篠栗は至って普通な多重人格者さ (黒鷺)
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プロローグ
第零話「篠栗朱那は至って普通な転生者である」


こんにちは、黒鷺です。
きちんと二次創作を書くのは今作が初めてです。
原作キャラの口調とか自信ありません。
生易しい目で見て下さい。


篠栗朱那は至って普通な多重人格者である。

篠栗朱那は至って普通な転生者である。

篠栗朱那は至って普通な厨二病である。

篠栗朱那は至って普通な普通(ノーマル)である。

 

 

 

 

 

まずはじめに、画面の向こうの君達に問いたい事が有る。なあに、とても簡単な質問を一つするだけだ。

 

テンプレ異世界転生モノに付き物な物といえば?

ほら、簡単だっただろう? 分かったなら、さっさと、質問の答えを聞かせて欲しい。私は其処まで気が長くないんだ。

ふむふむ、成る程。チート能力(笑)を貰って、好きな作品の世界(笑)に転生(笑)。正にその通りだ。

だが、だがな、私の場合は少し、いやかなり違う。……え? 嗚呼、すまないな。

 

篠栗《私》は、転生者なんだよ――。

 

 

 

 

 

それは雨の日のこと、いつもの帰り道をいつも通りに歩いていた時だった。何故かトラックが現れ、何故か運転手は居眠りしており、何故か私はトラックの進路上に立っていた。そして、至って普通に私は跳ねられ、至って普通に致死量のダメージを受け、至って普通に死んだ。

これが本当にテンプレ通りなら、この後、何故か何処までも白い謎空間に迷い込み、何故か自称神様(笑)な爺さん若しくは幼女に会って、何故か手違いで殺された事を知らされ、何故かチート能力を貰って、何故か異世界に転生する……筈だった。

いや、確かに白い謎空間には迷い込んだ。確かに、神では無いが「平等なだけの人外」は居た。確かに故意に殺された事も聞いた。確かに何かしらのスキルはくれるようだった。確かに異世界に転生することになった。確かにテンプレに近かった。

 

自分で『設定』を決められたならば――。

 

 

 

 

 

 

成る程、知らない天井だ。成る程、身体が明らかに幼い。成る程、確かに転生したようだ。

 

「あら? あなたー、朱那が起きたみたいよ」

 

二十代後半だと思われる黒髪黒目の女性が、扉を開いて中に入ってきた。私を見ると廊下の向こうに向かって呼び掛けた。

数秒すると、同じく二十代後半だと思われる黒髪黒目の男性も入ってきた。

 

「おはよう、朱那。パパだよ」

 

成る程、この二人がこの新しい世界での両親か。そして、私の名前は朱那。朱那……朱那ねえ。異世界だというから、てっきりファンタジー世界をイメージしていたが、極々普通に前世と変わらない日本か。まあ、言語や文化の違いにも困らない事が分かったから、それは良かったが。

ん? 何だ。自称パパ(笑)よ、何故そんなにも私を見つめる。何故そんなにも悲しそうなんだ。何故そこで首を振る。

 

「駄目みたいだ。今日も何も反応してくれない。やはり、この子はどこか可笑しいのかもしれない」

 

「何言ってるのよ、あなた。病院の検査では、特に異常は無かったじゃないの! ちょっと位、無表情で話さなくたって、この子は普通よ」

 

「ちょっと位じゃないだろ! 今まで一回でも朱那が笑ったのを見たか? 泣いたのを見たか? 声を出したことがあったか? 何かしらの反応を見せたことがあったか!」

 

「……そ、そうだけど……」

 

「だろう! 朱那は普通じゃ無いんだよ……」

 

そう言うと、自称パパは近くにあった椅子に座り込んだ。

あー……、成る程。私は生まれてから既に少し月日が経ってる訳か。それで、今までの私は何をしても、無反応で、そして今も無反応、と。……拙くないか、これ。赤ん坊が両親を前にして、何も反応しないとかあり得ないだろ。明らかに異端児だろ。ええああ、赤ん坊の真似しないとえっとあー、どうすれば良いんだっ!

 

「あーあーうー」

 

「え……あ……朱那が喋った!」

 

「朱那が自分から動いたわ!」

 

赤ん坊の演技について悩んでいた、私はいつの間にか手を上げ下げしながら呻いていたようで、両親に大いに喜ばれた。明らかに突然葛藤しだした上に、赤ん坊らしい声じゃなかっただろうに、寧ろ赤ん坊がそれじゃ怖くないか。何なんだ、テンプレ通りご都合主義が私にも付きまとうのか!……と思っていた時期が確かに私にもあった。

 

 

 

 

 

そう、それは父が私を抱き上げた瞬間だった。突然の出来事だった。

 

「……*したい」

 

え、ちょっと何言ってんだ私。何で私の意思に反して、身体が動くんだ……ッ

あああああ、頭が痛い。私の中に他に誰かいる……! だ、誰の思考なんだこれは……

 

《何で、貴方達怯えてるの、何で、お父さんはボクを落とそうとしているの、何で、お母さんは悲鳴を上げて後退ってるの、何で、2人共さっきはあんなにも喜んでいたじゃ無い。》

 

《ねえ……、何で……?》

 

こんなの私ではない。私はこんなこと考えないっ

もう……、やめてくれ……

 

「ひっ、近寄るな! 化け物!」

 

「……*ね」

 

 

篠栗朱那1歳。至って普通に両親を殺害した――



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生徒会執行編
第一話「私は誰からの相談でも受け付ける!!」


「……はぁはぁ……、何だ、夢か……」

 

 凄まじく寝覚めが悪い。

 今更、幼い頃の夢を見るとはな……。見た感じ、同居人(爆弾)は眠ったままだが……、酷く嫌な予感がする。早いとこ一度、先生(・・)に診てもらうべきかもしれない。

 本当は今すぐにでも、行きたいが、残念ながら至って普通に学校がある。優等生で通す予定だから休む訳にはいかない。

 それにしても、あの人に会ってから、16年弱経ったのか。月日が流れるのは中々早い物だ。特に、あの人に爆弾抱え込まされたせいで、前世よりも早く感じた。あのあの人はよっぽど原作キャラと絡ませたいようだが、上手く危険回避しなければ此処から死ぬリスクを背負うんだが……。間違いなく回避不可なんだろうけどな。同居人(あいつら)とあの人が居る限り……。

 

 まあ、篠栗()だけなら、至って普通な普通(ノーマル)だから何事も無いかもしれないが。

 

