英雄伝説 斬の軌跡(凍結) (玄武Σ)
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戦闘ノート(BOSS限定)

エスデスのアナライズかバトルスコープのデータに関する感想が来たので、登場した時点のキャラのステータスとか載せときます。(細かいHPとかは考えてないので、載せないかもです)
崩し耐性の★は、その属性では崩せないという意味です。


アカメ

ナイトレイドのメンバーで、元帝国の暗殺者。斬りつけた相手を即死させる刀の帝具・村雨を所持する。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

入手アイテム

なし

 

Sクラフト:葬る(範囲:全体)

相手を高速移動でかく乱して、村雨の一閃を放つ(発動すると確実に即死で、強制ゲームオーバー。実質、アカメ戦は時間制限付きになる)。

 

 

 

レオーネ

スラムのマッサージ師を兼任する、ナイトレイドのメンバー。身体能力と五感を強化する帝具・ライオネルを装備しての、肉弾戦を得意とする。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

永続リジェネ持ち

 

Sクラフト:獅子は死なず(リジェネレーター)(範囲:自己)

ライオネルの奥の手を発動し、HPと状態異常を完全回復する。

 

 

マイン

ナイトレイドのメンバーで、狙撃担当の少女。精神の高ぶりで攻撃力を上げる、銃の帝具パンプキンを有する。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

 

 

ブラート

ナイトレイドのメンバーで元帝国軍人。鎧の帝具インクルシオで強化された身体能力と、卓越した槍術でパワフルな攻撃を放つ。

 

魔法属性有効値

地:50

水:50

火:50

風:50

 

入手アイテム

タイラントの外殻

 

体勢崩し有効度

斬:★ 突:☆☆ 射:★ 剛:☆☆

 

全状態異常無効

 

 

 

ラバック

帝国将軍ナジェンダの配下で、彼女と共に革命軍入りしたナイトレイドのメンバー。糸の帝具クローステールを操る。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

 

 

シェーレ

ナイトレイドのメンバーだが、どこか抜けている様子の女性。しかし天性の殺しの才能と、鋏の帝具エクスタスを使いこなす戦闘スキルを兼ね備えている。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:★ 突:☆☆ 射:☆ 剛:☆☆

 

 

 

ナジェンダ

ナイトレイドのボスで、元帝国将軍。紛失した片腕を戦闘用の義手で補い、卓越した戦術眼と格闘スキルを有する。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆☆ 射:★ 剛:☆☆

 

入手アイテム

なし

 

 

 

スサノオ

ナジェンダを主とした人型の生物帝具。要人警護を目的として生み出され、強大な戦闘力と不死性を併せ持つ。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

全状態異常無効&永続リジェネ

 

Sクラフト:天叢雲剣(範囲:全体)

ナジェンダが自身の生命力をスサノオに注ぐことで発動する、奥の手”禍魂顕現”の強化で放つ必殺の一撃。

反射貫通&強化解除あり

 

 

 

エスデス

帝国最強の二大将軍の一角にして、イェーガーズの隊長。氷の帝具デモンズエキスによる異能で、ありとあらゆるものを凍てつかせる。

 

魔法属性有効値

地:0

水:-100

火:0

風:0

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

 

 

ウェイブ

帝国海軍から出向して来た、イェーガーズのメンバー。インクルシオの後継型帝具・グランシャリオを纏い戦う。

 

魔法属性有効値

地:50

水:50

火:50

風:50

 

入手アイテム

オリハルコン

 

体勢崩し有効度

斬:★ 突:☆☆ 射:★ 剛:☆☆

 

全状態異常無効

 

Sクラフト:グランフォール(範囲:単体)

グランシャリオで強化された身体能力とバーニアの噴射で、必殺の蹴りを放つ。

 

 

 

 

クロメ

暗殺部隊に残ったアカメの妹で、イェーガーズに参加している。斬り殺した生物を人形として操る帝具・八房を有する。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

Sクラフト:デスタグール(範囲:円LL)

八房で人形に変えた超級危険種を召喚し、周囲一帯を灰燼に帰す。

 

 

 

セリュー

警備隊からイェーガーズに出向して来た女性。体中に仕込んだ武器と、生物帝具ヘカトンケイによる殲滅を得意とする。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆☆ 射:★ 剛:☆

 

Sクラフト:十王滅殺撃(範囲:直線L)

ヘカトンケイルとの挟撃の後、Dr.スタイリッシュの開発した銃火器”十王の裁き”で一斉射撃を行う。へカトンケイルとタッグで出すため、実質コンビクラフト。

 

 

 

 

ヘカトンケイル

セリューの所有する生物帝具で、不死性と圧倒的パワーで相手を粉砕する。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

全状態異常無効&永続リジェネ

 

 

 

ボルス

焼却部隊隊長でイェーガーズのメンバー。火炎放射器の帝具ルビカンテと、近接格闘術で敵を圧倒する。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

クラフト(Sクラフト込)は劫炎の状態異常付与。

 

Sクラフト:マグマドライブ(範囲:円LL)

パンチやタックルで範囲内の相手を吹き飛ばし、奥の手で押し固めた火球で狙い撃つ。

 

 

 

ラン

文官になるための功績を求め、イェーガーズに参加した元教師。翼の帝具マスティマで制空権を奪う。

 

魔法属性有効値

地:100

水:100

火:100

風:100

 

入手アイテム

なし

 

体勢崩し有効度

斬:★ 突:★ 射:☆☆☆ 剛:★

 

Sクラフト:神の羽根(範囲:全体)

マスティマから展開される光の翼で、フィールド全体を薙ぎ払う。

 

 

ブドー

帝国軍の最高責任者である大将軍にして、帝国最強の二大将軍の片割れ。雷を操る籠手の帝具アドラメレクによる、必殺の拳と雷撃で敵を粉砕する。

 

魔法属性有効値

地:0

水:0

火:0

風:-100

 

入手アイテム

ぜラムカプセル

 

体勢崩し有効度

斬:☆ 突:☆ 射:☆ 剛:☆

 

Sクラフト:ソリッドシューター(範囲:全体)

上空から高出力の荷電粒子砲を放ち、地上の敵を殲滅する。フィールド全体にアーツ判定ダメージ+封技。




ナイトレイドが目立った必殺技を使う描写が無いので、イェーガーズに対して殆どのキャラにSクラフトが実装されていないという……ラバのワイヤーインパクトも、控えめに見ても通常クラフトなので。
スーさんとかワイルドハントは、直接登場してから追記します。

追記(12/29):チェルシーは全線で戦うのに向いてないので、アナライズデータはないです。


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プロローグ

書こうかどうか迷ってた作品、投降しちゃいます。まだ碌に完結してないのに、ネタが尽きないダメ作者ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


どこかの研究室と思われる場所にて、巨大なシリンダーに入ったまま眠る全裸の成人男性がいた。だがその人物は体中のいたるところに、縫い目のような物がある姿をしていた。

 

「本当にこんなのが、生きてひとりでに動き出すのか?」

「当たり前だろう。天才錬金術師の妾が作った、最高峰のホムンクルスなんじゃからのう」

「コイツ一人作るために、超級危険種を狩りまくったんだ。何かしら役に立ってもらわねえと、割に合わねえだろ」

 

男を見ながら言葉を交わすのは、褐色肌と銀髪で顔に十字傷のある男、エプロンドレスを着た老人口調の少女、おかっぱ頭で長身の男であった。もう一人、着流し姿で腰に刀を携えた男がいたが、こちらは興味なしとばかりに壁にもたれて眠っている。

 

「では、早速こやつを起こすとするか」

「……超級危険種の筋繊維や体内器官を組み合わせた、戦闘用ホムンクルスか。こんな生物帝具みたいな化け物を帝都に連れて帰りゃ、親父も俺を褒めてくれるだろうぜ」

 

少女がシリンダー内の男を起こそうと、中の培養液を抜き始める。

そして中にいたホムンクルスの男は、培養液が空になってから少しして、ゆっくりと目を開ける。

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、ここは? 私はあの時、消滅したはずでは…」

 

目を覚ましたホムンクルスは、いきなり辺りを見回しながら何かしゃべっている。

 

「おい。あいつ、なんかやたら流暢にしゃべってねえか?」

「そんな馬鹿な。あやつは生まれて間もない赤子同然、言葉も知らぬ筈じゃぞ」

 

一同に動揺が走る中、男は近づいて来て話しかけてくる。

 

「お前達か? 私を甦らせたのは」

「よ、甦らせるって……ドロテア、どういうことだよ?」

 

ホムンクルスの突然の言葉に、おかっぱ頭の男はエプロンドレスの少女に問い詰める。

 

「あ、あまり考えたくはないが……このホムンクルスに死んだ人間が宿ってしまったとか、そんな感じかのぅ」

「すげぇな! 帝具でも死者の復活が出来ねぇってのに、こんなことが」

「まあ、もう一度やれと言われても無理じゃろうけど」

 

ドロテアと呼ばれた少女が顔を引きつらせる中、銀髪の青年は心底楽しそうに言っている。すると、ホムンクルスは彼らに再度話しかけてきた。

 

「そちらにとって不可抗力のようだが、私は結果的に生き返った。礼を言おうそして、その礼と言っては何だが……」

 

そして彼は、あることを一同に告げた。何やら、凄まじく邪悪な笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

神になりたいとは思わないかな?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

七曜暦1208年 3月某日 P.M.12:00

ゼムリア大陸最西端より1500アージュ離れた海上

 

その上空を一隻の赤い飛行艇が翔けていた。この船はゼムリア大陸でも歴史の長いエレボニア帝国、その皇帝家が保有する高速巡洋艦カレイジャスである。

そして、そのカレイジャスの甲板にて一組の男女が佇んでいた。男の方は黒髪で赤い服を纏い、腰に刀を差している。対して女の方はノースリーブの服にミニスカートという、露出の多い服装をしていた。

 

「アリサ、寒くないか?」

「大丈夫よ、これくらい」

 

二人の名前はそれぞれ、リィン・シュバルツァーとアリサ・ラインフォルトという。リィンは帝国の地方貴族であるシュバルツァー男爵家の養子で、アリサは帝国どころか大陸内でも有数の重工業メーカーであるRFグループの会長の娘である。ちなみに、二人は恋人同士だ。

この二人は、今から3年前にトールズ士官学院という軍人の養成学校でクラスメイトになった者同士である。

二人が在籍していたのは特科クラスVII組といい、貴族と平民でクラス分けされている学院では異例の、身分に問わずにクラス分けされた特殊なクラスであった。最初こそいがみ合っていた者もいたが、ともに学園生活を送り、特別カリキュラムで帝国各地の都市に赴いてその内情を知るなどをして着実に絆を育みつつあった。しかし、入学した年の秋に帝国で内戦が勃発、その後に家庭の事情や内戦での経験からVII組のメンバー達は別々の道を歩むこととなり、強制定期に解散してしまった。その際、リィン以外はカリキュラムを詰め込んで、そのまま飛び級卒業してしまったのだ。

そして彼らの乗るカレイジャスの前方には、巨大な大陸の姿が確認された。二人がなぜ、今一緒にこんな所にいるのかというと、事の始まりは数日前にさかのぼる。

 

 

 

 

この日、彼らは帝都ヘイムダルのバルフレイム宮に呼び出されていた。

 

「やあ諸君、よく来てくれたね」

 

宮殿に彼らを呼び出したのは、赤い服を着た金髪の青年だった。そしてその傍には、紫の髪の清楚な雰囲気の女性がいた。

彼はエレボニア帝国の皇子、オリヴァルト・ライゼ・アルノール。ただし、庶子の出であるため皇位継承権は低く、現在は自分から放棄している。

女性の方はエレボニアの隣国リベール王国の女王クローディア・フォン・アウスレーゼ(通称クローゼ)だ。

そして、そんな彼に呼び出されたのはリィン達だけではなかった。まずは同じくVII組に参加していたメンバーが2,3人、そして他国の遊撃士や警察関係者である。

 

「……」

「……」

 

その中の、警察関係者の一人である茶髪の青年がリィンと見つめ合い、複雑そうな表情をしている。

彼の名はロイド・バニングス。一年前に国家独立に成功したクロスベル自治州の警察の特殊部署、"特務支援課"に属する捜査官である。

クロスベルは今でこそ独立に成功したが、4年前の内戦の後にエレボニアによって占領されていた。その際、クロスベルを開放するための作戦の一つをロイドが仲間と行っていると、臨時武官として帝国軍に属していたリィンと戦うことになってしまったのだ。あの時は互いの都合があったものの、別に恨みなどは無かったのだが、それでも複雑な心境だろう。

 

「あの、お互い思うところもあるとは思いますが……そろそろ始めさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「ああ、すみません。クローディア陛下」

「見苦しい物を見せて、申し訳ありません」

 

クローゼに言われ、リィンとロイドは気持ちを抑える。そして、オリヴァルト皇子が話し始めたないように、耳を傾ける。

 

「さて。今回君達に集まってもらった理由だが、遊撃士協会と各国の軍および警察組織による合同ミッションを依頼したかったからなんだ」

「合同ミッション? ずいぶんと急な話ね、オリビエ」

 

オリヴァルト皇子にため口で話しかける、茶髪にツインテールの女性がいた。彼女は遊撃士協会所属のA級遊撃士”エステル・ブライト”、その隣に座っている黒髪の青年は同じくA級遊撃士で彼女の相方、そして恋人のヨシュアだ。

エステルはオリヴァルト皇子をオリビエと呼んでいるが、これは彼がかつて素性を隠してエステル達と事件解決に奔走した際の偽名である。彼自身も、エステル達とは死地を乗り越えた仲であるとしてこちらの呼び方を推奨してきたため、エステル達もこの呼び方を使っている。

 

「まず目的地なんだが、大陸外への進出に成功して、新大陸が発見されたという報告があったんだ。その新大陸に行って欲しい」

「え!?」

 

その言葉を聞いて、集まっていた一同は驚愕していた。

 

「確か、ゼムリア大陸の外って空と海のそれぞれを大型の魔獣が闊歩していて、一定の距離以上進めないんじゃ……」

 

アリサが一同を代表して、ゼムリア大陸が大陸外と交流が無い理由について述べる。すると、オリビエがその理由を明かしてくる。

 

「実は、エプスタイン財団とツァイス中央工房(ZCF)がそれらの魔獣を遠ざける特殊な導力波を発生させる装置を開発するのに成功したんです。事が事だけに、まだ各国首脳にしか伝えられていませんが」

 

アリサの疑問に答えたのは、クローゼだった。そして、その説明をオリビエが引き継ぐ。

 

「で、実験ついでに外界調査を行ったらその大陸を発見。早速帝国軍の情報部に調査の任務が送り込まれたんだけど、問題が発生してね」

 

そしてオリビエは、少し間を置いてその問題を告げた。

 

 

 

 

 

 

「情報部員がアランドール大尉とオライオン姉妹以外、全員が死亡または行方不明となった」

 

そしてオリビエはミリアムたちからの報告という形で、その詳細を語り始めた。

まず、飛行艇を帝国の首都である帝都から離れた一帯に下ろすと、危険度Aランク以上の魔獣(現地で危険種と呼ばれているらしい)が闊歩しており数名が襲われ死亡。しかし、真に恐ろしい話は帝都に入ってからだった。

次々にメンバーがいなくなったが、路地裏で手足が削ぎ落された状態の死体が野犬のえさになっていた・とある貴族の屋敷から捨てられたごみの中に生首だけの状態で紛れていた・精神崩壊した状態で泥水や犬の糞を食しおり、確保から数日後に病死etc……

 

 

 

 

「なんなんですか? その街には猟奇殺人の犯人が闊歩しているとでも?」

「あっという間の事らしくて、未だ調査中なんだ。しかも向こうは鉄道網が敷かれてない程度に技術が発展していないらしくてね、簡易導力波発生器を使って途切れ途切れの通信で、何とか連絡を取ってる状況なんだよ」

 

ロイドが尋ねるとオリビエは説明し、もう一つのある話題を出してきた。

 

「そして、もう一つは一年前に西ゼムリア大陸全域で起こった、あの事件についてだよ」

 

今から一年前、クロスベルの独立が完了して間もないころ、ゼムリア大陸各地で痛ましい事件がいくつも起こった。

リベール王国でのミイラ化殺人事件、カルバード共和国での男性強姦殺人事件、レミフェリア公国での女性強姦殺人事件、クロスベル独立国の子供強姦殺人事件、エレボニア帝国の辻斬り事件、そしてエプスタイン財団での強盗殺人事件、これらの事件が順番に、中にはいくつか同時に起こったのだ。

ミイラ化殺人は一般人(主に男性)が血が一滴も残ってない干からびた死体と化した猟奇事件で、犯人がいまだに見つかっていない。辻斬りは同じく一般市民が無差別に切り殺されるという、痛ましい事件だ。こちらは犯行現場を目撃した遊撃士数人が交戦したが、遊撃士たちがC級以下だったこともあってか返り討ちになったという。生き残りの一人曰く、犯人の装いは東方風の装束をまとった剣士だという。強姦事件は文字通り、各国で男性のみ、女性のみ、子供のみがそれぞれ強姦された後に惨殺されるという事件だが、殺され方が異常だった。男性は体の一部分だけがミンチ状になり、女性は刃物で切り殺され、子供は焼死から体が部分的に腐敗していたりと様々な状態で、いずれも凄惨な死体と化していた。

そして最後にエプスタイン財団が謎の武装集団の襲撃を受けて、幾つかの機器や新型の魔導杖を強奪され、人的被害も受けた。そして、監視カメラに映った映像と、事件での死亡者が先ほど語った事件の被害者と同じ死に方をしていたため、彼らが一連の事件の犯人であると決定づけられた。

 

 

「それで、その事件の犯人が例の帝国に縁がある可能性が見つかった。それで、調査依頼を僕達の方で出させてもらったわけだ」

「そういうことですか……それで、その手がかりらしきものは一体?」

 

以来の詳細が判明したところで、ロイドの仲間兼恋人のエリィ・マクダエルが質問をかけてくる。

 

「向こうからの報告は簡潔なものになってしまっていてね、実物はおろか詳細もわかってないんだよ。まあ、さっきも言ったように

「エステルさんやロイドさん達特務支援課、そして内乱で活躍したVII組のみなさんなら、確実に調査が出来るとして依頼を回させてもらいました。皆さんをまず先遣隊として送り込み、後日戦力の追加投入を行わせていただきます」

 

そして、かつてゼムリア大陸を駆けた英雄たちが、異大陸の巨大帝国へと送り込まれるのであった。

 

 

 

 

 

その後、カレイジャスが例の新大陸へと到着し、帝都からそれほど離れてない辺りで降りることとなった。

情報局が最初に降り立った時は遠方の山岳部だったために移動の際に魔獣の襲撃を受けることとなったが、今回はエマがいる為、帝都にほど近い場所で降りることが出来た。

 

「委員長が来てくれたのは、本当に助かったな」

「うんうん。エマには本当に感謝感激だわ」

「それにしても、第二柱と同じ魔女の一族出身だったとはね」

「はい。ですが、このことは他言しないでいただければ」

 

VII組メンバーの一人、エマ・ミルスティン。魔女の眷属(ヘクセンブリード)の一員で、現代の導力科学では証明できない魔法の類が使用可能である。今回、その一つとして転移術を使い、カレイジャスが帝都から死角になりそうな位置から直接地上へと降りることに成功したのだ。

ちなみにここに来るまでの途中でエステル達とは交流を深めており、彼らが義理の姉弟兼恋人、元S級遊撃士のカシウス・ブライトの子供、オリビエとはリベールの異変で知り合ったなど、いろんな話を聞いていた。

また彼らは全員、ある秘密結社と因縁を持ち、しかもヨシュアに至ってはその結社のもとエージェントだったという経歴であった。

 

早速リィン達はバイクや車を走らせて帝都へと向かうが、その道中に前を行く荷馬車を目撃した。鉄道網などが見られないという報告を聞いたが、機械技術は本当にゼムリア大陸より低いと思われる。

しかし直後……

 

「? 地響きか」

「地面が盛り上がっているわね。アビスワームみたいな魔獣かも」

 

エステルが口にしたアビスワームとは、自身を起こして攻撃してくるミミズ型の巨大魔獣の名称だ。そしてすぐに、地面から何かが現れるが、それはリィン達が全く予測しない生物だった。

 

「うわあああ!」

土竜(ドリュウ)だぁあああ!?」

 

現れたのは、螻蛄を巨大化したような未知の生物だった。荷馬車の御者が名前を呼んでいるあたり、このあたりでは認知されている生物のようだ。

 

「な、何アレ!?」

「これが危険種とかいう、この大陸特有の魔獣みたいだな。迎撃するぞ」

 

さっそくリィン達は得物を構え、土竜を迎撃しようと動きを始める。

しかし……

 

 

 

 

「え?」

「あいつの片腕が……」

 

何処からともなく現れた茶髪の少年が、剣で土竜の片腕を切り落としてしまったのだ。

 

「一級危険種の土竜か。相手にとって不足無し!」

 

少年が土竜と対峙しながらそんな風に呟くと、激昂した土竜は無事な方の腕を振り下ろしてくる。しかし、少年は天高く跳びあがってそれを回避し、そのまま高速回転しながら落下する。そして、すれ違い際に土竜の体を切り刻んでしまった。

 

「つ、強い……」

「あの子、並の遊撃士より強いかもね」

 

アリサがその実力に驚嘆する中、エステルは冷静に少年の実力を分析する。体中を切り刻まれた土竜はその場で崩れ、やがては絶命した。

そしてそれを理解して、リィン達はすぐさま少年のもとに駆け寄る。

 

「君、大丈夫だったか?」

「腕には自信があるんで、大丈夫ですよ」

 

リィン達が少年に声をかけると、少年の方は特に動揺した様子もなく、余裕そうであった。

 

「それにしても、あなた強いわね」

「だね。相当修練を積んでいると見たよ」

 

エステルとヨシュアも少年に駆け寄り、その実力を称賛する。すると……

 

 

 

「いや~、あの程度の相手、一人で楽勝だって」

 

結構なレベルで舞い上がっており、かなり照れている。

しかし直後、何やら雄叫びのような物が聞こえたかと思ったら、巨大な鳥の怪物が姿を現したのだ。

 

「あれは、エビルバードか!?」

「特級危険種って……流石にこれはきついかな」

 

現れた鳥型の危険種エビルバードは、かなり凶暴な部類らしく、少年も顔を若干曇らせている。しかし、直後に後ろの車から誰かが飛び出し、サブマシンガンでエビルバードに攻撃を仕掛ける。

 

「みなさん! あたしが抑えておきますから、撃破をお願いします!!」

「ありがとう、助かるわ!」

 

出てきたのは、帽子をかぶった赤い髪の女性だった。彼女は特務支援課のメンバーでクロスベル警備隊の少尉、ノエル・シーカーである。

そしてそんなノエルに、エステルは礼を言ってエビルバードを目掛けて跳び上がる。

 

「金剛撃!!」

 

エステルは跳び上がったと同時に、技名を叫びながら思いっきり棒をエビルバードの頭に叩き付ける。それにより、エビルバードは脳震盪を起こしてふらつくが、どうにか落ちないように持ちこたえている。

 

「今よ。フランベルジュ!」

「ジャッジメントボルト!」

 

隙ありと言わんばかりに、そのままアリサとエリィが弓とアーツで追撃をかける。

 

「サベージ・ファング!」

 

そこにすかさず、先程から会話に参加していなかった褐色肌の青年、VII組メンバーのガイウス・ウォーゼルが跳び上がってエビルバードの背中に槍を突き刺す。着地の衝撃と刺された痛みで、エビルバードは地面に落ちた。

しかしそれでもまだ仕留めきれず、エビルバードは立ち上がろうとしていた。

 

「まだ起き上がれるだけの力があるか…リィン、とどめを頼む」

「わかった……八葉一刀流」

 

ガイウスに促され、リィンは腰に差した刀に手をやる。

 

「四の型”紅葉切り”!」

 

直後、リィンの姿が消えたかと思ったら、なんとエビルバードの首が宙を舞っていた。見てみるとリィンがエビルバードの背中の上で納刀しており、あの一瞬で抜刀&移動を終わらせていたようだ。

 

 

「あんた達、すっげえな! ぶっちゃけ、そこの黒髪の兄ちゃんとか棒持った姉ちゃんなら一人でも勝てたんじゃねえか!? それに、動きの無かったアンタたちも、実は強いだろ!」

 

少年はリィン達のチームプレーに見ほれ、興奮していた。そして同時に、彼らの実力まで分析していたようだ。

 

「まあ、あの程度なら多少時間を取れたら勝てなくもないわね」

「けど、その間に誰か死んだら拙いからな。数の差とか、全員無事で勝てる方法は確実に取るつもりさ」

「増援が来る可能性もあるから、体力も温存しておきたかったしな」

 

ヨシュアとロイド、そしてエマには動きが無かったが、ちゃんと考えあってのことでもあったようだ。

 

「俺、タツミっていうんだ。これから帝都で軍に入って名を挙げに行くんだけど、あんた達もそのつもりか?」

 

すると少年は自己紹介をし、その一環で自身の目的を告げてきた。

 

「俺はリィン。故郷でもう仕事には就いていてね、帝都には仕事の一環で行くところなんだ」

「アタシはエステルっていうの。で、アタシ達は仕事柄、いろんな国に行って人助けしているのよ」

 

リィン達が自己紹介を終えると、直後に御者の一人が声をかけてくる。しかし、その顔色は心なしか優れていない。

 

「あんた達、帝都に行くつもりか? そんでもって、そっちの団体さんは口ぶりからして外国人みたいだが……」

「ええ、そうですね。何か問題でも?」

「悪いことは言わねえ。帝国には長居しない方がいい。そんでもって帝都に行くのだけは危険だからやめておけ」

 

御者の言葉を聞き、リィン達は何かありそうに思って尋ねてみる。

 

「もともと長居するつもりはありませんが、何かあるんですか?」

「一言でいえば、土竜やエビルバードよりも質の悪い化け物がいる」

「まさか、街中で危険種でも出るのか?」

 

御者の言葉を聞いたタツミが、凄まじいまでに的外れな発言をしていた。しかし、御者は顔色を変えずに再び言葉を紡ぐ。

 

「人だよ。見た目は人だけど、心は化け物なのさ」

 

事前報告で聞いた猟奇的な事件、それを起こす何かしらの人物を指していると思い、ロイドがさらに突っ込んだ話を聞こうと声をかけた。

 

「まさか、帝国の首都が犯罪者及びその予備軍の巣窟だとでもいうんですか?」

「確かに来る前に、黒い噂を耳に挟みはしましたが、そんなに治安が……」

「いいや、治安云々の話どころじゃないさ。敢えて言うならそう、あそこは……」

 

そして、御者は少し間を置いて詳細を告げた。

 

「地獄だよ。いや、ひょっとしたら地獄でもまだ足りないかもしれないが、他に表現のしようがない」

 

尋常ではない表現が飛び出し、リィン達の表情がこわばる。大きな事件や戦争を経験したリィン達ではあるが、現状で巻き込まれた様子も無い場所でこのような表現が飛び出すなら、異常性を感じ取ったのだろう。

すると、タツミは荷物を抱えながら再度御者たちに言ってのける。

 

「忠告はありがたいけど、俺が、俺達が稼いで村を救わなきゃならないんだ」

 

まっすぐな目をしたタツミは、そのまま空を仰ぎながら言う。そして、このリィン達とタツミの出会いが、世界の命運をかけた大きな戦いの始まりだとは、この時は誰も思いはしなかったのだ。

 

 

人が次第に朽ちゆくように 国もいずれは滅びゆく

千年栄えた帝都すらも いまや腐敗し生き地獄

人の形の魑魅魍魎が 我が物顔で跋扈する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれでも希望はある

人はいつも英雄を求める

そして英雄は必ず現れ やがては光を取り戻す

我等全員、英雄也



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第一部 闇に呑まれた千年帝国
第1話 千年帝国と蔓延る悪意


世界観設定についてですが、帝国の東が未開発&ゼムリア大陸の外について作中で触れられていないので、「帝国の東にゼムリア大陸がある」という風にしています。今後のシリーズ展開で原作と矛盾が生じるのは確実ですが、二次創作ということで大目に見てください。


リィン達一行は、帝都へ向かう途中でタツミを送ってやることにした。やはり馬車が一般的な移動手段な辺り、車は珍しいどころか存在していないらしく、タツミは興奮して先ほど別れた御者達も驚愕していた。

そして、帝都付近に停車し、エマの結界で危険種や不審人物に触れられないようにしてから帝都に入るリィン達であった。

 

 

 

「これが、帝都……」

「大きさだけなら、エレボニアの帝都と同等みたいね」

 

リィン達は街に入った瞬間、驚愕した。元々帝都を囲む外壁が異様に長大だったことから、街の規模は想像していたが、想像以上だった。報告によれば、この帝都の面積は20万キロアージュもあるらしく、下手をすればエレボニアの帝都であるヘイムダルに匹敵するかもしれないのだ。

 

「それじゃあ、俺は兵舎の方に行くんでここで」

「ああ。タツミ、頑張って出世しろよ」

 

そのままリィン達はタツミと別れ、情報局員の生き残りであるレクター・アランドール特務大尉と合流しに行く。

 

 

「確か、この辺りのはずだけど……」

 

リィン達がやって来たのは帝都のとある一角だった。この帝国はエレボニア帝国と同様に貴族制が定められており、帝都内にも貧富の差によって貴族街や貧民街に分けられている。今いる場所は、中間である一般庶民の住むエリア、すなわち平民街である。

 

「えっと……って、うわぁ!?」

「リィーーーーーーーン!!」

 

いきなり小柄な少女が、リィンの名前を叫びながら彼に飛び掛かってきた。いきなりのことで驚いたリィンは、その場で尻餅をついてしまう。

 

「あはは! リィン、久しぶり!」

「ミリアム、ちょ、重い……」

 

飛び掛かってきた少女は、ライトグリーンの髪をした、天真爛漫という表現がぴったりな少女だ。彼女こそが情報局の生き残りの一人にしてVII組メンバーの一人、ミリアム・オライオンである。

 

「おいおい。早速再会を楽しんでいるみたいだな」

「はしたないです」

 

すると、ミリアムが走ってきたところから誰かがやって来た。一人は派手なシャツを着た、チャラい雰囲気の赤毛の青年。彼こそがレクター大尉である。本人は情報局の二級書記官の肩書を持ち、それなりにプライドもあるのか、肩書で呼ぶ際はこちらを推奨してくる。

もう一人は尖った耳のような意匠のフードを被った、無表情な銀髪の少女。彼女がもう一人のオライオンである、アルティナだ。

しかし、そこにいたのはこの二人だけではなかった。

 

「リィン、久しぶり」

「やっと到着か。待ちくたびれたぞ」

 

現れたのは、小柄で気怠そうな顔の少女と、逆に熊の様に大柄な男だった。この二人はそれぞれ、VII組メンバーの一人フィー・クラウゼルと、カルバード共和国のA級遊撃士ジン・ヴァセックという。

 

「フィー!? 何でここにいるんだ?」

「そうよ。生き残っているのは、そこの大尉さんとあの二人だけの筈なのに、なんでジンさんが……」

「それはだな、俺が個人的に依頼したんだよ。軍が遊撃士に依頼するとなったら、オズボーンのおっさんが煩いから内緒でな」

 

リィン達の疑問にレクターが答えるが、結構な問題発言となっている。

 

「私は、ジンさんに帝都を案内していた時にその依頼が来たからついでに。共和国に行ったときにお世話になったから」

「サラの奴からの紹介だったんだが、この子も結構なやり手だぜ。正式に遊撃士になって欲しいところだな」

 

その後、フィーとジンとも自己紹介を終えると、レクターに連れられてやって来たのは、彼が貸し切り予約をしていた喫茶店だ。もしも休暇や見回りの軍事関係者に聞かれたら、侵略などという誤解もされかねないためだ。

 

「それじゃあ、まずは俺らの調査で分かったこの国の現状について説明するぞ」

 

そしてレクターが話し始めて、帝国の現状が判明した。

 

「まず、この国の皇帝は10歳前後のガキンチョで、そいつが利用される形で政治が成り立っている」

「え? そんな子供に帝位を授けてしまったんですか?」

 

リィンの疑問も尤もだが、レクターは「まあ、続きを聞け」とそのまま話を続ける。

 

「現皇帝の父親、先代皇帝が急逝しちまってな。後継者争いの中でオネストっつう大臣が、皇帝の一人息子だった現皇帝を推挙して即位させちまったわけだ」

 

年端もいかない少年を後継者争いに勝たせる辺り、そのオネスト大臣は相当の切れ者だということはわかった。

 

「おかげで皇帝は大臣に絶対的信頼を寄せ、後は政治の全権を自身で掌握し、幼い皇帝に政治学や情勢に関する知識を与えさえしなければ皇帝は意のままに操れる傀儡同然。自分だけが甘い汁を吸うなんて、欲望のままに生きる人生を送れるってわけだ」

「自治州時のクロスベルもキナ臭い政治事情でしたけど、これはそれどころじゃないですね……」

 

自治州だったころのクロスベルは、歴史ある巨大軍事国家エレボニア帝国と、建国百余年でありながら帝国とも張り合える軍事国家カルバード共和国に挟まれ、その両国を宗主国として成り立っていた。そのため、両国それぞれの政府がクロスベルを引き込もうと事故に見せかけたテロを秘密裏に実行、警察上層部と結託してそれらを揉み消すことで治安を悪化させた、魔都と化していた。だが、この国は至極単純に暴君による圧政を敷かれた状態という、根本から違う問題であった。

しかし、今回リィン達の目的は帝国への介入ではない。一年前の猟奇殺人やエプスタイン財団への襲撃事件の捜査だ。

 

「で、例のヒントかも知れない品がコイツだ」

 

そう言ってレクターが取り出したのは、一対のガントレットだった。しかし、リィンとロイド、エステル達遊撃士はそれがただのガントレットではないことを直感で察した。

 

「あの、これは一体……」

「馬鹿、触るな!」

 

キョトンとした表情でノエルがガントレットに触れようとすると、ジンが慌てた様子で制止の声をかける。しかし、間に合わずにノエルは触れてしまった。

 

「!?」

 

その瞬間、ノエルは背筋が凍り付くような感覚を感じ取る。咄嗟に手を離すも、ノエルの顔から血の気が引いており、そのまま激しい息切れを起こし始める。

 

「な、なんなん……ですか…これは?」

「そうですよ。ノエルさんの反応、明らかに異常ですよ」

 

エリィの言葉に続き、レクターはこの品の正体を語り始めた。

 

「コイツは帝具っつう武器でな。これが犯人への手がかりだ」

 

聞きなれない単語に、リィン達はつい首を傾げる。そして、レクターがその詳細を語り始めた。

 

「帝具は今から千年前、この国の建国者である始皇帝が国家安寧を不動の物にするために作った48の超兵器の総称だ」

「48の、超兵器?」

 

失われた技術や超希少素材を、始皇帝が財の限りを尽くして集めて作らせたらしい。それによって、所持者に一騎当千の戦闘力を与えるといわれている。ただし、帝具は使い手を選ぶらしく、適合しなかったら持っても発動しないだとか、最悪身に着けた瞬間死ぬなどいろいろ問題もようだ。

そして材料の希少素材はゼムリアストーン並のレアメタルや、超級危険種(強さはピンキリらしいが国の壊滅も容易な等級らしい)の筋繊維や外殻、炎や毒を生成する体内器官などが該当するらしい。おそらく、この超級危険種がゼムリア大陸が外界から隔絶されていた原因の、海や空に闊歩している魔獣たちに該当するのかもしれない。技術の方は古代ゼムリア文明のような超科学の他に、魔術や錬金術の類も含まれるらしい。

 

 

「コイツは俺がわずかに手に入れた、帝具に関する情報だ。とりあえず読んでみろ」

 

そう言ってレクターが取り出したノートには、帝具の名称と効力が記されていた。

 

”一斬必殺”村雨:切った対象の傷から呪毒を送り込み、心臓を蝕んで殺す刀。特性上、かすり傷でも相手を死に至らしめる。

”万物両断”エクスタス:レアメタルを加工した超硬度を誇る鋏。攻撃力と耐久性は最高クラス。

”浪漫砲台”パンプキン:使用者の精神エネルギーを弾丸に変える銃。使用者の精神の高ぶりで威力が上昇する。

 

「……なんなんですか、これ?」

「どれもこれも、とんでもない性能じゃないですか。本当にこの国にこんなものが……」

 

リィンもアリサも、信じられないといった表情でレクターに問い詰める。横で話を聞いていた残りのメンバーも、驚愕に満ちた表情であった。

 

「ああ、マジの大マジ。ぶっちゃけた話、兵器であることを前提に作られた分、危険度は並の古代遺物(アーティファクト)を上回るのは確実だ。で、本題が次のページだ」

 

”月光麗舞”シャムシール:斬撃と同時に真空の刃を飛ばす帝具。月の満ち具合で威力が変化。

”血液徴収”アブゾデック:装着者に吸血能力を与える付け牙の帝具。血を取り込んで自身の強化も可能。

”大地鳴動”ヘヴィプレッシャー:介した声を超音波に変えるマイク型帝具。喰らえば全身の骨が砕ける。

 

「こ、これは!?」

「能力があの事件の被害とかに完全一致してるじゃない!」

 

シャムシールはともかく、他はミイラ化殺人や男性強姦殺人の被害者の惨事に酷似している。十中八九、この帝具の持ち主が犯人の可能性が高かった。一応、今から400年前に内乱で帝具の半数ほどが行方不明となり、何かの拍子にゼムリア大陸の人間の手に渡ったという可能性もあるが、限りなく低かった。

 

「もしかしたら何かの方法、帝具辺りでこの帝国に縁のある人間が獣の包囲網を掻い潜って、ゼムリア大陸に乗り込んで事件を起こしたかもしれない。そういうわけで、ここ最近の大事件を解決した功労者であるお前さん達に動いてもらうことになったのさ」

「なるほど。俺はともかく、リベールの異変を解決したエステルやクロスベル開放を成し得たロイドなら、戦力としても申し分ないですね」

「いやいや。帝国内乱だってお前らがいなかったら、もっと犠牲者が出てたかもしれないんだぜ。ちゃんとお前も活躍で来てるよ」

 

リィンの自分を卑下したような発言を、レクターがフォローする。エレボニア帝国の内乱は結局、鉄血宰相の異名をとる現帝国宰相ギリアス・オズボーンが裏で糸を引いていたため、リィン達VII組も彼の手で踊らされていたと言える。しかし、実際にリィン達が動いたおかげで救われた人たちがいることも事実であった。

 

その後、リィン達はレクターに連れられて彼らが拠点にしている宿に向かう。どうやら、結構な高級ホテルに向かうらしい。

 

「何故、そんな高いところに泊まるんですか? 資金も限られている筈では……」

「一回、適当な安宿に泊まったらそこの店主が泊り客を人身売買で売り払っちまう糞野郎だったんでな。以来、宿は高くても信用のあるところを選ぶようにしたんだ」

「やたら強い傭兵も雇ってたが、俺らで叩きのめしてやったぜ」

「ジンさんの強さは流石A級ってところだったよ。ちなみに、さっきの帝具はその傭兵の一人が使ってた奴なんだ」

 

かなり物騒な話であったが、猟奇殺人が日々起こっている可能性のある街なら、ありえない話でもなかった。

すると

 

「あ、リィンさん達」

「え?」

 

大きな橋を通る最中、聞き覚えのある声で名前を呼ばれたリィン。振り返ってみると、そこにはタツミが体育座りでぽつんとしていた。

 

 

 

 

 

「えっと……ひょっとして、馬鹿なのか?」

「ちょ、リィンさんまで!?」

 

話を聞いてみると、あの後タツミは兵舎での募兵の際に一兵卒からの入隊に異を唱え、腕っぷしを見せていきなり隊長になろうとしたらそのまま追い出されてしまったという。しかもその後で見知らぬ美女に隊長になれるよう知り合いに掛け合うと言われ、「金と人脈がいる」といわれて全財産を渡して持ち逃げされてしまったという。

 

「君、隊長っていうのはただ強いだけじゃやれない役割だよ。まず、複数人の部下を率いるために指揮能力とかそういう物が必要なわけで……」

「だって俺、田舎の出だしそう言うの疎くて」

「あのね。そんなこと少し考えたらわかると思うんだけど……」

 

ヨシュアやアリサに指摘されたタツミは、言い訳する。なんというか、みっともなかった。

すると、横で話を聞いていたレクターが何を思ったのか、ある提案を出してきた。

 

「俺、金には余裕があってな。そんなわけで、お前さんを泊めてやってもいいぜ」

「え、いいんですか!?」

「ああ。ちょっと、カジノで荒稼ぎしてきてな」

「大尉、何やってるんですか……」

 

レクターの口から聞き捨てならない言葉が出てきたため、リィンもついジト目で見てしまう。当然だろうが、このおかげで高級宿に泊まれるほどの資金が溜まったらしい。

 

「ただし、条件が……」

 

レクターが何かを言おうとしたところ、こちらを通りがかった馬車がいきなり止まって中に乗っていた人物が下りてきた。乗っていたのは、高そうなドレスを着た金髪のくせ毛が特徴の美少女だった。馬車に乗っていたことと言い、十中八九貴族の娘なのだろう。

 

「あなた達、ひょっとして無一文? もしそうなら、ウチに来ない?」

 

少女はリィン達を見回しながらいきなりそんな提案をしてきた。

 

「いや、俺達は宿は決まっている。無一文なのは彼だけだ」

「えっと、まあそうですね。けど流石に会ってすぐの人に助けてもらおうっていうのは失礼だと……」

 

リィンに指摘され、タツミも一応遠慮しておく。すると、護衛らしき屈強そうな男二人が近寄ってきて声をかけてくる。

 

「アリアお嬢様はあんたらみたいなのを放っておけないんだよ」

「だからお言葉に甘えておけ」

 

護衛の二人がそう言って断りにくい状況に持っていかれてしまう。そんな状況に持っていかれたタツミだったが、リィン達は咄嗟に怪しいと感じ、断ろうとする。

 

「あ、助かりました。実は宿自体は取れたんですが、部屋数が足りないもので困ってたんですよ」

「え?」

 

しかし、それよりも早くレクターがそう言って、しかもリィン達から何人か一緒に泊まらせようとしてくるのだ。

 

「いやぁ、すまんな~。そういうわけで、お前らは何人かでタツミ君と一緒に泊まってやってくれ」

「若い連中だけで心細いってんなら、俺も同行してやる。安心しな」

 

しかもジンまで乗り気な辺り、何か考えがあるようだ。そういうわけで、リィン達はタツミと一緒にアリアの家に行くこととなった。

 

「えっと、ジンさんがいるなら大丈夫かな……」

「それじゃあ、折角なので御厄介になります」

「決まりね」

 

そんな感じで、リィン、アリサ、エステル、ヨシュアの4人がジンに先導される形で、アリアの屋敷に向かうこととなった。

そして彼らが去った後、ロイドがレクターに問い尋ねる。

 

「アランドール大尉、これは一体?」

「ああ。あの嬢ちゃんの家に、すげぇキナ臭い噂があってな」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なんだ、またアリアが誰かを連れてきたのか?」

「これで何人目かしらねぇ?」

 

やって来たのは、大きな屋敷でまさに貴族が住む家といったたたずまいだった。その屋敷でアリアの両親(母親がやたら若く見える)が、リィン達を見るなりそんなことを言った。普段からアリアは見ず知らずの人を家に招いているらしい。

 

その後、アリアの父はタツミが士官できるように掛け合い、逸れてしまった同郷の仲間二人の捜索を引き受けてくれるという形に収まった。そして、それらが決まるまでタツミはアリアの護衛をすることになるのだった。

 

「それで、君達は既に宿があったが、部屋が足りないそうだったね」

「旅行客か何かなのかしら?」

 

タツミの話が終わった後、今度はリィン達の方を見て話題を振る。

 

「いえ。俺達はある事件の調査のために、この国にやってきました」

「事件、とな?」

 

ジンが最年長ということもあって代表して事情を話し、リィンと交代で詳細を語る。

 

「俺達の故郷で、猟奇殺人が起こったんです。不可思議な殺され方をしていたために謎が多かったんですが、そんな中でこの国にある帝具の存在を知りました」

「帝具、ですか」

「やはりご存知でしたか。この国の住人で、しかも学のある貴族ですから当然でしょうな」

「えっと……帝具って、何ですか?」

 

そんな中で、タツミが首を傾げながら問い尋ねる。まあ、田舎の出身なら国民であっても知らないかもしれないが。

 

~説明後~

「そんなものが、この国にあったのか……」

「なるほど。確かに、帝具以外には出来そうにない殺人方法だね」

 

タツミはただひたすら驚嘆し、アリアの父は話を聞いて納得したようだ。

 

「よし。私も貴族、国に携わる人間だ。帝具持ちの犯罪者は我々にとっても有害だし、伝手で情報を仕入れさせてもらおう」

「代わりに、しばらくタツミさんと同じで我が家の護衛をしてもらえるでしょうか?」

「協力、ありがとうございます」

「護衛の件も任せてください。民間人の保護が、遊撃士最大の使命ですから」

 

リィンとエステルが最後に締め、その後は宛がわれた部屋に泊まることとなる。

休む前にジンの部屋に集まり、誘いに乗った理由について尋ねることにする。

 

「で、ジンさんはなんでこの誘いに乗ったんですか?」

「いくら貴族で優秀な護衛に囲まれているとはいえ、得体のしれない俺達異国の人間を泊めるのは、流石におかしいとは思うんですが……」

「実はこの家の娘さん、アリアって娘がしょっちゅう旅行や出稼ぎに来た田舎者を招くんだが」

 

そしてジンは間を置いて、衝撃的な事実を告げた。

 

 

 

「そいつらが一人残らず行方不明になったらしい」

 

予想外の返答に、一同が思わずギョッとする。

 

「次々と情報局員が消えていく中でこの家のうわさを聞いてな、何かしら情報を得られないかと情報局員の最後の二人が潜入捜査を志願したんだ。それで、田舎者を装って屋敷に侵入した物の、翌日から連絡無し、そのまま十日は経っちまったんだ」

「ええ!?」

 

つまりこの家の一家は、何か尋常ではない悪事に手を染めていることになっている。

 

「最悪、ここの一家が人身売買の類に手を染めて、連中もどっかに売り飛ばされている可能性もある。けど、この国の闇を間近で知るチャンスでもあるから、大尉と相談して調査に乗り込む予定だったわけだ」

「それで、あたしたちがタイミングよくここに来たから、そのための戦力にしたってわけね」

「俺達もこの国の現状を知りたいから、その策に異存はありません」

「私もリィンと同感なので、乗らせてもらいます」

「そうか。感謝する」

 

話が纏まった中、ヨシュアが一人険しそうな顔をしていた。そして、エステルがそれに気づいて声をかける。

 

「ねえ、どうしたのヨシュア?」

「……エステル。この国の闇は僕達の知る闇よりも、深くて暗いかもしれない」

 

いきなりヨシュアがとんでもないことを口にし、そのまま続ける。

 

「さっきあの一家、アリアも含めて微かだけど死臭がした。血とか病気とか、そんな感じのいろんな物の臭いが」

「え?」

「それ、本当なのか?」

 

ヨシュアの口から、アリア本人にまで得体のしれない物が感じ取れるという答えが出たのだ。リィンもつい、口を挟んでしまう。

 

「実際、僕も想像したくない内容だよ。けど、覚悟はした方がいいかもしれない」

 

その後、各自宛がわれた部屋(リィンとアリサ、エステルとヨシュアは同室)に戻って、休むことにするのだった。




ガントレットの帝具ですが、リィン達に見せるためのサンプルとして出てきただけなので効果は考えていません。


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第2話 闇夜の仕置き人・前編

VSナイトレイドに突入。しかし長くなったので前後編に分けることにしました。



アリアの屋敷に泊まった翌日、リィン達は二手に分かれて屋敷の警備と、ショッピングに出かけたアリアの護衛兼荷物持ちに同行することとなった。

 

屋敷の警備班

 

「じゃあ、俺が敷地内を案内するからお前達は把握して警備を頼む」

「わかりました」

 

一家の護衛の一人に案内され、アリサとエステルとヨシュアの3人が屋敷の庭を見て回る。

 

「それにしても、流石は貴族のお屋敷ね。庭まで無駄に広いわ」

「私もRF本社ビルの最上階に構えた住居に住んでたから、庭っていうのも新鮮だわ」

 

エステルとアリサが見回りをしながら会話をしている。二人ともアクティブな所があって歳も近いため、結構気が合うようだ。そんな感じで会話をしながら案内を受けていると、ヨシュアがある物に気づいた。

 

「あの、あそこにある小さな建物は何ですか?」

 

ヨシュアが示した方に会ったのは、小さなコンクリート製の四角い建物で、扉も鉄でできた頑丈そうなものだった。

 

「……あそこは倉庫で、非常時の避難場所も兼ねてあそこに建てたんだ。主に非常食などを入れている」

 

少しの沈黙の後、淡々と告げた。何やら怪しいが、下手に追及しては彼や自分達が危険に陥る可能性もあったためそれで納得しておくことにした。

その後、案内の男と別れ、少し会話をする3人。

 

「やっぱり、何かするつもりだったみたいね」

「うん。警戒して、アリアたちが寝静まるのを確認した甲斐があったよ」

「さっきリィンから同じこと聞いたけど、アリアたちが黒なのは確実っぽいわね」

 

ヨシュアの話したことやアリサがリィンから聞いた話というのは、昨日の深夜の事だった。

~回送~

ヨシュアはエステルが寝静まる中、一人で警戒して寝ずにいた。その際、暇だったので読書をしていると足音がしたので、気になって扉を開ける。

 

「! ……お休みになってたんじゃないんですか?」

 

部屋の外にいたのはアリアの母で、手に香炉のような物を持ちながらヨシュアが出てきたことに酷く驚いていた。

 

「いえ、眠れなかったもので読書をしてたんです。そちらこそ、どうして? てっきり、強盗でも忍び込んだのかと思って急に出てきたしまいましたが」

「ちゃんとお休みかどうか、少し気になった物で。もし眠れないようだったらと、お香を用意したんです」

 

適当にでっち上げた理由だったが、アリア母は信じたのか自身の目的を語った。お香をたくのは本当のようだが、問題はお香の種類が何かなのだが。

 

「個人的な理由なので、大丈夫です。それより、貴女もお休みの方がいいんじゃないでしょうか? 貴族も何かと大変でしょうし、休まれるときに休むべきかと」

「お客様に気を遣わせるなんて、私もまだまだね。ありがとう」

 

そのままアリア母は退散していった。念のためヨシュアは隠形スキルで追跡するが、そのままアリア一家は寝静まったのですぐにヨシュアも休むことにしたのだった。ちなみに、リィンの所にもアリア本人が来たらしい。

~回想了~

 

護衛班

 

「次はあっちを見てみるわ!」

 

その頃繁華街で、アリアがそういって目に入った店に入っていく。その後ろには、護衛の兵達が大量の荷物を運んでいる。そしてその中には、タツミの姿もあった。

 

「これも修行って言ってたけど、何の修行だよ……」

 

荷車の傍でゲッソリした様子のタツミが呟く。そして、なんとなくこちらに同行していたリィンとジンに目を向けると……

 

 

 

「流石は泰斗の拳士でA級遊撃士。堪えてませんね」

「それはこっちのセリフだ。その若さで八葉一刀流の皆伝持ちってのは、伊達じゃねえみたいだな」

 

二人とも余裕そうに大量の荷物を抱えており、バランスも崩すことなく運んでいる。

 

「タツミ。これ、純粋な筋力とバランス感覚を鍛えるのに適任とは思わないか?」

「へ?」

 

すると、リィンがさっきのぼやきを聞いていたのか、タツミに声をかけてくる。更にはジンまで会話に参加してきた。

 

「重い物を抱えながら歩く。しかもそれを崩さないようにする。リィンの言う通り、それぞれ筋トレとバランス感覚を養う効果は確実にあるだろうな」

「あの土竜って危険種と戦った時の剣術に、それらが加わればもっと威力が高くて、確実に当てられるものに昇華させられると思うぞ」

 

それを聞いたとたん、タツミの表情が急にやる気に満ちていく。

 

「よっしゃ! リィンさんと明らかに強そうなジンさんのお墨付きなら、励ませてもらうぜ!!」

 

そしてそのまま、アリアの向かった店に突貫していく。そして、馬車の荷車に荷物を運び終えたリィンとジンが会話を始める。

 

「さっきの手配書の集団。どうやら帝具を持っているらしいですね」

「今の俺達なら、敵対する可能性も高いから警戒してそんはないだろう」

 

先程、アリアが商品を選んでいる最中に店の近くに貼っていた手配書を見つける。

手配されているのは、帝都を騒がせる殺し屋集団でナイトレイドというらしい。曰く、富裕層をターゲットにする集団で、メンバーの大半、もしくは全員が帝具持ちなのだという。正直、こんな物騒な街ならいてもおかしくない集団である。

そしてその手配書の中に一人、タツミと同年代らしき少女の者があった。アカメという名前らしく、黒い長髪と名前通りの真っ赤な瞳が特徴だという。そして、昨日見た資料にあった帝具の一つ”一斬必殺”村雨を持っているらしい。

 

「もし本当なら、村雨は確実に破壊しないといけないな」

「ええ。アカメの真意はわかりませんが、悪意のある人間の手に渡ったら、どれだけの人間が死ぬか想像もつきません」

 

掠り傷でも相手を呪毒、文字通り呪いの毒で殺す。特性上解毒も出来ないため危険度はきわめて高い帝具だった。

そして、会話を終えたリィンはポケットから戦術導力器ARCUSを取り出す。

 

「さて。タツミたちが戻ってくる前に、ロイドに連絡するか」

「まあ、車やバイクを見たタツミなら似たような道具と言えば納得してくれるだろうけどな」

 

簡易導力波発生器のおかげで、帝都内ならARCUSの通信機能が使える。

 

「ロイド。そっちは確か、貧民街を見ているらしいけどどうなんだ?」

『……リィンか』

「え?」

 

直後、通信で届いたロイドの声に思わず驚いてしまう。その声は、怒りや憎悪といった負の感情を無理やり抑え込んでいるかのような、低い声音だったのだ。

 

『すまない。驚かせてしまったようだな』

「あ、ああ、こっちこそ驚いてすまなかった。で、何か見たのか?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その頃、ロイドたちがいたのは貧民街のある一角だった。

 

「ああ。正直、圧政がここまでひどい物だとは思いもしなかった」

 

ロイドが先程のような低い声音で、リィンの問いに答える。この原因は、彼の視線の先にある物だった。

 

 

『この者達、納税を果たせなかった罰として、土地を含めた全財産の没収と一族郎党磔処刑に処す』

 

そんな立札の後ろに、十数人の人間が十字架に縛られて死んでいた。皆、四肢の欠損や何かしらの疫病に晒された肌の変色、中には臓物や筋肉、脳が剥き出しになっている者もいた。しかも、幼い子供や女性に老人と、老若男女問わずそのような殺され方をしている。

 

「一族郎党ってことは、みんな親戚ってことだよね」

「税金をたった一回払えなかっただけで、死刑だなんて……」

「常軌を逸しているわね。これじゃあ、国そのものが摩耗してしまうわ」

 

順にフィー、ノエル、エリィだ。フィーは経歴もあってか、一番動揺が少なさそうだが、何も感じていないわけではないようで、若干不機嫌そうだ。

すると、近くで聞き込みをしていたガイウスとエマが戻ってきて成果を報告する。

 

「どうやら、この国ではこのようなことはしょっちゅうらしい。異常性癖者の貴族がこのような拷問を一般市民にも行い、警察組織である警備隊は上層部の一部の者が賄賂で隠蔽しているそうだ」

「それ、どうやって聞いたんだ?」

「良識派の警備隊員が、たまたま居合わせいたんです。おかげで色々と情報が得られました」

 

エマの発言の直後、ガイウスが指を指すのでその方を見る。そこには警備隊の制服を着た隻眼の大男がおり、かなり威圧的な風貌だが、死刑台付近で他の警備隊員たちを仕切っているので彼らのリーダー格のようだ。

 

「彼は警備隊長の一人でオーガというらしい。主にガマルという商人から賄賂を受け取って、その罪を一般市民に擦り付けて裁いているそうだ」

 

隊長の一人ということは、隊長が複数人いることになる。実際、この帝都は面積がヘイムダル並みでありながら車や鉄道が用いられていないため、各区域ごとに警備隊を置いておく必要があった。しかし、そんな隊長の一人が汚職の常習犯で無実の罪を着せてくるとなると、安心して暮らすことなんてできなかった。

 

「……今回のミッション、西ゼムリア連合総出で介入できれば、情勢も打破できるかもしれないが……」

「帝具の危険性を考えれば懐柔なんかは視野に入るだろうし、可能性としてはゼロじゃないわね」

 

移動中、ロイドたちは帝都の現状を憂いてはいるも、現状で介入できずにやきもきしている。

そんな中、ロイドたちの視線に一人の女性が映った。彼女はボロキレを纏っており顔色もよくないが、目は何かギラギラした物を秘めている様子だった。様子がおかしいと思い、女性に声をかける。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「……通してください。行かないと、いけないんです…」

 

女性の様子から何かおかしいと思い、ロイドは女性を止める。

 

「行くって、何処に行くんですか? あなた、明らかに寝てないとまずいですよ」

「離してください! お金を稼がないといけないんです!!」

 

掴みかかっても、女性はロイドを振り切ろうともがく。しかし、すぐに体力がつきて膝をついてしまった。

 

「稼いで、婚約者の仇を取ってもらうんです。だから、行かせてください……」

「仇? 何かあったんですか?」

「よければ休める場所で相談に乗ります。行くにしてもその後でいいのでは?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その日の晩、アリアの母がノートを手に屋敷の廊下を歩いている。

 

「さあて、今日も日記をつけるとしようかしら。フフ、止められないわね。この趣味は」

 

何やらうきうきした様子で廊下を歩くが、直後に背後から誰かが忍び寄ってくる。そして

 

 

 

 

「え?」

「すみません」

 

アリア母の上半身が切断され、そのまま宙を舞う。実行した背後の人物は紫の髪とメガネの女性で、行為についての謝罪をしていた。その手に身の丈ほどある巨大な鋏を持って。

 

それと同時刻

 

「どうやら、来たらしいな」

「みたいね」

 

先日同様に警戒して、アリアとその家族が寝静まるまで起きていたリィン達だったが、殺気を感じ取ってそれぞれの得物を手に部屋を飛び出す。すると、さっきまで寝ていたタツミがもう起きていた。

 

「みなさん、これって!?」

「タツミもこの殺気は感じ取ったみたいだな」

「及第点って言いたいところだけど、今はそれどころじゃなさそうだね」

 

ヨシュアに指摘されて一同が窓の外を見ると、赤い月をバックに五つの人影があった。月明かりに照らされていたためわかったが、彼らは空中に糸を張り巡らし、それを足場に直立していたのだ。

 

「なるほど。彼らが噂のナイトレイドってわけか」

「みたいだな。街で見かけた手配書と同じ奴も混じっている」

 

一人は鎧姿でわからなかったが、確実に一人顔の割れている人物がいた。黒い長髪と真っ赤な瞳の、腰に刀を携えた少女。アカメである。すると、そのアカメが真っ先に足場から飛び降り、地面に華麗に着地した。

 

「って、早くしないとアリアさん達が!」

「よし。さっさと行くか」

 

直後、ジンがいきなり窓ガラスを粉砕してそこから飛び降りていった。

 

「ええ!? ジンさん、それ後で怒られないですか!!」

「今はそんな場合じゃないだろ、タツミ。アリサ、掴まってろ」

「オッケー」

 

アリサはそのままリィンにおぶさり、リィンもそのまま窓から飛び降りる。そして、エステルとヨシュアもそれに続いた。

 

「ああ……もう、こうなりゃやけだ!!」

 

タツミも結局は折れ、後に続いて窓から飛び降りた。

 

「葬る」

 

一方、地面に降り立ったアカメは手にした刀である村雨を構えながら、ただそれだけ呟く。

 

「いいか? あの刀には絶対に触れるなよ」

 

やはり村雨の効果は知られているようで、護衛達も警戒を強めていた。そしてそんな中、護衛の一人がアカメに向かって突撃していくが、続いて降りてきた鎧の男が手に持った槍を投擲する。しかし投げられた槍は男を通り過ぎて後ろの二人に向かって行き、それに気を取られている隙にアカメに村雨で喉を切り付けられ、絶命した。

 

「「うわああああああ!!」」

 

投げられた槍が残り二人の護衛に目掛けて飛んでいく。

しかし

 

「ふん!」

「な!?」

 

突如、ジンが横から割って入り、拳撃で投げられた槍をはじき返したのだ。そして、ジンはそのまま後ろの護衛達に言い放つ。

 

「こいつらはお前さん達の手に余る。早いとこ逃げるのを勧めるぜ」

「言われなくても、そのつもりだ! こんな化け物、相手にできるか!?」

 

そのまま助けられた護衛の一人がもう一人を促し、二人で逃げ出した。しかし、会って日の浅いジンに対して申し訳なさそうな様子が、微塵も感じられなかった。

そして逃げたと思った直後、何処かから脳天を撃たれて二人とも死んでしまう。

 

「バカね。あんた達も標的なんだから、逃がすわけないでしょ」

 

声のした方を見ると、まだ糸の足場から降りていないメンバーの姿があった。ピンクの髪をツインテールにまとめ、ロングスカートにケープといった肌の露出が少ない格好の少女だ。そして手には、年頃の少女に似つかわしくない巨大な銃を持っている。これも文献で見た帝具の一つ、パンプキンだった。

 

「……あんな若い娘が闇の住人って、この国はとことん腐ってるようだな」

「ジンさん、大丈夫ですか!?」

 

少女を見たジンは、ガラにもなく忌々しそうな顔で呟いていると、遅れて来たエステル達が駆けつけてくる。しかし、ジンはあることに気づいてそれについて尋ねる。

 

「俺は大丈夫だが、他の連中がやられちまった……って、リィンとヨシュアがいねえが、どうした?」

「二人はタツミを連れてアリアのところに向かったわ。まあ、リィンなら強いし大丈夫よ」

 

アリサが自分のことのように自信たっぷりなため、リィンの方は問題無さそうだ。エステルからノーコメントなのは、ジンもヨシュアの実力をよく知っているための、暗黙の了解だ。

エステルとアリサも得物を構えて戦闘態勢に入ると、ピンク髪の少女ともう一人、緑の髪の少年が下りてきた。少年のグローブが先程足場となっていた糸を巻き上げているのが見え、あの糸も帝具であると推測された。

 

「さて、お前らは最近ここに入ったばかりみたいだな。標的じゃねえし、邪魔しないなら逃がしてやってもいいが」

 

警戒態勢に入る中、鎧の人物がこちらに話しかけてきた。背格好で予想はついたが、声音は完全に男の者だった。しかも話している内容からして、闇雲にではなくわざわざこの家を、それも護衛兵達を含めた全員を狙ったことになる。

 

「それはできない相談だな。俺らはここの一家に用があって、少なくともそれが終わるまでは生きていてもらわないといけない。そうでなくても、職業柄殺しを正当化するわけにいかねえんだわ」

 

鎧の男の提案をはねのけ、ジンは拳を構えて臨戦態勢に入る。

 

「お前ら、この鎧男は俺に任せろ。少なくとも、あの3人の中で一番強いのがコイツなのは確実だ」

「ジンさんのそう言うところは確実よね……わかったわ。アリサ、初めて戦術リンクを組むけど問題ない?」

「問題ないわ。エステルになら、色々と任せられる自信があるもの」

 

そしてエステルとアリサが会話を終えると、二人の持っていたARCUSが光の帯のような物で繋がり、同じ色の光が二人に纏まる。そしてその直後、ジンが鎧の男に突撃し、エステル達も残りの二人に挑んで行く。

 

「せやぁあ! とぉお! はぁああ!!」

 

大柄なジンが次々と振るう拳は鋭く重い一撃だったが、男はいつの間にか手元に戻っていた槍の柄でそれをいなす。

 

「月華掌!!」

 

ジンが技名を叫ぶと腕が一瞬光り、一瞬の隙をついて掌底を鎧の男に叩き込んだ。ジンが修める泰斗流という流派は、ゼムリア大陸の東方、そして東方からの移民を多く受け入れているカルバード共和国で知れ渡った歴史ある流派である。最大の特徴は気を使った攻撃や治療を可能とするもので、使いこなせばかなりの破壊力を生み出すことが可能なのだ。

 

「……あんた、中々いい攻撃するな。重いし鎧越しの衝撃もスゲェわ」

「な!?」

 

しかし、鎧男はあまり堪えている様子がない。月華掌は食らった相手の思考を麻痺させ、思っているのとは違う行動をとらせる、俗に言う混乱させる技だ。だが、この鎧男は頭部にもろに食らっても、混乱どころかダメージが薄かったのだ。

 

「だが、それでも俺の情熱は止まらねぇぜ!!」

 

そのまま鎧男は暑苦しいセリフを吐いて、ジンに向かって槍を振るう。ジンはとっさに回避するが、その攻撃によって地面が大きくえぐれる。あまりの威力に、ジンも警戒を強めた。そんな中、ジンは警戒しつつもあることが気になり鎧男に問いかける。

 

「その気質に迷いの無い攻撃……お前さん、なんで殺し屋なんてやってんだ?」

「いきなりそんなこと聞いて、どうした?」

 

突然のジンの質問に、鎧男はつい質問で返してしまう。そして、ジンは

 

「お前さんは熱い性格のようだから、金や優越感のために弱者をいたぶる奴には見えんし、かと言って戦闘狂にも見えん。明らかに正道を歩む者だ。そんな奴が、いくらキナ臭い噂のある集団相手とはいえ、殺し屋なんて邪道を歩むのか気になってな」

「あれだけのやり取りでそこまで見抜くか……あんたも外道ってわけじゃなさそうだ。で、質問の答えだが、その正道を歩むことすら帝国じゃ許されないとしたら、どうだ?」

「何?」

 

鎧男はジンの本質を見抜くと同時に、質問に答える。そして、そのまま言葉を紡いだ。

 

「初対面の相手に深くは話せんが、俺はこの帝国の腐敗に反発して、軍を追われた。そんな中で裏稼業に入ったが、それでも俺は弱き民たちの味方のつもりだ。ナイトレイドも、そんな同志達の集まりで大切な仲間だ。それに報いるためにも、外道どもを逃すわけにいかねえのさ!!」

 

ナイトレイドは少なくとも無法者というわけではないようで、鎧男は強い信念を抱いて行動しているようだった。

 

「やっぱり、お前さんなりの信念があるわけか。だが、俺も譲れねぇんだわ」

 

そんな鎧男に思うところがあり、ジンも自らの思いについて語り始める。

 

「俺の修めた流派、泰斗流は人を生かし人を守る謂わば活人の拳。それを修めた身として、ここの一家がどんな悪党だろうと、お前さんがいかなる信念を持とうと、それだけは譲れねぇのさ!」

「アンタも自分の信念にまっすぐ突っ走る男か……いいぜ、気に入った!」

 

すると、鎧男は再び槍を構え、声高々に名乗りを上げる。

 

「元帝国軍人にしてナイトレイドのメンバー、百人斬りのブラートだ。俺の信念の下に、全力で相手をしてやる」

「ブラート……手配書にあったあの男か。俺はカルバード共和国のA級遊撃士、不動のジンことジン・ヴァセック。ブラート、俺もお前さんに敬意を表して、全力で相手してやるぜ」

 

そのまま流れで互いに自己紹介し、ジンは鎧男改めてブラートに向き合い、二人は同時に駆け出す。

 

「うぉおおおおおおおお!!」

「龍閃脚!!」

 

ブラートが槍をふるい、ジンも渾身の力で飛び蹴りを放った。そして、それが激突する。

 

そこから先は、凄まじいまでの激闘だった。

ジンの放った跳び蹴りはブラートの一撃と同等で、衝突と同時に大気が震えた。ジンは続けざまに超高速の連続蹴りを放ったが、ブラートは同規模のスピードで槍を振るい、全ての蹴りを捌いてしまった。ブラートの槍は穂先が大きく両刃で、斬撃にも向いている大型の槍だったため、それでジンの連続蹴りを捌き切ったあたり、彼の実力は相当の物だった。ジンの龍閃脚は飛び蹴り→高速連続蹴り→とどめの一撃、のプロセスを踏む技だが、結果としてブラートは威力の高い蹴りも連続蹴りも全て防ぎきってしまった。しかしジンも負けじとそこから拳撃を叩き込むが、ブラートは左腕でそれを防ぐ。

 

「俺も腕に自信はあるが、なかなかやるじゃないか」

「あんたも俺の鎧、帝具インクルシオで強化された身体能力についていけるあたり、かなりの物だな」

「槍が帝具だと思ったが、鎧の方だったか。けど、元の能力が高くないとそこまでの力は引き出せないだろ」

「お目が高い。それじゃ、続きと行くか!」

「おうとも、かかってこい!!」

 

ジンはブラートとの問答を終えると、再び戦闘を再開した。

 

 

その頃、すぐ傍で戦闘をしていたエステル&アリサはというと

 

「おいおい。生身でブラートと互角って、あのおっさん何者だよ?」

「どうせアイツも帝具で強化してるんでしょ? 心配ならこいつらもサッサと片付けるわよ、ラバ」

「そうだな。じゃあ、いくかマインちゃん!」

 

マインと呼ばれたパンプキンを持つ少女と、ラバと呼ばれた緑の髪の少年が会話を終えてそのまま攻撃に入る。パンプキンは精神エネルギーを弾丸にするだけあり、実弾ではなくエネルギー弾を撃つようだ。しかしアリサはそれを横っ飛びで避け、マインに目掛けて矢を放つ。

 

「やば!?」

 

マインはそれを避けようと同じく横に跳ぶが、接近戦になれていないのか不格好になってしまう。

 

「隙だらけよ!」

 

すると、エステルがその隙をついてマインに棒を叩き付ける。マインは咄嗟にパンプキンを構えてそれを防ぐが、衝撃を逃がし切れず地面に叩き付けられる。

 

「マインちゃん!」

 

ラバと呼ばれた少年が飛び出し、糸の帝具でエステルを拘束しようとする。

 

「旋風輪!」

 

しかしエステルは棒を構えたまま高速回転、糸をそのまま巻き上げてしまう。しかも、そのまま少年を勢いに任せて振り回したのだ。そして、そのまま近くの木に叩き付ける。

 

「いてて……けど、このくらいで」

「そこよ!」

 

しかし、少年が体勢を整えるより早く、アリサが弓で追撃をかける。

 

「やば!? けど、問題ないな!」

 

しかし、少年がエステルの棒に巻き付いた糸を巻き上げ、アリサの追撃を避けると同時にエステルに飛び掛かった。しかも、空いている方のグローブから糸を出したかと思うと、それを束ねて槍を作り上げたのだった。

 

「うそ!?」

「これでも喰らいな!」

 

飛び掛かってきた少年は即席の槍でエステルに追撃するも、エステルは棒での一撃で討ちあい、槍を弾き飛ばす。しかしそのまま槍はほどけて元の糸に戻り、グローブに収納された。

すると、エステルは

 

「ラバって言ったかしら? 糸の武器でそんな芸当するなんて、やるじゃない」

「ああ、それ仇名で名前はラバックっていうんだ。クローステールの異名は千変万化、使い手の想像力次第でいくらでも戦い方を変えられるのが特徴だ」

「ラバ、何手の内ばらしてるのよ!」

 

ラバックが自身の帝具の力を説明すると、それについてマインが憤慨する。普通に考えれば、敵の勝率を上げてしまうので当然だが。

 

「さて。それじゃあ率直に聞くけど、何でここの一家を狙うのよ?」

「い、いきなりどうしたんだ?」

 

すると、エステルがいきなり問いかけてきたため、ラバックもマインもキョトンとする。

 

「確かに、この帝都の現状を考えたら汚れ仕事でもしないと生活もできないだろうし、アリアたちも何か悪事に手を染めているらしいから、誰かが手を下さないといけないとは思う。けど、殺すのは色々と拙いしそれが貴方達でなくてもいいと思う」

「警備隊も汚職をしてるみたいだけど、全員ってわけじゃないでしょ。だから真っ当な人間に悪事の証拠を提供をするってのもありね」

 

エステルも至極単純な解決策を出すも、マイン達が反論してくる。

 

「あんた達、何甘いこと言ってるのよ」

「そうだぜ。そうこうしている内にここの一家がまた犠牲者を…」

「あたしは遊撃士、犯罪捜査と戦闘のプロよ。今までだって保険金のために孤児院に放火した市長だとか、行き過ぎた愛国心でテロを起こした軍人だとか、いろんな悪党と戦ってきたわ。例えアリア達が麻薬やら人身売買やらに手を出していようと、証拠をつかんでとっちめてやるから引っ込んでなさい!」

 

エステルはラバックが喋っている途中で遮り、そのままマイン達を指さしながら声高々に宣言する。常にまっすぐで、胆力のある彼女らしい様子だ。

 

 

 

「……あんた達、よっぽど平和なところから来たらしいな」

「ええ。この国の闇を知らなさすぎるのは、よくわかったわ」

「へ?」

 

しかし、ラバックもマインも食い下がる様子が無い。

 

「姉ちゃんたちには悪いけど、ここに来たのが運のツキだと思いな!」

 

ラバックは再度クローステールの糸を伸ばし、マインもパンプキンで銃撃を始める。しかし、アリサもエステルも容易くそれを避ける

 

「いきなりどうしたっていうのよ!?」

「ヨシュアが言ってた、今までよりも深い闇ってやつかしら?」

 

とにかく、しばらくは動けそうにないため二人は戦闘を継続することとなった。



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第3話 闇夜の仕置き人・後編

お待たせしました。残りのメンバーの対戦編ですが、半分くらいその後のやり取りに持って行ってしまいました。


エステル達がナイトレイドと交戦中、アリアを探して回っていたリィン達はというと

 

「やっぱり、倉庫付近にいたか」

「タツミ、来てくれたのね!」

 

ヨシュアは昼間の警備で避難所を兼ねた倉庫の存在を知り、アリアはそこに向かったと推測した。そして向かったところ、案の定アリアはここにいたようだ。

そんな中、一人だけ付き添っていた護衛の男がリィン達に命令を出す。

 

「俺達は倉庫に隠れて警備隊が来るまで待つ!その間、お前たちは敵を食い止めてくれ!」

「って、あんた何を言ってるんだ!? 俺達はいいが、タツミより貴方が行った方が生存率が……」

 

しかし、リィンが言い切る前にアカメが到着。その手には村雨が握られていた。

 

「葬る」

 

村雨を構え、年頃の少女とは思えない跳躍力でアカメは跳んだ。そしてそのまま護衛の男に斬りかかろうとする。

だが、いかんせん状況が悪かった。

ヨシュアが割って入り、村雨による斬撃を防いだのだ。直後にアカメは距離をとり、ヨシュアに対して声をかけてくる。

 

「お前達は標的ではないから、退いたら見逃す。だが、任務の邪魔をするなら後ろの二人もろとも、葬る」

 

アカメはヨシュアに攻撃を防がれたことに対して、特に動揺もしていなかった。格上との戦闘にも慣れている様子で、かなり落ち着いている。

 

「君にも事情はあるだろうけど、彼女たちには聞きたいことがあるから生きていてもらわないと困るんだよ。そうでなくても、人殺しの正当化を職業柄認められないからね」

 

対峙するヨシュアも、自身の得物である双剣を構えながらアカメに返事を返す。しかし直後、ナイトレイド側に加勢が加わった。

 

「アカメ、一家の母親を仕留めるのに成功しました……って、敵がいますね」

 

現れたのは紫の髪にスリットが入ったスカート、眼鏡といったアカメに負けず特徴的な容姿の女性で、手には身の丈ほどある巨大なハサミを持っていた。

 

「あの鋏、文献で見たエクスタスか? 思ったよりも大きい……」

「それに彼女も、手配書が出ていたナイトレイドのメンバーだ。たしか名前は、シェーレだったはずだ」

 

眼鏡の女性、シェーレはリィン達に気づくのに少し遅れたあたり、どこか抜けている様子だった。しかしリィンは彼女が帝具を、それも武器としては到底扱いづらそうな巨大な鋏を使いこなしているあたり、相当な使い手であることに気づいていた。

 

「相手も二人になって、しかも揃って達人級……ヨシュア、戦術リンクを試すけど、いけるか?」

 

警戒し、リィンはヨシュアに連携を求める。しかし、ヨシュアの返答は思いもしない物だった。

 

「リィン、悪いけどアカメは僕一人に任せてくれないか?」

「? どういうことだ?」

「アカメとあのシェーレって人、総合的な強さは互角かもしれないけど、そもそも得意分野が違う。それで、アカメはおそらく僕と同じタイプの戦い方だ」

 

それはつまり、暗殺術。ヨシュアも結社に属していた頃、注ぎ込まれた技術は潜入、諜報、暗殺と破壊工作、その為の薬品と爆薬の調合術、といったものばかりだ。そのため、ヨシュアは並の遊撃士より高い戦闘力を持つも、執行者と呼ばれる結社のエージェントではまだ弱い方なのだという。

アカメも、総合戦闘力は高いはずだが、村雨を持ちながら的確に急所を狙ったあたり暗殺特化だと推測された。

 

「加えて、村雨の致死性を考えると一対一、それも暗殺特化の僕が相手をした方が生存率も高まる。だから、任せてくれないか?」

 

リィンは少し考え、そして結論を出す。

 

「わかった、任せる。ただし、絶対に死ぬなよ。まだ付き合いが短いとはいえ、仲間なんだからな」

「言われなくても僕は死なないさ。少なくとも、エステルを残してはね」

 

余裕を含めた表情で、ヨシュアはリィンに言ってのけた。そしてそのままアカメに猛ダッシュ、同時にアカメもダッシュして、互いの獲物をぶつけあった。

 

「貴方達ナイトレイドにも目的や使命があるんでしょうが、俺達もやるべきことがあるんでね。邪魔させてもらいますよ」

「だったら、私もあなたを始末すればいいだけですから、遠慮なくどうぞ」

 

リィンが抜刀し、構えると同時にシェーレもエクスタスを構える。直後、その目が凄まじく冷たい物に変化し、リィンの警戒心を強める。

 

「タツミとアリアを連れて、早いところ敷地から出た方がいいですよ。出ないと、巻き込まれてしまいますから」

「って、ポッと出で何を仕切って……」

「それと、もう一言」

 

リィンに仕切られて憤慨しそうになった護衛だったが、言い切る前にリィンが小さく告げたある一言で黙るしかなくなった。

 

「保身の為でもいいから、自分達の罪を認めた方がいいですよ」

「!?(こいつら、気付いていて俺達を……)」

 

直後にリィンがシェーレに飛び掛かり、刀を振るう。そしてシェーレもエクスタスでリィンの斬撃を防ぎ、そのまま振りかぶってきた。しかしリィンも警戒していたのか、容易く回避する。しかし、その直後にそのまま納刀してしまった。

 

「弧影斬!」

 

かと思いきや鞘が紫色に光出し、技名を叫んで抜刀すると斬撃がシェーレを目掛けて飛んでいった。シェーレも度肝を抜かれて驚くが、咄嗟にエクスタスでそれを防いでしまった。

 

「……この戦いじゃ俺達は足手まといになる。だからあいつの言う通りに脱出し、俺達で警備隊に知らせに行く」

 

そして護衛の男はタツミとアリアを先導して、その場を離れる。その時の男の顔は、どこか引き締まっていて何かを決心した様子だった。

 

(この家の秘密に気付きつつも、俺やお嬢様を守ろうとしている。心まで腐った、俺達を……覚悟を決めた方がいいかもしれないな)

 

そう思いながら屋敷の出入り口に近づくと

 

 

 

「おっと、逃がさないよ」

 

直後、ナイトレイドの仲間と思われし人物が新たに現れた。長身と豊満な胸の金髪女性だが、ネコ科の動物を思わせる耳と尻尾が生えており、両手も毛におおわれて鋭い爪が生えている。しかし、タツミの顔を見るなり何かに気づく。

 

「ありゃ? まさかそこの少年は……」

「ああああああああああ!? あんたは、俺の金盗ったおっぱ……じゃなくてお姉さん!」

 

どうやらこの女性が、タツミの金をだまし取った犯人らしい。タツミは忌々しそうに彼女の顔を見て叫ぶが、その直後にある人物が現れ、声を上げた。

 

「レオーネ? 何してんだ?」

「って、レクッちまでいる。今来たみたいだけど、何を……」

 

現れたのはレクターだった。女性の名前を知っている辺り、面識があるようだ。

 

「あの、来てくれたのはうれしいですけど……この人とどういう関係で?」

「ああ。スラムでマッサージ師やってて、弾に噂とか情勢聞きに酒奢ってて……」

 

レクターも普段の情報源がナイトレイドのメンバーだとは思っていなかったようで、柄になくキョトンとしてしまっていた。

 

「レクッちが来た辺り、何かに感づいてるみたいだな。それじゃあ、少年に見せたいものがあるんだけど、そいつらと来てくれないかな?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方その頃、アカメと戦うヨシュアはというと

 

「葬る」

 

何度も呟いていたその言葉と同時に、アカメはヨシュアに斬りかかるが、ヨシュアは双剣を交差してそのまま防ぐ。そしてヨシュアはアカメを弾き飛ばし、一気に距離を取った。

 

「絶影」

 

そして技名を呟くと同時に、ヨシュアが凄まじいスピードでアカメに突貫して斬りかかる。だがアカメもスピード主体であるため、身体能力だけでなく動体視力も高く、容易く防いでしまう。そして直後にアカメは蹴りを放つが、ヨシュアも咄嗟に回避する。

 

「そら!」

 

ヨシュアはまたもアカメと距離を取り、何処からか取り出した投擲用のナイフをアカメに目掛けて投げる。2,3本続けて投げたが、アカメはそれも余裕を持って躱してしまった。

その直後、アカメは村雨を振りかぶるがヨシュアはそれを防ぐ。そして、その斬撃の打ち合いが始まった。ヨシュアは二刀流なので手数が多いのだが、アカメはそれと同等の手数で、同等の速度の斬撃を放っていた。相当な手練れであることが、見て取れた。

 

「お前達。先程の様子からここの一家が何かをしているかに感づいているようだが、それでも庇うつもりなのか?」

「ああ。僕達は民間人保護と地域の平和維持を仕事にしているから、理由はどうあれ殺しに加担する君達を止めないといけないんだ」

 

討ちあいはいつの間にか鍔迫り合いになり、そのままヨシュアとアカメは対話に入る。

 

「それだけじゃない。君と直に向き合って、君のことを止めたいと思った」

「?」

「僕も裏の世界、君と同じで手を血で染めることに加担していたことがあった。けど、僕はエステル、別のところで戦っている僕の恋人に会えたことで変われたんだ」

 

ヨシュアは幼少期に起こった惨劇がもとで、結社に引き取られ執行者として鍛えられた。そして、エステルの父カシウスの暗殺に失敗して保護される。そして、そのままブライト家に養子として引き取られた。実はそれすら結社の幹部の一人による謀だったが、そこでエステルに触れたおかげで今の光の道を進むことができた。

アカメは殺し屋稼業を行ってはいるが、その技術は幼少期に培われたものと思われる。おそらく、何か巨大な勢力で教え込まれた物だろう。そのため、ヨシュアはアカメに自分の境遇を重ねたのだろう。

 

「だから、僕は君を闇の中から救いたい。君だって、手を血で染めようとも光の中で生きていい筈なんだ」

 

ヨシュアはアカメに言葉をかける。しかし、アカメは首を横に振り、再び口を開いた。

 

「残念だが、今の私には使命があるし仲間もいる。だから、私は今ナイトレイドを抜ける気はない」

「そうか。けど、今は無理でもいつかはどうにかできると思う。でもそれ以前に、まずは君を無力化させてもらう」

 

そしてヨシュアとアカメは互いに距離を取り、再び激突! かと思われたが

 

「さーちあんど、ですとろい」

 

物騒なことを言う気の抜けた声が聞こえたかと思うと、アカメの足元に銃弾が撃ち込まれた。ヨシュアも突然の事態に戸惑うが、直後に攻撃してきた本人が姿を現す。

 

「取り込み中みたいだけど、タンマ」

「フィー!?」

 

現れたのは、フィーだった。いつの間にか駆け付けた彼女は、短剣と銃が合わさった双銃剣(ダブルガンソード)で発砲したのだ。

 

「すぐに警備隊が来るし、そっちの仲間さんが私達に見せたいものあるらしいって」

「仲間? レオーネか?」

「うん。他のみんなのところに、仲間がいったから」

 

エステル&アリサVSマイン&ラバック

一同の足元に銃撃が行われたかと思うと、一つの人影がエステルとラバックの間に割って入り、攻撃を防ぐ。

 

「全員、戦闘をやめろ!」

「すぐに警備隊が来るから、大人しくして!」

「ロイド君!」

「エリィさん!」

「「誰?」」

 

ジンVSブラート

「邪魔をしてすみません。ですが、今は一刻を争うので、戦闘をやめて欲しい」

「ガイウス、何があった?」

「あんたの仲間か? これまた、相当なやり手みてぇだな」

 

リィンVSシェーレ

「け、剣が飛んできた?」

「委員長、来てくれたのか」

「はい。ちょっと、緊急事態が起きたみたいで」

 

そのまま、屋敷の敷地内にいた面々が倉庫の付近に近寄る。そんな中、レオーネがタツミに声をかける。

 

「少年、君は罪も無い女の子を殺そうとしてるって思ってるみたいだな。けど、これを見てもまだ、そんな事が言えるかな?」

 

そう言ってレオーネが倉庫に近づくが……

 

「まった。近寄らない方がいい」

 

すると、フィーがレオーネに静止をかける。そしてポケットからスイッチのような物を取り出したかと思うと……

 

「イグニッション」

 

そういってスイッチを押したと同時に、扉の留め具が爆発したのだ。そしてそのまま扉が倒れる。

 

「ば、爆薬を仕込んでいたのか?」

「うん、さっきの間に。あと、爆薬は乙女の嗜み」

 

そう言ってフィーはサムズアップをする。かつてVII組の実習中、訳あって捕えられたクラスメイトで帝都知事の息子マキアスを救出する際も、同じようなことを言っていた。

そして、それによって開けられた倉庫を、レクターが覗き見る。

 

「さて、何が入ってるんだ? クスリか危険種か、はたまた人身売買か……!?」

 

中を見た途端、レクターが黙ってそのまま険しい表情になる。

 

「……レオーネ、これは想像以上だな」

「そういうこった。これが、帝都の闇だ」

 

そのままつられて、リィン達も近寄ってみるが……

 

「う!?」

「アリサ、見るな!!」

 

 

あまりの惨状にリィンはアリサの眼を隠そうとするが、間に合わずに吐き気を催してしまう。アリサはどうにか堪えはしたものの、そのまま膝をついて過呼吸に陥る。その倉庫の中に広がっていた光景、それはまさに地獄そのものだった。

天井から吊るされた無数の人間がいたのだ。そのいずれもが四肢が欠損した者、臓物が腹から引きずり出された者、皮膚を残らず剥ぎ取られた者、病にさらされたと思われる者、一人としてまともな状態の人間がいなかったのだ。

倉庫内は拷問器具などが無造作に置かれ、中にいた人々の血が床に赤い池を作っていた。大半が物言わぬ死体と化していたが、そんな状態でも死にきれていない者達がうめき声を上げている。まさに、地獄がそのまま地上に現れたかのような空間が広がっていたのだ。

 

「な、何なのコレ……」

「まさか、ここまで惨い物だったとは……拷問みたいだけど、彼女やその家族は尋問か何かを生業にでもしてたのか?」

 

エステルとヨシュアもあまりの惨たらしさに、思わず呆然とする。身喰らう蛇の暗殺者として、闇の世界に身を置いていたヨシュアでさえも、ここまでひどいものは見たことが無かった。

すると、レオーネがその詳細を語り始める。

 

「残念ながら、そんな崇高なもんじゃないさ。地方から出てきた身元不明の者達を、己の趣味である拷問にかけて死ぬまで弄ぶ。それが、この家の人間の本性だ」

「趣味で拷問、だと?」

「昼間に話だけは聞いたが、そんな馬鹿気た話があるのか……?」

「残念ながら事実だ。さっき殺した護衛達も、黙っていたから同罪ってわけさ」

 

リィンもロイドも、見たことも聞いたことも無い悍ましい現実に、戦慄が走った。ロイドは昼間の処刑された罪人の姿を目の当たりにしていたが、こちらはその何倍も酷かった。あちらはさらし者にするために人としての原型を留め、顔の判別もついていた。しかしこちらは腐敗や白骨化したものが放置されており、顔どころか全身像も判別できず、グロテスクな死体が大半を占めていた。

タツミが真実を告げられて茫然としている中、聞き覚えのある声が中から聞こえてきた。

 

「……タ、ツミ、なの?」

「……サヨ?」

 

声のする方を覗いていると、全裸に剥がれたタツミと同い年ほどの少女が壁に繋がれていた。タツミと名前で呼び合っていることから、タツミが入っていた仲間の一人だと推測された。

そして肝心のサヨだが、長く艶のある黒髪の綺麗な少女だったが、全身に生傷が絶えず、同時に体にうっすらとまだら模様が浮かび上がっている。何かの病に感染しているようだ。

 

「タツミ、よかった。来てくれたの、ね……」

「おい、サヨ!? どうしたんだよ!!」

 

タツミを見て安心した表情を浮かべたサヨは、すぐに気絶してしまう。この状態で意識を保っていたこと自体、もう奇跡と言っていいだろう。そんな中、レクターがサヨのすぐそばにつるされていた死体に眼をやる。

 

「……お前ら、まさかこんな形で再会するとはな」

 

それは男女二人組の亡骸だった。二人とも生首だけで吊るされており、真下には彼らの物と思しき、何十にも分解された人体のパーツが落ちている。この二人が潜入した情報局員で、バックスとミーナという。二人は任務から帰ったら結婚するつもりだったらしく、レクターもついいたたまれなくなってしまった。

アリアが後ろで何か言っているが、今の二人には聞こえていない。

 

「タツミ……来てくれ、たのか。それに……バックスさんの、知り、合いか、あんた?」

 

そんな中、またも声が聞こえてきた。今度は男の物で、見てみるとタツミと同年代の少年だった。こちらも全裸に剥がれ、サヨのそれよりも濃く浮かび上がったまだら模様が目立っていた。明らかにこちらの方が死に体である。

 

「イエヤス!? お前まで、どうしたんだよ!!」

「苦しいのは見て分かるが、話せるなら話してくれ。ここの一家の所業は聞いたが、被害者ならもっと具体的な情報を持っているからな」

 

やはりこちらもタツミの仲間だったようで、そのままイエヤスは真実を話し始めた。

 

「俺とサヨはその女に声をかけられて…メシを食ったら意識が遠くなって気がついたらここにいたんだ。それで、サヨが拷問されて、俺もルボラ病ってのに感染させられて、その経過を観察されたんだ」

 

拷問だけでなく、意図的に病に感染させられ、それを観察する。もはや人間を人間と見ていないとしか思えない状態だ。そんな中、イエヤスは次第に、その瞳に悲しみを浮かべだしていく。

 

「俺らより1日早く連れてこられたバックスさん達が、サヨをあいつから庇ってくれたんだ。そうじゃなかったら、サヨは脚まで切り落とされてたかもしれねえ。けど、俺とこんなところに居た所為で、二日前にルボラ病が感染(うつ)っちまったんだ!」

 

死にかけているとは思えないほど力強く、イエヤスはアリアを指さしていた。そして、自分を責める

 

「二人とも、俺らよりひどい目に合わされても応えてなくって、そこの女がサヨに何かしようとしたら、唾穿きつけたり暴言吐いたりして引き付けてくれて……でもそのせいで、段々拷問がエスカレートしちまったんだ! なのに、サヨがルボラ病になっちまって……二人があんなになってまで守ってくれたのに!!」

 

するとレクターが倉庫の出入り口に近寄り、レオーネに抑えられていたアリアと護衛に真実を問いかける。

 

「嬢ちゃん、そこのいたいけな少年はこう証言してるが、偽りないのか?」

「ああ。俺らも待遇が良かったから拷問のアイデア出しとか、直接手を出したりとかした。仲には一緒に楽しんでいる奴もいたが、俺は保身や稼ぎのために仕方なく、だ。どっちにしても、加担した時点で俺も腐ってるんだがな」

 

レクターの問いかけに対し、護衛の男が自嘲気味に語った。これなら、もはや弁明の余地も無いのは明白だ。

 

「お前さんも部下もこういってんだ。もう、言い訳も出来ねえんじゃねえか? ああ?」

 

レクターも流石に部下に対しての仕打ちはご立腹のようで、汚物を見るような蔑む目つきでアリアに尋ねる。

 

「…………何が悪いって言うのよ?」

「あ?」

 

俯いて黙ったままかと思っていたら、小声でアリアが呟く。レクターが何事かと思っていたら、アリアが彼に向き合ってきた。しかし、その表情は先程の可憐な少女とは似ても似つかないものだった。

 

「お前達は何の取り柄も無い、地方の田舎者でしょ!! 家畜と同じ!! それをどう扱おうがあたしの勝手じゃない!! だいたいその女、家畜のくせに髪サラサラで生意気過ぎ!! 私がこんなクセっ毛で悩んでいるのに!! だから念入りに責めてあげようとしたのに、あんたの部下だっている糞女が邪魔してきたせいで出来ずじまいだったからむしろイライラしてるのよ!! ソイツはソイツで私より肌が白くてきれいだったからむしろ死んで精々するけど、それとこれとは別問題なのよ!!! 男で赤の他人のアナタにはこの苛立ちがわからないからそ私をそんな目で見れるのよ!!!! わかっているの!!!!!!??????」

 

目をカッと開き、瞳孔も狭まり、大口を開けて歯茎も露出し、ひたすら早口で金切り声で唾を飛ばしながら、一方的な罵声を浴びせる。醜悪を通り越して得体のしれない恐怖を感じさせる表情を浮かべたアリアは、まるで聖典に描かれた悪魔のようだった。

 

「な、何を言ってるんだ彼女は?」

「そんな、いくらでも解決法があることで、彼女を殺したっていうの?」

 

あまりの事態に、リィン達も得体のしれない恐怖を感じ取った。かと思っていると、アリアの罵声はリィン達にまで飛んできたのだ。

 

「あんた達だって、初めて見た時からイライラしてたのよ! あんた達、よその国で軍だの警察だのにいるっていってたけど、どうせ保身のためにでっち上げたんでしょ! それに、私よりも胸のデカい金髪に男のくせに私より肌のきれいな糞に、そんな奴ら侍らせて楽しんで!! この間縁談を断られてイライラしてたから、そいつらが死んだらあんた達の番だったのに、ああ残念だわ!!!」

 

あまりにも一方的すぎる憎悪に、リィン達は理解が追い付かなくなる。そんな中、一人の人物がアリアに近づいて行ったかと思うと……

 

 

 

 

 

バチンッ

 

「え?」

「エステル?」

 

それはエステルで、アリアに近づくなり彼女の顔に平手打ちを放っていた。

 

「あなた、さっきから煩いわよ。結論から言わせてもらうけど、あなたはやることが過激すぎるだけで、要するに人に嫉妬してそれを当たり散らしているだけじゃない。そんなことしている暇があるんだったら、もっと自分を磨く努力をするとかあるでしょ? アンタが自分でうらやましいって言って、その人たちを殺したって、あなた自身がその人たちの分だけ綺麗になるわけじゃないんだから」

 

エステルはこの場で、いきなりアリアに説教を始めたのだ。しかも言っていることは至極真っ当だ。

 

「だから、その人と自首して罪を償っちゃいなさい。で、出所したらあたしも綺麗になる手伝いしてあげるから」

 

そう言ってエステルは、なんとアリアに手を差し伸べたのだ。

天真爛漫、思い込んだら一直線、敵対した人間すら毒気を抜かれるほどの明るさ、それらでどんな逆境も乗り越えた彼女は、周囲からこのような呼ばれ方をする。

「太陽の娘」と

そんな彼女に対して、アリアはというと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何よ、偉そうに」

「え? ッ!?」

 

なんと、アリアはレオーネの腕を振りほどいたかと思ったら、隠し持っていたナイフでエステルに斬りかかったのだ。エステルは咄嗟に回避するも、突然の事態に驚愕した。

 

「私は貴族よ、人の持っていないものを全部持っていて当然なの! 髪だって肌だって顔だって、全部人より優れていて当然なのよ!! だからねぇ、私より何かが優れている奴は、それだけで罪人なの!! 田舎者や異国人、異民族は知らないだろうけど、帝都ではそれが当たり前なのよ、お分かり!!!????」

 

とんでもない理論を、先程同様の悍ましい表情を浮かべながら語るアリア。悪魔のようと形容していたが、少なくとも同じ人間とは思えない発言をしてしまっていた。

その様子を見てレオーネは、忌々しそうにつぶやく。

 

「善人の皮を被ったサドだと思っていたけど、もうそれすら通り越したいかれポンチだったわけか……アカメ、もう斬っていいぞ。あんたも、いいかい?」

「ああ、こんなのに仕えていたなんて穢れて当然だ。俺諸共斬ってくれ」

 

護衛の男までもが、自分が斬られることに何の抵抗も感じなくなっていた。そこまで、アリアの本性は得体のしれない恐怖を抱かせたのだろう。そしてアカメが村雨を構えた直後、いきなりタツミが前に出てきた。

 

「待て」

「なんだ? あれを見てもまだ庇うつもりなのか?」

「いや……俺が斬る!!」

 

なんと、そのままタツミはアリアに向かって斬りかかろうとしたのだ。しかし、

 

「うわぁあ!?」

 

なんと、リィンがそれより早くアリアの前に躍り出てタツミを弾き飛ばしてしまった。

 

「タツミ、俺だってその子を殺したいほど憎いと思っている。けど、殺しちゃだめだ」

「リィンさん、なんでですか!? そうでなくても、コイツの所為でまた誰かが犠牲に……!?」

 

反論するタツミだったが、リィンの目を見た瞬間に黙り込んでしまう。

リィンの瞳が、なんと変色していた。もともと赤みがかった紫だったのが、真っ赤な色になっているのである。しかもよく見たら、髪の一部が黒から白になっており、体中から黒いオーラのような物まで発している。しかしそれが元に戻ったり変化したりを繰り返していたため、リィンは自分で憎悪を抑えているようだ。

 

「ダメなんだ。憎しみで、恨みで行動しても悲劇しか生まないんだ。だから、まだ十代で未来のある君は人を怨むのも、手を血で汚すこともしちゃだめだ」

 

3年前、エレボニア帝国で内乱が起こった。鉄血宰相の異名をとるギリアス・オズボーンをリーダーとした、平民による政治的革命を起こさんとする「革新派」、それによって特権を失うと危惧した貴族たちによる貴族派によるものだ。その際、貴族派はオズボーンに恨みを持った人間で構成されたテロリスト集団「帝国解放戦線」を雇い、リーダーがオズボーンを狙撃したことによって内乱が勃発した。

リーダーの名はクロウ・アームブラスト。リィンの一つ上の先輩で、後に親友となる男だ。彼は単位数の都合で留年仕掛けたために、特別措置として臨時でVII組のカリキュラムに参加することとなった。しかし、その単位不足は彼が裏で解放戦線のリーダーとして暗躍していたためである。

クロウはかつて帝国の領土として取り込まれた都市国家ジュライの出身で、祖父がそこの市長を務めていた。しかし、ノーザンブリア公国というおもな貿易先がとある災害に襲われ壊滅状態になり、ジュライも都市機能が停止してしまう。そこに目を付けたオズボーンは巧妙な手口で市長を辞職に追い詰め、鉄道網を敷くための領土としてジュライを吸収してしまった。その後、市長だったクロウの祖父は緊張の糸が切れると同時に死去、唯一の肉親のかたき討ちの為に解放戦線を設けた。

しかし、内乱の末にクロウは亡くなり、撃たれたはずのオズボーンも生存、内乱そのものがオズボーンの掌の上だったと判明した。故に、リィンは憎しみによる行動について否定的となっていたのである。

 

「あんたにもアンタの事情があるっぽいけど、アタシ達も仕事で来ているからこいつは……」

「ちょっと待ちな」

 

するとレクターが、レオーネに静止をかけたかと思うと、突如上空から一体の異形が下りてきた。そして、そのままアリアと護衛を捕まえてしまったのだ。しかも、その片腕にはミリアムが座っている。

 

「俺も仕事でね、コイツからいろいろ話を聞きたいんだよ。本当ならこいつの親父辺りに聞きたかったんだが、もう殺されたから仕方ねえ。ミリアム、頼む」

「了解。僕もバックスたちが殺されたのは憎いけど、仕事だから生かしてあげるよ」

「は、離しなさい! 家畜の分際で……」

「君の命は僕達が握ってるんだから、黙ってなよ。ガーちゃん、行こう」

 

ミリアムが普段からは想像もできないほど冷たい目でアリアを睨んだかと思うと、そのまま異形に命令して移動していく。ミリアムがガーちゃんと呼んだ異形は、正式名称アガートラム。ミリアムの動きに合わせて戦う傀儡で、元は結社の技術工房の一角「黒の工房」で作られた物だ。しかし内乱の間にオズボーンが自身の勢力に加えてしまったため、出向要員だったミリアムは今も情報局にいるのだ。

そしてそのまま、ミリアムはアガートラムと共に飛び去って行ってしまうのだった。

 

 

「タツミ、色々言いたいことはあるだろうけど、まずは君の仲間が先だ」

「って、そうだ! イエヤス!」

 

リィンに促され、そのままタツミは仲間のもとに向かう。サヨは意識こそないがまだ大丈夫そうだが、イエヤスはもう虫の息となっていた。

 

「タツミ、どうやら、限界みたいだわ。もう、ルボラ病も末期、らしくてな……ゴホッ!」

 

話している途中で、イエヤスは吐血する。しかし本人も死期を悟ったようで、何処か落ち着いた表情をしている。

 

「タツミ、サヨを頼、む。それとあ、んた、ありが、とうな……タツミを、人殺しに……しないで、くれ、て……………」

「イエヤス!? イエヤスぅううううううううううううううう!!」

 

リィンの方を向きながら、イエヤスは礼を言う。そして、そのままこと切れたのだった。

仲間の死を悲しむタツミをよそに、レクターはレオーネにある提案を持ち掛ける。

 

「で、あの嬢ちゃんは尋問が終わった後の処遇は自由だ。その後なら、殺すなりなんなりしてくれて構わないぜ」

「う~ん……まあ、あんたらだったら逃がすことも無いだろうし、問題ないか。ただし……」

 

少し悩んだ後、レオーネは答える。しかしその直後……

 

 

「な!?」

「あんたらの仲間、今回邪魔したこの子らを人質に取らせてもらう。せめて、担保としてな」

 

アカメとシェーレが一瞬にしてアリサとエステルの傍まで近寄り、それぞれの帝具を首筋に近づける。リィンとヨシュアが近寄ろうとしたら、今度はラバックがクローステールの糸を張り巡らし、動きを封じてしまった。加えて屋敷の周囲に近づく気配もあるため、警備隊が事態をかぎつけたようだ。

八方房張り状態に陥るが……

 

 

「そうだな。貴方達にも聞きたいことがあるし、行かせてもらう。なんなら、情報量を払ってもいいが……」

「……あたし等の守備範囲外だけど、金額次第かな? アカメ、ブラっち、問題ないか?」

「どちらでもいいが、ボスの指示を仰いだ方がいい」

「だな。俺らも活動資金は欲しいけど、ポリシーに反するしボスの許可もいる。しばらくかかるが、いいか?」

「ああ、問題ない。それじゃあ、しばらく俺達も離れるから、代わりにあのサヨって子を頼む」

 

結果、ジン以外の屋敷に泊まっていたメンバーがナイトレイドに連行されることになってしまった。そしてそんな中……

 

「離せ、俺がイエヤスにサヨを頼まれたんだ! それにイエヤスの墓だって作らねぇと……」

「って、タツミ!?」

 

いつの間にかレオーネがタツミを担いで歩いてくるのが見えた。それにナイトレイド側で真っ先に反応したのが、マインだった。

 

「って、ソイツどうするのよ!?」

「仲間にすんの。妨害されたけど、踏み込みと思い切りの速さから、素質あるからね」

「おい! あんた、俺がさっきタツミに言ったこと……」

「忘れてないよ。ただ、アタシらは金や恨みだけで動いてるわけじゃないから、その辺を少年自身に判断してもらおうと思ってね」

「そういうこった。それに大丈夫だ。――――すぐに良くなる」

 

ブラートが不穏な発言をしたため、タツミはすぐに青ざめる。

 

「えっと……タツミ、君の仲間は任せてくれ。サヨちゃんは医者に見せるし、イエヤス君も俺達で葬っておく」

「ロイドさん……すみません」

 

その後、ナイトレイドはラバックが作った足場で宙を舞い、帝都から離れていった。結果、リィン達だけでなくタツミまでがナイトレイドに連行されてしまう。その後、残されたロイドたちは、エマの転移術で屋敷から遠く離れ、人目のつかない路地に離れることとなるのだった。




リィン達の処遇に無理やり感があるかもですが、ナイトレイドと接点を持たせるための措置として大目に見てください。


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第4話 ナイトレイドの日常

たぶん、これが年内最後の投稿になります。
では、どうぞ。


ナイトレイドとの交戦直後、サヨはロイドたちによって帝都内の診療所に運ばれた。カレイジャスにも医療スタッフはいたが、ルボラ病はゼムリア大陸に存在しないこの大陸特有の病と思われたためだ。

最初こそ夜中の急患で医師も機嫌を損ねていたが、サヨの容態を見てすぐさま治療に入ることとなった。

 

 

「先生、どうでしょうか?」

「まだ感染して間もないのが幸いしているが、それでもあまりよくない状況だ」

 

ロイドが医師にサヨの安否を確認するが、意志の返答はあまりよろしくない物だった。

 

「単に感染しただけなら薬が効くが、副作用がある。だがこれだけ傷ついている上に碌に食事もとってないから、衰弱していてそれに耐えられるかわからないんだ」

「傷なら私の力で何とかできますけど、体力までは戻せませんし……」

「彼らが身を挺して守った命を、救えないのか……」

 

エマとガイウスが、今目の前で苦しんでいるサヨに対して何もしてやれず、己の無力さに打ちひしがれていた。

 

「ああ、すんません。通してください」

 

そんな中、二つの人影が診療所に入ってきた。一人は逆立った緑の髪の男性、もう一人はシスターの格好をした女性だ。そんな中、ロイドはこの人物を知っているらしく、真っ先に反応を示す。

 

「え!? 貴方がどうして……」

「今はこの子の治療を優先するんで、待って欲しいんや。後で話すから、堪忍やで」

 

特徴的な方言でしゃべる男は、サヨに近づくと彼女の胸に手を置く。

 

 

「我が深淵にて煌めく蒼の刻印よ……」

 

男がいきなり呪文の詠唱を始めると、その背後に青い光を発する不思議な紋章が浮かび上がったのだ。

 

「彼の者を蝕みし病魔を、聖なる輝きのもとに滅さん!」

 

その詠唱が完了すると同時に、サヨの胸に触れていた男の右手から、黄金に輝く光が発せられた。そして、信じられないことが起こった。

 

 

「な!?」

「は、斑点が消えていく……」

「まさか、病の基から消してしまったのか!?」

 

ロイドたちだけでなく医師まで声を上げて驚いた。事実、ルボラ病の兆候である斑点が消えていくとともに、サヨの顔色が良くなっていったのだ。

やがて光が収まると、完全にルボラ病が治ってしまった。

 

 

聖痕(スティグマ)の応用で、体内の病巣を浄化させてもらいましたわ。まだ感染して日が経ってないからもしかしたら、と思ったけど上手くいったな」

「けど、まだ体力とかは戻っていませんから絶対安静と栄養摂取を忘れずにお願いします」

 

聞きなれない単語を口にする男と、ようやく口を開いて補足説明するシスター。

 

「助かりましたけど、なんでケビン神父とリースさんがここに……」

「ああ。それなら、俺と大尉が呼んだんだよ」

 

聞き覚えのある声が代わりにロイドの質問に答え、その声のする方を見るとジンの姿があった。

 

「いないと思ったら、彼らを呼びに行ってたんですね」

「ああ、俺らに遅れてだが星杯騎士団もここの調査に来てたんでな。で、顔合わせの時に二人のいる宿を聞いといたからわざわざ呼びに行ったわけだ」

 

ロイドはジンがエステル達とリベールの異変を解決した仲間で、そのエステル達もケビンと面識があった。なら、ケビンとジンが面識を持っていても可笑しな話ではない。

 

「あの、この方は七曜教会の神父みたいですけど一体……」

「おっと。自己紹介がまだやったな」

 

そんな中、VII組のメンバーがついていけてないことに気づき、ケビン自ら自己紹介を始めた。

 

「七曜教会の封聖省・星杯騎士団所属・守護騎士(ドミニオン)第五位”千の護り手”ケビン・グラハムいいます」

「専属従騎士のリース・アルジェントです。以後、お見知りおきを」

 

星杯騎士団

ゼムリア大陸で広く信仰されている空の女神エイドスを祀る七曜教会。その七曜教会が抱える、紀元前に栄えたという古代ゼムリア文明の遺産”古代遺物(アーティファクト)”の回収を目的とする武装組織である。

そして守護騎士(ドミニオン)とは、何かしらのトラウマにより発現するという聖痕(スティグマ)を有する者に与えられる称号で、最強クラスの騎士である。

話によれば、エプスタイン財団が秘密裏に技術などで協力し合っているという教会にも新大陸とそこにわたる技術の話は持ち込まれ、彼らも時機を見て調査を進めるつもりだったらしい。しかし、帝具という兵器であることが前提の古代遺物が存在し、調査団からその存在を聞かされて急遽調査隊が結成、そのリーダーに守護騎士の一人であるケビンが選ばれたそうだ。

 

「なるほど。騎士団も流石に動いていますか」

「正直、戦力としては申し分ないです。それと彼女の事、ありがとうございました」

「難しい話だけど、要するに味方なんだね」

「フィーちゃん、それは大雑把すぎじゃ……けど、サヨちゃんのことはエリィさんと同じくお礼を言わせてください。ありがとうございます」

「なるほど。バルクホルン殿の同志という訳か……共闘もあり得るようだから、今後もよろしく頼む」

 

その後、医者に口止め料を払い、サヨはしばらく安静にということで預かってもらうことになったので、ロイドたちも交代で泊まることとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「イエヤス……サヨ……」

 

ナイトレイドに連れていかれたタツミは、宛がわれた部屋で落ち込んでいた。幼馴染の内一人が死に、もう一人が今も生死の境を彷徨っているのだ。無理もないだろう。サヨに関しては昨日の内に危篤状態を免れてはいるが、帝都から離れた場所にナイトレイドのアジトがあるため、ロイドたちから現状を聞けていないのでこうなのであった。

 

「心配するな、タツミ。イエヤスは俺の仲間が弔ってくれるはずだし、サヨもロイドたちが腕のいい医者に見せているらしいから、きっと大丈夫だ」

「それよりも、今はあなた自身のことを心配したほうがいいんじゃないかしら?」

 

そんな中、タツミを心配して部屋を訪れていたリィンとアリサが声をかける。

 

「わかってます。けど、それでもまだ心の整理が……」

 

タツミの方もわかってはいるようだが、それでも

 

「……すまない、俺も気が回らなかったみたいだ」

「とりあえずゆっくりでいいから、気持ちの整理をつけておいてね」

「……ありがとうございます」

 

そのままリィン達は部屋を出ていく。しかしその直後、ある人物と接触することとなった。

 

「おいおい、少年はまだ塞ぎ込んでいるのかい?」

 

接触したのは、レオーネだった。そして、そのすぐ後ろにはエステル達の姿があった。

 

「あんた……は、性懲りもなく勧誘に来たんだな。で、エステル達は?」

「あはは……なんかアジトを案内するって聞かなくってさ」

「押しが強すぎるのも問題だと思うけどね」

「まあ、そういうことだな。少年はしばらくかかりそうだからまた今度として、あんたらも気分転換にいいだろ」

 

そんな感じでレオーネはアジト内部を見せる気満々だ。しかもリィンの言葉によれば、タツミだけでなく自分達までスカウトするつもりのようである。

 

 

「まあとりあえず、情報だけでも貰っておこう」

「実際、することもないわけだしね」

 

リィン達はそのまま、レオーネの案内でナイトレイドのアジトを見て回ることとなったのだった。

 

 

 

 

 

しかし真っ先に反対する人物が一人。

 

「冗談じゃないわよ! 何で人質をアジトにうろつかせるつもりなの!?」

 

ピンクの髪をツインテールにまとめた少女、マインだった。何かとこちらに突っかかってくる態度が目立ち、タツミを連れていくことにも反対気味であったため、当然だろう。

 

「どうせならこいつらも仲間にしたいじゃん? 帝具なしで帝具持ちと互角にやり合えるなんて、即戦力だろ」

「でもこいつら、異国から来たのよ。あたし等の最終目的に、すんなり協力してくれるはずないじゃん」

 

最終目的という気になる単語が飛び出すが、それについては聞いても教えてくれそうにないため今は黙っておく。

 

「それに、棒術なんて殺し屋に不向きな戦い方と弓なんて前時代的な武装で、ナイトレイドの仕事が務まるわけないじゃない!」

 

エステルもアリサも、マインが自分達の戦闘スタイルをあからさまにバカにしてきたため、ついムッとする。そして、当然反論に入るのだった。

 

「あのね、殺し屋になるつもりなんて微塵も無いけど一言言っておくわ。棒でも頭とか当たり所が悪かったら、十分人を殺めることだって可能よ。逆に銃でも腕とか脚をただ撃つだけじゃ殺せない。結局、武器じゃなくて戦い方で生き死にが決まる物なんだから、その考えはいただけないわね」

「それに、弓には弓の、銃には銃の長所と短所があるんだからどっちか一方を非難するのは根本的に間違っているわ。例えば、銃なら細かいメンテナンスが必要とかね。実際、エステルの攻撃であなたのパンプキンも整備中なんでしょ?」

 

それを聞かれて、マインも黙ってしまう。帝具で銃というだけあって、パンプキンは精密機械らしく、マイン自身も細かいメンテナンスを日頃から行っているらしい。そこを突かれては、弓を一方的にバカにすることも出来なかった。

 

「ふん! 今回は負けを認めてあげるけど、次はこうはいかないから!!」

 

そのまま憤慨しつつ、マインはリィン達の案内を許すのだった。

 

「悪いな。マインはツンデレなんだ」

「違う!」

「ああ、昔のアリサもそうだったからいいよ」

「って、リィン!!」

「違うって言ってるでしょ!!」

 

マインの反論は結局聞き耳持たれずであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ここは会議室。よし、次行こ」

「いや、入ってないだろ」

「だってここの説明なんて要らないじゃんか」

「いや、それにしても今のは雑すぎるわよ」

 

レオーネの雑すぎる説明にアリサがツッコミを入れるも、それを無視して先に進もうとする。

 

「あら? 貴方達は……」

 

すると女性の声がしたのでその方に視線を向ける。そこには、一人の女性がこちらに歩いてくる様子が映った。

 

「あなたは……」

「あ、この間はどうも」

 

東方風の衣装をまとった、紫の髪に眼鏡の女性。先日の襲撃でリィンと刃を交えた、シェーレであった。

 

「確か手配書が出てたよな……シェーレ、で間違いないですよね」

「あ、はい」

 

昨日、リィンと直接戦ったにも拘らず、特に抵抗なく接してくるシェーレ。そんな彼女の持っている物に、つい他のメンバーは目を奪われてしまった。

 

(天然ボケを治す100の方法って……何、その本?)

(あたしも知らないわよ。ヨシュア、どう?)

