ゆうかりんか (かしこみ巫女)
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第一話 生れ落ちたら修羅の家 (挿絵あり)

 自分が何の為に生まれたのか、などと時折考えることがある。朝起きたとき、食事を終えたとき、厳しすぎる鍛錬を終えたとき。そして寝る前だ。そして、最終的に辿りつくのは。

 ……この状況、あまりにも厳しくない? ということだ。

 

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ」

「…………もうバテたの? 情けない」

「ごめんなさい」

「これで何度目の謝罪かしら。本当に悪いと思っているなら結果で誠意を見せてもらわないと。違うかしら?」

「…………」

「沈黙は金、とでも言いたいのかしら。黙っていればそのうち終わるとか、そんな都合の良い考えじゃないわよね?」

「改善していきます」

「口だけならなんとでも言えるわね」

 

 地面に両手をつき、ゲロを吐くのを必死に堪える。照りつける太陽が痛い。妖力全放出訓練3連続。あと一回やったら本当にゲロどころか白目剥いてぶったおれると思う。そうなっても容赦してくれるような相手ではない。だって人間じゃないから。

 

 目の前で私を見下ろしているのは、有名同人STG『東方Project』に登場する、風見幽香という少女だ。そして、私の一応『親』に当る人物らしい。

 気紛れにとある花へ強力な妖力を照射したところ、ポンと私が飛び出てきたということらしい。ぶっちゃけ意味が分からない。私はガチャポンか。たぶんコモンカード。私は激レアになりたい。

 

 そもそも、『私』はいったいなんなのかが分からない。だってこの風見幽香という妖怪は、東方Projectのキャラなのだ。ゲームのキャラがどうして実在しているのかとか、なんで私はこの世界がゲームであることを知っているのだろうとか、私は一体何者なんだろうとか、疑問は腐るほど湧いてくる。

 でも残念ながら、その疑問に答えてくれる人はいない。質問には一切お答えできません。某先生も言っていた。世界はそんなに甘くないのだ。だから嫌でもしがみついていくしかない。

 

「私の顔に何かついているのかしら。それとも、何か含むところでもあるの?」

「いいえ、全くありません」

「ふふ。言葉は素直なのに、発している殺気が凄まじいわよ。その威圧感だけなら、大妖怪にも引けをとらないでしょうね。本当、不愉快な子」

 

 幽香は上機嫌に笑うと、私の胸元を掴みあげて近くを流れる小川へと放り投げた。当然受身も取れず、砂利底にしこたま顔を打ち付けてしまう。痛いし鼻血が出る。それでも我慢してすぐに立ち上がる。のんびりしていたら追撃がくる。冗談ではなく、本当に妖力波をぶつけてくるので洒落にならないのだ。

 

 

「汚れを落としてから戻ってきなさい。私の家を少しでも汚したら殺すわよ」

「はい、分かりました」

 

 ここで学んだ処世術。反論しない。抵抗しない。余計なことを喋らない。この三つを守れば、取りあえず生きていく事はできるのだった。悲しすぎる妖怪人生だが、今は我慢するしかない。いつか覚えていろよと、弱者の思考に身を任せて。

 

 

 

 

 

 

 悪魔のような妖怪が立ち去った後、しばらくその場で様子を見る。ふーっと息を吐いた瞬間に、背後から襲撃されたことがある。油断してはならない。悪魔か鬼に、綺麗な皮を貼り付けたのが風見幽香なのだから。

 

 ……一分経った。もう大丈夫だろう。地面に座り込み、空を見上げる。本当に疲れた。こんなことを一体どれくらいやってきたのだったか。

 意識が芽生えてからというもの、格闘術、妖術の基礎、応用を徹底的に死ぬ寸前まで毎日毎日叩き込まれている。多分、10年間ぐらい。つまり、今の『私』の年齢も10歳ということになる。

 生まれてすぐのことは良く覚えていない。きっと碌でもない日々だったに決まっている。あの幽香が、赤子の育児などするはずがないのだ。気紛れに餌を撒いていたら、勝手に育ってしまったぐらいが真相に違いない。

 

 

「…………」

 

 ほろりと涙がでそうになる。生まれたときから修羅の道。背中に悪一文字でも背負ってしまいそう。包帯全身に纏ったイケメンが助けに来てくれないかと祈ってみたが効果はなかった。

 ちなみに、悪魔から貰った名前は燐香。風見燐香。苗字は言うに及ばずだが、名前もどことなく不吉である。なんだか線香の臭いが漂うではないか。

 不吉な理由は考えるまでもない。私はよりにもよって彼岸花から誕生してしまったのだ。生まれながらに十字架を背負っている気がするのは、多分気のせいではない。だって親が悪魔なんだから。そして地獄花とも称される彼岸花の妖怪。――満貫だ。

 

 そして幽香が、私のことを気に入らない理由の、最有力候補と予測しているのが、容姿である。簡単にいうと、幽香を縮めて髪を赤くしたのが私だ。いわゆる2Pカラー。プチッと蟻のように殺されないだけでもマシなのかもしれない。でも、お前が作り出したのだろうと、こちらも文句を言いたいところだ。似ていて良いことなんて一つもないし。でも言わない。言ったら本当に殺されてしまう。

 

 涙が滝のように零れそうになったので、目元を拭う。精神がまだ成長しきっていないせいか、感情の変化が激しい。思考は冷静なつもりなのに。

 小さく溜息を吐く。

 もっと心優しい人のもとで誕生したかった。だって東方世界ってもっとキャッキャウフフしているものじゃないのだろうか。どうして修羅の世界並に修行しなければならないのか、理解不能だ。そのためのスペルカードルールなのに。私も命の危険がない弾幕ごっこがしたい。

 

 

「…………ふぅ。心頭滅却心頭滅却」

 

 

 心を落ち着かせながら、妖力で保護されている札を懐から取り出す。幽香に隠れてこっそり作成したスペルカードである。

 いつか来る……来て欲しい弾幕勝負に向けて、準備だけは万端なのだ。得意気にカードを取り出して、スペル宣言したい。こっそり練習しているのだが、やっぱり声を大にしてやりたいではないか。

 

 

「まだまだ我慢しないと駄目。バレたら、殺される」

 

 万端なのは良いのだが、この幻想郷であろう場所が、どういう状況なのかがさっぱり分からない。既にスペルカードルールが定着しているのか、もう異変の数々が起きているのか、全くの不明だ。ぶっちゃけて言うと、話したことがある相手というのは、幽香しかいない。なんということでしょう。

 

 幽香自慢の花畑には妖精もそこそこいるのだが、私が近づくと一斉にいなくなってしまう。見覚えのある虫の妖怪がやってきたこともあったので、挨拶しようとしたら一目散に逃げていってしまった。多分リグル・ナイトバグだと思うのだが、はっきりとは確認できなかった。悲しすぎる。

 

 たまに空間に裂け目ができて、こちらを覗いている妖怪と目が遭うこともある。会釈をしたら、怪訝な顔をしてすぐに裂け目は消えてしまった。はっきりとは見えなかったが多分八雲紫だと思う。なにしろ、私はイレギュラーなのだから、監視対象になっていてもおかしくはない。

 声ぐらいかけてくれればいいのにと本当に残念に思う。今の私はとにかく話し相手が欲しいのだ。壁に向かって話しだす前に、なんとかしなくてはならない。むしろ狂人のフリをしたら解放してくれるだろうか。……多分ここぞとばかりに始末される。

 

「自分の力でなんとかするしかない。頼れるのは自分だけ」

 

 

 意を決して立ち上がり、グッと拳を握る。このままではいけない。このままではいずれ修羅の道に進むしかなくなってしまう。そう、引かぬ媚びぬ省みぬの人のように、愛などいらぬと叫ぶような妖怪になってしまう。

 私が目指すのは、もっと穏やかで笑顔溢れる妖怪道。血生臭い世界なんて、心からごめんなのである。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 沈黙が痛い。これが10年間延々と続いてきた沈黙の食事風景だ。素敵すぎる。葬式の後のようである。

 別に食事などとらなくても妖怪は生きていけるのだが、幽香は育てた野菜や暇つぶしに捕獲した獣などを使って食事を作る。一つの趣味なのだろう。聞いたことはない。余計な事を聞くと怒られる。

 

 最初の最初は意思疎通を試みたこともある。笑顔でフレンドリーに。大抵は無視されるか、うるさいと一蹴される。ひどいときは、首ねっこを掴まれて外へと放り出される。まさに悪魔である。心が折れたので、挑戦することはなくなった。

 

 ある日、幽香が外出したのでこれ幸いと脱走しようとしたら、即効で掴まり酷い目に合いました。なんで分かったのだろうか。せめて待遇を改善しろとガツンと言おうと思ったが、グッと堪えた。目が反抗的だと額に頭突きを頂いた。いつか殺してやると思ったけど無理なので諦めた。

 

 しかし、なんだかんだと言って来たが、ちゃんと生活させてもらっている弱みがある。鍛錬してくれるし、食事もくれるし、寝る場所も提供してもらっている。多分ただの気紛れなのだろうが。そのうちプチっと潰されてしまいそうなのが怖い。

 妖怪の本分を露わにして、やられる前にやってみるかとちょっとだけ野心を抱いたこともある。しかし、何度シミュレーションしても勝つことはなかった。出来る限り自分に有利な状況を想定しても、あの悪魔はその上を行く。よって、手を出さないのが賢明である。やるなら命を懸けなければならない。

 

 とにかく、次の異変……があるのかは知らないが、その時が勝負である。密かに習得した技術を駆使してこの地獄から逃げ出し、自由を取り戻すのだ。そう、自由がなければ生きている意味などないのだから! 自由万歳!

 

 

「随分と楽しそうな顔をしているじゃない。何か良い事でもあったのかしら」

「いいえ、全くありません」

「ふふふ。なんだか、覚悟を決めたような表情をしているけれど。もしかして、私の寝込みを襲おうとか考えていたの?」

「いいえ」

「また逃げようと考えていたのね」

「いいえ!」

「お前の考えてる事ぐらい、手に取るように分かるのよ。あまり舐めないようにね」

 

 

 違う違うとぶんぶんと首を横に振る。考えていることが完全に読まれている。本当に悪魔かお前は! と声を上げそうになる。震える手で香草を摘もうとするが、上手くいかない。ビビッてしまっている。恐ろしい威圧感。

 

 

「あらあら、口元が汚れているわよ。――動くな」

 

 

 視線が強引に合わされる。幽香の目が怪しく光る。体の震えが止まる。幽香がハンカチを取り出し、私の口元を乱暴に拭う。しばらくすると気が済んだらしく、ようやく硬直が解かれる。原理は分からないが、なんらかの妖術を使ったのだろう。実に恐ろしい。

 

 

「ありがとうございます」

「いいのよ。だって、私達は親子でしょう」

「…………」

 

 はい、と返すか、愛想笑いを浮かべるか僅かに逡巡してしまった。はい、と返せば、図に乗るな糞餓鬼と殴られそうであり、愛想笑いを浮かべれば、ご機嫌取りなんていつ教えたのかしらと、横っ面を引っ叩かれそうである。その結果、無言という最悪の選択をしてしまったわけである。

 

 

「…………」

「…………」

 

 カチャカチャと、食器にナイフが当る音だけが室内に響く。――沈黙が痛かった。

 

 

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第二話 私は楽園に行きたい

 この地獄のような場所でも、深夜だけは私だけの時間だ。悪魔――幽香も睡眠だけはしっかりと取る。妖怪の癖に早寝早起きなのだ。美容のためだろうか。知った事ではない。

 

 足音を限界まで殺して、自分の部屋を出る。部屋といっても、衣装棚とベッド、小さな机しかない殺風景なものだが。

 どうやら、幽香は太陽の畑一帯になんらかの警戒線を張っているらしい。そこさえ越えなければ、悪魔を目覚めさせることはない。以前引っ掛かったので身にしみて分かっている。大体の範囲もだ。悪魔が気紛れで変えていなければ。

 

「…………いける」

 

 息を潜めて、家を飛びだす。そのまま低空で飛行して、目的地である彼岸花地帯を目指す。ここは私の領域だ。

 そういえば、最初に空を飛んだときは感動を覚えたものだ。自分が鳥になったような気がして、笑いながら飛び回っていた。もっと素敵な笑みを浮かべた幽香に対空技を喰らい、撃墜されるまでは。

 

 涙が出てくる。あの女、いつかぶっ殺してやると思うのだが、実行に移せるときは来ないだろう。ぶっ殺すと心の中で思っても、手が動かないのだから仕方がない。私には覚悟も実力も足りないのであった。

 そんなわけで、せめて実力ぐらいはつけようと、深夜に自主鍛錬を行なっている。

 

「よいしょっと」

 

 幽香に見つからないように地中に埋めてある、手製の道具を取り出す。御札に見立てた葉っぱである。念を篭め、妖術行使の補佐をするためにたくさん作成している。なくても行使できるが、ぎりぎりの戦いのときに備えてのもの。

 

 一度息を吐き、呼吸を整える。集中して、敵のイメージを作り出す。仮想敵はもちろん幽香。だって他に知らないのだから仕方がない。

 目の前に、霞がかった幽香が現れる。やべぇ。もう勝てない気がする。しかし負けてはいられない。この世界で自由を手に入れるためには、絶対に乗り越えねばならない相手である。

 集中したあとで、素早く手をかざす。

 

 

「呪縛!」

 

 白い鎖が幽香もどきに絡みつき、雁字搦めにする。あの女の恐ろしいところは、圧倒的なパワーである。とにかく動きを封じなければ勝ち目はない。

 さらに葉っぱを三枚使い、自分の周りに妖結界を構築。まずは防御を固める。幽香ならば、口から怪光線ぐらい容易く放つだろう。

 両手を使って印を結ぶ。前の知識にあったのでまねてみたら、効果が倍増したのできっと意味のあるものなのだろう。邪を払うものだったはずであり、妖怪である私が使うのはどうなんだという話だが、今は神や仏の力も借りたいときである。エクソシストでも来てくれたら即座に泣きついてしまう。

 

 

「呼吸を整えて、精神を集中する!」

 

 

 カッと目を見開き、固く握り締めた両手を幽香もどきへと向ける。

 

 

「魔界煉獄ビームッ……もどき!」

 

 

 格好つけて本気で放ってしまうと私の大事な彼岸花地帯が大惨事となってしまうので、小さな火の粉を作成するだけの『必殺技もどき』に留める。魔界とつけたのは特に理由はない。なんか格好良さそうだし。魔界といえば魔王。魔王といえば第六天魔王。火属性につよくなりそう。エンチャントファイア的な意味で。

 

 幽香は間違いなく草・格闘タイプなので、攻めるならば炎と術が良い。効果は抜群のはずだ。それに、ガチンコ対決だと勝てる気がしないので、搦め手を使って陥れなければならない。卑怯だろうがなんだろうが勝てば良いのだ。

 

 と、自分では思っているのだが、幽香の教育方針は全く違う。力こそパワー。パワーこそ大正義。力なきものは死ねが幽香のモットー。その主義を私はいやというほど体に教え込まれている。子供にあった教育をしましょうと誰か注意してくれる人はいなかったのだろうか。うん、いない。

 妖力の限界値を徹底的に鍛え、真正面から叩き潰すための鍛錬を私に課している。一体私をどうしたいのかと聞いてみたいところだ。予想では、幽香の遊び相手ぐらい務められるように、だと思う。そう、妖怪サンドバッグである。だって2Pカラーだから仕方がない。

 

