学園生活部 校外遠征班! (Allenfort)
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第1話 校外遠征班!

どうしてこうなったという第4作目。オリ作より先に構想が纏まったので、のんびり更新していこうと思います。

武器より工具の方が強い。きっとそうだ。


窓から差し込む眩しい光が顔を差し、南原悠人(ユート)は渋々と目を覚ました。眩しさと寝起きで視界はぼやけている。

 

だんだんはっきりしてきた視界に入ったものは寝袋に入った自分の体。そして、学校の教材準備室の風景。そして、立てかけてある散弾銃と机に置かれたネイルガン(釘打ち機)

 

「起きろタカ。朝だ。」

 

悠人は隣で爆睡していた友人、七北田孝弘(タカ)の腹を叩いて起こす。

 

「んがー……おはー、ユート。カズとロクは?」

 

「ここにいる。」

 

そう答えたのは東野和良(カズ)。その隣には西岡六郎(ロク)がいた。

 

「起きるのはえーな……」

 

孝弘は伸びをしてから寝袋を出る。その間に悠人は着替えを済ませていた。服装は巡ヶ丘北工業高校のツナギだ。

 

彼らは巡ヶ丘北工業高校の生徒だったが、今はここ、巡ヶ丘学院高等学校に身を寄せている。

 

「あー、朝飯何かな……」

 

孝弘は寝間着に使っていたジャージや汗に濡れたシャツを脱ぎ、パンツ一枚になる。そんな時、ドアの磨りガラスに人影が映った。そして次の瞬間、ノックもなくドアが勢いよく開いた。

 

「皆さーん! 朝ごはんで……」

 

野郎4人といきなりドアを開けた女子、直樹美紀(みーくん)は凍りついた。悠人、和良、六郎はツナギを着ていたが、孝弘はパンツ一枚だったのだ。もちろん、女子がそんなものを見たらどうなるかは御察しの通りである。

 

「きゃあああああ!」

 

4人を叩き起こすために持っていたであろうフライパンとお玉は、音を出すための道具から打撃武器に変わった。その2つの武器が孝弘の頭を直撃し、小気味のいい音を響かせるのにそう時間はかからなかった。

 

ーーーーー

 

「あーりゃ爆笑ものだったぞ! 何たって、カーンって音がしたんだからな!」

 

生徒会室での朝食中、六郎は笑いながら今朝の出来事を話す。男子4人組と美紀の他に、女子が3人。丈槍由紀、恵飛須沢胡桃、若狭悠里(りーさん)がその話を笑いながら聞いていた。

 

「あ、あんな格好でいるほうが悪いんですよ!」

 

「おめ、ノックせずに入ってこれかよ!?」

 

「あらあら……」

 

悠里は少し困ったような表情を見せる。

 

「おいタカ、お前が起きるの遅かったのも悪いと思うぞ?」

 

和良は美紀に味方するようだ。

 

「なっ、オメー! 裏切り者め!」

 

「仲良いねー!」

 

その様子を見ていたゆきは笑いながら言う。確かに、仲は悪くない。

 

「あら? ゆきちゃんそろそろ遅刻するんじゃないかしら?」

 

「あ、いっけない!」

 

ゆきはカバンを手に取ると生徒会室を飛び出して行った。

 

「学園生活部、か……」

 

悠人は天井を眺めて呟いた。学校にあるものを使い、学校で生活する。そんな部活だ。転校生4人組はこの部活に入り、生活するうちに"そういうものなのだ"と思い、慣れ始めていた。

 

「ええ。」

 

悠里は一言だけ言う。悠人は視線を天井からホワイトボードへ移した。学園生活部とでっかく書かれ、端っこにはイラストも添えられている。

 

「ま、これもこれでアリだろう?」

 

くるみはニヤニヤしながら言う。

 

「まーな。ところで胡桃、お前のシャベル、出来たぞ。」

 

孝弘はその辺に立てかけていたシャベルをくるみに渡した。

 

「おお! どこをどうしたんだ?」

 

「金属用ベルトサンダー(ヤスリのついたベルトを高速回転させて物を削る工作機械)で研いだ。切れ味抜群。」

 

「サンキュー!」

 

くるみはシャベルを持ってニヤニヤしている。くるみにとってシャベルは土を掘る道具ではない。武器だ。

 

「アレにだけは殴られたくない……ところでりーさん。足りないものとかある?」

 

その様子が恐ろしくなった悠人は無理やり話題を変えた。

 

「そうね……パックご飯と缶詰の在庫が減ってきてるわ……」

 

「了解。俺らで調達してくる。くるみ、俺たちのいない間は頼むぞ。」

 

「任せろって。頼むぞ、学園生活部校外遠征班♪」

 

くるみは孝弘の背中をバシバシ叩く。

 

「なんで俺をしばくんだよ!?」

 

「そこにいたから♪」

 

「解せねえ!」

 

そんな様子を見て、生徒会室にいた面々は笑っていた。

 

校外遠征班、学校で生活する上で、購買部で買えない物品を非力な女子に代わって校外で調達、運搬してくる要員である。それが、転校生4人組である。

 

ーーーーー

 

4人が眠っていた教材準備室。今は寝袋はきちんと折りたたまれて端っこに置かれている。そして、4人はツナギから趣味で購入した灰色の戦闘服に着替えていた。その上から孝弘が加工したアルミ板を入れたレプリカの防弾チョッキを着込む。

 

悠人はふと窓の外を見た。なんて事のないグラウンド。そこには人……いや、もう既に人で無くなってしまった化け物がたむろしていた。

 

人を襲い、喰らう化け物の群れを突破し、ゴーストタウンと化した市街地から食料や水を調達して生還してくる……それが、校外遠征班の本当の役目だ。

 

主に学校内を巡回し、化け物がバリケード付近にいたら始末する役目のくるみより、遥かに危険な役目であった。その役目を押し付けられたのではなく自分から買って出たのだ。4人は不満には思っていなかった。

 

「武器は持ったか?」

 

悠人が言うと、3人は縦に頷いた。銃砲店で食料と水をチラつかせて譲ってもらった散弾銃と狙撃銃、ハンティングナイフ、そして、彼らのいた巡ヶ丘北工業高校にあったネイルガンや片刃のノコギリを武器として所持していた。

 

そして、出発前に一つやると決めていることがあった。それをやるため、4人はコーラのボトルと紙コップを持って屋上に向かった。

 

ーーーーー

 

屋上では悠里が菜園の手入れをしていた。悠人がドアを開けると、それに気づいたようで立ち上がって4人の方を向いた。

 

「やっほー、りーさん。」

 

「行くの?」

 

「だから来たんだよ。」

 

悠人は軽いノリで答える。すると、悠里は悠人の頬を引っ張った。

 

「私は一応先輩よ?」

 

「いひぇひぇ……分かりました……」

 

「やっぱり変ね。いつも通りに話していいわ。」

 

「つねられ損だよ……」

 

悠人は苦笑いを浮かべつつ、3人の元へ向かった。

 

屋上菜園には一箇所だけ十字架が立てられている。その十字架にはリボンが結びつけられており、誰かの墓ということは一目でわかる。

 

校外遠征班の4人はその十字架の前で紙コップを持ち、悠人がそのコップにコーラを注いでいく。今日は悠人の番なのだ。

 

そして、注ぎ終わると十字架に向けて一言挨拶をする。

 

「行ってきます。」

 

そして、一気にコーラを飲み干すと、コップを思い切り地面に叩きつける。生きて帰れないかもしれない役目だから、別れの杯のつもりなのだ。

 

「行くぞ野郎ども!」

 

悠人が叫ぶと、3人もおうと返した。

 

「りーさん、行ってきます。」

 

「気をつけてね。」

 

4人は悠人を先頭にして、1階へ向かう。

 

悠里は4人が地面に叩きつけたコップを回収する。そのコップにはそれぞれ『生きて帰る』『全員生還』『学園生活部の為に』『生き残るために』と、それぞれのメッセージが書き込まれていた。

 

「また、行っちゃったわね……」

 

ーーーーー

 

校内の廊下には机や椅子を組み合わせ、さらに鉄条網で補強されたバリケードが点在している。建築科の悠人が組み上げたバリケードだ。

 

そのバリケードを鉄条網に触らないよう注意しながら乗り越えていく。バリケードを越えたのなら、その先は死と隣り合わせの外だ。このバリケードの内側にまで感染を広めないため、奴らに噛まれたものはこのバリケードの内側に戻ることは許されない。チームの誰かが責任を持ってトドメを刺さないとならないのだ。

 

「よし。銃は最後の手段に取っておけよ。コンビニとホームセンターに行って食料と弾薬を調達する。」

 

悠人が指示をする。そして、何も言わずに縦一列に並び、進みだした。

 

校門を出ると、そこは地獄が広がっていた。辺り一帯に立ち込める腐敗臭すら、もう鼻が麻痺して感じない。

 

最前列を悠人が、六郎が左を、和良が右を警戒。後ろは孝弘が守る。その状態で進み、それぞれが近い敵に向けてネイルガンで頭に釘を打ち込む。

 

ネイルガンはガスで釘を打ち出すため、音が小さく、奴らに気付かれにくいという利点がある。

 

奴らを倒しながら進む悠人の顔は笑っていた。死と隣り合わせになって、生きていると実感できる。それが面白い。

 

六郎が近寄ってきた奴の胸ぐらをつかんで押し倒し、孝弘お手製のナイフで鳩尾と喉を突き刺した。

 

孝弘はあらゆる工作機械を駆使してあらゆるものを改造、制作してしまうため、『魔改造の貴公子』というあだ名を持っている。4人の防弾チョッキに入っている装甲も、持っているナイフも、照準器や銃床を付けたネイルガンも、孝弘が改造したものなのだ。

 

工具を手に、道を作って突き進む。生き残るために。学園生活部のひとときの平穏を守るため。

 

「行くぞお前ら!」

 

悠人が3人に喝を入れる。そんな姿を、悠里、くるみ、美紀は不安そうに眺めていた。




アニメ版準拠時々コミックといった感じに進めていこうと思います。キャラ名の表記はコミックを参考にしています。

さあ、これからどうなることやら……


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第2話 天体観測

午後5時。校外遠征に行った悠人たち4人は無事に帰還し、悠里に帰還報告をしていた。

 

「まあ、そんなわけで、全員生還。ただ、ロクがカズの投げた即席爆弾の巻き添えを食らって怪我した。今タカとみーくんが手当てしてる。」

 

「そう……お疲れ様。」

 

「荷物、そこにまとめてあるから。タカはゆきに化学教えてるし、俺は晩飯まで寝るよ。さすがに疲れた。」

 

悠人の顔には疲労の色がはっきり出ていた。服もあちこちに返り血が付いているところを見ると、かなりの苦戦を強いられたのだろう。なんせ、和良が即席爆弾を使うほどなのだから。

 

「ええ。その……ごめんなさいね。」

 

悠里の突然の謝罪に、悠人はキョトンとした。

 

「どうしたのさいきなり?」

 

「あなたたちが初めてここに来た時、ひどい事しちゃったし、今も危険な事をさせてるから……」

 

すると、悠人はニッと笑って言葉を遮った。

 

「いいって事よ。俺たちが望んで始めた校外遠征だ。それに、アレは正常な反応だろうから気にはしてねーよ。それより、今回の遠征で食料以外にも面白いものを拾ってきた。晩飯の時にでもみせるよ。とりあえずおやすみ。」

 

「ええ、お休みなさい。」

 

悠人は退室すると、寝床へと走り、夕飯の時間まで死んだように眠りこけていた。

 

ーーーーー

 

キイィ、という音と共に教材準備室の扉が開く。悠人はそれに気づく事はなく、灰色のデジタル迷彩のズボンと、オリーブドラブのTシャツ一枚という格好で眠っていた。

 

その様子を見た悠里は起こすかどうか迷ったが、悠人の体を揺すって起こす事にした。

 

「ご飯よ。」

 

「ん? ああ……」

 

悠人は腕時計を見る。既に6時になっていた。起きるにはちょうど良かった。

 

「どう? 疲れは取れたかしら?」

 

「なんとかな……」

 

寝起きでボンヤリしていた悠人は無意識のうちに悠里の顔を覗き込んでいた。その事に気づいた悠人はすぐに顔を背けると、上着を羽織って立ち上がった。

 

さっさと生徒会室に行って食事にしようと思ったが、リベットガンを取るのを忘れていた。慌てて棚から取ろうと振り向くと、悠里が悠人にリベットガンを差し出していた。

 

「大切なものなんでしょう?」

 

「……まあな。こいつがなければ俺らが死ぬ。」

 

悠人はリベットガンを受け取った時、わずかに悠里の指に触れた。それに思わずドキッとしてしまうのは、男子ばかりの工業高校にいた影響なのだろうか。あまり女子に慣れていないのだ。

 

「そう……行きましょう。」

 

「そうだな。」

 

悠人は先に教材準備室を出た悠里を追いかけるようにしてその場を後にした。ほんのり赤くなった顔を元に戻してから生徒会室へ行ったので、遅くなった理由を言えずに怪しまれたのは言わずもがな。

 

「あれ、ロクは?」

 

悠人は生徒会室に六郎がいなかったので、疑問に思った。飯の5分前には必ず来ているような奴なのに、今日に限って遅刻とは珍しい。すると、美紀が口を開いた。

 

「結構強く頭をぶつけていたみたいで……今はまだ安静にしています。」

 

やっぱりか、と悠人は肩を竦めた。校外遠征中、奴らの大群に遭遇し、ケミカルボマーこと和良が最終兵器の即席爆弾を使用したのだが……物陰に逃げ込むのが遅れた六郎は爆風に吹き飛ばされ、電柱に頭をぶつけたのだ。

 

「一体どんな爆弾投げたらそうなるんだよ?」

 

くるみは相変わらずシャベルを握りしめたまま苦笑いを浮かべている。

 

「……粘土と爆竹とアルミホイル、あとカセットコンロ用のガスボンベで作った。」

 

「本格的にヤバイやつじゃないか!?」

 

爆発の威力は実戦証明済みである。これがなければ校外遠征班は全滅していただろう。巻き込まれた経験のある悠人は身震いしていた。

 

「化学実験って危ないんだねー。ね、めぐねえ?」

 

ゆきが窓際の席へ話しかける。だけど、そこには誰もいない……

 

「まあな……めぐねえがあの場にいたら、俺たち説教食らってたぜ。なあ、ユート?」

 

「おうおう、めぐねえの説教長いからなー。」

 

和良と悠人は上手いこと話を合わせる。これにはもう慣れていたのだ。

 

「そういえば、面白いものがあるって言っていたわよね? 一体何かしら?」

 

悠里がそういうまで、悠人はすっかり忘れていた。

 

「おっといけね。タカ、ブツはどうした?」

 

「ここに。」

 

孝弘は天体望遠鏡のセットを取り出した。これも遠征の戦利品である。生活必需品の他に、娯楽も仕入れるのが役目なのだ。

 

「望遠鏡だ!」

 

ゆきが目を輝かせる。持ってきてよかったな、とばかりに悠人と孝弘は顔を見合わせた。

 

「今夜、天体観測しようぜ。部長、いかがでしょうかね?」

 

悠人がそういうのは様式美とでも言うべきだろうか。答えはもうわかりきっているのだから。

 

「許可するわ。午前0時に屋上に集合。寒いから暖かい格好でね。」

 

ーーーーー

 

午後11時30分を少し回った頃、校外遠征班4人は屋上で天体望遠鏡のセッティングをしていた。六郎はなんとか回復したが、まだ安静にしていろと悠人に言われ、端っこの方で座ってココアを飲んでいる。

 

「冷えますよ?」

 

突然現れた美紀が六郎に毛布をかぶせる。六郎は抵抗せず、暖かい毛布に身を預けた。

 

美紀はその隣に座ってセッティングの様子を眺める。天体望遠鏡が無くても、星がよく見えていた。

 

「夜空、綺麗だね……」

 

「そりゃ、街が真っ暗だからな。俺はこっちの方が好きだ。」

 

街の明かりが消え、星々がまるで自分の舞台を取り戻したかのように煌々と輝いている。六郎は星と星を指でなぞって星座を探していた。美紀もそれに倣って星と星をなぞるが、なかなか星座は見つからない。

 

その隣で六郎は背負っていた民間モデルの狙撃銃を取り出し、スコープで空を見ていた。

 

「んー、さすがにこれで金星人の頭撃つのは無理だな。」

 

「距離がありすぎるし、今の時間は金星見えないよ……」

 

美紀は苦笑いを浮かべる。六郎も冗談半分でやっていたので、すぐに狙撃銃をケースに仕舞った。

 

「間に受けるなよ。ジョークだ。」

 

六郎は立ち上がろうとしてよろけた。まだ爆弾のダメージが残っているのだろうか。

 

「大丈夫?」

 

「ああ……初対面の時も俺、爆弾で吹っ飛ばされていた気がする……」

 

そこへ、ゆきたちがやって来た。六郎が腕時計を見ると、既に0時になっている。

 

「俺はここでボンヤリしてるから、みーくんは星見てこいよ。」

 

「え……でも……」

 

「いいからいいから。ここからでもよく見えるし。」

 

ふと、悠人たちのところを見ると、ゆきが取扱説明書と睨めっこしながら操作している。和良がサポートし、なんとか目標の星を見つけたようだ。

 

望遠鏡を覗くゆきは感嘆の声を漏らし、目を輝かせている。そんなゆきに早く代われとくるみが急かす。悠人と孝弘、悠里は笑いながらその様子を眺めている。

 

美紀も望遠鏡の取り合いに参加し、六郎は1人離れたところで寝転んでいる。望遠鏡で一つだけの星を見るより、寝転がって満天の星空を眺める方が個人的には好きだった。

 

そんな六郎の所に缶コーヒーが転がってきた。犯人は悠人だ。

 

悠人は自分の分の缶コーヒーを持って六郎の隣に立つ。六郎も起き上がってコーヒーを飲みだした。

 

「どうした? みーくんと話してなくていいのか?」

 

そう言われた六郎はコーヒーを吹き出しそうになった。

 

「お前こそ、りーさんのとこに行かなくていいのかよ?」

 

「まーな。俺よりあいつらといる方が楽しそうだし。星空は一つの星だけを眺めるより、夜空に広がる星空を眺めた方が綺麗だろう?」

 

悠人は暗に距離を取って眺めるのがいいと言っているようだった。六郎は悠里たちの所を見る。女子4人がワイワイ騒いでおり、孝弘と和良はそれから離れて見守っている。

 

「結局、俺たちゃ女子の輪には入れないし、余所者だからな。校外遠征だって、結局は回り回って自分の食料とかを確保するためのものだし。」

 

悠人はそう言って缶コーヒーを啜る。無理して飲むブラックコーヒーの苦味に顔をしかめているのか、現状を考えて顔をしかめているのかはわからない。

 

「だけどよ……少なくとも面白い。だろ?」

 

六郎はソーラーパネルを見る。電気科で学んでいたため、ここではソーラーパネルや電気関係の保守を任されている。少なくとも、自分の得意なことができるから面白いとは思っている。

 

「まあな。俺もバリ作るのそれなりに楽しんでるし。」

 

建築科だった悠人は奴らを防ぐためのバリケードの設置、保守。学校内設備の修理などを担当し、少なくとも精力的に活動している。

 

「ところでロク、飯は食ったのか?」

 

「ああ。みーくんが食わせてくれたよ。」

 

そう言ってケラケラ笑う六郎の脛を悠人はミリタリーブーツの硬いつま先で蹴った。

 

「って!」

 

「あーあ。心配して損した。」

 

悠人は六郎のために持ってきた缶詰は後で自分で食べようと決めた。

 

ーーーーー

 

天体観測終了後、悠人は1人望遠鏡の撤収作業をしていた。撤収は1人の方がやりやすいからと言って、他の面々を戻らせたのだ。

 

時々、色々な不安に押しつぶされそうになる。そんな時はこうして作業に没頭して、忘れようとする。それが悠人なりのメンタルコントロールだ。

 

望遠鏡を箱に仕舞い、さあ戻ろう。そんな時に悠里が現れた。

 

「どうした?」

 

「まだ戻らないのか気になっただけ。寒いでしょ?」

 

「どうってことない。」

 

悠人はそう答えると望遠鏡の箱を担いだ。すると、近寄ってきた悠里が悠人の前髪をめくり、額を見る。そこには大きめの切り傷が付いていた。

 

「怪我してるわ……」

 

「ボンベの破片だ。死にはしないし感染もしていない。そのうち治る。」

 

「次から、危ないなら荷物なんて捨てて戻ってくるのよ? 命が1番大切なんだから。」

 

大切なのは俺らの命より食料だろ? そんな言葉が喉まで出掛かったが、悠人はそれをかろうじて飲み込んだ。言ってはならない。

 

「心配はありがたいが、荷物は投棄しない。これがなければ俺たちも死ぬ。」

 

「そう……」

 

話は終わったと判断した悠人は荷物をすべて抱えて寝床に戻って行った。時々、ストレスのせいか感情が不安定になる。下手に悠里に八つ当たりしたくはない。だから、少し距離を取っておこう。そう思う悠人であった。



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第3話 肝試し

それは突然のゆきの思いつきだった。まあ、いつものことではあるのだが、まさか学校で肝試しをやろうなんて言い出すとは思ってもみなかった。

 

その日、和良は空を眺めていた。生憎の雨模様。しかもここ数日続いている。六郎によると、太陽光発電が出来ないため、そろそろ電源が使えなくなるらしい。

 

考えても無駄と思い、机に向かう。勉強? するわけない。工作ならばやる。薬品を混ぜて爆薬を作ろうかと思ったが、下手するとただでは済まないことになるので、爆竹と粘土で爆弾を作ることにした。あとは小型ガスボンベがあれば完璧である。

 

なぜ肝試しと爆弾が関係あるか? お化けとは奴らのことだからだ。また取り囲まれたら誤爆覚悟で爆破しなければならない。

 

ふと隣を見ると、ゆきが目を輝かせながら見ていた。

 

「どうしたよ?」

 

「何作ってるの〜?」

 

「爆弾。」

 

「爆弾!? お巡りさんに捕まるよ! ねえ、めぐねえ?」

 

ゆきは隣の空間に話しかける。和良はそれにうまく合わせることにした。

 

「お願い! 黙ってて! ごみ捨て場のカラスよけに使うだけ!」

 

「もー……めぐねえが良いって言ってるけど……」

 

いいのかよと和良はツッコミたくなった。だが、めぐねえの許可があるならいいやと割り切り、作業を再開した。

 

ーーーーー

 

パシュ、パシュ、スカン、そんな音が廊下に響く。といっても、音は小さいから奴らに聞かれる危険は低い。

 

悠人と孝弘、通称、南北コンビは廊下の"掃除"をしていた。ゴミはもちろん奴ら。肝試し前にルートを綺麗にしておく必要があった。本当にお化けが出たらそれこそシャレにならないのだ。

 

ネイルガンから放たれた釘が次々奴らの頭を強襲する。灰色のデジタル迷彩は学校の廊下に溶け込むにはもってこいだった。多少、奴らに発見されるのが遅い気がする。

 

その戦闘服の下には孝弘が加工したアルミ板が装甲代わりに入っている。そして、頭にはフルフェイスヘルメットという完全防備だ。一回噛まれても肌を食いちぎられることはなさそうだ。但し、重くて機動性は落ちるし、疲れる。

 

「こっちクリア。」

 

悠人はあたりにネイルガンを向け、警戒しながら呟く。

 

「こっちもだ。購買までのルートを確保。」

 

孝弘もそういうと、警戒を解いた。昇降口のバリケードも確認したが、特に異常はない。それなのに校内にちょくちょく奴らが侵入する。校外遠征班結成以来、校内で何度も掃討作戦を決行したのに現れるのだ。抜け道でもあるのか捜索しているが、見つからない。

 

窓が割れている。奴らは段差を登るのが苦手だが、かろうじて登れた奴がいるのだろうか。悠人はそう結論に達していた。

 

「戻ろう。ルートC。」

 

「了解。」

 

始末した死体を窓から投げ捨て、ゆきの目につかないようにしておく。これも大事なことなのだ。

 

ーーーーー

 

工具箱を抱えた六郎が屋上から降りてきた。それに出くわした美紀は六郎に声をかける。

 

「調子はどう?」

 

「んあ? ソーラーパネルは元気だが、日光がないから発電できない。明日晴れなきゃ日中停電は続くぞ。おかげで、菜園の野菜は元気いっぱいだけどな。」

 

