隣に、居ないのだ。

 あんなに楽しく笑っていて、次はいつ飲もうか、なんて、そんなことを。話して……

 

 もう、居ないん、だ。

 

 あ、ぁあ。

 あぁああぁあっ!

 ぁ、あぁ、ぁぁ……

 

 アリーゼの剣を抱き締めて泣き崩れた私に、リューは何も言わずに傍にいてくれた。

 彼女も泣いていたのかも知れない。

 

 ーーー

 

「私は、オラリオに戻ります」

 

 しばらくして、彼女が言った。

 

「アストレア様に、危険を知らせなくてはならない。天界に戻って頂くことになるかもしれないが、ここに居るよりは……」

 

 言葉が小さくなり、最後は独り言になって。唇を噛んだ音がした気がした。

 

「ユウは、どうしますか」

 

 少しの沈黙の後に答える。

 

「私は、まだここに居る」

 

 今はアリーゼと居たい。

 そう続けて、私は墓に向き合った。

 前世では、ありえない位にみすぼらしい墓だ。

 墓石もない。そもそもこの下には彼女は居ないのだ。

 そう考えて、私はまた泣いた。

 今日はずっとここに居よう。ここに居たいんだ。

 

 ☆ ☆

 

「私は、オラリオに戻ります」

 

「アストレア様に、危険を知らせなくてはならない。天界に戻って頂くことになるかもしれないが、ここに居るよりは安全な筈だ。

 それにあいつらなら、アストレア様に何をするか分からない。

 これ以上、好きにはさせられない……っ!」

 

 最後は力んでしまって、唇を噛んだ。

 鉄の味がしたが、それよりも憤りが勝った。許せなかった。

 

「私は、まだここに居る」

 

 ユウはそう答えて、墓に向き合った。

 小さくしゃくり上げる音が聞こえて、私も泣きたくなった。

 アリーゼとユウは仲が良かった。

 私よりも付き合いは短い筈だが、あの二人は何処か似ていた。

 容貌とか、そういうことじゃなくて。

 雰囲気が似ていたのだ。

 

 私は楽しそうに笑っている二人を見るのが好きだった。

 私にとってもユウは友達だったのだ。

 だから、ユウの傍に居てやりたいとも思う。

 一緒にみっともなく泣きたかった。

 

 それはできない。

 これから私がやろうとしていることを考えると、ここで悲しみに暮れていては駄目だ。

 終わって、もしくは失敗して、私が居なくなる最後まで、それはしてはならない。

 彼女たちの所には行けないだろうけれど、私は止まれない。

 

 あの嗤い声が、私を許さない。

 絶対に、許せない。

 

 ーーー

 

 頭を下げる。心が痛かった。

 ここはオラリオだ。私は戻ってきて、一人本拠地で待っていたアストレア様に向き合っている。

 最初は驚いていた彼女だったが、次第に状況を理解したのか、悲しそうな顔に変わった。

 私はオラリオを去るように懇願した。

 頭を下げて、涙を流して、必死に懇願した。

 

 それが通じたのか、アストレア様は天界に戻っていった。

 誰も居なくなった私たちの本拠地は静かで、何の音も無かった。

 

 カラン、と音がして、覆面が落ちた。

 私の仮面が剥がれた。

 目が熱くて、視界が霞んだ。滲んでいく世界で、私がやるべきことは分かっていた。

 

 頭を振って、迷いを殺す。

 まずは何をするべきだろうか。

 監視だ。行動のパターンを調べる。全員を一気には不可能だ。だから、一人ずつ。確実に。やらなくては。

 彼女たちのために。私のために。

 

 殺るんだ。

 

 ☆ ☆

 

 どれだけ泣いていたのだろうか。

 どれだけ経っても、涙が止まる気配は無かった。

 町で高い花、酒を買って墓の前で供える。

 

 何も考えられなかった。ずっと、蹲っていた。

 日が暮れて、クリスタルが輝いて、また曇った。

 その頃には、涙は枯れていた。

 

 脱け殻のように探索もせずに、モンスターとも戦わずにオラリオに戻る。

 日が照っていて、眩しかった。

 何も変わらない人混みが私を打ちのめして、廃教会に帰る。

 暗くなって、神様が帰ってきた。

 

「ユウ君。帰ってたのか。どうしたんだ。明かりもつけないで」

 

 いつも通りの口調で。

 

「何か、あったみたいだね。うん、今日はボクが何か作ろう。何か食べたいものはあるかい?」

 

 神様が話していて、

 

「いらない。何も食べたくない」

 

 そうかい、といって神様は出ていった。ここしかまともな部屋はないのに。

 ……私を一人にしてくれたのかな。

 

 ーーー

 

 私は塞ぎ込んでいた。

 私にとって、アリーゼは始めての友達だったのだ。

 

 ずっと一人で生きて、勝手に一人で絶望して。

 何に見送られるでなく居なくなった、過去の私。

 笑い合えた人など、一人としていなかった。

 それが当たり前になって、人付き合いをしなくなって、どうして寂しいのかさえ分からなくなった。

 感情が死んで、凝り固まった世界で完結した。

 死ぬまで治らなかった、馬鹿という病気。

 

 だけど死んだら治ったんだ。

 神様が居る世界で、私は望まれてはいなかった。

 自分を無くして、取り戻して。

 神様に出会って歩き出したら、友達が居たんだ。

 すぐ側で笑って認めてくれたんだ。

 今度はそれが当たり前になって、ちゃんと笑えるようになったのに。

 なのに、どうして、どうしてこんな。こんな、ことに、なったのかな。

 

 どうして……

 

 ーーー

 

 朝になって、部屋を出た。神様がいた。

 

「起きたんだね。ううん、寝てないのかな。

 何日も食べていないようだから、食べやすいものを作っておいたよ」

 

 食べたかったら食べるといいよといった神様は机の上を示して、私はそこを見た。

 並べられた料理の湯気が目に入って、眼球を濡らした。

 神様は何も言わずにそこに居てくれた。

 

 私はよろよろと机に座って、食べた。

 食欲なんて無かった。でも、神様が私のために作ってくれたものだから、食べようと思えたのだ。

 お腹に食べ物を入れて、ようやく普段の私が帰ってくる。

 

 礼を言って、話を始めた。友達の話。自慢話。

 沢山、たくさん話して、たくさん食べて、ひたすら泣いた。

 私は、ここ数日で前回の一生分は泣いたんじゃないのかと思うぐらいに泣いた。感情を放出した。

 誰かの前でこんな醜態を曝すのは始めてで、何と言えばいいのか分からない気持ちになった。

 

 そして、気分が幾分か晴れて、神様は笑った。

 

「ユウ君が無事に帰ってきてくれて、ボクは嬉しいよ」

 

 ちゃんと約束は守ってくれたね、と続けて、

 

「最近は、物騒だからね。ユウ君が無事で、本当に良かった。

 昨日もとあるファミリアの構成員が殺されたらしいんだ。立て続けに同じファミリアから、二人だよ。怖いよねぇ」

 

 何か恨みでもかったのかな、と神様は話した。

 嫌な予感がして、詳しくその話を聞く。

 思った通りだった。殺された人の所属するファミリアの名前に、聞き覚えがあった。

 アリーゼたちが良く噂にしていたファミリアだ。曰く、怪しいと。

 

 三つ目の魔法を使う。予感を感じる。

 やっぱりだ。これはリューだ。リューがやっている。

 ということは今回のアリーゼたちの件は意図的なものだということ……?

 それについても魔法で確認。うん、誰かが関わってる。間違いない。

 じゃあ、これは復讐だ。リュー、何てことをしているんだ……!

 

 魔法の無理な行使で視界がぶれる。

 不味い、まだ安定した使い方も確立していないから体へのフィードバックが強すぎるんだ。

 どんどん視界が傾いていき、バタン、と何かが倒れる音と神様の焦った声が聞こえた。

 

 ☆ ☆

 

 毒を塗る。致死性は無い。

 だが痺れ毒だ。まともに動けなくはなる。確実にパフォーマンスは落ちる。

 ならば殺せる。

 

 投げナイフ、吹き矢、隠し爪、毒薬を用意する。

 腕に包帯を巻く。昨日殺した奴の最後の足掻きに殺られた。利き腕だったけど、まだ動く。

 ならば殺せる。

 

 もう、嗤わせはしない。

 モンスターを誘き寄せる罠を大量に仕掛け、道をふさいで自分達だけは安全を確保した時のような、愉しそうな声を引き裂いてやる。

 その嗤い声は何を奪ったと思っているんだ。

 何の為にそんなことをしたというんだ!

 

 お前らが私たちには邪魔だったんだよ、と高らかに宣言したその口は私に許しを願った。

 その中に痺れ毒を突き入れた。嗤い声が呻き声に変わって、墓の前で泣いていたユウを思い出す。

 彼の気持ちが分かっただろうか。

 いや、親友を失って泣いていたあの痛みに満ちた声はこんなものではなかった。

 爪を全て剥いで、少しづつ殺してやろうかとも思ったが、最後に隠し持っていたナイフを私に突き刺して来たので、首を掻き切った。

 

 心は一つも晴れなかった。

 

 ーーー

 

 昨日は不覚を取ったが、今日は容赦をしない。

 まずは毒で弱らせる。そして、一気に殺す。

 ターゲットの男性は疑心暗鬼になって部屋に引きこもっている。

 しかし、食事には出て来ざるを得ない。

 信用のおける店に行こうとしても意味はない。その店を潰してでも殺ってやる。

 

 案の定、思った通りに動いた。

 店には入られると厄介だ。その前に殺す。

 人混みのなかで後ろから近づき、首に針を刺す。倒れた。速効性の高い薬だ。まともに喋ることすら出来ないはずだ。

 そのまま路地裏に連れ込む。

 まるで連れが酔って倒れたように見せかけて、人目につかないところに移動する。

 今日は楽そうだ。

 

 ナイフを取り出して、男の心臓に突き刺そうとする。

 男が必死な形相で口を動かしたかと思うと、男の周りに火が舞った。

 ああ、そう言えばこいつは魔導士だったな。

 

 目障りだ。耳障りだ。

 あの馬鹿みたいに優しかったエルフと同じ炎の魔法。

 お前などが口にするな。それはそんなに下賤な物じゃない。

 

 目標を口に変更する。

 未だに喚く口にナイフを突き入れて、回す。

 目を見開いた男は詠唱を止めた。

 ナイフを抜き取ると、血と歯が何本か地面に落ちた。

 これで詠唱をしようものなら激痛が走るだろう。

 いい様だ。

 

 殺す前に男のローブを剥ぐ。

 自決用に持っている火炎石を確認する。

 こんなものでは殺さない。殺してやらない。

 

 男に良く見えるようにナイフを這わせて、左胸に刃先をあてる。

 さようなら。地獄で、懺悔し続けろ。

 アリーゼに、ドワーフに、エルフに、ヒューマンに、ユウに。

 貴様は報いを受けろ。

 ナイフの持つ手に力を込めようとして。

 

 気付く。ナイフが濡れている。

 これは、確かユウの付与魔法(エンチャント)……?

 一瞬の思考の後に、ナイフに付いた水滴が周りに飛び散って。

 

「っ、はあ、はぁっ。間に、合った!」

 

 ナイフが空間に固定された。

 

 ☆ ☆

 

 危機一髪だった。

 ナイフを凍らせて止める。地面や壁とも癒着したナイフはこの場ではもう使えない。

 倒れている男を見る。

 良かった、まだ生きてる。守るようにその人の前に立って、問い詰める。

 

「リュー! どういうつもりなんだ! どうしてこんなことを……!」

 

 最後まで言い終わらないうちに、叫び返される。

 

「ユウ! 貴方が分からないわけがないだろう!

 誰よりもアリーゼと仲が良かった貴方が!

 どうして! どうして止めるんだ!」

 

 悲痛な声だった。

 始めて見たリューの顔はひどく歪んでいて、だからこそ答えを返さなければならなかった。

 

「リュー! それは君が……!?」

 

 着物が燃えた。

 驚いて振り返ると足を引きずって逃げようとする後ろ姿が見えた。

 慌てて魔法で火を消して追おうとするが、遅かった。

 火を消している間にリューが私を追い越して、隠し持っていたナイフで喉を掻き切る。

 赤色の噴水になったナマモノは、血で湿気った火炎石で中途半端に燃えていった。

 

「待て! リュー! せめて話を……!」

 

 駄目だ。追い付けない。

 暗い裏道を駆け抜けて、リューは消えていった。

 私の声は届かない。まともに話をすることさえ出来なかった。

 

 中途半端な赤色の噴水の焚き火の音が聞こえた。

 同情すら湧かない。こいつらはアリーゼの仇だ。

 背中は見事に焼けているが、問題はない。

 このナマモノが所属していたファミリアは分かる。

 私の魔法が逃がさない。なら、手はある。

 

 リューを止めるまで私は諦めない。

 

 ーーー

 

 それが、少し前のこと。

 私はナマモノ共のファミリアを見張って、リューを警戒していた。

 あれから、私とリューは鼬ごっこを続けている。

 話すら聞いてくれないのだ。

 だから、私は追いかけるしかない。

 

 そして、成果もあげられていない。

 私の視界から姿を消すように、リューは派手な真似をしなくなって、地下に潜っている。

 私は私でリューを見つけるために、明らかに違法な酒場や娼婦街なども訪れて、情報網を構築した。

 お陰でアンダーグラウンドには随分と詳しくなった。

 

 だというのに、リューは成果をあげ続けている。

 既にナマモノのファミリアは半数以下になっていた。

 

 そんな日々がさらに続いたある日のことだ。

 私が情報を求めて裏路地にいると、襲われた。

 ナマモノのファミリア共だった。

 恐らく、裏酒場の一つが買収されたのだろう。心当たりもあった。

 

 奇襲に対応できてしまったのが更に問題だった。

 ナマモノ共は私がファミリアの襲撃犯だと勘違いしたのだ。

 確かに、私はナマモノ共の行動を知るために危ない橋を何度も渡っている。

 勘違いされてもおかしくはなかった。

 

 ナマモノ共は残った全員で私を襲撃して、数の暴力で私を捕らえた。

 そして、彼らの隠れ家に連れ込まれた。

 

「おい! 何とか言ったらどうだ!」

 

 鳩尾に拳が入る。繋がれた椅子の脚が衝撃に耐えきれずに折れた。

 呼吸が止まって、喉にドロリとしたナニかが流し込まれる。

 ポイズン・ウェルミスの毒と、後は感覚増幅剤の類いかな。

 ……粗悪品だな。この程度なら昔の方がよっぽど酷い。

 

 だが、暴力は不味い。指の骨の一本づつを異なる折り方をしてくる。

 相当手慣れてるな、こいつら。拷問慣れしている。

 ……それが分かる私も相当おかしい気がするけど。

 

「くそっ、だんまりかよ!」

 

 唾を吐かれて、針を刺される。左足の感覚がない。

 ……不味いな。このまま嬲られ続ければ近いうちに死ぬ。本当に死ぬ。

 詠唱をしようにも頭を蹴られては無理だ。

 困ったな。

 

 

 これじゃ、リューを止められない。

 

 ーーー

 

 針を刺していた男の腕が無くなった。

 私の頭を踏みつけていた足が明後日の方向に折れて、後ろで控えていた女の喉にナイフが刺さる。

 私の右肩に刺さっていた大針がリーダーの目に突き刺さった。

 

 暴力より過激で、暴虐より鮮烈な、これは嵐。

 吹き荒れる風のように鋭い目が、泣いていた。

 私を庇うように前に出て、構えるナマモノ共を見渡した。

 

 許さないと呟いて、局所的な嵐が訪れた。

 

 ーーー

 

 ほとんどが殺し尽くされた頃に、瀕死の男が私の首に剣を突き付けて叫んだ。

 

「止まれ! 止まれよぉ! こいつがどうな……」

 

 一瞬の銀閃が疾って、頸動脈が切れた。

 血が横から噴き出して、私の顔を濡らす。臭い。

 その隙を突かれたリューが後ろから矢を射られて、体制を崩す。

 脇腹に刺さった。あれは不味い。下手をしたら内臓を傷付けた。

 

 先ほど投げられたナイフが近くに落ちている。

 そこまで這って近付き、腕の縄を切る。

 口枷を取って、即座に詠唱。

 リューに迫っていた矢を撃ち落とす。

 射手がこちらに向いて、矢を射る。落とす。

 追撃はしない。私は殺さない。

 

 だが私はもう限界で、リューを止められなかった。

 脇腹から引き抜いた矢を凶器にして、射手の首に突き刺さった。

 その人が倒れて、一瞬の静寂が訪れる。

 そして、重なりあうようにリューも倒れた。

 

 誰も動かなくなった。

 リューの攻撃は的確だ。間違いなく全員死んでいる。

 死体が火炎石で燃えないところを見るに、私を捕らえて油断していたな。

 

 私は感覚の無い左足を無理矢理動かして、倒れているリューに近付く。

 ここから離れなければならない。

 リューがやったことはバレているかもしれないが、ここにいたら確定的だからだ。

 

 私はリューの手を取って走る。廃教会まで行きたかったが、体力が持たなかった。

 どこかも分からない路地裏で、私たちは倒れ込んだ。

 

 ☆ ☆

 

 私は非常に焦っていた。

 想定外の事が起きたからだ。

 あれから時が経っても、まだユウは私の復讐の邪魔をしている。

 

 理由が分からない。

 正義感に駆られるような人物ではないはずだ。

 あんなにアリーゼと仲が良かったユウだ。

 私よりも無念なはずだ。悲しかったはずだ。

 アリーゼの墓の前で泣き崩れた彼は、それほどに痛々しかった。

 

 なのに、どうして邪魔をするんだ!

 ……いや、今はいい。それよりも問題がある。

 ユウがあいつらにマークされたのだ。

 

 ユウはあいつらの情報を集めていた。

 そして、情報源の一つが裏切ったのだ。

 あいつらにユウの事が知られた。

 それも、殺された奴の近くには常にユウが居たと言う情報だった。

 ユウは私を追っていたのだ。殺された奴に常に行き着くユウの優秀さが(あだ)になった。

 あいつらは私とユウを履き違えたのだ。

 

 アリーゼの仇を! 守ろうとする馬鹿とだ!

 許せなかった。私から、また大切なものを奪おうというのか。

 

 だがユウとは顔を合わせられない。

 今ユウに面と向かって復讐を止められたら、私はどうなるか分からなかった。

 私が手をこまねいていると、あいつらはユウを捕らえた。数の暴力で制圧したのだ。

 

 そして拷問が始まった。

 爪を剥がされて、骨が折れる音が聞こえた。ユウの叫び声が聞こえる。

 針で刺されて、ナイフで剥かれて、叫び声が聞こえなくなった。

 何かを飲まされて、何の反応しなくなったユウがビクンと跳ねた。

 体が微かに痙攣して、血を吐いた。

 

 ああ。あれは駄目だ。対異状を貫通する劇毒だ。

 不味い、このままではユウまで死ぬ。殺される。

 唯一残った、私が大切だと思える人物が!

 頭が沸騰して、思考が熱を持った。

 

 そうか、あいつらを殺せばいいんだ。

 

 ーーー

 

 それからはあまり覚えていない。

 気付けば、私の脇腹に矢が刺さっていて、ユウが矢を打ち落としていた。

 隙をついて刺さった矢抜いて、その矢で射手を殺る。

 

 終わった。全員、殺したよ、アリーゼ。

 そんなことを考えていると、体が限界を迎えて倒れた。動かない。

 

 それを見たユウが私の手を掴んで、足を引きずりながら一緒に歩く。

 二人ともボロボロで手まで血だらけなのに、掴まれた不快感は全く無かった。

 安心して意識を手放そうとして、ユウが転んだ。

 足の骨が折れていて、まともに歩けなかったのだ。

 

 薄暗い路地裏で倒れた私はユウに質問した。

 このままでは二人とも死んでしまうだろうから、最後の質問のつもりだったのだ。

 

「ユウ、どうして私を止めたんだ……?」

 

 ユウが血塗れの顔をこちらに向けて。

 

「ねぇ、リュー。おかしいことなのかな?

 私はリューを友達だと思っているよ。

 だから、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に生きていきたいんだ。

 それなのに指名手配なんかされたら、一緒に居られないよ」

 

 微かに笑って、そして、

 

「一緒に居るためには、止めるしかないじゃないか。友達なんだよ……?

 一緒に居たいって思って、()()()()()()()()()()さ!」

 

 泣いていた。

 かつてどこかで聞いた言葉で、ユウが、私の友達が泣いていた。

 どうにかしようとして、私も泣いていることに気づいた。

 

 一緒に笑って、一緒に泣いたのだ。

 

 そうしていると、綺麗な銀髪の女の子が私たちを見つけてくれた。

 

 ☆ ☆

 

 全身がが痛んだ。

 喉に突っかかるように何かがあり、必死で吐き出す。血だった。

 右腕が動かない。折れている。左足も同様の状態だった。

 視界が戻ってくる。ここはベットだ。

 周りを見ようとして、首が痛む。まともに動かなかった。

 まるで金縛りに掛かったみたいで、どうしたものかと考えていると、声がした。

 

「大丈夫ですか、ユウ? 私も似たような状況ですけれど」

 

 全治1ヵ月ですかね。とリューは笑った。

 私は笑えない。エリクサーなどが存在するこの世界で、全治1ヵ月は相当である。

 前世なら何らかの後遺症もあったはずだ。

 この世界で良かったね、と返すと首をかしげられた。当然である。

 

「起きたんですね。どこか違和感等はありますか?」

 

 銀髪が入ってきた。

 綺麗な人だと思うが、まあいいや。悪い人には見えないから、今はそれでいい。

 銀髪の名前はシルと言うらしく、行き倒れていた私たちを助けたらしい。

 リューが事情を説明して、放り出すように言ったが、シルさんはこの店(ここは店らしい)の店主であるミアさんを呼び、彼女の一声により私たちはここで療養することになった。

 

 ーーー

 

 動けるようになった。

 だが休まってはいない。大変だったのだ。

 

 まずは神様だ。どこで聞き付けたのか、駆け込んできたのである。

 今までファミリアに上納したヴァリスで高い薬を買って。

 ありがたいが、どんな状態かも分からない人に薬を持ってくるのはどうなんだろうか。

 助かったので何も言えないが。

 

 次の問題が深刻だ。ギルドの審問会に呼ばれたのだ。

 私とリューの二人ともである。ファミリア壊滅と殲滅の話だろう。

 行かないわけにはいかなかった。

 

 ーーー

 

「で、どうしてファミリアを壊滅させたのかな」

 

 調べはついているんだよ、と目の前の好青年が言った。ヘルメス様だった。

 

「君のおかげで僕たちは大損害だよ。何せお得意様が居なくなったからね!」

 

 どうしてくれるんだ、と凄む神様は厄介だが、それ以外の人は冷めた反応だった。

 あのファミリアは今回の件でとある問題が明るみに出たのだ。

 加えて、アストレア・ファミリアを壊滅させた上に私を拷問している。

 生き残りのリューの復讐には正当性があったのだ。

 つまり、審問会はリューに重い罰を課すつもりなど無いのだ。

 

 とはいえ、それを説明してもヘルメス様は納得しない。

 それはそうだ。儲けが丸々飛んだのだ。補填しなければならない。

 私はリューを見て、彼女も頷いた。

 

「私の方から弁償はさせていただきます。

 アストレア・ファミリアには手付かずの資金があります。それでどうでしょうか」

「いいよ」

 

 即答だった。

 それからは審問会なのに譲渡金額の詳細が詰められた。

 審問会の人達は帰りたそうな顔をしていたが、呼びつけた側である以上、帰るわけにはいかなかったようだ。可哀想に。

 まあ、あのファミリアについて集めた情報などを提供しているときは真剣に聞いていたので、収穫はあったのだろうが。

 

 結果、リューは弁償と冒険者の地位の剥奪ということになった。

 

 ☆ ☆

 

 閑話休題(そんなこんなで)

 

 私のレベルが上がって、4になった。

 あれから随分と経って、私は相変わらずにソロで迷宮に籠っていた。

 成果としては、三つ目の魔法の調整ついでに階層主を討伐した。

 この魔法は私が使う限りにおいて、即死魔法でもあるのだ。

 使って分かったが、隙が大きすぎる上に単体相手にしか使えないので問題は山積みだが。

 

 今日は外食だ。場所は決まっている。

 扉を開けると、いらっしゃいませ、と元気な声が聞こえる。

 シルだろう。彼女には恩もあるので、仲は良い、つもりだ。友達の、つもりだ。

 何故か避けられているような気がしないでもないが、友達ったら友達なのだ。

 目の前に酒が置かれる。金髪のエルフだった。

 

「大丈夫ですよ、ユウ。シルは貴方が少し苦手だと言っていましたが、友達だとも言っていました」

 

だからそんなに落ち込まないで欲しい、と言いながらリューは対面に座った。

 休憩なのかな。こうして飲むのはいつものことだから、二人で見合わせて、

 

「「乾杯」」

 




 あ、ぁあ。
 あぁああぁあっ!
 ぁ、あぁ、ぁぁ……

 私の、休日は……。もう、居ないん、だね……。

 冗談はともかく。上の表現の様なものを小説に組み込んでみました。
 うーん、ちょっとテンポは落ちてるよね。
 まあ、私の小説のテンポはミクロでは遅めだと思うので、これはこれでいいのかも知れないけど。
 どうなんでしょうね。

 と言うことでリメイクでした! 長い! もう少し短くすればいいのに。きっと、この作者は纏めるのが苦手なんだろうね。

 これより前もリメイクは考えたのですが、再リメイクをすると再々リメイクを! とかになりそうなので、保留。
 要望があれば考えます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9羽 剣姫 風上

文体を変えてみよう月間その2です。
短編でやれよって話ですが。これ以上投稿が遅れたくないからね。仕方ないね。


 

 風の中にいる。

 水の中にいる。

 私たちは今、ここにいる。

 

 確かめ合うために、

 一緒にいるために、

 私たちは今、競っている。

 

 叩いて、防いで、切って、突いて、裂いて、断って、跳ねて、破いて、殴って、壊して。

 ぐちゃぐちゃになって、一つに戻る。

 

 私たちは今、戦っている。

 

 私たちは今、生きている。

 

 ☆ ☆

 

 目を瞑る。

 瞼の奥の暗闇が私を犯して、感情そのものが凋落していく。

 力を抜いて、椅子に全体重をかけた。

 肩から着物が落ちて、はだけたけれど無視する。

 私は男だからね。何も問題はない。

 

 しばらくすると、声が聞こえてきた。

 男性の声だ。顔をあげると、目を反らされた。

 何故か顔が赤かった。

 ちらちらとこちらを向きながら。

 着物を直してください! と言う声と、

 僕は紳士なんだ。紳士なんだ、紳士なんだよぅ。という呟きだけが聞こえた。

 この変態め。

 

 薄暗い通路を歩いた先に、大きな扉が見えた。

 そこは光の差し込む、境界線。

 その先では、声で溢れている。

 怒鳴り声、叫び声が融和した、人の音。

 

 だけど私には聞こえない。

 私は目の前の人物の音しか拾っていないからだ。

 透き通るような、金色。見通すような、金色。

 風を切って、金色が歩いてくる。

 

 円形のステージで。私たちの視線が絡まった。

 私たちの遥か上空で風がうねって。

 

 しかし、私たちを揺らさない。

 

 鐘の音が、響いた。

 

 

  第9羽 戦姫(アイズ・ヴァレンシュタイン)

 

 

 黒い。

 白色の壁から腕が生えてきて、蜘蛛が壁の色を黒に変えていた。

 竜が三体と獣人型たくさん、昆虫型いっぱい、蛇や蜥蜴とか見たことのない型がうじゃうじゃ、蜘蛛は多分数百匹。

 

 モンスター・パーティー。

 大きな部屋はモンスターで溢れている。

 

 たくさんの目が、息が、私だけを求めている。

 嬉しいな。こんなに愛してくれるなんて。

 私も全力で応えなくちゃね。

 

 迷宮に雪が降り始める。雨と混じって、(みぞれ)になった。

 完成形の雪の世界へ、ようこそ。

 

 蜘蛛の上顎を足場に飛ぶ。

 空中で棍棒を避けて首を切る。回転して上から落ちてくる蛇を両断。

 並行詠唱が完成して、氷が私を覆う。

 周りにある雨から氷の槍を造り出して針鼠にジョブチェンジ。

 

 刺さったモンスターを引き寄せて盾にする。

 一瞬の後に火が空気を嘗めて、盾が燃えた。

 竜のブレス。

 溶けた雪が水飛沫として散らばり、瞬時に凍る。

 

 付与魔法(エンチャント)した剣で巨人の腕を刺す。

 刺した剣を中心に巨人の細胞ごと凍っていく。

 暴れている巨人の腕を断ち切って、持っていた棍棒を『武器庫』に収納。即座に射出。

 

 棍棒が辺りのモンスターを切り分けて、私は棍棒の通り道を追従する。

 途中で蜥蜴を切って、一匹目の竜に肉薄。

 翼皮膜を切る。飛ぼうとした竜がバランスを崩す。

 右横から突進してきたクワガタを薙刀で刺して、テコの要領で投げる。

 投げたことによって後ろに下がり、横から迫っていた竜のブレスを避ける。

 二体目の竜に介入される前に一匹目を殺す必要がある。

 

 だから、

 私の姿をモンスターから見えなくした。

 水による光の反射率を変更して、私を覆い隠す。

 『雪の世界』の本質は液体、水の融解と凝固の操作なのだ。

 その応用技術は恐ろしく多岐にわたる。

 これはその一つ。

 

 血の臭いを辿れば分かるかもしれないが、モンスターでひしめき合うこの世界で、それは至難の技。

 そのまま竜に近付き、誰にも邪魔されないままその首を落とす。

 刀が皮膜に負けて欠けてしまった。

 安物だからね。仕方ない。

 

 ーーー

 

 地面から氷柱(つらら)が飛び出して芋虫を串刺し、蜘蛛も同様に処理する。

 昆虫の色のない血が水と混ざって迷宮に染みていった。

 

 最後の竜が吠えた。

 霙に濡れた体を空にはためかせて火を吐いた。

 

 私に直撃して、蒸発する。

 私に良く似た氷の塊が、蒸発した。

 この塊を囮として使うのには苦労したんだ。

 私の容姿を真似て、一目では分からないようにするのに二年以上はかかった。

 それを素早く、正確に出すのにも長い年月がかかった。同時進行だけど。

 

 それ故に、良い出来だと思わないかな?