 

 

 

 

「世界は平凡か?」

 

「未来は退屈か?」

 

「現実は適当か?」

 

「安心しろ、それでも生きることは劇的だ!」

 

 と言うわけで、完璧超人黒神めだか生徒会長による就任挨拶である。

 と、同時に原作スタートな訳である。……が、実は結構原作の記憶があやふやで、この就任挨拶でさえ存在自体を忘れていた。基本的にジャンプ派で、一度読んだら読み返したりしなかった上に転生してから16年弱経っているわけである。初期の方なんて殆ど覚えていなかったりする。結構、原作知識を持って転生なんて意味がない訳である。流石にまだ幼い頃はしっかり覚えていたから、普通にあれは回避したんだが……、あ、いや、これは今は関係ないことだったな。

 

「悩み事があれば迷わず目安箱に投書するがよい」

 

 あ、そっか。作品名でもあるめだかボックスが設置されるのか。何やってたかは完全に忘れたけど。まあ、どうにか巻き込まれないように頑張ろう。

 

「24時間365日」

 

「私は誰からの相談でも受け付ける!!」

 

 至って普通に突っ込ませて貰うが、幾ら化け物会長でも不眠不休は無理なんじゃないだろうか……。

 

 

 

 

 

 

篠栗()は一年三組所属である。至って普通な普通科所属である。当たり前である。主要原作キャラとも上手くクラスが離れられて、全く以て嬉しいものである。一年一組だったら絶対巻き込まれる気しかしないからであるが。

しかしだな、やはりこれは転生者なのに原作介入しないというのは、こうも問屋が卸さない物なのか。何故か、バリバリ主要キャラの人吉善吉君が、滅茶苦茶性格破綻してそうな眼鏡に木刀で殴られたのを、目撃してしまったんだが。それはもう、バッチリと見てしまったんだが。これは篠栗()が、人吉君を保健室に連れて行った方が良い感じなのだろうか。スルーして帰って良い感じなのだろうか。……いやまあ、見捨てたら気分悪いから、一応は声掛けてみたりするんだけれども。

 

「……君、大丈夫か? 生きてるか? 死んでいるか? 生きてるなら、返事をくれ。死んでいるなら、そのまま成仏してくれ。くれぐれも篠栗()の背後には立つなよ」

 

「生きてるわっ! 死んでたまるかってんだ!」

 

何だ、生きてるのか。もし死んでくれてたら、色んな意味で楽だったのに。

 

「チッ」

 

「初対面なのに、舌打ちされた!?」

 

「あ、すまん。君の存在自体をスルーしていた。まあ、取り敢えずもう一回死んどけ」

 

「いや、何でだよ!」

 

「理由などない!」

 

キリッ

いやあ、決まったな。今のは。

 

「キリッじゃねーよ!?」

 

ナイス突っ込みだ人吉君。

 

「……何なんだよ、まったく」

 

「まあ、茶番はこれくらいにしといてだ。今、君には選択肢が2つある。保健室に行くか否かだ。見たところ、君は明らかにぼろぼろなのだが」

 

「保健室の前に行かなきゃ行けねーとこがあんだよ。だから答えは、否だ」

 

「そうか、ならさっさと行け。篠栗()も早く帰りたいんだ」

 

「嗚呼、そうさせてもらうぜ」

 

「では失礼する」

 

「じゃあな、……ってそうだ! アンタ名前は!」

 

「……篠栗朱那」

 

少しだけ迷ったが名前を伝え、篠栗(私)は、右手をぷらぷらと振ってその場を離れた。後ろから「結局何だったんだ彼奴」という声が聞こえたが、気にしない。気にしないと言ったら気にしない。

危ないところだった。もし、ついて行くことなっていたら、明らかに巻き込まれる所だった。危ない。危ない。

さて、帰るか。

 

帰る途中、何回か悲鳴が聞こえてきたが、人吉君との邂逅とは全く関係のないことである。

 

 

 

 

 

あの剣道場の騒ぎから、1週間程経っただろうか。篠栗()は、偶々生徒会室の前を通り掛かった。丁度、活動中だったのか人吉君の声が聞こえた。

 

「デッ……デビルかっけえ!!」

 

…………。

デビルなんて修飾語、存在しただろうか……。少なくとも、篠栗()は知らん。

おや、運の良いのか悪いのか、微妙に扉が開いているな。覗いてみるか? いや、いかんいかん、篠栗()は巻き込まれたくないんだ。此処は早く教室に戻り、至って普通に過ごすのが賢明だ。だから、覗きなんて……ちょ、ちょっとだけ……

 

何故か人吉君は、生徒会執行役員専用の黒い制服の下にジャージを着ていた。

 

そして、篠栗()は、そっと扉を閉めた。

取り敢えず、篠栗()の人吉君に対する認識がファッションセンス0になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

更に数日経った。何でも近頃、生徒会の目安箱は「めだかボックス」なんて呼ばれるようにもなり、なかなか好評らしい。らしいというのは、篠栗()自身は一度も利用したことがなく、尚且つ原作キャラを避けていたら、ぼっち予備軍になっていた為、情報が流れてこないのである。まだ、ぼっち予備軍であって、リアルぼっちではない! これから、作るのである。出遅れた感はこの前から薄々と感じてはいたがな!

 

ところで、唐突で申し訳ないのだが、一つ質問良いだろうか? 画面の向こうの君達が良くなくとも、質問するがな。

 

君達は、動物が好きだろうか?

 

篠栗()の答えは、YESだ。特に厨二心が擽られるような動物が大好きである。例えば、黒猫や鴉だな。

そして、今此処に如何にもな風貌のでかい犬がいる。所々に見える傷痕に、額にひし形の模様。好みどストライクである。何でも、ボルゾイという犬種で、別名はロシアンウルフハウンドといい、ロシアの狩猟犬らしい。それなら、この厳つい見た目にも納得である。

 

が、それがどうして篠栗()の後ろで、震えているんだろうか……

 

「あ、おーい。その犬逃がさないでくれー」

 

少し離れた所から、声が聞こえた。

逃がすなっていったって、この犬(こいつ)、よっぽど怖いことがあったのかぶるぶる震えてるんだが……。

 

暫くすると、あちらがだいぶ近づいてきた。先程の声の主は、人吉君であったようだ。

相変わらずぼろぼろの人吉君に、やけに楽しそうな不知火半袖ちゃん、それに妙に元気のない黒神会長。成る程、目安箱の依頼をこなしていた所か。依頼内容はこの犬を捕まて欲しいといった所かな。それにしても、会長の格好は随分と斬新な犬のぬいぐるみなようで。

 

「あーっ、アンタこの前の……!」

 

「何だ覚えていたのか。至って普通に忘れてくれて一向に構わなかったんだが。それと、人には指差すものではないぞ、人吉君」

 

「カッ! 忘れるかよ、アンタみてェな訳分かんねえ奴の事!」

 

訳が分からない……。それは酷くないか、人吉君。篠栗()は至って普通な一般生徒だぞ。

 

「む、善吉。知り合いか?」

 

「あ、嗚呼。剣道場の騒動の時に、ちょっとな」

 

「ふむ……、そうか。私は、黒神めだかだ」凜っ!!

