さいよわ───チートなエルフと魔人が護る最弱な彼女が綴る異世界黙示録 (ぴんぽんだっしゅ)
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帰り着くための旅立ち
気が付いたら見知った町でした


他で書いてるのを習作しつつ投稿してく感じになります。


わたしはヒールを繰返し繰返し。

 

どれだけ経ったか、鎧の男が叫ぶ。

 

「防衛隊の皆さん離れてっっっこれでっ! 決めるっ!!!」

 

声に気付くやザザっと兵士達がその場を散る。

 

鎧の男はコクリっと頷くと一気に距離を詰め、巨大な──見上げたら恐怖ですくんでしまいそうに恐ろしくて、大きくて岩のようなモンスター・トロルに最後の1撃を浴びせかけようと飛びかかった。

 

「エクセ=ザリオス!」

 

男の全身に青白いオーラが表れ、そして爆ぜて、再び握った刀身に再度現れて、絡み付く。

それを二度ほど繰返しキラキラと刀身は輝くと、いっそう凍気を引き上げて巨大なトロルの動きを奪い、それが斬撃となって切り裂く。

 

見ているこっちまで震え上がる物凄い1撃。

 

うわ、やっぱりこの人はわたしなんかより・・・。

 

暫く経っても、周辺の空気が凍てついてダイヤモンドの様にキラキラ、キラキラと舞い輝いて綺麗だった。

 

 

 

──どうして。

こうなってるか、こうなっちゃってるかってゆーとってゆーと、えっと……この異世界に気付いた時の話をしなくちゃ行けないと思うんだ。

あれは──

 

 

 

 

 

『ふんんん?』

 

気がつくと、わたしが立っていたそこは毎日訪れていた町。

 

どこでどう間違った?

いつもみたいにネカフェからログインした後、たどり着いたのは毎日訪れていた町でした。

 

訪れていたのは───VRMMOの中の事だったんだけどさ....。

 

いやこれリアル過ぎるでしょ。

どうも、風を感じるし匂いまである。

こんなリアルなVRMMOはあり得ない。

新ブースだからってこれはないでしょ。

 

いつもと今日が、さっきまでの今日が違って居たのは、馴染みの店員さんじゃ無かったコトと──使い慣れた椅子が有って座るタイプの、球体型のフルダイブ装置じゃなくて日焼けサロンに置いてあるらしい、寝転んでセッティングを出す・・・えっと、カプセル型?みたいな装置だったコトだけなんだよ、ね。

 

昨日までと変わらずに学校へ行って、友達とバカ話をして笑って、学食で冷凍食品をチンしただけっぽい口当たりのいいホウレン草とツナのパスタを食べて、えっとそれから・・・学校帰りにネカフェに着いて。

 

 

 

 

 

 

 

───NOLUNオンラインは会員数100万人のどこにでもありそうな中規模なVRMMORPG。

 

NOLUNの売りは何と言っても職業が無いこと。

人気の職業じゃないからpartyに入れないなんて事はナンセンス、頑張ってる人には平等にチャンスが与えられなきゃだもんね。

 

加えて自由に育成&カスタマイズ可能なスキルもやり込み要素の一つ。

自分の好きな契約神を選んでサポートもして貰えるんだよ、これでRPG初心者のあなたも気軽に異世界体験ができるよねっ―――

 

って煽り文句を信じて、わたしも『強くなって』自由な異世界を自由に旅したいなー。……なんて、思ってた時期がありました。

 

実際は装備出来ない物だらけ、詐欺じゃん?

 

契約した神様もチュートリアルで話したっきり、サポートして貰って無いよ?

 

 

まぷち 》このゲームって今から何したら良いの?

 

 

自由過ぎて、何から始めたらいいか、解らなくなってchatしてたら、フレとのchatは凄い楽しくて。

 

気付いたら週二回はNOLUNにinして異世界を漫喫(?)してたってわけ。

こんな──異世界の疑似体験の仕方もあるんだよ、そう……受け止めてたんだ。

 

楽しかったし、フレンドだって沢山できたし、イベントもたまにやってて見るだけでも何てゆーの、臨場感? 町の広場に設置された空全体を使ったモニタービューで誰でも見れるんだけど、スキルや魔法でユーザー同士が戦ったり、持てる限りの力で、巨大で強大なモンスター軍団をやっつけたりと、リアルじゃまず体験の出来ないバトルを参加ユーザーが体験できて、熱く闘志を燃やしてるその姿を見てるだけでも満足出来てたし。

 

そんな、見てるだけユーザーも一杯居たんだ、NOLUNには──わたしも含めて。

 

 

辺境の塔カルガイン。

踏破したものの無い、天界に届いてると言われてる塔。

誰も登りきった事ないから当然なんだけど……。

どうも今わたしの立っているここは、カルガインの町の大通りの近くみたいだ。

 

顔をあげたりしなくても目線さえ前を向いてたら、目の前に聳えたっていたりするんだな、その塔が。

 

今、……手を延ばせば届きそう、かもと。

思考が。

 

なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ……なんだこれ―――

 

いや、そんな事はいいんだ。と、顔全体をきっと今わたしは青くしてる。

泣きそうになってたかも知れない。

 

ログアウトできない。

 

ログアウト。

ログインがこの世界への入り口だとしたら、出口になるのかな?

 

そんな大事な出口がメニューを開いて押しても機能して無いんだよね、これってログアウト(帰れない)ってコトだよね?

 

 

 

 

 

 

あ。追加アップデート作業の影響とかだったり?

塔の内部フィールド、階層追加のアップデート終わってないはず。

前回はやっと城マップ追加で、前々回は町周辺のクエストの追加。

……だった、……よーな。

 

わたし、初心者のペーパーユーザーです……製品版・初期の頃から、その──参加だけはしてるけど。

会話するのが楽しくて所詮chat用だったし。

 

だから基本、町から出てなかったり・・・

 

まぷち 》誰かっ!

 

ログアウト以外は、ゲーム時の他の機能は変わらないみたいなんだ、だからフレにchatしてみる。

けど、inしてる人は居ないみたい・・・

 

まぷち 》返事してよぅ……

 

……そんな絶望、ホントにホントの絶望ってゆう何かを垣間見て、視界がゆっくり白く、思考が真っ白に染まって何もかもを諦めそうになっていた時だ。

ふいに声をかけられたのは―――

 

「よ。おまえ……何、泣いてんの?」

 

その声に顔を上げると、まず瞳に飛び込んで来たのは肌の色、バイオレットてゆうんだっけ? 薄い紫。

次に、蒼い髪を邪魔になってないくらいで切り揃えた、チュートリアルで言うとver.1の髪型。

 

ふてぶてしい態度の機嫌悪いですよー、な黒いオーラもエフェクトで見えそうなくらいに迷惑そうな表情で、影とでも言うといいのかな、そんな雰囲気を纏った薄紫色の男が見下ろしていて目が合う。

 

実際にそんな肌の色で、髪の色をした人はまず、リアルには会ったことは無いけど、ね。

無いけど、このNOLUNではそう言う種族なんだなー。で、済んでしまう、オークって豚の顔に血色の良さそうな肌をしたモンスターの姿をしたユーザーだって居るんだし。

 

ま、レアなケースって言えばレアなケースで、今目の前に居る紫色の人だってそこそこレアだったりする……確か、魔人て種族だ。

 

無意識に脱力したのか、わたしは座り込んでいたみたいで。

 

声を掛けてきた人の頭の右上にはこう書いている、ヘクトルと。

それはゲーム時のユーザーを表す機能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ログアウト出来ない・・・現実に帰れない!―――

 

まぷち 》あう、どうしよう・・・

 

パニくってサポートメニュー画面のあらゆるリンクをクリックしてみた。

 

「よ、良かった、……アイテムとかはそのまま残ってる。」

 

軽くため息を吐いた。

思わず、声に出して喋ってるわたしが居る。

 

解ったことはゲームデータは残っている事、chatは飛ぶけどフレはinしてない事と、メニュー画面の時間が止まっているって事。

 

 

 

 

途方に暮れながらカルガインの大通りを歩く。

どうしよう、どうなるんだろう。

 

 

悩んでても仕方ないか……そうだ! フレは居ないけど誰かはinしてるはずっ!!

 

心の中でそう、叫んだ。

ぎゅっと手を握り締めて。

ここカルガインはゲームでも初まりの町、chatだけ楽しんでる人なら広場だったり外門の辺りでchatしてるはず。

……今は、たぶん夜中だけど──

 

期待に胸を膨らませもといた大通りを抜け、商店がわさわさと連なる通りを抜け、町の北にある広場までやってきた。

けど、広場には誰の姿もない。

 

それを見た瞬間、へなへなと力が抜けてその場にへたりこんでしまう。

 

 

 

「もしかして・・・この世界に──わたしだけ?」

 

フッと学校の友達の顔が目の前に浮かんだ。

ほんのさっきまで、当たり前に見てられた顔。

その顔が、脳内でドロリとスライムみたいに溶けて流れ落ちていった。

 

わたしのNOLUN──この世界での名前は、まぷち。

高2で髪は肩で切り揃えて天パ。

寝起きはあっちこっちに跳ねまくって大変大変。

あれこれ髪直してるだけで1時間経ってるなんでざらで。

でもでも校則はキッチリ守るのです。

自称、優等生。

なーあんてちゃっかりスマホは持ち込んでるけどね、放課後しか電源入れないよホントだよ。

 

 

 

 

 

あ。今の全部今から意味ないから、忘れて?

 

今のわたしはー、初期装備の真っ白の普通の服に普通の靴に普通の短パンに革の髪留め(カチューシャ)に革の手袋に・・・気がついたら初期装備で呆然と立っていた。

 

えと……、この初期装備の白い服がなかなかの物で、言ってみれば運営の罠。

カットが際どい。

胸、見えそう!

 

タンクトップと、までは行かないけど、余裕でこのままにしておけないレベルで気になるとこ。

 

メニュー画面のBOXには、BOXはアイテムなら何でも。

そのまま入れて保存できる亜空間、だと思ってる。

BOXの中は時間という概念が無くて、無限に放り込める便利な箱。

メニュー画面に常にあってゲームをし続ける限り溜まってく、まるでホコリが降り積もるみたく。

 

そう、わたしは思い出ってゆーホコリをBOXに放り込んでるんだ。

って思えば素敵じゃない?

 

BOXを漁れば、昨日までログインして来たままのわたしの装備はすぐ見付かった。

 

「もう、会えないのかな……?」

 

でも──こんなコトって今まで無かった、よ?

 

視点が定まらないほどのやりきれない感情の波が襲ってきて、自然と大声で泣きだす。

 

「よ!」

 

その泣き声に気付いたのか、誰かが声を掛けてきた。

 

「よ゛がっだあ゛!・・・ヒック──」

 

嗚咽混じりで、しゃくりあげながら溢れ出す、大粒の涙を拭くことも忘れて声のして来たわたしの上の方を見あげると。

 

「おまえ何泣いてんの?」

 

そこには私の泣き顔を見て、ちょっと引き気味の見た感じ年上っぽい剣士が立っていた。

 

「気づいてないの?」

 

その言葉にイラッときたので立ち上がり、胸ぐらをつかむ勢いでガッと剣士の前へわたしは進み出る。

 

「何がだよ……」

 

剣士は胸の前で両手を左右に振るジェスチャーをしながら一歩下がり、わたしから距離を取った。

変なやつって思われたのかも。

 

「えっと・・・、そうだ──」

 

メニュー画面をいじっているのか、彼の人差し指が何度も虚空を切る。

 

急に焦ったように人差し指の動きが一層、速くなった。

彼……ログアウトしたいのかな?

 

出来たら泣いてないのに。

 

剣士は背は160くらいの。

筋肉はそこそこ、私的には少しダイエットすればいいんじゃないかと思えるお腹。

こんなアバターあったかなぁ???

 

魔人族特有の薄い紫の肌・・・なのはゲームのままだけど。

 

「落ちて寝たいんだけどさ、リンクが」

 

「繋がら無いから。困ってるの!」

 

キュッと掌で涙を拭ってから彼の目を見据え叫んだ。

出来たらとっくにログアウトしてる。

 

出来てたら・・・、泣いてない。

 

「じゃあ徹夜で狩りするか……ちッ!」

 

誰に向かうでもなく、彼は舌打ちをしてグイっと背伸びをしてそう言った。

 

「──は?」

 

驚いた。

彼は能天気にゲームを続けると言いはなったのだ。

 

何が起こっているか解らないこの世界で。

 

「ゲームじゃないんだよっ?」

 

立ち去ろうとする彼の前にズイッと立ち塞がる。

この感覚、この感触、今の温度、ゲームでは体感出来ない領域。

 

「退いてくれ。狩りいくって言ったの聞いてなかった?」

 

めんどくさそうにジト目の彼は欠伸を噛み殺しながら。

彼の前に立つわたしを、避ける様に左右に体を動かす。

 

「つ、着いていっていいですか?」

 

この人を逃したらマズいんじゃ無いの?

 

置いてかれたらまた1人で、来るか解らない他の人を待つことになるから必死に追い縋った。

 

「んー」

 

一呼吸あって彼は困ったような顔で、私の右上辺りを差してから自分の右上辺りを指差す。

 

そこには緑色の枠が浮き出ていてLVと名前が書いてあった。

 

彼の名前はヘクトルというみたいで、そこそこLVが高い。

 

私は……と言うと、初心者と変わらないわけで。

 

 

 

 

 

 

「レベル足りないから即死だよ。……狩り場は塔だから」

 

塔と言うのは中級者の狩り場だったはず。

 

初心者が踏み込んだら確かに即死だろう、それでも。

 

「お、お願い!」

 

「んー」

 

 

じゃあねぇ……と、忙しなくメニュー画面をいじって空中で人差し指を振るう、彼。

 

「ま、なんだ。送ったから装備してみ」

 

言われてメニューを開いてギフトを確認。

 

飾り兜? と錆びた鎧がヘクトルから送られて来ていた。

 

「拾い物だし。レア物じゃないから……やるよ。」

 

「いいの? ホントに? えっと……、ありがとう。」

 

渡された装備を着けると、倍以上にステータスが上がったのがメニューを見ると表示されて解る。

 

いつの間にか止まっちゃってた、さっきまでボロボロ溢れ出ていた涙が 。

突然の優しい彼の態度に、頬まで紅く染まってる気がした、だって。

なんか顔が、顔まで熱いんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺境の塔カルガイン。

踏破したものの無い天界に届いてると言われてる塔。

 

……その塔の入り口は遠くから見ても薄気味悪くて、生者が近付くのを拒むように闇より暗く口を開けていた。

 

近づいた今も、目の前に広がっている闇に差し込んだ手が見えなくなるほど。

 

「いくのか。いかないのか」

 

塔の前でヘクトルが聞いてくる、ビビって震え上がってしまう私の背中に。

 

「……いくわよ」

 

正直お化け屋敷に入るより怖い。

怖いんだけど、行かなきゃ。

 

消え入りそうな小さい声しか出てこなかったんだけど。

 

「んー、じゃあ誘うから」

 

partyの勧誘をするためにヘクトルはメニュー画面をいじっている。

少しして私のメニューに勧誘を知らせるリンクが出た。

 

「狩り場で2タゲはマズいから入り口に居ていいよ」

 

partyに私が加わったのがわかると、それだけ言ってさっさと奥へ行ってしまう。

ここでただ待っているのも暇だから、持ち物を確認してみよう。

 

 

 

 

 

今の今までなかなかにパニクっていたからさ、そうゆうのしてなかった。

 

まずは―――

 

さっき貰った飾り兜?、それに錆びた鎧。

広場でchatしてたら知らない人からいきなり渡されたマナ付きのスリング、フレからネタで貰ったボーダーのパジャマ。

市場で買ったサングラス、魔除けだよってプレゼントされた呪われてそうなペンダント。

生産してるフレから大量に押し付けられたカンテラに蝋燭。

仲間内で一時期流行っててバザーで値切って買ったウサギ革のニット帽に揃いの手袋。

引退してったフレから貰った大量の石ころと大量のバイタルそれ……に、フレの愛用してた装備一式。

 

塔内部は、おっきな巨人が立って歩けるんじゃないのってくらいに高さがあってさ、とにかく広い。

 

入り口から少し入ったところでカンテラ無しじゃもう1メートル先は闇。

外からの光を何らかの力で遮断されてんじゃーないのー?って思えるや。

何にも見えない。

 

かと言って。

初心者過ぎて何にも魔法を覚えていないから出来ることは無いので、座って待っているとボゥッと揺れるカンテラの光が。

 

ヘクトルがこっちの方へ向かってくるのが見えた。

モンスターを引っ張って来たみたい。

 

 

 

 

 

NOLUNの経験値入手方―――つまりlv上げには3つある。

 

まず一つ目はシナリオ本編を進める。

シナリオが進む事によって行けなかった場所や、それまで居なかったモンスターが現れたりするらしい。

 

二つ目にクエストを完了する。

お使いのようなものから町の警護や賊の討伐。

さらにクエストを受けると登場するダンジョンなんてのも。

 

三つ目。

もちろんモンスターを倒して稼ぐ。

 

倒せば経験値と素材、運が良ければレアドロップもするかも。

 

ただし──partyでモンスターを倒すなら『一度でも』攻撃してないといけなくって、攻撃していれば倒した時に経験値、ドロップ品は貰えるようになっている。

 

今ヘクトルにやって貰っているのはぶっちゃけ、それを利用した寄生。

 

α版の前ならparty戦で同じマップに居るならpartyが倒した経験値を何もしなくても貰えたので寄生が輪を掛けて横行してたんだって。

今では叩かないことには経験値は貰えないことになっている。

 

だから入り口にいるわたしのトコまで、モンスターを引っ張って来てくれているんだ。

引っ張られてきたモンスターはヘクトルに近づいた瞬間。

 

一閃の元に光の粒になって消える。

 

もちろん、その前に離れた所から私はスリングで一撃。

二、三回に一回は当たる感じかな。

 

塔に来るまでの間ヘクトルに、

 

『スキルは何があるんだ?』

 

と聞かれたから、逆にヘクトルのスキルを聞いてみた。

 

ヘクトル―――種族魔人

LV40

スキル:ダブルアタック カオスバスター プロボーグ スペルブロック ガード 劫十閃 飛剣 カウンターシールド

 

……聞いても、そうだね。

ゲームの内容を知らないわたしには、そのスキルがあるから何が出来たりするのってそんな事だって解らなかった。

 

一言。

思わず、疑問を声に出していた。

 

「スキルがあるとどう変わるの?」

 

 

 

 

 

塔1階のモンスターは主に、スケルトンてゆー骨。

たまにスカル。

スカルってゆーのは、スケルトンの上位で麻痺など状態異常にされるぽい。

スカルが出たら引っ張らずにその場で倒すという約束になってた。

 

ヘクトルが麻痺すると厄介なことになるから。

 

スケルトンのLVは40。

それをヘクトルはサクサク倒していく。

おかげで有難いことにあっという間にLVは10になっていた。

 

このNOLUNというRPG、LVがなかなか上がりづらいとゆうのも一つの特徴だったかも。

 

party内で倒した人に八割ほど経験値がそのまま入る。

最大六人partyで人数の下限によって経験値の量が増える、とかだったかな?

 

今日までLV上がってないけどね。

 

「そろそろ、さ。わたしも叩いたっていいよね?」

 

私だってLVも上がって、やれるはずだ。

すると、

 

「無理。死ぬだけだって」

 

あっさりヘクトルに却下される。

 

「じゃ、魔法!」

 

「さっきのぷちファイアか? あれは、ライターの火の代わりくらいじゃね?」

 

笑われた(泣) 確かに初心者御用達のぷちファイアしかマナは持っていない。

しかも誰かに貰ったスリングに貰った時から嵌まっていたぷちファイア。

ヘクトルが言う通り、使ってみたらライターの火。

 

だからと言って持っていないマナは──使えない。

 

「ヤバっ!」

 

「どしたの?」

 

「麻痺った!」

 

スケルトンの後ろからスカルが現れたらしい。

 

麻痺している間は動きが鈍く、攻撃を避けることが出来ない。

だから……。

 

「バイタルがぶ飲み。ひー!」

 

それなりにスケルトンをサクサク倒せるヘクトルでも麻痺してしまうと一転、不利になってしまうみたい。

こっちくんな。

 

「逃げろっ! 逃げるぞー!」

 

モンスターは出てこれないはず、塔の外には。

 

ゲーム時と同じなら付いてこれないんだって、さ。

 

助かった。

結論──

 

今、わたしには寄生するくらいしかできない。

 

「いや、マナ増やすか。スキル覚えるかしろ。」

 

ジト目でこっちを痛いくらいの視線で刺すヘクトルは、機嫌悪いですよーな、黒いオーラを隠そうともしない。

 

スカルに殺られそうになったからなんだけど。

 

 

それってわたしのせいか?

 

「ホント、誰にも会わないな。」

 

息も絶え絶えに入口のすぐそばにへたりこんで苦し紛れにそう言うヘクトル。

 

誰にも会わないっておかしい。

 

ハッキリ言って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人でスカル相手にするのは、声に出して言わないけど面倒だったみたい。

 

「どこで覚えるのよ?」

 

落ち方わかんないし取り合えずスキル覚えよっかな。

わたしだって強くなれる、きっと。

 

「そうだなー。大通りから脇に入った路地にマナの店ならある」

 

どうにか息切れはしなくなった体を石床に寝ころばさせて、どこを見るでもなくそう答えるヘクトルに、

 

「お金、持って無い!」

 

にっこりと微笑んで言い返すわたし。

 

マナは値がはるって話に聞いた事くらい、わたしだってある。

 

解るのだ、それは高価なものだと。

 

視線を移してヘクトルを見るとやっぱり変わらずジト目でわたしの事を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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唐突な非日常

いつものようにいつも通りに[ヴァンガード]の自動ドアを抜けてカウンターの前に。

 

いつもの店員さんが受付にいなくて『見ない顔だな。』とは思ったけどもそれほど気にもせずに受付を済ませようと声を掛けた。

 

「いつものブースがいいんだけど」

 

会員カードを見せながらそう言ってカウンターの上に置いてあるチケットを物色する。

 

割引クーポン付は人気なのか売り切れみたい。思わずため息を溢す。

 

「──!……すいません。今日は埋まってて……」

 

その店員は受付リストと睨めっこしながら空いているブースを探してくれたみたいだけど、どうも目当てのブースは埋まってるみたいで。

代わりに新ブースのカードキーが出される。

 

「新ブース?……高いンじゃないの?」

 

前回予約したよなぁ?自分。と慌てて差し出されたカードキーを押し返す。

 

「常連に馴らしとして無料になってます。」

 

さらにわたしに押し返したカードキーを、わたしの掌に握らせて店員はニヤリと良い笑顔でそう言うと新ブースに案内してくれた。

 

[ヴァンガード]はVRMMOをメインとしたいわゆるネカフェだ。

VRMMOもそこそこ普及したと言っても映像の滑らかさ、タイムラグ等諸々の問題を考えたら小型化で自宅で。とはいかない。

 

従来は球体のカプセル型。

な、コックピットに座って気分はパイロット……てか(笑)。

 

で、うって変わって新ブース内は医療ベットの様な寝た状態でのプレイスタイルらしい。

 

「セッティングこちらでやりますよ」

 

じゃ、寝てください、とその店員に言われるままにベットに寝転がってみる。

 

変とか思わないけど、思えばあっち行ってる最中は『こっち』は身動きしないんだよ。

もう、なんかアレだけど入れ物みたい、わたし。

 

ぼやっとそんな事考えてたら、

 

『ひゃあっ』

 

ピッと言う音と共に頭から脚へと、シュイーンと伸びて現れたシールドによって全身が包まれたものだから吃驚して変な声出た。

 

外から見たら日サロマシンみたいなんだろな。

 

「楽にしてくださーい。すぐに繋がりますからねっ」

 

凄く遠くに聞こえる間の抜けた陽気な店員の声。

目を閉じて少し経つと瞼の上に何かが覆い被さった感覚。

ゴーグルかな。

 

『あっ』

 

ヒュイイーンと言う低い小気味いい音と共に、ふわりと宙に浮いたような浮遊感に襲われ。

 

『きたきたっ!!』

 

さあ今日もファンタジーの世界へGO!

 

VRMMOの世界へと旅立った。

 

……はずだったのに。

 

 

どうしてこうなった。

目の前には見慣れたカルガインの町並みが広がっていたよ。

 

風を感じるしなんだか匂いまである。

やたらリアルだ。

 

どこか呆けて混乱した頭で思い出してみる。

 

……わからない。

 

泣きそうになった。

 

『──返事してよぅ…』

 

そんな時だ。ふいに声をかけられたのは―――

 

「おまえ何泣いてんの?」

 

顔を上げるとふてぶてしい態度の機嫌悪いですよーオーラを纏った男が見下ろしていた。

無意識に脱力したのか座り込んでいたみたいで。

 

声を掛けてきた人はヘクトル。

並んで立つとわたしの方がヒール高分高いかな。

 

見た目はその辺のお兄さんってカンジ。

肌の色を除けば。

魔人族特有の薄い紫の肌。

触るとヒンヤリ固い。

 

……そう、ヒンヤリ。

ゲーム中なら有り得ないの。

気付いて、ぶるっと身震いした。

温度を表すことなんて出来ないんだから。

ここは──ゲームじゃないなにか。

 

それとも、『あれ』なのか。

 

わたしは新製品のVRMMOを使用してNOLUNに入ったから、なにか別鯖に入ってしまってver.upしたとでも?

 

だからフレチャも広域チャットも反応なしなのかも。

ここはお試しの鯖なのか、きっとそうだ。

そうに違いない。

 

無理矢理納得させるようにうんうんと確認するようにしっかり頷く。

 

別鯖に紛れ込んだんだとすれば、お試し鯖だからログアウトも自分から出来ないのもしっかり納得出来てしまう。

 

『デバッグさせようっての?』

 

お試し鯖のデバッグを常連にさせようってことなのかー。

だからこそ無料で。

あぁ。

タダほど高いものは無いって言うのはあながち間違って無いかも知れない。

けど、……運営さん残念だったな―――

 

『わたし、チャットしに来てるだけの初心者だってば』

 

デバッグ出来るだけのプレイ経験も無いのだし。

これからどうしよーかなって思案を巡らせていると。

 

また、狩りに行くと言うヘクトル。

いやちょっと待って。

お願いします。

置いてかないで……

 

で、あれこれあってLVは上がりましたよ。

あっさり。

ザクザクと。

スケルトン相手に、経験値稼いでくれました。

感謝感謝です(笑)

 

やっぱり、なんとゆうか凄いよヘクトル。

 

話は戻って―――

 

「なっ……」

 

「わたし、チャットしかしてないんだよ、ね」

 

冒険らしい冒険なんて……してない。

したことない。

 

「……たむろしてる奴らか。」

 

心底嫌そうに舌打ちするヘクトル。

確かにたむろしてる奴らの方だけど。

だけど。

 

なにか悪いことしてる訳でも無いのに、この態度はなんだ。

気分良いものではない。

 

「なにか、気に触ることでも?」

 

トゲいっぱいに含んで言い返すと、 小さく溜め息を一つついて、

 

「なにも。だけどキミも奴らと一緒かと思うと、ちょっと引いた。」

 

それだけと言い終わると俯いてしまった。

ほんのさっきまでと明らか雰囲気が変わってズーンとした空気が辺りを覆う。

なにか悪いことしたのか、わたし。

 

しばらく無言になると、何かブツブツ呟いて顔を上げたヘクトルはどこかぶっきらぼうに口を開く。

 

「……謝れ」

 

「えっ……?」

 

 

 

何を謝れと言うのか。

固まって答えないあたしを直もジトっとねめつけてくる。

 

解らないから取り敢えず場を取り繕おうと謝罪を口に出す。

疑問符を含んだまま。

 

「ごめん、……なさい……?」

 

もう頭の上には?マークがぐるぐる飛んでいるだろう。

もし、アイコンが表示されるならだけど。

 

それほどあたしには理解することは出来なかった。

この謝罪の強要が。

 

「変だな。まるで謝ってない風に聞こえる」

 

ま、いいかと続けたヘクトルは、クイクイと人差し指を振る仕草であたしを呼ぶ。

 

「ついてこいよ。」

 

そう言ったヘクトルの表情は元に戻っていた。

裏では何を思ったかそんなの解らないけどね。

 

 

 

 

誰も居ない大通りを少し遅れて後を着いていくと、いくつか通りを過ぎて脇の路地にズンズン進んでいく。

目当ての店なのか歩調をちょっと、抑えて一軒の店に入っていった。

 

ふと入り口に立て掛けられた木製の看板に視線を落とすと[タイユランの雑貨店]と雑に掘りこまれていた。

 

店の中はちょっと埃っぽくて薄暗い。

蝋燭なり、魔光なり使えば明るくて見易いんだろーけど。

キョロキョロしつつ、見馴れない商品棚を物色しつつ奥へと進めるとぼやっと明るい所があった。

 

カウンターだろう、楕円形で真ん中のくり貫かれたテーブルの上に、カンテラが置かれ蝋燭が灯っていた。

 

テーブルの向こう側に、ギラギラした目をした小学生くらいの背丈の小人の店主がゴチャゴチャと雑貨だらけの椅子に座って(?)居た。

見た目はホビットで目付きはまるでコボルト。

 

「何見てんだい?お客さん。」

 

高い声だがドスの利いた声で店主に話しかけられた。

 

「えー・・・っと」

 

ぱちくりしながらドギマギしながら声の主の目を見ないように言葉を探す。

あれよね、ちょっと怖くて初見じゃこれはつらい。

 

何だか、蛇に睨まれた蛙ってこうなんじゃないか。 何しに来たんだっけ? んー……?

 

「お客さん?」

 

『あ、思い出した。』

 

「マナが欲しいんです。」

 

そうだよ、マナを買いに来たんだっけ。

店主の雰囲気とゆーかオーラに圧倒されて頭の中一瞬真っ白なったかも。

 

なかなかパニくったまま帰って来れないわたしを気にせず、店主はテーブルの下にしゃがんだり棚の埃を払ったりしながら商品を出してくれた。

 

「他は在庫切れさぁ。ウチもお客さんが帰ったら閉めて逃げなきゃ。」

 

テーブルの上に運ばれてきたマナに視線を移すと……マナ、……に、字が浮かんで、……映る。

 

っと、それよりも何か。

言ってなかった?

 

物騒なコト……

 

『逃げなきゃ?』

 

なんでだろう? NPCが逃げなきゃならない事情が出来るとか、それってどんなクエスト?

 

「決まったのか?」

 

そんな時だ。

色々ありすぎてごっちゃになった頭がショート寸前だったあたしの後ろから見てらんなかったのか、不機嫌なアイツが声を掛けてきたからさ。

 

ちょっと振り向いて舌打ちをした。

いやいや、今見てるから。

急かしたって決めらんないし。

 

「待ってみて」

 

ヒール、ペルナ、トレモー.....

 

これは……どれも0の数がめっちゃ多いんですけど。

ヒール以外、用途不明だしさ? なんなの、トレモー。

5000000グリムって。

 

「待ってたら財布でも出てくるのか?」

 

さっきより後ろの声がうわずってる。

そんなにイライラしちゃだめだよ。

 

体に悪いよ?主に胃とか。

ああ、ヒールでも10000グリムするんだ・・・。

 

なんかヤな汗かいた。

 

「これでいいか?」

 

「は……っ!?」

 

「これでしたら10000ですが」

 

モタモタしてる脇からテーブルの上のヒールを指差すヘクトル。

 

なんなの。

良く解んないけどヘクトルは取っとけと言いたげに軽く鼻息を鳴らしてヒールを手渡して来た。

 

「ありがとう……?」

 

わたしが固まってる間にサラッと支払ったよ、なにコイツ。

いいやつ。

最初からそのつもりだったの?

 

ヒール、奢られてしまった(笑)

 

やったい!!

 

帰り際に店主から言われた言葉も気になる。

 

「また来てくれよ。生きてたらなあ」

 

なんだろ、……ヤな感じだ。

 

 

 

店を出て周りを見渡すと、どこも閉店していて鎧戸が降りてる所もチラホラ。

 

 

「ねえ」

 

 

前を歩くヘクトルを呼び止める。足が止まったのを見て、

 

「変じゃない?」

 

ずっと気になってたんだけど、思ってはいたんだけど。

今、言わなきゃ。

 

「変なのは、ずっと……そうだな。おまえと会ったくらいからか」

 

チラリと周辺の様子を見て、ヘクトルはたいして慌てることもなく、

 

「何かイベントに入ったか。限定か突発型かもな。」

 

あくび混じりにそんな事より腹へったなーと言った。

えっ、そんな事って。

 

 

限定イベントか突発イベントか、そうかも。

参加したことなかったから気にしたことなかったっけ。

 

なるほど、それだと納得できるかも知れないか。

 

運営さんは突発イベントまでデバッグさせるつもりですか。

 

限定イベントの内容は全く知らない。

参加しないし、外側から観客って感じだ、今までは。

突発イベントは……そうだよ。

あれは!

 

「そうだよ、まるで似てる。」

 

街がモンスターに襲撃されてプレイヤーがそれを早急に退治するイベントだったはず。

今の状況に当てはまってる、けどさ。

 

「……見ろよ」

 

指差す方に顔を動かし見上げると其処には、不気味な竜とも蛇とも形容できるモンスターが近寄ってきている所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ハジメテノ……

 

「届くわけねーから」

 

スリングを取り出し撃とうとしたら止められた。

わかってる、充分わかってるんだよ。

 

そう言ったってさ、撃ち落としたくなるじゃんか。

なにあれ。

良く見たら、

 

「キモッ、顔ついてないじゃん」

 

さっきより近づいて来たモンスターはもう確認出来るくらいの距離で。

幸いまだ気付かれていないようだ……けど。

 

「やるしか無いかあ、他に誰も居ないし」

 

苦手なんだよな、と続けた後で軽くため息をつくヘクトルは、それでも剣を手に取り走り出す。

 

どうしようか。

けどヘクトル行っちゃったしな。

しゃーないか。

しゃーない。

 

うんうんと自分自身を納得させると、ヘクトルを追いかけて走り出す。

手にはスリングを握りしめ。

 

しばらく走って、やっと追い付くとヘクトルにモンスターが襲いかかろうとしている所で。

ヘクトルも剣では届かないのわかってるから、構えて待っている。

 

ギイイ!!!

 

モンスターは奇妙な鳴き声で吠えて噛みつこうとした。

それをあっさりヘクトルは避けて、躱し際に羽の付け根に一撃。

なんか、あっけなく倒しちゃったな、流石ヘクトル。

 

「すごーい!やけにあっさり」

 

声に気付いてヘクトルは息荒く、

 

「あっさりじゃ、ねーよ。ったく、ヒールくれ」

 

ヘクトルに近づいて良く見ると血が額から流れていた。

他にもシャツの袖に血が滲んでいたり、そこらじゅう噛まれてるみたい。

えっと。。。

言われてマナを取り出してみるけど。

んー……?

 

「これ、説明書もマニュアルも無くて、どうしたらいいか……」

 

焦ってわたわたしてしまう。

取り合えず、手の中のマナに念を送ってみた。

 

……何も起こらなかった。

 

それを黙ってみていた、呆れ顔のヘクトルは額の血を雑に右手で拭い、

 

「マナの使い方知らないの?」

 

馬鹿にしたように言った。

ように聞こえる。

 

もう、なんか色々すいません……。

ヘクトルが言うには、スロットに嵌め込まないとマナの力は発動しない。

だから、武器にはスロットが有るんだって。

……覚えておこう

 

「大事なのは一度嵌め込んだら外せない。二度と、だ」

 

さっきとうってかわって大真面目な表情で。

いや、近いから。

わかったから離れて。

 

「ヘクトルの剣の、それって・・・やっぱり?」

 

そういうことになると気になってしまう。

初見から妙な剣だと思ったんだ、だって―――

 

「そうだよ。全部マナスロット」

 

特注品なんだぜ。

自慢気にニマリと笑う。

柄にも刃の腹の部分にもたくさんの孔が空いてて、正直……、変。

 

きっとあれが全部スロットなんだろーなとは思ったけど、空けたんなら嵌め込まないと意味ないじゃん?

って、話を聞くまでは思ってた。

そっか、二度と外せないのかあ。

ヒール、じゃあ何に嵌め込んだらいい?

 

「うあ、悩むわー!」

 

外せないんじゃ適当に嵌め込んだら勿体無いしね。

 

ヘクトルは俯いてちょっと考え込む仕種を取っていたけど、

 

「狩りに出る前にあげた飾りに付けたら?」

 

閃いた!と顔を上げてそう言った。

 

「ちょっと待って」

 

うん、やってみる。

アイテム袋から取り出した飾り兜?には孔がひとつ。

ここに嵌め込んだらいい?

さっさとしないとアイツが痛そうだしさ。

 

『えっ』嵌め込まないとと、孔に近づけると音もなくマナがマナスロットの孔にぴったりと収まった。

これでヒール、使えるようになった?

 

何が変わったとか無いんだけど。

 

取り合えず叫んでみた。

 

「ひ、……ヒール!」

 

するとキラキラ、と何かがマナからヘクトルに向かって飛んでった。

え、……これだけ?

まあ、一般的なマナだから余計なエフェクトとか無いのかも。

 

「傷、治った?」

 

恐る恐る聞いてみた、すると。

 

ヘクトルは、傷口を触ったり、額をぺちぺちしてある程度確認した後で、『おう。』とだけ。

 

血は止まってるし目立って傷痕もついてないみたい。

取り合えず、ヒールは効果あったんだ。

それで、

 

「これ、どうするの?」

 

視線の先にはさっき倒したモンスター。

 

「別に? ザコだし、いるならやるよ」

 

「いらないし……」

 

「急がないと。襲撃だとしたら町全体が破壊される。」

 

「ザコなんでしょ?」

 

なら、そんなに心配なことないじゃん。

 

「おまえなら苦労するだろうな。泥がレアじゃないだけで弱いってわけじゃねーし。ひとまず」

 

泥漁っとけ。

と言ってヘクトルは息を調え終わると走って行ってしまった。

 

ちょ! こんな所に置いてくな。

どこだかわかんないんだぞ。

すぐに迷子になっちゃうかも知れないだろー!

 

言われたからってわけじゃ無いけどさ、何が手に入るが解んないし泥漁ろう。

んー、なにこれ……空色と褐色が混ざった怪しげな石が出てきた。

ヘクトルに見せて聞いてみよ、後で。

 

他には鉄っぽい金属とモンスターの膓のなにか。

えーとワームフライって名前なのか、こいつ。

LVは35かあ。

確かにわたしにはきついな。

 

めぼしいものは他に無かったのでヘクトルが走って行った方に足を進める。

 

ま、激しく戦闘音してるからあっちに居るんだろーけど。

 

 

 

 

 

 

 

その場所に着くとそれまでの、どこかふわふわとした浮わついた気分が吹っ飛ぶ光景が広がっていた。

 

壊れた建物の瓦礫も相当だけど、辺りを包む空気が全く違う。

 

今、目の前では生死の死線と言えるものがまさに引かれようとしていた。

そんなもの間近で見てしまうと思わず体がすくんじゃう、そうして強烈な吐き気が襲ってきた。

 

死の臭いとはこう言うものなのか。

 

なにこれ……、ヘクトルを追って探していると町の南門に近い広場に出たんだけど、今まさに死に絶えようとする町の防衛隊なんだろう兵士達が居た。

急がないと死んでしまう。

NPCとか、そんなことなんか。

頭からぶっ飛んでた。

 

「ひっ!ヒールっ」

 

思わず兵士に向かって覚えたての魔法を唱える。

助かって!

目の前で死なれると寝覚めが悪いじゃんか!!

 

息を吹き返す兵士を取り合えずほっぽって次の兵士に魔法を掛ける。

残念ながら動かない。

 

連続して掛けるものの反応が帰ってくる気配が感じられない。

 

吐き気を堪えながら、瓦礫に半分埋まった別の兵士にも魔法を唱える。

やはり何も変化は無い。

 

それに、早くここを離れないと……、兵士達がこうなった元凶は今、見えないけどまだ近くに居るかもだし。

 

結局、倒れていた十人の兵士達の内、二人しか反応を返してくれる者は無かった。

 

「立てる?取り合えずここを離れましょう!」

 

「くっ、力が入らない。」

 

呼び掛けに答えた兵士さんは、必死に槍を杖代わりに立ち上がろうとする。

でも黙って見ていられないし、何て言っても時間が勿体無い。

二の腕を持って手助けする。

 

もう一人は息をするだけで、精一杯みたいで起きる気配も無い。

 

「ノクスは、生きてるのか? あいつを……、助けてやってくれ……」

 

起き上がった兵士はもう一人を気遣って、自分の事はもういいと言う。

 

「ノクスさん? 肩貸しますから。」

 

返事の無いノクスと呼ばれた兵士を起こそうとすると、ぐぅっと言う呻き声をあげる。

 

腹の傷はヒールで塞げたけど、傷みを完全に取るにはヒールでは足りないみたいだ。

脇から抱き起こして腕を自分の肩に掛けて、引き摺るようにその場を離れようとしたその時。

 

「ちくしょうっ!」

 

トロルだ!

兵士が震え上がる声で叫ぶ。

目の前で建物が崩れ瓦礫が吹っ飛んでくる。

低い唸り声を上げて広場の惨状の元凶が姿を現した。

 

トロルの右腕が振り上げられ、固まったままのわたし達にまさに振り下ろされようとした刹那。

 

だあああああああらっしゃあああああっっっ!!!

 

張り詰めた空気を切り裂く叫び声が聞こえて、袈裟斬りにぶった斬られたトロルの血飛沫が辺りに舞う。

 

「へ、固いなコイツ!」

 

そして、気付いたら目の前には、大丈夫か?

 

などと、無表情で宣うヘクトルが立っていた。

助かったよ?

助かった、けどさあ。

もうちょっと何か、無いの?

 

「助けてくれて、あ、ありがとう」

 

取り合えず、言うことは言っとこう。

出てきた言葉は震えて、うまく音にならない。

半分死んでたようなトコだったし、正に絶体絶命よね?

 

「よし。それじゃ、ありったけヒール掛けて。」

 

言われて見ると、ぜーぜーと息が荒いヘクトルにしゃーないなーと、言われた通りありったけのヒールを唱える。

なんとかなったかな。

 

「コイツで5匹、ぶっ倒したけどまだまだ来るぞ。」

 

兵士からも、感謝の言葉を掛けられてたヘクトルは、まだまだこんなもんじゃないと言う。

 

あのさあ、もういろいろ無理なんだけど?

 

き、気持ち悪い……意識が朦朧として急速に視界が狭まっていく。

あ、なにこれ……走馬灯かな?

 

とか思っている内に意識がふっ、と途切れた。

 

『はっ!』

 

物凄い嫌悪感で目覚めた。

そこは、見馴れた自分のベットの上。

 

『なんだ、夢かあ』

 

やけにリアルな夢だったなあー。

 

『もっのスゴい汗。キモチワルイ……』

 

脇とか首筋とか、嫌な汗の量だ。

 

「え!」

 

何となく。

触ってぬるり、とした感触の。

それは、血の様に、紅く――――

 

うわああああああ!!!!???

 

悲鳴と共に現実に引き戻されて気付く。

 

嘘……だあ。

今までこっちが夢だったでしょう? 嫌だよ。

 

目覚めたそこは見覚えの無い部屋の隅で、ベット代わりのシーツを被せただけの台の上だったから。

 

回りにはテーブルに突っ伏して寝てるヘクトルだけ。

なんだ、こいつ。

寝てんの。

ああ寝てたね、わたしも。

「起きて!」

 

軽く揺すっても起きないから、何度も揺すったら起きた、やっと。

 

「ん、だよ。後ちょっとだけ……、しつこい!」

 

どっちがだ。

 

「おはよ」

 

「ん──? ……おはよ」

 

ここ、どこ?

 

そもそもなんで寝てんだっけ。

ヘクトルが言うには、いきなり吐いてその後寝た。

というか、気絶したらしい。

 

そーいえば吐き気を堪えながらいろいろあったなあ。

イロイロ。

……あっ!

 

「兵士さん、どうなった?」

 

「知らん。」

 

「なんでよ?」

 

「俺も、ここにおまえ運んですぐ。寝たから」

 

それは、どうもすみません……。

 

「そーいえば、もう一人かな? ユーザー見かけた」

 

「どこで?」

 

「んー、ここに着く前。門の方に走っていく奴等に混じってたぞ」

 

「行ってみよっ?」

 

どれくらい寝てたかわかんないけど、他のユーザーと話してみたい。

 

「まだ寝てたい、って言ったら。」

 

だめか?

 

って言うからダメですって引っ張り起こす。

 

取り合えず、門にいかなきゃでしょ。

 

部屋を出るといきなり瓦礫。

こんなトコで寝てたんだ。

もう、この辺りは無事な建物はろくに残ってないのかも知れない。

 

この建物も半壊していたし。

 

そういえば、ヘクトルが見た門はどっちだろ?

 

町の門は三つある。

意識が途切れる前は、南門近くに居たから南門なのかも。

こーかなー、と思案を巡らせていると、

 

「あっちだ、たぶん」

 

ポンと肩を叩かれて振り向くと、寝惚けまなこのヘクトルが欠伸まじりに立っていて、親指で方向を指し示していた。

 

「急ごう。」

 

その方向からは煙が上がっていて何か、大きな建物が倒れたような地響きがこっちまで響いてくる。

 

何が、……出来るかわからないけど、もしかしたら、助けられるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 



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異形の鎧の男

 

南門はすぐだった。

辺りは、それまでの町の惨状と同等に、瓦礫の山と化してあちこち煙が上がっている。

 

門の壁までも、門に近い所は耐えきれずに、破壊されて穴が出来ていたり、壁その物が無くなって崩れてしまっていた。

 

「……うわぁ!」

 

門に着くまでは、誰かが倒しただろうモンスターの骸が、緩やかな傾斜を進みながら、見える範囲で相当の数転がっていたので、防衛隊は結構な激戦を繰り広げていたに違いない。

 

南門の近くには、それまでとは比べようの無い『それ』が転がっていたんだけど。

 

狼みたいな何か。

小振りなオーク。

さまざまな色のゴブリン。

どうでもいいけど、……ゴブリンて、緑色以外にも居たんだね。

 

極めつけには、トロルだったんじゃないかなって思える肌をした肉塊。

 

す、すごい!

 

防衛隊が倒したのかな?

 

それか、ヘクトルが見たって言うユーザーが倒したのかも知れない、おびただしい数の骸を見て体がすくむ。

 

モンスターと言っても、やっぱり見て気分いいもんじゃないし、死体なんて。

それに引き寄せられてる場合じゃ無い、戦闘はまだ続いているはず。

 

「……あっちかな?」

 

裂けんばかりの怒号。

喉の奥の方から絞り出すような、叫び声が痛いくらい聞こえてくる、門の向こう側から。

 

すくみ上がった体を奮えたたせ、壊された門を潜ると何処にでもある平原が広がっていて、その奥には森があり、平原を埋め尽くすまで行かないまでも、非常に多いゴブリンと狼の群れが見えた。

 

その光景は、形容するならまるで軍隊のよう。

 

 

 

 

 

門を抜けた辺りは血生臭い匂いに包まれ、

 

「うっ、ぷ。……酷い匂い……うっ!」

 

我慢できないくらい。

 

おびただしく散らばったモンスターの残骸と、今まさにヘクトルが駆け寄ってゴブリンと狼の群れに対して無双していて、残骸をさらに増やしている。

 

その奥にトロルの二倍ほどある、さらに巨大なトロルと戦っている集団が。

町の防衛隊と明らかに異形な鎧の男、どうもあれはユーザーっぽい。

 

傍観するわけにも行かないので、門の近くに固まるゴブリンの集団を避けて、防衛隊に近寄り、ヒールを掛けようとした時。

ユーザーのLVが見えた。

 

わあ、53! それは強いわ。

どんなモンスターだってザクザク倒しちゃう、あんなに凄いヘクトルより上だもん。

 

それでも巨大なトロルにはなかなか苦労しているようで、動きこそ勝っているものの、一撃でも喰らったら、簡単に動けなくされそう。

 

「ヒール! ヒール!! ヒール!!!」

 

防衛隊と、異形な鎧の男に向けてヒールをありったけ連発してみる。

 

効果はあったのか無かったのか、わからないけど。

 

巨大なトロルの猛攻も凄いし、数が圧倒的なゴブリンもチョロチョロとうざったい。

 

ゴブリンはってゆーと。

手に手に、思い思いの武器を持って目についた、あらゆる人間に襲いかかる生き物で、背丈はどれも幼児くらいと言っても。

数が数だ、一斉に襲われたら……ほとんど命の保証は無いと思われ。

 

軽くいなしているように見える防衛隊も、これだけの多くの群れに囲まれて、身動きが余り自由に取れない為にトロルに集中出来ないでいるとはいえ数匹なら、たかが知れているゴブリンにちょっかい出される度に逃げなきゃなんない、わたしも相当と言えないことも無いのか? 逆に。

少しは役に立ってると思いたいけどね。

 

だああああああああああっ!!!

 

ヘクトルの方は相変わらず無双モード。

物凄い勢いでゴブリン軍隊の群れを蹴散らしていた。

ホント、自分より弱い敵に対しては──むちゃくちゃ強いよね。

その軍隊のような群れも魔法を使ったヘクトルに引き寄せられ、みるみる内に一方的に残骸へと変貌してゆく。

無理やり惹き付けるプロボーグって恐いね。

 

ゴブリンを一手に引き受けていたヘクトルが粗方捌いた頃、耳を突ん割く一際大きな咆哮が上がった。

 

巨大なトロルは膠着した場を一気にひっくり返そうとしたのか、ボスに有りがちの固有技を使ったみたいだ。

効果はどのほどかわからないんだけど。

 

「仲間でも、呼んだか?」

 

「わかんない……」

 

けど、何となく恐怖で『ひいっ』っと体が震え上がった気がした。

 

間近で、まともにあの咆哮を聞いてしまった防衛隊や、鎧の男はこんなものじゃないだろうなー。

 

足が大地に張り付いた感覚を憶えるくらいに怖れ戦いたんじゃーないかな? あっちに居る立場だったらへたりこんでるだろ、わたし。

 

「はっ、はぁはぁ……。……キリがねえしっ!」

 

ヘクトルは、ゴブリン達の骸を避けて地面に息荒くへたり込む。

 

ゴブリン軍団の群れをほとんど一掃したんだから、当然お疲れだよね。

ああ……、でもヘクトルにはまだ動いて貰わないといけないみたい。

 

呼んでいたんだ、ヘクトルのいった通りに。

 

巨大なトロルの後ろには、深緑の木々が鬱蒼と生い茂り、昼なお暗い鉄の森と呼ばれる森が広がっている。

その森の中から、トロル数匹にオークが相当数現れる。

 

が、それを狙い澄ました様に、周辺の空気がキン、と音を立てて冷気を帯びる。

 

ゴブリンの群れが一掃された今は、余裕を持って集団から離れて傍観しているわたしの方にも冷気が感じられるという事は、範囲魔法の可能性が高い。

しかも即発動じゃないからとてつもなく強力な。

 

「うう、……寒っ!」

 

今は貰った髪飾りと、ウサギ耳のニット帽と、貰った鎧と、初期装備の白い服を着てるけど、思わず両肩を抱いて身を縮ませちゃうくらいに。

 

ギルド戦なんかで見てると、範囲魔法は準備時間が必要だったんだよね。

 

「ダルテ!」

 

場に呪文が響き渡るやいなや、さきほどの冷気が凍気にまで高まって、現れたばかりの新手のモンスターの群れを集中して何度も、何度も襲い凍りつかせ、同じ様にみるみる内に森の木々も凍てつき、枝木がパキパキパキと音を上げて爆ぜる。

 

わ、スゴーい!!

 

防衛隊の誰かか、鎧の男か極大氷結魔法を唱えてたんだ。

 

それにしても……傍迷惑な魔法だ、敵だけじゃない。

こっちも凍えるんですけど。

 

「ダルテ……。あのユーザー、廃人だろーな」

 

肩を竦めてヘクトルはぼそりと呟き、深く溜め息を吐く。

場をひっくり返そうとした巨大なトロルの思惑を一発で引き裂く、極大魔法。

 

確かに威力が凄まじいってことはそれだけ『やり込んでる』という証になるわけで。

 

ヘクトルの呟きに一人納得してうんうんと頷くわたし。

それを見て、

 

「おまえの思ってる意味と違うからなー、たぶん」

 

と、ヘクトルはジト目になってこっちを見ていた。

どーゆー意味と取れば?

俳人くらいは素人でもわかるよ。

面倒なので黙ってアカンベっしといた。

 

「そんじゃぼちぼち行きますか!」

 

暫く休めていた体を起こし、首を左右にこきっと鳴らして息を整え、一気に駆け出すヘクトル。

 

ちょ! もう元気になったの?

 

さっきまでぜーぜー言って苦しそうだったのに。

とか、思ってる間に巨大なトロルに一撃を打ち下ろしている。

あ……。

 

ヘクトルが地面に叩き落とされる。

 

トロルの振り払う一撃の範囲から離れられなかったみたいだ。

急げ! ヒールしか出来ないけど、出来ることで助けになりたい。

ヒールを掛けて駆け寄ると、

 

「離れてみてろ!」

 

機嫌悪くヘクトルは吐き出し、すぐに立ち上がって斬りかかる。

 

いやまあ。

ヘクトルの暴言は危険だから離れてろと、取っておこう。

足手まといだから離れてろではないと思いたい……。

 

そうしてる間にも、ヘクトルは気合いの雄叫びをあげ袈裟斬りで巨大なトロルに一撃お見舞いする、と動きがさっきよりも遅くなった気がした。

 

効いてる効いてる。

ヘクトルが加わった分手数も増えて、防衛隊の兵士達とも連携良くトロルをぶっ叩いて、離れる、を繰返し繰返し。

 

わたしはヒールを繰返し繰返し。

 

……どれだけ経ったか、鎧の男が叫ぶ。

 

「防衛隊の皆さん離れてっっっこれでっ! 決めるっ!!!」

 

鎧の男の声に気付くやザザっとその場を散る兵士達。

 

それを横目に、鎧の男はコクリっと頷くと、一気に距離を詰め、巨大なトロルに最後の1撃を浴びせかけようと飛びかかった。

 

「エクセ=ザリオス!」

 

男の全身に青白いオーラが表れそして爆ぜて、再び握った刀身に絡み付く。

それを二度ほど繰返しキラキラと刀身は輝くと、いっそう凍気を引き上げて巨大なトロルの動きを奪い、それが斬撃となって切り裂く。

 

……見ているこっちまで震え上がる物凄い一撃。

 

うわ、やっぱりこの人はわたしなんかより……ううん、ヘクトルよりとんでもなく凄い。

 

ぶっ飛んだ強さだ。

暫く経っても、周辺の空気が凍てついてダイヤモンドの様にキラキラ、キラキラと舞い輝いて綺麗だった。

 

斬られた巨大なトロルに近寄ってみると、切り口からキンキンに凍りつき絶命しているぽくて。

 

もう動かないそれを確認して安心しちゃったのかさっきから何か、違和感を覚えていた事を思い出す。

トロルとは関係ないけど。

 

この人。

さあ……。

あんまり驚いたから二度見しちゃったけど。

 

名前、シェリルって。

女子じゃないの?

 

さっきまで必死だったから、気にはならなかったけどさ。

 

「あの、凄かったです。最後のは特に。あんな大きなトロルを一撃で仕止めるなんて。」

 

散っていた兵士達が駆け寄って、その人……シェリルさんに謝礼の言葉を、口々に浴びせている所にわたしも加わる。

 

「1撃じゃねえ、俺だっていいのを叩き込んだんだ。それより、エクセ──だっけ? あんなの見たこと無い。チュートリアルで神様が見せた隠されたスキルって、あれか?」

 

面倒なのか、起き上がれないのか、地面に倒れ天を向いたままでヘクトルも続けると、疑惑のその人は安堵の溜め息を吐いて被っていた黒い兜を脱ぎ、

 

「良かった、日本人居たー♪」

 

中から表れた姿は正に大和撫子。

 

日本人形にも似た容姿の黒髪美人さんだった、やっぱり。

 

良く良く思い返せば、女の子っぽい声だったわ。

 

 

エクセザリオス、あれは固有スキルなんだって。

なんでも特定のフラグを越えた先のクエストで身に付けた、秘密の……秘中の秘のスキルを更に──自分の特性に併せたオーバースキルなんだそうで。

 

用は使うとすっげー疲れるっぽいの。

浅ーく長ーく続けているわたしなんかは全く意味不明。

オーバースキル、なにそれ?

 

激戦を演じて疲れきったのか、終わった事に安心したのか、シェリルさんはその場に重い音を立てて膝から崩れ落ちる。

更に、鎧のまま寝転がって。

ふわあ、と情けない声を洩ぼしながら体を伸ばした。

 

「あなたも一緒にどう?」

 

誘われたからにはご一緒しますよ。

 

ね、シェリルさん忘れてるかもしんないけど、周りは血塗れでモンスターの骸転がったままだよ?

 

防衛隊の皆さんなんかは、助からなかった仲間の遺骸を集めて町に運んだり、まだまだ急がしそうに働いてるよ?

 

いやいや、まあまあ。

疲れたよねー、わたしも疲れたから。

 

もう少し休んでから。

手伝ったり、すればいいよね。

ボヤッと考えてるわたしの横でスヤスヤ、スヤスヤ寝息が。

あーあ、シェリルさんは寝ちゃったかあ。

わたしも寝ちゃお、少し。

起きたら状況良くなってたらいいな?

 

なんて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ささやかな休息

 

 

 

───ふああ……?

 

気づけばテントの中に居たりします。

 

 

ああ、あのまま寝ちゃったんだっけ。

運んで貰っちゃったんだ。

起こすと悪いとでも思ったのかな? 防衛隊の人達。

なんだ、隣にシェリルさんも寝かされてるじゃん。

 

スヤスヤ気持ち良さげに寝ちゃってさあ。

簡素ながら二人余裕で寝転んでいられるテントの外は暗いけど、もうすぐ夜が明けそうだった。

 

ああーあ、何だろ。

今更、恐怖が湧いてきた。

あ、涙まで出てきた。

寝起きに涙って.....おい。

なんだかなあ。

 

グスングスン.....

 

やだな、……止まらない。

どうしよ……?

次から次に溢れちゃって。

 

こんなトコで泣いちゃってたらシェリルさん、起きてきちゃう。

ぐすっ、でもだめだ。

泣き切っちゃわないと、きっとまた泣いてしまう。

 

今日は人の死を見すぎてしまった、助けられたかも知れない命。

 

それでも、どこかまだ受け入れて無いみたいだ。

ふぇぇえん、次はわたし?

 

「どこか痛い? どうしたの」

 

やっぱり起きてきちゃうか。

声を殺して泣いたつもりだったんだけどなあ。

 

「すいません、……起こしちゃって」

 

「気にしないで。ね、それよりも何で泣いてるの?」

 

寝たままで、こっちを心配そうに窺っているシェリルさんの優しい声。

気遣ってくれてるんだ。

 

「ぐすっ、なんか力抜けちゃって。そしたら、……昨日は色々ありすぎて……助けられたかも、知れなかった……ぐすっ、のに!」

 

毛布を掌が痛いぐらいぎゅっと握り込む。

 

「なぁんだ、怖かったの。受け入れて行かないと後が辛いわよ? 寝て起きたら元通り……なんて訳無い事、わかったでしょう? ここは平和な日本じゃないんだから不条理なんていくらでも、……今日以上の事だってある。今日は運が良かったっておもってるぐらいなんだけど」

 

喋りながら、物々しい表情に変わっていくシェリルさん。

片方の眉が徐々につり上がってく……。

 

……なんだろう、わたし達二人より人の生き死を見てきたみたいに言うけど。

 

それと、なんか最初の印象とどこか違う。

 

背は見上げるぐらい高いけど、わたしと同年代くらいかなって、顔付きとかで判断すると可愛い部類。

でもでも、どうも違うなこれは。

 

キツい表情に変わったシェリルさんは物凄く大人みたいだし、説教じみた言葉使うって随分上なんじゃないかな。

OLさんとかなのかも?

 

「受け入れろ? って、……簡単には無理ですって。モンスターを狩りに出たことだってないのに」

 

それは、もう凄い顔してたんじゃないかなわたし。

泣き張らした顔で思いきり隣のシェリルさんに、振り返って睨み付けてやったんだから。

金色の瞳を。

 

テントの中にはシーツも無くて、ただ二人は寝かされてるだけ。

シェリルさんはあの黒い変わった形の鎧を脱がされてて、って。

 

……あ。

わたしも同じか。

鎧、脱がされてる。

 

パアアンんんん!!!

 

そしたら、一呼吸あって。

あれ?

 

左のほっぺが熱い!

身を持ち上げたシェリルさんに、何の躊躇もなく思いきりビンタをされちゃってた。

 

いきなり何?

 

瞳が忙しなく動く。

わたしが、わたわたしてるとシェリルさんの声が聞こえた。

 

「しっかりしないと、すぐに動かない肉塊になって帰るに帰れないようになるよ。どこにいるか……わからない、けど連れてきた奴とっちめて一緒に帰ろう。それまでは目の前で起こるあれこれを受け入れろ。これは命令!」

 

熱い頬を押さえながら視線を向けると、真剣な瞳でじぃっとわたしを見詰める、二つの金色の光。

この時のわたしにはホントに、シェリルさんの瞳が光輝いてるように見えたんだ。

その後ろには後光まで差し込んで眩しいくらいに。

 

「なんですか、命令って。ふふ」

 

「ふふふ。いい顔になったよ、……えっと―――名前なんだっけ? 聞いていい? ハンネじゃなくてさ。日本の名前、あるでしょう」

 

頬が痛くて熱いのになんだか笑えた。

自分でもおかしいくらいに。

シェリルさんは元の穏やかな表情に戻って聞いてきた。

名前言ってもいいか、いいけど今関係あるのかな?

 

とりま、やる事はひとつ!

 

パンッ!

 

「お返しです、これで……おあいこですよ、ね?」

 

後先考えず叩きたくなったから張ってやった、どうだ。

ビンタされた頬を擦ってあっけに取られてるシェリルさんは、わたしを一点に見詰めて、可愛らしく口をぱくぱく。

 

「えっと、名前……ですっけ? 馬淵凛子(まぶちりんこ)って言います」

 

「ええ、……凛子ちゃんって言うんだ、いいお名前だね。あたしは笹茶屋京(ささちゃやみやこ)改めてよろしく」

 

名前を言い終わってにこりッと笑って見せると頬を擦っていた手を下ろし、わたしの手を取ってシェリルさんは穏やかに笑い返してから笹茶屋京と名乗った。

 

なぜ名乗った、聞きたかったのか? の疑問ににこーと微笑み『なぜって、自己紹介は人間関係の基本でしょ。どれくらい掛かるかわからないけど、日本に帰るまでは連れ添うんだから。それくらいは知っておきたいよね♪』って、……ええっ……?

 

連れ添うって……、なんか恥ずかしいんですけど。

まるでカップルじゃない?

 

素敵な男子から言われると、その気になっちゃうかもな、……熱っぽい言葉。

 

そんな、歯の浮くような台詞を言いながら、シェリルさんは口の端に人差し指立てて、ウインクしてみせる。

 

わたしはどこか、シェリルさんのその仕種とか、雰囲気に身の危険を感じてしまって。

 

ニイっと笑うと、三日月ぽくなるシェリルさんの切れ長の瞳を間近で見てるだけでも、だんだん怖くなってくる。

ほとんどにっこにこしてるし。

 

何か、何て言って言いか浮かばなくなっちゃったや。

この人、何考えてるのかちょっと……解んないな。

 

そんな事を考えているとしばしの静寂のあと、

 

「なーにー! 二人はそんな関係だったのかあー?」

 

そんなやり取りを知ってか知らずか、ヘクトルが間の抜けた棒読み台詞を言いながら、テントの幕を捲って現れるからついつい、

 

「惜しいなー、六十点!」

 

などと照れ隠しとゆーか、気恥ずかしさからどうでもいいことで場を濁そうと口から出る。

 

茶化されるのも、解らないではない。

気づけば、熱っぽい言葉を囁いて二人、見詰め合ってるこの、ちょっと妖しげな状況ではね。

 

いいじゃん、女同士の友情を深め合ってたんだから。

シェリルさんはちょっと怪しいけど、断じてその気はないぞわたし。

 

シェリルさん、シェリルさん……?

 

何で、どうして?

 

残念そうな顔で、恨めしげにヘクトルを睨んでるの?

 

……もしかしてもしかして。

ピンチって、気付かない内に助けられたのかな、わたし。

 

……シェリルさんがそっちの話題ふって来たら、流され無いようにしなくちゃだわ。

 

ヘクトルは、兵士達に言われてわたし達を呼びに来たんだって。

やり取りを聞いてたのか尋ねると、惚けられた。

ただ、

 

「おまえ、顔……真っ赤だぞ」

 

とだけ無表情で言われて、はっとする。

 

うわあ、なんでなんで?

 

顔真っ赤?

 

───えええ?

 

なぜかその瞬間、背中に寒気が走った。

 

振り返るとシェリルさんが不機嫌な表情で、

 

「惜っしいなー。泣いてる女の子をあやして慰めて……、その後は何でもアリアリだったのに。」

 

ね?

 

と、言うとわたしの両肩を押さえる。

何だと?

 

やっぱりそうか、この人は……そっちなんだ。

気を付けないと。

そうは言っても、こんなに真っ直ぐ見詰めらるのなんかなかなかないから、隙が生まれてしまう。

隙間にぐいぐい入り込んでくる感覚。

じわりっと追い込まれてる、でも。

流されないぞっ。

 

「わたし、その気ないですからっ!」

 

振りほどいて逃げ出すように、テントの外に駆け出してヘクトルを追った。

 

だめだだめだ。

こんなの馴れてないから心臓ドッキドキしてる、音が回りに聞こえないか心配なくらい。

 

こんなのヤだ、ノーマルだもんわたし。

まだ、瓦礫だらけの道をおっかなびっくり歩きながら頭パニック寸前。

そんな所へ後ろから、

 

「まだこんなとこいたの? 早くご飯いただきましょっ」

 

その声の主はわかってるけど、それでも憂鬱そうに振り向けば、相変わらずにこにこしたシェリルさんが。

 

この人はこう言う人なんだよ、きっと。

それにしても、マイペースだなー。

さっき自分が何言ったかわかってる?

 

もう……いいや、忘れよう。

 

「どっち行けばいいか、わかります?」

 

正直、先を行くヘクトルの姿も影も見えなくなっちゃったので、どこでご飯貰えるのか解んないわたし。

 

困ったように聞くと。

防衛隊舎ならこっちよと、手を取られて引っ張られ連れて来られたのは、トロルに初めて出会した広場。

 

♪〜×◯×〜♪

 

そこでは、兵士達が木製のジョッキを手に手に掲げ、わたしたちを待っていてそんな中、長い黒髪をしたシェリルさんって一目で気づいたっぽくて、そこに集まっていた兵士達が一斉に歌を唄い出した。

 

喜びだとか、感謝だとか、なぜか理解できるけど聞いたことの無い歌は、広場中に広がっていき、一通り唄い終えると一人の兵士が前に進み出て、

「乾杯! 町を救った英雄に乾杯!」

 

握ったジョッキを掲げてその兵士が大きく叫ぶと、それに合わせて回りからも同じフレーズが後から聞こえる。

 

「……そして、死んでいった友や家族に、乾杯!」

 

今度はトーンをやや抑えて、ジョッキを前に兵士皆で一斉に突きだし叫んだ。

所々泣き声混じりに。

 

家族や、友達をモンスターに殺されてるんだから、当然なのかも知れない。

でも、まだわたしはどうも受け入れられてなくて。

 

今は隣で笑ってるシェリルさんが、明日は動かなくなってるかも?

とか。

喋ることも出来なくなって、死んじゃうとか、ほんのさっきまで……昨日まで死とか考える事の無かった日本住みのわたしが!

隣に、すぐそばに死があるなんて受け入れて下さいなんて言われても……。

 

そんな直ぐに、受け入れてしまえるはず無いじゃん!

 

 

 

 

 

 

そして、セレモニー的な前振りが終わる。

その後にはささやかな宴が始まった。

 

どんな神経してるのかわからないけど……。

昨日は、ここ……。

ねー?

 

周りの瓦礫を見れば。

そこには。

血糊がべったり、まだ残ってたりさ。

 

正直、わたし的にここで宴をやろうって気にはなんないよ、やっぱり。

 

平和なとこからやって来た、わたしとは違う感性をお持ちなんだな、この兵士達は。

 

なんか、……一人で思い出して憂鬱そうにしていたんだと思う。

そんなわたしに見かねてか、狙われてたのか解んないけど。

 

すっ、と皆の持ってる木のジョッキを持った手が、俯いてたわたしに差し出される。

 

「あんた、昨日はありがとな」

 

そのどうも間の抜けたトーンの声に気付くと───ワアッと、さっきまで耳に届かなかった宴の喧騒が戻って来て、顔を上げて視線で声の主を探すと、立ち上がれないとこを助けた兵士だった。

 

名前はベイスと言うんだって。

ここに顔を出せるほどでもないけどノクスさんも命の危険ということも無くなったと言う。

 

良かったー!

役に立ててる、わたし。

 

少なくとも今、目の前に立っているベイスさんと、顔は出せてないけどノクスさんの命を……、救えたんだよね!

 

ジョッキを受けとると、甘い柑橘系の匂いのする、オレンジ色の飲み物が注がれていく。

 

そういえば、暫く何にも口にしてなかった。

水くらいも。

 

と、思い出して喉がゴクリっと音を立てる。

行儀悪いとわかりながら、まだ入り終わって無いジョッキを急いで口に運び、一気に飲み干した。

 

いっひゃー!

生き返るう!

何だろ?

 

これ……、美味しい!

 

口当たり爽やかな中に、じんわりとした、砂糖じゃない甘みが。

 

「これ、もう一杯!」

 

空になったジョッキをずいっと差し出すと、トクトクっいう音と共に再び注がれていく。

 

これなんですかあ? と聞くと、広場の水の止まった噴水に腰掛けるシェリルさんを指差して。

 

「あの人からあんたは酒あんたは酒は早いだろうと聞いてね、まあ見た目そうだよなとは思ったが」

 

だって。

 

わたしの為に急きょ酒以外の何かを用意してくれたというのだ。

なんか嬉しくなってしまって。

 

「でも、カルガインには酒以外の飲み物ってのがな。恥ずかしい事だが無くてな」

 

「うえ?」

 

何だって?

 

「ギューをほら。これの汁で薄めて出したんだ。せめて飲める水があると良かったんだけどなあ」

 

言われて見たベイスの手には今潰したのだろうオレンジ色の果実が。

生搾りかよ、素手。

 

んー、日本じゃあり得ないんだけどここじゃアリなのかな。

飲み水が無いってゆーんだし……無いのか、水。

 

ベイスさんが言うには、なんでも飲み水は貴重で薬を服用する時以外は基本、保存が利いて安くつく地酒『ギュー』を飲んでるんだそうで。

 

そういえば、日本じゃ安いけど余所では水は高いとこもあるって習った記憶がある気がした。

 

興味無いことは、右から左へ抜けてくからね。

だから、気がするくらいではっきり覚えてない。

 

これじゃ、帰ること出来てもアル中になっちゃうね、わたし。

悩むけど、他に変えられないから飲んじゃうよねわたし。

 

薄まったギューは、口当たり爽やかになって何杯でもいけちゃう。

ついつい、空になったジョッキをずいっと。

 

ギューは元々甘い酒なのかな。

ん?

砂糖じゃない、この甘みは何なんだろう。

 

何度目かで、空にしてもジョッキに注いで貰えなくなってベイスさんを見ると、

 

「ギューはあるけどこっちが売り切れちまった」

 

差し出されたオレンジ色の果実に視線を移してからベイスさんに視線を戻すと、苦笑いが返ってきたのでへへへと苦笑いで返す。

 

物がどれだけあるかも解らずに、馬鹿みたいに御代わりしてすいません……。

ベイスさんは取ってくると言って歩き出し喧騒に紛れて消えていく。

いいですよっと言い出せず、その背を見送った。

 

空になったジョッキを見詰めてため息を一つ溢すと、その場にしゃがみこみ、また憂鬱になる。

水、どうにかしないと……ほんとに危険だ。

 

アル中じゃ学校は通えないよ……って、ウジウジ考えていると。

ぐい、と左腕を掴まれて引き起こされた。

見上げると、そこにはやっぱり。

 

にこにこ笑う、シェリルさんが居た。

 

 



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宴が終わり、クエストが始まる

「……なあに……湿気た顔してんの、よ! こっちまで! 下がってくるじゃない!」

 

左腕を掴まれたまま胸元をぐん、ぐんと揺すられて頭がクラクラする。

 

この、酔っ払いが好き勝手しやがってえ、……ううーん。

 

飲み過ぎて気持ち悪いかも、酔っ払いはわたしだ。

 

シェリルさんも酒臭いから酔っ払いだ。

 

言い返せないので、されるがままにしてれば、その内終わると思ってたのに。

 

「ほら、ほら! ホラっっっ!」

 

ビンタが3発入った。

 

しかも、3発目で掴まれてた胸元を離されたものだから、その場にズサッと崩れ落ちる。

 

 

「いつまで引きずってんの? 受け入れろって命令したでしょ。傲慢よね、生き死にを楯にして鬱ぎこんで勝手に浸って。あんたよりね、実際に家族失った人たちの方が苦しいのよ! 悲しみを乗り越えなきゃ進めないから生き残った事をこんなに喜んで、……失った事を酒に融かして忘れるんでしょう。今のあなたは偽善。駄々っ子がグズってるだけなのがなぜわからないの!」

 

わたしの背に時に怒りを孕んで語気を強めて、時に悲しみを込めて語気を弱弱しく痛い言葉が突き刺さる。

いやまあ言ってる事はわかるよ?

 

だけどとても理不尽。

鬱ぎ込んでる理由も聞かずに勝手に思い込んでビンタを喰らわすって、何様?

 

「……理由が違う……」

 

思いっきりほっぺがヒリヒリ痛い、ジンジン熱い。

 

「なに?」

 

「話聞いてよ。何を勘違いしたか知らないけど! 飲み水が無いから絶望してたの、……よ」

 

言わせんな、恥ずかしい。

これこそシェリルさんの言う駄々っ子だ。

 

そうだ、声高に言ったって無い物ねだり。

きっと馬鹿みたいに。

 

 

当たり前にある筈のモノが、いきなり無くなってしまう日常。

人によってそれが。

家族だったり。

友達だったり。

愛するひとだったり。

 

その当たり前が、わたしには水だった。

ただそれだけ。

 

あの後、シェリルさんに一生懸命に必死に謝られたけど、一言どころじゃない余計が多いんだ。

 

許すって言ってるのに、『普段真剣に謝らないから謝りかた気に入らないかも』だなんて。

 

それこそ馬鹿にしてる。

ごめんって、一言謝ってくれて。

こっちの言い分解って貰えたら、それでいいのに。

 

……はあ、……何とか仲直り出来た、と……思う。

それで目下の目的、

 

「水か……、確かに飲めないと解ると余計に欲しくなるわよね」

 

「マナでぱぱっと出せないかな? 水素ってゆーか、周りに水ならずーっとういてるとゆーか。空気から飲める水作れないのかな?」

 

そう、水。

氷結魔法あるんだから、何とかならないかなあ? って、初歩の氷魔法を使って貰ったんだー。

でも失敗した。

 

「じゃあさ、さらっとぷちアイス」

 

発動して、床に落ちて、割れて、……消えた。

 

その後も何度もマナの魔法で氷を出すけど、その度に消えるだけで。

 

これはあれか、目的を果たすと魔法は消えてしまう?

 

最後にダルテで広場の温度を急激に冷まして、無理じゃね?

 

と、言う事に落ち着いた頃になって何やってんの?

とヘクトルが顔を出す。

 

「おっかしいなー、アルフに聞いてみる」

 

納得が行かなそうに口にすると、メニューを開いて何かをするシェリルさん。

 

傍目には、指が忙しなく空を切ってるだけ、にしか見えないんだけど。

それはほっといて、

 

「あのさ、ヘクトル」

 

「ん?どした」

 

「飲み水が無いんだって。この街」

 

「聞いた。バカ高い金出せば買えるんだろ? でも、それってさー10000グリムあれば1日分くらいになるんじゃ? 俺、3000万グリムあるし、あいつはもっと持ってるぞ、きっとな」

 

詰まらなそうに、人差し指を左右に振りながら、そう言ってヘクトルはメニュー画面を開いて硬貨や、金貨を取り出してみせる。

 

あっさり解決してしまった。

いやいやいや、

 

「3000万グリムあるの?」

 

「クエスト真面目にやってればある。これで水は買える、解決したか?」

 

そもそも、一グリム硬貨と一万グリム金貨あるの知らなかったんだろと続けるヘクトル。

 

あーそう言えばグリムで買い物したこと無かったわ。

ちなみに百グリム銅貨に千グリム銀貨もあるらしい、ゲームでは空気過ぎて用途に困ってたみたいだけど。

 

知らなかったとは言え、成金が2人近くに居たんだなー。

水は金をだせば飲めるのがわかったけど、問題ってそこなのかな?

町の人には手が出ないのは変わって無いんだって。

 

「わたしたちが困らないのはわかったけど、町の人は飲めないの変わらないじゃない?」

 

諭すようにヘクトルに言ったら、

 

「解ってないなあ。町が困ると何がある? 何が起こる?」

 

何がある、何かあるらしい含みを持たせてヘクトルは、見たこと無い怪しさを湛えた瞳を光らせて、こっちを見詰めてくる。

わたしが考え込むと、

 

「はい、時間切れー。答えは、クエストの依頼が冒険者ギルドか冒険者の溜まってる酒場にくる、でした」

 

く、クエスト?

 

成る程納得。

けどそれって金とるんでしょう。

 

「助けてあげられるなら助けてあげようよ、原因あるんでしょ。知っているんで……」

 

言い終わるかどうかの時、ちっちっちっと後ろからシェリルさんが横槍を入れてくる。

 

「あなたが出来もしないのに強要しようとしない。それは偽善よ?」

 

「だからっ! 困った人を助けてどこが偽善なの?」

 

「あなたが出来ないからよ? 結局、誰かに頼るんでしょ」

 

んんん、言い返せない。

 

ヒールする以外役に立つ気がしない。

 

「別に金貰えたからやってる訳じゃないしな。経験稼いで、レア狙ってのクエストするのに金出なくてもいいよ、な?」

 

意外なことに、ヘクトルが助け船を出してくれて、場が鎮まる。

 

強要じゃないなら、偽善てことにならないよな?

と続けてシェリルさんに釘を刺す事も忘れない。

 

恨めしげに睨むシェリルさんは、

 

「わ、わかったわよ。別に? 金なんて腐ってるからいいわよ」

 

完全に白旗を挙げて、ヘクトルの意見に従う。

 

とりあえず行くぞ、とゆっくり歩き出すヘクトル。

それに付いていくわたしの後ろを、シェリルさんが腹に一物ありそうな表情で付いてくる。

 

自分の思惑と違う、とでも思っているんだろうか。

 

少し経つと、目的の店に着いたのか立ち止まって店のドアを開けるヘクトル。

わたしが入る前に確認した看板には[ディアドの酒場]と簡単に書かれていた。

 

店内に入ると、天井からの魔光で明るいのに併せ、各テーブルの上にもカンテラが置かれ眩いくらい。

 

店内をずいっと早足で向かって、カウンターに座るが早いかカウンターの向こうに居るエルフにヘクトルは話掛けていた。

 

「報酬要らないからクエストよこせって? そんな事言ってくれるのは良いけど、氷結の川は並みの腕じゃ任せらんないけど?」

 

話をふんふんと聞いていたエルフは、酒場の主のディアドなのは間違い無い。

 

ディアドは、金色の胸まであるロングで、草色の給仕服が似合っていた。

年は見た目、わたしより少し上にも下にも見える、エルフだから、これでも実際年齢は百を回ってるんだって。

 

「後ろの黒髪女は、トロルを一撃で瞬殺出来る」

 

そのヘクトルの言葉に、ディアドは説明しづらそうに前髪をかきあげて一瞬、シェリルさんに視線を移して戻す。

 

「いや、昨日のことは聞いてある。トロルじゃなくて氷の川で困ってるのはヒュドラなんだ。ブルボンの討伐隊を待つのが賢いと思わない?」

 

「よこせって、余裕だから」

 

一歩も譲る気は、ヘクトルには無さそう。

 

渋々、ディアドは一枚の地図を出して来て、カウンターに雑に広げる、と幾つかに点を打って、ある一点に大きく丸を描く。

 

「点はね。氷トカゲが目撃された場所で、丸を付けた所は。ヒュドラが、目撃されててね。ヒュドラなんて今まで居ないのが出て、肝心の氷トカゲの退治が出来ないでいるんだ。だから、どんなに自信あってもヒュドラには気づかれちゃダメだよ? 氷トカゲさえ退治しちゃえば、川が流れ出して町の井戸にも、綺麗な水が湛えられるようになるんだから」

 

翠の瞳を爛々と輝かせて、ディアドは要件と注意点をさらりっと説明すると、地図をくるくると畳んでヘクトルに差し出す。

 

「ヒュドラは絶対やるから。」

 

それを受けとると、捨て台詞を吐き出すように呟いて、歩き出すヘクトル。

 

やる気がみなぎってる風なのに、表情はかわらず無表情にちかいのは何でなんだろね?

 

「そうよね。わざわざ行くんだから見逃せない良物件だと思うわ。大物だからマナ落とすかも? だしね。」

 

「ヒュドラは、見逃せって言ってるよね? 討伐隊が連携してやっと仕留めるかどうかでね。倒しても倒しても、再生する厄介な巨竜なんだよ?」

 

ヘクトルの声に反応して、シェリルさんとディアドが見事にハモる。

 

後を追おうと、カウンターを離れようとしたわたしはそれを聞いて、大変そうだなー、と二人を振り返って続きを聞いていると。

 

「話は聞かせて貰った。付いていくつもりで討伐隊の来るのを待ってたんだけどなあ。俺も行こう。」

 

声のした方を、その場に居た誰もが注目する。

 

そして、わたし以外の誰もが納得する。

シェリルさんまで、レットが行くなら完璧ね。と、なし崩しに決まってしまう。

 

レットって誰よ?

 

シェリルさん、知り合い?

 

ディアドもレットが行くなら少しの無理も大丈夫か。って、なんか勝手に決まってるし。

 

その後は、付いてこないのに気付いたヘクトルが早くしろって帰ってきたから、急いで酒場を後にして、テントに戻って荷造りを終わらせ、町を後にする。

いざ! 氷の川へ。

 

 

 

 



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氷の川の異変

いざ! 氷の川へ……。

って、近くのダンジョンまで転移アイテムでひとっ飛びだったので何の苦労も無かった。

 

きっと苦しい冒険の旅が、なんて……思ってた時もあったんだよ。

ダンジョンから氷の川まで歩く間に、襲ってきたモンスターをサクサクと2人が片付けるのを見るまでは。

 

襲ってくるモンスターのLVが弱いね、2人からすると。

ざっと武器を振るえば、終わってしまうくらいには。

泥漁り……は、したけどろくなもんじゃなかったことを付け加えておこう。

 

そんなに苦労も無く、ピクニック気分で鼻唄混じりにしばらく歩いていると、干上がって乾いた川の岸辺に出る。

 

……ここが……。

 

 

岸辺から視線を上流に向けてそちらを見上げると、不自然に白いエリアが。

雪だったり凍っている氷の塊だったりするのかも知れないなとは思ったし、誰の瞳にもそれは明らかにおかしく映る。

町は言うほど寒く無かったし、ダンジョンからこの岸辺まで歩いた感じ、まだそれほど急激に冷たいなって思わなかった。

 

ディアドやレットの言った、『防寒をしっかりな』って言葉がまだ実感出来てないくらいだったし、日本の秋のシーズンくらいの寒さってわたしの肌の体感だと言ってもおかしくないくらいなんだけどって、上流をもう一度見上げる。

 

こうも、世界観変わるのかな?

 

こっちが秋ならあっちは真冬ってカンジ。

ダウン、欲しい……。

鎧と、後は薄い服っか無い。

ともかく進もう。

 

わたし、考え事をしてる間に置いてかれそうになる。

 

「──なぁーに、やってんの? 先行くわよっ」

 

「わ! ま、待ってー」

 

離れた所からシェリルさんの声。

それにハッとして視線で追うと、もう。

走って追い掛けないといけないくらい置いてかれてた。

薄情だ。

ん?

わたしが存在感、無いのかな……。

 

この岸辺が氷の川への入り口になっていて、上流に進めばシェリルさんの目的のヒュドラや、氷の川を凍り付かせている原因もあるはず。

岸にそって上流に進めると、特に待ち合わせをしてた訳でもないのに何故かレットが。

 

やあ、と挨拶をしている横で、さっくりモンスターを倒していたりするのを見た限り、この人も規格外なのかも。

ビュンと言う風切り音をさせながら、数太刀入れるだけで、その大きな獣は動かなくなった。

 

「早かったな、俺も今着いたとこだ」

 

レットは、刃に付いたモンスターの血を飛ばしながらそう言って歩いてくる。

 

氷の川は、そう呼ばれてるだけで別に、年中氷ってる川ってわけではないみたい。

ディアドさんに教わったんだけど、冬なら凍り付いて流れ無いのは判る、冬も過ぎたのに水が流れ無いから下流に水が枯渇したんだって。

調べに行った冒険者が持ち帰った情報によって、やっと氷トカゲの異常発生と解ったと。

 

それで、10日前に討伐依頼を出してブルボンでは討伐隊が用意されているとゆうね。

その……調べに行って帰ってきた冒険者が。

レットなんだって。

レットの前にも沢山、冒険者を送り出したけど有力な情報はおろか、無事に帰ってきた人は居なかった状況で、原因もわからずブルボンにも断られ続けて、今に至るということなんだ。

 

それにしても寒い、寒すぎる。

 

転移してきたダンジョン[マトーヤ洞窟]の辺りはここと比べたら別世界。

これが氷トカゲの仕業なのね、町の人の為にも早く終わらせて帰りたい。

 

そんな風に考えてる間に、ヘクトルとシェリルさんはレットと何やら話してるみたいだった。

嘘だ! とか、覚えてないの? とか、知らないとか、前を歩く3人のそういった声が耳に届いてくる。

 

「一緒にparty組んだぞ?」

 

「ごめんな、知らんぞ」

 

「レットをグリゴラスから助けた事もあったんだけど?」

 

「すまないが、人違いじゃないか? お前らとは昨日の酒場で会ったのが始めてだ。グリゴラスもまだ見ぬモンスターだな。」

 

「「ええー!」」

 

前を行く2人から心底吃驚した声が上がった。

 

どうも2人はレットの事をよく知っているみたいなのに、レットは2人を知らないみたい。

 

確かにおかしな話だよね。ヘクトルもシェリルさんもあんなに親しそうに接しているのに、レットはどこか引いている。

 

「あ、着いたぞ。前に氷トカゲを見た辺りだ。おかしいな……前より……、雪の量が増えた……」

 

レットのビックリした声にヘクトルが地図を開いて確認する。

ここに間違い無いみたいだけど、レットは少し焦った様に辺りの雪を調べ始めた。

その時だ。

 

ワラワラと、大きな獣が周辺の木々の向こうや、乾いた川の岸辺から姿を見せる。

おまけに、グギギギギギギと奇妙な音を立てる白い鱗の塊が現れる。

 

「氷トカゲだ。気を付けとけよ、凍気を吐く」

 

レットは叫んで剣を抜く。

が、ヘクトルはさも詰まらなさそうに欠伸をひとつつくと、

 

だあああらっしゃあああ!!!

 

気合い一閃、わたしたちの右に見える群れを虐殺にかかる。

そう、虐殺だ。

 

モンスターが動く先に剣閃が飛んで、避けるとか交わすとかそういった動作が間に合っていない。

然程かからずに肉塊の山が出来上がる。

 

「ボッとしてないで経験稼げよー。」

 

……そんな暇ないじゃんか。

ヘクトルはさぼんなと、言うけど左の群れにもレットが飛び込んで然程差も無く決着が付く。

 

氷トカゲはとゆうと、シェリルさんの作り出した特大の氷の槍に貫かれて1撃で絶命したくらいだ。

それを見てレットがヒュゥッ! と口笛を吹き歓喜する。

 

「まさか氷トカゲを1撃とはな。嘘でもお前らと知り合いだと良かった」

 

「ダルキュニルよ、サイズは大きめだけど。凍気を吐く前に仕止めれば? 簡単よね」

 

シェリルさんがふふんと胸を張る。

だけど兜以外はフル装備だから、胸の辺りがちょっと上を向く程度で周りには伝わりづらい。

 

その後、もちろんヘクトルに言われて泥漁りをする羽目に。

その後も進めば進む程、当然モンスターの群れを虐殺しつつ、原因を調査してたんだけどよく判らないままだった。

その結果泥漁りは捗るわけで、

 

「また魔石だけ? どうなってんのっ、ここの敵は」

 

出てくるのは魔石という青い石ばかり、とは言っても相当な数を手に入れていた。

それを見てシェリルさんには何か思う所があるみたいで歩きながらずっとブツブツと考え込んでいるようだった。

そして、拾った魔石を見せるように言ってわたしから魔石を受けとると、あらゆる方向から覗いて軽くため息を吐く。

 

「全部、……ブツブツ、……おかしい! ……ブツブツ……」

 

真剣な表情で考え込むシェリルさん。

しばらくして、えいや! 気合いを込めて雪から顔を出していた岩へ握り絞めていた魔石を叩きつけた。

 

「ふふふ、やっぱり。ここの魔石は全て使用済みよ。叩きつけただけで割れるなんて相当、……力を使った後の証拠だし?」

 

つまり?

 

「使用済みだな……召喚かテイマーの可能性があるな」

 

勝ち誇って自慢げなシェリルさんの意見にヘクトルも同意する。

 

レットは歩み寄って割れた魔石のカケラを調べているみたい。

少しの間、ブツブツ呟くとレットも同意して項垂れるように俯いて力無く口にした。

……つまり?

 

「信じがたいことだが、……ここに表れているモンスターは、人の……悪意で操られている! 仲間や町の人を手に架けた奴が……居る!」

 

喋りながら徐々に表情を厳しくするレットは、ぎゅううっと音が聞こえるぐらい、防寒グローブを握り込む。

 

ええー、酷い事する奴がいるんだな、許せん。

具体的にそいつをどうこうする事はわたしにできないけど、せめて一発殴ってやりたい。

 

「あのさあ、……クエストで来てた時とこんなに状況違うと、ね? この先何が起こるか……。わたしなりに考えてみたけど、これってイロイロおかしい……わけ、……じゃない……」

 

唐突に横に立ったシェリルさんはひそひそと口にする。

ヒュドラ倒したいんでしょ? と返すと頷くものの、使用済み魔石かよ、ってなるくらいならクエストを降りたいらしい。

 

確かに、レアアイテムが欲しくて来てる二人はヒュドラを倒した後にがっかりするのはヤかもしんない。

 

……だけど、それは困る。

 

 

「ここまで来たのに、そ……」

 

「来やがった!大きいぞ。」

 

それはないじゃんかと言おうとしたらレットと声が被る。

ぷるぷると震えるレットの人差し指が差す、わたし達が歩いて来た方に視線を移して振り返ると、凍り付いて流れなくなった川の向こうから青い首の竜が幾つも現れた。

 

大きい……それに首がいっぱい、……これが、……ヒュドラ?

いつの間にかこんなに近づいてたんだ。

 

だああああああっっっ!!!

 

気合いを込めて袈裟斬りに斬りつけ、青い竜の1つを絶命させるヘクトル。

でも、すぐに大きく舌打ちをしてその場を飛び退く。

 

その間を縫うようにもう1つの竜が、更に更にヘクトルに襲いかかる。

右に、左に、時に上手くステップを踏んで、時に大きく飛びずさってヘクトルはそのヒュドラの連続攻撃を避ける。

躱す。

 

「しつこいっ!」

 

加勢したレットもザクッと切り下ろし、その場を飛び退く。

 

そして、時間を食えば喰うほどディアドの忠告通りに……。

ヒュドラはもぞもぞと蠢いて再生する、まるで何も無かったように。

ヘクトルもレットも絶対斬り落としたのに、竜の首。

 

このままだとキリがない。

ヘクトルがプロボーグを掛けてくれるので、心配せずにスリングで竜の目を狙って弾を飛ばす。

シェリルさんは何やら待機時間のある魔法か、スキルを使うみたいで腕組みして傍観している。

 

「やるつもり無いんだけど……ホントっ、やる気ないのよ。……はぁ」

 

シェリルさんは軽く息を吐いて整えると、蒼い剣を頭上に掲げて叫ぶ。

 

「行きますっ! ──エクセ=ザリオスっ!!」

 

すると、全身に青白いオーラが表れそして爆ぜて、再び握った刀身に絡み付く。

それを二度ほど繰返しキラキラと輝く刀身は、その場の冷気を凍気まで引き上げて斬撃となりヒュドラを纏めて切り裂く。

 

続けて飛び込んだシェリルさんはヒュドラの胴目掛け、死ね死ね死ね! を連呼して滅多斬りに切りまくる。

衝き、払い、撫で斬りにする。

そして最後に、

 

死ね!

 

と斬り上げてヒュドラは再生するのを停止して、トロルの時のように凍り付いて、砕けた(?)ように見えた。

 

「……消えた……?」

 

シェリルさんは苦々しくヒュドラの消えた後を見つめて、やはり疲れ切ったみたいで両膝から倒れ込む。

わたしが掛けよってありったけのヒールを唱えると、

 

「疲れただけだから。ヒール意味ないー、でも……ありがとー……」

 

ふああ、と可愛らしく欠伸をついて、トロルの時と同じ様に気を失ったのか寝付いたのか解らないタイミングで、すやすやと寝息を立て始める。

 

エクセザリオスってオーバースキルを使ったから当然なんだけど、ホント寝付くの早いな。

それに弊害ではないけど、あの時と同じ様に周囲は一気に冷やされて、ダイヤモンドの様な光の粒が舞い散っていた。

 

 

 

あの後。

ヘクトルとレットがヒュドラの居た辺りをざっくり調べて解った事。

それは……、シェリルさんの嫌な予感が的中したって事、……だったんだよね。

 

大きな舌打ちがわたしの耳聞こえてきた。

ヘクトルに違いない。

……つまり。

 

「やっぱり魔石が落ちてたよ。今までのと同じさ」

 

レットからはギリギリと歯噛みする音がした。

わたしが二人に近寄ると、振り返ったヘクトルが何気無く右手を差し出す。

ゆっくり開いた掌のその上には、今日だけで飽きるくらい見飽きた色の抜けた魔石がちょこんと乗っている。

 

何の役にも立たない、まるでわたしみたい……。

 

 

 

 

「召喚はマナでは無いの?」

 

黙って項垂れるように立ち尽くしてる二人に向かって、そう聞いたらこちらに向いて肩を竦めるレットとヘクトル。

しょうがないとは思うけど、二人とも魂が抜けたみたいに瞳に力がこもってない。

そんな二人がちょっと、……怖い。

 

「召喚には、魔石を使うのが一般的だ」

 

「テイマーも魔石を埋め込んで魔獣を操るしな……」

 

2人は顔を見合わせた後そう言って魔石に視線を移す。

……まあ、なんだ。

案外近くに召喚した人間が居たりして。

 

なーあんてそんなワケないかあ。

あはははは……。

 

……チラと凍った川を見あげる。

特に何にも変わった事も無いみたいに凍ったまま。

そこには、カチコチに凍り付いた川だけが静かに佇んでいた。

川の流れは聞こえない、すぐそばに寝転がったままのシェリルさんの寝息だけが聞こえているだけだった。

 

 

 

 

ちょうどその頃。

凍り付いた滝の上に佇み、四人の様子を窺う影が1つ。

その人物の名はデュノワと言った。

 

「ち、余計な真似を……。魔石も安くはないんだぞ?」

 

その言葉からもわかる通り、彼は召喚使いである。

目的があって、滝を凍り付かせ手飼いの魔獣をこの地に放った張本人であるが……彼自身、ここにいつまでも居ては身が危うくなった事を理解していた。

 

フロストビーストや、氷トカゲを大量に失った上、今、目の前でヒュドラまで失った。

残る氷トカゲやビーストも直、狩り尽くされる事だろう。

 

「こんな強い奴が居るなんて、聞かされてないぞ? ブツブツ。これまでの働きの分にブツブツ……割りに遇わん。……金を、……ブツブツ」

 

静かに怒気を孕んでデュノワは、振り返る事無く滝の更に上流に姿を消す。

その方向には、教皇都・ブルボンに続く道が続いていた。

 

 

 

 

 



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呪われた魔槍

その後は、地図に付けられた点に従い氷トカゲを殲滅した後、

 

「もう少しだー! 頑張れよ? レット」

 

凍り付いて流れなくなった滝に戻り、

 

「こっちも。もう、何とかなりそうだっ」

 

「ヒビが大きくなってる! 何とかなったな」

 

ザクザクと滝の表面を覆う氷壁を、

 

「(あんなに吹雪いて)さっきまで冷たかったのが、嘘みたいに暑くなった。ほっといても溶けるだろうが……、少しでも早くっ、みんなにっ、届けてっ、やりたいからなっ」

 

何度も何度もヘクトルとレットが、

 

「崩れるぞっ! 離れろーっ」

 

この為に用意したハンマーで協力して叩いて崩してゆく。

 

「…………………………うわぁ、……うわぁー!!! みっ……水、水だよー! 流れた、流れたよーっ!」

 

すると直に、水の流れる音がしはじめ、段々と……僅かだった水音が大きくなり……ついには、ゴォオゴォオと地鳴りを伴った轟音へと変わり、凛子が見上げれば凍り付いていた滝全体が、今まで流れを止められていた鬱憤に押されるように爆ぜて―――――

 

「これでー。町まで水が元通り流れていくよね。……みんな、水に困らなくなるんだよね?」

 

「一日、二日じゃ元通りとは言わないと思うがな。けど、……ありがとう。これでその内には皆に綺麗な水が行き渡るだろうな」

 

 

答えるレットの後ろを、氷塊を押し流しながら激流となって、溶け出した綺麗な水が流れていく。

 

 

その一連の情景を遠目から眺めている存在があった。

翠の鬣、蒼い瞳の一角獣―――ユニコーンが静かに流れ始めた川を、ただ……見ていた。

 

 

 

それから時間を7日程巻き戻し――――カルガインの町の南東三十キロ程に進むと、大陸中央の国サーゲートのラミッドと、水の女神に祝福を受けた運河の国グロリアーナの王都とを結ぶラミッド街道へと合流する。

この合流点を北上するとカルガインがあるのだが、その途上にはモンスターの巣である鉄の森があり、迂回路のハザル山越えも決して安心できる道ではない。

 

このラミッド街道を、グロリアーナの王都へと向かう少年の姿があった。

 

このローブ姿の少年の名はエクト、実はNOLUNのヘビーユーザーである。

最低でも一日一時間は、球体の中でここ二年の間は過ごしているくらいだ。

着いてからそろそろ、二日目が過ぎようと言った所。

彼は、好奇心からカルガインを南進してここまで辿り着いたのだった。

 

「まだ着かないの?」

 

濃紫のハーミットローブを愛用している為、少年の容姿は貞かでない。

その、ハーミットローブの下から呟きを聞きつけた槍が伸びて来て、エクトの左頬の辺りで止まると、

 

「カルガインを出てから3日目だもんなァ、そらァそろそろ見えるんじゃねェか?」

 

なんと! 槍が喋っている。

槍の名はアーベンライン、冥王が三槍の内の一本であり、エクトに事実上『憑いている』為、第三者にはアーベンラインの声は届く事は無い。

 

「おなか空いた」

 

「カルガインで大人しくしなかったエクトがバァカ。悪いが、俺様は食べる必要ねェからなァ」

 

ガハハと豪快に笑うアーベンラインをぐいと押すエクト。

 

「うるさいうるさい! 勝手に新マップが更新されてたら行かなきゃだろ」

 

メニューを開いてマップを見る。

そこにはブルボンのシナリオで話には出てきたものの、その更新は見送られていたグロリアーナの王都の文字が表示されていた。

 

「だからなァエクトォ、何度も言ったがよォここはお前の知ってるゲームじゃねェよ。更新とかそう言うのはわかんねーが」

 

「呪いのアイテムが喋るような更新されたんだ? それとも夢?」

 

「どー思うもてめェの勝手だぜ、エクトォ。いいのか? さっきから変な奴が付いてきてるのによォ」

 

「わかってた」

 

アーベンラインの声に頷くエクト。

 

その時、街道の両脇に生い茂る木々の影からガサガサ、と大きな音を立てて何者かが姿を翻す。

 

「何か、高そうな服着てんなあー? 持ってんだろ? 金だせ金、量によっては命だけは助けてやっても、へっへっへ」

 

山賊Aが現れた。

 

山賊Aを倒した。

 

「ブレイズ・ヘル」

 

エクトが一声吠えると、暗黒の炎が左の人差し指から渦を巻いて現れ、目の前の男をじわじわとゆっくり焼いていく。

 

「何ぃ? 外道がっ!」

 

山賊Bが現れた。

 

山賊Bを倒した。

 

「貫け!」

 

ローブをくるりと翻し、振り向き様アーベンラインを使役して、右から飛び出して来た男の胸を貫く。

 

「このヤロウォっ! ぶっ殺す!」

 

山賊Cが現れた。

 

山賊Cを倒した。

 

「うざいんだよっ」

 

後ろから背中を狙ってダンビラが振り下ろされる。

が、見切っていたエクトは上空に飛び上がってひらりと躱し、降りきわに右手の裾から延びたアーベンラインが男の脳天にズブズブズブと深く奥まで刺さる。

 

「なんだあ? こいつは!」

 

山賊Dが現れた。

 

山賊Dを倒した。

 

「目障りなんだ──」

 

両手斧を力任せに振り回す大男の背中にステップを踏んで、次々と連続してエクトに向かって振り下ろされる大きな斧を躱しながら回り込み、ブレイズ・ヘルを唱える。

するとじょじょに大男は黒く燃え上がり狂ったように悲鳴を上げて転げ回り、半身が溶けた様に焼ける頃には、叫ぶ声も聞こえなくなって力尽きた。

 

「てめぇ!よくもっ」

 

山賊Eが現れた。

 

山賊Eを倒した。

 

「よ!」

 

弓を引いた男に向かい左の掌を差し出すと、アーベンラインが驚くべき速さで伸びて胸板をぶち抜いた。

 

「エクトォ、新手がくるぜ」

 

アーベンラインの声を聞いて目を細め、周りの音に注意する。

馬の蹄の音が段々近づいているのを確認すると、

 

「……アーベンライン……」

 

「何だよエクトォ?」

 

「……おなか、……空いた……」

 

山賊の死体が何か持ってないか、しゃがんで探りながらエクトは力無く呟く。

運悪く山賊は食べ物を持っている様子はなかったので、それ以上は諦めたようだ。

 

三日飲まず食わずの上で、山賊相手に手加減無しの大暴れだったのだから、そろそろエネルギー切れを起こしてもしょうがない。

新手が敵だったら常人離れした強さのエクトでもさすがに、敵わないのかも知れない。主に空腹という意味で。

馬の蹄が近づき、空腹に負け地面に向かって項垂れているエクトの横に並んだ刹那、すでに馬上で剣を抜いていた新手と邂逅する。

 

「女……か? 助かった……いや、そうじゃない……」

 

「貴様は何者か? 我は、サロの巫女騎士・シャリア! 名を名乗れ!」

 

馬上の人物はエクトが山賊で無い事、その後ろに山賊の死体が散らばっている事を確認し、御決まりの口上を発するとシャリアと名乗った。

しかしそのまま騎士・シャリアは警戒を解かず、今にもエクトに斬りかかろうと構えに入っている。

 

同じ様にエクトもシャリアを睨み付けて、空腹に負けエネルギー切れじゃなく、体が自由に動くなら手加減はしない所だった。

 

シャリア側から見た所、ローブ姿の誰かは山賊の集団を、かすり傷ひとつ負わずに殲滅している、見た目に反して強者なのだろう。

自然と口の端に笑みを浮かべる。

 

『返答次第では斬り捨てることになるだろうが、斬り合う事を考えるとワクワクしてくる。どのように楽しませてくれるのか?』だがシャリアの望みは叶うことは無かった。

目の前の不振人物は、

 

「おなか空いた」

 

力無くそう言いながらパタリ、とその場に倒れ込んでしまったから。

 

「シャリア様、大丈夫ですか!」

 

「大丈夫だ。この者を拘束し尋問にかける、連れ帰れ!」

 

「はっ、直ちに!」

 

「まだ、残った山賊が居るやも知れない、後の事は頼むぞ」

 

駆け寄った女騎士に的確に命令を下すと、シャリアは手綱を引いて言うべき事を言って駆け出す。

その際に余りにも手綱を強く引きすぎて、乗った馬が背骨をしゃんと伸ばし、両前足を上げる程だった。

 

『まさか、グロリアーナのこんなに近くまで山賊が出るとは。我々騎士団が嘗められたものだ!』

 

シャリアが山賊を追って街道を西走してから数時間後。

 

「ガツガツ! ムシャムシャ! ゴキュッ!」

 

拘束を一時解かれ、エクトはグロリアーナの騎士団予備隊舎の尋問室で三日ぶりの食事にありついていた。

その料理は質より量の食事だったが、今は何より腹を満たせることに感謝するエクト。

 

「……そんなに急がなくても、……食事は出来るだろう。……それよりっ、名だ! お前の名を教えろ!」

 

その食べ方を見て、どこか引き気味にシャリアは当初の目的である少年の調査に入る。

少年は食事に夢中。

シャリアは椅子を持ってきて少年、エクトの対面にどかっと座り、睨み付けながら腕組みした。

 

「ング、言葉使いが成ってない女だな」

 

「嘗めるなっ! 名無しの下郎を切り捨てても罪にはならんぞ!」

 

シャリアの問いに食事を止めずに、エクトがチラ見してから咎めるとシャリアは激昂し、言うが早いかスチャッと右手で剣を抜いた。

 

「胴とさよならを言うがいいわ!」

 

強い殺意を感じたエクトはテーブルの上にシャリアが広げた紙、エクトに関する報告書だったのだが、それをくしゃくしゃにして右手でナプキン代わりにしながら、左手にアーベンラインを取り出す。

 

平時のアーベンラインは只の金属の筒にしか見えない為、女騎士や隊員も拘束を解く前に取り上げてはいなかった。

そもそも呪いの武器が、所有者から簡単に離れるのかも疑問。

 

「態度を改めろ。アーベンラインはどんな金属も貫く」

 

エクトは後ろに飛びずさり、独特の構えをとって斬り掛かろうと、剣を抜いたシャリアに備える。

 

「聞いたことがあるぞ…………。アーベンライン、冥王の魔槍……」

 

鞘から抜き放った白刃輝く剣を構えながらも、シャリアは目を細め不利を認めていた。

 

『納得だ。魔槍が相手なら山賊など何人いようと烏合の衆でしか無かっただろうな』その時同時にシャリアの脳裏に過ったのは、朝のラミッド街道に散らばった死体。

 

「ごちそうさま。試すか? ここでっ!」

 

口の中に残っていた料理を飲み下したエクトは、威嚇にアーベンラインを飛ばす。

すると、避ける暇無くシャリアの右耳のすぐ近くを真っ直ぐ壁にまで閃光が刺さる。

 

「む…………敵わないか。ここは、非礼を詫び、剣を降ろそう。お前にではないぞ、その魔槍にだからな!」

 

鞘に剣を納めながらシャリアが、屈辱を噛みしめエクトに頭を垂れた。

その更に数時間後、辺りは夕暮れに包まれようとする頃。

 

不慣れな馬に乗せられ先を悠然と手綱を取るシャリアに付いて、何故か王城へと連行されていたエクト。

城に付くと説明もないまま、シャリアに急き立てられ着いた先は謁見の間。

 

重い音を立てて開いた部屋の奥には、只一人、威厳を以て頬杖を突いた絶世の美姫が、待ち遠しそうにこちらを窺って居た。

 

 

 

 



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獅子姫

未完成です……それでも、あっちに上げてるのよりかなり加筆、読みやすくなってるかな、と。


謁見の間は、まるでサッカーのグラウンドの様に、縦横にただただ、だだっ広く作られていて天井も天に届く程に高い。

 

左右の壁には等間隔に幅一メートル程の細い窓があり、その窓から暖かく柔らかな陽光が射し込み、だだっ広くて高い天井を支える太い柱が所々にある以外何も無い謁見の間を明るく照らす。

 

窓の幾らか上には、コンサートホールの二階の様なバルコニーがあり、十人掛けで石造りの椅子が何脚も、幾つも幾つも幾つも、ぐるっと謁見の間を取り囲んでいる。

 

その中心に赤い絨毯が敷かれ、更にその奥には段が付いてその上に一際豪奢な、ロココ調に似ているが更にその上を行く、細かい模様や彫刻が施された玉座が鎮座している。

 

その玉座の主である美姫は微笑みをたたえて待っていた、だだっ広い謁見の間にただひとり座って。

 

「親愛なる陛下の忠実なる騎士・シャリア。グロリアーナ陛下の御命令通り、国境警備の折りに発見したこの者を、連行して参りました」

 

美姫の前まで来ると、シャリアはうやうやしく跪いてそう言う。

その表情はどこか緊張しているようだ。

態度からも明らかに身分が彼女、シャリアよりも遥かに上なのだろうという想像が出来る。

 

決して、このサッカーグラウンドのようにだだっ広い謁見の間の赤絨毯の上を鎧姿でエクトを引き連れ、その……歩き疲れてしまった、という訳では無い。

自然と汗が額から頬を伝いポタリと赤絨毯に落ちる。

 

扉が開いてから5分は歩き続けた様だったが、断じて疲れてしまっただけでは無いのだ、歩き疲れはあったかも知れないが。

 

シャリアから、グロリアーナ陛下と呼ばれた人物を見れば金色の長い髪を両脇でカールさせており、清廉された刺繍がしつらえられた高貴な純白のスーツに身を包んで、細く人形の様な左足をこれまた人形の様な右足の上に載せて足組みをし、更に、細く人形の様に均一な両腕は、それが収まるべき豪奢な玉座のきらびやかな輝きを放つ、宝石が散りばめられた肘掛けを掴んでいる。

 

彼女、少々まずい事情を抱えている現グロリアーナの若き女王であり、シャリアの古くからの年下の友人でもあった。

実年齢といえば、グロリアーナの方がそれは純然たるエルフである尖り耳を、カールしたふわふわの金髪の隙間に見るからに、シャリアより随分年高いのだとしてもエルフと言う種族は、人間を遥かに上回るその産まれ持った長寿ゆえに、体感する時間の流れは非常にゆったりしていた。

 

彼らエルフ達の5年、10年が人間の1ヶ月程に感じられる程度ぐらいと説明すれば、その異常なゆったり加減がお分かりいただけるだろうか?

……エルフ達の時間感覚には、ゆったりした独自の生活リズム、独自の時間で生活を送っているとされる日本の南部の島国の人たちもビックリするレベルだったりする、かも……知れない。

 

成人に至るまでには百幾年を要するエルフであるから、知性的種族であるものの子供の内は、人間の幼子と変わらない。

エルフ達はその幼子である期間が、百年ほどはあると言われる。

このグロリアーナに至ってもそれまでの例に漏れず、その精神はまだまだ幼くて、例えば、年齢はグロリアーナが遥かに上であるのに、シャリアが小さい頃はその後ろを追い掛け、まるでシャリアを姉と慕う姉妹であるかの様だったと言われている程。

 

エルフの特徴として尖った耳と長い寿命の他に、顔から溢れて落ちそうなくらいの、大きく美しい宝石と間違えられそうな瞳が上げられるが、グロリアーナもそれにまごう事無い大きく美しい瞳をしている。

例えば、エクトの二倍ほどは有るのではないかと思える程だ。

 

人間が求め描くまま、キャンバスからそのまま脱け出したかのようにその姿は美しく、人間が古くは大陸の皇帝がその権勢を永遠の物にせんと喉から手が伸びるほどに探して追い求めた不老不死とは言えなくとも、それに匹敵するだけの年月(としつき)、何千年と生き、恋焦がれる程に長寿で、人間が究めんとする程の全智を持った最も賢い種、それがエルフ。

 

このグロリアーナもそれに漏れず、外見だけを見るにまるでフランス人形か、芸術家が頭に思い浮かべてペンを手に取り描きあげた絵画が、そのまま動き出したような美しい調度品の様。

 

人形造型師が丹念に、幾年も掛けて納得が行くまで成形し続けたらこうなったんじゃないかとさえ思えるその整った顔に、その一本、一本にまで拘って植え付けられた為に、見事としか言えないのでは無いかと思えるその細く、柔らかそうでいてその実しっかりときめ細やかに生え揃っている、金糸細工の中でも傑作である様なふわふわカールの金髪、如何様な黒真珠も、如何様な暗黒光輝石(ブラックダイアモンド)も敵わない、高貴で気高く神秘的な輝きを湛える美しく大きな黒い瞳。

 

正に端正に整えられて、丁寧に丁寧に長い年月を掛けて造型された、持てる全ての技術の粋を究めて誕生した人形の様な容姿をしていた。

 

とてつもなく美しく、神秘性を兼ね備えたエルフであるのだが、加えて言うと唯一つ。

 

彼女、グロリアーナは小さい上に外見はそれまでの例に漏れず、やはり幼い。

見た目は小学生低学年っぽくにしか見えないのだ、どう贔屓(ひいき)目に見ても。

 

そんなグロリアーナは、玉座から背を浮かせて上半身を前に伸ばしエクト、シャリアの順にその宝石と見間疑う様な輝きを放つ瞳で見定めた。

 

『こやつなのですか?』

 

 

 

シャリアが報告書を出して、グロリアーナが目を通すや否やエクト連行の命令を下しており、シャリアはエクトを引き連れこの度の急遽の登城となったのである。

 

彼女、グロリアーナに何らかの思惑があっての事に違わなかった、それはシャリアも心のどこかで気付いて疑っていた事。

 

「崩して良いぞ、シャリア」

 

グロリアーナは微笑みをたたえつつ、どこか威厳ある態度で玉座に背を押し付けて座り直すとシャリアを立たせる。

要は、グロリアーナの態度は偉そうだった。

実際、偉い立場なのだけれども。

 

玉座の主であるグロリアーナは微笑みをたたえて待っていた、だだっ広い謁見の間にただひとり座ってシャリアの到着を。

彼女が連れてくるはずである所の報告書に書かれていた少年の到着を。

 

少年の手にする槍、シャリアの報告書には『……賊は鋭利な槍のようなもので突かれて一撃で事切れており、その周辺にいた見馴れぬ様相の少年を捕えて調べて見たのですが、槍など持っていなかったのです。調査は続行しますが、出会った事の無い案件だと思われます』と、書かれていた“見えない、不可視の槍のようなもの”の報告にグロリアーナは、ある妄想をしていた。

期待と不安をない交ぜにして今か今かとただただ待っていたのである。

 

好奇心からの期待、もし妄想が妄想で終わらず確信となり本当の事だったらと言う不安。

 

神代の神話の中にも、如何様にも小さく如何様にも大きく姿を変える魔槍があった事を、何故かグロリアーナはシャリアの報告書に目を通してすぐ思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

そこは執務室の、グロリアーナにはサイズの大きな歴史を感じさせる机の上で、実はこの机は五百年程前から歴代の国王が使用してきた実務机だったので、グロリアーナには少々……いや、かなりサイズが大きな机だった。

 

椅子は別注で特別に上げ底されたものを用意させ、それを使ってはいるものの、やはり体を机の上に寄り掛かってようやくペンを走らせられる状況という。

 

執務室は独特のペン=インクの匂いと本の匂いとが合わさった、例えるなら図書館のような匂いがする。

グロリアーナは書き物が苦手な部類で、しょっちゅうインクを溢したり書き損じて何枚も紙を無駄にするので書官や代筆から清書前に一度、他の紙に走り書きでも練習をしてから清書に移る事をお願いされていた程でグロリアーナ・ヴィ・ダ・グロリアーナと名前を書くだけでもインクを倍の量使う。

 

グロリアーナに言わせてみれば、山を通り越して山脈になる程に高く積み上げられた各種報告書や他の書類に、ひたすら目を通してサインをし、受領した証のための捺印をするこの時間はとてつもなく無駄な時間だった。

 

 

「疲れたのですーっ! 食事をする暇無いですっ」

 

山脈となった書類とは別に緊急、又は即日の内に目を通してサインしなければならない特別視報告書というのが実務机の目の前の小さなテーブルの上に用意されていて、気分転換に実務の机から飛び降りると、スタスタと歩いてテーブルに辿り着くと冷えた紅茶のカップを啜るように口から喉に注ぎ込みながら即日分の報告書を手に取る。

 

「はぅ、……何も全部に目を通す必要ないと思うのです……ン、これは? ほう、シャリアお姉様からの報告書ですか……。ふむ、……ふむふむ……ううーん……」

 

その中にシャリアからの報告書を見つけ嬉々として目を通したグロリアーナだったのだが、目を通していく内に段々とそれに書かれていた内容には嫌な感覚を覚えたグロリアーナは直感的に、

 

『妙な感覚ですっ、あってはいけないものが現れたような気分なのです……』

 

声に出さずにそう思い急遽、シャリアの報告書に書かれた少年の登場を指示したのである。

頭にぴったり張り付いて離れてくれない、妄想が間違いであればいいと思いながら。

 

「……気のせいで済めば良いのですが……、なのですが……」

 

グロリアーナに祝福を齎し、グロリアーナを加護してくれている女神・サロの命を、あと一歩まで追い詰めた魔槍の事を。

 

『わたしは知っているのです、お姉様の報告書に書かれた槍に良く似た“魔槍”の存在を──』

 

 

 

 

 

 

「は!

―――ええい、陛下の御前であるぞ。許し無き者は……」

 

命令したグロリアーナの声に従いシャリアはすらりと立ち上がると、エクトが腰を着いてだらけたように赤絨毯に座っているのを横目に見て気付き、態度を荒らげる。

そんなシャリアの態度に、大きな瞳をすぅっと細めグロリアーナが、シャリアの声を遮るように口を挟んでその場を制した。

 

「良いのです、シャリア。貴女も控えなさい」

 

厳しい目付きで、しかしゆったりとシャリアを叱ると視線をエクトに移し、

 

「お名前を聞いても?」

 

再び微笑みをたたえてグロリアーナが尋ねる。

その間に、シャリアは命令を受け入れて離れた扉の前まで下がろうと歩き始めるが、エクトに対する警戒は忘れない。

 

厳しい目付きで睨み付けたまま、グロリアーナの話に耳を傾けるシャリアの瞳はエクトに、シャリアの耳はグロリアーナに忙しい。

 

「名前は、エクトだよ」

 

後ろに下がっていくシャリアの背を追っていたエクトの目線が、グロリアーナに戻り自分の名を名乗ったかどうかの刹那。

グロリアーナの後ろの白壁には異変があった。

 

どこからか闇が滲み出すように現れ、それはみるみる内にある物を象ってゆく。

蛇、其れも一飲みにグロリアーナやエクトくらいなら楽々、咥え込んでしまいそうな大きな口を開けた巨大な人喰いの大蛇。

 

鎌首を持ち上げ周囲を威嚇するようにしゅるるるると音を立てて、闇と同等の暗黒の肌に幾分か仄かに薄く黒い鱗、そして何よりも鮮血の様に紅い瞳が刺すように鋭くレーザービームの様に煌めいている。

 

「なっ? 陛下っ!」

 

異変にいち速く気付いたシャリアが、取り乱しながらもそう叫んでグロリアーナの元に一息に駆け寄り、腰の剣に手を掛けた。

 

「控えなさい、シャリア。これは神である。……闇の神……」

 

するとグロリアーナは、再び厳しい目付きに戻り、今にも、突如現れた闇の神の変化した大蛇に斬りかかろうとするシャリアをたしなめる。

そのグロリアーナの視線は冷たく、闇の神―――ゼルヴァラルを向いたまま。

「障るものかも解りません! 陛下、お許しをっ」

 

「小娘、水巫女の小娘。我は王に興味など無いのじゃよ、安心せい。……ちっぽけな王などにはのう……」

 

シャリアがグロリアーナの制止を破り、前に出て剣を抜き放って構え、闇の神・ゼルヴァラルに対して警戒を強める。

いつのまにか闇の神は赤いローブを着た老人の姿に変化していた。

 

その声も老人のそれで、しゃがれていてそれでいてどこかドスの効いた、聞く者を思わず震え上がらせるような、地面の下から響いてくるような力強さの籠った声だった。

 

それは例えるならヤクザの組長とも、権謀術数を駆使して周囲を蹴落とし国の中枢で全てを思うがままに操るが如く長年の間、議院の椅子を下りる事の無い腹に一物持った熟年者の政治家。

 

全ての中心に自分が居ると言う、揺るがない自信を持った人物のみが持ちうる凄みと言うものが、ゼルヴァラルの全身からはオーラの様に滲み出ていた。

そのオーラはとてつもなく邪悪で、暗く、黒い。

 

「我がこの場に出てきた理由のひとつは小僧、我が同胞であり兄弟であり我が力、冥王の槍をお主、……持っておろう?」

 

老人は懐かしいものを見るように、エクトの持っているであろう魔槍を見詰め語りかける。

 

 

 

 

 

 

 

「……アーベンライン」

 

そう言って、ゼルヴァラルから視線を自分の掌に戻したエクトが、無造作に伸ばした左の掌に乗せられた金属の筒に呼び掛けると、

 

「そ、それがっ!!! あの……っ!」

 

思わず、玉座から立ち上がって信じられないものを見たと言わんばかりの表情に一瞬で変わり、ふるふると戦慄く様に震えるグロリアーナから驚嘆の声があがる。

 

だが横からシャリアの視線を感じ、後半は口を手で抑えて声を頑張って飲み込もうとして見事押さえ込んだ様で、その続きは聞こえなかった。

すぐ近くに居たシャリア以外の誰にも。

 

妄想であった、妄想でしかなかった魔槍が今、目の前にいるエクトと言う少年の手の中にある事にグロリアーナの表情は興奮に綻び、しかし、すぐに曇天の様に曇る。

 

その時、グロリアーナの脳内は軽いパニックを起こす。

ゼルヴァラルの出現だけでも厄介だったのに、

 

『アーベンライン……あの……神話の魔槍・アーベンラインとエクトは言ったわ。言ったのよ、この、耳で聞き取ったのです。間違いない……でも、何故? 今、この時にこのグロリアーナに魔槍・アーベンラインが? それより、このエクトと言う少年がどうやってアーベンラインの封印を? ……低級の神でも神柱封印《ロール・キャストリティ》は解けない、解けてはいかぬのです……そんな事になってしまったら、神話が崩れるのですっ』

 

まさかの妄想が確信に変わり、そして現実になってしまうとは……グロリアーナは無理に保っていた威厳を忘れて、自茫自失。

その余りにも可愛らしい口をあんぐりと開けて、エクトの拡げた掌の上から視線が放せなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グロリアーナやシャリアの居る玉座のある段より三段ほど低い、謁見の間の赤絨毯の上に立つエクトの掌の上に乗った金属の筒が、みるみる内にはち切れそうな程の黒いオーラを放つ魔槍に姿を変えると、

 

「こんなに、弱々しいお前を見るのは初めてだのう。我が兄弟よ、アーベンラインよ」

 

老人がそう言って禍々しい魔槍に呼び掛けると、老人の口から煙り状の闇が魔槍に流れて融ける。

 

すると、エクトの掌の上からコロコロと魔槍は転がり、代わりに闇色の黒い炎が魔槍から一層高く立ち昇った後、天辺の辺りは黒くてその他は金髪な見事なまでのプリンな切りっぱなしの髪型で、眼光鋭く燃えるような紅い瞳をしていて、鍛え上げられた筋肉美の褐色の肌を持った若い男が立っていた。

両の二の腕から手首に架けては見様によっては禍々しいトライバル模様のような刺青が入っている。

 

その風貌からは“ヤカラ”そのものとしか見えないし言えない、そんな感じ。

 

本来の、有るべき姿のアーベンラインが其処には立っていた、腕組みをしたまま仁王立ちの格好で。

更に付け足すと、ゼルヴァラルに向けて不敵な笑みを浮かべて。

 

「よおゼルヴァラル、久しいなァ」

 

「──アーベンライン?」

 

「そうだ。あれから何百年経ったかわかんねえが、みなぎってきたぜえええ!」

 

エクトの問い掛けに振り向いて答えた褐色の男が、自らはアーベンラインだと頷いた。

その間、グロリアーナは驚嘆しっぱなしで綺麗に整ったドングリ眼を大きく開いている。

当然だった。

 

『……何がどうしてしまったのです? こんな事あってはならないのですっ……、でも、この。全身の血が。まるで先祖の方々が報せて下さっているかのようです……『お前では敵わない、逃げろ』と……、嫌、とても嫌な感覚なのですっ』

 

一枚の衣も身に纏わぬ素っ裸の、褐色の肌をした男、アーベンラインだと言うその男の言葉が正しければグロリアーナの妄想が突き抜けて妄想で無くなり、神話の時代に強力な封印を受けて人の目の届かぬ聖域に静かに眠っていたはずのアーベンラインが、目の前に顕現した所を目の当たりにしてしまったのだから。

パリリと閃光を走らせながら、キラリと燐光舞い散らせながら、その古代の神が幻想的に手の届く距離に現れたのだから。

アーベンラインの顕現したと共に、まるで何らかの手を用いてでも、危険を報せるかのようにグロリアーナの全身の血が一瞬停止した、ピタリと。

 

その時、グロリアーナを守るべきシャリアも目まぐるしい周りの変化に対応仕切れず、順繰りに視線を巡らせあたふたするばかりで。

 

「獅子姫よ、グロリアーナよ、何事なのじゃ? 我が守護地に、……よもや闇の神を、呼び込むとはの……」

 

「サロ様!」

 

その場をキン!と引き締めるような厳かな声を放ち、グロリアーナの座っていた玉座の影からヌゥッと現れたのは水の女神サロ。

 

その姿は、枯れた老女で賢者や司祭が纏うような、細工の細かい刺繍が全面に施された青いローブを羽織っている。

どうやら、グロリアーナをたしなめに来たようであった。

 

サロが現れた事に驚き、声を揚げる二人。

 

「ここに至ってもその名で呼ばれますのですね、水の女神サロ様。」

 

グロリアーナの少々まずい事情というのが、この……水の女神にある。

要するには、まだサロはグロリアーナを王と認めようとしないのだ。

まだ幼さの残る美姫は横に並んだサロを睨み付ける。

 

「二つ目の理由はそこの年寄り女でのう。恨みを晴らさせて貰おうか? サロ婆よ───」

 

サロが現れた途端に、老いていたゼルヴァラルの声が青年の声に変わると、同時にゼルヴァラルの手の上に、そこには有り得ない様な巨大な象牙色の槍が現れようとしていた。

 

「逆の始点の天界(アアルキュペラル)まで持ち出して何のつもりじゃ? この妾を、そんなもので殺せると思うてか。面白い……ゼルヴァラル、今のお主に可能だと言うならば───殺してみよっ!! シャリア、そこをどけいっ!」

 

ゼルヴァラルに憎悪では無く、侮蔑を孕んだ、とても卑しいものでも瞳には映しているかのような態度でサロ。

怒鳴りつけられていそいそとその場を離れるシャリア、サロも同調して動く。

巨大な槍・アアルキュペラルが、ゼルヴァラルによって投げられるより早くサロの唱えた魔法は完成している。

 

「無論だ。殺す以外にサロ婆になど用はない……っ!」

 

「──サロエムシェル」

 

サロが唱えると水の天幕が生まれ、ゼルヴァラルを中心に半球状に広がって空間を包む。

そこに巨大な槍が投げ付けられるが、水の膜は耐える様に槍を受け止めた。

 

ゼルヴァラルがアアルキュペラルを更に押し込もうとするのを、サロが水の膜に包みこんで逆にアアルキュペラルを押し潰そうとする。

 

「いい加減になさってくださいませ。サロ様、ゼルヴァラル様も。城を吹き飛ばすつもりですのですっ?」

 

膠着した謁見の間に、グロリアーナの怒気を孕んだ非難の声が飛ぶ。

それでも、二人の神の攻防は収まる様子は無い。

 

「如何に、……神々と言えどこれ以上の狼藉を働くのであるのであれば──」

 

「何かの? グロリアーナ」

 

「小娘が! 邪魔するかっ!」

 

その様に苛立ちを隠そうともせずグロリアーナが割って入る。

そして、神でもないエルフの、グロリアーナの忠告など耳に入ってこようと、二人の神々は『はいそうですか! とは』受け入れない。

 

「ええ、全力で止めさせて戴きますですっ!」

 

二人に向かって叫んだグロリアーナ。

 

深呼吸をするようにスゥと息を吐いて、両の瞳を見開くと全身を金色に輝くオーラに包まれた。

 

オーラが更に膜の様にグロリアーナを包むと瞳、髪や肌、白かったスーツまでも金色に変化する。

 

「面倒な、絶対無敵空間かっ! 幼子が使うものではないぞっ」

 

「獅子姫よ、……まさかアーディアル・ヘイトをその身で、体得してようとはのう」

 

ゼルヴァラルは忌々げに。

サロは悲しげに言葉にする。

 

「ふん、興が削がれた。アーベンライン帰るぞっ」

 

そう言うとアアルキュペラルを闇に仕舞い、アーベンラインに向かって歩き出すゼルヴァラル。

 

「絶対無敵空間が何を意味するか……、解って使っておるのかえ、獅子姫よ」

 

やれやれとサロは水の幕を仕舞うために吸い込んでグロリアーナに向き直り、返答を待たずに言葉を続けた。

 

「それは……、命の輝き。残りの命の灯。悪いことは言わん、……二度と……使うでない……」

 

二人が離れ戦闘を止めたことでグロリアーナは、既に金色の姿から元に戻り微笑みをたたえて居る。

 

「使わなければ成らなくしたのはどなただったです?」

 

悪戯っぽく笑ってサロを見詰め両の掌で手を握り、

 

「このまま二人が手加減なく戦闘を続ければ、城はおろかっ、グロリアーナその物が無くなり兼ねないですっ。もの、ね?」

 

有無を言わさず畳み掛けるグロリアーナに、サロも苦々しく頷くしかなかった。

 

「あっちは片がついたみたいだぜェ、ゼルヴァラルぅ」

 

ニヤニヤとアーベンラインがゼルヴァラルを笑う。

人が神々の喧嘩を止めた形になったのだ。

これがアーベンラインは可笑しくてしょうがない。

 

「それとなァ、ゼルヴァラルぅ……お前と帰るつもりねェんだわ」

 

ニヤニヤと笑ったまま言葉にする。

 

「聞かせておくれ。なにゆえこのような所に留まるのだ? アーベンラインよ」

 

心底不思議そうにゼルヴァラルはアーベンラインを見詰める。

 

「コイツを気に入っちまったんだよ。な、エクトォ」

 

「それならば……仕方あるまい、殺して連れ帰るまで」

 

まさかの一言にゼルヴァラルは再び戦闘体勢を取る。

が、捻れる様に魔槍に姿を戻したアーベンラインに瞬く間もなく貫かれるゼルヴァラル。

 

「アーベンライン、貫けっ」

 

「悪ぃいな」

 

「ぐは!!! 何を?」

 

やり取りを静かに聞いていたエクトだが、間近で戦闘体勢に入ろうとしたゼルヴァラルに対して先手を取る。

アーベンラインを手元に戻し、見事にゼルヴァラルを刺し貫いたのだった。

 

「決定権はエクトにある」

 

「く、次はないぞ!

エクトとか言う小僧よ」

 

手負いの闇の蛇はアアルキュペラルを仕舞った時のように闇に巻かれるように消えていった。

その後サロが現れた時のように玉座の影に消えて、何となく謁見はお開きとなった。

グロリアーナも疲れを隠そうともせず玉座に倒れるように座り込みシャリアに心配されるなどしたが大事なく。

 

二人は揃って謁見の間を出される。

黙ったまま帰路に付いた二人を狙うように近づく人影があった。名をギデオンと言い、国の大臣であり水の神殿のtopでもある人物である。

 

 

「シャリアよ!何があったのだ?よもや儂を締め出すとは、御輿の分際で何様か!あの小娘は。」

 

不機嫌そうに不敬極まりない言葉を口にする大臣にシャリアは、

「他言無用で御座います!」

 

感情を圧し殺そうとするが上手く行かない。通ろうとするが大臣に塞がれる。

 

「儂が知らずに居て良い事などないぞ!」

 

シャリアの態度に更に度を増して不機嫌になるギデオン。

 

「貫いていい?」

 

邪魔だと言わんばかりにエクトは既にアーベンラインに手を掛けて居た。それを見たシャリアはぎょっとしてエクトを自分の影へ回し振り向き様。

 

「今はダメ。あの方はギデオン、あれでも国の大臣。」

 

それを聞いて何かを思い出したように納得するエクト。

 

「へえー。大臣なのか。」

 

そう言うとエクトは悪戯っぽくにやりと笑う。

 

「ふん!話にならん、獅子姫自身から聞き出してくれる。」

 

憎たらしそうにエクトとシャリアを交互に睨み付けるとギデオンはさっさと歩いて行ってしまった。

 

 

 

「肝を冷やしたぞ!貴様、国の大臣に喧嘩を売るつもりか?アーベンラインが出た時点で死んでいるだろうが・・・そうともなれば・・・」

「あれは偽物。」

 

その場で説教が始まりそうな所をエクトの一言が制する。

 

「な?」固まるシャリア。が、すぐに平静を取り戻すと。

 

「ここで話すような事ではない。場所を変えるぞ、付いて参れ。」

 

言うが早いかシャリアはエクトの手首を握り潰し兼ねない勢いで引っ張っていった。

 




後半が、さらに直し必要と思いますが、トリアーエズ


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ナイショの花園

 

 

シャリアに引っ張っられて連れていかれた先は城の裏庭だった。

裏庭と行っても、城から随分離れた丘の下に広がる庭園で、距離を考えれば城とは別物と言えるかもしれない。

空を見上げれば辺りは暗く、すっかりと夜になっていて二人の姿以外、人気は感じられない。

昼間来れば、色とりどりの花が見るものを楽しませるのだろうが、夜に灯りもない庭園というのはどこか薄ら寒さすら感じられる。

二人がこれからしようとしていた、内緒の話をするにはうってつけと言えなくもない。

 

「どこ連れてくの」

 

「城の裏庭にある庭園だ。こんなに暗くなっていれば庭師も来ることはない。安心して何でも話せ?」

 

なかなかの距離を引っ張って来られたエクトは、息を切らしているが日々鍛えている騎士であり、巫女としても修行をつけられているからかシャリアはけろっとしたものだ。

どちらから言い出したでもないが、二人はその場に別々に腰を下ろす。

 

「で、何と言ったか。大臣が偽物と言うのは真か?」

 

隠そうとしているが隠せないでいる。

シァリアは地面に腰掛けるや否やエクトに視線をやって食って掛かる勢い。

その表情からは期待半分、疑い半分といった所か、頬が少し緩む。

地面に突いた指先も落ち着かない様子で、そわそわと動かしている。

勘の鋭いわけでないエクトにもはっきりとわかった。

この女はあの大臣が相当気に食わないでいると。

 

この時。

シァリアの頭の中では、『醜聞が事実としよう。ならば大臣の首は、首はっ』シァリアの手で大臣の首は胴とさよならさせられるかも知れない。

これが期待分。

 

『しかし、……実は私がコイツに謀られておるだけだという事も考えられる。……どっちなのだ……』騙されている。又は、証拠も掴まずに動いてしまっては大臣によってどんな酷い仕返しを受けるか解らないのだ。

 

「………………」

 

シァリアが答えを求めて脳内であーでもないこーでもないと焦りを見せ始めていた。

そんなシァリアを焦らしている当人のエクトはじぃっと見詰めるだけで黙っていた。

シャリアから聞き出せるだけ情報を手に入れておこう、と考えたのかもしれない。

 

「続けて、どうぞ」

 

「──?大臣の事をか? 愚痴にしか聞こえないだろうが……」

 

それからシャリアは相槌を打ち、ひたすら聞きに徹するエクトに小一時間ほど愚痴でしかない大臣について知っているあらゆるを聞かせる。

エクトはこういったNPCから情報をただひたすら聞く作業が苦ではない、むしろ好きだといっていい。

 

シャリアは生々しい事柄はこの時避けて吐き出していたのだが、

 

「もの足りない」

 

「なんだと?」

 

「凄くもの足りない。まるでパズルのピースを隠されて、虫食いで完成させたみたいにその話には……キミが大臣を嫌うエピソードが無いような気がするんだけどな」

 

エクトの鋭い指摘にシャリアがぎくっとする。

 

「ホラ、顔に書いてある。わたしは嘘をついています……ってね」

 

シャリアに近づき、前髪をめくりあげて細めた瞳でシァリアの瞳を見詰めるエクト。

 

「………………うー……」

 

瞬間、固まるもののすぐに横を向いてエクトの手をどかす。

髪を触られて恥ずかしかったのかシャリアは前髪をくしゃくしゃした。

 

「パズル?ピースか?解らぬが……」

 

故意に外した話題はあった。

それを話すには確たる証明が欲しかったのかも知れない、だからシャリアは少しおどけて話題を変える。

 

「エクトだっけ。今、何歳?」

 

それまでの彼女からは、想像も出来ないような微笑みを浮かべて砕けた口調で。

しかし、それは彼女なりの決心の顕れでもあった。

 

エクトの持っている情報を、それほどまでに彼女が欲しがる理由があるのだ。

 

「急になんだよ。……十四……になったばかり、いや、なったのかなぁ?」

 

実は誕生日は直近だったのだが、迎える前に此方に来てしまって実際には迎えたかどうか解らないエクトだった。

それまでどうとも思わなかったか、わざと考えようとしていなかったのか、ふいに両親の笑顔がエクトの頭を過る。

 

『誕生日の前に居なくなっちゃって、心配させちゃってるかな。日本……帰りたいけど、うーん……帰りたいのかな? パパやママには悪いけど、日本じゃ出来ない経験がいっぱい出来そうだし、飽きたら帰る。でも、いつかは帰るから』

 

エクトの中で優しい両親の笑顔が曇っていく。

その両親の顔に向かって小さくバイバイしてみせた。

勿論、心の中で。

 

「わたしは十五だ。ふふ、同じか少し上かと思っていたぞ。素直に言う、巫女としての、わたしの問題についてだ。だが、その前に大事なことを聞きたい、エクトはイーリスの人間か? そうで無いのかだ」

 

何事か憚れるように故意に言葉を選んで喋る彼女は、嫌なことを思い出したのか表情が暗くなってゆく。

 

「質問の意味がわかんない」

 

それを気づいてはいたが敢えて指摘せず、更に情報を聞き出そうとする。

彼女の話はどこか真に迫っていない。

そう、判断材料として必要な部分がごっそり抜けている感じがしてエクトに違和感を覚えていた。

 

『話していいか迷っているのか、話すつもりがないのか。それとも試されているのか』

 

「イーリスが解らないか?イーリスは神だ。かつ、グロリアーナにとって危険な存在だ。それとも解らないふりで、当たり前の事を喋るわたしを笑っているのじゃないだろうな?」

 

そういうことならと呟いて傍らに置かれた剣にシャリアの手が掛かる。

 

「いいや、そういうことなら。うーん、……どう答えたらいいのか解らない.....」

 

それを見てあわててエクトは否定する。

イーリスの事を知っているとすればシナリオで、クエストで、必要最低限に関わった事だけだった。

 

イーリスと言えばイーリス教団だろうか?

ふと、意識の端にそんな狂った集団を思い出す、と。

 

「イーリス教団で無いという証しをわたしに見せてくれ。これを──」

 

「なんだ? これ、ペンダント?」

 

そう言ってシャリアが懐からジャラリと出したのはペンダント大の何か。

 

イーリス教団が持っているのを見た事があった、確かあれは。

 

「これはな、イーリス信徒の炙り出しに使われるものだ。信徒に取って命にも変えられんものだとゆう。全く、こんなただの刻印付の首飾りひとつ。信徒にはそうでも、それ以外には取るに足らぬただの首飾り。本当にくだらん話だろ。……さあ、踏めっ!」

 

興奮したように急に立ち上がって、こんな板切れが!と叫びながらシャリアが地面に叩きつけたそれは形は違えど日本で言えば十字架、ロザリオと呼べるものかも知れなかった。

踏み絵ならざる踏みペンダントをやれと言っているのだ。

 

「これで気が済んだ?」

 

躊躇なくエクトはぐりぐりとこれでもかと執拗に形が崩れるほどペンダントを踏み潰す、まるで吸っていた煙草の火を揉み消すように元の形がわからなくなる。

エクトの足の下を覗けばそれほどグッシャグシャにされた首飾り。

 

エクト自身、イーリス教団は好きでも嫌いでも興味が無かったのだか、あるクエストを受けたのを切っ掛けにそれは憎悪や畏怖にすり変わっていたのだ。

 

そんなエクトの行動と顔付きが変わったのを見て、ポカンと口を空けたままでいるシャリアは間を取ってハッと気付くと、

 

「おお。それはもういい……やりすぎだ。それを信徒に見られたら磔の上で首をもがれて胸を穿たれるだろう。……神を神とも思わない悪魔、……と罵りを受けながらな。ああ、気が済んだ。では、本題に入ろうか」

 

そこまでやらんでもと、言いたげにジト目で視線を送りながら、

 

「まず、何から話せばよいか──」

 

先程とうって変わって生々しい事柄も交えてシャリアが話し出す。

 

大臣の正室との不仲、好みと見るや執拗に求められ誰彼、側室にされ兼ねないなど。

その上、部下の嫁娘との情事を強要。

酷い下半身豚。

 

そして──話は真に迫って行く。

押さえきれないのか思わずスクッと立ち上がりエクトを見下ろす形になり、語気が強く口調のトーンが上がっていくシャリアを見ていてそれがエクトには解った。

何となく想像も出来るほどに。

 

「その豚が! ふざけた事を……よりによってわたしに回ってくる、ぐすっ……なんて……」

 

話している内に声は震え出し、やがて嗚咽に変わる。

シァリアは泣いていた。

そして、グシャっとまるで砂の城が踏みつけられて崩れるようにぺたんと地面にへたりこむ。

 

「それだけじゃない。わたしが断ろうものなら! あの豚め、グロリアーナ陛下をっ!………………うぅう……」

 

後半は何を言っているか解らないぐらい、涙声と嗚咽になりエクトはどうしていいか解らず、ぎゅうっと自然とシャリアの肩を引き寄せ抱き締めた。

 

「わたしが!純粋に騎士であったならば!巫女などで無ければ!」

 

エクトに抱き締められたまま胸の中で泣くシャリア。

一頻り彼女が泣き終わるまで持てる知識の全てであやし、慰めることに集中する。

 

 

 

いつの間にか2人は寄り添って寝っ転がっていた。

シャリアの涙こそ止まってはいたものの時折ぐすぐすと聞こえる。

エクトはと言うと天を見上げ何やら思案する。

決したように言葉に紡ぐ。

 

「あれは、お月さま?」

 

「ぐすっ、……そうだよ?」

 

エクトがポカンと口を空けたまま問い掛けると、何当たり前の事を聞くの、と言わんばかりのトーンで返すシャリア。

 

「おかしいな。……何度も数えたけど、──5つある!」

 

天に浮かぶその月はエクトの言う通り、五つ浮かんでいた。

 

「2つ墜ちたんだって。1つは海の底、1つは極北のハイランドのどこか」

 

吃驚しておかしな顔のまま彼女の顔を凝視するエクト。

聞いてもいないのに童歌を思い出したのかメロディーに沿って続けるシャリア。

 

「昔々、〜神々の争いがありました〜人々は巻き込まれて争い、幾万が死にました〜争いは終わらないので賢い神は都市を空に持ち上げ人々を逃がしました〜」

 

悲しいメロディーの童歌でした。

歌い終わっても彼女はエクトに自分の知っている知識を分け与えるように続けました。

 

「あの月の1つには天界樹が生えてて、5つの月は支えられてるの。まだ人々は生きててわたしを見てるの、見てるだけで助けてくれないの」

 

「それ、歌?」

 

「歌だよ」

 

「今の心境なのかな〜と」

 

照れ隠しなのかぷいと横を向いて視線を反らすシャリア。

その頬は少し朱が染みている。

次に出てきた言葉はエクトには想定外の言葉だった。

 

「あなた、カルガインの田舎者って感じじゃない。ううん、この世界の人じゃないでしょう。ね?」

 

「…………」

 

暫しの沈黙の後。

 

「そうです。と答えたらどうするの?」

 

シャリアの背を見詰める。

寝転がった地面には芝生のような背の低い草が生えていて自然と二人の熱を奪っていく。

 

「あなたの、……国の話が聞きたいな」

 

振り向いたシャリアは先程までとは打って変わって微笑みすら浮かべて、興味津々と言った空気すら纏っており、エクトはこの時何事か彼女の醸し出す雰囲気が柔らかくなっていたのを感じていた。

 

 

「何から話そうか。ええと、僕が住んでいる星は地球と言って、月はその回りを回っていて1つなんだ」

 

「うんうん、続ける続ける♪」

 

エクトは思案しながら喋り、シャリアは興味津々といった表情で話に食い付く。

 

先程までと役割が逆になる2人なのでした。

 

 

 

 

 



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ナイショの花園2〜イーリス教団との邂逅〜

元々のをほぼ書き直し。


「──でね」

 

「ふんふん」

 

「……なんだ」

 

「へえー!」

 

「それにね」

 

「何々?」

 

「モンスターなんて居ないんだ、どこにも」

 

「でも、その世界でも戦ったんでしょ?」

 

「うーん。……世界の中の異世界とゆうか、ゲームの世界ってとこなんだけど……、これは言っても解んないと思う」

 

「うん、うん……解んない」

 

エクトはシャリアに自分の世界の事──日本での事を話しながらNOLUNの事にも触れていく。

 

ノルンという名前のゲームの中の世界だけど、それは長い間旅をしたことやその中で出会った人、ギルマスやpartyを良く組んだ人。

へまをして死んだ事や、ダンジョンを理解する為に何度もデスマラソンをする羽目になったこと。

レアアイテムが出なくて夜はずっとボス部屋の前で待機してた話など、少し脱線しながらも詳しく説明していった。

 

それを大人しく聞いていたシャリアには、死んだのに大丈夫なの?と真剣に心配されたり。

 

「うわー。この世界とその……ゲームの世界って良く似てるね、確かに。ノルンまで──何等の干渉を感じるわ。死んでも大丈夫ってゆうのはちょっとズルいよね、有り得ないことだからちょっと受け入れられる訳がないし──解んないけど。そういうものなのよね?」

 

死んでも大丈夫って事に強く噛みついてくるシャリアに、そういうものとして何とか理解して貰う。

 

ゲームで死んだとしても、実際には死んでない事を説明するもののシャリアには受け入れられないからだった。

 

一応、デス・ペナがあって経験やグリムを犠牲にすることも説明するエクト。

それを聞いてシャリアは、『何それ』ってニヤけていた。

 

「イーリスの奴らとも会ったんだよ。クエストの最中だったけど」

 

頭の下に両腕を枕がわりに敷いて、寝転がったまま遠くの空をエクトは見詰めながら突発的だったブルボンでのクエストを思い出している。

 

突発的なクエスト、それは。

いい経験値稼ぎの出来る場所を探していた時に、酒場で会った男から紹介された攻略サイトにも載って無かった隠しクエスト。

 

隠しクエストとは──どのような隠しクエストでも、かなり高い確率でレアアイテムが手に入る為に当時のギルマスに相談すると、完遂する様に言われるほどレアなイベントだ、ただし内容はピンキリでもあるらしい。

思い出して見ても、それはエクトに取っても非常にむず痒い道中だった。

我慢すれば経験値と、見たことの無いスキルかアイテムの手掛かりがあるはず、と思わなければやりきれなかったほどに。

 

イーリス教団に雇われて、教団から逃げた人間を探して連れ帰ると言う依頼だったはずが、勝手にpartyまで組むことになり挙げ句に小国を相手にする上、後ろ楯として大国サーゲートの領内でも一波乱あった。

 

今更それをシャリアに話してどうすることでも無いから濁して話したのだが。

 

エクト自身も教団関係者とpartyを組むことが気に食わなかった為、クエストに関係無い場合常に教団メンバーは死んだまま放置していた事を追記しておく。

 

寝転がったエクトに感化された訳でもないかも知れないがシャリアも足を伸ばして楽な状態で隣に座ってエクトの話を時に口を挟みながら、時に相槌を打ちながら聞いていた。

 

ただ一声、『イーリス』という言葉がエクトの口から出て来ただけで、それまでニヤけた顔をしてどこかエクトに気を許しているような佇まいで聞いていたシャリアだったのが、元の真面目でキツそうな座った瞳をしたシャリアに戻りつつあった。

 

「会った……だけ、…………だよね?」

 

エクトが教団との繋がりがあることにグロリアーナに所属している巫女騎士という立場上、教団がにっくき仇敵であるところのシャリアにはちょっと残念なようで急に声のトーンが低く下がる。

この時のシャリアは不思議な顔をしていた。

悟ったようでいて残念そうで、その奥にゆらりと憎悪を覗かせていた。

 

エクトに教団との関わりを否定して欲しくて言葉に詰まりながらもなんとか声にした、そんなシャリアに視線を向けてエクトは否定せずにむしろ頷いて語気を強めた。

 

「クエストだから組んだ以上は何にしたって、やることをやる。そういうものなんだ、クエストってゆうのは」

 

口を動かしてエクトは喋りながら、両腕は別の作業を始めている。

エクトが答えた声を聞いて明らかに不機嫌そうに眉根を寄せてみるみる表情の暗くなっていくシャリアに気づいたエクトは、上半身を起こしてシァリアをぐいっと胸元まで引寄せると彼女の前髪を上げて真剣な瞳で見詰める。

 

「………………」

 

すると、さっき以上に素早い動きでエクトの手を払いぷぃと転がって後ろを向いた。

 

暫し間をとってシャリアが口を開く。

 

「さっきからくえすとって何?しなりお……も」

 

一瞬、そう言われたエクトは表情が固まるが、すぐに気を取り直してシャリアにクエストの説明をすると、

 

「ふうん。そのクエストのせいでたくさん、……いっぱい被害者出てるよね?」

 

視線を徐々に戻しながら地に落ちたシャリアのテンションはどこまでも沈んで元に戻りそうに無い。

 

そのまま、死んだ魚の様な半開きのまま虚ろな瞳で上目遣いにエクトを粘着力の強そうで、ねっとりとした視線を向けて責任を問うかのように睨み付けるシャリア。

 

エクトはそんな視線に当てられて一瞬、ひぃと怯んだが語らなければならない事がまだあるんだと思い直してシャリアの視線から逃れるようにまた寝転がって空を眺める。

真っ暗な夜の空を。

漆黒の闇色に染まった空の下、二人は城の花園で二人だけの秘密の話を続ける。

 

「クエストは完遂しないと報酬がでないからさ、やりきらなきゃなんなかったの。NPCの問題に興味無かったし、ただひたすらの強さが欲しかっただけなんだし。そう俺は──強くなりたかった、誰よりも。その為に些細な問題は瞳に映らないフリをしたんだ」

 

確かに小国・エンデヴルでは沢山、死んだ。

そんなイーリス教団の狂った本性をずっと見続ける事に嫌気が差して、運営にエクトは文句の問い合わせをしたぐらいだった。

 

「そう、……エクトはやっぱり。奴らと、組んだん、……だ……」

 

彼女の言う通り、エクトはクエストをやりきる為に小国で教団と共に暴れていた。

避けれない敵は殺しもした。

そういうクエストだったのだから、どうすることも出来ないのであるが、シャリアは納得出来るはずがなかった。

 

余りにも似た世界と言っても、此方の世界で彼女の憎むべき仇敵と、気を許しそうになっていたエクトが手を組んで余り知らない小国とは言え好き勝手したという事実。

 

彼女に取って面白くなくて当然である。

クエストの経緯の説明をエクトが続いているにも関わらず、シャリアは思案していた。

 

強くて優しい、いい奴だとは思うけど陛下の為に冗談でなく始末するべきか、と。

 

「そのお陰で、今。この、アーベンラインが手元にある」

 

このクエストの最中、通り掛けに二度と来れないかも知れない古い霊廟を発見し、連日連夜攻略に費やしやっと手に入れたのが呪われたアイテムかつ、装備制限が55の強くて装備出来ないのに装備を外せないアーベンラインだった。

 

困った事に鑑定スキルが成功しない上、装備出来ないので暫くの間表示上は只の筒?、で片手の装備枠を埋め続けたので、ギルマスやpartyメンバーにもご愁傷様と言われた経緯があり、どちらかというと踏んだり蹴ったりでもある。

 

それからと言うもの狂った様に、レベルを上げるために割りのいい狩場には必ずエクトの姿が見られた事は言うまでもない。

 

勿論、アーベンラインは只置かれていた。といった代物ではなくレアドロップですらない、封印された禁断の武器をエクトが持ち出したのだ。

 

封印されていたなどと言っても、二度と辿り着けない場所で強力な武器に封印がされているのは、ゲームでは問答無用で破りがちではないだろうか?

 

コレクター欲も擽られるものだが、何より禁断の武器=強力という図式などありがちだろう。

誰にもエクトは責めれ無いのでないか。

 

「封印されてるアーベンラインの封印を解いて勝手に持ってきたくせに!」

 

彼女にそういった経緯を話しても、納得はやはりしてくれなかった。

 

禁断の封印を解く=悪の諸行と、シャリアの中では確約されていたからでもある。

 

古代の神々の争いの時、冥王が三槍に数えられたアーベンラインはサロとも激戦を演じた末、時の神によりいずこかへ封印された―――それがシャリアの知っていた歴史であり常識。

冗談でなく害悪なのだ、封印を破るなどという行為は。

しかし、封印を解かれた当のアーベンラインがあのあっけらかんとした態度で、闇の蛇を拒絶した事も考慮に容れればエクトが持っている間なら、アーベンラインもサロ様やグロリアーナ陛下の敵に回る事は無いかも知れないな、と思案した処で自己完結に至る。

 

「こいつから物凄い強そうなオーラが出てたんだ。そんなの、スルーできるわけ無いだろ」

 

「続ける続ける。で?」

エクトが必死に弁解しようと頑張るが暖簾に腕押し、釈迦に説法、彼女に取って自己完結しているアーベンラインの事などもうどうでも良かった。

 

興味はイーリス教団の蛮行に移っていた。

 

「イーリス教団は……その山を焼き討った。反乱分子が逃げ込んだって」

 

この経緯の少し前からはイーリス教団からホントに逃げた男など居たのかエクトは疑問に思いながら同行している。

それが確信に変わったのがこの焼き討ちだった。

この隠しクエストの目的が『狂信的な教団による侵略の為の協力』なのだと。

 

それでも報酬を得るには居もしない男を捕らえ、連れ帰らなければ失敗になってしまうのでエクトは仕方無く同行し続けた。

が、その先に教団大幹部が現れる事であっけなくクエストは終りを迎える。

 

その大幹部は教団メンバーから、小国の宝剣を受けとるとあっさりその場に居た教団員全てを有無を言わさずあるものは焼き、あるものは一刀に付した。

 

そして、エクトに報酬を渡して去って行ったのだ。

ブルボンを発ってエンデヴルを経由しサーゲートに及ぶ長期クエストの末に彼が行き着いた答え、それはイーリス教団には関わっては行けない。

と言うこと。

 

教団には得体の知れない気味悪さが付きまとう。

 

 

 

 

ふぅー……!

