生命を守る盾 (ノナリア)
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ユグドラシルの最後
第一の盾


頭の中で構想は浮かんでいたんですがなかなか文字にできず。
稚拙な文章ですがどうぞよろしくお願いします。
ちなみに不定期更新です。


 物事を語る時には相手と自分の認識が同じである必要があると私は思っている。相手の認識が自分と違った場合様々な問題や不利益がもたらされる場合があるからだ。

 私がいまこのような状況にあるのもそういった互いの認識不足、勘違いというやつが原因だったのだろう。

ただ一つだけ言える事は、

 

「どうしてこうなった……」

 

 西暦2126年に発売されたDMMORPG「ユグドラシル」

そのゲーム内でクリエイトできる種族は数百種であり、職業も二千種以上かつ自由に選択可能、また自由にカスタマイズできる外装、同時期に運営されている同種のゲームと比較しても圧倒的な自由度の高さを持ち、国内最高峰といえる爆発的な人気を博した。

私がそのゲームに惹かれたのも偏に売りである自由度の高さ故だったのだろう。

キャラクタークリエイトに1週間かけたのも今となっては良い思い出だ。

 

「今日も狩るぞー!」

 

 私こと中小路(なかこうじ)琴美はいつも通りの動作でユグドラシルにログインする。

いつも通り狩りをして、いつも通りクエストをこなして、いつも通り誰かとチャットをする。そういった日々がとても楽しかったし、私にとっても非常に有意義な時間だった。

 しかしその日常であったいつも通りというものが永遠に続く事はなかった。

 

「ユグドラシルのサービス終了……?」

 

 突然の知らせに頭がぐちゃぐちゃになる。確かにユグドラシルは全盛期に比べると接続人数は減っていただろう。

それに伴ってプレイヤー達の課金額が減ったというのもわかる。でもどうして、という考えが頭の中をかき回していく。

その真偽を確かめるべく色々なサイトを見て回ったところ、どのサイトもユグドラシル終了についての記事を書いていた。

そんな記事に目を通す必要なんてなかったのに……

 

「まあサービス開始から12年も保ったんだし最近のゲームの中では良かった方じゃないかな」

 

 やめて……

 

「俺もやってたけどもうプレイヤーもほとんどいないんだろ?」

 

 そんなことはない……まだ、私が……

 

「今時ユグドラシルって感じだよなあ、みんな新作に飛びついてるし」

「私もギルマスやってたんですけど次第にみんなログインしなくなっちゃって」

「あ、でも永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)を使えばまだ可能性あんじゃね?」

 

 ユグドラシルのアイテムには世界級(ワールド)アイテムと呼ばれる全アイテム中頂点のものがある。その総数は200種類らしいが、永劫の蛇の腕輪はそのなかでも二十と呼ばれる存在の一つであり、使い切りタイプで特に凶悪な効果を持つことで有名である。

そして永劫の蛇の腕輪の効果というものが、

 

「運営への仕様変更の要求……!」

 

 これしか方法はなかった。絶対に叶えてくれる保証なんてどこにもない。たかが仕様変更でサービス終了が止められるなんて本当は思っていない。

しかし琴美はすぐさまユグドラシルにログインし、藁にもすがる思いで永劫の蛇の腕輪の手がかりを探す。

サービス終了は3ヶ月後、それまでに永劫の蛇の腕輪を入手する必要がある。

 

「どこかのギルドが永劫の蛇の腕輪を使われて、占領していた鉱山があるワールドに入れなくなっていたような……たしか名前は……」

 

 まだ整理しきれていない頭の中から必死にそのギルド名を探す。

 

「そうだ! アインズ・ウール・ゴウン!」

 

 アインズ・ウール・ゴウン——かつて41人という少人数でギルドランキング9位にまで上り詰め、掲示板では「DQNギルド」とまで呼ばれる始末、また所属している全員が異形種であり、1500人もの討伐隊を壊滅に追い込んだ伝説まで作り出したまさにユグドラシル一悪に特化したギルドと言えるかもしれない。

 永劫の蛇の腕輪を使ったギルドを私は知らない、ならば使用された側のギルドの人から少しでも情報をもらうしかない!

 

「でも私ここの人ほとんど知らないんだよなあ……一度だけ戦った事あるけど随分と昔の話だし」

 

 考えてるばかりでは無駄に時間が過ぎていくだけ。ならば少しでも早く会いに行こう。アインズ・ウール・ゴウンはヘルへイムのナザリック地下大墳墓を拠点にしていたはずだ。

 

「じゃあさっそくお邪魔しに行きますか! 《ゲート/転移門》!」

 

 

 

 

 

 

 

「ここがナザリック……噂には聞いていたけど結構不気味なところね」

 

 彼女が転移してきた場所、まさに墓地という言葉が相応しいこの沼地にナザリックが存在するのだ。

 気を引き締めてナザリックに向けて歩を進めたところで何者かに呼び止められた気がした。

 

「警告する。これより先はアインズ・ウール・ゴウンが拠点を構えるナザリック地下大墳墓だ。今度は何が目的だ? 私たちの世界級アイテムか、それとも——」

「連絡もせずに押し掛けてごめんなさい。実はあなた方のギルドマスターにお聞きしたい事がありまして……」

「……話だけなら伺おう」

 

 この声はどこかで聞いた事がある。たしか、討伐隊が全滅した戦いをムービーとして運営が残していたはずだ。そのムービーの最後で笑っていた人物、とするとこの人は——

 

「もしかしてあなたがギルドマスターのモモンガさん……でしょうか?」

「いかにも私がモモンガだ」

 

 あれ、どうして真横から声が——

 

「どうかしましたか?」

「わひゃあ!?」

 

 突然の骸骨の出現にゲーム内だというのに尻餅を着きそうになる。いかにも魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですと言わんばかりの見た目、そのローブ?の下に見えるのは骨、骨である。しかしそこからは絶対強者の余裕と全く隙がない視線を感じた。この人がアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター——モモンガさんか。

 

「そこまで驚かれると少し傷つきますね」

「ご、ごめんなさい! そんなつもりは——」

「ははは、冗談ですよ。さて、こんな場所でお話をするというのもなんですし、落ち着いて話ができる場所まで案内しようと思うのですが、どうでしょうか?」

 

 さっきの声と打って変わってフランクすぎないか!? もしかしてこれが素だったり……

 

「え、ええ。是非ともお願いします」

 

 あとで《ホーリー・スマイト/善なる極撃》を撃ち込んでやろうと思ったのは秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

「ここならば落ち着いて話ができるでしょう」

 

 そう言ってモモンガさんが案内してくれたのは応接間のような部屋だった。しかしここは……

 

「うん? どうかされましたか?」

「あ、いや。ここってギルドの皆さん専用の部屋なんじゃないかなって。今までナザリックにこういった場所があるなんて聞いた事ないですし……」

 

 とても短い、まさに一刹那ほどの時間だったはずなのに、私にとってその沈黙はとても長く感じてしまった。

 

「……ええ、その通りです。ここは私たち以外は誰もきた事がありませんから」

「でしたら、なぜ私を?」

「いやあ、もうユグドラシルも最後らしいですし残りの3ヶ月ぐらいギルマス特権を使おうかなって思った次第ですよ」

 

 そう言ったモモンガさんの表情はどことなく寂しそうに、遠くの物を見つめている気がした。表情なんて出ないはずなのに。もしかすると他のギルメンの方は……

 

「……そう、ですか。ま、まあ最後ぐらいならギルマス特権で好きにしても良いと思いますよ!」

「ははは、あまり気を使わなくて大丈夫ですよ。私自身も皆がいつでも戻ってこられるようにはしているつもりですから」

 

 そうだ、皆やめたと決まった訳じゃない。リアルが少しだけ忙しかったり、ちょっとだけユグドラシルに飽きて他のゲームに浮気しているだけかもしれない。こんなに素晴らしい拠点が残っているんだ。きっとモモンガさんのギルメン達もサービス終了までには顔を出してくれる事だろう。

 

「そ、そういえばここまで第一から第八階層まで通らせてもらいましたけど守護者の女の子達はみんなかわいいですね!」

 

「お、良いところに目がつきましたね。シャルティアやアウラ、アルベド。彼女達は私たちの自慢のNPCですよ。シャルティアはペロロンチーノさんが作り出した吸血鬼、アウラはぶくぶく茶釜さんが作ったダークエルフ、アルベドはタブラ・スマラグディナさんが作ったサキュバスです。皆違いがあって私も愛着が湧いています」

 

「へえ、やっぱりここでもNPC達は詳細なところまで凝ってるんですねえ」

 

 この時、彼女がアウラとマーレを間違えていたのだが、それに気づくのはまだ先の話である。

 その後もモモンガさんは色々と私に話してくれた。シャルティアの設定に始まりナザリックの良さだとか討伐隊が攻めてきたときの罠のかかり具合だとか、それはもう子どもの様に。いやまあゴキブリハウスなんて誰でも嫌でしょう……

 しかしどうして私なんかにそこまで話してくれたのか、そんなことは聞ける雰囲気ではなかった。

 

「……おっと、話がだいぶ逸れてしまいましたね。申し訳ないです。それでご用件とは何だったのでしょうか?」

 

 はて? 用件とはいったいなんだろう、私はここにお茶をしに……

 

「思い出したァ!! モモンガさん! 世界級アイテムの永劫の蛇の腕輪について何かご存知ないでしょうか!?」




流し読みをしてもらえるぐらいが丁度いいかなと思った次第です。


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第二の盾

これ1話にまとめてよかったんじゃないかなあと思ったり
オリ主の名前から種族とか想像がつく人もいるんじゃないでしょうか。


「お、落ち着いてください。ええと――」

「アイギス・セラフィです、モモンガさん。今思えば自己紹介すらちゃんとせずに聞きたいことがあるだなんて……本っ当に申し訳ないです!」

 

 ついモモンガさんと楽しく話してしまった結果がこれである。本末転倒とはこういうことを言うのだろうか?

 

「気にしないでくださいアイギスさん。それより永劫の蛇の腕輪を手に入れる方法ですか……あるにはあるんですが」

 

 モモンガさんがそれより先を口にしようとしない。やっぱり部外者である私にそう簡単に世界級アイテムの情報を渡せるか!とか、そういうことなのかな……

 

「永劫の蛇の腕輪は世界級アイテムの中でも二十と呼ばれる凶悪かつ強力なアイテムです。そのあたりは大丈夫ですよね?」

 

 私は無言でモモンガさんの問いに頷く。

 

「これら二十のアイテムの取得方法はそれぞれ違うんですがアイギスさんの言う永劫の蛇の腕輪を手に入れようとなると……ざっと半年ほどかかってしまうんですよ」

「……は?」

 

 ちょっとまって半年? サービス終了まであと3ヶ月しかないのに半年もかかるって……それじゃあもうどうしようもないじゃない。

 明らかに落ち込む私に呆れたのか、モモンガさんは少し席を外すと言って転移してしまった。

 

「……これで終わりなんて、そんなこと」

 

 まだ諦めたくない。やっと地獄の底で蜘蛛の糸が見えたのだ。たとえ半年かかるとしても必ずや期限内に手に入れてみせると。

 

「すいません急に席を外してしまって……どうされたんですか?」

 

「モモンガさん! 私必ずや期限内に永劫の蛇の腕輪を手に入れてみせます! だからクエストの所在地などの情報を教えていただけないでしょうか!?」

 

「ええ、もちろんです。ですがまずはこれを見てもらえないでしょうか」

 

 そう言ってモモンガさんはインベントリから一つの腕輪を取り出した。何の変哲もない蛇の彫刻が施されたどこにでもあるような腕輪だ。

 

「モモンガさん、私を励まそうとしてくれるのは嬉しいんですが……もしかしてこれが永劫の蛇の腕輪を手に入れるための鍵だとか?」

 

「永劫の蛇の腕輪です」

 

 え、えっと……?