(いや……僕も流石に、天然ボケが治るものかはわかんないよ)

 

アリサを筆頭に、皆が本の題名に眼を奪われた。

 

「なあ、シェーレ。こいつら、仲間になる決心がまだついてないらしいんだよ。あんたから仲間になりたくなるようなこと、言ってくれねぇか?」

「えっと……そうですね…」

 

レオーネに促されてシェーレが少し考える。そして出てきた一言は……

 

 

「どっち道、アジトの場所を知った以上は仲間にならないと殺されますよ」

「うわ、流石は裏組織。物騒極まりないわね」

 

もはや脅しでしかなかった。そのため、エステルの思ったことは正論でしかなかった。

しかし、それに対してリィンは余裕を含んだ笑みを浮かべる。何事かと思うとシェーレに返事を返してきた。

 

「心配はいらないさ。そうなっても、腕ずくで逃げさせてもらうから」

「………わぉ」

 

少しの沈黙の後、レオーネの口からそれだけが帰ってきた。事実、リィンが奥の手を使えば帝具を持っているナイトレイドにも勝つ見込みはあるし、いざとなればエマの転移術で緊急脱出できる。しかもリィンは、ある物を相棒にしており、その相棒を使えば帝国も勝ち目が薄いため、脱出の手段には事足りないわけであった。。

 

「……気を取り直して、次に行こっか」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ここは訓練場という名のストレス発散場だ」

「いや、普通に訓練しましょうよ」

 

レオーネがまたもツッコミどころのある説明をしてきたため、今度はエステルがツッコミを入れる。しかし、それでも真面目に訓練している人物の姿があった。

それは長身で上半身裸の髪型をリーゼントにした青年だった。背はリィン達よりいくらか高く、体もかなり締まって鍛えられているのがよくわかる。髪型の所為でいくらか台無しになっているが、顔も悪くない。

 

「すごい槍裁きね。それにあの背格好は……」

「お、気づいたな。あいつはブラートっつって、鎧着てた奴だよ」

「けど……髪型とかが手配書から変えすぎなんだが………素性を隠すためなのか、やっぱり?」

「いや。単なるイメチェンらしいよ」

 

これがブラートの素顔だったことに驚愕しつつも、その訓練の様子を眺めるリィン達。槍で鋭い刺突や高速での回転を繰り返している。完全に実戦と同じノリで訓練しているため、槍を振るうたびに凄まじい風圧がかかるのがわかった。

 

「なるほど。あれだけできたら、ジンさんと互角に戦えたのも納得ね」

「うん。あれなら執行者クラスはあるんじゃないかな?」

 

エステル達もブラートのことを観察していると、その本人がこちらに気づいて近づいてきた。

 

「お、お前らか。仲間になる決心はついたか?」

「いや。俺達にも仕事があるから、今のところは無理だな。まあ、状況か俺達の心境に変化でも出たら、別だろうな」

「そうか、そこはジンのおっさんと同じみたいだな……まあ、帝国に就く気も無いみたいだし、無理強いも出来ないか」

 

脳筋のように思われたブラートだったが、意外と物わかりもよくてリィン達も感心する。エステルとアリサは彼がジンと戦っているところを見ているため、その人柄もある程度認識しているが、それでも改めて彼が殺し屋をするような人間だとは考えにくかった。

 

「レオーネから聞いてるとは思うが、俺はブラートだ。仲間になるかは別として、アジトにいる間は一緒に過ごすんだし、よろしくな」

「俺はリィンだ。よろしくな、ブラート」

「私はアリサよ」

「エステルよ、よろしく」

「ヨシュアと言います。よろしくお願いします、ブラートさん」

 

そのまま全員が自己紹介をし、一同を代表してリィンがブラートと握手を交わした。

するとレオーネが割り込み、とんでもないことを言いだした。

 

「あ、気を付けろよ。ソイツ、ホモだから」

「ええ!?」

 

その一言を聞いたリィンは、一瞬で手を離して一歩引いてしまう。視線を逸らすと、ヨシュアの顔も心なしか青ざめている。そして、咄嗟にアリサとエステルが二人の前に躍り出てきた。

 

「り、リィンは私の恋人なんだから手を出さないで!!」

「だからってヨシュアに手を出したら、恋する乙女のパワーでぶっ飛ばすから!!」

 

アリサもエステルも恋人を、それもホモに取られるのは嫌だったため、声を荒げながら警告する。

 

「おいおいレオーネ、誤解されちまうだろ? なぁ」

 

なんとブラートは否定も肯定もせず、顔を赤らめながらそんなことを言いだした。これでは冗談なのか本気なのか判別できないため、リィン達は一層ブラートを警戒することとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後、アジトの各施設を案内されて連れてこられたのは、アジト付近の林の中だった。

 

「で、今度は他の仲間の紹介をしようと思うんだ」

「それはいいけど、ここに仲間がいるって……見張りでもしてるのかしら?」

「そうじゃなくって……っと。今にわかるから、静かにしてな」

 

アリサの質問に答えるようとしたら、レオーネから指示が出る。とりあえず従うと、茂みがガサガサと動く。すると、その中から匍匐前進で進む人物が現れた。それは先日、エステルと激闘を繰り広げたラバックだったのだが……

 

「レオーネ姐さんの水浴びの時間はチェック済みだ。今日こそはあの巨乳を拝んでやるぜ…!」

 

小声でそんなことを呟いていた。先日の殺し屋然とした雰囲気と高い戦闘力からは、想像できない姿である。

 

「コイツの日課なんだ。悪く思わないでくれよ」

「ああ、そう。まあ、別にいいんだけど……」

 

戦闘以外は日頃からこうらしく、エステルも苦笑するしかなかった。そしてそんなラバックに、レオーネが蹴りを入れる。しかも吹っ飛んだ先に崖があり、ラバックも落ちそうになるが間一髪で崖際を掴んで助かったのだった。

 

「こいつはラバック。見たまんまのスケベ&バカだけど、仲良くしてやってくれ」

「えっと……うん」

 

レオーネのあんまりな自己紹介とそれで説明がついてしまうラバックの人柄に、エステルは乾いた返事を返す。

そしてその場から離れようとするが……

 

「おい! 誰かいるんだろ、助けてくれよ!!」

 

普段のエステルなら真っ先に助けに行くだろうが、ラバックの人柄だけでなく、いざとなったらクローステールが使える上になくても這い上がれそうな身体能力も見受けられるため、誰も助けようとはしなかった。

まあ、そうでなくても生き延びそうな雰囲気だったが。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「最後の仲間を紹介する。そこの兄ちゃんはよく知ってるだろ?」

「ああ。アカメだね」

 

そういえばいなかったと思いつつ、アカメがいるらしい場所に案内される一同。シェーレもラバックもブラートも、殺し屋を生業としているように思えない(それでいて変な)一面を持っていたため、アカメも先日とは同一人物に思えない一面があるのだろう。ヨシュアはいろんな意味で不安を感じずにいられなかった。

しかし案内されたのは近隣の川で、そこにはアカメの姿が無い。そう思った直後……

 

 

 

「な、なんだ!?」

「魚が飛び出してきた!?」

 

激しい水音と同時に、川から魚が次々と飛び出してきて岸に打ち上げられた。リィンとエステルが声を上げて驚き、アリサとヨシュアも口をあんぐりと開けて固まる。20匹ほど打ち上げられてそれが収まったかと思うと、川の中から水着姿のアカメが這い上がってくる。そして打ち上げられた魚の一匹をおいてあったナイフで捌こうとした直後、リィン達の存在に気づいた。

 

「……お前達か」

「き、昨日はどうも……それ、何?」

「コウガマグロ。警戒心が強いが珍味として重宝される魚だ」

「いや、そうじゃなくって…」

「今日の昼飯を取ってたんだよ。あと、アカメは野生児で色気より食い気なんだ」

 

アカメの様子にヨシュアが唖然としつつ、レオーネが補足説明する。横で聞いていたリィンとエステルも、釣りが趣味なのでアカメの魚の取り方に唖然とする以外になかったのだった。

そんな中で、アカメは手際よくコウガマグロを捌いていく。捌くと言っても鱗や内臓の処理だけで、あっという間に終わらせたそれを丸焼きにし始める。そして残りはそのまま茂みに隠してあった麻袋に詰め始めた。

そしてこちらを見たかと思うと……

 

「お前達、仲間になるのか? もしそうなら、取れたて一番のこれを食べてもいいぞ」

「いや、なるつもりもないし遠慮しておくよ」

「そうか」

 

そう言って、アカメは袋詰めを再開した。それが終わるころに丸焼きがちょうどいい焼け具合になったらしく、レオーネにマグロの詰まった袋を任せて食べながら帰っていった。

 

ちなみに昼食は、アカメがこのコウガマグロで作ったマグロ丼だった。絶品だったらしい。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そして昼過ぎのこと。

 

「仲間にあって、サヨちゃんの容態を確認したいんだが……」

 

リィンが提案し、タツミを連れての外出許可を貰えないか交渉する。結果、女子がアジトに残る、一人の人物が監視を担当する、買い出しを手伝う、この三つの条件で許可が得られた。

そして監視をする人物だが……

 

 

 

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

一番天然なシェーレだった。最初は彼女の監視で大丈夫なのか、とも思ったが直接戦ったリィンは適任かもしれないと感じた。実際、戦闘に入るとかなり強い上に淡々とこちらの殲滅にかかっていたため、可笑しな真似をしたら確実にこちらの首が飛ぶだろう。

そんな中、まずは仲間との合流をすることになり、ARCUSの通信で合流先を決めてそこに向かうのだった。

 

「リィンさんにヨシュア君、待ってました」

「委員長とノエルさんか。そういえば、ロイドがいないみたいだが……」

「ロイドさんは、ちょっと別件で動いていますので」

 

落ち合ったエマとノエルと挨拶を交わすリィンとヨシュア。そんな中、シェーレの存在に二人も気づく。

 

「えっと、先日はどうも。それと後ろの方は初めてですね。ナイトレイドのシェーレです」

「あ、あはは。そこで堂々と所属を明かすんですね……」

「ええ。どうせ監視付きだと知らされているみたいなので」

 

殺し屋集団にいるにも関わらず、偽名も使わないシェーレにエマもつい苦笑、ノエルも茫然としている。しかしそんな様子はシェーレにはお構いなしなようだった。

 

「じゃあ、改めまして……エマ・ミルスティンです。リィンさんとは学友で、今回は彼の仕事に協力する形で帝都に来ました」

「クロスベル独立国警備隊のノエル・シーカー少尉です。自分も、彼らの任務に同行する形でここに来ました。お見知りおきを」

 

お辞儀をしながら丁寧に返すエマと、敬礼しながら返すノエル。見事に性格や職業に関する情報が出ている。

 

「まずは本題ですが、サヨちゃんは助かります」

「ええ!? それ、本当ですか!?」

「はい。治療も完了したので、後は目を覚ますのを待つだけです」

「サヨ、よかった……二人とも、ありがとうございます。ロイドさん達にも伝えておいてください」

 

流石にケビンについては隠すことにし、いい医者に見せたということにしておく。その後、タツミを連れてサヨのいる診療所に向かう。

その道すがらというと……

 

「なるほど。そこの食材が安いんですか」

「はい。私は普段買い出しに行かせてもらえないんで、又聞きなんですけど」

 

エマとシェーレが妙に仲良くなっていた。確かに二人とも眼鏡で髪が紫、しかも声は似たような性質と共通点も多かったりする。そんな中で、エマは何故殺し屋をしているのか聞いてみることにした。

 

曰く、シェーレは幼い頃から天然がかっていたため、周囲から「頭のネジが外れている」と馬鹿にされ続けていた。そんな自分とも仲良くしてくれた友人がいたが、その友人が元カレに殺されそうになったところを守ろうとして、元カレを殺してしまったのが始まりだったという。その友達とも以降は会わなくなったうえに元カレの仲間が報復に来たが、全員返り討ちにしても何も感じなかったという。そして「頭のネジが外れている」からこそできることがあると考えてフリーの殺し屋を始め、やがてナイトレイドにスカウトされたという。

 

「なんというか……強烈ですね」

「はい。けど、それで人の役に立てるなら憎まれようと報いを受けようと、悔いはないです」

 

そういうシェーレの目には、決意の色が見えた。アカメやブラート、もしかしたらあのラバックですら何かの覚悟があるのかもしれない。

 

「シェーレさんはいい人だから、正直なところ殺し屋はやめて欲しいです。けど会ったばかりの私に、強制する資格はないからとやかくは言いませんが……」

 

エマはシェーレに対して思うところがあるも、シェーレの意思を尊重する。そして、少し間を置いてから一言だけ警告した。

 

「無茶をせず、引きどころも考えてください。あなたが死んで悲しむ人も、少なからずいるはずですから」

「はい。肝に免じておきます」

 

その後、診療所でサヨの容態を確認し、買い出しに向かった。その際、シェーレが人参と大根を間違えるという謎のミスを犯しそうになったが、リィン達が止めたおかげで事なきを得た。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そんな感じで三日後……

 

「まだ、ここのボスは帰ってきてないのか……」

「いい加減、疲れてきたわね……」

 

その後、外出中だというナイトレイドのボスがまだ戻ってきてないため、リィン達も帰れずじまいだった。そんな中で、今回はタツミも伴ってレオーネを探しに行くが……

 

「お~、いいとこに来たな。これ、美味いぜ」

「お前達、何かと世話になったから食べていいぞ」

 

またもアカメが狩った食材を焼いて食べており、レオーネも同伴している。だが、今回はその食材が問題だった。

 

「あれって、まさかエビルバードか?」

「確か、特級って言ってたよな。……食用になるんだな」

 

タツミが言ったように、アカメが食べているのはリィン達がこの大陸で最初に戦った、エビルバードだ。村雨の特性なら仕留めるのは簡単だが、空を飛ぶ相手に剣士が一人で戦える辺り、アカメの実力は相当だと再認識する。

ちなみに、リィン達は料理慣れしてることもあって、ここにいる間に食事当番をやったりして時間を潰していた。世話になったとはそう言うことである。

 

「なあ、あんた達のボスはいつ戻ってくるんだ? いい加減待ちくたびれたんだが……」

「それなら、もう心配無用だ」

 

すると聞きなれない女性の声が聞こえたかと思うと、エビルバードの陰に隠れるようにしていた人物が現れる。声音と胸の大きさで女性と判別できたが、短くそろえた銀髪に黒いスーツ、右目に眼帯で整った顔立ちといった風貌から、かなり男らしい容姿であった。しかし、それ以上に右手が鋼鉄製の鎧に覆われているのが目立つ。服装からアンバランスであったため、おそらくは義手、それも戦闘用と思われた。

 

「お前達がアカメとレオーネが言っていた若者か。私がナイトレイドのボス、ナジェンダだ」




委員長とシェーレは、本編中でもいったように見た目で共通点が多いので絡ませたいと思っていました。
そして、能登&はやみんの声ネタもやりたかったので。

そして、前書きにも書きましたがたぶん今年最後になるので先に言っておきます。
皆さん、よいお年を。


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第5話 タツミの覚悟と選択

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年最初の投稿ですが、展開が賛否分かれそうになってますのでご了承ください。


リィン達がナイトレイドのボス・ナジェンダと接触したのと同時刻。

この時はエリィが当直でサヨの様子を見ている。すると……

 

「……ん?」

「あ、気が付いたのね」

 

とうとうサヨが目を覚ましたのだ。その様子に、見守っていた身としてはうれしくなってしまう。

 

「あの……あなたは?」

「私はエリィ。エリィ・マクダエルよ」

「エリィ、さんですか?」

「まず率直に言うけど、あなたは助かったの。もう、後は体力さえ戻れば普段通りの生活に戻れるから、心配しないで」

「そう、ですか……あの、タツミとイエヤス、私の仲間はどうしたんですか?」

「……それが」

 

サヨに彼女の仲間について聞かれて、答えづらそうにしてしまうエリィ。仕方なく、本当のことを打ち明けようとした矢先

 

「イエヤス君は、残念ながらもう亡くなった。そしてタツミ君は、ナイトレイドっつう殺し屋集団にスカウトされて答えを待ってる状況だ」

 

いつの間にかレクターが病室に来ており、真実を包み隠さず明かした。

 

「イエヤス、やっぱり……けど、タツミの状況って? それに、あなたは?」

「俺はレクター・アランドール。お前さん達を庇ってくれたらしい、バックスとミーナの上司だ」

「バックスさん達の……」

 

やはりサヨにも思うところはあったらしく、表情を暗くしてしまう。

 

「……タツミのことも聞きたいですけど、まずはこっちを優先します。ありがとうございます。あなたの部下だったお二人がいなかったら、今頃私は……」

「いいって、いいって。あいつらも良かれと思ってやったことだしな。で、タツミ君の事なんだが……」

 

その後、レクターはタツミが置かれている状況について、包み隠さず話した。

 

「アリアを殺そうとした時に素質が……」

「肝心のアリアだが、俺らの目的のために生け捕りにしてる。尋問したんだが、ロクな情報知ってない上にこっちに噛みついて来やがんだ。同じ貴族が向こうでスタンバってるんだが、それでもだめだった」

 

レクターから話を聞いた後、サヨは再びレクターに話しかける。

 

「レクターさん、タツミに会いたいんですけど、そのナイトレイドのアジトって」

「残念ながら、場所の特定が出来ていない。連中、流石は一流の殺し屋だけあって追跡なんかに敏感だった」

 

レクターの言葉を聞い、サヨは一瞬落胆する。

 

「生憎だけど、私がナイトレイドの居場所、見つけてあげたわよ」

「それと、よろしければ連れて行って差し上げましょうか?」

 

更に聞き覚えのない二つの、女性の声が部屋に響く。そして新たに部屋に入ってきたのは……

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

三日目にしてようやく帰還した、ナイトレイドのボス・ナジェンダと接触したリィン達。

そして、そのままタツミ共々ナジェンダに会議室に集まるように言われ、そこで自分達の目的について打ち明ける。

 

 

「帝国の東を超えた先にある、ゼムリア大陸か……」

「で、お前達はそこから帝具使いと思われる犯罪者の手掛かりを求めてきたと」

「ええ。聞けば、帝国の東は未開発地帯として扱われているそうですから、信じがたい話だとは思いますが……」

 

ナジェンダが到着したことで、ようやくナイトレイドの面々に自分達の目的を打ち明けるリィン達。曰く、帝国の東は例の超級危険種が跋扈しているため、海を越えられずに未開発地帯として扱われていた。なので、その先の大陸に高度な科学技術を有する国がいくつも存在している、と言われてもピンと来ないだろうとは思われた。

 

「いや。未開の地を帝国の重鎮たちが勝手にそう言っているだけだから、別に何があろうと驚きはしないさ」

「しかし、犯人が帝具持ちかもしれないってだけで、わざわざ乗り込んでくるなんて御苦労なこった」

 

しかし、意外にもナジェンダはそれを受け入れている。理由も至極真っ当な物だった。そしてラバックも話を聞いて、素直な反応を漏らす。

そして、ナジェンダはリィン達に例の犯人たちの情報について、打ち明ける。

 

「残念だが、お前達が目星をつけた帝具は我々の上層部にも無い物だ。帝国側が所有者の存在を秘匿しているか、完全に独自で動いている賊か、このどちらかだろう」

「……まあ、俺達もすぐにわかるとは思ってないので、問題無いです」

 

ナジェンダは確かに上層部と言ったが、つまりナイトレイドは何か大きな勢力に属する組織ということを表している。

 

「それで、情報料なんかは……」

「問題ない。我々は使命と信念のもとで、依頼を受けての殺しを仕事としているから業務外だ。それでいて目当ての情報も提供できていないからな。だが、代わりに聞きたいことがある」

 

そして、ナジェンダは少し間を置いて告げた。

 

「タツミ、それとリィン達。お前達の目的や立場を踏まえた上で聞くが…ナイトレイドに入る気はないか?」

「断ったらあの世行きなんだろ?」

 

ナジェンダの誘いに、タツミはそう返す。シェーレに同じことを言われたらしい。

 

「いや、それはない。…だが、帰す訳にもいかないからな。我々の工房の作業員として働いてもらうことになる」

 

どの道、帰してくれそうにないためリィン達は強行突破に入れるよう、それぞれの得物に手を伸ばす。武器の持ち込みを許していたナイトレイドの面々だったが、それはこちらを捕えるも殺すも余裕という、自信の表れでもあった。

 

「お前達、よせ。まあ、とにかく断っても死にはせん。それを踏まえた上で…どうだ?」

 

そして、再度ナジェンダは問いかけてきた。そして、そんな中でタツミが言葉を漏らす。その際、悔しそうに拳を握りしめていた。

 

「俺は……帝都に出て出世して、村を貧困から救うつもりだったんだ。ところが帝都は腐りきってるじゃねえか!」

 

そう言うタツミ、そしてリィン達の脳裏にアリアの一件と、先日サヨの安否を確かめに行った時に見たある光景を浮かべていた。

 

~回想~

 

「なるほど。ロイドみたいに真っ当な警察官なら、これは度し難いな」

「とは言っても、僕らだって許容しがたい話ではあるけどね」

「……こんな、こんなヒデェ話があんのかよ」

 

買い出しを終えたリィン達はロイドが見たような、理不尽すぎる罪状で処刑された人々の姿を目の当たりにしていた。処刑されたのは帝都の繁華街にあるパン屋を営む一家で、罪状は内政官への値引きをしなかったという物だった。

 

「……さっきそこで聞いたんだけど、一家の一人息子が結婚して、今年の夏にその奥さんが出産予定だったらしいんだって」

「じゃあ、あの人がその……」

 

ヨシュアの言葉を聞き、リィンが先程から見つめていた人物がそうだと確信する。女性は裸に穿かれた上に腹を裂かれていたのだ。そして胸には身ごもっていた赤子と思われる、ミイラ化した未熟児が縛り付けられている。これから生まれてくる命にまで及ぶ暴虐、度し難いことこの上ない事実であった。

そんな中、傍にいたシェーレが一向に声をかけてくる。

 

「タツミ、それにリィン達も聞いてください。これが、この国の現状です。昨日のような弱者に一方的な暴虐の限りを尽くすことを快楽とする外道が跋扈し、それを容認する腐敗政治と私欲のためにそれを維持する大臣、もう取り返しがつかない事態になっているんです。ナイトレイドは、そんな外道たちを民の依頼の元に裁く事を生業としています。今朝に私が言ったことはともかく、これを許せないあなたたちに仲間になって欲しいのは事実だって言うこと、理解してください」

 

~回想了~

 

「中央が腐ってるから地方が貧困で辛いんだよ」

 

そんな情景を思い出していたタツミに対してブラートが、間髪入れずに口を挟んできた。

 

「その腐ってる根源を取っ払いたくねえか、男として!」

「ブラートは元々、有能な帝国軍人だったが、帝都の腐敗を知って我々の仲間になったんだ」

 

ブラートがジンに語った、正道を歩むことを許されない今の帝国。それに反発するためにナイトレイドに入ったブラートは、人一倍この国を愛していると言ってもいい。

 

「俺達の仕事は、そんな帝都の悪人を始末することだからな。これでも前よりはずっと良くなったさ」

「でも……」

 

しかし、タツミはそんなブラートの言葉を聞いてもなお表情を暗くしたままだった。

 

「悪い奴ボチボチ殺していったって、世の中大きく変わらないだろ…。それじゃあ辺境にある俺の村みたいなところは結局救われねえよ…」

 

至極当然の理由だった。仮に重税を敷く領主を始末しても、新しく送られた領主が善良になるとも限らない。送り込んでくる上の人間が、自分に都合が良くなるよう企んでいるなら当然だ。

しかし、タツミのその言葉を聞いたと同時にナジェンダは告げる。

 

「なるほど。ならば、余計にナイトレイドがピッタリだ」

「…なんでそうなるんだよ?」

「……まさか、あんた達の上層部っていうのは」

 

それを聞き、リィン達が予想していたナイトレイドの正体についレ語られた。

 

「帝都の遥か南に、反帝国勢力である革命軍のアジトがある」

「革命軍?」

「初めは小さかった革命軍も、今では一大組織となった。そうなれば必然的に、日の当たらない仕事…暗殺や偵察をこなす部隊が作られる」

「それが、ナイトレイドの正体…」

「今は帝都のダニ掃除をしているが、決起の際にはその混乱に乗じて………大臣を討つ!」

 

単なる復讐代行人だと思っていたナイトレイドだったが、ボスと言う指揮官の存在が明確、そのボスであるナジェンダが語った上層部の存在、これらの材料からもっと層の厚い組織だと思われていたが、その実態は反政府組織の裏工作部隊というものであった。

リィンはうすうす考えていたその存在に、あの帝国解放戦線をつい重ねてしまう。腐敗を増長しているというオネスト大臣を討つのが目的。オズボーンによる影の支配を打倒する帝国解放戦線のそれを彷彿とさせていた。

 

「それが我々の目標だ。他にもあるが、今は置いておく」

「…勝算は?」

「ある。少なくとも、その策は。そして、それが成功すれば…確実にこの国は変わる」

「…その新しい国は、ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

「無論だ」

 

ナジェンダとのやり取りを終えてその答えを聞いた瞬間、タツミの顔に活気が宿る。そして何かを言おうとした瞬間

 

 

「ちょっと待ってください」

 

ヨシュアが待ったをかけた。

 

「あなた達は復讐代行人として資金を得つつ、政治と軍事の両方で戦力を削ぐことを目的としている。そして弱ったところを革命軍の総出で叩き潰して、残った帝国を今も国を憂いている政治家たちに立て直してもらう。要約したらそう言うことですね?」

「ああ。そう言ったつもりだが……」

「じゃあ、結局は戦争をするってことね」

「だな。つまり……」

 

ヨシュアの問いかけに肯定するナジェンダを見て、アリサもリィンもその意味を知る。

 

「あんた達ナイトレイド、ひいては革命軍はゴミ掃除と称した殺しとやがて始める国崩しで悪を一掃する……自分達を正義の使者と勘違いしているのか?」

「もしそうなら、ハッキリ言っておくわ。殺し屋も戦争もやめなさい! 血で汚れた手で革命を成しても誇れないし、戦争でも何十何百、下手したら何千何万と無実の人が死ぬわよ! そんな物で正義なんて、名乗るだけおこがましいわ!!」

 

リィンの言葉の直後、エステルが大々的に宣言すると同時に、辺りに沈黙が走る。事実、オズボーンの影の支配を打破すべく帝国解放戦線が彼を狙撃し、それをきっかけに勃発した帝国内乱は多くの血を流した。しかもオズボーンは周辺諸国や貴族勢力からの恨みを買っていたがエレボニア帝国に益をもたらしていたのに対し、オネスト大臣は国を自らの食い物にして周辺諸国からだけでなく国全体からも恨みを買っていた。ともなればその憎悪はすさまじく、革命軍が戦いを起こせば、しかも生身で戦車の撃破も可能な帝具を大量に使えば、内乱やかつてエレボニアがリベールに仕掛けた戦争以上に人が死ぬことは確実だった。そして……

 

 

 

「プッ…」

「「「「「「アハハハハハ――――ッ!」」」」」」

 

アカメとナジェンダ以外の、ナイトレイドの全員が爆笑し始める。

 

「な、何が可笑しいんだ?」

「何って、いきなり当たり前のことをそんな熱弁されたら、笑うしかないだろ……」

 

リィンの疑問にラバックが答えると、レオーネがこちらを見ながら口を開く。しかしその目は、普段の彼女からは想像できない冷たい物だった。

 

「そりゃそうだ。どんなお題目を付けても、殺しも戦争も変わんないんだよ」

「そこに、正義なんて存在していないのは百も承知です」

「俺達全員、いつ報いを受けてもおかしくはないんだ。それに俺だって大のために小を切り捨てるのは嫌だが、そうでもしないと国を変えられない状況になっちまったんだよ」

 

先程のナジェンダの語りを聞いた限り、リィン達は腐敗政治に乗じて自分達革命軍を美化している物だと思っていた。しかし、ナイトレイド全員がかつてのクロウ達同様に己の業と向き合っていたのである。

 

「……返事はすぐにとは言わないが、お前達は戦そのものに反対のようだな。さっき聞いたところ、お前達のいたリベールもエレボニアも帝国のようなな圧政を敷かれているわけではないようだが、何か戦そのものに感じたことがあるのか?」

「ええ。俺とアリサはつい3年前に経験し、エステルとヨシュアも被害者だそうです」

 

そして、リィンは自身の体験した3年前のエレボニア内乱について、エステルとヨシュアもある戦争とその発端となった事件の被害者だと明かす。

 

百日戦役

かつてエレボニア帝国がリベール王国へ侵略するために勃発した戦争。リベールは山々に囲まれた小国だが、豊富な鉱山資源とそれを用いた高い水準の導力技術を有しており、国力ではエレボニアだけでなくその宿敵カルバード共和国にも引けを取らない。そんなリベールへの侵略を、エレボニア帝国はある事件を口実に行った。純粋な軍事力はエレボニアが上回っていたため王都が包囲されるまでに追いつめられるが、当時軍属だったエステルの父カシウスの考案した作戦でエレボニアを出し抜き、休戦にまで持ち込んだのだった。しかし、エステルは戦役時に母レナが自身を庇って先立ってしまった。

そして、ヨシュアに関わりがあるのは百日戦役の切っ掛けとなった事件である。「ハーメルの悲劇」と呼ばれるその事件は、表向きは土砂崩れで滅んだとされるヨシュアの故郷「ハーメル村」で起こった、大量虐殺である。この際、虐殺をおこなった集団はリベール製の銃器で武装していたためにリベールが先に侵略してきたという口実で百日戦役が起こった。実はこれは結社の最高幹部の一人がエレボニア帝国の主戦派を唆し、口実を偽装したということが判明、休戦もこれをクローゼの祖母である先代女王アリシアが言及しないことを条件に飲まれたという。

 

その事実を聞き、ナイトレイドの面々もつい黙り込んでしまう。リィン達も軽々しく自分たちの活動を否定したわけではないと、痛感してしまったためだ。

 

「……圧政の有無に関係なく、何処の国にも問題があってそれによる戦いが起こる。当たり前のことだが、帝国が腐りすぎて気づくのが遅れたな。視野の狭さとそれによる偏見、すまなかった」

「それだけ貴方達がこの国を憂いている証拠ですから、大丈夫です。そういうわけで、俺達は革命軍には参加できませんし、帰せないなら強硬手段も取らせてもらいます」

「仕方がないが、お前達については諦めよう。それで、タツミはどうする?」

 

ナジェンダ達の話を聞いた直後、タツミはナイトレイドに入ろうと思った。しかし、リィン達の話を聞いて再び悩む。

腐敗していない政治でも、戦争は起こる。その事実を聞かされ、タツミは民に優しい国が出来ても、異民族や他国の恨みは消えない。そして、それによる戦いが始まる可能性があった。タツミの村は辺境で山奥にあり、山を越えた先の異国から攻撃を受ける可能性もゼロではない。

タツミは再び決意が揺れてしまい、どうすればいいのかわからなくなってしまった。

 

 

 

 

「大事なお話の最中ですが、お邪魔いたします」

 

すると、いきなり聞き覚えのない声が部屋に響いた。いや、リィン達はこの声に聞き覚えがあった。

会議室の入り口の方を見ると、エマと病衣姿のサヨ、そして縛られたアリアを連れた薄紫の髪をしたメイドがいたのだ。ちなみに、アリアは口まで縛られている。

 

「シャ、シャ、シャ……」

 

そして、真っ先に反応したのはアリサだった。何故なら、彼女はアリサが一番身近な人物だからである。

 

「シャロン!? なんで、こんなところに……」

「うふふ。ラインフォルト家以外の仕事でこの大陸に来させてもらっていたのですが、お嬢様が来られたということで抜けさせていただきました」

 

シャロンのラインフォルト家以外の仕事、それに縁があったのがヨシュアであった。そのため、シャロンはヨシュアにも声をかける。

 

「ヨシュアさんもお久しぶりですね」

「まさか、貴女とこんな形で会うとは……執行者No.Ⅸ」

「あんた、何者よ!? このアジトには結界が張ってあったはずよ!」

「ええ。潜り抜けるのには苦労しましたわ」

 

ナイトレイドのアジトには、マインが言うようにラバックがクローステールで結界を張り巡らせており、触れたことで侵入者の存在を探知するという物だ。暗殺者が張り巡らせた結界ならかなり気づかれにくいものだが、それを苦労したといった割に余裕そうに潜り抜けたため、相当の使い手だと見て取れた。

 

「はじめまして。アリサお嬢様のご実家であるラインフォルト家に仕えさせてもらっている、メイドのシャロン・クルーガーと申します。本日はお嬢様のお迎えと彼女の引き渡し、そしてこちらにいるサヨ様をご友人のタツミ様に会わせるために伺わせていただきました。ちなみに、もう一人生き残っていた護衛の方は自首して警備隊詰所に留置されています」

 

スカートの裾を摘まんでお辞儀するシャロンは、周囲の反応を他所に目的を告げる。余談だが、後日調査したら本当に護衛の一人が警備隊の留置所にいた。ちなみに、終身刑らしい。

そんな中、シェーレがあることを疑問に感じる。

 

「不思議ですね。先日は誰にもつけられていた様子もなかったのに……」

「それだったら、アタシが魔術で認識されないようにしてつけたからよ」

 

そんな中、またも聞き覚えのない女性の声が聞こえる。声の主を探して室内を見回すが、他に誰もいない。

 

「足元を見なさい。そこに私はいるから」

 

そんな中、シェーレの足元に視線を移すと、尻尾にリボンを付けた上品そうな黒猫がいた。

 

「ま、まさか猫が喋ったの?」

「その通り。はじめまして、エマの使い魔のセリーヌよ」

 

マインの疑問に答える形で、先程の女性の声で猫が人語を喋ったのだ。魔女の眷属は使い魔として動物を従えており、このセリーヌがエマの使い魔ということになる。

そんな中、タツミは周りの様子に眼もくれずにサヨに駆け寄る。

 

「サヨ、目を覚ましたんだな! でも、病み上がりなんだから無茶は……」

「ねえ、タツミ」

 

サヨの目覚めを喜びつつも彼女を気遣おうとするタツミだが、サヨはそれを遮ってタツミに声をかける。

 

「私、タツミに伝えたいことがあって、シャロンさんに連れてきてもらったの。それで、ナイトレイドの皆さんには悪いけど、二人っきりで話させてもらえませんか」

「代わりに、彼女のお引渡しとお茶の用意をさせていただきます」

「ま、まあ彼女が問題の標的だからいいが……お茶?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「タツミ、イエヤスから聞いたそうね。バックスさんって人達が庇ってくれたおかげで生き残れたって」

「ああ……けど、イエヤスは病気の感染だったから庇い様がなくって……」

「ううん、いいの。もう、受け入れたから」

 

その後、タツミに宛がわれていた寝室でサヨから話を聞くタツミ。

 

「アリアの奴と一緒にここに来たみたいだけど、イエヤスとその人たちを殺したあいつが憎くなかったのか? それに、アリアみたいな外道が帝都には何十何百もいるらしくて」

「それなんだけど……アリアがしたことは人として許せないけど、私個人は恨んでいないの」

 

その言葉を聞いた瞬間、タツミは驚愕した。

 

「なんでだよ!? あいつの所為で、イエヤスとお前を庇ってくれた二人が死んだってのに……」

「私は、ただ三人が死んだことが悲しいとしか思っていないわ。アリアを恨もうと殺そうと、三人が生き返るわけじゃないし」

 

サヨの中に憎しみが無いというのはわからなかったが、目を見たら深い悲しみが感じられた。仮に憎しみがあっても、悲しみの方が圧倒的に強いのだけは本当のようだ。

 

「一緒に捕らわれていた、バックスさん達から話を聞いてね」

 

そして、サヨはアリアの屋敷に捕らわれていた時の事を話す。

 

~回想~

 

「ほら、叫びなさいよ! 鞭で打たれた馬みたいにさぁ!!」

「うぐっ!?」

 

サヨはアリアにひたすら鞭で打たれていた。サヨは前日に全身をナイフで切り付けられ、浅い物の体中に傷を作っており、アリアはその体を鞭で打って痛がる反応を見て楽しもうとしていた。

しかし、サヨはひたすらに耐えた。叫べば、それをきっかけに心が折れそうな気がしたためだ。その甲斐あってか、アリアは段々と不機嫌になっていく。

 

「……はぁ。折角危険種でも痛みで悶絶しそうな状況にしてやったのに、全然叫ばないじゃない。こうなったら、あれを使うわ」

 

アリアはうんざりした様子でそう言うと、拷問の手伝いをしていた護衛の一人に何かを持ってこさせる。

 

「もう、これでじわじわと片足を落としてあげるわ。死んでからバラすのにとっておこうと思ってたけど、仕方ないわね」

 

取ってこさせたのは、巨大な刃物だった。片刃のそれは剣や包丁、ナイフと違って薄くしなり、刃には無数の凹凸がついている。つまり、鋸だった。ギザギザの刃を何度も前後に動かして切るそれは、人間の体に使えば生傷に何度も何度も痛みを与える、まさに体と心を同時に痛めつけるのには、最適なものだった。

流石にそうなると、サヨも背筋が凍り付く。しかし、それがサヨの体に傷をつけることはなかった。

 

 

「「ぺっ」」

 

直後、アリアのスカートの裾に何かがかかった。二つかかったようで一つは染みを、もう一つはやや黄色い粘り気の物がこびりついていた。直前に何かを吐き付ける音がしたので見てみると、茶髪でセミロングの女性と同じく茶髪で筋肉質の男性が口元に少量のつばを垂らしている。

この二人が、生前のバックスとミーナその人だった。

 

「へへ。お前みたいなクソガキには、痰のかかった服がお似合いだぜ」

「私はせめてもの温情で唾にしてあげたけど、お礼ならいいわよ」

 

二人はそのままアリアを罵倒し、アリアもそれにブチギレる。

 

「貴方達、これ買ったばかりのスカートよ! よくも汚してくれたわね!!」

 

 

そのままアリアの怒りの矛先は二人に向けられ、サヨの足を切るのに使おうとした鋸をまずはミーナの乳房に突き刺す。そして、そのまま腕をピストンして乳房をそぎ落としてしまった。

そして次にバッカスだが、彼には両足の間、つまり股間に鋸を向け………

 

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……今日は疲れたからこのくらいにしてあげるわ。けど、明日こそはあなたを泣き叫ばせてあげるから」

 

そのままアリアは倉庫を去っていった。そして、その一部始終を見ていたイエヤスが二人に声をかける。

 

「二人とも、大丈夫、ですか…!?」

「へへ、なんとかな……けど仮に生きて帰れても、俺の子供は作れそうにねえな」

「子供なんていなくても、バックスと一緒ならそれでいいわよ」

 

バックスとミーナは股間と乳房痕から血を流し続けていたにも拘らず、余裕を含んだ笑みを浮かべている。

 

「二人とも、どうして私をそんなになってまで庇うんですか?」

「だってよぉ。あいつ、俺らがまだ生きてんのに飽きたとか言ってんだぜ」

「そんな理由で年下が先に死ぬなんて、生き残っても気持ち悪いしね」

 

サヨの問いかけに答える二人は、痛みが少しは引いてきたのか余裕が見えている。

そして、今度はバックス達の方から二人に話しかける。

 

「サヨちゃんにイエヤス君、一言言っておく。人を恨んでも、悲劇しか生まれねえんだよ」

「私達も、恨みが切っ掛けで起こった戦争で大事なものを無くしたんだ」

 

そして、二人は語り始めた。

 

「俺らの故郷はケルディックっていう町でな。でっかい穀倉地帯に設けられた商人の町で、色んな地方から行商人が集まる大市が名物の、結構いい町だったんだ」

「けど、今から三年前に私達の国で戦争があってね。国の偉い人の中に、アリアほどじゃないけど悪い人がいてその人への恨みがもとで起こった戦いなの」

 

三年前の帝国内乱、ケルディックはそこで深い傷跡を残した。二人はそんなケルディックの出身だったのだ。

 

「その町を統治していた領主が、そのお偉いさんを恨んでいた一人でな。戦争中に自分の領土だったケルディックを奪われて、それでやけになってケルディックに焼き討ちをし掛けやがったんだ」

「しかもその所為で、大市の元締めをやってたオットーさんが亡くなってしまったの」

 

オットー元締めはリィン達も実習時のサポートや、内乱時にリィンの仲間の保護を買って出たり、

 

「ここの一家はとんだ糞外道だからな。そのお偉いさん、オズボーン宰相よりも恨みを買っている筈だ」

「けど、それが爆発したらまた何か悲劇が起きるかもしれないわ。だから、完全に受け入れられなくても頭の隅にでも置いといて」

 

~回想了~

 

「……リィンさん、恨みで行動しても、悲劇しか生まないって言ってた。大切な誰かをその戦で亡くしたんだろうな」

 

サヨからバックスとミーナの話を聞き、タツミはあの時のリィンを思い出す。

 

「俺らの故郷も、辺境だけど革命軍に関わる可能性は充分にあるんだ。村で決起でもおこしちまったら、誰かが確実に死ぬ。それに、それよりも前に例の大臣に食いつぶされちまう可能性もある」

「うん。それで、シャロンさんから道すがら聞いた話なんだけど……」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そして、タツミはサヨを連れて再び会議室に戻ってきた。

 

「戻ってきたか。話している間に、アリアの始末もお茶も済ませたぞ」

「それにしても、茶も菓子も美味かったな。普段甘いものは食わないんだが、相当の物だったぞ」

「ラインフォルト家のメイドとして、当然の嗜みです」

 

ブラートの言うようにシャロンのお茶もケーキも相当美味だったようで、心なしかナイトレイドの面々がほっこりしているような気がした。完全な余談だが、アリアはアカメとブラートの二人がかりで細切れにして川に捨てたらしい。

 

「それで、返事はどうだ?」

 

尋ねるナジェンダに対し、意を決したタツミは静かに、それでいて力強く答えを出す。

 

 

 

 

「ごめんなさい。俺、やりたいことが出来たからナイトレイドどころか革命軍には入れません」

「はぁ!? あんた、自分の立場わかってんの!?」

 

答えを出してすぐにタツミは大きく頭を下げるが、マインがすぐに噛みつく。

しかし直後、ナジェンダが威圧感を放ち始めたために黙り込む。

 

「それで、我々の勧誘を拒んでまでやりたいこととは、何だ?」

 

先程までの雰囲気から一転、会議室全体にプレッシャーがかかる。顔が割れているナイトレイドの手配書にナジェンダの物があったのだが、それによると彼女は帝国軍の元将軍だったらしく、これもかつてのベテラン軍人故の物と思われた。

しかし、そんな威圧感にも臆さずにタツミは語った。

 

「俺、帝都の現状を何も知らないまま触れてしまったんで、色々混乱してました。加えて、故郷の村からも最近になって出てきたばっかなんで、完全な世間知らず状態なんです。だから俺、見聞を広める意味合いを含めて、サヨと二人でゼムリア大陸に行こうと思うんです。それで……」

 

そして、間を置いてタツミは言った。

 

 

 

 

 

 

 

「エステルさんと同じ遊撃士になります」

 

遊撃士

支える籠手の紋章の元、国家権力に干渉しないことを条件に民間人保護と地域の平和維持を生業とする民間の戦闘集団。国家に干渉しないため、あくまでも中立の立場として活動する。しかし、保護すべき民間人が危機にさらされればそれは別となり、遊撃士も軍事や権力が絡む事件に介入することが可能となる。その資格は16歳から取得可能だが、タツミもサヨも揃って十代後半なので、その基準は達している。遊撃士になってリィン達に協力すれば、正道を歩みつつ帝国の腐敗を取り除けると、思えたのだった。

タツミの答えを聞き、ナジェンダは国を憂いつつもこちらの仲間にならないことにいら立ちを感じる。しかし、タツミの決意に染まった眼を見て観念した。

 

「あくまでも、正道を歩むことを決めるのか……だが、それまで無職になるが故郷への仕送りはどうするんだ?」

「ああ。それなら心配いりませんわ」

 

ナジェンダの問いに代わりに答えたのは、シャロンだった。

 

「アランドール大尉が悪質なカジノから巻き上げた……もとい、荒稼ぎしたお金を送らせていただくので、当面は大丈夫でしょう。彼も一時帰国するので、こちらでの通貨は使いようも無くなりますしね」

「……我々が目を付けていた、奴隷の命で賭けをするカジノが次々に潰されるのが確認されたが、ソイツがやったのか」

「レクッち、ただものじゃないとは思ってたけどまさかな……」

 

レクターがリィン達に語った、カジノで荒稼ぎの詳細がここで判明し、ナイトレイド共々驚愕する。

 

「……どこまでもこちらの望み通りにいかないか。お前達、引き留めてすまなかったな。せめてもの詫びに送らせて……」

「それには及びません。そのために私達が来ましたから」

 

そう言ったのはエマだった。彼女の同行も、リィン達の帰還の為である。

 

「それじゃあ、早速転移しますね」

「委員長、頼む」

 

そしてエマが転移術を発動しようとしたその直後

 

 

「ナジェンダさん、侵入者だ! 数はおそらく十人、全員アジト付近まで近づいている!!」

「……この面倒な時に。仕方ない」

 

ラバックからの報告を聞いたと同時に、ナジェンダが指示を出そうとする。しかし

 

「ちょっと待ってください。俺達が対処します」

 

それに対し、リィンが待ったをかけた。

 

「仲間にはなれませんが、その代わりにアジトを守らせてもらいます。俺達のやり方で」

「……まあ、しかたないか。二人ほど監視を付けさせてもらうが、構わないか?」

「別に問題は無いです。それじゃあ、行くか」

 

そして、リィン達のアジトでの最後の仕事が始まった。




タツミがナイトレイド入りしない展開ですが、FF7とアカメのクロス兼両作の再構成をした「クラウドが斬る」という作品にハマり、他にこの展開無いかな?と思った結果になります。理由づけにてこずりましたが、前々から考えていたアイデアだったりします。


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第6話 空・零・閃

今回はVS刺客、VSオーガをいっぺんにやりました。なのでまた長くなっております。


ナイトレイドのアジトからいくらか離れた位置、川沿いに突き進む集団があった。彼らがラバックの探知した侵入者だ。

いずれも民族衣装をまとった、褐色肌の人物だ。彼らは異民族、帝国を三方から囲む勢力で、城塞都市を構える北方異民族を始め、帝国への敵対勢力として蔑視されている。しかし、中には帝国が暗殺者として雇ったり、革命軍と同盟を組んでいる西の異民族がいたりと、持ちつ持たれつの関係を結んでいる異民族がいたりもする。今回も前者のパターンで、帝国に金で雇われた暗殺者として送り込まれたようだ。

そんな異民族の男達が川辺を進んでアジトを探す中、ある物を見て歩みを止めた。

 

 

「早速、当たりみてぇだな」

 

刺客の一人が下卑た笑みを浮かべながら呟く。目前に人影を発見し、ナイトレイドのメンバーを発見したと思ったようだ。

 

「さて。ナイトレイド、恨みはねぇがてめぇらぶっ殺せば大金がたんまりともらえるんでな。死んでもらうぜ」

「……残念だけど、できてもそれは無理ね」

「ああ?」

「あたし、ナイトレイドじゃないから」

 

月明かりでその容姿が明らかになった。人物は栗色の長髪をツインテールにまとめ、オレンジを基調とした服に長大な棒を携えた少女、エステル・ブライトであった。棒という殺し屋の武器にしては殺傷力のなさそうな得物を見るに、少なくとも彼女が言うことは本当と思われる。

 

「けど、ナイトレイドのみなさんとは寝食を供にしたから、あんた達みたいなあからさまな悪者を近づけさせやしないわ」

 

そして、エステルは得物の棒を巧みに振り回して、構えを取る。

 

「まあ、そうだとしても……可愛い女じゃねえか」

「胸はあんまりねぇが、肌も髪もそこらの貴族なんかよりいいじゃねえか?」

「だな。生け捕りにして楽しむのも、悪くねえかもな」

「いいとこの貴族様も、高値で買ってくれそうじゃねえか」

 

男達は下卑た笑みを絶やさずに、エステルの容姿を見て口々に言う。

 

「はぁ……本当にこんな悪者しかいないのね、ここは」

 

エステルも遊撃士の仕事柄、いろんな悪人を捕まえている。しかし、ゼムリア大陸ではマフィアですら人身売買に手を出さないため、ここまで低俗な悪人はいなかった。

 

「じゃあまずその子とっ捕まえて、そのままナイトレイドぶっ殺しに行くぜ!」

「「「「「おお!!」」」」」

 

刺客たちは小回りの利く短剣を主武装とし、俊敏な動きでエステルに突撃していく。

 

「……ヨシュアよりずっと遅いわね」

 

エステルは恋人の名前を引き合いにし、手にした棒を左右に素早く振るう。攻撃を喰らった刺客の二人は、大きく吹き飛んで近くの木に激突した。そのまま、男二人は気絶した。

 

「それじゃあ、折角だから名乗らせてもらうわ」

 

突然の事態に唖然とする刺客たちを他所に、エステルは名乗りを声高々に挙げる。

 

 

 

「遊撃士協会所属、A級遊撃士”陽光”エステル・ブライト! 貴方達を逆に拘束させてもらうわ!!」

「なめやがって。やっちまえ!!」

 

エステルの名乗りに対し、残りの刺客たちは近くの木に飛び乗り、そのまま木から木へ飛び移りながらエステルを包囲する。攪乱して一気に殲滅にかかるようだ。

 

 

「無駄よ。捻糸棍!」

 

エステルは棒の先端に気の塊を練り、飛び回っている刺客の一人に向けて放つ。それは見事に命中し、吹っ飛んでそのまま地面に落ちていく。

 

「何!? まさか、帝具使いか!」

「生憎だけど、帝具なんて持ってないし使う気も無いから!」

 

驚いていた刺客の内一人に、エステルは飛び掛かって棒で殴りかかる。思いっきり胴体に攻撃を喰らったうえ、地面に叩き付けられた刺客は、確実に肋や背骨が砕かれたであろう。

 

「次は……ファイアボルト!」

 

今度はARCUSを懐から取り出し、はめ込まれた結晶上の回路をなぞって、そこから火の玉を放つ。それを喰らって、更に刺客の一人が気絶した。

戦術導力器(オーブメント)は本来、七曜石という鉱石を加工した回路クオーツからエネルギーを引き出し、身体能力の強化や擬似的な魔法である導力魔法を用いる、白兵戦の為の戦闘ツールとして作られた。そこに通信機能を備えたエニグマ、アリサの実家が経営するRFグループと共同開発した、連携攻撃のサポートである戦術リンクを実装したARCUSといった具合に機能が拡張されていったものである。

 

「コイツ……本当に帝具持ってねえのか!?」

「だから、持ってないって言ってるでしょ」

 

そして最後の一人の懐に潜り込み、とどめを刺しにかかった。

 

「百裂撃!」

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!」

 

エステルは凄まじいまでの連続突きを、最後の刺客に叩き込む。圧倒的な威力に、男はそのまま気絶する。

 

「チョロイチョロイ!」

 

エステルは棒を高速回転させながら、勝利宣言した。

 

「……確かに強いな。だが、甘いところがある」

 

そんな中、エステルの監視をしていたアカメが彼女に声をかけてきた。実力については認めたようだが、そのやり方は許容できないようである。

 

「あたしは殺し屋じゃなくて遊撃士。人を殺すんじゃなくて、守ることが目的だからいいのよ。甘くても、それを貫いて見せるわ」

 

アカメに返事を返しながら、エステルは男達を縄で縛って動けなくする。そして、そのまま男達を引き摺ってその場を後にした。

 

一方その頃

 

「はぁあ!」

「くっ!?」

 

ヨシュアが刺客の何人かを撃破し、残る一人である少女と交戦している。しかし実力差は圧倒的で、少女はヨシュアにナイフを弾き飛ばされ、敗北する。

 

「お願い、殺さないで! 何でも言うことを聞くから!!」

 

少女は涙目になりながら、ヨシュアに対して命乞いをする。本気なのかだまし討ちのためなのかは不明だが、ヨシュアは最初からどうするかは決めていた。

 

「僕はもう好きな人がいるから、それは呑めない」

 

無慈悲な返事を返し、ヨシュアは少女の延髄に剣の柄を叩き込んで意識を狩った。

 

「それに始めから全員、殺す気はないから安心していいよ」

 

そのままヨシュアは倒した刺客全員を縛って、エステル同様引き摺ってその場を去っていった。

 

 

「もう、面倒だから一気に決めるわよ」

 

アリサは短期決戦に持ち込むつもりのようで、すでにARCUSを駆動させてアーツを放つようだ。アリサのスタイル抜群な容姿を見て、エステルの時よりも興奮気味の刺客たちだったが、すぐにそれは絶望と化す。

 

「エクスクルセイド!」

「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!?」」」」

 

アリサが使ったアーツは、地面に金色に輝く十字架を描くと同時に、その一帯を強大な光のエネルギーで埋め尽くし、刺客たちを一掃した。

戦術導力器に取り付けるクオーツは、元となる七曜石の内包するエネルギー毎に七つの属性があり、取り付ける為のスロットの中には属性ごとに縛りをつけたものがある。アリサは火と空の二属性の縛りスロットがあり、内の空は上位三属性という「地水火風」の四属性と根源から異なる特殊な属性で、空間を司る力があった。

 

「まあ、こんなものかしら」

「お嬢様。彼らは私が連行しますので、リィン様の援軍に行ってください」

「私も彼らを連れて行けるように、転移術の準備をしておきます」

「シャロン、エマもありがとう」

 

そのまま、刺客たちの拘束をシャロンとエマに任せてアリサはその場を去っていった。

 

 

 

「リィン、タツミとサヨちゃんは俺が守っておく。代わりに、お前のその心意気を見させてもらうぜ」

「ありがとう、ブラート」

「折角だ、俺のことはハンサムかアニキって呼びな」

「じゃあ、アニキで」

「えっと……俺は遠慮しておくよ」

 

タツミはブラートのアニキ呼びをノリノリで承認しているが、リィンは顔を引きつらせながら拒否する。先日のホモ疑惑から、ブラートと深く繋がることを恐れているようだ。

 

「……気配の数は四つ。戦い方を考えたら、これが妥当か」

 

そして、リィンは台頭したまま刀に手をやり、刺客たちの警戒をする。相手はエステルの時同様、周囲の木々を飛び回って攪乱に入っているようだ。

 

「「「「しゃあああああ!」」」」

 

そして、刺客たちがリィンに飛び掛かっていった。

 

「八葉一刀流」

 

リィン達は呟き、飛び掛かってきた刺客たちの攻撃を回避し、すれ違い際に一人一人切り捨てる。鋭い一閃、それでいて相手が死なない最低限の斬撃を放って行った。

 

「”伍の型”残月」

 

八葉一刀流

ゼムリア大陸東方の出身”剣仙”ユン・カーファイが興した、東方剣術の集大成とも言うべき流派。 八葉の名の通り八つの型(内一つは非常用の無手の型)で構成され、一つでも型を皆伝すれば剣聖の称号を得られる。実はリィンも内戦の後で一つ皆伝を取得しているのだが、それは後の機会にでも語るとしよう。

 

「い、一撃で……」

「剣士としては、最上級か。すでに将軍級はあるかもしれないな」

 

タツミもブラートも、リィンの圧倒的な強さに驚嘆や称賛の意を送る。そんな中、サヨは何かを感じ取っていた。

 

「……近くに微かな人の気配……もう一つはっきりとした気配があって、それに迫ってる?」

「俺、様子見てくる。アニキ、もうちょっとサヨを頼む!」

 

その後、タツミはサヨに気配のする方角を確認し、そこに駆けていく。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、サヨが何かの気配を感知した場所にて。

 

「さて。あいつらが仲間になるかは別として、自分達が甘いっていう認識を改めさせてやりますか」

 

ナジェンダに内緒で出てきたマインは、パンプキンを手にリィンとタツミのいる方に駆けていく。

しかし、この時彼女に迫る敵がいたことに、まだ気づいていなかった。

 

「しゃぁああ!」

「!?」

 

いきなり刺客の一人が、正面にいきなり姿を現して奇声を上げながら飛び掛かってくる。咄嗟のことに驚くも、マインはすぐに飛び退いて攻撃の回避に成功した。服装から見るに、刺客ではあるが他の異民族たちとは別の所属と思われた。

 

「へへへ。手配書にはないが、ナイトレイドの仲間っぽいな。ナジェンダ将軍の帝具持ってるのが、いい証拠だ」

「ボスの現役時に会ったことがあるようね……けど、さっき姿を消してたあれは、アンタも帝具持ちってことかしら?」

 

マインはさっきまでの現象に驚いてそう推測する。帝具でないと説明がつかない者であるも、事実であった。

 

「帝具なんかよりも、すげぇ道具を手に入れたんだよ。冥土の土産に見せてやる」

「何する気か知らないけど、隙だらけよ!」

 

しかしマインは気にすることなく、パンプキンを発砲する。出力は低いようだが、少なくとも人一人殺せるだけの威力はあるのが見て取れた。

 

「アースガード!」

 

懐から取り出した何かを掲げると同時に地面から岩が浮き上がり、それがパンプキンの攻撃を防いでしまった。

 

「何、今の……」

「からの、ソウルブラー!」

「がぁあ!?」

 

マインがいきなりの事態に驚いていると、刺客はそれから黒い衝撃波を打ち出してマインに攻撃を喰らわせる。

 

「最近、ある伝手で手に入れた道具でな。帝具と違って誰でも使えるんだぜ、すげぇだろ」

「まさか、あいつらの持ってた……」

 

男の持っていたのは、ARCUSと違いエプスタイン財団が単独で開発した戦術導力器《エニグマ》だったのだ。リィン達は素性と目的をナイトレイドの面々に語る際、ゼムリア大陸の話が嘘でないと証明するため、ARCUSでアーツを使って見せたのだった。そのため、マインもすぐに相手の攻撃の正体に気づいた。

 

「アーツの事を知ってるっぽいが、気付くのが遅かったみたいだな。最後に教えてやるが、さっきはホロウスフィアっつうアーツで姿を消してたのさ」

 

気配を隠した種明かしをし、刺客は膝をついていたマインにとどめを刺そうと剣を抜く。そして、マインに飛び掛かって切り殺そうとする。

 

 

 

「おらぁあ!」

「何!?」

 

しかし、タツミが何処からともなく飛びだし、刺客の攻撃を防いだ。しかもその際、一緒にエニグマも蹴り飛ばしてしまった。

 

「あんた……」

「気づいたのは俺じゃなくてサヨだ。礼が言いたいならあいつにだぜ」

「へぇ……俺もバン族の殺し屋で気配消すの得意だったのに、気付いたのがいたか。そこの坊主も、思い切りいいじゃねえの」

 

刺客の男は、素直にタツミとここにいないサヨの実力を称賛していた。

 

「けど、俺もおまんま喰うために金が要るんでな。邪魔するなら一緒に始末してやるぜ」

「ただ食っていくために金が要るなら、殺し屋じゃなくてもいいんじゃないのか?」

「異民族は帝都市民の大半から迫害されているんだぜ。雇ってもらえるはずねえだろ?」

「だったら、帝国の外にでも行きゃあいいじゃねえか。俺も、これからそうするつもりだから、一緒に来ねぇか?」

「生憎、戦いも殺しも癖になっちまってな。今更、他の仕事に就けそうにねぇんだわ」

 

男はタツミの誘いを蹴って、再度剣を構える。そして、タツミもそれを確認して腰に差していた剣を抜いた。

 

「じゃあ、恨みはないが死んでもらうぜ少年!」

 

刺客の男が真っ先に駆けだし、そのままタツミを始末しようとする。しかし、タツミは剣を構えたまま特に動こうとしていなかった。

 

「あんた、何してるのよ!? 早くしないと……」

 

マインが叫ぶも、タツミは微動だにしない。そして、刺客がタツミのすぐ目の前に迫り剣を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁあ!」

 

直後、タツミは瞬間的に踏み抜き、同時に剣を振り下ろす。そして刺客の男がタツミを通り過ぎる。

 

 

「な、なんだと……」

「さっきの残月って技を俺なりにやったけど、上手くいったな」

(レオーネが伸びしろの塊とか言ってたけど、これほどなんて……)

 

タツミが喋り終えると、同時に刺客の男も倒れ伏した。タツミは先程、リィンが使った八葉一刀流の技を模倣して使ったのだ。しかも、初見で力加減の難しそうなカウンター技なのに関わらず、殺さないよう加減もされている。

その圧倒的なセンスに、マインも驚愕していた。

 

「さて……じゃあアニキ、ブラートを呼んでくるから連れて帰ってもらえよ。俺はそのまま置賜させてもらうぜ」

「待ちなさい」

 

タツミが去ろうとすると、マインが呼び止める。

 

「あんた、本気で正道を歩む形でこの国を救えると思ってるの?」

 

先程の話を聞いた限り、帝国を変えるにはナイブから政治的介入をするか革命で外部から一度破壊する、この二つでしか変えられそうにない様に思われた。しかし、タツミは迷わずに答えを出す。

 

「正直、確証は無いな。けど、この道を進もうと、あのままナイトレイドに入ろうと、俺は自分で選んだ道を突き通してやるつもりだ。それじゃあな」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

リィン達がナイトレイドへの刺客たちと交戦したのと同時刻、帝都のとある料亭。

 

「これが、今度の分でさぁ」

「おう、確かに徴収したぜ」

 

隻眼の大男、警備隊長オーガがカエル顔の不気味な男から金貨の詰まった巾着を受け取る。この男が、オーガに普段から賄賂を贈っている油屋ガマルである。顔は心を映す鏡とは言うが、以下にも邪悪という言葉が似合う容姿であった。

この日、オーガは普段通りガマルから賄賂の受け取りと冤罪擦り付けの準備をし、後は事実を知らない人間から信頼を得るために真面目に職務を全うする。これから毎日、少なくとも自分が引退するまでは続くと思っていた。

 

 

 

「オーガと油屋ガマル! 冤罪偽造と賄賂の常習犯として逮捕する!!」

「な、何だ一体!?」

 

いきなり借りている個室に、別地区の担当をしていた警備隊長とその部下達が踏み込んできた。

 

「ガマル、そしてオーガ。隊長職を降りてそのついでに豚箱にぶち込んでやるから覚悟しろ」

「……何のことだ? 今の言い分からして、俺が他人に罪を擦り付けたって、言いてえのか?」

 

しかし、オーガは逃げ切れると踏んだのか、ガマルと違って余裕の表情を浮かべている。だがその隊長がある物を見せて、表情が絶望に染まった。

 

「お前がガマルと、他に何人かから受け取った賄賂の帳簿だ。そして、冤罪を擦り付けるのに目を付けていた市民の住民票一式。すべてお前の直筆だから、言い逃れは出来ないぞ」

「な、何でお前がそれを!?」

 

自分が詰所の金庫に隠していた筈の証拠、それが同業者の手に渡っていることに、驚愕していた。

 

「簡単ですよ。あなたが自分で彼に渡したんですから」

 

そして、その答え合わせをしたのは一人の青年だった。青と白を基調としたジャケットを着た、茶髪の青年。

ロイド・バニングスその人だった。そのバックには、ポニーテールにまとめた銀髪の、同僚兼恋人エリィ・マクダエルの姿もあった。

 

「て、てめぇらは昨日の!?」

 

オーガはロイドに会ったことがあるらしい。そして、オーガの言う昨日のこと。

 

~回想~

 

「あの、警備隊長のオーガさんで間違いありませんか?」

「ああ? 何だ、ガキ?」

 

帝都の巡回中、ロイドに呼び止められたオーガ。そんなロイドの後ろには、エリィとエマの姿があった。

 

「俺のツレが、オーガさんに話があるそうです。本人たち曰く恥ずかしいとのことで、そこの路地で話したいんですが、お時間はいいですか?」

「……俺も仕事があるから、早めにしてくれよ」

 

オーガはいきなり仕事を邪魔されたため、不機嫌そうだった。そんな中で路地に連れてこられたオーガだったが、すぐにそれも収まることとなる。

 

「実は、私達オーガさんのファンなんです」

「それで、これをお渡ししたくて」

 

そう言って、二人が出したのはクッキーの入った袋だった。

 

「甘いものが苦手かもと思ったんですが、これしか贈り物が思いつかなかったもので」

「もしダメだったら部下の方達に渡してもいいので、受け取ってもらえませんか?」

 

エリィとエマに言われ、若干頬を赤らめるオーガ。二人とも背は高めで、尚且つ胸も大きい美人だ。普通の男なら気になって当然だった。

 

「……まあ、こんな美人からの贈り物なんだ。受け取らねえと罰当たるわな」

 

そのままオーガは二人からクッキーを受け取り、エリィが作った物を一枚口に入れる。味もよかったらしく、オーガの不機嫌さは微塵も感じられなかった。

 

 

「あの、もう一つお願いがあります」

「ん、なんだ? 気分がいいから一つくらいなら頼まれてもいいぜ」

 

そんな中、エマから何かを頼まれるオーガ。よほど機嫌がよくなったのか、二つ返事で了承するオーガ。

それを聞いたとたん、エマは眼鏡をはずした。

 

「私の目を見てください」

「目?」

 

そのままオーガは、目測で200セルジュはある巨体だったため、少ししゃがんでエマと目線を合わせた。

しかし直後にエマが目を閉じた。そしていきなりの行動にオーガがキョトンとするも次の瞬間

 

 

 

我が言葉に耳を傾けよ(Audite seimonem meum)

 

直後、エマがそう言って目を開くと、彼女の瞳が蒼から金色に変化していたのだ。その目を見た瞬間、オーガは目を虚ろにしていく。

 

「オーガさん、貴女が悪人から賄賂を受け取ったという証拠、この方に渡してください。そして、それが終わり次第忘れてください」

 

エマがそう言うと同時に、路地の奥から件の別地区の警備隊長が出てきた。彼は以前からオーガの悪事を暴こうとしていたらしく、それを偶然聞いたロイドが協力することとなったのだった。

 

「ああ……わかった」

 

オーガはそのまま虚ろな目で、了承する。そのあっさりとした様子に驚愕しながらも、そのまま

 

「……本当に手に入った。帝具も無しにこんなことが出来るなんて、すごいな」

「私の一族に伝わる、秘伝みたいなものです」

「あと、先日俺が調べたんですがオーガは明日、ガマルから賄賂を受け取るそうです。その時を狙って、現行犯逮捕するのが確実ですね」

「……現行犯逮捕の方が民や部下で、奴の悪行を知らず信頼する者にも有効という訳か。何から何まで、協力感謝する」

「似たような仕事をしてる身として、守るべき市民を陥れる輩が許せないだけですよ」

「……君のような若者が、もっとこの国に居ればよかったのにな」

 

~回想了~

 

「あの後、記憶がねえと思ったら……俺が処刑に陥れたやつに、知り合いでもいたか?」

「いいや。俺じゃなくて、彼女がそうです」

 

ロイドが言った直後、背後から一人の女性が出てきた。それは、以前ロイド達が出会った婚約者の仇がどうこう言っていた女性だ。聞けば、その婚約者はオーガに罪を擦り付けられて処刑されたらしく、逮捕に踏み込めないならナイトレイドに依頼して仇を取ってもらおうと考えていたらしい。そしてその稼ぎ方は、”体を売る”ことだったという。

 

「お前達、オーガとガマルを抑えろ!」

 

隊長に言われるまま、オーガに迫っていく十数人の警備隊員たち。しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんじゃねえ、雑魚どもが!!」

 

オーガは咄嗟に壁に立てかけていた剣を手に取り、それで迫ってきた隊員の半分を切り捨てた。頭頂部から縦に両断、横薙ぎに斬られて上半身と下半身が分離、中には頭だけ、頭を鼻の上からだけ、など様々な形で斬られるが、全員が即死だった。

その圧倒的な強さと無残な死体の数々に、生き残った警備隊員たちは戦慄する。

 

「……後が色々とめんどくせぇが、ここでてめぇらを皆殺しにすりゃ万事解決だ。おめぇと部下どもの腕じゃ、俺には勝てねえだろ」

「それは自覚済みだ……だが、この身を砕こうと貴様を法の下に裁く!」

 

オーガの凄まじい技量と威圧に隊員や女性、ガマルまでもたじろぐ中で隊長は啖呵を切った。やはり隊長だけあって、場数は踏んでいるようだ。それでも腕はオーガに劣るらしいが、メンタルでは少なくとも互角以上と思われる。

 

「何言ってんだおめぇ? 法が悪を裁くんじゃねえ、強者が弱者を裁くんだよバァカ! そして、俺が裁く側の強者ってわけだ!!」

「貴様も帝都の腐敗に飲まれて腐ったわけか……」

 

司法機関の人間とは到底思えないオーガの発言に、隊長は忌々しそうにつぶやく。良識的な人間として、同業者が腐敗政治に染まり切ったことは腹ただしいのだろう。

そんな中、オーガは例の女性に眼をやる。

 

「てめぇ、そんなに俺を貶めたかったみてぇだな。こいつらの始末が終わったら、それがどんな目にあわされるか教えてやる。まずはおめぇの家族を全員、婚約者と同じように冤罪で処刑してやる。で、それが済んでからおめぇ自身を俺の性奴隷にでもしてやるか。タダじゃ殺さねえ、限界まで絶望の淵に立たせてから、生きていくのが惨めに思えるまで悲惨な目に合わせてやる」

 

オーガのその発言は、外道のそれそのものだった。こんな人間が警察機関の関係者、しかも隊長職に就いていること自体、おこがましい事実である。

その発言を聞いて怒りが限界に達しようとしていた警備隊長だったが、彼の前にロイドがいきなり立ちふさがる。

 

「ロイド君、何を……」

「すみません。見てるだけのつもりでしたが、我慢の限界です。それに、あの男の腕じゃその内全滅しそうなので」

 

そう言い、ロイドは腰のホルダーに備えていた武器を手に取る。それは一対のトンファーだった。クロスベル警察で、”防御と制圧”に特化した特殊警棒という触れ込みで実装されている武器である。

ロイドの亡き兄で元警察官”ガイ・バニングス”も同じトンファー使いだったためか、ロイドが一番しっくりくる武器と語っている。

 

「あんたの器はもう知れた。そろそろ大人しくしてもらおうか」

「はっ。帝具使いならともかく、ガキ一人加勢したからってどうにかなるもんじゃねえだろ?」

 

静かな怒りを秘めたロイドだったが、オーガは完全に彼を舐めきっているようだった。しかし、ロイドも相当な修羅場を潜り抜けた猛者であるのは、ゆるぎない事実だ。

 

「オーガさん、アンタ強者が弱者を裁くって、さっき言ってましたよね」

「あ? いきなりどうした、おめぇ??」

「その言葉に賛同するのは不本意ですが」

 

そして、ロイドは間を置いてからオーガに言い放った。

 

 

 

 

 

「だったら、俺がアンタを裁いてもいいってことだよな?」

「てめぇが俺より強いだと!? そんなわけある筈、ねぇだろうが!!?」

 

オーガは激昂し、剣をロイドに向けて振り下ろした。ロイドは咄嗟にトンファーを交差して防ぐが、凄まじい衝撃で足元の床が粉砕された。

 

「……見たまんま、力は凄いみたいだな。だったら、防御より回避の方がいいか……エリィ、みなさんの退避を頼む」

「わかったわ。ロイド、気を付けて」

「ああ。こんな奴、とっとと倒してしまうか」

 

そして今度はロイドがオーガに攻撃する。ロイドのトンファーによる一撃は、鎧越しにも強烈な一撃を叩き込むためオーガも表情を歪めた。

 

「……ロイド君、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ロイドは、あの程度の犯罪者に負けはしませんから」

 

ただ一人その場に残った隊長がエリィに声をかけるが、ロイドへの信頼から

 

「おらぁあ!」

 

オーガは剣を振り下ろすが、ロイドはそれを紙一重で避けて、横腹にトンファーを叩き込む。

 

「はぁあ!」

「ぐっ!?」

 

更にロイドはオーガの顎にも一撃を叩き込む。鋭い一撃で顎を伝って脳を揺らし、脳震盪を起こそうとした。

 

「な、舐めるな!」

 

オーガは耐え抜き、怒りながら剣を横薙ぎに振るうが、ロイドは瞬間的にしゃがんでそれを避け、一気に飛び出す。そしてすれ違い際に背中に攻撃を叩き込む。

そんな中、オーガはあることに気づいた。

 

「て、てめぇ何でさっきから一撃も喰らってねぇんだ!? 俺が、鬼のオーガがおめぇみたいな若造にどうして一撃も喰らわせられないんだ!?」

 

ロイドは、先程から一度もオーガからの攻撃を受けていなかったのだ。

 

「……《螺旋》を極め、《無》を操る者が全ての武術の極みたる『理』に至れる」

「は?」

「あんたの知らない境地がある。俺はそこに片足を踏み込んだとだけ言っておきましょう」

 

ロイドはその言葉と同時に、オーガの顔面に更に鋭い一撃を叩き込む。あまりに強烈な一撃だったため、歯も数本ほど抜けている。そして、ロイドは一気にとどめに入った。

 

「はぁああああああああああ!!」

 

ロイドは怒号を挙げながらオーガに飛び掛かり、ひたすらトンファーで殴打する。軽く数十発は打撃を叩き込んだところで、ロイドはオーガと距離を取る。しかしその直後、ロイドの体を青いオーラのような物が覆い、その様子からオーガも自分にとどめを刺しに来ると判断する。

 

「タイガー……」

「ま、待…」

「チャアアアアアアアアアアアアアアアアジ!!」

 

オーガが命乞いをしようとするも、それが終わる間もなくロイドは飛び掛かる。そしてロイドの纏ったオーラは虎の頭部を形作り、オーガの体を貫く。

 

「あ、がが……」

 

そのままオーガは白目をむき、気絶した。ロイドの完全勝利である。

 

「ふぅ……」

 

軽く息を吐き、ロイドは腰のホルダーにトンファーをしまう。

 

「オーガはもう無力化しました。拘束の方、お願いします」

「あ、ああ。わかった」

 

ロイドの圧倒的な強さを目の当たりにし、隊長も戸惑いつつある。しかし、すぐにロイドの言葉に従って部下達を呼び出し、オーガを連行していった。

その後、隊長はロイドたちと別れて一人考え込む。

 

(彼のような強さと、正道を歩む心意気、話によるとまだ仲間がいるらしい……彼らがいれば、帝国も変わるかもしれない)

 

一人、ロイドたちに期待を募らせていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「それじゃあ、私が責任もって彼らを送るから君達は任務に励みたまえ」

「ええ。けど、サヨちゃんはまだ病み上がりなので、手を出さないように」

 

リィンがライダースーツを着た、女性ながら男らしい容姿の人物に念を押す。彼女はエレボニア帝国の四大名門という貴族の息女、アンゼリカ・ログナーだ。本人が自由人な気質の為か、内戦時の様にカレイジャスの操舵士として同行していた。

 

「リィンさん、色々ありがとうございました」

「なるべく早く遊撃士になって手伝わせてもらいます」

「ああ。二人とも、頑張れよ」

 

タツミとサヨへの別れの挨拶を終え、カレイジャスは発進する。そして、リィン達は帝国調査に改めて乗り出すこととなった。




一度、タツミとサヨは原作のストーリーからフェードアウトします。不定期でタツミのゼムリア大陸紀行をやる予定なので、お楽しみいただけたら幸いです。


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第7話 自覚無き悪意・歪み切った世界

帝国の歪みを目の当たりにする話となります。ザンク戦はこの次となっております。


「さて。帝都の現状は気になるけど、辺境の村やその他の町の現状も気になるな」

 

タツミたちと別れてすぐ、リィン達は話し合った。帝都は先日までに見てきたとおり、生き地獄のような世界だった。

他者への暴虐に快楽を見出した異常性癖者、それを金に眼が眩んで容認する警察機関、私腹を肥やすべくそんな環境を維持し続ける大臣、そんな彼らに憎悪を向ける革命軍を始めとした帝国各地の人間。エレボニア帝国の身分による問題、カルバード共和国の移民問題、それら二大国の緩衝材となっているリベール王国といったゼムリア大陸の諸国。それらの抱える問題が比ではない。いくら独裁者で政治的手腕に優れていると言っても、外部から武力で倒されてしまっては元も子もなかったが、帝具という圧倒的アドバンテージからそれも難しい上に、帝国には最強の帝具使いと言われる、二大将軍が存在しているらしい。内一人は北方異民族を制圧しに遠征に向かっているらしいが、リィン達は真に最強と言われる人外級の強さの人間に会ってきたため、その将軍も匹敵する力を秘めていた場合を見越していた。もしそうだったら、帰還するのも時間の問題になってしまうので、武力での制圧はより難しくなるだろう。これが現在の、帝都の現状であった。

しかしその一方で、タツミをはじめとした帝国に属する町や村の状況は話でしか聞いたことが無かった。辺境で大した特産品のないタツミの故郷は、重税による貧困で喘いでいるというが、たった一つの村について聞いただけでは、詳しい現状はわからなかった。

そういうわけで、リィン達はチームに分かれて帝都と村落の調査に乗り出すこととなった。

 

そして帝都から数十アージュ離れた地点にて。

 

「アリサ、あとどの位なんだ?」

「地図によれば、もうすぐの筈なんだけど……あ、見えてきたわ」

 

大地が夕焼けに染まる中、リィンはバイクで帝都から離れた村の調査に乗り出す。サイドカーに乗せたアリサが地図で確認を取っていると、村の門が視界に入ってきた。

しかし、いざ近づいてみると様子がおかしかった。

 

「ねえ。村から煙が上がってない?」

「ああ。それにやたらとざわついた声が聞こえる」

 

尋常じゃない何かが村で起こっていると考え、リィン達はスピードを上げて村へと入り込む。

 

 

 

「な、何これ……」

「盗賊……にしては武装がしっかりしてるな」

 

村の中では虐殺が行われていたのだ。プレートメイルや機関銃で武装した集団が、逃げ惑う村民に攻撃を繰り返していたのだ。それも、無抵抗な老人や子供だけを狙う、故意に頭や心臓を狙わず即死しない攻撃だけを行う、という悪辣極まりない行為であった。

 

「八葉一刀流」

 

リィンは即座にバイクから降り、構えを取って武装集団に視線を集中する。そして、集団が赤ん坊を抱いて逃げる女性に照準を合わせると同時に、リィンが動き出す。

 

「”弐ノ型”疾風!」

 

リィンは凄まじいスピードで集団に接近し、すれ違い際に一人に一発ずつ、斬撃を放つ。風の剣聖の異名を持つ元遊撃士、アリオス・マクレインが皆伝した弐ノ型は、その特性から制圧戦に特化している。集団は武器を破壊され、その余波で腕や胸を斬られて戦闘不能に陥る。リィンはそれを確認すると同時に、追われていた女性に駆け寄った。そしてそれに合わせてアリサも女性に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

「あ、ありがとうございます」

「今から安全な場所に向かいます。その後で他の人の救出を行いますから、他の家族のことも心配しないでください」

「な、何から何まですみ……」

 

しかし、女性はお礼を言い切れなかった。女性は背中から剣を貫かれ、そのまま切り上げられて死んだのだ。抱いていた赤ん坊もそのまま両断されてしまう。

突然の事態に、飛び散った血飛や脳漿を浴びながらもリィン達は茫然としている。

 

「君ぃ、折角の僕の楽しみを邪魔しないでくれるかな?」

 

女性を殺したのは、リィンと同い年と思われる男だった。高そうなアクセサリや刺繍入りの豪華なマントで着飾っている辺り、貴族のようだ。

 

「アンタが、集団のリーダーか? その身なりなら村なんか潰さなくても食うに困らないんじゃないか?」

「はぁ? 僕は盗賊の真似事をしたいんじゃないよ。僕は狩りをしてるんだからさ」

「狩り?」

 

男の言い分がわからず、リィン達は困惑する。しかし、男はわざわざその意味を説明した。

 

「僕は見た通り貴族なんだけど、四男なんて微妙な地位で家督も継げなくて、味噌っかす扱いなんだよ。だから、こうやって愚民共で狩りをして憂さ晴らしをしているのさ」

 

憂さ晴らし目的で罪もない一般人を虐殺する、アリアの時同様異常性癖の持ち主のようだ。

 

「……彼らはあんたや他の貴族の為に税金を納め、喰わせるための作物を育てているんじゃないのか?」

「僕には貴族というレッテルがあるし、優秀な部下もいる。その気にさえなれば、辺境から税金も作物も徴収できるし、危険種の狩りに行かせれば肉も食べれる。こんな切っても生えてくる雑草みたいな愚民共、いてもいなくても問題ないのさ」

 

リィンも情が通じないと思い実益的な話を持ち込むが、それすらも権力でねじ伏せると公言する。若者は、自分が世界の中心になっていると思っているようだ。いや、ナイトレイドの標的となりえる人間は九分九厘そういう者だという方が正しいだろう。

 

「で、君は僕に時間を無駄遣いさせた。だから、君を狩りの対象として最優先でやらせてもらうよ」

 

告げると同時に男は指を鳴らし、動ける部下達を全員こちらに近づける。

 

「この男を最優先で殺せ。僕と競争して、最初に仕留めた者には褒美をやろう」

『は!』

 

その言葉と同時に武装集団は、リィンに向けて銃を構える。この部下の連中も、目の前の貴族の若者からお零れを貰おうとすることしか考えていない人間が大半だろう。

 

「秘技……」

 

リィンは刀を構え、武装集団が攻撃するより前に動き出した。

 

「裏疾風!!」

 

直後、リィンは先程と同様に疾風を放ったかと思うと、若者を含めた十数人を切り捨てると同時に横薙ぎに衝撃波を放ち、全員に大ダメージを与えた。

 

「貴様ら、坊ちゃまと仲間達を!!」

 

攻撃が届かなかった者達がリィンに銃口を向けるが、それも不発に終わることとなる。

 

「アルテアカノン!!」

 

アリサはいつの間にかARCUSを駆動しており、アーツで集団を制圧していった。発動したのは上空に出現した魔方陣から、空属性のエネルギーを放出して地上の敵を一掃する、最上級の空属性アーツだ。

 

「き、貴様ら…こ、こんなことをして、いいのか?」

 

集団が倒れ伏しているなか、親玉である若者が声をかけてくる。

 

「僕は家督を継げないとはいえ、権力はあるんだ。その気になったら、お前らに刺客を向けることも出来るんだぞ」

「……俺はナイトレイドやお前らみたいになる気は無い。だから殺さないし、これ以上何もしない」

「殺さないのか? さっき言ったみたいに、刺客も送ってくるんだぞ。ひょっとしたら、帝具使いかも知れないんだぞ? そこのツレも、手籠めにされたりするかもだぞ?」

 

男は命に未練が無いのか、リィンを追い詰めることに躍起になっているようだ。しかし、リィンは返事も返さずにそのまま去っていく。

そして、村長と思われる老人に声をかけた。

 

「……いろいろ言いたいことはあるかもしれませんが、彼らはこのまま放置して村から離れましょう」

「いや。ここで恨みのままにこの男を殺しても、また違う誰かが同じことをするだけでしょう。このわずかな村民だけでも助けてもらって、ありがとうございます」

「じゃあ、この村から離れますから、みなさん移動をお願いします。それと、理解していただけてありがとうございます」

 

生き残った村民たちは恨みの籠った眼で貴族の若者とその部下達、その彼らを活かしたままのリィン達を睨む。そんな中、村長は恨みを押し殺してリィン達に礼を言い、村長の言葉に思うことがあったのか、恨みを持ちつつも誰もリィン達を非難しなかった。

アリサも村長や村民たちに礼を言い、彼らを先導する。

その後、元の村からいくらか離れた場所にある、村長同士で交流のある村に一晩かけて移動し、そのまま受け入れられるのだった。

 

「今回も収穫はゼロか」

「帝都の外の人は帝具自体を知らないこともあるみたいだし、無理もないかもね」

 

朝日が昇る中、バイクで帝都に戻るリィン達は落胆していた。あの後、両村の村長から例の犯罪者の手がかりを得ようと聞き込みをしたが、噂すら聞いたことが無いらしい。

 

「リィン……ここ、酷い国ね」

「ああ。私欲と恨みに汚れた、真っ黒な世界がこの国に出来上がってしまったんだな」

 

昨晩の蛮行を思い出し、再び暗い気持ちになってしまう二人。帝都の外にまで及ぶ暴虐に、やるせない気持ちになってしまうのだった。

自分達がどれだけ深い闇に挑もうとしているのかを、否が応でも自覚させられてしまう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「娘さんが行方無名?」

「はい。もう消えてから三日が経ちまして……」

 

リィン達が村の調査に向かったのと同じころ、エステルとヨシュアはスラムで落胆している男性を見つけて声をかけたところ、実の娘が行方不明になっていたという話を聞いた。

曰く、まだ16歳ながらに貴族もうらやむような美貌の持ち主で、それを活かして娼婦として働いていたらしい。エステルはお金のために体を売るという発想につい怒りがこみ上げるが、本人が特に恋愛に興味が無い、そうでもしないと毎日の生活が苦しいということで、取りあえず納得しておく。

 

「私や妻、まだ幼い弟の為に体を張ってくれて、それでいて日付が変わるまでには帰ってくるんです。そんな子が三日もいないままなんて、やっぱり何かされているかもしれないんです」

 

スラムとはいえ、帝都に住むから最悪のパターンも想像してしまっているようだ。顔色が次第に悪くなっていく。

 

「お二人の仕事は何でも屋のような物、でいいんですよね」

「えっと、厳密には違うけど……まあ人助けが仕事だからそんなところですかね?」

「だったら、お願いします!」

 

エステルから遊撃士の業務内容を聞き、その確認を取ると同時にいきなり土下座を始める。

 

「娘の行方を捜して、もし生きているなら連れて帰ってください! 最悪の事態も想像していますが、そうなっててもちゃんと葬ってやりたいんです!!」

 

やはりどんなご時世でも、親が子を心配するのは世の常なのだろう。最悪のパターンを想像しつつも、娘を連れて帰って欲しいという想いが強いことが見て取れた。

 

「勿論、少なくて申し訳ないですが、お礼もします。だから、お願いします」

 

そう言って男性は、十枚とわずかな数だが金貨を差し出してきた。男も僅かな生活資金を削り、娘を助けるために何とかしようと考えていたようだ。

 

「……ここまでされちゃ、手を貸さないわけにいかないね」

「よね。安心してください、おじさん」

 

ヨシュアと顔を合わせて、二人は結論を出す。そして、男性の差し出した金貨を手に取った。

 

「遊撃士協会規定の下、民間人を守るためにこの依頼を受けさせてもらうわ」

「!……ありがとうございます!!」

 

そういうわけで、エステル達は緊急依頼を受けることとなった。彼の生活を考えると受け取らない方がいいかもしれないが、そうしても彼の気持ちを折ってしまうかもしれなかった。また、遊撃士としての折り合いをつける為にも、報酬は受け取るべきという考えもあったためだ。

 

 

そして夜

「恐らく、彼女はここで連れ去られたのね」

「エステル、囮なんかやらせてごめん」

「いいってことよ。もし拙いことになっても、ヨシュアが助けてくれるでしょ?」

「ま、まあ……そうなんだけど……」

 

エステルはその後、例の娘が勤めている娼婦館やその常連客から聞き込みを行った。そして最後に目撃された時間や場所から、連れ去られた場所の目星をつけた。そしてエステルが囮となり、犯人をおびき寄せようという作戦だった。

 

「ヨシュア、アタシが連れていかれたらそいつらの後を追ってね」

「言わずもがなさ」

 

最後に言葉を交わした後、ヨシュアは気配を消してエステルを見守る。そしてエステルは、自ら人気のない場所に乗り込んで犯人をおびき寄せる。

 

「おらぁあ!」

「うぐ!?」

「へへ、こいつは上等な女だぜ。クライアントも満足するだろうな」

(……早速当たりみたいね)

 

もう犯人が現れたようで、エステルはそれらしい黒服の男に押さえられ、そのまま馬車に乗せられて連れていかれた。

 

 

約30分後

「旦那、いい娘を連れてきましたぜ」

「待ちわびたぞ」

 

エステルが連れてこられたのは、貴族の屋敷と思しき場所で、犯人もまた異常性癖の貴族と思われた。

そして部屋の中にいたのは目つきが鋭い初老の男で、部屋のいたるところに全裸の美しい女性が様々なポーズで立っている。いずれも直立不動であるため人形と思われたが、その割には皮膚の質感が人間のソレだった。

 

「ほほぅ。胸はそれほどでもないが、髪も肌も目の色も綺麗じゃな。新しいコレクションにピッタリじゃわい」

 

男の言葉を無視してエステルは辺りを見回すと、少女人形の中に探していた娘の人相書きとそっくりの物があった。どうやら、最悪の事態はすでに起こっていたようだ。

 

「読めたわ。あなた、女の子連れて行って剥製にしてるんでしょ?」

「ほぉ、よくわかったな。人間、いずれは老いによって美しさを失っていくのは世の常。儂はそれを若いころから嘆いておってのぉ。それを回避するために思いついた、最善策というわけじゃ」

 

エステルも、流石にこれは度し難かったため、次第に憤怒で表情が染まっていく。

 

 

「あなた、本気で言ってるの? それじゃあ、この人達はもう死んで何も感じられないのよ。貴方がそれを全部奪って行ったのよ!」

「美しさを失うのは、女にとって最大の恐怖。儂の妻もそれを嘆いて老い始めた時に自害してしまったのが、何よりの証拠じゃ」

「全員がそういう訳じゃないわよ! 人間、頭の中が全く同じ人なんていないのよ!!」

「じゃが、部分的にも共通している考えの者もおるじゃろう。そういう訳なら、儂は正しいのじゃ」

 

ああ言えばこう言う。男の心には、エステルの言葉が響くことは一生ないだろう。

 

「さあ、この娘も毒ガス室に連れて行け。肌に掠り傷でもつけたら、むち打ちじゃぞ」

「わかってますよ。俺だって完成品をまじかで見たいからな」

 

そのままエステルが連れていかれようとしたその時

 

「警備隊だ! お前らを逮捕する!!」

「エステル、助けに来たよ!!」

 

ヨシュアが、ロイドと供にオーガ逮捕に乗り出した警備隊長とその部下を連れて屋敷に乗り込んできた。

 

「ナイスタイミング!」

「な!? まさか、この女わざと」

 

よほど自分達に自信があったのか、囮捜査という発想自体が浮かばなかったらしい。男達は警備隊が乗り込んできたことに、酷く狼狽えている。

 

「人捜しに来たんだけど、どうやらもう手遅れだったみたいね。三日前に誰か攫って、剥製にしたんでしょ」

「あ、ああ。今日完成したばかりで、ここ数年で最高の出来だったんじゃが……」

 

追い詰められた状況にもかかわらず、男は己の性癖の話をしている。そして、この一言でついにエステルがブチギレた。

 

「はぁあ!」

「ぶべらっ!?」

 

エステルはヨシュアに預けていた棒を受け取り、男の顔面に思いっきり叩き付ける。そのまま吹っ飛んだ男は壁に叩き付けられ、気絶した。

 

「………警備隊のみなさん、こいつらの連衡をお願いします」

「あと、身元の分かる範囲だけでもいいんで、この剥製にされた遺体を遺族に返してあげてください」

「あ、ああ。善処しよう」

「あと、この子はアタシ達が依頼を受けた人の娘らしいんで、アタシ達の手で返させてください」

 

そして、男と依頼された集団は警備隊に連行され、剥製にされた少女達は遺族に返還された。

 

翌朝、エステル達は依頼人の下を再び訪れ、遺体を返した。

 

「どうやら、攫われたその日の内に殺されたらしくて……力が及ばなくて、ごめんなさい」

「いや……実際に目の当たりにすると流石にきついけど、予感はしてたから大丈夫です」

 

ヨシュアの謝罪に対し、男性はそう返した。もしも予想せずにこの状況を目の当たりにしていたら、ショックはもっと大きかった筈なので、これでもまだマシな方だった。

 

「それに、犯人は娘の体に傷一つつけていないようで……歪んでいながらも娘の美しさに気を使ってくれただけ充分です」

 

悲しみの色を残しつつも、無理に笑顔を浮かべる。実際、痛ましい姿で戻ってこなかっただけまともな方だった。

そんな中、エステルはヨシュアと顔を合わせ、直後に男性にあることを告げた。

 

「それで、ヨシュアと二人で考えたんですけど、依頼料の半分を返そうと思ったんです」

「へ?」

「もともと非公式の依頼なので問題ないですし、娘さんの葬儀代にでも当てていただけたらと……」

「……お言葉に甘えさせていただきます」

 

そして依頼料の半分を返し、エステル達は去っていった。同じころ、リィン達が抱いたものとやるせない気持ちで。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なるほど。わかりました」

 

リィンとエステルがそれぞれの事件を解決した朝、ロイド達はジョヨウという小さな村を訪れていた。治安の良さが評判とされている村だが、帝都よりかなり離れた位置にあるため、車で一日かかってようやく到着していた。

 

「ロイド、どうだった?」

「犯人の一人らしい人物の様相はわかった。けど、その後の行方なんかはわからないままだ」

「!? それがわかっただけでも、一歩前進じゃないですか!」

 

エリィと運転役として同行していたノエルに告げて、ロイドはその情報について話す。

 

「子供専門の強姦殺人者が、昔にここで事件を起こしたらしいんだが、そいつは以降行方知れずみたいだ」

 

そして判明した情報。

犯人は男で、ピエロの格好をした大男だったらしい。犯行内容は、ジョヨウの学校で教師が村を空けている間に生徒を虐殺したらしい。そして村の警備をしていた者も、帝具と思しき球を武器に惨殺した模様だった。しかも、骨も残らず灰になったり、一瞬で体が腐敗したりと、クロスベルで起こった事件と同じ惨状だった。

 

「完全に黒ですね。だったら、もっと情報があってもおかしくはないんですが……」

「それが、情報が入らない理由が度し難い理由でな」

 

ノエルの問いに答える形で、ロイドの口から衝撃の事実が語られる。

 

「ここを統治する領主が、ジョヨウの治安がいいという評判を落とさないために事件を隠蔽して、そのまま調査を放棄してしまったかららしいんだ」

「え!?」

「確かに、評判が落ちたら他の犯罪者が手を伸ばしかねないけど、流石にね」

 

それでも場凌ぎにしかならないため、根本的な解決にはならない。人道的にも、合理的にもこれはアウトであった。

 

「あと、最近になって分かったらしいが、犯人の名前はチャンプというらしい」

「名前がわかっただけでも、まあ収穫ね」

「これを基に、何とか見つけて逮捕しないといけませんね」

 

その後、ロイド達は話し合いに使っていた宿屋で昼食を取ってから、村を後にすることを決めた。帝都からジョヨウまで車で丸一日かかったため、早い内から出発したほうがいいだろう。

 

「貴方達、例の事件について聞いて回っているけど、帝都の軍人さんか何かかしら?」

「いえ、それが……」

 

店員の女性に尋ねられ、ロイドは正直に素性や目的を告げた。

 

「あのピエロに貴方の国も襲われたのね。帝都の人間は正直なところ頼れないから、貴方達に勝手に期待させてもらうわね」

「ありがとうございます」

「で、物は相談なんだけど……」

 

そして女性は、ある話を切り出した。

 

「例の教師の方、ですか?」

「はい。その、ラン先生がやっぱり一番堪えていたみたいでね」

 

女性が切り出した話は、例の教え子を皆殺しにされた教師、ランという青年のその後だった。彼はその後、チャンプへの復讐と事件を闇に葬った帝国を内側から変える、という二つの目的のために村を去って行ってしまったらしい。

 

「難しいかもしれないけど、ラン先生が手を汚す前に止めて欲しいの。一教師が内政官になるなんて、何かしらの手柄が必要だし、一番手っ取り早いのが武勲だから、軍人になってる可能性もあるから」

「……わかりました。絶対にという約束が残念ながらできませんが、善処させていただきます」

 

そして食事を終えた後、ロイド達は車で帝都へと戻っていった。



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第8話 首斬り魔VS西風の妖精

今回はVSザンクですが、誰が戦うかはタイトルで察してください。


「よし。とりあえず、イヲカルの暗殺は成功したな」

 

とある屋敷にて、ナイトレイドのマインに狙撃されて殺された男がいた。彼の名はイヲカルと言い、オネスト大臣の遠縁という立場を活かして堂々と女性を手籠めにしたり、暴行の末に殺害したりする人物だ。東方には「強い物の威光を借りて威張る」という意味がある諺「虎の威を借る狐」があるが、名は体を指すと言わんばかりの男であった。

そんなイヲカルの暗殺に成功したのを確認し、レオーネが宣言する。

 

「二人とも、騒ぎを聞きつけた護衛達も迎撃に成功しました」

「大臣と血縁とはいえ、やっぱ遠縁は遠縁だったな。そんなに重要じゃないのか、護衛の質も評判の割に微妙だったぜ」

 

マイン達のところに近づいてきたのは、シェーレとブラートだった。案の定、イヲカルの護衛達がナイトレイドの仕業だと嗅ぎつけ、迎撃に向かったらしい。彼らは帝国で普及している皇拳寺という武術の経験者で、リーダーが師範代クラスの実力者だという。しかし、ボスのナジェンダを除く全員が帝具持ちのナイトレイドが相手では、対して苦戦することも無く葬られるのであった。

 

「さて。それじゃあ帰るか、マイン」

「………」

 

レオーネが安全の確保を終え、マインに声をかける。しかし、マインは何故か心ここにあらずな状態だった。

 

「おい、マイン!」

「!? そうね、早く帰りましょうか!」

「ここの所、様子がおかしいですけど、何かあったんですか?」

「ああ。リィン達が帰ったときに無断で刺客の迎撃に行ってから、こんな感じだぜ。ボスに絞られたのが、まだ堪えてるのか?」

 

シェーレやブラートに心配されて言われるマイン。あの時、アカメとブラートにだけリィン達の監視として出撃命令が出された中、マインはリィンが認識が甘いというのを痛感させようと、もしもに備えてという名目で無断出撃をしてしまう。その結果、何故か戦術導力器を持っていたバン族という異民族の生き残りに襲われ、逆にピンチになったところをタツミに救われた。

その後にナジェンダに無断出撃したことで叱られたのだが、マインはそれ以上のことが気になっていた。

 

『この道を進もうと、あのままナイトレイドに入ろうと、俺は自分で選んだ道を突き通してやるつもりさ』

 

別れ際にタツミが言ったこの言葉が、ずっとマインの胸に引っかかっていた。マインは、革命軍と同盟を組んでいる西の異民族の血を引くハーフで、その所為で幼少期に迫害を受けていた。故に、マインは勝ち組であることにとことんこだわっていた。そんな中で、タツミの取った選択はマインの理想からかけ離れているにも拘らず、それでいて迷わず突き進んでいた。それに何か惹かれるものを感じ取っていたのだが、マインは自身が惹かれていることに気づいてはいなかった。

 

「ああ、もう! それもこれも、あいつらの所為よ!! 今に見てなさい、自分達が甘いって思い知らせてやるんだから……!!」

 

マインは一人で勝手に憤慨し、そのままアジトへ帰還していくのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その更に二日後

 

「サリア、付き添いありがとう」

「いいのよ。生かしてくれた上に仕事まで手に入ったんだから、これくらい」

 

夜の帝都をフィーと二人で歩くのは、ヨシュアに撃破された異民族の刺客の少女だった。あの後、異民族の約半分は私利私欲で動く外道だったので、適当な森に放置して去っていった。しかし、このサリアを含めたもう半分は本当に故郷へ稼ぎを送るためだということが判明。ミリアムとアルティナの働きもあって裏も取れているため、リィン達のサポートとして雇われていたのだった。主な仕事は、危険種の生態や分布を聞き出して新たな戦闘手帳を作成する、帝都の裏事情やそれに関する現場に案内してもらう、などがあった。

サリアは年が近い事もあってフィーとは気が合うらしく、何かと行動を共にしていた。この日はフィーが貧乏に負けた親が子を売る市場があるという噂を聞き、同じく雇われたサリアの父とその調査をした結果、黒だった。ちなみに、その父はジンと呑みに行っている。

 

「明日、例の警備隊長さんに伝えて検挙しないと」

「確か、フィーって孤児なんだよね。もう物心ついた頃にはそうだって聞いたけど」

「うん。だから余計に、家族が大事だって感じてるとこがある」

 

フィーはかつて、大陸最強の二大猟兵団の一角”西風の旅団”に所属していた。そもそも、フィーは物心がついた頃には親がおらず、どこかの国の紛争地帯にいたという。捨てられたのか先立たれたのかは不明だが、とにかく一人だった。そんな中、”猟兵王”の異名を持つ西風の団長ルトガーにフィーは養子として引き取られた。団のメンバー達に家族として迎えられたフィーは、主に家事などを担当していたが共に戦いたいという想いをメンバー達が尊重し、ルトガーも最後まで渋っていたがどうにか戦闘員として迎えられたという。その結果、10歳で戦闘を経験し、圧倒的な強さを身に着けて現在に至る。

 

「……本当に、大切な家族なんだね」

「団のみんなも、目的があって離れて行動しているけど、今もわたしを気にかけてくれてるみたい」

 

幼い頃から過酷な環境に居ながらもフィーが歪まなかったのは、拾われた相手が良かったのが大きい。それほどに、旅団のメンバーはフィーにとって大きな存在だった。

 

「あのままヨシュアさんと戦わずにナイトレイドとやりあったら、私も死んでただろうし……故郷の母さんも悲しんだだろうな」

「よかったね。お父さん共々、生き残れて」

「だね。どれだけ貧乏でも、家族は大切だっていうのを思い知らされたよ。だからこそ……」

「うん。そんな現場、潰さなきゃ」

 

会話を終えたと同時に、フィーとサリアは互いの拳を打ち付け合う。ラウラに並ぶ最大の親友になりえる存在だった。

そんな中……

 

 

「街中に殺気……それもかなり濃い」

「そう言えば、帝具持ちの辻斬りがいるって噂を聞いたことが……急ごう!」

「りょーかい」

 

尋常じゃないものを感じ取った二人は、脱兎のごとく駆け出す。そして、殺気の主を発見した。

 

「フィー、あれ!」

「拙い……」

 

そこには、180リジュはあろう長身の男が右手の甲に括りつけた剣を、怯えている女性に向けていたのだ。そして、その剣を女性に向けて振るい……

 

 

 

 

「!?」

「させないよ」

 

剣が女性の首に迫るより早く、フィーが割って入って女性の命を救った。

 

「サリア。この人を、早く安全な場所に」

「任せて。ついでに援軍を連れてくるから」

 

そのままフィーはサリアに女性の保護を任せ、女性を抱きかかえて疾走する彼女に背を向け男と対峙した。

 

「おやおや。俺の楽しみを邪魔してくれちゃって、代わりに首を斬られる覚悟でも出来てるのかな?」

 

男の様相は異様だった。長身でガタイがいいのはまだよかったが、額に眼球を模したアクセサリのような物を付け、目をこわばらせながら常に口角を挙げて笑みを浮かべる、傍から見ても異常者にしか見えない人相だったのである。

 

「おじさん、どうでもいいけど気持ち悪いね。さっき帝具使いの辻斬りがいるって聞いたけど、その額のやつがそうだったりする?」

「気持ち悪いとはショックだね。それと、コイツが帝具なのは正解だが、帝具使いとか辻斬りなんかより、こう呼んでほしいかな」

 

フィーと言葉を交わした直後、男は腕を交差する。すると、左腕の袖からも剣が生えてきた。これが真の戦闘スタイルのようである。

 

「愛着込めて、首切りザンクってね」

 

通り名からして物騒極まりない。そんなザンクは変わらずに笑みを浮かべており、フィーの警戒レベルを上げる。

 

「おじさんには何の恨みもないけど、仕事で帝具を集めるか壊すかしなきゃだから、観念してね」

「おやおや、あえて呼ばないスタイルでいくのか。しかも帝具狙いとは、愉快愉快! お嬢ちゃんはナイトレイドか帝都の軍人なのかな?」

 

フィーの言葉になぜか楽し気に声を上げるザンク。重ねて言うが、その異様さにフィーは警戒を強める。

 

「残念ながら、どっちでもないよ。他所の国からきて、帝具が危ないから壊そうって仲間たちと考えただけ」

「ほほう、帝国の人間ですらないか。さっき異民族と仲良くしてたが、そういうことなら納得だ。楽しませてくれたお礼に、干し首コレクション分けてやろうか?」

「人のか動物のかは知らないけど、遠慮しとく」

 

ザンクとの問答を終えた直後、フィーはポシェットから何かを取り出し、投げた。そして一瞬でそれは爆発、強い光を発してあたりを埋め尽くしたのだ。

そしてフィーはその光に紛れてザンクに突撃していく。早くに勝負を決めるつもりのようだ。そして切り掛かったその時

 

「え?」

「閃光弾で目くらまししてから奇襲、けど目を瞑ったらその時点でおしまいの策だな」

 

何とザンクは今の攻撃を読んでおり、フィーの攻撃をそのまま防いでしまったのだ。

フィーはとっさに距離をとり、今度は銃弾をお見舞いする。

 

「距離を取って銃撃による牽制か。短剣と銃が合わさった武器とは、面白いものを使うな。愉快愉快」

 

またもフィーの考えを言い当て、どこに弾が飛んでくるのかがわかるように、全弾を叩き落としてしまった。

 

「……あなたの帝具、人の考えを読む道具なのかな?」

「厳密に言えば能力のうちひとつだが、概ね正解だ。"五視万能"スペクテッドの効果のひとつ、洞視でお嬢ちゃんの頭を覗かせてもらったぜ」

 

フィーの推測は当たったが、まだ他にも能力が隠されているという。だが、この洞視だけでも白兵戦で圧倒的アドバンテージを叩き出せるのは目に見えていた。厄介極まりない。

 

「ついでに二つ目の能力、透視で隠し武器の有無も調べられる。……爆薬の類がポシェットに入ってるようだし、閃光弾もまだあるのか」

「透視……その様子じゃえっちぃ事には興味なさそうだね」

 

ザンクは更に能力を明かしてフィーを追い詰めようとする。しかしフィーは軽口を叩くだけの余裕があった。

 

「他にも、遠視で普通の視力じゃ見えない距離の物が把握できて、無心になろうと筋肉の動きの機微で行動を予測する未来視もある。最後の一つはとっておきだから、残念ながら伏せさせてもらうぜ」

 

余裕があるのか、ザンクは切り札以外のスペクテッドの能力を明かす。しかしそのいずれもが、直接的な攻撃力は無いが所有者に圧倒的な強さを与える物だった。帝具のすさまじさを、フィーは身をもって感じ取っていた。

 

「未来視って、別に予知をするわけでもないのにその呼び方はどうなのかな?」

「作られたのが千年も前だから、その辺りが曖昧になってたんじゃないか? 今の状況でそんなことを言える余裕、本当に愉快だなお嬢ちゃん!」

 

状況は圧倒的に降り、それは揺るぎない事実のはずだった。しかし、フィーには余裕があった。

 

「別に動きを読まれるってわかるんなら、対策法はいくらでもあるからね。例えば……」

 

そう言ってフィーは脚に踏ん張りを入れ、ザンクに視線を集中する。そしてフィーは一瞬でザンクの懐に飛び込み、双銃剣での刺突を放った。

 

「な!?」

「読まれても付いて行けない速さで動くとか」

 

間一髪でそれを防ぐザンクだったが、フィーはすぐさま袈裟切りを放ってきて、ザンクも回避するが顔にかすり傷を負った。その後もフィーは刺突、袈裟切り、発砲といった攻撃を織り交ぜ、圧倒的スピードの連続攻撃を行った。

洞視で頭の中を読んで行動を予測しようと、それによる攻撃がザンク自身の身体能力や反射神経、動体視力が付いて行けないスピードでは、意味をなさなかったのだ。

 

「おお! 速すぎて動きを読んでも追いつけない。お嬢ちゃんの歳でそんな動きができるなんて、驚きだな!!」

「うん。これでも昔は猟兵団、超一流の傭兵部隊の一員で、10歳から戦場にいたからね」

 

ザンクは防御が精一杯のはずなのに、お喋りをするだけの余裕が見える。フィーも気にはなったが、隙を見せたらこちらの命が危ないため、攻撃の手を止めはしなかった。しかし、次のザンクの一言でついにその動きが止まることとなる。

 

「そんな子供時代から戦ってたのか……お嬢ちゃん、君は声に対してどう対処してるんだ?」

「声?」

 

ザンクがいきなり発したその言葉に、ついフィーは攻撃の手を止めてしまい、反射的に距離を取った。しかしザンクはその隙を狙おうとはせず、言葉の意味を律儀に説明し始める。

 

「俺は元々、首刈り役人をしてたんだが大臣が民に無実の罪を着せたせいで、仕事が多くなっちまったのよ。で、そのせいで首を切り落とすのが癖になっちまって、俺は首切りザンクになったのさ。スペクテッドはその時、当時の獄長を殺して奪ったものだ」

 

ザンクが辻斬りになった経緯はわかったが、本題はここからだった。

 

「けどあんまり首を斬りすぎたせいで、その連中が地獄から早く来いって呼んでくるようになっちまった。俺がおしゃべりなのは、それを誤魔化すためさ」

 

ザンクが殺人鬼になった原因、これを見るに彼も今の腐敗政治の被害者と言える。不気味な笑みも、壊れてしまった人間の象徴であり、今の発言を見るに彼はそれを自ら認めているということだった。

 

「お嬢ちゃんはどう誤魔化すんだ? 10歳から戦ってるなら、結構な数を殺しているんじゃ無いかな?」

 

ザンクから告げられたその言葉を聞いたフィーだったが……

 

「残念だけど、そんな声聞いたこと無いよ」

 

そしてそのまま続ける。

 

「私は直接相手の息の根を止めたことが、実は数えるだけしかないの。団のみんなが過保護で、わたしの手をなるべく汚したくなかったんだって」

 

それは、家族の愛ゆえの物。

 

「それに、戦ってたのは同じ猟兵や正規の軍人、とにかく戦いを生業にしてるような人ばかりだった。だからあなたが斬ったみたいな無抵抗な人じゃなくって、お互い死んでも恨みっこなしだったからね」

 

そして望んでその場にいた。フィーはゆえに過酷な猟兵の世界で生きてこれた。

 

「……そうか。折角の共感者に会えたと思ったら、そんなことなかったぜ」

 

落胆したような発言をするザンクだったが、表情は変わらず笑みを浮かべていた。

 

「それじゃあ、とっておきでも使わせてもらおうか」

「何が来ても、今更……え?」

 

そして、ザンクが何かをしようとするのでフィーもすぐに警戒態勢に戻った。しかし、いきなりフィーはそれを解いてしまう。何故かザンクの姿が消え、代わりに別の人物が現れた。

 

「だ、団長……?」

 

そこにいたのは、飄々とした雰囲気にオールバックの髪型と無精髭が目立つ、どこかずる賢そうな印象の男がいたのだ。この男こそがフィーの養父にして西風の旅団団長、《猟兵王》ルトガー・クラウゼルだった。

しかし、かつて宿敵との一騎打ちで同士打ちに会い死んだルトガーが出現したこれこそ、スペクテッドのとっておきだったのだ。

 

(幻視、相対した人物にとっての最愛の人物の幻を見せる技。スペクテッドに奥の手は無いが、相手が人間である以上、最愛の人物は攻撃できない。だからこそ、これは奥の手同然と言っていい)

 

実際、フィーの前にいるのはルトガーではなくザンクだった。実はザンクに殺された人間の何割かは警備隊の隊員が占めており、恐らくは隊長クラスや帝具使いもいたと思われる。しかし、ザンクはそう言った各上の相手もこの幻視で惑わし、確実に仕留めて自らは生き延びていたのだった。そんなザンクはフィーに対して駆け寄り、とどめを刺そうとする。そしてフィーの首を切り裂こうと剣を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………団長は死んだ! もういない!!」

「何!?」

 

しかし、フィーが叫ぶと同時に彼女の視界からルトガーの姿は無くなり、ザンクが現れた。そして、ザンクの攻撃を躱すと同時に腕を斬りつけ、剣を括りつけていた革ベルトを外す。ザンクを負傷させつつ武器も封じてしまった。

 

「ま、まさか……自力で幻視を解いたのか………何故だ!? 最愛の人物を見て、その幻に溺れていた筈じゃないのか!?」

 

ザンクは信じられないと言わんばかりに声を荒げる。しかも、それまで浮かべていた笑みをここにきてようやく崩したのだ。切り札が通じず、ついに余裕をなくしたのである。

 

「……わたしたちの団長は、もう死んだしみんなで見守ったから頭でわかっている。で、ふと思ったの」

 

フィーの今の気持ちは、殺人鬼にはわからない。

 

「あなたが隠していたとっておきとやらで、わたしに団長の姿を見せたんじゃないかって。そうしたら……」

 

家族を愛するがゆえ、彼女はこのように思った。

 

「怒りがこみ上げてきた。わたしの大好きな人を、わたしなんかを殺すために利用するなんて……!!」

(こいつ、なんてまっすぐな眼をしてやがる!? しかも、純粋な怒りまで……)

 

顔を上げたフィーの瞳は、その奥に静かながらに憤怒の感情が見えていた。加えて、ただひたすらにまっすぐな眼をしている。少なくとも、今の帝都では数える程しかいないであろう存在だ。

そんなフィーに対して、今度はザンクが警戒を強めることとなる。

 

「あなたはここで倒す。そして、これ以上誰も斬らせない!」

「くっ! 死んでたま……がぁあ!?」

 

ザンクは構えを取ろうとするが、それよりも速くフィーはザンクに一太刀浴びせた。あまりの攻撃スピードに、そのまま体勢を崩す。

 

「スカッドウィング!」

 

フィーは技名を叫んで再び駆けると、一瞬でザンクを切りつけてそのまま通り過ぎて行った。

 

「クリアランス!」

 

更に銃の乱射で牽制し、隙を与えないようにする。片方の武器を封じた今、ザンクは攻撃を捌ききれずに手傷を追うこととなった。

 

「フィー、ヨシュアさんが近くにいたから連れてきたよ……って」

「増援の必要はなさそうだね」

 

丁度そのタイミングで、サリアがヨシュアを連れて戻ってきた。しかし、もはや勝負は決まったも同然である。ヒット&アウェイの斬撃と銃撃のオンパレードにより、ザンクは一切の隙も与えられずにダメージを重ねていったのだ。

 

「わたしの目的は帝具の破壊。そして、今が好機!」

 

そして遂に決定的な隙を見つけたフィーは、ザンクに飛びかかり、額につけていたスペクテッドを奪取する。そしてそれを宙に放り投げると、そのまま集中的に弾丸を撃ち込んでいく。スペクテッドはそこまで強度が無いようで、すぐに粉々に砕けた。

 

「ま、マジでスペクテッドを壊しやがった……」

「うん。それじゃ、最後の仕上げ」

 

帝具を失い唖然とするザンクに、フィーは一瞬で懐に入り、双銃剣でバツの字に切りつける。そしてひたすらに銃弾を撃ち込み、銃口に導力を溜める。

 

「リミットサイクロン!」

 

そして溜め込んだ導力を炸裂させ、ザンクにとどめを刺した。そのままザンクは倒れ伏すが、致命傷を避けたためまだ息があった。

 

「ま、まさか、ここまでコテンパンにされるとはな。帝具無しでこれとは、恐れ入った」

「彼女が強いのは、当たり前ですよ」

「あ、二人とも来てくれたんだ」

 

そんな中で、ヨシュアがザンクに近寄り、話し始める。

 

「彼女は僕たちの住んでいた大陸で最強の二大猟兵団の片割れ、西風の猟団に属していた過去があって、そこでの異名は西風の妖精(シルフィード)だったそうですよ」

「妖精って、大層な肩書きだな……地力の差がでかいと見たぜ」

 

ヨシュアから語られたフィーの異名、ザンクも今の圧倒的な強さに思うところがあったようだ。

 

「さあ、殺せ。逃げ切れる自信も無いからな」

 

ザンクも流石にあきらめムードだったため、そんなことを言う。しかし、当然ながらフィーにその気はなかった。

 

「わたしの目的は、あくまで帝具の破壊。だから、貴方を殺すつもりなんて微塵も無いから。それに」

 

フィーはそれだけ伝えると、ザンクに手を差し伸べたのだ。

 

「なんのつもりだ?」

「あなた、殺してきた人たちの声が聞こえてくるって、さっき言ってたよね? それって、心の底で罪悪感を感じている証だと思うよ。もし罪悪感なんて微塵もなかったら、そんな声も聞こえないでもっと素直な笑顔で殺して回ってたんじゃ無いかな?」

 

確かに、フィーの言う通りだった。アリアや先日にリィン達が接触した貴族たちは、己が悪行を悪行だと認識せずにいた。しかし、ザンクは今まで首を刈ってきた人物が無実の罪を着せられた人間ばかりだと知りつつ、首を斬ってきた。その所為で壊れてしまった彼は、いわば被害者の一人である。

 

「だからあなた、ザンクは罪を償ってやり直す資格があると思う。わたしみたいな小娘の意見、絶対正しいなんてないだろうけど、少しは考えられないかな?」

 

そして少しの沈黙の後、ザンクが出した答えは…

 

「……俺に自首を勧めるとは、お嬢ちゃん愉快だな本当に。その愉快さに免じて、乗ってやろうじゃねえか」

「すごい……フィー、すごいよ」

 

ザンクもフィーの勧めを受け、フィーの手を取ったのだ。サリアも驚き、その様子にヨシュアも満足そうな表情を浮かべ、全てが丸く収まったかと思われた。

 

 

 

 

 

 

しかし、運命とは残酷だった。

 

「葬る!」

「「「「え?」」」」

 

いきなり空からアカメが降ってきて、村雨でザンクを切り捨ててしまったのだ。背中を深く切られたため、村雨の致死性が無くても長くはないだろう。

 

「お前達、大丈夫か?」

「アカメ、君はなんてことを……」

「なんてこと? 指名手配犯のザンクに襲われて、好機と見て助けるついでにとどめを刺したんだか……」

 

アカメはフィーがザンクに襲われていたと勘違いし、この凶行に及んだようだ。しかし、この一言がフィーに火をつけてしまう。

 

パンッ!