六郎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。対応策は検討しているが、節電以外の策が見つからないのが現状である。電池と懐中電灯は幾つか仕入れてあるが、どれだけ持つかは不明である。孝弘の工作機械は既に使用を自粛し、節電に努めているが長持ちはしそうにない。

 

「そう……シャワーは使えるかな……」

 

「ダメかもな。お湯沸かして、タオルを濡らしてそれで体拭いとけ。何もないよりはマシだろ?」

 

「まあね……」

 

「んじゃ、俺は行く。肝試しに備えて武器を整えにゃならん。そろそろ南北コンビが戻ってくるから、補給物資揃えとかないとな。」

 

そう言って荷物置き場に使っている教室へ向かおうとした六郎の腕を美紀が掴んで引き止めた。

 

「いつまで続けるつもり? こんな危険なこと……」

 

「俺たちが全滅するまで。」

 

六郎はダルそうな表情を浮かべたまま即答した。その答えに美紀は呆気にとられ、言葉を続けることができない。

 

「俺たちは死に向かい合って生きてると実感してる。それに、これでしか存在価値を確立出来ないからな。戦えない俺たちなんて用無しの穀潰しだ。だから戦うし、できる仕事はなんでもやる。」

 

六郎はそう言うと美紀の手を振りほどいて行ってしまった。

 

ーーーーー

 

そして夜。生徒会室改め部室前に学園生活部の面々は集合していた。もちろん、校外遠征班は最低限の武装をしている。

 

ゆきは学園生活部の面々との肝試しにワクワクしているようだが、校外遠征班はピリピリした空気が漂っており、悠里、くるみ、美紀は気圧されていた。

 

「各員装備のチェック。」

 

悠人の合図で各々が持っている武器を確認する。異常がないと判断すると、悠人に合図を出す。

 

「よし。東西コンビは前衛。南北コンビで後ろを守る。頼むぞ、カズ、ロク。」

 

「任せな。」

 

和良は意気揚々と前に出る。和良と六郎はラグビー部にいたため、野球部の悠人と孝弘より体格が良く、体力も上回る。その為、服のあちこちにアルミ板を貼り付けて防御を強化し、前衛を任されることが多い。

 

「ゆき、準備いいぞ。」

 

悠人は態勢が整うとゆきに言った。

 

「それじゃあしゅっぱーつ!」

 

ゆきの出発の合図と共に、一同はバリケードまで向かう。バリケードはまだめぐねえが生きていて、校外遠征班4人と美紀がいない頃に作ったものを、後に悠人が改良したものだ。横向きに置いた机の列を前列とし、その後ろには縦向きに置いた机の列を前列の半分の高さまで組み上げ、鉄条網で固定してある。わざわざ2列にしたのは、机の脚の隙間から侵入されるのを防ぐためと、押された時にバリケードが倒れるのを防ぐ支えのためだ。

 

まずは和良がバリケードの上によじ登り、そこでネイルガンを構え、六郎がバリケードを越えるのを援護する。幸い、奴らの姿はなく六郎は難なくバリケードを越えた。それを確認した和良も飛び降り、六郎と共にバリケードの外の警戒に当たる。

 

その次に女子がバリケードを越えていき、最後に孝弘と悠人がバリケードを越える。ちなみに、学園生活部で飼っている犬の太郎丸はなんとか机の脚の隙間を抜けたようだ。

 

「よし……ゆき隊長、我々の目的地はどこでしょうか?」

 

和良がふざけてゆきを隊長と呼ぶと、ゆきは目をキラキラ輝かせた。

 

「隊長……かっこいい! ね、太郎丸、めぐねえ♪」

 

太郎丸もワン、と吠える。同意しているのだろうか。まあ、機嫌良くなったならいいや。和良はそう思った。

 

「総員! 目標購買部! 前へ進めっ!」

 

「ほれロク助。ゆき隊長のご命令だ。行くぞ。」

 

「あーいよっ! 名誉のために!」

 

2人は駆け足で先行し、安全を確認する。2人とも似たような体格に服装ではあるが、六郎は首から右肩にグレーのスカーフを着けているので、それで見分けが着く。

 

ゆきは歩きながら即興で歌を作って歌っている。そのリズムに合わせて太郎丸が吠えるものだから、校外遠征班4人はおもわず笑いそうになる。そして、その歌の中で肝試し参加メンバーの名前を呼び出した。

 

「ユートくん♪」

 

「ヘイ!」

 

「ターカ♪」

 

「イェイ!」

 

「カーズくん♪」

 

「ウラッ!」

 

3人は自分の名前を呼ばれると合いの手を入れる。そして最後が……

 

「ローク♪」

 

「オォォォォ!」

 

六郎はネイルガンを高く掲げると大股を開いて雄叫びを上げた。それに対し、和良は開いた脚の間を蹴り上げて黙らせた。もちろん、六郎はその場に倒れて復活に時間を要した。

 

「お前さ〜もう少し緊張感持てよ……」

 

歌っているゆきに対し、くるみが言う。

 

「もしかしてくるみちゃんお化け苦手? プププ〜」

 

ゆきはそう言い返した。それも顔芸付きで。怒るくるみの後ろで、顔芸を直視してしまった悠人と孝弘は吹き出してしまう。これは不意打ちだった。

 

「面白い?」

 

ふと、悠里が悠人に声をかける。悠人は一瞬キョトンとしたが、すぐにニッと笑って答える。

 

「もち。愉快な奴が多くていいな。」

 

何度も危地を乗り越えてきた悠人はこの状況でも気楽に振舞っている。みんな楽しそうにしているのだ。変な雰囲気出してぶち壊す訳にもいかない。

 

とはいえ油断している訳ではない。前方の2人は笑いながらもネイルガンを下ろさない。後ろの2人は辺りをチラチラ見て奇襲に備えている。

 

結局、事前の掃討作戦のお陰か、奴らに遭遇することなく購買部に到着した。六郎が肘でスイッチを押し、電気をつける。その時、校外遠征班4人は片目をつぶっていた。暗闇でもすぐ見えるようにするため、片目は暗闇に慣らせておくのだ。

 

悠人と孝弘が購買部入り口で奴らに備え、その他のメンバーが物資の回収にかかる。和良と六郎はバックパックへ手当たり次第に食料を詰め、悠里は日用品、くるみは高枝切り鋏など、武器になりそうなものを漁る。

 

「あーっ!」

 

そんな悠人と孝弘の耳に、ゆきの叫び声が届く。即座にネイルガンを構えてゆきの元へ向かう。もちろん、和良と六郎もゆきの元へ急行している。

 

「どうした!?」

 

1番にゆきの所へ辿り着いた和良がネイルガンを構えながら声を荒げる。が、目の前にいたのは商品棚に向かって目を輝かせるゆきであった。少し遅れてやってきた3人と、悠里、美紀、くるみも茫然としている。

 

「見てこれ! 20倍に膨らむんだって!」

 

一同はズッコケた。ゆきが手に取ったのは風船だったからだ。てっきり撃ち漏らした奴らが出たのかと思って臨戦態勢だった校外遠征班は酷い脱力感に襲われていた。

 

「全くよ……」

 

和良は飽きれながら棚のうんまい棒を引っ掴んで齧る。お気に入りのお好み焼き味だから、自然と表情もほころぶ。

 

「あ! うんまい棒のお好み焼き味だ! ちょうだい!」

 

「俺から取れるかな〜?」

 

和良はうんまい棒を摘むと、それを高く掲げる。ラグビー部にいた和良は長身かつ体格もガッシリしている。ゆきが背伸びしても届かないだろう。

 

「カズくんの意地悪ー!」

 

「へへーん。肝試しで驚かした罰だと思え♪」

 

すると、美紀が後ろから和良に膝カックンを仕掛ける。見事に膝カックンが決まり、和良は膝を床に着いた。その隙を見てゆきがうんまい棒を引ったくり、かじり始めた。

 

「プロテクターしてなかったら怪我してたぞ!」

 

「知りませんよそんなこと。」

 

美紀は冷たくあしらうと、うんまい棒コンソメスープ味をかじり出す。それに釣られたかくるみ、悠里もうんまい棒をかじり始めた。ちなみに、両手を使える状態にしなければならない校外遠征班は代わりにガムを噛み始めた。

 

ーーーーー

 

図書室ではゆきと悠里が組になって参考書を探している。孝弘と六郎は機械や電気関連の本を探しており、その他の面々は入り口を警備している。

 

「おいロク助、機械関連の本あったか? こっち電気工学のあるぞ。」

 

「ありゃ、じゃあ俺のところと交代でな。」

 

「おう。」

 

2人は場所を入れ替えて物色を続ける。学園生活および校外遠征で使えそうなものを作り、生活や戦闘に役立てたい。あらゆる手段で知識を吸収するのは大切なことだ。

 

そこへ、悠里が真っ青な顔をしてやってきた。それを見た瞬間2人は異常を察知し、戦闘態勢をとる。

 

「ゆきちゃんが1人でどこかに……そしてあそこに……」

 

「わかった。タカ、ユートたちに伝えろ。俺がゆきを探す。」

 

「任せる。りーさん、ついて来な。」

 

孝弘に比べ、追加装甲で防御力を高めている六郎が付近の捜索を始める。ネイルガンの側面に無理やり取り付けたフラッシュライトを点灯し、ゆきと敵を探す。

 

孝弘は無事に入口まで悠里を誘導することに成功した。事情を聞いた悠人は和良を捜索に差し向ける。本棚だらけの図書室は側面から奇襲を受ける危険がある。そのため、追加装甲を施してある和良と六郎以外には危険過ぎるのだ。

 

和良は被っているフルフェイスヘルメットのバイザーを下ろすと、ネイルガンを構えてゆきを探しに行く。

 

そして、和良はすぐに本棚の間でしゃがみ、うずくまっているゆきを発見した。何かにしがみつくような体勢を取っているところから、めぐねえにしがみついていると予想できた。

 

「ゆき、俺だ。大丈夫か?」

 

ゆきは涙目になりながらも和良を見る。それと同時に、入口から金属を叩く音や太郎丸の吠える声が聞こえてくる。奴をおびき寄せるためにやっているのだろう。

 

「カズくん……お化けが……」

 

「任せろ。知り合いの神主から調伏のやり方を習ったことがあるんだ。お化けなんて俺が倒してくるから、ここでじっと、声を出さずにいるんだぞ? めぐねえとなら大丈夫だろ?」

 

「うん……」

 

和良は隣の列に移動する。すると、振り向きざまに奴が大口を開けて和良に飛びかかった。和良は咄嗟に二の腕でそれを防ぐ。噛みつかれた所からはガツ、という鈍い金属音がした。袖の下に縫い付けていたアルミ板が歯を防いだのだ。

 

「どっせい!」

 

空いている方の手で奴の胸ぐらをつかむと、背負い投げの要領で投げ飛ばし、床に叩きつける。そして、孝弘お手製の鋼板ナイフを取り出し、思い切り眉間に突き刺した。死後かなり経っている死体は脆く、あっさり刃が刺さった。

 

「タンゴダウン!」

 

和良は大声を張り上げて奴を倒したことを知らせる。その頃には六郎が残りの通路の安全も確認し終えていた。

 

和良はすぐにゆきの元へ戻ると、ヘルメットとグローブを外し、ゆきの頭を撫でた。

 

「奴は追い払った。戻るぞ。」

 

すると、ゆきは無言のまま和良の胸にしがみついた。そのまま離れそうになかったので、和良はゆきを抱き上げ、入口へと向かう。装備にゆきの重みで足が悲鳴を上げるが、なんとか堪えて歩き続けた。ボディアーマーにゆきの涙がシミを作る。和良はどうすればいいかわからず、ただ抱きかかえている事しかできずにいた。

 

ーーーーー

 

「そういや、あんなこともあったのう……」

 

悠人は長机に突っ伏したまましみじみと言う。まだ学園生活部に対して警戒心を多少残していた頃の思い出を振り返りながら、卒業アルバムの編集作業をしている。

 

「そうね……完全に打ち解けたのはあれのおかげかしら……」

 

「そうそう。遠征班のメンバー、本当に勇敢だもんな……よく躊躇せずに撃てるもんだ……」

 

悠里とくるみはゆきがいないのをいいことに本音を言う。ふと、くるみは思いついたことを悠人たちに聞いてみることにした。

 

「なあ、ここに来る前はどんな感じだったんだ?」

 

「あ? あの日のことか? まあ、少し長くはなるが話すぞ。聞きたければな。」

 

「それなら飲み物持って来ます。」

 

美紀が段ボールからジュースを数本取り出して机に置く。校外遠征班4人はそれで口を潤わせると、あの日のことを回想し始めた。



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第4話 脱出

これは、学園生活部校外遠征班が結成されるより前の、悠人たちの物語。

 

本日晴天。気温やや高し。雲のない青空が窓の外から見える。金属の擦れる音がけたたましく鳴り響く部屋で、建築科の南原悠人は額に安全メガネを引っ掛け、ネイルガンを机に置いて窓の外の空を見上げた。

 

巡ヶ丘北工業高校の実習室で、4人の少年があれこれ作業をしている。2ヶ月後の工業コンテストに出品する作品を作るため、それぞれ違う学科でありながら、仲のいい4人で分担して作業をしているのだ。

 

「おいタカ、そっち出来たか?」

 

悠人は金属用ベルトサンダーで鋼板を削っている少年、機械科の七北田孝弘に声をかけた。

 

「あとちょい……出来た!」

 

悠人は首を傾げた。頼んだパーツは確かロボットのアームだったはずだ。どうしたらナイフみたいな形になるのだろう。

 

「それは?」

 

「鋼板削って作った即席ナイフ!」

 

「ふざけんなアホ。銃刀法引っかかったらどーすんだよ?」

 

そんな時、2人に助けを求める声が聞こえた。

 

「おいユート、タカ! 助けてくれ! カズが暴走してる!」

 

「止めるなロク……こいつを混ぜれば……このニトロ基を……」

 

なにやら怪しい薬品を調合しようとしている化学工業科の東野和良を電気科の西岡六郎が必死に止めている。

 

「おいカズ! 変な薬品作るなよ! また停学になりたいのか?」

 

悠人は万一に備えてネイルガンを握るが、停学という言葉を聞いた和良は調合をやめた。以前、本当に爆発物を作り、実習室で爆発させてしまった。怪我人はなかったが、もちろん停学となった。そして、そこからついた彼のあだ名は『ケミカルボマー』である。

 

今日も何も変わらない1日だろう。4人はそう思いながらひたすらに作業を続けた。警報が鳴るまでは。

 

非常事態発生の放送が流れたが、4人はなんとも思わなかった。装置の誤作動なんてよくある話だったからだ。悠人が校庭を見るまでは。

 

「……なんじゃありゃ?」

 

「なんだなんだ? 超のつく美人な露出狂でも来たか?」

 

「お前な……エロ本の読みすぎじゃねえの? 見てみろよ。」

 

ニヤニヤしながら孝弘は窓の外を見て、凍りついた。何事かとやってきた和良と六郎も同様だった。

 

人が人を襲い、喰らっている。

 

生徒が悲鳴を上げ、暴漢は群れて生徒を抑え込む。そして飛び散る鮮血。映画の撮影? 違う。

 

「何なんだよあれ? 本気でマズイんじゃないのか?」

 

孝弘は落ち着いた声で言う。これが銃やナイフを持った暴漢だったら少しは焦っただろう。だが、目の前のことがあまりにも現実離れしている。超常現象としか思えない。だからこそ、事態が理解できず焦ることができないのだ。

 

「どうするよ? ってあれ、カズは?」

 

六郎は和良がいないのに気づき、辺りを見回す。すると、薬品を調合している和良がいた。

 

「おいカズ何してんだ!?」

 

「非常事態だし、備えあって憂いはない。テルミット作っておく。」

 

「だといいんだが……」

 

六郎は実習室入り口の窓から廊下を見て絶句した。校庭にいた化け物がすでに廊下にたむろしていたからだ。やはり生徒たちが襲われ、喰われ、奴らの仲間入りしていく。悲鳴がこだまし、唸り声が徐々に大きくなってくる。

 

「ヤバイ来た!」

 

やっと焦った六郎はドアを押さえる。奴らがドアを開けようと群がってきたのはその直後だった。

 

「ロク!」

 

悠人はネイルガンを握ると、その辺から木製の椅子を引っ掻き集め、ドアへ向かう。

 

「おいユート! 早くやってくれ! 持たない!」

 

「わーった! おいタカとカズも手伝え!」

 

悠人は椅子と椅子を釘で固定し、バリケードを構築していく。

 

悠人はかつて、学校に他校の不良が殴り込みに来た際、机や椅子でバリケードを作って侵入を阻止した実績があるのでバリケード作りはお手の物だ。そこからついたあだ名は『築城の神』。本人は何とも中二病染みたあだ名だとあきれていた。

 

「奴ら、電気ショック効くと思うか!?」

 

「知らねーよ! いいから押さえてろ! もうすぐバリ出来るから!」

 

六郎は悠人が作ったバリケードの椅子や机の金属部分に(死なない程度の)電気を流し、バリケードを取り払おうとしたヤンキーを失神させた事があり、『エレクトロニックショッカー』などというあだ名を付けられた。(和良には「ショ○カーでもデ○トロンでも好きな組織に改造されてこい」と言われた。)

 

「よし、いいぞ!」

 

悠人がバリケードを完成させたので、3人はドアを離す。悠人のバリケードは奴らの侵入を見事に阻んでいる。ちょっとやそっとじゃ壊れないだろう。

 

「よーし。武器が要るな。」

 

孝弘は鋼板を金属用ベルトサンダーで削り始めた。工作機械さえあればなんでも改造してみせるところから『魔改造の貴公子』というあだ名を頂戴していたりする。(他にも「旋盤の魔術師」などあだ名が多い)

 

孝弘は次々と鋼板をある程度は切れるナイフへと変化させていく。こんな非常事態に銃刀法に構っている奴はいないだろう。いたら顔が見てみたい。

 

「よーし。早く作れよ。こんなとこにいても兵糧攻めであの世行きだ。さっさと脱出して食料と水を確保すんぞー。」

 

悠人はそう言うとネイルガンを持ち、ポケットや通学用のカバンに予備の釘とガスボンベを突っ込んだ。

 

幸いなことに、4人揃ってミリオタで、徒手格闘も多少はできる。体育の柔道だってヤンキー相手に勝っているのだ。うーあー言いながらふらつくだけの奴らに引けは取らないはずである。

 

「タカ! ケミカルボマーの出番だぜ! ハシゴで下に行くから、邪魔な奴ら吹っ飛ばしてくれ!」

 

「おうよ!」

 

悠人のその言葉に、和良は目を輝かせた。そして、薬品の瓶をベランダから下に投げる。すると、物凄い火を上げて奴らが燃え始めた。

 

「おいおい、何作ったんだ?」

 

「いやー、おいちゃん色々混ぜてテルミット作っちゃった♪ ご希望とあらばトリニトロトルエンも調合してみせるぞ?」

 

「馬鹿野郎! そんな危ない爆薬をここで作れてたまるか!」

 

六郎が和良を後ろから締め上げる。悠人と孝弘はそれにあきれつつも、梯子を用意した。ここから脱出して、どこか落ち着ける場所を探そう。でも、そんな場所あるのか。悠人は内心不安に思っていた。

 

その間に、他の3人もネイルガンや武器になりそうなものを片っ端から集めていた。

 

ーーーーー

 

数十分後。4人は通学用のママチャリで奴らのたむろする街中を突っ走っていた。こういう時どうするべきか。答えはひとつ。食料と水の確保だ。つまり、スーパーやデパートに行くのが吉である。

 

「おーいユート! ビニ(コンビニ)寄らね?」

 

悠人の右後方を走っている孝弘は言う。

 

「いいぜー。カズ! ロク! 聞こえたか!?」

 

「おうよ!」

 

「聞こえた!」

 

4人は進路を変更し、コンビニの駐車場に適当に自転車を停めた。店内にはやはりうーあー五月蝿い危ない奴らがいる。だが、たいした数ではない。

 

「東西コンビ、入口守って。南北コンビで先に入る。」

 

悠人が言う。東西コンビ、南北コンビとは、4人の名字から1文字ずつ取って命名されている。この場合、東西コンビは"東野和良(カズ)西岡六郎(ロク)で、南北コンビは南原悠人(ユート)七北田孝弘(タカ)である。

 

「あいよ。」

 

「うぃーす。」

 

和良と六郎が返事をすると、悠人と孝弘が店内の"掃除"のために中へ入る。自動ドアのガラスは割れているが、センサーは2人の姿を認め、入店を知らせる曲を流した。すると、奴らは音に反応して入り口に迫ってきた。

 

「ヤバイ!」

 

悠人は咄嗟にネイルガンで一体の眉間に釘を打ち込む。人を殺すということに抵抗があると、殺るのをためらうだろう。だが、悠人たちには正直そんなことを考える余裕がなかった。追い詰められていたが故に、そんなことを考えずに打てたのだ。

 

「しゃーねー。ユート、奴ら始末して。その間に俺が缶詰回収する。その後交代でユートが水回収して。」

 

「おうよ!」

 

悠人はネイルガンから片刃のノコギリに持ち帰る。ネイルガンのマガジンがそろそろ怪しくなってきたからだ。やりあってる最中に弾切れなんて、ホラー映画でよくある死に方だ。それは避けたかった。

 

孝弘は悠人がノコギリ片手に奮闘している間、リュック型の通学用かばんに缶詰を詰め込んでいた。一つ一つ手に取るのではなく、棚の端っこに口を開けたカバンを置き、缶詰を払うようにしてカバンに入れていく。

 

その音に反応したのか、2体が孝弘のところに歩いてきた。即座に作業を中断してネイルガンで応戦し、安全を確保してから作業を再開する。せっかく回収してもやられてしまえば意味は無いのだ。

 

「ユート! 回収完了! 交代だ!」

 

「おう!」

 

悠人は最前列の奴を思い切り蹴飛ばす。押し返されたそいつは後続も巻き込んで転倒した。しばらく立ち上がることは出来ないだろう。

 

悠人はネイルガンのマガジンをチェックする。ちょうど、中の釘が無くなっていた。ガスボンベも交換したほうがいいだろう。

 

通学用カバンから釘とガスボンベを取り出し、補充する。武器を用意しておかねば、安心はできない。

 

まずは最優先で水を確保する。その次にスポーツドリンク、お茶だ。甘い飲み物はスルーする。甘いものは逆に喉が渇いてしまう。

 

500mlボトルを10本ほど押し込み、背負う。ずっしりと重みが足に伝わり、後ろに倒れそうになるが踏ん張って立ち上がる。

 

「確保!」

 

悠人はそう言うとネイルガンを構え、孝弘を援護する。

 

「カズ! ロク! 逃げるぞ! これ以上はマズイ気がする!」

 

「合点承知!」

 

「あー、こっちからも来てるからそれが賢明だな!」

 

孝弘の提案に和良と六郎も賛同。4人はすぐに自転車に飛び乗り、その場を離れていった

 

ーーーーー

 

4人はただひたすらに走り続けた。途中、ホームセンターで釘やガスボンベ、さらには4人で小遣いやバイト代を出し合って借りている倉庫に仕舞ってあったサバイバルゲーム用品の使えそうなものまで引っ張り出し、銃砲店で食料と水をチラつかせて銃を譲ってもらったりしながら休めそうな場所を探して街をさまよった。学校を脱出して3時間経過していた。日が傾きかけている。悠人がお気に入りのミリタリーウォッチを見ると、4時を回っていた。

 

学校のツナギは既に血だらけで、あちこち擦り切れている。肘や膝には気休め程度だがプロテクターを装備している。

 

「ん? あそこ、誰かいないか?」

 

六郎が指差す先にあったのは、巡ヶ丘学院高等学校。その屋上だ。3人はそこをじっくり見てみる。すると、窓から蛍光灯の光が見え、さらには人影も見えた。動きは人間らしい。

 

「ちょっと見に行ってみるか? あの高校、太陽光パネルとかあるはずだからもしかしたら休めるかもな。」

 

電気科の六郎が言うのなら、校内の電気が生きている可能性は高いとみていいだろう。奴らが来たとしても、築城の神がいる。

 

「ああ。奴らだらけだが、面白くなりそうだ。どうせならパーっとな!」

 

和良がなんだかテンションを上げている。カセットコンロ用の小型ガスボンベ2本と、起爆用のお手製爆薬を貼り付けた即席爆弾の性能試験がしたくてウズウズしているのだろう。

 

「よし。銃はできるだけ使うなよ。緊急時のみだ。基本、ネイルガンで。」

 

