ハイスクールD×D 英雄志望の少年 (北斗七星)
しおりを挟む

短編の時に書いたやつ
色々頑張ろう。


 ポッと思いついた設定で書いたダイジェストです。過度な期待はしないでください。


王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。それが神様と名乗る奴に少年が与えられた特典だった。

 

 曰く、世界最古の王が所有する全ての英雄の宝具、即ち武器や防具の原典が収められているという宝物庫。世界最古の王、英雄王はその宝物庫から無数の財を暴風雨のように放ち、自然災害さながらの戦いをしていたと自称神様は言っていた。

 

 一つ一つが英雄達の勝利に貢献し、伝説を築き上げ、そして破滅へと導いていった。その全てが例外なく奇跡の結晶体であり、人々の祈りと願いの体現だった。

 

 宝具は英雄王であるから所有出来るのであり、英雄だからこそ扱うことが出切るのだ。

 

 そんなものを唯の子供に与えたとしたらどうなるだろうか?

 

「きゅう……」

 

 必然、こうなる。神様とやらの手違いで死んでしまった少年は『王の財宝』という常人では及びもつかないようなものを与えられ、赤子として転生させられた。生まれたばかりの赤子ということもあり、出切ることが無いので宝物庫の中身を見ようとしてみたら何時の間にか気絶していた。

 

 それも当然だろう。何せその少年は別に最古の王と肩を並べられるような大英雄だった訳ではない。ただの一般人としか表現のしようの無い子供だった。そんな子供が英雄達が扱っていた宝具から放たれるオーラに耐えることが出来るだろうか。いや、出来る訳が無い。

 

 少年は神様からの贈り物の扱いに困った。自分にはとても使えるもので無いし、仮に使えたとしても使うべき場面があるとは思えない。何せ、少年が転生した先は少年の前世同様の現代日本。『王の財宝』を使うような血生臭い争いごとが起こるとはとても思えなかった。

 

 最初、少年は『王の財宝』を生涯使わないつもりでいた。だが、それでは余りにも失礼だという考えも抱いていた。贈り物をくれた神様にではない。宝物庫内に収められた宝具に対してだ。

 

 本来であれば英雄達の未来を切り開き、ピンチをチャンスへと変える切っ掛けとなったであろう存在。それが何が悲しくて触れることはおろか、直視する事すら出来ないガキの倉庫に入ってなければならないのだ。

 

ー例え一つだけでもいい。扱えるようになろうー

 

 伝説として語り継がれるはずだった宝具(彼等)を腐らせるわけにはいかない。生後一ヶ月の少年は秘かに心の中で誓いを立てていた。

 

 

 

 赤ん坊期。どうにか宝具を見れるようになる。

 

 幼年期。宝具を取り出せるようになった。

 

 小学校。宝具に触れるようになった。

 

 そして中学校。宝具を手に取り、扱うための練習が出切るようになった。少年の物語はここから始まる。

 

 

 中学一年生時。

 

「う~ん。風王鉄槌(ストライク・エア)を応用した高速機動とか出来ないかって思ったけど、上手くいかんなぁ……やっぱ、俺に才能ないからか?」

 

「才能云々以前の問題だにゃん。魔術のまの字も知らないトーシローがいくら四苦八苦しながら頭を捻っても成功するわけないにゃん」

 

「え、どちら様って、猫が喋っとる!? え、何、猫又的な何か?」

 

「猫又は猫又でも猫魈っていうとっても凄い妖怪なのよ?」

 

「は、はぁ。それでそのとっても凄い妖怪の猫魈さんが俺に何の用ですか?」

 

「ちょっとした気紛れであんたに魔術を教えてやるにゃん。専門じゃにゃいけどね。私のことは黒k……ニャンコ大先生って呼ぶにゃん」

 

 師との出会い。

 

 

 中学二年生時。

 

「俺に合った宝具出て来い俺に合った宝具出て来い俺に合った宝具出て来い……これだぁ!! ……何か二本も出てきたぞ。こいつは何だ? 確か、が、が、ガウェ何とかが使ってた剣だよな? 何て名前だっけ。柄に太陽みたいなのが彫られてっけど。こっちは……全然分からん」

 

 相棒との出会い。

 

 

 

 中学三年生時。

 

「最近、はぐれ悪魔やら堕天使、はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)が多いな。実戦経験積めるのはありがたいけど、もう少し密度の高い戦いがしたいよなぁ……いやいや、贅沢言っちゃ駄目だよな。元気かなぁ、ニャンコ大先生……」

 

「誰よ誰なの誰なのよ!? 私の土地で勝手に暴れて私達の依頼を掻っ攫ってくのは誰なのよぉ!!」

 

 遠くない未来、主となる紅髪の少女との擦れ違い。

 

 

 高校一年生時。

 

「ほれ、頑張れ頑張れぃ。これくらい、避けられなきゃ英雄にはなれんぜ?」

 

「ひぎぃ!!」

 

「コールブランドの錆びになりたくなければもっと頑張ってください。手加減? 痛くなければ覚えないのでしませんよ」

 

「ごぶぁ!!」

 

「白龍皇である俺が保証しよう。お前は強くなる。そのためにも特訓あるのみだ。アーサーの次は俺と模擬戦をしてもらうぞ。禁手化(バランス・ブレイカー)? するに決まってるだろ」

 

「あばばばばばばば……」

 

「あんた達、やりすぎだにゃん!!!」

 

 切磋琢磨(という名の虐め)出切る友人達との出会い。

 

 

 そして……

 

「アーシアちゃん。友達、たくさん作れよ。イッセー、アーシアちゃんのこと守ってやれよ」

 

「そんな、嫌です! 友達の中に貴方がいないなんて、そんなの嫌です!」

 

「おい、何でそんな満足そうな顔してんだよ? お前、これから死んじまうんだぞ!?」

 

「仕方ないだろ。実際、満足しちゃったんだし。俺みたいな凡人が、命を懸けて友達を救うことが出来た……英雄みたいに死ねるんだ。満足するしか無いだろ」

 

 友を助けるために死に、そして悪魔として再び生まれ変わった。

 

 

「ライザー・フェニックス。あんたには致命的に足りていない。そう、努力がね」

 

「努力? 凡人らしい言葉だ。受け継いだ血と才能を重んじる。それが貴族である俺の戦い方だ」

 

「そうか。なら、断言してやる。あんたは血と才能を重んじてるんじゃない。血と才能の上に胡坐をかいて慢心しているだけだ。そんな奴に俺たちは負けない」

 

「転生悪魔風情が粋がるなよぉっ!!」

 

「今から証明してやる。いけるな、イッセー」

 

「おぉよ!!」

 

 命の恩人への報恩のため、赤き龍を身に纏った親友と共に不死鳥へと挑む。

 

 

「コカビエル。あんたに感謝するよ。あんたのお陰で漸く俺は前へと進めそうだ」

 

「ほぉ、先ほどとは段違いのオーラを纏っているな。貴様に何があった?」

 

「気付いただけさ。先人達のような偉業を達成するなんて、俺に出来る訳が無い。先人達の背中を追いかけることもな。俺に出切るのはただ一つ、俺自身が英雄になるために歩く事だけだ。例えこの手に握った力が借り物であろうと、俺は進み続ける。俺の歩んだ軌跡は他の誰でもない、俺だけの物語、伝説なんだからな」

 

「ほぉ、この俺を貴様が綴る物語の序章にしようと言うのか。大きく出たな!」

 

「この力に相応しい人間になるためにも、お前如きに立ち止まる訳にはいかねぇんだよ!!」

 

「なら、俺の屍を超えてみせろ!!」

 

「使わせてもらう! 『無毀の湖光(アロンダイト )』!!!」

 

 

 

 

 これは死んだ少年が神様から与えられたものに相応しくなるため努力するお話である。




 主人公の名前は全く考えてないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりに到る始まり
 頑張れ、少年


 アスタリスクのほうがビックリするほど書く気起こらなかったのでこっちに浮気。


王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。それが神様と名乗る奴に少年が与えられた特典だった。

 

 曰く、世界最古の王が所有する全ての英雄の宝具、即ち武器や防具の原典が収められているという宝物庫。世界最古の王、英雄王はその宝物庫から無数の財を暴風雨のように放ち、自然災害さながらの戦いをしていたと自称神様は言っていた。

 

 一つ一つが英雄達の勝利に貢献し、伝説を築き上げ、そして破滅へと導いていった。その全てが例外なく奇跡の結晶体であり、人々の祈りと願いの体現だった。

 

 宝具は英雄王であるから所有出来るのであり、英雄だからこそ扱うことが出切るのだ。

 

 そんなものを唯の子供に与えたとしたらどうなるだろうか?

 

「きゅう……」

 

 必然、こうなる。神様とやらの手違いで死んでしまった少年は『王の財宝』という常人では及びもつかないようなものを与えられ、赤子として転生させられた。生まれたばかりの赤子ということもあり、出切ることが無いので宝物庫の中身を見ようとしてみたら何時の間にか気絶していた。

 

 それも当然だろう。何せその少年は別に最古の王と肩を並べられるような大英雄だった訳ではない。ただの一般人としか表現のしようの無い子供だった。そんな子供が英雄達が扱っていた宝具から放たれるオーラに耐えることが出来るだろうか。いや、出来る訳が無い。

 

 少年は神様からの贈り物の扱いに困った。自分にはとても使えるもので無いし、仮に使えたとしても使うべき場面があるとは思えない。何せ、少年が転生した先は少年の前世同様の現代日本。『王の財宝』を使うような血生臭い争いごとが起こるとはとても思えなかった。

 

 最初、少年は『王の財宝』を生涯使わないつもりでいた。だが、それでは余りにも失礼だという考えも抱いていた。贈り物をくれた神様にではない。宝物庫内に収められた宝具に対してだ。

 

 本来であれば英雄達の未来を切り開き、ピンチをチャンスへと変える切っ掛けとなったであろう存在。それが何が悲しくて触れることはおろか、直視する事すら出来ないガキの倉庫に入ってなければならないのだ。

 

ー例え一つだけでもいい。扱えるようになろうー

 

 伝説として語り継がれるはずだった宝具(彼等)を腐らせるわけにはいかない。生後一ヶ月の少年は秘かに心の中で半ば義務のような誓いを立てていた。

 

 

 

 赤ん坊期。どうにか宝具を見れるようになる。

 

 幼年期。宝具を取り出せるようになった。

 

 小学校。宝具に触れるようになった。

 

 そして中学校。宝具を手に取り、扱うための練習が出切るようになった。少年の物語はここから始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

教えて、ニャンコ大先生!