「え?」

「……!」

 

そんな中、フィーはアカメに平手打ちを放ち、涙を浮かべながら怒りの表情となっている。突然の事態にアカメも困惑していた。

 

「待ちなよ、お嬢ちゃん」

 

そんな中、ザンクはフィーに声をかけてきた。息も絶え絶えの中、言葉を紡いでいく。

 

「た、多分、これも、報いなん、だろうな。神様がいるとしたら、俺には、罪を償う、価値もない、なん、て、思われちまった、んだろう……。それに、声が止んで、そこに安心も、しちまった。俺は、所詮そんな、もんなんだろうぜ」

 

 

「声から、解放してくれて……俺にチャンスをくれて、ありがとよ。アカメと、名も知らない妖精さん……」

 

ザンクは最後に、とどめを刺したアカメと更生のチャンスをくれたフィーに礼を言い、穏やかな笑みを浮かべて事切れたのだった。

 

「ど、どういうことだ?」

「この人は、自分が殺人を止められないことや、罪悪感から来る幻聴に苦しんでいた。だからわたしは、ここで見てきた外道貴族とちがって、改心してくれると思った」

「だからフィーが手を差し伸べたら、乗ろうとしてくれた。なのに、ここで死んでしまって……」

 

フィーが事情を話していると、一緒に説明していたサリアが次第に涙を浮かべていく。

 

「アカメ。君は、国を変えるためにナイトレイドの一員として命を奪う剛を背負うことを選んだ。でも、その陰で会心の余地がある悪人たちはいたりしたのか?」

 

ヨシュアの投げかける問いに、アカメは無言で通す。

 

「帝都の腐敗具合を考えたら、改心を促す余裕がないのかもしれないし、咎めないでおく。ただ、少しはそのことについて考えて欲しい。長くこの仕事をして、心がすり減っていることが無いと願っておくよ」

「それと、ザンクの亡骸はわたしたちで引き取らせてもらうから。このままだと、たぶん悪人のまま死んだって公表されないからね」

 

そして、三人がかりでザンクの亡骸を運び、帝都を脱出した。

 

 

 

 

「……わかっている。少なくとも、お前達と同じくらいには」

 

アカメは一人で呟くと、人が来る前にその場を去っていった。

そして翌日、フィーたちが運び出したザンクの亡骸は、帝都からいくらか離れた森の中にひっそりと葬られた。




サヨが生存してますが、マインにもしっかりフラグを立てておきます。あのカップリングを崩すのが、個人的に抵抗があったので。


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第9話 動き出す者達・運命の時

今度はいろんなところで色んな動きが出る話です。


北方異民族

帝国と敵対する異民族の中でも最大勢力とされており、自国に設けた城塞都市を拠点に帝国への進行を勧めていた。そんな北方異民族の国に、一人の英雄的人物がいた。

ヌマ・セイカという異民族の王子で、槍を持てば全戦全勝と言われる武力と、凄まじい軍略を併せ持ち、”北の勇者”の異名で知られる男だった。

過去に滅ぼされた南西の異民族も、かつては天候や地の利、現地に生息する危険種を武器にわずか一万の軍勢で帝国側の十二万という軍勢を迎撃したという。しかし、当時帝国の将軍だったナジェンダと現在帝国最強と言われる女将軍エスデスが派遣され、見事南部異民族の壊滅と制圧に成功した。そんな武勲からエスデスは、この北方異民族の制圧に少数精鋭の部下を率いて出撃していった。

余談だが、ナイトレイドはこの制圧に一年かかると予測していたのだが……

 

 

 

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

武装した数百の戦士達と、彼らによって調教された特級以上の危険種の大群が、たった一人の人物に襲い掛かる。その人物は女性で、腰まで伸ばした青白い色の髪と、身長170セルジュと女性としては長身に部類される、かなりの美人だった。しかし、この危機的状況でありながら女性は笑みを浮かべていた。

それも、とびきりサディスティックな笑みを。

 

 

 

 

 

「その程度か?」

 

女性が呟くと同時に、虚空から氷の塊が無数に出現して迫りくる大軍勢に跳んでいったのだ。そして氷塊は立て続けに出現し、そのまま戦士にも危険種にも絶え間なくぶつけられていき、そのまま絶命していった。

さらに近くにあった砦が投石器で女性を目掛けて岩を飛ばすが、それがたいして飛ばないうちに、突如上空に出現した砦の大きさを上回る巨大な氷塊に押しつぶされてしまう。

その女性はそのまま辺りを見回したかと思うと、地面に手をつき始めた。何事かと思ったその時、今度は地面から特大サイズの氷柱が無数に生えていき、遠方にある砦に先程落とした氷塊と同じ大きさの氷柱が生えてきたのだ。

しかしその隙をついて、背後から別の異民族兵達と危険種の大群が女性に襲い来る。

 

「おらぁあ、経験値をよこしやがれぇえ!!」

 

男の怒号が聞こえたかと思いきや、何かが飛んできて危険種達の体を立て続けに両断していく。投げられたそれが投げた本人と思われる白目の大男の手元に戻ったかと思うと、それが手斧だということが判明。威力と言い自動で戻ってきた特性と言い、帝具と思われた。

更にどこかから笛の音色が響いたかと思いきや、いきなり異民族兵達の目がうつろになり、そのまま膝をついてしまう。そしてその隙を突かんとばかりに、大きな水の塊が飛んできたかと思うと、巨大な竜の形になって異民族兵達を飲み込んだ。

 

「エスデス様、敵の撃破に成功しました」

 

低い男性の声が聞こえたかと思うと、声の主と思われる白髪と髭の男と、笛を演奏していたらしい小柄な少年の二人組が近寄ってくる。笛も水も、恐らくは女の氷の力も帝具によるものと思われるが、そのいずれもが大軍戦で真価を発揮する帝具のようだ。

 

「エスデス様、わざわざ俺達に経験値を回してもらってありがたいです」

「まあな。本来、私一人でも充分なんだがお前らも暴れたいだろうと思ったんでな」

 

斧の帝具を持っていた大男によるとこの女、わざと味方に戦わせるために仕向けたというのだ。つまり、一国を相手に一人で攻められるだけの武力を持っていたという。

 

そんな彼女こそが帝国最強の将軍エスデス、そして三人の男は直属の配下である三獣士であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「以上で映像は終わりです。これ以上は巻き添えを喰らいかねないとして、撤退せざるを得ませんでした」

 

ザンクが死んでから三日後、リィン達はケビンがこの大陸に来る際に乗ってきた飛行艇”守護騎士専用作戦艇メルカバ”を尋ねていた。目的はアルティナが撮影したという、エスデスとその配下の戦闘映像を見る為だ。映像を見たリィン達は、戦慄していた。

元々帝具という規格外の力を、ここに来てから何度も目の当たりにしてきた。

掠り傷でも相手を呪い殺す村雨、身体能力を強化する鎧インクルシオ、頑丈な上に束ねて他の武器を作るなどの応用力がある糸クローステール、相手の心を読んだり幻を見せたりするスペクテッド。

しかし、このエスデスと配下たちは帝具の性能も練度もすさまじい物だった。大型の危険種も両断する斧に精神に干渉する音色の笛、水を自在に操る何かと氷を操る何か。特にエスデスが使っていた氷の力は、数の差も防御も全くの無意味とする圧倒的な攻撃力を見せつけていた。氷柱が生えてきた際、遠目だったので黒い点に見えていたが氷柱の中には城塞内にいた異民族たちと思われる異民族たちが閉じ込められていたのだ。これでは戦車や機甲兵をぶつけようと、中に乗っている人間ごと氷漬けにされるという危険性も見られる。エスデスが偶々驚異的なレベルに使いこなした所為という線もあるが、それでも何もないところに氷を生成して設置するという能力は、奇襲にも使える為、充分強力だ。

 

「……これは、流石に強すぎじゃないか?」

「うん。レーヴェとかワイスマンがかすんで見えるわね」

「ああ。少なくとも人の域を超えた、鋼の聖女クラスには達しているだろうな」

 

エスデスのあまりにも規格外すぎる強さに、リィンもエステルもロイドも驚愕していた。

 

「これがつい最近のことなら、エスデスって人も近い内に帝都に来てしまうわね」

「もしも目を付けられたら、私達が全滅させられそうで怖いわ」

 

アリサもエリィも、近い内にこのエスデスと対面しかねないことに戦慄を覚える。しかしそんな中、ヨシュアはあることが気になりケビンに問いかけた。

 

「そういえば、他のみんながいないみたいだけど、ケビンさんは何か聞いてませんか?」

「ああ。帝都の全容を把握できていないってことで、ミリアムって子の案内で帝都の見回りに行ったで」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そういえば、わたし達ってちゃんとこの帝都を見て回ったことないんですよね」

「ああ。ここに来てから、何かしらの事件が毎回起こっているからな」

「おかげで、先に来てた俺らでさえ帝都の全容を把握できていないんだな。フィーとか情報局組は、あちこち飛び回ってるようだから別みたいだが」

「だから、街の見回りでミリアムちゃんが案内役なんですね」

 

帝都のスラム街を、ノエル、ガイウス、ジン、エマが会話しながら歩いている。エマが言うように、帝都の全容を把握できていないメンバーの為にミリアムが案内を買って出ていたのだ。

ミリアムやレクターは帝都のあちこちを歩き回っていたようで、市場の人々とも面識があるようだ。そして、そんな人々は貧困層ながら他の帝都市民よりも生き生きしている印象があった。

 

「この街って、あんな頭のおかしい悪者がいなくても、大臣が重税を敷いているせいで貧乏が多くて苦しいみたいなんだよね。だからレクター曰く、もともとそういう人が多いスラムだと、住民が自然とたくましくなってるみたい」

「なるほど。いわゆる雑草根性ってやつか」

 

ミリアムからその意味を聞いて納得するジン。そんな中、正面から誰かが走ってくるのが見えた。

 

「あれ? あの人って……」

「確か、ナイトレイドの……」

 

走ってきたのは金髪女性で、複数人の男達に追われている。ガイウスの言う通り、彼女はナイトレイドのレオーネだった。

 

「お。お前ら、リィン達の仲間の。すまないけど、あいつら撒くの手伝って!」

「え、ちょ……」

 

そのままレオーネがすぐ隣に来ると、彼女を追っていた男達も目前に迫っていたため、自然と一緒に逃げる形になってしまった。

 

「あの、これって一体!?」

「いや~、呑み屋のつけを払えってうるさくてさ」

「つまり、原因はあなたじゃないですか!」

 

ノエルが追われる理由を聞くと、完全にレオーネ自身に原因があった。そのため、ついツッコみ返してしまう。

しかし、現在進行形で一緒に追われてしまっているため、無下にすることも出来なかった。

 

「仕方ないなぁ。レクターならここで恩売りそうだから、ボクが助けてあげるよ。ガーちゃん」

 

すると、ミリアムがそんなことを言ってアガートラムを呼び出す。そして、その片腕に飛び乗ってそのまま腰かけた。

 

「ガーちゃん、そのお姉さんも一緒にお願い」

「子供だけじゃ心配だから、俺も行くぜ」

 

そのままレオーネをアガートラムに掴まらせ、ジンも飛び乗って一気に上昇していく。

 

「あの、ジンさん!?」

「すまないな。俺らはこいつと話したいことがあるから、いったん外れる! 合流出来そうになったら連絡を入れるから、それまで待ってくれ!!」

 

ノエルの反応を他所に、ミリアムに付いて行ってしまうジン。そのまま小さくなっていき、やがて見えなくなった。

 

「さて。このままじゃ俺達が彼女のつけを払うことになるだろうから、逃げた方がよさそうだな」

「ガイウスさん、何を冷静に分析してるんですか!?」

「けど言う通りだから、早くいきましょう!!」

 

普段ツッコミなんてしないであろうエマだが、状況が状況だけに取り乱しているのだろう。しかし今はノエルの言う通り、逃げるのに専念するべきだろう。

 

暫くして……

 

「ぜぇ、ぜぇ……ここまで来れば大丈夫、ですよね?」

「ああ。彼らの物と思しき気配は、もう感じられない」

「そう、ですか……よかった……」

「あんた達、よく逃げられたわね」

 

どうにか追っ手を撒いた三人に、いつの間にか合流したセリーヌが声をかける。遊牧民出身で高原育ちのガイウスは一番体力があり、逆に後衛ポジションのエマは一番体力がないようだ。しかし相当な距離を走ったのか、ガイウス同様に前線での戦闘になれているであろうノエルまで息切れしている。

そして現在、逃げ切ったはいいが新たな問題が発生していた。

 

「迷いましたね。明らかに……」

「ヘイムダルと同等の広さの街だそうだからな。闇雲に走っては迷うのは当然だろう」

 

まだ三人とも帝都の全容を把握できていないのが、ここで災いしてしまった。どうしようかと途方に暮れていたその時だった。

 

「どうかしましたか?」

 

いきなり三人+一匹に声をかける人物が現れたが、それは帝都警備隊の制服であるプレートメイルを纏った女性だった。ポニーテールにまとめた茶髪に活発そうな表情の女性で、どこか活力にあふれた印象だ。更にそれ以上に目を引く物が、彼女の足元にいた。見た目は犬のぬいぐるみなのだが、何とそれが生きて動いていたのだ。

色々と気になることがあったが、道に迷った三人は渡りに船と思い相談に乗ることにした。

 

「それが、道に迷ってしまったんです。まだ帝都に来て間もないので、慣れていないんです」

「ああ、そういうことですか! せっかくですから、案内してあげますね」

 

そのままノエルが代表して話をすると、女性は案内を買ってくれた。

 

「それで、何処までお連れしましょうか?」

「大通りにさえ出れたら、後は何とかなります。だから、大通りまでで」

「わかりました。それじゃあ、案内しますね」

 

そのまま女性に案内され、ノエル達は帰ることが出来そうと安心するのだった。

 

「ところで、女の人みたいですけどその恰好は警備隊員のですよね?」

「ということは、ここの警備隊は女性でも入れるのだな」

「おっと。私としたことが、自己紹介を忘れてました」

 

エマとガイウスに声を掛けられた女性は、案内を中断して向き合いながら敬礼して自己紹介を始める。

 

「帝都警備隊所属、セリュー・ユビキタスです! こちらは私の帝具”魔獣変化”ヘカトンケイルで、私はコロという愛称を付けています」

「キュキュー!」

 

女性、セリューは声高々に自己紹介をするが、そこで聞き捨てならない単語が聞こえたので一同が反応する。

 

「ええ!? 帝具は話に聞いてますけど、これがそうなんですか!?」

「はい。生物型帝具という分類に入りまして、適合者の指示に従って独自で行動する帝具なんです」

 

驚愕するノエルに対し、セリューは嫌な顔一つせずに丁寧に説明する。

 

「このコロちゃんはとりあえず凄いとして、やっぱり同業者だったんですね」

「同業者、ですか?」

「はい。私も旅行でここに来てるんですが、向こうでも警備隊に属しているんです」

 

そしてノエルは、セリューに倣って敬礼しながら自己紹介を返した。

 

「クロスベル独立国警備隊所属の、ノエル・シーカー少尉といいます。以後、お見知りおきを」

「エマ・ミルスティンといいます。ノエルさんとはこの旅行で親しくなりました。足元の猫は飼い猫のセリーヌと言います」

「同じくガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」

 

そのままエマとガイウスも、ノエルに倣って一緒に自己紹介をする。そして大通りに案内してもらう道すがら、一行は話し込んでいた。

 

「なるほど。セリューさんもお父さんに憧れて警備隊に入ったんですね」

「ということは、ノエルさんも?」

「はい。クロスベルが国になる前の自治州だったころ、領土にしようとしていた二つの国の陰謀で、事故死に見せられて殺されたんです」

 

その最後故、ノエルは父の死に目に合えていない。しかし、それでもまっすぐな彼女は思った。

 

「それでそんな歪みの中でもクロスベルを守りたいという一心で、私は警備隊に入りました。母も父の二の舞を恐れていましたが、今ではクロスベルも国として独立できたので安心です」

「そうですか。良かったですね……」

 

そんな中でセリューは、どこか嬉しそうな表情をしている。そしてセリューも自身の身の上を話し始めた。

 

「私の父も殉職しましたが、そんな複雑なものじゃなくて堂々と賊に殺されました。それで、父は最期に『正義は決して悪に屈してはいけない』と、私に伝えたんです。だから、私も警備隊に入って正義を執行しようと決意しました」

 

そんな中、セリューが話し始めた内容は自分達にとっても身近なものだった。

 

「実は最近、私のいた隊で隊長だったオーガという人が悪人だったということが分かったんです」

 

セリューの口からオーガの名前が出てきたことに、ノエル達はつい反応しそうになるも堪える。

 

「オーガは私の格闘技の師匠でもあって、面倒見のいい尊敬できる隊長だったんです。それがまさか、悪に染まっていたなんて……」

 

顔を伏せながらセリューは拳を握った。相当強い怒りや憎悪を持っていたようで、爪が手の平に食い込んで血がにじんでいるのが見えた。

 

「けど、別の隊で隊長をしていた方がとある民間人の協力で、オーガを逮捕したので、そのうち極刑は確実ですね。それで、私は思いました」

 

しかし顔を上げると、それまでに負の感情を抑えたのか何かを決意したような表情となっていた。

 

「誰がいつ悪に染まるかわからない。だから、それがどれだけ強くても信頼できる人でも、私は正義を執行できるようになろうと決意しました」

「……セリューさん、立派です」

 

セリューのその決意を聞き、ノエルは称賛の言葉を贈る。

 

「私も、向こうで自分の正義を貫くために精進しますから、お互い頑張りましょう」

「ですね! あ、そろそろ大通りです」

 

そうして大通りに出た一行。

 

「それじゃあ、私は次の仕事があるのでこれで」

「はい。ありがとうございます」

 

そうして、ノエル達はセリューと別れた。そして走り去る彼女とコロの背を見送り、見えなくなったところで三人は大通りを通って帝都を出るのだった。

 

 

 

しかし、ノエルとセリューは後に思わぬ形で再会することとなる。

 

 

その頃、レオーネに同行したジンとミリアムはというと

 

「おっさん、強いねぇ! それ、アタシでも飲めないのに」

「なに。リベールにはもっと強い、それこそウワバミ通り越してザルクラスの人もいるくらいだぜ」

 

何故か酒場で二人して飲んだくれており、ミリアムはその様子を面白半分で見ている。しかし、いい加減本題に入らないといけないと思ったようで話を促した。

 

「ねえ、流石にそろそろ話に入ってもいいんじゃないかな?」

「おっと、そうだったな。けど、流石に革命軍の全容とかは話せないぜ?」

「ああ、そう言うのはいいんだよ。俺は民間組織の人間だから、政府や反政府の実情はどうだっていいんだ。ただ、あんた達個人についていろいろ気になったんだよ」

 

ジンがそう切り出し、話が始まった。

 

「まずはこの間フィー、ウチの仲間でちっこいのがザンクってのと戦ったんだが……」

「ああ、アカメから聞いたよ。まあ、帝具は帝国側に渡さなければ破壊ってのはアタシらも考えてるから、異存はないぜ」

「それを聞いて安心した。下手して革命軍全てを相手にするのは、俺らとしても避けたいからな。で、次なんだが……」

 

とりあえず帝国側は別として、革命軍は帝具の破壊についてある程度認めているようなので安心する。しかし、次の話が本題だった。

 

「ザンクって悪党に改心の余地があったのにアカメに殺されちまったって、そのフィーやヨシュアが悲しそうに言っててな。で、流石に全員に聞く余裕はないから、あんたにだけ聞く。もしも帝都を腐らせる外道の中に、すぐにでも殺さないといけないが改心の余地がある奴がいたら、どうする?」

 

その話題を口にした後、ジンは続いた。

 

「俺は活人の拳を修めた身としても、遊撃士としてもそう言う人間は法の下に捕えて改心を促すつもりだし、留守番してる仲間達も同じだ。けど、あんたらはどうなんだ? この国の状況からしたら余裕がないかもしれないが、そう言う人間にも悲しむ奴はいるかもしれない。そう言うことは考えたことあるのか?」

 

そんな問いかけに対し、レオーネはというと

 

 

 

 

 

 

 

「……考えなくもないかな。でも、さっきアンタも言ったように帝国にそんな余裕ないから、あたし等みたいなロクデナシが報いを受ける覚悟で殺す。そっちを優先するように踏ん切りも付けちまったよ」

 

返事を返した後、レオーネは自嘲気味に身の上話を始める。

 

「それに、アタシがナイトレイド入りしたのも馬でスラムの子供踏みつぶして遊ぶ外道を、偶々闇市で手に入れた帝具でぶっ殺したのがきっかけだ。外道相手でも感情に従って殺った以上、もうそれしか選べないのかもな」

 

レオーネの帝具”百獣王化”ライオネル。ベルト型の帝具で装着者の身体能力と五感を強化し、野生の勘をも身につける帝具だ。戦闘時にレオーネは獅子を思わせる耳や手足を手にするのは、この強化の影響によるものだった。

裏に流れていたこの帝具を手にした、腐った国に生まれて正義感を持ってしまった、そんな偶然が重なってしまったが故の選択だった。

 

「そうか。なら、俺からは何も言わない。手間を取らせた詫びに、俺が奢っておく」

「すまないね。まあここはその恩を買ってやるよ」

 

そして、そのままジンは代金を置き、ミリアムを連れて店を出た。そしてノエル達に先に帝都を出るように連絡を入れ、自分達もアガートラムで空から帝都を出るのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同時刻、帝国の宮殿・謁見の間にて

 

「申し上げます。ナカキド将軍、ヘミ将軍の両将軍が離反、反乱軍に合流した模様です!!」

「戦上手のナカキド将軍が……」

「反乱軍が恐るべき勢力に育っているぞ……」

「早く手を打たねば帝国は……」

 

謁見の間を訪れた兵士の言葉を聞き、控えていた文官たちが狼狽えている。彼らが大臣派なのか政治で対抗しようとする良識派なのかは不明だが、どちらも帝国を一度破壊して作り直そうとする革命軍を快く思っていないのだろう。

 

「狼狽えるでない!」

 

そんな中、玉座に座っていた少年が片手でマントを翻しながら告げた。この少年こそがこの国の現皇帝である。

 

「所詮は南端にある勢力……いつでも対応出来る! 反乱分子は集めるだけ集めて掃除した方が効率が良い!!」

 

幼いながらに凛とした物言いで告げる皇帝。その姿には強いカリスマ性が垣間見えた。

 

「……で、良いのであろう大臣?」

「ヌフフ……さすがわ陛下。落ちついたモノでございます」

 

かと思いきや、玉座の傍に控えていた男に問いかけると肯定する。謁見の間という格式のある場所で、周りの目も気にせず大きな焼いた肉を手づかみで食べる男は、白髪に髭の初老の男性だが病気一歩手前と言えるほどにまで肥え膨れた体をしている。

この男こそが、帝国の腐敗のを増長させる元凶”オネスト大臣”その人だった。

 

「遠くの反乱軍より近くの賊、そして正体不明の不穏分子、これらの問題を優先すべきです……オーガ警備隊長を始めとし何故か逮捕され続ける有力者たちやナイトレイドに暗殺された我が遠縁イオカル、そして持っていた帝具を壊されたまま行方をくらました首切りザンク、しかも壊したのがそのどちらかなのか不明……我々はまさにやられたい放題! 私の体重も悲しみで増えてしまいます!!」

 

そのまま声を荒げながら再び肉に齧りつき、大臣は堂々と叫んだ。普通に考えれば喰いすぎで太るということになるが、この場合は悲しみを誤魔化すために空から体重が増えると言いたいのだろうか?

そんな中で、大臣は持っていた肉を食い尽くした後である答えを出す。

 

「……エスデス将軍を呼び戻しましょう」

「!? しかし、帝都にはブドー大将軍がおりますでしょう!!」

 

大臣のその選択に、文官の一人が真っ先に異を唱える。やはり味方側でもエスデスの所業は恐ろしいことこの上ないのだろう。もう一人の最強であるブドー大将軍を引き合いにした辺り、必死なのが伺えた。

 

「大将軍が賊狩りなど、彼のプライドが許しないでしょう」

 

しかし、大臣も政治の顕現を掌握している辺り、軍の最高責任者であるブドーの人柄を把握しているようでそれを引き合いに打ち消してしまう。

 

「エスデスか……ブドーと並ぶ英傑の彼女なら、安心だな」

「ええ。異民族四十万人を生き埋め処刑した、氷の女ですからな」

 

皇帝もこの選択に異は唱えていないが、大臣の言葉からエスデスの強さと残虐性の異常な高さを聞いても顔色を変えない辺り、何かの感覚がマヒしているのかもしれない。大臣としても傀儡にするにはちょうどいいのだろう。

 

「もはや生死は問わず、一匹でも多くの賊を捕えて始末するのです!!」

 

最後に大臣が拳を握り、憤怒の表情を浮かべて宣言した。リィン達も、この国の戦力と本格的にぶつかり合う時が近いのかもしれない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

エスデスが去った後の北方異民族の城塞都市。

 

「戦は常に非常。しかし、それでもこれは許容しかねません」

 

辺りが凍り付き、地面から生き埋めにされた異民族たちの手が這いだそうとして息絶え、そのままこと切れている。そんな中にいる一人の人物がいた。

それは、一人の女騎士だった。それまで被っていたと思われる兜を手に持ち、全身に甲冑を纏った端正な顔立ちの美女だった。腰まで届く長さの金髪と、地面に届く長さのマントを風になびかせ、廃墟と化した城塞都市に物憂げな顔で佇んでいる。

そんな中で、女騎士は男性の死体を発見した。彼は全裸に剥がれたまま首をへし折られて死んでおり、何故か顔は恍惚とした表情を浮かべている。

 

「この者が北の勇者ヌマ・セイカ。例の将軍とやらに犬に調教されたわけですか。……なんと惨い」

 

ヌマ・セイカの亡骸を目撃した女騎士は、次第に表情を怒りに変えていく。するといきなり、虚空から巨大な馬上槍が出現し、それを右手に取ったかと思いきやそれで地面を大きく抉る。そしてそこに、ヌマ・セイカの亡骸を埋めて簡素な墓石を備えた。

 

「安心しなさい。我が盟主と我ら使徒、そして執行者たちが帝国の脅威を退け、貴公の不安を取り除くでしょう。ですから、空の女神(エイドス)の下で安らかにお眠りなさい」

 

それだけ伝えると、兜をかぶってその場を去っていった。

 

 

同時刻、ハーメル村にて

 

「レーヴェ、盟主からの許可が下りた。故に、貴方の剣を持って行かせてもらう。ここに眠る家族や恋人も、彼の力を使うことを許してくれ」

 

ハーメル村の悲劇で死んだ村民たちの慰霊碑。その前に供えられた一振りの剣を、金髪の青年が手に取る。かつてヨシュアと共に身喰らう蛇の執行者として属していた、No.II 剣帝レオンハルトの操っていた魔剣ケルンバイターであった。レーヴェはエステル達が解決した事件”リベールの異変”にて、首謀者だった使徒がハーメル村の悲劇の真の黒幕であったことに気づき、ヨシュアを救うためと亡き幼馴染カレン達の無念を晴らそうとその使徒に仇なし、そのまま亡くなった。ケルンバイターはヨシュアに回収され、ここに亡骸代わりに納められたのだった。

 

「しかし、律儀なもんだな。レーヴェの阿呆とその家族に、わざわざ挨拶をしに来るなんざ」

 

そんな青年に付き添っていたのは、浅黄色の髪で眼鏡をかけた気怠そうな青年で、胸元を肌蹴たシャツの上に赤いコートを着ている。レーヴェと面識がある様子から、二人揃って身喰らう蛇の関係者だというのが見て取れた。

 

「あの人は俺の命の恩人にして、剣の師だ。故に、この程度の礼儀は当然だ」

「そーいや、そうだったな。任務で隣の大陸に行ったら、血だらけで崩れた遺跡に埋もれてたのを阿呆が見つけて、そのまま救出した」

「あの後、俺は盟主から自分の国の腐敗具合をこれでもかというほど教えられ、執行者候補としてレーヴェに鍛えられた。それで、彼の亡き後に特例で彼のナンバーを継ぐことになった。……せめて、剣の腕を超えてからナンバーとケルンバイターを継ぎたかったんだが、贅沢も言ってられない」

 

男の発言から、どうやら帝国の出身らしく、国の腐敗を知らずに利用されていた過去があるようだ。

 

「……死んでいった雑魚どもの為にも、俺は帝国を潰す。革命軍でも帝国軍でもなく、身喰らう蛇として」

 

着実に、運命は動きつつあった。



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第10話 狂気の絶対正義

ついに物語のターニングポイントに到達。果たしてどうなるか?


「麻薬の密売組織、ですか?」

「うん。ありがちだけど、規模が大きいからナイトレイドの標的になりそうな感じだよ」

 

ある日、ミリアムが持ってきたその情報を基に、ノエル達が夜の帝都を行く。ナイトレイドは報いを受ける覚悟で殺し屋稼業をしていると、彼ら自身が言っていた。しかし、それでも人柄は真っ当で付き合いもよく、とても死んでいいような人間とは思えなかった。そのため、出来るだけそのリスクを減らすために麻薬組織の壊滅に乗り出したという訳だった。

メンバーはノエルとミリアムを筆頭に、前回帝都を散策したメンバーであった。

 

「情報によれば、ここなんだけど……」

「……何やら騒めいているようだな」

 

情報元であるミリアムが目的の場所に到着したのを確認するが、その中でガイウスが様子がおかしいことに気づいた。そしてその時、屋根から屋根へと飛び移る二つの人影を見つけた。そして、その影の一つを見てエマが真っ先に反応した。

 

「あれは……シェーレさん!」

「ということは、もう彼女たちが仕事を終えた後という訳か」

 

シェーレについて駆けるのは、マインだった。もともと狙撃手という立場だったため、大きな組織の中心人物を始末するのには最適なのだろう。故に、イヲカルの暗殺も彼女に任されたというわけだ。

 

「……深追いするのは危険ですが、追いかけましょう!」

 

そのままノエルに先導される形で、一行はシェーレとマインを追った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「見失ってしまったな」

「俺達は委員長の転移があるから緊急脱出が可能だが、二人はそうもいかないだろう」

「打算的な意見になっちゃうけど、やっぱり彼らに恩を売っておいて損はないと思うんだよね。まあ、レオーネ辺りにただ死んで欲しくないのは僕も一緒なんだけど」

 

そのまま見失ってしまったマイン達を捜索する一行だが、揃って追跡を払うことに慣れていたようで難航していた。

しかしそんな中、ある物を感じ取った。

 

「!? これは、殺気か?」

「みたいだな。恐らく、誰かと戦ってるんだろう」

「なら、急がないと!」

 

ガイウスとジンが真っ先に気づいたかと思うと、それを二人から聞いたノエルは急いで駆け出す。そして、全員がそのまま続いて行った。

 

そして殺気の放たれた現場、ノエル達の目に映ったのは戦闘中のマインとシェーレの姿だった。戦っているのは、警備隊のプレートメイルを纏った女性、あのセリューだった。しかし、彼女の表情は先日ノエル達があった時の快活な様子は微塵もなく、憎悪と憤怒に染まった醜い表情を浮かべていた。そしてその傍らには、剛腕を振るう白いズングリ体型の異形の怪物がいた。僅かだがコロの面影があるため、あれが帝具ヘカトンケイルとしての真の姿と思われた。

マイン達のことも気にはなるが、それ以上にセリューから尋常でない何かを感じ取り、静止に入ることに決めた。

 

「止まってください!」

 

ノエルは叫びながらサブマシンガンを乱射し、両チームの動きを止める。

 

「あんた達、また邪魔を……」

「……ノエルさん、どうしたんですか? 私の断罪の邪魔をするなんて」

 

攻撃を妨害され、マインとセリューがそれぞれノエルに視線を向ける。セリューとノエルに面識があることに、一瞬マインが反応するが二人はそっちのけで話に入る。

 

「セリューさんこそ、どうしたんですか? そんな悪魔みたいな顔して、殺気もそこの二人より濃密で……」

「何って、当然じゃないですか。この二人は国を乱す、凶賊のナイトレイドなんですから」

しかしノエルの問いに、あっけらかんとした様子でセリューはとんでもない答えを出したのだ。

 

「こいつらは、私のパパを殺した連中と同じ凶賊。だから、もう二度と殺せないように、私が断罪するんですよ」

 

悪=即死刑。これがセリューの持論だった。快楽のために殺しを行う人間、そのような心理の犯罪者が異常に多いのが帝国の歪みだと思っていたところ、このような形でも歪みは生じてしまっていたのだ。

父の最期の言葉「正義は悪に屈してはいけない」、これは恐らく腐敗した政治の現状でも大臣を始めとした悪徳文官に屈するなと言いたかったのかもしれない。しかしセリューは何を間違えたのか、世間一般で悪と言われる者達を駆逐しろと解釈してしまったらしい。

思えば、セリューはオーガが極刑確実と言っていた際に顔を伏せていたが、もしかしたらいい気味だという表情をしていたのかもしれない。そしてあの「自分より強い物や親しい物が悪になっても正義を執行する」も、同じ帝具持ちで各上の相手に玉砕覚悟で抹殺に向かう、親兄弟でも犯罪者だとしたら容赦なく惨殺する、といった意味だったのだ。

 

「……そうですか。セリューさん、どうやらあなたと私は相容れないみたいですね」

 

そして、ノエルはセリューに銃口を向け、大々的に宣言した。

 

「ノエル・シーカー少尉、クロスベル独立国警備隊の名にかけて帝都警備隊のセリュー・ユビキタスを止めさせてもらいます!」

「な!?」

 

そしてノエルは牽制目的で、セリューの足元に再度発砲する。

 

「ノエルさん!? 一体どういうつもりで……」

「はぁあ!」

 

更にすかさず、ガイウスが飛び掛かって槍を振るうが、セリューは持っていたトンファーでそれを防いでしまった。

 

「アステルフレア!」

「雷神脚!」

 

続いてエマが魔導杖に炎を灯して、振るうと同時に放って巨大化したコロにぶつける。そしてすかさず、ジンが気の力で発した稲妻を纏ってコロを貫いた。

 

「あんた達、どうして……」

「個人的にあなたたちに死んで欲しくないのと、彼女を止めたいのと二つですね」

「うん。委員長達、昨日あのおっかないお姉さんに会ったらしくてね」

 

そしてエマとミリアムがマイン達の前に躍り出て、ミリアムはアガートラムを召喚して構える。

 

「その時に見た、まっすぐなセリューさんでいて欲しい。直接会った私達、特に同じく警備隊についているノエルさんはあんなことして欲しくないんです。完全に私達の独りよがりなんですけどね」

 

エマがかいつまんで事情を話し、そのまま勝手に共闘を申し出る。それによる答えは……

 

 

 

「仕方ないわね。あたし等とタイマン張れるようなアンタラじゃ、戦力として申し分ないし」

「エマさん、誘いに乗らせてもらいます」

 

そのままマインもシェーレも、自信の帝具を構えなおしてコロとセリューに向き合い、戦闘に入る。するとその直後、ジンの蹴りでコロの腹に開けられた風穴が、メキメキと音を立ててそのまま塞がってしまった。

 

「おいおい、そりゃねえだろ」

「文献によると、生物型帝具は核を破壊しない限り再生するらしいわよ」

「じゃあ、どうにかしてその場所を割り出さないとね」

 

うんざりした様子のジンに、マインがわざわざ説明を入れる。そしてそれを聞いたミリアムが、真っ先にアガートラムを嗾けて殴り合いを始めた。

 

「……そうですか、ノエルさんも悪に染まってしまったんですね。もしくは、私を騙すために正義のふりをしていた」

「どうとでも言ってください。それでも、私はあなたを止めます!」

「俺も微力ながら、協力させてもらう!」

 

セリューを牽制するべく、愛用のサブマシンガンを彼女に目掛けて乱射する。しかし、セリューは大きく横に跳んで攻撃を回避し、そこからノエルに飛び掛かってきた。

 

「ノエルさん、残念ですが悪とみなしてあなたを断罪します!」

 

そしてセリューは手にしたトンファーを振るい、ノエルに殴りかかる。

しかし、ノエルは咄嗟に腰に携えていた物体に手を伸ばすと、そこから長い柄が伸びてハルバードを連想する武器になった。クロスベル警備隊の標準装備スタンハルバードだ。

 

「な!?」

「甘いです!」

 

ノエルがハルバードを振るい、迫ってきたセリューを迎撃しようとする。しかしセリューも、ハルバードが迫った瞬間に手にしたトンファーを交差させ、攻撃を防いでしまった。

 

「ゲイルスティンガー!」

 

続いてガイウスが穂先に風を纏わせたかと思うと、刺突と同時に真空の槍がセリューに目掛けて飛んでいく。しかし、セリューは咄嗟に飛びのいてしまい、大してダメージも与えられなかった。

 

「今度はこちらの番だ!」

 

ガイウスを無視してセリューはノエルに突貫し、トンファーを振るう。しかし、ノエルはロイドと共闘や戦闘をしたことあるため、トンファーによる攻撃パターンを熟知していた。よって、容易く攻撃を回避してしまう。

 

「無駄ですよ。知り合いにトンファーの扱いになれている人がいるんで、その人と特訓したりで対策は打ててますから」

「……果たしてそれはどうかな?」

 

ノエルが攻撃を捌きながら説明すると、セリューは小さいが、聞き取れないほどでもない声量で呟く。そして次の攻撃にトンファーを持った右手でストレートを放ってきたため、ノエルは咄嗟に後ろに飛びのく。

しかしその直後

 

「ぐ!?」

 

火薬の炸裂するような音と同時にノエルの脇腹に痛みが走る。そしてよく見ると、セリューのトンファーの先端部から硝煙が上がっているのが見えた。

 

「と、トンファーに銃を仕込んでいる……!?」

「これは旋棍銃化(トンファーガン)、帝都警備隊の標準装備で近・中距離両用の武器だ。タダのトンファーだと思ったのが運のツキだったな」

 

自信気に話すセリューの表情は、先程マイン達に向けていたような物になっている。目は血走り、口角を釣り上げ、まるで鬼か悪魔のようなおぞましい表情となっていた。

口調もいつの間にか敬語が消えていることから、先日会って以降の認識を完全に捨てたものと思われる。

そのままノエルに向き合ったまま旋棍銃化を後ろに向け、ガイウスに発砲する。

 

「先程は驚いたが、種がわかれば対策も打てる」

 

ガイウスは告げながら銃弾を避け、セリューに駆け寄って槍を振るった。しかし、そのままセリューは旋棍銃化でガイウスの攻撃を捌いて攻撃を入れつつ、後ろのノエルにも発砲を織り交ぜていた。

 

「セリューさん、戦い慣れている。それに、この戦い方は……」

 

ノエルは銃撃を避けつつ、ガイウスと正面から戦いつつ、自身にも攻撃を加えていたセリューの戦闘力に驚愕していた。しかも、ガイウスとの接近戦では頭部や首、心臓のある胸を集中して狙っている。明らかに急所だけを狙った、殺すことしか考えていない戦い方だった。

 

(セリューさん、本気で殺す気なんだ。彼女が悪とみなせば、それが友達や家族でも……!)

 

改めてセリューの異常性に気づいたノエルは、思わず顔を青ざめてしまう。そんな中、いきなり周囲が閃光弾を使ったような激しい光に包まれた。

 

「ぬぐぁああ!」

 

直後にセリューのうめき声が聞こえたかと思うと、光が晴れた先にシェーレがセリューの両腕をエクスタスで斬り落とす姿が見えた。

帝具には奥の手と言われる必殺技のような物を備えた物があり、エクスタスは金属発光による目くらましがそれに該当した。その発光で動きを封じ、一気に腕を切り裂いたのだ。

 

「すみません。彼女の生死はともかく、攻撃を封じるために腕は落とさせていただきました」

「いいです。これで、少なくとも凶行だけは止められたので」

 

実はシェーレはマインの顔を見られたため、セリューを殺すつもりだが今は伏せていた。当然、そうすると聞いたら妨害されると思ったからだ。それでも両腕の切断は、彼女のやり直しを望むノエルにとって望ましいものではなかった。

しかし、直後に予想だにしない事態が起こった。

 

「正義は勝ぁああああああああああつ!!」

 

セリューが叫んだかと思うと、なんと両腕の切り口から銃弾が乱射されたのだ。ノエルもシェーレも度肝を抜かれたが、どうにか回避に成功する。

 

「嘘……体の中に武器を仕込んで……」

 

セリューの常軌を逸した戦い方に、ノエルは戦慄する。技術もそうだが、これは人間であることを捨てるような物なので、それを迷わず敢行したセリューもどうかしていると言ってもいい。

 

「催涙弾、発射!」

 

しかしここで動きを止めれば自身や仲間が危険と判断し、セリューを止めようとライフルで催涙弾を討つ。至近距離で催涙ガスを浴びたセリューは、ノエルの思惑通りに眼を封じられて攻撃の手を止める。そしてすかさず、シェーレが駆け寄って腕の切り口から生えた銃口をエクスタスで切り裂いた。

 

「ガーちゃん、行けー!」

 

その一方、ミリアムの声が聞こえたかと思うと、コロとアガートラムが拳をぶつけあう様子が見えた。アガートラムがパワーで勝ったようで、コロは大きく吹き飛んだ。

 

「ジンさん!」

「よし来た!」

 

更に怯んだところにジンが拳の一撃を頭に叩き込む。普通に考えると脳がある頭、もしくは心臓のある胸に核があると踏み、まずは頭から叩いた。しかしコロはまだ動くため、頭に核が無いのか、衝撃が届かなかったのか、とにかく破壊には至らなかったようだ。

 

「白き刃よ!」

 

更にエマは虚空から剣を呼び出し、一機に飛ばして四肢を拘束する。その様子をセリューは、目の痛みに耐えつつ確認していた。

 

「くそぉ……コロ、狂化(おくのて)!!」

 

そしてセリューは、もうやけくそと言わんばかりに叫ぶ。それによって奥の手を発動したころは、白かった体を赤く変色させ、肉体もより筋肉質の物に変化していく。

 

 

「Gyaoooooooooooooooooo!!」

「うわぁ!?」

「ほ、吠えただけでこの衝撃……」

「俺達は、帝具の真の力をまだわかっていなかったようだな……」

 

 

そしてコロは咆哮を挙げる。しかしその咆哮は、それだけで大気を震わせ威圧だけでなく物理ダメージを与えられるほどの物とかしていたのだ。しかも拘束されていたコロは、そのまま四肢をちぎりつつも拘束を力づくで抜け出す。しかしそれもすぐに再生してしまう。

ヘカトンケイルの奥の手”狂化”。文字通り狂ったように凶暴化させるパワーアップだ。使用後はオーバーヒートを起こし、数か月間は動けないというデメリットがある。しかし、その分パワーアップの伸びしろはすさまじい物だ。

 

「コロ、まずはそいつらから殺せ!!」

 

そしてセリューは、そのままマインをそっちのけに先にジンたちを始末しようとコロを嗾けてきた。

 

「ガーちゃん、迎え撃って!」

「泰斗の拳士を、舐めるな!」

 

そしてミリアムのアガートラムとジンが、襲って来たコロを迎撃しようとパンチと飛び蹴りをそれぞれ放つ。そしてコロの方もアガートラムに向けて拳を振るう。

 

 

 

「うぇえ!? ガーちゃんの腕が……」

 

なんと、コロの拳とぶつかり合ったアガートラムの腕がひしゃげたのだ。先程は打ち勝てたパワーは、この狂化によって逆転してしまったのだ。

そしてその一方、ジンの飛び蹴りは見事にコロの頭に命中する。しかし……

 

 

 

「Gurururu……Gau!!」

「何……うわぁあ!?」

 

コロは全く堪えておらず、逆にジンを殴り飛ばしてしまったのだ。ジンはそのまま大きく吹き飛び、街路樹にぶつかる。しかもその衝撃で街路樹が倒れたのだ。

ジンの安否が気になり、エマが真っ先に駆け寄る。

 

「ジンさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫って言いたいが、体中が痛む。重トラックに跳ね飛ばされたみたいな、衝撃が……」

「!? ……分かりました、すぐに治療します」

 

ジン程の強靭な肉体を持ってしても、コロの攻撃の威力を殺し切ることも耐えきることもできていなかった。帝具の圧倒的な力を、再認識することとなる。そしてエマはそれを確認し、ジンに治癒魔法を使用する。

 

Lux solis medicuri eum.(陽光よ彼を癒せ)

 

ジンの胸に手を当てながら、呪文を唱えるとエマの手から光が発した。後は安静にしておけば問題ないのだが……

 

 

 

「コロ、今の内に殺せ!!」

 

そのままコロは、拳を振るってエマ諸共ジンを葬り去ろうとする。やはりセリューは先日の認識を完全に捨てたようで、殺すことにためらいもなくなっていたようだ。

 

「あたし達のこと、忘れんじゃないわよ!」

 

そしてマインの声が響いたかと思いきや、パンプキンの銃口から光線が放たれコロの拳を消し飛ばす。

 

「すみません」

 

続いてシェーレが駆け寄り、いつものように謝罪しながらエクスタスを開く。そしてその下半身を挟み切った。

しかし再生能力も強化されているようで、一瞬にして腕は再生していった。

 

「スマートミサイル、発射!」

 

そしてノエルも負けじと、何処からともなくミサイルランチャーを取り出して発射する。これによりコロは頭部を残して肉片と化す。しかし、まだ核を破壊し切れていないようで、徐々に再生を始めていったのだ。

そんな中、ミリアムを負ぶってガイウスが駆け寄ってきた。先程の咆哮でまだ腰が抜けているらしく、アガートラムも破損したため動けなかったようだ。

 

「お前達、今回はおとなしく逃げるべきだ。あまり長続きすると、警備隊が駆けつけてくるぞ」

「マイン、ここは彼の言う通りにしましょう」

「……仕方ないわね。けど、だからってこの仕事を辞める気は無いから」

 

そのままガイウスに促され、撤退しようとした矢先……

 

 

「え?」

 

いきなり、シェーレの背中から血飛沫があがった。突然の事態に皆が硬直するが、そんな中に背後から迫る人影があった。

 

「正 義 執 行!!」

 

セリューだった。いつの間にか催涙ガスでやられた目が回復しており、それによって攻撃に再び戻ってきたのだ。近寄ってきたセリューは、高く跳躍する。腕を切り落とされ、その中に仕込んでいた銃も破壊された彼女の攻撃手段に真っ先に気づいたのは、ノエルだったのだ。

 

(セリューさん、口の中にまで銃を……!?)

 

腕はまだ改造することへの抵抗はまだ小さいだろうから敢行してもギリギリでおかしくはないが、口、ひいてはそれがある頭への改造となれば話は別だ。頭には人体の活動を支える脳が修められており、口も体内に直接通じる為に異物の混入という恐れがあった。ここの改造まで平気で行うあたり、セリューの異常性が確かなものであると認識できた。このことに真っ先に気づいたのがノエルだったのは、出会った当初に親近感を感じ取った彼女だからだろう。

そして、セリューは周囲のメンバーが固まっている隙をついてシェーレの頭部にハイキックを放ち、首をへし折ってしまった。

 

「シェーレ!?」

 

マインが真っ先に我に返り、倒れたシェーレに声をかける。

 

「セリューさん、貴女はなんてことを!?」

 

続いてノエルが我に返り、セリューの胸ぐらを掴んで怒号を挙げる。

 

「貴方も警備隊にいるなら当然でしょう? 悪に屈するな、悪は断罪せよ、正義を全うするなら当然じゃないのか?」

 

セリューは相変わらず口角を挙げた狂気じみた笑みを浮かべ、ノエルに言ってのける。ノエルはもう、言葉は通じないと思いセリューを思い切り殴り飛ばす。

 

「セリューさん、私はあなたの正義を決して認めません。いつか、絶対に止めて見せます」

 

吹っ飛んだまま倒れ伏したセリューに対し、ノエルが宣言する。しかしその直後、周囲からざわめきが聞こえ始める。どうやら、警備隊が駆けつけてきたようだ。

 

「みんな、僕とガーちゃんで隙を作る。委員長はその間に転移術の準備お願い」

「わかりました」

 

そんな中でミリアムが提案を出し、そしてその隙を作るための行動に入った。

 

「ガーちゃん、ちょっと無理してもらうよ」

 

アガートラムにそれだけ伝えると、そのままアガートラムは巨大なハンマーに変形する。そしてミリアムはそれを手に取ると、ハンマーがジェット噴射して一気に飛びあがる。

 

「ギガント・ブレぇええええええええええイク!!」

 

そして一気に地面に振り下ろすと、巨大な地響きと共に衝撃波が辺りを走る。そして、そのまま近寄ってきた警備隊員たちを吹き飛ばした。

 

「ミリアムちゃん、今です!」

「オッケー!」

 

そのままミリアムが展開された魔法陣に飛び込むと、同時にマイン達を含めた全員がそのまま消えていった。

 

 

 

(私が正義じゃない……正義じゃないだと!?)

 

エマの転移術によってノエル達が去った後、セリューは他の警備隊員たちに保護されながらそんなことを考えて顔を不気味に歪める。

 

「わかった……お前がそう言うなら、私もお前を正義だと認めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対にこの手で殺してやる、ノエル・シーカーあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

ノエルに対しての憎悪に染まった表情で、セリューは叫んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、転移によって街の外に脱出したノエル達は

 

「あんた、魔法が使えるんでしょ! だったら、シェーレの傷もサッサと治してよ!」

「それが、そうもいきません」

「なんでよ、一日一回とかそんな制約でもあるの!?」

 

エマに頼み込むマインだったが、何故か断ってしまうエマ。そして、その理由を説明し始めた。

 

「シェーレさんは背中から心臓を正確に撃ち抜かれて、血を流しすぎています。しかも、体内に弾丸が残ったままだから、このまま治療してもどの道助かりません」

「大した設備も無しに、そんな大手術も出来ん。俺達じゃ、もう手が施せん」

「そんなこと……」

「マイン、もう、いいです」

 

マインがエマとジンに反論しようとするも、シェーレ自身から静止がかかる。

 

「これも、きっと報いです。だから、いいんですよ……」

 

息も絶え絶えに、シェーレは伝えた。そして、次はエマに声をかける。

 

「エマさん、前に会った時の忠告、破って、すみません」

「……でも、あなたがそれを選んだならとやかく言いません。私も、あの時こう言いましたから、異存はないです」

「そうで、すか。ありがとう、ござい、ます……」

 

そして、エマに礼を言うと、そのまま安らかな笑顔で息を引き取った。

 

「おいおい、こりゃどういうことだ?」

 

直後、レオーネが駆けつけてきた。そして事情を聴いて、こと切れたシェーレとその傍にあったエクスタスに眼をやる。

 

「……そうか。わざわざ、助けてもらって悪かったね。下手すりゃ、シェーレの亡骸とエクスタスを向こうに持ってかれただろうし」

「出来れば、命も助けたかったから残念だ。革命軍とナイトレイドの思惑に同意は出来んが、だからと言って死んでいいなんて道理も無いからな」

「セリューさんの場合、それが死んでもいいと本気で思ってるんでしょうね」

 

レオーネとジンの会話を聞いていたノエルは、セリューの人柄を再認識して告げた。

 

「リィンさんはシェーレさんと交戦していたから、ちゃんとこのことを伝えるつもりです」

「……あの兄ちゃん、リィンなら大丈夫だと思うけど、気にやまないよう伝えてくれ」

「ああ。そのつもりだ」

 

そして、レオーネ達に別れを告げて一行は拠点へと戻っていった。

 

 

リィン達は帝国内で大っぴらに行動しすぎたと思い、帝都内の宿から離れてメルカバを一時的に拠点とすることに決めていた。

 

「……そうか、彼女が死んだのか」

「はい。まさか、あんなセリューさんがあんな過激思想で、しかもナイトレイドを一方的に悪だと思っていたなんて……」

 

そしてノエル達から、シェーレの最期と新たな異常性を聞くリィン達。

 

「あんな頭のおかしい悪人ばっかりだと思っていたけど、まさかそんな形で歪んでいる人がいたなんて」

「もう、本当にとんでもない国ね、ここは」

 

エステルとヨシュアも、あまりの異常性にうんざり気味だった。そんな中、ノエルがロイドにあることを進言する。

 

「ロイドさん、確かもうすぐ補給のためにカレイジャスがこっちに戻ってくるんですよね? で、それで一回向こうに戻りたいんですけど」

「ノエル、まさか……」

「はい。ギヨームさんが警備隊実装用に試作している、あれを」

 

どうやらクロスベルで何かの武器が開発中らしく、ノエルがテストをするらしい。

 

「セリューさんを止める為にも、今の装備じゃ心もとないので出来るだけ準備をしようと思うんです」

「……わかった。ノエルなら、きっと使いこなせるはずだから、頼むぞ」

「僕も一回、ガーちゃんの修理で戻らせてもらうね」

「ジンさんはまだ全快じゃないので、私が看病しておきますね」

「ああ、頼む。俺も気孔で、何とか回復を早めるからそれまで戦力ダウンを許してくれ」

 

そのまま、ノエルとミリアムが一時離脱、ジンも療養目的で戦線から外れることとなった。

 

(人を人とも思わない外道、金と権力に溺れた司法機関の人間、歪んだ正義感を持ったまま大人になった戦士……この国の歪みは、ここまで俺達の範疇を超えたものだったのか……)

 

そんな中で、立て続けに見てきた異常な世界に、リィンは不安を大きくしていく。




シェーレはリィン達の心を抉るために救済しない方向で行きました。ファンの皆様、すみません。
そしてノエルとセリューに因縁を持たせましたが、どうなるかを楽しみにしていただければ幸いです。


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第11話 三の獣、落ちた剣聖

サブタイが不吉ですが、まあ楽しんでくれたら幸いです。


シェーレが死んでから二日が経過。ナイトレイドのアジトで一時過ごしていた、リィンやエステルは焦燥していた。抜けているところはあるが、優しく人当たりの良い女性だった。殺し屋になるきっかけとなった事件で両親は殺されたらしいが、それでもナイトレイドの仲間を含めて彼女に傍にいて欲しい人はいるはずなので、それらの人々もいたたまれない気持ちだろう。

 

 

 

「みなさん、緊急事態です!」

 

そんな中、サリア達異民族の協力者が慌てた様子でメルカバのミーティングルームに入ってきた。何事かと思いきや、最近になって危惧していた事態が訪れてしまったらしい。

 

「例のエスデス将軍が、戻ってきた訳か」

「はい。北方異民族が強いから、もうしばらくかかるとは思ってたんですが……」

「いや。彼女のありえない強さを、この間確認させてもらったから予感はしていた」

 

ロイドの言葉に首を傾げるサリアだったが、早速用意されたエスデスの戦闘の様子を撮った映像を見せられて納得する。

 

「こ、こんなの……人間も危険種もあっけなく負けて……勝てるんですか、これ?」

「正直、今の戦力じゃ厳しいな。聞いたように、ノエルが武装の準備、ミリアムがアガートラムの修理に一回戻ることになった。しかもジンさんが療養に入ることになったから、本格的に動けるのは最低でも一か月は先だろうな」

 

明らかな戦力ダウンが確定した今、それが大きな問題となっていた。

 

『西ゼムリア連合調査隊に報告! 繰り返す、西ゼムリア連合調査隊に報告!!』

 

直後にメルカバ艦内にアナウンスが流れ、あることを告げた。

 

『エレボニア帝国所属、高速巡洋艦カレイジャスを確認! 補給及び人員交換のため、関係者は艦の外で待機を!』

「……どうやら、助っ人が来てくれたらしい。とりあえず、表に出て迎えるか」

 

そして、迎えようと外に出ると、レクターがカレイジャスから降りてきた。

 

「よう、出迎えご苦労さん」

「アランドール大尉、増援が来てくれたらしいですけど誰が?」

「残念だが、他の支援課メンバーはクロスベルで仕事があるからもう少し後になるぜ。けど、かなり頼れるお前さんの知り合いが来てくれた」

レクターのその言葉の直後、彼の背後から一人の人物が現れた。

 

「ロイドさん、お久しぶりです」

「リーシャ!? 君が交換の人員なのか!」

 

現れたのは、紫の髪と同じく紫の東洋風装束をまとった女性だった。装束は腰回りを中心に、何故か露出度が高く扇情的な印象を与える。

彼女の名はリーシャ・マオ。カルバード共和国の東方人街出身で、クロスベルを拠点とする劇団アルカンシェルの三大スターが一人だ。しかし彼女の家は代々暗殺者を生業としており、東方人街の魔人と伝えられる技の継承者"銀"の名を継いだ人物でもあった。

 

「アルカンシェルが新作の構想のためにしばらく休業するとのことで、今回のミッションで補充要員として来させてもらいました。ミッションの特性上、わたしの力はきっと役に立つはずです」

「……そうか。ありがとう、リーシャ。君がいてくれて、心強いよ」

 

予想以上に強力な助っ人に、ロイドも俄然やる気が満ちる。クロスベル解放時にリィンと交戦したことがあるロイドだが、その時のひたすらなまっすぐさはリィンも羨むほどのものだった。

 

「それじゃあロイドさん、少しの間お別れです。近いうちにランディ先輩やティオちゃんも来れるはずなので、その時にまた」

「ああ。それじゃあ、またな」

 

そして補給物資を降ろした後、カレイジャスはノエルを乗せて再びゼムリア大陸へと飛び去って行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

北方異民族の制圧を完了したエスデスが、ついに帝都へと帰還した。そして宮殿を訪れたエスデスは、謁見の間に玉座に座る工程を前に、普段被っている帽子を取り、膝をついて首を垂れている。

流石に君主への礼儀は持ち合わせているようだ。

 

「エスデス将軍、此度の北異民族の掃討、見事であった。褒美として金一万を用意してあるぞ」

「ありがとうございます、陛下。北に備えとして残して来た兵達に送ります。喜びましょう」

 

皇帝からの褒賞に対し、礼を言いながら使い方も語る。残虐非道ではあるが、部下のケアも出来るなどある程度の良識や矜持は持ち合わせているようだ。

 

「戻って来たばかりですまないが、仕事がある。帝都周辺にナイトレイドなどの凶悪な輩が蔓延っていて、さらに警備隊長のオーガや有力な貴族が逮捕される事件が多いのだ。後者を促した者を含めた賊達を、将軍の武力で一掃してほしいのだ」

「わかりました……ですが一つお願いがあります」

「うむ、兵か?なるべく多く用意するぞ」

「いえ、敵には多くの帝具使いがいると聞きます。そのような相手に大兵力を投入しても、いたずらに被害を増やすばかりです」

 

エスデスは早速皇帝からナイトレイドを筆頭に、敵対勢力の討伐を指示する。戦力の要請はエスデスもするつもりだったらしいが、帝具使いを相手に普通の戦力をぶつける気は無いようだ。しかし、そのための代わりの戦力は、中々にすさまじい物だった。

 

「6人の帝具使いを用意してください。帝具使いのみの治安維持部隊を結成するので、兵はそれで充分です」

 

流石にこの要請は、皇帝と大臣も二人揃って目を丸くする。それもそうだ、帝具は数が限られている上に適性のない人間には使えない。軍の関係者全員を調べても揃えるのは難しいだろう。

 

「将軍には三獣士と呼ばれる帝具使いの部下がいたな。そこに、更に6人もか……」

「陛下。エスデス将軍になら、安心して兵を預けられます」

 

しかしエスデスは武力も知力も、帝具適性も他を圧倒する者を持っているために最強を名乗れている。そんな彼女の軍は練度も高く、指揮系統も優秀だった。ゆえに、大臣もそれを材料に皇帝を了承させることは容易だと思ったようだ。

 

「うむ、お前が言うなら安心だ。用意できそうか?」

「勿論でございます。早速、手配いたしましょう」

 

皇帝も大臣を信用し切っている上にエスデスの武勲も知っている。そのため、すぐに了承してしまった。より強大な敵が誕生するのも時間の問題だ。

そんな中、皇帝はエスデスにあることを告げる。

 

「苦労を掛ける将軍には、黄金だけでなく別の褒美も与えたいな。何か望む物はあるか? 爵位とか、領地とか、何でもいいぞ」

 

エスデスは先の北方異民族の制圧時にサディスティックな笑みを浮かべていたため、本性は戦闘と虐殺を好む危険思想である可能性が高い。しかし、皇帝は純粋に国に尽くしてくれていると思ったのか、個人的な褒美を取らせようとしていた。このあたりは、年相応の純粋さが垣間見えていた。

 

「……そうですね。あえて言えば」

「言えば?」

 

そんな中、エスデスは何か欲しい物があるようで、皇帝の言葉に乗るようだ。しかし、その欲しい物は……

 

 

 

「恋をしたい、と思っております」

 

その後、エスデスからの以外すぎる褒美の申し出に、皇帝と大臣は恋人にしたい男の条件を描いたリストを渡して謁見の間を後にした。

 

「お前達に新しい命令をやろう。今までとは、ちと趣向が異なるが」

 

そしてエスデスは中庭に出ると同時に声をかけると、三人の男が現れた。異民族制圧時にいた、三獣士であった。

それぞれ、初老の男性がリヴァ、小柄な少年がニャウ、白目の大男がダイダラである。三人ともエスデスの側近で、特にリヴァは元将軍という経歴から圧倒的な強さを秘めていた。

 

「何なりとお申し付けください、エスデス様」

「僕達3人は、エスデス様の忠実な僕」

「如何なる時、如何なる命令にも従います」

 

リヴァはかつてオネスト大臣へ賄賂を贈らなかったために更迭されたところ、エスデスが周囲の文官たちを黙らせて配下したため、その武で他を黙らせる存在感に魅せられた。ニャウは美しい女性の顔の皮を剥いでコレクションするという残虐さから、自分以上に残虐であろうエスデスに憧れた。そしてダイダラは最強を目指して武者修行していたところ、挑んだエスデスに返り討ちにされて純粋な武力に惹かれた。

三人とも、経緯や理由は様々だがエスデスに心酔する忠臣だったのである。

そして、エスデスから与えられたある任務を遂行するため、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

”良識文官を暗殺し、ナイトレイドの仕業に偽装する任務”を

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

エスデスの一件の翌日、とある辺境の村

 

「蒼き炎よ、我が剣に集え……」

 

リィンはその村を襲撃する、という危険種の大群と戦っていた。そして、その太刀に真っ青な炎をともして構えを取る。そして群れに突撃し、斜め袈裟斬りと横一線を放つ。炎を伴った斬撃は、広範囲にマーグドンたちを切り裂く。

 

「はぁああ……でやぁあ!!」

 

そしてとどめの縦一閃をすれ違い際に放つと、群れは中央から大爆発を起こしたのだ。爆炎が収まると、辺りには切り裂かれた上に焼け焦げたマーグドンの死骸が転がっている。

 

「これで、もう全滅したでしょう」

「ありがとうございます。マーグドンは食用にもなりますから、暫くは生活まで安泰ですわ」

「それじゃあ、私達はこれで」

 

リィンはそのままアリサを連れて、バイクで村を離れていった。

 

 

「リィン、少しは気が紛れたかした?」

「思ったより、紛れないものだったよ。正直、ここ最近嫌なものを見すぎたからな」

 

リィンがこうして辺境まで遠出していたのは、ここ最近に見聞きした出来事の連続によるものだった。自分達が交戦した物を含めた、人を人と見ずに残虐な仕打ちを繰り返す貴族と、保身や小金欲しさ、又は同じような性癖に味を占めて配下になった者達。

フィーが交戦した首切りザンクのような、歪んだ環境に居続けた所為で心を壊してしまった人々。先程の貴族の中には、このような者もいたのかもしれない。

そして、最後に先日ノエル達が交戦したセリュー・ユビキタス。間違った正義を抱いてしまい、それを誰からも咎められずに大人になった所為で悪=即死刑を正しいと判断してしまった。

あまりにも歪みが大きすぎたせいで、様々な経験をしたリィンやエステルも流石に心が折れそうになっていた。

リィンはこうして、自分を奮い立たせようと拙しい村で危険種討伐や食料の寄付といった慈善活動乗り出していた。

 

そしてバイクを走らせてメルカバの停泊ポイントに戻る最中、何処かから轟音が鳴り響く。

 

「何、今の音!?」

「アリサ、行くぞ!」

 

そしてバイクの進路を音のした方に向け、一気に疾走する。そして、バイクを林の中に停めて音のする現場に足を踏み入れた。

 

「せ、戦闘中なの?」

「戦力差が圧倒的だ。これは最早、蹂躙だ……」

 

リィン達の視線の先に現れたのは、ほぼ蹂躙と言っていい激戦だった。銃や槍で武装した何十人もの兵達が、わずか三人の男に次々と屠られたのだ。それは、エスデスの忠臣である三獣士によるものだった。

そして、ダイダラが兵が守っていた馬車に向け、斧を分割して投擲しようとする。

 

「やめ……」

 

リィンが静止しようとするも、間に合わずに斧は馬車を粉砕する。リィン達がそれを見てつい動きを止めてしまうが、その時に三獣士に気づかれてしまう。

 

「ん? おいリヴァ、なんか変な奴らが紛れ込んできちまったぞ」

「目撃されたようだ、始末するぞ」

「あんまり経験値持ってなさそうなガキだが、仕事なら仕方ねぇな」

 

リヴァに促されたダイダラは、そのままリィンに向かって飛び掛かる。そして斧を直接叩き付けてきた。咄嗟に二人は回避するが、ダイダラの攻撃は大きく地面を粉砕してしまった。

 

「ほぉ……防御じゃなく回避に回ったか。前言撤回、思ったより経験値はありそうだな」

「まさか、その経験値とやらの為に今の人達を殺したのか?」

「まあそれもあるが、仕事が本文だな。けど、それは流石に明かさないぜ」

 

リィンはダイダラの思惑と彼を含めた三獣士の任務に、警戒心を強める。そして、刀を抜いて臨戦態勢に入った。

 

「アリサ、高位アーツで制圧を頼む。俺は駆動時間を稼ぐ」

「わかったわ。それじゃあ、一気に行くわよ」

 

そして、そのままリィンがダイダラに飛び掛かり剣戟が始まった。ダイダラは斧を分割し、二刀流で打ちあう。大柄な体の彼だが、リィンの素早い攻撃に対応している辺り、筋肉バカではないらしい。

 

「ほぉ。俺のベルヴァークと打ちあっても欠けないとは、その刀は帝具なのか?」

「生憎、俺のは帝具じゃないさ。特殊な素材を信頼できる人に加工してもらった、特注の刀だ」

 

リィンの刀の銘は”利剣「緋皇」”。マナと呼ばれるエネルギーが結晶化したレアメタル・ゼムリアストーンを加工した、超硬度と切れ味を誇る名刀だ。リィン達は最低限武装は万全の物にしておこうと、武装を全ゼムリアストーン製に揃えていた。

 

「ダイダラばかりを相手にしても、攻撃は止まんぞ小僧!」

 

さらにリヴァが上着の下に仕込んだ瓶から、水を操作して撃ちだす。それに気づいたリィンだったが、咄嗟に気づいて体を回転、飛んできた水塊を叩き切る。そして直後にダイダラの一撃が迫るも、どうにかバックステップで回避した。

 

「さらに、追撃だ! 濁流葬!!」

 

しかしリヴァがさらに攻撃の仕草に入ったかと思うと、何と地面から凄まじい水柱が噴き出し、それが別れてリィンとアリサにそれぞれ向かって行った。

 

「きゃああ!?」

「アリサ! ぐっ!?」」

 

そのままリヴァが操る水流に、二人して飲まれてしまった。しばらく水に飲まれたかと思うと、二人とも衣服に無数の切り傷を付けられ、いくらか出血している。

 

「私の帝具ブラックマリンは、振れたことのある液体を自在に操る力がある。故に、水流の中で部分的に硬化させて刃にしてお前達をズタボロにしてやったわけだ。そしてこの辺りは地下水が多いのでな、攻撃手段には事欠かないのだよ」

 

想像だにしなかった攻撃と、ブラックマリンの予想以上の性能に思わぬ致命傷を受けてしまう。

 

「か、完全に油断した。まさか、こんな……」

「リィン、今セラフィムリングで回復を」

 

そしてアリサが咄嗟に、回復用のアーツを使おうと再びARCUSを駆動させようとする。しかし……

 

 

 

「あ、あれ?」

「な、なんだこれは……」

 

急に何処からか笛の音色が奏でられたかと思うと、リィン達は謎の脱力感に飲まれてしまう。その直後、最初に見て以降姿のなかった最後の三獣士、ニャウが現れた。

 

「僕の帝具スクリームの演奏、これで二人の精神に干渉させてもらったよ。帝具なしで僕達に挑むだけ上等だけど、まあやるだけ無駄だったね」

 

そしてニャウは演奏をやめたかと思うと、いきなりアリサに近寄りながら懐からナイフを取り出す。

 

「お姉さんいい顔してるね。その顔の皮、頂戴」

「え、な、何?」

「僕の趣味は綺麗なお姉さんの顔の皮を剥いでコレクションすることなんだ。君はその中でも、最上級だと思ったんだ」

 

ニャウが自身の以上性癖を語り、アリサの表情が恐怖に染まる。逃げようにも、リヴァの攻撃によるダメージとニャウの精神干渉で身動きも取れない。

 

「おまえ、アリサに近づくな……ぐわぁあ!」

「手間を取らせた罰だ。お前は連れが目の前で殺される絶望を味わってから、あの世に行くんだな」

 

ニャウを止めようと無理やりに動こうとするリィンだが、リヴァに踏みつけられて動きを封じられた。

 

「あ、アリサ……」

「その様子からして、恋人のようだな。お前も彼女も、我々の仕事を目撃したのが運の尽きだったようだな」

 

 

 

(正直、今の俺があれを使ったら暴走するかもしれない。けど、アリサが死ぬくらいなら……)

 

リィンがそう思った直後、彼の体から禍々しい黒いオーラが立ち上る。しかも、徐々に髪が白く染まっていくのまで確認された。

 

「コイツ、いきなりなんだ!?」

「リヴァ、なんかやべぇぞ!」

 

リィンの得体のしれないソレに、ダイダラまでが警戒モードに入る。しかし、リィンがそれを発動することは無かった。

 

「爆雷符!」

「うわぁあ!?」

 

ニャウがアリサに近寄るより前に、ニャウの足元に札のついた苦無が刺さった。かと思いきや、それが爆発したのだ。

 

「こ、これはまさか」

「ブレイブスマッシュ!!」

「「ぐわぁあ!?」」

 

リィンが何かに気づいた直後、更に誰かが闘気を纏いながら高速回転して突貫、リヴァとダイダラを吹き飛ばした。

 

「二人とも、大丈夫か!?」

「帰りが遅いと思ったら、まさかこんなことになっていたなんて」

 

駆けつけたのは、ロイドとリーシャだった。ここに来て最高の助っ人が駆けつけたのだった。

 

「ほぉ、仲間がいたか。柄にもなく油断してしまったな」

「いてて……けど、もっと経験値持ってそうなのが来たな。我慢した甲斐があったぜ」

 

立ち上がるリヴァとダイダラだったが、まだそろって戦闘意欲があった。

しかし、こちらにその気があるかと言えば違った。

 

「あんた達は止めるべきなのかもしれないが、今は仲間の安全を優先させてもらう」

 

そう言って、ロイドは懐から何かを取り出してそれを思い切り投げつけた。

 

「うわぁあ!?」

「まぶしい!」

「閃光弾か、忌々しい…!」

 

ロイドが投げたのは、フィーから借りた閃光弾だった。もしもに備えて万全の準備をしてきたのだろう。

光が晴れると、リィン達の姿は何処にもなかった。

 

「逃げたみたいだな。今の連中、なんだったんだろうな?」

「そういえば、皇帝や大臣が官僚が次々に逮捕される事件が良く起こるようになったって言ってたっけ。帝国じゃみない恰好だったし、それを促した連中かな?」

「いずれにしても警戒に値する人物だろう。エスデス様に報告するぞ」

 

そして三獣士たちはある一文の書かれた紙をばらまいて、その場を去っていった。

 

『ナイトレイドによる天誅』と書かれた紙を。




次回はいよいよ作中屈指のトラウマと名高い(?)チョウリ親子のイベントに入ります。当初はそちらを投稿しようと思ったんですが、先の展開的にリィンを敗走させたかったんで急遽この話を作りました。心に傷を負い、敗北までしたリィンに明日はあるのか?


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第12話 動き出す蛇・鋼の聖女

もうサブタイがネタバレになりますが、スピアの扱いと三獣士たちの末路について判明します。


「どうやら、彼らの狙いはナイトレイドの評判を落とすことらしいな」

 

先日の三獣士との戦闘後、その跡地から発見された犯行声明をロイドが発見して推測した。そして同様に隠居していたベテラン、期待の若手といった良識文官達が立て続けに殺される事件があった。ナイトレイドの暗殺は、革命軍直々の依頼か一般市民による復讐代行の二通りである。ナイトレイドの正体を知らずとも、復讐代行人という立場から民草の中にはナイトレイドを信奉する者もいるという。しかし急に人の恨みを買わないような人間が立て続けに殺されるとなると、不信感を買うことになる。

しかし、すぐにガイウスがあることに気づいてそれについて進言する。

 

「しかし、ナイトレイドは犯行声明を出さないから周りから疑われるのではないか?」

「それがどうやら、相手はあの映像に映っていたエスデス将軍の部下達みたいなんだ。つまり、帝具使いで圧倒的な強さだから自然と疑われるという物らしい。後、これは推測なんだが」

 

しかしロイドは捜査官という職業上、敵の行動がどういう結果をたたき出すかという分析を冷静にやってのけた。しかもそれだけでなく、彼らの他の狙いもあるという推論をしたのだ。

 

「おそらく、この悪評を基にナイトレイドをおびき寄せるのが真の狙いだろう」

「!……なるほど。革命軍にとっても、国を憂いている文官は守りたいし今後の活動への支障を出したくないから、早期に連中を叩こうということか」

 

帝国側が本格的なナイトレイド対策をしているために、大臣の知略やそれを実行させるためのエスデス配下の力を再認識する。しかし、そんな中でガイウスはあることが気になった。

 

「しかし、リィンがあそこまでやられるとは思いもしなかったな。八葉一刀流を皆伝したなら、リィンも剣聖になっているはず。あの力も合わせれば、例の将軍クラスでもなければ勝つのは容易なはずだが……」

 

実際、八葉一刀流を皆伝したエステルの父カシウスや、クロスベルの元A級遊撃士アリオスも、武術の境地と言われる『理』に至った驚異的な戦闘力を有している。リィンも本来ならこの境地に至っているため、三獣士も一人くらいは倒せる筈だった。しかし、ロイドはそれについて何か思うところがあり、それをガイウスに語った。

 

「おそらく、今のリィンは精神的に斑があるんだろう」

「斑、とな?」

「内乱終結の英雄に仕立て上げられ、利用された。しかも親友がその内乱の末に亡くなってしまって、すべてが解決した今でも引き摺っているんだろう」

「だろうね。それに、わたし達も含めてこの国で嫌な物を見すぎたし」

 

その会話に、いつの間にかフィー割って入ってくる。

 

「今までわたし達が直面した問題とは、方向性も質も違いすぎる。だから、それでメンタルをすっごい削られたんだと思うよ」

「……やっぱり、なのか?」

「うん。わたしも、ザンクの一件でしばらく塞ぎ込んでたし」

 

ここ最近、フィーだけが他のメンバー達と顔を合わせる様子があまりなかったが、やはりザンクの一件が堪えていたらしい。

 

「心を乱してはまともに戦えない。正直、リィンがこうだと厳しいな」

「ああ。俺達がフォローしないとだめだ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その更に数日後

ロクに舗装もされていない道を、何十人という護衛を引き連れて移動する馬車があった。馬車に乗っていたのは頭のてっぺんが見事に光り輝く初老の男性と、長い金髪が目立つ美少女だった。

男性はオネストの前に大臣を務めていたチョウリという内政官で、隣の少女はその娘でスピアという。チョウリはオネストによって増長した腐敗を止めるべく、隠居生活を終えて再び政治の舞台に立とうとしていた。現在、そのために帝都へと向かう途中である。

しかし、ここに来るまでに何度も野盗の襲撃を受けたため、護衛がいなかったら今頃死んでいたかもしれない。

 

「お前にも苦労を掛けるな、スピア。こうして護衛まで買って出てもらって」

「そんなことはありませんよ。私が皇拳寺槍術を学んだのは、今この時こうして父上を護るためだったのですから。寧ろ、ようやく本懐を遂げたとも言えます」

 

スピアは本人も語るように、かつて皇拳寺で槍の鍛錬を積んでおり、それにより見事皆伝を取得したという。

そんなスピア自ら、この精鋭部隊を率いて父チョウリの護衛を務めているという。親孝行な上に腕の立つ少女である。

そんな中、親子に魔の手が忍び寄る。馬車の進行先に、三つの人影があった。そう、三獣士だ。

 

「また賊か……治安の乱れにも程があるぞ!!」

 

しかし、遠目で三人の様相もわからず、チョウリはここまでに襲ってきた賊達と同じだと勘違いしてしまったのだ。そしてそれを聞いたスピアは馬車から降り、槍を構えながら兵達に指示を送る。

 

「陣形を組め! 今までと同じように蹴散らす!!」

 

スピアの指示を受けて、兵達は一斉に三獣士達を囲む。そして、一気に制圧にかかろうと飛び掛かった。

しかし、相手が悪かった。

 

 

「な!?」

 

ダイダラはベルヴァークを分割し、投げずに直接斬りつけた。しかしその威力は、一瞬で十数人の兵達の胴を両断したのだ。

更にダイダラの攻撃は続き、スピアにも放たれたが咄嗟に槍を構えて防御に入った。

 

「うわぁあ!?」

 

しかし、防御し切れずに槍は束が折れてしまい、スピアは腹部に大きな切り傷を作ってしまった。圧倒的重量のベルヴァークと、それを使いこなすダイダラの膂力が合わさった一撃は、武術の達人たるスピアでも太刀打ちできなかった。

 

「さて。それじゃ標的でもやらせてもらうか」

 

ダイダラは大した経験値も得られないと判断したのか、まだ息のあるスピアを無視して馬車に斧を投げつけた。咄嗟にチョウリが馬車から飛び降りたものの、馬車は一撃で粉砕された。そしてそのまま、ベルヴァークはダイダラの手元に戻ってきた。

ベルヴァークの効果は標的としたものを自動追尾する、という物だったが、標的をチョウリではなく馬車にしたためこれで攻撃が終了したのだった。

 

「やるね~お姉さん。ダイダラの攻撃から生き残るなんて」

 

そんな中、ニャウが膝をついているスピアに近寄りながらナイフを取り出す。アリサの時に未遂に終わった、己が性癖を満たそうと動き出した。

その一方、どうにか脱出したチョウリはその場を離れようとしたが、その先には既にリヴァが待ち構えていた。

 

「お、お前は帝国の士官か!?」

「はい。あなたの政治手腕は尊敬しておりました」

 

チョウリに対してリヴァは礼を取る。標的であるとはいえ、恨みはないので最低限の礼儀は尽くすようだ。

 

「ならばなぜ、私の命を狙う!?」

「主の命令は絶対ですので」

 

そしてチョウリの問いかけに答えた直後、リヴァはその首を斬り飛ばしたのだった。それも手刀で。

斬り飛ばされたチョウリの首が宙を舞う中、リヴァは冷静に任務の達成を確認する。

 

「さて。ダイダラ、帰還するぞ。ニャウもその娘の始末は……!?」

 

そしてリヴァがニャウに帰還の呼びかけをした直後、いきなり自分を目掛けてすさまじい勢いで何かが飛んできた。咄嗟にダイダラと共に回避をするが、それは飛んでいった先の崖を一瞬で粉砕してしまった。

 

「な、なんだ今の威力は? ベルヴァークでもあんなこと出来ねぇってのに……」

「リヴァ! ダイダラ! あのお姉さんがいきなり消えちゃったよ!」

 

ダイダラが威力に戦慄し、リヴァも開いた口が塞がらない。そんな中、ニャウが駆けつけて非常事態を告げた。

 

「消えた、だと? どういうことだ?」

「いきなり甲冑姿の変なお姉さんが斬りかかってきたと思ったら、爺さんの娘だっていうあのお姉さんを抱きかかえて消えたんだよ! なんか残像みたいなのが見えたから、たぶん走ったみたい!」

 

ニャウが言っていることを一瞬理解できなかったが、帝具の中にそれを可能とする物があるかもしれなかった。

 

「……間に合いませんでしたか。貴殿の父をはじめとした大勢の命、守れなかったことを深くおわびします」

 

そんな中、凛とした女性の声が聞こえた。現れたのは甲冑を纏い、兜に収まり切らない腰まである金髪と、地面まで届く長いマントと嫌でも目立つ格好だった。そう、エスデスと三獣士が去った後に城塞都市に現れた、あの女騎士だった。そしてその隣には、スピアを抱きかかえた茶髪に甲冑を纏った少女騎士の姿があった。こちらは兜から顔が見えるようになっていたため、人相で少女だと判断された。そしてその少女に抱きかかえられ、スピアが父の死を悲しんで泣いている。女騎士はどうやら、チョウリを救えなかったことをスピアに謝罪しているようだ。

 

「へぇ……お姉さんが僕のお楽しみを邪魔してくれたんだね」

「はっ! 顔の皮を剥ぐなんて、悪趣味にもほどがありやがります。邪魔して当然ですわ!」

 

スピアを抱きかかえた少女が、どこか間違えているお嬢様口調でニャウを罵倒する。そんな中、リヴァは女騎士の言葉に引っ掛かりを覚えて問い尋ねた。

 

「ほう……先程の貴様の言葉、どうやらチョウリ元大臣を救うつもりだったようだな」

「ええ。戦は非情なのは承知ですが、貴殿達は戦えぬ者の命も弄ぶので許容しかねませんので」

 

そして今度は女騎士が、三獣士達に問いかけた。

 

「貴殿たちの不可思議な力、帝具と見受けましたが間違いないでしょうか?」

「まあ、そうだな。どうせ答えても減るもんじゃねえし、打ち明けさせてもらうぜ」

「そうですか……」

 

女騎士の質問にダイダラが律儀に答える。すると、女騎士の口からその目的が語られる。

 

「私は我が盟主の命により、全ての帝具を破壊すべくこの大陸を訪れました。虐殺の意志は無いので、帝具を置いて去るなら貴殿たちの愚行に目を瞑りましょう」

 

そして少しの沈黙の後……

 

 

 

「あっははははははははははははは!! あんた何言ってんだ、ちゃんちゃら可笑しいな!」

「そうだね! 確かに今の攻撃には驚いたけど、お姉さんの今の言葉、一人で帝具使い三人を相手に勝てるってことじゃない! エスデス様ならともかく、そんなこと……」

「ダイダラもニャウも五月蠅いぞ。しかし、今の我らが相手にならないという発言は捨て置けんな」

 

爆笑するダイダラとニャウを叱りつつ、リヴァは手袋を取って指輪を見せる。この指輪こそがリヴァの帝具ブラックマリンだった。

正式名称”水龍憑依”ブラックマリン。水棲危険種の中には水を操作して攻撃に用いる物が存在し、そのための器官を指輪に加工した帝具だ。故に、装着者に触れた液体を操作する力を与えるのだ。

 

「仮にも私は元将軍、そこの二人も実力を現最強であるエスデス様に見初められて帝具を与えられた。お前のような傲慢な物言い、すぐに黙らせてやる!」

 

そしてリヴァは近くの水たまりから無数の水塊を作り出し、それを女騎士に目掛けて撃ち出した。

 

 

「……抵抗しますか。ならば致し方ありません」

 

直後に女騎士は虚空から馬上槍(ランス)を取り出し、右手に持って構える。そして……

 

 

 

 

 

 

 

「はああああああああああああ!」

「何!?」

 

残像が見えるほどの超スピードで、連続突きを放った。それによりリヴァの攻撃は全て相殺され、三獣士全員が驚愕した。

 

「武力行使による帝具の破壊を遂行させてもらいます。貴殿たちが選んだゆえ、それによって命を落とそうとそれは貴殿たちの責任とさせてもらいます」

「なめやがって! 数とスピードでダメなら、パワーで押し勝ってやる!」

「ついでに、僕の演奏も喰らいな!」

 

女騎士の言葉を聞き、今度はダイダラがベルヴァークを左右に分割し、片方を投げつけてきた。

 

「デュバリィ、彼女を連れて安全な場所へと撤退を」

「はい。マスターの仰せのままに」

 

女騎士に呼ばれて、デュバリィと呼ばれたその少女騎士が命令を承諾、スピアを抱きかかえて撤退していった。少女は何かしらの転移手段を持っていたらしく、足元に現れた魔法陣の中にスピアと供に消えたのだ。

そして、完全に気配が消えると同時に女騎士は次の動きに入る。

 

「せやぁあ!!」

 

またも無数の刺突を放ち、飛んできたベルヴァークにぶつけ続ける。

そして……

 

 

 

 

 

 

 

「脆い、脆すぎる!!」

「「「な!?」」」

 

そのままベルヴァークの片割れは粉砕され、ダイダラだけでなく残りの二人も驚愕する。しかも、スクリームの演奏による精神干渉も全く効いていない様子だった。

 

「さて。それでは、改めて名乗らせてもらいましょう」

 

そして女騎士は、声高々に自らの名と異名を告げた。

 

 

 

 

「蛇の使徒が七柱”鋼”のアリアンロード! 全ての帝具の破壊という使命と、弱者の命を弄ぶ貴殿達に下す裁き、供に遂行せん!!」

 

そして凄まじい闘気を体から発し、アリアンロードは三獣士に突撃していく。

 

「二人とも、奥の手を使うから時間を稼いで!」

「わかった! それまでにこの女を弱らせておく!」

「一人で勝てたらエスデス様に並べるだろうが、流石に厳しそうだぜ!」

 

ニャウがそのまま奥の手だという演奏に入ったと同時に、リヴァとダイダラが攻撃に入った。ダイダラがアリアンロードに飛び掛かると同時に、そのまま打ち合いに入る。異常な重さのベルヴァークを振るうダイダラと、身の丈以上に巨大な馬上槍を操るアリアンロードは、揃って人外級の腕力を持っていると言っても過言ではない。しかしダイダラは先程ベルヴァークの片割れを失い、手数を減らされてしまったので苦戦を強いられる。

そしてついに

 

「ぎゃああああああああああああ!?」

「……片腕をいただきましたが、それも自ら戦いに赴いた貴殿の責任です」

 

一瞬の隙をついて、アリアンロードは自らの振るう馬上槍をダイダラの左腕付根に突き刺し、そのまま振り上げて腕をちぎり飛ばした。そして痛みでダイダラが怯んだ隙に、もう片方の腕を奪おうとする。

 

「喰らえ、血刀殺!」

 

直後、リヴァが技名を叫ぶ声が響いたと同時に、赤い液体が刃状になって無数にアリアンロードの背後から飛んできた。

血も液体の一種であるため、ブラックマリンの力で操作可能だった。本来、この血刀殺はリヴァ自身の血に毒薬を仕込んで相打ちに使うのだが、先程殺したチョウリや兵達の血で奇襲に用いたのだった。

 

「背後からの奇襲は見事ですが、まだまだ甘いですね」

 

しかしアリアンロードは攻撃を中止し、振り返って血刀殺を全て叩き落す。やはり残像が見えるほどの無数の刺突だったが、これをこうも何度も放てるためスタミナも尋常ではない。

そしてダメ出しと言わんばかりに、馬上槍をリヴァに向けて投擲した。

 

「それじゃ、今度は僕が相手するね!」

 

直後にニャウの声が聞こえたかと思うと、いきなり見覚えのない大男が殴り掛かってきたので回避に入る。その大男はダイダラと同じくらいの身長とガタイだったが、服装や髪形にニャウの面影が見えた。

 

「スクリームの奥の手”鬼神招来”。使用者限定の強化をする演奏さ」

「肉体の構造まで変えるとは、なんと面妖な……」

 

その異様な強化に、兜越しでアリアンロードは顔を歪める。そして直後、右手を掲げたかと思うと先程投げた馬上槍が虚空から現れ、その手に握られた。

 

「さて。それじゃあ僕も強化したし、一斉攻撃で行くよ!」

「言わずもがなだ!」

「もう経験値云々はどうでもいい! お前は絶対にぶっ殺す!」

 

そしてニャウは切断されたスピアの槍の穂先を手に取り、アリアンロードに飛び掛かる。加えて、リヴァも左腕を欠損し、そこから流れる血を織り交ぜての血刀殺を使用する。そしてダイダラもベルヴァークを投擲して、三獣士による四方八方からの一斉攻撃に入った。

 

「無駄です。アルティウムセイバー!」

 

今度はアリアンロードが技名を叫んだかと思うと、その場で一回転して勢いに任せて馬上槍で薙ぎ払う。その時に凄まじい衝撃が切っ先から生じ、全ての攻撃と飛び掛かったニャウが弾き飛ばされた。

 

「さあ、耐えてみなさい」

 

そしてアリアンロードはその言葉と同時に、体中から凄まじい闘気を発した。しかもそれが徐々に竜巻と化したのだ。

 

「我は鋼、全てを断ち切る者!」

 

そしてその竜巻は三獣士たちを飲み込み、体中を切り刻んでいく。

 

「これで、終わりです!」

 

そして最後にアリアンロードは馬上槍を構え、一気に突撃していく。そして……

 

 

 

 

 

 

 

「聖 技 グ ラ ン ド ク ロ ス !!」

 

三獣士たちの体を貫き、直後に大爆発を起こしたのだった。

そして爆風が収まった後、辺りを見回す。

 

 

「一人に逃がしましたか。ですが、どのみち長くはない筈ですね。しかし……」

 

ニャウとダイダラは体に風穴を開けて絶命し、その手元には帝具が落ちている。だがリヴァだけはおらず、帝具もそのまま持ち去ってしまったようだ。

 

「主に与えられた帝具、と言っていましたがそれだけは守ろうと……貴殿の忠誠心、それには敬意を表しましょう」

 

そしてアリアンロードは馬上槍でベルヴァークとスクリームを砕き、その場を去っていく。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そしてその日の夕刻

 

「リヴァ、どうしたのだ?」

 

エスデスは宮殿内に設けられた自室に戻ってきたリヴァを見て、目を丸くする。リヴァは片腕を落とされ、体中から血を流し、満身創痍に陥っていた。元将軍で、三獣士のリーダーである彼の戦闘力から、ここまで叩きのめされるのは予想外の事態だったのだ。

 

「え、エスデス様、報告申し、上げます……」

 

いつ死んでもおかしくない中、リヴァは途切れ途切れに報告を続ける。

 

「ち、チョウリ元大臣の暗殺に成功しましたが、報復を懸念し一人娘の始末をニャウに任せた矢先、謎の女騎士が妨害に入りました」

「女騎士?」

 

流石に騎士という単語は帝国でもあまり聞かないため、エスデスも聞き返してしまう。

 

「はい。アリアンロードと名乗ったその騎士は、帝具全てを破壊するのが目的らしいです。そしてその配下によって、娘を取り逃がしてしまいました。揚句、ニャウとダイダラが死亡し、二人の帝具も破壊されました。私は、この報告とブラックマリンを守るため、決死の覚悟で撤退を図った次第です」

 

そして事の次第を語り終えたリヴァだったが、段々血色が悪くなっていく。もう彼の命も限界が近いようだ。

 

「エスデス様、中途半端な任務の結果……申し、訳………」

 

報告の最後に、エスデスへの謝罪の言葉を送り、リヴァはこと切れた。そして死の間際、リヴァがつき出した手の平には彼の帝具である指輪、ブラックマリンがあった。そしてエスデスはそれを手に取ると、リヴァの亡骸に声をかける。

 

「お前達が死んだのはお前達自身が弱かったから、それは重々承知だろう。だが、新たな強敵の存在を知ることが出来たから、そのことだけは褒めておいてやるし、それに免じて仇も取ってやる」

 

エスデスの中で悲しみの色は薄かったが、それでも優秀且つ忠実なしもべを失ったことに、思うところがあったようだ。そして、敵討ちを決意する。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……貴方達が帝具を壊そうとする理由はわかりました。ですが、それが私や父上とどう関係が?」

 

スピアはアリアンロード達に連れられて、ある場所にやって来ていた。そこでアリアンロードに広間へと案内された先で、複数人の人物から話を聞いていた。

白衣におかっぱの金髪をした初老の男性。扇情的な黒い衣装を纏った女性。赤いコートを着た浅黄色の髪の男。白い貴族風衣装とマントを身に着けた、胡散臭い仮面男。黒いスーツにサングラスをかけた褐色肌の男。赤い髪に屈託のない表情を浮かべているが、人食い虎のような好戦的な雰囲気の少女。白い騎士風の服に剣を携えた少年。デュバリィを筆頭に、騎士姿をした三人の少女。緑の髪と赤いタキシード姿の少年。性別、様相、年齢、その全てに共通点は無いが、全員が得体のしれないオーラを纏っている。

 

「我々の目的は、盟主が全ての魂を導く手助けをすること。故に、貴方のいる帝国はその生涯となりえるので、武力の象徴たる帝具を破壊することになります」

「すべての魂を……」

 

あまりにも壮大すぎる話をしたアリアンロードに、スピアは驚嘆する。すると、騎士風の少年が声をかけてきた。

 

「俺はかつて帝国の暗殺部隊にいたが、この剣の前の持ち主に命を救われてから離反した。それで、俺は帝国を壊してそこに住む民だけを救うために、この結社に尽くすことにした」

「まあ、汚れ仕事が多いから闇を抱えていないと、執行者にはなれないっぽいけどね」

 

騎士風の少年に続き、赤髪の少女が補足説明をした。

 

「故に、貴女が結社入りするなら私たち鉄機隊に属することになりますわね」

 

最後にデュバリィが告げると、スピアは少し考えてから結論を出した。

 

「……まだ世界云々についてはわかりませんが、父の望んだ帝国の安寧になるなら、誘いを受けさせてもらいます」

「わかりました。まずは傷を癒すことに専念し、それが済んだら稽古をつけて差し上げます」

「それじゃあ話もまとまったし、改めて定番に入らせてもらうね」

 

スピアの一件が済んだ直後、緑髪の少年が前に出て、演劇の進行役のような仕草と共に宣言をした。

 

 

 

 

 

 

「執行者No.0”道化師”カンパネルラ。これより盟主の命代として、『オルフェウス最終計画番外幕”破帝計画”』の見届けを開始する」




先日、久しぶりに閃の軌跡Ⅰをプレイしてたら、アントンとリックスを出そうかと思ってしまいました。まあ、扱いに困るんで未遂に終わる可能性が大きいですが。


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第13話 壁を超える者 そして

今度は戦闘描写なしの語らいイベント。そしてラストで急展開に。


「何? チョウリ元大臣が死んだが、犯人と思しき集団も同日に死亡だと?」

 

三獣士による良識文官の暗殺、それが予想だにしない形で終わったという報告をナジェンダは受けていた。やはり早期から調査をして犯人の目星をつけようとしていたのだが、無駄に終わる形となっていた。

 

「ああ。で、護衛の一人で元大臣の娘だけが行方不明なんだってボス。例の偽物を潰したのがその娘か、潰した連中に連れてかれたか、どっちかみたいだ」

「その娘のスピアって子は皇拳寺の槍術で皆伝を取ったらしいけど、落ちていた帝具の残骸からその子と護衛だけで敵討ちするのは難しいみたいですよ」

 

伝書鳩の代わりに使われたマーグファルコンという危険種の持っていた報告書から、レオーネとラバックが状況の説明をする。

残骸から判明した帝具は、単純な攻撃力がずば抜けて高いベルヴァーク、精神に干渉するスクリームだ。一つ一つが一騎当千の力を与える帝具でそれを同時に使われたら、どれだけ優秀な戦士も勝ち目はない。

 

「ナジェンダさん、もう一つ報告なんですけど今日エスデスの配下でリヴァって奴の葬式があったらしくて、そいつも犯人なんじゃないかって予想されてるみたいですよ」

「リヴァ将軍が……エスデスの配下、だと?」

 

最後にされた報告でリヴァの名が出て来た時。反応したのはブラートだった。

 

「たしか、ブラートの軍時代の上司だったか?」

「ああ。牢に入れられた後で、何かエスデスに心酔するようなことでもあったんだろうな。正しい物が認められない今の帝国に、絶望しちまったんだろう」

 

オネスト大臣に賄賂を贈らなかったために更迭されたリヴァ。その所為で官僚たちに絶望してしまったブラートはエスデスに配下として見初められ、彼らを武力と権力の双方で黙らせることが出来たリヴァは爽快だったという。

長らく会ってはいなかったが、信頼していた上司だけあってある程度は察したのだろう。

 

「ボス。無茶は承知で、頼みたいことがある」

「なんだ? まあ、ある程度は想像がつくが……」

 

そんなブラートが伝えた頼みは、ナジェンダの想像通りだった。

 

「俺を帝都の墓地に行かせてくれねぇか?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「まさか、あの三人組があっさりと負けるとは」

 

ある日、ロイドたち支援課組は街での情報収取中、三獣士の戦死というニュースに混乱していた。そろって帝具使いな上に腕が立つため急な脂肪は戸惑いがあった。

 

「例のナイトレイドという人たちの仕業でしょうか?」

「その線もあるが、可能性は低いな」

 

リーシャは三獣士がナイトレイドに倒されて死んだと推測するが、ロイドは否定した。ロイド自身、彼らがナイトレイドの名を騙っていたのはその評判を落とし、良識文官を守るのと評判を守ろうとする本物をおびき寄せる、という物が推測された。

 

「どういうことですか?」

「まず、もし彼らを葬ったのがナイトレイドだったら、まずその殺された元大臣を死守するために陰から護衛に参加しているだろう。革命軍としても、政治で現大臣に対抗可能な人物は生き延びさせるだろうから、動きが入る前に別の勢力が彼らを始末したとみるのが妥当だな」

 

ロイドがリーシャの疑問に答える形で詳細を語る。ナイトレイドの任務は非常に高い危険が伴うため、条件はベターも許されず常にベストであるのが当然だからだ。

しかし、そうなるとある疑問が起こった。

 

「だとしたら、一体誰が?」

「革命軍と別に帝国に対抗する勢力、異民族かこの大陸の別国家が妥当だが、証拠も無いから断定できないな」

 

流石にロイドも、身喰らう蛇がこの大陸に乗り出しているとは思いもしなかったようだ。

ひとまずこの話題は打ち切ることにし、ロイド達は書店に向かっていた。帝具に関する資料が断片的にしかないため、ロイドは古本屋や図書館に文献が残っていないかを調べに来たのだ。

 

「ここは貸本屋……ダメもとで覗いてみるか」

 

古本屋は調べたら一式なかったので、国が運営する図書館ならともかく個人経営の貸本屋に文献があるとは思えなかった。しかし、そもそも図書館事態が帝都に無かったようでこの選択となった。外部に貴重な情報を漏らさないように、オネスト大臣かそれ以前の政治関係者が潰したか建てなかったものと思われる。

 

「はい、いらっしゃ……あ」

「あ」

 

ロイドが貸本屋の中に入ると、カウンターに立つ店主と顔を合わせて互いに反応する。そこにいたのは、なんとラバックだった。

 

「あんた、確か最初にリィン達と会った時の……」

「まさか、君がここの店主なのか?」

「ま、まあ一応。どうせばれてるからこっそり教えるが、俺は手配書が無いから情報収集目的でな」

 

予想外の人物が店の経営者だったため、ロイドも驚いてしまう。

 

「ロイドさん、知り合いですか?」

「ああ。一応、彼もナイトレイドのメンバーなんだ」

「一応って。しかもこうあっさりバラシて……まあ、あんたの仲間なら明かしても心配ないだろうけど……って、うぉおお!?」

 

ロイドの反応にラバックが呆れていたが、リーシャの姿を見て驚愕する。

 

「と、ととと……」

「と?」

「……トランジスタグラマーだ」

 

尤も、理由は彼らしいことこの上なかったが。

取りあえず、ラバックを落ち着かせた後で自己紹介をし、そのまま目的を告げた。

 

「残念だけど、ウチは漫画やら小説やらの娯楽作品しか置いてないぜ。まあ、アジトに行きゃ文献もあるけど持ち出し厳禁だから駄目だな」

「そうか。無茶を言ってすまなかった」

 

やはり帝具に関する情報は貴重らしいので、ここでの入手も難しかった。ラバックから得た情報によると、帝具は開発から五百年が経ったときに起こった内乱で、半数ほどが国外流出してしまったらしい。流石に開発から千年もすればその間に何かあるのは当然で、その際に文献なども失われたりしたのかもしれない。

 

 

「ラバック、戻ったぜ」

 

そんな中、いきなり人もいないのに扉が開き、男の声が聞こえてきたのだ。

 

「え……その声、アニキ!?」

 

誰もいないのに聞こえたその声に、ロイドは亡き兄ガイのそれを思い出してつい反応する。

 

「……なんで、会っても無いのに俺をアニキ呼びするんだ?」

 

直後に扉の前の空間が歪んだかと思いきや、そこからインクルシオを纏ったブラートが現れた。リィン達から聞いた話と手配書のおかげで、初日に鎧越しで顔を合わせた程度でも誰かは把握できた。

 

「確か、ブラートさん? 何処から出てきたんですか?」

「ああ。インクルシオの奥の手で透明になってたのさ」

 

ブラートによると、インクルシオはタイラントという竜型超級危険種の筋繊維や外殻を加工した鎧なのだという。タイラントは強大な戦闘力だけでなく、異常に高い自己進化能力と環境適応能力を兼ね備えており、灼熱の砂漠でも凍土でも生きられるという。透明化は帝具の素材にすべく追われたタイラントが、追跡から逃れるために身に着けた力がインクルシオにも反映されたのだという(ただし気配はそのまま)。しかもタイラントの闘争本能や筋肉が今も生きており、装着者の力量や精神の成長具合に合わせて性能が上がる、すなわち鎧そのものが進化する力が備わっていた。

 

「……インクルシオもそうだが、それ以上に材料のタイラントって危険種が凄いな。で、味方でもない俺達にそんなことを教えて、大丈夫なのか?」

「暗殺稼業に身を置いてるとはいえ、俺の本質は直接戦闘にあるから特に問題ないな。それに、例えて敵にそれを知られても俺の情熱は止められねぇさ」

 

ロイドはブラートがあっさりとインクルシオの強大な力を教えたのが気になり、問い尋ねるがブラート自身は特に問題ない様子だった。

 

「ブラートさん、確か手配書が出てたはずですけど帝都に居て大丈夫なんですか?」

「どうしてもしておきたいことがあってな、さっきの透明化と暗殺行で気配消すのに慣れてたから、それ使ってその用事だけ済ませてきたとこだ」

 

今度はエリィがブラートを心配するが、そこは一流の殺し屋だけあって心配無用だった。

 

「で、折角ここで会えたから少しいいか?」

 

そんな中、ブラートがあることをロイド達に頼み込む。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「すまねえな、無理に誘って。あと、酒はいけるか?」

「どっちも問題ないさ。俺もナイトレイドと直に話したことが無かったから、ちょうどいい機会だと思ってな」

 

その後、ブラートに連れられてロイドは革命軍の協力者が経営する酒場を訪れていた。ブラートはリィン達の正道を歩む心意気、それを気に入って仲間に入ることを強要しなかったし、タツミがそれに付いて行ったことも認めていた。しかしシェーレの死という事態の発生、仲間達は悲しみ戦力も減った。

そしてシェーレはリィン達とも少なからず交流があったため、彼らも焦燥することとなる。ブラートはそれを気にして、その仲間であるロイドに話を持ち掛けようとしたわけだ。ロイドはブラートが二人きりで話したいとしてカウンター席に、連れていたエリィとリーシャは離れた相席にそれぞれ座っている。

 

「この間の戦闘で、あなた達の仲間が死んだ。直接会ってない俺でも堪えてるんだ、そっちもショックは大きかったんじゃないのか?」

「……まあ、堪えてないっていやぁ嘘になるな。けど、戦争やっててしかも闇討ち上等の暗殺部隊にいるんだ。報いを受ける覚悟は俺や死んだシェーレだけじゃなく、今ナイトレイドにいる全員が覚悟している」

 

ロイドがシェーレの死についてブラートに触れるも、以前にシェーレを屠ったセリューと交戦したメンバーにレオーネが語ったことと同じ答えを出した。

 

「……確かに、俺もこの国の現状は最悪だとは思うし早急に変えるべきだと思う。そしてこの国で正道を歩むことは難しいとも思っている」

 

いきなりロイドが口にした言葉に、ブラートは静かに耳を傾ける。

 

「俺も、故郷のクロスベルが裏工作に巻き込まれて司法機関もまともに機能しない、つい一年前までそんな政治状態だった。けど、俺達はそんなどうしようもない政治状況、大きすぎる壁を仲間達と乗り越えてそんな状況を打破出来た。あんたはそんな風に逆境や壁を越えようとは思わなかったのか?」

 

ロイドは亡き兄の意志を、当時に彼の上司だったセルゲイ・ロウが形にして立ち上げたのが特務支援課だ。警察でありながら遊撃士のような柔軟な動きが可能なこの課が、宗主国の二大強国に属す汚職政治家と、彼らと繋がりのある裏組織の陰謀を続けて乗り越えた。何処までもまっすぐに正道を歩み続けた結果、得られた勝利である。

ロイドはブラートに、そんな道を歩めなかったのか聞かずにいられなかった。

 

「俺が帝国軍にいたころ、上官だった将軍のリヴァって人と二人で帝国のために戦っていたんだ」

 

いきなりブラートが自分の身の上話を語り出したかと思いきや、それがブラートの答えに通じるのだと察し、黙って聞いていることにした。

 

「でも、オネストが大臣に就任する際に多くの官僚や将軍が賄賂を贈ったらしくてな、リヴァ将軍はその賄賂を贈らなかったのを理由に更迭されてそのまま牢屋行き。それまでいくつも功績を上げて帝国に利益をもたらした筈なのにな」

「そんな無茶苦茶な……」

 

あまりのオネストの横暴ぶりに、ロイドですら驚愕した。革命軍の帝都内拠点の一角だからこんなことが言えたが、他の店や街中だったらこれを理由に逮捕されていたかもしれない。

 

「民を食い物にし、帝国のじゃなく己の利益にしか目が無い男だ。それくらい当然だったようだ。で、俺も大きな妬みを持たれたらしくて大臣派に加担することで俺を罪人に仕立て上げようとしたから、インクルシオを持って逃亡、そのまま革命軍入りしたってわけだ」

「……なるほどな。正道を歩みたくても、それが出来ない状況に追いやられてしまった。それでも国を憂いた結果が、今という訳か」

 

想像以上に重いブラートの過去、流石のロイドも納得せざるを得なかった。

 

「で、今日わざわざ帝都まで来た理由は、リヴァ将軍が死んだらしくて墓参りにきたんだよ。何故かエスデスって将軍の配下になってたらしくて、そのおかげで葬儀も開かれたらしい」

「!? 大臣派だって聞いた最強将軍の……」

「流石に噂位は聞いてるか。牢屋に入ってる間に、奴に心酔する何かがあったんだろう。仮に生きて会えても、今は互いに分かり合えないだろうな……」

 

ブラートも先程より落ち込んでおり、ロックのウイスキーを一気に煽って呟く。ロイドもそれを聞きながら、ちびちびと水割りのウイスキーを口にする。

 

「酒の席に誘ったのも、今の話以外に確認したいことがあってな」

「確認?」

「とうとうナイトレイドにも死人が出ちまって、お前らもこの国の歪みをいやというほど目にしただろ。それでも、お前らはまだ正道を歩めるのか?」

 

ブラートは確かに、あの時にリィン達の気概を気に入ったが、それが今後も続くとは限らない。妬みや己が性癖の為だけに人の命を奪う、そんな悪意無き邪悪が闊歩する地獄で、僅かに改心の余地があろうとその前に歪みの一員としてナイトレイドや反大臣派の人間に屠られる。法があってないような惨状であった。

こんな状況でも、ロイド達は正道を歩めるかブラートは気になった。出来なかったら、所詮は彼らもそれまでと見限る必要があった。

 

「歩む、歩んでみせる。リィンが危うい状況になっていているが、少なくとも俺や支援課の仲間達は歩んで見せるし、リィンのフォローだってしてみせる。そして俺達全員の力で、この巨大な壁を越えて見せる」

 

しかしロイドは迷わずにハッキリと告げた。そしてそのまま続ける。

 

「俺のなくなった兄貴、ガイ・バニングスに故郷を守ると誓い、それと同じで無垢な命をこの国の歪みから救うために、その後に異民族や異国との問題に備えて正道から救って見せる」

「……少なくとも、ロイドに関してはその心配は無さそうだな。他の仲間の心が折れそうになっても、お前なら何とかしてくれそうだ」

 

ロイドのその迷いのない目に、ブラートは満足した様子で納得した。

 

「で、さっき俺のことをアニキ呼びしてたのは、そのガイって奴と……」

「ああ。何故かよく似てた声をしててな、つい」

 

最後にそれだけブラートが聞いてきたので明かす。そしてその後、帝都に長居するわけにもいかなかったので、全員が酒場を後にするのだった。

 

(ガイさん、だったか? あんた、なかなかにいい弟を持ったじゃねぇか)

 

心の中でブラートがロイドと彼の亡き兄について、そんなことを思う。そしてロイド達を見送って、その場を去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だろ? どんな甘言にも屈さず、どれだけ心を折られようと必ず立ち上がる。そんな自慢の弟だぜ)

「!?」

 

その直後、自分とよく似た声が聞こえたのでつい辺りを見回す。しかし、辺りには誰もいなかった。

 

「まさかな」

 

そしてブラートは帝都を出て、アジトに帰還していった。

 

 

陽が沈み切った頃、ロイド達一行はメルカバに到着する。しかし、ロイドは信じられないことを聞かされた。

 

「り、リィンが宮殿に捕まった?」

「い、一体何が……」

「それが、今日……」

 

そして、アリサが昼間に起こった出来事を語った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「リィン、本当に大丈夫なの?」

「正直、大丈夫じゃないな。けど、そうも言ってられないだろ」

 

先日の三獣士戦での傷が癒え、リィンとアリサも帝都での情報収集に向かっていた。以上犯罪者を何度も目の当たりにし、精神的余裕が無い影響でまさかの敗北、更に精神は削られた。何かあった時に備え、エステルとヨシュアも同行している。

そんな中、リィン達はある光景を見てしまった。

 

「あ、あれは……」

 

なんと路地裏で売春行為をしている一人の少女がいた。マインと同じピンクの髪をしており、目には生気が感じられない。そこに異常な何かを感じ取り、一行は隠れてそれが終わるのを待ち、客らしき人物が去っていったところで少女に声をかける。

 

「君、さっきのを見てしまったんだけど大丈夫かい?」

「……はい、お気遣いありがたいです。わたし、どうしてもやらないといけないことがあるんでお金を」

 

その言葉を聞き、ヨシュアが何かに気が付いてそれについて尋ねた。

 

「まさか、誰かに復讐するためにお金を?」

「……はい。その為の依頼費を」

 

そこで少女は語り出した。少女の名はエアというらしく、元は田舎から二人の友人と共に奉公に出て来たという。しかしその奉公先の相手のバックという男は、人身売買のブローカーで帝都内の以上性癖者に彼女たちを売りつけるために連れてきたのだという。そしてそのバックに売られた、友人のルナとファルという二人の少女がそれぞれ、両目と両足を潰されてしまい、エア自身も買い手の愛犬に犯されたるという辱めを受けたのだった。

しかもファルは拷問に耐えきれず死亡、ルナは先に心が折れて自ら命を絶ってしまい、生き残ったエアは復讐する機会を得るために買い手に気に入られようと従順になったという。そして、ナイトレイドへの依頼料を稼ごうとこっそりと買春行為に入っていたという。

 

「この子、タツミと同い年くらいかしら?」

「イヤ、もう少し若いかもしれない。まさかこれで……」

「私達が日曜学校に行っていたくらいの歳じゃない。それでこんな……」

 

これから生まれる命への暴虐を最初の方で知り、さらに別で年若い命を脅かすという狂気がこんな所にも存在していた。

 

 

(何で……何でこの国の人間はこんな恐ろしいことが出来るんだ? なんで、なんで、なん、デ………?)