 

「これが永劫の蛇の腕輪です」

 

「冗談きついですよモモンガさん。さっきモモンガさん自身が手に入れるのは厳しいって言ってたじゃないですかあ」

 

「実は私たちのギルドが永劫の蛇の腕輪の効果を受けたときにですね、少しだけ報復しても許されるんじゃないかって理由で手に入れていたんです。まあ使うこともなく終わりそうになっていましたが……」

 

 冷静に淡々と言葉を続けられ事実を事実として受け止められない。さっきまでの自分の意気込みは一体何だったのだろうか。自分だけ張り切ってたみたいでかなり恥ずかしい。

 

「ではこれをあなたに差し上げます。どうぞ好きなように使ってください」

 

 モモンガさんが腕輪を渡してくる。いやいやこんなのは受け取れない。二十だから、世界級アイテムだからという理由ではない。私とモモンガさんは初対面なはずなのに、なぜこんなにあっさりと渡すことが出来るのだろうか。

 

「私の友人にたっち・みーという人がいましてね。彼はワールドチャンピオンだったこともあってそこそこ有名人だったんです。そんな彼が昔、私に言ったんです」

 

 ――アイギスという人にはお世話になった。いつかまた会ってお礼がしたい。

 

「どういったことでお世話になっていたかは教えてくれませんでしたが、たっちさんはずっとどういったお礼が良いかと考えてましたよ。それに彼はいつもこう言ってました。誰かが困っていたら助けるのは当たり前、と」

 

 まさか、私の頭の中で一人の人物がよぎる。昔に一度だけたっち・みーという人とパーティーを組んだことがあった。もしかしたらその時に……

 

「思い当たる事があるみたいですね。そういうことです。ですからこれはたっちさんから、ということではなくギルドマスターである私からギルドメンバーの恩人であるあなたへのお礼だと思って頂いて大丈夫ですよ」

 

 永劫の蛇の腕輪を再度私に渡してくる。モモンガさんからは相手を利用してやろうだとか、後でお金をせしめてやろうといったそういう感情は感じ取れない。元々骸骨だからかもしれないが。

 

「で、ではありがたく頂戴します……」

 

 腕輪を受け取る手が震える。実際には震えていないはずなのに、これで願いが叶うと思うと嫌でもそう感じてしまう。

 

「それでは早速発動してみましょうか」

 

 モモンガさんが発動を今か今かと急かしてくる。

 

「え、えぇ!? ここで使うんですか!? いやまあもらっておいて使わない選択肢はないんですが」

 

 ふう、と一息ついて腕輪を天井に掲げる。

 

「永劫の蛇の腕輪よ! 私は願う! ユグドラシルのサービス終了の延期を!」

 

「えっ?」

 

 腕輪から発せられる眩い光に部屋中が包まれていく。モモンガさんは目がないはずなのに目を手で塞ぐ始末である。そうして数十秒か数分が経ち光が収まったころ、運営メッセージが目の前に表れた。

 

 ――その願いは叶えることができません。別の願いを宣言してください。

 

 その文字がピッという電子音と共に表れたとき、私の中で何かが崩れていった気がした。

 



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第三の盾

とても短い


 無機質な機械音が聞こえてからどれくらい経ったのだろうか?放心状態とも言える私はただ茫然と腕輪を見つめることしかできなかった。

 

「え、ええっと。アイギスさん、あなたはもしかしてまだ――」

 

 失敗した、失敗した。どうして、ユグドラシル内ならどんな願いでも叶うんじゃないのか。まだやりたいことだってたくさんある。やり終えてないことだってある。それなのにどうして、この願いは聞き届けてもらえないのだろうか。放心状態の彼女にはモモンガの声は聞こえてすらいないだろう。なんとか他の策を、なんとしてもサービス終了を阻止しなければ、そういった考えしか今の彼女にはなかった。

 

 サービス終了の知らせからまだ1日すら経っていないというのに、モモンガにはそれが何年も願い続けた希望が突然絶たれたように見えたことだろう。もちろん彼にだって悔いはある。みんなで作り上げたナザリックがなくなるのは悲しいし、何より思い出の場所がなくなるというのはとてもつらかった。それでも……

 

「……アイギスさん、あなたが何を思ってその願いを叶えようとしたかのはこの際聞きません。私ももしかしたらその考えに至っていたかもしれないんですから。私も諦めたくはなかったです。ですが私は皆と作り上げたこの場所を、最後まで守り抜くのが私の仕事だと思っています。いつ消え去るともわからないですが、誰も来なくなって忘れられてしまう。そういった終わり方が一番悲しいのではないでしょうか。私たちにとっても、ユグドラシルにとっても」

 

 確かにその通りだ。でも私は……

 

「ありふれた言葉かもしれませんがこのナザリックにもメンバーそれぞれの思いがたくさん詰まっています。一緒に狩りをしたり、クエストをこなして、他愛のない話をして、そういった思い出を忘れないことこそが一番大切なのではないでしょうか」

 

 皆がこのユグドラシルを忘れないように、プレイヤー達それぞれが作りだした思い出を記録としては残せなくても、私たちの記憶として……ああ、なんだか私だけ深く考えて馬鹿みたい。こんなことをしたいがためにユグドラシルをやってたわけじゃないもんね。たとえユグドラシルが終わってしまっても私の思い出は、皆との思い出が消えるわけではない。

 

「ふぅ、なんだか私だけ考えすぎていたみたいですね。それにしてもアンデッドだというのにまるで聖人みたいでしたよ? モモンガさん」

 

「そんなジョークが言えるようならもう大丈夫そうですね、アイギスさん」

 

「ありがとうございます、モモンガさん。おかげで目が覚めました」

 

 ああ、私はもう大丈夫。諦めたというわけではない。ただ今はこの一瞬を、ユグドラシルで過ごすこの時間を記憶に残していこう。まだ3ヶ月もあるんだ。短い期間だけどこのユグドラシルという世界を思う存分満喫してやろう。未だ発見されてないダンジョンも、アイテムもある。もしかすると誰も発見できなかった世界級アイテムを手に入れることができるかもしれない。最後の最後に大暴れしてやるのもいいかも。ならば私は――

 

「永劫の蛇の腕輪よ! 私は願う!」

 

 ――願いは聞き届けられました。これよりその効果を適用します。



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第四の盾

モモンガさんの弱みを握るお話?
活動報告に設定を載せておきます。気になる方はどうぞ


 うん、なかなか悪くないゲーム人生だったと思う。モモンガさんと出会ったあの日から私はやりたいことを精一杯やりきった。未討伐のワールドエネミーである天使を倒すことができたし、皆の協力でとある世界級アイテムを手に入れることもできた。もちろん相手が天使だったし一緒に行ったモモンガさんとの相性は最悪だったんだけども、私の得意な持久戦に持ち込んでなんとか勝利を収めることができた。その時に手に入った世界級アイテムこそが、「光輪の善神(アフラマズダー)

 このアイテムも永劫の蛇の腕輪と同じく二十の一つであり、カルマ値がマイナスの対象に強大な効果を発揮する、というもの。なんと効果範囲が世界一つを覆い尽くすほどだと言うのだから驚きである。モモンガさんが事ある度に光輪の善神だけはやめてください!と言っていたが、これは一つ弱みを握れたということでいいのだろうか?

 そんなモモンガさんとも何度か一緒に冒険もしたけどその度に、

 

「アイギスさん、ヘイト稼ぎばかりでは楽しくないでしょう? たまには私が変わりますよ」

 

 と何度も提案してきたが全て断ってきた。だって敵から皆を守ることが私の役目だからね、今も昔も……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~いぎ~すちゃ~ん!!」

 

 ねっとりとした口調で女性が私に飛びついてくる。彼女はケルヴィ、私たちのギルド「生命の樹(セフィロト)」の一員だ。桃色の髪に白と黒の対になる翼、そして大きな胸……胸……

 

「いつも急に抱き着くのはやめてくださいって言ってるじゃないですか。ケルヴィ」

「あらあら? それは急じゃなければいいってことぉ?」

「そういうわけではなく……はぁ、もういいです」

 

 私が観念したことに気付いたのかさっき以上に引っ付いてくる。これがいつものことだし今更とやかく言うつもりはない。

 

「それで、アイギスちゃん。どこぞのギルド連合が私たちの世界級アイテムを狙っているというのは知っているのかしら?」

 

 彼女がいつになく真剣な声で聞いてくる。もちろんその話は私の耳にも入っていた。なんでも私たちの持つ世界級アイテムがとあるギルドとの戦いで必要で、そのために最初は取引を持ちかけようとしていたみたいなんだけれど、やっぱりそういったギルド連合は皆が皆穏便に済ませようという考えではないらしくて……

 

「お話で解決できるよう説得してみます。ここを戦場になんてさせません」

「ふふ、アイギスちゃんならそう言うと思って向こうとは連絡を取っておいたわ、《ゲート/転移門》!」

 

 ケルヴィが魔法を唱えると直径2mはあろうかという渦が生成された。この中を通れば相手方の場所へ直接行けるはずだ。

 

「それじゃあ私につかまっててね? あなたは行ったことがない場所だろうから」

 

 そう言われケルヴィが差し出した手につかまる。傍からみれば普通の親と子に見えないこともないだろう。そのまま二人は渦の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ようやく来たか」

 

 渦を抜けると辺り一面の草原である。前方には複数の人間種の方々、どうやらあちらさんがギルド連合、というものらしい。そしてこちら側にいる三人が……

 

「ったく、リーダーのお前が一番最後ってどうなってんだ? こっちはもう1時間も待ったぞ」

 

 男のような話し方の彼、いや彼女はソロネ。青のショートカット、セーラー服に竹刀? そしてその言動から行動そのものが昔で言う番長というものにそっくりらしい。その割にはかわいいアバターにすっごくお金をつぎ込んでるみたいだけど。

 

「……おいアイギス、今余計なこと考えなかったか?」

「え、あ、いえ! そ、そんなことはないですよ!?」

 

「お前昔っから嘘つくのが下手だよな。気付いてないかもしれないが、お前は嘘をつくときいつも頭を軽く横に振る癖があるからな」

 

 即座に両手で頭を押さえつける。あれ、頭なんてゲーム内で無意識に動くはずが……まさか――

 