「……よし、誰もいないよな」

 

 周囲をキョロキョロと見回し、少年は人の気配が無いことを確認する。現在、少年がいるのは鬱蒼とした木々が茂る山の中。まだ日は高いが好き勝手に生えた木の枝葉が覆いとなり、少年の周囲は時間帯を勘違いしてしまいそうになるほど不気味に暗かった。こんな所に好き好んで入ってこようとする者はそうはいないだろう。

 

「今日も頑張るぞ」

 

 しかし少年、日乃輪(ひのわ)龍一郎(りゅういちろう)は自身を囲う暗がりに恐れる様子を微塵も見せずに自身の作業に没頭していた。それもその筈で、彼はいわゆる転生者という奴だ。前世の記憶を持っている、即ち精神年齢が実年齢よりもかなり高いため、幼い見た目に不相応な落ち着きを持っていた。

 

「今日は……こいつか」

 

 龍一郎の傍ら、何も無いはずの空間から黄金の光が滲み出すように現れる。光の中からは何かしらの武器の柄が覗いていた。明らかな異常現象だが、特に気にする様子も無く龍一郎は当たり前のように柄を掴み、光の中からそれを引き抜いた。

 

「今日もよろしくお願いします」

 

 出てきた武器、何か荘厳なオーラを放つ斧に一礼し、龍一郎は素振りを始めた。その斧から放たれる雰囲気たるや、一目見ただけで尋常ならざるものだということが窺えた。なぜ、龍一郎がそんなものを持っているのかと言うと、それは転生する時に神を名乗る何かから貰った、否、押し付けられた『王の財宝』というものが原因だった。

 

 『王の財宝』について物凄く簡単に説明すると、世界中(龍一郎の前世)にいた英雄たちの武器やら防具やら(宝具)の原典がとんでもない量入ってる宝物庫だ。本来の持ち主である英雄王はその原典をまるで石ころでも投げるかのような気軽さでぶっぱし、絨毯爆撃さながらの攻撃をしていたという。

 

 もっとも、こんな使い方は英雄の中の英雄である英雄王だから出来るのであり、龍一郎にとても真似出来るものではなかった。彼は原典の所有者ではないし、ましてそれらの宝具を手足のように扱っていた担い手でもない。十年以上の時をかけ、やっと宝具から放たれるオーラに気絶しないで触れるようになったただの子供だ。

 

 まだ十回程度しか振ってないのに腕が痺れ始める。単純に重い、という訳ではない。龍一郎が持つ宝具から感じられる重圧が精神的にも彼を疲弊させていた。

 

「本当、こんなの振り回して戦ってたんだから凄いよな、英雄って」

 

 それでも、龍一郎は素振りを止めない。掌に出来た肉刺が潰れ、血が滲んでも止めない。腕の筋肉がプチプチと嫌な音を立て、激痛が走っても止めようとしない。宝具に、そして本来の担い手達に失礼の無いように。少しでも彼らに近づけるように少年は遅々たる、だが確かな歩みで今日も進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素振りを開始してからおよそ四ヶ月ほどが経過し、龍一郎の通う中学校は夏休みに入っていた。この四ヶ月の間、学校が終わってからは学校近くにある山奥の修行場所でひたすら宝具を振るい続けていた龍一郎。時々、幼馴染や友人たちと遊んだこともあったが、それでも素振りを怠った日は一日たりとも無かった。その甲斐あってか、最近では両腕を傷めることなく宝具を振るえるようになっていた。

 

「……よし、と」

 

 夏休み最初の週に宿題を全て終わらせ、早速修行場所へとやって来た。早速、宝具の素振りをするかと思いきや、何も取り出さないで無手のまま目を閉じ意識を集中させる。

 

 そのままの体勢で静かに呼吸を続けること数分、前触れも無く発生した微風が龍一郎の周囲に発生した。龍一郎を囲むように流れる風は霧散せず、不自然に円転しながら加速していく。

 

 最初、ふわりと頬を撫でる程度にしか感じられなかった風が勢いを増していく。ゆっくりと、だが確実に強くなっていく風はやがて音がはっきりと聞こえるほどにまでなっていた。最早、小型の竜巻といって差し支えない強風の中心で龍一郎は眉間に皺を寄せ、額に汗を浮かべながら意識の集中を続けるが、一分としない内に限界が訪れる。

 

「うおぉっ!?」

 

 精神の統一が乱れた瞬間、龍一郎を中心に渦巻いていた竜巻が弾けた。吹き荒れる突風に木々が撓み、木の葉が散っていく。

 

「くっそぉ、やっぱ駄目かぁ~」

 

 地面の上に大の字になって倒れこんだ龍一郎の額の上に一枚の葉が落ちてきた。取る気も起こらないのか、龍一郎は葉を乗せたまま、突風の名残でざわざわ揺れる枝の音に耳を傾けていた。

 

「風にするとこまでは出来るんだけどな。そっから先が……」

 

 上半身を起こし、頭を掻く。龍一郎がこんなことを始めた切っ掛けは全くの偶然だった。宝具の素振りの最中にこの世界には魔術みたいな存在とそれを行使するための力があることを発見したのだ。

 

 というのも、一、二週間ほど前に聖剣的な宝具で素振りをしていたら切っ先からレーザーみたいなのが出て、木を三、四本両断したのだ。最初のほうこそ物凄く慌てたが、そこまで大した威力はないようだったので色々と検証してみることに。結果、自身の中にある魔力が聖剣を介してレーザーになり、振り下ろしと同時に放たれていたことが判明した。

 

「……これ、魔力を風にして『風王結界(インビジブル・エア)』みたいに出来ないかな?」

 

 というのが龍一郎が今回の訓練を始めた経緯だ。それなりに才能があったのか、魔力を風に変換して放出することは出来るようになった。だが、そこから先の風を収束して身に纏うことは上手く出来ずにいた。

 

「やっぱ、独学でやるには無理がありすぎるよなぁ。先生がいればいいんだけど……」

 

 いやいやいや、と頭を振って龍一郎は高望みを振り払う。望んだところで、都合よく先生が現れることなどないのだ。だったら、自分一人の力でことを為すしかない。両手で頬を叩き、気合を入れる。立ち上がって、練習を再開した。

 

「どわぁ!!」

 

 大気を劈く炸裂音が響いたのはそれから十秒後のことだった。

 

 

 

 

『にゃ~ん、にゃ~ん♪ にゃんにゃんにゃん♪』

 

 時を同じくして微妙に違う場所。一匹の黒猫が上機嫌で山の中を歩いていた。美しく光沢のある、非常に良い毛づやの猫だった。この黒猫、ただの猫ではないのだが、今は語るべきことではないので割愛する。

 

 鼻歌にも似た声で鳴きながら黒猫が歩いていると、突如として何かが弾ける音が聞こえてきた。数瞬遅れ、吹き抜けた突風が黒い毛を叩いていく。予告も前兆も無しに発生した音に一瞬だけ驚くも、黒猫はすぐに全身の毛を逆立てて警戒態勢に入る。鼻面に皺を寄せながら強風が吹いてきた方向を睨んだ。

 

『……そ、……こそ』

 

 何やら声が聞こえるが、遠すぎるためか詳しくは聞き取れない。警戒を解かずに黒猫は猫特有の音を立てない歩きで静かに、そして素早く音と風の発生源へと近づいていく。その間にも二回、炸裂音がこだまし、風が奔っていった。

 

 やがて、黒猫は開けた場所に辿り着く。そこでははた迷惑な風と音の原因であろう少年が地面の上で大の字になっていた。黒猫は少年に気付かれぬよう、近くにある茂みの中へと隠れて葉と葉の間から様子を見る。

 

「えぇい、まだまだ!」

 

 威勢よく飛び上がり、少年は目を閉じた。少年の周囲に風が渦巻き始める。視認出来るほどに濃い風は鎧のように少年の堅田に集束していった。

 

「うおぉっ!!」

 

 しかし、ある程度の量の風が集束すると調節が上手くいかなくなるのか、集まっていた風が爆弾よろしく破裂して逃げるように木々の間を駆け抜けていった。

 

「何くそぉ!」

 

 失敗にもめげず、少年は再び挑戦する。しかし、結果は同じだった。

 

「やっぱ無理なのかぁ……」

 

 十回目の失敗でとうとう根気が失せたのか少年、龍一郎は倒れたままでいた。もう、起き上がる気力も無い。

 

「成功できる気がしない。やっぱ、無理か? いやいや、継続は力なりという。諦めたらそこで試合終了だって偉い人も言ってたしな」

 

『その根性は見上げたものだけど、今のまま闇雲にやっても成功は無理にゃよ。にゃにがしたいのか知らないけど』

 

「ど、どちらさん!?」

 

 突如、投げかけられた声に龍一郎はぎょっとしながら跳ね起きる。周囲に視線を走らせるが人の姿は勿論、気配も感じられなかった。

 

『ここにゃ、ここ』

 

 気のせいか、と首を傾げる龍一郎の足下から先ほどのと同じ声が。ふぇ? と間抜けな声を出しながら視線を下ろしてみれば、一匹の黒猫がちょこんと座っていた。

 

「……」

 

 現実を理解、認めるのに数秒の時間を要して龍一郎は察した。あの声の主は足下にいる黒猫だと。

 

「ねねねね、猫が喋ったぁ!?」

 

 腰を抜かし、尻餅をついた龍一郎の腹の上に軽やかな身のこなしで猫が飛び乗る。あんぐりと口を開けて言葉も出ない龍一郎をじっと見詰めていた。

 

『落ち着くにゃん。というか、あんたみたいにゃトーシローが魔術を使えるのよ? 人の言葉を話す猫がいたって不思議じゃにゃいにゃん』

 

「……言われて見れば確かに」

 

 黒猫に説得される中学生の図。構図としてはこの上なくシュールなものだった。

 

「えっと、猫又的な何かですか?」

 

『猫又は猫又でも猫魈っていうとっても凄い妖怪なのよ?』

 

 しゃなりと科を作る黒猫に龍一郎ははぁとしか返せなかった。

 

「で、そのとっても凄い妖怪の猫魈が俺に何の用で?」

 

『用も何も、いきなり風が吹いてきたからその大元に文句を言いにきただけにゃん。お陰で毛並みが乱れちゃったじゃにゃい』

 

 ぼさぼさになった黒毛を整えながら黒猫は龍一郎に非難の目を向ける。特に意図してやった訳ではないのだが、それでも黒猫に迷惑をかけたのは確かだと龍一郎は素直に頭を下げた。

 

『うんうん、素直に謝れる子は好きよ。で、そういうあんたはにゃにしてたの?』

 

「あ、はい。実はですね」

 

 黒猫を腹に乗せた体勢のまま、龍一郎は自分のやろうとしていたことを掻い摘んで伝える。にゃるほど、と龍一郎から話を聞き終えた黒猫は考え込んだ。

 

『何重にもした風の層で自分の体を覆って相手から自分を見えにゃくすると』

 

「えぇ、まぁ簡単に言っちゃえば」

 

『そんな面倒な事しなくても自分を透明にするくらい出切るわよ』

 

「マジで!?」

 

 百聞は一見にしかず、と黒猫は目を見開く龍一郎の目の前で透明になって見せた。ふぁ!? と龍一郎の口から変な声が漏れる。慌てて目元を擦って見たが、消えた黒猫は現れなかった。

 

『隠形っていう妖術の一種だけど、妖術を齧ってる奴にゃら割と誰でも使えるにゃん』

 

 ここに来てまさかの衝撃的な事実。不可視になるのは結構簡単なことだったようだ。少なくとも、苦労してまで身につける技能ではないらしい。

 