 

胸に溜め込んだ息をエクトは出しきるつもりで一気に吐き出す。

一緒にポツポツと思い出して胸くその悪くなった気分が晴れるのを願って。

吐き出された空気は真っ暗な夜の空に融けるように消えた。

 

教団とのエクトの関わりを濁さず、隠さずともいい部分はシャリアに全てをさらけ出した後。

 

エクトが気づけば痛いほど掌を握り締めていて。

教団の事を喋っている内にヒートアップしてしまったみたいで、思わず立ちあがって熱の入った話をしていた。

ゆっくりと目線をそのまま下に落とせば膝を曲げて上半身を起こした上で、俯いて膝の上に手をついているシャリアの姿が視界に入ってくる。

膝の上の手はふるふると震えているようだった、シャリアが膝を強く握っていたのかも知れない。

 

「グレナンテ山が燃えたのか……ぶつぶつ、それは……でも、ぶつぶつ」

 

シャリアには、クエストは焼き討ちで終りだったとエクトは話す事にした。

 

教団の事を話すだけなら、最終的に出逢ったあの周囲を凍りつかせる雰囲気を纏った大幹部の事で、更に彼女の感情を煽らなくてもいいとエクトは考えたのだ。

 

焼き討ちの事だけでも、目の前で物凄く難しい顔をして俯き、自分の世界に入り込んで考え込むシャリアを見るにそれは正解だったと言えるかも知れない。

 

誰に言うでもなく彼女は、声に出して何事か呟き続けている。

 

「それってさ。似てるだけで違うんじゃない? グレナンテ山はメルヴィ様の加護が強力で連中じゃ、そう簡単に入り込めないよ」

 

考えが纏まったのか顔を挙げたシャリアがエクトを何事か含んだ視線で見つめれば、

 

「……だから俺が行ったんだよ」

 

頬を掻きながら目線を外して答えるエクト。

 

サーゲートに入る以前から、考えてみればメルヴィ関連の妨害はあった。

と、言うよりは進む先には常にメルヴィ神殿庁の騎士や魔術師に毛が生えた程度の神殿職員が、次々に道を塞ぐように現れ時には命を狙われる事もあった、それをエクトは来れば来るだけ撃退していった事を思い出す。

 

教団の傭兵的に見られていただろうし、見られて当然なだけの働きを彼はしていた。

 

「むぅ。。。話を聞いてたら、ここでエクトを始末した方が世界の為な気がしてきた……むぅ……うーん」

 

ぶつぶつと呟きながらシャリアは難しい顔をしていたかと思えば、真剣な顔になり傍らの剣に手を伸ばす。

 

「グレナンテ山はまだ燃えてないんだろう? 何の為に始末されるんだよ?」

 

それを視界の端で見て気づいてしまったエクトは、ヤバイと思ったのかゆっくり後退り必死に釈明をする。

 

「あー……えっと…………イーリスに協力した時点で! 世界を敵に廻してる気がするんだよなー、……うふふ」

 

エクトをロックオンした彼女は逃がすものかと、ずいっと近付くように追う。

剣こそ手離しては居たのだが獰猛にほくそ笑み、わきわきと両手を動かし、瞳をギラギラと光らせ、まるで獲物を狙う猛獣……、というか変態ちっくな悪者のよう。

 

その時のシャリアの背後には不思議と暗いオーラのようなものが見える……気がした。

 

「ふぅ。。。教団には協力した。けど、それだけじゃなくて。あの……そうだ! 鉄の森近くで争いが有ったんだよ、シナリオだったけどさ。落ち着けよ、その手は……なぁに?」

 

シャリアの手から剣が離れたのを見て一息付いたエクトは話を続ける。

シャリアが撒き散らす嫌ーな雰囲気に動揺し、エクトの頬が一瞬ぴくっと震える。

正直、焼き討ちの後の事に言及されなかった事で胸を撫で下ろしたのだがシャリアの豹変ぶりに更に一歩、もう一歩と後ろに下がり続けるエクト。

 

「ふふ、……本気で始末しなきゃ……。鉄の森ってすぐそこなんだけど……で、そんなとこで戦いって、わたしにだって関係あるでしょ……そうよねえ?」

 

暗い怨嗟の色を瞳に浮かべエクトを追うシャリア。

 

「シャリアが居たかは分かんないよ。でも……グロリアーナが相手だった。シナリオ内容は両陣営の指揮官の撃破。そこでギデオンの名を見たんだ」

 

彼女に恨まれようと、ギデオンの事を話す上でこのシナリオでの経緯は避ける事の出来ない話題である。

年中行事のように小競り合い程度の揉め事を続けていたブルボン、グロリアーナ両大国の緊張がどうにもならなくなりぶつかり合った結果、戦争に突入したのだった。

 

このシナリオはそれまでのシナリオの中で特に難度の高い、partyを必要とする物でギルドメンバーと同行してやっとクリア出来た事を思い出すエクト。

 

出現するのもモンスターでなくNPCばかりで非常にやりづらく、かつなかなか逃走が成功しない鬼畜シナリオ。

 

言わば少数精鋭で一点突破し、両指揮官を撃退した上で両軍を引き下がらせねばならないのだから。

このシナリオアップロード時は、最終章になったらノルン全てを世界征服してフィナーレを迎えるのでは、と攻略サイトでもギルド内でも噂に上がった程で。

『あながち間違いでは無いのかも知れないな』と、シャリアに話して聞かせながらエクトは思うのだった。

 

「あの……さ、指揮官の名前って今、……言える?」

 

「ブルボンは確か……ルーベンスで。グロリアーナの方は……そう、コルドールージュ。なあ、だけどそれを聞いて何かあるのか?」

 

シャリアの問いに少しの間思案しエクトは出てきた名前を口に出す。

 

「騎士団長だ!……。あ……、続けて?」

 

知った名前が出てきた事に吃驚して声を張り上げ話を中断したシャリアは少し考え込んだが、気を取り直すとエクトに視界を戻すとそう言って掌を上下させて話の先を促す。

 

「ルーベンスはなんとか始末できたんだったかな。だけど、コルドールージュは部下に逃がされたって内容だった……うん。……そう……睨むなよ、この争いは……俺、……だけじゃないぞっ。シナリオだから、ユーザーなら……ごくっ、……誰でも、誰だってやらなきゃ先に進めないん……だからなっ、言っとくけどっ!」

 

話がギデオンから脱線していくがエクトは軌道修正の仕方が解らないでいた。

恐怖ですくむ。

 

そうなのだ脱線していくうえ、シャリアが今この場で呪いでも仕掛けているのでは無いかと思えるくらいの重苦しいほどプレッシャーを撒き散らし、頭に見えない角でも生えてきたのではないかと思えるほどの立派な殺意を孕んだ怨みがましい瞳には、明らかに何人も人を殺してきた戦いに身を置く者にのみ浮かぶ、ある種の覚醒したような凄味を隠せない。

 

そんな……エクト、いや平和ボケている人間全般が、視線を向けられるだけで竦み上がってもおかしくは無い獰猛でいて、研ぎ澄まされた刀剣のような鋭い眼差しそれだけでエクトを殺してしまってもおかしくない目付きで睨み付けてきたので慌てて弁解を始める。

 

「ふうん。…………わたしだったかも知れないね、その……」

騎士団長の部下だもん。と張り裂けんほどに膨れ上がっていた怒りの熱は冷めたのかかき消えたのか小さくトーンを落として続ける。

いつの間にかあの重苦しいほどのプレッシャーが収まり、視線もエクトから離れ、長く美しいが曲がっておらず真っ直ぐな睫毛を落ち込んだように低く下げぶつぶつと何事か呟き続けている。

 

そんなシャリアを見てふぅ……と一息吐いてエクトは『熱しやすく冷めやすいってシャリアの為にある諺なんじゃないのか?』と頭に過った後で、声に出さずに心の奥で刻み込むように呟いた。

 

『怒らせたら怖いから、死ぬかも知れないから……なるべくヤバいワードは濁さなきゃ、……本気で俺がヤバいって……何だよ、今の空気。重いなんてモンじゃなかった、それに……刃物も握ってる訳じゃないのに。──斬られてた。そう、斬られたって以外に言葉に出来ない……』

 

 

 

「──続ける続ける、シナリオ終わるとイーリス教団と回避不可な戦闘になってさ。そこにもあのギデオンが複数の、けっこう苦労するくらいの数の教団の兵士とかと居たんだ───見間違えとかじゃないぞ。違うとこは頭。ギデオンの頭は真っ白な白髪だったけどな」

 

「──!?それって。大臣はグロリアーナを裏切ってるって事? あれ……? ギデオンが白、……髪?」

 

彼女の視線が離れた事と話に噛み付いて来ない事が解るとエクトは軌道修正に踏み切る。

経緯は解らないが戦闘になったイーリス教団員の傍らに確かにギデオンが居た。

それはエクトもしっかりと覚えている、あの時はエリアヒールを使ってきて弱そうな外見なのに非常に邪魔だったからだ。

 

その事を聞くとシャリアは吃驚してエクトを見上げ問い掛けて来た。

下半身豚であるが悔しい事に外交や政務など仕事の面では稀有な人材と、グロリアーナ陛下も認めたくないものの認めずには居られない存在だった。

 

その大臣が仇敵・ブルボンと、イーリス教団と通じている感があると彼は言う。

 

エクトは身ぶり手振りを交えてシャリアに説明する。

覚えている限りの教団関係者の数を指折り数えて……両手の指では足りないなと気付いてやめた。

ギデオンが白髪だったことを伝えるときはちょんちょんと指先でこめかみ辺りを押した。

 

「解んね。そうなんだよなー、俺の今言えることは争いでギデオンを見て、両軍を退かせて終わったらギデオンは教団と共に居たってことくらいか」

 

エクトもギデオンが裏切って内通しているとは言い切るには残念な事に情報が少なかった為、肩を竦め彼女に出来るだけの答えを返す。

 

「教団は信徒以外には容赦無い。信徒であってさえもイーリスの教典に逆らえば容赦無い。ホントに大臣が?」

 

「両陣営で見たんだからそうだろうな。もうひとつの可能性は、偽物だってこと!」

 

「偽物?」

 

「大臣の偽物を教団が差し込んでるとすれば」

 

エクトの推測混じりの言葉の全てを信じることは出来ないし、イーリス教団は信徒以外は躊躇なく殺せる狂信的集団だ。

それが大臣と同行しているという事になれば限りなく大臣はクロである。

疑問の声を挙げるシャリアをよそに平然とエクトは大臣であったと言い切る。

が、思っていたもう一つの可能性がある事を告げた。

シャリアにも大逆転の醜聞であるが、今一つ決め手が足りないのも事実。

相変わらず推測混じりのエクトの言葉についつい疑いの色が混じった瞳で聞き返すのもしょうがないのかも知れない。

 

「教団に大臣が連れさられたってことは?」

 

彼を信じることは難しく無い。が、事実で無かった場合とんでもない不敬になり、その先は考えたくも無かった。

 

だからか、別の可能性をエクトに提案してみるシャリア。

 

「ふふ、そんなこと──……有るわけ無い。ブルボンは大敗したんだ。グロリアーナも引き下がったが、カルガインやメルヴィ兵団の追撃を受けてブルボン本隊はバラバラに潰走した。というシナリオだったな。逃げ惑う教団の討伐なんだよ、シナリオ的に」

 

「その話だとブルボンにグロリアーナに、あと……他にもどっかの勢力が噛んでそうなんだけど?」

 

「それは、カルガイン」

 

「………………っ!」

 

彼女の提示した可能性が一欠片も有り得ないと一笑に附し平然と話を続けるエクト。

それを隣で怨みがましく聞いていたシャリアだったが、両大国に横槍を入れた存在がある事に気付くと声を荒げて彼に問い掛ける。

 

エクトが間髪置かずに返した答えは予想外過ぎてシャリアの頭の片隅にも浮かんですら無いものだった。

 

エクトは話した事で潰走したブルボン軍を思い出しながらこう思った、『絶望的な大軍であっても指揮する者が居なければ、あっさり瓦解したよな』と。

 

「カルガインは争いを止めに入るわけ。そこにメルヴィ兵団も絡んで、メルヴィ兵団は教団憎し。って感じでさー」

 

言葉を失ったシャリアをよそにエクトは話を続ける。

「カルガインの田舎兵団が?? どうやってグロリアーナとブルボンの間に入れるってゆうのっ!」

 

「シナリオだから。カルガインとしては、思惑に巻き込まれない内に両陣営の弱体化を狙うってとこなんだろうな。

ブルボン軍も側面からカルガインに兵の薄いとこを切られて、前と後ろにブルボン本隊は分断された上に指揮官もいなくなるんだから、それはもう、そこからは焼け石に水。ブルボン軍に光明は射さなかった。……で、見事に教団兵は数を減らしてる。

 

……どの世界でも宗教なんてホント何にひとつも人の役になってないってゆーか、人の心の隙をついて戦争をさせるキッカケの道具になってるってゆーか、こっちの言葉に直すと何かな。『災厄を生む魔道具』ああ、ピッタリ!」

 

心底吃驚した表情で彼女はエクトに食って掛かる。

有り得ないのだシャリアの中では──シャリアに限らず、グロリアーナという長い時の流れの中で常に大国で有り続けたグロリアーナの国民なら誰しもグロリアーナと、魔物を生む不可思議な塔の回りに集まって小さな街を形成しているだけのカルガインと、では差が有りすぎてこの二つを並べる事も出来ないのだ。

エクトが説明するもののシャリアは聞こうとしない。

 

ちなみに捕虜になった一般の教団兵士からは経典を取り上げ、教団から遠ざけ離すことで真っ当なヒト達に戻すように心血を注ぐ人が居たのをエクトは思い出す。

そしてエクトは知っている、教団の教えに染まったニンゲンや獣人達が改心する事は一筋縄ではいかないことを。

宗教にどっぷり嵌まった、凶悪なマインドコントロールからはそう易々と抜け出せないのだと。

 

なんといっても捕虜にした教団関係者、上位の司祭達の中には経典を求めて身を切って、グリムを捻出して牢番に渡した者まで居たと言う。

狂信者ほど、離されても宗教にしがみついてしまう。

 

エクトはそんな話をなんとかして改心させようと働きかけるメルヴィ神殿庁の職員から聞かされてゾッとする。

そこまでして宗教にしがみついていたいのかと。

宗教にそこまで有り難みを覚えてしまうのかと。

 

「ふん、ありえない! 田舎兵団に我ら、グロリアーナが負ける、と? そう、言いたいのだなっ!」

 

「うちのギルドならグロリアーナとタメ張るんじゃない。それにカルガインにはユーザーが沢山いるからそれじゃ無いの戦力。それにメルヴィ兵団も最初から援助してるんだぞ。あと、な。あくまでゲームの中のシナリオの話、そんなに熱くなる必要がある?」

 

彼女もグロリアーナの騎士の端くれだ、国の騎士団や陛下の軍隊に誇りも感じているし、何よりも兵の数が戦争ではモノをいうのだ、兵の数で圧倒できる。

ブルボンの信徒と争ったって引けを取らないで居るのが証拠だ。

 

その、グロリアーナが開拓地でしかないカルガインに撃退され、退き下がらせられたとエクトは言う。

冗談じゃない。

わたしたちはそんなに柔じゃない。

 

シャリアの心からの叫びにエクトは少しイラっとしてしまい、本心をポロッと溢すが気を取り直し彼女でも理解出来る様に説明に戻る。

それでもなおも肩をいからせ威嚇するかのように恐い顔をして、眉と瞳をつり上がらせて睨んでくるシャリアを見ると、やはり収まりがつかなくなったエクトは余計な言葉だと思いながらも本音をポロッとこぼした。

 

「不本意ながらエクト級の兵士が何人も居たなら引き下がらないと全滅……そうだな。負けるかも知れないな」

 

何となく辛そうな暗い表情をして話していたエクトが今は、荒い息を吐き警戒心剥き出しな表情をしているのを見てシャリアは苦虫を噛み潰すような顔をして呟き、小さく一息吐く。

落ち着かない気持ちをなんとかしようとした。

 

エクトに警戒させてしまっているのはわたしではないか、いつの間にか気付かない内にわたしはあれほど警戒心露にされるほど恐い顔をしてしまっていたんだと。

そう思って。

 

ギルドの説明は受けていた。

エクトに及ばないものも居るがエクト以上のギルマスと言うのが居ると言う事だった。

そんな戦闘集団とグロリアーナが戦えば全滅の可能性が無いことも無いとシャリアは考える。

 

「シナリオも後半だからなー。ユーザーもそりゃ強いよ」

 

「神殿庁ならまだしも、メルヴィ兵団の名前は聞いたこと無い。カルガインだって住人は精々2万人だっ! 我ら、グロリアーナは全国で100万以上」

 

エクトは軽口を吐いただけだったが彼女はその軽口に本気になって返す。

抑えよう、抑えようと思ってもシャリアにはうまく感情が抑えられない状態になっていた。

どうしても語気が強く、声が大きく、対抗心が芽生えてしまう。

カルガインとグロリアーナの国力の違いがどうしてもシャリアの中にあって、そんなはずはないと否定する心が動く。

 

それにしてもメルヴィ神殿庁なら聞いた事もあるがメルヴィ兵団は今まで噂にも聞いた事が無い。

 

「少し、後の世界がゲームの舞台だとしたら?」

 

にやりと彼は笑って彼なりの推論を告げる。

エクトの見たギデオンは白髪で今のギデオンはふさふさとは行かないまでも白髪が目立って気にする、と言った素振りもなかった。

ただひたすらにふてぶてしい奴だと言う意見しか出てこない。

 

エクトはシャリアの頬に手を添えて落ち着かせる。

ふいに、彼女が吃驚し過ぎたのか震えだしたからである。

 

「大丈夫よ……納得──つまりメルヴィ兵団もカルガインの戦力も今はまだ無いんだね」

 

「この今の年代が解んないけど、そんなとこじゃない」

 

少し、呼吸が早くなっていた彼女だがお礼を言い、落ち着くと自分の意見をつらつらと話して深呼吸を一つで胸を撫で下ろす。

そんなシャリアを見ながら年代が解らないと付け足すエクト。

 

「わたしエクトと戦って死んでたり、しないよね?」

 

「NPCとは言え女に即断出来ないよ……引いて貰う程度には傷つけるかも。そのくらいさ、日本じゃ──俺の住んでたとこは女は守る対象でね。斬り合うってそういうの、ちょっと遠慮したいんだけどさ」

 

ふいに真似をして彼の前髪をかきあげじぃと意志強くエクトを見詰めるシャリア。

口から吐き出すようにそんなこと無いと、有ったかも知れないと耳元で小声で囁く。

それを受けてエクトは彼女の両肩をぐいと掴むと真剣な瞳で見詰めて視線をぶつけ合わせた上で諭すように告げた。

 

「ふふふ──甘いね、甘ちゃんだ。エクトは」

 

「あのなー、歯向かわない敵に剣抜けないだろ」

 

「わたしは出来るよ、グロリアーナ陛下を守るためなら、信徒共を根絶やしにするくらい」

 

エクトが余りにも甘ったれな事を言ったので我慢仕切れず吹き出してしまうシャリア。

 

彼女は知っている。

殺らなければ殺られると言う事を。

騎士は兵士と違い、名誉と誇りの為ならば戦える。

 

陛下に危険が及ぶなら、根からでも構わずに樹を切り落として燃やせる気概があった。

 

例え目の前の敵が剣を握っていなくとも斬れる。

信徒と闘うと言う事は女子供とも根刮戦えねばならないのだ。

それがグロリアーナ騎士団の決定でもあった。

 

「極端な事言うなよ」

 

「そこは解り合えないとこだね。あー、お腹空いたー。隊舎行けばまだ残ってるよ、きっと」

 

「そゆことでいいよ。ホント、腹へったぁ。皿に特盛、大盛のカルボナーラが食べたいなー」

 

「なにそれ? ふふふ、美味しいの?」

 

「ラーメンも外せないけど。母さんのカルボナーラは絶品なんだ、次はいつ食べれるかなー……母さんの作ってくれるご飯……」

 

「ラーメン??」

 

お腹が鳴った事で随分話し込んでいたことに気付き隊舎に向かう二人。

もうすっかり深夜でシャリアの背を追いながらも帰り道を歩きながら、彼は思い出す。

 

シャリアは微笑んで解り合えないと言った、真剣な瞳で子供だって斬れと言う。

そう言うものなのかも知れない。

 

でも、エクトはそんな非道は嫌だった。

 

話し合って解らないんなら、中から変えればいい。

 

イーリスの一方的な侵略が始まる前に、乗り込んででも。

思案するエクトにシャリアが声を掛ける。

 

 

「遅いぞー。置いてくよー。隊舎まで競争だーっ、それーっ」

 

声を合図に駆け出す二人の上では5つの月が二人を見詰める様に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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街への帰還

色々あったけど無事氷の川から帰って。

報告の為にディアドの酒場に戻ると、店主であるディアドはいつもの様にカウンターの上のグラスに酒を注いでいるとこだった。

 

客の頼んだものか、ディアドが飲むためのグラスかまではそれはちょっと。

 

いらっしゃー…………まで声に出したとこでポカーンと固まったまま視線はこっちを見ている。

その大きな双眸で。

注いでいるグラスから酒があふれ出すのに気付いてないみたい。

 

そんなディアドに構わずカウンターの前までヘクトルがずんずんと進んでいく。

その後ろを、ヘクトルから店の扉の前でシェリルさんを任されたわたしが着いていく。

 

「早いね、まあ氷トカゲを1匹でも減らしてくれてたら依頼料も少しは…………って。そ、そう言えば報酬は要らないって話だっけ。まあ、1杯奢るよ。好きなの頼みな。心配しなくたってすぐ王都の討伐隊が来てくれるって。あんた達が出た行き違いで伝文が届いてね、ってホラホラ座って座って、どーぞどーぞ」

 

気を取り直したディアドはこちらの話も聞かずに。

やっぱりヒュドラが居たら無理だったかぁという雰囲気を出しそうになったのを飲み込み、それを笑顔で隠しつつ労ってくれてるんだろうなー。

 

1杯、皆に奢りらしいから思い思いのテーブルに座って、ヘクトルだけはカウンターの隅にドサッとへたりこむように座ったけど。

 

「酒、だめなんだっけぇ?でもこれしか無いから我慢してよ♪」

 

声のトーン高く陽気にそう言ったディアドが、わたしに差し出したグラスにはギューでは無い色の酒が。

 

それに、おまけでミルクも付いてきた。

ミルクはあるんだ…………牛なのかな?

 

「ま、無事で何よりです。飲んで飲んで、どぞ。そっちの人は寝たままだけどいいのん?」

 

「そっとしたげて、今は。ちょっと疲れて…………少ーし、頑張って寝てるだけだから、シェリルさん」

 

シェリルさんは寝たままヘクトルが背負ってきたんだけど。

 

皆で転移アイテムで帰還したとは言え、すやすや気持ちそうにずぅっと寝てる…………襲撃の時は半日起きなかったらしいから、今日も寝たままかもしんない。

 

わたしが目の前に置かれたミルクをそのまま飲もうとしたら、

 

「あ、ちょっと。そのまま飲んだらダメだって。この酒の割り代わりなんだからー」

 

人差し指を立てたディアドにダメ出しされた。

ミルクも貴重なのかも知れない。

 

「割りに使うならいいけど、そのまま飲んだらお腹が吃驚するよ。酷いことになるの解ってるから止めるけど、ミルクだけで飲むのは止めときな……?」

 

一体何のミルク飲まされてんだろ。

貴重とゆうより、お腹の心配されるミルクって。

 

わかった、殺菌とかそんな問題なんだ、たぶん。

日本じゃないってホント不便だわ…………酒は、美味しかった、残念な事に。

 

ギューは安い酒って聞いたけど、これは少しは上等なのかも知れないな。

 

「で、どうだった?」

 

「地図、役に立ったよ。ありがとな」

 

「氷トカゲも倒したしね、全部」

 

わたしが返した言葉にえぇ?と言う顔で固まり、視線だけでわたしとヘクトルを交互に見る。

いつの間にかグラスの中身を空にしてるヘクトルは、カウンターを枕替わりに突っ伏しながら、ぞんざいに礼を言う。

 

もう少しお礼くらいちゃんとしようよ。

視線の合ったわたしは自分を指差して、ディアドの反応を見る。

 

なんだ、やっぱり勘違いしてるよ、ディアド。

ゆっくり頷くから、わたしもコクコクっと頷き返す。

 

「レットが行ったとは言え全部倒しちゃった………………? 嘘……」

 

「嘘じゃないよっ。誓って」

 

カシャンっと手に持ってたグラスをディアドが落とす音がした。

 

勿体無い、何やってんのディアド。

 

氷トカゲに苦労させられてたんだから当然なのかな?わたしの声に黙って聞いてたんだろう回りが反応する。

 

口々に嘘だろ。とか、いやトロルを倒した奴等だ、やったかも知れん。とか、徐々に店内にじわじわと浸透していくのが伝わってくる。

氷トカゲを倒したって事が。

 

「なんだ。もっとどんちゃん騒ぎしてるかと思ったが」

 

そこに帰ってきたレットが加わる。

冒険者風の筋肉質な客の誰かが彼に詰め寄り何事か喋ると、

 

「ははははは。そこで寝てる嬢ちゃんなんかヒュドラをこう、ザックザクと斬ってたぜ。ああ、……そうだ! 俺たちはもう水に困らないぞ!!」

 

豪快に声を張って笑い始めるレット。

それに同調してどんちゃん騒ぎが始まった。

 

わたしなんか、酒臭い客の冒険者達に泣かれたし、その末に胴上げされちゃったんだから。

 

そんなのわたしだけされたら不公平でしょ?

だから、わたしなんかよりカウンターのヘクトルとあっちで寝てるシェリルさんに胴上げしてやってよ。と言ってやった、どうだ。

 

シェリルさんなんか寝たまま胴上げされてた。

 

ぶっ、ぷわははははっ

 

それ見てわたし嵌まっちゃった、ウケた、ツボった(笑)

 

ヘクトルはなんかだらーん!ってしたまま空中に舞う。

それ見てまたツボってさ。

 

 

 

それからのディアドの店はすっごく騒がしくてでもそれが、心地よくて楽しかったんだけどどーゆー訳かいつの間にか寝ちゃってた。

 

冒険者の人達には力いっぱい泣かれちゃったし、すっごく感謝された。

それにいっぱい料理を頼んでもらっちゃったんだけど、無事に起きてたのわたしだけだったし、また今度って言ったのは覚えてた。

 

 

それは──覚えてるんだけど。

……ここどこ?

 

起きて最初に目に映ったのは知らない天井。

どこだ?ここ。

ほんとに。

 

床にマットを敷いた上に寝転がってるわたし。

隣には鎧を剥がされてシェリルさん。

視線を動かすと部屋の隅に別のマットにヘクトルが寝かされてる。

 

酒場でどんちゃん騒ぎしてた途中から寝ちゃったんだわ、そんで誰かにここに運んで貰って寝かされてた、と。

 

ろくに働かない寝起きの頭でなんとかかんとか考える。

その時、ドアが立て付け悪いのかギッイイイとあまりよろしく無い音を立てて開く。そこにひょっこりと顔を出すディアド。

 

「起きた?夕食用意したから起こしに来たんだけどさ。冷めるから後の二人も起こしちゃって♪」

 

どうやらここって、ディアドの酒場の別部屋か二階なのかな。

 

 

 

その日は結局、ディアドに夕食を持ってきて貰って3人3様に食べ終るとそこでそのまま夕食を食べる前に戻ったみたいに寝てしまった。

 

次の日の昼はどんちゃん騒ぎして祝宴が用意された。

けど、わたしはシェリルさんに絡まれたら面倒ってのもあるけどお酒が癖付いちゃうのヤだったからすぐ、抜けてきちゃった。

だから後の事はしーらなーい。あははっ。

 

後で、タイユランの店見てみよう。

無事で生きてたら店開けてくれてる筈。

 

 

 

 

 

 

 




特に修正するところも見つからなかったのはまだまだダメな証拠かぬぅ


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くえすとを探したよ!

 

 

でね、タイユランの店の前。

生きてたら店開けるって言ってたけど開いてないや。

 

まあ、まだこの辺りは逃げた先から帰って来てないみたいで鎧戸やシャッターが下がったまま。

開いてるお店無いものかなーと1軒1軒逐一叩いてみる。

返答は無いし、人の居る気配が無い。

酒場や大通りは人が戻って少しずつ活気が出てきたのに。

路地の商店には開けてるお店って無いみたいだ。

 

そう諦めて路地を奥に抜けようと歩いてたら、前から見知った格好の人達が歩いてきてかち合った。

あちゃあー。

酔ってないといいけど、警備隊の誰かさん。

 

「よう。氷トカゲを退治したんだってな?

酒場の奴らそりゃもうはしゃぎまわってたぞ。俺たちの仕事になんなきゃいーんだがな」

 

「見てただけだよ、わたし。ヒールしか無いから。一緒についてっただけでお礼とかされちゃうと、まぁ……悪い気はしないよ?

でも、逆に悪いなぁって思うんだー……ヘクトルとシェリルさんの手柄なのに。あ、ホラ。お酒もダメだし、さ♪」

 

タイユランのとこを覗きたかったのもそう、路地のお店を見たかったのも単に、わたしが役立たずだと痛感したからだ。

シェリルさんに絡まれるのが嫌なのも絡まれた先で言い返せない、役立たずだから。

わたしに1撃必殺の技があればなあ。

シェリルさんに何を言われたって言い返せるのに。

今は無理。

その資格がないって。

 

「……ヒールだって立派なもんだよ?騒ぎたいだけなんだ、悪気は無いよ。あいつらも、……痛い思いをしてたんだから、少し大目に見てやってんだ。氷トカゲには仲間を何人もやられてるから、な。俺の知ってるやつも帰ってきてねえんだ、だから。俺からもお礼を言わせてくれよ。ありがとうな、お嬢ちゃんたち」

 

「どもです。効果も今一つですから」

 

明らかに掛ける言葉を探した、警備隊の誰かさんは目が泳いでからそう言ったのでお世辞とわかる。

続けて出てきた言葉は、愚痴まじりの警備隊の誰かさんなりのここ数日続いてた問題についての気持ち。

 

この誰かさんも氷トカゲとか氷の川のモンスターに身近な人を殺されてたのか……って思って暗くなりがちの思考を頭を軽くふるふる振ってリセットし、ベイスさんによろしくと言ってその場は別れた。

話込んでると長くなりそうだし、悲しい話にシフトしてくともらい泣きしちゃいそうだし。

別れ間際のわたしの背に、

 

「ヒールがなきゃバイタルずっと飲んで無きゃなんねーだろ」

 

誰かさんなりの、はげましの言葉を力いっぱい貰っちゃいました。

 

「お仲間だって助かってる筈だぞ。だから、こんなとこいねーで宴にまざらねーか」

 

ぷっ、お酒飲めないんですってば。

そう言ったんだけどなぁ、だからぁ、宴には行かない、行けないのに。

 

わたしにエールをくれてるんだろうか、と受け取っておく。

いやまあ、ちょっとね、心にクるものはあったよ。

だから、振り替えってお礼を言って後なんだか照れ臭くなっちゃってその場を走って逃げちゃった。

 

宴に混ざらねーか。かぁ、………………混ざれねーよー。

今、顔真っ赤できっと、シェリルさんにヘクトルに茶化されるよー。

ありがとう。

警備隊の誰かさん。

 

路地を奥に突っ切るように走って、気づいたら大通りで開かれてる市の端に出てしまう。

決して大きくない市のテントから、賑やかな談笑の声や、売り子の客引きの口上が聞こえてくる。

 

市だー、人が帰って来てるの実感するなあ、てしみじみ歩いてたらその内の1つに目が止まって足を止める。

 

これ革かぁ、でも縫製がちゃんとしてて可愛い。

いいなあ。

 

でも、…………値段も50000グリム、か。

いい値ついてるなあ(泣)

 

目に着いたのはワンピース、革製。

そもそもこの世界、柔らかい生地の布がとても貴重。

今着てるのは男女フリーの黒地のドラム缶みたいな、ごわついた服で腰をぎゅっと帯で締めて着る。

 

このごわ服よりも革製品のか少し高いけど着心地はいいみたい。

シェリルさんはそもそも、ごわ服を断固拒否して着ないし。

 

ヘクトルとお揃なのも何か変だけど、もっと嫌なのは警備隊の誰かさん達も寝起きは皆これってこと。

つまり、パジャマで歩き回ってるみたいな。

わたしは、パジャマ持ってるから勿論着替えるけど?

 

こんなにグリムで困る事になるなら、フレに誘われた時くらい真面目に狩りに付いてくんだったね、そしたら50000グリムくらい……しかも、これ石鹸も貴重らしいからさ。

なんか臭うんだよね。

はあ、困った。

二人は成金だってわかってるけど、石鹸が安い高いじゃなくて、カルガインにある数が少ないだけらしいから余計だ。

買えるんならヘクトル辺りに頼んで、嫌だけどさ。

 

そこはそれ石鹸は必需品じゃん。

 

ヤな臭いが自分が発生源とか嫌、絶対いやーあぁぁ…………

 

なんだっけ?

 

クエスト真面目にしてたら、成金になったって言ってたよねヘクトル。

やろう!

背に腹は変えられないって、何か違うけどごわ服で歩き回りたくない、むしろ着たくない。

 

せめて革の服でいい、可愛いのは高いから。

 

ごわ服脱出の為に。

クエスト探そう。

…………って一念発起してから市を離れて大通りを北に向かってぽてぽて歩いてるけど、全くクエスト見つからない。

酒場にあるのはわかってる。

けど、酒場で依頼受けるのは酒場に回されてくるのは1日2日で達成出来るものじゃないじゃない。

 

そんな事わかりきってる、わたしは御手伝い程度のお使いみたいなクエストを探してたんだ。

 

お使いありませんかー、初心者でも出来ちゃう簡単なものでいいんです。

 

……むしろ簡単な御手伝いしか出来ないです。

 

ふう、なかなか落ちてませんね、クエストって。

 

そうやって脳内劇場絶賛公開中…………絶賛後悔ちうだった時だ。

 

困り顔の。

革の服を着た、立派な髭を蓄えたおぢさんが突っ立っていた。

ここは大通りを過ぎて北の広場に近い。

見ると縫製商店らしい。

これはフラグじゃない?

 

何か素材が、急に足らなくなったとかそんなじゃん?

 

「何かあったんですか?」

 

その時は、内心シメシメと思ってたんだ。

 

話を聞いちゃって後戻り出来ずに、誰かに頼れないのに、安請け合いしちゃったかなあ。

って後悔するのに。

 

 

 

 

 

 

 



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マトーヤの洞窟

 

 

「こっちくんなー。わぁあああぁああああーっ!」

 

 

 

 

わたし今ぴんち!

絶賛ピンチちう!!

なんて……わかりきってる。

 

走って逃げるわたしの後ろに迫るのは、ゴブリンを乗せたグランジ。

グランジは牛みたいな、でも顔はオーク、豚みたいな猪みたいな。

 

ぷちファイアを連発で喰らっても涼しい顔で追ってくる足を止めない。

 

嘘だろうー。

ちょっとは効いてるはずなのにっ!

 

なんでこうなってんのかってゆーとー……

 

 

 

 

 

 

「何かあったんですか?」

 

「なんだお前。近所のガキか?ガキに用はねえんだ、あっちいってな。ほら、これやるから」

 

イライラ顔でおぢさんがそう言って、わたしの右の掌をすぅっと持ち上げて肉革の切れはしを握らせた。

 

……………………。

 

これは、食べ物じゃなくて空腹を紛らわせる為に噛むものらしい。

 

戦争とかで直ぐに食べるものが手に入らない時、仕方無く咬んで食べた気にさせる………………待って、ちょっと待って!

 

空腹を疑われた?

ちゃんと食べてるしっ!

そんなにみすぼらしいかな?わたし……。

 

取敢えず貰っとく。

あんがと、おぢさん。…………じゃなくて、

 

「ん?こっちは考え事してて忙しいんだ。ほらほら、早くあっちいけって」

 

「何かあったんですか?何かあったんですねっ?」

 

直も噛み付くようにおぢさんに話しかける。

まだなんかあんのかコンヤロウォって言いたげな顔してて怖いけど。

 

いや、近所のガキじゃないからー。

クエスト貰う迄はおぢさんの前離れないよ。

 

わたし、ちょっとね…………ほんのちょっとだけ役に立つんだよ。

 

街の為にトロルと戦ってる場に居たし、氷の川にも行ったんだよ。

着いていっただけかもだけど。

 

あ、と思いだし、

 

「ぷちファイア……」

 

ぼそっと力無く呟く、わたしの取っておきの攻撃魔法は、線香花火を少し大きくした程度の火花をその場で放った。

 

何かを狙ったワケでは無いから、その場でパチパチッと爆ぜて消えてしまう。

 

それで十分だと確信してたんだけど。

そーだよ。

 

スリングにオマケで付いてたぷちファイアだよ。

しかも誰かからいきなりプレゼントされてたスリング。

 

これで近所のガキじゃない証明になるんじゃない?

 

ふふん、と余裕のしたり顔でおぢさんを見上げると。

 

「なんだ、…………ぷちファイアか」

 

驚かすなよと続けるおぢさん。

 

小さく舌打ちをして大きく溜め息を吐いて、値踏みするようにわたしをジロリと上から下へ眺めてから、

 

「じゃあ、ちっとばかし話、聞いてくれるかい」

 

肩を竦めて明らかにしゃーないこいつでもいいか。

と、含んでるのがわかる。

 

どちらかとゆうとバカにされてる気がしないでもないけど何分初心者だしわたしわ。

なんだ、失礼な奴だなっ!

ってとこはあるっちゃあるんだけど、クエストは欲しいしー。

 

何より金が、グリムが欲しい。

 

今、わたし何とも言えない顔してる自信がある。

 

「僕はトラケスってんだけど、仕事も残ってるのに素材が足りなくなっててな」

 

驚きの事実、おぢさんがおぢさんじゃ無かった。

その髭はなんだ!その髭が全部悪い。

髭を伸ばすなよ紛らわしい。

 

トラケスが言うには、素材が無くなりそうだから取ってきてくれる人を探してる、トラケスは仕事をしなきゃなんないから素材を取りに行けないって。

 

追加の素材を買い付けに行った店主が、王都に行ってて帰りがずれ込んでる所為だそうで、クエスト貰う筈がそんな愚痴を聞く羽目になった。

うんざり顔になるまで一通り聞いたとこで、

 

「でなあ。酷くな──」

 

「わたし、引き受けます。」

 

愚痴が長いのと、飽きたので早速このクエストを受ける事にした。

 

何々、染料(赤)と染料(黒)が10ずつ。+出来高。

報酬は1万グリムと。

……へぇー、出来高…………だって?

 

「出来高?」

 

「ただのガキじゃないにしても、ガキが行っていいとこじゃないのはわかるな?

でも素材は欲しいからたっくさん持ってきたらそうだな、僕がお前に服を下ろしてやるよ。それが僕が感謝してお前に支払う出来高分だい。いいか?グランジは危険だぞ。気を付けろ、絶対倒そうなんて無茶すんなよ?」

 

トラケスはわたしの服をジロジロと見ながら。

 

まるで、こいつ服作ってやりゃそれでいいだろと言いたげ。

 

はい、その通りでふ。

出来高で卸してくれるってゆー革服ホント欲しいし絶対頑張っちゃいますよ(笑)

バレちゃってるな、見透かされちゃってるなー!わたしの心のなか。

 

10ずつって事はほんとに足りなくなったんだ。

それで、間に合わせにでもいいから素材が欲しいんだね、きっと。

 

頑張れば出来高って頑張らせようとしてるじゃん、魂胆見え見え。

そいやー、なんか言ってたね。

 

グランジ?に気を付けろって。

何だろ……?グランジ?

 

わたしはクエストを受けると、ホクホク顔で東門の前に立っていた。

 

行き先はマトーヤ洞窟。

 

氷の川に行く前に転移したとこだ。

 

…………ん?転移したとこか、それじゃあ……と、思い直し、酒場にヘクトルかシェリルさんを探しに行くわたしがいた。

 

此れくらい頼っても嫌な絡まれ方はしないだろうし、ヘクトルだった場合1も2もなく投げてくれそうだしね。

 

 

 

 

 

ぐわははははは!

 

飲め飲めー!!!!

 

ぎゃあぁっははははは!!!!!!!

 

 

酒場はドンチャン騒ぎの真っ最中。

 

騒ぎの中心にいるのはシェリルさん。

 

悪酔いが過ぎるんじゃないの…………。

 

テーブルの上に客の誰かを四つん這いにして椅子替わりにしてる。

わたしは知らないけど、きっとろくでもない事に違いないよ、うんうん。

 

シェリルさんに今関わると、とんでもないことになりそうだからヘクトル探そう。

 

えーと、ヘクトルはどこかなあっと、…………あ、居た居た。

 

やっぱりカウンターの隅で、ディアドと何やら何時ものように話してる。

 

「ディアド。シェリルさんをあんなにしたまた放っておいて大丈夫?

それとヘクトル借りて良い?……ちょっとだけ」

 

わたしの声に気付くと、ディアドは視線をヘクトルからシェリルさんに一瞬変え……。

やれやれと言いたげな表情に変わってわたしに、

 

「街の英雄に、降りろなんて言えないしぃ、椅子になってる奴が泣いてたり、止めてくれって言うならともかく。あれ見てな、鼻伸ばしてさあ……。……あ、どぞ」

 

「俺をモノみたいに言うな。で、なんだよ?」

 

ヘクトルはミルク割りですか。

白い酒がジョッキに注がれている。

 

いや、そんなことはいい。

シェリルさんの周りもさっきより盛り上がって、脱げ脱げとかカオスな方向に一段と騒がしくなってるけど……。

 

そんなことわたしが無視していれば、見てみぬフリをしていれば関わることも無いのでどーでもいい。

どっちかゆーと、あのノリは怖い……身の危険を感じてしまうね。

 

「マトーヤに行きたくって。それで……」

 

わたしがお願いしてる途中でメニュー画面を弄ってるのだろう、ヘクトルの右手の人差し指が忙しなく空を切る。

 

アイテムを取り出すと、全部聞き終わってないのに何も言わずにカウンターの上に置いて、ディアドと世間話に戻ってしまうヘクトル。

 

ディアドがもういいの?

と聞いてくると、いいのいいからと返して。

 

わたしはイラナイ子かー?

 

違うよね、ヘクトルは深読みして、解ってくれたんだよね?

 

初心者が強くなった気になって、で洞窟に行きたいんだって言ってるから行かせてやろうってコトだよね♪

さすが、ヘクトル。

わたしが言わなくてもわたしの心の声を感じてくれて、それっぽく理解してくれちゃって♪

 

いや、ポジティブに考えてもヘクトルをいい奴に変換できないなあ……そんなわけあるかっ……て。

頭を過ってく。

 

今、わたし邪魔なん?

 

……ま、いいや。

ヘクトルは平常運転だよ。

うん、うん。

いつも通り。

 

転移アイテム有り難く使わせて貰うよ、じゃあねー。

 

◇マトーヤ洞窟を使うとあっとゆーまにそこは洞窟の前。

 

転移アイテムってしゅごぉーい!!

 

メニューでマップを確認。

あ、街の東に結構来ちゃってるや、歩いたらシンドイかも……。

 

氷の川の時は皆急いでたし、じっくりマップ見たり出来なかったから、一応氷の川らしき川の位置も見てみるけど。

 

マップ上じゃ、街から直接氷の川へ行った方が速かったんじゃあ…………。

あ、川が凍ってた地点が入り口って事だから、マップ見て川と近くても実際は違うのか、なるなる。

 

ふーん、川の水源の裏側にもダンジョンあるじゃん。

 

ま、今は目の前の洞窟かな。

クエスト完全達成してお礼貰うんだから!

 

マトーヤ洞窟は入り口から含有鉱物のせいか壁の色は青銅色。

その壁のあちこちに生えてる苔のせいなのか天井部分からうっすら光っている。

 

と、言ってもカンテラが必要ない訳でもないので、カンテラに蝋燭を刺せるだけ刺して、それとは別に一つに火を付ける。

 

ぷちファイア。

 

刺せるだけ刺したのはメニュー画面から取り出すのも手間だしね。

 

 

 

仄かな灯りを放つカンテラを手に、手探りするように初めての独りダンジョンに足を踏み出した。

 

わたしがここで狙うのは、染料の材料になる苔の採取orビーンズ赤とビーンズ黒から直接染料を泥すること。

 

苔だと100単位必要との事から直接染料(赤)or(黒)が欲しい。

でも、苔なら其処ら拾に生えてるので合わせて採取も頑張っちゃいますよ!

 

目指せ!下ろし立ての革服。

 

採取を頑張っちゃう、とついつい奥に移動しちゃうけど気にしない。

 

ビーンズ赤は初心者に毛が生えた位でも楽々倒せるらしい。

疑問なのは苔を食すから染料を泥するのかな?ってコト。

 

早速バトりたいとこだけど、ごわ服で来ちゃったから装備を整えてっと一応ね。

 

ヘクトルと塔に行った事はあるけど、入り口でじっとしてただけだし。

少し、緊張してきた。

そして採取に戻ろうと洞窟の壁に振り向くと早速、居た。

ビーンズ赤!

 

「ぷちファイアっ」

 

うにょっうにょっと動くか動いてないのか解らないくらいにしか近寄ってこないモンスターを狙って唱えるとシュウっと燃え上がり、見た目10㎝程のビーンズ赤はジュウウウっと蒸発する。

 

楽勝楽勝!

 

でもってこれが群れになると、

 

「ぷちファイアっ!ぷちファイアっ、ぷちファイアっ、ぷちファイアっっ!!このっ。このこのっ」

 

面倒で仕方ないのでスリングも併用する。

群れを殲滅すると、床にはオレンジのような染みがいっぱい。

 

その染みみたいなものはビーンズ赤の残骸で。

ここから、この中から泥アイテムを探すワケ。

 

結果はスライム液が沢山と、染料(赤)1つ。

…………足りない。

 

どんどん来いー、ビーンズならサクサクだよ。

 

ビーンズはスライムの一種…………と、言うよりはスライムを一回り小さくしたらビーンズに分類できるらしくって。

 

スライムは無機物なモンスターで、初心者が狩りやバトルに馴れるのに最適。

色々バリエーションがあって強いのも居るけどNOLUN―――ううん、ノルン世界では弱い方に分類される。

スライムが意思を持って喋って、人と仲良くできる世界もあるみたいだけどノルン世界にそれは当て嵌まらない。

 

スライムはスライム、本能だけのモンスターでしかない。

でも、少なくともビーンズ赤は染料(赤)を体内で作って人に役立ってる。

モンスターが望むと望まないと関係なく、……だけど。

 

それから群れに2、3度出会すけども染料(赤)は1つ増えただけ。

先は長いなあ。

 

それにしても、ビーンズ黒はちょっとだけ固いってトラケスに聞いたけど、まだその姿を表さない。

 

入り口付近のビーンズ赤は殆ど殲滅したのかビーンズ赤すら姿を見えない、今は。

 

しょーがないもう少し奥に行こうか、行っちゃいますか。

 

 

 

 

少し進むと脇道が見え、ビーンズ赤もちょこちょこ蠢いているのが確認できたので、ビーンズ赤を殲滅してから脇道を覗き込む。

 

「黒いの居ますかー?黒いの居ませんかぁー…………」

 

脇道は人の手で掘られていて、壁の色が洞窟の色と違い茶色。つまり、土肌のままで等間隔に柱で補強して崩れないようにしているのが見て解る。

 

脇道に興味を引かれたけど一先ずこのまま進む事にした。

奥に歩き出してしばらく進むと壁の向こうから低い唸り声が。

 

見ると、ゴブリンの巣なのか石組みのテーブルだったり椅子だったりがあってゴブリンが1、2・3・4・5…………5?

 

5匹だって、5匹も居るよ、ヤバイ!

 

1匹ならまだやれるよ?わたしだって。

 

でも、5匹をいっぺんに相手するのって南門の戦闘で経験上、わたしなんかにはまだ無茶だって解ってる。

 

早くすぐにここを離れなきゃ。

あ、気付かれた!

 

此処で焦って。

奥に逃げちゃったから大変なことに。

……なっちゃったんだよなぁ……。

 

 

 

散々逃げ回って振り返るとそこには、気味悪い笑いを浮かべたゴブリンを乗せたでっかい牛みたいな猪見たいな、モンスター名・グランジ。

 

グランジ?

聞いたことあるな。と、頭をよぎったけど思い直し駆け出す、全速力で。

 

 

 

 

んっ…………………………はあ、…………はぁっはぁっ……。

 

力いっぱい走ったから息が上がってきてしまう。

 

慌てて走り出したから気づけなかったけど……。

この奥って膨らんでいて、右側には脇道が掘られて居るけど行き止まりになっている。

 

ヤバイよ、グランジはすぐ後ろに迫ってるのに。

 

どうする?どうする、どうするわたし!

 

追い詰められて、どうする事も出来なくなったわたしの心臓は早鐘を叩いてるみたいに音は大きくなり鼓動は早くなる。

 

あ、……終わったな。

グランジが目前に迫る。

その時だ。

 

 

 

ドンッッッ!!!

 

土肌の壁が何物かに壊され崩れた。

その向こうに現れた姿は何と言っていいのかな。

 

リザードマン、は違うしなあ。

人の形は取ってるけど人じゃない、明らかに混ざってるけど何が混ざってるのか一目では理解出来ないとゆーといいのか。

 

わたしの目前に迫ったグランジは、急に現れた何物かに獲物を変える。

 

ゲーム的にいうならタゲがあっちに移った?

 

何物かは手と呼んでいいのか、ミトン?のような手で握った槍で突如、目の前に現れたモンスターに向かって構え。

 

フロロォォオオオオ!

 

気合いの一声を叫んで槍を突き出す。

グランジはそれを角で弾き、壊れた壁の向こうに駆け抜ける。

 

「大丈夫ですのかー?」

 

何物かがグランジが駆け抜けた隙に、わたしに近付いて話し掛けてきたから正直吃驚。

 

……へんなアクセントの喋り方もそうだし、……まさか、人の言語を話せるとは一見に思えなかったから、口をパクパク。

 

気を取り直すまで何物かもグランジも待ってくれなかった。

やっぱり、グランジがわたしたちを見逃してくれたワケ無いよね。

 

ミトンのような手にグイッと引っ張られ、行き止まりになっている奥に導かれる。

 

あ、もしかして守ってくれてる…………の?

 

低い唸り声と突進が引き起こす地響きが耳に届く頃には、ミトンのような手を持つ何物かはグランジに身一つで特攻を掛けていた。

 

走って勢いをつけて飛び上がると、グランジの上に乗っているゴブリンを槍を横殴りに払って吹き飛ばし、グランジの上にゴブリンの替わりにすたっと乗る、と握った槍を頭上に振り上げそのまま振り下ろす。

 

すると、豪快な悲鳴を上げてグランジは何物かを振り払おうと暴れる。

 

壁に当たってグランジは動かなかった。

 

終った……の?

 

何物かがじわりじわりと動かなくなったグランジに近付いて、突き刺さった槍を抜くと持ち直し、グランジの腹にそのままグサリと刺さった。

 

これがとどめの一撃となり、一層豪快な悲鳴とも断末魔とも言えない叫びをグランジは吐き出して、横倒しにそのまま倒れ込む。

 

終った、今度こそ……。

 

そお思って一息つく、でも視線は張り付いたように何物かを見ていた。

すると、何物かはその場でごそごそと泥漁りを始める。

 

クエストで来た冒険者なのかな。

暫く、その光景を苦笑を浮かべながら見守っていると。

 

漁り終ったのか振り返る。

……うん、なんだろ……。

 

よく見ても解んない種族だわ、この人(?)

カエル人ってゆーのじゃないし、でも爬虫類とゆーかそっち系。

メジャーじゃない種族だと思う。

 

だから、わたしはジロジロ嘗めるようにこの人の各パーツを見てしまっていたんだよね。

 

後から思えば、助けて貰っておいてかなり失礼な態度な奴じゃん!わたしって。

 

「この姿が珍しいのはわかるのかー。私は、ヤルンマタインと言うのかー」

 

「えっと、まずは…………あ、ありがとう。それで、えっと……人類なんですか……?」

 

アクセントのせいなのか見た目のせいなのか言葉につまり、その上ついつい本音が口から零れた。

あ、と思ったがもう遅い。

 

ヤルンマタインと名乗った人は気のせいとは言えないくらい表情が曇って、

 

「ウロロォオオ…………馴れとるとは言え酷いのかー。我々のことはモロー族と言い、れっきとした人類ですのかー」

 

床に手を付いて落ち込むヤルンマタイン。

手を付くときにぺたんと音を立てる彼の両の掌。

 

見た目はあれだけど…………なんだろ、見馴れると可愛いと思っちゃうな。

 

モロー族のヤルンマタインか。

覚えたよ、そうじゃなくても凄いインパクトだけどさ。

 

絶体絶命のピンチを救ってくれたわたしより一回り小さい恩人?ヤルンマタインを見て思う。

 

 

「ご、ごごめんなさいっ!あんまりにも見た事も無い姿をしてるから……」

 

立って。と、手を差し出す。

 

ヤルンマタインは、わたしを見上げてやれやれと言いたげな顔に変わり、出した手をミトンのような手で握る。

 

冷たっ!

 

正直、人類の温度じゃない。

 

で、ゴツゴツと固い皮膚で褐色じゃない赤茶色をしている。

 

「馴れとるのかー。私モロー族は珍しいのかー」

 

喋り始めるヤルンマタインを、見るだけでニヤけてしまうのを我慢しないといけない。

これはある意味ヤバイ。

それでも出来るだけ平静を装い質問を投げ掛ける。

 

「えっとね。ヤルンマタインさん、だっけ。こんなとこで何してるの?クエストで来たのかな?」

 

「やっぱり何か勘違いしてるのかー。私、これでも村一番の立派な戦士のかー」

 

ついつい見た目に騙されて迷子に話し掛けるようになっていた。

わたしは悪くない。

ヤルンマタインの、モロー族の容姿がつるんつるんして幼く見えるのが悪いんだ。

 

って言ってもよくよく見るとやっぱり幼いぞ、ヤルンマタイン。

ゆるキャラっぽい何かにしか見えないもん!

 

「クエストとゆうのはギルドの依頼のというのかー?私、ただいま放浪してるのかー」

 

続けるヤルンマタインは、何とも言えない表情を浮かべながら煙管を取り出す。

 

火はあるかと言うヤルンマタインに蝋燭を取り出し渡す。

ぷちファイアで火を点けると、どうものかーとヤルンマタインはお礼を言うと煙管を火に近付けて燻らせ始める。

そして、ぽつぽつと自分のこれまでを語り始めた、まるで英雄譚の様に。

 

それを相槌を打ちながらうんざりと聞いたわたしが纏めてみると。

ヤルンマタインの語った、その内容はこうなる。

 

強者を求めて村を飛び出た彼は、海を渡り、砂漠を、荒野を越え、山脈を抜けてこの大陸に着いた。

 

人の言葉に苦労しながらも、冒険者のような事をして路銀を稼いで、放浪を続けているんだそうで。

 

でも今はクエストじゃなく儀式のための清らかな水辺が必要なんだって。

 

モロー族は水棲では無いけど、水と切っては切れない関係で儀式は習慣になっているから近い内にどうしてもやりたくって、でも儀式の出来るだけの清らかな水辺がなく彷徨っていたみたいなんだよね、カッコいい風にそういって自分に酔いながら語ってたけど。

 

要は迷子じゃん?

やっぱヤルンマタインって弟みたいだわ。

なんか幼いってゆーか。

 

「うん。わたしも探すの手伝うよ、助けられたお礼もしないわけに行かないし」

 

「いいのかー?助かるのかー」

 

どーせビーンズ黒、赤探して彷徨うことになるだろうし、ヤルンマタインを手伝いながら頑張ればいいかなって思って提案する。

 

丁度煙管を吸い終わったヤルンマタインは少し吃驚したのかケホンと咳き込みながらそう言う。

 

良いよ、良いよ、とミトンのようなヤルンマタインの手を取って歩き出すわたし。

 

結果を言うと水辺はあった。

 

そこに辿り着くまでに、道に壁にびっちり蠢くビーンズ黒の大群を発見して殲滅したことや、少し歩いては苔を採取するわたしをヤルンマタインが難しい顔で見詰めていたことや、洞窟の奥に行くに連れゴブリンが増えたことや、あれやこれやを含めてヤルンマタイン居てくれてホント良かったー。

 

感謝感謝と思ったことなど追記してみる。

 

水辺にじわりじわりと近付いていくヤルンマタインを見て。

 

感動しているのかな?と思ったけどそうじゃなかった。

 

彼は履いていた革のブーツを脱いでいる。

そうすると何が見えるかと言うと足が、足の指が見えるはずの処どうみてもヒレじゃね?

 

と言えるようなものが確認出来る。

じわりじわりと歩くのはモロー族の特徴なのかも知れないと思った。

 

水辺につくと…………ん?準備運動してないか?

 

わたしの知る限り準備運動に近かった、その時のヤルンマタインの行動は。

 

足を持ち上げ宙で回してみたり、首をグリグリ左右に振ったり、ミトンのような手をくるくる。

 

これは…………。

可愛いと言うかコミカルと言うか。

 

そして準備運動を終えたのか、着ている革の鎧や具足などを外している。

 

うん、コレたぶんいや、絶体!泳ぎに来たんだよね、ヤルンマタイン。

 

そう思っている間にも彼は水辺に姿を消した。

 

ばしゃばしゃばしゃ!!

 

そして聞こえる水音。

おー、クロールしてるじゃん。

 

と思ったらふつーにヒレで平泳ぎに切り返し、次は体を持ち上げながら泳ぐ。

ああ、バタフライかー。

 

習慣にしてる儀式って……コレ?

 

ジム通いのサラリーマンかよー!

 

一通り泳ぎ終えると、岸辺に上がりふぅと一息吐いて寝そべるヤルンマタインを見て、正直な心の発露を言葉に出せないわたし。

 

どこで習うんだよ?

特にバタフライなんてさ。

何てことを頭の中で実況してる時ふいに、

 

「気持ち良いのかー。お前も儀式に参加しないのかー?」

 

誘わないでよー。

そりゃわたしだってね、泳ぎたいし水浴びもしたいですよ?

 

でも水着も持ってないし、変わりになりそうなのはパジャマくらいだけど…………ん?そう言えば引退していったフレから貰った愛用装備の中に水着みたいの無かったっけ。

 

思い直し、急いでメニュー画面から装備を探す。

水着だったらいいなあと思いながら……。

 

 

 

えっとね、コレかな?

…………あー、やっぱりかあ。

エリクネーシス、…………装備制限45!

 

こーゆーオチだよ、やっぱり。

 

45てことはヘクトルより強くならなきゃ装備できないじゃん。

 

いやいやいや、水着みたいだったら何でもいいのか?わたし。

 

よく見たら……。

かなり際どいシルエットをしてるエリクネーシス。

 

ちょ、お尻のとこ!

てぃーバックだし、背中はほぼ紐だし。

 

ゲームと割りきらないと着れない、着れないよこれ。

 

あ、シェリルさんに貸してあげようかな。

今度ここ連れてきて泳がせてみよう。

 

どんだけ、恥ずかしい格好なのか自覚できるし、わたしが。

そうしよう、それがいい。

 

固まって考え込んでるわたしを見ていたヤルンマタインが一言、

 

「私、シャツ使うのかー?」

「…………あっ、はい。貸してくれるといいかな」

 

頭グルグルしてたわたしは変な喋りになりながら返事を返す。

 

これと言うのも、際どいシルエットのエリクネーシスを着た自分を想像して頭ボンってしてたせい。

どーせ装備できないのにね。

 

ヤルンマタインの替えのシャツ、柔らかい。

 

何これノルン世界じゃ高級品だったりするんじゃないの。

勝手に思ってた。

ヤルンマタインが、

 

「それ、スクイッドの皮膚のシャツのかー」

 

何の気なくそう言うまでは。

スクイッドってなんだっけ、モンスター?

これ、確かにぬるぬるしてる。

それに、ゴムっぽいなあ。

 

水浴びもしたいから装備をBOXに片付けて着替えると。

 

ああ、まるで皮膚の一部みたいにわたしにくっつく。

下着代わりの『ただの布』まで外さなくて良かったじゃん?

 

ありがとう、使わせて貰うね。

と、軽くヤルンマタインに挨拶してから水際にまで行って、まずはばしゃばしゃと体を軽く濡らして、よっしゃ!久しぶりにやるぞと気合いを入れてクロールをする。

 

あれ?見間違いかな。

目の前に人が居る気がする。

 

「──!気を付けろのかー」

 

ここは地底湖。

叫ぶが早いか水に飛び込む、増えた気配に気づいたヤルンマタインの声が山彦の様に回りの壁に反響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




この頃って量は書けてたなーって懐かしく思っちゃいました…


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チュートリアル1

一学年上の近所のお姉ちゃん。

 

 

遊ぶのはいつも一緒で、

 

中二の夏休みに引っ張って行かれたネカフェに。

 

 

それは有った。

 

 

「葵ちゃん。新しいゲーム?受験いいの?三年でしょー。」

 

 

 

 

葵ちゃんは1学年上のお姉ちゃん。

 

 

何をやるって時にも、

 

独りっ子で暇だからか、

 

わたしを連れ出して遊んでくれた。

 

 

 

わたしには妹、

 

要るんだけどね。

 

 

丈も袖も短い服を小さい頃から変わらず好んで着てて、

 

男の子みたい。

 

 

 

 

 

中学に上がってからは明るいブラウンに髪を染めた。

 

わたしは優等生、

 

家でも学校でもそつなく演じてたから。

 

 

羨ましいかった?違う、

 

どこか憧れていたんだ。

 

 

わたしは成れないから、きっと。

 

 

葵ちゃんみたいには。

 

 

 

 

 

ネカフェのロビーに幟や、

仕切りに囲まれて鎮座しているわたしより大きな青の球体。

 

 

「だからぁ、休みの間だけだってば。だからねぇ、りんこぉ。」

 

葵ちゃんの両手に右手がすっぽり包み取られて、

 

ぎゅぅっと握られた。

 

 

「一緒に行こう?」

 

 

期待に満ちた、

 

葵ちゃんの瞳に。

 

 

射ぬかれてわたしの心は決まった。

 

 

「しょぅがないなぁ、葵ちゃんは。理解ったよ一緒に行こう!」

 

 

 

 

にっこり微笑う葵ちゃんは面倒な手続きをサラッと、

わたしの分までこなして順番を取る。

少し待つ。

 

 

葵ちゃんの番が来てわたしに手を振ると、

 

「先に行って待ってるよ。すぐ来てね。」

 

 

期待に弾んでいた葵ちゃんの顔が急に曇って、

 

唇を真一文字にギュッと結ぶと不安そうに口を開く。

 

「うん、すぐだよすぐ。」

 

わたしは頷くと葵ちゃんの手を離した。

 

その時わたしは葵ちゃんにまた流されてるな、

 

なんて。

 

 

思ってた。

 

 

葵ちゃんに遊びの誘いを受けると、

 

断れない。

 

 

葵ちゃんの後ろをついて歩く、

 

そんな毎日だった。

 

 

だから、

 

深く考えないで葵ちゃんのお願い、

 

聞いちゃった。

 

 

 

 

少し待つ。

 

 

わたしの番が来た。

 

 

「ブースのコクピットに入って。」

 

 

 

 

球体はそのままがヴァーチャルシステムらしいんだけど、

 

不安感。

 

 

期待もある。

 

 

待ってる間に葵ちゃんに聞いた話だとフルダイブだから、

 

まるでその世界に自分が生まれたみたいな感覚を味わえるみたいなんだ!

 

 

 

 

 

店の人に促されて、

 

青い球体の前まで歩いた。

 

これでRPGをやるんだ。

 

 

勿論、五感全て持っていける訳じゃないから、

 

匂いは解らないし、

 

触った感覚もまだ開発中。

 

視覚は360°確保されてて、

 

聴覚もはっきりクリア。

 

 

まだまだ開発中の部分も多いけどリアルを追求していってるんだって。

 

 

コクピットに入って4点式ベルトを装着する。

 

 

店員の声が聞こえる。

 

「セッティング出しますからー、目を閉じてリラックスして下さーい。」

 

 

 

目を閉じる必要あるの?

 

ドアをトランクを閉めるみたいに、

 

上から力一杯店員が押して閉じると、

 

急に球体の壁面が沢山の四角型に変わってウワンウワンと輝る。

 

 

天と地が無くなった感覚になって不安に包まれる。

 

 

だからがっちりベルトで固定されるんだね、

 

吃驚してブースの壁に頭をぶつけて怪我しない様に。

 

 

球状にわたしを包む四角型の群れは、

 

一斉に光り輝くと次の瞬間、

 

わたしは浮遊感を感じて上下理解らないまま闇に飲み込まれた。

 

 

 

我に返って気づくと───

 

 

 

 

地平線の無い草原に一人立ち尽くしていた。

 

 

すぐ、

 

どこから徒もなく少年の声が聞こえた。

 

 

「ようこそ。NOLUN───製品版へ。僕はご案内をさせて頂きます。イーリスです。」

 

 

 

「まず貴方の名前を教えてね。」

 

 

声が聞こえた後虚空に名前を書く欄が生まれる。

 

 

フルダイブなのにこんな時だけカーソルなんだ?

 

メニュー画面が強制的にクイックアップされて、

 

メニュー画面の下にはキーボードが用意されていた。

 

今後も何かに使うのかな。

 

 

イーリスの姿は無い、

 

急かされる訳じゃないからゆっくり決めよう、

 

と思って気付いた。

 

 

すぐ来てね。

 

 

葵ちゃん言ってたっけ。

 

 

馬淵の『ぶ』を変えて、

 

まぷち。

 

 

うん、

 

きっと可愛いし、

 

葵ちゃんにも理解りやすい。

 

 

決めた、

 

えんたーボタンクリック。

 

その瞬間、

 

またイーリスと言う少年の声が聞こえる。

 

 

「次は髪の色を選べるよ。普段の君から大胆にチェンジだね。」

 

 

 

髪の色。

 

 

ふぅーん選べるのかあ。

 

 

確かに、

 

黒一色ばかりが蠢いてるとゲームぽさで言うと薄い。

 

 

▽ ピンク

 

 

 

ピンク。

 

 

大胆にと言うイーリスの言葉を真に受けてまずはピンクにしてみた。

 

 

すると、

 

虚空にわたしの生首が浮かび上がる。

 

 

「ひぃいっ!!!」

 

 

思わず叫んでいた。

 

 

吃驚した。

 

 

当然だと思う、

 

自分の生首がいきなり浮かび上がるんだよ?

 

しかもピンク色の髪をした。

 

 

こうやって一応確認させてくれるのか。

 

 

ピンクは無いな。

 

 

自分の生首を見ても馴れてしまえば自分の顔だ。

 

 

鏡を見てるのと全然変わらないじゃん。

 

 

いろいろ試した結果、

 

やっぱり見慣れた黒を選ぶ。

 

 

するとイーリスの声が聞こえた。

 

 

「こんな機会は無いよ?ホントにその色でいいの?」

 

こんなの只の自己知能型AIだ。

 

 

AIなんだけど・・・

 

わたしはその言葉に流されてしまう。

 

 

だよね、

 

どうせなら普段絶体に染めたりしない色がいいかも。

 

 

▽赤

 

 

 

赤。

 

 

普段なら絶体に選ばない。

 

 

わたしぽく無い。

 

 

親に怒られる、

 

学校に怒られる、

 

友達に変な顔をされる。

 

 

 

 

だけどここは、

 

ヴァーチャルシステムで作り出された架空世界。

 

 

いちいちわたしの髪の色を怒られる事は無い。

 

 

友達が見たって変な顔をしない。

 

 

わたしは赤い髪に決めた。

 

えんたーボタンクリックでまた、

 

イーリスの声が聞こえた。

 

「ホントにその色でいいの?後悔したりしない?」

 

 

後悔するわけが無い。

 

 

わたしが選んだ新しいわたしなんだ。

 

 

更にえんたクリックでイーリスが喋り出す。

 

 

「次は瞳の色を選べるよ。カラコン要らずで新しい瞳をゲットだよ。」

 

 

 

次は瞳の色かぁ。

 

 

 

 

瞳の色を選べるよって言われても・・・

 

▽黒

 

 

 

うん、

 

黒でいいよ。

 

 

えんたクリックで再び、

 

わたしの生首が浮かび上がるけどもう驚かないもんね。

 

 

もう一度えんたクリックで、

 

イーリスの声が聞こえる。

 

「普段出来ない体験しようよ、ホントにその色でいいの?」

 

 

いちいちわたしの決定に文句を付けてくれるイーリス。

 

 

AIに設定されてるんだろうけど、

 

わたしはその言葉に流されちゃう人だったりする。

 

 

カラコンなんてしたこと無いんだけど。

 

 

「じゃぁ、試してみよう。かなっ?」

 

 

イーリスの声に反応して他の色を選んで見る。

 

 

青、

 

赤、

 

金、

 

ピンク、

 

水色──

 

 

水色いいんじゃない?

 

 

 

 

 

「ホントにその色でいいの?もう他の色は試した?」

 

うん、

 

もういい、

 

水色がいい。

 

 

えんたクリックでまた聞こえたイーリスの声。

 

 

わたしは決めた、

 

水色がいい。

 

 

えんたクリック。

 

 

「次は種族を決めてね。時たまレアな人種も居るからね。」

 

 

 

次は人種だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルフとか?

 

▽ 人間

 

 

 

カーソルを動かして選ぶ。

 

エルフ、

 

ハーフエルフ、

 

有翼人、

 

ドワーフ、

 

ホビット、

 

バンパイア、

 

バンパイア──良いかも。

んー、

 

日中は弱体化します。って夜しかダメなんだ、

 

じゃあNGかあ。

 

 

ワイアー、

 

あ、

 

ウサ耳可愛いかも知れない。

 

 

ウサギの獣人、

 

知能が悪くてすばしっこい。

 

 

バカっぽい。

 

 

んーと──

 

 

いろいろ試した結果、

 

やっぱり人間がいいかな。

 

 

えんたクリックでイーリスの声が聞こえた。

 

 

「次で最後、契約神を決めてね。お薦めは最初のカーソル。」

 

 

 

チュートリアル長いよ。

 

 

葵ちゃんを待たせてる、

 

イーリスの言葉通り最初のカーソルを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽ イーリス

 

 

 

脱力感。

 

 

自分でお薦めしてきたよイーリス。

 

 

うん、

 

でもまぁいっか。

 

えんたクリック。

 

 

虚空に少年の姿が映し出される。

 

 

えーとイーリスだよね、

 

たぶん。

 

 

こっちに向かって手を振ってる。

 

 

わたしは苦笑いをしながら手を振り返して、

 

えんたクリック。

 

 

するとイーリスの声が聞こえてくる。

 

 

「これからよろしくね。」

 

ああ、うん。

 

 

よろしく。

 

 

何かめんどくさくなってきて投げ遣りにイーリスに言葉を投げ返す。

 

 

「準備が出来たよ。NOLUNの世界を楽しんでね。」

 

 

最後にイーリスの声が聞こえて、

 

地平線の向こうに塔が現れ、

 

遅れて大勢の人が現れた。

 

遅れたのはローディングの関係なんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

ローディングが追い付いて来ているのか、

 

だんだん周りにものが現れる、

 

見上げてもてっぺんが見えない塔から始まり、

 

人が、

 

建物が、

 

道が、

 

空に色が着いて、

 

目まぐるしく周りが変わってゆく。

 

 

そして最後にBGM。

 

 

雄壮で壮大な今から始まる異世界ライフを強調する様に。

 

 

あ、

 

ちょっと喧しいかな、

 

要らないかも。

 

 

メニュー画面をポップアップしてBGMをボリュームを下げる。

 

 

おぉ、

 

いいんじゃない?

 

喋りながら通り過ぎて行く緑髪のエルフ、

 

その隣には赤ら顔のドワーフ。

 

 

異世界って雰囲気するね。

 

 

ここから始まるんだ。

 

 

 



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チュートリアル2

ええと、

 

マニュアルは・・・と。

 

 

まずは葵ちゃんを待たせてる筈だから、

 

探さないと。

 

 

メニュー画面の隅にヘルプを発見、

 

早速ヘルプを見てみる。

 

 

ええと、

 

NPCが街中を、

 

フィールドエリア内を歩いています。

 

 

さっきのエルフ達はきっとNPCって言う人だったのかも。

 

 

だって、

 

ユーザーには緑の文字で名前が正面から見ると頭の右上に表示されます。

 

 

って書いてあるけどエルフにもドワーフにもそんなの表示されて無かったもん。

 

 

ポンポンっ。

 

 

道行く人達を目で追いながら、

 

葵ちゃんらしき人を探してたら急に肩を叩かれた。

 

 

「君、僕も初めてなんだけど一緒にparty組まない?」

 

 

何コイツ。

 

 

わたしは違うんだってば、

 

葵ちゃんを探してるんだから。

 

 

暇じゃないんだよ。

 

 

振り返ると短い金髪のドワーフが立っていて、

 

片目がオレンジ色でもう片方は青の。

 

 

オッドアイってゆう瞳だったはず。

 

 

 

 

 

 

「人を待ってるんで。ごめん!」

 

 

わたしはオッドアイのドワーフにはっきりと、

 

誘いを断った。

 

 

するとドワーフは苦笑いを浮かべながら、

 

「うーん。考えが変わるかも知れないし、その人も加えてparty組めばいいんじゃない?ええと、フレンドなろうよ。離れてもchat機能でお互い話せるんだ。携帯みたいなもんね。」

 

 

大袈裟なジェスチャー劇をやってくれたドワーフ。

 

 

まぁ、

 

そう言う機能ならフレンドだけならまぁいっか。

 

 

「うん、じゃあフレンドはOK!partyは相談してから、って・・・これ、押せばいいの?」

 

 

わたしが話してる最中にイルミって名前がポップアップされる。

 

 

『イルミからフレンド申請があります。OK?NO?』

 

 

わたしは積極的だなーこの人と思いながら、

 

▽ OK

 

 

 

えんたクリックをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

良く良く見れば、

 

笑顔に変わったオッドアイのドワーフの頭の右上にイルミと文字が出ていた。

 

 

「これで僕と君は、この世界のどこに居たってchatで話せるんだ。凄いと思わない?」

 

 

イルミのジェスチャー混じりの熱弁に、

 

わたしは首を左右に振って答える。

 

 

NOだ。

 

 

凄いとは思わない、

 

だって電話あればどこに居たって番号を知った相手なら話せるでしょ?

 

「えっと、凄くは無いかな。電話あれば同じだけど凄いと思わないもん。」

 

せせら笑いを含んでわたしの答えをイルミに聞かせる。

 

「地下鉄──電波無かったら電話は繋がらないっしょ。chatならダンジョンの深い所にいても、海の中だって話せるんだよ。ね、そう思えば凄いでしょ?」

 

 

 

いちいちジェスチャーが笑えるんだよなぁ、

 

このドワーフ。

 

 

 

 

 

 

 

「笑い殺す気なの?アハっアハハハハ!」

 

 

「普段はシャイだから僕、こんな事出来ないんだけどやってみたかったんだ、面白かった?良かった。」

 

 

堪らずわたしが吹き出すと、

 

イルミがにかっと、

 

会心の笑みを浮かべて胸を張る。

 

 

こうやってイルミと打ち解けた頃、

 

虚空にオレンジ色で文字がいっぱい現れて浮かぶ。

 

 

のぶなが》凛子ーお待たせ!

 

 

 

 

のぶなが》凛子ー?

 

634 》うるせー

 

じーく 》フレチャ使え

 

・・・

 

のぶなが》ごめん、凛子居ますか

 

「・・・。」

 

あれきっと葵ちゃんだ。

 

 

名前出したら恥ずかしいじゃん、

 

止めてよ、

 

もう。

 

 

 

 

 

 

 

うわー、

 

待たせてる。

 

 

待たせ過ぎちゃった。

 

 

「エリアチャットの連打は恥ずかしいね。早く相手・・・」

 

おずおずと手を挙げながらイルミが喋っているのを中断して、

 

「相手、です。わたしです、きっと。たぶん。」

 

うわー、

 

恥ずかしい!

 

 

葵ちゃん、

 

恥ずかしいってば。

 

 

名前言わないでー、

 

もう。

 

 

わたしです、

 

わたしが悪かったから、

 

謝るから。

 

 

もう止めてよー。

 

 

ア、

 

アハっ、

 

アハハハハ・・・

 

ひきつり笑いをイルミに見られながら、

 

メニュー画面をポップアップ。

 

 

 

 

ヘルプを。

 

 

葵ちゃんにどうにか、

 

名前を出さないで気付いて貰うには。

 

 

ってヘルプを読んでる最中にイルミが、

 

イルミ 》のぶながさん、広場にお友達連れてくので待ってて

 

 

 

エリアチャットを葵ちゃんに向けて返してた。

 

 

虚空に浮かぶオレンジの文字。

 

 

じぃっと見ているわたしに気付いて、

 

親指を立ててウインクするドワーフ。

 

 

うぜー、

 

ドワーフでやると何か厚かましい。

 

 

 

 

 

 

イルミに連れられてお喋りしながら歩く。

 

 

それで理解ったんだけどこの街はカルガイン、

 

皆始めるとここからスタートするんだって。

 

 

イルミもNPCに話し掛けたり、ユーザーに話し掛けて手に入れた情報だったりする。

 

 

一人で取り敢えず外に出たものの、

 

でっかい花のモンスターと戦ってすぐに死んじゃった。

 

 

で、partyを組んでもう一度行こうとまだparty組んでなさそうな、

 

一人きりでキョロキョロしてたわたしに声を掛けて来たんだってさ。

 

 

アハハハハハ!

 

イルミもう、一度死んじゃったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

わたし達が歩くのは、

 

街のメインストリートでもある大通り。

 

 

石畳みの敷かれた広い通りから、

 

幾つも路地が有って覗き込むとNPC達の生活の一部が垣間見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丈夫そうな紐で釣った洗濯物や、

 

窓から吊り下げられた色とりどりの名前の理解らない花と、

 

路地の奥から歩いてくるペットと思ったら・・・何かのモンスターなのかな?

 

ちょっと見たこと無い小型犬くらいのオレンジ色の毛を逆立てたキツネみたいな顔のモンスターをペットにしてるのか、

 

エルフの少女が歩いてくる。

 

 

頭の右上の名前が無いからNPCだ。

 

 

嬉しそうにキツネ顔のモンスターとじゃれながら。

 

 

 

こんな何でもない一つ一つがリアルに再現されていて、

 

ホントに異世界に迷い込んだ錯覚を覚えるんだけど、

 

ふいに掌が頬に触れて、

 

何の感覚も無くてやっとゲームだと。

 

 

手を頬に持っていくのは吃驚した時の癖だった。

 

 

我に返ったら、

 

イルミに袖を掴まれて引っ張られる。

 

 

「ぼぅっとしてたら迷子になっちゃうよ?の、のぶながさんに会いに行くんだろ。広場はもうすぐだから。」

 

 

シャイと言うイルミらしい、

 

迷子になるからと言って手は握れないで袖を掴むなんて、

 

それも指先で。

 

 

 

 

 

 

照れたのか、それからは黙って人混みを掻き分けてぐんぐん前へ進む。

 

わたしはそれでも見る物全て新鮮な、

 

大通りの商店をキョロキョロと眺め歩く。

 

イルミに引っ張られる為、景色は右から左へ流れてハッキリと見えないけど。

 

楽しくて、

 

ワクワクして、

 

ドキドキが止まらなくて。

 

 

自分でわたしは頬がふにふにと弛んでいくのが理解った。

 

 

そんなこんなで広場に着いたみたい。

 

 

イルミが立ち止まり話し掛けて来る。

 

 

「見て、ここが約束した広場だよ。」

 

 

目の前には大っきい噴水。

 

と、噴水を囲むようにテーブルが並べられて、

 

更にそれをぐるりと低い植え込みが囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のぶながさーん、どこですかー。」

 

 

イルミが両手を口許に添えて叫ぶ。

 

 

それじゃ、

 

エリアチャットと変わらなくない?

 

恥ずかしいー!!

 

 

すると、

 

ぽんぽんっ

 

後ろから肩を叩かれて振り向くと、

 

「りんこぉー、大変だったよぉー!何なの?あのチュートリアル。」

 

 

あの、

 

葵ちゃん?

 

だよね。

 

 

そこに立っていたのは、

 

猫?何だろ。

 

 

獣色の強いキャラが疲れた顔をして、

 

わたしを見詰めている。

 

 

「あ、葵ちゃん?」

 

 

「あー、りんこぉー?何その髪の色。」

 

 

あー!

 

やっぱり?それ、言っちゃう?

 

そう言う事になっちゃうと、

 

葵ちゃんの髪はどうなの?

 

白髪・・・じゃないよね、灰色か銀色?

 

 

 

 

 

 

「葵ちゃんに言われるとは、思わなかったなー。それ、似合うと思ったの?」

 

 

わたしの目線を追えば葵ちゃんの髪に辿り着くのが、きっと解ったと思う。

 

 

「あ、これ?これってね、種族に合わせてみたー。わたしホワイトタイガーなんだよ。レアなんだって、さ。りんこぉー、何でゲームで人間なんて選ぶかなー。髪も遊んだんだから、さ。キャラも遊べばいいのにー。」

 

 

うん、そだね。

 

 

わたしも、さ。

 

 

遊んだんだから、

 

遊んだけど。

 

 

ヴァンパイアやワイアーなんかイイなって、

 

思うのもあったのよ?

 

でも・・・決めきれなかったんだよぅ。

 

 

守りに入っちゃったかな?

 

なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰色の髪に紅い瞳の虎の獣人が葵ちゃんだ。

 

 

わたしは紅髪に水色の瞳で人間なんて、

 

外国には確かに居そう?

 

葵ちゃんが凄い遊んでる感あるからわたしはちょっと見劣りするかも?

 

「僕の存在って、そんなに薄いかな?」

 

あ、

 

イルミ忘れてた。

 

 

見れば落ち込んだ風に肩を落として、

 

大きな溜め息を一つ。

 

 

そんなに落ち込むなよぉー!

 

 

 

気を取り直して、

 

葵ちゃんにイルミを紹介する事に。

 

「えっーとっ、こちら!イルミ。今日が初ロっグイン!わたし達とおんなじだよぅ、party組んで欲しいんだって、さ。どするー?」

 

 

 

葵ちゃんもおんなじ様に大きな溜め息を一つ。

 

 

「明日なら、ねー?今、何時間経ってるか解る?チュートリアルもあんだけあったしぃー、いつ帰る?」

 

 

あ、そーだっけ。

 

 

言われて慌てて時計を探して周りを見渡してみた。

 

 

うーん、無いなあ。

 

 

目に付くところに時計を見つけられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してるの?」

 

 

キョロキョロしてるわたし、挙動不審だったかな?

 

イルミが不思議そな顔で問い掛けて来る。

 

 

「んにゃ、時計無いなってね。今、何時かな、解る?」

 

答えたけどキョロキョロ時計を探すのは止めない。

 

 

葵ちゃんまでキョロキョロと辺りを見渡し始めて、

 

「ん?時計なら・・・ほら、やっぱりあった。メニュー画面の隅に表示されてる。今は、16時6分だね。どうする?明日にする?」

 

 

言われてメニュー画面をポップアップする。

 

 

確かに、時計だ。

 

 

 

 

 

 

そこにあるかも知れない。

 

 

とか、思わなかった。

 

 

そ言えば、

 

液晶テレビの画面の隅にも時計あったなーと、

 

思い出した。

 

 

だからか、イルミが気付いたのは。

 

 

「スマホとか隅に時計が表示されてるじゃん。たから、メニュー画面なら時計あるかもって頭に閃いたんだ。」

 

 

無言でイルミの顔とメニュー画面をガン見してしまって、

 

慌てた様にイルミが口を開く。

 

 

「あ、そだね。じゃあ明日って事でいっか。」

 

 

うん。帰り、コンビニ寄るとして夕食の準備も手伝わないとだから・・・えーと?

 

後、1時間くらいかなあ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?・・・これ、OKしなきゃなの?」

 

 

葵ちゃんが急に叫んだので、

 

さっきのイルミとわたしのやり取りを思い出した。

 

 

やりやがった!

 

イルミめ。

 

 

葵ちゃんにも多分、フレンド申請したんだ。と、思ったからイルミの方を見ながら、

 

「葵ちゃん、一応悪い奴じゃないしOKしたげて?気にいらなかったらゴメン。」

 

 

小声で、葵ちゃんの耳に寄せて囁く様に。

 

 

「いやいやいや、約束したんだから。そゆことじゃなくて・・・これ、押せばいいんだよね?」

 

 

「葵ちゃん・・・わたしには見えてないって。」

 

 

「あ・・・そう。」

 

 

メニュー画面は何故か?

 

自分自身のものしか見えない。

 

 

何か製品版になる以前に問題があったのかも知れないね。

 

 

「押したよ。じゃ、今日は落ちるから。明日って何時にインするの?」

 

 

「僕?そーだな・・・10時は?」

 

 

葵ちゃんの問い掛けに少し間を空けてイルミが答える。

 

 

「遅いっ、9時には来い。いいな?」

 

 

10時で良かったのに。

 

 

葵ちゃんはびしぃ!と指差して、

 

ドワーフの鼻先に人差し指を突きだしピンと弾く。

 

 

なんだっけ、

 

確か葵ちゃんの癖の一つ。

 

 

うーん・・・いいや、

 

思い出せないぽい。

 

 

 

「う、・・・うん。」

 

 

ほら、イルミもそんな事されると思ってないから吃驚しちゃってんじゃない!

 

 

まるでそうね・・・

 

鳩が豆鉄砲喰らったみたいに?

 

だっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、朝───9時。

 

 

わたしは起きれなかった。

 

 

遅刻してログイン。

 

 

イーリスが何か話し掛けて来たけどそんなのムシよ無視っ!

 

遅刻したのを謝りにログインを終えて、

 

メニュー画面をポップアップすると11時を廻っていた・・・葵ちゃん起こしてよ。

 

 

のぶなが》こらーっ!

 

のぶなが》遅刻だゾっ

 

 

 

虚空に急に紫色の文字が浮かび上がった。

 

 

解らない事はヘルプを読まないと、

 

わたしは初心者だから解らない。

 

 

メニュー画面をポップアップ、

 

ヘルプをクリック。

 

 

うーん、

 

エリアチャットがオレンジ色で、

 

紫色は、と。

 

 

ふむふむ、

 

あ・・・フレンドチャットだ・・・

 

まぷち》ゴメン。ちょっと、遅刻しちゃった。てへ!

 

のぶなが》てへ!じゃねえ、早く来ないから俺LVあがっちゃったよ!

 

 

葵ちゃん、

 

男の子みたいになってるよ?

 

 

 

 

言葉遣い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな、

 

そんな感じで。

 

 

わたしはそれからも、

 

葵ちゃんに誘われたりしても街の外に行かずにチャットして、

 

広場の噴水で話したり街の商店を冷やかしたり、

 

葵ちゃんに装備を奢って貰ったりして仮想ファンタジー世界ライフを送るのです。

 

 

が、

 

それはまたの機会に。

 

 

その時には・・・

 

 

語る事もあるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュートリアル─────fin.

 

 

 



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地底湖

地底湖は陽の下ほど明るいわけじゃないけど洞窟に比べると驚くほど明るい。何が作用してこんなに明るいのかは知ることはできないけど。広さはちょっと大きい屋内プールくらいで高さは高い所で大体三、四メートルあるか無いかという所かな。その地底湖を泳いで居たわたしの前に突如気配が生まれる。段々とこちらに近づいてくる水面を滑る様に歩く人?まだ少し離れて・・・いやあれは人じゃない。腕に鱗が確認出来る、何だろ?地底湖に人魚、なわけないよ・・・あるある。どんどん近づいてくるその人には尾ヒレをしっかり視認出来た。

 

「助けてください。地上の人の助けが必要なのです。」

 

泣いていたのかわたし達に気付いて泣き出したのか涙を流しているその人は開口一番に1も2もなくわたしにすがり付く。

 

フロロォォオオオオオ!!!

 

ああ、ヤバそうな叫び声が聞こえる。振り返ると近くの岩まで泳いでその上によじ登ったのかヤルンマタインが今にも飛び掛からんと槍を構えて威嚇していた。それを見て、

 

「待ってみて、この人困ってるみたいなの。」

 

落ち着けヤルンマタイン。この人は害意は無いよと手で制止して彼に伝える。ふぅと安心したように一息付き警戒を解いた彼は槍を降ろすと此方に泳いでくる。

 

「ああ、地上の人。ありがとうございます。亀さんを大人しくしてくれて。」

なぬ?亀さんだって?ここに居るのは三人。いや、考える前にせめて足の着くとこに移動しよう。ずうっと泳ぐのは大変だ。近くの平たい岩場に体を休めるようにしがみついて息を整えてから視線をそちらに向けるとその人とヤルンマタインが何事か口論をしていた。

 

「亀さんでは無いのかー。れっきとしたラヌク神の加護を受けた人類でモロー族言うのかー。」

「でも・・・ラヌクは我らニクスにも加護を下さっています。」

「ラヌク様はモロー族の神だぞのかー。」

「亀さん、そんなに怒らないで。えっと、人類ですよ?私達ニクスも、水から上がれば人と暮らせます。あ、自己紹介が遅れましたね。わたし、エウレローラと言います。ニクスです。」「これはどうものかー。モロー族の戦士ヤルンマタインですのかー。」

 

「わたしはまぷち。種族は人間です。」

 

何か流れ的に自己紹介を始めた二人の後に付いて自己紹介をする。エウレローラと名乗った人魚はピンク色の上着と蛍光グリーンとイエローを塗りたくったデザインのシャツを着た、鳶色の長髪を一纏めでポニーテールにしている年上に辛うじて見えるくらいの女子で。まだ泣いているので、興味本意で聞いてみることにする。どうして泣いているんですかと。返ってきた答えは以外だったんだけど。

 

「いいえ?泣いてないですよ。あ、これはニクスの汗です。」

 

汗なのか・・・汗だったのかー。彼女はわたしの問いにもしかして!と思ったのか頬の水滴を指差してそう言う。ヤルンマタインも頷いている。ニクスの涙はもっと綺麗なんだのかーと続けて。えっと疑問はそれだけじゃないんだけどね。

 

「質問。ニクスは人魚ですか?」

「種族でゆうと人類ですが、そうですね人魚と言えます。」

「質問。なんで泳がないで尾ヒレで水面を高速移動してきたの?」

「わたし、・・・カナヅチなんです。・・・濡れるのも嫌だし。」

 

一つめの質問に平然とさらっと答えたのに二つめの質問には照れたようになよなよ動いた上、頬を朱に染めて暫く口をつぐんでから答える彼女。へ、へえ・・・泳げない人魚は一応知ってるけどあれは沫に消えたんじゃ無かったっけ?泳げない人魚がなんでこんなとこに居るんだろ。疲れたのかわたしの居る岩場に近づいてくるとエウレローラはふぅと溜め息を付いて

 

「地上の人なのに泳げるってまぷちさんは凄いですね。それに比べてわたしは・・・」

 

あー、うん。それは良いけどどいて。わたしの上で休まないでー。難しい顔をして呟きながらぬるンっと岩場に乗っかってくるエウレローラ、それはわたしが居るのを無視している。見て見ぬ振りつまりスルーですね、わかります。なんか、困ってるらしいけど助けてやんないんだから。我ながら器が小さいとは思ったけどしょーがない。今のエウレローラの行為はそれに値する。と思っていた時にわたしのある異変に気付いたエウレローラの口から衝撃の言葉が零れる。

 

 

 

「まぷちさん、透けてますわよ。地上の人は露出狂とは聞いていました。何も下に着てないなんて。」

 

わたしを襲った衝撃はどれほどだったか。え?透けてる、って何が。え?嘘・・・見ると決して豊かとは言えない胸も先端の小さな蕾に至っては慎ましやかなりにツンと主張してるのがわかるし、まだ生え揃ってない大事なとこも透けてる、ぴっちと吸い付いてる。思わず、

 

ふわわわゎ!

 

と力無く情けない声が零れる、頭ボンって真っ白になる、じんわり涙も浮かぶ。ああ、これは露出狂と言われてもおかしく・・・いや、おかしいだろ。これは泳ぐためにしょーがなく借りてしょーがなく着て気持ち良く泳いだ結果なんですよ、エウレローラ。決してわたし、エウレローラが軽蔑の目で・・・あ、見てないね。兎に角、露出狂とかじゃないから。事情を話してエウレローラに納得してもらうまで暫く、わたしの方が泣かされた件について。

 

「ダメでしょお嬢さんがそんなカッコしちゃ。はい、わたしの上着を貸しましょう。」

 

納得してくれたエウレローラを連れて照れながら元の岸辺までぶっ飛ばして泳いで急いで只の布切れを巻き付けてるわたし。水面を涼しい顔で移動してくるエウレローラと潜水してそれに着いてくるヤルンマタイン。ヤルンマタインのシャツは水を弾くのか陸に上がって暫くすると全く水滴が落ちなくなる。借りた上着は高級感漂う柔らかい・・・柔らかくない、これもゴムっぽい。もしかしてと聞いてみたらピンクガエルの皮膚のカーディガンだって。ラヌク神の加護を受ける種族はこのゴムっぽい素材を好むのかな。水弾くのがいいのかもしんない。

 

 

 

「そうですね、似合ってますわ。」

「ありがとう。で、困ってるんだっけ。」

「あああ!そうでした、困ってる。あのですね・・・」

 

さらっとエウレローラを許してしまえるわたしって器が大きいわ。彼女何するにも悪気が無いんだもん。何となく許したわ、もう。怒りの火種も小さかったし。彼女の声を聞いてそう思ったわたしは問い掛けてみたんだ。うん、まさかさー。そんなことになるなんて思うワケないじゃん?

 

 

 

 



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まぷち

 

あの後、わたしは望んだワケじゃないのに、街に帰ることになった。理由は簡単。応援が絶対必要と言われたから。エウレローラが言うには、

 

「応援を連れて来て戴ければその時お話致します。」

 

「わたし、まだする事があるので。」

 

「わたしが用意出来るものなら御持ち致します。」

 

わたしは染料を集めに来ただけなのに。渋る答えを返すわたし。それなのに彼女は視線をわたしから離さずにすがるように応援連れて来てください、お願いしますと繰り返すばかり。

 

応援は呼んで来たいけどトラケスの用事もまだ少し残ってるからなー・・・ふとヤルンマタインに視線を移すと、此方のやり取りをスルーして帰る仕度を始めている彼。

ちょ、ちょっと待ってよ。エウレローラがこんなに困ってるじゃん。そう思って見ている間にもザザッと装備を整え、

 

「次の所へ行くのかー。また会える日までさよならのかー。」

 

平然とした顔であっさりこの場を去っていくヤルンマタイン。ちょっとぉ、それはないんじゃない?どうにもドライだわ。

 

エウレローラもわたしも何も言えずに見送る事になった。引き留める間なんてなかったよ。しょーがないか、わたしも用事が終われば帰るわけだし。

 

「用事を手伝ってくれるなら。」

 

「いいですよ、ちょっと待ってね。乾かすから。」

 

あっさり思案する事もなくそう言ってスススッとエウレローラは陸に上がって濡れたヒレや鱗を魔法で乾かすと、

 

「驚かれました?地上の人には驚かれるんですって。」

 

異世界だからと言って、信じられない事が目の前で起こっていた。エウレローラの鱗やヒレが足になって歩いていた。どういう仕組みなのか解らないけど。

 

当たり前の様に立って歩き出すエウレローラを横目に少しの間、固まってしまう。

 

へ、へえー・・・それは皆吃驚するよ。下手するとショック死を起こすかも知れないってば。常識ってなんだろう。。。エウレローラはコテンっと首を傾げ『ん?』と見詰めてくる。

 

「さ、頑張りましょう!用事ですわよね。」

 

妙に元気になった人魚の足元をチラッチラッつい見てしまう。それに気付いてるのか解らないけどガッツポーズをして気合いを入れるエウレローラにビーンズ赤or黒狩りを説明してから歩き出す。

 

エウレローラは修行をしているのかわたしよりも幾分強かった。手馴れた手付きでダガーを扱う横でスリングで漸く仕留めていくわたし。

 

見ている間、終始にこにこ笑顔でダガーを振るう様はエウレローラには似合わなかった。優雅に踊るように敵をあしらう彼女からは駆け離れていたからかも知れないな。ダガーと言うよりはレイピアとか、似合うかもと。

 

結果、1時間くらい狩りを続けて染料(黒)30個に(赤)58個、更に採取した苔もたっぷり。

 

「此方から氷の川に出られますよ。」

 

「ありがとう。明日には連れて帰ってくるね。」

 

ほくほく顔で地底湖まで帰ってくるとエウレローラが地上までの近道を教えてくれるとゆう。他愛無い話をしながら付いていくわたし。

 

どれくらい話していたか暫くすると外から漏れ差し込む光が強くなり地上が近いのだとわかる。エウレローラの指差す方へ歩き出すと川の流れが聞こえてきた。

 

氷の川の下流の袂に出口は繋がっていて付いてきてくれたエウレローラと一時の別れと応援の約束を交わして街を目指して踏み出し、見上げると陽は傾き辺りはすっかりオレンジ色に鮮やかに彩られていた。振り替えると、ある筈のさっき出てきたばかりの洞窟の入り口が跡形も無く消えていた。

 

 

 

 

街が見えるようになるとあちらや此方から夕げの準備なのかも知れない乳白色の煙りが上がっている。外からカルガインを見たことは無かったがぐるりと外壁で囲まれた街は北の方はこんもりと丘になってその袂に天に延びる塔が聳え立っている。上を見上げても容易にはその先は雲に覆われて知ることは出来ない。

 

うわ、やっぱ高ぇわーカルガイン。一つ延びをして駆け出す。帰ってきたぞー。カルガイン!

 

外とを隔てる門を潜ると街はすぐにある。家族が夕げに着いているだろう細々とした住宅が並ぶ区域を抜けると東通りが少し走っていて大通りに繋がる。大通りを、聳え立っている塔に向かって進めば北の広場に出る。北の広場までくればあと少しで着く。

 

目的の店の前には仕事をして無いトラケスが立っていた。侮蔑の視線を投げ掛けるとわたしに気付いたトラケスは休憩だよと弁解してくるので、ありったけの染料と苔を手渡し、どうだと言わんばかりに胸を張ってみる。

 

トラケスは受け取ると快く感謝をしてくれ、報酬は明日朝には出来るから朝来てくれない?と。トラケスと朝、会う約束をして別れると、足早に酒場に居るだろう二人の所に急いだ。

 

広場を離れ人混みの無くなった大通りを南へ走る。タイユランの店の路地を過ぎ更に路地を2つ越えると目的の店のある路地が見え、人の行き交いが増えてくるので走るのを止めぶつからないように歩く事にする。

 

この辺りは大通りにも路地にも道端にぽつぽつと夕食用の露店が出るのですれ違うどの人も人種はエルフやドワーフと様々でも同じ様に露店で買ったのだろう袋包みを下げていた。それを幸せそうに家路を急ぐのか早足で離れていくのを見送るでもなく目の端で追っていた。

 

路地を入ると道端に露店で買ったのだろう夕げを足元に広げて摘まんだりディアドの店で買ってきたのかジョッキを傾ける酔っぱらいども。邪魔だ。

 

でも、ディアドの店の売り上げに貢献しているんだと思い直し酒場の両開きの扉を開き店に入ると、マトーヤに行く前はここがカオスに染まっていた光景があった場所とは思えないくらいに、宴は落ち着きを取り戻し思い思いのテーブルで酒を飲み交わし、世間話に花を咲かせているくらいだ。

 

大きな叫び声も聞こえて来ないし羽目を外した痴女(シェリルさんだけでは無い。念の為。)を見かける事もない、もちろん人間椅子だって見当たらない。何時ものディアドの店だ。それを見て心からそう思った。

 

宴は落ち着いても8つのテーブル全てが埋まっていて満員御礼。立って飲む男女もチラホラ。儲かってるね、ディアド。カウンターに店の主のエルフを見掛けて空いていたカウンター席に着くと談笑の輪の中に見つけたシェリルさんを苦労して呼び戻す。

 

いったい何時間飲んでるの?カウンターの隅がすっかり定位置になっているヘクトルも丸くなって眠たげにしている。視線をくれるとお帰りとだけ、もう目は開いてない。

 

今日はダメかも・・・すっかり出来上がった酔っぱらい二人を見て憂鬱です、わたしは。

 

 

 

 

「―――ってコトなんだ。」

 

ディアドに新鮮な水を人数分頼んで三人で飲み干すと真剣な気持ちで二人に話し始めた。今日見たこと、人魚に足が生えたこと、人魚に応援を頼まれたこと。

 

「ヘクトルは地底湖のクエストって覚えてる?」

 

それを聞いて酔いが醒めたわけでは無いんだろうけど騒ぎの輪から戻ってくる時はフラフラ、表情もヘラヘラしてたのにシェリルさんの顔付きがしゃんと変わり、わたしとヘクトルの間に空いていた席に移動した。

ディアドに空のグラスを差し出し水を要求。ヘクトルもゆっくりだけど動き出す。のそっと上半身持ち上げるとディアドに濡れタオルをこちらも要求した。

 

「ううーん。そもそも人魚が地底湖に居るのは初耳だ。」

 

濡れタオルを受け取ると豪快に顔面を目を醒ます様に拭きながら答える。後は暫く二人の世界しかなかった。わたしは二人の質疑応答を憂鬱にダルさを感じながらシェリルさんの背中越しに聴いている。あー、疲れたなー今日は。今更ドッと来た疲れにダルさに打ちのめされカウンターに突っ伏してしまう。

 

「そうなのよね。じゃあ、人魚の関係するクエストは?」

 

「噂で聞いたのが一つ。偶然発見したのが一つ。」

 

「噂で聞いた方はあれよね?海底城。もう一つは。」

 

「そうだな。もう一つはドラゴンが出てきた。」

 

「ソロで出来る?わたし達でいけるの。」

 

「それはどうかな。そもそもこの辺りのボスをソロなんて。」

 

「ヒーラーが欲しいわね。」

 

「あの・・・」

わたしは。

 

「そうだな、そう言えば酒場にブルボンの討伐隊が顔出してたぞ。」

 

「討伐隊のヒーラー貸して貰えればドラゴン狩りね。」

 

「あの・・・」

 

ヒールと言えばわたし。わたし、ヒールしか無いじゃん。背中越しにわたしわたしと頬に指を差し猛然とアピール。『ん?』と振り替えるシェリルさん。あ、気付いた。わたし少しだけど役に立つんだよ。

 

「早くお風呂入ってきなさい。明日はドラゴン狩りよー。」

 

「あははは。うん。」

 

お風呂だー。と頭の中ではしゃぐ。もう何日入ってないか。カルガインにも風呂は文化としてあるものの。市井に広まって当たり前と言う物でも無いみたい。

 

後ろを見回してもお風呂に浸かった事がある人がどれだけ居るか。酒場の中には20人は居ると思うけど。あっ、でもお風呂なんて昨日まで無かったのに。シェリルさんが耐えきれずに買ったのかな?

 

聞いてみるとテントの隣の家を買ったみたい。へ?さすが成金。金を湯水の様に使いますね。服一着買うのに朝から暗くなるまで走り回ったんですよ、こっちは!

 

だけどお風呂あるなら許す。お風呂入れるなら許す。お風呂浸かれるなら許ーす。ディアドに挨拶をしてから酒場を離れた。まだ二人の会話は続いているみたいだ。

 

「俺は今の内にヒーラー借りれる様に話してくる。」

 

「その人魚の関わるクエストって入り口どこから。」

 

「それがおかしいんだけど、リヴィンス火山。」

 

「今回は違う可能性もあるのね。」

 

「火山から海に連れて行かれたけどな。」

 

「じゃ、わたしも一緒に入りにいこっと。」

 

まぷちが酒場を離れたすぐ後、ヘクトルも銅鑼の音を耳元で聞いている気分のまま討伐隊の宿泊地へ向かおうと立ち上がる。それを更に話題を振って制止するシェリル。話はまだ済んでないと言いたげに彼を見つめ返事を待つ彼女にヘクトルは難しい顔をして返事を返すとカウンターに1万金貨を何時ものようにそっと置き去ろうとする。その背中に更に質問を投げ掛けるシェリル。歩き出していた彼は吐き出すように呟くと左の掌をヒラヒラ振って今度こそ扉の向こうに消えた。ヘクトルを夜闇に見送ると彼女は悪戯を思い付いた子供のような顔に変わりひっそりと呟いて同じように1万金貨をカウンターに放り投げる。ディアドに会釈をして外へふらりと出ると千鳥足で買ったばかりの家へと歩き出すのだった。

 

 

少し時間を巻き戻して、酒場を先に離れたまぷちの元へ。

 

テントの隣の家を買ったって・・・これ、少し壊れてるけどお屋敷じゃないの。玄関は無い、1階のリビングも無い、お風呂どこなのよ?あ、シェリルさんが書いたのかな。壁に直接矢印を書くなんて。矢印に従ってフラフラと廊下を歩く。

 

あった!岩風呂だー。廊下の突き当たり、玄関は丁度正反対に当たる。

元々は湯浅するだけの場だったんだろうタイル地の上に石組みで岩風呂を作ってある。これでも囲みだけじゃない、お湯どうする・・・あ、自分で沸かすのか。

 

見渡すと一連の作業が見えてくる。今からわたしがしないといけないこと。どうやら一度外へ出て薪をくべ、湯を沸かす。充分溜まったら壁に添え附けられたスイッチで岩風呂にお湯が流れる仕組みみたい。

 

「ホントにお風呂だ。ちょっとぬるいかなー。」

 

湯を沸かせて、溜まったお湯をスイッチを押して流し込む。大きなお屋敷に住む友人の家で古いお風呂の仕組みを知っていて良かった。

 

知らなければ薪なんて気付いたとは思えないよ。

 

蛇口から出るお湯とは違った自分で沸かしたお湯に自然と愛着が湧いてしまう。

 

「あー、生き返るー。」

 

一人で入るには充分過ぎる大きさの岩風呂で何の意味もなく両手でお湯を掬う。頭の先までお湯に浸かって、心からそう思った。生き返ったって。

 

「わたしが作って貰ったのよー。」

 

「ひゃうっ!シェリルさん。」

 

甘かった。わたしは今、裸に何かのコラボで運営が配ったスポーツタオルを首から掛けて岩風呂に浸かった状態だ。シェリルさんが一緒に入るとゆうことを頭の隅にも考えてなくて警戒を解いていた。

 

音もなく扉を開けシェリルさんは裸で絡み付いてくる。呆気にとられてる間にやられた。前から揉まれちゃって吃驚して変な声が漏れる。

 

「京でいいってば。凛子ちゃん胸そこそこあるね。」

 

尚もむにむにと揉みしだかれた。

 

「ふわぁぁあ、やめて京さん。」

 

久々のお風呂に受かれていた事もあってあちこち敏感になってるみたい。

 

「呼び捨てでいいってば。京ちゃんも可。」

 

京さん、悪い顔してるよー。弄んで楽しんでる。

 

「京ちゃん京ちゃん、ソコ触らないでぇ。く、擽ったいよぅ。」

 

うなじからつぅーッと指先で撫でられた!

 

「ほれほれ。感度はどーかなー。」

 

お湯に浮かぶ膨らみの中心を摘ままれた!!

 

「や、めてぇー、みや、こちゃんン。」

 

みやこちゃんみやこちゃんソコだめーェッ!!!

 

「敏感なんだねー。うん、止めたー。」

 

京ちゃんに恐怖を感じます!ずりっずりっと距離を取って隅へと逃げる。そこまで広くは無いけど本能で恐怖したから手が簡単に届かないように。やめたと言ってもまた来るんじゃないの。それからは警戒していたからか波が引いたようにホントに何もしてこなかったんだけど。

 

「ヒールだけじゃ詰まんないじゃない?」

 

「うん。」

 

「マナ好きなだけ買ったげるからわたしの女になる?にやり。」

 

体が充分暖まったから綺麗にしようと洗い場に座り、石鹸を泡立てていると急に後ろからマナの事を聞かれたから頷いて答えると、そんな事を言ってわたしの精神に極大の爆弾を落とす。わたしの女にならないか?女同士ですよ、ええ。知ってますよ?わたし、京ちゃんに獲物に見られてるのは。

 

「ちょ、」

 

「凛子ちゃんの反応可愛い。処女、ね。処女でしょ。」

 

「・・・」

 

気配に座ったまま振り替えると何も身に纏ってない素の京ちゃんが引っ付いてきた。悪戯っこみたいな笑みを湛えて。思わず叫んでしまう。彼女は口撃の手を休めたりはしない。もう黙るしか無かった。逃げ道は無い模様。わたしは真っ赤になる顔を見られたく無い一心で両手で覆う。それが不味かった。

 

「あ、わかった。わかっちゃった、図星・・・なんだ。」

 

「わたしはノーマルですぅ。も、出る!!」

 

 

ああそうですよ、図星ですよ。京ちゃんを引き剥がすと、値踏みするような視線でわたしの全身を嘗め回す。すると、くぷぷと漏れ出る笑いを殺すように手で口許を押さえる京ちゃんに嫌なトコ指摘されて頭にかぁーッと血が昇るのが解った。ビンタを考えたけど抑えたわたし偉い!手桶に湯を掬って洗い流して一刻も早く風呂場から離れたかった。

 

京ちゃんの事嫌いじゃないけどそれはそれこれはこれ。割りきれるかそんなの。

 

 

「マナじゃなくて、じゃあ服だったらどぉ。にやり。」

 

「―――知らない!」

 

畳み掛ける様に京ちゃんはわたしの弱点を探るように言葉の食指を巡らせる。くっ、やっぱり気づかれてた?着る服が無くて困ってるの。後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる。誘惑にまだ負けちゃ居ないです。頑張れわたし。

 

 

「あ、あれは落ちるな。凛子の・・・むふ、むふふ。」

 

 

後には小悪魔と言い表すしか無い京の素の笑い声が風呂場に響き渡っていた。

 

 



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夜は更け行く

屋敷の岩風呂を堪能した後で体を拭いて用意したパジャマに着替える。堪能出来たのかな・・・

 

京ちゃんが邪魔して来なかったら良かったんだけど。中から嫌な笑い声が聞こえて悪寒が走る。また悪い事を考えてるのかな、わたしに関係ないことだといいな。

 

など思案している内に着替え終わったので屋敷を見て回ろうと思い付き脱衣室を後にする。

 

屋敷はざっと見て回った所、洋風で作りはしっかりしているが装いに拘った等と言う事は無く意外とシンプルだ。

 

商人の持ち物だったのか広い倉庫が屋敷内に2つもあるのは変わってる点かな。2階の広い踊り場にはテーブルと2脚の凝った椅子がありここはサロンに使われていた事がわかる。

 

在りし日は御婦人達が茶を楽しんだだろう光景がありありと浮かぶ。

 

2階にもリビングは有ったが半分は襲撃を受けたのか剥き出しになっている。直して貰わないと底が抜けて落ちそうだ。このリビングは元々から壁が無くて柱だけで支えられてるから尚更。後は開けてない部屋が幾つか。でもどれも寝室か物置じゃないかな。

 

南側は襲撃を受けた時のダメージで1階も2階も直さないと住居に向かない。北側は大丈夫だけどそれでも部屋数は限られてしまう。と思っていると下から話し声が聞こえてきたのでわたしも下へ降りることにした。

 

降りると壊れたリビングで無事だったソファにゆったりと、半裸で座って寛いでいるシェリルさんと、無事だった椅子に背受けを前にして、もたれ掛かって話しているヘクトルが目に入る。気付いて手招かれたのでわたしもソファにもたれ掛かって座る。

 

今居る1階のリビングは南側の壁面も無く半分は床も瓦礫が散乱しているのか壊れたままなのかわからない程で、元の持ち主が調度品も持ち出さなかったのか乱雑に北側の隅に押しやられている。無事だったのは今座ったソファといくつかの椅子と燭台を置く引き出し付きの台座ぐらいで。

 

燭台に蝋燭は灯っているけど、4隅に取り付けられた魔光の明かりの方が明るい。グロウのマナの欠片を使った物なんだって。

 

「で、ヒーラーは用意してくれるっのかなー?」

 

「隊長がヒーラーらしかったけど、ダメだと。」

 

「あっ、ダメだったんだ。」

 

「経験は無いような者で良ければって話は貰ったけど。」

 

「居ないよりマシなら連れて来ましょ。ブルボンに居たら出来ない経験させたげるって言っといて。」

 

「おう。」

 

もう二人の話は半場終わっていてシェリルさんが何処からか手に入れていた煙管に蝋燭の火で点けると燻らせながらヘクトルが討伐隊から初心者のヒーラーなら貸し出せると言う報告を聞いていた。少し残念そうにベテランのヒーラーが同行出来ない事を聞き返している。出来ない経験をさせるってどういう意味でなのかな?気にはなるけど怖い。

終わるとヘクトルは一つ延びをして左肩をトントンと叩くとリビングからそのまま外へ歩いていく。まあね、玄関有って無いような感じだし。煙管を吸い終わるまでシェリルさんはここに居るらしいのでおやすみの挨拶を済ませると1階の客用に作られた寝室に向かった。

 

》》》》その夜》》》》》

 

違和感に薄目を開けると右手をヒラヒラさせてにこにこしている京ちゃんが視界に映る。隣も寝室だからそっちを使えばいいのに、もぅ。

 

疲れて眠いんだからおこさないでよぅ。再び夢の世界へダイブするわたしを引き留めようと肩をゆさゆさと揺すられる・・・

 

ふぁあ、なんなの。意地でも寝付こうと踏ん張るけどやっぱりダメね。京ちゃんは何の遠慮も無くわたしの胸を揉みしだいて覚まさせようとする。薄目をまた開けてはね除けようとすると、

 

「ね、凛子ちゃん。」

 

「な、何ですか。」

 

胸を揉んでいた掌が一度離れ、彼女はわたしにのし掛かって来る。京ちゃんの生息が頬を撫でる。近いぃ、近いってばぁ!

 

「そんなに緊張しないでよー。」

 

にんまりと笑って耳元で優しく囁く。月灯りに照らし出された彼女は本当に神秘的で瞬間的に息をするのも忘れるくらい美しくわたしの瞳に映った。

 

「いちいち触らないで。すぐ、・・・触る。」

 

「だって、みやこ寂しい・・・」

 

夢なのか醒めているのか解らない瞬間が在ったものの神経が教えてくれる感触によって現実なのだと理解する。わかったわかったから、目醒ますよ。て、寂しい?

 

ほんのさっきまで怖いくらい綺麗に映った京ちゃんが今は幼子に見える。目の前の幼子は終始胸をまさぐってくるんだけどね。

 

「―――この手は?。」

 

「?、おっぱいだよ。」

 

胸をまさぐって来る手を掴んで両膝を立てて起き上がろうとした途端に京ちゃんが倒れ込んで胸に顔を埋める。狙ったな、狙ってやってる狙ったかー。

 

恥ずかしいよりもワナワナと感情が高ぶる。この頃には完全に目が醒めていた。コテンっと首を傾げて『ん?』と見詰めてくる京ちゃん。あざとい・・・

 

「んっふっふぅ、やぁめてー。」

 

急に悪戯っぽい表情に変わると脇、脇腹、おへそ、太ももと移動しながら擽り始める京ちゃん。フィニッシュには足の裏をこねくり廻すように擽ってきた。わたしが笑うのを我慢してるとこがツボったのか突然ケタケタと笑い出して、

 

「はーい。そーだ、凛子って初心者のままレベル最近まで1だったんでしょ?ステポ振ってないんじゃない。」

 

素直に擽る手を止めてくれた京ちゃんが笑い過ぎて溢れた涙を掌で擦りながらふいに重要な事を口走る。何だそれー?

 

 

「みやこちゃん、ステポって?」

 

「ふふふ、じゃあステポに付いて教えるわ・・・」

 

ステータスポイント。通称ステポ―――レベルが上がる毎に3ずつ増える。他に特定のクエストとメインシナリオの達成でその度用意された分だけ貰える。10貰えるシナリオがあったり1しか貰えない事も。手に入れたステポを各ステータスに振り分ける事でそれだけ強くなる―――と、言うことらしい。シナリオ手付かずです。クエストはこっち来てからしかしてないからステポは貰えて無いかな?

 

「もしかして、ヒール効果上がったり。」

 

「うん、回復量は増えるよー。わたしは魔法剣士に誇りを持ってるからヒールは他人任せでよく知らないけど、きっと。」

 

少し考えて気になった点を問い掛けて見た。ヒールが強力になればきっと今よりもっと皆の役に立てる。横目で彼方に視線を向けながら京ちゃんはちょっと思案して後半は眉を歪めて困りながら答えた。

 

魔法剣士と言っても成り行きで剣持つ事になっただけで魔法がメインなんだからねと付け加えて。

 

「あとさ、りんこの契約神てなぁに?」

 

「えっ、・・・うーん。」

 

『契約神』という言葉に本気で眉をしかめ考え込む。サポートするとか言って一度も出てきてないから誰を選んだのか正直忘れてしまっていた事も付け加える・・・

 

「まあ、街にずっと居たんなら『降りて』来て冒険のヒント貰ったりなんて無いから忘れちゃうか。」

 

「・・・チュートリアルそのままで始めちゃったら。」

 

なるなる!契約神、街にいたままじゃサポートに出てこないみたい。それ書いてなかったよ、マニュアルに。思案を巡らせ黙っていると何時の間に動いて来たのかフォローの言葉を呟きながら京ちゃんが真横に居る。

 

なんとなくチュートリアル思い出した。カーソルを動かしてちらりと説明を読んで、たくさんの契約神の中から選ぶとか出来なくなり・・・結局、最初の契約神を選んだんだった。アカウント削除も無いからやり直す事も出来ないまま今に至っている。

 

「!良かったじゃない。人間+イーリスは隠しスキルあったはずだよー、確か。」

 

「へ、へえー。ヘクトルにも後で聞いてみよ。みやこちゃんは氷・・・だよね。」

 

隠しスキルってエクセ・・・みたいな強力無比な必殺技の事だろうか。エクセってあれだけ凄いのに1段階なんだって。特に気にもせずに京ちゃんの契約神に話題を振ってみた。ヘクトルの契約神も知らないな。

 

 

「うん!氷の女帝アルフザルド。ハイランド行けば必ず会えるけどね。契約神一せくしーだったから決めたんだ。」

 

にこにこ笑顔で京ちゃんは答えてくれる。決めた理由それ?実に京ちゃんらしいとは思うけど、普段の言動から察するに、生き方ってか生活スタイルからどっちかてゆーとそっちだもん。

 

そのやり取りが切っ掛けで夜も深いんだろうけど、NOLUNのあれこれを話し合うことになっていく。

 

「クエストの解放は早かったけど、移動範囲は狭かったって聞いたよ?」

 

「フィールドマップがえーと、4エリアで街2と城1が解放エリアだったから他ゲームと比べると狭いね。その分ダンジョンマップ100、クエスト1000以上とクエストで世界を把握する感じ。忘れがちだけど何気に塔1階分がフィールド1エリア相当なのが不思議なのよねー。1階にもエリアボス出るし。」

 

綺麗な造りの顔を歪めて思案しながら問い掛けに答える京ちゃん。あ、ダンジョンは知らないのもあるし、100くらいかっ!てと付け加えるのも忘れない。どうもダンジョンの数がどれだけとは把握できなかったから数を歪めて考えてたみたい。

 

「モロー族って変わった人に会ったんだ、もう次のとこ行っちゃったけど。」

 

「レア中のレア。定住地がザールアリアの奥地だけで、契約神絡みじゃないと会えない種族って思ってた。会ったんだ。」

 

そう言えば昼間出逢った可愛い種族の事をすっかり忘れていたと思い出して京ちゃんに教えると、ぱあッと顔を明るくさせて瞳をキラキラ輝かせて、隣に座るわたしの掌を痛いくらい京ちゃんの胸の前で握り締め詰まった物を吐き出すように喋り出す。

 

興奮しすぎて何言ってるかわかんないとこあるんだけど?京ちゃんてこーゆー子供染みたとこあるんだもん。たぶん、年上だろうけど、そこだけは妹みたいだなー。妹居ないけど。落ち着いてっ。掌が痛いからと握り締めるのを止めて貰って取り返す。

 

「強者を求めて旅してるんだって。あ、・・・」

 

「返すタイミング無くって持ってきちゃった。」

 

昼の痴情の事を思い出してフラッシュバックする。あぁあああ!もぅあれはヤダ、ヤダ、ヤダーぁ!!

 

と同時に返してない事を思い出し、メニューを開いて確認。うむ、確かにある。品名・モローシャツ

耐性・雷-水-風

制限LV・無し

 

DEF+2・INT+1

 

 

性能―スクイッドの鞣した皮膚で加工されたシャツ。水を弾く技飾が施されている為、水に入った後でもすぐ乾いて安心。薄くて強靭で透けるので重ね着にピッタリ。

 

なんだこれ。ひとまずレアっぽくは無いな、制限LV無しだもん。透けるのか、性能説明に書いてあるじゃん!ヤルンマタイン知ってて着せたのか、忘れてたのか。ああー、思い出しただけで頭ボンっ+顔超真っ赤だよぅ。

 

メニューを開いたまま一連のわたしの行動を見てたらしい京ちゃんが何見てるの?と心配そうに聞いてくるのでモローシャツを見せて借りたまま返せなくなってしまったことを話す。と、

 

「メニュー開くなり、顔真っ赤にして不審な行動をするから気になっちゃって。」

と言うなりシャツをわたしの手から奪って、引っ張ったり、シャツの中を覗いてみたり興味津々に顔をキラキラさせてみたり驚いてみたり面白い顔になってみたり。

 

どぅしちゃったんだ京ちゃん、百面相で笑わそうとしてるワケじゃないのはわかるけど。

 

「あははは。透けそうー、面白い素材ね。ゴム?」

 

今度はにこにこ笑顔で覗き込む様に質問してくる。何か気になる事あるの?レアっぽくないし京ちゃんがそこまで興味引かれる物とも思えないんだけどー。

 

「スクイッドの皮膚って性能説明に。」

 

「人間大のイカ。」

 

「え?、」

 

「海に関係するダンジョンに居てさー。群れで来られると嫌かなー。」

 

京ちゃんの異様な興奮具合にちょっと引きながらも答えると、彼女は眉を吊り上げ知っているモンスターの皮膚で作られている事に驚いてみたり。

 

わたしの詰まり気味の問い掛けにも興奮収まらないと言った勢いで一気に吐ききる様に答えると、

 

「この触り心地わたし好きかも。じゃなくて、・・・好き。」

 

何か陶酔した風なトロンとした瞳でシャツを頬ずりし始める京ちゃんは、蕩ける様な艶を帯びた甘い声で誰に言うでもなく囁く。

 

ラリってんのかというくらい呼吸も荒く早くなる。気のせいか、頬が朱に染まっているようにも見えていた。

 

「みやこちゃん、顔怖いよ・・・興奮し過ぎ。」

 

「洗って返すからこれ着ていい?替わりにこのベビードール着ていいから。」

 

「え゛?、でも。」

 

わたしの言葉は耳に届いてないみたいで、答える暇も無くピンクの可愛いベビードールを脱ぎ捨てモローシャツを着始める。表情がキチガイ染みていて狂気すら感じる彼女は。

 

「おっやすみなさい。いい夢見ろよ、凛子。」

 

すこぶる機嫌の良くなった京ちゃんはわたしに軽いデコピンを入れるとハミングをしながら部屋を後にする・・・何だったの?いきなりの超ハイテンションにわたしは戦慄すら覚えた。このー、ベビードールは制限LV無いのかなあ?可愛いし確かに着てみたいけど・・・

 

 

 

 

部屋を後にした京はと言うと、普段の彼女からは見受けられないような歪な狂気すら孕んだ表情で隣の寝室へと歩む。

『ぬぅぁぁぁ、これ。この締め付け感。肌がもう一枚生まれるみたいな一体感と吸い付き具合。ザールアリアに行けばコレを大量生産してる職人が居るのよね?でもどうやって行けばいいのかな?』

 

モローシャツを、スクイッドの鞣した皮膚を気に入ってしまい寝室のベッドに倒れ込むなりハートが沢山背景に飛んでいるのが見えてしまうくらいシャツの感触を思いの丈確かめては狂うほど身悶えする京。ゴム服の虜だった彼女が異世界ではゴムなど無いだろうと諦めていた所、目の前に現れた類似品に激しく狼狽し、心奪われても何らおかしくはなかった。

 

 

 



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トラケス

気が付けば何時の間にかもう夜が明ける前で紫に包まれる空。京ちゃんが襲撃して来て目を閉じて寝てみるものの結局起きてしまう。カーテン手に入れなきゃなー。直接外か鎧戸か極端なので本気で欲しい。段々と空が朱に染まって夜が明けていくのを目覚まし替わりにそんなどうでもいいですよ的な事を考えながら気合いの入らない頭が働く様に脳のエンジンのスイッチを入れて始動。

 

まだ微睡みに融けて包まれていたいのも山々だけどトラケスに会いに行かなきゃ。でもですよ・・・さすがに早いんじゃない。まだ来てないでしょ。自問自答を繰り返しながら愚図る理由を探してる事に気付く。だめだ、起きよう!起きて服を取りに行かなきゃ。

 

「初めまして、ブルボンの討伐隊に志願して付いて来ました。アスカムです、よろしく。」

 

「んー、ああ。ヒーラー君でいいよね〜。シーター?」

 

何かと理由を探して愚図ってた間にもう誰か起きてるみたいで話声が少し遠くに聞こえてくる。玄関に誰か来ている様で一人は京ちゃんだと解った。

 

廊下を進みリビングまで来ると挨拶を交わす二人の姿と話声を確認。ふとソファに視線を移すと気持ち良さそうに寝ているヘクトルが。

 

寝室まで行くのが面倒だったのかな。基本どこでも寝てみる彼だから気にはしないけど。せめてシーツくらい被れよ、風邪引いても知らないゾ。

 

そんな事を考えてる内にソファから転げて、いってーと声に出して起きるヘクトル。大きめなゆったりソファだけど彼の体格で寝返りするには無理が有りすぎた。

 

起き上がって来たヘクトルと目が合うとおはようとお互いに軽く挨拶を交わす。彼は事の顛末をわたしに見られていた事に少し不機嫌そうに廊下の奥に歩いていく。やれやれと、思った時思い出した。トラケスの所に行くんだった。玄関ではまだ何事か話し合っているようだったのでリビングの壁の壊れた所から外に出て北の広場を目指してまだ人通りの少ない大通りを駆け出すわたし。店の前に着くとわたしの姿を確認したトラケスが迎え入れてくれた。

 

店の中を見渡すと何の革なのか解らない色とりどりの鮮やかなカラフルな皮が天井に吊るされて壁一面に革を縫製した様々な服や同じ様に革をメインにしたアクセサリーが飾られている以外は片付けられていてシンプルだ。

 

後はカウンターと、入り口を入ってすぐ左側にあるテーブルが目につく。トラケスが作業をしているのだろうテーブルに革が乱雑に積まれていたり、裁断した皮の切れ端が山となっているあたり掃除はしても作業するテーブルは別問題なんだろな。そしてカウンターの上には赤いコルセットと青い革の服が置かれているのが確認出来た。あれなのかな?と思っているとニヤニヤ顔の髭面が目に入ってくる。

 

「やあやあ、お嬢さん御目が高い。今見ていたコルセットは僕の会心の自信作で、見て下さい。このステッチ使い、それにほらこんなにスタッドをあしらって防御力も申し分無いこの固さ。良いコルセットでしょう?それからそれからこっちの見栄えのするバームバニーの皮を鞣した服などどうでしょう。」

 

なんだなんだ?いきなりセールストークが始まる。わたしは服を貰いに来たんですよ、お客じゃないですよ、まだまだ買えないですよ。面食らって思案するわたしを無視してセールストークは続く。

 

「特別に、汗を掻いても被れないよう加工を施しました裏地はジエの皮を使って水弾きも格段にアップしてるんですよ。二の腕の脇側や背中や袖口などカットして空気が通り安く皮紐で調節出来る様になってます。今ならこのセットがタダ!試作品の為1着限りとなっておりまーす。」

 

「うわーい!何だかいきなりセールストークされて吃驚しちゃったけど、結局わたしの服だったんだね。」

「そうだよ、僕の初めて一人で作った服なんだ。店長も居ないから高いかも知れない皮も自由に使えるし、何より試作品だから商品にならないし。貰ってやってくれよ、お嬢さんよ。コルセットはおまけだい。大事に着てやってくれ。」

 

ああ、店長にはタダなんて絶対言うなよ?と口止めを付け加えるのも忘れない。取ってきた染料に見合わないくらい高い服と思えるセットを試しに作った物だからとくれるって言うんだから吃驚しちゃった。貰ってもサイズ合わなきゃ着れないんだけどさー。

 

着て見てくれ、見せてくれとせがまれたけど試着室も無いのにどうやってと問い返すと壁の方向いてるから奥で着てやってと期待に震えるような顔で服を渡される。試着室つくれよ。と思ったけど異世界にはその文化は無いのかも知れないと思い直し苦笑いを浮かべながら渡されたばかりの服を手に奥に向かった。

 

ああ。着心地いいわコレ。ジエって言ったっけ?裏地は肌に優しく冷たい。背中は大きく開いてスースーするけど慣れの問題だし、京ちゃんが着ている赤のワンピースはもっと大胆に肌が見えてた。わたしの為に設えたものじゃないからピッタリと言うわけでも無いけどかといってブカブカで着れないわけでも無い。

 

「どうよ?」

 

「うん、素敵に仕上がってるさすが僕の会心の自信作だ。」

 

着慣れ無いコルセットは付け方が解らなかったのでトラケスに手伝って貰うために彼に声を掛け近づく。締め上げはこれくらいか?と聞いてくるので痛くなる前に止めて貰ったんだけど。着ている服を一目見たトラケスは目を輝かせて自信たっぷりに何度も頷く。

 

髭面の褒めているのは革の服であってわたしに似合っているとかそう言った感想では無い。自分の作品に自信を持つ事は悪く無いけどさー。露骨にわたしを無視することは無いんじゃない。お金を払ったわけじゃないから図々しい事は口に出さないで思うだけにするけどさ。

 

彼は、お前のサイズはこのくらいかなと体型を思い出しながら真面目に作ったと言って照れ笑いを浮かべ鼻を擦る仕種をしている。採寸も取らずにサイズ大体合ってるって何気に凄いじゃんね、トラケス。大切に使いますと言って挨拶を済ませるとトラケスの店の前を離れる。

 

襟付きの革の服に身を包まれながら自然と体が軽くなる風に錯覚を覚えて屋敷に向けて軽やかに駆け出す。

『やっと、やっとごわ服脱出したぞー。』

 

 

 

品名・青兎の革服

耐性・毒-麻痺

制限LV・無し

 

DEF+4・MDEF+13・ATK+1・AGI+2

 

性能―革職人が精魂込めて縫製したバームバニーの革で出来た服。特別な拵えが成されている。

 

 

 



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水底の捕食者

屋敷に着く前に露店でざっと見繕って買った朝食を提げて、玄関からリビングに向かうと知らない赤毛の少年が椅子に座って、ソファに座る京ちゃんと楽しそうに談笑していた。

 

わたしに気付いたのか、ちらりと視線を向けて手を揚げて、京ちゃんが反応するも続けて談笑する。その様を見て買ってきた包みから、肉を挟んだパンみたいなのを取り出してパクつくわたし。

 

うん、続けてどうぞ。すると今度は逆に京ちゃんと少年から視線がムシャムシャとパンをパクつき出したこっちに集中したんだ。

 

「この人を待ってたんですよね。」

 

「うん。そう、こいつーがまぷち。でさ、まぷち、こいつアスカム。」

 

人を指差しちゃいけないんだよ。京ちゃんがさっきまで談笑してた少年とわたしに次々指差しで紹介する。

 

「よろしく、アスカムと言います。」

 

「え、あー。まぷちです、よろしく。」

 

アスカムと名乗った少年は挨拶を済ませると握手を求めるようににこにこ笑って右手を出していたからパクついていたパンを急いで飲み込んでから挨拶をして握手に応じるわたし。

 

「さ、揃ったし行きましょう。」

 

「えーと、それは耳ですか?」

 

「そうだよ。シーター族という。」

 

目の前でぴくぴく微動する猫耳とは違う犬耳を見て気になり過ぎて問い掛けると有らぬとこから返答が返ってくる。声のする方に振り向くとヘクトルが欠伸を噛み殺しながら廊下に立っていた。

 

「シーター族をご存じですか。」

 

「犬耳がな。」

 

「あ、ヘルメット忘れてました。」

 

驚いた顔をするアスカムだがヘクトルの最もな指摘に頭の犬耳に触れると納得したように失態の言葉が零れ落ちる。

 

「行こう、みんな。エウレローラが待ってる。」

 

 

「可愛い系、それとも綺麗系?エウレローラって。」

 

アスカムから視線を外したヘクトルは胸の前辺りで空をなぞるそぶりを見せアイテムを取り出し片手で玩ぶ。それに気付いてわたしは声高らかに叫ぶ。その声に反応して京ちゃんが茶々を入れたけどスルー。

 

その場で転移アイテムの光にわたし達は包まれ、気が付くとマトーヤ洞窟の前に着いていた。

 

マトーヤ洞窟は相変わらず青くて天井から淡く光っている。その上シェリルさんのライトボールがわたし達の回りをふよふよと浮きながら照らしているので以前に来た時より格段に足元も明るい。

 

そして猛烈な雄叫びと共に突進してくる物体が。そう、以前は追い回されたグランジ。でも横に並んでいたヘクトルが『へっ』と余裕と言いたげに言葉を叫んで一人で突っ込み、剣を横に薙ぐとグランジの胴体に切れ目がすぱぁっと付いて絶命する。

 

「凄い・・・一撃で。」

 

「レベル差があれば突進しか無いザコだ。グランジなんて。」

「そうそう。もしかして追われたりしたの。」

 

「うん。」

 

「ふふふ、誰もが初心者の時に通る道よ。わたしなんか、即死だったんだから。」

「俺もだよ。」

 

「クエストで来て即入り口に居たらアウト。」

 

「だな。」

 

強い事は解ってたけどまさかあのグランジをサラッと倒して目の前で余裕の表情を浮かべ剣に付いた血を払うヘクトルを見て思わず絶句。勢いで零れた感嘆の言葉にも当たり前の事と返ってくる上、シェリルさんも同意なのかうんうんと頷いて見詰め返してそう言うので素直に苦笑いしながら頷き返す。

 

すると古傷を刺されたと言いたげにテンションが下がって俯き気に頬をヒクヒク動かしながらシェリルさんが吐き出す様に喋るとヘクトルも同調して頷く。

 

それを横目でちらりと窺っていたシェリルさんは一息吐いて少し調子を取り戻すと絶対不可避だと声を荒げて叫ぶ。またも同調して何度も頷くヘクトル。歩きながらそうしているとグランジに追い詰められた行き止まりに辿り着く。

 

「あれーぇ?おかしい。」

 

確かここにヤルンマタインが開けた穴が有った筈なのに今は何事も無かったように塞がっている。

 

「迷った?」

 

「うん。」

 

「敵はどんな感じだったの。」

 

「ビーンズ黒の群れと、ゴブリンが増えた、・・・かな。」

 

「他に居ないなら2階ね、行きましょ。」

 

「だろうな。」

 

行き止まりの壁をあちこち触ってキョドってるわたしを、窺っていたシェリルさんが後ろから優しく問いかけて来る。確かにここなのにと思いながらも頷いて返すわたしに更に敵はどんな感じ?と問い掛けるシェリルさん。

 

なるほど、敵の種類でわたしが何処に行っていたか判断するのね。感心して思い出しつつ昨日の敵の種類を説明した。それを聞いたシェリルさんは顎に手を当て考える風で記憶を辿り次の行き先を言葉にして来た道を戻ろうと振り返って歩き出すとそれに同調してヘクトルも歩き出す。

 

「ちょっと待って下さい。」

 

それを見たアスカムが制止する声を上げてわたしを見る。

 

「壁の色は何色でしたか?」

 

「あ、コンクリートみたいな」

 

「それだと、ここじゃないわね。」

 

「・・・ボーマンの通り道か。」

 

「それじゃ、さっきの行き止まりの壁を突き破りましょう、ね。」

 

少しの間思案しアスカムが壁を指差し問い掛けてくる。あ、そう言えばと思い出しつつマトーヤ洞窟の壁面と色が違う事を皆に伝える。すると思案を巡らせるシェリルさんとヘクトルから別の洞窟に行き止まりの壁から繋がったんじゃない?という結論に行き着く。

 

大事な事を忘れてた。マトーヤの壁面は青銅色。地底湖に続いたあのダンジョンはコンクリート色だったんだ。再び行き止まりの前に立つと今度はヘクトルが力いっぱい壁を叩き崩す。一度目で大きな亀裂が走り、二度目で亀裂が全体に及び、三度目で壁には大きな穴が穿たれる。その向こうにはコンクリート色の壁のダンジョンが続いていた。そして穴が空いた事に驚いたのかゴブリンが数体飛びかかってくる。

 

わたしがスリングで応戦。ボロボロのダガーを振りかざすゴブリンを目の前で一刀両断にするヘクトル。青い刀身のロングソードでアスカムを狙ったゴブリンを突き刺すシェリルさん。慌てふためきその場でお祈りを始めるアスカム。戦闘はすぐに終わる。二人にとって何でもない雑魚なのだ、ゴブリン等は。泥漁りをしても小さな魔石と錆びたダガーくらいしか残ってないわけだよねやっぱり。

 

「ここ?」

 

「うん。」

 

道中色々とあっても何とか地底湖まで辿り着く事が出来た。地底湖に着くまでわたしはともかくアスカムはゴブリンは勿論ビーンズ黒からもタゲを取られて襲われっぱなしだった。モンスターからも嘗められるアスカム。逃げ回らず座り込んでブツブツ唱えるだけなのでアスカムを目掛けて来るゴブリンやビーンズを二人が難なく露払いするわけだが。その後始末でどっさりと小さいけど魔石を手に入れるわたし。何か意味はあるのかスライム液もかなり沢山。

 

「エウレローラ、昨日は居たのにな。」

 

地底湖を見渡してみる。湖面の向こうから滑る様に走ってくる人影は無いけど。

 

わたしと目が合って吃驚している水色の髪を両脇で纏めておだんごにした年上と思われる大人びた、入り口のすぐ傍で座り込んでいる少女。エウレローラよりも上かシェリルさんと同じくらいか。

 

「ヤー。エウレローラ様はご病気になったのでシアラが来た。男がいいならそっちを用意しますです。」

 

シアラと名乗った少女はやっぱり脚があり普通に元気に歩いて近づいてくる。いや、男の人魚はどこか夢を壊しかねないから遠慮したいかな。

 

「ねぇ、まぷち。人魚からのクエストなのよね?」

 

「うん。そうだけど。」

 

あれ?酒場で二人には説明したと思うんだけど人魚と思えないシアラの出で立ちに困惑している様子で若干ひきつり顔のシェリルさん。

 

その表情のまま差し出され握手を求めるシアラの手を握っている。わたしもアスカムも自分の前に差し出されたので握手に応じていた。

 

目の前に居るエウレローラの代役と言う少女は白いカットソーに青いフレアスカートを履いた、カルガインの大通りを歩いてる少女達よりも人間っぽいのだ。シアラを見せられて人魚と言われるとちょっとギャップに苦しめられるかも知れない。

 

どちらかと言われるとパンツスタイルの方がカルガインでは目立た無いかも知れない。ただし、エウレローラと同じようにテカテカしているので素材は白ガエルとか青ガエルとかその辺りの皮を使っているんじゃない?

 

「あれ、わたしお邪魔ですか?男がいいです?」

 

「人魚のクエストって聞いたから来たんだがな。」

 

「?わたし、人魚です。ニクスですよ。」

 

「「足!」」

 

人魚と聞いてないアスカムは特に変わらないが、二人は同様に動揺して表情が優れないでいた。シアラが不思議そうに二人を交互に見詰めながら自分の顎先を指差しそう言うと、見事に二人から発せられた叫びはシンクロしてハモった。

 

「あ、二人共。彼女達はね。」

「水に濡れると皆さんの想像する人魚の姿になりますです。見たいですか?でも、早く皆さんをお連れしないとですから後で、です。」

 

二人に説明し直そうと声を掛けると、シアラも二人の前に出て急かすように訴える。そだね、水に濡れればヒレに変わるから誰も人魚と疑わない姿になっちゃうね。

 

反論が無いと解ると案内を取るために先を歩くシアラのその後を付いていくわたし達。アスカムは相変わらず珍しいのか周辺の砂を触ったり石を叩いたりしているので手を取って誘導する。

 

「すげえ壁。」

 

前を歩いてたシアラが急に立ち止まって何やら準備を始める。命綱なのかロープを出すと腰の辺りに巻いてからわたし達に残りを渡してくる。

ヘクトルの叫びも尤もで目の前には十数メートルの高い壁が塞いでいてその下を地底湖から流れ込んでいるのか水脈が走っている。どうやらこの壁をシアラは登らせようとしてるみたい。

 

「水脈を泳いでくれたらすぐなんです。地上の人達、泳ぎ苦手でしょ?」

 

決して緩やかでは無い水面を見詰めながらシアラは眉をひそめる。そして横目でチラッチラッとこちらを窺ってくる。水脈を泳いであっちにわたしは行きたいんですよ、楽ですからねと言わんばかりにその瞳は物語っている。

 

「泳ぐ泳ぐ。ヘクトルもいいわよね。」

 

何だ、泳げばすぐなんだ?と言いたげにシアラに視線を移したシェリルさんは余裕そうに泳ぐ事を決定、視線を変えるとヘクトルにも要求するように問い掛ける。

 

「まあな・・・これよりはマシだろ。」

 

「水着あるの?シェリルさん。」

 

「うん。無いの?」

 

「無いよ?」

 

ヘクトルがそれを了承して泳ぐ事が決定する。わたし持ってないんだけどなーとメニュー画面から水着を取り出そうとしているのか激しく胸の前辺りで空を指先で撫でているシェリルさんを見詰めて瞳で訴えるとそれに気付いたシェリルさんはやれやれと言いたげに頷くと肩を竦める。

 

わたしは勿論持ってないからね。と、昨日の事思い出して頭ボンッすると顔が熱くなった気がして俯く。露出狂と呟くエウレローラの姿と透けて見えた小さな蕾が続けて頭の中でフラッシュバックする。露出狂じゃないもん、露出狂じゃないもんとそれを頭の中で念じる。

 

「わたしは色々あるから貸したげよっか。」

 

「そ、それ。」

 

「いいでしょ。性能もチート級なのにインナーとしても使えるのよ。」

 

貸してくれると言う声に我に還ったわたしが見上げて視線を声のした方に向けるとエリクネーシスを着た・・・ないすばでぃが居た。

エリクネーシスは殆ど紐しか無い水着と言えるかも知れない。股間部分は革製でV字になっていてバックルで調整できるのか飾りなのか後ろはTバック、ブラのカップもハーフになっていて更にカップを谷間のリングで繋ぎ、

リングから首に掛けて二本ずつバックルで革ベルトを止めて固定している。

 

同じように背中から両脇を通すように革ベルトがバックルで止まっていた。見て貰えば解るように肌の露出が凄い上に無駄にバックルやリングが入って只のビキニよりもセクシーさが高められている気がして見てしまうだけで顔が真っ赤になる。

 

大事なトコや恥ずかしいトコが見えそうで見えない際どいラインだしおまけにシェリルさんは臍にピアスが入っている。湯気のせいかお風呂では気付かなかったみたい。

 

シェリルさんは見せつけ挑発するようにエリクネーシスのカップの部分を人差し指と親指で引っ張って凄いのよ!と自慢してくる。持ってない事もないし見たこともあるのでチート装備というのは解るけど。見るに見れない恥ずかしい装備だとしかわたしには思えないんだけど。

 

「制限無いので装備水着って。コレしか無いわ。」

 

と、ニヤニヤしながらシェリルさんが取り出したのは『名前欄付きの』スクール水着。運営の趣味なんですか?名前欄にはNOLUNと書かれていた。見れないけどシェリルさんのメニュー画面を覗いてホントにこんなネタ装備しか無いのか見てみたい。

 

「ありがとう。って、シェリルさん!」

 

「嫌ならレベル上げる。20なら革のビキニ着れるから。」

 

思わず何とも言えず眉をしかめて突っ込みを入れる。するとシェリルさんはわかってないわねと言いたげに強くなれば?とそう言うニュアンスでビキニを薦めてくる。ビキニもヤダ。露出狂ってエウレローラに言われるよ、また。

 

「ノーマルのセパレートかワンピース水着は無いんですか。」

 

「無いわ。ダサぃじゃない。可愛いは正義なのよ。」

 

すかさず苦笑いをうかべながらシェリルさんに普通の水着を貸してとそう言うと見下す様な意地悪な表情をしたシェリルさんがそんなの持ってないし!と言い返す。

 

結局、無いものは無いと引き下がるわたし。トホホ。可愛いは正義なのか、可愛い・・・のか?

 

アスカムはヘクトルから借りていたみたいだった。結局わたしはスク水。

 

「ホントに・・・人魚だったのね。」

 

予備運動と着替えが済んで水に次々と飛び込んでいく。水にすぐ流されて壁の向こうに口々に叫び声を揚げて消えていく。壁の向こう側はちょっとした池になっていて最後にゆっくりと水に入ったわたしが追い付くとポカンと口を開け眉をしかめて赤い鱗の人魚になったシアラを見つめる三人。正気を取り戻したのか首を左右に振ってシェリルさんが震える声で信じられないと言いたげにそう言うと、

 

「ヤー。だから言いましたよ?ニクスですよ。」

 

シアラは不思議そうに小首を傾げて見詰めながら答えた。頭で理解するのと見るのとでは違うものね、やっぱり。わたしがエウレローラに足が生えた時も同じ感じでちょっと時間必要だったし。

 

「わたしの知ってる人魚はノルンでも人魚だったのよ。」

 

シェリルさんはシアラのピンクの尾びれを触って何か納得したように頷くと皆を一度見回し呟く。見回し終わると視線はシアラの尾びれに戻っていく。

 

ガン見だよね。わかるわかる。後ろを見ても横目で窺ってもあとの二人だって視線は尾びれに釘付け。

 

「その人が陸を歩く姿を見ましたです?きっと陸では足があるですよ。」

 

恥ずかしそうに顔を赤らめ三人の視線を釘付けの尾びれをピタピタと動かす。そんな事をしたらほら、ヘクトルも尾びれ触りに行ったじゃん。アスカムは何か恐怖だったのか何事か祈り始めた。暫く、沈黙の後でシェリルさんが頷き、いこ。と一言。それを切っ掛けにシアラが再び先頭を切って池に潜り、水中からこっちこっち!とジェスチャーをしてくる。意を決して一息吸って潜ると池の底付近、壁側にシアラが待っていてその後ろには大きな穴が空いていた。シェリルさんが追い付いてくるとライトボールの灯りがその先を照らす。

 

奥は仄暗く、穴の大きさは大体縦横に4人分ほどで暫く横穴は無いのかずぅっと同じ壁面だった。そうして穴の前で中の様子を窺っていると残りの二人が合流してシアラから指さしで進もうのジェスチャーが出た。

 

それを見て露出狂と比べても良さげなシェリルさんがダッ!と勢いをつけて泳ぎ出す。その後をシアラ、わたしが続き、アスカム、ヘクトルが殿を務める意味合いでも後ろを気にしながら何か気配でも感じるのか遅れて泳ぎ始める。

 

暫く奥に進むと何事もなくまた池の様な水溜まりに出た。危なかった、息続かないかと思った・・・。途中振り返って二人を確認したけどちょっと遅れてるみたいだったけど大丈夫かな?

 

「水脈ってモンスター出ないのかな。」

 

心配になったわたしはシアラを見詰めながらそう言って問い掛ける。一番に水から揚がっていたシェリルさんは後ろで早速ビーンズを退治していたけど。あ、突っついてる突っついてる。

 

後一つ壁を越えたら街に出ます。と、シアラ。それにしてもまだ揚がって来ない二人。

 

「少ないですけど、居ます。ビーンズやスライムなどそれに・・・」

 

「来るぞっ!!」

 

シアラが指さしで壁のビーンズを差してわたしに教えてくれているとアスカムが水から揚がりすぐに怯えた様にいつものお祈りを始める。泳ぎは下手ってわけじゃなかったのに何怯えてんの?

 

シアラが池の底にヘクトル以外の影に気付いて話を中断すると、ヘクトルが水から揚がって荒い呼吸を急いで整え様とぜーぜーはぁはぁーっと深い息を吸った瞬間、巨大な魚影がハッキリと水底に現れ、みるみる内に大きくなる。ヘクトル達はこいつから逃げてきたんだ。ヘクトルが水面に振り返って叫ぶと同時に、シアラからも絶叫に近い叫びが上がった。

 

「こいつですよ!ペリディム!!」

 

シアラの叫び声に気付いて駆け付けたシェリルさんが剣を構え斬り殺そうと飛び掛かる。大きな魚影は食い付くように水面上に飛び出してその全体の姿を現した。

 

ペリディム。と、シアラの言った巨大魚は紺の固そうな鱗に覆われ、はみ出す牙と凶悪に尖った背鰭とを持った醜悪な巨大ピラニアの様にわたしは思った。思案している間にシェリルさんは2撃、3撃と自ら回転して斬りつけ、尾びれで叩かれるのを、体を背中から後ろにずらして避ける。それでも避け切れず岸へ吹っ飛ぶ。

 

走り寄ってシェリルさん目掛けヒール!ヒール!ヒール!!!と連発する。ぺろりと舌を出してゆっくり起き上がり、水面を泳ぐ巨大魚の影を睨み付けるシェリルさん。尾びれで弾かれたのか右のカップがずれていたので引き上げて直す。

次の瞬間、大きく口を開けた巨大魚はアスカムを狙って水面を跳ねた。

 

だああああああああっ!!!

 

其所を狙ってましたとばかりに、ヘクトルが吠えて巨大魚に飛び込んでいく。ギョロリと巨大魚の眼は動き、空中で獲物を変えた。大きく口を開けたまま顔を動かし、ヘクトル目掛け噛み付こうとする。噛みつこうとするのを避けずに、ヘクトルは撫で斬りにするも巨大魚が口を閉じ、口からはみ出した牙に弾かれる。それでも巨大魚は吹っ飛び水中に落ちると深く潜り、水底から勢いをつけて再びアスカムを狙って噛み付こうとするのを、シェリルさんはアスカムを守りながら1撃、2、3、4撃と連続で突きをくりだして応戦した。

 

「魚と水中で戦うのは大変ね。」

 

苦しそうにシェリルさんが言葉を吐き出す。わたしは苦笑いを浮かべながらもヒールをヘクトル目掛け唱える。その間も水面に現れた巨大魚にヘクトルは袈裟斬りに斬りかかり、準備を整えたシアラも二股の槍を携え両手で強力な突きを繰り出していた。ペリディムの固そうな鱗からもあちこち流血が見え始め気付けば所々赤く染まる水面。

 

「ま、マズイです。ペリディムが、血を嗅ぎ付け群れるです!」

 

早く決着を付けないと巨大魚は数を増やすとシアラは眉をしかめて忠告する。

 

「ペリディムは大きいので、壁を抜ければ追ってこれないです。手前で襲われるからこのペリディムだけは、動けない様にするか、殺さないと!です。」

 

壁を指差してシアラは逃げ道はあると震え声でそう言う。1匹でも手こずるのに群れられたら・・・どっちにしてもこいつは倒さないと進めないのはわたしも理解した。流血しながらも動きが鈍るワケでも無い巨大魚をどうやって倒せばいいの?シェリルさんに視線を向ける。

 

エクセ=ならトドメを差せるかも知れない。けど、アレはシェリルさん半日寝ちゃうもんなあー。

今寝ちゃうと群れたペリディムと無理にでも戦わなくちゃになってしまう。

 

シェリルさんも言いたい事を理解したのか左右に首を振ってはっきりノーを示す。

 

「アシッド・ブレイク!、サンダー・ブレイク!」

 

その間にシアラは二股の槍に各々にマナを宿らせる技飾を施し槍をユラリと泳ぐ巨大魚目掛け放つ。

 

雷と毒の魔力を帯びた二股の槍は水面上に出た背にグサリと刺さったが刺さりが甘かったのかポロリと剥がれてしまった。それを見てシアラの表情がザワッと曇るのが見えた。ああー、惜しい!でも毒刃が刺さったんだからじわじわと体力を削れるはず。槍は水底に消えちゃったからシアラは潜って取ってこないといけないけどさ。

 

「エンチャント出来るのか?俺の剣に頼む。」

 

「わたしの剣にも。」

 

一連のシアラの動きを見ていたヘクトルが潜ろうと息を吸ったシアラを呼び止めると、エンチャント?と、シアラに視線を向けたシェリルさんからも声を掛けられる。

 

「中級のエンチャントを少しです。毒と雷のどちらかです。」

 

「じゃあ、わたしの剣に毒を。ヘクトルは雷を。いい?」

 

見るとエンチャントの準備に入ったシアラの手からは紫電がパチパチと弾けている。

シェリルさんは直ぐ様に毒を選び、雷をヘクトルに押し付けるように視線を向ける。ヘクトルがそれに頷いてエンチャントが決まる。

 

エンチャントとは魔力を物に付与させるスキルで、あらゆる物が対象となるらしい。それはモンスターも例外では無いのだとか。

 

とは言え、伝説級のエンチャンターでやっとモンスターに属性追加をやってのけたと言うことなのでシアラは中級と先に言っている訳で無理なんだろう。中級では武器が精々、しかも大ダメージを1撃でとはいかないみたいで。数をこなせばエンチャントも剥げてしまう様だし。

 

先ず、シェリルさんから剣を受け取り毒のエンチャントをじっくりと付与する。続いてヘクトルの剣を空いてある方の手で受け取りシェリルさんに剣を渡す。受け取ったヘクトルの剣に次は雷の付与を施していく、これもじっくりと。

 

「レイジング・スラッシュ!」

 

シェリルさんは毒のエンチャントを付与された剣を確かめると唱えて水面上に現れた巨大魚に仕掛ける。ふわりと舞い上がり獲物を狙って彼女が突き出した毒の魔力を帯びた剣先がグサリと巨大魚の鱗に刺さり、更に光の刃が追い打つ様にその肉を貫く強力な衝き。

 

強力な1撃に堪らずギィィイイイイという醜悪な叫びをあげて悶える巨大魚にエンチャントを終えた剣を受け取ったヘクトルが飛び込んでいく。

 

だあああらぁっしゃああああああ!!!