「くくく、馬鹿は一人見つかったようだな」

 

 へ? ま、まさか……

 

「こりゃあ帰ったらお仕置きが必要だよなぁ? さあてどんな――」

 

「失礼、お取込み中のところ申し訳ないが、そろそろ取引についての話を……」

 

 助かった! ソロネさんはあからさまに不機嫌そうにしているけどよかった! そっちの人には感謝しないと。

 

「ご、ごほん! すいませんはしゃいでしまいまして。それで取引の件ですが、あなた方は私達――ギルド「生命の樹(セフィロト)」が持つ世界級アイテム――が欲しいと。そういう話で間違いなかったでしょうか?」

 

 何やら他の連中と相談しているけどまあ少しぐらいなら見逃してあげてもいいでしょう。

 

「ええ、話が早くて助かります。つきましてはそれ相応の謝礼を――」

「申し訳ありませんが、あれは私達5人で初めて手に入れた思い出の世界級アイテムです。たとえいくら積まれようと取引する気はこちらにはございません。本当に申し訳ないのですが今回は諦めていただいて――」

 

 これは事実である、私たちの持つ世界級アイテムはギルドメンバー5人が力を合わせてやっとの思いで手に入れた物なのだ。たとえ世界が買えるような物を提示されたとしても取引に応じることはないだろう。

 

「どうしても……でしょうか?」

「ええ、それは変わりません。よろしければ――」

 

 私が次の言葉を発する前に魔法が私めがけ数発飛んできた。ああそう、初めからそういう手段も考えてたってことなのね。

 

「なにやってんだお前ら! こいつには90レベル以下の放つ魔法は効かねえ! 魔法攻撃は他の4人に、そいつは接近戦で仕留めろ!」

 

 それを合図と言わんばかりに彼の後ろから何人もの人が飛び出してくる。私には剣や斧、槍や素手などで攻撃を、他の4人には魔法や弓での攻撃を。それらひとつひとつから目の前の相手を倒さんとすべく意志を持っているような力強さを感じた。

 

「――全部無駄なのにね」

 

 誰が呟いたのだろうか、おそらくそれがわかっているのはアイギス側の4人とアイギスの正面にいたプレイヤー達だけだろう。

 

「まったく、私たちがこれだけお願いして、さらには実力行使に打って出るなんて……本当に救えない」

 

 ギルド連合の魔法詠唱者(マジックキャスター)や弓使い達は眼を見開いていた、なんと自分達の魔法、弓、それら全てがアイギスの下へ向かっているのだ。もちろん彼らだってそこそこのプレイヤーである。ターゲットを間違えるなんてことはない、とするとこれは……

 

「ああこれ? 私のスキルでね《スペルリード/魔法誘導》って言うの。味方に対する遠距離攻撃を自動的に私にターゲット変更するんだけど、レベル100の攻撃も誘導しちゃうからそこだけはデメリットかな?」

 

 そう言う彼女に大量の魔法や弓が殺到するがどうやら相手に90レベルを超える遠距離攻撃者はいなかったようで、彼女には傷一つついていない。そしてお返しと言わんばかりに私の後方の二人から相手の魔法詠唱者に向けて何度もの《ホーリー・スマイト/善なる極撃》が撃ち込まれた。

 

「くっ! お前ら、俺に続け! 接近戦なら止められねえはずだ!」

 

 リーダー格の男と複数の男たちが私に向かって攻撃を仕掛けてくる。

 

「確かに私は接近戦が苦手、だって他の人と比べると時間がかなりかかっちゃうんだもの。でもそれだけ。40以下しか近距離攻撃を無効化にできない、なんてデメリット、こんなもの私にとってはあってないようなものなんだから」

 

 彼女の背中から3対の翼が生える。その姿はまさに天使であり天使の中でも最高位の至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)の種族を持つ彼女にふさわしい姿とも言えた。それと共に彼女の手に大きな盾が出現する。

 

 攻撃の瞬間リーダー格の男は考えていた。こいつらの種族が天使だってことはわかっている。こいつが遠距離耐性を持っていることもだ。ならば近距離に特化したレベル100の俺が負けるはずがない、そう思っていたのだ。だが、甘かった。なぜ彼女はそんなデメリットを持っているのに前に出ているのか、少し考えて入ればわかっていたはずだったのに。そうした少しの油断が命取りとなってしまう。それがユグドラシルでの戦い。

 

「もう二度と私たちの前に現れないでね? 《ブリリアントディザスター/光輝なる災害》!!」

 

 光と共に轟音が相手全体を包み込んでいく。光が収まった後はなぜか草原には一切の戦闘痕が見られず、ギルド連合の面々の姿もなかった。これこそアイギスが持つ一撃必殺の接近戦用スキルである。近距離の一人を対象として発動し相手全体を巻き込むため必ずしも接近戦用というわけではないのだが。ただ彼女がこの魔法を気に入っている理由、それは単純に敵意を持つ者に対してしか効力を発揮しないためである。そのため草原には一切の影響がなかったのだ。

 

「やっぱりアイギスちゃんが一番怖いわねえ」

 

「ふん! あの程度なら全部俺に任せておけばよかったのによ」

 

「お姉ちゃんさいきょー!」 「さいきょー!」

 

「そんなことないってば、私はただみんなを守りたかっただけで」

 

 さすがに二人から最強などと言われてしまうと恥ずかしく思えてくる。この二人が先の戦いで相手の魔法詠唱者を倒していた双子のミカエラとジブリールである。お姉ちゃんって呼ばれるのはもう慣れてしまったけど最強とかはまだちょっとね……

 

「お姉ちゃん! 私頑張ったからいい子してー!」

 

「あっミカだけずるい! 私も頑張ったんだから!」

 

「はいはい、ミカもジブリィもよく頑張ったね。お姉ちゃんは嬉しいよ~」

 

 そう言いながら両手を使って二人の頭を撫でてあげて、そうしたらケルヴィも乗り込んできて、ソロネさんはチラチラこっちを見ていたし。もしかしてソロネさんも撫でてほしかったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあお姉ちゃんまたねー!」

「元気でね!」

 

 二人の頭を撫で終えると、別れの挨拶を済ませて二人はログアウトしていった。

 

 ――23:52:08

 

ああ、もうこんな時間か。明日も仕事だし早く寝ないとなあ。もしかしなくてもモモンガさんは最後までいるつもりだろう。彼も最後には誰か来てくれたのかな? 私はケルヴィに最後まで抱き着かれていたし、ソロネさんにはいじられっぱなしだった。

 

「ほんと、私にはもったいないぐらいの友達だったなあ……」

 

 ――23:56:42

 

 でも、一つだけ叶えられなかったことがある。

 

「もう少しだけみんなと冒険をっていうのは私のわがまま……だよね」

 

 ゲーム内のアイギスは気づいていなかったが、リアルの世界での中小路琴美の頬には一筋の涙が流れていた。

 

 ――23:59:42

 

「私とみんなを出会わせてくれてありがとね、ユグドラシル」

 

 手に持った世界級アイテムを見つめながら最後の時を迎える。またいつか一緒に、そう願いつつ瞳を閉じる。

 

 ――23:59:59

 ――00:00:00

 ――00:00:01

 

「あれ?」




きた!原作きた!


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生命の樹
第五の盾


新章も何もただ原作スタートしただけです



 どういうことだろうか。0時を過ぎたというのに強制的にログアウトさせられない……?もしかしてサービス終了が延期に!?

 

「よっしゃあああああ!! 明日が仕事だとか関係ない! 気が済むまで遊んでやる!」

 

 まずはサービス終了延期記念にアインズ・ウール・ゴウンに殴り込み! そして結局使えなかった光輪の善神の発動! それからそれから――

 

「どうかなされたのでしょうか? アイギス様」

 

 この場は生命の樹の中枢、5つの椅子と大きなテーブル以外はほとんどなにもない場所のはずだ。ケルヴィやソロネさんはいないはずだし、ミカエラとジブリールもついさっき見送ったばかりだ。とするとこの声の正体は……

 

「も、もしかしてエリシア……?」

 

「はい! あなた様に生み出して頂いたエリシア・ファティマでございます!」

 

 彼女こそ、生命の樹で唯一のNPCである。良くも悪くもアイギスの願望そのものが詰まった外見となっているため、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいて、とアイギスからすれば非の打ち所がないような存在である。

 いや問題はそこではない。なぜNPCである彼女と私は普通に会話しているのだろうか。もしかすると0時になったと同時にNPCの会話機能が追加されたとか? いやでも口とか動いていたし、そういうことならコンソールから運営のお知らせを確認すればいいじゃないか。そう思った私はいつものようにコンソール画面を開こうと目の前の空中を指でつつくが何も反応がない。

 

「……コンソールが出現しない?」

 

 どういうわけかコンソールが出現しない。それどころか直後に行ったGMコールすら反応がない。

 

「ごめん、エリシア。ちょっと手間をかけるようだけど生命の樹の外がどうなっているか見てきてくれないかな? お礼は後でしっかりするからさ」

 

「お、お礼などとんでもございません! 私にとってはあなた様のために働くことこそが一番の幸せでございますので! で、ですが強いて言えば私にもミカエラ様やジブリール様になされていた、その、頭ナデナデというものをして頂けると……い、いえ! 今のは忘れてください! それでは偵察任務、喜んで行ってまいります!」

 

 あ、あれ? 私が設定した時と性格が変わりすぎていないかなあ? たしか高貴で強くてかっこよくて、そんな感じの設定だったはずなのに。でもそういえば一時期だけ皆にエリシアの設定をちょこっとだけ弄ってもいいよと言ったことがあったような……

 

「なんであんな乙女チックな子になっちゃったかなあ……」

 

 先程までエリシアがいた場所に落ちていた羽根を手に取りながら考える。エリシアに偵察に行かせたのはアイギスの頭の中に一つの仮説が浮かんでいたからだ。コンソールも開かず、GMコールも通じない。こんなことはユグドラシルでもめったになかった。そして自由自在に動いたり話したりするNPCと謎の性格設定。あと一つ、何か確証得られるようなことがあれば、

 

「《メッセージ/伝言》エリシア」

 

 《メッセージ/伝言》の魔法を使いエリシアとの通話できる状態にしておく。

 

「はいこちらエリシア、一通り見て回りましたので報告に戻らせていただこうと思いますがいかがいたしましょうか?」

 

「そうだね、じゃあいくつか質問するから答えてみて。生命の樹を出てすぐに見えていた浮遊城は見えているかしら?」

 

「浮遊城……ですか? 噂には聞いていましたがそのようなものはどこにも……」

 

「では二つ目、生命の樹の根元付近には教会があったはずだけどそっちはどう?」

 

「教会も……ありません。生命の樹の近辺は見渡す限り草原が広がっています」

 

「じゃあこれで最後の質問よ。エリシア、あなたの設定を弄ったのは誰かしら? これに答えられ次第帰ってきていいわ」

 

「ええと? ケルヴィ様とソロネ様です。あの時は新しいおもちゃを見つけた子どものように目を光らせていらっしゃいました。 では任務完了致しましたのでこれより帰還いたします」