「つまり、俺のやってきたことは……無駄だったのか?」

 

『くさらにゃい、くさらにゃいの』

 

 どう、と両腕両脚を投げ出して倒れこんだ龍一郎の胸に移動し、黒猫は意気消沈する龍一郎の顔を肉球でペシペシした。

 

『もっと、視野を広げて考えるにゃん。別に不可視になるだけが使い道って訳じゃにゃいでしょ?』

 

 それこそ、単純に鎧として身に纏ったり加速したり。鏃のように展開して空気抵抗を減らすことも出切るだろうし、剣に纏わせれば威力を上げる事も出切るはずだ。それに斬撃を飛ばしたりするのも夢ではないだろう。黒猫のフォローに龍一郎はおぉ、と目を輝かせて起き上がろうとするが、すぐにシュンとなってしまった。

 

「でも、俺じゃそんな幅広い用途で使えないよな、実力的に考えて」

 

 確かに、風を集束させることに四苦八苦している今の彼では無理だろう。時間をかければ出切るのだろうが、かなりの年月が必要なのは確実だ。落胆する龍一郎を見上げていた黒猫は仕方にゃい、と小さくため息を吐いた。

 

『ここで会ったのも何かの縁。私が面倒見てやるにゃん。魔術は専門じゃにゃいけどね』

 

「え、いいの?」

 

『モーマンタイにゃん。最近じゃ追手も来なくなったし、それに暇だし……あ、勿論代価は貰うわよ。暖かい寝床とご飯を要求するにゃん』

 

 追手、という不穏な単語が気にならなくも無いが、龍一郎は一も二も無く頷いた。暗中模索しながら進めてきた魔術の修行。これ以上独学で上達させるのは無理そうだったので、教えてくれる存在というのは正直ありがたかった。

 

『じゃ、これで交渉成立にゃん。あんた、名前は?』

 

「日乃輪龍一郎だ、じゃなくて日乃輪龍一郎です。えっと、貴方の事は何と呼べば?」

 

『私のことは黒k……ニャンコ大先生と呼ぶにゃ。言っとくけど、私の修行は厳しいわよ?』

 

「覚悟の上です。よろしくお願いします、ニャンコ大先生」

 

 礼儀正しく頭を下げる龍一郎に黒猫は満足げに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 これが自分と龍一郎の運命の出会いだった、と彼女。ニャンコ大先生改め黒歌は惚気話を始める時、決まってこのように切り出していたと彼女の妹は辟易とした顔で言っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迫る影

 展開が早いのはご愛嬌ってことで一つ。早く原作入りたいもので。


『ほれほれ、さっさとやってみるにゃん。昨日は私抜きでも出来てたじゃにゃい。自信持つにゃ』

 

「はい!」

 

 何時もの修行場。ニャンコ大先生、もとい黒歌の指示を受け、龍一郎は両腕を腰に沿えるような体勢で魔力を練り上げ始める。どうでもいいが、喋る黒猫の指示をクソ真面目に実行する中学生の図は複雑怪奇なことこの上なかった。

 

 ふぅ、と短く息を吐き出す。体の中を駆け巡る魔力を風に変え、体外に解き放つ。そして間髪入れずに圧縮して自分の周囲に留めるイメージ。

 

『む』

 

 刹那、奔った風に黒歌は一瞬だけ顔を顰めたが、すぐに上機嫌な表情を浮かべる。目の前では全身に風の鎧を纏った龍一郎が立っていた。鎧というには少しばかり大きい上に丸く、どこか繭のような印象を覚えるが、鎧としての体は成していた。この前のように風が弾ける気配もない。

 

『ちょっと不恰好だけど上出来だにゃん』

 

「やった、遂に成功した……」

 

 黒歌の特訓を受け始めてから凡そ一週間。ついに龍一郎は自分の思い描いていたものを手に入れた。成功させた当の本人は信じられないと言いたげな顔をしていたが、彼の周囲では現実を突きつけるかのように風が静かに渦巻いている。

 

「……よし!」

 

『じゃ、喜びを噛み締め終わったところで早速実践テストにゃ』

 

 ぐっ、とガッツポーズを作ったのも束の間。口を半開きにさせる龍一郎を余所に黒歌は尻尾をくいっと傾けた。途端に森がざわめきだす。風が吹いているわけでもないのに葉と葉が擦れ、枝が揺れている。

 

「あの、ニャンコ大先生、一体、何を」

 

『集中集中。私と話している暇にゃんてにゃいわよ』

 

 どういう意味かと問おうとする龍一郎の背後で微かな風きり音。振り返ろうとした龍一郎の後頭部に何かが直撃した。顔面から地面に突っ込む龍一郎。

 

「っ……一体、何だ!?」

 

 地面に突っ伏した状態のまま、手探りで自分を襲ったものを探す。見つかったのは青々とした緑色だった。

 

「葉っぱ?」

 

『ぼうっとしにゃい。次が来るにゃよ』

 

 再び龍一郎の耳が風きり音を捉える。咄嗟に横に転がると、さっきまで自分のいた場所に数枚の葉っぱが手裏剣のように突き刺さっていた。

 

「そっか、ニャンコ大先生が妖術で森を操ってるのかって、今度は何だぁ!?」

 

 足元が盛り上る。後ろに下がった龍一郎を追うように木の根が地面突き破って飛び出してくる。木の根は触手のように蠢きながら龍一郎へとかなりの速さで迫っていった。

 

『頑張って逃げにゃいと大切なものを失っちゃうにゃよ? 初めてが触手プレイとか嫌でしょ』

 

「俺に何するつもりなんですか!?」

 

 言っている事は皆目見当がつかないが、捕まったら碌でもない目に会うことは確実だ。龍一郎は死に物狂いで走り回る。風の鎧の恩恵か、常人であれば視界に収めることも困難な速さだ。

 

『にゃむ。木一本分の根っこじゃ余裕みたいね。じゃあ、十倍に増やすにゃん』

 

「極端すぎぃ!!」

 

 龍一郎の涙交じりの悲鳴も届かず、黒歌は無情にも這い回る木の根の数を増やした。転がったり大きく跳んだりして避けていた龍一郎も物量には敵わず、じりじりと逃げ場を失っていく。時折、足首に絡みつくほどの距離まで近づいてくるが、風の鎧が弾いてくれるお陰で捕まらずに済んだ。しかし、その都度風の鎧が弱まっていくのが分かった。このままでは破壊されるのも時間の問題だろう。

 

「このままじゃ捕まる……だったら、上ぇ!!」

 

 即座に判断し、龍一郎は地面を蹴って飛び上がる。更に赤い帽子がトレードマークの某配管工のように壁(に見立てた木)を蹴ってもっと上に行こうとしたが、ここで予想外のことが起きた。ジャンプの勢いが思っていた以上に強く、壁を蹴れずに勢い良く木の幹に全身を打ちつけてしまったのだ。

 

「あふん」

 

 意識が遠のく龍一郎。同時に彼を守っていた風の鎧もどこかに吹き散っていく。

 

『流石にあそこから落ちたら死ぬわね』

 

 数メートルの高さから真っ逆さまに落ちてくる龍一郎を受け止めるため、黒歌は木の根で即席のマットを作る。ボフン、と龍一郎は根っこマットのど真ん中に落ちた。

 

『大丈夫、龍一郎?』

 

「ん、ん~。何とか……」

 

 のろのろと起き上がった龍一郎の顔には見事な幹の跡が出来ていた。駆け寄ってきた黒歌に礼を言いながら龍一郎はマットから下りる。

 

「あの、ニャンコ大先生。やるんならやるって前もって言ってくれると嬉しいんですけど」

 

『にゃにを甘えたことを言ってるの、この馬鹿弟子。正統派の怪盗じゃあるまいし、どこの世界に自分が襲うことを予告してくる敵がいるにゃん』

 

 そう言われてしまうとぐうの音も出なかった。

 

『文句を垂れる暇があったら風の鎧の問題点を考えるにゃん。実際に使ってみてどうだった?』

 

「問題点ですか……」

 

 数秒、考え込む。それだけでも幾つかの問題が浮上してきた。

 

「真っ先に思い浮かぶのは俺自身の動きですね。何だよ、あの無様としか言い様の無い避け方」

 

 確かに必要以上に大きな動きで回避行動をしていた様は無様を通り越して滑稽だった。黒歌自身、龍一郎が弟子でも何でもない赤の他人だったら腹を抱えて笑い転げていただろう。

 

「もっと、小さなステップとか足捌きとかで避けれるようにならないと」

 

『あれだけ無駄のある無駄にゃ動きで速く動けたんだから、龍一郎自身がもっと回避技術を鍛えれば更に速くなれるにゃ』

 

「ですね。後、風の鎧自体が弱いです。もう少し攻撃を貰ってたら、間違いなく剥がされてました」

 

『そうにゃの? そんなに力は使ってにゃかったんだけど。あの程度の攻撃で壊れるとか、貧弱にも程があるにゃん』

 

 ですよね~、と項垂れる龍一郎。実際、木に激突した時も風の鎧は消えていた。少しの攻撃で破壊されるようではお話にならない。もっと、強固に作る必要があった。それに大きすぎるのも問題だ。もっと、薄く小さくしなければ実戦では役に立たないだろう。

 

「課題は山積み、か……」

 

『ま、それはこれから出切るようににゃればいいにゃん。今は目的が達成できた事を喜べばいいにゃん』

 

 ですね、と龍一郎は頷く。

 

『よし、じゃあ今日はこれくらいにして帰るにゃん』

 

 気合いを入れ、もう一度風の鎧を作ろうとする龍一郎のやる気を著しく削りとる黒歌の発言。すっ転びそうになりながら龍一郎は黒歌に驚きと不満の顔を向ける。

 

「え、もう終わりですか?」

 

『一応のラインには到達したんだし、お祝いするべきにゃん。ご馳走を要求するにゃん♪』

 

 楽しげに黒歌は舌をぺろりと出す。それが目的かと龍一郎は脱力するも、黒歌の提案を断ろうとはしなかった。

 

「じゃ、帰りましょうか」

 

 ひょいと黒歌を抱き上げ、頭の上に乗せる。ここ最近、龍一郎の頭の上が黒歌のベストポジションとなっていた。

 

「ニャンコ大先生、何か食べたいのってあります?」

 

『めでたい、とかけて鯛とか食べたいにゃ』

 

「骨多いですよ?」

 

 揺れる頭の上で器用にバランスを取りながら黒歌は道中の龍一郎との何気ない会話を楽しむ。最初はただの暇潰しのつもりだったが、何だかんだで今の生活に心地良さを覚えていた。

 

(私にゃんかがこんな楽しい生活送っていいのかにゃ……白音)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月日が流れるのは早いもので、龍一郎が黒歌に師事するようになって一ヶ月が経過した。夏休み終了を間近にして、龍一郎は風の鎧、改め『風王纏鎧(アーマード・エア)』も完成一歩手前まで漕ぎ着けていた。

 

「『風王纏鎧』完成までもう少し……時間かかったなぁ」

 

『にゃにを言ってるにゃん。新しい魔術を作り出して、実戦で使えるレベルまで昇華させるのよ。一ヶ月そこらでどうこう出切る訳にゃいにゃ』

 