 

決め台詞と共に、

 

「奥義!刧十閃!!」

 

パリパリと迸る電光を付与された刃は更に白く黒くオーラを刀身に帯び縦に垂直に斬り付けると巨大魚は鱗を吹き散らして皮膚が焼け、肉が裂ける。

 

断末魔を揚げてヘクトル目掛け最期の1撃を喰らわそうと噛み付いてくるのを、そのまま十字を描くように横に薙ぐ。血飛沫を断面から揚げて今度こそ動か無くなる巨大魚。

 

その間にシアラは水底まで潜り槍を拾い上げ回収してくる。死骸に集られると困った事になるからか巨大魚を突き刺し引き上げる。

わたしはそれを見て泥漁りをする為に歩み寄りガサゴソとアイテム化する部位を探す。巨大魚の牙、巨大魚のヒレ、巨大魚の肉がアイテム化したのでメニュー画面に仕舞った。こんなに苦労したのにレア泥は無いみたい。

 

肉は美味しいんですよ、ペリディムと言ってシアラは小刀を出して切っている。えー、と。わたしがゆーとあれだけどそんな事してる場合でした?群れるんだよね?

 

その時、水中に新たな巨大魚の影が見えた。そしてその数は増えていく。1、2、3、4、5・・・

 

「二人共早くっ!」

 

シェリルさんの急かす叫び声が聞こえた。

 

 



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人魚姫

「二人共早くっっっ!!」

 

必死に急かすシェリルさんの叫び声が背中に響き渡る。

視線を移すと三人は既に池に入っていて、アスカムはシアラの指差した壁の向こうに続く穴を目指して潜っていた。

それを見てこれは確実にヤバいと、わたしが急いで池に飛び込むと、ヘクトルも潜って来る。

シェリルさんの姿は人が大の字になったら通れないかくらいの穴の前。

ペリディムは運良くまだこっちに気づいてな・・・

 

いやぁ!

 

シアラは?と思って振り返るとギョロリとした巨大魚と眼が合う。

 

『早く!急げ!』

 

チャからシェリルさんの必死そうな檄が飛び、目の前にオレンジの文字が写し出される。

振り替えると水面近くでシアラが死骸を使ってペリディムを引き付けている所で。

それでも1匹がこちらに迫る。はぐれたのかあっちが旨そうと思ったのか知らないけど。

 

気付いたシアラが物凄いスピードで泳いで、わたしに噛み付こうと大きな口を開けた巨大魚に手にした二股の槍で抉るように勢いそのままにエラの辺りに衝突し、会心の一撃を与えると、

その後ろにまた1匹、食事を終えたペリディムがシアラに狙いを定め忍び寄ってくる。

まるで、甘いデザートを求めるように。

 

彼女は人魚ならではの素早い泳ぎを見せ巨大魚を置き去ると、水着を掴んでグイグイと引っ張って一生懸命連れていってくれようとしていた。恐怖で固まり唖然と情況を見ているだけになっていたわたしを。

 

我に返って振り返り全身の力を振り絞って、穴へ飛び込むとすぐ後ろでズン!と水の中を振動が走る。間一髪、ペリディムが穴に体当たりをしてくる所だった。

シアラに助けられず、あのまま見てるだけだったら今ごろは巨大魚の腹の足しになっていたのは間違いなく。

 

あぶなっ!振り返って池の方を見ると、二度と見たくないトラウマものの光景が。並んだ鋭く尖った牙がガジガジと獲物を逃してさもうらめしそうに蠢いている所だった。

 

 

 

 

「素晴らしい。お強いですね皆さん。我々に是非お力を貸して貰えないでしょうか。

詳しくは隊長から話して貰うとして、イーリスの真なる教義として『全てを平らで開かれた平等の世界』の為に。」

 

ペリディムに追われ命からがら穴の奥へ逃げ切り、その先に光の指しこむ明るい水路にシアラに誘導されて辿り着き、水からやっと上がると何事かシェリルさんとアスカムが言い争いを始めている所だった。

 

「イヤよ。誰があんた達みたいな狂信者に。それにねわたしたちは、私たちの故郷に帰るだけ。」

 

心底嫌そうな顔をしてアカンベーをした後で、フンッと口から吐き出すように喋るシェリルさん。

 

「教団は教団以外には迷惑なだけだからな。」

 

「あなたはブルボン人と同じ姿をしているのにそんな事を言うんですか。」

 

無表情で同意するヘクトルを見て噛み付かんばかりに前に出たアスカムが苦虫を噛むような顔つきに変わって。

えっと、どーしよっかなあこの雰囲気。見てるだけで何とも言えなくなった場の空気に嫌気が差して横を見るとシアラも嫌悪感丸出しの表情を顔に張り付け情況を窺っていた。

 

「ただの、魔人だよ。ブルボン人じゃあない。」

 

「アスカムそんな事より童貞でしょぅ、あなたの初めて貰ってもいいのよ?にやり。」

 

面倒に巻き込まれたくなさげに、勝手にやってくれと言いたげにヘクトル。

相変わらずのアスカムが説く有難いらしい教義に、飽きてイライラしてきたシェリルさんがからかう様に嘲りを含んだ言葉を吐いて、ぺろりと艶っぽく舌舐めずり。

 

「な、何を言ってるんですすすかっ。・・・イーリス神に支える身です。それは教義に反します。」

 

酷く狼狽して犬耳をピクピク微動させるアスカムはそれでもすがり付きたいのか、咄嗟に信徒の証しである首から提げたペンダントを握りしめると、段々と平静を取り戻していく。

右の掌をふるふると震えるほど力を込め拡げて喋りながら。

うっわ、シェリルさん何言ってんの・・・ふいにシアラの方に視線を移すとジト目になってバカな事やってるなと言いたげで。

 

「それを平たい世界を作るっていう導師が言っちゃう?用は誰とでも寝るってことでしょうが。」

 

口撃は終わらない。顔が悪い人になったシェリルさんは心を抉りアスカムを撃退しようと言うのか、にたりと微笑んで辛辣な言葉を浴びせかける。

本心なのかも知れないけど・・・ま、それは解んない。

 

「シェリルさん、違うでしょ。」

 

見てられない、そう思って口を挟んだ、それだけ。

 

「シェリルの頭は下半身についてるんだよ。」

 

「御話し中申し訳無いです。早くエウレローラ様のとこに行きませんです?」

 

退屈そうに口を挟んできたのはヘクトル。

その間に痺れを切らしたのか、この話の決着所が無い事に気付いたのかシアラが強い口調で口を挟んで場の空気を変えた。

イライラしてたんだね、やっぱり。アスカムしつこいから、無駄に時間使っちゃったし。

 

お、おう。すると頷く一同。機嫌変わらず先を歩き始めるシアラ。

 

「シェリルさん、よく知ってるね。」

 

気になったので歩きながらシェリルさんにヒソヒソと近づいて話し掛ける。

身長差があるのでシェリルさんが背を屈めないと聞き取れない、この状況。

 

「ヒソヒソ話するならフレチャしない?」

 

「いいよ。」

 

シェリルさんに返事を返すと直ぐにフレンド登録の御誘いが届いた音がしたのでメニュー画面を開いてフレチャを始めた。

 

 

◇◇◇◇フレチャ◇◇◇◇

 

Sheryl 》》凛子、イーリス教団だけはダメー。

 

まぷち》》クエストでよっぽどトラウマとか?

 

Sheryl 》》そ。

 

Sheryl 》》あいつら。教団以外は全滅してもいいって思ってるんだから

 

まぷち》》全滅しても?

 

Sheryl 》》そのままの意味で取っていいわ

 

Sheryl 》》わたしの会った教団はまぁマシだった。それでも救いを待ってる目の前の人を間に合わないからって皆殺しにしたの

 

まぷち》》うええー。それは、トラウマなるわ。

 

Sheryl 》》ノルンって妙にリアルだったから目の前で死んでく人がリアルなのよ、瞼に焼き付くくらい

 

まぷち》》今は全部リアルでしょ、みやこちゃん言った

 

Sheryl 》》体温とか匂いとか、感触とか無かったのにね

 

Sheryl 》》そいつ大幹部でさ、非道を働く教団を根刮ぎ殺して回ってるみたいで

 

Sheryl 》》何回か会ったけど毎回死屍累々なの

 

Sheryl 》》ま、そいつが殺してる団員は有無を言わさず他人を殺しまくってる奴等なんだけど

 

まぷち》》耐えれない話になってきたからまた今度でいいかな・・・

 

Sheryl 》》いいわよ。こっちもイヤな事思い出しちゃって気味悪いわ

 

まぷち 》》ごめん。。。」

 

Sheryl 》》いいわよ、謝らないで凛子

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

チャットを終えて横目に窺うと嫌な事を思い出したと言っていたシェリルさんは歩き続けては居たけど俯きがちに何か思案してて。

わたしも悪いことしちゃったかなーと憂鬱な気分に。

煩いことに二人が勝手に暗くなった間もアスカムはヘクトルとシアラに如何にイーリスが素晴らしいのかを説いていた。

ヘクトルは聞いている風では無かったけど。

 

「あ、あっ。着きました。ニクスの町です。」

 

指差し振り返ってシアラがやっと煩い勧誘が終わると思ったのか、朗らかに声を掛けてくる。

見ると中から光が溢れ出していて明るい。地底湖の奥の奥、他人種との喧騒を避ける為かそれとも好き好んで陽の光の届かな・・・地底の割りに地上と変わらないくらい明るいな?見上げるとそこにはおっかしいなぁ、地底にはあるはずの無い太陽が燦々と照らしていて。

そして回りは山々に囲まれていて森の恵みや恩恵を受けているんだろうと想像。

 

町並みは普通に小さな町と変わらない。平屋の家が道の脇を埋めるように立っていて地底湖から流れ込むのか地底湖に流れ込むのか家が建っている後ろには川まで流れているのを確認。

 

古くからの商店が並んだ通りなのかどの店も使い込んだ看板が見える。

誰が迷い込んでこの景色を見て人魚の街なんだとは思えない現状。

 

シアラの歩く後ろに着いて辺りを窺いながら夢が壊された気分になっていた。

他の三人がどう思っているか横目で窺うとシェリルさんは立ち直ったのか、興味深げに辺りを仕切りにキョロキョロ。

ヘクトルだけは見た目が魔人なので、すれ違った人から奇異の目で見られるようで。

アスカムは、あっ・・・あんなに後ろを歩いて、勧誘を頑張ってんのかなー。

 

エウレローラに会ってから人魚が人魚で無くなっていく感覚、これはそうだ。エウレローラが言っていた

 

『人魚は人類の一種で、ニクスは人魚です。』

 

正にその通りだった。道行く人を見ても尾びれで歩く人魚は居ない。皆、自らの足を持って足で歩いている。

 

すれ違った人はそう多くは無いけど・・・でさ、わたし達浮いてない?結局水着のまま街中を歩いてるんだよ?おかしいよ。

 

すれ違った人が皆が皆テカテカした素材で原色の服ばかりって言うのも何かおかしいけど。

変な目でわたし達を見てくる人は居ない。水着のまま歩くのはこの街では変じゃない?解んない。

 

 

 

 

 

「これって。」

 

シンデレラ城の様なゴシック、バロック、ルネサンス、アールヌーボー、ロココあらゆる建築様式をごちゃ混ぜにした重厚な容姿の洋風の城が目の前に現れ、次第にその距離が近づいてシアラはその門を潜っていく。

つまり?

 

「エウレローラ様、話してませんでしたです?ニクスの女王です。」

 

不思議そうに首を傾げてわたしに尋ねるシアラ。

だよね。そーゆーことだよね。

 

「うん、聞いてません。」

 

頭を抱えるわたし。エウレローラがお姫さまかよっ。

この格好・・・水着のまま城にも入るの?

 

「いいわよ。行きましょう。」

 

シェリルさんは意気揚々とガッツポーズを決めるとそう言って門を潜る。

シェリルさん、着替えた方が良くない?絶体露出狂がー!って言われると思うんだ。

 

「話は中でエウレローラ様からです。」

 

門を抜け城の扉を横に立ち止まったシアラは振り返ってしゃんと立ち直し一同に視線を変えるとそう言って、彼女なりの敬礼なのだろうか左胸に手を当て、お辞儀をした。

貴女からもシェリルさんに言ってあげてよ、シアラ。変な目で見られるよ。

 

「お前は入らないのか。」

 

ヘクトルがシアラに問い掛けた。

ヘクトルも変な感じだからね?半袖シャツに海パンって。

 

「わたしの役目はここまでです。中で女王様と団長が待ってるです。」

 

 

「団長?」

 

お辞儀をしたままでシアラは淡々とそう言う。

あれ、キャラかわった?さっきまでのシアラとなんか違うなー。聞き返したのにスルーされたし。

 

「行ってくださいっです。」

 

暫く黙ってシアラを窺っていたら、ちらりと伏し目から見上げてきた彼女と目が合い強引に押されて扉の中へ。

そんなに怒らなくてもいいじゃんね。

中は竜宮城もかくやという豪華絢爛・・・ではない。ちょっと大きめのお屋敷かな・・・日本家屋というか。

「これ・・・」

 

「うん。」

 

 

「まるで旅館だ。」

 

外観からイメージしていた内装と余りに欠け離れた光景に三人。

アスカムだけは初めて見る雰囲気にテンションが上がっている様で辺りをあちこち弄り廻していた。

扉を開けると吹き抜けロビーを想像していたのに玄関で靴を脱ぐ事に。

そしてさも当然の様にメイドがわらわらとスリッパを持って現れ、スリッパを並べるとメイド達が整列し、

その後ろから貫禄のあるびしっとスーツの男が歩いてきて自己紹介を始めた。・・・これもまた揃えたように全員が色こそ違うけどテカテカしたゴム服で。

もう驚かないよ、エウレローラがどんな風に現れても。

 

「お待ちしてました。俺は親衛団長でアドル。ここではまぁ、・・・エウレローラ様の世話役遣らせて貰ってます。」

 

アドルと名乗った男はエウレローラの世話役だと言った。

やっぱりエウレローラの家がここなんだね。

旅館じゃないよヤクザの屋敷だよ、相当するのって。外観は普通におしゃれな城なのに中はヤクザの屋敷って・・・親衛団長がヤーさんの幹部みたいなアドルなら、団員はチンピラなのかな?電化製品こそ見当たらないけどここは日本だよ。

そう錯覚させるくらい何もかも純和風で今アドルの後ろに着いて城内を案内されているんだけど、廊下の脇には欄間と襖がずらりと並んで何部屋あるんだろう?

 

やっと中庭らしき所に着いたらやっぱり、日本の庭の様なやたら大きい武骨な石をそのまま置いてあったり立派な松があったり竹林が繁ってあったり鹿威しとそれにぴったりのこじんまりとした池があったり。

 

「このミスマッチ感。まるでそうね、ラブホみたい。わたし、落ち着くわ。」

 

何かうっとりと日本を思わせる中庭や、襖しかない廊下を横目にシェリルさんは呟く。

ラブホってこんなところ何ですか?ドラマで見るヤーさんの家じゃないですか?

 

「気に入って貰えて嬉しいですよ。お客人。」

 

「約一人だけだよ、気に入ってるの。」

 

先を行くアドルはにこにこと振り返って、そう言ってまた前を向いた。

そんなことより、わたし達の格好にツッコミはまだですか?誰かが言わないとシェリルさんは着替えたりしませんよ。

 

「でも日本みたいで懐かしいかな。」

 

歩き疲れたのか伸び序でに欠伸をしてヘクトルはそう言った。

この風景は懐かしくもあり、懐かしいわけでもない。こんな庭先ある家はわたしの周りには1人くらいだったし。

ヘクトルはヤクザなんですね、そーなんですね?そんなこと思ったりしないけど。

 

「アドルが作務衣着てたり、紋付き袴だったらそのままヤクザ屋敷よね。」

 

ここまで見てきてのシェリルさんの素の感想なんだろう、ぼそりと呟いたその言葉は的確に、今の状況を表しているんじゃないかな。

 

「ホント。でもエウレローラもね、ゴム服着てたしここの人魚はゴム服が定番なんじゃ。」

 

苦笑いを浮かべシェリルさんの呟きに答えていた。

まず普段わたしの着てたようなポリエチレンや化学繊維が無い異世界にわたし達の思うスーツはどう考えても作成不可能なんじゃないの。

袴とかはシルク?絹、あるのかなー。

 

 

「この中です。エウレローラ女王、客人をお連れしました。」

 

「はーい。」

 

目的の部屋に着いたのか、先を歩いていたアドルがぴたりと立ち止まり、お伺いを立てると中から返事が聞こえ。

 

「では、お通しします。どうぞ、お客人。」

 

襖を引いて、振り返るとアドルはにこにこと笑いながら手で勧めてくれる。

 

エウレローラは居た。熱っぽいのかそれでも着飾って。座布団の上で正座を苦しそうにしている。

見事にテカテカのゴムの様なあの素材で良く作ったなー、和服というか着物。

エウレローラが着ている着物は黒を基調としながらもエウレローラが好きな色何だろうピンクも帯としてラインとしても使い、金刺繍みたいな何かで見事な竜が描き上げられていて、シックな中にも可愛らしさと攻撃性の共存を押し出したデザインでどういうわけか所々シースルーの様に透けて肌が見える。ヤクザの姐さんですか?

 

「崩していいですか?アドル。」

 

皆は気付いたか解んない。けど、わたしは見えちゃった。

エウレローラがアドルに向かって難しい顔をして睨んでいるのを。

 

 

「お客人に無様晒しちゃ駄目ですよ、エウレローラ様。」

 

にこにこと笑いながら、エウレローラの頼みを断るアドル。

 

「だって、もぅ。」

 

言い訳をして正座を勘弁して貰おうと頑張る彼女は涙・・・汗なんだっけ、を流して頼み込んだけど。

 

「だってじゃありませんよ。」ぴくっと眉を動かしただけでまだ笑いを顔に張り付けたままアドルはさらりとエウレローラの頼みをはね除ける。

 

「そんな、一時間もこのままお待ちしてたんですよ、怒りますよ。」

 

「ですから、無様晒さないで下さいよ。エウレローラ様。」

 

綺麗に整った顔をしたエウレローラがアドルを見つめ、困っている表情から少しずつ怒りの表情に変わっていく様はまるで台本に書かれたコントで。

怒ろうと許しませんよと言う笑顔のアドルが段々と凄みを帯びてどこかオーラを纏ったような。

 

「ひーん。」

 

軽く泣きの入った彼女は頬を伝う汗?は七色に光って正座を崩したいのに、できなくてヒクヒクプルプルしながら。

 

「アドルさん、可哀想で見てらんないです。」

 

真剣な顔で言ってやった、どうだアドル。

この無駄な問答いつまで続けるのよ。エウレローラも可哀想だしアドルそろそろ許してあげたら?

 

「甘やかしたらつけあがりますから。相当の振る舞いをしていただきませんとね。」

 

張り付いた笑顔のアドルは凄みを保ったまま視線をわたしに向けて説き伏せる様に告げながら、後半はエウレローラに横目で。

 

「話、聞かせてもらえるかな。」

 

大人しく話を聞いていたシェリルさんが真顔になって、いい加減に話を進めようと口を挟む。

 

すると、アドルがポンっと手を叩いてメイド達がわらわらと姿を表し、人数分の座蒲団を敷いてまた姿を消す。

その間、無言のまま。

 

にこりと笑うアドルがエウレローラに目で促し、どうぞと、わたし達に着席を勧めた彼女。

それにぞろぞろと従って思い思いに座っていったんだけど、アスカムなんで体育座り?あ、シェリルさんも体育座り?座った時にカップがずれたのか右手でついぃっとカップを持ち上げて直す。

 

「地上の人に助けて欲しいのは、竜神様の事なので、ツぅッ!す、すいません・・・」

 

彼女もう限界なんだけど。アドル・・・

 

「ヘクトル?ドラゴン倒せないじゃない。」

 

「違うクエストの時もあるんだろ。大体、人魚と違う。」

 

「エウレローラ、竜神様の異変を見てきて治して欲しいって言ってたね。」

 

あの後、限界を越えたエウレローラが座ったまま前に倒れ込んで場が固まり、アドルがメイド達に目配せをして彼女を介抱し始める一幕も挟んで『龍神様の事くれぐれも、よろしくお願いいたします。』と、アドルから頼まれ、凄みとその場の空気に飲まれて了承してしまうわたしとシェリルさん。

 

そして帰りはメイド達にわらわらと見送られ今は城の扉の外。

話が違うとシェリルさんはヘクトルに突っ掛かっていて、でも怒ってる風でも無い。

ヘクトルも無感情に只、言い訳を伝える。

助けられるなら助けてあげたいじゃん。と、でも皆思ってくれているのかな。

わたしの言葉に反応したシェリルさんは深い溜め息ひとつ。

 

「行くしかないか。」

 

ジト目で見詰めてくるシェリルさんはしょーがないなー。のニュアンスを含めた言葉を吐き出して。

 

「そうと決まったら戦闘準備よ。着替えるからわたし達はあっちの木陰行くから男子はその辺で済ませなさい?こっちに来たら、いい?」

 

真顔で命令を下すかの様に喋っていたシェリルさんは後半眉尻が上がりだし、最後は悪い顔になって『殺すわ。』とつけ加えるとわたしの手を引っ張り、木陰に連れ込む。

 

鎧姿になった彼女は『何でわたし達、水着のままここまで来たんだろうね?ふふっ。』と、笑った。

ここの人達が変わってるからですよ。と、答えると。そうなんだ。とだけ言って着替え終わって催促の声を掛けてきたヘクトルの元へ駆け出した。

 

「で、この底に居るの?」

 

行く事は決まったもののどこへ行けばいいか、わからないのでアドルに聞きに戻った後、わたし達は城の東側の洞窟へ足を向ける事になった。

アドルの言うにはここの奥に龍神様が居るのでと言うこと。

もっと近くに龍神様連れてくればいんじゃん?

 

「お待ちしてましたです。」

 

「シアラ!」

 

シェリルさんの声に気付いて出てきたのか、単に地底湖の時みたいに寝てて、出ていくタイミングを逃していたのか解らないけど、声を掛けてきたのはばっちり深青い鎧姿に身を包んだシアラだった。

この先に何が待ち受けているのかまだわたしは知らなかったよね。

 

 



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黒錬洞

「案内をお任せです。」

 

シアラはそう言って目の前の山肌の足元に口を開ける洞窟へ滑り込む様に足を踏み出した。

それに着いてわたし達も入っていく。仄暗く口を開いた穴へ。

 

洞窟内部は風が吹き抜けていって肌寒い、入り口だからか。

シアラが言うには元々鉱石の採掘目的で古くは、シアラやエウレローラの祖先が住み着く前から掘られていたみたいで、所によっては崩落して先に進めなくなっているんだって。

怖いのは崩落は最近もあって今、崩れ始めるってゆーのもあるかも知れない。

 

黒い壁面を調べる意味も込めて触ってみると・・・指先が触れたら砂や土が崩れて落ちて、ボロボロと。えっ、こんなに簡単に崩れたらダメなんじゃん?危ないよ、ねえー。

 

「何やってんの?早くいくよー。」

 

「あっ、うん。」

 

そだよね。いきなり崩れて閉じ込められたり・・・ないよね?

シェリルさんの声に我に還り後を追う。サラサラと触って無い側の壁面が小さく崩れたとも知らずに。

 

「んー、こっちです。」

 

シアラの案内で別れ道まで来たんだけど。

いまいち信用出来ない・・・かも知んない。

 

この辺りは入り口より広さは広くなってるけど、通路だったのか、通ってきた道は大人ひとり通るのは余裕、ふたりだと避け合いかな?くらいの広さで。

 

高さも鉱石掘ってたくらいだからホントに適当、柱をあちこち十字やバッテンに組んで強度を上げてあるだけマシな感じ。

これはナウ崩れても不思議に思わないね!危険だよこの洞窟。

それにね、あ!出た。

 

「そっち行った。」

 

「はーい。」

 

わたし、ステポ振ってちょっと、ホントちょっと、

強くなった。

今わたしが戦っているのはグリーグスってゆー、甲虫モンスターで。

 

見た目はゴ◯、速さは蚊、大きさはやっぱり◯キ、最悪なのは・・・とにかく飛ぶ!

 

「ていっ、ていっ。」

 

群れて飛ぶ!それをひたすら叩き落として踏み潰す。

泥は拾った棒切れでほぢくり出すけど・・・アイテム化するのは小さな魔石と、甲虫の翅、あれ?たまにバイタル(小)が落ちてるなー。

 

「シアラー。虫出ない道無いの?」

 

「ヤー。贅沢言わないでです。道が崩れてて直で行けないんです。この道であってる・・・です。」

 

不安気なシアラの声に一同はもっと不安だよ!

 

彼女の言う通りここまであちこち崩れまくっててマシな道を探しつつ前進、行き止まり、戻って崩れた壁を何とか向こうへ行けないか?シェリルさんが凍らせて+ヘクトルが穴を開ける、の力技でやっと通れた道もあったくらいで。

 

「また来たー。」

 

「次はコウモリか。」

 

スリングで応戦。引っ張って、てい。引っ張って、ていっ。ふみふみ。

 

ヘクトルが飛び掛かってくるコウモリを避けて、避けて、避けて、剣振り下ろす。

あれ倒せてない?以外と固いんだわコウモリ、引っ張って、ってい。

 

「その調子、その調子。こっちも凍らせとく?」

 

「ヤー。お願いします、です。」

 

壁が柔らかく危ないので、シェリルさんは戦力で無く壁の応急措置。

こんな事で2歩進んで1歩下がる探索でね。まぢお腹空いたー。

アドルが簡単に言うから、シェリルさんに、

 

「簡単そうならパパッと行ってパパッっと終らせて帰ってこよっ。って思うんだけど・・・どーよ?」

 

って言われた時に、『簡単そうにアドル言ってたよ。』なんて言っちゃってご飯後回しにしちゃったじゃん。

責任取れ、馬鹿アドル!

 

今倒したセイム・バットの泥はコウモリの鋭牙、コウモリの羽、鉄塊(小)、おお、鉄だ!レアっぽい。

 

「やっと階段です。・・・面倒なの居ます、です。」

 

何度か行き止まりを例の合体技でぶち抜くと広い空洞に出た。更に進むと、この洞窟最大の広い空間が広がっていた。そこでシアラの声が上がる。

 

シアラの目線の先に視線を移すと今までと違う下へ続くスロープが。

でもその前にネズミだ、しかも人間大の。

 

「お化けネズミ?でもちょっと、見たこと無い色ね。」

 

「倒せば・・・いいんだろ。」

 

赤茶色のお化けネズミがこちらに気付いて醜悪な叫び声をあげる。すると仲間が現れ2匹、3、4匹に。

1匹目に狙いを定めて引っ張って、ってい。その後間髪入れずにヘクトルが垂直斬り、横払い。

次の動きに移ろうとした時にネズミからの、大きく頭上で溜めた爪の1撃を喰らいそうになって。

 

「へっ、食らうか!」

 

叫ぶが早いかバックステップで大きく避ける。

駆けて下から斬りあげる、取り返して払い。

今度は後ろから噛み付かれ・・・あ、避けた、避けた。

 

「ヒール!」

 

アスカムがヒールを唱えて、援護した。

アスカム居たっけ?ヘクトルが1匹を倒して2匹目に挑む頃、シアラは3匹目を相手に、ジリジリと距離を詰めていた。

 

「貫くですっ!強衝貫ですっ。」

 

両手で溜め、飛び込んで来た所を捻りを、腰のひねりを加えた一撃がネズミの腹を貫通し、動きを止める。

脳髄、胸、右の太ももを刺す素早い三連衝でトドメを差し、肉塊に変わるお化けネズミ。

3匹目を倒した瞬間、気を抜いた刹那の時間。

 

「ぐぅうっ!?」

 

後ろに回り込んでいた5匹目に噛み付かれ激痛に悶え倒れるシアラの悲鳴。

 

「大丈夫?ヒール!」

 

「違うっ、この場合は。ペルナっ!」

 

そんなこと言われてもヒールしか無いんだしー。

アスカムが急いで近寄ってペルナを唱える。

すると、激しかったシアラの息使いが収まっていく、段々と。

 

「こっちは片付いわよ。」

 

5匹目をシェリルさんが倒したみたい、見てなかったけど。

残りは4匹目だけ、だけど・・・苦戦してるっぽいね?

動きにキレが無いんだ。

ヘクトルも噛み付かれのかも!!

 

「ヘクトルにもペルナを。」

 

やばいんだよ、やばそうなんだよ。アスカムの肩を掴んでそう言うと彼は振り返り、視線をヘクトルに変えて魔法を唱えた。

 

引っ張って、ていっ。引っ張って、ってい。

わたしだって。

 

「ち、マズったぜ。」

 

全滅させた後、ヘクトルは吐き捨てる様にネズミの骸に向かってイラつきながら

アイテム化したのは黒曜石(小)、黒錬鉱(小)、ネズミのしっぽ、お馴染み魔石。

おっ、小さいけど石といいサイズの魔石ゲット!

 

「シアラ大丈夫?」

 

「うぅん。ヘイキですぅう。・・・ちょっとふらふらするだけです。」

 

「ふらふらするんなら、毒消し貼っとけ、傷口に。」

 

「効きが悪いですね、もう一度ペルナっ!」

 

「ヤー。元気です、大丈夫ですー。さ、行きますですよっ。」

 

シアラは一ヶ所咬まれて、顔真っ青の上、息使いが激しくなっていたのに。

魔人だからか何ヵ所も咬まれ、引っ掻かれたヘクトルの方は戦闘も終わる頃には普段と変わらなくなっていた。

 

ペルナ・・・毒消しの魔法みたいけど、このお化けネズミに咬まれたり、引っ掻かれたりすると起こっていた異常は猛毒。

どうもペルナでも完全に消せてないのかも知れない、シアラの状態を見るに。

 

ヘクトルもシアラも口々に大丈夫と言って一同が安心してスロープに向かおうとした時に異変が起きた。

 

ズズズ・・・ゥズズウン!!!

 

「―――何の音?」

 

「またした。どこか崩れましたね。」

 

「遠いな、耳や感覚のいい者にしか解らないくらいの音だ。」

 

「ま、マズいです。・・・最悪、生き埋めになるです・・・」

 

「えっ?」

 

最初に気づいたのはシェリルさんで、さすがエルフ耳は伊達じゃない!

次はアスカムとヘクトル、遅れてシアラが難しい顔で反応する。

壁に体を寄せてアスカムは犬耳を研ぎ澄ませ。

 

「まだ遠いみたいだ。でも連続した鈍く重い音が聞こえた。ここに来るまでにあったよな?なかなか大きい広場、あれ。まるまる埋まったかも知れない・・・。」

 

何とも言えない表情のアスカムが歯ぎしりをして最悪の予想図を喋るけど、そんな。アスカムの言う事が当たっていたら生き埋めになったって事じゃない。

 

「それがどうしたの。生き埋めにはならない、今は前に進むっ。」

 

「・・・だな。」

 

ふんっと鼻を鳴らすとシェリルさんが命令口調でその場の空気を変え、シアラとアスカムも頷いてスロープを下へ歩き始めた。

何らかの奇襲も考え最後尾はヘクトル。

ま、お化けネズミの後は出てきてもグリーグスやコウモリの群ればかり。シアラとシェリルさんとわたしで何とかなる敵だったから良かった。

 

2階は大して迷う事も、崩落して通れない事も無く3階へ降りて暫くすると大きく廻りに反響する声が聞こえ、

 

「龍神様の声です、もうすぐですよ。」

 

安堵の笑みを溢すシアラがそう言って足を速める。

そもそも龍神様ってどんなドラゴンなんだろ?◯ェン◯ン、まさかね。

 

「ここの先に龍神様いるです。」

 

それは壁。シアラの指差す方を見ると崩落して通れなくなって、大きな岩が塞いでいる。

さっきまでのシェリルさんとヘクトルの合体技でぶち抜けるんじゃない。

 

「凍らせるわよ。・・・アイス・フリーズ。」

 

手を壁に翳し、アイスフリーズを唱えるシェリルさんは余裕顔で。パキパキパキっとみるみる内に氷で覆われていき氷壁と変わった土壁をすかさず取り出したハンマーでヘクトルがぶち抜くとその先には・・・

 



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決戦!!

「くっ、こいつ!倒せない?」

 

「だああああらっしあやああああああ!!!」

 

「ヘクトルも、シェリルさんの攻撃も全く効いてない。」

 

氷壁となった岩の向こうに居たのは・・・龍神様なんかじゃなくて。

龍神様のいる筈の場所は広大な空間が広がっていて、壁のあちこちから大小様々の水晶が飛び出しとにかく暑い、着ている鎧を思わず脱ぎ捨てたくなる程。

 

シェリルさんが飛び出し、ヘクトルが何度も斬り付けているのは全身のほとんどが赤黒い目の無い芋虫か蛇のような姿をしていて、尾の方までは見えないけどウゾウゾと小さな触手が生えている。全身見える限り。正直、見るだけで気分が悪い。

ヘクトルが吠えて飛び上がり袈裟斬りを仕掛けたけれどモンスターにいつもの様にザックリ斬れると言う事は無くて。頭を振り回してぶつけられるという、逆に手痛い応酬を貰う始末。

 

「皮膚を覆う小さな触手は触れるものを腐らせますです。だからっ、ゾイルト!」

 

ゾイルト! 必死の表情でシアラの唱えた水球が勢い良く着弾、余り効いている様子では無いのはヤな感じ。アスカムが何時かのわたしを見るみたいにヒールを連発しているのを見て、ヘクトルにわたしもヒールを掛ける。

 

「口が唯一攻撃が効くのです。でも・・・」

 

びっしりと埋まるように顔の前に牙が生えている口。

それを聞いていたヘクトルが口目掛け斬りかかる。

あ、牙に弾かれた。まあそうなるよね。

 

その上、薄緑色の液体を吹き出すモンスター。それを体をよじってぎりぎりでかわす。落ちた粘液によって溶ける床。

 

「口からも腐廃する体液を吐き続けるのです。腐廃の邪竜・ワームです。」

 

「竜神様?」

 

「勿論違います。食べられたか、身を隠しているのか。今は見えませんです。」

 

説明してくれる難しい表情をしているシアラに、もしかしてと思わず聞いてしまったけど。そんな筈は無いよね、やっぱり。

龍神様食べられちゃったのかな?あ、またヘクトルが口を狙って斬りかかる、ヒールしなきゃ。

そう思った時周辺がぞわっとする程冷たく冷え込む。シェリルさんに初めて会った時感じたあの全身全ての凍る感覚。

 

「シアラ、水を。」

 

「はいですっ。」

 

ワームと言われる目の無い邪竜をヘクトルが一人で惹き付けている状態になっている今。

涼しい顔をしたシェリルさんが婀娜っぽく片手を上げてシアラの水を要求し、魔力の冷気を周辺に生み出す極大の凍気。

さっきまでの暑さが嘘の様に周辺が一気に冷気に包まれ意図を理解したシアラの水球が間髪置かずに連続でワームに着弾し続ける中、シェリルさんの魔法が完成した。

 

「ダルテ!」

 

地底の空間に呪文が響き渡るやいなや周辺が冷気から凍気にまで高まって、必死の形相でシアラが唱え生み出す水球も氷塊となり、ワームの牙や皮膚に着弾し、皮膚に張り付いた触手すら抉り弾き飛ばす。

 

鉄の森でオークの群れを1瞬で沈黙さしめた、強力無比で生けるものを死に追い立てる凶悪なまでの凍気がワームを集中して何度も、何度も襲い凍りつかせ様と炸裂する。

それを凍気の吹き上げるドライアイスの様な蒸気を左の手で避けながら片目を閉じて見ていた。

 

「ちぃっ、まだ生きてやがんな。」

 

嘘ぉ。悲痛なヘクトルの叫びにも似た声にワームを見るとその姿はあちこち凍って動かせないものの口や残った触手は変わらず蠢いている。

 

「腐廃の触手は抉ったから斬れなく無いんじゃない?反撃開始といきましょ!」

 

シェリルさんから軽く檄が飛ぶ。普段の彼女からしたら、ジャブに相当するのか。

 

「まだ動き回れるのか、こいつ!」

 

3割は抉ったか吹き飛ばされて無くなった牙でそれでもワームはヘクトルを襲う。

 

「なにっ!」

 

染みか模様だと思っていた胴体の斑点から、1撃、2、3撃と連続した突きでワームの胴体に斬りかかっていたシェリルさんと、

ずっと頑張って一人でワームの攻撃を惹き付けているヘクトルに液体が降り掛かった瞬間、膝から二人とも崩れ落ちる。

 

「はぁっ、痛いぃぃいっ!猛毒かも。」

 

頭から液体を被ったシェリルさんの顔が苦痛で歪む。すかさずアスカムが近寄りペルナを唱えて、吹き飛ぶ?・・・何事?

と、見れば頑張って居たヘクトルも床に伏せ込んで激痛にのたうち廻っている。

毒液を被った上にワームから攻撃を叩き込まれたのかも知れない。

倒れている三人に満遍なく掛けていく。ヒールをこれで何回使ったか解らないけど魔力疲れなのかダルさが酷い。

 

「うぐぐぐ。あっあああー!」

 

何時の間にかワームの牙に肩を貫かれたヘクトルが、倒れ込んだ床から持ち上げられて悲痛な声をあげる。ワームは動きが回復していた。ダルテを喰らう以前と変わらないくらいに。

痛みを感じないのかこいつ。本能のままにワームは目の前で必死に絡んでくるものに只持てる全てで叩き潰しに来ているだけかも知れない。だから凍った体が溶けて仕舞えばそれだけで以前と同じ動きが出来てしまうのかも。

 

「まだ、まだよ。」

 

宙に持ち上げられて苦しむヘクトルを助けたのはシェリルさんの強烈な衝き、レイジング・スラッシュだ。

 

剣先が刺さった所から朱の光の刃が追撃するようにワームの頭を貫く。頭を貫かれたからと言って何事も無く、鬼の様な形相で突き刺さっているシェリルさんをブウンと頭を振って振り払う。

 

「ゾイルト!」

 

シアラの水球が壁に叩き付けられそうになったシェリルさんとのクッションになって助ける。すぐに立ち上がったシェリルさんがシアラに向かいウインクと親指を立てて感謝を伝える。わたしとアスカムはヒールを掛けるのを忘れない。

 

「はぁっ!」

 

きっ!っとワームを睨みつけシェリルさんが払うように斬り付け、迫る潰れた頭のワームを避ける。

 

「だああああっらああっしやあああああっっっ!!!」

 

吠えたヘクトルが垂直に斬り付け、続く横凪ぎに払う十字斬りでワームの胴を切り裂く?堅く傷は付いても裂けるまでのダメージを負うことは無かった胴体へ蓄積されたダメージがここに来てついに裂けるに至ったのかも知れない。

 

イギイイイイイイイイ!

 

醜悪な叫び声を上げてのたうつワームが復讐の一撃を斬りかかっていたシェリルさんに放つ。

 

「きゃああああああ!」

 

またも頭を振り回して掬い上げるような強烈な一撃を喰らって天に舞い上がったシェリルさんに、更に休みなく追い討ちを掛けるのか落ちてくる所目掛け、口から生えた鋭い牙で串刺しにしようと迫る。

懸命に足場の無い宙で剣を構え牙を払おうとしていた。そこをそうはさせないとヘクトルが飛び掛かる。

 

「死に腐れあああっ!」

 

剣を垂直に振り上げ、ヘクトルがワームの牙に、口に力の限り振り下ろし切り裂く。すると、『く。』の字にひしゃげ曲がり自由の効かなくなっていたシェリルさんをもう狙う事はない。自由落下してくる彼女をシアラの放つ水球が再びクッションになって助ける。

 

天に伸びたワームは牙を伸ばし口を開いていた。そのままではシェリルさんは危なかったけど、決死のヘクトルの特攻とシアラの水球に助けられた。

 

「ゆ、許さないからっ・・・お願い。少し、時間を稼いで!」

 

振り返って鬼の様な形相でワームを睨みながらも距離を取ると一息吐いて、精神を練る為にじっと瞑想に入った。

 

「剣が、溶けるっ!くそ虫がっ。」

 

ヘクトルの剣の刃が溶けて切れ味も何もという感じ。

刃から体液が垂れて一緒に溶かされて刃は殆ど見えないくらい。

その事に暫く前から気付いていたシアラがエンチャントの付与を完成させる。

 

「サンダー・ブレイク!、ゾレスト・ブレイク!」

 

力或る呪詛の付与に依って二股の槍の片刃に、まずパチッバヂィッと言う音を伴って雷電が付与され、もう片刃にズォオオオと言う音を伴って止まぬ激流が付与されたシアラが丹精こめたエンチャントの槍が振りかぶって投げられる。

 

「この槍をっ!」

 

声に反応し、視線だけで槍の投げつけられたのを感じヘクトルが受け止めた。ヒールを受け続けてはいたが、その姿は満身創痍で。

文句は言ってられない、皆疲れている、そう言いたげな目をしていた。

 

「槍は専門外なんだが・・・言ってらんねえか。」

 

持ち手を確認する様にじっくりと、受け止めた槍を握り直す。振り上げながら飛び込んでワームの頭に渾身の力で突き刺すとヘクトルの力に耐えれなかったのか、突き刺さったまま砕け散る二股の槍。

それを見て、え?と吃驚してしまったヘクトルは慌ててメニュー画面から入っていた剣を取り出す。

ワイバーンの牙を鍛えて削り出したヴァイヴァミアの銘を持った真緑の刀身のその剣は、まだヘクトル自身重さに慣れていないのも使って無かった理由の一つ。

 

「ゾンド・ブレスですっ!」

 

ワームの周りに無数に生み出される。ゾイルトよりも一回り小さな水球が幾度もワームの胴体、頭に、全体にぶつかっていく。本能のままに周辺に当たり散らすだけの目の無い邪竜にはそれだけで敵の位置を定められなくなるのかも知れなかった。

 

「かっ、は!これもダメか。この剣で!」

 

動きの止まった邪竜に此れでもか!と慣れない大剣を振りかぶって・・・なんと、叩きつけたのはワームの方だ。ヘクトルは慣れない大剣を振りかぶってワームに届かずに振り払われた形で床に叩き付けられた。

 

ちょうどその前後、地底空間に眩いオーラが走った。

 

「これでっ!」

 

閉じていた目を開くと普段は金色の瞳が蒼く光り、ワームに向かって駆け出す。

 

「決める!」

 

全身に青白いオーラが表れそして爆ぜて、再び握った刀身に絡み付く。それを二度ほど繰返しキラキラと刀身は輝くと、冷気を生み出し凍気にまで引き上げて、

 

「―――エクセ=ザリオス!」

 

一瞬でワームの動きを奪い、蒼く輝くオーラが斬撃となって体液まで凍り尽かせて切り裂く。

 

「よくもっ!やったな!芋虫のっ!くせにぃ!」

 

凍り付けたワームの頭を、刀身に纏うオーラが収まるまで、気の済むまで突き刺し続ける、それでも嫣然とした表情を浮かべるシェリルさんの顔は自分より強いいものさえもを圧倒して喜ぶドSの顔をしていた。久しぶりに見た様な気がするけどそれでもやっぱり凄い斬撃。ダルテでも死に追いやる事の出来なかった邪竜を完全に凍土に封印しちゃった。

 

まあまだヘクトルは納得いかないのかワームに向かって飛び上がり垂直斬りや払い、突き、あらんかぎりに斬り付けている。気の収まるまでどぞ。それだけむかつく敵だった事は解るし、わたしだって剣を持ってたら気の済むまで斬り刻みたいくらいだもん。誰も死ななかったのが救いなだけでわたし以外満身創痍だ皆。

 

ん?わたしのとこまでワームが来なかっただけで決して怖くて後ろに下がってたワケじゃないからね。

そこ、間違えないでね?

わたしとの約束、ね。

 

 

「こ・・・っっ。」

 

コテンっとその場に倒れ込むシェリルさん。

いつものあれだ。使用後は睡魔とバトるして簡単に負けちゃうんだなぁ、いい寝顔だね。さっきまで怖い笑い声上げてワーム切り刻んでた人とは別人みたいだよ。

 

振り返ってアスカムとシアラの二人を探す。

視界に捕らえられないからだ。

いた。入ってきた壁に穿たれた穴の近くまで逃げてきて・・・そこでリバースしたんだね。

わたしもそうだよ、魔法疲れって言って良いのかこの吐き気は。

魔法酔いなのか?とにかくシアラの介抱をアスカムは受けながらリバースちぅ。シェリルさんはすやすやお昼寝ちぅだし。ヘクトルは相変わらず斬り付けるの止めないし。

 

「ワーム・・・どうしよぅか。」

 

泥はヘクトルが気が収まるまで待ってみようと思う。

ヒュドラの時は、かませみたいな魔石しか泥は無かったけど、目の前のワームは実体がある。是非にも期待しちゃうよねー。

 

「シアラ、龍神様どこ?」

 

いかんいかん、目的を忘れてた。ここに来たのはワーム退治じゃなくて龍神様に会いにきたわけで。

 

「ヤー。気配はあるです。何か事情があって姿出せないのかもです・・・」

 

龍神様ってシアラの、エウレローラの神様じゃ無かったっけ?姿を出せない事情ってなんなの。

 

「出てきなさーい。」

 

変わらず返事は無い。

 

「ヘクトル。」

 

「ん、なんだ?」

 

ここに来て会えないで帰れない。やっちゃえヘクトル。

 

「この部屋壊しちゃっていーよ、ね?龍神さまー。」

 

やっぱり、返事は無い。

気配はあるって言うんだから生きてるし、居るんだここに。

やっちゃえヘクトル。

 

「神様の祭壇じゃ無いのか?」

 

「やっちゃえ、ごーごー!」

 

その時だ。

 

「ちょっと!待ってて、待ってみて。」

 

天井から女の子の声がして暫くの間を置いて緑の髪を束ねた小4くらいの、眉を吊り上げた気の強そうな女の子が降りてくる。

 

「『●ピュリティ・ドーテだって。』何かな?」

 

「マナだな。」

 

「え"!」

 

本気で祭壇を壊すつもりも無いわたしとヘクトルの芝居だったわけです。

わたしは泥漁りを、ヘクトルは床に座ったまま。

何処からか耳をそばだてて此方の会話を聞いてんじゃないのー?と、思ってヘクトルと一緒に、龍神様を騙して誘きだしたの。

 

「ヤー。龍神様の気配です。」

 

シアラの指差す方には天井から姿を現した気の強そうな女の子が。

 

「あの、ちびっこが?」

 

そうね、大体わたしの腹くらいかな身長。こんな子が龍神様ー?

 

 

「観念したわ、龍神と呼ばれておる!しかし、もう幾年訪れる者のおらぬ只の老いて弱った竜よ。」

 

目を細めて龍神様はぽつりぽつりと喋り始める。ちょっと、話が違うような。ちびっこは自分を龍神と言い、何年も誰も来てないって。振り返ってシアラを見咎め、話おかしくない?と念じる。

シアラは電波でもないから特に何も伝わらなかったけど。

 

「ちびっこが言う事はホントなの?」

 

今度は声に出してみた。これでわたしの言いたい事は解って貰える。

 

「ホントです。洞窟自体、最近まで立ち入り禁止だったです。」

 

何とも言えない顔で頭を掻きながらシアラは喋る。

 

「いつぞやこやつの気配、匂いは外でしていた。」

 

ビシィッと指差す方にはシアラが。

 

「立ち入り禁止ですと書かれた場所は・・・入りたくなるです。」

顔を真っ赤にしながら照れて俯く。

 

「加護も祝福も与えてやる事は出来ぬ名ばかりの神とはいえ寂しい事よ。祭りも幾年無く、その上大切な祭壇もそこの邪竜に暫く前に奪われ、出来る事など何一つ無くなったわ。その様がコレよ、力を無くし姿も消えるか・・・の我を何とか助けたのはそこの童の好奇心じゃったのだの。天井の隅でやっと生き永らえておったのだよ。」

 

喋りながらトコトコと歩いて来て、シアラの所まで来ると、

 

「座って、抱かせておくれ童。我を生かしたのは童の、好奇心とは言え想ってくれた心だからのう。力の無くした我には抱いてやるくらいしか出来ん。」

 

いやいやいや、どうみてもシアラを座らせた龍神様の方が抱かれてますよ。

龍神様、頬を朱に染めてるしそんなに嬉しかったんですね。命の恩人に抱っこされたかったのね。それとも抱き寄せようにも手が届かないで恥ずかしいのかな?

 

何とかめでたしめでたし。かな?

 

「そう言えば、帰る道無いよね。」

 

めでたしめでたし、じゃない。道塞がってるの!

 

 

「そうですか。竜神様は姿を・・・」

 

「シアラとも話をしました。少し時間を下さい。」

 

眉を寄せて困り顔のエウレローラには取り敢えずそう嘘を付いて置いた。

このちびっこが龍神だとかニクス達は信じないだろう。それでもシアラだけは目の前で見ているので龍神と解っている。

それだけではない。懐かれていた。

 

彼女の掌をぎゅっと握り締めて燥いでいるのが証拠だ。

 

 

 

 

あの後で、力を無くした龍神様はわたし達を引き連れて祭壇まで歩くと、シアラに指示をする。と、祭壇が割れて何やら階段が。

隠し階段はを降りると今度はぐるぐるとスロープを登ってゆく。着いた先は城の裏庭ってオチだね。

 

信仰を集めていた頃は龍神様自ら、この隠し通路を使って城の戦士や兵士に激励に行ったり、近隣を荒らす魔物を鎮めに行ってたりしたんだって。

すやすやしてるシェリルさんをヘクトルに任せて残りのメンバー+龍神様で謁見とゆうか報告に行ったわけ。「取り敢えず、お腹空いたからご飯だね。もう外も暗いし。」

 

チラッチラッと横目でエウレローラを見る。女王なんだよね?いいもの食べさせなさいよ。と、言う念が通じたのか、わたしが食い意地の張った顔をしてたのかどうか。

 

その夜、盛大な宴がエウレローラの名の元に開かれることに。やったね!

 

城の大宴会場。百畳ほどの畳が敷かれた、旅館の宴会場にも見えるそこに足の短いテーブルが所狭しと並べられその上には、大皿の上に色とりどりの食材が乗せられており、そんな大皿が百枚以上テーブルの上に乗っている様はまさに宴会。

 

悔やまれるのは最も活躍したヘクトルは早々に酔いつぶれ、そもそもお昼寝ちうなシェリルさんは襖と寄り添う所しか見てない・・・

 

そんな中もの凄い食欲で一人で大皿を何皿も平らげていたのがアスカム。

ああ、もう凄かったのなんの。シーター族が食べ物を前にすると?顔をほぼ犬化させるなんて知らなかった。

皿をひょいと持ち上げるとーザラザラと、ばっくり開いた大きな口にぺろりと消えてしまう。

 

酒好きなのかボトルを一気に犬口に流し込む様は元気なシェリルさんが見たなら勝負を挑む所だったかも知れない。酒好きで暇ならディアドの店でボトルを空にしてるらしいし。

ま、アスカムは2本一気にだからスピードだと敵わないかもね。

 

「よう、遠慮無くやってくれよ。シアラから聞いたぞ、ワームをやったんだってなあ。」

 

「あ、アドル。遠慮なんて無いよ、でも大皿1枚が限界・・・」

 

アドルは笑いながらそう言って去っていった。わたしの返事は聞き流された感じ。

皿を平らげて気付いたけど日本食に酷似している。何の肉か解らないけど美味しかった唐揚のようなもの、どんな鳥の卵を使ったのか日本で見るどの卵焼きより十倍は大きな卵焼き、何の肉か解らないけど肉団子、そもそもカルガインでは見ることのない米を使った寿司の、ネタは海は遠いので川魚を使ったのかも知れない、とにかく色見は日本で見るそれらに酷似している料理。

 

わたし達のような迷い日本人が来ていたのかも。

それで料理のレシピをニクス達に広めたのでは?そうとしか思えない料理の数々がびっしりと並ぶ。

 

食材が違うかも知れないけどね。等と、思案を巡らせていると肩をちょいちょいと触られる感覚を覚え振り向くと、

 

「ヤー。どうです。楽しんでますです?」

 

酒の匂いをさせながらぐでんぐでんの顔をしたシアラが立っていた。着替えたのか鎧姿でもカットソーでも無く、素敵な青いドレス姿に身を包んで。

 

「あ、うん。もうお腹いっぱーい。」

 

そうだ。そのことを気にならないワケが無いので聞きやすいシアラに聞いてみる事にする。すると、

 

「えーとですね、・・・大昔に神様から教わったらしいです。確か、塾でそう習いましたです。」

 

いやいやいやいや、神様が唐揚とか肉団子とか教えるってどぅよ?迷い日本人を神様と崇めてたとかなら解らない事も無いかな。

その前に塾って。

ニクス達は知らなかった事を色々教えたんだろうその迷い日本人は段々と神格化されて行ったみたいな。

そうだ、きっと。それで城内もその神様化していった日本人が喜ぶからとかであんなに日本依りの城内になったんじゃない?完璧。

 

「それで、神様はどうなったの?」

 

日本に帰れたのかな?もしかして龍神様みたいに此処に居着いてたりして。

しかし、そんな考えはすぐに打ち砕かれる。何故なら、

 

「可笑しいこと言うです。龍神様は龍神様です。ね?、シファ。神様は神様です、習ったのは『神々しい声』が聞こえてですね、頭の中に神様が宿ったと言われてるです。」

 

シファ?見ると足元にちびっこ龍神様がシアラの裾を引っ張って寝むそうに大きな欠伸を一つ。

なんだっけ、神様は声がしてニクス達の頭に宿った?なんだそれ、ニクスの人数分神様が居たのかな。

 

「ありがと。シファってちびっこの名前?神様っていっぱーい居たの?」

 

シアラの言う事が間違っているわけじゃないだろうけど。ちょっと解らないな。

迷い日本人だと思うんだけどなー。頭の中に神様が宿ったってのが理解の出来ないとこなんだわ。

 

「ヤー。名前が無いっから付けてくれってせがむです。だから私が名前付けたんですよ、シファって。いい名前です?神様はですね、一人です。神様の影響でニクスは男が料理上手なんですよ。」

 

えーとね、待って。そっかシアラが名前付けたんだね、いい。可愛い名前だよ、良かったね龍神様。

わたしはいいこいいこってシファと言う名の龍神様の頭を撫でてやる。シファは目を閉じて心地良さそうに撫でられっぱなしで。

それはいいんだけど、頭の中に宿った神様が一人ってつまり?

神様の声を聞いたのは一人って事なのかな。えーと、つまり?

姿の無い声だけの神様は迷い日本人って事にするとばっちり完璧になるんだけど。声だけが聞こえて、それが一人しか聞こえないって何か携帯みたいな感覚?

一人で思案を巡らせるけど結局、それ以上の想像も浮かばないし、二人と相談してみよう。

 

「あ、シアラ。エウレローラはどこ?」

 

神様の事は後回し。今気になったのはこの場に女王のエウレローラの姿が消えてしまっていること。

宴が始まった頃は、乾杯の音戸をアドルに強要されて取っていたのに。

 

「女王様です?たぶん、酒に弱いから廊下にでも出てるです。」

 

そっか、酒弱いのか。んで、この場から離れて料理食べてるんかな。

じゃあ、エウレローラにも挨拶ついでに神様の事を聞いてみよっと。シファの頭を撫でていた手を止めるとシファはびくんとして首を左右に振りこっちを見上げてくる、可愛い。

 

 

シアラとシファにひとまずの別れを告げてエウレローラに会いに廊下に出ると、居るわ居るわ。ぐでんぐでんの酔っ払い連中が。廊下で寝ると風邪ひくよ?風邪あるのかな、こっち。

ま、いいや。お、居た居た。エウレローラは庭石の上に座り込んでいた。

今夜のお召し物は、透けるような白いゴムのドレスに金色のコルセット。

逆光の様に真ん前から月明かりを受けて神秘的に光るドレス。カエル皮は光沢あるから際限無く輝くわ。金色のコルセットもエウレローラの纏う雰囲気にぴったりハマって。鳶色の髪がやんわりとそよ風に棚引くのも。何を思うのか朱が差した眦に憂いを帯びるのも。思わず、息を呑んでしまうくらいには庭の風景と相挨って絵になっていた。少し、酔ったかな?くらりとする。

 

絵のエウレローラも直に失われてしまった。わたしに気付いた彼女はこちらに手を振って駆けてくる。

 

「エウレローラ、ちょっと話いい?」

 

「構いません。」

 

「あれ、なぁに?」

 

「お月さまですわ、今夜は天界樹も見えますわね。良い月夜です。」

 

神様の事なんかブッ飛んでしまってね。こんなにゆったりしてても異世界に居るんだなあって思わせられる光景はこんな所にも。

わたしが指差す先にはお月様が出ている。

月明かりが眩しいくらい・・・自発する月ってどうなの。

 

月は五つ。その内一つは真っ赤に自発し、その内一つには覆う様に少し影が付いている。エウレローラが言うには、影が天界樹という感じで。

こっちに来てからこんなにゆったり月夜を見る事無かったしね。星空を見えなくするくらい紅く自発し輝くお月様。綺麗と言うより恐怖心を煽っているかの様な。

彼女が言うには恐怖の大王が空に幽閉される為にいくつも月が必要だったんだって。そして、総ての月は支え合ってるんだって。

それから、ハイランド人の祖先が今も月に居るんだとか、七つあった月が何かの拍子に二つ墜ちてきて一つはハイランド人の祖先が乗ってて。

もう一つは沈んでしまって海の底。えっと貴女達は人魚でしょ?探しにいけるんじゃない。って言ったらね。

 

「わたしは泳げませんが。海の底を見に行くニクスは居ますわ。それでも未だどこに墜ちているのか解っていないんです。どちらにしても、わたしには無理な話なので。」

 

そうだった。カナヅチなんだったエウレローラって。

ごめん、忘れてた。ホントごめんなさい。

 

「謝らないで下さいませ。余計、惨めに思ってしまって泣けます。」

 

久しぶりに見た、カナヅチで泣く人。ニクスで泳げませんって、種を完全に否定しちゃってる感じだし、わたしには解らない、理解しようが無い大変な気苦労があるんだわ、きっと。

虹色に輝く粒を流してぐずっているエウレローラはちょっとシュールに見えて笑った。

 

 

 

翌日、起きてきた京ちゃんはとっても不機嫌でしょう。それを想像して思いだし笑いならぬ予想笑いをしてしまう。食べ物の恨みは恐い。なんちゃって。

 

 



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雨降って大嵐が過ぎ去りました

「そうかー、そーなんだー。」

 

うん、料理を一人で食べたの悪い、悪かったって思ってるから許してよ京ちゃん。さっきから言ってんじゃん。起こしても起きなかったんだし。

 

「ふーん。よかったぬー」

 

良くない良くない。京ちゃんが絶体良くない顔してるから。許すつもり無いよね。こんなに謝り倒してるのに。これ以上ないくらい悪いって思ってるから許してよ、ホントに。

 

「こっちは寝ててお腹空いてるってゆーのにねー。」

 

唐揚も食べて悪かったよ、お寿司も。どこまでも平謝りしてるじゃん。わたしまだパジャマのままなんだよっ。

 

「じゃあー、ワーム倒したのは誰だったのかなー?」

 

京ちゃんだよ、京ちゃん居なかったら皆ヤバかったよ。だから感謝してるってば。ね、起きて即土下座で頭あげれなくて説教受けてんだよ。これ以上の謝り方はわたしには解らないから。ってか、京ちゃんに強制的に土下座させられたわけだけど頭あげずに平謝りなのはホントにホントにホントーにわたしが悪いって思ったから自主的にやってるんだよ。・・・もう、許してよ。足が痛いよ。

 

「解ればいいんだ。宿のご飯も美味しいし。お米食べられるだけで充分だわ。」

 

やっと許して貰えた時は、泣いて顔から出る液体全部出てる状態でした・・・朝一でどこまで追い込むんだよ、鬼だね。鬼みやこ。

そんな私を見て満足そうに微笑む京ちゃんはどうみてもいじめっこのそれです。爪先で顎クイやるなんて。

 

「それで、相談したい事があるんだけど。」

 

宿のご飯を食べ終わって落ち着いた京ちゃんに朝の事もあってちょっとビクビク話し掛けた、その時。

 

 

 

 

誰かー。誰かー。誰かー。

「これって、エリアチャット?」

 

エリアチャット、名前の通りエリア全体に届くチャットで、街の外からのチャットも空にオレンジ色の文字で表示されて中で見れる。

不便なトコは1度エリアチャットをするとしばらく出来ない仕様で、こっちが気づいて返事をしたら相手が移動してもう居ないって事で。

 

「誰かが迷い込んだのかな?」

 

京ちゃんは、さあねと言って透けるような酒をグラスで飲んでいる。飲んで即気に入ったみたいで小さい樽一つ買ったよ、この成金様は。

 

「返してみたけど。うーん。返事無いね。」

 

「近くに居るのは確かなんだけど、エリアチャットは範囲広い癖にずれると相手に見えて無いからね・・・」

 

その後、エリアチャットが飛んで来ることは無かった、

 

「さっき言ってた相談って何?」

 

グラス片手にケロっとした顔で呟く京ちゃん。そうだ。京ちゃんに話さないといけない事があった。

 

「シアラと姫様がそんな事を。」

 

京ちゃんの寝てた間にあった事で話さないといけないかな?って思った事を説明すると、

 

「その神様と会ってみたいけど、」

 

当然そうなるよね。でもそれはちょっと無理。大昔に一度きり、しかも声だけで現れた神様で誰も会ったことも顔を見たことも無いんだから。神様っぽいって言えばポイよね、精神的存在って感じがして。

 

「だよね。龍神様居たんだったら、知ってないかな?大昔の神様のこと。」

 

大昔に神の声がこの人魚の街に齎した日本食に似た料理の数々と、城内や街のあちこちに見られるどこか懐かしい日本ぽい風景。外見は彼等が暮らしやすいようになのか瓦が無いのか酷くシンプル。

開けてびっくりほとんどの家に襖があり、ちょっと前の日本の暮らしが其処には見られる。

 

「それじゃ、わたしも会ってみたいし龍神様に会いにいこ。」

 

「ヘクトルも行く?」

 

視線はわたしに向いたまま横に座っている、樽からグラスに透明の酒を注いでいたヘクトルに問い掛ける京ちゃん。

 

「鍛治屋と話したくてな、そっち方面行ってみる。」

 

好きにしてくれって感じだ。

 

「あっそ。」

 

口に出すと椅子を立ち上がり、わたしの首根っこを掴んで歩き出す。

 

「じゃ、いこっか。」

 

ちらりと横顔を見れば酒が入っているせいか朱が頬に浮かび上がって小悪魔のような微笑みを見せて。

 

 

 

 

「この子が龍神様?」

 

シアラは親衛隊の隊舎で警邏から帰って遅い朝食を帰りを待っていたシファと食べているトコだった。

隊舎は城の西側、森の突き出して来た民家の無い静かな場所に建っている。

隊舎の窓から覗き込むとちょうど他の隊員は出ているようで見当たらない。

 

軽く朝の挨拶をお互い交わして空いている椅子を借りてシアラと同じテーブルに付くと、シファの頭をくりくりと撫で上げていた京ちゃんが、

 

「可っ愛いー!何かきつそうな瞳も、・・・あ。何でも無い。」

 

頬を擦り合わせてから両肩に手を置いて見詰めると、婀梛っぽく瞳を濡らしてゴクリっと生唾を飲み込んでから口ごもる。

何を言おうとしたの?途中まで言うと後半は口ごもって苦笑いを浮かべ喋るのを止める。

 

「龍神様、大昔からここに居たんだよね。」

 

目を点にして吃驚していたシファは我に還ると頷く。

 

「ここさ、わたし達の国に酷く似た物が多い気がして、ね。それで、ぶっちゃけシアラの言う神様って日本から来た迷い人なんじゃないかなって。」

 

興味津々に食い気味にシファをじぃっと見詰め京ちゃんが質問を投げ掛ける。

日本人に限りなく近い何か。シアラから聞いただけじゃ得体の解らない神様ってしか。

 

「何を話せば有益なのかはわからぬ、我にはその神の声は聞こえ無かった。届かなかったのじゃろぅな。」

 

京ちゃんを見詰め返すシファの可愛い口から畏まった喋り口調で喋られると何か違和感があったり。

 

「聞こえ無かったんですか・・・」

 

神様なら神様同士解るものなんじゃないの。

 

「残念じゃがの。ちょうど春になって森の生き物が活気づく時期で我も祭壇を離れ、ここからも遠かったのが仇になったのかもわからん。」

 

俯いてモジモジしながら一生懸命喋る幼女、中身は人魚の街の歴史の生き字引。

 

「だがね。当時の事は憶えておるのよ。神の声を聞き頭に宿した者の事も、の。」

 

チラッチラッとこっちを見ながらも視線を膝の上で動かしている指先に戻す。

膨大な記憶の海から少しずつ、問われる先の事柄を探しているようにも見えた。

 

「それって、」

 

「どんな人だったんです?」

 

わたしと京ちゃんはシファの思い出話を中断して問い掛けた。

 

「いざ話すとなると長くなる、のう。まだここに人魚達が棲みかを移してそうは経って無い頃の話よ・・・」

 

「長話をテーブルを占領して続けるのは他の子達に悪いです。上司も帰ってくるです。今日はもう引けるので部屋の方に行きますです。」

 

シファが場を外していたシアラにちらりと振り返ってまた、視線を指先に戻して喋ると、長話になることを解っていたようににこにこ笑うシアラは早引きをしたから部屋に移動しようと言う。

 

長い、長くなるとは言ってたけど、長すぎるよ・・・昼前に来たのにもう陽も傾いて。

シアラの部屋に移動してしばらく。人魚が棲みかを追われてここを安住の地にした頃から始まり・・・

城が建った。

 

「・・・で、城が立ち・・・」

 

「そうだ。そろそろ休憩いれましょ、そうしましょ。」

 

痺れを切らしたように苦笑いを張り付けた京ちゃんがシファの語る人魚の歴史を中断した。ぐっじょぶ。

思わずわたしも親指を立てて感謝する。

 

「まださぁ。城が立った話なんだけど、いつ終わるのよ?」

 

「長いよね〜。」

 

休憩に入ってシアラが用意してくれたお茶を一口含んでから。

わたし達はシファに悪いのでヒソヒソ話をしている。

 

「流石にヘクトルも帰ってきてるわよ・・・龍神様ぶっ飛ばしたくなってきたんだけど。」

 

そうとう京ちゃんはイライラが収まらない様子でぎゅっと握った拳がプルプルと震えていた。

 

「いやいやいや、我慢して京ちゃん。」

 

慌ててシファを睨んで拳を振り上げる京ちゃんを止めるわたし。

 

「お茶飲んで落ち着いて。シアラ、お茶、おかわり。」

 

キレ気味の京ちゃんを落ち着かせようと御変わりを催促した。

自生していたのか探して人魚達が育てているのか日本茶のような、そんな懐かしい味。

 

「茶葉は南東です?北です?」

 

お茶の種類じゃなくて茶葉をシアラに聞かれる。そんなとこも日本ぽいんだー。茶葉の名前が生産地だなんて。

 

「ズズッ、で。どうする?明日にしようか。」

 

御変わりを飲んで、落ち着いたような京ちゃんにお茶を啜りながらそう言うと、

 

「それがいいかもね。シアラ、お茶ありがと。」

 

「明日また聞かせてね。ばいばい、またね。シファ、シアラも。」

 

さっさとお礼と挨拶を済ませて部屋を出ていく京ちゃんに、追うように二人に挨拶をして出ていくわたし。

シファの話が長すぎてわたし達二人共辛くなってたのは事実。

明日も長話になるとヤだなー。

 

「どうだったの?」

 

宿に辿り着くと他の客に紛れてヘクトルが既に焼き魚とご飯と何か麺のようなソースまみれの料理を食べていた。

宿の1階は朝、昼、夕と食事を出す食堂もやっているから食事時は喧しいくらいに人が多い。見た目は人魚に見えないけど、エルフやドワーフが居れば目立つのが人魚の街。

ぐるり見渡せば皆そろってゴム服ばかりなんだけどたまに革服を着た人も。そうだった服装や容姿は日本と似てもつかない、人魚の街のこんなとこを思いだし、一人ニヤつく。

 

先にテーブルについた京ちゃんを追って席についたら。ヘクトルが追加注文に男の店員を呼ぶ。

それを見てメニューから京ちゃんはグリル肉、玉子丼、生刺しを頼んだからわたしもメニューを見返して卵焼きに肉かけ丼、それに隣のテーブルで美味そうに客が食べている麺料理を指差して頼んだ。

 

 



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のんのんな時間

「うん、ダメだった。やっぱりカルガインか直接ドワーフに持ち込みになるか。」

 

頼んだ料理がまだ来ないのでヘクトルが口をつけていない何やらソースまみれの麺料理を摘まむ。美味しっ。

それにしてもやっぱり箸なんだよね。日本ナイズされてるからか。さすがに割りばしは無いんだけど。

 

「ゲームなら性能が下がるだけなのに。」

 

川魚を塩焼きにしたのにも箸をつける。うん、まずまず。欲を言えば醤油が欲しいかな。京ちゃんは自分の樽からグラスに酒を注ぎながら話を聞いている。グラスは2つだからヘクトルの分もなのかな。

 

「完全に使い物にならなくなってるのはわかる。それなりに思い入れあってな。」

 

確かに使っていた剣は溶けて刃が無くなってたから、あれじゃ何も切れないよね。刀身も短くなってたけど、直せるの?疑問だわ。

ヘクトルは注いで貰ったグラスを受け取り1口含み嚥下するとポツリポツリ喋った。

 

「言いたい事わかるよ。わたしにも思い入れあった剣、・・・別の剣にされた事あるから。断りもなくね。」

 

グラスを持ち上げ口に付けた時に、店員が料理をテーブルに運んできて並べ始める。それをちらりと見てぐいとグラスを空ける。

 

「地味に酷いな。フレに、か?」

 

運んばれた料理を見て食事の挨拶を済ませるとヘクトルの箸がソースまみれの麺料理を掴む。

美味い、美味いと声をあげながらぢゅるるるっと麺を口に運んで。むっちゃむっちゃさせながら喋ると京ちゃんが片眉をついっと上げてチョップを脳天に叩き込んだ。

 

「行儀が悪いって言われなかった?・・・契約神よ。」

 

店員が料理を並べ終えるのを待ってて食事の挨拶を再び皆で済ませていざ料理を頂く。いただきます。美味っ美味っ。この油でギトギトな麺料理はなんだろ?スープ無しのラーメンみたいな。昨日は城でいいもの食べたけどわたしの喉や舌が求めてるのはこんな味。

ディアドの料理も、ごめん。マズく無いだけで物足りない味なんだよね。

 

朝だってメニュー見て濃い料理があるのはわかってたけどさすがに朝からは。

昼は軽く隊舎で出されたご飯を頂く事になったし、京ちゃんに取ってはノルン初の手の掛かった日本料理ってわけだし。

それは何食べても美味し美味し唱えっぱなしになって不思議は無いかも知れない。

始終満面の笑みを浮かべて周囲の目も気にせずご飯を食べ終えた京ちゃんは改まってヘクトルに釘を刺す一言を呟いて彼が頷いたのを見た上で続きを話し始める。

 

「ああ、それは残念だな。」

 

ぺろりと指についたソースが気になるのか舐めとると軽く返事を返したヘクトル。そーゆー態度を続けるのは京ちゃんを怒らせる元だからやめよーね、うん。

 

「鍛治屋に何日も通って作った一振りだったのに。」

 

何度目かの中身を嚥下したグラスをテーブルに置いてヘクトルを睨みつつ。

注がなくなった京ちゃんに気づくとヘクトルは面白く無さそうに追加の樽を頼んで、メニューと睨めっこ。追加の料理も頼むみたいだ。もう、入んないからね、わたしは。

 

「・・・ゲームの金で腹いっぱい毎日食えるから俺はいいんだぜ。」

 

仄かに酔ったヘクトルがそんな事を呟く。おそらく本心じゃないかな。ヘタな事をしない限り死なない魔人の体を持ってるんだし、ノルンでのあれこれがコイツには楽しくてしょーがないんだもん。

 

酔っ払い二人の話も長い・・・わたし、その話わかんないし!

 

「もう寝るね。」

 

「おやすみー。」

 

「俺もう帰りたいんだがな。」

 

追加の樽と遅れて料理が運ばれてきて両手で顔を覆いうんざりと、わたしは。

立ち上がろうと椅子を下げると二人から声が上がる。うん、おやすみ。それは良いとして、ヘクトルなんで?こんなに美味いご飯が食べられるんだからもうちょっと、ここでゆっくりしたいよ。

 

「龍神様の話にヒントありそうなんだよ。」

 

ヘクトルに向かって諭すようにそう言うと、

 

「飯は美味いんだけどな。やることが出来たんだよ、あっちで。」

 

こっちを向くでもなくむっちゃむっちゃさせながら答える。

 

「ヘクトルもやること無いならきたらいいじゃん。」

 

そっちがやることなくてもあるんだから、こっちはこっちで。

 

「あ、そーいえばアスカムどうしたの?しばらく見てないけど。」

 

あ゛。居なかったね、そう言えば。

 

「・・・忘れてた。きっとまだ城に居るんだと思う。」

 

「あー、なるほどね。じゃあ、明日シファに話早くしてもらってから迎えに行きましょう。城の料理も食べてみたいし。」

 

「解った、明日は着いてくよ。転位アイテム、ここでは何故か反応がないから。」

 

「・・・何、それって。ヘクトル抜け駆けして帰るつもりだったの?」

 

衝撃の一言。コイツ抜け駆けして一人で帰るつもりだったんだ。二人はグラスを傾けながら終わらない話を続けている。

 

「試し、な。それにな、俺が必要そうな場面になっても・・・剣無いだろ。ここには剣が売ってないし。鍛冶屋は剣を打ったことがない。」

 

悪びれも無いように淡々と弁解をするヘクトルにイラっとしたのか京ちゃんがチョップを脳天に軽く落とす。

 

「わたしのアイテム箱の肥やし渡すわよ。初期に使ってたツヴァイハンダーかクレイモアあるんだから。言ってくれたら。」

 

そう言うとヘクトルから手を下げて、メニュー画面から長物の剣を一振り取り出してヘクトルに『ん』と突き出す。

 

「ごめん。お前から貰うって考えは無かったな。」

 

「いいって。相談さえしてくれたら話乗るってだけのことよ。」

 

「わたしも武器欲しいなー。ずっとスリングだけだし。」

 

「言ってくれたら剣でも、槍でも、弓でも買ってあげるのに。」

 

「・・・シェリルさんに頼ると、後が怖いもん・・・」

 

岩風呂でみやこちゃんが言ったこと忘れない、わたしは。

 

「そういうこと言うとそういうことにもなるわね。」

 

岩風呂での事を京ちゃんも思い出したのかわたしを見詰め艶っぽくぺろりと舌舐めずりをして、グラスを飲み干す。

 

「そーいえば温泉とか無いのかなー。」

 

そんな京ちゃんを見ちゃうとビクビク震えて、言葉も出なくなるよ。思案を巡らせ、話題を変えようと温泉の話を振ってみる。

 

「さあね、聞いてみたら?シファに。」

 

チッと舌打ちを一つ。視線をわたしから外すと並べられた料理を摘まむ。

今度こそおやすみなさいの挨拶をして2階に上がってベッドに滑り込むと安心して直ぐに寝落ちてしまったみたい。

「さてと、おはよう。」

 

「ああ、・・・うん。おはよ。」

 

次に気付けば朝になっていて起こそうとしている京ちゃんの顔が目の前にあった。

あれだけ飲んでて寝て起きるとケロリとしている京ちゃんは凄いなと正直思う。付き合って飲み続けたんだね、ヘクトルは辛そうに部屋から出てきたし。わたしの顔を見て、ああいうのは蟒蛇って言うんだ、だって。ウワバミ?

 

「おっはよーう。元気?シアラ、シファも。」

 

シアラの部屋を三人で訪ねるとシファが振り向いて迎えてくれる。

シアラはちょっと出てるみたいで姿は見当たらなくて。

 

「で、昨日の続きなんだけど、もう少し抜き出して話してくれないかな?」

 

こらこら、幼女に凄むのは止めなさいって。中身が幼女じゃなくてもプルプル震えてるのは幼女なんだよ?それに、この辺の神様なんだよ、シファって。

忘れているかもだけど、龍神様だもん。

 

「ううむ、・・・なるだけそうする努力をしてみようかの。」

 

京ちゃんを難しい顔で見詰めながらシファがわたし達に話し始めた。

 

「ジジババ喋りもなるべく無しの線で、ね。」

 

嫣然とした笑みを浮かべ『ね』と言う京ちゃんに目を点にして震え上がる龍神様を見てにやけてしまう。

可愛い。想像だけど龍神様にこんな事をする人なんて、京ちゃんが現れなかったら居なかったんじゃないかな。だから、免疫・・・無いんだろーな。

 

「が、頑張る・・・ゴクッ。」

 

食べたりしないよ、怖いだけだから。って、安心出来ないよね。免疫無いってそれはつまり、天敵だもん。

 

「城が建ったんだけど、・・・喋り慣れないな、えーと。神の声を聞いた男を男の知り合いが我の、私に連れて来た事で神の声がした事を知った。」

 

京ちゃんの顔色を窺いながらビクビクしつつ、伸ばした膝の上で指先を遊ばせる、あの記憶の海を探る仕種をしながら言葉を選んで話し始めた。

 

「男には神の宿った頭で作った卵焼きを馳走になった。卵焼きは初めて食べたものの絶品で。おっと、余計な事は話したらダメでした、ね。神の宿った頭でも作れなかったものがあると、男は言うので皮を手渡して絵を書かせて見た。で・・・」

 

ビクビク顔色を窺っていたシファの顔色がぱあっと明るくなった。絶品の卵焼きの味を思い出してるのかも知れない。

そこでちらりと京ちゃんの顔色を窺ってビクビクっと小気味に震え、話を続けた。

 

「その男の書いた絵を覚えてる?見たいんだけど。」

 

遊ばせている指先を握ってシファの顔を見詰める京ちゃんの団栗眼はぐうっと力が籠って。

龍神様が怖がってるから。ね、止めようね。そういうこと。

 

「ううむ、此のような絵を我、私は見たことも無かったので覚えてるよ。えっと、・・・」

 

「・・・これって。」

 

「貴重なお話しありがとう、シファ。」

 

絵を見たわたし達は顔を見合せ吃驚。

良く知ってる、または見たことがある。男の書いた絵を思い出しながら書いているんじゃないかな、小さく唸り声を洩らしながら絵を書く龍神様。

 

それを見た京ちゃんは話を途中で、もういいからとお礼をシファに言って立ち上がる。

 

「シェリルさん、途中じゃ無いですか。」

 

失礼じゃない?でも考えあるんだろうね、京ちゃん。

 

「あ、ああ。また我に聞きたい事が出来たらいつでも話そう。あう、・・・私でした。」

 

ほら、ビクビクしてんじゃん、シファ。もう怖くないからね。いいこいいこしてあげたら、目を閉じて気持ち良さげ。んー、可愛いなー。

 

「聞きたい事は聞いたでしょ?あれってどうみても・・・」

 

「うんうん、鰹節のパックだね。神の声の主は日本人て事でほぼ確定したと思う。」

 

そう、シファの思い出した男の描いた絵はほぼ鰹節のパックに印刷されている鰹と鰹節のイメージなんだと思えるもので。

一目見ればノルンに元々あるものでは無いってわかる。

 

「ほら、起きて。城に行くよー。」

 

二日酔いになるくらい京ちゃんと飲み交わしてここまで来ても、辛そうな顔をして話を聞く所では無さそうだったヘクトル。

どんだけ飲んだんだよ・・・京ちゃん。

ヘクトルを起こしてわたしとヘクトルもお礼をして、シアラの部屋を立ち去る。

 

 

次は城で食事をして、アスカムの所在を確認しないと。

 



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決意

「エウレローラ、やっほー。」

 

ご飯が食べたくて城に来るのはきっとわたし達くらいなんじゃない?

 

「やっほー。皆さんお揃いでどうされました?」

 

いまいち女王っぽく無いエウレローラもアレだけどね、庶民的ってゆうか。

やっほーにやっほーって返す女王様・・・他に居ないんじゃないかな?

 

隊舎を出て30分程歩けば城の西門、門を潜りエウレローラはどこかなっ?と思って歩いて城内に入る扉を探していたら中庭以外は意外に日本っぽさは求められていないみたいで、外見通りの石壁が続く、扉に着くまで。

 

この城は平和ボケしてるのか、西門から扉まで兵士に会っていない。扉の前で振り返れば正門が見え、流石に兵士らしき姿が見えた。シアラと最初に会った時と同じような青いカットソーを着た親衛隊らしき人影。自分の事では無いんだけど何故かほっとした。兵士が鎧を着てない時点で平和過ぎて必要ないんだよね?

って思ってしまう。

 

扉を開けると相変わらずの玄関があり、挨拶をするとわたし達が出迎えられたのはエウレローラ。

そして見ていたかの様にわらわらとメイド隊がやって来てスリッパを並べて去って行く。わたし達を見て微笑みを浮かべるエウレローラに誘導されるまま付いていった先がリビングのような部屋だったとゆうわけよ。

 

 

 

「宴はやったそうじゃない?でもね、私・・・疲れて寝ちゃってたのよ。何か・・・」

 

「解りました、今一度宴と参りましょう。では、準備をさせますので、奥の部屋で寛いでいてください、ね。」

 

ソファの座り具合を確かめながら京ちゃんが喋っていると、言いたい事を理解したエウレローラは宴を用意すると言って、最後まで聞かずに立ち上がる。

いやいやここで充分なんですけど。

言えずにエウレローラについてまた、長い廊下を歩いて、中庭に出て、暫く歩く事に。エウレローラに通されたのは、革製の絨毯の張られた立派な部屋でした。

広い部屋の床は絨毯で埋められている分、ミスマッチなちゃぶ台と部屋の隅にぽつんと書棚。普段わたしの使っている部屋ですと、エウレローラ。

 

「待たせてもらうか。」

 

 

 

ゴロンと横になるとメニュー画面を何か弄っているヘクトル。

 

「エウレローラ、楽しみにしてるね。」

 

早く食べたい。こないだより美味しい料理頼むね、期待してるよ。

 

「誰か、アドルを呼んでください。」

 

部屋を出るか出ないか、エウレローラはぱんっと手を叩くと控えていたメイドを呼んでそう告げた。

 

「え゛。」

 

何で真っ先にアドルを?うーん、テーブルの準備などはメイド隊がてきぱきするだろうし。宴の指揮官的な意味合いでアドルを呼ぶのかな。

 

 

 

通された部屋で思い思いの過ごし方をして寛いでいると、メイドともエウレローラでも無い足音が聞こえて犬耳がひょこっと現れる。アスカムだ。

 

「酷いじゃないですか、一人、置いていくなんて。助っ人に呼ばれたと記憶してるのですが。」

 

襖を開けたアスカムは見慣れた教導服を脱いで、街で良く見かけた白いテカテカしたカエル皮の上下服に身を包んでいた。

酷いと言ってるわりに怒気を感じないなあ。しかもすっかり土地の人みたいな格好になっちゃってさ。

 

「お、アスカム。忘れてた。」

 

アスカムを見てるのはわたしだけ。京ちゃんは書棚を漁っているし、ヘクトルは相変わらずそっぽを向いて寝ては無いみたいけど大人しい。

正直に答えたらアスカムは難しい顔をして犬耳を垂れる。

 

「わ、忘れてた?って酷いじゃないですか。」

 

いやいやいやホンっトに忘れてたわ。忙しさも有ったし、シファが可愛かったし、宿の料理が美味しかったし。

あれ?アスカム必要なとこないわ。

 

「あっそ。」

 

詰まらなさそうに京ちゃんが、アスカムに掛けた言葉に彼は無言で京ちゃんを見詰める。その表情はどこか悟っているようで。

 

「どうしても必要なら呼びに行ったし・・・それくらいのものってコト。おわかりになって?」

 

見詰めるアスカムに嘲笑も含んだそんな言葉を。

 

「貴女方に比べれば私など確かに弱小でしょう、ですが・・・」

 

ああ、アスカムは俯いちゃった。力無く言葉を返して。

 

「うっさい!私って言うな、使うな。そういう口調がイラつくんだ、今は。」

 

今はって。傍若無人だね相変わらず。酷くイライラとした風に片眉を吊り上げて京ちゃんは怒気を孕んで吐き捨てる。

 

「敬って喋っていたのに・・・。ああ、フッ切れた。僕は教団辞めるから!」

 

黙り込んでからわたしに向かってアスカムは同情して欲しいと言いたげに大それた言葉を吐き出す。

言い返そうと言葉を選んでいると続けて、

 

「素敵な飼い主を見つけたんだ!」

 

飼い主が出来たのかー。良かったね。

 

「ふん、飼い主ねー。」

 

「おう。良かったな、アスカム。」

 

「犬にはやっぱり飼い主居ないとね。」

 

わたし達はテキトーの極みだった。アスカムが教団辞めるって言うのを、聞き流してしまうくらいには。素敵な飼い主発言の方に、興味を持ってかれたせいもある、多分に。

 

「ここはブルボンから比べたら天国だ、骨を埋めるつもりで飼い主と共に永久に暮らしたいと思ってる。」

 

「流石だ、犬っコロ。教団には行方不明とでも言うから好きにしな。」

 

「感謝する。」

 

「特注の首輪を注文して贈るわ、助っ人のお礼にね。」

 

「ありがとうぅ。」

 

いつの間にか垂れた犬耳を立てたアスカムは、感動をしたのか涙を溢れさせていた。

今の会話のどこに、感動するフレーズがあったの?解んないんだけど。

 

「あ、おめでとう。でもさ、どんな心代わりなの、何がそこまでさせるの?イーリス、イーリス五月蝿いアスカムが。」

 

「ブルボンに国を追われてイーリスに入れば、全て許されると言われて入っただけです。確かに平等な世界には憧れはありますが、ブルボンにはそれが出来ません。貴族達が居るとそれに頼る者が出てきて結局、平等など実現出来ないと思う。イーリスがどんなに素晴らしい言葉を言っても、ブルボンの貴族はイーリスを利用して版図を広げたいだけって薄々気付いてはいたんだ。それでも、僕は弱かった、教団の隅にでも居れば強くなれた気がして、誇らしかった。」

 

 

 

気になって聞いてみたらもうその悩みは吹っ切れたと言いたげに背景に青空が浮かび上がりそうな清々しい笑顔で、よくぞ聞いてくれましたと、中々に長々とアスカムなりのイーリスやブルボンに対する考えや答えを喋る、喋る。

思わず、誰?このひと。って思っちゃった。掲げる理想像は素晴らしいけど中身とのギャップを感じてたみたいで喋り終わるとさっきとは違う涙を見せる。

可哀想な犬なのかも知れないナ・・・。

 

「ブルボンには、国を追われてたか。何故恨まない?」

 

むくりと喋ってるアスカムの方に向き直ると、ヘクトルが無感情に問い掛ける。

 

「恨まないさ。ブルボンに逆らっても得は無いって誰もが思ってる、今は。」

 

「今は。が気になるけどなるなる。解った、悩んではいたけどイーリスの傘の下は安心して暮らせたってわけだ、それで苦しむ人が居ても。」

 

以前、京ちゃんとのチャットで教えられた教団とかブルボンのイメージだと弱いもの虐めの集団って感じ。間違ってないよね?とっても強そうだから教団とか肩書きがあれば得をする事もあったんじゃないの?

 

「今は。と行ったのは・・・貴女方みたいな素晴らしい旅人が、増えれば!ブルボンの悪行を正せる!そう思えたからです。貴方は心が強いから。」

 

今度は京ちゃんを横目に窺って、彼女を誉め称える様に。更に向き直ると頭を下げつつ言葉を選んで紡ぐ。時に期待を込め、時に激情的に。

 

「他人任せいくない。国を追われた人がどれだけ居るか、解らないけどその人達で力を併せれば、たった一つの国くらい捻り潰せたりしないの?それに心だけ強くても・・・」

 

今話してるのはわたしでしょ?何でそこで京ちゃんが出てくるかな。京ちゃんを頼ってもその内帰るんだから、わたし達は。

こっちの人達で団結して倒せばいいじゃんね?

 

 

「北国のクィンマルスが難民を受け入れて、集権しようとして動いてた気がします。が、北国も元々一枚岩に成りきれない場所なので教団の信仰の力と速度に対抗仕切れない。歯痒い事に、ブルボンに対する恨みより・・・北国内の嫉妬が勝つ事もあるんです。」

 

何となく政治的な話になってきたような。クィンマルスてとこが纏めようと手を挙げて人を集めたけど、同じ国側の他人に足を引っ張られてるってコトでOK?

 

「地図を見せて。」

 

「・・・僕の持っているのはカルガインの地図だけだよ。」

 

「クィンマルスとブルボンはどれだけ離れてるの?」

 

興味を引かれたのか黙って話を聞いていた京ちゃんがそう言うと、アスカムは持っていた地図を見てこれは駄目だとでも思ったのか、表情を明らかに曇らせる。それでも辺りを見回してちゃぶ台を見付けると地図を広げて、この地図は違うって言った。

近付いて地図を見た京ちゃんがアスカムを真剣に見詰め地図上のブルボンをとんとんと叩く。

 

「国二つ分だったかなー。内一つはブルボンとクィンマルスの戦場化してると聞いてる。」

 

地図の上、数個分をとんとんと叩く、アスカムは京ちゃんと地図を視線を動かしながら。

 

「それでクィンマルスが負けに傾いてたりしたら、周辺の国はブルボンに対して『勝てない』と思ってしまうよね。」

 

 

地図を見て横槍を入れるわたしを京ちゃんは見て地図に視線を移すと黙って、考え込む様に小さく唸る。

実際は地図を見ても鉄の森とカルガイン、ブルボンと数本の街道が載ってるだけなんだけどね。

 

「ブルボンも戦力を固めてクィンマルスを叩く!とまでは行ってないので。大国・グロリアーナも休戦してますがブルボンを嫌っているから。この地図を見て、ほらココが元々グロリアーナの要塞だったコンティヌス、こっちがグロリアーナの王都。」

 

ブルボンにクィンマルスを本気で戦う意思は今の所は無いんじゃないかと説明を受けた後。

ブルボンの下の方、鉄の森と書かれた場所の切れ目辺りを指差しとんとんとアスカムが叩く。

 

更に浮かして、距離を置かずにとんとんと叩く。グロリアーナの王都だと言う、それは驚くほど近い。

 

「余り離れてないね、ココから雪崩込んだらグロリアーナの王都にすぐじゃん。」

 

地図の上でこんなに近いんなら恐らく、1日かからずに要塞からグロリアーナの王都に辿り着いてしまう。

 

「うん。だから、ブルボンとグロリアーナはずっと鉄の森の国境で争ってるんだ。・・・そして、両国がどうしても欲しいのがカルガイン。」

 

「地図見たら子供でも解るわ。カルガイン取れたらグロリアーナはブルボンまで直ぐで、逆にブルボンはカルガインを取れば鉄の森を越えるだけでグロリアーナの西側から挟み込める、でしょ?」

 

アスカムはわたし達がカルガインの住民だからか申し訳なさそうな口調に変わる。

地図上のカルガイン、ブルボン間はそれでも近い。

離れてはいるけどグロリアーナとも森を挟んでいるだけでカルガインは両国間の要所と言えなくも無い。

 

「地図のこの街道を使えばサーゲートに侵攻も出来ます。ああ、鉄の森を越えるだけでと言ってたけど、モンスターの巣で簡単に入ったら出れるって場所じゃないから結局、ブルボンも鉄の森を迂回し、この街道を東進したいって考えであってるはず。」

 

鉄の森はどうあっても迂回する事になるようで、地図の一番下の街道を、とんとんとアスカムが叩く。

カルガインからは森を一部迂回する道と、山越えの道が繋がるその街道を押さえれれば、更にもう一つ国に進攻する事が出来ると、アスカムは力を込めて語る。

 

「どうしてもカルガインを巻き込みたいんだ?」

 

ブルボンとグロリアーナの問題なんだから、カルガインを巻き込むなよ。

 

「あの隊長も恩を売るつもりの討伐隊と言ってたしなあ。」

 

黙って頷いていたヘクトルが口を挟んで来る。討伐隊に会いに行ったのはヘクトルだけだ。思惑があってカルガインに乗り込んで来たわけか。

 

「正しいでしょ?恩を売ればカルガインを丸め込むチャンスがあるくらい、僕にも解った。」

 

ただ困っているカルガインの人を助けようというワケじゃない、召喚士がモンスターを使っている事といい。ピンと来た。なぁんだ。

 

「あー、解っちゃった。氷の川!」

 

京ちゃんと目が合う。ブルボンの軍隊か教団の召喚士だったんじゃない?ねえねえ・・・カルガインが困ったらブルボンを頼ると、そうしたら討伐隊の名でまず一団を送り・・・だけど京ちゃんは違うみたいで、言葉を遮る様に反論を浴びせてくる。

 

「サモナーの事?・・・言われて見たらそうかもね。きっと違うけど・・・?」

 

何が違うのん?カルガインを困らせて得をしたのはブルボンじゃない。

 

「ブルボンが小数でもカルガインに自分の軍を置く隙が出来たでしょ。チャンスじゃん。」

 

「考えが甘いわねーぇ。きっと・・・水を売りたい商人の仕業よ?だから別問題。隙を作ったには作ったけど。ね、討伐隊じゃ恩を売れても討伐した後ならカルガインは要らないから。帰る事になるじゃない?」

 

 

冷ややかな瞳で見詰めてくる京ちゃん。あああ、そうか水が異様に高かったけど確かに売られていたね。

水商人が召喚士を雇って氷の川を止めてたと京ちゃんは考えてるみたい。

 

「討伐隊が名前だけ変えて残るかも知れないじゃん。」

 

「きっと・・・そう。ね、この話終らないわよ。想像だけで話してるし。」

 

アスカムの説明を聞いているとあの一件はどうしても軍隊とかが絡んでる気がする。説明にもアスカムの推察が混じってはいるんだけどさ。

 

変わらず冷ややかな瞳で見詰めてきて、この話は一先ず終わりになった。

 

「ブルボンの腕の立つサモナーなら街一つ捻り潰せるんじゃないか?」

 

皆が自念の海を漂う中、話を頷きながら聞いていたヘクトルが口を挟む。

 

「・・・無い話じゃない、と思う。」

 

俯いて犬耳を垂れていたアスカムは溜め息混じりに答える。

 

「戦場に軍が出ている隙に街中で召喚されたら、街一つ簡単に無くなるかも。」

 

あのヒュドラみたいのを街中で解き放ったら・・・想像するだけで阿鼻叫喚の図が浮かんでしまう。

 

「グロリアーナくらい大国になると対処する余力もあるけど、小国で同じことをされたら街は更地になる。サモナーならまだいい・・・」

 

「悪魔召喚か。」

 

犬耳をぴくぴく動かしながら喋っていたアスカムが急に犬耳を垂れて神妙な顔に変わり、吐き出す様に語るのをヘクトルが遮った。

悪魔を召喚!解らないけどヤバそう。

 

「知ってるのか。」

 

ヘクトルの肩を掴むアスカムは犬耳をぴくぴくさせて。

 

「話に聞く程度にはな、ブルボンはやられた側じゃなかったか?」

 

ヘクトルは少しの間、顎に手を添えて考え込むと、添えていた手をずらしながら後頭部に回し頭を掻いてぽつりと問い返した。

 

「昔の戦争で、魔人の戦闘力に対抗する為に、悪魔召喚が複数されたことがあると習ったんだ。」

 

真の魔人は腕を降り下ろすだけで地を穿つと言い伝えられるんだって。

 

「灰の街ロケディンと死者の平原だな。」

 

それを聞いたアスカムはただ頷いて、

 

「人々の恨みの怖さかな。何の関係も無い住民を贄に、悪魔を呼び出すなんて。」

 

恨みで街一つ生け贄にした、そう語る。悪魔の召喚には御決まりの自身の魂を持っていかれる。で、済まなかったのん?

 

「確か・・・呼び出したサモナーも飲み込まれたんでしょ?」

 

思ってたことを京ちゃんに言われた。やっぱり、京ちゃんも何か知ってるみたい。有名な噂だったりするのかも。

 

「奴はまだ『そこ』に居る・・・話を聞きに行っただけで戦わなかったが。」

 

「ヘクトルさん、よく生きて帰ってきたな。死者が彷徨うロケディンで。」

 

「話しただけだ、クエストでな。」

 

「何を聞いたの?」

 

「・・・天界の扉って奴だ。レベル上げに行こうと思ってな。結局、ミナルディオを倒さないと行けないって解ったから、止めた。」

 

天界の扉って?何かそのまま天使とか出てきそう。

クエストでミナルディオってゆーのと話して諦めて帰ってきたらしいヘクトル。わたしと目が合って何か思う所があってか直ぐに逸らす。

 

「ミナルディオ!・・・悪魔召喚の主を倒すなんて無茶だ。」

 

「皆さん、お話はその辺でよろしいですか?宴の準備が整いましたのでお呼びに参りました。」

 

 

 

 

アスカムが吐き出す様にそう言った時、ぱんと手拍子の音が聞こえて、一同が振り返ると、眉尻を下げたエウレローラが立っていた。

 

「女王自ら呼びに来るのか。」

 

「エウレローラいつからいたの?」

 

来たなら一言、掛けてくれたらいいのに。

 

「ええと、地図を拡げて愉しそうに無さっていたようでしたから。外の話はわたしとしても何を聞いても楽しくて、つい。」

 

てへっと微笑み、ぺろりと舌を出すエウレローラ。

お手本になりそうな、てへぺろ。どこでそんなテクニック身に付けてくるの?

 

「しばらく前じゃん。早く止めてよ、脱線しすぎて話を聞いてもちっとも解らなかったんだよ?」

 

正直きつかった・・・後で京ちゃんにミナルディオとかロケディンとか聞こう。それより、あの態度気になる。

 

「・・・わたしは楽しくて。」

 

そう言って答えて寂しそうに笑う、エウレローラ。

なんてゆーか、自由じゃないのって苦しいんだろーな、お姫様やるってのも。

 

「準備も出来たみたいだし、行きましょ。」

 

この宴の主役、京ちゃんは立ち上がってエウレローラの後を追う。アスカムもめの色を変えてその後に続く。

わたしはその後を追おうとしないヘクトルを睨み、

 

「ねえ、ヘクトル・・・色々知ってるじゃん。」

 

「まあな、レベル上げにクエストを見付ける度にクリアしようと頑張った結果な。」

 

「・・・帰るヒント解ってて隠してない?わたし達が聞いてないのかも知れないけど。さ、知ってたら教えて。」

 

言葉を選びながらヘクトルの顔色を窺う。限りなく、予想は当たっているようでブスッとしていたヘクトルはにやりと笑って。

 

「言うと思った。喋りすぎたな、・・・クリア出来なかったクエストの中にありそうな気はする。が、今じゃ無いだろ?」

 

クリア出来て無いと言う事で、今のままじゃ辿り着けないと言うわけか、それじゃあね・・・

 

「シェリルさんには話してあげたらいいじゃん。」

 

この世界を楽しみながらも、帰りたがっている京ちゃん、もちろんわたしも帰れるなら帰りたい。

 

「ヘクトルは帰りたく無いの何となく解ってた・・・でも、わたし、わたしっ。」

 

でもヘクトルは何か、違う。帰れなかった所で別に良いと思ってそうなんだ。

あ、あれ?何か・・・熱いものが頬を伝って、落ちて行くよう、まさか・・・泣いてるの?悔しかったの?ヘクトルが、一緒に帰るつもりだった目の前のコイツが、わたし達に隠して話してくれないと思って。

でもそれじゃ想像だけじゃん。

悲しいとか?何で。

 

「この街に居たら恋しくなったか?日本が溢れてるもんな。だけどな、今話しても先で話しても、何にも変わんない、そう思うぞ俺は。」

 

否定しないんだね?確定。コイツはあんまり元の居場所に帰る気が無いみたい、いつかは帰ってもいいって、そう言っている。

 

「解ってよ・・・こんな気持ちじゃ・・・」

言われた通り、ここに来て元の居場所の素晴らしさを再確認して今すぐ帰りたい。に、なってる。

そんな事を思いながら、笑ってるコイツを睨みつけたんだ。

 

「今行けば皆・・・死ぬ、これだけは絶対だ。」

 

にやけた顔ががらりと真剣な表情に変わって、握った拳を鈍い音を立てながら、口を開く。つまり、コイツが大事な事を話すと決心した証拠。

 

皆・・・死ぬ?・・・え゛?・・・

 

「いいか?ノルンのpartyは6人居る。ギルド戦になれば50人、ハーフ戦で20人必要な?」

 

「何を急に・・・!もしかして。」

 

「数だよ、引き込んだ、迷い込ませた奴の考えは解んねえよ。思うに俺は、数を揃えないと始まりもしないんじゃないのかってな。」

 

数。ギルド戦の数のユーザーを探すってコトを考えてるの?そもそも50人も引き込まれてるのかな。

もう、元の無表情に戻ってる、真剣な表情長く出来ないのか、ヘクトルは。

 

「悪いけど、今は『お前、数に入らねえ』からな?・・・数に入れるのはシェリルくらいだ、俺も弾かれると思うぜ。」

 

50人以上こっちに来てるとマジに考えてるみたいで。その数に京ちゃんしか入らない、入れないと。

 

「・・・。悪いけどシェリルでも数に入れるのは難しいかも知れねえんだわ。」

 

言い直してあの京ちゃんが数に入らないかも?と。

 

「奴にはエクセがある。あれを磨けば数に入れるかもな。」

 

「な、何を言ってるの?」

 

確か、京ちゃんのエクセは第1段階って聞いた事があったような。これを進めないとダメだって思ってるんだね、ヘクトルは。

 

「迂闊に深淵を覗こうとはすんな。死が呼び寄せられて持ってかれるぞ。」

 

「難しいよ、何も解んない。」

 

やたら難しい言葉を使ってくんな、中二病か。

そう言う時代とは無縁だったんだからね、わたしは。気付くと溢れていた涙は止まっていた。

 

「うんうん、そうだ。俺もそうだし、シェリルともだけどブランクあるだろ?この世界を少しずつ覗こうとやって来た俺達とはお前違うじゃん?たむろってお喋りに夢中になってたって言ってたよな。解んないで当然、解ってたまるかー。あはは。」

 

 

喋ってる内に段々可笑しくなったのか少し笑うヘクトル。

確かに、わたしは繋がってただけで何にもしてこなかった、そうだよ。話してただけだもん。それだけで楽しかったから、来てたんだし。言いたい事はわかった、なら・・・

 

「強く、なればいいんだよね?」

 

「今のシェリルは追い越さないとな。そんな事より腹減らねえ?今は飯にいこう、な。」

 

わたしは決心した。強くなる、誰より強くなる。

でもどうやって?ヘクトルはにやにや笑っちゃって、目の前まで近づくと髪をわしゃわしゃとしながら頭を撫でてきた。まるで犬猫でもあやすみたいに。

もっと優しくしろ。

 

「それと、俺の今言ったこと、言うなよ。自分の事だけ頑張って、強くなって、俺も、シェリルも追い抜け。それでやっと同じラインに立てるだけだろーな。」

わしゃわしゃと続けながら、一方的にわたしの目標ラインが決められた。

まずは京ちゃんを追い抜くらしい。ええと、ワームを倒した時点でレベル53だったから・・・42上げれば追い付ける?ううん、エクセ級のスキルもゲットしないとだ。

 

「解ったら、行こうや。な?」

 

そんな事を思案しているのを知ってか知らずか背中を押して歩き出すのを促される。

 

「一体誰を見て話してるの?」

 

ヘクトルを見上げて。

 

「同じラインに立てるだけって、比較してる人が居るみたいにっ。」

 

良く考えてみたら同じラインて、京ちゃんの事じゃないよ。何か違和感しか無い。

 

「アイツらも引き込まれてんじゃねーかって、思うだけ、さ。」

 

「アイツら?」

 

コイツ、こっち見ねえでどっか遠い目してる。

アイツらって何なのよっ?疑問を無くそうと思って呼び止めたのに新しい疑問がわたしの中にログインしました。

 

「・・・いいから、行くぞ。」

 

 

 

「あっ来た来た。何よ?二人して・・・コソコソ話かあー?」

 

いやぁコソコソ話ってわけじゃ無いけど決着はつけてきたよ。もっと重いもの背負っちゃった気がするけど気のせいだよね?

意地悪気に微笑う京ちゃん。えっとね、きっと想像してることと違うよ、ホントだから。

 

「そーじゃなくて、ちょっと気分悪いって、ヘクトルが。だから、背中擦って上げてたんだよ。ね?」

 

「おう。」

 

ヘクトルにウインクして相槌を引き出す。

 

「ホント、にぃ?」

 

『に。』でぐいっと覗き込んでくる京ちゃんをじぃっと見詰める。ここで目を逸らすと勘の働く彼女の事、問い詰められてヘクトルが酷い目に合うかも知れない。や、まあそれはそれでいいんだけど。

 

「う、うん。近い、近いから。」

 

息が掛かるくらいじぃっと見詰め返してくる。本来の目的忘れて只見詰めて来てる気がしないでもない。

 

「しょーがないなぁ。そゆことでいいわ、食べましょ。わたし達の為だけの料理なんだから。」

 

諦めてくれた。京ちゃんは空腹に負けたみたいで、視線はテーブルの上に移っていった。

 

「皆様お揃いに為られたようなので私、このニクスの国の女王、エウレローラが挨拶させて戴きます。地上の皆様、私の願いを聞き届けよく凶悪な竜を倒してくれました。ニクスを代表して私から感謝の言葉を。・・・」

 

やたら長ったらしいエウレローラの女王としての挨拶。その後に乾杯の一言で一同がグラスを掲げてから口に含む。

この間とは違って、わたし達とエウレローラとアドルにメイド達、それに親衛隊の人達、その中にシアラの顔もある。名前も知らない偉いさんは今日は居ない。

 

「美味そっ、この肉っ。」

 

何の肉なのかは解らないけど、鼻腔を擽るこの暴力的な匂いに、ダラダラとヨダレが次々と湧いてきてどうにも、堪らない。気づいてきゅっと手の甲で拭う。はしたない。

 

「よう、食べてくれよっ?俺が端整込めて作ったんだからよ。」

 

「うあ、アドルが?」

 

肉を手にとってかぶり付こうとしたら、後ろから声を掛けられて、そのまま振り返るわたし。声を聞いてわかってた、アドルだ。

 

「料理室長だからな、うはははは。」

 

そんなわたしを見て豪快に笑う。

 

「親衛団長って言ってたのにー。」

 

「はっはっは。料理は男の花道なんだからよ。人魚一の上級料理人ってことだな!」

 

収まりの悪い豪快な笑い声に、頬を膨らませて不快を示した。アドル、上級料理人なんだって?見た目はヤ◯ザの組長とかなんだけど。

 

「アドル、この麺美味いぞ。」

 

「こっちのスープも美味っ、ソテーも焼け具合最高。」

 

口々に料理を褒められて今まで見たこともない微笑みを浮かべたアドルは、

 

「食べてくれた客の満面の笑顔が、料理人に対する最高の誉れだよ。」

 

そう言って胸をドンと誇らしげに叩いた。そんな姿を見て想像だけしてみた、やっぱりエプロン姿のアドルは似合わない。

 

「卵焼きも絶品・・・って、何でエウレローラが喜んでんの?」

 

大皿を一つ丸々占領する我慢出来ない、食欲をそそる匂いに自然と手に持つ箸が動いてしまうそれは、狐色に焼き上げられた卵焼き。この間のはたしか黄色だったんだけどな。焼きすぎたのかな?と、思ったけど口に含むと疑問はほどけて。醤油だ、これは醤油的な何かだ。恋しいあの独特で他には無い味。

ちょっと溢れるものがあってもしょーがないよね?日本人なら。

 

「わたしも手伝いで焼いて見ましたの。卵焼きとか、焼き串。ふふふ。」

 

そう言って微笑うエウレローラはとても嬉しそうにわたしの食べている卵焼きを見詰める。

 

「そうなんだ!美味しいよ。」

 

「ありがとう、アドルの気持ちが良ぉくわかりましたわ。料理を褒められるってこんなに快感なんですもの。」

 

お世辞抜きに美味しいよ。どこか懐かしいけどどこか違う、でも美味しい。

エウレローラに視線を戻せば両腕で自分の肩を抱いてユラユラと悶えている。仄かにその頬を朱に染めて。

 

 

「帰ってきてー、エウレローラ。」

 

この箱入り姫様は周囲の目を気にせずに、ほっておいたらずっとぬるぬる悶えていそうだ。

アドル止めてやってよ。初めてあったときは口喧しくエウレローラを躾ていたアドルも今日はうんうんと頷いているだけで、止める気配は無いみたい。

 

宴はそうやってまだまだ続くのでした。

 

 



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アスカム

 

熱っぽくアスカムがメイド達を見詰め進み歩く。それを見たメイド達、親衛隊もが誰彼と無く黄色い声を上げる。きゃーきゃーと。

 

アスカムは犬耳をぴくぴくさせて緊張している風で。一歩一歩ゆっくりと。

 

 

*

 

 

それより少し時間を戻して、悶えるエウレローラをゆさゆさ揺さぶって引き戻した頃に。

 

 

「あはっ。」

 

自分の世界から帰ってきてもエウレローラは普段よりも陽気に笑う。いつもの微笑みなんかじゃ無くて声まで出して。

 

「このデザート美味しっ。」

 

何か果物を煮詰めて冷した感じ?ゼラチン質を感じるのでゼリーのようなものなのかも知れない。味はもっと素朴だったから煮詰めて冷したとおもったわけたけど。

「こっちのケーキも。」

 

京ちゃんはホールケーキみたいなそれをさっくり切って。切り分けられた断面には神様の宿った男のレシピが元なのかも知れない、良く見るショートケーキのように紅い果実が挟み込まれていて。折角だから、一つ戴いちゃおう。

ショートケーキだけどショートケーキじゃない、何か違うけどマズいわけじゃ無い。何だろ?何か足りなくて何か足されてる?

こんなの気になってしょーが無いじゃん。

 

「・・・ね、エウレローラ。」

 

振り返ればそこにいるはずの女王様に聞いてみよう、そうしよー!

 

「はい、何ですか?」

 

声を聞いて振り返れば満面の笑みで『美味しい』を待ってますと言いたげにエウレローラは両手を左頬の前で揃えてにっこにこ。

いやっ、その期待には答えられないんだけどねっ。

 

「豆、それも大豆ってあるの?」

 

疑問その1。これ無いと醤油を作れない・・・ハズ。そして、これさえあれば豆腐サラダも食べられるんだもん。お豆腐食べたいもん。まだ、この世界では食べて無かったんだよ豆腐。

 

「何ですか?無いんじゃないでしょうか・・・アドルに聞いてみますね。」

 

どうやらエウレローラは知らないみたいでアドルに聞きに行っちゃった。えっと、大豆は雲行きが怪しい感じ・・・あ、帰ってきた。

「どうも、アドルにも解らないみたいでした。お役に立てず、すみません。」

 

眉尻を下げて申し訳なさそうにエウレローラ。えっと残念です、残念だけど。

それはエウレローラ悪くないし、落ち込むなよーう。

・・・そうなると。

 

「お、おっかしいなぁ。それだとどうして、醤油があるんだろ?」

 

大豆、無いのか・・・豆腐って大豆以外何必要だっけ、にがり?きっとそんな感じ。

 

「それは、ドミンの実を寝かせば出来る。と、習いました。作ったことは無いので、どうやって作るかまでは解りませんけど・・・」

 

ドミンの実?ハードモードだなあ。いきなり知らない単語出てきたよ。なにはともあれ、醤油の代用品はあるみたいで、ドミン。

果実から醤油みたいな味を作るってちょっと不思議ー。だけど、無い所から作ってわたしの口に合う代用品になっただけで感動だよー。あの卵焼きの醤油具合はさいっこう!ぐっじょぶ、エウレローラだよ。

 

「砂糖はどうやって手に入れてるの?」

 

疑問その2。宿の外にも、畑は見えたけど、サトウキビは無かった。シアラの言うお茶っ葉みたいに、取れる場所が合ってないのかも知れないけども、だ。

そうなると流通も余り出来ないのじゃない?とか思ったよ、アドルのにも宿の料理だって砂糖と思わせる味。結構、使われてたよ?

だから、疑問なんだ。

宿で大雑把に使えるって事はコストは安くないといけないじゃない。

 

「マシュミーミエの体液からです。アドルに教えて貰いました。」

 

へ?へえー、またまたわたしの知らない単語出てきたよ。・・・しかも、体液を使うンだってえー!!

 

「エウレローラ。」

「はい?」

「地上の人より良い物食べてるけど、何でここは平和なの?」

 

疑問その3。こんな楽園みたいなトコ絶対みんな欲しがるんじゃない?じゃないかな。

なのにダンジョンに潜るか、遠くの森に行かないとモンスターすら居ない。

こんなのどうやったっておかしいよ。カルガインなんか、食べ物を出しっぱなしにしてるだけで、魔物を引寄せるなんて言われてるのに。

 

「加護では無いでしょうか。・・・後はですね、ここに辿り着くには色々あったでしょう?」

 

その全能の加護は凄いな。ああ、ペリディムには苦労しました・・・ガジガジと蠢く鋭い牙、やだね、やだよ二度と。

ってか加護だって判明して無いんだ?暮らしてるエウレローラが解んないンじゃ・・・あ、シファの知識にそこは頼ろうかにゃ。

 

「そう言えばそだね。でも太陽の熱も感じるし、風もある。地下なんでしょ?不思議な・・・」

 

場所的にカルガインの地下のハズ、って事になるとブルボン、カルガイン、グロリアーナと近い。今まで何で発見もされずにニクス達は居られたんだー?

 

「地上ですね。・・・だと、思います。」

 

きっぱり言い切ってから浚巡すると言い直す。

ちょっと、地下じゃないのん?

 

「え゛?」

 

「だったら何故わたし達を地上の人なんて呼ぶの?」

 

エウレローラの態度から気になった事がある。

地下なのか聞いたら、地上だと言い切ってから何か疑問があったのか言い直したから。あれ、どちらでも無いんじゃないか?って思ったのかな。そこはシファに頼ろうか。

 

「昔からの呼び方なんですよ。海のそばで暮らしてた頃の名残なんじゃないでしょうか、実の所は今まで気にしてなかったから解りませんけど・・・」

 

眉尻を下げて申し訳なさそうに、エウレローラは落ち込む。

シファの態度からも薄薄思ってたけど、このニクスの楽園にはニクス以外が入ったのは例外を除くとわたし達が初めてなんじゃ無い?だから、こんな疑問も生まれたりしなかった、そうなのかも知れない。

だから、落ち込まないでいいよっ!わかりっこないんだから。

 

「神様の宿った男って、どうなったの?」

 

疑問その4。ってゆーかコレは謎でしか無い。日本食をニクスに広めて、そしてどうなっちゃったのか。

 

「うーん、・・・沢山の奇跡の食材を亡くなるまで作っていたと教わりました。」

 

思案する様に目を瞑り、人差し指を立てて旋毛の辺りで回転させてから、思い出したように、にぱっと目を開き眦を上げたエウレローラ。

奇跡の食材を沢山・・・ね、ニクス達の幸せの為に最後まで頑張ったのかな。

 

「醤油とか?」

 

「そうです。他にも魔物の油で揚げ物を作ってみたり・・・」

 

わたしの問いに、にこにことそう答えて、更に浚巡する様に人差し指を唇に立てて添えると、追って思い出した事柄を語り始める。おいおいぃぃいい、なんて?魔物の油?唐揚とかの揚げ物は魔物の油で揚げたと言い出すエウレローラ。

 

「え゛・・・もしかして、わたし達が今食べているのって。そうなの?」

 

「当然です、ドミンだって魔物ですよ?果樹を頭に生やしてるんです。」

 

吃驚して聞いちゃったけど、思った様な答えが返って来たからやっぱり、気分悪くなるよ・・・そっか、そーなのかー。食材の宝庫なんて勝手に思ってたけど、違ってた。カルガインでは試しもしない事をやっていたんだ!

 

魔物の体液・・・砂糖になり、油にもなり。考えてみれば勝手に溢れてくるんだから、魔物を食べてれば飢える事なんかにならないワケで。食べるって考えにならなかっただけとも言えるか。どうやって食べるか、どこを食べていいか・・・難しいとこだね。

神様の宿った男が居なかったら、ニクス達も試しもしない事なんだろうから当然。

 

「聞かなかったら良かったって、事になりそうだから、もう質問辞めるね?」

 

それはこの世界にとってとても素晴らしい事に思えて、でも受け入れたく無い日本の生活に慣れた自分も居て、矛盾の二律背反に苛まれ悶える。こう、モゾモゾしてきて気分悪くなってきちゃった。

 

「そうですか?残念です。わたしの知識でもまぷちさんの、役に立てると思ったですのに。」

 

シュンと効果音が添え付けられそうなくらい落ち込まないの。虹色の滴が落ちる、泣いているの?ま、また機会があれば聞くから。料理食べてる時に常識を飛び越えた話はして貰いたくないんだ。

 

例えば、今持ってる肉が何か解ればわたしは気分悪くしたりしちゃうんでしょ?嫌、取り敢えず今は美味しく食べて、後で後悔したい。そうだ、たぶんそう言うこと。

そう思えて美味しく戴いてた肉が少し怖くて。ちょっと、ほんのちょっと躇って飲み込んだ。

 

「あ、あはは。そだね、今は食欲を守りたいから止しとくね。」

 

ちょっとエウレローラの悲しそうな顔、直視出来ないな。でも大切な事だから、もう一回。食べないで後悔するより食べて後悔したい。

今は知らないでおこう、エウレローラの知識の中の奇跡の食材。きっと、京ちゃんなら美味しいんだからいいじゃん?て、わたしはまだそこのトコ開き直れないんだよ。だから知らないで置きたい。

 

そんな、自責の念に圧っされて苦しんでた時だ。

歓談して食事を楽しんでいるのはわたし達だけじゃない。今日の宴は京ちゃんの好意によって、メイドや親衛隊も度を弁えた範囲で一緒に食べる事が許されていた。

メイド達や親衛隊の固まる一角から、女子特有の期待や羨望がない交ぜになった黄色い声が上がっている。見ていたらしい、京ちゃんならわかるかな?肩をトンと叩くと振り向く上気した頬。酔っ払いめ・・・

 

「アスカムが何か始めるみたい。」

 

どうしてそうなっちゃったのか。アスカムは食欲が高まると顔だけ犬の様に戻ってしまうはずで、わたし達の今見てる彼は、犬耳こそぴくぴくさせている事はあっても、先の夜みたいに犬口で、大皿をざらざらと食べるワケでなく、酒を樽ごといっちゃうとゆうワケでなく。

 

アスカムそのままに、見えるんだけど。赤い顔をしているのは熱があるのか、照れているのか?あ、メイド達の方にキョロキョロしながらゆっくり歩いてく。

 

メイド達と親衛隊の影に隠れて見えなくなったアスカムを使命感に押される様に追うと、メイド達の隙間に彼の姿を見つけ、立ち止まる。ここからで充分。

 

緊張しているのかほんの少し虚空を見詰め、俯いているシアラの前に進み立った。その瞬間、周囲の女子から、わあッ!と歓声が。

 

「シアラっ・・・いやっ、シアラさん!」

 

熱っぽくアスカムがシアラを見詰め口を開く。それを見たメイド達、親衛隊もが誰彼と無く黄色い声を上げる。きゃーきゃーと。

 

「うわっ、犬耳がシアラの前に立ったわよ。」

「ここで告白ターイムッて、ちょっと神経疑うわ。」

「シアラ様もあんなに赤い顔なさって。」

「犬耳、度胸見せたりなさいっ。」

「地上の人でも、いいから私を貰ってー。」

「シアラ様も隅に置けませんわねー。」

「お幸せにー。」

「結婚しても親衛隊は辞めさせ無いからねっ!!」

「あーあ、私も早く彼氏欲しーい。」

「親衛隊にいる内はダメだな、出会いが無さすぎる。」

「男がなんじゃー。女王様に誓いを立てたんだから、女王様の赦し無く・・・むぐぐ。」

「エピーは女からモテモテでしょお。」

 

僻みと祝福の混ざり在った周囲のヤジに振り向きもせず、アスカムは変わらずシアラを見詰めて。

次に言うべき言葉を、選んでいるのかも知れない。

それでも決心したように眦を返すと、

 

「永久にここで共に暮らしましょう。僕の・・・飼い主になって下さいっ!」

 

ああ、言ってたね。素敵な飼い主を見付けたみたいな事。まさか、その相手がシアラとは。

冷め遣らぬ熱を纏ったようにアスカムの顔は真っ赤に染まった。真っ直ぐシアラを掴まんと、その手はぴん、と伸びて。

 

あん、そんで白いゴム服だったのかなー、タキシードのつもり?

 

「・・・きっ。」

 

俯くシアラは唇に力を込めて、決心したように眦をきりっと釣り上げて。

 

「う、嬉しいです。」

 

瞬間、ぱちぱちという一つの拍手から波打つように広がって場は賑々しく盛大な祝福の拍手に包まれた。

 

「喜んでです。飼い主ってことに引っ掛かりあるですけど・・・」

 

照れているのか、嬉しいのか朱に染まった頬に虹色の滴がつつーッと伝い、落ちていく。



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武器ならドスタ

「これなんか、どう?」

 

「この弓でいんじゃね。」

 

「この槍はオスディさんが一月前に仕上げた新作なんですよー、こっちは一品物でオスディさんは断って来たんですけど・・・」

 

いろいろあった宴も終わってニクスの街へ。ヘクトルに案内され武器を探しに来たんだ。それはいいんだけど・・・店長のドスタだという女性がやたらオススメしてきます。手にとって見てるだけなのに、もうわたしが買うものだと決め付けて喋ってくる。・・・ウザい。

 

「手にとっていいですか?」

 

「どーぞどーぞ。」

 

了解を得てから手にとってメニュー画面に仕舞いアイテムステータスを確認。

 

ドスタは目の前で槍が消えて吃驚したのか、

 

鳶色の団栗眼をぱちくりさせて大きな声で短く叫ぶ。

 

+5かぁ。スリングが+1だからこの槍は大したこと無いね。確認したらメニュー画面からクリックしてわたしの手に槍は戻ってくる。そこでまたドスタは短く叫んだ。

 

ニクスの街唯一の槍以外も扱う武器屋、『武器ならドスタ』にわたし達は来ている。外見はこじんまりとしていてとても武器屋って感じしなかったのに、店内は所狭しと武器が詰まれている。中には一品物なのか、カウンターのショーケースに収まっている弓や槍も。注意深く覗き込んだけど値段は解らなかった。相当値が張るのかも知れない。

 

店内も見上げれば魔光なのかスポットライトの様に小さな灯りが横に等間隔で5つ程並んで、それを一区切りに5つある。中々に明るいんじゃないかな。もちろんショーケース内にも小さなライトを設置されていて照らし出されている。

 

『武器ならドスタ』はカルガインにあるどの店より店内は明るい、無駄に。カルガインなら照明は1つ2つで暗くても客は来るし物は売れる。

 

「ね、ヘクトル。」

 

「ん?」

 

「ここ無駄に明るいね。」

 

「そうだな。気にせず選べ、シェリルの奢りだろ。」

 

「店長がウザい。」

 

「暇なんだろ。」

 

客はわたし達だけだ。

 

「強そうでいい感じの武器無いんだけど。」

 

「どこ見てる?」

 

「もちろんステータス。」

 

「あのな。良い武器はステータスだけじゃない、補正値も見ろよ。・・・」

 

「例えばさっきシェリルが見てたこの貝殻の先みたいな槍。+3しか無いが魔法抵抗が+10付いてる。」

 

「それにこの、先を尖らせただけに見える黒い鉄の槍。+2なんだが貫通補正は+27とまあまあな性能。わかったか?」

 

「・・・なんとなく。」

 

「こちらの弓なんてどーですか?弦に使うのは従来のドミンでは無くなんと!頑丈なラハスの蔦を使ったから簡単に切れないんですよ。」

 

ドスタは興奮した様に鳶色の眦をついッと吊り上げて続けて商品を紹介する。

 

「それにそれに、中の物は値は張りますが使った素材が豪華になってます。この弓は名付けてオライオン。金属部分は拘りのメテュス鉱を使い、しなやかで絶対折れない。弦留めを飾りますのはオリハルコンで弦が外れない加工をしてますから・・・」

 

そう言ってショーケースから水色の弓を大事そうに取り出して、各部分の紹介を始める。説明を聞くだけで、ドスタの態度を見ているだけでオライオンと名付けられた弓は相当高級そうだと解っちゃった。

そもそもオリハルコンみたいな、有名で稀少とわかる鉱石を使ってるんだから。

 

「それいくら?」

 

「欲張り素材をふんだんに使ったオライオンのお値段、なんと!1千万グリムです。」

 

説明を黙って聞いていたけど、高いの解るけど細目になって疑いながら聞いてみる。一応ね、一応。

ドスタの口から出てきた値段はセレブ価格だった、やっぱり。なんだよ、欲張り素材って。

 

「売るつもりないでしょ?」

 

ドスタを上目遣いに見上げながら、嫌味混じりに問い掛けると。

 

「はい、もちろん!」

 

ドスタはいい笑顔で答えた。きっぱり、はっきり言い切るなってば。

 

「手にとっていいですか?」

 

「どうぞどうぞ。見てください、このフォルム。」

 

商品の自慢を言いながら手渡してくるドスタに御礼を言って、メニュー画面を開きクリックするとオライオンはぱっと手元から消え失せる。

 

「ありがとう。」

 

+152・・・凄い。補正は、即死補正+24に魔法抵抗+32、毒抵抗に・・・貫通補正+128と。ステータス確認すると10以上の補正ステータスを持つ弓だった。

ヘクトルを見るとニヤニヤ顔でこっちを見ている。なんだよ、これを京ちゃんに買わせようって?さすがに遠慮するよ、これは。

 

ドスタに視線を移せば青い顔をしてこっちを見ている。そんな顔をしないでよ、ちゃんと返すから。

こーゆーのが一級品の武器って奴なのか・・・クリックで手元に戻るオライオン。重さを感じ無いけどそういった補正もあるのかも知れない。ドスタに返すと急いでショーケースに戻される。

 

「オライオン・・・凄かった。」

 

感想を口にした。正直に。

ホントに言葉も無い。スリングから言うと何百倍強くなる様な感じ。

 

「ああ、だからこの店につれてきた。シェリルの奢りだろ、買ってくれるんじゃないか?」

 

「悪いよ、もっとそこそこのでいいから。」

 

ステータスも補正値も値段に見合ったものかも知れないけど。ヘクトルの問い掛けに答えた。

オライオンを手に入れたとして、その替わりにカラダを要求しかねないんだから困っちゃうとこだ。京ちゃんが思う何でもと、こっちの思う何でもは懸け離れている気がしないでもない。

 

「遠慮するな、俺より強くなりたいんだろ?」

 

京ちゃんが性癖を改めない限り、恐ろしいんです。恐怖しか無いよ、これは。

 

「ドスタに卸してる鍛冶師の腕は良いと思うぞ。」

 

問題は別なんだよ、ヘクトル。

 

「それは、そうだけど・・・遠慮するよ。」

 

わたしはノーマルだー!婀娜っぽく微笑む京ちゃんが脳内に浮かび、慌てて拒否を示す。

 

「溶けた俺の剣は+72のバスターソードだった。」

 

「わたしが渡したクレイモアは+30くらいね。改造は初期のしかしてないし。」

 

「この槍、欲しいって言ったら、買ってくれたりする?」

 

二人がカウンター近くの商品を、歩いて眺めながらぶつぶつと呟く。いつの間にか京ちゃんも近くまで来ていたみたいで。それは聞き流す事にしてショーケースに並ぶ、黒い槍を指差して京ちゃんに窺う。

 

「これ、手にとっていいですか?」

 

京ちゃんがドスタに了解を取って高そうな槍を仰々しく手渡され、

 

「へえー、レピヴィシュ+209ね。いくらになるの?」

 

ステータスをメニュー画面から確認すると感嘆の声を上げる。消え失せていた槍は、クリックするとすぐに手元に戻ってきた。

 

「こちらお値段5300万グリムです。ですが、お値段以上の品ですよ。なんと!海の司令官、浮遊鯨レピヴィシュの角から削り出した槍となってます。」

 

何をそんなに興奮するのか、ドスタは恐らく誰も買わないんじゃない?と思われる槍を受け取りながら驚異の値段を口にした。

 

 

「浮遊鯨なんて知らないけど高値なのもわかる気がするわね。・・・別のにしよ?ね、隣の弓は・・・」

 

困惑顔の京ちゃんは値段を聞いてすぐ、ドスタに手渡して槍を返す。気持ちは解るよ、値段が驚異だもん。

ドスタに手離すつもりが無さ過ぎると思っちゃった。

 

「1000万なんだけど。」

 

オライオンの値段も安くは無いんだよ、京ちゃん。

隣の弓は言うに及ばず、オライオンの事なのでわたしから京ちゃんに伝える。

 

「手が出なくはないかなー、毎日寝かさなくなるけど?」

 

唇の端に人差し指の先を当てて嫣然と小悪魔染みた表情で、ぺろりと唇と人差し指の先を舐めた。

何のつもりか解ってるので目は遇わさない、きっと瞳を濡らして艶めかしく誘っているんだから。そんな口調だった。

 

「さあー、別のさがそー、これはどうかな。」

 

オライオンを京ちゃんは眺めているけど、スルーよスルー。

 

「ちっ、100万までなら添い寝で我慢・・・しましょっか。」

 

大して悔しそうでもなく、舌打ちをして悩まし気に呟く。はいはい、そんなに誘っても差し出しませんよ?

 

「ケチケチしやがる。」

 

視線をこっちにもくれないで横槍を入れてくるヘクトル。気持ちは解らなくは無い。ヘクトルの与り知らぬ処でわたし達の戦いは続いてるんだよ。

負けたらそうだ、骨抜きにされちゃう?京ちゃんのオンナに・・・考えただけで身震いする。寒気がするくらいだからその結末は望んではいないんだよね。

 

「あんた買いなさいよ、レピヴィシュ。」

 

特にヘクトルを見るわけでもなく素っ気ない口調で呟く。二人は槍を使うスキルを持ってそうに無いけど?要らないでしょ?京ちゃん。

 

「そのクラスを買う・・・勇気が無い。」

 

視線を京ちゃんにやっと移してヘクトルはぼそりと力無く溢す。

 

「手元に金無いと心配するタイプでもないくせに。」

 

やっぱり素っ気ない口調で京ちゃん。本気で買わそうってわけで無いからどうでも良さげで。

 

「あ、え〜とドスタ。安いの、で、そこそこのでいいから、無いかな?」

 

話題を変えないと。その思いに囚われ、必死に身振り手振りでドスタに話を振る。

 

「槍でしたら、鍛冶師オスディの『めんどくさいから穂先だけ作りました』シリーズなどありますが。」

 

ショーケースにオライオンを仕舞って、ハケで埃を払いながらドスタは対応してくれた。が、どうにも欲しくならないなソレ。

 

「なにその明らかに客に喧嘩売ってる鍛冶師、買う人いるの?」

 

ふざけたネーミングだし、穂先だけ。欠けたらこの穂先を使って修繕しますよ!とか、そんな感じ?

 

「オスディさんは腕はいいんです、でも気分屋なのでこちらがいい素材を納めないとテキトーなものしか作ってくれないんですよねー、あははは。」

 

「素材ってもしかして・・・オライオンとか?」

 

「はい。もの珍しい素材や石を持っていくと何でも素晴らしい武器に仕上げてくれるんですよー。」

 

「ドスタ、その鍛冶師って街外れの?」

 

いやぁ、笑ってる場合じゃないよドスタ。気分屋の鍛冶師は素材が素晴らしければノリノリで、その辣腕を奮うんだとかで。

すると、ニコニコ営業スマイルのドスタに口を挟むヘクトル。

 

「そうですよー。よく知ってましたね、行ったんですか?うちと特約をしてるので槍を作るつもりならご相談に乗りますよ。」

 

「そのじじい、釣りしかしてなかったぞ。」

 

ほわっとした表情を浮かべたドスタはヘクトルに視線を戻すと自信満々に答えた。

ヘクトルは疑いの目でドスタに注視し、そう言って竿を立てる素振りをする。

 

「めんどくさがりなんですよ。素材さえあれば一品物の凄い槍を作ってくれます、保証しますよー。」

 

繰り返す様に素材さえあればって口にするドスタは素材が足りなかったりするのかな?これってクエストに発展しちゃうかも?

 

「槍、槍って。オライオンは弓じゃん。」

 

「オスディさんは槍しか作って無いんですよ。オライオンは・・・ホントにたまたま作ったらしいんですって。」

 

「たまたまって・・・」

 

わたしの何気無い問い掛けにドスタは眉を下げて思案してから答えた。

ドスタを半目になって見詰め、自然と溢れるようにわたしは口に出す。

 

「ええと、槍以外だと狩猟用に作っている物になりますね。これなどお安くなってます。」

 

話題に弓が上がったからか、わたし達が槍に興味を示さないからかそれとなく壁掛けに掛かっていた大型の弓──両手を広げるよりも大きなそれを手に取りニコニコ営業スマイルで勧めてくるドスタ。

 

「バイアステ、古代熊やハールビカなどの固い皮膚にも刺さる一撃を射つことが自慢になってます。」

大きなそれをドスタは弦を引っ張って見せながら説明をしてくれた。非力そうな彼女がぐぐっと腕に力を込めて、引っ張ってくれるけど半分も引けて無い、多分。

 

「自慢になってます?」

 

「はい、私の自信作です。ミスリル合金製で・・・」

 

そう言うつもりで聞いたわけじゃ無かったんだけど、どうもドスタの自信作らしい。

 

「ドスタさんが作ったの、作れるのっ?」

 

それはもう吃驚ですよ。只仕入れて注文して武器屋をやってるだけ。と、思ってたドスタが自作品があると言うんだもん。

 

「そうですよ?オスディさんは槍しか作ってくれないので、自作してるんですよ。困りものです。」

 

「ええと、こっちのも、あっちのも?」

 

 

弓はほぼ自作品と言ったドスタに目に付いた弓を、全部指差して聞くと彼女が頷いて、

 

「弓を求める客層にも応えられる様に頑張っちゃいましたっ。」

 

ぽうっとした表情で自信ありますとドスタは胸の前で両手を重ねる。

頑張ったからって出来るものなのかな。

 

「バイアステ、+82で貫通補正+50。充分過ぎる火力。ユーリアアト、+71で裂傷補正+30。でも、あれね。スロットは無いみたいだから改造代も必要ってことかしら。」

 

「もう驚きませんけど、出来ればいきなり消すのは止めて欲しいな。お客さん。」

 

「気にしないで、わたし達の癖みたいなものよ。こうやって強さを見てるの。」

 

京ちゃんがふいに、ミスリル合金製だと言う大きな弓と弓を二つ重ねた特殊な弓のステータスを確認する為にメニュー画面に収めた。すると、ドスタから見れば相変わらず消え失せてしまっているので京ちゃんを見詰めて釘を刺す。クリックして弓は京ちゃんの手元に再び現れ、ドスタに手渡さずに壁掛けに戻した。

振り返って視線を移した京ちゃんはドスタに、癖だよと説明する。

 

「私には解りませんが、便利な機能の付いたアイテム袋なんですね。素材の良し悪しだけではない、と?」

 

京ちゃんの説明に何か思い当たるのか、そういうアイテム袋なんだと勝手に思い込んじゃった。

特殊な補正は大きい、それは解る。

 

「逆に素材が悪くないから、火力の素晴らしい武器がここには並んでるのね。よく解るわ、拘りを持って素材を選んでるのが。」

 

「そう!そうなんですよっ!私のコレクションを貴女になら譲って差し上げてもいいですよ?待ってくださいね。」

 

京ちゃんの言葉に反応して、京ちゃんの掌を両手でぎゅぅっと握り締めるドスタ。

同志を見付けた!そんな口調で。

 

「これ、これなんてどうです?現物を見るのはなかなか無いでしょっ?」

 

 

店の奥から鈍い光を放つ妖しい石を抱えてくるドスタは今までの笑顔とはまた違った陶然と、うっとりした表情で石を見詰めて。

 

「あー、オリハルコン・・・。」

 

「これをお客様価格にお気に入り割引を加えてですね、500万の処450万で御譲りします・・・」

 

御気に入り割引って50万も引いちゃうんだ?

 

「ある。わたしのも見せましょうか?メテュス鉱石に、これはアーガス金、青金にババロ硝石にセライア銀。」

 

オリハルコンに酔った様な表情を浮かべる彼女と対照的に、どこか引き気味に京ちゃんがレアっぽい石を素っ気ない素振りで、角度のついたショーケースの上に出していく。

 

「セライアを探してたんですよっ。一つ御譲りしてくれませんか?」

 

並べられた内の一つの石──セライアに視線をロックオンしてしまったドスタは、ニコニコ営業スマイルに戻って交渉に入った。

 

「ねえねえ、シェリルさん何それ?」

 

「ふふふ、拾ったレア金属かな。」

 

わたしの問い掛けにセライア以外を仕舞いながら答えた京ちゃんはギラギラと瞳を輝かせ思案している。

するとヘクトルが横槍を入れてくる。

 

「俺もセライアなら余らせてるし売ってもいいんだけど。」

 

 

 

 

「ははあ、買い取らせてっ!オスディさんがお気に入りなんですよね、セライア。なんでも、加工がとても槍に向いているとか。」

 

「いいよ、500ぐらいあるから。」

 

「お客様方は鉱石コレクターか何かですか?この辺りではセライアは全く出てこないのに。」

 

稀少と語り、オスディからも注文が入っていたセライアに目の色を変えるドスタ。

京ちゃんとヘクトルは逆にドスタのテンションに付いていけず吃驚してる感じで。

事も無気に言うヘクトルの大量の在庫量に。ドスタは狼狽を隠そうともせずに驚いた。

 

「リヴィンス火山で拾った。」

 

「わたしは竜の巣で拾ったよ。」

 

「毒竜の山はわかりますが竜の巣は初耳ですね。良い値で買い取らせて貰いますよ、全部は無理なのでひとまず20程。」

 

二人の反応を見てそう言うドスタは両手を広げて、これくらい?と笑顔で交渉に移る。

 

「ねえ、ドスタ。これで弓を作ったらバイアステより良いものになるの?」

 

特に損な取引でも無いと思ったのか二人はドスタの提示した金額で頷く。

注視していたわたしはドスタの自信作より良い弓が出来るのか気になって口を突いて出てしまった。

 

「鉱石によって得手不得手がありますから、セライアで弓を作っても大したものは出来ませんね。魔力を通しやすい弓、になるかと思います。」

 

「ミスリルの上位銀と思えばいいのよ。竜の腹で精製されたミスリルがセライア銀になるのよね。」

 

二人係りでセライアの説明を受ける。強い弓より、どうも特殊な弓が出来上がるみたいにドスタは言う。

 

「さすが鉱石コレクターですねっ。そうです、古竜ほどセライアを多く持っていると言われています。」

 

竜の腹からなんと!石がたくさん出てくると話す二人。

 

「魔力を通しやすい弓かあ。あ、シアラの。」

 

「そうよ、エンチャントを染み込ませる事も可能な銀だって聞いたわ。」

 

「親衛隊のシアラ様ですか?この国でも上位の魔導師ですよ、海神ラヌクの祝福を受けた神の戦士でもあります。」

 

セライアの特徴に気付いて京ちゃんを見ると頷いて、更に付け加えて教えてくれた。わたしと京ちゃんのやり取りをクスクスと笑いながら見ていたドスタは、シアラのスゴさを『知らないの?』と、小首をコテンっと傾げて不思議そうに喋ってくる。

 

「そんなに凄かったの?ぜんぜん見えないけど。」

 

「今は!ですよ。何か強力な魔物と戦うという事もニクスにはありませんし、男手はすぐにここを離れますからね。ラヌク神に認められたという事はまだまだ強くなれるという事も含まれているんですよー。わたしも血を見ても大丈夫だったら親衛隊に入ったり、外へ出て冒険に汗を流したりしたかったんですけどっ。」

 

わたしの問い掛けに、ぽやんとした表情でニクスの常識を説明してくれるドスタ。

なるなる、ニクスの若者は国を離れてしまって、軍備なんてザルになっちゃうんだ。平和過ぎて常には必要ない様に思うけど、モンスターの襲撃には抑えは効かないかも知れない。

それにシアラはもっと、もーっと強くなるって、強くなる・・・のかあ。

わたしだって強くなるもん。

 

「血を見たらどうなるの?」

 

「気絶しちゃいます。それで諦めました。今は商人で成功して余所にも店を出したいですっ。」

 

気になって横目で窺い気味に聞くと、少し暗い表情を浮かべるドスタ。気絶しちゃったら、そだね。モンスターと戦うどころかって話だもん。

 

「セライアをまた買わせてくださいね。」

 

「今は簡単に竜の巣には行けないからわたしは難しいわね。ヘクトルは?」

 

「リヴィンス火山に行けばワイバーンやバジリスクをザクザク倒して・・・レア泥すれば、だな。」

 

「バジリスク!本で読むか吟遊詩人の詩に詠まれるくらいでしか聞かないんですけど。」

 

「うじゃうじゃいるよ、火山の奥に行けば・・・」

 

「竜の巣なら、コントラドラゴンかガレイラスかな。時間はかかるけど。」

 

「竜の巣はどこに?」

「べルンティアの南、竜に喰われし都が竜の巣と呼ばれてるわね。」

 

「ベルンティアも聞かない名前ですね、どこから行けるんですか?」

 

「ブルボンから東へ行くとルザレの港があって、メルまで船で行って、そこから南へ行くとベルンティア。」

 

ドスタは余程セライアを手に入れられた事が嬉しかったのか、ホクホク顔で京ちゃんとヘクトルを交互に向いて御礼し、今後の流通も取り付けたいみたい。必死だ、彼女も。

そもそも在庫量が豊富なんだから、少し減ったくらい何とも無いんじゃない?暫くは。京ちゃんのルートは無理難題っぽくて、拾いに行くならヘクトルが狩り場にしていたらしいリヴィンス火山。うじゃうじゃ居るみたいで。

ブルボンからの船旅で別大陸に移動した上に更に南に行かなければ辿り着けないんだって。わたしはポツリ、皆が心の中で思っていた事を代弁してしまった。

 

「・・・物凄く遠そう。」

 

 

 

 

「気分良いので。これ、試作の段階の弓だけど、善ければ差し上げたいな、と。」

 

再度の来訪を京ちゃんとヘクトルに取り付け、セライアの今後の供給が見込まれる様になってドスタは喜色満面の笑みを浮かべて、奥から取り出した弓を差し出す。

 

「いいの?」

 

差し出された弓を受け取って京ちゃんは疑いの目をドスタに向ける。

 

「試作したもので売り物にならないんです。そう言う意味では一品物、でしょうか。ふふふ。」

 

「そう言う事なら有り難く受け取ってあげる。はい、まぷちも御礼してね。」

 

こちらを見ながらドスタは微笑みを絶やさない。試作品だから売り物じゃないんですと、言われて納得する京ちゃんは手に収まった弓をわたしに視線を移して手渡してくれる。

 

「ありがとう、ドスタ。」

思わず彼女の手を握って御礼の言葉が出てくる。

 

「わたしやヘクトルには?」

 

その声に振り返ると微笑みを浮かべる京ちゃん。微笑みって感じが珍しい。パターンとしては、弄ってくる所じゃない?

 

「ありがとう、シェリルさん。ありがとう、ヘクトル。」

 

「気にすんな。在庫処理しただけだし、シェリルはこれを利用しようとするかもだけどな。」

 

あ、ヘクトルに突っ込まれた。まあ、御礼は言わせてよ。それを聞いた京ちゃんは、心外だと言いたげに難しい顔で言い訳を吐き出す。

 

「貰った物で恩着せないわよ、さすがにドスタに悪いでしょ?」

 

「では、また。そうですね・・・店閉めますから一緒に行きましょうか。」

 

手持ち無沙汰になり、店を出て鍛冶師の所に行ってみようかと言う話をすると、ドスタが同行してくれると言い出した。有り難いけど店は良いの?大丈夫でした、あくまでもついでってドスタは。

 

「どうせセライアも届けるつもりでしたし。構いませんよ。」

 

 

店を閉めるドスタを手伝ってオスディさんの工房へ足を向けて歩き出した。

 

 

 

 



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天使とみまごう

「ここ、どこ?」

 

「・・・さあな。」

 

「・・・初めて来たかなって事ぐらいしか解らないわね。」

 

エウレローラやシアラに送られて、ニクスの国を離れること小一時間。

どっちに歩けばいいのか解らない森の中をただ、歩いてる。周りを見渡せば背の高くない木か遠くに崖が見えるくらいで、特に何かあるわけでもないんだけど。

ぽかぽか陽気の下、宛もなく歩き続けているのも理由があって。送られてニクスの国を離れて気付く、見たことの無い風景。

どうやら地底湖の水流を流され泳いだ分、元々のマトーヤ洞窟から離れた場所に辿り着いて居るみたい。

 

「帰るに帰れないなんて・・・」

 

ふと、青空を見上げれば遠くに陽を背に旋回してる鳥の影。翼があればぴゅーっと今頃はディアドの酒場に居て、何か食べながら冷たいジュース飲んで旅の話をしてあげてるんだろうか。その前に翼を驚かれるかな。

そんな、とりとめも無い食欲のままにどうでも良いような事を思い、ニヤついたりしてた時だ。自分達では無い気配にヘクトルが気付いて呟く。

 

「何か居るな。」

 

その声に我に返ると目の前に続く山道の向こう、二人には何て事の無いオークがこちらに背を向けてそこそこ先に歩いて居た。まだこっちに気付くとは思えない。武器を抜いてないから。気付かれたとして、距離は離れている。背に担いだ新品の弓を試したくてワクワクする胸を落ち着かせて、

 

「―――ここは任せてっ!」

 

剣に手を駆けているヘクトルを声で制止する。と、気付いているのかこっちを見ている京ちゃんに目で合図。

担いだ弓を降ろし構えると、早鐘を叩く心臓の鼓動を気持ち良く感じながら、矢羽を掴んで矢を番えオークの背に狙いを付け弦を引き絞って一気に放つと、矢は勢い込み背に突き刺さる。更に、新しい弓の特殊性能で真空の刃が追撃する。

苦しげに一声鳴いて振り返るオークに止めだよ。と、脳天目掛け胸を高鳴らせ矢を番えて弦を引き絞り放つ。すると、狙いをずれた矢は鼻先に刺さり、さっきより高い叫び声を上げ前に倒れ込むオーク。

反撃を受けずに大物を倒せたのは、武器のお陰だけど。それでもこの世界で生きていける自信に繋がった。オークを倒せたらゴブリンなんて一撃だよねー。徒党を組むのが当たり前のゴブリンを一撃で倒せないのならソロでクエストをする、冒険に出るのは致命的に厳しいよと言ったのは出逢ったばかりの京ちゃんだったかな。

 

一応な連携ではあるけどゴブリンに一度に攻め掛かられて一匹に手こずる様ならそれでは死が近い。ゴブリンに限らずモンスターも必死だから回避もするし、逃げるし、殺そうと襲ってくる。

次に繋がる速度が重要で、一撃で倒せれば、すぐに他のモンスターを攻撃に移れるから、攻撃を受ける事がぐっと減って。無傷で敵を殲滅することを可能にする。

 

「あっさり片付いちゃったわね。」

 

オークを追って駆け出したわたしの背に、歩いて追い付いた京ちゃんの声が響いて届く。

 

「もうスリングだけじゃ無いもんね。へへっ。」

 

その声に振り返って笑顔でそう答えた。わたしの後ろにはオークの骸が転がっている。アドルから食べられると聞いたけど・・・

 

「良かったな、卒業できて。」

 

そんな事を考えてる所に、オークの骸を爪先で軽く蹴りながら、無感情に祝福の言葉を掛けてくれるヘクトル。

 

***》誰かー誰かー誰かー誰かー

 

急に空に浮かぶオレンジの文字。誰かからのエリアチャットだ。

 

「まただ。前にも同じこと有ったよね。」誰?わたし達以外にもユーザーが居ること解ってたけど、どれくらい居るのかな。そう言えば・・・1クラス分くらいの人数が来てるんじゃないか?って。言ってたのはヘクトルだったかな。

 

「返事あるかな、またすれ違ったりして、ね。」

 

誰に言うでもなくて京ちゃんはオレンジの文字の浮かぶ虚空を見据えながら。

 

「何か来たな。」

 

「んっ?」

 

それに真っ先に気配に気付いたのは空を見据えていた京ちゃんだったけど、余りの光景に声も出せずに固まる。しょうがないかも知れない。わたしもヘクトルの声を聞いて真上を見上げればそこには陽を背に大きな鳥の様なシルエットだけ見えた。えっ・・・これって。

 

***》やぁああっとー!みっつけたー!

 

 

真上を見上げていたわたし達の前に、真っ白い翼を生やして、緑の髪を棚引かせながら陽気な天使?がふわりと羽ばたきながら降りてくる。ニコニコと微笑みながら。

 

 

 

 

あ!ごめんごめん!