 竜さんや。

 もう返事は出来ないだろうけど。

 全身が凍りついた竜が落下した。

 

 ーーー

 

 はあ、と溜め息をついた。もう三度目なのだ。

 モンスター・パーティーは。

 今日の探索だけで三回である。多い。どう考えても多い。

 

 戦うこと自体は良い。

 逃げる気など更々ないし、こんな事態にも対応できなければ、ソロなど出来ない。

 だが数が多すぎるので、一匹づつ愛し合えないし、ドロップアイテムの数も多い。

 

 持てる数に限りがある以上、レアドロップ等を重点的に集めて、安物はリヴィラの町で売るしかない。

 あそこは足元を見てくるから好きじゃないんだが、仕方ないか。

 おかげで私の荷物は殆どが巨大な魔石(竜とかの)とドロップアイテム(竜とかの)でレア物で一杯である。

 恐らく一億ヴァリスくらいあるんじゃないかな。

 

 もう二ヶ月は廃教会に帰ってない。

 そろそろ帰らないとね。

 

 ☆ ☆

 

 相変わらずの喧騒が私を出迎えた。

 二ヶ月も離れていたと言うのに、ここは何も変わらない。その事が少し嬉しかった。

 

 血で赤く染まった私は、マトモな匂いをしておらず、このまま歩くのは躊躇われた。

 なので、一旦廃教会に帰って、シャワーを浴びて着替える。見た目を漂白する。

 白くなった私はギルドに向かう。

 討伐などの依頼を請け負っていたので、その報告である。

 

 「く、クエスト、でしゅね、で、ですね」

 

 ギルドのカウンターに立った職員は、盛大に噛んだ。

 可哀想なぐらい緊張していた。

 

 見たことの無い顔だ。

 冒険者にはそれぞれ担当の人が着いている。

 そして、私の担当は彼女ではないのだ。

 

 その事について聞いてみると、私の前の担当は寿退職したらしい。めでたいことだ。

 目の前の職員が私の担当を引き継ぐ、とのことだった。

 

「その、私はミィシャ・フロットと言います。赤姫さんを担当させて頂くことになりました!

 よ、よろしくお願いします!」

「よろしくね。ミィシャちゃん」

 

 さて、どうしよう。困ったな。

 私は対人関係を結ぶのは得意じゃない。

 まずは気さくに話をするべきだろうか。

 遠慮がちな態度で距離を計るべきかな。

 

「えっと、ユウさんです、よね。

 その、プロフィールが間違ってたんです!

 性別の欄が! 男性になっていたんですよ!

 直しておきましたから安心してください!」

「…………」

 

 良い笑顔だった。周囲の気温が下がっていく。

 つまり、私はギルドに女性として登録されたのだ。

 うん。ユウ覚えた。こいつに遠慮は要らない。

 

 ついでに容赦も要らない。

 

 ーーー

 

 扉を開けて、外に出る。

 ありがとうございました、と少し疲れた声が見送ってくれた。

 ここはディアンケト・ファミリアだ。

 私は商談のためにここに訪れていた。

 

 ヘスティア・ファミリアとの繋がりを考えると、ミアハ・ファミリアに行くべきなのだが、それはできない。

 額が大きすぎるのだ。

 数千万ヴァリスの取引はミアハ様には出来ない。

 ファミリアの総資産を越えかねないのだ。

 

 次はデメテル・ファミリアに行く。

 デメテル・ファミリアとは農業系の大手である。

 昆虫系のレアドロップが大量に出たのだ。

 これは作物への肥料として最適であるとヘルメス・ファミリアの団長であるアスフィに教えてもらった。

 

 ヘルメス・ファミリアとは、オラリオの商業系ファミリアとしては大手に近い。

 リューとの一件の後、私たちは彼らと関わりを持ったのである。

 なので、用途不明のドロップ品はここで売る。

 

 大抵の売買を済ませた私は、足早に廃教会に帰る。

 リヴィラの町で取引した証文も合わせると、今回の遠征の利益は一億ヴァリスを越えた。

 

 よし、目的額を越えた。

 私には以前から購入するべきものがあったのだ。

 魔宝石である。

 

 魔宝石とは、魔導士の杖などに使われている物だ。

 魔法の威力や効果を高める効果があるらしい。

 ソロの都合上長文詠唱が出来ず、火力不足に陥りやすい私には必須の代物である。

 これには金に糸目をつけない。

 自分の命を左右しかねないからだ。

 

 ーーー

 

 その日の夜。

 神様がバイトから帰ってきて、問題が発覚した。

 

 食料がない。神様が食べる分すらなかった。

 神様はジャガ丸君を夕食にして過ごしていたことになる。

 このニートめ。バイトしてるけど。

 神様はたまたま今日食料が無くなった、などと(のたま)ったが、そんな偶然があるはずがない。

 このニートめ。気持ちは分かるけど。

 

 仕方がないので外食を選択する。

 オラリオは久しぶりなのだ。リューやシルにも会いたい。

 なので、向かう先は『豊穣の女主人』だ。

 廃教会で夕食を食べていたとしても、彼女達に会うためにここには来ただろう。

 そう思うと、むしろ一食分だけ夕食代が浮いたのかも知れなかった。

 神様に感謝、は出来ないな。

 この惨状を見れば、感謝の念は湧かない。

 

「何で、ロキがここに居るのかなぁ?

 折角の料理が不味くなるじゃないかぁ」

 

神様が嫌みを垂れ流した。

 

「それはウチのセリフとちゃうか。何で頼んでもない牛乳が来とるんや」

「それはボクのセリフだなぁ。どうしてまな板がここにあるのかな」

「なんやと! もういっぺん言ってみぃ! 言えるのならな!」

「きょのぉ! ぽっぺたを引っ張るんじゃない! このまな板め!」

「いいよったな! …………

 

 以下、割愛。

 聞くに耐えない台詞だった。まる。

 

 ロキ・ファミリアが来ていたのだ。

 大人数で飲んでいた。

 遠征の打ち上げか何かだろう。

 酒を魔法で冷やして飲んでいると、それを見た高貴そうなエルフがやって来た。

 

「それは、魔法で冷やしているのか。

 随分と精密な魔法の運用だ。

 少し、話を聞いてみたい。良いだろうか」

「構わない。九魔姫(ナイン・ヘル)にそう言われて、断れるような人は居ないんじゃないかな」

「そう言われて悪い気はしないが、そんなに気負わなくてもいい。

 赤姫という名前も知名度では劣らない」

 

 それは悪い意味で有名だからだ。

 口には出さないが。

 

「成程。効果の作用のさせかた、もしくは対象を変化させることによって結果を操作するのか。

 特殊な詠唱がそれを可能にした部分もある。

 凄いな。ここまでの精密性は既に私を越えている。

 単属性しか扱えない問題点はあるが、これならば十二分にカバーできる」

 

 末恐ろしいな。とリヴェリアさんは驚いているが、この人はレベル6だ。

 私の遥か上に居る人物である。

 

 そして、どうして私がこんなにも簡単に自分の魔法について話しているのかというと、取引をしたからだ。

 リヴェリアさんの詠唱連結のある程度の理論と引き換えなのだ。

 元が取れる所か儲けになるレベルだった。

 

「へえ、リヴェリアがここまで褒めるなんて、珍しいね。

 でも、流石はウチのアイズと双璧を為すと言われることはある」

 

 小さい少年が言った。

 小人族(パルゥム)だ。ということは彼はフィンだろう。

 ロキ・ファミリアの団長だ。

 

「少し話しているのを聞いただけで分かるよ。

 頭の回転も早いし、動きから近接戦闘もかなり出来ると見た。

 これは本当にアイズとどちらが強いか分からないな」

 

 感心するようなフィンの声に。

 罵声が重なった。

 

「ウチのアイズたんが、負けるわけないやろーが!

 アイズたんは、可愛くて、格好良くて、美しくて、強くて、可愛いんやから」

「ハッ、ヴァレン某よりもボクのユウ君の方が百倍は強いね。ロキの貧相さとボクの恵まれかたと同じだよ。同じ。」

「ハッ、そんなに言うなら決着つけようやないか」

 

 そのセリフと共にロキ様は私を見た。

 彼女の目が少し開いて、楽しそうに口許が歪んだように、見えた。

 

「一ヶ月後や。一ヶ月後にガネーシャん所が主催する応募形のトーナメントがある。

 再起不能になるような攻撃等の禁止、ちゅうルールやけど、まあそれはええ。お互いに危ない目には会わせたくはないやろしな。

 後は細かいルールはあるけど、魔法もありの実践に近い形式や。

 ドチビ。当然、乗るやろ?」

 

 そんなロキ様に、

 

「当たり前だね。どうせなら何か賭けようじゃないか。

 ボクはお金だ。ユウ君が勝ったら一千万ヴァリスでどうかな」

 

 ドヤ顔の神様。リヴェリアさんたちの顔が引きつっていますよ。

 

「ええやろ、即金で渡したる。

 ただし、ウチが勝ったら、赤姫。貰うで」

 

 気に入ったんや、その子。

 そう言ってロキ様は笑っていた。

 

 ☆ ☆

 

 唐突だが、ソロには限界がある。

 どれだけ強い装備を整えて、どれだけ鍛えようと。

 迷宮というのは終わりのない迷路なのだ。

 必ずどこかで行き詰まる。

 安全が確保出来なくなる。

 

 そして、それは深層に足を踏み入れていけばいくほど顕著になる。

 都市のように広大な迷宮を過不足なく歩くだけでも厳しい。

 ましてや地図がなければ、終わりも分からない。モンスターだって出てくる。

 それを全て一人でやるのは不可能だ。

 出来たとしても何年かかるか分からない。

 

 それを認識してしまうことは、今の私を否定することだろうか。

 否だ。そんなことはない。

 今までに培ったことは無くなるわけではないし、ソロプレイの否定にはそもそもならない。

 突き詰めれば、最深部の攻略の時などでのみパーティーを組めばいいのだ。

 それ以外はソロでもいい。

 

 だから、このチャンスを逃すべきではない、と私は考える。

 ロキ・ファミリアほどのファミリアに誘われたことは光栄なことなのだ。

 どのファミリアにも入れず、門前払いをされて、嗤われていた頃とは比べ物にならない。

 

 ロキ・ファミリアとは迷宮探索系の最大手だ。

 この領域にいるのは、他にはフレイヤ・ファミリアぐらいなのだ。

 ファミリアのメンバーも良い人が多そうだった。

 

 しかし、私はヘスティア・ファミリアを離れる気がない。

 神様(ヘスティア)には大きな恩がある上に、私自身の感情で裏切りたくはない。

 

 これらの問題を解決する方法はある。

 ただし、それはロキ様に取って悪い結果にはならないだろうが、良い結果かどうかは分からない。

 つまり、それを認めさせるためには、勝つ必要があるのだ。

 勝って、お金の代わりに認めてもらえば良い。

 

 そう、勝たなければならない。剣姫に。

 

 ーーー

 

 『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 それは有名な名前だ。

 私と同じ年齢で、私と同じレベル。

 余りに鮮烈な戦闘能力から、戦姫とも呼ばれている。

 

 それが私の対戦相手のプロフィールだ。

 アンダーグラウンドで調べてきたので、もっと詳しい情報もあるが、割愛。

 スリーサイズとかどうやって調べたのだろうか。目測かな?

 まったく、12歳の子供を何だと思っているんだ。

 

 私の過去を考えると何も言えないのだが。

 

 それはともかく、剣姫は強い。

 私の近接技術でもどこまで通用するかは分からない。

 エアリアルを纏われると近接では厳しくなる。

 奥の手は幾つか有るが、使えない。

 間違いなく死ぬのだ。相手が。それは困る。非常に困る。私は彼女を殺す気は無いのだ。

 

 さて、どうしようかな。

 

 ☆ ☆

 

 パキンと音がして、大部屋の氷柱(つらら)が落ちた。

 部屋全体が凍っていて、私は自分の仕上がりを確認した。

 頷く。うん、悪くない完成度だ。

 

 私は迷宮に来ていた。

 剣姫との試合の前に、仕上がりを確認したかったのだ。

 そして、悪くない成果が出ていた。

 

 目的を果たして、まだ帰らない。

 時間はあるのだ。折角下層まで来たのだから愛し合っていこう。

 

 そして、私は目の前を見渡した。

 大量の死骸に大量の魔石、大量のモンスタードロップが無造作に散らばっていた。

 

 ラミアを愛して、続いて出てきたクワガタのモンスターを愛して、針金虫のモンスターを愛していると、周りの壁一面からモンスターが現れた。

 モンスター・パーティーだ。

 その子たちを全員愛した結果だ。

 運動のしすぎによる倦怠感を誤魔化しながらモンスタードロップを回収する。

 とはいえ、これで準備が整った。

 

 もうすぐ、あれから一ヶ月経つのだ。

 

 ーーー

 

 神様には怒られた。

 だが、私がこれからも迷宮の探索をするのなら必要な事なのだ。

 

 私の見立てではソロでは50階層辺りからは独りでの探索に安全が抜け落ちる。

 カドモスではない。イレギュラーに対応できない可能性が跳ね上がるのだ。

 モンスター・パーティーが何回も連続で起こったときでも対処できなくなるかもしれない。

 

 そこが今の私の限界。

 そして、限界を越える。

 

 剣姫を倒して。

 

 ーーー

 

 ガネーシャ・ファミリアの構成員に案内されて、闘技場に入る。

 まずは前哨戦。

 向かってきた選手の視界から私を消して、横から一閃。

 倒れた。終わり。

 つまらない。

 

 早くやろうよ。剣姫。

 

 ☆ ☆

 

 白い。

 病的なまでに白い人物が、歩いてくる。

 カツン、と微かな音を鳴らして。

 ゆっくりと、ゆっくりと、歩いてくる。

 

 それは音の無い雪のように。

 月の出ない夜に映える光が。

 

 私の前に、立ち塞がる。

 血がうずいて、気分が高揚する。

 

 さあ、戦おうよ。赤姫。

 




 ユウの魔法解説!

・『雪の世界』
 氷の魔法、と説明されていますが、厳密には違います。
 水、液体の融解、凝固の操作です。
 特に水との相性がいいです。

 ポイントは融解点、凝固点ではないこと。
 これによって非常に多用な効果を発揮できます。

・氷柱。
 これは凝固点のベクトル操作です。
 なので、遅延等も可能にした応用性の高い魔法になります。
 逆に融解点を操作することで、形を作り出します。

付与魔法(エンチャント)
 後の回で説明があるので大幅に割愛します。
 ただ、この時点では付与した武器は使い捨てです。溶けちゃいますから。

・姿を隠す。
 隠形の術! です。敵から見えないのではなく、全員の視界から消えます。
 これは自身の周りにある空気の水分を調節しています。物凄い精密です。
 紫外線とかも防げます。スキンケア!
 そして、光を無理矢理全反射させることで姿を隠しています。

・囮
 すり替えておいたのさ! <kiss summer!
 氷による囮です。事前に使う準備が必要です。
 しかし、完成度は高いです。凄く高いです。
 準備さえしていれば出だしも相当早いです。

・詠唱。
 歌です。何でもいいです。
 ラップでも、メタルでも、ポップでも、ジャズ、は歌えないか。
 歌詞があることは前提です。

 まとめると、歌詞があって、旋律(音の繋がり)が有り、それをユウが歌だと認識すれば、詠唱になります。
 なので、何語かも分からない叫び声でも、それを歌だと思えればそれで良いです。
 途中で歌詞が途切れても、そこまでで歌は完結できます。

 なので、歌い続けながら複数の魔法を撃ったり、精密に加工することができます。
 決まった詠唱の長さがないからです。
 ここが凄く独特なんです。

・武器庫
 好きなタイミングで武器を出し入れできる魔法です。かなり便利です。
 詠唱はありません。無詠唱です。

 更に、射出できます。けれど、自分で投げた方が威力はあります。
 格納、搬出出来る武器は、ユウが自分の武器だと思える物に限ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9羽 剣姫 風下

 

 風を追いかけている。

 ずっと、ずっと追いかけている。

 

 だから、前しか見ない。

 後ろも、横も、どうでもいい。

 

 たくさんの人が前に居たから。

 たくさんの人を追い抜かした。

 

 私は風だ。Whirlwind(つむじ風)

 

 早く、速く。もっとはやく!

 

 ☆ ☆

 

 病的なまでに、白い。

 白い肌と、白い着物。

 雪のような、雰囲気。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、歩いてくる。

 着物の袖口が風に靡いて揺れた。

 風に吹かれれば飛びそうなくらい、儚いのに。

 不思議な程に重心がぶれていない。

 

 顔を上げて、私を見た。

 恐ろしいほど澄んだ眼。

 無表情で、感情が無い。

 

 武器すら持たずに私を見て、微かに笑った。

 

 上空で風がうねって、音が響いた。

 

 

  第9羽 剣鬼(アイズ・ヴァレンシュタイン)

 

 

 アイズは困惑していた。

 ガネーシャ・ファミリアの催しで戦うことになったのだ。

 一千万ヴァリスを賭けて。

 

 リヴェリアやフィン、ガレス達には、くれぐれも負けないように釘を刺された。

 プレッシャーである。胃が痛い。

 

 問題はそれだけではない。

 対戦相手にも問題があった。

 

 『赤姫』ユウ。それが私の対戦相手だ。

 私が知る限りにおいて、良い噂は聞かない。

 モンスター血を好んで浴びる、といったような猟奇的な噂の絶えない人物なのだ。

 けれど、主神(ロキ)が気に入って、フィンたちも悪くは言っていない。

 なら悪い人ではないのだろう。

 神様には人を判別する力があるのだ。

 

 そして、強い。と、思う。

 直接戦ったことはもちろんないし、まともに話したのも一ヶ月前だ。

 私と同じ年齢で、私と同じレベル。

 オラリオでは私たちのどちらが強いかは良く話題に上るらしい。

 戦ってみたいとは思っていた。

 まさか賭け事になるなんて思わなかったけど。

 

 でも、ちょっと楽しみだ。

 

 ーーー

 

 ガネーシャ・ファミリアの構成員に案内されて、闘技場に入る。

 まずは前哨戦。

 向かってきた相手にゆっくりと迎え撃って、交差の瞬間にだけ速度を上げる。

 虚を衝かれた冒険者の大剣の下を潜ってサーベルを突き上げる。

 前に一回転して相手は倒れた。

 弱い。

 

 早く戦いたいな。赤姫。

 

 ーーー

 

 目を瞑る。

 人形のようだと揶揄されるように、本当に感情が抜けていく。

 腕の先まで力を抜く。俯いて、息を吐いた。

 

 この大会はトーナメント形式で、AブロックとBブロックに別れている。

 Aブロックには私が、Bブロックには赤姫がいるのだ。

 恐らく、神様達が割り当てに関与しているのだ。初めから戦う相手は決まっていた。

 結果として、私が赤姫と戦うのは決勝の舞台だ。

 

 そして、私の次の試合は決勝だ。

 

 ゆっくりと瞼を開ける。

 うん、大丈夫。最高のコンディションだ。

 

 コンコン、とノックされて。

 ガネーシャ・ファミリアの構成員が入ってきた。

 彼に案内されて、薄暗い通路を進む。

 大きな扉を越えると、光と声が襲ってきた。

 怒鳴り声、叫び声が融和した、人の音。

 

 鳴り止まない喧騒の中で、小さな音が聞こえる。

 カツン、カツン、と緩やかに。

 ゆっくりと、ゆっくりと、歩いてくる。

 

 それは白色。病的なまでに白い雪だ。

 武器すら持たずに私を見て、微かに笑った。

 

 円形のステージで。私たちの視線が絡まった。

 私たちの遥か上空で風がうねって。

 

 しかし、私たちを揺らさない。

 

 鐘の音が、響いた。

 

 ☆ ☆

 

 静寂だ。観客の声が聞こえない。

 静まり返ったまま、私たちは動かない。

 いや、動けない。

 隙ならあるのだ。赤姫は武器すら持っていないのだから。

 だけど、予感がある。

 踏み込めば切られるという、予感が。

 

 けれど、このまま膠着状態を続けるわけにはいかない。

 試合時間は三十分しかないからだ。

 

 こんなとき、フィンたちならどうするのだろう。

 そう思って、客席に居るであろう彼らに思考を少し割いた時。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

【エアリアル】

 

 詠唱、即、発動。

 最速で自分に風をぶつけて、後方に吹き飛ばす。

 

 その一瞬後に、私が居た場所に剣や薙刀が合計五本も突き刺さった。

 私が避けなかったら、そして運が悪ければ、この攻撃は致命傷だ。

 冷や汗が流れて、問い詰めるように赤姫を見る。

 

「どこを、見ている!」

 

 怒鳴り声が私に帰ってきた。怒っている。

 

「私を見ろ! 今、目の前に居るのは私だ。

 だから、私以外を見るんじゃない!」

 

 どこか縋るようなその声に、私は気付かされた。

 今のは私が悪い。ここは既に戦場なのだ。

 油断をして良いわけがなかった。

 なのに、油断した。だから怒られたのだ。

 ここは闘技場だから、死んだ()()()()()()で済んだけれど。

 もし、ここが迷宮だったなら、私は死んでいてもおかしくなかったのだ。

 

 気を引き締める。もう油断しない。

 ガネーシャ・ファミリアの審判も今の行為を反則としなかった。

 私が抗議していないからだ。

 まだ始まったばかりなんだよ。

 こんなところでは終わるのは、嫌だ。

 

「私が悪かった。もう油断しない」

 

 目の前にいるのはレベル4の冒険者。

 階層主と同じクラスの化け物なのだ。

 本気で、戦う。そして勝ってみせる。

 

 この人に、勝ちたい。

 

 ーーー

 

 私の愛剣(デスペレート)を風が纏う。

 正面から赤姫を見据えて、駆ける。

 赤姫の手にはいつの間にか刀が握られていて、私たちは交錯する。

 

 デスペレートの突き。頭を反らして避けられる。

 刀の横凪ぎを体を曲げて避ける。

 その瞬間、刀が消えた。

 更に一歩、踏み込んでくる。

 

 手には短剣が握られている。

 そうか、武器を自由に収納、搬出が出来るんだ。なにそれ、ズルい。

 無理矢理に屈んで、短剣を避ける。

 同時にデスペレートを引き戻して短剣を叩く。

 

 あっさりと砕けた。

 砕けた短剣の残りを投げられて、視界が途切れる。

 追撃しようとして、飛び退く。

 地面から氷柱(つらら)が飛び出ていた。

 

 息をつく暇はない。

 すぐに横に走る。赤姫の手には弓矢が握られている。ここに居たら狙撃される。

 飛んで来た弓矢を叩き落として、違和感。

 

 落ちた弓矢から地面が凍っている。

 まさかと思って振り返ると、避けられて地面に刺さった弓矢からも凍っている。

 しまった、避けられることが前提なんだ。

 

 このままじゃ相手のステージに変えられる。

 赤姫を止めなければならない。

 でも、あの弓に当たったら駄目だ。きっと凍らされる。

 

 ……どうする?

 そうだ。私の(エアリアル)で巻き上げればいい。

 エアリアルを体に纏って、走る。

 飛んできた弓矢の鏃をデスペレートの先で跳ね上げて、エアリアルで巻き上げる。

 

 弓を切断。これでもう射れないはず。

 その瞬間、自身に風をぶつけて横に飛ぶ。

 刀に鎧を切られた。一瞬でも反応が遅れれば昏倒させられていただろう。

 少し、弓に意識を割きすぎたかな。

 

 ☆ ☆

 

「流石ですね、二人とも」

「……リュー、見えるの? 私には早すぎて剣姫の方は見えないんだけど……」

「ユウの動きを追えるだけでも充分だと思いますよ。シル。

 しかし、流石に剣姫は速いですね。私でも完璧には追いきれません」

 

 椅子に体を預けて、闘技場を真っ直ぐに見る。

 

「…………ユウ。何を考えている……?」

「どうしたの? リュー?」

「いえ、大丈夫です。少し違和感が有っただけですから」

 

 その言葉の後、エルフは真剣に見据えた。

 

 ☆ ☆

 

 仕切り直しだ。

 始まったばかりのように再び動かなくなった私たちだが、状況は変わっている。

 

 まず、ステージの半分ほどが凍っている。

 多分、何かの魔法の下準備だ。

 ここまで準備された魔法はエアリアルを持ってしても受け止めきれない。

 これには気を配らないといけないということ。

 

 でも、赤姫の魔法の一つは分かった。

 武器を自由に格納、搬出出来る魔法。

 でも、きっともう弓はない。離れていても射ってこないから……多分だけど。

 

 もう一つは氷の魔法。

 リヴェリアが言うには、応用は恐ろしく多岐にわたるらしいので、全てに警戒するしかない。

 

 ここまで考えて、ちょっと笑った。

 やっぱり、この人、強い。

 

 だからこそ、勝ちたい。

 

 ーーー

 

 ナイフが迫る。避けないよ、この程度は。

 飛んできたナイフの軌道を風でずらして、デスペレートで弾いた。

 地面に刺さった場所から凍っていくけど、凍った場所に弾いたから大丈夫。

 

 私がナイフに対応している間も赤姫は動かない。

 と、思っていたら。いつの間にか近くに居て。

 刀が首を狙って掬い上げられた。峰打ちだけど。

 慌てて対応。でも、デスペレートは間に合わない!