 寧ろ、たった一ヶ月でここまで形に出来た方が驚きだ。

 

「ここまで出来たのもニャンコ大先生のお陰です。本当にありがとうございます」

 

『にゃっふっふっ、もっと感謝してもいいのよ? でも、あんたも誇っていいと思うわよ。あんたの努力と根性が産み出した結果にゃんだから』

 

「いえ、俺などまだまだで……」

 

 その日の修行を追え、晩御飯への買出しへと向かう二人。修行を始めてからというもの、二人はトイレと風呂以外で離れた事はなかった。流石に龍一郎が友人達と遊びに出かけた時はその限りではないが、予定の無い時は何時も一緒にいた。

 

「あら、龍一郎ちゃん。それにニャンコ大先生ちゃんもいらっしゃい」

 

「こんにちは」

 

「にゃ~」

 

 勿論、買い物に行く時も一緒だったので、今では頭に黒歌を乗せた龍一郎が商店街に来ても誰も驚かなくなっていた。というか、ちょっとしたマスコットになっているのが現状だ。肉屋に訪れた二人を恰幅のいい中年女性が出迎える。

 

「今日も何時もの?」

 

「はい、お願いします」

 

「にゃん」

 

「オマケもよろしく、だそうです」

 

「ふふ、相変わらず清々しいほど図々しいわね。流石、大先生」

 

 女性は愉快気に苦笑しながら龍一郎が何時も買っていく肉類を慣れた手付きで包んでいく。その途中で何かを思い出したのか、手を止めて龍一郎を振り返った。

 

「そう言えば知ってる、龍一郎ちゃん?」

 

「知ってるって、何をですか?」

 

 女性の主語の無い問いに龍一郎は首を傾げた。実はね、出たらしいのよと女性は声を潜める。

 

「出たらしいって、お化けですか?」

 

「そうなのよ。科学が発達した今日日、白昼堂々出てくるなんて大した奴って違うわ。不審者よ、不審者」

 

 不審者? と龍一郎と黒歌は揃って眉を顰める。穏かな日常には不釣合いな単語だ。

 

「そう、不審者。私は実際に見た訳じゃないから分からないんだけど、三十代くらいの男の人だったらしいわ。服はボロボロ、目は血走っててぶつぶつ何か呟いてたんですって」

 

 三百六十度、どこからどう見ても不審者だ。

 

「そりゃまたおっかないですね」

 

「そうねぇ。警察が来る前にどこか行っちゃったみたいだし、まだこの近くに潜んでるかもしれないわね。龍一郎ちゃん、今日は寄り道しないで真っ直ぐ家に帰らなきゃ駄目よ……あぁ、そうそう」

 

 と、更に何かを思い出したのか、女性はポンと手を打った。

 

「その男の人ね、背中に翼をつけてたんですって」

 

 翼ぁ? と怪訝な表情を浮べる龍一郎の頭の上、黒歌の体が一瞬だけ強張った。

 

「翼っていうと、鳥みたいな?」

 

「どっちかっていうと、蝙蝠みたいなのだったって話よ。コスプレ趣味の不審者なのかしら?」

 

「仮装って訳じゃないですよね。ハロウィンにはまだ早いし」

 

 二人仲良く頭を捻るが、コスプレ趣味の不審者のことなど分かるはずも無かった。女性から肉を受け取り、龍一郎は次の店へと向かう。道中、黒歌が鳴くことは一度も無かった。

 

 

 

 

「どうかしたんですか、ニャンコ大先生?」

 

『……どうしたの藪から棒に?』

 

 風呂場、龍一郎は黒歌の体を洗いながら気になっていた事を訊ねた。大量の泡に塗れながら黒歌は片目を開け、濡れてもいい格好に着替えた龍一郎を見上げる。いやですね、と手を止めないで龍一郎は言葉を続けた。

 

「何だか、大先生。夕飯食べた後、というか家に帰って来てから元気が無いように見えたんで。何か悩み事ですか?」

 

『そうねぇ……不肖の弟子が明日のテストで合格ラインを超えられるかどうか不安って悩みならあるにゃん』

 

 黒歌の返しに龍一郎は言葉を詰まらせる。黒歌のいう明日のテストというのは『風王纏鎧』の最終試験のことだ。彼女曰く、このテストを無事に突破することが出来れば実戦で『風王纏鎧』を使っても問題ないらしい。

 

『内容は夕飯の時に言ったとおりだにゃん。私の心配をする暇があったら自分の心配をしにゃさい。あ、耳の後ろもっと掻いて』

 

「ここですか?」

 

『あ~、そこそこ……』

 

 うっとりと目を閉じる黒歌。これ以上、このことに関して話すつもりは無いようだ。黒歌の無言の返事を受け取り、龍一郎はそれ以上何も問わなかった。泡だらけになって黒毛が見えない黒歌にゆっくりとお湯をかける。

 

『にゃふ~。やっぱり、風呂はいいものだにゃん』

 

 とても猫とは思えない発言だった。全身から泡が落ちたのを確認し、黒歌は湯を張った風呂桶に体を沈める。龍一郎の家に厄介になって以来、その風呂桶が彼女の湯船となっていた。

 

『何時まで見てるつもりにゃん。レディーの入浴シーンを覗くなんて紳士的とは言えにゃいにゃん』

 

「いや、別に覗いてる訳ではないですよ」

 

 慌てて風呂場から出て行く龍一郎。風呂場の扉を閉め、小さくため息をつく。

 

「はぐらかされたか」

 

 黒歌の悩みが明日のテストのことでないのは明らかだった。それは分かるのだが、肝心の黒歌の悩みがどういうものなのか龍一郎には皆目見当がつかなかった。

 

「……そういや、俺。ニャンコ大先生について何にも知らないな」

 

 改まった口調で龍一郎は呟く。一ヶ月近い期間、同じ屋根の下で過ごしてきた。だというのに龍一郎は黒歌についてほとんど何も知らなかった。彼女自身、自分のことについて話そうとはしなかったし、龍一郎も黒歌の修行をこなすのに必死で気にする余裕も無かった。

 

「でも、名前すら知らないって駄目だろ、流石に」

 

 一ヶ月の間、先生と仰いだ相手の名前を知らないというのは幾らなんでもまずいだろう。龍一郎が確実に言えることはただ一つ、ニャンコ大先生という名が彼女の本名ではないということだ。

 

「でも、どう聞けばいいんだ?」

 

 そこが問題だった。今まで聞くタイミングが掴めなかったとはいえ、今更名前を教えてくださいというのも気が引けた。どうするか、と頭を抱えていた龍一郎だったが、すぐに妙案を思いついた。

 

「明日のテストで合格したら、ご褒美として本当の名前を教えてもらえばいいじゃん」

 

 そんな些細なご褒美で良いのか、と思わず問いたくなることを抜かす。何とも欲の無い男だった。

 

「そうと決まれば、明日は絶対に合格しないと。うし、気合い入ってきた。頑張るぞ」

 

 おー、と近所迷惑にならない程度に気勢を上げ、龍一郎は室内でも出切る『風王纏鎧』の練習をする為に自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

「す~、す~」

 

 ベットの上で薄いタオルケットを被った龍一郎が穏かな寝息を立てている。時刻は午前二時。龍一郎の眠りは深く、ちょっとやそっとのことでは起きそうになかった。

 

「……ふふ、気持ち良さそうに寝ちゃって」

 

 龍一郎の額にそっと手が置かれる。僅かに身動ぎするが、特に起きる気配はなかった。龍一郎の枕元に立つその人物は愛おしそうに龍一郎を撫でていた。頭に大きく黒い猫耳を生やした、黒い和服にダイナマイトボディを押し込んだ美女だ。

 

「本当、無防備な寝顔。龍一郎、私って実はとっても悪い奴なのよ? 変なことされちゃうかもよ?」

 

 自嘲の笑みを浮かべながら美女、黒歌は膝を立てるように座って龍一郎の顔を覗きこむ。かつて、彼女は悪魔だった。悪魔と言っても主に仕える、所謂眷属だが。

 

 とある理由から彼女は自身の主を殺し、悪魔に追われる身となった。元々の強さもあり、追っ手を追い返しているうちに気がつけばSS級のはぐれ悪魔になっていた。

 

 帰れる場所も頼る人も居らず、黒歌は長い間、孤独に世界を逃げ回っていた。猫とは自由と孤高を愛するものだと強がり、快楽的に生きる事で追われる身でありながらそれなりに楽しくやっていた。だが、どうしても独り故の寂しさが拭えずにいた。

 

 そんな時、出会った。出会ってしまった。日乃輪龍一郎という存在に。我流で新しい魔術を作ろうとしていた、無知で無謀としか表現出来ない少年。偶然、出会ったこの少年に黒歌は気紛れで魔術を教えることにした。

 

 いや、気紛れでないことは黒歌自身よく理解している。彼女は他者との触れ合いに飢えていた。会う奴といえば追っ手の悪魔ばかり。言葉を交わすことは当然として、触れ合うことなど出切る訳が無い。悪魔以外の他種族と交流すれば良かったのかもしれないが、交流できるだけの知能を持った種族には彼女が主殺しだということが知れ渡っていた。そんな奴と好き好んで関わろうとする者は誰一人としていなかった。

 

 その点、龍一郎は非常に理想的だった。魔術の存在を知っているため猫が人の言葉を話すことを何の抵抗もなく受け入れてくれたし、何より黒歌の事情を知らない。主殺し、と恐怖の視線を向けられないのは黒歌にとって大きな救いだった。

 

「楽しかったにゃあ……」

 

 しみじみと黒歌は呟く。龍一郎と共に過ごした一ヶ月、本当に楽しかった。自分の教えを吸収し、しっかりと成長していく龍一郎を見ているのが楽しかった。晩御飯の献立やテレビで見たことなど、何気ない日常の事を話すのが楽しかった。はぐれ悪魔になったあの日以来、こんなに楽しい日々は無かった。

 

「ありがとう。大好き」

 

 起きないように細心の注意を払いながら龍一郎の頬にそっと口付けする。自分に暖かな日常を送らせてくれた龍一郎が彼女は大好きだ。

 

 ニャンコ大先生、と敬意を持って接してくれる龍一郎が大好きだ。

 

 与えられた課題に真摯に取り組む真剣な龍一郎が大好きだ。

 

 抱き上げてくれる両手の感触、頭の上の居心地の良さが大好きだ、

 

 優しく体を洗ってくれる龍一郎が大好きだ。

 

 冗談や意地悪に困ったように苦笑する龍一郎が大好きだ。

 

 黒歌は龍一郎が大好きだった。

 

 だからこそ、彼女は龍一郎と分かれねばならなかった。

 

「翼の生えた不審者。私を追ってきた奴よね」

 

 そう考えて間違いないだろう。この一ヶ月、ぬるま湯のように平和な生活をしていて忘れかけていたが、黒歌に確かな憎悪と殺意を抱いて彼女を探しているものはいるのだ。例えば、元眷属仲間の悪魔とか。

 