 

本当に凜って、文字が会長の周りに出たような気がしたんだが……、格好が犬の着ぐるみもどきじゃどうにも締まらない。

 

篠栗()は、一年三組所属、篠栗朱那だ」

 

「あひゃひゃ♪ あたしは不知火ちゃんでーっす! よろしくねー☆」

 

「嗚呼、宜しく」

 

ふむ、至って普通に自己紹介したが、拙いかもしれないなこれは。至って普通に巻き込まれるフラグが立ったかもしれん。危機感を覚えたから、直ぐに主要組とは別れたが。

 

後に聞いた話だが、あの犬はあの後、無事飼い主の元に送り届けられたらしい。何かに怯えるかのように大人しい性格に変わっていたらしいが。

 

それと全く関係ない話なのだが、会長と口調が素で被っている気がするんだが、良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話「なんて理不尽な!」

現在、篠栗()は至って普通に屋上で寛いでいる。いや、寛いでいたんだが、何故だか私だけの屋上(楽園)に闖入者が現れてしまった。まあ、それが至って普通な一般生徒だったら特に気にせず寛ぎ続けるのだが……、寄りによって主人公コンビ+αである。幸いにも、気付かれていないようだが、下手に行動したら巻き込まれること請け合いである。気付いていないといえば、少し人吉君は、鈍すぎでなかろうか。存在感の塊の生徒会長が、真後ろに居てよく気付かない物だ。まあ、どうやら不良(小物)っぽい先輩なんて視界に入っている筈なのに、何故か気が付いていないが……。気が付いていたら、

 

「黒神めだか襲撃計画?」

 

という重要な話を、一番聞かれてはいけない本人の目の前で語らないだろう。

 

というか、この先輩はおつむが弱いのだろうか。寄りにもよって、生徒会長の幼馴染の人吉君を誘うとは。人吉君よりかは、篠栗()を誘った方が、まだ乗るかもしれないぞ? いや、もし誘われても、至って普通に丁重にお断りさせて頂くが。そもそも、至って普通な一般女子生徒を誘う訳がないのだが。

 

「はあーあ! めんどくせーことになってんなあ!」

 

「いやめんどくさくなどない。実に心躍る展開だ」

 

「…………いつからいたの?」

 

「最初から」凜っ

 

おや? いつの間にか話が進んでいたようだ。人吉君、今更気が付いたか。遅すぎるぞ鈍すぎるぞ人吉君。

 

「私が人を好きであればそれでいい」ビシ

 

言っていることはともかく、何故そのポーズがびしっと決まるのだろうか。私がやったら、痛い目で見られるだけだぞ。

 

「下剋上を受けて立つのも王の務めだ!」

 

怖い顔して、決めてくれたことはいいんだが、生徒会長はいつから王になったのだろうか。生徒会長=学園の王 という認識なのか。成る程。

 

「しかし、盗み聞きとは感心せんな。篠栗同級生」

 

「……は? 篠栗? うおっ一体何時からそこに!」

 

人吉君……、本当に気付いていなかったのか……。それにしても、生徒会長、どの口が言うか。聞き捨てならないな。

 

「君達が来る前からだが? 生徒会長、何を馬鹿げたことを。篠栗()の前で、彼らが勝手に話していただけだ。勝手に犯人にしないでくれ」

 

「む、私の早とちりだったようだ。疑ってすまんな」

 

「いや、いい。篠栗()の態度のせいで、誤解させたのだからな」

 

篠栗()は、堂々と寛いでいたつもりだったんだが、確かにばっちり聞いていたし、心の中でだがコメントもしていたからな。盗み聞き扱いされても、仕方ない……よな?

 

「では誤解も晴れた所で、篠栗()は行く」

 

「嗚呼、またな!」

 

二人に背を向け、歩みを進めながら、私は思う。なんやかんやで、かなり主要キャラと遭遇はしているが、特にこれといって面倒事には巻き込まれていない。これなら危惧していた生徒会入りにもならなそうだ。まあ、原作一巻辺りの出来事なんて、全然覚えていないから、原作介入もしているか怪しい物だしな。

それにしても、主要キャラと知り合いにこそなっているが、私個人の至って普通な友人は何故出来んのか。謎である。

 

 

 

 

 

 

 

何故だろう、一体何処で間違えたというのか。

 

「どうして、篠栗()は柔道場に居るのか」

 

ふむ、少し思い出してみるか。

 

 

「善吉、今日は柔道部に行くぞ」バン

 

そんな生徒会長の声が聞こえたのと、ドタバタと音を立てて生徒会室のドアやカーテンが閉め切られたのと、私が生徒会室前の廊下を通り掛かったのはほぼ同時だった。

 

「練り上げたこの肉体を衆目にさらすことに、一体何をためらう必要がある?」

 

嗚呼、また生徒会長が何かやらかしたのか。人吉君も苦労人だな、と思いながら至って普通に通り過ぎようとしたところ生徒会長の言葉で足を止めざる負えなくなった。

 

「……貴様もそう思うだろう? 篠栗同級生」

 

……はい? どうして篠栗()に振るのか。というか、どうして廊下に居るのが私だと分かったのか。……生徒会長なら、至って普通に分かるか。

 

「むしろ見せたいみたいなこと言ってんじゃねえよ!! ……って、え……? 篠栗? 篠栗なんか、どこに……」

 

そうそう、それが至って普通の反応だ人吉君。

 

「廊下に居るぞ。……で、どうなのだ?」

 

偶々通り掛かった人物に振る方が可笑しいだろう、至って普通に。そして、これは答えなければならない感じなのだろうか? そうなのだろうな……。

 