 

「こっちだったね。あははは。」

 

エリアチャットを使う度に虚空をオレンジの文字の列が埋め尽くしていく。

悪びれもせずに天使?は立て続けに大きな笑い声と共に目の前でくるりと廻って見せる。謝っているつもりがあるのかぺろりと舌をだして、何か思い出した様にぺこりとお辞儀をして、

 

「あなた達誰?どこから来たの?」

 

わたし達をいち、にぃ、さんと順番に指差し、大して困った風にもなく問い掛けてくる天使?さん。

 

「えっと、わたしはまぷち。カルガインから来たんだけど・・・クドゥーナさん?」

 

「え?なんで知ってるの。」

 

答えるわたしに吃驚して天使?さんは小首を傾け目をぱちくりしている。その仕種を見て思った。綺麗というよりはかわいい顔をしていると。

 

「あ、そっかそっか!ユーザーだと見たら出てるんだったよー、しばらく会ってないから忘れてた。」

 

悩んで掌で顔を覆っていたけど、思い出した様に顔を上げるとぱあっと花が咲いたかの笑顔を張り付ける天使?さん。

 

「それにね、エリアチャットを非通知で飛ばしたら、ただの迷惑だよ・・・何をしたいのか伝わらないよ。」

 

「ええっ!非通知に、あははは、なってたね。ホントだ、あははは。くすくすくす。」

 

だから迷惑って言ったんだよ?。天使?さんは大きな笑い声を上げて何が可笑しいのか、その場で震える様に、悶える様に両手で身を抱えてしゃがみ込む。

ああ、天使じゃないんだ。しゃがみ込んだ女の子の爪先を見る。そこに有ったのは大型の鳥の爪が。

 

「六堂愛那(りくどうあいな)モジってクドゥーナ、よっろしっくねー。」

 

手を出すわたしを見詰める二つの碧眼にどきりとする。やたら陽気にクドゥーナと名乗りを挙げた女の子は掌をギュッと掴んですくっと立つと、翼をはためかせてわたし達を見回し自己紹介を始めた。握っていた掌を手離すとピッと片目の前にピースサインを出してプリクラを撮るような決め顔で。

 

なんてゆーか、五月蝿い人が来ちゃったなあって、思ったんだ。そして、彼女の瞳を見詰め返してゆっくり頷くわたしの背から、京ちゃんの自己紹介をする声が響く。

 

「わたしはシェリル、あっちはヘクトル。いきなり名前言ったら、身バレするかも知れないのに・・・よく知りもしない相手に名乗れるわね。」

 

最初はただ自己紹介をしていただけだったのに、何か思い直して口ごもると涼やかに嫣然とした笑みを浮かべて問い掛ける。

うん、身バレは確かに怖いよね。わたしだって初見でそっちの名前は言えないな、男のヘクトルには仲良くなってもまだ言えてないのは心の奥底で信用できて無いのかも知れないよね。でも京ちゃんの口調はそれを考えても喧嘩を売っているようにも取れた。クドゥーナの態度にどこか気に入らないのじゃないかな。

 

「何か食べながら話そっか、何食べたい?」

 

良さげなところでテキパキとどこからかテーブルをひろげるクドゥーナ。

完全に京ちゃんの言葉を後回しにしちゃって、廻りを見回しすとふいに歩きだす。京ちゃんを横目に窺うと笑みを浮かべたまま、ひくひくと片眉を序々に吊り上げている。

 

あ、激ヤバっ!と思ったんだ。だから、クドゥーナに気付いて貰おうと彼女を追って視線を動かす先には。

彼女は気に入った場所を見付けたのか立ち止まって、腰ほどの高さのある丸くて白いテーブルにオレンジ色の四角で縁取りのされた、茶葉の様な緑のテーブルクロスを掛けて位置を整えている所だった。

 

「こんなアイテムあったっけ?」

 

つかつかと足音を立てる京ちゃんのブーツ。テーブルに辿り着くと立ち止まってその上に出されたそれ──携帯コンロを指差して。

 

「うちら、生産系ギルドには必須なんだけど?」

 

振り返ると小首をコテンっと傾げて、京ちゃんを見詰めるクドゥーナはメニュー画面を弄る指を止める。

 

「パンをさっき焼いたから、ホットドッグでいいかな?いいでしょ?」

 

と、取り出した人数分より多いパンにサクッ、サクッと切れ目を次々に入れながら、有無を言わさずにパンをホットドッグに近付けていくクドゥーナ。

 

「それにね、果実ジュースが上手に出来たんだー。ね、コンロも無いなら生産なんてやって無かったんだろー?それじゃ、味気無いものしか食べてないじゃない?」

 

馴れたもので、片手でジュースの入った瓶を取り出してテーブルに置くと、切れ目を入れたパンに携帯コンロで焙ったフランクフルトの様な肉の棒を差し込み、更に緑の野菜を添えた。更に、レンジの様な──後で聞いた所、料理用レンジと言うみたいなそれにパンを放り込み、目盛りをくいっと廻して目盛りの上に並んだスイッチをぱちりと押す。

 

「美味しいっ。飲んでみ。」

 

目を輝かせてジュースを口にするのは京ちゃんだ。さっきまで静かに怒りを含ませていた表情と打って変わって、ころころと笑いながら自然な笑みを浮かべる。ま、怒りも収まったみたいで良かった、ホント良かったよ。

 

「ほら、焼き上がったよー!」

 

ピッ、ポっと音を立ててレンジが開けば、開いたドアの隙間からモワァッと辺りを包むいい匂い。陽気に声を上げ、クドゥーナは微笑み、にやりと。

 

「マヨネーズにマスタードもあるよー。・・・ケチャップはまだ無いけど。」

 

「うわ、ホントにマスタードだ。」

 

トングの様な持ち手を使って、出来上がったホットドッグを取り出し、テキパキと金属のトレーの上に並べるクドゥーナの片手は更に、マヨネーズと手書きで書かれたシールの貼られた瓶と、同じ様にシールの貼られたマスタードの瓶を取り出す、その表情はとても自慢気で可愛く笑いながら。

 

その頃にはいつ取り出したのかクドゥーナがテーブルの周りに置かれた人数分の椅子に皆が腰掛けていた。

瓶の蓋を開けると黄色く、その匂いは鼻孔を擽る刺激的な香り。ああ、これ食べたかったんだ。マスタードなんだ、これ。

スプーンで掬ってトレーに並べる訳でなく取り出されたホットドッグを手に取り、パンに挟まれたフランク部分に適量を取る。同じ様にマヨネーズの瓶の蓋を開けて適量を掬い取りフランクに付けると、香りを嗅いだだけで期待を込めてしまったホットドッグを口にする。

むぐむぐ、ゴクッ。うはっ!美味っ美味っ、散々美味しい日本食を、日本食擬きをニクスの国で味わったけどまた違う美味しさ。

マヨネーズは、マヨネーズ擬きはニクスでも味わった。でも、マスタードや胡椒は近いものは有ったけど、似て非なるマスタードじゃ満足出来ない。ホットドッグはあっと言う間にぺろりと平らげ、腹に収まった。無くなった事で、なんてゆーか無性に更に食べたくなってしまい、情けなく指を咥えて食べ終えてない京ちゃんやヘクトルを眺める。

何か解らないけど、ひもじいよぉ。

 

「美味いけど、な。話あったんじゃないのか?」

 

「あ、あ?うーん?・・・そうだった!ね、ドラゴンが倒せないの、手伝ってくれないっかなーぁ?」

 

ホットドッグを美味そうにむぐむぐ咥えながら、ヘクトルが思い出した様に。

ふいに問い掛けて来られたクドゥーナはむぐむぐと口に含ませていた分を飲み込むと少し悩んで在らぬ方向に視線を逸らす。

続いて、ゴクっと咀嚼音が聞こえて口を開けば、ドラゴンを倒したいと言う。期待を込め、キラキラと碧眼を輝かせて。

 

「質問、ここどこ?カルガインの近くだと思・・・」

 

言い終わるのを待たずに口を挟んでくるクドゥーナ。わたしも、彼女が言うドラゴンをスルーしての質問だったけど。

 

「ぺろりっ、マップあるじゃん。ま、アスタリ山のどっかだよねー?・・・カルガインて事はこっちの地勢わっかんないのかな?あっちに見えるのがヘレハン山で・・・」

 

指に着いたソースを舐めながら、クドゥーナは口を開くと、むむぅと小さく唸りを上げながら崖を指差して説明を始める。

 

「あぁっ、ここカルガインじゃない。サー・・・ゲイト?って書いてある。」

 

マップと言われてハッとなりメニュー画面を確認した。吃驚だ、ニクスでは何も見えなかったマップには今まで見た事のない名前がずらりと並んでいたから。

否が応にもここがカルガインで無い事、ニクスの国も離れた何処かにある事が解っちゃった。サーゲイト?

 

「そっ!ここはサーゲートのアスタリ山だよー。」

 

後ろに見える崖を向いていたクドゥーナが振り返ってニコニコと繰り返す。

するとサーゲートとの発言に反応して、ホットドッグを腹の中に片付けた京ちゃんが聞き返した。カルガインからそう離れて無いと思っていたのかも知れない。その声に驚きを隠せないまま。

 

「えっ、サーゲート?」

 

「うちら、サーゲート辺り拠点にしてたからー。あははは。」

 

口に含んだジュースを飲み込み陽気に笑い出すクドゥーナ。彼女の所属する生産ギルドはどうも、ここサーゲートを拠点に活動していたみたい。

カルガインで会わなかった筈だよね。その距離は結構離れていて、マップ上にカルガインは表示されていない。

マップの端にかろうじてアスカムが口にした地名が表示されているけど、ここアスタリ山からはやっぱり離れている。

あの時の話を思い出すと、カルガインの下、東西に走る街道を指してラミッド街道と言ってたっけ。マップの端にかろうじて表示される街道と思える水色の線とラミッドの文字。

 



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急がないといけない理由ができました

わたし達に成り行きで加わった新たなNOLUN・ユーザーのクドゥーナこと六堂愛那(りくどうあいな)。彼女に頼み込まれて、アスタリ山をドラゴンを探して歩く事になったんだけど。

 

ふよふよと飛べる彼女は良いよね、わたしはさすがに疲れたよ。ずっと先頭を歩いてるヘクトルは種族の強みかまだまだ元気そうで、クドゥーナと軽口を交わしている分、余裕を感じるかな。

 

案内をかってでたクドゥーナは陽気に声をあげて笑いながら、どんどん奥に入って行くんだけどね。

 

足が重くなって来たらヒールを掛ければマシになるって。そりゃあね、徹夜で歩き通すとかだったらヒールだけなんて足りないんだろうけど。

ヒールを京ちゃんに掛けて横目で窺う。苦しそうってわけじゃない、これはきっとそう。退屈。

オークも京ちゃんには出番無かったもん、その後クドゥーナに付いて別の道から山の奥に入って行くんだけど。モンスターの気配は残念なことにまだ無い。

 

歩いて積もったダルさが抜ける頃には、する事はクドゥーナの軽口に横槍を挟むことくらいになっていた。

 

「ん、村人もね。どこに居たかまではっきりしゃっきり覚えて無いらっしぃんだけどー。山の洞窟は村の収入源で鉱石を取れなくなると生きるか死ぬか?って追い込まれるみたい。」

 

ジェスチャー混ざりで大袈裟にオペラ仕立てのエチュードをわたし達の前でしてみせるクドゥーナ。

あはぁ、演劇部に入ってたりしたんだよね、きっと。ただただ五月蝿いとも感じちゃう彼女だけど、その明るさも無駄ではないのかも知れないなー。下手ってワケじゃないし。

 

「いきなり現れたみたいな?」

 

クドゥーナのエチュードをみる限り、ずっとドラゴンが居たかって解んないんだもん。彼女は小首を傾げて、

 

「どうだかねー。眠ってた竜を掘り出したってコトかもだし?行ってみないと解んないってか・・・」

 

そう言って目の前で腕組みをして俯いた。

話途中に思わず口を挟んじゃう。てっきり、様子くらいは見て諦めたのかなって思ってたからさぁ。

 

「あ、行ったコト無いの?」

 

「当ったり前じゃーん。うち、オークに連携取られたらまず勝てないもん!ここ、オークの巣あるんだって!」

 

 

それって、そっか。オーク──豚の顔をした小肥りの汚い亜人、見た目はそのもの豚。種によっては綺麗好きで、水浴びもしょっちゅうするものもあるみたいだけど基本はズバリ、汚い。

 

知能はゴブリンより高くあって連携を取って『人狩り』をする。

ゲームなら手込めにされそうになったって、キャンセラー機能が働くからオークに捕まったって、助けを待ってオークとお喋りするくらいか無かったみたい。運営のおふざけプログラミングだよね、殺さずに巣に連れ帰るモンスターとかね。

って、京ちゃんにお伽噺替わりに聞いたんだけど。

 

「別件でヤバくない?それ。」

 

問題なのは罠を張って巧みに狩りをするところ。何の為ってそれは。繁殖の為。

基本オークに牝は居ないみたいで、他種族に種付けをして、種族の継続を図るので他の獣人と違って、年中発情期と言う、困ったちゃん。捕まれば男子は餌に、女子は苗床にされてしまう。

 

 

「うちら女子には寒気する事実だったね。村人もソコも強調してたわ、うん。そーいえば。」

 

「村人が襲われたとか?」

 

「それは無い。けど、ね。他に集落が襲われて無いとも言えないんだよなー。だから、オークの巣をぶっつけ本番で叩き潰さなきゃってコトかもだし?・・・ヤバいの見るかも。」

 

「じゃ、急ごっか。先も1匹居たんだ。」

 

「数え方って匹だっけ?」

 

「豚だもん、匹でいんじゃない。」

 

「それもそっか。あはは。」

 

あ、ははは・・・笑ってる場合じゃないんだよね。でも、無理に暗い雰囲気で居なきゃいけないってコトでも無いし。

 

「シェリルさん、ドラゴン退治の前に汚いのやることになったけど、どーします?」

 

振り返って後ろを警戒する為に少し遅れて歩いている京ちゃんに視線を移す。退屈で退屈で、腐っていた京ちゃんでもやっぱりオークの群れは嫌みたい。どうも、ゲームの時のトラウマが関係してるのかも。

 

「ゆーつだわぁ・・・聞こえてたわよ?オークでしょ、トラウマなのよね。汚いじゃない。」

 

「クドゥーナもヘクトルも、やる気満々だから諦めて。」

 

悪いけど、京ちゃん以外はやる気なんだから!わたしだって。ここのオークの話を聞いてすぐ頭に浮かんだのは、いっぱいいーっぱい倒してさレベルアッープ!にはは。

 

「イキイキしてますなあ!豚小屋って感じですか。」

 

それから10分歩いたかな。オークの群れに出会った。クドゥーナが声をあげる頃には、ヘクトルが勢いよく走り出していた。

 

「うえ、いっぱい居るのかな。」

 

ビジュアル的にあんまり見れたものじゃないよ。群れるオークに向けて矢を番えた。

 



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ほの暗い穴

駆け出したヘクトルにオークの群れが気付いて醜く叫び声を上げた。逃げ出したオーク。剣を、斧を掲げ向かってくるオーク。

 

ダメだよ、それじゃ・・・遅い。

横薙ぎに剣を振る。と、ヘクトルに気付いて距離を取り、こちらに背を見せ逃げ始めていたオークの背肉をザックリ斬り開き血飛沫が吹き上がった。充分離れていたにも関わらず。

 

飛剣──剣撃を飛ばす、〈剣スキル〉中級の技で、普通に斬りつける3分の1程の威力しか発揮出来ないみたいだけど。

近寄る必要が無い分、ザコ狩りにはとても使い勝手が良い。デメリットは、連射は出来ない事。

 

血飛沫を上げながら逃げ出したオークの背に今。寸暇の暇を空けず狙いを定め終わった弦を離す。見た目以上にダメージを受けたオークは鈍い、トロいっ。

 

避ける事もせずに矢は貫いて、更に追撃が襲いかかると哀れオークは断末魔を短く上げ、その場に突っ伏して果てた。後・・・9、10、11、12。

 

「・・・結構いんのな。」

斧を高く振り掲げ、ヘクトルの肩口に勢いよく振り下ろす。そこにはもう、居ないんだけどね。

一歩でオークの側面を取ってげんなりと口を開きながら、下段の構えから振り上げた。

オークは斧を握る両手を斬り跳ばされて失う一閃。

 

「───こいットロン!」

 

逃げ出したオークが一瞬の間に血飛沫を上げながら果てた事で、その場にいたオークが一斉に理解しえない叫び声をあげた刹那。

 

碧みを含んだ眦を吊り上げたクドゥーナの銀鎧の胸の前に突如として蛍光緑色の閃光が生まれる。彼女の喚び寄せた召喚獣──雷精トロンが彼女のはためかせた翼の間から顕現化したからだった。

 

何事か吼えながら襲いかかる数匹のオークにトロンは閉じていた瞳を開いて、紫電をぶっつけた。パチパチッと紫電は弾けオークの自由を奪った。

 

 

「アドルが見たら喜ぶだろーね。」

 

麻痺したオークは大きな的でしかない。汚くダラダラと唾を垂らし、舌を顎先に付けるまで出したオークを狙い、軽口を言う様に答えると弦を離す。

ヘクトルの振り下ろす斬撃に、首から胴がバイバイして声も上げれず倒れ、わたしの放つ矢が、追撃が並び立つオークの肩肉を深く突き刺し激昂する。アレぇ?倒せてない?それに気付くとヘクトルは返す刃で両断して派手に血で剣を濡らして止めを差した。

 

「かもな。さっさと終わらせて竜退治に行こう。」

 

血塗れた剣を血を払うでもなく休み無く勢い込むヘクトル。

トロンは紫電が溜まる度にその力を解き放ちオークの動きを止め、止まったオークは次々と突き刺さる矢が、襲いかかる凶刃が、その生命活動を確実に断っていく。

 

「さぁんせー。うち基本魔法だけなんで、それだけ覚えといてよ。」

 

クドゥーナはトロンに魔力を注ぎ込むだけ。辺りを見渡し、動くものは無くなると彼女はトロンに礼を言って還す。終わって見れば豚を虐殺しただけだった。

 

見なければ良かった。オークが、理由無くこんなに群れるわけ無いのに。

思えば、走り出した時には血の匂いが漂っていた様な気もする。

あんなに姦いクドゥーナが黙って俯く、ヘクトルが眉を跳ね上げ叫び激昂する。京ちゃんが、わたしが顔を覆って大声で泣き崩れる。

・・・イヤだ

 

そこにはヒトだったと表せる部位が、手だけになった血と泥塗れになった亡骸とビリビリに引き裂かれた服の切れ端が転がってあった。

 

 

 

あの後───名も解らない亡骸を土に埋め、盛り土の上に、転がっていた彼の着ていたものだろう服の切れ端を巻き付けた丈夫な木の枝を立てると、手を合わせて皆で弔う。

 

アドルには悪いけど、ここのオークの肉は食べれない・・・4人の内2人が戻すくらい凄絶な場面だったんだから。

 

うん、なんでクドゥーナは冷静にアイテムを漁ってるんだろう?

 

「んっ?なんでかぁー、・・・それはね生産者の『業』かな。悲惨とかよりさーぁ、勿体無いが先行しちゃうのね。たださ、死んじゃったって事実なんかより、悪いけど・・・素材をうちが使うコトで明日に繋げるってゆかさ。そゆわけで。」

 

アイテム化したオークを次々仕舞っていく彼女の背に問う。作業の手を休めずにクドゥーナは言い澱みながらもハッキリと答えた。

彼女なりのブレない生き方があって、素材をきっちり使う勿体無いの精神。クドゥーナは生産者の『業』だと言う。

わたしには真似出来ない、悼ましいの方が天秤を強く傾かせているもん。そんな事を考えていたら背中から声が上がる。

 

「これは・・・急がなきゃ、苗床を作っているかも知れないわ!この人がここまで迷い込んで単体で生き餌になってただけかも知れない?ううん、近くから拐われて来た可能性がある内は疑ってかからないと。だから、急がなきゃ、急いで巣を潰しましょう!」

 

静かに激昂する京ちゃんが火急に巣を潰す必要性を説くと、一同揃って力強く頷く。それだけで決意は固まった。

 

「得物これでさ。オークに近付いて殴るってもこれじゃねっ。て、捨てナイフもあるにはあるんだっけどさ。」

 

巣を潰すために、探して歩くこと数分。クドゥーナはどんな事があった後でも時が経てば陽気に喋りだす。

 

その時ヘクトルと京ちゃんが異様な気配に気付いて近付くと、山肌にウロの様な穴が見えて、その手前には木も生えていない広場があって数匹のオークが座って囲む。脳裏には先の凄絶な場面がフラッシュバックで甦ってきた。何故ならオークの向こうからは血の匂いが漂って来て鼻腔を刺激していたんだもん。京ちゃんの言葉が現実味を帯びてくる。

またか・・・涙腺が開いたわたしが構え直すより疾く。

───ダルキュニル!

 

 

 

巨大な氷の柱がオークに、大地に突き刺さった。その影から飛び出して勢い込むヘクトルが叩き付ける様に刃を振るう。

その後を追うように狙い済ました矢が残ったオークを動く間も与えずに射し貫く。

 

「弔うのは後よっっっ!」

 

怒気を孕んだ京ちゃんの力強い一言に、その場逃れかも知れない。けど、酷い惨状が広がっているだろう壁の様な柱の向こうに視線を向けずに済んで、ホっと胸を撫で下ろした。

 

「うっそ。別れ道ぃ?」

 

山肌に口を開ける穴が穿たれた暗闇に、身を踊らせて急ぎ足に歩むと有りがちな別れ道が。

 

勿論、そのままじゃ足下も解らないくらい暗いから京ちゃんがライトボールを唱えているんだよ。

魔光の灯りに照らし出された内部は鍾乳洞なのか、乳白色の壁を地下水が垂れて。所々背の一番高いヘクトルが屈まないと天井に当たるくらいの高さで、入り口から別れ道までは三人並べないくらいの横幅だ。

 

散発的にオークは逃げ惑ったり、襲いかかってくるけど。レベル29〜36程度のステータスでは、ヘクトルのクレイモアの露と消えるだけだった。

何度目のオークかを撃ち取ると、亡骸の向こうに横穴がぽっかり開いているのが見え、クドゥーナは相変わらず陽気に口を開いた。

うん、別れ道だねぇクドゥーナ。ちょっと今は黙って。

 

「ふたてに別れるしか無いな。」

 

本道とした方は今まで通りの道幅で、片方は穴が細くなって一人がやっとて感じ。

ヘクトルとクドゥーナ、京ちゃんとわたし。ヘクトルは横穴担当、京ちゃんが本道を進む。

どうしてこうなったかは、京ちゃんが目で、クドゥーナとは嫌とヘクトルに伝える事ができたからかも知れない。

 



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鬼神化

ヘクトルとクドゥーナに道を別れて仄かな灯りを頼りに急ぎ歩くこと10分経った頃、

 

ドゥッゴウオオオオオオオオ!

突ん裂く様な爆音が聞こえて

 

グラグゥラグラァァァアアアアアッ!鍾乳洞全体を震わせる程の横揺れが襲ってきた。

横穴に入ったヘクトルとクドゥーナが何かしら片付けたか、それとも始めたのかも知れない。

前の時より頑丈な地形らしくどこかで崩れ落ちる音が聞こえたりはしないのはとても嬉しいこと。

 

やってるなぁ、こっちもそろそろかな?なんて思っていたら揺れに驚いたのか、爆音の方が気になって横穴へ向かうつもりだったのかオークが吼えて襲い掛かってきた。

 

「退けえっ、───レイジングスラッシュ!」

 

狂える程の怒りに塗た京ちゃんが上段の構えから放つ、必殺の一撃。

 

剣先が刺さった眉間から朱の光の刃が追撃する。目前にまで迫ったオークの頭をくり貫く様に貫いて、更に焦げ付く匂いがしたと思ったら中身の溜まっていた脳漿を辺りにぶち撒けた。

 

断末魔をあげる暇も与えられず果てたオークを楯に他のオークに狙いを絞って、構えた弓の弦を離す。

即死性の一撃を与えたいからドスタに、

 

「ホントに、本当に困った時にお使い下さい。」

 

と、念を押された強力な矢──魔石を鏃に張り合わせた特殊なその矢を番え、オークの鼻先目掛け放った。すると、狙いは大きく外れて肩口に鏃が触る刹那。

ボォッン!と軽快な爆発音を起てて、オークの半身を魔石に仕掛けられた爆風が捩りちぎった。と、同時にけたたましく聞こえる醜い叫び声。

 

「五月っ蝿いっ!死ね、豚がっ。」

 

嫌悪感バリバリに表した顔の京ちゃんは眦を決した。吼えながら、ダッシュで止めとばかりに斬り払って、半分に千切られた血だまりに立ち尽くすオークの首が壁に跳ね飛ばされ踏みつけられる。来る前までは、汚ないって言っていた京ちゃんの天秤を今、傾かせて突き動かしているのは純水な怒り。

 

そういえば『ゲームじゃ無くてリアルだ他人の死に様に一々感情的になってたら心が保たない』って言ったのは出逢ったばかりの京ちゃんだったっけ。

 

そんな彼女が怒りに打ち震えて、その怒りの負のオーラをあらん限りにオークにぶっつけているのが、あの頃を思い出されて少し笑えた。

あの頃の京ちゃんが今の狂える暴走化(バーサーカー)している京ちゃんを見たとして何を思うんだろう。

バカね。と、微笑うのかな?何してるのってビンタをお見舞いして止めるのかな?

 

 

 

 

思案を巡らせていたのはどれくらいの間だったか。

我に返ると京ちゃんを視界に捉えられなくなってて、焦って駆け出すと、

 

「アイス・フリーズっ!」

 

聞こえてくる声。辺りを見回すとオークが手に提げてたと思われる松明がパチパチと燃えて崩れた体のオークを焦がしている。更に、壁に眼を凝らすとここでも魔法を使ったようでカチコチに凍り付いていた。

 

「うぉおおおっ!」

 

 

追い付かないとと、走り出すと鍾乳洞は大きく弧を描き曲がる。その先から魔光の仄かな灯りが零れ出していた。

 

ブッジュゥッウ!

 

京ちゃんに追い付く刹那。とても耳障りで嫌な音を起ててオークが喉元をパックリ切り裂かれ、血玉の噴水を上げながらゆっくりと足が崩れ落ち自身のか他のオークのか、どす黒の血溜まりに沈んだ。

振り返る京ちゃんの相貌は鬼神のようで恐怖の中にも神秘性を持って美しく。

その双眸は光を失って靉靆としており彼女が精神的に壊れそうだと思わせる。

 

 

その理由の一端だったかも知れないと思ったのは、京ちゃんの踏み締める足元に夥しく散らばるもとの貌も判らないオークの残骸。

 

今、京ちゃんが負のオーラに呑まれて病的に精神を磨り減らして戦っているのかも知れない。

 

無言で前を向けば長い黒髪を振り乱し、修羅の如く残骸を避ける事も判らないながらにフラフラと歩む。その後ろ姿には負のオーラに依るものか、薄暗く視界を歪ませる、靄がかかったようで。

 

これはアブない。その背を懸命に追うと還ってきてと、想いを乗せ平手を一閃。パンッと音を起てると京ちゃんの頬が紅く染める。まだダメか、もう一回。もう一回。もう一回。・・・

 

パンッ!!

 

 

我に返った京ちゃんに跳ね上がる様な体重の乗ったビンタを返された。すると、光を取り戻し爛々と輝きだす金色の瞳。

良かった。込み上げてくるものに自然とに決壊する涙腺。

 

「京ちゃん!」

 

 

生恥ずかしいとかは無くて、唯無性に抱き締めたくなった。飛び付きながら叫んで抱き寄せ、長い黒髪を撫で上げる。

 

その後───歩きつつ横目でわたしを窺いながら、くすくすと微笑う京ちゃんの姿に、死にたくなる程の後悔の念に苛まれる事になったとしても、ね。

 

 

 

会話を交わす暇も無く襲い掛かるオークを斬り払い、首を跳ねて暫し、広まった部屋に出た。奥には一回り大きく、一際仰々しく貫禄のあるオークが石組みの玉座から零れ落ちそうに座っていた。

今、ぶっつけて首がバイバイしちゃったオークを京ちゃんが踏みつけているからか座っていたオークの眦が吊り上がった様にギラリと瞬いた。

 



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目の前で起こるあれこれを受け入れろ、これは命令

 

その部屋は鍾乳洞の奥にあった。異様だった。壁の至るところに血糊がこびりついて───血の匂いにあてられて酔ってしまいそう。

 

眼を逸らしたくなってしまう様相を呈していた。逃げ惑って息絶えたのか壁を垂れる幾つもの血の手形、叩きつけられて絶命してしまっただろう血糊と壁の凹み。

 

「───当たり、だったみたいねっ。」

 

物々しい顔をした京ちゃんが歯噛みした。喉を潰す大きな声で叫んで。

 

今、ぶっつけて首がバイバイしちゃったオークを京ちゃんが踏みつけているからか座っていたオークの眦が吊り上がった様にギラリと瞬いた気がした。

睨み付けてくる大きなオーク!───オークロード。下卑た微笑いを浮かべ、人類を真似たのか、両の耳の間に髪を生やして服の上下も着てある。そ、それに。

 

「血を・・・絞って、飲んで?、るの・・・?こいつ、・・・うっ!」

 

 

ああああああああああああぅえあうううっっっ!!!!

 

言葉に出来ない。絶叫を無意識に上げて、こ、呼吸まで苦しくなる。

吸血鬼みたいにっ、こいつ!怒りに我を失い、背負った弓を取り構える。

 

「きぃっ、消えっろおぉうおおっ!」

 

ドスタの特殊な鏃を番いってオークロードの利き手に向け放った。一瞬だって、見ていたく無かったから。何時の間にか。恐怖から、悔しさから、悲しさから、やるせなさからない交ぜになって、緩くなった涙腺を圧迫していた。すぐに決壊して、大粒の雫となって滑り落ちていく。

 

利き手なのか平べったい右手に大きなワイングラスに並々と紅い液体。

パキィンっとワイングラスは乾いた音を起てて爆ぜて割れた。続いて発動する追撃はオークロードの利き手を更に襲う。

割れたグラスを隅に叩き付け、オークロードは吼えて立て掛けられた得物を手に取る。得物は鈍く無骨に輝る大斧。

大斧を振りかぶり叩き付ける。オークロードの目の前でチョロチョロと駆け摺り廻る京ちゃん目掛けて。

 

・・・イヤだ。よく解らない感情に突き動かされて、第2射を番えた。ずっと視界の端には斬りつけ、オークロードに向かって行く京ちゃんを捉えていた。

 

 

自分で言ってたじゃん、薄壁なんだから楯役には向かないんだってさ。不条理を受け入れろとかってさ。

自分で自分が何言ってるか解んないけどっ。

 

「・・・でも。怒りが止まらない、次から次から湧いて苦しくなる。こんな時くらい、、、『怒りに身を任せて』爆発したって!いいよねっ!」

 

このよく解らない感情は───怒り。京ちゃんが充分引き付けてくれてるから、狙い研ぎ澄ませた。

 

「───外さないっ!」

 

狙う的は既に京ちゃんが撫で付け、斬払い、突いて。更には左足はダルキュニルを見舞われ、凍り付き動くに動けない。

弦を離す。

 

鏃はオークロードの自らの血煙をも孕んで喉元に触る。

ああ、突き刺さらない。それでもっ。軽快な炸裂音を上げて破裂する魔石の鏃。うねりを舞い込んで追撃も発動する。

・・・まだだ、もう一回。もう一回。もう一回。

 

 

眼を、口を、肩を触った。三度の炸裂音のあと、オークロードは声を為せない絶叫を上げて、動きを止める。断末魔だった。

 

「終わったわよ・・・、もう。」

 

 

我に返った京ちゃんに肩を叩かれ、気付くとオークロードの貌は直視出来ないくらい歪ませて、穿たれて、裂かれて形を為して無かった。

 

 

 

 

終わった。あの後、骨だけでも。と、言うでも無いままに拾い集めメニュー画面に納めていると、

 

「終わってるみたいだな。こっちも終わった、まあ・・・餌さ場だったんだろう。」

 

拭えない焦燥感を漂わせて二人が合流する。続けて言わなくても、解るよな?察しろと言いたげな顔をヘクトルがしている。

地獄でも覗いてきたのか、普段はバカに明るく陽気に振る舞う、クドゥーナも静かに黙っていた。

こっちはこっちで凄絶な状況だったんだから、想像は・・・付いちゃうけどね。

 

「・・・うちがもっと急いでたら。違ったかな?」

 

ボソリとクドゥーナ、その碧眼からは潤んで零れそうな大きな粒が。

 

誰も答えを持っていなかった。たらればを言っても、何の解決も生まないし。

仮に彼女一人が乗り込んでたって、量で押しきられ・・・て、事になっていたかも知れないから。

 

 

 

 

 

クドゥーナが地精に働き掛けてゴーレムを生み出し、鍾乳洞の入り口を埋めると広場に散らばった遺骸も集め同じ様に埋めて土を盛り、ちょっとした慰霊碑を建てる事にする。

 

願わくば安らかに───クドゥーナが地精を喚んで土地の浄化を頼むと、易士の様な出で立ちの妖精はコクリと頷いて。

両の掌から浄化をしているのだろう無数の光の礫が、出来たばかりの慰霊碑を包んで、やがて光の靄に変わると大空に向かって飛び立って行った。

 

浄化を終えたのか、何事かクドゥーナに話しかけて地精は還って行く。

 

「暫らくここで見守るって、この子。」

 

 

少しずつ地を取り戻してきたクドゥーナがなんとも言えない表情をして口を開く。

「襲われたのは多分、近くの獣人の集落。戦闘種じゃなかったから一溜まりも無かったんじゃないかな。この子に御礼言ってたって。」

 

「・・・。」

 

「そう・・・なんだ。」

 

「引き摺っても悪いし、良いわけじゃないけど。弔いに一杯呑らない?」

 

「カルガインで見た、あれ?」

 

「いいな。」

 

ジョッキを5つ用意して記憶を探るようにジョッキを掲げて叫ぶヘクトル。

 

「乾杯。魂を救った英雄に乾杯。」

 

併せて叫ぶ。

 

「・・・そして、死んでいった集落の人たちに、乾杯。」

 

 

今度は慰霊碑に向かってジョッキを前に皆で一斉に突きだし叫んだ。

もちろん、わたしは果実ジュース。

 

最後に、

 

「少ないが、皆で呑んでくれ。」

 

 

ヘクトルは左で握ったジョッキを傾けた。慰霊碑代わりの木の枝に沁みていった。まるで、皆で呑んでいるように。

 

 

 

・・・失った事を酒に融かして忘れるんでしょう。

 

 

自分達の為に。今より明るいあしたの為に。

 



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水浴び

オークの巣を掃討し、犠牲になった集落の人々を簡易的とはいえるものの弔った後、水場を探して歩いている。

 

ドラゴンも急がない訳に行かないけども・・・皆が血臭くて特に暴れていた京ちゃんが血塗れで何より、陽は傾いていてすっかり暗くなりそうになってきた。

 

クドゥーナを大空に昇らせて河か、湧き水が無いか視て貰っている所なんだけど。

血の匂いに誘われてか獣系モンスターがしょっちゅう目の前に立ち塞がるのも嫌になる。腰ベルトに挿した普通の矢束から1つ抜いて、ガルウルフに狙いを定め一気に放つ。これで終わらってくれないから、

 

「こっちくんなー!」

 

同じ様に矢を放ち2射目を入れると同時に、追撃が発動して動きの鈍った的をいぬく。それとは別に、大きく腹が裂けブッジュゥッウと音を上げながら玉大の血の噴水が吹き上がった。黙ってヘクトルが剣を抜き放つ、飛剣。

これが止めになってウルフより一回り大きな獣は事切れて動かなくなりその場に倒れこんだ。

 

「もう少しでねー、崖があってさ。今は森で見えないけど抜けると、ほら。左に滝が見えたよ。」

 

気付くとクドゥーナが降りてきてガルウルフをアイテム化してる部位を何とは無しに仕舞っている。

 

「新鮮な肉もげっと!だし、これでバーベキューにしよ。」

 

振り向いた彼女はわたし達ににまっと微笑えみ掛けながら。

 

森を抜けると水音が聞こえて来て滝が見えてくる。クドゥーナの言う通り。

滝の前には豊かな水を湛えた淵が静かに広がっていたから、我慢する事もできずに掌で零れんばかりの水を掬って口に運んで一気に飲み干した。

うん、美味しい。

 

周りを見舞わすとクドゥーナはバーベキューセットとテーブルを取り出して、準備が早い。京ちゃんはいつか言ってた臙脂色した革のビキニに着替えて水に浮かんでいる。ヘクトルも滝の方に泳いでいくのが眼の端で捉えた。皆、思い思いにリラックスを始めているみたいだ。

 

 

「なにからやろっか。」

 

「椅子を置いたら、皿をならべてだね。テーブルの上の野菜を荒くていいからザックザク刻んで、トレーに入れて終わったら・・・」

「はーい。」

 

「ボールの中の野菜をだね、ぶちって千切ってサラダにしよ。うちは火の番と肉の仕込みしてるから。」

 

「はーい、わかったー。じゃ、刻むね。」

 

その後、わたしもクドゥーナの準備の手伝いをかって出て、ある程度整ったから岸辺に足を入れチャパチャパと、音を立てて軽い水遊びに勤しむ。

 

「美味い狼肉の焼き方はねー、こーやって。マスタードをじっくり揉み込んでね。って聞いてるー?」

 

「聞いてるよ、うん。聞いてる聞いてる。」

 

 

血に濡れた鎧を洗い流すとクドゥーナの軽口に相槌を打ちながらタオルで拭き上げ一張羅の革服に着替えていく。

 

「手伝いましょうか?」

 

声のする方に視線を移すと魔光に照らし出されたビキニ姿の似合う黒髪からキラキラと水を滴らせた美少女が居てにまりと微笑うと、

 

「あ、お願い。」

 

 

わたしの相槌を待たずに背中の革紐を締めてくれた。勿論、京ちゃんなんだけど。

 

「あっ、キツくて痛いよ。」

 

「ほー、じゃ優しくするね。」

 

「そんなとこ触んないでっ。」

 

「こっちはどう?」

 

背中の革紐と革ベルトさえ決まれば、もう自分で出来るのに。矢鱈と京ちゃんは面白そうに微笑を浮かべて構ってくる。脇を触られて思わず悲鳴を上げてしまったくらいだ。

 

「これはいいの?」

 

 

「今から着ける意味無いでしょ。」

 

「じゃあ来て。ギュって、あの時みたいに抱いてよ。」

 

「・・・何言ってるんですか?」

 

 

一緒に出したコルセットを手に持って、わたしの腰に回し付けてくるから、振り向いてやんわり断る。すると、京ちゃんは両手を広げてウインクする。飛び込んできてって言いたげに。あのときはあのときだ。すっかり忘れてたんだもん。京ちゃんがそういう態度に出る変わった人なんだって事だって。

 

一瞬、素早い動きに視界から京ちゃんを見失ったら、

 

「ほら、揉ませてくれたら大きくなるわよっ?こうやって・・・っ!」

 

「うぅっ!ひゃぅっ!?」

 

 

何かのスキルを使ったか解らないけど、背中に回り込まれてぐにぐにと揉まれてた。わたしの胸っ、ちいさく無いもん。京ちゃん程じゃ無いけどさ。

 

「おっ楽しみですかあー!でも、準備も出来たし後回しにして肉焼いてさーぁ、食べよーぉよ?見てみ、もうヘクトルは食ってるからぁ。」

 

クドゥーナが助け船を出してくれたわけじゃ無いんだけど、バーベキューに呼ばれてその場はあやふやになって、心から彼女にありがとうを胸の内で叫んだよ。

 

「美味っ。肉汁がスッゴい出てくるわ。」

 

「おぉっ!見てる分には害が無いから邪魔すんなって言ったんだけど、な。」

 

「解ってるなら見てないで止めてよ。ホントだ、美味くて。思ってたより柔らか〜い。」

 

「ヘクトル今後もその調子で見守ってね。絶体オトすからねっ、てへへ。」

 

「彼女は変態なの?ヘクトル。」

 

「そだよ、愛那にも仲好くなったら襲ってくるぞ。なんて言ったかな、そーだビッチだっけな。アレなんだ。」

 

「はーい、ビッチですっ。あはははは!」

 

 

「ビッチ、・・・かーぁ。気を付けよ。」

 

美味しい料理を食べて程よく酒に酔うと焼き網の前では皆がはしゃいでいた。約一名、羽目を外し過ぎな気もするけどね。

忘れ切れたわけじゃ無いんだろうけど各各に整理を付けて前を向こうとしてるのかも知れない。し、何より暗いままのご飯は堪ったものじゃないよね。

一頻りバカ騒ぎをして、肉食べてその夜は毛布を並べると、安らかに微睡んでいった。 起きればいよいよドラゴンかなあ?

 

 



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月明かりに照らし出された存在

パチパチと木の燃える音で目を醒ます。と、お空には月が出ていた。今夜は燃える様な紅とかではなく普通に陽の反射の黄金色。再び眼を閉じ微睡もうとしたんだけど・・・目が覚めちゃったみたいなのか、寝付けないや。へへ、皆の寝顔でも見ようかな。

 

「起こしちゃった?」

 

体を起こそうと片足を立てて動いたら、突然の足元からの声に吃驚した。こっちを覗き込んでいる碧眼が妖しく輝る。

 

「あははは・・・この子とは、お喋りした事なかったなあって、ね。思って喋ってたの。こっち来る?」

 

半身を起こして利き手で支えて声の主に視線を向けるとクドゥーナが体育座りで膝を抱え、燃える様な妖精とこっちを見ていた。

火精と思われる悪戯っぽい顔をした小さな小さな男の子。名前をフリックと言うらしい。

 

「触っても?・・・あ、熱くない……えっ?」

 

 

クドゥーナに誘われて同じ様に体育座りで12㎝くらいの妖精に手を伸ばし指先で触れてみた。

考えてたのと違ってて全然、熱くない。体温よりは温かいって思った。

視覚では燃えてるようなのに。なんか不思議。

 

─ボクら、熱くないよ。きゃははっ♪

 

また吃驚。妖精の声が聞こえたんだ。口許に両の掌を当てて子どもの様に微笑うフリック。良く見てみたら口パクみたい。念話ってのかな、フリックの声は頭の中に直接響いてる。エコーの様に。

 

──そりゃね、精霊様とかは物凄く熱っぽいけどっ!

 

彼等は妖精。精霊はもっと触れる事が出来ないくらい熱かったりしちゃうのだ、たぶん。

 

「魔法見せてあげてみ、フリック。ちいさくね」

 

クドゥーナに言われて片手を頭上に掲げ、えい、と気合一つ。

 

これって。

 

「ぷちファイアだ。」

 

「驚いた?でしょ、この子達はマナ要らずなんだよー、ね?フリック」

 

──えへん。凄い?凄い?

 

「うん、……凄い、……凄いやっ……!」

 

「この子達にうちが渡すのはぁ・・・こぉれーぇっ」

 

──早くおくれよぅ、愛那ぁ

 

「へへ、まってみ」

 

 

用意してたっぽいクドゥーナがポケットから無造作に取り出したのは魔石(小)。

それを見たフリックが小躍りしてせがむ。

 

「あげすぎても良いことは無いんだけど、この子達は魔石はご馳走なんだよね?ね、フリックーぅ?」

 

「知らなかったあ。いっぱいあるよ、ホントいっぱい。要らないからフリックあげ……」

 

「だーぁめだってば。この子のご主人様はうちなの、そこはキッチリしないと」

 

「・・・あ、ごめん。そゆつもりじゃなかったよ」

 

在庫整理を押し付けようと思ったらいけなかったみたいでクドゥーナに手の甲を軽くぴしゃんとはたかれて反省。

既にクドゥーナの指先から抱える様にフリックは強奪して満足気に吸収・・・あ、え?

こうやって栄養にするものなんだ。

瞬く様に輝って、魔石は砂時計の砂が流れ落ちるみたいに消えてった。

 

「あー、ホント今更なんだけど」

 

「んっ?」

 

「クドゥーナは・・・」

 

「愛那がいいなぁ?」

 

「あ、愛那ちゃんは召喚できるんだ?」

 

「なぁにーぃっ、それ?ふふっ、うん。そだよ?」

 

──愛那はね、デカ尻なんだ♪

 

 

答えてクドゥーナが子猫の様な碧眼を輝かせて覗き込んで来る。

軽口を叩くフリックは一層元気になって火釜を形作る石を片手で持ち上げて遊んでいるんだもん?

えっ?二度見しちゃった。

え?フリック凄い力持ちじゃん。

 

もち上げている石はフリックの3倍はあるかと思える、丸く囲んで火釜を作っていたもの。それを軽々と。

 

たぶん、火を絶やさないために木を追加で放り込んでいるから、石の表面は素手で持ったらわたしなら火傷しちゃう。さすが妖精さんだね、それとも相性が良いだけなのかな?解んないや。

 

それから他愛ない二人の会話を相槌だけ打って参加していた。ふいに体育座りのまま、大きく伸びをして空を見上げて欠伸をすると隣から視線を感じ、クドゥーナに視線を移したら彼女は月に向かって顔を上げながら指差して、

 

「月に何があると思う?」

 

 

ふいを突かれた。そんなの人類にわかりっこ無いから、翼があれば別だけど・・・ん?・・・困り顔のわたしが見詰めてくる碧眼を見詰め返し考えを巡らせても解らないから首を傾げて、左右にふるふると振りつつある事に気付いたのを気付いた彼女は、にんまりと三日月みたいに瞳を細めて微笑みながら、月に視線を戻して自らの羽をはためかせる。

ある。翼あるじゃん、クドゥーナに。

 

「飛んでみたけど届かないんだよね。翼で近づくのはさ、ズルをしてるってコトなんかな。行ってみたいよねーぇ?思わない?月が5コある理由はなんだろぅってさ。神様でも住んでたり、するのかなぁ?」

 

 

喋りながらクドゥーナはわたしの瞳を覗き込んで来て、膝を抱えこむわたしの右手を持ち上げて両手で握りしめてくる。その時の彼女の寂しそうな顔。

なぁに?と聞いたら何でも無いって。はぐらかされちゃった。

 

「……あ、………………何か眠くなったかも。またね、フリック。おやすみぃ……」

 

──寝ちゃうのか?おーぅ、またな!

 

「ちょっち、待ってみ!」

 

「ん、ん?」

 

「名前を聞いてなかったーなぁって。良かったら教えて欲しいなぁ?」

 

「なるなる、ふぅー。馬渕凛子って言います、でも普段はまぷちで通したいんだ。そこ、解って欲しい、ンダケド、、、」

 

 

何か気まずい空気になって、それから逃げようとフリックにばいばいして立ち上がる所を止められた。

困っちゃって彼女に振り向いたら俯いて、彼女はキャラじゃないのにもじもじとわたしの名前を教えて?なんて。

 

あ、寂しそうな顔してたのはコレだったのね。もじもじなんかしちゃう彼女は妹の友達みたいで可愛く見えちゃったからね、変なんだけどドキッとしちゃう。

母性なのかな?これは。

なんて。

落ち着け!って深呼吸をしてわたしの名前を教えたんだ。

 

 

『好きでした・・・ずっと。先輩!』

 

 

 

なぁんて無かったからね、それだけは言っとく。

 

 

それから、毛布に包まってわたしは微睡みの淵に瞼で揺蕩いながらゆっくり落ちていったんだ。

それはとても気持ちを落ち着かせてくれる心地好い時間。

 

 

 

 

 

起きたら、昼には。・・・あれ?寝たよね?夢かな、これは。

 

───やっとだ。いや、こっちの話だから気にせずに。

 

 

男の声だ。

 

───えっと、僕は君の側だから。困り事があれば───

 

 

声のする方がわからなくてキョロキョロと辺りを見回す。

わかった・・・やっぱり、頭の中に直接響いてる?フリックみたいに。

 

待って!あなたは誰っ?

 

 

靄の中に居るみたいにふわふわした空間にわたしは叫んでいた。

返答は無くて、ってかスルーされて、

 

───あ、ああ、ノイズが酷い・・・。とにかく力に成れるなら力に───

 

 

 

 

そこで夢から醒めた。気付いたら、わたし───叫んでたみたいで皆に何事?って。心配されちゃった。ちょっと怖かっただけって。はぐらかして。

 

今度こそ目を覚ました。もう夜が明けそうで、空も紫からオレンジにグラデーションしていく。

 

あれは何だったんだろう?

思案を巡らせている内に日の出の陽光がじわりじわりと射し込んで来て。夜は明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔王と呼ばれ聖梯

部屋には警戒の為か、それとも別の理由か窓が無いようだった。明かり取り兼用の空気孔は穿たれてはいたが、厚い壁に空いた穴では充分な明かり取りの意味を為さない薄明かりの中、雑に重ねられた羊皮紙と大量の巻物で散らかったテーブルに座りペンを走らせる男。

見るものが見ればテーブルはとても豪奢で趣深く、大量生産されるその他とは大きく違って高級な木材組み合わせて男の為に媚びる様に造られた逸品だとわかっただろう。

 

男は名前をユーリエルドと言った。

 

今とあっては雑多な人種の治めていた国を切り取り超大国に成り上がったブルボンの王その人。

 

その左顎から首筋に掛けて消えぬ──消そうと彼が躍起になれば消せたのだろうが、傷痕があった。

若き日の教訓として敢えて残すことにした、デノミの田舎で過ごしていた頃の想い出と言えば男も歳を取ったと思い出す傷痕だ。

 

 

凡そ王の姿にそぐわぬ鈍色のシンプルな普段着に袖を通し、退屈しのぎに臣下から齎された書類に目を通して指示を必要とするものには、それとなく書き込んだ上で目を通した証しにサインを記し、サインだけでいいものには余計な事を書かずにその通りに記していく。

 

これが彼の、王の日課だったし全てだった、今の。

 

ユーリエルドは退屈だった。

 

一心不乱に剣を技を肉体を研ぎ澄まして、血腥い噎せかえる様な戦場を転々と暮らした日々が懐かしく思える。

 

『何が悲しいか、書類の山に埋もれる、変わらぬ日々。』

 

テーブルの傍らにはテーブルと変わらぬ寧ろテーブル以上に豪奢で凝った飾り台が置かれていた。

父の代に先代が名の在る職人に拘りを以て拵えさせた、こちらも逸品。

 

その飾り台の上には鈍く妖しく輝くユーリエルドの愛剣が飾られていた。

 

『ベッファモスの刃を磨いたのはもう幾ら程前だったかな───思えば血を見なくなって久しい。叶うなら王の身などに縛られず唯ベッファモスだけを、己の技だけを信じて血の海に踵まで浸かりながらも先の栄光の為と肉体を投げ出していたあの戦場へと立ち戻れはしないものかな。』

 

 

コンコンッ。

 

乾いた木を叩く音で我に返ったユーリエルドが音の主を見定め様とベッファモスから視線を外し、顔の向きを返ると目下、一番の難敵となった臣下があきれた様な、諦めたようなそんな視線を眼鏡の奥からユーリエルドに向かってぶつけつつ、首筋の襟を直しながら立ち尽くしていた。

 

「又もサボってらっしゃいませんでしたか?陛下は私めが傍に付いて居られねば、満足に書類も目を通しては下さいませんのですか?」

 

「クッツァエ、形に填まった敬語など君と我の間には不要だ。なに、今の腑抜けて役のたたん魂を失くした我になら、君と一合と出来ずに剣の露と為って果てるだろう、君の。」

 

老いた。目の前の臣下は若々しい甥だ。

 

請われて臣下としたが母に似たのだろうユーリエルドには弱点に思える。

 

甥には、終始ユーリエルドが逆らう事が出来なかった姉の面影があり、彼の中に姉を追ってやはり逆らうのを拒むユーリエルドが居た。

 

「そんな些末な事などお考えにならずとも良いのです。私が何を持ってここに来たとお考えですか。」

 

クッツァエと呼ばれた痩身痩躯の青年の手にはテーブルの上で目を通して証しを打った書類の何倍もある書類が。

 

 

 

 

クッツァエ、名前をクーツァエリルと言う。

彼は王の大叔父が養子に入ったデノミに、王姉が輿入れして生まれた真祖の血が入った吸血鬼と魔人のハーフで、その肌はユーリエルドの様な薄い紫では無くて青白く、蒼髪に白銀の瞳を妖しく輝かせ見るものを内に引き込んでしまう様な───そんな引力を持っていた。

色こそ真祖と思わせ、ユーリエルドの血を感じさせないが容姿についてはユーリエルドが見間違える筈も無いほどに姉そのものである。

市井に出れば知らぬ者は彼の面立ちに神を見て、知る者は魅了され生唾を飲んで見守ると言うから、ユーリエルドにしても鼻が高い甥で、別の面ではユーリエルドも舌を巻くほどの智謀の持ち主で、ユーリエルドにはそれが苦々しくも懐かしい姉を見て頭が上がらないと言う。

 

「ふんっ、目を通せるものには目を通し終っているよ。そもそもの持ち込まれる書類などが多過ぎよるのでは無いか。クッツァエ、我の目に触れずともお前の所でサインを済ませれば円滑に事が廻って行くのでは無いのか。」

 

「御言葉ですが陛下。」

 

クッツァエは不機嫌そうな面立ちで眉尻を下げるユーリエルドから視線を外し、テーブルの前まで進むと自身の抱えてきた嵩張った書類の束を、目を通し終っている分の書類と入れ換え終わると再び視線をユーリエルドに戻す。

 

「王の目を通す重要な書類ばかりです。その他、雑多な書類は全て王の手間を、掛けさせないように臣下にて目を通して──この執務室には持ち込んではおりませんので。」

 

「そ、そうか。我が悪かった、しかし。サボっていた訳ではない。」

 

「口を動かすお暇が御座いましたら、どうぞ書類に目を通すのに御使い下さい。解っております、陛下は書類を見るのに飽きておられるのでしょう?」

 

彼は眼鏡のフレームをくい、と指先一つで持ち上げ直しながら、涼やかに表情を変える事無く王を追い詰める様にそのままで効率の良い言葉を選んで喋る。

その声まで、姉の声に似て高い。だからユーリエルドは、

 

「クッツァエ、それを言うか・・・政の大事と思うからこそ毎日こうして書類と睨み合いなどしている。好き好んで老いさらばえるだけの為に誰が日々を費やしたい?この、ベッファモスが哭いておるわ・・・」

 

逆らいながらも、現状を訴え抗うのだ。

 

姉にはもう甘える事は出来ないと思っていた。

 

 

都合が良いことに甥は姉に酷似している所が多い、良くも悪くもだったが。

 

子供が駄々を捏ねる様に、拗ねて見せれば効果てきめんだったようだ。

肖像画の様に表情一つ動かさないクーツァエリルの表情が綻び、

 

「ふぅー・・・ユーリ叔父さんはホントに血の気の多い人だ。」

 

大きな溜め息を一つして、肩を竦めると苦笑いとも彼なりの作り笑顔では無い、素の彼の微笑みが浮かんだ。

 

「そのたしなめ方も姉上に教わったか?」

 

「いいえ?ラデュリエ様より教わりました。」

 

 

なんとも言えない顔になり、ユーリエルドが問い掛ける。答えは検討違いだった。大外れだ。なかなか会えなくなった──会う機会もそうは作れない立場になってしまった自分が怨めしい古い親友の名が出た。

 

「ふんっ、奴め余計な真似を。稽古をつけてやらねばならんようだな。」

 

そう言いながらも遠い目をしてどこかを見ているユーリエルドは満足気に何度も頷く。

 

口許が弛む。

 

最近は目の前の甥にも、敵となってしまったから当然なのだが見せなくなった会心の笑顔というやつだ。

日々を忙殺されるだけだったユーリエルドが笑顔を浮かべる事など滅多と無く、クーツァエリルも心の内では驚いていた。

ラデュリエの名を出せば叔父に戻って笑った顔を見せるのか、と。

 

「ふふ、叔父さんは何をしても武芸から入るんですね、相変わらず。」

 

「クッツァエ、お前にも稽古をつけてやろうか?何百年ぶりか、忘れたが。」

 

言葉にして『しまった』と、思ってクーツァエリルは冷や汗を一滴。頬に浮かべる。武芸など口にすれば王のサボり癖が疼き出す。慌てて修正し、普段の作り笑いに戻っていた。

ユーリエルドはペンを置いた。

早速稽古を付けてやろうと。だが、

 

「稽古なぞ良いのです。・・・失念しておりました、これを。」

 

クーツァエリルがそう言ってテーブルの上に置いたばかりだった書類の束からペラペラと選んで掴み出す。

ユーリエルドに見える様にサイン途中の書類の上に重ねる様に乗せた。

 

「うぅむ・・・書類に逃げてくれるな、字が我を殺しかねんぞ・・・ふぅー。これは面倒事を。非常に面倒だな、クッツァエよ。」

 

軽口を挟みながら目を新しく置かれたばかりの書類に落とす。と、みるみる内に表情を曇らせるユーリエルドは、大きく溜め息を落とすと甥をちらりと見て又もとの書類に戻す。

 

「はい──直ぐにも御判断を。」

 

「ふぅむ、直ぐにも・・・か。我、自ら赴いて良いのならばサインもしようではないか。クッツァエよ、これは判断しかねる。一方的に休戦を反故にせよと言うか?そもそもコンティヌスを寄越したのは、簡単には反故にさせぬ為なのだぞ。」

 

コンティヌス──元はグロリアーナの要塞であり、コンティンス市国であった、幾万のブルボン軍の壁となって、幾度と無く非情の鉄槌を下して来た。だが今は昔、ブルボンの一大拠点となっていた。

そのコンティヌスで火遊びが起こった、火事に成り兼ねない。その場所がコンティヌスで無ければ見咎める事は無かったかも知れない。教団の司教が布教をした。何て事はない裏通りの路地で、しかし相手が悪かった──サロを信仰して止まないハーフエルフだったからだ。

 

手管を駆使して改宗を迫る司教に対して、裏通りの住人たちは一字一句を聞き取ろうと耳を欹てさせて。するとみるみる内に怒気を炸裂させたのだ。侮蔑の言葉を有らん限り並べ立てサロを批判し、イーリスを飾り立て褒め称えて如何に真の神が素晴らしいと説き宣う司教に。司教が不躾だったと、謝罪するにしても司教はもう絶命していた。

勘違いをしてはならない、司教は強欲に見間違えていた。ブルボンが勝ったのだと。コンティヌスの全てがブルボンの物になったわけでは無かったのに。住んでいる者にとっては自分達の邪魔さえしなければ、国がどちらになろうと、戦争が一時だとしても終われば歓迎した。

 

自分達の邪魔さえしなければ、だが。

 

 

これは、教皇である彼──ユーリエルドがコンティヌスを併合して以来懸念し続けた、謂わば『ついにこの時が来てしまった』と言うことだった。

 

サロを侮辱したのだから司教が絶命してしまった事はしょうがない。と、しても教団内にサロに対して強行な憤りを抱く者が、必ず出る。そして、必ずその者が言う事は強戦論だ。『力ずくでサロの首を落として謝罪させねば為らない』などと逆ギレ的な、しかし信徒達を立ち上げるには充分過ぎるプロパガンダ。

 

「休戦を傘に小競り合いは依然として彼の国とは続いておりましたが?」

 

「ブルボン王としては反故には出来ぬ。教皇としては、、、悩む所ではある、な。信徒を増やし全てのイーリスの子らを平等へと導かねばならんのだからな。」

 

クーツァエリルの冷徹かつ事実でもある言葉に逡巡し、ユーリエルドは顔を覆い頭を抱えながら、重い口を開く。本心と建前に挟まれてか言い澱むが。

 

「では、教皇が『聖戦』を発動為されば良いのです。」

 

甥の余りにも一方的でいて強戦的な言葉を聞いて、静かに激昂して見せるユーリエルド。聖戦は軽々しく言えない、口にしてはいけない言葉である。一度始まれば、信徒は目標を達成しない限り止まらないからだ。もう──二人で喋っているだけで済む話では無くなってくる。

 

「むぅ、軍では無く信徒を使って侵攻せよと言うか、クッツァエ。」

 

「その為の聖戦であり、教団であり信徒なのです。全ての神の子らに平等な世を、これはイーリスの命題で御座いましょう。」

 

「我には出来ぬ、よ。理性が働くでな。お前の思い通りにはならぬよ。」

 

「私は書類に目を通して戴いて、サインを貰うだけの書仕官です。それ以上ではありません、よ。」

 

「聖戦なぞ、イーリスが言うだけの絵空事だぞ。平等な世とは繋がり様もない。」

 

 

 

二人はどちらからと言うことも無く次第に口調が強くなり、身振り手振りも加わり互いの主張が受け入れなくなっていた。

いや、元から水と油で交わる事を由とはしなかっただけだったかも知れないが。

 

「雑多な国を切り取り、己が地としてきた陛下から出る言葉とは思えません。」

 

怖じ気付いたのかと言いたげにクーツァエリルが口端を吊り上げ挑発めいた言葉でユーリエルドを射ぬく様に見詰める。

 

「必要に迫られての事と、己れが野望とは重ならぬ。」

 

圧倒的な力を奮い、しかし弱き者少なき者を助けて戦ったあの日々を、この馬鹿馬鹿しい小事と比べくも無い。それを引き合いに出して、煽ってくるクーツァエリルの内に狂気めいた信仰心を見て話に為らないとそう言うユーリエルド。

 

「過去とは違うのですよ。今、必要に迫られているのはイーリスの教えなのです。」

 

「我自ら赴くのが条件とする。その上で今一度聞く・・・解って言っておるのか?聖戦の始まりは暗黒時代の扉を開く事になるのだぞ。」

 

狂気を孕んだ信者には首を縦に振る以外に受け入れられなくなる、信じた正義がそれ以外はゼロにしてしまう。共存共栄など、彼らには考えられない。

イーリス教を百とすればそれ以外はゼロ、これは都合が頗る良かった。信者にはイーリスの声に耳を傾け、従順にひたすら勢力を拡大し、全てを平らにしなければ為らない。と、教義が教えているのだから。失礼、教義にはそうは書いてないが近からず遠からず。

 

「教団の者の不幸は些末な事に存じますか?」

 

彼は悟った。司教の死はきっかけに過ぎない。教団は待っていたのだ。言い逃れの出来ない戦端の火種が飛び散るのを。クーツァエリルの作った様な表情を見ながら、その思いで胸をいっぱいにされる。暗い嫌な気分だった。

 

「そうではない、もう下がれ。」

 

彼は諦めた。もうクーツァエリルの言葉に耳を貸す意味は無い。

酷く嫌になって甥を外へと追い出す様に手を振ってそう言うユーリエルド。

 

「では、失礼致します。教団の為の判断をしていただけると存じております。」

 

「くどい・・・」

 

微笑い顔のまま退室するクーツァエリル。ドアを閉める間際に釘を刺すのも忘れない。

それと対照的に苦悩しながら、焦燥し身を引き裂かれる思いで呟いた、そっと。

 

『教団の為に、か。綺麗な言葉に包んでもどうにも血腥い。』

 

彼とて素晴らしいとさえ思った事もあるイーリスの教義。《世界を平らに、全てを平等な世に還す。》

シンプルで見映えの良い教義。

 

「おぉ。」

 

思案を巡らせていたユーリエルドは何気無しに新しく積まれた書類に目を落とす。

クーツァエリルの内に見た狂気を忘れる為だったかも知れない。それでも、集中すれば楽になれると単純に考えた事は否定できないだろう。

思わず、声をあげる。

 

『これを利用して先伸ばしにしてしまおうか。』

 

ユーリエルドのその時手にしていた書類には“円環同盟”の文字が並んでいた。ブルボンに対して囲み込む意味合いを持った同盟である。

話に出ていない訳では無かったので彼も知ってはいた。が、同盟は成功しない様に働きかける事で決定し、我に睨まれるのを由としない者だって同盟に誘われる中には居たから立ち消えしたものとさえユーリエルドは思っていた。思い込みたかったのかも知れない。

 

『会談場所はマルギッテか。考えたな、賢しいのは女王か宰相か、、、どちらにせよこの同盟為ってしまえばクッツァエに対して、反論は叶わなくなるであろうな。』

 

参加の意思の有無に関わらず円環同盟に名を連ねたのは──グロリアーナ、サーゲート、マルギッテ、クィンマルス、カルガイン・・・由々しき事である。グロリアーナが旗手を取ったのだろうが、サーゲートにカルガインが加えられている事が彼の心の内を描き乱す。カルガインなど、戦にそもそも為らない。彼の地にブルボンが教団が赴けばそれは虐殺か、一方的な次の大戦への導火線に火を放ったことと同意でしかないだろう。ユーリエルドは踏み潰せない、とは考えないのだ。人口2万有る無しの小規模の国か、市国或いはただの中立地帯でしかない。

カルガインが中立地帯なら良い、もしも──三国のどれの所属になろうと、唯止まない戦場に変わる事が地図を読めるものであれば誰でも理解る話で、国にならない程度の街である内は目溢しもしてきた。

旗手のグロリアーナに唆されたのだろうが・・・もし、この忌々しい同盟が為るようなら。

 

『時代が聖戦を呼ぶのか。これでは針の筵になりかねん。』

 

血の雨は降り注ぐだろう。ブルボンの国境、国土、要地、同盟の傍にある領地はどこにも兵を派遣し続けねばならなくなるだろう。王であるユーリエルドがいくら反対しようと、だ。

領地を守る口実で、罪のない人々が泣き叫び、力無く倒れる未来がうっすら見えた気がした。

 

「これは・・・」

 

思案を巡らせながらもペンを走らせている。すると、ユーリエルドの目を一層引く書類に目が止まる。思わず、声が洩れる。

 

『クィンマルス連合が二つに割れているのか、ふふふ。クッツァエよ、時代はまだお前を遠ざけるようだ。』

 

こうして書類にサインをし、急ぎ側近を集めたユーリエルドは王の正装に身を包み謁見の間にて、

 

「今こそクィンマルス追討をする時である。」

 

クィンマルスとの本腰を入れた戦争に突入を宣言するのであった。そして、その二日後、ユーリエルドは甥を呼んで何事か伝えると煙の様に姿を消してしまったのである。愛剣ベッファモスと共に。

 

 

 

 

 

ユーリエルド──ブルボン『6代』の王にして初代イーリス教皇。 その些末な物語りの始まりは、そんな陰謀塗みれの退屈しのぎからだった。

 

 



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ドラゴンは倒せない

「────そうだな、花嫁が欲しい。」

 

 

目前の床はドラゴンが現れた時に崩れて無くなっちゃった。取り敢えず、ここから目に見えて確認出来るのは金色の瞳、紺紫の肌、紺と黒の鱗、・・・緑色の牙、1フロアーでは入り切らなかったんだろうな、階下に口が見える。角──なんかも有るんだろうけど、他のパーツは大きすぎてフロアーに収まっていない、みたい・・・

 

「──はぁ?」

 

思わず声が出ちゃった。

ドラゴンが求婚してきた。もう一体同じドラゴンを捜すなんて相当難しい気がするんだけど。

 

「竜の花嫁ってワケね・・・頭痛いわ。」

 

「あははははは!どうにも何ともなんないよねー。」

 

「今日は帰るって事でいいか?」

皆が思い思いに喋っている。ヘクトルなんか諦めて帰るつもりだし、クドゥーナは体を退け反らせて笑っている。何がツボったのか知らないけど。

京ちゃんは目を閉じ腕組みして思案中みたいだった。

「・・・喋ってくる竜を袋叩きにするのは寝覚め悪くなりそうでイヤかな。倒せる、倒せないは別にしても、ね。」

 

今、ドラゴンに敵意は無いみたいでこっちが陣形も何も崩れているのに行動を起こさない。唯じっと金色で大きすぎてヘクトルより大きな目玉がギョロリとこちらの様子を窺っている。

 

「どっちにしても、もう山下りるの難しいしここでご飯にしよっか?ね、ね?はいっ、決まり!そうしたらっ・・・」

 

言うが早いかクドゥーナはニコニコとテーブルを取り出して、テキパキと人数分の椅子を並べると今度は携帯コンロ──ボンベで点くわけじゃないから変わりに魔石が代用されているらしいそれは、キッチンに設置されている物と大差無い大きさになっていて充分な強度も有りそうに見えて、振り回せばゴブリンやウルフくらいなら倒せちゃいそう、なのだ。

わたしは食べるのは好きだけどこんなに嬉しそうに料理は作れないな、まだ。

どれだけ、彼女にとって料理が大切な物か理解る気がする。なんて、考えている間にテーブル回りは見えて完成した様で素材を取り出して料理を始めようとしていたので声を掛けて手伝うことにした。

 

「んーと、ここ借りるよ?えっと名前なんだっけ、ドラゴンさん。」

 

テーブルを余分に一つ出して作業台に、なんかまるでさっきまで殺し合いの戦闘をしてた場所とは思えないぞ。それに同調してキャベツの様な野菜を今、半分に切っているわたしもわたしなんだけど。

更に、作業をこなれた手付きで進めながらドラゴンに軽口を叩く様に名前を訊ねていた。

 

「・・・名前は長いぞ。好きに呼べ、好きにしろ。」

 

ドラゴンは面食らった様に目を瞬かせると目玉がギョロリと動き、クドゥーナを見詰めて呆れた口調で口を開いた。

 

「長いんなら、最初の文字は何て言うの?」

 

料理をしている間もヘクトルと京ちゃんが会話に参加して無いわけじゃないけど耳に入って来ない。悪いけど、ドラゴンとクドゥーナのやり取りからまた戦闘になるかもと思って精神的にキツい。和やかにクドゥーナは話しているけどね。何がドラゴンの逆鱗に触れるか、機嫌を損ねちゃうか理解んないんだもん。

 

「ふんっ、グラクロデュテラシーム・・・」

 

名前を訊ねられて困ったようにドラゴンの目玉があっちこっち。鼻息を一つ。名前を言うくらいいいか。と、軽い口調で長ったらしい名前を延々と喋り始めるドラゴン。5分くらい続いた所で、

 

「グラちゃんでいっか。よっろしくー、グラちゃん。」

 

何時まで続くか理解らないドラゴンの自己紹介をぶった切るその一言。最初から決めていました!と言っちゃいそうな勢いでドラゴンの呼び名を決定するクドゥーナ。

 

 

「グラクロて呼ぶね。こんなイカついドラゴンにちゃん付けはちょっと。」

 

便乗してわたしも。

見ればドラゴンは鼻息を一つついただけで了承するでも拒否するでも無く金色の瞳はギョロリとこっちを見ている。

 

・・・何故喋る竜の相手をする事になったかを説明するには、オーク退治を決める更に前にまで、話を戻さないと駄目だと思う。あれはクドゥーナが両手を揃えてお願いをしてきたからだったかなあ───

 

 

 

 

 

「拠点にしてる村の村長から頼まれちゃってさー。ほら、うちはレベル高くないでしょ?さすがにソロでドラゴンなんか無理でしょーよって、ワケ。で、party探してエリアチャ飛ばしてたってコト。」

 

ね、ね、と承諾を促す様に一人一人わたし達の顔を窺い顔の向きを変えながらクドゥーナは翼をはためかせてドラゴン退治を手伝ってと頼んで来た。

その態度を見て鳥の一種に既になっちゃってるのかななんか思ったりしたっけ。その後も『お願い!』と手を合わせ顔を歪めて本気で頼み込んでくる彼女を見てヘクトルが京ちゃんに視線を動かす。まるで、引き受けてやれよと言いたげに。ヘクトルに同調してわたしも京ちゃんをじっと見る。そんなわたし達の態度に京ちゃんがやれやれと、

 

「・・・大体はわかったわ。けど、ドラゴンに因るわよ。」

 

クドゥーナの肩に手を置いて彼女のきょとんとした瞳を見詰めて一応の了承をしたと、返す様に口を開いた。

クドゥーナの瞳に色が浮かぶ。しかし、口調で乗り気じゃないのが付き合いの有るわたしやヘクトルには理解るのでお互い苦笑いを浮かべて目を合わしてからクドゥーナに視線を戻したら、

 

「ウルティマヌスとか、心配しないでもっ、そんなんじゃー無いから。聞いた話だと一般的なデカさ、なんだって。」

 

 

ちょっと、わたしには理解んない名前が出たのでヘクトルを見る。青い顔をしているのは元からだった。でも、どこか嫌だなって雰囲気を顔に張り付けている気がした。京ちゃんに至っては唇がひくひくと吊り上がって震える。震えを圧し殺す様に口許をギュッ!と一文字に噛み締めるとゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「・・・ウルティマヌスって神竜なんだけど・・・一口で街を飲み込んだって言うから、最初から喧嘩売れないでしょ。」

 

勝てるわけないじゃない、死ぬよ?とつけ加えてワナワナと震える右掌で拳を握るとクドゥーナの胸元をドン!と叩く。

顔は笑っているのに瞳は笑ってない京ちゃんに何処と無く黒いオーラが見える。戦き怖じ気づいちゃう、わたし。

 

「え゛?一口で街を、飲み込んだ?」

 

思わず声が喉を突いて出る。

そんなドラゴンに勝てっこ無い。カルガインの英雄と呼ばれた京ちゃんにも無茶ってものだよ。

街を飲んじゃう時点で勝負ってか戦いの雰囲気じゃない、逃げなきゃ死んじゃう。大きさだって相当だもんねきっと、ワーム所の堅さじゃないんだよね。・・・そうなると、打つ手無しなんじゃないの?

 

同意を求めてヘクトルの方を向く。

 

「わりと最初のシナリオで話に出てくるだけだからな。そんなの運営の最終兵器だろって思ったくらいだ。」

 

ヘクトルだって運営の最終兵器って揶揄するぐらいなんだ。party戦でどうやっても倒せそうな気がしない。ここの軍隊を出して貰って何とか出来・・・無いよね、やっぱ。

答えはすぐに聞こえた。

 

「そうそう、まず目にするコト無いってー。あはは。」

 

ころころと笑い出すクドゥーナにその場の空気がガラリと変わる。脱力感。さっきまでのぴりぴりした嫌な空気が一変して友人のライブに来て知らないけどそこそこ頑張ってライブをしているバンドを見てるみたいな不思議な雰囲気に包まれた。

わざとやってるワケじゃないんだろうけど独特の間というか、足を踏み込めないフィールドを持っている、そんな気がした。

 

「・・・クドゥーナが名前出したんでしょ?」

 

ころころと笑い続けるクドゥーナに業腹と言わない迄もイラっとする。

思い起こせばこの時にはもう彼女がペースを握っていたね。

 

「比べられるドラゴンとして名前言っただけだもーん。」

 

笑い続けながら悪びれずに指で溢れる眦の滴を払い除けて言い放つクドゥーナ。

 

「ま、ウルティマが出ないにしても。倒せるかまでは解らないわよ?ワームでギリギリなんだから。」

 

「ドゥームドラゴンとか巨大竜もダメだな。バックアップも前衛も足りない。あ、俺は壁火力な。」

 

京ちゃんもヘクトルもある程度以上のドラゴンだったら勝てないとクドゥーナに向かって説く。

ドゥームドラゴン───普段は眠りに着いていて此方から何かしら行動を起こさないと襲ってこない。大きさは個体差はある物の城と同等。支配者の名を冠するこのドラゴンはひと度目醒めると辺り一帯を荒野に帰すと言われる。洞窟に限らず暴れた後眠りに着くので街を枕に地中で眠りに着いている場合もある。

京ちゃんの説明は大体そんな感じ。ウルティマヌスと変わらない、現れたら逃げなきゃ。

 

「あたしは中距離。一応、ダルテが使えるわ。」

 

ヘクトルが役割を口にしたので京ちゃんも蘊蓄を披露する口を閉じ、自らの役割をクドゥーナに教える。

知らなかった、京ちゃんの役割は中距離って言うんだ。

 

「・・・急に皆さん専門用語連発されちゃっても。うち、その・・・partyでボス戦とかした事、ぶっちゃけ無かったりして、さ。あははは・・・」

 

理解らないと言いたげにクドゥーナの顔がひきつって軽く響き続けていた笑い声が止まる。

言い澱みながら喋り続ける彼女がボス戦経験が無いなんて重要な事を口にした。乾いた笑いに変わる。

ゆっくりと翼をはためかせながら。

 

「わたしも最近まで無かったよっ。ナカーマだねっ。」

 

ひきつった顔が張り付いたままのクドゥーナに向かって声を掛ける。振り向く彼女はまだどこかひきつった様な表情でわたしを見詰めていた。

 

「良く見たらLV25か、それでドラゴンはキツいな。俺でもギリギリなのに。」

 

相変わらずの無感情に戻ったヘクトルが思い出した様にクドゥーナのLVを見て口にした。

 

「44と、57と17でしょ?──何とかなると思っちゃったりしたンだけど。うち、25だし。うん、完璧だねっ。」

 

狼狽え顔からぽやんとした顔にいつの間にか戻っている。軽口を叩く様にクドゥーナは人差し指をぴんと立てて確認しつつ何を思ったか完璧と胸を張って見せる。わたしと同じ・・・いや、勝ってるかなわたし。やったね。

 

「ぱっと見の感じ、火力じゃあ無いわよね?」

 

「ん?火力志望ってか、何でも生産は基本はソロで色々やってくワケですよ。だから──」

 

 

 

 

苦笑いを浮かべた京ちゃんに問い掛けられると言い澱んで言葉を選びながら答えを導くように喋るクドゥーナはゆっくり目を閉じ、碧色の髪が浮き上がりキラキラと何等かの力が働いて彼女の廻りはそれはまるで魔法少女が変身シーンを見せているみたいに光の粒子がぐるぐると帯を引いて舞う。思わず魅入られてしまって声を失った。

 

「こいっ、ウェリア!」

 

続いて渦を巻いて水が虚空から産まれる。クドゥーナの呼び掛けに答え何者かが彼女の羽ばたく胸の前に顕現化しようとしていた。

光の粒子が更に数を増しみるみる内に渦巻く水流を包んで現れたのは、

 

「こーゆことね、やってんです。お疲れ、還っていいよ。」

 

蒼い人形大の妖精。ウェリアと呼ばれた彼女は人形大の体にも関わらず出る所は出て括れる所はすっと括れている少女の形を取っている。もし同じ大きさなら京ちゃんに劣らぬ容姿でナイスバディなんだろう。

此方にウインクしてみせたウェリアは名残惜しそうにクドゥーナの頬にキスをしながら光の粒子に戻って、やがて何事も無かった様に消えた。言葉通りなら、還ったのかな。

 

「スッゴい!わ、わたし、ヒールくらいしか出来ないよ。」

 

思わず声を喉を突いて立ててしまう。吃驚した。見入ってしまったのもそうだけど、驚いてばかりだけど。クドゥーナを見てるとそう思う。

白い足元まである翼を羽ばたかせながら碧色の髪を優しく吹き付ける風に靡かせ、ニコニコと此方に向かって微笑う彼女のキラキラと輝く二つの碧眼。

 

わたしはクドゥーナの召喚を初めて目にして今までに無いワクワクとドキマギを感じていた───

 



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ドラゴンは倒せない2

クドゥーナはゆっくり目を閉じると碧色の髪が浮き上がりキラキラと輝くと何等かの力が働いて光の粒子がぐるぐると帯を引いて舞い、

 

「こーゆことね、やってんです。お疲れ、還っていいよ。」

 

 

光の奔流に取り巻かれて彼女が再びゆっくり瞳を開く。渦巻く水流を包んで顕現化するは、蒼い人形大の妖精。

ウインクしてウェリアは名残惜しそうに、クドゥーナの頬にキスをしながら光の粒子に戻って消えた。

 

「なるほどね、サモナーか。」

 

まるで魔法少女の変身シーンの様なクドゥーナの召喚を見せつけられた。

それを見て特に驚いた風でない京ちゃんが口を開く。すると、3人の視線がクドゥーナに集中する。

「うち、妖精と遊びたくて続けてた様な感じなんで。へへっ、バトルは正直苦手ってなのよ。」

 

鼻の下を擦って照れた様にはにかんで見せるクドゥーナ。バトル苦手なんだ?わたし、わたしも。

強力な弓ゲットして、少しはマシになってるかな?

妖精の召喚はそれ自体が強い訳なんじゃなくて、バラエティ豊かにしてくれるもの何だってこの時は全然思って無くて。漠然と、スゴく強いんだろうなって、思ってたっけ。

 

 

 

⇒急がなきゃいけないって理由が出来ました。に続く

 

 

 

「まだぁー?」

 

オークの巣を叩き潰した翌日の昼にはまだ早い頃、わたし達はクドゥーナの案内に付いてアスタリ山を歩いて山頂の方に進んでいた。

ドラゴンの影は此処まで無いでしょ。その代わりウルフやゴブリンにロカとよく遭遇するようになった。全く、案内が下手なんじゃないの?

空にふわふわ浮かんで翼を羽ばたかせているクドゥーナに向かって顔を上げ、声を掛けた。すると、皆も意見は同じみたいで視線が集中する。

 

「待ってみ。洞窟はあるんだけど小さいから、鉱山の入り口っぽく無いんっだよねー。」

 

陽光から避ける様に手で目蓋を遮るように遠くを見ているクドゥーナが特に変わった発見は無いと言いたげに答える。

その声に力が無いのがその証拠。

 

 

「それ、行くだけ行ってみましょ。」

 

さっきから小さな洞窟はどれも人の手が入った形跡は無くて。つまり、ハズレだったわけなのね。

ゴブリンの巣ならまだやる気になれるのに、奥まで進んで唯の行き止まりだと脱力感、スゴいよ?

例によって、京ちゃんもアンニュイにクドゥーナに返事を返した。一応、虱潰しに見つけた洞窟はどれも足を踏み込んで見るだけはしてきたんだから。結果はさっき言った通りだよ?

つまり、そう言うこと。特に何も無し。

 

「崖沿いに行って。そのまま右の道を道なりで見えてくると思うー。」

 

クドゥーナの声に又、空を見上げる。すると、喋りながらふよふよと羽ばたき、下へ降りて来た。相当眩しかったのか、瞳をパチパチ閉じて開くを繰り返す彼女。

「ついたー。もうダメ!お腹空いたー。」

 

途中、鹿を大きくして狂暴化させたみたいな魔物、ロカを弓で倒して魔石を拾うくらいの事はあったものの、特に何も無いまま洞窟に着いた。

そうそう、ロカの肉もクドゥーナが嬉しそうに回収してたのも追記しとこう。

 

もう太陽は頂点に来ている。道理でおなか空くわけだよね、お腹空いたー。

見れば、京ちゃんもガジガジと口寂しそうに歯噛みしている。それって、お腹空いた時にする事だっけ?

ヘクトルに視線を移すと洞窟の前で中を窺っているとこだった。奇襲でも案じてるのかも?

 

「んんん、じゃあーパンを焼こーおぅ。お昼になったしぃ。」

 

いい笑顔を張り付かせてクドゥーナが流れる汗を拭いながらそう言うと昼の準備を始める。そんな彼女に気付いてテーブル、椅子を並べるのを手伝っていると、京ちゃんも退屈そうに伸びを一つして準備に加わってきた。

クドゥーナに指示されて、たばこ大の円筒型の何かの種子を擂り粉木で擦ると白い粉になる。彼女に聞いて吃驚したけど、小麦粉らしい。正確には代用品でムル粉とアイテム名が付いてるんだとか。

 

「こんな素材でパンになる何て・・・意外と言うか、何て言えばいい?」

 

ふぁんたじーと言うか。ゴーナって花の蜜をムル粉と混ぜる、混ぜる、混ぜるとパン生地。

これに、コンロで焙った魔花の葉を振りかけてレンジに入れて数分後にはパンが焼けるんだから、不思議ー。

 

「パンが食べられてるんだからぁ、それでいいじゃんー。」

 

 

レンジにパン生地を放り込みながらクドゥーナは返事を返した。振り返るとふぅーと大きな溜め息を一つついて、わたしの視線に気付くとにこっと笑い返してくれる。彼女がメニュー画面を弄る素振りで虚空を人差し指が走ると、レンジの呼び出し音が聞こえてパンが焼き上がった。ちらと彼女はレンジを一瞥するとトングでパンを取り出し、用意されていたトレーに並べていく。

 

「昨日の肉ー、これね。残ってるから挟んで、どぞどぞ。」

 

メニュー画面からタッパに詰まった肉を取り出してクドゥーナがテーブルに置く。我慢出来ない。タッパを開けるとマスタードの鼻孔を擽る刺激臭。

 

「はぐはぐっ、うんまいっ!マスタード漬けの肉んまいっ。」

 

用意されていた箸で摘むと焼き立てムル粉パンに挟んだ。京ちゃんと一緒に用意した野菜も手早くトッピングして、いざ。かぶり付く。おぅ、いただきます忘れてた・・・遅れたけど、いただきます。

 

「・・・ま、いちお火は通したけどさぁ。レンチンくらいしよぉ?入れたら腐らないって解るけど。」

 

呆れ声の主はクドゥーナだ。京ちゃんもヘクトルもレンチンなんかせずにパクついているのが目の端に映る。見れば、クドゥーナはちょっと困った風で居て、でも嬉しそうに。自分のパンに肉を乗せてレンチンしていた。

 

「育ち盛りなんでっ!」

 

クドゥーナの非難の声に答える。親指についたマスタードを舐めながら。うん、行儀は悪かったかも知れない。違くて、肉が美味しいのが悪いんだ。きっと、そうだよね?反論は要らないよ。考えながら2コ目のパンに手を伸ばし、

 

「うち、ちゅーⅢなんだけどぉ?たぶん・・・年上よね?」

 

肉を乗せてレンチンしようとレンジを開くと、クドゥーナから驚きの声が上がる。中三・・・?彼女に顔を向けると言い澱んで、半目で見つめてくる。あれっ?わたしの方が子供っぽぃて言いたげな目だね。

 

「あ、わたし高2っ。ちゅーⅢなのにこんなに美味しいご飯作れてすっごいねっ。」

 

でもね、わたしの方がお姉さんなんだからね。と含ませた言葉を並べると、フッとせせら笑いを浮かべてクドゥーナを見つめて視る。

けど、ご飯に関しては完敗だよ。わたしのこんなに美味しいのが作れた試しないもんねっ。妹よりは上手だったけど、と彼女と妹を比べて思い浮かべ自分の世界に浸る。

 

「・・・はいはい。」

 

クドゥーナは誉められて嬉しい筈なのに、嬉しく無い?と困惑してるのか困ったような不思議な顔で少し間を置いて返事を返した。

 

「そろそろご飯が恋しいよぅ、ね。そう思わない?」

2コ目のパンを食べ終わりそうなわたしに言ったのか、皆に対してなのか理解らないけどクドゥーナが碧眼をキラキラさせて話を振ってくる。

残念だったな、

 

「わたし、食べてたし。」

親指のソースをぺろりとして、誰に言うでなくボソリと呟く。その言葉を耳にしたクドゥーナは、え?と言う顔のまま思考が追い付かずに固まる。

気にせず3コ目のパンに手を付けようとして、

 

「寿司に、唐揚げもパスタなんかもあったわよぅ。また機会見て行きたいって言えば行きたいけど、ね。」

京ちゃんに取られる。ちらりと視線を向けるとにっこぉり微笑む彼女が、頬に朱を引いた様に真っ赤にして喜びながら肉をパンに挟みつつ、日本食?食べてたわよ、とクドゥーナを言葉で挟み撃ちにする。

彼女がヘクトルも?と視線をヘクトルに向けるとヘクトルも親指を立てて頷く。

 

「何ーぃ?もしかして、さぁ。日本がこの世界にあるのっ?」

 

漸く我に返ったクドゥーナはぷりぷりと可愛く怒りながら。ヘクトルに視線を置いたまま恨めしそうに唇を真一文字にギュッ!と噛み締めた。よっぽど白米が恋しいんだろうなって、可哀想に思えたんだ。

年下って理解った余裕からかな?彼女に持ってた壁みたいのをちょっと弱くなった気がした。

 

「似てなくは無いが、な。」

 

「日本じゃぁ無いわよね、だからあるとは言えない、かあ・・・」

 

京ちゃんとヘクトルがハモる勢いで問い掛けに答えた。

京ちゃんは続ける様にわたし達は知っているニクスの国のあんなことやこんなことをクドゥーナに説明してあげてた。人魚が歩いてたなんて、実際に見ないと理解って貰えないよ、ね。

見ても人魚じゃないから理解できないのかも?

 

「ふーぅん、そうなんだ。白米食べたいよぅ。。。」

 

クドゥーナは理解ったのかどうなのか。再び、唇を真一文字にギュッ!と結ぶと悔し涙まで浮かべて。涙声になりながら白米が恋しいと叫んだ。

 

 



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ドラゴンは倒せない3

お昼を美味しく戴いてから直ぐのこと。

洞窟に踏み込むも、ここもやっぱり。人の手は入ってそうに無いんだよね。

京ちゃんをちらりと横目で追う。ゴブリンを憂鬱そうに蹴飛ばしながら、人の手が入った形跡を必死で探している。オークの巣を含めて全部で7つ。空打った洞窟の数なんだけど。

 

さすがにそろそろドラゴンに出会いたいよね、勝てるかどうか理解らないけど、さ。

経験増えないわーと嘆く様な京ちゃんの力無い声。

それに同調してヘクトルも同意の声を上げた。

横目で窺うと彼はうんうんと頷いて。

 

じゃあ、倒せる分は引き受けるよ。と、わたしは心の内で口から出せないまま叫んだ。わたしでも1撃、悪くて2撃のゴブリン相手じゃ二人は1の数値も経験にならないのは理解るんだけど。そこまで、顔に出さないでよ。

態度悪いよ?

 

考えてる間に目の前に一回りも大きなウルフが現れた。ガルウルフだ。茶の毛色をした大型のウルフが仁王立ちで数匹のゴブリンを襲っていた。

 

いままさに咀嚼していた様で舌舐めずりをするその大きな口は牙は黒ずんで見えた。血・・・どっちが棲みかにしていたのかは理解の出来ない所なんだけど、目の前は今までの洞窟よろしく行き止まり。

 

ここは巣、なんだろう。そして、お邪魔虫が荒らしに入って更にわたし達が来ちゃった───

 

けどね。

 

 

遭遇したからには見逃してくれそうに無いし、戦う!

構えた弓に既に矢は番えてある。弦を引き絞り。狙いを定めて弦を離す。

 

すると、矢は風切り音を伴って的をゴブリンから変えこちらに向かって唸り声を上げたガルウルフに飛ぶ。

 

ちょっと気付くの遅かったね、それが生死を別けたんだよ。カッコつけて心の内で呟いてみた。

ガルウルフの腹に突き刺さり、シュバッ!続いて風の刃が追撃でその周辺を襲う。

 

と、まだ生きて!

こっちに来る。と思って恐怖か後悔か理解らないけど眦を吊り上げた瞬間、ズゥッバァアン!!という肉でも裂く音とガルウルフのギャゥンッと断末魔が同時に聞こえて、動かなくなった。

ちらりと見ればヘクトルが剣を納めている所だ。

どうも飛剣で止めを差してくれたみたいで。

 

「やるなら最後までな?」

 

まるで軽口でも叩くようにヘクトル。

わたしは苦笑いを浮かべてうんと頷くと、ありがとうと続けてお礼を口に出した。

 

「結局、ガルウルフかゴブリンしか居なかったね。」

 

その後はサクサクと残ったゴブリンを逃がさず、弓の的にして勝負は決した。

京ちゃんは相変わらず憂鬱そうな顔で洞窟を来た方向へ歩き出している。それを追ってヘクトルもわたしに背を向けて歩き出す。

 

残された二人で泥漁りをしているとこ。

ゴブリンから魔石をひっぺがしながらボソリと呟いて、唇を真一文字にギュッと結ぶ。二人を追い越すなんて。ヘクトルにはあんな口利いちゃってもまだまだ無理だ。理解ってる。今のままじゃ唯二人のお荷物と変わらないって。

 

「ゴブリンが居着いただけでもー、ね。村の人にはさぁ、驚異らしぃいんだー、だから。」

 

ガルウルフをテキパキと仕舞うクドゥーナを目で追いながら、残りのゴブリンを漁る。

彼女の言う通り、戦闘手段を持たない周囲の住人にはゴブリンにしたって驚異だよね。

来たばかりのわたしも凄く怖くて震え上がって・・・見てるだけしか出来なかったもん。理解るよ──

 

「倒せるわたし達で退治しなきゃ、でしょ?」

 

今なら言える。いや、ビビったりせず、怖がらずに倒せる様になった今だから言える。

モンスターは怖い存在だ。放っておけばオークの巣で見た様に人に害を成す。

倒せる者の使命なんだ。

戦うと言う事。

頭では理解ってるつもりで全然理解ってなかった。人の死を見たのは初めてじゃない、けど。

なんてゆったらいいか、覚悟は無かったと思う。

 

この世界でわたしの生きていく意味とか、漠然と『生きて帰る』だけじゃダメなんだよね?目の前で救えない人の死をわたしの何倍も既に見ていた、会ったばかりの京ちゃんにはその覚悟があったんじゃないかな。

倒せる者が退治しなきゃ。

 

「そーそ、村の方にまでたまに来るらしいしさぁ。」

 

わたしの意気込みをどっかにすっ飛ばす様な間延びして場違いなクドゥーナの声に脱力感を覚えた。ハミングまで聞こえてくる。見れば真剣な目付きでガルウルフを魚でも捌くみたいに解体しているのは理解るんだけど、さ。・・・なんか違うと思うわけよ。

 

「で、どうするわけ?」

 

最後のゴブリンの魔石を掘り出してクドゥーナに訪ねてみる。

 

「移動してくれてー居なくなったらそれでいぃんだけどぉ。」

 

ガルウルフを片付け終えたクドゥーナは立ち上がって黒タイツに着いた埃を払い落としながら飄々と喋る。

じぃっと見てると太股をを払い終わって脹ら脛に移って払い始めた。

 

埃を気にして払い除けるなんてわたし、した事あったかな?京ちゃんがどこか男勝りだからか、それとも余裕が無かったからか埃を払い除けるなんて思い付きもして無かった。とかね、彼女を見てるとペースが狂う。

 

カルガインに居て頼れる人が限られたから余裕を無くしてた?ううん、レットも居たし他にもたくさん居るには居たけど、京ちゃんが止めるのを無視してわたしが突っ走った・・・事もあったよね。余裕が無かったのは、わたし?

 

「怖い顔してどぉしたの?」

 

「・・・でも、鉱山じゃないよね。この洞窟は。」

 

しばらく考え込んでて、ちょっと無言が続いて間が空く。話し掛けられて我に返ると、クドゥーナは埃を払い終わったのかじぃと心配そうにこっちを見ていた。

 

視線がばちんっと合って焦る。ドキマギして何でも無い言葉が出てくる。

でもホント京ちゃんも、ヘクトルも出てっちゃったし、ここにドラゴンは居るはずも無くて2階も無いんだ。

 

わたしの問いに眉尻を下げた彼女は、唇を真一文字にギュッと結ぶと小首を傾げ、人差し指を口の端に当てたまま、言葉を紡ぐ様に口を開く。

 

「浅いねーぇ。って、これじゃあ掘ってるって感じしないしぃ。・・・別の山も見てみるわ。」

 

いこ?と続けて。わたしの背中を押すクドゥーナ。

横目でちらりと覗くとその表情は溌剌として何が嬉しかったのか頬にまで朱を引いて。

 

 

 

「どーお?見えるー?」

 

 

洞窟を後にしてすぐ山の影にならない斜面にまで歩いて、クドゥーナは翼を羽ばたかせるとふよふよと宙に舞い上がる。

 

そんな彼女を目で追って顔を空に向けて天を仰ぐ。

そよそよと優しい風が吹き抜ける。陽は少し、傾いたけどまだまだ燦々と輝いてじっとり暑いくらい。

鳥の鳴き声も遠くに聞こえ、木々の囁き声のような擦れる枝葉の音。

雲は風に流されてゆらゆらと、視界から消えては現れ消えては現れエンドレス。

うわぁ、絵に描いたような陽気な昼下がりだよぅ。

まるでピクニックでも来たみたいにさ。

 

しばらく羽ばたき続けながら周囲を見廻している彼女に問い掛けてみる。京ちゃん達は近くの木陰に移動しちゃった。

 

盗み見るとグラスを出して、酒を注いでいるのかな?暇さえあれば京ちゃんは酒をあおる。

日々、忘れたい事が無いとは言えない日常だけど、さ。酔わない体質って言っても。

クドゥーナは次の洞窟を見つけられないのかキョロキョロしてやがて宙に浮いたまま叫ぶ様に、

 

「ちょーぉっと、待ってみ。反対側も見てみる。」

 

そう言ってくるりと身を翻すと更に、一気に羽ばたいて上空に舞い上がり姿が追えなくなる。陽の中に入ったのか、視界の外に消えたか理解んないけどね。

 

眩しさを保って太陽は陽光を突き刺してくる。待っても視界の中に戻ってくる気配も無いので木陰に避難、避難。

 

「マップ見ても洞窟は沢山あるのに鉱山は無いよね、なんでだろ。」

 

「洞窟の内部で別れるんじゃないの。別れ道の先が鉱山だってだけで、だから・・・」

 

何気無く京ちゃんの傍に膝を伸ばして座ったわたしがぽつり呟くと、わたしをちらと見てすぐグラスの酒に視線を戻すと京ちゃんは、くいとあおって口をグラスから離さずに喋り始めた。

 

なるほど、それだとマップ上では洞窟でしか無くて辿り着いて見ないと理解らないかあ。

 

「喋ってるだけなのに。」

 

ガサガサと物陰が動いて姿を現す。

ゴブリンが、団体さんの到着だ。

 

 

「ゴブリン、まだ居たんだ。」

むう、人が気持ち良く休んでるっていうのに。

 

「任せたから、ガルウルフ来たら手伝うわ。」

 

わたしが弓を取りだし構えると、やる気無い京ちゃんの声。

うん、いいよ。わたし、戦う!

 

狙いを定めた一射を終えると命中したゴブリンが血飛沫を上げて前のめりに倒れて絶命するのをみた他のゴブリンが殺気立つのが理解った。

 

木陰からゴブリンに近づくわたしの背からヘクトルの場違いな声が聞こえる。

 

「シェリル、酒は?」

 

そのままニ射を構え、放つ。

そこで焦って2人から離れるように洞窟の手前の木陰から山道までの小路へ誘導しながら三射を仕掛ける頃にはゴブリンにすっかり囲まれていた。

い、痛い。痛みの元を見ると、後ろから足を斬り付けられたのか脹ら脛から血が出ている。

 

ヒールを掛けてから、正面で高くダガーを掲げるゴブリンに四射を構え、放った。

矢が見事に大きく開いた口を貫通した後、そのまま2、3歩歩いてから崩れる様に絶叫を上げてその動きが止まった。

 

もう。そろそろヤバいや。

弓の特殊追撃があるっていってもね。数がね。・・・あと、8。

 

「にひひ、勿論!ニクスの城で貰ったワイン、みたいな酒。」

 

2人は気にせず、相変わらずの酒盛りを続けてる。二人のその場だけは空間が違うみたいに。

五、六射を撃ち終わった頃には倒れたゴブリンの血の臭いが辺りを包んでるって言うのに。

ゴブリンの血は・・・臭い。

しばらく嗅いでいると吐き気に襲われて、堪らないや。

それどころではない。あちこち切り傷だらけだよぅ。正面に立てば的になるのを理解ったのか側面、それに背中から襲われるのが増えてきた、しぃ。

 

「ちょっとー、ゴブリン。ゴブリンいっぱいだってばぁ。」

 

何射めだったか。助けを求めて矢を番えながら叫んだ。

囲まれちゃうと弓じゃ・・・間に合わないじゃん。

息も切れ切れ、肌はボロボロ、わたしは。

ヒールを重ねて唱えれば、うん。ばっちり回復。

 

「それくらい死なないから。LV15くらいじゃん、頑張んなさーい。」

 

叫んだし、わたし。助けて欲しいのに。京ちゃんの反応は残酷だ。2人が助けてくれ無いのがこんなに大変で、キツくて、わたしの心をすっかり折っちゃうなんて。

知らなかった。切り傷がこんなに痛くて、傷を気にして視界からゴブリンが消えるともっと・・・い、いったあああい!考えてる暇無い。止まると襲われる。目の前のゴブリンを殺し尽くさなきゃ痛みは後で治るから、傷は後で消えるから。

 

左目の端に鈍く輝るダガーに気付き、反射的に後ろに飛んで距離を取ると弦を弾く。矢はダガーを突いてきた目標を失ってつんのめるゴブリンに、突き刺さりついで発動した追撃の刃がその生命を刈り取る。

 

チラッと一瞬だけ、酒盛りしてる二人を睨んで視線をゴブリンに戻す。あと・・・5。

 

「普通の矢が無くなったら、どうするわけー?」

 

「矢くらいあるから気にせずじゃんじゃん射てばー。あ、・・・普通の矢じゃ無いわ。」

 

ドスタの特殊矢は使いたくない。ゴブリンなんかに。

矢束1つじゃすぐに無くなっちゃった。もっと買っておけば良かったや。

京ちゃんの反応を見れば何のか解らないけど矢はあるみたい。今ある矢は使いきってもいいんだね。

 

 

「ねぇ、これゴブリンの群れだよねえ。えい!・・・きっと、そうなんだ。

ひっ・・・さっき潰したゴブリンより、えい!・・・多い気がするしー。」

 

 

駄々を捏ねる様にすがるように喋りながら正面のゴブリンを射つ。その隙を逃さず右手から回り込んで迫っていたゴブリン二匹が一斉に斬りかかってきた。

 

弓を楯代わりに1合。左足を軸に腰を捻った右足で蹴り上げると一匹は吹き飛んで脇の木立に刺さる。勿論もう一匹に対して隙だらけで手痛い一撃を貰っちゃったんだけど。

左脇腹が痛い。けど我慢して弦を引くと、蹴り上げたゴブリンに止めを刺すべく矢を放つ。結果を見る暇無い。

目の前にはわたしに傷を負わせたゴブリンがにぃと笑って迫っていた。

わたしの選択は一つ。

下がって距離を取ってからヒール。

 

 

「LV上がっていいでしょー?わたし達じゃ相手にしたって経験にもならないんだし。」

 

更に距離を取って矢を番い弦を引く。矢を放つと、続けて矢を番えながら距離を取って走る。

軽口が聞こえてきて、キッと睨むとグラスを掲げて微笑む京ちゃんの憎たらしい顔。

視線をゴブリンに戻すと恨みをぶつける様に弦を引いて連続して矢を放った。

こっちは大変なんだよぅ。ゴブリンがぴくりともしなくなるまで盛大に矢を喰らわしてやった。

 

「最後ーぉ、つ・・・疲れたぁ、精神的にー。はぁ。ふぅー。」

 

「お疲れ様。」

 

「おっ疲れー。ジュースあるからどぞ。」

 

我に返ると動くものは無くなって、ゴブリンの屍が森の小路に散らばっていた。

 

息を吸うのも忘れて弓を引いてゴブリンを全て殲滅出来た所で思い出した様に息を思いきり吸う。

肺に入り込んでくる新鮮な空気が美味しいけど同時に強烈な吐き気が沸き起こり、我慢できない。小路の脇にしゃがみこんでリバースしちゃう。

 

ものが無くなったその後、ヒールを忘れず唱えてからゴブリンから魔石をひっぺがし、洞窟の手前の木陰から小路を眺めていた二人の元へ帰ってきたら、二人から労いの言葉を貰ってその傍らに顔面からへたりこむ、わたし。

 

グダッているわたしの目の前に細い手がまず見えて、次に手に掴まれたグラスが差し出された。甘い香りのするニクスの国でわたしが気に入って飲んでいたジュースだ。匂いを嗅いだだけでちょっち元気出た。

 

「ども。はぁー、美味あーっ。」

 

なんとか体を起こしてグラスを震えの止まない手つきで受けとる。終わったら終ったで疲れより、慄然と強烈な畏れが全身を蝕んで止まらない。

ジュースは美味しい。これはいい。ヒールで疲れは飛んでいく。これもいい。血が流れ過ぎて足りない──肉を喰わないと治んないじゃない?血、血が足りない。これ、貧血かなぁ?それとも只の恐怖?

 

「おっまたせーぇ。あった!あったよぅ、洞窟の前にぃ箱とかー砂山なんかあってさ。それっぽいの、あっちに。」

 

震えの止まった頃だったかな。空から碧眼の陽気な天使がゆったり降ってきたのは。

 

後光のように太陽を背に、ユラユラと降りてきながら発見出来たのが嬉しかったのか笑い声混じりに指差す方向は山頂では無く、隣の山だったけど。

隣の山を指差すクドゥーナに事情を話して、それからマスタード漬けの肉を幾つか出して貰いレンチンして頬張る。

 

これだっ。もっと、もっと食べたい。クドゥーナが急遽出したテーブルの上で肉をわたしが悶えながら口に放り込み、ジュースで流し込んでいる間にヘクトルに手招きされクドゥーナが何やら話し込んでいた。

耳をそばだてるとどうも説教らしい。

 

「・・・違う山だな。」

 

 

余りヘクトルの声は聞こえて来なかったけど、そこへ加わってきた京ちゃんの不機嫌そうな声はハッキリと。

おお、怖。

 

「・・・そうね、検討違いだったの?クドゥーナ。」

 

「あ、うぅーん。村でお願いされたのはね。指差しでこの山を指してたの。・・・だからね、間違ってないもん。きっと、この山から道が続いてるとか・・・そんななんだもん。」

 

そこで気になって横目で窺うと、見下ろす二人とその二人を交互に見上げながら何事か弁解をしているクドゥーナが見えた。

わたしは耐えれず、そっと視線を目の前の肉に戻して。

何も聞こえない。何も聞こえて来なかったけど?

見なかった事にしてマスタード肉をレンチンして美味しく平らげていったんだ。涙声で謝るクドゥーナに一瞬びくっとしながら。

 

 

大人げないよ京ちゃん、まあ。何回も空振りさせた揚げ句場所が違うとか、ね。うん、存分にキレていいと思う。

 

 

 

 

しばらく。謝罪を強要する京ちゃんのいたぶる様な声と、それに応えてクドゥーナの謝罪をする声が聞こえてきて胸が張り裂けそうになった。啜り泣く彼女を叱り飛ばして泣く事も許可しないなんて、恐怖過ぎる。

彼女、中三だって言ってたよ?散々謝らせてあれって洗脳かな、マインドコントロール?最後は『生まれてきてすみません』まで言わせるなんて、鬼だね鬼。

わたしが口を挟んで止め様にも、一言目で殺気を孕んだ睨みが飛んできて、それはもう反射的に目を逸らして、いや何でもないですって逃げるしか無かったんだよ。

 

無言がその場の空気を支配して、やっと満足したのか唇を真一文字に結んで耐えているクドゥーナの左手首を掴んで引き起こすと、京ちゃんが口を開く。その表情は嫣然として怪しげな雰囲気を纏っていた。まぁ、クドゥーナを使ってストレス発散をしたんだよね、きっと。

彼女は知らないだろうけど京ちゃんの性格はそう言う事をしたり、怯える生け贄を見る事で悦に浸り悶える様に出来てるんだよ。つまりはそう言う事。

ま、何だ。夜になれば充分にケアしてくれる所までワンセットらしいよ?やりっ放しじゃ無いから、そう言うものなんだって、さ。

飴と鞭って感じ。

 

「うん、まぁいいから案内してくれない?」

 

 

 

 

 

「確かに、道は続いてたな。」

 

「村からこの道が近道だったとかかなー。」

 

「この山にも道があるじゃないの。」

 

憔悴仕切ったクドゥーナに案内されるままに隣山の山頂近くに踏み込むと、彼女の言う通り砂山やトロッコなどが手前にあり広場には重い物を何度も引き摺った轍が残っていて、明らかに人の手が入った鉱山と思える洞窟の前に着いた。

 

クドゥーナ以外のメンバーが揃えた様に声を上げる。アスタリ山から隣のヘレハン山へ渡る山沿いの斜面を通る道のりで既に気付いて居たんだけど、このヘレハン山にも道が整備されている様で下界へと続く道が霧がかかって切れ目切れ目にしか見えないけどあるにはあるくらいには確認出来ていた。

つまり、クドゥーナの勘違いに皆付き合わされていたって事。

説教だか洗脳教育か理解らない京ちゃんのいびり、詰りを引き摺ってるのか案内してくる道中も彼女の表情は暗い。

場違いに陽気なクドゥーナが気に入らなかったのも有るんだろな。逆に京ちゃんの彼女を見る表情は小悪魔めいて、それを目の当たりにしたら恐怖すら覚えた。

もう、止めたげて。

 

 

「うぅーん、考えても仕方無いからさっさと退治して帰ろ。」

 

わたしの先を促す声に一同頷いてクドゥーナの件は曖昧になった。彼女を助けるというより、本心から精神的に既に疲れてまいってしまいそうなのが重い。

洞窟の前に石を真横に切った調度良い平らな台があり、そこで洞窟へ足を踏み入れる準備を整える。京ちゃんのライトボールの発動を合図にいざドラゴンと、一歩足を踏み入れて今までの洞窟と明らかに違う事に気付いた。

 

入り口こそ鍾乳洞そのままだったのが、行き止まりに矢印がふられてそのすぐ右の壁に人、二人分ほどの大きな孔が穿たれている。

孔に近づくと人が鉱石を求めてそこら中を掘った形跡と強度を増すための×字の横木に組まれた太い木の杭の土壁。その奥には更に広い空間が広がっていそうだった。

 

「・・・まさか、こんな所に居るなんて、ね。」

 

 

 

孔を最初に抜けた京ちゃんの声。少し震えが混じったその声に慄然とする。

ワームを見ても最初はなんとも思って無かったあの京ちゃんが、恐怖し圧し殺す様に震え声を上げる敵とは──

 

 

 

 

 

「後ろにあるの。あれっ、階段だよね。」

 

それを何と表現したら良いか・・・紺色、の壁?いやいやいや、壁が動いたりしない。蠕動している、生きている。

恐らくは、これがドラゴンの一部なんだろう。

 

「こりゃ、邪魔くさい、な。」

 

 

ヘクトルが孔を抜けて呟いた時、それは起こった。

壁の蠕動が強まり、そしてピタリと収まる。

そこにそれまで無かったものが生まれた様に現れた。ギョロリと睨み付ける一つの瞳。金色の爬虫類のそれの様に楕円を描く黒い瞳孔が品定めをしているかの如くそれぞれへと視線を動かし。

 

目の前にドラゴンが現れた。

 

顔の一部だけど、圧倒的な恐怖を伴ってその場の空気を支配していた───

 



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ドラゴンは倒せない4

睨み付ける瞳に気圧されて場の空気が固まった気さえした。その大きさが桁違いだ。これは、もしかして・・・ヘクトルが無理って言ってた、京ちゃんが会ったら逃げるって言ってたドゥーム・ドラゴン(?)。

 

とか言っても瞳と、壁の中に見える鱗?か、肌くらいしか目の前には表して無いからこのドラゴンが何かなんて誰にも解らないだろうね。

そんな事考えてるわたしだって、スケールの違う金色の瞳に見詰められたら空気が重いよ。

 

「仕事にならないってーぇ、聞いてたけど。これは、ホンっト下に行けないよねー。」

 

そんな場の空気が理解らないクドゥーナが間延びした、まったりと甘ったるい声を上げる。

すると何かに気付いて横を窺うと京ちゃんが何とも言えない顔で彼女を眺めていて思わず、わっと戦慄か驚愕か判断出来ないけど、すぐ青い顔で黙り込み俯いてしまった。

クドゥーナには目の前のドラゴンより、散々やっつけられた京ちゃんの方がずっと怖い、そう言うことなんだよ。きっと。

空気読もうね、クドゥーナ。

 

「動かないね、なんで?見えてるのに。」

 

 

壁の中で蠕動する紺紫の鱗。品定めする様にギョロギョロと忙しなく動く金色の瞳。でも・・・それ以外が全く出てこない。動けないんじゃないかって思っちゃうくらい。

 

「まだ、離れてるでしょ?一定のラインに近寄ったら戦闘開始ってパターンよ。」

 

 

言いながら京ちゃんは素早く青い刀身の剣を構えた。予想外な巨大な敵に恐怖を感じているのかな?握った剣先が揺れる。ガタガタと京ちゃんが震えているせいだ。

同じ様にヘクトルがクレイモアと碧の刀身の巨大な剣───ヴァイヴァミアを取り出しクレイモアを床に突き刺し大きな碧の刀身の剣を握る。えっと、戦う気なんだ。二人とも巨大竜は無理だから逃げるって念押ししてきたのに。逃げれないって思ってるの?あっちから何にもしてこないのに?でも、二人とも戦う気ならわたしも───戦う!

弓を取り出しドスタの特殊矢を番えた。金色の瞳に狙いを定め弦をゆっくりと引く。弦を引っ張る音だけが耳に聞こえる。

 

わたしだって。怖い。京ちゃんが戦う前から慄然と震えてるなんて今まで無かった。それはそれだけ、わたしは京ちゃんに頼り切って、京ちゃんの背に隠れて戦ってた証拠。

もっと強くなりたい!こんなとこで死にたくなんて、無いんだっ!どこかその一連の動作がわたしの目には非常にゆっくりと映っていた。

 

「トロンどうしたの、脅えて・・・?こいつ、そんなに強いの?」

 

洞窟へ足を踏み入れる準備を整えて居た時にクドゥーナが呼び出していた雷の妖精・トロン。クドゥーナの声にそのトロンの顔を窺えばさっきまで彼女の周りをふわふわ舞っていたのに怯え切り、今は彼女の翼の影にしがみつく様に隠れている。

妖精は圧倒的な力に敏感だって聞いたけど、こんなに小さくなって震えてるなんて。

相当ドラゴンが恐いらしい。

 

「オークに確実にダメージを与えてたのにっ?」

 

 

京ちゃんが駆け出したのを合図にヘクトルが飛剣を、わたしは狙いを定め矢を放つ。風切り音を上げて力ある剣撃が、威力を増した矢が金色の瞳に襲いかかる。

衝撃音を上げて炸裂した飛剣。ついで軽快な爆音が聞こえて煙がドラゴンの前で上がり晴れると・・・ドスタの矢が効いてない?ノーダメージみたいに見えるんだけど。

そこへ矢に負けない速度で走り込んだ京ちゃんが飛び込む。ドラゴンの瞳の前へ翻り一閃。

その剣は金属音を上げて皮膚に弾かれる。舌打ちを一つ付いて、そこから壁の様な皮膚を蹴り上がって再度、睨み付ける金色に向かっていく。

刃が輝る。京ちゃんの渾身の剣突。するとその時、されるがままだったドラゴンに動きが。目蓋を閉じて瞳をガードした。剣突はそのまま目蓋を襲う。本来なら突き刺さり追撃が入るんだけどっ。だけど。

 

「───レイジングスラッシュ!・・・くっ、固いっ!!」

 

叫び声も虚しく響き渡り、剣突が刺さらず追撃は発動しないで、京ちゃんは目蓋を蹴ってその場を離れる。次の仕掛けに備える為に。そこへ、すかさず勢い込むヘクトル。

 

「これでぇっ!」

 

吼えて両手で掲げた碧の刀身を振り下ろす。力の限りっ。反撃を受けるでも無く、硬質的なキィッンと音を立てて弾き返されただけでダメージを与えた様に見えないけど。

一振りでオークをバターみたいに寸断したヘクトルの一撃が。

 

「なんだとっ・・・」

 

ヘクトルが思わずに上げたその叫びは戦慄か、驚愕の声なのか────ドラゴンに二人の強力な斬撃も勿論わたしの矢だって、一切の傷を負わす事が出来ていなかったんだけど。

 

 

 

 

「──満足したか?」

 

フフフと、止まない連続した笑い声がどこからか聞こえて、辺りを見回してみるけど特に誰か居るってわけじゃない。ふいにその低い笑い声が止んだと思ったら、壁が───金色の瞳が喋り始めた。

 

笑っていたのもドラゴンだったと気づく。そして、ほぼ同時に洞窟全体を揺るがすような地響きが走る。

 

ドッ!!!ゴォアオオオオンッッッ!

 

「な、何っ?喋ってる・・・」

 

喋る筈の無いドラゴンから話し掛けられて一様に動揺するわたし達。クドゥーナもヘクトルも黙って唯一点を見詰めている、ギョロリと動く金色の瞳を。

 

「なら──、此方からも返させて貰う。なに、手加減してやる───ほんの一欠片でも儂の力を喰らえば、手向かいは済まいよ。」

 

 

低いドラゴンの声が洞窟に響くと止まない地響きが更に激しくなって床がうねる刹那、轟音と供に崩れ落ちていった。

地響きが激しくなった時点で、入って来た孔に飛び込んでいなかったらと思うとゾッとした。危険と察知した京ちゃんの走れ!の一言でクドゥーナ以外が一斉に走り出し、床が崩れる前に孔に辿り着けたんだ。

遅れたクドゥーナには翼があるからフワフワ浮かびながら逃げてればいいけど、わたし達はそんな訳にはいかないから、ね。

フワフワとこちらに向かってくるクドゥーナの後ろで変化がある。

音だ。

 

コォオオオアアアアアアア!!!!

 

金属でもバーナーで焼ききる様な高質量の気体をぶつける音だ。その音は孔から離れた所を通過したのに耳鳴りが凄い。音は段々と小さくなりやがて聞こえなくなった。

 

すると、血の気の無い表情でクドゥーナが穴に飛び込んでくる。正確には吹き飛んで孔に叩きつけられたんじゃないかなー。

絶体何かヤバいことになってる筈だもん、さっきまで居た部屋は。

 

 

「ふむ、ブレスを『見せた』だけだぞ?もう、やる気にはならんか?早いな、諦めが。」

 

土煙の向こう側から喋る金色の瞳を覗き込む。アレはブレスなの?

その声に怒気や狂気は感じられない。ただ淡々と無感情に喋っているドラゴン。

地響きも収まり土煙が晴れると愕然となる。う、嘘っ。

 

「わざと当てなかった・・・。」

 

「音・・・だけで。」

 

ブレスが貫通して行った空間には何も無くなって、只瓦礫が転がる。驚愕したのは更にその奥、山があった。筈の、10㎡以上の穴の向こうには空が見えていた。外気が吹き込んでいる。ドラゴンが吐くブレスは凶悪と聞いたけど、ここまでスケールが大きいと自然に笑いが込み上げてくる。あはははは!こいつ、山を吹き飛ばしちゃったや。

 

「まだまだっ、だあああっ!」

 

あのブレスを見た後なのに。勇敢にも無謀にも?ヘクトルは吼える。崩れて平坦で無くなった床だけど踏み場が無くなってしまったわけじゃない。ぐんぐんとスピードを上げて今にも崩れそうな床を蹴って飛ぶ。

碧の刀身を両手で掲げ、

 

「──奥義っ!ぐっ。」

 

渾身の一撃を振り下ろす。けどっ、その剣はドラゴンには届く事は無くて。

鼻息、だろうか?ドラゴンが何をしたかヘクトル本人も解らなかったんじゃ無いかな。後ろで眺めているしか無かったわたしにも見えないけど。ヘクトルは軽くふわりと吹き飛んだ。届かなかった斬撃は空を切ってブォッンとバイクの空噴かしみたいな爆音をあげただけだった。

 

「ぬるいっ、軽く相手をしただけだぞ?」

 

欠伸でもしそうな口調でヘクトルを挑発するドラゴン。軽〜い気分でいるこのドラゴンに、わたし達は為す術が無いって言うのに。

 

「はぁっ・・・はっ、ま、まさか・・・空振りさせられる、はぁっ・・・なんて、な。」

 

やっとの思いで声を絞り出すヘクトルに目掛け、ヒールを唱える。

心の芯から折れてしまってそうだけど大丈夫?わたしは遠くからヒールを掛けるので精一杯。

 

「ふむ、用事はもう済んだか?では──さっさと去ねっ!」

 

無感情に喋っていた声が語尾を跳ね上げ、刺さる様な威圧感すら感じさせ響き渡る。

 

「わたし達じゃ無理だわ。」

 

心からの京ちゃんの言葉。この場に居るわたし達も同じ言葉を脳内で響かせていた筈で。

 

完敗、何をしても傷一つ付けられないドラゴンの皮膚を見て?誰がわたし達を責められると言うんでしょう。

 

充分やったよ、わたしはそう思うけどなあ。ここは退いて・・・もっと凄い作戦も練って、人もいっぱい集めないと勝てないんじゃない?

かと言って───京ちゃんの勝てない敵にここの騎士や戦士が勝てるなんて。わたしは思えない!

なんだろジレンマだね、どうやっても勝てないって脳内で警鐘を鳴らされてるのは確か。

 

 

悔しい・・・

 



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ドラゴンは倒せない5

───逃げちゃダメだ!

 

───逃げちゃダメだ!

 

───逃げちゃっ!

 

───逃げちゃっ!!

 

───逃げちゃっっっ!!。

 

 

 

「ヒール、ヒール、ヒールっ!」

 

ここに来たのは単にドラゴンを見に来ただけじゃない。よね?倒せなくてもっ、大人しくここに居て動かない訳じゃないでしょ?

金色の瞳に睨まれてすくんでしまうけどっ、それでも。

咄嗟にヒールを皆に唱える。帰ってもダメだ、きっと後悔する。

まだ死ぬと決まった訳じゃないから。

ヘクトルの折れてしまった心の芯を癒して欲しい、京ちゃんの畏れからの震えを吹き飛ばして。

理解ってる、ヒールにそんな効果は無い。

そんな事は解ってる、このままじゃ帰れないからっ。

だからと言ってヒールを唱えずには要られない。何か解らないけど、とにかく胸を打つんだ。わたしの内の何か。

 

「ドラゴンさん、お願いします。お願いだから、そこを退いてあげて欲しい。」

 

思い直してわたしは叫んでいた。喉から口へ突き刺す思いで。強く。感情を迸らせる。

そこをどけよ!!邪魔なんだよ!

それは言葉には出来ない内なる叫びだったけど。

ドラゴンとどうやって意思を通じ合わせて喋っているかわかんないんだから、もし。テレパシー的な念話だったら、ドラゴンを怒らせてしまったかも知れない。だから、

 

『あ、今のナシ。ナシね、えっと・・・ごめんなさい!謝るね、だから。ここから出てって!!』

 

心の中で謝りながら何回も叫んだ。ドラゴンが理解って念話してるのか確認も兼ねてチラチラと金色の瞳を見詰め反応を見る。

 

「ふむ、眠っていた儂を勝手に起こしたのはお前らだぞ?それを『どいて欲しい』など、どうして言えるのか理解らんな。」

 

ドラゴンがテレパシー的な念話してるのか不明なまま、金色の瞳がギョロリと動いてわたしを刺すように見詰め、声が響き、鼻息なのか軽いブレスなのか地響きを起こし床が震え、少しドラゴンの傍の地面が階下に落ちた。

ドラゴンが驚異で無ければそのまま寝ていてくれていいんだけど。

確か、『このドラゴンはひと度目醒めると辺り一帯を荒野にするまで再び眠らない』って京ちゃんの説明にあったよーな?

 

「石を掘ってさ、暮らしてる人が、ドラゴンさんに居られると困ってるの、ね。で、うちが皆に頼んでね。手伝って貰ってさぁ、ここまで来たんだぁ。」

 

言葉を選びながらゆっくりとまったりと喋るクドゥーナ。その顔を見れば真剣なのは解るんだけど、ね。

どこか逆撫でるんだよ、さぁ神経を。

京ちゃんのクドゥーナが好きになれないトコ、こんな事なんじゃないかな?知らないけど。

 

 

「ぶわははは!笑わせる。元より儂の棲みかなのだぞ?」

 

耳鳴りを伴う、けたたましい音量のドラゴンの激しい笑い声に身がすくんじゃう。

 

逃げずに向き合わないと、このドラゴンがいつここを飛び立ち街を襲うか、いつまたあの波動の様な振動波の様なブレスを吐いて周辺を更地にしてしまうか理解らないんだから。

 

「・・・叶えられる範囲であれば望みは聞くわ、言ってみなさい。」

 

黙って思案を巡らせていた京ちゃんの苦しげに呻く様な絞り出す様な答え。

ドラゴンの反応を窺いながら続ける。

 

「ここじゃないとこでもいいでしょ、隣の山にも洞窟はあるし。だから・・・」

 

京ちゃんも瞳に色が戻ってきている。畏れから震えていた京ちゃんでは無く、普段のイキイキとした京ちゃんだ。

提案をした。ドラゴンがそれで言う通りにしてくれるとは限らないけど、意思の疎通が出来る様な相手なんだから。と、言うわけでも無いかも知れない。

望みを聞く・・・昔話だとぉ、こういう時ってぇー。確か。

竜とか、龍神とか、妖怪とか、化け蛇とかの要求ってさぁ、イケニエだったりしなかったっけ?生け贄にはなりたくは無いよ?やだよ、竜に食べられて終る最後なんて!

 

「そうだな・・・何も、此処でなくともよいが──此処でない必要も無いんじゃが?その上で儂の望みを聞くのか、人の子よ。」

 

ゆっくりと間を取って喋るドラゴンの冷え冷えする様な低い声。

それを聞くだけで畏れなんてバッドステータスに冒されちゃいそう。声が怖いのだ。威圧感がある、と言うか。支配者然としている、と言うか。今までで最もそれを感じる。

えっと、京ちゃんはエルフの亜種なんですけど、そこの所も踏まえて人の子って言っちゃいますか?

 

「偉そうにっ。」

 

思わず口を突いて言葉が飛び出して、ハッと口を押さえるけど、こんなの全然遅い。ごめん。皆、ドラゴン怒らせてしまったかも。ホンっト、謝るよごめんなさい!

 

「儂は強いぞ。眠りに着く前は神すら恐れる竜の中の竜・・・なのだぞ、偉そうでなく偉いのだよ。」

 

傲岸不遜な態度にドラゴンは変わった。でもでも、良かった。怒気は感じれ無いよ。ドキドキ、胸を押さえれば心臓を飛び出してしまいそうなほどに早く、鼓動が脈打つ。ビビったよぅ!

 

「その割にわたし達は生きてるわね?どういうわけ?ひよってるの?それとも──弱ってるんじゃない?」

 

畏れに絡み取られ震えていた時だって京ちゃんはドラゴンに疑いの眼差しを向けてた────いやまあ、ぶっちゃけこのドラゴンに暴れられてたらわたしは塵になってるでしょう、ね。

それにしても、鎌懸けみたいだってすぐに解る問い掛け。

 

「ふんっ、遠からず近からず。と、言っておこうか。目醒めて直ぐだ、体の自由は効かん。加減せねばそれでも人の子ひとりふたり寸暇の暇無く、塵となろう。と、そろそろ望みを思い付いた。言ってもよいか?」

 

その疑問の答えはすぐに齎される。ドラゴンは鎌懸けお構いなしに鼻息まじりで一息に吐き出した。

 

「無茶なレアアイテムじゃ無きゃあげるわ。」

 

「二言は無いな?──お前を、よこせ。」

 

自信無さげな京ちゃんの控え目な言葉に、喰い気味でドラゴンが口を開く。

今までで一番弾んだ声だった。

もし───ドラゴンに表情があったら物凄く喜んだ顔をしてるんじゃないかな。喜色満面。

それはもう。欲しかったゲーム機や玩具を与えられた純真無垢な子供の様にね。

 

 

「───はぁ?」

 

当人の京ちゃんは勿論、その場に居たわたし達の時間が止まった。凍りついた。

言葉が出てこないかな?京ちゃんは口をパクパク鯉が餌をねだる時の様に。

やっと出てきたのは疑問を含んだ乾いた言葉で。

 

「シェリルさんが欲しくなったの?」

 

京ちゃんがドラゴンのイケニエ?

 

「え、えぇ?」

 

 

 

「儂を見ても震えて逃げ出さぬ強い人の子とならば退屈なぞしない。と、そう思ってだ。何も、喰らうわけでは無いぞ。」

 

わたし達の態度を窺う金色の瞳がゆっくり声を上げる。

イケニエじゃなかった。良いんじゃない?チラッと横目に京ちゃんを窺うと

 

「いやいやいや、竜の嫁なんて・・・いやいやいや。」

 

茫然自失と魂が抜けかけてる・・・わたし達をにがしてくれる為に人柱になってくれんだね、ホンっトありがとう!京ちゃんの雄姿は忘れないよ絶対?

脳内では京ちゃんはドラゴンと連れ添ってライスシャワーを浴びてるンだけど、どうかな───

 

 

「ふざけた竜だ、シェリルが好みか。」

 

「うん、シェリルさんを差し上げたので退いてよ。ね、クドゥーナ。」

 

「こら、わたしはアイテムじゃ無いのよ?はぁ?何でこの竜と暮らさないと行けないのよっ!!」

 

ヘクトルが茶化し、わたしが納得の言葉を発すると京ちゃんが我に返りぷりぷりと怒り始める。最後には涙まで溢れさせて。

可哀想だけどわたし達の為にここでドラゴンの姫になって!機嫌悪くしちゃったら皆、塵にさせられちゃうかもだし!

わたしがクドゥーナに同意を求める様に振ると、

 

「近隣の村の平和の為に?」

 

あっけらかんとした答えが返ってきた。実にクドゥーナらしい。京ちゃんを差し出したら一先ず目先の危険は無くなるからその通りなんだけど。

 

「わたし達じゃ勝ち目無かったし、シェリルさんを差し出すだけで。ほら、万事解決。ね、良かった良かった。」

 

「こいつ、ほら。退屈がどうこうって言ってた。ね?言った!だからわたしじゃなくて退屈じゃ無くさせてあげればいいんじゃない、そうよねっ?」

 

わたしの京ちゃんを説得させ様とした言葉に必死になって反論する。涙を浮かべたままわたし達の同意を引き出したいみたい。京ちゃんなら隙見てドラゴンからだろうと逃げ出せると思うんだけどどうかな?

ここから居なくなったら王国に救援依頼はだそうじゃないかぁっ!だからここは泣いて欲しい。

 

「眠りに着いた理由も退屈で仕方無くじゃからの、では──人の番いをよこせ。なあに、この女でなくてよい。」

 

決死に愚図る京ちゃんの態度を見て軟化するドラゴンは京ちゃんを諦めようと言った。いやいやいや。それはダメだよ?絶体他の人じゃドラゴンの姫には向いてないですって。一目で気絶しちゃって、退屈じゃん。その点、京ちゃんなら怖がらずに向かっていくからいい玩具になると思うんだ、どう?

 

「いやぁ、シェリルさんを逃したらドラゴンに喧嘩売れる女の子は見つかりません。どうぞ、差し上げますから。」

 

 

わたしも必死になる。ドラゴンの言いぶりに、退屈になったら街襲いそうなんだもん。一時的にでも京ちゃんを渡して遠くへ行って欲しい。えっと、ヘクトルの言ってたリヴィンス火山とか?

 

 

「あっはっはははっ!お前シェリルに滅茶苦茶にされるぞ?おっかしくて笑えるけどな。」

 

突如、わたしの必死にドラゴンを説得する言葉に吹き出すヘクトル。ちょっ、わたしは滅茶苦茶にはされたくないよ?むしろ、そう言った京ちゃんが嫌なんだもんねっ。ヘクトルがこちらに振り返り見てみろと指差しする。

チラッと京ちゃんを窺うと後ろを振り返って視線がぶつかる。これは・・・オークの時の鬼神の様に瞳に光を無くして周囲を凍てつかせる真っ黒な闇のオーラが背に沸き上がり、天井まで浮かんでまるで───邪悪な大魔王。

背筋が凍りつく顔とはこういう顔なんだ・・・と、ゾワリ全身が凍りついて京ちゃんから視線が離せなくされちゃう。蛇に睨まれた蛙、殺される!

 

「ふははは!面白い連中だわい。では望みは聞き遂げられた、と。この女を貰うぞ。」

 

洞窟を震わせるドラゴンの笑い声にその場の全員が金色の瞳に視線を集中させる。よ、良かったー。京ちゃんもわたしから視線を外してくれたよ。これでロックオンも外れてドラゴンにタゲ移ったよね?

と、思ってたら肌が出てるとこが急に冷たい。

周辺の空気がキンと音を立てて冷気を帯びる。

 

「大人しく・・・してたら、つけあがりやがって・・・わ、わたしにはまだ手があるの、よ!───」

 

 

これは京ちゃんがやってるんだよね。ドラゴンから視線を京ちゃんに戻すと俯いてギュッと掌を握り込んで、ぷるぷる震わせながら喉から絞り出すように、吐き出すように叫んだ京ちゃんが左手の人差し指を天に突いてそこから振り下ろす。

金色の瞳に恐怖の影は無い、むしろ楽しんでる?

 

「──ダルテ!」

 

 

洞窟内に生まれた冷気が凍気にまで高まった。洞窟内全てを凍り付かせるつもり何だろうか、層になって壁や天井まで氷塊に変わる。集中して何度も、何度も襲いかかり凍りつかせ、みるみる内に目標が凍てつく極大氷結魔法。でも・・・金色の瞳がギョロリと動いた。

 

「もう良いか?」

 

ドラゴンから飄々とした声があがり、京ちゃんが青い顔で口をパクパクと動かす。声にならない言葉をごくりと音をあげて飲み込み、

 

「はぁっ?全く凍らせられないって・・・嘘。」

 

吠える様に叫ぶ。極大魔法で一欠片も凍り付かせる事の出来ないドラゴンの皮膚。発動した氷の礫が金色の瞳に、

黒い鱗に突き刺さる勢いで激突音まで聞こえていたのに。か、固い。ひたすら堅いんだ。斬撃も跳ね返し魔法も内に響かない強靭な鱗に皮膚。

 

「まだやる気なら待ってやらん事もないぞ?やってみるがいい。」

 

ダルテの冷気が晴れると、金色の瞳に睨まれた京ちゃんは茫然自失と瞳を見詰めていたが、ドラゴンの嘲り混じりの声にカッと眦を決した。飛び退り、俯き低い唸り声を上げて全感情を込めて集中する。

 

「ドラゴンさん、この子じゃだめ?」

 

泣きそうな顔でクドゥーナが両手を差し出す。

開かれた両の掌の上ではクドゥーナと話し合ったんだろうトロンが覚悟を決めた顔で震えながらも金色の瞳をキッと見据えていた。

 

「ふははは!妖精では連れ添えぬよ、話し相手にはなろうがな。それに──触れば消えてしまう体の妖精などこの女と秤にかけるまでもない。」

 

楕円の瞳孔がふるふると大、小に震え、金色の瞳がギョロリとクドゥーナとその開かれた両手に立つトロンを睨む。そして、視線は低い唸りを上げ続ける京ちゃんに注がれた。

 

「ドラゴンさん、そんなに退屈してるの?」

 

「悠久の時を過ごしてなお朽ちる事の無い体を持ったが為に、な。退屈で仕方無いわ。」

 

わたしの問いに再びギョロリと金色の瞳は睨み付けてくる。馴れれば唯大きなだけの瞳。それでも何とも言えず恐怖に包まれてしまう。ドラゴンは眠る前の事でも思い出しているのか重い目蓋を閉じて話始めた。

そして退屈そうにため息を一つ。すると、それだけでほぼ形を変えてしまった床の一部が崩れて階下に落ちる音が耳に届いたんだ。どんだけ、大きな溜め息。

 

「へえーぇ。」

 

わたしが相槌を打つとずっと聞こえていた低い唸り声が止まる。

 

「待たせたわね──」

 

俯いた顔を上げながら眦を決するほど見開かれた京ちゃんの周囲に突如生まれる膨大な殺気を孕んだ白くて蒼いオーラが揺らめく。瞳まで金色から蒼く染め上げられて。

 

「ふむ、神気を取り入れたか──期待はできぬが。」

 

金色の瞳に睨まれた京ちゃんの周囲に揺らめく青白いオーラが爆散する。

それを見て瞳孔が細まりドラゴンが口を開く。

 

 

「黙れ黙れ黙れ!っ──はぁあああ!」

 

 

 

爆散したオーラが掲げる青い刀身に集まっていく。絡み付く様に全身から揺らめく青い光が刀身に結び付いて爆ぜる。

 

「これでぇっ!」

 

凍てつかせる様な蒼い瞳が、音すら残して駆け出し疾ると、また元通り返る様に全身から揺らめく青白い焔の様なオーラが刀身にうねって流れていく。

 

「決めるっっっ!!」

 

不安定な床を蹴って金色の瞳に目掛け飛び上がる。すると、刀身が一層明るく輝いて京ちゃんの周囲をキラキラとダイヤモンドダストの様な光の結晶が舞う。

 

 

「──エクセ・ザ・・・」

 

急激に青白いオーラが吹き上がると金色の瞳が京ちゃんを睨み付けている。

すると、火の点いた蝋燭が噴き消される様に刀身に纏まって絡み付くオーラが高質量の気体に剥ぎ取られるみたいに吹き飛んだ。

一瞬何が起こったか解らなかったのか言葉を失った京ちゃんは自由落下を始めた体に気付くと大きな舌打ちをして、ドラゴンの鱗を蹴ってその場を離れた。

 

「ふむ、何かしたか?」

 

嘯く様にドラゴンはフフフと笑い出す。

 

「は、ははは!発動を止めるなんてっ。」

 

着地すると項垂れて突んざく様な大きな声を上げて笑い出す京ちゃんの声は次第に金切り音に変わっていった。

あれを使ったんだから相当に体が重くて疲れてるんじゃないかな?ヒール!、重ねてヒールを唱えていく。

 

「それをまともに貰っては痛いだろうからな、さて──覚悟はよいか?」

 

イタズラが成功した子供の様に無邪気に喋るドラゴン。ふいにその声は無邪気さなど消し飛んで冷え冷えとした低い声に変わった。

 

「何・・・の。」

 

「儂のものになる、ということだが?」

 

項垂れたまま苦しげな眠そうな声を上げて京ちゃんは必死に起き上がろうとする。今の京ちゃんにはそれが叶わないの?ヒールは悲しく洞窟に叫ぶ声だけが反響して。

その姿を見詰める冷徹な金色の瞳が今更何を言っていると言いたげに小バカにした言葉を投げ掛ける。

 

「シェリルさんシェリルさん、諦めが肝心。」

 

大人しかったクドゥーナが弱々しく項垂れている京ちゃんの背に浴びせ掛けるようにそう言った。

すると、金色の瞳は視線を彼女に移してすぐに京ちゃんに戻す。容易い───そう言いたげに瞳孔が細まって、元通りになる。

 

「ッ──他人事だと思ってえええ。」

 

項垂れたまま振り返り睨み付けてくる京ちゃんは追い詰められた手負いの虎の様に全身から止まない殺気を迸らせている。

 

普段なら眠気に負けて夢の世界に旅立っている所なんだけどなあー?立場が相当に危うくなって気力で眠気に打ち勝ってるのかな。

体に無理強いしてでも抗いたいんだとすれば。よっぽどこのまま場の空気に流されてドラゴンのものになっちゃうのが嫌ってことか。

「嫁さん、おめでとう。」

 

「うちからも、おめでとう?」

 

「うん──理解った。理解った・・・でも、残念ね。そうでしょ?わたし、この世界に居ないもの。ね?」

ヘクトルが涙声で───笑い過ぎてだけど。何がめでたいの?と首をコテンッと傾げながらクドゥーナがそれぞれお祝いの言葉を京ちゃんの震える背に投げ掛ける。

すると、気力を迸らせて。怒りのぱわーかも、怒りのぱわー恐るべしっ。項垂れて立てそうも無かった京ちゃんがのそりと立ち上がり半身で胸を張って怒気を孕んだ言葉を吐き出し、金色の瞳にびしぃっ!と人差し指を突き出しながらわたしはこの世界に無い!と啖呵を切った。

その横顔は会心の一撃を叩き込んだと言いたげに溌剌として余裕を取り戻したのか嫣然と微笑む。妖しく瞳に色を忍ばせて。

その様子にぎょっとヘクトルとクドゥーナが顔色を曇らせる。京ちゃんが化け物染みてさえ見えるからだ。わたしだって吃驚だよ。眠気を噴き飛ばしちゃったの?と、逡巡して京ちゃんの言葉を思い出してみる。

 

「なるなる、確かに。そうだよ、シェリルさんもわたしも皆も───この世界に居ない。」

 

わたし達の体じゃない。この世界に順応した、チュートリアルで選ばされ創った体でしか無い───と、すると京ちゃんの態度も頷けるよね。わたし達って死なないかも知れないってコト。わたしの本当の体はこんなにカラフルじゃ無い。

ちょっと冒険しても染まったブラウンの髪くらいで。思い出してみれば燃える様な紅い髪色なんかしている、今。

黒い瞳だったはずの目にはカラコンをした様に水色に変わっているし。

コレハワタシノカラダナンカジャナイ!

 

クドゥーナを見れば視線がぶつかる。よく解らなかったみたいでポカンと口を空けている。

 

「うは・・・うわっはははは!ますます愉快愉快。」

 

 

抱腹絶倒と言いたげに豪快に笑うドラゴンの声に、洞窟の凍り付いた壁を、天井を震わせてゴァアア・・・と音をあげてその勢いで周囲の氷が剥がれ落ちて割れる。

 

 

「何が?愉快な事の一欠片も無いでしょ?」

 

気付いたけど喋る京ちゃんの瞳が金色に戻っている。その瞳には焔みたく熱っぽく爛々と光を湛えて。

もう、ドラゴンの姫にされないって勝手に勝ち誇ってるのが態度の変わり様で、付き合いの長いわたしには手に取る様に理解る。

 

 

「退屈では無いぞ?これで、愉快では無いなど、言えぬよ。」

 

含み笑いを続けながら、面白くて堪らないぽく金色の瞳は、転がる様な声音で未来の妻に話し掛けている。含み笑いくらいでは天井にも壁にも変化は無かった。ドラゴンの声音に変化が産まれる。

 

「世界の果てに行ったとて。・・・お前らの様な、連中には、会えない・・・だろう。だから、」

 

寂しそうにゆっくりと言葉を選ぶ様に、ギョロリと瞳が動く。徐々に目蓋は半目に閉じられ、わたしにはすがり付くぽく見えたけど実際は瞬いただけかも知れない。そんな微かな機微。

 

「今、今一度言おう!───お前が欲しい!」

 

カッ!と眦を決した金色の瞳に爛々と光を湛えて、少し溜めてからドラゴンが吐き出す、力強い言葉を胸に感じる。

ドラゴンの告白?コクったの?今。

 

「なんだ、寂しいだけなの?それで?わたしが欲しい───へえー。」

 

視線を京ちゃんに向ければ蠱惑的な微笑みを湛えて。金色の瞳に話し掛けている。

えっと、こーゆー顔をした京ちゃんは好意が無い。敵に向けて見せる表情だったや、残念。

ドラゴンさん、残念。

 

「ふざけんなっ。人外に、ドラゴンにモテたって嬉しく無いわー!」

 

顔は微笑みを張り付けたままぷりぷりと怒り始めると金色の瞳に指差して振り向いてわたし達にキレた。

システムが働いてたら青筋マークなんか浮かんじゃうかな?今です、今。

 

「まぁ、ここは。折れるべきだよ、ね?クドゥーナ。」

 

京ちゃん、ドラゴンの姫になっちゃいなよ。こんなに求められたらいいじゃん。その内、その内ね。絶体助けに行くから。死にそうに無いしー。

 

「──そうです、素敵じゃあないですかっ。こんな凄い彼、出来ません。日本じゃ。」

 

わたしがクドゥーナに同意を求めると、瞳にキラキラ星を飛ばしそうに目を輝かせて彼女は京ちゃんの瞳を見詰めながらうっとりと喋る。

そこまで素敵じゃ無いと思うよ?実際は。そーね?確かに凄いけど。日本ってワードは今、使っちゃいけなかったかも、よ?

 

だって。

 

こっちを見ていた京ちゃんの表情がワナワナと変わっているし・・・ほら、掌握り込んでプルプル震えてるよ。半ギレだったのが、ぶちギレになるかもよ?

しかし、

 

「いやいやいやいやいやいや、なんか───終わらせようとしてるけど、わたしは。あっちに帰るからねっ?日本が大好き、地球が大好きっ!故郷が、・・・残して来た人達が大大大大・・・ッ───大好き!」

 

 

意外に、本当に意外に。

口を開いたら京ちゃんはキレて無かったぽく、冷静にかつ、普段なら絶体言わない恥ずかしい台詞を、ぺらぺらと一気にまくし立てる様に吐き出した。

 

彼氏でも居たのかな?京ちゃんの場合カノジョ?どっちにしても大切な人を残してきてるから、絶体、日本帰るってことで、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく。『本音』で自爆しちゃった京ちゃんの可愛かった事、可愛いい事。

これをネタにゆすれるンじゃないかってくらいに。言い終わったと思ったら、すんすん泣き出して床に崩れ込んじゃって───残して来た人への思いなんか、溢れちゃったかな?泣き止む気配無くて。

 

 

何で────こうなるかな?京ちゃんをあやす羽目にどうしてなるのよ?歳上だし、背だってこの中じゃ一番。なのに何聞いても、知らない言いたくないって、泣いて愚図って。

 

こんなに面倒くさい人だったっけ?どこか我慢してた感情が噴き出して止まらないのかも、ね。真相は解んない、だって。泣いてるばかりの仔猫気取って、何も言わないし。あー、わたしが聞いてもちょっと入り込めない大人な事情なのかも。そうだと思うと、ちょっち面倒くさいけど髪を指で鋤いて、頭を撫でてあげるくらいいいか、とか思えちゃったり。

でもでも、わたしのおっぱいは枕ではありませんので。ん?これって・・・今頃アレ来ちゃった?どうもそれっぽくすやすやと京ちゃんは寝息を立てて夢の世界にレリゴーしちゃった───

 

 

こうなると逆にその場の雰囲気をサラッとぶっ壊してくれるクドゥーナに感謝しないと。

彼女なんと、いきなりテーブルを出してドラゴンに了承を取ると料理を作り始めちゃった。

しかも、ドラゴンの名前を聞いて、聞いたのに最後まで聞かずに途中で寸断して一言。

 

『グラちゃんでいっか。よっろしくー、グラちゃん。』

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうするのっ?」

 

「ふむ、ここは退くとしよう。それに付いていく事にした。シェリルの考えが変わるかも知れない。」

 

 

わたしが問い掛けたんだよ?どうして京ちゃんを見てるの。

何かリラックスしちゃってさ、背中で掌なんか合わせちゃって。金色の瞳に聞いてみたら、何かあるのかクドゥーナを見てるの。そして、まあ、当然ぽく京ちゃんに視線を固めるんだけどさ。

 

もう無理強いはしないぽいから軽く、ほんとに軽〜く全員分自己紹介をしたのです。

 

「わたし、まぷち。あっちの肌が紫のがヘクトル、妙に馴れ馴れしいのがクドゥーナ。んで、この、寝てるのがシェリルさん。」

 

 

 

「グラクロってさ、デカくて町入れないよ?」

 

「そうだな、それは何とかしようぞ──」

 

グラクロなんちゃらってドラゴンさん、このでっかい図体でどうも着いてくるつもりらしい。

 

金色の瞳をギョロリと回して喋る。

何とかするって、どうやっても街壊してくれちゃうよね?瞳だけでたぶん5㎡くらいかな。・・・話せたから良かったけど、意志疎通出来なかったら塵になってたかと思うと、ゾッとする。

こんなの街の近くに飛んできただけで相当な騒ぎになっちゃうでしょ。

ほんとにどうにか出来るのかな?

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんて事言ってたけど、どうしたって入れないのに。」

 

 

ヘレハン山を村へ下りながら──この道は村に着くまでアスタリ山道を使うよりもゆるやかな、来た時とは明らかに違う時間が懸かる事は確実な獣道だ。

道とは呼べない部類かも。それでまた慰霊碑を通って忘れた方がいい事も思い出すよりはいいと──皆で決めた。話し合った時は、思い出してしまったけど次は手遅れにはしないと誓った。

なので、犠牲者も許してくれると・・・いいなあ。

 

わたし達にも、勿論住んでいる人達にだってこの世界は不条理だ、不条理だらけかも知れないけど、生きていけるそれで、それだけでいいんじゃない?

 

「わあ、夜明けだ。」

 

獣道を歩きながら下界へと降りていく。京ちゃんを毎度だけどヘクトルが背負って。

ああ、しんどそうに顔をしかめちゃってさぁ。

ふいに陽光が。朝日だ。

クドゥーナの言う村なんてまだまだ見えないけど、道なき道を歩いてる気がしないでも、無いけどっ!

 

生きているって素晴らしいと思えるからっ!

 

 

 

 

「これが?」

 

結果から言うと。村には着いた、着けた。昼も過ぎていた。今わたし達が座って居るのは村外れの道端にテーブルを出して並べた椅子の上。

 

京ちゃんの言う通りそれはそこに居た。と、言うか───

 

なんだ?このドラゴン。

 



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ドラゴンがあらわれた

う・・・。

 

あちぃ・・・。

 

 

 

 

「これが?」

 

 

昼も過ぎていたのと、わたし達はちょっと珍客を迎え入れなければ行けないのとで、村外れの道端にテーブルを出して並べた椅子の上。

疑いの目を向けている京ちゃんの半目の視線が刺さる。向けられている主はそこに居た。

わたしはテーブルを背にそれが何かを思案する。

ヘクトルはテーブルに突っ伏して元から会話に参加してない、いつも通りっちゃいつも通りだったや。苦笑いしか出てこない。

それはいいとして、昼も過ぎているから暑いし。

パラソル無いのー?無いのか、残念。

 

「うん。そう──べヒモスだよぅ。」

白く大きな翼をはためかせる天使───じゃなかった有翼人のクドゥーナ。その彼女の目の前に黒い変な妖精?が居た。どうやら彼女が召喚したらしいんだけど。

ゲームを良く知らないわたしにはさっぱり、なんだけど?

 

「もう一度いい?えっと・・・」

 

京ちゃんの表情はあんまりに起きないから水をぶっかけられて飛び起きたみたいに目を見開いて驚いてるぽく、べひもすが相当な召喚らしいってのは理解った。

半日寝たんだから起き抜けは起き抜けだよね。

その京ちゃんがクドゥーナに覆い被り兼ねない勢いで変な妖精?べひもすとクドゥーナを交互に眺める。

 

「ベヒモス。って」

 

顔に作り笑いを張り付けてはいるものの京ちゃんにビビりまくりなクドゥーナは震える声で喋りながら、ベヒモスを指差す。

 

「俺様、偉いんだぜ。」

 

「鉱山でわたしにコクった?」

 

ベヒモスの言葉は二人にスルーされる。京ちゃんがクドゥーナを見詰めながらそう言ってから、見下ろす様にベヒモスと言われた妖精?に目を落とす。

ん?つまり・・・それって。

 

「うー・・・うん。そ、そう?たぶん。」

 

青に顔色は変わったもののクドゥーナは笑顔を崩さずに京ちゃんに向かって頷きながら喋る。

京ちゃんはわたしの隣に歩いて来るとテーブルを背にして椅子に座る。その表情は信じられないと言いたげに見えた。

 

「メニュー開いて確認したら居たの”ベヒモス”・・・」

 

にへらっと笑って頷きながらクドゥーナはベヒモスを見詰めている。

どこか、不安そうに見えなくも無いんだけど。右手でポリポリと頭を掻く彼女の態度を見るとそれも杞憂に思えるのは何故なんだろ。

 

「俺様が本気出せばこんなのらくしょーだぜっ、へへへ。」

 

 

「喋り方がおかしい、契約無しに召喚出来てる、なにより───小さい!なにこれっ。」

 

疑念を抱いたままに京ちゃんがクドゥーナに答えるその表情が一瞬の逡巡の後、ぱあっと華でも咲いた様に変化した。

ベヒモスの言葉は相変わらずスルー。

 

「ぬいぐるみが動いてるみたい。」

 

他の妖精に比べると大きい。だけども頭身が違う、違い過ぎて思わずにやけてしまうくらいなんだもん。

 

「二頭身になってるじゃない!」

 

「ぬいぐるみサイズなら町に居ようと騒ぎにならないな。」

 

こんなのドラゴンじゃ無いよ。ただのゆるキャラか、ヌイグルミじゃない。

ヘクトルの言う通り、これなら連れ歩いたって騒ぎにならない。なるわけ無い。

 

「可愛い・・・。」

 

呼び出した本人でもあるクドゥーナはベヒモスを、彼女の言う通り信じればグラクロなんちゃらってドラゴンさんの筈な、ヌイグルミ大の頭身になってしまったそれを。にへらっと笑いながら持ち上げ呟いて頬擦りした。

 

「肌はぬいぐるみじゃあ無いんだね、残念。」

 

わたしもクドゥーナから受け取ってグラクロと思われるヌイグルミの様な妖精を抱き上げた。

ザラザラしてて堅いじゃないの。うん、グラクロだ、コイツ。

 

「ね、クドゥーナ。この子も魔石で良いのかな?」

 

目の前のクドゥーナに視線を移す。困ったぽくビミョーな顔をしていた。

妖精って感じでは無いよ、ね。でもでも、召喚なら魔石がゴチソウなんだよねっ?

 

「あー、それだけどぉ。この子拒否するし、うちの召喚のはずなのに・・・還ってくれないンだよぅ。」

 

ビミョーな顔をしている理由がやっと。理解った。

グラクロだ。召喚なら還せるらしいってのは聞いてた。散々見せられてたし。

 

「退屈させんなよ、俺様はへへへ。ベヒモスだぞっ!」

 

直角に曲がった左右の角が触れば痛そうに尖って立派だった緑の牙は八重歯ほどに短くなった、この、ヌイグルミみたいなグラクロの還しかたが解らないから困った顔でイロイロ試してるみたい。

 

 

「いや、ベヒモスが肉喰うなって。」

 

わたし達はイロイロあって遅い昼食をこの道端に出したテーブルで食べてた所だった。

いつの間にかテーブルの傍に金色の瞳を爛々と輝かせてそこに居た。

京ちゃんの言う通り、クドゥーナは契約を決めたわけじゃないし、勿論召喚をしたわけでも無いのに。

顕現化して、現れた。

その瞬間を誰も気づかずに見てないから、クドゥーナの召喚の様な光を伴った召喚技術とか、そんなのを無視した現れ方をしたんだ、きっと、そうなんだ。

知らないけど。

わたしは、ってかクドゥーナ以外は召喚のイロハを解らないから、何をして契約で召喚してって理解出来ない。

しかも、コイツ、グラクロは。テーブルから肉を取って食べた。気づいたら食べてた。

そこでやっと気付いたんで、クドゥーナがメニュー画面の彼女の召喚を見て一言。『召喚してないのにぃ、召喚してるみたいなのぉ。』

 

「ベヒモスってドラゴン?」

 

もう考えるのが無駄に思えてくる、あのね。

コイツ、グラクロね、弱体化してんじゃん。可愛いけど。可愛いけど小憎たらしい口調で喚く。もう、クドゥーナに任せよう。諦めた、お姉さん。

全然ドラゴンらしさ無くなってしまったし。角くらいかな。

 

「違うと思ったんだけど、自分で竜だって言ってたしね。」

 

京ちゃんも憂鬱そう。面倒が増えたとか思ってそう。コイツ、戦力の足しになるのかな?

 

「退屈させたら、街ごと消し飛ばしてやるっ!ひゃっあははは。」

 

で、だ。口を開けば偉い、強い、俺様最強とか。ガキ大将みたいな事を延々と。京ちゃんの教育が必要と思います。

 

 

 

 

 

 

なんだ?このドラゴン。

 



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グラちゃんと子供たち

村に着いてすぐ、わたし達は村を出ることが出来なくなった。

 

 

正確に言うと都から派遣される役人が到着後、調査が終わって安全と確認されるまで、だ。

 

 

決まり、らしい。

 

 

クドゥーナに付いて、報酬を貰ってすぐに出るつもりが、役人を呼びに行くのに急ぎなので2日強、役人がえっちらおーちらっと村に来るまで4日・・・早くて4日・・・準備に手間取れば5日。調査が1日・・・2日かな?それで、合計すると、だ。

 

「10日ぁ?魔法でビューンて出来ないのっ。」

 

 

京ちゃん、朝から五月蝿いや。

作業用転移ゲートが鉱山の広場にあったらしい、けど壊れて動かないぽく。

 

 

「マップ見てよ、都までどれくらい離れてる?」

 

「むう。・・・そうね、ああ、100㎞は有りそうねっ。ったく、じゃあクドゥーナ使えばいいじゃない?真っ直ぐ飛べば、この・・・ホトネア山を避けても半日くらいで着くんじゃない?」

 

 

マップをわたしは自分のメニュー画面で、京ちゃんは京ちゃんのメニュー画面で見てみる。

サーゲートも地勢はカルガインと変わらない、大体は。

北は山で中央は草原か台地、南は森林が広がっている。

ここフィッド村も北寄りなので周りは山、少し南に降りれば草原に出て都に繋がる街道に出る。

この『少し』が半日なのか、小一時間ほどかもわたしは知らない。勿論、京ちゃんだってだ。

憂鬱そうな京ちゃんの言うルートは南に降りずに真っ直ぐ都に向かうってゆう、クドゥーナくらいしか出来ない事なのは解りきっている。翼はそこらの人には無いもの。

だけど、

 

 

「クドゥーナの速度は鳩並だし、無理っぽくない?・・・ん!」

 

 

クドゥーナの速度は速くない。

鳥とすれば遅いと言ってもいいかも。ふわふわ、ゆらゆら飛ぶのは得意でも、ビューン!ってひとっ飛びは難しい、とても・・・とても。

鳥とすれば彼女は重い。

マップから目を離してわたしは気付いてしまった。

とんでもなく、目を離してはいけなかったもの。

小生意気なドラゴンの事を。

 

 

「グラクロ知らない?」

 

 

「さぁねー?その辺に居るんじゃない。」

 

 

そんな、詰まらなさそうな、心ここに非ずっぽい投げ遣りに言わなくても。

ど、どうしよう?

 

 

 

「た、大変だよ?町中でブレスでも吐いたら、死人が出るなんて騒ぎじゃ終わらない!」

 

「ああ、面倒な!そっか、・・・そうよね。波動砲かってくらいは、破壊力、あるもん。・・・探すかー。」

 

 

そうだよぉ、面倒な事になっちゃったんだ!グラクロが居ない。

どこ行っちゃったんだ、不良ドラゴン。

京ちゃんは肩を鳴らしながらそんな事言ってるけど、ホンっトに大変なんだよ、解ってる?