 ちなみに、目の前にいた幽香もどきのイメージは、私の魔界煉獄ビームを片手で容易く掻き消していた。呪縛が効いていたのは僅か3秒。本当に恐ろしい。実戦だったら十秒もたずにノックアウトである。化物め。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、鍛錬を開始しようとしていたら、空から号外が降ってきた。『スペルカードルール制定』を大々的に知らせる内容だ。文々。新聞、射命丸文が作成している新聞。初めて見たので感動もひとしおだ。やはりここは東方世界なんだなぁとしみじみと感じる。

 私も早く修羅の道から抜け出したいものだ。小指でケジメつけてもいいので逃げ出したい。とにかく、この号外は私の宝物に――。

 

 

「……ふん。弱者のお遊戯につきあえって? 馬鹿馬鹿しい」

 

 号外は乱暴に取り上げられ、妖術の炎で燃やされてしまった。

 

 

「…………」

「何よ。私の行いに文句でもあるの?」

「いいえ。全くありません」

「もしかして、興味があったのかしら」

「いいえ。全くありません」

「本当に?」

「本当です」

「相変わらず嘘が下手くそね。まぁ、お遊戯のことなんてどうでもいいの。さぁ、今日も楽しい鍛錬を始めましょう。お前はもっと強くなる義務がある」

 

 楽しくないし、そんな義務もないのでやめてください。心の中で叫ぶが聞いてくれる優しい人は存在しない。

 それに、なんで嘘がバレたのか。表情は限界まで殺しているはずなのに。まさかさとり能力まで身につけているのでは。否定できないのが恐ろしい。なにをしでかしても、こいつならありえるという迫力がある。

 

 しかし、はっきりと分かった。今はスペルカードルール制定直後。つまり、異変の数々はこれから起こっていく。実力主義が否定される、非修羅の世界がようやく到来するのだ! 平和万歳! やったね燐香ちゃん、友達が増えるよ! もう鼻歌でも歌いだしたくなるほどだ。

 

 

「私の話を聞かずにニヤついているなんて、随分と余裕みたいね。今日はお前が白目を剥いて気絶するまでやってみましょうか」

「……え」

 

 話を聞き逃していたのか。致命的な失敗だ。殴られなかったことは幸いだが、その報いは大きい。

 

「反論は許さない。さぁ、新記録に挑戦しましょう。――構え、撃てッ!!」

 

 

 幽香が隣で極大光線をぶっ放す。元祖マスタースパーク。凄まじい威力だ。私もそれに続いてぶっ放す。暫くすると、こちらの光は数本へと分岐する。いわば、拡散型マスタースパークである。力で幽香に劣る分、小手先の技術を用いている。真正面からでは打ち勝てないのであれば、こうするしかない。いずれ、幽香のふざけた脳天に叩き込んでやろうと決意している。もちろん意気込みだけだ。

 ちなみに収束型も習得している。威力を重視した、確実に急所を貫くための螺旋を纏った必殺光線。これは奥の手なので披露していない。

 

「ようやく実戦レベルといったところかしら。最初にふざけたことをしたときは、捻り殺してやろうかと思ったけど、我慢した甲斐があったわね」

「はい。お母様」

 

 顔を引き攣らせながら、深々と同意しておく。ちなみに、私の幽香への呼称は『お母様』である。心の中では、悪魔、鬼、あの女、外道、優しくない方の幽香、などなどバリエーション豊かなものが揃っている。さとり妖怪でもつれて来られたら私は軽く百回は死んでいることだろう。

 

 幽香の妖力から生まれたのだから、確かに親に当る。しかし、私の自由は誰にも束縛されてたまるものか。全ては紅い霧がでるまでの辛抱だ。そのために隠形術もこっそり修行したし、逃走術や結界術も訓練している。幽香いわく、小手先の技術。隠れて修行しているのがバレたら百回殺される。だが止めない。自由を得る為に必要なリスクだから。

 

 自由を手に入れたら、友達を沢山作るのだ。人里に遊びにいったり、幻想郷を見て回ったりしてほっこり暮らすのだ。こんな世紀末格闘ゲームの世界なんて真っ平ゴメンである。そういうのは鬼と好きなだけやっていればよろしいのだ。

 

「次ッ。敵は溜める時間なんて待ってくれないわよ。何度も言わせるな、グズが!」

「わ、わかりましたから、焦らせないでください」

「言い訳など聞く耳持たないわ」

「は、波アアアアアッッ!!」

 

 弁解は罵声でかき消されるのだった。反応すれば三倍の罵声と鉄拳が飛んでくる。

 しかし気合だけはのってきたので、両手で拡散光線をぶっぱなす。太陽の力もついでに借りておこう。フシギバナ先生のソーラービームへと変更だ。拡散ダブルソーラービーム。大空をのぼっていく多重光線。実に気分爽快である。残念なことに、太陽パワーは幽香には効果はいまいちである。うっかり使用して吸収されないように絶対に気をつけようと心に誓う。

 

 ふと隣を見ると、幽香が満足気に頷いていた。仮想敵はお前なのだとにこやかに告げてやりたかったが、なんとか堪えることに成功した。私は実に親孝行である。



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第三話 忌むべきモノ

 風見幽香は誰よりも強くありたいと思っている。そのための努力は惜しまないし、誰にも遅れを取るつもりはない。だが、最近自分の限界というものも感じ始めている。僅かにだが、山の頂が見えてきてしまったのだ。花妖怪としての限界。そこに至ったら、一体自分はどうすれば良いのか。分からない。分かりたくもない。

 

 ――諦めと停滞が精神を殺す。“退屈”、それが幽香には何よりも恐ろしい。

 

 

 

 

「完全な実力主義を否定する、か。実にくだらないことを考えたものね」

「そう言われては立つ瀬がありませんわ。私達が寝る間も惜しんで、一生懸命に頭を捻ったというのに」

「それはご苦労様。でも、やりたいようにやって何が悪いのかしら」

「全部よ。ここは私達の最後の楽園。最低限の秩序を守ることは当然でしょう」

「私が知ったことか」

「つれないわねぇ。でも、最後には貴方も守ってくれるのでしょう? 今だってちゃあんとルールを守っているのだから。貴方は妖怪の優等生さんね」

 

 前方の空間に薄気味悪い切れ目が入り、ゆっくりと、化物の口が開くかのように、ぬるりと広がっていく。中から扇子片手に現れたのは妖怪の賢者を名乗る、八雲紫。幻想郷の管理者を称する化物だ。

 

 

「挨拶もなしに人様の家に侵入するのが、管理者の仕事なのかしら?」

「友との語らいの前に、他人行儀な挨拶は無粋じゃなくて?」

「鳥肌が立つから冗談でもやめろ」

「奇遇ね、実は私もなのよ。ああ、寒い寒い」

 

 紫が隙間に腰掛ける。一体どういう仕組みなのかは分からない。神出鬼没の隙間妖怪、何度か戦ったがいまだ決着はつかない。というより、本気を出してこない。相手をしていても面白くないので、幽香もそのうち手を出すのを止めた。つまらないことはしないのだ。

 

 

「用がないならとっと帰れ。用があるならお前の式で知らせろ。顔を見るだけで不愉快なの」

「そんなに慌てないで。話はこれからじゃない。私は貴方と、直接話をしたかったのよ」

「なら早くしなさい。私はお前みたいに暇じゃないの。今すぐに用件を話せ」

「だから慌てないで、幽香。もっとゆとりを持ちましょうよ。……ああ、呼び方は幽香お母様、の方が良かったかしら?」

「殺されたいみたいね。なら今すぐにやりましょうか。いい加減、決着をつけましょう」

「ふふ、冗談よ。そんなことより、あの子、健やかに育っているみたいねぇ。子供の成長は本当に早い。見違えちゃったわぁ」

 

 試すような視線を送ってくる。恐らく挑発しているのだろう。今攻撃を仕掛けても、隙間で受け流される。こいつを表にたたき出すには、ある程度の溜めが必要となる。

 

「お前には関係ない」

「ね、少しは優しくしてあげたらどうかしら。知っていて? あの子、たまに泣いているのよ。もう見ていられなくて」

「なら見るな。お前には関係ない」

「はぁ、本当につれないわね。少しは会話を続かせなさいな。私達は獣じゃないのだから」

「そうする意義を欠片も見出せない。つまらないことはやらない主義なの」

「なるほど。じゃあ、燐香ちゃんの育児は面白いってことよねぇ。語るに落ちるとはこのことかしら」

 

 幽香は激しい敵意を露わにする。自分の世話している花に手を出されたら、誰だって殺したくなるだろう。あれは、私が育てるべきものだ。今は誰にも邪魔させない。

 

 

「お前はあの子に関わるな。見るな触るな話しかけるなッ」

 

 声を荒らげてしまったが、何も問題ない。感情を押し殺してまで堪える必要はない。あるがままに生きるのが妖怪だ。

 

「あらあら怖い。地底の妖怪もびっくりするほどの嫉妬を感じるわ。肌が焼かれてしまいそうね。――うふふ」

「スペルカードだろうがなんだろうが、お前の好きにやればいい。私達には何の関係もない。だから私達にも関わるな」

「残念だけど、そうはいかないのよ。幻想郷に住まう者にこのやり方を浸透させるのが今の私の使命。殺し合いを繰り広げていた世の中に戻ったら、今度こそ――」

 

 滅びる。だからなんだというのだ。ありのまま、自分の本能のまま生きていくのが妖怪の本分だろうが。他のことなど知ったことではない。最後に待ち受けるのが破滅ならば受け入れる。自分を曲げるのは死んでもご免だ。

 

 

「ふふ、目は口ほどに物を言う。貴方のその愚直なまでの考えは、妖怪の在り方としてとても好ましい。だけど、少しだけ我慢も覚えてくれないかしら。貴方の力は、放置できるほど生易しいものじゃないのよ。いい? ここは“私達”の楽園なの。それを貴方もしっかり認識して頂戴」

「知るか。それこそ私の知ったことじゃない。責任を負った覚えはないわ」

「本当につれないわね。……はぁ。貴方がいつまでもそういう態度だと、あの子に直接お願いするしか――」

 

 最後まで言わせず、妖力を纏わせた手刀を紫へと繰り出した。喉を潰してやるつもりで放ったそれは、紫の左手で受け止められる。即座に結界を展開したらしい。だが、そんなに甘い攻撃ではない。結界を貫き、紫の左手の指が何本か吹き飛んだ。

 

 

「ふふふ。守るものが出来た女は強い、とでも言えばよいのかしら。それって、素敵なことよねぇ。私も可愛い式がいるから、気持ちは分かるわぁ」

 

 消し飛ばしたはずの左指が、一瞬で再生していく。

 

「うるさい。黙れ。今すぐに帰れ。出て行け。不愉快だ」

「言われなくても、私も忙しいからお暇するわ。ああそうだ、お土産代わりにいいものをあげるわ。きっと、貴方の役に立つと思うの。続きが欲しくなったら、人里の貸し本屋にいくと良いわよ」

 

 紫はにこりと笑って会釈した後、本を机に置いて隙間に消えていった。机に残されたのは、分厚い本。人間の赤子の表紙には、ぴよこ倶楽部と書かれていた。

 幽香はそれを無造作に掴むと、外へと乱暴に投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー本当に面白かった! あいつ、あんなに感情をむき出しにしちゃって。ちょっと痛かったけど、なんだか癖になっちゃいそうねぇ」

 

 紫は上機嫌で住処へと帰還した。幽香とのやり取りは緊張感があって実に面白い。友人の西行寺幽々子との穏やかな空気とはまた違う趣がある。あのむき出しの殺意は、妖怪として実に好ましい。率直にそれを表せる幽香を、少しだけ羨ましいとすら思う。自分の立場でできることではない。八雲紫には背負っているものがある。

 

 

「また風見幽香をからかいに行っていたのですか?」

「ええ。あいつとやりあっていると、まだまだ自分も若いって思えるようになるのよ。それって素敵なことでしょう?」

「……はぁ。そうでしょうか」

 

 呆れた藍の声。この趣が分からないとは、能力だけは一丁前だがまだまだ未熟である。

 

「たまには緊張を味わっておかないと、闘争本能が腐っちゃうでしょう」

「そうなのですか?」

「適度な緊張は若さを保つ秘訣よ。私の式なんだから、それくらい理解しなさいな」

 

「……はい。それで、風見幽香は従いそうでしたか?」

 

 話題を変える藍。こういう余計な技術だけは一丁前になってしまった。誰に似たのだか知らないが、たまに横っ面を叩きたくなる。小生意気とでもいうのだろうか。それもひっくるめて可愛いのだが。

 

「口では反抗していたけど、流れには従うでしょうね。だって、あいつは今育児に夢中だし。限界まで成長する前に暴れるなんてことは、絶対にしないと思うわ」

「風見、燐香ですか」

「そうよ。あいつのイカれた鍛錬、貴方も知っているでしょう。気が触れたかのようなスパルタ教育。まさにドSの本分発揮って感じよ。あそこまでやるなんて、本当に馬鹿よねぇ」

 

 

 本当に馬鹿だと思う。同時に、それだけ入れ込んでいるということだ。そうでなければ、あのような行為はできない。続けられない。自分ならば、風見燐香はこの世にすでにいないだろう。

 

「……紫様。あれは、危険な存在ではないでしょうか。あれは、我々の監視に気がついております」

「あらあら。可愛らしい少女に、あれだなんて、藍はいけない子ねぇ」

 

 愉快そうに紫は笑う。そんなことは言われなくても百も承知だ。何度か監視している際に、目がバッチリあっている。

 不敵にも凄まじいまでの敵意をぶつけてきたので、こちらも遊び半分に殺気をぶつけてやった。特に反応がなかったので、その時は大人しく引き下がったのだが。もう少し手をだして、底を見ても良かったとも思っている。ただし、その場合は幽香とも遣り合っていただろう。

 

 折をみて、一度話をする必要がある。当然、風見幽香とはやりあう羽目になるが。どういう思考の持ち主なのか、見極める必要がある。

 

「まだ誕生してから十年足らずだというのに、あの妖力です。さらに恐るべきは、潜在能力の底が見通せないこと。風見幽香がこれから数百年掛けて鍛え上げたとしたら、果たして」

「へぇ。中々見えてるのねぇ、藍」

「当然のことです。危険因子であることに疑うところはありません」

 

 紫は扇子を口元に当てる。藍の危惧するところは紫ももちろん考えている。

 一見、幽香のやりたいことは単純明快だ。最強の妖怪を作り上げること。自分の妖力から生まれた娘を幻想郷で大暴れさせる。そして、最後には自分を消滅させるほどまでに育て上げたいのか。もしくは自分の手で摘み取りたいか。藍の考えはこんなところか。

 だが、物事はそう単純ではない。色々と裏がある。藍は知らないだろうが。

 いずれにせよ、歪んだ愛情だと思う。

 幽香は愛情など欠片もないと否定するだろうが。その癖、少しちょっかいをかけたら、雌の獣の如く怒り狂う。

 そこまで考えていると、藍が真剣なまなざしで訴えてくる。

 

「直ちに排除するのが最善かと。あの幼い妖怪の根幹を成すもの。アレは間違いなく――」

「藍。それ以上は言わなくても分かっているわ。私だけじゃなく、幽香もね。それを理解したうえでもう一度見てみなさい。違う側面も見えてくるかもしれないわよ?」

「申し訳ありませんが、分かりかねます。私としては、やはり排除するのが最善と考えます。病巣を取り除くのであれば、早いに越したことはありません」

 

 病巣と例える藍を、八雲紫は目を細めて一瞬だけ睨みつける。

 

「あぁ、藍はせっかちさんなのね。後、病巣なんて言い方はやめなさい」

「……申し訳ありません」

「別にどれだけ強くなろうが構わないのよ。鬼や悪魔、神より強くなっても問題はない。最低限のルールさえ守ってくれれば、幻想郷は全てを受け入れるもの」

「あの風見幽香が、それを守るでしょうか? 風見燐香に対しての教育、鍛錬、あれは、別の目論見もあるのでは?」

「さぁてね。いずれにせよ、ルールを守らせるのが私たちのお仕事。それでも聞き分けないときは――」

「はい、無論承知しております」

「あらあら。藍は本当にせっかちさんねぇ。私はまだ何も言っていないというのに」

「申し訳ありません。しかし、お任せ下さい」

「ま、今は大人しく見守りましょうか。時間はまだまだあるものね。私達妖怪は、慌てる必要なんて一つもない。――ね、橙」

 

 紫は駆け寄ってきた橙を抱き寄せる。誰でも子供は可愛いものだ。それは幽香も変わりはない。しかし、一方的な愛情というものは、子供にとって大きな負担である。それを、あの戦闘狂は気付いていない。もしくは気付いた上で行なっているのか。

 

(このままじゃ永遠に救われないわよ、幽香。でも、安心して?)