はあ、と一つ溜め息を吐いて、私は重い口を開くことにする。

 

「見せたければ見せれば良い。人の趣味趣向にとやかく言うこともないからな。 しかし、規則を違反してまで見せるのは意味が分からん。仮にも生徒会長だというに。話は変わるが、壁一枚挟んでいるのに、偶然通り掛かった篠栗()に意見を求めるのも意味が分からん」

 

ガチャッという音がして、生徒会室の窓が開かれた。人吉君が開けたようだ。奥の方に、成る程下着姿の生徒会長が見える。男女二人で、一体“ナニ”をしようというのか……。いや、なんでもない。

 

「マジで居たのかよ……」

 

何故、苦い顔をする。私が居てはいけないか。本当に偶々、偶然、通りかかっただけだというに。

 

「善吉、篠栗同級生も同意したではないか!」

 

生徒会長は生徒会長で、何で得意気なんだ。後、同意はしていない。それどころか、注意しただろうが。

 

「いやあれは、同意したっつうより、気にしないってだけじゃ……ってか! さっさと、服着ろよ!」

 

「……どうでもいいが、君達は何やらやることがあるんじゃないのか?」

 

「うむ、柔道部部長の鍋島三年生は知っているな? 彼女から目安箱に投書があったのだ」

 

「では、篠栗()は帰るからな」

 

「む、何を言っておるのだ篠栗同級生。貴様も一緒に行くのだぞ?」

 

……は?

 

「……は?」

 

「諦めるんだ、篠栗……」

 

「…………はい?」

 

いや、何でだ! 諦めろも何も、全く持って意味が分からんぞ!? そんな同情する目で見るくらいならば、助けてくれても良いだろうに。

 

「鍋島って、特待生(チームトクタイ)の鍋島猫美さんか? あの有名な? 柔道界の反則王(・・・)と呼ばれたあの人?」

 

無視か、無視なのか。意外と酷いんだな、人吉君。

 

「あの人、今部長だったのかよ。けど、話聞く限りあんま悩むってタイプにゃ思えねーぞ?(篠栗の目が怖ぇ……)」

 

ところで、篠栗()一人未だ廊下になのだが。至って普通に帰って良いと思うのは、篠栗()だけだろうか? 寧ろ帰りたい。原作に巻き込まれるのは御免だというに。

 

「ふむ、部長とは言えもうすぐ引退だからな。そこで、私達に後継者選びを手伝ってほしいそうだ。まあ、何にせよ、篠栗同級生共々(・・・・・・・)行ってみようではないか」

 

……逃げそびれた。

 

「柔道部といえば、懐かしい顔にも会えるだろうしな」

 

今気付いたが、もしかしてもしかしなくとも阿久根先輩加入回か、これ。最悪だ、原作介入なんかしたら、あの人の思惑通りになってしまう。本当に有り得ん。

 

 

成る程分からん。何故巻き込まれたのか全く分からん。

 

「何や、浮かない顔しとんな、ジブン」

 

「あ、いや……、無関係の筈なのに何故連れてこられたのかと……」

 

「そんなことかいな、そんなもんウチが頼んだからに決まっとるやん」

 

「え? それはどういう……」

 

まともな理由があったというのか? どう思い返しても偶々居たから巻き込まれたようにしか思えんのだが……。いや、もしかして誰でも良かったとか……いや、まさかな。

 

「虫が! 相変わらず、めだかさんの足を引っ張る仕事に精を出しているらしいな。言っておくが、めだかさんの支持率が100%に達しなかったのはキミのせいだぞ!!」

 

阿久根先輩、声大き過ぎやしないか。君のせいで、鍋島先輩との会話が途切れてしまったぞ。因みに篠栗()は、黒神生徒会長に票を入れなかった側の人間だったりする。個人的に好ましいマニフェストを掲げている人が、他に居たからだが。

 

「カッ! あんま意地悪言わないでくださいよ。人格者で通ってる柔道界のプリンスが下級生いじめなんて、ファンの女の子が知ったら泣いちゃいますよ?」

 

人吉君、君もか。君も声が大き過ぎる。大音量の嫌味合戦とか、誰得? 

 

「阿久根クンら、やけに仲悪いんなあ」

 

「何があったか知りませんけど(知ってるけど)、まさに犬猿の仲って感じですね」

 

「フン! 俺は心身ともにめだかさんに使える者だ。めだかさんのためになるなら毒蛇の如く嫌われようと望むところだ!」

 

うわ、この台詞はない。先程、生徒会長に言っていた言葉も含めて、この人心酔しすぎだろう。それと、君は蛇を嫌っているのか? あんなにも気高く美しい蛇を!

 

「ジブン、顔怖いで……」

 

「いえ、少し蛇を冒涜する言葉に苛ついただけです」

 

「……そうかいな(何で冷や汗が止まらないんやろ……)

 

「カッ! 俺が虫で、アンタが蛇ですか」

 

「(ウチの隣に死神が居るで……)」

 

 

 

「さて私に言わせれば、柔道は教わるものではなく学ぶものだ」

 

「それゆえに!」

 

生徒会長は開いていた扇子をぱちんと閉じ、それを何処かに消した。……何処にやったの扇子。

 

「まずは鑑定してやろう。貴様達の値打ちをな。我こそはと思う者から名乗り出よ」

 

何故か天地魔闘の構えをし、にやりと悪魔のような挑戦的な笑みを浮かべ

 

「全員まとめて一人残らず! 私が相手をしてやろう!!」

 

言い放った。瞬間、柔道部員全員――鍋島先輩、阿久根先輩除き――に衝撃が走った。多くが、顔をやや青くさせている。

 

相変わらず、こういう時の生徒会長の威圧感は凄まじい。普段からかなりのものだが、一段と凄まじい。まあ、その威圧感を向けられている訳ではないので、篠栗()はどうって事ないが。

 

「よぉし! だったら最初は俺からだ!! 俺は副部長の城南! フツーに考えたら次の部長は間違いなく俺だろうし!」

 

よくあの威圧感を受けた後に、名乗り上げられるな。そこは素直に感心。

 

「ヒヒ! それにこれ、うっかりおっぱいとか触っちゃっても、不可抗力ってことでいいんだよな!」

 

但し、動機が不純すぎる。女の敵だ。無様に散れ。

 

「勿論だ」

 

見事な一本。グシャッとかいっていたが。いっそ、そのまま死ねば――

 