 

そして、ついにリィンの心に限界が来てしまう。

 

「……すまない、アリサ。もう、限界だ」

「リィン?」

 

直後、リィンが呟いたその言葉にアリサは嫌な予感を感じる。そして、すぐにそれは現実のものとなった。

 

「エア、君の買い手の男とバックという男の居場所、わかるか?」

「は、はい……今日西通りで一番大きい酒場を貸し切って、バック主催のパーティーを開くそうです」

「そうか、わかった……」

「リィン、まさかあなた?」

 

エアからバックの居場所を確認するリィンの姿を見て、アリサは彼の考えを察してしまった。

 

「少し……暴レテクル」

 

喋っている最中に片言になったかと思いきや、直後にリィンの髪が白く染まり、瞳も赤くなった。

 

「な、なにそれ?」

「リィン、君は一体……」

「リィン、今それを使っちゃダメ!」

 

エステルもヨシュアもリィンのその異変に驚愕する中、その力を知るアリサはリィンに呼びかける。しかし、

 

「アリサ、ゴメン……」

 

アリサに対する謝罪を口にし、リィンは異常な跳躍力で移動を開始した。




リィンの精神の斑は、暴走イベントを挟むためのフラグだったのだ(我ながらわかりにくい!)。
イェーガーズ集結と合わせてるので、一気にストーリーが進展する予定です。


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第14話 怒れる鬼神と荒ぶる雷神

タイトルでリィンが誰と戦うか、お察しください。


「いやぁ、バックさん。今回の商品も上等ですな」

「なに、これも僕の人徳ですよ」

 

一方、件のブローカーであるバックは、宴会の席で新た騙した少女達を異常性癖者たちに売りつけていた。中にはエアよりも年下の、それこそ思春期を迎えていない少女もいた。

しかし彼女たちに、その魔の手は迫らずに宴会は終わることとなる。

 

 

「うわぁあ!?」

「な、何だ!?」

 

いきなり扉が木端微塵になり、全員がその先に視線を移す。

 

「オ前達ノ楽シミハ、コレデ終ワリダ」

 

土煙が晴れた先にいたのは、リィンだった。髪の色が白くなり、瞳も真っ赤。加えて、禍々しい黒いオーラを纏ったそれは、普段の彼とは大きくかけ離れた様子だった。声も片言になっており、精神状態も普段のそれとはかけ離れていた。

 

「な、何者だ貴様!」

「俺ガ何者カ、ソンナコトドウデモイイ。ソレヨリ、オ前ラガ傷ツケ、穢シタ少女タチノ恨ミヲ晴ラシテヤル」

 

そしてリィンは刀を構えたかと思いきや、刀身に不気味な黒い炎を纏わせていく。

 

「コイツの刀、帝具か!?」

「まさか、ナイトレイドの仲間じゃ……」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

外道たちや護衛が騒めく中、リィンが咆哮を上げる。その様に恐怖した一同だったが、それが運のツキだった。

 

「シャアアア!」

「ぎゃああああ!?」

 

一瞬で踏み込み、数人の護衛達の腕を切り落としたのだ。そしてそのまま外道たちに駆け寄り、更に足や腕を切り落として回る。

 

「ぎゃあああああああああ!」

「痛い! 痛いぞぉおお!!」

「儂らが何をしたというんじゃ!?」

 

次々に手足を斬り飛ばされ、絶叫する外道たち。その様子から、やはり倫理観が常人のそれからかけ離れていたのがわかる。リィンはそれだけで済ませているため殺す気は微塵もないようだが、それでも容赦はしていない方だった。

そしてバックを除く全員が手足を落とされて、地べたに出来た血だまりの中でもがき苦しむ中、リィンがバックに近寄る。

 

「待ってくれ、僕がこうなったのには理由があるんだ!」

 

命乞いとしてバックがとった行動は、胸元を肌蹴るという物だった。そしてそこには、ある物が刻まれていた。

 

「……焼き印カ?」

「ああ、そうさ。母さんが金欲しさに僕を売ったんだ! それで僕はそこの主と母さんを殺して、逆に奴隷を売る側になりあがってやったんだ! そう、今の帝国は弱肉強食! 田舎ものだろうと帝都市民だろうと、自分より弱い奴を食い物にしないと生きていけないんだ。だから悪いのは僕じゃなくて今の帝都そのものだ、許してくれ!!」

 

バックもどうやら被害者らしく、それを言い訳に自分だけは助かろうとする。

 

 

「……知ラナイナ。俺ハソモソモ帝国人ジャナイカラ、関係ナイ。ソシテ」

 

そのまま太刀を振るい、バックの右腕を斬り飛ばした。

 

「オ前ガヤラレタカラトイッテ、誰カヲ陥レテイイ道理ハナイ!」

「ぎゃああああああああああああ!?」

 

リィンはそのままバックの獅子を一本残らず切り落とし、最後に両目を抉って視力さえ奪った。しかし、それでも殺していない。憤怒と憎悪に飲まれつつも、まだ意識と良識は残っていた。

連れ込まれていた少女達はあまりに凄惨な状況から、恐怖で身を震わし動けずにいた。しかしリィンはそんな様子を気にも留めず、酒場を出る。

 

「オ前ハマダイイ。被害者デモアルカラ、命ハ奪ワナイ。ダガ……」

 

 

 

 

 

 

 

おねすと大臣、オ前ダケハ殺ス! ホロビヨ!!」

 

憎悪に飲まれ破壊の権化と化したリィンは、異常な跳躍力で屋根に飛び乗り、そのまま屋根伝いに宮殿へと向かって行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、宮殿ではエスデスが部隊を作るために呼び寄せた帝具使い達が、宮殿に集っていた。

集まっていたのは、青っぽい黒髪に日に焼けた肌の田舎臭い青年、海軍からの出向要員ウェイブ。シェーレを屠ったあの警備隊隊員、セリュー・ユビキタス。アカメと似た雰囲気のセーラー服を纏った少女、暗殺部隊のクロメ。マスクで顔を隠した上半身裸の大男、焼却部隊隊長ボルス。それに次ぐ高身長のメガネをかけたオネェっぽい雰囲気の科学者、Dr.スタイリッシュ。そして女性と見紛う金髪の美男子、文官志望のランだった。そして彼らのチーム名はエスデスが付けた。敵対する賊を狩りの獲物、自分達を狩人に見立てた戦闘部隊

 

『特殊警察イェーガーズ』と。

 

謁見を終えた後の皇帝とオネストは、夕食の席で二人きりになって会話をしている。

 

「大臣、この間のエスデス将軍が恋をしたいという話、なぜ彼女がそんなことを言ったのだ?」

「誰もが、年頃になると異性を欲するものです。ところが、エスデス将軍は戦うために生まれてきたような人間。今まで花より戦だったのでしょうが、ついにそっちの欲も出て来たのです」

 

先日のエスデスが恋をしたいという発言、それに皇帝は首を傾げていた。戦いと殺しに快楽を見出した彼女を見て来た皇帝は、どうやら信じられない話らしい。その一方で、オネストは相変わらず食事をしながらだが皇帝に具体的に説明する。流石にそういう知識は身につけさせようという常識だけは持ち合わせていたようだ。

 

「そういうことなら、相手を見つけてやりたいものだな」

「しかし、彼女はプライドが高いから自分の欲求通りでないと満足しないでしょう」

「それもそうだが……」

 

オネストのその言葉を聞くと同時に、皇帝は先程から見ていたある書類を大臣に見せてくる。それはエスデスが渡した恋人の条件が記された物だったのだが……

 

 

 

『1.何よりも将来の可能性を重視します。将軍級の器を自分で鍛えたい。

2.肝が据わっており、現状でも共に危険種狩りができる者。

3.自分と同じく、帝都では無く辺境で育った者。

4.私が支配するので年下を望みます。

5.無垢な笑顔ができる者が良いです。』

 

「こんな男、いるのか?」

「かなり難しいでしょう。特に一番目、将軍級の器が……」

 

二人揃って、頭を抱えたくなる条件だったわけだ。

 

一方、イェーガーズの面々は皇帝との謁見を済ませた後、結成祝いのパーティーの準備をしていた。パーティーではウェイブが土産として持ってきた、地元でとれたという魚で海鮮鍋を食すようだ。意外なことに、ボルスが慣れた手つきで魚の下準備をしており、ウェイブがそれを手伝う。

 

「それにしても、俺安心しましたよ。ボルスさん見た目よりずっと良い人で」

「私は良い人なんかじゃないよ……」

 

調理中、ウェイブはボルスの容姿で最初はしり込みしてたが、気が回ってセリューやエスデスよりも比較的おとなしいため、人柄について好感を感じていた。しかし当のボルス本人が、暗い雰囲気でそう呟く。根はやさしいようだが軍人という職業上、特に帝国の現状から一方的な虐殺などに加担して自責の念を感じているのかもしれない。

その一方、エスデスとセリューがプライベートな会話をしているが、当のエスデスの口から「狩りや拷問の研究」という物騒極まりないワードが飛び出す。その一方で、恋をしたいという願望を語って一同を驚愕させた。

そんな中、ランは場の空気を戻そうとある話題を振ってみることにした。

 

「そう言えば隊長、先日に隊長配下の三獣士という帝具使い達が亡くなりましたが、彼らの帝具はどうなったんです?」

「ああ。どうにかこれ一つだけは死守したようだが、犯人に破壊されたみたいだ」

 

そう言ってエスデスがポケットから、ブラックマリンを取り出してセリューやランに見せる。

 

「もともと私が管理を任された帝具だから、大臣にも回収されずにまだ手元に残っているのだ。しかし、リヴァがわざわざ敵に渡すまいと持ち帰ったのだ、有効利用してやらんと失礼だから手を考えていたんだ」

「いたということは、もう考え付いたんですか?」

 

エスデスの言葉に、ブラックマリンの今後の扱いについて決まったのだと察し、セリューがそれについて聞いてみる。

 

「ああ。それに合わせて、ある余興を考えたんだが……」

 

そしてその余興について語ろうとした瞬間、異変が起こった。

 

 

 

 

-ドガァーンッ-

「何だ、何が起こった!?」

「これから食事だというのに、空気の読めん賊め」

 

突如として宮殿内で爆発音が聞こえた。それにウェイブが狼狽える中、エスデスはうんざりした様子だ。いくら彼女が戦闘狂とはいえ、流石に食事時くらいは落ち着きたかったらしい。そしてそのまま宮殿内の爆発音がした場所にイェーガーズ総出で駆けつけると……

 

「ハァアア…………」

 

そこには、まだ暴走した状態のリィンが壁を突き破って太刀を片手に佇んでいた。そしてイェーガーズの面々に気づき、そちらに歩み寄る。

 

「おねすと大臣は、何処だ?」

「だ、大臣? 何の用があって大臣に?」

 

リィンのただならぬ様子にウェイブが慄きながらも、その目的を尋ねる。やはり正規の軍人だけあって、それだけの胆力はあったようだ。そしてそのまま、リィンは淡々と目的を告げる。

 

「殺スタメダ。他ニ用ハ無イ」

 

その一言を聞き、リィンが敵だとイェーガーズ全員が察する。真っ先に反応したのは、セリューだった。

 

「貴様、反乱軍かナイトレイドだな!」

 

そしてセリューの表情がクワッと目を見開き、口角を釣り上げてあの悪魔のような顔つきになってリィンに飛び掛かる。そして懐から旋棍銃化を取り出して、そのままリィンに飛び掛かった。

 

「……貴様ナンカ、ドウデモイイ」

「がぁあ!?」

 

しかし、リィンはセリューよりも圧倒的に早く動き、峰打ちで一気に吹き飛ばす。吹き飛んだセリューは壁に叩き付けられ、後に続いていたコロも巨大化する前に蹴り飛ばされた。

 

「お前が何者か知らないが、人殺しするなら軍人として止めなきゃなんねえな!」

「ウェイブ君、私も手伝うよ!」

 

ウェイブは恐れを振り切り、そのまま背にした帝具と思しき剣を手に飛び掛かる。ボルスもそれに続き、手元に帝具こそないが鍛え抜かれた肉体で応戦しようとした。

 

 

「ドウデモイイ。俺ハ、おねすと大臣サエ殺セバ他ニ用ハ無イ」

 

しかしリィンは再び刀に纏わせた黒いオーラで斬りかかり、ウェイブとボルスを瞬く間に無力化してしまった。

するとその直後、いつの間にかクロメが背後から迫り、帝具と思しき刀で斬りかかってくる。だが

 

「え?」

「……ソコデ寝テイロ」

 

それを振り向かずに防ぎ、そのまま回し蹴りでクロメを吹っ飛ばす。そのまま壁にぶつけられたクロメは、気を失って無力化された。

 

「ほう、なかなかに腕が立つな。狩り甲斐がありそうだ」

「エスデス様、彼を実験材料に欲しいから、やるなら生かしてちょうだいよね?」

「隊長もドクターも、言ってる場合じゃないです。油断して全員が無力化されて、このままだと大臣が本当に殺されかねないですからね(そうなったら、私の目的も遠のきますし)」

 

しかしその異常な強さを目の当たりにしたエスデスもスタイリッシュも、怯えるどころか嬉しそうな様子だった。戦闘狂とマッドサイエンティスト故に、普通の人間の感性とはかけ離れていたようだ。

 

「ランの言う通りだな。取りあえずまずは生け捕りにしなければ……」

 

しかしまじめに動かないといけないと考え、エスデスが動き出そうとするが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスデス将軍、その役目は私が担おう」

 

直後、壮年の男性の声が聞こえたかと思いきや、なんとリィンの体が大きく吹き飛ばされた。

 

「が、あぁあ……!?」

「貴様が何者かは知らんが、私が警護する宮殿に争いを持ち込もう物なら容赦はせんぞ」

 

壁に叩き付けられたリィンの視線にいたのは、2アージュ近い巨体に鎧を纏った大男だった。しかも両腕の籠手に供えられた鉄芯が帯電しているのが見え、これが帝具であることは一目瞭然であった。

 

「オ、オ前ハ……」

「我が名はブドー。帝国軍最高責任者、大将軍の地位に就いている」

 

この男こそが、エスデスと最強を二分するブドー大将軍その人だった。鬼の力を発現したリィンが対応できない超スピード、圧倒的な攻撃力、それによる一撃だけでいかに強大な力を持っているのかが見て取れた。

 

「オネストの抹殺が貴様の目的らしいが、奴がろくでもない外道だというのは認める。だが、それでもこの宮殿内で血を流すような事態を起こそうとする者を、私は許容しかねん」

 

ブドー自身、現在の帝国の政治状況とそれを加速させるオネストの存在に思うところがあるらしいが、それとこれとは話が違うらしい。

 

「おねすと大臣、奴ガコノママ居座ッテイタラコノ国ハ滅ブゾ。早ク、始末ヲ……」

「そうか……ならば我が稲妻の帝具、雷神憤怒アドラメレクの餌食となれ!」

 

そのまま相いれず、リィンはブドーに刀を手に飛び掛かる。しかしブドーは一瞬でその場から消え去り、そのままリィンを殴り飛ばした。

 

「このまま宮殿内で暴れるわけにいかんからな。中庭で勝負に入ろう」

 

そして倒れたリィンの首根っこを掴み、ブドーは一瞬でその場から離れた。

 

「ふむ……あの男の力を確かめてみたかったが、宮殿内はブドーの管轄だから仕方ないな」

「まあ大将軍なら、あの彼を確実に生け捕りにしてくれそうだからいいけどね」

 

 

少し残念そうな様子で諦めるエスデスと逆に安心しているスタイリッシュを見て、ランはあきれた様子だった。その後、ランは二人を促して倒れているウェイブ達を介抱しに向かった。

 

そして中庭に到着したブドーは、リィンを放り投げて地面に叩き付けた。そしてそのまま立ち上がろうとするリィンに、ブドーは告げた。

 

「さて。そんなにもオネストを始末したいなら、まずはこの私を倒せ。宮殿でことを起こすなら、まずは宮殿の守護者たる私を下さねば話にならんからな」

「グ、オォオオオオオオオオオオオ!」

 

そしてリィンはそんなブドーに、あの黒いオーラを纏わせた刀で何度も斬りかかる。その強大なエネルギーが斬りかかるたびに放た、斬撃と同時に凄まじい風圧まで生じた。しかし、ブドーはその攻撃全てを容易く回避し、稲妻を纏った拳で殴りつける。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

「アドラメレクの真価は稲妻を操る力。それを纏わせての拳撃は、貴様が生物である以上は危険なものとなる」

 

更にブドーは距離を取り、そのままリィンに凄まじい電撃を放って追い打ちをかける。普通の人間ならこれだけの攻撃を受ければ、黒焦げになって原形を留めないだろう。

 

「ウ、グゥア……シャアアアアアアアアアアアア!」

 

しかし土煙が立ち込める中、うめき声が聞こえたかと思いきやそこからリィンが飛び出し、ブドーに斬りかかる。その一撃がブドーの頬に切り傷を付けた。

 

「ほぅ、私に一太刀浴びせるか……」

 

ブドーはその様子に感心しながら、頬から流れ出た血をぬぐい取る。そして

 

 

 

「オオオオオオオオオオオ!」

「お前の実力に敬意を表し、我が奥の手を見せてやる!」

 

再び斬りかかってきたリィンに告げると、カウンターの要領で殴り、続けざまにアッパーで空高く打ち上げる。そしてブドー自身がなんと高速で空を飛び、打ち上げたリィンと同じ高さに一瞬で到達した。

しかも上空にあった雲の一つ一つから雷が生じ、それがブドーの周囲に集まっていく。そしてそれにより、ブドーの両腕に装備されたアドラメレクが激しい稲光を放っていた。

 

「ソリッドシュータぁああああああああああああああああ!!」

 

そしてブドーが技名を叫ぶと同時に、リィンに向けられたアドラメレクから膨大な雷のエネルギーが放たれ、リィンの体を飲み込む。リィンも激しい痛みから絶叫するが、ブドーが放った奥の手による轟音でそれはかき消される。やがて攻撃が止むと、力尽きたリィンが重力に従ってゆっくりと落下していく。

 

「安心しろ。貴様は尋問や、あの謎の力を解析するために生かしておいてやる」

 

しかしリィンが落下している途中にブドーがその体を受け止め、そう言いながら地面に降り立った。しかし、リィンは意識を失っているためそれは聞こえていなかった。

 

 

同時刻、リィンを探して修理が完了したアガートラムに捕まって上空を飛ぶアリサの姿があった。その傍で、エステルとヨシュアもアルティナのクラウ=ソラスで一緒に捜索している。上空には帝具の力で飼いならされた危険種が飛び回っているのだが、セリーヌが同乗して認識阻害の魔術を行使しているため、襲われずに済んでいる。

 

「リィン、一体どこに……?」

「アリサ、焦る気持ちはわかるけど落ち着いてよ。そんなんじゃ見つかるものも見つからないよ」

「ミリアムの言う通りよ、アリサ。確かにあんな得体のしれない力を暴走させたんなら、不安になるのもしょうがないけど、まずは彼を信じないと」

 

不安そうに空からリィンを探すアリサは、ミリアムの言う通り焦っている。エレボニア帝国の内乱時、リィンは育ての父テオ・シュバルツァーを貴族派が雇った北の猟兵という猟兵団に斬られて暴走した。この時にアリサはいなかったため話を聞いただけであったが、彼の妹エリゼが止めなかったら襲ってきた猟兵たちを殺していたかもしれないという。憎悪に任せての殺人、一度それを起こしかけたという事実があってリィン自身やアリサは大変恐怖したという。

しかしアリサの不安は違う形で的中することとなった。

 

「きゃああ!?」

「な、何!?」

 

いきなり宮殿の上空ですさまじい稲光が生じ、アリサ達は怯んでしまう。

 

「い、今のって……」

「もしかして……宮殿の方に行ってみよう」

 

そして咄嗟に宮殿に向かって飛んでいき、上空から悟られないように近づいて調べてみる。そして中庭で、ブドーに倒されたリィンの姿を目の当たりにしてしまった。

 

「!? リィン……!」

 

そしてアリサは、アガートラムから飛び降りようと身を乗り出す。

 

「アリサ、待って!」

「流石にそれは無謀よ、落ち着きなさい!!」

 

しかしミリアムとセリーヌが止めようと声をかけ、その隙にクラウ=ソラスが近づいてエステルがこちらに飛び移ってきた。

 

「みんな、止めないで! リィンが、リィンが!?」

「アリサ、落ち着いて。あそこに行ったら、貴方まで捕まってしまうわよ」

「それに、向こうもリィンを革命軍の刺客か何かと勘違いするだろうから、取り調べ目的ですぐには殺さないはずだ。だから、少なくとも今日明日は我慢して欲しい」

 

エステルに止められ、ヨシュアから告げられるとしぶしぶとアリサも了承する。そしてアリサはリィンが衛兵に連れていかれていく様子を悔しそうに見ながら、撤退していくのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「まさか、リィンがそんなことに……」

「宮殿の警備と軍の統括をしている、ブドー大将軍。どうやら、その大将軍が彼を打ち負かしたようです」

 

夜、その一部始終をアリサ達はロイドに話し終えた。アルティナが諜報活動で集めた情報、それのおかげでリィンを倒した犯人の正体を知ることができた。その一方、エリィはあることが気になって尋ねてみることにした。

 

「それで、そのエアちゃんって子はどうなったの?」

「それが……」

 

エステルが普段の明るい様が嘘のように悲しそうな表情を浮かべる。

結論から言って、エアはあの後に亡くなったらしい。例のバック達がいる酒場に警備隊と供に駆けつけ、その惨状を見つけた。バックの顧客や雇われた護衛達は、全員が手足を切り落とされ、バック自身は両目まで抉られていた。治療すれば命は助かるものの、人並みの生活はもう遅れない末路であった。バック達の末路を聞いたエアは、緊張の糸が切れたかのようにこと切れたという。元々執念だけで生きていたのが、安心したことでそれを取り払ってしまったらしい。

そしてその最後の言葉は

『生まれ変わったら、やさしい世界になってますように』だったという。

 

「リィンの救出、かなりの困難だが俺達ならきっとできる。ヨシュアやリーシャなんて隠密行動が得意な面子だっているんだ。絶対に成功させるぞ」

 

エリィやリーシャが顛末を聞いて焦燥する中、ロイドが拳を握りながら決意を語る。そして同時に、リィンを助けてこの国を止めようというアリサ達の決意にもつながった。

そして翌日、その足掛かりになるあるイベントがエスデス主催で行われるという情報が入った。




シェーレが死亡しつつエクスタスが革命軍の手元にあるので、武芸大会で使い手を探す帝具はブラックマリンになりました。
次回は武芸大会、エスデスが誰に眼をつけるかも判明します。


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第15話 武芸大会と少年皇帝の異変

リィンが捕えられてから二日が経った。そんな中、帝都内にあるスタジアムではエスデスがブラックマリンの新しい使い手を見つけるためにある催しを行っていた。

 

『エスデス主催・武芸大会

参加資格は戦闘経験あり。それ以外は出身・職業・年齢・性別など一切問わない

優勝者にはエスデス将軍から褒美がたまわれる』

 

 

そんなお触書に釣られ、帝都中に住む腕に自信がある男達がスタジアムに集まってきた。

そして試合がある程度進み……

 

『勝者、呉服屋ノブナガ!』

 

司会を務めるウェイブが勝利者の名を上げると、東方の古い剣各であるサムライを模した格好の男が勝ち名乗りを上げる。

 

 

「如何ですか、隊長?」

「つまらん素材らしく、つまらん試合だな」

 

VIP席にて試合を観戦していたエスデスだが、ランに感想を聞かれて本当につまらなさそうに答える。

 

「まあ、確かに参加者の大半が危険種やナイトレイドを相手に勝てるとは思えませんね。ですが、帝具は相性があるので使えるかどうかは試さないと分かりませんが」

「借りに使えたとして、使い手自身が弱かったり帝具に頼りきりになったりするような奴は不要だ。これでは、見に来た意味がなかったな(どこかに私を満足させられる者はいないものか……)」

『続きまして、最終試合となります!』

 

エスデスが感想を告げながらさらにつまらなさそうな表情を浮かべると、直後にウェイブがそう告げる声が会場内に響く。そして、そのまま参加者の紹介に入る。

 

『東、肉屋カルビ!』

 

呼ばれた男は、筋肉質でブドーのように2アージュを超える高身長の大男だが、それ以上に目立つものが顔、というか頭だった。なんとこのカルビという男、牛の頭をしていたのだ。被り物なのか素顔なのかは不明だが、普通に考えれば肉屋なので牛の被り物というキャラ付けをしていると思われる。しかし、オーガに賄賂を贈っていた油屋ガマルもかなり蛙寄りの顔であったため、これが素顔という可能性も捨てられなかったが。

そしてウェイブが次の参加者の紹介をするのだが……

 

 

 

 

『西、冒険家ロイド!』

 

現れたのは、いつものようにトンファーを携えたロイドの姿だった。

 

「冒険家、といったか?」

「はい。なんでも、物見雄山と武者修行の途中で帝都を訪れたそうです。年齢は21歳で、二十歳を超えてますね」

「それでも、私より二つ三つは下だな」

 

冒険家という肩書に物珍しさを感じ、それに何か感じ取ったのかエスデスはロイドに視線を集中する。

 

「ロイド、がんばってー!」

「ロイド君、負けたら承知しないからー!」

 

観客席では、エリィとリーシャがそんなロイドを応援している。

 

~回想~

事の発端は昨日にさかのぼる。

 

「エスデス将軍主催の武芸大会か……」

 

リィン救出のための侵入経路を探っていたロイドたちが、街の広場に張り出されていたそのチラシを発見する。

 

「主催ということは、エスデス将軍がこの場所に来るってことよね……」

「リィンの救出に、上手く使えるかもしれないね」

 

エステルのそのつぶやきを聞いて、ヨシュアが何かをひらめいた。そして、ロイド達もそれを察する。

 

「なるほど、エスデス将軍を人質にしてリィンを解放する交渉材料にするのか」

「幸い、私やヨシュアさんは隠形特化型なので可能性は充分でしょうね」

 

作戦内容はこうだ。まず、ロイドが武術大会に参加する。そして優勝してエスデスが褒美を渡そうとしたところを、不意打ちでとらえ、人質交渉に入る。もしものバックアップで会場内にヨシュアとリーシャを潜ませ、ロイドの不意打ちが失敗した時や優勝できなかった場合に奇襲、残るエステルとエリィは観客として会場に行って一般人を装い、バックアップに入れる。これを作戦とすることにしたのだ。

 

~回想了~

 

そして一方、気配を消してコロシアムの縁から様子を窺っているヨシュアとリーシャはというと。

 

「遠目に見てもわかる。あの将軍、微かにだけど殺気を放っている」

「流石に、自分の立場的に常に狙われていることを想定しているみたいですね」

 

エスデスは一般人のそれには気づかないレベルで、それでいてヨシュア達のレベルの使い手が警戒するレベルの殺気を放っていたのだ。

リーシャはこれについて、自分が狙われていることを想定している、と言ってはいたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……動きが無い。まだ攻めあぐねているか、最初から監視目的かのどっちかだな。で、冒険家ということはあの男はそれなりに修羅場をくぐっていそうだな)

 

何とエスデスはヨシュア達の存在に気づいていた。そのままヨシュア達は気づかずじまいだったが、殺気も彼らを威嚇及び挑発目的で意図して放っていたのだ。その一方で、エスデスはロイドに期待を持って視線を集中していた。

そして、舞台でロイドと向き合う対戦相手のカルビは、品定めをするようにロイドを見る。

 

「おいおい。お前みたいな優男が冒険家って、冗談きついんじゃねえか? それに比べて俺は、破門されはしたが皇拳寺で九段を取ってんだからな」

 

そして開口一番、明らかにロイドを舐めている発言をした。しかし、その鍛え上げられた肉体と威圧感は、最後に自身で語った経歴が嘘でないことの裏付けだった。要は、自信の強さに慢心しているということだろう。

 

「あんたが強いのは本当だろう。でも……」

「でも?」

「だからって負けてやる道理も無い。勝ち進ませてもらうぞ」

 

そう言いながら、ロイドはいつものようにトンファーを構えて戦闘態勢に入る。その一方で、カルビも自分が舐められたと思ったのか、憤慨しながら拳を構えていた。

 

「いつまでも調子に乗ってられると思うなよ、若造が……」

『試合開始!』

 

そのままウェイブが試合の始まりを告げ、ロイドとカルビが同時に駆けだす。

 

「先手必勝。これ喰らって寝てろ、雑魚!」

 

そしてカルビは叫ぶと同時に、ロイドに鋭い右ストレートを放つ。

 

「……見え見えだな」

「な……あが!?」

 

ロイドは咄嗟にしゃがんでその拳を避け、そのままトンファーを持った右手でカルビの顎に打撃を通す。割れた腹筋などからわかるように全身が筋肉質なので、下手に腹や腿を攻撃しても効かないと判断した結果だ。

更にロイドは、素早く相手の背後に回って背中に両手のトンファーを同時に叩き付ける。顎を打たれて脳震盪を起こしたカルビは全身の力が抜けており、その衝撃でそのまま前のめりに倒れる。

 

「くそが……なめんじゃねえぞ!」

 

しかしカルビはどうにか持ち直し、そのまま床を腕でついて、その勢いで回し蹴りを放つ。しかしロイドは咄嗟に跳び上がって回避し、落下する勢いでカルビの頭にトンファーを叩き付ける。

 

「そろそろとどめだ」

 

ロイドはトンファーを前後逆に持ったかと思うと、それでカルビの鳩尾を強く突く。その痛みでカルビは意識を刈られ、倒れ伏したのだった。

 

『し、勝者! 冒険家ロイド!!』

「もう、勝ってしまいましたよ……彼、逸材ですね」

「一撃の重さ鋭さと言い、判断力と言い……軽く見積もっても、将軍クラスかそれに準ずる強さに達しているな。しかもそれでいてまだ伸びしろがある」

 

ウェイブが勝者の名を上げる判断が下るのが予想以上に早く、エスデスはロイドの強さに太鼓判を押している。

その一方、ロイドはというと

 

(あまり声援を送られることが無いから、少し恥ずかしいな……けど、こういう時は笑えばいいのかな?)

 

とりあえず、観客からの声援に答えようとロイドは笑顔を浮かべる。しかし………

 

 

(な、なんだあの爽やかさの中にあどけなさが残る、素晴らしい笑顔は!?)

 

それがエスデスにクリティカルヒットしてしまったようだ。

 

「(既に将軍級だがまだ伸び代があるから鍛えられる、肝も据わっている、辺境の出で年下、そしてあの笑顔……完璧ではないか)見つけたぞ」

 

エスデスは頭の中でそんなことがぐるぐると回り、何かの結論を付けた。つけてしまった。

 

「見つけたとは……帝具使いの候補ですか?」

「それもあるが、また別の物だ」

 

蘭の問いかけに簡潔に答え、エスデスはなんとVIP席から離れて会場に下りてきた。

 

「ロイドと言ったか。先程の試合、動きも読みも素晴らしかったぞ」

「褒めていただいて、光栄です」

 

エスデスはロイドに近づくなり、穏やかそうな笑顔で告げる。しかし、ロイドはリィンの救出がかかり、エスデスという規格外の存在と相対している事も相まって警戒心を強める。

 

(しかし、戦闘の意志が無い筈なのに凄まじいプレッシャーだな。最強なのは戦闘力や知略だけじゃないみたいだ)

 

遠目に見ていたヨシュア達ですらエスデスのその殺気やプレッシャーに押されていたので、近くにいるロイドは相当強い物を浴びせられているだろう。しかしこれでも、気配を察知できない人間や戦闘未経験者には何も感じないレベルだろう。

そんな中、エスデスはロイドに対してあることを告げた。

 

「そう硬くなるな。で、そんなお前の実力に敬意を表して褒美をやろう」

(まだ一回戦の最終試合なのに……!?)

 

しかし直後、ロイドは何か嫌な物を感じ取って後ろに飛びのく。

 

「……どうしたというのだ? せっかく私自ら褒美をやろうというのに」

 

そう言うエスデスの手には、何と首輪があった。これだけなら犬や猫に着ける物だと思うが、サイズは明らかに人間のそれだったのだ。

 

「褒美が首輪って……どういうことですか?」

「お前を私の物、平たく言えば恋人兼部下にしてやろうということだ」

 

ロイドの問いかけに、エスデスはとんでもない爆弾宣言をしてしまう。

 

「えっと……物的な褒美じゃなくてですか?」

「部下になればお前に帝具もやれる。物的な褒美はそれということだな」

 

まさかの事態と、それを意地でも敢行しようとするエスデス。

 

「……残念ですが、もう恋人がいるんで断らせてもらいます!」

 

しかしロイドはすぐにそう言い、トンファーを手にエスデスに飛び掛かる。最初はあの褒美の下りで隙をついて捕えるはずだったが、今のやり取りで完全に破綻したため強硬手段に出るロイド。逃げるという選択肢もあったが、それでも一撃喰らわせて隙を作ってからの方が確実であった。

 

「ほう。だったら、私がその恋人以上の存在になればいいだけだな」

 

しかし、エスデスは今のロイドの発言に答えると同時にロイドの振るうトンファーを回避、そのまま延髄目掛けて右足でハイキックを叩き込む。

 

「な!?(は、速い……)」

 

寸分くるわぬ無駄のない動き、それでいて重く急所を突く攻撃。どうにかロイドは、ギリギリで反応して体を旋回、トンファーを交差して防ぐことに成功する。

しかし

 

 

「うぉお!?」

「あれに反応するとは中々だ。しかし、詰めが甘いな」

 

そのままエスデスは左足で回し蹴りを放ってロイドの体勢を崩してしまった。そして自身は倒れないように両手で地面をついてそのまま逆立ちし、逆に倒れたロイドの鳩尾目掛けて右足のつま先を振り下ろした。

 

「さて。首輪よりこちらの方が確実、というのはわかったな」

 

そのままロイドが悶えている隙に、何処かから手かせと足かせを取り出してロイドを拘束してしまった。

 

「いきなり一悶着あったが、恋人候補としてまずイェーガーズの詰め所に来てもらおうか」

「あ、あんた、なんて横暴な……」

「待ってください!!」

 

そのままエスデスは苦しそうなロイドが批判するのをよそに、その体を担いで会場を去ろうとする。しかし、エリィとエステルが見かねて観客席から飛び出してくる。

 

「貴様ら、なんだ?」

「私はエリィ。ロイドの旅の仲間で、さっき言っていた恋人です」

「同じく仲間のエステルよ。さっきから見てたけど、ちょっと横暴すぎじゃないの?」

「さっきロイドが言っていた……お前がそうか」

 

エリィの言葉を聞き、エスデスは彼女を品定めするように見る。

 

「背は私の方が勝っているが、胸の大きさや髪の質は互角。……悪くはないが、まだ私の方が上だな」

「え?」

「残念だが、ロイドはこれから私色に染めさせてもらう。諦めるんだな」

 

エスデスはエリィより女性的魅力で勝っていると判断し、無慈悲&身勝手な返答をする。

 

「そ、そんな!? もう初めてだって……ふぐ!?」

「ちょ、こんなところで何言ってるのよ!?」

 

エリィが反論のためにまさかのカミングアウトをしようとしたため、エステルが思わず口を遮ってしまう。しかしエスデスはそんなことはお構いなしだった。

 

「私の恋人の条件はおおざっぱに言えば強さ、胆力、出身、年齢、笑顔の五つだ。童貞かどうかはどうでもいいから安心しろ」

「そんな滅茶苦茶な……」

「さあ、この話は終わりだから帰らせてもらう。ああ、それと……」

 

そのままエスデスは無理やり話を終わらせて帰ろうとする。しかし途中で立ち止まり、大声であることを告げた。

 

「この闘技場のどこかで私を見ている奴ら、今日は機嫌がいいから敵対さえしなければ見逃してやる! しかし敵対するならいくらでも相手をするから、覚悟しておけ!!」

 

エスデスのその言葉にエステルもエリィも驚き、会場全体が騒めき出す。しかしそんな喧噪の中、エスデスはロイドの延髄に一撃叩き込んで意識を刈る。

 

(まさか……全部最初から…………)

 

想像だにしない状況に驚きながら、ロイドはその意識を闇の中に沈めていったのだった。

 

「そんな……ロイドさんまで捕まって、しかもばれていたなんて」

「撤退するしかないか……」

 

一方、待機していたヨシュア達もそのまま危険と判断し、闘技場から撤退することとなる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、宮殿にて。

 

「歌を余と大臣に捧げたいと申す女、とな?」

「ええ。昨日、私が帝都の歌劇場で出会った女でして、美貌も歌唱力も大変素晴らしい物でしてな」

 

謁見の間で皇帝と大臣にそう告げる、色黒肌のガタイがいい男がいた。彼は将軍の一人ノウケン、好色家として有名で戦場に愛人を10人連れていくほどなのだという。

 

「私めが愛人にとお誘いしたら、その条件に陛下と大臣閣下に歌を披露させて欲しいとのことで、これを機会にお二人にも堪能してもらいたく思いました。すでに控えさせておりますが、無用とあらばすぐに下がらせますのでご安心を」

「それほどの物か……余としては聞いてみたいが、大臣はどう思うか?」

 

そしていつものようにオネストに声をかける皇帝。オネストの方は、特大のソーセージにかぶりつきながら返事を返した。

 

「その歌姫が反乱軍の刺客という可能性も否めませんが……まあ、宮殿にはブドー大将軍や彼直下の近衛部隊、加えてこの場にノウケン将軍がおりますから安全なはずでしょうな。それに食事の余興に歌というのも、悪くないでしょうし」

「そうか。では、その女を通せ!」

「は!」

 

そして謁見の場に入って来たのは美しい妙齢の女性だったのだが……

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります、皇帝陛下に大臣閣下。私の名はヴィータ・クロチルダと申します」

 

なんと、身喰らう蛇の第二使徒にしてエマの姉弟子であるヴィータだったのだ。しかし彼ら結社について知る人間は帝国においては皆無であるため、皇帝も大臣も普通の歌姫、仮にスパイだとしても異民族や革命軍などの敵対勢力からの物としか見ていなかった。

 

「まだ帝都に来て日の浅い歌い手にございますが、ノウケン将軍閣下に見初められたのでこれを機に陛下と大臣閣下にも披露させていただきたく思いました」

「ほう、その心遣いには感謝しよう」

「ええ。そして、私は自分の歌には絶対の自信があります。しかし気を悪くしてしまうようでしたら、縛り首でも牛裂きでも好きにしてくださって結構です」

 

ヴィータの言葉を真に受け、皇帝は素直に感謝の意を告げる。

 

「(中々の自信ですね。まだこれだけじゃ革命軍のスパイかどうか判別できませんが、この女一人じゃ何もできないでしょう)では、早速披露してもらいましょうか」

 

大臣はヴィータについていろいろと思案するも、すぐに心配ないと思って考えをやめ、変わらずにソーセージを喰らいながら告げた。

 

「かしこまりました。では……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ お眠り坊や達

母の腕に抱かれて 愛の沼へと沈みましょう』

 

ヴィータは澄んだ声から急に艶っぽい声音になり、子守唄のような文句を語る。そしてそれを聞いた瞬間、謁見の間全体に異変が起こった。

 

「皇帝陛下、これから語る物語を心の隅においてくださいませ。そしてそれ以外の皆さまは、終わり次第忘れなさい」

『はい……ママ…』

 

なんと謁見の間にいるヴィータ以外の全員が虚ろな目になり、そのまま彼女の命令を承服しながら彼女をママと呼ぶ。子守唄と魔女の秘術を応用した、ヴィータの十八番である。

 

『人が次第に朽ち行くように 国もいずれは滅びゆく

千年栄えた帝都さえ 今や腐敗し生き地獄』

 

ヴィータが歌ったのは、帝都で暗躍するナイトレイドの活躍を唄った詩で、彼らの法で裁けぬ悪を裁くことを歌った内容だ。しかし、ヴィータはそれとは異なる続きを唄うのだった。

 

『新たな王は幼き王 幼く純粋 故に危うい

そんな王を傀儡と化して 無垢な命を喰らいし悪魔

 

しかしそんな悪魔を見かね 別なる悪魔が命を狙う

悪魔は別なる悪魔に討たれ 国は彼の者に救われる

 

しかし悪魔は幼き王を 仇の仲間とみなすでしょう

そして王は命を散らし 帝都は滅び去ってしまう

 

それが嫌なら悪魔を跳ね除け 己が足で歩みなさい

さすれば王を支えし仲間が 悪魔達を滅ぼすでしょう

 

彼らは帝都の闇を祓い 悪魔を滅ぼしつくす者達

彼らは全員 英雄也』

 

皇帝とオネスト大臣の関係を皮肉った詩と、何やら含みのある語りを続け、最後に大臣を含めた害悪たちを滅ぼすという詩を唄う。

 

「以上で歌の披露はお終いです。ご清聴、ありがとうございました」

「……は!? なんと、素晴らしい歌声だ!」

「ええ、ええ! 私も感動のあまり体重が増えてしまいます!!」

「うむ。やはり何度聞いてもいい物だ……」

 

しかしヴィータの言葉と同時に、皇帝も大臣も、ノウケン将軍やその他護衛の兵たちの全員がヴィータの歌を絶賛する。大臣に関しては、号泣しながらもいつものように食物に食らいつく。

 

「ヴィータよ、美しい歌をありがとう。大儀であった。そなたに褒美を……」

「結構ですわ。私はあくまで歌を聞いてもらうためだけにいらしたので」

 

そして皇帝がヴィータに褒美を与えようとしたら、それをはっきりと断るヴィータ。

 

「え、しかし……」

「帝都には大臣閣下でも見逃すほど僅かに貧しい物も居ります。褒美の分をその方達にでも寄付してくださいな」

「な、なんと……」

「それでは、ごきげんよう」

 

そのままヴィータは軽く会釈し、ノウケン将軍に連れられて謁見の間を後にする。

 

「……大臣、彼女が言っていたお前も見逃している貧しい民とやら、早速探してくれぬか? そしてそのものに支援を」

「はい、かしこまりました(チッ、あの女め陛下に余計な入れ知恵を)」

 

ヴィータが去った直後に、皇帝は大臣に告げる。表情に出さなかったものの、大臣は内心で悪態をつく。しかしその直後に異変があり、しかも自分を脅かす事に繋がるのだが大臣はこの時は気づかなかったのだ。

 

 

 

 

(なんだ? 大臣に妙な感じが……)

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「さて。ヴィータ殿、いや人形38号よ。我が屋敷で今宵は熱く過ごそうではないか」

 

廊下を歩くノウケンは、ヴィータを愛人に誘ったが今回の謁見を条件にそれを承諾したという。しかし、今の彼女の頭の中には、それに関する話は微塵もなかった。

 

(さて、布石は打ったわ。後はリィン君やロイド君たちに任せるわね)

 

翌朝 ノウケンは屋敷の寝室で死体となって発見された。それも、体のある一か所以外の全てが細切れになって。




弟ブルジョワジー、爆発!(笑)

そして最後にまさかの展開、果たしてどうなる?


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第16話 特務捜査官と特殊警察

今回はちょっと短めです。ロイドとイェーガーズの対面ですが、少し弄っているので後々ストーリーに響かせていこうと思っています。


~ロイドが武芸大会に参加していたのと同時刻・宮殿地下~

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!?」

 

リィンは椅子に縛り付けられ、そこで電流を浴びせられている。リィンは鬼の力を発現した異常な力、そこに目を付けられてDr.スタイリッシュ率いる科学者軍団に捕えられた。力の解析と尋問が目的で、そのために電気椅子の拷問を受けさせられていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「う~ん……昨日からずっとやってるけど、何の情報も吐かないしあの力も出てこないわね」

 

電流が止められ、何やら落胆した様子でスタイリッシュは呟く。

 

「生け捕りにするために加減していたとはいえ、ブドー大将軍の奥の手を喰らって翌日に目を覚ますなんて驚きだわ。しかも傷の治りも早いし、長いこと研究できそうね」

 

捕まってからの二日間、リィンは目を覚まさないまま宮殿の地下牢に捕えられていた。そして昨日に目を覚ましたかと思ったら、そのままスタイリッシュの研究室に連れていかれて、現在のこの状況となっている。

 

「スタイリッシュ様、自白剤が届きました」

「ありがとう、カクサン。そこに置いといてちょうだい。トビーはあの新装備を拷問に試すから、手伝ってくれるかしら?」

「かしこまりました、スタイリッシュ様」

 

更にスタイリッシュは部屋を訪れた部下と思しき筋骨隆々の髭男と、丈の長い服を着た眼鏡の男に指示を出す。カクサンと呼ばれた大男は薬の入った箱を空いているスペースに置き、もう一人のトビーという男は何かの準備に入る。

 

「ちょっと筋力とか計測してみたんだけど、素の状態で将軍級かそれに準ずるデータが取れたのは、相当に鍛え込んでいるおかげね。もしくは、あの力の副作用か」

「だ……誰が教えるか……」

「その強がり、いつまで続くかしらね。まあ、とりあえず自白剤でも打ったら少しくらいは情報を吐くでしょ」

 

そう言いながらスタイリッシュは箱の中から、自白剤と思しき注射器を取り出す。そしてリィンに投与しようと近寄る。

しかしその直後に届いた知らせで、それは中断となった。

 

「スタイリッシュ様、エスデス将軍がお呼びです」

「あら、もうイェーガーズの招集かしら。トローマ、わざわざありがとうね」

 

現れた上半身裸にコートを羽織った男に呼ばれ、スタイリッシュは研究室を出て行くことにする。

 

「貴方達、代わりにこの子へ自白剤の投与をお願い。でも、それ以外の薬物と拷問はアタシがこの目で見たいから、しないように」

「了解しました。それでは、行ってらっしゃいませ」

 

そのままスタイリッシュは部下達に指示を送り、研究室を去っていった。

そんな中、トビーと呼ばれた男がリィンに声をかける。

 

「さて。とりあえず一時自由になれたようですが、その間に心の準備をしておくことですね」

 

そう言うトビーの右腕は、何やら小型のドリルのような物が付いていた。これが例の拷問に使う装置らしい。

 

「あんた、その体は……」

「我々は元々死刑囚で牢屋にいましたが、スタイリッシュ様が実験の検体兼部下になることを条件に開放してくれましてね。私は肉体の機械化、カクサンは筋繊維の強化といったように、スタイリッシュ様から戦闘力の強化改造を施されたのですよ」

「ああ。スタイリッシュ様は俺達の恩人にして最高の上司だ。おかげで、また好き勝手に暴れられるわけだ」

 

トビーが自身の過去などについて語り、そこにカクサンが続く。明らかにスタイリッシュはリィンを人とも思わぬ扱いをし、過去に彼らもそのように接して実験を行ったのだろう。それでも彼に心酔するのは、やはり同様に性根の腐った外道である証拠なのだろう。

 

(悪人が悪人と傷をなめ合い、己の快楽と利益の為だけを求める……上層部がこんなにも腐っているなら、大元の大臣はこんな物じゃない筈。どうすればいいんだ……)

 

実際に宮殿に捕えられて気づいた、上層部の腐敗。その末端に触れてリィンは更に絶望してしまう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「中には知らない者もいるだろうから紹介する。今日、イェーガーズの補欠兼私の恋人候補になったロイドだ」

 

エスデスに連れていかれたロイドが目を覚ますと、椅子に鎖で縛りつけられていた。そして当のエスデスがイェーガーズのメンバー達に紹介するところだった。

 

「帝都市民を、連れてきてしまったんですか?」

「いや、コイツは旅の途中で帝都にやって来た冒険家だそうだ。だから問題ない」

 

ボルスが気になったことを思わず尋ねると、エスデスはロイドがエントリーで使った偽の素性を語る。そう言う問題ではないのだが、下手なことを言ったら此方の身が危ないので誰も言わない。

しかし、これだけはどうしても聞かないといけないと思い、ウェイブがあることについて聞いてみた。

 

「で、なんで椅子に縛り付けてるんですか?」

「すでに恋人がいると言って聞かないから、無理やり抑えて私色に染めてやろうと思ってな」

「いや、そうするなら解放してあげた方が好感が上がるのでは」

「む、それもそうか」

 

ランに指摘されてエスデスは気づき、ロイドを縛る鎖を外してやった。すでに恋人がいる云々は、下手に言及すると危ういので触れないことにした。

そして解放されたロイドは、突然の事態に困惑する。予想外の形で宮殿に連れられ、しかもエスデスと彼女の率いる新設部隊全員と対面することとなったのだ。ロイドの解放を終えると、エスデスはあることが気になってイェーガーズの面々に尋ねてみる。

 

「そういえば、この中で恋人か結婚相手のいる者はいるか?」

 

そしてそれを聞くと同時に、予想だにしない人物が手を挙げたのだ。

 

 

 

上半身裸のマスク男、焼却部隊隊長ボルスである。

 

「ボルスさん、本当ですか?」

「うん、結婚六年目。もう出来た人で、私には勿体ないくらい」

 

驚きながら訪ねるセリューに対し、ボルスがマスク越しにもわかるほど赤面して語る。自身の経歴を知りつつ連れ添ってくれているらしく、しかも一人娘までいるらしい。

妙な空気が部屋中に漂うも、ロイドは己の気持ちを絞り出して反論する。

 

「この際だからハッキリ言っておきます。俺は宮仕えどころか、帝国に永住する気は無いので帰らせてもらいます」

「言いなりにならないか……ふふ、染め甲斐があるな」

 

しかしエスデスは何処までも自分の感情を押し付けている様子だった。正直なところ、勘弁願いたい。

 

「まあまあ、今はいきなりすぎて混乱しているんですよ」

 

そんな中、セリューがロイドの肩を叩きながらフォローに入る。しかし、ロイドは仲間達からの情報で彼女のことを知っていたため、複雑な心情であった。

 

(彼女がセリュー……ノエルが戦った、噂の帝具使い。そして足元にいるあれがその帝具)

 

ロイドはいずれ敵対するであろう人物である彼女を、険しい目でじっと見つめている。そして、そのまま部屋にいるイェーガーズのメンバー達を見渡す。

 

(帝具使いだけの戦闘部隊、ならさっきのボルスさんも帝具を持っていることになるのか。そして他にも気になる人物はいるが……)

 

そう思い、一人の人物に眼をつける。金髪の美男子、ランだ。

 

(もしこのランさんが、キョロクに行ったときに聞いた元教師のランさんと同一人物だったら、既に手を血で染めてしまっているかもしれない。そしてそうでなくても、これから手を汚すことになる……女将さん、望み通りにはいかなかったようです)

 

キョロクの宿屋で昼食を取った際、そこの女将にもしランと出会った時、彼が手を汚す前に止めて欲しいという約束をしていた。しかし、既に帝具を手に入れ特殊部隊に迎え入れられている、つまり既に手を汚している可能性が高かったのだ。

 

「? 私の顔に何か?」

「いえ、戦闘向きに見えない貴方がこの部隊にいるということは、帝具がそれだけ強力なのだと思ってしまって……」

 

あまりにじっと見すぎたため、ラン本人が思わず反応する。とりあえず咄嗟に思いついた理由を語り、この場を誤魔化した。

 

「まあ、そうですね。実は元々、文官志望なんですが功績を得るために戦闘部隊に入りました。一応訓練も積み増したが、それでも帝具の力が大きいですね」

「なるほど……失礼なことを聞いてしまってすみません。それと、わざわざ教えてもらってありがとうございます」

「特に聞かれてないけど、アタシの帝具は戦闘に不向きな物なのよね。帝具とは言っても千差万別、直接攻撃型や何かしらの支援型みたいにいろんな機能があるからランが仮に非戦闘型でも、この部隊に入れたわけね」

「あ、わざわざどうも」

 

ランとの会話を終えると、今度はスタイリッシュの方から近寄って声をかけてくる。そしてそんな彼をロイドはついまじまじと見てしまい、こんな感想を浮かべた。

 

(なんというか、ヨアヒムがミシェルさんみたいな性格になったような人だな。ロクな奴じゃないだろうし、善人だとしてもお近づきにはなりたくないな)

 

妙な例えを頭の中に浮かべ、ロイドは顔を引きつらせそうになるのを堪える。しかし、そんな中でも考えを巡らして一つの結論に至った。

 

(けど、これはチャンスかもしれない。上手く彼らに溶け込めればリィンの救出に使えるだろうし、今後戦うであろう帝国側の帝具使いの能力を把握可能……どの道、その場の状況を有効利用するのも捜査官としての腕の見せ所だな)

「さて。補欠とはいえイェーガーズにロイドが入った記念と、初陣として任務が届いた」

 

ロイドが結論に至った直後、いつの間にかエスデスが何やら報告書らしき物を持って告げた。

 

「帝都近郊にあるギョガン湖、そこの放棄された砦に盗賊団が住み着いたそうだ。その盗賊団を駆逐しろという任務だ」

 

盗賊団の皆殺し、そう聞いてもロイドの中で動揺は小さかった。警察とは銘打ってはいるが実際は軍の一部隊、なので殲滅戦も任務として行われるとすぐに理解したためだ。

 

「さて。折角の初陣だ、全員で出撃するぞ」

「隊長、ただの盗賊団なら2、3人程度でいいんじゃないですか?」

「折角の初陣、デモンストレーションとでも思っておけばいいだろう。それに、ロイドに我々の力を見せてやる意味合いもある」

 

出撃が決まった直後、ウェイブが疑問に感じたことを口にするがエスデス自ら理由を話して納得する。

 

「どちらにせよ、賊は皆殺しですね」

「これもお仕事だから、仕方ないか」

 

嬉々とした様子のセリューに対し、逆に申し訳なさそうなボルス。見た目的に逆な気もするが、こんな国の状況なのでもう見た目は判断基準とならないだろう。そして出撃しようとしたその直後

 

「一つだけ意見をいいでしょうか?」

 

ロイドが挙手しながら告げた。その様子に、エスデス以外のイェーガーズの面々に動揺が走った。

 

「どうした? 作戦に不満でもあるのか?」

 

しかしエスデスは特に反応せず、なんとなく気になっただけ、といった具合で問い返してきた。

 

「いえ。この組織は警察を名乗っていますが、実質的には軍隊なので任務に殺しがあること自体は問題ありません」

「ならばなんだというんだ?」

「彼らが本当に、ただの盗賊なのかどうかですよ」

 

その言葉に、エスデスは「ほぅ」といった感じでロイドの言葉に聞き入る。そして他のイェーガーズ達もロイドの話を聞いてみることにした。

 

「もしかしたら彼らは盗賊を騙った反乱軍か敵国の軍で、略奪で軍資金を稼いだり、略奪そのものを隠れ蓑に何かしらの侵略作戦を練っている可能性を検討した方がいいんじゃないでしょうか」

 

現役捜査官として勘を働かせた結果、偽装工作という可能性を浮かべたロイド。オネスト大臣の圧政によって貧困に喘ぐ一般人たち、その結果として盗賊が増えるのは致し方ない。だが、同時にそれを隠れ蓑にした侵略作戦を敵国が存在するかもしれない。実際、クロスベルでかつて暗躍していたマフィア組織の一つ”ルバーチェ商会”は犬型魔獣を調教し、野犬や狼の仕業に見せかけた犯罪に用いようと計画していた。その経験から、ロイドは偽装工作という線を疑ったというわけだ。

 

「そういったことを考え、一人か二人は捕虜にして情報を得る。国防のためにもあらゆる可能性を考慮し、これくらいはするべきだと思います」

「ほう。腕が立つだけじゃなく、頭も働くのだな」

「冒険家なら命の危機もあったでしょうから、自然と磨かれたのでしょうね」

「すげぇ……俺なんてただ人を困らせる悪党退治しか思ってなかったのに」

「ウェイブ、形無しだね」

 

そしてロイドの提案を聞き、エスデスもランもウェイブも、その様子に感心する。一緒に話を聞いていたクロメは、歳の近いであろうウェイブをジト目で見ている。

しかしエスデスの返事は、ロイドの思い通りの物ではなかった。

 

「だが命令が来た以上、盗賊団は全滅させなければならない。イェーガーズは賊どもを獲物とした組織だからな」

「何故です!? もしそれで帝国が敵に占領されたら、多くの人々が苦しめられ、最悪国そのものを滅ぼれ……!?」

 

エスデスは自国の守りに関心がないかのように、今の提案を断ってしまったのだ。ロイドも思わず反論するが、そこまで言ったところで黙り込んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなったとしたら、我々が弱かっただけのことだ。弱肉強食、それが自然の定めだからな。それに、その作戦もろとも真正面から叩き潰してやれば問題なかろう」

 

エスデスは好戦的な笑みを浮かべ、それでいて背筋が凍るような冷徹さを発し、自国どころか己の命すら顧みない発言をしていたのだ。それにロイドはいまだかつてない、得体のしれない恐怖を抱いて慄いてしまった。

 

(なんだ、隊長のこの笑顔と今の言葉? なんか、鳥肌立って来たぞ……)

 

しかし、ウェイブも何か感じ取ったようで、顔も若干青ざめている様子だった。そしてそれを横で見るランも何やら険しい表情を浮かべ、エスデスをじっと見ている。そんな二人に対して、クロメは特にこれと言ったりアクションは見られない。

 

「ロイド君の言いたいこともわかるけど、この国じゃ軍人も賊もこんな感じに殺すか殺されるかだから仕方ないんだ。ごめんね」

「それに大丈夫ですよ。正義は絶対に勝つ。そして私達帝国、ひいてはイェーガーズこそがその正義なんですから」

 

同じく聞いていたボルスのフォローと事情の説明、むしろエスデスの発言にノリノリの様子のセリュー。皆それぞれ理由は異なるが、この決定に賛成だった。特に反応のないスタイリッシュも、まあ同意しているのだろう。

 

「さて。では少し遅れたが、イェーガーズの初陣と行くか」

 

そしてそのエスデスの言葉と同時に、イェーガーズの出撃が始まったのだった。

 



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第17話 動き出す蛇・火焔魔神と破壊の傀儡

今年の三月からグラブル始めたんですが、最近ガンダルヴァというボスと戦って「こいつ、エスデスと仲良くなりそう」と思いました。それだけです。


「リィンに続いて、ロイドまで捕まってしまうとは……」

「正直、ここまで来たら先が暗いな」

 

一方、メルカバにて帰還していたエステル達から状況を聞く待機組達。ガイウスとようやく回復したジンが、真っ先に口を開いた。

 

「彼女、純粋な戦闘力が高いだけじゃない。気配の察知能力や内に秘めた闘争本能、まだ見たことないけど恐らくは知略も高いはず。つまり、こと戦いにおいて他の追随を許さない強大な存在みたいだった」

「あれはもう、人の域を超えた存在に達しています。それも、同様の存在でもかなり高位の」

 

ヨシュアとリーシャも、自分達の隠形が見破られたところやエスデスの内面的な得体の知れなさを目の当たりにし、強い警戒心を抱く。

 

「リィン、このままどうなっちゃうの……」

「アリサさん、リィンさんはきっと大丈夫ですから落ちついて」

 

救出作戦の要であったロイドが捕まり、アリサは不安がぶり返してしまう。そしてそんな彼女を、エマが宥める。

 

「まあ、ロイドならうまく状況を利用して何とかしてくれる可能性もあるけど……」

「問題は、例の将軍だよね?」

 

エリィがロイドは心配ないと言いたそうだったが、途中でやめてしまう。フィーの言う通り、エスデスに惚れられてそのままお持ち帰りされてしまった。わずかな時間しか接していないが、エスデスは明らかに独占欲の強いタイプだ。おそらくロイドを警戒とは違う意味で警戒して監視体制に入るだろう。そう考えると、彼の身が心配になってしまう。

 

「ロイドのモテ具合が付き合い始めてからも止まらないどころか、まさかこんなことに……」

 

思い返した途端、エリィは頭を抱える。クロスベルで待機しているランディから”弟ブルジョワジー”、ティオの同僚の少年ヨナ・セイクリッドから”弟系草食男子を装った喰いまくりのリア充野郎”と言われるほどモテるのだ。それを最大の危険人物に発揮してしまうので、エリィも頭が痛くなって当然だった。

 

(……でも、一歩間違えたらこれがリィンだったのかもしれないわね。安心していいのかどうか……)

 

しかしそんな中、アリサも似たような考えに至っていた。

 

「アリサ、一瞬不安が薄れた?」

「え?」

 

するといきなり、エステルに声を掛けられてつい反応する。そしてそこに、エマやヨシュアが続いた。

 

「確かに、今のリィンさんは拷問でも受けさせられているかもしれないので、不安なのはわかります。でも、リィンさんのことを誰よりも助けたいはずのアリサさんがそうだと、救出作戦も上手くいきませんよ」

「確かにエスデス将軍は得体が知れないし、それと同格の戦闘力らしいブドー大将軍なんて強敵もいる。でも、どっちも生きた人間である以上、攻略できないはずは無い。きっと、何とかなる筈だよ」

「エマ、ヨシュア…………ありがとう」

 

二人のその言葉にアリサも勇気づけられ、ついお礼を言う。

 

「そうよね、私までこんなじゃどんなに簡単になっても絶対にリィンを助けられないわね。目が覚めたわ」

「そうよ、その意気よ。どんな強敵が来ようと、恋する乙女のパワーでぶっ飛ばしてやりなさい!!」

 

更にエステルにまで勇気づけられたアリサの表情から、完全に曇りが消えた。そしてその勢いで救出作戦を計画しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっと。その話、俺も混ぜてくれねぇか?」

 

直後、室内に聞き覚えの無い声が響く。しかし、アリサ達VII組のメンバーだけはその声に聞き覚えがあった。

その直後に部屋に入って来たのは、浅黄色の髪と赤い衣服の青年だった。やる気のなさそうな表情で常にあくびをしている人物だが、VII組の面々はつい警戒してしまう。

 

「おっと、そう警戒するなって。今回、俺はむしろお前らの味方なんだからよ」

 

そう言う件の男、彼こそが執行者最強にしてアリアンロードと同等と言われる使い手、執行者No.1《劫炎》マクバーンだったからだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その日の晩、エスデス率いるイェーガーズと彼らに連れられたロイドはギョガン湖に到着していた。

 

「一応確認しておきますが、敵が降伏してきたらどうする気ですか?」

「降伏は弱者の行為、そして弱者は淘汰され強者の糧となるのが世の常だ」

「あははははっ! 悪を有無を言わせずに皆殺しに出来るなんて、私この部隊に入ってよかったです!」

 

ロイドはあまり期待しないでエスデスに問いかけると、やはり皆殺し上等という返事が返ってきた。しかもそれに対してセリューが屈託のない笑顔で同意するため、またもうすら寒い物を感じ取ってしまう。

その一方で、ウェイブも茫然としていた。

そしてその後、エスデスは他のイェーガーズの面々に問いかけた。

 

「出陣する前に聞いておこう。一人数十人は倒して貰うぞ。これからはこんな仕事ばかりだが、きちんと覚悟は出来ているな?」

「私は軍人だから、命令には従うまでです。このお仕事だって、誰かがやらなくちゃいけないことだから」

「同じく……ただ命令を粛々と実行するのみ。今までもずっとそうだった」

 

その問いかけにまずボルスとクロメが答える。ボルスは責任感や根の優しさから、軍人でしかも汚れ役まで引き受けてしまったようだ。故に、体より先に心が壊れそうな危険がある。

続いてクロメだが、こちらは淡々とした様子で当然と言わんばかりの答えを出した。

 

「俺は……大恩人が海軍にいるんです。その人にどうすれば恩返しできるかって聞いたら、国の為に頑張って働いてくればそれでいいって……だから俺はやります! もちろん命だって賭けてやる!!」

 

ウェイブもそんな二人に続き、己の戦う理由とそのための覚悟を語った。一見ただの田舎臭い青年だが、まっすぐな目と強い覚悟を感じられる。ロイドもその様子に、強い意志を感じ取っていた。

 

「私は先程文官志望だと言いましたが、それはとある願いをかなえるためなんです。そのためにどんどん出世していきたいんで、手柄を立てないといけません。こう見えてやる気に満ち溢れていますよ」

 

そう言うランの瞳にも強い意志が感じられるが、ロイドは彼の願いを知るがゆえに複雑な心境であった。

 

「ドクターはどうだ?」

「フッ、アタシの行動原理はいたってシンプル。それはスタイリッシュの追及!!!」

 

最後にスタイリッシュに問いかけると、当の本人は目をカッと開いて告げた。それに対してセリューは拍手をするが、他は苦笑いや茫然といった微妙な反応である。

 

「お分かりですね?」

「いや分からん」

 

しかしスタイリッシュは、エスデスなら理解してくれるという前提で問いかける。だが当の本人に、バッサリと切り捨てられる。

それに対して残念そうな表情を浮かべるも、そのまま語り始める。

 

「かつて戦場でエスデス様を見た時に思いました。あまりに強く、あまりに残酷、ああ、神はここに居たのだと!!! そのスタイリッシュさ、是非アタシは勉強したいのです!!!」

 

そしてスタイリッシュは、語りながら妙にオサレなポーズを決める。しかしその言動から彼の言うスタイリッシュは、一般的な趣味嗜好のそれからかなりかけ離れているのがよくわかった。

 

「皆迷いがなくて大変結構……そうでなくてはな。それでは出陣! そしてロイド、お前は私と一緒に彼らの実力を高みの見物といこうじゃないか!!」

 

そのままエスデスに連れられ、ロイドはギョガン湖全体を一望できる高台へと昇った。

 

(さて。ノエルが戦ってたからセリューはある程度情報があるとして、他のメンバーは完全に未知数だ。ここで彼らの情報が得られたら、戦うための鍵なってくれるはずだ)

 

ロイドは帝具およびその使い手たちの力を見極めることに専念し、山賊たちと対峙するセリューに視線を移す。

すると、そばにいたコロが大きくなったかと思うと、セリューの右腕に噛みついた。

 

「ナイトレイドを殺すために覚悟をし、ドクターから授かった新しい力……」

 

そして腕を引き抜いて現れた物を見て、ロイドはギョッとした。なんとセリューの右腕には巨大なドリルが取り付けられていた。

 

「十王の裁き五番・正義閻魔槍!!」

 

そしてセリューはそのドリルで突撃し、山賊たちを蹴散らす。攻撃を避けた者たちをコロが次々と食い殺していった。

 

「次、七番!」

 

そして最初に攻めて来た盗賊たちを全滅させると、コロに指示を送るセリュー。そして先程の様に右腕に噛みつき、それを引き抜くとドリルが巨大な大砲に付け替えられていた。

 

「正義、泰山砲!!」

 

そしてその大砲の名前を叫びながら、セリューは発砲する。その一撃により、閉じられていた盗賊たちの砦の門は木端微塵にされた。

 

(な、何だあの武器は? 生身の人間で、戦車や機甲兵とでもやり合うつもりなのか!?)

 

セリューのとんでもない武装にロイドは驚愕、そんな彼にエスデスが話しかけてくる。

 

「あれは十王の裁きと言って、ドクターがセリュー専用に開発した新兵器だそうだ。ヘカトンケイルの体内に格納した武器を換装、状況に応じて遠近中距離と対応するらしいぞ」

 

聞けば十王とは地獄の王たちの名前らしく、悪を裁くという意味ではこれ以上ないほどの名となっている。尤も、妄執に浸かれたセリューが使えば単なる悪鬼にしか見えないのだが。

 

「あのドクター、非戦闘員だと思ってましたがとんでもない頭脳の持ち主だったようですね」

「ドクターは帝国最高と言われる天才的頭脳を持ち、そこに手先の精密性を向上させる手袋の帝具”神ノ御手”パーフェクターを組み合わせた結果、あのような兵器を作れたそうだ。全く、素晴らしい力だな」

 

スタイリッシュの帝具の情報もここで判明し、思わぬ収穫となったロイド。そして見てみると、スタイリッシュの周囲に盗賊たちとは異なる容姿の不気味な集団が集まっていた。遠目でわかりにくいが、全員が露出の多い格好に白い仮面をした男で、屈強な肉体だった。彼らはリィンが対面したトビーとカクサンのような、肉体を強化された元囚人たちだという。

 

~ギョガン湖の盗賊砦・内部~

 

「この女、可愛い顔して何て腕だ!!」

 

襲い来る盗賊たちを、次々と切り裂いていくクロメ。無表情で黙々と殺していく様に、何処か仕事モードのアカメに似た雰囲気を感じる。クロメはアカメの帝国軍時代と同じ暗殺部隊の出であるため、少なくとも何かしら関わりを持っているのだろう。しかしそのあまりにも似ている様に、血縁関係を匂わせていた。

 

「全部終わったら組み替えて遊んであげる、お人形さん達」

 

背筋が凍りそうなセリフを、無表情で淡々と告げるクロメ。その様がより一層、彼女の雰囲気を不気味な物にする。そんなクロメを、死角から撃ち殺そうとする男がいた。

だが二階からウェイブが飛び降り、そのまま飛び蹴りで男をノックアウトしてしまう。

 

「なぁにフォローの礼はいらないぜ。チームだろ?」

「や、気づいてたし」

「マジで!?」

 

せっかく格好をつけたのに、クロメからのまさかの返答に驚愕するウェイブ。何やら仲のよさげな雰囲気だった。

 

~城壁付近~

 

ボルスは巨大なタンカーを背負い、それと連結したチューブとノズルを装備していた。そしてそんなボルスを目掛け、盗賊たちは城壁の上から弓で攻撃に入る。帝具使いを相手に真っ向勝負は不利と判断し、一方的な攻撃に乗り出したようだ。

しかしボルスは雨のように飛んできた矢を前に、少しも怯む様子が無い。そして手にしたノズルを構えると、そこから高出力の炎を噴射して矢を焼き尽くす。

 

「これもお仕事ですから」

 

そしてまたも申し訳なさそうな様子で呟き、迫って来た盗賊たちに炎を浴びせる。しかしそれだけでは終わらなかった。

 

「なんだよこの炎!? なんで水かぶっても消えねぇんだよぉお!?」

「助け、だずげでぐれぇええええ!?」

 

盗賊たちは必死に火を消そうとするが、どうやっても消えることが無かった。この消えない炎、それこそが火炎放射器の帝具”煉獄招致”ルビカンテの能力だった。やがて炎は盗賊たちの肉体を焼き尽くし、自然鎮火するまで消えることは無かった。

 

「冗談じゃない、こんな地獄さっさとおさらばしてやる!!」

 

その一方的な蹂躙に怯えた盗賊たちの何人かは、死への恐怖におびえて仲間を見捨てて脱げようとする。しかし、イェーガーズは決して彼らを逃がしはしなかった。

 

「一人も逃がすわけにはいきません」

 

何処からかランの声が聞こえたかと思いきや、盗賊たちが何かに頭を貫かれて命を落とす。そして上空には、背に翼を纏ってたたずむランの姿があった。

この翼こそがランの帝具、”万里飛翔”マスティマだ。装着者に飛行能力を付与し、羽を飛ばして攻撃する、偵察と支援攻撃特化型帝具である。純粋な攻撃力で言えばそれ自体の無いパーフェクターを除くと一番低いが、白兵戦で制空権を奪えるというのは圧倒的優位に立てる要素だった。

 

~盗賊砦最奥~

 

「お頭、このままじゃ俺達の命も危ないですよ!? オレ、まだ死にたくねぇっす!!」

「まあ、落ち着け。にしても、百は超える規模の俺らが一方的に蹂躙されるとは、流石は帝具といったところか」

 

盗賊の頭目が隠し通路から続く暗い廊下を歩いていると、その補佐と思しき男に泣きつかれる。だが、泣きつかれた当の本人は何やら落ち着いている様子だった。

 

「何余裕かましてるんですか!? このままじゃ、オレもお頭も殺されますよ!!」

「どうどう。この間、あのうさん臭いおっさんが置いて行ったアレがあるだろ。それさえありゃ、奴らなんてイチコロよ」

「アレ……あのデカブツっすか? まさか、アジトの奥に行くのはそれが狙いで?」

 

頭目の余裕は、何か秘密兵器があるかららしい。そして、二人が最奥に到達すると、そこには巨大な影が二つあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、イェーガーズの蹂躙の様子を見ていたロイドとエスデスはというと。

 

「これが、帝具の力……」

「ふふ、まさに弱者に相応しい末路だな。ロイドも、その内に適性を見て帝具をよこしてやるから楽しみにしておけよ」

 

ヘカトンケイルは以前にノエルから聞いてその力を知っていたが、他の帝具の圧倒的な力に驚くしかなかった。ランのマスティマは火力の問題的に、ルビカンテも着火しないために戦車や機甲兵には勝てない。しかし、スタイリッシュの頭脳がそれをカバーする装備を開発してしまいかねないため、油断は禁物だった。

そして燃え尽きる砦を背に、イェーガーズ全員が佇んでいるのが見えた。

 

「隊長、盗賊はあらかた全滅しましたが、まだ頭目らしき人物が発見されません」

「引き続き捜索しますので、もう少々お待ちを」

 

セリューとランが敬礼しながら、交互に状況を報告する。

 

「放っておけ。どうせ盗賊団も再編不可能だし、勝手に死んでるだろう。そうでなくても、また新たに獲物を調達してくるだろうから生かしておけ」

 

しかし、エスデスはここでも常軌を逸した発言をする。ロイドも、流石にこれは見過ごせないと思い意見をする。しかしそれは未遂に終わってしまった。

 

―ズドォオーン―

「な、なんだ!?」

「みんな、あれ!」

 

いきなり轟音が近くの崖から聞こえ、ウェイブが狼狽える。しかしボルスが音のした方を見ると、何かが巨大な影がこちらに近寄る光景を目の当たりにしたのだ。

 

「な、なんだコイツ……」

「危険種? でも、その割には生き物臭くないかな」

「ほぅ、ひょっとして盗賊共の隠し玉か?」

「ワォ! 何てスタイリッシュな怪物なのかしら!!」

 

ウェイブが驚き、クロメは冷静に分析、エスデスは何やら期待を込めたまなざしで見つめ、スタイリッシュは興奮している。

現れたのは、二足歩行の巨大な異形だった。がに股でどっしりした脚部、太く短い尻尾、鉤爪状の両手、一本角を生やしたドラゴンのような頭部、そして全身は薄紅色で金属質の体をしていたのだ。それが、なんと二体も佇んでいるのだ。

 

(コイツは、結社の人形兵器か!?)

「はーっははははは! これが俺達の切り札、その名もドラギオンだ!! どうだ、怖気づいたか!?」

「お頭、あんまり前に出ると狙われますって!!」

 

ロイドがその正体に気づく中、現れた頭目が高笑いを上げながらその名を告げた。

人形兵器。身喰らう蛇が古代ゼムリア文明の技術を解析し、開発・量産した自立型の機械兵器である。この巨大な機体ドラギオンは、かつてリベール王国の王都地下にあった古代遺跡に封印されていたオーバーマペット・トロイメライをベースに開発された機体である。トロイメライはとある古代遺物の防衛システムによって生み出された戦闘兵器で、それゆえに強大な戦闘力を有した機体である。

それをベースに飛行能力や武装の追加を施し、今のドラギオンが完成したわけだ。

 

「こいつは最近、俺らんとこにやって来た胡散臭い白衣の爺さんが置いて行った高性能兵器だ。エビルバードの群れだって全滅できたんだ、お前らだって死体に変えるのは容易なのさ!」

(人形兵器に怪しい白衣の男……まさか!?)

 

ロイドには、このドラギオンを提供した人物に思い当たる節があった。

身喰らう蛇の第六使徒F・ノバルティス博士。結社の技術部である十三工房、その工房の統括を任された結社最大のマッドサイエンティストである。

もしそうだとしたら、この大陸に結社が干渉し始めたことになっている。その全容が不明な組織、大きすぎる問題を抱えたこの大陸の帝国に、彼らの介入はどのような事態になるかは想像がつかなかった。

 

「俺だって死にたくはねぇ。だから、卑怯上等でドラギオンをけしかけさせてもらうぜ!」

 

そして頭目の指示を受け、そのまま二体のドラギオンはイェーガーズの面々に襲い掛かる。

 

「流石は悪党、自分で戦わずに人形頼りか。コロ、一番と五番」

 

しかしセリューは、悪態をつきながらコロに指示を出し、十王の裁きを装備する。両腕には先程のドリルと同時に、巨大な鎖付き鉄球が装備された。

 

「この正義の力である十王の裁き、秦広球と閻魔槍を持ってお前達に正義を執行してやる!」

 

そしてそのまま鉄球を振りかざし、コロと供にドラギオンの一体に飛び掛かるセリュー。秦広球の一撃に怯んだところに、コロが腕を肥大化させて背後から殴りつけ、背部をセリューが閻魔槍で攻撃する。

 

「か、硬い……!?」

 

しかし閻魔槍のドリルはドラギオンの装甲に傷をつけることは無く、逆にセリューはコロ諸共殴り飛ばされてしまった。

 

「私のマスティマではダメージが通りそうにないですが、牽制くらいなら!」

 

そう言いながら、ランは再び飛び上がって羽を飛ばす。やはりドラギオンにダメージは薄く、セリューが攻撃したのとは別の機体がランの方に気づいて腕を向けた。なんと、そこからレーザーを照射したのだ。

 

「な!?」

 

ランは驚きつつもどうにか回避し、そのまま攻撃を再開する。しかし、やはりダメージは薄かった。

 

「チームスタイリッシュ、あの兵器を捕まえちゃいなさい!」

 

そこにスタイリッシュが、すかさず配下たちをけしかけてドラギオンを手に入れようとする。しかし、ドラギオンは両手に電流を纏わせてスタイリッシュの部下達を蹴散らす。しかし体の一部が電熱で焦げたにもかかわらず、彼らは堪えた様子もなく飛びかかってきた。忠誠心によるものか、強化によって痛みが薄れているのか、どちらにしても異常だった。

 

「みんな、離れて!」

 

そしてボルスは再度ルビカンテを構え、チームスタイリッシュやランに気を取られているドラギオン達に炎を浴びせる。しかし、金属ボディの人形兵器には着火しないため効果が薄い。

 

「喰らえ、正義・変成弾道弾!!」

 

直後にセリューの声が聞こえたかと思うと、大型ミサイルがドラギオンの片割れに目掛けて飛んできた。その爆発に、片腕が粉砕される。

 

「流石に脆い箇所はあるようだな。このまま断罪してやる!」

 

更にセリューは小型のミサイルを乱射するが、先程の攻撃で学習したのかレーザーで迎撃してしまう。その隙をついて秦広球で殴り掛かるが、鉄球を繋いでいる強化ワイヤーを掴み、そのままセリューを振り回す。そして別の方向から飛び掛かって来たコロに叩き付けた。

ドラギオンはその圧倒的な戦闘力を持って、イェーガーズを苦戦させている。

 

(エスデスさんなら圧倒できるだろうけど、これも実力を量るためとか言って静観で終わるかもしれない。もしそうだとしたら、あの人形兵器に対抗可能なのは、現状だとセリューだけか)

 

まだウェイブとクロメが帝具の力を発揮していないため、セリューのヘカトンケイルと十王の裁きが攻撃力で対抗可能な現状だった。ロイドもあの大きさの人形兵器の戦闘経験はあるが、流石に二体同時となると骨が折れる。

 

(あれを使えば何とかなるが、そうなったらリィン救出のチャンスがふいになる。それとも迎撃後に脱出してチャンスを待つか……?)

 

ロイドはかつて、エレボニア帝国に占領されたクロスベル開放の際、ある力を帝国側で入手した。それを使えば現状打破も容易だが、使えばこの潜入可能というチャンスを捨てる溜め悩んでしまう。しかし、クロメのある一言で状況が打開されることとなり、未然に終わった。

 

「……そう言えば、ウェイブの帝具ってまだ見てないけどあれに対抗できるの? 私ならとっておきで何とかできそうだけど」

「あ……そういや、忘れてたな。それじゃあ、そろそろ披露させてもらうか」

 

そう言ってウェイブは背負っていた剣を抜き、深呼吸した。

 

「グランシャリオぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

剣を構えると同時に、ウェイブは帝具の名前らしき物を声高々に叫んだ。すると直後、腕を組んで仁王立ちする青と黒を基調とした鎧がウェイブの背後に現れたかと思うと、それが体に纏わっていったのだ。

どうやらこの鎧がウェイブの帝具らしいが、ロイドはつい最近これとそっくりなある帝具を見ていたため反応してしまう。

 

「!? それ、ナイトレイドのブラートそっくりじゃないか……」

「らしいな。”修羅化身”グランシャリオつって、そのブラートが使うインクルシオの後継機らしいぜ」

 

インクルシオと同じ鎧型の帝具。しかもその後継機ということは、かなり強力な帝具と思われる。

 

「じゃあ、ちょっと暴れてくるぜ」

 

直後、ウェイブの背後に浮いている半透明のパーツから何かのエネルギーが噴射され、その推進力で宙を舞う。そして、そのままドラギオンの頭部に拳撃を叩き込んだ。

 

「喰らえ、グランフォール!」

 

更にウェイブは空高く跳びあがり、ダメ押しと言わんばかりに必殺の飛び蹴りを放った。その衝撃を受け、体勢を崩しのだ。そしてそれに警戒したもう一体のドラギオンが、ウェイブにレーザーを放つ。しかひギリギリで回避、そのまま攻撃を再開した。

 

「ウェイブ、そのまま抑えてて。一気にとどめを刺すから」

「あ、ああ任せとけ!」

 

そう言ってクロメが刀を抜いたかと思うと、何やら刀を中心に邪気のような物が生じ、それに導かれるかのように地面から巨大な何かが現れた。

 

「超級危険種デスタグール、冬眠中に私が帝具で人形にしたの」

 

現れたその危険種デスタグールは、直立歩行するドラゴンの骨という風貌をした異形の姿をしていた。今の様子とクロメの発言から、少なくともクロメの意のままに操れる存在だというのはわかった。

 

「クロメ、君の帝具は危険種を使役する能力なのか?」

 

ロイドの問いかけにクロメは首を横に振り、己の帝具の名と能力を告げたのだが、それは人の倫理観から外れた代物だった。

 

「”死者行軍”八房、斬り殺した生物を最大八体まで骸人形に作り変えて私の意のままに操る帝具だよ。仕事で仕留めた敵軍の将校とか、デスタグールみたいな危険種を痛みも知らない僕に帰るから、戦力は強大だね」

 

あっけらかんとした様子で答えるクロメに、ロイドは戦慄を覚える。つまり、それは人間の死体すら人形にして操ってしまう、人の道を外れた力であった。クロメの口ぶりからして、既に人間をこの骸人形にしてしまったというのは容易に推測された。

 

「それじゃあデスタグール、お願い」

 

そしてデスタグールはドラギオンの片割れに駆け寄り、そのまま組み合いになったと思いきや、口から光のような物があふれ出す。そしてもう一体のドラギオンはその隙に高出力レーザーで攻撃しようとするが、直後にその全身が凍り付いた。

 

「手を出すつもりはなかったが、私もコイツの正体が気になった。ドクター、解析頼むぞ」

「エスデス様、ありがとうございますぅう!!」

 

やはりというかエスデスがこれをやったようだ。そして、その間にデスタグールの口から溢れる光が最大になったと思いきや、そこからレーザーが放たれた。しかも、ドラギオンの搭載している物よりも破壊力は上のようで、上半身が丸ごと消し飛んでいた。

 

「あ、あれ? おかしいなぁ……ははは」

「お頭、あれ……」

 

頭目の男はドラギオンの大破&強奪に、乾いた笑いを浮かべながら現実逃避する。しかし、それを見逃すほどエスデスは優しくはなかった。

 

「すみません、あなたが噂のエスデスさんらしいですね。ドラギオンの情報をわかる範囲で提供しますし、あなたのお好きな拷問も受けますので命だけは…」

「残念だが、弱者には死が私のモットーでな。それに……」

 

そのままエスデスは頭目と配下を二人纏めて冷凍、粉々に蹴り砕いてから言った。

 

「拷問は嫌がる相手にしてこそだろう。受けたがる奴にするなど、言語道断だ」

 

一応、エスデスの虐殺や拷問にも、ある程度のこだわりなどはあるらしい。予想外の戦力が出現するも、この日の任務はイェーガーズに欠員が出ないで無事に完了された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同時刻、ギョガン湖付近の林にて

 

「ブラート、見たかアレ?」

「ああ。まさか、帝国の外にあんな兵器があるなんてな」

 

そこには黒いマントにフードを目深に被ったアカメと、インクルシオの透明化で姿を消していたブラートがイェーガーズの監視をしていた。実は武芸大会の客に、顔の割れていないメンバーであるレオーネとラバックがいたため、ロイドがエスデスに気に入られて拉致されたという報告がナイトレイドにも届いた。そんな中で新戦力であるイェーガーズの動きそうなギョガン湖の盗賊砦の報告を受け、もしやと思い調査に来ていたわけだ。

 

「しかも、クロメがあんな帝具を持っていたなんて……気を引き締める必要がありそうだな」

「確か、アカメの妹だったか? 八房は一応文献にも乗ってるが、実際に見てみるととんでもねえな」

 

戦力の高さに驚くと同時に、アカメの口からクロメの正体までが判明する。やはりというか、アカメとは姉妹関係にあったようだ。

そしてそんな中、ブラートがアカメに声をかける。

 

「アカメ、この状況をどう思う? 俺個人としてはロイドを信じたいが、エスデスの様子を考えると色々と厳しそうだから少し検討中だが……」

「決まっている。彼らには彼らの使命や志があるだろうが、それでもクロメのいるイェーガーズ共々、革命の邪魔になるなら葬る。もうそれだけのために生きて来たような物だからな」

 

アカメは迷いのない目で言い切った。ザンクの一件で何か揺さぶられた様子だったが、シェーレの死をきっかけにまた覚悟を決めなおしたらしい。そんなアカメのまっすぐな目は、フードで影になりながらもしっかりと感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。帝国を裏切ろうとも、その真っ直ぐさと浅慮さは変わらないようだな」

「だが、それは甘いよ君達」

 

いきなり聞き覚えのない二つの声が響き、アカメ達は辺りを見回す。否、アカメは声の片方を聞いた覚えがあったのだ。

 

「その妹と帝国の行く末、それ以外に関心を持たないのは……相も変わらず雑魚のまんまということだな、アカメ」

 

そして声の主が現れるが、それは金髪に騎士姿をした特徴的な形状の金色の剣を持つ少年と、白衣姿におかっぱの金髪という風貌の老人だった。そして、アカメに覚えがあったのは青年の方だった。

 

「……チーフ!」

「アカメ、あいつと知り合いなのか?」

「ああ、私が暗殺部隊にいたころの同僚でチームのリーダーだったナハシュだ。当時に向かった任務で行方不明になったんだが……」

 

金髪の青年ナハシュ、彼はアカメのかつての同僚だったという。そして、そんな彼の生存にまた帝国に就くのか、それとも現状を知って味方になろうとするのか、わからずに警戒してしまう。

 

「おっと。今の俺は帝国と何の縁もないし、革命軍に協力するわけでもない」

「そうとも、彼は私のいる結社でエージェントをしている身なのさ」

「結社? 一体どういうことなんだ? それに、そこのお前は一体……」

 

アカメはそのナハシュの言葉に疑問を感じ、問いかける。そして、本人の口からその素性が判明した。

 

「元暗殺部隊キルランク1改め、結社”身喰らう蛇”の執行者No.2《剣鬼》ナハシュ。それが今の俺の肩書だ」

「同じく身喰らう蛇所属、第六使徒のF・ノバルティスだ。そしてあのドラギオンの製作者でもあるから、よろしく」




というわけで執行者になった零のキャラはチーフことナハシュでした。ゴズキを出すという案も考えたんですが動かしにくそうなのと、アカメ零でのプトラ編ラストを見て、「これ、ナハシュが敵として再登場しそうだけど先にやっちゃおうか?」と思ったため変更しました。結社の接触とかがありましたが、ここから本格的な介入&リィン救出劇を展開していきます。


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第18話 接触と異変

少々ネット環境の問題で一か月ぶりの投稿になってしまいました。
今回はアカメ側で大臣に関するコミックス未収録分のネタバレが入っているので、読む際はご注意ください。


「身喰らう蛇……それにあの兵器を作ったということは、ゼムリア大陸の住民なのか?」

 

かつての同僚と、その彼が属する組織の幹部の出現にアカメは思わず問い尋ねる。帝国を超える技術、帝具使いとは異なる得体の知れなさ、それらからリィン達に話を聞いた東の危険種密集空域を超えた先の、ゼムリア大陸に由来するものと直感した。

 

「リィン・シュバルツァーやエステル・ブライト、彼らから聞いたか。まあ身喰らう蛇もゼムリア大陸の勢力だが、殆ど犯罪組織のような物だがな」

「まあ、世間からの評価は概ねそんなところだね。一応、盟主の崇高な思想に同意した者達が、使命で動いているんだがね」

 

ノバルティスがうんざりした様子で呟く。自らを崇高な人間だと言ってのける辺り、彼もやはりどこかくるっているのかもしれない。しかし、ナイトレイドの標的となりうる外道とは異なる、異質な何かが感じ取られていた。

そんな中、ナハシュが自身に何があったのかを語り始めた。

 

「俺は崩壊するプトラの王墓でポニィを守るために崖から落ちた。瓦礫の下敷きになって死を待つだけだと思った矢先、俺を救ったある人がいた」

「そいつが、その身喰らう蛇の人間だというのか」

 

アカメの問いかけに首を縦に振ってこたえ、そのままナハシュは続けた。

 

「その人の名はレオンハルト。周りからレーヴェと呼ばれていた彼は俺の執行者ナンバーであるⅡの先代で、剣帝の異名をとる最強の剣士だった」

「だった、ということは……」

「察しの通り、死んだ。彼自身の目的を成して結社を抜ける覚悟が決まった後、それが計画の支障になると踏んだ別の幹部と交戦、その結果だ」

 

レーヴェの死を聞いて動揺するアカメとブラートだったが、そのままナハシュは話を続ける。

 

「結社の頭目である盟主は悲しんでいたものの、彼が為すべきことを成したということらしく、今ではそれで納得している……話が逸れたな。俺はそのレーヴェに救われ、その後に盟主から帝国の実態を聞かされた。父に言われるがままに命を屠って幸福にしていたのが、あんな畜生以下の外道だと知ったときは己を恥じたさ」

 

そしてナハシュが話を終えると、アカメはあることが気になってそれを直接聞いてみる。

 

「なら、なんで革命軍に入ろうとしなかったんだ? そうすれば、グリーンもポニィもツクシも助かったかもしれないのに……」

「そこがまだ甘いと言ったんだ雑魚。帝国だけの未来を案じたお前の浅慮さがな」

 

しかしナハシュは、帝国や仲間の未来を案じていたアカメのその思いをバッサリと切り捨てたのだ。そして、そのまま告げる。

 

「身喰らう蛇の盟主は全ての魂を導く存在、つまり全世界の命のために尽くすつもりだそうだ」

「ぜ、全世界……」

 

いきなり壮大すぎる単語が飛び出し、アカメも困惑する。

 

「帝国の外にも様々な問題があった。魔女裁判で同様に罪のない娘を理不尽に裁く西の王国、異民族同士での闘争、といったこの大陸全体の歪み。件のゼムリア大陸も、いくつもの問題を抱えている」

 

平民が力を付けたために、異なる身分同士の対立が問題のエレボニア帝国。新興国家でありながら移民の受け入れで勢力を強めるも、それを受け入れられない人々が反政府組織を興したカルバード共和国。その二大国家に挟まれ、条約でどうにか侵略を抑えているリベール王国と最近に国家独立に成功したクロスベル独立国。

今でこそ問題がある程度は解決しているが、まだまだ解決していない問題も多く、国家として不安定な状況が続いていた。

 

「それらすべてを変える可能性、それを俺は盟主や使徒の面々、他の執行者たちから聞かされた。だから俺はそのまま身喰らう蛇に属すことを決め、見事執行者候補となった。そしてレーヴェの死から4年が経った今、俺は彼の剣ケルンバイターと執行者ナンバーを継ぐに至ったわけだ」

「……なるほど。それで、チーフはなんでそれを私達に伝えに来たんだ? その様子だと、昔の好というわけでもなさそうだ」

「ああ。全世界の安寧を考えているなら、帝国もそこに含まれている筈だ。なのに、そこの白衣のおっさんがあの盗賊団に兵器を横流ししたのは解せねぇ」

 

ナハシュが身喰らう蛇に属する理由を知るも、アカメ達は二人を警戒している。特にブラートが語る、ノバルティスがドラギオンを盗賊団に横流ししたことだ。つまりそれは悪党に、帝国を脅かす力を与えたということになるからだ。

しかし、ノバルティス自らその理由を語り始めた。

 

「どうしても確認したいことがあってね。そのために彼らに譲ったのだが、その際の犠牲も後の安寧の為の礎として諦めることにした」

「そこまでして、お前は何が知りたかったんだ? 返答次第じゃ、ここで葬らせてもらう」

 

ノバルティスの言葉に、ブラートはインクルシオの副武装である槍ノインテーターを構えて伝える。

 

「帝具の力だよ。私と十三工房が開発した人形兵器、ひいては執行者にどれだけ対抗可能かを確かめる必要があったのさ」

「そんなことの為に、民を脅かす連中に力を与えたのか?」

「お前達だって依頼で外道共を始末しているが、それでも救えない無垢な命があるだろう」

 

その言葉に、アカメ達はついハッとなってしまう。

 

「お前らナイトレイドは、依頼で外道の始末をする際に裏を取る必要がある。だが、それまでの間にどれだけの罪なき命が消え去っていく? それと同じで、俺達も犠牲承知で確実な勝利を得るための布石を打っているだけにすぎん」

「私の知的好奇心もあるせいで、この手段が褒められたものではないというのは承知さ。だが、偉大なる盟主の理想を体現するためにも必要なことなのだよ」

 

ナハシュに痛いところを突かれ、ノバルティス自身もそれを業と知って行っているという事実につい動揺してしまう。

 

「今までも影から計画の一環として大陸に介入していたが、今回の件から本格的に身喰らう蛇は帝国に干渉させてもらう。お前達ナイトレイドや遊撃士達とも対立する可能性もあるので、今回はその宣言の為に顔を合わせに来たわけだ」

「……やり方が違うとはいえ、ナイトレイドとも敵対するのか?」

 

そのナハシュの言葉に、またもアカメは問いかける。そして答えが返ってきた。

 

「帝国で俺達執行者に与えられた任務、その最優先事項が帝具の破壊でな。故に、帝国内の勢力と積極的に戦うことになると思われるわけだ」

「盟主が尤も危惧しているのは、帝具が結社の使命を邪魔する要素になりかねないか、なのだよ。だから、帝具を持つ勢力と敵対する可能性があったあの盗賊たちにドラギオンを譲ったのだよ」

 

ナハシュ達から告げられた敵対理由、それを聞いた瞬間にアカメもブラートも身構える。

 

「残念だが、この村雨もインクルシオも革命のため、そして革命後の帝国を守るために必要なんだ。それを破壊しようものなら、たとえチーフ相手でも葬る」

 

そしてアカメはマントを脱ぎ棄てて、ブラートと二人で一気に距離を詰める。しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暗殺部隊時代より強くなったようだが、まだ雑魚の域だな」

 

直後、なんとナハシュの姿が消えたかと思いきや、アカメの首筋に剣が突き付けられていた。しかも驚くことに、なんとナハシュが二人になっておりそのままブラートにも剣を突き付けていたのだ。

 

(速い……しかも、何故チーフが二人に?)

「こいつは帝具じゃない。分け身と言って、レーヴェが得意とした実像分身を生み出す戦技(クラフト)だ。俺はまだ一つ生み出すので限界だが、レーヴェはこれを際限なく生み出せた」

 

ナハシュの言っていることから、アカメもブラートも未知なる強大な力を感じ取って戦慄する。生身で道具も無く実像分身を生み出す、そのありえない強さを組織ぐるみで擁していることになるため、戦慄して当然だろう。

しかしナハシュはいきなり分け身を消し、アカメから離れる。

 

「今回はあくまで顔合わせが目的だが、次は遠慮しない。覚悟しておけ」

 

ナハシュがそう言った直後、彼とノバルティスの足元に光の輪のような物が出現する。そして、それに呑まれると同時に姿を消したのだった。

 

「消えた……帝具も無しにあんな力や技術を」

「エスデスが帰還したと思ったら、新しい敵か。厄介なことになっちまったな」

 

結局、アカメ達はそのまま帰還することとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

深夜・宮殿地下にて

 

「あぁ、あの坊やの能力と持ち物も調べなきゃだし、あのドラギオンとかいうスタイリッシュな兵器も調べなきゃだし、今夜は眠れそうにないわ!」

 

イェーガーズの初任務を終え、スタイリッシュは研究室で興奮気味になっていた。

 

 

「ドクター、なかなかに精が出ているようですねぇ」

 

そんな中でなにやら太い男の声が研究室に響いたかと思いきや、なんとそこにはオネスト大臣の姿があった。

まさかの人物の登場に、スタイリッシュも部下たちも流石に驚愕してしまう。

 

「だ、大臣様!? なんでここに……」

「正体不明の何者かが、たった一人で私の首を取りに来た。しかも帝具も無しに謎の力を使ったため、ドクターの研究室に捉えられたと聞きましてね、興味があったんですよ」

 

オネストは自らここに来た理由を語り、それを聞いてスタイリッシュはその詳細を話し始めた。

 

「ええ、それはもう……何というか、まるで危険種のような獰猛なオーラをまとっていて身体能力はライオネルのような使用者を強化する帝具を上回っているんですよ。しかも持っていた刀や装置が未知の金属と機構でそれぞれ出来ていて、うまく使えば帝具を新たに量産できるかもなんです!」

「ほほぅ、それはそれは。ブドーは拒みそうですが、エスデス将軍とドクターを含めたイェーガーズ、ひいては帝国の全戦力をより強大にしてくれることを期待していますよ」

「いわずもがなですよ、大臣様。全ては、スタイリッシュの境地に行くためでもあるんですから!」

 

オネストに褒められてスタイリッシュのテンションはさらに上がり、血管が切れるのではという程の興奮状態となっていた。

 

「さて。それじゃあ次の実験をするから、移動させちゃいましょうか。カクサン、お願い」

 

そしてスタイリッシュはカクサンを促して、リィンの拘束を解き始める。しかし、手足の拘束具が外されると同時にリィンは素早く起き上がった。

 

 

「はぁあ!」

「ぶへらぁあ!?」

 

そしてそのままカクサンの顔面に鋭い一撃をたたき込んでノックアウト、そのままオネストの方にかけていく。

 

(ここで殺れなくても、しばらく動けないほどの重傷を与えれば!)

 

リィンは全ての元凶、オネスト大臣の名を聞くと同時に覚醒。今が叩くチャンスと感じて、拷問や薬漬けで疲弊した体に鞭を打ったのだ。そして、オネストにリィンは剣をなくしたときに用いる、八葉一刀流の八ノ型"無手"での必殺の一撃を放つ。

 

「破甲拳!!」

「いやぁあああああああああああああああああ!?」

 

気を練った拳をリィンは絶叫するオネストの土手っ腹に放ち、そのまま致命傷を与え………

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、でも止められました」

「な!?」

 

なかった。なんとオネストはリィンの放った破甲拳を、正面からつかんで止めてしまったのだ。しかも、これだけでは終わらなかった。

 

(な、なんだこの力は? 拳が握りつぶされる………!?)

 

オネストの握力は、病気一歩手前なほど肥え膨れた男の物とは思えないほど強かった。それも、鍛えられた軍人や武闘家の物に匹敵するレベルである。

 

「さて。ドクターは息子のシュラと友人ですから特別に見せますが、エスデス将軍にも隠しているので他言無用ですよ」

 

そう言ってスタイリッシュに対してクギを刺すと、オネストの反撃が開始された。

 

「皇拳寺・百烈拳!」

 

そのままオネストは超高速のパンチ連打を放ち、リィンを一方的に叩きのめす。目を覚ましてから丸一日、拷問や薬責めを受けて体力を消耗していたリィンは、声を上げる余力もなく、そのまま倒れ伏した。

 

「私の夢は、130歳くらいまで生きて好きなものを食べて、気に入った女を抱いて気に食わないものを殺すことです。全部叶えるには体が資本ですからね、若い頃に皇拳寺で鍛えさせてもらったんですよ。私のことをただ頭の回るだけのデブだと思ったのが、運の尽きでしたね。こう見えて健康体なんですよ」

 

意外すぎるオネストの経歴、そしてそれから来る戦闘能力、いくら八葉一刀流の奥義とはいえ疲弊したリィンのそれでは勝てるはずもなかった。

 

「相当な訓練を積んで、しかも現役のようですから本来は相当お強いんでしょうね。ですが、そんなボロボロの体で私を倒そうとしたのが間違いでした」

「まさか大臣様が腕っぷしもお強いなんて……エスデス様に匹敵するスタイリッシュさだわ!」

「褒めないでください、嬉しさのあまりに体重が増えてしまいますから」

 

そのままスタイリッシュに称賛されたオネストは、照れながら上着の内にしまっていた革袋からフライドチキンを取り出し、そのまま貪り食う。悪意のある者同士の戯れに、リィンは心底不快な気分となる。

 

「見たことも無い技に能力、そして技術……帝国の東が未開発ということですから、その先に未知の国があるのかもしれませんね」

「ええ。それも、今の帝国より高度な技術を持っているようですな」

「ああ、その通りさ……」

 

そのままスタイリッシュとオネストが話していると、リィンの方から声をかけてくる。

 

「流石に詳しい事情は話せないが、この国以上に高い技術力と軍事力を擁する国から俺は来た。下手をすれば、その国の力で帝具も圧倒される可能性もある。それだけは覚悟しておけ」

 

ひとまずリィンは、わざとぼかす形で自分達の国を引き合いにオネスト達を脅すという方法をとる。普段の彼はとらない手段だが、帝国の脅威を少しでも抑えようと必死になっていた。

 

 

 

 

 

 

「いーっひっひっひっひっひっひっひっ、バァーカ! そんな脅しに、私は屈しませんよ!!」

「そうねぇ、その国の技術がどれだけすごくても帝国が負けるはずがないわ!」

 

しかしオネストもスタイリッシュも、大口を開けて唾を飛ばしながら下品に笑う。脅しをハッタリとみなしたとしても、ここまであざ笑うのは何かおかしい。

 

「まさか、噂のエスデス将軍と俺を捕えたブドー大将軍のことか?」

「それもありますが、私達はそれ以上の強大な力を持っています」

 

 

 

「皇帝一族のみに使える、最初にして頂点の帝具”至高の帝具”。陛下を傀儡として操っている私達は、いわばそれを独占しているのですよ」

「その圧倒的攻撃力は、国の一つ二つを焦土と化すのも容易。まさに、究極のスタイリッシュ!!」

 

彼らもブラフを張っている可能性はあるが、この自信は彼らの話が本当だという証拠でもあった。もしこの話が本当なら、敵はエレボニア帝国とカルバード共和国の二大国家をも上回る力を有することとなる。

 

「さて、それじゃあ君は特別に処刑は控えてあげますが、死ぬまでドクターの実験台となってもらいます。仮に脱出しようとも、至高の帝具の話を広めてお仲間を恐れおののかせてくれれば結構です」

「さぁて、それじゃあ大臣様のお許しも出たことだし、貴方を使った実験は引き続きやらせてもらうわね」

 

そしてそのままオネストはスタイリッシュに後のことを任せ、研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この時オネストは気づかなかった。

 

「……大臣が余を傀儡に? そんな馬鹿な……」

 

皇帝がオネストをこっそりと付けており、今の話を扉越しに聞いていたのだった。当然入り口にも護衛はいたが、皇帝の権限で自分のことを黙っておくように釘を刺していたのだった。

 

(昼間にクロチルダ殿の歌を聞いてから、何故か大臣を疑わずにいられなかった。これはそう言うことだったのか?)

 

昼にヴィータは歌に交えて何かの暗示をかけていたらしく、それによって皇帝にオネストへの不信感を抱くように仕向けられていた。

そして、この皇帝の行動が帝国の未来を分けることになるのは、本人を含めた全員は思いもしなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「へぇ……城崩しなんて初めてだな。結社としては、教授がリベールでことを起こした時以来だったか」

 

イェーガーズの初任務が終わり、その翌日正午前にある男が宮殿の前を訪れていた。執行者最強の男、マクバーンだった。

 

~昨晩、メルカバにて~

 

「リィンの救出に協力したいですって?」

「ああ。お前らも聞いてると思うが、執行者には意に沿わない任務に就かない、単独行動も可能っていう行動の自由が約束されている。これは、その自由で俺が勝手に協力してるだけだ」

 

メルカバを訪れたマクバーンがアリサ達に伝えたのは、そんな申し出だった。正直、結社最強の双璧である戦力としては申し分ないがそのマクバーン個人や結社そのものの思惑がわからず、一同は警戒する。

 

「……行動の自由というのを踏まえて、どういう目的で僕達に協力するというんだ?」

「大きく分けると、三つあるな」

 

ヨシュアが代表して問い尋ねると、マクバーンがその理由を語り始める。

 

「一つ、詳しくは言えねぇが全帝具の破壊という指示が盟主から下った。方法は任せるということで、俺は勝手に適当な帝具使いと遭遇次第にやろう、と考えた。そこに都合がいいと思ってな」

「二つ、この国最強の双璧、特にエスデス将軍ってのが気になった。そいつの帝具が、俺の異能と対を成す氷の力で、しかもいくつも国や部族を滅ぼしてるって聞いた。それで、久しぶりにアツくなれるんじゃねえかと思った」

 

一つは執行者としての任務、二つ目は彼個人の願望でエスデスと戦いたいという物だった。二番目は対峙したアリサ達には、彼らしいということで納得する。

そして、最後も彼個人の要望によるものだった。

 

「そして三つ、俺をアツくさせられる数少ない一人のリィン、奴に死んでほしくねえ。もうレーヴェの阿呆みたいなのはうんざりだ」

 

一瞬、レーヴェのことを阿呆と呼ばれて不快に感じてしまうヨシュアだったが、会話の内容からそれなりに親しかったということを察してそれを抑える。そして、リィンにもそれに近い感情を抱いているため、死なせたくないと思っていた。

どうするべきか迷っていると、アリサが真っ先に躍り出て答えを出した。

 

「その協力の申し出、受けさせてもらうわ」

「ほぅ……迷いがねぇな」

 

アリサがマクバーンの申し出を受けたことに、皆が動揺する。

 

「アリサ、何言ってるのよ! ソイツ、結社の人間なのに信用するの!?」

「僕もNo.Ⅰに会ったことは無いから、信用に値するかわからない。あまりおススメは出来ないけど……」

 

エステルもヨシュアも警戒するが、アリサはそれを信用する理由があった。

 

「リィンが内戦の時に貴族派の飛行艇に捕まった時、彼と話したことがあったそうよ。基本めんどくさがりらだけど、他の結社関係者に比べて比較的良識的な人物だったって。それに、彼もいわゆる戦闘バカみたいだから、今の話も嘘じゃないと思う」

 

アリサも自身の体験とリィンからの話を聞いて、マクバーンを信用すると考えた。

 

「私も、アリサさんと同じ理由で彼を信用してみます。正直、以前に対峙した時に彼の力の全快を見ましたが、例のエスデスさんに匹敵するはずです」

「俺も彼を信用してみようと思う。それに、リィンを一刻も早く助けないといけないから、使える手は使うべきだとも思うな」

「僕もガイウスと同意見かな? 早くしないと、リィンが危ない目に合っちゃいそうだし」

 

続いてエマとガイウス、ミリアムまでアリサに賛同、今回集まったVII組メンバーは全員マクバーンの協力を得るという結論に至った。

 

「さぁ、リィンのお友達は全員で俺に協力を申し出た。お前らはどうする?」

 

マクバーンに再度問いかけられるが、今のやり取りで全員の腹は決まった。

 

「いいわ。協力をお願いする」

「僕からも、お願いします」

「遊撃士としてはマズいだろうが、リィンの為だ。俺からも頼む」

「私もロイドを助けたい、だから協力をお願いするわ」

 

結果、マクバーンはリィン救出作戦に協力することとなった。

 

~回想了~

 

「さて。それじゃあ、早速行かせてもらうか」

 

そう言い、マクバーンは一人で宮殿前に近寄る。

 

「止まれ、ここは皇帝陛下の御殿であるぞ! 何の用があって来た!?」

 

案の定、入り口の守護をしている番兵たちが止めてきた。槍を携え分厚い鎧を纏った二人と、軽装に機関銃で武装した十数人と、厳重態勢のようだ。

しかしマクバーンは特に気にした様子もなく、戦闘態勢に入った。

 

「さて、一応粒揃いではあるようだが帝具使いとやらには劣るだろうな。あまり期待は出来そうにないが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精々一分くらいはもってくれよ」

 

そう言い、マクバーンは手のひらから火の玉を生み出して投げつけた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「始まったみたいだ。僕達も行こう」

 

宮殿上空、アガートラムとクラウ=ソラスに乗ってリィン救出部隊が動いていた。

そしてマクバーンの攻撃による爆発音を合図に、リーダーであるヨシュアの指示を出して、リィン救出部隊が行動を開始した。他のメンバーはアリサは当然ながら、アリサのバックアップとしてシャロン、魔女の技による支援要員としてエマ、直接戦闘を想定してエステルとなっている。

 

「それじゃあ、僕達に出来ることはここまでだね」

「みなさん、ご武運を。リィン・シュバルツァーとロイド・バニングスの救出、必ず遂行してください」

「言わずもがなだよ」

 

そしてヨシュアがミリアムとアルティナに告げ、宮殿中庭に飛び降りる。そしてアリサ達もそれに続いた。

 

「リィン、絶対に助けるから待ってて」

「それでは、先頭はヨシュアさんに任せてもらいましょうか」

 

中庭から宮殿内に入り込んだ一向は、シャロンに促されてヨシュアの後に続いた。




次回、救出作戦決行。ここから、リィンの復活劇が始まります。


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第19話 救出

アカメの原作ストーリーですが、最近「そして誰もいなくなったED」になるのでは? と危惧しています。本作はそんなことないので、ご安心を。


宮殿内のイェーガーズ詰所にて。

 

(しかし、エスデスさんのあの性格は、許容しがたい物があるな)

 

ロイドは昨晩、任務から帰って床に就く際のことを思い出した。

 

~回想~

「え? 何これ??」

 

ロイドはエスデスに宛がわれた寝室に向かったのだが、そこにはある物があった。

豪華なベッドやたんすなどの調度品があったのだが、問題はベッドだった。天蓋付きで大きさは明らかにダブルベッドのソレだ。ここまでくれば、もうエスデスが何を考えているのかが一目瞭然だった。

 

「待たせたな」

 

エスデスの声が聞こえたかと思いきや、ロイドの前に現れた彼女はブラウス一枚で胸元を肌蹴た扇情的な格好をしている。誘惑する気満々だ。

 

「ロイド、何か飲むか?」

「い、いえ。大丈夫です」

 

どうにか冷静になろうと、ロイドはエスデスから視線を逸らす。見とれてしまったら、そのまま食われてしまいそうな予感がした。

 

「あのエリィとかいうお前の恋人曰く、既に経験済みらしいな。だったら、後学のためにも最初はお前がリードしてもいいんだぞ」

「ふぁ!?」

 

エスデスの爆弾発言に一瞬、心臓が止まりかけるロイド。まさかここまで肉食だとは、思いもしなかっただろう。

それでもどうにか堪え、エスデスに反論する。

 

「あ、あのですね……俺はこの帝国に永住する気は無いし、恋人はエリィ一人さえいればいいです。だから、明日には帰らせてもらいます」

「ほぅ、そうか……なら、気は進まないがエリィも一緒にイェーガーズに入れれば来てくれるか?」

 

まさかの返答にまたも驚愕するロイド。正直、彼女の思考が全く読めない。

 

「俺はこの国がどうも好きになれません。無害な女子供にさえ暴虐の限りを尽くすいかれた貴族、常に他国と戦闘中でエスデスさんも四十万なんて途方も無い数の人達を殺している。俺はそんな人とするつもりはないし、出来れば明日にでも冒険を終えて故郷に帰りたい。これが俺の正直な本音です」

「私の生き方を変えるのはまず無理だが、そんな貴族からも敵対勢力からも守ってやるからそこだけは安心しろ。だから私色に染まれ」

 

何処までも横暴で、論理感が破綻どころか存在すらしていないエスデスの言動。とうとうロイドも限界だった。

 

「とにかく、俺の考えが今日の内に代わることはマズないです。だから、別室で休ませてもらいます。あと、流石に何の策も無く逃げる気は無いので、念を押す必要はないですよ」

 

そのままロイドはエスデスの寝室を出て、ランの部屋に泊まることとなった。

 

「どこまでも強情だな……だからこそ、染め甲斐があるのだが」

 

~回想了~

 

(早いところリィンを救出して、ここから脱出しないとな)

「ロイド、大変だ!!」

 

ロイドが考えを纏めている中、ウェイブが慌てた様子で駆けつけてきた。その様子に尋常じゃないものを感じ、問い尋ねてみる。

 

「ウェイブ、何かあったのか?」

「いきなり宮殿に、とんでもなく強い奴が襲撃してきたんだ。赤いコート着たやる気なさそうな顔の男らしいんだが、手から炎出して次々と衛兵を蹴散らしているって!」

 

手から炎と聞き、ロイドは一つ思い当る節があった。リィン達からマクバーンの情報を事前に聞いていたのだ。

 

(なぜ執行者、しかもあのアリアンロードさんに匹敵するらしい程の男が? ……でも、これは好都合かもしれない)

 

昨日からエリィたちに連絡できていなかったロイドは、マクバーンの協力という事情を察することは出来なかった。しかし、これを利用しない手は無いと咄嗟に考えるのだった。

 

「わかった。準備を整えるから、先に行ってくれ」

「了解、死ぬんじゃねえぞ」

 

そしてそう言ってウェイブと別れたロイドは、少し間を置いてから出発、ある場所へ行くために宮殿の入り口とは別の場所に向かうルートを通るのだった。

 

同時刻、Dr.スタイリッシュの研究室にて

「何? 炎を出して自在に操る謎の襲撃者ですって?」

「はい。それでイェーガーズ全員で出撃、スタイリッシュ様も我々の指揮を執って迎撃して欲しいのですが……」

 

丁度スタイリッシュもトローマからマクバーン襲撃について聞かされており、少し考えている。

 

「未知の帝具、もしくは西の王国にあるらしい錬金術みたいな未知の技術を使っているのかもしれないわね……いいわ、出撃しましょう」

「了解しました」

「けど、もしもソイツに仲間がって可能性があるから誰かを研究室の警備に回したいのよね」

 

了承するもすぐに、寝台に拘束されたリィンに視線をやって困った表情を浮かべるスタイリッシュ。そんな中、ある人物が名乗りを上げた。

 

「スタイリッシュ、俺を忘れているぜ」

「あら、そう言えば忘れてたわ。あなたもそろそろ、あの力が馴染んだころじゃないかしら?」

「ああ。俺はまだ他の部下達との連携が取れねぇし、ここに一人残って警備してる方が効率いいぜ」

「そうね。じゃあ、貴方はこのままこの子に侵入者が近づかないようにしてちょうだいね」

「任せておけ。けど、もし侵入者が来たらこの力のテストついでに、ぶっ殺しちまうが構わねぇか?」

「まあ、今は研究材料に困ってないから、別にいいわよ」

 

そしてその人物に研究室の警備を任せ、スタイリッシュは移動を開始した。

 

(炎を操る謎の襲撃者……まさか、あいつか?)