 

 だから、いつの日か鎖をつけてしまおう。この八雲紫の手でだ。そのとき、風見幽香がどんな顔をするのか。ああ、本当に楽しみである。

 



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第四話 明日への逃走

 ――時は来た。それだけだ!

 

 笑みを押し殺しながら、心の中でガッツポーズをとる。空は真っ赤な霧模様。空気は濁って体に悪そう! だがそんなことは全く問題ではない。いよいよ紅霧異変が、『東方紅魔郷』が始まったのだ! 本編開始おめでとうございます!

 

 

「……ふふふ。くくくっ。ははははは!」

 

 魔王みたいに小声で笑ってみる。テンションMAX、いますぐ小躍りしたい気分を必死に押さえ、鏡を見る。

 真っ赤な髪に、目つきの悪いいつもの顔。笑みを浮かべれば、なんというか嘲笑と形容するしかないレベル。服装は赤と黒のチェックのベストにお気に入りの白いワイシャツ。心が綺麗になる気がする。洗濯は自分で一生懸命しているので血の痕は残っていない。表情に気をつければ、友達百人などすぐにできてしまうだろう。

 

 ああ、とにかく人が恋しい。十年間も常にプレッシャーを受けながら生活するというのは本当に辛かった。経験したことはないが懲役生活と例えても良い。言いすぎか。修行地獄の虎の穴ぐらいにしておこう。

 

 

「…………ううっ」

 

 思わず涙が出てくるではないか。さぁ、地獄のような日々にサヨウナラ。ウェルカム自由な日々よ! 

 ここに至ってはもう恨みつらみを述べるのは止めよう。ご飯を食べさせてくれ、死ぬ寸前まで特訓してくれた自称母親に、嫌だけど感謝しよう。骨髄に徹した恨みを忘れ、仏のような寛大な心を持ってだ!

 

「…………」

 

 チラリと幽香の部屋を覗き見る。先刻は珍しくなにかの本をひたすら読んでいた。寝やがったのはつい先ほどである。早く寝ろと念を送った効果が現れたのかもしれない。

 しかし、あれほど真剣に読み込むとは、恐らく暗殺術教本か何かに違いない。『笑いながら人を殺す術』を伝授される前に、修羅の家とはオサラバしよう。お前で試してやろうと確実に言うからだ。

 

「忘れ物はないようにっと」

 

 幽香が気紛れで買ってきてくれたリュックサックに、着替えと食糧を詰め込んでいく。ついでに私の背丈に合わせた日傘もだ。

 あの風見幽香とお揃いだーと呑気に、そして健気に喜んでいた時が懐かしい。いきなり日傘で剣術もどきを叩き込まれるとは思わなかった。

 もう我慢ならないと必殺の牙突を繰り出してやったら、正面からマスタースパークで薙ぎ払われた。剣術勝負だと思っていたのになんでもありだったらしい。子供相手にルール無用とは恐ろしい女である。絶対に許さない。

 

 

「――と、その前に」

 

 同居人がいきなりいなくなったら、流石の悪魔も少しは驚くかもしれない。よって、どろどろと滾ってくる感情を篭めた書置きを残してやることにする。

 

 

『今まで本当にお世話になりました。自分探しの旅に出ます。絶対に探さないでください。お元気で。さようなら。くたばりやがれ』

 

 

 完璧である。絶対にというところを波線を引いて強調しておく。最後の『くたばりやがれ』という文字は認識できないくらい小さく隅に書いておいた。念のためである。だって報復が怖いし。

 まぁそれは大丈夫だろうけど。幻想郷はとにかく広い。絶対に見つからないと私は確信できる。

 誰かの魂を勝手に懸けても良いぐらいの自信がある。

 

 なにしろ、私はこのときの為に隠形術を自力で習得しているのだから。なんと、念を篭めている限り透明になっていられる素敵な術だ。これがあればどこでも入りたい放題間違いなし。食い逃げもできちゃうし、多分幽香が張っている警戒線も抜けれる。実際に抜け出たことがないので分からないが。多分平気。

 

 そして逃走術全般。妖術で身代わりを作成して囮としたり、脚力を強化して行方をくらませる。幽香は足がそんなに速くない……と思う。全力を見たことはないが、いつも強者の余裕をもって行動している。つまり、息を切らせながら追いかけてくることはないと断言できる。見栄っぱりなのだ。

 そして最大の理由は、私のことなどそのうち忘れるからだ。幽香にとって、自分は形の珍しい石ころのようなものである。手放すにはちょっと惜しいが、執念深く追いかけるほどでもない。それが私なのだ。一日経てばケロっと忘れているだろう。

 

 

「準備オッケー。オールグリーン」

 

 適当なことを呟きながら、こっそりと家を出る。辛かったけど十年以上過ごした場所だ。少しは感傷もある。

 だが浸っている余裕はない。この紅霧が出ているうちにできるだけ遠くへ逃げなければ。いや、ちょっとだけ紅魔館を見学にいっても良いかもしれない。だって、一度しかない紅霧異変だもの。この世界にいるなら、色々と体験したいというか、この目で見たいではないか。

 十六夜咲夜の時を止める術とか凄い見てみたい。ザワールドごっこを私もしたいです。時の世界に入門してみよう。

 ああ、本当に心がウキウキしてきた。イヤッホウと叫びたい気持ちを押し殺しつつ、隠形術を行使して私は向日葵畑を後にする。途中で念を篭めた葉っぱを回収して、そのまま脱出だ!

 

 

「Hello World! 焦がれ焦がれた新世界への第一歩! 超元気にいってみよう!」

 

 

 

 

 

 

 夜の闇と紅霧を切り裂いて、私は全速力で飛び続ける。いまいち速さがたりないけど、これが私の全力だ。

 無名の丘を越えて、魔法の森上空へとようやく到着。この森のどこかには、東方シリーズ主人公の一人、霧雨魔理沙の住居があるはず。それとアリス・マーガトロイドの家かな?

 ちょっとだけ見に行きたいけど、森は予想以上に広い。探すのは骨が折れそうだ。それになんだか不気味である。夜に迷子になったら洒落にならない。狼とかいたらどうしよう。マジこわい。むしろ妖怪とかに襲われたりしたら困る。

 いや、別に飛べばいいだけなんだけども、なんとなく歩いてみたい気もする。

 そんなことを唸りながら考えていたら、背後に気配を感じてしまった。

 

「――ッ!?」

 

 げえっ、幽香!? とばかりに目を見開いて後ろを振り返る。違ったのでちょっとだけ安心する。

 

 

「…………」

「…………こ、こんばんは」

 

 

 都会派魔法使い、アリス・マーガトロイドが現れた!

 先手をうって挨拶だけはしておく。

 この人の属性は、エスパーだろうか。私は草と多分炎なので相性的には問題ない。でもかなわないと思う。エースと新兵ぐらいの格の差がある。機体性能だけの私では太刀打ちできそうにない。

 

 

「……風見幽香?」

「いいえ、違います。人違いです。見間違いです。ただの勘違いです」

 

 

 即座に否定する。あの悪魔と同一視されてしまっては、今までの私の苦労が救われない。それと友達ができなくなってしまう。

 私の予想では、修羅の幽香は、相手を選ばずに喧嘩を吹っかけているに違いない。多分、東方世界にも色々な世界があるのだ。

 私の生まれてしまったこの世界では、修羅道を極めようとする風見幽香だっただけのこと。運命とは実に無常である。レミリアに頼んだらなんとかならないだろうか。

 ああ、優しさMAXな幽香がいる世界に移動したい。誰かトレードしてくれないかな。こちらの風見幽香をゴローニャに進化させてくれる友達を募集したい。友達一人もいないけど。というか知り合いもいないけど。

 

 

「どうみても、そうは思えないけど」

「情けがあるなら見逃してください。一生のお願いです」

 

 泣き落としにかかる。アリス相手では絶対に勝てないと思う。風見幽香に顔が似てる、よし殺す! という超展開が、この人も修羅道を邁進していたらありえる話だ。だから初手泣き落とし。哀れみをかうために慈悲を乞うのだ。自慢ではないが、私にプライドなどかけらもない。

 

「発言は情けない割に、突き刺さるような威圧感は凄まじい。それに、その服装。ただ似ているという訳ではなさそうね。まさか、あの妖怪の子供?」

 

 ……なんだか悲しいすれ違いが発生している気がする。人類はもっと分かり合えるはず。私は妖怪だから駄目かもしれない。

 

「話せば長くなるので、話さなくて良いですか?」

「そういうわけにはいかないわ。私は自分の身を守らなければならないから」

「そうですか。残念です」

 

 

 もっとフレンドリーに話したいのだが、10年間ボッチで、話し相手が幽香だけだったので上手くいかない。固い敬語になってしまう。せっかくアリスと会えたのに本当に残念である。誰のせいであろうか。もちろんあれのせいである。

 現実逃避しようとしていたら、更に尋問は続く。アリスは見逃してくれないらしい。

 

 

「……何が目的で、ここにいるの?」

「明日への逃走のために」

「意味が分からないんだけど」

「話せば長くなるんですが、聞いてもらえますか? 大体三時間ぐらいで終わります」

「…………」

「戦う意志はありません。本当です。トラストミー」

 

 警戒心バリバリのアリス。多分、この邪悪な外見がいけないのだと思う。ああ、次生まれ変わったら妖精になりたい。そんなことを思っていると。

 

 

「まぁいいわ。この下に私の家があるの。そこで話を聞きましょうか」

「え?」

 

 まさかのお言葉。もしかして、この人は修羅道じゃないのだろうか。それとも、油断させて騙まし討ちする気なんじゃ。馬鹿が、引っ掛かったな!みたいな。

 

「お茶ぐらい出しても良い。ただし、私に敵対するような行動はしないと約束できるならね」

「や、約束します。命を懸けて約束します!」

 

 即答する。人の優しさが身にしみる。涙目になってしまう。話を聞いてもらえる、ああ、これだけなのになんて素晴らしいのだろう。問答無用で襲い掛かられることがないだけで、世界が救われた気分になる。

 

 

「ちょ、ちょっと。なんでいきなり泣いてるの!?」

「――ううっ。は、話せば長くなるのですが」

「わ、分かったから。ほら、とにかく行きましょう。……なんだか面倒なことに首を突っ込んでしまった気がしてならないわ」

「当ってます」

「自分で言わないでくれるかしら。こっちが泣きたくなるから」

 

 

 何故かアリスに頭を撫でられながら降下していく私。精神年齢が幼いから仕方がない。感情が引き摺られるのだ。

 ――ふと強烈な殺気を感じて周囲を見渡す。誰もいなかった。気のせいだったようだ。疲れているのかもしれない。緊張しすぎていたし。

 大丈夫。気付かれているはずがない。私の隠形術は完璧だったはずだから。

 



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第五話 優しい世界

 凄まじいまでの敵意と突き刺すような圧力を感じ、アリス・マーガトロイドは素早く目を覚ました。この状況で寝ていられるような者は、魔法使いを名乗る資格はない。今すぐにでも攻撃を受けてもおかしくない。アリスは素早く戦闘準備を整え、紅霧漂う上空へと飛び出した。

 

 

(まさか、吸血鬼? でも、私を狙う理由はないはず。一体なにが目的で)

 

 

 強烈な圧力の正体は、悠然とアリスの住居の真上で佇んでいた。名乗りあいを行なう必要などない。相手はすでに敵対行動を取っているのだ。こちらにも気付いているだろう。望むところとばかりに背後を取り、先制攻撃を仕掛けようとした瞬間、それはこちらを振り向いた。

 

 

「――ッ!?」

 

 こちらを試すような表情で、見下ろしてくるその表情。見覚えがある。人里で何度かあったことがある花の妖怪、風見幽香と瓜二つだ。違うところは、鮮やかな緑髪が艶かしい鮮血色に変化しているところか。そして幼くなっている。まさか、この霧の影響で変わったとでもいうのか。そして何が目的なのか。

 

 

「……風見幽香?」

「いいえ、違います」

 

 即座に否定されてしまった。何度か会話を行い、相手の目的、素性を問い質すがいまいち要領を得ない。

 というよりも、だんだんとその顔が歪み、涙を浮かべ始めている。常に余裕綽綽の風見幽香の容姿で、情けない顔をされると違和感が凄まじい。

 このままでは時間の無駄と判断し、とりあえず家へと移動することにする。紅霧が邪魔くさいのもある。もちろん警戒は続けたままだ。これだけの妖力の持ち主に、不意を衝かれたら、ダメージは避けられない。

 

 

「……はじめまして、でいいのよね。私はアリス・マーガトロイド。貴方、一体何者なの?」

「風見燐香。風見幽香の妖力から生み出された妖怪です」

「なるほど。それで容姿がにていると」

「2Pカラーとも言います」

「どういうこと?」

「似て非なる紛い物です」

「なるほど」

 

 一応納得はいった。それならば容姿が瓜二つなことも理解できる。しかし、未だに発せられているこの圧力はなんなのだ。発言とは異なり、戦闘を行なう意志があるということか。

 

 

「ゆっくり話をする前にお願いなんだけど。私に敵意、或いはそれに該当するものを向けるのをやめてくれる?」

「えっ」

「え?」

 

 目を丸く見開いたまま固まる燐香。私も意味が分からず首を傾げる。

 

「…………」

「……ねぇ。私の話を聞いてた? 敵意を向けるなと言っているのよ」

 

 

 少し口調を刺々しくして警告を与えると、心外だったらしく頭を何回も下げてきた。

 

 

「この状態を常に維持していろと、死ぬ程叩き込まれたんです。だから、止め方がよく分かりません」

「…………」

 

 軽く溜息を吐いた後、心を落ち着かせて深呼吸を数回行えと指導する。そして、穏やかな水面を思い浮かべ、それを維持しろと告げる。単純だが効果はあるはずだ。

 妖術や魔術の中には、強烈な威圧を生じさせ、持続させるものがある。敵にプレッシャーをかけるためや、実力のない雑魚共を近づけさせないためである。同格の相手にたいしては当たり前だが挑発行為になる。

 

 

「一体どういう教育を受けてきたのよ。こんな状態でいたら、まともに話なんてできないでしょうに」

「……二人目です」

「はい?」

「アリスさんで、二人目」

「何が」

「会話をしたのが」

「……意味が分からない」

「ずっと一人ボッチだったので、お母様以外では、部屋の壁が話し相手でした」

 

 

 先程より大きな溜息を吐く。非常に面倒なことに関わってしまった気がする。

 ぽつりぽつりと、燐香が事情を話し始める。誕生してから10年間、徹底した戦闘教育のみを受け続け、まともな会話をしたことがないと。我慢できなくなり、この紅霧異変に乗じて家出したと。その途中で、たまたまここに来てしまったらしい。アリスは威圧感に誘い出されてしまったというわけだ。見逃しておけば面倒なことには巻き込まれなかった。後悔先に立たず。

 

 

「――と、いうわけです」

「なるほど。……それは、大変だったわね」

「同情してくれて、ありがとうございます」

 

 歪な教育を叩き込み、環境を用意したのはなんのためか。徹底的なまでに自分以外の者を近づけないため。何故か。自分だけのものと強調するため。世界には二人だけがいれば良い。実に歪んでいる。

 そして、最悪なことに、アリスはこの少女が話した二人目となってしまった。非常にまずい。小熊を攫われた母熊は、一体どういう行動を取るだろうか。今頃、血眼になって探しているか、それとも――。

 背筋に寒気が走る。思わず天井を見上げる。一瞬だが、妙な気配がしたような。勘違いとは思えない。

 

 

「……貴方は、これからどうするの?」

「とりあえず、自由に世界を見て回りたいです。この世界に興味津々なので」

 

 

 意外と前向きなようだ。目に力が戻っている。多分、あと数時間で陰ることになるだろうなと、アリスは同情してやった。

 

 

「そう。……ちなみに、これからの予定は? といっても深夜だけど」

「あの、よければ今晩だけ泊めていただくわけには。勿論お礼はします」

「別にお礼はいらない。今日だけなら、好きにしなさい。流石に子供を追い出すような真似はしないわ」

 

 もうどうにでもなれと諦めて、アリスは力なく頷いた。予感だが、すでにこちらの状況は把握されている。今更追い出したところで何の解決にもならない。むしろ、それが最悪の選択に成る可能性すらある。

 アリスは何度目か分からない溜息を吐くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――アリスはいい人だった! 