「しかし、伝わらなかったか? 私は全員まとめて(・・・・・・)かかってこいと言ったつもりだぞ?」

 

おいおい、嘘だろう? やっているのは柔道だぞ? 全員いっぺんに行っちゃいかんだろう。それじゃあ、生徒会長の思う壺だろうに。

 

「なあ、篠栗ちゃん」

 

「はい?」

 

「篠栗ちゃんは、どない思う?」

 

どない思う?って、いきなり言われても困る。それに、本来この質問は人吉君に聞くべきなのではないだろうか。こんな、至って普通な生徒会長と特別関わっている訳でもない人間に聞いたって、意味ないんじゃなかろうか。まあ、聞かれたのだから答えるが。

 

「生徒会長ですか? そうですね……、出来ることを出来るからやっている。といった感じでしょうか」

 

「お、奇遇やね。実は、ウチもおんなじ意見でな」

 

そりゃそうだろう。遠く彼方の原作知識から、答えを導き出したんだから。

 

「化物言われようと。天才呼ばれようと。篠栗ちゃんが言うた通り、あのコはできることができるだけやろ(・・・・・・・・・・・・・)? 不可能を可能にしとるわけやない。極端な話、あんなんウチらが普通に歩いとるんと変わらへんで」

 

極端な話は、本当に極端すぎやしないか。しかし、実際問題、不可能を可能にする者は居てしまう訳だ。だからこそ、転生者()は今この世界に居る訳だ。まあ、生徒会長が出来ないことは出来ないのは事実だ。

 

「それに比べたら、凡人のクセに天才《バケモン》に付き従っとうジブンの方がよっぽどスゴイやん。なぁ? 部活荒らしの人吉善吉君?」

 

ふむ、人吉君に移ったか。初めからターゲットは向こうだったんだろうに、何で態々篠栗()に聞いたのかね。意味が分からん。

 

「………………付き従ってるってのは語弊がありますね。俺は、あいつに振り回されているだけですよ。生徒会だって、ムリヤリ入れられたようなもんです」

 

おいおい、人吉君。それはない。なんだかんだで自分から入った癖に……。

 

「そうか、無理矢理だとほざくか。――だったら俺が変わってやろうか?」

 

また始まったか。嫌味合戦。二人ともくどくどブチブチと長いし、ウザいことこの上ない。

 

「なんやったらどーや? ここは柔道で決着つけるゆーんは?」

 

『!?』

 

二人とも驚いているな。しかし、嫌味合戦を続けられるよりは、柔道勝負の方がよっぽど良いし、尚且つ健康的だ。

 

「ほんで阿久根クンが勝ったらジブンら交代や。阿久根クンは生徒会に入り、人吉クンは柔道部に入ってウチの柔道の後継者になる(・・・・・・・・・・・・)

 

「……鍋島先輩、アンタひょっとして最初から、そのつもりで投書したんですか?」

 

「うん! 人吉クンみたいながんばり屋さんが、ウチは、めっちゃ好きなんよ☆」

 

流石鍋島先輩。見事に、人吉君がげんなりしているぞ。

 

「あと追加で、阿久根クンが買ったら篠栗ちゃんも貰い受けるで☆」

 

「!?」

 

鍋島先輩、何を言っちゃってくれてんですか!?

 

「では、善吉が勝てば篠栗同級生は生徒会に入ることにしよう」

 

「!?」

 

え? え? 生徒会長まで何を!?

 

篠栗()に拒否権はないのか!?」

 

「ある訳ないやろ☆」

 

「なんて理不尽な!」

 

「……篠栗、ゼッテェ俺が勝つから安心しろよ」

 

出来るか阿呆!

 

 



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第三話「特別執行役員になって貰う!」

御久し振りです。実に二ヶ月もの間が開いてしまいました。申し訳ないです。
リアルが落ち着いたので、これからはもう少し更新ペースが早くなると信じてます。
更新遅れてすみませんでした。

似非関西弁が更に似非化してます。関西弁難しい。


「ほんだら、ルールは柔道部恒例の阿久根方式な! 無制限十本勝負 対 無制限一本勝負! 阿久根クンに十本取られるまでに、一本でも取れたらジブンの勝ちや人吉クン!」

 

楽しげににこにこ笑っている鍋島先輩の前で、二人の男子が向かいあっている。一人はかなり余裕があるのか相手を見下した表情で、もう一人は冷や汗を浮かべながらも相手をしっかり見据えている。そして篠栗()は、物凄く眉間に皺が寄っているように思う。

 

どっちが勝っても、篠栗()にデメリットしかない試合なんか見て面白い訳ないだろうが!

 

「フン、尻尾を巻いて逃げなかったことだけは褒めてやろう。ああ、でも、しかし、虫に尻尾はなかったか」

 

「なんですか。逃げるってアリだったんですか。先に言ってくださいよ、そういうことは」

 

また嫌味合戦か。もう、篠栗()が知る限り三度目だぞ。何なんだ君達は。いい加減五月蝿いぞ。嗚呼、成る程。ぶんぶん五月蝿い小蠅か、君達。人吉君だけではない、阿久根先輩も篠栗()にとっては、五月蝿い蟲だ。

 

 

「(もう、二人ともやめてーな。さっきから篠栗ちゃんからの殺気が凄まじいのなんのって)」

 

鍋島猫美はにこにことした顔を崩さないように気を付けながらも、般若のような顔をし、殺気を垂れ流している篠栗に冷や汗が止まらなかった。

 

「(なんで二人とも篠栗ちゃんの雰囲気に気付かへんのやろ……」

 

横目で見ると、他の部員達も篠栗の異常な雰囲気に気付いているのか、篠栗から距離を取っているのが見える。会長は気付いては居るんだろう、人吉達の方が重要度が高いせいか素知らぬ振りをしているが。それらに対し、目の前の二人と来たら……。猫美は溜め息を吐きたくなるのをどうにか抑えた。

 

 

「逃げる? そんなものアリなわけがなかろうが」

 

そう言うと、生徒会長は口元付近を隠すように開いていた扇子をパチンッと音を立てて閉じると

 

「誰からの相談でも、誰からの挑戦でも、受け付ける――。如何な内容でも、如何な条件でも! 如何な困難でも、如何な理不尽でも、享受する! それが箱庭学園生徒会執行部だ!」凜っ

 

片目を閉じ、強く美しく言い放った。

 

うん、そんな生徒会には絶対入りたくない。

 

「人吉善吉、私は貴様に負けるなとは言わん。しかし、逃げることは許さんぞ!!」

 

どうぞ、人吉君負けてくれたまえ、と言いたいところだが! 負けたら負けた所で、篠栗()は柔道部に入るのも嫌だ! であるからして、相討ち――即ち、引き分けにしてほしい。まあ、至って普通に不可能だが。

 

「ククク、厳しい上司やねぇ♪」

 

笑いごとじゃあないだろう、鍋島先輩。この篠栗()が、かかっているのだぞ?