 

拘束されたリィンは話を聞き、自分の記憶にあるマクバーンの存在を思い浮かべる。まさか、自分の救出に協力しているとは、この時の彼も思わなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

マクバーンが派手に暴れて、イェーガーズを始めとした主力を引き付けている。そのおかげでヨシュア達は宮殿内をスムーズに動けていた。しかし、皇帝の住む宮殿というだけあって、まだ中のあちこちに警備兵達が蔓延っている。そして、そんな兵達がこちらに気づいた。

 

「何者だ、貴様ら!? もしや反乱ぐ……」

「邪魔だ」

 

しかしヨシュアが敵兵達に一切の隙を与えず、超高速で懐に飛び込んで次々と切り伏せていく。全員が致命傷を避け、そのまま当身で意識だけを刈っていくのは、彼の闇の戦闘技術と遊撃士の心得の両立によるものだった。

 

「流石はヨシュアさん。執行者時代よりも生き生きしていて、遥かに強くなってますね」

 

ヨシュアのその戦闘力にシャロンが感心していると、背後から新手の兵達が現れる。そして彼らが機関銃を構えて、こちらに攻撃を仕掛けようとしていた。

 

「残念ですけど、遅いですわ」

 

しかしシャロンがすかさず袖から何かを伸ばし、それで兵達を拘束した。そして、その兵達を引き寄せて懐から取り出した装飾の施された大型ナイフで斬りつける。

 

「あ、相変わらずすごいわね」

「ヨシュア曰く、あの人も執行者らしいけど……メチャクチャ強いじゃない」

「シャロンさんはアリサさんの実家であるラインフォルト家に愛を捧げているそうで、少なくともアリサさんがいれば味方にはなってくれるそうですよ」

 

シャロンの圧倒的な強さにエステルが驚き、同時に彼女も執行者であるという事実に警戒してしまう。しかし、アリサがいる限り安心だとエマが言って聞かせていた。

シャロンの執行者としての異名は「死線」で、鋼糸と大型ナイフを駆使した戦闘を得意とする。そしてその戦闘能力は、人形兵器の装甲を貫き、一時的なら機甲兵すら拘束できるほどの腕だという。執行者は非戦闘型も含め、揃って人外級の能力を有している。そのあまりの能力の高さに、遊撃士や猟兵など身喰らう蛇を認知する戦闘のプロ達から、強さの基準にされるほどである。

 

「さて。先日、この宮殿に襲撃をかけた剣士がいた筈です。その方はどちらにいらっしゃるでしょうか?」

「あ、あの不届き物の仲間か、貴様ら……!」

 

早速シャロンは、倒した衛兵の一人からリィンに関する情報を得ようとする。皇族への忠誠心か大臣への恐れか、リィンの事だと察して忌々しそうにし、教えるのをためらっている様子だった。

 

「死にたくなければ、その方の居場所を教えてください。それとも、死より辛い痛みを与えて差し上げましょうか?」

「!? 奴はDr.スタイリッシュ、宮殿勤めの科学者の地下研究所にいる! 地下への入り口は中庭を通って宮殿の東側に行けばいい!」

 

しかし、すぐにその衛兵はシャロンから尋常じゃない何かを感じてリィンのいる場所を吐いた。

 

「ありがとうございます。それでは、私たちはこれで」

 

そしてシャロンは、その衛兵の延髄を叩いて意識を刈る。そしてそのままアリサ達を先導し、言われたとおりの場所に移動を開始する。

 

「貴様ら、宮殿に乗り込むとは不届きな……」

「捻糸棍!」

「アステルフレア!」

「ミラージュアロー!」

 

その途中で新たに衛兵たちが迫ってくるも、そのまま一気に撃破していく。エステルはA級遊撃士としての実力、アリサとエマも内乱やそれ以降の修行などで鍛えた力で、屈強な衛兵たちを蹴散らしていった。

そしてその調子で中庭を突破し、地下への階段を下っていく。

 

「よし。あそこが研究所の入り口だ」

「リィン、すぐ行くから待ってて」

 

そしてそれらしき扉を発見し、アリサ達は乗り込もうとするが

 

「おっと。こっから先には行かせねぇぜ」

 

そこに立ちふさがったのは、一人の巨漢だった。マクバーンの襲撃直後、スタイリッシュに警備を任された人物だ。しかし、この男に見覚えがある人物がこの中に一人だけいた。

 

「お。俺をとっ捕まえた糞野郎の仲間の女じゃねえか」

「まさか、元警備隊長のオーガさん!?」

 

なんと、そこにいたのはロイドの手によって悪行を暴かれ、逮捕された元警備隊長のオーガだったのだ。

 

「話に聞いた、元警備隊長? 何で牢屋じゃなくて此処にいるのよ!?」

「へへ。Dr.スタイリッシュが、改造手術の検体になることを条件に牢屋から出してくれたんだよ。あのロイドとか言うクソガキ、奴をこの手でブチ殺すためにあえて下に就くことにしたんだよ。スタイリッシュは正直気に食わんが、俺があのクソガキを始末するために妥協したわけだ」

 

まさかの事態に声を上げて驚くエステルに、わざわざオーガ自ら説明する。どうやらオーガも、他のスタイリッシュの部下達同様に検体になることで恩祓を得たようだ。しかし、その言動から他の部下達のように心酔しているわけではないらしい。

 

「貴方の部下だったらしいセリューさんと先日交戦したんですが、貴方が生きていると知ったらさぞお怒りでしょうね。あなたが悪だったってことで、ショックも怒りも凄い大きかったようですから」

「だろうな。けど、面倒事事態は避けたいが俺自身はあのガキよりはるかに強くなってるんだぜ!!」

 

オーガとセリューを同時に知るエマが挑発してペースを乱そうとするも、当のオーガ本人は自身に満ち溢れている。そしてその直後、オーガが力むと同時にその体に変化が起こった。

 

「な、何その体?」

 

オーガのその変化した姿に一同は驚愕した。山犬のようなピンと立った耳、しなやかで毛並みの良い尻尾、下手な包丁やナイフよりも鋭い爪、といった獣染みた姿をしていた。そのあまりの異様さに、思わずエステルは問い尋ねてしまう。

 

「こいつは昔、帝国が滅ぼした民族の一つが神獣だと崇めていたらしい、ヌビスって超級危険種の体組織を移植された影響だ。口から火を噴き、高い自然治癒力を持った最強の危険種の一体なんだぜ」

 

オーガは改造で超級危険種の力を移植されていた。その結果、獣染みた姿と高い戦闘力を同時に得たのだという。

 

「帝具使いですら、複数人集めないと倒せないような化け物だ。お前らがいくら強くても、そう簡単に勝てるとは思うなよ。しかも女がやたら多いようだから、そこの優男だけぶっ殺して俺の慰み者にしてやる」

 

オーガはその自信から調子に乗っているようで、アリサ達に下種な願望を抱きながら己の力をひけらしている。非常に腹ただしい。

 

「私達は今、敵の拠点にいるのよ。当然主戦力が固まっているから、勝ち目が薄いのは当然じゃない」

 

しかし、アリサは怯まない。

 

「私はそれでもその扉の奥にいる、私の大切な人を助けたい。だから、負けるわけにはいかない!」

 

恋を、愛を知った少女は強い。思いの強さが、自信の強さに直結するからだ。

 

「よく言ったわ、アリサ。恋する乙女のパワーで、こんなゴリラ狼ぶっ飛ばしてやりましょう!」

「エステル、他に呼び方ないのかな……それじゃあ、その扉の向こうの彼は友人なんで返させてもらいます」

「リィンさんは私達VII組の重心、クラス全員のかけがえない人。返してもらいます」

 

そしてそんなアリサを、エステル達は全力でサポートすることを決意する。

 

「そしてそんな皆様のサポートをするのが、第三学生寮の元管理人としての務めです」

 

そしてシャロンが最後に一同の前に躍り出て、スカートを翻しながらその場で一回転、そのままナイフを構えて戦闘態勢に入る。

 

「縛られ、封じられ、雁字搦めにされる悦びを、味わっていただきましょう」

 

そして物騒な一言、これにオーガが若干青ざめる。

 

「て、てめぇみてえなメイド、いくら強くてもたかが知れてるだろ! それなら、逆に痛めつけられて悦ぶマゾに調教してやるだけだ!!」

「えっと……明らかにグラついてるみたいですけど」

「うるせぇ、ぶっ殺してやる!!」

 

ヨシュアに指摘されてブチギレたオーガは、口から火炎ブレスを吐いて先制攻撃に入る。しかし、アリサ達はそれを容易く回避した。感情に流された直線的な攻撃なので、回避は容易だった。

 

「みんな。こんな奴やっつけて、リィン君を助けるわよ!」

 

そしてエステルが檄を飛ばし、そのままオーガに立ち向かっていくのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、マクバーンはというと。

 

「これで、仕留める!」

 

攻めて来た兵の大多数を撃破し、そのままイェーガーズと交戦していた。そんな中で、ボルスがルビカンテの炎を真正面からぶつける。一度着火したら自然鎮火するまで消えない、生き地獄を与える狂気の帝具が最強の執行者を襲う。

 

「ぬりぃ」

 

しかし、マクバーンは衣服すら燃えていない、完全なノーダメージ状態だった。流石に、これはイェーガーズの面々も驚愕していた。

 

「うそ……なんで効いてないの?」

「俺の炎でぜんぶ相殺しちまったよ。俺に炎は効かねぇ、覚えときな」

 

そしてそのままボルスに目掛けて火炎弾を投げつけるマクバーン。しかし、ウェイブがグランシャリオを纏ったまま躍り出て、そのままボルスを庇って炎の餌食となった。

 

「隙あり!」

 

そしてランがマスティマの羽根を飛ばして、一気に勝負を決めようとした。

 

「だから、ぬりぃ攻撃だっつってんだろ」

 

しかし、手のひらからの火炎放射で飛んできた炎を焼き尽くすマクバーン。しかもそのまま新たに火炎弾を生成し、ランを目掛けて投げつけ、そのまま大爆発を起こす。

 

「ウェイブ君、ラン君、大丈夫!?」

 

立て続けに仲間が凄まじい炎を喰らい、ボルスも二人を心配して声を荒げる。どうにか爆炎が晴れると、そこにはグランシャリオと衣服の一部を焦がしながらも、どうにか無事な二人の姿があった。ウェイブはともかく、ランもマスティマの翼を楯の代わりにして致命傷を避けたようだ。

 

「な、なんとか……けど、鎧越しでトンデモねぇ熱さだ」

「ええ。しかしこの威力……もしかしたら、未知の帝具の可能性がありますね」

「生憎だが、俺のは帝具じゃねぇ」

 

ランがマクバーンの力の正体を推測するも、当のマクバーン本人に否定される。

 

「でも、お前らは俺のお眼鏡にはかなわなかったし、説明するのもめんどくせぇ……帝具諸共木端微塵にしてやるよ」

 

しかしマクバーンはめんどくさそうにそう言うと、手の平に出した炎を凝縮、禍々しい光を放ち始める。ウェイブ達は一目見ただけで、その威力がどれほどの物か想像してしまい身震いした。

 

「ギルティフレイム!!」

 

そして技名を叫びながら、マクバーンはその火球をウェイブ達に投げつける。そしてそれは大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ。弱者は淘汰されるのが自然の摂理だが、部下を見捨てるのも忍びない……それに、面白そうな敵の襲撃だから混ぜてもらいたいものだ」

 

爆炎が晴れるとそこに、巨大な氷塊がウェイブ達を守るようにそびえ立っている。そしてそこに、エスデスがゆっくりと歩きながらこちらに近づいてきた。

助けた理由について語ってはいるが、明らかに後者が本音だろう。

 

「へぇ……氷の異能ってことは、あんたが帝国最強のエスデス将軍か。あんたに会いたかったんだが、コイツはちょうどいいぜ」

「ほぉ、わざわざ私に会いに来たのか。ますます興味深くなった」

 

マクバーンはエスデスの登場にわずかだが頬を緩め、嬉しそうな様子だ。対したエスデスも、好戦的な笑みを浮かべている。

 

「あんたの異能は帝具によるものなんだろうが……混じってるな」

「何?」

 

マクバーンのその奇妙な物言いに、エスデスが反応する。そして、マクバーン自らその詳細を語り始めた。

 

「あんたの体に異質な何か混じっている……混じり具合は体の半分くらいだな。差し詰め、体に取り込むタイプの帝具なんだろ」

「相対しただけでそこまで見抜くか……察しの通り、私の帝具は”魔神顕現”デモンズエキスといって、かつて絶滅した氷を操る超級危険種の生き血をそのまま帝具にしたものだ。そして、それを飲むことで私はその氷の力を手にしたわけだ」

 

マクバーンがエスデスの帝具の正体を見抜き、それを聞いたエスデス本人は感心した様子で帝具の正体を自ら明かした。

 

「お前も何か帝具を持っているのか? しかし、ルビカンテ以外に炎の手具などあったか?」

「俺のは帝具じゃない。まあ、あんたなら教えてもよさそうだな」

 

そしてマクバーンはエスデスに対して機嫌をよくしたのか、ウェイブ達に対してめんどくさそうにしていた己の力の詳細を、エスデスに語り始めた。

 

「俺の異能は帝具の様に道具を介した物じゃない。魔術や錬金術のように術式を組んだり、呪文を唱えたりってプロセスも必要としない」

 

そう言い、マクバーンは右手の人差し指を立てたかと思うと、そこに炎を灯した。

 

「念じただけで炎を発する。威力も調節可能で、俺の体力が続く限り使用可能。俺のはそんな力だな」

「ほう。帝具じゃない、西の王国にある錬金術でもない、つまり全く未知の力という訳か。しかもそれでいて、私の帝具と対を成す力……ますます面白いな」

 

そしてエスデスの方もマクバーンに対して機嫌を良くし、二人揃って臨戦態勢に入った。

 

 

「仕事ですべての帝具を破壊しろと言われたが、今はそんなの知ったこっちゃねぇ。今、俺は最高にアツくなれるかもしれない相手を目の前にしてるんだ、ソイツとやり合うのを優先してぇ」

「私も、久しく楽しませてくれるかもしれない敵が来てくれてうれしく思ったところだ。どれ、せっかく面白そうな相手を見つけたんだ、名前を教えてもらえないだろうか?」

「いいぜ。俺の名はマクバーン、一応”身喰らう蛇”って組織の執行者No.Iで劫炎って二つ名がある。まあ、今はそんなの知ったこっちゃないが」

 

そのままマクバーンはエスデスに言われるままに名を名乗り、わくわくした様子で戦闘態勢に入る。マクバーンは先程よりも強大な炎、しかも黒が混じった禍々しい物を体から発している。対してエスデスは、その周囲の空気を冷やしてウェイブ達に寒気を感じさせ、その状態のままサーベルを抜いて構えた。

 

「ヴァイスシュナーベル!!」

「ヘルハウンド!!」

 

そして二人は同時に技名を叫ぶと、エスデスは無数の氷片を虚空から作り出して発射、マクバーンは獣を象った劫炎を放った。マクバーンは単発の威力が強大な技、対してエスデスは膨大な手数の技で攻める。

このまま互いの攻撃が消滅するまで動きが無いと思われたが、直後にマクバーンは足元に何かを感じ取り、その場を離れる。直後にそれまで立っていた場所に氷柱が生えてきたため、対応が遅れれば串刺しになっていただろう。

 

「へぇ、奇襲も出来るのか……でも、それって強ぇかどうか関係なくないか!」

 

不満のようにも聞こえるが、マクバーンは嬉々とした声音で叫んでいたため実際は歓喜の声なのだろう。そしてそのまま両手から火炎放射を放って攻撃するが、エスデスはそれを突撃しながら回避し、そのままサーベルで斬りかかる。しかし、マクバーンはそれも容易く回避する。

 

「私にとっては卑怯さも智謀も、戦うことに必要なすべてが強さだと思っている。だから、これも私の強さということにしておけ」

「は。その横暴さ、嫌いじゃねぇぜ」

 

言葉を交わしながら、エスデスもマクバーンも実に楽しそうな表情を浮かべていた。

 

「そういうわけだから、貴様は私を楽しませてくれよマクバーン!!」

「そっちこそ、俺をアツくさせてくれよなエスデス!!」

 

そのまま二人は戦闘を再開する。

帝国最強と結社最強、その片割れ同士が激突した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふぅ……思ったよりしぶといな」

「しぶといのは、てめぇらの方だろ……!」

 

一方、ヨシュアがそんなことを呟きながらオーガに視線を向けると、当のオーガ本人は体の各部から血を流している。しかし、生物帝具のスピードには劣るものの傷が瞬く間に塞がっていった。

オーガ自身はまだ力を掌握しておらず、ヨシュア達に決定打を与えられていない。しかし治癒力が異常に高いためにヨシュア達が与えたダメージもすぐに回復、おまけに危険種の力を移植された影響でスタミナも向上しているのか、先にヨシュア達が疲労を溜めることとなった。

 

「超級危険種とやらの力、どうやら甘く見ていたようですわね」

「もっと高火力の攻撃で一気に攻めれば、あるいは」

「だったら、上位アーツの準備をします。援護をお願いできますか?」

「オッケー、エマ。みんな、一気に行くわよ!」

 

結果、アリサとエマの二人はARCUSを駆動し、上位アーツの発動準備に入る。そして、それを援護するべくエステル達前衛組がオーガに飛び掛かる。

 

「百裂撃!」

「雷光撃!」

 

まずはエステルとヨシュアがそれぞれ、残像が見えるほどの連続突きと稲光を纏った斬撃でオーガを攻撃する。

 

「また若造にぶちのめされるのは、俺のプライドが許さねぇ!!」

 

そのままオーガは雷光撃を胴で受けながら百裂撃に連続パンチを正面からぶつけて相殺する。しかし、エステルの棒”太極棍”も全ゼムリアストーン製なのでオーガの拳が逆につぶれることとなってしまう。

 

「今だ、ラストディザスター!」

「クラウ・ソラリオン!」

 

そしてアリサとエマが同時にアーツを発動、それぞれ空と幻の上位三属性による上級アーツだ。アリサは地を這う極光を、エマは上空の魔法陣から出現した巨大な手が放つ光線を、攻撃対象にぶつける物だ。

そして上位アーツを立て続けに喰らったオーガは、そのままボロボロになる。そのままシャロンがとどめに入った。

 

「それではとどめに、死線の妙技をとくとご覧あれ」

 

呟くと同時にシャロンは跳び上がり、傷が再生し切っていないオーガに鋼糸を無数に放って拘束する。

 

「な、なんだこれ!?」

「失礼。ですが、もう逃げられませんわ!」

 

驚くオーガに対してそう言いながら駆け寄り、すれ違い際の斬撃を何度も叩き込むシャロン。執行者No.Ⅸ”死線”のクルーガーが誇る秘技が、外道に染まった元警備隊長を襲う。

 

「秘技・死縛葬送!」

 

そして技名を告げながら指を鳴らすと、一瞬にしてオーガを拘束していた鋼糸が、その体を切り刻んでいく。

四肢を欠損して全身に裂傷を負ったオーガは、そのまま意識を闇の中に沈めるのだった。

 

「シャロン、まさかこの人……」

「安心してください、お嬢様。この方は生きています。というか……」

 

アリサが懸念していたことは取りあえずしていないシャロンだったが、すぐに言葉を濁す。なんと、意識を無くしたはずのオーガの傷が、見る見るうちに塞がっていくのだ。

 

「どちらかというと、殺し損ねたという方が正しいでしょうか?」

「ちょ、流石に冗談きつすぎじゃないの!?」

「凄まじいのは超級危険種か、例のDr.スタイリッシュの技術か、はたまたその両方か……いずれにしても危険だね」

「早くリィンさんを連れて撤退しないと、危険ですね」

 

そのままオーガが目覚める前にリィンを助け出そうと、研究室の扉を開けるアリサ達。しかしその直後……

 

「ヒャッハー! オーガに内緒で残って、正解だったぜ!!」

「な!?(気配を全く感じなかった!)」

 

扉の向こうから、スタイリッシュの部下の一人であるトローマがナイフを手に飛び掛かってきた。ヨシュアでも気配を察知できなかった辺り、スタイリッシュの改造で隠密特化型になっていたようだ。そしてそのままヨシュアやシャロンでも対応できないまま、アリサにナイフが迫ろうとする。

 

 

 

 

 

 

「はぁああああああああああ!」

「ぶべら!?」

 

何処からともなく青いオーラを纏った一人の人物が、トローマの顔面をトンファーで殴りつける。それは、リィンに並んで一行が助けようとしていた彼だった。

 

「ロイド君!」

「エステルもアリサも、来てくれたのか!」

 

エステルもロイドも再会を喜び嬉しそうな表情を浮かべるが、ロイドはまずトローマを倒す方に集中することにした。そしてそのままトンファーの連打を叩き込み、一歩引いて纏った青いオーラを強め、それが虎の頭部を形成した。

 

「タイガー・チャアアアアアアジ!!」

 

ロイドの必殺技が炸裂し、トローマは大きく吹き飛ばされて研究室内の壁に叩き付けられて気絶。圧勝だった。

 

「みんな、どうやってここに来たんだ?  なんか、執行者らしい人物が襲撃して来たらしいけどそれに関係が?」

「実は、信じられないことが起こって……」

 

そのままエステルの口から、マクバーンが救出作戦に協力してくれたという事実を語る。ロイドは驚くも、この状況で嘘をついている場合ではないのですぐに信じた。

 

「さて。この中にリィンがいるなら、早いところ出してやらないとな」

 

ロイドに促されて研究室に入ると、そこには拘束されているリィンが、上半身裸で全身に生傷が絶えない状況で寝かされていた。

 

「リィン!」

 

真っ先にアリサが駆け寄り、体を揺さぶりながら呼びかける。

 

「リィン、お願い目を覚まして!」

 

やはり恋人の呼びかけだからか、すぐにリィンは目を覚ました。今、引き裂かれた二人の男女が再会を果たす。

 

「あ……アリサ?」

「助けに来たわよ、リィン」




次回は個人的に書きたいリィン復活劇と、あのイベントのオマージュになります。


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第20話 剣聖の復活・刃閃く刻

今回はリィンをメインに書くので、マクバーンVSエスデスの顛末は次回に持ち越しにします。

そして、今回は推奨BGM(閃の軌跡Ⅱで使用)があるので、以下のマークが文章中に出たらそこで流してみてください。
♪1「かけがえのない人へ」
♪2「戦場の掟」
♪3「blue destination」
ぶっちゃけた話、この展開を書きたいがためにリィンの心を折る展開を作ってしまった……

後悔も反省もしてないぜよ!!


「リィン、助けに来たわよ」

 

Dr.スタイリッシュの研究室に突入し、リィンを発見したアリサ達。

 

「リィン君、酷い目に遭ったのね。でも、もう安心よ」

「早いところここをおさらばして、ゆっくり体を休めるんだ」

 

エステルとロイドがリィンを安心させるように伝えるが、リィンの表情が何処か険しい。

 

「アリサ、悪いことは言わない。エステル達と一緒に俺を置いて逃げろ」

「え?」

「ちょ、リィン君? いきなり何言ってるのよ」

 

開口一番にリィンが伝えたその一言、アリサ達は驚愕する。

 

「ここの責任者のDr.スタイリッシュとかいう奴が、俺の鬼の力を研究しようとしているんだ。おかげで処刑が免れたから、そっちに気を回そうと囮になるよ」

「リィン、自分を犠牲にする気か?」

「確かに効率で言うとそれがいいんだろうが、遊撃士や警察官である僕達はそういうのは許容しかねない。だから、本心だとしてもそれは聞けないよ」

 

しかし、流石にロイドもヨシュアもその提案は聞けなかった。しかしリィンはかまわず、話を続ける。

 

「昨日の夜中、その話を告げられた時にオネスト大臣が俺に直接会いに来た」

「え!?」

「奴は皇帝一族だけに使えるらしい、最強の帝具を私物化しているそうだ。皇帝を傀儡にしているということは、その帝具を自分で使えるも同然ってことらしい」

 

そしてあのオネスト自ら語った、至高の帝具の存在を語る。

 

「その帝具は、国一つを焦土に変えるのも容易らしい。下手をしたら、エレボニアもリベールも壊滅させられる。アリサは早く帰って、ユーゲント陛下やオリヴァルト殿下にこの危機を伝えてくれ」

「リィン……確かにこの国に来てから嫌なもの見すぎて堪えてるでしょうけど、それを踏まえてもおかしいわよ。一体、どうしたの?」

 

流石にアリサはおかしいと感じ、リィンに何を思っているのか問い尋ねる。そして、ゆっくりと胸の内を明かし始めた。

 

「この国に来て、俺はまた自分の無力さを痛感した。どれだけ重い経験をしようと、どれだけの力を付けようと、どうにもならないことがあるって、思い知らされた。あのエアって子も、街で見たいわれのない罪で処刑された人たちも、俺達がここに来る前に人生を歪められた。力があるかどうかだけじゃ、どうにもならないことがあった」

 

「灰の騎士や八葉一刀流の皆伝、力も肩書も手にしたがそれでも俺に守れない物がある。クロウが死んだとき、もっと力があれば助かったかもしれない、そう俺は思った。でも、俺がいくら力を手にしてもどうにもならないことの方が多い、そう実感させられた」

 

「だから……アリサ達は早々に手を引いてここを離れるんだ。俺は、アリサまであの人達みたいな目に合うのは見たくない。あの時に戦った帝具使いに、アリサは悲惨な殺され方をされるところだったんだ。だから……」

 

ポツポツと、弱音を吐き出すリィン。そこにはクロウの死と彼が討った筈のオズボーン宰相の生存、そしてそのオズボーンがリィンの本当の父だという衝撃の事実。そのような状況で内乱終結直後にリィンは相当打ちひしがれたが、今はそれ以上に傷心した状況となっている。

話すごとに弱々しくなっていくリィンの様子に、エステル達は心配そうにしつつ、投げかける言葉を探している。しかし直後……

 

―パンっ―

「あ、アリサ?」

 

アリサがリィンの頬をひっぱたいた。いきなりの事態にリィンだけでなくエステル達も驚く。

 

「リィン、自分一人で全部背負おうとしないで!」

 

♪1

リィンの顔をひっぱたいたアリサは、涙目で声を荒げながら告げた。そして、アリサは言葉を続ける。

 

「エアちゃんや他にもひどい目に合わされて、そこから解放されないまま殺された人たち……そんな人たちのことで傷ついたのは私だって一緒だった」

 

出稼ぎに来たら、いきなり痛めつけられ尊厳も奪われ、しかも理由が「楽しいから」。まともな感性の人間なら、誰だって不快に、ましてや知っている相手や助けられたかもしれない相手だったら、なおショックは大きいだろう。リィンだけがそうだったわけでは、なかった。

 

「ほんの少しのズレ、それだけで助けられないことなんて何処に行ってもある。薬が手に入っても届けるのが間に合わない、人為的かどうかの差だけでそんなことは何処に行っても起きる。だけど、今のリィンはそれを自分だけの責任であるかのように受けて、必要以上に重荷を背負っているだけじゃない!」

 

アリサは何か考えがあるわけでもなく、自然と言葉が出て来た。リィンの大切な人でいたいという想いが、そうさせたのかもしれない。

 

「クロウの最期の言葉、覚えている? 『お前は、お前らはまっすぐ前を向いて歩いていけ。ただひたすらに、ひたむきに、前へ』」

「あ……」

「あれ、あなただけじゃなくて私達VII組全員へのメッセージよ。だから、私だって背負う」

 

言葉を紡ぐうちに、アリサの眼に涙がにじみ出てくる。

 

「私だけじゃない、エマにガイウスにフィーに、エリオットにユーシスにマキアス、ミリアムにサラ教官、もし必要だったらエステルやロイドにだってその仲間の人達にだって背負ってもらうよう頼むわ。だから……」

 

そして、最後にアリサはリィンに抱き付いた。そして、そのまま大粒の涙を流しながら叫ぶ。

 

「自分を責めてばかりいないで、立ち上がって欲しい! 私の大好きなリィンが、そんな風に心も体もボロボロになっていくところなんて、私は見たくないから!!」

 

アリサのここまでの訴え、そして最後の叫びがリィンの脳を心臓を心を、強く激しく揺さぶる。

 

『お前は……お前らは……まっすぐ前を向いて歩いていけ……ただひたすらに……ひたむきに……前へ……』

 

リィンの脳裏に浮かんだのは、先程アリサが語ったクロウの最期の言葉だった。それは自分だけに出なく、VII組のメンバー全員へのメッセージだ。

そして、リィンはその言葉を反芻し、やがて一つの結論に至る。

 

――

そうだ、そうだったんだ。

俺は、一番大切な物を忘れていたんだ。

 

俺一人に出来ることなんてたかが知れている。なのにクロウが死んだという事実と、起動者(ライザー)であることや剣聖の称号を得たプレッシャーに押されて、全部を一人で背負おうとしていた。その所為で、クロウの最期のメッセージの意味を忘れてしまっていたんだ。

 

俺が一人でアリサやみんなを守るんじゃない、アリサやみんなと一緒に、無様でもいいからとにかく足掻けばいい。重荷も一緒に背負えばいい。そうすれば、限界なんていくらでも超えられる。あの時、クロウはそう言いたかったんだ。

 

クロウの言葉が、エステルやロイドの姿が、アリサの想いが、それを思い出させてくれた。大臣の所為で心が折れたと思ったけど、そんなことなかった。

 

だって、もしそうだったら……

――

 

 

 

(こんなに、こんなにもアリサの言葉が響いてくるはずがない……)

 

その時、リィンは泣いていた。悲しいわけでも、悔しいわけでもない。その涙は、リィンの張りつめた心を解きほぐしていった。

 

「リィン、あなた泣いて……」

―ダキっ―

「え!?」

「ちょ、リィン君!?」

「急にどうしたんだ!?」

「あらあら」

 

直後、リィンはアリサに抱き付いていた。エステルとロイドは驚愕し、ヨシュアとエマも硬直、シャロンはそれを面白そうに、それでいて見守るように見ている。しかし、リィンはそんな様子も気にせずに、アリサに抱き付いたままだった。

 

「アリサ、ありがとう」

「へ?」

 

涙声で礼を言うリィンに、アリサは困惑する。しかし、気にせずにリィンは続けた。

 

「アリサのおかげで、忘れていた一番大切なことが思い出せた。アリサの言う通りここに来てから……イヤ、それより前から一人で背負いすぎていた」

 

「このまま何もわからずに死んだら、クロウに向ける顔が無いしアリサも悲しむ。だけど、アリサがひっぱたいてでも、泣いてでも伝えてくれた想い。そのおかげで、俺はまた戦える。だから……ありがとう」

「リィン……うん。立ち直ってくれて、私もうれしい」

 

そして最後にアリサももう一度抱き付く。もう、リィンの方は大丈夫そうだ。

 

「さて。いいものを見せてくれたすぐで悪いんだが」

「そろそろ脱出しないと、危ないわよね?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「まさか、替えの服と食べる物まで持って来てくれてるとは思わなかった。助かったよ」

「こんな国じゃ、捕まった人に食事自体させてくれなさそうだし念のためにと思ってね」

 

その後、リィンはアリサが用意したいつもの服、ファー付きの赤いジャケットを纏い、研究室に残っていた刀とARCUSを回収して脱出を開始した。アリサが用意したのは、クロウの故郷であるジュライのソウルフード”フィッシュバーガー”だ。魚のフライとタルタルソースをハンバーガーの具と味付けに使ったそれは、一度リィンが貴族派の捕虜になった際、クロウ自ら腕を振るった思い出深い味である。

 

「しかし、けっこう美味かったな。アリサって、この手の料理はそこまで得意じゃなかったと思ったんだけど……」

「リィンと離れている間、休暇でジュライに行ったことがあってね。ちょっと作り方を覚えてきたの」

「はは……アリサ、くどいようだけどありがとう」

「二人とも、イチャイチャするのは勝手だけどいつ敵が来るかわからないから急いでね」

 

リィン達の様子に、ヨシュアがツッコミを入れる。そしてそのまま宮殿の廊下を駆ける一行。

 

「逃がさないぞ、賊どもめ」

 

♪2

しかし進行先からいきなり声が聞こえたかと思うと、妨害者がいた。悪鬼のような顔を浮かべたセリュー、お菓子を食べながらも八房を構えて殺気を放つクロメ、そしてDr.スタイリッシュの姿があった。エスデス以外のイェーガーズ、その半分がここに集結している。

 

「案の定、邪魔が入るわけだな」

「みたいね」

 

リィン達がうんざりした様子で見ているが、それでも武器を構えて臨戦態勢に入る。見てみると、セリューが大型のレーダーのような物を装備している。これが原因で気づかれたようだ。

 

「十王の裁きが九番・正義都市探知機。ドクターがこれを作ってくれたおかげで、新たな悪の発見に成功しました」

「確かにレーダーを入れておいて正解だったわ。どうやらあの坊やの救出が本来の目的らしいけど、ロイドも一緒みたいね」

 

そんな中スタイリッシュに指摘されて、セリューがリィン一行の中にロイドが紛れていることに気づくが……

 

「ロイド君、もしかしてそこの悪たちに捕まってしまったんですか!? だったら、今助けます!!」

「セリュー、落ち着いて。それと残念だけど、たぶんロイドって敵だと思うよ」

「え?」

 

クロメに指摘されるまで、セリューはロイドを完全に信用していたようだ。ピュアなようだが、軍人としてはあまり褒められたものではない。

 

「言っただろ、俺は帝国に永住する気は無いって。だから、ここで彼らに俺は付いて行くからバイバイだ」

「なるほど。冒険家ってわりに小奇麗だったから怪しいと思ってたけど、革命軍か異国の諜報員辺りってわけだったのね」

 

スタイリッシュはどうやら、ロイドのことを始めから疑っていたらしいが、流石に革命軍などの線を優先して考えているようだ。

 

「俺は軍人じゃない、本職の警察官ですよ。クロスベル警察、特務支援課に属する特務捜査官、これが俺の本当の役職です。すでに国の司法機関に属しているので、この国には始めから尽くす気はさらさらないというわけですよ」

「クロスベル……聞いたことない国ね。たぶん、そこの坊やと同じ東の海を越えた未知の国ってところね。坊や諸共捕まえて、尋問してやりましょうか」

 

ロイドの話を聞いたスタイリッシュは、怪しい笑みを浮かべて懐から怪しげな注射器を取り出す。自白剤の類と思われる。そしてその一方で、セリューが真実を知って憎悪に表情を歪める。

 

「クロスベル、ノエル・シーカーの故郷……ロイド君、いやロイド。お前は私達を騙していたんだな」

「イヤ、俺は昨日からイェーガーズに入りたくないと言っていたから、スパイなんてする気は微塵もなかった。黙っていたのも余計な混乱を避ける為であって、やましい気持ちは微塵も無い。信じられないとは思うが、まぎれもない真実だ」

「悪はみんな同じことを言う。ロイドが悪だと分かった以上、私はお前をそこの連中諸共、断罪しないといけないから覚悟しろ!」

 

セリューはロイドに対して、声を荒げながら告げた。その様子に、初めて彼女を目の当たりにしたエステルは頭を抱えている。

 

「話には聞いてたけど、本当に一方的な考えしかしないのね。正直、あんまり関わりたくないわ」

「けど、いずれは戦わないといけないから、どのみち相対する必要があったわけだ。ところで……」

 

エステルのフォローをしたヨシュアは、次にクロメに視線を向け、あることを尋ねた。

 

「君、ナイトレイドのアカメって知ってるよね。よく似てるんだけど、何か関係あるのかな?」

「うん、ていうかアカメは私のお姉ちゃんだよ。私を裏切って、革命軍に行っちゃったけど……お姉ちゃんの話をするってことは、知り合い?」

「一度、彼女と戦ってね。殺し屋をやめるように説得したけど、断られた。たぶん、君も帝国を抜ける気は無いんだよね?」

「うん。私は死んでいった仲間達に報いる為と、お姉ちゃんを殺して人形にするためにここに残っている。だから今ここを抜けるわけにいかないんだ」

 

ヨシュアの問いかけに、年相応の笑顔を見せながら身震いすることを言うクロメ。

 

「ヨシュア、彼女の帝具の能力は斬り殺した生物を操り人形に変える物だ。その力でアカメの死体を手元に置いておきたいってことだろう」

「……結社以上に悪趣味な力だね。出来れば、この場で壊しておきたいな」

 

人を含めた生物の死を愚弄する、八房の力にヨシュアも忌々しそうに呟く。まともな論理感を持っていたら、この反応は当然だろう。

 

「なんで? この力があれば、もう助からない仲間も私が死ぬまで一緒にいられるよ。すごくいい力だと思うけど」

「……彼女、論理感まで欠如しているようですね」

「うん。なんか、吐き気がしてきたかも」

「お嬢様を不快にさせる要素、早いところ取り除かせてもらいます」

 

エマとアリサも、クロメの発言を聞いて顔色を悪くする。その様子にシャロンが珍しく深いそうにしており、ナイフを片手に鋭い目つきでクロメ達を睨む。

 

「さて。無駄話はここまでにしておいて、セリューもクロメもそいつらを葬り去ってしまいなさい。あと、赤い服の坊やは研究材料だから生け捕りにするように」

「了解です、ドクター!」

「うん。仕事ならそうするだけ」

 

スタイリッシュが会話を打ち止めると、セリューが嬉々とした様子で彼からの指示に従い、巨大な剣とドリルを両手に装備した。流石に大砲を宮殿で使うほど過激ではないようだ。対してクロメもお菓子を口にしながら八房の力を解放、ガンマン風の少女とボロキレを纏った不気味な男、そして口元をマスクで隠した銀髪の青年を呼び出す。

 

「十王の裁き三番・正義宋帝刀。同じく五番・正義閻魔槍、装備完了」

「紹介するね。北の異民族からの刺客ドーヤ、バン族の生き残りのヘンター、最後に私の同僚のナタラだよ」

 

セリューの重火力、クロメの暗殺能力と物量差というアドバンテージ、苦戦は必至だった。特にクロメが人形としている死者達も、生前からの物と思われる威圧感が感じられる。

 

「これは苦戦必至だな。みんな、連戦で厳しいだろうけど今が踏ん張り時だから気合いを入れるぞ」

 

ロイドが一同に檄を飛ばし、臨戦態勢に入ろうとする。しかし、そこで待ったをかける一人の人物がいた。

 

「みんな、ここは俺に任せてくれないか?」

 

なんと、それは他ならぬリィンである。

 

「ちょ、何言ってるのリィン君!?」

「君は治癒術のおかげで立っていられるけど、病み上がりなんだ。すぐに疲弊してしまうんじゃ……」

 

当然ながら、エステルとヨシュアがそんなリィンを止めようとする。しかし、そんなリィンにロイドとアリサが声をかける。

 

「やれるのか?」

「ああ。アリサのおかげで重荷が減って、体も軽くなった気がするんだ。それに、今なら負ける気がしない」

「……ロイド、今のリィンなら大丈夫なはずだから、信用してあげて」

 

リィンの言葉を聞いて、アリサがロイドに進言する。そして、そんなロイドの返事はというと

 

 

「……わかった。ただし、危ないと判断したら無理にでも退場させる」

「了解だ」

「……っていっても、不思議なことに俺も大丈夫そうな気がするんだな」

「ロイド君まで何言ってるの!? いくらあれが使えるかって、それは……」

「まあ、落ち着いてくださいまし。私から見ても、あの力は絶大ですから信用してあげてください」

 

ロイドのその反応に、エステルが珍しく動揺するがシャロンが割って入ってきて論する。そしてそのままリィンは前に出てしまう。

 

「は! お前ひとりで、この正義の力に勝つことは出来ない。諦めてドクターの所に帰るんだな!」

 

鋭い目つきで口角を釣り上げながら言うセリューのそのセリフは、どちらかというと典型的な悪役のそれだったが、本人はこれを正義だと思っている。彼女の異常さが際立っていたが、リィンは動揺していない。

 

「聞いた話じゃ君は体に武器を仕込んで、戦闘能力を無理やり引き上げてるみたいだな。でも、それって本当に君の力なのか?」

「何?」

「ただでさえ帝具を持っている、殺しの技だって身に着けている。なのにそんな大げさな威力の武装や奇襲に特化した仕込み武器に頼っているのは、君自身が強さに自信を持っていないように感じるんだが」

 

なんと、リィンはセリューを挑発している。もう精神的な余裕は完全に取り戻したようだ。

 

「そんな武器に頼った借りものの強さで、正義を語るなんて……正直、おこがましいな」

 

リィンの発言で、セリューが顔を伏せて体を震わせる。やはり、今のがそうとう癇に障ったようだ。

 

「ドクターが授けてくれたこの力をけなし、しかも私に正義を語る資格がないだと………言ったな!!」

 

そしてセリューが憤怒で顔をさらに歪め、リィンを睨みつけながら宋帝刀を向ける。

 

「そこに直れ、悪! この私が帝国の、正義の名のもとに、断罪してやる!!」

 

そしてセリューは声を荒げながら告げた。己の正義をノエルと戦った時同様に、真正面から否定された。その憎悪に顔を歪めた様に、初対面のエステルやアリサといった面々は思わず委縮してしまう。ヨシュアまでが警戒する中、リィンはというと……

 

 

 

 

 

 

「それはこちらのセリフだ」

 

落ち着いた様子で、セリューに言い返した。明らかに、余裕が見える。

 

「いや、断罪は言いすぎか。だが、少なくとも俺の仲間やその故郷を一方的に悪呼ばわりしたあんたは、成敗に値するな」

 

しかしすぐにリィンは穏やかな表情と声音で訂正し、再度セリューたちに向き合う。そして、左手を胸に当てながら目を瞑り、そこで異変が起きた。

 

♪3

「な!?」

「なに、これ?」

「まさか、ここに来てあの力を!?」

 

直後にリィンの体から黒いオーラが浮かび上がり、スタイリッシュが真っ先にこれが鬼の力だという察しがついた。

 

「さっきはアリサにばかり目が入ってたけど、エステルとロイドもありがとう」

「「へ?」」

 

いきなりリィンに礼を言われ、エステルとロイドも揃って呆けてしまう。

 

「二人には希望を捨てない心と足掻き続ける強さ、その二つを教えてもらった。だから、こんな状況でも俺を助けてくれたし、イェーガーズに入れられそうになってもあきらめなかった。そしてそれを以て、俺は戦う。二人の想いの強さに、一歩でも近づけるように」

 

その言葉に、エステルやロイドの強さがリィンにも伝わっているということが素直に感じられた。そして新たな決意を胸に、リィンは戦う。

 

「セリューにクロメ、そしてスタイリッシュ。俺の家族、仲間、恋人……それら全部をひっくるめた日常を守るために、俺は心を折るわけにいかない。あんた達に勝たせてもらうぞ」

 

そして目の前にいるスタイリッシュたちに言い放ち、力を解放した。

 

「神 気 合 一 !」

 

リィンが叫んだ直後、彼の髪が白、瞳が赤に変色した。その姿はあの鬼の力を発現した物だった。

 

「これは、宮殿を攻めて来た時の姿?」

「は! 今回は十王の裁きを使えてクロメちゃんの人形もいる。私達の勝ちは確じ……」

「セリュー、待ちなさい」

 

セリューが啖呵を切りながら乗り出そうとした瞬間、スタイリッシュが静止をかける。

 

「以前あの子が攻めて来た時は、危険種みたいな野生動物特有のどう猛さが感じられたけど……今はそこに人の理性が加わった雰囲気ね。少なくとも、この間乗り込んで来た時よりも圧倒的に強いわね」

「うん。あの時とは違って静けさがあるから、警戒するに越したことはないと思う」

 

スタイリッシュは人体実験で様々な人間や危険種を見たため、クロメは任務で多くの敵を始末したため、このような気配や雰囲気には敏感になっているのだろう。

そしてそんなイェーガーズをよそに、リィンは声高々に己が名を名乗った。

 

「八葉一刀流・七ノ型皆伝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閃の剣聖リィン・シュバルツァー、参る!!」

 

声高々に剣聖としての名を名乗り、リィンは凄まじいスピードでセリューに斬りかかる。

 

(速い!?)

 

セリューは咄嗟に宋帝刀でリィンの斬撃を受け止め、閻魔槍で反撃しようとする。しかしリィンはその身を翻し、セリューの腕と閻魔槍の接続部に刀を突き刺す。そしてそのまま切り上げて、セリューの片腕ごと武器を封じた。

 

「なめるな、悪!」

 

それに激昂したセリューは、再び宋帝刀で斬りかかるが容易く避けられる。

 

「みんな、行って」

 

しかしその隙をついて、クロメが骸人形達を嗾けてくる。ドーヤが二丁拳銃でリィンを牽制しながら、ナタラとヘンターが武器を手に飛び掛かる。ナタラは薙刀、ヘンターは大型のバタフライナイフだ。

 

「その程度で、勝てると思うな」

 

しかしリィンは跳んできた弾丸が見えるのか、刀を振るってはじき返す。そこにすかさずナタラとヘンターが飛び掛かり、それぞれの得物で斬りかかってきた。

 

「物言わない死体になっても戦わされる……憐れだな」

 

しかしリィンは落ち着いたまま、ナタラの刺突とヘンターのナイフを捌いて行く。そして距離を置いて、一旦納刀する。

 

「四ノ型、紅葉切り!」

 

そして瞬間移動と見紛うスピードでダッシュし、抜刀術で斬りかかる。しかしナタラは薙刀で防ぎ、ヘンターは体を捩じって回避する。しかし、躱し切れずに片腕を斬り飛ばされた。

 

「胴を切り捨てるつもりだったんだが、動きが柔軟だな」

「うん。あんまりトリッキーすぎて、仕留めるのに苦労したんだ」

 

リィンが呟いた直後にクロメの声が聞こえたかと思いきや、背後から斬りかかってくる。しかし、前回の暴走時と同じくリィンは振り向かずに刀で防いだ。

この隙をついてナタラが薙刀を伸ばしてリィンを貫こうとするも、咄嗟に構えを解いたリィンが刀でそれを弾いた。

 

(あの死体の武器、帝具なのか? だとしたら厄介だな)

「喰らえ、正義秦広球!!」

 

リィンが考察するも、セリューがいつの間にか切り落とされたドリルを鉄球に切り替えて攻撃してきた。大ぶりの攻撃だったため回避が容易だったが、ここで特に動きの無かったコロがいつの間にか迫ってきており、巨大な拳を振り下ろしてきた。

 

「帝具といっても、これじゃ巨大な魔獣と大差ないな」

 

しかしリィンは落ち着いたままその拳を躱し、一太刀でコロの腕を丸ごと一本切り落とした。

更にリィンは止まらず、刀を両手で構えたまま天に突き上げたと思うと、彼の周囲に龍の形をした炎が纏わりつく。

 

「龍炎撃!」

 

そして刀を振り下ろし、斬りつけると同時にコロに炎を叩き付ける。その炎に焼かれ、コロは絶叫しながらその場で暴れ狂う。

そこに慌てた様子でセリューが指示を送る。

 

「コロ、そのままそいつに飛び……」

「秘儀・裏疾風!」

 

そしてリィンはセリューの指示が終わるより早く、コロ諸共ダッシュ斬りとその直後の横薙ぎで纏めて大ダメージを与えた。

 

「ナタラ、ドーヤ、遠距離から行くよ!」

 

そんなリィンに警戒したクロメは、ヘンターを対比させてナタラの伸びる薙刀とドーヤの銃撃で攻めかかる。しかし、それでも意味は無かった。

 

「弧影斬!」

 

リィンは納刀して刀に導力を溜め、抜刀と同時に弧状のエネルギーとして撃ち出す。それがドーヤの銃弾を粉砕し、薙刀の穂先すら砕いてしまう。クロメは驚愕しつつ、ナタラ達骸人形を消して自分一人だけで回避した。直後にクロメの反応速度が上がったことから、骸人形を出している間は操作に神経を使うためか、本人の能力が落ちるようだ。

 

「遠近の両距離に対応可能……帝具じゃない普通の刀でそんなことが可能なのか?」

「攻撃のバリエーションが増えている……前回みたいに力任せの戦いと違う分、厄介だね」

 

セリューもクロメも、自分達の常識から外れたリィンの力に強い警戒心を抱く。

東方剣術の集大成たる八葉一刀流、その頂点に至った剣聖の力は絶大だった。

 

(あの力、純粋な身体能力だけじゃなく技術面でも潜在能力を開花させる可能性もあるわね。ますます興味深くなったけど、同時に早く始末しなきゃって危機感まで覚えちゃったわね)

 

一方、安全地帯で様子を窺っていたスタイリッシュも、リィンの力を分析、警戒している。直接戦闘型ではないが、学舎ならではの分析能力、これはこれで厄介だ。

 

「引いてくれるならこれ以上の攻撃はしないが、まだ続けるか?」

 

リィンは切っ先を向けつつ、クロメ達に撤退のチャンスを譲る。しかし、それに同意する事はマズなかった。

 

「ふざけるな! お前は悪だ、悪のお前に私達が負けるはずない!!」

「ここで逃げても、役立たずの烙印を押されて処分されるだけだから、聞けないよ」

 

そのままセリューはいつの間にか再生していたコロと飛び掛かり、クロメも納刀したまま駆け寄り抜刀術の準備に入る。

 

「仕方ないか……」

 

リィンが落胆した様子で呟くと、また納刀する。

 

 

 

 

 

八葉一刀流の最強奥義、”終ノ太刀”を使うために。

 

「無明を切り裂く閃火の一刀」

 

リィンがいきなり口上を上げたかと思うと、すぐに刀を抜いてその刃に炎を灯す。そしてそれを構えたまま、クロメ達を超えるスピードで突撃していった。

 

「な!?」

「馬鹿な!?」

 

クロメもセリューも驚くが、対応が間に合わずにリィンの攻撃を許してしまう。

 

「はぁああああああああああ!」

 

そしてリィンは炎を纏った刀で横薙ぎ、袈裟切り、もう一度横薙ぎと三連続で斬りかかる。そして、更にとどめと言わんばかりに縦、横、斜めと連続で切り裂く。

そして攻撃が終わると同時に刀を納め……

 

 

 

「終ノ太刀・暁!!」

 

技名を叫ぶと同時に、斬撃と共に蓄えられたエネルギーが炸裂。クロメとセリューに大ダメージを与え、コロも肉片と化して剥き出しになったコアが地面に転がる。

 

もはや、勝負の結果は誰が見ても一目瞭然だった。




空の軌跡には「空の至宝”輝く環”」が、零or碧の軌跡では「零の至宝と碧の大樹」といったタイトルにちなんだキーワードが登場しましたが、閃の軌跡にはタイトルの”閃”を象徴するキーワードが未だに出ていません。Ⅲで判明する可能性がありますが、自分は閃がリィンを象徴しているのだと推測しています。シリーズ初の刀剣類を武器にする主人公で八葉一刀流の使い手、可能性としては充分だと思い、そのままリィンの剣聖としての名に起用させてもらいました。


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第21話 絆の力、信じる時

前回でリィンの復活&無双から、今度は脱出に入ります。そしてマクバーンVSエスデスの結果も明らかに。

あと、前半の逃走劇は引き続き「blue destination」を聞きながら読んでみてください。


~リィン救出作戦決行時の宮殿内、皇帝の私室~

「大臣が余を傀儡に……一体、どうすれば?」

 

先日、ヴィータにオネストを疑うように暗示をかけられた皇帝は、行動を起こしてオネストの本性を知ってしまう。それ以降、彼は疑心暗鬼に陥っていた。

 

(今まで大臣に政治の全てを頼り切っていたから、他に頼れる者はいない。ブドー大将軍も、外敵からは守ってくれるだろうが政治にはかかわってくれない。つまり大臣を止めるには余が自分で動かないといけないが……どうすれば?)

 

皇帝は現状で頼れるものがおらず、自分が動くための力も無い。その事実に打ちひしがれている。

 

 

 

 

 

「あらあら。お困りのようですね、陛下」

 

そんな中、皇帝は聞き覚えのある妖美な女性の声が聞こえた。そして声のした方を見ると見覚えのある女性と見知らぬ少年がいた。女性はヴィータで、もう一人は赤いブレザーを着た黄緑の髪の少年だった。

 

「昨日はどうも、皇帝陛下」

「ヴぃ、ヴィータ殿? どうやってここに……それと、そちらの者は一体?」

「これはどうも皇帝陛下。いや、まだ子供だから気さくに坊やの方がいいかな?」

 

からかうような口調で、少年は皇帝にそんなことを言う。下手をすれば不敬罪に問われそうだが、そんなの知ったこっちゃないという雰囲気だった。

 

「年下なのは認めるが、そちらも子供だろう。ところで、ヴィータ殿と一緒にいるということは歌劇場の関係者なのか其方は?」

「それじゃあ、真面目に自己紹介しましょうか」

 

そう言いながら少年は大仰に芝居がかった仕草で会釈をする。

 

「僕はカンパネルラ。ヴィータ・クロチルダ様と帝都入りした、しがない道化師でございます。以後、見知りおきを」

 

ヴィータの連れた少年カンパネルラ。彼も執行者の一人で、盟主の代行として計画の未届けをするという特殊な立場から、ナンバーは0だという。そしてその二つ名も皇帝に名乗った物と同じ”道化師”だ。

 

「私達はある組織に属していまして、ある目的を達するために帝国を訪れた次第であります」

「それには、皇帝陛下を大臣派と反乱軍の双方から守る必要があると判断しました」

 

ヴィータとカンパネルラが続けざまに目的を語る。帝具の破壊が目的で、そのためには皇帝を懐柔する必要があるという。まあ、明け渡すように交渉するなら皇帝を直接味方につける野が確実だろうが。

 

「そこで、ある人たちに貴方を預けたいと思った次第です」

「ある人たち?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

閃の剣聖として為すべきこと、アリサの想いに触れて真にその事実に気づいたリィンは、クロメとセリューの帝具を以てしても敵うことは無かった。

 

「馬鹿な……私は正義の筈なんだ……負けるはずが…」

「悔しいけど、これが現実だよ。対抗できるのは、隊長くらいじゃないかな?」

 

リィンに完膚なきまで叩きのめされたセリューとクロメ。そのありえない強さに、二人とも動揺を隠せていない。

 

「これが、リィン君の真の力……」

「父さんやアリオスさんと同じ、剣聖の名を冠するだけはあるね」

「鬼の力とやらも初めて見たが、凄まじい物だな」

 

その一方で、エステル達もリィンの真の力を目の当たりにして驚愕している。

 

 

「アリサ、これから脱出するけど……ごめん」

「え?」

 

戦闘を終えて戻ってきたリィンは、納刀していきなりアリサに謝罪、当の本人は呆けてしまう。そしてその直後

 

「きゃあ!?」

「「「「な!?」」」」

「あらあら」

 

なんと、リィンはアリサをお姫様抱っこし始めたのだ。そしてリィンはその状態のまま駆け出し、異常な跳躍力でクロメ達を飛び越えてしまった。

 

「って、あいつらが呆けてる隙に行くわよ!」

「了解!」

 

エステル達も一瞬呆けてしまうが、この隙をついてクロメ達を突破する。ちなみに、エマはシャロンに抱えられてだ。

 

 

 

「……あ、びっくりして固まっちゃった」

「賊め、逃がしてたまるか!!」

「チームスタイリッシュ、実験用の捕虜が逃走! 至急捕えるように!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「以上が、スタイリッシュ様からの連絡です」

「まさかあの彼に、脱出するだけの気力があったとは……」

「自分の立場をわかってねぇガキに、お仕置きしてやるか」

 

一方、リィン達の進行ルートにはDr.スタイリッシュの部下であるチームスタイリッシュの姿があった。トビーとカクサンの他に、耳を肥大化させた少女?がスタイリッシュからの報告を聞いている。この他にハードゲイ風の意匠を纏ったアイマスクの男、鼻が肥大化した白い仮面の男、上半身裸に仮面の男が数十人もいた。彼らは順に将棋の金と銀に例えられた耳、目、鼻とコードネームにちなんだ箇所の感覚に特化した改造を受けた偵察要員、残りの雑兵たちも同じく将棋の駒である歩に例えられた軍団だ。ここに、先程ロイドが倒したトローマを加えて、チームスタイリッシュの全貌ということだった。

 

「報告にあれば、エスデス将軍が恋人候補に連れ去った彼があの少年の仲間だそうです。逃げた少年以外のメンバーは、その彼を含めて皆殺しだそうで」

「なるほど。なら、新装備を試すいい機会になりそうですね」

「へへ。俺もスタイリッシュ様がくれた、帝具を試すのにいい機会だぜ」

「緊急報告! ここから10㎞先に目的の集団が迫ってきています!」

「匂いも確認完了! 我々で一気に潰しちゃいましょう!!」

 

そのままチームスタイリッシュは一致団結、リィン達を潰すために奮起するのだった。

 

一方、リィン達は前方で包囲網が展開されているとは知らずに走り続ける。

 

「すみません。戦闘とリィンさんの回復で消耗した所為で、転移術を使えそうになくって……」

「まあ、いいさ。この手の脱出も、俺達には必要な物だしな」

 

エマが転移を使えない理由の説明と、そのことに関する謝罪をする。しかし一同を代表してロイドが応対、危機的状況なのに笑い飛ばしていた。

その一方で、リィンとアリサはというと。

 

「アリサ、すまない。こんな恥ずかしい逃げ方で」

「う、ううん。いいのよ……むしろ、少し嬉しいかも……」

 

一応、逃走中という身ではあるがリィンとアリサは妙にイチャイチャしている。

 

「ここから先は通しませんよ!」

 

前方から声が聞こえて来たので視線を向けると、すでに戦闘準備万端なチームスタイリッシュの姿があった。

 

「まだ敵がいるか」

「しかも、あのドクターの部下ばかりだな」

「なんか、遠目に見ても気持ち悪いのばっかりなんですけど……」

 

リィンもロイドもうんざりしている中、エステルは現れたチームスタイリッシュの姿に顔を引きつらせてしまう。

 

「流石に、あの数は直接倒さないと突破出来そうにないな」

「リィン、ここは僕達に任せて欲しいな」

「アタシ達にも、美味しいところを持って行かせてよ」

「二人とも……それじゃあ、任せてもらおうかな」

 

リィンがこの状況をどう突破すべきか考えていると、エステルとヨシュアの二人が名乗りを上げるので、二人に任せてみることにした。

そして肝心の二人が戦闘に躍り出たのを確認すると、チームスタイリッシュも戦闘態勢に入った。

 

「俺らを衛兵どもと一緒にしてもらっちゃ、困るぜ!」

「我らの包囲網、そう簡単に突破できるはずが……」

 

カクサンとトビーが戦闘態勢に入り、他のチームスタイリッシュも動き出そうとする。しかし

 

「はぁあ!」

 

何とヨシュアが、一瞬にして三人に分身したのだ。そしてそのままチームスタイリッシュに飛び込み、一斉に斬りつける。

 

「秘儀・幻影奇襲(ファントムレイド)!!」

 

そして距離を取り、ヨシュアが技名を叫んで再度飛び込む。そして超スピードでチームスタイリッシュの面々を切り刻んだ。

しかし、トビーとカクサンの格上二人を打ち漏らしていた。

 

「ま、まさかあんな技を使えるとは……」

「だが、アッチの小娘に俺らが止められるはずがねぇ!」

 

そして対抗しようと、トビーは体に仕込んだ各種銃火器を展開、カクサンは与えられたという帝具の力か周囲に水球を浮かべている。

 

「あれはリィン君から聞いたブラックマリン!?」

「おうよ。スタイリッシュ様がくれた、ご機嫌な俺の為の帝具だ!」

 

カクサン自身は指が肥大化しているため、どこか別の所に隠し持っているのかもしれない。まさかの帝具持ちに、形勢は逆転かと思われたが……

 

「だからって引くわけにいかないから、アタシもとっておきを見せてあげる!」

 

エステルは帝具使いが相手だからと言って、決して怯むことは無い。

 

「てやぁあ!!」

 

エステルは走っていた勢いで一気に飛びあがり、そのまま高速回転する。そしてそのまま、彼女の気がたぎってそれが炎と化す。しかも、その炎が巨大な鳥のような姿へと変じた。

 

「奥義・鳳凰烈波!!」

 

そしてエステルが技名を叫び、火の鳥となった彼女はカクサンが放った水球を蒸発させて、トビーの銃弾も弾いて一気に突撃した。それによって巨大な爆発が生じ、エステルがそこから飛び出して棒を構えなおす。

 

「ば、馬鹿な……」

「俺が、こんな小娘に……」

 

爆炎が晴れると、トビーとカクサンは揃って呟き、そのまま倒れ伏した。

 

「あの二人も、桁違いに強いんだな」

「私達と同年代でA級、つまりサラ教官と同クラスなわけだしね」

 

そのままリィンとアリサが倒れ伏すチームスタイリッシュの面々を通過しながら、エステルとヨシュアの実力を垣間見て感想を述べる。遊撃士の真の力、改めてその凄さを実感したわけだった。

 

「後は何事もなく、脱出できればいいんだけどな……」

 

そもそもセリューたちと交戦する前に中庭を通過したため、後は突き進めば宮殿から脱出可能だった。しかし、ここまで来て早々上手くいくわけがないと、ロイドの直感が告げていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、宮殿の出入り口

 

「ハーゲルシュプルング!!」

「ギルティフレイム!!」

 

エスデスとマクバーンの一騎打ちは、宮殿の外に場所を移していた。そのおかげで二人とも羽目を外しており、エスデスは家一軒押し潰せる大きさの氷塊を、マクバーンは高威力の炎を押し固めた球体をそれぞれ放った。そしてそれらが激突し、大爆発を起こした。

 

「はは! こんなにもアツくなれたのは、久しぶりだぜエスデスよぉ!!」

「私も、ここまで楽しませてくれたのは初めてだマクバーン!!」

 

爆発が収まると同時に、今度は二人同時に駆けだして白兵戦に持ち込む。エスデスの巧みなサーベル捌き、デモンズエキスの力で作った氷の刃による二刀流や奇襲攻撃。帝国最強だけあり、直接の戦闘力も帝具の応用力も他の追随を許さない。そしてマクバーンは、エスデスの帝具に攻撃力で対抗可能な炎をノーリスクで使用、加えてある奥の手に起因してか体術でも対抗可能、まさに最強の執行者に恥じない強さだった。

 

「こ、これが隊長の本気なのか?」

「たぶん。で、その隊長と互角に戦える彼も凄いね……」

「本人曰く帝具使いじゃないそうですが、だとしたらあの力は一体?」

 

一方、マクバーンの対処に当たっていたウェイブ達もう半分のイェーガーズも、そんなマクバーンと対等に戦えるエスデスの姿に驚愕と戦慄を感じていた。

そしてそんな彼らを他所に、マクバーンもエスデスは嬉々とした様子で戦いを続けている。

 

「まさか、俺が体術を使うことになるとはな。あんたマジで面白ぇよ!」

「それはこっちのセリフだ。ブドー以外に私を凌駕しえる者など、この国にはいなかったからな!」

 

お互い、新しいおもちゃを与えられた子供のようなはしゃぎ具合だった。それほどまでに、二人は昂っている。

 

「さて。あんただってもっと楽しみたいだろうし、もっとアツくしようぜ」

「それもそうだな。まあ後ろの部下達なら勝手に生き残るだろうから、もっと本気を出すか」

 

エスデスとマクバーンがいきなり言葉を交わしたかと思いきや、二人の纏う炎と冷気がより一層強大な物と化す。まだ二人は全力ではなかったのだ。

 

「うぉおりゃああああああああああああああああああああ!!」

「でやぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

二人して咆哮をあげながら特大の火炎弾と氷塊をそれぞれ発射、そして本人も拳と剣を振りかざして駆け出した。

そしてそれらが激突。

 

 

 

 

 

 

 

「その位にしておきなさい、劫炎殿」

「……鋼のか」

 

直後に響いた凛としている澄んだ声が聞こえたと思うと、マクバーンはそこから妨害者の正体を察した。もう一人の結社最強にして第七使徒のアリアンロードであった。

そのアリアンロードがエスデスとマクバーンの間に割って入り、エスデスのサーベルを所謂ショートソードで、マクバーンの炎を纏った拳を馬上槍でそれぞれ防いでいた。アリアンロード自身が無傷だったことから、炎も氷塊も全て相殺してしまったのだろう。

 

「……鋼の、なんのつもりだ? 折角のお楽しみを邪魔するとは……」

「その様子からしてマクバーンの知り合いのようだが、同じくお楽しみを邪魔するとはどういうことだ?」

 

いきなり現れたアリアンロードに決闘を邪魔され、エスデスもマクバーンも機嫌を悪くしていた。

 

「もう当座の目的は達しました。なのに帝具の破壊を遂行するでもなく、無駄な戦闘を続けるのであれば力ずくでも連れ帰らせていただきます」

「……ああ、そういうことか。で、あちらさんもちょうどここに着いたみたいだな」

 

アリアンロードの言葉をすぐにまぐバーンは理解、その直後に宮殿の中からリィン達が出て来た。

 

「……他に侵入者がいたか。そして、そこにロイドが紛れている」

 

そしてエスデスはロイドに視線を移し、すぐにマクバーンの方に戻した。すると、今度はマクバーンの方からエスデスに声をかけてくる。

 

「鋼のが邪魔しちまった所為で、興が覚めちまった。また今度、仕切り直しと行こうぜ」

「私も同じく興が覚めたから、同意する。それに、もう一つすることも出来たからある意味丁度良かった」

 

そう言い、お互いに対決は強制終了ということで納得する。そしてマクバーンはアリアンロードに連れられて転移しようとすると、エスデスがまた声をかける。

 

「そうだ、最後に二つ聞きたいんだがいいか?」

「ああ、何だ?」

「我々にも為すべきことがあるので、手短にどうぞ」

 

ひとまずそれに同意し、マクバーン達は質問を聞くことにする。

 

「まずはそこ、貴様が先日に三獣士、リーダーが髭の男な三人組の帝具使いを倒したアリアンロードか?」

「ええ、そうですね。以上でしょうか?」

「今のはただの確認だ。見たところ私はマクバーンとも対等に戦えそうだが、今度お前とも仕合ってもいいか?」

 

三獣士の仇を取るとリヴァの亡骸の前で誓い、しかもその相手がマクバーンと同等かそれ以上の可能性があるのだ。戦闘狂のエスデスが放っておくはずは無かった。

 

「断っておきましょう。私は貴公のように戦闘そのものや虐殺を楽しむ気質ではないので」

「そうか……まあ、いずれ戦う可能性もあるからその時にでも無理やり相手をしてやるか」

 

アリアンロードは一寸の迷いもなくその申し出を断るが、エスデスは無理やりにでも戦う気満々だった。そして、もう一つの質問をマクバーンに振る。

 

「それとマクバーン、お前は私と帝具の混じり具合が半々と言っていたな。なら、お前の力はどのくらいの混じり具合なんだ?」

「ああ、いいぜ。俺の場合は……」

 

そしてマクバーンは、少し間を置いて……

 

 

 

 

 

 

「ぜんぶだ」

 

最後にそう答えたマクバーンは、アリアンロードと供に転移する。その去り際の様子に、凄まじい寒気を感じるウェイブ達だったが、エスデスはむしろ興奮すらしている。

 

(ぜんぶ……つまり異能そのものだと言いたいのか。ますます次に会う時が楽しみになってきたな。で……)

 

エスデスはマクバーンとの再会を楽しみにし、続いてロイドに視線を向ける。エスデスは先程までマクバーンと会話していたにも拘らず、ロイドやリィンに殺気をぶつけて牽制していた。そのため、先程は逃げるチャンスに見えてまったく隙が無かったのだ。

 

「待たせたな、ロイド。どうやら攻めて来たのはお前の仲間だったようだが、マクバーンとは知り合いだったのか?」

「一応、敵対勢力という間柄ではありますが俺の仲間がですね。まあ、察しの通り冒険家が嘘の肩書だというのは認めますクロスベル独立国警察の特務支援課所属、ロイド・バニングス特務捜査官。俺の本名と肩書は、今言った通りです」

「あたしも遊撃士所属のA級遊撃士、エステル・ブライト。これが本名よ」

「リィン・シュバルツァー、エレボニア帝国という国から来た一介の剣士だ」

 

そのままエスデスに、もう隠しても無駄ということでロイド達は己の素性を明かす。

 

「ロイド、お前ってこの間侵入してきた賊と仲間だったってことなのか?」

「ああ。結果的にだます形になってしまったが、そういうことだ」

「まさか、何処かの異国からスパイ、しかも警察の人間が送り込まれるとは予想外でしたよ」

 

ウェイブが真実を知って驚愕する中、

 

「俺達の目的はスパイじゃない。俺達の国で猟奇殺人があって、その犯人が帝具を使った可能性があったから手がかりを追って来たのが切っ掛けだ」

「この国の軍事関係者、主に暗殺や諜報といった裏の仕事をしている連中が、帝具の試験を目的にしている可能性もあった。だからこの国の中枢にも触れる必要があったんです」

 

そのまま自分達の目的なども、包み隠さずに打ち明けるリィン達。しかし、エスデスは信じるかどうか以前にそれに納得はしてくれそうになかった。

 

「お前達の素性や事情はどうでもいいが、私は戦闘も戦争も生きがいとしているからな。今の情勢に干渉されるのは少し癪だから、この場で始末してやるか」

 

言った直後にエスデスは凶悪な笑み―セリューのような異常者のそれでなく、背筋が凍るような静かな狂気を感じる冷めた笑顔を浮かべながら告げる。

 

 

「というのは冗談だがロイドは生け捕りにして調教、残りのメンバーは私の退屈しのぎの相手になってもらおうか」

 

そしてそれをすぐに解いたかと思うと、方向は違うが物騒な発言をしつつサーベルを構える。

 

「まあ、今の私はマクバーンと一騎打ちをした直後だからいくらか消耗している。付け入る隙はあるかもしれんぞ?」

「なるほど。それでも簡単に勝てるとは思えませんが、俺達の目的のためにも通させてもらいます」

 

そう言いながら、ロイドがトンファーを構えて臨戦態勢に入る。そしてそれに続き、リィン達もそれぞれの得物を構える。

 

「じゃあ、早いところやっつけちゃいましょうか」

「僕らだって、やるべきことがあるんで通させてもらいますよ」

「ああ。俺たちは前に進まなきゃいけないから、あなたを倒させてもらいます」

「貴方がロイドに惚れたように、私だってリィンに惚れているんです。だから、リィンと一緒に生きて帰らせてもらいます」

「私も若輩ながら、魔女の眷属としてそんなお二人を支えたいと思っています」

「私の大いなる愛は、アリサお嬢様とご実家のラインフォルト家に尽くしています。ですので、貴女様のことも断ち切って見せましょう」

 

そしてそのまま戦闘に入るかと思いきや

 

「喰らいなさい!」

「グランフォール!」

 

ランとウェイブがリィン達に攻撃を仕掛け、その回避をしたためにチームが分散されてしまった。

結果、リィン、ロイド、エステルとヨシュアがエスデスの近くに、残ったアリサ達はそのままウェイブ達残りのイェーガーズと対峙することとなる。

 

「ウェイブにラン、それにボルス。お前達はそこの連中を相手にしろ。私はロイドを筆頭に弧の四人を相手にする。お前らにこいつ等は勝ち目がないと思うからな」

 

 

 

「まさかの御指名か。でも、他のメンバーが妨害してこないならまだ勝率も上がるだろう」

「それでも、この人相手だと厳しいかもね」

「だからって、引くわけにいかないけど」

「ああ。敗走も考慮して、絶対に生きて帰る。その隙を見つければいいわけだしな」

 

ロイド達は順に、これから始まるエスデスとの対決で思うところを打ち明ける。

 

「でも……」

 

すると、リィンが再び口を開いてある物の名を告げた。

 

「戦術リンク。これがあれば一人で戦う彼女なら、なんとなく勝てそうな気がするんだ」

 

ここ最近、ご無沙汰していた絆を力に変える戦術リンク。これならきっと、エスデス相手にも通用する。消耗して、尚且つ一人で戦う彼女になら確実だった。

 

「それじゃあ、行こうかエステル」

「ええ。フォロー頼むわよ、ヨシュア」

 

直後、エステルとヨシュアが青い光に包まれ、そこから帯状の光が伸びて二人を繋ぐ。

 

「なら、俺はリィンとか。……初めてだけど、上手くいけるか?」

「きっと……いや、必ずうまくいく。そんな気がするんだ」

 

そして早速繋いで見ると、リィンとロイドは黄色い光でエステル達と同じ現象が発生した。そして、戦術リンクは使用者同士で不和が生じるといきなりリンクが切れてしまうが、特に問題無さそうに繋がったままだ。

 

「その光がどういう者かは知らんが、お前達の力という訳か。果たして、マクバーンのように楽しませてくれるものだろうか」

 

そう言いつつ、未知の力との闘争に嬉々とした様子で臨戦態勢に入るエスデスだった。

そして、リィン達もそんな彼女を迎え撃とうと準備する。

 

 

 

 

 

「みんな、一気に行くぞ!!」

「「おお!」

「ええ!」

「かかって来い、異大陸の戦士達!!」

 

今、帝国最強との対決が始まった。




エスデスとの対決まで書きたかったんですが、キリがいいので今回はここまで。

そして、皇帝は特に名前なども付けずにただ皇帝とだけ表記しようと思います。原作でも結局は名前が出てないままなので、下手に考えても読みにくくなりそうなので。


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第22話 VS氷の女王 そして英雄の降臨

エスデス編の決着になります。そして、そして、後半で超展開が……
それでは、どうぞ。


脱出の一歩手前で、エスデスと戦うこととなったリィン達。しかし、マクバーンとの一騎打ちで消耗&戦術リンクという相手側にとって未知の力があるため、勝算もいくらかあった。

一同はそこに賭けて、妥当エスデスに身を乗り出す。

 

「グラオホルン!」

 

エスデスが技名を叫ぶと、地面から無数の氷柱が生えてリィン達を串刺しにしようと迫る。

 

「孤影斬!」

「百裂撃!」

 

しかし、真っ先にリィンとエステルが技を繰り出して生えてきた氷柱を粉砕する。そしてそこに、すかさずヨシュアとロイドがエスデスに飛び掛かった。

 

「絶影!」

「ブレイブスマッシュ!」

 

高速斬撃と回転タックル、その応酬をエスデスに叩き込むがそれを容易く喰らうエスデスではなかった。

 

「「な!?」」

「いい連携だが、私の帝具をもっと警戒した方が良かったな」

 

エスデスはデモンズエキスの力で氷の壁を出し、それでロイド達の攻撃を防いでしまっていた。すかさず二人は距離を取るが、エスデスはそこに追撃をかけた。

 

「ヴァイスシュナーベル!!」

 

虚空から出現した氷片を無数に飛ばし、ヨシュアとロイドを同時に攻撃する。しかし、二人は双剣とトンファー、二対セットの武器であるため手数に物を言わせてエスデスの攻撃を撃ち落す。

 

「全て落としたか……なら、白兵戦といくか!」

 

そしてエスデスはサーベルを振り上げ、同時に氷で剣を作り出して二刀流の剣術で襲い来る。

 

「く!?」

「どうした、お前の実力はその程度じゃないだろ!」

(予想以上に強い……執行者やプロの猟兵の比じゃない!)

 

二対一にも関わらず、エスデスはロイドに二刀流での連続攻撃を与えて隙を与えない。しかもそれでいてヨシュアが背後から斬りかかって来たのにかかわらず、瞬間的に帝具で作り出した氷片を飛ばして牽制、攻め入る隙を与えなかった。まさに帝国最強であった。

しかし、武術の境地である理に足を踏み入れたロイドが、ここで防戦一方になる筈もなかった。

 

「レイジングスピン!」

「な!?」

 

ロイドは一瞬の隙をついて、必殺のスピンアタックを叩き込む。エスデスは咄嗟に防御した物の氷の剣を砕かれて、懐に一撃を受けてしまった。

 

「今だ!」

 

そしてそこに隙を窺っていたリィンが飛び掛かり、刀を振るう。しかし、エスデスは気配でそれを察知し、またも氷の壁を出して防いでしまった。リィンはそのまま反撃を警戒し、距離を取る。

 

「いいタイミングだったが、もう少し早い方が良かったな」

(攻守供に隙が無い。伊達で最強を名乗っているわけじゃないか)

 

エスデスの帝具、デモンズエキスは強力だ。無から氷を生み出し、自在に操る。エスデスはその好戦的な性格から派手で破壊力のある技を使用する。そのため破壊力重視の帝具に見えがちだが、即席の武器が作れたり防御に用いたりと、その真価は応用力にあった。

 

「せい!」

「はぁあ!」

 

今度はヨシュアが持ち前のスピードで、攪乱しつつ攻撃を加える。エスデスの氷片を飛ばす攻撃を捌きつつ、懐から出した投げナイフで攻撃するがやはり氷の壁を作って防ぐ。その隙をついて一瞬で背後に回って切りつけるが、やはり一瞬で対応して防いでしまう。

 

「まだ詰めが甘いようだ……」

「やぁあああああああああ!」

「な……ぐぁあ!?」

 

しかし、エステルがその一瞬の隙をついて飛び込み、エスデスの鳩尾に強烈な突きを叩き込んだ。しかし直後、エステルの足元から新たに氷柱が生成されたため、咄嗟に飛びのいて回避する。

 

「あそこから咄嗟に反撃するなんて、思ったよりやるわね」

 

エステルもその想像を超えたエスデスの戦闘に関する才能に、思わず感心する。しかし、当の本人はそれを聞いている様子がない。

 

「相対しただけでお前達の強さは大体見抜いたはずだが、その何倍も強い。強いくせに群れると思ったら、そのおかげで何倍も強さを引き上げているという訳か……マクバーンに並んで面白い、気に入った!」

 

その一方で、エスデスもリィン達のチームでの戦闘力に対して興奮気味だ。やはり戦いを楽しむ以外が頭にない模様。

 

「だが、それでもまだ私には届かない。もっと私を楽しませろ!!」

 

そして最後に叫んだかと思いきや、空中からどんどん氷柱が出現し、それがリィン達を目掛けて落ちてきた。

 

「まだこれだけの力を!?」

「ちょっと、出鱈目すぎじゃないかしら!?」

 

あまりの規格外ぶりに、リィンとエステルが叫んで攻撃の回避に入る。しかもそれが地面に突き刺さっても、そこからさらに枝が伸びるように鋭い氷の針が生えてこちらを目掛けて伸びてきた。

 

「とんでもない力の帝具だな」

「それ以上に、使い手の彼女が凄まじいってことだと思うけどね!」

 

ロイドとヨシュアも、伸びてくる針を捌きながらエスデスと彼女の規格外ぶりに悪態をついている。しかもそんな中でも、エスデスは氷片を新たに作り出して連続発射してくる。

 

「ああ、もう鬱陶しい!」

 

そしてそんな中、エステルはリィンの前に躍り出て棒をプロペラの様に高速回転、それで飛んできた氷片を防いでいく。

 

「リィン君、このまま突撃するわよ!」

「了解!」

 

そのままエステルは棒を回転させたまま駆け出し、リィンもそれに続いて走る。更にロイドとヨシュアも一旦距離を取り、構えなおしてエスデスに飛び掛かる。

 

「四人同時と来るか……ならば、こうだ!」

 

エスデスが叫んだ直後、またも氷柱を生やして串刺しに資しようとする。しかし驚くことに、最初に使った氷柱攻撃グラオホルンよりも攻撃スピードが速かったのだ。ここまで帝具による攻撃を乱発しているのに、まだ消耗した様子が見えない。

しかし、四人はゼムリア大陸で武の境地と言われる「理」に踏み入れつつあるため、咄嗟に武器を構えてそれを防いだ。

 

「あれを防ぐとは、やはりお前達も強い。さっきも言ったが、マクバーンに並んで楽しませてくれるな」

「俺達としては、あんたのその強さが心底恐ろしがな」

 

エスデスがリィン達を褒め、それに対してリィン達はうんざりした様子で返す。

 

「このままじゃ先にこっちが消耗してしまう……どうする?」

「……リィン、少し考えたんだがこれはどうだ?」

 

ここまで戦って今だ勝ち目の見えないエスデス。そんな彼女にどう対処すべきかリィンが考えていると、ロイドからある提案がなされた。

 

「コンビクラフト、いわゆる合体技を使うんだ」

 

コンビクラフト。高い信頼度を持った使い手同士が、連携で放つクラフトだ。習得するのは容易ではないが、強力な力である。

 

「戦術リンクで呼吸を合わせれば、俺とリィンでも即興でコンビクラフトが撃てるかもしれない。賭けになるが、やるか?」

「どのみちやらないと生きて帰れないんだ。成功させてみせる」

「よし、ここで一気に決めましょうか」

「だね」

 

このコンビクラフトという賭けにすぐに乗るリィン、そしてそんな二人の意思を組んだエステルとヨシュア。まだ心は折れていない。

 

「まだ何かするつもりのようだが、果たしてどれだけもつかな!」

 

そしてエスデスも詳細は知らないが、四人の折れていない心に期待し、再び戦闘態勢に入った。そしてエスデスが再び氷塊を四人に飛ばし、それを捌きながらリィン達もとびかかって得物をふるう。

 

(まだだ、もう少し攻撃が緩いタイミングがあれば……)

(だけど、ここまでやれば多少は疲労も溜まっているはず。どこかに隙はあるはずだ)

 

リィンもロイドも、エスデスの攻撃を捌きつつこちらからも攻撃し、コンビクラフトを放つための決定的な隙を探す。

 

「それ、いつもより巨大なハーゲルシュプルングだ!!」

 

そしてエスデスが一番威力のある技を最大出力で放とうとし、上空に超巨大な氷塊を生み出す。しかし直後……

 

「おっと……」

 

ここでようやくグラつき、疲労している様子を見せた。

 

「「今だ!!」」

 

直後にリィンとロイドの声が重なり、二人が強いオーラを発する。リィンは黒いが邪悪さを微塵も感じず、それでいて猛々しいオーラを、ロイドは熱く燃え滾る、炎のような赤いオーラだ。

 

「「はぁあああああああああ!」」

 

そして咆哮を上げながらエスデスにとびかかり、地面にバツの字を書くように交差して攻撃する。エスデスも攻撃準備を解除して防御するが、威力を殺しきれずにダメージを負う。

 

「「双牙・滅砕刃!!」」

 

そして技名を叫びながら再び交差しながら必殺の一撃を放つ。生成途中の氷塊が空から降ってきたが、二人ともそれを砕いて無事だった。

 

「……惜しかったな。もっと威力がれば、私に膝をつかすくらいは出来たろうに」

 

しかし、今ので威力が殺されてしまい、エスデスはまだ立っていた。帝国最強は、やはり侮れない。

 

「いい線行っていたが、まだまだ……!?」

「はぁああ!」

 

しかし直後、今度はヨシュアがエスデスの懐に飛び込んで斬撃を叩き込む。

 

「はぁあああああああ!」

 

そしてヨシュアが飛びのくと同時に、エステルも連続突きをエスデスに叩き込む。そして二人してエスデスが怯んだ隙に離れると、ヨシュアは幻影奇襲の時と同様に三人に分身、エステルとともに構えをとる。

そう、実はリィンとロイドのコンビクラフトは囮で、エステル達の物が本命だったのだ。

 

「「奥義・太極無双撃!!」」

 

そしてとびかかりながら技名を叫び、コンビクラフトを叩き込む。その衝撃でエスデスは大きく吹っ飛び、手にしていたサーベルも弾き飛ばされる。

 

「はぁ、はぁ……立ち上がってこないといいけど」

「もしまだ立てたら、この人マジの化け物なんですけど……」

 

コンビクラフトを見事に決めたエステルよヨシュアだったが、エスデスがまだ立ち上がりそうな気配がしたため、安心できていなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、残りのイェーガーズと対峙していたアリサはというと。

 

「メルトストーム!」

「イセリアルエッジ!」

「うぉ!? 帝具も無しに何でこんな技が……」

 

アリサとエマの二人がかりで、まずはウェイブの撃破に乗り出している。ボルスは帝具の特性から広域殲滅に特化し、単一の戦いだと隙を作りかねないので肉弾戦を主とした戦いにならざるを得ない。ランはマスティマで高所から攻撃を仕掛けるため、飛び道具でないとダメージを与えられない。しかし前衛二人がいる為、狙い撃つ隙が無い。

となれば必然的に、前衛で高い能力を持つウェイブを必然的に狙うこととなった。

 

「ウェイブ、下がってください!」

 

直後、ランがマスティマの羽根を飛ばして援護射撃に入る。しかしアリサもエマも、咄嗟にそれを回避して反撃する。

 

「フランベルジュ!」

「アステルフレア!」

 

そしてアリサとエマも炎攻撃で反撃する。流石に放っておくとランも攻撃してくるため、時折牽制しておくに越したことはない。

ランはマスティマの翼を楯に攻撃を防ぐ。しかし強烈な炎攻撃だったため、翼越しの熱や隙間から漏れた炎で傷を負った。

 

「二人ともあの若さであの強さ……思ったよりも修羅場をくぐっているようですね」

「これでも学生時代に戦争経験してて、止めるために色々と動いていた身でね」

 

降りてきてランが二人の実力を褒めるので、アリサが代表してそれを返答する。すると今度は、エマがランにある話題をふる。

 

「ロイドさんが仕入れた情報なんですが、ランさんってキョロクという町で教師をしていたそうですね」

「!?……なるほど、つまり私の過去や目的も知っているわけですか」

「ええ。復讐と内部からの革命、ですよね」

「大方の事情は聞いていますか。ならば、貴方達もこの国の異常と惨状は知っていますよね?」

 

そのまま問答に入るエマとラン。

 

「ええ。ですが、ランさんは血で手を汚して政治に携わって、誰かを救ったり変えたり出来るんですか?」

「出来るかどうかではなく、やるんですよ。そうでないと、この国の暴走は止まりませんから」

「そうですか……アリサさん、私達のすることは決まったようですね」

「ええ。あなたがこれ以上手を汚す前に、止めてみせる!」

「なら、私の邪魔になる貴方達も排除しなければなりませんか!」

「俺はまだあんた等やランの事情は知らないが、ここで負けたら帝国軍人としての名折れだ! 一気に決めさせてもらう!!」

 

直後にランが翼を広げて、羽を飛ばしながらウェイブとともに突撃していく。しかしアリサがそれを避けながら、弓に導力を溜めていく。

 

「行くわよ。ジャッジメント・アロー!」

 

そして向かってきた二人に、弓から高出力の導力ビームが放たれた。それが二人を飲み込もうとした直後……

 

 

 

 

バシュッ!!

「うそ!?」

 

なんと、ジャッジメント・アローがはじき返されたのだ。アリサはとっさにエマとともにその場から飛びのき、どうにか回避する。そしてランのほうに視線を向ける。

 

「……今の攻撃は想定外でしたが、私にだって奥の手はあるんですよ」

 

そういうランの背で、マスティマに異変が起こっていた。それまでマスティマが形成していた翼は鳥のような翼だったが、今はなんと不定形なエネルギーの塊が翼状になっている、いわば光の翼だ。

 

「すべてではありませんが、帝具には”奥の手”が存在します。性能を跳ね上げるものや補助的なものまで多種多様で、マスティマは前者で”神の羽根”といいます。飛び道具を跳ね返し、接近戦能力に特化しているので、あなた方では少々厳しいでしょうね」

「……正直、シャレにならないわね」

 

丁寧にランは自身の力の詳細を語るが、これは圧倒的な力量差でこちらを折るのが目的の模様だ。

 

「ラン、今の子達との会話でいろいろ気になることを聞いたんだが……」

「まずは彼女たちの始末、もし可能なら捕縛をしてからですね。そのあとなら、ゆっくりと話させてもらいますよ」

「わかった。それじゃあ、一気にやるか!」

 

そしてそのまま、アリサたちに突撃しようとするウェイブとランだったが。

 

「「奥義・太極無双撃!!」」

 

直後にエステルたちの技名を叫ぶ声と轟音が聞こえ、行動を止めてしまう。そして視線を移すと、エステルたちに吹き飛ばされるエスデスの姿が目に入った。

 

「「隊長!?」」

 

そのまま戦闘態勢を解いてしまうウェイブとラン、アリサとエマもつられて戦闘態勢を解いてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「それでは、失礼いたします」

 

その一方で、シャロンはもう一人の前衛であるボルスと交戦していた。ルビカンテの能力は、アカメが有する村雨同様に生物相手に必殺の攻撃となる。ウェイブ同様、先に対処しておくべきだろう。

そしてシャロンが鋼糸を放ち、ボルスの片腕を縛る。

 

「ふん!」

「!?」

 

しかし、ボルスはその縛られた腕ごと鋼糸を引っ張り、シャロンごと引き寄せる。そしてそのまま殴り飛ばそうともう片方の腕を振るう。

 

「……シュッ!」

「!?」

 

しかし、引き寄せられたシャロンは自ら鋼糸を引いてボルスの方に跳んでいき、ナイフでそのまま斬りかかる。ボルスも咄嗟に回避するが、間に合わずに左腕に傷を負ってしまう。しかし、思った以上にボルスの腕の筋肉が頑強で、そこまで深い傷を負わせることはかなわなかった。

 

「相当鍛え込んでいますわね。その筋肉は、まさに鎧と言ったところでしょうか?」

「軍人は体が資本だし、私の帝具は重たいからね」

 

シャロンがボルスの屈強な肉体について称賛すると、ボルスの方も己が肉体について簡単に説明する。

 

「ボルス様と仰いましたか? 誰かのために戦っているのでしょう」

 

唐突なシャロンの問いかけに、思わず固まってしまうボルス。しかし、シャロンは構わず続けた。

 

「あなた、誰かに対しての深い愛と、それを守ろうという使命を初めて見た時から感じさせていただきました。これでも私、他者への愛が行動の基盤となっていますので」

「……初見でそんなことが分かるなんて、あなたもすごいね」

 

ボルスと交戦したシャロンは、彼の内に秘めたものを見抜き、当のボルスも身の上を簡単に話し始めた。

 

「うん。私には妻も娘もいて、そんな家族たちを守るために今でもお仕事を続けているんだ。焼却部隊なんて仕事柄、処刑とか村ごと焼きはらうなんて無抵抗な人に攻撃する、全然優しくない私を妻も娘も知ったうえで一緒にいてくれる。だから、私は家族を守り養うために戦うことを決めた」

「ご立派な愛ですが、それでも私は譲れませんね」

 

しかし、それを聞いてもシャロンは止まらない。なぜなら、彼女も愛を原動力とするためだ。

 

「私も裏の仕事を生業としていましたが、アリサお嬢様の母君であるイリーナ様は、私にメイドという形で裏か行以外の生き方を教えてくださいました。そんなイリーナ様達ラインフォルト家とその友人方に大いなる愛をささげることこそ、私の生き方でございます。ですので、それを邪魔しようするなら……」

 

シャロンは元々、執行者の任務の一環でRFグループに潜入したが、アリサの母イリーナにそれを見抜かれたうえで使用人として引き抜かれた過去を持つ。執行者と兼業しているのは、ヨシュアやかつて執行者に属していたレンという少女が結社を抜けられたのに対し、離れられないほど穢れてしまったと語っていた。

しかし、それでも執行者以外の生き方を示してくれたイリーナやその娘のアリサに愛をささげると誓ったのだった。

 

「他者の大いなる愛だろうと、一片の慈悲もなく断ち切って見せましょう」

「……わかった。だけど、そう簡単にはいかせないから、覚悟してね」

 

そして二人は再度、得物を手に戦闘を再開しようとしたら

 

「!? 今の、隊長の方から……」

「リィン様達、やったようですわね」

 

こちらもエスデスとの戦闘チームに起こった事態を察して戦闘を中断することとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

土煙が舞う中、エスデスが吹き飛んだ方を凝視するリィン達。そこからエスデスが立ち上がってくるが……

 

「消耗していたとはいえ、私をここまで叩きのめすとは見事だな」

 

サーベルを拾い立ち上がるエスデスの姿があったが、肝心のサーベルを杖代わりにして立っている。戦闘の続行は不可能だった。

 

「やった!」

「どうにか勝てたわね」

「うん。でも手負いの筈なのに、かなり危なかった」

「まさか、ここまでとはな……」

 

しかし、エスデスの力がすさまじかったため今でも信じられないといった感じである。

そしてそんな中、ウェイブたち残りのイェーガーズが動揺したため、そのすきをついてアリサたちが駆け寄る。

 

「リィン、やったみたいね」

「ああ。後はこのまま脱出を……う!?」

 

しかし直後、リィンが苦しそうな表情を浮かべだす。そしてそのまま、鬼化が解除されてしまった。

 

「リィン、大丈夫!?」

「ああ、なんとか。でも、流石に無茶しすぎたか」

「病み上がりなのに無茶して……」

「でも、動けないのはリィン一人なんだ。僕かロイドでおぶれば……」

 

ヨシュアが最後にそう提案し、そのまま脱出しようとするも、そう簡単にはいかなかった。

 

「貴様らを逃がすわけにはいかん」

 

壮年の男性の声と同時に一行の周りに雷が落ちる。そう、ブドー大将軍が現れたのだ。

 

「まさか貴様の本気がこれほどで、同等の力を持った仲間がこんなにもいたか」

 

ブドーがリィン達一行を褒めていたが、その威圧感にエステルやロイドもたじろいでしまう。

 

「すごいプレッシャーね。どうやって逃げる?」

「エステル、彼は僕たちの手の内を知らない。だから、何とかして虚をついたら……!?」

 

ヨシュアが脱出案を出そうとした直後、不気味な気配を察知したためそれを中断する。

 

「へぇ、今のに気づくとはあんたもこっち側の人間なわけか」

 

直後に陽気な青年の声が聞こえたと思いきや、黒ずくめに口元だけを露出した兜の集団が現れる。男女で服装が分かれており、女子はクロメと同じセーラー服だったため、暗殺部隊が出現したとすぐに察しがついた。

 

「はいはい、俺っち暗殺部隊のカイリっていいます。すぐにお別れになるだろうけど、よろしく」

 

直後に声の主が名乗りながら現れたのだが、その姿は異様だった。カイリだけが兜を外して素顔をさらしていたのですぐ気づいたのだが、彼は声音が若い男のもので体格もいいのだが、顔だけが年寄りのようにしわだらけで白髪というアンバランスな容姿だったのだ。

 

「君、それって……?」

「帝具の数に限りがあるってことで、俺ら暗殺部隊はドーピングで力を上げてんの。こいつは副作用でホルモンバランスがどうのってことで出ちまったみたいでさ。嫌になっちゃうよねぇ」

 

カイリ自らが己の身に起きていることを語り、その異様さにヨシュアも不快感を感じてしまう。しかもその直後に、セリューたち残りのイェーガーズが駆けつけてしまったのだ。

 

「あ、カイリ。久しぶりだけど、それって副作用?」

「クロメっち、おひさ。そうだけど、見た目で出ちまうのは正直嫌になっちゃうよな」

「うん。私も結構やばいけど、今ので運がよかったってわかったよ」

「おいおい、俺っちもさすがに傷ついちゃうぜ」

 

やはりというか、クロメと同期らしいカイリ。そしてクロメもやはりドーピングしていたようだが、自らの体に起こる異常を、それこそ世間話をするかのようにあっけらかんとした様子で語る二人に寒気を感じてしまう。

 

「さて、さっきは逃がしたが今度こそ葬ってやる。外に出たから、遠慮なく武器も使わせてもらうぞ」

 

しかもセリューはセリューで、ここまで大勢の人間がいるにもかかわらず重火力装備を展開している。しかもコロは、奥の手を使っていないせいで再生してすぐに戦闘可能という事態だったのだ。

 

「さて。さすがにここまで行ったら、あなたたちも詰んだことになるわね。負けを認めてここで死ぬか実験材料になりなさい」

 

そしてそんな中、勝利確実ということでスタイリッシュが降伏するように告げてくる。誰がどう見ようと、リィン達が勝つのは絶望的な状況だ。

 

「お前達、ドクターはああ言っているが降伏すれば命だけは助けてやる。どの道もうすぐで他の将軍も駆けつける、勝ち目はないぞ」

 

更にブドーが追い打ちをかけ、状況は更に悪化していく。

 

「八方塞がりか……だけど、俺たちはここであきらめるわけにいかない!」

 

しかしすぐにリィンは疲労で震える体に鞭を打ち、刀を構えて臨戦態勢に入る。そして、それはほかの仲間も同じだった。

 

「ここで私の大切な人を失いたくない。いくらでもあがいて見せるわ!」

「同じ恋する乙女として、アリサを助けるのは当然よ!」

「そして僕も、エステルのために負けるわけにはいかない。全力で抵抗させてもらう」

「そして俺は、この帝国という巨大な壁を、絶対に超えてみせる! そのために、今日まで逃げなかったんだからな!!」

「私たちも、そんな皆さんをサポートするために今ここにいますから」

「貴方達も、全員まとめて断ち切ってみせます。だから、覚悟してくださいまし」

 

全員が全員、強い意志をもって戦闘態勢に入る。流石にシャロンもこの数とブドーという難敵を相手にするのは無謀だが、だからと言って弱音を吐く人間でもない。やはり身も心も強い者ばかりがここにいた。

 

「……暑苦しいのは嫌いじゃないが、任務なんでその(タマ)は取らせてもらううぜ」

「カイリに同意。ここで引いたら役立たずって処分されちゃうし、戦って死ぬよりつらいし」

 

しかし、カイリもクロメも自分の命とプライドがかかっているようで、ほかの暗殺部隊同様に引き下がる気配がない。

 

「……揃ってまっすぐないい目をしている。お前達のような若者が帝国にいてくれたら、どれだけよかったか」

「大将軍、何を言っているんですか!? こいつらは帝国に仇名す、悪なんですよ! それを駆逐しないで……」

 

ブドーがエステル達に対して感心する中、セリューがその意見に反発する。しかしその途中、ある音を聞いてちゅうだんすることとなった。

何か巨大な物が空を切る音が聞こえたかと思いきや、上空に四つの巨大な影が現れる。

 

 

「な、何だアレは!?」

「赤と白の、空飛ぶ船?」

「わぉ、なんてスタイリッシュな!」

 

現れたのは、四隻の飛行艇であった。一隻はエレボニア帝国の誇る高速巡洋艦カレイジャス。それより少し小さいがその分飛行速度で上回る白い船、リベール王国の高速艇アルセイユ。そして残り二隻は星杯騎士団の守護騎士専用作戦艇であるメルカバだ。

 

「カレイジャスにアルセイユ、メルカバまで!」

「このタイミングで、西ゼムリア連合が動いたのか?」

 

突然の事態に帝国陣営だけでなく、リィン達一行も驚愕している。

 

「空は危険種が飛び交ってるはずなのに、なんで……!?」

 

その直後、セリューが何かに気づいた。船から次々に、何かが落ちてきたのだ。しかし当のセリューはレーダーを装備しているため、すぐにその正体に気づく。

 

「あの船から、人らしきものが落ちてきました! 恐らく、敵です!」

 

そして降りてきた影の中から真っ先に、二つの影が落下の勢いを増していく。

 

「聖と魔の刻印銃よ。光と影の弾となりて、魔を打ち払え……」

「我が舞は夢幻、去りゆく者への手向け……眠れ、白金の光に抱かれ」

 

直後、聞き覚えのある二人の女性の声が響いたかと思いきや、影から白と黒のエネルギー弾と鎖付きのトラばさみのような物が飛んできたのだ。そしてそれが暗殺部隊やイェーガーズの面々にダメージを与えていく。

 

「この技……二人とも来てくれたか!」

 

現れたのはロイドがよく知る女性二人、エリィとリーシャだった。

 

「ディバインクルセイドー!!」

 

そしてエリィが手に持っていた二丁の銃を交差して発砲すると、二色のエネルギーが混じって巨大な鳳凰を形作って飛んでいき、イェーガーズを蹴散らす。

 

「滅!」

 

そしてリーシャが飛びかかり、手にした巨大な剣をふるって暗殺部隊を蹴散らしていく。

 

「みんな、おまたせ。援軍を連れてきたわよ」

「だから、ご安心ください」

 

着地したエリィとリーシャが口々に告げる。しかもこれだけでなく、立て続けに何人もの人影が降りてくる。

まず最初に赤紫の髪の女性と緑の髪の抽象的な少年が現れ、そこにジンやケビン、リースといった今回の任務でも行動を共にした面々、更に屈強そうな黒髪の青年と男と見間違えそうな端正な顔立ちの女性が、それぞれオリビエとクローゼを抱えて飛び降りてきた。

 

「リィン、待たせたわね!」

「A級遊撃士と守護騎士の、大サービスにきたよ」

「エステル君もロイド君もリィン君も、無事みたいだね」

「教官に殿下、来てくれたんですね!」

「クローディア陛下にワジまで!」

 

現れたのはリィン達の学生時代の担任でA級遊撃士のサラ・バレスタイン、特務支援課メンバー兼守護騎士九位のワジ・ヘミスフィアだ。

 

「殿下に陛下? てことは、あれはよその国の王族だってのか?」

「気品のようなものを感じるので、まず間違いないでしょうね。しかしあの殿下と呼ばれた青年、妙におちゃらけた雰囲気を一緒に感じるんですが?」

「それよりも私は、神父さんやシスターさんが武器持ってることが不思議なんだけど」

 

キョトンとするウェイブにオリビエを見て顔をしかめるラン、戸惑うボルスとイェーガーズの面々もその濃いメンバーに驚いてしまう。

そんな中、オリビエたちが自ら自己紹介を始めた。

 

「どうも、はじめまして。僕はエレボニア帝国の第一王子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ」

「リベール王国女王、クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。以後お見知りおきを」

「このバカ皇子のお守り兼護衛、ミュラー・ヴァンダールだ」

「リベール王室親衛隊隊長を務める、ユリア・シュバルツだ。以後見知りおきを」

 

オリビエとクローゼの王族2人がが自己紹介を行い、護衛の二人も続いて自己紹介を開始する。

更にこれだけにとどまらず、新たに三つの影がケビンのメルカバ以外の3隻から降りてきた。

 

「「父さん!」」

「アリオスさん!」

「「子爵閣下!!」」

 

現れた茶髪に髭の、エステルと同じく棒術使いの男。青い髪に茶色いコートの刀を携えた剣士。青い短髪に大剣を携えたナイスミドル。

それぞれがエステルの父で元S級遊撃士のリベール王国軍少将カシウス・ブライト。元A級遊撃士でクロスベル警察特別機動隊隊長アリオス・マクレイン。そしてエレボニア帝国武の双門の片割れ、アルゼイド子爵家当主ヴィクター・S・アルゼイドだ。

それぞれが「剣聖」「風の剣聖」「光の剣将」の異名をとる、ゼムリア大陸有数の実力者たちだ。

 

「エステル、どうやら無事みたいだな」

「今日までの調査任務、御苦労だった」

「ひとまず、ここは我らに任せておけ」

 

カシウスたちを品定めするように見るブドー。そこにエスデスも加わり、ある答えを出した。

 

「今降りて来た三人、この中でも群を抜いて強いな」

「ああ。明らかに将軍クラスを超越している」

 

ブドーもエスデスも相対しただけで、カシウス達の実力を感じ取っていたようだ。その一方で、カシウス達もブドーの戦闘力について思うところあり本人にそのことを告げる。

 

「そう言う貴殿こそ、かなりの実力と見受けた」

「恐らく、帝具の補正もあって我等でも一対一では勝てないだろう」

「そして、そこで膝をついている貴殿も万全なら同レベルの実力だろうな」

 

カシウスたちがそこまで言うあたり、この二人はやはりそれだけの怪物なのだろう。

 

「それでは、今度は私たちがトリを飾らせてもらいましょうか」

 

そして最後に少女の声が聞こえたかと思いきや、空から3つの鉄塊が落ちてくる。いや、それは鉄塊ではなく機械だった。2アージュはある全長の人形兵器に似たそれは、無骨な二足歩行方が二機とスマートだが重武装した飛行型一機で構成されている。

そしてそのコクピットには、三人の少女が操縦しており、肩にまた人が乗っていた。二足歩行型にはゴーグル付きの皮帽子をかぶった金髪少女と白いドレスを着たすみれ色の髪の少女がコクピットに、肩には見覚えのある茶髪と黒髪の少年少女が捕まっていた。

 

「ティータにレン、来てくれたのね!」

「それに、タツミとサヨまで!」

「「エステル(お姉ちゃん)、助けに来たよ(わよ)!」

「リィンさん達、お久しぶりです!」

「無事に準遊撃士になった矢先、皆さんのお仲間が帝国に行くと聞いたんで助けにきました!」

 

リベールの技術都市ツァイスから来た少女ティータ、元執行者でエステルの家族となった少女レン、更に準遊撃士になったというタツミ達までいる。この事実には、リィンもエステルも驚くしかなかった。

 

「兄様、とりあえず無事みたいで安心しました」

「まだカレイジャスにVII組の皆さんが残っているので、安心してください」

「ロイドさん、またやらかしたらしいですね。しかも敵の主力を相手に」

「エリゼにアルフィン殿下まで……もうこれはなんて言ったらいいか……」

「ティオ、これはあの人が一方的に俺を好きになったんだし、俺はエリィ以外は選ばない。だから、その目をやめてくれないか?」

 

最後に、飛行型には特務支援課メンバーの水色の髪の少女ティオ・プラトー。その肩につかまるのはリィンの義理の妹で男爵家の正式な跡取りエリゼと、オリビエの腹違いの妹で皇后の実子アルフィンだ。

 

今、ゼムリア大陸を救った若き英雄達が、千年帝国に舞い降りたのだった。




軌跡名物、美味しいところをかっさらう乱入者&チート親父。ようやく書けたぜ!
予定としては次回で前半のラスト、その次にタツミの番外編を終わらせるので楽しんでいただけたら幸いです。


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第23話 動き出すは、和平への兆しと巨大な悪意

仕事やら何やらで書けずにいましたが、ようやく第一部の最終回です。この次に、幕間やら番外編最終回やらを挟んだら、第二部に入ります。キョロク編から決戦を後部にするつもりでしたが、更新止まってる間に二部と最終章に分割しようと変更しました。
まず先に言っておきますが、今回も賛否分かれるかもな展開があるので要注意です。

追伸.ファルコムユーザーなら知ってるかもですが、閃の軌跡ミュージカル化。しかもトワ会長は野中さん自ら演じるらしいです。カップリングはリィアリ派ですが、キャラ個人はトワ会長が一番好きなので、いろんな意味で気になります。しかしシフト勤務で今四国にいるので、行けるかどうか……


紙一重でエスデスを下すことに成功したリィン一向の前にブドー大将軍とイェーガーズ、そして暗殺部隊が立ち塞がる。しかしその直後、アルセイユをはじめとした飛行艇が出現、オリビエ達が援軍を連れて駆けつけてくれた。

現在、イェーガーズも暗殺部隊も持ち直して臨戦態勢に入っているが、直後に現れたA級遊撃士や守護騎士、さらにカシウス等”理”に至った使い手の戦闘力を直感で感じ取り、動けずにいた。

 

「さて、まずは貴公達の目的などについて話してもらおう。ことと次第によっては、王族とはいえこの場で始末せねばならんからな」

「その点はご安心を。私達はあくまで、交渉のために来ましたから」

「先ほど我々の連れがそちらの軍の者を攻撃してしまったが、正当防衛ということで大目にみてはもらえないかな?」

 

そんな中、ブドーが王族相手でも凄まじい威圧感を放ちながら会話を切り出すが、クローゼもオリビエもそれに物怖じしないで返すだけの胆力はあった。

二人ともかつて、リベール王国で暗躍していた結社の陰謀に自ら立ち向かうなど、それなりに死地を潜り抜けてきたのだから、当然だろう。

 

「まあ、状況的にも仕方ないものか。一国の皇子と女王自らこの場に臨んだということで大目に見ておこう。そして、交渉の話もまず言うだけ言ってみろ」

 

ブドーもそんな二人の様子に興味を持ったのか、話だけはまず聞いてみることに決めたのだった。たが、すぐに念を押すようにこう伝えてくる。

 

「ただし、それを承諾するかどうかは別だがな」

「まあ、それもそうですね。しかし、政治的な話をしようと思っているので、皇帝陛下及びに陛下に政治の実権を任せられたオネスト大臣に会わせていただきたいのですが」

「国にとっても、あなた方個人にとっても、利益になり得る話だ。聞くだけ損はないと思うのだが……」

 

しかしそれでも、クローゼ達は皇帝及びオネスト大臣に話すことを前提に話を進めようとする。ブドーがそれを鬱陶しそうな表情で見ていたが……

 

 

 

「どれ、中々に面白そうな話ですな」

 

直後に、ブドーの言葉を遮る男の声が聞こえたかと思いきや、太鼓腹に白髪とヒゲの大男がノスノスとこちらに歩いてくる姿が見えた。問題のオネスト大臣が、タルタルソースが大量にかかった魚のフライを頬張りながらこちらにやって来たのだ。

 

「オネスト……まさか貴様が城門前とはいえ、宮殿から出てくるとはな」

「ええ、自分でも驚いています。しかし、外の様子が面白そうだったのでつい来てしまいました。エスデス将軍が負傷しているようですが、貴方とイェーガーズ、そして暗殺部隊がいますから安全でもありますしね」

 

ブドーに返事を返しながらオネストはフライを食べつくし、指に付いた油とタルタルソースを舐める。自国の皇帝が発言中でも食事を取る不敬の男だ。今更、他国の王族を前にしてもやることは変わらないらしい。しかしそんな中でも、今自分が危険かどうかを判断できるだけの洞察力はあるようだ。地位的にも優位に立っているオネストだが、油断している様子がないのは武術経験者なので不測の事態も想定しやすいのだろう。

しかし、そんな様子にクローゼもオリビエも嫌な顔一つせず、まずは自己紹介に入る。

 

「貴方がオネスト大臣ですね。私はリベール王国の女王クローディア・フォン・アウステーゼ、以後お見知りおき」

「エレボニア帝国が第一皇子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。できれば、そちらと仲良くしたいものだね」

「ここ以外に帝国を名乗る国があるとはね……しかし片方は女王ですが、もう片方は皇子とな?」

「もともと、私は庶子の出で皇位継承権に縁遠くてね。今は自分で放棄して、父である現皇帝や正妻の実子で皇太子の弟をサポートさせてもらっている。肝心の弟はまだ学生なので、代理としてこさせてもらった次第だ」

「あらあら、それは謙虚ですね。そしてわざわざ、ご苦労様です」

 

しかしそのまま談笑に入るオネストとオリビエ。オネストに関してはご機嫌取りも兼ねているのだろうが。

 

「大臣様も大将軍も、こんな奴らの話なんて聞くだけ無駄です! あんな巨大な物を見せつけてくるなんて、どうせそいつらも異民族共同様、帝国を侵略する悪に決まっています!! 」

 

その一方で、立ち上がったセリューが声を荒げながらそう進言する。偏った、決めつけたものの見方しかできない愚物のソレを見せつけていることに本人は気付かず、ブドーもオネストも無視している。

そして談笑を打ち切って少し考え、オネストは答えを出した。

 

「……まあ、ここまで派手なことをされたからかして、私も興が乗っています。その話に乗るかは別ですが、話をだけなら聞くだけなら大丈夫でしょう」

「その判断、感謝いたします」

「ただし、私がそのことを陛下に話すかも別ですので、あしからず」

 

オネストの返答に対して礼を言うクローゼだが、当のオネストは本気で話を聞くだけというオーラを醸し出していて、交渉に乗る気は微塵みもなさそうだ。しかしだからと言って諦めるという選択は、クローゼもオリビエもとらない。

そして、そんな中でクローゼはついに目的について語り始めた。

 

「率直に言います。この帝国と、私たちの住むゼムリア大陸の国家連合で同盟を結びたいのです」

 

そのクローゼの言葉にオネストはおろか、ブドーやイェーガーズの面々まで目を丸くする。唐突に現れて、正当防衛とはいえ攻撃してきた方が言い出したのだ。当然だろう。しかしそれに構わず、オリビエも交えて話を続けた。

 

「まず、我々の国とこの国、技術や生活の水準を見ると圧倒的な差があると見た」

「まあ、あなた達はあんな巨大な空飛ぶ船に乗ってここまで来たみたいですからね」

「しかし、帝具というロストテクノロジーがあることもあってか、武器に関する技術はそれなりに高い。超級危険種なる凶悪な生命体への対処、その素材や超高度のレアメタルの加工技術、我々としてもほしいところだね」

「そこで、お互いに技術提供をできないかと思いついた次第です」

 

確かに帝国は移動手段に馬車や乗馬、調教した飛行危険種といったものを用い、遠方への通信手段も伝書鳩の類を用いている。にも拘らず戦闘面では、Dr.スタイリッシュの作品を筆頭に武器として機関銃やミサイルなどの機械兵器が用いられている。明らかに技術に偏りが生じていた。報告でこれらを知ったクローゼやオリビエは、ここに同盟に付け入る隙があるとにらんだのだった。

 

「私たちがこの国に干渉したそもそもの理由、一年前に帝具使いによるものと思われる犯罪が起こり、その犯人の手がかりを追ったことがきっかけですね」

「だからその犯人を調べるためにも、この国とは友好的にしたいわけなんだ。それに、まだ幼い皇帝陛下に味方は多い方がいいとも思った次第さ」

「ほう、それはそれは……でもご存知かもしれませんが、今この国は反乱軍、向こうは生意気にも革命軍を名乗っている反帝国勢力と戦争中です。まずはそれを終わらせなければいけませんねぇ」

 

オネストも最初は感心するそぶりを見せるも、すぐに革命軍との戦争状態であることを引き合いにして拒む様子である。

 

「ええ。ですから、まずはそれを終わらせようと思いますね」

「勿論、やり方は我々のやり方で行かせてもらうがね」

 

しかし間髪入れずに二人はそう返す。そしてそのまま続けた。

 

「いろいろと不安要素はありますが、政治や思想、宗教など多方面のスペシャリストも用意できています。三か月以内に解決させてもらいます」

「ほぅ、えらい自信ですね。しかし、彼らはよっぽど私や陛下のやり方が気に入らないのか、激しい憎悪を抱いています。それが平和的なやり方を受け入れてくれるでしょうかね?」

「まあ、我々も理想こそ語るが、綺麗ごとだけで世の中やってはいけない、清濁併せ呑む必要もある。王族皇族に生まれた身としては、それはわかっている。でも、仮に戦うことになっても勝つための用意はできているがね」

 

オリビエがそう言うと、ある人物が前に出てくる。

 

「今の内に言っておくが、俺たちは帝具に匹敵する、もしくは凌駕する力を有している。今から、それを見せておこうか」

 

そう言い、前に出てきたのは何とリィンだった。そして彼に続いて、エステルとロイドも出てくる。そしてその力を呼び出す準備に入る。

 

「「「来い……」」」

 

目を瞑り、利き手で握りこぶしを作って胸の前にやるリィン達。そして、目を開くと同時に拳を開いて天に掲げ、叫んだ。

 

「灰の騎神、ヴァリマール!」

「琥珀の騎神、ドルギウス!」

(みどり)の騎神、ウィルザード!」

 

順にリィン、エステル、ロイドが叫んだその名、それに反応したのは、各飛行艇のドック内にあるものだった。

 

『『『応』』』

 

そしてそれらはまばゆい光に包まれて姿を消したかと思うと、リィン達の背後に姿を現した。

 

「な、何だこれは……!?」

「巨大な騎士? あのドラギオンとかいう兵器みたいなものか?」

 

エスデスの言う通り、それは騎士を模した全長八、九アージュ程の人形だった。これこそがエレボニア帝国の内戦で用いられた人型兵器、機甲兵の原型となった存在『騎神』だ。

 

エレボニア帝国には古来より、大きな動乱が起こると巨大な騎士が現れて戦いを平定するという言い伝えがあり、騎神こそがその正体である。かつて帝国で権力争いが元で勃発した獅子戦役でも戦いの裏で用いられ、リィンが搭乗するヴァリマールもドライケルス大帝が乗機としていた。タツミがヴィータに連れらてたあの遺跡にも、クロウが生前に愛機とした騎神が安置されている。このような遺跡がエレボニア帝国の各地にあり、そこで試練を乗り越えた者に、騎神の操縦者である起動者(ライザー)の資格が与えられ、エステルとロイドもクロスベル解放の最中で資格を得ていた。ただし、二人は職業柄そうそう使わないため、普段はそれぞれリベール王室とクロスベル警察の本部で管理、結社や大規模なテロ組織などと交戦する時のみに呼び出している。

一見すると人形兵器のような古代ゼムリア文明の物と思われがちだが、それ以降にエイドス信仰が興るまで続いたという暗黒時代に造られたという。地精(グノーム)という一族がマナからゼムリアストーンを生成する施設"精霊窟"を建て、そこで確保した大量のゼムリアストーンで鍛えた装甲、フレームを有している。その頑強なボディ以外に、起動者の動きを完全トレース、機体そのものが傷を負っても自然治癒、起動者と試練に参加した者に準契約者の資格を与えてその力を借りてアーツを放つ、起動者の本人の治癒(致命傷でも一ヶ月ほどで完治する)、と近代兵器のそれを上回る性能を有している。

ヴィータ曰く、この強大な力を有する騎神を見守り導く事こそが、かつて地精と協力関係にあった魔女の眷属(ヘクセンブリード)の使命とされているらしい。

 

「これが俺たちの切り札、騎神だ」

「言ってみれば、人が中に乗って動かす、巨大な兵器人形ってところね」

「そしてゼムリア大陸には、これをもとに量産可能な兵器人形を大量に有しているし、他にも帝具のように使用者を選ばない兵器も多い。下手に戦いを挑んでも返り討ちにあうと思ってくれて構わない」

 

そう言うと、リィンたちの体がまばゆい光に包まれ、騎神の中に吸い込まれた。リィンは中央に立つ灰色の騎神ヴァリマール、エステルはその右隣の琥珀色の騎神ドルギウス、ロイドは左隣の翠色の騎神ウィルザードだ。

 

『これなら、革命軍や超級危険種が相手でも十分対抗可能だろう。平和的解決が難しいと判断したら、これで武力行使に出るつもりだ』

『まあでも、私たちは絶対に平和的解決で乗り越えるから、その様子を指をくわえてみていなさい』

『エスデスさん。俺はあなたのやり方を認めないから、俺のやり方でそれを否定させてもらいます』

 

それぞれの騎神からリィン達の声が聞こえ、それと同時に背部からジェット噴射で空に飛びあがっていく。

 

「まあそういうわけだから、僕たちに革命……反乱軍の方がいいか。まあともかく、彼ら敵対勢力への対処は任せてくれたまえ」

「それでは、次は前もって準備してからの会談をしたいので、さっそく事に入らせてもらいます」

「それと、勝手ながらリィンさんも連れ帰らせていただきますわ。私たちの国でも、重要人物なので」

 

その直後、クローゼ達がアルフィンも交えて会話を締める。そしてティータ達の乗る機械兵器”オーバルギア・シリーズ”もジェット噴射でそれについて飛んでいく。

 

「……そこの面子、全員が戦士として上玉な素材のようだな」

「いずれ、世に名を轟かせる使い手になれるだろうことを願っておこう」

「勝手にそなたらの国に入り込み、失礼した。今の評価は、その手間賃代わりと思ってもらいたい」

 

最後にカシウス等がイェーガーズや暗殺部隊の面々の実力の評価を伝えたかと思うと、飛行艇から垂らされたワイヤーに残りのメンバー共々捕まって、そのまま飛び去って行った。

 

「な、何だったんだ今の?」

「外部勢力からこの帝国への干渉……しかもここまで大胆に宣言するとは」

 

ウェイブやボルスがキョトンとする中、ランは冷静に状況を分析する。やはり文官志望だけあって、頭の回転はこの中で一番早いようだ。

 

「忌々しい……悪の分際で反乱軍を平和的に抑えるだと? 奴らは帝国の正義にあだ名す悪なんだ、殺し尽くさないといけないのに」

「でも、なんか私たちのこと純粋に評価してくれてたみたいだね」

「クロメちゃん、真に受けたらだめです。ああやって、油断させて次会ったときに不意打ちでもするんじゃ……」

 

その一方で、セリューは彼らの介入を快くは受け入れていない様子だ。それどころか一方的に憎悪すらしている。しかしクロメはいくらか心を許していたようだ。

 

「まあでも、任務なら玉砕覚悟でも斬りに行くけどね」

 

しかし、私情は挟まないという暗殺者の冷酷な思想は覆らないらしい。

 

「……まあいずれにせよ、国というものがある以上は戦はいくらでも起きる。反乱軍の兼が本当に平和的解決になろうと、新しい戦が起きれば私はいいがな」

「エスデス将軍、そんなことを堂々と他者の前で公言するな。私はどう転ぼうと、帝国の安寧に繋がれば構わん。それに、我が身はこの国を守るためだけにあるのだから、することは変わらんしな」

「さて。それじゃあ、私たちは宮殿に戻りますかね」

 

エスデスとブドーの意見が出た直後、オネストが一同を先導する形で宮殿に戻っていく。そんな中、あることを考えていた。

 

(まあ、私も彼らの話を受け入れる気は元々ないですからね。陛下に嘘八百を語って、至高の帝具を使わせてもらいましょう。そしてあわよくば、例のゼムリア大陸とやらも隷属させてもらいましょうかね)

 

初めからオネストは一同の提案を聞かないどころか、噂の至高の帝具を使って殲滅する気のようだ。どこまでも貪欲で、暴虐的な思想。まさにこの世の悪を体現すべく生まれたような男であった。

しかしオネストが私室に戻った直後、何人かの人物がそこを訪れた。オネストの側近サイキュウと、数人の衛兵と侍従である。

 

「オネスト閣下、緊急事態です!」

「皇帝陛下が失踪しました!」

「へ?」

 

あまりに唐突な報告に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。しかしその報告を脳内で反芻し、理解することで彼に動揺が走った。

 

「ど、どどど、どういうことですかそれは!?」

「先ほど、陛下の私室に変えのシーツを届けた際にノックをしても返事が来なくて、それで開けてみたらこのような物を残して……」

「それで、オネスト様が先ほど出ておられたため、私に真っ先に報告したという次第で…」

「それに関してはいいです。それで、その置手紙というのは?」

 

そして見せられた手紙には、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

『しばらく信頼のおける人物とともに、見聞を広めに出ていく。その間、政治の全権は任せるが、戻ってきたらすぐに返すように』

 

その後、この場にいる全員で皇帝不在は隠ぺいすることとなった。ただでさえ外部勢力の大胆な干渉宣言があったのだから、余計な混乱を招くので当然だろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

帝都から離れた上空、カレイジャス。リィンとエステルはそこの格納庫にそれぞれの騎神を収納する。エステルはアルセイユに戻るつもりだったが、リィンの他の仲間たちが気になってついてきたのだった。ヨシュアもそれが目に入ったので、アルセイユからカレイジャスの垂らしたワイヤーに飛び移って、こちらに合流したのだった。

 

「リィン君!」

 

カレイジャスに帰還したリィンは、ヴァリマールから降りると同時にある人物に抱き着かれる。その人物は少女と見間違えるほど小柄だが、リィンよりも年上の女性だった。

彼女の名はトワ・ハーシェル。リィン達の士勧学院在学時の生徒会長で、エレボニア帝国の内乱を共に戦った人物だった。

 

「トワ会長……って、もう生徒じゃないから会長じゃないですよね」

「ううん、いいの。リィン君が呼びやすいように呼んで、じゃなくって!?」

 

リィンとのやり取りの中、彼女は涙目で彼に思いを伝える。

 

「リィン君が暴走して、そのまま捕まっちゃったって聞いて……今日、ようやくこの国に来れたらそんな知らせが来て……本当に心配したんだから」

「会長……心配かけてすみません」

「リィン、心配していたのはアリサや生徒会長だけじゃないぞ」

 

リィンがトワに謝罪した直後、今度は男性の声で語りかけてくる人物が。そして声のした方を振り向くと、二枚目だがぶっちょ面が目立つ金髪の青年がいた。リィンの学友で四大名門の一つアルバレア公爵家の次男ユーシスだ。そしてそれ以外に、青い髪をポニーテールにまとめた女性、アルゼイド子爵の娘ラウラ。童顔にオレンジの髪の少年、第四機甲師団を率いるクレイグ中将の息子エリオット。眼鏡に黒髪の青年、帝都知事カール・レーグニッツの息子マキアス。皆、リィンと同じく特科クラス《VII組》の仲間だ。

 

「殿下から聞いてたが、みんな来てくれたんだな」

「当たり前だろ。旧VII組メンバー全員の任務で、しかもクラスの重心だったお前に危機が迫っていたんだからな。幸い、領地経営も軌道に乗ってきたから、この任務に参加する余裕もあった」

「私もそなたの危機に駆けつけるのは当然だと思った。それに、この国の現状はタツミ達から聞いてなんとかせねばと思ったしな」

「僕もエリオットも同じくだ。実質、君のおかげでクラスが回ったものだからな」

「いくらでも力になるから、頼ってよね」

 

口々にその思いを告げるVII組メンバー。そんな中、アリサがリィンに言葉をかける。

 

「リィン、ほら。みんなだってあなたと一緒に戦う意思はあるのよ。だから、さっき脱出する直前みたいな弱音なんて、二度と吐いちゃだめだから」

「みんな……」

 

アリサの、VII組メンバー全員の、ともに背負いたいという思いのこもった言葉。それは、よりリィンの心に染み入り、彼の糧となっていく。二度と折れない、鋼の心を作るための糧に。

 

「みんな……せっかく剣聖になったのに頼りない言葉を伝えることになるけど、みんなの力を俺に貸してくれ。代わりに俺も、みんなに力を貸す」

「何を当たり前のことを……」

「そうだぞ。我々VII組も、そうやって様々な出来事を乗り越えてきたのだからな」

「ああ。俺もカッコ悪いと思いつつ、それが一番正しいって理解できたところさ」

 

ユーシスとラウラが代表して意思を伝えると、リィンも返事を返しながらアリサの肩を抱いて引き寄せる。

 

「大事な大事な、俺の恋人のおかげでな」

「リィン、ちょ……恥ずかしいってば」

 

そのリィンの行動と言葉に、アリサも顔を赤くする。まあ、まんざらでもなさそうな様子だったが。

 

「あはは、お熱いね」

「全く……付き合いだしてから、遠慮しなくなったな」

「まあでも、余裕があるのはいいことだけどね」

 

エリオットとマキアスに続いてフィーの声が聞こえたと思うと、ガイウス等が合流してくるところだった。よく見ると、タツミとサヨの姿もある。二人とも一目で最初に会ったときより強いのが見て取れ、サヨもすっかり健康体になっているのが明白だった。二人にとって、ゼムリア大陸に行った経験は糧となったようだ。

 

「リィンさん、まだ準遊撃士ですけど強くなって戻ってきましたよ」

「まだ未熟ですが、皆さんの手伝いになるだけの力も知恵もつけたつもりです。今度は私たちが皆さんを助ける番ですよ」

「二人とも、立派になったな……頼りにさせてもらうよ」

 

リィンも助けた彼らの成長に嬉しくなり、そのままタツミとハイタッチを交わす。

 

「へぇ。リィン君、いい仲間じゃないの」

「ああ。共に学び戦った、自慢の仲間たちだ」

「タツミ達も彼らと研鑽したらしいし、みんな頼れそうだね」

 

エステル達のお墨付きも入り、VII組もタツミ達も絶好調なようだ。そして、皆で格納庫から離れようとした直後……

 

 

 

 

 

 

 

「リィン君、無事だったみたいね。マクバーンはやってくれたみたいだわ」

 

直後、聞き覚えのある妖美な声が響くと、魔法陣が格納庫の床に描かれ、そこからある人物が現れた。

 

「皆さん、ごきげんよう」

 

現れたのは、なんとヴィータとカンパネルラ、そしてその二人につれられる一人の少年だった。

 

「な……クロチルダさん?」

「カンパネルラ……君までどういうつもりでここに?」

 

突如として現れた結社の使徒と執行者、その姿にエステルとヨシュアが警戒を強める。主に、カンパネルラに対してだ。

 

「あらあら。ずいぶん嫌われているわね、カンパネルラ」

「ひどいなぁ、もう。他の執行者もそうだけど、みんな僕のこと嫌いなのかい?」

 

それを可笑しそうな様子で尋ねるヴィータと、おどけた様子で返すカンパネルラ。相変わらず、結社の人間は考えの読めない様子だ。

 

「マクバーンから聞いているとは思うけど、今回は敵対目的じゃないから安心して」

「確か、結社の計画に帝具が邪魔になるから壊す、だっけ?」

「そうそれだよ、エステル。で、後ろに控えてる子の少年は、それを楽にするためのカギになるかもなんだね」

 

そういうカンパネルラが、後ろに控えていた少年を前に出す。少年は緑の髪で、まだ10歳かそれより下の年齢と思われる幼い外見だった。しかし身に着けているものは高そうな服と帽子、地面に引きずるほど長いマント、そして金色の錫杖だった。明らかに高貴な家の出身である。

 

「そなたらか。ヴィータ殿が言っていた、ゼムリア大陸とやらを救いし英雄達は」

「えっと、この子は一体?」

「明らかに格好と言葉遣いが、一般人のそれじゃないんですけど?」

 

まず、エステル達が少年の素性を怪しんで質問すると、驚くべき答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余はこの帝国を治めし、皇帝だ。ヴィータ殿の紹介でそなた等のことを聞いたが、見聞を広めるために供に行動させてもらいたい」

 

直後、カレイジャスに悲鳴の大合唱が響いた。

 

 

 

一行が落ち着きを取り戻した後、ブリッジに集まって事情を説明する。当然、アルセイユとメルカバ二隻にも連絡を入れ、スクリーン越しに話を伝える。皇帝も、艦内ので高い技術力を知り驚愕するが、落ち着いてからゆっくりと事情を説明した。

 

「そんなわけで、ブドーは武官が政治にかかわること自体プライドが許さないから、外敵からしか守ってくれない。だから政治面では自分しか頼れないが、余は大臣に政治面を任せきりで、世情にも疎い。そんな中、ヴィータ殿たちがそなた達のことを教えてくれた」

「なるほど……ならば、これは好都合かもしれないな」

『ですね。皇帝陛下自ら、この話に乗ってくれるのは、私達にとっても好都合ですから』

 

そして、クローゼとオリビエが皇帝に事情を説明する。

 

「なるほど。何者かはわからないが帝具使いが……帝具を作った始皇帝に代わり、謝罪しよう」

「いやいや。悪いのはその帝具を使っている連中ですよ、陛下」

『それより、同盟の兼ですがどういたしますか?』

 

皇帝が素直に、帝具による犯罪を謝罪した。やはり、この少年は純粋な年相応の人物なのだろう。それに高潔さや気品、カリスマ性を併せ持った立派な人物だ。それを悪用しようとするオネストに、リィン達は心の奥から怒りが沸き上がる。

 

「すまぬが、まだ技術や世情に疎いから受け入れていいのかわからぬ。だから、今後でいろいろ学んでからでも構わないか?」

「まあ、それよりも前に反乱軍を止める必要があるから時間はあるさ」

『三か月と大臣に話しましたし、時間もあります』

 

そしてクローゼ達から、話を聞いた皇帝はふと何かを思い、問い尋ねる。

 

「余が直々に休戦を申し出れば、彼らも答えるのではないか? 一応、余が皇帝なのだし」

「原因があの大臣だからと言って、彼らの怒りや恨みはそう簡単には消えないでしょうね」

『利用されているとはいえ、あなたにも責任があるのはあります。だから、あなたにもいくらか恨みの念が飛んでいても不思議じゃありません』

「そうか……だが、時間があるならその間に現状や様々なものを見ておこう。それが今後に繋がるんだからな」

 

しかしすぐに事情を理解し、今度はリィン達に向き直る。

 

「そういうわけだから、そなた等にも力を貸してもらいたい。おこがましいだろうが、頼めるだろうか?」

「俺たちも異存はないです、陛下。平和な世に不都合はないですから」

「ありがとう。では、よろしく頼む。オリビエ殿も、よろしく頼む」

「ええ、よろしくお願いします」

 

そして、皇帝とリィン、そしてオリビエは固い握手を交わした。これは歴史にかかわる、大きな一歩だろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おいおい。どうやら、ゼムリア大陸の連中が本格的にここに絡むらしいな」

 

帝都を離れて飛び去る飛行艇を目の当たりにしながら、うんざりした様子の一人の人物がいた。青年と呼べる年齢の男で、白髪と褐色肌、顔についた×字型の傷跡という目立つ容姿に、獣のような鋭さの中に下卑た何かを思わせる不快な物を感じる目つき。明らかに民間人のそれではない。

 

「だが、世界を玩具としか見ていないお前にはそんなの関係ないんじゃないか?」

「ああ、違いねぇ」

 

そんな青年に声をかける別の男。木陰に隠れて顔はわからないが、青年の仲間と思しき様子で声をかける。

 

「さて。シュラ、まずはお前の言うおもちゃとやらのある場所まで、行くんだったな」

「ああ。本当はそのあとでも遊んでいたいが、あんたの持ち込んだあの話を親父に早いとこ教えてやんねぇとな」

 

シュラ、リィンが牢に捕らえられている間にオネストの口から飛び出した息子の名前。この白髪の青年こそが、そのオネストの息子シュラだった。

そしてそのシュラの名を呼んだ男が木陰から出てきて、その容姿が明らかになった。

青みがかった黒髪をオールバックにまとめた、眼鏡の男だ。しかし、その眼にはシュラ以上に邪悪な何かを感じさせる、不気味なものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼りにしてるぜ、ワイスマン」

 

その男こそ、リベールの異変や百日戦役の元凶、死んだはずの見喰らう蛇が先代第三使徒”白面”ゲオルグ・ワイスマンその人だった。




エステルとロイドにもオリジナルの騎神を用意しましたが、否定派もいるだろうと承知でやりました。終盤の展開で、二人だけ別行動OR空気化の展開になりそうなので、タツミを含めた四人の主人公で最終決戦に臨む展開にするため、已むを得ませんでした。
そしてまさかの、ワイスマン復活! 大臣とため晴れそうな腐れ外道なので、どうしても使いたかったです。

そして余談ですが、二部からED曲のイメージがハルモニア(空の軌跡 THE ANIMATION ED曲)になります。


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幕間
幕間・前編


幕間は影が薄くなりつつあるナイトレイド側の描写にしました。
原作ではタツミがエスデスに連れ去られたので、脱走したタツミを追ってスタイリッシュが強襲しました。しかし、タツミがナイトレイドにいないのでスタイリッシュは動かない。なら誰が強襲するのか?
それは見てのお楽しみ。


「巨大な空飛ぶ船が四隻も……」

「おそらく、例のゼムリア大陸が干渉を開始したんだろうな」

 

ナイトレイドの面々は、アジトにて会議中だった。当然、内容は西ゼムリア同盟の本格接触についてだ。ただでさえ帝都市民たちの目につくように飛んできたうえ、当然ながら帝都にも情報収集のために革命軍の関係者が送り込まれているため、ナイトレイドの耳に入るのも時間の問題だった。

 

「しかし、よりによってボスが本部に戻ってる間にこの話が来ちまうとはな」

「俺たちも下手をしたら敵対することになるかもですね、姐さん」

 

レオーネの言うように、ナジェンダは今アジトを留守にしている。有力株だったタツミがナイトレイドに入らず、シェーレも先日の戦闘で死去。結果、革命軍の本部に現状を報告するついでに、闘いの激化に備えてナイトレイドのにも新戦力を投入する必要があったわけだ。

 

「まったく……あたしらの問題によそ者が首突っ込むのはいい気分じゃないね」

「そうよね。いきなりしゃしゃり出てきて、『はい助けてあげます』ってのは、本心だとしてもアタシ達のプライドが許さないし」

「ああ。彼らも彼らでそれなりに経験は積んでいるだろうが、少なくともこの国よりはるかに恵まれている。そんな彼らに、この国をどうこうされるのはあまり気分がよくない」

 

レオーネもマインもアカメも、ゼムリア大陸の干渉そのものにいい印象を持っていなかった。いくら平和的に事を構えようとも、それが帝国に影響を及ぼすのなら、彼らにとっては侵略と変わらないと捉えたのだろう。そしてマインの言うように、下手をすれば帝国を憂いている民たちの誇りを踏みにじるようなものだ。

その辺りはクローゼ達も気づいているだろうが、彼女たちにも事情や決意、誇りがある。なので、譲れなかったはずだ。

 

(もしかしたら、ロイドもその時に助けられたのかもな。俺はこの道を降りるつもりはないが、あいつらのやり方は別で応援してやりたい。俺ができなかったことを、やってくれそうだからな)

 

そんな中、ブラートはロイドの身を案じ、かつ彼らのやり方は個人的に応援したかったという。彼らのまっすぐな眼と芯に、帝国軍時代の自分を重ね合わせていたのだ。

 

(けど、もしかしたら例の遊撃士とかいうのになったタツミも来てるかも……って、なんであいつのことが頭に浮かんでくるのよ!?)