 

 無理矢理に体を逸らせる。髪が少し切られた。

 跳ね上がった刀が、消失する。

 推進力の無くなった腕が上段で構えられて。

 刀が現れる。

 重力に後押しされて迫る刀を、ギリギリで間に合ったデスペレートが止める。

 

 ダメだ、押し負ける!

 寸前でエアリアルが間に合う。

 私と赤姫を吹き飛ばす。私も痛いけど、我慢!

 

 背中を打って、止まる。私も、赤姫も立ち上がった。

 さあ、次はこっちの番だよ。

 

 先程のエアリアルはまだ生きている。

 デスペレートにも、私にも風を纏わせる。

 この人(赤姫)は本気を出さずに勝てる相手じゃない。

 

 だから、全力でぶつかる。

 最速で赤姫に接近。先程の接近をされると困る。

 腕を狙う。小さい動きで刀の付け根を叩く。

 刀が消えた。安定した状態を維持したいのかな。

 

 赤姫の手に短剣が現れたのを見て、今度は大振りでデスペレートを振るう。

 赤姫が屈んで、短剣を振るう。

 うん、そうするよね。私でもそうする。

 

 だから、読める。

 デスペレートを振るった勢いのまま、回し蹴り。

 短剣を跳ね上げて、追撃。今は早さ重視。

 デスペレートを落として、徒手空拳。

 

 右からストレート。避けられた。

 まだ。もう一歩近付いて、肘打ちで追撃。

 屈んで避けられた。残念。

 

 今度は赤姫も素手。

 屈んだ姿勢から、アッパー気味の一撃。

 仰け反って回避。……威力が乗ってない?

 

 っ、フェイントだ!

 下から足を払われた。体制を崩した私に刀が迫る。

 エアリアルを私にぶつけて、退避。

 

 デスペレートを落とした所に自分を吹き飛ばして、二度目の仕切り直し。

 

 ☆ ☆

 

 デスペレートを拾って、赤姫を見る。

 いや、見ようとして、気付く。居ない。

 ……え? 居ない? どこに行ったの?

 

 けど、気配はある。近くに居ることは何となくだけど、分かる。

 それはそうだ。これは試合だから。ここから逃げたら失格だよ。

 ということは、これは魔法だ。

 ずっと平行詠唱してたから。多分それかな。

 

 エアリアルを纏う。これで探す。

 この風に違和感があれば、そこに何かがあるはずだ。

 しらみ潰しだけど、これしか方法がない。

 

 その時、風に違和感があった。

 私の近くの八方向の地面からだ。ということは赤姫じゃなくて、攻撃だ。

 飛んで避ける。私のいた場所の近くから氷柱が飛び出して、砕ける。

 

 着地した地面の周囲が凍って、かまくらのように私を包む。

 エアリアルで私を覆う氷を吹き飛ばす。

 その瞬間、嫌な予感がして、頭を下げる。

 私のすぐ上を刀が(よぎ)っていった。

 

 後ろだ。すぐ後ろに赤姫が居る。

 よく見ると、空気が歪んでいるのが分かる。

 光の反射の操作……? いや、それよりも。

 今がチャンスだ。

 目視できないなら、居場所が分かるときに落とす!

 

 もう何度目か分からないけど、風をぶつけて移動。

 これは本当は緊急手段なんだよ? 結構痛いんだからね。

 赤姫が居るだろう場所の周りに風を展開。

 エアリアルの応用技術。逃がさない。

 

 両足に力を込めて、全身のバネを利用する。

 狙いは、赤姫。風で動けないでしょう?

 カウンターも無駄。その上から落とす!

 

「リル・ラファーガ!」

 

 最速。初速から既に音が着いてこない。

 最短。空気抵抗なども意にも介さない。

 最大。自分が持つ最高かつ最大の火力。

 

 容赦など要らない。この人にそんなものは要らない。

 全力だ。ただひたすらに、全力。

 

 手応えがある! 当たった!

 ターゲットを通りすぎて、技の反動を殺す。

 確かな手応えを感じた。勝った!

 

 その瞬間、私は油断した。

 決して油断して良い相手ではないのに。

 止めのタイミングこそ、一番気を引き締めるべきなのに。

 

「あ、ぅ、ぐぅ……!」

 

 激痛。左腕。折れた。何で?

 咄嗟にエアリアルを展開。自身にぶつけて退避。

 一瞬後に私が居た場所に薙刀が突き刺さった。

 

 赤姫は!? さっき、刺して。手応えもあって。

 ゴトッ、と赤姫の形をした氷が崩れ落ちた。

 ……囮、だったんだ…………

 

 呆けてはいられない。まだ試合中だ。

 どうする? 見えない相手。氷の魔法。囮まで使ってくる相手。

 いや、二回目は囮には騙されない。

 油断した時に私を倒しきれなかったのは相手のミスだ。なら、まだ勝てる。

 

 そのためには、カウンターだ。

 見えないのならば、攻めてきたときに倒すしかない。

 片腕だけど、赤姫の癖も分かってきた。近接なら、対応できる。

 

 私は、負けない。負けたくない。

 

 ☆ ☆

 

 沸き立つような歓声が木霊(こだま)している。

 闘技場は満員だった。賭けのオッズは数秒単位で変化しており、均衡している。

 少し前は剣姫が優勢で、左腕が折れてからは赤姫が優勢だ。

 

 一大イベントなのだ。

 チケットを手に入れられた人は運が良く、手に入れられなかった人が殆どという有り様だった。

 そんな訳で、客席は大いに沸いている。

 

 怒鳴り声が、悲鳴が、叫び声が、野次が。

 全てが融和して沸き立っていた。

 

 そんな中で、喧騒が少し静かな場所があった。

 余り人が立ち寄らないその場所で、声が響く。

 

「油断したな」

「油断したね」

「油断したのぅ」

 

 三者三様の反応だった。

 怒っているわけでも、呆れているわけでもなく、楽しんでいる声だった。

 

「まったく、だから私はあれほど止めを刺すときに気を付けろと言ったんだ」

「いや、あれに初見で気付くのは難しいよ。

 見えない相手が、あんな囮を使ったんだ。

 おそらく、触覚も調整されているはずだ。

 あれは僕でも気付かないだろうね」

 

 感心した雰囲気に、咎める声が返される。

 

「だからといって、油断することは別じゃ。

 止めを刺して、確認もせんのは問題じゃのぅ」

「こんな舞台で戦った経験なんて少ないからね。

 プレッシャーがかかっていたのかもしれない」

 

 少し申し訳なさそうな声だった。

 

「……確かに、勝つよう言い過ぎたかもしれんな。

 だが、負ければ一千万だぞ……」

「勝てば、赤姫だよ。将来性を考えると一千万は安い買い物だ。

 君たちもロキの判断に異は唱えなかっただろう」

 

 負けたら一千万を失うだけだろう、とリヴェリアは言った。

 真実だった。

 

「だが、そろそろ動くのぅ」

「ああ、赤姫が魔法を使うだろうな。

 となると、アイズは厳しいかもしれない」

「ンー、アイズがどう対処するかがポイントだね。

 様子見をしちゃうのは……ちょっとね」

 

 さて、どうなるかな。と呟いて。

 彼らは楽しそうに闘技場を見つめた。

 

 静かに観戦する彼らの近くでは。

 

 いけーやれー! そんな真っ白いの、ぶっ倒してやれー!

 アイズのやつ何やってんだよ、とっとと倒しちまえ、そんな奴。

 なにー? 嫉妬? かーわいいんだー。

 何だとこらぁ! もう一回言ってみやがれ!

 

 などと騒がしくなって、止めに入られるまでもう少し。

 

 ☆ ☆

 

 体が痛い。ズキズキと痛む。

 剣姫の風に何度も吹き飛ばされたからだ。

 だけど、大体は予定通りに進んでいる。

 出来るならここまでで仕留めたかったが、出来ない。

 反応が早すぎるのだ。私では対応できない程だ。

 よって、無理に倒しに行けない。

 今度こそカウンターを貰う。囮も通じないだろう。

 

 さて、剣姫さん。ここで問題です。

 

 姿を現さず、刀で切りかかってくる相手。

 遠距離攻撃は恐らくしてこない。

 あなたなら、どう対処しますか。

 

 オーディエンス、50/50、テレフォンは使えない、アタックチャーンス!

 ハワイ旅行が当たるかも!

 

 それでは答え。

 

 待ち伏せてカウンター狙い、と思ったかな?

 

 

 

 残念。不正解だ。

 遠距離攻撃をしてこない、がそもそも間違いだ。

 私を相手に様子見は自殺行為である。

 

 

 そもそも、私は近接戦闘よりも遠距離の方が得意なのだ。

 なのに、剣姫を相手にここまで近接戦闘をしたのには訳がある。

 

 剣姫の機動力を殺すためだ。

 私の敏捷は低い。

 ソロでやって来たので、相手は私に向かってきてくれる。そして、私はそれを迎え撃てばよかった。

 そんなわけで、平行詠唱はともかく、私の敏捷は剣姫には及ばない。

 

 なので、剣姫が待ち伏せるように思考を誘導した。

 今、この時は。彼女は攻めてこないのだ。

 それはつまり、長文詠唱が出来るということだ。

 

 さあ、剣姫さん。ようこそ。雪の世界へ。

 アトラクションは、空中遊泳だよ。

 

 ゆっくりと、楽しんでいって欲しい。

 

 ☆ ☆

 

 雪が降り始めた。真っ白い、雪が。

 次いで雨が降り始めて、雪と混ざった。

 (みぞれ)だ。

 今は冬ではない。そもそも、霙は闘技場にしか降っていない。

 

 髪が濡れて、少し顔に張り付いた。

 気付く。私は、いったい何をしていた。

 

 赤姫ほどの、魔導士を相手に。

 待ち伏せる、だと?

 

 自殺行為だ。自分から広範囲魔法を打ち込めと言ったようなものだ。大失態である。

 

 私を纏う風が力を増して、雪と水を弾く。

 その時、地面から違和感が走る。

 全ての地面が凍りついた今、遠距離攻撃が来てもおかしくはない。

 私の周り八方向からの攻撃だ。

 これは知ってる。さっき同じ攻撃が来た。

 

 飛んで避ける。かなり高い。

 地面から突き出した氷柱が砕けて散った。

 周りを見渡そうとして、下を見る。

 

 

 

 私の顔が青くなった。これは、罠だ。

 

 

 

 地面にあったのは、地獄だ。針山地獄。

 凍った地面から針が生えている。

 数えきれないほどの針が。一面を埋め尽くしている。

 

 降りられない。降りる場所がない。

 人が降りられるスペースがないのだ。

 赤姫は多分、針の上にいる。

 私が同じことをすれば、多分凍らされる。

 

 ……どうする? 無理矢理にでも降りるか?

 いや、足を傷付ければ機動力を失う。

 片腕で、ヒット&アウェイが出来なくては、赤姫には勝てないだろう。

 

 なら、時間をかけて慎重に降りるか?

 駄目だ。そんな悠長なことをしていたら、広範囲魔法で落とされる。

 

 瞬間、エアリアルを強化。

 降っていた雪が、雨が。前触れもなく襲ってくる。

 エアリアルに阻まれて、氷の針は落ちていった。

 

 ……駄目だ。勝つ方法が分からない!

 一番楽なのは空中での近接戦闘だけど。

 この状態で赤姫は絶対に近付いては来ない。

 

 ……勝てない。でも、負けない方法ならある。

 試合時間は後僅かなのだ。そこまで引き伸ばす!

 赤姫にこれ以上大きな魔法を打たれないようにするんだ。

 

 降りる振りを繰り返して、牽制し続ける。

 襲ってくる雪と雨の対策に、全力でエアリアルを展開し続ける。

 後数分。後数分だけ粘れば良いのだ!

 

 ☆ ☆

 

 驚いた。詰ませたはずなのだ。

 彼女なら、僅かな勝ちの目を求めて、無理矢理に地面に降りると考えていた。

 そうでないなら、広範囲を凍らせれば良いと考えていた。

 

 出来ない。

 狙いは分かっているが、放置できないのだ。

 無傷で降りられれば私は困る。

 折角準備をした魔法が無意味になってしまう。

 対処に魔法を打たざるを得なくなり、長文詠唱が出来ないのだ。

 

 エアリアルもそうだ。常時全力展開など無茶苦茶なのだ。

 十分持てば良い方である。何て無茶をするんだ。

 お陰で決め手を打てないまま、試合は終わった。

 

 引き分けである。

 

 ーーー

 

 大荒れだった。(小並感)

 客席からは悲鳴と罵声、叫び声が聞こえる。

 ガネーシャ・ファミリアの人が怒鳴られている。

 まあいいや。どうせ勝っても負けても同じだっただろうしね。

 

 優勝賞金は剣姫と山分けである。

 結構な大金である。仕方ない。これを使おう。

 

 私がロキ・ファミリアに認めて欲しかったことは、客分として扱って貰うことだ。

 ロキ・ファミリアの遠征にのみ参加したかったのだ。

 はっきり言って、こちらに都合の良い話だ。

 

 報酬は少な目でも良いのだ。

 そこまで譲歩すると、ロキ・ファミリアには損はない、と思う。

 とはいえ、こんな話を認めて貰うのに、手ぶらというわけにもいかないだろう。

 

 そのための、優勝賞金だ。

 言い換えれば賄賂だ。ははー。どうぞお納めくださいー。である。

 思いっきり汚いけど、このままだと近い内に行き詰まることは目に見えている。

 そうなってからでは遅いのだ。

 

 剣姫を介してロキ様との会談の約束をする。

 了承の返事が返ってきた。

 

 ☆ ☆

 

 ある程度の正装をする。けど、この世界の正装ってなんだろう?

 ……冒険者だから。白い着物でもいいか。

 

 今からいく場所は高めの食事どころだけど、ドレスコードはない。

 なので、これは気持ちの問題だ。

 神様はそんな必要はない、と言って私服だけど。

 

 夜のオラリオを神様と歩く。

 しばらく、歩いて、歩いて。

 五年前のことを思い出した。

 一人で歩いていた頃のこと。

 

 周りには沢山の人がいたのに、私は一人だった。

 帰るところも、行くところも、私にはなかった。

 

 そんな世界の、うらぶれた廃教会で。

 

 私は神様に出会ったのだ。

 そして。

 帰るところをくれたのだ。

 私に居場所をくれたのだ。

 

 これから先、私がヘスティア・ファミリアの所属でなくなる訳ではないけれど。

 少し感慨深かった。

 

 ーーー

 

「よお、赤姫ちゃん。一ヶ月ぶりやな。

 今日はアイズたんとええトコ見せてもろたで」

「はあ、嫌だねぇ。心が貧しいっていうのは。

 ボクを無視するなんて、礼儀を知らないのかな」

 

 私に挨拶してきたロキ様を威嚇するように前に出る神様。

 イーっだ! とロキ様を睨んでいる。

 

「あっれぇ? 声がすんのに見えへんなぁ?

 まあ、礼儀何てもんは払う相手と払わんでもええ相手が居るっちゅーことや」

 

 どういうことだそれは! と怒る神様を宥める。

 

「それで、どういった要件かな?」

 

 苦笑を溢しながらフィンさんが聞いてくれた。

 そう、この場所にはフィンさんとリヴェリアさんが居る。私は何も言っていないのに。

 流石は天界きってのトリックスター。

 既に要件が知られている。

 

「手間、省いたっただけや。助かるやろ?

 自分からは切り出しにくいか。まあ、そやろな。

 なぁ、赤姫ちゃん。自分、ソロの限界を感じ始めてるんちゃうか?」

 

 ロキ様の視線が、私を貫く。

 

「……はい。50階層より先は、一人では安全を確保できない、と見ています。

 そもそも、階層主(ウダイオス)階層主(バロール)も私一人では倒せません」

 

 通りすぎるだけでも命をかける必要がある。

 

「まあ、せやろな。ウチらでも全戦力をつぎ込んで倒す相手や。一人では、無理や。

 ……で、だからどうしたいんや? 赤姫ちゃん?」

 

 分かりきった上で、私に聞いているのだ。

 

「ロキ・ファミリアの遠征に、客分として参加したい。

 我が儘ですが、私はヘスティア・ファミリアを離れる気はありません」

 

 少しの沈黙の後、問いかける声が聞こえる。

 

「……それは、一回きりというわけではなく、継続的に参加したいということだよね」

 

 確認の問いかけに、頷く。

 今度はリヴェリアさんが質問をしてくる。

 

「……一つ、良いだろうか。どうして、そこまでしてヘスティア・ファミリアに残ろうとする?」

 

 それは簡単だ。

 

「私はヘスティア様を裏切れません。

 返しきれないほどの恩があります。

 加えて、眷族も私一人しか居ませんから」

 

 フィンさんが考え込み、リヴェリアさんは黙った。

 そんな沈黙を打ち破って、ロキ様が笑う。

 

「半永久的な客分。それでどうや、赤姫ちゃん。

 そこのドチビのファミリアからは抜けんでええ。

 けど、遠征だけの客分は認めへん。そんな都合のええ所だけ欲しい、いうんは欲張りや」

 

 なぁ、そう思うやろ。といって。

 

「分配は少なくてもいい、も無しや。

 そんなビジネスライクな関係は嫌やなぁ」

 

 ウチはそんなことを赤姫ちゃんには望んでない。

 

()()()、や。分かるよなぁ。

 ウチのファミリアに、常に客分として参加して貰う。

 当然、家族(ファミリア)の一員として扱う。

 部屋も作らす。役職にも就ける。ただし上納金は貰うで。

 それでも書類上は、そこのドチビのファミリアやけども、な。

 どうする? 赤姫ちゃん。この提案受けるか?」

 

 前例の無いことやけどな、と笑っているロキ様に。

 私は即答する。

 

「ええ。受けます」

 

 はあ、と隣で神様が溜め息を着いた。

 

「よし。これで赤姫ちゃん、いや、ユウちゃんはウチのファミリアの一員や。客分やけどな。

 これから、宜しくな。ユウちゃん」

 

 ええ、宜しくお願いします。そう応えた。

 

「それにしても、ユウちゃんは健気やなぁ……

 そんな穀潰しにも甲斐甲斐しく世話を焼いて。

 裏切りたくありません、ときた。泣かせるなぁ。

 更に欲しくなってもうたわ。罪な女やでぇ……」

「私は、男性です」

 

 空気が凍った。

 

「…………ホンマ? それ?」

「…………神様でしょう?」

 

 しばらく時間が経って。誰も口を開かなかった。

 

「……ま、まあええわ。

 ウチのなかではこれからも女の子やから。

 さて、そういうことなら書類作ったり、ウチのファミリアにも情報を流さんとあかん。

 ユウちゃん、また明日、話させてくれへんかな」

「構いません。場所は……『豊穣の女主人』でどうでしょうか。書類を作成するなら変えますが」

「ええよ。まだ資料集めの段階や。簡単に詰めるだけやし、ウチの団員連れてこいってことやろ?」

「はい」

 

 顔見せだ。賑やかで酒も入った方がいいだろう。

 

「そうや、ユウちゃん。優勝賞金はしまっとき。

 そんなもん(賄賂)ウチは受けとる気はあらへんよ。

 後、ドチビ。いつまでもユウちゃんの優しさに甘えとらんで、眷族探せよー」

 

 そう言って、ロキ様たちは去っていった。

 




 これだけ書いて、読み直す。
 読みにくくね? これ。
 ……わたしは考えるのをやめた。

 アイズの魔法解説!

・エアリアル
 低燃費、高火力の付与魔法(エンチャント)です。凄く強いです。
 自分の武器、体に纏える風です。
 ですが、纏う側にもある程度のダメージがあります。

 この小説では、低燃費とは常に最高状態でなくても良いことだと認識しました。
 つまり、最大展開をすれば流石に長時間は持たないです。

 また、ここのアイズさんは反射神経が超速いです。神速のインパルス。

 エアリアルに違和感がある
  ↓
 そこから何か来る! 対応!

 こんな感じです。普通は出来ない反応です。

 最後にぶっちゃけると。
 エアリアルを纏ったアイズは白兵戦ではユウより強いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10羽 ファミリア

前文節なし!


 

  第10羽 ファミリア

 

 

 風は纏わない。

 氷が飛んでこないからだ。

 

 牽制での突きを連続で行う。

 着物が風に揺れながら、意外なほど鋭い動きで避けていく。

 本命の一撃のために後ろ足に力を込めて、

 前足が払われた。

 バランスが崩れて、無理矢理立て直す。

 その場で2、3回小刻みに足を組み換えて、払われた衝撃を無くす。

 

 距離が開いた。

 刀が私に向いて構えられた。

 彼が止まって、動いていない筈なのに、

 気付けば近くにいた。

 特殊な歩法による接近。

 だけど問題はない。それは知ってる。

 

 刀の刃先に当てるように、サーベルを当てる。

 ガキッ、と音がして、刀が折れた。

 そのまま首もとにサーベルを突きつけて、

 私の勝ち。

 

「また、折っちゃった。

 …………その、ごめん。」

「別に問題はないよ。1000ヴァリスもあれば買える」

 

 安物だ。少なくともレベル4の冒険者が持つ武器ではない。

 どうして安い武器しか持たないのか聞こうとして、

 

「じゃー、買い物に行こうよ!」

「そうね、私も武器は買いたいし。

 消費する武器は損よね、本当」

 

 どこからかアマゾネスの二人がやって来た。

 ティオネはユウと武器の使い捨てについて話を始めて、ティオナが私に話かけた。

 

「アーイーズ。良くユウと模擬戦してるよね。

 どっちの方が勝率は高いの?」

「7対3で私の方が勝ち越してる。

 けど、ユウがまともな武器を使えば分からなくなる」

 

 そもそも彼は近接専門ではない。

 魔法無しの模擬戦で負け越しては居られない。

 

「それ、ベートには言わないようにね。

 ユウに負けてから猛特訓してるから」

「綺麗にカウンターが入ってたね」

「一発KOだからね。流石に堪えたみたい」

 

 それから私たちはシャワーを浴びて(ユウは当然別)、武器などの買い物に出掛けるのだった。

 

 ☆ ☆

 

 真っ白は俺よりもレベルが高い。

 

 俺やアマゾネス共のレベルは4に上がりたてで、

 あいつは4に上がってからそれなりに経っている。

 だからといって、不様をさらして良い筈がなかった。

 

 なのに、手も足もでなかった。

 カウンターさえかわせれば、それなりの勝負はできた筈だった。

 

 一歩、踏みとどまる戦い方が必要だ。

 あいつはフェイントの達人なのだ。

 真正面からぶつかれば勝てない。

 

「次だ……!」

「少しは休憩を入れたらどうかな」

 

 目の前で小さい団長が答えた。

 あいつの身長はフィンと変わらない。

 戦い方も似ている。仮想敵としてこれ以上ない相手なのだ。

 

「確かに、フェイントを見切る目を養うことは必要だよ。

 だけど、ベート。君の戦い方は細々とした技の応酬じゃないだろう」

「……っ、だが! 速度で圧倒しようにもあいつはカウンターを合わせてくる!

 どうすりゃいいってんだ!」

 

 フィンはやれやれ、と肩をすくめて、

 

「ユウの刀の扱い方はね、自分よりも力の強い相手や体格の優れている相手への対策がかなり編まれている。

 少しくらいフェイントを見切れた程度じゃどうにもならないよ。

 

 アイズ程の近接戦闘を持って、ようやく破れるほどの、()()の刀術だ。

 速度で持って圧倒して、制圧する君との相性は最悪なんだ。

 ここまで来るともう経験がものを言う」

「だったら! 続きを……」

「一朝一夕で身に付くものじゃない。

 無理をして、大きな怪我をしたらどうするんだ。

 まずは自分を大事にすることから始めるんだ。いいね」

 

 強い口調で言われて、模擬戦は終わる。

 

 悔しかった。だから、ここずっと模擬戦の繰り返しだ。

 あいつに再戦を申し込んだ回数は二桁に登り、あいつはそのどれも断らなかった。

 なら、これから先も戦えるのだ。

 

 今はまだ、あいつの方が強い。

 だが、これから十年先、二十年先はどうだ。

 俺はカウンターにも対処できるようになっている筈だ。

 

「ハッ、いつかは越えてやるんだ」

 

 負けっぱなしにはしておかねぇ。

 

 ☆ ☆

 

 はあ、と溜め息をついた。

 

 ユウがロキ・ファミリアに客分として入ってからしばらく経つ。

 客分とはいえ、まるでファミリアのメンバーのように扱うことになった当初は混乱したものだ。

 レベル4が移籍することは珍しく(ユウは移籍していないが)、始めはいさかいも有ったものだが、今では馴染んでいる。

 

 実力は申し分ない。

 ソロで40階層近くまで安全を確保しながら潜れたほどの人物なのだ。

 噂に関しては仕方がないと思う。

 

 あれは殆ど真実なのだ。

 僕とリヴェリア、ユウの三人で簡単に実力を見るために迷宮に潜ったのだ。

 そこで分かったことがある。

 

 

 ユウは同行者がいれば異常な行動は取らない。

 

 

 気分が高揚しないらしい。

 モンスターとの間で愛を感じない等といっていたのは今でも記憶に残っている。

 何をバカなことを言っているのだと思った。

 

 逆に言えば、独りでなら異常な行動を取るということだ。

 僕とリヴェリアが少し先行をして、戻った時に。

 僕たちは見てしまった。彼がモンスターを解体しているのを。

 

 獣の体と魚の下半身を持っていたと思われるものを見たのだ。

 腕が切られて、指まで丁寧に皮が剥かれていた。

 顎の下半分は切り取られていて、

 下半身の魚の鱗もエラも血で染まっていた。

 ユウはそのモンスターの腹を生きたまま開いており、肋骨を削り出していた。

 

 笑っているのを確認して。

 僕とリヴェリアは一瞬目を疑った。

 二人がかりで止めて、事情を聴くと、独りで戦闘をするとトランスする、と教えられた。

 

 それでも安全の確保はしているようなので、問題はないといえばない。

 だが、これはファミリアのメンバーにはいささかショッキングな映像になる。

 

 できるだけ同行者がいる探索では独りで行動させないことが重要になるだろう。

 

 

 そんな問題のある彼だが、ファミリアへの影響は悪くない。

 高い実力、猟奇的なことを除けば性格は悪くない。

 社会性には少し問題がありそうだが、ティオナやティオネがいれば大丈夫だろう。

 触発されて練習に精を出すものも多い。

 今日もベートに長時間付き合わされた。

 お陰で書類仕事が大量に残っている。

 

 団長に与えられた部屋に入ろうとして、気付く。

 誰かいる。音をたてないように中を探ろうとして……

 

「あ、ぁ、あんっ、団長の、匂いがっ、あっ、」

 

 止まった。これは覗いてはいけないものだ。

 頭痛がしてきた。

 

 ☆ ☆

 

 武器の補充をしよう。

 そう考えて、妹のティオナを誘った。

 

 何だかんだあって、アイズも誘うことになったので、中庭に赴く。

 アイズはユウと片付けをしていた。

 また模擬戦で刀を折ったのだろう。

 

 『赤姫』ユウ。

 レベル4の冒険者だ。

 最近にロキ・ファミリアに永久的な客分になった人物。

 

 アイズとイベントで戦って、引き分けたこともあって、アイズは彼(男性らしい。どう見ても女性である)のメンバー入りを誰よりも歓迎していた。

 次の日には模擬戦行い、アイズが勝った。

 その次の日には負けて、今ではどちらが勝ち越しているのかは知らない。

 

「じゃー、買い物に行こうよ!」

「そうね、私も武器は買いたいし。

 消費する武器は損よね、本当」

 

 本当は私から買い物に行こうと提案したのだが。

 

「だからといって出し惜しみは出来ないし、貴方は魔法がメインだから良いけど」

「うん、確かに。私は牽制に武器を使うことが多いから、そこまで消費しない。

 むしろアイズに壊された刀の方が消費が早いぐらい」

「貴方たち、どれだけ模擬戦してるのよ……」

 

 ほぼ毎日戦っているところを見るから、迷宮に潜っていないときは毎日やってそうなのが怖いところだ。

 

 

 出掛けることになったのは良いが、買うのは武器だ。個人的な目的だけで使うものでもない。

 つまり、団長への報告が必要だということだ。

 事後報告でも構わないのだが、団長にいい加減な女だと思われるのは嫌だ。

 なので、出掛ける前に団長の仕事用の部屋に入ると。

 

 誰もいなかった。

 仮眠用に置いてあるベッドから良い匂いが漂っていて、枕を抱き締める。

 それ以外は何もしていない、いいね。

 

 ☆ ☆

 

 買い物に行く。

 集合に遅れてきた姉がいたような気がしたけれど、些細な問題だ。

 自分から言い出したのに。

 

 武器の調整も兼ねているので、まずはゴブニュ・ファミリアに向かう。

 私の大双刃(ウルガ)を見て、もっと丁寧に扱えと小言を言われた。

 私なりに丁寧に扱っているんだけどなぁ……と考えていると、刀を見ているユウを見つけた。

 

「珍しいね。ユウがオーダーメイド品に興味を持つなんて」

 

 そう、珍しい。ユウはオーダーメイド品はおろか、まともに鍛えられた武器を使わない。

 何か理由があるんだと思うけど。

 聞けば良いや。

 

「ねえ、何でユウって安物ばかり使うの? ビンボーショー?」

「貧乏性なのは否定しないけど。

 まあ、大した理由は無いんだよね」

 

 ユウが刀から目線をはずした。

 

「もういいの?」

「うん。欲しいって思えるようなものは無かったからね」

 

 これは神様に相談した方がいいな、と聞こえてきた。

 ロキ様は刀に詳しくないと思うけどなぁ……

 

 

 結局ユウはゴブニュでは何も買わず、ギルドの近くにある安物が置いてあるところで購入した。

 ここはお店のお店らしく、基本的には一般の販売はしないらしい。

 だけど、ユウが顔を見せると売ってくれた。

 

 その後に服も買いに行こうとしたけど、既に暗くなってきており、ホームである黄昏の館に帰ることになった。

 

「帰ってきたか。

 ユウは部屋にいるか? 少し話があってな……」

「リヴェリア?