 相手にしてみれば長年追いかけていた怨敵だ。黒歌を見つければ、間違いなく襲ってくるだろう。もし、その時に龍一郎が一緒にいれば確実に巻き込んでしまう。それだけは絶対に避けたかった。

 

 明日、ここを発とう。黒歌は秘かに決心した。龍一郎の『風王纏鎧』が完成させたのを見届けて、もう教えることはないと先生らしいことの一つでも言って別れよう。

 

 別に大したことではない。ただ、行く先も帰る場所もない孤独な一人旅に戻るだけ。一ヶ月前まで、ずっと送ってきた日常に戻るだけだ。それだけのはずなのに何故こんなにも胸が苦しいのだろうか。

 

「……ずっと一緒にいたいなぁ」

 

 叶わぬと知りながら言葉にせずにはいられない。一人の少年に心を奪われた愚かな黒猫を窓から覗く月が何も言わずに照らし続けていた。

 

 

 

 

 夢を見た。女の人がいた。

 

 死の恐怖と孤独に付き纏われると知っていながら茨の道を進んだ強い人だ。

 

 気紛れでも打算であっても、取るに足らない存在に手を差し伸べてくれた優しい人だ。

 

 二度と触れられぬと思っていた暖かさに触れてしまい、失うことを恐れている寂しがりな人だ。

 

 泣いている。誰だか分からないが、大切な人が泣いている。

 

 だから思った。この人の涙を止められるような存在(ヒーロー)になりたいと。




 こんなの黒歌じゃない? 俺もそう思いますよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英雄への一歩

 書き溜めはここまでです。次はどんくらい早く書けるかなぁ……時系列とか色々と目茶目茶かと思いますが、突っ込まんでいただけると嬉しいです。


『それじゃ、準備も終わったし早速始めるにゃん』

 

「了解です!」

 

 翌朝、何時もの修行場所へとやって来た二人。テストの準備を終えた黒歌が龍一郎の方を見ると、直立不動という表現がピッタリなくらい背筋を伸ばしていた。そんなに気合いを入れなくても、と黒歌は苦笑する。

 

『昨日も言った通り、制限時間内に私が山頂に用意した招き猫を取ってきてもらうにゃん』

 

 簡単に言ってしまえば障害物走だ。

 

「道中に大先生が用意した罠とかがあるんですよね?」

 

『にゃ。それを突破しながら山頂を目指してちょうだい。ただ……』

 

 言い難そうに黒歌が口篭る。と言うのも罠(木などの自然物を妖術、仙術などで操ったもの)の製作に気合いを入れすぎてしまい、作った張本人がドン引きしてしまうような代物が出来上がってしまったのだ。はっきり言ってしまうと今の龍一郎ではとても勝てないような相手、例えば上級の悪魔などでも無傷で完走するのは難しいかもしれない。

 

 ここまで難易度を上げるつもりは無かった。なので、黒歌は一度コースや罠を作り直すつもりでいるのだが、

 

「っし! 頑張るぞ!」

 

 やる気満々、気合い十分な龍一郎に言い出せずにいた。オロオロとする黒歌を余所に龍一郎は入念に準備体操をしていく。

 

「あ、そうだ」

 

 組んだ両手を真上に伸ばしていた龍一郎が黒歌を振り返った。その真剣な面持ちに黒歌も足を止めて龍一郎を見上げる。

 

「ニャンコ大先生。実はお願いがあるんです」

 

『お願い?』

 

「もし、このテストを上手くやることが出来たら、その時は大先生の名前を教えてください」

 

『……名前?』

 

 大真面目に頷く龍一郎。そんなことと言いかけて黒歌は気づく。そういえば、自分の名前をちゃんと伝えていなかったと。黒歌の中ではニャンコ大先生という呼び名がすっかり定着していた。

 

『そういえばそうだったわね……そんなのでいいの?』

 

「俺に取っては凄く重要なことなんです」

 

 生真面目な表情をそのままにして龍一郎は断言した。確固たる意思を持った声音に黒歌は気圧されると同時に気恥ずかしくなる。

 

『そ、そっか。重要なことにゃのね……いいわ、ちゃんと出来たらその時は教えてあげるにゃん』

 

「ぅありがとうございます!!」

 

 凄い勢いで頭を下げる。満ち満ちた気力を更に掻きたて、龍一郎はスタート位置に移動した。

 

「じゃ、行ってきます! 合図をお願いしても?」

 

『うん。それじゃあ、位置について。よ~い、ドン!』

 

 開始の掛け声と同時に龍一郎は駆け出し、『風王纏鎧』を展開する。今までの修行で厚さ数ミリに凝縮された風の鎧は装着者を一瞬で高速の世界へと誘った。地面を跳び、木を蹴りつける。時に宙を翔けながら龍一郎は山頂を目指していく。

 

『うわ、速っ。え、あんな速かったっけ? 確かに『風王纏鎧』を展開した時の龍一郎って文字通り風みたいに動いてたけど、あそこまで凄くなかったようにゃ……そんなに私の名前知りたかったのかな?』

 

 一秒と経たずに見えなくなった龍一郎に黒歌は最初唖然としていたが、徐々に口角が吊り上っていくのが自分でも分かった。黒歌の名前を知りたいがために実力以上の力を発揮する。つまり、それだけ彼女の本当の名前を知りたいのだ。

 

 こんなにも想われて悪い気などする訳が無い。少しの間、黒歌は熱に浮かされた乙女のような顔をしていたが、招かれざる客の訪れに険しい表情へと変わった。

 

「見つけたぞ……主殺しの雌猫がぁ……!」

 

 雑木林の中から現れたのはボロボロの服に血走った目、背中に生えた蝙蝠のような翼という肉屋の女性が言っていた通りの風貌の男だった。男の見覚えのある顔に黒歌はやはりと内心で頷く。その男はかつて同じ悪魔を主とした眷属仲間の『戦車(ルーク)』だ。主を殺されて以来、ずっと黒歌を追い続けている。詳しい回数は忘れたが、少なくとも五回以上は顔を会わせていた。

 

『ここまで私を追ってくるなんてあんたもしつこいわね。何、他にやることにゃいの? それとも私に惚れてるの? だとしたら願い下げだにゃん。あんた、全く私のタイプじゃにゃ』

 

「黙れ!!」

 

 黒歌の軽口が終わらない内に男、悪魔は右腕を異形のものに変えて黒歌に襲い掛かった。筋肉の膨張で二倍近くに膨れ上がった右腕の肌が岩のように固まる。拳を握り締め、ハンマーのように大上段から黒歌目掛けて振り下ろした。

 

 ドゴォン!!

 

 その見た目に相応しい威力で悪魔の一撃が地面を粉々に打ち砕いた。土の破片と土砂が吹き上がり、衝撃が波となって周囲を揺るがす。

 

「ちぃ、どこに逃げた!?」

 

 仕留めた手応えが感じられず、悪魔は目をギョロギョロさせて周囲を見回した。だが、宙を舞う濃霧のような砂煙が視線を遮り何も見えない。

 

「馬鹿ねぇ。そんな大振りな攻撃が当たる訳ないじゃにゃい。オマケに攻撃の余波で自分の視界まで奪っちゃって。そういう脳筋なとこ、変わってにゃいのね」

 

 背後から聞こえた声に悪魔は振り返りながら右拳を横薙ぎに払った。拳の動きに合わせて発生した風が舞い上がっていた土砂を吹き散らす。土砂に覆われていた視界が晴れ、悪魔の目の前に人の姿になった黒歌が立っていた。土煙に軽く咳き込みながら顔の前で手をパタパタと振っている。

 

「ほぉ、何時もみたいに逃げないのか?」

 

「こっちにも事情があるのよ。それにいい加減あんたが鬱陶しくなってきたし、ここでケリつけるにゃん」

 

 ぱっぱっと和服についた土埃を払い落とし、黒歌は戦う意思を宿した瞳を悪魔へと向ける。右手に妖力を、左手に仙力を滾らせて黒歌は悪魔と対峙した。

 

「この後、とっても大事な用事があるの。即行で終わらせるにゃん」

 

「死ねぇ、主殺し!!」

 

 

 

 

 

「よし、あともう少し!!」

 

 山中を飛ぶように翔ける人影があった。人影が宙を走る度に生じる突風が木々の枝葉を揺らし、煽られた落ち葉が舞い飛んでいく。

 

 しかし、我ながらよくテストをクリアできたものだと龍一郎はしみじみ思った。死を覚悟したのも、走馬灯が走ったのも一度や二度ではない。片足が三途の川に浸かっているような感覚を龍一郎は忘れることが出来なかった。

 

 コースの始めの方もそれなりの難易度だったが、まだ道徳的だった。中盤辺りで龍一郎の脳裏に『死』という文字がチラつき始め、終盤では実際に死にかけた。

 

 木の葉は弾幕となって容赦なく龍一郎を襲い、木その物が棍棒を振り下ろすように太い幹を叩きつけて来る。蛇のように迫ってきていた蔓や木の根は群れとなり、最終的には互いが互いに絡み合って巨大な龍のようになっていた。

 

「龍になるのは、まぁ百歩譲って分かる。何で植物で出来た龍が火を吐いてくるんだよ……」

 

 ちょっと焦げた前髪を気にしながら龍一郎は招き猫の置物を抱えた左腕に力を込める。どこぞの妖怪の名前が書き綴られた友人帳を持つ少年を守護(?)する猫もどきに似ていた。

 

「大先生、こんなのどこで見つけてきたんだろ?」

 

 胸中に生じた疑問を打ち消し、龍一郎は更に加速する。木々の間を縫うように移動していた龍一郎は開けた原っぱへと出た。ここを抜けて少し進めばゴール、スタート地点だ。

 

「まだ五分も経ってない。この調子で行けば……!」

 

 鎧内の風を放出し、龍一郎は地面に足をつけることなく原っぱを横切っていく。普通の人間にこんな芸当、出切るわけ無いのだが『風王纏鎧』を会得した龍一郎には可能だった。『風王纏鎧』を構成する風をジェット噴射の要領で使い、天を翔ける。自由自在に飛び回るというのは流石にまだ無理だが、空中である程度の自由な動きをするのは可能だった。

 

 原っぱを抜け、再び雑木林に入る。ゴールはもう目前なのだが、ここに来て龍一郎は何か争うような音を聞いた。剛力の怪獣が力任せに暴れ回っている、といった感じだ。

 

『……! ……ねぇ!!』

 

 しかも、罵声のようなものまで聞こえてきた。更に悪いことにそれらはゴールの方から聞こえてくる。明らかに近づくべきではない。ないのだが、何故か龍一郎は足を止めなかった。自分の中の勘が言っている。逃げてはいけないと。根拠も何も分からない己の勘に従い、龍一郎はゴールへと踊りこんだ。

 

 そこで彼が見たのは岩のようなゴツゴツとした外殻で全身を覆う巨大な化け物と、黒い猫耳を頭に生やした和服の美女。龍一郎は何故かその美女が敬愛するニャンコ大先生だと一瞬で見抜いていた。

 

「ニャンコ大先生!!」

 

 

 

 

(あれ、こいつってこんなに強かったっけ?)