 

その一方で、マインもタツミのことが脳裏に浮かんできて、勝手に憤慨していた。やはり無自覚ながら、あの一件で惹かれているようだ。

 

(今度会ったら、絶対にコテンパンにしてやるんだから、覚悟しときなさい!!)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

~同日、深夜~

帝国領内の上空で、一隻の飛行艇が空を飛んでいる。そしてそれには、自らの尾を嚙む蛇の紋章、”身喰らう蛇”のエンブレムが刻まれている。

 

「へぇ……いきなり襲ってくるとは、ここの危険種って呼ばれる魔獣どもは、俺らの大陸のそれよりもはるかに狂暴らしいな」

「だが、まあ所詮は暴れる、喰らいつくしか能のない獣。美しくないそれが、我らに敵うはずもないだろう」

 

その甲板に、黒いスーツにサングラスの男と、仮面と白マントの胡散臭い男が佇んでいるが、スーツの男は頭部を潰されたエビルバードの死骸を片手で持ち上げている。そして飛行艇の下の地面には、他にも一級以上の飛行型危険種が惨殺されて落ちていた。立った二人で、全滅させたらしい。

 

「ヴァルター、ブルブラン。どうやら揃って快調らしいな」

 

そしてそんな二人に声をかける人物がいる。執行者となった元帝国の暗殺者ナハシュだ。

 

「準備運動もいいが、やりすぎて消耗だけはするなよ」

「この程度で疲れる様じゃ、執行者は名乗れねぇだろが」

「そこはヴァルターに同意しよう。で、噂のナイトレイドとやらのアジトはどの辺りなのかね?」

 

スーツの男ヴァルターと、マントの男ブルブラン。どうやら揃って、ナハシュと同じく執行者らしい。それ故にこれだけの強大な戦闘力を有しているようだ。しかも、今執行者たちはナイトレイドのアジトを目的地にしているらしい。

 

「あいつらは帝都を中心に活動しているが、帝都内にアジトを構えたら見つかった時に逃げ場が無くなる。なら、帝都の外であまり距離がなく、かつ見つかりにくい場所になるはずだ。だから、この辺りをしらみつぶしに探すしかないわけだな」

「おいおい、わかりやすくていいがめんどくせぇな」

「だが、おおよその当たりはつけている。やはり、元本職の暗殺者だけはあるようだね」

 

ナハシュの推測を聞いたヴァルターはうんざりするが、ブルブランはそこにナハシュに対しての評価コメントを残す。しかしその直後、月をバックに龍型の危険種が雄たけびを上げながら、はるか上空から急降下してきた。他の危険種と同様、飛行艇を縄張りを荒らす存在と認識したのか落とそうとする。

 

「ふっ」

 

直後、ナハシュが軽い息遣いと同時に、虚空からケルンバイターを呼び出し、その場で急降下中の危険種に一振り。その時の斬撃は竜巻を起こし……

 

 

「Gugaa、aagi!?」

 

上空の危険種を一瞬にしてバラバラにしてしまう。そしてそのまま肉片と化した危険種は、地面に落ちていった。その様子に、他の執行者二人が拍手をしながら声をかける。

 

「レーヴェの零ストーム。彼からほんの数か月しか指南を受けていないにも関わらず、ここまで物にするとは」

「あの後、教授がリベールで福音計画を起こしたからな。おかげで野郎がくたばって戦い損ねちまったが、お前がその分なら代わりになってくれるだろうな」

「これに関してはフォーム自体はある程度掴んでいたからな。だが実際にモノにできたのは、第七柱による鍛錬のおかげだ。それに、まだ分け身を筆頭にスピード主体の技は、船内で待機中のあいつには劣る。学ぶべきことは多いな」

「……で、その待機中のあいつがわざわざ報告に来てやりましたわよ」

 

執行者たちの会話に割って入る女の声がしたと思いきや、騎士装束を纏った二人の少女が甲板に上がってきた。一人はアリアンロードと行動を供にしていた、鉄機隊の筆頭隊士デュバリィ。そしてもう一人は、アリアンロードとデュバリィに救われた元大臣チョウリの娘スピアであった。

 

「……ということは、いよいよ見つかったらしいな」

「デュバリィ、お前がわざわざ自分で報告に来るとはな。ギルバートの雑魚にでもやらせればよかったものを」

「この面子で飛行艇を操縦できるのが、彼しかいませんのよ。なので私が不本意ですが、マジに不本意ですが自ら来てやったわけです」

「筆頭、抑えて抑えて。しかし、まだ鍛錬から一か月もしていない私が、もう実戦投入で大丈夫なんですか?」

 

スピアがデュバリィをなだめつつ、自信の力について不安の色を見せる。

 

「何を言う? 少なくとも、皇拳寺の槍術で皆伝を取得している時点で、ある程度の実力は完成している。しかも、七柱仕込みの武術もすぐに順応したのだから、既に下位クラスの執行者の実力には達しているだろう」

「帝具とやらには、千差万別の力があるのだろう。なら、相性を選べば戦闘そのものの素人でもない限り、負けはしないさ」

「つーか、強ぇ癖に自分を卑下するのは同じ戦いを生業にする奴に対して、最大の侮辱だ。戦闘力よりまずはそこを鍛えなおした方がいいだろ」

「ええ。確かに、スピアさんは一度戦場で死にかけた身なのでそう思うのは仕方ないかと思います。ですが少なくとも、マスターが見込みありと判断したのですから、もっと自信を持つべきですわ」

 

しかし、そこで執行者たちやデュバリィからフォローが入る。

 

「……みなさん、ありがとうございます。私も、鉄機隊の新隊士として、隊の名に恥じないで行きます」

 

スピアもその評価に自信を取り戻し、表情に活気が満ちる。そして一同は、眼下にあるナイトレイドのアジトに視線を移す。

 

「まずは小手調べ……ギルバート、魔獣と人形兵器の投入に入れ」

『了解しました……はぁ、僕はいつまで下っ端を続けなきゃいけないんだか』

 

ナハシュは直後、ARCUSの通信機能で飛行艇の操縦席に連絡を入れる。直後、吊るされているコンテナが開き、中から無数の何かがアジトに投下された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ゛あ゛ぁ~、頭いてぇ。やっぱ、やけ酒なんてするもんじゃねぇな」

 

その日の晩、就寝時間にも拘らずレオーネは一人で頭を抱えながらアジト内の水場に向かう。ゼムリア大陸からの大規模な干渉に、革命の障害となりえるものを感じて不快感を感じた。そのため、ついやけ酒に走ってしまったという。そしてレオーネが酔いを醒まそうと水場で水分補給に出てきたのだった。

そして、手で水をすくい始めたその時

 

「ん? なんか、空に……」

 

レオーネは月に照らされた水面に、何かが移っているのが見えた。ちょうど、ナイトレイドのアジトを発見した身喰らう蛇の飛行艇が、何かを投下する場面だった。

 

「!? 敵襲か……」

 

落ちてきた物が何かは知らないが、少なくとも敵対勢力の物だというのは察しがついた。現れたのは、玉乗りをするピエロを模した、からくり人形である。そして、それが2、3体ほど落ちてきたのである。

身喰らう蛇が強襲用にロールアウトした人形兵器”バランシングクラウン”だ。

 

「なんか知らないけど、あたしは今ね、飲みすぎて頭痛いうえに虫の居所が悪いんだ。憂さ晴らしついでに、ぶっ倒してやるよ!!」

 

忌々しそうな表情でバランシングクラウンを睨むレオーネは、帝具を発動する。獣じみた四肢と耳が生え、その状態で一気に殴り掛かる。

しかし……

 

「硬!?」

 

やはり鋼鉄製の兵器。帝具で強化された肉体による拳撃をもってしても、ダメージは通りにくい。しかもバランシングクラウンは両腕に搭載されたエッジで斬りかかる。

回避に入るも、致命傷こそ避けたが腹を斬られて出血してしまう。

 

(まさかこいつ、全身を機械に……いや、様相的に戦闘用のからくり人形ってところか?)

 

想像だにしていなかった敵の出現に、レオーネは苦戦を強いられようとしていた。しかも、バランシングクラウンたちが拘束用のワイヤーを飛ばしてくる。

 

「舐めんじゃねえよ、鉄くずが!!」

 

しかしレオーネは、身体能力と同時に強化された、五感や直感を駆使してワイヤーをつかみ、それでバランシングクラウンを振り回す。そして、纏めて地面に叩きつける。渾身の力で叩きつけられ、バランシングクラウン達は機能を停止した。

 

「ほぅ、人形兵器を身体能力だけの力任せな攻撃で倒すか。帝具ってのは、そんな芸当も出来るんだな」

 

直後、レオーネの耳に聞き覚えのない男の声が聞こえる。しかし振り向いた直後、男の拳がレオーネの顔面に直撃、水場に吹き飛ばされてしまった。

 

「痛ぇな……あんた、何者だ?」

 

水場からはい出したレオーネの前に現れたのは、褐色肌にスーツとサングラスの男、執行者の一人ヴァルターだ。レオーネは武術の経験が皆無であるため、基本的には帝具頼りの戦いとなる。しかし、その分帝具の力を掌握しているため、強化された直感によって幾多の危機を乗り越えてきた。しかし、今のヴァルターの攻撃はそれに反応する前に放たれた。明らかに戦闘能力は格上だった。

 

「身喰らう蛇の執行者No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルター。仕事と、俺の趣味のために帝具使いと戦いに来た」

「身喰らう蛇……確か、アカメの昔の同僚が入ったとかいう、ゼムリア大陸の犯罪組織!」

「ああ、確かナハシュの小僧の知り合いがそんな名前だったな。まあ、結社に関しては概ねそんな感じだな」

 

レオーネの言葉に対しての返事は、あまり興味のなさそうなものだった。

 

「あんた、何が目的だ? アカメの報告を聞いた感じだと、組織ぐるみで帝具ぶっ壊すのが目的らしいけど」

「まあ、計画達成のためにその帝具とやらをぶっ壊すのが、結社の目的だわな。だけど、同時に帝具使いと戦うのが俺個人の目的でもある」

 

レオーネはその返事を聞いて首を傾げるが、すぐにその詳細を語りだす。

 

「『潤いのある日常には刺激が必要』ってのが、俺のモットーでな。手に汗握るスリルとサスペンス、いつ死ぬとも限らないそんな状況に身を置く。そんな状況を欲して俺は結社のスカウトを受けた。帝具使いとの戦いも、そんなスリルを楽しみたいがために参加させてもらったわけだ」

「……イカレてるな」

 

ヴァルターの言葉を聞き、レオーネは口にした。尤もだ。自ら好き好んで死地に赴き、自分が死ぬかもしれない状況を楽しむ。まともな人間の考えではない。

 

「あたしは人殺ししてるからいつか報いを受ける、そんなつもりでいる。けど、それはあくまで死んだ時に仕方ないと思うだけで、自分から退屈しのぎのために命を粗末にするようなことは考えたことないし、今後も考えたくない。そしてそんなあんたに、あたしは負けない」

 

レオーネは宣言し、構えを取る。それに対して、ヴァルターも気をよくして構えを取った。

 

「あたしの帝具は”百獣王化”ライオネル、適合者に獅子の力を宿す帝具だ。痩せ狼だか何だか知らないけど、あんたみたいなイカレ野郎には負けないよ!」

「いいねぇ、ゾクゾクするねぇ。さっきの攻撃に対応できなかったから軽く幻滅してたんだが、その気概はやってくれそうな予感がするが……がっかりさせねぇでくれよ」

 

そして、獅子と狼が激突するのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おいおい、もうアジト内に入られたのか?」

 

その一方、ラバックは自身の張り巡らせた結界にわずかながら反応があったため警戒して、外に向かって突き進む。しかしその途中、窓から何かが飛び込んでくるのを見て警戒する。人だと思ったが、入ってくるなり四つん這いで身構えるその影の正体に、驚愕することとなった。

 

「な!? 武装した危険種?」

 

なんとラバックの前に現れたのは、黒豹を彷彿とさせる生き物だった。しかしその体には装甲を纏い、口に大型のナイフを加えている。ゼムリア大陸でクーガーと称される魔獣で、結社や猟兵が戦闘用に調教したものが向こうでは知れ渡っている。

 

「武器を使ってくるってことは、調教されているんだな」

 

その正体まではわからないが、少なくとも人の手が加わっていることはハッキリとしている。そしてクーガーが飛びかかってくると同時に、ラバックも戦闘経験豊富なので、回避してすれ違い際にクーガーの首と四肢を縛り上げる。

 

「武器使う知能があるなら、何しでかすかわかんねぇ。つーことで、決めさせてもらうぜ」

 

そして指に力を入れ、そのままクーガーの首と四肢を締め上げる。それによって四肢も首も斬り落とされ、クーガーは絶命した。

 

「まあ、いくら防御力を上げようと、鎧の隙間を攻撃されりゃ持たねえだろ」

 

クーガーの死体を見ながら告げるラバックだったが、直後に新しい気配を探知する。だが……

 

「あ、あれ……?」

 

現れたのは、十数匹と群れで行動するクーガーだった。しかも先頭にはそれを率いる四人の男の姿があった。赤を基調とした鎧に、半分ずつが大剣とライフルで武装している。結社保有の強化猟兵部隊だ。

 

「帝具と思しき武器を使用、ナイトレイドと断定。これより殲滅する」

「「「了解(ヤー)!!」」」

 

一人がラバックを見るなり攻撃宣言し、残りメンバーが了解すると同時に一斉にとびかかる。これに対してラバックは……

 

 

 

 

「団体さんは遠慮させてもらいますぅうううううううううう!?」

 

情けない叫び声をあげて全力で逃げ出した。しかし、無理をせずに一体多に挑まない辺り、生き残る秘訣はわかっているようだ。

 

「追撃開始! クーガー部隊、同行せよ!!」

「「「了解(ヤー)!!」」」

 

しかし、猟兵部隊もクーガー達もラバックを追いかけ、銃で武装した猟兵二名が発砲する。しかもジグザグに走っていたラバックに、命中精度の低い機銃で確実に攻撃を当てている。やはり一流の戦闘力を持っているようだ。

 

「うぉおおおおおおおおお!? なんか、想像以上の練度じゃねぇか!!」

 

しかしラバックは二、三発ほど銃弾を食らったはずなのに、出血もせずピンピンしている。じつは、ラバックは胴体にクローステールを巻き付け、鎧の様にして銃弾を防いでいたのだ。クローステールの千変万化の異名、それを体現する用途であった。

しかも、耐え忍んでいたおかげで援軍が駆けつけてくるまで堪え切れた。

 

「私の後ろに!」

 

駆けつけたのは、アカメだった。就寝中だったためか、寝間着と思われるピンクのキャミソール姿だ。しかし、ちゃんと村雨を持っているため抜かりはなかった。

増援であるアカメに警戒し、猟兵部隊は動きを止めてクーガーを嗾けてくる。

 

「葬る」

 

しかし、アカメはいつもの決まり文句を口にしながらクーガーに斬りかかる。しかも、正確に鎧の隙間を斬りつけて、四肢を確実に落としていく。しかも切り口から呪毒が流れ込み、クーガー達もすぐに絶命した。

 

「帝具……噂以上の性能だが、それ以前に使い手の技量が我ら以上だ。撤退するぞ」

 

猟兵たちがアカメに警戒し、すぐに撤退に入る。しかし、そこで見逃すアカメではなかった。

圧倒的なスピードで彼らを追い越し、正面から斬りかかってきたのだ。

 

「ぬぐ!?」

「アジトと顔の割れていない仲間を知られた以上、生きて返すわけにはいかない。ここで全員、葬る」

 

結果、隊のリーダーであった大剣装備の猟兵を残し、他のメンバーは全滅してしまった。リーダーは間一髪で村雨による一撃を防げたのだが、残りはアカメのスピードに対応できず、鎧の隙間に村雨の刃を通されて絶命してしまった。

 

「意地でも逃がさない気か……まあいい。部下もやられた以上、敵は取らせてもらうか」

「生憎だが、私も仲間もここでの野垂れ死ぬわけにいかない。お前も葬らせてもらう」

 

結果、猟兵のリーダーはアカメと向かい合い、一騎打ちに入ることとなった。

そして、互いに得物を構えながらにらみ合う。そして……

 

「「はぁあ!」」

 

互いの武器が打ち合い、鍔迫り合いとなった。しかし刀と大剣では一撃の重みが違い、なおかつそれを軽々と振るう猟兵の方が膂力は上。結果、村雨が弾き飛ばされてしまった。

 

「帝具使いでプロの殺し屋だろうと、剣士が得物を失えば戦えまい。終わりだ!」

 

そしてその隙をついて、猟兵はアカメに大剣を振り下ろした。そのままアカメは体を縦に両断され……

 

 

 

 

「はぁあ!」

「がはっ!?」

 

なかった。それよりも早く、アカメは猟兵の腹に掌底を叩き込んだのだ。膂力はこの猟兵の男に劣るものの、長いこと戦いに身を置いていたアカメは通常の人間を上回る力を持っている。そのため、鎧越しにすさまじい衝撃が男を襲い、大きな隙を作った。そしてその隙をついてアカメは太腿で猟兵の首を挟み込み、一気に捻る。

 

「あぎぃ……!?」

「私は剣士じゃない、暗殺者だ。だから、剣術に限らず殺す技術は持ち合わせている」

 

猟兵が短い断末魔を上げた直後にアカメは告げるも、その言葉は彼の耳に届いてはいない。なぜなら、今の攻撃で首は360度回転し、ねじ切られてそのまま絶命したからだ。

 

「♪~。流石アカメちゃん」

「ラバも増援の撃破、助かった」

 

口笛交じりにアカメを称賛するラバックだったが、その背後には二刀流の短剣で武装した二人の強化猟兵が、全身の関節を可動範囲外に曲げられて絶命している。

 

「こいつら、帝国の新部隊か何かか?」

「おそらく、違う。装備の意匠が帝国じゃ見ないもので、使役してる危険種も見たことない種類だ。仮に帝国だとしても、外部から雇った傭兵の類だろう」

「そいつらは強化猟兵。”身喰らう蛇”の保有戦力の一つだ」

 

アカメの推測に答える形で、男の声が聞こえる。アカメもラバックも声のした方を振り向き、警戒態勢に入る。そして暗闇の中から声の主、執行者No.Ⅱ《剣鬼》ナハシュが姿を現した。

 

「チーフ……ということは、例の結社とやらが来たのか?」

「そう言っただろ、物わかりの悪い雑魚が。しかし強化猟兵も調教魔獣も、纏めてやられたか。帝具とお前たちの戦闘力、どうやら甘く見ていたらしいな」

 

言いながら辺りに散らばる、惨殺された強化猟兵とクーガー部隊の亡骸を見渡すナハシュ。そして、それに合わせて殺気を放つ。

 

「ここの隊長は執行者候補の一人で、結社内でも将来を有望視されていたんだが……やってくれたな」

「生きるか死ぬかの戦いと殺しの世界、私と同じものを見てきたはずのチーフがそんなことを言うとはな」

「ああ、わかっている。しかしコルネリアの時もそうだが、それでも訓練を共にした連中が死ぬのは堪えるものでな」

「……だな。私も先日、シェーレという仲間を失ったが、やはり慣れるものじゃない」

 

やはり元同僚というだけあってか、アカメとナハシュは敵同士ながらも、シンパシーのようなものを感じているようだ。しかしだからと言って、闘いを避けるという選択肢は互いになく、殺気を飛ばしながら警戒しあっていた。

 

「彼は、下手な帝具使いよりはるかに強い。ラバ、全力で行くぞ」

「了解。アカメちゃんの昔の仲間らしいけど、だからって遠慮はしないぜ!」

 

そして、アカメはラバックと二人掛かりでナハシュに戦いを挑む。

しかし直後、妨害が入る。

 

「はぁあ!」

「な!?」

 

背後から気配を感じたと思いきや、ラバックを目掛けて槍による鋭い刺突が放たれた。間一髪でクローステールを束ねてそれで防ぐ。だが……

 

「何!?」

 

なんと、束ねたクローステールが貫かれたのだ。ラバックは咄嗟に飛びのいたので回避に成功するが、予想外の攻撃力に戦慄してしまう。

 

「ナハシュさん、遅くなってすみません!」

「……遅かったが、道にでも迷ったか?」

 

今の攻撃を仕掛けたのは、ナハシュ同様に帝国出身者で結社入りした、スピアだった。

 

「せっかくだから紹介しよう。彼女は最近結社入りした、帝国出身の人間だ。執行者ではないが、最高幹部の一人”第七使徒”直属の精鋭部隊に迎えられた有望株だ。」

「初めまして。第七柱”鋼の聖女”直属部隊《鉄機隊》所属、新参隊士《貫穿(かんせん)》のスピアと申します」

 

自己紹介するスピアの名前に、ラバックが反応した。

 

「スピア? まさか、偽ナイトレイドに殺された元大臣の?」

「はい、娘です。帝国の安寧に繋がると聞き、そして鋼の聖女様に命を救われた恩として、身喰らう蛇に属させてもらっています」

 

スピアの素性を聞き、ラバックもアカメも偽物の急な戦死の詳細に感づく。

 

「なるほど。例の偽物共も、あんたらの組織に消されたわけか……その辺りは余計な犠牲と手間をかけなかったから、素直に例を言わせてもらうか」

 

ラバックも流石に礼節を重んじてか、偽ナイトレイドである三獣士の撃破に関して礼を言う。しかし、だからと言ってここで戦わないという選択肢は彼の中になかった。

 

「けど、だからってアジトと仲間を危機に陥れている連中を見逃す気はないぜ。せっかくのかわいい女の子だけど、殺す気で行かせてもらうか」

「構いません。ですが今の私は、あの時に父上を守れなかった、無力な私じゃない。帝具使いだろうと、勝ってみせますよ」

 

ラバックが臨戦態勢に入るのに合わせ、スピアも槍を構える。

 

「そういうことだ。私以外のナイトレイドのメンバーも、相手が誰だろうと革命の障害になるなら斬る覚悟はできている。私も前回と違い、格上を相手にするつもりでいるから、チーフも確実に葬らせてもらう」

「なるほど……梃子でも動かないわけか。なら、遠慮はいらないな」

 

アカメが決意を語ると同時に、ナハシュも剣を構えて戦闘態勢に入る。

 

「執行者No.Ⅱ《剣鬼》ナハシュ。我が恩人《剣帝》レーヴェの名に懸け、ナイトレイドに勝負を挑む。来い!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「うおりゃああああああああああああああああああああ!!!」

 

その頃、外ではブラートがインクルシオを纏って人形兵器の大群と戦っていた。機体はレオーネの下にも表れたバランシングクラウンと、鉄の箱に手足を生やし、胴の上に首ではなく機銃が備えられている物の二種類だった。

後者は拠点防衛用人形兵器ヴァンガード、その中でも鉄機隊に充てがわれたF3《スレイプニル》というモデルだ。拠点防衛用というだけあって、重装甲&高火力のスペックが特徴である。

しかしブラートは、インクルシオで強化された身体能力で殴り、吹き飛ばす。そしてノインテーターを振るい、近くにいたバランシングクラウンを両断した。ブラートの素の能力の高さとインクルシオで強化された伸び代、加えて得物を使うため、単純な攻撃力は同じく身体強化で戦うレオーネを上回っていた。

 

(くそ。戦闘用の機械人形で、しかもタイプの違うやつ同士の大群を嗾けるとはな。下手すりゃ、帝国を上回る兵力じゃねえか)

 

内心で悪態をつきながら、スレイプニルの機銃掃射をノインテーターの高速回転で弾くブラート。しかしそれに気を取られ、バランシングクラウンのワイヤーに捕まってしまう。

 

「舐めんな、人形ども!」

 

しかし、そのままバランシングクラウンを振り回し、他の個体にぶつけて纏めて大破させてしまう。ブラートはここまでに十数機の人形兵器を倒してきたが、インクルシオを纏ったままそれだけ戦ったため、激しく消耗していた。しかも、その破壊した機体の中にスレイプニルが一機もなかったのだ。

 

「やべぇな。鎧が強制解除される……どうにかして逃げて立て直さねえと」

 

インクルシオの解除が近いことを察し、ブラートは危機に陥る。そしてどうにか脱するタイミングを見計らおうとするも、スレイプニルは問答無用で機銃を放ち、内一体は片手に持った斧をブラートめがけて振るった。

 

 

 

「伏せなさい、ブラート!!」

 

直後にマインの叫ぶ声が聞こえたかと思いきや、凄まじい光がスレイプニルを飲み込んだ。しかもそれが、他の人形兵器たちもまとめて薙ぎ払う。

直後にブラートはインクルシオが解除され、そこにマインが近づく。マインはネグリジェ姿にパンプキンを携えており、アカメ同様に寝間着のまま緊急出撃したようだ。

 

「助かったぜ、マイン。にしても、今の攻撃はすごかったな」

「パンプキンは使い手の私がピンチになるほど強くなる。今の絶体絶命の状況、おかげであれだけの威力が出たわけよ」

 

精神が昂ればそれに比例し、パンプキンは攻撃力を跳ね上げる。その結果、極太レーザーの照射ということも可能とされたわけだった。

 

「今の鉄人形どもって、まさか……」

「ああ。恐らくこの間に出てきた、ゼムリア大陸の犯罪者達が使う兵器の類だろうな」

「そうとも。我らが身喰らう蛇の技術部”十三工房”が開発した、人形兵器のシリーズさ」

 

直後、聞き覚えのない男の声が聞こえたので振り返るが、どこにもそれらしい人物はいない。しかしその直後……

 

「はーっはっはっはっはっは!」

 

バラの花びらを巻き込んだつむじ風が起こり、そこから執行者の一人ブルブランが姿を現す。

 

「な、何この変人?」

「たぶんだが、例の結社とやらの人間だろう。あの人形どもについて詳しいみたいだしな」

「ええ。その通りですわ」

 

直後に女性の声が聞こえたかと思いきや、更にデュバリィが転移してきた。

 

「それでは自己紹介……我が名は身喰らう蛇の執行者No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブラン。美を尊い、この手中に収めんことを使命とするものだ」

 

ブルブランは執行者として活動する傍ら、大陸各地で名を轟かせる怪盗Bとしての顔も持ち合わせている。怪盗紳士という二つ名も、それに起因しているのかもしれない。

 

「身喰らう蛇が第七使徒直属部隊《鉄機隊》が筆頭隊士《神速》のデュバリィです。執行者ではありませんが、実力は彼らに匹敵すると自負しています」

 

どこか抜けている雰囲気に、愛嬌のある顔つきと、あまり強そうに見えないデュバリィ。しかし、それでもアリアンロードの直属部隊で筆頭を務めるだけの、圧倒的な戦闘力を有していた。

 

「お前たちの所属がなんだろうが、アジトを襲った以上は俺らの敵ってことになる。だから、所属も関係なしで相手してやる」

「あのリィンとかいう奴といい、その仲間といい、ついて行ったタツミといい、ゼムリア大陸の連中はあたしたちをコケにしたいようね」

 

ブラートの決意表明、そしてマインの一方的な敵意が結社の刺客達にぶつけられる。

 

「リィン・シュバルツァー……あの不埒な男と私たちを同一視しないで欲しいですわ」

「え?」

「おっと、すまない。彼女はリィン・シュバルツァーに浅からぬ因縁があってね。まあそれはともかく、私は君に興味があるのだよ。ナイトレイドの狙撃手マイン」

 

デュバリィのリアクションに一瞬呆けるが、直後にかけられたブルブランの言葉に気を取られてしまう。

 

「手配書の出ているメンバーは個人情報を自分なりに調べさせてもらってね。そんな中で君は、帝国で差別の対象となる異民族、その血を引くハーフだと知った」

「何よ? あんたも人種差別に賛成派なの?」

「イヤ、そんな美しくないことはしないさ。むしろ、君に敬意を表している」

 

マインの出自に興味を抱いたブルブランだが、その理由は美を重んじる彼ならではだった。

 

「幼い時に迫害を受けたにも拘らず、この国の未来のために戦う。恐らく、君自身や同じ境遇にあった者たちのためだろう。他者のために、己が未来のために、トラウマを乗り越え戦う……その気高い魂、美しい! ぜひとも我が手中に収めたいと思った次第だ」

「うわ、キモ……」

 

ブルブランの独自の美学、そのために自分を欲してると言われ、マインも表情が青ざめる。

 

「あと、失礼ながらこれを拝借した。着たまえ」

 

その直後、ブルブランがマインに投げ渡したのは、彼女の服だった。当然ながら、また固まってしまう。

 

「あんた……何を……」

「なに。寝間着姿で戦うなど、絵にならないだろうと思ってな。他意はないから安心したまえ」

「……とりあえず着替えるけど、どさくさに紛れて寝間着盗んだりするんじゃないわよ」

 

~着替え後~

そして茂みの中から、いつもの服装になったマインがパンプキンを手に出てくる。

 

「待たせたわね。それじゃあ、やりましょうか」

「ふふふ。では、掛かって来たまえ」

「百人斬りだかナイトレイド最強だか知りませんが、戦士としての格の違いを見せてあげますわ」

「ああ。俺も全力でやらせてもらうか」

 

互いが臨戦態勢に入る中、ブラートはしゃがみ込み、地面に手を置いた。

 

「インクルシオぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

叫んだ直後、ブラートの背後に鎧が出現し、それがまとわりつく。竜型危険種の素材を加工し、そのフォルムにも竜を思わせる意匠のある鎧。コートの様に伸びる布状のパーツに、巨大な真紅の槍。ナイトレイド最強が操る、強大な帝具が顕現した。

 

「そんな武器に頼った強さ、我が神速の剣で断ち切ってみせますわ」

「出来るもんならやってみな、嬢ちゃん。俺の熱い魂は、どんな強敵が相手でも決して屈しねえからよ!」

「生意気な口をたたきますわね!」

 

そして、こちらのチームも戦闘が始まる。

異なる大陸の裏組織同士が、激突した。




対戦カードの決め方
アカメVSナハシュ:元同僚同士なので。
マインVSブルブラン:ブルブランが興味持ちそうなのがアカメとマインの二人くらいだったので、消去法。
レオーネVSヴァルター:獅子VS狼。
ブラートVSデュバリィ:ナイトレイド最強VS鉄機隊最強。
ラバックVSスピア:実はあまりものですが、ラバが女の子と戦うイメージが強かったので採用。

次回は直接対決と追加のナイトレイド登場の予定です。


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幕間・後編

まず先に、今更ながらイース8クリアしました。ダーナがかわいい&健気で大好きになりましたね。
そして閃Ⅲの発売が来年秋になったので、それまでの完結を目標にしたいと思います。

ちなみに、戦闘シーンはおなじみの執行者戦BGMを推奨します。


ナイトレイドのアジトに強襲してきた、三人の執行者と二人の使徒専属部隊員。未知なる力を有する強敵の襲来に、ナイトレイドの面々はどう対処するのか。

 

レオーネVSヴァルター

 

「おらぁあ!」

「はぁ!」

 

レオーネとヴァルターの拳がぶつかり合い、拳伝いにすさまじい衝撃が互いの体に走る。互角の威力をたたき出した結果だ。そこから今度は同時に蹴りが放たれるが、それも互角の威力となる。

 

「生身でこのパワーって、何すりゃそんなことが出来るんだよ!?」

「まあ、そこはあれこれ格闘術を身に着けた結果だな」

 

ヴァルターは、かつては不動のジンと同門の泰斗流拳士だったが、ある事情から流派を捨てることとなった。その際、師匠同意の下に殺し合いをし、そのまま師を殺して去っていった。そして結社にスカウトされるまでの間に、様々な流派の格闘術を会得し、泰斗流をベースとしつつ他の流派を混ぜ合わせた我流格闘術としたのだ。

その結果、ヴァルターは人外級の戦闘力を得るに至った。

そしてその後も、レオーネとヴァルターの

 

「さて。ただ力比べするのも芸じゃねえから、面白いものをいろいろと見せてやるよ」

 

そういい、ヴァルターはレオーネから距離を取る。そして、とんでもないことをやってのけた。

 

「レイザーバレット!」

「な!?」

 

なんと、ヴァルターが虚空に向けて蹴りを放ったと思いきや、そこから衝撃波が放たれてレオーネにぶつかった。そして怯んだ隙に、一気にレオーネの懐に飛び込む。

 

「ゼロインパクト!」

「ぐはぁあ!?」

 

そして拳に気を練り、それをレオーネの鳩尾にぶつける。結果、レオーネは内臓を直接殴られたかのような衝撃を受け、大きく吹き飛ぶ。そしてレオーネは、そのまま壁に叩きつけられてしまった。

 

「インフィニティコンボ!」

 

そしてダメ出しと言わんばかりに百裂拳を叩き込む。技を終わらせたヴァルターが距離を置くと、そのまま壁が崩れてレオーネの体を埋め尽くした。

 

「……とんだ期待外れだな。帝具は単なる身体強化で、一応五感も強化されてるようだから攻撃への対応はいい。が、動きに武術の素養がないから、道具頼りの力任せの戦いってところだな。でもって、流石に骨格の強化まではできないか」

 

一応警戒するも、レオーネの復活する兆しが無くがっかりした様子のヴァルター。煙草を取り出し、ふかしながらレオーネの戦闘スタイルに評価を下す。

 

「仕方ねぇ。死体、もしくは動けねぇあいつから帝具だけはぎ取って、他の奴の相手をするかな」

 

そういいつつ、レオーネが埋もれた場所に近づくヴァルター。そして瓦礫を掘り返そうとしたその瞬間、不意に強い殺気を感じる。

 

「おらぁあ!!」

「何!?」

 

いきなり瓦礫の山からレオーネが飛び出し、爪でこちらに斬りかかってきたのだ。間一髪で回避するも、頬を掠めて薄らと血を流すこととなった。

 

「おいおい。言っちゃあれだが、普通あれだけ攻撃されりゃ、生きてたとしても骨の大多数がやられてるはずだぜ。なぜ動けるんだ?」

「あんたの言うように、確かに骨までは強化されちゃいないさ。けど、その代わりに治癒力が強化されてるんだ。で、それを加速する奥の手がライオネルには備わっているんだよ」

 

ライオネルの奥の手”獅子は死なず(リジェネレーター)”。言ってみれば、シンプルな超治癒力を発動するのだ。マスティマの神の羽根、へカトンケイルの狂化のような攻撃に転用可能な奥の手ではないが、ここぞという時に使えば一発逆転が狙える力である。

 

「確かにあたしは、特別体を鍛えてるわけでも、武術の心得があるわけでもない。完全に帝具頼りの力任せで戦っている。けど、その分だけこの帝具の力をあたしは掌握しているって自負してるんだよね」

 

埋もれていながらも、聴覚が強化されていたためにヴァルターの声が聞こえていたレオーネ。そしてそのまま彼の評価に反論する。

 

「それに、あたしはスラム育ちの雑草根性でしんどい人生を送ってきた自負もある。だからなぁ……」

 

そういいながらレオーネは、置いてあった大岩に手を伸ばす。そして、そのまま持ち上げてしまった。

 

「あんたに技術や肉体の面で負けているのは認めるが、魂まで負けてやるつもりはねえんだよ!!」

 

そしてレオーネは叫び、その大岩を投げつける。しかし、ヴァルターは避ける様子が見当たらない。

 

「しゃらくせぇえ!」

 

そして、先ほど放ったインフィニティコンボでその岩を粉々に粉砕した。しかしその間にレオーネの接近を許してしまう。

 

「なるほど。心技体の心だけで、俺に勝とうってわけか。その心意気は嫌いじゃねえぜ」

 

そのまま余裕そうな表情で、ヴァルターはレオーネに反撃する。しかし先ほどの間にレオーネも学習したのか、ヴァルターの放った拳をつかんで止めた。

 

「ほら、どうせここでこのまま戦っても狭いだろ。もっと広い場所に行こうや!!」

 

そしてそのまま空いている手でヴァルターの上着をつかみ、壁の崩れた場所から一気に投げ飛ばす。そして投げ飛ばしたヴァルターを追って、レオーネもそこへと飛び込んだ。

しかしその先には、既に体勢を整え直したヴァルターの姿があった。

 

「いろんな意味で予想を裏切ってくれるが……これはスリルがあっていいねぇ」

「言うだけ言ってろ。そんでもって、後で後悔しな!!」

 

そして再び対峙する。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「せやぁあ!」

「はぁあ!」

 

一方、アカメはナハシュと激戦を繰り広げていた。ナハシュはケルンバイターを、アカメは村雨を振るう。

その中でアカメは暗殺特化型でなおかつ女性であるため、戦闘スタイルは高速剣術となっている。しかもその攻撃は、太腿や首などの動脈部への斬撃、直接心臓を狙う刺突など、全てが急所を狙っている。掠りさえすれば殺せる村雨を持ちながら、それを過信していなかった。

 

(やはり強いな、アカメ。ここまで殺しの才能を持った人間、結社でもそうはいないだろう)

 

アカメの攻撃を防ぎながら、ナハシュは思う。ナハシュがアカメと参加した最後の任務、それはプトラという古代王国の王墓で、貢物として帝国の有する財宝を奪われたから取り返せというものだった。そこの墓守達は秘術で、危険種をはじめとした生物の力を肉体に宿すことができ、強さも段違いだ。ナハシュは別行動していたので知らなかったが、アカメはそこの長ヴェネクを倒したのだ。長は代々、超級危険種ヌビスの力を宿して強大な力を振るえるが、その長であるヴェネクをして「命を奪うことに関する天賦の才を持つ」と言わしめていた。

持ち得る武器や技術、その場の状況などありとあらゆるものを使いこなし、人も獣も問わずに生きている敵は確実に殺す。正に命を奪う才能そのもので、それ故にアカメは妖刀たる村雨の適合者に選ばれたと言ってもいい。

 

しかしそんなアカメの一斬必殺の太刀をナハシュは全て捌き、尚且つ攻撃する余裕がある。しかも、こちらはアカメのスピードでも躱しきれずに次々と掠り、じわじわとダメージを与えていたのだ。

 

(チーフ……やはり強い。元々キルランクが1位だったから強いのは当たり前だが、向こうでいい師に会えたのか、下手をすれば将軍級だ)

 

対するアカメも、ナハシュの圧倒的な強さに驚いていた。暗殺部隊が設立された時、試験でキルランクという強さの順位を決めて、上位7位を選抜部隊に組み込んだ。アカメは当時にクロメを庇いながらという悪条件ながらもギリギリの7位に組み込んだため、強さも相応に高い。

しかしナハシュはその中でも堂々の一位となっている。しかもそこに、剣帝や鋼の聖女からの手ほどきを受けての戦闘技術が合わさり、並みの帝具使いを上回る力を得られた。

 

「相変わらず、暗殺をしながらもまっとうな剣術を使うんだな。まあ、俺も人のことは言えないが」

「お互いこれが戦いやすいということだろう。チーフにはどうせばれているだろうから打ち明けるが、いざとなったら奇抜な剣術に切り替えるさ」

 

しかし、これはアカメのブラフであった。ナハシュに警戒を誘いつつ、奇抜な剣術に変わった際の対処をさせてそのまままっとうな剣術で攻める。防御スタイルの切り替えによる隙を誘うためだった。

しかしそんな中、何を思ったのかナハシュがいきなり距離を取り始める。アカメはそれを、以前に見せてきた分け身で畳みかけるのかと思い迎撃態勢に入るが、それがいけなかった。

 

「零ストーム!」

「何!?」

 

ナハシュが放ったのは、アジトに襲撃をかける前に危険種に対して使った竜巻を伴った斬撃だった。とっさに事態に驚愕するも、どうにか避けるアカメ。しかし、避けきれずに左腕を負傷することとなってしまった。

 

「分け身に並ぶレーヴェの十八番”零ストーム”。こっちに関しては一番印象に残っていたからか、完璧に使いこなせている」

「まさか……素の身体能力で竜巻を起こすとはな」

 

余りにも非常識な技を前に、アカメは驚愕する。

 

「お前は会話にブラフを混ぜて、急に剣術を奇抜なものに変えたりそう思わせて構えを変えたときにとどめに入ったりする。使える手はなんだって使って相手を確実に殺す、一番暗殺者向きの戦い方をするんだ。ならば俺も死ぬわけにいかないから、勝つために手段は択ばないで使える技はいくらでも使ってやるさ」

 

自分を知る格上という、嘗ての教育係の様な不利な相手との戦闘の困難さ、アカメはそれを改めて認識する。加えてこちらの常識から外れた戦い方をするため、その脅威度は更に跳ね上がるのだ。

 

(早くチーフを倒してラバの応援に行きたいが、難しくなった。恐らく、向こうも同じだろう)

 

応援に行けずにラバックのことを案じつつ、向こうも逆にこちらの応援が難しいことを悟っている。

 

「くそぉ!」

「ふっ!」

 

案の定、ラバックも苦戦していた。ラバックは悪態をつきながらクローステールでスピアを拘束しようとするも、スピアは軽い息遣いと同時に槍を拘束で回し、一気に巻き上げる。

 

「うぉお!?」

 

しかもその時の勢いで壁に叩きつけられる。エステルと対峙したときに似たような対処をされたが、それ以上に勢いがあり、ダメージも大きかった。しかし、ラバックもただでは転ばない。

 

「そらっ!」

 

ラバックはそのままクローステールを巻き上げながら体勢を整え、飛び蹴りのような体勢でスピアに向かっていく。

 

「見え見えです」

「えぇえ!?」

 

しかしスピアはラバックがこちらに来るより前に、槍を窓から投擲した。まだクローステールが槍に巻き付いたままのため、ラバックもそのままアジトの外に放り出されることとなる。

地面に叩きつけられたラバックが痛みをこらえながら立ち上がると、スピアがこちらに降りてきて槍を回収する。

 

「やはり殺し屋。戦士としては褒められないですが、相手を無力化する手段には事欠かないようですね」

 

そうスピアに指摘されるラバックだったが、彼の靴のつま先部に仕込み刃が生えているのが見える。先ほど阻止された蹴りで、彼女にこれを突き刺すつもりだったようだ。

 

「闇討ち上等の覚悟じゃねえと、帝国は変えられねえだろ。それに相手が女の子だからって、手加減はしねぇよ。色香に惑わされて殺られた奴もいるしな」

「なるほど。帝都を憂いて自ら闇の中に身を委ねる気高さ……私がマスターより先にあなたたちに会えたら、いい仲間になれたかもしれませんね」

 

ラバックの言動から、その決意と戦いの心得を察したスピアは、彼にそう評価を下す。しかし、すぐそのあとに槍を構えなおした。

 

「ですが、今の私は命の恩人にしてこの力を授けてくれたマスターに忠誠を誓った身。そのマスターが仕えし盟主の意志を体現すべく、戦うのみです」

「あんたも譲れない物があるのか。そこはお互い様ってことで、全力でやらせてもらうか!」

 

スピアの決意を聞いたラバックは、咄嗟にクローステールを束ね始める。それによって、大ぶりのハルバードを作り出した。そしてそれを棒術の要領で、力いっぱい振り回す。

 

「行くぜ超奥義!」

 

そして天高く飛び上がるラバック。どうやら振り回した遠心力と落下の勢いで、スピアに向けてたたきつけるつもりらしい。しかしスピアはそんな隙の大きい攻撃なのに回避するつもりが無い様で、むしろ迎え撃つつもりで槍を構えている。

 

「ワイヤーインパクトぉおお!!」

「……せやぁああ!!」

 

そしてラバックとスピアが、互いの得物をぶつけ合う。普通に考えれば、落下の勢いと遠心力が合わさったことでスピアが撃ち負けるはず。しかし……

 

 

「な!? また……」

 

またしてもラバックの糸の方が刺突で貫かれようとしていたのだ。咄嗟に攻撃を解除し、糸を解きながら距離を取る。しかしその傍ら、スピアが何もないところで槍を振り回し始める。

 

「さしずめ、小細工が効かないと判断して力任せに挑む。しかし実はそう見せかけて、攻撃の合間に別の糸で私を拘束するのが目的だったのでしょうね」

「へ……バレバレかよ」

 

スピアの指摘に苦笑いするラバックは、糸を巻き上げる動作を始める。すると、スピアの槍から月明りを反射する細い何かがラバックの方に引き寄せられるのがわかった。私的通り、スピアの周囲に糸を張り巡らせていたようだ。

 

「しかし、スゲェのがあんたの腕かその槍かは知らねぇが、束ねたクローステールが貫かれるとはな」

「私の二つ名の貫穿。これは私の帝国の安寧への願いとそのために戦う意思を貫き通す、ありとあらゆるものを物理的に穿ち貫く、という二重の意味からマスターが授けてくれました。後者は私の槍が突きに特化していたらしく、マスターが鍛えてそのための力としてこの槍を授けてくれたんです」

 

スピアが自身の二つ名の意味を語り、ラバックは警戒心を更に強めることとなる。事実、頑丈さに定評のある自身の帝具を二度も破ったため、当然であった。

 

(くそ。今の意味が眉唾じゃねえのは、ここまでやり合ったことでよくわかった。下手に対抗しようとしたら、とっておきでも勝てねぇかもしれねぇ)

 

クローステールは、ゼムリア大陸とこの大陸を隔てる東の海、そこに広がる雲海に住む龍型超級危険種の体毛を糸に加工した帝具である。そしてその危険種が急所を守るために生やした特別頑丈な剛毛を加工した、とっておきの一本が備わっている。その強度と切れ味から”界断糸”と呼ばれるそれだが、スピアの実力から下手に使えないという事態になってしまう。

ラバックが警戒する中、アジトの壁が爆音と同時に吹き飛ぶのが見えたため、互いに視線がそこに映る。すると、そこからアカメとナハシュが剣戟を繰り広げながら飛び出すのが見えた。

 

「アカメちゃん、苦戦してるみたいだな」

「私としては、ナハシュさんを相手にあそこまで戦えることに称賛したいですね」

 

互いが味方の状況を把握し、そしてそのまま戦闘が続行された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ちょこまかとしない!」

「はっはっは。しないと当たってしまうじゃないか!」

 

マインはブルブランを狙ってパンプキンを乱射するが、一向に当たらない。いや、正確には当たっているが効いていない。その原因は、ブルブランが分身しているからだ。しかしナハシュが使うような分け身でなく、トリックを用いた実体のない虚像であるため、本体さえ叩けばすぐにでも消えるはずだ。しかし、それを簡単にはさせないのが、執行者としての腕の見せどころでもある。

しかしブルブランも勝負している以上、防御や回避だけでは終わらない。

 

「奇術・アカシックレイン!」

「え? ……きゃあ、何!?」

 

ブルブランが叫んだ直後、マインの周囲にエネルギー弾のようなものが雨のように降り注いだ。正体不明の攻撃でなおかつ範囲が広く、マインも回避ができなかった。

 

「マイン、無事か……うぉお!?」

「よそ見をしてる余裕はありませんのよ!」

 

ブラートがそちらに気を回した隙に、デュバリィが急接近して斬りかかる。そしてそこから、高速の剣戟に突入した。

 

(ちぃ! この子、力は俺より劣るが技で互角、スピードは圧倒的に上だ。単純な速さだけなら、アカメ以上か?)

 

神速の二つ名を関するだけあり、デュバリィはアカメに匹敵、もしくはそれ以上のスピードでの攻撃を仕掛けてくる。加えて、インクルシオの連続使用で少なからず疲労しているため、こちらが攻撃する隙を与えられていない。

幸いなのは、インクルシオ自体の防御力もあってダメージが少ないことだろう。

 

「見切ってみなさい!」

「な!?」

 

そんな中、ブラートの周囲にデュバリィの生み出した分け身が二体出現。本体を含めて三人になった彼女に、一斉に斬りかかられた。

 

「うごぉお!?」

 

更に、今の攻撃で怯んだところに何かが投げられる。ブラートに投げられたそれはトランプで、しかも鎧の関節部に的確に刺さっている。

 

「一対一の果し合いに、無粋なことをするんじゃありません!」

「なに。あの鎧では、君の剣だとダメージが薄いのではないかと思ってな」

 

直後にデュバリィがブルブランに憤慨したかと思いきや、何かを投げた後と思しき手つきで佇んでいる。自信もマインと交戦中にも関わらず、ブラートに対して投擲攻撃、しかもピンポイントで命中という結果をたたき出した。

しかし直後、マインがブルブランに発砲するも回避される。

 

「戦闘中によそ見なんて、ずいぶん余裕ね!!」

「おっと、危ない。シャドウキャスト!」

 

そしてマインが避けられたことに憤慨しつつも、パンプキンを乱射する。パンプキンはアタッチメントの換装による仕様変更が可能で、ビーム発射のロングバレルや狙撃用のスナイパーバレルが存在、そして今は連射が可能なマシンガンバレルを使用している。しかしブルブランはたやすく回避し、再び虚像を生み出してそれでマインを翻弄する。

 

(色物臭い見た目に、それを象徴したみたいなトリック主体の搦め手戦法……厄介すぎるわ。しかもブラートと戦ってるあいつも、アカメ並みかそれ以上のスピードで強い。しかも状況的にこいつらの仲間もいるっぽいし、すっごいピンチ)

 

マインもマインで、ブルブランとデュバリィの戦闘力を分析、危機を察知している。

 

「けど、そんなピンチの中でこそあたしは強くなる!」

 

しかし直後、叫びながらマインはロングバレルに付け替えてパンプキンを構える。するとその銃口に、眩い光が集っている様子が見えた。

 

「喰らいなさい!!」

 

直後、極太のビームがパンプキンの銃口から放たれる。先ほど、重装甲人形兵器のヴァンガードを全滅させた物と同じ極光が、ブルブランを虚像諸共飲み込んだ。しかもマインは、そのまま銃口を薙ぎ払ってデュバリィも狙う。

 

「な!?」

「やべ!」

 

流石にデュバリィも危機を感じ、残像が見えるスピードで撤退する。ブラートも巻き込まれないように、咄嗟に飛び上がってビームを回避する。

 

「マイン、助かったけど巻き添えも考慮してくれよな」

「うるさいわね。そんな余裕なかったの、見てたらわかるでしょ」

 

流石にブラートも、インクルシオを解除しながらマインにボヤキを入れる。重装甲兵器を一瞬で破壊した攻撃は、流石にインクルシオの防御力でも無事じゃすまないだろうから当然だ。

 

「あの胡散臭い臭いマント野郎は流石に倒せたが、あの嬢ちゃんには避けられたから気を付けねぇとな」

「ええ。でも、流石に二対一なら勝ち目はさっきよりあるでしょう」

 

そして二人して警戒態勢に入ると、爆音が近くから聞こえる。しかしその直後にレオーネが吹き飛んできたのだ。

 

「レオーネ、どうしたの一体!?」

「いてて……マイン、気づいてると思うけどやばい敵が」

「へぇ……他のナイトレイドがこんなところに」

 

しかしすぐにヴァルターが指と首を鳴らしながらこちらに近寄ってくるのが見える。

更にそれだけでなく、金属音が聞こえ始めた。案の定、アカメとラバックがそれぞれの相手と攻防を繰り広げながらこちらに近寄るのが見えてきた。

 

「みんなも、交戦中か」

「ああ。マインがようやく、一人倒してくれたがピンチには変わんねぇ」

「俺らの相手でも厄介なのに、もっと強そうなのが居やがるな」

 

ラバックが辺りを見回していると、先ほど撤退したデュバリィが戻ってくるのが見えた。

 

「さて。一人減ったんだから、もう数の差で勝ち目はないんじゃないかしら?」

 

そしてそのまま、マインがデュバリィに勝ち誇った様子で告げる。しかし、彼女の返答は予想だにしないものだった。

 

「……このことを認めるのは癪ですが、彼はそう簡単にはくたばりませんのよ」

「え?」

 

そのデュバリィの言葉に、一瞬呆けてしまうマイン。しかし、その言葉がすぐに現実のものとなった。

 

「はーーっはっはっはっはっはっは!!」

 

直後に聞き覚えのある高笑いと、バラの花びらを巻き込んだつむじ風が発生。消し飛んだはずのブルブランが、再び現れたのだ。

 

「あ、あんた……あの攻撃からどうやって?」

「奇術とは相手の虚を突いて初めて成功するもの。攻撃のためにあの場に本体が残っているという先入観を持たせ、あの場に虚像のみを残したのだよ」

 

ブルブランが無事だった理由が本人の口から語られ、再び危機に陥ってしまう。以前ピンチではあるが、マインも帝具の酷使で疲労が見え始めているため、先ほどのような大規模な攻撃は続けては使えない。

 

「さて。ここに大体の面子が集合したが、どうするか?」

「まあ、この状況なら乱戦に持ち込むのもありかもな」

「だね。相手もその方が勝率が上がるだろうし、サービスの一環としてはいいかもしれないね」

「全く……なんで貴方たちはそう遊び半分な気持ちで任務に取り組むんですかね」

「筆頭、抑えて抑えて」

 

挙句、会話を始めてしまう執行者軍団。明らかに余裕が見えている。

 

「拙い……このままじゃ全滅するかもしれない」

「アカメちゃん、縁起でもないことを言わないでよ。でも、やばい状況なのはマジだからな」

 

逆にアカメたちは余裕がない。明らかに危機的状況だ。

更に、そこからダメ出しが始まる。

 

「ふはははははははは! 例のナイトレイドとやら、既にボロボロじゃないか!!」

 

すぐさま新しい男の声が聞こえたと思いきや、声の主らしき強化猟兵の鎧を着た青髪の青年が、人形兵器とクーガーの大群を率いてきたのだ。

青年の名はギルバート・スタイン。元はリベール王国の一都市で市長秘書をしていたが、市長と供に汚職をしたため逮捕。しかしその後、結社入りして強化猟兵の一員となった。率いている人形兵器は、獅子を模したデザインの四足歩行型”ライアットアームズ”と、後継機の”ライアットセイバー”だ。

 

「……おい雑魚、お前には待機命令を出していたはずだが」

「生憎だけど、ここでナイトレイドと帝具の全滅という手柄を僕に持って行かせてもらうよ。そしてあわよくば、僕も新しい執行者に……」

 

ナハシュによれば、ギルバートは無断で襲撃してきたらしい。しかし、結果的にナイトレイドをさらなる危機に陥れたのには変わりなかった。

そんな中、アカメがある提案を告げる。

 

「みんな、私が隙を作るからタイミングを図って逃げるんだ」

「アカメ、何言ってるんだ!?」

「私はたぶん、経歴的にここで一番命を奪っている。だから一番先に報いを受けて、それがここで果てることかもしれない」

 

アカメもそんな後ろ向きなことを言い始め、危機に拍車をかけている。

 

「あんたはうちの切り札なんだ。囮だったら、戦闘が帝具頼りのアタシにした方が得策だろ」

「姐さんまで、何後ろ向きなことを……」

 

挙句レオーネまで、アカメを止めるためとはいえ自らを囮にするという発言をしてしまう。かなり切羽詰まった状況と化している。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それと同時に光明が差した。

その時、空に何やら巨大な影と風を切る音が現れたため、結社もナイトレイドも戦闘を中断してそれに視線を向けてしまう。

現れたのは、巨大なエイのような生命体だった。

 

「何だこりゃ? あれも危険種の類だろうが……」

「エアマンタ。特急危険種だが、クーガー同様に調教されているな」

「まさか、ナイトレイドの援軍?」

 

ヴァルターが現れたその影に首をかしげるが、ナハシュとスピアが帝国出身だったためにある程度の推測ができた。そんな中、マインがスコープのような物を使ってエアマンタの様子を調べいる。

 

「あれは……ボスだわ! しかも、援軍っぽいのが二人いる」

「なるほど。向こうで新戦力を補充してくれたのか」

 

マインが見たのは、ナジェンダとナイトレイドのエンブレムが入ったフード付きの外套を纏った二人組が、エアマンタの背に乗る姿だった。

すると新人のうち一人とナジェンダがエアマンタから飛び降りて、こちらに向かってきた。

 

「みんな、待たせたな。占いの帝具でアジトに凶とあったが、新戦力で何とかするぞ」

 

ナジェンダが着地と同時に口を開き、続いて降りてきたもう一人が外套を脱ぎ捨て戦闘態勢に入る。そしてその新戦力だが、なにか可笑しい。

見た目は白い胴着のような衣服を纏った、青髪と無精髭の青年だった。しかし、彼の側頭部からなんと角のようなものが生えているのだ。

 

「なんだ、こいつ? 明らかに普通じゃねえな」

「何かしらの帝具で強化した影響、と見るのが自然だが……」

「まあなんにせよ、初見の相手にいきなりぶつかるのも得策じゃないな。ギルバート、奴に狙いを定めろ」

「え!? ……まあ、手負いじゃない奴を倒した方が手柄になるからいいか」

 

ヴァルターもブルブランも、突如現れた男に警戒し、ナハシュもそれに合わせてギルバートに指示を送る。

 

「さて、それでは小手調べと行こうか!」

「まあこれで死んだら、それだけ歯ごたえのない奴だったってことだな」

「……ああ、もう! 総攻撃、開始だ!!」

 

ブルブランの言葉と同時に、ギルバートが人形兵器と魔獣の大群が青年へと攻撃を仕掛ける。

 

「スサノオ、目の前の敵を駆逐しろ。機械も獣も、従えている人間もすべてだ」

「わかった」

 

ナジェンダに名前を呼ばれた青年、スサノオは手に持っていた白い巨大な混のような武器を振るう。飛びかかってきたクーガーが攻撃する前にその武器に殴られ、装甲越しに肉を潰されて絶命する。二、三匹と立て続けに倒されて残りのクーガーたちも距離を置く。だがそれと同時にライアットアームズ数体がオーラを纏い、突撃してくる。

しかしスサノオは大ジャンプでそれを回避し、武器を振り下ろす。大ぶりの武器と落下の勢いが合わさった一撃で、ライアットアームズも破壊される。そしてそのまま薙ぎ払い、残りのライアットアームズも破壊してしまった。

 

「隙だらけだぜ」

 

ヴァルターがつぶやいた直後、なんと今度はクーガーが十数匹の大群で飛びかかってきたのだ。流石にこれは、スサノオがいかに強くても多勢に無勢だが……

 

「いや、おびき寄せるためにわざと隙を作ったんだ」

 

直後にスサノオが口を開いたと思ったら、なんと彼の武器から刃が飛び出し、それが高速回転し始める。そしてそれを振り回し、飛びかかってきたクーガーたちをまとめて切り刻んでしまった。

 

「つ、強ぇ」

「ボス、とんでもない逸材を連れてきたみたいだな」

 

スサノオのあまりの強さと、その淡々と戦いを作業のようにこなす様子にラバックとブラートが驚嘆、残り女性陣も思わず見とれてしまう。

 

「行け、プラズマボール!」

 

しかし、ギルバートの指示とともにライアットセイバーが、強力な電撃弾を一斉発射して攻撃する。その大規模な攻撃に、流石のスサノオも隙があったため諸に喰らってしまう。

攻撃が収まったところで、スサノオの片腕が焦げて落ちてしまったところが見えた。加えて体の軟化初夏も焦げているのが見え、明らかに戦闘継続は絶望的だった。ナイトレイドの面々も顔を青ざめてしまうが、その直後にあり得ないことが起こった。

 

「な!?」

「ちぎれた腕が……」

「まさかこれって」

 

なんとスサノオの腕が消し飛んだ跡から、メキメキと音を立てて肉が盛り上がっていき、それが腕の形になったのだ。そう、無くなった人体が再生したのである。しかも再生する傍ら、得物を投げつけてライアットセイバーを吹き飛ばしてしまう。

マインはスサノオの再生を見て、これと同じことができる相手と交戦したことからその正体を察した。

 

「強化してるにしても、再生能力が常軌を逸している……新種の魔獣の類か?」

「いいえ、彼の正体はおそらく生物型帝具。適合者の命令に従い自立行動する帝具があると聞いたことがあります。そしてそれは高い再生能力を有していて、核を破壊しない限り半永久的に戦えるそうです」

「なるほど。その生物帝具とやらの人型、さしずめ帝具人間というわけか」

「あ、あり得ませんわ……スピアさんも、冗談はやめてください」

「筆頭、残念ですが事実です。これでも貴族の出で、教養の一環で帝具の文献にも目を通したことがあるので」

 

スピアの口からスサノオの正体が語られ、執行者とデュバリィも感嘆や驚愕の色を見せる。再生能力を有した半永久的に戦う生物兵器。結社でもそんなもの、いまだに作られていないのでこれは当然だった。

しかもその大規模な攻撃で、いつの間にか人形兵器もクーガーも全滅してしまった。

 

「あ、あれぇ?」

 

ギルバートが呆ける中、淡々とスサノオが近寄ってくる。しかも執行者や鉄機隊をスルー、されている側も傍観している。

そんな中、ギルバートは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、待て! 僕が悪かった! 許してくれ! 頼む! 仲直りをしようじゃないか! 話せばわかる! 握手をしよう!!」

 

なんと、土下座しながら許しを乞うのだった。この小物っぷりから、執行者の間での彼の扱いは玩具だったりする。

しかし、ナイトレイドからしたらそんなことはどうでもいい。

 

「いや、人も含めて駆逐しろと命令された。だからお前の命は奪う」

「こちらを殺しにかかって、それは虫が良すぎるだろ」

 

スサノオもナジェンダも、それを受け入れる気はない。もちろん、他のナイトレイドも全員だ。そしてそのまま、腰を抜かしたギルバートにスサノオが得物を振り下ろそうとする。

 

「い、いやあああああああああああああああああああああ!!?」

 

ギルバート絶体絶命。しかし……

 

 

 

 

 

「ギルバート君は執行者みんなの玩具だから、死なれちゃ困るんだよね!!」

「!?」

 

直後、一人の少女が飛び込んできて得物をスサノオに振り下ろしてきた。咄嗟ながら防御するスサノオだが、今ので攻撃のチャンスがついえた。

 

「……シャーリィ、第三柱との仕事は済んだのか?」

「モチのロン。ばっちり片付けたよ!」

 

ナハシュが割り込んできた少女の名を呼んだ辺り、結社の関係者のようだ。シャーリィと呼ばれた少女は、キャミソールとショートパンツ上からの袖なしのジャケットを羽織った、活動的な服装をした赤い髪の少女だ。屈託のない笑顔を浮かべながら、手にした得物はチェーンソーが取り付けられた大型アサルトライフルという物騒極まりないものだ。

 

「みなさん、遅くなりましたわ」

 

直後にまた別の声が聞こえたと思いきや、一人の女性が姿を現す。金髪ドリルヘアーの女性だが、服装は露出が多く且つ妙に悪者臭い黒い服を纏っている。そして手には、魔法使いを思わせる大きな杖を手にしている。

 

「初めまして。身喰らう蛇の第三柱、”黒の魔導師(マギウス)”マリアベル・クロイスと申します」

「執行者No.XVII《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランドだよ。よろしくね!」

 

マリアベルは元はIBC(クロスベル国際銀行)総帥令嬢だが、裏では一族秘伝の錬金術を継いでいた。そしてそれをもとにある事件を起こすが、それが完遂されるとワイスマンの後任として第三柱として結社に迎え入れられた。

対してシャーリィは、ランディの従妹で元猟兵団”赤い星座”の戦闘隊長だ。クロスベルで団がマリアベルと父ディーターに雇われると、その際にともに雇われた結社からスカウトを受けた。その後、事件の渦中で特務支援課とライバル認定したリーシャに敗北、さらなる力を得ようとスカウトに応じたのだ。現在はマリアベルの護衛という立場にある。

 

「ほう……その様子から、お前がこいつらを率いるわけか」

「まあ、最高幹部の使徒が一柱ではありますね。更にその上に盟主がいますが、ここには流石に来てはいません」

 

ナジェンダもマリアベルを相手に、警戒を最大限にする。戦闘力も高いが、帝国各地の強者とは異なる得体の知れない何かを感じさせるのが大きい。

 

「まあ率直に言いますが、私たちはあなた方の実力を見定めるのが目的でここに来ました」

「何?」

 

直後のマリアベルの言葉に、ナジェンダも首を傾げる。しかし、警戒は解かない。ナイトレイドも執行者も、まだ臨戦態勢に入っている。そんな中で、マリアベルは語り始めた。

 

「私達は、まあ帝具の破壊という任務があるのでここであなた方を倒せればそれで済みますわね。でも、もし帝具と使い手の力が想定外の高さを発揮した場合を見越して、わざわざ夜襲を仕掛けたのです」

「なるほど。ここで勝てれば御の字だが、実力分析が前提というわけか」

「ええ。それに、何やら陰で隙を伺っている方もいるようですし潮時かと」

 

そういうマリアベルだったが、もう一人の増援が何処かに居ると気づいていたようだ。

 

「流石に、人形兵器ともまともに戦えて執行者相手に生き残る。それだけの実力があるなら、また万全の準備をして乗り込む方がいいですわね」

「っていうわけで、シャーリィ達はここでサヨナラするね」

 

最後にシャーリィが占めると、ギルバートを脇に抱えながら照明弾を発射する。すると、それに合わせて飛行艇が飛んできた。ギルバートがここにいるのに飛んで来たため、自動操縦がなされている模様だ。

 

「さて。ナイトレイドの諸君、一度お別れと行こうか」

「今度はもっと強くなるのを、期待してるぜ」

「わかっているとは思うが、アジトの場所も変えた方がいいだろう」

「決着が着かないのも癪ですが、撤退させていただきますわ」

 

執行者やデュバリィの言葉と同時に、そのまま飛行艇に吊るされたワイヤーに捕まって飛び去る執行者と鉄機隊たち。

 

「さて。では皆さん、ご機嫌よう」

 

そしてマリアベルは、そのまま別れの挨拶を告げて転移してしまった。思わぬ形で、ナイトレイド全滅の危機は去ったのだった。

その直後、どこからか一羽の鳥がナジェンダのそばに飛んできた。

 

「チェルシー、どうやらバレていたらしいな」

 

ナジェンダに声をかけられた直後、その鳥が煙に包まれ、中から代わりに一人の女性が現れた。ウェーブのかかった茶髪に、棒付きキャンディを加えている。そして手には、化粧箱の様な物を持っている。

 

「みたいですね。ガイアファンデーションの力はわかりませんけど、せっかくの殺し屋スキルが通じないのはショックですね」

 

どうやら彼女の帝具は変身する効果があるらしく、その効果からして化粧箱がそれのようだ。

 

「はじめまして。あたしがもう一人の増援、チェルシーよ」

 

ナイトレイドの新たな仲間、完全暗殺特化と生物帝具という、シェーレの穴を埋めるには十分すぎるものだった。




結局やっちゃいました、ギルバートの土下座(笑)。通じないもギルバート生存(当たり前か?)

追記:閃Ⅲの公式サイトにてシャーリィの紹介があったため、それに合わせて一部書き直しました。(6/13)


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タツミのゼムリア大陸紀行
タツミのゼムリア大陸紀行 1 エレボニア帝国・湖畔の町レグラム


本編より先に完成したため、投降。
タツミたちの遊撃士修行をどうぞ。


「さて。まずはこの町でそなた達を預けようと思う」

 

ゼムリア大陸にやって来てタツミとサヨが最初に訪れたのは、カレイジャスの艦長ヴィクター・S・アルゼイドが領主を務める「湖畔の町レグラム」だ。レグラムは湖畔にあり霧が立ち込める幻想的な雰囲気の町で、エイドス信仰がもたらされるまで帝国各地で息づいていた精霊信仰の名残が各地に残っていた。

この土地には他にも魔物や妖精に関するおとぎ話や伝承が多く残っており、その中でも特に有名な伝説があった。

「槍の聖女リアンヌ・サンドロット」と呼ばれた、伯爵家出身の女騎士の伝説である。約250年前の「獅子戦役」の終結に多大な貢献を果たした救国の聖女で、武勇に長け、特に「馬上槍(ランス)」の扱いは神がかっていたという。《鉄騎隊》と呼ばれる一騎当千の勇士たちを率い、後に獅子心皇帝と呼ばれるドライケルス皇子と戦乱の終結に大きく貢献したという。しかし戦後に彼女は謎の死を遂げ、サンドロット伯爵家も没したという。この槍の聖女と大きく関係のある人物が結社に属しているのだが、今は置いておこう。

何故この街にタツミたちを降ろしたのかというと、単に艦長の領地だからというわけではない。

 

「ラウラ、トヴァル殿、サラ殿、戻ったぞ」

「お帰りなさいませ、父上」

「その二人が、話に聞いていた志願者ですか」

 

ヴィクターを出迎えたのは、青い髪をポニーテールに束ねた、凛とした女性。金髪に白いコートを羽織った気さくそうな青年、赤っぽい紫の髪のスタイルの良い女性の三人だった。

三人はタツミたちに近寄るなり、自己紹介を始める。

 

「リィンの学友、ラウラ・S・アルゼイドだ。アルゼイド子爵家の次期当主で、同時にアルゼイド流の師範代でもある。よろしく頼む」

「遊撃士のトヴァル・ランドナーだ。お前達の指南役だから、まあよろしくな」

「同じく遊撃士で指南役の、サラ・バレスタインよ。リィン達の学生時代の担任でもあるから、よろしくね」

 

三人とも、リィン達とは縁のある人間だ。学友にしてクラスで最強のラウラ。リィンと共に内乱鎮圧に貢献し、エステルも帝国を訪れた際に世話になったトヴァル。そして史上最年少でA級遊撃士になり、一時期トールズ士官学院で教師を務めていたサラ。三人とも、戦闘力も人格も優れた人物であった。

 

「はじめまして。向こうでリィンさんに助けられた、タツミです」

「同じくサヨです。よろしくお願いします」

 

タツミたちも挨拶を返す。すると、ヴィクターが再度口を開いた。

 

「さて。まず彼らは事前連絡の通り、リィン達の任務中に救われ、話を聞いて遊撃士に興味を示した。そういう訳だから、トヴァル殿たちに指導してもらいたいわけだ。ラウラも、出来れば協力してほしい」

「父上、お任せを。未来ある若者達を導くことも、これから私達に必要なことです」

「例の帝国、胸糞悪すぎるから少しでも希望の種を作らねえとな」

「そういう訳だから、お任せください」

 

三人とも、指導に乗り気のようだった。ちなみに、サラは渋いおじさまが好みの男性らしく、ヴィクターはド直球なので地味にウィンクしている。

 

「さて。私は皇帝陛下やオリヴァルト殿下に報告に行くから、後のことは頼む」

「はい。お任せを」

 

そのままヴィクターはカレイジャスに戻り、帝都ヘイムダルへと向かって行った。

 

「さて。では改めて……」

 

カレイジャスが飛び去ったのを見た後、ラウラはタツミたちにまた向き合って、宣言した。

 

「霧と伝説の町レグラムへようこそ。アルゼイド家の者として、歓迎しよう」

 

 

ラウラに連れてこられたのは、アルゼイド家の屋敷だった。最初、タツミたちはアリアに騙されたことで貴族の屋敷という物に抵抗を感じていたが、リィンの仲間の実家ということでとりあえず入っても問題ないことは理解した。

まずは長旅の疲れを癒すために療養を優先、タツミの訓練やサヨのリハビリは翌日となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「さて。それでは、まずはそなたの腕前を見せてもらおうか」

 

翌日、ラウラに連れてこられたアルゼイド流の道場にて、タツミは彼女と手合わせをすることとなった。ラウラの得物は身の丈ほどある大剣で、凄まじい重量であった。女性の細腕でこれを持てる辺り、ラウラの実力がいかに高いかが伺える。

 

「じゃあ、俺もちょっとやらせてもらいますか」

 

そう言ってタツミは、得物の片手剣を構える。故郷で危険種を相手に修行していたころから愛用している、年季物だ。

まず先手を取ったのはタツミだった。素早い踏み抜きでラウラに飛び掛かる。しかし、ラウラはそれを紙一重で躱し、その動きを利用して横薙ぎに剣を振るう。だがタツミも咄嗟に飛びのいて回避、そのまま隙を突こうと剣を手に再び飛び掛かった。

 

「なるほど、速さを主体とした我流剣術か。しかも、相当な鍛錬を積んでいると見た」

 

ラウラは素直にタツミを褒める。しかし、ラウラはそれも容易く回避し、剣脊でたたきつけて来た。それを喰らってタツミは大きく吹き飛び、壁に叩き付けられる。

 

「いてて……でもまだだ!」

 

しかしタツミはすぐに立ち上がり、再びラウラに向かって行く。そして今度は高く跳躍し、空中からの縦回転切りを放つ。

 

「見事な芸当だな。これは迎え撃たねば、戦士として失礼だろうな」

 

ラウラはタツミの技を見て感心し、本人が呟いたように回避せずに剣を構えたまま佇んでいる。そして、タツミの剣が迫ってきた瞬間、剣で横薙ぎに払い、タツミの脇腹に剣脊を叩きつけた。

 

「うぉおおおおおおおお!!」

 

そのままラウラはタツミを床に叩きつけ、決着をつけてしまった。

 

「あんなギリギリのタイミングでって、マジかよ……」

 

床に倒れ伏したタツミは、痛がってはいるが気絶しておらず、ラウラの圧倒的な強さに目がいっている。

 

「まだ対人戦に慣れていないのか攻撃の仕方は単調だな。もし向こうでそのまま軍に入っていたら、戦う相手次第では命はないだろうな」

 

タツミはラウラの評価を聞き、少し顔を暗くする。故郷で危険種と戦い、二人の幼馴染と高めあった剣術を否定されたようなものだからだろう。

 

「だが裏を返せば、まだ伸びしろはあるということになる。それに単純な筋力や動体視力は既に準遊撃士のレベルは超えているから、それでこの伸び代は先が楽しみだな」

 

しかし、それでいてタツミの長所も述べ、少し嬉しそうな笑みをラウラは浮かべていた。先ほどの評価の直後でこれなので、タツミはつい呆けてしまった。

 

「どうしたのだ? せっかく褒めたのだから、素直に喜べばいいのではないか?」

「えっと……ありがとうございます」

 

ラウラはタツミに声をかけながら手を差し伸べ、タツミもラウラに手を貸されながら起き上がり、礼を言う。

 

「では、今より10分ほど休憩とする。タツミも生徒達も、しっかり体を休ませるように!」

「「「「「はい!」」」」」

「は、はい」

 

ラウラが傍で鍛錬をしていた門下生達に告げると、大きな声で返事が返ってくる。タツミも遅れて、返事を返した。

 

「なかなか面白い技をお使いですな」

「あ、クラウスさん」

 

壁にもたれて休んでいるタツミに声をかけるのは、アルゼイド家の執事兼道場の師範代クラウスであった。

 

「俺のいたところは辺境で大型の危険種、こっちで言う魔獣が多かったんで、特訓してたら自然にこうなった感じですね」

「ほほう、まさに実戦で鍛えて形にしたわけですな」

 

タツミの剣術の起源を聞き、クラウスも感心している。そんな中、ある提案が出される。

 

「それでは、休憩を終えたら私とも一戦交えてもらえませんでしょうか?」

「はい! 今以上に強くならないといけないので、どんとこいです!!」

 

こんな具合で、タツミの修業は順調に進んでいく。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同時刻 遊撃士協会レグラム支部にて。

 

「以上が、遊撃士の歴史と業務内容だ。次は、導力革命と戦術導力器をはじめとした実用化されている導力器について解説するぞ」

「はい。それじゃあ、お願いします」

 

サヨはトヴァルから座学を受けていた。まだ体力が回復し切っていないため、実践訓練は後回しとなっていたためだ。

導力革命の概要説明をあらかた聞き終えたサヨは、強い関心を持っていた。

 

「すごいですね。私達のいた帝国でも、ここまでは発展していませんよ」

「これもひとえに、古代ゼムリア文明の恩恵ってわけだ」

 

現在の導力器の原典となった古代遺物。それを解析して現代で再現した導力器が使われてから50余年、大陸の科学技術は急激な発展を遂げた。高層ビルが建ち、飛行艇や鉄道、自動車といった移動手段、遠距離への通信技術。サヨが帝都に訪れた時に見た物を超える高度な文明が存在していたのだ。

 

「話に聞いただけですけど、帝具の存在以外にこういった技術は用いられていないようですね」

「だな。恐らく、帝具の存在に満足して技術的な躍進を止めてしまったんだろうな」

 

帝国は建国してから千年経っているが、にも拘らず大規模な技術進歩が見られない。導力器の技術は七曜石という特殊なエネルギー源があってこそだが、それでも内燃機関すら見られていないのがいい証拠だ。帝国が帝具を生み、それで今の情勢を維持した結果、外交や化学、考古学の調査がストップしたためと思われた。

 

「まあ、まだ掴めてないだけで裏で研究とかはしてる可能性もあるが、それを民生に還元する気は無いだろうな」

「……それも、腐敗とそれを増長する大臣の影響でしょうね」

「それで得られる利益が、無いところから搾り取るよりもデカいことに気づかないってことだろうな。もしくは……」

 

トヴァルが帝国の技術的な問題やそれに伴う帝国側の利益について考えていると、何かを言おうとしてそのまま止めてしまう。

 

「もしくは……何なんですか?」

「あまり考えたくないが、ただ利益を得ることで満足できない可能性もあるな」

 

首をかしげるサヨに対し、トヴァルが間を置いて返事をする。

 

「帝国の現状を考えるに大臣が、高い利益を得るより暴虐の末に搾り取った利益でないと満足できないって可能性だ」

「!?」

 

アリアも趣味で他者への暴力とその末の殺害を繰り返し、警備隊長のオーガも権力を振りかざして楽しむのを一般市民を陥れるという形で実践しているあたり、大臣本人もそうだという可能性は高かった。

 

「人の苦しむさまを見て楽しむ、そんな悪辣な嗜好の悪党は少ないながら確認されている。君達のいた帝国は、その数も質も比べ物にならないのは、諸悪の根源がその中でも最上級って可能性があるわけさ」

「……だとしたら、政治に関わるか外部から武力で打破するしかない気もしますね」

 

サヨはトヴァルの予想を聞き、遊撃士になって本当にこの現状を打破できるかが心配になってしまう。しかし、それを払おうとトヴァルはあることを教えた。

 

「だけど、俺らの方も色々考えはあるぜ」

「? 何をするんですか?」

「このエレボニア帝国と、隣国のリベール王国からそれぞれ代表を送り、帝国のお偉方と対談する計画があるんだ」

 

トヴァル曰く、帝具の危険性とそれを用い、腐敗政治を力ずくで維持する大臣がゼムリア大陸の存在を知れば、侵略を仕掛けてくる可能性があった。そこで先にこちらがコンタクトを取り、帝具の明け渡しの為の交渉を行うというのだ。ツァイス中央工房、略してZFCによる導力技術とそれを持ち出した先代女王アリシアの巧みな交渉術。これが小国でありながらエレボニア帝国とカルバード共和国の二大強国に挟まれながらも、独立を保てた理由だった。アリシア女王の孫である現女王クローディアも、その交渉術を伝授されているためオネスト大臣の知略に対応可能かもしれない。

リベール同様千年以上の歴史を持ち、代々の皇族男児は獅子心皇帝ドライケルスが興したリィン達の母校トールズ士官学院で学ぶのが習わしの、エレボニア帝国。本来、貴族と平民のそれぞれがクラスに分かれながらも同じ学舎で学ぶこの学院で、武と智を養ったエレボニアの皇族も外交に置いて高い素養を持っていると言えた。

 

「なら、まだ希望が持てるかもしれません。そのためにも、今は学ばないといけませんか」

「そういうことだな。午後からはサラにリハビリを頼んでいるから、それまでは勉強漬けで行くぞ」

「はい。望むところです!」

 

 

 

 

その頃、手配魔獣の討伐依頼を終えて帰る途中のサラはというと……

 

「そういえば、サヨちゃんは弓が得意らしいけど、剣もある程度は扱えるらしいわね。アリサみたいにアーツ主体なら攻撃補助に十分だろうけど……」

 

サヨの戦闘スタイルについて思案しながら、独り言をつぶやいていた。遊撃士にも剣術使いは多いからタツミは問題ないとして、弓は銃の普及で競技やアリサのような導力式の特殊なものをアーツの補助に使うなどが現状だった。しかしサヨは衰弱こそしていたものの、直接戦闘の方が得意な肉体づくりをしていたため、他に戦闘法が必要と思われた。

当初は銃を持たせようとも考えたが、自分の様に銃と剣の二刀流という特殊な技を教えても、染みついた戦い方もあって上手くは戦えないのは目に見えていた。

 

「そうだ。確かクロスベルに腕のいい武器職人兼メカニックがいるって、前にアリオスさんから聞いたことがあったわ。その人に依頼してみようかしら」

 

そして思いついたと同時に、歩みを速めてレグラムへと向かって行く。若者二人は、遊撃士としての力を身に着けつつあった。




こんな感じで、軌跡シリーズの世界観紹介とタツミを絡めた番外編を不定期で掲載します。


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タツミのゼムリア大陸紀行2 エレボニア帝国・黒銀の鋼都ルーレ

番外編2話投降。いろんなキャラを一気に出す&タツミの強化フラグを立てる話となっています。


「ついたぜ。ここが、ルーレ市だ」

「我がログナー侯爵家の領地だ。侯爵家の一員として、歓迎しよう」

「アンゼリカさん、わざわざ出迎えありがとうございます」

「しかし、この街凄いですね」

 

レグラムでの修業から数日後、形になった&サヨの体力が回復したため、タツミとサヨはヴィクターに連れられてカレイジャスに乗り込み、北にあるルーレ市を訪れていた。

ルーレはアリサの実家にしてゼムリア大陸でも一、二を争う重工業メーカー”RFグループ”の本社を置く工業都市だ。また、市内の工科大学には導力革命の父と言われるエプスタイン博士の弟子の一人、G・シュミットが属していることで有名だ。

 

「しかし、階段が勝手に上ってくれるって凄いですよね」

「というか、もう発想がどうかしてるレベルなんだけど……」

「まあ、無理もないだろ。一応ルーレの外にもあるが、リベール王国のツァイスみたいな工業都市にしか於かれてないから、普及するにはもうしばらくかかるだろ」

 

そんなルーレ市は高層ビルが立ち並ぶ街並みで、高所にも建物や広場が建てられ、そこに向かうためにエスカレーターが置かれている。リベール王国のツァイス市が最初にエスカレーターを設置し、ルーレの技術者が対抗心を燃やして作ったらしい。

 

「あの、あれって何ですか?」

「ん? 本当だ、変な建物がある」

 

サヨに指摘された方を見ると、巨大な建造物があった。外観からは人が中に入るように思えないものだった。

 

 

「ああ。あれは建物じゃなくて、導力ジェネレーターだよ」

「ジェネレーター? なんですかそれ??」

「工場って、作業目的の機械を導入したデカい工房があってな。そこの機械を動かすための導力を生成する大型装置だよ」

 

規模の大きすぎる話に、タツミもサヨもポカンとしてしまう。導力器の技術はトヴァルやサラから聞かされてその凄さを知ってはいたが、それを実際に用いている現場、しかも規模があまりにも大きいものを見てしまったため仕方がなかった。

そして、そんな二人が案内されたのは、ルーレ工科大学だった。

 

 

「アンちゃん、久しぶり!」

「その二人が、話に聞いた遊撃士志願者だね」

 

タツミたちが工科大学に案内されると、中で二人の人物と出会った。一人ははねっ気のある茶髪をリボンでポニーテールにまとめた小柄な女性で、年上ながら愛嬌のある容姿だった。もう一人は繋ぎ姿で小太りの青年で、工具入りのポーチを腰に巻いている。

それぞれ、名をトワ・ハーシェルとジョルジュ・ノームといい、リィン達の士官学院での一年先輩でアンゼリカの同級生である。トワは様々な組織や機関からスカウトを受け、ジョルジュは工科大学からトールズに移転後も技術工房の担当を任される、といった具合に進路が約束されていた。しかし、二人とも内戦でリィン達と共に駆けた経験から、それぞれ非政府団体を巡って経験を積む、導力器メーカーを渡り歩いての武者修行、という道を進んだ。

今回はたまたまアンゼリカとスケジュールがあったため、こうして集まったというわけだ。

 

「はじめまして、トワ・ハーシェルっていいます。アンちゃんから話は聞いているよ」

「僕はジョルジュ・ノーム。修行中の技術者ってところだね」

「初めまして、タツミって言います。リィンさんに助けられて、遊撃士を目指すことにしました」

「同じくサヨです。よろしくお願いします」

 

取りあえずお互い自己紹介をしておく。そんな中、サラの口から今回ルーレに来た理由が語られた。

 

「で、今日ルーレに二人を連れてきたのは、ある物のテストをして欲しかったのよ」

 

サラに言われるがまま、タツミたちは案内されて大学のドックにやってくる。

 

 

「こ、これってリィンさんが乗ってた……」

「そう。工科大学で試作した新型の導力バイクよ」

 

確かにそこには、リィンが乗っていた物とデザインが異なる、新品の導力バイクが置いてあった。

 

「元々、リィン君の乗っていたバイクは工科大学で作っていたのを、僕が引き取って完成させた品なんだ」

「で、同じモデルの物が今はRFグループから販売されていて、これはそれをもとに新型の導力エンジンを実装した機体なんだ」

 

ジョルジュとトワが交互にバイクについて説明する。タツミはリィン達と出会った際に帝都まで乗せてもらったのだが、その際に強いあこがれを抱いていたという。そのため、今回のテストという単語とその実物であるバイクを見て、目を輝かせていた。

 

「で、早速だけどお願いでき…」

「やります! 是非やらせてください!!」

「えっと、ずいぶん食い気味ね……まあ、ノリノリみたいだからいいか」

 

一瞬、タツミのノリに固まるも、やるきならそれでもいいかと思うサラであった。

 

「それと、今回ルーレに来てもらったのはこれを渡す目的もあるんだよ」

 

すると今度はアンゼリカからある物を渡された。小箱に入れられたそれはテストするバイクと違い、今度はサヨの分と合わせて二つある。早速受け取り、二人は中身を確認してみた。

 

「こ、これって……」

「正式に遊撃士になるのなら、そのうち必要になるだろうと思って作っておいたのだよ。RFグループ本社があるから、すぐに準備が出来たわけさ」

 

それは、大陸中の遊撃士や警察官といった戦闘のプロ達が持っている、戦術導力器ARCUSであった。早速中を開いて見ると、二人ともラインは二本で長さは半々といった、バランスタイプであった。

 

「それじゃあ、タツミがバイクのテストしている間、サヨちゃんはARCUSのテストをしてもらいましょうか」

「みなさんは積もる話もあるだろうから、ここで休んでてください」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」

 

タツミはそのままトワ達に休むことを勧め、二人は街の外に向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おお、すっげぇ! で、次はここをこうして……出来た!!」

 

タツミはテストすることとなったバイクを、ザクセン山道にて走らせていた。鉄鉱山に続くこの道は、山道というだけあり斜面が多い&鳥型や鉱石の特性を持った魔獣が跋扈しているため、今回の訓練やバイクの試験には適任だった。そんな中でタツミは、ジョルジュから聞いた操縦法を実践しており、初見ながらうまいこと操縦できていた。

タツミがバイクのテストをしている傍ら、サヨはアーツの特訓目的で山道に徘徊する魔獣と戦闘をしていた。相手はダンシングオゥルという梟の魔獣で、踊るような不規則な軌道の飛行で体の模様を見せることで相手を混乱させるのが得意だ。この魔獣自身も攻撃の回避が得意なため、非常に戦いづらい相手である。

 

「は!」

 

サヨはダンシングオゥルに矢を放つと、それが心臓を貫いて見事撃破に成功する。しかし、ここに来るまで10回ほど矢を放ったが、うち2,3本しか命中していない。加えてダンシングオゥルはまだ5羽も飛び回っている。

 

「た、確かに当てにくいですね」

「そういうこった。アーツは空間に直接作用する空属性や、地面から攻撃を発する地属性があるからほぼ確実に当たる。一応、アーツを回避するための装備なんかもあるが、今回は例外としておく」

 

トヴァルに言われたサヨは、早速ARCUSを開き、はめ込まれたクオーツをなぞってアーツの発動準備に入る。

 

「ダークマター!」

 

サヨがアーツ名を叫んでARCUSを目の前につき出すと、ダンシングオゥルの集団の中心に小規模のブラックホールが生じた。ブラックホールに吸い寄せられたダンシングオゥル達に、内部に含まれた空属性のエネルギーで的確にダメージを与えていく。

 

「今が好機! ピアスアロー!!」

 

サヨはダメージを受けて怯んだダンシングオゥルに向けて、アルゼイド流の弓術技でとどめを刺す。闘気を纏った矢は一直線に飛んでいき、一箇所に集められたところを一気に貫いた。ダンシングオゥル達は体を抉られて絶命し、体内に取り込んでいた七曜石の欠片をばらまいた。

 

「凄い……これは、武芸と組み合わせたら強力な力になってくれますね」

「だろ? そのARCUSはアーツ特化型のライン配分じゃないから、威力やEP容量は過信しない方がいいぜ」

「はい! って、ちょうどタツミが戻ってきたみたいね」

 

戦闘終了後、トヴァルと話しているとバイクの走る音が聞こえてきた。見てみるとタツミが戻ってきたのが見えてきたが、何か様子がおかしい。

 

「あれ? なんか、タツミの後ろにいるんだけど……」

 

サヨの視線には、タツミが何かから逃げているように見えた。その相手は、何やら人型で無機質な体をした魔獣にしては不自然な容姿をしていた。

 

「おいおい。まさかあれ……」

「だとしたら、今のタツミには厳しいわね」

「え? ちょ、何ですか一体!?」

 

トヴァルとサラは何かに感づいてタツミの方に駆け寄り、サヨも二人に付いて行く。

 

「ちょ、サラさん! こんなのがいるなんて聞いてませんよ!!」

「ええ。だって、あたし等もこれがいるなんて思いもしなかったんだから」

 

合流に成功したタツミが文句を言うも、サラ達としても想定外のようだった。現れたそれは、やはり金属と思われる無機質な人型の体をしており、四本の腕に剣を持った巨人だった。

 

「魔煌兵。大昔に魔導、所謂魔術と言われる力が表にあった時に作られた戦闘用の人形だ」

「魔術……まさか、エマさんと何か関係が?」

「察しがいいわね。直接関係は無いけど、接点はあるらしいわ」

 

この魔煌兵は、リィンが内乱の始まる少し前に手に入れたある力に呼応して機動を開始した。機動と同時に襲ってきた個体や、魔女の眷属と関わりのある土精(グノーム)という一族が作った遺跡の番人といった個体と何度か戦ったことがあったが、そのいずれもが驚異的な戦闘力を誇っていた。

 

「こいつは自己修復機能、どんなダメージも一定周期で回復しちまう能力を持ってやがる。お前らは下がってろ」

「いくら素養が高いって言っても、デカくて頑丈、しかも傷が修復されるような化け物、いきなり相手にしてられないでしょうから」

 

そう言って、トヴァルとサラはそれぞれの獲物を構える。トヴァルは伸縮式の警棒と特殊パーツで改造した高速駆動型のARCUSを用いたアーツ主体の戦闘を得意とし、サラは改造拳銃と片刃の剣を併用した戦闘術、といった全後衛揃った布陣となっている。加えて二人揃って遊撃士としての戦闘力は他を圧倒する物があった。

確かにこの二人と一緒に魔煌兵という強敵を相手にすると、足手まといになりかねない。

 

「……そう言われても、聞けませんね」

 

しかし、タツミもサヨも下がろうとはせず、得物を手にサラ達と並んだ。

 

「俺達は向こうで、ナイトレイドみたいな連中と互角に戦えないといけないんです。だから、手に負えないからって無視するわけにいかないんですよ」

 

そう言ってタツミは、腰に差してあった二振りの剣を抜いた。片方は前から持っていた剣だが、もう片方は使い古されていたものの、見覚えのない物だった。

 

「……仕方ない。ただし、俺とサラが攻撃のメインを張るが、お前ら二人はサポートに徹しろ。補助アーツや牽制をメインに動け。生存率を上げるための措置だ」

「わかりました。じゃあ、俺もアーツを試してみるか」

 

そう言ってタツミは、早速アーツを使用してみる。火のクオーツをなぞり、早速補助用のアーツを使用する。

 

「ラ・クレスト!」

 

タツミがアーツを使用すると、その場に集まっていたメンバーの体にバリアのような物が張られる。

 

「よし。それじゃあ、攻撃開始と行くか」

 

防御の準備が終わると、トヴァルがアーツの発動準備に入り、サラが魔煌兵に発砲しながら飛び掛かる。その様子を見て、魔煌兵も迎撃しようと剣を振り上げる。

 

「させない!」

 

しかしサヨが咄嗟に弓を放ち、それが腕のうち一本に命中して魔煌兵の気を逸らすことに成功した。

 

「サヨちゃん、ナイス! それじゃあ、一気に!!」

 

そのままサラは魔煌兵の頭部を滅多切りにする。そしてひとしきり斬り終えた後、一気に距離を取る。

 

「紫電一閃!」

 

そのままサラは、剣に稲妻を纏わせて横薙ぎに振るう。すると、稲妻がそのままリング状になって飛んでいき、魔煌兵の胴体に命中する。

 

「よし、準備完了! シャドー・アポクリフ!!」

 

その直後にトヴァルがアーツを発動。上空から巨大な黒い剣が降ってきて、それが魔煌兵の体を貫いて爆発した。

しかし、それでも魔煌兵は立ち上がって再び向かってきた。

 

「聞いた通りにしぶといな。けど、だからってこのまま通す気は無いがな」

 

トヴァルが呟くと、いつの間にか魔煌兵の背後に回っていたタツミが宙を舞っているのが見えた。

 

「行くぜ、イエヤス!!」

 

タツミが亡きもう一人の幼馴染の名を叫ぶと同時に、剣を持った両手を広げて高速回転、魔煌兵の背中を滅多切りにした。

 

「サラさん、とどめお願いします!」

「おし、来た!」

 

叫びながら飛び退くタツミの姿を確認し、サラが一気にとどめに入る。紫電を纏ったサラは再び魔煌兵の背中に飛び掛かり、剣で貫く。そして地上に飛び降りる。

 

「でやあああああああああああああああああ!!」

 

そのままサラは紫電を纏ったまま地上を駆け巡り、着実にダメージを与えていく。

 

「はあああああああああああ!!」

 

飛び退きながらサラはこれでもかと言わんばかりに銃弾をお見舞いする。

 

「さて。これは受けきれるかしら?」

 

そして剣を天に掲げると、凄まじい稲光を切っ先から発する。

 

「オメガエクレール!!」

 

そして技名を叫んで剣を振ると、巨大な電撃が地面を高速で這っていき、魔煌兵を飲み込んだ。

 

「さて。どうにか撃破できたかしら?」

 

そしてサラが魔煌兵の様子を見に近づいた直後……

 

 

 

 

「な!?」

「ま、まだ立ち上がるのか!?」

 

なんと魔煌兵が立ち上がった上に、先程の傷が見る見るうちに再生していったのだ。

 

「こいつ、前に戦ったやつよりも強いわね」

「サラさん、どうすれば?」

「攻撃の手を増やして一気に決めるしかないわね。でも、今から援軍を呼びに行っても間に合わないだろうし……」

 

このままジリ貧になってしまうことを危惧し、緊張感がその場を埋め尽くす。しかし、その心配は気鬱だった。

 

「サンダーイクシオン!」

 

いきなり聞き覚えのない女性の声が聞こえたかと思うと、雷を伴った竜巻が魔煌兵を襲う。

 

「こ、この不自然な竜巻は……」

「間違いなくアーツね。けど、この声って」

 

竜巻がの正体がアーツだと判明すると同時に、サラはこの声に聞き覚えがあると判明した。

 

「そこの皆さん、離れてください!!」

 

今度は新たに少女の声が聞こえたが、慌てている様子から尋常ではないと思い、取りあえずしたがってその場から離れる。

その直後、凄まじい轟音と同時に何かが魔煌兵の胸に向かって連続して飛んでいく。そして後ろを見ると、小柄な少女が筒状の巨大な機関銃で魔煌兵に攻撃しているのが見えた。

 

「と、トヴァルさん。あれって……」

「あれはガトリング砲。導力銃と違って火薬式の銃なんだが、連射速度は並の機関銃を上回るゲテモノ銃器だ。けど、あんなものをどうしてあの子が……」

 

サヨの疑問に答えるトヴァルだったが、何故少女がそんなものを持っていたのかまではわからなかった。

 

「ジャッジメントボルト!」

 

更に先程のアーツを使った人物と同じ声が響いたかと思うと、それが新たなアーツを発動した。巨大な稲妻の矢が、魔煌兵を一気に貫く。

 

「貴方達、このまま攻撃を続行してちょうだい!」

「や、やっぱりシェラザードさん! でも、なんで……」

「説明は後回し。今はこいつを倒すのが先よ!」

 

直後にタツミたちの傍に現れた声の主は、サラの知り合いらしい。銀髪に褐色肌の露出が多めの服装の女性で、鞭とARCUSを装備している。

ひとまずこのシェラザードという女性に従い、今は攻撃態勢に入ることにした。

 

「それじゃあ、俺がまたさっきの奴で叩くんで、サラ達もお願いします」

「私も続けて隙を作りますので」

「サラはさっき大技をやったばかりだから、俺に任せといてくれ」

「よし。それじゃあ、やりますか」

 

そのまま話が纏まり、一気に攻撃を始める。まずはサヨが走りながら矢を連続して放ち、魔煌兵を牽制する。

 

「喰らいなさい!」

 

そしてサラが紫電を纏った銃弾を連続して放ち、魔煌兵に立て続けにダメージを与えていく。

 

「もう一度喰らいやがれ、デカブツ!」

 

更にタツミが先程と同じ二刀流による高速回転切りを放ち、一気にダメージを与えていく。

 

「よし。それじゃ、とどめに入るか」

 

そしてトヴァルが大技に入ると、魔煌兵の周囲にエネルギー球が五つ出現し、トヴァルが手を動かすと同時にそれが竜巻を発する。そのまま竜巻に乗ったエネルギー球は一つの巨大な球となったかとおもうと、トヴァルが大ジャンプしてその上に行く。

 

「リベリオンストーム!」

 

そのまま両手を組んで、技名を叫ぶと同時に振り下ろすとエネルギー球は魔煌兵を目掛けて落下し、そのまま命中した。そしてエネルギー球がはじけ飛ぶと、辺り一帯を暴風が襲う。

 

「……風が晴れて来たな」

「げ。まだ動いてるわ」

 

しかし魔煌兵は想像以上にしぶとく、まだ立ち上がろうとしていた。しかし直後

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンダアァァァァァァァァァァァイブ!!」

 

しかしまた聞き覚えのない声を聞いたかと思うと、空から何かが炎を纏って落下、魔煌兵の体を貫くと同時に爆発した。爆炎が渦巻く中、魔煌兵は光の粒子となって消え失せ、そのまま消滅した。

 

「おっし。無事みたいだな」

 

そして先程の男の声が何かの落下地点から聞こえたかと思うと、そこから声の主と思われる男が現れた。赤い髪にバンダナをした男は、身の丈ほどある大きな剣を担いで近寄ってきた。どうやら落下してきたのはこの男のようだ。

 

「アガットさん、お疲れ様です」

 

そんな男に、先程ガトリングで魔煌兵に攻撃していた少女が駆け寄る。少女は革製のゴーグル付き飛行帽を被り、そこに収まり切らない綺麗な金髪の、可愛らしい少女だった。

 

「シェラザードさん、おかげで助かりました。もしかしてそこの二人が?」

「ええ、前に話したリベールの異変を解決した仲間よ。で、貴方達がトヴァルから連絡が来てたっていう?」

「ああ、例の遊撃士志望者二人だ。単純な戦闘力はもう準遊撃士のレベルは超えている有望株だぜ」

 

サラとトヴァルと話しを終えたシェラザードは、残りの二人とともにタツミたちに近寄り、自己紹介をする。

 

「あたしは”銀閃”シェラザード・ハーヴェイ。最近A級遊撃士になったばかりで、エステルの姉貴分よ」

「同じくA級、”重剣”のアガット・クロスナーだ。まあよろしくな」

「リベール王国のツァイス市から来ました、ティータ・ラッセルです。私は遊撃士じゃないけど、ZCFで技師をしています」

 

そしてこの三人は、かつてエステル達が解決したリベールの異変という大事件を解決した、歴戦の勇志であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その日の夜、タツミたちはシェラザードたちと改めて挨拶をするついでに、ルーレ市内の大衆食堂で夕食を取っていた。ちなみにこの店の看板娘ユーナが、アリサの地元友達だというのは完全な余談である。

 

「なるほど。ティータちゃんはラッセル博士の孫娘で、シュミット博士に用事があったわけか」

「はい。それで、アガットさんとシェラザードさんがその護衛をしてくれたんです」

 

ティータの祖父アルバート・ラッセル博士は、シュミット博士と同じエプスタイン博士の弟子の一人で、とんでもない技術バカなのだという。

 

「折角の機会だし、私等も帝都で仕事があるから一緒に鍛えてあげましょうか?」

「俺も特に予定はないから、クロスベルに同行してもいいぜ」

「お。折角なんで、お願いします」

「お二人の戦闘術やアーツの手際、参考にさせてもらいますね」

 

タツミたちの修行に、シェラザード達も協力してくれるようなので、二人とも嬉しそうだった。すると、アガットがあることが気になってタツミに問いかける。

 

「そういや、昼間に二刀流で戦ってたみたいだが、どこかぎこちなかったな。もともと、一刀流だったんじゃないのか?」

「ああ。こいつ、イエヤスっていう死んだもう一人の幼馴染の形見なんです」

 

どうやら見覚えのない方の剣は、イエヤスの遺品だったらしい。持ち主亡き今、眠らせているのも剣やイエヤス本人に対して失礼とのことで使ってみようと、二刀流に挑戦したのだという。

 

「でも、その割には結構なレベルの剣術だったわよね。やっぱり、素養の高さもあるのかしらね?」

「少し邪魔するよ」

 

すると、夕食の席を一緒にしていたアンゼリカ達が話に割って入ってきた。

 

「そうか。慣れない戦闘法でそんなレベルということは……ジョルジュ、ちょっと考えてみたんだが」

「……なるほど。けど、彼に申し訳ないんじゃないかな?」

「こんなまっすぐな少年に戦い方を継承してもらえるなら、彼も本望だろう」

 

アンゼリカがジョルジュに耳打ちし、そのまま何か話し込む。そしてすぐに終わったかと思うと、今度はタツミに声をかけてくる。

 

「タツミ君、君の剣とその形見の剣を僕に預けてくれないかな? 補修ついでにちょっとした改造を咥えようと思うんだ」

「リィン達が話しているかもしれないが、ある人物の戦闘法を君にも使えないかと思ったんだ。独自性のある戦い方だから、使いこなせば相手も見切りにくいだろうと思ってね」

「ある人物? ……直接は聞いたことないですけど、例の内乱とやらに関係のある?」

「……そっか、話してないんだ。それじゃあ、話しておくね」

 

タツミの反応を見て、トワからその人物の詳細が語られる。そして大体の事情を聞いたタツミはというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかりました。それでお願いします!」

「よし。今日はもう遅いから明日にするけど、すぐに仕上げるから期待しててくれ」

 

タツミの決意を聞き、ジョルジュも乗り気だった。そして、アンゼリカとトワもその様子を見て嬉しそうにしている。

 

 

一方その頃

 

「へぇ、彼の戦い方をね。それでいてあの素質は……彼のあの力を継承させてもいいかしらね」

 

外で止まっている、不思議な鳥を介して会話を聞いていた、謎の人物がいた。

そして、これがタツミに巨いなる力を手にするきっかけとなるのだった。



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タツミのゼムリア大陸紀行3 緋の帝都ヘイムダル~紺碧の海都オルディス

ここ最近ご無沙汰してた、タツミサイドの話です。閃の軌跡をプレイしたなら、サブタイのオルディスに反応する人もいるのでは?