 世界はこんなにも優しいんだなぁとしみじみと実感する。いきなり現れた不審人物を家に招待してくれただけでなく、力の使い方を教えてくれた上に、ご飯まで用意してくれて、お風呂に寝床まで提供してくれた。なんて優しい人なんだろうと思わず土下座してしまうところだった。

 驚愕したアリスに慌てて止められてしまったが、今は平伏してもしたりない。

 というか、嬉しさのあまり忘れていたが、あの悪魔の教育はやはりとんでもないものであった。常に威圧感を発しているとか、可愛い妖精たちが逃げ出して当たり前だ。有名呪文トヘロスの上に、聖水を常にばら撒きながら歩いているようなもの。会話相手が幽香だけになるのも必然だ。ボッチロードを人知れず邁進していたのだから。

 

「もっと呪いのメッセージを残しておくべきだった。いや、機会はまだある。不幸の手紙を一万通書いてやる」

「落ち着きなさい」

「落ち着いていられません。あの悪魔め。いつかニフラムで消し去ってやります」

 

 意味が分からないとアリスが苦笑している。

 私はといえば怒りのあまり顔が引き攣っていると思うが、その表情はやめなさいとアリスに窘められたので中断する。全力全開の魔界煉獄をあの悪魔の家に叩き込んでやりたい。だが殺されるのでやめておく。今は至福、いや雌伏のとき。あの悪魔が衰弱するまで待ち続けよう。

 

 

「……?」

「どうしたんです?」

「錯覚かしら。髪の色が」

 

 

 私の髪に注目してくるアリス。呪われた色をしているので、それも仕方がない。この赤毛でいいことといえば、血塗れになっても大丈夫なことである。洗わなくても平気!

 

 

「目に悪いので、あまり見ないほうがいいですよ」

「そんなことはないわ。綺麗な色だと思うけど」

「血のように艶かしいと、悪魔に褒められたことがあります」

「そ、そう。良かったわね」

「全く嬉しくありませんでした」

 

 

 

 今までの鬱憤を晴らすが如く私の舌は回り続ける。一日中でも喋り続けられるだろう。何しろ、あのアリスと友好的にトークできているのだから。こんなに嬉しい事はない。やっぱり人類(妖怪)は一部を除いて分かり合えるんだなぁ。

 ちなみに今はパジャマトーク中だ。布団に潜り込んでいる私に、アリスが椅子に座りながら付き合ってくれている。憧れの状況がいまここにあった。なんだか絵本とか読んでくれそうなシチュエーションである。

 もうここの子供になってしまってもいいんじゃないかな! 燐香・マーガトロイドではいまいちだが、リンカ・マーガトロイドならばいい感じだ。

 

「それにしても、本当に10年間、誰とも喋らなかったの?」

「はい。花畑の妖精は逃げ出すし、幽香――あー、お母様の領域からは逃げ出せなかったので。しかも悪魔的な勘の良さなので、隙がないんです」

 

 

 心が元気だったとき、何度かぶっ殺してやろうと罠をはったり、背後から闇討ちしたり、麻痺毒を混ぜた水を飲ませようとしたが全部回避された。というか、逆にやられてしまった。あいつの守護霊はたぶん毘沙門天か何かである。

 

 

「でも、ご飯は食べさせてくれたのね。生活の面倒は見てくれていたみたいだし」

「はい。でも多分ついでです。この10年間、常に沈黙の食事でした。お葬式みたいで凍えるほどクールでしたよ。さっきみたいな穏やかな食卓は、はじめてでした」

「そ、それは大変だったわね」

 

 

 またアリスが同情してくれる。鍛錬の外道さなどは既に説明済み。やはり幻想郷でも幽香のやり方は常識ハズレだったということだ。私が常識人の証明ができたということでもある。

 

 

「とにかく! 悪夢はとっとと忘れて、今はこの異変について調べたいです。スペルカードルールにも興味があるので」

 

 心からの笑みを浮かべると、アリスが自然に頭を撫でてくれた。ほっこり。

 

「へぇ。なら、明日にでも行ってみたらどう? ……行けたらだけど」

 

 後半は何故か小声だった。一応問い返しておく。

 

 

「どこにです?」

「もちろん元凶に会いによ。犯人は吸血鬼っていう噂だし。幻想郷の吸血鬼は紅魔館しか存在しない。そのまま異変を解決してきたらいいんじゃない」

「無理言わないでください。め、目立つようなことをしたら、悪魔に見つかってしまいます」

 

 背筋が寒くなったので、布団を深めに被る。ふと視線を感じたので、小窓へ顔を向ける。暗闇だけがそこにはあった。

 それに、スカーレット姉妹が修羅道をいっていないという保証はない。遠目から眺めて調査しなければ危ない。

 

 

「……多分だけど。このまま逃げ切るのは無理だと思うわよ。少ししたら大人しく戻ったほうがいいと思う」

 

 不吉な言葉で追い討ちがかけられる。

 

 

「それは何故です?」

「私が幽香の立場だったならば、草の根分けてでも貴方を探し出すわ。だって、どうでもいいと思っているなら、10年も時間を無駄にしないもの」

 

 アリスが視線をちらちらと小窓へ向けている。なんとなく緊張しているような気がするのは、きっと気のせいだろう。今日はなんだか肌寒いし。

 

 

「死ぬほど帰りたくないんですけど。というか、帰ったら殺されると思います」

「一度、腹を割って話し合ってみるというのはどうかしら。逃げ続ける人生なんて、疲れるだけよ」

「…………」

 

 腹を割る、いわゆる割腹というやつである。介錯はアリスにお願いできるだろうか。既に魔の手は伸びているのかもしれない。後悔のないようにするには、やはり紅霧異変を見なければなるまい。博麗霊夢に霧雨魔理沙。紅魔館の魅力的な人々。その弾幕ごっこを見た後ならば、少しは納得して逝ける気もする。

 ――よし、明日は東方紅魔郷に参戦決定だ! 冥土の土産に丁度良いし。

 

 

「そんなに思いつめないで。もし貴方にその気があるなら、私が橋渡しをしてあげる。いきなり戦闘にならないように約束したあとでね」

「……本当に、ありがとうございます。私の骨は、彼岸花の畑にまいてくれると嬉しいです。良い肥料になると思うので」

「縁起でもないことを言わないように。さ、子供はもう寝なさい」

 

 心の底から感謝する。介錯はやはりアリスにお願いするとしよう。私は小粋な辞世の句を考えなくちゃ。



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第六話 黒い彼岸花

ちょっと長いです。
ちょっとシリアスです。
ちょっとバトルです。
ちょっとはじけてます。


 のどかな鳥のさえずりが聞こえてくる。どうやらもう朝のようだ。なにやら良い匂いがする。もしかしてアリスが私のために朝食を作ってくれているのでは。気分がルンルンしてきたのでテンションが思わず上がる。

 柔らかい布団に包まったまま大きく伸びをして、意気揚々と目を開ける。

 

「あれれー?」

「おはよう」

 

 

 見覚えのある悪魔が私を見つめている。私の魂を喰らってやろうと、ジッと覗き込んでいる。見詰め合ったまま数秒経過。

 

「…………」

「挨拶の仕方を忘れたの? 目覚めの一撃が必要かしら」

「おはようございます。目覚める世界を間違えました。すぐに帰るので気にしないでください」

「何も間違っていない。それにしても、随分と気持ち良さそうに寝ていたわね。そんなに楽しかった?」

 

 風見幽香の声がする。こんなことはありえないし認められない。一体どうなっているんだ。

 記憶が確かならば、確か私はアリスの家に一泊させてもらっていたはず。今の状況は有り得ない。ということは、これは夢の中ということだ。そうと分かれば安らかな眠りにつけるというものだ。

 

 

「なんだ夢かー。よかったー! それじゃあお休みなさい」

 

 棒読みで良かったーと呟き、固く目を瞑る。絶対に目を開けてはならない。見たら石化するか、塩の柱になってしまう。

 何故だか分からないが手が滅茶苦茶震える。悪魔の凶悪な視線を感じる。なんたる威圧感だ! 

 それから逃れるように布団を顔まで覆おうとしたところ、一気に剥ぎ取られてしまった。

 

 

「3秒以内に起きろ。3、2、1――」

「すぐに起きます!」

 

 死の宣告を掛けられたので、パッと目を開けてベッドから飛び起きる。

 我が家には地獄の3秒ルールが存在する。私がたまに勇気を持って反論した場合、優しい幽香は3秒の猶予を与えてくれる。その時間内に行動を改めなければ報いを受けるという仕組み。勿論反論は受け入れられない。3秒ルールって恐ろしいなぁ。

 憂鬱な気分に浸りながら周囲を見渡す。見覚えのある室内だ。奇妙なことに、太陽の畑にある風見家に間違いなかった。そしてここは殺風景な私の部屋である。

 

 

「朝食は作ってある。食べたらすぐにいつもの場所に来なさい。今日は遅れを取り戻すために徹底的にやるから」

「……はい」

「何か不満があるの?」

「全くありません!」

 

 尋ねておきながら質問を一切受け付けない険しい表情。YES以外発言を許さないと目が言っている。壊れた首振り人形のごとく縦にぶんぶんと振っていると、幽香は鼻を鳴らして部屋から出て行った。

 強烈な圧力が消えたので、ようやく一息つける。まだ寝起きで頭が回らない。とりあえず、身につけた覚えのない寝巻きを脱ぎ、いつもの服を手に取る。一体何があったのかはさっぱり分からない。

 

 壁にかけてある鏡を覗けば、風見幽香を一回り幼くした人物がいる。そして髪は赤色、目の下にはくま。この2Pカラーは間違いなく私だ。ちなみにこの部屋の壁は私の心の友(壁)さんである。どんなときでも、どっしりと構えて私の愚痴を受け止めてくれる優しい友(壁)なのである。たまに殴ったりしたこともあったなぁと感慨に浸る。私達はズッ友(壁)なのだ。

 

 それにしても、あのアリスとの優しい世界の思い出こそが夢だったのか。やはり現実は厳しい。

 何度か瞬きして、夢であるようにと祈ってみたが、それが聞き届けられることはなかった。自由への飛翔はあえなく失敗したようだ。

 

 

「はぁ」

 

 大いに落胆しつつ、とぼとぼと自分の部屋から出る。居間には私のために用意されたらしい朝食がある。パンに野菜サラダにスープ。淹れ立ての紅茶つき。味は美味しい。幽香は料理が上手だ。意地悪で塩と砂糖を間違えたりとかそういうことをされたりはしない。愛情がなくても、美味しい料理は作れるらしい。一つ勉強になった。

 まだ私が初心だった頃、優しいところもあるなぁと思ったものだがすぐに思い知る。料理は幽香の趣味の一つなのだ。だから私への思いやりなどかけらもない。一人分も二人分も一緒ということだろう。

 

 

「本当に憂鬱だ」

 

 というか、早く掻き込んで幽香のもとへ向かわなければ本当に殺されてしまう。慌てて椅子に座り、両手をつかって強引に掻き込んでいく。胸焼けがするが構っている場合ではない。紅茶をぐいっと一気に飲み干し、吐き気を堪えながら食器を片付ける。

 今日は徹底的にやるとか言っていた。いつも徹底的のような気がするが、それを更に上回るという宣告。おそらく、昨日の一件で本気で怒らせてしまったらしい。このまま向かわずに逃走する選択肢もあるが、悲劇的な結末に終わるだろう。

 覚悟を決めて外へと向かう。私の結末を暗示するかのように、空には紅い霧が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

「意外と早かったわね。グズのくせに」

「はい」

 

 生きていてすみませんと言いたくなる。えへへ、私はグズなんです。

 こういった口でのジャブは日常茶飯事。機嫌が悪くなると、濁点が取れてクズに進化する。クズですいません、とふて腐れて言い返した時は強烈な右ストレートを頂いた。強化系には冗談が通じない。

 

 

「……さっさと準備しなさい。今日はいつもの妖力放出を繰り返してやりなさい。休息なしでぶっ倒れるまでね。限界まで追い込んだほうが効果があがる。何も気にせず、死ぬつもりでやれ」

「えっ」

「あ?」

「いえ、なんでもありません」

 

 お前は鬼か。せめて標的が幽香ならば多少は心が救われそうだが、いつも通り空にぶっぱなさなければならない。うっかりバランスを崩して打ち込んでやろうかと思ったりする。やらないけど。

 何故かいつも以上に湧き上がってくるイラつきを堪えながら、妖力を集中させていく。身体の中に澱んだ何かが溜まっていくのを感じる。

 

 

「妖力を溜めながら聞け。お前が昨日世話になっていた魔法使い。アリスとかいったかしら」

「……はい」

 

 夢の中のことにまで口を出してくる幽香。私に逃げ場はないらしい。

 

「何か、余計なことを吹き込まれたりしていないでしょうね」

「はい、全く吹き込まれていません」

 

 だって夢の世界の話だもの。ああ、夢の世界へ帰りたい。それにしても、なんで幽香が私の夢を知っているんだろう。もしかして、あれは夢ではなかったのか。リアリティもあった気がする。

 なんだかよく分からなくなってきた。思考に黒い靄がかかり、混乱してくる。

 

 

「そう。ならいいわ」

 

 興味を失ったかのように、視線を前へと向ける幽香。この質問が、何が目的だったのかは分からない。

 ……ふと一つの疑問がわきあがる。昨夜、私はアリスの家にいた。今朝、私は風見家へ戻っていた。ということは、この悪魔は私の居場所をつきとめ、強引につれて帰ったということだ。

 

 

「お母様」

「何。余計な会話をしている余裕がお前にあるの?」

「アリスさんと会ったのですか?」

「ええ。会ったわね」

「……そうですか。やっぱりあれは、夢じゃなかったんだ」

「お前が家出したのは現実よ。その罰は後でちゃんと与えるから心配いらないわ」

「うっ」

「お前からの手紙、身体が震えるほど嬉しかったわ。ああ、隅に小さく書いてあった真心の篭ったメッセージもちゃんと受け取ったから」

「ううっ」

 