 

 やっぱりあの二人か……、ソロネさんはともかく大半の書き換えはケルヴィによるものだろう。全く、私がこんな目にあっているというのにとんでもない置き土産を残していってくれたみたいね。

 しかし、これで確信した。ここはユグドラシルではない別の世界。そして私とエリシアはその世界に生命の樹ごとやってきてしまったのだと。

 

「エリシア・ファティマ、ただいま帰還致しました!」

 

 勢いよく部屋の扉を開きエリシアがこちらに向かって歩いてくる。やはり彼女に行ってもらってよかった。偵察に行かせてからまだ10分すら経っていないのだ。ならば早急に次の行動に移していく必要がある。だがその前に……

 

「ありがとねエリシア、それじゃあお礼についてだけど――」

 

「いえ! その感謝の言葉だけで報われます!」

 

 なかなか素直になってくれないなあ、あの二人に設定されたとはいえここまで断られると、ねえ。

 

「はぁ、仕方ない。エリシアちょっとそこに屈んで」

 

 まるで王に仕える臣下のようにエリシアは片膝を着き頭を垂れる。その状態のエリシアの正面までアイギスは歩を進める。こういう子は強行手段に打って出ないと自分を内側に内側にと押しとどめてしまう。そうなればただストレスが溜まっていく一方だ。

 

「あ、あの、アイギス様。失礼ですがいったいこれにどんな――」

 

 エリシアが次の言葉を発する前に正面から抱き着く。ケルヴィに何千回と抱き着かれた私だ。自然とベストな抱き着き方もわかる。これだけ密着していると彼女の体温が直に伝わってくる。彼女はこの世界で生きているのだと、そう認識するのにこれ以上のものはなかった。そして時間が経つにつれて彼女の心臓の鼓動が速くなっていくのが感じ取れた。

 

「あああアイギス様!? きき急にどうして――」

 

「本当にありがとね、エリシア。今までずっと私たちも見守り続けてくれて、思えばこのギルドはずっとあなたに頼りっぱなしだったわね。いまはこんなことしかできないけど、いつかはエリシアの本心を聞かせてくれると嬉しいな。そして願わくば、これからもずっと私と共にいてほしい」

 

 彼女の頭を右手で優しく撫でる。何度も何度も、彼女の鼓動が治まっていくまで。

 

「すこしぐらいは素直になってもいいのよ。ちょっとぐらい甘えてもいいじゃない。今は私とあなたしかいないんだから。でも、ふふっ、あのエリシアが頭をナデナデして欲しいなんて、エリシアもまだまだ甘えん坊さんね」

 

 その言葉を聞いた瞬間エリシアの体がピクッと跳ねる。そしてすぐに私の手を振りほどき入口の扉の前まで瞬時に移動する。

 

「わ、私はもう子どもじゃないんですから! ほ、本当は頭を撫でて欲しくなんて! ちょっとは嬉しかったけど……」

 

 なんだか本心が見え隠れしてきてるね。あれ、まさかあの二人が変更した設定って……

 

「で、でも勘違いしないでくださいね! アイギス様が撫でようとしてこられるものですから仕方なく、そう! 仕方なく撫でられてあげてただけなんですからね! 本当ですよ! じじじじゃあ私は部屋に戻りますので、これにて失礼します!」

 

 すごい勢いで扉を開いていったけど、大丈夫なのかなあの扉。でもこれで一つまた新たに分かったことがある。

 

 彼女――エリシア・ファティマは、ツンデレになっていたと。




生命の樹に属する人は全て種族に天使が含まれています。
それはもちろんNPCにも。


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第六の盾

いくつかのルートを考えていたんですが、結局これが一番しっくりくるなあって


 さて、と。じゃあ早速状況の整理と今後の方針でも考えますか。

 まずここはユグドラシルではない別の世界、もちろん私がいた世界にもこんな場所があるなんて到底思えないからこれは間違いないだろう。また《メッセージ/伝言》が使える事からこの世界でもユグドラシルの魔法は使えるようだ。他の魔法でも検証する必要があるかもしれないが。

 そしてエリシアが言う通り辺り一面が草原ともなると他の生命体すら見つからなかったのだろう。この世界にも話が通じる相手がいるのか、確認しておかないといけない。

 あれこれと考えていくうちにいくつもの推測が頭の中を駆け巡って行く。しかしまず最初の生命の樹としての方針は……

 

「意思疎通できる生命体との接触……かあ」

 

 言葉が通じなかったりする場合はまだいい。最悪ジェスチャーでもなんでも手段は多々存在する。注意すべきなのはそこに住む人の価値観や倫理観がどういったものなのか、ということだ。極力戦闘は避けたいし、この世界のレベルがわからない状態では迂闊に動く事すらできない。その辺にいそうな村人がユグドラシルには存在しなかったレベル200クラス! なんてこともあり得るのだ。さすがに会って早々に戦闘になるなんてことはないと思うけど……

 

「まあそんな確証どこにもないからねえ」

 

 思い立ったが吉日。さっそく出かける準備をしよう。エリシアはお留守番ということで放置していても大丈夫だろう。いざとなったら《メッセージ/伝言》で連絡すればいいしね。

 3対の翼を展開し《ゲート/転移門》を用いて生命の樹の根元付近に降り立つ。

 

「太陽はあるみたいね。となるとあっちが東でこっちが西、樹の正面が北を向いている、と。それじゃあまずは北側から探しに行ってみましょうか」

 

 6枚の翼を羽ばたかせアイギスは空中へ飛び上がる。そしてその場からあたかも一瞬で消えたかのような速度で北を目指し進んで行った。この世界にはユグドラシルとは違う何かがある。そういった確信を胸に秘めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とてつもない速度で飛んでいるため何度か村のようなものを素通りしてしまっていた。途中とてつもなく巨大な法国家のような場所もあったが、誰が好き好んで人が多そうなところにいくものかと。そう思いそこも素通りしさらに北を目指して行った。誰かに見られている気もしたけどおそらく気のせいだったのだろう。

 それからしばらくしてようやくとある村の手前で止まることが出来た。この村がいくつめだろうとか、そんなことは考えてはいけない。決して。誰にも見られないよう付近の森の中に降り立つ。

 

「村を見つけることができたのはいいものの、真夜中だしなあ……自分で言うのもなんだけど、こんな時間に出歩いてるなんていかにも怪しいじゃない」

 

 いったいどうしたものだろうか。そう考えていると村の方角の草むらから物音が――

 

「あの、そこに誰かいるんですか……?」

 

 声からすると10代ほどの少女だろうか、村の近くなんだから人がこの森にいる可能性は十分にある。しかしなぜこんな時間に?

 

「あ、あのどなたかいらっしゃるなら手を貸してもらえないでしょうか? ついさっき足を挫いちゃったみたいで……」

 

 そういうことなら助けない手はない。声のした方向の草をかきわけ声の主を探す。何かの罠だとか魔物の擬態だとかそういう可能性もあった。ましてやここはユグドラシルですらない異世界。何があっても不思議ではない。それでも、見捨てるということはできなかった。

 

「大丈夫? 呼んでいたのはあなたね? ほら、治療してあげるから足の状態を見せてみなさい」

 

「あ……て、てんし、さま?」

 

 少女が大きく口を開け茫然としている。どこに天使がいるのかと見渡すがそのような存在はどこにも見当たらない。もしかして挫いた時の痛みで幻覚でも見えているのではないか。だったら大変だ、すぐに治療をしなければ。

 

「天使なんてどこにもいないわよ? きっとその足の痛みが原因で幻覚が見えているのね。大丈夫、私がちゃんと治してあげるから」

 

「……あなたは天使様ではないのですか?」

 

 なにを言ってるんだこの子は、確かに戦闘時とか移動中の私には翼が生えているが、そうでもないのに翼が生えてるなんてそんなわけないじゃない。そそ、そんなわけ……

 恐る恐る自分の背中に手を回す、マシュマロのような羽根のさわり心地、何度も触ったことがあるから間違えるはずはない。つまりこれが意味しているのは――

 

「――降りたときに消し忘れてたああああああ!!」

 

 やらかした。ユグドラシルの時はこんなヘマしなかったのに。ほら、目の前の子なんて目をきらきらさせちゃってるもの。これは治療してあげる代わりに口止めを……

 

「あ、あー! これ!? これはねー、そ、そう! 私なりのお洒落なの! はは、やだなあ私ったら。こんなところにまで付けてきちゃうなんて!!」

 

 ……できなかった。基本的に善意で行動する彼女だ。何かをしてあげたとしてもその見返りを強制するなんてことは今までに一度もなかった。それはこれからも。

 

「え、でも今消し忘れてたって……」

 

「やだなあ言葉の綾ですよ言葉の綾! だ、だいたいこんな翼生やして出歩く人なんていないでしょう! ほ、ほら今すぐ足を治してあげるからね! 《ヒール/大治癒》!」

 

 アイギスが素早く魔法を唱えると少女の足は痣どころか傷一つなかったかのような状態まで変化していった。

 

「足だけじゃなくて腕の疲れも……やはりあなたは――」

 

「足の痛みは消えたみたいね。よかったよかった、それじゃあ私はこれにて!」

 

 翼を動かさないように走ってその場を後にしようとする。こうなっては誤魔化しきれない、さっさとトンズラさせてもらおう。

 

「あ、あの! どうか私の家でお礼をさせてもらえないでしょうか! 村はすぐそこなのでぜひとも!」

 

 こういったことはユグドラシルでもよくあった。通りがかった狩場で全滅しそうなパーティーを助けたら、なんと神器級(ゴッズ)アイテムをお礼にと言われたことがあったし、争いあっている二人組を仲裁したらなぜか彼らの引退時、あの日のお礼として数えきれないアイテムを渡された。他にも様々な事があったが、それら全てで彼女がお礼を断ることはできていなかった。しかし今回こそは断ろう、そう思い少女の方へ振り向くが、

 

「せめて今日だけでも! もうこんな時間ですし魔物も活発になってますから!」

 

 ああ、今回も駄目だったよ。だって彼女の必死な目を見たら断れるわけないじゃない。

 

「し、仕方ないですね! あなたの言う通り魔物は危険ですからね! 今日ぐらいはお言葉に甘えさせてもらいます!」

 

「ふふ、天使様ってみんなすごく怖いのかなって思ってたんですけど、全然そんなことはないんですね。」

 

 あ、もう完全にばれちゃってるね。こうなってはもはや記憶を書き換える以外に方法はない。しかしこんな純真無垢そうな少女の記憶を弄るなんてことは絶対にできない。

 

「ま、まあ中には怖い天使もいるんですけどね! そういえば自己紹介がまだでした。私はアイギス・セラフィ、あなたは?」

 

「私はエンリ、エンリ・エモットです。じゃあ早速村に行きましょう! お父さんやお母さん、ネムにも紹介してあげなくちゃ!」

 

 ああ、私はどうなってしまうんだろう。




怖い天使って誰のことなんでしょうか! いやあ全くわからないですね!