 

「ま、ええやん。最後(・・)の命令くらいきいたっても。この勝負が終わる頃には、生徒会庶務はこちらのプリンスに(篠栗ちゃんもな)、人吉クンと篠栗ちゃんはウチのもんになんねんから!(うわあ、篠栗ちゃん青筋浮かべとるやん。怖いわー)」

 

どっちが勝っても、逃げよう。邪魔する者は、武力を以て排除すれば良い。

 

「ふふふふふ……」

 

『(巻き込まれた人が怖すぎる……!)』

 

突然不気味に笑い出した篠栗()に、鍋島先輩含めた柔道部員がその瞬間そう思ったとか、思わなかったとか。

 

 

「(さてと、阿久根先輩も柔道の特待生(チームトクタイ)なんだよな。だったら、地力で適うわけねーし、やるなら短期決戦だ。篠栗もかかってんしな……)」

 

人吉善吉は構え、一気に距離を詰めた。

 

「(一気に決めるぜ。先手必勝!)」

 

「人吉クン。俺は何も、キミのすべてを否定しているわけじゃない。めだかさんについていくために費やしてきた、キミの努力は認めている」

 

瞬間、人吉の視界の天と地が入れ替わった。

 

「だが、努力以外は認めない」

 

後手必殺!!

 

「ガ……ガハァッ!?」

 

息が詰まる。体内から空気が無理矢理吐き出される。

 

「立て、あと九本だ」

 

たった一本されど一本。凄まじい衝撃が駆け巡ったせいで、身体中が痛い。だが、それ意識しないようにして立ち上がる。

 

「キミはめだかさんの前で、何度も何度も虫のようにひっくり返り、醜態をさらして負けるのだ」

 

 

柔道の知識などゼロに近い篠栗()でも分かる綺麗な、いや、綺麗過ぎる一本だった。

やはり特待生だけあって強い。原作だと、それでも最後は人吉君が勝っていた筈だが。もしかしたらもしかするかもしれない。でも、篠栗()は柔道をしたくない。生徒会にも入りたくないが。どちらにしろ、既に原作に巻き込まれてしまっている訳だが……泣きたい。ま、先程決めた通り逃げるが。

 

「あー、さっすが阿久根クン。綺麗な一本やなー」

 

「そうですね。柔道界のプリンスと言われているだけはありますね。素人目に見ても、凄いと思いますし」

 

相変わらずへらへらとしている鍋島先輩の言葉に、篠栗()も同意の言葉を紡ぐ。

 

「阿久根クンやしなぁ」

 

「人吉君は兎も角、篠栗()と阿久根先輩じゃ釣り合わないと思います。ですから、」

 

「おっと、幾ら言うたって取り下げたりなんかせえへんよ? これは決定事項なんやから☆」

 

「そ、うですか」

 

もしかしたら、と思って言ってみたが、やはり駄目か。鍋島先輩相手に至って普通の交渉なんて通用しないのは、分かっていたが……。

 

数度目の、人吉君の打倒される音が響く。

 

今のは、一体何度目なのか。初めの一本以外は鍋島先輩と話していたのもあり、よく見ていないが、人吉君が阿久根先輩(天才)に勝てるとはやはり思えない。そこはまあ、少年ジャンプだから、ご都合主義で逆転さよならホームランが起こるのは分かっているが。分かってはいるんだけど。

 

「天才などいない」

 

不意に、黒神会長の言葉が聞こえた。

 

恐らく、鍋島先輩と天才についてでも議論していたのだろうが、妙にその言葉が耳に響いた。

 

篠栗()は、そうは思わない。天才は居ます。そこかしこに」

 

気が付いたら篠栗()は、反論していた。

 

「篠栗ちゃん……?」

 

「ほう……?」

 

二人が、突然会話に加わった篠栗()に、不審げな目を向けてくる。

 

「鍋島先輩の言っていたことと被るが、至って普通な篠栗()に言わせると、黒神会長や阿久根先輩は勿論の事、反則王な鍋島先輩だって天才ですし、天才な黒神会長に付き合っている人吉君だって一種の天才ですよ。……特に人吉君はとてもじゃないが、至って普通に篠栗()と同じ普通(ノーマル)だとは思えない。いや、まだ(・・)普通(ノーマル)か」

 

後半は、黒神会長に聞こえないように口の中だけで呟く。

 

「貴様は、随分と善吉を買っているのだな」

 

「別にそういう訳ではない」

 

なんだか反射的に語ってしまったが、篠栗()は原作での人吉善吉を知っているが為にあのようなこと言ってしまったのであって、別に他意はないのだ。いや、本当に。というか、人吉君が普通(ノーマル)であったら、他の一般生徒が可哀相過ぎる。

 

ドッ、と再び人吉君が地に打ちつけられた音が響く。一拍置いて、一般部員のざわめきも聞こえてきた。

 

「……九本目。あと一本か」

 

「(もう一本で、決まりや。これで人吉クンと篠栗ちゃんは、ウチのもんや……ッ!)」

 

鍋島先輩の雰囲気が変わったのを感じた。背筋に寒気が走る。まるで狙われた獲物である。これは、そろそろ逃走準備を整えないと拙いか……?

 

「善吉!」

 

その時、黒神会長の声が柔道場に響き渡った。大気がビリリと震えたように思う。すぐ隣で叫ばれたものだから、耳が痛い。黒神会長に近かった左耳を押さえつつ、顔を顰める。

 

「いつ如何なる場合においても決して、私は貴様に負けるなとは言わん」

 

ユラリと黒神会長が立ち上がりつつ言う。

そして、ギュッと握りしめた両手を顎の下あたりに配置する、所謂ぶりっ子ポーズをすると、

 

「だから、――勝って!」

 

うるうるとした瞳で、きゃる~んっという効果音と共に、人吉君に効果抜群の攻撃、否、口撃を繰り出した!