 本当にこわい。くたばりやがれ、までしっかり見てしまったらしい。こうなったら諦めて覚悟を決めるしかない。あーめん。

 それにしても、アリスは大丈夫だろうか。無事だといいのだが。

 幽香の性格からすると、会ってそのまま素直に帰るような妖怪ではない。性格は外道で根性がぐねぐねとひんまがっている。理由はなくても他人の苦しむ顔がみたいなどと、笑顔で言ってのける悪魔だ。

 嫌な予感がする。心がざわめく。悪寒が全身を駆け巡る。

 

 ――この女は、アリスに何もしなかったのだろうか。

 

 

「……アリスさんに、会って何かしましたか?」

「何かとは?」

「危害を与えたかということです。アリスさんは私に親切にしてくれました。本当に感謝しているんです」

「あっそう。どうでもいい話ね」

「…………」

「ふふ。そんなに知りたいの? お前は、知らない方がいいと思うけど」

「……何故です?」

「だって、もう始末は終えてるからね。あいつは余計なことを喋りすぎるから、口を封じてやった――」

 

 幽香がそう言ってのけた瞬間、何かがブチッと切れる音がした。私の堪忍袋が切れる音だ。今までにないほど、黒い怒りが湧きあがってくる。

 

 許せないし許さない。この外道の存在がもう我慢ならない。この腐れた悪魔はここで殺そう。そうだ、この世界はやっぱり間違っていたのだ。私というイレギュラーの存在もそうだが、何よりもこの悪魔がいることが大きなエラーである。ただちに消去しなくてはいけない。綺麗にアンインストールしなくちゃ。

 

 

「お母様」

「何?」

「一つ、お願いがあるんです」

「お前の願いなんて聞くわけないでしょう。身の程を知りなさい」

「いいから死ねよ、この糞外道がッ。――呪縛ッ!!」

 

 幽香から距離を取り、印を結んで呪縛を発動。風見幽香を妖力光の鎖で拘束する。3秒で解かれるだろうが、それだけで十分だ。

 

 

「――ッ!?」

 

 そのまま上空に飛び上がり、まずは自分に妖結界を3重発動。そして、指を鳴らして紅い蕾を10個ほど具現化。今の私の奥の手だ。

 

 

「呪われし悪魔め、この幻想世界から抹消してやるッ!!」

「面白いことを言うじゃない。お前だって妖怪のくせに、よくも人間のようなことを言えるわね」

「うるさいッ! 私はお前みたいに外道じゃない」

「へぇ。今までで一番の気迫を感じるわ。どうやら、本気みたいね。生意気でムカつくわ」

 

 先ほどまで充填していた妖力を各蕾へと注入していく。予想に反して、幽香はまだ呪縛を解いていない。

 それどころか、先ほど僅かに見せていた動揺は消えうせ、面白そうな表情でこちらを眺めている。指先で、クイッと挑発までしてきやがった。

 

 

「いつも通り全力で来なさい。私だけを憎んで恨め。お前はそれを繰り返していればいいの」

「黙れ黙れ黙れッ! 私の10年分の憎悪、思い知れッ!! いつもいつも私に酷い事ばかりしやがって! その余裕ぶった顔に私の苦痛を刻み込んでやるッ!」

 

 憎しみだけが膨張していく。胸の中が黒いもので覆われていく。これで準備は完了した。

 

「本当に口だけは達者ね。私の言葉に表面上は従っておきながら、こんな小手先の技ばかり身につける。だからいつまで立っても糞餓鬼のまま。ああ、私の顔をしているくせに嘆かわしい」

「うるさい!」

「あら、耳に痛かったかしら? なら削ぎ落としてしまいなさい」

 

 もう会話をしていたくない。今すぐ消去だ。体内に蓄えられた妖力を解放する。

 

「破アアアアアアアッ!!」

 

 全ての蕾が開花する。威力を限界まで凝縮した妖力弾を連続で地上目掛けて放つ。幽香は回避行動をとろうとしない。いける。機銃掃射の如く地上に弾幕が降り注ぐ。蕾だけに頼らず、私も妖力光線を放つ。自分の教えた技で殺されるというのはどんな気分だろうか。こちらは実に気分爽快である。

 

 

「外道め、死ね死ね死ねッ! 私がこんなに苦しむのは、全部、全部、おまえのせいだ! あははははははッ! “私達”の恨みを思い知れ!!」

 

 まだまだ攻撃は止まらない。あの悪魔はこんなもんで死ぬ奴じゃない。対幽香用に用意した妖術を発動。妖力弾に炎属性を乗せてプレゼントだ。

 地面が抉れ、砂埃が舞い上がりどうなっているかは目視では分からない。蕾の何個かが暴走して破裂する。限界が近づいている。

 

 

「あああああああああああッ!! これでとどめッ!!」

 

 全力全開、文句なしの収束型妖力光線をひねり出す。螺旋を纏った黒色光線が大地に突き刺さる。

 

 

「ハアッ、ハアッ」

 

 

 戦闘態勢は維持したまま。何かが動く気配はない。

 

「や、やった?」

 

 大きく肩で息をする。このまま意識を失ってしまいそうだ。だが、勝った。私は勝った。そして、幽香を消してやった。大事な大事な登場人物の一人を消し去ってしまった。実に呆気ない。今までの苦悩の日々が嘘のように呆気ない。

 なんだか胸にぽっかりと空虚なものが空いた気がする。ざまぁみろという感情がさっぱり沸いてこない。おかしな話だ。

 しかし勝ちは勝ち。対象が消え去った以上、私の勝ちである。

 

「は、ははっ。なんだ、いつも偉そうにしてたくせに呆気ない。偉そうにしてても、所詮はこんな――」

 

 嘲りを浮かべようとしたとき、砂埃の中からパチパチと手を叩く音が聞こえてくる。そして愉快そうな笑い声。

 

 

「――成長のなさを心配していたのに、やれば少しはできるんじゃないの。今までの私の労力が無駄にならずに済んで安心したわ」

「……う、嘘、でしょ」

「で、貴方の精一杯はこれで終わりかしら? なら、次は私の番よね?」

 

 悪魔はまだ生きている。なんで、どうして生きていられる。今殺さなければ、この後、確実に殺される。だって、あいつは悪魔だから。意味もなく私を苦しめ、それを見て笑う悪魔だ。

 

 

 ――悪魔に死を。“私達”を苦しめ見下す者どもに制裁を。

 

 

 粘ついたどす黒い感情が心の中を埋め尽くす。いや、臓腑、脳まで侵食していく。私の体から、馴染み深い花々が咲き始める。彼岸花。私の花。血のように見事な紅色のそれが、私の感情に反応して艶かしい黒へと変色していく。

 妖力は枯渇しているのに、それに変わる力が満ちてくる。標的はこの下にいる。

 

 殺さなければならない。この世界はおかしいから。だって、世界はもっと明るいはずだ。こんなに暗いはずはない。私が苦しむのはおかしいのだ。全てはあいつのせい。いや、イレギュラーの私のせいか? 頭が混乱してまともな思考ができない。

 

 ――そうだ。エラーは修正しなければ。“風見幽香”が削除できないのであれば、入れ替えればよい。風見幽香を殺し、私がそれに成り代わればよい。だから私の姿はあれと瓜二つなのだ。納得がいった。歪みを正せば世界はまた元に戻る。簡単な話だった。殺意が満ちてくる。私の周囲を黒い彼岸花が覆い尽くす。黒き炎が全身に纏わりつく。手をかざすと、そこに黒炎が集中していく。限界まで凝縮されていく。

 

 幽香の目が大きく見開かれる。何を驚いているのか分からない。もうどうでもよいことだ。

 

 

「――さようなら、お母様。この一撃で、世界はきっと変わる。私は生まれ変わる。そして、私が、新たな風見幽香に」

 

 

 

 全てを焼き尽くす、忌まわしき黒い煉獄が地上目掛けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 額に冷たい感触が当る。どうやら、私は布団で寝かされているらしい。ひどく悪い夢を見た。本当に恐ろしい夢だった。

 ぼやける視界が徐々にはっきりとしてくる。私を心配そうに見下ろしているのは、アリス・マーガトロイド。生きていたみたい。

 ああ、さっきのが夢でよかった。やっぱり世界はこんなにも優しいんだなと認識する。

 と、不吉な思考が頭に浮かぶ。もしかしたらここは死後の世界なのでは。目の前にいるアリスは亡霊。否定できる材料を私は持っていない。

 

 

「ここは、地獄?」

「違うわ」

「じゃあ、天国ですか」

「どうしてそう思うの」

「死んだ筈のアリスさんがいるから。多分、私も死んでいるはずです。ちなみに、私は地獄にいくほど悪いことをした覚えはありません」

「自分で言いきれるのも中々凄いわね。それと、私を勝手に殺さないで頂戴。貴方には残念かもしれないけれど、ここは現世よ」

 

 苦笑するアリス。私の髪を撫でてから「赤に戻っている」と小声で呟いた。

 

 

「それで、気分はどうかしら?」

「あまり、良くはないです」

「それはそうでしょうね。あんな無理をすれば当たり前よ」

「無理?」

「妖力を枯渇させた上に、あれだけの一撃を撃てばね。衰弱して当然。死んでもおかしくなかった」

 

 ……一撃? 妖力枯渇? おかしい。あれは夢だったはず。バッと布団をめくり、上半身を起こす。その拍子に額のタオルがずれて床に落ちる。

 

 

「――わ、私の部屋!?」

「ええ。ここは貴方の部屋よ。私は用事がてら幽香に呼びだされたついでに、貴方の看病を行っていたというわけ。ここまでは理解できたかしら」

「……嘘、でしょう」

「こんな嘘をついて私に何の利益があるのかしら。貴方の看病をする報酬は貰っているから、それは気にしないで良いわよ」

 

 まじでやばい。なんだか凄いことをしでかしてしまっていた気がする。やったか!? まではなんとなく覚えている。それからはいまいち記憶が定かではない。なんだか凄い一撃をぶっぱなした気もするけど、記憶に黒い靄がかかっている。どうなっているのだ。

 

 しかし、やってないということは、幽香は超ピンピンしているということだ。まじやべぇ。多分百回ぐらいぶっ殺されてしまう。こうしてはいられない。今すぐにここを脱出して、地底か冥界に亡命しなければ。本当に殺されてしまう。助けて。

 

 

「ちょ、ちょっと。まだ無理したら駄目……って。いきなりそんな荷物を抱えて、一体どこに行く気なの」

「ま、まずは地底に。なんとか地霊殿まで行ってペットとして暮らします。それで亡命届けを書きたいのですが、どこにいけばもらえますかね。印鑑って必要です?」

「意味の分からないことをいってないで、大人しくしていなさい!」

 

 あわわと動転する私を、人形も駆使して強引にベッドへと押さえつけてくる。今の力では逃げられそうにない。万事休す。

 そこに、今一番来て欲しくない妖怪NO.1が登場する。

 

 

「戻ったわ。様子を見ていてくれて助かった。この報酬は後で渡す」

「それはありがとう。丁度今目覚めたところよ。タイミングが良かったわね」

「ふん、どうでもいいことよ」

「それは、薬草? ……なるほど、それを採りに」

「一々うるさいわね。余計なことを言いすぎるのは、魔法使いの性分なの?」

「ごめんなさい。ああ、謝罪代わりに今調合してあげてもいいけど。滋養強壮用でしょ?」

「報酬は支払わないわよ」

「ただのサービスよ」

 

 小声で会話をしている幽香とアリス。植物の束をアリスに放り投げると、鼻を不機嫌そうにならしてこちらへと近づいてくる。

 この世の終わりである。せめて痛くないようにしてほしいところだ。

 私はベッドの上に正座し、両手を背後に回して首を差し出した。

 

 

「お前は何をしているの? 気でも触れた?」

「私は身の程も弁えず、お母様に対し許されないことをしてしまいました。いかようにもお裁きください」

 

 心はまた折れてしまったし、守るべきプライドもない。目前の悪代官様に逆らう根性もなくなった。あれが夢ではなかったということは、なにをしても風見幽香には勝てないということ。この辛い日々はこれから延々と続くということ。なんだか疲れてしまった。少しだけ怖いが、ここで潰してもらったほうがお互いのためだろう。夢の時間は終わったのだ。

 

「もう殺して下さい。やるだけやってスッキリしたし、そろそろ疲れました」

 

 次はもっと優しい世界に生まれよう。

 

「情けないわね。あの時の威勢はなんだったのか。折角見直したのにまた見損なったわ。恥をしりなさい、負け犬が」

「…………」

「まぁいいか。では罰を与えましょう。ちなみに、簡単に楽にしてやるほど私は甘くない」

「ちょ、ちょっと貴方」

「邪魔よ」

 

 一歩ずつ死神が近づいてくる。小野塚小町の代わりがすぐにでも勤まるだろう。怖い。恐ろしすぎる。私は三途の河を渡れるだろうか。

 悪魔の手が更に近づいてくるのが分かる。包帯がぐるぐるに巻かれた右手。包帯? ああ、きっと料理をするさいに切ってしまったのだろう。この女はきっと野菜を切るのに牛刀を使っているのだ。そんな馬鹿なことを考えて気を紛らわせていないと失神してしまう。本当に泣きそうなほど怖い!

 

 頬に手が当てられた後、そのまま指で摘まれる。

 

 

「――え?」

「一分よ」

 

 時間が宣告された後、幽香の指がぐいっと捻られる。痛い。痛いというか、本当に痛い。

 

 

「い、痛い痛い痛ひッ」

「黙れ。次叫んだら更にプラス一分」

「ひ、ひぃぃ」

 

 サービスでもう一分頂いた後、私の顔はようやく解放された。頬は赤くはれているどころか、きっと黒ずんでいるだろう。肉が裂けなかっただけでもマシではある。

 

 

「処罰はこれで終了。目ざわりだから今日は大人しく寝ていなさい」

「は、はい」

 

 色々と言いたいことはあるが、一応命拾いはしたらしい。状況は何も変わっていないので、とくに嬉しくもない。疲れているのは本当だ。まだまだこの停滞した地獄は続くのだなと溜息を吐こうとしたとき。

 

「……ああ」

「?」

 

 

 珍しく、幽香が何かを言いかける。僅かに逡巡した表情を浮かべた後、言葉を吐き出す。

 

「……週に三日、アリスのもとに行くことを許可してあげる。そこでスペルカードルールと、能力のコントロールの仕方を学びなさい」

「……は?」

 

 突拍子な言葉に、思わず唖然とする。今、幽香は何と言った? アリスに視線を向けると、間違いないと頷いている。そして、報酬はもらえるから気にするなと告げてくる。なにこの展開。これも夢なのだろうか。腫れているであろう頬をつねってみる。凄く痛かった。

 

 

「同じことを二度は言わないわ。そして、お前のこれだけど」

 

 懐から、ぐしゃぐしゃになった紙を取り出す幽香。あれは、私の置手紙か。

 

 

「自分探しの旅だろうがなんだろうが好きにしろ。だけど、お前の家はここ。お前が死ぬまで永久にね。私から逃げられるなどと二度と考えるな」

「……え」

「同じ事は二度言わない。今日の鍛錬はなし。アリスが調合してくれる薬を飲んで、体力回復につとめなさい」

 

 幽香がそう言って部屋から出て行こうとする。私は思わず近づいて、服を強くつかんでしまう。

 これは、もしかして。地獄のツン期が過ぎ去って、デレ期が到来したのでは? 幽香の顔を下から覗き込むと、悪鬼羅刹がいた。

 

 

「――げ」

「鬱陶しい。用もないのに近づくな。用があっても近づくな。目障りなのよ」

 

 頬を抓りあげられた後、胸元を掴まれてベッドへと放り投げられた。やはり悪魔は悪魔であった。ちょっとだけ甘いところを見せてくるところが悪魔である。油断したらきっと頭から齧られるであろう。

 悪口を考えているのがバレたのか、幽香がこちらに鋭い視線をむけてくる。思わず視線を逸らし、窓を向く。

 

 

「あれれ?」

「……急に固まってどうかしたの?」

 

 心配そうに眉を顰めたアリスが声をかけてくる。

 

 

「空を覆っていた紅霧は? なんでこんなに爽快な天気なんです?」

「もう異変は終わったからよ。博麗の巫女が解決したらしいわ」

「ば、馬鹿な。だって、まだ発生してから二日しか」

「何を言っているの。貴方は三日間寝込んでいたのよ」

「…………こ、紅霧異変が、終わってしまった。せ、折角、博麗霊夢や霧雨魔理沙を見れると思ったのにッ! ああ、なんてこと!」

 

 今まで苦痛に耐えてきたのは、ここが東方世界だと分かっていたから。いずれ、弾幕ごっことかやりたいなぁとか、有名な人達と話したいなぁとか思っていたわけで。それだけが希望だったのに。

 そもそも会話できたのがアリスで二人目っておかしいじゃない。話した時間圧倒的第一位がズッ友(壁)っておかしいじゃない。所詮な壁は壁、お前なんて友達じゃないし! ただの壁だし!