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第七の盾

キャラが違う? 仕様です。


 少女——エンリに連れられてしばらく歩いて行くと空中で発見した村が見えてきた。しかしなにやら村の入り口付近に大人達がたくさん集まっているようでうっすらと話し声が聞こえる。

 翼はもう収納したので他の村人達に見られるといったことは起きないだろう。

 村のすぐそばまで近づくとさっきまで話し合っていた大人達がものすごい形相でこちらに向かってきた。

 

「エンリ! いったいどこに行っていたんだ! 心配したんだぞ!」

 

 一人の男性が他の人をかきわけエンリの前まで飛び出してくる。

 

「ごめんなさい、お父さん……少し森に用があって、そしたら足を挫いちゃって……」

 

 彼女の父らしき人物がエンリを優しく抱き寄せる。

 

「お前になにかあったんじゃないかと本当に心配したんだからな。皆さんもお騒がせいたしました。無事娘が見つかりました」

 

 他の村人から静かながらも喜びの声があがる。おそらくこれから彼女を捜しに行こうと準備していたのだろう。

 

「それで、エンリ。こちらの方は?」

 

「あっ、この人はね、私の足を魔法で直してくれたアイギスさん! お礼がしたくて家に招待したいんだけど、いいかな?」

 

 この村に向かう途中にせめて「私が天使だってことは言わないで」とだけ言っておいて本当に良かったと思う。

 

「なんと魔法が使える御方とは、娘がお世話になりました。そんな方をお断りするはずがありません。お疲れでしょうし、是非我が家へお越し下さい」

 

「ええ、お言葉に甘えさせていただきますね」

 

 

 

 

 

 

 

「リ・エスティーゼ王国のカルネ村、ですか……」

 

 エンリのお父さんの話によるとここはリ・エスティーゼ王国という国の領土内のカルネ村、と言うらしい。そしてここから南西に少し行くと城塞都市エ・ランテルがあり、そこには冒険者組合といったユグドラシルで言うところのクエスト紹介所のような場所があるようだ。

 またここから東に行くとそこはバハルス帝国と呼ばれる帝国の領土らしく、なんと王国と帝国の国境付近にこの村があるのだとか。そんな王国と帝国は仲があまりよろしくなく、毎年どこかで戦争が起きているのだという。

 そして南にずっと行ったところにあるのがスレイン法国。私がここに来る途中に見た法国家のようなものが間違いなくそれだろう。この国についてはエンリの家族はそこまで詳しくないらしく、そこが宗教国家だという情報しか得られなかった。一番警戒すべき国はやはりここかもしれない。あの時感じた視線もおそらくは……

 またこの世界の通貨がユグドラシルとは別の物だということも判明した。非常に似ているが、この世界の金貨は銀の硬貨を金で塗装しただけのものらしく、それに比べると私の持っていた金貨は相当な価値があるということがわかる。この金貨は下手に使わない方が賢明だろう。

 魔物——こちらではモンスター——もいるらしい。この付近の森ではオークやトレント、森の賢王なる存在もいるなんて噂もあるそうだ。

そういった存在以外にもエルフやゴブリンといった亜人達による国家もあるそうで。

 

「なるほどなるほど、いやあ実は私こっちに来たばかりで、どれも初めて聞くお話ばかりでした」

 

「アイギスさんほどの人でも知らない事ってあるんですね」

 

「ふふん、あまり私を舐めてはいけないよ、エンリちゃん? 私ぐらいになると結構知らない事の方が多かったりするんだよ!」

 

 これは事実である。ユグドラシルで上級プレイヤーになるにつれて今まで知らなかった情報はいくらでも入ってきた。しかしそれでもユグドラシルの情報の底は全く見えなかったのだ。

 

「私が知っている事はこれぐらいですかな。あとは村長さんならもう少し詳しく知っていると思うんですが、今日はもう遅い。寝床は用意してありますので今日は休んで頂いて、明日また伺ってみてはどうでしょうか? エンリ、アイギスさんを案内してあげなさい」

 

「うん! アイギスさんこっちの部屋にどうぞ! 私や妹と一緒で少し窮屈かもしれませんが……」

 

 この世界にもベッドはあるようだ。二つあるベッドのうち一つでは先ほどエンリが言っていた妹ーーネムだろうか——がすやすやと寝息を立てながら眠っていた。

 

「じ、じつは私と同じベッドを使ってもらいなさいってお父さんが……あ、アイギスさんが嫌だったら私は妹の方に行きますんでおかまいなく!」

 

「それくらい気にしなくても大丈夫よ、それよりエンリは私と一緒に寝るのは嫌かしら?」

 

「そそそんなことないですよ! ただ、天使であるアイギスさんに失礼があっちゃいけないから……」

 

 気づけば様からさんに変わっているあたり失礼もなにもないと思うのだけれど。

 

「はぁ、そんなことないわよ。それで、私はどこで寝ればいいのかしら?」

 

 結局はエンリが折れて一緒のベッドで寝る事になった二人である。

 

「私、妹とはたまに一緒に寝るんですけど、他の人と一緒に寝るのは初めてなんです。まるで私にお姉ちゃんが出来たみたいで」

 

「へえ、私がお姉ちゃん。うん、それもありかもね。私もこうやって誰かと寝るなんて何年ぶりだろうなあ。人肌のぬくもりなんて随分と長い間触れてなかったし」

 

 エリシアと抱き合っていた? あの子は人間じゃないからノーカンよ。

 

「アイギスさんでも人肌が恋しくなる事があるんですね〜、やっぱりアイギスさんは面白い人ですね」

 

「私だって人並みに感情はあるわよ? 人じゃなくて天使だけどね!ってあれ?」

 

 アイギスが一人でつっこんでいる隣では既にエンリがすうすうと寝息を立てていた。

 

「まあ、あんなことがあったんだもの。疲れていて当然か。おやすみなさいエンリ。またね」

 

 懐からペンダントを取り出しそれをエンリの枕元に置き足早に部屋を立ち去る。

 

「もう、行かれるのですか」

 

 エンリ達の部屋から出ると彼女の父がお茶を飲みながら椅子に座っていた。もしかしてずっとここにいたのだろうか。

 

「ええ、彼女が起きていたら別れがつらくなるでしょうから」

 

「アイギスさんが席を立たれた時、エンリが私に言ったんです。まるでお姉ちゃんができたみたいだ、と。もしよろしければこのまま……いえ、失礼しました。あなたにも帰る場所があることでしょう。いまのは忘れてください」

 

「彼女も先ほど同じ事を言っていました。でも私も帰らないといけません。ですがまた来ます、必ず」

 

「ええ、その日を心からお待ちしております。今度は皆が起きているときにでもお越し下さい。アイギスさん、娘を助けてくださり本当に、本当にありがとうございました。あなたの旅に幸あらん事を」

 

 軽く会釈をしてエモット家を出る。外は少し明るくなってきていた。もう2時間ほどすれば太陽が昇りだすだろう。

 

「まあ《ゲート/転移門》を使えばすぐなんだけどね。でもお姉ちゃん、かあ。悪くはないかなあ」

 

 そう言い残し彼女は発生した渦の中へと消えていった。




結局カルネ村でアイギスの正体を知るのはエンリだけでした。


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第八の盾

とりあえずまとまったところまで


 生命の樹の中枢であるダアトへと戻ると同時に車にぶつかられたような衝撃を感じた。ゆっくりと目を下ろすとそこには涙目になっているエリシアが。やはり何も言わずに出てきたのがいけなかったんだろうか。

 

「アイギスさま! いったいどこへ行ってたんですかあ!何かあったんじゃないかと私はもう心配で心配で……」

 

 《メッセージ/伝言》を使えば良かったのでは?と思ったが彼女の気持ちも考えると何も言い返せなかった。彼女にとって私は最後の一人なのだ。そんな私までいなくなってしまったら……私は一人後悔した、次からはしっかり行き先を伝えてからにしようと。

 

「ごめんなさいエリシア。次からはちゃんと行き先を伝えてから行動することにするわ。緊急時には伝えきれないかもしれないけど、それでも私はいなくなったりしないから。あなたを一人になんてさせない」

 

「アイギスさまぁ……私もこんなみっともない姿をお見せしてしまいもうしわけないです……」

 

「ああもう、ほら、顔を上げなさい。かわいい顔が台無しじゃない。あなたは笑っている時が一番素敵なんだから、悲しむ顔はあまり見たくないわ」

 

 その後二日間にわたりエリシアが事あるごとにニコニコしながら甘えてくるようになったが、調子に乗りすぎのデコピン一発でまた大人しくすることができた。エリシアからすればこれもご褒美だったのだがそれを彼女が知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移してから3日または4日ほど経っただろうか。アイギスはまた一つ考え事をしていた。

 

「ううむ……冒険者組合に行って冒険者になってもいいんだけどなあ」

 

 冒険者になるか否かの話だった。もちろん冒険者になればそれなりの地位とお金を手に入れることも可能だろう。しかし問題はエリシアがそれを許してくれるかどうかだ。恐る恐る彼女に向かって問いかけてみる。

 

「ね、ねえエリシア。あなた、私が冒険者になるって言い出したらどうするかしら?」

 

「そうですねえ、いいと思いますよ?」

 

 少しだけ考えるそぶりをして、返ってきたのは予想外の答えだった。てっきり猛反対されるかと思っていたのだ。これでは拍子抜けである。

 

「ええと、理由を聞いてもいいかしら? あなたがそんなことを言うなんて不思議でしょうがないの」

 

「まず、敵としてどのようなものが現れようともアイギス様が負けるなどといったことはあり得ないでしょう。これが一つ目です。私を作ってくださった方がそこいらの有象無象に敗北するとは到底思えませんから。二つ目にアイギス様が持つ世界級アイテムの存在。そして最後に、約束してくださりました。私を一人にはしない、と」

 

 思わず涙が出そうになった。この子はこの私を、これほどまでに信頼してくれているのだ。実力やアイテムだけでは測れないもっと別の何かを。

 

「あなたがそう言うなら私も心置きなく冒険者になれるわね。でも安心して1週間に1度は絶対に帰ってくるから」

 

「いっしゅ……!? せ、せめて4日に1度にはならないでしょうか! 私も一人だと寂し……いえ! 4日に1度くらいは作戦会議なりなんなりしたほうがいいんじゃないかなあって! そう思うわけです!」

 

「あらあら、やっぱり寂しいのかしらね。じゃああなたの言う通り4日に――」

 

「1週間で大丈夫です!! 私これっぽっちも寂しいだなんて思ってませんから! ぜひとも1週間にしましょう!」

 

 だんだん彼女の扱いに慣れてきた気がする。たった数日だが彼女の性格はある程度理解できたつもりだ。しかしこう弄ってみるとなかなか面白いかもしれない。あのケルヴィもこんな気分だったのだろうか?