 

「えぇー……」

 

黒神会長の何とも形容しがたい姿を見て、篠栗()は思わず声を漏らす。普段とのギャップによるダメージが高過ぎる。

 

「貴様がいなくなったら、私は、すごく嫌だぞ! 困るぞ! 泣いちゃうぞ!」

 

何だこれ、このいきなりの桃色空間は。まるで漫画だな。……漫画か。

 

黒神会長に動揺した人吉君が態勢を崩し、倒れる……かと思われた時、阿久根先輩に向かって地を蹴った。

 

「お前が泣くとこなんか、見たことねえし、見たくもねえよ!!」

 

人吉君に両足を掴まれた阿久根先輩に焦りが生まれ、そのまま足が宙に浮き、代わりにドッズゥゥンッと背中に衝撃が走った。

 

勝負あったか。凡そ原作通りの展開だったのだろうが……。篠栗()の生徒会入りの話が無ければ! さて、逃げるぞ。皆の注目が二人に向いているうちにな!

 

 

「負けを認める!」

 

まさかの人吉の勝利に辺りが騒然となる。

 

「嘘、やろ……? ホンマに勝ってしもた……。しかし、人吉クンは、なんだって双手刈りをあんなにも綺麗に……!」

 

「綺麗も汚いも、天才も凡人もない。いるのは、ただの懸命な人間だけだ」

 

「……はは、篠栗ちゃんならそのただの懸命な人間こそが、天才だとか言いそうやね。」

 

「ああ、そうだな。ところで、(くだん)の篠栗同級生は何処に居る?」

 

「…………。……逃げたみたい、やね……」

 

猫美が核心を突くと、妙な沈黙が下りた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……探しに行く」

 

「あ、ちょっと、待ってェな」

 

身を翻し、立ち去ろうとした会長の背に声を掛ける。

 

「……なあ、黒神ちゃん。今言うのもアレなんやけど、」

 

「なんだ?」

 

「阿久根クンて、柔道も綺麗やけど字ィも綺麗やって知ってた?」

 

 

 

 

 

 

世の中儘ならないものだ。

 

「はあ……」

 

「溜め息を吐くと、幸せが逃げるというぞ」

 

「問題無い、篠栗()は幸福と引き換えにストレスを発散しただけだ」

 

「む、ストレスが溜まっているのか。私に話してみろ、少しはスッキリするかもしれんぞ」

 

「気にするな」

 

もう一度言う。

世の中儘ならないものだ。

 

柔道の決着が付き次第逃げだしたというのに、あっという間に発見され、リアル鬼ごっこが勃発し、挙げ句捕まった。

 

そして現在、黒神会長と生徒会室にて二人っきりだ。

 

全く、信じたくないね。

 

「して、貴様には副会長に就いて貰いたい」

 

「断る」

 

「な……っ!?」

 

篠栗()が即答すると、黒神会長は信じられないという顔をした。

 

いや、そこで驚くなよ会長。至って普通に嫌に決まっているだろうが。何の為に、逃げたと思っているのか。

 

「……理由を聞いても良いか?」

 

「嫌だから」

 

「たった、それだけか!」

 

「嗚呼」

 

他に何があるという。生徒会入り、原作介入、死亡フラグ。が、嫌だからに決まっているじゃないか。

 

「私は、副会長には貴様が適任だと思っている」

 

「いいや、篠栗()なんかよりよっぽど適任なのが居るだろ。そう、例えば、不知火半袖ちゃん、とかな」

 

篠栗()が、半袖ちゃんの名を出した途端、黒神会長の表情が目に見えて変わった。

 

「要は、会長は生徒会内部に敵が欲しいんだろ」

 

「嗚呼、そうだ。貴様の言う通り、生徒会執行部副会長は、私の対抗勢力であるべきだと考えている。それこそ、不知火のような人間に就いて貰いたい」

 

「じゃあ、ますます半袖ちゃんに頼め。至って普通な篠栗()には、その役は務まらない。それ以前に、篠栗()は君に敵対した覚えはないんだがな」

 

好意を抱いている訳でもないが。

 

「……そうか」

 

「諦めてくれ」

 

「嗚呼、貴様に副会長の席に着いてもらうのは諦めた」

 

「それが良い。それじゃ、かえ――」

 

篠栗()が、帰ろうとしたところ、黒神会長に遮られた。

 

「だから、貴様には代わりに特別執行役員になって貰う!」

 

「……ふざけるな」




変更。執行員→執行役員


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第四話 「篠栗は、そんなに立派な人物でないよ」

あああ、また1ヶ月も!
すみません。遅筆で本当にすみません。
もっと、精進します……。


生徒会役員を示す黒い制服に身を包み、左腕には、当然の如く特別執行役員のことを表しているのであろう『特役』の文字。そんなどんな役職なのかよくわからない一見至って普通な生徒会役員の女子生徒が、不機嫌オーラをまき散らしながら、廊下を歩いていた。

つまりは、結局押し切られた篠栗()である。

何が「ここ数年使われていなかった少々特殊な役職なのだが……。貴様が適任だ!」だ。使われてない役職引っ張り出してまで、篠栗()を巻き込むな。何回も断ると言ったぞ篠栗()は! だというのに、強行するとかふざけるな。何故、柔道勝負から数十分も経たずに篠栗()用の黒制服が用意されてたのかとか、そもそも何故、鍋島先輩も黒神会長も至って普通な一般生徒たる篠栗()を欲しがったのかとか、考え出したら疑問は幾つも湧いてくるが、もうこの際気にしない事とする。いや、やはり文句言いたいが。

一先ず、生徒会室に辿り着いてしまった篠栗()は、眼前の光景に最優先で文句を言いたい。

 

「服を着て下さい。――阿久根先輩」

 

というより、言った。

何が悲しくて、嫌々来た生徒会室の扉を開けた途端ほぼ全裸の男を見なくてはならんのか。黒神会長もそうだが、羞恥心がないのか。

ん? 何故阿久根先輩は固まっているのか。……何気にこうやって面と向かうのは初じゃないだろうか……。篠栗()個人としてはなまじ原作を知っているが為に、知りあって居るつもりだったが……。

何とも言えない沈黙が満ちた時、ドタッという何かが引っ繰り返る音と「キャーキャー」という半袖ちゃんの声が、背後から聞こえた。振り返ると、やはりというか人吉君の頭と足の位置が上下逆転していた。よくもまあ、ここまで綺麗にギャグ的リアクションが取れるものだ。だが、丁度良い時に来てくれた。

 

「丁度良いとこ「なんでアンタが居るんだ!」

 