 そ、それなのに、時すでに遅し。寝ている間に全て終わっていましたとさ。ちゃんちゃん。畜生っ!

 

 

「…………? 博麗の巫女がどうかしたの? 霧雨魔理沙って誰?」

 

 落胆する私を、怪訝そうに眺めてくるアリス。ついでに呆れたような幽香。

 

 

「いや、待てよ。まだフランが登場する話があったような。でも、もしあの能力がうっかり私に炸裂したら死んじゃうし。どうしよう!」

「ねぇ。さっきから、貴方は何を言っているの?」

 

 テンションがあがっている私の思考は止まらない。落胆を希望に替える為に思考をめぐらせる。

 

 

「大人しく春雪異変まで待つのが最善? いやどうなんだろう。でも折角僅かな自由を手に入れたんだから――」

「……燐香。春雪異変って、何のこと?」

「何って、西行寺幽々子が西行妖の封印を解くために起こす異変です。確か、幻想郷の春度を萃めて。ん? 萃めるのは萃夢想だっけ。あ、伊吹萃香はヤバい。あれは絶対に修羅道――」

「くだらない御託はそこまでよ。お前は大人しく寝ていろ」

 

 幽香が早足で近づいてくると、人差し指を強烈に突きつけてくる。視線が合うと、急激に睡魔が襲い掛かってくる。ああ、どうやら寝なければいけないらしい。これは幽香の催眠術だ。いまだ抵抗できないのが腹立たしい。

 

 

 

 ――どうか、これが夢ではありませんようにと願いながら、私は眠りにつく。もしかすると、私がこの世界に存在していることこそが夢のような気がしてならない。ならば、それを繋ぎとめてくれているのは果たして誰なのだろうか。そんなことを考えながら、私の意識は闇に呑まれていった。



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第七話 向日葵と彼岸花

「…………」

「その右手、本当に大丈夫なの?」

 

 アリス・マーガトロイドが顔を顰めながら問いかけてくる。幽香は特に動じずに返事をする。疼痛はあるが、何ら問題はない。

 

「すぐに再生するわ。小娘の一撃なんて、大したことはない」

「……私にはそうは見えないけれど。やせ我慢せず、適切な治療を行うことをおすすめするわ。肉体能力が桁違いとはいえ、痛みはあるはずよ」

「私がいらないと言っているの。別に信じてもらう必要もない。大事なのは自分がどう考えているかよ」

 

 幽香は包帯を巻いた右手に視線を落す。包帯は外見が美しくないので巻いているに過ぎない。再生が追いつかずに、炭化している有様だからだ。

 燐香の放った黒炎は、幽香の強固な結界を貫き、咄嗟に前へと出した右手は炭へと化した。

 あの一撃を放った後、燐香は力尽きて落下した。植物で落下の衝撃を庇ってしまったが、まだ意識が残っていたとしたら少々厄介だった。左手だけで、あの状態の燐香を相手にするのは少しだけ疲れるだろう。負けるなど欠片も思っていないが。

 

「……ふん」

 

 見る限り、回復までには一週間は必要だろうか。今回はいつにも増して感情の発露が露骨だった。黒い彼岸花があそこまで具現化したのは初めてのこと。それが一体何を意味しているのか。

 幽香は愉しげに口元を歪める。嬉しいのか腹立たしいのか、それは分からない。だが満足はしている。これは必要なことなのだから。

 

 

「……ところで。私に、風見燐香を預けたいというのは本気なの?」

「ええ。貴方が納得できるだけの報酬は出すわ。それに、預けるといっても週に3日だけ。スペルカードルールとやらと、力の制御を叩き込んで欲しい。それだけよ」

「簡単に言うわね。そもそも、私の返答の前に燐香に話すなんて順序がおかしいわ。事後承諾なんて、道理が通らない」

 

 不機嫌そうな表情のアリス。彼女の言っていることは正論なので、特に反論する気はない。

 

 

「嫌なら別に構わない。別に慌ててはいないしね。燐香はさぞかしがっかりするでしょうけど、その顔も見物だろうし。くくっ、むしろそっちの方が面白いかもね。希望から絶望に落とされたアイツの顔はどんなかしらね」

 

 あの娘は顔を限界まで歪めた後、自分に敵意を向けてくるに違いない。言葉では抵抗する気がないと言って置きながらだ。

 幽香が何度も心を圧し折ったと思っても、次の日には元に戻っている。自分を陥れるための馬鹿馬鹿しい策やら技術に考えを巡らせているのだ。

 幽香は、それを眺め、実際に体験するのを楽しいと感じている。

 だから、今回殺せなどと諦めたときは正直つまらないと思った。そして許せないと思った。お前はまだまだ私を楽しませる義務があると。発破をかけてやったらいつも通りに戻ったので、何ら問題はない。

 

 アリスがしばらく無言でこちらを眺めた後、大きな溜息を吐いた。

 

「……燐香の境遇には流石に同情するわ」

「お好きにどうぞ? 私には真似できないことだからね。ああ、弱者への哀れみを向けることぐらいはできるかもしれないわ」

 

 アリスへの提案もただの気紛れに過ぎないのだ。つまり、止めるのも私の勝手である。他人の意思など知ったことではない。

 そもそも、見聞を広めさせたいなどと考えているわけではない。能力のコントロールの鍛錬については些か面倒だと判断したからだ。憎悪と敵意を抱いている相手に、そのような加減ができるわけもない。

 力こそ最も重視すべきと考えているが、それを補う技術を不用とは考えていない。なくても構わないが、あってもいい、ぐらいのものだ。

 

「さっきのように、“性質”が変わらないという保証はあるの? 悪いけれど、命を危険に晒すのはご免よ。別に貴方たちは友人でもなんでもない。彼女の境遇に同情はするけど、深入りするつもりは全くない」

「それはよく知っているわ魔法使い。貴方は常に冷静であろうと心がけている。そんな貴方だから任せようかと思ったの」

「…………」

「貴方が心配していることについては大丈夫よ。前兆は、髪の色で分かる。黒が半分以上広がり始めたら、すぐに叩き潰すか、魔術で昏倒させれば良い。半殺しでも構わないわ」

「仮にも娘でしょう。昏倒やら半殺しやらよく言えるものね」

「それが一番てっとり早いからよ。あの状況のアレを説得したいのならばご自由に。……まぁ、そんな暇はないでしょうけど」

「…………」

 

 アリスが考え込んでいる。損得を計算しているのだろう。提供する報酬とリスクを天秤にかけている。もう少し情報を提供してやろうと幽香は判断する。アリス・マーガトロイドは優秀だ。他を探すよりは、このまま引き受けて貰ったほうが楽ができる。

 

 

「ちなみに、暇がないというのは、変化したあの子は直ちに移動を開始するからよ。燐香の標的は私以外にありえない。貴方が狙われる心配は欠片もない。燐香は、必ず私を殺しに来る。――絶対にね」

 

 燐香の特徴である真紅の髪色。これに黒がかかってきたら、発作の前兆だ。侵食が全体に及ぶと、憎悪、敵意、殺意が爆発的に膨張し、ある特定の個人へ全て向けられる。勿論この風見幽香にである。

 発作が起こり変化まで到達したら、真っ先に自分の下へ向かってくる。そしてその時放つことができる最大級の攻撃をぶつけてくるのだ。今までに何度も繰り返されている光景。燐香はほとんど覚えていない。無謀にも反抗して叩き潰されたと記憶を改竄しているようだ。それが何故かは知らないしどうでも良い。

 

 

「…………」

「さっきも言ったけれど、嫌なら別にいいの。これはただの気紛れだし。私がやることは何も変わらない。あの子の日常も変わらない」

「……誰も断るなんて言っていない。ただし、何点か質問に答えて。私はできるかぎり納得したいの」

「答えられるものについては正直に答えてあげるわ、魔法使いさん」

 

 幽香は冷めてしまった紅茶に口を付ける。アリス・マーガトロイドは暫く考えた後、口を開く。

 

 

「あの子は一体なんなの?」

「彼岸花から生まれた妖怪」

「何故貴方に似ているの?」

「私の妖力の影響を受けたからだと推測している。正解かは分からない」

「あの時の力は何? あれは妖力でも霊力でも魔力でもない。もっと、禍々しいものに思える。あれは一体――」

「私は知らない。興味がない」

 

 あの力と、彼岸花の性質を併せ持ったのが風見燐香。普段は妖力を放ち、変化するとアレを行使してくる。幽香が長い年月をかけてやっていたのは、妖力の器を徹底的に鍛える事だ。そして、憎悪の全てを風見幽香に向けさせること。

 

「あの子に常に、周囲を威圧させていたのは何故? 貴方が敢えてそう教え込んだと、私は聞いている」

「害虫よけに丁度よかったから。妖精も寄ってこなくなってしまったけど。他に理由はないわ」

 

 畳み掛けるようなアリスの問いかけ。幽香はすらすらと答えていく。最後に一拍ほど間を開けて、アリスが言葉を発する。

 

 

「……貴方はどうして、あの子の面倒を見ているの? 恐らく、アレはまともな力じゃない。それの敵愾心を自ら買うような真似までして。危険を及ぼすのは分かっているでしょう。なぜとっとと処分――」

 

 幽香の刺すような視線を受けて、アリスは口を閉ざす。

 幽香はカップの取っ手に罅が入っている事に気がつく。長年使っているので壊れてしまったようだ。溜息を吐きながらそれを粉砕する。

 

 

「答える必要がない。他人であるお前にそこまで口出しされる謂れはない。いや、誰にも言わせないわ」

「……そう」

 

 幽香が殺気を放つと、アリス・マーガトロイドが『不躾な質問をしてごめんなさい』と謝罪してくる。

 そして、アリスは顎に指を当てて考える。魔法を扱う種族だけあって極めて慎重だ。

 

 

「…………」

「私の家には、たまに客人がくる。つまり、あの子はいずれ他人と関わることになる。それを、貴方は認めることができるの?」

「さぁてね。私にはよく分からない」

「なによそれは。自分のことでしょう」

「だって、貴方があの子の初めてだったから。この湧き上がって来る感情が何かよく分からないのよ」

「あのね。誤解を招くような表現はやめてくれないかしら」

 

 責めるような視線を向けてくるが、軽く受け流す。

 

 

「ふふ。そういう下賎な想像をすることこそ止めて欲しいわね」

 

 アリス・マーガトロイドがどういう結論を出すか。別にどっちでもよい。

 燐香の面倒を見ているのも、自分がこんな会話をしていることも全てが気紛れ。ただそれだけ。なんのことはない。

 

 

「質問を変えるわ」

「ご自由にどうぞ。でもそろそろ飽きてきたわ。退屈は嫌いなのよ。緩やかに魂が腐っていく気がしてね」

「これで最後よ」

「あっそう。それならどうぞ遠慮なく」

 

 幽香はわざとらしくおどけてみせる。

 

 

「さっきの会話を覚えている? あの子は、奇妙なことを言っていた気がするのだけど。まさか、予知能力でも持っているの?」

「ただの子供の戯言でしょう」

「本当にそうかしら。その割には具体的すぎると思うの」

「まぁ貴方がそう受け取るのは自由よ。でも私にはどうでもよい。なんだろうが構わないというのが、私の本音よ」

 

 燐香は、たまに奇妙なことを言い出す癖がある。たとえば、スペルカードルール。燐香は制定されるということを10年前から予測していた。だからそれに備えて、一緒にスペルとやらを考えようと相談されたこともある。物理的に一蹴したが。

 それでもしつこくへばりついてきたので、諦めるまで踏みつけてやったら一応諦めた。それからは勝手に考えていたようだ。

 完成品をわざとらしく見せてきたときは、無視してやった。構って欲しいというのが見え見えだったのが気に食わなかった。

 

 

 そして今回の紅霧異変。異変発生直前は妙にそわそわして、見ていて鬱陶しかったものだ。あまりに邪魔臭いので冷たく当ってしまった。

 ついでに初めて成功させてみせた脱走。幽香が徹底して張っていた警戒線を、見事に突破してみせた。そこまでは大したものだ。だが、喜びの気配があからさまだったのは致命的だった。後を追尾していったら、アリス・マーガトロイドと遭遇したらしく、その家に宿泊。そこを押しかけて強引に回収したというのが先日の顛末である。

 

 押しかけた時の、アリス・マーガトロイドの驚愕した顔は実に見物だったのだが、魔法使いを名乗るだけはあるらしく、それからは常に冷静である。この冷静さを幽香は買ったのだ。それに、燐香が外で初めて会話した人物でもある。縁とやらがあるのかもしれないし、ないのかもしれない。本当にどうでもよいことだ。

 提供する報酬は魔術に使用できる植物の定期供給。人里や魔法の森では手に入らない希少種でも、幽香ならば簡単に栽培できる。アリス・マーガトロイドにとっては垂涎の報酬だろう。

 

 

「……分かったわ。報酬が支払われている限り、また、私に危険を及ぼすことがない限り、風見燐香の教育を行いましょう。ただし、細かい教育内容は私に任せてもらうわ。もちろん、貴方が示した方針は遵守するけど」

「そう、それはありがとう」

「……本当にどうでもよさそうね。家に押しかけてきたときは、悪鬼のような形相だったくせに。本当に殺されるかと思ったわ」

「ふん、それは貴方の主観でしょう。私は常に優雅であることを心がけている。貶めるようなことは言わないでくれるかしら」

「……あっそう。貴方がそう言うならそうなのでしょうね」

 

 心から呆れた口調のアリス。その視線を感じながら、幽香は完全に冷めた紅茶を飲み干した。

 

「…………」

 

 ――幽香は燐香について考える。10年以上面倒を見てきて、愛らしいなどと思ったことは一度もない。殺してやりたいと思ったことは何度でもある。

 

 あの押し殺した敵意が腹立たしい。小手先の技術に頼ろうとする性根が憎たらしい。

 何かを期待するその視線が邪魔臭い。お母様と呼ぶときの白々しさが鬱陶しい。

 心を折ってやった筈なのに鍛錬に必死に食い下がるのが苛々する。なんど痛めつけても立ち上がるしつこさには心底呆れ果てる。

 夜中抜け出して勝手に修行しはじめる奔放さが頭に来る。アリスに対して見せやがった心からの笑みを今すぐぶち壊してやりたい。

 自分の右手を破壊したあの黒き力が疎ましい。徐々に差を縮めてくるあの潜在能力が癇に障る。

 幼き化物を鍛え上げている自分の行動が実に度し難い。落下する燐香を助ける為に能力を行使してしまった自分の愚かさに呆れ果てる。本当に全くもって理解不能である。

 

 

 幽香は全ての思考を終えると、心から笑みを浮かべる。嘲笑でも冷笑でもない。とても満ち足りた表情だ。長き妖怪としての生の中で、これほどまでに退屈をしない期間があっただろうか。

 

 昔も、今も、これからも。この日々は永遠に続いていく、続けさせる。幽香はそう決めているのだ。



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第八話 アリスの家

 ――翌朝。

 

 突撃アリスのお宅! とばかりに気合を入れていたら、魔法の森にあるアリスの住居へ強引に連れ去られた挙句、上空から放り投げられた。パラシュート部隊投入といった感じにぽいっとだ。危うく地上犬〇家を再現するところであった。

 

 一人だとどこに行くか分からないと、幽香が送り届けてくれることになってしまったためである。帰りはアリスがわざわざ送り届けてくれるらしい。私は小学生なのだろうか。……年齢的には10才だった。

 しかし、私も空を飛べるのに意味が分からない。せっかく太陽の畑から抜け出せたのに、幽香に首をつかまれたまま飛行してきたから全然自由を謳歌できていない。

 

 しかも、幽香が余計な手間を増やしやがってと嫌な顔をしていたので、「私一人でいけます。どうかお気になさらず」と、内心の笑みを必死に押し殺して進言したところ、頬を抓りあげられた。手間が増えたのは私のせいではないと最後の抵抗をしたら、鼻で笑われた。

 

 

「私に意見しようなんて百年はやいのよ」

「なら、百年経ったら?」

「私とお前の年齢差は永遠に変わらない。つまりはそういうことよ」

「…………」

「文句があるなら口に出しても構わない。ただし、発言には責任を持ちなさい」

「な、何もありません!」

 

 こんなやりとりだった。酷すぎる話である。しかし今日は我慢してやろうじゃないか。寛大な精神で!