 

「そう? でも寂しくなったらいつでも《メッセージ/伝言》で連絡するのよ? その間の生命の樹の管理はあなたにまかせるわ。頼んだわねエリシア」

 

「は、はい! 精一杯身を粉にする想いで努力させて頂きます! 《メッセージ/伝言》なら何回やってもいいよね……」

 

 最後の一言が聞き取れなかったが彼女の意気込みはしっかり伝わったのでここはまかせて大丈夫だろう。そうとわかれば早速――

 

 ――突然サイレンのような警報が鳴り響き、彼女たちの目の前には発動すらしていない《ゲート/転移門》の渦が発生していた。

 

 

 

 

 

 

 カルネ村の少女、エンリ・エモットは走っていた。妹のネムの手を引き、息を荒げながら。どうしてこんなことに、とエンリは思う。突然騎士風の男たちがやってきたと思ったらなんといきなり村の人に斬りかかってきたのだ。すぐに家に戻り隠れようとしたが、父は村から逃げることを勧めた。じきにここにもやつらがくる。だからその前にネムを連れて逃げてくれ、と。

 そして今に至る。後ろにはおそらく男が二人ほど、彼女はいつもの私服で騎士達は重そうな鎧を着ているというのにその距離は一向に離れる気配がなかった。しかし体力的な問題では彼女たちの方が先に尽きてしまうだろう。今握っているこの手を離せば逃げられるじゃないか。そんなふうに囁かれている気さえした。彼女は走りつつもふと胸のペンダントに意識を向ける。

 

「アイギスさんがいてくれれば……」

 

 あの日の翌日、私が目を覚ますとそこにアイギスさんの姿はなく、代わりにこのペンダントが置かれていた。樹のようなものの幹の部分に10個の色とりどりの丸い宝石が対称的に並んでいるものだ。父に聞くと、これはアイギスさんから私への、何も言わずに出ていってしまったことに対するお詫びなんだとか。その時エンリは激しく後悔した。まだ何もお礼ができていないのだ。しかし彼女はこうも言ったらしい。「また来ます」と。

 

「あっ……」

 

 意識を別の所に向けていたのがまずかったのか、激しく披露していたことが原因だったのか、足がもつれ地面に転がりかけてしまった。

 早く体勢を立て直さないと。すぐにまた走り出そうとしたのだが、すぐ側で足音が止まる音が聞こえてしまった。震えが止まらない。足が動かない。恐る恐る後ろを振り返るとそこには血に濡れた剣を握る騎士がいた。

 

「無駄な抵抗はするな」

 

 騎士は告げる。そこに感情は感じられない。ただ目の前の相手を処分する。そのためだけに追ってきていたのだろうから。しかしエンリは諦められなかった。なんとしてでももう一度、アイギスに会いたい。会ってちゃんとお礼がしたい。その思いがエンリの腕を動かした。

 

「馬鹿にしないでよね!」

 

 騎士の兜めがけ思いきり殴りかかる。そこに恐怖はなかった。アイギスに会う、お姉ちゃんとして妹を守る。そういった気持ちだけがこの一撃には宿っていた。騎士も油断していたのか、はたまたこんな村娘が殴りかかってくるなど思いもしなかったのか。その一撃を受けてしまった。

 手の痛みを堪えつつ、騎士がよろめいてる間に再び走り出そうとしたのだが。できなかった。背中に熱い何かを感じ、続けて激痛が襲ってきたのだ。斬られた、そう認識するのに時間はかからなかった。

 

「うっ、ぐうううう……」

 

「ふん、女子供は人質にするからということだったが抵抗したのは間違いだったな、ここで始末しておこう」

 

 怒りを孕んだ声で騎士がそう言った。たかが村娘ごときに顔を殴られたのだ。その屈辱が彼をこうまでさせるのだ。先程エンリが斬られた傷が浅かったのも怒りで冷静さを失っていただけのこと。ならば二度目はない。次こそは一撃で、確実に私を殺しにくるだろう。

 嫌だ、まだ死にたくない、こんなところで諦めたくない。どうにか逃げる手段を考えようとするが痛みのせいで正常な判断はほとんどできなかった。しかしそんな彼女にも一つだけわかってしまったことがある。

 次の剣の一振りで私は死んでしまうのだと。

 

「ああ、こんなことになるならちゃんとお礼、しておくんだったなぁ……」

 

 騎士が剣を振り上げる。次の瞬間にくるであろう未来を予期しエンリは目を閉じた。しっかりと妹の手を握りしめ、妹だけは助かることを願って――。

 しかしいつまで経っても痛みは感じなかった。もしかするともう既に自分は死んでしまっているのではないか。そう思いゆっくり瞼を上げていくが、目の前では剣を振り上げた騎士がそのままの状態で止まっていた。

 なにが起こったのかエンリには理解できていなかった。その後ろにいる騎士にも理解できていなかったのだろう。突然止まった仲間に対し声をかけている。

 

「いったい、何が……」

 

「はあ、まったく。あの時もっとちゃんとした物を渡しておくべきだったと、今更ながら後悔しているわ」

 

 後ろから聞こえてくる声。エンリはその声に聞き覚えがあった。思わず振り返ってしまう。今まで何もなかった道に突然出現した渦の中から誰かが出てくるのがわかる。森で出会った時と何も変わらないその声の持ち主は――。

 

「ただいま、エンリ。約束は守ったわよ」

 

「あ、アイギスさん!!」

 

 森で私を助けてくれたアイギス・セラフィその人であった。




カルネ村だけで何話消費するかなあ……


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第九の盾

評価、感想ありがとうございます。
喜びでにやにやしながら見させていただいてます。
同時に活動報告の内容を更新しています。そちらも併せてどうぞ。


 《ゲート/転移門》を抜けるとそこは戦場でした。

 妹と共に倒れているエンリ、そして剣を振り上げる騎士。何をするべきか考えるまでもなくアイギスは一つの魔法を発動させる。

 

「《ポイント・フィクス/定点固定》」

 

 相手一人の状態をその場で固定するというだけのあまり使い道がない魔法であったが思わぬところで役に立ったものだ。

 ユグドラシル時代、モモンガさんが使っていた第10位階魔法の《タイム・ストップ/時間停止》に比べると話にすらならないのだが。

 

「お、おい! 急にどうし――」

 

 突然止まった仲間に声をかけようとしたのだろう。しかしどういうことか不自然なところで口が止まり、その目が見開かれていた。

 どうやら私ではなくその後ろを見ているらしい。エリシアが付いてきてしまったのだろうか。

 

「もう、エリシア。ちゃんとお留守番しててって……え?」

 

 骸骨がいた。ああエリシア、堕天どころかアンデッドにまでなってしまうなんて……。

 いやそうじゃない、私が彼を忘れるわけがない。だって彼は……

 

「モモンガさん!?」

 

 アイギスの恩人、モモンガだったのだから。

 

「久しいな、アイギス。積もる話もあるだろうがまずはこの状況をどうにかしようか」

 

 あ、あれぇ? モモンガさんってこんな口調だったかな? いや確かにこの口調の方が威厳があるけども! いやそもそもどうしてモモンガさんがこの世界に!?

 考えれば考えるほど疑問が浮かんでくる。そんな私を樹にも留めずに彼は魔法を発動した。

 

「《グラスプ・ハート/心臓掌握》」

 

 モモンガがまだ動いている騎士に対して即死魔法を発動する。第9位階魔法《グラスプ・ハート/心臓掌握》、文字通り心臓を握る、というだけの魔法なのだが、この魔法の恐ろしいところは抵抗に成功したとしても朦朧状態になってしまうことなのだ。状態異常無効化でもない限りこれを防ぐのは至難の業だろう。

 彼が手を握ると同時に騎士が崩れ落ちる。

 もしやモモンガさんはこの世界のレベルをあまり知らないのではないだろうか。いや私もよく知らないけど。

 

「そちらの敵もまかせてもらおう。《ドラゴン・ライトニング/龍雷》」

 

 まるで龍が空中を翔るように白い雷撃が騎士の身体を貫く。アイギスの魔法の影響もあるのかその騎士が膝を着くことはなかった。

 

「おっと、魔法の解除を忘れてたね」

 

 魔法を解除すると同時に騎士の身体からは煙が発生し何の言葉を発することなく、地面に転がった。辺りに肉が焼けたような異臭が漂う。

 

「弱い……こんなにも弱いとは……」

 

「いやこんな相手に《グラスプ・ハート/心臓掌握》なんて一撃に決まってるでしょう」

 

 アイギスにはモモンガの感情が読み取れなかった。もしやあの頃のモモンガはもうどこにもいなくなってしまったのだろうか。だとするとこの人はいったい……。

 

「アイギスさん! 聞こえますか!?」

 

 突然の《メッセージ/伝言》による声が聞こえてくる。

 

「再開を喜びたいところなんですが、今は合わせて頂けないでしょうか? もうすぐアルべドも来ますので」

 

 ――訂正。何も変わってなかった。

 

「わかりました。今はそういうことにしておきましょう」

 

「助かります」

 

 二人が同時に頭に指を置く姿はこの場において異様な光景ではあるが、ものの数秒もしないうちにお互いに腕を下ろした。

 

「まだ、確認することがあるな……、中位アンデッド作成、死の騎士(デス・ナイト)

 

 モモンガが騎士の死体に対してアンデッド作成の特殊技術(スキル)を使うと黒い霧が空中に出現した。どうやらユグドラシルとは登場方法が違うようだ。

 その霧は次第に膨れ上がり騎士に溶け込むべく覆いかぶさろうとして――。

 

「《ホーリー・プロテクション/聖なる守護壁》」

 

 アイギスが魔法を発動し騎士の身体に防御壁を出現させる。先程の霧はその壁にぶつかり蒸発するように消え去ってしまった。

 

「どういうつもりだ? アイギス」

 

 あんたはどこぞの魔王か。感情は読み取れない、だが彼は困惑していることだろう。なぜ私が特殊技術(スキル)を止めたのか。

 

「たとえモモンガさんと言えど、死者を冒涜するようなことは許しません。やるなら私が見ていないところでやってください」

 

「なるほど、君はそういう奴だったな。ならばこの村は君にまかせてもいいと?」

 

「ええ、私一人で終わらせてきます。ですのでモモンガさんは彼女たちの保護と周辺の索敵をお願いします」

 

「あ、あのアイギス、さん。きてくれたんですね……」

 

 エンリが会話に入ってくる。彼女にとっては今の出来事は全く理解できなかっただろう。だけどそれでいい。理解したところで彼女に不利益はあれど利益など全くないのだから。

 

「エンリ、ごめんね。黙って出ていっちゃって。あなたの悲しむ顔を見たくなかったの。でもそれが逆にあなたを悲しませたみたいね……」

 

「そんなことないで――っ!」

 

 エンリが突然表情を歪める。いったい何が、そう思い彼女の状態を見て回ると彼女の背中に剣による切り傷があるのがわかってしまった。

 

「モモンガさん! 治癒薬(ヒーリング・ポーション)を!」

 

 その時の私はどんな表情だったのだろう。モモンガさんは「使うといい」とだけ言って治癒薬を渡してくれたのだが、その顔をエンリに見られなくてよかった。

 

「エンリ、これを飲みなさい! 大丈夫、ただの治癒の薬だから!」

 