タツミとサヨがルーレで新武器とARCUSを手に入れてから三日後、今度は帝都ヘイムダルにやって来た。

エレボニア帝国の首都であると同時に、ゼムリア大陸で最大級の規模を誇る都市としても知られている。人口もそれに合わせて80万という物だ。緋色のレンガを基調にした建物が立ち並ぶ美しい街並みで、歴史的な建造物も数多く存在している。導力革命による近代化の煽りを受けて、帝国全土に張り巡らされた鉄道網が帝都に集まり、街にもトラムという路面鉄道が走っている。面積だけで言えばタツミたちのいた帝国の帝都に匹敵するだろうが、街の様相や住民の活気を考えると、発展度合いはこちらの方が上と思われる。

 

「ほげぇ……凄い街だなぁ」

「タツミ、バカ丸出しだからやめて」

「俺からも言っておく。マジでバカに見えるからうぜぇよ」

 

ヘイムダルのあまりの発展度合いに、タツミはつい間抜けな声を出してしまう。あまりにも間抜けすぎる様子に、サヨだけでなくアガットまで辛辣な返事を返した。

 

「でもよサヨ、ここスゲェよ。車も人もスゲェ多いし、向こうの帝都とは違った活気があるし……とにかく、スゲェ街なんだよ」

「わかったから、さっさと行くよ。魔獣退治の依頼の話を聞いて、その依頼の後は筆記試験もあるんだから」

 

クロスベルの解放後、帝国政府は内戦の発生などの災難に見舞われたため、不測の事態に備えてレグラム以外の遊撃士協会支部を、帝国内で再開することを認めていた。しかし、鉄血宰相オズボーンがなかなか首を縦に振らず、帝都ヘイムダルとバリアハートのみで再会する形となった。

ヘイムダルは首都として、バリアハートは領主であるアルバレア侯爵家の長男がオズボーンの精鋭”鉄血の子供達(アイアンブリード)”の筆頭であるため、いずれも落とされないように正規の軍では不可能な、民間団体故の柔軟な対応が可能な遊撃士を手元に置いておく形で妥協されたのだ。

今回はそんな形で再開された、帝都支部で筆記試験を行うことになったのだった。しかし、その前にシェラザード達が受けた地下水道の魔獣討伐に参加、A級遊撃士である二人の戦闘分析及び、指南を受けることとなった。

ちなみに、サラとトヴァルは試験の準備のために支部に向かっていた。

 

~ヘイムダル・地下水道~

 

「街の地下にこんな空間があるなんて……」

「下水道っつって、掃除や排泄に使われた水を街の外に流すための施設だな。基本的に中世からある大都市の設備だな」

「案外、貴方達の帝都にもあったりするかもね」

 

田舎の村出身であるタツミたちにとって、都市の地下に作られた水道はそれそのものが珍しかったのだった。

 

「お、早速出て来たな」

 

そんな地下水道をいくらか進むと、アガットが視線の先に目当ての手配魔獣を発見した。巨大なスライム状の体に触角を生やした奇怪な生物で、その周囲に黒い色で小型の個体が複数いた。

それぞれ、ビッグドローメとブラックドローメという魔獣だ。そのスライム状の体には、打撃攻撃を始めとした物理攻撃が効きづらいという特性があり、アーツを攻撃のメインにすると戦いやすい。ちなみに、体を構成するゼラチン質の成分は食用にもなる。

 

「うわぁ……魔獣って危険種よりも変なのいるけどこれは」

「うん。一応調べはしたけど、実物は流石にあれだね……」

 

タツミとサヨは戦闘手帳をサラ達から借りて魔獣の特性や容姿についても勉強したが、流石にこれはビックリだ。名前通り飛行能力を持った猫の”トビネコ”、拳法家の羊型獣人”ヒツジン”、竹を鈍器代わりに攻撃に用いる”ササパンダー”など、危険種と違い滑稽な名前や容姿の生物が多かったので、最初に見たときはつい固まってしまったのだ。

 

「この魔獣はアーツ、特に火属性に弱いからそれを攻撃の主体にするとやりやすいわ」

「後、物理攻撃だと斬撃主体に弱いから、タツミや俺が適任だな」

「なるほど。それじゃあ、私とシェラザードさんがアーツの準備をして、タツミとアガットさんが崩しに行けば……」

「察しがいいな。それじゃあタツミ、先手は譲る」

「わかりました!」

 

そしてタツミが取り出した、自前とイエヤスの形見の二振りの剣。その刀身は、たまたま工科大学がサンプルとして採取したゼムリアストーン、それが余っていたため強化に使用、独特の美しい輝きを発した刃となっていた。しかし、改造はこれだけではなかったのだ。

 

「行くぜ……ブレードスロー!」

 

なんと剣の柄同士を連結したかと思うと、それをビッグドローメに目掛けて投げたのだ。これは今は亡きクロウが使っていた、双刃剣(ダブルセイバー)という剣だ。投げられた双刃剣は、ビッグドローメに命中したかと思うと、それがブーメランの要領で戻ってきたのだ。

 

「今だ、サヨ!」

「オッケー!」

 

そして体勢の崩れたビッグドローメに、サヨが追撃の為に矢を射る。ダメージは薄かったが、サヨがARCUSにアーツ耐性を下げる効果のあるクオーツを取り付けたため、矢にその効果が反映されていた。

しかし、ビッグドローメも反撃しようとアーツを発動しようとする。魔獣は七曜石を体内に取り込む習性があり、その影響かアーツを使える種類が存在し、ドローメ型の魔獣も該当していた。しかしその攻撃は、未然に阻止されることとなる。

 

「させるか! ドラグナーエッジ!!」

 

アガットが技名を叫びながら重剣を地面に振り下ろすと、そのまま衝撃波が地面に沿って一直線に放たれ、その延長線上にいたビッグドローメと何大火のブラックドローメに命中した。すると、アガットの攻撃を受けたドローメがアーツの発動を中断してしまったのだ。

 

「これでも喰らえ! ヴォルカンレイン!」

「続けて、サウザンドノヴァ!」

 

そしてその隙にシェラザードとサヨがAECUSの駆動を完了し、アーツを発動する。サヨの発動したアーツは虚空から無数の火炎弾を降らせて、周りのブラックドローメ達にもダメージを与える。そしてシェラザードはブラックドローメの足元に魔方陣を展開、そこから火柱を無数に発して大爆発を起こした。

アーツ耐性を削られた上に弱点属性のアーツで立て続けに喰らい、ビッグドローメはそのまま絶命した。

 

「よし。後は、周りの雑魚どもを蹴散らせば、依頼達成だな」

「それじゃ、一気にたたみかけるわよ!」

 

アガットとサヨが声を上げ、一同は残ったブラックドローメの群れに立ち向かっていく。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その日の夕方、魔獣討伐とその後の筆記試験を終えて……

 

「もう残すは、明日の実技試験だけね」

「……燃え尽きたぜ」

 

試験会場から出てきたタツミとサヨだったが、伸びをしながら充実感のある表情を浮かべるサヨに対して、タツミは魔獣討伐後よりも疲れている様子だった。やはり体育会系のタツミでは、頭を使うことには慣れていないのだろう。後はこの試験と明日の実技試験の結果を合わせ、合格判定が出たら二人は晴れて準遊撃士になるというわけだ。

 

「タツミ、そんな調子で明日の実技試験を突破できるの?」

「いや、それは大丈夫。頭使うのに慣れてないだけだから」

 

タツミはサヨと会話を交わしながら、今日の宿泊先へと向かう。

 

「そういや、サラさんって最年少でA級遊撃士になったらしいんだよな」

「うん。で、私達も年齢的に近いからトヴァルさんもそれに次ぐんじゃないかって、驚いてたわね」

「最低でも準遊撃士になれば、サラさん達はまた帝国に戻してくれるかもって言ってたしな。気合い入れていくか!」

 

タツミはすぐにでもリィン達の手伝いに入れるかもということで、先程まで燃え尽きていたのが嘘のように元気になっている。恩人の手助けと、自分達のいた国の危機を救う、これを成し得ることもすぐに可能と思えば当然だろう。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり貴方達、素質あるわね。それに、その気概も嫌いじゃないわね」

 

そんな中、いきなり何処からか艶っぽい女性の声が聞こえた。タツミもサヨも得体のしれない物を感じ取り、辺りを見回して声の主を探すが何処にもいない。

 

「はいはい。すぐに出てくるから待ってて」

 

その直後、先程まで感じられなかった人の気配がしたためその方を振り向く。

 

「あ、貴方は一体……」

 

そこにいたのは、一人の女性だった。腰まで届く長さの灰色の髪で、妖美な雰囲気を纏った美女だ。裾の長さが地面まである青いドレスを纏い、大きく開いたスリットから左足が露出して扇情的なオーラを醸し出していた。

 

「私は身喰らう蛇の第二使徒”蒼の深淵ヴィータ・クロチルダ”。身喰らう蛇の名前は、聞いたことあるんじゃないかしら?」

「え!?」

「リィンさん、エステルさん、ロイドさんがそれぞれの事件で戦ったってあの……!?」

 

ゼムリア大陸で暗躍する巨大な秘密結社、その最高幹部の一人が今目の前にいるのだ。タツミもサヨも、警戒して武器を構えながらヴィータを凝視する。

 

「そんなに身構えなくていいわよ。貴方達を取って食おうというわけじゃないから」

 

しかし彼女自身は、そんな二人の警戒すら軽く流している。巨大な裏組織の最高幹部だけあって、相当肝が座っているようだ。

 

「もう率直に接触を図った理由を伝えるわ。あなた達に、強大な力を与えてあげようと思うの」

 

唐突に掛けられた言葉に、思わず二人は首を傾げる。しかし、直後にヴィータ自身が告げたあることに、真っ先に反応するのだった。

 

「順を追って説明するわ。まず、私は魔女の眷属の一人で、あなた達が以前会ったエマは妹弟子に当たるの」

「「ええ!?」」

「魔女の眷属はある力とそれを手にする資格を持ったものを、導き見守るという使命がある。リィン君は内乱が始まる直前あたりで、エマに導かれる形でその力を手に入れたわ」

 

ヴィータが意外な事実を語っていると、聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 

「二人とも、離れろ!」

 

振り向くと、トヴァル達がこちらに駆けつけてくるのが見えた。そしてサラとアガットの前衛組が、タツミたちを庇うように先頭に立つ。

 

「まさか、蛇の使徒がこんなところに出てくるとはな」

「うわさに聞いた第二柱がこの女ってわけか……何を企んでガキ二人に近づいた!」

「あらあら、血の気の多い男ね。教授の所為で私や他の使徒の評価、低いみたい」

 

アガットが先頭に立って重剣を向けながら問いかけると、冗談交じりにヴィータが答える。

 

「今、私は使徒じゃなくて魔女の眷属として彼らに話をしに来たの。ちょっと、そこのタツミ君に興味があってね」

「魔女の眷属としてタツミに用が……まさかとは思うけど」

 

ヴィータの言葉にサラは何か思い当たる節があるようで、思わず反応してしまう。

 

「まあ、明日にでもある場所に連れて行こうと思ってね。準遊撃士の実技試験、それに合わせてもらえないかしら?」

 

 

そしてヴィータの誘いに、サラが警戒しながら答えを出す。

 

「……まあ、あの力があれば帝国の力に対抗できるかもってことで、手に乗らせてもらおうかしら。でも、変な真似をしたらすぐに拘束するから、覚悟しておきなさい」

「まあ、完全に信用しろって方が難しいのは私もわかってるから、それでいいわ。それじゃあ、マーテル公園で待ってるから、来てくれるなら明日の早朝にそこでね」

 

ヴィータがそう言った直後、彼女の足元に魔方陣が出現する。そしてそれを通して、彼女は消えたのだった。

そしてその日の夜。

 

「クロチルダさんが、まさかねぇ」

 

タツミたちは今日泊まることになった家で、そこに住むオレンジ寄りの赤毛をした青年と話しをしている。年齢で言えばリィンと同い年だが、童顔で声も若干高く少年染みている。

彼の名はエリオット・クレイグ、リィンのクラスメイトで帝国軍第四機甲師団を率いるオーラフ・クレイグ中将の実子である。本来は姉や亡き母と同じ音楽関連の進路に進もうとしていたが父が許さず、妥協する形で吹奏楽部があるトールズ士官学院に入学した。現在は内乱後に父に認められ、VII組を早期卒業して帝都の音楽院に入学するのだった。

そして同じく家を訪ねていたクラスメイト、マキアス・レーグニッツも会話に参加している。マキアスは現帝都知事の息子で、卒業後は政治学院に入学して勉強中である。

 

「クロチルダさんが接触ということは、まさかあれをタツミ君に託そうってわけじゃないだろうな?」

「あれ?」

 

マキアスの言葉を聞き、タツミが真っ先に反応する。

 

「魔女としての接触、タツミ君がクロウの戦い方を継承、判断材料としてはまあいいんじゃないかしら?」

「トヴァルから聞いたが、中々とんでもない物が内戦で関わってたらしいな」

「で、それをタツミたちに託そうとした……何を企んでいるんでしょうね」

 

当事者であるサラや、ベテラン遊撃士であるアガットとシェラザードも首を傾げる。

 

「賭けに出る必要があるけど、それを踏まえても強力な力になる筈だわ。あちらさんに狙いがあったとしても、上手くいけば出し抜けるだろうし」

 

内戦の最後、狙撃されたと思われたオズボーンが姿を現し、結社が内戦に合わせて実行していた”幻焔計画”の乗っ取りを宣言。つまり、結社を出し抜くことに成功していたのだ。自分達に同様の真似が出来るという確証は無いが、もしできればこちらが結社の企むを止められる可能性があった。

 

「あの、さっきから俺達置いてけぼり状態なんですけど……」

「ああ、ごめん。それなんだけど」

「みなさん、お夕飯が出来ましたよ~」

 

サラがタツミに説明しようとした矢先、エリオットの姉フィオナが夕食の準備を終えてこちらにやって来た。

 

「後で説明するとして、取りあえず腹ごしらえしましょうか」

「あ、そういえばお腹空きましたね」

 

サラの言葉の直後にサヨが思い返すと、タツミと揃って空腹に襲われる。ひとまず事情は夕食の後に保留となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そして翌日、早朝から一同は帝都庁に近いマーテル公園へと集まっていた。

 

「来てくれたのね。警戒されてたから、昨日言ったのが嘘じゃないかとも思ったのだけど」

「正直信用しづらかったけど、あんた達が企んでいる前提で出し抜こうとも思ったわけよ」

 

待っていたヴィータに、サラも悪態をつく。一応、敵対勢力の幹部なので信用できないのは当然だったが。

 

「強いて言えば、結社としてもあの帝国が邪魔になりそうだったから、かしらね?」

「え?」

「厳密には帝具が、かしらね。これ以上は深く話せないのだけど」

 

ヴィータは最後にそれだけ言って会話を打ち切る。すると、足元にタツミ達全員が入る大きな魔方陣が描かれた。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

直後、魔法陣内がまばゆい光に包まれて一同は目を瞑る。そして目を開けると、何処かの石造りの遺跡に転移していた。

 

「ここは?」

「海都オルディス。エレボニア帝国の海洋都市で、ここはそこにある遺跡よ」

 

オルディスは帝国西部の沿岸部にある湾口都市で、人口40万と帝都に次ぐ規模の都市である。かつては四大名門の筆頭であるカイエン公爵家が統治していたが、内戦で貴族派を率いていたこと、内戦の末に皇太子セドリックをあることに利用したこと、といったことから拘束されて統治権を失った。そして現在は、帝国政府で政治を管理されている。

 

「例の力については、サラさん達から聞いた。あんた、何の目的で俺達にそれを渡そうとするんだ?」

「帝具の存在を結社も警戒してるって言いましたけど、本当にそれだけなんですか?」

「実を言うと、私的な事情もあるのよね」

 

タツミたちも警戒して問い尋ねると、ヴィータが唐突にそんなことを言う。そして、語り始めた。

 

「その力の前の持ち主、クロウとはちょっとした仲でね。彼が死んだの、結構堪えたの」

 

内戦の最後に、リィンはカイエン公爵がセドリック皇子を利用して召喚した緋き終焉の魔王(エンド・オブ・ヴァーミリオン)との決戦のため、クロウと共闘。撃破して皇子の奪還にも成功したが、その時に心臓を貫かれてクロウは死んだ。その際、リィン達VII組メンバーだけでなくヴィータも傷心し、カイエン公爵がそれを嘲った際に憤怒の情を抱いた。つまり、ヴィータもクロウと良好な関係だったわけだ。

 

「そんな中で、ルーレで貴方がクロウの戦い方を継ぐって話を聞いて、託していいかなとも思ってね」

「き、聞いてたんですか……」

 

ヴィータからの予想外の答えに、ついギョッとするタツミたち。まあ、あの場で危険視されている組織の幹部に話を聞かれたと知ったら、驚かずにはいられないだろう。

 

「それじゃあ話をここについてのことに戻すけど、ここには例の力を有する資格があるかを試す試練の場なの。力量に合わせて入れる階層が増えていって、各階層の最奥にいる魔物、魔獣や危険種と違う異質な怪物を倒せばその階をクリアになるわ。ちなみに、全七層ね」

 

ヴィータが丁寧に遺跡について説明を始める。この遺跡は古代ゼムリア文明ではなく、その滅亡後にしばらく続いた暗黒時代という時代の産物だという。魔導が一般的だった異質な時代だが、その割にはシステマチックな仕組みだった。

 

「特定の階層に大きな試練があって、第四階層にある第一の試し、第七階層にある第二の試し、この二つを突破すると挑める最後の試し、これをクリアできればあなた、タツミ君はその力を得るに足る存在起動者(ライザー)になれるの。さあ、どうする?」

 

ヴィータは問いかけるが、タツミとサヨの返事は決まっていた。

 

「今の俺達には力が必要だ。だったら、それを遠慮なく使わせてもらうぜ!」

「仮に罠だとしても、修行の一環として挑ませてもらいます!」

「あらあら、聞くまでも無かったわね。後でここへの転移が出来る魔道具を渡すから、見聞の旅も遠慮なく続けていいわよ」

 

タツミもサヨも、決意の固まった眼をしている。罠だとしても挑むというその気概、闇そのものと言ってもいい帝都に挑むのにも必要だろう。

 

「話が纏まったなら、実技試験はこの第一階層突破に急遽変更ということにするわ。最初の層でへばってたら、そもそも準遊撃士にすらなるのも遠慮してもらいたいし」

 

サラも二人に触発されたのか、そのままノリで試験内容の変更を了承する。

 

「じゃあ、早速行かせてもらうか」

「そうね」

 

そして、タツミとサヨは巨いなる力を得るための試練へと向かうこととなった。




話の進行スピードが落ちるので、階層攻略は省略していく方向で行こうと思います。
ヴィータは閃Ⅱの終章の様子から、こう思うだろうなという自分の想像で書いています。違和感を感じる方もいるかもですが、この方向性で行くのでご了承ください。


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タツミのゼムリア大陸紀行 4 経済都市国家クロスベル

GWに入って、ようやく投降。戦闘描写よりもそこまでの繋ぎが難しいとです。


オルディスの遺跡第一階層・最奥

 

「おりゃああああああ!」

 

遺跡の奥にいた魔物ミノスデーモン。この敵にタツミは双刃剣を振るって斬りかかる。鋭い斬撃を受けたミノスデーモンは、それで体勢を崩した。

 

「そこ!」

 

そんな敵にサヨがすかさず追撃として矢を放ち、ダメージを重ねていく。

 

「そしてとどめの、デュアルストライザー!」

 

最後にタツミは双刃剣を分割して青みがかった紫のオーラを刃に纏わせ、ミノスデーモンを×の字に切り裂いた。そのままミノスデーモンは消滅し、七曜石(セピス)の欠片が地面にばら撒かれる。

 

「コイツが第一階層の親玉……以外にあっけなかったな」

「けど、実技試験はこれでクリアね」

「ってことは、俺達もう準遊撃士に!?」

「でしょうけど、そのためにもまず向こうに戻りましょう。確か、入り口に戻る転移装置っていうのがあるって聞いたからすぐに帰れるわ」

 

そのままサヨに促され、タツミは最奥にあったモニュメントに光が発しているのを確認した。これが例の転移装置だろう。

そして、それを使い入り口に戻ってきた。

 

「よし。二人とも、準遊撃士合格よ」

「それじゃあ、これを渡しておくぜ」

 

サラからの合格認定を聞くと同時に、トヴァルからある物を渡された。

 

「これが、遊撃士のエンブレム……」

「まだ準遊撃士のそれだけど、大陸各地の支部で推薦状を集めて実力を認められれば、晴れて正遊撃士になれるってわけさ」

「なるほど。まだ先は長いってことか」

「うん。いきなり軍で隊長になれないのと一緒よね」

「って、サヨ!? その話はだって!」

 

トヴァルから話を聞いて、タツミとサヨがそんな掛け合いに入る。しかしその直後、何かに気づいて辺りを見回す。

 

「あれ? クロチルダさんがいないんだけど、どこへ?」

「それが、転移装置が起動した直後にいなくなっちゃってね」

「……せっかくの鍛錬の場と、新しい力への道筋を貰えたんでお礼くらいはと思ったんですが」

 

結局、ヴィータの行方はわからないままであったため、この日は遺跡を去ることとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後日、タツミ達はヘイムダルから列車に乗りクロスベルへと向かっていた。タツミとサヨ以外のメンバーは、アガットとサラ、そしてラウラである。シェラザードはあの後に別件で別れることとなり、トヴァルも帝国で仕事があったため残ることとなった。代わりにラウラが付いて行くことになったのだが、その理由はある人物に会いに行くためである。

 

「確か、警察って組織と合同訓練をするって言ってましたよね?」

「ええ。あなたたちの所で言う警備隊みたいな、犯罪者の摘発や拘束を主な仕事にする物ね」

「遊撃士と違って中立じゃねえから、国家権力にもある程度干渉が出来るのがメリットだな。だが、デメリットとして遊撃士よりも制限が多い」

 

自治州時代のクロスベルでは、その制限によって宗主国にコネを売ろうとした当時の上層部が圧力をかけ、犯罪の揉み消しが上層部で行われるという事態があった。しかしかつて滅ぼされたD∴G教団という邪教の生き残りが起こした事件によって上層部とコネがあった帝国側のマフィア”ルバーチェ商会”が暴走、特務支援課の活躍によって逮捕され、この均衡を崩された。これをきっかけに、上層部のおかげで信用が落ちていた警察も評判を取り戻したのだった。

 

『乗客の皆様にお伝えします。間もなくクロスベル独立国、クロスベル市に到着いたします。リベール、レミフェリア行きの定期飛行船をご利用のお客様はお乗り換え下さい』

「あれこれ話している間に、クロスベルに着いたようだな。降りる準備をしよう」

 

アナウンスを聞いたら裏に促され、一同は荷物を手に下りる準備を始めた。

 

ロイドやエリィの出身地”クロスベル独立国”は、一年前にようやく国家独立に成功した自治州である。通常、ゼムリア大陸で自治州は七曜教会の総本山アルテリア法国を宗主国として認められるが、クロスベルはエレボニア帝国と対立国のカルバード共和国、この二大強国を宗主国として成り立っている。二つの国を宗主国とした結果、この二国がクロスベルを領土にしようと水面下で争い、それに巻き込まれて死傷者が出ても圧力で無理やり事故として片づけられている。しかし、かつてクロスベル市で市長をしていたクロスベル国際銀行(略してIBC)の総帥ディーター・クロイスが国家独立を宣言、そのまま大統領にのし上がる。さらにディーターは身喰らう蛇に開発を依頼したある兵器と、彼の先祖がある妄執によって生み出した人造人間(ホムンクルス)の少女を用いてクロスベルを聖地に仕立て上げようとした。それによりエレボニア帝国もカルバード共和国も壊滅寸前になるが、ロイドの属する警察の部署”特務支援課”の活躍により、件の少女は救出されディーターも逮捕された。その後、内戦で革新派の勝利となったエレボニア帝国がクロスベルを制圧、内戦時に作られたとある兵器でカルバード共和国も迎撃されたが、ロイドたちの活躍によって本当の意味での国家独立に成功したのである。

 

「これが、クロスベル……」

「帝国とは違う意味で、凄い街ですね」

 

タツミもサヨも、駅から出て見たクロスベルの街並みに驚愕していた。車はヘイムダル程ではないが都市としてはそれなりに走っており、道は大きくないが代わりに背の高い建物、ビルが所狭しと建っている。IBCが大陸最大の巨大銀行であるため、クロスベルは経済として有名なのだ。加えて百日戦役終結後の停戦条約の影響で高度成長期に達し、街には近代的なビル群が形成されることとなった。

 

「確か、迎えが近くまで来てるはずなんだけど……」

「お~い。帝国からの遊撃士一行は君達?」

 

サラが迎えに来たという人物を探していると、聞き覚えのない女性の声で呼ばれる。その先にいたのは、二人組の女性だった。声をかけた方の女性は濃い色の短い青髪をした動きやすそうな格好で、鉢巻きを巻いている。もう一人は逆にゆったりめの緑の服を着た、長い銀髪の女性だ。

 

「あぁ、貴女達がクロスベル支部の遊撃士ね。あたしは一応責任者のサラ・バレスタインよ」

「貴女が噂の紫電……私はリン。B級遊撃士で泰斗流の拳士だ」

「同じくB級のエオリアです。レミフェリア出身で医療の知識も持ってるわ」

 

サラに続いて自己紹介する二人の遊撃士、リンとエオリア。そろってB級と、女性ながら遊撃士としてはかなりのベテランである。

 

「俺はタツミ。準遊撃士になったばかりの新人です」

「同じくサヨです」

「リベールのA級遊撃士、アガット・クロスナーだ」

「ラウラ・S・アルゼイドだ。私は遊撃士ではないが、今回の合同訓練である人物が参加すると聞いて、手合わせを願おうと無理を言って同行してきた」

 

タツミたちも続いて自己紹介をする。

 

「それじゃあ、まずはクロスベルの支部でこっちに滞在する間の移籍手続きをしてもらうわ。合同訓練は明日からになるから、それが済んだら今日一日は休んでいてね」

「わかったわ。それじゃあ、早速行きましょうか」

 

エオリアから話を聞き終えると、サラがタツミたちを先導して支部へと向かった。

 

~クロスベル市東通り・遊撃士支部~

「ミシェルさん、どうも久しぶり」

「あらぁ、久しぶりねサラ。で、その子たちが話に聞いた準遊撃士たちね」

 

支部を訪れたタツミたちを出迎えてのは、一人の男だった。喋り方は女性っぽいため所謂オカマなのだが、胸元を肌蹴たピンクのカッターシャツから鍛えられた胸板が見え、髪も茶髪をドレッドヘアーに纏めていた。その凄まじいミスマッチさに、思わずタツミたちはギョッとしてしまう。この人物がクロスベル市部で受付を担当している、ミッシェルである。見かけや口調で判断するのが失礼だと思いつつ、つい自己紹介の時に二人は顔を引きつらせてしまった。

 

「あ、あはは……どうも、準遊撃士成り立てのタツミです」

「お、同じくサヨです……」

「あら、ご丁寧にどうも。ここで受付してるミシェルよ、よろしく」

「他に男のB級遊撃士二人が所属してるんだけど、今日は仕事で空けてるみたいだから後日紹介ってことで」

 

所属している遊撃士が全員B級ということから、クロスベルの支部は相当優秀な部類に入った。

 

「じゃあ、しばらくクロスベルで仕事するみたいだから、転属の手続きをお願い」

 

そして手続きを終えると、サラが事前に借りておいた東通りのアパートに移動することとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

~翌日昼・国防軍関所のタングラム門~

「で、ここが合同訓練をするわけか」

「そういうこと。さて、じゃあ行きますか」

 

集合場所に到着したタツミ一行は、サラに案内されて演習所に向かう。そして、そこである人物と出会うこととなった。

 

「お、お前らがロイドとエステルちゃんが会ったとかいう異大陸のか。初めましてだな」

「本当にもう準遊撃士なんですね。相当お強いと見ました」

 

そこにいたのは、二人の男女と一匹の狼だった。男は長身の赤毛で、警備隊の装備であるスタンハルバードを携えているが、服装は私服である。もう一人はタツミたちと同年代の少女で、黒を基調とした服装と水色の髪、服装に関してはマントと金属製の胸甲に猫耳を模した装置を頭につけるという、かなり変わった格好をしていた。そして狼は、青に白のアクセントという特徴的な毛の色をしていた。ロイドの名を知っている辺り、彼の同僚のようだ。

 

「俺はランディ・オルランド。ロイドと同じ特務支援課のメンバーで、国防軍が警備隊だった時に転職してきた身だ」

「同じく支援課のティオ・プラトーです。エプスタイン財団から魔導杖のテストで派遣された身ですが、今は正式な支援課メンバーです。そしてこっちは、狼ですが警察犬をしているツァイトといいます」

 

やはりロイドの仲間だったようで、タツミたちも続いて自己紹介をする。

 

「で、今日の模擬戦は俺らの方からの希望で、お前らの相手をさせてもらうことになった。問題は無いか?」

「ロイドさんの仲間と手合わせ……強くなる近道に慣れそうだから、それで問題ないです」

「私も問題ないです。むしろタツミと同じで、ドンとこいです」

 

そんなこんなで模擬戦の振り分けが決まり、ついに開始時間となった。

 

「ではこれより、遊撃士協会クロスベル支部とクロスベル警察による合同戦闘訓練を開始する」

 

そして指定位置に就くと同時に模擬戦が始まり、警察の副署長ピエールが審判を務めることとなった。

 

「ルールは三対三のチーム戦で、先に全滅した方が負けとする。第一戦、遊撃士側からは準遊撃士のタツミとサヨ、A級遊撃士”重剣”アガット・クロスナーが参加する」

 

使命がかかり、タツミたちがそれぞれの獲物を構えて前に出る。

 

「続いて警察側からは、特務支援課のランディ・オルランドとティオ・プラトー、そして捜査一課のアレックス・ダドリーが参加する」

 

そして続いて前に出たランディとティオ、そしてダドリーと呼ばれた男が前に出る。堅物そうな雰囲気に眼鏡、といかにも頭脳型だが手には大型の拳銃を持ち、肩幅もあるためかなり屈強そうだ。

ランディも重量のあるスタンハルバードを軽々と振るい、ティオも魔導杖を片手に戦闘態勢に入った。

 

「では……始め!」

 

ピエールの合図と同時に、それぞれの前衛が駆け出した。

 

「「はぁああ!」」

 

タツミとアガットが剣を手に、ランディへと飛び掛かる。しかし、ランディは咄嗟に攻撃を回避しタツミの方に視線を向けた。

 

「おらぁああ!」

「がはっ!?」

 

ランディはそのままスタンハルバードを振るい、タツミの腹に命中させる。

 

「はぁあああ!」

「おらぁっ!」

 

アガットがその隙をついて重剣を振り下ろしてくるが、ランディは更にスタンハルバードを振るい、攻撃を逸らすことに成功した。アガットも負けじと剣を連続して振るうも、ランディも同じスピードで攻撃を繰り返す。

 

「流石はA級だな。そんな鉄の塊、軽々と振り回しやがって」

「お前こそ、やるじゃないか。スタンハルバード、聞いた話じゃそれも結構な重量だそうだな」

 

アガットもランディも、戦闘においては完全なパワーファイターであるため、重い武器を見事に使いこなしている。

そしてそんなランディを援護しようとタツミが動くが。

 

「うおぉ!?」

「そんなあからさまな動きで、妨害が入るのは当然だろう」

 

ダドリーが拳銃でタツミを目掛けて発砲した。訓練であるためゴムでできた模擬弾を使っているが、軍用銃なので弾の初速は凄まじく、タツミは回避に回ってしまう。しかもそのままダドリーは発砲を繰り返し、タツミに隙を与えなかった。

 

「ハイドロカノン!」

 

そしてランディとアガットの二人が討ちあっている最中、アガットを目掛けてすさまじい勢いで水が放たれる。喰らって吹き飛んだアガットが視線を移すと、ARCUSを構えたティオの姿があった。どうやらアーツを使ったようだ。

 

「いけ、ヴォルカンレイン!」

 

しかし今度はサヨが炎のアーツを発動、ティオとランディに火炎弾の雨を降らす。

 

「うぉお!? あの子、結構な攻撃使うな。こっちは前衛が俺だけってのがネックに……」

「オルランド、私が行く」

 

ランディが攻めあぐねていると、ダドリーがサヨへと突撃しながら発砲していく。

 

「俺を放っておく手はないぜ!」

 

しかしタツミがそれを阻止しようと双刃剣を分割、二刀流の構えを取る。

 

「ああ、お前も突破させてもらう」

 

しかしダドリーはそのまま走り続け、タツミも迎撃しようと構えを取る。

するとダドリーはタツミの構えた剣に照準を合わせ、発砲する。それによって剣に衝撃が走り、タツミの構えが解除されてしまう。

 

「だぁああああああ!」

「ぐえぇえ!?」

 

そしてダドリーはタツミにタックルをかまして吹き飛ばし、そのままサヨに向かって行く。

 

「このままお前を抑えさせてもらう。悪く思うな」

「ええ。こっちも本気で来てもらえた方が、訓練になるので」

 

このままダドリーは至近距離から銃撃の応酬でサヨを撃破しようとするが、サヨはいきなり弓を分解し始めたのだ。忠臣で二分割された弓は、そのまま変形してトンファーのような形状になったが、鋭利なそれは刃状だった。

これがギヨームの作った試作武器で、刃状のトンファー、つまりトンファーブレードに変形する機能を付けた物だったのだ。

 

「バニングスと同じトンファー使い……近接戦にも対応できるわけか」

「ええ。でも刃状になってるから、気を付けないと怪我しますよ!」

 

そのままサヨもダドリーに向かって行き、トンファーブレードを振るう。トンファーブレードを手にした腕を連続して素早くつき出し、ダドリーに連続攻撃を繰り出す。サヨはタツミ同様に山奥の村で危険種達と戦い、腕を磨いてきた。そのため、筋力や瞬発力は同年代の少女と比べても高い物である。これが、タツミと揃ってすでに準遊撃士を超える戦闘力と言われる所以だった。

しかしダドリーも、クロスベル警察で戦闘力と推理力の双方でトップと言われ、サヨの攻撃を全て躱し切っている。しかも合間に銃撃を挟んでいるため、その評判をサヨも実感していたのだ。

 

「いてて……って、サヨ! 今援護に行く!」

 

先程ダドリーに吹き飛ばされたタツミが起き上がり、サヨのフォローに入ろうと剣を連結して双刃剣にして向かって行く。

 

「ビームザンバー!」

 

だがその直後、ティオが魔導杖の先端から導力で構成された刃を生やし、それをタツミに目掛けて振るってきたのだ。しかし、間一髪でスライディングによる回避に成功する。

 

「お返しだ。クリミナルエッジ!」

 

タツミはそのまま反撃しようと、赤紫のオーラを纏わせた双刃剣をティオに振るった。ティオの胸甲には、防御フィールド発生装置が備わっているため直接斬られはしなかった。しかし、それでも大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「じゃあ続けて……ブレードスロー!」

 

今度はタツミが双刃剣を投げ、ダドリーに追撃をかける。

 

「な!?」

 

投げられた双刃剣は高速で飛んでいくが咄嗟にサヨは回避に成功、ダドリーは何処からか取り出したショットガンを撃って勢いを殺そうとする。細長い的であるため、普通に銃撃しても当てにくいと判断したのだろう。

その策には成功して双刃剣の回避できたが、その隙をついてサヨがダドリーに蹴りを入れる。

 

「がはぁあ!?」

「おらぁあ!」

 

鳩尾に蹴りが入ったため、ダドリーは大きく隙を作ってしまう。そしてタツミが駆け寄って、すかさずダドリーにハイキックを叩き込んで見事ダウンさせる。

 

「よし、まず一人」

「早いところ、アガットさんの援護に回らないと……」

 

サヨからその言葉を聞くと同時に、タツミは二人で行動に移る。

 

「おっと、残念だけどそれは叶わないぜ」

 

直後にランディの声が聞こえたのでそちらに視線を移すが、そこには武器を取り上げられたアガットがティオに魔導杖を突きつけられていた。先程のタツミの攻撃でダウンしたと思ったら、もう復帰したようだ。

 

「すまねえ、油断しちまった。お前ら、そのランディって奴に気を付けろ」

「まさか、アガットさんが負けるなんて……」

「あの二人も相当戦い慣れてんだな……サヨ、ちょっと気合い入れないと拙いぞ」

「言わずもがなよ」

 

そしてタツミは双刃剣を分割して手数で押すことにし、サヨも弓を連結して遠距離攻撃に徹する策に向かった。

 

「ティオすけ、この二人は俺が片づけておく。だから、コイツを抑えるのに徹してくれ」

「わかりました。ランディさんなら、まあ問題ないですしね」

 

いきなりのランディの申し出に、何の意見もせずに同意するティオ。先程アガットと互角に戦っていたことといい、彼の戦闘力は相当高い物と思われる。

 

「先手必勝! 一気に決めるぞ!!」

「オッケー!」

 

そしてタツミが駆け出し、サヨはアーツの準備に入る。

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「「!?」」

 

直後、ランディが咆哮を上げると同時に凄まじい闘気が生じ、至近距離にいたタツミはそれに対して怯んでしまった。

戦場の叫び(ウォークライ)

主に猟兵が用いる戦闘術で、その叫びで己の闘気を爆発的に引き出す技だ。

 

「大人げないが、俺の全力で相手してやる。覚悟しておけよ」

 

ランディはその言葉の直後に、タツミに目掛けてスタンハルバードを叩き付ける。咄嗟に剣を交差させて防ぐも、凄まじい衝撃が剣から両手に伝わってくる。

 

(何だこの威力……アガットさんの比じゃねぇ!)

 

更にランディはそのままタツミに攻撃を繰り返し、タツミは防戦一方となってしまう。しかも相当重たい攻撃が連続してきたため、剣をゼムリアストーンで強化してなかったらもう折れていたかもしれない。

 

「ラストディザスター!」

 

直後、サヨがアーツを発動する。空属性の上級アーツで、地面に沿って直線状の強大なエネルギーを放つ物だ。それがランディを目掛けて放たれたのだが……

 

 

「え!? きゃあ!」

 

なんと、ラストディザスターで放たれたエネルギーが弾かれ、サヨに返ってきたのだ。

 

「わりぃな。ティオすけが反射アーツを使ったおかげで、無事に済んだわ」

「お二人がダドリーさんの相手をしている間に、クレセントミラーというアーツを使わせてもらいました」

 

補助用のアーツの中には、攻撃の遮断や反射を行う特殊な物が存在している。ティオが使ったのは幻属性のアーツ”クレセントミラー”で、反射と同時に味方の攻撃アーツを強化する効果もある物だ。

 

「だったら、矢で!」

 

しかしサヨはすぐに体勢を立て直し、そのまま矢を射って攻撃する。しかしランディは真正面からそれを避け、一機にサヨの下に駆け寄る。

 

「そこそこ可愛いけど、まだ子供だな。まあ2,3年したら色気はいい感じになると思うぜ」

「ええ!?」

 

ランディのいきなりの言葉に、サヨはつい驚いてしまう。そしてその隙をついて、ランディはスタンハルバードを振るった。

 

「って、危な!?」

「あの土壇場で避けるか。やるねぇ」

 

咄嗟の回避に成功するも、ランディはそのまま追撃に入る。サヨも弓を再びトンファーブレードに分割し、防戦一方となってしまった。

 

「うぉらあああああああああああああ!」

 

しかしそんなランディの背後から、怒号を上げながらタツミが飛び掛かる。剣は分割したままで、それで×の字に斬りかかってきたのだ。

 

「おっと、危ねぇ」

 

しかしランディはそれすら容易く回避してしまう。アガットを下したのはティオとの連携によるものだが、それに入るまで互角の勝負をしていたため、タツミとサヨでは勝ち目が薄いのは明白だった。しかし、それでも二人は強くなるため、この強敵との戦いを糧にする必要があった。

 

「あんまり時間かけるのもアレだし、お前らにゃ悪いが決めさせてもらうぜ」

 

ランディがそう言った直後、急に纏っていた雰囲気がひどく冷たい物へと変わった。

 

「紅き夜の死神よ。戦場を駆け、兵共(つわものども)を貫け……」

 

そのまま先程の陽気な声音ではなく、纏った雰囲気と同様の暗く冷たい声音で何かを呟いた。そしてそのバックには、不気味な赤紫の光を発したサソリの星座が浮かび上がっている。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

そしてランディは咆哮を上げた直後、スタンハルバードの先端から巨大な棘が生えた。ハルバードとは本来、槍と斧の二つの役割を果たす近接武器で、スタンハルバードはそれを模した形状でそう呼ばれている。槍の穂先の役割をする棘が生えたことで、本来のハルバードに近づいたのだ。

そしてランディがそれを振るうと、凄まじい衝撃波でタツミとサヨは揃って吹き飛ばされた。

 

「デススコルピオン!!」

 

そして技名を叫びながら、ランディは二人に突撃していき、そのまま貫いた。

 

「か、体が動かねえ……」

「強いとは思ったけど、まさかこれほどなんてね」

 

ランディが最後に放ったデススコルピオン、その威力に二人は成すすべなく敗れ去ってしまった。

 

「戦闘力は準遊撃士超えしてるって聞いたが、なかなかの腕前じゃねえか。まだそろって発展途上なんだから、そう気を落とすなって」

「……まあ、俺達もそう易々と勝てるとは思ってなかったけど、これはなぁ」

 

ランディがフォローを入れるも、その実力差にタツミはガックリしている。

 

「まあ、ダドリーのおっさんを倒せただけ上等だろ。堅物エリートに見えて、腕っぷしもいいので有名だしな」

「オルランド、言っておくが私は最近デスクワークが多くて鈍っていたんだ。そうでなければ、あの後ジャスティスハンマーで一気に……」

 

ランディの続いてのフォローに、ダドリーが慌て始める。その様子に、ついタツミだけでなくサヨまでポカンとしてしまった。

その後、サラやクロスベル支部の遊撃士たちと他の警察部隊による戦闘訓練が行われた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「それにしても、リンさん達もやっぱ強かったな」

「うん。それに、他の警察の人達も、聞いてたよりも強かった」

 

訓練の後、タツミもサヨもクロスベルの遊撃士と警察の戦闘力にただただ感心していた。これに加えて頭も切れるというので、まさに非の打ち所がないのだった。

 

「クロスベルが帝国領となっていた際も、警察の面々は色々と動いていたらしい。その結果が、一年前の国家独立だ。僅か二年で占領された領土の開放に成功した辺り、我々も学ぶ必要があるとは思うな」

 

そんな中に先程から観戦していたラウラも加わり、クロスベルの戦力について思うところを語る。タツミたちも、見習う物があると考えさらに感心することとなった。

 

「異大陸から来た遊撃士志望者や、帝国二大武門の片割れを継承する者にそこまで絶賛されると、誇らしい物でもあるな」

 

そんな中、タツミたちに声をかける人物が現れた。それは一人の男だった。茶色いコートを纏い、青い長髪で年齢は30代前半と思われる。そして腰には業物にしか見えない太刀を携えている。明らかに自分達、ひいては向こうで任務に明け暮れるリィンやエステルを凌駕していた。

 

「初めましてだな。私はクロスベル警察特別機動隊の隊長アリオス・マクレイン。一応、八葉一刀流の二ノ型で皆伝を習得している」

「あ、貴方が噂に聞いた……」

 

かつて警察に勤めていたがある事情から遊撃士に転向、以降はA級遊撃士として活躍した男。ディーター大統領の暴走に加担し、そのために遊撃士を辞職するが、騒動後の本当の意味で独立を果たしてからは警察に復職することとなる。事件に加担したことに対しての戒めから、解き放たれたのだろう。

八葉一刀流の型を一つでも皆伝した者は剣聖の異名を取れるが、アリオスは疾風に代表される二ノ型を皆伝したことから、”風の剣聖”の異名を取っていた。

 

「初めまして。私はエレボニア帝国のレグラム領領主の娘、ラウラ・S・アルゼイドという。貴殿の言う通り、帝国二大武門アルゼイド流の継承者だ。以後、見知り置きを」

 

ラウラはここで目当ての人物との接触に、礼儀の正しい対応をする。普段から古めかしい口調で実年齢より落ち着いて見えるため、その様子にタツミは彼女の父であるヴィクターと同年代であるかのような落ち着きを感じた。

 

「構わない。それより、君は私と手合わせしたくてここまでサラや彼らについてきたと聞いたが……」

「はい。剣に生きると決めた故に、八葉を皆伝した剣士である貴殿とは、高みへ昇るためにも手合わせしたいと願っております」

「なるほど。では、今日はまだ仕事があるので明日になるが、構わないか?」

「手合わせが叶うのなら、いつでも問題はありません。では、よい勝負になることを願っています」

 

そしてアリオスとラウラの手合わせが決まることとなった。




ラウラVSアリオスは次回に回す予定です。


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タツミのゼムリア大陸紀行5 リベール王国・王都グランセル

二月の中旬、ようやく書けたぜ……仕事も忙しいし、プライベートでもグラブルとかオルサガしていてつい書く時間が……後者に関しては折り合い付けていきたいですね。

そしてタツミの番外編が最終回。結構詰め込みました。

P.S.プライベートな話ですが、最近は休みの日に銭湯行くのが楽しみになっています。でっかい風呂でゆったり温もるのもいいものですよ。


タツミ達が再び帝国入りする前。クロスベルでの合同訓練にて。

 

「でやぁああ!」

「……ふっ!」

 

ラウラとアリオスの摸擬戦は、まずラウラが先手を取った。しかし、アリオスはそれを軽い息遣いと同時に避ける。

 

「鉄砕刃!」

 

しかしラウラは続けざまに、その隙をついて飛び上がり、勢いよく剣を振り下ろす。大剣を用いた重量級の一撃は、文字通り鉄をも砕く必殺の一撃である。しかも的確にアリオスの隙をついたため、命中するのは確実だった。

 

「はぁっ!」

 

しかしアリオスはラウラの振り下ろした剣、その剣脊に自らの刀を当ててそらしたのだ。しかもラウラ本人も大きく吹き飛び、さらに大きな隙を作ったのだ。ラウラの得物はアガットと同じく重量で叩き切る大剣、そのため落下の勢いはすさまじいのだが、そこに正確に刀を当ててそらしたのはアリオスの実力ゆえだ。加えて刀は細身の剣だが、熱した鉄を何重にも折り重ねて層を作ってから整形、という製法から強度が高い。加えてアリオスの刀”利剣「隼風」”も業物であるため、巨大な鉄塊というべき大剣に勢いよくぶつけても刃こぼれ一つしなかった。

 

「地裂斬!」

 

しかしラウラもそこから立て直し、地面に大剣を振り下ろす。そしてその衝撃が地面を這うように走り、凄まじい勢いでアリオスに向かっていく。

 

「帝国武の双門、その妙技は確かなもののようだ」

 

しかしアリオスは冷静にラウラの技を褒め、すぐさま飛び上がってそれを回避してしまった。

 

「な!?」

「あれを避けるのか!?」

「噓でしょ!?」

 

相対していたラウラだけでなく、タツミとサヨも驚愕している。しかしその間も、アリオスはラウラに向かっていく。

 

「技そのものだけでなく、使い手である貴殿の腕もかなりのものだ」

 

そして再び誉め言葉が口に出るもそのままラウラに刀を振り下ろす。しかしどうにかラウラは剣を構えなおし、防ぐことに成功した。

 

「くっ!?」

「だが、まだ発展途上のそれだな。そして当然だが、まだ”理”には至ってないらしい。私には遠く及ばないようだ」

(!? そこまで見抜かれたか)

 

アリオスから気になる言葉が発せられ、ラウラもそれに覚えがあるようだ。

 

「では、一気に行かせてもらおう。軽功!」

「そう来るか。なら、洸翼陣!!」

 

直後、アリオスとラウラの両者からオーラが迸る。そして、そのまま高速の剣戟に突入した。

そしてそこから高速の剣戟に入る。二人とも自己強化のクラフトを行使し、己の攻撃力を跳ね上げたのだ。アリオスは純粋に攻撃力とスピードを跳ね上げて高速先頭に突入、ラウラはアーツ耐性を犠牲に攻守を強化するというものだ。故にアリオスの方が手数は多いのだが、ラウラは固さとパワーでそれに対抗している。アリオスはアーツを戦闘に殆ど用いないので、今回の場合はノーリスクで守りを固められたというわけだ。

 

「……目で追うのがやっとだ。これが、人間の戦いだってのかよ」

「マキアスさん曰く、ラウラさんはクラス最強とか言ってたわね。しかもそれ以上に強い人があのアリオスさん以外にも何人も……」

 

タツミとサヨも、その激戦を見ながら、口々に漏らす。その間も剣戟は続いており、やがて双方が渾身の一撃をぶつけ合い、そのまま鍔迫り合いに入る。その際、互いの得物がぶつかった衝撃で待機が震えていた。それほどの凄まじい威力だったのだろう。

その最中、ラウラの口が開かれる。

 

「……確かに、私はまだ理には至っていない。父からも全ての奥義を受け継げてはいない。貴殿の言うとおり、まだ発展途上だ。だが……」

 

直後にラウラは構えなおし、アリオスの連撃から一瞬のスキを見つけて打ち込んできた。

 

「!?」

 

剣脊をたたきつけられそうになるアリオスは、咄嗟に飛びのくも間に合わず、一撃喰らってしまった。しかし受け身は取れていたため、ダメージは少なさそうだ。

 

「それでも、引けない時は来る。剣の道に限らず、戦いを生業とするなら確実にだ。そういった場で生き抜くためにも多くの糧が必要で、この戦いも勝敗を問わずその一つとして見せようと思う。まあ、勝ちたいというのが本音ではあるが」

「……そうか」

 

ラウラの決意がこもった言葉を聞き、アリオスも何かを思い再び剣を構える。

 

「ならば、そんな貴殿に敬意を表して、八葉の奥義を見せてやらねばいけないな」

「……感謝する。代わりとして、私もアルゼイドの奥義を見せましょう」

 

そして互いに言葉を交わした直後、距離を取り合い奥義を放つための構えに入った。

 

「アルゼイドの奥義、とくと見よ!」

 

直後、ラウラの剣から光が迸り、その光に覆われて剣の長さも伸びた。そして、ラウラが駆け出す。

 

「風巻く光よ、我が剣に集え!」

 

同時ににアリオスが再び抜刀し、構えると同時に彼の周囲に旋風が生じたかと思いきや、アリオスも駆け出した。

 

「「おおおおおおおおおおおおお!!」」

 

そして、アルゼイド流と八葉一刀流の奥義が激突する。

 

「奥義・洸刃乱舞!!」

 

そしてラウラがまず剣を振るった。その光を纏った刃を袈裟に振り下ろし、向かってきたアリオスをたたき切る。しかし……

 

「ぜやぁあああ!!」

「な!?」

 

なんと、ラウラの技がアリオスの太刀によって弾かれたのだ。そしてそのまま風を纏ったアリオスの刃がラウラを連続で切り刻み、再び距離を取ったアリオスはその太刀に再び風を纏わせて飛び上がった。

 

 

「奥義・風神烈破!!」

 

そして落下しながらその太刀を振り下ろすアリオス。そしてその風を纏ったとどめの一撃は、ラウラを大きく吹き飛ばした。そして吹き飛んだラウラは、そのまま剣を弾かれて床に倒れ伏した。

 

「……私の負けだ。剣聖の妙技、しかと見させてもらった」

 

そのままラウラは負けを認め、この試合は終結したのだった。

 

「ら、ラウラさんがこうも簡単に……」

「強すぎだろ、あの人。流石に驚いたぜ……」

 

そしてアリオスの圧倒的な強さに、タツミもサヨも驚愕している。ラウラには最初にゼムリア大陸でレグラムを訪れ、そこで出会ってから鍛錬を受けていた。ゆえにその強さを知っていたため、驚きもひとしおだ。

そんな中ラウラが戻ってくるが、負けたにしては満ち足りた表情を浮かべている。

 

「二人とも、そんなに驚く必要はないぞ。負けはしたが、かの風の剣聖に胸を貸してもらえたのだ。それだけでも栄誉なことだぞ」

 

ラウラはそのまま言葉を続ける。

 

「それに、まだクロスベルで学ぶことはあるし、まだリベールにも足を踏み入れないといけないからな。やることはたくさんある。落ち込んでいる暇はないだろ」

 

そしてその言葉を聞き、タツミ達は思考を切り替える。故郷を救うため、リィン達の助けになるためにも遊撃士になる。今の二人はそれを成すことに集中することにする。

 

「さて。明日からまた、ここで遊撃士の仕事があるからな。そんでもってリベールに、余裕があればカルバードにも足を踏み入れたいからな」

「ついでに言えば、俺らもリベールに行く予定だからな。しばらく揉んでやれるぜ」

「ロイドさんの進捗もありますからね。クローディア陛下にそのことで話もありますし」

 

アガットに続いてランディとティオから意外な言葉を飛び出してくる。まさかの事態に驚くも、また実力者と行動できる、吸収できるものが増えることには素直に喜べた。

 

 

 

それから一週間後、タツミ達はクロスベルを離れてリベール行きの定期飛行船に乗っている。ちなみにランディの宣言通り、彼を含めた特務支援課のメンバーが同行している。オーバーオールを着た中年男性、支援課課長のセルゲイ・ロウ。そしてロイドの娘とも言うべき金髪少女、キーアもだ。

 

「あぁ、もう。キーアちゃん可愛すぎ! キーア分ってのも納得できるかも!!」

「サヨさん、わかってますね。でも、これ以上のキーア分は譲りませんよ!!」

「あぅぅ……くるしいのです」

「サヨがはしゃいでる……ティオさんがあり得ないくらいい笑顔してる……確かにかわいいが、ここまでなのか」

「うちの名物だ。気にしたら負けだぞ」

 

サヨもティオも、キーアに抱きつきながら満面の笑みを浮かべている。そしてその凶器のような可愛さを持つキーアに戦慄するタツミと、フォローをするセルゲイという妙な構図であった。

実はキーアは、マリアベルが先祖の代から企てていたある計画の要として生み出されたホムンクルスで、元々その可愛さはある種の認識阻害により一切の敵意を抱かせないという力だったりする。しかしロイドがその計画を打ち破った際、キーアから力は失われて普通の子供と大して変わらないのであった。

 

「それにしても……やはりみっしぃは気になる造形だな」

「お前、マジで買うとはな」

「M・W・Lの名物キャラだっけ? あんた意外なものが好きよね」

 

その一方で、ラウラはクロスベル土産のキーホルダーとなっているキャラクターを見ながらご満悦で、アガットが意外そうな顔をしている。クロスベルの保養地ミシュラムに建てられた一大テーマパーク、M・W・L(ミシュラム・ワンダーランド)のマスコット”みっしぃ”。猫をモチーフにした所謂ゆるキャラで、ティオやラウラのお気に入りとなっている。いつの間にかクロスベル観光まで楽しんでたようで、一行の旅は有意義なものと化していたらしい。

そして次のリベールにて、シェラザードやトヴァル達と再び合流する予定らしい。

 

 

~王都グランセル・空港~

 

「シェラザードさんもトヴァルさんも、久しぶりです!」

「久しぶりだな、タツミ。前よりも強くなったらしいじゃねぇか」

「とりあえず、まずはようこそリベール王国へ、ってところかしら」

 

リベール王国王都・グランセル。リベール王国は山に囲まれた小国で交通機関は主に飛行船、クロスベルと同じくエレボニア帝国とカルバード共和国の二大強国に挟まれている。しかし、国の歴史はエレボニア帝国と同等で、加えて豊富な鉱山資源とツァイス中央工房、略してZCFによる優れた導力技術、そして先代女王アリシアの巧みな交渉術による強い国力を有している。現女王クローディアも、祖母であるアリシアから政治のいろはを教わっているので今もリベールの国力は衰えていない。

そんな国の首都だけあって、とても華やかで賑やかな街となっている。

 

「今回は、軍との合同訓練に参加してもらう予定だ。あいつらの親父が、お前らを直々に鍛えるつもりらしいぞ」

「あ、あいつらって……」

「まさか、エステルさんたちの」

「ほう……話には聞いたが、元S級遊撃士のカシウス・ブライト。その娘が、リィンと共にタツミ達を救ったらしいな」

「あ、はい。エステルさんっていうんですけど、凄く腕の立つ棒術使いだったんですよ」

「カシウス殿も剣聖と呼ばれる使い手だそうだが、一度軍属から離れた際に棒術使いに転向したそうだな。恐らく、その技を継承したのだろう」

 

一行は移動しながら会話しているが、その内容から目的はエステルの父に会うことのようだ。前回に引き続きラウラが同行しているのも、そのためだろう。

カシウス・ブライトはかつてリベール王国軍に所属、当時の階級は大佐だった。百日戦役は彼の考案した奇襲作戦のおかげで休戦に持ち込める状況まで持ち返せたのだが、それまでに至る攻撃で妻を亡くし、これをきっかけに軍を退役。以降は遊撃士として活動することを決める。しかし、エレボニア帝国で遊撃士ギルドが結社の差し向けた刺客(実はシャロン)による襲撃事件に対応することとなり、国を空けたがためにリベールで事件が発生。軍属時代の部下アラン・リシャール大佐がことを起こしたこともあり、責任として軍に復帰することとなる。ちなみに現在の階級は少将、とかなり高位だ。

まず一行はグランセル支部でタツミ達の所属更新を行い、それから軍の演習場に向かう。

 

「待っていたぞ、お前ら。サラは襲撃事件以来で、そっちのお前らが噂の意大陸から来た若者か」

「カシウスさん、お久しぶりです!」

 

そして演習場で一人の男性と出会うタツミ達。王国軍の軍服を纏った、濃い茶髪に髭の男だが、彼こそ件のカシウス・ブライト本人だった。

タツミ達も自己紹介する傍ら、その存在感を感じ取っていた。

 

(この人がエステルさんの親父さん……年のせいかアリオスさんほどの威圧感はないけど、少なくともそれに次ぐ強さはあるんじゃねえか?)

(50近い年齢らしいけど、見た目10歳くらい若い……相当鍛えこんでるわね、これ)

 

事実、カシウスもかつては八葉一刀流の皆伝を持ち剣聖と呼ばれるほどの使い手だった。しかし、一度遊撃士に転向した際に棒術に戦闘スタイルを変更、今もそれで戦っている。しかし、それでも圧倒的な強さを持ち、かつて星杯騎士のケビンが影の王国という場所で再現体ながら対峙した際、守護騎士の力である聖痕やエステルと仲間たちの協力をもってしても終始有利に立ち会ったほどである。

そんな中、カシウスが訓練の詳細について語り始めた。

 

「さて。今回、多方面からリベール王国との合同訓練の申し込みが出された。エレボニア帝国の支部に、クロスベル警察。加えて、そこのタツミ達異大陸出身の準遊撃士組。しかし、リベールも例の帝国の件で立て込んでいるから大がかりなことは出来そうにない。で、一番確実な訓練だと周りからの進言があったから採用したが……」

 

ひとしきり語り終えたカシウスは、手にした棒を拘束で振り回し、構える。そして告げた。

 

「纏めて俺に掛かってこい。それでまず、実力を測ってやる」

 

まさかの宣言にタツミとサヨだけでなく、ランディ達支援課メンバーやエレボニア側の遊撃士達はギョッとする。いくら歴戦の勇士とはいえ、50近い年齢の男が若い現役の戦士たちと複数同時に戦おうというのだ。当然だろう。

 

(雰囲気が変わった! 案の定というか、臨戦態勢に入ったわけか)

(これは、ちょっと本腰入れないとだめっぽいね)

「お前らも気づいてるな。あのおっさん、軽く見ただけでもアリオスのおっさんに匹敵しやがるぞ」

「ええ。だから、手を抜いて戦ったら俺らが痛い目を見るってことでしょ」

「それがわかるだけでも上出来だ。全力で行かせてもらうぞ」

「まさか来て早々に、こんなことになるとは……」

 

カシウスの力を感じ取ったタツミとサヨは、ランディと言葉を交わしてすぐに戦闘態勢に入る。ティオも戦闘態勢に入るが、いきなりのことなので少しうんざり気味だ

 

「先日、風の剣聖から胸を貸してもらった。それをどこまで活かせるか、試させてもらいます」

「カシウスさん、久しぶりに胸を貸してもらいますよ!」

 

遊撃士たちに交じって今回の訓練に参加したラウラも、剣を構えながら告げた。

 

「全員、いい目をしてるな。なら、俺もそれに応えてやらなくてはな」

 

そして、真っ先にカシウスが一行にとびかかる。そして、勢いよく棒を振り下ろしてきた。

 

「え、速!?」

 

真っ先に攻撃がタツミに向けられ、ギョッとするもギリギリで回避に成功する。タツミに合わせて他のメンバーもその場から飛びのくが、カシウスが棒をたたきつけた瞬間に地面が少しだがへこんだのだ。

 

「噓でしょ?」

「仮にも王国軍の重鎮で元S級遊撃士、強さは伊達じゃねえってわけか」

「おいおい……洒落になんねぇよ」

 

予想外のカシウスの力に、サヨもランディも警戒を強める。一方、同じ遊撃士としてサラもトヴァルもその力を認知していたこと、ラウラもアリオスと戦った経験から揃って最初から警戒心を強めていた。

 

「なに。中年を過ぎようと八葉の皆伝を取ろうと、俺はまだ修行中の身。もっと強くなる自信はあるさ」

「ええ!?」

 

いきなりタツミはカシウスに声をかけられたと思いきや、自身のすぐそばにまで近寄っていたため驚いてしまう。しかしどうにかタツミは迎撃しようと、そのまま空中で双刃剣を振るう。しかし咄嗟の攻撃ゆえか、カシウスは容易く回避してしまった。

 

((今だ!))

 

そしてカシウスが着地した隙をついて、サヨが矢を射る。そしてそれに合わせてランディがスタンハルバードを振り上げながら飛びかかる。

 

「即席の連携にしてはよく取れてるな。流石は戦術リンクといったところか」

「ぐわぁあ!?」

 

しかしカシウスはそれだけ言って、棒を振るってサヨの矢を防ぎ、そのまま続けてランディを弾き飛ばした。

 

「きゃあ!?」

「サヨ……って、うぐぁあ!?」

 

そのままランディがサヨも巻き込んで吹き飛んだため、タツミは着地した直後に思わず気を取られてしまう。しかし、直後に稲光のようなものを纏ったカシウスが一瞬で飛び込み、タツミに一撃見舞った。

 

(何だ今の……見えなかった、ぞ…!)

 

攻撃を食らいながら驚愕するタツミ。この技はヨシュアも使っている雷光撃だが、威力も範囲もヨシュアのそれをはるかに上回っている。

 

「剣を捨てながらもこの妙技……理に至った使い手がこれほどとは」

「なるほど。これは伝説扱いされるわけですね」

「そういうわけだから、気合い入れていかないとね!」

 

そしてティオがアーツの駆動をはじめ、ラウラとサラが得物を構えて飛びかかった。その際、サラは銃で牽制もしている。しかし、カシウスは飛んできた銃弾を弾きながら二人に向かって突撃していったのだ。

 

「でやぁあ!」

「ふぅうん!」

 

そしてラウラとカシウスが得物を打ち合う。直後、凄まじい轟音と供に大気が揺れた。

 

(今の一撃、アリオス殿よりも重い……年季の違いか、それともまだアリオス殿が本気でなかったか。まあ、どちらにせよ剣聖だけあって私より格上なのは間違いないな)

(アルゼイド流……ヴァンダール流に並ぶエレボニア帝国の武の流派だけはあるな。あの細腕でこんな鉄塊を振り回す膂力を生み出せるとは)

 

ラウラもカシウスも、互いの実力に感心している。そしてそのまま剣戟に突入しようとするとサラが稲光を纏いながらカシウスにとびかかる。

 

「おっと。サラ、お前さんも相手してやらねばな」

 

なんと、そのままカシウスはラウラの剣戟だけでなくサラの攻撃まで捌き始めてしまった。曲芸師さながらの棒さばきは見るものを引き付けるが、これを戦闘で意味のある行為にするとしたら相当な技術が必要である。

 

「ハイドロカノン!」

 

その間際にティオがアーツの駆動を完了し、高水圧の激流がカシウスを襲う。

 

「おっと、危ない!」

 

しかしカシウスはいきなり大ジャンプし、トヴァルのアーツを回避してしまった。二体一で攻撃を捌いているにも拘わらず、回避するタイミングをつかんでいたのだ。

 

「ブレードスロー!」

「ピアッシングアロー!」

 

そしていつの間にか復活したタツミとサヨが、すかさず遠距離技で空中にいるカシウスを目掛けて攻撃する。しかし、やはりというかそのまま空中で回転、二人の攻撃をはじき返してしまった。

 

「オラオラオラァ!!」

 

しかし着地の隙を狙い、黒い闘気を纏ったランディがスタンハルバードを高速で振り回しながら突撃、そのままカシウスを滅多打ちにする。そしてカシウスを通り過ぎると、いつの間にか魔導杖を構えてエネルギーを収束していたティオと合流する。

 

「「ハーケンストーム!!」」

 

そして二人で技名を叫ぶと、カシウスの足元から導力の棘が無数に生えてきて串刺しにしてくる。咄嗟の隙をついて、コンビクラフトを放ったのだった。

 

「さて。飛び切りの一撃をぶちかましてやったが、どうなったか……」

「アリオスさんに並ぶ使い手ということを考えると、これで終わったとは考えにくいですが」

 

そして攻撃で舞った土煙が張れるのを見ながら警戒していると……

 

 

 

 

「なかなかの一撃だったな。及第点といったところか」

 

案の定、カシウスはピンピンしていた。

 

「おいおい、マジかよ……」

「まあ、軍人も遊撃士も体力が資本だからな。俺も現役を退くまではスタミナ維持は怠らないつもりだ」

「いや、スタミナでどうにかなるものじゃ……」

 

ランディは驚愕し、タツミもカシウスの言動にドン引きしている。色々な意味で規格外すぎる男なので、この反応も妥当だろう。

 

「とはいえ、余り長引くと後がしんどいからな。ここで一気に決めさせてもらう」

 

直後、カシウスが構えなおすと同時に目を瞑り、呼吸を整え直す。

 

「麒麟功!」

 

その直後、カシウスの気が滾って威圧感が何倍にも膨れ上がる。先日に似た技を見たタツミは、より警戒心を強めた。

 

「これ、アリオスさんやラウラさんの使った……!」

「感心している暇はあるか、小僧!」

 

するとカシウスが一瞬でタツミの懐に飛び込み、某でみぞおちを目掛けて突いてきた。

咄嗟にタツミは双刃剣を分割、双剣にしてどうにか防ぐ。しかし、そのあまりの威力に大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「でやぁあ!」

 

そこにすかさず、弓を分割してトンファーブレードに切り替えたサヨが飛びかかる。

 

「ほぉ、弓使いだと思ったら接近戦もこなせるか。これは逸材だな」

 

そしてサヨに対しての誉め言葉を口にしながら、攻撃を捌いていくカシウス。そこにすかさずサラも飛び込むが、カシウスはそのまま二人分の攻撃を捌いていく。

 

「カシウスさん、やっぱり強いですね!」

「お前も腕を上げただろう。また高ランクの手配魔獣を仕留めたって聞いたぞ」

「耳が早いようですね!」

(カシウスさんはともかく、サラさんまでおしゃべりする余裕が!?)

 

しかもサラとカシウスは揃って談笑する余裕があった。サヨも攻撃をしつつ、二人の様子にドン引きしている。

 

「俺らを忘れてもらっちゃ、困るぜ!」

「一気に、行かせてもらいます!」

 

そして、そこにランディとティオがクラフトとアーツを同時に放って勝負を決めようとする。それぞれスタンハルバードに纏わせた炎を打ち出すサラマンダー、魔法陣から現れる灯台の幻から放つ極光で攻撃するガリオンタワーである。

 

「おっと、危ない!」

 

しかし咄嗟にサラとサヨを吹き飛ばし、一気に飛び上がって回避してしまった。

 

「だんだんと連携の質が上がってるな……これは先が楽しみだな」

 

そして空中でカシウスはすさまじい勢いで高速回転したかと思いきや、そのまま纏っていた闘気が炎を帯び始める。奥義を使う準備のようだ。

 

「行くぞタツミ!」

「はい。俺らも奥義を出す番ですね!!」

 

直後、ラウラとタツミのそれぞれの得物が光を帯び、必殺の奥義”Sクラフト”の発動を意味するのだ。

そして、ラウラがまずはタツミを振りかぶった剣に乗せ、そのまま一気に打ち上げる。

 

「受けてみろ、勝利の十字……」

 

タツミが放つそれはクロウが使っていた技であるが、口上は彼の物と異なり希望に満ちた物で、しかも纏っている光は美しい青である。そしてその際に放った一閃はカシウスに、わずかだが隙を与えた。

 

「面白い……だが、このまま技を崩せるかどうか、やってみるんだな!!」

「ええ。受けて立ちますとも!!」

「タツミと同義だ。ここで勝たせてもらう!!」

 

そしてラウラもとびかかり、タツミと二人で挟み撃ちするようにカシウスに向かった。

 

「デッドリィ……クロスぅうううううううううううううう!!」

「洸刃……乱舞ぅうううううううううううううう!!」

 

タツミの放つオーラを纏った×字の斬撃が飛び、光を纏い伸びたラウラの剣が振るわれる。二人分のSクラフトが前後からカシウスに襲い掛かる。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

しかしカシウスの咆哮と同時に大気が震え、タツミとラウラにも隙が一瞬だが出来てしまった。そしてその隙を見逃さず、カシウスは高速回転する。そして纏った炎の気は巨大な鳥を模したのだ。

 

「奥義……鳳凰烈波ぁああああああ!!」

 

そして真っ先に上空のタツミに突撃していく。しかも、デッドリークロスをそのまま相殺してタツミを炎に飲み込んでしまった。そしてそのまま鳳凰はUターンし、ラウラの一撃をも相殺してまたも炎に飲み込んだ。

 

「さて……このまま一気に決めさせてもらうぞ!!」

 

そして鳳凰から中にいるカシウスの声が発せられ、地上に激突。それにより生じた爆発が残りのメンバー達を飲み込んだ。

 

 

 

 

「ぐ、ぐへぇ……」

「剣聖の伝説……これほどとは」

「下手したら、アリオスのおっさん以上じゃねえか……」

 

タツミがうめいて、ラウラとランディがカシウスの強さに驚愕しながら伸びている。残りのメンバーはものの見事に気絶、とカシウスの圧勝という結果に終わった。

 

「とりあえず俺の勝ちだが、全員見込みありってところだな。いずれは、俺を超えられるだろう。で、休憩を挟んだらシェラザード達も揉んでやるぞ」

 

しかもまだ戦闘可能な余力があるらしいので、やはり規格外すぎだった。そんな中、タツミはあることが気になってカシウスに尋ねた。

 

「カシウスさん、偶に理って聞くのは何なんですか?」

「前回もアリオスさんが言っていたので、すごく引っかかってるんですけど……」

 

その内容に、サヨも気になるところがあったため思わず訪ねてしまう。

 

「ふむ、いいだろう。久しぶりに楽しませてもらったから駄賃変わりだ。率直に言えば、ある種の境地だな」

 

カシウスの口から語られたのは、こんな話だ。

ゼムリア大陸にある武術の型の中に螺旋、即ち回転に関する型がある。これは八葉一刀流にも取り入れられているのだが、全ての基本にして応用でもあるとされており、星の数ほど派生技があるという。

そしてその《螺旋》を極め、《無》を操る者は全ての武術の究極にして到達点、《理》に至れるとされる。《理》は常人には一生かかっても辿り着けない達人の境地で、大陸全土でも数人しかいないとされている。

カシウスやアリオスは、その境地に至った数人のうち一人であれほどの力を持っていたのだった。

 

「実はお前たち二人、特にタツミには素質があるんじゃないかと睨んでいるんだ」

「え?」

 

そんな中、カシウスは爆弾発言をタツミにかましてしまった。

 

「お前の背丈や年齢に合わない膂力と、それを邪魔しないしなやかな動き、しかも得物の特性から回転を活かしやすい。ひょっとしたら至る云々は言い過ぎかもしれないが、案外早い段階からA級になれるかもしれないぞ」

 

余りにも高すぎたカシウスの評価、それにタツミはつい固まってしまう。いきなりここまでの高評価となれば、困惑は必至だろう。

 

「すごいじゃない、タツミ……タツミ、どうしたの?」

 

サヨも称賛してくれるが当のタツミに反応が無い。何事かと思って顔を見てみると、放心状態とでも言うべきキョトンとした顔をしていた。

伝説級の強さの元遊撃士、その過大すぎるようだ評価に混乱するのも無理はないだろう。

 

(マジかよ。俺が、あんな化け物じみたおっさんと同レベルになれるのか……)

 

 

 

その後、カシウスがシェラザード達とも摸擬戦をし、以降は訓練と遊撃士の依頼を両立することとなった。しかし、数日後に届いたある通信が事態を急変させた。

 

「リィンさんが帝国軍に捕まった!?」

『ああ。向こうで色々あってな、それでため込んじまったようで、プッツンしちまったらしい』

 

レクターから入った通信の内容を聞き、タツミもサヨも驚愕している。丁度、リィンが暴走してブドーにより捕えられた翌日のことだった。

 

「なるほど……由々しき自体というわけですか」

 

そんな中、グランセル支部の受付である金髪の青年エルナンが呟く。そしてあることを決意した。

 

「クローディア陛下もそろそろ、介入を始めるべきと検討していましたね。進言するいい機会かもしれません」

 

そのエルナンの言葉を聞き、タツミもサヨもある提案をする。

 

「俺たちも、同行します。リィンさんは俺達の恩人なんだ。ここで恩を返さないなんて、男が廃るってもんですよ!」

「まだ準遊撃士ですけど、所属してるグランセル支部の出向要員としてなら動向も出来るはずです」

 

そのあまりに突然のことに、彼も難色を示していた。

 

「しかし、君たちは強いといっても発展途上。今行かせるわけには……」

「だったら、あたしたちが守るのならどうかしら?」

 

直後に、支部に入ってきたのはサラやシェラザード、アガットといった歴戦のA級遊撃士たちだった。

 

「まぁ、この子らにも経験を積ませる意味でも、今の状況からもう一度故郷を見直させる。表向きにはこんな具合で行けそうかしら」

「それに、元々こいつらは自分で故郷を救うために遊撃士になる決意をしたんだ。そこに参加させないのは、どうなんだろうな」

 

シェラザードやアガットの言葉に押されるエルナン。経験のため、タツミ達の決意のためにも再び帝国に向かわせたい。しかし、激戦が始まるかもしれない場所に若い二人を送り込むことに抵抗があったのだ。そんな中で決まった答えは……

 

「……わかりました。二人とも単純な戦闘力は準遊撃士のレベルを超えてますし、A級クラスが同行するなら判断力など劣っている部分は補えるでしょう」

「! エルナンさん、ありがとう!!」

「決して無理はしませんから、心配しないでください」

 

そして二日後、ゼムリア大陸連合が帝国に乗り込む準備が整った。タツミとサヨはリベールの遊撃士支部から帝国に向かうため、アルセイユに搭乗している。

 

(リィンさん、今度は俺たちが助ける番です。待っていてくれ!)

 

タツミは決意を胸に、サヨとともに再び帝国へと向かう。そして、戦いは新たな展開へと向かっていく。




推奨ED曲[ハルモニア」


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第二部 英雄と動き出す悪意
第24話 開幕、新たなる物語


ようやく2部の投稿できました。
先日、ファルコムマガジンが出たので見たんですがいよいよ哮天獅子バルクホルンが出てくるようで楽しみです。で、新キャラっぽい子に紛れてトールズの校証が入った服着たアルティナの姿があったんですが……種ちゃん(種田梨沙さん)、復帰願ってます。


西ゼムリア同盟の介入宣言から数日が経過。

カレイジャスの一室。

 

「ご馳走様。アリサもタツミもありがとう」

「お粗末様です」

「デザートランナーの肉、気に入ってもらえてよかったです」

 

リィンはベッドの上で食事をとっており、今しがた食べ終わったところだった。メニューはタツミが取ってきたデザートランナーという危険種の肉、それを用いてアリサが作ったシチューだった。デザートランナーはエビルバード同様、食用になる鳥形危険種だがダチョウやオオミチバシリの様な飛べない鳥らしい。タツミはこの肉を使った唐揚げが好物らしく、しかもスタミナが付くということで、今のリィンにちょうどいいと踏んだらしい。そして病み上がりの彼にも食べやすいよう、アリサがシチューにしたわけだ。ちなみにアリサの得意料理は、社長令嬢でありながら意外にもカレーやコロッケなどの家庭料理で、シチューもその一つだったわけだ。

 

「今度は体力とかしっかりしたときに、改めて唐揚げをご馳走しますから楽しみにしてください」

「ああ、楽しみにしている。というか、体調は流石に数日も休んでたから、すっかり良くなったよ」

 

そういい、リィンは立ち上がると同時に伸びをする。そして、アリサがそれを終えるのを確認して包帯を取る。細いながらにしっかりと筋肉がついた、戦士として完成された肉体である。そしてその胸に、鬼の力と何か関係あると思われる、炎のような形の痣があった。

そんな中、タツミがその肉体を見てつい感想を漏らす。

 

「しっかし、いい体してるっすよね。俺もリィンさんが羨ましいですよ」

「タツミだって、いい具合に鍛えこんだみたいじゃないか。向こうでの生活と鍛錬が、いい刺激になったみたいだな」

 

その一方で、リィンもタツミに鍛錬の成果が出ていることを感じ取る。彼が遊撃士を志望したことに、自分たちがここに来たことにいい影響があったとつい嬉しくなる。

そして同時に、あることに気づいてそれについて指摘する。

 

「ただ、会長からクロウの戦い方を継いだって聞いたときは、流石に驚いたけど……」

「なんか、向こうでトワさん達に話聞いたら……もしかしたらナイトレイドに入ってたかもしれない俺と重なって…」

 

タツミが双刃剣での戦闘スタイルを継承した胸の内を聞き、その意味に納得する。確かに、タツミはナイトレイドの最終目的を聞いて賛成しそうだった。それを考えれば、彼がナイトレイドに入ってその報酬での仕送りや革命で極端な徴税を抑えようとしてもおかしくはなかった。

 

「……なるほど。クロウも、タツミみたいなまっすぐな男に戦い方を継承してもらって、草葉の陰で安心してるだろうな」

「なんか、アンゼリカさんにも似たようなこと言われたな……リィンさんも受け入れてくれて、よかったっす」

 

そのリィンの評価に、タツミもつい照れ臭くなってしまうのだった。そんな中、もう一つ継ぐこととなったある力とそれを用意した人物のことが二人の頭の中に浮かんでくる。

 

「しかも、クロチルダさんからアレまで託されて、今その試練を受けてる途中だとか…」

「はい。とりあえず、第一の試しはサヨと二人で突破して、他の階層を攻略してる最中にこっち来る予定が、って具合っすね」

「やっぱり、結社の思想云々を抜きにしたら、あの人も根っからの悪人じゃないんだな」

 

そして同時に、ヴィータから皇帝を預けられた時のことを思い出した。

 

~回想~

「それじゃあ、私たちはそろそろ置賜させてもらうけど、他に聞きたいこととかあったりするかしら?」

 

皇帝のカレイジャス滞在が決まり、ヴィータとカンパネルラも去る準備をしていた。しかし、あることが気になりヨシュアが問いかける。

 

「それじゃあ、一つだけ」

「あら? 何かしら、ヨシュア」

「一度、ナイトレイドのアジトに連れて行かれたんですが、その後に帰り際で襲撃してきた異民族に、戦術導力器を使う男が一人いたんです」

 

確かに、何故か異民族の中に戦術導力器のエニグマを持つ男がいた。ここに度々干渉している可能性があった結社が、ここに流した可能性は否定できなかった。

 

「まさかとは思いますけど、結社が絡んでいたりは……」

「ええ。主に博士がね」

 

しかし、ヴィータは意外なことにあっさりとその詳細を明かした。そのため、ヨシュアは驚いてしまう。

 

「博士。つまり、第六柱のF・ノバルティスの事か」

「ええ。博士は知的好奇心が強いから、それが暴走してそこいらの帝国にいる勢力に人形兵器とかいろいろ提供してるのよ。結社の力がどこまで帝具に通用するかっていう大義名分でね」

「博士の暴走、盟主に変わって僕らが謝罪しよう」

 

珍しくカンパネルラまでが真面目に謝罪してきたため、少なくともこの二人に関しては今回は白だと判断された。

 

「……わかった。今回は僕らへの協力もあるから、それを信用しよう。ただし」

 

一応、ヨシュアは了承するが最後に念を押すように告げるのだが……

 

 

 

 

 

 

 

「もしエステルやリィン、ロイドといった僕の恋人や仲間があなたたちの奸計で危機に陥ろうとするのなら、玉砕覚悟で一切の容赦もなく切り刻ませてもらう」

 

凄まじいまでに寒気を感じる目つきで、はっきりと告げた。元執行者No.XIII”漆黒の牙”としての彼の名残である。

 

「ええ。でも、私たちもただじゃ死ねないから抵抗はさせてもらうけど」

「それじゃあ、話はそれで済んだみたいだし今度こそ置賜させてもらうね」

 

しかし二人は、余裕そうに流しながら帰還の準備を始める。カンパネルラが指を鳴らすと二人の体を炎が覆ったが、カンパネルラの炎を用いた幻術による転移であった。

 

「陛下、今後のあなたに期待していますよ」

「それじゃあみなさん、ごきげんよう!」

 

最後にそれだけ告げて、去っていったのだった。

 

~回想了~

 

「さて。そろそろ、ミーティングに行くか」

「ええ。みんな、リィンの復帰を心待ちにしてたんだから」

「いけね。俺もサヨを待たせてるんだった」

 

一件を思い出し終えたころ、リィンも着替えが完了したので部屋を後にするのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同時刻・帝都にて

 

「……これが、大臣が余に隠していたことだったのか」

「ええ。正直、話に聞いた以上です」

 

皇帝はクローゼや護衛のユリア、ミュラーといった面々に連れられて街の様子を見ていた。揃って庶民的な格好をして、周りにバレないようにしている。

貧しさに喘ぐ民、私腹を肥やす貴族、ここまでなら他にもみられる国はあるだろう。しかし、広場には処刑台が立ち並び、老若男女問わず病んだ眼をした人がチラホラと見られ、この国の異常を物語っていた。

 

「一般市民が生活できないレベルの徴税、それが一度や二度出来ないだけで処刑、まさに暴君のそれだな」

「例の大臣がどこまで腐っているか、街の様子を一目見ただけでわかるな」

 

ユリアもミュラーも、この状況を作り出し維持している大臣や、彼を支える貴族の暴虐ぶりにはご立腹のようだ。しかしその一方、ミュラーはあることが気になっていたのだった。

 

「しかもそんな中で、あのバカ皇子は一人でほっつき歩いている……考えただけで頭が痛くなる」

「ミュラー殿、少し肩の力を抜いたらどうだ?」

 

オリビエが一人どこかへと消えてしまったらしい。そんな状態で服装はスーツにサングラス、というため結構怖かったりする。そしてそんな彼に少し怯えながらも、皇帝が抑えようと頑張っていた。妙なところで傑物らしさが出てきている。

 

「ところで、ミュラー殿はなぜそのような格好をしているのだ? もっと庶民じみた格好があったと思うのだが」

「あのバカは素性を隠すとき、決まって演奏家を名乗っているのでな。俺はそのマネージャーという形で同行しているゆえ、このような格好になっているのです」

「そ、そうか(どちらかというと、その道の人間に見えるのだが……)」

 

ミュラーの返答に、思わず苦笑いしてしまう皇帝。しかしそんな中、さっそく事が起こってしまった。

 

「何ィイ!? 金が無いから一日待てだと!?」

 

近くからそんな声が聞こえたと思いきや、声の主らしき人物が一人の男を突き飛ばした。声の主の男は禿げ頭に小太り、カイゼル髭を生やした如何にもな小悪党。突き飛ばされたのは痩せ気味のボロイ服を着た男だった。今の言葉から察するに、それぞれ徴税官と取り立てられている市民だろう。そんな中で、男の家族と思しき子供や女性が駆け寄ってくる。

 

「パパに乱暴しないで、オジサン!」

「よしなさい……どうか、一日待ってもらえないでしょうか?」

「明日には給料が入るんだ。だから、それで税を払うから待ってほしいんだ!」

「ダメだね。期日は守らなければ、貴様も不穏分子として処分せねばならん。現金でなくともいい、とにかく今すぐ持ってこなければ……」

 

そして徴税官は、下卑た笑みを浮かべながら一家に無慈悲に告げる。

 

「貴様ら一家、いや親類縁者全員を反乱分子とみなして公開処刑する。そして土地を含めた全財産を皇帝一族に献上させてもらおう。そして今この場にいる者ども、庇い立てするならば全員に同じ罪を着せるぞ!!」

 

余りの横暴ぶりに、この場にいた皇帝やクローゼも腸が煮えくり返る思いになる。

 

(余は、そんなことを望んでおらん! 今すぐにやめさせて……)

(待ってください。今行ってもあなたが皇帝だと信じてくれないでしょうし、下手をしたら一緒に……)

(クローディア殿、ではこのまま黙ってみていろと……)

 

皇帝が動こうとした直後、クローゼは怒りを抑えながらそれを制止する。罪なき一家が暴虐の犠牲になろうとしたその時

 

 

 

♪~~♪

 

どこからかリュートの音色が聞こえた。

 

「やれやれ、哀しいことだね……」

 

直後に現れたのは、白いコートを纏い、先ほどの音色の元と思しきリュートを携えた金髪の青年。それこそ、オリヴァルト皇子が素性を隠す際に用いる、旅の演奏家”オリビエ・レンハイム”としての姿であった。

 

(え? オリヴァルト殿、何をしてるのだ??)

(あはは……やっぱり、なってしまいますよね)

(話には聞いていたが、あれがか)

(あのバカが!)

 

その様を始めてみた皇帝は困惑し、クローゼも苦笑、そんな彼に苦労しているミュラーは、今にも殴り掛かりたいという気持ちを押し殺している様子だった。

 

「争いは何も生み出さない……虚しい亀裂を生み出すだけさ。そして、金欲に溺れた君も愛を知らない哀れな迷い子」

 

いきなり現れてズケズケと言ってのけるオリビエに、一家も徴税官も、果ては観衆も視線をオリビエに向けてしまう。

 

「そんな君たちに歌を送ろう。心の断絶を乗り越えてお互いに手を取り合えるような、そんな優しくも切ない歌を……」

 

そして、オリビエはリュートを演奏しながら歌い始める。歌自体は切ない曲調のバラードでいいのだが、ぽっと出の怪しい青年が歌っているので周辺の人々は硬直していた。ちなみに、エレボニア帝国で人気の”琥珀の愛”という楽曲だというのは完全な余談だ。

そして演奏を終えたオリビエは前髪を払って言ってのけた。

 

「フ……みんな感じてくれたようだね。ただ一つの真実、それは愛は永遠だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今風に言えば、ラブ・イズ・エターナル」

 

直後、なぜか彼の表情が輝いて見えたのだが、周囲の人間は一人残らずキョトンとしている。そして

 

 

「えっと、今回は見逃す。また明日、来るから税金を用意しておけ」

 

そして徴税官の男は一家に一方的に告げて、逃げるように去っていった。オリビエのおかげで、とりあえず時間は稼げたようである。

 

「……は! イカン、非常事態だというのに何を固まってるんだ!?」

「あなた、とりあえず時間は稼げたわ。あとはお給料が入るまで凌げれば……」

 

ひとまず、無事を確かめて安心する一家。そんな中、皇帝とクローゼが一家に近寄ってきた。

 

「すまぬ、少しいいか?」

「え、子供?」

 

突然、仰々しい口調の子供が近寄ってきて声をかけてきたので、一家の父もまた固まってしまう。しかし、直後に皇帝はあることをしたのだった。

 

「その様子だと明日税を払っても生活が苦しいだろう。これを売って足しにしてくれ」

 

そう言って、指輪を外して父親に渡す。赤い宝石が付いた、高価そうな代物だ。

 

「え!? でも、そんな……」

「一人で大金を抱えるのが怖いというなら、周囲の者たちと分け合ってもよい。遠慮するな」

 

少なくともこの行いで一般庶民ではないことはバレてしまうが、なるべく一人称を使わないなどの工夫をして、皇帝はうまく素性を隠しながら力になろうとしたのだ。

 

「こんな子供で高そうな指輪を……君、貴族か?」

「まさかとは思うけど、私たちを騙そうとしてるんじゃないでしょうね?」

 

当然、いきなり理由もなく善意を向けてきたので疑う夫婦。善人を装って暴虐を行う人間が多い帝都では、当然だった。

 

「単にあの男の行いを見ていて腹が立った。これは自己満足でやっているだけだから疑う必要はない。なんなら、換金に同行してもいいぞ」

「というか、いきなり質屋に持ってこられてもお店の人に疑われるでしょうから、同行させていただきます。これで信じていただけないでしょうか?」

 

しかし皇帝とクローゼがそろって告げ、その胸の内を明らかにしていく。そして、二人の目を見て夫婦は言葉に嘘が無いことを確信した。

 

「わかった、これはありがたく使わせてもらう」

「信じてくれて、感謝する」

 

そして二人に礼を言う夫婦は、次にオリビエに視線を向けた。

 

「あなたも、徴税官を抑えてくれて助かりました。ありがとうございます」

「いや、礼を言われるほどでもないさ。僕は愛こそが世界を回すと信じる旅の演奏家、故に愛のないこの国の現状を憂いているだけの事さ」

「ああ、国の現状に関しては同感だがこの馬鹿の言うことは真面目に聞かないでいいぞ。この男のマネージャーとして、忠告しておく」

 

またオリビエが愛について語ったことに、ミュラーが割って入ってきて告げた。それに対してシュン、としてしまうオリビエに場が和むのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……以上が、私が軍に志願したのと文官志望の理由です」

「そんなことがあって、いいのか?」

 

その頃、宮殿にあるイェーガーズの詰め所でランがウェイブ達に初任務で語った叶えたい願い、アリサたちとのやり取りで出てきたそれにまつわる過去、それらの詳細について話していた。

元教師で、経営していた村の学校の生徒たちが凶賊に皆殺しにされた。しかも領主が村の治安がいいという評判を落とさないために隠ぺいした。似たようなことを各地で大臣への賄賂で許可されていたこと。包み隠さず話した。

ウェイブにはアリサ達との戦闘後で話すといったが、結局はゼムリア大陸からの飛行艇による騒ぎを鎮圧するなどの任務で後回しになり、今になってようやく話せたのだ。

 

「はい。オネスト大臣や彼に賛同する貴族や文官に賄賂さえ払えれば、あらゆる罪状や事件を隠蔽可能。今のこの国はそんな状況になっています」

「オーガとかいう警備隊長が似たようなことしたって聞いたが、そんなのが何人もいるのかよ……」

 

余りにも悲惨、イヤ凄惨な帝国の惨状を聞いてウェイブは驚嘆していた。そしてそれに対して、一緒に話を聞いていたボルスとクロメも口を開いた。

 

「うん。私も疫病が蔓延した村を命令で焼き尽くしたり、そんな滅茶苦茶な罪で死刑になった人を何十人も帝具で火あぶりにしてきたよ。前者に関しては、もしかしたら反乱軍掃討のためのでっち上げなんじゃないかって思う時もある」

「私もこの国の在り方は間違っていると思う。反乱軍に行こうとした良識派の将軍だって、骸人形にしちゃったし」

 

二人が語ったその業に、ただウェイブは驚くしかなかった。しかし、二人はそのまま話を続ける。

 

「でも、それでも一緒に戦った仲間、カイリみたいに生き残っている仲間や骸人形にしたナタラみたいに死んじゃった仲間、そのみんなを裏切りたくないから今もここにいる」

「私も、それでも連れ添ってくれる妻や娘を守りたいから今もここにいる。反乱軍が戦いを起こしたら、私はともかく二人の幸福を潰してしまうかもしれないからね、戦争を阻止しないといけないんだ」

「ええ。私も復讐は考えていますが、反乱軍のように数多の命を巻き込むやり方は許容できませんのでね。反乱軍を止めるまでは文官にはなるつもりもないです」

 

三人の語った決意に、ウェイブは少し考え、何かを決心する。そして二人に向き合って言葉を発した。

 

「俺も、海軍の恩人や田舎に残した母ちゃんの為に戦う。そんでもって三人、いやセリューの物騒な物言いのフォローも含めてみんなの力になってやる。だから、みんな俺の事をこれからどんどん頼ってくれ!!」

「いや、ウェイブまだそんなに頼れる感じしないから、逆に私が守ってあげるけど」

 

しかしいきなりクロメにそう返され、場が静まり返ってしまう。

 

「……で、でもこれから強くなっていけばいいんだし、その投資……って言い方は変だな。とにかく、今は未熟だけど先を考えて頼ってくれれば」

 

そこまで言い切ったところで、詰め所の扉を開けて入ってきた人物がいた。

 

「アナタ、お弁当忘れてたわよ」

 

くすんだ金髪のものすごい美女が、自分によく似た少女を抱いて入ってきた。しかも口ぶりから夫に会いに来たようだが、この時点で正体が判明した。

 

「ま、まさかこの人が、ぼ、ボルスさんの?」

「うん。私の妻と、一人娘のローグ。さっきも話したけど、私の仕事とかを知ったうえで連れ添ってくれてるんだ」

 

そしてボルスは二人の元に駆け寄っていき、そのまま話を始める。そして少し話したところで、再びウェイブに向き合う。

 

「だから私も頑張れるし、ウェイブ君は今は自分の事だけを考えて突き進めばいいと思うよ。でも、これから先に大変なことがあるかもだし、その時はよろしくね」

 

一応フォローは入ったのだが、ウェイブはボルス一家の幸せオーラに充てられてその場で崩れ落ちてしまう。そしてそんな彼の肩をクロメが叩き、無言の慰めが入ったため、ウェイブは自分の情けなさに泣き出してしまうのだった。

 

(クロメさんもさっきはああ言いましたが、君には期待しているようですよ。それに、私もあなたのまっすぐな所には期待しています。あのゼムリア大陸とやらから来た若者たちにも、そこは負けていませんからね。私も期待させてもらいます)

 

ランもウェイブを調子に乗せるのではと思い黙っていたが、内心ではウェイブに期待しているらしい。尤も、そんな彼らの真意を本人が知るのはもうしばらく先なのだが。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

翌日、リィン達はある場所にカレイジャスで訪れていた。そこはマーグ高地という危険種の群生地であった。そろそろリィンの体力が万全になったので、勘を取り戻すのとタツミ達増援組との連携を図るのにちょうどいいと判断、鍛錬に入ろうと思ったわけだ。

 

「高地だけあって、空気が薄いな。果たしてどうなるやら」

「リィンの実力なら心配はないと思うけど、病み上がりにこれは結構負担がかかると思うから、無理しないでね」

 

リィンとアリサは新しい服に着替えて、それぞれの得物を片手に高地を進んでいく。

リィンは上着が赤いジャケットから白いコートに変わり、剣聖の二つ名に相応しい落ち着いた佇まいになっている。アリサも胸元が強調されたノースリーブの服の上から白いジャケットを羽織り、大人っぽく決まっていた。

 

「な、なぁサヨ……アリサさんのあれ、なんかエロくないか?」

「私に振らないで、バカ」

「ヘケッ!?」

 

その後ろでタツミがサヨに振った話題のせいで殴られていたが、二人ともスルーしている。

 

「あたしもそろそろイメチェンした方がいいかな? アリサって一応、一つ下だったはずだし」

「エステルが本心でしたいならいいけど、そういう理由だったらお勧めしないよ」

 

そこに同行する、エステルとヨシュア。二人とも揃って普段通りの恰好だが、実はエステルは正遊撃士になってから今のオレンジのスカートを履くようになり、ヨシュアも何度か服装を変えたりしている。なので今更イメチェンという気も起きなかったようだ。

 

「……近くから水の音が聞こえる。この勢いからして、滝か?」

 

そんな最中、リィンが音に気付いたので一行が駆け出す。そして到着したのは、崖の下を流れる川だった。近くに音の発生源と思しき滝が流れていた。

 

「おっし! それじゃあ、水棲危険種でも釣りますか!!」

 

そう意気込みながら、タツミが釣竿を取り出す。すると、それにエステルとリィンが反応した。

 

「それって、レイクロードスターか?」

「レイクロード社の超高性能釣竿じゃない」

「はい。向こうでリィンさんの同級生だっていう、ケネスって人から貰って」

 

ケネス・レイクロード。トールズ士官学院貴族クラス所属の、リィン達の同級生。エレボニア帝国の老舗釣り具メーカー・レイクロード社の次男でもある。いつの間にか意外な人物と知り合いになっていたことに、リィンも驚いていた。

そんな中、エステルもあることに気づいた。

 

「そういえば、二人が今履いてるスニーカーってストレガー社のロゴがついてるけど、まさか最新モデル?」

「あ、はい。グランセルで修行中に、シェラザードさんが買ってくれて」

 

エステルの趣味は釣りと一緒に、ストレガー社のスニーカー収集だったりする。細かいところを見ていると、タツミ達がゼムリア大陸の生活に染まりつつあるという事実があった。

 

「さて。それじゃあ、釣りにでも興じますか」

「それじゃあ、誰が大物を釣るか競争にでも入るか」

「修行から離れてる気もするけど、あたしも賛成。釣れたのが危険種なら、その場で戦えばいいし」

 

そういい、三人そろって釣竿を取り出して糸を垂らす。アリサもヨシュアも呆れながら見守っていると……

 

「お、かかった!」

「タツミが先手を取ったか。やられたな」

「爆釣王のあたしから先手を取るって、やるじゃない」

 

タツミが手ごたえを感じ、一気に引っ張ろうとする。だが、以外にもあっさり引き寄せられた。しかし、それを見てみると

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?」

「ぶ、ブラジャーか、それ?」

「いや、どっちかというとビキニじゃ…」

 

釣れたのはなぜか女物の水着だった。危険種の群生地で、まさかの水浴びかと思わずポカンとしていたが、すぐに正気を取り戻して三人は慌てだした。

 

「え、えええ!? なんで、なんで水着が!」

「落ち着け、タツミ! とりあえず、そこにもう一回投げ入れろ!!」

「そうよ、急いで! でないと、セクハラで捕まっちゃうから……」

 

しかしその直後、下からの強烈な殺気を感じ取って飛びのく。すると、激しい音と同時に崖下から光線が放たれてそれが地面を消し飛ばしたのだ。

 

「な、何だこの威力?」

「まさか、誰か帝具使いでもいるんじゃ……」

「まさか賊の類か? だったら、持ち主の女の子が襲われてるかも!」

「タツミ、一人じゃ無茶だ! それに、その女が攻撃してきたんじゃ……」

 

そしてそのまま、リィンの制止も聞かずにタツミは崖から飛び降り、攻撃してきた張本人に向かっていく。

 

「アリサ、追うぞ!」

「わかったわ!」

 

そしてそのままアリサを負ぶさり、リィンも後を追う。

 

「二人とも、僕も行くよ!」

「サヨちゃん、負ぶっていこうか?」

「大丈夫。これでも準遊撃士ですから」

 

そしてエステルとヨシュア、サヨも追いかけて崖から飛び降りる。

そして着水し、タツミは近くの岩場に上がって双刃剣を構える。

 

「おらぁ賊共! 遊撃士規約に則って、お前らを拘束するぞ!!」

「タツミ、持ち主の女の人が賊って可能性もあるんじゃ…」

「あれ? あんたら」

 

直後、聞き覚えのある声が聞こえたので視線を向けるリィン達。続いて到着したエステル達も、視線に映った人物を見て驚いた。

 

「あれ? あの子って、確か」

「ナイトレイドの、マインちゃんだっけ?」

「賊じゃなくて、ナイトレイドがいるのか?」

 

エステルの言うとおり、そこには胸元を巨大な銃の帝具パンプキンで隠している、マインの姿があった。

予想外の形で、ナイトレイドと再会を果たすこととなった一行であった。




オリビエのあれは一回やりたかった。なので満足である。
そしてリィアには心機一転、閃Ⅲのティザーサイトに載ってた衣装に着替えさせてもらいました。しかしアリサの新衣装、作者の語彙力のせいでうまく説明できず。
Orz

P.S.デザートランナーは名前聞いた瞬間、ロード・ランナー(バッグスバニーに出てくるアレ)を連想したので飛べない鳥と解釈しました。


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第25話 再会と初遭遇

難産でしたが、閃Ⅲの最新情報のおかげで熱が入り、書きあげられました。
アガットとティータがⅢに参戦するらしく、オリビエ以外で初代からのメンバーが来るということですごい楽しみです。
このままエステルとヨシュアも出てきてほしいですが、果たして。


危険種の群生地でタツミ達の実力を図ろうとしたリィン一行だが、そこで遭遇したのはナイトレイドのマインであった。しかも、タツミが彼女のビキニを釣り上げるという最悪な形での再会である。

 

「あんた、戻ってきてたのね……」

「ああ。お前らのスカウトは蹴ったけど、その分強くなったつもりだぜ」

 

そんな中で、悠長に会話しているタツミとマインだったが……

 

「……って、それ返しなさい! ついでにくたばれ!!」

「うぇえ!?」

 

そのままパンプキンで発砲してきた。タツミはギョッとしつつもどうにか回避する。

 

「とりあえず返すから、攻撃やめろ!」

 

そしてそのままビキニを投げ返し、マインもそれを受け取る。そしてそのまま装着した。

 

「で、それはそれとしてくたばりなさい!」

「ええ!?」

 

しかし、それでもマインは攻撃を続行、タツミだけでなくリィン達やサヨも驚愕した。

 

「なんで返したのに、攻撃してくんだよ!」

「うるさいわ! あんたが正道からこの国を変えるとかほざいて、そのまま異国の勢力に取り入ったのが気にくわないのよ!」

「なんだよ、その理由!」

 

マインのその物言いに、滅茶苦茶なものを感じてタツミも怒りを露わに戦闘に入る。

 

「タツミ、加勢するぞ!」

「リィンさん、こいつは俺が抑えるから周囲の安全を確保してください!」

 

しかし、いきなりタツミの方から加勢不要の通告が入り、リィンも驚く。

 

「大丈夫です。彼女は大火力砲撃と狙撃特化、今のタツミなら問題はないかと」

 

サヨからの発言で、リィンは少し考える。話を聞けば、エステルの父である剣聖カシウスから直接手ほどきを受けたらしいため、相当な実力を身に着けたのだろう。ひとまず、それを信用して手出ししないことにした。

 

「こんにゃろ!」

 

しかしマインは、パンプキンをマシンガンバレルにして連続攻撃に突入する。

 

「猟兵と同じで機関銃も使えるのか……けど、関係あるか!」

 

想定外の攻撃だったようだが、タツミにとっては関係ない。自分の今日までの訓練は、ナイトレイドを始めとした帝具使いと、対等以上に戦うためだからだ。

そしてタツミは、双刃剣を分割して二刀流に切り替える。

 

「変なギミックね。でも、そんな程度で勝てると思うのが間違いだわ!」

 

しかしマインは構わず、パンプキンを乱射する。だが、タツミは高速で剣を振るい、パンプキンの銃撃を捌き切る。ゼムリアストーンで強化されたタツミの愛剣とイエヤスの形見の剣、それを合わせた双刃剣はパンプキンの威力でも刃こぼれ一つしない。

 

(まさか、パンプキンのエネルギー弾を剣で弾くとはね。武器の強度もそうだけど、あれを見切る動体視力が凄い)

「どうやら、強くなったのは本当の様ね」

「当たり前だろ! そのための修行だったんだからな!!」

 

マインは攻撃を続行しつつ、タツミの戦闘力を冷静に分析、そこについては素直に感心している。しかしその一方で、タツミも冷静に分析していた。

 

(あっちからお褒めの言葉は来たが、このままじゃジリ貧だな。さて、どうするか……)

 

どうにか隙を伺っているタツミだったが、不意にそれは訪れた。

 

「あ……(しまった、パンプキンを乱発しすぎた!)」

「! 今だ!!」

 

精神エネルギーを弾丸として放つため、パンプキンは使用者に激しい消耗を強いる。マインにその兆候を見たタツミは、咄嗟に剣を連結して双刃剣に切り替えた。反撃に入るようだ。

 

「喰らえ、ブレードスロー!」

「はぁあ!?」

 

ブーメランの要領で双刃剣を投げるこの攻撃は、流石のマインも想定外だったらしい。咄嗟に回避するもタイミングが遅れたため、飛んできた双刃剣が掠ってしまう。

結果

 

ポロリッ

「「「「「「あ」」」」」」

 

それがマインのあるものを彼女の体から切り離したのを、一同は見ていた。そして、当の本人は気づいていないのか、水場から這い上がって再びパンプキンを構える。

 

「今のは想定外だったけど、手傷を追わせられなかったのは残念ね。それじゃあ反撃に……って、何で男どもは顔をそむけてるのよ?」

 

そのまま気づかないマインは、タツミだけでなくリィンとヨシュアが顔をそむけていることに首を傾げてしまう。そんな中で、サヨとエステルが顔を赤くしながら必死に伝える。

 

「え、えっと、その……み、水着が」

「今の攻撃でねぇ……」

「え? そういえばなんかスースーするような?」

 

指摘されることでようやく違和感に気づき、片手で自身の胸を触り、ゆっくりと視線を移す。

 

「き、きき……

 

 

 

 

 

 

 

きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

そして絶叫した。

 

 

 

 

 

しばらくして

 

 

「全く……ぎゃふんと言わすはずがなんでこんな」

「その、さーせんでした」

 

着替えながらぶつぶつと文句を言うマインの後ろには、顔をぼこぼこにはらしたタツミの姿があった。そしてそのそばにはリィンとエステルが顔に引っかき傷を作っている。

あの後、どうにかマインをなだめようとするも、そのまま馬乗りされてタコ殴りを受けたらしい。流石に見過ごせないとリィンもエステルと二人でマインを止めようとするが、抑える最中に顔をひっかかれた。憤怒と羞恥に燃える乙女の恐ろしさに、同性のエステルですら戦慄していたという。

そんな中、どうにか場の空気を和らげようと、アリサが話題を振る。

 

「それで、あなたは何でここにいるのかしら? 少なくとも任務じゃなさそうだけど……」

「今更あんたたちに黙るのもアレだからバラすけど、修行よ。帝国の新設部隊に対抗するためと、新しいメンバーと親睦を深めるため」

 

意外にもあっさりと事情を話したマイン。しかし案の定というべきか、マインの方からも質問が来る。

 

「それでこっちからも質問だけど、この間に帝都で空飛ぶ船が複数も出てきたとか聞いたわ。ぶっちゃけ、あんたらの大陸から干渉しに来たでしょ」

「ああ。向こうの王族を始めとした政治関係者が、ようやく動き出したんだ」

 

こちらとしても隠しておく理由はなく、そしてできればナイトレイドにも理解はしてほしいので話すことにした。

 

「まあわざわざそこを気にするところからして、やっぱり僕たちの干渉については反対のようだね」

「当たり前でしょ。いきなり外部勢力が介入してきて、先の不安とかいろいろと考えるに決まってるわ」

 

やはり今のところ理解は示してくれないようだが、マインの言うことも尤もだ。下手をしてその外部勢力の傘下にくわえられ、最悪今以上に抑圧された生活が待っている可能性、国の未来ということからそういった外交問題も少なからず考えていたようだ。

しかし、だからといって引き下がるわけにもいかない。ヨシュアはどうにかマインを論破できないか考えを巡らせ、アリサも同様に考えていた。

 

「!? みんな、下がって!!」

 

しかし直後、ヨシュアは何かさっきのようなものを感じて周囲に退くよう促す。元暗殺者の彼の判断ということもあり、リィン達は揃ってその場から飛びのいた。

 

「……どうやら、ますます強くなったみたいだな」

 

直後、マインのそばに何かが着地したと思いきや、聞き覚えのある少女の声を発する。黒い長髪に黒い服、全身を黒一色にしたことで映える白い肌と真っ赤な瞳の少女。そう、アカメであった。

 

「アカメ、君だったのか。とりあえず、久しぶりでいいかな?」

「まあ、そうだな。近くで食料を取っていたら、マインの悲鳴が聞こえたんだ。何事かと思ってきたら、お前たちがいたというわけだ」

「あ、えっと……」

 

アカメが現れた理由が語られ、その原因となってしまったタツミはバツの悪そうな顔をしている。ふと、そのタツミにアカメが気付いた。

 

「お前……こっちに戻ってたのか。しかも、お前も以前よりはるかに強くなっているみたいだ。そっちも、すっかり健康そうで何よりだ」

「あ、まあな。帝具使いと帝具なしで戦うために、修行したもんでな」

「向こうの強者や技術は、いい刺激になりましたよ。あと、気遣いありがとう」

 

しかし、アカメはまずタツミの実力を分析して称賛、サヨに対しても気にかけている様子だった。するとマインがそこに不満をぶつけてきた。

 

「ちょっと、アカメ! あんた、こいつは一応帝国の外の勢力に就いたんだから、敵みたいなもんでしょ!!」

「だが、はっきりと敵対する様子はまだない。それに、まだ仲間がいる可能性もあるから下手に敵対すると不利だろう」

「ぐっ……」

「けど……」

 

アカメの方が正論で、流石にマインも黙るしかなかった。だが、だからと言って完全にこちらに気を許したわけではないらしい。

 

「だからと言って信用しすぎるのもよくない。和平を口実に、彼らの所属勢力に利用されかねないからな」

「って、そりゃねえだろ! 俺は帝国や村を救うカギが向こうにあるって信じて、遊撃士になろうとしたのに」

「その平和が、帝国側の望む形と違ったらどうだ? 実際にゼムリア大陸に行ったことのない私たちには、信じろという方が無理だ」

 

タツミも反論するが、アカメは正論を更にぶつけてくる。そして、新たに事実を伝えてきた。

 

「先日、お前たちの大陸の犯罪組織がアジトを強襲した。身喰らう蛇と名乗っていて、内一人がリィンに因縁があると話していた」

「な!?」

 

まさかの事実に、驚愕する一同。しかし、アカメは構わず続けた。

 

「流石にお前たちとあいつらがグルという線はないだろうが、狙いが帝具の完全破壊と言っていた。帝具は元が国家安寧のための武器だから、革命後も国を守るために必要な物だ。そういうこともあって、私たち全員がお前たちを警戒している状況でもあるから、それは理解してほしい」

「……そうか。なら、この場での説得はあきらめるよ」

「でも、俺たちはお前たちに理解してほしいからな。また、改めて話をしようと思う」

 

そしてヨシュアとリィンがそのことを伝え、一同は去ろうとした。

しかし直後……

 

 

 

 

「A,Agigiiiiiii!」

 

何やら雄たけびのようなものが聞こえたので、視線を移す。すると近くの崖から、何かが下りてきた。

 

「こいつは?」

「この辺りを縄張りにする特級危険種。その群れだな」

 

リィンの疑問に対し、アカメが簡潔に説明する。人間より一回り大きなトカゲで、二足歩行だが前かがみになっている体勢をしていた。強靭な二本足に対して小型になった腕のような前足、鋭い牙と完全に肉食のそれであった。

 

「あなた達の言い分はとりあえず分かった。でも、ここは共闘した方がいいんじゃないかしら?」

「少なくとも、戦力としては申し分ないと思うけど?」

 

そんな中、臆することなくエステルとアリサが前に出てきて、得物を手に臨戦態勢に入る。同じくリィンとヨシュア、タツミとサヨも武器を手に並んだ。

 

「だな。それに、あれはああ見えて食用になっている危険種だ。今日の夕食にもぴったりだろう」

「アカメの言い分はともかく、流石に今回だけは賛成するわ」

 

アカメもマインも、流石に戦闘慣れしているので有利不利もすぐに判断できる。そのため、二人も帝具を手に戦闘態勢に入った。

ちなみに、アカメはよだれを垂らしながら言っていたので、本気で食べるつもりらしい。

 

「はは。じゃあ、とりあえず行こうか」

「私もタツミも、強くなったところを見せる時ですね」

「みんなやる気だな。なら、行くぞ!」

 

アカメの様子に軽く笑いながら声をかけるヨシュア、待ってましたと言わんばかりにやる気満々のサヨ。そんな二人にリィンも負けてられないと思い、真っ先に危険種の群れに突撃していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同時刻・ロイド率いる支援課メンバー

 

「それじゃあ改めて、特務支援課の再集結ってわけだな」

 

ロイドが改めて口にすると、そのまま集まった支援課メンバーに視線を移す。

最初から同行していたエリィ。エプスタイン財団から出向してきたティオ。猟兵から警備隊に転向、そこをクビになってから支援課に配属になったランディ。いったん装備の強化に離れた、警備隊の出向要員ノエル。元不良チーム・テスタメントのリーダーで実は星杯騎士の守護騎士ワジ。厳密には支援課メンバーではないが、元暗殺者で劇団の人気スターでもあるリーシャ。

全員がかつてマリアベルの一族、クロイス家の『碧き零の計画』阻止、そしてその後のクロスベルの解放に尽力した、まさに英雄と呼べるチームである。

そんな中、ふいにランディがある話題を上げる。

 

「ロイド、お嬢から聞いたがなんかトンデモねぇ姉ちゃんに惚れられたそうだな」

「ああ。エスデスさんか……」

 

ランディに振られた話題に、思わずどんよりした空気を醸し出してしまうロイド。それを聞いた支援課のメンバーは、口々にその感想を述べる。

 

「セリューさんに輪をかけて過激な戦闘狂で、しかも戦争狂でもあるとか……」

「私も最初、潜入した時に感づかれた時は驚きましたよ」

「伝説の凶手である銀を相手に……映像で見た戦闘力も相まって、中々とんでもないね」

「というか、ロイドさんはまたやってしまったわけですか」

 

エスデスのぶっ飛び具合に戦々恐々している中、ティオがロイドの弟貴族ぶりについて言及。当の本人はそれに反論する。

 

「ティオ、あれは不可抗力なんだって。それに、エスデスさんに関しては本当にいい迷惑なんだよ」

「なんかその言い方だと、他の女性はいいみたいに聞こえるんですが?」

「いや、それはないって! 俺はもう、エリィ以外とそういう関係は……」

 

しかしそんな中、ロイドの足に何かがすり寄る感覚がしたため、視線を移す。

 

「なんだ、こいつ? 猫?」

「妙に人懐っこいわね」

「ちょっと待ってください、調べてみます」

 

こんな危険種の群生地に、人畜無害そうな猫が現れたのだ。しかも警戒心が妙に薄いのだ、疑問に思うだろう。

そんな中、ティオが魔導杖を構える。アナライザーという解析機能を使ったのだ。

 

「現地協力者のおかげでできた危険種のデータベースによると……ありました。マーグパンサーという危険種のようですが、子供の内は警戒心が薄いうえに人懐っこいから、ペットにもできるそうですね」

「なるほど、つまりまだ子供か。親か飼い主が近くにいるのか……!?」

 

しかし、途中でしゃべるのをやめてしまうロイドは、いきなり顔色を変えた。

 

「みんな、こいつから離れろ。コイツから急に殺気が」

「「え?」」

「ロイドさんの言うとおりです。この子、何かおかしいです」

 

ロイドの尋常じゃない様子とそれに同意するリーシャ。気配の察知に特に疎いであろうエリィやティオでも、異常であることは一目瞭然なので、ひとまず言うとおりにする。すると、いきなりマーグパンサーの体が煙に包まれ始めたのだ。

 

「へ~。警戒心とかそういうのは、及第点ってとこかしらね」

 

いきなり女性の声が聞こえたかと思うと、煙の中からマーグパンサーの代わりに一人の女性が入った。赤っぽい茶髪と、口にくわえた棒付きキャンディーが特徴的だ。

 

「な、君は一体?」

「まさか、さっきの危険種、なの?」

「うん、そうだよ」

 

突然の事態に驚くロイド達に、あっけらかんとした様子で疑問に答える女性。いったい何者なのかと思っていると、直後の彼女の一言でその正体が察せられた。

 

「ブラートから聞いた見た目と合致してるからもしやと思ったけど、貴方がロイドで間違いないみたいね」

「ブラート……じゃあ、君はナイトレイドの!?」

「そ。私はチェルシー、最近ナイトレイドに配属になった革命軍のメンバーよ」

 

まさかのナイトレイドとの接触に、思わず驚く支援課メンバーたち。すると直後に何者かの気配を背後に感じ取った。直後に何者かが襲撃、槍を振り下ろしてきた。

 

「うぉおらああ!!」

 

すかさずランディがスタンハルバードを振るい、背後からの襲撃者を迎撃する。しかし、元猟兵のランディの必殺の一撃のはずが、その襲撃者は手にした槍で防いでしまったのだった。

 

「ロイドの仲間だとは思ったが、粒ぞろいみたいだな」

 

現れたのは、一度見たら忘れられないデザインの鎧を纏い、巨大な槍を携えた戦士だった。ロイドも当然知っている、あの男だ。

 

「試すなんて人が悪いじゃないか、ブラート」

「お前さんの信念と、それを実行する仲間たち。揃って力がちゃんと伴っているか気になってな」

 

案の定、インクルシオを纏ったブラートであった。どうやらチェルシーと揃って、特務支援課の面々を試すのが目的らしい。

そしてブラートはインクルシオを解除し、そのままロイドに話しかける。その際、ノエルや来たばかりのランディたちはハンサム顔とそれに合わないリーゼントの組み合わせに、つい呆然とする。

 

「無事みたいだが、何よりだ」

「ありがとう。でも俺たちもやるべきことがあるから、そう簡単にくたばるわけにはいかないさ」

 

素直に自身の心配をしてくれたブラートに礼を言いつつ、決意のこもった眼をしながら応えるロイド。そんな中、急にチェルシーが声をかけてきた。

 

「へぇ……その鎧が噂の帝具ってやつの一つか。イカすデザインだな」

「お、こいつの良さがわかるか。なんなら今からでもこっちに来るか?」

「ランディさん、念のため言っておきますけどやめとくべきですよ」

「わかってるっての、ティオすけ。そういう血みどろが嫌で、猟兵をやめたんだからな」

 

さっそくランディがブラートと気が合っているような雰囲気を出すが、ティオの忠告を聞くまでもなくナイトレイド入りは拒むつもりである。

ランディは本名をランドルフといい、西風の旅団のライバルである最強猟兵団の片割れ”赤い星座”の団長である《闘神》バルデル・オルランドの息子であった。しかし、嘗ての任務で立ち寄った村で親しくなった少年が、作戦の一環で彼を含めた村の全住民が犠牲となり、それをきっかけに団を脱走。クロスベル警備隊に入るも猟兵時代のトラウマから標準装備のライフルが使えず、それを不快に思った当時の警備隊司令官にクビにされた。そこを現指令官で当時の副指令ソーニャの勧めで、特務支援課に配属となった。

ちなみにソーニャはセルゲイの元妻だが、仕事上の都合での離婚であって決して不仲ではない、というのは完全な余談だったりする。

 

「さて。初見の奴もいるから自己しょ……」

「ブラート、名乗ったあたしに言える義理でもないけど、なれ合いは不要よ。君たちの目的は、ボスやブラート達ナイトレイドの仲間から聞いたよ。帝具使いの犯罪者の手がかりを追ってきたとか、その為に帝国の現状を平和的に解決しようとしてるとか、色々とね」

 

チェルシーはすでにこちらの事情は聞いているらしいが、そこから続けざまにあることを告げた。

 

「この際だからはっきり言っておくけど、甘すぎるよ君たち。この国の現状は、千年の歴史による腐敗の積み重ね。そこに付け入って甘い汁を吸う、オネスト大臣を始めとした悪徳政治家と軍や警備隊。そんな連中に取り入って、無実の民に対しての暴虐を楽しむイカれた貴族。先にこっちに来た君は、嫌というほど見てきたでしょ」

「ああ。だからこそ何とかしようと、向こうの王族や政治家たちと協力を……」

「そこが甘いって言ってるのよ」

 

反論しようとするロイドの言葉を折って告げるチェルシーと、その様子を静観するブラート。いきなりの事態に困惑しながらも、ひとまず話を聞いてみることにする。

 

「改心の余地もなく悪事を重ねた連中が、今の帝国を動かしている。もう、一度外から破壊しない限りやり直せない領域まで入っちゃってるのよ。そんな中で平和的解決なんて無理難題に挑もうとしたら、命がいくつあっても足りないわよ」

「おいチェルシー……すまねぇな。こいつ、この間も仲間内で甘すぎる云々言ってていがみっちまって」

「まあ、殺し屋なんてしている以上は持っておく認識ではあるね。気にしないでいいよ」

 

チェルシーの物言いに対して、ブラートが代わりに謝罪、ワジがそれに受け答えする。

 

「それがわかったなら、革命が終わるところを指咥えてみてなさい」

 

しかしチェルシーはそんな様子を顧みる様子もなく、去ろうとする。ロイドはふと気になって、チェルシーに声をかけるのだが……

 

 

 

「君、まさかとは思うけど俺たちを心配してくれてるのか?」

 

ロイドから思わぬ返答が返ってきたために驚くチェルシー。それにはブラートや、エリィ等支援課のメンバーも驚く。

 

「さっきから俺たちに忠告する時、目に何やら哀しみの様な物をかすかに感じた。加えて、明らかに俺たちをこの国から遠ざけようという発言。ここから察するに、君は最近に仲間の死か何かつらい目に遭った。それで、俺や他のナイトレイドのメンバーに同じ目に遭ってほしくないから、わざと突き放すようなことを言っているんじゃないか?」

 

警察官という職業上、いろんな人間を見てきたロイド。そんな彼だからこそ、表情や感情の機微に気づけたのかもしれない。そしてその問いかけにチェルシーは動きを止め、少しの時間が経過する。そして振り返って告げた。

 

「その辺りは想像に任せるけど、少なくとも私の精神衛生上のためにも、周囲にもっとしっかりしてほしいってのはあるわね」

 

そうつっけんどんな物言いをするチェルシーだが、若干顔が赤いため少なくとも間違いではないようだ。しかし構わず、ロイドは告げた。

 

「どちらにしても君の言うとおり、俺たちは甘いのかもしれない。事実、この国で暴虐の限りを尽くす人間はその子供の世代にもなると、善悪の区別もつかない性格に育てられている。そんな連中を私欲のために裁こうとしない上層部を相手に、平和的解決なんて無理な話かもしれない。でも、それでも俺たちは正義を、正しいと思えること事実の模索とそれを実践することを忘れちゃいけないと思うんだ」

 

それを告げたロイドの発言に、思わずチェルシーは聞き入ってしまう。彼の目に、自分たちとは別の意味での強い意志を感じ取ったためだろうか。

 

「今から話すのは知り合いの受け入りなんだが、正義は個人の価値観で変わってしまうし、人によっては綺麗言と同義に捉えてしまう。しかも、今の帝国では正義そのものが形骸化してしまって意味をなさない。でも、それでも『人は正義を求めてしまう生き物』だそうだ」

「正義を、求める?」

「ロイド。聞いているはずだが、俺たちは自分を正義と認めるわけには……」

「わかっている。それを踏まえたうえでの話だ」

 

特務支援課が設立されて間もないころ、マリアベルの父で先代IBC総帥のディーター・クロイスが話したこと。ロイドはそれをチェルシー達に話し、エリィ等支援課メンバーもそれを見守る。

 

「その人曰く、正義は人が社会を信頼する”根拠”だかららしい。もし法が形すら無い国があれば犯罪は横行し、誰も街を出歩かずに社会生活そのものが成り立たなくなる。俺たちの故郷クロスベルも、この国ほどじゃないが目に見えないところで犯罪が横行する不安定な場所だった」

 

クロスベルの不安定な自治とそれによる法の歪み、方向性は違うが帝国と同様に正義が形骸化していた。そんな中でも困難に立ち向かえたのは、後にディーターとは敵対するものの彼が伝えたこの話があったからだ。

 

「帝都市民の中には、法で裁けない悪を裁くことからナイトレイドを信奉する者もいると聞いた。殺しを正義とするのは君たちは認めたがらないだろうし、俺も個人と立場の双方で認めたくはないが、彼らはナイトレイドを自分たちを守る正義の味方と見ているんだろう。正に、その事実の現れじゃないか?」

 

ロイドのその言葉を聞くも、チェルシーもブラートも表情を崩さない。しかし、真摯にその話を聞いているようには見えた。

 

「だから俺たちは君たちナイトレイドがどう言おうと、俺たちなりの正義でこの国に抗う。そして邪魔しようっていうなら、武力行使も厭わない。それだけは胸に刻んでくれ」

「……どうやら、梃子でも動かないみたいね。一応その話は覚えておくけど、完全に受け入れるつもりはないから」

「俺も足を洗うつもりはないが、その意味は忘れないでおこう。お前らも、嫌な思いさせて悪かったな」

「大丈夫です。正義に限らず、価値観で物の見方は変わるものですし」

「そういうのわかんねぇと、警察官なんてできねえだろうしな」

 

チェルシーは己の意志を曲げずにいながらもロイドの言葉を受け入れ、ブラートもあらためて一行に謝罪する。しかしリーシャモランディも気にしている様子はなく、黙っていた残りのメンバーも同じのようだった。

そしてそのまま別れに入ろうとするが……

 

 

ドシンッ!