おい、篠栗()の言葉を遮るな。そして、阿久根先輩に指を突き付けて文句言っているってことは、篠栗()は無視か。無視なのか。篠栗()の方が人吉君達に近いというのに。

阿久根先輩も阿久根先輩で、篠栗()相手だと沈黙に陥ったのに、人吉君が来た途端、すらすらと事情説明とか何なんだ。

 

「――というわけで、本日付で生徒会執行部書記職に任命された二年十一組阿久根高貴だ。よろしくお願いします、先輩(・・)!」

 

うわ、この人篠栗()抜きで言いたいこと言い終わりやがったぞ。というか、まだ服着ないのか。

人吉君はというと、顔は青いし冷や汗の量も半端でなく、何か怖い状態になっている。半袖ちゃんは人吉君とは反対に現状を楽しんでいるように見える。半袖ちゃんも篠栗()はスルーか。いい加減篠栗()を混ぜろよ。

 

「ふっ、ふっ……、ふざけんなぁああっ!」

 

人吉君が爆発した。篠栗()も爆発したいのだが。もういい。無理矢理入る。

 

「そっ、れっ、はっ! 篠栗()の台詞だっ!」

 

「……え? 篠栗……?」

 

篠栗()が声を荒げると、演技でもなんでもなく、いま気が付いたように、人吉君がきょとんとした。

 

此奴……

 

「人吉君、君、本気で気付いてなかったみたいな反応するな! 悲しくなるだろうが! 篠栗()は、気配遮断スキルなんぞ身に着けた覚えないぞ!」

 

「わりぃ……」

 

「素で気が付いてなかった……だと」

 

普通に謝られてしまい、愕然とする。

篠栗()って、そんなに影薄いのだろうか……。

 

「あっひゃっひゃっひゃっ!」

 

半袖ちゃんは腹を抱えて笑っているわ、阿久根先輩は苦笑いしているわで、篠栗()のライフはゼロに近い。

 

「で、何で篠栗はここに居るんだ……?」

 

止め刺しやがった……。

 

「……帰りたい」

 

 

さて、数分程篠栗()は燃え尽きていたようだ。

恐ろしくキャラぶれしていた気がするが、きっと悪い夢だったのであろう。そうに違いない。

 

「改めて、本日付で生徒会執行部特別執行役員を無理矢理やらされることになった、一年三組篠栗朱那だ。篠栗()の意思で、やる事になった訳ではないから、勘違いしてくれるなよ」

 

「特別執行役員? 聞いたことないな」

 

服を着た阿久根先輩が疑問の声をあげる。

 

篠栗()も、よく知らないんですよ。何でも、長いこと使われていなかった役職みたいで。黒神会長は、校則全て覚えてでも居るんですかね……」

 

「覚えてるんだろうな、めだかちゃんなら」

 

「当たり前だ。私は、生徒会長だからな」

 

人吉君の言葉に答えるように、黒神会長が人吉君の背後からぬっと顔を出した。

 

「めだかさん!? いつの間にいらっしゃったんで!?」

 

阿久根先輩が驚きの声を上げた。人吉君も冷や汗を顔に浮かべている。半袖ちゃんは分かっていたようであひゃひゃと笑っている。よく笑う子である。

 

「うむ、始めからだ。――と言いたいところだが、今さっき来たばかりだよ」

 

「そうですか……」

 

どこかほっとしたように息を吐く阿久根先輩。何か見られたらまずいものでもあったのだろうか。さっきまでの裸体だろうか。いや、黒神会長がその程度で動じる訳が無いだろう。あ、篠栗()を無視したからか。そうか。

 

「して、何の話をしていたのだ?」

 

篠栗()の役職の仕事についてだ。如何せん名称からでは、仕事内容が全く想像出来なくてな」

 

「ふむ、特別執行役員。略して特役はな、分かりやすく言うならば第三者委員会だ」

 

第三者委員会ねえ。それってあれだろう、何か問題が起こった時に、当事者等とは関係ない第三者が調査すという。

 

「でもでもー、結局篠栗さんは生徒会の役員な訳でしょ? それじゃ、第三者にならないと思いますけど?」

 

半袖ちゃんが揚げ足をとるような発言をする。

 

しかし、確かに生徒会役員(当事者)が、第三者というのは矛盾している。では、何故黒神会長は第三者委員会に例えたのか。

 

「問題ない。篠栗特役は、客観的に且つ平等に物事を見れる人物だ。だからこそ、私は篠栗特役にこの役職を頼んだのだ」

 

平等、ねえ。

そんなどこぞの悪平等(ノットイコール)じゃないのだから、至って普通の篠栗()には無理な相談だというに。

 

「随分と篠栗()に対する評価が高いようだ。篠栗()は、そんなに立派な人物でないよ。至って普通な普通(ノーマル)だ」

 

そう、篠栗()は、決して立派な人物ではないのだ。寧ろ正反対である。箱庭学園には、全国に指名手配されている殺さない殺人鬼なんて人物が居た筈だが、篠栗()は実際に罪を犯している。いや、厳密に言えば、篠栗()ではなく、篠栗(彼女)が犯したのだが。兎に角、篠栗朱那は本来ならば警察に捕まるべき罪を犯してしまっているのである。“親殺し”という重大な罪を。だから、本当ならば「自分は普通である」などと堂々と言える人間では無いのだが、篠栗()個人の人格(・・)としては普通(ノーマル)であるからして。もう立派になどなれないのだ。

余談だが、自己暗示のように普通と唱えていたら、「至って普通」が口癖になってしまった。

 

閑話休題。

 

「そう卑下するでないぞ、篠栗特役。私が貴様を見込んだのだからな」

 

黒神会長は、どこかからか取り出した扇子片手に不敵に笑ってそう言った。

 

「……ありがとうございます」

 

それだけ言う。きっと、今の篠栗()は無表情なのだろうと思う。篠栗()の言葉の裏に隠された真意など、今は話す必要はない。それにべらべらと話せる内容でもない。だから、今はまだ話すべきでない。少なくとも今はまだ……。

 

「さて、新メンバーの顔合わせもしたことだ。今日はもう下校時刻であるし、明日から張り切って生徒会を執行していこうではないか!」

 

「そうだな!」「はい! めだかさん!」

「嗚呼……」「あっひゃっひゃっひゃ♪」

 

「本日はこれにて解散!」

 

黒神会長の声が放課後の箱庭学園に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 



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