 

 10年待った甲斐があり、ようやくあの忌まわしい太陽の畑地帯から解放されたのだ。こんなに嬉しい事はない。もう死んでもいいやとすら思える。……やっぱり今の嘘。なんだか楽しくなりそうなので死にたくなくなった。

 

 

「ここがあのアリスのハウスね……」

 

 

 呟きながらアリスの家の正面に立つ。というか一度お邪魔したことはあるけれど。あの時はいっぱいいっぱいで観察する余裕などなかった。しかも前は夜だったのでよく分からなかったが、小奇麗な洋風の住居。小さな花壇もあったりして、住んでいる人間のセンスが窺える。

 ちょこっとだけフォローすると風見家も悪くはない。むしろ自慢できる外装と内装なのだが。悪い思い出しかないので印象が最悪だ。季節の花とかが良い感じに飾ってあったり、花柄の小物や装飾が沢山あったりするのだけれども。

 住んでいる住民約一名に問題がある。ありすぎる。名前を言ってはいけないあの人だ。本人の前で呼び捨てにしたら、本気のグーパンがとんでくる。

 

 

 ――ここだけの話だが、風見幽香と色違いのこのチェック柄の洋服。なんと幽香のお手製である。わざわざ人里で下地を買って来て、似合わない裁縫をチクチクやっている。完成品は無造作に私の部屋に投げ込まれる。なんでやねん。

 最初は勘違いして、丁寧にお礼を言ったり、実はこれも隠れた愛なのかなぁとか思っていたけど、今は全くそうは思わない。多分、自分の服の耐久テストを兼ねているのだ。家電製品とか、わざとぶっ壊すまで稼動させ続けたりする。あれと同じ。鬼のような鍛錬のせいで私の服の耐久値が減るのは早い。

 

 

 余計な思考を振り払うようにゴホンと咳払いし、ドアを軽くノックする。気分がドキドキで高揚してくる。

 暫く待っていると、ガチャリという音と共に扉が開いた。アリスがいるかと思いきや。

 

 

「……人形。………な、なんて可愛らしい!」 

 

 

 上海か蓬莱かは知らないが、人形が開けてくれたのだ。残念なことに細かい違いまでは覚えていない。というか、違いがあるのだろうか。首をつっているほうが蓬莱か? やっぱり分からない。ごめんなさい。

 

 ――と、ぼーっと浮遊する人形の髪を撫でていたら、不審そうな表情のアリスがやってきてしまった。

 

「……はいらないの?」

「は、入ります」

「どうぞ」

「お、お邪魔します」

「あら。今まで人の家に行ったことなんてないでしょうに。礼儀はしっかりしているのね」

「……一般常識です」

「そう。幽香の教育のおかげかしらね」

「それは違います。あれに限って、絶対にありえません。習った覚えもありません」

 

 前の知識が役に立っている。そういえば、幽香は一度も突っ込んでこない。なんでそんなことを知っているのかなど聞かれたことはない。そこらへんは器が大きいのか、私に興味がない証左なのか。多分後者である。だってサンドバッグ候補だから。

 

 

「これ、悪魔――じゃなくてお母様からです。必ず渡せと言われましたので、先にお渡しします。私は死にたくないので」

「心の声が時折出てるわよ」

 

 アリスになんだか色々な植物が入った布袋を手渡す。興味を覚えて中を覗いたら、なんだかやばそうな色をした毒々しい植物が詰っていた。うわぁと思ったが、魔法実験に使うのなら納得がいく。

 

 

「うっかり間違えました」

「本人がいないと、大分余裕があるみたいね。饒舌だし」

「……あの、監視されていませんよね?」

「それは知らないわ」

 

 背中に冷たいものが流れていく。ハッと後方を振り返る。誰もいない。殺気も感じない。ささっと壁際に隠れて気配を探る。いない。多分いないと思う。いないはずだ。いないでください。

 

 

「……延々と見張っているほど幽香も暇ではないでしょう。さぁ、時間がもったいないわ。私も契約を交わした以上、やるべきことはやらせてもらうから」

「はい、分かりました。えっと、アリス先生と呼べばいいですか?」

「アリス、で構わない。些か奇妙な縁ではあるけれども、宜しくお願いね」

「こちらこそ、宜しくお願いします!」

 

 頭を直角に下げる。アリスは微妙な表情を浮かべている。

 

 

「その顔で、頭を下げられると、なんだか困惑するわね」

「やっぱりですか? お前の顔が気に食わないと何度も言われました」

「そ、そう」

「やはり整形したほうがいいですよね」

「そこまでする必要はないでしょう。あまり自分を卑下するものじゃないわ」

 

 

 フォローしてくれたが、やはりこの私の顔がまずいようだ。たとえば、目の前に紫がいたとして。小さな紫がいきなり現れて、馬鹿丁寧な態度を取られたら困惑するだろう。誰か私の顔をささっと整形してくれないだろうか。

 例えばあそこならどうだろう。

 

 

「永遠亭、とか?」

「……?」

「えっと、永遠亭って、今ありましたっけ」

「……さて、勉強を始めましょうか」

 

 

 アリスが話を強引に打ち切った。……思い出せない。紅霧異変のとき、永遠亭はどうなっていたっけか。さっぱり思い出せない。内容は結構覚えているのに、時系列が滅茶苦茶だ。私は年表とかを覚えるのが大嫌いである。

 

 

 

 

 

 

 ここは人形がたくさん飾ってある部屋。なんだか高級そうな机に座り、私はアリスから講義を受けている。ノートとペンを持って、気分は学校の授業である。そしてアリスは実に教師が似合う。人里の寺子屋でもきっとうまくやることだろう。いつか人里にいって、お団子とか食べたいものだ。賑やかなんだろうか。

 ――というか、幻想郷はどれくらいの生活レベルなのかとか、そういうこともよく分からない。結構栄えてるらしいことは、幽香がたまにかってくる商品からは窺えるのだが。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、アリスの言葉で大事そうなところをどんどんメモっていく。

 

 

「スペルカードルールについては、以上の通り。戦い方、決着のつけ方は全て暗記しなくても、自然と身についていくでしょう。でも、理念については確実に覚えておいて。このような勝負方法を、なぜ取り入れるようになったかはとても重要なポイントよ」

「はい、しっかり覚えます!」

 

 テストにでるらしい。というか、本当にテストを出されそうなので油断できない。あまりな馬鹿はもうこないで良いと、見捨てられたら悲しすぎる。

 

「ちなみに、スペルについては何か考えているの?」

「はい、一応こっそり考えていました」

 

 鞄にいれておいた、手製のカードを取り出して机の上に広げる。自宅にあった厚紙を使って、バレないように作成したもの。宣言のときに、相手に翳すだけだから、別になんでもよいのだ。丈夫なほうが勿論グッドだが。

 

 

「“草符:私の両手はタネマシンガン”、“花符:口からファイヤーフラワー”、“花符:素敵なパックンフラワー”、“草符:彼岸花の雑草魂”。……なんだか色物っぽいのが多いわね」

 

 オススメは口からファイヤーフラワーだ。口から火炎弾を大量に吐き出すスペル。私は草属性だけど、火も結構使えるのだ。見かけは派手なので宴会芸にもってこいである。なんだかお腹をぶちやぶられて、全身炎上しちゃいそうなイメージがあるけど。

 私の場合、毎回仮想敵が幽香となり、弾幕勝負がいつのまにか格闘戦になっているのだ。そして、つまらない技ねと一蹴されたあげく、秘孔を衝かれて私は死ぬ。……アリス先生、平和な弾幕ごっこがやりたいです。レベルは常時イージーで。

 

 

「初心者なので、分かりやすさを重視しました」

「そうみたいね。試行錯誤は大事だから、色々と試してみればいい」

「ありがとうございます。他にも色々と考えようと思っています。えっと、アリスは、人形を使ったものですよね?」

「ええ。……私はどんなスペルを使っていると思う? 適当でいいから、言ってみて」

 

 アリスが笑みを浮かべて問いかけてくる。綺麗な笑顔に思わず見とれてしまい、ぼーっとしながら考える。なんだっけ。えっと。

 

 

「確か、ドールズウォー? あとは、オペラ座だっけ……いや、グランギニョル座の怪人? うーん?」

 

 一瞬で綺麗な笑みが消えてしまった。こちらの目をじっと凝視してくる。敵意は感じないが、なんとなく居心地が悪い。私はビビりなので、相手の目を見て喋るのが苦手だ。

 逸らす振りをして出されていた紅茶に口を付ける。美味しかった。幽香のついでのついでに淹れてくれたものぐらい。でも、緊張しなくて良いぶんこっちの方が美味しい。

 

 

「念のために聞くけど、貴方、さとり妖怪ではないわよね?」

「もし心が読めたら、もう死んでるか叩き出されていると思います」

 

 鬱陶しいという理由で確実に。同じ容姿ということで減点100、心を読めたりしたらさらに減点。赤点確定でバッドエンド一直線だ。

 

 

「確かにね。それじゃあ、貴方のは予知能力の一種かしら。どこぞの吸血鬼は、運命を操るとか言っているらしいし。何がいても不思議じゃないかもね」

「私のは、ただの勘とうっかりです」

「後者は当ってそうね」

「えへへ」

 

 愛想笑いではない、慣れない照れ笑いを浮かべてしまった。愛想笑いは幽香の前では基本的に厳禁だ。ご機嫌とりなど誰が教えたの? と殴られる。それを分かっていても誤魔化すためにやってしまう。少しでもダメージを減らそうと試みて肉体が勝手にやってしまうらしい。

 

 知っていてはいけない情報を口に出すのは、余計な警戒をもたれることになるから注意しなければならない。だけど、うっかり口にでる。精神年齢が幼いせいだろうか。うっかりポカが多い。後は、思考にたまに黒い靄がかかると、何かを口走ったり、わけの分からない行動をとるときがあるようだ。……ようだ、というのは記憶が曖昧だからである。

 でも幽香は全然気にしていない。多分、頭が残念な子に思われているのだ。だから私も気にする事がなくなってしまった。他に気をつけなければならないことは山ほどある。例えば、命とか!

 

 

「そういうことにしておきましょう。別に、何か不都合があるわけじゃないしね」

 

 そういって、私の頭を優しく撫でてくる。ああ、優しさが身にしみる。私は優しくされる事に弱いようだ。弱点、人からの優しさ。しばらく、無言でそれを受け入れる。

 

 

「…………」

「ところで、いきなりの長話でお腹空いていないかしら。それに疲れたでしょう」

「ちょ、ちょっとだけ。でも、別に大丈夫です」

 

 食べなくても死なないけど、空腹感は自然と湧いてくる。なら食べたほうがいいよねと、大体の妖怪は考えるようだ。面倒くさがりは本当に食べないらしいけど。

 

「よければ、パンケーキを焼いてあげましょう。時間はこれから沢山ある。私達は焦る必要はそれほどない。少しずつ慣れていきましょう」

「……ありがとうございます。本当にありがとう。ありがとうございます」

 

 テーブルに額をくっつけて何度も感謝する。横にいた多分上海人形に、慌てて身体を起こされる。

 

 

「馬鹿ね。そう一々大げさにしなくてもいい。そんなことじゃ、いつか狡賢い輩に騙されるわよ? 幻想郷には悪魔が実在するのだから」

「そういう経験もしてみたいです。すでに不幸の最中なので、これ以上はまずないでしょう」

「好奇心旺盛なのもほどほどにしておきなさい。私が幽香に怒られるからね」

「はい」

 

 多分、怒られるのは私である。自分と同じ顔なのだから、みっともない真似を晒すなと。

 ……今度人形を使った呪いの掛け方でも聞いてみようか。藁人形とか。そんなことを一瞬考えたが却下しておく。あの悪魔には全く効きそうにない。大魔王バーンに即死魔法は絶対に効かないし、マホカンタまで使えるのだから。

 きっと私がぐったりと寝込むのだ。呪いを見事に跳ね返されて。最後には幽香の罵声と威力マシマシの折檻が待ち受ける。いつものパターンである。本当にがっかり。

 

 

「不幸を肩代わりしてくれる人形ってありませんか?」

「あるにはあるけど。物理的なものは防げないわよ」

「なんということでしょう」

 

 顔を覆って残念さをアピールしていたら、色々な人形が近寄ってきて、楽しげなダンスを披露してくれた。

 私は思わずおおっと唸り、いつのまにか全力で拍手をしていた。アリスは子供を楽しませる達人である。

 

 



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第九話 皹の入ったグラス

「座学は一旦終了。次は能力のコントロールについてだけど――」

 

 アリスがノートをしまい、こちらを眺めてくる。ああ、金髪が眩しい。アリスは本当に美人だと思う。一方の私も見栄えは問題ないが、目つきが最凶最悪だ。浮かべる笑みは嘲笑となり、誰かさんのせいで威圧感常時発揮状態とされていた。可愛いよりも、怖いと思われるはず。

 

 ――そんなことを考えていたら、隣に浮かぶ上海人形に頭を軽く小突かれる。

 

 

「今、余計なことを考えていたでしょう」

「いいえ」

「貴方は自分では無表情を維持しているつもりでも、全く隠せていない。現段階では、嘘をつくのが下手と言わざるを得ないわね」

 

 そんなはずはないと、自分の頬を両手で押さえる。

 

 

「――と、今のは引っ掛けだったわけだけど。嘘つきさんはみつかったみたいね」

「…………」

 

 渋いですねと呟きたくなるが、なんとか堪えた。しかし、感情というか考えを読まれやすいというのは確かだった。私が幽香に対して悪口を考えると、即座にお仕置きが飛んでくる。目がいけないのだろうか。それとも顔が笑っているとか? いずれにせよ修正せねば。

 

 

「話が逸れてしまったついでに聞いておくけれど、貴方の得意とする能力はなに?」

「……得意」

 

 私の得意な能力。なんであろうか。幽香に徹底的に痛めつけられる程度の能力。これは得意というより日常だ。幽香対策を考える事か。これは毎日考えているから合っているかもしれない。しかしちょっと悲しすぎるので、言うのは止めておこう。