 

 時は僅かに遡る。黒歌は予想外の苦戦を悪魔に強いられていた。

 

「いい加減、くたばってちょうだい!」

 

「温いわぁ!!」

 

 両手からそれぞれ妖術と仙術の波動を撃ち出すが、悪魔の皮膚を覆い隠した灰色の甲殻に弾かれてしまった。悪魔は鎧のような皮膚に防御を任せ、右腕を振り上げて黒歌に迫る。小さく舌打ちしながら黒歌は横に跳んで悪魔の一撃をかわす。目標を失った拳が地面を砕き、再び周囲を揺らした。

 

「そこ!」

 

 地面から拳を引き抜いている悪魔に波動を飛ばすが、結果は同じで皮膚に弾かれてしまった。

 

「あんた、一体何食べて生きてきたのよ。その体、そこまで丈夫じゃなかったでしょ」 

 

悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』。それが悪魔が悪魔以外の存在を自分の眷属にする時に用いるものの名前だ。チェスの特性が取り入れられており、駒は『(キング)』、『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『兵士(ポーン)』に分けられる。

 

 詳細は省くが、黒歌と対峙している悪魔に与えられた駒は『戦車』。その特性は馬鹿げた力と防御力だ。自前の能力と合わさって驚くほどの防御を誇っていたが、それを踏まえても現在の悪魔の防御能力は異常だった。少なくとも、黒歌の攻撃をモロに喰らって無事で済むはずが無い。彼女の記憶ではそうだった。

 

「主が殺されたあの日以来、俺は貴様を殺す事だけを考えて生きてきた。貴様を殺すため、そのためだけの力を求めてきた」

 

 どうやったかまでは分からないが仙術と妖術を完全に無効化する方法を見つけ出し、身に付けたようだ。悪魔の返答に黒歌は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。妖術、仙術が効かないとなると、黒歌の攻撃はほぼ全部通じないことになる。

 

(どうやって倒せば……もうそんなに時間もないのに!)

 

 龍一郎が山頂へ向かってから二分ほど経っている。黒歌の予想が正しければ、もう三分くらいで龍一郎が戻ってくるはずだ。それまでの間にどうにかケリをつけなければ。

 

「どうやら貴様は弱くなったようだな。貴様のことだ、どうせ享楽に耽り、堕落した生き方をしていたのだろう!」

 

 悪魔の一撃を避け、波動を放つ。結果は同じだった。

 

「男でも咥え込んで貢がせていたのか、それとも洗脳して従えていたのか?」

 

「好き勝手言ってくれるじゃない。私がどうやって生きてきたか知らないのに!」

 

「知らんな。知ろうとも思わん! お前は俺達の主を殺した怨敵、真実はそれだけだ!!」

 

 悪魔の柱のような両腕をかわしていくが、じりじりと追い詰められていく。

 

「ここで誰に知られる事もなく朽ち果てろ! それが貴様にはお似合いだ、死ねぇ!!」

 

 悪魔が組んだ両手を頭上まで持ち上げた。威力の底上げのためか、魔力を纏っている。避けても余波でやられる。かと言ってとても防げるようなものではない。刹那、黒歌の脳裏にぐちゃぐちゃの肉塊になった自分の姿が浮かんだ。恐怖に足が止まる。

 

『ニャンコ大先生!!』

 

 風が奔った。優しさと激しさが同居した、暖かな風が。何の前触れも無く発生した疾風に砂塵が舞い上がり、悪魔の視界を奪った。反射的に目を閉じるが、怨敵を逃してなるものかと涙を滲ませながら瞼をこじ開ける。

 

「何っ!?」

 

 驚きに目を見開く悪魔。一瞬前まで目の前に立っていた黒歌の姿が掻き消えたかのようになくなっていた。

 

「どこだ。どこに行った!」

 

 涙を流しながら全方位を見回す。黒歌の姿はどこにも無かった。

 

「どこに行ったぁ、黒歌ぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

『どこに行ったぁ、黒歌ぁぁぁ!!!』

 

 少し遠くから聞こえてくる怒声に顔を顰めながら龍一郎は抱えていた黒歌を木の根元に下ろした。木の幹が背凭れになるように黒歌を座らせ、片膝を折って視線の高さを同じにする。

 

「大丈夫ですか、ニャンコ大先生?」

 

「え、龍一郎? 何で、というか何が起きて?」

 

 状況が飲み込めず、黒歌は目を白黒させて龍一郎を見返す。突風を感じたかと思えば、不思議な力に抱き上げられていた。かと思えば周囲の風景が一転二転しながら変化し、気がつけば龍一郎に抱き抱えられていた……所謂お姫様抱っこという奴で。

 

「はうぅ!?」

 

 思い出した途端、黒歌の顔が爆発でもしたかのように赤くなった。白磁の肌を赤く染め、口をあうあうさせながら黒歌は龍一郎を見る。こちらを気遣う表情を浮かべた顔が至近距離にあった。微かな吐息が感じられるほどに近い。

 

「ニャンコ大先生の名前、黒歌っていうんですね」

 

 素敵な名前です、と龍一郎は穏かに微笑む。え? と困惑した後、黒歌は先ほど悪魔が自分の名を大声で叫んでいた事を思い出す。素敵な名前。この一言で黒歌は天にも上りそうな心持になるが、すぐにシュンとした様子で猫耳を垂れた。

 

「……こんな形で知って欲しくなかった」

 

 ちゃんと自分の口から伝えたかった。想いは同じらしく、龍一郎も残念そうに俯く。

 

「俺もです」

 

『出て来い、この雌猫がぁ!!』

 

 さっきよりも大きく聞こえる悪魔の怒声に龍一郎は表情を引き締めて立ち上がった。闇雲に探し回っているようだが、徐々に近づいてきている。

 

「ちょっと待つにゃ。どうするつもりなの?」

 

 音のする方へ歩いて行こうとする龍一郎のシャツの裾を掴んで止める。

 

「あいつ、ちょっと倒してきます」

 

 無理よ! と思わず声を荒げそうになりながら黒歌は声を潜めた。

 

「お願い、止めて。そんなことしたら龍一郎殺されちゃう」

 

 あの悪魔の目的は黒歌を殺すことだ。もし、その目的を邪魔しようとする者がいれば誰であれ容赦なく排除しようとするだろう。攻撃の手段が封じられたとはいえ、黒歌が苦戦するほどの相手だ。魔術を覚えただけの人間である龍一郎が勝てる相手ではない。

 

「それでも、やらないと……いや、違いますね。単純に俺はあいつを倒さないと気が済まない、そうしなきゃならない理由がある」

 

 振り返った龍一郎の表情は静かだった。何故かそれが嵐の前の静けさであると黒歌には分かった。理由は分からないが、龍一郎はぶち切れている。

 

「あの野朗、貴方の事を殺そうとした上に雌猫呼ばわりした」

 

 たった、一つのシンプルなこと。あの悪魔は黒歌を侮辱した、だから許せない。それだけのことだ。それに大丈夫です、と龍一郎はポカンとする黒歌に笑って見せた。

 

「無策、無手って訳じゃありませんから」

 

 言うと、龍一郎は自身の背後に黄金の光を放つ歪みを出現させる。ぎょっとする黒歌を余所に龍一郎は黄金の歪みから突き出た柄を掴み、一気に引き抜いた。何時ぞや、素振りの最中にレーザーをブッパした聖剣だ。

 

「龍一郎、それって……」

 

 聖剣から放たれるオーラに怖気を感じながら黒歌は恐る恐る訊ねる。何でそんな物を持っているのか、そもそもどうやって空間から取り出したのか、神器(セイクリッド・ギア)で創り出したものなのか。疑問は尽きなかった。

 

「見せたことかなったですね、これのこと。黙っててすみません。後で説明します」

 

 では、と軽く頭を下げ、龍一郎は『風王纏鎧』を纏って地を蹴り飛び出していく。黒歌には呼び止めようとする暇も無かった。

 

 

 

 

「おい」

 

 背後から投げかけられた声に悪魔が振り返ると、さっきまで誰もいなかった筈の背後に一人の少年が立っていた。オマケに右手には聖剣を携え、体全体を不可視の鎧で守っている。

 

「何だ、貴様は? 悪魔祓い(エクソシスト)か……っ! まさか、貴様が黒歌を!?」

 

 訝しげな視線を少年、龍一郎に送っていた悪魔はすぐに戦闘態勢を取った。黒歌が消え、少ししてから現れて敵意剥き出しの視線をこちらに向けているのだから黒歌の関係者と考えるのが妥当だろう。

 

「あんたと大先生がどういう関係かは知らないけど、大先生を害するならあんたは俺の敵だ」

 

「貴様、あの雌猫に術で操られているのか? ふん、下等で哀れな人間だ。自分が肉盾にさらていることも知らないなんてな。あの屑がやりそうな下衆いて」

 

「黙れよ」

 

 静かに放たれた一言は光速で放たれた抜刀術のように悪魔を襲った。思わず息を呑むほどの威圧感を孕んだ声は一言で悪魔を黙らせる。ゆっくりと聖剣を正眼に構え、龍一郎は聖剣の切っ先と怒りに満ちた目を悪魔に向けた。

 

「確かにあんたから見れば俺は下等な存在だろうさ。でもな、あの人(?)は俺にとって不出来な弟子を教え導いてくれた大恩ある先生だ。例え、誰であってもあの人への侮辱は許さない」

 

 眼光鋭く悪魔を睨みつける。聖剣が僅かに放つ聖なるオーラを揺らめかせた。

 

「あんたはあの人を、黒歌先生を侮辱した。だから……斬る」

 

「図に乗るな、下等種族がぁ!!」

 

 湧き上がった憤怒に身を任せて悪魔はドラ声で吼えた。大気がビリビリと振るえ、鼓膜が痛くなるほどの音量だ。音だけでも攻撃として通用しそうだがだが、『風王纏鎧』で身を守っていた龍一郎は小さく眉を顰めただけだ。地を蹴り、『風王纏鎧』の力で加速して一気に悪魔の懐に飛び込む。

 

「なっ、速い!?」

 

 目を見開く悪魔を飛び上がりながら斬りつける。聖剣の刀身が悪魔の甲殻に浅い傷をつけた。小さく舌打ちし、龍一郎は悪魔の頭上で体を上下反転させて聖剣を悪魔の頭部へと叩き付ける。今度は甲殻を小さく斬り飛ばすに留まった。

 

「浅いか……!」

 

 毒づきながら伸びてきた巨腕を体を捻るようにして避け、風を放出して悪魔の間合いから飛び出す。

 

「と、とと……」

 

 勢い良く地面に着地して体勢を崩しそうになる。倒れこむ寸前、龍一郎は聖剣を地面に突き立てた。肩越しに後ろを見ると、地響きと共に岩の巨体が拳を振り上げて距離を詰めてくる。龍一郎は咄嗟に駆け出し、大股に動かされる悪魔の両足の間を潜った。

 

「ぬうんっ!!」

 

 さっきまで龍一郎がいた所に拳が打ち込まれる。砕け散る地面に龍一郎は冷や汗をかく。まともに喰らえば言わずもがな。防ぐことも、受け流すことも無理だろう。

 