悠人はそう指示すると、ネイルガンのマガジンをチェックした。釘が十分に入っているのを確認すると、自転車を降りて戦闘態勢を取った。



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第5話 招かれざる客

案外、奴らの群れを突破するのは難しくなかった。野球部やラグビー部で鍛えられた足には装備重量があっても奴らを振り切るだけのスピードを出すことができた。のろまな奴らを離れたところから攻撃できるのだから、大した脅威には感じない。

 

うーあーうるさい奴らのせいでお互いの声がよく聞こえないので、4人はハンドサインを使ってコミュニケーションを取る。悠人の愛読書であるコンバットバイブルを覚えるほど読み込んだ賜物である。

 

人影は屋上に見えた。階段を上がればきっと辿りつける。人が多い方が生存率は上がるだろう。そんな目算があった。とはいえ、なぜ屋上という行き止まり(デッドエンド)に逃げ込んだのだろうか? 悠人はなんとなく疑問に思った。援軍が来ない籠城など自殺に等しい。否、たまたまそこにいて閉じ込められただけか。そう結論づけた。

 

「もう直ぐ屋上だ。戦闘用意。」

 

先頭の六郎が言う。六郎はその辺で拾ったフルフェイスヘルメットを被り、ホームセンターにあったアルミ板を腕に巻きつけている。無いよりはマシになるだろう。

 

後ろの3人は言われる前からリベットガンを構えて待機していた。いつでも撃てる。撃つことに最初は罪悪感や心理的障壁を感じた。でも、3体目を撃つ頃には、みんなそんなものは消え失せていた。生き残りたければ撃て、死にたくなければ撃って、屍を踏み越えろ。それ以外にありえない。

 

屋上へ続く階段には奴らがたむろし、ドアをガンガン叩いていた。ドアの向こうからは微かに悲鳴じみた声が聞こえる。まだ生きているのかもしれない。

 

「撃て野郎ども! 1匹たりとも逃すな!」

 

悠人が叫ぶと、奴らはドアを叩くのをやめて一斉に振り向いた。その視線の先には、タフな工業高校生4人がリベットガンを向けていた。

 

その銃口から飛び出した釘が奴らの頭に突き刺さっていく。だが、階段を埋め尽くす奴らを倒すには些か火力が不足しているようにも思えた。

 

「ああチクショウ! カズ! 吹っ飛ばせ! タカ! ショットガンを使え! 弾種、バードショット(鳥撃ち)弾!」

 

悠人と孝弘は銃砲店で譲ってもらった散弾銃に持ち替え、バードショット弾を装填した。1発のショットシェルの中に細かい弾が数十から数百入っている散弾だ。日本で所持できる民間用の散弾銃はマガジンに2発しか装填できないようになっている。だが、2人がもらってきたレミントンM870は予め薬室に1発込めておけば、マガジンの2発とで計3発装填できる。

 

「くたばれクズどもが!」

 

先に孝弘が発砲する。とはいえ、散弾が散らばるには約2mの距離を要する。少し近いのか、あまり散弾がバラけていないようだ。それでも、リベットガンと違って2〜3体ほどまとめて吹っとばせるのは強みだ。

 

「弾切れ!ユート!」

 

「おう!」

 

孝弘の散弾銃が弾切れを起こすと、今度は悠人が前に出て発砲する。そうすることでお互いの再装填を援護するのだ。ちなみに、狙撃銃をもらった六郎は仕方なくリベットガンで応戦している。

 

「爆破準備完了! 巻き込まれるな!」

 

和俊が小型ガスボンベに即席爆薬を貼り付けた爆弾に点火、奴らの群れに投げつける。それを見た3人は曲がり角に身を隠した。爆発に巻き込まれたら痛い目を見る。

 

階段からドン、と爆音が腹の底まで響いてくる。それと同時に奴らの呻き声も聞こえてきた。ガス爆発とガスボンベの破片があたりの連中を吹き飛ばしたのだろう。何体かが階段から吹き飛ばされ、目の前に落下してきた。とりあえず、致命傷を負って動かなくなっているようだ。

 

「まだ残ってるぞ! 殲滅しろ! 一匹たりとも逃すな!」

 

悠人が先陣を切って倒し損ねた敵を倒しに行く。至近距離での乱戦ならこっちだとばかりにネイルガンを構える。側面には銃砲店でオマケとしてもらったハンティングナイフをビニールテープで銃剣のようにくっ付けてある。

 

「ユートに続け! あのバカを死なせるな!」

 

孝弘がそう叫んで突撃すると、和良と六郎もそれに続いて突撃する。死に物狂いの突撃で、4人が我に返った頃には動いているのは自分たちだけという有様だった。ハンティングナイフからは血が滴り、和良と六郎のフルフェイスヘルメットのバイザーは返り血に染まってしまった。

 

「集合。屋上に奴らがいないとは限らないから、突入体制を取れ。俺のコンバットバイブルにあっただろ?」

 

悠人がそう言うと、孝弘を先頭として、和良、六郎の順で壁に肩をつけるようにして並び、悠人がドアの前に立った。全員、ネイルガンをいつでも撃てるように構えている。

 

「行くぞ!」

 

悠人はドアノブを捻り、思い切りキックしてドアを蹴破る。間髪入れずに孝弘が飛び込み、和良がそれに続く……はずだった。

 

孝弘は何者かに頭をシャベルでブン殴られて昏倒した。いつもサバイバルゲームで使ってる陸自仕様のヘルメットを被っていなければ、頭蓋骨にまでシャベルの刃が届いていたかもしれない。

 

「タカ!」

 

和良が飛び込み、孝弘を昏倒させた犯人にネイルガンを向ける。どう見てもそいつは目がイっちゃってる女子だった。ネイルガンを腹部に向けて威圧するが、いつ口火を切ってくるかは分からない。(相手を威嚇する際は、頭より腹部に向ける方が有効なんだとか)

 

六郎と悠人も飛び込み、周りの女子生徒たちに威嚇する。後から来たクセにと言われそうだが、自分の身を守るにはこれしかない。こういう時は化け物より人間の方がおっかないのだ。

 

「おいタカ! 生きてるか?」

 

悠人はミリタリーブーツの踵で孝弘の肩を蹴る。孝弘は身悶えすると、ガンガンと痛む頭を抱えながらなんとか起き上がった。まだフラフラしているが、命に別条は無さそうだ。

 

「クソッタレ……全くもって派手な歓迎してくれるじゃねえか……苦労して化け物ども殲滅したと思ったらシャベル攻撃かよブリャーチ!」

 

暫く一触即発の状態が続く。先に気を抜いたら殺られる。どちらにもそう言う雰囲気が漂っていた。

 

「どっちも武器を下ろして!」

 

その声の主は若い女性教諭だった。すると、女子生徒がシャベルを下ろしたので、悠人も武器を降ろせとハンドサインを送り、ネイルガンを下ろさせる。すると、孝弘がその場に膝をついた。思ったよりダメージが大きかったらしい。六郎がヘルメットを外して孝弘を引っ張り、その場から離れたところに寝かせる。脳震盪のようだ。

 

「あなたたちは何者? この学校の生徒ではないようだけど……?」

 

さっきのシャベル女とは別の女子生徒が悠人に声を掛けた。悠人は警戒を解かぬままそれに答える。

 

「巡ヶ丘北工業高校2年生、南原悠人以下4名。外から生存者の姿を認めたので化け物の群れを強行突破してここまで参りましたよ……っと。これでいいか? あと、噛まれたりはしていない。これ付けてるからな。」

 

悠人は袖をまくってみせる。腕にはアルミ板が巻き付けられており、奴らの歯を防げるようになっていた。

 

「北工業高校……?」

 

ああやっぱり警戒されるか、と悠人は心の中で溜息をついた。この辺りじゃ東商業高校と並んで治安の悪い高校として知られているからだ。何度不良の抗争に巻き込まれかかったか数え切れない。学校にバリケード作って不良共を防いで築城の神と呼ばれるようになるわ散々だった。悠人はなんであんな学校入ったんだろう? と思い返した。

 

「そ。迫り来るヤンキー共を即席バリケードで撃退したっけ、在りし日の学園闘争再びかと校長に勘違いされて、大目玉食らった築城の神ですよーだ。で、さっきシャベル女にぶっ倒されたのが、工作機械あればなんでも作る変態。」

 

「おいこの野郎……変態じゃねえ変人だ……」

 

「何? 猿人? どっちでもいいか。」

 

「機械使う猿人がいてたまるかよ……」

 

そんなことを言っていたら、耳(?)つきの帽子……ニット帽だろうか? を被った女子が笑いだした。

 

すると、閉じたドアからまたドンドンと音がしてきた。誰か来たのかそれとも奴らが……

 

「おーいカズ、爆弾まだある?」

 

「ありったけ。」

 

「上出来。ロク助一番装甲厚いだろ? ちょっと様子見するから手伝ってくれ。殲滅したらタカを俺が担ぐ。」

 

悠人がパッパと指示を出して戦闘態勢を整える。すると、普通そうな女子が声を荒げた。

 

「ちょっと! 何する気!?」

 

「あー? 俺たちゃ招かれざる客のようだから移動するんだよ。制圧しなきゃここ通れないだろ? 別の出口あるわけでもあるまいし、そこのダクト通ろうにもぶっ倒れてるタカ担いで降りられるわけねーし。ロク助、一瞬だけ開けるから生きてるか死んでるか見てくれ。」

 

「了解。」

 

悠人は慎重にドアノブを回すと、ドアが開い物凄い勢いで押された。

 

「死んでる! かなりいるぞ!」

 

「撃て! 押されそうだ!」

 

六郎はわずかに開いたドアから奴らへネイルガンを撃ちまくる。わずかに押す力が弱くなった。そう感じた悠人は和良に『爆破しろ』とハンドサインで合図する。和良はニヤニヤしながら導火線に点火して、わずかに開いたドアから廊下に即席爆弾を投げ込んだ。

 

「押せ!」

 

悠人が叫ぶと、六郎が射撃を中断してドアを一緒に押して閉じた。それと同時に2人はドアに足を向けて伏せる。

 

ドン、と爆音が響き、静寂が訪れる。一掃したようだ。

 

「クリアだな。早くタカを連れて行こう。持てない荷物は遺棄するかの……」

 

悠人は孝弘のバックパックを見て溜息をついた。ちょっと捨てるには惜しいのだ。

 

「ねえ……今出て行くのは危険よ?」

 

女性教諭がそう悠人たちに言う。

 

「とはいえ、ここじゃ雨風しのげないですよ? 下を制圧してバリ張るならまだ話は別ですがね。まあ、俺らの居場所がないのには変わりねっすよ。」

 

六郎は諦めの混じった声色でそう言う。奴らが来る前にここから撤退したかった。

 

「そんなことないわよ。1人でも多い方が心強いわ。それに……怪我してるお友達を連れてここから出るのは……」

 

六郎は倒れている孝弘を見た。まだ安静にしていた方がいいだろう。下手に動かせるような状態ではない。

 

「ねえユート。どうする?」

 

「しゃーねーだろロク助。敵の敵は味方の理論で協力するしかねえ。タカがまだ動かせそうにない。脳出血とかねえことを祈るばかりだ……日没までに下の階を制圧、バリを張る。」

 

「あたしもやるぜ……」

 

さっきのシャベル女が言う。信用できるのか? 悠人は疑念を抱いた。

 

「じゃ、俺がそいつと組む。俺ならシャベル一撃くらい耐えられるからよ。」

 

六郎がそう名乗りを上げた。悠人は静かに首肯する。

 

「そう言うわけでよろしく頼む。俺は西岡六郎。ロクとかロク助って呼ばれてる。」

 

「あたしは恵比寿沢胡桃。さっきは悪かったな……」

 

「謝罪ならこれ終わった後にしてくれ。時間が惜しいからな。」

 

くるみと六郎は握手をする。周りからも文句はなさそうだし、これでいこうと悠人は決めた。

 

「カズ、俺を援護してくれ。ロク助とくるみはおれが作業してる反対サイドを守ってくれ。絶対こっちまで入らせるな?」

 

「ユートこそ、頑丈なバリ張れよ? 頼むぞ築城の神様よ!」

 

「うるせえエレクトロニックショッカーめ。クソ長くて呼びにくいんだよその厨二じみたあだ名。さっさとショッ○ーでも○ストロンでめ好きな組織に改造されちまえ。」

 

「うるせえバーカ!」

 

そんなこんなで、作戦は始まった。

 

ーーーーー

 

「あああああ!」

 

くるみが雄叫びをあげながらシャベルを振り回し、奴らの頭をかち割る。六郎はその脇からネイルガンに装着したハンティングナイフで奴らを串刺しにしていく。釘の残りが気になってきたので、少しでも節約したかった。バリケード構築にも釘が必要だからだ。

 

すると、悠人と和良が走ってきた。向こう側のバリケードを作り終えたのだろう。

 

「遅え!」

 

「間から入れないようにと、倒されないように2列にしてたんだよ! そいつらはカズが殺るから机持ってきてくれ!」

 

悠人と和良がやってくる奴らとの戦闘を受け持ち、六郎とくるみは手頃な教室から机を集める。天板が木製であるのが救いだ。

 

「これを喰らえぇぇぇ!」

 

廊下から和良の雄叫びが聞こえてきた。不味いと直感した六郎は廊下に出ようとしていたくるみを制止する。

 

「待て! 出るな!」

 

すると、和良が教室に飛び込んできた。だが、悠人が先頭に夢中で反応が少し遅れたようだ。

 

「このクソ野郎!」

 

その次の瞬間、爆音が轟いて奴らのバラバラになった体とともに、悠人が吹き飛ばされた。まるで棒高跳びでもしているような感覚で、頭を廊下にぶつけた衝撃で我に返った。額にガスボンベの破片が一枚突き刺さっていたのを忌々しそうに引っこ抜いて投げ捨てると、立ち上がってバリケード作りを再開した。

 

簡易的なバリケード作りは2時間ほど掛かった。人員をバリケード内に移動させた後、六郎は女子とともにバリケード内の清掃(六郎は主に死体の始末)後の2人はあちこちを漁って針金や釘など、使えそうなものを引っ掻き集めてバリケードの補強に掛かった。机同士を針金やワイヤーで縛り、更に短く切った針金をつけて有刺鉄線に変えていく。暗くなる頃には、一応の安全地帯が完成した。

 

ーーーーー

 

そんな功労者の4人はその夜、狭い教材準備室に閉じ込められた。武器も食料や水の入ったバックパックも没収されている。あの教師……めぐねえこと佐倉慈が弁護してくれたが、真面目そうな奴……若狭悠里が危険だと主張し、隔離というか監禁される羽目になったのだ。ブロックタイプの栄養補助食品と水を幾つか渡され、後のものは全て没収……俺たちが命がけで入手した糧を、どうしてこうもあっさり奪われなければならない? それに、俺たちはこんな事されなきゃならない事をしたのか? 悠人たちの心の中に疑念や怨み、怒りが渦巻く。

 

理不尽すぎる。ここまで奴らを倒したことで蓄積していた罪悪感やストレスが、この一件で憤怒に姿を変えた。まるで燃料のように、悠人たちの怒りを激しくした。

 

暗い部屋の中、4人は項垂れながらも目つきは鋭いままだった。ここを4人で制圧してしまおうか……そんなことを本気で思うくらいに4人の精神状態は悪くなっていた。

 

その時、誰かがドアをノックした。悠人たちは咄嗟に身構え、殴り合いになっても対応できるよう覚悟を決めた。

 

入ってきたのは慈だった。4人は多少肩の力を抜くが、まだ警戒は解かない。すると、慈は低姿勢で構えている4人の前にしゃがんだ。4人は困惑しつつも、それにつられてその場に座る。

 

「ごめんなさい……あんなに頑張ってもらったのにこんな事になって……」

 

4人は何も言わない。少し落ち着いてきたとはいえ、まだ心の中では不満がくすぶっている。

 

「私がどうにか話をつけるから、もう暫くだけ耐えてもらえないかしら……?」

 

「でも……!」

 

六郎が立ち上がった。耐えきれなくなっているのだろう。

 

「俺たちがあんなに苦労して引っ掻き集めた物資も何も取り上げかよ! 自分たちが生き残るために集めたのに、まだ協力するともなんとも言ってない奴らに横取り!? それで俺たちはどうしろと!? 武器も装備もなきゃ食料を確保にも行けねえ! 餓死しろってのかよ!? やってられるか! どうして……どうして……!」

 

六郎は泣き出してしまった。ただでさえ死体であるとはいえ、人を撃った。そのストレスや、この一件でのストレス、そのすべてに押し潰されそうになっているのだ。

 

慈はそんな六郎をそっと抱きしめた。六郎は突然の事に反応できず、ただされるがままになっている。

 

「ごめんなさい……」

 

六郎はそのまま泣き続けた。これのおかげで4人は自決や武器を奪い返して制圧、ということを実行せずに済んだ。



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第6話 和解

次の日。戦闘服のままで眠っていた悠人は窓から射す朝日に叩き起こされた。これだけのことが起こってまだ1日……おはよう、人生で最もクソッタレな朝。世紀末及び監禁2日目。とはいえ、初日よりは少しだけ落ち着いた気がする。頭に血が上り過ぎていたのかもしれない。

 

化け物どもに釘や弾丸を撃ち込んだ瞬間が沸々と脳裏によぎり出した。人を撃った、そんな思いが今になってよぎり始めた。悠里たちにネイルガンだって向けたけど……正直撃てなかった。足が震えているのは気づかれなかっただろうか? トリガーにかけた指が震えているのも……兵は殺されることより殺すことを怖れると聞いたことはあるが……本当のようだ。じゃあ何であいつらを撃てた? きっと、生存に必要かどうかだろう。

 

悠人は腕立て伏せを始めた。ミリタリー関連の本に書いてあったのだ。捕虜になるなどして監禁された場合は簡単な日課を定め、それをこなすことで精神を安定させると。めぐさんがきっとなんとかしてくれると、今は信じて待つしかない。それにしても、昨日は麗しき女性の前で号泣してしまうとは、情けないことをしてしまったと多少自己嫌悪していた。

 

さて、そろそろ眠りこけてる3人を叩き起こすとしようか。悠人は金属製と思われる戸棚をミリタリーブーツの爪先でガンガン蹴った。

 

「起きろ起きろ起きろ! マスかきやめ! パンツ上げ!」

 

「おはようございますハー○マン軍曹!」

 

「は、ハート○ン軍曹だと!?」

 

「微笑みデブとだけは呼ばないでください!」

 

某鬼軍曹の真似をしてみたら、この3人には効果てきめんであった。1発で起きた。次からこうやって起こすとしようか。

 

すると、ガラッと勢いよく扉が開き、なぜか金属製の鍋を被って銃剣つきネイルガンを持った慈が飛び込んできた。これには悠人たちも驚いた。

 

「な、何事……!?」

 

どうやら、悠人が棚を蹴飛ばした音に驚いたようだ。まさか仲間を叩き起こすために棚を蹴飛ばしました、なんて言えないので、咄嗟に悠人は出任せを言った。

 

「ゴキゴキがいたので蹴り殺そうとしたら逃げられました……」

 

もちろん、そんな事を聞いた慈はキャーと悲鳴を上げ、ネイルガンを放り投げて逃げ出してしまった。ゴキゴキは外をうろついてる奴らより怖いのかもしれない。

 

「やばいぞユート! マジで出やがった!」

 

孝弘が叫んだ。悠人は咄嗟にネイルガンを構えると、一撃でゴキゴキを串刺しにしてみせた。身の毛もよだつとはまさにこの事だ。

 

「時に……バールとかない?」

 

ゴキゴキを貫通した釘は床に刺さっていた。あの釘に素手で触りたくはない。嫌だ嫌すぎる誰かバールをくれ。タクティカルグローブをゴキで汚染されたくねーよ俺のは指ぬきだよと、思案する悠人の前で押し付け合いが始まる。

 

もちろん、慈が悲鳴を上げてすっ飛んで行ったのだから、当然悠人たちが何かをやらかしたと思った悠里たちが没収した武器を持ってすっ飛んでくるわけで……

 

「う……動くな!」

 

悠里は慣れない散弾銃を悠人たちに向けて叫んだ。アレにはバードショット弾が装填されている筈である。もちろん、撃たれたらミンチよりひどい事になる。だが、悠人たちは冷静だった。取り乱す事もしなければ、ただ呆れたという目で悠里を見ていた。

 

安全装置(セーフティ)が掛かったままだぞ?」

 

昨日、悠人たちは没収される寸前に銃に安全装置を掛けていた。相手は銃に関してはド素人のはず。それに賭けてツカツカと悠人は悠里に歩み寄っていく。

 

「こ、来ないで……!」

 

銃身が震えている。否、悠里が震えているのだ。指を掛けたトリガーは引かれることはない。引いているけど引けないのだ。

 

悠人は銃身をつかんで悠里の手から散弾銃を奪い取ると、ハンドグリップを前後にスライドさせて装填してあるショットシェルを抜き取った。

 

「レミントンM870。アメリカのレミントンアームズが開発した散弾銃で、堅牢な作りであるために世界各国で民間用の他、軍や警察でも使われてる。日本でも狩猟用として手に入るぞ。誰でも買えるわけじゃないけどな。」

 

悠人はショットシェルを拾ってポケットに突っ込むと、銃口付近をつかんで銃床を床につけ、気をつけの姿勢をとってみせた。

 

「あ……」

 

悠里は震えていた。人に銃口向けて、トリガーを引こうとしたのだ。訓練された軍人ならまだしも、ただの女子高生には心理的負担が大きいだろう。

 

「案外、人って殺されることより殺すことの方を恐れるのかもしれないな。ほら、震えてるぞ?この銃、そんなに重いか?」

 

悠里はその場にへたり込んでしまった。息は荒く、脈も早い。悠人は最初に奴らを撃った時、異常に心拍が高まり、意識を持っていかれそうなほどのプレッシャーを感じたことを思い出した。自分はタガが外れたのだろうか。それとも、乗り越えてしまったのだろうか。複雑な思いで悠里を見つめていた。

 

「お前は撃つな。後には戻れなくなるぞ……?」

 

悠人はしゃがんで有利と目線を合わせると、そう語りかけた。

 

「おい! 誰かバール持ってないか!? これ抜きたいんだけど!」

 

「うわっ、何だよそれ!?」

 

その後ろでは、孝弘とくるみがゴキゴキの串刺しを見て悲鳴をあげていた。結局、バールで釘ごと引っこ抜いて窓の外に捨てたらしい……

 

ーーーーー

 

午後、悠人たち4人は生徒会室に集められていた。他には悠里、くるみ、ゆき、慈がいる。どうも、男4人組の処遇に関しての話し合いらしい。ところで、女子が何だか具合悪そうにしているのは気のせいだろうか……ああ、ゴミ箱から顔を出しているMREレーションのパックで理解できた。アレを食ってしまったか……

 

米軍で使っている戦闘糧食で、食べ物に似た何か、だのミステリーだの形容される程マズイと有名であり、賞味期限が切れて民間に払い下げられたものを六郎が機械工作コンテストの賞金叩いて買ったものなのだ。本来はディスプレイ用、食べるなら自己責任でお願いします……というものだ。

 

「……食ったようだな、MREを……」

 

男子4人の中で唯一試食経験のある六郎は何とも複雑な表情を浮かべた。昨日の仕返しと思えば多少は気が楽になるが、それ以上に哀れで仕方ないのだ。きっと、付属のタバスコが足りない上に、わざと便秘になるように作られているという予備知識もなしだから、現在進行形で痛い目を見ているだろう。まあ、3番のメニューだから豆のトマトソース煮はマシだっただろう……

 

「……ごめんなさい。」

 

悠里は六郎の視線の先、MREのパッケージを見てしまい、顔を青ざめさせながら謝罪した。さすがに可哀想になった悠人はさりげなく助け舟を出すことにした。

 

「ロク助、あれってワザと便秘になるようにできてるんだっけか?」

 

六郎は悠人の意図を理解したのか、縦に頷いてみせた。

 

「ああ。戦場でトイレ行きたいなんてならないように食物繊維少なくしてあるからな……付属の緩下剤入りのガム噛まねえと地獄を見るぞ。」

 

これに気づいてくれるといいな、ガム捨てたか誰かが全部噛んだとかじゃなければ助かるはずだ。

 

「それで……何の用だ?」

 

孝弘はそろそろ本題に入れと言わんばかりに切り出す。

 

「そうね……まずはこれ、返すわ。」

 

慈は昨日悠人たちから没収したバックパックと武器を机に置いた。多分、MREという地雷が仕掛けてあったことも返還に一役買ったのだろう。クッキーや水はいくつか無くなっているが、まあいいだろう。