 

どこ行ったんだか・・・グラクロは。

 

 

 

 

 

その頃───グラクロデュテラシーム・・・長いから(以下略)こと、グラクロこと、グラちゃんは物珍しさと、折角下界に降りたのだからと村をブラブラするつもりで凛子の目を盗み、宿を裏口から外へと出た。

それはもう今のグラクロの大きさからすれば、充分に大冒険だったのだ。

 

 

彼のドラゴンがヌイグルミの様な身にやつした姿で歩いているのは裏路地。

村は大通りに商店が立ち並び、その裏手には住民が暮らす住宅があり裏路地はそこを通っている。

ドラゴンの金色の瞳に映るもの全てが目新しいもの。

長屋ぽい繋がった家が建っている。

足元は石畳。頭上は革紐で渡された洗濯物が電線の様に窓から窓へ、手摺から手摺へと連なって干されている、ドラゴンは知らない事だが。

もうどれくらい歩いたのか、退屈に感じ始めたその頃だった。

広がっている広場に不意に出てしまった。ドラゴンは辺りを見回すが他の道は見当たらない。

 

 

一つ溜め息を吐いて来た道を戻ろうとすると、

 

「おい、来てみろよー。」

 

 

子供が駆け寄ってそのまま仲間を呼ぶ。

グラクロが見上げると、視線がぶつかってくる二つの紺色の双眸 。

 

 

「はっ、はぁっ、変なやついる。」

 

更に子供の後ろから別の子供が顔を出す。

呼ばれて駆けてきたのか、少し息を吐いて。

 

子供は5、6歳と言った所ぽく、その頬には子供の証しと言っても良い朱が浮かぶ。ドラゴンには知らない事だが。

 

 

「なんだこいつー?」

 

「───どけ、お前ら。」

 

 

子供に触れられそうになり、グラクロは躱すつもりで体を動かした、つもりでしか無かった。

口に出した直後、びたんっ!と音を立てて石畳にキスをすることになったからだ。

足が縺れた結果、そうなる。

グラクロ自体、今の体に、小さな歩幅しか無い足に馴れてはいなかったのだから。

彼のドラゴンがドラゴンのままであったなら、逆ギレだろうとこの場で街を更地に変えていたことだろう。

グラクロの怒りの沸点は低い、余りにも低い。が、低いゆえに熱も冷めやすいと言うもので、自ら起き上がる頃には、『ふん・・・今日は許してやるか。』などと脳内で独り言を唱えるほどなのだから。

 

 

 

「何だ?喋るぞ?」

 

 

 

「僕知ってる。妖精って言うんだ、小さいだろ?」

 

 

「妖精だと?俺様がベヒモスだ。」

 

子供二人に行く手を阻まれているグラクロは、考えを変えてちょこんとその場に座る。

興味を惹かれた、と言うのがぴったり来るんじゃないかな。

グラクロは自分に対して不遜な態度で迫る人間にこそ、興味を惹かれる性分ぽくヌイグルミの様な躰になっても根底は変わっていなかったから。

シェリルが、グラクロに対して取った態度は彼のドラゴンの永い悠久の時を経てなお、最初の初体験。

今、目の前で行く手を阻む子供で二回目とゆう事は、特に免疫にもなって居らずグラクロにとって物珍しかったに違いない。

幾分、グラクロを妖精と決め付けた子供には、利発さをもう一人よりは感じるのだが、それだけだ。

グラクロの興味を惹かれたのはもう一人の方だった。ガン見でじろじろ。

 

何事はともあれ愉快な、知らないことが始まる予感を感じはしていた。

 

 

「おう。偉そうな妖精、俺たち村の外に出れなくて暇なんだよ。」

 

子供は目をグラクロに落としながら上から目線で話し掛けて来る。

しばらくすると、子供は何か思い付いたぽくパチンと指を鳴らして、

 

「そうだ!妖精なら見付からずに外でれないか?」

 

 

一層爛々と輝く期待に満ちた双眸 。

ぐわっとグラクロの鼻先まで顔を近づけて。

口振りから察する所、村の外に出れなくなった為、仕方無く村の中で遊んでるぽく、グラクロとは違う意味合いで退屈に過ごしているよう。

 

 

「止めなよ、鉱山に悪い魔物が出たから外に出れなくしてるんだよ。危ないから村に人を集めるって父ちゃん言ってた。」

 

 

利発そうな子供が子供なりに必死な表情で、もう一人の言葉に反応した。

グラクロが目覚めた事で、・・・ごほんっ。子供の言葉を借りると悪い魔物と言うもので、それが子供には知らされていないがドラゴンということになれば、暴れだしたら想像も着かないとなるのは当然な考えだったのかも。

 

村の外の者は救う為に入れるが、一度入れば事が終るまで出れない。

 

王国が部族の協力的な集団でしか無かった頃からの古いしきたり・・・先人の知恵、と言うものだったのかも知れない。

少数では魔物に対抗出来なくとも、力を合わせば退治とまでは行かなくとも手痛い傷を与え集落を守る事が出来ていた。

その為に幾万の犠牲が出たとしても。

メルヴィの教えにもある───自然淘汰、と賢い人々は考えた。

増えすぎた人類を魔物が襲い、その数を調節してるのだと。

一方では、神の気紛れな試練であるとも。

 

しきたりは絶対で、子供にも守らなくてはならない決まり、そうして人は未来に人を繋げて来たのだからかも知れない。

 

 

「なんだ?真面目だなケイン。角の丘に行くくらいいいだろ、いつ行っても魔物なんて居なかっただろ。」

 

「そうね。ケインは男のくせに、怖いの?丘に行くだけって言ってるじゃない。」

 

 

どうやら、利発そうな子供の名前はケインと言うようだ。

またひょっこり子供が増える。今度は女の子で、二人より少し年上に見えるかも知れない。雰囲気だけだ、背は同じか、二人よりむしろ低かった。

子供二人の視線が女の子に集中するのを見て、グラクロも女の子を見上げる。ダメだ、シェリルの方がずっといい。グラクロはまだ幼女幼女しい女の子にはさほど興味を抱かなかった。女の子の服装が袖無しのシャツ一枚で、その丈が鳩尾迄の為に臍も出ている、シェリルの最近の普段着と対して変わらなかったからか何故か比べていた。

そもそもシェリルの服は横乳も丸見えにして首のチョーカーで布を支える類いのものなのだが、ドラゴンにはその違い解る筈も無く。

地黒というのか女の子の肌は二人に比べてかなり焼けて黒い。

小麦色に焼けるはこういった焼け方だったかも知れない。

その肌の焼けように女の子からは快活さも窺える。

言ってみればワンパク、お転婆幼女と言って差し支えは無いんじゃないか。

 

 

「・・・セフィス。ダメだよ、妖精さんからも言ってよ。妖精なら魔物が居るの解るよね?外は危険なんだっ!て、セフィスとデフックに。」

 

 

ケインは地黒の女の子───セフィスが現れたことで厳しい表情を幾分か弛めたが、危険を危険とも思わずむしろ村の外に出たがる二人を止めるのに必死は必死だった。

更に、グラクロに上から目線で会話している子供はデフックと言うらしい。

 

三人は幼馴染みで家ぐるみの付き合いもある。

家が近い事から、用事で両親が空けるとでもなると手の空いている家に預けられるのはしょっちゅうで、一つ上のセフィスはデフックやケインの面倒を物心付く前から既に見ていた程だったから幼馴染み以上兄弟未満、そんな関係。

 

 

「俺様は妖精じゃねえ!最強のベヒモスだっ。」

 

 

 

グラクロは妖精では無い、眠りについていたドラゴン。

中でも最強の、最凶のベヒモス。

そんな事をしらぬ風で蔑ろにしてくる子供達に凄んで警告する。

子供には蔑ろにしているつもりなどなく普段通りだったのだが。

その不遜な態度に興味を惹かれるのもあるが、業腹でもあるようで。

金色の瞳が睨み付ける。

人間などほぼこれ一発で震え上がり尽く跪いて来たのだ。しかし、今。

彼のドラゴンの姿は無い。

睨み付けたつもりのグラクロは、すがりつく様な瞳でデフックを見ていたのだから笑える。

 

 

 

「ベヒモスだとかいいんだよ、俺たちを外に出させてくれよ。」

 

 

そんな目ですがりつくグラクロにデフックはなんだ?こいつ。と思いながらも要求を押し付けて来る。

セフィスと口裏を合わせて待ち合わせでもしていたのか、目を通わせ肩をがっしりと組むとニカッと笑い外に出せと言いグラクロの来た道をすっと指差した。

その先には門壁があり、警備の者が忍んで外に出るものが無いか見張っているだろう。

三人は、いや村の人間全てがベヒモスを知らない。

デフックには妖精の種類の一つで、妖精の中では偉いのかも知れないなとしか思えていなかった。

見た目がヌイグルミでは、子供にはおろか大人にも同じ態度で対応されたかも知れない。

 

 

「は?歩けよ、足があるだろー?」

 

 

当然と言えば当然なグラクロの反応。

普段ならば、それで子供達は外に遊びに出れていたのだから。

 

 

「良く見るとベヒモスちゃん可愛いい。うち来ない?お古貸したげよ。」

 

 

鳶色の瞳が潤みを帯びて色めく。

セフィスがグラクロにロックオンしたのだ。

 

 

「セフィス、話変えんなよなー。丘に遊びに行こうって始めに言ったのお前だったろ!」

 

あらぬ方向に脱線した会話を立て直そうとデフックが口を挟む。

セフィスはデフックの声に魂が抜けたぽく振り返り小さく溜め息を吐いた。

が、我に返りきゅぴんと瞳に色が入る。

丘で楽しく遊ぶんだと言いたげに。

 

 

「デフック、ダメだって。退治して鉱山の魔物が居なくなるまでの我慢だよ。」

 

「鉱山の魔物?俺様がそんなのやっつけてやる。」

 

 

ケインがデフックを注意する言葉に反応したのは、グラクロだった。

 

「おう。ホントにやっつけれんのか?ちっこいの。」

 

 

目を落としてグラクロと目を交わすデフック。

見るものが見れば、その視線には嘲りが含まれているのが解っただろう。

 

 

「一発あればやっつけてやる。俺様のブレスで・・・やめっ。」

 

意気込んだグラクロがふいにモチモチとした肌の指に掴まれ持ち上げられる。

彼のドラゴンもこうなっては吃驚するほか無い。

思わず喉をついて口に出る叫び。

 

「わあ。軽〜い、ぬいぐるみみたーい。」

 

 

セフィスが、子供達がヌイグルミと言うのも当たらずとも遠からずで、今のグラクロは彼のドラゴンの仮の姿であるだけで本体は別に在った。

彼女は振り回すぽく、軽々しくグラクロを持ち上げて頬ずりする。

そして気付いた。

その時、

 

 

「喰らえっ!」

 

 

有り得ない暴挙に憤懣のグラクロはついに耐え難く、必殺のブレスを吐く、つもりだった。

 

「どうしたよ?急に怒鳴って。」

 

 

「・・・ブレスが、出せないだとぉ!」

 

しかし、虚空にグラクロの叫び声が虚しく融けて消えるだけ。

デフックとケインが訝しい表情でグラクロを見るので、掴んで持ち上げたセフィスも『ん?』とグラクロを覗き込む。

意外と長い幼女の金髪がグラクロの顔に被さるほどに。

 

 

「僕知ってる。魔法はマナが無いのに発動するわけないよ。近所のレデフさんが言ったの。」

 

「違うってケイン、マナが無いのに使えないのは俺たちで。妖精はマナの塊みたいなもんなんだろ?いらないんじゃねーか?」

 

 

レデフとやらに教えられた知識でグラクロに、他の二人に説明するケイン。

それに真っ向から反論するデフック。マナが無ければ魔法が使えない、これは人類に限られる。

更には、人類でもマナ無しに魔法を使う方法がある。

各種召喚で力を借りること。

妖精とは棲む世界が違うとか、妖精は躰がそのものマナだとか論争は耐えないが。

子供達が熱っぽく裏路地の片隅で論争した所でそこに答えは無いか、一方的な思い込みで終わってしまう。

そもそも妖精はここには居ない、居るのは退屈が過ぎてヌイグルミぽい身にやつした彼のドラゴンの成れの果て。

 

 

 

「妖精さん、妖精さん。空飛んだり、消えたり出来ないの?飛べたら丘まですぐだよ、ビューンって。」

 

 

二人の苦悩の論争は続いていたが、セフィスはそんなのどうでもいいと言わんばかりにグラクロを鼻先まで覗き込み、鳶色のどんぐりの双眸で視線を絡めてくる。空を飛んであたしを丘まで連れてってよと。

セフィスは、ぱっちりお目めのそこそこに愛らしい顔立ちだった。

実際、村一番の屈託の無い笑顔が似合う幼女と言われていた。

器量良しな娘さんになるよと。

 

 

 

「───フォルターグ!くそっ、なんでだ?」

 

 

魔導を修めているレデフとやらがこの場に居たらひっくり反っただろう。

グラクロは爆熱超大魔法を叫んだのだから。

そして、気付く。

 

妖精でその様な強力な魔法を使うのは妖精王だけだし、妖精王の大きさも山より高い。

目の前のヌイグルミ大のそれが妖精であれば知りようの無い知識。

ではそれは何か?と、得も言われぬ恐怖に纏い憑かれるのだろう。

 

 

 

「妖精さんと遊べばいい。そうだよ、外なんか行かないでもきっと楽しいって。ね?デフック。」

 

 

デフックと舌戦を、とは言うのも苦しい罵り合いに変わっていたケインは、グラクロに目を止め代案としてデフックに同意を求めた。

村の外になんか出なくても遊べるじゃないかと。

 

 

「セフィスどーするよ、って・・・解った、解ったよ。今日はコイツと遊ぶでいいって、もう。」

 

 

ケインの代案に大賛成したセフィスを、デフックが横目に窺うと幼女はもうグラクロに夢中と言った風で、子供をあやす時に彼女が使うあれこれの手管をグラクロに試していたからデフックは無意識に溜め息を吐いてこれ以上の説得を諦めた。

もうセフィスはあのヌイグルミにメロメロだな、と。独りごちる。

 

 

「ケイン、良いこと言った!あたしの事わかってんじゃん。妖精さんそう言うことで遊ぶことになったよぉー。」

 

「ケイン、デフックも。触ってみて〜。」

 

「・・・ザラザラあ。」

 

「・・・固え!」

 

 

 

「ね?ぬいぐるみみたいなのにヌイグルミじゃないでしょ。」

 

 

幼女が気付いた事とは、ヌイグルミに見えてもふもふはしてないと言う殆ど、どうでも良いことだった。

 

 

「ねー!・・・そう言えば妖精さん、名前は?教えて。」

 

セフィスの双眸がグラクロの鼻先まで近寄る。

屈託の無い笑顔でにっこり微笑み掛けて。

その声を聞いてグラクロは、特に何も考えず口を開く。

 

 

「俺様の名はっ。グラクロデュテラシームグラネジュ・・・。」

 

 

「長ーぁい。覚えられないよーぉ。」

 

 

長ったらしいグラクロの名前を聞いている内に、ケイン、デフック、セフィスはぐで〜んとだらけてしまう。

いつ終わるとも知れぬ、その延々とひたすら長い名前に堪らずセフィスがダルそうな声で叫ぶ。

すると、グラクロは金色の瞳で幼女を見詰めると、呪文を唱える様な、長い自己紹介を止めぞんざいに言い放った。

 

 

 

「好きに呼べよ。勝手にな。」

 

 

グラクロはセフィスから視線を外すと、思慮なく子供達に向かって叫ぶ。

 

 

「僕、最初の所を取ってグライクで良いと思うんだけど。」

 

「グライクぅ?グラで良くね。」

 

「じゃーぁね、グラクロのグラちゃんで。」

 

 

子供達は金色の瞳を覗き込みながら、三者三様のグラクロの呼び方を口に出す。

ケイン、デフックの言葉にセフィスは二人に交互に視線を動かすと、同じ様に口に出してから決定ね!と高圧的に目配せをした。

 

 

「グラちゃんかぁ。で、何しよう。かくれんぼ?」

 

「かくれんぼかぁ、まあいいぞ。」

 

「グラちゃんかくれんぼ解んないよねぇ?」

 

 

 

 

ケインが提案したかくれんぼをデフックが受け入れて頷くと、セフィスも受け入れたぽくグラクロを肩車すると駆け出し、何事か思い出した様に振り返ると、

 

 

「デフック鬼ね!はい、決まり。じゃ、ケイン隠れよー。」

 

 

デフックをびしぃっと指差し、ケインを促してから、また振り返ると広場の中へ駆け出す。

三人の中で“かくれんぼ”の独自ルールとして、広場から出ない。

それは広範囲に隠れては、一向に誰も見つからず鬼になってしまうと、ずっと鬼を続けなくてはいけなくなったからだ。

小さな村でさえ子供達にとっては非常に大きなエリアだったわけで。

 

 

「ちっ、すぐ見付けてやっから。」

 

 

口の端を吊り上げると舌打ちをしてデフックは壁の方に向き直り、しばらく自分がいきなり鬼にされた事に納得出来ずにブツブツと呟いていたが、すぐ見付けて鬼が変わる!どうせならあのヌイグルミを鬼にしてやる!と思い直すと顔を上げ、最初のお決まりの言葉を広場全体に届けとばかりに力一杯叫んだ。

 

 

「もういいかー?」

 

 

 

「まだー!」

 

 

 

間髪入れずに近くからケインの否定的な声が届く。

そうすると、鬼であるデフックはまた壁に向かって、ブツブツと文句をしばらく呟き、息を吸い込んで顔を上げてお決まりの言葉を空を向かい叫んだ。

 

 

「もういいかー?」

 

「まだだよぉー。」

 

 

 

今度も間髪入れずに後方からセフィスの否定的な声が届く。

三度デフックは壁に向かって不遇を訴えるように呟き、しばらく待つと顔をしかめて顔を上げるのを止めて壁に叫んだ。

 

 

 

「もういいだろー?」

 

 

様子がおかしいと振り返るデフック。

その瞳に映ったのは普段と変わらぬ広場なのでした。一方は裏路地なのだが、残りは住居、一軒屋や、長屋が建っていてこの広場には修理の為の建材や住居を建てた時の残った木材が転がしてあった。

大きな木も何本か立っている。

更には、長屋の屋上や一軒屋の二階の広場に面した部分など、鬼から見える場所も隠れ場所にしても良い事になっていた。

そんな中ハシゴが、長屋の屋根に立て掛けられているのが目に飛び込んでくる。

 

 

 

「・・・。」

 

そして、二人からの返事は無い。

ニッと笑うとデフックはハシゴに向かって駆け出した。

独り事の様に呟いて。

 

 

「すぐみっけてやんよ!」

 

 

その頃、長屋の屋上の小さな物置に隠れたセフィスとグラクロ。

グラクロは暗がりに連れ込まれて眠くなったので、ひょこひょこ歩くと物置の引き戸を少し開けて出ていこうとした所をセフィスに呼び止められて、むんずと直角に曲がった角を掴み上げられ引き戸も閉められてしまった。

 

 

 

「ぐーちゃん、出てったらダメだよ。」

 

 

角を握った手をグラクロの胴体に持ち変えて、金色の瞳を覗き込みセフィスがそう言うと、

 

「・・・そうか?寝てればいいか?」

 

 

茫洋とした表情(ヌイグルミに表情があるとしたらだが。ヌイグルミでは無いので。)でグラクロは覗き込んでくる鳶色の双眸に問い返した。

 

 

 

「寝たら、見付かった後逃げれないよ?」

 

「・・・ふん。」

 

「セフィスみっけ。グラみっけ。」

 

 

グラクロを目一杯頬ずりしながらセフィスは言い聞かせるぽく口にすると、グラクロは静かに頷く。

その時、ガラッと物置の引き戸が開け放たれ眩しい陽光が差し込んでセフィスの瞳を焼く。

満面の笑みを浮かべ勝ち誇ったデフックがその向こうに立っていた。

呪文めいて鬼であるデフックが唱える。

この言葉を耳にしたらセフィスももう隠れては居られない。

 

 

 

「あー、見付かっちった。」

 

見付かってしまったのだ。

やられたーと言いたげにぺろっと舌を出してセフィスが愚痴る。

 

 

「・・・終ったのか?」

 

「ぐーちゃん、こっち。手放しちゃダメだよ。」

 

 

光が暗闇だった物置の一角に差し込んでグラクロはセフィスを見上げ力無くそう言う。

すると、セフィスがのそりと立ち上がり物置の外に出て、グラクロをぎゅうっと抱いた。

 

「お?、おう。」

 

 

その声に、反射的にグラクロは声を上げて頷いた。

そのやり取りを見ていたデフックが溜め息を一つ吐いて、ハシゴの方に駆け出した。

ハシゴに足を掛けてまたデフックは叫ぶ。

 

 

 

「後はケインだな、すぐグラが鬼の番だ。待ってろよ。」

 

「こっち、こっち。」

 

 

ハシゴを降りて広場に出たセフィスは裏路地の方にゆっくり歩く。

広場の中心の辺りを過ぎて後ろを歩くグラクロに振り返ると、手を差し延べてにっこりと微笑みながらそう言う。

 

 

「さっき来なかったか?」

 

 

セフィスに角を掴み上げられて、グラクロが連れて来られたのは裏路地のすぐ横のへんてつの無い壁。

グラクロの言葉通り、確かにさっきまで、かくれんぼが始まる前まで居た場所だった。

三人の中で鬼に見付かってしまったら最初の場所に戻ってその時を待つのがルール。

 

 

 

「だから、ここでケインが助けに来るのを待つの。それか、ケインが捕まるのを、かな?どっちが早いでしょ、ね?」

 

 

グラクロに目を落として微笑んだセフィスがかくれんぼのルールを説明した後で、小首をコテンッと傾げて金色の瞳に訊ねた。

それには、ぶっきらぼうに首を振って答えるグラクロ。

 

「・・・知るか。」

 

「セフィ・・・ス、・・・セフィス。」

 

「───ケイン?」

 

 

 

 

 

ふいに、頭の上からセフィスの事を呼ぶ声がして、見上げるが視界に声の主を捉える事が出来ずに疑問を感じながら訊ねる。

すると間髪入れず、デフックに見付からない様にケインから囁く声が。

 

「デフック近くに居ない?」

 

「だね?居ないよ。」

 

 

セフィスはそのままぐるりと周りを見回して、傍にデフックは居ない事を確認するとそのことをケインに教える。

すると、声はするものの姿を見付けられなかったケインが、ガサガサとセフィスの真後ろに立っている木の上に姿を現した。

さっきまでは更に上の方に隠れていたみたい。

 

木の上の方は中々に葉っぱが生い茂り、隣の枝木も混ざってすぐには姿が見えないだろうからだ。

いつかは、セフィスもデフックも隠れた場所だったがケインは隠れた事は無かった。

どちらかと言えば今デフックが探しているだろう木材の隙間や建材の裏なんかがケインの隠れ場所だった。

 

「助ける、待ってて。」

 

 

ケインは木から降りようと幹を伝う蔦を掴むと一手、一歩と確認しながらセフィスに答える。

 

「ずっとそこに居たの?」

 

「ん?そうだよ。僕には登れないって・・・あっ!」

 

 

 

グラクロを離して地面に置き、心配そうにケインの居る木の上を見上げて訊ねると、軽口でも叩くぽくケインが口を開いた。

が、その時。

ケインが掴み、重心を懸けていた蔦がブチブチと音を発てて千切れる。

その一部始終を見ていたセフィスは思わず叫んでいた。

 

 

「ッ───ケイン!」

 

「なあ、何やってんだ?アイツ。」

 

「ぐーちゃん、どうしよう!ケインが落ちちゃう。」

 

 

 

重心をかけていた蔦が千切れたケインはそのまま地面に叩き付けられる・・・筈だった。

運良く一つ下の枝に、まだ短いその手を絡ませて落ちるのを何とか耐えている所。

グラクロはそれを視線に捉え、地面に視線を移す。

そしてまた視線をセフィスに戻して訊ねると、幼女は取り乱した口調であわあわと震えて視線をケインから逸らさずに答えた。

その慌て振りを目にしても変わらずにグラクロは無頓着な言葉を口にした。

 

 

「うーむ、落ちたらダメか?」

 

「怪我しちゃうよ!あたしはデフック呼んでくるから見てて。」

 

「・・・おう。」

 

 

血の気の無くなった顔をしたセフィスが唇を真一文字に組み結んで駆け出す。

その頬に熱いものを感じながら、振り返るとグラクロにウインクしてケインの方に一度視線を移すと首を左右に振って再度駆け出す。

その頃には幾条も熱っぽい滴が、幼女の小さな柔らかみのある頬をポロポロと溢れ落ちていった。

 

 

 

「ぁ・・・、ぐっ。もう、力が。」

 

「おい。」

 

「なに?」

 

「落ちたら・・・ダメか?」

 

 

 

手を絡ませて耐えていたケインから悲痛な叫び声が力無く上がる。

それを、見ていてと言われたグラクロが眺めながら声を掛ける。

間を開けて体勢を入れ替えて耐えるケインから返事がある。

すると、無頓着な言葉で訊ねるグラクロ。

 

 

 

「で、出来たらっ!落ちたくないっ。」

 

「・・・そうか。」

 

 

 

グラクロの言葉を耳にしたケインは涙声を張り上げて叫んだ。

またグラクロはポツリと呟き、ケインに視線を戻す。

 

 

「おい!ケイン、待ってろ。」

 

 

 

声はグラクロの真後ろから響いた。

グラクロが視線をそちらにやるとデフックと、少し離れてセフィス。

壁に立て掛けられていたハシゴに足を掛けてケインに振り返らずにデフックが叫ぶと決心した様にハシゴを登り、屋根に上がった。

 

 

「俺がこっちの屋根から飛び移って、引き上げてやっからな!」

 

「なあ、落ちたらダメか?」

 

 

 

 

デフックはどうやら屋根から助走を付けて、木の枝に飛び移るつもりらしい。

その距離は1・5㎡、高さは2階の屋根より高かった。

その様を見て再度グラクロが無頓着な言葉を口にする。

その言葉に反応したデフックは嘲りを含んだ口調で答えながらグラクロを見詰めていたが、ふいに真剣な顔に変わり叫んだ。

 

 

「グラ、当たり前だろ?足が折れる。打ち所が悪いと───死ぬぞっっっ!」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、メルヴィ様っ!ケインを助けて。」

 

 

 

もう掌を重ねる様に組んで、土地の神に祈る事しか出来なくなったセフィス。

 

「おいっ!今、飛ぶからな、待ってろケイン。」

 

 

「も、・・・力が、残ってないよ・・・」

 

 

覚悟したデフックの声はそれでも怖いのか震えて聞こえる。

いよいよ腕の感覚が無くなったケインが、青い顔でデフックに視線を重ねて、喉から振り絞る様にやっとで言葉にした。

その様を見てデフックはゴクリと飲み込んで駆け出す。

今のケインは気力で何とか、ぶら下がっているに過ぎないのだから。

急がねばならない。

充分な助走を付けて枝に飛び移る事にデフックは成功した。

力を振り絞ると枝を這い上がり幹を掴む。

ケインがぶら下がっている枝は、更に一つ上だった。

馴れた手付きでスルスルと木を登ってケインのぶら下がっている手を握った。

残るはケインを引っ張り上げればいい、デフックがそう思ってぶら下がっているケインを叱咤する声を掛ける。

しかし、その時。

 

 

 

「力、振り絞れっ!いくぞっ・・・あっ。」

 

 

ケインの手は力無くデフックの手から滑り落ちたのだった。

更にデフックも落ちていくケインの手を握ろうと足を滑らせまっ逆さまに。

 

 

「うやぁあ゛っ」

 

 

ケインとデフックは今度こそ、そのまま地面に叩き付けられる・・・

 

「あれ?」

 

 

事は無かった。

 

 

「なんで・・・グラ!お、お前。」

 

 

 

グラクロはふよふよと浮き上がり右手にケイン、左手にデフックを軽々と掴んでゆっくり地面に着地する。そしてまた視線をケイン、デフックの順に動かすと無頓着なあの言葉を口にした。

 

 

「だから、落ちたらダメかって言ったぞ?」

 

 

だからといって受け止めるとグラクロは言っていないのだから、ケインも落ちたくないとしか答えられないのも当然と言えば当然。

 

 

「ああ、メルヴィ様!ありがとうございますありがとうございます。」

 

 

幾条も熱い滴がその頬を滑り落ちた。

セフィスは必死に慈母神であるメルヴィに感謝の言葉を唱えて天に向かい泣いた。

自分には何も出来なかった無力を全身に感じながら。

 

 

「セフィス。御礼は俺様にだろ?おっ・・・」

 

「ぐーちゃん!ぐーちゃん!ありがとうっ、ありがとうっっっ。」

 

 

 

グラクロがセフィスに向き直り歩き出す。

必死に慈母神の名を虚空に向かい叫ぶセフィスを見て軽口ぽく訊ねると、幼女は涙を拭くのも惜しんでグラクロに駆け寄って飛び付いた。

そして、堪らず後ろに倒れたグラクロの背中をぎゅうっと抱きしめると、慈母神に負けないくらい感謝の言葉を唱えてグラクロの額、頬、口に次々と口付けをした。

 

 

「掴んだだけだけどなっ、アハハハハハっ!」

 

 

抱き絞められキスをされるまま感謝の言葉を受け続けるグラクロは勝ち誇ったぽく大声で笑い出す。

セフィスなりの最大限の感謝を表していたのだが、当のドラゴンにキスの感慨は無く、解る筈も無かった。それでも、セフィスが感謝してると言う事は理解できた。

気分が良くなって大声を出して笑い出したのだから。

 

「グラ、ありがとうな、ありがとうなっ。」

 

「グラち゛ゃん゛、あ゛りがとう、ぐすっ。ありがとう!僕、本当に。あ゛りがとう、怖か゛ったよぉおおっ」

 

「これくらいで、泣くのかお前ら。落ちただけ、そうだろ?」

 

 

 

デフックが駆け寄って来ると飛び付き泣き出す。

ケインも駆け寄り飛び付き混ざりたかったが、その力は小さな少年には残っている筈も無かった。

悔しさと喜びがない交ぜになってケインも大声で泣き出した。

そのままその場でグラクロに、感謝の言葉を唱えながら泣き続ける。

 

その様にグラクロが何も考えずに一言。

 

 

「ぐす。ぐーちゃん、違うよ。ケインは落ちた後が怖かったんだよ。痛い怪我するかも、ううん、死んじゃうかもって!」

 

 

 

間違いを解らせる様に、言い聞かせる様にセフィスは片手の手首で涙を拭いながら、グラクロの金色の瞳を覗き込んで強い口調で一歩間違えばどうなっていたか必死に説明する。

こう言う様は流石にお姉ちゃん然としていた。

 

 

「・・・落ちただけで死ぬのか?人間はひ弱だな。」

 

 

何故それほど必死になるのか解らないグラクロは素っ気なく返した。

後ろでは泣き止まない二人の絶唱が喧しく響き続けるなか。

 

 

「そうだよ、落ちたら死ぬかも知れないんだよ。」

 

「妖精はいいな、落ちても飛べるだろ。」

 

 

 

セフィスはちょっとムっとした。

感謝はするが、目の前のヌイグルミは何故か素っ気ないままで、言葉を交わせても心はやっぱり重ね合わせれ無いのだ。

セフィスとグラクロのやり取りにデフックが涙声で口を挟む。

デフックは妖精と人間の性能差を指してグラクロを羨ましがった。

飛べるじゃないか、と。

 

 

 

「お前ら、飛べないのか?」

 

 

「・・・当たり前だろ?」

 

「そうだよ?ぐーちゃん、人間は飛べるわけ無いよ。」

 

「・・・と、飛べるよ!マナは万能の力なんだ。レデフさんなら飛べるよ、きっと・・・」

 

 

 

グラクロの問い掛けに、デフックは冷やかす様に否定し、セフィスはそんなの無理だよとグラクロを覗き込んでNOと叫んだ。

しかし、真っ向から二人の答えに意義を唱えたケインは万能の力、マナを使えば人だって妖精の隣で空を飛べると力説した。

すると、デフックが同意を促す様にセフィスを見詰めて、

 

「セフィスー、お前レデフさんが飛んでるとこ見たか?」

 

「ううん・・・」

 

 

 

デフックの言葉に逡巡すると力無くかぶりを振るセフィス。

 

 

「見たことは無いよ、僕だって。けど、レデフさんがっ、万能の力だって、言ったんだ!」

 

 

 

否定的な二人を眦を吊り上げて見詰めていたがケインは意を決して口を開いた。二人に解って貰いたい、その一心で。

 

「ま、いっか。じゃ続きやろーぜ?ってグラ、寝るなよ。」

 

 

 

だが、ケインのマナの素晴らしさを説く声はデフックに、セフィスに届かなかった。

詰まらなさそうに欠伸をしてかくれんぼの続きを始めようと言い出したくらいだ。

更にはグラクロが大の字に寝転がって、

 

 

「・・・腹減った。」

 

 

 

そう言うとセフィスに視線を重ねる。

 

 

 

「あ、僕もお腹が鳴ったよ。」

 

 

 

苦虫を噛み潰したぽく顔をしかめてデフックを睨んでいたケインもグラクロの言葉に忘れていた空腹を思い出してしまっていた。

可愛く、くうーと腹が音を発てる。

 

 

「そろそろ帰ろっ、ぐーちゃんも帰る?また遊ぼーね、バイバーイ!」

 

 

 

ケインの腹の虫を聞いてセフィスがグラクロを振り返り、そう言うとデフックとケインの手を取って駆け出す。

家に帰る時は手を繋ぐのはセフィスの決めたルールだ。

こうして置けば、外から帰る時でも誰かがはぐれたりせずに家まで辿り着けるから、唯それだけなのだが。

この時ばかりは、ケイン、デフック共に頬に朱が差す。

恥ずかしいと言うより小さな少年達には、家に帰るまでのこの時が嬉しい一時だ。

だが、

 

 

「・・・おい、待て。」

 

 

グラクロが三人を呼び止める。

 

「ん?」

 

「何だよ、グラ。」

 

「動けん。何か食わせろ。」

 

 

 

子供逹の問い掛けに素直に力無くグラクロは答えた。

いつの間にか、体力切れになっていたのも勝手が解らないグラクロは気付けなかった。

 

 

「うーん・・・」

 

「いいよ、うちに連れて帰るっ」

 

 

 

渋るケインの声に、被せる様にセフィスが答えた。

その瞳はデフックの見たことも無いほど、

爛々と光輝いていてグラクロの事をヌイグルミとしか思っていないでもデフックを嫉妬させるには充分だった。

当人は嫉妬だとか解らない年頃だが。

 

 

「セフィスとこだって喰うものあんの?」

 

 

「わかんない・・・」

 

「うちならあるよ。」

 

「ケインち、連れてくぞ。いいな、グラ。」

 

 

 

子供逹のやり取りで、ケインの家に食べ物があることが解ったグラクロは少し歓喜して声に出す。

 

 

「腹減った・・・」

 

「持ってきた。朝の残りのパンだけど。」

 

 

 

 

ヌイグルミぽくセフィスに角を捕まれて一路、ケインの家に運ばれ、食べ物が用意された。

朝の残りのパンと言われて差し出された籠には大小様々のパンが10ほど。

 

「・・・むぐむぐ。」

 

「美味いか?グラ。」

 

「どう?ぐーちゃん。」

 

「嫌いでは・・・無い。」

「良かった、持ってきた分は食べていいよ。」

 

 

 

ケインの家はどうやらパン屋らしかった。

 

「・・・助かる。」

 

「こゆ時は、ね?」

 

 

 

無造作に答えたグラクロを見て、躾る様に言い聞かせてくるセフィス。

金色の瞳をぐいと鼻先まで覗き込んでパンを掴んだグラクロの手を両手で包み込んで。

結ぶ言葉に真心を込め口を開く。

 

「ありがとうって言うんだよ、ぐーちゃん。」

 

 

 

「────ありがとう?」

 

 

「そうだよ、それで、ね?」

 

 

 

セフィスの言葉を反芻するぽく、グラクロが繰り返すと軽くウインクを返して、更にぎゅっと両手に力を込めてくる。

何も知らぬ赤子にでも教える様にセフィスは又も言い聞かせ理解させる為に言葉を唱える様に紡いだ。

 

 

「食べる時はいただきますっだよ?」

 

「・・・いただきます?」

 

 

 

すると、またもや反芻するぽくグラクロが繰り返すと、

「うん、うんうん。そう、グラちゃん。あるだけ食べていいよ。」

 

 

今度はケインがにこにこ微笑んでグラクロの頭を撫でながらそう言った。

 

 

「い、いただきます。んぐんぐ。」

 

「もう無くなっちゃった。」

 

 

 

言質を取った、許しが出たグラクロは籠に入っているパンを詰め込む様に口に運び、用意されたグラスの水で押し流すとあっと言う間に籠は空になってしまう。

その様をあんぐりとデフックは声に出せず唯見ていた。

同じ様にセフィスも見ていて、グラクロが食べ終わるのを待って口を開く。

ほん少し、吃驚して。

この幼女に取っても見た目ではヌイグルミでしか無いんだから当然。

そして、躾をしなきゃとまた考えが頭をもたげる。

あたしがグラクロに教えてあげるんだと一種、使命感に近かったセフィスは、握った両手に力を込めてしきたりの言葉を口にする。

 

「でね?食べ終わったら、ごちそう様だよっ。ぐーちゃん、言ってみて。」

 

 

「・・・ごちそう様?しきたりが多いんだな、人間てのは。」

 

 

 

彼のドラゴンに取って食事をしたのは、先日が産まれ落ちて始めての経験だったのだから、誰も責める事は出来ない、そもそもドラゴンに食事など必要無く、退屈しのぎまたは手向かってくる相手を動けなくさせる手段だった。

それだけだったのだから。

 

 

「んふふ、そうなんだよ。神様に、食べ物に感謝して食事ってするんだよ、解った?」

 

 

 

解った様な解らない様なグラクロの返事に、それでも使命感を達成できたからなのか、満面の笑みを浮かべてセフィスはぶんぶんと短いグラクロの手を振り回して喜び、更に言い聞かせる様に食事に対しての心構えを説明して結んだ。

 

 

「んーむ、───解った。」

 

「良くできました。いいこ、いいこ!」

 

 

 

そんなセフィスにまんまと躾られたグラクロは感慨深けに頷いて、金色の瞳を覗き込んでくる鳶色の双眸に視線を重ねた。

すると、セフィスが小悪魔めいて微笑み、両手を離すと小脇にグラクロを抱えて片手で頭をこれでもかこれでもかと撫でくり回し続ける中、さすがにヌイグルミに対して嫉妬心を抑えられなくなったデフックが口を挟んできた。

 

 

「おし。俺は帰る、セフィスも送ってやるから帰ろうぜ。飯の準備、あるだろ?」

 

 

デフックの内心は煮えくり返る勢いだったのだが、セフィスに対してそう言って手を差し出し、幼女がデフックの顔を見上げて来ると内心を見透かされた気がして恥ずかしくなって霧散した。

ようは、セフィスの無垢な瞳に見詰められてデフックは小さな嫉妬心など、どうでも良くなったのだった。

霧散する前のデフックの心の声はこうだったかも知れない、

 

『俺でもそんなにセフィス姉ちゃんに抱かれたことねぇのに、羨ましいったら。爆ぜろ、ヌイグルミ!ああっ!俺も抱えられて頭ぐりんぐりんに撫でられてぇよっ!!』

 

 

 

「う、うん!そだった。」

 

 

当のセフィスはそんな事など露ほども知らずに、デフックの手を取り帰り支度をする。

幼女はこの後家族の夕餉の手伝いがあったのだ、母親の機嫌が斜めに少し傾いたかも知れないと逸る。

 

「んふふ、ぐーちゃん。バイバーイ、また明日遊ぼうっ。」

 

「・・・おう。」

 

 

 

ケインの家の前でにこにことグラクロに別れを告げると、デフックと共に手を繋いで家へと歩き始める。が、

 

「最後に・・・ちょっと、んふふ。」

 

 

 

名残惜しそうに振り返り、デフックの握る手を振りほどいて、ケインの家の前に佇むグラクロに駆け寄って頬ずりをすると、

 

「やっ・・・むむむ。」

 

 

 

その頬に入念にキスをした。

 

「セフィスー、行こーぜ。」

 

 

 

これを見せ付けられたデフックの内心はいかばかりのものだっただろうか?言葉にならない悔しさを歯軋りに込めて、セフィスを呼び戻す。

 

以下、デフックの心の声。

 

『ふっざけんなっ!ヌイグルミのくせにヌイグルミのくせに、俺なんかセフィス姉からもう一年もキスなんてして貰ってねぇんだよ!くっそー、羨ましい!』

 

 

 

 

 

「解った!本当に明日ね。ぐーちゃん。」

 

 

「・・・人間てのは面倒なしきたりが沢山あるが、これはこれで。・・・いいもんだ、な。」

 

 

 

デフックに駆け寄りながらセフィスはぶんぶんと手を振り、グラクロに別れを告げると今度は振り返りはせずにデフックの手を取り夕日の沈む方へ歩んでいく。幼女の温もりを頬に感じ、残り香を全身に纏ってグラクロも幼女とは逆に歩み始める。

子供逹と触れあった一日を反芻する様に思い出しながら、何度も頷き自身に言い聞かせるぽく独り呟いて。

 

 

 

「ん?どこへ帰ればいいんだ?」

 

 

 

退屈な日々に辟易していたグラクロは濃密な一日にそれでも満足し、にやにやとだらしなく笑いながら、しばらく歩いている所を、

グラクロを探していたクドゥーナに抱え上げられて宿へと帰り付くのだが。

 

「なぁにー?何か良い事あったの?そんなににやついてさ、グラちゃん。」

 

「・・・いや、何も。」

 

 

 

 

言葉とは真逆にこのヌイグルミはにやけ顔を張り付けたまま、しばらくするとクドゥーナの胸の中で小さく寝息を立てていた。

 

 

 



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バイトにはいって、わーーーー

することが無い。

 

 

超絶ないや・・・暇だーーー!

 

しなければいけないことは山積みになっているんだけど、そのためにも・・・早く役人のひと来てよー。

 

 

 

しなければいけないことは、この村で出来る事は無いのに10日も足止めを貰っちゃって、ムダに嫌な事、怖かった事を思い出す、オークの巣の事は最たるもので、あんなの来たばかりで目にしてたら、もっとトラウマになっちゃったンだろーな。

 

 

 

何だかんだで順応していっちゃってるな、なんて。

 

 

 

それこそ思い出すだけで、噎せ返る血の匂いが蘇って吐き気を覚えたり、憂鬱になっちゃうけど、さ?

 

 

この村で定宿にしている《古角岩魚の湖亭》のちょっとした食堂スペースに今、三つしか無いテーブルの一つを占拠して、朝食の並ぶテーブルの上に突っ伏してそんな事を考える。

 

 

昨日は、グラクロを探すつもりで、普通に村のあちこちを見て廻ってしまった。

 

 

村に一つの大通りには宿の食堂何かじゃなく、ちゃんとした食堂があった、革を鞣して服を仕立てる店があった、特に目ぼしいものは無かったけど生活用品なんかを取り扱う雑貨店があった、専ら農具を取り扱う鍛冶屋があった、肉や食材や野菜を売ってる商店があった、なんてゆーか。

 

 

全力で村しちゃってる、ここは。

 

 

大して街道から離れた訳でも無い立地だから、外に出られなくても10日・・・ひと月くらい・・・何が無くても騒ぎに為らない程豊か。

 

 

一方で武器は驚く程手に入らないって、ヘクトルがぼやいてたっけ。

 

 

わたしも矢を補充したいんだけど・・・武器は、矢一本に至っても役人が来るまで売れないんだって、もし足りなくなるとダメだからって。

 

 

融通利かないったら、それこそ外から運び込めばいいじゃーん・・・ドラゴン居るトコへ怖がらずに武器を納めにくる商人は、まあ、値を釣り上げて売るよね、そりゃ売り時って言ったらそうよねー、否定はしませんとも。

 

 

 

助け合い、成り立たないのかなー・・・一つ間違えば無くなっちゃう小さな村に、そこまでしてくれる商人は、居ないよね正直、はぁー。

 

 

 

深い、深ーい溜め息を一つ。

 

 

 

そうすると突然、気配が生まれて回り込まれる。

 

 

「なぁに、溜め息ばっかしてんの、よっ!」

 

 

 

なぁんだ京ちゃんかと、気を抜いた瞬間に、

 

「ッ───いつっ!」

 

 

 

鼻先にデコぴんを貰っちった。

 

 

えーと〈融幻視〉(マインドステルス)だっけ、対象からのみ姿が消えて最初から無い物と判断しちゃって、対象に触れると解除されるってゆう。

 

 

 

使い方はモンスターに気付かれ無いようにこっそり強力スキルを用意する時間を稼ぐ為・・・なんだろうけど、・・・考えれば考えるほどストーカー専用スキルじゃないの?これってさ。

 

 

監視用としては、これ以上無い優秀なスキルだと思う。

 

 

 

「辛気くさいったら、はぁはぁはぁはぁ・・・ん?溜め息じゃなければイイかも。」

 

 

そんなに溜め息ついてたのかな?京ちゃんが半目で嘲るぽく、何回も何回もわたしを真似て溜め息を吐く。

 

「な、何言って・・・痛いじゃん。」

 

 

「口ごたえする度に一発・・・トぶわよ?」

 

 

にやぁっと悪い笑顔で京ちゃんがデコぴんを構えていた。

一瞬、何をされたか解らないくらい速技で、デコぴんを今度は的確に額を叩き込んだと、その指を見て気付いたんだ。

 

 

「用があって帰ってきたん・・・」

 

「そ。そーなのよ!わたし達、暇でしょ?御手伝いってか、そうね───バイト、しよう。ね?はい、けって〜い。」

 

 

 

わたしの言葉を遮って、眦を吊り上げ爛々と瞳を輝かせる京ちゃんは勝手にバイトを決めた、決めつけた。

 

 

やる、なんて一言も言ってない、拒否権なんて無いじゃんか。

 

 

どーせ、最初から決まってたんでしょ・・・にしても、恥ずかしいから!

 

自分で歩くから!

 

 

襟首掴んで引っ張らない!

 

「えーーー?」

 

「不服?じゃぁ〜わたしのバイトと変わる?変わっちゃうー?」

 

 

 

 

京ちゃんが取り付けてきたお手伝いは、食堂のウェイトレス。

 

 

それ自体は悪くない、別に嫌じゃなかった。

 

 

京ちゃんの細い腕に握られた先にある、用意された衣装がヤだ、恥ずかしい、何コレ、胸を強調し過ぎ。

 

 

中に何か着るとしても、何で改造メイド服?

 

だってそうでしょう。メイド喫茶とかの制服っぽいんだよ。

 

 

で、だ。これを断ると、

 

京ちゃんのお手伝いと交替するかって・・・ヤな予感しかしない、よ。

それって。

 

 

 

「な、何か怖いんデスケド・・・」

 

 

恐る恐る、それとなく、訊ねてみた。

 

 

「怖くなんてナイヨ、唯のダンス踊るだけダカラ?」

 

 

唯のダンスって言うけど何かあるよね、絶対、絶対に。

 

 

 

「片言になってる!怪しい。」

 

 

態度おかしいもん。

今も、瞳を逸らして気取られないように口笛吹いてるし。

 

 

「ん?ちょぅーっち布地の少ない・・・」

 

 

「ダメじゃん!やだよ。うん、ここでいいよ。こっちやります、駄々捏ねてゴメンナサイっ!」

 

 

 

何かあった、やっぱり。

露出狂のダンスだった、ヤだよ、そんなの。

がしっと京ちゃんの掴んでた、改造メイド服を奪うぽく受け取って。

うわあ、って思いながら45°のお辞儀してゴメンナサイした。

だってだってだって!

 

布地の少ないって、京ちゃんが言うって事はホント下着かビキニだよ?そんな格好、恥ずかしくて人目に晒されながらダンスするって、それってどんなだ、罰ゲームじゃんか。

比べたらそんなの、こっちが数百倍マシに決まってる、決まってる筈なのに。

でも恥ずかしい格好って事は変わらない気がする。

 

嵌められた・・・。

 

 

「にひっ、解ればよろしい!わたしのバイト昼過ぎまで暇だからここで見物してるねっ。」

 

 

 

獲物をロックオンしたとでも言いたげに、婀娜っぽく笑う。

京ちゃんが、倒して捻り潰さなきゃ命の危険に曝されるモンスターみたくわたしの瞳に映った。

 

わたしの上げた非難の叫びは、虚しく食堂の裏の空に掻き消えていく。

 

「えーーー。」

 

 

 

 

 

 

ええ、ええ!ええ。

 

着ましたよ?

 

納得した訳じゃないですよ?

 

普段してるコルセットより1コマ、2コマ締め上げられて、一目見て解るくらい胸を強調するぽくあっちこっちから、肉とか、皮とか前面に集められて、それ全部、京ちゃんにされたんだよ・・・こんなの一人で着れないの、最初からわかってたんだよ京ちゃんはっ。

だから、必然的に胸も腰も嬉々としてる京ちゃんに触られて。

 

気付けば、メイド喫茶にでも居そうな、わたしの姿をしたメイドさんが出来上がってたってワケよ。

 

勿論───ウェイトレスなんて、やったこと無いですからして。

ミスばっかりなのは見逃してよね?

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

あっ、ゴメンナサイ!

 

料理落としちゃったよぅ、ふぇえん。

 

 

「すいませんっ!」

 

 

 

今度は運んでたジョッキを、別のお客さんに溢しちゃった。

いいよ、いいよって赦してくれたからいいんだけど、そんなのヒールこんなに高い靴、10㎝だっけ?履き馴れてないからだしさぁ、元凶は4番テーブルでグラスを傾けながらにやにや笑ってる。はぁー。

昼過ぎまで暇だからって此処に居なくてもイイじゃんね。

 

憂鬱だ。とか、言ってる場合じゃないくらい忙しい。

他にもウェイトレスは二人居るんだけど・・・妙な格好したウェイトレス、つまりわたしの姿が、珍しいからってわたしに注文をしてくるし、水のお代わりを頼まれる。

 

そんな感じで注文をとってたら、

 

「ひっ!!」

 

 

やられたっ。

下婢た笑いを浮かべた、まだ若い男のお客さんに腰をさわさわっと。

振り向いて、スマイルを張り付けたまま視線だけで、睨んでやる。

 

 

「お客様ーぁ?ここは、そう言う、店じゃ、無いので、止めていただけますかぁー。にひ。」

 

 

すると、そのお客さんの手首を逆に握ってにやにや笑ってる京ちゃんが居た。

やけに速くない?

 

 

「・・・京ちゃん・・・」

 

 

そう言う事がしたかったんだな、この人は。

だからじぃっと、ずぅっとわたしを視線で追ってたんだ・・・心強いのか、更に心配になるのは何なのか───きっとそう、普段から京ちゃんがヤバい人だからだよ。

 

 

 

「わたしが騎士(ナイト)を努めるわよ?お嬢ちゃん。」

 

 

 

男のお客さんをきぃっと睨んでると思ったら、にこぉっと微笑んでそんな事を言う。

酔ってるね?台詞に。

そうしてる間に若い男のお客さんに京ちゃんは横乳をガン見されて居た、まあ、目の前に出されたら誰でも見るよね、横乳は常に見えるか見え無いか、ギリギリの服着てるんだから、京ちゃん。

お客さんの興味がわたしから削がれたのを理解ると、自分のテーブルに帰ってくれた。

 

 

「へ、へえー、一番危険人物に見えるのはナゼカナー?」

 

 

 

どうかなー?絶対危険人物だよね。

変な台詞を吐かれてどっと疲れが出たってば。

 

「気のせいでしょー。」

 

 

 

グラスを空にして、咥わえたまま半目でニヤリと笑ってる。

ヤな顔だ。

忙しいのにちょいちょいと京ちゃんに呼ばれて、テーブルに着くと京ちゃんがすぅっと横に立ってわたしに耳打ちした。

 

「・・・それとも、スク水でウェイトレスしたかった?」

 

そんなの無い、やだ、絶対。

 

 

「むっ!」

 

小さく唸って、テーブルを離れると振り向いて、京ちゃんに睨み付けてからカウンターへ向かった。

さっきから呼ばれてるからね。

注文を受けると、笑顔で厨房(バック)に伝えるために叫んだ。

 

「今日のオススメらんち2つと、ジョッキ2つ。」

 

 

 

 

「はいっ、大黒魚のソテー、っと、ダリ鳥の照り焼きでーっす。注文はお揃いですかーっ?あ、ジョッキ足りませんでしたか、すぐお持ちしますっ。」

 

 

ハムスターよか忙しく動き廻って、締め上げられてるコルセットが擦れて痛い。

ムダに胸を強調して肉を集めてるからか、普段ならそんな事気になら無いのに少し駆けただけで胸が跳ねる、痛・・・い。

今更だけどメイド喫茶のメイドさんってキツい作業なんですね、御苦労さまです!

 

限界まで締め上げられて背骨が悲鳴あげてるぅぅ。

頼まれたジョッキを厨房に取りに行ってホールに帰ればまた、呼ばれるわけで。

 

 

 

 

「店員さーん、こっちも頼む。」

 

 

 

ジョッキをお客さんのテーブルに運んで、すぐに次のテーブルに向かう。

 

ここ、《青い蟹亭》は外テーブルとテラス席を含んで全部で10のテーブルがあり、4人掛けのテーブルが今は満席で、カウンターも6人が座って順番待ちまでしていて、天井は2階分高くて、真ん中にマナで動かしてるのか大きなプロペラぽく羽が廻って心地好く優しい風を送ってくれていた。

 

 

 

「はーいっ!すぐに伺いまーす。」

 

この店の名物になっているって言う湖や川で捕れた食材がメニューのメインで、村の人は勿論、鉱山の出稼ぎに来た人達にも愛される食堂なんだって。

 

 

 

「御一緒でよろしかったですかー?全部で500ファタルになりまーすっ!ありがとうございました〜。」

 

 

それに輪を掛けて冒険者が鮭の遡上でもするみたいに、どんどん村に入っているものだから、その影響で食堂や酒場は喧騒が耐えないみたいで、忙しさが普段の倍々になっているって店長兼シェフのザックさんが言ってたっけ。

 

 

 

「終わったらこっちもー。」

 

「これ、5番さん。こっち1番さん。で、これが4番さん。」

 

「はーい、はーいただいま伺いまーすっ!」

 

 

 

そんな、こんなで、一息着く暇も貰えないまま働いてたら、段々と客足が遠退いてお手伝いも終わる・・・そんな風に思ってたのに、

わたしがひけた後も、客足は衰えないぽく先輩ウェイトレスの二人は、いつの間にか四人に増えていて昼の人とは違う顔ぶりになっていた。

気づけば夕暮れで、外はオレンジ色が支配している。

 

 

 

 

「───疲れたってもんじゃないや。わたし、役に立ってたのかな?皿もあんなに割っちゃったし、ジョッキも落としちゃったし。」

 

 

厨房脇の従業員用スペース、小さなテーブル一つに賄いの大黒魚の焼き物とパンがトレイに乗せられてある。

退けてすぐ、わたしが渡されるまま、受け取ってそこに置いたんだからわたしの為の食事なんだけど、美味しそうな焼き物をパクつきたいのに食が進まない、ちょっと休まないと無理かも・・・丁度良い具合に、この部屋には椅子が無い変わりにベット代わりなのかな?明らかに空き箱を並べて、板でそれっぽく仕上げ、その上からシーツの掛かった寝転べるスペースが有った。

 

迷わず、倒れ込む様にそのスペースに滑り込んで天井の沁みを眺めて今日のわたしの独り反省会をしていたら、ノックが聞こえてザックさんが入ってきた。

だらしなく大の字に寝そべるわたしとザックさんの視線がぶつかる。

この姿勢じゃ不味いと思い、疲れた体に鞭を入れ、膝を立てて上半身を持ち上げて起きようとすると、ザックさんはそのままでいいからね、聞いて?と言って椅子を引っ張って座ると、

 

 

 

「はいはい、今日はありがとね!冒険者を村が集めてるから普段より人手が必要だし、客は多いしでてんてこ舞いだねえ。ホンっトありがとね。連れて来てくれたあの綺麗な姉ちゃんにもよろしく言っといてよ、食事まけるから又来てよって。ああ、まぷちちゃんだっけ?忙しさにかまけて名前もうろ覚えでいかんな!ははっ、明日も手伝ってくれたら嬉しんだけんど。どかなあー?」

 

 

「は、はいっ!伝えます。来ます、また、皿割っちゃうかもですけどいいですかっ?」

 

 

 

 

口を開いて一気に捲し立てて来た。

どうも今日の労いと、京ちゃんに伝言、それに明日も来てよって言いたくて厨房を誰かに任せてわざわざ来てくれたみたい。

わざわざって、厨房の脇なんだけどね。

間髪入れずに返事を返すとザックさんは苦笑い。

わたしは店のお皿を10枚割っちゃったしね、あは、あはは。

 

 

 

「皿かあ・・・ホドホドに頼むよ、ジョッキも。予備が手に入らなくなるかもだろ。」

 

 

「で、ですよねー、ははっ。」

 

 

 

 

 

 

ホントに布少ないんだ。

でも、凄いね、熱量が。

ああ、歌も上手いんだ京ちゃん。

何でも、そこそここなしちゃうんだったや、京ちゃんってば。

 

───あの後、賄いをパクついて食堂を出ると宿とは逆方向に凄い人だかりを瞳の端に僅か捉えて、そちらに顔を向ける、思い出した・・・そう言えば京ちゃんが終わったらバイト見に来いって言ってたや。

しゃーない、行くか・・・。

トボトボと着替えるのも忘れて夢遊病者ぽく人だかりに吸い寄せられ、そこの前に辿り着くと、1ステージ200ファタルだと、わたしよかちょっと年上かなって女の子に言われて、ザックさんに渡された今日の給金から100ファタル銅貨を二枚掴むと女の子に渡して布で出来た幕を捲り、中へ入ると何だか知らないけど大音量。

あれか、これもマナで音を限界まで上げてたりとかしてるのかも知れない。

 

きっと元は倉庫だったはずのその場所に10人掛けくらいの長椅子を横に2列、縦5列並べてライブハウスぽくして、スポットライトが眩しくステージを照らし、間接照明が仄かに倉庫全体を灯すなか、ライトに照らし出されるテカテカした、ド派手な衣装を着た女の子がキラキラと輝きながらダンスを踊っている───勿論、京ちゃんだ。

 

にしても、この見世物小屋?布で仕切って隠しただけで、ステージも板を重ねただけ?何かまるで・・・京ちゃんが口添えなんかして無理矢理用意したみたいな。

うん・・・きっと、たぶんそうなんだろうな。

衣装が京ちゃん好みだし、男好きしそうな際どい肌の露出の感じ。うわあ・・・やっぱり、気に入ってたみたいだから、手出しちゃうと思ったけど、ニクスの国では当たり前な格好だったテカテカの光沢あるカエル革の・・・ビキニ?水着だよね、エリクネーシスみたいにムダにリングや露出高くなってるとかじゃ無いけど。

でもね、京ちゃんはチョーカー凄い好きだから、チョーカーとか、ベルトに良くあるバックルとかこのビキニには付いててビキニ?ってなっちゃう。

着てみたいなんて思わないけど、ほら、子供体型だから?見てる分には凄いなーって、ね?思うだけならいいじゃん。

・・・わたしじゃまだまだスク水止まりだよ・・・はぁ、それでいい、きっと何時かはビキニとか似合う体になるもんね。

成長しろよ!わたし!

それとなく胸や腰に叱咤してみた。

 

「次がラストでーす。休憩を挟んで次のステージは────」

 

 

ぼぅっとしてた。

だからステージが終わったのに気付かないで長椅子に座ったまま、隣に危険人物が座ったのも気付く事にやや懸かって。

 

 

「見てた、見てた?」

 

ぐいっと首に細い腕を絡めてくるのは京ちゃんだ。

ステージ終りでわたしの横に座った格好はチョーカーから垂れた三本のベルトが胸を慎ましやかに覆う、ハーフカップを持ち上げ臍までのコルセットがそのカップと一体化しているボディスーツ型をしていた。

コルセット部分から垂れた二本の飾りベルトが、太股まで届くオーバーニーとを繋いで引っ張りあげている。

これぞファンタジーと言える、日常ではまず見掛けない格好。

これを作らせられたニクスの職人も苦労したんだか、京ちゃんから齎された新しいアイデアに目を輝かせてたんだか知らないけどね、御苦労さまです!

 

 

ぼぅっとしてた。だから、この危険人物が次の行動に移る刹那を解らなかった。

気付けばわたしの胸がっ!もにゅもにゅと、細い手に揉みしだかれるのに吃驚して変な声が出ちゃった。

 

「ひゃうっ!」

 

 

ステージ終りの光量抑えた薄暗い仄かな灯りの中、ふざけて京ちゃんはわたしの胸を揉み、更に耳元に口許を寄せて息を軽く吹き掛けて、わたしの様子を窺うぽく嫣然な笑みを投げ掛けてくる。

そう言うのは男子にしてあげてよ?わたし、違うんだから・・・え?ぼぅっとしてた。

だから、嫌がる声を上げて無かった。そしたら、紅い唇が。

目の前に迫って、ドギマギしちゃってすぐに声が出な・・・い。

ちゅっ!て音がして、耳に届いて、脳に響く。

ああ、うん。

口づけをされた、頬にだったんだけど、胸が、心音がおかしいくらい早鐘を叩いて口から心臓、飛び出しちゃいそう・・・やぁっ!京ちゃんに聴かれちゃう。

 

 

なんじゃっ、これ!

 

 

そんな事しといて、細い白魚の様なその人差し指をわたしの唇にそっと寄せて、

 

 

「続きは後で、ね?にひっ。」

 

 

 

いやいやいやいや、わたしはノーマルなんだ、えっと、好きになった男子だって居たんだ、うん。

近所のお兄さんとかさ、えっとそう、一年の時のクラス同じだった陰山くんとか。

うわ、自分で自分の事言い訳に始めるようじゃ重症だよ・・・このまま、いつか、流されちゃうのかな?やだなー。

男子と恋愛したいよぅ。

早く、帰りたいよぅ。

葵ちゃ・・・ん?何で葵ちゃん?違うんだから、違うっ、違うもん。

葵ちゃんは家族、そう、家族だよ?お姉ちゃん代わりだもん。

だから───って、うわわわわわっ!またっ言い訳にしてる、わたし。

普通の恋愛がしたいです、神様。

京ちゃんの傍に居て、このままこの世界に染まっちゃったら、一線越えちゃいそうで心配なんです、自分で自分が信じらンないくらい。

本能のとこの何かが、理性を飛び越えて来ちゃったら、わたし。

 

 

ううん、こんなのもう。

考えたく無いのにーやだーっっっ!

 

思案を巡らせてる間に、次のステージが始まってて、そこには綺麗な歌声と爆音を響かせて先と別の衣装に身を包んだ京ちゃん。

今、わたし、顔真っ赤だよね?熱い・・・変だな?知恵熱かなあ?そこで意識はぶらっくあうと。

 

 

 

 

 

 

次に気付いたらベットにいて、京ちゃんが腰掛けてて・・・冷たいタオルを額に乗せてくれる、わたしが目覚めたの気付いてるのか気づいてないのか。

 

 

「・・・京ちゃん。」

 

 

気持ちイイ、、、ありがとう。

 

「お、起きた?もう少しゆっくりしててよ。」

 

 

そう言う京ちゃんは着替えてる合間に、わたしの介抱をしてたぽくオーバーニーを膝下まで下げながら振り向かずにベリベリとカエル皮のオーバーニーを脱いでいく。

 

 

「───わたし?」

 

 

 

その姿を見ていて急にはっと頭が晴れて、本格的に目覚めた。

 

「・・・ここどこ?」

 

 

 

ステージ途中に熱っぽくなって確か、あ、そこで記憶ないや。

気を失ったのかも。

 

 

「今、ステージ全部終わったトコ。倉庫を改造した控え室って言えば解る?」

 

「あ───!」

 

 

 

 

「なに?急に。・・・それよか、吃驚したんだから、ね!ステージ中に倒れたから、飛び出してここまで運んだんだから。」

 

 

ふっと思い出して。

気を失う前のわたし、どうかしてたわたしを。

思わず手が頬に伸びる、熱は下がったみたいだった癖に段々と熱を帯びる。

 

急に大声を張り上げたわたしをチラッと横目に窺って京ちゃんはもう片方に取り掛かりながらわたしが倒れた後の説明をしてくれた。

 

 

「あ、あはは・・・ありがとね。・・・ごめん・・・」

 

 

つまり、それって抱っこされてここまで運ばれたのか、京ちゃんに。

そう考えると頬の辺りがカーっと熱くなるのを感じて恥ずかしくなった。

 

 

「感謝は貰っておくけど、謝らなくていいし。風邪ひいた?」

 

 

心配そな声色で京ちゃんが喋り掛けてくる。

 

 

 

「どうかなー?もう大丈夫・・・だし。えぇと・・・」

 

 

心臓、早くなる。

鼓動が、脈打つ音がどんどん大きくなる。

・・・ヤだ、こんなのは違う、違うのに。

 

「風邪のウィルスがこっちにあるかどうかも解んないしね?」

 

「あ、あはは・・・知恵熱かなあ。」

 

 

京ちゃんに応え返す声が、上擦る。

 

変だ、わたし。

 

 

「ホント心配させて、悪い子だ、凛子は。」

 

 

着替えてる途中の京ちゃんの細い腕がわたしの額に伸びて優しく撫でてくれた。───これが男の人なら、とか考えて、思考停止。

そんな事考えるとかもうヤバい!

で、視線を京ちゃんに向けて気付いて逡巡してから口を開いた。

 

 

 

「・・・はい。あ、あのね。」

 

「───ん?」

 

「目のやり場に困るかなって。」

 

「へ?コレ?あはは、このまま迫っちゃおっかなー。」

 

 

 

ずれてるずれてる、カップが。

見えてるから、京ちゃんっ、その、アレが。

ぴんく色の蕾。

笑ってから京ちゃんはカップを直し、嘯く様にそう言うとわたしに覆い被さって、

 

 

「やっ、・・・ん?」

 

 

 

フリだった。吃驚だよ!

こっちはもう変な感じにヤバいんだから。

 

 

「って、嘘。さすがに倉庫の持ち主来るって、あはは。あ、これ脱ぐの手伝って。」

 

 

 

「あ、そだね。あ、あはは。あははははは。ん、解った。」

 

 

 

二人で気まずい笑い声をあげてから、京ちゃんの着替えを手伝う。

 

コマをギチギチに締め上げた背中のベルトを外すんだ。

胸のカップに繋がるベルトを外して、コルセット部分から伸びるベルトを外して、更にコルセットを結い上げる革紐を外して手伝うとこは終了。

 

するとふいに、京ちゃんが振り返って、

 

 

「期待、───した?」

 

「うっ、違う、違うもん。」

 

 

魅惑的な瞳でじぃっとわたしを見詰めながら、溜めて意味あり気な言葉を唱えるぽく声にするから。

何でも無いのに・・・無くは無いのかな?凄くドギマギしちゃう、じゃん。

 

 

普段だったら、平気で『バカなんですか、わたし、ノーマルですからっ』って言い返せるのにっ。

何故か、そんな簡単なあしらいも出来なくて。

 

 

 

「あれあれあれ───顔真っ赤だし、普段と違うゾ、ふふっ。」

 

 

鼻先までわたしの顔に近付く、金色の綺麗なふたつの瞳。

京ちゃんの長い黒髪が頬に触れるくらい。

 

「───もしかして・・・」

 

 

 

キュッと結んだ京ちゃんの紅い唇から、チロリと艶っぽく舌が覗いて舌舐め擦りをした。

瞳がみるみる内に、色付いて嫣然に微笑んで口をゆっくり開く。

 

「───陥落しちゃった?」

 

 

 

「ううん、違う、違うもん、違うからあっ!やだやだやだっ!」

 

 

 

熱い何かが頬を伝って落ちていくのを感じる、涙の滴だとすぐに理解った。

 

泣いていた。

何故だかわかんないけど、涙ぐっじょぶ。

これで逃げられる────この京ちゃんの支配するわたしにとって凶悪なフィールドから。

 

 

 

 

 

「ぷっ、ちょっち、からかっただっけなのにナー!」

 

わたしから視線を外して、軽く吹き出すぽく笑う京ちゃんは普段の顔に戻ってて。

 

「何で泣いちゃうかなー。へ・ん・な・の!凛子ちゃんてば。ふふっ。」

 

 

おちょくる様にわたしの額で人差し指を上下に振ってから、そのまま自分の口許に戻すと何が楽しいのか、両手で含み笑いして見せる。

 

 

 

「・・・京ちゃん・・・」

 

 

 

わたし、玩具じゃないんだけどなー。

けど、思わせ振りな京ちゃんからいつもの京ちゃんに戻っててほっとした、わたしも居るわけで。

 

明日もバイト頑張らなきゃとか、もうわたしは今さっきの一連のわたしと京ちゃんの出来事を早く忘れちゃわなきゃならない!

と、必死だったのでした。

 

京ちゃんから一歩、下がって宿までの帰路もなるべく今日は京ちゃんから離れようと心に決めて歩いた。

 

 

 



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やってきた冒険者

街道外れの村への道を目に止め、山道を抜けた先に丘が見えその丘の上に件の村らしい集落が集まっている。

後は坂を上るだけと顔をあげ見上げてみた感じ、煙も上がって無いし火の手も無い、鼻孔を擽り心を燃やす、戦場特有の染み込んだ血の臭いも漂っては来ない。

 

丘の上までの坂を上がれば、ドラゴンが現れたという火急を報せた村だ。

何と言ったか───そうだ、フィッド村。

元々、湖の魚を捕るくらいの集落が鉱山が見つかってあっちこちから出稼ぎが来てる、って話。

だから給金は常の倍でる、儲け話には違いないんだが。ドラゴンの凶暴さにも依るだろう、既に村は襲われた後で、依頼主が国に移るって事になれば給金は常より期待出来ないわ、払いがあるかも解らないと来てる。

 

まだ、襲われては無いみたいで内心、ホッと胸を撫で下ろす。もう仕事は無いかもと、焦って足を運んだんだから間に合って良かったという所かもな。

 

村が無くなったら給金は当然、補償金だって国が出すか解んないのがなあ。

 

その証拠に訪れた村は平穏そのものだった。

外からは入れて、内からは外へ出さないと言う所謂、戒厳令的なものが掛かっていたとしても、だ。

 

 

「ドラゴンが居るんだから当然か、準備整えて会いに行くか。」

 

 

俺はゲーテ。日銭稼ぎに飽き飽きしてたとこに、ドラゴン退治と聞いて近隣の街から駆け付けて来たんだが・・・騒ぎになってる風にもないぞ?ドラゴンと言えばピンキリだとは思うが、ピンだろうとキリであれ、棲みかに近づける人間は限られる。

そんなもんだろ、ブレスは強力で牙に、爪にかするだけで毒やら火傷やらだ。

ただし、人に害を為すドラゴンを倒せばその者は国王から表彰を受ける栄誉が与えられる。

 

 

10年も冒険者を続けてこんなに村やら街の近くにドラゴンの棲みかがあった事なんかは無い。

ある意味チャンスである意味ピンチでもある、退治する前に村が襲われたら栄誉も何も。

栄誉は欲しいがスピード勝負になる・・・。

 

 

「酒場にでも行けば情報も耳に出来るだろ。遅れてる奴らも待たないとだしな。」

 

 

俺はぶらりと村の一つしか無い大通り───ってもこの村、この通りしか無いんだけどな。

お、あったあった酒場。

酒の匂いがまだ昼に早い時間だと言うのに近くに寄るに連れ強くなる。

避難しなかった、暇になった炭鉱夫が行き場を無くして酒でも飲んで時間を潰してるといったとこか。

スイングドアを潜ると俺とは違う種類の獣人が目に付いた、カウンターに座る蹄獣人(ギブリミス)が。

思ったより避難しなかった炭鉱夫は居ないのか空いたテーブルも有ったし、カウンターには一人。

他にはエルフ耳やら、この国じゃ珍しい魔人も酒を酌み交わしているのが目の端に映る。

大方、ドラゴン退治に集められた口か。

魔人の固さは獣人のそれとは比べないでも解っちまう。

 

 

「よう。ここ座って良いか?」

 

 

 

まあ、深く考えんでもやることをやろう。

カウンターは話の切っ掛けには持ってこいだ、空いてて助かる。

 

「お好きに。」

 

蹄獣人もチラッと俺の顔を見て、面倒そうに自分の手に収まった酒のグラスに視線を戻した。馴れてはいるが目くらい合わしてくれると良かったんだが。

 

 

「ドラゴンが出たってな?」

 

 

炭鉱夫なら当たり、違うならテーブル席を当たらなきゃな。

 

 

「・・・らしいな。」

 

 

 

 

 

 

蹄獣人の語気が弱くなる、が。当たりだ。

鉱山に出入りしてる、それか知り合いが居るか。

ドラゴンが出ようと、一般人にはそうそう伝わらないもんだ。

せいぜいが普段出ない魔物、マーダーベア辺りが出たって事にして隠すって聞いた事がある。

 

「お客さん、冒険者?地酒の良いのがあるよ、どう?」

 

 

 

恰幅のいいマスターの女が酒を薦めて来た。

好都合だ、これも情報を聞き出す切っ掛けに変えてやる。

 

 

「それでいいや、となりの・・・誰だっけ?」

 

 

 

まずは名前を聞こう、女の名前以外はどうでもいいって奴も仕事上知ってるには知ってるが、スマートな関係を築くには名前から入るべきだと、俺の持論だ。

 

 

「僕はマッガンだが。」

 

 

どうやら蹄獣人の名前が解ったぞ、マッガンと言うらしい。

気に入らないのはチラッと見ただけで視線を合わそうとしないとこ。

 

「マッガンにも一つ、それを奢る。出してやってくれ。」

 

 

 

いい関係がいい情報を引き出してくれる。取っ付きにでもなってくれれば酒の一杯、安いもんじゃないか。

 

「はーい。」

 

 

マスターは俺の顔を見て、ニヤリと何か含んだ笑いをすると、後ろの棚からグラスを二つ出して順繰りに注いでいく。

酒が注ぎ終わって俺と、隣のマッガンの前にコトリとグラスが置かれ、ここで初めてマッガンが俺を向いて視線を合わしてきて、黙って手で礼をした。いい感じだ、上手く行くといいなあ。

 

「それでよ。マッガン、村に出たって言うドラゴンの情報が欲しいがいいか?」

 

 

知ってる事を全部吐きださせてやる、なあに、手管ならいくらでもある。

こっちの仕事だって解ってくれてるのか、ドラゴンの一言に、マスターの眉根が揺れた気がしたが、口を挟んで来ないとても利口さんなマスターだね。

 

 

「知ってることなら・・・」

 

 

マッガンはチビチビと、グラスに口を付けながら思案する様に俯く。

そうそう、それでいい。

思い出せるだけ特徴を思い出して教えてくれよ。

 

 

 

「まずデカさだ、それに角の数、重要なのは古代種かどうかだ、牙の色で解る。」

 

サイズは重要な点。

いくら向かうとこ敵なしな俺でも、城ぐらいデカくなるとなあ、この仕事を考えることになるかもな、それに角は次に重要なトコだ、場合によってはそのpartyのいさかいを生む。

ドラゴンの素材はなんであれ高値で買い取られるが、最も値が張る角は冒険者が商人に言い値でフッかけられる。

それだけ優秀な素材だし珍しいものだ。

そうなると少ない場合、誰のものだとpartyのものとで奪い合う羽目になるって話。

死人が出ても普通じゃないね。

 

 

「大きさは普通って、鉱山の上役から聞いてる。角の数、牙の色なんかは解らないな。」

 

「あ、そんなもんか。バジリスクよかはデカいんだな、そうなると。ふむ・・・」

 

 

なんだよ、期待した分ガッカリだ。

サイズが普通じゃ価値は対して無いんだけど。

一年、遊べるくらいの金にはなるがな、国一つ買えるとは行かないか。

そんなの出たら、この村くらい焦土にしてなきゃおかしいとも言える。

村が残ってる時点で小物決定的なんだよな・・・

 

 

「ああ、瞳の色は金色だったそうだ。ドラゴンが出たのは地下4階の壁からだったんだってよ。奢り賃に足りたかい?」

 

 

なんて思って口ごもった俺に、マッガンは目が捲り上がる様な一言をかましてくれた。おい、それって・・・

 

「金色・・・古代種かも知れねえな、面倒な事になったぜ。」

 

 

サイズが普通でも古代種か。小躍りしなくなる、ったくよお、俺のpartyだけでもそいつは無理して退治できそうだし、おまけに稀少価値がある。

口では面倒と言ってても顔を見たらにやけてた筈さ。

俺は握りこぶしをマッガンに向けて突きだし、相手も一瞬ぎょっとしたが理解したのか握りこぶしで返してくれ、俺は口端を吊り上げてコツンと返した。

人生最上級の獲物がお宝を背負って、俺を待ってくれてるんだからよ。

 

 

「おお、そうだった。鱗は黒でツルハシを一発でへし折る。掘ってた階は違うが噂で聞いたのさ。」

 

そいつを聞いて俺はげんなりとマッガンを見詰める事になった、そいつはつまり。

 

 

「・・・そりゃ、堅いな。俗な武器じゃ歯が立ちそうに無いんじゃ無いか?」

 

 

傷をつける事も出来ないってことかよ。

 

「お前さん、虎人(ピューリー)だろ。武器じゃなくて爪に自信があんじゃないのかい?」

 

口髭を引っ張る真似をして笑い、そう言うマッガンの言葉にハッとなる。

そうだ、俺は誇り高き虎人の戦士・ゲーテ。

何物だろうと俺を形づくる先祖の血によって、牙が、爪がそいつを地べたに這いつくばらせて噛み砕き、切り裂いてきた、そうだがよ。

 

「ピューリーの爪でもな・・・限度がある。ツルハシが弱ってたってのを祈るばかりだな。」

 

バジリスクだって話に挙がるだけで、俺は見た事も無いんだからなあ。

少し、弱気になるのも仕方ないだろ?やっぱり、成り上がるにはそうとう高い壁だぜ、ドラゴンってのは。

 

「よう。ゲーテ、待たせたな。」

 

後ろで大きな音がして、背中に俺の名を呼ぶ声がする。

勿論、よく知ってる声だ。

 

「大して待ってねえは、他の奴らは?」

 

 

声に振り向くと青の革ベストに白い綿のジャガードシャツ、厚手のズボン姿の相棒でもある獣人が近づいて来ていた。

 

「ゴブリンの巣に手間取ってる、まあ明日には発つんじゃねえか。俺にも一杯。」

 

 

こいつはジピコス。もう、一年組んでる。他の奴らは更に遅れるのか。ドラゴンを相手にしようって言うのにゴブリンぐらい後に回せないのか。

ジピコスは俺の隣に腰を納めると、女マスターが声をかけるより早く俺のグラスを指差して酒を注文する。

 

 

「ジピコス、面倒そうだぞドラゴン───古代種かも知れない。」

 

 

 

言葉とは裏腹に俺はニカっと牙を見せて笑い掛ける。

 

「ぶっ、は。マジか、御決まりのブレスから外れるな。それに・・・魔法を使うんだったか、な?」

 

 

俺の反応に半分まで飲んでいた酒を、グラスに吹き出すジピコス。すぐにリーゼントの様な自らの前髪を弄りながら俯く。

付き合いの長い俺にだけ解るこいつはビビッた時の癖だ、ビビッてる場合じゃ無いぜ。

鱗の1枚でさえ、お宝に変わるんだからな。

 

 

「大昔に西の端で出たドラゴンは焔じゃなく鉄の礫を吐いたって言う。羆人(ゴーギャニル)か魔人の壁役が要るかもな。」

 

 

だが、ジピコスの言うことも最もだ、ブレスが決まったものじゃない古代種は、何を吐き出すか解らないってのは考え様によっては、ドゥームドラゴンよりも危険だからかも知れないからだ。

固い前衛が要るな、と口にすると、

 

「魔人なら、あれ、後ろに居るじゃねえか。ゲーテ、あいつを引っ張るってのはどうだ?」

 

 

俯いてビビッていた筈のジピコスはそう言って、グラスを手にそのまま後ろに向く。

その方向には店に入るときに目に止めたエルフ耳と、紫の肌の魔人。

 

「稼ぎが減るぞ、隣のエルフ耳も人間もpartyなんだろ。」

 

 

魔人が入れば自分は、ドラゴンに直接襲われないとでも思ったか?ジピコスの奴、エルフ耳と気付かない内に合流したのか人間の女まで増えてるだろ、あんなの入れたら稼ぎどーすんだ。

 

「そんなの魔人だけ引き抜くに決まってんだろ───な?ゲーテなら出来るさ。」

 

 

 

魔人だけpartyに加えて他は要らない、なるほど。

 

 

 

「ちっ、確かに。魔人だけ引き抜くってのなら一人分で済む。ふむ・・・待ってろ、行ってくる。」

 

それだけならまぁ、分け前で揉めるほどじゃあ無いか、他の奴らも納得させられるだろう。

俺にはどんな奴だろうと丸め込んできた手管が、経験と自信があった。

ポリポリと頬を掻いてカウンターを立つと舌舐めずりを一つして、魔人の元へむかう、視界にもぅ他の雑魚は写らなかった。

 

「ちょっといいかい?」

 

「ズっ・・・ヤだ。」

 

 

魔人に話しかけたんだが、返事を返したのは珍しい黒髪のエルフ耳だった。

俺が人買いのつてがあって、こいつを調教できる技でもあれば今直ぐに言い含めて調教場に連れてくぐらいには珍しいんだが、俺にはそっちの手管もつても無い、残念な事に。

 

 

「俺はこっちと話したいんだが、じゃああっちで飲み直さない?奢るよ。」

 

 

俺の声が届いてないのか、魔人はうんともすんとも言わない。

手管を振るおうとしたって肝心の相手が意識が無いんじゃ御手上げだな。

 

「もう、潰れてるわよ?いい地酒って出されて、重かったんでしょ。」

 

そう言うエルフ耳の前には空の酒瓶がずらりと並ぶ。

飲んだので解る、軽い酒とは言えなかったぞ。

 

「・・・強いんだな、10本も空けたのか・・・」

 

 

蟒蛇(うわばみ)って奴か、可愛い顔をして大の男でもブッ倒れる量をケロリと飲んでんのかよ。

 

 

「これくらいで?舐めたのと変わらないわよ。」

 

 

俺の視線と態度にもこっちを向く訳でなく、黙々と酒を飲み下していくエルフ耳と空になる酒瓶を黙って苦笑いを浮かべながら見詰める他無かった。

酒をまるで水か空気ぽくパカパカと嚥下する様は、気違いにしか思えないんだが。

違う意味で関わり合いたく無い手合いだなこいつは。

 

「ズっ・・・こんなの暇潰しよ、役人が来るまで外に出れないんじゃ、ズズズ・・・ね。」

 

 

 

暇潰し、口で言うのは容易いが、

量をかんがえろと言いたい。

村からしばらく離れられないのは解らん事も無いが、冒険者なら暇潰しにドラゴンとは言わなくても、

他の多数居るだろうモンスターでも狩りに行けば済むし、稼ぎにならない筈は無い。

冒険者なら街道側に出られないだけで、山側にはいくらでも出ていけるからである。子供の使いと言う訳でも無いんだから、門番もそれくらいは口で説明すれば、出してくれただろうにな。

酒の量に圧倒されて俺としたことが悪い癖だ、他人の事に足を突っ込み過ぎた、いけないいけない、何よりも優先すべきは魔人とのコンタクト。

 

「悪いんだけどこっちの魔人と話したいんだが、いいか?」

 

 

 

意識が無いんじゃ引き摺ってでも仕事の話の出来る様に連れ帰らないと。

酒の勢いの収まらないエルフ耳を横目に声を掛けると、

 

 

「持ってけば?」

 

 

魔人に今は興味が無いらしく快く了承して貰えた。

 

「あ、この人犬耳だ。アスカムみたいだねー。」

 

 

酒とは違う甘ったるい匂いのする、グラスの向こうから今度は人間の女が、エルフ耳に向かって俺の耳の事に触れた。

それを聞き流しながら俺は魔人の肩に触れ、起きるよう促すが起きる様子は無い。

 

 

「ズ・・・そうね。」

 

 

俺が苦労して、テーブルから引き起こした魔人を肩に担ぎ、その場を後にした後、面白くもなさそうなエルフ耳の声が俺の背中に響いた。

 

「引っ、・・・、張っ・・・、て来た、・・・ぞ。」

 

 

 

ジピコスの眉が段々と吊り上がっていくのが解り、俺は気付いていた、ああ、俺は半人半獣の姿に戻りつつあるな、と。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 

「ぜはー、・・・コイツ、重かった、ぜ。はぁー。」

 

 

魔人を空いていたカウンター席に座らせ、肩で息する俺にいくつか含みのある言葉を掛けてくるジピコス。

こんなとこで獣化(アニミテージ)してるぞ、大丈夫か?と、凄え重そうにしてるけど大丈夫か?と言う意味で、だ。

 

 

「引っ張るってのはそう言う意味じゃあ無かったんだが、ま、いいか。」

 

 

そう言うジピコスをギロリと睨みつけてやると納得した様ではなかったが青い顔して黙り込みやがる。

ジピコスはラミッド辺りじゃ一番の数を誇る獣人の端くれだ、砂ギツネ、と言ったか。

種族ではそのものラミッド族と言う、数だけで言えば国内最大最多を誇るがそれだけに混血が酷い、種族の血の誇りより安寧を望んだら結果は薄い、薄っぺらな血しか残らなかったそう言った雑多な良く居る種族だ。

獣化が進んだとこで人間より強く、ドワーフに劣るそんな弱い種なもんだから、俺の獣化の進んだ姿を見て震え上がったんだろう。

 

取って付けました的な獣耳と尾が現れ、御飾りかと思える牙と、爪しか獣化した所で、持ち合わせ無いのだから当然か。

愛玩犬よりはマシな戦闘種族って訳なんだからな。

 

「うー・・・」

 

 

 

睨み続ける俺を俯いたまま怪訝な視線を送ってくるジピコス。

言っとくが、俺は引かないからな?ジピコスよ。

そんな静かな殺気のぶつかり合いに挟まれた魔人から、低い唸り声にも寝言にも聞こえる声が洩れゆっくりと、顔を持ち上げ廻りを見回す。

 

「兄さん兄さん、奢るよ。何にしようか、辛いの、甘いの、どっち?」

 

 

その様に優先すべきはジピコスじゃあ無かったと自分に言い聞かせ、視線を魔人に動かし歩み寄る。

ジピコスの軽い舌打ちが隣から聞こえる。後で解らせてやるから!待ってろよ?

内心はジピコスに怒りをメラメラと燃やし、魔人の背に触れて介抱をしつつ、猫撫で声を装い声を掛ける。

ふいに目に止まった、魔人の背に触れた俺の手は、獣化が戻り普段の人間の手に戻っていた。

 

「軽いので・・・ぇ。」

 

 

魔人は振り向かずに、場所が移動してカウンターになっている事にも吃驚する事も無く弱々しい声を上げる。

 

 

「マスター、軽いの一杯よろしくぅ。」

 

 

魔人の背を介抱する様に擦りながら、俺はマスターを向いてそう言うとウインクをした。

視界の端にマッガンが目に止まるが、特に変わりなく静かに酒を飲んでいる。

 

 

「・・・今日は、もぅ飲みすぎた。」

 

「へへっ?まだ昼前なんだが、何時から飲んでんだよ。」

 

「朝一・・・?」

 

 

 

あのエルフ耳どれだけこの魔人に、酒を飲ませたんだよ?

 

「・・・そっか、ゾッとしないなそりゃあ!ほら、軽いのだ、飲んで飲んで。」

 

 

マスターが静かに置いたグラスを掴んで魔人に薦める。

 

「もぅ・・・飲めねぇ。」

 

「あちゃあ、しょうがない。じゃあ、仕事の話と行こう。・・・そういや、名前がまだだったよ、聞いていいかい?」

 

 

 

焦って俺としたことが、名前を聞き出して無かった事を思いだし、どう言いくるめ様か考えて居た所にジピコスが横から口を挟んできやがる。

 

 

「そうだ、あんな女しか居ないparty抜けて俺らと組まねえ?」

 

 

すると、憤懣とした怒りがジピコスへと自然と向いて、

 

 

「ジピコス・・・、任せるんじゃ無かったのか。お前がオトすんだな?どうなんだ?」

 

 

俺も驚くような低い威圧的な声がすぅと口から滑り出す。

 

「協力して丸めこみゃいいじゃあねぇの、あっちの女に負ける気なんかしねえしよ。」

 

 

俺の態度に直ぐ様、青い顔してジピコスが震え上がったんだろう、ぶるぶると唇を震わせながら目を合わせまいと必死に他所を向いて弁解しようと言葉にする。

喧嘩売るつもりなら買うんだが?魔人の事をつい忘れてギリギリと歯軋りをして、尚もジピコスを睨み続けてしまったのは失策だと言えなくもないか。

 

 

 

 

「・・・そう思うか、ハーフエルフは少しはやる。ナリで解る。」

 

 

何よりジピコスは間違っている点がある、重要なのはエルフ耳が俺より、強い可能性を考えていない事だ。

 

「ん?良く居るエルフにしか見えな・・・ッ!黒髪か。」

 

 

そう言う俺の声に、エルフ耳に視線を向けるジピコスが、やっと気付いた様に興奮して叫ぶ。

 

「ダークエルフか、人間かに因るがな。人間のハーフエルフなんかが、俺の牙と爪に敵うか?ふっ、まず負けは無いと言い切れる。」

 

 

そう、黒髪。

ダークエルフだった場合、強力な魔力に近づくのは簡単じゃあ無くなる、人間なら獣化なんてした時点で俺の毛ほども触れる事が出来ないだろうが。

万一の事は無いだろう、その証拠にエルフ耳の肌は白い。

 

「・・・お前らがー、シェリルに勝てるとはっ・・・想像できないん・・・だが。ああ、中々口を挟めそうに無かったんで・・・見てたんだが。俺の・・・名前だったらヘクトルだ。」

 

 

俺達のやり取りにすっかり気抜けしたのか、ヘクトルと名乗った魔人はぺらぺらとそれでも酒が回って苦しそうに喋ってくる。

俺もジピコスもその内容に吃驚して、合わせたようにヘクトルに目を落とした。

 

「言うなあ?」

 

「自信があるんなら兄さん、こうしよう。俺が今からあのエルフを痛めつければ───兄さんはうちの壁役に来てくれ。これであのpartyに未練は無くなるだろう?」

 

 

奮起するでなく、歓喜するでなくその時俺の頭にピーンと音がなった様に閃きが生まれた。

 

表に引き摺りだして、ヘクトルが納得するまでエルフ耳をいたぶったら、この魔人が俺の元に転がり込んで来るのでは無いか?と。

 

「・・・酔ってたっ・・・とか、言い訳に・・・すんな?」

 

「ん?ああ。」

 

 

 

自信がよほどあるのか煽るようにヘクトルは俺の提案を了承した。

さあ、エルフ耳をボロ着れに変わるまでいたぶって、公開処刑といこうじゃあ無いか。

 

その時、俺はヘクトルがくつくつと含み笑いを止めないのをおかしく思ったが、すぐに、こうやってpartyを渡り歩いて来てるんだろうと思い直す事にした。

たかがハーフエルフなど恐れるなどあり得ないからだ。

 

 

 

 



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やってきた冒険者2

ドラゴンの現れた鉱山を抱える村───フィッド村に唯一つだけの、村人や鉱山に出稼ぎに来た鉱夫達の憩いの酒場。

そのカウンター席には、蹄獣人のマッガン、虎人のゲーテ、砂狐人のジピコス、それに魔人のヘクトルの4人の客が座っていた。

 

その内の一人、ゲーテは興奮して席を立ち、あるテーブルを今から餌を狩る獣の眼でじぃっと視線を送っている。

更に、ジピコスはカウンターを背にゲーテと同じテーブルを見詰めていた、此方は下婢た笑いを浮かべていたので目的はゲーテとは少し、ズレていたとも思える。

残りの二人、マッガンはカウンターに突っ伏してクックッと含み笑いを止めないヘクトルを、ジロッと迷惑そうな顔で暫し眺めていたが、いつ終わるとも知れないので頭をカリカリと掻いて自分のグラスに視線を戻すと一気にぐいと飲み干した。

 

「そんじゃいっちょ、殺りますか!ぶちのめした後は好きにしていいんだな?ゲーテ。」

 

 

舌舐めずり混ざりに、嬉々としてジピコスがゲーテに訊ねると、

 

「俺に聞くな。」

 

 

バッサリとゲーテが答える。好みでは無いとかでなく、趣味では無いのだ。

声も上げるのが辛そうなほどボロ着れになった女と一夜を供にするなど。

 

「言質はとったからなぁ。あのエルフは俺のもんだ。」

 

 

逆に、涙ながらにボロボロになりながら、許しを乞うてくるエルフとの一夜を思いながらジピコスは熱く昂る。

そう言うとまずジピコスがゆっくりと狙い定めたテーブルへと歩みを進める。

軽く舌打ちをしてそれを追うゲーテ。

二人分の床が軋む、歩んでいく音が届くと、突っ伏したまま二割増しに含み笑いが大きくなるヘクトルなのだった。

それを聞いてマッガンは顔を覆い、面白くなさそうにマスターを見る。

すると、女マスターは黙ってグラスを研きながら肩を竦めて見せた。

店に迷惑を掛けてこないなら、私闘だとして儲けも損も無いから、係わり合いたく無かったのかも知れないかった。

 

 

「ズ、ズ・・・何よ?」

 

 

狙いのテーブルの目標の人物の肩に、ポンと手を乗せるジピコス。

それでも酒の注がれたグラスを離そうとせずに黒髪のエルフ耳───シェリルは無視をするのもどうかと思ったのか言葉だけで訊ねる。

シェリルの座るテーブルの上には既に10数の空き瓶が並んでいた。

それだけ飲んでいるにも関わらず、シェリルは酔った素振りの一つも無く、これから起こる事柄が解っている様に自然体でグラスを空にすると、空いていない酒を探して再び注ごうとした、その時だった。

 

「ちょっと表出て貰っていいかな?」

 

 

ゲーテが注ごうとしたグラスを右手で、シェリルに気付かれない様に掴み、高く掲げてお決まりの誘い文句を口にし、掲げたグラスをチャポっと音を発てて揺らす。

 

「んー、凛子譲ってあげるわよ。」

 

 

注ごうとした酒をチラリと見てテーブルに置くと、詰まらなくて堪らないと言いたげに同席していた人間の少女───凛子(まぷち)に振る。

 

「えーとぅ、わたしは嫌かなぁー。」

 

 

すると値踏みするかの様に、カウンターから歩いてこの自分達のテーブルに闖入した、二人を眺めていた凛子も視線を逸らし、シェリルをにへらと笑いながら見詰めて否定の返答を返す。

凛子ことまぷちに、獣人二人の相手は酷であろう事は解りきっていながらのシェリルの態で、どれほど迷惑に感じているかは知れるだろう。

 

「嫌かなぁー、だって。」

 

 

「・・・ざっけんな!」

 

 

シェリルにふざけたつもりはこの時点では無かったのだが、かと言って獣人の申し出を諸手を上げて受ける気も更々無い。

しかし、ジピコスはそうは取らなかった様で声を荒げると叫んでテーブルを叩く。

 

「静かにしろ、ジピコ・・・」

 

 

ゲーテが怒気強くジピコスを睨んだ横面に、シェリルが掴んだグラスから水が浴びせかけられた。

 

 

「あっ、ごめん。水飲めば直るかと思って。・・・大丈夫?」

 

 

言葉とは裏腹に冷たく笑う、シェリルの顔にはゲーテを心配する素振りの一つも無い。

鬱陶しく言い寄る相手を、バッサリ断わるのに良くやって来た手だったが、この相手には逆効果だった様で大人しく引き下がる態では無かった。

 

「あーあー、よりによってゲーテを怒らせるとかねーよ。ミンチ決定じゃねーか、楽しみたかったのによ。」

 

 

楽しみが一つ無くなったかも知れず、怪訝な顔のジピコスは後退りしながら、水を顔に掛けられたゲーテに視線を動かすと唇をぶるぶる震わせ、青の強まった顔でシェリルを指差し叫んだ。

 

「何かコントでも始めるのかしらぁ?」

 

 

 

チラリと振り返り順繰りに二人の獣人の顔をシェリルが冷たく笑ったまま一瞥すると、顎から水滴を垂らしながら固まるゲーテを見定めてにこりと微笑み皮肉を孕んだ言葉を声にする。

言い寄る手合いなどでは無さそうだと判断した上で、ある種の期待を瞳の色に浮かべて。

 

 

「い、今すぐ立って歩けェッッッ!ぶ、ぶぶ。ぶちころしてやるっ!傷みで意識が飛んでもその度に叩き起こして嬲り殺しだっ!生きている事を後悔する様にじっくり痛め付けて殺すっ!!」

 

 

シェリルの思惑など知らずに、憤懣の態で握ったこぶしから血を滴らせつつ、ゲーテが激昂して咆哮を上げ、風を生んだ叫びは目の前のテーブルの上から一切を、激しいもろもろの音を立てて叩き落とす。

奮怒も頂点に達したのか、ゲーテとは口どもる事は有り得ないのだがこの時ばかりは、違っていた。

 

 

「はぁー、ダルっ・・・最近そんな絡み方されなくなったけど、うん。決めたわ、100回殺したらぎゃあぎゃあ喚く口も直るのかしらぁ?うーん、じゃあ・・・後悔させて貰っちゃおうかなー。にひ。」

 

 

 

咆哮で生まれた暴風に曝され崩れた髪を整えつつ、シェリルは刹那の時逡巡し、悪戯を思い付いた子供宜しく、不吉な笑みを浮かべるとこれまた不吉な言葉を口にする。

そして、不吉な笑みが嘲りを孕んだ冷笑に変わる頃には暇潰しの獲物に、憐れな虎人・ゲーテをロックオンしていたのだ。

真一文字に結んだその紅い唇から、チロリと艶やかに舌を覗かせて。

 

「いってらっしゃーい。周りに迷惑かけちゃダメだよぉ。」

 

「・・・何言ってんの?見るの!居ないと100回殺せないでしょ。」

 

 

そう言って手など振って見送る態の凛子を、立ち上がったシェリルが手を伸ばし、軽くデコぴんをして逃がさない。

そうした上で激昂してぶるぶる震え、激しく歯軋りを鳴らせながらシェリルを威圧的に睨み続けるゲーテに視線を戻し、睨み合いが始まった。

 

 

「・・・はい、はーい。」

 

 

逡巡するように俯いてブツブツ呟いていたがやがて、反抗はムダと判断した凛子は逆鱗は触れないでよと、内心に秘めながら100回殺すとシェリルの言った意味を思案して思い当たる事でもあったのか途端、憂鬱そうに肩を落として表へと出る為に店の扉へと歩き出した。

 

 

「てめェらあっ!コイツの次はお前を道連れに送ってやる!寂しく無いようになぁ。」

 

 

凛子の態度と言葉をあたまで反芻し、虚仮にされたとでも思ったかゲーテは声を荒げて鼻息強く凛子を威嚇した。

その時だった。

 

 

「五月蝿いっ!」

 

 

ゲーテが気付かない内に背を取ったシェリルが放つ、左足を軸に腰を捻った右足の回し蹴りが鋭いヒールのかかとで刺さる様にゲーテの背を捉えた。

瞬間、その場から消える様に吹き飛んだゲーテは酒場の板壁を轟音をあげ突き破ると、表の大通りの舗装もされてない地べたにめり込む勢いで叩き付けられた。瞬きする遑さえ与えられなかったゲーテ当人は勿論、エルフと舐めきって居たジピコスや他のテーブルに居た客も何が起こったのか解らず暫しあんぐりと口を開けたまま世界が止まる。

 

「ぐあっ?」

 

 

痛みや、陽光で温められた地べたの感触に我に返ったゲーテがまず、驚きと痛恨のない交ぜになった叫びを上げたのを衆目の耳に届くと同時に再び世界が動き出す。

この時点でゲーテもおかしいと、尋常では無いと気付けていれば良かったのだが、背を取られた事にも気付けず唯不意討ちを喰らわされた、不意討ちで無ければこの一撃は躱していたなどとポジティブに思案を巡らせていたものだから始末が悪い。

この世界での、種族差での虎人の立ち位置を考えれば、当然そう言った答えに行き当たって仕舞うのは避けられない事だったとしても、例外があると思い付けなかった事は今のゲーテの学の無さもあったかも知れない。

ラミッド近辺には既にカルガインからシェリルと言う、黒髪のエルフの質の悪い噂が流れ着いている頃だったからである。

 

「わ・た・し・が100回相手してあげるって言ったでしょ?あっ、違った。ごめん、───殺すって言ったんだったや、てへ。」

 

 

自らが壊した板壁を一瞥すると、酒場の扉を音を発てて開け放つシェリルは猫撫で声で、しかし鈴の鳴る様な凛とした口調で歩みを止めずにゲーテを睨みながら喋って居たが、逡巡してにやあと微笑むと甘えた声になり、舌を覗かせて挑発した。

 

「細っい腕も足ももいで豚小屋に放り込んでやるぁっ!」

 

 

膝で立ち上がるとよろめきながらシェリルに睨みつけて駆け出し、不気味な笑いを浮かべてゲーテは衆目が顔を背ける様な台詞を言い放ちながら、シェリルの肩に掴み掛かろうとした・・・はずだったのだが。

 

「ああ、遅い。」

 

 

 

逆に待ち構えていたシェリルに手刀で掴み掛かろうとした掌を叩かれ体勢を崩したところ、勢いを殺せずに体当たりの体勢で突っ込んでしまった状態のままカウンター気味に肘が鳩尾に叩き込まれ、

 

 

「がああっ!」

 

 

翻筋斗打ってそのまま地面に叩き付けられたゲーテは悶えた様な叫びを一つ上げて膝立ちに立ち上がると、自身の口元に違和感を感じ手で拭う。

 

「本気出しなさいよ。耳は飾り物なの?イヌか何かでしょう?」

 

 

と同時に冷淡に笑うシェリルの明らかな挑発の言葉が口に出て、ゲーテの心の深い部分に刺さる様に響く、グサリと。

 

「ふっふざけるぬぁっ!イヌだとぉっ?俺は戦士だっ!ピューリーの英雄になる男だあっ。」

 

 

拭ったその手に血が染みていたのと、シェリルの愚弄する言葉がゲーテの逆鱗に触れた事で、呂律が廻らないほどにゲーテが憤怒する。故郷を離れてより、唯の一度もイヌ呼ばわりはされた事が無かったことから、プライドも何もない交ぜに踏みつけられた心地で咆哮を上げ、シェリルに喰い殺す勢いで睨みつけ威嚇した。

 

「いいから、戯れ言よね?黙って、わたしを後悔させて下さいませ?」

 

「み、見せてやるぁっ!俺のっ。」

 

 

戦闘種の誇りを傷つけられた上に、戯れ言と切って捨てるシェリルに牙を剥き出しにして無理矢理に獣化を急ぐゲーテの内心は本調子の俺ならやってやれない事など無いと、シェリルに未だ触れた感触すら無いのに都合良くポジティブに思案を巡せる。

 

 

「ふーん、で?」

 

 

 

シェリルもわざわざ待つような広い心は持っていない、況してや目の前の立ち塞がる敵は、蟻一匹に手を抜かず持てる限りの力で踏みつける、恐るべき狭い心の持ち主でもあったからかも知れない。

ダンっと酒場の入り口の段差を踏みつけると渾身の力で蹴り上がり、空中で体勢を整えるとミサイルキックの様に躰を畳んで凄まじい勢いのスピードでゲーテの顔面辺りを踏み抜く。

そして、ゲーテが昏倒しているのを確認すると、これで終わりではないゾと言いたげに睨み、しかしすぐににこりと作り笑いを張り付けて振り返り、壊した板壁から此方を窺う凛子を目に止めると、

 

「まぷち、ヒール掛けて。」

 

 

出番が来たよとばかりに凛子に向かってその鈴の鳴る様な凛とした口調で優しく声を掛ける。

 

「あっ、はーい。───ヒール」

 

 

一瞬、凛子も何が起こったらそうなるのか思案したが諦めてゲーテ目掛けて魔法を唱えると、キラキラと輝かしい癒しの光がゲーテの躰を包んだ。

 

少し間を置いてゲーテは起き上がると、

 

「何のつもりだあっ?」

 

「いいから、言い訳に使われない為だからっ。」

 

 

脳がぐわんぐわんと揺らされ、首が吹き飛んだかの錯覚の中、辺りを見回し憤怒の表情に変わると顔を真っ赤に湯立たせて、目に止めたシェリルに向かって吠える。すると、満足気にシェリルが言い放ち、後ろに飛び退いて距離を取ると同時に、ぶん!と音を立てて二倍ほどに肥大したゲーテの腕がシェリルの元居た位置を通過してゆく。

 

 

「血ヘド吐いて死ねえっ、エルフの分際でえっ!」

 

 

躰のあらゆる筋肉がすっかり獣のそれに変わり、牙が顎に届くとばかりに伸び、爪は鋭く鋭利な刃物の様に鈍く輝いて、何より貌が人のそれでは無くなり、虎以外に近いものが無くなる。見るものが見れば恐怖し、動揺を隠す事が出来なくなる様なゲーテの変貌、それは完全なる虎人の獣化が完了した事を示した。

ぶるると一度震えたゲーテは勝利を確信したのかニカっと微笑うと本能に従って昂り、思わず叫んでシェリル目掛け地を蹴り駆け出す。

それより疾く、シェリルは虚空を人差し指で撫でると背丈より長い得物───ウィンドスピアと名付けられた風に浮く程に軽く細い槍を取り出すと、待ち構える様に斜に構え、

 

「そうねっ、なんてゆーか、弱い、お前。」

 

 

 

宙を目前で蹴る様に駆けてくる、ゲーテ目掛けて無造作に突き立てながら呟いた。

 

「ぐぁわああああっ!」

 

 

勢い付いたまま突進していた、ゲーテは避ける術なく見事に槍の穂先を肩口に刺されて堪らず、絶叫を上げていた。

 

「何で見失うんだっ、エルフごときのスピードでっ・・・?」

 

槍を突き立てられた事よりもゲーテには腑に落ちない事があった、シェリルの姿を捉えた筈でその身を掴み取った筈の腕には肩口に悲鳴を上げる程の痛みを伴い、穂先が刺されていた。

どうにも、このエルフは腕に納まらない。

今居た位置にいつの間にか居なくて悉く攻撃は、空を切るだけ。

 

 

「早くぅ、早くぅ、ねえ?いつになったら後悔させて貰えるの?ねえ。」

 

 

乱惑の態を見せるゲーテに更に、追い討ちを掛ける様にシェリルは甘えきったしかし悶える様な声を上げて挑発をしかけつつ側面から背に回り込むと、槍を数打って突きだし振るう。

愉しくてしょうがないと言いたげに直ぐ様槍を降ろすと、唇の端に人指し指の先を咥えてくすくすと、小さく笑い声を立てながらこの世界のモノでは無い鬼神が何事か目論見を脳裏に浮かべ嫣然と微笑んで仁王立ちのままゲーテに目を落としていた。

 

 



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やってきた冒険者3

「がふっ。」

 

「まぷち、悪いけど。」

 

 

ウィンドスピアに突かれ防ぐ事も出来ないまま無数の刺し傷を負い、血を盛大に吐いて昏倒するゲーテをシェリルは、踏みつけると動けないのを確認して凛子に声を掛ける。

 

 

「あ、もう?カルガインの人達の方が歯応えあったね。───ヒール、ヒール。」

 

 

すると、酒場の客だけでは無くなっていた群集の中から人混みを掻き別けながら凛子が、ひょっこりと顔を出して倒れたゲーテを視界に捉えるとそう言って回復魔法を唱えると、癒しの光がゲーテの躰を包んで、

 

「ふざけるぬぁ、ぶちころしてやるっぶちころすっ!」

 

息も苦し気にゆらりと目を覚ました、ゲーテの瞳にはありありと憎悪の色が染め上がっていき、一息に息を吐いて身を屈めると渾身の力で地を蹴って悔恨の叫びを散らせながら、視界に捉えたシェリルに向かって飛び掛かる。

 

「口だけはよく囀ずるの、ねぇ。」

 

身を屈めたゲーテを見定めると余裕たっぷりに嘲笑も含んで言い放ち、シェリルは即座に直線的な攻撃を予測してダンっ!とウィンドスピアを、地に叩きつけぐっと力を込め横っ飛びすると、後追いするかの様にゲーテがそこへ突進を仕掛ける。

空中で上手く宙を蹴って、横っ飛びしたシェリルを追ったものの、またもや渾身のタックルは決まらない。

 

「どこだあっ。」

 

 

見失ったのかゲーテがタックルの構えから振り返り、辺りを見舞わすがシェリルの姿は無く、焦った様に上ずり声混じりに叫ぶ。

 

 

 

「上よ!」

 

返事は意外なところからした。

ゲーテの真上に華麗に舞い上がったシェリルが女王蜂宜しく勢い良くゲーテの肩に鋭いかかとから舞い降りる、スタンピングニードルを見舞った。

真上で声がした時には既にゲーテは、肩に激痛を覚え勢いに任せて両腕を振りまわすと、距離をとりシェリルを目で追った。

 

 

「ゲーテ、本気出せよ?そんなもんじゃねえだろ?」

 

「ジピコスっ・・・てめェからぶちころしてやるぞっ、黙ってろ!」

 

苦戦するゲーテに苦言を浴びせる声の主はジピコスだ。

開け放たれたままの酒場の扉にもたれ掛かったまま、誰を見るでもなく明後日の方向を見詰めながら喋り続けている。

普段の様に獣化したゲーテが、一方的にエルフをぼろ切れになるまで刻んで勝利すると思っていた彼に取って、ゲーテの散々足る負けっぷりに合点が行かないと言ったところ。

だが、本気中の本気で掠る程度も触れられないで苛立つ、ゲーテはジピコスを睨みつけ、威嚇する様に叫び散らす。

 

「おお、怖あ。だがよお、ゲーテよ。見ててみっともねえったら、手助けしてやろうか?」

 

一発当たりさえすれば、と考えるのは何もゲーテだけでは無い、ジピコスもその考えだった。

エルフの割りにホビットの様にすばしっこいだけで、シェリルのその身は見るからに細く弱々しく、ゲーテの腕の3/1に充たない腰などジピコスの蹴りでも当たればバッキリ行きそうに思っても仕方無い。

ただし、遠巻きに見ていても余裕たっぷりに笑うシェリルは、とても死力を尽くしている様に見えずまだ実力を出しきっていない気もして、そこだけはジピコスも内心判らずやってみなければどうしようも無い、だがそれでも、連れ添い、供に人生を歩んだゲーテがこのまま嬲り殺されるか、みっともなく負けるのは大人しく何もせずに見ていられる訳がなかった。

 

「そうねぇ。二人なら酔い醒ましになるかも、どぅぞ。お仲間さん。」

ジピコスが苦心しながらもゲーテを助けようと考え一石を投じたと言うのにシェリルはと言うと、酔い醒ましと言い放った。そもそも酔っている風情でないシェリルに何を醒ます必要があったのだろう、それはシェリル本人にも解らないこと。

唯の挑発だったのだし、ゲーテだけではどうも足りないのだ、カルガインでも度々因縁を受けて相手をすることがあったが、オークやゴブリンを追い掛ける様な冒険者ではシェリルを昂らせるには至らなかった。

 

例えば、塔を10階まで踏破したレットと手合わせすれば10合する頃には腕が痺れ、お互いに致命傷を与える訳でも無いのに自然と息が上がり、シェリルの方が幾段攻め込んでいても恐怖を感じる瞬間はあった。

切り、傷つけ、血塗れになりながらもレットの斬り返しを剣で受ければ重く、凌ぎ切れず跳ばされる。

 

種族差を埋めて余り有る濃い経験がゲーテには、足りない。

ラミッドを離れ、カルガインに10年過ごして居ればシェリルも余裕は消えて、笑い顔も違う意味を持ったものだったかも知れない。

 

「おほ、いいねぇ。てわけで、ゲーテよ!いつもの連携だ解ったか!へぼリーダーさんよおっ。」

 

ジピコスがそう言って群集の向こうから姿を現すとゆっくり歩いて酒場の段差を降りゲーテに近寄る。

その手には刃渡り30㎝程のダガーが握られ、ジピコスが使い込んだ相棒とも言えるそれは鈍く輝いて、良く磨かれ手入れされている様にも見える。

 

「ジピコス・・・命が要らねえのか?」

 

長く人生を供に歩んだ戦友の参戦に、言葉とは裏腹にニヤリと笑うゲーテ。

一人でダメだろうと、ジピコスが隙を生んでくれさえすれば、いくらか勝機はあるだろう、いや必ず小生意気なエルフ耳を這いずらせて命乞いをさせてやる!

どこまでもゲーテは、ポジティブだった。

 

「いくぜぇっ!」

 

掌の中のダガーを眺めていたジピコスが息を整え、改めて握り絞ると顔を上げて、シェリルに向かい眦を決して叫ぶ。

それが合図だった、しかし。

 

「げぇえっ!」

 

悠長にシェリルは待ってくれない、次の瞬間にはジピコスの隣に立ち、顔の横で指を動かしながらにこりと、追加でウインクも。

それを見たジピコスは戦慄した。

そして、いきなり衝撃を伴い軽くなって浮く感覚、次に自らの瞳に映ったのは宙を跳ぶ自らの脚。

ジピコスには全く解らなかっただろうが、瞬間的にドン!っと重心を左足に置いて腰を捻ってそのまま右足を振り抜き。

回し蹴りを叩きつけられたジピコスは何が起きたか解らず、躰をくの字に折り畳まれ不意を突かれたゲーテを巻き込みながら、向かいの商店へ突っ込んだ。

 

「ぐおおっっ。」

 

物凄い勢いで宙を飛び、目の前に迫るジピコスの背に驚愕して固まり恐怖の叫び声を上げるゲーテ。

そして、飛んできたジピコスに捲き込まれ折り重なるように吹き飛び、やはり向かいの商店へ頭から突っ込む。

 

それを見て咄嗟に顔を覆って頭を振ったシェリルは、ふん・・・と軽く嘆息をつき、壊した商店へどのくらい弁償しようかと、そんな今はどうでも良い事を考えていたのだが、顔を上げ崩れて土煙を上げる商店へ視線を移すと叩き込んだ二人がぴくりとも動かないことに気付き、

 

「二人にヒール掛けて。」

 

日差し代わりに額に手を着け、群集に混じって傍観している凛子の姿を目に止めて冷ややかな刺さるような声でそう言った。

憂鬱そうに溜め息を一つ吐くと凛子は、人差し指を頭上に振り上げヒールを唱えると、キラキラと輝いて癒しの光りが二人を包む。

 

 

「てめ・・・」

 

「ち、チクショウっ!」

 

すると、頭を振って起き上がるゲーテ、ジピコス。

思い思いの言葉を口にして振り向くとシェリルを視界に収め睨み付け、その内ゲーテはぐんっとその場で地面を踏みつけ蹴って飛び上がり襲い掛かる。

 

しかし、シェリルが少し早く手にしたウィンドスピアを、棒高跳びの要領で地面に突き刺しその勢いで、宙に舞い上がり片膝を畳んでゲーテの横面にかかとを食い込ませる、とある仮面ヒーローのキックにも似た単なる飛び蹴りをカウンターでお見舞いすると、唾液を撒き散らしながら吹き飛ぶゲーテの影から、ジピコスがにんまりと下婢た笑いを浮かべて、逆手に握り締めたダガーを振り上げていた。

ゲーテに掴まれたまま隠れてチャンスを伺ったジピコスも、ゲーテ当人もここまで完全に不意を突いたらさすがに一発お見舞い出来る!確実に!と思われたが、ぐるんっと空中で躰を翻したシェリルの回し蹴りを逆に鼻先に叩きつけられ、隕石の様にも、ミサイルの様な勢いで地べたに突き刺さる。

曲がりなりにも生命力に溢れる獣人だからこそ、こんな目に逢いながらも死ねずに、生きて苦しみを味わい続ける事になっているのだが。

 

「面倒だから、倒れる度にヒール掛けたげて?」

 

そう言って地面に刺していたウィンドスピアを引き抜くシェリルの後ろには土煙と、頭から地面に叩き付けられのびているジピコスと、唯の飛び蹴りを喰らっただけなのに妙に所々焦げているゲーテと、勿論二人は気絶していて、目も真っ白。

だが、まだ残酷な処刑タイムは終わってはくれない様で、気絶して動かない二人を確認すると、凛子は面倒くさそうに事務的にヒールを唱える。

すると何度も同じ事をしている気がしたが、癒しの光りがまたしても可哀想な生け贄を起き上がらせてしまう。

ふらふらと立ち上がるジピコスと、ゲーテの目には色が戻っていた、赤黒い憎悪で埋め尽くされて。

もうこの頃には、こんな面倒事をなんでやってるのか?と後悔を始めてはいたのだが、冒険者を続けて初めての挫折感よりも、未だ怨みの念の方が何倍も勝っていた。

勢い良く息を吐き出すとジピコスが駆け出し、ゲーテが飛び掛かる。

次の瞬間にジピコスとゲーテの、その視界に飛び込んで来たのは恐るべき速さで繰り出される、言うなれば一本の槍で作り出された槍襖。

 

冷淡な笑いを張り付けたままシェリルは苦し気もなくそう言った事をやってのけた。

ジピコスは踏み留まったが、ゲーテは勢いが殺せず必死に、槍襖を逆に飛び越えようと宙を蹴り避けようともがくもシェリルの生み出す快速の槍襖はその動きに合わせて当たり前だが移動する。遂には、矢の的に一斉に矢が刺さるが如く槍襖の餌食となった上、断末魔を上げて昏倒するゲーテをウィンドスピアの穂先に突き刺すと、ジピコスににこりと微笑いかけ、

 

「ねぇ、ゲーテとかジピコスとか言ったかしらぁ・・・いつになったら後悔させて貰えるの?ねぇ、ねぇ、ねぇ。」

 

鈴が鳴る様な凛とした口調でそう言うと、ゲーテをジピコス目掛け投げ付けそのままシェリルはジピコスに向かってロケットの様に駆け出した、その顔は正に狂気を具現化したようで。

ゲーテがジピコスに交差する刹那、叫ぶ!叫ぶ!叫ぶ!

そして何度も何度でも槍を繰り出し突き刺す。

 

「あー、ダルい。・・・ヒール。ヒール、ヒール、ヒール。」

 

凛子の魔力量(MP)もそう多い訳では無い、それでもシェリルの暇潰しに荷担しているのはどうしてなのか思案するが、やっぱり考えは纏まらずいい答えも出ないから従って辺り構わずヒールを連発して尻餅を突く。

そろそろシェリルに満足して欲しい凛子だった。

 

ふらふらと起き上がって来るものの、ジピコスには既に戦意が感じられない、息も絶え絶えだ。

ジピコスの態度からも相当、ゲーテがマシに頑丈な方だと理解出来るだろう、強いか弱いかは別としてゲーテは頑張っている部類と言えなくは無いのかも知れない。

 

そのゲーテの起き上がって息を整え様と息を吐き出した瞬間には、駆け寄ったシェリルが左足を振り上げてかかと落としをゲーテの脳天にお見舞いすると、ゲーテの躰はまるでゴム毬の様にバウンドして後方の先ほど壊した商店とは違う店へ飛び込む。

見当違いだったか焦ったようにも見えるシェリルは店へ飛び込む様に駆け込み、ゲーテを引きずり出すとゴリっと言う音を立てて這いずるその頬を踏みつけて、

 

「そろそろ生まれ変われたの?」

 

そうゲーテに向かって訊ねる、どこか狂気めいて悪魔にも見えるシェリルの表情に、その貌に、衆目からも震えあがる声がちらほら上がった。

 

「ヒール」

 

その悲鳴にも似た群集の叫び声を聞きながら、凛子は事務的にゲーテに回復を唱える、シェリルにも暇潰し以外にも考えがあるんだと思う努力をしながら。

 

「腕も足ももぐんだっけ?」

 

尚も、ビクンビクンと痙攣するゲーテを、ゴミでも見るかの如く蔑んだ視線で見詰め白眼になったゲーテの横面を踏みつけて、訊ねる様に叫ぶ。

 

「ヒール。」

 

そんな声が聞こえてくると、いや、やっぱり京ちゃん(シェリル)は何も考えてないかも知れないと思いながらも言われた通り動かない、ジピコスを回復することにして思考は棚上げする凛子。

 

「あが、あがぁ!くそ、何でだっ。」

 

 

すると、我に返ったゲーテが唸り声混じりに、顔を踏みつけるシェリルをギロリと睨み付けながら声を上げる。

 

「弱いから?」

 

ゲーテの声に被り気味に、横面を踏みつける力を緩める事無くシェリルが呟く。

ギリっ、ギリっと耳元で嫌な音がしてゲーテはこの日何度となく味わった、気絶・・・ブラックアウトにまた引き込まれてしまった。

 

「ヒール。」

 

もうお昼何だけどな、早くご飯食べたいな等と最早、目の前の出来事から目を逸らしてしまいたくてしょうがない凛子はそれでも、白眼を剥いて魂の抜け欠けているゲーテにアレを唱える。

 

「お、俺はもうっ。許してくれっ。」

 

 

道端に転がるゴミでも扱うかの様に蹴られ、踏みにじられるゲーテを見て敵わないと思ったのか、悔しさ混じりに叫ぶジピコス。

 

 

「どの口が言うの?」

 

しかし、ジピコスが喧嘩を売ったのはシェリルであり、退屈を持て余し過ぎてどんな些細な事であろうと暇潰しに徹底的に最後までやると決めていた、生半可な命乞いなど右から左へ受け流されるだけでしか無い、つまり日が悪過ぎたのだ。

視線を絡めてくる情けない顔をしたジピコスに駆け寄ると右手でぐいと、ジピコスの上体を反らしてまるでサッカーボールでボレーシュートでもする様な動作で、シェリルは体を浮かせて右足でジピコスの顎を脚の甲で捉え、変則的な飛び蹴りをお見舞いする。

 

「ヒール。」

 

いつまでやるのー?ほら、お腹の虫も鳴いてるよー?凛子が、そうは思うものの嘆息ついて回復魔法を唱える。

シェリルは命乞いまでしているジピコスをまだ聞く耳持たないと斬って捨てるのだから、まだ終わらない。

 

 

「もう、歯向かわねえっ。」

 

「だから?・・・ねえっ?」

 

もう起き上がってくる生気も、気力もジピコスには無い。

涙混じりに天に向かって吐いた言葉はしかし届け容れては貰えなかったようで、ゆっくりとジピコスに歩み寄りながらシェリルは冷たく言い放つとにこりと微笑い、空き缶でも蹴る様なモーションで不様に転がるジピコスのわき腹に、抉る様に捻りを加えた右足からのPKシュートが突き刺さった。

苦悶の顔で固まり失神するジピコスに目を落とし中途半端な白旗は認めない!そう言いたげにペッと唾をジピコスの顔に吐くとゲーテにした様にギリっギリっとかかとで踏みにじりながら叫ぶ。

それを見て群集からは悪魔、もう止めてと声が上がってもシェリルは聞き入れる様子がない。

まだ足りない。

 

「ヒール。」

 

こうなると群集からも凛子にも視線が集まり始め、針の筵に思いながらもシェリルの気が収まらないまま止めてしまうと今度は、凛子が餌食にされかね無いのでじわりじわりと場所を移動しながらヒールをゲーテに掛ける。

早く終わって、の一心で。

 

「生まれて来た事そろそろ後悔した、・・・ねえ?」

 

今度は息を吹き返して呼吸を整えるのにも必死な、ゲーテに艶然とした表情でゆっくり歩み寄ると股関節を思い切り蹴り上げて、さも嬉しそうに嬉々として訊ねる。

 

「した、───だからっ。」

 

呼吸が定まらない中必死の形相で、シェリルを睨み付けながらのゲーテのその言葉には納得が行かない様に一息嘆息を吐くと、先ほどと同じモーションで股関節を蹴り上げる。

すると、ビクンと大きく震えて、ゲーテはまたもブラックアウトしてしまった。

シェリルが股関節を蹴り上げる度に群集の特に男から絶叫と言える悲鳴が聞こえ、もういいだろとか、今のでソイツ人生終わったよとか、お前は鬼か!等と口々にシェリルを非難する声に変わり始めた。

 

「ヒール。」

 

それでも残酷なお仕置きは終わってはくれない。

凛子からヒールを受けて呼吸が戻り、意識が目覚めると何事かゲーテが声にならない声を吐き出す。

 

「んー、解らないわ。」

 

 

ジピコスに続き、ゲーテもヒールを受けても身動きを取る事が出来ない、なぜなら休む暇無く蹴られ、踏みにじられるからだ。

幾分頑丈だろうと、回復を受けて半死半生だろうと、隙一つ作れないでいる。

情けない事だが、勝機が見えないのでは暴風の様なエルフの得体の知れない怒りが過ぎ去るのを待つ他無い、そんな考えにゲーテは至っていた。

そして、微睡みをたゆたう様な意識の薄い中、シェリルの嘲るような声が耳に響き、背と左頬に巨大な鉄の塊でもぶつけられた様な衝撃を受け、しつこいぐらいに昏倒するゲーテ。

 

摘み上げられて朦朧とするゲーテの背に左足で中段蹴りを叩き込み、返す反動の威力を加えて左側頭部を狙って上体を反らすYの字を、シェリルが自らの体で表した上段蹴りを叩き込むコンビネーションキックが炸裂したからだった。

 

 



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やってきた冒険者4

─唯

 

─ひたすら無慈悲に蹴られ

 

─不様に踏みにじられ

 

─嵐の様な

 

──拷問の様な

 

─いつ終わるとも知れない

 

─死闘が続けられている。

 

─総ては

 

 

─黒髪の性悪エルフの腹積もり一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒール。」

 

「俺が、悪かった!」

 

「ヒール。」

 

「すいませんでしたっ」

 

「耳は飾り物なのねえ。」

 

「ヒール。」

 

「どうすりゃいいんだあっ。」

 

「ヒール。」

 

「ヒール止めろぁっ、くそがっ!」

 

「ヒール。」

 

 

楽になれたと、気絶しても、ヒールが事務的に唱えられ無情にも意識が覚醒する。

そして又、土を踏み歩み寄る音が耳に届き、脳に響き。

その度に何らかの蹴りや、殴打で気を失う、全く楽になれないエンドレス。

 

ふぅ・・・と嘆息を吐いたシェリルの眦が吊り上がると、蹴り飛ばして地面に転がったゲーテに歩み寄って引き起こし、

 

「あー、やっぱり飾り物なんだ、じゃあいらないわね。」

 

凛とした口調でそう言うと、シェリルの空いているもう片方の手で、ぐいと摘み上げられる虎の獣耳。

そして、意識の朦朧としたゲーテの脇に宙で溜めた渾身の膝蹴りが打ち込まれて、ゲーテは低い唸り声と共に何度も味わった気絶を再び味わい、地面に崩れ落ちた。

 

「ヒール。」

 

もう反芻する様に事務的に凛子は、目の前でゲーテが崩れ落ちた度にヒールを唱える事を強いられている、シェリルが睨み付けてくるとかでは無いのに意識の底で、今逆らったらヤバい・・・と自縛している様なそういった感覚にも似た。

 

「反省したっ、すいませんでしたっ。」

 

「だから?何よ?」

 

「ヒール。」

 

意識の戻ったゲーテが歯軋りをしながら、絞り出す様に眼下で叫ぶのを、シェリルは意地悪く訊ねて返答を待つ素振りも無くギリリと嫌な音を立てて踏みつける、気絶するほど。

すると、凛子がヒールを唱えて再びゲーテの意識は朦朧としながらも自らのものとなる。

それを本人が望まない事だとしても。

 

「もう許してくれっ。」

 

「ヒール。」

 

動こうとゲーテはもうしない。

喚く様に叫ぶだけになったゲーテだがしかし、シェリルは受け付けずに黙って蹴り飛ばす。

 

 

「わたしを満足させなきゃ終わるわけ無いじゃない?」

 

「ヒール。」

 

くすくすと声に出して笑って、シェリルは風に長い黒髪をたなびかせると面白くて堪らないと言いたげに、金色の瞳をキラキラ輝かせて高らかに言い放つ。

それは群集の目にオペラ劇の悪女めいて映り、口々に男から女から非難轟々の罵声がシェリルに浴びせられる。

 

『もうやめて!!』

 

『魔女め!』

 

『地獄へ落ちろっ!』

 

『許してやれ!』

 

『もう沢山だ!!』

 

シェリルはただ浴びせられる罵詈讒謗を、にこやかに群集の顔を順繰りに眺めながら聞いていた。

 

 

 

 

 

「何でもするっ、許してーっ。」

 

 

導くつもりはさらさら無かったがやっと『必要な』言葉が、ゲーテの口を付いて出た事に満足気にシェリルは眉を開いて喜んだ。

 

「生まれて来てごめんなさい、はい。繰り返して。」

 

「生まれて・・・なんだと!」

 

小躍りする様に手を叩いてそう言うシェリルは、地べたを這いずるゲーテの恨みがましい声を聞くと、眉を顰めて苦虫を噛み潰す様な顔でゲーテの腹を宙に浮くほど蹴り上げる。

すると、朝飯をぶちまけて地面にキスをする様に倒れ込むと黙り込んだ。

 

「ヒール。」

 

「そうか!」

 

何度も唱えた魔法を義務と言わんばかりに、凛子が口にするとゲーテが意識を取り戻す。

その時、足を伸ばし背筋を立てて上体を支える様に手を後ろに付いて、休憩の態の楽な姿勢で、相棒がボロボロになるのを見詰めるしか出来なかった、ジピコスから声が上がり群集の視線が集中した。

楽になれる唯一の方法になんとか、ジピコスは気付いた様で覚悟を決めた男の顔をしている。

 

「どーも、後悔させて貰え無いじゃない?だからぁ、お前にっ。」

 

そんな中、シェリルだけはゲーテから視線を逸らさない。

足元で呻くゲーテを菩薩の様な、後光が差していそうな神々しい微笑みを浮かべ見詰めながら口を開くと、途端に般若の形相に変わり、叫んで踏みつけ踏みつけて叫ぶ。

 

「お前に!」

 

踏みつける。

 

「お前にっっ!」

 

叫んで踏みつけ、

 

「お前らにっ!」

 

踏みにじって叫ぶ。

 

「生まれて来たこと後悔して貰おうと思って。」

 

 

ふぅ・・・と息を整えると憑き物でも取れたか、菩薩とみまごう様な神々しい微笑みを湛えスッキリと言い放った。

 

群集は一瞬、息をするのも忘れてその光景から眼が離せなくなっていたが、凛子が唱えたヒールを切っ掛けに一斉に皆が息を飲んで、しばらく途絶えていた非難轟々とした罵声が飛び交う。

見いっている群集からすればボロボロになったゲーテを一方的に、しかも、命乞いに取れるやり取りも無視してひたすら、嬲り殺しにしているのだから当然だ。

 

「無茶苦茶だ!」

 

悔しそうにゲーテが傍らに見下げて立っているシェリルを掴もうとしながら叫び、その掌が黙ってシェリルに蹴り飛ばされる。

 

「ま、待ってくれ!」

 

声の主に視線が集中する、ジピコスだ。

見れば既に、頭(こうべ)を地面に触れるか、触れないかまで下げ両手両膝をつき、視線が集中するのを感じて頭を少し上げシェリルをしばし見詰めると、

 

 

「う、生まれて来て・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

「ジピコスお前っ!・・・このっ!───ぐうっ!」

 

ジピコスはその姿勢のままシェリルと視線をぶつけ合いながらも満足させる謝罪を口にした。

ジピコスなりに考えあぐねた末に行き着いた答えがこれだったのである。

言葉を口にするだけでは鬼は生け贄を赦してはくれないだろうと。

 

「ジピコスだっけ?お前は反省の言葉だけは、上手に言えたわね。こっちの、お前はどうやら反省出来ないみたいじゃない。」

 

ジピコスの謝罪をどうやら受け入れシェリルは愛らしい笑顔でジピコスを見詰めて喋り始め、足元のゲーテに視線を戻すと途端に婀梛めいた獲物をいたぶる獣の瞳の色に染まりギリっギリっと嫌な音を響かせながら踏みにじる。

ジピコスの行き着いた結論は正解だった様だ。

ゲーテを見る貌とジピコスを見詰める表情は全く変わったのだから。

 

 

「誇り高きピューリー!わっ・・・死しても・・・誇りは死なずっ!」

 

死亡フラグが立ちそうな台詞を、腹から絞り出す様に大声で叫ぶと、ゲーテの瞳に色がみるみる内に戻ってくる。

まだ何か狙いがあるのか、跪くジピコスの様相を見て、明らかに苛立ちを隠せない。

睨み付ける戦意も無くなっていたゲーテが再びシェリルに視線を戻すと、

 

「貴方の誇りって弱いってことなの?喚く・だ・け・しか出来ない癖に。」

 

小馬鹿にした様な表情でシェリルが見下ろしているゲーテに、子供にでもいい訊かせる様にそう言うと、尚も睨み付けて来るゲーテの顎目掛けて、かかとを踏み下ろして気絶させた。

 

「ヒール。」

 

「せめて一撃っ!」

 

顔に縦線が大量に下がった様に疲れきった表情で、凛子が魔法を唱えてゲーテが意識を取り戻すと、大きく息を吸って全身をバネの様に撓ませてぐるんと躰を翻し、シェリル目掛けて襲い掛かりながら言い放つ。

すると、下から掬い上げる様なゲーテの爪を上半身を反って躱し、

 

「甘い、頭が空っぽだったりする?」

 

 

「何故っ、届かなっ・・・」

 

余裕たっぷりなシェリルと狙い済ましたつもりだったのに、見透かす様に躱されて驚愕のゲーテ。

被り気味でそれぞれが叫ぶと、そのまま半回転するムーンサルトキックでシェリルは反撃の一撃を、躱され空を切った為に無防備になったゲーテの後頭部にゴキンっと爪先が食い込みゲーテの叫びは途中で途絶え、更にもう片足のかかとをお見舞いした。

すると、群集の中からその美麗な技に拍手が上がる一方、嫌な音が響いた事で悲鳴も上がる。

 

「ヒール。・・・シェリルさぁんー、わたしが死んぢゃう。」

 

ムンクの叫び宜しく、衰弱し疲れきった表情でヒールを唱えた凛子が、顔を覆ってしゃがみこみ更に俯いて肩で息をする。

限界を越えて魔力量がゼロになった、そういう事なのではないか。

 

「そう。後は見てて、本気出しちゃうよっ。」

 

凛子の疲弊っぷりを見て。

ああ、無理させ過ぎちゃったかな?後でいっぱい可愛がって上げよう!等と一人考えていたシェリルは愛らしい笑顔でぶんぶんと手を振りながら凛子にアピールして、俄然やる気になった。

ゲーテにも切っ掛けがあれば、満足いく形で謝罪させる事は出来るんじゃないか?と。

 

「・・・な、なんだと?・・・本気?」

 

切っ掛けがゆるりと既に、その場に出ていた様でゲーテは驚愕の事実に、絶句。

ゲーテは勿論、群集もざわつく、当然だ、リンチでも受けている態になっている二人に対し、シェリルには返り血こそ付いているものの一切の傷も怪我も無いのに。

今のは本気じゃなかったんです、てへぺろ☆など言い出されては。

 

「うん、・・・ごめん。わたしが普段使ってる武器は槍じゃなくてこれ。今から死ぬ気で殺されなさい?」

 

ごめんと言う言葉と裏腹に全く悪びれずにこやかな笑顔でそう答えると、取り出したのは使い込んだ蒼い刀身の長剣。

凛子がポシャったので、今からラストステージ、もう回復は無い。

 

「嘘。バカげてる・・・一度も触れられ無いのに、本気出しちゃいねえだって・・・やめだ。」

 

肩で息をしながらも視線が凛子に集中する隙に立ち上がり、距離を取っていたゲーテがシェリルの握った長剣を見て、更に今のは本気じゃなかった事を知って壊れたからくり人形の様にぽつりぽつり呟くと再び、意気消沈し戦意を散らしたのか、口を開いたままシェリルの瞳を見詰める。

外見は唯綺麗なだけの、どこにでもいそうなエルフで、違うのは珍しい黒髪と、キチガイめいた技とその言動。

 

 

「ん?毛ほども触らせないで殺すんでしょ、実行したげてるのに。」

 

そう言って素振りをするシェリルだが、その素振りだけでゲーテは血の気が引いていった。見えない剣の軌道、更には魔法か何かコーティングがされているのか、ビュンと言う風切り音の後魔法でも無いのに頬を剣閃が掠めて、確かにボロボロになってもいる。だがしかし、新しく傷付き、血が滴となって垂れたからだ。

 

「悔しいが、そ、そっちの条件で詫びを入れよう。」

 

膝立ちになり、そう言うゲーテの声は震える。

自分の知らない未知の強さを見せつけられ、もう何かをしようという気にはなれない、更に改めてシェリルと言う化け物エルフの怖さがゲーテの心に刻み付けられた。

 

 

「う、・・・生まれて来てごめんなさい・・・!」

 

情けない台詞を口にする自分に苛立ち悔しさが溢れて堪らず、シェリルを睨み付けてしまった、それがいけなかった。

途端に、愛らしい笑顔だったのがゲーテの見慣れてしまった美しいが、ゲーテにとって恐怖感を刷り込まれた、嫣然とした見る者を魅了する微笑みに変貌してゆく。

 

「誰が許す方なのかな?」

 

ドンッ!声に出したのが早かったのか、それとも渾身の飛び膝蹴りがゲーテの額に炸裂したのが早かったのか、それは解らない。

シェリルは片膝立ちのゲーテに目を落とし、

 

「睨みながら謝るって、なぁに?本気で死んでみる?」

 

構えた長剣をゲーテの首筋に近付けてそう言うとシェリルは更に続けて、

 

「本気出しちゃうよ?」

 

 

そう言いながら、膝を付いていない方の足の甲を踏みにじって。

 

「ゲーテ・・・平伏しろっ、神に喧嘩売ったんだ俺達ゃぁ。」

 

ジピコスは跪いたまま、ゲーテを諭す様に忠告する。

さすがにゲーテも理解したのか、

ジピコスの言葉に逆らおうともせず、

 

「神か・・・そう、思おう。」

 

そう言うと、跪いて両膝両手を地面につけ、

 

「う、生まれて来てごめんなさい・・・」

 

更に頭をさげて震える声でゲーテが謝罪の言葉を口にする。

しかし、ジピコス以上に食い下がったゲーテに対してはシェリルは厳しく、

 

「まだ頭がちょおーっと高いと思うんだけど。」

 

 

魅惑的な微笑いを顔に張り付けたまま、その瞳は冷たく、鈴のなる様な凛とした口調で更なる要求を口に出すと、頭をさげているゲーテの頭頂部を足で踏みつけ、地面に無理矢理めり込ませようとして体重を乗せて押し付けた。

不条理で、無慈悲で、無茶苦茶な、やり口で要求である。しかし、この性悪エルフを満足させるまで終わらないのだ、ゲーテは地面に伏しながら泣いた。

 

「神よ、赦して。許して、許して、許して、・・・ごめんなさい!」

 

 

泣いた、哭いた、吼えた。

本能的な恐怖感だろうか、ゲーテは冒険者となってここまで大声で泣く事などなかったのだが、それを知っているジピコスも同じ様に涙を流し始めて、やはり哭いた。

天を突んざかん程に。

こうなると群集から再び、止んでいた罵詈雑言がシェリルに浴びせられる事になり、さすがにもうシェリルの擁護をする声は無くなった。

 

「ね、なんかさー。」

 

いつの間にか、シェリルは長剣を仕舞い天を見上げていたが、不意に凛子に視線を移しそう訊ねた。

 

「・・・何?シェリルさん。」

 

一方凛子は気分が悪かった。

風邪とは違うのに病気の様な苦しさ、吐き気を伴うこれは・・・魔力酔いの何かのようだった。

取り合えず、しぶしぶ答えると、

 

「なんかさ、わたしが悪者っぽくない?」

 

そう言うと、シェリルは不思議そうに納得が行かないようにコテンと小首を傾げて凛子を見詰め返す。

 

「・・・今更。」

 

凛子はそれだけ返事を返すと、気分が優れない様で俯いてしまう。

 

「野良犬に躾してただけなんだけど、なんで悪者っぽくなっちゃうかなー。」

 

シェリルは凛子にも悪者っぽく見えていた事に合点が行かないように、立てた人差し指を口元に寄せてそう言って明後日の方向に視線をやる、状況を整理しているのか違う事を考えているのか。

 

「心を折っちゃうまでやるから・・・じゃないかな。」

 

顔を上げて無理に笑ってそう言うとまた俯いてしまう凛子の言葉に、そうだぞ!、そうだ!と群集からも凛子に賛同する声が多数上がった。

 

「喧嘩売らせた人が極悪じゃないかな、と思うんだ。」

 

シェリルが状況を整理した結果、行き着く解はそう言うことなんじゃないかとシェリルは凛子に近寄ってしゃがみこみ覗き込みながら答えた。

 

「・・・ああ、ヘクトル。」

顔も上げずに凛子は頭を抱えて、そう言えばそうだったと思い当たる。

カルガインでも喧嘩を売られた理由の半数にヘクトルが絡んでいたのを思い出して。

 

 

「まあ、暇潰しさせて貰えたのは感謝するけど、普通に。」

 

シェリルは立ち上がって、ゆっくりまったりそう言いつつ、吹き始めたそよ風に長い黒髪を遊ばせながら内心は、さすがにそろそろヘクトルにも謝罪させなきゃかなー?など思案していた。

 

「もっと歯応えが欲しかったかなー。」

 

 

 

 

 

「姐さん、姐さん。」

 

外はもう夕暮れ。

シェリルは迷惑料込みで酒場と向かいの商店2店舗に充分な弁償をして、凛子の看病すっかり済ませるとこんな時間になったのだが、まだ酒場に入り浸っていた。体を動かしたのですっきりと酔いがどこかへ行ってしまったので飲み直しと、いった感じで。

そこに面倒な客が二人、姿を現した。

 

「・・・ズズ。」

 

「姐さん、俺言いたい事があるんです。」

 

「ろくでもない事言ったら───理解るわよね?」

 

不機嫌でも笑顔でも無いシェリルはグラスと酒からは一切手を離さず、更には二人にも視線を合わさない。

だが二人の片割れ、ゲーテが無理矢理シェリルの視界に映ろうと回り込んで喋り掛けて来たのでゲーテと、ジピコスが嫌になったあの恐怖を刻み付けられた婀娜っぽく、見る者を魅了する微笑みで答え返すシェリル。

 

 

「ヒッ!・・・ええと、俺!姐さんの舎弟にしてくださいっ。」

 

ゲーテは腰の横で手を揃え、頭をさげてそう言った。

口調は真剣その物。

 

 

「おい、ゲーテずりぃぞ。俺、誓えます。こいつより姐さんの腕に惚れこんでんす。舎弟に加えて下さいな。」

 

同じ様に視界に滑り込んで頭をさげるジピコスは隣に並ぶゲーテの頭を更に押し下げながらお願いしてくる。

 

「・・・え?なんで?」

 

「「舎弟にしてくださいっ。」」

 

何が何だか解らないといった感じで、コテンと小首を傾げるシェリルの問いに、二人揃って更に頭をさげてお願いされるとシェリルは、

 

「人の話は聞こう?ぶちのめされてなんでそうなった?」

 

困ったような表情でそう言って問い掛ける。

ジピコスもゲーテも恨んでいる筈で、シェリルの考えの中ではシェリルは刺されてもおかしくないと思っていた程なのに。

 

「姐さんより強い奴を見たことがありませんっ。」

 

「姐さんの舎弟になりゃあそれだけ経験が積めると思うんす。」

 

二人が話し合い反省会を開いた結果、その解は経験の差と言う事になったようだ。

 

 

「───ないない、わたしはそんなんじゃないし。あんなの唯の暇潰・・・あっ!」

 

顔の前で手を大袈裟に振って見せて否定するシェリルが、ついつい口を滑らせてしまった。

 

 

「あーあー、ゲーテが意識失っちまったよ。さすがにあれを暇潰しって言われちゃ種の誇りもグチャグチャだよなぁー!」

 

一方的に、手加減されて嬲り殺しにあったゲーテは余りのショックにぷつんと操り糸が切れた人形の様に、テーブルの横で倒れ込んで白目を剥いて気絶してしまったのだ。

 

「ってわけで、ゲーテはどうでもいんで俺を舎弟に。」

 

「そんなもん募集してないし?」

 

「村に居る間は暇なんでしょ?役人の来るまで、村を離れるまで・・・暇潰しに俺と、このビビりに稽古付けて貰えませんか?」

 

酒はあくまで飲み続けながらジピコスとやり取りする内、しぶしぶシェリルは二人を舎弟にする事を了承してしまった。

ジピコスの口ぶりに上手く乗せられ、妥協してしまう様に誘導されて行ったのだが。

期限付き、村を離れるまで舎弟として稽古をつけて欲しいジピコスの話はそう言う事に納まった。

 

「まあ、暇潰しなら。いっかな?でも、お前らさ、獣臭いから風呂は毎日入れよ。」

 

暇潰しと念を推して承諾するシェリルだったが、もう一つ獣人達には聞き慣れない言葉で理由立てた。

カルガインでは市井にこそ少ないがあるにはあるもの、風呂。

サーゲートには珍しいを通り越して言葉ですら存在しないようで直ぐ様ジピコスが気絶したゲーテを揺り起こし相談中となるも・・・解らず、答えが導き出せないで、

 

「ふろ?とは。何です?姐さん。」

 

 

ゲーテがぐいとシェリルの鼻先まで近づいて顔を覗き込み興味深そうに訊ねる。

そこで漸く、シェリルもまだ村に着いて一日しか、経っては居ないものの風呂を見てなかったなと思い出し、

 

「樽に入って湯入れれば?」

 

そう言って今、思い付いた風呂っぽい事が出来そうな状況を、作り出す事柄を簡潔に説明する。

たまたま樽が入り口の扉の横にあるのを目に止めたからだった。

しかし、

 

「湯だりますけど?」

 

ゲーテはどうも沸騰した湯を、ゲーテなりが樽に入った状態でそのまま流し込む絵を頭で想像したらしく、途端に青い顔をしてシェリルに答えると、うんざりした顔でシェリルがどうもゲーテの顔が近すぎたらしく、ぐいと手を伸ばして横っ面を押しながら、

 

「・・・面倒くさいなぁ。手突っ込んで温いぐらいで樽に入ればいいじゃない。」

 

ふぅ・・・と嘆息混じりにそう言って右の掌の先にあるゲーテの顔に視線を移す。

こんな事を説明しないと、この能無しには伝わらないのかと言いたげに、それでも頬に朱が差したシェリルは愛らしかった。

そんなシェリルの言葉を、脳内で目まぐるしく考えていたのだろうゲーテはピンと閃いたのか、知識の中に近いものを見いだせたのか掌に拳を載せてポンと手を打ち、

 

「ああ、温泉ですか?」

 

ニンマリと笑ってこれしかない!と言う答えを口にする。

すると横からジピコスが口を挟んで来て、

 

「なんだ、姐さん。温泉かぁー、この辺にあるんすかね。」

 

軽口を叩く様に屈託無い笑顔でシェリルを見詰めてそう言って問い掛ける。

 

「ジピコス黙れよ・・・」

恨みがましくゲーテがジピコスにそう言うと、平手でツッコミをする様に頭をドツいた。

 

「へいへい、へぼリーダー。」

 

「表出ろ、お前!」

 

すると、シェリルが口を開こうとするのを無視して二人はちょっとした喧嘩のつもりだろうが、言い合いになりシェリルの機嫌がすこぶる悪く、その表情は言い合いをする間にまず無表情に変わり、憂鬱そうな表情に、次に眉を吊り上げプルプルと震え出し、遂にはまた婀娜めいた魅惑的な表情で二人を順繰りに見詰めていた。

もう、何を言おうとしたか忘れてしまった様で、それすらどうでも良くなってしまった嫌いがある。

もう、内心はこうなっていたのだから、『まぁだ、人の言葉を吐けるだけの野良犬なのね、また磨り潰して躾しなおさないとね。』

 

 

「なぁに言ってんだよゲーテ、姐さんが黙ってねぇぞ?俺は舎弟なんだからな!・・・ひっ!」

 

シェリルの表情の移り変わりに気付く隙なく言い合いを続けるジピコスは虎の威を借る狐宜しく、ゲーテに向かってそう言いシェリルの目を、表情を見てやっと気付けたのか低く呻いた。

 

「二人供・・・さっさと温泉探して───来るわよね?」

 

この魅惑的な表情でそう言うシェリルは二人に取って最上の恐怖しか産まない。思わずジピコスとゲーテ、二人の上擦った短い叫び声がハモって酒場に響いた。

 

 

「「ひぃっ!」」

 

 

 

「リヴィンス火山も近いし、確かに温泉も有るかも知れません、が・・・何処にあるんでしょう?」

 

「それを探すんだよ?」

 

ゲーテがシェリルに訊ねて、さも当然の様ににこにこ微笑ってシェリルが答える。

ゲーテが口にした──リヴィンス火山、サーゲートの北東にある大きな活火山で、まず人は近づかない。

命知らずのすご腕と言われる冒険者でも行って帰ってくるのは一握り、凶悪なモンスター、特に毒竜が数多棲息地としている上に、あちこち有毒ガスが吹き出し来る者を拒んでいるかの様な火山である。ゲーム中も滞在するだけで体力がみるみる内に減るといった演出が成され中級ユーザーもちょっと素材を取って引き揚げるしか手が無いようなエリアだった。

近いだけで、この村の辺りには有毒なガスは流れては来ないし、ゲーテも面倒と思ってそのエリアを口についつい出してしまったのかも知れない。

 

「俺らが?」

 

「うん。」

 

飛び切りの笑顔でシェリルがジピコスの問いかけに答える。もう、内心は温泉の事でシェリルの頭はいっぱいだったに違いない。

二人に対する我儘めいた怒りは温泉と言うワード一つでどこか行ってしまった。

 

「へへ、しょーがねえなあ、姐さんの為に温泉探しに出ますわ。」

 

「村長に聞けば解るんじゃないか?ジピコス。」

 

「そうだな、じゃあ言ってきまっさシェリルの姐さん。」

 

思えば嵐の様だった二人は、シェリルの一方的な思い付きの我儘な命令で、温泉を探しに出ることになり酒場を後にする。

虎と狐の獣耳を視界に捉えて見送りながら、思い出した様に止まっていた酒とグラスに手を伸ばして、注いで一気に煽って嚥下するとまた酒を注ぎながらポツリ、

 

「さてと、

これで暇で暇で堪らない日々は無くなっちゃったなー、うん。まっ、いっか───ズズっ。」

 

あくまで蟒蛇。カルガインでもサーゲートでも場所が違っても、起こる騒ぎと飲み干す酒の量は変わらず、それがシェリルの、笹茶屋京のこの世界での日常でしたとさ、チャンチャン!