「分かってたけど、一発ももらえないなっと!」

 

 跳び上がり、コントロール出来るギリギリの出力で風を噴出させる。轟! と風が吹き荒んだ。龍一郎は悪魔の横擦れ擦れを超高速ですり抜け、擦れ違い様に聖剣を後頭部へと打ち付けた。超高速の一撃を受け、悪魔は悲鳴を上げて顔から地面に突っ込む。

 

 一方、龍一郎は両手から伝わってっきた硬い感触に腕を痺れさせた。思わず放しそうになるのを堪え、地面を足裏と聖剣をブレーキにして滑っていく。

 

「人間風情がぁ……ちょこまかと逃げ回りやがって」

 

 地面から頭を引き抜いた悪魔は双眸をギラギラさせて龍一郎をねめつけた。これといったダメージは見当たらない。微かに舌打ちし、龍一郎は右手に握った聖剣を見る。

 

 聖剣の力を引き出せてないというのもあるが、それ以上に龍一郎が聖剣をただの長い棒としてしか扱えないために悪魔にダメージを与えることが出来なかった。どれだけ凄い武器であっても、使っているのが素人では威力を発揮できない。

 

「やっぱり、俺に英雄の武器を使うなんて無理なのか……」

 

 思わず口から出た弱気な言葉を頭を振って払い飛ばす。剣を剣として扱えないことなど最初から分かっていたことだ。何せ、こちとらまだ武器を振り始めてから一年も経っていない若造だ。剣を手足のように扱えるほうがおかしい。

 

 自分に出切ることで、成すべきことを成す。心の中で自分に言い聞かせ、龍一郎は風となって悪魔に打ちかかっていった。

 

 

 

 

「す、凄い」

 

 木の陰から様子を窺っていた黒歌は無意識の内に呟く。彼女の眼前では疾風のような動きをする龍一郎に翻弄される悪魔の姿があった。

 

 本当ならすぐにでも加勢、いや、龍一郎に取って代わって悪魔と戦うべきなのだろう。これは本来、黒歌自身が解決せねばならないことなのだから。彼女自身、そのことは重々承知している。でも、黒歌は一歩踏み出せないでいた。

 

 一応、理由はある。龍一郎の動きが黒歌から見ても余りに速いため、下手に援護すると龍一郎に当たってしまう可能性があるからだ。

 

 何よりの理由は龍一郎の目だった。目の前の敵を絶対に倒すという強靭な意志と覚悟を宿した瞳。それほどの目をして龍一郎が悪魔と戦っているのはひとえに黒歌のためだ。彼女を守りたい、彼女に恩を返したい。そのために龍一郎は一撃でも喰らえば死んでしまう戦いに身を投じている。

 

 それだけの想いを抱いて戦っている龍一郎の邪魔をするような真似をしてもいいのか? そんな疑問が黒歌の足を止めていた。

 

「龍一郎……」

 

 悩む黒歌を尻目に戦闘は激しさを増していく。状況が終息したのはそれから一分ほど後のことだった。

 

 

 

 

 

「この人間めぇ。素直に黒歌の居場所を吐けば殺さずに済ませてやったものを……ここまで俺を愚弄した報いは受けてもらうぞ!!」

 

「報いって、俺の攻撃を、避けれない、そっちが悪いんだろ」

 

 怒りに体を震わせる悪魔の言葉に龍一郎はつっかえながら真面目に反論する。龍一郎の正論が癇に障ったようで、悪魔は砕けそうなほど食い縛った歯の間から怒りの唸りを漏らした。

 

 悪魔の体は到る所が斬られていた。頑強な甲殻は所々が斬られており、綺麗な断面図や斬られた痕を晒している。しかし、決定打になりえる傷はその中に一つも無かった。

 

 一方で龍一郎は額に玉の汗を浮かせ、両肩を大きく上下させていた。外傷こそ見当たらないが、疲弊しきっているのは誰の目にも明らかだ。聖剣を持つことすら辛いようで、切っ先を地面に擦りそうになるほど下げている。

 

「やっぱ、武器が凄くても剣の素人の俺じゃあの甲殻を斬るのは無理か……くそ、情けない」

 

 愚痴りながら聖剣を持ち上げる。斬る、と大層な事を宣言しておいてこの様だ。悔しさに龍一郎は唇を噛み締める。それ以上に聖剣に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

「ごめん。正しく使えばあんな奴、一撃で斬れるのに。俺みたいな凡人が使ってるせいで、そこら辺の(なまくら)と同じみたいになってる」

 

 再びごめんと呟く。この言葉は本心からのものだ。

 

「俺みたいな奴にお前を振るう資格がないことくらい分かってる。どれだけ自分の丈に合ってないものを渡されたかってことも……でも、守りたい人がいるんだ」

 

 そのためにはこの聖剣の力が必要だった。龍一郎の懇願にも似た独白に聖剣は無言を以って応える。

 

「頼む。その人を守るために、今回だけでいい。力を貸してくれ……!」

 

 強く強く聖剣の柄を握り締める。願った者がどれだけ矮小な存在であっても、どれ程他力本願な願いであっても守りたいという星のように輝く想いは本物だった。そしてその輝きは往々にして英雄達が胸に抱いていたものだ。

 

「っ!?」

 

 違和感に気付き、龍一郎は驚きに目を見開く。見れば聖剣が小さな鳴動と共に刀身から淡い光を放っていた。暖かく、優しい光。人々の夢と未来を守るために輝いていた強い光だ。

 

「ありがとう」

 

 言葉短く礼を言い、龍一郎は両手を側頭部に添えるように持ち上げて突きの構えを取った。半身になって腰を落とし、左足を前にして後ろに下げた右足に力を込める。

 

「非力な人間が俺と真っ向勝負をするつもりか? ぐちゃぐちゃに潰してくれるわぁ!!」

 

 明らかな突撃の構えをする龍一郎に悪魔は猛りながら自身も突撃の体勢を作った。正面から龍一郎とぶつかり合うつもりのようだ。

 

「駄目、龍一郎! そんなことをしたら死んじゃう!」

 

「『風王纏鎧』!!」

 

 木陰から飛び出した黒歌の声を無視し、龍一郎は輝く聖剣の刀身を風で覆い隠した。

 

「そこにいたかぁ!!」

 

 悪魔の注意が突然現れた黒歌に向けられる。その一瞬を見逃さず、龍一郎は自身を鎧った『風王纏鎧』の風を全て移動に回した。龍一郎の背後にあった木々が地面から根を覗かせるほどの風が吹く。音を置き去りにし、龍一郎はがら空きになっていた悪魔の胸元に聖剣の切っ先を突き刺した。

 

 暴風その物と化した龍一郎渾身の突きを受けて踏み止まれるはずもなく、悪魔は悲鳴を上げる事すら出来ずに木々をへし折りながら吹き飛んでいく。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)』!!」

 

 聖剣を捻じ込むように突き入れ、風の鞘を解放する。解き放たれた狂風は聖剣の光を巻き上げ、慈悲の欠片もなく悪魔の巨体を呑み込んだ。

 

「ぐがああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 風に全身を切り裂かれ、光に全身を焼かれながら悪魔は更に木々を薙ぎ倒しながら小さくなっていく。光を巻き込んだ暴雨が収まったのは十秒以上経ってからだった。

 

 聖剣を突き出した姿勢のまま、龍一郎は目の前の惨状を確認する。

 

「は、はは」

 

 思わず顔が引き攣ってしまうほど酷い有様だった。まるでドリルで作ったトンネルを半分にしたかのように地面が見事な半円に抉り取られていた。勿論、周囲一帯の草木も綺麗さっぱり無くなっている。辛うじて木の残骸だと分かるものも切り刻まれているか焼け焦げているかのどちらかだ。塹壕のように続く溝の先には全身の甲殻を削り取られた悪魔が焦げた肌を晒している。起き上がる気配はなかった。

 

「か、勝ったのか?」

 

 確認する間もなく、龍一郎を強烈な脱力感が襲った。右手から零れ落ちた聖剣が黄金の粒子になって消えていく。背中から倒れこみそうになった龍一郎が感じたのは柔らかく心地よい感触だった。

 

「……! ……!」

 

 誰かの声が聞こえるが応えるほどの力は残っていない。龍一郎は落ちていく瞼を開こうとはせず、意識を手放してホッとする肌触りに身を任せた。

 

 

 

 

「う~ん……」

 

「龍一郎! 気がついた?」

 

 ゆっくりと瞼を持ち上げた龍一郎の視界に飛び込んできたのは豊かな双山だった。状況が飲み込めずに目を丸くしていると、双山越しに黒歌の顔が覗いた。

 

「え、黒歌先生? これ、どういう状況」

 

「動いちゃ駄目!」

 

 起きようとする龍一郎を黒歌は激しい剣幕で押し止めた。ただならぬ形相とどたぷんと揺れた黒歌のバストに圧倒され、龍一郎はコクコクと赤べこのように頷く。

 

「急激に魔力を消費した反動で気絶しちゃったのよ。暫くは動けないと思う」

 

「ですか……あの、黒歌先生。この体勢は一体?」

 

「膝枕よ。気持ちいいでしょ?」

 

 やっている事を効いてるのではなく、何故やっているのかを問うているのだが。龍一郎の質問は正しい意味で黒歌に届かなかったようだ。彼女の言っていることは事実なので、龍一郎は無言で頷いた。にゃ、と小さくガッツポーズする黒歌が非常に可愛らしかった。

 

「あの、黒歌先生。教えて欲しいことがあるんですけど。あの、アメコミに出てきそうな岩の奴はどうしました?」

 

「適当に次元の狭間に放り込んだにゃん。あいつが目を覚ました頃には遥か彼方にグッバイにゃ」

 

「ですか……どういう関係だったんですか? 尋常じゃない怒りと殺意を先生に向けてましたけど」

 

 気になっていた事を訊ねる。一瞬、言葉に詰まらせるも黒歌は恐る恐るだが。ゆっくりと話し始めてくれた。自分が眷属悪魔だったこと、妹を守るために主を殺したこと、主を殺した罪で悪魔から追われていることなど、色々と話してくれた。話を聞き終えた龍一郎はそうですか、とだけ呟いた。

 

「あの岩みたいな奴って、同じ眷属だったんですか?」

 

 コクリと頷く黒歌を見て龍一郎は納得する。主を殺されたのだから、黒歌に対する尋常じゃない執念も頷けた。

 

「ごめんね、龍一郎。これは私の問題だったのに、龍一郎を巻き込んじゃった……私一人で解決しなきゃいけなかったのに。本当に、ごめんね」

 

「そんな、謝らないで下さい! 俺が勝手に首突っ込んだんです。先生が謝る事なんてありませんよ」

 

 涙声で謝罪する黒歌に龍一郎は慌てて首を振ってみせる。実際、悪魔と戦ったのは龍一郎の意思で決めたことだ。逃げるという選択肢だってあったのに龍一郎はそれを選ばなかった。例え死ぬことになったとしてもそれは龍一郎の自業自得だった。

 

「でも、私分かってたの。あいつがすぐ近くまで来てるって」

 