 うん、居る筈だよ。戻るっていってたから」

「そうか、助かる」

 

 何の用事だろう? リヴェリアもユウも魔法について研究しているから、その関係だろうか。

 何でも良いや。今日は動き回ったから、少し眠くなっちゃった。

 晩御飯までちょっと眠ろうかな。

 

 ☆ ☆

 

 天才は存在するのだと、私は感じた。

 理論からして、一つ二つ抜けている。

 

 魔法とは現象だ。

 魔力を編んで、言葉によって成さしめる奇跡だ。

 だから、それ以上を考えない。

 

 だが、ユウは違った。

 

 どう調整するか、ではない。

 どんな使い方をするか、なのである。

 

 氷を出すのなら、敵を凍らせる、ではない。

 凍らせる範囲などを変えて、利用する、だ。

 

 そのように魔法を使ってきたからか、魔法の精密性が異常に高い。

 そして、それを支える大量の知識がある。

 最先端の化学、生物学の知識だ。

 たった12歳にして、それらを網羅している。

 

 異常だ。

 だが、世の中には異常な存在などいくらでも居る。

 ユウもその中の一人だということだ。

 

「ユウ、入るぞ」

「リヴェリア? ちょっと待って…………うん、いいよ」

 

 ノックをすると、衣擦れの音がした。

 着替えているのだろう。

 

「失礼する。

 ふむ。ようやく片付いたか」

「ミシンだったりと大掛かりなものも運び込んだからね」

 

 整理に時間がかかったんだ、と聞こえる。

 

「それで、頼まれていたことだが。

 可能らしい。相当な技術が必要にはなるだろうがな」

「ありがとう。それだけ聞ければ充分だよ」

「いいのか? お前の武器だ。

 ロキ・ファミリアの客分である以上、ファミリアからの出資も……」

「遠慮するよ、流石に頼れない。

 どれくらいの値段になるかも分からないんだから」

 

 そうか、といって話が終わる。

 

「そうだ。この前の探索で、霧を出しただろう。

 あれは大規模では使わない方がいい」

「うん、分かってる。

 一時的な目眩ましでしかないよ。血を混ぜ混んで簡単に散らしてあるだけだから、本当に短時間しか持たないしね」

「混ぜ混む? ああ、血を空気中に溶かしたのか……

 匂いで分からなくするためだな。

 大丈夫なのか? 特殊な探知法を持った敵には逆効果になるぞ」

 

 

 時計が鳴った。

 夕食の時間だろう。ついつい話し込んでしまった。

 

 時々、こういうことがある。

 ユウとの議論が白熱してしまうのだ。

 ユウはこれまでソロで活動していたからか、集団戦の心得が薄い。

 それを私が教えているのだが、いつのまにか議論に変わっているのだ。

 

 食堂に私とユウが入ると、あまり人がいなかった。

 フィンとガレスのせいだ。

 

 明らかに高い酒で酒盛りをしていた。

 特にフィンが凄い勢いで飲んでいる。

 またティオネ辺りがやらかしたのだろう。

 

「おう、リヴェリアとユウか。

 珍しくもない光景じゃな。」

「ガレス! 聞いてくれよ!

 勝手に部屋に入るだけならまだいいんだ。あそこは執務室だからね。

 だけど、仮眠用のベッドであんな、……ああもう!

 何回言ったら分かるんだ、ティオネ」

「ここにティオネは居らんぞ。

 大丈夫か、フィン。少し飲み過ぎておらんか?」

 

 少し、ではない。明らかに飲みすぎだ。

 仕方ない。後で解毒でも掛けてやろう。

 

 ☆ ☆

 

 ガレスにとってユウはそこまで興味のある相手ではない。

 自分よりもリヴェリアとの相性が良さそうだと感じていた。

 魔法の運用などが光る人物だからだ。

 

 事実、それは間違ってはいなかった。

 決して、客分への交渉の席に自分が呼ばれなかったからではない。

 断じて違う。そんな細かいことは気にしない。

 ロキの奴め。

 

 優秀だとは思う。

 何度か探索に行き、役に立たないようなことは一度足りとも無かった。

 前衛だろうが、後衛だろうが仕事にそつが無い。

 

 だがそれだけだ。

 優秀な新人、というだけなのだ。

 集団戦での立ち回りなどはリヴェリアが教えており、それ以外に教えるようなことはない。

 

 夜になって、今日は何処に飲みに行こうか、と考えながら玄関まで来ると。

 

「ガレス。これから出掛けるの?」

 

 ユウの声が聞こえた。

 

「そうじゃ。飲み直そうと思ってな。

 フィンに付き合って飲んだ程度じゃからのぅ」

「なるほど。一緒に飲みに行きたいけど、今日は約束があってね」

 

 その後、隠れ家のような飲み屋を教えながら歩いて、別れた。

 今日はうまい酒が飲めそうだ。

 

 ☆ ☆

 

 扉を開ける。

 そこは喧騒の世界だった。

 

 話し声と笑い声が聞こえて、注文を取る音が絶えない。

 カウンターに座ると、銀髪の子が注文を取りに来た。

 珍しいな。

 

「珍しいね。シルが注文を取りに来るのは」

 

 リューと一緒に飲むことは多いけれど、積極的には関わってこない人なのだ。

 

「気のせいですよ。で、ロキ・ファミリアに入ったと聞きましたけど、本当ですか?」

「うーん、所属する訳じゃないんだけど、一応は本当だよ。」

「それこそ珍しいです。

 ユウは一匹で生きています、なオーラがあったのに」

 

 それは幻覚だ。

 

「それで、注文だけど。いつもの料理と、お酒。後はリューで」

「リューは非売品です。

 今日は忙しいから無理かな。また明日来てほしいな」

 

 そうか、残念だ。

 お酒を飲んで、まだまだ止みそうにない客足を確認して、店を出る。

 

 

「ユーウー君ー!

 寂しかったよ! すっごい寂しかったよ! もう帰って来ないんじゃないかってぐらい寂しかったよ!」

「落ち着くまでは帰らない、と言ったでしょう。

 神様の方は変わりありませんか」

 

 無いよ! と元気な声が聞こえた。

 ならファミリア・ハンティングの成果も無いのだろう。

 

 ここは廃教会だ。私は帰ってきていた。

 色々と近況を報告しあって、本題に入る。

 

「神様、武器のオーダーメイドについて質問です。

 …………神様、作れますか?」

 

 ダメもとであるが、神様は炉の神だから、あるいは!

 

「いや、無理だよ。ボクには作れない。

 でも、以外だね。ユウ君がオーダーメイドを使おうなんて」

 

 やっぱり駄目か。

 

「これからは、集団戦闘が増えます。

 今までのような視点でのみモンスターを見ることが出来なくなってしまって」

 

 同行者がいる、ということは私にとって大きな変革だった。

 トランスしないのだ。気持ちが高揚しない。

 モンスターが私以外を見ているからだ。

 

 なら、愛し合うことにはならない。

 だから、全力で気持ちを伝える為に使っていた、心の無い武器を変えても良くなった。

 独りでの戦闘ではこれからも変わらないが、集団戦闘では武器を変える、ということだ。

 

 その為にオーダーメイド品が欲しい。

 魔宝石は数千万で購入して、それを通常の武器に組み込むことは可能だとリヴェリアに確認して貰った。

 

 これからも使い続けるので、不壊属性の武器が良い。

 そこまで伝えると、神様が言った。

 

「なら、ボクに任せるんだ。

 最高の鍛冶士(スミス)を紹介してあげるよ!」

 

 ☆ ☆

 

「5億ヴァリス」

 

 交渉の結果だ。

 ユウ君が珍しく呆けた顔をしている。

 

「ヘ、ヘファイストス。その……」

「駄目。ビタ一文まけない。」

 

 僕がユウ君に鍛冶士を紹介する、といって早数日。

 僕はヘファイストスと話をすることに成功した。

 僕の眷族の武器のオーダーメイドをしたい、という話を神友のよしみで受けて貰ったのだ。

 

「魔宝石を組み込んだ不壊属性の刀。

 ということは魔法を使うことが前提よね。

 なら、単純に不壊属性だけじゃ駄目。

 魔法に適した鉱石を、一つ一つ不壊属性でコーティングしなきゃいけない。

 それに、最深部まで使うのなら、使い減りも考えなきゃならない」

「ぐっ、」

「私たちなら、その全てに対応することが可能よ。

 だけどそれには途轍もない精錬行程が必要なの。

 完成まで数ヵ月は掛かるの。

 それまでの拘束代も込みよ。

 払えるの?」

 

 ユウ君が難しい顔で俯いた。

 やっぱり無理じゃないかな。

 いくらなんでもこれは高すぎるよ……

 

「前金に、2億5000万ヴァリス。

 後は一年のローンを組みます。

 それでどうでしゅか」

 

 噛んだ。ユウ君が噛んだ。

 凄い、こんなところ始めてみた。

 

 って、2億5000万ヴァリス!?

 ユウ君の全財産じゃないかな、それ!

 

「いいわよ、前金で半分出すなら、信用するわ。

 そうね、ローンも2年くらいで組んでも良いわよ」

 

 ああああ、ヘファイストスも受けちゃったし!

 これじゃあ、ユウ君は僕と同じ極貧生活だよ!

 これまで僕の方に入ってきてた上納金は使い切ってるんだ!

 援助する余裕なんて僕には無いよ!

 

「分かりました。

 なら、書類の作成と平行して、詳細を詰めるということで……」

 

 仲介の僕を無視して話を進めるなぁ!

 

「神様、うるさい」

「ヘスティア、今は真面目な話をしているの。少し静かに……」

 

 酷い! 僕も真面目なのに!

 

 その後、これからの整備代を無料にする、ということでこの契約は締結された。

 




ファミリアのお話。
一気に登場人物が増えたのでこういう形式になりました。
タグにソード・オラトリアを入れようかと悩み中です。
まだレフィーヤは居ないよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11羽 遠征

 

 裏切られることは、自分勝手だという。

 期待も、気持ちも、後悔も、

 

 全て主観なのだ。

 客観性ですら主観に犯されている。

 

 だからこそ、意見はぶつけ合うべきなのだ。

 否定も、肯定も、曖昧な答えですら、

 

 私たちの一部なのだから。

 

 

  第11羽 遠征

 

 

「どうしてこんなことになったのかな……」

「運が、悪かったとしか、言えない」

 

 氷の破片が周りで浮かんでいる。

 限定的に降る雪が気温を下げている。

 その後ろでは風が雪を弾いている。

 透き通るような金色が風に靡いた。

 

「グォオオオオオ!」

「ガァアアアアア!」

 

 統一感の無い悲鳴が前と後ろから聞こえる。

 強竜(カドモス)だ。咆哮があらゆる方向から聞こえると言うことは、二体以上居る。具体的には五体居る。

 

 刀を鞘に納める。

 守りの戦いを放棄して、攻めの戦いへとシフトする。

 この場面で出し惜しみなどしない。

 

 微かに歌を奏でながら、前方の巨体へ接近する。

 速くはない最高速を出して肉薄する。

 腕の凪ぎ払いを一瞬タイミングをずらすことで回避。

 続けざまに振るわれる尻尾の強襲を飛んで避ける。

 

 尻尾の付け根を浅く切り裂いて、振り返るカドモスと同速で追従して回り込むことで死角に鎮座。

 私を探す一瞬の隙に右腕を掻ききる。

 痛みを感じて、カドモスが私を補足する。

 ブレスを吐こうと、口を開けるタイミングで並行詠唱を完成させる。

 

 口の中の水分が凍り付き、食道から内蔵系まで凍らせていく。

 カドモスはそれでも無理をして火を吐くが、火によって煽られた氷が溶け、さらに凍る。

 のたうち回るカドモスの口のなかに刀を突き入れ、完全に凍らせる。

 

 次だ。

 左手からカドモスの断末魔が聞こえた。

 金色の剣士が一匹狩り取ったのだろう。

 それでも、まだまだ居る。

 さあ、愛し合おうよ。

 

 ☆ ☆

 

 二時間ほど前のことだ。

 遠征に来た私たちは、50階層で休息を取っていた。

 そして、クエストで必要なアイテムの入手のために51階層に向かうことになった。

 その為に班を分けたのだが、49階層での負傷者が多く、人手があまり割けなかった。

 

 結果、私はアイズとのツーマンセルになり、51階層を二人で進んでいた。

 前衛がアイズだけであっても、私には問題ない。

 モンスターを処理しながらの詠唱など日常茶飯事だからだ。

 

 お陰で、私の並行詠唱の技術はリューすら越えている。

 刀等を使った近接戦闘で高度な駆け引きをしていようとも、一切の滞りも、威力の低下もなく詠唱が出来る。

 こんなものは慣れだ。並行詠唱しているからといって反応が遅れるなど言語道断である。

 今後、私が魔法を教えることになる人物がいれば、そう教え込もうと思う。

 

 何故かポニーテールの金髪のエルフが思い浮かんだ。何のイメージだろうか。

 

 

 問題はアイテムの番人だった。求めるアイテムはカドモスの泉だったのだ。

 アイテムの入手のために番人であるカドモスを殺したのだが、勢い余って頭を切り飛ばし、泉に落としたのだ。

 まあいいかと思っていると、泉が赤色に染まり、地面からカドモスが何体も生まれた。

 多分、泉に何かするとカドモスが生まれるんだと思う。

 しかも、産声をあげたカドモスは帰り道に陣取った。

 

 死闘が始まった。

 

 ☆ ☆

 

 雪が止んだ。

 運が良かったのか、ドロップアイテムのカドモスの皮膜は四枚も手に入った。

 借金に苦しむ私には喉から手が出るほど欲しい。

 

 大した怪我もしなかった私たちは、求めるアイテムを採取しようとして、気付く。

 カドモスの泉は血で汚れて採取できない。

 私たちは顔を見合わせて、もう一つの採取ポイントに向かった。

 

 馴れない道を通ったからか、迷った。

 何故か行き止まりにたどり着いて、どうしようかとアイズと相談していると、壁一面から嫌な音が響いた。

 モンスター・パーティーである。

 またしても殲滅した私たちは、レアドロップと魔石を回収して、歩き出した。

 

 先程間違えた道まで戻って来て、今度は確認しながら進む。

 ある程度歩いたところで、大きな部屋に着いて、今日は厄日だと再確認する。

 ブラックライノスが異常発生していた。数百匹はいる黒い犀を確認した私たちは既に無表情だった。

 

 一刻もしない間に、私たちは八つ当たりで犀を絶滅に追い込んだ。その内また出てくるだろうけど。

 またしてもレアドロップと魔石を回収して、目的地へと進む。

 いつもよりもレアドロップは多かった。

 

 今度は通り道が崩れていた。

 先程の犀の大群の弊害だろう。

 

 通れない道を迂回するよりはここから少し遠めの採取地に向かった方が早いと判断。

 来た道をそっくり戻って、別の道に入った。

 

 随分と歩いて、採取地のカドモスの泉に着いた。

 しかし、居るはずの番人が居らず、警戒しながら泉を採取すると、

 泉からカドモスが飛び出してきた。

 

 本日七体目のカドモスを狩って、アイズと笑い合う。

 これ以上何も起きないよね、と談笑しながら帰り道を歩いていると、

 デフォルミス・スパイダーが数百匹程カサカサと動いているのを見つけた。

 さっきは居なかったよね、と肩を落としながら殲滅していると、

 

 壁から何種類ものモンスターの大群が現れた。

 本日二度目のモンスター・パーティーである。

 モンスターたちを本日二度目の八つ当たりで殲滅する。

 苛立つことにレアドロップが大量に出てきた。

 

 二人とも無表情かつ無言で進む。

 飛び出してきたモンスターは一瞬で細切れである。

 極めつけは二時間程前に通ったはずの道が崩れていた。

 51階層の地盤って緩いんだね。という私の言葉にアイズは全力で同意してくれた。

 

 ☆ ☆

 

「何をしていたんだ」

 

 50階層。そこはモンスターの生まれない安全地帯であり、ロキ・ファミリアはここで野営をしていた。

 その内の一つのテントの中で、私とアイズは正座をしていた。

 

「距離的には二時間もあれば帰ってこれるはずだよ。なのに、どうして半日以上帰ってこないんだ!」

 

 捜索隊を編成する所だった、と目の前の小人族(パルゥム)が言った。

 横に控える高貴そうなエルフが呆れたように繋いだ。

 

「どうやったら、こんなに大量のレアドロップを回収できるんだ。

 バックパックに入らなくなるまでレアドロップを集めて来いなどとは一度も言っていないはずだが」

 

 そんな血も涙もない台詞に対して、私たちは答える。

 

「「運が悪かった」」

「「そんなわけがあるか」」

 

 信じてもらうのに一時間は掛かった。

 

 

 酷い目に遭った遠征は、当然まだまだ続く。

 心配をかけた罰として、炊事班の手伝いをしていると、ティオネに拝まれた。

 何でも、料理を教えて欲しいらしい。

 ロキ・ファミリアの食事は全員でとるから分かるが、フィンの料理はティオネが作ることがたまにある。

 お世辞にも美味しそうとは言えない彼女の料理はフィンの悩みの種だろう。

 時々でいいなら、という但し書きを付けて了承する。

 

 食事が終わって、夜になる。

 見張り等もこなしつつ、朝になった。

 迷宮に朝や夜の概念は無いと言えば無いが、こういった習慣は大切だ。

 リズムを崩してしまうと調子が落ちるからね。

 

 そして、52階層、53階層と降りていく。今回の到達目標は56階層だ。

 迷宮階層である、とゼウス・ファミリアらが残しているので、これまでと変わらずに進んでいくだろう。

 その通りになった。56階層の探索を進めて、大体70%といった進捗である。

 食料が尽きる限界まで探索を行い、地上へと帰還する。

 

 オラリオに戻って、ドロップアイテム等の売却、分配などを済ませて、私は一旦廃教会帰る。ステータスを更新してもらうためだ。

 

「ユウ君、レベルアップだよ! おめでとう! レベル5ということは第一級冒険者じゃないか!」

「ああ、なるほど」

 

 カドモスを7匹落としたからね。

 今回の遠征では、私とアイズで組んだときに限って酷いことが起きた。

 51階層だけではなく、56階層でもそうで、たった二人でモンスター・パーティーは五回も発生して、カドモスも五匹くらい余計に出てきた。

 その経験値のお陰だろう。恐らくアイズもレベルが上がっていると思う。

 うん、何故か嬉しくない。

 

 ☆ ☆

 

「アイズたんとユウちゃんのレベルアップのお祝い、そして遠征の打ち上げってことで、乾杯!」

「「乾杯!」」

 

 ここは豊穣の女主人だ。

 ロキ・ファミリアは遠征の打ち上げを行う。

 そして、ロキ・ファミリアの行きつけの店はここだった。

 

 私は、今回の遠征による報酬のお陰でちょっと気分がいい。

 集めたレアドロップの何割かをアイズと山分けしたからだ。

 借金に少し余裕が持てたのである。嬉しい。

 

 なので飲む。昔みたいに悪酔いする程は飲まないようにはしているが。

 ロキ・ファミリアのメンバーが殆どダウンして、解散となる。

 だが、私は帰らない。これから二次会なのだ。

 仕事着のまま私の前に金髪のエルフが座る。

 二人で杯を合わせた。

 

 その後、シルもやって来て、三人で飲む。

 リューと飲むと駄目だな。昔みたいに飲み過ぎる。

 私は何をしたのか、『豊穣の女主人』に数十万ヴァリスもの弁償金を払っていた。

 本当に何をしたんだ。覚えていない。

 

 ☆ ☆

 

 あれから一年以上過ぎた。

 私の借金は5000万ヴァリスにまで減っていて、ロキ・ファミリアでも後輩が数多く入ってきた。

 彼らはまず、サポーターとしての役割を帯びることになる。

 私にはサポーターをしていた時期など無いので、その気持ちは分からないが。

 

 そんな中、優秀な新人がロキ・ファミリアに加入した。

 名前をレフィーヤ・ウィリディスというエルフであり、レベル2だ。

 特筆すべきなのは三つ目の魔法で、召喚魔法である。

 エルフの魔法であれば、スロットを超えて行使できるというものだ。

 それ故に二つ名は千の妖精(サウザンド・エルフ)

 

 そんな折りに、私はフィンとリヴェリアに呼ばれた。

 ノックをして、執務室に入る。

 

「きたか、ユウ」

「うん、何の用かな? フィン、リヴェリア?」

「今回お前を呼んだのは私だ。ユウ、後輩を育ててみないか?」

 

 後輩? 新人のエルフのことだろうか。

 だが、彼女の魔法はエルフ限定の召喚魔法だ。私では役に立てないと思うが。

 そう伝えると、否定が返ってきた。

 

「そんなことはない。ユウの魔法の運用技術が必要なんだ。

 彼女はこれから沢山の魔法を行使することになる。単純な攻撃や防壁の魔術だけではなく、特殊な魔法もだ。

 どんな状況であってもそれらを総合的に判断し、また応用できるのはお前ぐらいだ。

 それに、お前は一度後輩を持った方がいい。独りの時の猟奇的な性格も収まるかもしれないからな」

 

 ふむ、悪い話ではないか。

 私の技術なんて後世に残す気は無かったんだが。まあいいか。

 

「分かった。いいよ。でも、リヴェリアも師事はするよね?」

「ああ、勿論だ。座学、実践ともに分割するか?」

「合同でいいんじゃないかな? お互いに何か得られるかもしれない」

「分かったから、ここで相談するのは止めてくれないかな」

 

 最後にフィンの若干苛立った声が響いた。

 執務の邪魔をしちゃったね。

 

 ☆ ☆

 

 後輩が出来る、というのは新鮮だ。

 始めてのことなので緊張するかな、と思っていたのだが、リヴェリアも合同で教えるということもあるのか、気楽なものである。

 とはいえ、ちゃんと授業計画も練ってある。

 

 レフィーヤに教えることは大きく分けて三つある。

 

 一つ目は知識だ。

 どんな魔法を扱うにしろ、それがどんな効果なのか、どういう意味を持っているのかを理解しないといけない。

 この作業に終わりはない。どこまで極めても知識の集積は必要だからだ。

 また、私の前世からの科学知識も含めて教える。

 

 二つ目は実践知識だ。

 魔法の発動感覚、インターバルの感覚などを体で覚えてもらう。

 こんなことに一々頭を使うのは不毛なので、条件反射まで押し上げる。

 そして、恐怖心の克服だ。

 必要になるかは分からないが、モンスターに怯えるようでは困るので、矯正する。

 また、これが一番大事なのだが、並行詠唱である。

 私が教える以上、固定砲台など許さない。

 理想は近接戦闘をしながら最大火力の魔法を圧縮したりの応用込みで運用することだ。

 え? 理想が高すぎる? 私が出来るんだから出来ると思います!

 まあ、出来なくてもある程度までは叩き込むが。

 

 最後は応用技術である。

 これは非常に難しい。何故ならば、知識と実践の両方を含めた技術だからだ。

 知識を持って、結果をちゃんと作り上げる。この過程は非常に難しく、それでいて結果が分かりにくい。

 こんなことをする意味が理解しにくいということだ。

 何故なら、大抵のことは別の魔法で事足りるからだ。

 

 だが、これによる恩恵は計り知れないものがある。

 連続使用も、遅延発動も、効果を倍増させることも、魔力の節約になったりと、その他にも沢山の効果がある。

 ただ既存の魔法を組み合わせるだけでも、これらに似た効果は得られるのだ。

 ここが私が師事する一番大きなポイントである。

 一番、教え難いところでもあるが。

 

 

 そんなことをリヴェリアに話したら、引かれた。

 お前はどれだけ苛烈(スパルタ)なんだ、と言われた。

 心外である。近接戦闘用の杖術も合わせて教えることは言わなかったというのに!