 

 

 



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目蓋の裏に降る雨の色

グラクロがヌイグルミの様な姿でまぷち達の前に現れた夕暮れ。

 

元々、鉱山の出稼ぎ者が増えた事で、宿の数が足りなくなっていた背景は合ったものの、鉱山に入れなくなったので下っ端や稼ぎの少なかった者は村を離れる以外、手が無くなったので一斉に救号令がかかるまでに村から出たので、小さな宿はどこも人気が無くなっていた。

 

な、もので一行も小さな宿に一人部屋を人数分借りる事も楽々出来たりする。

ドラゴンが出る前ならあり得なく非常に幸運だった、とは違うかも知れない。

 

宿の二階に借りた一人部屋で着替えると、クエスト報告の為にクドゥーナは一人村長宅に向かおうと階段を降り、ちょっとした食堂を通って宿を出ようとしたその時、天敵が視界の端に映り込む、シェリルだ。

まぷちこと凛子とヘクトルはまだ自室なのか、シェリルは一人、宿の一階食堂スペースで酒を注いでいる。

 

「クドゥーナ、あのさぁ、お風呂作れる?」

 

「・・・簡単なものなら?・・・」

 

 

そのシェリルが、目ざとく宿を出ようとしていたクドゥーナを、呼び止めてから見詰める。

それに、クドゥーナは唐繰り人形の様にカクカクと振り返り逡巡した。

睨み付けられるよりも、綺麗な微笑いを浮かべている時の方がやっかいだと言う事を身に染みて嫌という程クドゥーナは知っていたから。

依りによって今のシェリルはニコニコ笑っている、それも何処か神々しく眩しく思えたり。

逆らわずかつ今当たり障りの無い答えをクドゥーナは返す、せいいっぱいの笑顔を浮かべて。

 

「ん、頼んだ。」

 

「あ、・・・用事終わってからで、いいよね?」

 

シェリルは酒を注ぐ事を優先して目線は既にクドゥーナから外れていた上、答えると首肯で返す。

笑顔は余計だったかと半目でクドゥーナがそう言うと、手をヒラヒラ振って応えるシェリルのグラスは空になり、もう注いでいた酒は飲み干されていた。

 

「鉱山からドラゴン追い払ったよぉ。」

 

村長宅は村の北、細々とした村人の住宅地を抜け緩やかな坂の上に建っていた。

クドゥーナが訪ねると、フィッド村長・ザルアは少し驚いて迎え入れられた。

 

通された客間はソファテーブルと接いだ皮のソファが二つだけのシンプルな・・・質素な作りで、ザルアに言われてクドゥーナはその内の一つに浅目に座る。

 

開口一番にそう言ってクドゥーナはにっこり笑うと、出された熱いお茶を啜った。

 

「いや、まさか?本当に?」

 

「う、うん。」

 

『当然だとは思うけどさ、村長さん信じてくんないなぁ。』ザルアの態度と表情はとても優れないものだったから、クドゥーナも苦笑いを浮かべてそう思いながら、言葉少なげに頷いて見せる。

 

『やっつけては無いけどいいよねー。』乾いた笑い声をだしてクドゥーナがそんな事を思って頬をポリポリと掻く。

ふぅ・・・と重い溜め息一つ吐いてザルアが口を開く。

 

 

「うーむ、クドゥーナを信用せんわけではないが・・・都に人を出してしまったしのう。」

 

「あ、そうなんだ。5日も帰らなかったら、そりゃそっか。」

 

 

既に人を出して助けを呼んでいたザルアは、気の毒な事をしたと言いたげにクドゥーナに視線を絡めてくる。

 

それを受けてクドゥーナはザルアの目を見ると、気にしないでねと含んだ笑みで答えた。

 

 

「うむ、明日にも隣町から冒険者が着く。使いの者に行く先々で人を集めて貰うよう頼んだでな。」

 

 

それを俯いて溜め息を吐きながらザルアは言うと、顔を上げにっこり笑う。

あの事を話さないといけないと、思い詰めているクドゥーナを見て。

 

「・・・あー、そうなんだ。あ・・・アスタリ山の麓の集落───」

 

「顔を見ただけで解るよい、クドゥーナ。襲われたんじゃろう?オークに。」

 

逡巡した。

言おうか、言うまいかクドゥーナはぎゅっと力一杯押し結んだ唇をしかし、思い切ったのか、開く。

 

ゆっくり、喋ったクドゥーナはザルアが優しい語り口調で答える最中にも、その碧の双眸に大粒の滴を一杯に溢れさせながら、すんすんと小さく泣き声を洩らし始めた。

 

「う、うん。あ、オークはやっつけて巣は凍りづけにしちゃったから。も、・・・もう大丈夫だよ。」

 

取り出したハンカチで丁寧に、涙を拭ってからクドゥーナはそれでも震える声でそう言った。

 

「おう、・・・おう。なんと!オークの巣を潰してくれたのか?有り難いのう、クドゥーナ。本当にありがとう、村の者も安心じゃろう。ドネセの者たちには悪いが、これも運命(さだめ)じゃったのじゃろうの。クドゥーナが泣かねばならんことじゃあない。」

 

 

薄々解っていた事とは言え、少し考え込んだ風に遠い目をしていたザルアはソファを立ってクドゥーナの隣へ腰掛ける。

 

そして、更に涙を堪えようと必死なクドゥーナの頭をその胸に抱きかかえ、言い聞かせる様にまたザルア本人も、己れに染み込ませる様に言葉を紬いで囁くとクドゥーナに感謝した。

運命とは言うものの、小間切れになった餌にされるのが運命なら、なんて意味の無い、酷い運命なのか。

ザルアの言葉の端々に不条理を感じずには居られないクドゥーナ。

 

「だ、だって──わたしがもっと。せめて後1日早ければっ!助けられた人だって・・・ぅうう。」

 

「その様子じゃとあれか、やはり苗床もあったのじゃなあ。天上の神様も惨い事をなさるよのう。」

 

「苗床、は・・・ぅうう。」

 

「言わんでええ、言わんでええ。」

 

「目の前で・・・ぅうう。」

 

お互いの濡れた視線を、絡ませるクドゥーナとザルアのやり取り。

それでもザルアは一息に大きく深呼吸して、目を開くと涙がピタリ止まる。

両者が泣いていては収拾が着かないと、そう考えたのかも知れない。

 

一方、ザルアの胸を濡らすクドゥーナは次から次へと溢れて溢れて留まらない、まるで壊れた蛇口か滝のよう。

 

「思いださんでええのよ、儂じゃって苗床になってしまった者を殺した。若い時の事じゃがな。」

 

 

遠い目をして昔の事を思い出しているのだろう、そう言うザルアは片手で顔を覆うと我慢し切れなかった、辛い思い出は忘れてしまった方がいいと身を詰まされて知っていたのに、瞼の裏に嫌な光景が広がって自然と涙が一滴、つぅーと滑り落ちていった。

 

 

「オークに苗床された者はどのみち助かりゃせんよ、気に病まんでええ。」

 

「・・・ぅうう。」

 

「クドゥーナ、お前さんはようやったよ。ドネセの者じゃってそう言ってくれとるじゃろうて。必要なものはこの村まで降りて買って行っとったんじゃ、お前さんの売った蝋燭やパンやソースを買って行ったろう。お前さんの品で暮らしが豊かになっていたんじゃ。」

 

「う、うち、助けられたかも───知れなかったのに。」

 

ザルアが何と声を掛けても、クドゥーナの目蓋の雨は止まずに降り続いている。

まだ言っても幼いクドゥーナにとってそれだけトラウマになるだけの出来事だったから。

 

 

 

「ええ、ええ。泣きたいだけ泣くがええ。じゃが、今日、泣いたらそれでしまいじゃ。もう、ドネセの事で泣くんじゃないぞ?」

 

「う、・・・うっ。はい───」

 

 

己れの胸から放れず尚も泣き続けるクドゥーナを優しい言葉で宥め、あやすザルア。

そして思う、どうか一日も早くこの幼気な少女が苦しいだけの思い出を忘れられる日が来ます様にと。

 

声に出さず、啜り泣くだけになったクドゥーナに言い聞かせる様に、

 

「ドラゴン討伐の是非を既に役所に出した、退治されて居なくなったとクドゥーナ、お前が言うなら儂は信じよう。だがの、決まりなんじゃ一度ドラゴンが出てしまえば村の救号令を解けるのは役人がドラゴンが居なくなり、危機が無い事を確認出来て、その後なんじゃ。」

 

そう言って話題を替えてやる、にっこりと笑顔を浮かべるザルア。

何時までも泣いていても、どうにもならないのだから。

 

「ぐす、ぐす。じゃ、じゃあ一度入ったら──役人がぁ来るまで?」

 

人差し指で涙を振り払いながらクドゥーナがザルアの胸の中で訊ねる。

 

「うむ、解ってくれたようじゃの。」

 

 

もうそろそろいいか、とザルアがクドゥーナを胸から引き離し、大粒の碧のドングリを見詰めながら応える。

 

 

「ぐす、・・・ぐすっ。困るって言われるんだろうなぁー。」

 

 

すると途端に、クドゥーナは過去から今に引き戻されて愕然とする。

そんなの唯一つ、シェリルを怒らせた後が怖いからに決まっている。

 

ザルアに礼をすると、宿へと帰路に着くクドゥーナではあるのですが、しばらく村に滞在しなければならないと言い出さねばならない事を考えると、さっきまでとは全く違う意味で、泣きたくなるクドゥーナなのでした。

 



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ぐーちゃんとブランコ

とん。

 

かん、てん。

 

とん。

 

かん。

 

ぎゅうっ、っぎゅうー!

 

ぎゅうー!

 

うち、六堂愛那(りくどうあいな)モジってクドゥーナ、よっろしっくねー。

 

今、何してるかって?

そうだねぇー、ちょっとした約束を果たそうとしてる、って言えばかっこいいかな?ううん、否定しないで、貴方が言いたい事、うち解るよぅ!ずぇったいカッコイイに決まってるよね!約束を果たしに来るなんて、もうそれだけでカッコイイ!喜んでくれたらもっといいナ?

 

 

「何してるんだ?」

 

 

声の主は、振り返らなくてもちゃんと解るよ、うち。

だぁって、可愛いヌイグルミみたいなんだもん!悪く言っても非公認なゆるキャラかな!

紹介しましょう!ででんっ!グラちゃんでぇーっすっ!ホントは聞き覚えるのは不可能なくらい、長い名前を持ったドラゴンなんだけど。

なんとなんと、うちの召喚獣になっちゃったの、うん。そう、知らない内になってたんだけどねぇー。

 

「ん、待っててちょっちだから。」

 

そう、後ちょっち自由にさせてってば、ねぇ?出来上がったら一緒に遊ぼ。

テキトに返事した。

多分、そんな事くらいじゃ怒んないよねぇー、グラちゃん。

手元が狂うとアレだったり、アレしちゃったりだからね?ほっといて、見てて欲しいのさ。

 

「・・・ふん。」

 

「出来たぁ・・・」

 

グラちゃんの機嫌が良い悪いがまだ解んない、えーっと、会って5日でー、ヌイグルミになっちゃったのから数えるとぉ3日、かな?笑ってる事以外の表情が淡白なせいかも、解りづらいんだよ、コレが又。

 

そうこうしながらも完成。後は各パーツを組み合わせて釘を打ち込んで、固定したならOKだよ、ねぇ?

 

「これで終わりなのか。」

 

ちゃんと大人しくグラちゃんは、作業を唯見ててくれた。

ニンマリと口角を上げてうちはヌイグルミでも抱き上げる様にグラちゃんを抱え上げて、

 

「そ、ブランコって言ってねぇ。簡単に作れる玩具なんだよ。」

 

うん、うちがせっせと作ったのはブランコ。

何の変哲も無いし、魔法も関係無かったりする、そんなブランコなのだよ、ふふん。

え、勿体振るな?完成してから皆に見せたかっただけだよ。

他意は無いんだからね?絶対。

 

「何が楽しいんだ?」

 

グラちゃんは人間界に来て浅いからまだ解んないよねぇー、まだ3日だし。

ブランコは素晴らしいよ、なんたって3人で遊ぶのにぴったり(?)だし、1人で遊んでても変じゃ無いし、何よりも、うちが楽々作れちゃうし。

 

2㎡くらいの柱を二つ地面に埋めて、柱のある程度高い所に金属製、(今は鉄を使ったけどさ・・・)の円柱を通したら円柱に膝下に届く様に調節したロープを二本、頑張って頑丈にきつく絞めて括ったら、腰より一回り大きな、分厚ければなお良し!な板を用意して両隅真ん中にロープを通す穴を空けて、ロープを同上で完成だよ、色々はしょったけど、うん。

 

「こーやってぇ、こう。」

 

乗り心地を楽しんでるだけだよ?決して、童心に返ったみたいに燥いでなんかないよ?勘違いしないで欲しいの、うちもほら、繊細だから。

 

「ん、それの何が楽しいんだ?」

 

 

ブランコが完成したんだし試運転しなきゃ!って、腰掛けたまま両足を使ってバックする要領で後ろに下がり、そのまま立てる所まで下がったらー、両足を浮かすんだ、キィーキィーて鉄と擦れてロープが縄鳴りする音と、躰全身が浮いた様な錯覚が一瞬ありーの、すぐ又後ろに引き戻される。

両足をピンと真っ直ぐ伸ばすのも、いいけど勢いを付けたいなら、地面を蹴らなきゃ。

 

グラちゃんは真っ直ぐうちを見詰めて問い掛ける。

ちょっと考え込むけどそうだねぇー、うちはね、

 

「風を感じるとこ?と、何も考えずに漕いでるだけで楽しい。」

 

チラッとだけグラちゃんを見る。

不思議そうな顔をしてた、乗ってみると解るよぅ、きっと。

そんな事を思いながら楽しいんだよと、説明する。

 

地面を蹴るのを止めて、両足をピンと浮かしたまま居たら自然とブランコは止まる、ゆっくり。

ふっふっふ、グラちゃんも乗ってみると良いよ。

 

「おっ、クドゥーナじゃあーんかっ!」

 

此処の主が、うちの名前を呼ぶ声がする。

そんなに一緒に過ごした訳じゃないのに懐かしいな、とっても。

小憎たらしい顔をいつもしてるけど、

 

「デフック、元気ぃ?うちに会いたくて泣いてなかったかぁー、うりうりぃ!」

 

ブランコから下りるとデフックが笑って駆け寄る。

知ってるよ、デフックは笑えば愛らしいんだ、笑ってれば。

口を開けば、やっぱり偉そうに演じたがりだしね。

カッコいいかどうかは別にして、カッコつけたいんだよね、デフックは。

軽ーくヘッドロックからの、蟀谷(こめかみ)グリグリはどぅよ?キくだろぅ、ね?

 

「たい、たいっ。子分は親分にそんなことしないんだぞっ。」

 

ヘッドロックから解放されると蟀谷を抑えて、恨まし気にうちの顔を見上げてくるデフック。

きぃっと額に眉を寄せて怒り出す、本気じゃないんだろうけど。

 

「はぁー、子分は辞めました。うちは新しい部隊の親分になりましたぁ、どうだ!」

 

ふっふっふ、子分になったつもり、無いんだかんね、デフック。

胸を張って見せる、一週間じゃ大きさなんて変わんないから、そんなに食い入って見ないの、胸ばっかを。

他も見なさいよ、この碧の髪なんて気に入ってるんだけどナ!

 

「クドゥーナ、ずっこい。」

 

「お早う、デフック。と、お久しぶり、もう探し物はいいの?クドゥーナ。」

 

胸をやっぱり見ながらデフックが、そう言って喋ってる後ろから、もう1人の此処の主がうちを呼ぶ声がする。

利発そうな顔をした、ちびっこのくせに大人な対応が出来る、ケイン。

 

「こーやってぇ、・・・お。ケイン、帰ってきたよー。探し物はまだだけどっ。」

 

 

ケインはそのまま歩いてすぐそばに寄って来た。

うちもまた、その顔を見て声を聞いてブランコをゆっくり降りることにする。

 

「そっかあ、じゃあまた居なくなる?」

 

そんな事を言って、うちを見上げてくるケインの綺麗に整った頭に手を乗せて撫でてやると、擽ったそうに目を閉じて気持ち良さげだ。撫でてやりながら、

 

「すぐに居なくなんないけどぉそんなに居着くわけじゃあ無いかなぁーって。」

 

少ししゃがんでケインと同じ目線になって答えたら。

ちょっとお姉さんだけど、うちだってちびっこ達を友達だって思ってる、だから見下ろして言う事じゃ無いって思ったから、さ。

 

「早く探し物見付かるといいね。」

 

そしたらさ、にこーっと

笑ってケイン。

 

「おー!ケイン、変わるぅ?」

 

うちも、にこっと笑い返して。

ブランコを指して勧めたのね。そしたら、

 

「いいの?」

 

嬉しそうにしちゃって、ケインたら。

すぐに走り出してしまいそうじゃんか。

 

「いいも何もここに置いてくし・・・少し考えたら解んないかなあ。」

 

「ケインが乗らないんなら俺っ、俺。」

 

「って言ってもケイン先ね。」

 

ケインに答えたのに、待ちきれないデフックがブランコのロープをもう掴んでて。

順番だよ、ケインが先だもんね?

 

「あ、約束・・・覚えてたんだ。」

 

「玩具、作るって言ったもん、ね?」

 

一週間前、村を離れる時ケインと約束したんだ。

次来たら『いいもの』作るからって。

 

「その約束、セフィスとしたんだよ?」

 

「おーっとぉ!そぉだったかぁ、うちは勘違いしてたのかぁ。」

 

いつの間に現れたのか良く知ってる女の子の声が背中に響いたから。

振り返らなくても解るし、セフィスって自分で名乗ってるんだけど、肩越しに振り返るとちょっと不機嫌そうな顔したセフィスが見上げていて。

しなきゃって思ったからおどけてセフィスに応えたんだ。

そっか、セフィスとした約束だったね。

ごっちゃになってたけど、まぁいっか、うん。

 

「僕との約束、じゃあ忘れちゃった?」

 

「うんにゃっ、一緒に遊ぼう。で、いんだよねっケイン。」

 

 

「うんっ。」

 

そーだった、ケインとした約束は一緒に遊んで欲しいのだったっけ。

えっと、デフックとした約束はじゃあ何だったかな?色々有りすぎて忘れちゃったなぁー、シェリルにもある意味抹殺されそうになったし、オークにも、グラちゃんにも殺されそうだったもんね?グラちゃんを見ると、てこてこ歩いてセフィスに近づいてってる。

もう顔見知りになったのかな?昨日はあのあとグラちゃんすぐに寝ちゃったしなぁ。

 

 

「グラ、一緒に乗るか。」

 

あ、デフックがグラちゃんを掴んで持って行っちゃった。

セフィスはケインと何か話してて気づいて無いみたいなんだけど。

 

「・・・構わん。」

 

「よしっ、グラはここな。」

 

いやいや、1人用のブランコなのに・・・グラちゃんくらいなら、ま。

大丈夫でしょ、千切れたり無いよねぇ。

 

「えぇーいっ。」

 

「・・・視界が揺れるな」

 

デフックはニコニコしながら漕いでるけどグラちゃん迷惑そうー。

 

「ずっるい。デフック、ぐーちゃんはわたしと乗るのっ。」

 

あ、セフィスが気付いてやぱし取り合いになる。

ブランコじゃなくてグラちゃんだったけど、千切れたりしないよね?

 

「はい、はいっ。順番ね、定員オーバーしたら壊れちゃうよ、そしたら怪我するかもしんないし、・・・守ってね。」

 

止めてやんないと。

一応、年上だしお姉さんだし?

 

「「はーい!」」

 

みんな揃っていいお返事。

 

「次ケインだっけ?」

 

どっちかってゆーとケインびいきするよ?そうね、ケインはどこか大人びてて、デフックみたいに小生意気な事言わないし、両親の教育がいんだね。

 

 

「僕は後がいいや。」

 

「じゃ、んふふ。ぐーちゃんとわたしと乗るから、クドゥーナ。」

 

「はいはい。どうぞ、セフィス。」

 

でも、ケインはすぐに他の子に譲っちゃう。

デフックからグラちゃんを強奪したセフィスが小脇に抱えてうちの顔を覗き込んでくる。

ケインがいいなら、いいよ。

 

『グラちゃん。すっかりセフィスにヌイグルミ扱いされてるワケかぁ。』

 

「ぐーちゃん、やっほー!」

 

うちがそんな事を考えてる間に耳に届くセフィスの嬉しそうに燥ぐ声。

 

「セフィス、手は離しちゃダメだよーぉ。転けちゃうから。」

 

ブランコを見ればグラちゃんを肩車して万歳の様に手を広げて立ち漕ぎするセフィス。

危ないよ!そんな事をして怪我させる為に作ったんじゃないんだかんね?

 

「きゃははは、はあーい!」

 

「どうぞ、ケイン。」

 

一頻り燥いでブランコを楽しんだセフィスが、漕ぐのを止めるのを見ててケインに声を掛ける。

 

「勢い付いた方が楽しいよねぇー。」

 

「しっかり、握れよーケイン。」

 

「うんっ。」

 

ケインが腰掛けるとセフィスとデフックが一緒にケインの背中を押してブランコを揺らして、三人共楽しそうに笑い声を上げて遊んでるのを見ちゃうと、そうだよ!これこれって思ったんだ。

この無邪気に笑う小さな、でも大事なうちの友達の、楽しそうに遊んでるのを見たくて作ったんだかんね、このブランコは。

 

「お腹空いたねぇー、ぐーちゃん。ふふふ。」

 

「うーん、そうか?」

 

「クドゥーナが何か食べさせてくれるって、なあ。」

 

「デフックぅ、無茶言わないでよ。パン焼く暇なんて無かったのよ?うち。」

 

ケイン以外、勝手な事を言うね、ったく。

あーあ、って思いながらも優しいうちはテーブルを出し、椅子を並べちゃう。

ケインを見ればまだ要領が解って無いのか一生懸命動かなくなったブランコを動かそうとロープを揺すってて。

そうじゃないんだよ、さっきまではセフィスとデフックが、背中を押してたからブランコは動いてたの、今は地面蹴らなきゃ。

そんなのを微笑ましいなって思ってる、多分にやけてるんじゃないかな、うちの顔。

 

「パン作るの手伝うよぉー、クドゥーナ。ね、デフック、ケイン、ぐーちゃん。」

 

テーブルを出したら真っ先にグラちゃんを座らせてセフィスが見上げてくる。

ん〜、1人で作るよりは子供達にも解るくらい、簡単に教えながら作る方が楽しいかもしんないか、額に人差し指と中指を揃えて突いて考えてる間にセフィスはみんなに声を掛けちゃう。

やるしかないかぁ、みんな手は洗ってからね。

 

「まあ、面白いかもしんないしな。」

 

「じゃ、僕はパン焼くよ。」

 

「・・・任せる。」

 

テーブルに集まってきて色々言われるけど、面白いかって訊かれたら普通ってうちは答えるね。

これは楽しいからするんじゃなくて、命のやり取りだし、食材になった生き物との。

 

「よぉく混ぜたら、」

 

先ずはこれ、ムル粉を必要なだけ作りまぁーす。

ちょ、デフック。擂り粉木振り回さないの!セフィスも粉のまま混ぜてもダメだよ?ケインを見習ってムル粉を用意出来たら、ゴーナの蜜と併せて混ぜるの。

こうやって擂り粉木で混ぜ終わったら、

 

「捏ね捏ね捏ね。」

 

人数分のまな板を出して、ひたすら捏ね捏ね捏ね。

デフックこっち見てて!こーやって捏ねたら、

 

「伸ばしますー、」

 

びょ〜んって伸ばして伸ばして〜、

 

「形を整えたらー、」

 

後は好みの形に整えたら完成。

あ、デフックもう少し小さい方がいいかな?レンジこれだしぃ。

セフィスは丸いのを一杯作ったねー、それ見たらうちアレを思い出しちゃった。

真似しちゃお!ん、ケインは基本的なコッペパンかと思ったら更に捻るの?

 

 

「あとはレンジにー、ポぉン♪」

 

思い思いの形のパンが出来た。

後はレンジに突っ込んでポン♪とスイッチ音を鳴らせば待つだけ、ちょっと数があるから数回こなさないとだけど、さ。

レンジと並んだパンとにらめっこしてたらケインが、

 

「クドゥーナ、僕見てるから遊んでていいよ。」

 

 

 

そう言うとレンジの前に腰掛けちゃって。

良い子だ、ケイン。

 

「じゃ、任すねぇ。」

 

 

 

「そぉーれ、そーぉれっ!」

 

「──クドゥーナよ。」

 

セフィスとデフックに背中を押して貰って楽チンブランコを楽しんでたんだ、皆してきゃっきゃしながらね。

すると、グラちゃんの声が聞こえて──テーブルに座ったまま?つまり、頭に直接言葉が届いてるのかな。

何て言ったかな。そうそう、テレパス?きっとそれなんだと思ったら、会話になった。

 

『ん?』

 

『何が楽しいんだ?』

 

『皆で楽しむのが楽しいんだよぅ。』

 

『ふむ、一人しか遊べないようだが?』

 

『・・・解った。も一つ作るよ、それならいいかな?ぐーちゃんて呼ばれてんだね?ぐーちゃん。』

 

『勝手にしろ、好きにすればいい。』

 

チャットしてるみたい、まるで。

だってそうじゃない?お互いの顔を見てるわけじゃ無いのに会話にはなってて、ついでに言っちゃうとね、ぐーちゃんとテレパスをやり取りしてる間も、きゃっきゃしてられた。

うちは、デフックにセフィスと燥ぎながら何の苦もなく、ぐーちゃんと会話をしてられたことに驚いた、これはチャットだったり、携帯電話と変わらない気がする。

離れてても双方向から、意思疎通出来ちゃうなんて。

しかも、ぐーちゃんとだよ。

 

そんな、他愛も無い事を考えて内心打ち震えてると、

 

「焼けたよー。」

 

そう言ってケインが声を掛けるのが聞こえて、デフックが走り出すからセフィスと手を繋いでゆっくりテーブルに向かって歩いたんだ。

 

 

 



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ぐーちゃんとブランコ2

うちがテーブルに着いた時にはもぅ、デフックがさ。

自分のパンにかじり付いてたんだけど、パンだけで食べるつもり無いんだけどなぁ〜。

 

はぁ〜、溜め息を一つ吐いてからメニュー画面をクリック、アイテムの中からマスタード漬けの肉と、マスタード、マヨネーズを選択してっとぉ。

後、適当な葉野菜を。

レタスみたいなロリンに、柔らかいキャベツだけど歯応えが良いメーダ、そうそう玉ねぎソックリのツェッルもねぇ。

 

 

「わぁっ!」

 

「いっぱい出てくんなぁー。」

 

ケインやデフックが次々と出てくる食材を見て、やっぱり解ってても吃驚した声を上げてこっちを見詰め・・・凝視して来る、目をまんまるく飛び出しそうに。

 

 

「焼けたみたいだしぃー、お昼食べよっか?ぐーちゃん。」

 

「・・・構わん。」

 

 

セフィスは、うん。

ぐーちゃんと食べるみたいで、自分の作ったパンを半分に割って半分を差し出してるとこが目の端に映った。

 

 

「お肉も食べてぇ、食べて。」

 

マスタード漬けの肉をセフィスに薦めてから、メーダを刻んでっと。

 

「お肉、美味しいぃー。」

 

「このソースがパンに合ってるね!美味しいよ、クドゥーナ。」

 

「肉も、柔らかーくて、うめー!」

 

「はぐっはぐ、んぐんぐっ。」

 

セフィスが食べた瞬間にニコニコ笑顔に変わって。

それを見たケインが、デフックがパンに乗せたり交互に食べたり。

良かった、口に合ったぽいよぅ。

ぐーちゃんは感想は無いけど、美味しいのか無心でかじりついてる。

 

「良かったね。ガルウルフを運良く、状態がいいのを、さ。手に入ってねぇー、ソースを揉み込んで味付けにしたんだけどぅ。実を言うとね、残り物だったりなんだけど、焼く手間省けちゃうんだ、あははは。」

 

「ん?ウルフじゃなくて、ガル・・・ウルフ?」

 

「ああ、言っても解んないかぁ・・・おっきいウルフって思えばいいよ。」

 

バーベキューで残った肉がまだけっこうあるんだよね、一応全部火を通してマスタードたっぷり漬け込んでてチンしなくてもまぁ、食べれなくは無いかな。

目敏くデフックはガルウルフと言う単語に噛み付いて来たんだけど。

家族が猟をしてるぽいからウルフは、珍しくないくらいに見てるんだろうけど、ガルウルフは知らなかったみたいで。

 

「それって強い?」

 

「クドゥーナ、無理して怪我したりしないでね。」

 

「鉱山の魔獣より強い?」

 

「質問責めされてる?ちょっといい気分しないなぁ、うちは、そーゆーの。」

 

一緒に口開かれてもうちは聞き分けらんないよ?

 

「ゴメンナサイ・・・」

 

ちょっとぷりぷり。

したら、瞳に水滴を滲ませて真っ先にケインが謝って、可愛いと思ってしまう、ふふ。

 

「クドゥーナ、悪かったよ。怒るなよなー。」

 

「怒んないから食べよ?冷めちゃうしぃ。」

 

続いて、どう聞いても真剣に謝ってないようなデフック。

セフィスは隣に座らせたぐーちゃんと目を合わせてから、両手を合わせて声には出さずにゴメンした、口はんぐんぐ必死に動かして。

そんな無理に飲み込まなくていいって。

うちは楽しんで食べれたらいんだから。あ、食材に感謝して美味しく食べるのも大事だよ?。

 

「こぉやって肉の間に野菜を挟んで、パンとパンで挟んだら──ハンバーガー、ちょっちハンバーグ無いから違うけどっ。」

 

 

これこれ、セフィスが作ってた丸いパンを見て思ったんだけど、この世界にハンバーガーは無かった。

ちびっこ達の前で似非ハンバーガーを作って、食べてみる。

うわぁっ、美味しいーッ!なんか違うけど。

 

これは口角上がっちゃう。

 

「わぁっ、何それ!セフィスもやるっ。」

 

「セフィス、俺にもパン分けてくれ。ハンバーガー?食いたい。」

 

「僕も、僕も!」

 

「こぉら、セフィスのパンばっかり取らないの、うちのをあげよ、ね?だから、取り合いしな〜い。解った?」

 

「おう。」

 

「クドゥーナ、ありがとう。」

 

目を輝かせて見てたセフィスがまず声をあげて、葉野菜を掴む。

すると、デフックはセフィスの小さい丸パンを取ってハンバーガーを真似ようと肉、肉、野菜と挟んだらマヨネーズをたっぷりスプーンに掬って上から盛付けてパンで閉じて。

自分からがっつかないケインもこれには、我慢出来ないみたいでセフィスのパンに手を伸ばして。

さすがに注意しないと、セフィスのパンが無くなっちゃう、うちも丸パン作ったんだから食べていいよ、さ、どんどん食べて。

 

 

「これっ!美味しいーッ!」

 

「乗せたり、挟むのは良くやるけど野菜も挟んだりって・・・んぐ。無いからな、こりゃ美味い!」

 

それぞれの食べた、心からの感想を口にしてくれる。

美味しそうで嬉しそうで、こっちもウキウキしちゃうよぅ、『ありがとねぇ!』その100点花丸な笑顔見れただけで、お礼が口から自然と零れちゃうぅっ。

 

「このソースがとっても美味しい!ね、クドゥーナ。一つ貰っていい?」

 

家がパン屋なケインだけ、違う感想だったりする。

 

 

「うん。あげる、ケイン。あ、何だったら・・・レシピもあげるから店で売っちゃえば?」

 

それくらい良いよ。

手渡してから、ん?と思いついちゃって。

そうだよ、ケインちで売ればいいじゃん?そこそこ売れるんじゃないかなぁ。

 

「悪いよ!・・・前にも、マヨネーズ・・・どこで買えるの?って聞いただけでレシピ渡してくれたし。」

「いいの、いいよって。うち、充分儲けさせて貰ったし?この村では、さ。」

 

「道端でちょっと露店してたくらいじゃんか、充分じゃないよ。」

 

 

そーだったね。

まず、ケインがうちの広げた露店──ゲームの時からある、ホントに露店な感じの見た目のアイテム。

ゲームの時なら無人でも勝手にサポートAIか何かは解んないんだけど、売り買いが出来た優れものだったんだけど、ね。

今は、ホント見た目のままのアイテムになっちゃったね、ふふ。

だから、露店を出して椅子に座って店の裏に居たら、そこにケインが来たわけ。

見た事も無いマヨネーズを珍しがって、買いにね。

 

無人露店が出来たら、うちはそこに居なかったかも知んない、出来なかったからこそ露店に居たわけで。

でも、そのおかげでこの出逢いはあったんだし、悪くない。

そう思ったら不思議だよね、運命とか?いやいや、ケインはイイ子だよ、でも小さいしまだ。

・・・歳も離れてるし。

 

「たっぷり、グリムはある。ファダムも、金貨は無いけど細かいのが山ほど。これ以上稼いだらバチ当たるよ、あはっ。」

 

そこからケインにセフィスを紹介されて、デフックが勝手に現れて。

そんで、うちを子分にしてやるとかなんとか。

そうだったよ、そうだったよね。

隠れんぼ楽しかった。

デフックは高い木に登って丸見えで、セフィスは狭い壁と壁との隙間に入り込んで近づいたら唸ったよね?そんな隠れんぼあるぅ?ケインは角材とかの裏に座って笑ってた、それは隠れてるって言うの?

村じゅうを走り回った日もあったよね、うちは鬼で・・・そうそう、皆を追いかけてたっけ。

 

「でも、こ・・・」

 

「だからっ!レシピはあげる、これはうちを受け入れてくれた友達に、友達だから渡すんだ。」

 

 

何か、ケインが喋ってたのを遮ってざっくり書いたマスタードのレシピを握らせて閉じたら、にこりと笑ってやる。

 

「儲けるとか、稼いだらとか・・・うちはそんなのいい。ただ、笑ってくれたら嬉しいかナ?なぁんて、へへへ。」

 

そーゆーの良いんだよ、お金?無くてもこの世界ではうち、困んないから、素材と食材さえあればもうそれで充分に。

だからねぇ。

ケインのものにしちゃってよ?そんな複雑な、何とも言えない顔はやめて、さ。

 

 

「なあ、なんかクドゥーナがいつもより大人に見えた。」

 

うっさい!デフック、うちはまだ子供の分類でいいの、冒険は子供の特権でしょ?

ちょっと真面目にケインと話してんだからね。

 

「貰って、ケイン。」

 

にっこり笑って貰ってくれたらそれでいんだから、うちは。

 

「ケイン、いらないならわたしが貰ったげるよぉ、それでいいの?」

 

「──ホントにいい?」

 

セフィスが後を押す様に口を挟んで来て、ケインは唇をぎゅっと真一文字に結んでからうちを見詰めて訊ねてくる。

 

「うん。はいっ、あげた。もう返品はでっきませェーん、──あはははははっ。」

 

 

握らせて閉じたケインの掌の上にレシピ。

もう一度、握らせて閉じたら大袈裟におどけて、うちはぎゅっとケインの掌を両手で握った。

 

「あはははははっ、あはっ。ありがとう、クドゥーナ。村の特産品になるよう頑張るよ。」

 

うちとケインは声をあげて笑った。

セフィスも、デフックも目を二人で合わせると同じ様に笑った。

広場に笑い声が響いて、それからて消えてった。

ぐーちゃんを忘れてたけど、セフィスの横でまだんぐんぐ何か食べてて。

 

 

「期待しないけどっ、まぁガンバ!」

 

特産物とかなるまではまだまだ掛かるかもねー?

でも、さ。

ケインは頑張っちゃうだろうから、きっと大丈夫。

頑張り過ぎないか心配なくらい。

 

「ねぇー、ねぇ。クドゥーナ〜、わたしには?」

 

えっと、セフィスからねだられるって思わなかったんだけど?

スカート握り締めて引っ張ったらダメだってば。

 

「セフィスのとこって・・・マゴルさんとこでしょ?雑貨屋よねぇ、取り合えず、蝋燭を大量に買って貰ったし・・・じゃぁ、ダメかぁー、やっぱ!」

 

雑貨屋に置いて自然なアイテムって言うと。

メニューを探って見るけど、ろくなの無い。

喜んでくれそうなのわっと、セフィスの。

クレヨン、チョーク、うん?雑貨屋って考えるからおかしくなっちゃうんだ。

 

「ケインみたいな、特別がいいっ。」

 

ほら、セフィスにぴったりのを探せばいんだよね。

 

「だよねぇー、何にしよっか、特別って言ったって・・・ああ、コレなんてどぉかな?」

 

これなんてぴったりじゃない?

そう言うとセフィスの小さな手を開かせて、その上にちょこんと乗せた。

 

「何?種だよ、コレ。クドゥーナ?」

 

不満そうにセフィスは掌に乗った三粒の種を見ると、顔をあげて見詰めてくるんだ。

 

「何の種だー?」

 

きっと気に入ると思うよぅ。

 

「野菜?村には一杯あるし、あはっ。解ったぁっ・・・」

 

「はいっ、時間切れー。答えはー、ゴーナの種と、ジメイナの種と、これはアルチェの種。」

 

困り顔なセフィスの表情がぱあっと明るくなったのを見たら満足しちゃった。

 

時間切れとかそんなの無いのに、遮ってからセットで引き出す種袋を、セフィスの小さな掌には乗せられないから、テーブルに置いて行く。

 

「どうするの?」

 

「ふふっ、これはコレ。こっちはコレ、この袋の中身は全部、種。」

 

問い掛けてきたからそう答えると、結んでたセフィスの唇がみるみる内に吊り上がって、頬っぺたには朱がほわほわって差して染まってく。

嬉しそうで何より。

反応を待って続ける言葉を選んだ。

 

「んふふ、これだけあればお花畑も作れちゃうんじゃない?それって素敵って思わないっ?」

 

考えても見てよ一面の花畑に包まれたフィッド村を。

鉱山で賑わうけど、地面の色してる。

大通りも地面剥き出しだしね、しょーがないけど。

 

残念なのは、三種類しか種袋は無いから色トリドリの花が咲き乱れるって事にはなんないの解る、でも村は明るく彩られると思うんだ。

 

「うんっ!村をお花畑見たくて、旅人が来るくらい素敵な花畑にするっ。」

 

「わぁ、そうなったらスッゴクいい!」

 

セフィスの言葉にはこの先の村がどうなるのかを暗示してるみたいで、自然に声に出る。

うん、それいい。

とってもすごーく素敵に思えたんだ。

 

「俺にはあんのか?」

 

当然、そうなんだけど。

そうなるんだけど。

 

「やぁ、特に考えてない・・・全部思い付きだし?」

 

考えて作ったり、持ってきたりした訳じゃ無いんだよね、たまたまあった物を渡した、託したんだから。

うちを思い出して貰えるかな?役に立つといいなって、さ。

 

「うーん・・・うーん、それじゃーねぇ。コレをあげよう。」

 

メニューを見てみたらなんとか喜びそうなものはあったんだ。

でも、

 

「えっとな、クドゥーナ。これは俺でも作れるぞ?」

 

不満そうにデフックは掌に乗せられたものを見てから、うちを見詰めて訊ねてくる。

そう言うよね、やっぱり。

 

「デフックにぴったりだと思うんだ、家は猟をしてロカやウルフを捕るんだったよねぇ。」

 

なら、それはなかなか面白い事になると思うよ?相棒にしてくれたら嬉しいなぁ。

 

「まぁな、で?何で今さらスリングが。」

 

「うちが作った、スリングだから?」

 

デフックがそう言うのも当然だよね。

スリングなんて、拾った枝切れでもざっくり作れちゃうし?でも・・・

 

「んん?弦が特別とか?」

 

しつこいなデフックは、ふふっ。

正解だよ、言わないけど弦も一味、素材の木も普通じゃなくって、さ。

 

「解んないけど、普通じゃ無くなっちゃったんだよね、こっちの話だけどステ的に、おかしいの出来ちゃった。」

 

それで、ステも可笑しいの、笑っちゃう。

 

「試し射ちしていい?」

 

自信過剰なくらいに余裕たっぷりなうちを見て、何か思ったみたいなデフックはそう訊ねて。

広場には弾になるてごろな石もいっぱい。

試し射ちしたくなっちゃうよね、ふふっ。

 

「危なくないの射ってね!」

 

吃驚するだろうね?

 

「なに必死になってんだ?」

 

うちの声にデフックは狙った木から枝に的を変えてそう言いながら、弦を引いて離す。

 

ガッヒュォオオオ・・・ン!

 

爆音に似た盛大な風切り音を伴って、拾った石ころは枝に当たり。

枝をへし折って威力を残した石ころは虚空に吸い込まれる様に消えた。

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

「クドゥーナ・・・」

 

一瞬、広場には静寂が降りて何処かで鳥が鳴く声が聞こえるくらい。

デフックが沈黙を破って問い掛けてくる、そんな青い顔すんなよぅ!

それはもう、デフックのものなんだからねっ。

返品は受け付けませんっ。

 

「うわぁ、こんなに危険物とは。さすが等級A+。」

 

手を額に翳して空を仰いだけど、石ころはどこに飛んでったかもう誰にも解んない。

 

「これでロカ射ったらぐっちゃぐちゃの挽き肉になりそう・・・」

 

興奮しちゃったか?頬っぺたを膨らませて、真っ赤に染めたデフックはぼそりと呟いて。

 

「いらない?」

 

「ううん、貰った。」

 

返すって言われても受け付けませんけどぉ?ふふっ。

にんまりと笑ったデフックは小躍りして燥ぎだしそう。

 

 

「絶対、人射たないでね?きっと挽き肉になっちゃう・・・」

 

これは、絶対だよ?愛那との約束!絶対、ぜぇーったい守ってねっ?

 

 

「クドゥーナってスゴ腕の鍛治師か何か?見たこと無いアイテム持ってたり、凄い発明をポンとくれたり。」

 

ケイン、誉めてるの?でもスゴ腕じゃないよ、普通じゃん?ちょっと真面目に生産してたらこれくらいねぇ?

 

「いやいや、普通の中学生。は、止めて旅の生産者だってば。」

 

ちゅーがくせいなんて解んないよね、学校、無いんだもん。

だから、生産者ってことにしといたんだ。

まだ不思議そうな顔をケインも、デフックも、セフィスだってしてるけど、その先にある言葉を言う気にはなんなかったし。

異世界からゲームしてたらぁ、ここに迷い込んだ・・・ってね?きっと、理解してくんないしぃ?

 

 

 

 

 

それから、なかなかに中断しまくってた昼食を済ませたら。

いっぱい、遊んだ。

ケイン、デフック、セフィスとも、いっぱい。

楽しかった。

楽しい時間はでも、あっという間なんだね・・・日が傾いてくると、誰となく帰んなきゃってなる。

 

「また遊んでね?クドゥーナ。絶対だよ!」

 

いつか、近い内には永遠じゃないけど、長い別れが来るんだけど、それは今日じゃないから!約束出来るよ、ケイン。

 

「うん。」

 

だから、にへらって笑って自然にばいばいできた。

 

「明日もここで、ね?ぐーちゃん。」

 

ちょっと、セフィスはうちの事は2番になったの?って、ふふっ違うよね。

ケインが済ませたからもういいやってなったのかな。

 

「そうだな、セフィス。」

 

ぐーちゃんはひしっと抱きついてきたセフィスの頭をぽんぽんと撫でる様に叩いて応える。

 

「これ、大切にするな!クドゥーナ。」

 

村一番の猟師になりなよ?デフック。

 

「うん、うん。」

 

にへらって笑ってるつもりなのに、頬を伝って流れ落ちてった。

熱のこもった水滴。

 

嬉しいとか、感動とか、寂しいとか、ない混ぜになったうちの心みたいに。

 

 

「また、明日ね!クドゥーナ、ぐーちゃんばいばーい。」

 

「じゃぁ、明日ねぇ。」

 

 

 

手を振ってばいばいするセフィスに応えると、ケインとデフックと手を繋いで駆け出す背中を見送ったら、ぐーちゃんをぎゅうっと抱き締めて瞼を閉じいつかの別れが重なって一抹の寂しさが乗っかかっちゃって、さ。

 

溢れるものが抑えきれなくなっちゃった。

 

残して来た人達の顔が瞼に浮かんで、ね?でも・・・ずっと、ここに居たいって気持ちもある。

不思議だよね、あっちの友達なんかより純真無垢なこっちの人達との触れ合いはうちの心を強く揺さぶるんだ。

 

 

 

帰っちゃうの?帰って来ないの?ってそんなジレンマ。

 

うちは、どうしたらいいんだろ?ねぇ、ぐーちゃん・・・

 

 

 

解ってるのか、解ってないのか、ぐーちゃんはさ。

撫でるぽく頭をぽんぽんと叩いた、さっきのセフィスみたく。

 

黙ってぐーちゃんと暫く見詰め合ってたら、何かウジウジ悩んでるのあほみたくなって、立ち上がって埃を払うとぐーちゃんを持ち上げて歩き出したんだ、宿へ。

 

 

 



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そうだ 温泉へいこう!

鉱山で賑わうフィッド村にまた朝がやってくる。

肝心な鉱山で異変が起きて10日目、鉱山は開店休業状態になり村には鉱夫の変わりに物々しい輩の姿が目立つ様になっていた。

そして、凛子や京の定宿とした《古角岩魚の湖亭》にも・・・

 

「これ・・・また、来たのぉ?」

 

朝一から冒険者に勝負を挑まれる京の朝は常より格段に早くなっていた。

村中に知れ渡ったゲーテとの死闘の噂を聞き付けて、次の日から朝と言わず、昼、夜何時でも寝ていない時なら挑んでくる猛者を片手間に血祭りにしている。

 

正に今、クドゥーナこと愛那が騒々しい怒号と、物音に割り当てられた部屋から着の身着のまま這い出てくると、道端に名もなき冒険者が三人伸されて呻きながら転がっているのだ。

 

幾分気が立っているシェリルこと京を見ても、クドゥーナはビビらないくらいには精神が回復していた。

始終ビビっていては話にならない、partyなのだから。

そうは言っても気迫に寄ってはまだまた解らない。

ヒリつく様な死闘でも始まれば、待ってましたとばかりに退屈した鬼神は顔を出す、そんな相手が村にやってくる冒険者にはまだ居ないのが幸いだった。

 

「冒険者増えたわよね〜、この村。」

 

クドゥーナを振り向かずに応える声は京で、こちらもパジャマにしているシースルーな金地のネグリジェ姿で宿の食堂スペースにあるテーブルにすらりと長い足を載せ休んで居た所らしい、いつも持っている風な酒が、テーブルに出ていないからクドゥーナはそう思ったのだが。

実際は起きたは良いもののまだ早いし、寝直そうか?と表の冒険者を畳んでから汚れた足を拭いてほんの少しの間、テーブルで考えて居たらクドゥーナが降りて来たと言う感じだ。

 

「村が集めてるんだもん、それはしょーがないんじゃないかなぁ。」

 

「にしても、朝から宿に現れるのは勘弁して欲しいわね・・・」

 

「さっすがに、シェリルさんでもぉ、保たないー、とか?」

 

「暇じゃないのはいいのよ?べっつにぃ。」

 

欠伸まじりにクドゥーナと京が朝一の会話と言うには物騒な話をしていると、表に大勢の気配がして暫くすると無くなり、また少しすると寝惚け眼の凛子が一瞥もくれずにフラフラと宿を出ていった。

ここ数日、休まる事なくゴロツキ染みた冒険者が噂の真偽を確かめ様とこうして宿主が起きてくる前から、決闘を挑んでくるのだから京が寝直すなどちょっとあり得ないことかも知れない。

大勢の気配はいつもの様に、村の警備の係が救護に来たのかも解らないし、冒険者に仲間が居ればそれらが回収なり救護なりして行ったのかも知れない。

何と言っても毎日の事になっているから、警備ももう一言口を挟む事も無くなった。

 

「・・・また来た。」

 

会話も途切れて、クドゥーナが伸びをして部屋に戻ろうとした時、背後に気配がした。

 

 

振り返ると上半身裸の山賊やってます!と自分で言っているかの様なゴロツキが立っていた、不敵な笑みを浮かべて。

 

クドゥーナが声を上げると京も体勢はそのままで、首を反る様に背もたれから長い黒髪が床を這うほど頭を落として入り口に立つ男を視線に捉えた。

 

「お前が性悪エルフだなあ?一つ勝負して貰おうか。」

 

 

そして、男の挑戦してくる様な言葉に体勢を戻すと深い深〜い溜め息を一つ。その姿のまま立ち上がると表に、喚き散らすゴロツキ──名乗りを上げたり、自分が如何に凄いかを自慢しているのを無視して連れ出して消え、10分程。

再び、返り血を頬や細い腕や白い足に浴びて京だけが食堂に現すと、その様は人1人殺したかの様で。

ネグリジェにまで少し返り血がついたのを発見して憂鬱そうに、その返り血をどこからか出したタオルで拭きながら、

 

「ふん、雑魚なんだから。遠慮!くらいしなさいよっ!」

 

怒気を孕んだ京の罵声が朝の食堂に響いた。

すると、返す必要もないその言葉にクドゥーナが律儀に返答をしてしまった。

この言葉には『お気に入りの』ネグリジェが返り血で汚れた為に、非常に機嫌が悪くなっていると言う裏があったのだが、勿論クドゥーナは知るよし無い。

 

 

「そうやってぇ、全部結局相手しちゃうからーぁ。噂に尾ひれ付いて独り歩きしちゃうんですよぉ?」

 

心配して待っていた訳では無く、単に厨房から冷たい水を拝借して飲んでいたそれだけだった、運が悪かったのかも知れない。

ネグリジェを着ていなければ、朝一で無ければこんな理不尽な怒りは生まれようがないのだから。

事実、冒険者やゴロツキの襲撃は暇潰しには丁度良いと京は言っているのだし。

その応えに、クドゥーナの気だるい態度にカチンと来たのか、

 

「・・・負けてやれって?そう、言いたい。で、良いのよね。そう取るわよ?」

 

獲物はクドゥーナに変わっていた。

失言だった?とクドゥーナが冷たく凛として響いた京の声に、恐る恐る肩越しに振り返ると、婀娜っぽく微笑んで、だがしかしギラリと獲物を狙い澄ました肉食獣の様な鋭い瞳で、クドゥーナの全身をがっちりと鷲掴みにする京が立っていた。

ここ数日は、味わって居なかった懐かしいとは思いたくも無い嫌な空気が、クドゥーナの周囲を包む中、京が動く。

クドゥーナの首に手を回し引き寄せて、鼻先まで覗き込んでくるその姿はクドゥーナにどう映っただろうか?誰かが見ていたとしたら、可愛い女の子同士でじゃれ合っている様に見えただろうが、クドゥーナには悪魔に魅入られた様に思えていたのである。

少しはマシになっていたとは言え、天敵に違いなかった、鼻先まで顔を近づけてにこやかに微笑んでいる美人は。

 

「いやいや、違うけどぉ・・・うーん、相手しないで追い返せば?」

 

震える声で勇気を振り絞ってなんとか言葉にする。

首に手を回されているので簡単には逃げ出せない、

クドゥーナは冷たい物が、顎先から垂れて落ちたのを感じて拭う。

冷や汗をかいていた。

蛇に睨まれた蛙が恐怖を感じて、汗をかくんだって聞いたけど・・・ホントだったね、今知ったよ・・・と、クドゥーナは拭った手に視線を移せずに思う。

今、悪魔に魅入られた哀しき生け贄と言えるかも知れないクドゥーナは沸き上がる唾も飲み下す事が出来ずに、覗き込んで視線を絡めてくる京から視線を外す事が出来ないくらい、全身が強張っていた。

 

 



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そうだ 温泉へいこう!2

 

「酒場に行くのを止めるのね?」

 

「・・・怒んないでよぉ、こ、怖いからぁ。」

 

「ん?怒ってないわよ?笑ってるでしょ、多分上手に素敵な笑顔作れてると思うんだけどナ?」

 

その素晴らしいまでの素敵な微笑みが、対戦した相手やクドゥーナを恐怖させ天敵たらしめている事を、京は知るよしも無い。

青ざめて可哀想なほど冷や汗をかいていたクドゥーナは声を振り絞り、

 

「う・・・え、笑顔が怖いんですぅ。」

 

それでも、か細く言葉に詰まりながらそう言うと、まるで魔法でも解けるように強張って動かなかった体が、首が難なく動いた。

その状態でもやっと俯いて視線を外すのが精一杯なクドゥーナ。

 

 

「割り込んですまねえ。シェリーとかって黒髪のエルフと戦(や)りたいんだが。ツラ貸せや。」

 

助け舟と為った声の持ち主はやはり、時と場所を弁えないゴロツキや冒険者の類いで。

入り口を潜って目に入った、食堂のテーブルでじゃれ合っている様にでも見えた京とクドゥーナのやり取りを、見ているのはこのゴロツキの成りをした男には難しかったのか、イラだつ様に京を見ると背中から大鉈を抜き放ち、顎で表へ出ろと合図する。

 

「いきなり抜いたわ!全力で、いいわよね、クドゥーナ?」

 

「はい・・・はい、お好きにぃ。」

 

首が軽くなったのを感じてクドゥーナが顔を上げながら応えると既に京は表へ出ていった後で、別にクドゥーナの返答を待つ積もりも無いのに京が振って来たんだと気づいたのだった。

 

そこでゴロツキの怒号が聞こえた後、騒音混じりに大きな物が壊れる音が響くのが耳に届いて、クドゥーナが表をそっと入り口から覗くと、宿の向かいに立つ別の宿の入り口にさっきのゴロツキだろうか、突き刺さって足だけ見えていた。

全力でやる!と京が意気込んだ結果。

イラつきが何れ程の物だったかを知って、戦慄するクドゥーナは青ざめた顔が更に青ざめていく、さも大量の縦線が顔半分を覆っていくが如く。

 

その後クドゥーナと京はまたテーブルに隣り合って座っていた。

正確には、京にクドゥーナが座らされたのだが。

愚痴を吐く京の相手をして相槌を打つ一方だった暫くの後で、クドゥーナが口を開く。

 

「あーあ、これだけやってもまだ、酒場行く・・・んですよねぇ?シェリルはぁ。」

 

「ん?──悪い?」

 

 

その自然な悪びれない応えに、京の辞書に懲りると言う言葉は、無いのに書き足せないんだなと納得したクドゥーナだった。

 

「止めませぇん、どうぞ。あ、裏の人達どーすんの?」

 

「好きにさせとけば?」

 

 

京に何を言っても状況は替わらない、その事に何となく気付いたクドゥーナが投げ遣りぽく問い掛けると、京はさも当然と言った風に答える。

 

愚痴を吐き満足したのか、それとももう寝直すのを諦めて酒場にでも足を運びたくなったのか──恐らくはそのどちらとも正解なのだろうが、京は徐(おもむろ)に立ち上がると長い伸びをして黙ったまま階段を上がって、少しすると最近良く着ている脇を大胆にカットされて、横乳を隣から見れば苦労なく覗けると言うか自分から見せてるんじゃないかと思える、白と黒のぴったりとしたワンピースと、黒いオーバーニーのカエル皮で設えられたぴっちりとしたタイツにヒール姿に着替えた京が降りてくる。

気合が入っている訳でもない普段着。

クドゥーナが視線で追うものの、一瞥もせずに京は歩き去る。石床に、ヒールの音を高く響かせて。

 

 

「凛子には丁度良い経験じゃない?」

 

舗装されてない大通りを、行き付けになっている酒場に向かって歩きながら京は誰に言うでも無く独り、自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

 

 

 

その頃──《古角岩魚の湖亭》の裏、と言うには路地を挟んだその向かいにある訳で裏なのかちょっと困る立地ではあったが、宿の裏。

 

近隣にも宿が飛躍的短期間に立った為に、資材置き場とか物置にされていて野晒しになっている空き地がある。

同上の理由で利用価値の無い空き地は、村の大通りに面して無い裏側にはあちこち点在していた。

子供達の遊び場になっている広場も所謂、デッドスペースで利用価値は無い為に、予備の建材置き場になっている様に家一軒建てるなら、陽当たり的にも裏路地に建てれば大通りに乱立している2、3階建ての建物の影になる為に望ましくは無い事も起因している。

 

そんな空き地に若い男女の声が響き渡る。

男の方は袖無しの黒の上下、女の方も同じ様な格好だ。

違うのは女の方は腕も足も、すっぽりとぴっちりとしたカエル皮のグローブとタイツに覆われて露出部が少なくなっている事だろう、それは凛子が怪我をしない為にと言う理由を付け、嫌がる凛子に無理やり京が着させているものだったのだが、実際に攻撃を受けてもやんわりと弾いて、結構受けきれずに攻撃を食らっているのだが怪我には至っていない。

お分かりだろうが、男はゲーテで女は凛子だった。

 

「──違う、下から掬い上げるようにこうだ!」

 

別に死闘をやっている訳ではない、稽古を付けてくれとゲーテが京に頼むと逆に凛子の稽古を押し付けられた形である。

使っている武器も叩かれれば痛いが、それ以上は無いだろう木刀。

態々クドゥーナに注文を付けて作らせた逸品で、見た目こそ土産物のよくある木刀だったりするものの、しなる材質のコアスの木を使い、怪我をさせない、ちょっとやそっとじゃ壊れない仕様になっていた。

刀を見たことの無いゲーテには、諸刃で無い事に違和感しか無いこの木刀だが、使い心地は悪く無かった様で軽々と扱えている。

 

ゲーテが指導のために手を抜いて軽く、弛い剣筋で更にその上飛んでくる方向を声で知らせながら木刀を撫で付ける、叩き付けるわけで無く手加減した一撃。

それは決して受けきれずに体にダメージを受ける様な剣筋では無かったのだがしかし、

 

「あ゛っ!」

 

弓しか使い馴れていない、勝手の掴めない木刀を使いこなせずに凛子は太股を叩かれる羽目に。

何回となくこうなのだから、当てたゲーテも溜め息が勝手に出ると言うものだ。

 

 

皮のタイツのおかげで大して痛みは無いし、驚く程傷にもならない為に重宝していてカエル皮と言う事は考え無い様にしている凛子だった。

 

「受けたら押すか、引くっ!すぐだっ!」

 

10合に一度くらいは、運良くゲーテの一撃を木刀で受け止める事が出きるのだが、唇をぎゅっと結びながらも、嬉しさを圧し殺し切れずにそれで満足気に、にこりとした凛子にゲーテの叱咤が飛び、すぐに木刀で木刀をぐいっと押し込まれて、ふらふらと凛子は腰から地面に倒れ込んでしまう。

 

「ひぃんっ。」

 

 

 

「足が、お留守じゃないかっ?蹴ってもいいし、後ろに飛んで躱してもいい、考えろ。」

 

何合目か、凛子が構えて打ち降ろす真っ直ぐで無い剣筋の一撃を躱してからそう言うと、木刀は掴んだまま凛子の足首目掛けて払うような蹴りを繰り出し、寸止めで止めるとニヤリと不敵に笑い、後ろに飛びすさり。

 

お手本としてゲーテが持ちうる経験上の技を見せているのだが、指導を受ける側がわーきゃーと騒ぐだけで身に付いているのか疑わしいのが、ゲーテは口惜しく感じていた。

一方的にやられるので無く、出来れば京とこうして触れ合って自分の技を高めたいのに相手が素人でしかも、こう吸収能力が無さげな凛子では時間を無駄にしている様な気がしてしまってゲーテ自身も身になっているのか、経験を積めているのか不安になってしまう。

 

「急に言われてもっ!初めて剣持ってまだ、二日なんだよっ?」

 

ゲーテがイライラとするのとは、違う理由で凛子もイライラはしていた。

手加減されているのは解るだけに、木刀を全然扱える様にならない自分自身に。

 

カルガインやニクスでもお願いさえすれば、稽古をヘクトルや京に付けて貰えていただろうが、特に言い出さずに今まで来ていて。

ゲーテが京に稽古をお願いして断った事から、凛子がこうして稽古をする事になったのだが、思う様に体が動いてはくれない。

 

やった事が無いのだから、出来るはずと思えた事も意外と出来ないものなのだ、それでも凛子は歯痒かった。

 

「二日もあったんだよ。二日で素人とかわらないんだって。」

 

見棄てる様なゲーテの辛辣な言葉にも内心なにさまだ!と思っても全然上達しないのだから、苦笑いを浮かべて黙って頷く、それしか返す事が今は出来ない。

 

 

「ゲーテ、姐さんと比べて見ちゃ可哀想だぜ、それを入れても凛子は下手だがなぁっ、あはははははっ。」

体を休ませながら足を伸ばすジピコスでさえ凛子を笑う。

下手だとは解っていても声に出さなくても良いじゃんと思う凛子はジピコスに視線を動かして、んべー!と舌を出した。

 

「とは、言ってもな。姐さんと戦れないんで、コイツ、凛子を俺と張れるだけまで上げないと手応えがなくてよ。」

 

そう言うゲーテに耳を疑わないで居られない凛子。

京と稽古がして貰えないから凛子を同レベルまで使える様にしようとゲーテはしていたと言うのだからそれは無理難題だ。

 

抑(そもそも)の経験から違って更に木刀を握って大して時間が経っていないんだから、凛子が思うのも尤もだったに違いない。

 

「そう言うなよ、俺がお手本を見せてやろうじゃねぇの。ゲーテ、変わるぜ。」

 

ジピコスがゲーテに変わるようだ。

無茶な要求をしているゲーテでは凛子の相手は務まらないと思ったか、それとも単に退屈していたからだったかはどうだろう?解りようも無いのだが。

 

「俺はゲーテよりは弱い、試しに撃ってこいよ、ホラ。」

 

木刀をゲーテから奪う様にして変わったジピコスが握って無い左手をひらひらと振って挑発する言葉を浴びせる。

と、一息吐いて凛子も見よう見まねでゲーテの薙ぎ払う一撃をジピコスに当てた。

実際にはヘロヘロとした只の横薙ぎにしか為らない、それをジピコスは逆手に持ち変えた木刀に左手を添えて、難なく受ける。

 

「こんなもんか?」

 

そう言うと、にやりとジピコスは笑いそのまま弾く様に木刀を振り払った。

 

「うーーー。」

 

木刀が弾かれふらつきながらも叫んで、これも見よう見まねの上段に構えてから真っ直ぐ撃ち落とすつもりの一閃。

やはり実際には真っ直ぐで無いヘロヘロな剣筋でしか無かったりする。

それを首を振って半身で躱したジピコスは、

 

「相手の次手を読めば、こうやって躱してから、こうだ!」

 

一歩半で間合いを詰め、凛子の懐に潜り込み言い放つと木刀の握りの部分で胸をダンッ!と突いた。

勿論、全身を持っていかず腰から上の捻りを加えた必殺となる一撃だ。

 

ジピコスの得物はダガーないし、大振りなナイフで木刀は些か勝手が違う事からこうした動きになってしまうのだが、普段なら返す上半身の動きで左手にも握っている筈の、ダガーでグサリと差し込むという連続した攻撃を考慮に入れた動作であり、しゃがんだりそのまま転がるなり横っ飛びで、敵の次の攻め手を躱せる間合いである。

 

「あ、うっ!」

 

思ったよりも強く胸を打って苦悶の表情で叫んだ凛子にジピコスの飄々としながらも人を喰った様な声が響いて、

 

「躱せば、懐に入ってトドメも刺せんだ。それか蹴って、次の攻撃に繋げるのも良い!」

 

気付けば又、凛子の懐に飛び込んでいたジピコスが逆Y字に蹴りを繰り出す。

寸止めで止めるとぐるんとそのまま転がって凛子の木刀を躱した。

 

「そんなに早く動けないよぅ、うっ!」

 

「動けない、で済むわきゃねーだろぉ?これでホラ、2回死んでんぞ、お前よ。」

 

視界の死角を突いてくるジピコスの動きに付いていけずに弱音を吐くとそれを遮られて、ジピコスに背中を取られて後ろから首を鷲掴みに握られる凛子。

二回殺したと軽口の様に言うジピコスに対して、

 

「う・・・ん。」

 

視線だけ肩越しに向けて悔し紛れに頷くしか出来ない。

 

「撃ってこい。次は受けてやんよ、ホラホラ。」

 

「こっのぉー!」

 

「おい・・・もっとこう、切れ味よく振れねえのかぁ?」

 

「言われても、解んないってばぁ。」

 

ジピコスに軽くのされて軽くあしらわれる凛子。

経験の差がゲーテ戦以上にありありと滲み出る。

言われた事が頭では解っても実行してもまだまだどうとも為らない程に。

 

「あっははははは、あはははは!・・・ふぅ、なんだ。素振りやっとけって事だな、基本が大事なもんだからよぉ。」

 

凛子の不様っぷりを見て、盛大に吹き出してしまうジピコスの行き着いた解は、基本をやんないと動こうにも動けやしないんだなって事だった。

 

「解った、そう・・・するぅ。」

 

腰からへたりこんでしまう凛子が、悔し涙に口ごもりながら顔を上げると、ジピコスの姿はそこには無く、裏路地を渡って向かいにある《古角岩魚の湖亭》に向かって歩き去る後ろ姿をなんとか視界の端で見付けたものの、声を掛けようと口を開くと宿の裏口をジピコスが閉めていた所だった。

 

 



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そうだ 温泉へいこう!3

 

 

そうやって凛子が、溢れる涙を指で振り払って素振りを始めれば、その光景を休憩をとる態でゲーテが昔の自分を思いだし重ねて微笑ましく見守る。

その一方で又騒ぎが起こりそうな、状況に置かれている京が居たりする。

 

酒場の扉を開いてすぐのテーブルは、訳あって専用になりつつあった。

冒険者達は息を潜めてその時を待つ、黒髪の見目麗しいエルフがテーブルに座るのを。

 

そして今日も又、件の黒髪のエルフはそのテーブルに座り、いつもの様に酒をグラスに注いで飲み干す、また空になったグラスに注いで飲み干す。

その飲みっぷりだけで周りが小さくざわめいて視線が集中するのに、更にこの黒髪のエルフには酒場の客達にとって付加価値があった。

 

「ズ・・・、何か、用があるんですか?無いんでしたら、お引き取り下さいね。」

 

冒険者と言うのは顔を改めるのに絶対に、肩を掴んで振り向かせ様とするものなのだろうか、幾度と無く京はデジャヴュめいて同じ行動を目にして来ていた。

別段変わること無く自然体で京は振り払おうともせず、かと言って振り向りてやる訳でも、グラスを傾けるのを止める訳でもなく、グラスを空にしてから口を開く。

もう、お決まりになっていると言っても過言ではないいい気分で京が飲んでいると邪魔をしてくると言う事。

だから、棘を自主的に抜いた事務的な丁寧に取り繕った言葉に何の含みも無くなった。

 

 

「オォイ、いたぞ!きっとコイツだ、性悪エルフ。」

 

京の言葉に何の応えも返さずに一方的に声を上げる冒険者はブレストプレートに肩当て、手甲と言う初心者には手が出そうに無い、この世界ではそこそこ高価で別段生活に必要無さ気な格好。

ゴロツキや、その日暮らしの山賊ではおよそ手が出せない装備一式に身を固めた、騎士の態の男である。

 

この専用になりつつあったテーブルに座った黒髪のエルフの一挙手一投足は酒場の客達にとってここ数日は娯楽であり見世物だった。

黒髪のエルフには物騒な噂がつき纏う。

黒髪のエルフは返り血を浴びないとか、怪我をしても傷にならないとか、決して本気にならなくて・・・本気になるとエルフはおぞましい死に神に姿を変えるとかそんな真しやかな噂が。

実際は、取って置きこそ出さないものの本気にはちょこちょこなっていて、その度に周辺の商店が被害にあっている。

「なあ、黒髪の!此処等じゃ有名らしいなぁ?俺らとも遊んでほしいんだわ、いっかなぁ?」

 

今、京と喋っている冒険者もやはり、そんな信じ難い噂を耳にして真偽を確かめてやろうと又、京と同じ様に暇潰しと軽い気持ちで喧嘩をふっ掛けているのだ。

酒場の客達が息を飲んで視線がついつい京に集中し注目する中、

 

「──いいですよ?行きましょうか。」

 

そう言って、立ち上がりテーブルを離れる京は馴れた様子で扉を開いて酒場から歩き去る。

その後を追って冒険者が声を掛けた。

 

「助かるぜ。」

 

「俺はエナーグ。カダナリアじゃ名の知れた剣士なんだ、稼ぎのいい仕事(ヤマ)があるって聞いてくりゃまだ、始まってすらねぇってなぁ。」

 

エナーグと名乗りを上げた冒険者は京に喋り掛けた人物では無く、藪睨みの頬が痩けた姿をしていたりするものの、その体躯は恵まれていて鍛えている所は鍛えているぽく腕の手甲から見え隠れする筋肉は鎧の様に固そうだ。

そんなエナーグが使い馴れた得物であるクレイモアをジャキッと言う鍔鳴りを響かせて構えた瞬間に勝負が決まる。

 

「え?ぐぉ、ほっ!」

 

「──もう、良かった?」

 

ぞろぞろと酒場の外へと客達の足が向きだした頃に、同時にエナーグが名乗りをし始めると、京が準備運動を済ませて天高くジャンプしていたのだ!

エナーグがクレイモアを抜いた時には狙い澄ましたスタンピングニードルが完成して女王蜂の毒針宜しく、婀娜っぽい微笑みを湛えた京が言い放ち、急降下するヒールのかかとがエナーグの頭に刺さる。

もう片足で後頭部をヒールキックで蹴り飛ばし、エナーグが叫ぶ声を遮る追撃を仕掛ける。

そのまま10点満点の着地を決めてフィニッシュ!ポーズを決めて、京は酒場の客達にもサービスして倒れたエナーグを踏みつけて見せる。

 

「オォイ!え、一撃でエナーグをっ?」

 

 

その光景に堪らず、喋り掛けてきた方の冒険者が苦虫を噛んだ様な歪めた表情で悔し紛れに叫んだ。

なおも気を失ったエナーグは膝裏辺りの肌の露出した部位をヒールのかかとでグリグリと抉られている。

 

 

「──戦る?それとも、謝る?」

 

嫣然と微笑んでエナーグの膝裏を踏みつけたまま、京が冒険者を見上げて優しくも凛とした声で問い掛けた。

 

 

 

 

 

あの後の事は、振り上げた大剣を冒険者が降り下ろしたと同時に、エナーグが我に返る程ギリッと踏みつけて、超短距離ミサイルキックが名乗りもする暇も与えられなかった、哀れな冒険者の顔面を捉えて加減無く叩き込まれる。

 

すると、謝罪をするまでいつもの様に蹴り、踏みにじり、嬲し殺す様に満足いくまで可愛がってぴくりとも動かなくなると、今回の冒険者との死闘は終わりを向かえた。

 

 

「エルフさん、ウチの前の道は修練場かい?いやね、金はいいんだよ、たっぷり戴いたし。道に付いた血を洗うのもまだいいんだけど、こう毎日暴れられちゃ。」

 

酒場に戻ってくるとまず、目を細くしたふくよかな体型の女マスターに苦情を言われる羽目になる。

やはり迷惑を被(こうむ)っているのか、その瞳は真剣そのものの、京は店の上客で毎日通ってくる常連でもある為に苦渋の決断と言った所か、困りきった口調だ。

 

「見せ物みたいになってて、それ目的の客が居着いちゃって困る、とか?」

 

女マスターに言われて、周囲を見渡せばろくに口を着けてないグラスを、遊ばせているテーブルやカウンターの客が目に付く。

グラス一杯の料金で何時間も粘られたら商売にならないとかそう言う事だろう。今、思い付いた言葉を率直に口に出すと、

 

「ふぅっ──正解。ウチの店は金を貰って酒を出す店で、見せ物屋じゃ無いんだよ。シェリルちゃんだっけ?やるな、とは言わないし、言えないけどね・・・せめて口で解らせて、無理なら表に引っ張りゃいいんじゃないのかい。」

 

そう言った女マスターは深い深〜い溜め息を一つ。

 

「う、うん。解った、でも・・・気に食わないとすぐ戦りたくなるんだ♪」

 

すると、京は答えながら苦笑いを浮かべていたが口ごもると逡巡した後でにこっと笑って女マスターを見詰め、甘えた声でてへぺろ☆として見せる。

それを見た女マスターは肩を竦めてカウンターの奥に戻って、

 

「黙ってりゃ、お人形さんみたいなのにねえ。」

 

と誰に聞かせる訳でなく本心を洩らした。

闘う京の変貌ぶりを思い出すと、とても言えた台詞では無いなと内心で思い直しながら。

 

「おい、エルフがカダナリアのエナーグとネワッドをぶちのめしたらしい。」

 

早速、先程の死闘をダシに酒場中の客達はざわめき、止めどなく酒を飲み続ける京に視線をチラリと向けつつ、話題作りに必死だ。

目下、誰なら誰が黒髪の性悪エルフに引導を下すか?が話題の華になっている。

 

「昨日は、マナースのカイオットと、その前はカダナリアにたまたま来てた“剣鬼”メドイックがヤられて酷い様を晒してたってよ!」

 

「“百腕”ゲーテを軽くお手玉にしたってのも、噂半分ってワケじゃねえのかよ、おっかねえ女だぜ。」

 

『そんな大声で喋ったら全部聞こえてるんだけど?に、してもゲーテ。ふふっ、百腕って!だっさ。』

 

そんな噂好きの酒場客の声に耳を傾けていた、京が堪えきれずくつくつと含み笑いを小さく洩らした。

客達に話題は尽きない、そうだ!京が誰かに倒されるまではこの物騒な噂話は終わる事は無いのだから、何処其処のアイツなら倒せるんじゃないか?と話題は続く。

 

「明日にはラミッドからの冒険者も来る。“俊蹴”のジャバーや、ヴァナなら性悪エルフにも勝つかも知れねえぞ。」

 

「ばーか!メドイックは都でも名の通った奴だったんだよ、剣を持たせても貰えねえでボッコボコ!お情けで剣を持たせたら、フラフラでよ。面白かったんだが、すぐ降参じゃなあ?」

 

「蹴りが速いんだろ?それならジャバーでも並べるだろ。ましてや、ヴァナは大斧を使う大男。性悪エルフと言ってもタダじゃすまんさ。」

 

「ゲーテは速さも腕力もあったんだぜ?それがよ、噂じゃ蹴られて地面にへばりつくしかさせて貰えない処か惨めったらしい謝罪ってのをさせられて今じゃ、性悪エルフの舎弟らしいんだってんだから、速さで付いてけなきゃボッコボコにされて終わりさぁ。」

 

『ん?んん?』

 

噂話に耳を傾けていた京はどうにも聞き覚えのあり過ぎる声が酒場に響いたので肩越しに振り返ると、

 

「お前さぁ、ジピコスじゃねえか!無抵抗でゴミみたいに血塗れにされてたんだろ。」

 

どこかの客から声が上がる。

その客はあの死闘を見物していた様で、ジピコスを覚えていたのかも知れない。

ああ、ジピコスか。と、京がテーブルの上のグラスに視線を戻すと、

 

「へへっ!姐さんは強え。ジャバーもヴァナも戦らせねえし、・・・冒険者やめられちまうとそれはそれで辛いしよぅ。」

 

そのジピコスが声を上げてきた客に口を挟む。

まるで、自分が褒められている様でもあるのか、ジピコスは満足そうににんまりと笑って居たが、口ごもると苦笑いを浮かべて口をつぐむ。

 

「ジピコス!」

 

「あっははは・・・姐さん。」

 

何が気に振れたのかは知らないが、ジピコスが口をつぐんだと同時に京はジピコスの名を呼んで叫ぶ。

その一挙手一投足に視線がついつい集中してしまう京が叫んだ事に一瞬、ピタリと静まり返って何か誤魔化す様なジピコスの乾いた笑い声だけが酒場に響き渡ってやがて消えた。

 

 

 

 

 

「こっち来て?」

 

そう言う京は見るものを魅了する様な小悪魔めいた微笑みをジピコスにだけ向けていた。

 

 

 

「いやぁ、凛子はあれ、使い物になんないんじゃねえかって・・・ぐぉほっ!・・・で、喉でも潤そうかなっと。」

 

そう言いながら隣に座ろうと椅子を担いでくるジピコスの脇を京が放つヒールのかかとが抉ると、びしぃっと対面を指差しジピコスを座らせると、

 

「嫌ーな噂話に口挟んで、面倒事増やそうとしてた?」

 

口を開いた京が空のグラスを突きだし、ジピコスに注ぐ事を態度で要求する。

顔は横を向いて聞こえてくる噂話を聴こうと頑張ってるのを装いつつ横目でジピコスを窺う。

ヘクトル以外から注がれるのにまだ慣れないただそれだけだったが、ジピコスはそんな事でも嬉しく思った。

 

「そんなことねぇっすよ、姐さんがどんだけ強いかってのをですね、へへ。」

 

にへらと笑いながら、誤魔化し紛いの言葉をジピコスは口にして、突きだされた空のグラスにトクトクとゆっくり酒を注いでいく。

 

「温泉。」

 

注がれたそばからグラスを空にし、ジピコスに突きだすを何度か繰り返して、満足した京が惚けた様な表情でボソッと呟いた。

 

「を?」

 

「温泉っ!」

 

酒を注ぐ手は止めずにジピコスが聞き返すと、小さく叫ぶ。

口を開いて固まるジピコスを見て更に言葉を続けた。

 

「今日、入りたい。」

 

 

 

 



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そうだ 温泉へいこう!4

 

 

「今からじゃ無理っす。夜道をデルラ山の麓まで走る事になっちまう。」

 

突然の事に、固まっていたジピコスが気を取り戻し、説明する様に喋る。

思い直してくれたらいいなと、言いたげな表情を浮かべて。

 

「それが?」

 

「・・・いや、だからガルウルフも出るだろうし、ギーガも出んじゃねえかって。」

 

説明なにそれ、もう決めたし!説得なんて納得しないよ?もう!とこんじきの瞳が語る様でぷりぷりと頬を膨らませた京が視線でジピコスを突っ張ねる。

控えめな口調で説得を続けたジピコスの声などこうなったらスルーされるだけでしか無い。

 

「行こう、温泉!」

 

注がれたばかりのグラスを掲げて、宣言するかの様に今日一番の上機嫌な笑顔で京はその場に立ち上がって明後日の方向向いて叫ぶ。

 

「魔人、帰っちゃったんでしょ?」

 

「・・・まあね。壁はゲーテにやって貰えばいんじゃない。」

 

不安そうに苦笑いを浮かべてジピコスは、最も心配している事を口にした。

横目でジピコスの表情を窺って、椅子に座りながら京は頷いてそう言い、ヘクトルが居なくなった事を認めた。

 

「ガルウルフはともかく、ギーガが出ちゃ、俺らじゃ無理無理無理!」

 

「全然。」

 

ヘクトルが居ない事に顔が青くなるジピコスが、夜道を山に走るのなんて嫌と言いたげに必死になって説得に気合をいれるも、そんなの知らないし?全部倒せばいいんでしょと、言いたげな表情の京に切って捨てられる。

 

「姐さんが強いのは解んすけど、ギーガは暴れだしたら止まんねえって話なんで・・・」

 

「前が時間稼いでくれたら、サクサクっと倒しちゃうから。ね、行こっ!」

 

「本気っすかぁー。」

 

「経験が足りないってゲーテも、ジピコスも言ってたでしょ?」

 

ジピコスの説得は京が折れるつもりが無いので、中身が全く意味を為さない。

逆に京に説得され兼ねない事になる。

 

「せめて、ねぇ。壁役を拾いましょうよ。剣鬼とかどうです?」

 

「えーーー。」

 

ジピコスが譲歩案を出しても真顔で京が断わる。

 

「じゃぁ、カイオット。あいつもデカいし、壁やれますよ。」

 

剣鬼もカイオットも連れて行った所でヘクトルの変わりにはならないし?ジピコスに言われた京がそう思って、

 

「いいから、皆集めて。温泉にレッツゴー!」

 

再びグラスを掲げて宣言するかの様に明後日の方向に向いて上機嫌に叫ぶ。

 

「姐さん、キャラ変わった?」

 

破壊神めいた雰囲気が全く感じられない、ジピコスが見たことの無いわーきゃーする京を目にして椅子からずり落ちる。

作ったとかじゃないし?周りがイラつかせるからピリピリしちゃう事にもなるじゃない?と内心思いながら、

 

「べっつにぃ、温泉が楽しみなだけだもぉーん。」

 

本心をジピコスに曝け出す様に京は、テーブルの上でジタバタしながら気持ち良く惚けた顔で叫んだ。

楽しみでしょうが無いみたいに。

 

 

 

 

 

しばらくして酒場の前に現れたジピコスが馬の手綱を手摺に軽く括り付けて扉を開くと京を手振りで呼び出すと、京は支払いをグリム金貨で済まして表に出る為に、入り口まで歩むとジピコスが口を開く。

 

「馬、こんなのしか借りれなかったんすよ。」

 

「デカ鳥・・・チョコ○思い出すわね。」

 

苦笑いを浮かべるジピコス、呆気に取られた京の視線の先には、酒場の前に括られて手綱の先に居たのは馬・・・では無くチョコ○大のデカい鳥、怪鳥と呼んで良いそれは口を開いて長い舌を見せびらかす様にヴェー!と一声鳴いた。

 

「馬よか早えんですよ、乗りこなせば。」

 

「知ってる。似たの、他のゲームで乗った事あるから。」

 

取り繕う様にジピコスが言うものの、京は別の機会にフルダイブで似たデカ鳥に乗り走らせた事があると言う。

その時は乗りこなすなんて出来なかったよね?と内心ごちる京。

 

「・・・こんなにデカくなかったけど。」

 

あっちは一人乗り用で、こっちは多人数を乗せて走る。

ジピコスを睨み付けながら京は咳払いをして呟いた。

 

 

 

 

フィッド村の昼下がり。

京は唐突に温泉に入りたい!と叫んでジピコスに用意させる一方、宿に帰って稽古を附けられている凛子と近所で遊んでいたクドゥーナを温泉に行こうと誘っていた。

 

「シェリル、本当にこれで行くの?」

 

そう言うクドゥーナは興味は惹かれるとは言え、あっちと同系統なら恐ろしい目に遇うんじゃ無い?と疑ってしまう部分もあり、簡単には乗れないでいる。

 

「借りれるのこれしか無いのよ、いいから乗る。」

 

クドゥーナの横から京がそう言い指差して促すと、渋々と言った感じで、クドゥーナが縄梯子を登り怪鳥の背中に上がる。

そこは当たり前に平坦では無いのだが、4隅に柵付きの鞍が乗せられて簡単には落ちない、安全策は講じられているみたいだ。

もともと多人数と荷物を乗せて移動する手段として、都市部でも活用されている怪鳥は一見便利そうだが、ある理由で一般受けしない。

 

「俺らは二人で前乗るんで、姐さんはそっちで・・・乗りこなしてやって下さいな。」

 

凛子と京が更に乗り込むとゲーテが同じ様に、クドゥーナ達の乗る、もう片方の怪鳥の背中から苦笑いをしながら声を掛けてくる。

乗りこなせと言われても、手綱が一つあるだけで乗馬笞の様なコントロールする道具も見当たらないので、京も頬をポリポリ掻いて考え込んでしまう。

暫し、思案を巡らせていると、

 

「これってチョコ○?」

 

凛子が怪鳥の背中のふかふかしたオレンジ色の長い毛を触りながら訊ねる。するとすかさず、

 

「それ、さっきわたしが言ったから。もういいってば・・・っ!」

 

何と言って良いか複雑な顔をして京が憂鬱そうに答える。

思うことは皆同じなんだなと、そう言いたげに。

 

デルラ山に先導してジピコスが前方を行く。

京が手綱を握る、もう片方の怪鳥を乗りこなせるのを暫らく待っているのか、まだ走ると言うよりのんびりと歩いている感じだ。

そのジピコスが手綱を見て思案する京に話し掛ける。

 

「コイツらシャダイアスってんです。気性は特に荒くねえんすけど、首を引っ張るとイラっとして速度が上がるんで。」

 

そう言われて、京はシャダイアスと言うらしい怪鳥の首をグイッと引っ張る。

すると、

 

「振り落とそうとして、なんすけど。」

 

それを見て慌てた様に、まさかいきなり首引っ張るかよ?と思いながらもジピコスが続けるがもう遅い。

狐耳がピンと立つ。

 

ヴェー!と一声甲高く鳴いた怪鳥が、オレンジ色の顔を真っ赤に膨らませて先程までの、ゆっくりと歩いていたとは思えない驚異的な爆発力を伴ったスピードで、ジピコスの視界から一瞬で消えてしまったからだ。

 

「行っちゃったな。追うぞ!」

 

急加速したシャダイアスは手綱を握った京を、振り落とそうとジグザグに走りながら更に加速していく。

それを視界に捉えてゲーテも、怪鳥・シャダイアスの手綱を引いて後を追うのだった。

 

「きゃああああああっ!!!」

 

鞍に付いた柵に縋り付く凛子が、愕然とした必死な表情で叫ぶ!

 

「ッ────っっっ!!!」

 

「ひゃああああああ!!!」

 

 

同時に、普段は見せない恐怖に引き釣った表情で、京も声に出せない叫びを上げ、飛ばされそうなクドゥーナも柵に両手だけで掴まって必死の形相で叫んだ。

 

「と、とっまれええええっ!!!」

 

「止まってええええーーー!!」

 

クドゥーナが飛ばされそうな事に気付いた京が猛スピードが生み出す、目も開けられていられない様な暴風の中、鬼神めいた顔で叫びながら必死に手綱を引き絞る。

叫ぶと同時に凛子も手を伸ばしてクドゥーナを助けようと必死に頑張ったが、あと少しの所で涙を振り撒きながら、クドゥーナが振り落とされてしまった。

 

 

「ね、早かったっちゃあ早かったっしょ、姐さん。と、愉快な仲間の人達。」

 

「死、・・・死ぬかと思った・・・」

 

「クドゥーナなんか、振り落とされてたわよっ?」

 

「飛べるからぁ、いいんだけどねぇ・・・ジェットコースターに、ベルト無しで乗ったらこんな感じぃ?うっ!」

 

程無くして、停まったオレンジ色のシャダイアスの隣に、白いシャダイアスが並ぶ。

ゲーテ達の乗るシャダイアスが、京達に追い付いたのだ。

 

シャダイアスから降りて、休んでいる魂が抜けかけた京にジピコスが話し掛けると、同じ様に魂が抜けかけた凛子がべそを掻きながらボソリと。

凛子とほぼ同時に京も非難の声を上げる。

 

その後ろからふよふよと浮かんでいるクドゥーナが、話ながら京を落ち着かせるべく、背中に手を置いて摩っていたがまだ気分が悪かったらしく、急いで付近の木の根本に少しリバースした。

 

「シャダイアスは臆病者なんすよ。ついでに肉食で、さ。働いたら、肉要求して来るのが面倒っちゃあね面倒って。」

 

一見便利そうなシャダイアスの最大のデメリットである肉食、それもジピコスとゲーテの訳有り顔を見ればかなり燃料効率が悪そうだと思える。

 

「クドゥーナ、肉あげてっ!こいつら、わたしを餌にしようと見てる気がする。」

 

そう言った京が唇をギュッと結んで悲壮の表情を浮かべた、オレンジ色のシャダイアスがヴェ、ヴェー!と鳴いてから舌を出して、睨み付けながら順繰りに品定めをしている様子に見えたからだ。

 

「お前は、美味そうだな。」

 

極めつけはオレンジ色のシャダイアスが京の鼻先を長い舌でレロリと舐めて喋ったのだ。

 

「あっちのは骨と皮しかねえや。」

 

オレンジ色が喋ると白いシャダイアスも促れた様に口を開いて喋る。

 

「ッ────っ、!」

 

鼻を舐められた舌を見て、オレンジ色のシャダイアスに視線を移した京が愕然として声にならない叫び声を張り上げた。

その後で、白いシャダイアスの背中から降りてきていたジピコスに、

 

「──ジピコス、こいつら喋るの?」

 

そう言って問い掛けるとクドゥーナの襟元を引っ張る困り顔の京。

 

「さぁ、俺は知りませェん。シャダイアスに気に要られたら喋るかも解んねえかも?」

 

問いにジピコスは答える解を持っていない風で、顎をしゃくり考え込むも良い答えは浮かばずに余りに曖昧な返事しか出来なかった。

その声に凛子もクドゥーナも、ましてや当人の京は当然の様に引き釣る。

 

「喋ってるよ!」

 

 

「クドゥーナも理解る?」クドゥーナがオレンジ色を指差して声を上げると、

気分悪そうな京が問い掛ける。

 

「何でだろ、わたしも解るかも。あ、喋った。」

 

やはり、凛子も白いシャダイアスを見上げて口を開く。

怪鳥・シャダイアスは喋ったのだ。

 

「おい、お前喋れんのか?何でもいい、肉よこせ。よこせば又乗っけてやる。」

 

その口振りから、肉さえあれば大人しく走ってくれそうではある。

肉食なので、いつ襲ってくるか、と言う不安が京、凛子、クドゥーナの三人の間に広がっていく。

まさか食べられる事はないとは思うのだが、そうは言い切れないのが現状かも知れない。

 

「ジピコス、何でこんなの借りたの?」

 

不機嫌そうな顔でジピコスを憎しみすら感じさせて睨み付けながら京が問い掛けると、

 

「馬は高いんすけど、こいつらは餌さえ与えとけば安いんでね。財布と相談したら、即こいつらの世話なるしかなかったっつー。」

 

そう言ってバツが悪そうにジピコスは苦笑いをして俯きながら頭を掻いた。

すかさず、ゴゴゴゴ!と響いて来そうな怒りのオーラを背に背負った京が、

 

「へえー?餌はジピコスでいい、いいよね。わたし達を怖い目に逢わせたんだもん。うん、そうしよ。」

 

微笑んでは居ても、目蓋は開いているか解らないほど細く、喋りながらぐいと眉が吊り上がり、

額には青筋マークも浮かんでいそうなその光景にジピコスだけで無く、関係のないクドゥーナや、凛子までが顔を強張らせ震え出した。

 

 

「姐さぁん、勘弁して下さいっ。そんな最期いくらなんでも、嫌っすよ!」

 

堪らずその場にペタっとひれ伏し、ガタガタと震えあがるジピコスは涙声になりつつ弁解する。

それでも怒りのオーラは収まらず凛子とクドゥーナは京の後ろでひしと抱き合い恐怖にしばらく震えていた。

クドゥーナの言葉を借りたなら、空気が恐いぃぃい!て、事だったりする。

 

踏んだり、蹴ったり、に発展しないだけで鬼神の如き気迫で周囲を震え上げさせ続けた京だったが、やーめた!と、思い直すと。

 

「うーん・・・、解った。そうね、丁度いい速度はどうしたらいいか教えて?それで許すわ。」

 

そう言って、地面でガタガタ震えるジピコスの腕を引っ張って立たせる。

内心は、ここで続けたって温泉入るまでは村に帰れないし、どうせなら村に帰ってからジピコスは締め上げたらいっか。とこうである。

 

「そ、そんなの、なぁ、ゲーテ?知らねえよな。」

 

腕でぐしぐしと涙を拭って赤くなった瞳でゲーテに視線を移してジピコスはそう言って縄梯子に手を掛けると、一気に駆け上がる様に白いシャダイアスの背中に飛び乗った。

明らかに京の気迫に気圧され、逃げ出したとしか言えない。

聞かれたゲーテも首をぶんぶん左右に振って、知らねえと言いたげである。

 

「シェリルー、話せたんだからぁ、交渉したらいい!」

 

 

深呼吸をして青い顔のクドゥーナはそう言って、メニュー画面から取り出したウルフの肉塊を恐る恐るオレンジに差し出すと、長い舌を使って肉を器用に巻き取りオレンジは大きな口へ運び、一口で咀嚼しようとしてボトリと肉を落としてしまい、それをすかさず白いシャダイアスが嘴を器用に使って真上に放り上げると、大きく開いた口で受けとめバクッと閉じた後で咀嚼音をさせてから飲み下す。

その光景を見た一同が思った。

こいつら飢えていると。

 

氷付いたその場の空気を、引き裂いたのは当のオレンジだった。

肉を差し出したクドゥーナに向かって舌をレロリと出して、

 

「肉くれた奴となら、話したっていいんだぜ。」

 

そう言ってヴェヴェッと笑う様に鳴いた。

どうもクドゥーナからなら肉が貰えるのが解ったぽく、オレンジだけで無く白いシャダイアスもぐぐっと顔を近づけてクドゥーナのご機嫌伺いだろうか、鼻をふん!と鳴らして口を開くと、ビクビク震えるクドゥーナは頭を抱えてその場にしゃがみこんで現実逃避を図り、周囲はうわぁ・・・とそれを遠巻きに見ていた。

青い顔をして何やらブツブツと呟いていたクドゥーナが背負ったリュックを降ろし、

 

「そうだ!ぐーちゃんに交渉して貰おう・・・ぉ。」

 

震え声でそう言いながらリュックを開くと中ですやすや寝息を立てているグラクロが居て。

温泉に行くからと、京に強制的に連れてこられた時、ぐーちゃんをリュックに入れた事を思いだしたクドゥーナは、雷の妖精トロンがグラクロを畏れた事を覚えていた。

もしかしたら、目の前の不遜な態度のオレンジも、ぐーちゃんが従える事ができるんじゃないか?と、そう言う淡い期待。

 

「──なんだ?」

 

リュックから取り出して、クドゥーナがぎゅっと抱き締めると、何事か?と眼を覚まし、間近で見詰めている主の碧の双眸を見つめ返すグラクロ。

朝からセフィス達三人組と、クドゥーナと一緒に遊んでいた所を、強制的に連れてこられたのはこのぬいぐるみサイズになったドラゴンも同じだった。

グラクロの場合は、クドゥーナに付いてきたと言った方が近かったりするのだが。

 

間近で見詰め返してくる、こんじきの瞳を見て安心したのか、震えは止まり、

 

「起こしちゃって悪いねぇ、ぐーちゃんとお話したいってヒトが。」

 

「んん、クドゥーナ。これは人じゃないぞ?」

 

にっこりと笑顔を取り戻したクドゥーナがそう言って、ぐーちゃんを優しく撫でる様にポンポン叩いてから視線をオレンジに向けてからぐーちゃんに戻すと、ぐーちゃんもオレンジに視線を移してからクドゥーナに向かって、ニタリ嘲ると間違いを指摘する。

そのやり取りを見ていたゲーテ、ジピコスが口をポカんと開けたままになっている事に京も気付いたが敢えてスルーした。

今は怪鳥をなんとかする方が先だと、京も思っていたからである。

 

「ええっ!何でこんなのになっちゃってんです?」

 

オレンジが、ぐーちゃんを見てギョッとしてから俯きながら声を上げる。

ここに居ては、行けないものに出逢ってしまってどうしたらいいか解らずに戸惑って居たのかも知れず、その声は上擦ったものだった。

少なくとも間近のクドゥーナにはそう聞こえた。

 

「暇潰しだ。」

 

「そ、そうなんですか。」

 

身も蓋もない答えが返ってきてオレンジより先に、声を上げたのはしかし、白いシャダイアスで威圧する様な視線をオレンジに送り、オレンジも凄まれた為に下がり、変わりに白いシャダイアスがぐーちゃんに近寄ると、その長い舌を姿を変えてしまった彼のドラゴンの小さな掌に重ねる。

 

クドゥーナも勿論、その場に居た全員が何をやっているか解らなかったが、シャダイアス達なりの服従と親愛の礼をとっていたのだった。

 

「ぐーちゃん、その調子で。丁度いい速度で走って貰えるか、このヒト達に話して。」

 

間近までやってきた白いシャダイアスにビビりつつもクドゥーナは、胸に抱いたぐーちゃんに縋り付く思いでお願いをした。

 

すると、ぐーちゃんが暫くクドゥーナを見詰めてから、白いシャダイアスに向かう。

 

「──と、そんなワケだ、振り落とさずに言われた通り走ってくれるだけでいい──俺は、寝るから。起こすなよ。」

 

その後、彼のドラゴンと白いシャダイアスが交渉を始める。

と、言っても白いシャダイアスは何も要求はしなかった。

寧ろ、本来話す事はおろか姿を見る事も難しい存在と、会話をする幸運に身を打ち震わせているかの様だ。

 

「ハイッ!」

 

 

 

 



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そうだ 温泉へいこう!5

 

 

白いシャダイアスがあえてクドゥーナを乗せると固持したので今は、オレンジにはゲーテとジピコスが乗り込んで先行してデルラ山へ向かっている。

 

ジピコスが来る前に言った通り、ガルウルフやロカが目の前を塞ぐ事はあったが、オレンジが啄んで悉く逆に襲われている感じである。

 

 

「ぐーちゃんのおかげで舌噛むみたいな事も無いし、ノロノロ歩かれるワケじゃ無いし丁度良いねっ。」

 

後ろからの襲撃を警戒してクドゥーナは後方を眺めながら、四角く柵で囲われたシャダイアスの背中の上で、柵を掴んだまま片手を額に日避けの様に翳して、瞳をすぼませるとそう言った。

モンスターの襲撃は特に無さそうである。

 

「ホント、急速ジェットコースターはもぅヤダ。ちょっと揺れるかな?くらいでとっても速いね。」

 

そう言ってクドゥーナの隣で陽射しに焼かれている凛子が汗を拭きながら答える。

午後だと言うのにまだまだ日が高いからだった。

 

「・・・それでも、気張ってないと落ちるよ?」

 

二人の声に応えてそう言う京は手綱を掴んで必死に、先行しているオレンジを見失わない様に気張っていた。

 

実は、白いシャダイアスがオレンジを追ってくれるだろうから、おまかせにしていても良さそうなのだが、誰もそれに気付かない、当のシャダイアスも聞かれてないので、答えるつもりもないから気付かないまま京は手綱を引いたり、シャダイアスの白い首を叩いたりしてコントロール出来ていると思ってたりした。

 

「これで馬車引いて貰ったら速いんじゃないかなー?乗り心地もいいと思うし。」

 

「あ、それいいねぇー。」

 

「シェリルさん、機嫌悪い?」

 

「・・・った。」

 

「「え?」」

 

「・・・酔った!」

 

「「ええっ!」」

 

凛子が髪を風に振り乱されながら呟いて、それを聞いたクドゥーナも髪を押さえるも、走っているシャダイアスの背中の上だから、当然の様に流れ続ける。

 

二人が機嫌良く疑似ドライブを楽しんでいるのに対し、気張っていた京はいつからか低く唸る様になっていた事に気付いた凛子が訊ねると、掠れる様な声で京が振り返りもせず応えるも、何を言ってるのか二人には伝わらなかった為、思わず二人が聞き返すと、それまで見た事も無いほどの暗い表情で京が振り返り、負のオーラを纏いながら声を張り上げたので、今度は二人して驚いて声が重なる。

 

普段、京にビビりまくりのクドゥーナも思わず、『シェリル可哀想』と思ってしまう程だった。

 

「吐く?戻す?」

 

「ん、着くまで我慢する、ね。だから、お願い。そっとしておいて・・・」

 

不安定な、しかも走っているシャダイアスの背中を必死で、距離にして1㎡くらいを慎重に早歩きして苦しんでいる京の背中まで辿り着き、凛子が声を掛けるとギギギ・・・と音が鳴っているエフェクトがかかりそうな動作で京は、顔を上げ肩越しに振り返り、走っているシャダイアスの背中なのだから相当な風が吹いていて当然なのだが・・・目蓋を開けるのも辛そうに応えると再び前を向いて手綱を掴んだ。

 

「う、うん。」

 

手綱を掴む事すらも苦しそうな京と、変わろうとも凛子は思ったが、『・・・そっとしておいて』と言う言葉が脳内リフレインされ、どうしても喉元に来ている言葉を伝える事が出来ずに、苦笑いで返答して頷くしか出来なかった。

 

それでも、強がって我慢している様に映る、普段とは違う京の背中を見ていると生唾を飲んでしまい凛子は、

 

「で、でも我慢出来なくなったら言ってね。ぐーちゃんにゆっくり止まって貰う様に頼んで貰うから、ね?」

 

 

そう言って少しでも、頑張っている京の力になりたいと思ったのかも知れない。

クドゥーナからぐーちゃんが、ぐーちゃんが、と聞かされる内にその辺りも凛子は感染ってしまっていた。

 

「・・・コクッ!」

 

励ます様な凛子の言葉に、京は別の意味でも身悶えする勢いになってしまうが、それはまた別の話。

 

きっと凛子に心配された事に舞い上がり、顔全体で真っ赤に惚けていたのだ、この時、京は。

その為、ぷるぷる震えて大きく頷く事しか出来なかったという訳だ。

 

「凛子、そっとしてあげよう。怖いしぃ。」

 

逆に黙って頷く京を見て、今のクドゥーナの様に怖がってしまうものも居たりする。

そうしていると、前を走っているオレンジが木陰で止まるのが見えて、白いシャダイアスの手綱を京が引き絞る。

 

どうも餌の時間という事らしく、追い付いて止まると降りてくるクドゥーナ目掛け、オレンジが首を差し出し、

 

「さっさとよこしやがれ、肉。」

 

そう言うと口を開いて、レロリと長い舌を見せる。

ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・と言う速い息にクドゥーナが気付いて、良くよく見れば相当、息が荒い様だった。

 

やはり、燃費はすこぶる悪そうだ。

仕方無く取り出した肉塊、一つ丸々をオレンジが瞬く間にその長い舌を器用に巻き付けて口まで運ぶと、咀嚼音と飲み下す音が同時に聞こえて無くなったので、うぇえ!と言いたげな複雑な表情をクドゥーナは浮かべ、更に肉塊を取り出して白いシャダイアスにも与えた。

 

「ふん、すまんな。」

 

この白いシャダイアスも、オレンジと同じ様に息が乱れ相当に苦しげにクドゥーナの瞳には映った、だから。

 

「ねーね、凛子ー。」

 

「・・・ん?」

 

「この子達にヒール、お願いっ。」

 

「?、いいけど。──ヒール。」

 

「おぉっ!体、楽んなった。」

 

「これでまた走れる。」

 

「おぉ、不思議とぉ、顔色も良くなってぇー瞳に力が戻った感じぃ。」

 

「へー?、そうなんだ!へへ。」

 

クドゥーナが凛子にお願いをした。

疲れの色濃いシャダイアス達に、ヒールをして欲しいと。ヒールにすっかり癒された怪鳥2羽に感謝(?)され、凛子も素直に照れてしまうのだった。

 

その裏で、京はひっそりリバースしていたのを忘れてはいけない。

白いシャダイアスの背中に置かれたリュックの中では、ぐーちゃんがすやすやと未だに寝息を立てていたのも追記しておこう。

 

その後は思い思いに、あるものは酒を、あるものはジュースで喉を潤すと、クドゥーナが何処からかバケツに水を汲んで来て、シャダイアス達に振る舞って飲み終わると再びデルラ山への道を走り出した。

 

 

 

 

 

陽が大きく傾き、もう日暮れという頃。

デルラ山が近いのか、それとも温泉が近いのか気付くと周囲からは湯気が珍しくない量、範囲で立ち上っている。

 

その量、濃さで先行して前を走るオレンジを、見失う危険度を感じてしまう程だった、言うなれば湯気の濃霧。

 

「湯気、凄いからぁー!まるで、霧みたい。」

 

「ここまで来たらもう少しだねーぇ。」

 

「温泉!来たっ!わたしは温泉に来たゾーっ!」

 

何回目かの休憩を終えて、やっとで温泉が近づいた事もあり凛子やクドゥーナが燥ぎ始め、普段は諌める態度を取る京もルンルン気分で声を張り上げ叫ぶ。

下世話だが勿論、惚け顔で騒ぐ京の頭の中は凛子の裸、裸、裸で埋め尽くされていた事だろう。

 

その中身は表すならきっとこう、『凛子が裸。凛子の裸、裸っ!ふっわわわわわわああ!!』誰か、警察を呼んで下さいっ、ここに犯罪者が居ます!

 

 

濃霧の様に視界が不安定だったからだろうか、前を走るオレンジが急速にスピードを下げていき、軈て立ち止まると、

 

「着いたーッ!」

 

「ヒャッハーッ!」

 

オレンジの背中からゲーテの叫ぶ声が聞こえて次いで、ジピコスも燥いで大声で叫ぶと間髪入れずに大きな水音が2つ聞こえた。

 

どうやら、目当ての温泉に着いたらしく、二人は待つとか考えずに飛び込んだのだろう。

 

白いシャダイアスが立ち止まると、目の前には温泉が泉の様に湧く一角があった。

クドゥーナは降りるとまず、白とオレンジの2羽を労ってそれぞれに肉塊を差し出す。

すると、レロリと長い舌を出して2羽は咀嚼すると同時にお礼を言った。

 

「ゲプっ、満足だ。」

 

「済んだら一声くれ、あと肉。」

 

口は悪いかも知れないが、感謝はしてるのかな?そう思いながらクドゥーナは、その場に身を屈めて休憩に入ったシャダイアス達を見詰めていた。

 

一方、凛子と京はと言うと・・・。

 

 

「──ちょ、だから。一人で出来っ、脱げるっ脱げるっ!だ、誰かーっ!!」

 

「えー?手伝うよーっ、にへら。」

 

と、こんな感じで京に襲われ始めていました。

まず、普段着の皮の服がポイされ。

次に肌着代わりに着ているプリントTシャツが剥ぎ取られて行きます。

そうですね、京を危険視して誰かに助けを求める凛子は当然だったでしょう。

 

自らの両手でそれぞれに二の腕を掴んで胸を守ろうと奮闘する凛子でしたが、逆に胸を意識させる、挑発するポーズになってしまった事に気付けずに、その格好を見た京を、更に興奮させ惚けさせてしまうのでしたー。

 

そして、ついに!

背中をいつの間にか取られると、

 

「スキありっ!」

 

凛子はぎゅむとガードの上から、嫣然と微笑んで獲物をいたぶる様な表情に変貌した京に胸を揉まれて、

 

「どれどぉれっ?成長しってるかなぁっ。」

 

「ふゎわっ!」

 

っと、思わず力無い声を上げ、胸をガードしていた腕を振りほどかれ意識の弱まった所で、穿いていたスカートをずり下げられてしまい、下着姿で逃げなければならない程に追い詰められる事に。

 

「脱ぎ脱ぎしましょーねっ!にひっ。」

 

そう言って燥ぐ京は、その紅い唇から舌を出してぺろりと艶っぽく舐める。

逃げる凛子に征服欲を掻き立てられ、嗜虐心を煽られ、もう止まらない。

自然と興奮からか吐く息が荒くなり、胸を打つ鼓動が速くなっていった。

 

足を焦って絡ませ倒れると凛子は肩越しに振り返り、触れられる程間近に迫りやがて肩に、二の腕に触れてきた京を見詰めた。

 

「やあーっ!」

 

もう、いつの間にかブラのホックを片方外された凛子は得も言えない、恐怖なのか、恥辱なのか解らない感情が沸き起こり、思わず甲高い叫声を上げる。

 

「い、ひやぁあ!」

 

身藻掻いても柔わりと京にホールドされているだけの筈な躰が、まるで固定されている様に動かせずに、耳朶を噛まれたり、首筋をレロレロ舐められたり、皮製のショーツのクロッチ部をさわっと撫でられ嫌がっているのに凛子はされるがまま、抜け出せないでいるようだった。

 

「んふふ、感度、いいねっ。」

 

しっかりと掴んだ自らの腕の中で時折、ビクンビクンと跳ねる様に感じる凛子の蒼い瞳を覗き込んで、小悪魔めいた京が優しく笑って囁く。

慎ましやかな、その熟れたとはとても言えない小さな蕾を指先でキュと摘んで。

その瞬間、流れに流され欠けていた凛子が我に返ると素早く京の細く長い腕を払って、油断していたのか隙があったのか目眩く百合百合しい空気から脱出する事に成功して、

 

 

「も、もう・・・温泉入ろうよぅ。」

 

そう言うと凛子はメニュー画面からスポーツタオルを取り出し包まる様に羽織った。

その様を呆気に取られて眺めていた京は、さも残念そうに深く深〜い溜め息を一つ吐いて気を取り直すと、白と黒の大胆な皮のワンピースを脱いでパサッと足下に落とす。

 

「入るよ?温泉、だからっ!脱ぎ脱ぎしてるンじゃない。」

 

スカートは穿いてないようだった。

皮のショーツの紐を弛めながらそう言うと、スルリと皮のぴっちりとしたタイツも太股から一気に膝下まで降ろしてから、先に爪先、踵部を弛めて脱ぐとこれもその場にパサッと落とす。

 

 

 



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そうだ 温泉へいこう!6

 

最後にぴっちりと胸に絡み付く、ブラのフロントホック代わりの紐を外して、払いのけ、太股で止まっていた弛められたショーツを足下に落とすと、京はあられもないその身を恥じらいもせずに晒して、伸びを大袈裟にして見せた。

 

全てを脱ぎ捨てて、京が楽になったからだと思われるが、その一部始終を見せ付けられた凛子は羞じらう様にカーッと、瞬間的に顔を真っ赤に染めて、自然と声に出していた。

 

「え、えええっ?」

 

「女同士で恥ずかしがる必要、ないでしょ?」

 

火照った様に顔を真っ赤に染めて、羞じらう凛子の鼻先まで近づいて覗き込む京がからかう様な口調で自らの体を見せ付けるぽく、うねうねと身をよじってそう言うと、

 

「・・・男、いるじゃん。」

 

両手で覆うようにしながら凛子が京のこんじきの瞳を見詰めてモジモジと口ごもりつつ答えた。

一瞬、京が固まって逡巡していたが、パッと明るく表情を変えると、

 

「あ、忘れてた!へへ。」

 

そう言って普段の京の顔に戻って誤魔化す様にいけねっ!と頭を掻いて笑う。

目眩く、京と凛子だけの世界に入り込んでいたので、本気で忘れていた様だった。

タオルに胸を包んで、長い黒髪をスポーツタオルに押し込むと、京と凛子は温泉に向かって歩き出した。

 

すると、既に温泉に浸かっていたクドゥーナが声を掛ける。

 

「入らないのぉ?きっ・・・持ちイイよぅ・・・♪」

 

実にだらけきった、惚けた様な顔をして。

その後ろには岩の影でゲーテと、ジピコスも体を伸ばして寛いでいて、それに京は気付かないふりをした。

 

 

デルラ山の麓にこんこんと湧くこの温泉は、村の人達が整備したのか解らないが、周囲を荒く削った岩や石が覆うように埋め込んであり、広さは10人入ってもゆったり入れるくらいには広く、クドゥーナの後ろの岸には、その時に切り出した岩の残りなのだろう、丘の様に大きな岩塊が聳えたっている。

 

「それ、邪道じゃない?」

 

そう言うと、じぃっと刺すように見詰める京の視線がクドゥーナの胸に止まり、同じ様に凛子も足元の岩場に突っ伏して寛いでいるクドゥーナに目を落とす。

 

その視線に射抜かれている先には、クドゥーナの着ているワンピースの水着があった。

つまり、京が邪道と言っているのは・・・クドゥーナが裸体を晒さずに、にへらと温泉に浸かっている事に不満があるのかも知れない。

それに気付いて凛子がクドゥーナに近寄り、

 

「クドゥーナ、・・・水着はダメだよ。」

 

そう言って注意する凛子が前のめりになると。

ふぁさっ!

纏っていたタオルがずれて、覆い隠されていた膨らみが蕾が外気に晒される。

 

「ひぁっ?」

 

「んぇ?」

 

「んっ、お願い、水着脱ごう?」

 

それに気付くと凛子は、瞬間的にゆでダコぽく真っ赤に染まり、思わず口を突いて小さく叫声を上げて素早く元の様にタオルを巻き付けた。

すると、叫声を聴いてやっと惚け顔のクドゥーナは顔を上げて、すぐそばに居る凛子を薄ぼんやり視界に捉え反応を返す。

 

そのクドゥーナの態度に、凛子が必死にタオルを巻き付けながら、ぎゅっと自らの両手を握り締めて頼み込む様にそう言うと、やっぱり不思議そうにコテンと小首を傾げて、凛子の後で空気がキンと爆ぜる様に変わった事など気付かないクドゥーナは、白いワンピース水着の襟元を掴んで自慢気に見せ付けながら、

 

「可愛いでしょぉ?ギルマスから貰ったの。」

 

「いい、うん。凄いね、可愛い。でも、さ。今日は脱いで、ね?お願い。」

 

そう言ってまた、にへらと微笑む。

後ろが怖い凛子は困った様にたどたどしくも声に出すと、白いワンピースを脱がせ無いとせっかくの温泉なのに、空気が悪くなると思い、クドゥーナに手を伸ばす。

 

「えーーー。」

 

「クドゥーナの為だよ?チラッ」

 

非難の声を上げて抵抗するクドゥーナに、今避けないといけない恐怖を知らせる為に肩越しに後ろを窺った。

凛子の視線の先には勿論の様に京が居て、婀娜めいて微笑う。

 

「・・・うちの、水着ぃ。」

 

結局、クドゥーナの白いワンピース水着は京が温泉に入って後ろから羽交い締めにすると、スポンと強制的にパージした、脱がされたのだ。

すぐに、クドゥーナはメニュー画面を出すとクリック、タオルを巻き付けて温泉にちゃぷんと音を立てて鼻まで浸かる。

恥ずかしがるのを隠す様に。

 

「解ってないわねぇ、クドゥーナ。温泉は裸が基本なのよ。」

 

「・・・そう?」

 

「裸のお付き合いっていうでしょ?こうやって、肌と肌をくっ付け合って親密になりましょうね。って、深い意味が込められてるの、きっと、多分そう。」

 

「ふーん。」

 

それでも京と凛子が温泉に入って来ると、空気も緩んで会話が弾む。

裸のお付き合いを、京が説明するのを大人しく相槌を打ち聞いていた。

 

今の京も凛子もクドゥーナも裸に纏っているのはタオル一枚で、温泉に胸の膨らみが浮くと、そのタオルから見えそで見えない程度にしか、隠せていない状態になる。

 

それに気付いた凛子は足を腕で抱き寄せ、三角座りの様になり京とクドゥーナのタオルをチラチラと横目で窺ってから自分の胸に目を落とすと、ぷしゅぅと音を出すぽく一段と足を抱き寄せながら照れたのか、唇を波線の様に結んで頬を朱に染めた。

 

 

そんな穏やかな時間がゆっくり過ぎていくとやがて、騒ぎが起こる。

京を『姐御』と言って敬っているとは言え、美少女が並んでわーきゃー、きゃっきゃっうふふしてれば少しでも近寄り傍で見たくなって当然だったのかも知れない、ゲーテとジピコスも男なのだ。

 

「こっちくんな!男はそっち入れって。」

 

「そっちは熱くって入れってレベルじゃ無くってね、姐さん。隅で大人しくするんで入らせて下さいっ。」

 

最初に気付いたのは声の主である京だった。

向こう岸に背を預けて、寛いでいたゲーテとジピコスがいつの間にか温泉の真ん中までやってきて、京達三人のやり取りを覗いていた。

この温泉の底は深くても1㎡程しかない、ほふく前進しながら近付かれていたら、濃い湯気も手伝ってかそうそう気付かない。

 

熱過ぎて湯に浸かるのは勘弁して欲しいのかゲーテは苦笑いを浮かべてすがり付く様に弁解した。

 

 

 

 

 

そんなゲーテとジピコスを暫く目を細めてキツく見詰めて居た京が、視線を左右に居る凛子、クドゥーナに順繰りに向けて、

 

「隅から動かないなら、許そうと思うンだけど?」

 

仕方無いなぁと言いたげにそう言って同意を求めた。

「ちょっ!・・・っいいの?」

 

「うちはね、見られなかったら、まぁいいかぁーってカンジ。」

 

右に座る凛子は、京のその言葉に驚いた風だったが、クドゥーナは逡巡すると頷いて同意するとそう言って胸を抱く。

まさか許そうと、言い出すとは思っていなかった京に裏切られた気持ちで恨めしそうに見詰める凛子は、

 

「え、嘘。・・・」

 

思わず本心を呟いてから、唇を結び口をつぐむ。

それから、逡巡する様に頭を抱えてゲーテとジピコスに視線を向け、味方が居ないので諦めた様に、

 

「うー、解った。いいよ、いい。視界に入ってこないならいい、そうだ、うん。」

 

そう言いながら視線を京と、クドゥーナに戻して難しい顔になる。

それを気付いてかどうか、満足げな京は右手をすっと伸ばすと、掌をヒラヒラと上下に振る。

それを見てゲーテとジピコスは、へこへこと頷きながら元居た向こう岸まで戻っていった。

 

「ちょっと熱いわね。でも、疲れも取れそう。」

 

「ふー、のぼせそぅー。」

 

「じゃぁ、あっち入る?」

 

「ゲーテもジピコスも無理って言ってたのに、そんな事言うって鬼なんですか?」

 

「冗談よ。にひ。」

 

にへらと惚けた顔で岩場に突っ伏してむにゃむにゃと気持ち良さげにどちらかと言うと微睡(まどろ)んで寝る勢いのクドゥーナを横目に京と凛子はきゃっきゃっと会話に、温泉を楽しんで寛いでいるようだった。

 

「いいお湯だよねぇ〜♪」

 

湯の色は薄い水色で、三角座りの凛子が両手で掬うと溢れて落ちる。

 

「そうそう、まるで日本に居るみたい。」

 

岩場に背を預けて寄りかかり、肘を岩の上に乗せ両手を広げてすらりと長くて白い足を伸ばす京からそんな言葉がポロリとこぼれると、

 

「・・・。」

 

黙って凛子が京の顔を見詰める。

 

「んー、・・・帰りたいよね。」

 

見詰める凛子を愛しげに見詰めかえすと、首を岩場にもたれ掛かって天を見上げながらポツリと呟いて。

すると、何を思ったか細長い左腕で凛子を首抱きに胸元に抱き寄せると、

 

「そうよねぇ、早く帰って・・・あ、帰りたいよーな、帰りたくないよーな。ビミョー?」

 

急な事に吃驚して固まっている凛子に、目を落としてクドゥーナに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で囁いた。



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そうだ 温泉へいこう!7

 

逡巡した京は帰ったらどうなるか、日本での自分の事を考えていた。

またウザい教授と、エロ目の講師と顔を付き合わせて日々を送るんなら、こっちに居た方が・・・いやいや、アイツの事もあるもんな、振るにしても、振られるにしても決着だけはつけないとなぁ・・・ねぇ?凛子ちゃん。

 

「京ちゃん、帰りたくなくなっちゃったの?」

 

そんな京を見上げながら視線を絡ませていた凛子がぎゅっと唇を噛み締め、不安そうに問い掛けると、

 

 

「へー、シェリルはぁ、みやこって言うんだぁ〜。」

微睡んで、寛いでいた筈のクドゥーナから声が上がる。

 

「──言って無かったっけ?」

 

「・・・うん、コクコク。」

 

視線を一度、クドゥーナに絡ませてから戻すと溜め息を一つ吐いて、素の表情で京が訊ねると、ジト目になったクドゥーナが、何事か思うことでもあるのか悔しげに、恨めしげに唇を噛んで何度も頷いた。

 

「あ、そー言えば気に入らなかったから。言って無いんだったわ、ゴメン。」

 

ピン!と思い出したと言いたげに閃いて、京はにまっと口端を持ち上げると、目蓋を閉じて出逢った頃でも反芻しているのか、しきりに頷いてからクドゥーナに顔を向けて心無い口調で謝罪を口にする。

 

二人が、初めて顔を会わせた頃の京の態度を思い出してみると、確かにクドゥーナと好んで関わろうとしていないのが解るかも知れない。

何て事の無い、気に食わない態度を取られたから頑なに、名前を言うつもりも無かったのだから、凛子が口にしなかったら・・・三人でマッタリする機会が無ければ・・・京から名乗る事は無かったんじゃないだろうか。

 

「ちょ、京ちゃん!ぶっちゃけ過ぎだってば。」

 

「いいよぉ、凛子ー。うちだってねぇ、精神的に避けてたし、・・・恐すぎだからぁ。えっと、みやこは。」

 

「そんなに気にするなら、シェリルで通せば?嫌ならそれで、良くなイ?」

 

凛子がフォローに入るも、クドゥーナが突っぱねて、更なる挑発的な視線と言葉を京に浴びせた。

すると、応酬する様ににこにこと笑う京が訊ねて。

収集が付かなくなるのを嫌って、凛子は唇を噛んで逡巡すると、

 

「あ、あのね。京ちゃんはホントいい人だよ、ときどきね、変態になったり。ほんのチョット怖ーくなったり、するけどっ!ぇ──」

 

もうフォローにもなっていない。

フォローしようにも優しい?もちょっと違う、いざとなれば頼れる存在と言える、だけどそれを帳消しにした上で、天秤の秤を更にかさまして変態だった。

嘘をつけないとフォローにならないくらい普段の言動が凛子にとって、京は逸脱している、その上チョット怖い。と、そういう評価に至った。

 

「それ悪口?フォローしてるつもりぃ?身に覚えはあるけど、そんな風に思ってるんなら──ベットの上が楽しみね。」

そんな凛子のみずからの評価に更に調子づく京だったりする。

ビッチとヘクトルに言われ様が・・・これはヘクトルが、勘違いしているとは思われるのだが。

ヘクトルは京をビッチと言うより、正しくは痴女だと言いたかったんだろう。

露出高めで、ディアドの店では脱ぎ癖も披露している。

どちらに並ぼうと変態に違わないのが、京と言う存在を極めて正確にいい表しせしめていた。

少し考えると艶っぽく舌を出して京がペロリと舐めとり、最後の台詞を嫣然と微笑み口にする。

態度、仕草、言葉全てから凛子を欲しているのが解り、当人の凛子もクドゥーナも青い顔に瞬間的に変わる程だ、二人がそれだけで純真無垢だと解る。

 

「・・・ゴメン。」

 

「許さなぁい。」

 

震え上がった瞳で、京の視線を受け止める凛子が口詰まりながら謝ると、京はそんな薄っぺらな謝罪は要らないと笑い飛ばして、更に凛子の視線に金色の双眸を重ねた。

クドゥーナには女子と男子の、よくある痴話喧嘩に見えてどこか気分が悪い。

男子はこの場にはいないのだが。

 

「うっわ、みやこってチョット怖いじゃないよ、超わがままだよぅ。ね、凛子もそ・・・」

 

だから、ついつい必要ない口を挟んでしまった。

だがしかし、言い終わるのを待たずに京はクドゥーナの喋っている口を無造作にくいっと逆手に掴むと、切れ長の瞳を細めて冷ややかに笑いながら、掴んだ頬を引き寄せて鼻先まで覗き込み、

 

「どの口がぺちゃくちゃ囀ずるのかしらぁ。」

 

嘲る様にそう言ってクドゥーナの返事を待った。

 

「うぎゅ、むぐぅぐ。おぅもぇんわあえぃっ。」

 

「ここでそんなの始めちゃったら、京ちゃんてばっ。ジピコスとかこっち見てるからぁ。」

 

「ちっ。んん・・・わたしぃ、二人からはそんな悪者に見えてるの?」

 

正直、京と言う猛獣に捕らえられた愛玩鳥でしかないクドゥーナは、謝るしか逃げ出すすべも無い。

凛子が横目でチラチラと視線でゲーテと、ジピコスの方を指し示すと京は、小さく舌打ちをして掴んだ手を緩め、複雑な顔をして弱気な口調で訊ねた。

 

「・・・ほんのチョットは、そうかも・・・」

 

おずおずと凛子が返答すると、訊ねる前から態度で解っていたんだと言いたげに京が、静かに怒りを湛えた瞳で凛子を刺すように見詰め、溜め息を吐いてから口にした。

 

「そんなの言われて怒るなって、無茶言ってると思わない?」

 

「・・・ゴメン。」

 

「・・・言い過ぎたと思うぅ。」

 

「ま、ベットの上は予約しといたから。」

 

心の底から真剣に謝る凛子、怒りの色に染まった金色の瞳を見詰めながら。

しぶしぶクドゥーナも俯いてではあったが謝罪する様に呟くと、クドゥーナの事など耳にも掛からない様子で軽口を叩く京はいつもの調子に戻っていた。

凛子を見詰める瞳はやさしく包みこむ様に輝いていたから。

 

「みやこちゃぁん、何?何されるの、わたし。」

 

もの凄く嫌な気配をその瞳から、台詞から感じた凛子が怯えたように訊ねると、

 

「・・・んん、期待しちゃった?寝るだけに決まってるじゃない、変態なの?」

 

くつくつと含み笑いをしながら、にまっと笑う京が可笑しくて堪らないと言う風に答えた。

変態呼ばわりされたので意趣返しと、軽い罠を張った所へまんまと凛子が嵌まったらしい。

 

「ち、ち、ちっ!違うし、わたしはノーマルだもんっ。」

 

「なら、女同士、寝て何か?何も無いわよね?」

 

すぐさま凛子が否定の声をあげると、くす、と小さく京が笑い声を溢して真に仕掛けられていたトラップが発動する。

一緒に寝ても何にも不思議の無い状況だと、知らず知らず京に導かれて、凛子が認める様に開けられた言葉の落とし穴、その奥には蟻地獄の姿さえ見えてしまいそうで凛子はぶるぶると震えが止まらない。

ハメられた?

そう思ってももう遅かった、頷く以外に反論も出来ない巧妙で、逃げ道も見付からない罠。

 

「・・・う、うん。」

 

「うゎあ、あくじょってこういうこと言うんだねぇ。」

 

認める様に凛子が躇いがちに頷いてからクドゥーナが、この仕組まれた罠に気付いてうゎあ!と言いたげにジト目で舐め廻す様に京を見てから呟いた。

 

すると、クドゥーナににこりと笑いながら顔を向けて、

 

「──人生、後悔してみる?」

 

婀娜っぽく微笑んで京はそう言うと、艶々しく唇を結んで舌舐めずりをする。

 

後悔させる、と言うフレーズは非情にもクドゥーナの胸に刺さる、嫌な思いでを強制的に脳内にリピート、リフレインさせた。

焦ってクドゥーナは思い出したくない記憶を吹き飛ばす様に、ぶんぶんと首を振って、

 

「い、いやぁ。うち、まだ大人にもなってないし。ちょっと、心の中ぶっちゃけたくらいで、大人ならキレ無いでよぅ。」

 

そう言うと唇を噛んで襲い来る恐怖に打ち勝とうと体を強張らせながらも内なる記憶からの恐怖にガタガタと震えた。

すると、クドゥーナの言葉に言い終わるまえから、こちらもぶるぶると震えてふつふつと怒りを募らせ、

 

「子供って言葉を楯に何でも出来るって思った?そう取るわよ、そんなに──教育されたい?頭の中空っぽにしてあげましょうか・・・ッ!」

 

クドゥーナの小さな肩を握り潰しそうな勢いで掴むと、我慢しきれないと言いたげに喉から吐き出すように言葉にする。

以前にも、京はこの様に『弱いんだから助けてよ』的な言葉に異常な反応を示している事からも言葉に含まれる姿勢が我慢ならない程度に気に入らない様子だった。

別の言葉で解り易く説明すると京の『逆鱗に触った』。

 

 

 



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そうだ 温泉へいこう!8

 

 

京は言い切った後も息荒く、ぶるぶると全身を震わせて怒りを収める様子は無い。

眦が決する程見開かれた切れ長の瞳に怒りの色がありありと浮かび、眉は吊り上がり唇は固く結んで、肩を怒らせて憤怒の塊にでもなったかの様。

 

そんな殺気と、怒りを孕んだ気迫にあてられてクドゥーナは弁解を口にしようにも、凍りついたかのように体が指先ひとつ、動かせなくなり、それは隣で京を見ていた凛子も同じ事で固定でもされてるみたいに京から視線も離せないし、息もやり方を忘れたとも思える程、息苦しい。

 

そんな状態がしばらく続いたらゲーテや、ジピコスも気になって近寄りたくなるものだろうが、京から立ち上る黒いオーラに戦慄し、彼らも近寄り難い場が出来上がっていた。

 

やがて、京の息も落ち着いて穏やかになり普段と変わらず整った息遣いが出来始めると、クドゥーナや凛子の息苦しさもどこかへ行ってしまった。

 

・・・明らかに人為的な息苦しさだったのだろう、原因は目の前の京に違いないが、当人にも自覚は無かった様に思える。

クドゥーナは突発的に殺してしまいたい、と思ったかも解らないのではあるが、そこまでの怒りだったかどうか。

 

凛子にまで被害が及んでいるので京のコントロール出来ない所で無作為に周囲を固める或いは、息を止めるに近い何等かのスキルを使ったのかも知れない。

 

そもそも当人の京が予期せぬ事態になにが起こったかわからないぽく、しきりに両の掌を見る。

何か嫌なトラウマでもあったのだろう、自らを落ち着かせようと胸に手を当てながら、天を仰ぐ。

 

「・・・」

 

月は相変わらず5コあり今、自分がどこに居るか?を思い知ることができた、嗚呼よかったと、京が胸を撫で下ろし一応の落ち着きを取り戻したのを感じ取ったのか、

 

「・・・京ちゃん、フォロー、絶対、出来ないってば。」

 

凛子が口を開く。

その言葉には、息が出来なかった刹那の時が長ければ死んでいたかも知れない事による、今、京に凛子が思った正直な気持ち。

 

大体軽口を叩いたくらいの事に、過剰に反応し過ぎているんじゃないかと思っていた、内心はこうだ『クドゥーナがいつもの調子でちょっと気に触る事、言ったのは解るよ?態度がまるっとそうだもんね。それにしても、殺されそうになるなんて・・・京ちゃんも混乱してたしなぁ、本気でクドゥーナを殺したいと思う訳じゃ無いんだろうけど。京ちゃんのデリケートなトコに刺さったんだかなぁ?だからって、殺されたらそこで終わりだし?ちゃんと、釘刺して、こんなことにはならない様にしないと。』

今は空気が美味しく吸える。

凛子が口を開こうとすると、先に息遣いがまだおかしなクドゥーナがそれでも言いたい、言っておかないとと気力で、天を仰いだままの京に喋りかける。

 

「・・・ひゅー…ひゅー…み・・・み、みやこぉ、仲直り、しよっ?ね、それでぇ、今日の事だけっ!でいいから水に流して、えっと、こーゆーの・・・」

 

「無礼講。」

 

「そう!それにして、ね。ぶっちゃけさせてよ、お願いぃ。」

 

しかし、出てくる言葉は凛子が期待したものでは無かった、クドゥーナらしいと言えばクドゥーナらしい言い逃れにも聞こえるフレンドリーな仲直りの提案に、天を仰いでいた京が視線をクドゥーナに向けるとぽたりと頬を一粒の、水滴が滑り落ちていった。

そして、くすっと一度笑ってから厳しい表情に戻り、クドゥーナにぶっきらぼうな態度で京は答えた。

 

すると、クドゥーナは碧眼の双眸を潤ませてすがり付くように、京を見詰めてそう言い、両の腕を広げてアピールする。

 

このさいだから、ぶっちゃけたい。何もかも、思いの丈を!クドゥーナはそんな感じな気持ちだった。

シェリルという存在自体が恐怖の塊に思えて堪らなかった時期も在った、一緒にいる時間が過ぎていくにつれその恐怖は薄らいでいくが、ゴロツキを屠る姿は出逢った時のそれに重なって酷く不安になった。

 

だが、彼女の心の奥に仕舞われた思いは誰に届くものでも無い。

だからっ、ぶっちゃけたい!今は、少し近づいたり、遠退いたりしている目の前の美しい魔物めいた、みやこの心に。

 

「・・・メリット無いんだけど?はーい、今から、悪口言いまーす、でも全部許して、怒らないでねっ!・・・」

 

だがしかし、クドゥーナの思いなど知りようがない京が嘲る様にコントめいた素振りに、台詞も付けてクドゥーナを真似、とことんまで嫌悪感を示している最中、

 

「ま、そだよね。」

 

凛子が見るのが堪えられなくなったか京の演じる悪意のコントめいた何かを遮って同意し、それでも、やり過ぎじゃない?と言いたげに京を視線で射抜く。

「そうよ、そんなの・・・許さない!」

 

びしぃ!と指をクドゥーナに差して、都合がいいようになんて絶対させない!と言いたげに挑発するぽく笑いながら叫んだ。

 

クドゥーナが一見可哀想に思えるが、どっちも似た者同士で我が儘な気質が窺える気がしないでもない。

一方が、仲直りしましょ、ぶっちゃけたい、でも何を言っても怒らないで?と言えばもう一方が、そんなのムリムリ、お前の言うことなんか聞かない、とそんな感じ。

 

当人でない凛子は苦笑いを浮かべてしばらく見守るしか無かった。

 

「こ、怖いってばぁ。ねぇ、みやこってどうやったら大人しくなるの?」

 

「・・・んー・・・」

 

クドゥーナが恐怖も露(あらわ)にそう問い掛けてきてもすぐに答えは浮かばない、ただ言えることは・・・

 

「あー、思った事を一回、頭で整理してからクドゥーナは喋った方がいいかも。」

 

チクリと刺さる棘付きの言葉で京とやりとりするクドゥーナには、言葉を選べと言うことに尽きる。

だが、苦笑いを浮かべる凛子の言葉にクドゥーナが思わぬ反応を示した。

 

「それぇっ!それだってば、うち、初めて会った時ぃ言ったよねぇ。愛那って呼んでねってぇ!二人はぁ、ちゃんと名前で呼び合ってるのにっ。」

 

極々一般的な欲求で名前、それも本名である愛那と呼んで欲しいと、羨ましげな視線で凛子を、京を見詰めて唇を噛み締めてそう言いクドゥーナは左腕を目蓋に押し当てた。

その隙間から数滴の雫が溢れると、頬を伝って温泉の水面に吸い込まれるように混ざって無くなった。

 

「あー、だからそれは、気に入らなかったから。」

 

「わたしは、・・・なんと無く忘れてた。ゴメン、あいな。今度からは、気を付けるし、間違ってると思ったら言ってね。そしたら、直すし。」

 

そんなクドゥーナもとい愛那の姿を見ていてもブレない京は突っぱねる様に呟き、おろおろと凛子は謝罪する。

 

「凛子ぉ、うち、嬉しいぃ。それにくらべてみやこって壁作るよねぇ。」

 

愛那の打算では、京も少しは歩み寄ってくれている気がしたのに実際は、やはりお互いズレがあるのだろう、簡単には仲直りは出来るような気がしないでも無い。

 

「そう?ま、いいわ。名前は愛那、ね。覚えた。でも、悪口言ったのは忘れないし、許さない。それに──」

 

冷たく映る微笑を浮かべながらクドゥーナを見詰め、愛那と初めて呼んだ京だが、クドゥーナが本名である愛那と呼んで貰えた事に感動を隠せない中、すぐ口調が厳しいものに変わる。

 

「子供って言葉を二度とわたしの前で使わない、約束して?出来ないなら、仕方無いから教育、することになるけど──どっちがイイ?」

 

冷たく、厳しく、時にチクリと刺さるその言葉は京のトラウマだか、訓示なのだか解らないが逆鱗である事に変わりはないのだろう、デリケートな部分で『子供ぶって困らせたらその時は誰が止めても許さない』と言う意図が含まれていた。

 

 

 

「う、言わないよ。うん、うち、もう絶対言わない。それは約束するよぉ。」

 

「約束して、仲直りって難しい事ないよね?京ちゃん。」

 

愛那が京の静かな烈迫に気圧され、頷くままになっているとこを見て、すぐさま凛子が京を見詰めて問い掛ける。

 

愛那と京がやり合ってるだけではどうにも仲直りのできる気がしなかった。

凛子にも感じ取れたのはやはり、どこか似てて、どこか違う、二人のそんな性質だったのかも知れない。

 

「んー、態度次第?かなぁ、あいな、の。」

 

「っ!、和気あいあいで、温泉、楽しみたいのに・・・」

 

態度次第では許さないとも取れる京の仕草に、凛子ははち切れそうな思いを抱えながらも、自分まで感情に押し流されたら笑って仲直りなんか出来なくて、愛那を置いてカルガインに京は帰るかも知れないと思い直し、それまでの思いを抑えて叫び出しそうなのを我慢しながら、ゆっくり優しい口調で、順繰りに視線を変えて諭すつもりで凛子がどうしたいのかを伝えた。

 

「ね、うちも。わーきゃー騒いで、温泉たのしかったねーぇって言いたい。」

 

その意見には賛同しているぽく愛那が喋りながら、京の手を取ってすがる様に見詰める。

 

「なのに、・・・怖い顔でこっち睨むんだよぉ、みやこ、が。」

 

すると、京は寒々とした眼差しで、愛那を刺す様に見詰め返すので、愛那は震える声で呟きながら、最後には叫びに変わる。

 

「そう、態度を改めるつもりは、無いと、うーん・・・隣、放り込まれたい?蒸し鶏もいいわよね?凛子。」

 

「和気あいあいがいいよねって。・・・和気あいあいにしたいねって、わ!た!し!言ったよね。京ちゃんも、く──あいなもっ。」

 

愛那が気にくわないのは変わらないので何をしても京の気持ちはブレない。

軽口で凛子に振ると感極まった凛子が泣くような怒ったようなない交ぜになった感情を発露させ言葉に乗せて叫んでいた。

 

もう、我慢が出来ないと言いたげに、笑いたいのに笑えない複雑な顔で。

しかし、この凛子の発言でその場にまとわりついた冷たい空気が霧散していく様だった。

顎に手を当て、京が逡巡する態度を見せる。

 

「あっ、く、って言った!また名前忘れてた!凛子、酷いよっ。」

 

「ソコ突っかからないでも良くない?クドゥーナ、あ♪あいなだっけ、ね♪」

 

ああ、いい雰囲気になりかけたのを、愛那がやはりというか台無しにした。

愛那VS京の構図は緩まない。

余計なツッコミをした愛那に京は嘲る様にからかった。

だが、悪いとも言えない、何故なら京に心境の変化は有ったようで言葉からは刺す様な悪意は抜け落ちている。

 

「──からかってるぅ?何か、やっぱり。うちは、名前も呼んでくれないんだっ・・・」

 

「あいな、違うって、ね。京ちゃんも、謝ろ?呼び慣れちゃっただけなんだよぅ、あいな。悪気無いから、ね?」

 

こんなに歩み寄ってるのに一向に良くならないと思っている愛那が、落ち込んで温泉の中に全身を押し込める様に消えるのを見て、焦って凛子が二人を取りなそうと発言した。

 

「そう、なら?喧嘩売るならいつでも買うわよ。」

 

そう言いながらも京は、愛那に対する憎らしいのか、気にくわない気持ちはすっかり和らいでいた。

それどころかなんというか、心にあったしこりの様な何かが取れ、晴れ晴れとした気持ちすら感じていたのだから。

なのに、許し切れないのは心のどこかに京なりの線が引かれて、そこを愛那なり凛子なりが越えて満たしてあげないといけなかったのかも知れない。

面倒なのだ、京は。

そういうところは子供の喧嘩のように見えなくも無い、そう言えば以前も京はこんな言葉でゲーテを許している。

 

『わたしが満足するまで終わるわけないじゃない?』

 

つくづく難儀な、我が儘な神経をしているのかも知れない、この笹茶屋京という少女は。

 

「凛子ぉ、ありがとお。みやこってば、まだ壁作るよねぇ。う、うう・・・喧嘩売るわけないじゃない、うち、知ってるんだから!喧嘩負けた事なんて無いでしょ?

軽くひねられて伸びてるもん、誰だって・・・」

 

水面から少し顔を出し、凛子、京と順繰りに視線を変えながら喋る愛那。

そんな愛那の眦には溢れるものが湛えられて、涙目だった。

 

簡単には京は素直になれない、それが災いしてると言っても、それを鑑(かんが)みても愛那は一言も二言も無駄がある。

一言多い上に言葉に棘があり刺さる、まだ精神的に幼い愛那には、自分の言葉で傷付けているという実感が薄い。

そんなとこでも、京は透けて見えて、凛子には解らない愛那の嫌な性質を感じ取っていたのかも知れない。

 

「・・・そう、良く解ってるじゃぁない。なら、喧嘩させたく無いならどぅしたらいいか?も、解ってるわよねぇ・・・?」

 

「そうやって強制するんだぁ?」

 

「ちょ、京ちゃん!だから、あいなもっ。喧嘩したいなら帰ってからやってよぅ。寛ろぎに来たんだよ?ねぇ、わたし達はギスギスしに来たんじゃないよねっ?」

 

半分より多目に喧嘩を売っているとしか、京には取れない愛那の言葉に逡巡すると、試す様に水面から瞳の下までしか出してない、愛那の頭を掴んで持ち上げ、碧眼の双眸を覗き込んでにっこり笑って言葉を紡いだら、、愛那はすぐさま恨めしそうに見詰め返して呟いたので、くすっと京は笑い声を可愛くこぼした。

 

 

 

 

 



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そうだ 温泉へいこう!9

 

こんな風でも京は楽しんで、その時をまっているだけだったが凛子にはそうは映らない。

訴えるような口調で凛子は、いい加減にしてと言いたげに京を注意する。

 

恐怖に怯えた様な愛那の碧眼を窺いながら、京はウザいけど可愛いとも思えるまでに心境は変わってきている。

 

もし、凛子と出会う前だったら愛那をとっくに許していただろうと考えて京は、また小さくクスリと笑う。ウザカワか!それもいいかもしんない、と。

 

後は京の満足するキーワードを愛那が言えれば、仲直りしてもいいとこの時には内心、思っていたのだがしかし、そこまで持っていけたのは愛那の言葉では無く、凛子の必死な説得とも取れる台詞の数々だった。

 

『和気あいあいと温泉楽しかったねって話したいし、ギスギスしに来たわけじゃない、寛ぎたくて無理言って来たんだった、わたしは。』

 

「みやこがあっ、・・・うっ、いつまでたっても、ぐすっ。敵みた、ぐしゅ、いにぃ・・・うぅぅえぇええっっ!」

 

「泣いたらどぅなるって?」

 

「だから、ダメだってば京ちゃん、何でそんなキツく当たるのっ?」

 

 

だがしかし、京に吊り上げられたそのままの態勢で京の心の移り変わりに気付けないまま、愛那は声を抑えながらも泣き出してしまう。

 

さっきまでの緩んだ気持ちが自分の中で一気に張りつめるのが京は解った。

どうにもまだ、仲直りは難しいなと。

諭す様に凛子が問い掛けるが頭に入って来ない。

 

『おっかしいなぁ?ここまでどうして子供ぶってる愛那が憎らしいのか、解んないんだけど?いつからこんななんだろ?わたしって・・・うーん、思いだせないな。』

 

京も内心そんな風に考えて、戸惑いを隠せないほど、温泉で無ければ不自然な汗を掻いていただろう。

 

「ぐしゅっ、ぐす。・・・ふぇえええっ!」

 

泣いてばかりいる愛那を見詰めて京は額に伸ばしきった指先を当てて何やら逡巡する。

 

京が以前言っていた言葉であめとムチと言うものがあり、凛子にはムチも振るったが飴もそれに負けない、ううん、それ以上に与えていたかも知れない。

 

が、愛那にはムチはこれ以上なく鋭く振るったまま飴を与えていなかった、まあ、愛那が京に怯えきって踏み込んでこない上に、イロイロ有りすぎて京もそれを忘れていたくらいだ。

 

あっさりと解は出てきた。『悪いことをしていた?んー、優しく接してないんだからかなり怖がられても仕方ないな』、と。

 

『怯えるくらいでウザいって思うのは止めよう、泣かれたくらいでイラってするのも我慢しなきゃ』、とも。

 

「ふん、・・・じゃぁっ!凛子は、わたしが悪いって言いたい?そうなら、さ。そう言えばっ?」

 

「あぁ、もうっ。」

 

内心、愛那が泣いているのも凛子の反応も楽しくなっていた京はだがしかし、裏腹にわざとキツく突き放した言葉で愛那と凛子の反応を窺うことにした。

だって、その方が楽しめそうだから、と。

愛那にも凛子にもはた迷惑でしかない、ねじ曲がった京の心情を周囲の誰もが量れない。

 

悔しそうに涙目で見詰めてくる愛那に、凛子に至っては京の態度がどうしても納得出来ずに、掌をぎゅうっと痛いほど握りしめて、諦めきれないがどうすることも出来ない自分自身が歯痒く天を仰いで心から叫ぶ。その様に満足げに一人、京は嫣然と微笑い凛子を見詰めていた。

やっぱり楽しくなってきた、と。

 

心と心からのぶつかり合いこそ京が、喉の奥から欲しがる楽しくて堪らなく求めるもので、自ら追い込んで作り出したギスギスした状況を思うに、笑いを噛み殺すのも必死になる。

 

『気づけるかしらぁ?凛子ちゃん。』

 

「・・・」

 

「・・・」

 

そうなると自然と無言でお互いを見詰める時間が生まれ、しかし、二人の表情は対照的に違う。

ニマニマと笑っている京と、苦虫を噛み締めたやるせない表情で、気持ちが伝わっていないと思っている凛子だったりする。

 

「ぐす、仲直り、・・・出来ないぃ?みやこぉー。」

 

睨み合う二人を順繰りに見詰めていた愛那が泣きながら、掌の腹で涙を振り払い再度、京に哀願した。

凛子と愛那、二人はまだ気付けてない様で京の雰囲気が変わっていっている事に。

 

「それなりの態──」

 

「京ちゃんっっ?」

 

楽しくギスギスした雰囲気を堪能している京が、そう易々と願ったり叶ったりの、今の状況を手放すはず無かった。

哀願を聞いても注文を付けて撥ね付けようと、京が心の奥であかんべをしながら口を開けば、凛子の真剣な真っ直ぐな瞳と、言わなくても解るでしょ?と語る表情に遮られ心ごと飲み込まれそうになり、唾を飲み込む。

敵もさるものと、凛子に高評価をつけて、

 

『じゃぁ、こう言うのならどうするのかなぁ?』と、京は心の内でケタケタと笑いながら、冷たい微笑みを浮かべる演技を始めると、

 

「わたし、そんなに悪者かなぁ・・・?ね、凛子ちゃんもそう思うの?」

 

伏し目がちにチラリと凛子を見詰め、わたし傷付いてますよ!なアピールをする台詞を語る。

語る、であり、そんなこと少しも思ってなど居ない・・・ロールプレイは京の得意とする所だったり。

 

「違う、違うよ。あいななりに歩み寄ろうとしてるの解らないのって、わたしは言いたいんだよ!」

 

しかし、京の考えを見破った訳では無いかも知れないが否定して、京が理解ろうとしない愛那をかばうような凛子なりの言葉で返す。

 

その時の京は内心こんなだったり。『ここはわたしに謝るとこじゃ?おっかしいなぁ、あぁ、うん。歩み寄ってるの解る、解るけど。何より今の状況が楽しいしさ?もうちょっと楽しませてよ。』

 

もう、何かイロイロと終わってる性格をしていると思われる京を、凛子は如何にして攻略すればいいのか・・・

 

 

 

 

 

 

「ぐす、ぐすっ。・・・凛子ぉー、解ってくれてありがとおっ。」

 

「・・・。」

 

泣きじゃくっていた愛那もようやく溢れる涙が収まりだし、凛子に向かって泣き顔のまま、にこりと微笑む。京は黙ってそんな愛那を見詰めていた。

 

そして、悪巧みを思い付いたと思われるしたり顔を一瞬浮かべると、すぐに冷たい微笑みを作れば京は泣き止もうと必死で熱い水滴を振り払っている愛那に、視線だけでなく体全体で向き直ると、

 

「悪口言われて、何も謝ろうとしないで『仲直りしましょ。』ってむしが良すぎるって思わない?まぁ、わたしが折れたら和気あいあいになるのよね?折れてあげようじゃない。んー?何、凛子、その顔。」

 

何の躊躇無く、悪女を演じきる京が自身の台詞に陶酔する様な気分で喋っていると、気に食わない、そんな事まちがってると言いたげに凛子が顎先まで瞳を近付け睨んでいるのに気付いて問いかける。

鋭く刺さる棘をいっぱいに孕んだ口調で。

 

「どぅしたらそんなねじ曲がった、ひねくれた言葉しか出てこなくなるの?」

 

すると、泣きそうな、今にも溢れ落ちそうな水溜まりを、瞳いっぱいに湛える凛子が数滴の涙を散らして、首を振り乱し京を説得しようと奮戦すると言う、京に取っては楽しくて仕方ない展開に。

内心、もうとっくに許しているんだから許すも何も。余興、おまけなのだ、京の中では。

 

「ごめんなさい。をさせたいなら、京ちゃんも柔らかく、弛んであげなきゃ。あいなも踏み込めないんだよ?踏み出したくっても・・・やっぱり『壁』が見えちゃう。だからっ、それ以上先に入れなくて言えないんだよ。ね?あいなもごめんなさい言いたいんだよね?」

 

水溜まりを全て散らすと一度、深呼吸をした凛子はキッと気合いを込めて、なかなか折れない京に何とか解って貰おうと、『愛那の伝えたい事』と感じた部分を心の奥で組み立てて口にし出し終えれば、どうだ!内心叫ぶと、目蓋に腕で蓋をして泣き止めないでいる愛那ににこっと微笑みかけ訊ねた。

 

「・・・うん、仲直り、したいよお。でも、ぐすっ。うちを見るみやこは凄く恐くて、・・・だからっ、言いたいけど、言えなくて──ごめんなさいっ。ぐすっ、へへ!・・・言えたよ、凛子ぉー。」

 

凛子を見詰めたまま、時折ぐすぐすと涙を堪えきれずに愛那はお辞儀をして謝罪をし終えると、凛子ににへらと惚けた顔を見せ微笑む、凛子に。こんな所からも理解るだろうか、愛那は天然だった。

 

「こぉら、わたしにごめんなさいしてもダメだってば。ほら、あっち!京ちゃんの瞳見て!今なら、壁、無いよ、きっと。わたしが壁に穴空けたからっ!」

 

「凛子ちゃん?わたしは何か?ラスボスか何か、そんな設定なのかな、んーっ?」

 

そんな愛那を見かねて、涙を左の腕でぬぐうと凛子はそう言って、愛那に促すように京を指差す。

指差された京はというと、温泉の水面を掬い上げて溢れ落ちていくお湯を眺めていたが、凛子が指差した事に気づくと、とぼけた口調で応えながらチラリと凛子を横目で窺う。

 

『まだだ、まだ引き延ばせる、折れるのは今じゃない。』と、思いながら。

 

「違う、ち、違うよ?えっ──」

 

「ごめんなさいぃ、みっ!みやこが恐くて、恐くて。2、3日前とかホントに近寄りたく無くて、いつ、見てもどっか血塗れだし、なんか黒いオーラ出てるみたいだし、ホントに恐くて・・・で、」

 

「──それ、謝ろうと思って謝ってるの?愚痴よね。」

 

凛子が弁解しようと口を開けばそれを遮って、心の内をぶちまけるように愛那が喋り出す。

それを耳に入れながら京は苦笑いを浮かべ、キッパリと愛那の謝罪を否定した。

 

 



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そうだ 温泉へいこう!10

 

 

 

「京ちゃんっ、最後まで言わせてあげようよ・・・」

 

すると、凛子がすがり付く様に口を挟んだので京は仕方ないと黙る。

凛子に視線を移して微笑むと愛那は真剣な表情で、

 

「──やっぱり見えない壁があって、仲良くしてとか、当たり前の事も言えなくて、いっぱい、いっぱい!酷い悪口言っちゃってごめんなさい!・・・」

 

視線を京に戻し真っ直ぐ金色の瞳を射る様に見詰めると、用意していた言葉を再び紡いだ。

 

もう、京は諦めていた。

及第点ではあるが、これを突っぱねる余地も無い、追い詰められてしまった京は悪女を演じる仮面を脱ぎ捨てる事にする。

 

「んー、20てんっ!でも、今夜は温泉たのしかったねーぇって言いたいわ。」

 

わざと低い点数をつけて、愛那、凛子を順繰りに見詰めながらおどけた様にそう言った。

これは折れないとまずいなと思いながら。

 

「じゃあっ!あいなと。」

 

間髪入れずにパァっと華が開くように明るい表情で凛子が訊ねると、伏し目がちに愛那もチラリと京を窺って、

 

「う、・・・み!みやこぉ、仲直り、してくれる?」

 

そう言うと唇を噛み締めたので、それに気付いた京は碧色の頭をポフポフ叩きながらポッキリ折れた。

 

「みやこが、じゃぁ無くて・・・まずは、みやこちゃんって呼ぼうね?あいな。」

 

「──うんっ、みやこちゃんっっっ!!!」

 

感極まったのか、涙腺が弛みっぱなしだったのかまたも熱い水滴を撒き散らす様に愛那は隣の京に飛び付き、ぎゅぅーっと抱き締めた。

あらん限りの力を振り絞って喜びをぶちつける様なその態度にふふっと京は微笑し、

 

「飛び付くな!バカ鳥。」

 

愛那を引き離すものの、言葉、態度と裏腹に優しい気分になって、京は両手でぐいと振り向かせ愛那を見詰める。

 

「え、そんな優しい顔、初めて見せてくれたぁ、みやこぉ。・・・ちゃん、が。」

 

それを見て、にへらと笑いながら愛那はそう言って再度、京の首に飛び付き手を回して抱き締める。

 

 

この時愛那は自分に対する京の態度が今までと全く違う、怖くもない、拒否するものでもない、受け入れてくれるものになった事がただ純粋に嬉しかったのかも知れない。

 

「うんうん、良い、いいっ。ほら、握手握手。」

 

「んー、仕方ないわね。」

 

「へへっ。」

 

「そのまま、ゆびきり指切りっ。」

 

「えーーー。」

 

「しよ、しよぉっ。みやこちゃんっ、──びっきった。」

 

「はいはい、やくそくげーんまん、ゆびきったっ。うん、水に流せそう。・・・許してないとこもあるけどね?」

 

その後は感動したのか、笑いながら涙を流したままの凛子の仕切りで、愛那、京ともに握手から始まり、指切りまでして仲直りが滞りなくなされていった。

京はもう少しくらいギスギスした空気と楽しみたかったのか分かりやすい毒を吐くと、

「京ちゃーんっ、一言多いよっ。」

 

凛子が頬っぺをぷりぷり膨らませて可愛く怒る。

 

「うちら、これでっ仲直りもしたし、仲良し三人組だよねぇっ?凛子ぉ、みやこちゃんっ!」

 

今にも飛び上がってしまうんじゃないかと思われるくらいに白い翼をはためかせて、テンション高めに凛子と京の首に腕を回しながら、そう叫ぶと愛那はウインクを一つして二人を抱き寄せる。

 

「あー、暑っくるしいから。ひっつくな!バカ鳥。ふふっ。」

 

「えへ、あははははは!いいね、仲直り、スッゴくいい!超さいっこおっ!」

 

愛那を右手で押し退け様と手を伸ばす京だったが、本気で嫌がってないのが、棘のない笑い声と雰囲気で解って、愛那は更に力を手に込めて引き寄せる。

 

「ふふふふっ!あっあははははは!皆で、笑えてホンっとさいこー!ほら、京ちゃんも。笑お?」

 

「そう?うふふふふ。あっはははははははっ!!!」

 

アハハハと嬉しそうに、楽しそうに笑い声をあげる凛子に促されて、にこっと可愛く微笑んだ京は、凛子を見詰めると二人にまけないくらいに声を張り上げて笑い始める。

 

「壊れましたか?姐さん。」

 

「急に、三人バカみたいに笑いだして、どうしたんすよ?」

 

笑う三人を見て、心配そうにゲーテとジピコスが声をかけてきた。

長い喧嘩をウンザリとしながら見ている内に、京から怒りとか、憎しみと言った暗いオーラを感じられなくなったのに真っ先に気付いたのはゲーテだった。

 

誇れることでないが、ゲーテは京の悪意という悪意、嫌悪という嫌悪を浴び続けて何度も殺されかけた・・・本当ならとっくに死んでいる身だったりするので、そのどす黒い悪意やら、負の感情を京が出していないのに気付いた、と言うわけだったりする。

 

だからか、口を挟むことなく楽観してゲーテは自分等も楽しむか、と観戦していたくらいだ。

 

「あれは喧嘩、じゃないな?ゲーテ、そうだろ。途中から雰囲気ってか、何か違う、殺気も感じなくなったしよ。」

 

少し遅れてゲーテにジピコスが訊ねると、

 

「あぁ、姐さんは楽しんでるみたいだな。」

 

そう言ってジピコスも納得させたので、しばらく見守っているとやがて壊れた様に、三人が笑い始めたので吃驚して近寄ってきたのだった。

 

「こっち見んな!下がれ、下がれっ。」

 

照れたのか、真っ赤な顔で子分であるゲーテとジピコスを下がらせようと京が手を振って叫ぶと、

 

「ゲーテも、ジピコスも皆で笑おっ?あっははははははは!」

 

ケタケタ、くすくすと笑い続けている凛子が呼び止めて、更に誘う。

一緒に笑おうよと。

 

「──へ?俺が?」

 

「俺もかよ、ふわあっはっはっはははははあっ!ゲーテも、やれよ。」

 

戸惑うゲーテだったが、すぐさま声を上げて笑い出すジピコスを見て、その場で大きな声で笑い出す。

突如として温泉は笑い声が沸き起こりある意味異常で、ある意味平和に見えた。

 

「え?、がああっわっはっはっはっはあっはははは!」

 

うふふふふふ!

あははははは!

えへへへへ!

ふわあっはっはははあっ!があっわっはっはっはっはっ!

 

五人の笑い声は鳴り止むまで大空に届かんばかりにクインテットになって響き渡ると、やがて何事も無かったように融けて消えた。

 

 



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グラクロと小さな影

 

 

もう一人この場に喋る事が出来る人物(?)が居たことをお忘れでは無いだろうか?時を少し戻す事にしよう。

 

凛子が京に脱がされ、わーきゃー逃げ回っていた、同じ時、もう一人の登場人物の元に近寄り、辺りを窺う小さな影が一つ。

魔法を使ったのか、臆病で、警戒心の高いシャダイアス達の筈なのに、寝息を立ててその小さな影に気付かない。

 

闇に融けこみながら小さな影はシャダイアスに近寄り、シャダイアスに付けられた鞍の上に残されている青いリュックサックの革紐を弛めると中を覗いた瞬間、影は口端がにいっと持ち上がった。

 

勿論、リュックサックの中身は彼のドラゴンのなれの果て、グラクロと言う名の、しかし今はどこに出してもぬいぐるみにしか見えない、・・・黙っていれば。

 

知らぬ者なら、話し掛けはしないだろう、ぬいぐるみに話し掛けるのはイタイ人だけ、そうだろう?