 

「な、何だ!?」

 

何か重たいものが落ちてくる音がしたのでその方を向くと、奇怪な姿の生物がいた。

 

「何ですか、これ? まさか危険種というこの大陸の魔獣??」

「だと思うが、見たことねぇタイプだな」

 

ティオの疑問に答えようとするブラートだが、確証の得られない答えしか出てこない。

それもそのはずだ。現れた危険種は人間の様な体躯をしているが首が胴に埋まっており、体の各部に金属装甲があったりや数字が刻み込まれている。野生の生き物には到底見られない、奇怪な姿をしていた。

 

「数字が刻まれているということは、どこかの施設から逃げ出した実験生物あたりか?」

「どちらにしても、敵意はあるみたいね」

「みたいだな、お嬢。しかもまだ気配を感じやがる」

 

ロイドがその正体を察する中、ランディが告げた。しかもそれに合わせて、気配の元と思しき同型の危険種が数体出現した。いずれも装甲の個所や刻まれている数字など、個体ごとに微妙に異なるものがあるため、ロイドの推測に間違いはないようだ。

 

「ひとまず、この場を切り抜けるためにも共闘と行くか」

「ああ。なんだかんだ言って、ロイドの戦いを見るのは初めてだから、実は楽しみでもあるんだよな」

「余裕そうだな。けど、それでこそ頼りがいがあるものだよ」

 

言いながらロイドはトンファーを構え、残りのメンバーも得物を構える。ただ一人ワジは格闘術で戦うため構えるのは拳だが、それでも守護騎士に名を連ねるだけの実力は本物だ。

 

「チェルシー、お前は逃げてボスたちにこのことを伝えてくれ」

「オッケー。あたしも非戦闘型だし、その方がいいわ」

 

ブラートに告げられたチェルシーは、そのまま自身の帝具ガイアファンデーションでマーグファルコンという鳥の危険種に変身、飛び去って行った。

 

「変身したものの性質までコピーできるのか。つくづく恐ろしいものだな」

「ああ。だが、戦闘技術とかはチェルシーに由来するから、直接の戦闘は向かねえらしい」

 

ロイドが帝具の力に戦慄するも、ブラートがフォローを入れる。そしてブラート自身も戦闘に入ろうとインクルシオの装着準備に入る。

 

「インクルシオぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

そして叫ぶと同時にブラートの体にインクルシオが装着され、手には副武装ノインテーターが握られる。

 

「それじゃあ、ひと暴れするか」

「ああ……みんな、行くぞ!!」

『おお!!』

 

そして、特務支援課&ブラートによる共闘が始まった。




次回から戦闘開始。あの新型危険種が本編より先に登場しましたが、次回で触れる予定です。そしてその正体からロイド達がとどめ刺すのはNGかもですが、どうなるかは見てのお楽しみということで。
そして、そろそろあれを動かそうかと。


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第26話 巨いなる力、動くとき

今回は戦闘パートオンリー。しかもラストでようやくあれが動く。
閃Ⅲにラニキとティオすけ参戦と、キャストの正式発表が。アルティナはリゼからチノに交代するそうです。種田さんの本格復帰がまだっぽいですが、キャラ的にこっちの方が合いそうとも思ってしまいました。


一方、別の場所では

 

「なんだコイツら…強すぎるだろ」

「しかも、傷が再生している」

 

アガットとシェラザードとティータ、ユーシスとマキアスとエリオット、といったリベールの異変解決組と旧《Ⅶ組》のトリオは別の場所で戦闘に突入していた。相手は青い髪と無精髭、胴着のような衣服を纏い、人の姿をしながら側頭部に角を生やすという異常な姿をしていた。そして得物の巨大な混を振るい、一行を苦戦させている。しかも、ダメージが再生する上にアーツによる毒や炎症の付与すら効かないという厄介なおまけ付きだ。

この時一同は知る由もなかったが、ナイトレイドの有する生物帝具、スサノオと対立していたのだった。そして同時に、金髪でスタイルのいい女性が鋭い爪に獣耳と尻尾を生やして応戦している。帝具による獣化を促したレオーネだった。

 

「前衛二人と後衛四人、バランスの取れたチーム編成だな。前衛もパワー主体とスピード主体で分かれていて、後衛も銃や砲に加えて帝具とも異なる未知の力を使う。厄介極まりないな」

「でも、修行の成果を試すのに対人戦はもってこいだぜ、スーさん」

 

そう言いながら、レオーネはユーシスにとびかかって爪を振るう。ユーシスはそれを剣で捌きながら、レオーネに問いかける。

 

「戦闘中だが、一つ聞きたい。なぜ、顔を見るなり俺たちに危害を加える? たまたまここを立ち寄っただけの俺たちに、何かうらみがあるわけでもなかろう」

「残念だけど、職業柄居場所を知られるのも顔を見られるのもダメなんだわ。殺しはしないけどここから帰すわけにいかないんだよ」

「って、そんな無茶苦茶な!?」

 

余りに一方的な物言いに、エリオットも思わず仰天する。ユーシスの問いかけに答えるレオーネの後ろには、一軒の小屋が立っていた。どうやら、ナイトレイドが修行中の仮住まいとしているようだ。リィン達と遭遇したアカメとマイン、特務支援課と遭遇したブラートとチェルシーは、それぞれに顔見知りがいたため戦闘にならずに済んだ。しかし、運悪くここにいるのはゼムリア大陸から帝国に入ったばかりのメンバーで、遭遇したナイトレイドも顔の割れていないメンバーばかりのためこのような事態になってしまったわけだ。

しかしそれでも負けるわけにいかないので、ユーシスは更に剣を振る速度を上げた。

 

「生憎だが、俺達にはやるべきことがあるのでな。貴様らの事情は知らんが、そのためにも帰らせてもらうぞ」

「そうかい。やれるもんならやってみな!」

 

そして再び剣戟に入るユーシスと、それを捌くレオーネ。その最中、いつの間にか茂みに隠れていたマキアスが銃を構え、レオーネに狙いを定める。

 

(今ならメイルブレイカーで撃ち抜く隙がある。喰らって、少し寝ててもらうぞ!)

 

マキアスがすかさず、得物であるショットガンに徹甲弾を込め、レオーネに向けて発砲した。

しかし

 

「おっと」

「な!?」

 

 

不意打ちを狙ったはずが、レオーネはそれを跳躍により回避してしまった。ライオネルによる獣化の影響で、野生の勘までが強化されていたのだ。

しかし、それだけで攻撃は終わらない。

 

「ハイドロカノン!」

 

エリオットが咄嗟にアーツを発動、高出力の水砲がレオーネに命中する。ここまで立て続けの攻撃には流石に体が対応に追い付かず、ダメージを負ったレオーネは地面に落ちてしまう。

 

「いてて…敵ながら、天晴なチームワークだね」

「まあ、僕たちも一緒にいろんな戦いを経験したからね」

 

レオーネも素直に感心する、旧《Ⅶ組》のチームワークと戦術リンクからなる連携攻撃。歴戦の戦士のそれと大差なかった。

 

「でも、そんな殺意の無い攻撃であたしらに勝てるかな!」

「生憎だが、俺たちは正規の軍人でもないのでな。勝利と相手の死がイコールではない」

「その考えで、生き残れるか!」

 

そしてレオーネは再び攻撃に突入する。その一方、遊撃士チームの戦闘。

 

「だりゃああ!」

「ふ」

 

アガットの重剣による必殺の一撃は、A級遊撃士の名に相応しいものだった。しかしスサノオは、それを得物をもっていない方の手で受け止めてしまった。

 

「なかなかのパワーだが、それだけでは俺に勝てないな」

「がはぁあ!?」

 

更にそのまま回し蹴りを食らい、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「サンダーイクシオン!」

 

しかしこちらもチームで戦っている。シェラザードのアーツにより生じた、雷を伴った竜巻がスサノオを襲う。それを食らったスサノオも、流石に無事では済まない。

 

「えい!」

 

そこにティータによる砲撃が加わり、更にダメージを与えていく。更にそこにダメ出しが加わる。

 

「ファイナルブレイクぅうううううううううううう!!」

 

体勢を立て直したアガットによる必殺の一撃が放たれた。闘気を重剣に込め、一気に振り下ろすことで地面を伝って凄まじい衝撃波が放たれた。そして、それがスサノオの足元で大爆発を起こす。

 

 

 

 

「……中々に効いたが、核の破壊には至らなかったな」

「ちっ」

 

爆風が晴れると、そこには大きく体を欠損したスサノオがいたが、その体が見る見るうちに再生していく。

 

「帝具に生物型っていうのがあるとは聞いたけど、この再生能力は彼がそれだということかしらね?」

「そうでもねぇと、説明つかないだろ。こんな俺らの常識から外れた、あり得ない力」

「殆ど人間にしか見えないのに、そんなことって……」

 

帝具という非常識な力、その開発経緯からアーティファクトと同義の代物、しかも兵器であることが前提のため危険度は相当なものだ。

 

 

一方、近くの林の中でも戦いが行われていた。

 

「はぁあ!」

 

ナジェンダが義手をワイヤーで射出し、目の前にいる人物に攻撃を行う。

 

「でやぁあ!」

 

その攻撃された人物、サラ・バレスタインは回避して手にした剣でワイヤーに斬りつける。しかし、ゼムリアストーンで作られた剣でもそのワイヤーには傷一つつかない。何か特殊な金属か、特急以上の危険種の素材を使っていると思われる。

 

「だったら、これはどうよ!」

 

そしてすかさず、もう一つの得物である銃で紫電を纏った弾丸を放つ。しかしナジェンダはその場で跳躍して回避、そして伸ばしたままの義手で後ろの木を掴む。そしてそのまま、ワイヤーを巻き上げてサラに突撃する。しかもそのまま回し蹴りを放とうとしていた。

 

「ちょ、嘘でしょ!?」

 

サラは驚愕しつつも、こちらも跳躍して回避、弾丸をお見舞いする。しかし突撃の勢いが凄まじく、銃弾が当たるよりも先に通り過ぎてしまう。そしてナジェンダの蹴りは義手が掴んでいた木に命中するが、先ほどの勢いもあってそのままへし折ってしまった。

 

「あたしも戦場でいろんな連中見てきたけど、その体でこれだけの戦闘力は初めてだわ」

「これでも古傷のせいで、全盛期の6割ほどなんだがな」

「あれで6割ねぇ……」

 

ナジェンダが片腕と片目を失ったのは、帝国を抜ける際にエスデスと交戦したためだという。その傷の影響でかつての相棒であるパンプキンを使えなくなり、今はマインに譲っていた。しかし元将軍だけあり、鍛えぬかれた肉体と戦闘技術、戦術眼は一流のそれだった。

その一方で、突然サラはナジェンダに声をかけた。

 

「今気づいたんだけど、あんたナイトレイドのボスのナジェンダだったりする?」

「だったら、どうする?」

「いや、あたしの生徒がナイトレイドに少し世話になったとかで。リィンって名前に、聞き覚えないかしら?」

「な、あいつの恩師、だと? ……って、あ」

 

サラの言葉に思わず反応してしまうナジェンダ。

 

「まさかあいつの仲間と、その上官やら恩師やらがいるとはな。しかし、職業柄無反応を示さないといけないというのに……現役を退いたせいか?」

「いいんじゃないの? そういう人間らしさ、この国の状況でこそ重要だと思うし」

「そのフォロー、素直に礼を言っておく。それじゃあ、仲間を止めに行くか」

 

そしてそのままサラはナジェンダとその場を離れようとすると、マーグファルコンに変身したチェルシーが飛んできて変身を解除した。

 

「ボス、ブラートがピンチ! 見たことない危険種が……って」

 

状況が状況だったからか、見たことない人物であるサラに気づかないまま変身を解除してしまう。その一方で、サラはチェルシーの変身に驚いて硬直している。

 

「心配するなチェルシー。彼女は敵ではない……で、何があった?」

「それが、ブラートが見たことない危険種と遭遇して(さっきの件で調子狂ったかなぁ)」

 

チェルシーはロイドとの一件で、本心を見抜かれたからか凡ミスを犯してしまったようだ。その後、ナジェンダによって戦闘は中断され、支援課とブラートへの増援に対応することとなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「クリミナルエッジ!」

「ピアスアロー!」

 

タツミは襲ってきた危険種を切り裂き、サヨも背中合わせになって他の危険種を撃ち抜く。目の前の危険種が絶命したのを確認し、サヨは別の個体に狙いをつけて矢を放つ。そしてそれが、狙った危険種の片目に命中した。

 

「タツミ!」

「わかった!」

 

そしてサヨの呼びかけに合わせ、一気に近寄ってとどめを刺す。そしてそんな二人を見て、刀で危険種を斬りながらリィンが声をかける。

 

「二人とも、戦術リンクは使いこなせているみたいだな」

「向こうでみっちり鍛えたんでね。そこは大丈夫ですよ!」

「それは安心だ……って、また来たか」

 

しかし危険種たちはいくら倒しても次々に新しい個体が現れ、一気に襲ってくる。このままではジリ貧である。そんな中、アカメから助言がきた。

 

「この危険種は群れを統率するボスを倒さない限り、仲間を呼ばれ続ける。ボスは基本隠れているから、辺りを注意して探してみろ」

「へぇ。わざわざありがとう」

「今は生き残ることが第一だからな、少しでも勝率を上げる必要がある。それに、ボスは強酸を吐いてくるから注意しろ」

 

エステルから礼を言われるも、ぶっきらぼうに返す。しかしそのまま、ボスの特徴について補足してくる辺り、面倒見はいいようだ。

 

「で、その群れのボスはどこかしら?」

「ここは僕に任せて。エステルは、リィン達とその間の援護をお願いできるかな?」

「オッケー。リィン君、今の話の通りだけど、サポートお願い!」

「わかった、任せてくれ!」

 

そしてヨシュアは全神経を集中し、周囲にいる危険種たちの気配を感知する。そしてそこにとびかかる他の危険種たちを、リィンやエステル達が蹴散らしていく。

 

(野生動物のボス、必要なのは戦闘力や豪胆さ以上に危機管理能力。だから隠れているんだろう……となれば、ボスは逆に闘争心を隠しているはず。探すべきは、戦闘に保守的な小さい気配か)

 

そしてヨシュアは頭の中でボスの気配の特徴を反芻し、危険種たちの気配を一つ一つ察知し、その中からボスらしきものを探す。

そして、それらしきものを見つけた。

 

「見つけた。みんな、行ってくる」

「早いな。気を付けて行けよ」

「頑張ってね、ヨシュア」

 

そして、ヨシュアは一瞬でその場から消えたと思いきや、蔓延っている危険種の群れを飛び越している姿が遠くに確認された。

 

「な、速すぎじゃない……」

「まさか、私以上か?」

 

マインはおろか、アカメですらヨシュアの圧倒的スピードに驚愕する。そしてヨシュアはあっという間にボスの元に到達した。

 

「他より二回りは大きいし、急に闘争心をむき出しにした。間違いなく、ボスだ」

 

目の前にいた危険種がボスであることは間違いない様で、急に牙をむき出しにして咆哮を上げる。そして、そのままアカメの言った通り口から強酸を吐きだしてきた。

 

「前情報の通りだね。効かないよ」

 

身を翻して攻撃を避けたヨシュアは地面に着地し、一気に懐へ飛び込み、その腹を×字に斬りつけた。

 

「Gyuaaaaaaaaaa!!」

「タフだね。でも、所詮は獣のそれだ」

 

そのままボス危険種は爪を突き立てて腕を振り下ろす。ヨシュアは咄嗟に避けるが、その威力は地面に亀裂が走るほどだった。しかしヨシュアは、そのまま腕伝いに敵の頭部へと上がった。

 

「それじゃあ、終わりだよ」

 

そしてその脳天に、双剣を振り下ろす。一気に頭蓋を貫き、脳天に届いた感触を感じたヨシュアは、一気に切り開いた後で飛び降りた。確実に絶命したようで、そのまま危険種はその場で倒れ伏す。

 

「ヨシュア、やったみたいね」

「じゃあ、あとは残りの危険種を片づけるか」

「食用になるらしいし、私たちももらっていきましょうか。リィン、行くわよ」

「オーケーだ、アリサ」

 

そしてそのまま一気に蹴りをつけようと、リィンとアリサがとっておきを発動した。それと同時に、二人の持つARCUSが共鳴し始める。

 

「「オーバーライズ!!」」

 

叫んだ直後、二人の世界が加速する。

オーバーライズ、戦術リンクにブーストをかけるARCUSのシステムで、一定時間だけ発動者とリンクしている人間の両者は体感時間が加速し、絶え間ない攻撃やアーツの駆動省略といったことが可能となる。そして、まずアリサがアーツを発動した。

 

「アルテア・カノン!!」

 

直後、空属性の最上級アーツが一瞬にして発動。上空に展開された魔法陣から、高出力のエネルギーが降り注ぐ。それによって危険種の多くが倒れるが、まだ仕留めきれていない個体も少なくはなかった。

 

「行くぞ、二ノ型・疾風!」

 

そしてリィンは加速し、八葉一刀流の奥義で残りの危険種を蹴散らす。そしてダメ出しと言わんばかりに、炎を刀に纏わせて技を更に繰り出した。

 

「エクスクルセイド!!」

 

更にアリサがアーツを発動し、地面に描かれた十字架から発した光が危険種たちを飲み込み、絶命した。

そして危険種が倒し尽くされると同時に、オーバーライズが解除され、タツミ達が近寄ってくる。

 

「初めて見ましたけど、オーバーライズ凄かったっす!」

「私たちはまだ発現してませんけど、いずれあれが使えるようになるんですね」

「ああ。でも、内戦時に初めてリンクしたトヴァルさんと使えたから、俺やアリサのARCUSとリンクさせれば可能かもな」

「マジっすか!? でも、リィンさんとは仕事が違うからここにいる間しか無理だなぁ」

「タツミ、私らだけで使うのは地道にやっていくってことでいいでしょ」

「それもそうだな。でも、実戦の時には頼りにさせてもらいますよ」

「ああ、俺もタツミ達の力に期待させてもらうか」

 

タツミ達がオーバーライズの驚異的な力を称賛しつつ、

 

「例のアーツとかいう、未知の力が厄介ね。あれだけの大規模な攻撃が可能な上に、簡単な傷なら回復させられるみたいだし」

「ああ。それにあの戦術リンクという力も強力だが、あれはまずチームワークが無いと使いこなせないだろう。それは、あの二人の絆がそれだけ大きいことに繋がるんだろうな」

 

その一方でマインもアカメも、未知の技術と力に警戒しつつ、リィン達の実力とそのチームワークに感心する。

 

 

 

 

しかしその最中、それは起こった。

 

―ズンッ―

「ん、地震か?」

「一瞬だけ震動が来るなんて、おかしくない?」

―ズンッ、ズンッ―

「また来た……この規則的なのは、まさか足音?」

「エステル、だとしたらかなり大きな生物ってことになるよ。そんなのいるわけ……」

 

音と震動の様子からエステルがその正体を察するが、ヨシュアはそれはないとあきれ気味に言う。しかし、エステルのその予想は嫌な形で当たったのだった。

 

「ウ、ウグゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

巨大なうなり声が聞こえたと同時にその方を向くと、それは出現していた。

 

「な、何だあれは……」

 

リィン達は突如として出現したそれに、思わず驚愕した。

全長50アージュはあろう巨躯で、容姿は完全に人型のそれだったのだ。しかも体の各部は、ロイド達が遭遇した危険種と同様に金属装甲で覆われ、コードのようなものがそこかしこに繋がっている。

 

「何だよ、あの化け物……」

「危険種っぽいけど、見たことない種類。もうあれ、怪獣か何かじゃ」

「それには同意するわ。なんていうか、すごい気持ち悪い……」

「ああ。普通の危険種と違う、異質な何かを感じる」

 

タツミ達この大陸の出身者が、目の前の超巨大危険種に対して嫌悪感を感じている。その異質な何かを、本能が感じ取ったのかもしれない。そんな中、急に問題の危険種がこちらに視線を向けてきた。

 

「拙いな。俺たちに狙いを定めている」

「しかも、なんか口から液体垂らしてるんですけど……よだれ?」

「え? だとしたら、私たちを食べる気なの??」

「どのみち、敵対するのは確定だろうね。体に人工物を付けているあたり、兵器目的に改造された実験生物って可能性が高いし」

「向こうで魔煌兵とかとも戦ったですけど、あんなデカい敵見たことねぇっすね。その改造の線、合ってるかも」

 

ヨシュアの正体予測に、タツミも同意する。村で危険種を狩って研鑽を積んだタツミだからこそ、自然ではありえないその異質な存在を感じ取ったのだろう。サヨやアカメも同様の理由だろう。

目の前の巨大な敵とはどのみち対立するしかないが、勝ち目はほぼなかった。

 

「流石に戦うにしても、生身じゃやってられそうにないな」

「うん。つまり、あれね」

 

そんな中、リィンとエステルはある切札を使う決意をする。その力なら、あの巨大な敵を相手どれる可能性があった。

 

「本当は取っておきだから見せたくはなかったが、生き残ること優先で使わせてもらう」

「まあ、あたしたちは出来ればあなた達と戦いたくないから、いいんだけどね」

 

そう言い、リィンとエステルは右手を握りしめて胸の前に置く。

 

「「来い……」」

 

そして目を瞑り、何かを念じる二人。そして右手を空高くつきあげて一気に開きながら叫んだ。

 

「《灰の騎神》ヴァリマール!」

「《琥珀の騎神》ドルギウス!」

 

リィン達が相棒、騎神の名を叫んだのと同時に、カレイジャスとアルセイユのそれぞれのドックに格納された二体の目が光る。

 

『応!』

 

直後、その姿が光に包まれながらドックから消えた。そして、リィン達の元に現れたのだ。

 

「な!?」

「な、なななななななな!?」

 

アカメもマインも、突如として現れた二体の騎神に驚愕。マインに至っては腰を抜かしながらその方を指差している始末だ。アカメもドラギオンを見たことがあったが、リィンが似たようなものを用意していたのは、流石に予想外だっただろう。

 

「前にもちょっとだけ見たけど、これが騎神……」

「やっぱりすごい。これは帝具にも匹敵するんじゃ」

 

タツミとサヨも、ヴィータから聞いていた騎神が実際に動いている様子を見て、その存在感に圧倒される。

 

「俺とエステルが、ヴァリマールとドルギウスであの化け物を抑える。みんなは、その間にここから離れるんだ」

「危険だから、間違っても加勢とか考えないように。特に近接型のアカメはね」

 

一応念を押しておき、二人はそれぞれの騎神に駆け寄る。そしてそのまま光に包まれ、騎神の胸の中に吸い込まれていった。

 

~ヴァリマール・操縦席内~

リィンは乗り込むと同時にヴァリマールの内部にある端末を操作し、戦闘態勢に入る。

 

「ヴァリマール、久々の実戦だ。気合いを入れていくぞ」

「招致シタ、りぃん。我モぜむりあ大陸ノ外ノ敵ハ初メテ故、警戒シテ臨ムゾ」

 

機械的ながらも、威厳を感じさせる口調で話すヴァリマール。ドライケルス大帝も乗機とした伝説の騎神だけはある。そしてリィンの操縦に合わせて、全ゼムリアストーン製の太刀を構える。

 

~ドルギウス・操縦席内~

エステルも端末を操作し、ドルギウスを戦闘態勢に突入させた。機械に疎そうなエステルが操縦できるのは、起動者になると同時に基礎知識が頭に入るかららしい。

 

「ドルギウス、あんまり使ってあげられなくてごめんね」

「気ニスルナ、えすてる。遊撃士ノ職務上、本来ソナタハ起動者ニナラナイ方ガ良カッタダロウ。シカシ、ソレデモ力ガ必要トナルナラ、喜ンデソナタノ力トナロウ」

「ありがとう。それじゃあ、行きますか!」

 

エステルはドルギウスとの対話を終えると同時に、ヴァリマールの刀と同じく全ゼムリアストーン製の棒を構える。騎神は起動者の戦闘スタイルを完全にトレースするため、起動者と同じ武器を使うことでその真価を発揮する。リィンも刀を用意するまでは機甲兵用の両刃の剣を使っていたが、それでは八葉一刀流の力をフルに生かせなかったため、刀を用意したというわけだ。

 

~騎神の外にて~

『じゃあ、俺とエステルはあれをどうにかしてくる』

『ヨシュアとアリサは、リンク組んだままお願いね』

「了解、エステル」

「リィン、気を付けて」

 

各騎神からリィンとエステルの声で語りかけ、ヨシュアとアリサが受け答えする。そして、そのまま騎神は目の前の巨大危険種に突撃していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

~支援課とブラートの戦闘~

「だりゃああ!」

「はぁあああ!」

 

ランディが襲ってきた危険種達をスタンハルバードでフっ飛ばし、すかさずノエルがサブマシンガンの連射でダメージを与えていく。

 

「クロスミラージュ!」

 

エリィが迫ってきた新型危険種の大群を、銃で一体ずつ確実に撃ち抜く。そしてそこにロイドが飛び込み、次の攻撃に移る。

 

「レイジングスピン!」

 

ロイドが螺旋の力で迫りくる危険種たちを引き寄せ、高速スピンでまとめて弾き飛ばす。

 

「アラウンドノア!」

 

そこにすかさず、ティオがアーツを発動する。どこからともなく津波が生じ、それによって危険種たちを押し流す。

 

「おいおい。まだ立ってられるのか……」

「これは、タフすぎじゃないですか?」

 

しかし、立て続けに攻撃を受けたにも拘らず、危険種たちは立ち上がってなお向かってくる。そこにすかさず、ブラートとリーシャが飛びかかっていく。ブラートはノインテーター、リーシャは斬馬刀で一体ずつ両断したのだった。

 

「こりゃ、仕留めるつもりでいかねぇとだめだな」

「ですね。この丈夫さは尋常じゃないかと」

「でもそこまでやってようやく倒せるなら、即死とかは難しいだろうけど」

 

そんなブラートの言葉に、ワジが答えながら危険種に攻撃を加える。ワジは格闘戦を得意とするが、彼の体格に合わせた特殊な技であるため威力はすさまじい。人間に近い体躯のためか、対人戦と同じ要領で鳩尾や延髄などを攻撃する。

 

「じわじわと弱らせて、頃合いで一気に叩くってとこかな」

「顔に似合わず、惨い戦い方するな」

「本業の星杯騎士が、そもそも表向きじゃないからね」

 

危険な古代遺物であるアーティファクトを回収する星杯騎士は、時に非常な手段を取ることもある。かつてケビンは二つ名を”外法狩り”といい、アーティファクトの悪用や過激な背信行為により教会から外法、すなわち危険人物に認定された者を裏で始末する仕事をしていた。先のリベールの異変で、ワイスマンもこれにより始末されたのである。

ワジ自身も碧き零の計画を教会が察知し、素性を隠してクロスベルでの潜入捜査をしていたのが、不良グループ・テスタメントとしての活動だったりする。

 

「ア、アゥウ……ニ、ニグゥ」

「え?」

 

直後、ロイドはワジに攻撃された危険種のうめき声を聞いておかしなものを感じた。何か、単語の様な物が聞こえたのだ。

 

「ニグゥ、グ、グワセ……」

「ハラ、ヘッダ……」

「ロイド、今の……」

「エリィも聞こえたか。偶然じゃないな」

 

しかも他の危険種も、たどたどしいが人語の様な物を発している。元から野生の危険種ではないと思ってはいたが、明らかにこれは異常である。

 

「みんな、待ってくれ。そいつ、生け捕りにしてくれないか?」

「え?」

 

何かがおかしいと感じ、ロイドはブラート達を止めに声をかける。

 

「聞こえただろう。そいつ、言葉の様な物をしゃべっていた」

「私もはっきり聞きました。複数がそうだったんで、偶然そう聞こえたわけじゃなさそうです」

「……わかった。でも、この分だと暗示の類は効かなさそうだしね」

「だったら、あたしに任せてください」

「俺も、協力させてもらうぜ」

「それじゃあ、私も」

 

ロイドの提案は飲まれ、そのために行動に出たのは、ランディとノエル、そしてティオだった。

 

「さて。全員、目を瞑っときな!」

 

直後にランディは強力な閃光弾を投げつけ、危険種たちの視界を奪う。

 

「電磁ネット、射出!!」

「ア、ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

そこにすかさずノエルがライフルでネットを放ち、それに触れた危険種たちが体をしびれさせていく。そして少しずつ、その体が地に伏せていった。

 

「今です。アブソリュート・ゼロ!」

 

そしてとどめに、ティオが魔導杖をバズーカのような形に変形させ、凍結弾を放って動きを封じていく。

 

「ふぅ……何とかなりましたね」

「まあな。でも、ロイドがこいつらを生け捕りにしようとした理由だが……」

「はい。嫌な予感しかしないです」

「普通ならないと言いたいですが、ロイドさんから聞いた例のドクターの件を考えると……」

 

無事に危険種たちの生け捕りに成功する支援課だったが、なんとなく小隊が読めて顔色がよくなかった。しかし、そんな中でブラートが声をかける。

 

「お前らの言いたいことだが、なんとなくわかる。仮にそうだとしても、俺はこいつらが民に危害を加えるなら潰す。たとえ修羅の道を歩もうと、俺は民のために戦うと決めたんだからな」

「ブラートはそれでいいさ。でもそれと同じで、俺たちも俺たちの道を行くまでさ」

 

あくまでも相手の選んだ道を尊重し、自分は自分が選んだ道を、意志を曲げる気はない。そんな二人の目には、強い決意があった。

そして直後……

 

「ウ、ウグゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

別エリアでリィン達が遭遇したものが、こちらでも確認された。

 

「な、何だ今の声は!?」

「見て、アレ!」

 

エリィが気付いて指差すと、そこにはあの巨人型の謎の危険種がいた。

 

「な、あんなデカい個体までいたのか!?」

「おいおい、シャレになんねえだろ……」

 

余りの大きさに、支援課のメンバーやブラートも驚きを隠せていない。そんな中、ロイドの目にあるものが映った。

 

「あの光は……そうか、リィンとエステルはあのデカい危険種とやり合うつもりか」

 

それを見たロイドは全てを察し、自分が何をすべきかを決めるのだった。

 

「みんな、俺はあのデカブツを抑えに行く。その危険種を回収するための連絡とかは、任せた」

「ロイド……わかったわ。でも、気を付けてね」

「敵が大きすぎますから、無茶はしないように」

 

エリィとリーシャからエールを受け取り、ロイドは自身も騎神を呼ぶ準備に入る。ロイドは目をつぶりながら右手で握り拳を作り、それを胸の前に置く。

 

「来い……」

 

そして空にかざしながら手を開き、相棒の名を叫んだ。

 

「《翠の騎神》ウィルザード!」

『応!』

 

直後、ワジの有するメルカバ玖号機の格納庫にあった翠色の騎神が起動、ロイドの元へ転移してきた。

 

「な、なんだこいつ!?」

「俺らの切り札、騎神だ。まあ、切札だけあって、これ以上詳しいことは言えないがな」

 

流石にブラートもこの登場は驚きを隠せず、鎧越しでも表情がわかるほどだった。

 

~ウィルザード・操縦席内~

「ウィルザード、久々の実戦だ。気合いを入れていくぞ」

『了解シタ、ろいど。我モ貴公ガ求メシ時ニ力トナル、ソレコソガ存在意義也』

 

端末を操作しながら呼びかけるロイドに答えるのウィルザードは、機械的ながら女性の様なトーンであるため、あのアリアンロードを彷彿とさせる凛とした様子だった。

そしてリィンやエステルと同じく、ゼムリアストーンで作られた特注のトンファーを手に、巨大危険種へと向かっていった。

 

 

「な、なんだあれ?」

「なんか、巨人みたいなのと騎士みたいな人形がいたけど……」

「レオーネ、遅かったな。巨人に関しては知らねぇが、今の騎士っぽいのはロイドの切り札だそうだ」

「……まさか、ナイトレイドにもう騎神を見せてしまうとはな」

 

ウィルザードが飛び立った直後、チェルシーによって連れられたレオーネと、戦闘で頭を抱えるユーシスを筆頭にナイトレイドと戦闘していたメンバー達だった。




長引いたので、騎神戦と新型危険種出現について触れるのは次回になります。


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第27話 騎神の力・想いの強さ

意外に書けない。難産な作者で申し訳ない。しかも最近、FE覚醒に嵌るという……自己管理して、こっちも書けるよう頑張りたいです。
話題は変わって閃Ⅲまで2か月を切り、webで先行CMが流れ出しましたね。ちらっと流れた主題歌、かっこよすぎか! そこはいつものファルコムさんと感心しましたね。

今回は騎神戦とナイトレイドとの語らいです。


「何ですって!? もう一度言ってちょうだい!!」

 

リィン達がマーグ高地で戦闘しているのと同時刻、Dr.スタイリッシュが研究室で部下から聞いたある報告を聞いて驚愕していた。その内容を信じられず、再び報告を聞いてくる。

 

 

「帝国各地の秘密実験所が爆破され、迎撃のために解放された検体も一匹残らず死亡していました」

「証拠だってあります。死んだ検体という、これ以上ない物が」

 

そう言いトビーとカクサンが見せてきた物は、ロイド達がマーグ高地で遭遇したものと同種の人型危険種の死体であった。そしてその死体は、体の各所に銃痕や切り傷を作った、文字通り八つ裂き状態である。

 

「死体の様子からして、真正面から戦って惨殺された感じね」

「はい。各現場に残っている死体も、同様になっています。攻撃手段まで同じということは、お分かりですよね?」

「……たった一人か、全く同じ規格の武器を持った集団に壊滅させられたというわけね」

「ええ。前者だったら帝具使いか将軍級の戦闘力を持つ化け物、後者なら超大規模の勢力、といったところですね」

 

正体不明の敵対者が出現し、スタイリッシュも警戒する。そんな中でトビーにあることを尋ねる。

 

 

「何か犯人を調べるための手がかりはあったのかしら?」

「一応、それらしきものがあったのですが……」

 

そう言い、トビーが見せたのは一枚の紙きれに書かれた絵だった。

 

「……蛇が自分の尻尾を噛んでいる、紋章?」

「ええ。見たことない字で何か書いているんですが、ご丁寧に帝国の文字での翻訳も一緒でした。で、それによると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”身喰らう蛇”と書いているようです」

 

まさかの身喰らう蛇の名が、こんなところにまで現れた。これで実質、帝国側にも彼らの名が知られたこととなる。

 

「エスデス様が戦って楽しかったとか話してた男、そいつがいた組織の名前らしいわね。つまりまた未知の勢力がここに乗り込んできたと……面白いじゃない」

 

そういうスタイリッシュだが、その表情はどちらかと言えば憤怒の色合いが強い。自分の拠点が攻められたため、嘗められていると考えたようだ。

 

「そいつらが見つかり次第、あたしの手で直接実験やら拷問やらしてやろうじゃないの! この天才、Dr.スタイリッシュ様をバカにしたこと、一生後悔させてやるわ!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

マーグ高地にて謎の巨人型危険種が出現し、リィン達は対抗するために騎神を起動することを決意した。そして、三体の騎神がついにその力を異大陸で振るう時が来た。

 

「リィン、エステル。このデカブツを抑えるのを、手伝おう!」

「やっぱり、ロイドのいたところからも見えていたみたいだな」

「さて。久しぶりの騎神戦、行っちゃいますか」

 

リィン達がコクピットからそれぞれに呼び掛け、三体の騎神を戦闘態勢に入らせる。直後、目の前の巨人型危険種が拳を振り下ろしてくるのが見えた。

 

「やばい、回避だ!!」

 

咄嗟にリィンが周りに呼び掛け、騎神達はジェットを噴射して攻撃を回避する。更にその直後、巨人型危険種の体に繋がれたコードがひとりでに動き出し、それが触手の様にこちらへ目掛けて伸びてきた。しかもその先端に、注射のような針が生えている。

 

「ちょ、嘘でしょ!?」

 

エステルは驚くも、騎神の武器でそれをいなす。リィンとロイドも、それぞれの騎神を操って攻撃をいなしていく。

 

「合成素材の触手……ますます自然の生物じゃなさそうだな」

「リィンも流石に気づいているか。で、俺たちはさっきこれと近い見た目の危険種と遭遇したんだが、ちょっと嫌な予感がするんだ」

 

ロイドは目の前の危険種に、先ほど相対した人型危険種と同じ違和感を感じてそれを伝える。

 

「……なるほど。人型で人工物を体に付けているから、何かあるとは思ったが」

「この国であり得ない物を見てきたから、あり得なくもないかもね」

 

ロイドのその言葉だけで、なんとなくだがそれを察した。事実、Dr.スタイリッシュは天才的頭脳と帝具の力で人体への武器や危険種の細胞を移植という、技術的にも倫理的にも不可能な改造を行っている。この危険種も、それによる産物だというのは、少なくとも確実だった。

 

「コイツが何者にしろ、放っておいたら危険だ。無力化するぞ」

 

そのままロイドが告げると、リィンとエステルも続いて騎神の得物を構えなおして戦闘に突入する。

まずはエステルが操るドルギウスが片手で棒を振り回す。ペン回しの様に指だけで、器用に高速回転させていたのでその動作の精密性がうかがえる。そして回転を止めると同時にダッシュし、一気に懐へ飛び込むと同時に巨人の鳩尾に重く鋭い突きを放つ。

 

「え、硬!?」

 

しかし想像以上に皮膚が頑強だったようで、コクピット越しに衝撃が走ってきた。巨人も流石に攻撃されたことには気づいたようで、ドルギウスを叩き落とそうとする。。

 

「ブレイブスマッシュ!!」

 

しかしエステルが回避に回るより前に、ロイドがウィルザードで自身の技を放つ。トンファーを構えた状態で高速回転しながらの突貫。何気に螺旋の要素が組まれた技で、騎神のジェットバーニアによる推進力と回転運動により生じる異なる方向の運動エネルギー、それを掌に叩き込まれたため大きく腕が弾かれることとなる。

 

「四の型”紅葉切り”!!」

 

そしてそれによって生じた大きな隙をついて、リィンがヴァリマールで抜刀術を放つ。攻撃した場所は巨人の首筋、つまり動脈部である。ひとまずいつもの魔獣討伐の要領で、この巨人型危険種も仕留めるつもりで攻撃したリィンだった。

しかし、何故か傷を負ったにもかかわらず、首からは出血すらしないという謎な事態になってしまう。

 

「どうなってるんだ、一体……二人とも、いったん距離を取って観察するぞ」

『オッケー。それにしても、あれだけ深く切られて血も出ないのは、流石におかしいわね』

『人工生物だけあって、血管の流れ方まで弄られてるのか?』

 

目の前の巨人型危険種の不可解な様子に、距離を取りつつも考察する三人。しかしそんな中、リィンがある物に気づいた。

 

「!? 二人とも、あの危険種の額を見てくれ!!」

 

そしてリィンはエステル達にもそこに視線を向けさせる。するとそこに、信じられない物があった。

 

「え? 何よ、アレ??」

「何か生えている……あれは!?」

 

謎の巨人型危険種の額、そこから拘束具で体を覆われた人間の上半身(・・・・・・)が生えていたのだ。

 

「まさか、あれが本体?」

「恐らくそうだろう……嫌な予感が当たってしまったな」

「うん………”人間を危険種に変えてしまった”わけね」

 

やはりというか嫌な予感が当たってしまった。そしてロイドの脳裏にエスデスが話していたDr.スタイリッシュの帝具の詳細、リィンとエステルもロイドから聞いたその話を思い出していた。

 

”神ノ御手”パーフェクター:装着者の手先の精密さを数百倍にはね上げる、手袋の帝具。Dr.スタイリッシュはそれと自身の天才的頭脳を使い、近代兵器の開発や人体改造による強化人間を生み出している。

恐らく、ロイド達が遭遇したあの人型危険種と目の前の巨人型は、その強化人間を生み出す一環で人間から作られた危険種なのだろう。

 

「人を異形の怪物に変えてしまう……その発想に至ったこととそれを実現してしまう帝具、やっぱり恐ろしいな」

「ああ。あのドクター、結社のノバルティス博士よりもマッドな思考をしてるらしい」

 

余りにもマッドすぎるDr.スタイリッシュに、嫌悪感を丸出しにする三人。しかしそれをよそに、巨人は再び攻撃を仕掛けてきた。

ひとまずそれを回避すると、ロイドがある提案をしてくる。

 

『リィン、あいつの首の切れ込み、もっと深くできないか? そこから先は俺に任せてほしいんだが』

「もっと威力のある技を出せばたぶん……なるほど。そういうことか」

『大方の予想はついたわ。あたしは隙を作るから、上手くやってね』

 

ロイドのその提案で、何をするかを察した二人。そしてエステルが宣言したとおり、巨人にとびかかって隙を作る。

 

「行くわよ、金剛撃!」

 

エステルは巨人の胴に、飛び切り重い打撃を叩き込む。よほどの衝撃だったのか、そのまま巨体を大きくのけ反らせた。しかし、すぐに持ち直して反撃に入る。

 

「まだまだよ。百烈撃!!」

 

だがエステルも伊達にA級を名乗ってはいない。巨人が反撃に入るよりも前に、更に超高速の連続突きを叩き込んで一気に隙を作る。

 

「それじゃあもういっちょ……捻糸棍!」

 

そして距離を置いたエステルは棒先に気を練り、その場で一回転してから一気に撃ち出す。騎神の運動性能により加えられた遠心力は、生身で撃ち出す同じ技よりも勢いよく気を放った。そしてついに、巨人はその巨体を地に伏せることとなった。

 

『チョロイチョロイ!』

 

エステルはドルギウスのコクピット越しに言うと、再び棒を高速回転して構えなおした。

 

『エステル、こっちも準備が終わった。あとは任せてくれ』

 

一方、リィンはヴァリマールで次なる技を繰り出そうと溜めに入っていたが、それが完了したところである。ヴァリマールの持つ刀には金色に輝く気が纏わっており、先ほどまでとは段違いの攻撃力を見目ているのは目に見えていた。

 

「八葉一刀流・七の型」

 

呟いた直後、リィンは立ち上がろうとする巨人へと急接近する。そして刀を振りかぶり

 

「無 想 覇 斬!!」

 

技名を叫び、先ほど付けた首筋の傷目掛けて刀を振り下ろす。そして納刀すると同時に、傷口で気がさく裂してより深い傷を負った。そして食道近くの中心に近い場所に傷が達し、ようやく出血する。

 

「ようやくダメージらしいダメージが入ったか。だが、あとは決めるだけだな」

 

そしてその様子を見ていたロイドは、ウィルザードを遥か上空、というか大気圏外まで飛ばし、トンファーを構える。そして地上の巨人を目掛け、急降下した。

 

『メテオ・ブレイカぁああああああああああああああ!!』

 

そして技名を叫びながら、縦に高速回転して巨人の頭部に激突。その威力とリィンによってつけられた首の傷、いや切れ込みによって頭が丸ごとちぎれ飛んだ。

 

『おっと、危ない!』

 

そして巻き添えを食らわないように離れていたエステルが、ドルギウスで飛んできた首をキャッチ、ゆっくりと地上に降ろす。

エステルがあの巨人の方を見ると、その巨体が倒れていく様子が見える。そしてそこから、リィンとロイドも駆けつけてきた。

 

『とりあえず、無力化は出来たわね』

『あとはあの額の人間を、引きはがす手段を見つけないとな』

『言ってみればコイツも被害者、助かる可能性を探す前に息の根を止めるわけにもいかないからな』

 

見てみると額の人間はまだ生きているようで、やはりこちらが本体であの巨人を操っていたと思われる。支援課が遭遇した人型危険種と合わせて、元に戻す手段がないかを調べないといけない考える。

 

「グワォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

しかしその直後、またも巨大な方向が聞こえたので、そちらに視線を向ける。

 

「な、もう一体!?」

 

なんと、同じ巨人型の危険種が出現し、こちらへと向かってくるのが見えたのだ。突然の出現に驚き、思わず対応が遅れてしまう。

しかしその直後

 

「ギャアアアアア!?」

「「「え?」」」

 

突如としてどこからか極光が放たれて危険種の伸ばした手が弾かれた。飛び上がって光の放たれた方を見てみると、マインがナジェンダに支えられた状態でパンプキンを構えているのが見える。マインは再びパンプキンの引き金を引くと、またも極光が放たれ、それが危険種の体を後ろに倒した。

 

「なにあの威力……嘘でしょ?」

「生身の人間が使う武器で、あれなのか?」

「帝具のすさまじさは何度か目の当たりにしたが、あそこまでできるとはな」

 

余りにも非常識な事態の発生に騒然とするリィン達だが、そんな中で倒れた危険種の胴体の上を駆ける人影が見えた。拡大してみると、それがアカメだと判明する。

 

「アカメ、流石に無茶じゃ……」

「まずい、敵に気づかれた!」

 

やはり巨人も自身への攻撃を狙う相手には気づいたようで、アカメに手を伸ばそうとする。その直後、一人の人物が現れてその攻撃を防いだ。この時のリィン達は知らないが、スサノオである。

 

「何だ、あの男?」

「あの攻撃を生身で防いだのか?」

 

リィンとロイドがスサノオのパワーに驚いている一方、アカメは村雨を片手に、危険種が攻撃目的で伸ばした無数の触手を次々と切り落としていく様子が見えた。純粋なスピードや手数はヨシュアに劣るが、攻撃の一つ一つが精密なようで、傷の一つも追っていない。攻撃の規模で言えば、機関銃の掃射に正面から突き進んでいくようなものであるため、これはすさまじい。

 

「葬る」

 

そしてアカメは危険種の頭頂部に到着すると同時に、振りかぶっていた村雨で本体を一刀両断。呪毒が回ってそのまま危険種は絶命、起き上がる最中だった巨人の胴体はそのまま地響きを立てて倒れ伏した。

 

「……まあ案の定、仕留めること前提だったわけね」

「だな。また、アカメの手を汚してしまった」

 

アカメの様子に思うところあるリィン達。しかし今は気持ちを切り替え、他にも同様の個体がいないか警戒することに決める。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後、あの人から作られたと思しき危険種に対応するため、ナイトレイドとは一夜限りの協力となった。具体的には彼らの寝床の警備のため、飛行艇を仮アジトとなっているログハウスの近くに移動させる。そしてその近辺での見回りをするといった具合だ。

 

「昼間は何かと、世話になったな」

 

エステルとヨシュアが見回りをしていると、アカメが近づいてきた。ちなみに、スサノオやチェルシーとは既に自己紹介は済ませている。

 

「ああ、別に大したことじゃないわよ。遊撃士は人を助ける仕事だしね」

「そうか。民間人の保護を最優先にした戦闘のプロ……お前達は本当の意味で、民の幸せのために戦える仕事をしているんだな」

「そんな大げさな物じゃないと思うけど……ところで、こんな時間にどうしたんだい?」

「スーさんが夜食を作ってくれてな。お前達とは話したいこともあるし、そのついでに届けに来たわけだ」

 

そういうアカメの手には、大きな葉で包まれたものが二つあった。そこからいい匂いがしたので、料理を包んでいるものと思われる。しかもご丁寧に、干し草で編んだ紐で留めてあり、木で作られたスプーンも一緒に括り付けている。

 

ぐぅうううううう

 

「あ」

「はは、エステルは腹ペコ状態みたいだね。せっかくだし、いただこうか」

 

ヨシュアが笑いながら料理を受け取ると、予想外のことに顔を赤らめるながら、エステルも受け取った。

紐をほどいて包み紙代わりの葉を広げてみると、中身がチャーハンだと判明する。

 

「チャーハンか。クロスベルの龍老飯店で食べて以来かな」

「なんか、美味しいけど意外と食べない物ってたまにあるわよね」

「そうか? 私は美味いなら何でも食べるが。まあそれはともかく、スーさんの料理は絶品だぞ」

 

そういうアカメは、普段の無表情と違いドヤ顔になっている。アカメ自身も料理は出来るが、その本人がここまで太鼓判を押す辺り、かなりのものなのだろう。

 

「君がそういうなら、期待が持てそうだね」

「それじゃ、いただきます」

 

そして二人して、スサノオ特製チャーハンを一口食べる。

 

「こ、これは!?」

「美味しい! 何これ!?」

 

一口目でもう、評価が決まった。細かく刻んだ肉は昼間に倒した食用になる危険種の物で、甘辛いたれに漬けて香ばしく焼き上げているようだ。そこにマーグ高地内で採れた山菜を加え、独特の苦みと清涼感のある香りがアクセントとなっている。そしてチャーハンの基盤である食材のライスは、水分が程よく飛んで絶妙なパラパラ具合になっている。

チャーハンのようなシンプルな料理は料理人の腕を試されるとは言うが、それをここまでのレベルで仕上げたスサノオは相当の腕を持っているようだ。

 

「スーさんは要人警護目的で人型に作られたらしいから、それで料理も得意だとボスは言っていたぞ」

「えっと……その理由はどうかと思うけど」

「まあ作った人の意図はともかく、そのおかげであたし達が美味しいものにありつけたわけね」

 

色々とツッコミどころもあるが、今はエステルの言う通り食事を堪能することにする。

そして完食したところで、アカメが声をかけてきた。

 

「食後いきなりですまないが、お前たちに聞いてほしいことがある」

「どうしたんだい、改まって」

「元々、そのために来たんでしょ。頼み事だろうと何だろうと、問題はないけど」

「そういうことじゃない。私の過去についてだ」

 

それを聞き、ふと思い出した。最初にナイトレイドと遭遇した時、成り行きから彼らのアジトで寝泊まりすることとなったのだが、その時にアカメやブラートは元は帝国軍や暗殺部隊で活動していたと軽く聞いていた。ブラートはロイドがその過去を聞いているが、アカメについてはまだ深く踏み込んでいないのだった。

そんな中、アカメが自ら過去を語ろうとしていた。

 

「私が暗殺部隊に入った経緯なんだが、妹と一緒に親に売られたのを軍勤めの暗殺者に買われたのがきっかけだった」

 

いきなり衝撃の事実、しかしこの国の惨状を考えるとあり得ない話ではない。というか、フィーがザンクと交戦した夜もそのための市場があるという噂を調べた帰りだった。

 

「妹……リィンが捕まっているときにあった、クロメの事だね」

「確かに、そんなことでもない限り一緒に暗殺者なんてやらないでしょうね」

「クロメにはもう会っていたか。で、そのゴズキという男に私やクロメ、他にも親に先立たれたり捨てられたり売られたり、いろんな理由で宿無しになった子供を暗殺者にするために引き取ったんだ」

 

そこから語られたのは、凄惨な過去であった。10歳前後の孤児たちを危険種が跋扈する森に放り込み、何十人という子供が森にいる危険種たちの餌食となった。そして生き残った中で上位ランカーを選抜部隊、残りを生存者を投薬による強化を促した部隊に所属させる。アカメはクロメと二人で協力し7位と8位に食い込むも、ゴズキの肉親同士を同じチームに入れないという教育方針、一度に教育できる人間が七人までだったことから8位からが強化組になってしまい、引き離されてしまう。

 

「そこでゴズキは私や他の仲間の養父として、一般常識や殺しの技術などを教わった。そして私たちは常にこう聞かされた」

 

”私たちが人を斬ることで、民が幸せになる”

 

それによって、アカメは選抜組の仲間達と暗殺者の任務をこなす。帝国との敵対勢力や彼らに雇われた暗殺結社との闘いの日々で、その最中で仲間の死を何度も経験することとなった。

 

「そしていくつかの任務とその最中の事件、それによる仲間達の死から段々とやってきたことに疑問を感じていった。そしてある時、民を不幸にしているのは帝国そのものだと確信、ゴズキの帝具だった村雨を手に入れてボスの誘いを受けたんだ」

「……なるほど。それで君はナイトレイドに入ったんだね」

「ちょっと待って。クロメは仲間を裏切れないって言ったけど、無理やりにでも連れていけなかったの?」

 

アカメの過去については判明したが、ここでクロメに関する疑問が生じたのでエステルが尋ねる。

 

「やろうとはしたが、力不足だった所為で周りからの妨害などで叶わなかった」

「じゃあ、今は仲間も力もそろってるし、助け出すのね」

 

エステルの問いかけにアカメは、首を横に振った。これが意味することはつまり

 

「だめだ、クロメは殺す。少なくとも、もうそれしか救う手がない」

「はぁあ!? 何言ってるのよ、貴方!」

「確かにクロメは君を殺して帝具の操り人形に加えるとは言ったが、まさか同じようなことを考えて…」

「そうじゃない」

 

ヨシュアがまさかと思い真っ先に口にするが、アカメはすぐに否定し、あることを話した。

 

「クロメは薬物による強化部隊に入れられたと言っていたが、薬による強化は副作用がある。それによりクロメは薬、もしくはそれを加えた菓子を摂取しないと発作を起こして死んでしまう。しかも、強制的な薬での強化で内蔵、ひいては脳にダメージを負って寿命を削り、異常な思考をするようになってしまったんだ」

 

エステル達はその話を聞き、リィン救出の最後に現れた暗殺部隊たちを思い出す。そのリーダー格である少年カイリは、副作用のせいで老人のような容姿と化していた。アカメの話をまとめると、クロメは逆に体の内側に副作用が生じたということになる。

 

「だから私はクロメを、この手でこれ以上罪を重ねる前に殺さないといけない。それが、私が姉としてしてやれることだと信じている」

 

アカメはそういうが、目にはなぜかクロメに対する信頼が見える。恐らくクロメの方も同じと思われ、殺し合う関係の中で歪な親愛でつながっているのが推察された。

 

「……アカメ、やっぱり僕は反対だ。君も妹も、手を汚したからって日陰者のまま一生を終えること自体、僕は許せない」

「そうよ。なんでそこまで、汚れ役を買おうとするのよ」

「エステルはともかく、ヨシュアもまだ言うのか。ここまで言えば、引き下がると思ったが」

 

アカメは思わず言ってしまい、そのままヨシュアに問いかける。

 

「お前も私と同じで手を血で染めたと、初めて会ったときに話していたな。戦い方からして、私と同じ暗殺業だろうが何故そこまで綺麗事を言える? エステルのおかげで変われたと言っていたが、他にも何かあるのか?」

「そうだね。アカメがわざわざ僕らに過去を教えてくれたんだ、今度は僕の番だね」

 

結果、ヨシュアは自らの過去を赤めに明かすことを決め、ついに打ち明けた。

 

「君が昼に話してくれた、犯罪組織の身喰らう蛇に会ったという話だけど……僕がいた裏組織も、その身喰らう蛇だったんだ」

「な!?」

 

まさかの事実に、アカメも思わず驚愕する。ヨシュアも「当然だよね」といった表情を浮かべ、そのまま話を続けた。

 

「僕は以前に話したハーメルの悲劇、それによって姉さんの幼馴染だったレオンハルトという人と僕だけが生き残った。そこを、身喰らう蛇の幹部の一人に拾われた」

 

アカメはかつての仲間である執行者ナハシュと遭遇した際、聞いた名をヨシュアから聞くも今は彼の話に集中した。

ハーメルの悲劇での姉や親、隣人の死。姉を殺した襲撃者をこの手で殺したショック。当時6歳のヨシュアが心を壊すには、十分な材料がそろっていた。そしてそこをレーヴェと供に幹部の一人であるゲオルグ・ワイスマンに引き取られ、暗示による調整で感情無き殺戮マシンへと変えられる。そして誕生したのが暗殺と諜報、集団戦闘と破壊工作に特化した、執行者No.XIII”漆黒の牙”ヨシュア・アストレイである。

 

「12歳で今の父さんであるカシウス・ブライトに敗れてその娘であるエステルと一緒に育てられて、そこで光の中で生きてきた。それも教授、例の幹部の計画の内だったんだけど、エステルとの繫がりが強くなったおかげで最後に僕は解放された」

 

一度はエステルを穢したくないという思いから離れるも、それでもエステルは負けじとヨシュアを追い続けた。結果、エステルはヨシュアの心を解きほぐし、彼に再び光の道を歩く決意を固めたのである。

他に理由があったわけではない。たった一つの理由がどんなものよりも重く強いものだったからだった。

 

「だから、僕はアカメだけでなくクロメにもそうあって欲しい。今は停戦状態だけど、いずれは力ずくでもこの道から外させてもらう」

「……決意は変わらないか。いいだろう。でも、それが帝国にとって良くない方向に行くと判断したなら、この手でお前たちを葬らせてもらう」

 

ヨシュアもアカメも、それぞれの立場での意志の固さを互いに認識することとなる。

 

「そうだ。最後に一つだけいいかな?」

「何だ?」

「最初にクロメを助けようとしてた時のことだけど、例の薬の後遺症って直す手立てはあったの?」

 

ふとエステルが気になったので、アカメに問い尋ねる。Dr.スタイリッシュのような優れた科学知識や医療技術を、他に帝国内で見られるかが疑問なので当然だった。

 

「ああ。辺境にある様々な成分の温泉が湧き出る療養地で、神の秘湯と呼ばれる場所がある」

「神の秘湯? 随分と仰々しい名前ね」

「だが、不治の病で余命半年を宣言された人間がここで療養して、五年たった今でも生きているという報告がある。ここで薬を抜いて湯治に専念すれば、寿命もいくらかは回復するかもしれないと思っていた」

「オッケー、それだけ分かれば十分だわ。ありがとう」

 

そして、エステルはアカメに教えてくれたことに対して礼を言う。

 

「それじゃあ、あたし達は見張り続けてるからゆっくり休んでて」

「つまらない話に突き合わせて、すまなかった。それじゃあ、お休み」

 

そして、そのままアカメは去っていく。しかし、そんな中で彼女は考えていた。

 

(お前達は、本気でクロメの事を助けようとしてくれるんだな。確かに例の大陸の技術なら、医学もレベルは高いだろうし、神の秘湯と合わせればクロメの寿命はもっと延びるかもしれない)

「……クロメが助かるかもという事実に、少し安心してる。ここで揺らぐなんて、私らしくないな」

 

アジトに戻ったところで、アカメは一人呟く。ヨシュアの強すぎる意志に、つい揺らぎかけてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ねえあんた達、一個だけ聞きたいんだけど」

「どうした?」

 

一方、タツミ達のところにもマインが夜食を届けてきたようで、そのついでに何か話し込んでいる。

 

「あんた達が行って見てきた、ゼムリア大陸ってどんなところなの?」

 

マインが振ってきたその話題に、タツミ達も答える。

 

「向こうは向こうで問題はあったけど、帝国に比べたら平和そのものだったぜ」

「問題? 例えば、人種差別とかはあるの?」

 

マインが尋ねたそれは、彼女の出生である異民族とのハーフということにも関与していた。

 

「直接は行ったことないけど、昔はカルバード共和国ってところが移民受け入れしたら反対した人間が事件起こしたって聞いたことはあるな」

「まだ百年くらいしか歴史のない国だから、速く力をつけるのに必死だったみたい」

 

とりあえず、向こうで習った歴史についてマインに話す。すでに起きたことだが、やっぱりといった具合の表情を浮かべている。

 

「まあ問題があるって言っても、帝国に比べたらかなり平和だったな」

「街は大きくて、人の活気もあって、遊撃士や警察なんていろんな組織の人がそんな環境を守って……あ、写真あるけど見る?」

 

そんな中、サヨが懐からアルバムを取り出しながらマインに尋ねる。

 

「写真?」

「風景とか見たままの映像を紙に焼き付けたもので、って現物見せた方が早いか」

 

そしてアルバムを開くサヨ。そこには今まで訪ねた街の風景や人の様子、中には列車など向こうで初めて見た物が写っていた。

 

「たしかに、見たまんまの風景が写ってるわね。色々と見たことのない物に、人とかも……」

 

帝国以上に高度な技術力、美しい風景、そこで暮らす人々の笑顔。確かに帝国のそれを上回る文明レベルと平和な世界が実現していた。

 

「向こうにも悪い奴はいるけど、まあ拷問が趣味とかそういう類の奴は今はいないぜ」

「私たちが知らないだけかもしれないけど、帝国みたいにそこかしこに跋扈しているわけじゃないから安心して」

 

写真を眺めるマインは、タツミ達の話を聞いて色々と思案する。

 

(まあ、少なくとも向こうが平和なのは確かみたいね。でも、だからと言ってお偉方はこっちの帝国をここみたくしてくれるとも限らない。属領にしようなんて腹かもしれない)

 

マインは革命に身を投じる身として、タツミ達の見て触れてきた物を知っても疑念を抱き続けている。するとそれを察したのか、タツミが声をかけてきた。

 

「確かに疑う気持ちは大事だけどよ、同じくらい信じる気持ちは大事じゃないか?」

「へ?」

「そりゃあ、俺だって帝都についてすぐの時はアリアたちに騙されちまった。正直、疑わなさすぎだったよ。でも、だからって信じる気持ちを忘れるのはお門違いだろ?」

「マインは仲間の言葉は信じているだろうし、それと同じで違う志の人間を陰で信じて応援するって気持ちも、持ち合わせたらどうかな?」

 

タツミがしゃべっていると、今度はサヨも信じることについて語り始める。

 

「そうやって、形は違うけど一緒に戦ってくれる人間がいる。そう思うだけでも、気が軽くなると思うわよ」

「少なくともアニキ、ブラートはロイドさん達を信念とは別で応援してるみたいだぜ」

「……そういうものかしらね」

 

少し間をおいて口を開くマインだが、表情が若干だが緩んでいるように見えた。

 

(って、何こいつらに毒されそうになってるのよ!? ブラートはブラート、あたしはあたしよ。こいつらを信じるなんてありえないから!!)

 

しかし、すぐにハッとなって考えを振り切る。だが、影響を受けているのは目に見えていた。

そして翌朝、一行は飛行艇でマーグ高地を去るのだった。




次回、そろそろ敵さんを動かそうと思います。どうなるかは、まあ見てのお楽しみ。


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第28話 悪の血統

閃Ⅲ発売までの完結、間に合わないのは目に見えてますがこのまま突き進もうかと。PS4持ってないのでプレイはまだ先になりそうです。
そして明らかにタイトルでわかりますが、そろそろあいつらが動きます。


リィン達がマーグ高地にいたのと同日の夜、帝国領内のとある村

ここにエレボニア帝国軍の第十八機甲師団が拠点を置き、村の警護を買って出ていた。新型の重戦車に調教魔獣のガイザードーベン、屈強な戦士たち。多方面で強大な戦力を見せつける、まさに精鋭軍といったところだ。

しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてください、私の歌」

どぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!

「ぎゃあああああああああああああ!」

 

今現在、壊滅寸前にまで追い詰められていた。フリル付きのミニスカートにうさぎ耳のついたヘアバンド、手にはマイクといったステージで歌うかのような格好の女性がいた。しかし女性がマイクで歌うと同時に、凄まじい衝撃波が発生して精鋭たちが吹き飛ばされる。

 

「喰らえ、腐の球! 死にさらせ、クソな大人共が!!」

 

その一方で、巨漢のピエロが暴言を吐きながら球を投げると、それを食らった兵士とドーベン達が一斉に肉体を腐敗させ、そのまま白骨死体と化していく。しかも、ドーベンが纏っていた装甲も一瞬で腐食し、そのまま朽ち果ててしまった。

この二人の攻撃は、明らかに帝具のそれだ。

他にも村の各所で、帝具と思しき武器を有した数名の人物が村人も機甲師団を蹂躙していく、地獄絵図のような光景だった。

 

「な、何だこのバケモノども? こんな奴に勝ち目が……」

「残念だが、君たちは私の目的のための礎になってもらうのだよ」

 

戦慄している団長の耳に聞き覚えのない男の声が聞こえたと思いきや、いきなり何かに心臓を貫かれてしまう。

 

「な……き、貴様は…」

「ほぉ、私の顔は死んでいる内に広く知られてしまったらしいな。だが、まあいい」

 

その男は、左右の手に魔導杖と戦術導力器を持っており、導力器を操作してアーツを発動する。ワイスマンだ。

 

「ダークマター」

「ぎゃあああああああああああああ!」

 

そして重力球を発生させて押しつぶす空属性のアーツで、師団長を圧殺。そしてワイスマンは魔導杖を空に掲げると、そのまま頭上に高密度のエネルギーが生じていく。

 

「おいおい、それここで試しちまったら俺らまで巻き添えを食らっちまう。もう少し考えやがれ」

「まあ、落ち着け。最大出力で使うと辺り一帯が焦土と化すからな。必要以上に目立たないためにも使わないつもりだ。それに巻き添えの件はお前の楽しみの準備をして、帝具で脱出すればいいだろ」

「それもそうか。じゃあ、あとは任すぜ」

「ああ。お前も父親の大臣と、友人だという科学者に面会の準備を忘れるんじゃないぞ」

 

そのまま攻撃態勢に入りながらも、どこからか現れたシュラと会話を続けるワイスマン。そしてその様子を、ただ一人隠れてみている人物がいた。

 

(あ、あんな凄い兵器や危険種があっという間に……誰かに助けを!)

 

運よく攻撃から逃れた村の青年が、一人で助けを求めに駆けだす。しかし、それに気づいた者もいた。

 

「何者かの気配がした。しかし、ここを離れていくようだな」

「誰を呼ぼうと、妾達を止められるとは思えんがな。でも、念のために追っ手を嗾けるか」

 

気づいたのは着流し姿に剣を携えた男と、エプロンドレスを着た年寄り口調の少女だ。そして少女が首根っこを掴んでいた機甲師団に努める男の亡骸、その胸を素手で貫いたと思うと、腕に付いた血で何かを地面に書き始める。

 

「さて、妾のしもべよ。あの男を追え」

 

血で書かれたのは魔法陣のようなもので、そこから不定形生物のような異形の怪物が姿を現し始める。そして完全に実体化したそれは、少女の命令に従って兵を追い始めた。

 

「さて。まだ口が寂しいから、もう少し美味な血潮を物色するかの」

「それもそうだな。降雪よ、今日は奮発するから人でも獣でも好きな血をすするがいい」

 

そして少女と男は再び殺戮に乗り出そうと、それぞれ帝具と思しきつけ牙と刀といった得物を手にする。しかし後者の男は、自身の得物の刀を抜くと同時に、刀身を撫でながらねっとりとした声音で刀そのものに語り掛けた。正直、不気味である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

帝国領上空・カレイジャス

『調べてみた結果だが、やはりあの危険種は元人間だとわかりました』

 

先日にマーグ高地で出現したあの危険種たちは、メルカバに収容して数日にわたり調査したのだが、リィン達の嫌な予感が的中していた。医療技術の最先端を行くレミフェリア公国、そこから出向してきたスタッフによる調査のため、確実だ。

そんな中、リィンは自分たちが一番に気になった問題について触れるのだが、あまり喜ばしくない答えが返ってくる予感しかしなかった。

 

「それで、元に戻す方法はあるんですか?」

『残念ですが細胞、体を構成する微小なパーツが丸ごと弄られているため、我々の技術では戻すのは不可能かと。仮に戻せても、理性が丸ごと潰れているようで、元の生活には決して戻せないと思われます』

 

医療を学ぶ傍ら、生物学にも精通している人間が言うので間違いない。そしてそのまま、非常な選択を一堂に突き付けることとなった。

 

『このまま安楽死させるのが最良の手段で、それしか手が打てないのが現状です。オリヴァルト殿下に皇帝陛下、いかがいたしましょう?』

「……仕方がない、それで頼む」

「だが、その者達を丁重に葬ってやってくれ。ドクターの事だから元罪人の可能性もあるが、それでも帝国の民だから、最期くらいは優遇してほしい」

『了解しました。力及ばず、申し訳ありません』

 

医療スタッフの進言に、苦渋の決断で答えるオリビエと皇帝。それを聞いたスタッフは二人に謝罪し、通信を切った。

 

「ドクターが罪人たちを使って兵器開発の実験をしていたとは聞いていたが、まさかあんなおぞましい実験をしていたとは。しかも大臣の事だから、無実の罪を着せられた者の可能性もある…余は、本当に道化だったのだな」

 

その後、今回の一件や先日の帝都や地方の村の視察を行った際に知った現状、それによって皇帝は自己嫌悪に陥っていた。そしてそのまま、自嘲気味に呟く。

 

「いや、いいなりだから人形か。道化よりもひどいかもしれん」

「陛下、貴方はまだ若いんだ。だから、まだやり直せますよ」

『それに、こういった事態を何とかするためにも私たちが動いているのですから、気落ちしないでください』

 

しかしそれをリィン、同じく通信で話を聞いていたクローゼが励まそうと声をかける。プライドもカリスマ性も高いとはいえ、まだ幼い彼には気休めのような慰めの言葉も大きく聞こえる。

 

「リィン、クローディア女王、ありがとう。そうだな、ここから立て直せるようにしないと、余が大臣から離れた意味がないな」

 

そして国を思うまっすぐな気持ちが、彼を奮い立たせる。真の王の証であった。

 

「そしてそのためにも、そなたらの力を借りたい。よろしく頼む」

「ええ、こちらこそ」

『同じ王族、皇族としていくらでも力を貸します』

「そういうわけだから、頼りにしてくれたまえ」

 

そして改めて、リィンとオリビエは皇帝と握手を交わす。

 

 

『はい、失礼しまぁっす。アランドール二等書記官でぇす!』

 

直後に、おちゃらけた雰囲気でレクターが突如通信を入れてきた。いつの間にか、彼もこちらに戻ってきたらしい。

 

「あ、アランドール大尉?」

『レクター先輩、今真面目な話をしてるんですから、そういう態度は控えてほしいんですが』

 

その様子に呆気に取られるリィンと、少し不機嫌そうなクローゼ。ちなみに、レクターはクローゼの母校ジェニス王立学院での先輩で、ある日突然に中退したがその後に帝国諜報部の人間として再会したという。

 

『そう言うなって。ぶっちゃけ、さっきとんでもない話を聞いちまってな。おかげでふざけてないとこっちが気落ちしちまうんだよ』

「? 一体何が?」

『第十八機甲師団が全滅、生き残り曰く帝具使いらしき賊の襲撃があったそうだ』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

第十八機甲師団の駐留地跡

チーム構成:リィン、アリサ、ロイド、エリィ、ティオ、ランディ

「これは、ひどいな」

「ええ。死体の山があちこちにあるんだけど……」

 

駐留地となっていた村の惨状は、悲惨なものだった。あちこちに斬殺、圧殺、撲殺と様々な殺され方をした死体が散らばっている。加えて、まだ数日しか経ってないのに強い腐臭があちこちに漂っている。

 

「血の鉄臭さや腐臭に混じって、嗅ぎ覚えのある生臭い匂いがするわね。ロイド、まさか…」

「だな。連中は性的暴行にも及んでいるらしい」

「私も教団のロッジでひどい目に遭いましたが、これはそれ以上かもしれません」

「噂のリベールの異変でも、虐殺に混じって性的暴行があったらしいが、これはなぁ」

 

その惨状にリィンと同行していたロイド達支援課メンバーも、あまりの惨状に顔をゆがめる。

 

~回想~

「帝具使い、しかも例の猟奇殺人犯のチームが襲撃してきた?」

『ああ。駐在地にしていた村の生き残りが、証言した。そいつも妙なバケモノに襲われて重傷だったんだが……』

 

レクターから事情を聞くも、その後の沈黙から生き残りの男がどうなったかは察しがついた。しかしここで気落ちしている場合ではないと、気持ちを奮い立たせて話を再度聞いてみる。

 

「で、そのバケモノというのは?」

『影みてぇな黒い不定形生物で、危険種とも魔獣とも異なる異質な感じがした。戦闘中にいきなり消滅した辺り、魔術のような超常の力で作った、人造生命体の可能性がある』

「まだ把握していない帝具があるか、また別でそういう力があるか……いずれにしても警戒はしておくべきですね」

『情報局員たちを周辺の村々に調査に出しているんだが、いくつか他にも壊滅している場所を見つけたらしい。そこで、お前たちに調査をしてほしいと思ったわけだ』

 

こうして、リィン達はそのまま犯人たちの足取りを追うべく、壊滅した村々に降り立つこととなった

 

~回想了~

 

余りの悲惨さに顔をしかめるリィン達と支援課メンバー。そしてそんな中に気になる死体を発見する。

 

「調教魔獣の死体……これも腐敗が激しいが、同時に身に着けてた装甲まで腐食しているな」

「十中八九帝具だな。腐敗のスピードが速すぎるし、金属まで一緒に腐食している。何か非常識な力が働いた証拠だろ」

「それに、ミイラ化している死体もあったわ。あの文献で見た、血を吸う帝具もあるはずよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石は、ゼムリア大陸から来たお巡り共だな。こっちの連中より、はるかに頭の回りがいいぜ」

 

犯人の目星をつけた会話を飛ばす中、聞き覚えのない男の声が聞こえた。何事かと思い視線を向けると、こちらに近づいてくる一人の青年の姿があった。褐色肌に銀髪の青年で、顔に×字の痣がある特異な容姿をしていた。しかしそれ以上に目を引くのは、男の眼である。まるで、この世に存在する欲望をひとまとめにしたような、どす黒い色をした下卑た目をしているのだ。

 

「お前、やっぱりあのエプスタイン財団強襲事件の犯人か?」

「事件の犯人? 俺はこの国の生まれなんだぜ。だから、向こうでもこの国のルールに従っただけだよ」

 

悪びれた様子も無く傲岸不遜な態度で告げる男だったが、よく見ると血まみれになった女性の首を握りつぶしていたのだ。村の生き残りを、今この場で殺していたのである。

流石にリィンもロイドも激しい怒りを覚えるが、それを押し殺してまずは男に問いかける。

 

「……そのルールに従ったなら、何をしてもいいっていうのか?」

「そうだが、帝都に入ったなら一度はそういうのを見ただろ? それに、親父がそういう帝都にしたんだから、息子の俺が従うのも道理だろ」

「親父が、そうした?」

 

その言葉を聞き、リィンが思わず聞き返す。目の前の男の正体も、一同は察してしまった。

 

「ああ。俺はシュラ、オネスト大臣の息子だ!」

 

そうはっきりと宣言したシュラは、女性の亡骸を放り投げてそのまま脱兎の如きスピードでリィンの懐に飛び込んできた。

 

「おらよ!」

「な!?」

 

直後、そのままシュラはリィンに殴りかかる。間一髪で回避に成功するが、男はそのまま追撃で蹴りを放つ。しかし咄嗟にターンして回避し、そのまま八葉一刀流のカウンター技の体勢に入った。

 

「五の型”残月”!」

 

技名を口にする様子からロイド達も咄嗟に散会し、そのままリィンも技を放つ。ターンによって遠心力が加わり、威力もスピードも通常よりも跳ね上がっていた。

 

「喰らうかよ!」

 

しかしシュラも咄嗟にバク転で回避してしまう。そして地面についた手に力を入れ、そのままリィンに目掛けて一気に飛び出す。しかしリィンも皆伝クラスの剣士であるため、先ほど同様にターンで一気に回避する。

 

(こいつ、あの大臣と同じで武術経験者か! これも皇拳寺とやらの動きなのか?)

 

明らかにシュラの戦いは帝具頼りでなく武術家のそれであり、リィンは捕えられたときにオネスト大臣が披露した技を思い出し、思案する。しかしそんな中で、攻撃直後の無防備なシュラにロイドが飛びかかり、アリサとエリィが援護射撃を行った。

 

「……俺がいつ一人だけだなんて言った?」

 

いきなりシュラが凶悪な笑みを浮かべながら呟いたと思いきや、どこからともなく一人の男が割って入ってきた。そして腰に差した刀で抜刀術を放ち、援護射撃をそのまま捌いてしまった。

 

「さぁ江雪、食事と行こうか」

「な!?」

 

そして再び抜刀術を放つが、ロイドは咄嗟にトンファーを交差して攻撃を防いだ。しかし、その威力と勢いは凄まじかったようで、ロイドは大きく吹き飛ばされる。

 

「防がれたか。空中で攻撃に入る最中、にも拘らず咄嗟の防御……得物からして、あの者が噂に聞いたロイドか」

「うちのリーダーを褒めるのもいいが、戦いに専念したらどうだ!?」

 

直後、刀の男に背後からランディが飛びかかり、スタンハルバードを振り下ろす。しかし、男は咄嗟に振り返って再び抜刀術を放ってきた。

 

「な、やべっ!?」

 

咄嗟にランディも防御に入るが、男が江雪と呼んだ刀の切れ味が凄まじく、スタンハルバードの柄が両断されてしまった。

 

「ダイヤモンドダスト!」

 

そこにすかさずティオが水属性のアーツを放つも、イゾウは発動よりも一瞬早くにその場を飛びのいてしまった。

余りにも高い実力から、リィンは全員に警戒を呼び掛ける。

 

「みんな、この二人は揃って戦い慣れている。十分に注意しろ」

「ああ。二人とも戦いが帝具頼りじゃない辺りが、実力の高さを表してるみたいだな」

「ロイド、あのおっさんの刀が帝具で、例のアカメちゃんみたいに切り付けないと効果がないとかの線は無いのか?」

 

リィンの言葉に対し、残る前衛二人が反応する。すると今度は目の前の男がランディの言葉に反応した。

 

「うちのエース、イゾウだ。こいつの刀は帝具じゃねえぜ」

「シュラの言う通りでござる。それに、拙者は帝具を含めて他の武器に興味はない」

 

意外にあっさりとばらすのでブラフの可能性もあったが、直後の言動でその考えは消失した。

 

「この江雪に食事を与えてやること、つまり人や獣を斬ってその血を吸わせてやることこそが、拙者の生きがい。他の武器にそれをしてやるほど、尻軽ではないのだよ」

 

刀を撫でながら、ねっとりした声音で告げるイゾウ。しかもその手つきは、女性に愛撫するかのようないやらしさを感じたため、底知れない不気味さを感じてしまった。

 

「武器に食事……そんな理解しがたい趣味のために、多くの民間人や遊撃士を斬ったわけか。少なくともあんたはこの手で捕えないといけないようだ」

「流石に大臣相手に交渉するとか言って、その息子に危害を加えるわけにもいかないからな。ひとまず保留にするが、お前もいずれ捕えて法の裁きを下すつもりでいるから、覚悟しておけ」

 

しかしそれでも屈さず、リィンもロイドも得物を構えなおしながら決意を言ってのけた。その横でランディも他の武器の準備をしているが、それは銃身に巨大な剣が取り付けられた大型アサルトライフルであった。手加減なしで戦うつもりの様である。アリサたち後衛組も、アーツの準備をしている。

 

「生憎、今回はお前らにあいさつするつもりで来ただけだ。このまま相手する気は微塵もねえぜ」

「すまぬな江雪。奴らの血肉はまたの機会に堪能させてやるから、今日はただの人間か危険種の血で我慢してくれ」

 

しかしシュラもイゾウもこのまま相手をするつもりはないらしく、そのまま逃げるために何かの準備を始める。シュラが懐から端末のような道具を取り出した。

 

「これが俺の帝具、”次元方陣”シャンバラだ!」

 

シュラが帝具の名を告げると同時に帝具そのものが光り出し、二人の足元に魔法陣のような文様が浮かび上がる。そしてそこから放たれた光に呑まれたかと思うと、シュラもイゾウもその場から姿を消してしまっていた。

 

「あの帝具、まさか空間転移が使えるのか?」

「委員長の魔女の技や結社の技術でそういうのは見てるが、まさかこっちの人間にその手段があったとは……」

 

まさかの帝具の出現に、警戒心が強まるリィン達。転移にどれだけ制限があるかは不明だが、それでも各地で同時に事件を起こしたり足跡を残さずに脱出したりするには、十分すぎた力である。

 

「リィン、あいつ自分で大臣の息子って言ってたけど、本当なの?」

「ああ。俺が宮殿に捕まってた時に、大臣がドクターを息子の友人だと言ってたんだが、その息子の名前もシュラだったよ」

「俺は大臣にはリィン救出の時に少し相対しただけだが、あの邪悪そうな眼付は親類以外にいてたまるかってレベルだよ。そういう意味じゃ、あれで息子じゃない方がおっかないな」

 

アリサの質問に確証をもって答えるリィンとロイド。今回の一件でゼムリア同盟にとって、頭痛のタネになる要因が増えてしまったのは確実であった。

 

「他のポイントにも、奴らの仲間がいる可能性があるな。まあ、みんななら大丈夫だと思うが……」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、他の襲撃ポイントにて

チーム構成:ユーシス、マキアス、エリオット、フィー、シェラザード、ジン

 

「ホラホラ、どうした!? このエンシン様と帝具の前に、為す術無しってか!」

「ちぃ、鬱陶しい!!」

 

別のポイントにて、ユーシスがエンシンと名乗るおかっぱ頭の男の猛攻を捌きながら悪態をつく。シュラの仲間らしきその男は斬撃を飛ばす曲刀で攻撃しているが、恐らくはレクターが最初に入手した文献の帝具”月光麗舞”シャムシールであろう。

 

「帝具が超兵器なのは以前に思い知ったが、いくらなんでも出鱈目すぎだろ!」

「でも、こいつらが当初の目的なんだから逃げるのは論外よ!」

 

マキアスもその強さに文句を言うが、そこにシェラザードが渇を入れて戦闘が続行される。そこにフィーも加わって銃撃とアーツの一斉掃射を放つ。

 

「聞いてください、私の歌」

 

直後にうさ耳を付けた歌姫の恰好の女性が、マイクで歌声を衝撃波にして放つ。それによって銃弾もアーツも全て弾かれてしまった。この帝具もシャムシール同様に文献にあった”大地鳴動”ヘヴィプレッシャーと思われる。

 

「あのマイクの帝具、ひょっとしたらアーツ判定の攻撃なのかも」

「単に拡大して衝撃波にするってわけでもないのね。厄介極まりないわ」

 

フィーの予想を聞き、シェラザードもうんざりしたような表情を浮かべながら呟く。しかもそのまま歌い続けて、こちらに隙を与えようとしない。

その一方で、ジンがエンシンの懐に飛び込んできた。

 

「お前さん達に辱めを受けたレミフェリアの女性にカルバードの男性、その全員の仇だ。ここで捕えさせてもらう」

「はっ。人間は酒池肉林のために生きる生き物なんだぜ。それに従って何が悪い?」

「てめぇ、完全に頭の中が無法者のそれだな。猶更、野放しに出来ねぇよ!」

 

エンシンに言葉は通じないと判断し、ジンは戦闘に突入する。ジンは気を練った拳を、エンシンの顔面に放つ。しかしそれを咄嗟に飛びのいて躱し、再びシャムシールでの斬撃を放った。

 

「はぁあ!」

「なに!?」

 

しかし直後、ジンは天高く跳び上がってそれを回避する。エンシンがその跳躍力に驚愕するも、そのままジンは攻撃に入った。

 

「雷神脚!」

「ぐぇえ!?」

 

そのまま雷撃を伴った急降下キックで、エンシンはそのまま対応できずにダメージを受ける。

 

「アークブレイド!」

「ひぎぃい!?」

 

そのままユーシスが追撃に入り、剣に纏わせた導力で薙ぎ払った。意外にあっさりとダメージを与えられて、ユーシスも拍子抜けしてしまう。

 

「まさかコイツ、戦闘は帝具頼りなのか?」

「最初に遭遇した時に、偉そうに海賊を名乗ってたからな。恐らくは蹂躙ばかりでまともな戦闘は経験がないんだろう」

 

エンシンの言動から戦闘経験について推察するジン。遊撃士は戦闘以外にも、人や物を探す探偵のような仕事もするので、洞察力もあって当然だ。

 

 

「クソ、バレたか。おっさんの言うとおり、俺は剣の達人とかそういうのじゃねえ」

 

攻撃された箇所をさすりながら立ち上がるエンシンは、隠しても無駄と判断したのかあっさりと種を明かす。しかし、直後の彼の表情は余裕のある笑みである。何か策を思いついたのは目に見えた。

 

「だが、腕っぷしだけが強さじゃないってのを忘れちゃ困るな」

 

そして再びシャムシールを構えなおすと、走り出した。

 

「コスミナ、奥の手を使え!勝ったら色男は好きにしていいぞ!!」

「オッケー。あのおじさんは趣味じゃないから、木っ端微塵にしてもいいよね?」

「ああ、いいぞ! ただしお前もそこの女を俺のために生け捕りにしろ!!」

 

そのままエンシンに指示を送られ、コスミナが再びマイクを構えて攻撃に入る。

 

「ナスティボイス」

 

そして奥の手の名を告げて再び歌いだしたが、衝撃波は一向に飛んでこない。

 

「失敗か? だとしたらチャンスだ、攻撃を……」

「待って、マキアス。これ……」

 

そんな中、エリオットが何かの違和感に気づいてマキアスに声をかけるが、既に遅かった。

 

「な、これは……」

「力が抜ける……まさか、怪音波の類?」

「何か変だと思ったら、こう来るとはね…」

 

予想外の攻撃に大きな隙を作ってしまい、そこにすかさずエンシンが攻撃に入った。

 

「俺は蹂躙しか戦い方を知らねぇが、それでもより効率的な蹂躙の仕方ってのがあるんだよ! それを今から実践してやる!!」

 

そしてそのまま大きく円を描くように走るエンシンは、走りながらシャムシールで斬撃を飛ばす。しかも走力はかなりのもので、そのまま一同に四方八方からの飛ぶ斬撃が襲い来る。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

また別のポイント

チーム構成:アガット、ティータ、ノエル、ラウラ、エマ、ガイウス

 

「でやぁあ!」

「ふん!」

 

こちらのチームも、シュラの仲間と思しき帝具使い達に遭遇して戦闘に突入していた。ノエルがスタンハルバードで殴りかかるが、エプロンドレスの少女がそれを片手で受け止めてしまうという、異常事態が発生している。

 

「そんな!?」

「妾は天才錬金術師でチーム一の力持ちじゃ。この程度、造作もない」

 

そのまま殴り掛かる少女に警戒し、咄嗟に飛びのくノエル。するとその拳は地面に大きな亀裂を入れたため、思わず戦慄してしまう。しかもそのまま、少女が追撃を入れようとしてきた。

 

「させん!」

「うぉお!?」

 

しかしガイウスが割って入り、槍を振るって少女に攻撃する。回避こそされるも、咄嗟のことに対応できなかったのか、腕にかすり傷を負うこととなる。

 

「アステルフレア!」

「ぐわぁあ!?」

 

そしてそこにすかさず、エマが魔導の炎で追撃をかける。流石にこれには対応できず、諸に喰らって大きなダメージを受けた。

 

「ちぃ、明らかに戦い慣れしとる童共じゃ。これは厳しいのぅ」

 

悪態をつきながら立ち上がる少女だが、その顔に異変が生じていた。

 

「!? その顔は……」

 

何と少女は暗殺部隊のカイリの様に、顔だけが老人のような皴のある顔へと変わっていた。しかし、それも一瞬のことですぐに元の少女のそれに戻った。しかしその様子から、エマは何かに気づいたようだ。

 

「彼女、体に魔術的な改造を施しているんだと思います。あの怪力もおそらくはそれによるもので、実際はかなりの老齢なんじゃないでしょうか?」

「バレたか。いかにも、妾こそ天才錬金術師のドロテア。不老長寿の研究が目的で、その一環としておんしらの大陸に足を踏み入れさせてもらった」

 

そのまま自己紹介に入った九段の少女ドロテアだが、以外にもベタな目的を明かしていく。

 

「しかし魔術の存在を知ってるとは、おんしもその類といったところかの」

「ええ。ですが、あなたみたいに不老長寿なんて悪趣味な物には目もくれない一族の出なもので」

「勿体ないのぅ。まあ、敵対する相手に同意を求めるのも野暮か」

 

エマとの問答は意外にあっさりと終わり、そのままドロテアはエプロンのポケットから何かを取り出して口に入れる。すると先ほどは見えなかった鋭い牙が口元に現れたため、つけ牙を出したようだ。恐らくはこれが帝具だろう。

 

「チャンプ、そこの小娘は好きにしていいが赤毛の男は妾によこせ。相当鍛えこんどるじゃろうから、美味な血潮を持ってそうじゃ」

「へ、わかったよ。本当は大人の男なんてぶっ殺してやりたいが、シュラにお前の意見は優先しろって言われてるからな」

 

そしてドロテアはもう一人の、道化師の恰好をした大男に声をかける。悪態をつく大男の名前を聞いた瞬間、ノエルはあることを思い出した。

 

 

「チャンプ? まさか、ランさんの教え子の仇で、クロスベルでも事件を起こした!?」

 

自分が優先すべき標的が目の前にいることに驚愕するが、当のチャンプはそんな声にも耳を向けずに、ティータの方を凝視する。

 

「天使がこんな奴らと一緒にいちゃだめだよ。早く俺と一緒にいい事をして、天国に行こうね♡」

「ひぃ!?」

 

そのままティータに子供をあやすような声音で告げ、しかも明らかに正気じゃない眼の色をしていたため、思わず短い悲鳴を上げてしまう。しかし、それを黙ってみているアガットではなかった。

 

「ティータに手を出すってんのなら、まずは俺をぶっ殺してみろよ。まあ、A級遊撃士がやすやすと負けてやるつもりもないがな」

「は。ろくでなしでクソな大人に用はねぇんだよ。ドロテアに言われてなけりゃ、さっさとぶっ殺してたんだがな」

 

重剣の切っ先を向けながら告げるアガットだが、そんな彼に臆することなく罵声を浴びせるチャンプ。しかしその言動に何か違和感を感じるアガットはダメ元で尋ねてみる。

 

「おめぇ、大人って存在そのものが憎いって言ってるみたいだが、何かあったのか?」

「誰が教えるか、クソ野郎! 喰らえ、雷の球!!」

 

しかし開口一番に罵声が飛び、そのままチャンプは帝具と思しき球を投げつけてきた。

 

「ティータ、防御より回避だ!」

「はい! シルフェンウイング!!」

 

そのままティータがアーツを発動し、そのまま生じた風に乗って一気に跳躍する。そのままチャンプの投げた球が後ろの林に当たるのだが、なんと雷撃が生じて木々を焦がしていった。

 

「危ねぇ。ありゃ、防御してたら黒焦げだったぞ」

「隙ありだ、腐の球!!」

「アガットさん、危ない!!」

 

安心したのもつかの間、そのままチャンプは別の球を投げつけて来た。下手に防御できないうえに空中で身動きが取れず、絶体絶命となる。




長くなりそうなので、ここでいったん切ります。リィン以外のチームがピンチですが、果たしてどうなる?


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第29話 邪心の再始動

先行したVSワイルドハントは果たしてどうなるのか?


「オラオラ、シャムシールで細切れになっちまえ!!」

 

コスミナの帝具でユーシスたちの動きを止め、その隙に自身の帝具で四方八方からの攻撃を畳みかけるエンシン。味方の帝具の特性を理解し、それを効率的に使うタイミングを支持したのだ。確かに、戦闘力=強さという認識を改める必要があった。

 

(プラチナムシールドで……いや、間に合わない!)

 

ユーシスは咄嗟に防御用のクラフトを行使しようとするも、コスミナの奥の手が予想以上に効いていたようで、以前ピンチには変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グラールスフィア!!」

 

しかしその時、男の声が聞こえたと同時にユーシス達に結界が纏わって攻撃を防いだ。増援が来たようだが、援護はこれだけに留まらなかった。

 

「インフィニティスパロー!」

 

今度は技名を叫ぶ女性の声が聞こえたと同時に、何かがエンシンとコスミナを目掛けて無数に飛んできたのだ。

そしてエンシン達二人を斬りつけると、それが駆けつけてきた二人組のうち、女性の手元に集まって剣になった。

 

「胸騒ぎがしてたけど、来て正解やったな」

「ここからは、私達も加勢します」

 

現れたのは、星杯騎士のケビンとリースだった。リースが先ほど飛ばしたのは法剣(テンプルソード)と呼ばれる星杯騎士が用いる武器で、刀身を分割してワイヤーで繋ぐことで、鞭の様にしなる特殊な構造になっている。その刀身は分解可能で、今のようなクラフトも使用可能であった。

これに対してケビンは、仕込みボウガンと聖痕を用いた法術を戦闘に用いている。

 

「な、何だ? 武装した聖職者で、あのシスターが攻撃したのか?」

「でも、いい男だよ。私、あの彼ともしたいなぁ」

「おめぇはそればっかりか!? あの攻撃を防ぎ切ったんだぞ、明らかにやべぇだろ!」

 

増援が予想しない面子でエンシンは思わず呆然とするも、すぐにコスミナの反応で憤慨してツッコミを入れる。この局面で、しかも傷を負いながらも性欲を隠そうともしない淫らな彼女は、味方ですら理解しがたいもののようだ。

 

「みんな、無事でよかった。それじゃあ、今から回復するね」

 

そしてその間にユーシス達がエリオットの方に集まっており、それに合わせてエリオットも回復に回ろうとする。

 

「届け、癒しの歌!」

 

エリオットがつぶやくと同時に魔導杖を掲げると、オルガンのような音色が辺りに響いた。するとエリオットを中心に、集まった面々の顔色がよくなっていった。エリオットの回復用クラフト、ホーリーソングである。

そして回復したのを確認し、ケビンがエンシン達に警告を開始した。

 

「さて。俺らは危険な古代遺物、要は君らの帝具みたいな道具を回収、封印するのが仕事でな。国の要人相手ならともかく、無法者相手だから遠慮なくやらせてもらうで」

「あなた方は戦闘が帝具頼りのようですし、大人しく手放して悪事から足を洗うのなら見逃します」

「あぁ? このエンシン様が攻撃を防がれた程度で負けを認めるわけないだろ。徹底抗戦させてもらうぜ」

 

ケビンもリースも得物を構えて降伏を訴える。しかし、エンシンは懲りた様子もなく闘争心を見せつけていく。

しかしそんな中、ある人物がコスミナに声をかけてきた。

 

「君、何故か知らないけどさっきの歌に悲しいものを感じたよ。何かあったの?」

「え?」

 

それはエリオットだった。余りに唐突だったため、コスミナ本人だけでなく仲間達も呆気に取られてしまった。

 

「エリオット、急にどうしたの?」

「ごめん、フィー。あのコスミナって人の歌、帝具を介してっていうのを踏まえても、妙な違和感を感じたんだ。それも、悲しみとかそういう負の感情を押し殺した感じの」

「それにしても、あんな淫乱極まりないのに話しかけるのはどうなんだ?」

「どっちにしても彼女は事件の容疑者だから、一度捕まえないといけないわよ」

 

シェラザードも再び鞭を構えて、臨戦態勢に入る。しかしその直後に、急に光が生じたと思いきや、そこにシュラとイゾウが現れる。

 

「エンシン、苦戦してるみたいだな。撤退するぞ」

「シュラ! あいつらの狙いは帝具だ、ここで逃げてもどうせまた戦うことになるんだ。今ここでぶっ殺しちまおうぜ!!」

 

シュラはリィン達に告げたようにあくまで挨拶目的のため、ここから逃げることを優先する。しかし、無法者ゆえか嘗められるということ自体が気に食わないエンシンは、そのまま戦闘継続を決め込もうとする。

 

「おらぁあ!」

「ぎゃは!?」

 

なんとシュラは、そのままエンシンの鳩尾に回し蹴りを叩き込んだ。それによってエンシンは大きく吹き飛び、近くにあった建物の残骸に体を叩きつけられる。

突然の仲間同士での攻撃に、ユーシス達も驚愕。しかし、シュラは気にした様子もなくエンシンに詰め寄り、そのまま胸ぐらを掴みだした。

 

「お前なぁ、最初に言っただろ。ゼムリア大陸の連中には挨拶目的で会いに行くだけだって。俺が大臣の息子でお前がその仲間ってわかれば、奴らも容易に手が出せねぇ。ぶっ殺すのはその後で一方的にの方が効率がいいし、気持ちもいいってわかんだろ。あぁ?」

「わ、悪かった……だから、もう勘弁してくれ。あいつらの、攻撃を結構、喰らっちまったんだよ……」

 

胸ぐらをつかんだまま、シュラはドスを利かせた声でエンシンに言い聞かせる。そんなエンシンも、シュラに怯えている様子を見せながら承認していた。

 

「わかればいい。コスミナ、お前も後でいい男を用意してやるから、今は撤退しろ」

「わかった、でもちゃんとしてよね。もしくは、シュラ君が相手してくれるのもいいけど」

「いや、お前はしんどいから勘弁な」

 

そのままコスミナの承認を得るシュラだが、相手の様子に冷静に対応する。シュラも色欲は高いようだが、それでもコスミナは相手にしたくないらしい。

そのままシュラはシャンバラを起動し、撤退の準備に入る。

 

「あ、待って! 君、本当に何があって……」

 

エリオットがそのままコスミナに必死に呼びかけるも、間に合わずに転移してしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、アガットたちのチームにて

 

「だらぁあ!」

 

アガットは回避できない空中でありながら、自身の得物である重剣を投げて飛んできた球にぶつけた。直後、その剣が一瞬にして腐食し、そのまま崩れてしまった。しかし、そのおかげでアガット自身は無傷で済んだのである。

 

「くそぉ、潰し損ねたか……って、ぐはぁあ!?」

 

攻撃が不発に終わって悪態をつくチャンプだったが、直後に彼の顔面に何かが飛んできて爆発した。アガットが何事かと思い着地して見回すと、ティータが腰を抜かしながらも大砲を手にしていた。これで攻撃したようだ。

 

「い、今ノエルさんが増援を呼びました! いくら帝具使いでも、このままじゃ数の差で勝ち目はないはずです。おとなしく投降してください!!」

 

そのまま腰を抜かしたままだが、それでもはっきりと告げるティータ。リベールの異変をエステル達と切り抜けただけあって、胆力は見事なものである。

 

「今のは少し効いたが……どうやらお嬢ちゃんは、クソ野郎の仲間入りしてしまったらしいな」

 

しかし、爆炎が晴れた先にいたチャンプは血を流しながらもあまり応えた様子が無く、それどころか目に深い憎悪の色が見え始めている。

 

「しょうがねぇ。クソ野郎になった以上、お嬢ちゃんはいい思いさせないで地獄に送るしかないか」

「え?」

 

しかもそのままティータに対して強い殺意を抱き始め、手にした帝具を構えなおして臨戦態勢に入る。しかしそれでも、アガットは先ほどからのチャンプの一方的な殺意に違和感を感じ、懲りずに問いかけた。

 

「てめぇ、マジで大人って存在自体が憎いらしいな、それに協力的な奴も含めて。本当になんでそこまで嫌悪するんだ?」

「どうせ武器もないんだ、冥土の土産に教えてやるよ。俺はガキの頃から、親を始めとした大人たちに散々な目にあわされてんだ。だから、大人って存在が憎くて憎くて仕方ねぇんだ。それに引き換え、子供たちは本当に天使だぜ」

 

要約すると、チャンプは虐待で大人=悪という屈折した感情を抱いてしまったらしい。それで殺されるのは、理不尽且つ迷惑極まりない事実であった。しかし、ここでまたも違和感を感じる。

 

「おい、だったらなんで子供まで殺すんだよ? 好きなんじゃねぇのか?」

「そりゃおめぇ、あれだ。大人になったら、せっかくの天使がロクデナシのクソ野郎になっちまうだろ。天使のままでいさせてやるためだよ」

 

疑問を口にするも、チャンプはとんでもない暴論を、何のためらいもなく告げてきた。大臣の息子であるシュラが仲間にしただけあって、この国の狂気を体現した男であった。

 

「……ティータ、お前は先に逃げろ。あっちの連中も、エプロン女の相手で手一杯みたいだし、俺は増援が来るまでアーツで何とか凌いでおく」

「そんな!? 私だってオーバルギアを使えば……」

「電撃に腐食、他にも効果はあるだろうがその二つは機械には危険すぎる。お前に何かあったら、どのみちお前の家族に文句を言われちまう。だから逃げろ」

「ダメです! アガットさんも私を含めて心配してくれる人がいるんだから、何かあって欲しくないんです!!

 

アガットはどうにかティータを離れさせようと説得するも、強情な様子で聞こうとしない。

 

「隙ありだ、爆の球!」

「しまっ……」

 

しかしチャンプはこちらが逃げるまで律儀に待つような男ではなく、そのまま二人纏めて葬ろうと帝具を投げつけてきた。名前から察して爆発攻撃、その為に当たれば二人纏めてあの世行きは確実である。

 

 

 

 

「せい!」

ドカァアアアアアアアアアン!

 

直後、誰かが横から何かを投げつけ、アガット達に当たるよりも早くに球を爆破してしまった。

 

「な、何が起こ…」

「ふん!」

「ぐひっ!?」

 

更にスキンヘッドとサングラスの大男が現れ、チャンプの顔面を殴り飛ばした。

 

「急いで正解だったみたいだね。下手したら、死人が出てたよ」

「まあ、我々が来た以上はさせないがな」

 

直後に現れたのはワジだった。ワジは格闘術以外にもトランプやビリヤードの球を投擲した技を得意とし、先ほどチャンプの攻撃を阻止したのもトランプのカードを投げつけての攻撃だった。もう一人のスキンヘッドの男は、ワジの補佐を務めるアッバスという騎士だ。クロスベルでの潜入捜査時は、不良グループ”テスタメント”としても補佐を務めていた。

どうやら、彼らが増援らしい。

 

「お前ら……正直、今回は厳しかったぞ。助かった」

「凄腕のA級遊撃士の助けになれて、光栄だね」

「得物を紛失しているようだから、無理をしないで撤退した方がいいぞ」

 

ワジとアッバスの加勢で、撤退する余裕が見えたアガット。

一方、ガイウスたちと交戦しているドロテアもその様子に目を向けていた。

 

「うむ、向こうで噂は聞いたが、あれが星杯騎士か。厄介そうじゃな」

「隙ありです!」

「うぉお!?」

 

しかしその間に、ノエルがサブマシンガンを構えてドロテアに発砲。慌てた様子で回避するが、避けそこなって足を負傷してしまう。

 

「身体強化に帝具所持。確かに厄介だが、元が後方支援型だけあって戦闘技術そのものが出来上がってないな」

「加えてこの人数差、あなた方の勝ち目が薄いのは明白です。投降してください」

 

その様子にガイウスとエマが得物を向けながら告げるが、ドロテアは聞き入れる様子はない。それどころか、強い殺気を発している。

 

「若造共が、錬金術師の底力を舐めるでないぞ」

 

そういうドロテアは、スカートの中に手を突っ込んだと思いきや、そこから何かガラスケースのような物を取り出す。何か錬金術による攻撃手段かと警戒するが、それが決行されることはなかった。

 

「おっす、ドロテア。迎えに来たぜ」

「シュラ、いいところに来たの」

 

直後に魔法陣が展開されたと思いきや、そこからエンシン達を回収した直後のシュラが姿を現す。

 

「やってるみたいだが、俺らはあくまで挨拶目的なんだからな。そろそろ親父に顔を出しするから、その後なら好き勝手に暴れていいからよ」

「うむ、そうだったな。頭に血が上っておった、許せ」

「エンシンと比べて、お前は利口だな。チャンプ、撤退するぞ」

 

そのままドロテアはシュラの撤退要請に乗るが、チャンプはそうもいかないらしい。

 

「シュラ、ロクデナシの考えに染まっちまった天使がいるんだ。お仕置きしてからでもいいか?」

 

アッバスの拳を食らって鼻血を流すチャンプだが、それすら眼中になくティータを狙っている。

 

「後回しにしておけ。エンシンがこいつらの仲間に叩きのめされてんだ。いくらお前でも、この人数は厳しいぞ」

「でもよ……」

「そのエンシンも聞き分けが悪かったんで、のびてもらってるぞ。それに、あとで好き勝手出来るんだからそこからでもいいだろ?」

「ぐ……」

 

しかしシュラに正論と脅しを同時にかけられ、結局同意してしまう。

 

「それでいい。それじゃあ、シャンバラの連続使用でしんどいから、さっさと戻るか」

「逃がしません!」

 

そしてそのままシャンバラを起動するも、ノエルは再びサブマシンガンを乱射する。しかし間に合わず、シュラ達は転移してしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一方、更に別の襲撃ポイント

エステル・ヨシュア・タツミ・サヨ・クローゼ・オリビエ・皇帝

 

「地方の防衛も整っていないし、帝具が賊に渡っているから仮に整えても危険……悪循環とはこのことなのか」

 

エステルやタツミ達は別の襲撃ポイントで、皇帝やクローゼ達王族組と供に調査に出ていた。最初は危険なので同行させるわけにもいかないと拒否していたが、皇帝は地方の現状を見たいと強い意志を見せてきたので、最終的には折れることとなったのだった。

そして現状をこの目で見た皇帝は、思わず深い悲しみを浮かべてしまう。

 

「陛下、大丈夫ですか?」

「ああ、すまないサヨ。ところでタツミ、そなた達の故郷も辺境の山奥で高い税に苦しめられているそうだな」

「はい。それで仕官して稼ごうと、サヨやイエヤスと帝都に行ったんです。でも、サヨが外道な貴族に酷い目にあわされて、イエヤスがそいつらの所為で……」

「すまない。余が大臣に利用されていなければ、このようなことには……」

 

皇帝に声をかけられ、タツミは自身が帝都入りした経緯を語った。そしてその際にイエヤスの死を思い出し、そのまま深い悲しみの色を浮かべてしまう。

それに気づき、皇帝はすぐにタツミに謝罪の言葉を伝える。

 

「いえ、大丈夫です。陛下自身はこの国を本当に愛しているって、直に見ていて気付いたので」

「それに、あなたがもっと現状を知ってそれを本人に告発できれば、オネスト大臣にも正式な裁きを下せるでしょう」

「その為なら、いくらでも手を貸しましょう」

「オリヴァルト殿にクローディア殿……ありがとう。なら、余も早くそれに答えねばな」

 

しかしタツミも共に過ごすうちに皇帝の真意を知り、彼への理解を深めていた。そしてそんな彼に、クローゼもオリビエも全面協力を改めて伝え、再び意志が固まることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。今の話が本当なら、そこにいる少年が皇帝というわけか」

「え? 今の声って……」

 

そんな中、エステル達の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「そ、そんな……なんであんたが?」

「ああ。彼は死んだと、確かにケビン神父から聞いたはずだ……」

 

振り返った先にいたのは、青い髪をオールバックにした眼鏡の男。知的な容姿でありながら、目に底知れない邪悪な何かを感じる男。

 

「確かに私は、ケビン・グラハムに塩の杭を撃たれて死んだ。しかし、エイドスの導きか悪魔のいたずらか、私は甦ったのだよ。まごうことなき、ゲオルグ・ワイスマンだ」

 

エステル達の目の前に現れたのは、シュラ達が偶然に蘇らせてしまったあの男。ゲオルグ・ワイスマンであった。

 

「とある集団が作っていたホムンクルスに、偶然にも私の魂の残りかすというか、残留思念というかが宿ってね。そこから自我が再構築されて、私は甦ったわけだ」

「まさかとは思うが、昨年のゼムリア大陸を襲撃した帝具使い達の一団か?」

「そこは想像に任せてもらおうか」

 

自身の復活した経緯について簡単に説明するワイスマンだが、そのきっかけとなった集団についてははぶらかす。

 

「な、何なのだ、この男は?」

「エステルさん、陛下の言う通りこいつ何なんです? なんか、やべぇオーラしかしねぇんだけど……」

「はい。以前にリィンさんの救出でちらっと大臣を見ましたけど、その比じゃない何かが…」

 

突如現れたワイスマンに、初見のタツミ達も得体の知れない恐怖を感じる。

 

「ゲオルグ・ワイスマン。数年前に私たちがリベールの異変で戦った、身喰らう蛇の幹部、”使徒”の一人です」

「白面の二つ名を持っていて、愛とは程遠い思想の御仁さ」

 

そんな中でクローゼとオリビエがワイスマンについて説明を入れるが、オリビエの表情には明らかな嫌悪感が見える。放蕩王子と呼ばれる程に飄々とした彼から想像できない様子だった。

 

「確かクロチルダ殿のいた組織……得体の知れない何かは共通しているが、はっきり言える。彼女と違い、邪悪さしか感じないぞ」

 

オネスト大臣には即位に漕ぎつけた恩もあるため長らく気づかなかった皇帝だが、それで麻痺した感覚でもはっきりと邪悪だと言える程の男の出現に、思わず身構える。

 

「ふむ、心外だな。一応、今でも盟主への敬意はあるのだが」

 

その様子に、エステル達も咄嗟に戦闘態勢に入る。オリビエは銃、クローゼはフェンシング用の剣をそれぞれ得物とするが、揃ってアーツの方が得意なためARCUSも同時に用意する。

 

「まあ、いい。今はこの大陸で目的があるので、本来は顔見せする気はなかったのだがな。そこにいる少年が皇帝だと聞いてつい出てきてしまった」

 

しかしワイスマンは戦闘の意志は無いらしく、そのまま転移の準備に入ってしまう。

 

「私の目的は、お前たちに阻まれてしまったあの計画を再び実行すること。その為にも帝具のテクノロジーを手にすることのを優先するつもりだ」

「あ、こら! 待ちなさい!!」

 

エステルが止めようとするも間に合わず、ワイスマンはそのまま転移してしまった。

 

「エステル、まさか教授の言っていた計画って」

「でも、そんなわけないわよね。影の王国でケビンさんの倒した教授も再現体だったらしいし、だからあれの事実は知らないはずよ」

 

ワイスマンの言い残した言葉に、エステル達は疑問を残すこととなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その日の晩、宮廷にて

「シュラ、予定より早く戻ってきたと思ったら、何者ですか彼は?」

「ええ。しかも私にまで面会を求めるなんて、どういう了見なのかしらね?」

 

夕食の席にて、オネスト大臣は帰還した息子のシュラが紹介したい人物がいるとして、Dr.スタイリッシュと供にワイスマンとドロテアを紹介していた。オネストも胡散臭そうにワイスマンを見ながら、ボンレスハムにかぶりつく。

 

「ああ。西の王国出身の錬金術師ドロテアに、そのドロテアが作ったホムンクルスにとりついて生き返ったらしい、ワイスマンって男だ」

「お初にお目にかかる。貴殿らはこの国の現在の実質的な支配者と、最高の頭脳を持つ科学者だと聞いている」

「シュラから聞いておったが、おんしの技術は相当なものだと聞いたぞ」

 

そのままシュラに紹介されながら、ワイスマンとドロテアは揃って挨拶をする。

 

「私はシュラにある提案をして仲間に迎えてもらったのだが、貴殿らにも有益な話だと思ってね。それと、ある報告が」

 

そしてワイスマンが自身の手引きとシャンバラを駆使し、シュラ達をゼムリア大陸に招き入れたことをオネスト達に明かした。皇帝がリィン達ゼムリア大陸組と行動を共にしていることも、一緒に。

 

「陛下があのゼムリア大陸とやら来た連中と一緒に……しかも、あなたそこに行ったんですか」

「ああ。この二大陸の間に挟まれる形で未開の島国とやらがあるみたいだが、そこには行けなかったのが残念だったぜ。だが、ゼムリア大陸はハッキリ言って帝国よりも先進国だった」

「そしてそこで手に入れた技術に、妾の錬金術とスタイリッシュ殿の技術を合わせれば先ほど話した物を作ることが可能と、ワイスマンは睨んだわけじゃ」

「それさえあれば、至高の帝具とやらにこだわらなくとも帝国どころか世界を手に入れ、それでいてより高い次元に人間という種を進化させられる。どうだろうか?」

「それに、もしかしたら妾の技術で、至高の帝具の問題もある程度は何とかなるかもしれないぞ」

 

ワイスマンはシュラ達の話が終わると同時に、そのまま提案を出す。

 

「いいですね。全世界を私たちの好き勝手にできる、まさに神というわけですか。乗りましょう」

「それを作れたら、究極のスタイリッシュに到達可能じゃないの! 私も乗るわ!!」

「話が早くまとまって助かった。これで私の目的も達成できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”福音計画”の再興をな」




色々と飛ばしましたが、果たしてどうなるのか?


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