 魔導士にだって近接戦闘の心得は必須だと思うんだ。実際にリヴェリアも滅茶苦茶強いし。

 

 まあ、レフィーヤの教育の主導権は私が握っていて補助にリヴェリアが付く形なので、この授業計画は採用されたのだが。

 

 ☆ ☆

 

 さて、杖術について私が教えることが出来るのかというと、一応は可能である。

 私は道場において刀術を教わるときに、薙刀や弓、杖術なども一通り学んだ。

 その中でも杖術はかなり詳しく学んだ。

 応用性が高いことと、私が将来杖を持つ可能性を考慮していたからだ。

 

 しかし、生兵法は怪我の元である。

 なので、アイズに頼んで模擬戦をしようと思う。私の杖術が教えられるレベルなのかの確認だ。

 私の『武器庫』には幾本か杖も棒も入っている。

 

 

 杖術において、一番大切なものは何か。

 そう問われると、こう返すべき言葉がある。

 

 即ち『間合い』である、と。

 

 杖術という技術は、オラリオにおいてあまり注目を浴びない。

 理由は簡単、相手を殺す技術ではないからだ。

 杖術には、相手を無力化する技術が多いのだ。

 だからこそ、間合いが特に重要になるのである。

 

 

 アイズの剣閃が伸びてくる。私の領域を侵そうとして、

 剣先が下に落ちる。私が払ったのだ。

 アイズは想定内とばかりに、払われた衝動に逆らわずに下に潜り込もうとする。

 そんなことは許さない。

 

 縦に一回転した杖がアイズの首先を掬い上げるように動いて、アイズが一瞬止まる。

 私にフェイントを掛けても無駄だ。

 杖を回避したアイズが再び肉薄してくるが、今度は杖を横に回転。斜めに回転した杖が私の周囲を蛇のように纏って、

 剣腹を叩く。軌跡をずらされたアイズは、勢いに逆らわずに回し蹴りをしてくるが、杖の前でそれは致命的だ。

 縦回転する杖が踵を上に跳ね上げ、無防備になったアイズの脇腹に杖を突き込む。

 

 咄嗟に体を捻ってダメージを減らしたアイズに、畳み掛けるように杖を突き出す。

 仰け反って避けられる。杖が伸びきるタイミングで杖を手放して、持ち変える。

 杖を引き戻すように振るって、首を狩る。

 しかし、アイズは屈んで避け、追撃を……してこない。牽制に剣を振り上げて私を近付けなくして、一度距離を取った。

 

「アイズ。攻めてこないの?」

「……間合い。今ユウの間合いに入っても、攻撃は全ていなされる、と思う」

 

 正解だ。杖術は刀術以上に守りが固い。

 これを突き崩すのは相当骨が折れるのである。

 その要が間合いだ。自分のパーソナルスペースである。ここに敵をいれない。ここに入った攻撃は全て落とす、いなす。

 これが杖術の守りの基本だ。

 

 そして、攻めは多彩だ。

 杖はただの棒だが、だからこそ出来る動きは非常に多い。

 柔軟性に富んだ攻撃は予測しにくいが、警戒しているアイズ相手では効果は薄い。

 超反応で避けられる。これはもうどうしようもないのだ。

 

 一刻ほど打ち合って、千日手で終わった。

 アイズとここまで戦えるなら教えられるレベルだろう。

 安心した。これで私はレフィーヤにモノを教える資格があると言えるだろう。

 

 途中から観戦に来たリヴェリアは私が杖術を使っているのを見て、溜め息をついていた。

 レフィーヤに杖術を教えようとしているのがバレたな。まあいいか。

 何とかしてリヴェリアも説得しよう。

 魔導士だって前線で戦えないとか駄目なんです!

 

 ☆ ☆

 

 迷宮に入る。

 リヴェリアと二人だけで探索である。

 最深部まで行くつもりはない。レフィーヤの魔術の練習場所を探しに来たのだ。

 18階層までに使えそうな所をピックアップして、リヴィラの町で相談する。

 

 そのまま町で休息を取り、下層に降りる。今度は私たちの連携の確認や実験などが理由だ。

 実験相手に30階層辺りのモンスター・パーティーを何度も引き起こす。

 モンスターを引き寄せる罠を大部屋に蒔き、寄ってきたモンスターを半殺しにしていると、迷宮が私たちが追い込まれていると誤認するのか、モンスター・パーティーが起こるのだ。昔はこの方法で三日三晩愛し合ったものである。

 

 因みにこの方法を説明した時にリヴェリアは私に雷を落とした。

 もっと自分を大切にしろと怒鳴られたが、大切にした結果としてこういうこと(モンスター・パーティー)になったんだけどなぁ……

 

 連携の確認、ということは仮想敵がいる。モンスター・パーティーを利用する以上、仮想敵はモンスターの大群だ。

 なので、大規模な魔法での連携だ。

 二人で凍らせたり、メドローア宜しく炎と氷を混ぜたり、時間差、連続など、色々試していると。

 数の少ない竜種のドロップアイテムが荷物の大半を占めることとなった。

 

 私の借金が無くなった。嬉しい。

 

 ☆ ☆

 

 学区では最高成績だった。

 だからと言って、このままではオラリオで通用しないことは分かっている。

 私の取り柄は産まれ持ったこの魔力と、エルフ(同胞たち)の召喚魔法だけ。

 

 だけど、所属するファミリアは決まっている。

 あのロキ・ファミリアである。都市を二分する、最強のファミリアの一つである。

 ロキ・ファミリアには二人の有名な魔導士がいる。

 

 一人目は、エルフの王族にして、レベル6の冒険者。

 リヴェリア・リヨス・アールヴ様。

 『九魔姫(ナイン・ヘル)』だ。説明不要の有名人だ。

 

 もう一人は、何とヒューマンである。

 『赤姫』ユウさんだ。

 レベル5の冒険者であり、魔法を手足のように操る、と言われている。

 噂だけではどう凄いのかが全く分からないが、リヴェリア様が認めている、という点からみて、凄いのだろう。きっと。

 

 この人には、それ以外にも色々な噂がある。

 『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインとライバルである、とか百合関係だ、とか。

 男性であるとか、モンスターの生き血を啜る、などという噂もあるのだという。

 良く分からない人物である。

 

 そんな人たちのファミリアに入団するのだ。

 ロキ様に連れられて、ホームである黄昏の館に到着した。

 大きな館で、ちょっと尻込みをしてしまう。

 既に私の背中には恩恵(ファルナ)が刻まれている。その事を勇気に変えて、一歩を踏み出す。

 

 ここが、これからの私の家で。

 そして、家族(ファミリア)と過ごす場所なのだ。

 何が待ち受けているのだろうか。楽しみだな。

 




[ネタバレあり]


 ここで書くべきではないのですが、この小説の前提として、レヴィスはアリーゼではないことになっています。
 これは原作でそうだと明言されても変えないかもかもしれません。
 それぐらい話として致命的な部分なのです。
 どうしようもなくなると書き直しますが。

 次は主人公交代!
 レフィーヤさんが主人公だよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12羽 蛍の歌

【注意】
 気持ちの悪くなる描写があるかもしれません。
 また、読みにくいです。許してや、城之内……
 なので、解説をつけました。
 
レフィーヤ回だと言ったな。あれは(3/4ほど)嘘だ。


 

 己が火を

 

      木々に蛍や

 

            花の宿

 

 

  第12羽 蛍の光

 

 

 ロキ・ファミリア。

 フレイヤ・ファミリアと並ぶ都市最大の迷宮探索系ファミリアだ。

 私は、そのファミリアに入団する新人です。

 

 名前はレフィーヤ・ウィリディス。

 学区の出身で、冒険者レベルは2の第三級冒険者です。

 種族はウィーシェの森の出身のエルフです。ウィーシェの森では他種族の方々とも積極的に交流していました。

 

 よし、完璧な自己紹介だ。

 何回も練習したのだ。間違わないはず!

 自己紹介は失敗できない。まさかハブにされることはないだろうが、気まずくなってしまうの良くない。非常に、良くない。

 

 ここには王族であるリヴェリア様もいる。それだけでなく、オラリオにおいても絶対数の少ないレベル5以上の第一級冒険者が何人もいる。

 オラリオにおいて、もっとも危険で、それでいて安全な場所なのだ。

 

 ☆ ☆

 

 呼び出された。

 自己紹介は無事成功して、部屋にも案内された。

 幹部クラスの人たちは個人で部屋を持っているが、新人は複数人で一部屋だ。

 同じ部屋の女の子たちと早くも仲良くなって、お話をしていると。

 同じく新人が訪れて、私が執務室に呼ばれていると教えてくれたのだ。

 

 正直に言って、行きたくない。

 私が何をしたというんだ。何もしていないはずだ。荷物を運び込んだだけである。

 執務室についた。ノックをして、

 

「レフィーヤ・ウィリディス。参りました!」

「どうぞ、入っておいで」

 

 この声は、団長のフィンさんの声だ。

 少し前に団長や幹部クラスの人たちからは簡単なスピーチがあったので、覚えている。

 

「は、はい。失礼します!」

 

 部屋には三人居た。

 大きな机に小さな体がアンバランスなのがロキ・ファミリアの団長のフィンさん。

 その両翼に陣取っているのが二人。右にいるのはリヴェリア様だ。雰囲気が違う。お美しい。

 左にいるのは真っ白な人だ。肌の色も、服装も白い。ユウさんだ。幻想的な雰囲気を持っている。

 

「あれ? 僕だけ酷い紹介じゃなかった?」

「気のせいです」

「ンー、本当かなぁ……。まあいいや、本題に入るよ。君を呼んだのは僕じゃなくて、この二人だ」

 

 この二人、ということはリヴェリア様とユウさんが私を呼んだということだ。

 オラリオが誇る最高クラスの魔導士の二人である。

 私に何の用があるの……?

 

「まずは、自己紹介からしようか。

 私はユウというんだ。『赤姫』とも呼ばれているけど、名前で呼んでもらえると嬉しいかな」

「私はリヴェリアだ。知っているだろうが、王族(ハイエルフ)だ。

 といっても、必要以上の敬意を持たれるのは好きではない。ユウと同じように名前で呼んでもらえると助かる」

 

 はい! 知っていますとも! 二人とも超有名ですからね!

 

「私はレフィーヤ・ウィリディスです。

 ウィーシェの森から来たエルフで、他種族の方ともせっきょきゅてきに、こ、交流を。してきました!」

 

 噛んでない! ないったらない!

 

「うん、宜しくね。それで、本題だけど。

 レフィーヤは、魔力の総量や召喚魔法の特異性が認められたんだ。

 だから、これからは私とリヴェリアが付きっきりで指導をすることになったんだ」

「光栄なことだよ。オラリオにおける、魔導士のトップ二人に直々に教われるなんて、普通じゃ考えられないことだよ」

「皆からは羨ましがられるかも知れないが、安心するといい。その内憐れみの視線に変わる」

 

 ユウさんが説明をして、フィンさんとリヴェリア様が補足をしてくれた。

 ……憐れみ? フィンさんの言うように光栄なことだとは思うけど。

 

「それじゃ、早速今日から始めようか」

 

 ユウさんの講義。どんなことをするんだろう。

 

 ☆ ☆

 

 ぐでっ、と食堂の机に突っ伏した。

 疲れた。まだ昼間だというのに、非常に疲れた。

 

 オラリオでは、共通語が使われている。

 様々な種族が入り交じるこの都市で、言語の統一が計られたのはおかしなことでは無いはずだ。

 なので、ここでは共通語はスタンダードだ。共通しているから。

 

 なのに、あの二人の言葉は共通語じゃない。

 だって私には何も共通していないのだから。

 

 始めの講義は物体の相転移についてで、気体と液体と固体について。ここまでは良かった。まだ着いていけた。

 次からが駄目だった。

 準安定状態とベクトルについてだった。グラフがぐにゃぐにゃで、数式には数字がなかった。

 

 全然分からない。何言ってるのか分からない。

 そもそも数式なのに数字が書かれていない時点で、もう既に何かおかしいと思う。

 講義そっちのけで議論が始まったときは、もう抜け出しても良いんじゃないかと思った。

 

 それでも、ましになった方なのだ。

 涙目で分からないと訴えたのが効いたのか、書庫にある文書に則した講義になった。

 なので、まだなんとか着いていけるようになった。

 

 だというのに、今日からは近接戦闘用の杖術の訓練が始まる。

 予習はいつすれば良いのだろうか。

 

 誰か助けてくれないかなぁ……

 

 ☆ ☆

 

 初日は見学らしい。

 杖術がどういうものなのかを学ぶそうだ。

 ユウさんに訓練用の施設に案内された先で見たのは、二人の冒険者だ。

 確か、ラウルさんとアキさんだ。

 二人とも二軍の中核のメンバーで、私からみて雲の上の人物である。

 

 ユウさんと二人の模擬戦が始まった。

 始めはラウルさんとアキさんの同士討ちになった。

 次は二人の武器が奪われて、最後は二人同時にノックダウンされて終わった。

 

 叩きのめされた二人は何かアドバイスを貰っていて、嬉しそうな顔をしていた。

 そんな時だ。襲撃者が現れた。

 

「ユウ、模擬戦には呼んで欲しい」

 

 金色の襲撃者だった。

 その後にも何だかんだとあって、何故か最後に立っていたのはガレスさんだった。

 ユウさんもアイズさんもベートさんも、もちろん私も打ち倒された。

 

 ……どうして?

 

 ☆ ☆

 

 最後は、実践だ。

 上層でモンスター相手に魔法を使う。

 そこまではいい。問題は数だ。

 

 基本的にモンスター・パーティーが相手なのだ。

 ゴブリンやコボルト数十匹相手に動きながら魔法を打つのだ。

 どうして基本がモンスター・パーティーなのかな!

 普通はこんなこと(モンスター・パーティー)は避けて通るものだよね!

 二人ともどこかおかしいよぉ!

 

 始めは一旦離れてから大魔法で殲滅していたのだが、モンスターをおびき寄せる罠を近くに投げ入れられた。

 言外に動きながら魔法を使えといっているのだ。

 

 誰か、助けてください。

 

 ☆ ☆

 

「はい! 分かりました! リヴェリア様」

 

「……え? 私はリヴェリア様にしか魔法は教わっていませんよ?」

 

「アイズたん! まーた独りで迷宮にいっとたんかー。

 単独で冒険するなんてロキ・ファミリアではアイズたん位なんやから、気を付けなあかんでー」

 

「うん。でもティオナやティオネ、ベートたちとも迷宮には行くから……」

 

「ハッ、だったら次は俺も誘えよ、アイズ。

 俺に勝てるやつなんてお前ぐらいだからな」

 

「えー、私でも勝てるよー! ベートのバーカ!」

 

「ちょっと、ティオナ。はしたないわよ。

 でも、ベートにしちゃ大口叩くじゃない。

 ……やってみる? 返り討ちにしてあげるわよ」

 

「はあ、胃が痛いよ。もう少し落ち着きを持ってくれないかなぁ……

 あと独りでも増えたら胃に穴が空くだろうね……」

 

「随分と弱気だな。まあ、仕方ないか。

 私も後継には頭が痛い。もう少し落ち着きがあれば……」

 

「お主ら、結局同じことを言っとるぞ……

 まったく、もう少しあの四人を信じてやれんかのぉ」

 

「ベールーくーん! やっと帰ってきたね! またボロボロになって。まったく、ボクが居ないとダメだなぁ。

 君は、ヘスティア・ファミリアの唯一のメンバーだからね! 自分を大事にしなきゃダメなんだ!」

 

「私の手を握れた人は、シルとアリーゼの二人だけです。

 友達、ですか。……アリーゼ……」

 

 赤色が跳ねて。

 

「……ユウ? えっと、それは誰?」

 

 ☆ ☆

 

 ベットから転がり落ちた。

 

 私の居ない夢を見た。

 ヘスティア・ファミリアには兎の男の子だけが所属していて。

 リューはアリーゼの復讐を障害もなく行う。ギルドのブラックリストに載って、一人シルに助けられる。

 アイズたちロキ・ファミリアはヘスティア・ファミリアとは何の繋がりもなく、日々を過ごしていく。

 レフィーヤはリヴェリアに知識を学んでいる。

 

 何故か分からないけど、それが当たり前なんだと分かった。

 私なんか居ない方が良い結果になるんじゃないかと思えて。

 どうしようもない虚しさが込み上げて来た。

 

 床に転がったまま、起きあがりたくない。眼を開きたくない。

 本当にここは私のいる世界なのかな。

 

 光が痛みをもたらして、周りを見る。

 いつもの私の部屋で、何も変わっていなかった。

 

 ーーー

 

 レベルが上がって、もう三年経つ。

 仲間がいるのが当たり前になった。

 それは私がかつて望んでいたことのはずだ。

 誰かに認められて、笑いあえて、幸せだなって、そう思えるように。私は願ったのだから。

 

 だけどそれらの全てが叶って、私は腑抜けている。

 失うことが怖くなったのだ。アリーゼのようにいつか居なくなるんじゃないかと思えて。柄にもなく怖い。

 

 そんな恐怖が、私にこんな夢を見せたのかな。

 廊下に出て、いつも通りの光景を確認して。

 白く濁った壁の色が私の眼に入った。

 

 ーーー

 

 白濁した壁がかつて私を汚したモノを想起させる。

 私が無くなっていく感覚を、もう一度思い出す。

 視界が濁って、ぶれる。

 腕がだらりと落ちて、微かに笑う。

 

 そうだ。わたしはこうじゃないか。

 私は、こういうモノだったはずだ。

 心のなかで、欲求が産まれる。

 私のスキル(独りぼっち)が、求めている。

 

 愛し合いたい。愛が欲しい。

 頭の芯から認め合えるような、酩酊した愛情を酌み交わしたい。

 

 足りないんだ。埋まらないんだ。

 どれだけ自分を慰めても、痛め付けても、私じゃ駄目なんだ。

 彼らの愛が欲しいんだ。

 

 ☆ ☆

 

 フィンに書類を提出する。少しの間、迷宮に行く報告だ。

 期間は明記しない。いつまで居るかは分からないからだ。

 この書類を提出したときの私は普通ではなく、レフィーヤとの講義も休講していた。

 

 そんな私を見て、フィンは同行すると言い出した。

 私は断った。独りで行きたい、元々ソロだから問題はないと言いくるめて、迷宮に向かう。

 

 迷宮二階層でゴブリンを解体した。

 一匹だけで私を見てくれたので、私も念入りに愛した。

 壁に両手両足を短剣で縫い付けて、刀を取り出す。

 腕の皮を剥いで、悲鳴を楽しむ。

 足の皮を剥いで、血を舐め取っていく。

 股関節を切り取って、膀胱を取り出す。

 まるでゴブリンに平伏しているような姿勢を取りながら小腸を引き摺り出していると、彼は灰になった。

 

 おかしいな。もう少し生きているはずだけれど。

 良く見ると、彼は舌を噛みきって上を向き、血で窒息していた。

 苦しかっただろうな。

 その血を吸いだしてあげようとしたけれど、既に遅く目の前で灰になった。

 

 ーーー

 

 迷宮18階層。迷宮の楽園(アンダーリゾート)

 

 赤く染まった私だが、リヴィラの町には用がある。

 花を買うためだ。18階層で摘んでも良かったが、いい加減なものは嫌なのだ。

 リヴィラの町に来ると欠かさずに通っているので、店主とは知り合いだ。

 白い花を買って、店主のお勧めを買う。

 酒場に行って、高い酒を買う。

 

 森の奥に進む。

 分け行って入り組んだ場所だが、この森は目を瞑ってでも間違わずに進める。

 一月に一度以上は来るからだ。

 たまにはリューも一緒に来るが。

 

 墓には白い花が添えられてあった。

 私がここに来たのは二週間前だから、この花はリューだろう。

 花を供えて、酒を飲む。一気に煽って、残りを墓にかけた。

 頭が少し振らついて、涙が込み上げてきた。

 その場に膝を折って、少しの間蹲った。

 

 ☆ ☆

 

 下層に降りる。

 バグベアーが襲ってきたので、愛した。

 毛皮を全て剥いで、爪を落として、牙を抜いて、目を繰り抜いた。

 

 それでも私を愛してくれたので、虚ろになった眼胞から頭を切開して、脳髄を弄る。

 前頭葉や側頭脳などを傷つけないように剥いで、顎の後ろの皮も剥ぐ。

 小脳とその近くに脳幹を見つけて、嬉しくなった。

 私は今、彼の全てを愛しているのだ。

 

 ホルマリンがあればいいのに!

 今、この瞬間を永遠に保存できればいいのに!

 ああ、そう言えばポイズン・ウェルミスの体液は腐敗防止薬に成ると聞く。

 帰ったら大量に購入しよう!

 

 っと、いけない。愛しい彼らを前に他のことを考えるなんて。

 やっぱりリハビリが必要だよ。

 

 生きたまま脳を繰り抜かれたバグベアーは、一度ビクンと跳ねて。動かなくなった。

 私は彼の繰り抜いた眼球と脳をもう一度繋ぎ合わせる作業をしていたのだが、千切れた視神経が繋がらなかった。

 悔しいので、次にであったモンスターは眼胞を傷付けないでおこうと思う。

 

 ーーー

 

 37階層を進む。

 ここは死者の世界だ。白骨と爬虫類が蔓延った、寒さのない雪の世界だ。

 白濁した壁が私を汚れた頃の私に引き戻していて、心に穴が開いたように寂しさが戻ってくる。

 頭の痛みが今の私を責め立てる。

 

 あの施設でお前は何をしていた。

 逃げ出した先でストリートチルドレン以下の生活を送ったお前は、生きるために何をした。

 そもそもお前は本当に生きているのか。

 コンクリートの城壁から身を投げたお前に、

 

 幸せになる権利など有ると思っているのか。

 

 舌を噛んで、赤い液体が滴る。

 その赤色は、私の親友の色だ。

 地面に吸い込まれて、消えていった。

 

 私は独りになった。

 金色の光を探しても、周りは白濁色だ。

 粘ついて取れなくて、臭くて、気持ち悪い。

 

 ーーー

 

 王様が笑っていた。

 私を押し倒して、嗤っていた。

 いやにスプリングの効いた、上等なベットの上に私はいる。

 ああ、この感触を覚えている。これは、私の尊厳を奪い去っていった舞台だ。

 私は迷宮に居たんじゃなかったっけ?

 

 ここは広い部屋だ。

 迷宮を5階層もぶち抜いた、王様の部屋だ。

 黒く光った王様は、家来を沢山私にけしかける。

 何人も、同時に。それは疲れるんだ。とても疲れるんだよ。

 腕もいたくなるし、口も喉も痛くなる。

 

 第一波の相手を終わらせて、私はとんだ。

 下から突き上げられた黒い槍が、私を責め立てるから。

 王様は不機嫌で、乱暴に私を壊そうとする。

 今日は痛い日なのかな。嫌だな、いたいのはきらいだよ。

 

 冷たいシャワーを浴びる。雪のように、冷たいシャワー。

 ねぇ、雪が降っているの。お外は綺麗だよ。一緒に雪で遊びましょう?

 二人でお部屋に居るなんて、つまらないよ。

 

 そんな私の意見を、王様は切って捨てた。

 上目使いの私を殴って、押し込めた。

 彼の剣が、私を貫いた。

 

 ☆ ☆

 

「迷宮に行きます」

 

 敬語が聞こえた。

 確かに、僕はロキ・ファミリアの団長だ。

 だけど、敬語で接しろとは命令していないし、必要がなければしなくていいと思っている。

 何より目の前にいる人物は、普段は敬語では接してこない。

 

 本当にこの人物はユウなのかどうか判断を躊躇うほどに様子がおかしかった。

 迷宮に行く、という彼の目がいつもと違っていた。

 彼の提出した書類を見る。驚いた。

 

 彼の提出する書類は、整理のされた綺麗なものだ。見る人のことも考えられた書類なのだ。

 だが、これは違う。

 マトモな文体ですらない。迷宮に行かないと、迷宮で愛し合いたい、などの脈絡のない文章が羅列しているだけだ。

 明らかに普通じゃない。

 

 咄嗟に迷宮には行かないように言ったが、聞き入れてくれない。ならば同行しようとして、それも断られる。

 ユウが出ていって、僕は決める。

 今日はユウに着いていく。あの状態の彼を野放しには出来そうにない。

 

 ーーー

 

 元々ソロの冒険者だからか、ユウの危機管理能力はかなり高い。

 だから、気付かれずに着いていくだけでも骨が折れた。

 

 ユウはモンスターを拷問していた。

 いや、彼に言わせればあの行為は拷問ではなく、愛しているそうだ。

 ゴブリンを、ミノタウロスを、バグベアーを、その他にも色々なモンスターを愛して? いた。

 

 18階層では、着いていかない。

 墓参りだろうからだ。リヴィラの町で白い花を買うのは、ユウの習慣なのだ。

 しかし、帰ってこなかった。

 しまった、リヴィラの町に戻らずに先に進んだのだろう。見失った。

 

 下層に進んで、たまに噂を聞く。

 気の狂った冒険者がいると聞いて、その方向へ進む。

 それを繰り返して、たどり着いてしまった。

 ここは37階層だ。白濁の壁を持つ迷宮階層だが、特筆すべきはそんなことじゃない。

 

 階層主(ウダイオス)だ。

 三ヶ月周期で復活する、37階層の階層主。

 上半身だけの黒色の骸骨の標榜をしている、レベル6相当のモンスター。

 

 加えて、三ヶ月以内に倒されたという報告は受けていない。

 ということはいるのだ。ウダイオスが。

 そして悟る。彼の目的はウダイオスだ。

 不味い。独りで勝てるような相手じゃない!

 

 階層主が待ち構える部屋に急いで飛び込む。

 しかし既に戦闘は始まっていて、僕が見た光景のなかで、ユウがウダイオスの黒剣に貫かれていた。

 咄嗟に駆けつけようとして、止まる。

 

 様子がおかしい。

 ユウも、ウダイオスもだ。

 

 ☆ ☆

 

【これは、一匹の蛍の物語だ】

 

【どこにでもある、普通の物語だ】

 

【綺麗な小川を見つけられなかった】

 

【そんな、馬鹿でのろまな蛍の物語だ】

 

 声が響く。これは詠唱だ。

 

「詠唱……?」

 

 おかしい。ユウは通常の詠唱などしない。

 彼の詠唱は歌のはずだ。決まった文言は必要ないはずなのだ。

 

【目標のない蛍は、どこに行くのか分からない。

 何もしなくても時間は過ぎて、周りは変わる。

 変わらないと信じた心が燃え尽きてしまった。

 心をなくした蛍は光ることができなくなった】

 

 ウダイオスが、動かない。

 時が止まったように、ピクリともしない。

 

【蛍には仲間がいなかった。

 助けてくれる蛍も嘲け笑ってくれる蛍もいない。

 だから、蛍は知っていたのだ。

 私が死んだところで誰も泣いてくれないことを。

 だけど、蛍は知っていたのだ。

 私が死んだところで誰も笑ってくれないことを】

 

 剣で貫かれているはずのユウが、

 剣に手を当てて、愛おしそうに撫でた。

 

【そんな蛍はお願いしたんだ。

 夜空を見上げて、願ったんだ。

 星よ、星よ。一番綺麗なお星様。

 私の苦しみを、悲しみを全て無くしてください】

 

【お星様はこう返したんだ。

 蛍よ、蛍よ。光らない蛍。

 貴方の名前を私に下さいな。

 そうすれば貴方の痛みを無くしてあげましょう】

 

 ウダイオスの、黒い頭部が微かに綻んだ。

 

【そして蛍は安らかに眠る。

 苦しみも悲しみも無くなって、

 蛍には何も感じられなくなったのだ。

 汚れた河の畔で眠る蛍の暮鐘には、

 綺麗なままで、何の言葉も刻まれてはいない】

 

【これは、一匹の蛍の物語だ】

 

【名前を無くした蛍の物語だ】

 

【だから、ここに私は謳おう】

 

【その名前こそ、彼の人生なのだから】

 

 ーーNach.erleben's.Noah

 

 

 音もなく、ウダイオスの骸骨の眼から光が消えた。

 上半身だけの体がバラバラに砕けて、

 持っていた黒剣まで綺麗に砕けていった。

 

 貫かれていた剣をなくして、ユウが地面に落ちた。

 駆け寄って、状態を確認する。

 精神疲労(マインドダウン)だ。手持ちのマジック・ポーションを飲ませて気付いた。

 貫かれた傷がもう六割近く治っている。そう言えば彼のスキルは急速回復もあったか。

 それにしても凄まじい回復力だ。

 

 ☆ ☆

 

 書き置きだけを残して、数日の間居なくなっていた僕たちはオラリオに戻ってくる。

 ユウは倒れたままなので、僕が背負って移動した。

 黄昏の館に着くと何故かティオネが見張りをしていて、背負われたユウを見て驚いていた。

 

 ユウを一旦医療班に任せて、執務室に戻る。

 リヴェリアとガレスが鎮座していた。

 説明を求められたが、ユウの書いた書類を見せると納得してくれた。

 ユウがウダイオスを倒した、というと二人とも驚いていた。

 

 何日か後にその功績が認められたのか、ユウはレベル6に上がった。

 

 ☆ ☆

 

「これから、どうするんだい」

「お祖父さんが亡くなったんだ。家に来るといい」

 

 心配そうな声に、僕は返す。

 

「いえ、僕はオラリオに行こうと思っているんです!」

 

 お祖父ちゃんは言っていた。

 迷宮には出会いがあるんだって!