 

「よかったよかった……米軍払い下げのALICEパック、高かったから戻ってこなかったらどうしようかと……」

 

「おいユート、飯の心配よりそっちの心配かよ? わからなくもねえけどさ……」

 

六郎は苦笑いを浮かべてバックパックに頬ずりする悠人を見つめた。

 

「それでもう一つ……ここに残る気はないかしら?」

 

は? と男子4人は素っ頓狂な声を上げた。昨日のアレの後にこれかよと。とはいえ、この学校は捨て置くには惜しい設備が山ほどある。ソーラーパネルを見た時なんて、電気科の六郎が目を輝かせていたのだから。

 

「昨日はごめんなさい……その……北高生だって言うから危ない人と思って……」

 

そういう悠里の横で慈がウインクしてみせた。それで悠人たちは理解した。説得が上手くいったのだろう。

 

「じゃ、どうやって危ない人じゃないって判断したんだよ?」

 

おいカズ、そこを突っつくな。お前は俺らの中では一番危険な人物として扱われているからな? と3人は同じことを考えていた。特に、悠人は昨日の誤爆をまだちょっと根に持っているようだ。

 

「これよ。」

 

慈が取り出したのは、図書室などで無料配布されている技術系の薄い冊子だった。そこには、全国機械工作コンクール最優秀賞のチーム、悠人たち4人の写真があった。

 

「まさか、ノリで始めたコレに助けられるとはな……」

 

孝弘は肩を竦めて苦笑いを浮かべた。あのプロジェクト1番の功労者は案外謙虚なようだ。

 

「ええ。おかげで真面目なんだって分かったわ。それに、本当に危ない人なら昨日何度も私たちを撃つチャンスはあった……でしょう?」

 

悠人に3人から視線が突き刺さる。今は従えと言った張本人であるが故にだ。そういや何で撃たせなかったんだ? という疑念だろう。後でゆっくり言い聞かせよう、悠人はそう思った。

 

「だって悠人が撃つなって言うんだから仕方ねーだろ。」

 

六郎はそうボヤく。悠人は余計なこと言うなとばかりに六郎の頭を小突いた。結局、悠人たちは学校に残ることに決めた。武器は自己管理や食料の確保などの条件をつけて。悠人の指示とはいえ、まだ不満に思っていた六郎も、慈の説得を受けて残ることにした。

 

ーーーーー

 

「かーっ! シャワーが気持ちいい!」

 

「おいロク助、シャワーくらい黙って浴びろよ。」

 

和良は六郎を嗜める。4人は校内のシャワー室を借りて汗を流していた。正直、あっちこっち走り回ったおかげでかなり汗臭くなっていたはずだ。猿や犬よりひどい臭いかもしれない。

 

そうしてサッパリした4人は予備のズボンを履き、上半身は何も着ずに脱衣所で水を飲んでいる。そこへ、誰かの足音が近寄ってきた。が、シャワー後の一杯に夢中な4人はそれに気づかなかった。

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

4人が何事かと振り向いてみれば、悠里とくるみとゆきが腰を抜かしていた。

 

「な、な、な、何て格好してるんだよ! というより、何でここにいるんだ!?」

 

「凄い! マッチョマン!」

 

くるみと悠里は手で顔を覆っている(でも指の隙間から見てる)し、ゆきは和良の腕に飛びついてぶら下がっている。流石ラグビー部の和良、ゆきにぶら下がられたくらいではビクともしない。ダボっとした戦闘服の上からは分かりにくいが、悠人と孝弘は野球部、和良と六郎はラグビー部で鍛えられているため、かなりがっしりしている。

 

ちなみに、男子4人は何でそんなに悲鳴を上げられるのか理由が理解出来なかった。慈にシャワー使っていいと言われたから、てっきり話は通してあるものと思っていた上に、長い男子ばかりの工業高校ライフの弊害か、上半身何も着ずに恥じらうことがなかったからだ。

 

結局、和良はしばらくゆきの遊び道具にされていたらしい。

 

ーーーーー

 

長い回想を終えた悠人は天井を見上げた。懐かしいなアレ。そんな感慨に浸っていた。あの時撃たなくてよかったと思えた。

 

「よ、よく耐えましたね……」

 

「何に?」

 

美紀が何のことを言っているのか、悠人には理解出来なかった。

 

「いや……武器とか没収って、その場で普通撃ちますよね……?」

 

「いや……だってあの時後ろにソーラーパネルあったから流れ弾当たったらヤバかったし……」

 

「そんな理由!?」

 

「それは理由の半分。あとは……俺たちゃ後から割り込んだわけだし、他にも……」

 

悠人は分解していた散弾銃を組み立て、何もないところへ向けて構えた。

 

「俺たちはこいつを実戦で使ってるわけで……あの時りーさんたちを撃ったらどうなるかが鮮明に浮かんでさ……」

 

「まあ確かにな……りーさん撃ってたらトラウマ残ったろうな……化け物撃つのは生き残るために仕方ねえって割り切れるけど、りーさんたち撃つのは割り切れそうもねえし……あんときゃありがよと分隊長!」

 

孝弘は悠人の頭を小突く。

 

「誰が分隊長だ間抜け。めぐさんの説得にも感謝しとけ。じゃなきゃ撃たないって決心決めかねたんだからな。めぐさんに今は信じて武器(工具)を、置いて、なんて言われたら抵抗の意思も失せるっての……」

 

悠人は溜息をついて眉を曲げた。もし、ここを制圧すると決めていたらどうなっていただろう? だが、コーヒーをすすって思考を断ち切った。何が正しくて何が間違っているなんて、人それぞれだ。今正しかったと思っても、それは今の状況というバイアスがかかっているから正確とはいえない。でも、俺はこれが正しいと信じてそうした。ならばその結果に満足するべきだろう。

 

「おいユート、セーフティ掛け忘れてるぞ?」

 

孝弘が横から手を伸ばして散弾銃のセーフティを掛けた。すると、悠里がビクッと震えたような気がした。悠人はいたずら半分に、悠里の耳元で囁く。

 

「……セーフティ。」

 

すると、やっぱり震えた。あの時のアレのせいでセーフティが怖くなったか? そう思うと何だか笑えてきた。くるみや美紀もその様子を見て笑っている。

 

「な、何よ!」

 

悠里に背中をポカポカ叩かれながら、悠人はニヤニヤ笑っていた。弱点みーっけ、顔にそう書いてあった。

 

「りーさんも、あの時に比べりゃ丸くなったよな。」

 

「ユートも丸くなってるわよ? 頭が。」

 

「う、うるせえ! 元々だろう! 野球部だったんだからよ!」

 

悠人は頭にタオルを巻いて坊主頭を隠した。同じく坊主の孝弘もそそくさとヘルメットを被って頭を隠していた。

 

「そういえば、私の時はどうでしたっけ?」

 

美紀がふと、そんなことをいう。

 

「ああ、ロク助が誤爆食らって吹っ飛んだ時のか〜……そういや、あれって記念すべき校外遠征班20回目の遠征だったな。」

 

悠人は悠里のヘッドロックを食らいながら答える。悠人は別にマゾヒストではないが、悠里はそんなに力がない上に、ヘッドロックされた状態だと悠里の豊満な胸が後頭部に当たるため、何だかんだ役得なのだ。

 

「そうね……あの時は……」

 

学園生活部の面々はまた回想を始めた。



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第7話 遠足

慈がいなくなってからというものの、学園生活部と校外遠征班の間にはピリピリした空気が漂っていた。いつも緩衝材になっていた慈はもういない。直接意見が対立することも増えた。信用と信頼は別物である。同じチームである以上信用はするが、信頼はそう簡単に築けるものではないのだ。

 

そんな時だった。ゆきが遠足に行こうと目を輝かせながら言い出したのは。

 

「遠足? 正気かよ?」

 

和良は冗談だろうと苦笑いを浮かべながら言う。だが、発想豊かを通り越して破天荒の域に達しているゆきは本気で言っているようだ。

 

「めぐねえに車を借りれば何とかなるよ!」

 

「といっても、めぐさんの車って何人乗りだっけ……この鍵、クーペの物みたいだけど……」

 

ゆきは慈がいなくなったというのに、まだそこにいるかのように振舞っている。これに関しては珍しく悠里と悠人の意見が合い、ゆきに合わせるということになったのだ。

 

「ああ? めぐさんの車ってあの赤いクーペか? あれ5人乗りだぞ?」

 

外で狙撃銃を構えて外を監視していた六郎がスコープで駐車場に停めてあった慈の車を見つけ、報告する。すると、悠人が和良の肩に手を乗せた。

 

「カズ、随伴歩兵って知ってるか?」

 

「マジかよ……」

 

随伴歩兵とは、戦車などの車両に徒歩でついていく兵士のことである。近くや多数の目標には弱い戦車を援護するためにいるのだが……今回は車に徒歩でついて行くという無茶振りである。

 

「じゃあめぐねえに訊いてくる〜!」

 

ゆきは生徒会室改め、学園生活部部室を飛び出して行った。

 

「……どうするよりーさん。そっちが行くなら俺らもついて行くぞ。やられて帰ってこなかった、なんてなったら後味悪いからな。」

 

「ゆきちゃん次第、とでも言っておくわ。くるみもそれでいい?」

 

「ああ、それより男子4人は徒歩で大丈夫なのか……?」

 

悠人たち校外遠征班は顔を見合わせる。車に徒歩は確かに辛い。だが、秘密兵器を校門前に用意してあるのだ。

 

「ママチャリを校門前に放置してあるから何とかなる。」

 

「放置自転車の撤去がされてなければな。」

 

悠人の提案に和良が冗談を付け加える。出発は明日。そう決まり、学園生活部は装備の用意に追われた。尚、必要物資については校外遠征班監修のもとで用意した。

 

ーーーーー

 

教室で黒板を使って作戦会議を始めた。どこから出て車を確保するか、これが初めの難所だ。

 

「昇降口から出るのはどうかしら?」

 

悠里が黒板に絵を描いて説明する。昇降口から校外遠征班とくるみが出て、奴らを制圧、車へ向かうという作戦だ。これには悠人が異議を唱えた。

 

「ダメだ。さっき偵察したが、奴らがウヨウヨいる。俺たちがロープで降下して道を確保するのは?」

 

すると、今度はくるみが異議を唱えた。

 

「車確保しても、ロープじゃゆきが降りられないだろ……そうだ、避難はしごから降りられる! 駐車場から150mの全力疾走ならいけるぞ!」

 

悠人は悠里と顔を見合わせたのち、首肯した。

 

「じゃあ、出発時には校外遠征班2名がロープ降下、避難はしごで降りたくるみに随伴して車の確保を援護する。ロク助にはベランダから狙撃で援護と監視をさせるし、残り1人はりーさんとゆきが地上に辿り着けるように援護……これでいいか?」

 

それで作戦は決まった。校外遠征班は戦力を分散させるため、自身の生存を最優先するように伝えられた。

 

翌日、作戦開始時刻。ロープ降下に抜擢されたのは和良と孝弘だ。悠人は悠里とゆきに随伴することになった。

 

「ロープチェック! カラビナよし! ハーネスよし! 降下準備よし!」

 

万一のことがないように自分でチェックするだけでなく、六郎もロープをチェックする。問題がないことがわかると、作戦開始と悠里が宣言した。

 

和良と孝弘はロープを伝って階下へ降りていき、着地寸前で止まってくるみを待つ。くるみが着地したら作戦開始だ。

 

くるみとのアイコンタクトののち、3人は同時に着地。全力疾走で車を目指す。無用な戦闘はできる限り避け、スピード最優先で目標を確保するのだ。

 

和良は少し離れて防犯ブザーを取り出すと、適当なところへと投げた。ブザーの音は3人の足音をかき消し、奴らを引き寄せた。進路の敵は少なくなった。これならいけるだろう。

 

クーペの近くに2体、ブザーに釣られなかった奴がいた。だが、孝弘が素早く片方をネイルガンで仕留め、くるみもシャベルを振り回して残りを仕留めた。あとは車に乗り込み、残りのメンバーのお迎えに行くだけだ。

 

六郎と悠人はロープで降下してはしご付近の安全を確保、そこへゆっくりゆきと悠里が降りてくる手筈になっている。既に2人が付近の安全を確保し、ゆきと悠里が降りてくる途中だった。

 

「よう、避難梯子の使い心地はいかが?」

 

「最悪、と言っておくわ。上、見なかったわよね?」

 

「見てねーよ。」

 

この時、悠人は悠里に言われて初めて気づいた。上を向けば悠里のスカートの中身見えたな。惜しいことをした。そんなくだらない事を考えていた。

 

「そう……作戦は?」

 

悠里は悠人と六郎が上を向いていない事を確認したのち、六郎に作戦の進捗状況を訊いた。

 

「上々だな。さっきくるみがクーペに乗り込んでた。カズの見たて通りクーペの鍵だったよ。あの車好きには感謝だな。」

 

そこへ、クーペが猛スピードで走ってきて昇降口前で停車した。運転手は無免許のくるみ。後部座席からは和良と孝弘が降りてきた。

 

「乗りなお嬢さん方! ピカピカの鎧の騎士がエスコートいたしますよっ!」

 

和良はそんなジョークを言いながら飛び降り、車の進路にいる敵を狙い撃ちにしていく。

 

「あら、錆びた鎧の間違いじゃないかしら?」

 

「厳しい意見をどーも。」

 

女子が車に乗り込んだのを確認した校外遠征班は全力疾走で校門を目指す。くるみはその4人をはね飛ばさないようにスピードを調整しながら校門へ向かう。

 

「チャリあーった!」

 

孝弘がまず倒れていた自転車を起こし、後の3人もそれに続く。自転車にまたがってネイルガンをカゴに突っ込むと同時に、車が校門から飛び出してきた。あれについていくだけだ。

 

「心臓破れるほど漕ぎまくれ!」

 

悠人の合図で、車に自転車でついて行くというアホな男子どものチャレンジが始まった。

 

ーーーーー

 

案外、悠人たちが自転車で随伴するというのはいい案だったのかもしれない。小回りのきく自転車で先行し、事故車で行き止まりになっていたとしても車と違って簡単に引き返せるし、4人もいるから複数に道が分かれていても、すぐに偵察して戻ってこれるのだ。

 

「ダメだ、この右の道はトラックが塞いでる。」

 

悠人はナビゲーター役の悠里に道がふさがっている旨を伝えた。他のルートを見に行っていた3人も戻り、それぞれの情報から行くべきルートを探し出す。

 

「うおお……ユート……これ辛くなってきた……」

 

「黙れタカ。野球部の坂ダッシュよりはマシだろ?」

 

「あの心臓破りの坂と比べるなよ……」

 

男子は軽口を叩きながら役目をこなす。正直、軽口を叩いてないと辛くてやってられないのだ。じゃあなぜやると言った? 答えは簡単。やれると思ったからだ。

 

その日の夜、ジャンケンで勝った六郎は車のトランクで寝ることを許された。負けた悠人は外で寝袋、後の2人は見張りだ。交代時間まで起きていなければならない。

 

なかなか眠れない悠人は持ってきたスチールの缶の側面にナイフで穴を開け、中に固形燃料を入れて即席のコンロを作った。その上に金属製のカップを置いて湯を沸かし、インスタントコーヒーでも飲もうという魂胆だ。

 

コーヒーが旨そうな香りを立てると、悠里とくるみがそれにつられてやってきた。

 

「飲むか?」

 

「少し。」

 

「あたしも。」

 

悠人はカップのコーヒーを悠里とくるみのカップに注ぎ、自分の分を淹れ直した。2人のカップはプラスチックのため、コンロで直接熱することができないのだ。

 

「へえ、こんな空き缶でもコーヒー淹れられるんだな……」

 

くるみは即席のコンロを見つめて感心していた。

 

「俺の愛読書のコンバットバイブルにあった。缶詰の美味い食べ方ってな。」

 

悠人はコーヒーを啜るが、熱すぎたのかすぐに口を離して息を吹きかけている。

 

「よく知ってるわね……」

 

「あるものは何でも活用してこそのサバイバルだよ。小腹減ったな……」

 

悠人はバックパックから熊肉フレークの缶詰を取り出すと、十徳ナイフで缶の蓋を開け始めた。蓋をめくって把手代わりにすると、即席コンロに乗せて温め始めた。

 

「もしかしてって、思ったんだよな……」

 

「何が?」

 

悠人は熊肉フレークから目を離してくるみの方を向いた。

 

「やばいのは学校の中だけで、外じゃもう救助が始まってるんじゃないか、みたいな……」

 

「そうね……私もちょっと思ってた……」

 

悠人は適当に温まった熊肉フレークを火から下ろすと、静かに首肯した。

 

「まあ、多分首都圏から救助開始だろうな。政府がどれだけ早く自衛隊や警察の派遣を決断できるかにもよるし、発砲をしようとすれば騒ぐ連中もいる……それで、ズルズル救助が遅れるなんてよくあることさ。食うか?」

 

悠人は熊肉フレークに3本爪楊枝を突き刺し、2人に勧める。悠里とくるみはそれで熊肉フレークを食べ始めた。

 

「でもさ……時々ニュースでやってるみたいに、自衛隊とか? がヘリでばばばって飛んできてさ、大丈夫かー? よく頑張ったなー、みたいな?」

 

「そういうのいいわよね……映画みたい。」

 

「今頃、どっかに要塞作って救助班の編成にかかってたりしてな……在日米軍もそれに加わってさ……」

 

悠人は何となく星空を見て呟いた。

 

「あら、最初に来たヒーローは誰だったかしら?」

 

「そのヒーローへの報酬は、シャベル攻撃と監禁かい? 武器どころか身ぐるみ剥がされるとは予想外だったがな。」

 

悠人は苦笑いしながら言ってみた。実際、ブーツの中に隠していた十徳ナイフまで見つかるとは予想外だった。

 

「それは……ごめんなさい……」

 

「仕方ねーよ。俺だってりーさんの立場ならそうしてた。重武装のヤン校生が来たらそりゃ警戒するわさ……あー、早く本物のヒーローこないかね……」

 

「あっまーい!」

 

後ろからゆきの大声が聞こえ、3人は振り向いた。トランクで寝ていた六郎も飛び起きたらしく、ゴンという鈍い音とともに静かになった。どっかに頭をぶつけたのだろう。見張りをしていた2人も何事かと全力疾走で戻ってきた。

 

「ヒーローなんて待ってるもんじゃないよ! ヒーローはなるもんだ!」

 

車の上でクラーク博士のようなポーズをとるゆきを見て、見張りに行っていた2人は額に青筋を立てた。

 

「大声出すな! どっかの誰かさん叩き起こして苦情くるぞ!」

 

怒りながらゆきを車から引きずり下ろす和良を見ながら、おっかない苦情が来そうだ、そう苦笑いを浮かべた悠人は立ち上がって装備を確認した。忙しくなるかもしれない。そう覚悟してコンロの火を消した。

 

「ヒーローには、なるものか……」

 

星空を見て、そうポツリと呟いた。

 

ーーーーー

 

「目標を確認。500m先。脅威は排除済み。」

 

悠人は車と並走して運転中の悠里にそう告げた。目的地のショッピングモールには既に悠人以外の3人が先行しており、駐車場の安全を確保していた。

 

「分かったわ。案内お願いね。」

 

悠人は車の前を走って誘導する。この遠足で多少、信頼関係が出来始めたようだ。普段どれだけ危険なところへ校外遠征班が行っているのか知った事も大きいだろう。

 

駐車場に着くと、3人が待ち構えていた。辺りには倒された奴らが転がっていた。軽く見積もって30体はいるだろう。

 

車から降りた悠里たちを校外遠征班は取り囲む。ダイヤモンドフォーメーションと呼ばれる隊形で中央の女子を守る気なのだ。自分たちは生き残る自信があるが故にである。

 

モールの入り口のガラスは割れ、辺りに破片が散乱していた。そこに、何かのチラシが落ちているのを悠里が発見し、拾った。何かのイベントをやっていたようだ。

 

「リバーシティ・トロン館内案内……今日はイベントみたいね。」

 

「イベント? お祭りみたいなの?」

 

ゆきもそのチラシに目を通す。

 

「じゃ、静かにいこうぜ。映画なら邪魔しちゃ悪いだろ?」

 

和良がニッと笑いながら言う。

 

「じゃ、怪しまれないようにそーっとね。」

 

ゆきは和良と忍び足で歩いていく。遊んでいるようだ。

 

「ええ、そーっとそーっと……」

 

「行くぞ、りーさん。」

 

「きゃっ!?」

 

悠人が悠里の肩をポンと叩くと、悠里はビクッと震えた。奴らが来たとでも勘違いしたのだろうか? 悠人は人差し指を口の前に立てて静かにするように合図する。

 

「くるみ、俺とタカと一緒に下の食料漁りに行こう。カズ、マスクをくるみに貸してやってくれ。」

 

「ほらよ。」

 

和良はくるみにマスクを渡した。木材や金属を削るときに飛び散る粉塵を吸わないようにするための特殊なマスクだ。恐らく、中は生鮮食品が腐敗して恐ろしい臭いを発しているだろう。マスクがなければ地獄である。

 

「俺らはりーさんと上に行く。CDショップで合流だ。」

 

和良はそういうついでにゴーグルをくるみに渡す。悠人と孝弘はコスプレ用に買ったガスマスクを装着していた。自作のフィルターが入っている。

 

「よし。また後で。」

 

悠人はそういうと、先頭に立って食品売り場を目指した。



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第8話 生存者

悠人たちはCDショップの半開きになっているシャッターの下から店内に滑り込んだ。悠人と孝弘のバックパックはかなり膨れている。

 

「どうだった?」

 

悠里は3人のカバンの膨れ具合から上手くいったと分かったようで、少しだけ笑みを浮かべている。

 

「最悪な臭いだった。ガスマスクなきゃ入れないぞ……」

 

悠人は今にも吐きそうといった表情をしていた。なんせ、生鮮食品が軒並み腐敗しているのだ。酷すぎる臭いで、孝弘は途中で一度吐いている。くるみもマスクがあるとはいえ完全に臭いをシャットアウトできたわけではないらしく、凄く具合が悪そうだった。

 

「ん? おいゆき、その犬どうしたんだ?」

 

くるみがゆきの足元にお座りしている犬を指差す。子犬だろうか、まだ小さい。毛の色からして柴犬だろう。

 

「あれ? いつの間に来たんだろう?」

 

ゆきはそう言いつつ、犬を抱き上げる。首輪にタグが付けられており、それ見た悠人たちはなんだか微妙な気分になった。自分たちもミリタリーショップで作ってもらったドックタグを首から下げているので、俺たちはあいつと同じか? と苦笑いを浮かべた。

 

「名前が書いてあるよー! ええと、太郎丸だって!」

 

「飼い主はどうしたのかしら……?」

 

悠人たち4人には大体の想像がついたが、ここは黙っておくことにした。きっと悠里にも分かっているだろう。

 

そんな事を考えている間にも、ゆきは太郎丸に懐かれたようだ。ほんわかオーラに当てられたのだろうか?