「あぁ、肉屋のおばさんが言ってた不審者ってあいつのことだったんですね」

 

「本当はすぐにこの土地から離れるべきだった。でも、出来なかった。ここで過ごす日々が余りにも楽しすぎて……!」

 

 何という身勝手さだろう。追っ手がすぐそこまで来ていると分かった時点で逃げるべきだったのに黒歌はそれをしなかった。先生らしいことをするなんて尤もらしい理由を付け、龍一郎といられる時間を一分一秒でも長くしようとした。その結果がこれだ。今回は龍一郎が勝ったが、最悪の結末になる可能性だってあったのだ。

 

「ごめん、龍一郎。ごめんね……」

 

 大粒の涙を流しながら謝り続ける黒歌を見上げていた龍一郎がゆっくりと体を起こし始める。慌てて黒歌が止めようとするが、押し切って龍一郎は上半身を起こす。全身の鈍痛に思わず顔を顰めるが、痛みを無視して龍一郎は黒歌と向かい合った。

 

「まずは先生、ありがとうございます。ここでの暮らしが楽しかったって言ってくれて。そう思っていただけたのなら俺も嬉しいです」

 

 頭を下げる龍一郎を黒歌はキョトンとしながら見ていた。礼を言われるとは予想外だったらしく、赤くなった目をパチクリさせている。

 

「先生は……悪くないと俺は思います。方法は絶対に間違ってますけど、やったこと事態は間違って無い筈です」

 

 家族を守ろうとすることが悪いことである筈が無い。黒歌の場合、妹を守るために主を殺したのが問題なのだ。

 

「今回のことだって先生は悪くありません。誰だって帰れる場所を失うのは嫌ですよ」

 

 帰れる場所は人それぞれ様々な形があるだろうが、全ての人の拠り所であることは共通している。いくら人に迷惑をかけると分かっていても、捨てられるようなものではない。なので、龍一郎は黒歌を責める気は微塵も無かった。

 

「だから、謝らないで下さい。先生は綺麗なんですから笑ってたほうが素敵です」

 

 ね、と穏かに笑う龍一郎の言葉に黒歌は流れそうになる涙を必死で抑えた。温かな言葉を言ってくれる龍一郎にただ胸が一杯だった。嬉し泣きしそうになるのを我慢し、黒歌はくしゃくしゃの笑顔を浮かべる。

 

「龍一郎、ありがとう」

 

「どういたしまして……次は俺ですね」

 

 今度は龍一郎が自分のことについて話し始めた。一回死んで転生したこと、その際に神様的な何かに『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を渡されたこと。少しでも『王の財宝』に相応しい者になろうとしていたこと。黒歌は口を挟まずに龍一郎の言葉に耳を傾けていた。

 

「そっか。『王の財宝』なんてものがあったから龍一郎は私のこと普通に受け入れられたのね」

 

「まぁ、ビームや何やらぶっ放せる剣や槍とかに比べれば喋る猫の方がまだ現実的ですから」

 

 そうなのか、と黒歌は困り顔で首を傾げる。どちらにしろ一切現実的じゃない気がするが、龍一郎がそれで納得しているなら良しと何も言わなかった。

 

「少しでも英雄達に近づこうと頑張ってたけど……やっぱ無理そうかな」

 

 どこか自嘲めいた口調で龍一郎は呟く。本物の英雄であればこの程度のこと、難なく乗り越えられるのだろう。対して龍一郎は悪魔一体倒しただけでぶっ倒れてしまった。英雄とはとてもいえない。

 

 

「そんなことにゃいよ」

 

 諦観のため息をつく龍一郎に黒歌は首を振った。

 

「だって私のヒーローだもん」

 

 驚く龍一郎の首に両腕を回して抱き締める。自分のために命を懸けて戦ってくれた少年がとても愛おしかった。両腕に力が込められ、女性特有の柔らかい感触を押し当てられて龍一郎は顔を真っ赤にさせる。

 

「あの、黒歌先生。その……ありがとうござい、ます///」

 

 離れてくださいと言う訳にもいかず、龍一郎は一言礼を言った。私のヒーロー。その言葉が自分の身の丈に合っていない不相応なものだと分かっているが、言われて悪い気はしなかった。

 

 

 

 

「やっぱり、行かれるんですか?」

 

「うん。今回みたいなことがあった以上、また同じことが起こらないとも限らないにゃん」

 

 今回は退けられた。しかし、次も同じ様に出切るとは限らない。これ以上龍一郎を巻き込まないため、黒歌は一ヶ月間過ごした場所を離れる決心をした。

 

「寂しく、なります」

 

「こらこら、男の子がそんにゃ情けない顔しちゃ駄目よ。ヒーローを目指してるんでしょ? だったら、何時だって格好良くにゃいと」

 

 努めて明るく振る舞っている黒歌に龍一郎は落としていた視線を上げる。口調はどうにか普段どおりにしているが、声音と表情にはここ(というか龍一郎)から離れたくないという感情がありありと浮かんでいた。

 

「それに元々『風王纏鎧』が完成したらまた旅に出る予定だったし、それが偶々今日だったってだけの話。と言う訳で、ここまで良く頑張った。これ以上教えることは何もにゃい……にゃんちゃって♪」

 

 可愛らしくウィンクする黒歌。龍一郎も朗らかな笑顔で応えた。二人の心にしこりを残すような別れはお互いのためにならない。だから二人は笑顔で別れを告げ合った。

 

「じゃ、行くね。バイバイ」

 

 龍一郎に背を向け、黒歌は歩いていった。数歩も進まない内に足が止まりそうになり、振り返って龍一郎の胸に飛び込みたい衝動に駆られる。

 

(この馬鹿! もう決めたことでしょ。視界から見えなくなって何秒もしない内に龍一郎に会いたいとか思うってもうほとんど病気じゃない!)

 

 そう、彼女は不治の病に侵されていた。恋の病にね!!

 

 m(__)m(ごめんなさい)

 

「黒歌先生!」

 

 どうにかまた歩き始めた黒歌の決意をへし折るかのように龍一郎が声をかけてくる。大義名分が出来たと黒歌は突風を巻き起こしそうな速さで振り返った。視線の先には背筋を伸ばした龍一郎がいた。

 

「今日までのご指導ご鞭撻、本当にありがとうございました。一ヶ月という短い期間でしたが、とても充実してました」

 

 腰を直角に曲げ、深々と頭を下げる。上げられた顔には何時もの温和な笑みが浮かべられていた。

 

「何時でも帰ってきてください。あの家はもう黒歌先生の家でもありますから。だから、また会いましょう」

 

 この溢れ返りそうな喜びをどうやって言葉にすればいいのだろうか。黒歌の知識の中に今の彼女の心情を表現出来そうな言葉は見当たらなかった。

 

「……うん! ありがとう、龍一郎。またね!」

 

 短い言葉に万感の想いを込め、黒歌は泣き笑いしながら手を振る。そして今度は足を止めず、猫に姿を変えて山中へと消えていった。

 

「……行っちゃったか」

 

 後に残されたのは喪失感に胸を穿たれた一人の少年だけだった。開いて右手に視線を落とし、強く強く握り締める。無力という言葉をこれでもかと痛感させられた。

 

『俺が守ります。だからずっと一緒にいましょう』

 

 こう言えれば良かった。でも、それだけの実力を龍一郎は持っていなかった。

 

「強く、なりたいなぁ……いや、なりたいんじゃない。なるんだ」

 

 瞳に決意を宿し、龍一郎は帰路についた。英雄になれるかどうかは分からない。でも、恩人一人を守れるように強くなろう。与えられただけの少年が初めて力を求めた瞬間だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Fateっぽい主人公ステータス(中学一年生時)

 後書きにて質問がありますのでお答えしていただける方は回答のほどよろしくお願いします。


真名:日乃輪(ひのわ)龍一郎(りゅういちろう)

 

身長:160cm/体重:55kg

 

出典:前世(?)

 

地域:日本

 

属性:秩序・善

 

性別:男性

 

イメージカラー:まだ決まっていない

 

特技:家事全般、努力、体を動かすこと全般(特に回避運動)

 

好きな物:訓練、漫画

 

苦手な物:押しの強い女性、神様

 

天敵:不明

 

略歴

所謂神様転生をした少年。転生の際、神様から前世の娯楽作品であるFate/シリーズに出てきたギルガメッシュの『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を与えられる(押し付けられる)。最初は使う気は無かったのだが、それでは宝庫に収められた宝具に失礼だと半ば義務にも似た衝動から担い手に少しでも近づこうと努力し始める。はぐれ悪魔、黒歌の協力を得て『風王結界(インビジブル・エア)』の鎧バージョン『風王纏鎧(アーマード・エア)』を覚える。

 

人物

律儀、生真面目、勤勉と三拍子揃った優等生タイプ。前世の記憶があるため、精神年齢も同年代と比べて極めて高く落ちついている。余程の極悪人でもない限り肯定し、受け入れる度量の持ち主。なので大概の者とは特別親しくなくてもある程度の交流を持てる。ちなみに受け入れられないかどうかの判断は勘でしている。基本的に誰に対しても誠意を以って接するが、自分に親しい者を傷つけようとする輩はその限りではない。『王の財宝』という身の丈に不相応なものを与えられた負い目か、他者がいき過ぎと感じるほど謙虚。

 

能力

『王の財宝』という規格外を持つが、龍一郎本人が持ち主でも担い手でもないため完全に持て余している。使えるよう努力はしているが、目指す先は遥か彼方、オケアノスよりも遠い場所にありそうだ。現在は武器の振り方を覚えようと様々な武器の素振りに専念している。

 

ステータス

筋力:EX(悪い意味で) 耐久:EX(悪いry) 敏捷:C 魔力:EX(ry) 幸運:B 宝具:EX(本来の意味で)

 

保有スキル

直感:RankD

 

『風王纏鎧』:RankC

 

多分スキルはこれから増えていく。

 

宝具

『王の財宝』

言わずと知れた慢心王、ギルガメッシュの規格外宝具。その中には大量の財宝が収められている。神様的な存在の厚意(という名のお節介)で本来入ってないものまである。前述の通り龍一郎が未熟すぎるため、完全に宝の持ち腐れと化している。

 

『聖剣』

龍一郎が初めて能力らしきものを使った宝具。

 

『風王纏鎧』

『風王結界』鎧バージョン。単純に鎧として使ったり、風の力で加速したり。空気抵抗を減らすことが出来たりと汎用性は高い。武器に纏わせて威力を上げるのも有り。今は魔術の域を出ないが、成長していけば宝具に昇華出来るはず。




 ども、北斗七星です。ここまで読んでいただき真にありがとうございます。

 前書きに書いた質問なのですが、二つあります。一つはエクスカリバーやガラティーンなどの神造兵器って王の財宝に入ってたかどうかです。

 もう一つはランスロットの『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』で使えるようにした宝具を投影魔術で再現したらどうなるかというものです。自分としてはオリジナルと比べて遜色の無いものが出来ると思っているのですがどうでしょう?

 皆様の意見をお聞かせください。活動報告のほうに『質問』と作っておきますので、解答していただける方はそちらに書き込みをお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。