 仲間と冒険して、気になる人を守って。

 沢山の女の人に好きになってもらえたりして!

 

 そう、僕は。

 ダンジョンに出会いを求めているんだ。

 

 ーーー

 

 1st stage ended!

 To be next stage. Comming soon……?

 




 分かりにくいよね!
 私も書いててそう思ったよ!

 なので解説します。
 最近自分が書いたネタを自分で解説することに新しい快感があることに気付きました。
 分かりやすく書けって話ですが。

 夢を見て、精神的に不安定になっちゃた。
 ああ、こんなときは愛し合おう!
  ↓
 モンスターはどんなことがあっても私を愛してくれるよね。
  ↓
 そのためには独りでいかなくちゃ。
 フィンがいたらダメなんだよ。
 モンスターの愛はわたしのモノなのだから。
  ↓
 37階層に着いたよ!
 白濁色の壁が嫌だなぁ。昔のことを思い出しちゃった。
 ちょっとブルーな気分だよ。
  ↓
 ボス部屋に着いたよ!
 黒い骸骨の王様見たいなモンスターだね!
 でも気分が沈んでるんだ。
 昔に居た施設のことを思い出しちゃったよ。
 フラッシュバックっていうものかな。
  ↓
 そんなことをしていると剣で刺されちゃった!
 あ、因みに体を反らせて致命傷は避けたよ!
  ↓
 このままじゃヤバイね。
 仕方ないか。奥の手を使うよ。三つ目の魔法だ。
 どーん!
  ↓
 勝ったよ! やったね!
 でもちょっと疲れちゃったかな。おやすみ。

 と、こんな感じです。ちょっとファンシーに書いてみたけど、本人も実はこんな感じかもしれない。


 さて、これで一部は終了です。
 次は番外を一つ挟むと思います。

 それにしても、本当に好みが別れるような内容ですよね。今回とか特に。
 書いていて楽しいのでこれからもこのままですが。

 これからで思い出しましたが、初期段階ではこれが最終回だったんですよ。
 プロットをここまで書いていましたから。

 最初のユウは女の子だったのです。
 年少期がエグすぎるので、男性に急遽変更されました。
 その名残が所々残っていたり。

 え? 女の子だったらどうなっていたのかって?
 何回か○絶を経験して、もうちょっと暗い性格になっていたと思います!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外 サクラメイキュウ

 

 負けて、敗けた。

 自分の世界で、俺は最強だったのに。

 惨めなくらい、悔しかった。

 

 打ち倒れた狼は、

 無様だなって笑えよ、と心で叫んで。

 目の前の人物は、

 大丈夫かい、と微笑んだのだ。

 

 負けて、敗けた。

 だから、自分の世界を壊してやった。

 

 周りに居た奴らは居なくなって。

 手が痛くなって、心がすり減ったけど。

 驕った心が擦りきれた。

 擦りきれて、毒が飛び出して、膿んだのだ。

 

 狼なんて、いつだってヒールだ。

 皆に好かれて笑い合えるなんて、馬鹿らしい。

 

 だから、笑ってやる。

 お前らは無様だ。誰かに似て、無様なんだ。

 だから、もっと悔しがれ。

 そんな世界を壊して。俺に向かってこい。

 

 そして、誰かに微笑んでやれ。

 

 

  番外 花見サバイバル

 

 

 踵を思いっきり振り上げる。必要なのは力だ。

 渾身の力で振り降ろす。いや、蹴り落とす。

 一瞬こちらを見て、体を半回転させる。

 

 避けるつもりか。無駄だ。

 俺は今、相手からは見えていないはずなのだ。

 避けきれないはずだ。踵が頭に吸い込まれて、

 

 トン、と足首に何かが当たる。

 長槍の石突きだ。僅かに反れた軌跡を更に押し出される。

 斜めにズレた先には、何もない。

 

 何もない場所が、動いた。

 驚いたように横にズレた。

 ユウのやつ、ここに居たのか。

 着地して、後ろを振り向く。

 ユウがフィンと切り結んでいた。

 

 これは模擬戦だ。俺とユウのペアとフィンで戦っている。

 前衛が俺、後衛がユウだ。

 なのに、フィンには簡単に後衛への攻撃を許してしまった。

 だいたい、あの白色がどこに居るのか分からないのがいけない。

 サポートはちゃんとしているんだろうな。

 フィンには見破られていたぞ。

 

 その後にユウがフィンに落とされ、俺も撃墜された。

 俺たちの負けだ。

 

「いや、流石に焦ったよ。見えない敵っていうのは厄介だね」

「嘘をつくな。充分に対処できてたじゃねぇか」

「いや、見えてなかったはずだよ。

 あれは多分、予測されたんだと思う」

 

 予測だと? 俺の行動を全てか?

 

「ああ。でも当然、全部じゃない。

 ベートの動きはある程度は分かるんだ。空気の動きとか狙われている場所何かは、何となくね。

 これが経験って奴だ。分かったかい、ベート」

 

 俺が足りないもの、だろ。……ちっ。

 

「よし、それじゃあ君たちには花見の場所を確保してきて貰おうかな」

 

 ☆ ☆

 

 花見とは、二週間後に控える親睦会のことだ。

 その場所の管理はギルドがしている。

 

 説明をしよう。

 祭り好きの神様たちによって、良い場所はすぐに埋まる。

 なので、その場所取りに行く必要がある。

 

 そして、半端な実力者では駄目だ。

 理由は過去にある。

 特等席を確保した中規模のファミリアの構成員が闇討ちされたのだ。

 そして、場所を抑えた証文を奪われた。

 

 犯人は奪った場所で宴会を開いているファミリアだ。

 なので、すぐに犯人は明らかになったが、問題にされなかった。

 そのファミリアは大手のファミリアだったのだ。

 というかヘラ・ファミリアだった。

 詳しくは近くの席を取っていたゼウスのために、闇討ちしたらしい。

 一緒に飲みたかったと供述していたらしい。

 

 誰も何も言えなかった。

 闇討ちされた人も大した怪我では無いこともあって、問題にされなかったのだ。

 それからだ。こんな法則が生まれた。

 

 花見の席は、大怪我をさせない限り、奪い取って良い。

 

 そう、これは争奪戦なのだ。

 

 ーーー

 

「まあ、俺たちなら楽勝だろ。

 レベル5二人に喧嘩売る奴なんて居るかよ」

 

 まあ、その通りだ。

 私もベートもオラリオでは有名だ。

 

 ……主に悪評が。

 

 だが、それで襲ってこなくなるのならそれは良いことだ。

 

「まずは、何処が残っているのか調べないとね」

 

 まだ朝も早い時間だ。

 ギルドから良い場所を手に入れられる可能性もある。

 そうすれば、奪い取る必要がなくなる。

 それは良いことだ。

 

 だが、それは理想論のようだ。

 既にギルドには行列が出来ていた。

 もう良い場所は無いだろう。

 

 よし、襲おう。

 

「ベート、誰を襲う?」

「あのキョロキョロしてる奴だな。

 良いもの持ってそうじゃねぇか」

「分かった。じゃあ私はあの子だね。

 隠れるように移動するなんて。

 襲って欲しいと言っているようなものだよね」

 

 周りから白い目で見られた。

 私たちが何をしたと言うんだ。

 

 ーーー

 

「ドーモ、犠牲者=サン。アカヒメです」

「アイエエエ! アカヒメ!? アカヒメナンデ!?」

 

「うぉおおおお!? この狼いきなり襲ってきたぞぉ!?」

「逃げんじゃねぇ!このウスノロ共!」

 

「ハイクを詠め」

「待って、お願いだから待って! そもそもハイクって何!? 何なの!?」

「ハイクとは辞世の句デアル。古事記にもそう書いてある」

 

「次はどいつだぁ! その辺りのやつらか?

 良いぜ、全員でかかってこいよ!」

「お前らもう目的忘れてるだろ!」

 

「腕の骨が折れた……!」

「人間には215本も骨があるのよ! 一本ぐらい何よ!」

「お前が折ったんだろ!?」

 

「おい! こいつら押さえるぞ!

 前衛盾隊(ウォール共)! っておいどこ行くんだ! 逃げるなぁ!」

「次は、お前か……! ちっ、どいつもこいつも逃げやがって……!」

 

「貴方たちぃいい! ギルドの前で何やってるのぉおおおお!」

 

 ーーー

 

「…………ちょっと、やり過ぎちゃったかな……?」

「けっ、別にいいだろ。このくらい。

 こいつら(弱いやつら)にはちょうどいい薬だ」

 

 花見なんかに現を抜かしてないでもっと鍛えやがれ、と愚痴った狼の後ろには。

 数十人の死体(ちゃんと生きてるよ!)と、数十枚の花見の場所の証文。

 

 まあいいか、全員軽傷だし。因みに骨が折れている人はポーションを飲ませておきました。

 ギルドには迷惑をかけたけど、必要なもの以外の証文は返却する。

 その証文を再度買い求める金額で迷惑料としよう。

 

 ☆ ☆

 

「はあ、どうしてこうなったんだ……」

 

 目の前でフィンが溜め息を着いた。

 

「ロキ・ファミリアに抗議文が幾つか来てるんだけど……?

 ねえ、二人とも。いったいナニヲシタノ?」

 

 ちょっと数十人ほど襲いました!

 うん、言えないな。

 

 結局私たちは、フィンに怒られた。

 

 ーーー

 

 首元に峰打ちが入る。

 一瞬で意識を持っていかれそうになって、押し止めるために足を地面に叩きつける。

 その足が払われて、首を落とされる。

 意識を持っていかれた。

 

 起きてみれば、正午頃だった。

 また、負けたのだ。ユウとの模擬戦に負けたのだ。

 

「ちっ」

 

 くそっ、あいつは強え。

 今日一緒に雑魚共を襲ったときでもそうだった。

 

 俺の方が敏捷は速いはずなのに、あいつの方が撃破数が多い。

 魔法も使ってないのに、だ。

 フィンいわく経験が足りないと言うが、実際はそうじゃねぇ。

 

 まだ抜けねぇんだ。

 相手より強いことが前提の戦い方が。

 力でゴリ押してるんじゃなくて、

 力で押さえつけている戦い方だ。

 

 こんなんじゃ駄目だ。

 俺は誰よりも強くなるんだ。

 悔しさが。この悔しさが。俺を誰よりも強くする。

 

 かつて負けたあの小さな背中に、追い付くために。

 そして、あいつを振り向かせるために。

 

 負けられないんだ。

 

 

 ☆ ☆

 

  ☆

 

 ☆ ☆

 

 

 私を忘れないでね。

 

 私も忘れないから。

 

 

  番外 サクラメイキュウ

 

 

 春麗らかな暖かい日だった。

 道を歩いていて、ふと目についた。

 視界の端で微かに桜の花を見付けた。

 

 目を向けると、そこは花屋だった。

 色とりどりの花と、土の匂いがしていた。

 老夫婦が穏やかに座って、笑い合っていた。

 

 私はふと思い付いて、桜の花を購入した。

 リヴィラの町には行きつけの花屋があるが、あそこは高い。

 今回はここで購入していこう。

 

 そして、見付けた。紫苑の花だ。

 紫苑の開花時期は秋で、春ではない。

 どうしてこんな時期に咲いていて、売られているのだろうか。

 

 気になって尋ねてみると、思いがけない言葉が帰ってきた。

 気温管理を徹底することで、紫苑の花をこの時期に咲かせたのだそうだ。

 理由は息子の命日に供えるためだという。

 成る程、確かにこの花にはそれだけの価値がある。

 

 紫苑と桜を購入して、受け取らない。

 少しの間取り置きをしてもらったのだ。

 私はその足で『豊穣の女主人』に向かう。

 昼時が過ぎて、人のいない店に入った。

 

「おや、ユウ。こんな時間に来るってことは、昼食を食べそこなったのかい?

 困ったね、これから予約があるんだが……」

「予約? まあ、それはいいや。今日は食べに来たんじゃないんだ。

 リューと迷宮に行こうと思って。誘いに来たんだ」

 

 別に今日じゃなくても良いのだ。

 リューと出かける予定を入れられれば良いのだ。

 

「それは困るね。ここ最近は特に急がしいんだ。

 リューを持っていかれるとねぇ……

 だけど、ふむ、そうだね。分かったよ。

 明後日にはリューに休みをあげることにしようじゃないか。……それで良いかい? リュー」

「ええ、私もそろそろ花を供えに行こうと思っていましたから。

 ユウと行けるなら、私としても助かります」

 

 良し、それじゃ花屋に受け取りに……

 

「けど、条件があるよ。なに、難しいことじゃない」

「……?」

「今、この店(ウチ)は労働力不足だからね。

 体で誠意を見せてもらおうじゃないか」

 

 えっ?

 ……ミアさん? 今、何と?

 

「だから、ユウには今日一日、接客でもしてもらおうかね」

 

 ☆ ☆

 

 女子会だ。

 また何かをしでかしたのか、フィンに怒られたティオネがやけくそで企画したのだ。

 私たちを巻き込んで。

 リヴェリアまで巻き込んだ女子の幹部全員に加えて、リヴェリアに巻き込まれたレフィーヤの五人で酒場に来ていた。

 

 『豊穣の女主人』に。

 ティオネが朝の内に予約をしてきたらしい。

 もう逃げ出して迷宮に行くことは出来なさそうなので、今日は飲もうと思う。

 思いっきり飲んでやろうと思う。

 

 酔い潰れても良いのだ。

 この店の方針なのか、ここには女性しか居ないからだ。

 女性しか居ないのなら、ある程度はみっともなくても良いのだ。

 私は店の扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ! 豊穣の女主人にようこそ!

 御予約のお客様です、…………か……?」

 

 満面の笑顔が、凍った。

 

「…………何してるの? ユウ?」

 

 ユウだった。エプロンドレスと短めのスカートをはいている、()()の同僚がいた。

 ……凄く似合っている。ちょっと羨ましい。

 

「……ユウ? 誰のことでしょう?

 誰かと勘違いなされているのでしょうか。

 この世界には同じ顔の人が三人はいると言いますからね。

 それでは、こちらの席にどうぞ。お客様」

「うん、分かったよ、ユウ」

「そうね、そこがいつもの私たちの席だもんね、ユウ」

「その格好似合ってるね! ユウ!」

「あ、あのっ、ユウさん。辛いことがあったら、聞きますからね!」

「はあ……。何をしているんだ、お前まで……」

 

 あ、店員さんから表情が消えた。

 

「……ご注文がお決まりなら、どうぞ」

「知り合いだからって、手を抜くんじゃないよ!」

 

 ゴツン、とユウの頭にミア母さんの拳骨が落ちた。

 

「うわぁ……あんなユウさん、始めてみました」

「そうだね。私もあんまり見たこと無いなー」

「そうか? 普段のあいつを良く観察してみると良い。以外と抜けているぞ」

 

 ああ、確かに。結構ドジだよね。

 

 ーーー

 

 料理が運ばれてきた。

 ユウとエルフの人が運んできた。

 大きなピザや串物、パスタ、サラダ等が並んでいる。

 飲み物はユウが運んできて、一旦魔法で冷やしてから配ってくれた。

 

 やっぱりユウなんじゃないか。

 

 そして、宴会が始まった。

 始めは愚痴だ。レフィーヤが早々に酔ったのか、本人が居るというのにユウとリヴェリアの愚痴を言い始めた。

 釣られるようにティオナが話し始め、ティオネへと感染した。

 

 リヴェリアはユウに注文をしながら愚痴をこぼしていた。主にレフィーヤの。

 私はどうしたものかな。別に愚痴は無い。

 強いてあげるなら、ベートが何故か良く絡んで来るぐらいだ。あまり人付き合いが得意じゃないから、親切心なのかな?

 

 ちょっと寂しい。

 皆は楽しく話してるのに、私だけ一人だ。

 

 ユウに配られたお酒を見る。黄金色の液体。

 えい。一気に飲んじゃえ。

 

 ーーー

 

 凄く、怖かったです。

 アイズさんが、大量に飲み始めたんです。

 ユウさんにお酒を何回もおかわりして、それを一気に飲み干した彼女は、バタンと倒れて、起き上がった。

 

 そして酒場の店員の姿をしているユウさんに、模擬戦を申し込んだ。

 ティオネさんも、ティオナさんも、リヴェリア様も、当然私も反応が遅れた。

 

 そして、それが致命傷だった。

 剣を抜いたアイズさんはユウに襲い掛かった。

 だけど流石はユウさんで、攻撃を紙一重で避わした。

 

 そして、エプロンが切れた。

 二回、三回、四回と剣が振るわれ、ユウさんも同様に避ける。

 

 どんどんとアンダーウェアが露になっていった。

 といっても、その事に気付いたユウさんは自身を見えなくしてしまったので、私は確認できませんでした! 残念です!

 

 結局、アイズさんはリヴェリア様やティオネさん、ティオナさんに取り押さえられ、私たちはお店に弁償金を支払いました。

 

 それにしても、あの時のアイズさん、格好良かったなぁ……。

 凛々しくて、毅然としていて。

 私も、あんな風になりたい。あんな風に戦ってみたいなぁ……。

 

 ☆ ☆

 

「災難でしたね、ユウ」

 

 リューが言った。だけど、口許が笑っている。

 

「ねぇ、リュー。リューは当然、予約の客がアイズ達だということも、私が彼女たちと知り合いだということも知ってたはずだよね……?」

 

 どうして目をそらすのかな。ねぇ。

 

「ああ、ミノタウロスですね。

 私が前衛を担当します、サポートをお願いします」

 

 逃げたな。

 まあいいや。モンスターを見る。

 五体居るね。リューの邪魔をしないように左右の端に居る子を凍らせる。

 その間にリューは三体の首を狩っていた。

 

 ーーー

 

 そうして進んで、17階層に着いた。

 階層主(ゴライアス)の前に居る。

 

「私がやるよ。いいよね、リュー?」

「ええ。私は本来、冒険してはいけませんから」

 

 リューは冒険者の資格を剥奪されている。

 魔石の交換なども資格的には出来ないのだ。

 抜け道なんて幾らでもあるが。

 

 刀を取り出す。五億ヴァリスの刀だ。

 取り外し式の魔宝石を組み込んでいる。

 魔宝石の影響で刀自体が薄く紫色に染まる。

 静寂に声が響いて、私の付与魔法(エンチャント)で刀が濡れる。

 

 ゴライアスが吼えた。

 彼が拳を振りかぶって、降ろす。

 拳の一歩手前で軽くジャンプ。地面から伝わる衝撃を無くして、

 彼が拳を引き込めるタイミングで手首を刺す。

 

 私は相手に自身の懐に連れていって貰い、途中で手首を切断。

 切られた断面が凍って、内側を侵食していく。

 もう、止まらない。

 

 この魔法は人間相手には使えない。

 毒のような魔法だからだ。

 刀に滴る水の正体は、氷点下以下の()だ。

 そして、この水は周りの水分と異常反応を起こすように調整した。

 この状態の水は、衝撃を与えると一気に凍る。

 

 つまり、切られた箇所から凍っていくのだ。止めたければ患部を切断するか、焼くかだ。

 どちらにせよ、切られた箇所は捨てざるを得ない。

 そんな、毒の魔法だ。

 

 腕を切られて吼えたゴライアスの四肢を全て切りつけて凍らせる。

 昔のような達磨状態だが、気分は高揚しない。

 リューが居るからね。

 

 なので、首を落とす。

 あっさり落ちる。一切、詰まらない。

 流石は五億ヴァリス。凄い切れ味である。

 その上、血を弾いている。

 幾ら血を着かないように切っても、ある程度はどうしようも無いものだというのに。

 流石である。高かったけど、これは良い買い物だったのだ。

 

 ーーー

 

 リヴィラの町で休息を取った。

 宿には泊まらない。リューが泊まれないからだ。

 

 森に分け入っていく。

 複雑な経路を通った森の奥には、墓がある。

 刺さった剣が墓石である、空洞の墓。

 

 私の親友の居場所だ。

 刺さっていた剣を抜いて、手入れをする。

 刃先が溢れていたりするが、それは直さない。

 彼女の生きた証でもあるからだ。

 錆を防止して、弱くなっている部分を補修する。

 そして、また刺す。

 周りの雑草等を抜いて、掃除する。

 リューも手伝ってくれた。

 

 花を供える。

 リューは白色の花と、ここに来るまでにその花に合いそうな花を手折って、供えた。

 そういった供え方でも良い。

 私のように一々凝らなければいけない決まりはないし、私も普段は凝っていない。

 

 私の用意した花は、桜と紫苑だ。

 薄桃色の春の花と、薄紫色の秋の花。

 普通なら同時に供えるようなことには出来ない組み合わせである。

 だけど、この組み合わせには意味があるのだ。

 

「ねぇ、アリーゼ。知っているかい。

 極東にはね、桜と言う花があるんだ。

 色々な種類があって、昔は気にもしなかったけれど、今から思うとやっぱり美しかったんだろうね。

 そして、もう一輪は紫苑だ。

 これは秋の花でね、花屋の老夫婦がこの時期に咲かせたらしい」

 

 そして、

 

「私は君を忘れないよ、アリーゼ。

 毎月一回はここに来る。これから色々あって来れないことが有るかもしれないけど絶対に忘れない。

 好きだよ、アリーゼ。

 恋愛のことじゃない。

 私の愛は彼らのモノだけど、私の友情はアリーゼが居なければ有り得なかったんだ。

 私の喪失を埋めくれたのは彼らだけど、私の虚しさを埋めてくれたのは君なんだ。

 もう一度言うよ、私は君が好きだ。アリーゼ。

 だから、桜を供えるんだ。

 恋愛のことじゃない。

 だから、勿忘草じゃなくて、桜なんだ。

 これはただの我儘だと思うけど、偽らない私の気持ちなんだ。

 私を忘れないで、アリーゼ」

 

 お願いだ。そういって、目を瞑った。

 

 ーーー

 

 刀を取り出した。五億ヴァリスの刀である。

 昔、ヒューマンの剣士に業物を使えと言われたな、と思い出す。

 集団戦闘でのみだけど、業物を使っているよ。

 

「刀を、買ったんだ。高かったんだよ。

 結構前のことだけど、ちゃんと報告はしてなかったよね。

 そして実はこの刀、銘が無いんだ。

 受け取るときにゴタゴタがあってね、付け損なってたんだ。

 でも、決めたよ。先ほどのことを、私が一生覚えていられるように。

 『サクラシオン』と、そう名付ける」

 

 そうだ。この際だから、言っておこう。

 

「リュー、お願いがあるんだ」

「……何ですか?」

「もし、私が死んだら。私をここに埋めて欲しい。そして、私の刀を、『サクラシオン』を、私の墓標に……」

 

 して欲しい、と言おうとして。

 

「ふざけるな! 私たちは友達だろう!

 私はそうだと思っている! なら、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に生きていくんだ!

 生きていくんだ! だから、だから……。

 死ぬなどと、口にしないで欲しい。

 お願いだ、ユウ。私はお前まで失いたくないんだ」

「…………ゴメン、リュー」

「いや、私の方こそすまない。熱くなりすぎた」

 

 リューの言う通りだった。

 ()は、これから先も生きていくんだ。

 

 失敗も、後悔も、きっと沢山ある。

 どうしようもないことも、きっとあるんだ。

 でも、生きる事は、やめちゃいけない。

 どんなに惨めでも、希望なんてなくても。

 ()()()は、ここに居るから。

 

 迷宮に桜が散った。

 誰かを歓迎しているように、散っていた。

 

 ヒラヒラと、ひらひらと、舞い散っていく。

 




 短編集!
 どうだったでしょうか。楽しめたなら嬉しいです。
 よし、それでは簡単に説明を。

 ・花見サバイバルについて!

「きゃー。この人痴漢でーす!」
「てめぇ、ユウ! 何てこと言いやがるんだ!」

 このシーンをどうしても入れたかったのに!
 ちくしょう。ちくしょう……。

 後、ベート君の考えを勝手に改造しています。
 出来るだけ原作には沿うようにしていますが。

 そして、じつはこの話は続きます。
 肝心の花見が書けていないからね。
 これ書いちゃうと、字数が……。
 なので、次は番外か本編かは不明!

 予定が未定なのです。スマヌ、スマヌ……。


 ・サクラメイキュウについて!

 これには前知識が要ります。花言葉ですね。

 紫苑の花言葉は『貴方を忘れない』

 桜の花言葉は沢山あります。なので、詳しくは書きませんが、一つだけ。

 『私を忘れないで』です。
 正しくはフランスにおける桜の花言葉らしいです。
 日本でも使うものだと思っていました。

 これら話は同日のことで、ベートとの模擬戦の後にユウは桜と紫苑を見つけることになります。

 エンチャントにも話したいことが……!
 え? もういい? そうですか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13羽 眷族の物語

 

 この世のものとは思えなかった。

 

 私は願ったんだ。

 苦しくて、悲しいだけのこの世界から、

 私を助けてください。

 幸せを。愛を。私に下さいと。

 そう願ったんだ。

 

 月すら見えないこの世界で。

 道しるべの無いこの世界で。

 ただ、星だけが光っていた。

 

 綺麗で、綺麗で。

 この世のものとは思えなくて。

 だから、

 私は星になりたかったんだ。

 綺麗だねって。誰かに笑ってもらえるような。

 

 私とは正反対の、星に。

 一番眩しい綺麗な星に。

 

 私は、憧れたんだ。

 

 

  第13羽 眷族の物語(ファミリア・ミィス)

 

 

 幹部会だ。

 それはファミリアの最高機関である。

 大きめの部屋は薄暗く、壁には道化師のエンブレムが嗤っている。

 上座に座っている少年が周りを見渡した。

 

「さて、前回の遠征で分かったと思うが、ユウがレベル6に上がったことは戦略に幅が出たと言うことだ。

 しかし、基本的に編成は変えない。リヴェリアとユウは後衛に配置。大魔法による殲滅を主とする」

 

 リヴェリアの負担を減らせることはそれだけで計り知れない利益になる。

 そう、落ち着いた少年の声が響いた。

 

「えー? でもでも、ユウの平行詠唱って、何かもうオカシイレベルだよ?