 治癒薬をエンリに押し付け飲むように促す。まるで血のような赤い治癒薬だったのだが、彼女はそれを躊躇することなく飲み干した。

 

「うそ……、傷も、痛みも……」

 

 再び彼女の背中を確認するが、先程の傷跡はどこにも見られなかった。

 

「アイギスさん、そちらの方はいったい……」

 

「ああ、紹介するわね彼は――」

 

「……我が名を知るが良い、我こそが――アインズ・ウール・ゴウン」

 

 めっちゃモモンガって言っちゃってたけどどうするのこれ。後で記憶操作でもするのだろうか。

 

「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 彼が名乗るとほぼ同時に薄れ始めていた《ゲート/転移門》から人影が近づいてくる。

 もしやモモ……アインズさんのギルドメンバーの誰かの可能性が。

 そして姿を現したのは全身を黒い甲冑で覆った者であった。

 

「いや、実に良いタイミングだったぞ」

 

「アインズさん、この人はいったい?」 

 

「ああ、君も会ったことがあるだろう。アルべドだよ」

 

 私の中の時が止まった。

 アルべド……? たしかナザリックに行ったときにいた階層守護者統括のNPCとかだったような……。だめだそれぐらいしか情報が出てこない。

 だがこの二人になら彼女たちをまかせることができるだろう。

 

「……アインズさん、アルべド。ここはまかせていいでしょうか? 私は村の人を助けに行かないと」

 

「ああ、私も付近の索敵が終わり次第向かうとしよう。安心して行くといい」

 

「ええ、この場は私達にまかせてアイギス様は行ってください」

 

 アインズさんは表情から読み取れないし、アルべドも兜を被っていて何を考えているのかさっぱりだった。

 だがアイギスはアインズの、モモンガとしての人となりを知っている。だからこそこの場をまかせられるのだろう。

 

「お願いしますね。エンリ、ネム、この人は魔法詠唱者で私と同じぐらい強いからしっかり守ってもらうのよ。私は皆を助けに行くわ」

 

 アインズさんに《メッセージ/伝言》で「お手数かけます」とだけ言い残し、翼を展開し村へと急ぐ。

 だがこのとき、誰も気づいていなかった。

 アイギスの美しく白い翼が、黒に変化していたことに。




カルネ村を襲った兵士は救われるのでしょうか!?


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第十の盾

魔法の表記を変更しました。
カルネ村編はもうちっとだけ続くんじゃよ。


「抵抗しなかった村人は一か所に集め、抵抗した村人はその場で殺し、ってところかしらね」

 

 カルネ村の上空でアイギスが一人呟く。見たところエンリ達を襲った騎士はこの村にいる分で全てのようだが、他の場所に潜んでいる可能性も否定できない。

 

生命感知(ディテクト・ライフ)

 

 生命を感知するだけの魔法を村の周辺に向け発動していく。村以外にいる騎士はモモンガさんがなんとかしてくれるだろうが念には念を入れたほうが良い。

 

「怪しい生命の反応はなし、と。なら他はモモンガさんにまかせてもよさそうね」

 

 面倒事を押し付けたことを少し反省しながら、村の方向へ目を向ける。

 

「まずはまだ生きている人の安全確保ね、聖なる守護壁(ホーリー・プロテクション)

 

 村人達を覆うように球形の防御壁を展開する。村人を見張っていた騎士たちは突然出現した光の壁に驚き、攻撃を加えていたが、攻撃が通るどころか騎士の持つ剣が折れるという結果になってしまったようだ。

 彼らの安全を確認しゆっくりと地上へ降り立つ。

 何人もの騎士がこちらへと目を向けてくる。目をぱちくりさせたり、口をぽかんと開けていたりと何が起きているのか理解できていないようだ。

 

「はじめまして、騎士のみなさん。私はアイギス・セラフィ、あなた方を救うべくやってきたものです」

 

 騎士たちがこそこそと話し合う。突然現れた目の前の人物は敵なのか味方なのか。彼らの頭の中を様々な憶測が飛び交う。

 だが一人だけそんな正体不明の人物に近付く者がいた。

 

「これはこれは天使様。私は部隊長のベリュースでございます。わざわざこのような所にまでいらっしゃるとは。もしや我々の行いを激励に来て下さったので?」

 

 男の名はベリュース。部隊長であり、国では資産家でもあるこの男は。この部隊にも箔を付けるために参加したそうだ。

 そして彼はいまアイギスに面と向かって話しかけている。

 だが部隊の一人、ロンデス・ディ・グランプはどこか違和感を感じていた。

 この任務の内容を知っているのは我らの部隊とそれを指揮する指揮官ぐらいのはずだ。もし知っているとしても、かなり上の地位にいる者たちだろう。

 上が監視のために天使を送り込んできた可能性もある。しかし彼が今までに見た天使はどれも無機質なもので、人間とはかけ離れていた。

 今彼らが見ている天使らしき人物、アイギスと言っていたか。おそらく村人に対して防御壁を張ったのも彼女であろう。

 いや、それよりも天使とはもっと高貴な存在であるはずだ。

 しかし何故彼女の翼は深淵の様に黒く、あんなにも禍々しい気配を発しているのだろうか。

 

「激励? 何を言っているのかしら。私はあなたたちを救いに来たって言ったでしょう。ああ、ちょっと遠回しすぎてわからなかったのね」

 

 やはり何かがおかしい。ベリュース隊長は未だアイギスと名乗る人物に耳を傾けている。

 他の隊員達もどういうことなのか理解できていないだろう。

 しかしロンデスは気付いてしまった。あれは上が送り込んだ天使などではない。

 もっと何か邪悪なものであると。

 すぐに逃げ出さなければ。どこに? どこへだっていい。今すぐ奴の目が届かないところへ――。

 

「あら? どこへ行こうとしているのかしら? せっかく私がやってきたというのに」

 

 目が合ってしまった。彼女の眼はまるで深い闇のようだった。

 少しでも気を抜けばその闇に引きずり込まれそうな。

 身体中に鳥肌が立つ。それどころか汗まで噴き出してくる。

 今までこのようなことになったことはない。どんなに厳しい訓練や戦闘でもこんな恐怖は感じたことがなかったのだ。

 

「おいロンデス、貴様天使様がいらっしゃったというのになんだその態度は? 失礼ではないか」

 

 違う、違うのだベリュース隊長。気付いてくれ。そいつは天使などではない。今すぐに撤退命令を……。

 彼の必死の想いは彼の隊長へ伝わることはない。

 それどころか皆が、私がまるで異端だと言うかのように睨みつけてきていた。

 

「ベリュース、だったかしら? あなた、この村で何人殺したのかしら?」

 

「はっ! 二人でございます、天使様! しかし今からこの村を焼き払い更なる成果を――」

 

 彼がその先を話すことはなかった。いや正確には話そうとしていたのだ。

 それを誰かに止められる形となった。いったい誰に?

 その疑問の答えをこの場にいる全員が理解していた。

 ――自分自身の叫び声である。

 

「あぎゃあああああ!! 頼む! やめてくれ、金をやる! だからこれ以上は――」

 

 急に叫び声を上げたベリュースに皆の視線が向けられる。

 誰かが彼を攻撃しているわけではない。だが実際に彼は痛みからか地べたをのたうちまわっている。

 彼が病気を患っていると聞いたことはなかった。つまりこれは外部によってもたらされた現象であると。

 

「お、お前ら! そこにいるんだろう! 俺を助け――がぁあああああ!!」

 

 目が見えていないのか、地べたを跳ねまわりながら必死の形相で手を伸ばしてくる。

 助けると言っても何が起きているのかわからないこの状況では助ける術などなかった。

 

「お、お前、なんだその武器は、やめろ……俺はこんなところで死んでいい人間じゃ……」

 

 その後は耳を塞ぎたくなるような絶叫しか聞こえなかった。耳を塞いでいる者もいた。

 だが誰も、その光景から目を離すことが出来なかったのだ。

 それからしばらくして、ようやく声が止まったかと思い、彼の下に部下が恐る恐る集まるが、彼の身体のどこにも異常は見られなかった。

 ――既に事切れているということ以外は。

 

「い、いったい何が……」

 

 誰が発しただろうその言葉に答える者がいた。

 アイギス・セラフィである。

 

苦痛の報い(ペイン・レトリビューション)っていう魔法なんだけどね。その人が今までに殺した人の数だけ、持続して痛みを与える効果なんだけど。まさか死んでしまうとは思わなかったわ」

 

 その答えに身体の震えが止まらないものが続出する。ロンデス自身も殺しはやってきたし、それが正しい事かと疑問に思いつつも任務を遂行してきた。

 

「い、いやだ! いやだああああ!」

 

 逃げ出そうとした隊員の言葉と同時に皆、散り散りに逃げだす。

 ロンデスは動かなかった。いや、逃げても無駄だとわかっていたのだ。ならば自分が助かる方法はただ一つ。

 

「あら? この私に接近戦で挑もうだなんてたいした自信ね。それとも自棄になっちゃったのかしら?」

 

「お前みたいな奴から逃げられるとは到底思わんからな」

 

 逃げた騎士達を見渡すが、ある一定の距離で見えない壁に阻まれているようだった。

 そしてその壁を攻撃した騎士からも悲鳴が上がる。

 

「あの壁にもさっきと同じ魔法の効果があってね? 攻撃した瞬間に発動するようになっているのよ」

 

 一部何も反応がない隊員もいたがそれはごく少数だ。攻撃した大半は先程の隊長と同じように、地面をのたうちまわり、絶叫している。それはまるでこの世の地獄のような光景だった。

 

「お前のような奴を悪魔と言うんだろうな」

 

「失礼ね、人を殺すからには自分も殺される覚悟があってのことでしょう? ならその報いを受けても当然ではないのでしょうか? たしかこういったことを因果応報、と言うのでしたか」

 

 ロンデスは剣を構え目の前の敵をにらみ続ける。気付けば壁に攻撃しなかった他の隊員達も何人か集まってきてくれたようだ。

 

「どうやら貴様は魔法詠唱者のようだな。その翼も魔法による副産物か何かなんだろう」

 

「これは自前よ、それに魔法詠唱者、ねえ。当たらずも遠からずと言ったところかしら」

 

「ふん、ならば接近戦で挑ませてもらうとしよう。よく聞けお前達! これは撤退戦ではない! こいつを倒さねば俺たちは死ぬしかない! 各員分散して攻撃しろ! 行動開始!」

 

 騎士たちはアイギスを取り囲むように陣形を立て直す。やはりそこは訓練されているのか、それとも恐怖で思考が停止しロンデスの声に従ったのかはわからない。死が目の前に存在しているのだ。皆が決死の思いで彼女と対面していた。

 

「ふう、まったく。こんなことなら人殺しなんてするんじゃなかった、って思っている人もいるでしょうね。助かるためには私を倒すしかない。でもね――」

 

 騎士たちが一斉に彼女に跳びかかる。

 

「あなた達に最初から助かる方法なんてなかったのよ。あなた達の敗因は……、そう、まずこの村を襲ったこと」

 

 3人の騎士が別々の方向から斬りかかるがそのどれもがアイギスの周りを浮遊する黒い羽根によって防がれる。

 

「次に村人たちを一か所に集めたこと」

 

 斬りつけが通じないと分かるとすぐに剣による突きに移行するが、それもまた羽根によって防がれてしまう。

 

「……そして最後に、この私が来たこと」

 

 ロンデスは悟った。これは今までの自分の行いに対する罰なのだと。目の前の人物はそれを断罪に来たのだと。

 そして全てを諦めたかのように剣を離す。

 

「次があるとしたら、もっと真っ当に生きるとしよう……」

 

「それに気付けたのならあなたは大丈夫よ、痛みは感じさせないから安心しなさい」

 

 ロンデスや騎士たちは空を仰ぐ。太陽とは別の円形の光がだんだんとこちらに近付いてくるのがわかる。

 

「あなた方の魂が救われますよう祈っています。またどこかでお会いすることもあるでしょう。どうかその時まで、安らかに。天よりの極撃(ヘブンリー・スマイト)!!」

 

 カルネ村全体を一筋の光が包み込んだ。

 後にこの出来事が一人の男によって『断罪の天使』という本となって出版されるのだが、それはまた別のお話。




もう完全になりきっちゃってますね。
ああ、ニグンさんはどうなってしまうんでしょうか。

合わせて設定も更新しています。よろしければどうぞ!