 

結局、置いていこうとしても太郎丸はついて来た。2階の本屋にまでついて来た時に学園生活部で太郎丸を飼おうと悠里が切り出したため、悠人たち4人は悠里が珍しく折れた、こりゃ帰りに何か待ち構えてるなと顔を見合わせ、無言で覚悟を決めた。土砂降りの中徒歩での随伴になるかもしれない。

 

本屋ではしばらく書籍集めをすることになった。悠人はゆきとともに悠里に連れられて参考書コーナーを物色する。

 

「んでもってりーさん、ゆきゆきに勉強させるためにこのコーナーに来たのはわかるが、なんで俺まで巻き添え? 教えてプリーズ?」

 

すると、悠里は分厚い数学の参考書を持ったまま笑顔で振り向き、悠人に一言死刑宣告をした。

 

「もちろん、校外遠征班4人に勉強させるためよ? 北高とうちじゃ学習カリキュラムが違うのだから、転校生はそれに合わせないと大変よ?」

 

「ユートくんも私と補習?」

 

「おい待て補習とか勘弁してくれ!」

 

イジメだ、拷問だ。悠人は泣きそうだった。建築入門の本を漁ろうと思ったらこのザマである。この学校に来て間違いだったかもしれない、身の丈に合わない学校には行くものじゃないと悠人は心の底から思った。

 

そんな死刑宣告がされていたとは知らない六郎はこっそり成年雑誌をバックパックに隠していた。それを孝弘が見つけたものだからさあ大変。

 

「おいなにやってるんだロク助?」

 

「タカ坊、黙っていてくれ……俺も男だ……エロに飢えているんだ……」

 

「いやよ、その気持ちはわかる。俺も見せてもらいたい。だけどよ、それをもし女子に見られたらどうなると思う?」

 

「……地獄?」

 

「そうだ、欲望に負けて地獄を見るわけには……」

 

「だが断る!」

 

残念ながらこの話はくるみ経由で悠里に伝わってしまい、1日1時間で済むはずだった補習を2時間に増やされる羽目になった。

 

ーーーーー

 

3階へと登る階段、悠里は赤い顔で怒りながら歩いていた。その前方を歩く校外遠征班はもちろん小声で言い合いをしている。

 

「このバカが。何てことしてくれたんだよ。おかげで建築入門ゲット出来ずじまいじゃねえかタコ助。」

 

「やるならなんで参考書のカバーかけとくとか偽装工作しなかったんだよ間抜け。」

 

「タカ坊にだけは言われたくねえよ。お前読ませろって言ったじゃねえか。」

 

そんな六郎に対し、孝弘は鼻で笑った。

 

「お前18の誕生日過ぎたか?」

 

「……まだだ。」

 

「つまり、そういうことっ!?」

 

後ろから2人のヘルメットに分厚い参考書が直撃した。悠里の攻撃だ。

 

「20歳になってから!」

 

悠人は深くため息をついた。なんでこいつらとチームになったんだっけ?そんなことすら疑問に思ってしまった。

 

3階に辿り着くと、とりあえずその辺の店を見て回ることになった。すると、雑貨屋でゆきがとあるものを見つけた。防犯ブザーだ。悠人たちも持ってはいたが、使い切ってしまった。補給しておいた方がいいだろう。そう思って適当なのを選ぶことにした。

 

なんだかゆきがジャラジャラと防犯ブザーをカバンにくっ付けているが、校外遠征班4人は気にせず手頃なのをグレネードポーチやポケットなど、入れられそうな場所に仕舞った。

 

「ゆきちゃん、ここでは絶対鳴らさないでね? 警備員さん飛んでくるわよ?」

 

「はい!」

 

孝弘は苦笑いを浮かべると、くるみにちょっと冗談を言うことにした。

 

「どんだけおっかない警備員来るんだろうな。」

 

「あたしがやったゲームだと、警備員の格好した3mくらいの大男がボスとして現れたな……」

 

「そんなのに来られてたまるかよ。ゲームのキャラじゃないんだから、その辺の救急箱で体力回復とか出来ねえぞ?」

 

「じゃ、やられないように気をつけろよ♪」

 

くるみはそう言って孝弘の肩をポンと叩く。冗談であってくれと孝弘は心の底から願った。

 

その隣の服屋は女物の店で、校外遠征班が着られるようなものはないはず……なのだが、なぜか女子3人によって女装をさせられていた。

 

「お、おい……なんなんだよまったく……股がメチャクチャスースーするんだけど……?」

 

悠人はスカートの前を押さえて赤面しながら試着室を出た。坊主頭にはウイッグまで被せられている。女子3人は案外似合ってるだのそのまま過ごせその他色々なコメントをするが、悠人にとっては拷問だった。嗚呼、女子3人がこんな感じの服を着るとかなり可愛い(女子は既に思い思いの服を試着している)のに、なんで野郎がこんなことをしているんだろうか? 悠人はなんだか悲しくなった。

 

隣の試着室からは物凄い音がした。恐らく、孝弘が慣れないハイヒールですっ転んだのだろう。動きがないところを見ると、気絶しているのかもしれない。

 

「見よ! この解放感!」

 

そう言って試着室を出てきたのはビキニ姿でセクシーポーズをとる六郎だった。女子は目を背けて早く着替えろ、目が腐ると酷評していた。悠人も正直見ていられなかった。気持ち悪い。

 

「早く着替えろタコ助!」

 

悠人はその辺にあった革ベルトを握って六郎に鉄拳制裁を加えた。何故その服装にしたのか。悠里に渡されたのがあっただろう! もちろん、補習がさらに1時間伸びたのは言わずもがな。

 

最後に和良は……残念ながらサイズが合わなかったようだ。北高のラガーマンの体型に女物の服は合わなかったらしい。

 

ちなみに、ハイヒールを脱いで出てきた孝弘は案外似合っていた。出てくる前にヒゲをちゃんと剃ってツルツルの肌におくべきだったかもしれない。少し伸びているのは減点対象だ。

 

ーーーーー

 

そして、最後に5階にやってきた。生存者がいるならここしかない。孝弘とくるみが先行して偵察する。すると、廊下に段ボールが積まれていた。バリケードだろう。

 

「状況。」

 

偵察を終えて戻ってきた孝弘に対し、悠人は一言そう言った。

 

「段ボールでバリケードが張られてた。誰かいるかも。」

 

「りーさん、偵察の許可を。」

 

「頼むわ。」

 

「タカ、俺と来い。」

 

「分かった。」

 

この間、30秒も掛かっていない。悠人と孝弘は中に何か詰められているのか、何故か潰れない段ボールをよじ登って反対側へ行く。すると、そこへ広がっていたのは地獄絵図だった。奴らが一斉にこっちを向いたのだ。

 

「ユート、状況!」

 

バリケードの向こうから和良の声が聞こえてきた。

 

「退却!」

 

悠人はそう叫んで孝弘と向き合い、その次にバリケードに視線を向けた。それで何をするか理解した孝弘は悠人と歩調を合わせて走り、バリケードに体当たりする。男2人に体当たりされたバリケードは崩れ、2人は勢い余って階段から踊り場へ落下した。残りのメンバーは4階に退避していたため、巻き込まれずに済んだ。

 

「逃げろ!来るぞ!」

 

悠人と孝弘はあちこち痛む身体を起こして下へ降りる。ちょうど、上から奴らが階段を転げ落ちてくるところだった。階段を降りるのは苦手なのだろうか? そんなことはどうでもいい。悠人はグレネードポーチから防犯ブザーを取り出すと、逃げる方向と逆の方向に投げた。奴らはそれに引き寄せられていく。

 

悠里もライトスティックを投げて奴らが寄ってこないようにする。もう必死だった。

 

ーーーーー

 

3階のベンチまでくると、追っ手は来なかった。防犯ブザーにつられて行ってしまったのかもしれない。

 

あたりを校外遠征班とくるみが哨戒する。ゆきが熱を出してしまい、悠里が看護しているのだ。

 

敵がいないことでつかの間の平穏が訪れる。校外遠征班はその場にしゃがみこんでヘルメットを外す。疲労が蓄積しているようだ。

 

「どうも来るのが遅すぎたみたいだな。」

 

くるみがふと呟く。

 

「5階?」

 

悠里が訊く。訊くまでもないことではあるが。

 

「うん。あたしたちみたいに避難して大勢暮らしてたんだろ。それが……」

 

「誰か1人がやられてたんだろう。それで、他の仲間に見放されるのが怖くて、放り出されるのが怖くて黙ってたのかもな……それで、ひとたまりもなかったんだろう……」

 

悠人が呟く。悠里はそれに対して目を背けた。学園生活部で同じことが起こったら、そんなことを考えたのだろう。そう感じ取った悠人はフッと笑った。

 

「安心しろ。俺たちには規則がある。校外遠征班第1条。敵の攻撃を受けて負傷し、味方に脅威となる可能性がある場合はバリケードを越えて陣地内に入ってはならない。可能であればその場で処分すべし……」

 

悠里とくるみは驚異の目で悠人たちを見た。4人とも、決意を秘めた目をしていた。

 

「めぐさんから、俺たち宛へ手紙が残されてた。私に何かあったらみんなを守って欲しいって。俺たちを利用する形になってすまないってさ……涙の跡が残ってたよ。」

 

4人はボディアーマーの中にその手紙を入れている。お守り代わりなのだ。

 

「だからさ、めぐさんがりーさんたち守りたいからって頼んでくれたんだから、無下にはしたくない。もし、俺たちの誰かが規則を破ったら……その時は任せる。」

 

悠人は大腿部につけていたホルスターとその中身を悠里に手渡した。鉄アレイのようにズシッと重いものの正体は、校外遠征の最中に入手した警察官の拳銃だった。

 

「5発入ってる。無駄にするなよ。」

 

悠人はそう言うと壁に寄りかかって寝始めた。悠里は他の3人にもそれでいいのか訊こうとしたが、悠人と同じように寝始めてしまったので訊けずじまいだった。

 

ーーーーー

 

結局、生存者は見つからなかった。一行は一階に戻り、さあ帰ろう。そう考えていた。だが、ゆきによって止められることとなった。

 

「ね、今なにか聞こえなかった?」

 

「敵襲?」

 

悠人たちは咄嗟に女子を取り囲んで方陣を敷く。ここでまたやり合うのかよ? 正直ウンザリしていた。

 

「……ほら! 声がした!」

 

「警備員が騒いでるだけだろ?」

 

「ゆき、声はどっちだ?」

 

和良はゆきを疑わず、声の方向を訊く。すると、ゆきは和良の袖をつかんで走り出した。他の男子3人もゆきについて行く。

 

「おい、ちょっと待てよ!」

 

「ゆきちゃん! ユートくん!」

 

くるみと悠里も慌てて追いかける。悠人が走りながら耳を澄ませると、奴らのうめき声に混じって女性の悲鳴のような、耳にキーンとくる声が聞こえた気がした。苦手な声だから聞き間違えはしない。

 

「いた! あそこ!」

 

ゆきの指差す場所はエスカレーター近くのピアノだ。その上に女子高生がいて、周りを奴らが取り囲んでいた。追い詰められて上の階かエスカレーターからピアノに飛び降りたのだろう。奴らは上り下りが苦手だから、少なくとも登ってこられることはないはずだ。

 

「大丈夫か!?」

 

和良はそう叫びながら奴らへ釘を打ち込む。すると、その女子高生はヨロヨロと立ち上がり始めた。

 

「そこでしゃがんでろ! 今行く!」

 

すると、和良は即席爆薬を小型ボンベ1本にくっつけた即席爆弾を取り出した。

 

「ユート! 爆弾で一掃する! あいつ巻き込まない自信あるから!」

 

「やれ! 奴らが多いから今は火力が欲しい!」

 

和良は導火線に火をつけて転がすようにして奴らの群れへ投げた。爆発しても、奴らが密集しているから女子高生へ誤爆することはない。だが、予想外なことに六郎が救助対象へ走って行った。

 

「馬鹿野郎! 戻れ!」

 

「うおおおお!」

 

六郎の雄叫びに気づいた敵2体のうち片方は釘を頭に食らって倒れ、もう1体は六郎の左腕に噛み付いた。歯は服を破り、腕に巻いていたアルミ板に防がれる。六郎はそれをいいことに右手で胸ぐらを掴んで思い切り投げとばし、頭から床に叩きつけて正面を向き直る。ちょうどその時だ。即席爆弾が炸裂したのは。

 

ガス爆発の爆風が奴らを吹き飛ばし、破片が飛び散る。和良の読み通り、奴らが肉の盾になって女子高生は無傷だ。だが、六郎は爆発を真正面からもろに食らって後ろへ吹き飛ばされた。フルフェイスヘルメットのバイザーには無数の破片が突き刺さり、ボディアーマーも破片が布を貫通し、中に入れていたアルミ板に破片が突き刺さっていた。

 

だが、六郎はすぐに立ち上がってバイザーをもぎ取るともう一度突撃した。

 

「ユート! 今度は助けられるんだぞ!」

 

悠人だけでなく、和良と孝弘の脳裏にもあの雨の日、必死の応戦も甲斐なく慈がやられた悲痛な思い出が蘇っていた。

 

ちょうどその時だ。また女子高生がまた立ち上がったのは。今度は足を滑らせてピアノから落下してしまった。

 

「早くしないと!」

 

ゆきも同じことを思い返したのかもしれない。くるみを振り切ってその女子高生へ走り寄っていく。

 

「なろっ!」

 

くるみはシャベルを構えて走り出す。悠人も覚悟を決めた。

 

「男は度胸なんだろ! 突撃前へ!」

 

悠人たちもナイフをくっつけたネイルガンを構えて突撃する。足が震え、涙が出そうで、今にも失禁しそうだった。普段は可能な限り戦闘を避け、やるにしても塀の上とか必ず勝てる場所に陣取っていたから、こうして突撃するのが怖くてたまらないのだ。

 

それでも、後悔はしたくない。逃げればきっと死なずに済む。だけど、心は死なないと誰が保障してくれるのだろうか? どうせ生きるなら、太く短く生きよう。ヒーローにはなるものだ、そうだろう?

 

悠人は走りながら自分にそう言い聞かせていた。我に返った時は既に一体目をナイフの餌食にしているところだった。

 

「急いで耳塞いで!」

 

悠里が叫ぶ声も聞こえない。生き残るために必死になっている。次の瞬間、けたたましい警報音があたりに響いた。ゆきがカバンにジャラジャラつけていた防犯ブザーのピンを悠里が全部引っこ抜いたのだ。奴らはあれに引き寄せられるどころか、悶え苦しんでいる。チャンスだった。

 

校外遠征班4人は射撃の時に使うために持っていた耳栓をすると、手当たり次第に奴らを撃ち、刺した。そこにくるみも加わって手当たり次第に敵をなぎ倒していく。呼吸は荒く、視界がぼやけ始める。悠人がその場に膝をついた時、すべては終わっていた。

 

女子高生へ、ゆきが覆いかぶさるように抱きついている。2人の体が呼吸に合わせて動いているのを見た時、悠人たちの目からは涙が溢れ出していた。達成感からか、我慢していた恐怖心のせいか、他の理由かは分からなかった。

 

ーーーーー

 

回想を終えた悠人はお茶を一気飲みした。思い出しただけでも怖くてたまらない。

 

「あの時は本当にビックリしたなぁ……」

 

美紀は六郎の顔を見ながら苦笑いを浮かべる。六郎の左ほほに縦に入っている大きな傷跡は、あの時バイザーを貫通した金属片によってついた傷跡だからだ。フェイスペイントしても隠せないため、諦めてさらけ出しているらしい。

 

「確かに、あの時はロク助が男を見せたよな。」

 

悠人はそう言ってケラケラ笑うと、チョコの包み紙を破り、中身のホワイトチョコレートを悠里の口に入れてみた。悠里は抵抗するわけでもなく、それを食べる。悠人はそれを見て公園の池の鯉を思い出していた。

 

「ところで、その……そういう本の罰として与えられた補習ってまだやってるんですか?」

 

校外遠征班は一斉に動きを止めた。まだやっているのか、美紀はそう悟った。そして、卒業アルバムの1ページとしてあの時のゆきと六郎のイラストを描き始めた。

 

「正直、みーくん来てからがなんだかんだ大変じゃなかったか?」

 

くるみが言う。美紀は申し訳なさそうに縮こまり、悠人たちは苦笑いを浮かべた。

 

「俺らほどでもなくね?」

 

「そうでもないわよ。ユートくんたちはゆきについての事は疑問も挟まずに承諾したじゃない。」

 

「まあそうだけどよ……」

 

悠人はイラストを描く手を止めてあの時のことを思い返し始めた。まだ午前。校外遠征に出るのは午後からだから、これを回想するくらいの時間はあるだろう。



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第9話 新入部員

あの遠足の後、校外遠征班4人は死んだように眠りこけていた。和良と六郎は寝床で寝ているのだが、悠人と孝弘は部室の床に倒れてそのまま眠っていたので、悠里とくるみとゆきは起こすべきかどうかかなり迷っていた。寝床へ行けば暖かい布団があるのに、この2人は硬くて冷たい床の方が好きなのだろうかと疑問が湧いていた。

 

「ほら起きろよ。風邪引くぞ?」

 

くるみがシャベルで孝弘のヘルメットをコツコツと叩く。孝弘は身じろぎすると、薄っすらと目を開けた。

 

「うが……起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる……」

 

「なら布団で寝ろよ。寝違えるぞー?」

 

「それは困る……」

 

孝弘は体を起こしてヘルメットを外す。そして、ノロノロと寝床へ向かっていった。

 

「ほら、ユートくんも起きて……」

 

「んー、地雷原を歩かせるのは勘弁してくれ……」

 

「そんな事しないから寝床で寝て……」

 

悠里は悠人を揺すって起こそうとするが、悠人はかなり寝ぼけているようだ。すると、何かを閃いたくるみが悠人の耳元で一言囁いた。

 

「ここでアクセル全開!」

 

「インド人を右に!」

 

悠人はそう叫んで飛び起きた。とある雑誌の手書き原稿において、ハンドルを右にと書いたはずがどう間違ったのかインド人を右にという誤植がされたネタである。

 

「おう、おはよう。」

 

「ああ……って、どのくらい寝てた?」

 

「ざっと2時間程度だな。寝るなら寝床で寝てくれ。りーさんが困ってる。」

 

「いや、起きる……」

 

悠人はフラフラと立ち上がる。装備が重いのか、ベストもヘルメットも外してその辺に置き、机に突っ伏した。

 

「また寝るんじゃない……そんなに疲れたの?」

 

少しだけ悠人を尊敬し始めた悠里は悠人の後ろに回って弱めの力で肩を揉む。そのくすぐったさに悠人は身悶えして、今度こそ目が覚めた。

 

「りーさん、くすぐったいって……」

 

「あらあら、目が覚めるからちょうどいいんじゃない?」

 

「お前ら……イチャつくなら他所でやってくれよ……」

 

くるみは苦笑いを浮かべつつその様子を眺める。当の悠人は頬をムニムニと引っ張られながらも楽しそうにしている。

 

その頃、やっと起きた六郎は装備を整えて廊下をぶらついていた。米軍の最新装備(レプリカ)にバイザーのなくなって塗装も禿げたフルフェイスヘルメット、そして顔の左半分を覆う包帯と、不気味な格好だ。

 

ふと、ドアの空いていた教室へ視線が向く。そこへ、普段見ない人影があり、六郎は警戒を強めた。

 

「おい、そこで何やってやがる?」

 

ネイルガンを構え、そう言うと相手は両手を挙げた。よく見れば、あのデパートで救出した女子だった。

 

「なんだ……驚ろかしやがって……もう起きて大丈夫なのか?」

 

「ええ……あなたこそ、大丈夫なんですか?」

 

「まあな。奴らに噛まれたけど、アルミ板腕に巻いてたから怪我してないし。」

 

六郎は袖をまくって腕に巻かれたアルミ板を見せる。表面は傷だらけだが、その下へ奴らの歯を通したことはない。

 

「そうですか……」

 

「まあ、目が覚めたならりーさんたちに報告すっか……ついて来てくれ。」

 

六郎はその女子を連れて部室へと向かった。

 

ーーーーー

 

部室で救出した女子、直樹美紀と悠里、くるみ、悠人と六郎は話をしていた。男子はこの時初めて美紀の名前を知った。悠里たちは車の中で彼女の生徒手帳を見ていたため、名前を知っていたが、男子は必死に自転車を漕いでいたため、読んでいなかったのだ。(帰還後もすぐ寝てしまっていた)

 

「さっきは悪かったな、不審者かと思ってついつい身構えちまってさ……」

 

六郎は苦笑いを浮かべながら謝罪する。やっちまったと内心思っていた。

 

「別に気にしていません。当然の心配だと思います……ところで、あなたは軍人か何かですか?」

 

美紀は六郎と悠人のいでたちを見て訊く。確かに、六郎は最新の米陸軍の装備、悠人はイラク戦争の時の米陸軍装備に身を包んでいるため、軍人にも見えなくはない。(ちなみに孝弘は自衛隊、和良はロシア軍装備)

 

「残念だな、軍装趣味の元工業高校生だ。」

 

悠人は苦笑いを浮かべつつ言う。とはいえ、軍装とは基本的に機能性の高いため、使い勝手がいいのだ。さらには耐久性もいい。

 

「北高……ですか?」

 

「まーな。北高の中ではまともな部類だよ。ヤンキーどもから何度カツアゲされかけて、何度返り討ちにしたことやら……」

 

「まあ、何にせよ目が覚めてよかった。」

 

くるみがスタンドライトをつけると、美紀は悠人たちの軍装からライトに視線を移した。

 

「電気、来ているんですね……」

 

「屋上に太陽電池があるからな。そこの軍人もどきのロクが保守点検してるんだ。」

 

くるみの紹介を受けた六郎は片手を挙げる。電気科で真面目に授業受けててよかった、そう思ったことは何度あったことやら。

 

「温水シャワーもあるのよ。」

 

悠里の一言に美紀が反応した。ずっとシャワーを浴びれない生活で身体中汚れて汗臭いはずである。きっとシャワーを浴びてさっぱりしたいだろう。

 

「残念なことに、曇り続きで充電できてないから温水シャワー浴びれるのは明日以降だな。俺たちみたいに冷水シャワーでいいなら話は別だが。」

 

悠人はそう言うと六郎と顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。汗臭いし気持ち悪いと言って冷水シャワーを浴びたことは何度あっただろうかと思うと、自分たちのアホさ加減に苦笑いを浮かべるしかないのだ。

 

「冷水シャワーは遠慮しておきます……」

 

「そっちは大変だっただろ?」

 

くるみが美紀に訊く。

 

「なんとか……なりました。」

 

「そっか……」

 

「私たちはあの日、屋上にいてそれで助かったの。」

 

悠里はあの日のことを思い返す。

 

「上の階ほど安全ですものね。」

 

「まあ、色々あったけどな……屋上に孤立していたところへそこの軍人もどきが来てそこから一悶着あってさ……」

 

くるみが悠人へ視線を向けると、悠人は困ったような表情を浮かべて肩をすくめた。

 

「もう言うな。みんな必死な時期だったんだからよ。まあ、危ねえ北高と東高のヤンキーは根こそぎにしたから暫くは安全と言っていいだろうな。」

 

「根こそぎって……何があったんですか?」

 

「……トップシークレット。」

 

悠人は棚に置かれている壊れた零戦とフォッケウルフのプラモデルに目をやる。あの日の、痛い思い出だ。

 

「そういえばユートくん、風邪薬とかって回収したかしら?」

 

悠人はモールで回収した物資のリストを取り出して風邪薬の類がないか探す。リストによれば、熱を出したゆきの治療で少し使ってしまっていた。

 

「少し使っちまってる。薬局近いし回収してくるか?」

 

「でも、疲れてるんじゃないの?」

 

「まあ、多少寝たから動ける。」

 

悠人は他のメンバーに合図をして、出撃準備を整えさせた。これからまた校外遠征へと赴くのだ。

 

準備は数分で整った。面倒だからという理由でベランダからロープで降下しようとする校外遠征班に美紀が声をかけた。

 

「どこへ行くんですか?」

 

「薬局だ。今回は近場への遠征だよ。俺たちはこうやって、あちこちで生活に必要な物資を回収してくるのが役目だからな。ロク助、タカ坊、援護頼むぞ。」

 

悠人がそう言うと、孝弘と六郎はサムズアップして見せる。そして、ベランダから身を乗り出して下方へ散弾銃や狙撃銃を向けた。悠人と和良は降下中は無防備なため、2人が守るのだ。

 

悠人と和良はスイスイとロープで校庭へ降り立ち、六郎も孝弘に合図する。合図を見た2人もロープで降下し、ネイルガンに持ち替えた。

 

あり得ない、ベランダから見ていた美紀はそう思ったのだろうか、微妙な表情を浮かべていた。悠里はそんな美紀に後ろから声をかける。

 

「自分から買って出た役目とはいえ、彼らには負担を敷いちゃってるわ。最初は北高生だっていうから警戒してたけど、すごく役立つことを色々知ってるの。」

 

そんな悠里の手には悠人の愛読書であるコンバットバイブルが握られていた。

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

「あら、ユートくんたちが危ない人なら、私はこんなにのんびりしてるかしら?」

 

美紀は何も言い返せなかった。

 

ーーーーー

 

悠人たちは塀に登って薬局を目指していた。校外遠征班の役目は戦うことではなく、生きて物資を持ち帰ることである。だから、可能な限り戦闘は避けるのだ。

 

「この先曲がり角。一旦塀を降りるから気をつけろよ。」

 

悠人が注意を呼びかけると、3人はそれぞれ塀の下に敵がいないかを警戒する。1人の移動中を3人でカバーして、できるだけやられないようにするという考えなのだ。

 

「行けるぞ。」

 

悠人が後方を振り向いて言う。すると、孝弘が縦に頷いた。

 

「やれ。」

 