 前衛で戦いながらでも詠唱出来るじゃん!」

 

 元気な声が反論した。

 答えるように声が響いて、

 

「確かにそうだよ。だけど、平行詠唱をしている以上、部隊を率いるには向かない。

 前線が不足している訳でもない。むしろ、絶対数の少ない後衛魔導士の方が足りていない」

 

 異論は出なかった。

 その後も議論は続いていく。

 

「レフィーヤを側面からの支援魔導士として運用してみてはどうだ? ユウ、どう考える?」

「……実践経験が少ない。けど、余裕がある今の内から経験を積ませた方がいい。

 火力については申し分ない。私と同じくらいの威力はあるよ」

 

 そんな議論もあり。

 

「次は私を中央に行かせて欲しい」

「次は俺を中央に就かせるべきだ」

 

 と、二人が争い。

 

「落ち着くんだ。アイズ、ベート。ユウのレベルが上がって焦るのは分かるが、感情では部隊は動かない。

 そもそも、中央はガレスが務める。これは決定事項だ。

 二人は遊撃だ。敏捷が高い君たちだからこそ出来る役職だ。いいね」

 

 少年が嗜めた。

 大まかなことが全て決まって、締めるように少年が相槌をうった。

 

「よし、これで幹部会をを終了する。

 次の到達目的は59階層だ。厳しい戦いになるだろう。各人、しっかり準備をしておくように」

 

 よし、じゃあ堅苦しいのはこれで終わり。

 その一言と共に一気に空気が弛緩した。

 

 ☆ ☆

 

 ふう、と溜め息を着いた。

 私がレベル6に上がってから、少しの時が経っていた。

 

 意識不明で倒れて帰ってきた私は、三日三晩眠ったらしい。精神疲労(マインドダウン)である。

 起きてからも幾つか騒動が起きて、不安定だった私の心は何とか落ち着きを取り戻した。

 一段落してからステイタスを更新すると、レベル6に上がったことが判明した。

 

 ロキ様に報告をすると、怒られた。何時間も説教された。

 一人で勝手に居なくなって(フィンは着いてきていたらしい)、階層主(ウダイオス)を単独撃破して死にかけたのだ。

 私は何も言えなかった。

 

「ユウ、模擬戦をしよう。……今、大丈夫?」

 

 声が聞こえて、了承した。

 会議用の広間から出て、模擬戦用の施設に移動する。

 

 桜紫苑を振るう。今は魔宝石を付けてはいない。

 桜紫苑とは、私の刀だ。ヘファイストス・ファミリアから購入したもので、何と単価五億ヴァリスもする。

 

 そんな刀は宙を切った。避けられた。

 振り抜いたまま、足先を内側へ。体をくの字になるように曲げて回転。

 アイズの愛剣であるデスペレートが私が居た場所を薙いで、返す刀で私を切ろうとして。

 

 遅い。

 回転した勢いで姿勢を低くして、片足を支点に更にもう一回転。

 アイズの剣を跳ね上げる。体勢を崩した彼女に肉薄。刀を引き戻して柄で殴る。デスペレートの柄で止められた。

 彼女も同じことを考えていたらしい。

 

 そのままの膠着状態が続いていると、気付く。

 あ、時間だ。レフィーヤとの講義である。

 その一瞬の隙を突かれて、桜紫苑が跳ねられた。

 私の負けである。

 

 ーーー

 

「ありがとうございました!」

 

 そういったのはレフィーヤではない。

 レベル2の男性の魔導士だ。

 たまにだが、レフィーヤとの講義に他の人が来ることもある。

 実技には決して来ないが。

 

「ユウ。少しいいか?」

 

 講義の片付けをしていると、リヴェリアが現れて私に言った。

 執務室に通されて、用件を聞く。

 

「確か君はヘファイストス・ファミリアと交流があったよね。

 武器の受け取りが今日なんだ。申し訳ないけど、行って貰えるかな」

 

 構わない。と返して、詳細を教えてもらう。

 あまり時間に余裕は無い。このまま向かおう。

 

 ヘファイストス・ファミリアはバベルにいる。

 ここは彼らの工房でもあるのだ。

 先ずは取り次ぐ必要がある。私は神様(ヘスティア)ではないので、ヘファイストスと直接のパイプは無い。

 

 とはいえ、桜紫苑の件もあって、団長の椿とは知り合いなのだ。

 呼び出して貰う、いや、工房に居るだろうから会いに行った方がいいのか。

 職員にそう伝えると確認に行った後に案内された。

 

「おお、ユウか! 久しぶりだな! 少し抱き締めさせて、はいいか。お主の体温は低すぎる。

 それよりユウよ、手前が打った刀が何本かある。リベンジじゃ。あの魔法を頼めんかの?」

「溶かしても弁償はしないよ? それでもいいならいいけど。

 それより先に、ロキ・ファミリア(ウチ)の注文を確認しても」

「構わん、溶かせ。その方が手前のやる気も出る。

 注文ならもう出来ておる。そうじゃ、ベートに伝えておけ。もっと丁寧に使えとな」

 

 武器を確認する。数、質共に十分かな。流石だ。仕事が早い。

 それじゃ、椿の頼み事を聞くか。

 

 ヘファイストス・ファミリアには恩がある。

 桜紫苑のことだ。実はこの刀、完成まで一年以上掛かった。

 始めの出来では不十分だったのだ。

 問題は私の付与魔法(エンチャント)だ。

 

「ああ、溶けた! 手前特性の不壊属性(デュランダル)だと言うのに!

 やっぱり、まだまだ主神様には敵わんか……!」

 

 そう、このエンチャントは不壊属性でも容赦がなかった。

 壊すのではない。溶かすのだ。いや、正しくは融和する。

 不壊属性が水に侵食されるのだ。

 外から見れば溶けているように見える。

 

 つまり、桜紫苑第一号は溶けた。

 流石と言うか、半分ほどだったが。

 だが、気に食わなかったのはヘファイストスと椿だ。

 こんな不良品は渡せない、といって。再精錬に入った。

 だが、椿ではどうしても私のエンチャントに耐えうる物を作れなかった。

 桜紫苑はヘファイストスが9割以上を作ったのだ。お陰でエンチャントでも一切溶けない。

 普通の刀だと一振りもすれば溶けると言うのに。

 

「三十回も振れたのなら充分に成長は……」

「充分だと! 何を言っておる! この程度の品質では何も充実しておらん! 現に溶けておるではないか!

 いいか、ユウ! 金は要らん。これはあの依頼の続きなのだ。だから、満足のいく刀を作れれば手前の刀を受け取れ! いいな!」

 

 こうだ。椿のなかでは五億ヴァリスの依頼は終わっていないらしい。

 会うたびに自分が打った刀の強度を試して欲しいと頼まれる。

 別に嫌ではなく、むしろ私の刀を作ってくれるのなら嬉しいことだが。

 

 ☆ ☆

 

 ロキ・ファミリアへの帰り道。

 椿は次の桜紫苑の整備時にもう一度試すと言って、工房に入っていった。

 注文を一旦『武器庫』に収納して歩いていると、神様に出会った。

 

 バイトをしていた。

 ジャガ丸君を売っていた。

 神様が私にジャガ丸君を買うように啓示をしたので、買う。

 アイズが勧めていた小豆クリーム味だ。

 食べる。うん、辛いのか甘いのか分からない。美味しい……のか……? いや、不味くはないけどさ……

 そうしていると、神様が切り出した。

 

「ユウ君! 僕のファミリアに新人が入ったんだ!

 だから、ギルドにも色々と報告とかがあってね。今日は廃教会(こっち)に帰ってきてくれないかな」

 

 あー、無理だ。武器等の分配などの仕事がある。

 特に魔導士たちの装備事情は私とリヴェリアでやっているのだ。抜けられない。

 

「すみません、神様。今日は無理そうです。明日に私の方からギルドにいきますね」

「うん、分かったよ。これからはユウ君はヘスティア・ファミリア団長なんだからね!」

 

 その後、神様からベル君(新人君の名前)の惚け話を聞いていると夕焼けが出てきた。

 遅くなるわけにはいかない。

 神様に断りを入れて、黄昏の館に向かった。

 

 そして次の日。よく晴れた空の日だった。

 レフィーヤに早朝から杖術の稽古をつけて、その後に襲撃してきたベートを叩き伏せた。

 朝食の前にジャガイモを皮も芽も取らずに調理を始めたティオネを止めて、最低限の助言だけはする。

 前に口を出しすぎたら、私がフィンに気があると勘違いされたのだ。何をどう勘違いしたんだ。

 朝食を食べて、書庫に籠る。調べたい事柄を解析して、もう一度食堂へ。

 頭を使ったので甘いものを摘まんで、外に出る。

 さあ、ギルドに行こう。

 

 ーーー

 

「今日はどうされましたか……?」

 

 少し怯えた顔で笑っているのは受付嬢だ。

 名前はミィシャ・フロット。私の担当である。

 といっても、私に担当などあってないようなものなのだが。

 

 まあそれはいい。

 ヘスティア・ファミリアに団員が入ったこと、私が団長になることを告げる。

 このことはロキ様にも話して、了承をもらっている。

 

「えっと……え? ユウさんはロキ・ファミリアですよね?」

「うん」

「……え? なんでヘスティア・ファミリア? どういうことでしょう?」

 

 本気で首をかしげる彼女。

 ああ、事情を聞いてないのかな。

 私は本来ヘスティア・ファミリアに所属しており、ロキ・ファミリアに永久的に客分として参加しているのである。

 そう説明すると、納得してくれた。

 

 書類などの審査をしている間に椅子に座る。

 ファミレスとかにありそうな椅子だ。

 

「えっと、『赤姫』さんですよね。

 さっき、ヘスティア・ファミリアがどうとか聞こえたので。

 その、少し時間をいただいても宜しいですか」

 

 顔をあげる。ハーフエルフだ。

 

「私は、ベル・クラネルのアドバイザーを担当しています、エイナ・チュールです。

 ベル君が話していたんです。凄い先輩がいるらしいんだけど、会ったことがないって」

 

 だろうね。私も彼には会ったことがない。

 容姿は知っている。白い髪に赤い目、兎ような雰囲気を持つ少年だ。

 いつか夢で見た。だから、どういう子かも少しは知っている。合っているかは分からないが。

 

「それにしても、その先輩が『赤姫』さんだとは。

 確かに凄いわね。オラリオでも指折りの実力者ですから」

 

 最後の言葉は小さかった。

 そして、私に向き合って続けた。

 

「その、ベル君は確かに未熟です。しかし、毎日迷宮に向かって頑張っています。

 だから、少しでいいので、後輩のために指導をなさって……」

 

 言い淀んだ。彼女が言っていることはファミリアの事情に干渉することだ。

 それを分かっているから言い淀むのだろう。

 

「別に構わない。私からしても、ベル君に死なれると困る。最低限の基礎は教えた方が生存率は跳ね上がるから」

 

 そう、ですか。といって溜め息を着いた目の前の人を見る。

 ちゃんとアドバイザーたちを頼っているんだな、ベル君は。

 私とは大違いだ。なら、ある程度の生存率はあるだろうと結論付ける。

 

 そうしていると、ミィシャ(ユウ知ってる。こいつに敬称は要らない)が書類を持ってきてくれた。

 ふむ、ヘスティア・ファミリアのランクはEか。

 まあそうだろうね。私はロキ・ファミリアとして活動しているからね。しょうがないね。

 

 こうして、私は団長になった。

 

 ☆ ☆

 

 時計を確認する。

 ギルドで時間が掛かりすぎたのか、ロキ・ファミリアの昼食の時間を過ぎていた。

 困った。私の分は無いだろう。

 ロキ・ファミリアはホームに居る全員で食事を取るのだ。

 居ない人は外食だと判断される。

 

 よし、『豊穣の女主人』に行こう。

 昔にこの店で一日ウエイトレスをしてからと言うものの、たまにミアさんに働かされている。

 時には厨房に入り、ある時はウエイトレス。またある時は食材等を仕入れる経営者の一面も。

 その正体は、謎の天才美少女ユウ!

 なんてことが店の客から噂されていた。

 

 死にたくなった。

 

 ーーー

 

 恨みを込めて扉を開ける。

 いらっしゃいませっ! と元気な声が出迎えた。

 シルだった。彼女に案内されて席につくと、リューが注文を取りに来た。

 シルは私が苦手らしい。理由は何となく察しがついているが、明確にはしない。

 私にとってシルは友達だからだ。

 

 友達と言えば、リューである。

 私がソロで迷宮に潜っていた頃(今でも基本的にはソロである。)にアストレア・ファミリアと仲良くなった。

 特に団長のアリーゼとは仲が良かったが、そのファミリアは壊滅した。

 リューだけが生き残り、私たちは彼女たちの墓を18階層に作った。

 その後にも色々あって、リューは冒険者の資格を剥奪されたが、ここで働いている。

 当然、私とリューは友達である。

 

「ユウ、注文はどうしますか?」

「いつものメニュー。あ、お酒は付けないでね。料理だけお願い」

 

 分かりました。といって注文が伝えられる。

 厨房で猫人が料理を作り始めた。

 

 料理を食べ終わった私は、絡んできたアーニャさん達をいなして店を出る。

 向かう先は廃教会だ。報告が終わったことを報告しなければならない。

 すると、廃教会の近くで神に出会った。

 

 ミアハ様だ。ミアハ・ファミリアの主神である。

 このファミリア、昔は中堅だったが、今は落ちぶれている。

 そして、ヘスティア・ファミリアとは縁があるのだ。

 当然、私とも知り合いである。

 

「おお、ユウではないか。帰っていたのか。

 新しい眷族が出来たといっても、ヘスティアはお前に会えずに寂しがっていたぞ。もう少し帰ってやると良い」

 

 そう告げた後、何かを考えて。

 

「ユウ、今時間があるか。実は24階層で取れる葉が足りなくてな。

 頼む、報酬は出す。取ってきてはくれないか」

 

 急ぎなのだ。と告げたミアハ様を見て、私は了承する。

 どうせ今廃教会に行ってもヘスティアはバイトで居ないだろう。

 

 ☆ ☆

 

 一つ目のお化け。

 その目で私を見てくれるんだ。嬉しいな。

 腕を刺身のように卸して、足の上にのし掛かる。

 腰を薙刀で縫い止めて、目を見る。

 たった一つの目を覗き込む。

 

 その目には私しか見ていない。映っていない。

 気分が高揚して、目を舐めた。

 閉じようとする瞼を短剣で切り取って、顎をクイッと持ち上げる。

 下顎から目まで刀が突き抜けた。

 赤く染まっていく眼球が愛しいから。

 その眼球を押し潰す。

 

 目から飛び出た血が私を染めて、真っ白い着物を染めていく。

 ああ、暖かい。満たされていく。

 今、私は彼と愛し合ったのだ。

 愛し合ったのだ!

 

 ああ、気分が良い。

 このまま進もう。確か、目的地は24階層だったよね。

 どれだけ愛し合えるかな。楽しみだな。

 

 ーーー

 

 帰ってきた。ここはオラリオだ。

 赤く染まった着物を揺らして、私は時計を見る。

 もう夕方だ。早い内にミアハ・ファミリアに届けてやろう。

 

 愛し合った余韻で薄く笑って、赤くなったまま歩く。

 臭いは問題ない。血の臭いを消す専用の香水を常備している。

 

 ミアハさんにいつものように引かれながらも葉を届け、ポーションを貰って歩く。

 今度は屋台の密集する場所だ。

 ある程度歩くと、神様を見つけた。

 

 神様に報告をして、ロキ・ファミリアに帰る。

 着替えるためだ。私は白い着物が良いのだ。

 シャワーを浴びて、着替えて気付く。

 

 そろそろ着物の在庫がない。

 なので、明日には服屋に行こう。生地を買うのだ。

 

 赤く染まった着物は白色には戻せない。洗濯しても色が落ちないのだ。

 なので私には大量の替えの服が必要になる。

 そして費用削減のために自分で織っているのだ。

 

 ☆ ☆

 

 変な噂を聞いた。

 モンスターの拷問後が見付かったらしい。

 その行為は違反行為ではない。

 だけど、普通はそんなことはしない。

 非効率だからだ。

 そして、倫理的にも良くない。

 

 そんな人も居るんだ、と考えながらオラリオに戻る。

 今日も少しだけだけど魔石を採取できた。

 

 ギルドで換金する。

 高く売る為にはギルドじゃなくて、色んなファミリアに持ち込むらしいけど、僕はまだそんなレベルじゃない。

 小さな魔石なんて買い取ってくれるのはギルド位なのだ。

 

 少しだけ膨れたヴァリスの袋を持ってオラリオを歩く。

 そうだ。

 僕のファミリアは構成員が二人居るらしいんだ。

 そして、僕はもう一人のことを全然知らない。

 

 神様が言うには、凄い人物らしいんだ。

 ユウ君と呼ばれているまだ見ぬ僕の先輩。

 どんな人なのだろうか。

 屈強で男らしい人かな。

 颯爽とした剣士だろうか。

 もしかしたら女の人だろうか。

 

 昔から迷宮に潜っているベテランらしいので、僕は戦い方の基礎を教わると思っていたのだけれど。

 忙しいらしくて、まだ会えていないのだ。

 

 もう夜に近い。

 今日は遅くから迷宮に入ったから、遅くなったのだ。

 ただいま。というと、お帰り。遅かったね。と帰ってくる。

 ユウさんは基本的にはここに帰ってこないらしく、僕と神様の二人暮らしのようになっている。

 

 ステイタスの更新をして、殆ど変わらない数値にがっかりして。

 神様が作ってくれた料理を食べる。

 

 また、明日だ。

 明日も迷宮に潜ろう。出会いを求めて。

 

 そんな僕の真上には、ずっとずっと上には。

 綺麗な星が瞬いているんだ。

 




 2部スタートです。
 番外はこの前に投稿されます。
 いつになるのかは不明ですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14羽 イレギュラー

 

 少年がいった。

 夢がないんだ。

 

 少女がいった。

 自分がないの。

 

 青年が話した。

 希望が消えた。

 

 淑女が話した。

 愛情はお金よ。

 

 でもね、本当は嘘。

 私はね、ちゃんと持っているの。

 

 欲しいもの、欲しかったもの。

 沢山、たくさん、あった、はずなんだ。

 

 

  第14羽 イレギュラー

 

 

「新人が入ったんだよ。リュー。

 なのにね、何故か会えないんだ」

 

 廃教会に行ってもベル君に会えないのだ。

 何回行っても留守なのである。

 避けられてるの? 会ったこともないのに?

 そう目の前のリューに愚痴って。

 空になったジョッキを机に叩きつけた。

 

 遠征まで三日ある。それはつまり。

 二日酔いになってもいいということだ。

 

「ねぇ、基礎だけでも教えようかなって。

 そう思ったのにね、何でかな。リュー」

「ユウ、ちょっと飲みすぎですよ。

 相変わらずこういうことには弱いですね」

 

 特に対人関係には。

 

「こういうこと?」

「いえ。それはユウの良い所でもあります。

 危機管理は正確なので、問題もないですしね」

 

 金色の髪が揺らいで、杯が傾いた。

 今日は二人だけだ。豊穣の女主人でもない。

 適当な酒場でストレスの発散をしていると。

 

「あれ? ユウさん、ですか……?」

「ん? ミィシャ? 今頃夕食なの?」

 

 もう22時である。随分遅いな。

 

「いえ、ちょっとミスしちゃいまして……。

 エイナも手伝ってくれなくて。あははは……」

「それは、災難だったね。

 どう? 一緒に飲む? リューもいい?」

「ええ、いいですよ。しかし、驚きました。

 ユウが他人を呼び捨てで呼ぶのは珍しいですね」

 

 いや、これは敬称をつける価値を見出だせないだけだ。主に私怨が理由で。

 

「リュー、それは勘違いだ。

 この子にはとんでもないことをされたんだ」

 

 聞いてくれるかな、リュー。

 

「ギルドの、それも公式の書類を!

 更には性別の欄を。勝手に書き換えたんだよ!

 しかも、訂正するのを忘れていたらしいんだ。

 お陰で、私は三年近く性別の虚偽報告をしていたことになったんだよ! どうしてさ!」

「あ、あれはその、えっと……」

 

 リューが笑い出した。

 こんなに笑ったリューを見るのは久しぶりだな。

 

 その腹いせとして、無理矢理椅子に座らせる。

 判決。私の愚痴を聞き続けるの刑。

 

 その見返りに今日は奢ってあげよう。

 適当に料理を注文する。もう逃がさない。

 

 始めは目を白黒させていたミィシャだったが、

 次第に状況を理解したのか、おっかなびっくり食べていた。始めの内は。

 そして、酔いが回ると立場は逆転した。

 

 日付が変わる頃には三人ともぐったりしていた。

 その上、ミィシャが酔い潰れて、寝た。

 

「……リュー。お願い出来る?」

「無理です。豊穣の女主人には運べません。

 そもそも、ユウの知り合いです。

 貴方が介抱するのが筋ですよ。ユウ」

 

 あの、リュー? 私の性別、覚えてる?

 そんな私の声は虚しく響いた。

 

 ミィシャを連れて黄昏の館には帰れない。

 廃教会に帰ってもとんでもないことになる。

 その上、こんな時間に開いている宿といえば……

 

 はぁ、と溜め息を着いた。

 どうしてこうなるんだろうね。

 そう思いながら、娼婦区画に向かうのだった。

 

 ーーー

 

 目が覚めた。知らない天井だ。

 そして、私の服は何故かはだけていた。

 

 辺りを見渡して寝惚け頭で考える。ここは……?

 えっと、話でしか聞いたことはないけど。

 ここ、その。そういう所、だよね。

 …………何で、こんな所に、居るの?

 

 昨日! 昨日は何があったの!

 確か、大事な書類を無くして、怒られた。

 復旧作業に掛かって、残業がたくさん増えた。

 しかも、エイナは手伝ってくれなかった。

 その後、ヘロヘロになって食事に行くと。

 

 ユウさんに会ったんだ。

 『赤姫』ユウ。私の担当冒険者だ。

 といっても、レベル6なこともあって、

 サポーターのような仕事をした記憶はない。

 

 それでも、(主に私のミスで)関わりの多い人だ。

 そして、酒場でユウさんとその知り合いのエルフさんが二人で飲んでいた。

 

 私はそこに加えられて、三人で飲んだ。

 私は残業のせいか大量に飲んで……それから……

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 き、記憶が、な、い……?

 そして、ここは、その、そういう、所で。

 

 …………え?

 …………嘘でしょ?

 

 その、ユウさんなら、まだ、その、まあ。何というか、その、ねぇ。でも、えっと。

 

「起きたんだね。もう9時だよ。

 お互いに遅刻だね。どうしようかな」

 

 そんな時に、扉が開いてユウさんが入ってきた。

 

 私を見て、何かを差し出してきた。

 はい、これ。二日酔いの薬。

 と、薬を手渡された。

 

 これ、本当は、その、アフター、とか?

 

「……? どうしたの? ミィシャ?」

「そ、その。わ、私……」

「えっ、ちょっと、何で泣いてるの?」

 

 だって、こんなのって……。酷い。

 

 ☆ ☆

 

 酷い勘違いを受けた。

 

 あの後ミィシャにとんでもない悪態を吐かれた。

 そして気付く。何て勘違いをしてるんだ。

 状況証拠はあるけども! 私はやってない!

 

 そう伝えると、更に泣かれた。

 どうすれば良いんだ。私も泣きたくなった。

 

 ベッドをミィシャに渡したせいで、

 私は寝てすらいないというのに。

 その上、ベッドから転がり落ちた彼女を戻したりしていたのだ。

 

 ミィシャを宥めて、説得した頃には、もう正午だった。

 ロキ・ファミリアの仕事、どうしよう……。

 

 取り敢えずは、私よりもミィシャだ。

 私たちの飲み会に付き合わせた結果でもある。

 ギルドには私も着いていくか……。

 

 その後、私がベル君との事で早朝からミィシャと話をしていた、ということで通した。

 この話は間違ってはいない。

 早朝(AM0時)に愚痴を聞いて。

 それから何だかんだあって、この時間になってしまった。

 うん、間違ってはいない。

 

 その事もあって、ミィシャはあまり怒られなかった。それは良いことだ。

 だが、私はそうはいかなかった。

 

 怒られた。リヴェリアから。

 襲われた。アイズから。

 

 まずは前者だ。

 魔法の連係の練習をサボったのだ。

 まあ、私の役割はリヴェリアと後方殲滅だ。

 よって、連係はリヴェリアと取ることが多い。

 全体に大きな被害がでなかったので、まだいい。

 

 後者が問題だった。

 レベル6に上がった私はアイズと模擬戦を頻繁に行っていた。私から頼むこともある。

 反応の確認なども含んでいるからだ。

 

 なのに、サボった。

 アイズさん、待ちぼうけである。

 レフィーヤも、待ちぼうけである。

 

 ……。うん、昼食代が三人前になった。

 昨日も奢ったのに……。

 

 ☆ ☆

 

 三日が過ぎた。

 あれから三回は廃教会に行ったのだが、

 その三回とも誰もいなかった。

 

 空き巣に入り放題である。

 お金なんて置いてないけど。

 

 結局、私はベル君には一回も会えなかった。

 

 そして、私はファミリアに迷惑をかけた罰として

 ギルドに遠征の手続きに行ったのだ。

 そこでミィシャに会ったりしたのだ。

 

 そして、遠征が始まる。

 

 ーーー

 

「左翼、もう少し下がって!

 そこだと遊撃が遅れるんだ!」

 

 フィンの声に同調するように声が響く。

 遊撃部隊の指揮を担当しているティオネだ。

 

「ティオナ、左翼支援、行ける?」

「当然! 取り敢えずぶった切れば良いんでしょ?」

「……アイズ! 左翼お願い!」

「何でさー! 納得いかなーい!」

 

 その指示に頬を膨らませるティオナと、

 嬉々として飛び込むアイズ。

 結果的にはどっちも変わらなかっただろうな。

 

 案の定敵の一部を殲滅してしまい、

 他の場所にモンスターが集まる。

 

 そこにベートが突っ込み、更に乱れる。

 それをガレスが上手く捌いて、通常状態に戻す。

 

 だが、すぐには体勢は整わないし、戻らない。

 崩れた左翼から2、3匹が突破した。

 こういうイレギュラーを殲滅する筈のレフィーヤが、(ひる)んで詠唱を止めた。

 そこにアイズが割り込んで、殲滅した。

 

 そして、私とリヴェリアの詠唱が完成する。

 

「ユウ、私に合わせろ。できるな?」

「うん、問題ないよ。私はいつでも行ける」

 

 そして、世界の色が一変する。

 

 左はリヴェリアの『レア・ラーヴァテイン』

 右は私の『雪の世界』だ。赤色と、白色。

 

 炎と雪が二分して、せめぎ合って消える。

 その後には、何も残らない。魔石すら残らない。

 元の荒野が広がっているだけだった。

 

 事前の練習が出来なかったが、問題はなかった。

 もう何年もリヴェリアとは連係しているからね。

 

 迷宮49階層。階層主(バロール)は居なかった。

 が、問題の多い戦闘だったね。特に遊撃が。

 これはアイズとベートは絞られるだろうな……。

 

 ーーー

 

 迷宮50階層。安全地帯だ。

 安全地帯といっても、モンスターが産まれないだけで、出現しないわけではないが。

 

 ベースキャンプを作って、怪我人を介抱する。

 リヴェリアが主導して、怪我人の治療する。

 アイズたち遊撃部隊は本丸に呼ばれた。

 

 私はレフィーヤを連れて、調理班へ。

 下処理を終わらせていると、アイズたちが帰ってきた。

 

「アイズさん、先程は助けて頂いてありがとうございました」

「怪我は平気? レフィーヤ?」

 

 はい、とレフィーヤは答えている。

 

「でも、レフィーヤは落第だよ。

 左翼から突出した敵に怯えて、詠唱を止めたね。

 何のために、普段は一人で実践させてると思っているの? こういうときに対応できる……」

「ユウ、最下層と上層では勝手が違いすぎるよ」

 

 ふむ、アイズの言うことも最もだな。

 そもそも、説教で押さえ付ける場面ではないか。

 

「うん、分かった。アイズの言うことも最もだ。

 ただ、忘れないで。レフィーヤは、決して一人で戦っている訳じゃない。仲間がいるんだ」

 

 昔の私とは、違って。

 

「はい。だから、仲間を信じて戦え、ですね」

 

 ユウさんが良く言うことですから。

 もう覚えました。と、返される。

 

 うん、それで良いと思う。

 レフィーヤは、私とは根本から正反対だから。

 

「それじゃ、話も終わったところで、料理よ!