なのに闇に融けた小さな影はぬいぐるみにしか見えないグラクロに呼び掛ける。

 

「起きないか。ん、違った。起きましょうね?」

 

「──誰、か?」

 

小さな影は彼のドラゴンに優しく喋りかける。

 

しかし、目蓋を閉じたぬいぐるみは瞳を開けてくれないのでリュックから取りだし、起こそうとゆさゆさと揺さぶっていると、ぬいぐるみは可愛らしい金色の瞳をパチリと開いて、小さな影のピンク色の双眸を覗き込んで訊ねる。

 

クドゥーナじゃぁないなと思いながら。

 

「グラクロデュテラシーム・・・──オリテバロー。」

 

「──ふむ、俺の名を全て知るお前は、神の一柱の某か。」

 

小さな影は答えた。

満足げに微笑うと、彼のドラゴンの本名をすらすらと全て言い当てる。

 

そんな芸当ができるものなど、神かそれとも邪神か。

どちらにしても、いい気分のするものでは無かったグラクロは特に何の感情もこもってない口調で神と思われる小さな影と言葉を交わす。

 

影の声は幼い。

セフィスと同じくらいか、それとも下かも知れないくらいにただ、幼さの中に威厳があった、この瞬間までは。

 

「えへ、お久しぶり。だねぇー、えっと。今は、ぐーちゃんって言うのがお気に入りなのか、なるほど。うぐぐ、可愛くなっちゃって、このこの!」

 

セフィスと同じ様にぐーちゃんと呼び、セフィスと同じ様にぬいぐるみをぎゅっぎゅっと抱き締めて頬に額にキスの雨を降らす今は、威厳が消え失せて、ただの幼子のようだった。

更にはグラクロの両頬を掴むとぎゅーっと引っ張る。

態度、仕草、声、容姿の全てが幼子と見間違えてしまいそうな小さな影は、きゃはははははと何が愉快なのか、力のこもってない小さな掌でぽふぽふとグラクロの頭を叩くと、またきゃはははははと笑い声をあげる。

 

「──用があるのだろ、神が遊びに来た訳じゃあないよな?」

 

ぬいぐるみの様にあやくられるままに、小さな影に身を委ねていたグラクロが口を開いた。

 

「うんうん、ぐふふふふ。話が早くて助かるよ。わたしが来たのは、ね?──と、云うわけ。解ったら、さっさっと元に戻りなさい。」

 

するとまとわり着く様に消え失せていた威厳が蘇り、小さな影は長い長い説明を始めた。神である小さな影がここにやって来た理由を。

 

話終えた影が、グラクロをピンクの双眸で見詰めると、グラクロは逡巡し、静かにだがキッパリと断りの言を入れる。

 

「──理解った。だが──断る。」

 

「ひゅえっ?」

 

まさか断られるとは思って無かったのか小さな影は眉をひそめて、吃驚した様に小さな叫び声を上げるとグラクロを見詰めていたが、何やら思案した後で、いいアイデアが閃いたのかむふっ!と悪戯っ子めいた微笑いを浮かべる。

 

逆三日月の瞳と、三日月の形の口と言えば解りやすいかも知れない。

 

「くふふふ。そのままじゃ魔法の一つ、使えないのに?ひんと、ね。あなたの主はだぁれだ?」

 

「──神々か?」

 

無い胸・・・幼子の容姿なのだから当然、無くて当たり前な胸を精一杯張って小さな影は、悪戯っ子めいた微笑いを変わらず浮かべたまま、グラクロに訊ねると当然だと言いたげに、ピンクの双眸を覗いてグラクロは答える。

 

しかし、ちちち!と小さな影は顔の前でピンと立てた人差し指を振って、

 

「違う、ちっがーぁうっ!」

 

と否定した後、大袈裟に深い深ーい溜め息を一つ吐くと言葉を続ける。

 

「それ、当たり前の答え過ぎてつまらなくない?そうじゃないでしょ。あなたの主はだぁれ。」

 

「──ふむ、俺の主は?では、シェリルか?つがいたいと・・・」

 

短い両腕を差し出してグラクロを見詰め再び、問い掛ける様に小さな影が訊ねると、グラクロはしばしの逡巡の後、小さな影に問い返す。

 

主が神で無いなら、好いた女が主なのか?と思いながら。

 

「あったま固いってば。じゃぁコレっ!」

 

だが、その答えも正解では無かったのか、事が上手く運ばなくてイラっとしたぽく小さな影はその場で地団駄を踏んでキーッと悔しがった後で、呟きながら空間に融ける様に右手が消え失せたと思うと、何事も無かった風にニマニマと笑って、何かを右手に掴んで取り出した。

 

「──何だ?」

 

小さな影が掴んだそれを、凝視してグラクロが思わず声に出して訊ねると、

 

「くふふふふ、コレね。わたしのつがいたい神がね。創ってくれたのぉー、ガチャって言うんだよ♪」

 

小さな影は可愛らしく口元に手を当て笑うと、頬っぺたをピンク色に染めて、照れた素振りでくねくねと胴を揺らして、両腕を頬に寄せると恥ずかしがりながら喋った。

 

影は神であり、神がつがいたいと言うならばそれも神だろうか、あるいは・・・。

何とは言え、しばらくの間グラクロは小さな影が一人、照れてモジモジ、ぐねぐねとしている様を黙って眺めていた。

 

 

 

 



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グラクロと小さな影2

 

 

ガチャと呼んだ箱についたペダルをぐるりと回すと、まず箱を中心に異空間が現れて眩い閃光が疾った、何度も何度も──

 

「くふふふふ。一つ回して見るね、っと!出た出た・・・んー。」

 

漸くモジモジするのを止めた小さな影は、ガチャ──ソレは幼子の背丈サイズの正方形をした、黒い箱を模した異空間だったのだが、異様なのは幼子でも手の届く場所に丸いペダルがちょこんと付いている事だった。

 

このペダル以外は、異空間を見た目サイズに切り取った様にしか見えなかったから。

 

その丸いペダルを廻すと、異空間はウォオオオという耳障りな音を立てて、異空間が零れ溢れるかの様に箱から漏れだして稲光めいた閃光がビカッビカッと何度も何度も輝き、閃光が収まると漏れだしていた異空間が元のあった様に戻って、残されたのは小さな包み紙が一つ。

 

「──何がしたいのだ。」

 

黙って小さな影の動向を窺うように眺めていたグラクロが口を開いて訊ねると、いつの間にか消え去ったガチャの後に、ただ一つ残された包み紙を拾い上げ、パラリと解いて中身をふむふむと読みながら何やら納得できたのか、何度も頷いていた影はグラクロに振り返るとニコッと微笑んで、

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。ん?何をしてるかって。ソレはね、ひ・み・つ・ですぅ。ふふふっ。」

 

そう言うと顔の前にピンと立てた人差し指を振って可愛らしく笑う。

 

「──さっきのだけどな、理解った!クドゥーナだな。」

 

秘密と言われても全く、伝わって来ないグラクロはガチャの事を諦め、先ほどの小さな影の問いの答えを思い付いて口に出す。

 

「ぴっ、んぽんぴんぽんピンポーン!大正解っ。じゃぁ、ドラゴンのなれの果ての写し身なあなたが、どぅしてえ、ふふっ。人類の言葉を解るのでしょ。」

 

すると、正解だったようで小さな影は嬉しそうに跳ねて叫んだり、俯くと喜びを噛み締めているのか、小さな掌をぎゅっぎゅっと握り込んでうっしゃとガッツポーズまでして見せて、再び顔を上げると悪戯っ子めいた表情になった小さな影は、なかなかハードルの高い質問をグラクロにぶつけた。

人差し指をびしぃと突き付けて。

 

「──?、奴らが俺と同じ言葉を話しているわけでは無いのかっ?」

 

「んっふふふふ、正解だけどハッズレ!神なる力が働いてるに決まってるじゃない、えっと、クドゥーナだっけ?異世界から巻き込んじゃった子は。今の主なんだよね?その子だけじゃないけど──神なる力が備わってるのよ、この、このっノルンの運命を背負わせてるの。」

 

動揺した様に瞳をギョロギョロ巡らせて驚くグラクロを尻目に、更に重ねてぶっちゃける小さな影。

 

『クドゥーナ達に、神の力が宿る?それだけじゃない、俺が喋っているのはその・・・神の力が及んだクドゥーナのせい、だと?。』

そう思ったグラクロは、主だと言われたクドゥーナを思い浮かべる。

 

「──アイツ弱いぞ?バカだ、その、神が。」

 

グラクロはグラクロか、シェリルが基準となっているのでクドゥーナの評価は恐ろしく低い、セフィスよりも低いくらいだったそのクドゥーナに神々はノルンの、この世界の運命を背負わせていると言うのだから。

 

グラクロでなくても、ドラゴンのように力ある種なら同じく、神々をバカにして嘲ったかも知れない。

 

「しっつれいしちゃうなぁ。ふふふっ、まぁね?そのままなら弱いだけ、人類だものね。」

 

グラクロが喋っている最中から、含み笑いを溢していた小さな影が、そう言うと優しく微笑んでグラクロを見詰めてくる。

 

「用はね?勝手に連れてきて、巻き込んじゃってもイイって神々に判断されちゃった暇な人達を、集めてるの。あ、でも、ここに来たのは違う用なんだよ。忘れそうだった、いっけなーい。えへへ。」

 

そして、更に爆弾の様な衝撃的な言葉をグラクロにさらっと告げると、小さな影は本来の目的に話を戻そうとしたのだが、グラクロにその部分は聞き取れなかった、何故なら。

 

クドゥーナや、シェリルを勝手に巻き込んで・・・まるで、消耗品を使い潰す様に説明されてグラクロは思考がショートしそうな程ショックを受けたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──暇、な人達?クドゥーナ達みたいのがまだまだ居るんだな?ノルンに。」

 

「んっふふふふ、その話はもう終わったんだぞ。今からはおしごとのお・は・な・し。」

 

 

 

小さな影に肩を掴まれ揺さぶられると我に返ったグラクロが怒りの形相で訊ねると、小さな影はニコッと笑うとやんわりとはぐらかして、コテンっと首を傾げるとグラクロの金色の双眸を覗き込んで、ピンと立てた人差し指を振りながら喋った。

 

「──おしごと?」

 

「君、きみのおしごとなんだったかなあ。思い出してみ?んんっ、ほらほら。」

 

はぐらかされる様にグラクロは別の話題を問い返されたのだが、それに気づかないまま間髪入れず訊ねると、更に小さな影に促される様に問い返される。

 

グラクロは正しい答えを貰えずに唯、小さな影に翻弄されていたが、逡巡すると思い出した様で、

 

「──大地の守護。実にくだらんな、代わってくれていいぞ?神よ。」

 

 

そう言って不機嫌そうに目の前の神にずいっと顔を近付けた。

 

「あはっ、あははははは!・・・ムリ。わたしはノルンにそんなに留まれないのが理由。理解ったかな?」

 

すると、グラクロの言葉に何らかのダメージを受けたのか、必死に平静を装って笑っては居たが、寂しそうに、悔しそうに小さな影が口を開くと、グラクロは理解できない様でイラつくのを隠せないまま、問い掛ける。

 

「──で、何がおかしいのか?」

 

「マナの塊である君が守護をサボッたら、ますます隙を作っちゃって大変になる、解るでしょ。」

 

グラクロの問いに返す小さな影の言葉は、どこかなにか足りない。

 

「──それは解る・・・神よ、俺は疲れたよ。寝るだけの存在か、誰にも相手にされない存在。そんなものに未練は無い。消すなら消せ。」

 

それは何故か?グラクロを装置か道具扱いしているからだ。

悲しき物言わぬ装置に戻るくらいなら、生など要らないとグラクロは言い放った。

 

グラクロの感情を無視した、神である小さな影の物言いに絶望した様に俯くと、グラクロは楽しかった思いでを走馬灯の様に思い浮かべる。

 

「はいっ、逆ギレ禁止っ!ぶっぶーっ!不正解っ。例えば、あなたが護っていた土地が無くなっても未練は無い、そう言うの?アイツはそんな隙が出来るのを何千年だっててぐすね引いて待ってるような、そんな行け好かないカンジなんだ。」

 

すると、慌てた様子もなく悪戯っ子めいた表情を浮かべ、厳しい威厳ある口調で小さな影は訴える。

 

グラクロの護る土地、サーゲートに隙が出来るのを待っている存在がいると、そのままだと綺麗さっぱりなくなってしまうんだと。

 

「──この、生まれて初めて手に入れた彩りある生活を捨て、灰色の生に閉じ籠れと命令するのか。なら、消せ。」

 

しかし、グラクロの決心は揺るがないのか、小さな影を見る訳でも無く色の無い檻には帰りたくは無いんだと、吐き出す。

 

「だっから、──わっかんないかなぁ。出来ない、それは出来るけど、何の意味も無い事なんだよ。だから、その生活を捨ててってお願いに来たんじゃないからさ。そっか、それが不安だったんだね?オリテバロー、解るよ・・・独りは、辛いもんね?独りに戻りたくなんて無い・・・よね。」

 

すると、グラクロが頑なに、生を諦めてまで貫きたかった事情に、なんと無く気付いた小さな影は、グラクロのキモチに触れてお願いしたいのはそうじゃないと話した。

 

グラクロが勘違いをしているんだと、小さな影はグラクロよりも、ある意味でぼっちの先輩だったようなものなのだから。

 

 

 



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グラクロと小さな影3

 

 

それでも、何千年と喋る相手の居ないと言う、グラクロの待遇よりは幾分はマシなのかも知れない、神であるならば神々とは交信できただろうから、グラクロが対話出来たのは滅ぼそうとやって来た敵に限られる。

 

「──解ってくれてありがたいな。じゃぁ、俺はクドゥーナのとこに行く!ばいばーいっ。」

 

小さな影と言葉を交わしていると、寂しい気持ちに押し潰されそうになって、グラクロは思わず口に出していた。

 

最初こそシェリルに目が止まったものの、実際partyに加わると、一番の会話の相手はセフィスを除外すると、クドゥーナだ。

寂しい気持ちに襲われて、まず最初に浮かんだ顔はクドゥーナだった事からも、グラクロとの距離はかなり、近いものになっていたのかも知れない。

 

「ばいばーい、って、じゃなーい!」

 

グラクロが手を振って去るのをついつい、小さな影も同じく手を振って返し、刹那ハッと気付いて突っ込む。

その時、ピンクの瞳を目蓋で塞ぎ、目の形は><こんな感じだったりする。

 

「──なんだ?違うのか?」

 

「約束、してくれたら。独りになんてさせないよ?あなたの生を護るよ、わたしが。だから、たまにでいい、オリテバロー本体に戻って神気の循環をして、それだけでいいから。ね?」

 

呼び止められて嫌そうに、溜め息をついて答えるグラクロに、小さな影が必死に訴える。

 

「──理解った。クドゥーナにそれは頼むとしよう。」

 

すると、いつのまにか威厳も消え失せて、セフィスと話してる様な気さえしてきたグラクロは、小さな影を見詰めて頷いた。

 

神がここまで威厳やら何やら捨ててお願いをするんだから、グラクロにしか出来ない事、そう言うことだったのかも知れない。

小さな影は、グラクロが強大なマナの塊であると説明した。

 

「うんうん、良かった。じゃぁ──わたしが来た事を無かった事にするね。あ、約束だけは置いていくし、わたしが護るよ、『独りにさせない』っ!」

 

グラクロが前向きに約束をしてくれた事に、大変満足したようで両手を肩の前に合わせると小さな影はニコッと微笑んで、コテンっと可愛く小首を傾げて発言し、うっしゃとガッツポーズをすると斜めに片腕を突き上げて叫ぶ。

 

この記憶ごと、存在がなかった事にするという小さな影、いや神であるならばそれくらいの芸当、出来て当然だったのかも知れない。

 

「──ガチャ(?)は何だったんだ?」

 

「・・・忘れちゃってた、てへっ!」

 

「・・・。」

 

「えっとね、これはねー。君の魔法──ブレスよりは弱いよ?アレは本来の君のマナが吹き出してるんだからね。あ、も一つひんと、主は強くなれる。」

 

ふと気になって、グラクロが亜空間に消えかけて左手だけ、見えていた小さな影を呼び止めると、いけねっと可愛く舌を出してへぺろ☆を決める小さな影が、亜空間から再びにょきっと姿を現した。

 

神の威厳がどこにも無くなった小さな影にグラクロが半目で無言の抗議を浴びせると、そんな顔すんなよー!と言いたげな表情であの包み紙に包まれていたモノを取り出してグラクロに見せる。

と、幾条もの閃光となって融ける包まれていたモノ──一つのマナ。

 

そしてまた、解りづらいヒントをグラクロに与えた。

 

「じゃぁね、ばいばーい!あっ、それとね?ふふふっ、雌雄無いよ?グラクロデュテラシーム──────オリテバローは、どっちを──選ぶの。」

 

グラクロが見送る中、手を振りながら亜空間に消えそうなその時、捨て台詞ぎみに今のグラクロにはかなりなショックを与える言葉を虚空に投げた。

 

神である小さな影が消え去るとまるで、そこには最初から何も無かった様にグラクロすら、リュックの中に戻された状態で、まさに『来なかった』かの様な光景が広がっていた。

 

残されたのは小さな影との約束と、最後の捨て台詞だけが何故か木霊の様にその場に留まっていたが、やがてそれすら消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

温泉編fin.

 



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遥か遠き途上
離別、……そして


突然のお別れだった。

 

ヘクトルは強くなりたかったんだ、なのに。

愛那の事をまだ、クドゥーナとしか呼んだ事無かったかも知んない、ヘクトルがカルガインに帰るって言った時は。

10日も怠けてたら、勘が鈍るとかなんとか、そんな事言いながら5日は村で大人しくしてたのに・・・

 

「じゃあな、次に会うときはオーバースキルを手に入れた後だ。」

 

ねえ?京ちゃんとクドゥーナには何て言えばいいの?

その時のヘクトルの手には転移アイテム、きっと[マトーヤの洞窟]行き。

 

「一緒に行くよ?」

 

その日、酒場から一人、早くヘクトルは帰ってきた。

何時もならべろべろに酔っぱらって、京ちゃんかゲーテに連れられて・・・運ばれてくるのに、変だなって。

そしたら、いきなり荷物を片して食堂に降りてきたヘクトルは、フレンド登録を申請してきたんだ、わたしに。

 

一緒に行くよ、皆で行こうよ。

これが終わったらカルガインに帰れるって、だから。

 

「まぷち、俺の知ってるクエストじゃな、俺の契約神様は一人じゃないと会えないんだな、だから──悪ぃ、いかなきゃ。またな。」

 

「またね・・・」

 

もう、決めたんだね?ヘクトルは。

止めても・・・、意味なんて無いんだね。

そう思ったから、無理に止めずに素直にまたねって、手を振ってヘクトルを一人、見送った、一瞬だったんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々あったなぁー、温泉。

嫌な思い出も出来たけど、うちはそれより何よりぃ。

へへっ、愛那ってちゃんと呼んでくれる、呼んで貰える様になったんだっ。

 

うちはクドゥーナこと、六堂愛那。

温泉に行って変わった!何もかも!

だぁって、シェリルが絶対教えてくれなくて解らなかったシェリルの本名、笹茶屋京って言うのも教えて貰えたし、んーとね、なんてゆーかぁ、近くなった、て。ゆーの?距離が。

 

名前で呼び合えるって、なんて素敵な事なんだろーなってね?思うんだ、うち。

シェリル・・・みやこに感じてた壁は、うちが作ってた部分もあったんだってちょっと反省したりするとこもある、あるんだけどぉ。

 

ホントにみやこの事が怖くて、嫌な夢だって見たんだ、あの、オークの巣で見たみやこに、うちが追いかけられて・・・んーん、それはうちの感じ方だったんだよね。

 

・・・っても、みやこだってうちの事、嫌ってたって言われたしね、はっきりしゃっきり。

 

距離をうちら同時に取ってたから、それは壁だってかんじちゃって当然。

 

だから、そんなのまとめてどっか行った今、今がうちは幸せ!

そーそー、今ね。

 

 

「で、何が?」

 

だから・・・ね?

 

天井見てるみやこに話し掛けたら、耳に届いてないみたい、欠伸して聞き返して来るんだもん。

 

「うち、見たんだってばぁ、村長の家に馬車が着くとこ。」

 

朝、宿の食堂スペースにうちら三人、凛子に、京に、うち。

 

汗だくの凛子は稽古を切り上げてさっき、座ったばかりでタオルで汗拭いてて、これからバイトに行くんだー多分。

みやこはダルそーに机に突っ伏したり、机に足乗せて体反らしたり、大人しく出来ないんだって、良く解る。

うち?うちは。

そろそろ役人着いたかなって村長に会おうと、行ったんだけど。

会えなかったけど、役人着いたのは確かだし、いよいよ・・・村を出る事になるんだね・・・

 

みやこは、椅子をキィキィ揺らしながら、机に足乗せて休憩してて、隣通ったらうち、何か捕まったんだよね、みやこに。

 

喧嘩を売った冒険者が一人もう、表じゃ伸びてて、みやこにアッサリやられちゃってた、どこかの誰かさん。

 

 

 

「本当なのっ?愛那、ただのバカ鳥じゃなかったわね。」

 

「バカ鳥、ゆーなってぇ、もう。にへ。」

 

「うゎあ、何その顔。愛那はバカって言われたいの?言われたくないの、どっち?」

 

凛子ぉ、そんな事言わないでよぅ。

うちはこんな何気無い会話して、みやこに威嚇する素振りされなくなったのが嬉しんだよぉ。

うきゅぅ、みやこに頭撫でられた、今。

 

「言われたくないの、優しい笑い顔が嬉っしーいーのっ!」

 

何かってみやこは、凛子とうちで表情が違ってて、嫌だったもん、そんなの。

 

あの、今ね、うちにも凛子にも向けてるこんな、優しい笑顔のみやこがいいの。

 

「ん、愛那の言う通りなら役人来たんじゃん、やぁっと村から移動できるわ。」

 

「長かったようで短いようで、それなりに楽しかったよね・・・てゆーか、これからバイトなんだけど、わたし。」

 

足を組み替えながら、みやこは伸びをしてて、凛子は汗を拭き終わって机に倒れ込んだまま、体を重そうにジタバタ。

 

「お別れ、ちゃんとしてきなさいよ。えっと、メイド姿見に行くし、後で。」

 

凛子はやっぱり、バイトに行くみたいでみやこに鼻ピン!受けて、もっさり起き上がると2階に上がってガサガサ音が聞こえる、ふふっ。

 

と、思ってたらメイド服で降りてくる、わぁ、可っ愛いなぁー!うちも着てみようかなって。

ん?変じゃ無いと思うよ、ピンク色じゃ無いなら。

 

凛子が着てきたのはピンクを基調とした、白のレースのメイド服。

装備なんだけど、特に特殊効果も無いいわゆるお洒落のためにある装備。

凛子が言うには、ムダ装備──まぁねーぇ?みやこはこんな役に立たない装備をいっぱい持ってるみたいだし、ムダ・・・解らなくはないかなぁ。

 

何か、思い付いちゃった!みやこにメイド服着せたいな、手も足もすらりとしてるから似合うと思うんだけど、どかなぁ?

 

嫌って言いながら、メイド服でバイト通ってる凛子は、なんだかんだ言いながら、馴れたのかも、恥ずかしさに。

 

「うちも、子供達と遊んで、お別れしてくる。」

 

ホントならお別れはツラい。

折角、三人組と仲良くなれたのにもう、お別れなんて、ねぇ。

 

「・・・まぁだ、遊んでたんだ?バカ鳥ねぇ。」

 

呆れた声でみやこが、うちをバカ呼ばわりします、うちはバカじゃないもん。

賢くもないけど、普通。

 

ふつーが一番イイ。

 

「いいかな?それだと話、おかしくない?無理やり過ぎない?ねぇ、バカ鳥って言いたいだけなんでしょー、みやこぉ。」

 

「はいはい、わたしはえぇとー、酒場行ってくる。」

 

そう言いながら足を机から下ろして、ハイヒールを取り出すとみやこは足首のバックルを止める、上・・・シースルのベビドールだって教えたげたほがいいかなぁ?

あー、うちの事はやんわり流された!ま、いっか。

いいよ。

 

「ゲーテと、ジピコスともお別れかぁー、寂しい?京ちゃん。」

 

「へ?ううん、なんで?」

 

「そこは嘘でも、寂しいって言ってあげないと、後ろ。」

 

凛子の困ったような質問にみやこが不思議そうに見詰めて、答えた。

返事を聞いてちょっと凛子は、寂しそうな顔をしてから、みやこの後ろにゲーテとジピコスが居るのを教えて上げたら、みやこは納得の表情に一瞬変わって、ゲーテに抱きつかれるとウザいなぁって顔、うちを見てる時、良くされてた顔。

 

「姐さぁーん。俺は寂しいですよお。」

 

「姐さん、ラミッドに来る時は寄って下さぁい。手前のマイエレの町か、ラミッドに居るんで。」

 

ゲーテもジピコスも別れを辛そうにちょっと涙目で、一緒になってみやこの体に抱きついてる、どこかエッチに見えるのは二人がケモ耳だからなんだろーか?シースルのベビドール姿のみやこにケモ耳ふたりが抱きついてる、・・・気のせいじゃなくエッチだ、うん。

凛子を見ると苦笑いで、それを見てる。

そこは止めようよ?うちもだけど、んー、でもなぁ。あんま、みやこ嫌がってる風じゃないし、いいのかも、コレで。

 

「役人来ただけでしょ?はっ。今から本番なんじゃないの、ゲーテもジピコスも。」

 

慕ってくれるのは嬉しいけど、しょーじき嫌って言ってたよ、みやこが。

だから、いい加減離れよーね、ゲーテもジピコスも。

んっと、顔はウザそうだけど、突き放したりはしないんだね、うちが飛び付いた時は手伸ばして力一杯抵抗してたのに・・・なんか、悔しい。

 

「姐さんは、出てくでしょう?」

 

「そりゃまあね。」

 

「じゃぁ、お別れじゃないかよお。」

 

「態度悪いわね♪いいから、行くわよ。」

 

あ、みやこが笑った、嬉しそうにさ。

ゲーテとジピコスの首を抱いて、準備が整ったのかスタスタと入り口に向かうみやこ。

ゲーテとジピコスとどーでも良さそうな話で、喧しく。

 

いいのかな、いいかな、みやこだし、いまさらって言えば今更だもんねぇ。

 

・・・ベビドール姿のままなんだけど。

 

 

 



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ぐーちゃん、それってぇどうゆーことぉ?

 

「とか、行ってもね。もう役人が見れば居なくなってるの解って、外に出れるから・・・」

 

「だぁよねー、凛子は寂しくないのぉ?」

 

ゲーテみたいな冒険者とかが村に居るのは、ドラゴン退治の為に集められたから。

そのドラゴンが居ないのは役人が行けばすぐ、解っちゃうだろーしねぇ。

 

あ、それはいいんだけど、凛子、バイト行かなくていいの? 稽古の後だし、休憩はいいけど、行こう?最後だし。

 

「妙に関わっちゃったからそりゃまあね、寂しくないって言えないよ、強がりになっちゃうだけだし。」

 

「うん、でもここに留まっても、そうなんだよね?」

 

みやこ程じゃないけど、凛子も毎日ゲーテやジピコスに稽古つけて貰ってて、寂しそうな顔してる、ちょっとだけね。

 

うちは、ま、あんまり関係無いけど、ぶっちゃけ。

凛子の薄い蒼の瞳にうっすら涙が浮いてるの見たら、ケインやデフックそれにセフィスと別れを言わなきゃいけないと思ったら、アレちょっと、やだなぁ。

 

「意味ない、うん。通過点、こんな事が積み重なってくんだよね、きっと。」

 

凛子はうんうんって頷いてうちの瞳を覗き込んでくる。

近いって、近いからぁ。

あ、そっか。

帰る、あっちに帰るってなったら凛子とも、みやこだってヘクトルとだって、家族みたいに一緒してたから考えなかったけど、そうだよぅ・・・。

お別れなんだ・・・気づいちゃった、今ぁ。

 

うちは今のままが、居心地がいいんだって、なるだけ・・・帰るの、時間掛かったらいいなぁ。

 

「仲良くなって、お別れして。また違う人達と出逢って。」

 

泣きそうだよぅ。

・・・そっか、通過点。

ケインも、デフックも、セフィスも、それに・・・ぐーちゃんともいつか。

これから、会う人とも。

 

「そうそう、帰るために。前に、一歩でも進まなきゃ。」

 

飛びきりの笑顔で、凛子がそんな事言っちゃうから。

また、考えちゃうんだ。

いつか来る、別れを、さ。

 

 

 

 

凛子もバイトに重い足を引き摺るみたいに向かった後。

皆居なくなって、昼になればちょっとした食堂に変わって賑わうこの宿の厨房には、宿の主であるナーボルさんが仕込みをする為に入る頃。

 

「帰るために、・・・かぁー。」

 

うちは一人。

物思いに耽るのです。

恥ずかしいなんてぇ、思わないですよぅ?独り言を。

喋ったら胸がすっきりするの知ってるから。

口は災いの元?のんのん、仲直り、すればいいんだもん、あれだけ嫌いあってたみやことだって、仲良くなれたんだからぁ。

 

「うちは、どうしたい?・・・解んないやぁー。」

 

別れを知っちゃったら、怖い。

ぬるま湯に浸かってるみたいな、いい気持ちの時間が毎日続く。

嫌いな科目だって無いし、嫌な人も居ない。

あっちのうちが望んだ・・・求めて、入り浸った希望の世界。

手放したくない、でも・・・

 

「──クドゥーナ、昨日の話だが。」

 

あ、何か独り言を喋ってたら、スッキリするより暗い子になっちゃうとこだったよぅ、危ない危ない。

 

ぐーちゃんに聞かれちゃった、かなっ?

 

「ぐーちゃん、うん。本来のぐーちゃんの躰に一度還らないと行けない、そうだったっけ?」

 

ぐーちゃんも良く解らないらしいんだけど、温泉から帰ったら、どうしても還らなきゃいけないって思ったんだって、本体のぴんち!とか?まさか、本体から離れすぎたら本体が弱って死んじゃう?みたいな、まっさか・・・違うよねぇ。

 

振り向いたら、ぐーちゃんじゃなくて・・・みやこが居た。

吃驚して、二度見しちゃった。

でもやっぱり、みやこの姿がそこにはあって、立ったままうちを見詰めてる。

 

アレ?でもさっき出てったし。

うちに話し掛けたのはぐーちゃんだった・・・よねぇ?

 

「──そうだ、神気の何か。重要な事が躰に行かないとダメだと、そう言っているんだ。」

 

あ、みやこの悪ふざけかな?とも、思ったけどやっぱ違うなぁ、コレ。

 

「・・・ぐーちゃん?」

 

解ってないのかな?

 

「──何か?」

 

うちの言葉に、みやこの姿が反応する。

コレ、ぐーちゃんだよ、うん。

何でかは解んない、けどぐーちゃんが、ぐーちゃんの姿が!

 

「姿が違うとかぁ、気付かない?今日はぁ、やけに視点が高いとか、さ。」

 

うちがそう言ってぐーちゃんともみやこともつかない物体──みやこモドキを指差したら、みやこモドキは一瞬ハッとして、自分の両手を見る、何故か匂いを嗅ぐ、頬を触る、そのまま前髪を掻きあげて・・・

 

「──どうゆう事だ?クドゥーナ、教えてくれ。なぜ、俺はシェリルの姿に?」

 

みやこモドキのぐーちゃんは恥ずかしいのか、照れてるのか顔を真っ赤にして俯いちゃう、うゎあ、可愛いぞ。

なんだこれ、姿がみやこなのに態度が違うと、おぉ、これがギャップ萌えってゆーやつなのかなぁ?

 

「んー、好き過ぎて姿が変わっちゃった・・・トカ?」

 

「──出逢った時よりは好意はクドゥーナ、お前か、セフィスに傾いていると、思うんだが。」

 

なぬ?ぐーちゃん、セフィスが好きぃ!あ、えっと、うゎあ、・・・うん。

 

うち、今、何気に告られた?

 

「ちょ、ちょっと待ってみて。・・・今、なんて?」

 

「──?。クドゥーナかセフィスの方が好意は高いと。」

 

「あっ、あのねー!告白はそんなアッサリしちゃだめなのぉ。」

 

不思議とぐーちゃんの声音が、みやこが喋ってるみたいに聞こえて変な気持ち。

嫌っ、て訳じゃない。

けど、セフィスと同列なのかぁ、うちは。

なんか顔、熱いよ!

えっ、なんで、なんで?・・・そ、それより。

 

「神気がなんだっけ?」

 

話をすり替える事にした、見事せいこうぅ!

 

ぐーちゃんがうちを好きって言ってた。

でも、姿がみやこだったからみやこがうちに告白したみたいな気分で、なんか、変な気持ち。

 

だから、昨日の夜の話に強引にすり替えちゃう。

 

「──神気が。俺に還れ、還らなきゃならないと、訴えてくる。」

 

真面目な顔でみやこモドキのぐーちゃんが。

“俺”って。

スッゴい変。

 

「それだと、良く解んないね。で、どこに置いてあるの?」

 

でも今は気にしない、気にしないよっ!うちは、気にしない事に決めたっ!今、決めたっ!

顔が妙に熱いのは・・・そう、きっと何かのびょーき、多分びょーき。

 

顔に出さない様にぐーちゃんと、きっと真面目に話せてる・・・はず。

 

「──それはな──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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わたしのバイト先はやらしぃお店じゃありませんっ

 

 

ふぅ〜!

 

 

 

 

 

やだなあ。

 

また、絶対忙しいんだ、解ってるんだもん。

 

 

 

変な、見掛けない服を着た店員の居る食堂─だってちょっと有名だもんね。

 

 

 

その見掛けない服──改造メイド服、コスプレ用メイド服なんだけど、慣れたら一人でも着れる様になっちゃった、最初はあんなに・・・胸をあーしたりこーしたりされて、腰もあんなにこんなに、コルセットをギチギチに締め上げられたり、京ちゃんに好き勝手されちゃったのにー。

 

思い出すだけで鳥肌だよ。

 

慣れって怖い。

 

 

 

道行く村の人からそんな話を教えられたんだけど、それはまあいいとして、村の人ほとんど獣人らしくてケモ耳なんだよね。

 

 

 

獣化してくんないかな、モフモフしてて気持ちよさそうなんだよおー。

 

 

 

ゲーテにして貰えた事あるけど、あんまりモフモフじゃなかったや、残念。

 

 

 

ここ、《青い蟹亭》は外テーブルとテラス席を含んで全部で10のテーブルがあり、4人掛けのテーブルが今は満席で、カウンターも6人が座って順番待ちまでしていて、天井は2階分高くて、真ん中にマナで動かしてるのか大きなプロペラぽく羽が廻って心地好く優しい風を送ってくれていた。

 

 

 

「また、お客さん多そうだよね、はぁ。」

 

 

 

今は厨房から、お客さんで埋まった食堂(戦場)を見てる。

 

溜め息をひとつ。

 

 

 

「看板娘があぶら売ってないで、ちゃんとおしごとしましょうね。」

 

 

 

肩をポン!と叩いて、聞きなれた声がする。

 

ベテランのウェイトレス姿の、

 

 

 

「ジレさぁん、お客の視線が痛いんだよぅ。」

 

 

 

ジレさん。

 

二の足を踏んでる、わたしの隣にジレさんが並んだから、横目で視線を交わして声を返した。

 

 

 

ジレさんは見た目のままなら、三十行かないくらいだと思う。

 

痩せてないし、太ってるってわけでもないし、普通。うん、ジレさん日本なら子供3人居るなんて思えない体型だわ。

 

 

 

お母さんって雰囲気はあるんだけどね。

 

 

 

「ふふっ、可愛い格好してるからよ。ほら、さっさと行くわよ。」

 

 

 

「はぁーい・・・。」

 

 

 

ジレさんのその言葉に釣りあげられて。

 

いらっしゃいませー!のかけ声を合図にわたしとジレさんは食堂に足を踏み入れた。

 

 

 

もう後は、お客さんをもてなすメイドを遣りきらなきゃなんないわけで、つまり、わたしの休憩は終わり。

 

 

 

「・・・お客様、ご注文は如何なさいますか?」

 

 

 

2番テーブル。

 

もう毎日、《青い蟹亭》にバイト来てるんだから、馴れたもので、お辞儀をしてからお客さんの顔を見て注文を聞く。

 

 

 

最初は照れとか、メイド服を気にしすぎてそんな簡単な事も全っ然、出来てなかったんだけど。

 

 

 

「奇っ怪な姿をしているな、店員。あー、そうだな、お薦めを貰おう。それと、冷えた水を頼みたいんだが。ここはちゃんと井戸はキレイかい?」

 

 

 

見慣れない顔の客。

 

毎日バイトに通ってたら、常連な客の顔なんて覚えちゃうもんね。

 

わたしが覚えちゃうのと同じ様にお客さんにも顔ってゆーか格好は覚えられてる、と思う。

 

この客はだから、わたしは初めてお相手するお客さんなんだ。

 

奇っ怪な格好だって、ふふっ、その意見がふつーですよねー。

 

 

 

「はい、お薦めをひとつっと。水ですね、井戸はいつでもキレイにしていますよ、冷たく冷えてます。」

 

 

 

ええ、井戸は綺麗ですよ。

 

従業員一同、シフト組んで洗ってますからねー、・・・大変なんだよ・・・。

 

 

 

「それは良かった、長旅でな。デュンケリオンからこんな田舎の村くんだりまで態態・・・おっと、すまないな、聞かなかった事にしてくれたら店員さん、チップを弾むよ。」

 

 

 

厨房に注文を通さなきゃなので、テーブルを離れようとしたらそのお客さんは、そう言って愚痴を口にしたから。

 

離れようとした足が、止まる。

 

それを見て、お客さんの表情が一瞬ハッとしてマズいと思っちゃったのか、チップ代なのかな、硬貨が2枚渡されちゃった。

 

えっと、チップは別にいいんだけど、いや、欲しいのは欲しいけど、さ。

 

 

 

・・・それって、

 

 

 

「デュンケリオン、都・・・役人さん?」

 

 

 

この人、都から来たんだよね?じゃぁ役人の人なのかなって、聞いてみた。

 

 

 

「いいや?ただの、使用人だよ。君や、周りの人と大して変わらない、ね。」

 

 

 

「そうなんだ、へへっ。じゃあ注文通しますね、お待ちくださいませっ。」

 

 

 

返事はまぁ、違ったけど。

 

出稼ぎって雰囲気じゃない、雰囲気が明らかに村人とか、村長さんとかとも違うと思ったんだけどなー。

 

 

 

お客さんが不思議そうにわたしを見てきたから、お辞儀をしてからお客さんの瞳を見て、そう言うとテーブルを離れた。

 

 

 

「ああ、楽しみに待つよ。」

 

 

 

テーブルを離れる彼女の背に私はそう、声をかけた。

 

私の名はデカット、役人さん?と聞かれたけど役人じゃあ無いな、役人の付き添いと言うか。

 

都にもそんなに、居着いて無い。

 

かといってこんな田舎でも無かったが。

 

 

 

「──御嬢様にも困ったもんだよ、ふうー。何が悲しくて、まだ小さい愛娘を置いて・・・こんな汚い田舎に来ないと行けないのか。」

 

 

 

「・・・──様、お客様?心の声、だだもれでしたよ?気を付け無いと、わたし以外にも気づかれちゃいますよ。あ、はいっ。良ーく、冷えてます。」

 

 

 

とんだ失態だ。

 

まさか、愚痴を声に出して、それをあの彼女に──ピンク色の奇っ怪な服を着た店員だ、聞かれてたなんて。

 

私は、水の入ったグラスを受けとると、震え声にならないように注意しながら、返事をして握ったグラスを一口含む。

 

ふむ、良く冷えてる。

 

 

 

「──っああ、・・・良く昨日は眠れなくてね。ありがとう、んくっ。生き返るよ、いい店だな。」

 

 

 

「ありがとうございます、へへっ。でもね、これから混むんですよぅ。あ、呼んでる?はいっ、ただいま向かいます。っでは、失礼しまーす!」

 

 

 

私はニヤリと笑って彼女を見詰める。

 

その時、彼女を、店員なら誰でもいいのだろうが──呼ぶ声が、少しずつ混んできて喧しくなりつつある店内に響くと、彼女はお辞儀をしてから声のする方へ返事をして、再び私に向き直るとまたお辞儀をしてテーブルを離れた。

 

 

 

「や、元気あっていいよ、店員さん。」

 

 

 

わたしが次のテーブル(ターゲット)に向かって、離れる背にそんな応援めいた言葉を貰っちゃった。

 

なんか、やる気出てきたなぁ。

 

 

 

「お、お待たせしましたっ!・・・お客様、ご注文は如何なさいますか?」

 

 

 

あ、ちょっと声が上擦っちゃった、かな?

 

8番テーブルのお客さんは、わたしの顔を見てニカッと笑う。

 

おじさん、あ、いけないいけない。

 

 

 

お客様?どうしてそんなにジロジロ、絶対領域あたりを覗いてくるんですかぁ?京ちゃん、まだ来てないな、こーゆーエッチぃのは『お嬢さん、わたしが護りますよ。あなたの御身は。』なんて言っていつも追い払ってくれるのに。

 

 

 

「アンタの笑顔を注文したくてね、また来てしまったよ。」

 

 

 

えっと、確か。

 

何回か見た事ある顔、だけどー、えーっと・・・あっ!カドモスさん、だ。

 

 

 

この犬耳、シーターのカドモスさんで間違いない。

 

 

 

見た目、良い年してるんだもん、エロジジイって呼んで良いかな?目付きやらしぃんだ、カドモスさん。

 

 

 

「こうで宜しいでしょうか、お客様?繰り返し、お訊ね申し訳ありません。お客様、ご注文は何になさいますか?」

 

 

 

わたしの格好は、『今の』ノルンにはまず無い格好なんだって。

 

 

 

だから、目の前のカドモスさんみたいにわざわざ見に来る為だけにだよ?何回も通う客までいるみたい。

 

やらしぃ目付きで、さ。

 

 

 

あっちじゃ葵ちゃんと家族くらいか、見せた事無いんじゃないかって、飛びきりの笑顔ってやつを振り撒いて、カドモスさんを見る。

 

したら、カドモスさんは満足そうに頷いて、何度も。

 

やっとメニューに手を伸ばしてくれる。

 

 

 

この食堂はご飯を食べに来る店で、決してやらしぃ目付きで、店員を覗きにくる店じゃないんだからねっ。

 

 

 

「じゃあ・・・大黒魚の焼きものと、モナリポのスープを頼むよ。」

 

 

 

メニューを見ながら、メニューに指差しながらカドモスさん。

 

やっと、カドモスさんから注文取れたよ、たまに要るんだ、こーゆーお客さん。

 

 

 

 

 

「厨房に注文を通しますので、少々お待ち下さいませ、カドモスさん。」

 

 

 

わたしがカドモスさんの名前を覚えていたのがよっぽど嬉しかったのか、カドモスさんは少しの間ポカンと口を開けてたけど、我に還ると、

 

 

 

「おう、ゆっくり待ってるよ。」

 

 

 

そう言って煙草モドキ──この煙草は煙りを吸っても気持ち悪くならないし、臭くない。

 

そもそもこれ煙草なの?見た目はおっきな煙草ぽいんだけど。

 

煙草モドキにカドモスさんはテーブル備え付けの魔道具、魔光と構造は多分同じで、四角くて手にスッポリ納まる魔道具の中に、ぷちファイアのマナが入ってるんだと思うんだ、それを使って火を点けると白い煙りを吐き出す。

 

 

 

別にカドモスさんが特別ってわけじゃなくって、食堂に来るお客さんで手持ち無沙汰にしてる一人客なんか、スパスパやってるの良く見るや。

 

 

 

冒険者の人たちの中にも、吸ってるお客さんも居るし、割りとスタンダードな嗜好品なのかも知れないなー。

 

吸った事無いし、吸いたいって思わないけど。

 

ジュースより美味しいんなら、ちょっと吸っちゃおうかな?なんて。

 

後で、ジレさんにでも煙草モドキの事、訊いてみよっと。

 

 

 

わたしの格好、改造メイド服、京ちゃんに無理やり押し付けられた、この服。

 

欲しいってお客さんが良くいる。

 

光沢のあるエナメルめいたこんな素材は流通があまり、無いんだって。

 

これってゲーム時の装備だから、そもそもノルンには無いもので当然なんじゃないかな?

 

 

 

『この妖しい輝きがここの客たちを虜にしてるんだよ、どこで買ったんだ?』冒険者の人にも、村の人にも、口々にそう教えて貰った?・・・逆に訊かれた気もするんだけど。

 

 

 

この質感を出せそうなのは、カエル皮かなぁ?そうなると、必須になるのはニクスの技術だから・・・サーゲートか、カルガインの人にもニクスの技術が流れないと、まず作れないと思うんだ。

 

そんな事を思ってたら思い出しちゃった、今ごろエウレローラどうしてるのかな?また地底湖辺りを歩いてる、訳ないない。

 

エウレローラは金ヅチだもん、泳げないのに地底湖には用がないよね?

 

 

 

シアラは泳ぎ上手だったからシアラ辺りなら、カルガインに技術を持って来れる・・・けど、わざわざ隠れ住んでるんだっけね?

 

ニクス達って。

 

 

 

『ひぃ、んっ!』

 

 

 

大黒魚の焼き物ー!、モナリポのスープーっ!って、厨房にカドモスさんの注文を通して、フロアに戻るとカウンターに座る冒険者風な客に。

 

お尻、撫でられた。

 

とうとう今日も、今日もだよ?毎日、一回以上触られるんだから。

 

 

 

「へへへ、注文取ってくれよ。可愛いねえちゃんよ、エッロイ格好して誘ってんのか?いくらだ?」

 

 

 

なんだろな、怒る気にもなんない。

 

エロイ格好かなぁ?そんな目で見るからエロイって思う訳で、この格好は露出も少ないし、エロイ格好じゃ無いんじゃないかなって・・・思うんだ、わたし。

 

 

 

いや、誘ってないよ?全然、いくらって・・・わたし、売り物じゃないよ?言っちゃえばまだ、発売前?誰かのモノじゃなくて、わたしはわたしだけのモノ。

 

売ってない、売るつもりも一切ないんだからねっ。

 

 

 

カウンター客に向き直り、一礼をして、

 

 

 

「・・・お客様?、わたしは売り物では御座いません。他にご注文は御座いませんか?無いようでしたなら忙しいので、これで。」

 

 

 

そう言って丁寧に、なるたけ丁寧を心がけて冒険者の前を離れる。

 

 

 

あーゆーのは、京ちゃんに血だるまにされたらいいんだ、べーっだっ!あんなのでも、お客様。

 

振り返ってあかんべしたいのを堪えて、わたし偉い!心の奥で密かにあかんべをしたんだ。

 

 

 

京ちゃん、まだ来てない。

 

酒場で盛り上がってるのかなあー?

 

 

 

そんな事を思ってたら、厨房から料理が出来たから運んでって呼ばれる。

 

 

 

「はぁーい。」

 

 

 

「これ2番テーブルさん、ダリ鳥のロースト(大)にモナリポのサラダに湖の魚三種盛り、ね!おまたせぃっ!」

 

 

 

カウンターの受けとり口に料理が威勢良く通る店長兼シェフのザックさんが並べていく。

 

 

 

わたしはそれをトレイに並べて乗せて、目的のテーブルに向かう。

 

 

 

「大変お待たせしましたぁっ!本日のオススメらんちになります。」

 

 

 

2番テーブルに着くと、わたしは説明しながらちゃちゃっと料理をテーブルに並べていく。

 

 

 

心待ちにしていたらしく、お客様は説明をする前からナイフとフォークをロースト(大)にぶっ刺す、切る、刺す、口に運ぶ。

 

 

 

あ、美味しそうな、満足そうな顔。

 

ローストの切り口からじゅっわっ!としみ出す、溢れる肉汁!

 

美味しそうだなぁー、ホントに。

 

モナリポのサラダも好きなんだよねー、特に似ている食べ物が思い付かないから、モナリポが美味しい!としか言えないんだけど、さ。

 

っと、いけないいけない説明続けないと。

 

 

 

「ダリ鳥のロースト(大)にモナリポのサラダに湖の魚三種盛り、でーすっ!ご注文はお揃いですかーっ?では、ごゆっくりー。」

 

 

 



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69話

 

わたしは──笹茶屋京。性悪エルフって、今居るフィッド村ではね・・・悪目立ちし過ぎちゃったかなぁってのは、ある。

 

ありすぎる。

 

 

 

村に一つの酒場が、わたしの毎日の舞台(ステージ)になってたわけよ?でもね、わたしを畏怖を込めて見る視線は感じても、間違っても喧嘩を売りそうな視線は今は無い・・・どうしてかな?こんなにか弱そうな、ってアレっ・・・わたし、パジャマ姿でここまで来ちゃってた。ま、いいっ。

 

ちょっと露出がキツいかも、でも、カルガインじゃ良く上は脱いでたみたいだし、・・・覚えて無いけど興奮しちゃったら、トぶのよね、記憶。

 

 

 

「ズ・・・ズズ。」

 

 

 

いつものテーブル。

 

いつもの地酒。

 

いつものジョッキ。

 

でも、今日は何かいつもと違うと感じる。

 

 

 

まあ、シースルのベビドール姿で酒場にいるってのは、いつもとは違うんだけどねぇ。

 

 

 

冒険者の皆さん方には刺激、ありすぎたのかしらぁ。

 

 

 

「姐さん、さすがに姐さんに喧嘩売る奴いなくなっちゃいましたね。」

 

 

 

そう言うとゲーテは振り向いて酒場を見回す。

 

やめてあげなさいよ、皆さんあんなに震えて。

 

瞳を逸らして怖がってるじゃない?

 

 

 

別にゲーテを怖がってるわけじゃぁ、無いのよね?わたしが、怖いんでしょぉ?ふんっ、

 

 

 

「ゲーテ、相手してくれる?」

 

 

 

「ははっ、血だるまにならない程度に加減して貰えるなら、付き合いますっ。」

 

 

 

誘う様に、ゲーテの顎を弄びながら見詰める。

 

なんだっけ、クドゥーナが怖がってた表情なんだっけ?獲物を求めてるときの、わたしの貌。

 

 

 

今のわたしは、きっと。

 

血だるまになったゲーテを見たいんだと、思う。

 

だから、試すように。

 

 

 

「あー、そう、それだとストレス溜まりそうだからパ・・・」

 

 

 

スと言いたいとこを遮ってくる。

 

 

 

いい度胸じゃない!その身に刻んであげるわよ?わたしを、わたしと言う存在を。

 

 

 

「加減なしでいい!揉んでやってくれ。」

 

 

 

絡み合うわたしと、ゲーテの視線。

 

求めてる映像(ビジョン)は違うだろうな、ゲーテがわたしに見てるのは、強者への憧憬(あこがれ)。

 

 

 

「へーえ、ちょっといい顔するようになったじゃん。でもね、加減しないから、いこ。」

 

 

 

憧憬だけじゃ、ダメだって事解らせてあげるよ、ゲーテ。

 

カエル皮のぴっちりした二の腕まであるグローブを着ながら、入り口の扉にわたしは向かう。

 

 

 

その背にジピコスの応援・・・じゃあないか?まあその、ゲーテを心配する声が聞こえたんだけど、あなたはわたしともう戦りたく無い?ふふっ、戦る前から降参なの?

 

なっさけないわね。

 

 

 

「ズズっ・・・ゲーテ、死ぬなよ。」

 

 

 

ゲーテが今日は得物に選んだのは、木刀じゃない。

 

そんなのでいいの?確かにクドゥーナに簡単に壊れなくて、良くしなる素材でって頼んで作らせたけど。

 

 

 

それじゃ、殺せないわよぅ?

 

 

 

「ぬぅおおっ!」

 

 

 

「あっまいっ!ほら、ほらほら。やる気にさせて見なさいよ、のろまっ、ブタねブタ。」

 

 

 

吼えてゲーテは顔の横で木刀を構えて振り下ろし、一歩踏み込む、そのまま連続で何度も突いてくる。

 

 

 

軽〜くそれを躱してわたしは、ゲーテの腹を中段蹴りで払う。

 

あ、残念。

 

それは空を切る事になっちゃった、だってね?

 

 

 

へぇ、ちょっとマシになったわね?前へ前へだけのゲーテが、後ろへ飛ぶなんてね?

 

 

 

「俺だってね、稽古したんだって!!」

 

 

 

「えぇと、見てればいい?やり返して平気?」

 

 

 

プッ!と唾を横に吐き捨てゲーテが、下から掬いあげるっ!けど、遅い遅い。

 

よゆー、よゆー。

 

 

 

くすりと嘲って、ゲーテを見詰めるとゲーテの眉がぴくんと跳ね上がる。

 

 

 

稽古って凛子ちゃんとでしょ?その稽古じゃゲーテは強くならないわよねぇ。

 

 

 

強者との稽古なら得るものあるんだろうけど・・・ざぁんねん、死闘を楽しんでたのよ?わたしはっ。

 

 

 

濃い経験と、薄っぺらな稽古じゃ熟練度だって違うと思うんだけど?

 

今のゲーテじゃ、躱してるだけでいい、一つも入らないのが、手に取るように解っちゃった。

 

 

 

「くっそぅおおおっ、あたんねえええっ!ひらひら、躱しやがってえっ、このぉっ!」

 

 

 

「そう、見て捕えようとしてもっ、無駄よ?、っんっっ!」

 

 

 

でも、それは詰まらない、そうよね?ゲーテ、加減は要らないって言ったわよね?

 

 

 

掠りそうで掠りもしない上段、中段、下段と連続突きが執拗に。

 

それを挑発しながら躱し切る、ちょっと髪に触ったかな、まぁいいけど?

 

 

 

獣化──しないのぉ?

 

速さは格段に上がるじゃない、的が広がって蹴り易くなるのよね、アレ。

 

 

 

「しゃべってようが、隙だらけだろうが、あたんねえ!くっ、解ってたっ!けど格が違うっ。」

 

 

 

「や、最初よりはっ、マシよ。ま、マシってだけっ、んっっ、メスブタがオスになれた、くらいの小さい差だけど、っんっ、ね!」

 

 

 

木刀を振り回すゲーテ。

 

軌道が読めない、けど。

 

 

 

まだ躱し切れないってほどじゃないのよね、読めるけど躱せない突きって言うのはね、もっと殺意のない鋭い一撃だもの。

 

 

 

殺気や、殺意を消せないのは致命的なのよ?読める敵を相手にするには。

 

ゲーテ、あなたの剣の軌道には殺気が乗ってる、残念だけどそれじゃ、見えちゃう、ふふっ。

 

 

 

「くっそぅっ、隙だらけだろうがっ!何でだ、何であたんねえんだっ。」

 

 

 

ワザと隙を見せてるのに、まだ当てられないのかしらぁ。

 

野次馬から詰まんないって言われてるわよ?可哀想に。

 

 

 

解ってないのかしらぁ、詰まんないって言って良いのは、わたしだけ、そうじゃない?おまえじゃ、ゲーテにも負けるでしょう?

 

 

 

「んふふ、それはー、ひ・み!つっ♪」

 

 

 

それじゃ、そろそろこっちからいかせて貰うわね。

 

 

 

「ぐ、・・・ごぅっ、おっぼぉうっ!」

 

 

 

わたしは右足を軸に、腰をぎゅんと捩って振り抜く。

 

上段、中段、下段の華麗にコンビネーションキックを首、腹、膝裏に叩きこんだ。

 

 

 

「アハハハハ!ブタがブタなりにガード出来てるわねぇ、ね?いつになったら牙を持ったトラに戻れるかしらぁ。」

 

 

 

ちょっとだけ、褒めてあげる。

 

 

 

上段はガードされちゃった、当たり前よね。

 

見え見えだったから、それでもガードされたってゲーテを壊してあげられると思ったんだけどなぁー、ねぇ?わたしが渾身の力を込めた蹴りは美味しかったの?ふふっ。

 

 

 

腹は確実に抉れたものね、当然かぁー。

 

リバースしちゃってさ。

 

汚いわね。

 

 

 

「・・・うぐ、参りましたっ、最後の試合ありがとう、ございます。」

 

 

 

「はやっ、・・・でも何か変わりがすぅぐ見つかりそ♪」

 

 

 

ちぇっ、ゲーテめ。

 

まだ戦れる癖に。

 

逃げたなぁ?

 

 

 

でも、まぁいいけど?次の獲物が殺気ギラギラさせて飛び込んで来たみたいだしね。

 

 

 

ようこそ。わたしの独壇場へ。

 

 

 

「往来でなぁに、やってますのっ!」

 

 

 

群衆を掻き分けながら、吼えて駆け込んだのは意外に女の娘だった。

 

 

 

わたしと同じくらいか、ちょっと年上かなー?喧嘩を売ってくる冒険者たちとは、毛並みが違うんじゃない?身なりのいい紅い丈の短めなワンピース・ドレスを着てて。

 

それに高そうな花の飾りがついた、赤いつば広の帽子に、白いブーツ。

 

 

 

それに比べて、わたしはシースルのベビドールにぴっちりグローブとぴっちりタイツに、ハイヒール。

 

 

 

旅の人っぽいし、初見ならわたしはそれなりに奇異に映るんじゃない?今日は上、ベビドールだけだしね。

 

 

 

何か羽織るものっと、竜頭のマントが目に付いたから取り出す。

 

ん?ベビドールを傷物にしたくないだけよ。

 

 

 

ビジリアンめいた深い緑の皮製マントを羽織るとわたしは、相手の出方を見たいからゆっくり、後ずさって女の娘との距離を取る。

 

 

 

女の娘のその手に、握られた得物はエストック。

 

それも特注したのか、妙に片刃だけが鋭い。

 

アハハハハ!良いの?わたしも得物使わせて貰うよ?

 

 

 

「っん!、飛び入りもいいよー、楽しみましょう?」

 

 

 

「仲裁に入っただけですっ。」

 

 

 

真っ正直な殺気の塊が。

 

半身でヒラリと躱したわたしの前を通り過ぎていく、その刹那。

 

お互いの声が響いて。

 

金色の瞳と金色の瞳がぶつかる。

 

視線と視線が交錯する。

 

 

 

あぁ、同類だ。

 

それ、その瞳はわたしの求めてるもの。

 

血泥を見たくって堪らない、そうよね?あなたの瞳はそう語ってる。

 

 

 

きっと、わたしだって。

 

 

 

「そのわりに、殺気のかたまりじゃない?んっ、キレいいわね。なかなかよかったわよぅっ!」

 

 

 

「剣がっ!?」

 

 

 

刃の腹を狙って左足を軸に、腰をためて捻ったそのまま渾身の力と疾風の速度で振り抜いた、後ろ廻し蹴りが襲う。

 

 

 

手を離せば、折れなかったかも知れないわね?終わった事だけど。

 

突きを繰り出したのを躱した後、引き戻す隙を狙い澄まして、半分に叩き折ってあげましたわ。

 

 

 

「アレッ、それが無いと何も出来ないってわけじゃぁ、無いでしょ?」

 

 

 

「うっ、仕方がありません──受けましょう?この勝負。わたしはイライザ、貴女も名前、あるでしょう?」

 

 

 

皮肉をたっぷり含んで挑発をしてから、両手を広げて呼び込む。

 

わたしの舞台上へ、この娘をあげて、そこでっ!壊す!楽しみましょうね?村でのわたしの最後の舞台。

 

 

 

しばらく折れた剣と、わたしの顔を交互に見てたけど、うまく挑発に乗ってくれたみたい。

 

折れた剣をそのまま構えて、静かにでも、威圧する様にその娘はイライザ、と名乗って。

 

わたしの名前を聞いてきた、んふふ、忘れられなくなるわよ?あ、死んでも恨まないでね、てへっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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70話

 

 

「すっごぉい!・・・村に来て初めて、胸が高鳴るのっ!んー、と。わたしの名は、シェリルって言うの。きっと、忘れられなくしてあげる。」

 

 

 

「そう、・・・その余裕──無くさせてあげますっ!シェリル、覚悟っ。」

 

 

 

このヒリヒリする様な空気、これよ・・・これなのよ、わたしが求めてたのはっ。

 

イライザはフェンシングの様な体捌きで、一歩踏み込んで払う、一歩下がると突いてくる・・・そんな戦り方でイライザの間合いってのを守るスタイルみたい。

 

 

 

良いよ、いい!

 

その間合い・・・まずはそんなもの意味無いんだって、教えてあげる。

 

 

 

突いてくれば半身でヒラリと躱して、ごきげんよう、とニッコリ笑って見せ。

 

 

 

払ってくれば横っ飛びに避けて、いい昼下がりですね、と微笑みかける。

 

 

 

「ま、まさか?ってじょーだんっ!見えてるわっ、よっ!」

 

 

 

ワザと隙を作って誘う。

 

未だに折れた剣でイライザは近づいては離れて、突いて払う。

 

 

 

それをヒラリ、さらり、ピョンと躱され続けてもイライザはまだ妙に冷静で焦りを見せてくれない。

 

 

 

何を狙ってるのか解らないけど、厄介なのはどう見ても間合い。

 

強引に突破しようとしても躱される、となったら躱し合いになるわよね、当然。

 

 

 

「ひらひら、ひらひらとっ!これでっ〈レイジング〉っ」

 

 

 

〈レイジング〉は当たれば追加で強力な攻撃を敵に与える突きスキル。

 

 

 

解っていれば怖くない、解っているから余裕、基本となるスキルの一つ。

 

 

 

当たれば大ダメージって言っても、基本スキルじゃぁね。

 

 

 

「あっまい!それ、わたしも出来るもの。当たらなければ怖くない。」

 

 

 

あぁ、解った。

 

イライザ、距離感を量っていたのね、折れた剣を突いてきたり、払ってたのは。

 

 

 

一瞬にやりと微笑むイライザが、さらりとわたしに〈レイジング〉を流すようにのけ反って避けられると、可愛いくらい悔しげな顔で睨んできた。

 

 

 

「なにをっ、これならどう?〈スラスト〉!!」

 

 

 

〈スラスト〉も突きの基本スキルの一つ。

 

 

 

突進力のある突きと言うだけで、わたしが驚くわけないじゃない。

 

 

 

わたし目掛けて突っ込んできちゃうと、躱されたら背後全部がら空きになっちゃうけどいいのかなー?

 

 

 

こんなの躱せば、そのままがら空きの頭を、首を狙って渾身の蹴りを叩き込むっ!

 

 

 

「うーん、惜しいっ!30てん。発展が無いと躱されて、こうなるっ、わよ!」

 

 

 

渾身の蹴りをイライザの首に叩き込んで、勝負は決まるはずだったのに。

 

 

 

空を切る。

 

読まれた?横っ飛びでわたしが放った蹴りをイライザが回避した。

 

 

 

「ちぃ、いっ!はああっ、〈レイジング〉!」

 

 

 

更にそのままイライザは、わたし目掛けて駆け出し叫んだ。

 

 

 

「基本技を続けるだけ?そうじゃ、っんっ、無いでしょ。そんな単調な繋ぎ、見せ技にもならないっ、んっ!」

 

 

 

「躱すなあっ、当たれっ?当たれぇっ!」

 

 

 

呆れたように、挑発する様にイライザの放った〈レイジング〉を喋りながら余裕で躱し、後ずさる。

 

ことごとく放つスキルを躱された時の、悔しそうに整った顔を可愛いく歪めてるイライザの表情を見たらゾクゾクしたわぁ。

 

 

 

「よっ、んっ。っと!にみぃ、ふうー。終わり?」

 

 

 

それでも必死に向かってくる健気な姿勢だけは褒めてあげなきゃよね。

 

 

 

 

 

スキルを当てれば勝てるって思っちゃってるから、わたしが体勢を崩したフリをしたら。

 

 

 

間合いを捨ててひたむきに〈スラスト〉をそこに仕掛けるのはいいんだけど、地面をわたしが軽やかにバク転で躱すと飛んだ先を狙って、渾身の突きを繰り出して来たから一瞬、ヒヤリとしたわね地べたに這わすなんて・・・イライザ、あなたにも同じ事させてあげるわよっ。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、・・・化け物が。ちょっと仲裁に入っただけですのに、ホントは、ほらほら。疲れちゃうからやりたく無いんですよ?あなたには、わたくしの初めてを教えて貰えたから、見せてあげます──おおおっ──あああっ!」

 

 

 

渾身の突きをわたしに躱された、イライザは泣き出しそうな顔で躊躇いもせずに吼えるの。

 

 

 

やりたくないなら、降参すれば良かったのにね?

 

 

 

群衆の前で獣化をするのよ、えっとゲーテの時は着てた服ビリビリに破けちゃったんだっけ。

 

身なりのいいドレスが勿体無いわね?醜態さらすがいいわ。

 

 

 

「それ、待たなきゃダメ?」

 

 

 

何と言ったらいいか解らないけど、隙があったらそれは蹴られても文句言えないわよね?イライザは気張ってる様に掌をぎゅっと握り込んで立ちつくしていたんだから、ガードがお留守な首を差し出してるのも変わらないわ。

 

 

 

何気無くひょいっと上段蹴りで気を失わないかしら?と思った時には足が出てたわね、左足が言うこと利いてくれなくって、ふふっ。

 

 

 

「卑怯よっ、獣化《アニミテイジ》してるんですよ、途中なんですよっ?」

 

 

 

「ああ、はいはい。待つわけ無いでしょ。」

 

 

 

蹴りは避けられちゃった。

 

けど、イライザの半べそも見れたし悪く無いわね。

 

駆け寄って膝を叩き割ってあげたらどんな可愛い声で囀ずるかしら、楽しみ!

 

 

 

 

 

「くっ、ざぁんねん、でしたっ!キッカケは終わりましたのっ!あとは時間待ちですっ。」

 

 

 

あぁ、膝を狙ったのにしゃがまれて太股に。

 

ちゃんと後ろに振り上げて、フリーキック気味に全身のパワーを注ぎ込んで、蹴ったのに、残念。

 

 

 

楽しみな事に獣化は進んでいるみたい、イライザ早くぅ、わたしを楽しませてよ?

 

 

 

「あっまい!って、やっ、・・・」

 

完全な獣化前からなかなかよかったら、獣化されちゃったら・・・負けちゃうかも?まさかね、わたしは負けるはず無いっ。

 

 

 

獣化始まってからエストックを投げ捨てて、組み臥せるつもりなのかしら?腕を掴みに来たり、足を払おうと低姿勢からの廻し蹴りなんてしてくるようになったのは。

 

 

 

「しゃべってる暇くれないていどはマシになれたかしらぁ。」

 

 

 

「やあああぁっ!」

 

 

 

瞳と瞳がぶつかる。

 

以前よりもイライザの瞳に色濃く浮かぶのは、狂気めいた歓び。

 

 

 

これほどの強者を、この手でたおす事が出来るかも知れないと言う思いから、確信に変わっていく。

 

シェリルからは余裕が薄らいでいる、一度捕えれば骨を砕いて、踏みつけてやる・・・そんな事でも考えてるんでしょう?でもね、イライザ。

 

 

 

わたしがただで負けてあげるなんて思うんじゃあないわよ。

 

 

 

「んっ、女の子でも、容赦しないわよっ?」

 

 

 

「うるさいっ、ゴロツキっ!」

 

 

 

わたしの言葉に釣られたイライザの眉がピクンと一瞬跳ねてそう言った。

 

えー、と。

 

・・・ゴロツキ?そんなの、初めて言われたんだけど。

 

 

 

「ふふふっ、・・・ゴロツキ?そう、そのほっぺ倍に腫れ上げさせてあげるっ!」

 

 

 

イラってしたのは認める。

 

余裕はもう無いから、それも認める。

 

でも、でもでも。

 

ゴロツキって正面切っていわれたら、性悪って言われるより傷つくわ、決めた、泣かしてやる!

 

認め無いから、わたしはゴロツキ呼ばわりされるような生き方はしてないもん。

 

 

 

「ゴロツキ風情にっ!」

 

 

 

「痛みで忘れられないようにっ!」

 

 

 

また、また言った!わたしわゴロツキじゃないし!そもそも女、♀(メス)、女の子なんだよ?ゴロツキって言うのは酷いんじゃない?ねぇ、イライザ、今。

 

 

 

すっごくあなたを張り飛ばしたいの。

 

何度も。

 

何度も何度も。

 

這いずらせて、這いずるあなたを何度も踏みつけてやりたいの、あなたの皮なら気分良さそうよね、虎皮かしら、それとも豹?ううん・・・

 

 

 

「・・・ライオン?」

 

 

 

ぐるる、と唸り声をあげる目の前のイライザの可愛らしかった口には牙が生え、口は耳まで裂け、こんじきの瞳は猫科の猛獣のそれになって広がる。

 

ううん・・・豹かも、でもデカくなったわね。

 

 

 

さっきまで凛子ちゃんよりちょっと高いくらいだったのに、今じゃわたしより高いじゃない。

 

 

 

解っている事が一つだけ、何か恐怖っぽい、わたし、猫好きなんだけどな?足がガクガク、ぷるぷる止まらない。

 

強がりを演じてる場合じゃ無いのかも知れないわ、ね。

 

 

 

「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ・・・」

 

 

 

イライザの一撃、一撃が重くなったカンジ。

 

地面に穴が、亀裂が。

 

 

 

「一発貰ったらヤバめねっ。」

 

 

 

「姐さぁん、それっ、その方は、王族ですっ。」

 

 

 

「リオグリスなのが、その証拠すっよお。逆らったら、ヤバいんで、大人しくしてください。」

 

 

 

舞台から下がったゲーテと、群衆その1でしかないジピコスの声がわたしの耳に届く、と、右手をゲーテ。左手をジピコスに抑えられる。

 

 

 

「ゲーテ、何す・・・!」

 

 

 

何で今、あんたたち獣化してんの?そこまでしてわたし、引かなきゃなんない訳?知らなかった、こんなにゲーテの腕って掴まれたら、抵抗出来なくなるなんて。

 

ま、負けないけどね。

 

ゲーテくらいじゃ、わたしの床マットくらいにしか使い道無いもの。

 

あ、ジピコス?獣化しても狐になりきれてなかった、ホント薄い血なんだなぁって。

 

 

 

「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ、戦わせてくださいっ!そのっ、無礼者をっ切り刻みたいのですっ!」

 

 

 

イライザの方も、群衆をイライザ側の人らしい、身なりのいい黒コートのつば広の黒い帽子を被った男の指揮で取り抑えられたみたいね。

 

 

 

イライザが負け惜しみを言ってるのを黒コートに言い含められてるカンジかな、えー、とゲーテが確か、王族って言った?身なりいいと思ってはいたけどね。

 

 

 

「あっちが止めなきゃあ、私も止めないつもりで居ましたよ、そりゃあ、王族に喧嘩売るバカを見てるのは楽しかったですから。それに、楽しんでましたね?イライザ様。」

 

 

 

「ダンゼっ、よもやこの姿を曝して、そのっ、無礼者をっ!・・・なに、止めるなっ、こらっ!」

 

 

 

 

 

 

 

黒コートはわたしに向かってダンゼと名乗り、一方的に用件を言うと群衆の中にイライザを連れ消えてった。

 

 

 

「イライザ様も悪いと思いましたから、不問にしよう、と言いたいんですが。落ち着いたら、話だけいいですか?何、手間は取らせません。私、ダンゼ、と申します。お見知りおきを。では、後程。」

 

 

 

えー、と。

 

わたし行くなんて言ってないよ、勝手に決めないでよ、村出れるようになったらすぐに、発つつもりなのに。

 

勝手なヘクトルを張り飛ばしたいし、久々にディアドの顔だってみたいし、レットと打ち合いたいしなぁ・・・

 

あ、イライザはそこそこ良かったよ?長引くとマズイかなぁって思うくらいには。

 

 

 

それにしても、ゲーテ、ジピコス!後で、・・・解ってるでしょうね?どこ踏まれたいのかなぁ?首、耳、指とか痛みなかなか取れなくて、いいわよぅ。

 

あはっ、出逢った頃を思い出して、頭ギリギリッ踏みにじるのもいいわね?わたしの床マットだもの、たっぷり楽しませてアゲルわ。最後の夜、たのしみましょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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叶い難き幼き願い

 

 

 

 

 

 

全く、毎回毎回。

 

お嬢様は何故一人で歩かせれば問題をこうも呼び寄せるのか、小一時間問い正したい。

 

 

 

私はダンゼ。

 

急報を受けて役人が向かわねばならなくなった鉱山へどこからか聞き付け、お嬢様が・・・あの、『歩く迷惑』が陛下に直訴して、お目付けに私と側役のデカットが付けられ、こうして件の鉱山に一番近い村にまで足を運んだわけなのだけど。

 

 

 

歩く迷惑はまた、面倒を呼び寄せて衆目の集まる面前で、獣化をしようとする。

 

しかもその相手がエルフとは・・・廃人になる程度ならまだいいが、殺したとなっては陛下に何を言われるか・・・村長から報告のあった性悪エルフなのでしょうが、イライザが獣化しようものなら勢いで付近の群衆も危うい。

 

 

 

なんにしろ止めることが出来て良かったよ、あちらも下がってくれたからイライザだって言い含める事が出来た訳だし、こちらの事情が解るものが、あちらにも居たようで何よりだった。

 

 

 

「ほら、行きますよー、イライザ様。」

 

 

 

半分ほど獣化が進んでイライザ様は興奮気味。

 

やれやれ、何とか納得していただかないと。

 

 

 

「ふっざけるなっ、戦わせてくださいっダンゼ。あの者と戦いたいっ、承服しかねますっ、わたくしは、悪くないっ!こらーっ。」

 

 

 

見れば獣化に耐えれなかったドレスがあちらこちらビリビリになっていたりする。

 

高いものだ。

 

イライザ様がお召しになる物だから当然・・・という訳でもない。

 

見栄だ。

 

イライザ様のお母上は家格がそう高くない辺境の地主の出だ。

 

 

 

陛下の側室、といっても4、5番手だったらしい。

 

イライザ様は10の時まで陛下の子だと知らずに育ったほど。

 

 

 

「旅のドレスもびりびりですよ、いいんですな?公衆であられもない姿を曝す事になるんですよ?獣化、強くはなります、それはもう。凄く強くはなりますが、イライザ様の場合、不安定でしょう?ね、納得していただけますね。」

 

 

 

辺境の地主、お母上の実家で育てられた理由も笑えるもので、格上の側室に子が宿らず拗ねた。

 

あろうことか、生まれて間もないイライザ様を手に掛けようとしたとか、うーん、側室の争いとは恐ろしいものだな。

 

 

 

そのせいで、実家に避難なされていたのだ、公式に発表できぬまま、イライザ様は育ち、全てを知ってお母上に会いに都に出た事で、イライザ様が陛下の子だとついに公表される、しないままだと隠し子ということで闇に葬られる事にもなりかねないので、まあイライザ様ほどはっきり陛下に似ている上、獣化すれば一目瞭然だったりするのだが。

 

 

 

「はい・・・。解りました、わたくしの事を思って、止めてくださりありがとう、ございます。ダンゼ。」

 

 

 

いやぁ、頑丈なイライザ様の事です、心配など致しませんよ。

 

ドレスです。

 

ブーツです。

 

お召しになられているものの心配をしているのです。

 

陛下の贈られた品々に身を包んでいながらすぐに壊しやがりますからね、イライザ様は、ええ、歩く迷惑と呼ばれるのも当然かと存じますよ、ダンゼは。

 

 

 

「有り難きお言葉、ダンゼには全く勿体無き事にございます!なぁーんちゃって、衆目が無ければ不敬もクソも無いぜ、このいかず後家が。衆目にあんな真似曝すから嫁の貰い手に断られ続けんだよっ。」

 

 

 

路地裏に入ればもう大丈夫か。

 

ああ、キツッ。

 

畏まり続けるのって性にあわないな、イライザ・・・ラザの前だと。

 

 

 

「ああ、キツい事を言うわねっダンゼ。そ、そうね、確かに?旦那様は?今は、居ないけど、その内きっと。」

 

 

 

ラザとは年も近い、1つ違いでラザが上だったせいもあり、幼い頃からずっと、腐れ縁って事か。

 

ラザが王族って知った時は驚いた、覚えてる。

 

あの時が歩く迷惑の初出現だったしな、ラザの獣化何かそれまで見たことも無かった。

 

幼い頃に発現してたら私はとうに死んでた、そんな気がする。

 

コントロールをラザは出来ない、リオグリスの強力なパワーをコントロール出来ないとなれば、致命的欠陥となる。

 

例えば・・・そうだ、夫婦喧嘩になるとしよう、ラザの獣化が完全になった時、旦那は生きちゃいない。

 

そう、断言できる。

 

ラザは初めて行った都で暴れ、陛下麾下の鍵の十二騎士まで出動する騒ぎを起こしたしな。

 

別に、我儘でそれをやったんじゃない、それは知ってる、伊達に腐れ縁を続けてない。

 

お母上に会わせて貰えなかった為に証拠を見せろと言われた結果、城門を破壊して狂気のままに城内に侵攻したんだラザのバカは。

 

そんなラザには・・・致命的にろくな縁談は上がらない。

 

良い話が舞い込んでも、ラザ自らがぶち壊し。

 

後で謝って廻らなきゃならない側役や後見人の立場から言わせて貰うと、ずばり歩く迷惑。これに尽きるということだ。

 

 

 

「いいですかぁ、ニンゲンより寿命が短いんだよっ。だ、か、らっ、早く、なるだけ早くっ嫁に行って、子を作るのが、お前の幸せにも繋がるんだろうがっ!」

 

 

 

辺境の地主みたいなマシな縁談はもう二度と舞い込まないだろう、町を半壊させるだけの騒ぎを起こしたらな。

 

そりゃあ、王族でなければとうに首と胴はサヨナラしてなきゃ、平和が保たれない。

 

 

 

こんな移動する活火山を嫁に取ろうなんて好き者、陛下に取り入ろうしたい奴だけじゃないか。

 

その魂胆を知るや、ラザは噴火して町を半壊させた。

 

危険物、確かにそう。

 

でも本来のラザはお転婆でおしゃまな田舎のおしゃまお嬢様以外の何者でもないはずなんだ、ちょっと、度の過ぎた正義感の塊であるとこを除けば・・・田舎の娯楽なんてたまに回ってくる吟遊詩人の語りを聞くか本くらいだ、それがラザの原点であるのは揺らがないと思う。

 

英雄のような素晴らしい正義に憧れ、染まっていった事を誰よりも近くにいた私が知っている。

 

 

 

「だから、その内きっと。」

 

 

 

だが、都みたいな魑魅魍魎がばっこする土地に、ラザは綺麗すぎた。

 

合わない、悪を見過ごせないラザは次第に煙たがられるようになっていく。

 

清いだけでは魚も住まないとは良く言ったものだと、思う。

 

ラザは清すぎた、清すぎた故に誰からも迷惑がられる、ラザが現れて獣化ともなれば良くて一軒更地、悪ければ町ぐるみで被害を被る。

 

 

 

「はぁー、ラザとは腐れな縁だが、私じゃ嫁には貰ってやれないんだぞ、バカラザっ。」

 

 

 

そんなラザにも最初はいろんな人が後見人に付いていた。

 

まあ、魂胆を知ったラザに蹴散らされて、離れていったんだけどな。

 

 

 

『なあ、ラザ?どうして大人しくなれませんか?』と聞いた(・・・説教の途中だったかな)、事がある。

 

答えはこうだった、『あら、わたくしは嫌いなものを嫌いと言っているだけです、悪は滅っすものでしょう?』・・・あぁ、ダメだこの姫様と、思ったよ。

 

縁談なんて、纏まるはずがないってね。

 

 

 

そう言うと必ずラザは訊ねてくるんだ。

 

『ダンゼなら許せますか?』と、許すも何も権力には敵わない事を知ってる、私は。

 

だから、二人は結ばれることは無いんだよ・・・待たないでください。

 

・・・ラザ。

 

 

 

「降家すれば、・・・」

 

 

 

縁談が流れて説教をすると、決まってラザの口にする言葉。

 

降家してしまえば、ラザの大好きなお母上とも会えなくなるんですが。

 

解ってないんだ、ラザは。

 

 

 

「簡単に言うもんじゃねぇんだって、解るだろ。ラザに家族を捨てさせられねって。」

 

 

 

お母上とも会えなくなったら悲しむよな、ラザは。

 

後悔してからじゃ、降家してからじゃ遅いんだって事わかってない。

 

 

 

「きっと、このまま・・・死ぬまで独りなのよ。」

 

 

 

それまで俯いたり、明後日の方向を見ていたラザが私に向き直り、

 

 

 

「それより、ダンゼの元に行ったほが良くない?継承権だって・・・下から数えたほが早いのに、王族に拘る必要ないもの。」

 

 

 

そうなんだ。

 

いつも、ラザ・・・君は無茶を通そうとする。

 

そんな小さな抵抗は、権力の前で悪あがきに等しい。

 

そもそも、陛下に私がどの面提げて『ラザを私に下さい』なんて、言えると思ってるんだい?

 

 

 

「いや、私の給料で王族の生活なんて無理なんで。」

 

 

 

ラザに背を向ける。

 

使用人と姫の結婚なんて、吟遊詩人の歌の中でだって悲恋に終わってたじゃないか。

 

 

 

 

 



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叶い難き幼き願い2

使用人と姫の結婚なんて、吟遊詩人の歌の中でだって悲恋に終わってたじゃないか。

 

あぁ、あれは騎士だったっけ。

 

 

 

幼い頃から、憧れて、欲しがったイライザ。

 

 

 

何が合ったって二人は幾年連れ添い、その関係はいつしか結ばれる。

 

 

 

そう・・・思ってたんだ。幼い日の時は、残酷だ。

 

それが叶うと心の隅で、使用人の子でしかない私が、信じてしまうほどに、その距離はそんなに遠くなくて、手を伸ばせば何時だってその手に届いたから。

 

 

 

だから。

 

だったから、幼い日にイライザから『大きくなったらわたくしとお前は一緒になるのよ?ね、指切り。』叶えられるとその時は、胸踊らせて。

 

指切りに、誓いを託して、祈ったのに。

 

それなのに。

 

騎士にすらなれない、側役止まりの私では満足行く暮らしを続ける事すら、出来ないんだよ?

 

 

 

「生活なんて・・・あー、ちょっと未練ある、うん。」

 

背中にラザの声を聞いて、悔しがる。

 

こんなに君を愛して・・・いや、とうに捨てた気持ちだ。

 

陛下に忠誠を誓ったあの日から、君をそばで見てるだけで満足だと思えたあの日、気持ちに蓋をした、二度と開けるつもりのない、そう決めた。

 

王族に未練が無いと、言われた所でどうする事もしてやれないんだよ。

 

 

 

「だろ?王族しか口に出来ない珍しい食べ物だってあるしな、昔、別けて貰ったっけ、なんだったか・・・」

 

 

 

甘い、甘いお菓子や飴だって君に我慢させる事になるだろう、もう二度と食べる事も出来ないかも知れない。

 

恋慕の思いだけではどうすることも出来ない壁がある。

 

田舎のおしゃまなお嬢様と言う肩書ですら、使用人とじゃ高すぎる壁なのに、よりによって、酷すぎるじゃないか、メルヴィ様の与えられた試練か何か知らないけど。

 

ラザを好きになる、愛することがこんなに難しいなんて。

 

幼い頃には、漠然と『大きくなったら一緒になろうね』なんて薄っぺらな指切りだったけど、お互いの感情は惹かれあって幼い時のあのままなのだと、思う。

 

それは、メルヴィ様!罪ですか?

 

 

 

「ケーキ?」

 

 

 

ラザが思い付いたように言う。

 

そう言うのをラザに我慢させなければいけなくなるのが嫌だ。

 

いっそ早く、ラザが誰かのものになってくれたら諦めが付くのに、バカラザは。

 

 

 

「そう言うのだ。甘えたのラザがそんなの捨てて使用人のガキとこ嫁ぎますって、そりゃあ、ギジュ様は怒るだろ?」

 

 

 

ラザのこんじきの双眸を覗き込む。

 

金色の眼球はキョロキョロと動いて、俯く。

 

ラザは幼い頃のまま綺麗だ。

 

可愛い。

 

こんなに可憐で、美しいのに貰い手が付かないのは、きっとラザが私を待ってるからだろう。

 

ラザの全てを許せるようじゃないと、このじゃじゃ馬を乗りこなせない。

 

乗りこなせないなら、命の危機だ。

 

落馬ならまだマシで、後ろ脚で蹴られて、全身の骨が砕かれる。

 

そんな、狂気と可憐さが共存してるのが私の好きなラザだ。

 

 

 

「父様が怖くて踏み出せない、そんなの・・・だっさ!ダンゼ、ださ。」

 

 

 

俯いたまま、頬を朱に染めるラザに気付いた。

 

ああ、でも獣化進んでるからね?どうみても獣です。

 

そんなラザでも可愛いとか、可憐で美しいのにとか思えてしまう私は、全然諦め切れていないんだなって気付いた。

 

気付いただけで、何が変わるわけでも無いのだけれど。

 

言葉で私を痛め付けるのも、陛下なんて関係なくてラザは、私に行動しろとそう言いたいんだろう。

 

無理だ。

 

ギジュ様にこの心の内を告げれば二人は引き裂かれる。

 

そう思えば、籠の中のラザを見てるだけで、ラザが笑っていてくれるだけで、私は生きていける。

 

 

 

「この話終りはないんだろ?頷くまでさぁ。」

 

 

 

んー、獣化が収まってきた。

 

愛しいラザの肢体を衆目に、いや叶うことなら誰にも、私以外に晒して欲しくないのに。

 

 

 

「決まってるじゃない!!そんなのっ、当然でしょ。」

 

 

 

それはね、嬉しいよ、嬉しいです。

 

でもね。

 

乗り越えるべき壁は高すぎて私はまだ登ろうとも考えれ無いんだ、途中で後悔するかも知れないし、壁から滑り落ちて後悔する傷を負うかも知れないし。

 

 

 

・・・素肌もとっても綺麗だ、ラザ。

 

 

 

「えぇと、役人の仕事に戻る。・・・その前に、っと。このマントでも着てろ。もうじき、頃合いだな。」

 

ラザは気付いてないけど。

 

獣化は完全に解けた。

 

つまり、今の、目の前のラザは裸体を晒している。

 

 

 

「んんんっ・・・!」

 

 

 

マントを投げると焦ってしゃがみこみ身に纏うラザ。

 

羞恥に顔を真っ赤にして、伏し目がちに私を見上げてくる。

 

どんな姿でもラザなら可愛いよ。

 

こんなに、こんなに、こんなに美しいのに、美しいと思えるのに。

 

乗り越えた壁の向こうにも壁がまだまだある気がして取っ掛かりにすらなれないんだ。

 

 

 

「ちっせえ時から見飽きてんだよ、そんな恥ずかしがんなよ。私が悪いことしたみたいじゃねえか。」

 

 

 

嘘。

 

嘘です。

 

見飽きることなんて無い。

 

何時だって瞳に灼き付いてラザの姿が離れない、放したくない。

 

 

 

「ダンゼ・・・いつから、私って言うの癖になっちゃったね。」

 

 

 

マントに包まりラザがぽつりと言葉に出す。

 

私が、ラザに相応しくないと心の内の気持ちに蓋をして諦めた時です。

 

陛下に忠誠を誓ったあの日から。

 

 

 

「ああ、そだな。いつから、だっけな。ま、仕事してくる。」

 

 

 

取り敢えずラザはこのくらいにしておしごとに行かないと。

 

自分の気持ちに正直になってしまっても、お互い困るだけだ、茨の途しか見えやしないじゃないか。

 

 

 

背中にラザの恥ずかしがる声を耳に届いていたのに私は聞こえなかったフリをして、その場を立ち去った。

 

 

 

「おっ、おーい!マントだけかよっ、ダンゼ!おいっ、どーすんのよっ、もうー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪魔に魅いられようとおしごと

 

 

 

 

 

 

イライザ様と別れて小一時間。

 

 

 

居ない。

 

性悪エルフがどこにも居ない。

 

話を聞かせて貰うはずだったのに。

 

 

 

あの長い黒髪のエルフが立ち寄りそうな所を知らないか、通りすがりの蹄獣人に尋ねると、性悪エルフならと教えられたのは村に一つの酒場。

 

 

 

「ありがとうございました。これ、奢ります。」

 

 

 

案内してくれた蹄獣人に一杯奢って少しすると、専用席になってるらしいテーブルに件の黒髪のエルフが座った。

 

 

 

「ズズ・・・何か?ありましたか?」

 

 

 

私が黒髪エルフの座ったテーブルに近づくと取り巻きの一人がエルフに何やら耳打ちして、声をこちらがかける前に黒髪エルフから先に訊ねられた。

 

 

 

報告文に目を落とすと、名前はシェリルとある。

 

 

 

報告文は20数枚に上り、それを書いた警備の者の愚痴混じりに、目を覆いたくなるあれこれの羅列が並ぶ。

 

とにかく厄介事を次から次から撒き散らしているようだ。

 

そんな所はラザに酷似している。

 

陛下は喜んで戦いたがるだろうな。

 

 

 

しかし、目を通しはしたものの、凡そ目の前のすらりと細いエルフが、本当に性悪エルフと呼ばれる報告文のそれとは重ならない・・・この躰で自分の倍もある冒険者を打ちのめし続けているとは私には思えない。

 

 

 

とは言え、先のイライザ様との一戦を少し拝見しただけでも、このエルフが件の性悪エルフと呼ばれている本人だと理解した。

 

一人でイライザ様と渡り合えるエルフなど有り得ないから。

 

 

 

歩く迷惑と呼ばれるイライザ様の不名誉な通り名は伊達じゃあない。

 

兵士が10人居ても、一瞬で倒してしまい、取り押さえられ無いんだから。

 

 

 

「落ち着いたら、出頭下さいって言いましたよね?私。」

 

 

 

自分のテーブルから持ち出した椅子に座る。

 

 

 

報告文をテーブルに投げ出すと、シェリルと言ったか、黒髪のエルフの視線が報告文に移動した気がした。

 

 

 

それでもグラスは手離さない辺り、相当な酒好きなのだと私にだって解る。

 

酔っぱらい相手におしごとしなければいけないのは少し、気が沈む。

 

 

 

報告文にもあったが、いきなり暴れる事は無いらしい、そこは素直に胸を撫で下ろし安心できた。

 

 

 

「んー、どこに?」

 

 

 

報告文から視線が外れグラスに戻る。

 

 

 

せめて、瞳を見て会話をして欲しいものだがしょうがない、冒険者とはこういった手合いの方が多い。

 

 

 

「ああ、警備の詰所で良かったんですけど・・・いいですか?今。」

 

 

 

報告文の経緯を目で追いながらシェリルに訊ねた。

 

視線を移すと、丁度酒をグラスに注いでいる所だった。

 

 

 

「やだ。」

 

 

 

返事は簡潔。

 

断られるのは想定はしていたが、もうここで済ませて置きたい。

 

 

 

「やだ。じゃないです。警備からも話、伺ってますよ、ええ。凄いですね、女性とは思えない狂暴さ、だ。」

 

 

 

挑発めいた言葉を口に出すと、シェリルのにこりとした顔がこっちを向いた。

 

どこか、魅惑的と言えばいいか、セクシー・・・だと思う。

 

いや、ラザの方が何倍も私にとって素敵ですよ?

 

 

 

「喧嘩売ってる?」

 

 

 

にこやかな笑顔のまま、その艶々した唇から出てくる言葉はやはり、報告文の通り畏怖すら感じる、寒々しい口調。

 

 

 

怖い。

 

 

 

こっちを向かせる為だけに、悪魔に魂を売り渡した気分だ。

 

二人の取り巻きも布を頭に巻いたり、帽子を被っているが、雰囲気で私がやりあっても勝てないと思わせる。

 

 

 

「いいえ。おしごとしてるんです、商店を5回半壊、内1件は1階内で戦闘けいぞく・・・と。猛獣か何か?」

 

 

 

文で読むのと、口にだすのとでは内容の感じ方が変わるな、目の前でにこりと私を見ているエルフが本当にこれを?ラザか、猛獣・・・羆族でも無くてこれが可能だと言うのか。

 

 

 

「・・・おめめは節穴なの?」

 

 

 

いやぁ、シェリルさんの瞳が怖い。

 

妖しい輝きを放つ様に私の網膜を貫く。

 

 

 

グラスはまだ離さないんですね?

 

にしても、取り巻きが無くなる前から追加する酒を次々、一人で空にしているのに、シェリルさんは酔った風に無いな。

 

 

 

「いいえ。ハーフエルフらしいですね、猛獣の家族とかいらっしゃる?」

 

 

 

私の瞳は付いてますとも、ちゃんと。

 

 

 

ピューリーか、バゴイナタスが家族にいたりすればハーフエルフと言えど遺伝で・・・いやぁ、これほど遺伝だけで強くなれるものだろうか?

 

私は、とても悪い方に思い違いをしているんじゃないだろうか。

 

 

 

「表、いこ。」

 

 

 

シェリルさんの瞳が細くなる。

 

その潤んだ瞳も、唇も私の瞳には魔物めいて映って。

 

 

 

悪魔。

 

見たことは無いから、はっきりとは解らない。

 

目の前で長い艶やかな黒髪を掻きあげる仕種をしながら、にこりと微笑いかけてくる女の子を見ていると、何故だか遠い昔に吟遊詩人から聞いた言葉を思い出す。

 

 

 

『悪魔はいつも微笑む。命のやり取りをする時も、魂を奪う時も。その微笑みはとても美しい。』

 

 

 

「いいえ。私、・・・まだ死にたくは無いので、イライザ様は弱くは無いんですよ、見境無くなっちゃったら死人も出ますよ。それを、〈アニミテイジ〉させて、嬉々と楽しむかのように振る舞うエルフなんて他に居ません。狼ですが、薄くて、血。勝負はやる前から見えてます。故に、やりません。」

 

 

 

怖い、怖い、怖い、怖い。

 

シェリルさんの瞳の奥の揺らぎにすら底冷えする。

 

急いで取り繕わないと。

 

 

 

考えろ。

 

 

 

必死に、弁解の言葉を。

 

私には凡そ触れることも出来ないまま、目の前でにこやかな笑顔のまま、私を見詰めている黒髪のエルフに取り殺されるのではと、恐れた。

 

 

 

吟遊詩人から聞いた言葉にぴたりと合う、見る者を惑乱させる嫣然たる微笑みを見て。

 

 

 

「なら、挑発するのやめなさいね。」

 

 

 

良かった。

 

視線が外れグラスに戻る。取り巻きが立ったまま酒を注ぎ、煽るとすぐ。

 

また酒を注げ、と促すように差し出し満たされるまで注ぎおわると一口に煽る、繰り返しのその作業をしばらく、私の廻りだけ空間が固まったように見守っていた。

 

 

 

「おしごとしてるだけなんですが、私。デュンケリオンの、あの“剣鬼”を、ほうほう。絶望させた?」

 

 

 

おっと、おしごとを忘れてはダメだな。

 

我に還ると報告文を読み上げる。

 

警備の者が書いた事が事実であるのか、確かめてから陛下に報告しなければならないからだ。

 

 

 

村で起こった事の逐一の報告も任務の一つになっている。

 

私の目で見て、疑わしいと思える報告文をそのまま、届出てはダメだろうと思うから、とは別の立場もあったり。

 

 

 

なんにせよ、事実であるかを聞き出さなくてはいけないのは変わらない。

 

だがしかし、こんな報告文の照らし合わせが、難しいものになるなんて。

 

 

 

「弱い奴が偉そうに、囀ずるから。でも、剣だってもたせてあげたわ。」

 

 

 

剣鬼はデュンケリオンでも名うての冒険者だと思ったが、その剣鬼を弱い。と言い切った。

 

 

 

口振りだと、まず剣を持たせないように、奇襲でもかけて不意打ちで気絶でもさせたのかも知れない。

 

剣鬼と言っても、気絶していてはタコ殴りに合う。

 

散々ぼこぼこにした後で、剣を取った剣鬼だったが、時すでに遅しと絶望した・・・と、こういった筋書なら頷けるな。

 

 

 

「ふむ、メドイックはしかし、まだ自室から出てこれないそうですね、次。あぁこれもなかなか、エナーグですか。デュンケリオンにも名前が稀に聞こえてくる、山賊狩りをこなしたって・・・あ、興味無い?」

 

 

 

“剣鬼”メドイックは剣の腕なら、鍵十二騎士にひけを取らないと聞いているんだよな。

 

そのメドイックを『絶望』させるとはどういう事なのか・・・十二騎士の中にはメドイックに師事した方だっていると聞く。

 

 

 

十二騎士は国内最強が揃う、陛下が直接選び抜いた集団なんだぞ。

 

これを簡単に信じろ、なんて陛下の前で申し上げ難い。

 

 

 

エナーグはまあ、小物だな。

 

山賊と言っても、規模の小さめの奴等だったんだろうし。

 

 

 

「酒がまずくなるわー、あー。どっか行ってよ。それか、表いこう?」

 

 

 

シェリルさんの視線がまた私に。

 

 

 

悪魔の微笑み。

 

吟遊詩人から聞いておけば良かった、悪魔に直接会った時の対処法とか。

 

 

 

「断ります。羆族の、ほうほう。カイオットですか、大物じゃないか。あ、重そうって意味でなんですけどね。」

 

 

 

にわかに信じがたい・・・羆族《ゴーギャニル》をこの細腕でと思い、自分の腕と見比べる、私の方が太さなら大きい。

 

 

 

象獣人《バゴイナタス》と並んで羆族は桁違いに固く、強い・・・はずなんだがな。

 

 

 

「カイオッ・・・あー、熊!か、確かに?でも、固いだけの生きてる的だわ。トロくさくて、獣化?しようとしたけど完全体になる前に気を失ったから何にも変化しなかったわ。ふふっ。」

 

 

 

その、羆族との戦いを思い出しているのか、シェリルさんがグラスのふちを何回ももぞもぞ、なぞりながら私を見るでなく、取り巻きの方を向くでなく酒場の壁の滲みでも見るみたいに、しばらく黙って左手は肘を付いて顎を支える。

 

 

 

思い出すと、プッと吹き出して私の顔を悪戯っ子めいた顔つきで見て喋り出す。

 

 

 

まさか、笑ってしまうほどカイオットという羆族はなす術なくシェリルという悪魔にとり殺されたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪魔はいつも微笑み、そして美しく

カイオットが見た目で、シェリルさんを舐めて掛かったというのはトロかったというシェリルさんの発言から予想がつく、しかし、羆族の強みは固さ故のタフさだと思っていたんだが、完全体になる暇が無いほどに、微笑みを浮かべる悪魔はカイオットという羆族を手玉に取り、瞬殺したとでも言うのか。

 

 

 

あ、カイオット死んでないらしいですけどね。

 

シェリルさんの仲間からヒール貰ってなきゃ、顎は諦めなきゃならない惨状だったと報告文にあります。

 

 

 

「笑いごとじゃないんですけどね、我が国でも強い部類ですよ、羆がですよ?カイオットなんて小物じゃありません、そこは心に憶え置きを。最後に、あの“百腕”を飼い慣らしたそうじゃないですか、凄いですね。ピューリーは誇りを尊(たっと)び、何より気高さを汚されるのを嫌うと、ご存知でしたか?」

 

 

 

ゴーギャニルはまだ物分かりのいい方だ、強い相手だと解ればその瞬間に大人しくなる。

 

 

 

だが、ピューリーは違う。

 

 

 

おのが誇りが全て、われが我がで我儘気ままで、サーゲート国内にあってサーゲートでないとまでピューリーのテリトリー、ケツァーシンの事は呼ばれている。

 

 

 

未だに陛下に忠誠すら誓わない、そんなピューリーの端くれであるはずの百腕を手懐けたと言うのだ。

 

報告文に目を通して一番目を疑い、二度見した程でもある。

 

 

 

ピューリーならば、下になるくらいなら死を望み、死の間際まで勇敢に立ち向かい、立ったまま死ぬと、本で読んだ。

 

 

 

そのピューリーのテリトリーから出たはぐれ者とは言え、ピューリーであるなら敵わない敵だろうと構わず、どちらが死ぬか?それを競うものだと思っていた・・・実際、彼らを大人しくする方法が無く、陛下が平定に赴いても骸がいくつ並んでも誇りが為にとか、我儘放題に暴れ、たとえピューリーの頭領を倒し平定が叶っても次の日には役人を叩き出して、次のピューリーの総代が現れるという。

 

 

 

強い相手だから従うという訳ではない、家族が全てで仲間が全て。

 

 

 

取り巻きの一人が私の言葉に含み笑いを漏らし、布で頭を巻いている方の取り巻きが不機嫌そうに私を睨んでくる。

 

私、何か悪い事を彼らに言っただろうか。

 

 

 

もしかしたら、あの取り巻きは百腕と呼ばれるゲーテで、やっと瘡蓋になった傷を私はゆっくりだろうが、ひっぺり返してしまったのかも知れない。

 

悪い事をしたとは思うが、おしごとなんでな。

 

 

 

「ん?ぺらぺら囀ずってたから、誇りだろうが、尊厳だろうとへし折って後悔させてあげたのよ?」

 

 

 

そして、何よりピューリーは強い。

 

タフさも相当なものだし、平定に繰り出せば甚大な被害を被って来た。

 

強靭な顎と牙、硬く鋭い爪、そして我儘気ままの彼らも亡国の、家族の危機となれば物凄い統率力で弱った所、防御の薄まった所から蹴散らされて、羆族や象獣人で固まった場所以外で被害が極端に高まると教えられている。

 

 

 

ピューリーの絶対存在意義である誇りを、尊厳をへし折るとは如何な状況だったのだろうか、興味を引かれる。

 

報告文では、警備が呼ばれて行ったものの群衆に阻まれすぐには辿り着かなかったとあり、警備が後で聞いた話でしかないのが悔やまれた。

 

 

 

倒れる度、ヒールを貰って百腕ゲーテは雄々しく立ち上がりピューリーらしく、誇りが為に性悪エルフに襲いかかったが、悉くを槍とそのすらりと細く長い脚から繰り出される蹴りによって阻まれ一度と触れることも出来ずに敗北した・・・と書かれている。

 

 

 

ピューリーが一度と触れることも出来ないとはどういう状況だったのか、不意打ちをされ縛られたか起き上がれないほどメッタ打ちにされたのか?

 

いやまて、倒れる度のヒールで痛みや怪我は和らいで、気分は悪いだろうが反撃が出来ないという事ではない。

 

 

 

縛られていたと報告文に記述もない。

 

目の前の、美しい黒髪のエルフがますます私の中で、悪魔なのでは無いかという疑惑が膨らむ。

 

 

 

しばしの逡巡の後、思い出した様にシェリルさんいやいや、微笑みを絶やさない悪魔のこんじきの双眸を覗き込み、

 

 

 

「ピューリーの端くれとは言え・・・。えー、結論です。あなたを我が国の筆頭生にスカウトしたいと思います、如何かな?」

 

 

 

本題に移ることにする。

 

この報告文は、陛下が強者を集める為の言わばテストで、私の立ち位置は面接官だ。

 

 

 

今までの会話は、面接ということになる。

 

手元の報告文が事実であると、本人の口から証明されたのだから、面接官である私は合格と言わざるを得ない。

 

陛下が好きそうな強さだ、化け物じみている無慈悲ぶりも含めて。

 

相手の名乗りも聞かずに勝負は始まる、そんな暇は無いという事かも知れないな。

 

 

 

合格であるなら、即引き込みに掛からねばならない。

 

何とか切っ掛けだけでも、デュンケリオンに向かわせねばならない、絶対に。

 

それが。

 

面接官である、私の義務だと思うからだった。

 

筆頭生ともなれば幹部候補中の一番だ、次のステップは鍵十二騎士か近衛か親衛隊か、である。

 

 

 

私が連れ帰る事が叶えば、私の監査としての地位も上がるだろうし、どうせこの悪魔は筆頭生に実力でなれる。

 

 

 

 

 

上手くデュンケリオンに来てくれさえすれば・・・、全てはその一言に尽きるんだけど。

 

性悪エルフはデュンケリオンに来てくれるだろうか。

 

 

 

 



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イライザ様は良く言えばバカ、悪く言えば他人の言葉が耳に入らない、見たくないものが目に留まらない、そんな我が儘なんです。

 

 

 

だがしかし、その期待はあっさりとはね除けられた。

 

 

 

「行くわけ無いじゃない。バカなの?獣人なんて、皆雑魚ばっかり。チラッ」

 

 

 

あからさまに私を挑発するようにシェリルさんは答えると、チラリと私を窺ってからグラスの中身を喉に流し込む。

 

 

 

何故だかコートが汗ばむ気がして、首筋や脇に触れると知らぬ間に、冷や汗をびっしょりとかいていた。

 

 

 

「その手に乗りませんよ、私。死にたくないですから、それはともかく。残念です、性悪エルフを国が雇ったとなれば、連日!習練の門を叩く者が後を絶たなくなると思ったんですが・・・。チラッ」

 

 

 

これは賭けだ。

 

畏縮する全身を奮い立たせて、あくまで平静を装い涼しく、語気も滑らかにしかし、挑発するように匂わせながらシェリルさんの興味を惹かねばならない。

 

 

 

事が終われば、周辺の街や村を駆け抜け恐ろしい速さで性悪エルフの噂はデュンケリオンまで届くだろうし、届けなくては行けない。

 

陛下が望まれる、強者を集める為の修練の門、そこに目の前の黒髪のエルフ、シェリルさんが足を踏入れてくれさえすれば、性悪エルフの悪名と共に新たな強者を呼び込んでくれる・・・と、私は思う。

 

 

 

「習練の・・・門。面白そうね、暇潰しに叩き潰しに行こうかな?」

 

 

 

成功だ。

 

シェリルさんの興味を惹けたようで、きっと頭の隅にでも張り付いてくれたんじゃないか。

 

修練の門という言葉だけでも。

 

 

 

「挑発に乗ってくださり感謝致します。ああ、それと。私、この報告を済ませたら、ドラゴン退治に・・・」

 

 

 

「もう、居ないわよ。」

 

 

 

私の言葉を遮るシェリルさんの冷ややかな口調。

 

ドラゴンが居ないと言うのは眉唾ものだった。

 

 

 

「村長からも、そのように伺いました。ついては、同行しては戴けないでしょうか。」

 

 

 

村長の屋敷に到着を知らせるため足を運んだ際、ある冒険者がドラゴンを倒してしまったと、退治してしまったというのだ。

 

 

 

一瞬、何をこんな所まで来てと思ったが、その後で警備の詰所でシェリルさんに関する報告文を受け取り、目を通すとそれでも信じられ無い気持ちは強かったが、実際に本人を前にすると、本当に退治してしまったのでは無いかと思ってしまう。

 

それを納得させるだけの風格が、シェリルさんの周囲にまとわりつく得体の知れない恐怖にはあった。

 

 

 

「やだ。」

 

 

 

断られるかも知れないとは思っていたけど、まさか即断とは。

 

まいったな。

 

 

 

「そうですか、なら正式に村長から依頼を出して貰う事になりますが・・・よろしい?」

 

 

 

是非にも同行していただきたい。

 

シェリルさんが居れば安心じゃないかな、敵にするとこれ程恐ろしい人は見たことが無い・・・でも、味方とすれば頼もしすぎる。

 

 

 

「狼の皮、剥いでやりたくなってきたんだけど・・・いいかな?ゲーテ。」

 

 

 

だが、シェリルさんは肯定も否定もしないでただ悪魔のような金色の瞳を爛々と輝かせ、長く細い腕で私の顎先に触れて私を射抜くぽく見詰め、ゲーテに訊ねた。

 

 

 

何故?何故そうなる。

 

背筋が凍る思いで、ゲーテの返事を待つ。

 

 

 

「姐さぁん、役人斬って賞金掛けられるのはやめてくれよ。ま、どのみちその賞金は払われる事無いんだろーけど、姐さんが誰かに負けるわけないんだからな。」

 

 

 

呆れ顔のゲーテはどうなろうと知らない、と言いたげにシェリルさんを見る。

 

 

 

おい、・・・──おい。

 

止めてくれないのか?

 

シェリルさんと戦うなんて無理だ・・・生存できる可能性が無い。

 

 

 

本当に?

 

私が?戦う・・・

 

 

 

「ふんっ、可愛い口きくようになったじゃない?お世辞使えるなんて、ね。」

 

 

 

お世辞?

 

いやいや、ゲーテは本気だった。

 

本気でなす術ないと呆れている、そんな顔。

 

戦るしか無いのか。

 

 

 

「・・・仕方無い、ご期待には添えないとは、思いますが戦りましょう。」

 

 

 

コートを椅子に掛け、革のベストとシャツを脱ぐ。

 

獣化なんて。

 

いつぶりかな、ラザを止めようとスールの街でして以来か。

 

 

 

上半身裸になって獣化を試みる。

 

試みると言うのは、獣化は激しい感情の起伏によって血に眠っている、本来の力を使う事、ただ全身毛むくじゃらになれるかってゆーと血の濃さ薄さ、薄くても遺伝を強く受け継ぐ──先祖帰りとゆーのがありまして。

 

私はそれだったりする。

 

 

 

「うッ、ウアアアアアアアッ!」

 

 

 

喧嘩を吹っ掛けたつもりも無いけど、興味を惹くために挑発めいた事はした。

 

獣化は進み、腕は倍くらいに膨れ上がる。

 

それを見て私はシェリルさんが既に酒場から出ている事に気付き、嫌だなと思いながらも遅れて外に出る。

 

 

 

「姐さん、殺しちゃいけませんよ。加減をしてくださいね。」

 

 

 

帽子を被った取り巻き──あっちがゲーテならこちらはジピコスか。

 

もっと言ってくれ、手加減抜きではすぐに決着がつく。

 

うん?さっさと倒れて負けてあげたら痛いのは一瞬か。

 

ラザも待たせてるし、話が早い方がいいな。

 

 

 

「ジピコス!ゲーテ!」

 

 

 

往来の真ん中でシェリルさんは準備運動だろうか、手首をぷらぷらさせながら地面に足をつけたまま、足を回転させていたと思うと、気合を込めて叫んだ。

 

 

 

「「はいっ。」」

 

 

 

「役人だってさ、関係ない。そうでしょ?いつだってわたしに喧嘩ふっかけた奴は後悔するんだっ、生まれてきた事に!」

 

 

 

返事をする二人に向かって肩越しに振り返り、改心の笑みを浮かべるシェリルさんは、冥府の蓋を開けてやってきた悪魔のように恐ろしく見えた。

 

 

 

喧嘩、売った覚え無いんだけどな。

 

生まれた事に後悔して、早く済ませよう・・・それがいい。

 

 

 

「ふぅー、行きます!」

 

 

 

一息に空気を吐いて、息を整えたら地面を蹴る。

 

既に、獣化は8割完遂して私の全身を灰色の毛むくじゃらが覆う。

 

どこか解放された気分になる。

 

欠点があって、物凄く腹が減るのだ。

 

食費を考えたら常用するべきでないし、普段の三倍くらい体を使う事になり、獣化が解けた後酷く疲れる。

 

食費の事に脳を侵されていた瞬間、シェリルさんが居ない。

 

どこ行った。

 

こっちはもう全力を尽くした、後は適当に這いつくばって許しを乞えばいいだろう。

 

 

 

「上よ!」

 

 

 

すると、声は上からした。

 

見上げると勿論シェリルさん自身、上空に跳んでいた。

 

太陽の内に入って眩い。

 

輪郭の中から飛び出す足が見えて、反射的に弾いてしまった。

 

 

 

私はシェリルさんの攻撃に反応して反撃してしまっていたのだ、今ので終わらせる筈だったのに。

 

 

 

「やるわねっ!」

 

 

 

弾かれた先で、態勢を立て直したシェリルさんが叫ぶ。

 

一瞬で私の真横に駆け寄り、背を見せての廻し蹴りがくる。

 

 

 

「ぐぅ、非礼は詫びましょう。立場を使っても逃れられないのでしたら、ね?これで許して・・・だめ?」

 

 

 

今度は見事に私の腹にシェリルさんの踵が突き刺さる。

 

よろけて見せて膝立ちに私はシェリルさんに向けて頭を下げお辞儀をする。

 

最後にシェリルさんの顔を窺う。

 

悪魔、悪魔の微笑み。

 

ニコニコと私が喋るのをシェリルさんは聞いていた。

 

 

 

「役人さぁん、次は這いつくばらせてアゲル♪」

 

 

 

シェリルさんは瞳をカッと見開いてにぃと笑う。

 

これでは許しは貰えないような感じなのか。

 

では・・・

 

 

 

「這いつくばって済むのなら、這いましょうっ。これでよろしいのかな?」

 

 

 

地面に大の字に寝そべりながら問いかけていたら、

 

 

 

「ねぇ・・・何をなさってるの?ダンゼ、ねぇっ?誰かに虐められましたの?可哀想に・・・仇は取りますから、安らかに。お眠り下さいませね。」

 

 

 

そう言う声の主を恐る恐る振り返ると、何故かそこにはマントを羽織っただけの、裏路地に待たせてあったラザが居て、私は死んだことになっている様で。

 

虐められた訳でもないですし。

 

 

 

「イライザ様っ、だめですっ。これは私のケジメなのでありますっ。」

 

 

 

もうすぐ丸っく纏まって、私はこの場から退散できそうだったのに。

 

寄りによってラザに寝そべった事だけ見られるなんて。

 

 

 

ラザは勘違いしてるだろう、そして。

 

──止めようと、もう止まらない。

 

 

 

それが解っているから、泥まみれなのも忘れて獣化してたのも忘れて、ラザにすがりつく。

 

 

 

「・・・知るか。ダンゼ、淑女の上っ面なんていらねェんだ、よ。」

 

 

 

男優りなラザの言葉。

 

ああ、もう本来のラザが出てきた、デュンケリオンに行く前の素のラザが。

 

 

 

淑女の礼節、と叩き込まれたお淑やかな喋り口調や、ゆっくりと歩くなどの女の子らしい態度はラザのうわべに過ぎない。

 

 

 

父母を知らず祖父母の元で育ったあの頃のラザは、幼心にいざとなったら祖父母を自らが守ると言うくらい、男の子だったりする。

 

屋敷には私くらいしか共に遊ぶ子供も居なかったし、話言葉も次第に私に依っていったんだったか。

 

 

 

「また、曝すつもりなのですね・・・」

 

 

 

マントを見詰めながら、幼い日を思い出していた私は無駄と知りながらラザに話し掛ける。

 

今の状態ではもう、誰にもラザを止められないと知っている、暴れて疲れた所なら、なんとか止める事ができるけど・・・

 

 

 

「あったま来てんだっ!ぶっ殺す、噛み殺す!」

 

 

 

見上げると涙混じりにラザの獣化が凄い勢いで進んでいく。

 

感情が爆発してるんだろう、私は死んだことにまだなってるかも知れないな、ラザの中では。

 

 

 

シェリルさんには悪いけど、ラザの怒りの捌け口になって戴けるかな?

 

 

 

「そんなに噛み付いて来たのいたわねぇ、確か。ねぇ、ゲーテ。」

 

 

 

何故かシェリルさんはラザの言葉を聞いてにぃと微笑み、ゲーテを視線で差す。

 

女神の様な神々しい微笑みなのだろうが、後光が見えようと私には悪魔の微笑みに感じられた。

 

口振りから過去になにかあったんだろうか、私には報告文でしか過去を知り得ようがないので解らない。

 

 

 

「はい、姐さぁん。王族だって戦るんですよねえ、止めても。」

 

 

 

ゲーテは、俯いてからシェリルさんを見詰める、ゲーテとシェリルさんの瞳と瞳がぶつかる。

 

諦めた瞳と余裕の瞳。

 

 

 

もっと食い下がって止めてくれ、と言いたいとこだが全力のラザを止めれないとこの村が無くなるからな、それだけは避けたい。

 

 

 

ラザに精々殺されない程度に楽しませてやって下さい、シェリルさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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喧嘩バカは熱くなっちゃったら止まれないのよ

 

 

 

その時わたしは──笹茶屋京は思わぬ再戦に胸の高鳴りを感じていた。

 

 

 

だってそうでしょう?

 

やる気の感じられない狼をこずいた・・・ううん、攻撃を躱しもせずに只、立ってたとこを蹴ったらわざとらしく倒れただけ。

 

 

 

わたしの必殺の最初の奇襲は、本能なのか何か解らないけど弾かれて、こっちが割りを食ったくらい。

 

やる気があったら、なかなか楽しめそうな狼だったのに。

 

 

 

その狼が倒れて、わたしの言う通り這いつくばって命乞いをしようかとなった時。

 

 

 

あのライオン王族、だっけ?がやって来たんだから、殺意剥き出しに。

 

 

 

「はい、姐さぁん。王族だって戦るんですよねえ、止めても。」

 

 

 

ゲーテ、止めるなって。

 

ま?そんな瞳で見られてもわたしは止まれないし──わたしが止まってもあの娘、イライザって言ったかしら?止まらないわよ?きっと、ね。

 

 

 

凄い殺気だもん。

 

殺されてやんないつもり、でも、前みたいに手の内晒さないでやるつもりでも無いみたいだし、・・・ヤバイかなぁ、殺意にあてられて全身の毛が逆立つ気分になってくる。

 

 

 

「目の前に居るおばかさんを、あやしてあげないといけなくなったからぁ。ねぇ、・・・何泣いてるのぉ?おバカさぁん♪」

 

 

 

うん、本気出さないとね。

 

道の真ん中で狼にすがりつかれてる、マントを羽織っただけのイライザを見詰めてニコニコと嘲るみたく微笑んでやる、楽しくてしょうがないから。

 

 

 

きっと、イライザだってワクワクドキドキが止まらないんじゃないかな?

 

同じ気持ち。

 

なら、いいなー。

 

 

 

「くっ、──あああ!」

 

 

 

霰もない姿、マントを翻したイライザの中身は、おうおう、穿いてない、し!

 

ブラも破れたのか脱いだのか無い。

 

 

 

自分がどんな姿かも忘れちゃうくらいたぎって吼えたのね?イライザ、いいわ!

 

いいわよ。

 

それでなくちゃ、楽しめないわよね?何もかも剥ぎ捨てて心からぶつかって頂戴。

 

 

 

じっくり、美味しく料理してあげるわね?イライザ。

 

 

 

「ラザ、私、いや俺は──今日ほど己の非力を恨むことはないっ、守ろうとしたものに守られるなんてっ。」

 

 

 

「黙って、ダンゼ。虐めた奴を皆殺しにしてやるから。ねぇ、顔を伏せないで・・・オレを見てろっ。」

 

 

 

なぁんて、狼が盛り上がってきた場に水を差すような事を言っても、イライザは止まるような腰抜けじゃないみたい。

 

それが、とっても嬉しくて。

 

 

 

「じゃぁ、戦りましょうかっ!」

 

 

 

「「姐さん」」

 

 

 

あ、わたしの方にも場の空気を読めなかった困ったちゃん、居たみたい。

 

ゲーテとジピコスを恨むように睨み付ける、黙って。

 

 

 

「相手は王族なんですよ?」

 

 

 

ジピコス、解ってる。

 

解ってるけどもう始まっちゃったのよ?イライザは獣化し始めちゃったじゃない。

 

 

 

「俺が姐さんの相手はしますから、血だるまになるまで、意識の続く限・・・」

 

 

 

「黙って、ゲーテ。ねぇ、解るわよね、ね?」

 

 

 

あんまり、五月蝿く囀ずるゲーテの口を鷲掴みに、静かに怒りを含ませて言い聞かせた。

 

うん、ゲーテの気持ちは解ったわ?後でたっぷり血だるまにしてあげるから。

 

・・・今は大人しくしてようね?ガキじゃないから解るよね?引けないんだよ。

 

 

 

「・・・。」

 

 

 

くいと顎でイライザを差して、ゲーテにイライザをみるように促す。

 

 

 

イライザの瞳を見て?あんな嬉しくて狂喜に湧いてる瞳を見て、止めるなんて言えないよね、酷いじゃない。

 

 

 

「五月蝿いのも黙ったし、戦ろっか?」

 

 

 

右で拳を作って左掌をパンっと叩く。

 

 

 

「お前えっ!」

 

 

 

イライザの瞳はいつかTVで見た猛獣の猛り狂ったそれのように壮厳で、覗き込む者を畏怖させる烈迫とでも言えばいいのかな・・・ああ、一言で言えば解るか、・・・怖い、怖いんだけどワクワクする。

 

 

 

これと今から戦うんだと思ったら、初めてのボス部屋に飛び込んだ時みたいに、じゃあ・・・イライザに悪いかな?

 

 

 

「あら、怖い・・・お互いが血まみれになるまで、ゾクゾクする死闘を、しようじゃない。」

 

 

 

ゲーテに、気取られないように平然としてなくちゃね、わたしは仮にとは言え、ゲーテとジピコスのボスなんだし、みっともないとこ・・・見せたくないじゃない?解るかな。

 

 

 

ゾクゾクと全身が粟立つ死闘が始まる。

 

 

 

「砕いてやる・・・」

 

 

 

「んー?」

 

 

 

「ほ、ね。骨の一本まで砕いてやるっ。」

 

 

 

良く聞こえない。

 

もう、野次馬が凄い数。

 

そうよね?王族がこんなとこで闘おうとしてんだもん。

 

日本で言ったら・・・そうだ、信長!

 

信長の娘が、何か良く解んないのと闘おうとしてるとか?そんなカンジよねぇ。

 

きっと。

 

問いに返ってきた言葉は怖い怖い。

 

折られないようにしなくちゃ、その期待には添えられません、残っ念!。

 

 

 

「イライザ様っ、ラザッ!駄目だ、言っ・・・」

 

 

 

「ダンゼ、もう止まらないんだっ!こいつとっ!闘いたい!」

 

 

 

「・・・これも、リオグリスに生まれた──ラザの業かも知れませんね、しかし、群衆にまで被害を与えたら──命、賭(と)して必ず!止めます、いいですね。」

 

 

 

「ありがとう、ダンゼ。」

 

「もういい?」

 

 

 

イライザとダンゼだっけ?ロミジュリみたい?オペラの中での台詞みたく熱の籠った何か甘酸っぱい事言い合ってる、えっと。

 

女々しいぞ?ダンゼ、やる気ないのは引っ込んでてよ。

 

 

 

「姐さん、やばいですって・・・」

 

 

 

「ジピコス・・・無駄だ。姐さんも、王族も完全に眼がどうにかなっちまってる。」

 

 

 

ジピコス、無理。

 

ゲーテ、ナイス!ようやく理解ってきたみたいね、退けない・・・ここまで熱く、昂った想いをぶつけ合わずに止まれないのよっ!

 

 

 

「シェリルちゃん、流石に止めるよ?王族を血塗れにするつもりかい。」

 

 

 

あー、普段はもうとっくに諦めきってる酒場の女マスターが。

 

空気読んでよ、もー。

 

 

 

「店長さん?黙ってろ。」

 

 

 

と、思って口を開こうとしたらイライザが女マスターを静かに、それでも威嚇するように低く唸ってから即断の声をあげた。

 

 

 

うわ、声を聞いただけでわたし、本能が警鐘をあげてるどんどん脈が速くなるのわかる、鼓動もさっきより遥かに大きく耳に届く。

 

あれ、ビビッた?わたし、あれー、人間らしく言えば捕食される側だしね、しょーがない。

 

でも。

 

熊でも、虎でもビビッたりしなかったのに、さ。

 

 

 

これ、格上だって、解っちゃってビビッてるんだ・・・かっこ悪。

 

 

 

「・・・王族の方がそう言うなら、あたしは。いいですね?止めましたよ?止めましたからね?」

 

 

 

「行こう、シェリル。」

 

 

 

「楽しみましょう?イライザ様♪」

 

 

 

女マスターを追い払ったイライザが殺意を燃やして、わたしを見詰める。

 

わたしも瞳を、視線を絡めるように見詰め返した。

 

 

 

ちょっと、準備しよ。

 

カエル皮のグローブとタイツ、それに青い長剣。

 

素手で戦りあえる、活きのいいだけの的じゃないしね、イライザは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わいわい、がやがや。

 

王族と性悪エルフがやるんだってよお。

 

聞いた聞いた。

 

王族の方は前に聞いたこと無いか?歩く迷惑、あの嬢ちゃんがねえ。

 

歩く迷惑!町を半壊させたんだろ。

 

性悪エルフもさすがに泣いて謝んじゃねーかあ?

 

性悪エルフをやっつけてくれよっ。

 

 

 

 

 

 

 



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恐怖は悦楽の味

 

 

 

わいわい、がやがや。

 

王族と性悪エルフがやるんだってよお。

 

聞いた聞いた。

 

王族の方は前に聞いたこと無いか?歩く迷惑、あの嬢ちゃんがねえ。

 

歩く迷惑!町を半壊させたんだろ。

 

性悪エルフもさすがに泣いて謝んじゃねーかあ?

 

性悪エルフをやっつけてくれよっ。

 

俺の仲間なんかまだ部屋で震えが止まんなくなってんだぜ?ずっとこんじきの瞳が笑ってるとかぬかしてよ。

 

何にせよ、こうなりゃ賭だ賭だ、性悪エルフ、に賭けるやつは居るか!

 

割りといやがるなあ、さすがに歩く迷惑に勝てるか?

 

火山にエルフが勝てるかよ!

 

歩く迷惑に賭ける奴はどんだけいるんだ?

 

まあ、そうだよな。

 

2、8ってとこか。

 

 

 

なんてゆーかー、ざわめきが喧しい。

 

これから、本当にラストステージ開幕。

 

なのに、わたしが負けるって?負けて欲しい?そんな声ばかり。

 

耳に、響く。

 

 

 

大分、落ち着いてきた。

 

瞑想。

 

終わりっ!

 

 

 

パンッと拳を響かせて瞳を開くと、喧しいざわめきに紛れてゲーテの声がする。

 

 

 

「──姐さん、賭けになってますよ。」

 

 

 

溜め息を一つ。

 

まだ、イライザを見れない。

 

ビビッてしまったわたしの本能に喝!

 

といいたいとこだけど、捕食者への恐怖ってのはあるんじゃないの?克服はまだ出来てない、鼓動が早いまま。

 

 

 

賭けか、いいじゃない。

 

 

 

「ゲーテ、わたしに賭けといてよ金貨10枚。はい、これ。」

 

 

 

メニュー画面からアイテムをクリック、金貨をクリックで10枚、決定。

 

いきなり現れた金貨を、ゲーテが驚いてみてるけど、気にしないで握らせる。

 

 

 

今、わたし、笑えてる?解らないけど、恐怖で引き釣ってたりしないよね。

 

そんなのださっ、かっこ悪い。

 

成行きで子分にしたゲーテだけど、なんだろ・・・ゲームで言えばわたし、ギルマス、ゲーテはメンバーか。

 

メンバーにダサいとこ、見せらんないじゃん?わたし、慕われるギルマスに成りたかったし、うん。

 

ゲームじゃ成れなかったけど、さ。

 

 

 

「相手が歩く迷惑じゃぁ・・・」

 

 

 

歩く迷惑?何ソレ。

 

王族が歩いてたら、迷惑とかそんな意味かな。

 

ま?わたしには関係ない、今からぶっ飛ばしてやるんだから。

 

 

 

「わたしは負けない。」

 

 

 

お互いの血に塗れて、暴れましょう?きっと、これまでより楽しいから。

 

この心臓の高鳴りは嘘じゃない、どきどき・・・どきどきしてる。

 

 

 

「・・・姐さん・・・」

 

 

 

くしゃくしゃの心配なのか困った顔か解らない表情のゲーテ目掛け肩越しに振り返りウインクした。

 

 

 

あっちも熱くなっちゃってるんじゃない?何か一応、耳に届く。

 

何を言ってるのか解らないけど。

 

 

 

んー、風が強くなってきた、気持ちイイ。

 

準備とかでイライザの元からちょっと、離れてた内にダンゼがイライザに寄り添ってたけど今、名残惜しそうにイライザの元を離れていく。

 

と同時に、わたしがイライザの前に立つ。

 

 

 

準備はおっけー。

 

カエル皮のグローブで、二の腕まで覆ったからちょっとはイライザの殴りから守ってくれるだろうし、同じ様にカエル皮のタイツで太股までぴっちりと。

 

 

 

ん、鎧?そんなの重くて動こうにも動けなくて、いい的になるわよ?イライザってデカいのに速いもん。

 

 

 

「お、オレもう滾っておかしくなりそう、なんだよな。」

 

 

 

イライザの声がする方を見上げる。

 

わあ!

 

近くで見ると、わたしより頭三個分くらい大きく見える。

 

開始の合図代わり?もう、そんなに焦んなくて、いいのに。

 

わたし、逃げないよ、イライザと対等に本気で、本能に身を任せて戦ってあげるから!

 

イライザ、あなたも本能でぶつかって来なさいよ、ね?

 

 

 

「言葉がおかしくなってるわよ?っと。」

 

 

 

最初の攻撃はわたしが、イライザを見上げた瞬間に来た。

 

元のイライザの三倍、ううん5倍くらいに膨れ上がった腕が目前に迫ってくるのに気づいてバックステップ!

 

次はわたしの番!

 

 

 

「・・・ふぅうー!」

 

 

 

イライザの力強く一気に吐き出す空気。

 

おあいにく様、ソコを探してもわたし、潰れてないわよ?

 

 

 

「・・・ドコだ?」

 

 

 

足元からイライザの、わたしが居ない事に気づいて探す声がする。

 

そう、今。

 

 

 

「上よっ!」

 

 

 

わたし、あなたの上空から渾身の力で踏みつけてやろうと!

 

急降下してるのよ、驚いた?でも太陽が真上にもう無いから、影を追えばバレバレだけど・・・そんな経験、無いわよね?イライザ。

 

 

 

経験無いものはやろうとしても、出来ないもの。

 

この場合は、わたしの影を追うって事で楽勝に反撃出来たのに。

 

わたしが踏みつけた筈。

 

だったのに。

 

 

 

「ゴァアアアアッ!」

 

 

 

イライザが一声吠えてその場を転がる。

 

え、転がる?

 

 

 

「んんっ!」

 

 

 

外した。

 

避けられた。

 

デカく膨れ上がった腕が間髪入れずに横払い飛んでくる。

 

うっわ、わ、ヤバい。

 

 

 

それを何とか、使い込んで愛用の青い長剣を翳すように剣の腹を左手で押さえ、やり過ごす。

 

 

 

「やるじゃない、褒めたげる。アアっ!」

 

 

 

喋ってる暇も無いのに。

 

ドキドキが止まらない。

 

別の意味でヤバいかも。

 

 

 

ホントにそんな暇なかったや。

 

やり過ごしたイライザの腕が引かれ、次は天高く両腕が握られたまま振り上げられた。

 

 

 

あれはやり過ごせないわねー、ぺちゃんこか、イライザが言ったみたいに骨、持ってかれてゲームオーバー?凛子、まだ店かなー?わたし、死、死んじゃうかも、あはは!

 

 

 

「グォウウウゥゥゥ──ッン!」

 

 

 

振り上げられたのが解ったので、絶望する脳裏に凛子の困った顔が急に映り込み、おかげか、絶望を振り払い笑って脳をリセットするのに成功し、横転びに転がった。

 

今日も凛子は可愛かったよ!

 

 

 

その背中でイライザが一声吼える。その刹那、爆発的な衝撃を感じて戦慄する。

 

 

 

躱せたってだけだ、一つ動作を間違えて遅れたら、あんな風になる。

 

膝立ちに起き上がり、視線を土煙の上がるイライザの足元に移す。

 

そこにはクレーターが。

 

羆族だっけ?あいつでもそんなにパワーなかったわ。

 

イライザ、怪力か。

 

堪んない。

 

スゴい、コレ凄い、クる!

 

嬉しいなーぁ、絶望的に強いじゃん、楽しぃー!

 

何だよ、リオグリス凄ーい。

 

 

 

イライザ、凄い。

 

興奮して訳解らない事を思考してしまう脳をリセット、いけないいけない。

 

喰らったら死ぬから。

 

死んだら、街に帰るとかじゃないよわたし。

 

気持ち良くなって、楽しんでる場合じゃないの、に。

 

 

 

「吠えるな、でかい猫って、だけの、くせにっ!」

 

 

 

ダメだ。

 

わたし、ニヤけてる、絶対。

 

イライザ目掛け駆け寄って、まず下段。

 

つぎ、腰を捻って中段。

 

と、上段いきたいけど。

 

 

 

影で解る。

 

どっちかの腕が振り上がり。

 

その刹那、イライザの胸を蹴って離れた。

 

コンビネーションキックはキャンセルされましたー、気付かずに上段に行ってたら、あそこでクレーターの一部になってたかもだわ。

 

 

 

「オオオオオ!」

 

 

 

イライザが急速に近寄る。

 

地響き混じりに吼えながら右手を引き絞り、わたし目掛けて放つ。

 

ドンマイ、それは残像だ。

 

わたしは横っ飛びにイライザの視界からひとまず離れて、呼吸を整えるのに専念する。

 

 

 

 

 

すぅー

 

すぅー

 

はぁーー。

 

すぅー

 

はぁー。

 

 

 

空気が美味しい、わたし、生きてる。

 

あ、避けてばっかで手応え無いけどね?

 

 

 

「ちょ、つよっ!」

 

 

 

思わず声に出た。

 

なんか野次が喧しいなぁー、組み合えって・・・無理よ?大きさ考えなさいよ。

 

精一杯やってるんだから、脳が訳解らない事を考えるのを振り払って頑張ってるんだから。

 

 

 

「姐さん、あんなの食らったら!骨がっ。」

 

 

 

心無い野次に雑ざってわたしを心配する声が、ジピコスか。

 

 

 

「うっさい、勝つのはわたしだ、わたしなんだっ!!」

 

 

 

返事代わりに、雑念を振り払う様に、わたしがわたしを鼓舞するように叫んでいた。

 

 

 

「オオオオオッ!」

 

 

 

あ、真後ろに居るね、イライザ。

 

影が急速に落ちる。

 

両腕か、片腕か解らないけど吼えるイライザのパンチが飛んでくる。

 

気付いて横転びに転がる。

 

判断は間違いだった。

 

前転してれば良かった、大丈夫だったかも。

 

 

 



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恐怖こそ悦楽の味

転がる先にわたしが見たのは、金色の毛むくじゃら。

 

はい、コレ当たったわ。

 

脳裏に食らったイメージが浮かぶ瞬間、這いつくばって躱す為、地面を掴もうと手を伸ばす。

 

その時、左肩に衝撃を受けた。

 

 

 

そのまま、地面を掴めずに転がる様に何度も地面にぶつかって。

 

頭を振って立ち上がると、あちこち痛い。

 

 

 

「おふっ、かすった程度なのにコレっ。」

 

 

 

イライザはわたしが逃げる方向を解ったのか、どうか。

 

わたしの背中を取ったイライザは、片手を振り上げたけど、これはフェイントに使い、本命は横払いに振り払ったもう一方だった訳。

 

見事、イライザ成功、わたし、あうと。

 

 

 

ックソ!

 

い、痛い。

 

 

 

「ヌゥウウウゥゥゥン!」

 

 

 

連続で両腕が交差するような横払いに、挟まれそうになるのを渾身の力で天高く跳んで躱す、わたし。

 

あんなのに挟まれたら良くて骨が砕けて、悪くてぺちゃんこだわ。

 

 

 

「は、速い・・・くっ。」

 

 

 

わたしに立て直すチャンスは無いの?地面に降りる間際、気づけば掬い上げるようにイライザの蹴りが斜め下から近付いてきた。

 

 

 

間一髪、蹴られる所を逆に丁度真下に迫ったイライザの膝の皿を蹴り返して、避ける。

 

 

 

「姐さんっ・・・降参してくださいっ、死んぢゃいますよお」

 

 

 

何とか窮地を抜けたとは言いながらも、影で解る。

 

パンチが近寄るのが。

 

 

 

「五月蝿い、五月蝿いのっ!」

 

 

 

ゲーテか、ジピコスかも解らないくらい野次が喧しいし、風が強くなってきた。

 

雨が来そう、と思ったらポタリと、雨粒が頬に落ちる。

 

さて、どうやって躱そうか・・・えっと。

 

思考停止。

 

だめだわ、さっきの二の舞のイメージしか湧かないって。

 

 

 

「ノッてきたんだから、・・・止めるな、バーァカ。」

 

 

 

ゲーテでもジピコスでも誰でもいい、まだ終わってなんか無いの、わたし。

 

 

 

降りだした雨の中、息も絶え絶えに叫び返しながら、全身をバネにして横っ飛びにパンチを躱せたはず、これで普段より距離を稼げる、はず?

 

嘘!

 

 

 

土煙の間から、目の前でイライザの瞳が爛々と輝くのに気付いた。

 

疲れてる筈でしょ、全力でわたしを潰しに来てたんだから。

 

どうして、まだそれだけ疾れるの!

 

 

 

「いつもの余裕ないじゃ無いかよっ!」

 

 

 

イライザの放った、左パンチがわたしの跳んだ先に近づくのに気付き、咄嗟に剣を楯代わりにまた剣の腹で受け止めたものの、勢いを殺せなくて転がった先に耳に響いた声の主、ゲーテが居て。

 

膝立ちになって息を整え、声のした方を見上げて。

 

瞳と瞳が一瞬合う。

 

 

 

そんなくしゃくしゃの顔で見るなってば、わたし、そんなにヤバいのか・・・ってなる。

 

 

 

「ダメもとでっ!決まれっ、〈レイジングスラッシュ〉!」

 

 

 

「グォオオゥゥゥン!」

 

 

 

跳んだ。

 

イライザの腹を狙って、紅く輝く剣の刀身。

 

わたしがイライザの柔らかそうな腹に、剣を刺したその時、全身が回転する、スピンするみたいに。

 

いや、違う、わたしが回転してるんじゃない。

 

周りが回転したんだ。

 

 

 

イライザが、回転したのだと解った時には、刺したはずの腹から剣が抜け、わたしは空中に投げ出される。何をされたのか考えてる場合じゃない、気づけば蹴りが迫る。

 

 

 

蹴り?さっきの回転は、わたしがするみたいに腰を捻った回転?ちょっとパニくっちゃう、だってそうでしょ、良くてパンチ、悪くて振り払うだけで、持ったパワーに振り回されてたイライザが、わたしの真似事をしたんだもん。

 

 

 

イライザが吼えて、その大きな躰から繰り出す、廻し蹴り。

 

嘘でしょ、まだ強くなるの?

 

 

 

「ふっ、蹴った?ナリのくせにやたら速い・・・ふぅー。」

 

 

 

助かったのは蹴りに十分にパワーもスピードも乗ってないとこかな。

 

全身を使って、迫る金色の毛むくじゃらに剣を振り下ろす。同時に背中の方で悲鳴が聞こえて、わたしは呟くように喋る、喋ってないと心が折れてしまう。

 

 

 

一息吐く。

 

ドッと疲れが出る。

 

死がじわりと近寄る感覚がしてうすら寒い。

 

 

 

「あはっ、アハハハハハハ!」

 

 

 

嫌な事に気付いて思わず、天を見上げて笑い声が溢れた。

 

わたし、こんなに負けず嫌いなのか。

 

 

 

すぅー

 

すぅー

 

はぁー。

 

やるしか無いか、アレ。

 

 

 

「ちょっと、隙あったわね。・・・コレ出させたら大した奴よ?すぅぅぅぅ!」

 

 

 

息も整った。

 

決めたら、逃げに転じる。

 

只、その時を待って──嘘!

 

さっきより、イライザ速い!

 

 

 

「グォウウウ!」

 

 

 

吼えてイライザが、まるでミンチを包丁で作るみたいに何度も、何度もわたしが居た場所を磨り潰す様にパンチを繰り出す。

 

 

 

あぶな・・・気付いて咄嗟にイライザの右足に跳んで無かったら・・・ううん、考えるのは止めた。

 

 

 

「少し、大人しくしてなさいよ。・・・イイもの見せたげるわ・・・」

 

 

 

決めたから。

 

わたしの取っておき!見せたげるわよ?イライザ・・・

 

 

 

「フォオオオッ」

 

 

 

「ヌゥウウウゥゥゥン!」

 

 

 

吼えてイライザはわたしの姿を追って繰り出す、パンチ。

 

それをわたしが、ひらりと跳んで躱せばそこを狙い澄ました横凪ぎに振り払う、金色の毛むくじゃらの腕が迫る。

 

わたしはそれを狙ってたんだけど、ね?

 

 

 

「はっ、・・・人に向けるの初めてだけど・・・」

 

 

 

イライザの腕を蹴って、イライザを飛び越し間際に喋りながら、イメージする。

 

イライザは死にはしない。

 

きっと、こんなに頑丈だし。

 

 

 

「頑丈そうだしいいわよねぇ、エクセ──」

 

 

 

地面に膝を着いたわたしの躱からは青白いオーラが生まれ始める。

 

ふん、これが──わたしの取っておき!

 

行くわよ?イライザ。周囲が燃え立つ青白いオーラに包まれた。

 

 

 

「はぁーい!止めやめっ!ヒール!」

 

 

 

すると、真横の方から駆け寄る気配がして必死にわたしを止める声が耳に届き、ヒールの癒しの光がわたしのオーラに重なって消え、飛び出してきたメイドさんに覆い被さって来られた。

 

 

 

「邪魔すんなー、凛子おっ!」

 

 

 

何してるの?凛子。

 

もうすぐ全部終わる、わたしが勝ってイライザを踏みつけて終わる、筈だったのに。

 

 

 

「ダメだって、それはダメだって。」

 

 

 

何がダメ?

 

王族のイライザを傷付けちゃダメ?わたし、もう疲れたもん、ヒールで痛みは和らいだけど。

 

心が、痛い。

 

 

 

「あっちも止まったから。ね?」

 

 

 

凛子の指差す方に視線だけ向けると、あんなに大きくて強かったイライザが、下半身から崩れて上半身を辛うじて持ち上げている所だった、イライザ・・・貴女も気力だけで、限界?そう、・・・か。

 

熱いものがギュッと、握り込んだ左の拳に落ちてって、染み込むみたいに消えた。

 

 

 

「ぅ、ううう・・・これじゃ、負けちゃうじゃない。」

 

 

 

アレ。

 

あれあれ?わたし、泣いて・・・る?・・・なんで、あ!

 

悔しいんだ。

 

悔しい、一方的にボロボロにやられて。

 

悲しい、負けた・・・イライザに負けたのが。

 

でも、・・・嬉しい。

 

こんなでも生きてる。

 

でも、やっぱり悔しいよおー!

 

 

 

「負けても、いいよ?」

 

 

 

「・・・え?」

 

 

 

何?何言ってるの凛子。

 

思わず、凛子の薄い蒼の双眸を覗き込む。

 

気付けばわたし、凛子に抱き抱えられてる。

 

嘘、頬が熱い。

 

きっと・・・涙を流してるせいね。

 

ぐしぐしと流れる涙を右腕で拭う。

 

あ、腕から血出てる。

 

余計に顔、汚しちゃうな。

 

涙は、止まらなかった。

 

 

 

「負けてもいいんだよ!み、シェリルさん。」

 

 

 

み、って。

 

みやこって呼べばいいじゃん。

 

気を許した人の前でしか呼ばないでってわたしが言ったからか、ま、いいや。

 

 

 

「いいわけっ、無いじゃない!負けたらそこで終わりなのっ。」

 

 

 

パァンッ!

 

 

 

凛子の瞳を見て、今のわたしの想いの全てをぶつけたら。

 

頬を張られた。

 

うん、ビンタ。

 

 

 

「終わり・・・じゃない!」

 

 

 

「・・・凛子ちゃん。」

 

 

 

あれー?凛子ちゃんの瞳も潤んで、わたしの頬に一粒、溢れた。

 

ポタリ、ポタリそれから何粒もわたしの頬に落ちて、更に滑り落ちてく。

 

 

 

「終わりじゃない、終わりなんかじゃない!」

 

 

 

わたしを叱り付けるように怒りを孕んだぽく凛子ちゃんは叫んで、ギュゥッと抱き締めてくる。

 

すると、止めどない熱を孕んだ粒がわたしに降り注いだ。

 

 

 

「終わりだっ!」

 

 

 

「終わりなんかじゃないよ、そこからまた始めたらいいよ、それを街中でやるのだけはダメだって。迷惑だよ?」

 

 

 

迷惑か・・・なんだ、わたしの為に泣いてくれるわけじゃないのね。

 

 

 

「・・・何だ、わたしの・・・心配したんじゃないんだ。」

 

 

 

止めてくれたのは、感謝しましょっか。

 

涙でぼやける視界のまま、イライザに視線を移すと、ダンゼとなにやら話してる、みたい?

 

そして、イライザもあちこちから血が出てるみたいで顔も血塗れ、地面もうっすら紅く見えた。

 

 

 

エクセザリオス使ってたら、取り返しのつかない事になったかも知れないし・・・。

 

 

 

「ッ──心配しないわけないじゃない!仲間だもん、家族未満で仲間だもん!」

 

 

 

わたしの言葉から少し間を置いて、わたしの顔をぐいと両手で自分に向かせて凛子ちゃんは、聞き分けの無いわたしの言葉を否定すると、髪を振り乱してわんわを泣いた。

 

 

 

「り、凛子おっ!」

 

 

 

思わずわたしは叫んでいた。

 

凛子の熱まった胸に飛び込んで。

 

 

 

ん、役得、役得とか思ってないわよ?

 

わたしの方が大きいのって、そんなの全然思ってないし?

 

 

 

「うん・・・うん、うんっ!」

 

 

 

頭を撫でてくれる、凛子の掌。

 

素手なのがちょっとなー、泣きながら、止まない涙を流しながら。

 

わたしは妙に冷静になってしまってそんな事を思った。

 

 

 

この凛子の掌が、渡して置いたカエル皮に包まれていたら、もっと良かったのにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完敗。

 

わたしの負け。

 

イライザの完全体はそれほどまでに強すぎた。

 

更に、戦いの最中にわたしの戦闘術・・・わたしの見せた技をスポンジみたいに吸収、学習して、もっと・・・もっと強くなられちゃね、敵わないわよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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痛々しいラザの事が私は心配で気掛かりでたまりません!

 

 

あれほど言ったのに!

 

ラザは無茶を通した。

 

シェリルさんが思った以上にしぶとく、ラザを翻弄したからだろう。

 

だとしても・・・やり過ぎだ。

 

 

 

地面はラザが暴れまわった跡が酷い、あちこち穴だらけだ・・・修復に何日費やすか、考えただけで頭が痛くなってくるな。

 

 

 

報告文に警備の者の文で良く書かれているのが、『見たことも無い技』を使うとか、容赦が無かったとかだな。

 

 

 

思った通り、ラザが圧倒したものの、シェリルさんは底が知れない、我々にとってシェリルと言う名の黒髪のエルフは・・・未知の存在と言っていい。

 

 

 

私はシェリルさんが青白い光を放ち始めたのを見て、あれは危険な光だと本能のままに、ラザに駆け寄ってラザを止めようとすがり付く。

 

 

 

その時。

 

シェリルさんの周りが眩く光る。

 

あれは、癒しの光──ヒール!

 

これで勝負は決まった。

 

報告文にあった、シェリルさんの仲間が駆けつけたんだと思う。

 

 

 

シェリルさんの方を窺うと、ピンク色の見ない服を着た冒険者仲間らしい少女が、シェリルさんの頬を平手で張った所だった。

 

 

 

・・・きっと、止めるように説得してくれてるんだろう。

 

 

 

良かった、終わった・・・ラザ、終わったんだよ。

 

 

 

還ってきて!

 

 

 

「──イライザ様っ!イライザさまっ。」

 

 

 

「・・・ん、んん・・・」

 

 

 

私が呼び掛ける声にやっと、ラザが反応を示してくれた、良かった・・・還って来てくれて。

 

 

 

「正気ですかっ、殺す気だったでしょう!」

 

 

 

揺り動かしながら叱りつけるように叫ぶと、私の腕の中に収まるラザの瞳がうっすらと開いて、

 

 

 

「・・・わ、わかんない。ただ・・・」

 

 

 

たどたどしいながらも、はっきりとラザは笑ってそう言う。

 

 

 

獣化がすっかり解け、今のラザはここに現れた時の姿、私がラザに渡した黒いマントを被せただけだったりする。

 

下着くらいは調達して置けば良かったと思う。

 

だけど、ラザの事が心配で一目も離せなかった。

 

 

 

まだ意識が安定しないのか、ラザの瞳は何かを求めてキョロキョロと動き廻っていた。

 

 

 

「ただ?」

 

 

 

「嬉しくて、・・・ごめん意識もってかれるなぁって、それは解ったんだ、解ってたんだけど。誘惑に負けちゃった。こんなに全力を出して、それを躱されて。嬉しくなっちゃったんだ、うん。」

 

 

 

キョロキョロと動き廻っていた瞳は視点がやっと合ったのか、一心に私に向けられる。

 

 

 

聞き返すとラザはくすりと可愛く笑って、私の瞳をじぃっと覗き込んだまま嬉しいと。

 

嬉しいだけで、命を賭けて戦ったというのは、残念ながら私には解らない、理解の先にある感情の様な気がした。

 

ラザの傷の具合を確かめる為に、下心は無いのだと自分に言い聞かせて。

 

 

 

マントを捲る。

 

 

 

あちこち傷まみれで、血糊が付いているだけかと思っていた、綺麗な顔からまで良く見ると血が流れている。

 

血糊と思っていたくらいだから、結構な量の血。

 

 

 

『ッ──』シェリルさんが斬り付けたラザの腕は、骨まで見えるくらい深い傷だ。

 

目を疑いたくなる痛々しいラザの腕の傷を見た瞬間、自らに起こった事の様に声にならない声で短く、小さく私は叫んでしまった。

 

 

 

可哀想に、ラザ。

 

私は、ヒールを使えない。

 

 

 

ラザの役に立てない。

 

 

 

私はラザの裸が周囲から隠れるように、そっとマントを戻す。

 

こんな事になるなら、あの時。

 

無理をしてでも止めるべきだったのに。

 

 

 

「・・・意味が解りません、ダンゼは、・・・私はっイライザ様のことがっ」

 

 

 

駄目だ・・・溢れるものが止まらない。

 

指の腹で熱いものを拭き取って続ける。

 

ラザは私の腕の中で、傷が痛むだろうに黙って、にこやかに笑って。

 

 

 

「心配で、・・・このまままた、・・・暴れるのではとっ。」

 

 

 

心配でした、ラザ。

 

バカです、ラザ。

 

こんなになるまで・・・あなたは勝ちに拘る訳でも、無い癖に。

 

 

 

「エヘ、そんなパワー余らないくらい叩き込んだみたいなの、もう。見て、ダンゼ・・・。」

 

 

 

ラザに言われて、マントの中で蠢くものに気付いた。

 

もう一度、マントを捲る。

 

「ね、・・・指の一本も震えるだけで・・・動かせないの、凄いなぁ、シェリルだっけ・・・エルフなのに・・・。」

 

 

 

マントの下で蠢くもの、それはラザの力無くふるふると震えるだけの、握るだけの力も枯れたラザの指先。

 

 

 

「シェリルさんの仲間が止めて無ければ、命は・・・無かったかも知れません。」

 

 

 

あの見たことも無い青白い光を思い出す。

 

あれは危険な光だった。

 

ちゃちな魔力じゃ、あんな事は出来ないはず・・・ハーフエルフの見た目だが、・・・ダークエルフの血が流れているのか・・・

 

 

 

「・・・それでも、嬉しかったんだ。これがリオグリスの業──師匠が言ってたの、強くなるのを欲っすのはリオグリスの業だって。わたくしは、本能から喜んで死すら構わないと、そう思ったのが──怖い。」

 

 

 

本能のままに戦いが嬉しい、楽しい、・・・そして死すら構わないと思えた本能が怖いと言うラザは心なしか、笑い顔にも力が無いように見えて。

 

血が流れ過ぎている・・・

 

無理に笑わないで、いいんですよ?

 

 

 

「陛下も・・・強者を求めます。親子なんですね、やはり。」

 

 

 

「エヘ、そうなのね。親子・・・エヘヘへ。」

 

 

 

力無く震える様に笑う、ラザ。

 

顔色が良くない。

 

傷口を塞がないと。

 

血を止めるか、ヒール・・・を。

 

 

 

「動けるようになりましたか?」

 

 

 

「ダメ・・・震えるだけで全然、あ。ダンゼ、だっこ。」

 

 

 

動けるなら、肩を貸して何とか救護が出来る所に運ばないとと、声を掛けたのに返事は意外なものだった。

 

ん?だっこと言ったんですか?ラザ。

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

「わたくしが許しますわ。だっこ、命令です、聞けませんか?」

 

 

 

おう、驚き過ぎて二度見してしまった。

 

だっこを命令された。

 

いや、下心、無いですよ?命令されたんですから。

 

 

 

「命令です・・・か。仕方ありませんね。」

 

 

 

私がそう呟きながら、急いでラザの脇の下と膝裏に手を入れ持ち上げたその時、

 

ヒール!

 

 

 

眩く金色の癒しの光がラザを包んで、

 

みるみる内に血が止まるのが解った。

 

 

 

「おや、何か用ですか?回復に来てくれた訳でないでしょう?」

 

 

 

もう大丈夫だ。

 

シェリルさんの仲間がヒールで、ラザの傷を癒してくれた。

 

あ、だっこは命令だから続行中ですよ。

 

 

 

ピンク色の見ない服の彼女の後ろには、引き摺られるようにシェリルさんが見える。

 

 

 

「謝らせないと、と思って。ヒール!」

 

 

 

彼女がヒールを唱えて、またラザの傷が癒されていく。

 

もしかすると、今ので腕の深い傷口も塞がったかも知れないな、良かった。

 

 

 

「わたしわっ、悪くないっ!」

 

 

 

こっちを見ないで、シェリルさんが上擦った声で叫ぶ。

 

シェリルさんは悪くないです、ラザが無茶をして貴女を追い込んだ、でも。

 

もし、取り返しの付かない事になっていたら私は、貴女を殺す!

 

殺していたかも知れません。

 

あの青白い光をラザが受けていれば、只では済まなかったのは解りますからね。

 

 

 

「殺すとこだったのに?はい、謝ろ?」

 

 

 

彼女が、こっちを向くのを嫌がるシェリルさんをずりずりと引き摺り、無理矢理私と私が抱えているラザの前に出した。

 

 

 

「凛子ぉ、やだ。」

 

 

 

良く見るとシェリルさんも、彼女だって泣いていたのか瞳が真っ赤で、眦にはまだまだ潤むものが湛えられている。

 

シェリルさんは恥ずかしいのか、口を鼻下から覆う様に押さえて嫌がっていた。

 

 

 

「ふふふ、駄々っ子みたいだよ?み、シェリルさん。」

 

 

 

「いいよ、もうー、解った、解ったよ。ごめん!」

 

 

 

ピンク色の服の彼女が背中を押すと、シェリルさんは一度俯いて小さな声で呟く様に一言喋って、勢い良く天を仰いで叫んでから、私の腕の中でにこやかに笑い掛けるラザに向かうと、両の手を合わせて謝罪をした。

 

シェリルさんの国元の作法だろうか?見たことも聞いたことも無い謝罪だな。

 

 

 

「これでいい?謝ったから、恥ずかしってば、凛子おっ。わたし、こんなのに負けたんだよ?」

 

 

 

「こんなのとは何です、姫に向かって・・・」

 

 

 

謝罪を終えてすぐ、シェリルさんは肩越しにピンク色の服の彼女に振り返ると、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

 

 

 

ラザに向かって、こんなのとは何だ!