悠人は塀から飛び降り、着地と同時に前転して衝撃を和らげる。その場にしゃがんでネイルガンを構え、周囲を警戒する。敵影なしと判断すると、ヘルメットを拳で2回叩き、合図する。それを見た孝弘たちも悠人と同じように飛び降りる。

 

「行くぞ、50m。全力疾走用意。」

 

「いいぞ、行ける。」

 

和良がそういってサムズアップしたのを確認すると、悠人は走り出す。それに続いて3人も全力疾走して薬局までの50mを死ぬ気で走る。捕まれば終わりだ。幸い、奴はの足は遅く、悠人たちに追いつくことはできない。

 

薬局にたどり着くと、悠人たちは一度腰を下ろして一息つく。以前来た時に有刺鉄線を入り口に設置していたので、中に奴らはいないはずである。

 

「ああクソ……タマ打った……」

 

孝弘は股間を抑えて悶絶している。悠人は息を切らしながらも笑うと、弾帯に引っ掛けてあった水筒を手にとって中身を少し飲んだ。

 

「早くブツを回収しようぜ……」

 

六郎はよいしょと言いながら立ち上がると、医薬品コーナーへ向かった。悠人たちも働きたくないとゴネる足を叱咤しながら立ち上がり、物資の回収を始めた。

 

ーーーーー

 

帰還した悠人が勢いよく部室のドアを開けると、悠里と美紀とくるみが一斉に悠人に視線を向けた。肩で息をしている悠人は片手を軽くあげると、テーブルの上に戦利品を出した。残りの3人も同じようにバックパックをひっくり返して無造作に戦利品を出していく。

 

「これだけありゃ足りるか?」

 

「そうね、当面のところは問題なさそう。ありがとう。」

 

「これが役目だからな……シャワー浴びて着替えてくる。汗掻いた。」

 

すると、そこへゆきと太郎丸が飛び込んできた。太郎丸はなぜか六郎に飛びつき、吠えまくった。

 

「なんなんだよこのワン公!?」

 

「おめー、臭えんじゃないのか? 犬くせー。」

 

和良は六郎の肩を肘でつついて茶化す。悠人と孝弘はというと、今度はゆきがどんな思いつきをしたのか気になっていた。

 

「体育祭をやろう!」

 

いつも生死の境目で運動してますけどね、と悠人は心の中で思いつつも、賛同することにした。美紀と悠里の間に何やらピリピリした空気が流れている。それを打破するには丁度いいだろう。

 

「あー、いい知らせだ。この間体育館を掃除したから使えるぞ。バスケもドッジもフットサルもやり放題だ。」

 

悠人はあれは物騒な掃除だったと思い返しながら報告する。一応、渡り廊下には有刺鉄線を張ってきたから奴らに怯えることなく体育館へ行けるだろう。

 

「決まり! 早く準備しよう!」

 

その前にシャワーを浴びさせてくれと悠人は心の底から思った。



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第10話 体育祭

原作とは大幅に競技種目を変更しております。

なんだかんだ、おふざけしてるところとシリアスとでAパートBパートに分かれてるような感じだなぁ……


3日ほどかけてポスター作りや会場設営を行い、いよいよ体育祭を決行することとなった。ボールも用意したし、床にテープを貼ってラインも作った。なんの競技でもできる。

 

最初の競技はゆきの提案でリレーになった。尚、チーム分けとしては悠里チームに悠人、六郎、くるみが入り、ゆきチームに美紀、孝弘、和良が入った。

 

第一走者は六郎と和良だ。スタートラインで2人は手首足首を回して準備している。

 

「ロク!負けるなよ!」

 

「タカくん! 頑張ってー!」

 

くるみとゆきの声援に2人は手を振って応える。そして、スタートの合図はジャンケンでゆきと決まり、ゆきがスタートラインの脇に立って横に手を伸ばした。

 

「よーい……どん!」

 

ゆきが手を振り上げると同時に六郎と和良が全力疾走する。いつも重い装甲引っさげて走っている2人は、今日に限っては身軽なため、足が速い。そして、ガタイのいい2人が全力疾走する姿は猪のようにも見えた。それか、坂道を猛スピードで転がり落ちる肉団子だろうか。ここまでは互角である。

 

第2走者はくるみと美紀だ。陸上部のくるみはバトンを受け取るなり素早いスタートダッシュを決め、美紀と差をつける。シャベルを背負っていても引けは取らない。だが、美紀も粘る。遅れを3m以内に抑えようと必死に走っている。

 

「おらーくるみ!早く!」

 

「負けんなみーくん!」

 

第3走者の悠人と孝弘は既にリレーゾーンでスタートダッシュの構えを取っている。お互い、負ける気はない。

 

先に悠人がくるみからバトンを受け取って走り出す。遅れて孝弘がスタートすると、ぐんぐん間が縮んでいく。ピッチャーをやっていた悠人より、ショートをやっていた孝弘の方が足が速い。ポジションの問題かはさておき、走力であれば孝弘が悠人を大きく上回っているのだ。

 

くるみのつけた差がこの区間で逆転してしまう。悠人がぐんぐん引き離されたところでアンカーへバトンタッチとなった。

 

前を走るゆきを悠里が追いかける。2人ともそんなに運動が得意な方ではないが、出せる力を全力で出しているのが見て取れた。

 

最終コーナーを回る頃には間がかなり縮んでいた。逆転の可能性に、倒れて呼吸を整えていた悠人が飛び起きる。

 

そして、ゴールに2人がほぼ同時に滑り込み、リレーは引き分けとなった。止まりきれなかった悠里が座っていた悠人に飛びついてしまうというハプニングも発生したが。

 

第2種目はフリースローだ。それぞれのチームが交互に投げてシュートの多い方が勝ち、という単純なルールだ。

 

最初にゆきが気合を入れてボールを投げるが、ボールはリングに激突し、ゆきに跳ね返ってきた。あわやゆきに直撃かと思われたが、咄嗟に飛び出した和良がヘディングでボールを吹き飛ばし、和良の脳細胞という尊い犠牲のおかげでゆきは怪我せずに済んだ。

 

「危なかった……」

 

「カズくん大丈夫? 7×5わかる?」

 

「36だろ?」

 

思い切り間違った答えを聞いた悠人は担架を用意すべきか本気で迷った。間違って覚えたのだろうか? 否、化学工業科なら化学式とかで掛け算じみたものは使うはずである。こいつが間違うわけはない。間違いなく頭がイカれたのだろう。

 

「りーさん、カズがイカれた。担架どこ?」

 

すると、悠里は真剣に悩む悠人に対し、苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「カズくんがイカれているのは前からじゃないかしら?」

 

「それもそうか。この擲弾兵は元からイカれてたな。」

 

「即答すんな馬鹿野郎!」

 

自作爆弾をポンポン投げる和良がイカれているなんて、周知の事実だったと悠人は認識を改め直した。

 

その後、悠里は力不足でゴールまでボールが届かず、美紀とくるみが双方シュートに成功、六郎と和良は力を入れすぎたのか、ボードに当たったボールはリングを超えて外に落ちてしまった。

 

そして最後、まずは孝弘の番である。

 

「タカくーん!頑張れー!」

 

ゆきは飛び跳ねながら孝弘を応援する。孝弘はボールの弾道を思い浮かべながら慎重にシュートを打つ。ボードに当たったボールは勢いを失って落下し、リングにすっぽり収まった。

 

「このくらい余裕だっ!」

 

「ナイスシュートです。」

 

「どーも。」

 

孝弘は美紀とハイタッチするとコートから下がる。次は悠人の番だ。

 

「おらーユート! ピッチャーがミスったら恥ずかしいぞ!」

 

「やっちまえユート!」

 

「ユートくん、頑張って!」

 

六郎、くるみ、悠里の応援すらも耳に入らないくらい悠人は集中していた。落ち着け、冷静に弾道を見りゃいい、悠人は自分に言い聞かせてシュートを打つ。

 

だが、少し上すぎた。ボードに当たったボールはリングにかすることなく落下してしまった。体育くらいでしかやった事がない上に、野球とは投げ方が違うため、悠人はバスケのシュートを苦手としていたのだ。もちろん、決戦で外した悠人はその場にへたり込んでしまった。

 

「お疲れ様、ユートくん。」

 

悠里は項垂れるユートの頭にタオルをかける。緊張からか滝のように汗を吹き出していたのだ。シャツも一部が汗を吸って変色していた。

 

「悪い……」

 

「いいわよ。次で巻き返すわよ?」

 

その後、バレーやらバトミントン、さらには校外遠征班がボウリング場で入手したピンとボールでボウリングまでやった。

 

そして、楽しいひと時も終わってしまい、悠人は和良、くるみ、悠里、美紀と片付けをしていた。残りのメンバーは先にシャワーを浴びに行っている。

 

「あー、楽しかったー!」

 

「うるせえぞタカ。少し静かに片付けらんねーのかよ?」

 

「でも、楽しかったわよ?」

 

悠里は楽しそうに笑っている。運動はストレス解消に効果的である。

 

「ああ、またやろうぜ!」

 

「フリースローは勘弁な。」

 

くるみに対して悠人は苦笑いを浮かべつつ答える。そのついでに、近くにあったテニスボールを手にとって太郎丸に見せると、遠くへ投げた。太郎丸は吠えながらボールを追いかけて体育館の端から端へと走っていく。

 

「少しは慣れた?」

 

太郎丸と遊んでいる悠人の横で、悠里が美紀に声をかける。

 

「そうですね……慣れたかもしれません。」

 

「な、面白いやつだろ?」

 

くるみはそう言うと美紀へテニスボールを下手投げする。

 

「何がですか?」

 

美紀はそれをキャッチしつつ、くるみに問い返す。悠人と孝弘は片付けを終えて散弾銃のメンテナンスを始めていた。

 

「いや、ゆき。変なことばっか言うけど、こういうのも楽しいっていうかさ……」

 

「そうですね……」

 

「まあ、あいつにゃ俺らも散々助けられてる。小動物的可愛さってやつか?」

 

孝弘がそう茶々を入れ、悠人と共にケラケラと笑う。時々、アホな男子4人とゆきで何かをやっている事があり(いきなりダンスパーティ始めたりチャンバラ始めたり)なんだかんだ楽しんでいるのだ。

 

「……ゆきちゃん、これからどうするんですか?」

 

「ん? あいつのことだから風呂の後にサイダーでも一杯引っ掛けるんじゃねえか?」

 

背を向けていた悠人がその場に寝転がって言う。その手には組み立て終わった散弾銃が握られていた。もちろん、弾は入っていない。

 

「そうじゃなくて……このままじゃダメですよね。」

 

「何が?」

 

悠人はキョトンとした表情で言う。何がダメなのか悠人には理解できていないのだ。

 

「ゆきちゃんは学園生活部に欠かせない子よ。楽しいこといっぱい思いついてくれるから、みんな助かってる。それじゃダメ?」

 

悠里がいつも通りの笑顔で答える。この時、やっとゆきの幼児退行及び現実逃避の事を言っているのだと理解した。ゆきが楽しそうに紹介していた音楽室も教室も、あの日の爪痕が生々しく残っているのに、ゆきにはそれがまるで見えていないようだったのだ……普通ならそう言う反応をして当然だろう。

 

「そうやって甘やかしてるから、治るものも治らないんじょないですか?」

 

「甘やかすとか治るとか、そう言うものじゃないのよ。」

 

「どう違うんですか? そんなの、ただの共依存じゃないですか。」

 

悠人と孝弘はヤバイぞと少し焦り始めた。このままでは自分たちの時以上に険悪になってしまう。悠里にとって学園生活部の仲間(校外遠征班は恐らくノーカンだろうと悠人たちは思っている)は心の拠り所である。それをあんな風に言って仕舞えば、ケンカどころでは済まなくなるとおバカな男子でも見て取れた。

 

「まあまあ待て待て、その辺にしとけ。」

 

勢いよく飛び起きた悠人と孝弘は2人の間に入って遮る。こういう状況下での仲違いほど危険なものはない。みんな意識はしていないだろうが、閉鎖空間での生活とはストレスが溜まるものなのだ。悠里もどこかでストレスを溜め込んでいてもおかしくないし、ほぼ監禁に等しい状況にいた美紀は尚更だろう。それをこんなところで噴出されたら血を見る事態になりかねない。

 

「あなたに何がわかるんです? 北高なんかに……」

 

ああ、やっぱりか。悠人も孝弘も溜息をついた。なんであんなヤンキーどもとまとめて思われるのかと少しだけ悲しくなった。

 

「北高だからな。進学校の連中より時間に幅が持てる分、余計な知識はたっぷりつけられる。軍隊と心理学は切っても切れない関係だし、ついでで覚えてみたりな。あと、ヤンキーどもはみんな死んだから一緒にすんな。これでも北高ではまともな部類だ。」

 

「脅しですか?」

 

「そう思う?」

 

悠人は手に持っていた散弾銃を背中に吊り下げると、片付け忘れていたテニスボールを手にとって握りしめた。

 

「シュレディンガーの猫って知ってるか? 半々の確率で毒ガスの出る箱に猫を入れといて、生きてるのかそれとも死んでるか……箱を開けなきゃわからないってやつ。」

 

「それがどうかしたんですか?」

 

「ゆきの心と同じだ。現実突きつけてマトモになるかどうかはやってみなけりゃわからない。んでもって、成功したらいいけど失敗したら……どうなるか予想つくか?」

 

美紀は言葉に詰まった。現実を見せつけてハイおしまいではないという事実を突きつけられ、反論出来なくなってしまった。

 

「心はガラスと同じだよ。脆そうに見えて案外硬いけど……」

 

悠人はテニスボールを握ると、投球の構えをとる。練習試合でマウントに立った時のように、その辺の窓ガラスへ向けてテニスボールを思い切り投げた。狙い通りに飛んだストレート球はいともたやすく窓を破って見せた。砕けたガラスは外へ飛び散っていく。

 

「こんな風に、砕けちまったら元には戻らねえ。俺たちもそうだ。」

 

「おい馬鹿野郎。医者がいねえのに肩壊したらどうする気だマヌケ。」

 

孝弘に怒られた悠人は肩をすくめると、立てかけてあったネイルガンを拾い、シャワーを浴びるために校舎に戻って行った。

 

ーーーーー

 

その晩。運動後のシャワーとは別に、1日の締めとしてのシャワーを浴びた悠人は頭にタオルを巻き、ご機嫌そうにポーリュシカポーレを口ずさみながら部室に入った。すると、なんだか女子が険悪なムードになっており、思わずポケットから胃薬を取り出そうとしてしまった。

 

「ロク助、状況。」

 

一気に最悪の気分に突き落とされた悠人は呑気に挽きたてのコーヒーを啜っていた六郎に近寄って小声で問いかける。

 

「みーくんが勝手に下行った。りーさん叱った、ゆきが補習行った。以上。コーヒー要る?」

 

「頼む。クリームと砂糖忘れんなよ。あと、今夜あたり一悶着ありそうだから全員完全武装。」

 

「わーった。」

 

そう返事した六郎は悠人のマグカップに暖かいコーヒーを注いだ。



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第11話 救出

夜の帳の降りた部室で、校外遠征班4人とくるみ、悠里はテーブルにおいた校内地図を見て会議を行っていた。

 

「よし、バリケード付近の見回りを強化する。校外遠征はしばらく行かなくてもよさそうだから、俺たちは1週間くらい夜間警備に当たる。昼夜逆転生活を覚悟しな。」

 

悠人がマーカーペンで巡回ルートを指示すると、残りの男子3人は縦に頷いた。いつものルートにプラスアルファされたような感じであるため、そう負担が増えるわけでもない。

 

「必ずツーマンセルで動くこと、これを忘れずに。孝弘、注意事項。」

 

悠人が孝弘に促すと、孝弘はマーカーペンで地図のあちこちに目印をつけた。

 

「ここにトラバサミを仕掛けた。俺の自作で、奴ら相手に実験済みだが過信できないし、自分たちが引っかからないように注意。以上。」

 

「よし、校外遠征班は用意を始め、10分後に巡回を開始する。その間陣地内はくるみが防御。」

 

悠人が言い終わると同時に、校外遠征班の男子は駆け足で準備に取り掛かった。しっかりと腕や足、胴に孝弘がアルミ板を加工して作ったアーマーを仕込み、万一に備える。そして、散弾銃やライフルを背負い、手にはネイルガン。完全武装である。

 

最近、バリケード前に自作の有刺鉄線を置き、奴らの足止めに使えるか試している。これに足を取られてすっ転ぶようなら、実戦投入する予定なのだ。トラバサミより作るのに手間がかからないし大量生産できる。

 

悠人と孝弘がバリケードに近づくにつれ、自分たち以外の足音が聞こえるようになった。最初は和良と六郎の足音かと思ったが、ブーツの音ではない。くるみと悠里は椅子に座って家計簿つけていたし、距離がおかしい。となると、消去法で考えられるのはゆきと美紀だ。

 

あの馬鹿、悠人は心の中で舌打ちした。ゆきの扱いについて不満を持っていたのは感じて取れたが、よりにもよって夜に抜け出そうとする奴があるか。トイレに行っただけであって欲しい。悠人はそう願ったが、すぐにそんな願いも打ち砕かれることになった。小銭が廊下を跳ねる音がしたのだ。奴らをおびき寄せるためにやったのだろう。

 

「タカ坊、あの音……」

 

「間違いねえな。さっさとあの馬鹿を連れ戻そう。自殺行為にも程があるってのに!」

 

ところで、バリケードを越えたとしたらどうやって有刺鉄線を避けたのだろう?バリケードから飛び降りたわけでもあるまいし。悠人と孝弘はそう疑問に思いつつもバリケードに急ぐ。

 

有刺鉄線の上には枕が置かれていた。あれを飛び石にしたのだろう。戦場では防弾チョッキを飛び石代わりにして超えることもあるのだから、これは正しい乗り越え方だ。そう感心しそうになるが、そんな時間はない。

 

孝弘が咄嗟に床に耳をつけ、音を聞く。大勢の足音が聞こえる。そして、悠人の耳には僅かにだが美紀とゆきの声が聞こえた。

 

「タカ坊、あっちはトラバサミ仕掛けてなかったか!?」

 

「マズいな、行こう! ドンパチ始まれば奴らに混じってロク助とカズも来るだろ!」

 

和良、六郎に比べて軽装(和良、六郎はアルミ板2枚重ね、悠人、孝弘は1枚)で身軽な2人が音のする方角に急行する。とはいえ、ズボンのスネと大腿部、上着の腕、二の腕にアルミ板を縫いつけ、ボディアーマーにもアルミ板を仕込んでいるため、なにも持たない時よりは遅くなってしまう。

 

だが、幸運なことに美紀とゆきは悠人たちに向かって走ってきていたのだ。女子2人が奴らに追いつかれる前に合流できた悠人と孝弘は何も言わずにその場にしゃがむと、ネイルガンを奴らに向けて撃ち始める。

 

「さっさとバリケードまで戻れ! 援護してやる!」

 

孝弘がそう叫び、その間に悠人は1発だけ散弾銃を撃つ。後ろの脇道にはバリケードやトラップを仕掛けてあるため、奴らが入ってくる危険性は少ない。なら、来るなら前からだ。そして、この銃声なら他の2人も気づいてくれるだろう。奴らならともかく、あいつらならトラップに引っかからないで助けに来てくれるだろう。

 

悠人はふと腕時計を見る。さっきの女子2人の走るスピードからして、バリケードを越えて拠点に戻るまで3分と言ったところだろうか。それまでここで持ちこたえるしかない。

 

「ユート! いくら100連発のネイルガンと言っても、弾切れたら再装填に時間掛かるぞ!」

 

「分かってる!だから対策はある!」

 

孝弘に対して悠人がそう答えると、リュックから綺麗に畳まれた有刺鉄線を取り出し、それを目の前にばら撒いた。

 

「これで足止めになる。」

 

「なるほど。」

 

悠人はついでとばかりに丸ノコの替え刃を取り出す。そして、パッケージから取り出すと、フリスビーのように奴ら目掛けて投げつけ、見事に仕留めて見せた。但し、効率は悪そうだ。

 

「これ使えねえ!」

 

「たりめーだろ! ネイルガンの方がよっぽど使える!」

 

そんなことを言い合っているうちに、じりじりと距離がつまり始めた。数に押されている。すると、後ろからドカドカと2つの足音が聞こえた。

 

「遅れた!」

 

悠人の横に和良が滑り込み、一言詫びると同時にネイルガンを構え、撃ち始める。六郎も孝弘の隣で撃っている。

 

「遅え! そろそろ引き上げるぞ!」

 

4人は立ち上がると、後ろにバックステップでじりじりと下がっていく。奴らは有刺鉄線を踏み、ジャラジャラと金属音を鳴らし、針金に足やズボンを引っ掛けて転倒し、さらに後続も巻き込まれていく。だが、その倒れた奴を踏み台にしてどんどん越えてくる。

 

「ひょええ、くわばらくわばら!」

 

六郎は額に冷や汗をかきながらフルフェイスヘルメット(新品)のバイザーを下ろす。接近戦の時に顔を引っ掻かれたり噛まれたりしないようにだ。和良は最初から下ろしているし、悠人と孝弘はそもそもバイザーがない。

 

「走れ!バリケードまで逃げろ!」

 

悠人の号令で4人は全力疾走する。だが、この先でバリケードを乗り越えなくてはならないのだ。それにどうしても時間を取られてしまうだろう。

 

「仕方ない、バリケードに着いたら六郎先に登って援護! タカ坊、俺の順で登って最後にカズ!」

 

悠人はすかさず指示を出す。和良は一番防御を固めているため、どこを噛まれても防げるであろうという判断だ。殿にはもってこいである。

 

「へーへー、俺はいつも噛まれ役!」

 

和良は文句を言いつつも散弾銃の残弾数を確認する。散弾銃は孝弘の手によって銃身を切り詰められ、近接戦に特化しているのだ。

 

バリケードが見えてきた。奴らは結構引き離したかと思ったがそうでもない。大きく引き離すには廊下の長さが足りないのだ。

 

「有刺鉄線! 飛べ!」

 

六郎が咄嗟に叫び、4人で有刺鉄線を飛び越える。そこから3m先にバリケードがある。全員で登っては倒れる危険があるので、1人ずつ悠人の指示通りに登っていく。六郎は援護と重り役を兼ねているのだ。

 

六郎が登りきった頃には奴らが迫り、第一陣が有刺鉄線に足を取られて立ち往生していた。その間に孝弘がバリケードの向こう側へ移動する。

 

そして、和良が登り始めた時に奴らの第二陣が転んでいる奴らを踏み台にして有刺鉄線を越えて来た。悠人はグローブを濡らすほどに手汗をかき、心臓が早鐘を打っていた。死にたくない、そんな原始的な恐怖が悠人を襲うが、それでも逃げ出すことなく、いや、逃げられないからこそ、ネイルガンを握りなおす。装着されているハンティングナイフを引きちぎって右手に持ち、左手には孝弘お手製のナイフを持つ。こっちのほうが効率がいい。

 

まずは先頭の奴に蹴りを入れ、後ろの奴らごと押し返す。野球部の脚力舐めんな、そんな掛け声とともに放たれた渾身のキックは奴らの群れを1mほど押し返した。そして、振り下ろした足で有刺鉄線に足を取られている奴の頭を踏み砕く。

 

また迫る、腐敗しているのか、柔らかくなり始めた頭部にナイフを突き立て、仕留める。また来た、そっちは孝弘お手製のナイフが仕留める。

 

耳鳴りがする、視界が歪む。奴らが遅い。

 

だが、多勢に無勢。壁に追いやられ、左腕を掴まれた。必死に抵抗するが、3体に押さえつけられて動けない。右手のハンティングナイフを振り回すが、それもすぐに掴まれてしまう。

 

噛まれた、アルミ板が二の腕を圧迫し、そう感じ取った。それと同時に、悠人を動悸が襲う。腕を、肩を、次々と噛まれる。悲鳴が響く。自分であげた悲鳴に気づかないほど、悠人は焦っていた。歯はすべてアルミ板が防ぐ。肉体に傷が入らずとも、精神に傷をつけるには十分すぎる出来事だ。

 

そんな時、悠人を別の衝撃が襲う。それがガス爆発の衝撃波と気づくことはできなかったが、悠人を隙間なく取り囲んでいた奴らは全て倒れ、今度こそ死体に戻っていた。和良の即席爆弾を六郎が投げたのだ。爆発したガスボンベの金属片は奴らが肉の壁となって防ぎ、悠人に当たることはなかったが、爆風をくらい、壁に頭を打ち付けた悠人はその場でぐったりと倒れこんだ。ヘルメットをしていたから、脳震盪ではないだろう。死に直面した恐怖と、張り詰めていた緊張の糸が切れた事で失神してしまったのだろう。