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第十一の盾 仮面

みなさん大好きなあの人までの繋ぎのおはなし。


 アインズ等と共に向かうエンリが目にしたのは村へと直撃する光の槍だった。

 村にはアイギスが向かったはずだが、これも彼女の魔法なのだろうか。

 そうだとしたらあの魔法を受けた村の人は無事なんだろうか。

 もしかするともう既に……。

 そういった様々な不安がエンリの頭をよぎる。

 

「……急がないと!」

 

 アインズの静止を振り切り村へ駆け出していく。村周辺の騎士たちはアインズが捕らえてくれたのだ。

 ならば次は村の心配をしなければならない。

 父や母はいったいどうなったのか。無事を祈りつつエンリは村の入口までたどり着く。

 村の人達はすぐに発見できた。おそらくアイギスの魔法で守られていたのだろう。

 彼らは光の球体に覆われていた。

 しかしどういうわけかあの騎士達がどこにもいない。

 もしかするとアイギスさんが追い払ってくれたのだろうか、と息をつく。

 

「アイギスさんはどこに……」

 

 探せど探せど見当たらない。

 正確には見えているのだが、エンリには村の中央にいる人物がアイギスだとは到底思えなかった。

 似ている点はいくつかあった。アイギスと同じく翼は3対であったし、身長もほとんど同じだろう。

 首を垂らして直立している姿からは顔を見ることはできなかったが、もし見えたなら確信が持てていたことだろう。

 だがあの人物からはアイギスのような優しい雰囲気は微塵も感じられなかった。

 

「あ、あの……」

 

 エンリが恐る恐る近づいていく。

 一歩、また一歩と正体不明の人物へ。

 このときの彼女には不安と心配、そして恐怖がどこかにあったのかもしれない。その人物の肩へ触れようとした瞬間、垂れていたはずの首がぐるんとこちらを向いたのだ。

 

「ひっ……」

 

 彼女が驚いたのは急に顔がこちらを向いたことだろうか。

 それともその表情によるものだろうか。

 しかし彼女が感じたのは驚愕ではない。身に迫る脅威、恐怖、あるいは死、そのものか。

 盛大に尻もちを着き、目を逸らしながら後ずさっていく。

 あの顔を見てはいけない。ちらっとしか見ていないはずなのに冷や汗が止まらなかったのだ。

 ならば自分ができるのは今すぐここから逃げ――。

 

「――エンリ!?」

 

 目を逸らしたほうから声がした。それは今。彼女が最も聞きたかった声だった。

 先程の恐怖からまだ目を前に向けることが出来ない。だが確かに声はその方向から聞こえてくる。

 

「エンリ! 大丈夫なの!?」

 

 両肩を同時につかまれ、再び名前を呼ばれる。なぜかこの時すでにエンリの中にあった恐怖心はほとんどなくなっていた。

 

「あ、アイギスさん、ですよね?」

 

「何変なこと言ってるの? 転んだ時に頭も一緒に打ったのかしら?」

 

 混乱する頭の中を整理しながらも会話を続ける。

 

「でもさっきそこにアイギスさんそっくりな人が……、あれ?」

 

 アイギスの後ろを覗くがそこには誰もいない。目を戻す時に見えたアイギスの翼も白色だった。

 

「……やっぱり頭を打ったみたいね。ほら、見てあげるから身体をちゃんとこっちに向けなさい」

 

「だ、大丈夫です! 私の勘違いみたいで、あはは……」

 

「そう? ならいいけれど、何かあったらすぐに言うのよ?」

 

「そうですよね……。気のせい……、ですよね」

 

 きっと先程見えたものは幻覚だったのだろうとエンリは思うことにした。そう思わずにはいられなかった。

 あれは自分が勝手に想像した幻覚なのだと。騎士達に追われていた恐怖心から生まれたものだったのだろうと。

 しかしそんなエンリの頭から、ちらりと見えてしまった顔が離れることはなかった。

 

「それでアイギスさん、この村にいた騎士は……」

 

「全て救済したわ」

 

 それがどういう意味を持つのかなんとなくエンリにはわかってしまった。

 つまりアイギスはこの村にいた騎士を皆殺しにしたのだと。しかしなぜ彼女がこうも遠回しに言っているのかは理解できなかった。

 

「えっと、村の人達は……」

 

「ああ、彼らは私の魔法で守っていたから無事だと思うわ。着いたときに死んでいた人はもう、ね」

 

 エンリは急いで生きている村の人の方へを駆け出していった。父と母の安否を確認するため様々な人に聞いて回っている。

 こうなっては彼女が事実に気付くのは時間の問題だろう。

 

「よかったのか?」

 

「……アインズさん」

 

 後からやってきたアインズからの問いかけに対し、彼女は返す言葉が見つからなかった。

 

「よかった、よくないで言えばよくない結果です。騎士はいなくなりましたし、村の人々も助けることができました。ですがこれほどまでに犠牲者が出ているなんて、村に着くまでは思いもしませんでした」

 

「あなたの魔法で復活させることができるのでは?」

 

 ――死者蘇生魔法。ユグドラシルでも重宝されたその魔法は死者をアンデッド化させることなく復活させるというもの。おそらくこの世界でも通用するだろう。

 

「そういう方法もあるんでしょうね。ですが――」

 

「死者への冒涜、ですか?」

 

 ここでその話を持ち出すか。やはり彼の前でその言葉を使ったのはまずかったかもしれない。

 

「……それはあなたが死者を蘇らせることに対して恐怖を抱いているからでは?」

 

「お前に何が分かる!!」

 

 先程まで助かった喜びで賑やかになっていた村全体がしんと静まりかえる。

 今までの彼女がこんな言葉を発するなど誰も思いもしなかっただろう。

 

「私にお前の気持ちなどわからんよ。過去にばかり囚われているお前の考えなど知りたくもない」

 

「私はそんなものに囚われてなんかいない!」

 

「であればどうして、いつも誰も傷つけないようタンク職をしていたのだ? なぜヒーラーに移行するのをあれほどまでに拒んだ? 答えは明白だろう」

 

「黙れ! 今すぐその口を閉じろ!」

 

「それはお前自身が死を恐れているからだ」

 

 私が死を恐れている? そんなわけない。だって私には4人の仲間とエリシアが。それに……

 あれ? どうして他の人の顔が出てこないんだろう。私にも現実の世界に家族がいたはずだ、友達も……、いたはず。

 いたはずなのに顔どころか声すら思い出せない。サービス終了日だって仕事を早めに切り上げて家に帰って、父と母にただいまと言って。思えばあの日も返事がなかったっけ。

 返事がなくなったのはいつからだったか、それすら思い出せない。

 友達にも週に一度は連絡を取り合っていたけどそれも気付けば返事がこなくなっていた。

 

 ああそうか。あの日以降、私はずっと一人だったんだな……。

 返事が返ってくるわけでもないのに仏壇に毎日手を合わせてお喋りをして、返事が返ってくるわけでもないのに友達との写真をずっと眺めて話しかけたりして。

 

「全部……、思い出しました……」

 

「あの言葉は、きっとあなたの、あなた自身へ対するものだったのでしょう」

 

 皆が死んだということを受け入れられずに、ずっとユグドラシルに逃げて、その中でも何かから逃げ続けて。

 

「死を受け入れられずに死者を冒涜してたのは私だっていうのにね……。ああほんと、情けないなあ……」

 

 繰り返し繰り返し口にしてきた言葉が自分に対するものだとはなかなか気付けないだろう。

 それこそ他人に指摘されるまでは。

 今までこういったことを指摘されたことがなかったアイギスは、ここでようやくその事に気づくことが出来たのだ。

 

「ありがとうございます、アインズさん。ようやく落ち着きました。先程はとんだ失礼を」

 

「私は気にしていませんから、頭を上げてくださいアイギスさん。それよりあなたも人並みに悩みなんてあるんですね。いやあ正直驚きましたよ、ほとんどその場の流れで話してましたから、ははは」

 

「うん? いまなんて……?」

 

「いや、その場の流れで――」

 

「その前です!!」

 

「ええとですね、アイギスさんも人並みに悩むんだなあと……」

 

「少し頭に来ました。ほんの少しですよ? ええ怒っていませんとも。ですからアインズさん、ちょっとそこを動かないでくださいね? アルベドも手出ししないように。大丈夫、殺したりはしないから」

 

 アルベドに下がらせ邪魔が入らないようにしておく必要がある。ここでアルベドが乱入しちゃうと後が大変だからね。

 それに私だって人並みに悩むことだってある。今回が特殊で、ちょっと取り乱しただけだというのに。

 

「アイギスさん、村の人も見ているんですよ!?」

 

「それぐらいたいした問題ではないでしょう? あとで記憶でもなんでも弄ってくだされば、ね? 大丈夫です。痛いのは一瞬ですから」

 

「えっと、それはつまり……?」

 

 指でアインズの上空を指す。それにつられ彼がそちらの方向へ顔を向ける。

 

「引っかかったな阿呆めがああ!」

 

 アインズに炸裂したのは聖なる極撃(ホーリー・スマイト)天より極撃(ヘブンリー・スマイト)ではなく、不意を突いたアイギス渾身の蹴りであった。

 

「さて、死んでしまった人の所まで私を案内してくれるかしら?」

 

 突然のアイギスの行動にしばらく動けない村人達であったが、村長が筆頭となり彼女を連れて回った。

 そうしてカルネ村は無事に一人も欠けることなく此度の事件を乗り越えることが出来たのだが。

 

「各員傾聴、獲物は檻に入った。汝らの信仰を神に捧げよ」

 

 またしてもカルネ村へと不穏な影が二つ。別々の方向から近付いていた。




最後に話してる人ですが、この人天使とか召喚しそうな感じがしますね!?
誤字に気付いて即修正


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