 

私がそう言って思わず口走ってしまうと、

 

 

 

「「え?」」

 

 

 

二人がキョトンとした顔で私と、ラザの顔を交互に見る。

 

 

 

「この方は側室の子とは言え、継承権もある立派な、この国──」

 

 

 

「ダンゼ、止めなさい、そこまで。」

 

 

 

王族だと解ってたんじゃないのか?二人に説明する為に、ラザを抱えている手にも自然と力がこもる。

 

 

 

「望んだのはわたくし、戦ったのもわたくしですわ?ダンゼ。」

 

 

 

「・・・イライザ様・・・」

 

 

 

だがしかし、説明し終える前に動くようになったらしい、ラザの掌に口を塞がれて黙らざるを得なくなった。

 

お約束なので、力を込めて説明するつもりだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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睡魔がラッパを吹いて誘うかのような深い眠り・・・スヤァー

 

 

わいわいがやがや。

 

性悪エルフも涙あるんだな。

 

ざまみろ!歩く迷惑が性悪エルフを負かした。

 

これで性悪エルフも大人しくなるかしらね!村から早く出てってくれ。

 

やっぱり、リオグリスにエルフじゃ勝てねえよな。

 

歩く迷惑が居た所真っ赤に血だまりになってる、さすがに性悪エルフも血は赤いのか。

 

あーあ、最後まで逃げてばっかで面白味に欠けたよな。

 

歩く迷惑があれだけ暴れて、生きてるだけ得したと思えよ!性悪エルフ!性悪エルフの強さは速さだけってのが解ったよな?ガチガチに固めりゃ俺でも勝てんじゃねえーのか、ガハハハ!

 

 

 

 

 

イライザはダンゼが連れて帰った、その後。

 

あー、わたしは負けたんだっ・・・て凄い自覚させてくれる野次が、どれだけ睨みを利かせても止まない。

 

わたしと、凛子、ゲーテ、ジピコス以外の全ての方向に居る群衆から罵声を浴びせられる、わたし。

 

 

 

ボコボコにした冒険者やゴロツキの連れなんかも混ざってるとは思うのよね、わたしに勝てると思って見下した言葉もチラホラ。

 

 

 

ふん、あなた達に負けたわけじゃ無いんだけどね。

 

負けた、負けたのはイライザに!しかも、パない強さのイライザなのよ?

 

 

 

何?

 

今からわたしと戦る?

 

 

 

疲れは・・・無いと言えば無いけど、これはヒールで疲れが緩和されてるだけで、本当なら休まないといけないんだけど、野次馬100人相手にしたっていいわよ!

 

何が言いたいかってゆーとね、便乗厨うざ。

 

 

 

解ってたけど、わたしが負けるのを喉から手が出るくらい望んでた奴等だからね。

 

いいわよ?かかって来なさいよ?

 

わたしの血が赤いのか気になってたの?赤いに決まってるでしょ、それにその血だまりはイライザの血だと思うんだけど?斬りつけようと、良い蹴りを叩き込んでもあの子、全く意に止めずにわたしを殺しに来てたのよ?血も沢山流れたんじゃない。

 

今すぐ肉いっぱい食べないと血はヒールで賄えないと思うのよね。

 

 

 

「姐さぁん、金貨、スッちゃいましたね。」

 

 

 

機嫌の良くは無い、わたしに今その話題振る?

 

ゲームじゃ、オリハルコンだってスる事あるのよ、金貨10枚・・・どってことないわ、それに。

 

 

 

「そんなの、いいのよ。」

 

 

 

今、機嫌悪いからもっと悪くなるような事言ったら、地面に叩き付けて泣くまで踏みつけて、泣いたら嘲笑いながら踏みつけてあげようか。

 

 

 

「10枚ですよ?グリム金貨が10枚。」

 

 

 

ゲーテは指折って、数えて最後に両手を開いて見せる。

 

うん、解ったよ。

 

そんな数え方しないと数字数えられないバカだって。

 

それくらいじゃ機嫌悪くしないから、良かったわね?お仕置き、増えなかったわよ。

 

 

 

「10枚は友達を呼んでくれた、そう思えば安い。」

 

 

 

10枚はイライザって強敵を、類友を呼んでくれたって思えばいい、そしたら全然悔いは無いし、むしろ安かったなぁーって思えてお得。

 

 

 

「え?何ですか。」

 

 

 

「ふふっ、なんでもなぁい。それより靴拭きになるんだったわよね?ゲーテ。」

 

 

 

ゲーテのワザとらしい問い掛けを見事、スルー。

 

いちいち、聞くな!恥ずかしい。

 

 

 

わたしは誤魔化す様に、笑ってゲーテの顎を触りながら見詰め、地面をグリッと踏みつけて見せる。

 

忘れてないわよ?言ってた事、実行してやるんだから。

 

 

 

「え、違いますよ?」

 

 

 

「あら、いいの?じゃあ、血だるまになるまで付き合うんだったわね?」

 

 

 

勿論、ゲーテは嫌がって無かった事に、しようってする。

 

ふん、へーえ。

 

・・・そんな態度、取れちゃうんだあ。

 

 

 

だったら、これもゲーテの口から出た言葉だったわよね?血だるまになるまで付き合うのだったよね?野次馬が引くくらいの凄いステージ魅せてあげようよ。

 

まだ、口汚くわたしを罵ってるんだよ?戦るんなら相手になるのに・・・悔しいな。

 

 

 

「靴拭きで勘弁してください、姐さぁん。」

 

 

 

「どうしよっかなぁー、あ・・・。」

 

 

 

どうしたの、ゲーテ。

 

血だるまよりは只、ひたすら踏みつけられる方がお好みなのかしらぁ。

 

 

 

え・・・、何この急激なダルさと、吐き気。

 

 

 

「どっ、どうしたんです?」

 

 

 

「うーん、宿帰る。」

 

 

 

それに目眩に、・・・睡魔が視界を閉ざそうと、必死に抵抗してもわたしの目蓋を楽々落とす。

 

 

 

その度に、無駄な抵抗で目蓋を持ち上げ様と頑張るんだけど、不意にラホーってこれくらいの即効性ありそうよね・・・何故か、そんなとりとめもなく、国民的RPGの元祖睡魔系魔法の効果と比べたくなったりしちゃう、ゲーマーの業だったり性なのかもね。

 

 

 

解ってる。

 

これはあれだわ、発動してないのに。魔力疲れ・・・

 

ゲーテと、ジピコスの心配する声を耳に届きながら、わたしの口は返事を思った様に吐き出してくれないまま、意識がブラックアウトした。

 

 

 

「あ、あっ姐さんっ!」

 

 

 

 

 

ジピコスのその声を耳に届けたのを最後に、わたしの意識は完全に無くなった。

 

残念・・・ゲーテにお仕置き、・・・これじゃ出来ないや。

 

 

 

 

 

 



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蟒蛇(うわばみ)とお姫様

わたしの意識に色が付いたのは、次の日の遅い朝だった。

 

 

 

目覚めたのは宿の自分の部屋のベッドの上で、目覚めてまず全身を包む何らかの感覚が無い事に気付き、視線をそちらに向けると何故か、裸。

 

 

 

ま、自分の血もイライザの返り血も相まって凄ーく汚れてたし、凛子が脱がしてくれたのかも?ゲーテ、ジピコス・・・お前らなら・・・覚えておいて、必ずその記憶を全て消してやるから。

 

 

 

ん?バイじゃなくてレズじゃないのかって?

 

ゲーテとジピコスを男に見えないだけね、出会いから散々だった訳だし。

 

 

 

あ、凛子を揉みくちゃにしたいっ!て想いはあるのよ?やらかい肌に、わたしの肌を重ねて全身prprしたいっ!それは勿論!でも、あんまり怖がられて距離置かれると寂しくなるじゃない、だから今は泳がしてるの。

 

 

 

ゲーテもなかなか舐めた口だったけど、ジピコスは輪を掛けて人格を疑うような事をわたしに言ってきた気もする。

 

そんな感じでゲーテとジピコスに関してはなっさけないくらいしか感情は無い、以上。

 

 

 

にしても、エクセザリオスのこの時間をムダにしちゃう仕様は、本当にどうにかならないのかなー。

 

 

 

疲れはすっかり取れてて躰が軽い、これはお礼を言おうと凛子の姿を探す、勿論軽ーくおさわりくらいはさして貰えるかと期待に妄想しつつ、まずはお部屋。

 

 

 

「凛子ちゃーん?・・・キョロキョロ。」

 

 

 

部屋の扉を開けて、中を軽く見回す。

 

あ、ここには居ないか。

 

 

 

話し声は聞こえないけど、下かな、・・・ここにも居ない。

 

ナボールさんが厨房で忙しなく、昼の仕込みをしてるのが見えただけだった。

 

 

 

バイトは行ってない筈よね?

 

裏かな、・・・ここも違う誰も居ない、ってゲーテもジピコスも居ないし、稽古サボりを発見したのでゲーテにジピコスもお仕置き追加っと。

 

 

 

クドゥーナとどっか行ったのかなー、じゃぁ。

 

わたしは酒場行っちゃうもんねーだ!

 

 

 

酒場に入ると自棄酒気分で女マスターに、

 

 

 

「酒、いつもの出して。」

 

 

 

そう言うと、わたしのテーブルに次々女マスターがどちゃっと運んでくる酒が並ぶ。

 

初日に気付けにと、一息に樽酒を呷ってからは女マスターは酒を出してとわたしが言えば、テーブル一杯に酒を並べてから、わたしを放置する様になった。

 

 

 

面倒臭がるって何よ、ねえ。

 

ビールなら2ケース飲んでからが、気持ち良くなるとこだったりするんだから、わたし。

 

 

 

だから、好きなだけ呑めてる今、幸せよ?出来るなら帰らなくてもいいやって、呑んでたら思えちゃうくらい。

 

 

 

リアルじゃ、満足するだけ飲んでたらバイトじゃ足りなくなるし、親にカード取り上げられてからは抑えて呑んでる。

 

ウォッカとかアルコール度数の高いテキーラにして、量を減らして・・・そんなの気にせずゲーム通貨で飲み放題やりたい放題なのは、いいのよね。

 

ノルンに居る今は。

 

 

 

心残り無くなったら、移住するかな?

 

 

 

あ、でも。

 

ノルンでも嫌な事はある。

 

そんなの勿論なんだけど、この幸せの一時を邪魔する輩。

 

それが勝負を挑んでくる冒険者ならまだいいんだけど、ボコボコにした後の勝利の美酒は格別なのよ?だから冒険者は許してあげる、問題は役人面の、真面目な暑苦しい顔して酒場で待ち構えてるコイツ!

 

 

 

「改めて。」

 

 

 

頭下げてもダメだって、ダンゼだっけ?わたし、休憩が必要と思うの。

 

そもそも、相席許してないのに毎回椅子持ってきてわたしの目の前に座るわよね?パなくイライラするんだけど。

 

もち、相席聞かれても断るわ。

 

酒場に仕事を持ち込まないでよ?酒とちょっとした摘みを摘まむとこで無粋な話しとか、あー、酒がマズくなるじゃない。

 

あっちいきなよ。

 

 

 

昨日と打って変わってダンゼの服装はラフな白い皮シャツとスーツ用のスラックスかな、濃淡の黒い皮の生地でボタンが等間隔に三つ並んだシャツにはネクタイも括られている。

 

ラフにはなっても、この酒場には不釣り合いじゃない?お洒落とは違うんだろーけど、周りの冒険者たち見てよ。

 

ターバンみたく布を頭に巻いて、シャツは破れたのを修繕したあともくっきり、下は皆揃えたように七分丈ですね当てしてたり、具足着けてたりで見た目は変わるんだけど。

 

浮いてるわよ、ダンゼ。

 

 

 

「いーやっ。」

 

 

 

ほら、まだイライザにボコボコにされた傷が疼くような、何ともないような?用は、役人と顔付き合わせて旅なんて息苦しいから行きたくないだけって、そうなんだけどさ。

 

 

 

「イライザ居ればドラゴンだって、悪魔だって戦れるわよ。わたし、そう思うわ。」

 

 

 

よく考えて?イライザ居ればどんなモンスターが来たって負けないって。

 

 

 

ダンゼ、過保護なんじゃない?イライザならもっともっと強くなれるのに。

 

わたしに預けてくれれば、朝から夜まで調きょ、ううん鍛えてあげるんだけど。

 

ま、何やら二人の間には裂かれられたく無い空気ってゆーの?感じるし、無理は言わないけどね。

 

でも、預けてくれたらテクニシャンにして返すわよ?変に純粋ぽくて仕込み易そうだし。

 

 

 

「無茶はさせたくありません。昨日のは、無茶以外の何でも無いのです。」

 

 

 

「えーーー。」

 

 

 

ダンゼは灰色のケモ耳をピクピク動かして、イライザだけで安心でしょと説得するわたしを警戒してる。

 

 

 

何を警戒してるのか、警戒とは別な何かかも知れないと思ってたら。

 

 

 

「ダンゼの言う事聞いてあげてよー、シェリルちゃん。」

 

 

 

間延びした可愛らしい、酒場に似合わない声がする。

 

振り向かなくても解っちゃう、わたし達類友だもんね、赤い糸で小指通し繋がってるよね、きっと。

 

 

 

「ッ!・・・イライザ、いつから?」

 

 

 

肩越しに振り返ると、どこから調達したのか、バックルがあちこちに付いたジップアップが無駄にある、やたらとハードな革製の戦闘服だろうかライダース・スーツを更に、ごちゃごちゃハーネスとか付けたらこんな感じ?そんな出で立ちとは不釣り合いな、にこやかな微笑みを浮かべて話しかけてくる、声の主イライザ。

 

髪も一纏めにポニーテールにして、昨日よりは凛々しい印象付けだったりする。

 

ドラゴン退治の確認に向かう準備万端、てとこなのかもね。

 

 

 

わたしの好みド直球過ぎて、なんのご褒美何ですかっ、コレは?と思って軽く叫んだのはイライザには内緒にしとく。

 

 

 

「いま。」

 

 

 

細目で笑うイライザが簡潔にそう言うと、ダンゼが座っていた席を譲って、別のテーブルからダンゼがまた椅子を調達してわたしの左手に座った。

 

そして、ダンゼは女マスターを呼んで何やら注文している。

 

 

 

「話し方が随分・・・」

 

 

 

「楽ですよ?」

 

 

 

出会いからそう大して経って無いけど、イライザの喋り方って特徴ある付け焼き刃的な下手な貴族みたいな、そんな言葉使いだったのに今は何かフランクで。

 

わたしの言葉を遮った上に挑発的でも無く気さくな返し。

 

わざわざ遮った意味はあるんだろうか?

 

 

 

「そう、言う事聞いてって・・・ねぇ?」

 

 

 

グラスを空になるまで呷ってから、注ぎ直しながらイライザにわたしの答えを返す。

 

利けない理由があるのよ、行った所で危険無いこと解っちゃってるから、退屈そうだし・・・それにそれに。

 

 

 

「あはは、姐さん。聞いてあげられたら・・・」

 

 

 

背中に響くこの声は、ジピコスだ。

 

 

 

「ジピコス!」

 

 

 

「はいっ。」

 

 

 

振り返る気も起こらない、間髪入れずに酒場に響き渡るほど叫ぶ。

 

いつから居たのか解らないけど、サボって飲んでたのか。

 

 

 

「ドラゴン退治のチャンスよー、いってこーい。」

 

 

 

危険も無いしジピコスでも大丈夫、わたしが行くまでもない。

 

 

 

グラスを掲げてまた酒場に響き渡るほどの声で叫ぶ。

 

冒険者たちに解るように。

 

あ、ドラゴンは居ないからチャンスでも無いのかー、ドンマイ!ジピコス。

 

 

 

「姐さんも随分・・・喋り方が。」

 

 

 

困ったような声でジピコス。

 

いやまあ、体調もそうだけど、

 

 

 

「えー、もうお前らをロックオンすることもないだろーし、いいよー、これがわたし。わたしこーゆーのだから。」

 

 

 

叩き潰すようなやり取りを、お前らならやらなくてもいいよね?力抜きたい時も、あるのよ。

 

表出したい時は、もう知らない仲じゃ無いし、引き摺って大通りと言うステージに上げてしまえばいんだし。

 

 

 

「だらけてますなぁ。」

 

 

 

「まぁ、姐さんの中で何かあったんだろ?解りゃしねえがよ。」

 

 

 

「ああ、負けたからか?」

 

「かもな。」

 

 

 

なんだ、ゲーテも居たのか。

 

背中に声は響くけど、姿は確認しない。

 

今日は何をする気持ちにもなれない感じなんだ。

 

 

 

「ねぇ、貴方がたからも説得してくださいませんの?」

 

 

 

あぁ、ゲーテに向かって歩き出す、女スパイ的な格好した雰囲気天然なイライザは、ゲーテ達には何かまた言葉使いが変わった。

 

わたしは特別な存在と、イライザの中ではそうなってると自惚れてもいいわよね。

 

ダンゼとも、ゲーテ達その他大勢とわたしは違うんだ、イライザの類友だもん当然。

 

 

 

何か、ゲーテとジピコスが説得に加わってくるのも癪だし、振り返って睨みを利かせる。

 

 

 

「いやぁ、姫様。おれらじゃあ、・・・ですよね。顔で解ります。」

 

 

 

イライザ見て頬染めちゃってゲーテめ。

 

ま?ゲーテやジピコスじゃ触る事も憚られるお姫様なんでしょ。

 

いわば、アイドルみたいなもんじゃないの、それはゲーテの態度なんかもしょーがないかも知れないか。

 

 

 

わたしの不機嫌顔を窺ってからイライザに向かって答える。

 

うし、それでいいよ。

 

お前らなら間違いは犯さないと思ってたよ。

 

 

 

「むー、じゃぁじゃぁ。こうしません?わたくしが類友として頼みます。シェリルちゃぁん、お願いー。一緒に来て欲しいなって思うの、ダメ・・・?」

 

 

 

昨日はあった威厳が全くないイライザは、出で立ちドすとらいくで、どこか儚げで、なんと言っても可愛くて思わず助けてあげたくなってきちゃう。

 

でもなー、

 

 

 

「んー、何か・・・ノらない?みたいな。」

 

 

 

気持ちにも余裕ないような、体調もいきなし悪くなったかもみたいな?

 

 

 

「?、解りません・・・」

 

「昨日ので、抜けちゃった。みたいな。」

 

 

 

不思議な顔をして小首を傾げてイライザ。

 

困ったようなその顔もぷりてぃ!思わずギュゥッて抱き締めたくなるのを平然と我慢する。

 

 

 

言い訳。

 

昨日は昨日で今日は今日だもん。

 

実はわたし、苦しいかもよ?たっぷり寝たのに変ね・・・つまりアレじゃない?

 

 

 

「エヘへ、・・・解りませんね・・・」

 

 

 

「行ってもいいんだけど、今日はやだ、しばらくやだ、そんなカンジ。」

 

 

 

いやー、イライザちゃん。

 

幾らでその頬っぺたスリスリできるのかなぁー、幾らならお持ち帰りオッケ?思わずそんな下洲い言葉が思い浮かんでしまうくらい可愛いよ、わたしにとってどストライクだよ。

 

 

 

それはこっちに置いといて、ツラいな。

 

無理な作り笑いで乗り切れないかな。

 

 

 

「あ、・・・そ、そうですよね。ちなみに、重いの?」

 

 

 

「・・・う、うん。」

 

 

 

どうも勘が鋭いのか、嗅覚が鋭いのかイライザにバレちゃった、あはははは。

 

そうなの。

 

重い日なカンジ。

 

えーと、陸上の授業なら見学コースです。

 

もしかしたら、早退かな?とにかく苦しいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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笹茶屋、倒れる

「ダンゼ、絶対むりです。シェリルちゃんを連れ出すのは危険かも知れません。」

 

 

 

妙に頬を朱に染めてイライザが、伏し目がちにわたしとダンゼの間に入った後、ダンゼの瞳を覗き込みながらそう言う。

 

わたしの左手にダンゼが座っていたけど、間に割ってイライザが入り込んだので椅子を引いて少し距離を取った。

 

 

 

「何がです?イライザ様。」

 

 

 

ダンゼは急に態度を変えたイライザをじぃっと見つめて説明を求める。

 

が、イライザは首を左右に振って男には解らなくてもいいのよと言いたげに、小首を傾げダンゼに向かって、

 

 

 

「女の子にはイロイロあるのです。」

 

 

 

そう言うと、横目にわたしを窺ってイライザがウインクをした。

 

どうもイライザが逆にダンゼを説得に回ってくれるみたい、とってもありがたいわ。

 

 

 

「は?」

 

 

 

ダンゼ、解らなくてもいいの。

 

ただ、今日の所は引いて欲しい、それだけ。

 

 

 

「日を改めるか、別の人員を集めれはよいのです。こうして冒険者さんは沢山集まってくれているのですから。シェリルちゃ、コホン、シェリルさんだけに頼らずとも良いでしょう?」

 

 

 

仰々しい黒い戦闘服と言う出で立ちのイライザは、わたしの顔の横に黒革に包まれた柔らかそうな乳房(ハードな戦闘服に包まれているので京の想像ですよ)を持ってきて前屈みに凛々しい口調でダンゼに食って掛かるのだけど、わたしの目の前にこんなのあるからヨダレ出そう、じゅる。

 

あ、出てた。

 

今、わたしふにょふにょなニヤけ顔してる、きっと、ううん絶対ヤバい顔になってる。

 

そこ、言い直さなくてもイイんだけどなー、京って呼んでくれてもいいんだよーイライザちゃーん。

 

 

 

「ドラゴンですよ?危険なんですよ、イライザ様。」

 

 

 

イライザだって強いし、何よりダンゼが働けばオーク10ぴきくらい軽いと思うんだけどなー、本気出し渋ってたけど・・・弱くは無いよね?ダンゼだって。

 

 

 

「あれで、シェリルちゃんが使えると思いますか?」

 

 

 

今度は言い直さないイライザが横目で、わたしのヨダレを我慢する情けない顔を見てくる。

 

 

 

「・・・ですね。」

 

 

 

それを見て何かを感じ取ったダンゼも逡巡してから頷く。

 

あれ、わたしいつの間にか・・・テーブルに顔めり込んでた・・・、我慢してても苦しいのは変わらないから、顔色も悪かったりするんじゃないかな、うん。

 

 

 

「代案を講じましょう、ここに居る冒険者さんだけでも10人はいるでしょう。」

 

 

 

わたしを見詰めてからイライザが溜め息を一つ吐く。

 

 

 

凛々しい口調で喋りながら酒場に居る冒険者達を順繰りに見回し、わたし抜きの作戦に切り替えさせて、居ないドラゴン退治に向かうみたいな口振り。

 

 

 

「数でドラゴンを抑え込みますか、ではその様に致しましょう。」

 

 

 

漸く、ダンゼもイライザに同調してくれた、ぽい?

 

 

 

そもそも、居なくなったのを二人は知ってるはずなんだけどね、ドラゴン。

 

 

 

冒険者達を連れてくには、餌が要るよね。

 

 

 

「がんばれー、イライザー。任せた、ゲーテ。」

 

 

 

苦しい・・・コレ来なかったら行っても悪く無かったのにな。

 

 

 

「様をつけなさい?性悪エルフ!イライザ様です。」

 

 

 

ん、ちょっとダンゼがわたしに距離を取ったよーな、冒険者達にあくまで要請をしてた時だけ畏まってた的な、演出だったりする?

 

今更じゃない。

 

 

 

さっきまでシェリル呼びしてて、性悪エルフ言うなんて、笑える。

 

 

 

「いーじゃん、この国の人間じゃないしー、わたしー。」

 

 

 

やだ、もう。

 

苦し過ぎる、部屋に帰ってベッドに飛び込んでそのまま寝たい・・・もう、言葉を選んでる余裕も無いや。

 

お気に入りだったのに、この青い革のタンガ。

 

 

 

「ジピコス、どうも姐さんが変だ。凛子呼ぶか、宿に運んで寝かせてやれ。」

 

ゲーテ、流石。

 

なんか感じ取ったかぁー、えへぇ、お前らには情けないとこ見せたくないのになぁ。

 

ギルマスなのに、わたし。

 

 

 

「あぁ、そーだなっ。」

 

 

 

なんか、されるがままにジピコスの背中に担がれて酒場を後にする。

 

 

 

「はーい、姐さん。宿につきましたよー、意識あります?」

 

 

 

そう言ってジピコスに、確認されながら下ろされたのは宿の一階、まだ食堂としてお客さんも見える。

 

厨房からは何事が?とナボールさんも顔を出す、恥ずいな、もう。

 

それは置いといてジピコス、荷物じゃないんだから、ゆっくり運んでよぉー。

 

色々デリケートなんだよ、これでも、さ。

 

 

 

「うっさいー、下腹に響く、止めー。」

 

 

 

くぅぅ。

 

叫べない、力が入らない、ヤバい。

 

 

 

「こんな弱ってたら俺でも勝てそうだな。にしても、こんな軽い躰してて、バケモンかって強さなのは吃驚もんだぜ。」

 

 

 

うん。

 

本当にね、ジピコスにも負けると思う。

 

負けたら負けたで、元気になったら100倍返し、な!?

 

それに、バケモン呼ばわりは失礼じゃない?わたし、乙女よ。

 

まぁ、色々、色々汚れだけどさぁー、あはははは。

 

 

 

他人に言えない性癖だらけで、乙女って!・・・自分で思って自分で脳内つっこみする。

 

もう、・・・喋るのも辛い。

 

 

 

「凛子ぉ、バイトはもう降りたんだろ?姐さんが弱ってら、みてやってくれよ。」

 

 

 

「う?うん、弱ってるのに酒なんて飲むかなー?」

 

 

 

あ、凛子居たんだ・・・どこ行ってたんだか。

 

弱ったわたしを見て、凛子も少し困ったような、パニくってるみたいな口調。

 

凛子の顔を見る余裕も無いかな、今。

 

 



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弟子(凛子)から師匠(ジピコス)へ不器用なエールを

 

 

 

『ナボールさんの料理』って、ランチを食べてたんだよね。

 

お昼はこれしか出さないから、ここが食堂代わりにしか使われないのが、解る。

 

うーん、味は薄いかな?

 

味付けがんばりましょー、ナボールさん。

 

 

 

「よぉ、凛子。」

 

 

 

そんな事思いながらランチを平らげてたら、わたしを呼ぶ声が聞こえてそっちをチラ見すると、ジピコスが京ちゃんを荷物みたいに担いで立ってた。

 

 

 

それ自体は『いつも。』の事なんだけど、京ちゃんの顔色で解る、青い顔してて『いつも。』とは大分違うってことが。

 

 

 

「はーい、姐さん。宿につきましたよー、意識あります?」

 

 

 

「うっさいー、下腹に響く、止めー・・・。」

 

 

 

「こんな弱ってたら俺でも勝てそうだな。にしても、こんな軽い躰してて、バケモンかって強さなのは吃驚もんだぜ。」

 

 

 

京ちゃんとジピコスはなんか、『いつも。』みたいに憎まれ口言い合ってるまでは同じなんだけど。

 

気迫が感じられないんだ、京ちゃんから。

 

 

 

「凛子ぉ、バイトはもう降りたんだろ?姐さんが弱ってら、みてやってくれよ。」

 

 

 

あ、ジピコスが心配してるのも見たこと無いかも、京ちゃんが強がりぽく言葉を返せないのも珍しくない?

 

 

 

荷物みたいに床に転がされた京ちゃんは誰を睨むでもなく大人しい、まるで京ちゃんじゃ無いみたい、ふふふっ。

 

 

 

笑ってる場合じゃないや、取り合えず空いてるテーブルに座らせよっか、んー、わたしが食べてたテーブルしか空いてなかったりするね。

 

しょーがないから、ランチを寄せて京ちゃんを寝かせる。

 

 

 

「う?うん、弱ってるのに酒なんて飲むかなー?」

 

 

 

わたしは弱ってたってジュースは飲むけどね、濃縮してない100%果汁なら、風邪引いてたって飲んだよ、大丈夫。

 

 

 

「姐さんにとって酒は水みたいなもんなんだよ。俺らはドラゴンの方にいくからよ。これで、さよならかも知れねぇな、凛子。」

 

 

 

名残惜しそうな表情でジピコスが京ちゃんを見てる。

 

 

 

ドラゴン、居たら・・・いいね。

 

そっか、水と酒・・・変わらないんなら水でいい気がするんだけどな、この村なら、水の方が安いし。

 

 

 

それにちょっとは困るな、ゲーテとジピコスとはこんな別れはヤダ、ちゃんとお別れしたいから。

 

 

 

ベッドに連れていかないのかって?そだね、ジピコスとはお別れかも知れないじゃん?

 

だから、ちょっとだけ京ちゃんは待ってて貰おっかな。

 

 

 

「どして?」

 

 

 

でもサヨナラはまだじゃない?役人が確認して危険は去った!って村人に公表してやっと本当の意味で村の解放されるんじゃないの?だから、わたし達閉じ込められてるんだよね、きっと。

 

「しばらくは降りてくる事は無いだろーし。馬じゃ山上らないだろ?」

 

 

 

なんだ、そんな事かぁー、馬じゃ確かに二日掛けて上って降りるのにも同じくらいかなー。

 

 

 

考えてみれば荷物を運ぶにも馬が必要なんだよね、メニューに、アイテムBOXはこの世界に該当するものは無いからそれ自体チートって言ってもいいかも。

 

 

 

まるで○次元ぽけっとだもんね、ネコ型ロボットも居たりして。

 

まさかね?

 

 

 

「オレンジ使えば?」

 

 

 

シャダイアスだっけ?○ョコボみたいな巨大な鳥。

 

あれなら出てくるモンスターも気にしないで走れるし、半分で行って帰れると思うんだけどー?

 

 

 

「肉。」

 

 

 

そんなわたしが喋る声に耳を傾けてたジピコスが、大袈裟に人差し指を振って否定するみたいに口ずさむ。

 

ああ、ね。

 

肉ならわたし達行く先々でげっとしてたけど?ガルウルフとかロカ、オークなんかね。

 

 

 

ちょっと嫌な事思い出しちゃった、御冥福お祈りします、チーン・・・!

 

 

 

「・・・ん?」

 

 

 

「肉どーすんだ、あいつらすげー食うんだぞ?」

 

 

 

心配症か、ジピコス。

 

稽古を毎朝、わたしにつけてくれる時は自信満々なのにね、変なの。

 

 

 

「現地調達?」

 

 

 

ロカは逃げるから難しいかも知れないね、でもウルフやガルウルフは逆に向かってくるんだから、倒せる腕があれば肉の心配は無いじゃん。

 

 

 

「・・・ウルフくらいなら狩りも出来るだろうが・・・」

 

 

 

「ふふっ、ジピコス、逢ったときより弱くなった?ドラゴン退治するんだーって言ってたでしょー。」

 

 

 

わたしだって、京ちゃんだってあの日の事は帰ったって忘れない自信あるよ、凄い日だったもんね?ゲーテにジピコスだってバキバキに何もかも壊されたんだから、忘れない・・・忘れられる訳無いよね?

 

 

 

そう、思わず含み笑いが溢れる。

 

 

 

「んだよ?」

 

 

 

「ガルウルフでも、オークでも狩って餌にしちゃえばいいじゃん。」

 

 

 

ジピコス、あなたは一体何だったっけ?ドラゴン倒したいって、子供みたいに・・・わたしだって、ま、子供みたいなもんなんだけど、小さい子みたいに目をキラキラさせて、成功する自分達を疑わずにこの村に足踏み入れたんじゃないの?違うって言わせないけど。

 

この耳でちゃぁんと聞いたんだし。

 

 

 

「・・・。」

 

 

 

「ギーガだって戦ったでしょ?」

 

 

 

温泉からの帰り道、あれは中々強かったよね。

 

 

 

「姐さんも居ただろーが、凛子もクドゥーナも。」

 

 

 

言い訳ばっかりって、ジピコスださっ。

 

 

 

「わたしー、ジピコスより弱いでしょ?」

 

 

 

わたしが師匠って呼べるのはそんな弱腰じゃない人のはずなんだけどな?自信満々のジピコスと、豪快に笑って間違ってる、体を上手く動かせないわたしを注意してくれたゲーテなんだけど?

 

 

 

「そうだな。」

 

 

 

「なら、言わなくても・・・解るよね?」

 

 

 

漸く、昨日の朝に見たジピコスが帰ってきたよ、弟子に自信無さげなとこ見せんなよー、師匠。

 

あ、ジピコスには師匠ってのは言わないんだ、なんてーの?心の中の師匠でいいや。

 

 

 

「似てきやがったな、姐さんみたいに笑いやがる。」

 

 

 

「えーーー。」

 

 

 

えー。

 

わたしを何だと思ってるの?京ちゃんみたいに人をバカにした笑い方も、魅惑的に虜にするような笑い方も出来ないよ・・・あれは京ちゃんが綺麗で、・・・変態だから出来るスキルみたく思ってるからわたし。

 

そーゆーのは、普通な女の子じゃ身に付かないんだって本気で思うよ?

 

 

 

「そゆとこも、だ。ああ、思いだしたよ凛子、ありがとな。俺は、俺らはここに成り上がりに来たんだ。そうだ、やれねぇわけじゃねえよな。」

 

 

 

 

 

「そんなことを言ったわけじゃないけどねー。」

 

 

 

なんかね、ジピコスが自信をみなぎらせてまるで京ちゃんに会う前みたく、ギラギラしてた・・・うん、ケモの瞳だね、そんな感じ。

 

小さい子みたいなキラキラじゃ無かった、ま、ジピコスらしいったらそーなんだけど。

 

 

 

わたしを見詰めながらやる気になったジピコスは無駄に拳をワキワキさせてる。

 

それは、やめよーね。

 

 

 

「早く帰ってきたら、また逢えるよ。」

 

 

 

ちょっと長くなったけど、言いたい事は言えたかな。

 

名残惜しい?とはちょっと違う、弟子から師匠を送り出すそんな気分だった?解んないや。

 

 

 

えーと、とにかく山に上がるジピコスに向かってわたしは、バイト先でよくやってたスマイル100%の笑顔で送り出した。

 

 

 

すると、ジピコスはぶっきらぼうに、けど照れたように耳を真っ赤に染めて、去り際に一言だけ。

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

って。

 

 

 

 

 



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看病されてる時って妄想が暴走しちゃうモノなんですよ、白衣の天使が本当の天使に見ry{笹茶屋さんの暴走しちゃう妄想}

 

 

目覚めたら全身にまとわりつく感覚が無くて見れば、裸だった、ら!デジャヴだね、何て事もなくてちゃんと服の感覚はあったりする。

 

瞳をキョロキョロ。

 

 

 

「・・・り、・・・」

 

 

 

あー、何か体が思うように動かそうとしても動かせない感じっ?解るかな・・・それに吐き気。

 

 

 

苦しい・・・目の端に椅子に座ってうたた寝してるのか目を閉じた凛子ちゃん、発見。

 

看病してくれたのかな?だと、嬉しいや。

 

 

 

「・・・お、起きた?」

 

 

 

えーと、そうだ。

 

ジピコスに担がれて運ばれたんだっけ。

 

 

 

凛子にだっこされて運ばれたかったなー、脳内変換で凛子にだっこされた事にしとこ。

 

 

 

「・・・凛子・・・あれ、ベッド・・・やらしぃん、・・・だ。」

 

 

 

脳は目まぐるしく動いているのに、何か腕一本動かすのも辛い・・・デリケートなとこベッタベタな気がする、ううん、ベタベタにドロッドロなんだ。

 

やだなぁ。

 

 

 

どれだけ苦しくても、目の前に可愛い凛子が居たら構ってあげないと、ダメよね。

 

そうだ、凛子をだっこして寝よう、ツルツルペタペタで気持ち良いと思うんだけど、引っ張り込む力が入らないんだったわ。

 

 

 

「ち、違うってー、ジピコスが運んで来たんだって。ホントだよ?ホントに。」

 

 

 

解っててやってますよ?面白いな、凛子はからかい甲斐があるわよね。

 

慌てて否定するみたいに手パタパタさせちゃって、顔真っ赤で困った表情なんてされたら、それはごほうびです、どーもです。って言わないとダメかな?くぅぅ、脳内では凛子をベッドに引っ張り込めてて凛子もわたしを恥ずかしがりながらも抱き締めてくれてたりするんだけどなー。

 

 

 

現実の凛子は目覚めてくれないらしい、ちぇ。

 

 

 

「・・・あー、だるっ。そこはノってくれなきゃ、上に。」

 

 

 

わたしの上、今丁度空いてるのよ。

 

凛子の火照った熱で暖めて?せめて体温だけでも感じさせて。

 

 

 

ダルさと弱りきってるせいで、甘えたになってきちゃってるな・・・凛子に可哀想なものを見る様な瞳で見詰められてる?うわあ、もうギュウッて抱き締めて・・・そのまま、寝たい。

 

あれ、やっぱり寝たいよね、寝たら治ると思いたい。

 

 

 

「何の?何の上に?あー、やっぱ聞かない。いい、いいから。」

 

 

 

ふふっ、凛子も漸くわたしの言った意味が解ったみたいで耳を塞いで俯いちゃった、可〜愛い!

 

 

 

いくら?いくらでオジサンの抱き枕になってくれるの?げへへって、援交ごっこしたいな、カイゼル髭付けて。

 

 

 

「・・・脱・・・ごうか?」

 

 

 

釣糸を垂らすと──

 

 

 

「脱いじゃダメー。」

 

 

 

食い付きます。勢い、イイネ。

 

からかい甲斐あるわー、クドゥーナならそだな・・・空気読めずにギュウッて飛び付いてくるし、余裕で上乗るんじゃないかな、ま、それはそれで悪くない、な。

 

喋らないクドゥーナはまあまあ可愛いし。

 

 

 

凛子、むっつりなのかなー、まだ耳塞いで顔真っ赤にして俯いてるんだけど、なーんか妄想してんだよねぇ?わたしがむっつりだったから、良く解るわー。

 

ちょっと情報入れちゃうと面白いくらい、妄想が湧き出して止まらないんだよねー、愉しい時間、よね。

 

 

 

「・・・えっち。汗、拭いて欲しいだけだって。」

 

 

 

からかうのはこれくらいにして。

 

そろそろ拭いて貰おっ!いい加減ベッタベタだし。

 

 

 

「えっち、違うもん。な、何がえっちなの、さっきの会話のどこがー。」

 

 

 

震え声で顔真っ赤だよ、凛子。

 

えっち違うとか言っちゃうと余裕無いの、バレバレよ?もうすぐ陥落しちゃう・・・かな。

 

 

 

脱ぐって言って、即ダメって。

 

そんなの女同士で有り得ないでしょ、その先に何かあるって、思っちゃってるからダメって言うんだし、それはもう期待してくれちゃってると取っちゃうんだけど、だから、えっち。

 

って、言ったのに?解ってて否定するなんて我が儘ね。

 

 

 

「・・・落ち着こ?」

 

 

 

わたしね、今。

 

襲いたくてもね、凛子。

 

動かすのも辛いのよ?

 

構ってあげるので精一杯。

 

だから、恐がらないで抱き着いてくれていいのに!

 

抵抗なんて、勿論出来ないし好きに・・・ああっ、そのまま激しく揉みくちゃにされたいっ!

 

 

 

・・・落ち着けー、わたし。

 

 

 

「・・・う、うん。」

 

 

 

凛子の思わせ振りな態度がいけないんだー。

 

わたしを悩ませる、その愛しさが罪っっっ、ん!

 

 

 

・・・表情に出てるのかな、今の妄想。

 

凛子、固まっちゃったや。

 

 

 

「じゃぁ、脱ぐわ。」

 

 

 

いけないいけない、わたしの妄想通りに、凛子が生きてる訳じゃないのに、それを期待するのは凛子をものみたいに思ってるのと同じよね。

 

ダメだ、リセットして切り替えよ、うん。

 

無理すれば起きれるかな・・・どうかなー。

 

 

 

「もう、いい。汗、拭くんだよね?やる、やるから寝てて。」

 

 

 

を、凛子に首を頭を抱かれて、凛子のむ、胸がわたしの頬っぺたに!昇天しそう、気が遠・・・く、いけない。

 

まだ楽しみたい。

 

あ、離れちゃった。

 

 

 

コルセット無しなので、背中のジップアップを下ろせば脱げるワンピースタイプの服を着てる。

 

ん?背中はガッツリ出してるけどね。

 

脇腹くらいで生地が背中に回る感じだし、二の腕は出すタイプ。

 

 

 

「り、・・・」

 

 

 

もう少し、顔を凛子の谷間に埋めてたかったのにっ。

 

 

 

「黙ってて。」

 

 

 

何か真面目に脱がされちゃうと、なんかね。

 

灼けつく熱量を持っていたわたしの妄想もちょっと、冷めちゃうよね。

 

 

 

「はぁーい。」

 

 

 

素直に返事をする事にした。

 

求められるままに、腕をあげると不意に、

 

 

 

「ふっ、ふふふふ。」

 

 

 

含み笑いをして、凛子は我慢仕切れず笑い出しちゃう。

 

 

 

「んっ?ふふっ、なぁに?」

 

 

 

わたしが何か?変かなあ。

 

釣られて笑い出しちゃって振り向くと、顔を手で覆ってる凛子が居て。

 

思わず聞いちゃった、何がそんなにおかしいのよ、ふふっ。

 

 

 

「ジピコスが言ったの解るなぁって。」

 

 

 

着てた服全部、脱がされる。

 

上半身だけ持ち上げて、両手はベッドに突いてる。

 

 

 

疚しい感情が持ち上がってくるのは、何も出来ないから余計で。

 

 

 

「なぁに?何言ったの、ジピコスが。」

 

 

 

あん?ジピコスの奴・・・凛子に何、言ったんだか。

 

こんなヒリつく様なおあずけを、わたしが食らってるって言うのに。

 

 

 

「え?京ちゃんが弱ってる、おかしいからって。」

 

 

 

えーと、弱ってる、弱ってるよ。

 

やり返せないのが悩ましいよね、凛子にわたしの汗ばんだ肌に触れて貰ってるのに、凛子を襲ってあげられないっ!

 

・・・もどかしい。

 

 

 

「あー、ちょっと。・・・重くて。」

 

 

 

そっちの・・・用品、運営が配ってたらちょっと炎上したかも知れないししょーがないけど。

 

わたし達を巻き込んだ奴、気が利いてないゾ?只、嵐が過ぎ去るのをじぃっと待ってないとなの?ねぇ?

 

 

 

「・・・なる。」

 

 

 

凛子をもう見てないから解らないけど、一瞬の間。

 

あれはきっと、自分の番を想像しちゃったね?重くて多いって最悪。

 

 

 

「へへへ。これは、わたしでもどーにもなんないわ。」

 

 

 

今、チラ・・・って覗いたけどタンガの中ドロッドロ?ベッタベタ!

 

こっちの世話も・・・汗だけじゃなく、して貰えると泣いて喜ぶんだけどなー?

 

 

 

「ヒールで治ればいいのに。」

 

 

 

魔法で重いの飛べばいいーの、にねー。

 

 

 

「治ればねー。」

 

 

 

「・・・大変だねー。」

 

 

 

また返事を返す前に一瞬の間。

 

他人事じゃないんだよ?きっと来るんだから、もう来てるかもだけど・・・

 

 

 

「凛子はまだ?」

 

 

 

「んー、、、実は、まだ。」

 

 

 

あ、来てないのか。

 

今度は結構、間が長かったよ?言うのも恥ずかしいとか、言うの嫌だったとか?わたし、これは恥ずかしいとか思わない人だから。

 

ちょっとその感覚、解んないな。

 

当たり前に来るものなんだから、恥ずかしく無いものって認識だもん。

 

 

 

「へーえ、軽いの来たらいいわねー。」

 

 

 

「て、ゆーか。借り物じゃん、なんでそんなのまであるのかなー?」

 

 

 

借り物なんだよねー、躰は日本にある。

 

わたし達の体を一瞬で染色したり、瞳の色を変えたり・・・何より筋力。

 

実際、日本でこれだけ筋力あればビルに穴開くんじゃない?

 

 

 

「異世界を楽しんで下さい、これはリアルですよってことなんじゃないのー。」

 

 

 

そんなぶっ飛んだ借り物の体の癖に、何でこの機能付いてるかなー。

 

除外してていいんだよ?ゲームにこの機能無かったでしょ、あったら18禁になっちゃうか発禁モノだわ。

 

 

 

「この世界の神様恨む。・・・重かったら、恨んでやる。」

 

 

 

「いま。わたしー、恨んでるとこ、ふふっ。」

 

 

 

恨むよ。

 

凛子がこんなに近くに感じれるのに、わたしの肌に触れてるのに、わたしが襲えないじゃ意味無いじゃないの!

 

 

 

「えーーー。」

 

 

 

重かったら恨んでやるって言ってたのに、その言葉は無いんじゃない?

 

 

 

「あー、少し。横になるわ、なんかあったら起こして?」

 

 

 

「うん、・・・解った。おやすみ。」

 

 

 

やった。

 

また首抱きに凛子に抱かれて谷間に、無い谷間にわたしの顔埋めて、・・・うーん。

 

一瞬だった、ちぇ。

 

 

 

上、裸なんだけど、背中にさっきまでの凛子の温もりを感じれて何かイイ。

 

 

 

ゆっくりベッドに寝かされて、裸を見て貰える訳でもなく薄い布団を掛けられる。

 

 

 

「・・・頬っぺたにチュ、欲しいなー。元気でるなー、出ると思う、わたし。」

 

 

 

からかい気味に精一杯の声でおねだり、くれたら嬉しくて寝れなくなっちゃうかもだけど。

 

興奮しちゃって。

 

 

 

「京ちゃんっ!」

 

 

 

顔真っ赤ですよ?

 

からかっただけだってば、逆に期待しちゃうからそんな、怒り方はダメよ、ダメダメ、絶対。

 

 

 

「アハハハハハ!おやすみー。」

 

 

 

あれ、その内落ちるな。

 

その時が楽しみだわぁ、ニマニマしながらそのまま意識は急速に狭まってて、完全に落ちた。

 

あ、ヒール!

 

試してない!

 

動いたら、襲ってた・・・襲ってあげたのにっっっ!

 

 

 

 



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独白

 

 

う。

 

ううう。

 

うー!

 

 

 

にこやかに笑って立ってるって暇!

 

 

 

わたくしは、イライザ・コールガ・クデュバン・サーゲート。

 

正式にはもう少し、長い名前になる、らしい。

 

王族と判明してからも、都の水が合わずに・・・居心地が悪くて、とても住んでられなかったの。

 

側室の子ですもの、やっかみもありますが・・・一番は邪魔物扱い、でしょうか。

 

サーゲートには王族は居ても貴族とする階級が無くて、領地運営は更新制の役人がやることになっていて、王族でもその役人には立候補すればなれる、はず?

 

 

 

わたくしの場合は厄介払いで押し付けられて、役人が空けば穴埋めにあちらこちらに飛ばされる様に繰り返される配置変えと言えば聞こえは悪くは無いかもしれませんが、体の良いたらい回し。

 

 

 

わたくしの静かな怒りを知ってくれているのは、幼少の砌より共に歩み今は側役を務めてくれるダンゼと世話役であり、母方の伯父でもあるデカットだけ。

 

 

 

まず、邪魔物扱いされている事を王族で知らない者はいないでしょう。

 

尤も、政に口出しも出来ない小娘には、王城は敷居が高かった、と思えば何のことはないんですけれど。

 

王族で、王族から邪魔物扱いされると言う立場になれば、役人の高級に位置する将軍や、太府などからも邪魔物扱いを受けると言うことになります、わたくしが現にそうですもの。

 

 

 

しかし、今回の急報の監査には立候補しました。

 

 

 

ダンゼも止めませんでしたし丁度、空いた役が無かったので都に住まいを移したばかりだったので身軽だったのもありました。

 

 

 

ドラゴンです。

 

急報を宮中の噂で耳にして、直ぐにこれはチャンスであると確信したのです、ドラゴン退治を踏み台に太府も丞相も見返し、救国の英雄になれると胸踊らし村に辿り着いてみれば・・・

 

え?

 

もう一度、はい。

 

ええ、そ、そうですのね。

 

もうドラゴンは退治されたらしい、との村長からの言葉に、ガラガラと崩れ落ちる音を聞きましたわ、わたくしの成功の、そしてわたくしを邪魔物扱いし、軽んじて来た役人たちに『どーだ、わたくしは凄く優秀なんですよ』と見返すプランが。

 

 

 

プランが壊れようと、役人として来た以上役人としてお仕事をやり遂げねば帰れません。

 

本当に、面倒くさいです。

 

わたくしの言葉はとても可笑しいのだそうで、小役人にも学のある方には直すよう言われます。

 

ええ、生まれながら邪魔物扱いをされ、母方に出生を偽られた上で預けられた悲しき身だった訳ですから?学など不用と、いいえ、実際はもっと酷く、学を身に付けさせまいと手心が入り、母方・・・デカットの兄にあたるホーリット伯父さんを脅して、わたくしが能無しのバカになるよう仕向けたのです。

 

 

 

その様な事から、わたくしの教えとなったのは一番近くに居た使用人の子、ダンゼでした。

 

物心付くまでは兄弟で弟なのだと思っていた程です。

 

使用人と言っても、屋敷ではダンゼの一家しか居ませんでしたし、屋敷内に住んでいたので事ある毎に、ダンゼのベッドにはわたくしがお邪魔していました。

 

 

 

屋敷ではホーリット伯父さんの家族が一番偉く、伯父さんの子息やお嬢さん達姉妹は、教師が呼ばれて学習を受ける事が出来ましたが、わたくしとダンゼは教師を付けられる事無く放し飼いと言って良い状態だったのですから、わたくしはダンゼの兄弟なのだと思ってしまうのも当然だった様に思えます。

 

 

 

わたくしの言葉、性格、あらゆる教本になったのがダンゼ。

 

賢いダンゼは、教えられる事無く色々を知っていて、物の数え方から善と悪に至るまでダンゼから、わたくしは吸収していったのです。

 

だからか、言葉使いをいくら治しても、地がダンゼに教わった言葉になってしまうので、10年経とうと話し方や文法が可笑しい、訛りが抜けないなどで笑われる事がありました。

 

 

 

ええ、よく有りがちな要らない子の行き様ですよね、これで終わったら?ですけど。

 

しかし、わたくしはそんな終わり方などしなかった、手を差し伸べてくれたのは当時役人に成れなかった三男坊、デカットでした。

 

試験に落ちたか、試験を受ける事も出来なかったデカットはある日、わたくしの出生の秘を知り、都に連れていき名乗り出れば後見人となって行く行くは高級役人、と夢見ていたのでしょう。

 

わたくしはデカットに言われるまま、馬車にダンゼと共に乗り・・・ダンゼが居なければ都に行かないと言えば、デカットはダンゼを拐って馬車に放り込みました。

 

 

 

デカットは王族と面識など無い気だけは大きい野心家でした、バカとも言いますね。

 

案の定、門前払いをされるのですがわたくしは一目だけでも母を見たくなり、泣きました。

 

大号泣、だったとダンゼから聞きましたけど、記憶はありません。

 

獣化を知らず知らず人生初めてした瞬間でした。

 

 

 

王城の門壁はわたくしが一部壊したそうです、ええ、誰もわたくしは止めれなかったのです。

 

なまじ、王族の獣化を要らない子だとは言え、門番が手出しをしては極刑になるそうです、後から知った事ですが。

 

 

 

デカットの目論見通りに事は運んでいるようで、そうでは無かったのです。

 

 

 

わたくしが王族と解って、後見人の一人としてデカットも付きましたが、出世の無いレールに乗った、という只それだけ。

 

手心を加えた誰かさんのせいで、わたくしはやることなすこと失敗、失敗の連続なのですから。

 

 

 

後見人も一人減り、二人減りいつの間にかデカットだけになって、その頃には押しも引かれもしない能無しのバカと言えばわたくしの事、と何処に行っても陰口が聞こえてくる様になってしまったのです。

 

いや、ホントそいつら何度皆殺しにしようかって思ったか。

 

惨めでした。

 

少し、マシになったのはダンゼのお陰で、5年経ってやっとホーリット伯父からダンゼの上京が許されて・・・まだわたくしの手出しの出来ない所で手心を加えられていたのでしょう、ホーリット伯父は全てが終ると泣きながら詫びてくれましたが、手心の主の名前は明かしてはくれないまま、旅立ってしまいました。

 

 

 

優秀でした、ダンゼは。

 

それはもう見事にわたくしの影となり、支えとなり、功労の全てをわたくしの為に。

 

死に物狂いで役人の役割もわたくしの代わりにこなしつつ、わたくしの功になるよう、働いてくれているのです。

 

これ程尽くされて惚れるな、と言うのはどれ程、酷なのでしょうか。

 

 

 

役人を続けたい訳でも無いですし、躰は頑丈ですから将軍には成れるやも知れません、ですがそれも有事があればの事で。

 

 

 

そんな経緯ですから、ドラゴン退治を是非とも成功させて、救国の英雄になる必要はあったのですが、無理に太府や丞相に喧嘩を吹っ掛けたいわけでも無かったり。

 

手心の主を暴いて、跪かせたいと言うのはあります、ダンゼやデカットの昇進もそうですけど、叶わぬなら叶わぬままでも特にそれは良いと思えるのです。

 

 

 

ええ、ダンゼとわたくしが結ばれる事さえ叶えば。

 

 

 

 



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出前式───だっこ

 

 

わたくしが暇で暇で暇を持て余し捲って、回想に耽り込んでいる間にもダンゼのスピーチは恙無く、わたくしの言葉として冒険者に伝わって行っている。

 

 

 

「──と、言うわけでこれより山に上がります。今回の視察、メインはドラゴン退治で──」

 

 

 

「ダンゼ、長いわ。」

 

 

 

ただし、長い。

 

長過ぎる、暇でしょうがありませんったら。

 

 

 

ここは村の山側の門前。

 

今は冒険者たちをかき集めての出前式の最中。

 

わたくしとダンゼの二人は、出前式の為に急増されたステージ・・・まあ、急増と言いはしても威厳ある王族の為のステージ。

 

手抜かりは無い程度に作られています、感心感心。

 

わたくしの身長より心持ち低い、5人は楽々並べる広さのあるステージの前には、急報をうけ周辺の村や町から腕に自信のある者たちが集まっています、まるでウンカの様に。

 

 

 

酒場を出るとダンゼは警備の者も使って鐘を鳴らさせ、または宿と言う宿と、酒場と食堂・・・考えられる全ての場所を当たらせ、急ぎ冒険者たちを集めてくれました。

 

 

 

一歩下がっているわたくしの所から眺めても、目の前には一癖も二癖も有りそうな屈強な男たちが瞳をギラギラさせて、ステージ上のダンゼに視線を集中させ仰視している。

 

時折わたくしの方を熱く見詰めて来る、冒険者の視線も感じますけど、寒気がします。

 

何故って?・・・歩く迷惑、歩く迷惑ってわたくしの異名を叫んでいるんですもの、気に入らないわ。

 

 

 

ダンゼは酒場から戻って、一張羅の黒いコートを羽織っただけの格好でわたくしの隣で、わたくしの代わりに冒険者たちに説明と、心構えを話している所で。

 

 

 

わたくしはギチギチに拘束感たっぷりの戦闘服姿で、ダンゼのスピーチを聞き流しながら暇を持て余しながら、ただにこやかに笑って立っている。

 

道化か何か。

 

 

 

ではない、ダンゼの方がうまくやる、ううん、わたくしはスピーチをやってしまうと感情のまま喋ってしまい、場の空気をぶち壊す、らしい。

 

だから、解っています。

 

ダンゼが適任で今までもそうだった様に、役人としてのわたくしの仕事は立っているだけで、ダンゼから促された場合のみ、全力で檄を飛ばすなり、ダンゼが事前に用意した、格好のつく言葉を集まった衆目の前で読み上げるだけだったりする、でもそれは・・・酷く退屈。

 

 

 

「しかし、・・・イライザ様。」

 

 

 

「ダンゼ?」

 

 

 

刺すように感情を込め、横目にダンゼを睨んで後の言葉を飲み込ませる。

 

限度があります、ダンゼ。わたくしが黙って立ってにこやかに笑っているのにも。

 

 

 

「はい、解りました。イライザ様より一言ある、静粛に!」

 

 

 

ダンゼが物足りぬ顔を一瞬しました、が。

 

そこはわたくしの功労の常に影を支えたダンゼです、直ぐ様前を向いて無感情な表情に変わるや、平静を装い大きく掌を斜めに差し出すと、わたくしはダンゼの掌が指し示すままに一歩前に進み出て。

 

 

 

冒険者たちをゆっくりと順繰りに眺めた後、片方の拳をギュゥと握りしめ作法通り厳しい口調を心掛け、しかし目の前の冒険者たちを鼓舞する様に聖女が如く、嫣然と微笑みながら檄を飛ばさなくてはなりません。

 

勿論、ダンゼの事前に用意した筋書きをわたくしが覚えて発言する、それだけ。

 

 

 

「──集まっていただいた冒険者の皆さま方、この度は多大な徒労と辛苦を伴う旅路となるでしょう。しかし国難と受け止め、誰もが英雄たらん、とその御力を奮って戴きたいのです!わたくしから最後に──どうか、一人でも多くの生還を共に致しましょう!」

 

 

 

「──これで、よい?ダンゼ。」

 

 

 

冒険者たちに檄を飛ばしたわたくしが一歩下がり、息を整えてから横に並ぶダンゼを横目に窺って呟くと、こちらに視線も向かずに何度も頷く。

 

 

 

用意した通りに覚えられなかったので、感情のままに檄を飛ばした所もありはしましたが、ダンゼから合格点をどうやら戴けたようです。

 

 

 

満足げなダンゼは一息吐いてわたくしと入れ替わる様に一歩前に進み出ると、

 

 

 

「今より、先の説明の通り隊を組め!相手は、未知のドラゴンであり、冒険者の諸君には共に退治に向かって貰おうと思う。準備を済ませ門外に向かえ!解散!」

 

 

 

そう言って力強く掌を振り上げて冒険者たちを鼓舞し、出前式を締め括るとわたくしを促す様に、ステージを共に後にしたのでした。

 

 

 

「良くできました、ダンゼ。ゆし、だっこ。」

 

 

 

ステージ裏。

 

ダンゼに向かってわたくし、両手を広げて冒険者たちに見せる様な作り物の笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべておねだりをしたんですよね。

 

 

 

ええ、ええ・・・ええ。

 

これくらい甘えても、構いませんでしょう?

 

 

 

言われました通りに、頑張ってにこやかに退屈な時間を笑って持て余して、えっとー、奇異の眼で見られるのも我慢して、やれるだけの檄を飛ばして、大成功でしょう?ね、役人のおしごとぉー頑張ったご褒美を戴け・・・ませんかしら?

 

なのにダンゼったら、

 

 

 

「何ででしょう?」

 

 

 

そう言って他意無く聞き返すのですのよ?

 

シェリルさんと、りんこさんと言ったかしら?・・・あの方たちの様に、お互い心から笑い合ってぶつかり合えたらどんなに良いでしょうね。

 

 

 

それはそうと、ダンゼの返事はわたくしをとてもとてぇーも、不機嫌にいたしましたわ。

 

 

 

「命令は聞けないと?では、命令らしい事をいいますわ、足が疲れたの、わたくしを抱えて馬車まで運んでちょうだい。これならよくて?」

 

 

 

是が非でもダンゼにだっこをして貰えないと、獣化してしまうかも知れない危機。

 

 

 

わたくしの獣化はネジが外れている、若しくは操り糸が切れている、と言われる代物でしょうか、感情のコントロールが出来ないばかりか激情の様な感情の暴走によって自我すら放棄してしまう事もあるのです。

 

シェリルさんとの一戦も、途中から意識の混濁を覚え、意識がハッキリと戻った時にはダンゼの声だけが聴こえて、還ってくる事が出来たのです。

 

 

 

これ程、自分で自らの感情をコントロール出来ない上、自我をあっさり手放してしまうようでは獣化は只、危険なだけの行為。

 

 

 

命令でも何でも、心の安定を優先しなければいけなかったり、・・・する。

 

それがポンコツなわたくしの唯一の心の支えである、ダンゼなのです、傍にいてくれるだけで落ち着く・・・でも、出来れば甘えていたい・・・。

 

 

 

「は、お受け致します。」

 

 

 

命令なら。

 

命令でも何でも、ダンゼの体温に包まれていたい、少しでも長くダンゼの体に触れていたい、と思うことは罪なのですか?メルヴィ様!

 

 

 

「面倒ね、王族なんて・・・」

 

 

 

ダンゼに脇の下と膝裏に、ダンゼの腕を差し込まれてそのまま持ち上げられる。これが、今のわたくしの望んで叶う、最大最強の贅沢。

 

 

 

息遣いが聴こえる、鼓動が聴こえる、体温が感じられる、体に触れていられる。手をちょっと差し出せば、頬に触れる事が出来る、口も、耳朶も、前髪にも。

 

何より、わたくしの全身でダンゼを感じられる。

 

こんな事で、世界で一番幸せと思えるのに。

 

 

 

わたくしはダンゼの為なら、王族なんて捨てると言うのに、言ったのに!

 

 

 

「仕方がないですよ、ラザ。」

 

 

 

見上げれば仕方がない、と静かに笑うダンゼ。

 

王族なんてだいっきらい。

 

ダンゼが父様に遠慮をして、わたくしに──イライザに手を出せないと言うなら、イライザをやめてラザに戻ってダンゼの家族と静かに暮らしたい・・・

 

 

 

「嫌よ、そんなの。」

 

 

 

素直な心の吐露が溢れて、落ちて、誰にも届かない。

 

こんなに近くに居るのに、わたくしはダンゼの笑みを見詰めながら寂しさに身悶え、心苦しい程の孤独に苛まれていたのに。

 

 

 

誤魔化し笑いをして、ダンゼに気づかれない様に眦に溜まったわたくしの想いの粒たちを、人差し指で払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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責任の所在

 

 

 

 

 

 

冒険者たちに、準備を整える為の猶予を与えて解散させた後、わたくしとダンゼは乗ってきた馬車にて時間を潰す・・・二人っきりの僅かな時間が取れましたのに。

 

 

 

わたくしがダンゼにもたれかかってゆっくりしていると馬車の扉をノックする邪魔者が。

 

コンコンっとノックの音に気付いたダンゼはわたくしに振り向くと、ささっとわたくしを引き起こし扉を開けます。

 

 

 

そのままダンゼが外へ出て行き、わたくしの耳に嫌な声が届くのです。

 

 

 

「ああ、鉱山主の。」

 

 

 

おしごと、です。

 

面倒な事に今頃になって、鉱山主がやって来て。

 

おしごとが始まるのでしょうね、きっと。

 

 

 

「リドリー、と申します。今後ともよろしくおね・・・」

 

 

 

「今後がまず、あったらですね。ね?イライザ様。」

 

 

 

丁寧にお辞儀をしたまま、頭を下げている鉱山主・リドリーと言ったかしら?

 

リドリーに皆まで言わさず、ダンゼはわたくしに話を振ってくる。

 

 

 

それはもう、先程までわたくしに甘く優しい口調で語り合っていたダンゼとは別人のよう。

 

 

 

おしごとモードです。

 

わたくしには、ダンゼから事前に『鉱山主または責任者』と交わすべき、カンペが渡され村に着く前に勉強をしてたんだから。

 

 

 

「うむ、ドラゴンは脅威ですわ。退治の際鉱山ごと無くなってもよくて?」

 

 

 

でも、まだ馬車から降りてなかったわたくしに振るのは止めてよ!

 

扉の影から外を窺ってた所だったのに。

 

 

 

焦る心を落ち着けゆっくり威厳を保ちつつ、わたくしは馬車を降りながら、頭を下げているアンプラ人のリドリーの後頭部に向かい、喋り掛ける。

 

 

 

アンプラ人だと判別するのは簡単でした、真っ白な綿毛に頭を覆われた人は大抵、アンプラ人です。彼等は王族より更に華美な様相で有名でしたし、リドリーは高級な服も最近は解るように仕込まれたわたくしにも解った、都でも高級な店に有りそうな上下で固めて居ましたし、何と言っても無駄にじゃらじゃらと腰に付けた護宝石《アミュレット》の数にうんざりします。一つでも安い家が建つとか、質素な暮らしなら一年は暮らせるだけの価格だとか、ダンゼから聞きました。

 

 

 

どうしても焦りを隠せず最初の方、声がうわずってしまったけど、ダンゼを横目に窺っても咳払い一つ吐いただけでした。

 

ので、悪くは無かったのでしょう。

 

そう、・・・思いたいです。

 

 

 

「いえ、お救いください。イライザ様。」

 

 

 

困ったように返事を返す、リドリーの後頭部を眺めるのも見飽きたので、楽にするようにわたくしはリドリーに言う。

 

 

 

「頭を上げなさい。では、ドラゴンがどのように現れたのか詳しく──」

 

 

 

頭を恐る恐る上げたリドリーは、ハンカチで頬に伝う汗を拭きながら説明を始めたのです。

 

 

 

「──と、このようにドラゴンが目覚めたと、報告を受けています。な、監督?」

 

 

 

「はい・・・。そうです・・・、イライザ様。」

 

 

 

リドリーは知っている限りの鉱山の情報を、わたくし達に話終えるとリドリーの後ろにお辞儀をしたまま控えたギブリミス人に話を振る。

 

 

 

立派な巻き角の蹄獣人、監督と呼ばれたギブリミス人は頭を下げたまま控え目に発言したのですが、

 

 

 

「お前、何をしたか・・・事の重大性が解っているのか?この山が支配の竜の寝床だったんだぞ。」

 

 

 

冷たい口調でそう言って監督をたしなめるように叱り付けるダンゼ。

 

すると、監督とリドリーはビクッと震えると、リドリーはダンゼにへこへこと頭を下げ、監督は黙ったまま固まってしまいました。

 

 

 

リドリーからの説明によると、上層から安定した鉄が掘れなくなってきたので、下層で大規模に横穴を掘り進めたのですって。

 

その先に巨大な空洞が発見されたらしいのです、その奥に巨大な鉱石と見間違う竜の鱗を見付けた、と。

 

 

 

一時は坑夫が、巨大な鉱石と思い込んで紺と黒い鱗をツルハシで叩いて跳ね返された上、ポッキリとツルハシは折れてしまったんですって。

 

 

 

驚いた坑夫が鱗を触ると、胎動するようにズクンズクンと動いて、鉱石ではない堅い皮膚か鱗だと気付いた、そう言う経緯だったらしいですけど。

 

 

 

「・・・目覚めさせていなければ・・・誰も、・・・そこに竜の寝床があるなど解りません。」

 

 

 

責任逃れの為かリドリーは苦虫を噛み締める様な表情でダンゼを見据え、ゆっくりとした口調でそう言うのです。

 

が、わたくしもダンゼも求めて要るのはそんな言葉では無いのです、ドラゴンが居ないと言う村長に他言無用、と口止めをしていたので鉱山主のリドリーも監督も必死で、責任は自分達には無いとアピールしたいのかな。

 

 

 

「死罪も視野に入れるべきやも知れませんね。ね?イライザ様。」

 

 

 

と、ダンゼがわたくしに振ってくるのも打ち合わせの内。

 

 

 

そもそも、これ。

 

責任者からの説明は村に着いてすぐがセオリーでっ、しょう、がっっっ!

 

鉱山主が鉱山に居なかったのも、怪しい。

 

 

 

ぇーと、役人を舐めてるのかな?それとも役人とズブズブで、賄賂を渡して手心を掛けさせて無理な鉱山運営があったりしたのじゃないかしら。

 

鉄関係はわたくしはまだ役人を務めた事は無いですけども。

 

 

 

鉄の値が高くなる様に鉄が減った、と言って大量に掘るなんて事もあるかも知れません、鉄の値が安定しないという話もセバッタに居る時に聞きましたし。

 

 

 

「うむ、・・・支配の竜・・・眠りを妨げたどの様な時も、周辺は酷い様になるとゆう・・・最悪、都落ちもあり得る。お前、・・・ら!解った上でその様に言っているのか?」

 

 

 

え、もしかして・・・もしかしてリドリーって悪い人?で、わたくし、舐められてる?

 

 

 

支配の竜じゃなかったからだとか、関係無い。

 

ヤバイの掘り起こして責任を取らない算段してるって、さぁ。

 

 

 

ムカつく。

 

王族とか、役人とかそんなの抜きにわたくしの人格的に、性的にもリドリーみたいな他人任せで乗りきろう!みたいな奴、ダメだ。

 

 

 

権限があったら死罪も生温い、だってさぁ?身勝手な行動で国一つ、滅びるかも知れないんだよ、何人死ぬと思って言ってんの?って事なの。

 

 

 

鉄関係が好きみたいだから、リヴィンス火山に左遷するのが良いと思うよ、首都に帰還命令無く帰れなくしてからね。

 

 

 

毒竜と毒ガスと一緒に一生暮らして欲しい。

 

 

 

二度と人の生活圏に入って欲しくない、考えを改めれる訳無いんだし。

 

 

 

金、大好きだもんね?アンプラ人って言えば豪華絢爛な無駄に金を掛けた馬車に乗ってるイメージあるもん、あー、一緒の空気吸ってる事にも吐き気しそう。

 

 

 

「ですが・・・。」

 

 

 

「くどいぞ、リドリー!ね?イライザ様。」

 

 

 

まだ渋るリドリー。

 

悔い改めるなんて、出来ないんだもん、死罪にしようよ?ダンゼ、あ!頭掻いてる。

 

子供の頃から変わらない、ダンゼが困った時の癖。

 

 

 

それで、こっちに振るでしょ。

 

わたくしに任せたって事、いいよ。

 

筋書きだと鉱山の権利を取り上げて、国の物にするんだったっけ?手柄になるもんね、でもそれだと村から出ていくばかりだよね、

 

 

 

「うむ、ドラゴンを止められねばリドリーの死罪は揺るがないだろうな。」

 

 

 

リドリーの死罪は許すのはヤダ。

 

追い込んでも、ドラゴンは退治されちゃってるし、鉱山は取り上げて国と村で共同で持つ事にしたいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、リドリーは不敬に抵触すると思うのですけど、唾を吐いてその場を去りました。

 

 

 

監督にはダンゼがきつく叱責して置いたので、リドリーみたいな上司が来てももう無理に横穴を掘り進めたりはしないでしょう、と思いたいです。

 

 

 

「・・・エヘヘ、頑張りました。」

 

 

 

ご褒美をダンゼに戴きたくて摺り寄り、ダンゼの肩にもたれ掛かってから顔を見上げにっこり微笑みます。

 

そうすればダンゼはぽんぽんとわたくしの頭を撫でてくれるのです、ちょっとソコ!これじゃ上下が逆って言いました?頑張ったら報酬を戴けるのがおしごとでしょう、わたくしに取ってはダンゼとの甘い時間が、何より他に代えられぬ報酬なのですわ!

 

 

 

「ああ、良くできました。これで鉱山主から山の権利が動きます、ドラゴンが相当に厄介でも、責任上はリドリーになります。」

 

 

 

誰が聞いているか解りません。

 

目で確かめるまでは、ドラゴンが退治されているなど口に出来ないのです。

 

冒険者の方々には餌が必要なのです、ドラゴン退治という餌が。

 

 

 

村長から、ドラゴンより厄介かも知れない話を聞いています、冒険者の方々を是が非でも連れて山に入らねばならない、とその瞬間に決心はしていたのです。

 

オークが退治はされたものの、山腹?麓でしたっけ、集落を襲って皆殺しついでに、気味のいい話じゃありませんでしたが・・・苗床と言って繁殖用に・・・後はわたくしの口からはちょっと、おぞまし過ぎて。

 

 

 

「本当にそれでいいのでしょうか?」

 

 

 

甘い時間が、おしごとの時間にすり替えられてしまいます、ダンゼは本当に頑張り屋さんだから、でも。

 

 

 

今、わたくしと意見を共有すべきと思っているからこそ、この場で喋っているのですもの、付き合ってあげないと。

 

寂しいですけど、少し。

 

 

 

「陛下から申し遣っている腹案なのです、厄介そうであれば・・・捨てて逃げろと。都落ちを考えに入れねばならない相手なのです、支配の竜とは。」

 

 

 

父様──陛下も支配の竜と確認の場合、村を捨てても良いとダンゼに伝えたようです、わたくしにはそんな事言いませんでしたのにっ、解っています。

 

わたくしに言えばその場をクレーターに変えて親子喧嘩になっていたかも、ですわね?

 

 

 

しかも、都落ちとはデュンケリオンも捨てて退くと言うこと。

 

うーん、その可能性を感じるなら村人にも退避を命令すべきでなくて?

 

 

 

「鉱山主も監督も敢えて嘘を通し、村を生け贄にする計算なようです。」

 

 

 

「・・・酷い。」

 

 

 

そうでした。

 

わたくしが聞いた急報では、支配の竜など感じさせる様な話で無く、何処かからやってきたドラゴンを退治して欲しい、とそんな感じだったような?村長も詳しい事を知らされていない様でした、そう言う事。

 

本当に、クズなのですわね。

 

リドリー!

 

 

 

「ドラゴンの大きさは城より大きく、濃淡の黒い鱗に金色の瞳・・・支配の竜の危険大なのです、ラザ。」

 

 

 

現れた竜の特徴も今、リドリーの説明で知ったばかりです。

 

ええ、出立の直前にですよ?普通では有り得ません、情報を隠してもし、冒険者の方々が全滅した上、竜に村々が襲われたらどうするつもりだったのでしょう。

 

 

 

そう考えると支配の竜を退治した、シェリルさん達って本当に凄い・・・です。

 

その、シェリルさんにギリギリとは言え、わたくしは勝ったのです。

 

自信が胸の内で広がるのを感じました。

 

 

 

「わたくし、頑張ります。」

 

 

 

ダンゼは演技を止めません。

 

でしたら、わたくしも続けましょう。

 

ダンゼの手を取って、大事な宝物を守る気持ちで両手に握り締め、見詰めながらそう言って微笑む。

 

絵になるでしょう?吟遊詩人が謳った英雄詩の一文を頭に思い出しながら、そう過ります。

 

 

 

「止めてください、陛下に何と言えば。」

 

 

 

見詰め返すダンゼも酔っています、自らの台詞に英雄となる王子を引き留める騎士団長でも重ねているのでしょう、わたくしもダンゼも英雄の詩が好きでしたから。

 

 

 

「リオグリスに生まれた業と。」

 

 

 

それならば、わたくしも最後まで演じましょう、ダンゼの書いた英雄詩。

 

吟遊詩人に謳われるような素晴らしい物になると、わたくしも喜ばしい、と思えますもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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わたしとわたし{笹茶屋京の苦難}

凛子達は、イライザ率いるドラゴン討伐隊が村を発ってその後・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──み・・・──みや・・・京ちゃん──おはよー、生きてる?」

 

 

 

「・・・ん、ああもう。」

 

 

 

わたしが目覚めると凛子がわたしの頬っぺたを、むにむに引っ張っている所で。

 

どうしてそうなったの?

 

悪くは無い、むしろご褒美です、ありがとうございます。

 

けど寝起きは良い方じゃ無いから・・・頬っぺたを引っ張っられたまま、凛子を睨んでしまった。

 

すると、酷く不細工な顔に映ったのか凛子の顔がみるみる内に綻んで、含み笑いからケタケタと声まであげてそのままで笑う。

 

いいから、頬っぺたの手を外しなさい・・・

 

 

 

「くふふ、昨日は良く寝てたよ?京ちゃん。」

 

 

 

涙眼になるまで笑う事ないじゃない?凛子は掌で涙を拭いながら少し離れてそう言う。

 

 

 

「・・・嘘、そんなに、寝てた?」

 

 

 

まだ寝惚けたふりをして凛子をベッドに引き摺り込めないかな、と思って声のする方に寝返りをうつ、けど距離を取られちゃってて。

 

残念でした、わたし。

 

 

 

「起こさなくても良さそうだったから。起こしたほが良かった?」

 

 

 

そう言う凛子はいつもの服装で、わたしはシースルのベビドール。

 

もう朝は過ぎてるかな?と判断する。

 

頭が覚醒して来た気がする、もう起きれそうと思った時、くぅぅとわたしのお腹が鳴った。

 

 

 

その音に凛子はまた、くつくつと含み笑いをする。

 

可愛い、と一言溢して。

 

 

 

「・・・んにゃ、何かあった?無かったから起こさなかったのか、・・・ふぅー。」

 

 

 

・・・恥じぃ。

 

あー、顔が熱い。

 

食べてないんだからお腹が鳴るのは悪くない、タイミング今じゃないと、良かったんだもん。

 

 

 

誤魔化す様に話し掛ける。

 

静かな空気に凛子の含み笑いだけ、聞こえるのは痛かったから。

 

焦って話し掛けたから声も上擦って余計恥ずかしいー!

 

顔真っ赤だよ、きっと今。

 

 

 

「くすくす。・・・無かったと言えば無いんだけど、あったと言えば。」

 

 

 

そんな、含みのある言葉を口にする凛子。

 

気になるじゃん、そんな言い方されるとさぁ?

 

 

 

「何?何かあったの?」

 

 

 

思わず、即聞き。

 

もう熱かった顔も冷めてたから、凛子を見上げる。

 

 

 

「じゃぁ、起きれる?」

 

 

 

「う、・・・何とか。」

 

 

 

言われてから膝を曲げて確認する、動くし疲れも充分寝れたからか、どこかに吹き飛んでて。

 

 

 

持上げた右手でグッ、パー出来るのを見詰めながら凛子に返事を返した。

 

 

 

「先いくね。」

 

 

 

わたしの態度に大丈夫そうと思ったのか、凛子は扉を開けてそう言うと部屋を出ていった。

 

興味を惹かれたからか、わたしは着替えるのも頭に浮かばずに、そのまま凛子の後を追って階下に続く階段に踏み出す。

 

 

 

「!──・・・えっ!」

 

 

 

まず、衝撃で軽く目眩がして声にならない叫びをあげてしまう、だってそこには・・・二度見を思わずしてしまったわよ、何で?

 

そこには眼を疑うってこう言う事かって、思わせるものが座っていたんだから。

 

 

 

「えへへ、吃驚した?」

 

 

 

「当たり前、でしょ?・・・な、何でわたしが居るの?」

 

 

 

にこにーと笑う凛子、引き釣るわたし。

 

布一枚巻き付けた姿のわたしがテーブルに座っていたんだもん。

 

物凄い無表情で。

 

 

 

「あ、みやこぉ。も、いいのぉ?・・・あ、この子?」

 

 

 

「コクコク。」

 

 

 

クドゥーナ・・・、愛那だっけ?の間の抜けた質問に声すら出せなくて、テーブルに座っていたわたしにふるふると震えながら、わたしは指を差して何度もゆっくり頷く。

 

 

 

「んー、と。ぐーちゃん。」

 

 

 

わたしの思考は一瞬、パニックでオーバーフローして焼け着いた、だって。

 

だってよ?グラクロは、わたしの知ってるぐーちゃんと呼ばれるぬいぐるみ大のそれは、少なくとも人類の姿では無かったし、わたしじゃなかっ!・・・何考えてるのか解らなくなって、酷く狼狽えちゃってわたしは。

 

笑いながら泣いた。

 

壁にまで下がったのは覚えてる・・・凛子が駆け寄って何か言ってたけど訳がわからなさ過ぎちゃって、ちょっとその声は届かなかった。

 

そのまま視界が狭くなってわたしは、何処か今の受け入れられない現実から逃げる様に意識を手放す。

 

 

 

「・・・み──みや・・・──京ちゃん?京ちゃんっ?」

 

 

 

「みやこぉ、どしたの?あ、気がついたよ。」

 

 

 

次に意識を取り戻すと頬っぺたをぺちぺちされてて。

 

凛子が、愛那が心配そうに両脇から頬を優しく叩く。

 

そこは遠慮せずに叩くものじゃない?意識を失ってるんだから・・・ま、何とかなってるしいいか。

 

そう思っていたら、

 

 

 

「──やぁ、シェリル。」

 

聞き慣れない女の子の声がする。

 

凛子と愛那が視界から離れて行って、わたしじゃなかった、ぐーちゃんと呼ばれるわたしがわたしの視界を支配した。

 

 

 

段々近づいて来て鼻先までわたしがわたしの顔を覗き込んでくる、鏡ではない事はすぐに解ってしまい、余計に鼓動が速くなる。

 

わたしはキョロキョロと所在無く瞳を動かしてるのに、視界の中のわたしはじぃっとわたしを見詰めてくる。

 

 

 

「──やっと、抱き締められる。」

 

 

 

「えっ?何で?」

 

 

 

ぐーちゃんと呼ばれるわたしにわたしはふいに抱き付かれ、ぎゅううと苦しいくらい抱き締められてて・・・夢って苦しいものじゃなかったのにな、と思うと心臓が早鐘を打つように大きく速くなっていく。

 

 

 

思わずドギマギした。

上擦って。

聞き取れない無惨な声が出ちゃった。

動揺を隠せない。

 

ぐーちゃんと信じようにも、体が拒否をする。

 

これはわたし、だと。

 

 

 

「──俺から話すのか?」

 

わたしに抱き付いたまま、ぐーちゃんと呼ばれるわたしは問う。

 

顔が向いた方には、この様を見てニマニマと笑う愛那が。

 

 

 

「うちが話す?えっとーお、起きたらいきなりこーなってたんだってぇ、ぐーちゃん。」

 

 

 

「んー!それ説明したことになるの?」

 

 

 

わたしがわたしと視線を集中させて見守るなか、愛那がドヤ顔で説明にならない説明をすると、凛子が空かさずツッコミを入れて。

仲良さそうね・・・わたしが訳解らない事に巻き込まれてるって時に。

 

 

 

「えぇえ?だって、ねーぇ、ぐーちゃん。」

 

 

 

「──言ったままなんだよ、クドゥーナが。気づいたらシェリルになってた。」

 

凛子が、愛那が、ぐーちゃんが!わたしの姿になってしまった理由が解らないと言う。

 

 

 

わたしに抱き付かれるってのも豊かな胸の感触や、すべすべの磨きあげられた肌に触れられて、悪く無いと思え出してはいたんだけど。

 

 

 

「えーーー。」

 

 

 

理由が解らないのは困る、このままがずっとは色々マズいんじゃない?ま、双子です!で通らない事も無いかぁー、でも気づいた。

 

わたしにはそんな八重歯無いもん!まるで吸血鬼みたいな見事な牙。

 

 

 

「でね、服貸したげて欲しいの。だめ?」

 

 

 

困り顔でわたしを覗き込んでくる凛子。

 

 

 

「・・・ん、んんん。・・・いい、いいわよ。」

 

 

 

抱き付かれ抱き締められて段々気持ち良くなって、悪い虫がワキワキと動き出しそうだったわたしは、凛子のその声に両手をわたしから──わたし(偽)から名残惜しいながらも下ろして、まず引き剥がす。

 

 

 

「じゃ、コレ着て。」

 

 

 

そして、メニュー画面から一度着てから着てない系のコレクション服を取り出す。

 

わたしの手に握られたそれは、

 

 

 

「わ、ふりふりレースのワンピースなんてもってたんだ?」

 

 

 

凛子の言う通りピンク生地の細かいレース刺繍が施された、その名もプリンセス・ワンピース。

似合わない事も無いけど好みじゃないし、可愛すぎる衣装はキャラに合わないから、一度着て見た後はアイテムBOXに今まで眠ってた。

 

 

 

「色々買ったし、貰ったし?拾ったし。」

 

 

 

ゲームだった頃は、毎日掘り出し物求めて市も眺めたし、メニュー画面からトレードをクリックで簡易トレード市場一覧が見えちゃうのだ。

 

 

 

ログアウトしててもグリムを払えば、勝手に売り買い出来る、寝惚けたトレ主がログアウトしたくて急いじゃって間違った桁違いの値で高価なマナを手放すって事もよくある話。

 

 

 

フルダイブは知らず知らず疲れが溜まるからね・・・どうしても身動き一つ取れないし、誰かが寝返りさせてくれる訳でも無いまま、連続ダイブで最大6時間フルダイブビューアーって、球体に入ってたり何だから当然なんだよ、わたしも思い出すと泣きたいトレードの一つだってある。

 

 

 

「わー!京ちゃんなのに可愛いー!」

 

 

 

「凛子・・・わたしの事普段どんな風に思ってるの?」

 

 

 

ぐーちゃんと呼ばれるわたし(偽)にプリンセスワンピースを着せて見ると、うん可愛すぎる、恥ずかしい。

 

わたしじゃなくて、わたし(偽)なんだけど可哀想に思えちゃった。

 

容姿がわたしのままだから、なんか重なっちゃって。

 

 

 

「せくすぃ系?」

 

 

 

凛子の声を聞いて思わず、攻撃的に睨んじゃっちゃったけど、返ってきた言葉と、可愛く首を傾げる凛子を見るとどうでも良くなった。

 

うっわ、お持ち帰りして抱き枕にしたいとか思ってないからね?あー、顔が熱い。

 

 

 

「・・・なら、いいわ。後で色々クドゥーナに渡すから。グラクロ、うーん変な感じね?」

 

 

 

グラクロってもう呼べないじゃん、わたしの顔してんだよ?

 

そんな風に必死に自然を装ったけど、鼓動がドンドン速くなる。

 

こんな事にキュン死しそうなくらい、凛子の事を好きで堪らないのかと思った時、またくぅぅとお腹から音がした。

 

そうだった、ご飯食べずに寝てたからだよ?凛子の事は好きだけど何か違うと思ったんだよね、あれ?

 

凛子、愛那も!

 

笑うなぁっ、生まれた事を後悔させてやるっ!

 

 

 

ちぃぃ、恥ずい!

 

 

 

恥死しちゃいそうだよぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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焼き肉のタレ、失敗作

 

 

どうしてこうなった・・・

 

 

 

グラクロが、ぐーちゃんが、わたし(偽)になった。

 

そして、そのわたし(偽)はレースもふりふりのピンクの可愛い系ワンピースを着て、わたしに抱き付いているんだけど・・・変な気持ち。

 

無口なボナールさんだって、こっち見てる。

 

苦笑いしか出て来ないわよ。

 

お腹がとても空いているから、ボナールさんに肉を焼いて貰う。

 

確か、『ボナールのランチ』みたいな名前で唯一、ここの店で出されてる料理だった気がするんだけど。

 

一つしか品が無いんだから、食堂擬きになっちゃうのも頷けるわね。

 

 

 

「ん?また、クドゥーナ言ったぁ。」

 

 

 

考え込んでたんだ?ピタッと笑うのをやめたと思ったら、この子は。

 

どっちの名前使ってもいいじゃん、クドゥーナでも愛那でも。

 

びしぃ!っと人差し指で愛那はわたしを差しジト目で見詰める。

 

 

 

「──クドゥーナと言ったらいけないのか?」

 

 

 

すると、わたしが答えるより早くわたし(偽)が愛那に振り返り、複雑な笑顔でそう言う。

 

あ、なんか解った。

 

なんで無表情なのか。

 

表情の作り方、まだ解らないんだ、わたし(偽)は。

 

・・・今までは表情ある無しは瞳で語ってた気がするしね、グラクロ。

 

 

 

「ぐーちゃん、あのね。愛那って呼んで欲しいの、ホントはね。」

 

 

 

だから話し掛けられても、今だって愛那と会話してるのにおかしな笑顔だし、それは嬉しいのか、悲しいのか判別できないカンジの。

 

 

 

「でも、ずっとクドゥーナって呼んでたんだから、すぐには癖抜けないわよ?愛那。」

 

 

 

「うー、仕方無いなぁ。」

 

 

 

変な顔するくらいなら、無表情のままの方がずっといい気がする、わたし(偽)。

 

 

 

クドゥーナでずっと通してたから、簡単にはその癖抜けないと思う。

 

そう言うと愛那も渋々理解したみたい。

 

 

 

「それより、何食べてたの?匂い的に宿の焼いた肉じゃないと思うんだけど。」

 

 

 

テーブルには、わたしが部屋から降りてくる前に食べ終わったと思うんだけど、何かのソースの着いた皿が。

 

 

 

それに、ボナールさんの料理とは違う匂いがする。

 

 

 

「あ、焼肉のタレを作ってみたんだよぅ、その結果がねぇ。」

 

 

 

え、愛那。今、何て?

 

何かを思い出して、テーブルに突っ伏す愛那が口にしたのは間違いなく焼き肉のタレって。

 

 

 

「焼肉の、・・・タレって!わ、すぐ食べたい。」

 

 

 

ニクスで舌が日本人に戻ってしまったわたしには、村の料理はどれも薄味だったり、極端に濃かったりでとても、心から美味しいと言えるものじゃ無かった。

 

あるなら言いなさいよ、マスタード味だって飽きてた、とっくに!

 

 

 

「最後まで聞いて?・・・失敗だったんだよねぇー。」

 

 

 

「えーーー。」

 

 

 

期待したのに何?焼き肉のタレ無いの?

 

 

 

「じゃぁ、食べれないの?もう、焼肉の、舌になってるのに。」

 

 

 

甘辛のあのタレを求めてるのよ、期待させるから、わたしの舌が。

 

 

 

「失敗だけどぉ、マズいーってほどじゃないから食べれなく無いよ。只・・・舌には悪いかもー。」

 

 

 

「京ちゃん。ホント、マズくはないんだよー。イメージあるからその味と違うだけって。」

 

 

 

愛那が舌に悪いと言い、それを聞いた凛子がフォローする。

 

二人とも?そんな事はどうでもいいよ、マスタード味でも、薄味でも無いの食べたいの!

 

 

 

「いいから。食べよ。ボナールさんの焼いた肉あるじゃん。」

 

 

 

丁度ボナールさんの料理が、まだ昼には早いけど焼いて貰った肉がカウンターの上に置かれた所だし。

 

失敗だっていい、日本人寄りの味が食べたい。

 

 

 

「焼き肉って言うのは、タレに染み込ませて焼くんじゃないっけ?」

 

 

 

「凛子?お腹空いてるから、待てないの。」

 

 

 

凛子、あのね。

 

タレを付けて食べるモノよ、焼き肉って。

 

 

 

ってゆーか、タレがあればわたしはそれで良いんだ、別に。

 

 

 

焼きもちするわたしの前に凛子が差し出してきたのは、

 

 

 

「愛那が金網を作ってたんだよー。元々コンロもあるでしょ?」

 

 

 

金網。

 

これにコンロを足すと、なるほどね。

 

 

 

目の前には、こんがりと焼けた肉、ボナールさんが焼いてくれたもの。

 

と、まだ焼いてないBOXから愛那が出したばかりのロカ肉がある。

 

解った。

 

 

 

「ん、んー、ああ!そっか、このままここで焼く?ってコト。・・・なる、そうよね。」

 

 

 

そう言うわたしの声を聞いて、愛那が瓶詰めのタレらしき失敗作を出し辛そうに出して見せる、

 

 

 

「これなんだけどぉ。」

 

 

 

その見た目には求めてるタレっぽい色をしてるのにな。

 

失敗作なのかー、手に取って蓋を開けるとスパイスの匂い。

 

でも、この時点で物足りない。

 

例えるなら辛口の日本酒を頼んだのに甘口のフィズが来たくらい。

 

ゴクリっと喉を鳴らして、焼けた肉にナイフを入れ、タレを食べ終わった皿の方に適度に垂らして、切り取った肉をフォークで刺してから、ねっとりした赤茶色のタレを付けて口に運ぶ、んぐんぐ・・・んー、ごっくん。

 

 

 

「・・・ん、びみょー。」

 

 

 

「美味しいんだけど、ね。イメージあるから・・・」

 

 

 

凛子が言う通り、焼き肉のタレって言えば!なイメージがどうしてもある、そのイメージからはこのタレは遠く及ばないと言っていい。

 

失敗作と言うだけあって、物足りなさが拭えない・・・それでも、薄味の焼けた肉のままより美味しかったりするのは発見だと思う。

 

 

 

「焼肉のタレって、あのクドい甘辛の味があってこそだと思うのよねぇ・・・。このタレはボナールさんの今後の為に上げたらいいと思うわ。」

 

 

 

「──美味しいがな、俺は。」

 

 

 

わたしが思案しながら、これは違うなと思っていると、眉を吊り上げながらわたし(偽)がいつの間にかわたしの切り取った肉を手で摘み、タレに付けて口に運んでから反論する。

 

手掴みってとこは、グラクロぽいわね。

 

でも、外見はわたしそのものでわたしが行儀悪いみたいじゃない?

 

 

 

「マスタード肉より?」

 

 

 

「──あれより美味いものは無いのでな。」

 

 

 

凛子が横から口を挟むと、わたし(偽)はやっぱり眉を吊り上げて答える。

 

 

 

「・・・。んー、やっぱり、甘さが足りない?」

 

 

 

タレを指で掬い凛子が一舐めして逡巡する。

 

ニクスで散々美味しい料理を食べて、凛子だって舌が日本に居た時に戻ってると思うんだけど。

 

細目で渋い顔をした凛子から出てきた言葉に思わず頷く。

 

 

 

「そっか、そうだ。うん、甘さが足りないと思うな。」

 

 

 

何かの蜜っぽい甘さは、このタレから感じられるんだけど、求めてるタレの甘辛さとは全く違う。

 

 

 

「うぅわ、凹むー。これ地味に10日掛かったんだよねーぇ・・・」

 

 

 

テーブルにコンロを構え、金網をセットした愛那がわたし達の会話を聞いて悔しそうに声をあげた。

 

だって、ホントに足りないんだから仕方無いじゃない。

 

ん、10日これで使うの?

 

 

 

 

 

「生産って結局、一度も自分でする必要なかったからしなかったんだけど、どーなって生産してるの?」

 

 

 

「メニュー画面のね?見ないと、わかんないけどログアウトのアイコンの二個上が生産のアイコンでーぇ、生産してるとね?アイコン、光るの。終わるとアイコン光らなくなって完成品が出来てますって、ポップアップするー。」

 

 

 

聞いてみたら、あっさり愛那に教えられて生産のアイコンを見つける事が出来た。

 

良く良く見れば、使ってないアイコンまだまだあるなー、生産は特化してやってるフレ任せにしてたから使って無い。

 

 

 

「・・・知らなかった。」

 

 

 

「あ、確かにあるや。わたしにも・・・」

 

 

 

わたしは思わず声が溢れて、釣られたように凛子もメニューを確認して感心するように口ごもる。

 

ヘルプすら使ってない生産なんて、わたしには興味が抱けなくて凛子と愛那の会話をBGM程度に聞き流しながら、メニュー画面から酒を出してグラスに注ぎ本格的に食事をする事にする。

 

ロカ肉を適度に薄く切る事から始めようかなー、愛那に完璧な焼き肉のタレを作って貰いたいと願いつつ、失敗作のタレでボナールさんが焼いた肉を平らげたの、ごちそう様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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公式発表、26人

生産。

 

決まった素材さえあれば、ふぁんたじー的な融合で新しいアイテムが出来ちゃう、失敗作だって少なくは無いらしんだけどね、それでも。

 

 

 

素材だってタダじゃない、願えば与えられるものじゃない事もなんとなく解ってはいるんだけど。

 

 

 

嬉々として話す愛那見てたら、わたしにも出来たりしないかなって思った。

 

 

 

聞いてみた。

 

わたしにも出来たりしないかなってそしたら、

 

 

 

「うちが、2年みっちり生産やって今のレベルなんだよー?」

 

 

 

うげー、それはまた長いや。

 

だらだらとお喋りをわたしが楽しんでた間に黙々と愛那が積み上げ、重ねた年月の差だ、言ってしまえば京ちゃんだってレベアゲや冒険に費やした時間。

 

 

 

「・・・なるほ。2年・・・気が遠くなるね。」

 

 

 

つくづくわたしは異端なんだと、思ったんだ。

 

だって、・・・ノルンに来た他の誰かは飛び抜けて高い何かがあったりするのに、わたしにそれは無いんだもん。

 

 

 

「うちは、妖精さんやギルメンと話してたらぁ、生産やって苦しく思った事ないけどぉ。」

 

 

 

「やっぱり、経験値あったりするの?」

 

 

 

愛那なら生産だったり妖精の召喚だったり、ヘクトルと京ちゃんなら強力なスキルと選択した種族のアベレージだったり、冒険で得たわたしに知り得ない情報と高価なマナとグリムと言う成金通貨。

 

その全て、わたしに無いもの。

 

 

 

そんな事を考えてたら、何でわたし、此処に居るのか解らなくなる、だって要らない子じゃん、わたし。

 

せめて、葵ちゃんなら。

 

こんな非日常もそれだけで楽しめるんだろーな。

 

 

 

愛那と話しながらぼーっとそんな無茶な事も頭を過っていく。

 

葵ちゃん、引退しちゃってるんだけど、ね。

 

今年受験だから、忙しくなってさ。

 

 

 

京ちゃんは余程お腹が空いてたのか、わたし達に目もくれずランチを食べてる。

 

たまにぐーちゃんが料理に手を出すのか、『それ、わたしの!』って叫ぶ声なんか出してたけど。

 

 

 

愛那はわたしの前の席に座ると得意気に胸を張って。

 

 

 

「熟練。何だけどぉ、次のレベルまでの表記無くてー、バー表示で左からバー満タンにしたらレベルあがるの。」

 

 

 

なる。

 

経験値では無くて熟練度ぽい。

 

それなら数をこなすだけでポイントが加算されるはず、

 

 

 

「あ、別のゲームで見たことある・・・毎日、同じケーキ焼いてたの、思い出したわ。」

 

 

 

そう思って声に出すと、チチチと訳知り顔の愛那が鼻息荒く笑う。

 

あれ、違う?

 

危険な事も無いから簡単そうに思えたんだけど、・・・な。

 

 

 

「ふふっ、熟練をあげるには失敗はバー動かないんだよねーぇ。成功率の高いのを幾つ、どれだけの日数で作れるか?ってそれだけが重要?だから、熟練はあがっても失敗が多い品は一度も触って無かったりとかー。」

 

 

 

「それ聞いたら、誰もやる気無くしちゃうよー、熟練度上がらないじゃん。」

 

 

 

一気に捲し立てる愛那に少し引いて答えるわたし。

 

 

 

失敗はバー上がらない、つまりは成功しないと意味が無いんだもん、それは運営もユーザーの事考えて無いじゃないの?

 

 

 

「そうでもなくてねーぇ、成功率upイベや、装備があったりしたんだぁー。」

 

 

 

そーゆー抜け道があったんだ。

 

成功率が上がるイベント日があれば、生産が好きなユーザーが無理してでもログインしようと頑張っちゃうよね、運営悪知恵働かせてるな。

 

 

 

わたしが頭の中でそんな事を過せていると、京ちゃんが振り返って質問してくる。

 

 

 

「その装備持ってたり?」

 

 

 

京ちゃんの声にわたしは一瞬声のした背中の方に振り返り、んぐんぐと口を動かす京ちゃんと眼が合う。

 

その後ろでは、京ちゃんと一緒の顔のぐーちゃんが手掴みで京ちゃんのランチを頬ばり、同じように口を動かす。

 

えっと、同じ物が同じように動いてる・・・何だっけ、あ!思い出した、ユニゾンだ。

 

エ○ァで見た。ぴったり同じ動きをするんだよね、正に今のぐーちゃんが京ちゃんがそれ、ユニゾンしてた。

 

 

 

「無い無いっ!うちのギルドじゃギルマスだけ持ってたかなぁ、結局・・・生産で創る品何だけど、一人1個限定、特別製。うちの熟練はそこまで中々上がら無くってーぇ。」

 

 

 

京ちゃんの問いに答える愛那はたははと苦笑い。

 

 

 

その口振りだと、成功率up装備は相当特殊で貴重そうなんだって思う。

 

 

 

焼き肉のタレがどれ程の生産レベルなのか解らないけど、10日かっかちゃうような感じなんだから、生産は根性に根性を重ねて熟練度を上げないとダメぽいの、解った。

 

 

 

素材を無駄にするの解ってて、生産しないと行けないんだもんね。

 

ん、ゲームだと10日も掛からないのかも知れないよね、掛かって1時間とかじゃないとユーザー本気で生産から離れちゃうと思うもん。

 

 

 

「わたしの居たギルドはリベリオン=コール、愛那は?」

 

 

 

「フェアリィ・クレスト。今、どして聞いたの?」

 

 

 

わたしがどーでもいい事を考えて唸っている間に、愛那と京ちゃんが何事か解らない会話をしてる、ギルドって何だっけ?イルミや、葵ちゃん、その他のフレなんかにも言われた事あったような。

 

 

 

でも、結局はイン時間が合わなかったりで詳しい話は無かったっけ。

 

 

 

「そのギルマス、良く素材売ってたから知ってるわ。・・・メサイア、廃人ってあーゆーのに使う言葉よね。」

 

 

 

また解んない言葉だ、はいじん?あれは現国の時間で聞いたんだったかな、俳人。

 

俳句を作って詠む人だよね?

 

 

 

「ギルマスと・・・知り合いだったんだ、みやこ。うん、廃人だった、けどカンストして。生産も素材余らせるよーになっちゃってて冷めてたよぉ?今年受験だって言ってたのに・・・こっち来ちゃったけどねーぇ。」

 

 

 

京ちゃんが口にした名前に反応して、愛那は困ったように頷く。

 

 

 

そして、吃驚した様にわたし越しに京ちゃんを見詰めたまま、愛那が喋っているのを聞いてたら、急に口ごもると俯いちゃって愛那はごにょごにょと最後に呟いた。

 

 

 

カンスト?また解らない会話だなー、と思ってたら最後にでっかい地雷が。

 

 

 

「「え?」」

 

 

 

思わず京ちゃんと二人、声がハモっちゃう。

 

何?わたし達の他にもノルンに来てるの?その、俳人さんの、えっと、メサイアさんだっけ。

 

 

 

「うちの探してた人はギルマスなんだよね、住んでるとこも近くて・・・うちら、リア友。三個上なんだけどギルマス──メサイア。こっちでも再会出来たんだけど、急に姿消しちゃってぇ・・・。」

 

 

 

ゆっくり思い出しながらだったりするんだろう、愛那が溜め息を吐いて指で綺麗な碧眼と、お揃いの前髪をかきあげて答えると、我慢しきれなくなった京ちゃんが席を立って愛那に詰め寄っちゃった。

 

 

 

「メサイアが、ここに来てる?」

 

 

 

「う、・・・うん。近い、近いってばぁ。みやこぉ。」

 

 

 

鼻先まで愛那の碧眼を覗き込みながら、前屈みになった京ちゃんが真剣そうな表情で、掴み掛かりそうな勢いだったんだけど。

 

 

 

困ったように愛那が声を溢すと、スッと立ち上がって何事か考え込みながら呟いてるみたいだった、ブツブツと。

 

 

 

氷の川の時も、考えながら思考を纏めるみたく呟いてたしね。

 

 

 

「・・・あの廃・・・居た・・・、こっちに来て・・・」

 

 

 

「凛子ぉ、みやこ変。」

 

 

 

わたしは前に見てるから知ってて、愛那は見たこと無い姿だったからちょっと引いてるぽい。

 

 

 

「京ちゃん、どしたの?」

 

 

 

話しかけても返事は無くて、相変わらずブツブツと呟くのを京ちゃんが止めなかったから、わたしは。

 

 

 

「・・・オイ・・・、──い翼・・・うっひぇえ?」

 

 

 

「何?凛子。」

 

 

 

「急に自分の世界に入っちゃったから・・・擽ったら還ってくるかなって。」

 

 

 

擽った。

 

脇腹とか背中とか、京ちゃんがその辺、擽ったいかな?と思うとこを。

 

 

 

結果、ぷるぷると震えながら変な叫び声をあげる京ちゃん、普段見せない姿だから妙に可愛らしく見えちゃった。

 

 

 

ニヤニヤとわたし、笑っちゃってたかも。

 

 

 

「そう、えっとね。今考えてたのは、廃人連中はこっち来てるんじゃないかなって、・・・そゆこと。」

 

 

 

「それがどうしたの?」

 

 

 

俳人さんが来たからどうしたってゆーわけ?

 

余程擽ったかったのか最初の方は声が上擦ってて、俯いちゃった京ちゃんの頬が少し赤い。

 

 

 

京ちゃんは立ってるしわたし座ってるから、俯いちゃっても表情が覗けちゃう。

 

それに気付いて京ちゃんがますます、かぁっと顔を真っ赤に染めて唇をぷるぷると震わせながら、ぷいと後ろを向いた。

 

 

 

耳まで真っ赤だよ?余程照れ臭かったのかな、でも何が?

 

 

 

「凛子は・・・さ、・・・ギルド戦て知ってる?見たり聞いたりはしてたと思うん・・・だけど。」

 

 

 

まだ、少し赤い京ちゃんがそれとなく椅子を持ってきてテーブルに着く。

 

 

 

誰とも目線を合わせようとしないのは・・・何か京ちゃんとの間に壁を感じちゃうな、全部さっぱりしゃっきり剥ぎ取れたと思ったのに、温泉であんなにわたしが頑張って、さ。

 

 

 

「見てたよ?毎週か、毎月やってたよね。ギルドが良く解らないけど、チャット友達と見てたよ。」

 

 

 

イベントはわたしとかチャット友達には関係なくて、見る専・・・だったんだけど。

 

 

 

お祭りみたいなもので、普段は出店も出せない場所にもズラリと店が並んで楽しかったし、やってるのに気づけば噴水広場に備え付けられた、オーロラビジョン的なモニターの見える場所まで足を運んで、友達と出店の商品を摘まんで騒いだりした。

 

ゲーム内に味覚無いから味、しないんだけどね。

 

食べてもステが上がるとかそーゆーのだったから、見る専には意味無いの、あははは。

 

 

 

ユーザー同士が魔法とスキルを競って戦ってたり、運営が用意した超強力なモンスターをユーザーが協力して戦うのだったり、使徒や天使、悪魔とも戦ってたっけ。

 

 

 

もの凄く人数が多かったのを覚えてるかな、エキシビションって武器を巡って総当たり戦なんかもあったよね・・・一番強いユーザーを何人か選び出して、特別なスキルやマナを賞品にしたのもあったよーな、・・・めておだったかなー。

 

 

 

「ま、基本そう。わたしはレベルキャップがカンストするまでは興味無かったんだけど、そこにもやっぱり廃人連中は居たのよ、覚えてるのは“我廃人”のVIP、“赤い翼”のマーシュ、“名無しギルド”のka~in。」

 

 

 

俳人の人の名前を京ちゃん、言ったんだよね、多分、でも。

 

見てたよ、見てただけだから、わたし・・・名前まではちょっと。

 

正直、覚えてない、ごめん!

 

 

 

「その人達が来てる、って思うの?」

 

 

 

俳人さんを仲間にしたかったりなのかな?いやいやいや、きっと・・・わたしの思ってる俳人、意味が違うんじゃないかな・・・京ちゃんが言ってるのとは、さ。

 

 

 

「うん。これはクドゥーナと会った時に一度思ってた事だけど、・・・もっと居るんじゃないかなーって。」

 

 

 

爪をがじがじ齧る京ちゃん、始めて見た。

 

あれ、何だろ?焦ってる、ううん・・・困ってるのかな、眉が寄って顔が歪んでる。

 

 

 

「ヘクトルも同じ事、ニクスで言ってたや。」

 

 

 

50対50が何故出来る様になっていた?みたいな事、ヘクトル言ってたぽい気がする。

 

50人、頭数集めてやらなきゃならない事があるから・・・じゃないか?的なヘクトルの考えをあの時は聞いて、強くなりたいって純粋に思ったのに、実際は愛那より何にも出来ないお荷物だ・・・わたし達を巻き込んだ張本人は、まだ現れないけどそれでも。

 

 

 

みんなの役に立ちたい、京ちゃんやヘクトルみたく強く、自分のすぐ傍に居る人くらいは自分の力で守ってあげたい、・・・あ!

 

 

 

日本に帰れるなら、そっち優先は当たり前だけど。

 

 

 

帰れるなら、異世界を見捨てるのか?って聞かれたらイエス、わたし以外の誰かが救ってくれる。

 

 

 

イライザみたいな、元々おかしな強さの子だってぷらぷらしてんだし、この世界の住人だって問題あるなら自分達で何とか出来ると、・・・思うし。

 

わたしは、この世界に来る事を“はい、いいえ”で望んだ訳じゃない、わたしに責任は無い。

 

唯、帰りたいから生きてるんだっ!日本に!家族に!友達に会いたいっ!

 

 

 

「なんだ、そんな事当たり前だよぅ、うちが来る一月くらい前だったかなぁ?メサイア消えたの。その時の運営発表で合計26人、だよ。意識戻って無い人達。」

 

 

 

愛那が、本日最大の爆弾発言をしたのは、そんなちっぽけに感じたわたしが、改めて日本に帰りたいって回想に耽ってた時だった。

 

え・・・?

 

 

 

「・・・26人。」

 

 

 

わたし、京ちゃん、ヘクトル、愛那、メサイアって人、で、もう一人。

 

ディアドが、店に来てわちゃわちゃ一人で騒いだって言ってた人。

 

 

 

その人を合わせても、6人だ・・・愛那の言う公式発表の人数、26人からは20人も足りなくてー、えっと。

 

この、ノルンのどこかに、後の20人が来てて、生きてるんだ・・・死んじゃってるかも知れないけど、わたし達以外の巻き込まれちゃったユーザーが沢山居る。

 

 

 

「うちも合わせると27人だよねぃ。」

 

 

 

愛那は悪戯っぽく微笑うと、さらりとそんな燃えカスみたいな地雷を。

 

 

 

「それ以上って可能性、無くも無いでしょ。」

 

 

 

京ちゃんがいつに無く真剣な顔で、順繰りにわたしと愛那に視線を向ける。

 

 

 

その後ろでやっぱり、ぐーちゃんが京ちゃんの真似をするみたいにわたしを見詰めてきた。

 

思わず、ぐーちゃんに向けて苦笑いと指を動かして手を振る。

 

 

 

「一度に複数捲き込まれるってコト?」

 

 

 

視線を京ちゃんに戻して、じぃっと見詰めながら訊ねる。

 

 

 

「そう、愛那と同時にこっちに来た人が居てもおかしくないじゃない。」

 

 

 

そっか、そうだよね。

 

その可能性大だよ、多分わたしとヘクトルは同時に巻き込まれた感じだったし。

 

でも、何をそんなに京ちゃんが焦ってたり、困ってるのかな、解んないや。

 

 

 

「・・・で?つまり、みやこはぁ、その人たちを仲間にしようってぇー、思うの?」

 

 

 

わたしと京ちゃんの真剣に悩んでる空気を、気の抜ける様な愛那の声がピキッと音を立てるみたいに、叩き壊すみたいに響く。

 

 

 

「・・・逆。襲ってくるかも知れないでしょ?わたしより強いのに襲われたら、守ってあげられ・・・ない、なって。」

 

 

 

襲われる。

 

考えもしなかった・・・だよね、ユーザー皆がヘクトルみたいに何にもしてこないって、有り得ない。

 

どっちかてゆーと、ヘクトルが真面目だって事くらい。

 

 

 

絶対、襲ってくるユーザーだっている。

 

ああ、弱いわたし達を想って京ちゃんは焦ってたんだ、気づかなかった。

 

 

 

ゲームでだってフィールドに出れば、ユーザー同士が順序をある程度踏んで、戦う事が出来るのは誰かから聞いてたのに。

 

 

 

違う、今までは、愛那から公式発表の人数を聞くまでは、心の何処かで『巻き込まれたのは自分達だけ』って思い込んでたからだ。

 

 

 

京ちゃんが焦る意味が解る。

 

京ちゃん以上に強いユーザーに襲われて生き残れるか?、それを考えて不安になるからなんじゃないかな。

 

 

 

「・・・京ちゃん。」

 

 

 

「・・・弱くて、ゴメン。」

 

 

 

わたしと、愛那が事の重大さに気付いて頭を下げると、

 

 

 

「可能性、だからね。無くは無いって事、言わせんなって、恥じぃな・・・もう。」

 

 

 

デレた。

 

唇を噛み締める様に真一文字に結んで、京ちゃんが顔を真っ赤にしながら喋るんだけど、最後は声が聞こえないくらいか細く呟く。

 

 

 

喋りながら、金色の瞳をキョロキョロ落ち着かせれなくなって、言い終わる前にぷるぷる震えてからテーブルに突っ伏しちゃった、・・・可愛い。

 

 

 

ゲーム内のアイコンが使えたなら、プシュー!と水蒸気が出ててもおかしくないって思うくらい。

 

デレた京ちゃんは、ギリッて歯噛みした、何を悔しがったんだろうね?わたし、解んないや。

 

 

 

「デレたー。みやこぉ、かっわいいぃー。」

 

 

 

「飛び付くなバカ鳥!」

 

 

 

叫ぶ愛那が、京ちゃんの首筋に体ごと飛び付く。

 

あ、翼バタバタさせてるや。

 

 

 

「京ちゃん、京ちゃんっ!」

 

 

 

わたしも抑えきれずに、感情のまま気づいたら京ちゃんに飛び付いて、椅子が倒れちゃった、アハハハ!

 

 

 

良いお姉ちゃんだよ、京ちゃん。

 

 

 

「守ってあげられ無いかもだけど、逃げれるから。・・・あぁ、いい。」

 

 

 

最後の言葉は、今日は聞かなかった事にする。

 

 

 

わたしも愛那も弱い、京ちゃんみたいに強くなるまでは、どうしても京ちゃんに守って貰わないと死んじゃう。

 

 

 

どれくらい京ちゃんの腕の中に居ただろう、二人共。

 

もう、お客さん来てるよ。

 

倒れ込んで、抱き付き合ってる三人をいつの間にかやって来てた、ランチ目的のお客さんにばっちり見られてた。

 

これが、一番恥ずいじゃんかぁっ!

 

 

 

心の何処かで叫んだけど、不思議と後悔してなかった。

 

そー言えば、ヘクトル今何してるのかなー、って思ってたら。

 

 

 

ヘクトル》 よう。

 

 

 

 

 

フレチャ来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ヘクトル》フレが来たから送るよ、受け取って欲しい。まぷち》え?.....

 

 

ヘクトル》 よう。

 

 

 

 

 

フレチャ来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャットは嫌いじゃない。

 

どっちかてゆーとチャットしに来てたし、お喋りしながら異世界ライフを満喫してた、くらいだったりする。

 

キーボード久々に叩くなー、愛那と会った時がラストだった気が。

 

 

 

今、勝手知ったる裏庭に移動。

 

 

 

 

 

 

 

まぷち》 お久しぶり〜

 

 

 

ヘクトル》 おっ繋がってるな

 

 

 

まぷち》 そっちどう?

 

 

 

ヘクトル》 そうだな、あーっと!.....

 

 

 

ヘクトル》 フレが来た

 

 

 

まぷち》 え?

 

 

 

ヘクトル》 ゲームしてたらいつの間にかノルン来てた....

 

 

 

ヘクトル》 って!

 

 

 

まぷち》 えーーー!!!

 

 

 

ヘクトル》 実際は.....何日も前に来たらしい

 

 

 

ヘクトル》 俺も昨日、ディアドの酒場にふいに行った....

 

 

 

ヘクトル》ら、居た、そいつ。

 

 

 

まぷち》 あ、こっちもヘクトルに言いたい事ある

 

 

 

まぷち》 愛那....クドゥーナがね....

 

 

 

まぷち》 爆弾発言!なんと.....

 

 

 

まぷち》 わたし達以外のノルン来てるユーザー

 

 

 

まぷち》 運営公式発表で26人居るンだって!

 

 

 

ヘクトル》 マヂか。

 

 

 

ヘクトル》 フレに聞いてみる、隣居るし。

 

 

 

まぷち》 それでね、愛那のギルマスって人がノルンに

 

 

 

まぷち》 居るみたい、ニクスでエリアチャットあった

 

 

 

まぷち》 じゃない。アレ、愛那がギルマス探して飛び

 

 

 

まぷち》 回ってたんじゃないかな〜

 

 

 

ヘクトル》 へー。

 

 

 

ヘクトル》 フレから聞いた、少し増えてる。29だって

 

 

 

まぷち》 えー、愛那来てからしばらく経ってるしね?

 

 

 

ヘクトル》 運営がやらかしてるのか、ノルンの何か

 

 

 

ヘクトル》 召喚で巻き込まれたのか解んないけどな

 

 

 

ヘクトル》 あ、言いたい事忘れてた、フレそっちに

 

 

 

ヘクトル》 送る。助けになるかもー

 

 

 

ヘクトル》 ソロクエ始まってるから、でもフレを放置

 

 

 

ヘクトル》 も出来ないだろ。壁じゃないけど火力は

 

 

 

ヘクトル》 バッチリだからな。

 

 

 

まぷち》 名前は?

 

 

 

ヘクトル》 見たら解ると思うけど肥後クマって名前。

 

 

 

ヘクトル》 変わってるけどレベルがチートだ。ズレ

 

 

 

ヘクトル》 あるみたいだな、村から移動したか?

 

 

 

ヘクトル》 フレに聞いてみたけどドカルニク坑道って

 

 

 

ヘクトル》 転移アイテムか、デュンケリオン行きしか

 

 

 

ヘクトル》 無いって。だから、ドカルニク坑道へ飛。

 

 

 

ヘクトル》 ぶから、拾ってやってくれ

 

 

 

まぷち》 肥後クマさん?ok〜!ドカルニクが

 

 

 

まぷち》 解らないけど、村からは移動するつもり

 

 

 

まぷち》 だから、何処かで会えるんじゃないかな

 

 

 

まぷち》 ヘクトルもソロクエ頑張って

 

 

 

ヘクトル》 おう

 

 

 

ヘクトル》 じゃあフレを今日じゅうには送る。

 

 

 

まぷち》 うん

 

 

 

まぷち》 あ、良く解らないけどお姫様と友達なったよ

 

 

 

まぷち》 イライザってゆーの、こっち来たら紹介するね

 

 

 

ヘクトル》 お姫様?

 

 

 

ヘクトル》 なるほど!了解。そろそろ森に行こうと思う

 

 

 

ヘクトル》 じゃあフレ頼むよ

 

 

 

まぷち》 あ、ぐーちゃんが

 

 

 

 

 

........返事がない。

 

ヘクトル気付かないで、落ちちゃったのか、戦闘中になって見えなかったのか解らないけど・・・フレチャはそんな終わり方をしちゃった。

 

 

 

別に、ぐーちゃんの事は『あんな事もあったね』的な出来事かも知んないし、無理して伝えなきゃいけない事は無いから、それで、ま、いっかと思ったんだ。

 

 

 

えーと、ドカルニク!

 

それに、肥後クマさん!

 

 

 

いよいよヘクトルはソロクエが始まって、こっちに巻き込まれたフレを放置する訳にも行かないからって・・・大丈夫な人なんだよね?肥後クマさんって。

 

 

 

あんなことを──ユーザーが襲ってくるかもって、可能性を。

 

京ちゃんが言う前なら、こんな気持ちにはならなかったと思うんだけど。

 

 

 

それに、ドカルニク坑道ってメニューからマップ見ても載ってないよ?ダンジョンはマップに表示されないって訳じゃないのに、何で?

 

ゲーム内と、カルガインも細かく言えば違うとこはあったけど、『細かいとこ』なのかなー、ドカルニク坑道ってダンジョンがマップに表示されないのは。

 

 

 

一人で考えてても多分らちが空かないと思うから、京ちゃんと愛那に相談しよう。

 

 

 

わたしは、メニューを閉じると木刀とグローブを取り出し、素振りを始めた。

 

日課になってるそれは、今日はぐーちゃんが、愛那が、で出来て無かった。

 

 

 

今日からは心の師匠であり、一緒に稽古をしたジピコスもゲーテも居ない、一人淋しい稽古になっちゃったけど、愛那の話やヘクトルとのチャットで余計に強く、もっと強くって思ったし、京ちゃんに守って貰わないと行けないより、一緒に戦える存在になりたいから。

 

今、わたしの出来る事。

 

素振りくらいしか無いけど、わたしの手にグローブも馴染んでまるで自分の皮膚みたい。

 

 

 

グローブってゆーけど、薄い・・・黒いカエル皮の言ってみれば手袋、食器を洗う時のゴム手を長くして二の腕までぴっちり包む感じを想像してくれると、うん多分それ。

 

 

 

薄くてぴっちりしてるのに、どんな激しい動きしても破けないのって、ふぁんたじーだよね。

 

吸収力もあるみたいで、試しに裏庭を囲う塀を叩いて見たけど、よほど思いっきり叩かないと痛みが感じない。

 

ニクスが作ってたらしいけど、これホントに凄いと思う。

 

薄いけど防御力あって、軽い鎧だよ、黒い皮膚になった感じで装備をしたって感覚無いのに。

 

 

 

グローブが馴染んで、素振りを終わらせる頃にはわたしだって、少し強くなれた、そんな気持ちが芽生えてくるけど、毎日ジピコスが水をさすように斬りかかって来て、

 

 

 

「ほら、油断したな!今、死んだぞ。凛子ぉ」

 

 

 

って言われるんだ。

 

 

 

今日も空は青い。

 

太陽は真上で燦々と輝いてる。

 

空を仰ぐ余裕が今日のわたしにはある、ジピコスもゲーテも居ないから。

 

いつかは、お別れが来るの解ってたけど、ちゃんとしたお別れは出来てない。

 

 

 

京ちゃんがすぐ村を出るって言ったら、わたしは反論したりしないで、受け入れちゃうだろーなって。

 

 

 

わたしだって、愛那だって、京ちゃんだって、お別れは寂しい。

 

 

 

けど、それを受け入れて歩かないと、日本に帰る手がかりはまだ一握りも見付かってないから、探していつか帰る為に乗り越えて行かなきゃって思うから。

 

 

 

ジピコスが居ないと寂しいって思ってるのかなー、これは友達に会えなくて寂しいみたいなキモチ?解んないや。

 

 

 

でも、きっとこれは恋や愛じゃ無いって思うんだけどなー、うーん。

 

 

 

素振りも終わったし、宿帰ろ。

 

この時何か、虫の知らせ的な女の勘がわたしに働いてた、みたいな事を後から思ったンだけど・・・それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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天使はその時──お肉が食べたいですぅ。と叫んだ

 

 

 

凛子がバタバタと飛び出して行ってから、少ししてみやこも伸びしながらスッと、立ち上がり二階の部屋に上がって行く。

 

 

 

今ね。

 

うち、六堂愛菜ことクドゥーナでーす、ヨロシク♪

 

じゃなくて・・・うちとぐーちゃんの二人だけでロカ肉の焼き肉してます・・・焼き加減は外ぱりっくらいで、噛めば肉汁じゅわっ!ってのが好みなんだけど、ある程度焼けるとみやこモドキのぐーちゃんに、横からんぐんぐかっさらわれるの・・・素手で熱く無いのかな?

 

 

 

生地ピンクのふりふりレースが、これでもかって縫い付けられたワンピースなドレス、と言っても間違いないそれを着たみやこモドキは黙って座って居ればどこかのお姫様みたい・・・なんだけど。

 

 

 

みやこモドキ──みやこの姿したぐーちゃんが黙って座っている訳が無いのよ、これが。

 

 

 

網の上に並べた焼けた熱々の肉を、ぐーちゃんは素手で取ってタレ皿に浸してそのまま手で掴んで口に運んでんぐんぐ、眉を釣り上げながら食べてる。

 

口の周りベッタリだし、頬っぺたにもタレは飛んじゃって。

 

こんなお姫様居たら嫌かも、そんな例題に出来そうー・・・思わず、うちはそんな事を考えちゃう。

 

ぐーちゃんは口の周りを汚すなんて気にもせずに、うちが生暖かい視線を向けてるのも知らんぷりで、焼けて無い・・・と思う肉でもタレ皿に、ちゃぽちゃぽ浸して次の瞬間にはんぐんぐと口の中。

 

笑える、うちはまだ納得出来そうな肉が焼けて無いよ。

 

 

 

ロカ肉の塊3つ、みやこがバラして、うちがバラして、結構・・・量あった、のにな?

 

あと、ひいふうみいよ・・・8枚しか残ってないしぃ。

 

ぐーちゃん、みやこのランチにも手出してたじゃん?

 

お腹大丈夫?じゃなくて・・・うちのお肉ぅ・・・。

 

 

 

見たまま、みやこの体の細い胃の何処に、肉の塊3つ分ほとんど入ったんでせうか。

 

 

 

脂ののった牡丹色のお肉、イイ感じに差しの入って思わず、ヨダレが出てきちゃう脂の焼けるいい匂いだけ散々、嗅いだだけのうちからこのお肉まで奪おうってゆーの。

 

 

 

「ぐーちゃん?お肉独り占めなんてズルいゾ?」

 

 

 

精一杯の抵抗。

 

うちの背後ではゴゴゴゴ!と音が聞こえたかも知んないよ、いつまでお預け食らうのー!

 

ニッコリ無理して笑った・・・つもり、ぐーちゃんに張り合っても生焼け食べるのヤダしぃ。

 

 

 

「──美味いよ?」

 

 

 

いや・・・いやね?

 

お肉が美味しーのはうちだって、誰だって解る・・・と思う、ここに居る人は。

 

ランチを食べてるお客さん、カウンターに3人、テーブルに2人。

 

皆からチラチラ見られてる、見られてるよぉぉお!

 

 

 

みやこだとお客さんには見えてる筈のぐーちゃんが、生焼け構わず、お肉を手掴み食いしてるのを見てるかー、単にロカ肉の脂の焼ける匂いに釣られて見てるか?

 

どっちにしても注目をこんな事で浴びたく無いなぁー。

 

 

 

「今からお肉乗せるので最後だよー、うちだって食べたいから取らないで欲しい。」

 

 

 

瞳をキラキラさせて、訴えるようなつもりで。

 

ぐーちゃんは頬をポリポリと掻くと前屈みになり、無防備なうちの頬っぺをレロリと舐めた。

 

 

 

「──ご馳走さま?」

 

 

 

なぜ、首傾げて疑問系?

 

なぜ、うちの頬っぺ舐めたし!

 

 

 

でも、目の前にタレに汚れたお姫様居たら、思わず汚れをぐしぐししたげたくなるよね。

 

みやこモドキの、ベットリ付いた口の周りを親指で拭き取り、親指をペロリ。

 

ご飯粒付けたヒロインの頬っぺからご飯粒をそっと取って口に運ぶぽく。

 

 

 

するとみやこモドキ、ニコリと微笑って、

 

 

 

「──どうした?」

 

 

 

表情と発言が!

 

なんか違うと思うの、うち。

 

そこはありがとう。で完璧、ちょっとはにかみ気味ならなおヒロイン属性のポイント高い。

 

 

 

中の人がぐーちゃんだからねぇー、これが精一杯なのかもよ。

 

 

 

ぐーちゃんのご馳走さまに安心して、うちが牡丹色のお肉を網に乗せたその時。

 

みやこモドキのぐーちゃんが壁に向かって、あさっての方向に視線を向け、瞬間固まる。

 

 

 

なんか変だな、横目でチラチラ窺うけどそれより、お肉がやっと食べられるっと、胸がどっきどき。

 

タレは失敗したけど、まだ生産の新作はあるもんにぃ。

 

出来上がって無いだけで。

 

お肉をトングで引っくり返し、つんつんと。

 

んー、そろそろかなぁ。

 

うゎあ、いー匂い!

 

 

 

お箸出すのも手間だし、トングのまま掴んで、タレにちゃぷと浸けてから口に運ぶ。

 

ん、ンマーい!

 

あ・・・段々クるわぁ、ぴりぴりと舌先を噛んだみたいな痛み、何でぇ?

 

 

 

失敗したってもー、痛みがあるタレってどーなの?

 

 

 

マスタードの上位種なのも、不思議って言えばそーなんだよねぇ。

 

マスタードの生産に一手間、二手間で焼き肉のタレ・・・運営のおふざけだとは思うけど、焼き肉焼いても家焼くな!とは違う、老舗の焼き肉のタレにソックリ。

 

3種あるうちの甘口だったりする。

 

 

 

お肉は美味しーので食べるンだけどぉ。

 

3枚目がいい感じでじゅわっとしてそうに焼けたからトングで挟んだ時、あさっての方向に視線を向けてたぐーちゃんが壁を見詰めたまま、小さく叫ぶ。

 

 

 

「──おお・・・」

 

 

 

チラと見ただけでうちは次のお肉を並べた。

 

カウンターのお客さんの、痛いほどの視線も気にせずスルー。

 

 

 

今、うちはお肉が食べたいです、グリム金貨1枚渡して追っ払ってもいいくらい。

 

 

 

これも食欲、肉欲!

 

 

 

 

 

 

 



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別れって辛いよね、ぐーちゃん。いつかはうちとも、お別れ。なんだよ?

愛那視点のお話です。だから、とても読みづらい……と、思うです。いつぐらいに書いたんだっけ?ま……いっか。本文へどうぞッ


 

 

タッパからトングで掴み4枚目のお肉を網に乗せて、3枚目をタレ皿からトングで掴んで、あんぐっと頬ばる。

 

んー、口にご褒美って感じ、この至福の時間だよぅ。

 

 

 

相変わらずピリリと痛みを伴う・・・辛さ?何かなー、マズくは無いし、凛子もみやこも甘さが足りないって。

 

再チャレンジで成功するかなー、失敗すると生産時間が半分になるから、うーん、次は5日後。

 

 

 

そんな事を思いながら4枚目をタレ皿に移して、5枚目を網にのせようとタッパの中のお肉を、トングで掴もうとしたその時。

 

 

 

「──今、いいか?」

 

 

 

 

 

 

 

声がする方を向くと、ぐーちゃんが食堂の壁を見つめるのをやめて、うちの肩ををぐっと掴んでくる。

 

 

 

みやこモドキになってから、ぐーちゃんはどこか表情が変で。

 

今だって、眉を下げて微笑んでるしー、ちぐはぐなんだよなぁ?

 

 

 

違和感、有りすぎるよぅ。

 

 

 

 

 

「どしたのぉ、ぐーちゃん?」

 

 

 

うちの肩を掴むみやこモドキの右手を見る。

 

パワーの調整が出来ないのか、少し・・・痛い。

 

それなのに、みやこモドキは余り力をいれている様には見えなくて、力の入れ方もそうだけどやっぱり、みやこの体を持て余してるぽいんだ、ぐーちゃん。

 

 

 

「──クドゥーナ、セフィス達にお別れをしよう。すぐに出るぞ、向かうは西だ!」

 

 

 

口調は真剣、こっちは完全に扱えてるぽいんだ。

 

問題はどう言っても表情だよぉー、何でジト目でうちを睨んでるの?

 

 

 

悪いけど、みやこの顔で睨まれる・・・と、うちはまだ怖い。

 

今ではみやこも優しく接してくれるから、突き放されても瞳が微笑ってれば怖くなくなったのに。

 

 

 

「ぐーちゃん、今?」

 

 

 

瞳を逸らす。

 

怖くて耐えられない、自然と全身に刷り込まれたみやこへの恐怖が、ゾクッと背筋を震わせる。

 

 

 

うちもね、悪かったよ。

 

あの時の事は。

 

って言ってもみやこの口から出た罵声や、強制する言葉とか思い出したくもないのにリフレイン。

 

壊れたように脳内リピートする、言わされた台詞。

 

そんなトラウマがあるから、好き好んでみやこと関われなかったぐらいなのに──

 

 

 

「──今だ。」

 

 

 

 

 

声色はみやことは、全然違う女の子の声なんだけど、姿がみやこだと、ね。

 

 

 

うちの問いに、はっきり答え返すみやこモドキ。

 

恐る恐る見上げると、表情は柔らかく変化していた。

 

うーん、鏡で見せながら表情の使い方教えないと、うちの方が大変じゃない?

 

 

 

「解ったー。でも、二人はまだ残るかも知れないよぅ?今、山に上ってるイライザって人と友達になったらしーの。んとぉ、ゲーテとかもだねぇー。」

 

 

 

ぐーちゃんが急かすように、うちの肩を掴む力が強くなったけど・・・付いては行くよぉ、うちは。

 

みやこと凛子はどぉーかなぁ?

 

 

 

みやこモドキの瞳をまともに見れない。

 

 

 

一番のトラウマになってる顔がある、今まさにその表情。

 

止めてよ、その誘うような瞳。

 

 

 

「──神気が揺らぐ、悪い感じがしたんだよ!」

 

 

 

みやこモドキが叫んだ、強く拳をうちの目の前で握りしめて。

 

その表情はまるで悪魔にでも、引き込まれそうになるような魅力的なあの顔。

 

 

 

小刻みに全身に震えが走り回る、なにこれ?

 

やっぱり、トラウマからは逃げれないのぉ?

 

 

 

怖くない、怖くない、怖く・・・ない。

 

うちは自分を落ち着かせようと、胸に手を当てて心の中に呟く。

 

 

 

克服出来てる、もうみやこを怖がる事は無いと思ってた。

 

なのに、貌の変化と違和感にあっさり陥落してしまうなんて、・・・あ、段々落ち着いてきたかなっ。

 

 

 

おまじないとも言えない、自らへの暗示。

 

それでも、驚くほど効果抜群で、震えが収まっちゃうの、やったね!

 

 

 

「・・・止めても無理っぽいね?お別れしに行こう。」

 

 

 

チラとみやこモドキの瞳を見て、覚悟を決めたうちはみやこモドキを見つめ返しながら答えた。

 

まず、ね。

 

神気が何か解ってないんだけどね、うち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、みやこモドキのぐーちゃんとうちは、行き付けの遊び場所、裏路地の空地にセフィス達の姿を見付けて駆け寄ったんだぁ。

 

 

 

みやこ本人とも会った事無いのに、・・・だからこそかなぁ、セフィスは目の前で見下ろしてくる、みやこモドキに眼が点になりながら必死に声に出そう、と頑張るけど出来ないぽいんだ、口をパクパクさせるだけしか。

 

 

 

「──セフィス・・・。」

 

 

 

「セフィス、あのね。」

 

 

 

みやこモドキがセフィスを呼ぶ。

 

知らない人から名前を呼ばれてセフィスったら、俯いちゃった。

 

 

 

続いてうちが喋り掛けると、顔を真っ赤にしてうちを見上げてくるセフィス。

 

 

 

「クドゥーナ、隣の綺麗なお姉ちゃん誰ぇ?」

 

 

 

照れたのか、そう言って唇をキュッと閉じる。

 

警戒するわけじゃなくて・・・セフィスはみやこモドキの姿に、圧倒されちゃったのね?

 

ピンクの、お姫様みたいなワンピースドレス、しかもレースが、これでもかってくらいに使われてて豪華に見えないって事も無い、か。

 

 

 

「──俺は、あのね。」

 

 

 

みやこモドキがセフィスを覗き込もうと前屈みに、中腰になる。

 

 

 

それを見てセフィスが後退り。

 

ダッ!と回り込んで、うちの足下にすがり付くとみやこモドキを窺うみたいに、顔を半分だけ出して。

 

 

 

「いいから、うちが説明するよ。」

 

 

 

あー、綺麗だけど警戒されちゃうか、そっか・・・みやこはセフィスにも、怖がられちゃう。

 

 

 

みやこモドキなんだけどね、中身はぐーちゃんだし。

 

仕方ないなあ、うちから説明しないと。

 

 

 

「ぐーちゃんだよ、セフィス。」

 

 

 

足下のセフィスをね、頭をくしゃくしゃと撫でて落ち着いてきたかなと思ったから、しゃがんでセフィスの目線に合わせて瞳を覗き込む。

 

 

 

「う、嘘ぉー!?ぐーちゃんはもっとちぃちゃいの。妖精さんなのっ。」

 

 

 

うちの言葉に小さな両手をセフィスはぎゅっと握りしめて、信じられないと言いたげに吃驚しちゃって。

 

 

 

いやー、うちも信じられないくらいなんだけど・・・ぐーちゃんなんだよね、コレの中身わ。

 

 

 

うちが冗談だよっ。って微笑うのを、セフィスは期待っているんじゃないかってゆーのが解って、心のどこかが苦しいです。

 

 

 

今から、セフィスにお別れしなきゃいけないのに、言おうと喉まで出た言葉を飲み込んで、首を振った。

 

 

 

「そうだよ、クドゥーナ。僕だっておかしいって思うよ。」

 

 

 

後ろで聞いていたケインも、いつの間にか隣にやって来て真面目な顔しちゃってさ。

 

でも、信じてあげて?真実なんだもん。

 

 

 

「──セフィス、俺をだっこしてくれたろ?人の心の温かさをセフィス達で俺は学んだんだ。」

 

 

 

背中越しにみやこモドキの声が聞こえる。

 

視線はじぃっと、セフィスを見つめたまま。

 

ぐーちゃんだってお別れしなきゃいけないのに、頑張ってる。

 

この先会えない訳じゃないのに・・・辛いね。

 

 

 

「・・・ぐーちゃん、なの?」

 

 

 

「そうだよ。」

 

 

 

瞳を大きく開いて、まだ信じられないみたいにセフィスはうちと、うちの後ろで微笑ってるか睨んでるのか、表情をコントロール出来てないみやこモドキを、交互にキョロキョロと視線を移し、うちが頷いてみやこモドキも頷いた後で。

 

 

 

「──うん。」

 

 

 

「ぐーちゃん、凄い!ちょっとみない間にこんなに・・・。」

 

 

 

叫びながら駆け出したセフィスは中腰になってたみやこモドキの首に抱きついちゃった。

 

 

 

みやこモドキがセフィスを支えるように右手で抱くと、セフィスは片手で首に抱きついたまま、みやこモドキの頬に触れる、その時。

 

 

 

「──戻り方も解らないんだ。それに──今日は、お別れに・・・来たんだ。」

 

 

 

みやこモドキはセフィスを抱き抱えたままスクッと立ち上がり、寂しそうにか細く呟いた。

 

 

 

「えっ、・・・またすぐ会えるよね?」

 

 

 

「ううん、ちょっと遠くへ出ないとぉ、行けなくなっちゃった、だから。」

 

 

 

どこへ行くかはまだ、解らないけどきっと、遠いトコ。

 

それが解ってたからうちはみやこモドキに抱き抱えられて、うちより高い視点に居るセフィスの頭を手を伸ばして撫でた。

 

 

 

「うぅぅ、クドゥーナぁ!」

 

 

 

ケインは解ったみたいでうちの名前を叫んで、腰の辺りに飛び付いてくる。

 

嗚咽する声が聞こえてくるけど、見ちゃったら余計苦しくなるの解ったから・・・振り返れないよぅ。

 

 

 

「ぐぅーちゃんん・・・ぅぅう。」

 

 

 

セフィスもみやこモドキをぎゅうっと抱き締めて、最後には嗚咽混じりで泣き出しちゃって。

 

 

 

「ごめんね、わたし、お別れ・・・こんなに辛いなんて、ぐすっ。」

 

 

 

釣られちゃったか。

 

うちもグズグズに悲しくなっちゃって、頑張って我慢したんだけど、結局。

 

 

 

粒状の熱い水が一滴。

 

 

 

その後は溢れ出すものが止められなくなっちゃって、次から次から流れ落ちてくのが、頬を伝う熱で解ると自然と声に出して、嗚咽混じりで泣いたんだ。

 

 

 

「クドゥーナ、行っちゃうのか?」

 

 

 

「セフィス、デフック、それにケインもぉ、絶対帰って来る。次の無いお別れじゃぁないから、ね。」

 

 

 

よぅ、ガキ大将、遅かったね。

 

かくれんぼでもしてたのか、この場に居なかったデフックが、まだ止まらない涙を流し続けてるうちに話しかけてくる。

 

泣き顔じゃないのはみやこモドキと、泣くタイミングの無かったデフック。

 

 

 

順繰りに三人を見詰めながら、溢れる涙を指先で振り払ってうちは、強くそう思ったんだ。

 

三人のためじゃない、自分のために。

 

絶対帰ってくるから。

 

 

 

「ぐ、・・・ひっく・・・約束、・・・だよ?」

 

 

 

「ぐす、えへへ。泣かないの、セフィス。皆のお姉ちゃんでしょ?うちは、帰って来る、必ず。」

 

 

 

言葉にもならない、嗚咽に比べても霞むくらいのセフィスの声に、同じように泣いてたらダメだって思って、流れる涙を振り払い無理に笑って。

 

 

 

セフィスの心に刻むように、刻めるように祈りの様な約束をした。

 

 

 

「──俺だって帰って来る。」

 

 

 

「変なの、くすっ。ぐーちゃん、綺麗なお姉ちゃんになったんだから、俺はやめなきゃね。」

 

 

 

声に振り返ると、腕組みしてみやこモドキは微笑んでいた。

 

潤むような瞳からは、今にも溢れ出そうな熱い水が湛えられてて、

 

 

 

「──それは、難しい。俺が最強だからな、俺を止める訳には行かない。」

 

 

 

そう言って微笑むみやこモドキの頬を、幾つもの熱を含んだ滴が転げ伝い、落ちていった。

 

強いって言う癖に何にも出来ない、涙を振り払ってるみやこモドキを見てるとなんだかおかしくなっちゃって、

 

 

 

「頑固ね、ぐーちゃん、クスクス。」

 

 

 

今さっきまで泣いてたのに、笑いが我慢出来ない。

 

 

 

「──もう、いいのか?」

 

 

 

皆と視線を合わせて充分に抱き締め合うと、うちはスクッと立ち上がりみやこモドキに並んで手を取り、片手で手を振りながら歩き出す。

 

 

 

ちょっと、離れるだけだもん。

 

 

 

「うん、行こう。凛子にもみやこにも説明して、来て貰わないとだし。」

 

 

 

「──?・・・シェリルには言わないのか。」

 

 

 

「あー、えっとね。うーん、後でそれは説明するね、宿に戻ろ。」

 

 

 

ぎゅっとみやこモドキの手を握りしめて、うちは前を向く。

 

 

 

ぐーちゃんは、みやことシェリルが一緒だって知らないからなぁー。

 

 

 

今、説明しないといけない訳でもないしいーや。

 

宿着いてから、みやこの前で説明したげればいいよねぇ?

 

 

 

 




………………さいよわ、ぅpが止まってることに気付いた。とても、とてもごめんなさい""(ノ_<。)

最新では、全く出番なく影の薄いこになってしまった愛那ですが……この頃は主役を食うくらいのキャラ立ちしてたんですよね……それが、今では。どーしてこうなった?


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強襲!?皆殺しにしたのにっ、ゴキブリみたいな奴ら

目の前を駆けてく二人は慌てた感じで。

 

わたしが裏口を開くとすぐにノースリーブに丈の短いミニスカート姿の愛那と、ピンクのワンピース姿の京ちゃんが入り口から出ていくのが見えた。

 

ピンクのワンピース姿って事は、京ちゃんの中身がぐーちゃんの方。

 

 

 

遊びにいくにしても普段なら歩いて出て行くけど、今日はどうしたんだろ?それくらいにしか思ってなかったこの時は。

 

 

 

二人の出ていった後の食堂にはお客さんが数人と、愛那の携帯コンロ、後、

 

 

 

「お肉ぅ!」

 

 

 

お肉が数切れと、タッパに入ったお馴染みマスタード漬け肉が残されてて、相当急いで出ていったのが解る。

 

ん?

 

テーブルの上にメモ書きと思える紙切れが・・・何々、『ちょっと出まぁーす。まだ食べ足りないでしょ?食べてもいいよ。 愛那』

 

片付け忘れじゃなくて、急いでたからとかじゃなくてわたし達の為かー、有り難く頂こ。

 

 

 

携帯コンロのスイッチをオン!

 

そしたら火の調節して、お肉っ、お肉っ!

 

 

 

乗せてっ、お肉ぅッ!

 

後は焼くだけ、タレが残念なのはこの際しょーがないよね、自然とフン、フン♪と鼻歌が出る。

 

空から降ってきたり、飛んできたりする敵に人型戦闘兵器で戦うあの超ヒット映画のOP。

 

葵ちゃんが好き過ぎて、わたしも良く一緒に見てたから、自然と覚えちゃったや。

 

 

 

鼻歌を響かせながら、お肉を焼いていると階段をカツーン、カツーンと高い音を立てて降りてくる人影。

 

 

 

階段に一番近いテーブルだったし、降りてくるのは京ちゃんだとすぐに解って、手を上げてアピール。

 

 

 

すると、白と黒のワンピース姿は普段と同じだったけどデザインがちょっち違う、今日のは袖が無くて右半分は全部白、左半分は同じ様に全部黒になっていた。

 

太股までスッポリ包むブーツも無しでシースルみたいな、でもぴっちりカエル皮の飴色のストッキング、シースルで透けててすらりと長い足が強烈に強調されてる。

 

足元はバックル・・・本当に京ちゃんはバックル好きだなー。

 

バックルが3つ付いた青いハイヒール、そんな格好をした京ちゃんはわたしの顔に目を止めると、黙ってテーブルの対面に椅子を引いて座る。

 

酒場にまた行くつもりだったのかなー、暇だし着いていってもいいんだけど。

 

そう思ってたら、網の上のお肉をどこから出したのか塗り箸で摘んで、タレにさっとくぐらせてから口に運ぶ。

 

長くて黒い髪の毛を手で寄せるのは、もうどうしてもやんないと食べれないの解る、けど。

 

 

 

「美味しい?」

 

 

 

ちょっとそれ、わたし焼いてたんだけど。

 

薄く目を出して、京ちゃんを睨みつつ聞いてみた、勿論京ちゃんがくぐらせたのは残念なタレ。

 

 

 

「まあまあ。」

 

 

 

返事はあっさりとしてた。

 

それでもお箸は狙い定めて網の上からまた一枚、お肉を摘む。

 

えー、わたしもお肉、食べたいんだけどな?

 

ちょっと眉間か、額の辺りがひくつくのを感じたよ。

 

食い物の恨みは怖いんだから、京ちゃんと言ってもそれは棚上げしてでもお肉の事、恨むから。

 

 

 

何て思いが伝わったのか、タレにくぐらせたお肉をわたしの顔の前に差し出し、京ちゃんが『ん。』なんてしてくる。

 

自分で食べれるけど、だけど。

 

 

 

京ちゃんの瞳を見ちゃうと、やめてよとは言えなくなる、真剣なんだもん。

 

そーゆー事がやりたいんだよね、きっと。

 

 

 

結局、食べたけど。

 

彼氏を作って、存分にやればいいのに、わたしと比べなくても・・・充分モデルで通じるくらいに綺麗なんだから、モテモテだったんじゃないの?って思うんだよね。

 

 

 

あ、でも。

 

基本怖いから近寄り難いくて、告られたりとか無さげっちゃ、うん。

 

頑張れー、京ちゃん。

 

 

 

「マスタード漬け肉美味しいよねっ。」

 

 

 

赤黒い、または濃い赤色の肉はすぐに無くなっちゃって、美味しかったけど少し量が足りないよ。

 

愛那、食べすぎ。

 

もちょっと残しててもいんじゃない?

 

 

 

「こればっかりだと、美味しいのかどうかも解んなくなるわよ?食べるけどね。」

 

 

 

文句なのか、わたしの話を無視するのが悪い気がしたのかマスタード味に飽きてそうな答え戴きましたー。

 

わたしは美味しーって思うよ、こっちのお肉の方が日本で食べる肉より。

 

えっと、確かガルウルフってゆー魔物の肉なんだよね、この中身。

 

 

 

「ロカって見た目は鹿ぽいのに、肉質は牛でしかも上等なとこがいいよ。」

 

 

 

ボナールさんの焼いた肉もそう、バイト先のザックさんの焼いた肉もロカの肉なんだってね。

 

歯応えは牛、んで口に入れると舌で融ける感覚。

 

やらかいのだ、そして何より美味ーいっ。

 

 

 

メニュー画面をチラと開けば。

 

ロカのブロック肉があったりする。

 

食材、とか考えたりしなかったしょーじき愛那に会うまでは。

 

魔物の肉を食べるのはニクスで知ったけど、それ以前からアイテム化した肉だけは、メニューの操作でアイテムBOXに入れる事が出来たから、解体なんて出来ないわたしでも放りこんでそれ以来触ってない肉もある。

 

 

 

「そー言えばグランジ、牛と豚どっちの味するのかな。」

 

 

 

タイミング良く名前があがった、グランジの肉もそれに該当。

 

ヤルンマタインさんが仕止めたグランジ。

 

アイテム化した、お肉を全部持っていかなかったから貰っておいたんだよね。

 

 

 

「筋肉!ってカンジだし、牛ぽいんじゃないの。」

 

 

 

問い掛ける京ちゃんの金色の瞳を、ぐっと見詰めながら答える言葉にも力が入る、ぎゅうっと掌を握りしめる。

 

今からグランジ、焼いちゃう?

 

変なテンションだった、わたしは。

 

そんなわたしを窺う京ちゃんの瞳が可哀想なものを見るような瞳になっていった、えっと。

 

 

 

その瞳は何?眉ひそめて、ジトっとした視線、片手で頬杖をテーブルに突いてわたしを見てる。

 

焼けたマスタード味のお肉を、残念なタレには浸けないでそのままいっちゃう。嫌な空気を変えたくて、わたしの変なテンションの理由を知って欲しくてメニュー画面を素早く開いて、グランジの肉を探す。

 

 

 

あった見つけた。

 

メニューをいじってると京ちゃんの視線を感じる。

 

京ちゃんも何が出るのかは、気になったみたいで箸がピタッと止まる。

 

グランジのブロック肉を取り出しながら、

 

 

 

「じゃっじゃ〜ん!」

 

 

 

そう言って京ちゃんの目の前に出したその時。

 

すぐ近くを駆け抜けるダダダダダタッと物凄い音が聴こえて、ヴェッヴェー!と甲高い鳴き声が遅れて響く。

 

ズサッと誰かが飛び降りるような音がして、

 

 

 

「ん・・・?」

 

 

 

京ちゃんに視線を向けると、早くから何かに気付いてたみたいで真面目な顔に変わり、にぃと口元が吊り上がる。

 

すると、入り口に倒れ込んで聞き慣れた、でもここに今居るはずの無い声が耳に届く。

 

 

 

「大変だ・・・た、大変なんだ、姐さん!」

 

 

 

声の主はジピコス。

 

振り返ると相当急がせてここまで帰ってきたのか息を切らせながら、身を起こしていたジピコスは誰かの血が頬や着ている若くさ色の革服にまで付いている。

 

 

 

穏やかじゃあない、何かが起こっている。

 

 

 

「どしたのよ?」

 

 

 

「オークが出て、凄っげんだよ。イライザ様が率先して潰してたけどよ・・・数がもう。お願いだ、助けてくれ。」

 

 

 

頬杖がもうひとつ増えた京ちゃんが微笑みを湛えた表情で聞くと、ジピコスの口からは全くわたしが考えてなかった答えが飛び出して、背筋がぞわりと冷える感覚。

 

巣は潰したし、リーダー格も倒したからさ、それは無いよ・・・

 

 

 

「数、・・・オーク?」

 

 

 

「ッ!──オーク!!」

 

 

 

京ちゃんが落ち着いた口調で、ジピコスから情報を聞き出そうと喋りかけるのと対照的にパニくって、声にならない叫び声をあげつい声に出す、わたし。

 

思ってもみないほど大きな声で・・・。

 

騒ぐジピコスもお客さんに気を使ってらんないんだと思うけど、わたしはもっと気を付けなきゃ。

 

同じ様にわたし達もここではお客さんなだけなんだから。

 

 

 

「百や二百じゃねえんだ周り全部!オークで埋め尽くされてた。」

 

 

 

恐ろしい光景でも見た様に、ジピコスの表情からは血の気が引いて顔色が良くない。

 

 

 

頭の中に数が反芻して響く。

 

えっ?

 

何か、嫌な数字を聞いたんだけど、百、二百!?

 

アスタリ山のオークの巣は・・・百くらいだったのにあれだけの被害が出てたから、それ以上の数ってことは、つまり・・・。

 

 

 

そんな事を思いながら携帯コンロの火を止める。

 

 

 

出したばかりのブロック肉はオレンジだか、白だか解らないけど外に居るあの子にあげる事にした、燃費がすこぶる悪いチョコみたいな鳥──シャダイアスに。

 

 

 

「凛子、助かった・・・シャダイアスを連れてなかったら、まだ山の中走ってたかも知れねえ。」

 

 

 

ジピコスから感謝の言葉が。

 

それに、わたしが『うん』と頷いて携帯コンロをどうしようか悩んでると、

 

 

 

「いいわ、行くわよっ凛子。」

 

 

 

 

 

そう言っていつの間にか、あの異形の黒い鎧に身を包んで婀娜っぽく微笑う京ちゃんが声のする方を見上げると居たりする。

 

 

 

「う、・・・うん。あ、愛那は?どうしよ、居ない。」

 

 

 

基本わたしは何にも出来ない、役立たず。

 

ヒールは出来るけど、それも回数を重ねると激しく脳が揺さぶられる感覚があって、ぶっ倒れちゃう。

 

ジピコスの見た感じからも山は怪我人か、それ以上の人がいっぱい居るなんて予想が出来ちゃって、怖い。

 

目の前に助けを求める人が居るのに、助けられないのが。

 

愛那なら・・・効果はヒールより無いけど範囲で傷を癒す風の妖精を使える、一度だけ見せて貰ったしお喋りしたあの子を今、連れて行きたいのに。

 

 

 

「置いてく、オーク蹴散らして帰ればいいだけでしょっ。」

 

 

 

蹴散らして帰るって、そうは言うけど数が・・・ああ、京ちゃんの瞳を見たら期待で、ウズウズしてるの解っちゃう。

 

 

 

ホントに京ちゃんは戦いが好きだよね、わたしは無いなら無い方が良い人だから、何がそこまで京ちゃんをウキウキさせてるのか解らないや。

 

 

 

「凛子ぉ、急げっ。」

 

 

 

入り口に立って力強く横薙に手を振り、急かすように合図するジピコス。

 

 

 

「わかった、メモだけ残させて。──ナボールさんっ、ここにメモ置いてくからっ、クドゥーナに聞かれたら見せて下さいっ。──行こう、ジピコス。」

 

 

 

愛那のメモ書きに走り書きで、メモを残して閉じる。

 

それをしばらく見詰めてから、厨房の中にある椅子に座って休んでいたナボールさんに向かって用件を伝えてから入り口に足を踏み出した。

 

 

 

ジピコスに手を差し出して。

 

 



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