 

次に目覚めると、視界が霞んでいた。だが、目の前で自分を覗き込んでいるのが悠里と気づくにそう時間はかからなかった。

 

「りーさん……?」

 

「ユートくん……良かった、目が覚めて……!」

 

何がどうなっているのか悠人は理解できていない。悠里の話を聞くからには、あの後失神したまま目が覚めず、丸2日眠っていたらしい。その間、校外遠征は残りの男子3人で行っていたんだとか。悠人は少し申し訳ない気持ちになりつつも、ゆっくり起き上がった。

 

そんな悠人を悠里がそっと抱きしめる。悠人は恥ずかしさや嬉しさ、その他諸々の感情が入り混じり、頬を赤く染めたまま固まることしか出来なかった。

 

「……もう無理しないで。」

 

「ありゃ回避不能だった。不可抗力。」

 

すると、背中に回された悠里の腕にさらに力が入り、悠人の顔に胸が押し付けられる。柔らかいとかなんとか思うより先に、呼吸ができずに苦しいと悠人は感じた。生命の危機が最優先だ。なんとか顔を動かして脱出すると、鼻が触れそうな距離に悠里の顔があった。もちろん、年頃の健全な男子である悠人は赤面して退避を試みたが、しっかりと悠里に拘束されているため、身動きを取ることができなかった。

 

「何すんだよ……!?」

 

悠人は最初は焦っていたが、すぐにその焦りも消えてしまった。悠里が震えているのに気がついたからだ。

 

「あのまま……ユートくんが死ぬんじゃないかって思って、すごく怖かった……」

 

「……ごめん。」

 

悠人にはこういう時、どう行動して、どう声をかけるのがベストかなんて分かりはしなかった。何をどうすればベストかなんて分からないように。

 

「ううん、いいの。ちゃんと無事だったんだから……」

 

「今回ばかりは爆弾投げたロク助とアーマー作ったタカ坊に感謝だな。」

 

そんな時、悠人の腹が盛大にファンファーレを奏でた。2日何も飲まず食わずだったのだ。喉が渇いたし腹も減った。そして、悠里はくすりと笑っていた。

 

「ご飯にしましょう。お腹減ったでしょ?」

 

「ああ。なんでもいいから食いたい。腹減った。」

 

2人は笑いながら立ち上がると、部室へと向かう。まるで、何事もなかったかのように。

 

部室のドアを開けると、悠人と悠里を除いたメンバーが全員揃っていた。和良はTシャツ姿で腕立てしてるし、ゆきは太郎丸とじゃれている。六郎と孝弘、くるみは何か得体の知れない工作をしているし、美紀は読書中だったようだ。

 

「おいカズ、お前いつものゴルカ戦闘服どうした?」

 

「汗くせえから洗濯中。今頃屋上で干物になってる。んで、おめーが寝てる間にみーくんが部員になったぞ。」

 

悠人はふーん、と言ったような表情で美紀を見る。どんな心境の変化があったかは知らないが、ともかく良しとしよう。そう思った。そして、ガハハと豪快に笑いながら美紀の肩をたたく。

 

「よろしく頼むぜ、新入りよ!」

 

「よろしくお願いします……」

 

まあ、あまりの威勢の良さに美紀が引いたのは言わずもがな。

 

ーーーーー

 

「あー、あったねそんなこと。」

 

悠人はイラストの背景を描きながら言う。建築科ではしょっちゅう図面を引いていたためか、絵はそれなりに描ける。というわけで、誰かの描いた人物画に背景をつける担当となっていた。

 

悠人が目覚めてから早10日。そろそろ悠人も郊外遠征に参加できるかというところであった。これまでは頭打って、さらには失神していたため、大事をとって安静にしていたのだ。

 

「無理しちゃダメよ?」

 

「わーってるよりーさん。今度はヘマしねえから。」

 

悠人は短く刈り上げた髪をわしゃわしゃと搔きむしる。その横で、くるみはガンベルトに色々ポーチをつけたりして機能性を体験していた。ちなみに、悠人の予備品である。

 

「そう言えば、お米が少なくなってましたね……」

 

美紀のその言葉に誰もが凍りついた。(その場にいない六郎とゆきを除く)米がなくなるのは辛い。発狂してしまう。米が食いたい。We must EAT!

 

「よし、久しぶりにフルメンバーで郊外遠征じゃい!」

 

さっきからちまちまと点描をやっていた孝弘が拳を高々と振り上げて叫ぶ。そして、郊外遠征班は久しぶりに4人で遠征を行うことになった。あんな事になるとは予想だにせず。



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第12話 無力

今回はかなり短めです。時間がないというか中々話が浮かばないというか…


校外遠征班は昇降口で工具の最終チェックを進めていた。ガス、釘の残量を確認し、ナイフの固定は十分かを確認する。今日も事前の準備がしっかりしていたおかげで、何ともなさそうだ。

 

「よし、行こう。抜かるなよ。」

 

悠人はいつも通りにネイルガンを構えて昇降口に張ってある有刺鉄線を外す。これの方が出入りしやすいので、机を使ったバリケードから有刺鉄線に変えたのだ。

 

後に六郎、孝弘、和良の順で続く。いつも通りの校外遠征の風景だ。ここまでは何も変わらない。普段であれば異常とも言える日常だが、この状況下ではこれが正常なのだ。

 

校庭にたむろする奴らが振り向き、悠人たちにノロノロと迫り来る。ここを通り超えるには奴らを倒して道を作ればいい。4人はいつも通りに射撃姿勢をとり、撃ち始めた。いつもと違う点と言えば、悠人の射撃の命中率が悪いということだ。

 

その異変にまず隣で撃っていた孝弘が気付く。悠人は顔面蒼白で、息が荒い。それに、ネイルガンが上下左右に揺れている。手が震えているのだ。

 

「おい、ユート……」

 

悠人の目がおかしい、目を見開いているのだ。この時、残りの2人も異常に気がついた。だが、もう遅かった。悠人は悲鳴を上げながら近寄ってきた奴をネイルガンに固定したナイフで刺突し、その勢いで押し倒しては悲鳴を上げ、恐慌状態になりながら何度も刺突していた。

 

「おい、落ち着け!」

 

孝弘が呼びかけても悠人の耳には届かない。その悲鳴はどんどん奴らをおびき寄せてしまっている。これでは校外遠征どころではない。

 

「仕方ねえ! 俺がユートを引っ張るからロク助とカズは援護してくれ!」

 

「わかった! 頼むぞ!」

 

和良はそう返事すると、その場にしゃがんで散弾銃を構えた。こうなればなりふり構って居られない。六郎も孝弘から散弾銃を受け取り、射撃を始めた。その間に孝弘は悠人の顎に拳を入れて失神させると、襟を掴んで引きずり、何とか校舎まで撤収することに成功した。

 

ーーーーー

 

部室には重苦しい雰囲気が漂っていた。とりあえず悠人は別室で寝かせてあり、ゆきが看病に付いている。そのため、残りのメンバーで話し合いをしているのだ。

 

「で、ユートは一体どうしたんだ? らしくないな……」

 

くるみは机に突っ伏しながら言う。

 

「恐らく、この間奴らに食われかけたのが原因かもな。トラウマにでもなっちまったかもよ?」

 

孝弘はお手製のナイフを掌の上でクルクルと回しながら答える。死に直面するという事は、怖くないと思っていたとしても本能が恐怖を呼びかける。生物に備わる生存本能だろう。悠人はその恐怖に駆られて殺られる前に殺るという選択をしたのだ。

 

もう悠人は校外遠征に参加する事は出来ないだろう。あんな状態で連れて行くのは危険でしかない。

 

美紀は少しだけ肩を落としていた。自分を助けようとしてこうなってしまったのだと思っているのだろう。それを感じ取った六郎がポンと肩を叩く。

 

「お前は悪くない。ただ、俺たちが必死に忘れていたことをユートは思い出しちまったんだ。死の恐怖をな。」

 

悠里とくるみ、美紀は不思議そうな目で校外遠征班の3人を見た。どうしてそんなに落ち着き払っていられるのかと。

 

結論から言えば、最初から分かっていたのだ。長続きはしないと。いつかはこうなると。その事実から目を背けて振舞っていただけなのだ。いつかミスをして襲われて、そこで死ぬか悠人のようになってしまうか……その時が来てしまっただけだと、諦めに近い感情があったのだ。

 

悠里は黙ってその場を立ち去る。悠人の看病にでも行くのだろうか。それを誰も止める事はなかった。

 

ーーーーー

 

まだ頭がぼんやりと霞かかっている。視界もはっきりしない。手は動く。足も、体も動く。だけど、激しく怠くて動く気になれない。

 

そうだ、奴を前に恐怖を覚え、暴れまわったのだ。自分でも分かった。前のあのことがトラウマになってしまっていると。情けない、そうとしか思えない。戦えなければ意味がないのに……

 

そうしてうなだれていると、部屋のドアが開いた。悠里だ。合わせる顔がなくて、悠人はそのまま俯いていた。孝弘が置いていった水もチョコバーも手づかずのまま残っている。悠里はそれを見てため息を一つ吐いた。

 

無力感に苛まれ、内へ内へと意識の向かっていた悠人の背中に、柔らかい感触と重みが加わった。首を少し横へ向けてみれば、そこに悠里の顔があった。悠里が悠人に後ろから抱きついているのだ。

 

「りーさん……?」

 

「いいのよ、もう休んで……ユートくんは十分戦ったわ。今度は、私がしっかりするから……安心して。」

 

2人の頬が重なる。悠里の吐息と肌の暖かみを間近に感じた悠人はどう対応すべきか戸惑いつつ、されるがままになっている。

 

「でも、俺は戦って荷物を取ってくるしか能がない。ただの穀潰しに成り下がるのはごめんだぞ……」

 

「あら、いつから戦うだけになったのかしら? ユートくんは建物の修理とか出来るじゃない。出来ることは沢山あるわよ。」

 

悠里の指が悠人の髪を梳く。切る暇がなくて少し伸びてしまった髪はザラリとした感触がする。

 

悠人は少しずつ落ち着きを取り戻していた。突き放されなかったことが1番大きかったようだ。根本的な解決にはなっていないが、当面の間後方支援として活動出来るだろう。

 

ーーーーー

 

あれから暫くして、悠人は校外遠征に参加せず、建物やバリケードの補修などの作業に当たっていた。隣には大抵悠里がいる。悠里は特に何をするわけでもないが、悠人にとってはいてくれた方が落ち着くのだ。

 

流石に電気関連はいじれないので、外観の補修や割れた窓の修繕など、女子には出来なさそうな仕事を悠人が全て請け負った。建築科の本領発揮である。

 

「おいユート! 頼まれてた塗料持ってきたぞ! んで、また彼女に見られながら作業してるのか?」

 

「彼女じゃねえよアホ!」

 

孝弘が呆れ顔をしながら塗料の缶を持ってくる。悠人はそんな孝弘のからかいに対してローキックで返した。塗料を持っていたせいでまともに回避行動を取れなかった孝弘は見事に脛に1発もらって倒れてしまった。塗料缶はしっかり蓋がしてあったので溢れることはない。

 

悠里はクスクスと笑いながらその様子を見る。ゆき、くるみ、美紀はそれをドアの隙間から顔を出してみていた。

 

「ユートくんとりーさん、青春してるねー!」

 

「おいゆき、そんな簡単に言うか……?」

 

「先輩には無縁の話でしょうね。」

 

美紀の一言にゆきは大ダメージを受けたようだ。そんな事を気にしていない太郎丸はゆきの周りをくるくる回る。だが、すぐにゆきの下から離れて和良の食べていたカルパスへと猛突進していった。和良と太郎丸がカルパスを巡って乱闘になったのは言わずもがな。

 

その日の夜、悠人は職員室の棚を漁っていた。どこかに学校の案内図か設計図がないか探しているのだ。

 

「何してるんです?」

 

寝そびれたらしい美紀がやって来た。悠人は作業を続けながら答えた。

 

「設計図かなんかあるか探してる。修理箇所の当たりをつけるのに使えそうだし。」

 

そんな時、悠人は閃いた。大体の建物には定礎箱と言うものがある。建物の設計図や完成時の写真を入れたもので、取り壊しの時に取り出す建物のタイムカプセルのようなものだ。その中になら何かあるかもしれない。悠人はそう当たりをつけ、夜明け次第和良に爆破させて中を取り出すことにした。



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第13話 あの日

翌日、悠人以外の校外遠征班は昇降口付近の定礎箱の破壊にかかっていた。あたりに有刺鉄線を設置して奴らの侵入を阻害しつつ、工事現場から取ってきたスレッジハンマーを和良が振り回し、定礎箱の蓋を殴りまくる。石材でできていた定礎箱はあっさり壊れ、孝弘が中身を適当に回収した。

 

それを職員室で広げ、悠人が確認する。そして、ある箇所に目が付いた。あるはずのない物があったのだ。

 

「……なありーさん、この学校って地下があるのか?」

 

「え……? そんなのないはずよ……?」

 

悠人は設計図に丸をつける。それは、地下一階の見取り図だった。巨大な冷蔵室、広めのフロアその他諸々……まるで、何日でも籠城できるように作られているようにも思える。

 

「これ、このことを予期して作られてたのか……?」

 

悠人が唸り始める。偶然にしては出来すぎていた。こうなると、他に資料があるのではないかと思えて来るくらいだ。そして、8人で職員室中の捜索をすることになった。何か使える資料がないか、本の隙間まで念入りに調べることにしたのだ。

 

結果、緊急時のマニュアルなるものが発見された。誰かの血痕が付いている。血痕は既に乾いていて、誰の物かなんて分かりそうにない。

 

「……見るか?」

 

六郎が誰にとも言わずに問いかける。中身が気になるという思いと、見たくないという気持ちが入り混じっていたが、結局は見ることにした。

 

中身にあったのは、ランダルコーポレーションが開発したという生物兵器とその効果、そして、地下が避難所であるという事。万一の時は生徒を切り捨ててでも職員を避難させるためにあったようだ。血痕は慈の物と推測された。悠里が何か隠しているという事に薄々感づいていたからだ。

 

「なんなんだよこれ……?」

 

くるみがわずかによろけた。ショックだったのだろう。慈はこれを見ていて、隠していたのだ。信じたくないのだろう。断定は出来ないから他の人間である可能性もあるが、慈である可能性もある。

 

「とりあえず、地下に使えるものがあるかもしれない。けどリスクが大きいってか……」

 

孝弘が呟く。やる事なす事が多すぎる。そして、危険性も高い。戦闘要員が1人脱落している状態であり、戦力が心許ない。

 

「めぐねえは、地下に行ったんでしょうか?」

 

「……可能性はあるな。あのドサクサなら……」

 

美紀の問いかけに悠人は答える。それと同時に、嫌な過去も思い出し始めていた。

 

「めぐねえに何があったんですか?」

 

悠人は周りのみんなと目を合わせる。そして、話す事にした。あの雨の日に何があったのかを。

 

ーーーーー

 

ある日、悠人と六郎は部室でプラモデルにデカールを貼っていた。悠里、くるみ、ゆきと慈が近くにいる。その他の2人は下に飲み物を取りに行っている。

 

男女間の会話が全くない。まだお互いに信用しきれていない部分があるのだ。ヤンキーの多い高校から来た校外遠征班の4人は仕方ないとそれを受け止めているが、納得しきれていない部分もあった。

 

そんな時にいつもクッションとなってくれるのが慈だった。今日も慈から話を切り出す。

 

「何を作っているの?」

 

「俺は零戦のプラモ。ロク助はFw190っていうドイツの戦闘機。作って楽しいし、完成したのを見てニヤニヤするのもまた一つ。」

 

そう言いながら悠人はニヤニヤとプラモデルを見つめる。汚し塗装を施し、あたかも戦場帰りのように見せるのが腕の見せ所だ。

 

外は雨が降っている。出かけられない日にこうして室内で何か出来るように準備しておくのは大切なことなのだ。

 

バタバタと廊下から足音が聞こえてくる。和良と孝弘が戻ってきたのだろうか。六郎と悠人はプラモデルから扉の方に視線を移動させる。そして、すぐに足元のネイルガンに手を伸ばした。曇りガラスに映った人間はどう見ても2人ではない。

 

ドアが開く。同時に悠人と六郎は女子の前に盾になるように立っていた。そこにいたのは、巡ヶ丘東工業高校の学ランを着た3人。手には金属バットを持っている。

 

「……よう、うちの学年のヤンキー御一行様が何の用だ?」

 

悠人が低い声で言う。六郎が後ろをちらりと見ると、既にくるみがシャベルを構え、その後ろに悠里と慈、ゆきが隠れていた。

 

「へっ、お前らいいご身分だな……ゾンビだらけの中女侍らせていい思いしてんのか? ええ?」

 

悠人は"つい"手が滑って引き金を引いてしまった。スカッという音を立てて釘が飛び、一番前のヤンキーの金髪を掠めて後ろの壁に突き刺さった。

 

「失せな。ぶち殺すぞ? またロク助に電流流されるか?」

 

かつて、別高校のヤンキーが殴り込みに来た際、六郎と悠人で電気トラップ付きのバリケードを設営し、別高校のヤンキー共々電気責めにした事がある。どうも、目の前の3人はまだそのことを根に持っているようである。

 

「あの時の礼、今返させてもらうぞテメェ……」

 

奥に影が見える。まだお仲間がいるらしい。こんな時に限って孝弘と和良はいない。装備もネイルガンだけ。後ろに奴らを通すわけにはいかない。それに逃げ場もない。どうすればいい? 悠人の思考回路はどうあがいても絶望としか答えを出せずにいた。

 

目があちこちに向く。僅かにでも生還の可能性を探していた。こういう時に厄介なのは奴らより人間だ、悠人は改めて実感していた。

 

そんな時、廊下から悲鳴が聞こえ、廊下にたむろしていた不良たちに動揺が走っていた。悲鳴に混じって唸り声が聞こえてくる。奴らだ。

 

「お前ら、防火扉開けっ放しにしたな!?」

 

六郎が悟った。バリケードを構築しようにも机には限りがあるし、出入りもするため、階段はバリケードを張らず、防火扉で奴らを防いでいたのだ。それを開けて不良たちは入って来たのだろう。そして、閉めなかったが故に雨宿りをしようと校内に入ってきた奴らが来てしまったのだ。

 

ピンチとチャンスが同時に到来した。悠人は先頭にいた奴へ蹴りを入れて押し返すと、なんとか通れそうな隙間が出来た。逃げられる。

 

「行け!」

 

悠人が叫ぶと、悠里たちは一瞬反応が遅れたが意味を悟り、悠人が作った隙間へと走り出す。そこからが悠人、六郎の正念場だ。隙間を通る時、悠里たちと不良たちの距離が近くなる。それを押さえこめるか、悠人と六郎にわずかに緊張が走る。

 

悠里たちが走り出す。悠人と六郎はネイルガンの側面を不良たちに突き出すようにして防ぐ。相手は人数で上回るが、後ろの方は前が何をやっているのかわかっていない様子だし、奴らも後方から来ているため、上手く連携出来ていない。勝てると思った。

 

だが、その淡い期待も外れた。後ろから奴らが来た事で、後続が前へ逃げようとしたのだ。悠人と六郎にかかる圧力が増す。床と接している靴底がジリジリと押し下げられるのを感じた。悠里たちはもう安全な距離を取れただろうか。

 

悠人は横を見て六郎と顔をあわせる。そこから3カウントして、ほぼ同時にバックステップで後退した。支えをなくした集団は前へと倒れ、身動きが取れなくなったところを後ろから奴らが襲う。チャンスだ。悠人と六郎は後退する。

 

どうも不良たちはあちこちの防火扉を開け放ったようだ。進行方向にも奴らが彷徨いている。雨の日は奴らが雨宿りしようと建物の中に入って来るみたいだ。これ以上侵入させない為にも防火扉を閉めなければならない。

 

どこからか銃声が聞こえる。孝弘と和良も生きているようだ。上へ上がってくる。

 

「タカ坊! カズ! いるのか!?」

 

「ユート! 下にいるぞ!」

 

悠人が思い切り声を出すと、和良から返事があった。階段の下にいるのだろう。ならば話は早い。2人に下の扉を閉めてもらおう。

 

「防火扉を閉めろ! 東高のヤンキーどもがあちこち開けやがった!」

 

「知ってる!」

 

ギギギ、と防火扉が閉まる音が聞こえる。他のところも閉めて殲滅するのが悠人のプランだ。それまで悠里たちがどこかに隠れていてくれればいいのだが……

 

しかし、それするも難しかった。残存する奴らが多すぎる。移動すらもままならないのだ。4人は階段の踊り場で合流したが、上から降りてくる奴らに足止めをされてしまった。

 

ネイルガンを撃ち、抵抗を続けるが釘がどんどん無くなっていく。突然の事だったので、いつもより携行している釘が少ないのだ。ガスまで無くなってきた。

 

そんな時、スピーカーから音楽が鳴り始めた。よく下校時刻とかに流れる音楽だ。そして、ゆきの声が聞こえてきた。

 

『下校時刻になりました。速やかに下校しましょう』

 

すると、奴らがわらわらと戻っていく。悠人たちに興味をなくしたかのように、どこかへと歩いていく。家に帰る気なのだろうか? そんな事はどうでもいい。助かったのだから。

 

「助かった……?」

 

孝弘がその場にへたり込む。張り詰めた緊張の糸がぷっつりと切れてしまったようだ。悠人はその間に考えていた。ゆきの声が放送で聞こえたという事は、みんなと一緒に放送室に逃げ込んだのだろうと。合流が先決だ。

 

へたり込んだ孝弘を和良が支え、悠人と六郎が先に歩く。しばらく進むと、目の前からふらふらと誰かが歩いてきた。奴らかと思い、ネイルガンを構えるがすぐに慈だと気付き、2人はネイルガンを下ろした。

 

「めぐさん! 無事!?」

 

六郎が駆け寄るが、慈は六郎を横に突き飛ばし、そのままふらふらと歩いていく。悠人も声をかけるが、返答はない。

 

悠人と六郎は床を見て驚愕した。リノリウムの床に垂れる血痕は、放送室の方から慈へと一直線に繋がっていた。つまり、負傷したのだ。

 

トドメを刺さなければ。そんな思いが浮かぶ。だが、悠人も六郎も既に釘もガスもなくなり、撃てない。銃も残弾がない。ナイフで慈を殺す自信もない。孝弘と和良は釘とガスは残っているが撃つのを躊躇っているようだ。

 

なぜ自分たちを襲わないのか、それはすぐに感づいた。まだ生きていて、理性をギリギリで保っているのだ。ゆきたちにこの姿を見られないように、そして、襲ってしまわないように。

 

「腹減ってるなら、俺を食えばいいじゃんか……バカかよ……」

 

六郎は涙をこらえながら呟く。そんなことを言っても、そんなことをしてもなんの意味もないと知りながら。

 

校外遠征班の4人は放送室前に到着した。床には血痕がいくつも残っており、生々しさが嘔吐感を催させる。幸いなのか、胃袋は空っぽで吐き出すものはないから、無様な姿を晒さずに済みそうだ。

 

悠人がそっと放送室の扉をノックする。中から少し悲鳴が聞こえた。やっぱりここにいるのだ。

 

「……俺だ。廊下は片付いた。」

 

扉がゆっくり開く。悠里は何かに怯えるような表情をしていた。こんな状況なら仕方はないだろう。

 

「……しばらくここにいろ。片付けしておくから。」

 

悠里はこくりと頷くと扉を再び閉じた。悠人は3人に合図すると、廊下の掃除に取り掛かった。廊下に残っているものを綺麗に片付けなければ悠里たちが出て来ることができない。

 

4人は釘とガス、銃弾を補充し、廊下を練り歩く。不良たちの死体はその辺を彷徨いている。ここの学生ではないから、下校の放送に反応しなかったのだろう。

 

「お前らのせいで……」

 

六郎はなんのためらいもなく釘を放ち、一体一体始末していく。牙を剥き出しにしているのは怒りからか悔しさからか、悠人には分からなかった。

 

暫く進むと、壁に寄りかかっている人影が見えた。金髪だ。あのリーダー格の奴だろう。まだ生きているが、あちこち噛まれた傷がある。もうそんなに長くは持たないだろう。

 

「クソが……まだ死なねえ……死なねえぞ……」

 

「いや、お前はもう死ぬ。失血死なんて待たなくても俺が殺してやる。」

 