 団長の胃袋を掴むの! 餌付けは基本よ!」

「餌付けって……。フィンさんは動物じゃ……」

 

 レフィーヤの必死の説得も虚しく、

 料理大会が、始まった。

 

 ティオナが男鍋を作り、ティオネは餌を作った。

 いや、だってあれはもう餌だよ。

 火は通ってないし、具はぶちまけるし……。

 

 アイズも酷かった。乾パン切っただけって。

 切っただけって……。

 

 結局、私とレフィーヤで料理を作った。

 

 ☆ ☆

 

「アイズ、ここは、窮屈かい?」

 

 フィンの言葉を、否定できない。

 

「……私は、もっと強くなりたい。

 フィン、リヴェリア、ガレス、ユウと同じ、

 レベル6に、なりたい。早く、行かないと」

 

 最後は、強迫されるように。

 もっと、もっと、早く。

 早く、早く、あの背中に。

 幼い頃に見た、憧れた、あの──

 

「そんなの、私だってそうだよ。アイズ」

 

 ティオナの声が。

 

「当然、私もね」

「ハッ、んなの当たり前だろうが!」

 

 ティオネの声が。ベートの声が。

 

「だからさ、アイズはね。一人じゃないんだ。

 一緒に強くなろう? ねっ、アイズ」

 

 私の中に、入ってきた。

 そっか、別に一人で走っている訳じゃないんだ。

 皆で、一緒に進んでいけば良いんだ。

 

 目の前で、フィンとリヴェリアは笑っていた。

 

 その後に、レフィーヤと話して。

 ユウからレフィーヤを庇ったり。

 

 皆と料理をして。楽しかった。

 これが、仲間。なのかな。

 

 ーーー

 

 食事の席だ。

 大鍋を囲って、皆で食べる。

 

 だが、フィンだけは別メニューで、餌だ。

 フィンの目が死んでいる。可哀想に。

 

 しばらく餌を見つめた後、何を思ったのか、

 フィンは鍋に餌を投入した。

 何てことをするんだと、皆の表情がそう叫んだ。

 

 だが大丈夫、のはずなのだ。

 ちゃんと煮沸消毒はされている。

 ある程度異物が投入されても、大丈夫。

 大丈夫なんだと、信じよう。

 

 言い聞かせて、食べる。

 ………………………………これは!?

 

 …………まずい! 言葉では言い表せない味だ。

 

「それじゃあ、今後のことを話し合おう」

 

 皆で押し付け合うように食事をしながら話す。

 

「クエストをやるよ。採集品は、カドモスの泉。

 51階層で採取する。そこで、だ。

 班を2つに分ける。アイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの班。

 僕、ガレス、ベート、ラウルの班だ」

 

 驚いた声が響き、その隙に料理を口に突っ込む。

 むー、と唸った声の後に、もう一度声をあげた。

 

「私がメンバーですか!? そんな、無理です!」

「すまない、レフィーヤ。

 ユウ、リヴェリアたっての推薦なんだ」

 

 そんな! と叫んで、私を見る。

 

「大丈夫。実践で得られるものは、多いから」

「説明になってません!」

 

 うー、と唸るレフィーヤに料理を与えて落ち着かせてやる。たーんとお食べ。

 

 私に何を言っても無駄だと悟った彼女は、

 今度はリヴェリアに抗議をしたが、料理を与えられた上で、断られた。可哀想に。

 

「そして、拠点防衛はユウとリヴェリアだ。

 本当はユウには僕たちの班に加入してほしかったんだけどね。今回も怪我人は少なくない」

 

 リヴェリアにもサポートが必要だ。

 

 そう言ったフィンだが、この采配は明らかに後進育成も視野にいれているね。

 

 ☆ ☆

 

「さて、ユウは炊事などの指揮をしてくれ。

 私は怪我人の様子を見ている」

 

 役割を分け振って、お互いに動く。

 色々と雑務をこなしていると、伝令が来る。

 

 未確認のモンスター? それも大群だと?

 リヴェリアに通達。弓兵を差し向ける。

 未確認モンスターに出し惜しみはない。

 

 私も前衛に行く。後衛はリヴェリアに任せる。

 弓では大群の勢いは止まらないか。

 遠距離魔法、はまだ。まずは研究しないと。

 遠距離で潰して情報がありません、は笑えない。

 

 簡単な氷柱(つらら)。射出。

 一匹。凍りついた。ふむ、魔法は有効、と。

 視界を塞いでも駄目。何か特殊な感知だね。

 

 水で圧殺。あれ? 何か飛び散った?

 もう一度。これは、破裂してる。

 芋虫型、爆発、か。毒の可能性が高い。

 

 そろそろ前線に接触するね。

 倒したら破裂する。気を付けるように。

 後は、たぶん毒を持ってる、と通達。

 

 だが、問題が発覚した。溶けるらしい。

 武器も、防具も、盾も、だ。

 物資の消費が激しくなるな。

 

 取り敢えずリーチのある武器で簡易の前衛壁役(ウォール)

 弓での援護、魔法での遠距離で仕留める。

 魔導士が足りないので、撤退しながら戦線を維持する。

 

 目的は時間稼ぎだ。もう情報は得たのだ。

 

 だから。潰す。

 

 合図を送って、前衛を撤退させる。

 すると、一時的に芋虫さんの群れは孤立する。

 

 『雪の世界』

 世界が、凍る。

 地面が、空気が、天井が。

 指向性をもって、白く染まる。

 

 芋虫たちが一匹残らず凍る。

 凍った外郭から針が内側に飛び出して。

 破裂した酸は氷を水に変え。そして凍る。

 溶ける速度よりも凍る方が早いのだ。

 

 後には、芋虫型の氷の彫像だけが残った。

 

 これで、終わり。

 

 ーーー

 

「流石だな、ユウ。もう終わったか」

 

 私の出る幕はなかったな、と嘯かれた。

 

「リヴェリア。そうでもないよ。

 物資が、特に装備が持っていかれた」

 

 これでは、遠征の続行は厳しい。

 

「相手は未確認モンスターだ。致し方あるまい」

 

 私とリヴェリアで事後処理と、安全確認の指示。

 やっぱり、物資がキツいな。

 デュランダルは通じたので、対策はできるか。

 

 そんな中、フィンたちが帰ってきた。

 

「ユウ、リヴェリア。聞きたいんだけど。

 あの悪趣味な芋虫の氷像は、いつできた?」

「ほんの30分程前だよ。急に襲われた。

 情報は取ったけど、要る?」

 

 その様子なら、そっちも襲われただろうしね。

 

「いや、今はいい。取り敢えず、撤退するよ。

 いつまたあの芋虫に襲われるか分からない。

 こんなことが続けば大赤字だよ。それは困る」

 

 それはそうだ。一匹に武器一本使うのだ。

 明らかに採算が会わない。

 

「えー、撤退するの? ここまで来て?」

「物資が足りねぇ、って言ってんだろ」

 

 何だよベートの癖に分かったような口を! 本当は分かってないんでしょー?

 

 と煽って。

 

 ふざけんなこのバカゾネス! 分かってねぇのはお前だろうが!

 

 と罵り合う。

 

 うん、良いことだ。こういうイレギュラーでも、

 ちゃんと平常心を保っている。

 

「ラウルとティオネは?」

「ラウルが腐食液を浴びた。今は治療中だ」

「分かった。なら、死者は居ないね。

 撤退の準備はもう始めてる。後10分あれば……」

 

 音が届く。下層の地面が、へし折られる音。

 少しの後に、巨体が現れた。

 六M(メドル)はある、人型の青緑の巨体。芋虫型の変種?

 

「人型、だと……!」

「ああ、こんなモンスターは見たことがない。

 リヴェリア、何か知っているかい?」

「いや、見たことも聞いたこともない」

 

 イレギュラーだね。

 問題は倒せないことじゃない。

 倒すことは、私一人でも、多分できるだろう。

 

 問題は、倒した後だ。

 芋虫と同型なら、破裂する。

 これでは、ファミリアのメンバーに被害が出る。

 

 幹部達なら、倒せるか……?

 私やアイズが相手をするのが一番だが。

 私なら、凍らせて腐食液を止められる。

 アイズなら、エアリアルで弾ける。

 

 決めるのは、全員の指揮権を持つフィンだ。

 

「……アイズ、撤退の時間を稼いだ後あれを討て」

 

「一人でだ」

 

 成る程、私は今回は留守番、かな。

 

「待ってください! せめて援護だけでも!」

「駄目だ。今は撤退の準備を急げ。

 それができれば、アイズも全力で戦える」

 

 この采配、アイズのガス抜きも兼ねてるな。

 仕方ない、簡単な保険だけは掛けておこう。

 

「アイズ、ちょっと」

「何、ユウ?」

「簡単なサポート用の魔法だよ。

 エアリアルが間に合わないときにでも使って?」

 

 ただの保険、といって細氷を一つ着ける。

 まあ、ただの保険だけど。

 

「うん、分かった。それじゃあ、行ってくる」

 

 そう言って、アイズは駆けていった。

 




遅くなりました。
理由は活動報告にて。

ベル君、君にはいつ会えるんだ。
それと、恋愛については(今のところ)入れる予定はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15羽 金色の目標


 ユウ視点ではないので、原作寄りの雰囲気に。
 三人称難しぃ。



 眩しいんだ。

 綺麗で。眩しいから、憧れて。

 

 必死に近づこうと、努力して。

 

 必死に自分の可能性を信じて。

 

 必死にまだ諦めないと叫んで。

 

 目が焼けた。

 綺麗で。あんなに眩しいから。

 

 目指したものには、決してなれない。

 

 

  第15羽 金色の目標

 

 

「アイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの班。

 僕、ガレス、ベート、ラウルの班」

 

 この二つの班に分けて、採取を行う。

 団長のフィンさんがそう言って。

 私はその言葉を反芻する。

 

 アイズ、ティオネ、ティオナ、()()()()()

 

 レフィーヤ? 私?

 あの、私まだレベル3です、よ?

 

「私がメンバーですか? そんな、無理です!」

 

 その叫びは虚しく響き。

 ユウさんとリヴェリア様に相手にされなかった。

 

 そもそも、失態を犯したばかりなのだ。

 ユウさんには怒られたけど、アイズさんに庇って貰えて、嬉しかった。じゃなくて。

 私に、出来るのだろうか。自信がない。

 

 ユウさんは、強い。恐ろしく、強い。

 近接戦闘において、アイズさんとも互する実力、

 遠距離魔法においても天才的だ。

 加えて、平行詠唱等の技術はオラリオにおいて、最高だと謳われている。

 

 なのに、ユウさんに教えてもらっていても、

 私の平行詠唱はまだまだ未熟で。

 モンスターに怯えてしまったりして。

 アイズさんたちの足手まといなだけだ。

 

 ユウさんやリヴェリア様の代わりに、私が入る。

 そんなことは出来ない。私には務まらない。

 

 そう言っても聞いて貰えず、探索が始まった。

 

 ーーー

 

「いっくよーっ! てりゃぁ!」

 

 巨大な双刃が、モンスターを切り裂いて。

 力任せの断頭が、叩き付けられる。

 

「前に出すぎよ! アイズ、フォローお願い!」

「分かった」

 

 怒鳴り声と、静かな声。

 次いで聞こえた声のすぐ後に、風が走る。

 ティオナの近くにいたモンスターが吹き飛んで。

 金色の銀閃が瞬いた後には、何も残らない。

 

「あたしは、右をやるねー」

「うん、じゃあ、左は貰うよ」

 

 言い切らない内に、二人ともが飛び出した。

 吹き飛んでいくモンスター。

 荒れ狂う悲鳴と怒鳴り声。

 

「前に出過ぎるなって言ったでしょ、二人とも!」

 

 あーもう、何でこうなるのよ! と叫んで。

 もう何でもいいわよ、面倒くさい、と。

 そう頭のネジが飛びかけたところで。

 

 レフィーヤ付近にモンスターが居るのが見えた。

 投げナイフ。投擲。目に。止まらない。

 

 レフィーヤの前に飛び込んで、

 モンスターの顔面を切り取った。

 

 倒れたモンスターとともに。

 レフィーヤの詠唱が止まった。

 

 しばらくして、前衛から音が止んで。

 帰ってくるアイズとティオナが戦闘の終了を意味していた。

 

「すいません。私、また。役に立てなくて」

「まあまあ、こういうこともあるって」

「うん。そもそも、今回のことはモンスターの接近を許した私たちの責任」

「その通りよ。前に出過ぎるなっていったのに」

 

 ……ごめん。とアイズたちが謝って。

 

「あの、私。足手まといですよね」

 

 沈み込んだ後輩の声が聞こえて。

 アイズはどう返したものか、と悩む。

 

「そんなことはないって。

 レフィーヤならやれるって、リヴェリアもユウもそう思ったからここに居るんだから」

 

 もっと自信を持って。と続いた声に。

 叫び声が返される。

 

「そんなことはありません!!」

 

「ユウさんなら、リヴェリア様なら。

 さっきの状態でも、対処できたはずです!」

 

 少し涙ぐんだ声に。

 どう返したらいいのかが分からない。

 

「ユウさんなら、戦いながら詠唱ができます!

 リヴェリア様なら、退避と詠唱を同時にこなしたでしょう。

 私は、どちらもできません」

 

 守って貰っているだけです。

 小さく呟いた声は、だけど迷宮には響いて。

 

「レフィーヤと私たちとじゃ、役割が違うよ」

「そうね。ユウみたいなオールラウンダーなんて、

 目指すものじゃないわ。成っているものよ。

 まずは、自分にできることをやりなさい」

「うんうん、あたしたちは何度だってレフィーヤを守るよ」

 

 だからね。

 

「今度は、レフィーヤが私たちを守ってね」

 

 ちょっと、その台詞、あたしのだって!

 え。……ご、ごめん?

 いや、謝らなくてもいいけどさー。

 

「それじゃ、魔石を回収しましょう」

 

 それを合図にして、二人一組に別れて行動を始めた。

 

 ☆ ☆

 

 目的地に着いた。カドモスの泉である。

 

「カドモスが、居ない……? でも、気を付けて。

 泉から飛び出して来るかもしれないから」

「そんなわけないでしょ」

 

 えっ、と微かに驚いた顔をするアイズさん。

 昔に何かあったのだろうか。

 

「にしても、ドロップアイテムを未回収なんて。

 これ、ちょっと嫌な予感がするわね」

 

 泉水を採取しながら、皆で会議。

 まずはフィンたちと合流することを決める。

 

 急いで引き返そうとしている時に。

 

「あああああああああああああっっ!!」

 

 悲鳴。腹の底まで響くような、絶叫。

 

「この声、ラウルの声!?」

「急ぐわよ!」

 

 悲鳴の方向に走る。

 モンスターを速攻で倒して。

 最短距離を最速で駆け抜けていく。

 

 そして、見た。

 芋虫だ。緑色と黄色が混ざった毒々しい色。

 巨大な芋虫に追いかけられているフィン、ガレス、ベート。ラウルはガレスに担がれている。

 

 あんな芋虫は見たことがない。多分、新種だ。

 ティオナが飛び出して、芋虫に肉薄する。

 

「よせ、ティオナ!」

 

 団長の言葉を無視して切りかかったティオナは、

 武器を芋虫に突き刺して。その武器が、溶けた。

 

「無理だ。その芋虫は腐食液を吐く。

 何体かは倒せても、全滅はさせられない」

 

 つまりね。と、フィンが1拍を於いて。

 

「魔法が、必要だ。

 全力で後退しながら、あの大群を殲滅できるだけの魔法を撃ち込むしかない」

 

 それはつまり、間が悪いと言うこと。

 

「あーもう! 何でこんなとき限って!

 リヴェリアもユウもいねぇんだよ!」

「まったくじゃ。あの二人なら対処できるものを」

「その、ごめん、なさい。私じゃ……」

 

 落ち込んだような声に、静かな声が返される。

 

「レフィーヤ。自分のできることを、だよ」

「そう、それでもこの状態では貴女が頼りなの」

「っ、前からも来たよ!

 全員、右手側のルームに飛び込め!」

 

 前方からも緑色と黄色の群れが押し寄せ。

 全員でルームに飛び込んだ。

 

「ティオネ、全員に武器を渡せ。

 その後、後方でラウルを治療しろ。

 レフィーヤ、広域魔法の準備。急げ!」

「何でこんな武器を! 溶かされんだろ!」

 

 フィンの指示にベートが反発して。

 

「いや、そうじゃない。親指がうずうずいってる。

 恐らく、来るんじゃないかな」

 

 その呟いた後に、迷宮が牙を向いた。

 一面の壁から、モンスターが現れる。

 

 モンスター・パーティーだ。

 後ろからは芋虫も迫っている。

 

「アイズ、デスペレートを僕に。

 エアリアルがあれば、アイズは戦えるね?」

「うん」

「よし。レフィーヤ! この戦闘の要は君だ。

 詠唱が完成させ次第、合図を送って、撃て」

「はい、分かりました」

 

 壁際にレフィーヤたち後衛を配置して、

 彼女たちを守るように、戦闘が始まった。

 

 ーーー

 

 全力で撃つ。出し惜しみなんてしない。

 

 今この時において、私がやらなくちゃならない。

 ユウさんも、リヴェリア様も、居ないから。

 

 私のできることを、やるんだ。

 それが、皆の役に立つって言うこと。

 

 だから。

 

「撃ちます!」

 

『ヒュゼレイド・ファラーリカ!』

 

 魔力弾が、全体に降り注いだ。

 焼ける音と、着弾の轟音が空間を支配して。

 燃えて、破裂して、蒸発して、壊す。

 

 全てのモンスターが跡形もなく燃え尽きた。

 

「なんつー火力だ。くそっ、毛がちょっと焦げた」

「がはは、ここまで景気がいいと気持ち良いわい」

 

 そんな呟きが聞こえて。

 

「ほ、殆どのマインドを注ぎ込んだので、その」

「それでも、助かったよ。レフィーヤ」

「アイズさん……!」

 

 誉められた。嬉しい。

 

「良くやった。レフィーヤ。

 皆、すぐにベースキャンプに戻るよ!」

 

 芋虫が来たのは、50階層の方向からだ。

 キャンプが心配だ。と団長が言って。

 

 私たちはキャンプまで戻ることになった。

 

 ☆ ☆

 

 芋虫の彫像を見たことがありますか?

 

 私はありません。見たくもありません。

 何これ? すっごい精密なんですけど!

 

 巨大な芋虫の氷像が大量に立ち並ぶ景色。

 

「うわぁ。気っ持ち悪いんだけど」

「……ユウ。これは、悪趣味」

「おい、顔が青いぞ。大丈夫か、アイズ」

 

 アイズさんたちとは裏腹に、団長が呟く。

 

「ユウの魔法だろうね。リヴェリアのものよりも威力は低いが、無駄が少ない。

 それも、凍らせるだけではなく突き殺してある。

 だがこれは悪趣味だな。気持ち悪くなりそうだ」

 

 はぁ、と溜め息を着いた。

 

「まあ、この様子ならベースキャンプは無事だろうね」

「そうじゃな。騒ぎも聞こえん。既に殲滅した後じゃろう。

 心配するだけ無駄じゃったな」

 

 その言葉の後、一応は急いでキャンプに戻った。

 撤退の準備は始まっていて、私たちも手伝う。

 

 その時。大型のモンスターが現れた。

 下の階層から、地面を突き破って現れたのだ。

 

 そして、団長の指示で、そのモンスターをアイズさんが単独で討つことになったのだ。

 

 ーーー

 

 引き付ける必要がある。

 撤退の準備を稼ぐためだ。

 

 キャンプの方にも腐食液はばらまかれてはいる。

 だけど、今は氷と炎で被害は出ていない。

 ユウとリヴェリアが防いでいるのだろう。

 

 だが、巨体がキャンプに向かえば。

 流石に被害は出てしまうだろう。

 

 だから、引き付けなければならないのだ。

 扁平とした腕の一部を切りつける。

 私だけを狙わせて、誘導する。

 

 腐食液が鉄砲水のように吹き出される。

 斜め後ろに飛んで回避する。

 飛び散った腐食液を風で弾く。

 

 うねった多脚の一本を切り落とす。

 ちぎられた脚が膨らむのを確認して。

 巨体の周りを時計回りに回転。

 

 脚を何本か落としていると、

 扁平とした腕が回転する。

 4本の腕を受け流していく。

 1本、2本、3本、と避わして。

 4本目の腕が受け流せずに、受ける。

 

 吹き飛ばされた先で、エアリアルを展開。

 体勢を立て直して、デスペレートを上段へ。

 既に眼前に迫る腐食液は避けられない。

 避けられないのなら、避けなければいい。

 

 つまり、叩き切る。

 全力で、デスペレートを降り下ろす。

 腐食液が左右に別れて弾け飛んだ。

 私にはエアリアルのお陰で一切届かない。

 

 業を煮やした巨体は、極彩色の粉塵を展開。

 その一帯が破裂して、全体に及ぶ。

 粉塵爆破だ。けど、これは大丈夫。

 エアリアルで十分に対処できるからだ。

 

 粉塵を私の周りから吹き飛ばす。

 特に後ろ側に粉塵の濃度を上げる。

 爆風が届いて、利用して近付く。

 

 空中戦は得意だ。

 昔に白い誰かに空に閉じ込められたから。

 

 爆風をエアリアルで調整する。

 指向性を持たせて、波に乗るように。

 扁平とした腕を掻い潜って、空中遊泳。

 

 腐食液を避わして、時には叩き切って。

 腕の一本を切り取って、その爆風で離れる。

 極彩色の粉塵を放ってきたので、利用する。

 空中で方向を転換しながら、もう一度近付く。

 

 腕を切り付けていると、巨体が震えた。

 何もない顔が裂けて、腕が膨らむ。

 嫌な予感がして、退避しようとしたけど。

 

 遅かった。一気に膨らんで、破裂した。

 腐食液が噴水のように吹き出して。

 駄目だ。避けられない。なら。

 

 エアリアルを全力で展開する。

 噴水状の腐食液は薄い。凌ぎきれる。

 そして、見通しの甘さを悟った。

 

 扁平の腕が迫っていた。

 これはエアリアルでは防げない。

 

 覚悟を決める。一気に腕を掻ききる。

 エアリアルを展開したまま、腕に着地。

 デスペレートで切りつけて跳躍。

 右下の腕から、左上の腕へ飛ぶ。

 

 先程落としたのは右上の腕だった。

 だから、右の腕は全て切り落とした。

 左上に着地して、デスペレートを突き刺す。

 

 まだ左上の腕は切らない。

 腕を足場にして、左下へ跳躍。

 左下の腕を切り取って。爆風が起こる。

 

 その爆風に乗って、回転しながら上昇。

 左上の腕を掻き切って、その爆風に乗じて、

 一旦安全なところまで退避する。

 

 案の定、切られた場所から腐食液が吹き出した。

 あのままあの場所にいたら、エアリアルを使わされていた。

 

 今さら気づいた。

 既に撤退が完了した合図が送られていた。

 

 またしても極彩色の粉塵が舞った。

 それは私の追い風になる。もう、終わらせる。

 

 地面の一部を切りとる。

 そして、粉塵爆破が起こる。

 地面ごと私を浮かせたのだ。

 

 この技には、足場が必要だから。

 無理矢理にでも足場を作ったのだ。

 

 足を曲げて、予備動作。

 捻って、溜めて、見据えて、

 

 私は、風になる。

 

「リル・ラファーガ!」

 

 神速で巨体に接近。着弾。突き抜ける。

 空中で勢いを殺しながら、巨体に向き直って。

 その巨体が爆発したのを確認する。

 

 って、腐食液が凄い勢いで襲ってくる!

 エアリアル! 駄目、吹き飛ばされる。

 死にはしないだろうけど、体を打ちかねない。

 

 キンっ、と音がして。

 私に着いていた細氷が光って。

 私を覆うように氷が展開された。

 

 氷ごと吹き飛ばされた。

 エアリアルで調整して、地面に着地。

 

 うん、何とか、なった。

 この氷、かなり柔らかいのだ。

 衝撃が吸収されて、私にあまりダメージが来なかったのである。

 

 ☆ ☆

 

「まだ行けたのにー! 暴れ足んなーい!」

「あんた、武器溶かされたでしょ」

 

 何言ってるの、と続いた。

 

 今回の遠征の目的地は59階層だった。

 なのに、50階層で撤退したのである。

 

「武器がないのに進めるかよ」

 

 ベートがそう返して。だが、真実だった。

 芋虫の腐食液で武器の殆どが溶かされたのだ。

 

 そのまま、何人かの愚痴が聞こえて。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオ!』

 

 と、唸り声が聞こえた。

 大量のミノタウロスである。

 

「うわぁ、凄い数。私が落としていい?」

「ユウはベースキャンプで暴れたじゃん!

 今回はあたしに譲って欲しいなー」

「二人とも、あんまりやり過ぎちゃ駄目よ。

 下の団員に経験を積ませてあげなさい」

 

「ラウル、フィンからの言い付けだ。

 後学のためにお前が指揮を取れ。いいな」

「は、はい! 分かりました!

 その、ティオネさん、ティオナさん、ベートさんは前衛のサポートをお願いします。

 ユウさんとリヴェリアさんは、後衛でいざというときの備えをお願い……」

 

 その時だ。信じられないことが起こった。

 余りに隔絶した戦力差にミノタウロスが恐れたのだ。

 

 ロキ・ファミリアは先程まで最深部に居たのだ。

 中層のモンスターでは、束になっても勝てはしない。

 

 そして、逃げ出した。

 まさかの敵前逃亡である。モンスターが。

 

「追え! お前たち! 一匹たりとも逃がすな!

 パニック状態のモンスターが何をするか分かったものじゃないぞ!」

 

 リヴェリアの号令。

 止まっていた動きを取り戻して、アイズたちは走る。

 

 ミノタウロスたちは最悪なことに上層に向かう。

 ティオネが17階層で指揮を取って。

 ユウとレフィーヤで15階層辺りを担当。

 10階層辺りはティオナが陣取った。

 

 更に上層に向かったミノタウロスは、

 敏捷の高いアイズとベートが担当した。

 

 ーーー

 

『ヴォオオオオオオオオオオオ!』

「にゃあああああああああああ!」

 

 転げる。凄い声が出た気がする。

 少し前まで僕がいた場所に拳が降って。

 ボゴォ、と音をたてて地面が嘘のように凹んだ。

 

 いや、無理。あれ無理。物理的に無理。

 

 何で凹んだの!?

 腕を降り下ろした時の音が。

 ヒュン、じゃなくて、ビュン、ドカン。

 

 あれに当たったらグチャ、が追加されると思う。

 

 ごめんなさい。

 迷宮に邪な夢を見てごめんなさいぃぃぃ!

 

 ドズン、とミノタウロスの蹄が地面を抉って。

 その衝撃で僕は吹き飛ばされた。

 

 地面に臀部を落として、後ずさる。

 ミノタウロスが僕に向かって突進を開始して。

 

 コツン、と後ろの壁に背中が当たった。

 目の前には巨体が眼前に迫っていて。

 

「あ、死んだ……」

 

 数秒後の未来を幻視した。

 その未来が確定しようとして。

 

 ミノタウロスが止まった。

 脚が胴体と切り離されていた。

 次いで腕が胴体と切り離されて。

 その胴体から首が弾け飛んでいった。

 

 胴体が数十もの肉塊に成り下がって。

 動脈が切り刻まれて、血が吹き出した。

 

 生臭い赤色が僕に降りかかって。

 だけど、目の前の金色の人物には、降りかかっていない。

 

 それはそうだ。モンスターの血なんて。

 好き好んで浴びたいと思う人は居ないだろう。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 そう聞かれて。

 僕の心臓は大丈夫じゃなかった。

 

 ばくばくと。どくどくと。

 爆発しそうなほどに、強く跳ねた。

 

「う、ぅわぁああああああああ!」

 

 恥ずかしくなって。全力で疾走。

 上へ。上へと、全力で走る。

 

 急激な運動による動機よりも。

 僕の心は強く、強く叫んでいた。

 

 僕は、あの金色の人に、憧れたんだ。

 




原作を纏めながら書いている感じですね。
ユウ視点じゃないと、こうなるようです。

でも、第三者からの主人公の描写は楽しいです。
15羽にはそういう描写は少ないけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。