六郎は足掻くそいつに無慈悲に言い放つと、ネイルガンを突きつけた。こいつらが侵入して、防火扉を開けっ放しにしたりしなければ慈はあんな事にならずに済んだのに、そんな思いが込められているようにも思えた。

 

「ふざけるな……死にたくねえんだよ……!」

 

「それはめぐさんだって同じはずだクソが!」

 

釘が放たれる。ガスで釘が打ち出される音に少し遅れて、グシャリという音が聞こえた。これで、この死体はこのまま死体でいてくれるだろう。

 

「……何も、出来なかったな。」

 

六郎はその場に膝を折って呟く。その声はただ空しく、廊下に響いていた。



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第14話 大掃除

悠人が話し終えると、職員室には重苦しい雰囲気が漂った。無理もない。悠人は本当に話してよかったのか、もっとソフトに話すべきだったかと僅かに後悔の念を抱いていた。

 

「ユートくん……」

 

「悪い、ずっと黙ってて……」

 

悠里は首を横に振る。分かっていたのだ。分かっていたからこそ、屋上に慈の墓を建てたのだ。悠人が黙っていたのも無理は無いことだ。悠人たちは奴らになってしまった慈をその目で見ているのだから、ショックが大きかったはずだ。

 

部室に沈黙が訪れる。居心地の悪い沈黙だ。誰もが具にでも逃げ出したい気分になる。そんな時、部室のドアがいきなり開き、ゆきが太郎丸を抱えて入ってきた。なぜかアオコにまみれている。

 

「りーさーん……太郎丸を追いかけてたらプールに落ちちゃったよ……」

 

半泣きのゆきが言う。屋上にプール何てないから貯水槽の事を言っているのだろう。一度として清掃していないからアオコだらけなのも頷ける。

 

そんな格好で廊下を歩いてきたのだから、廊下は水浸しのアオコだらけだ。勿論、悠里が怒らない訳がない。悠人たちには後ろ姿しか見えないが、今すぐ逃亡したくなる恐怖心に駆られてしまった。

 

「ゆーきーちゃーん……?」

 

「ひいぃっ!」

 

太郎丸も縮み上がっている。悠人たちは心の中で合掌しつつ、清掃用具の準備を始めた。正直、その場から逃げたくてたまらなかったのだ。トンズラにーげろー。

 

ーーーーー

 

貯水槽ではニジマス、フナ、コイが飼われていた。水を抜いて掃除をするには、まずその魚たちを捕まえなければならない。とはいえ、これが結構大変なのだ。

 

「そっち行ったぞタカ坊!」

 

「こいやぁ!」

 

悠人、孝弘、六郎が貯水槽の端っこで大網を張り、それに向かって和良が突撃、魚を追い込んでいく。追い込み漁(もどき)を、女子たちは楽しそうに見ていた。

 

「そっち行ったよー!」

 

ゆきが笑いながら言う。和良に挑もうとしたのか、勇気あるニジマスが猛スピードで和良の股間に突撃した。和良は体をくの字に曲げ、白目を剥きそうになりながら倒れていく。男にしかわからないその激痛に、思わず男子3人は股間を手で押さえてしまった。

 

「「「か、カズー!」」」

 

お前の意思は無駄にはしないとばかりに3人は網を狭め、魚を捕らえる。和良は仰向けに浮かび上がっているが、魚を捕らえる事を優先した。浮かび上がった和良は魚の後に水揚げされた。(この後、スタッフが美味しくいただいたりはしませんでした)

 

魚をバケツに避難させ、その間に男子は貯水槽をデッキブラシでこすり、汚れやらアオコを落とす。女子はホースで水を撒くのが役目だ。時折、女子のいたずら心に男子が犠牲になる。

 

「ふめらっ!?」

 

悠人の頭をホースの水が襲った。変な声を漏らし、女子は笑っている。勿論残りの男子3人も指を指して爆笑しているが、その3人も次々とホースの餌食になっていった。

 

「やったな……!」

 

男子は反撃とばかりに用意していた水鉄砲を女子目掛けて撃ちまくる。だが、水鉄砲とホースでは勢いが違う。次々と顔面に水を噴射され、沈黙していった。無残にもやられた男子たちは大の字になって倒れ、追い打ちを食らいまくっていた。

 

「水圧には勝てなかったよ……」

 

孝弘は悲しげに呟いた。

 

ーーーーー

 

「やっと終わった……」

 

六郎はへたり込みながら掃除し終わったプール(貯水槽)を眺めていた。その間、他の3人は水着に着替えた女子を見て口笛を吹いたり、その姿に目を釘付けにされたりと色々な反応を見せていた。六郎はここ連日の電気工事の疲れもあった為、女子の水着姿を堪能する体力も残っていなかったのだ。

 

「なあユート、くるみの健康的なボディライン、いいと思わないか?」

 

「俺はりーさんのワガママボディが……」

 

そんな事をヒソヒソ言っていた孝弘と悠人を水鉄砲攻撃が襲った。更にはホース攻撃も追加され、2人揃ってプールにダイブする羽目になってしまった。

 

「何考えてるんだタカ!」

 

「ユートくんのエッチ!」

 

勿論、その光景を見た他のメンバーは爆笑している。悠人と孝弘はもがきながらもなんとか上陸し、床に大の字になって倒れて酸素の美味さを堪能することになった。

 

「……生きてる?」

 

「生きてる。」

 

孝弘はそう答えると咳き込みながら立ち上がり、どこかへと歩いて行った。その間、悠人は目を閉じてうたた寝を始めてしまった。

 

「立て、アレン二等兵!」

 

何分経っただろうか、和良の声で悠人は叩き起こされる羽目になった。誰がアレン二等兵だと文句を言おうと思ったが、その前に手を掴んで無理やり立たされる羽目になってしまった。

 

「レンジャーが道を開く! 行け!」

 

訳も分からず悠人は渡された水鉄砲を握りしめる。お前はどこのシェパード将軍だとツッコむ前に状況を整理する。プールを挟んで男女が水鉄砲で撃ち合っているという光景だ。つまり、水鉄砲でサバゲーをやっているのだ。

 

「こういう事かね。」

 

悠人は面白そうと感じ取り、すぐさまそれに参加することにした。その辺の花壇に隠れ、チャンスを見ては撃ち込む。相手に見せる部分を小さくすることで、被弾しにくくするのだ。サバゲーならやり込んだ。間違いなく勝てる。

 

飛んできた水を葉っぱが防ぐ。狙い通りと言えよう。少しだけ身を乗り出して反撃し、ゆきに命中させる。

 

勝った、そう思って思わずニヤけた悠人の頭上へ、何かの塊が2つ降ってきた。悠里が投げた水風船だ。

 

「グレネード!」

 

六郎の叫びも虚しく、悠人は脳天に水風船を食らってしまった。水の重さと重力加速度に負けた悠人は後ろにつんのめり、大の字になって倒れる。青空がとても眩しく見えた。

 

「野郎ども! ユートの仇を取れ!」

 

和良が景気良く両手に持った水鉄砲で反撃に出る。この水鉄砲合戦に死亡判定はない。気がすむまで打ち合う。それだけの話なのだ。だから、男子は飛んでくる水に怯むことなく撃ち返す。悠人も倒れながら撃ち返し、積極的に反撃していた。

 

「来るぞ!」

 

悠人が叫ぶ。遠くから悠里がまたしても水風船を投げてこようとしていたのだ。

 

「撃て!」

 

男子の水鉄砲攻撃が悠里に集中する。それを援護しようと美樹やゆき、くるみが積極的に撃ち返してくる乱戦になっていった。

 

水風船が悠里の手を離れ、宙を舞う。孝弘はそれを目で追い続ける。放物線を描いて飛んでくる水風船の弾道を見極め、手を伸ばす。

 

水風船が手に収まると同時に手を引き、衝撃を和らげる。水風船を破裂させることなく、孝弘はキャッチして見せた。

 

「ホットポテト!」

 

孝弘はそれを投げ返した。野球部ポジション遊撃手の本領発揮だ。華麗な送球で何人ものランナーに絶望を味わわせたその肩が猛威を振るった。

 

水風船は悠里の近くに落下し、水を撒き散らした。それに驚いた悠里は持っていた水風船を取り落として破裂させてしまう。攻撃手段は奪った。あとは男子のターンである。

 

「突撃にぃ……!」

 

悠人のかける突撃準備の号令で男子は水鉄砲を構え、突撃の態勢をとった。何か違和感を感じながらも。

 

「前へ!」

 

男子は走り出す。目標は悠里、ゆき、くるみ。その3人に肉薄し、水鉄砲攻撃を食らわせるのだ。

 

そこまで思って初めて気づいた。1人足りない。どこへ行った?

 

そして、走る4人の側面に美樹は立っていた。その手にはホースが握られている。待ち伏せされたのだ。突撃破砕線置いてたのかよ……悠人は諦めに近い感覚を覚えた。

 

美樹はホースの口を指で圧迫する。猛烈な水圧を食らい、男たちはプールへと吹き飛ばされていった。脳筋男子はプールに沈みながら、悔しさを覚えていた。

 

ーーーーー

 

そんなバカ騒ぎが終わり、夜になった。悠人は屋上から双眼鏡で周辺を警戒していた。何も変わりはしない。そう、あの日から何も変わらないのだ。変わったのといえば、双眼鏡で見ているだけでも恐怖心を掻き立てられるようになってしまったことくらいであろう。

 

六郎はまたどこかに行って電気工事をしている。ソーラーパネルが最大限の発電をできるのも六郎のおかげだ。武器の整備や日用品の制作、修理は孝弘がやってくれるし、和良は何やら新兵器を作っているようだ。自分には何ができるだろうか。建物の修繕はほぼ済ませたし、バリケードの損傷も少ない。建築科の出番はほとんどなくなってしまった。その上、戦うこともできない。

 

「まさかまさかの穀潰しに成り下がったかなぁ……」

 

「あら、穀潰しなんていないわよ?」

 

悠人がその声に反応して振り向くより早く、悠人の後頭部を柔らかい何かがガッチリ固定した。それが何かを察した悠人は顔を茹でダコのように赤くしつつ、硬直してしまっていた。

 

「り、りーさん……?」

 

「ユートくんがいないと困るんだから……誰が壊れた校舎を直すのよ? それに、設計図を見つけたのもユートくんの手柄じゃない。」

 

「いやまあそうだけど最近はさ……ちょっと太って……」

 

「そう言ってたかだか2kgじゃない。太ったのうちに入らないわよ。」

 

「1kg増えて悲観してた人がよく言う……」

 

悠人はそんな不用意な一言によって悠里のヘッドロックを食らう羽目になってしまった。後頭部あたりに天国があるが、首が地獄である。悠人は悶絶しつつも悠里の腕を叩いてギブアップの意を伝えた。

 

「全く……デリカシーは無いのかしら?」

 

「事実じゃねえかよ……」

 

悠人は苦笑いを浮かべながらも悠里と向き合う。すると、悠里がなにやら覚悟を決めたような表情を浮かべていた。悠人はそれを訝しげに思った。

 

「どうした?」

 

「ユートくんって、好きな人とかいるの?」

 

悠人は思わず噴いてしまった。いきなり何を言い出すんだこいつはとばかりに目を見開いて悠里を見た。悠里は何やら顔を赤らめているし、悠人は嘘だろうと自分に言い聞かせていた。

 

「好きな人って、お前こんな状況下で……」

 

何故か、悠人の脳裏には悠里の顔が浮かんだ。楽しそうに笑って自分を呼ぶ悠里が思い浮かぶのだ。

 

悠人は観念したのか、坊主頭をガリガリと搔きむしる。気付いてないように振舞っていただけなのだ。もうそんなフリも出来ないだろう。

 

「……ああいるよ。りーさんだよ。」

 

「へ……?」

 

悠里は驚いたように硬直し、すぐにポロポロと泣き始めた。もちろん、悠人は動揺した。

 

「えええ!? ちょ、どうしたんだよ!?」

 

「ごめんなさい……嬉しかったから……」

 

悠里は涙を拭いながら笑う。悠人はもうこうなりゃヤケだとばかりに悠里を抱き寄せた。行動力は取り柄なのだ。思い立ったら即断実行でその場を乗り切る。

 

「驚かすなよ……いつもみたいに笑ってりゃいいじゃねえか。」

 

「ええ……私も好きよ、ユートくん。」

 

悠里が笑顔を見せる。この笑顔にはかなわないなと思いつつも、悠人も笑って見せた。すると、悠里はモジモジしながらも目を閉じ、唇を悠人へ突き出した。その意図を察した悠人はもちろん動揺する。女っ気の無い工業高校にいた弊害である。

 

目を泳がせてモタモタしていたら悠里は「ん!」と唸って催促してきた。逃げられないと観念した悠人は、思い立ったら即断実行でその場を乗り切るというポリシーに大人しく従う事にした。



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第15話 地下へ

悠人と悠里が付き合いだし、学園生活部で散々に冷やかされてから数日経った。校外遠征班はいよいよ地下室へ進出すべく、進入ルートの模索及び安全確保を始めていた。

 

具体的には、戦闘要員の3人が奴らを片っ端から始末し、悠人が有刺鉄線やバリケードを作り、奴らの進入を阻むのだ。外部から奴らが侵入しなければいつかは殲滅できる。そうすれば安心して探索に移れるのだ。

 

「……頭では分かってるけどさ、戦闘要員から外されるのってなかなかにキツいものがあるな。」

 

悠人は作戦立案をしながらも呟く。それに対しては腕を組んだ孝弘が答えた。

 

「仕方ねえよ。それに、お前もかなり重要な役割だ。ちゃんとバリケード組んでもらわねえと俺たちが死ぬんだからな。」

 

「わかってる。お前らも準備は万全にしろよ。」

 

「後方支援の用意はしっかり出来てるわ。」

 

悠里が自信ありげに言う。つまり、美味い食事を用意してくれているのだ。美味い食事が待っているならやる気が増す。食べ盛りの野郎4人は既に胃袋を握られていたのだ。

 

「作戦開始は別時。孝弘が必要なものを揃え次第かな。」

 

悠人がそう告げると、資材の準備を担当する孝弘が申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

「まだバリケードの材料が揃ってないんだ。有刺鉄線手作りって結構大変なんだぞ? 武器の整備もしなきゃならないし、マジで支援欲しいよ。」

 

「そう言っても、そっちは孝弘の専門分野だから俺たちわからないし……」

 

六郎が言う。こいつはこいつで対奴ら用にとテルミットを用意していて、万一の時にはまとめて燃やしてやる気でいるようだ。校舎も燃やしかねないからあくまでも最後の手段である。

 

辺りのホームセンターの在庫はまだなんとかなりそうではあるが、自分達以外に生存者がいて、ホームセンターの物を使っていたとしたら、リソースが足り無くなるのは目に見えている。今の所は自分たち以外はホームセンターを使っていないようだが、それがいつまで続くかもわからないのだ。

 

学園生活部の食料備蓄もかなり危ないラインに差し掛かっていた。スーパーの生鮮食品はとっくに腐敗していて、缶詰などの保存食ももう直ぐ枯渇してしまうだろう。

 

「うーん、どこか安全な農場ないかな……」

 

「おいロク助、今の農場は食品の安全は確保されても生産者の安全が確保されてねえのがトレンドじゃねえか?」

 

「それとも、奴らが新鮮な餌を用意して俺たちを美味しく肥え太らせようってか?」

 

「それは畜産じゃねえか。ずいぶん物騒な畜産だこと。」

 

六郎と和良のそんなブラックジョークには悠人が両肘を使って無言のツッコミを入れる。ゴンという鈍い音が部屋に響き、2人が倒れるのはもう見慣れた光景だ。今日もヘルメットをかぶっていなかったツケをこうして払う2人だった。

 

ーーーーー

 

悠人は1人、バリケードの前にいた。バリケード越しに奴らが2体、呻き声を上げてバリケードを越えようと手を伸ばして来ている。対する悠人の手には散弾銃が握られている。バリケード越しなら襲われる心配はない。一方的にやるだけだ。

 

散弾銃を構え、照準器越しに奴の頭を狙う。あとは簡単だ。指に力を入れるだけ。なのに、どうしてそんな簡単なことができないのだろうか。なぜ、指は震えているのか。なぜ、こんなに呼吸が荒いのか。

 

今日も撃てなかった。襲われたあの恐怖が戦うことを拒む。死ぬのが怖い。やはりそれは変わらないのだ。自分は戦士でも兵士でもない。ただの高校生なのだ。その場の勢いを借りて、戦って、英雄気取ってただけなのだろうか。

 

「なあめぐさん……俺、また繰り返しちまうかも。どうすりゃ良いんだろう?」

 

悠人は壁に背中を預けてしゃがみ込み、肩に散弾銃を立てかけた。安全装置を外して、引き金のバネを緩めても撃てない。その自分の弱さが、仲間を、悠里を殺してしまうんじゃないかと怖くて堪らなかった。

 

ナイフを握る手にももう力は残っていない。鞘から抜く事もなく、ナイフの柄を離して悠人は立ち上がると、もう一度散弾銃を構えた。

 

「難しく考えなきゃ良いだけだよな。」

 

照準器を合わせ、目を閉じる。フラッシュバックより早く引き金を引く指に力を込めた。肩に鈍い痛みが走り、耳からうるさい耳鳴りが離れない。撃てたのだ。これで俺も地下へついていけるだろうと、悠人は安堵しつつも、震えた膝を地面に預けていた。

 

「全く、またこんなことしてたの?」

 

悠人の後ろから悠里が声をかける。悠人は少し振り向いて安堵したような表情を浮かべると、しゃがんで目線を合わせて来た悠里の胸に身を預けた。たまにはこうして甘えたい気分だったのだ。

 

「また一つ、打ち勝てた。俺だってまだ戦えるんだ。やらなきゃならねえ……」

 

「……無理しちゃダメ。」

 

悠里のその案ずる言葉は悠人にしっかり届いたのかはわからない。ただ、地下への進出が進むにつれ、悠人は何かに引き寄せられるように戦闘要員への復帰を望んでいるのだった。

 

ーーーーー

 

それとほぼ時同じくして、くるみは逃げ出した太郎丸の行方を捜していた。寝ている時にコソコソと抜け出す太郎丸の姿を見たのだ。それを連れ戻そうとくるみは追いかける。シャベルがあるからバリケードを越えても大丈夫だと本人は見ていた。孝弘が切っ先鋭く研いでくれたのだから、奴らは問題なく仕留められる。

 

道中にいた奴らはそうやって仕留めたのだ。くるみは奴ら如きに足止めされるようなやわじゃない。学園生活部では誰もが知っている。だからと言って、単独で行かせるのを見逃すわけがなかった。孝弘がこっそり追いかけていたのだ。

 

とはいえ、孝弘は急いで出て来たからいつものような装甲は付けていない。持っているのもネイルガンだけだ。普段より慎重にならなくてはならない。

 

「くるみ! おい待てって!」

 

「タカか……太郎丸があっちに行っちまったんだ!」

 

「だからって今は……おい!」

 

どんどん先に進むくるみを孝弘は追いかける。いつの間にか2人は地下に迷い込んでしまっていた。シャッターがあるが、締まり切る前に机で支えられている。壁には暗証番号を入力するためだろうか、数字のボタンがある。つまり、誰かが閉まり切らないようにしたのだ。閉まったら入れないから。でも、誰を入れたかったのだろうか?

 

そんなことは今考える必要はないと孝弘は首を振る。そして、目の前で呆然と立ち尽くしているくるみの肩に手をかけた。

 

「くるみ! 戻るぞ……?」

 

肩越しにシャッターの下に立つ太郎丸を見た。こちらに牙を向いていて、背中から出血している。この事から予想できる事実は一つ。やられたのだ。

 

「っ……! 逃げろ!」

 

動けないくるみを後ろに引き、代わりに孝弘が前に躍り出てネイルガンを振る。飛びかかって来た太郎丸を吹き飛ばすには十分な衝撃だった。吹き飛ばされた太郎丸は引き下がり、威嚇を続ける。それよりマズイのは、シャッターから下半身が見えている誰かである。それはゆっくり身をかがめてシャッターを潜り抜けてくる。それは、絶対に見たくない顔だった。

 

「逃げろくるみ! 応援を呼べ!」

 

孝弘が問答無用でネイルガンのトリガーを引く。ガスの音と共に発射された釘が慈だった肉体の膝に突き刺さるが、止まることはなかった。近すぎて上手く狙いがつけられない。それに、太郎丸の飛びつきもある。下がろうにもくるみが動けずにいる。孝弘は壁になるしかなかった。無茶な状況を切り抜けなければならない。

 

太郎丸がまた飛びついてくる。それをブーツの底で受け止め、牙を突き立てた太郎丸ごと振り回して慈の横っ腹に叩きつける。非情になれる自分に多少の恐怖を覚えつつも、孝弘はくるみを守りたくて戦った。

 

「行けって!」

 

くるみが走り出す。振り向いたのは孝弘の人生最大のミスだった。振り上げられた慈の腕への反応が遅れてしまったのだ。

 

鋭い爪がコンバットシャツの頑丈な生地ごと肌を切り裂く。鈍い痛みと、なんとも言えぬ痛み、痺れ、倦怠感が同時に襲って来た。

 

「クソが!」

 

孝弘は片手でネイルガンを狙いをつけずに乱射し、退避する。そして、夢中で走った後で壁に背をつけてしゃがみ込んだ。熱っぽい。頭がぼんやりして傷口が痛む。嗚呼、みんなこんな風に奴らになって行ったのか。

 

惨めなものだ。左腕が動かない。ネイルガンもガス欠だ。残るは自決用に弾を1発入れた拳銃。警官から借りたものだ。

 

もし、バリケードの先でやられた時は生きてバリケードを越えてはならない。その取り決めに従う気でいた。頭を潰せば奴らにならずに済むだろう。心の中で仲間に詫びつつ、拳銃を手にするが、持ち上げる力も残されていなかった。

 

「自決すら……させてくれねえのかよ……」

 

孝弘は倒れ、意識を失った。視界が無くなる前に見えたのは、幾つものライトの光と、近寄る懐かしい顔の数々だった。

 

ーーーーー

 

孝弘はバリケード内で、別室に隔離された。以前、保健室から運んで来たベッドに寝かされ、手足を手錠で拘束してある。時折、殺してくれとうわごとのようにつぶやいている。

 

「何があった?」

 

完全装備の悠人が問いかける。くるみはそれに絞り出すように答えた。相当怖かったようだ。

 

「太郎丸がやられてた……そして……いたんだ……」

 

「いた? あのクソッタレヤンキーどもなら燃やしたはずだが?」

 

「違う……めぐねえだった……」

 

全員が黙ってしまった。まさかそんなところにいたとは思っていなかった。そして、残された戦闘要員の和良と六郎は自分に慈を倒せる自信がなく、押し黙ってしまった。

 

「問題は、孝弘だよな……」

 

悠人がため息まじりに言う。このまま放置すれば奴らの仲間入りするのは火を見るより明らかだった。

 

「どうするの?」

 

悠里が訊く。それに対して悠人はため息を一つついて答えた。

 

「俺たち校外遠征班の規定では、あいつを殺すしかない。治しようがなく、仲間を巻き込むくらいならそうしてくれって、最初に4人で決めたことだ。」

 

「でも……!」

 

悠里は言葉を続けることができなかった。他に手段を知らないのだ。それしかないのが現状だった。

 

「……それ以外に手段があれば、殺さずに済むんですね?」

 

美樹が言う。悠人、和良、六郎はそれに飛びつくように反応した。孝弘を殺したくないから、殺さずに済むかもしれない手段に飛びついたのだ。

 

「具体的には?」

 

「これを見てください。」

 

美樹が出したのは職員室で見つけた非常マニュアルで、ある文に蛍光ペンでマーカーが引いてあった。そこには、治療薬の存在が示唆されていたのだ。

 

「ワクチン……どこにある……まさか、地下室か?」

 

「そのようです。めぐねえもそれを取りに行って恐らく……」

 

校外遠征班3人は顔を見合わせる。行くしかなかった。準備は不足しているが、時間もない。そしてその資材を用意する人間が倒れた今、計画を実行に移すしかなかった。

 

「ユート、ここを守ってくれ。俺とロク助で行ってくる。」

 

和良が言う。目には一種の覚悟が見て取れ、全員が何もいえなかった。

 

「死ぬなよ。生きて戻ってこい。じゃなきゃみんなやられる。いいな?」

 

「おうよ。信じろ。」

 

2人は必要な荷物をすぐに整えると、その足で地下へと向かって行った。



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