 

 

「彼岸花を咲かせる程度の能力。多分、それが私の能力です」

「へぇ。ちょっと見せてもらえるかしら」

「はい。えっと、どの辺に咲かせれば?」

「ちょっと待ってて」

 

 アリスが小気味よく指を鳴らすと、人形たちが動き出し外にゆっくりと出て行く。しばらくすると、土で満たされた鉢植えをもって帰ってきた。これに咲かせてみろということらしい。人形さんは便利だなぁと感心した。

 

 ――というわけで能力発動。アリスを見習って格好良く指を鳴らしてみる。――かなりしけった音になってしまった。素晴らしきヒィッツカラルドさんに怒られてしまう。

 ちなみに、アリスは生温かい笑みを浮かべてくれた。これはこれでかなり恥ずかしい。

 とはいえ、音はしけってしまったが、能力の発動自体には成功している。小さな鉢植えには、立派に開花している彼岸花が現れた。綺麗な花なのに、あまり評判は宜しくない。悲しい事である。――地獄花、死人花、捨子花。ならばいつか思い知らせてやろう。私達の思いと共に。

 

 

「なるほど。綺麗に咲いているわ」

「ありがとうございます」

 

 

 ――と思考に何か靄がかかってしまった。とにかく、彼岸花は綺麗な花なのである。是非とも大事に育てて欲しい。アリスならきっと大切にしてくれるだろう。

 

 

 

「幽香は花を操る程度の能力だったかしら。それを更に限定した感じね。どの程度まで咲かせられるの?」

「太陽の畑の一画を、彼岸花で埋めたら半殺しにされました。それ以来試していません。……悲しく切ない思い出があるので是非聞いてください」

 

 ――アリスにとある悲しい出来事を説明する。

 得意気に能力を好き放題発動していたら、背後から痛恨の一撃を喰らってしまった。

 もう絶対にやりませんと百回言っても許してくれなかった。あの事件は私のトラウマの一つである。しかし怪我の功名とやらで、あの場所は彼岸花地帯ということで認めてもらうことができた。咲いている花を処分することはできなかったらしい。鬼の目にも涙というやつである。ならば私にも情けが欲しい。

 

 

「……それは大変だったわね」

「はい」

「まぁ、能力を覚えた直後は、よくあることよ。技に溺れて痛い目に遭って学習していくのだから」

「なるほど。納得できました」

「それで、中々素敵な能力だったけど、他には何かできるのかしら。例えば、妖術とかね」

「隠形術とか結界術とか呪縛術を少々。夜中に独学で修行しました」

 

 なんだかお見合いみたいになってきた気がする。妖術のほうを少々。みたいな。こちらの母親は幽香だとして、アリスの母親は神綺様? こっちの世界でもそうなのだろうか。だが、迂闊にきくのはかなり危険な気がするのでこれは止めておく。地雷を踏んでしまって、お前は魔界送りにしてやるとか言われたら困ってしまう。

 

 

「隠形術……。かなり高度な術のはずだけど。試しにやってみてくれる?」

「はい。……ではいきます」

 

 立ち上がってから妖力を溜め、印を結んで姿を掻き消す。窓を見ても、自分の姿は反射していない。自分で言うのもなんだが完璧である。

 目の前で悠然と座っているアリスに向かってダブルピースをしてみる。例の顔芸はしない。そんなことをしているところが幽香に見つかったら、打ち首獄門である。

 

 

「確かに、姿は消えているわね。その術、どれぐらいの自信があるの?」

「誰にも見破れないと思います。私の術は完璧ですよ」

 

 胸を張る。あの悪魔ですら気付かないのだから完璧である。あのときバレたのは、多分偶然である。あの女は悪魔的直感の持ち主だからだ。

 

 

「なるほど。貴方の実力の程は分かった。一つ残念なお知らせをするけど、その隠形術、お粗末極まりないわよ」

「……えっ?」

 

 どこがいけないのだろう。姿は完全に消えているのに。いまいち納得がいかない。

 

 

「姿は消えているけれど、違和感が凄まじいの。一般人でも、その空間に“何か”がいることに気がつくでしょう。私達のように力を持つ者が見れば、貴方の妖力が見えてしまう。ちょっと目を凝らすだけで、貴方の姿は丸見えということ」

 

 なんという欠陥隠形術。完璧だと思っていたのは自分だけだった。これでは裸の王様である。いやまて。ということは。

 

 

「つまり、幽香にもバレバレだったということね」

「…………」

 

 両膝をついて天井を仰ぐ。ついでに両手もあげてしまおうか。有名なプラトーンのシーン。

 

 

「……ぷっ。本当に大げさね」

「悲しみをアピールしてみました」

 

 

 アリスが口を押さえて僅かに噴出した。珍しいシーンに違いない。身体を張った甲斐があったかもしれない。

 

「とにかく、能力のコントロールを身につけて、自分の気配を消しさえすればいい。別にそんなにがっかりする必要はないわよ」

「そうですね。前向きに頑張ります」

 

 演技を止めてさっさと座る。それを見ていたアリスが、疲れたように溜息を吐く。そしてジト目でこちらを見つめてくる。こんな顔でも美人さんなのが羨ましい。

 

 

「貴方、意外とひょうきんな性格をしているみたいね」

「ありがとうございます」

「別に褒めていないわ。……さて、話を元に戻しましょうか」

 

 アリスが人形を使って、テーブルの上にグラスを並べていく。水差しでそれぞれに水を満たしていく。何かを呟いて指を鳴らすと、それぞれのグラスが赤や黄色……七色に輝きだす。流石は七色の魔法使い。格好良い。

 

 

「おおー。ブラボー、ビューティフォー!」

 

 私は立ち上がり、全力で拍手する。アリスが困惑しながら「やめなさい」と言ってきたので、名残惜しいが再び椅子に腰かける。

 

 

「こんなことを絶賛されても嬉しくない。恥ずかしいのよ。……えーっと、このグラスと水に、今特殊な魔法を掛けたわ。燐香、どれでもいいからグラスに向かって妖力を注ぎこみなさい」

「?」

「やれば分かるわ。さぁ」

「はい」

 

 意味が全く分からないが、やれば分かるらしいので大人しく従うことにする。

 私の髪と同じ、輝く赤色の水で満たされたグラスへ手をかざす。妖力を注ぐ。光線のように放つのではなく、注ぎ込むようなイメージ。

 すると、赤く輝いていた水は光を失い、グラスに罅が入ってそのまま割れてしまった。水がテーブルの上に零れてしまうが、人形たちがすぐに布巾でふき取っていく。予想済みだったようだ。

 

「これはどういう?」

「このグラスには、ある程度までの妖力に耐えられる魔法を掛けていた。水の光はその耐久力を分かりやすく示している。貴方がこれから行なう鍛錬は、グラスを割る事無く、水を無色透明へと戻すこと」

「…………」

 

 

 これは結構大変そうだ。私はこうみえてせっかちであり、コツコツと鍛えるのがあまり好きではない。バーッとやってポンとやるようなのが好きなのだ。

 それを我慢して小手先の技術を独学で習得したのは、そのための布石となるからである。幽香を仕留めるのは、超ド派手な最大級の必殺技と決めている。ギャフンと言わせる為にはそれぐらいでなければならない。

 

 

「今、面倒臭そうとか思ったでしょう」

「いいえ」

「顔に出ているわよ」

「ふふん。今度はひっかかりません」

「なら問題ないわね。幽香に倣って、貴方が音を上げる寸前までやってもらうわよ。疲れてきたときにこそ、この訓練は意味を為すの」

 

 やりこめられてしまった。多分、アリスには永遠に口ごたえ出来ない気がする。そして幽香は言うまでもない。壁を相手に愚痴を零しているばかりでは、コミュニケーション能力は上達しないということだ。

 

 

「ねぇ。なぜこんなことをやらせるか分かるかしら」

「能力のコントロールのため、ですか?」

「その通り。私達、人間ではないものはそう簡単に死ぬことはない。でも、人間は違う。貴方の放った適当な妖術でも、人間は容易くはじけとぶ。今貴方が割ってしまったグラスは、“普通の人間”が耐え切れる程度の強度だったの」

「……普通の人間」

「そう。罅がはいるという事は、致命傷を与えたのと同義。割れた時点で死亡確定。スペルカードルールは、力の差がある人間とも真剣に戦えるようにするというもの。貴方は人間を殺さないよう、自らの妖力をコントロールしなければならない。でも、ただ出力を弱めるだけでは、勝負に勝つことはできない。勝つためには、自らの能力を知り、どんな状況でも適切に妖力を操る必要がある。美しく優雅に戦いたいならなおのことね」

「…………」

 

 テーブルに散乱しているグラスの破片。目を凝らす。視界に靄がかかる。饐えた血の臭い。散らばる肉片、群がる小バエの不快な羽音。大小様々な部位が入り乱れ、何人の死体が混ざっているのか分からない。これをやったのは一体誰だろう。

 いやいや、やったのは私じゃないか。でもまだ足りない。もっともっと必要だ。私――私達の怒りはこれぐらいでは収まらない。思い知らせてやる。そのために私はここに生まれてきた。だからもっとグラスを。

 

 ――でもおかしいな。なんで、私達は自由に動けないのだろう。なぜ、地面から空を見上げている? ああそうか、散らばっているのは――。

 

 

「落ち着いて。余計なことを考えないで」

 

 アリスが頭を撫でてくる。ハッと意識を取り戻す。何だかどうでもいいことを考えていたようだ。私の悪い癖である。

 白昼夢を見ている場合ではない。今日は特にひどい気がする。体力回復直後だからだろうか。

 アリスが親切で教えてくれているのだから、真剣にやらなければ。頭を何度か振り、気合を入れなおす。

 

 

「ごめんなさい」

「別に深刻に考える必要はない。楽しみながらやればいい。貴方が必死にやるべきなのは、幽香との訓練なのでしょうし」

「うっ」

「ここではのんびりと過ごすと良いわ。私も片手間でやることだからね。別に期間は区切られていないし」

 

 リラックスしろと励ましてくれている。表情はそんなに変わらないが、アリスの親切心が伝わってくる。会ったばかりだというのに、本当に優しい人である。ああ、ここの家の子として生まれたかった。……アリスは結婚してないけれど!

 

 

「ふふ。いつもの表情に戻ったわね。……さて、何か質問はある?」

「ありません」

「よろしい。それじゃあ始めなさい。割れたグラスは魔法で修復して再利用するから、存分にやって構わない」

 

 

 アリスの言葉が終わると同時に、私は次のグラスを割っていた。

 私は今まで、全力全開か、幽香に見つからないように極力抑えるの二つだったようだ。全力全開では弱い人間を殺してしまうだろうし、全力で出力を抑えていては、妖精にも勝てないだろう。

 それをアリスは矯正しようとしてくれているのだ。流石は魔法使いである。もうこの人に一生ついていけばいいんじゃないだろうか。その前に悪魔を叩き潰さなければならないが。いつかアリスに聞いてみよう。幽香をどうにかする手段はありますかと。

 ――余計なことを考えていたら、グラスをまた割ってしまった。ああ、本当に難しい。

 

 



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第十話 優しさと温もりが私を壊す

「今日はここまでにしましょう。初日にしては、悪くはないわ」

「はい。慰めてくれてありがとうございます」

「成功したことに意味がある。後はそれを再現できるように繰り返せばいいだけ。だから、失敗の回数なんて気にする事はない」

 

 椅子に座って本を読んでいたアリスが、こちらに声をかけてくる。たぶんこちらに気を使って、悪くなかったと言ってくれている。なにしろ、上手くいった回数はたったの3回。100回やって3回。人間でやっていたら、97人の哀れな犠牲者が誕生していたことになる。心よりお悔やみ申し上げます。

 

 と、ちょっと待てよと思う。世の中の大妖怪やら魔女たちはこんな面倒なことを、こっそりやっていたのだろうか。手加減する訓練なんてするような連中ではない。幽香が人間を壊さないようにちょんちょんとみみっちいことをやるだろうか。いや、やらない。

 

 

「あの、この訓練は、一般的なものなんですか?」

「いいえ、違うわ。私があなた用に、独自に考えたものだけど」

「それなら、他の妖怪たちは、どうやって能力のコントロールを覚えたのですか?」

「それは時間と経験ね。貴方は誕生してから僅か10年でしょう。だけど、この幻想郷にいる妖怪達は長く生きてきた者が多い」

「……ということは?」

「推測することしかできないけど、人間や同族相手に戦闘を繰り返しているうちに、勝手に身に付いたんじゃないかしら。何百、何千回と繰り返していれば嫌でも覚えるわ」

 

 つまり、人間相手にドンパチやっていれば勝手に身につくようだ。全盛期には人間側も陰陽師やら退魔師やら鬼をぶっ殺す侍やら一杯いたのだろうし。修羅道に入った人間は化物と同義である。実に恐ろしい。

 

「賢い連中なら、自分なりの訓練でもしていたかもしれないけど。力の加減を学ぶのは、別に恥ずかしいことではない。人外だからといって、常に戦いを望むわけじゃないし。多分、忘れ去られた“オニ”ぐらいのものでしょうね」

「ああ、なるほど」

 

 戦闘民族サイヤ人の末裔、頭に角の生えた妖怪--鬼だ。おらワクワクすっぞとか言いながら、顔面パンチを放ってきそうな連中。敗北すると、いくさ人のように爽やかに死んでいく。絶対にかかわりたくない。

 

 

「うーん。萃夢想のときは、こっそりしていないと」

「萃夢想?」

「はい、鬼の伊吹萃香がやってきて、大勢をまきこんで大騒動に――むぐっ」

 

 蓬莱人形が飛びついてきた。私の口を体を使って塞いでくる。

 

 

「詳しくは聞かないけれど、貴方は余計なことを喋りすぎる悪癖があるみたい。私が近くにいるときはこうしてあげるけど、自分でも気をつけなさい。最後に損するのは貴方かもしれないわよ?」

「むぐっ。……は、はい」

 

 蓬莱をゆっくりと引き剥がし、申し訳ないと謝罪する。気をつけよう気をつけようと思っていてもうっかり口にでる。駄目妖怪の証明。口にチャックでもしておきたいぐらいである。私の無意識がそうさせているのではないだろうか。多分、こいしのせいである。

 

 

「…………」

「?」

 

 アリスがちょっとだけ考えこんだあと、私をじっと見据えてくる。と思ったらいきなり頭を下げてきた。

 

 

「忘れていたけれど、御礼をいっておくわ。どうもありがとう」

「え、えっと、何がですか?」

 

 動揺して目を回す私。なぜアリスが私に感謝するのか。なんかやったっけ。お世話になっているのは100%私である。

 さっきのパンケーキも美味しかったし。紅茶もパーフェクト。人形は可愛くて飽きないし、見ているだけでも楽しい。何より、アリスは優しくて美人であり、傍にいさせてもらうだけでのんびりとできてしまう。

 

 

「この前の幽香との戦い。実は、私も傍にいたのよ。ちょっとしたことで呼び出されていてね」

「……お母様に? もしかして、脅迫ですか?」

 

 大いにありうる話。お前の顔や名前が気に入らないと喧嘩を吹っかけていそう。修羅の道をいっているから何も不思議ではない。早く幻想郷地下トーナメントや魔界一武闘会に出場してとっとと再起不能になってほしい。

 

 そんなトーナメントないと思うが、優勝してしまいそうなのが怖い。むしろ、お前も参加しろとか言われたら困る。多分足元がお留守になってひどい目に遭うのが私だ。なぜかといえば、そういう星の下に生まれたから。夜空を見上げると常に死兆星が輝いている。明るくていいよね!

 

 

「違うわ。そんな暴力的なものではなくて、ちゃんとした交渉だったわ」

「そ、そうですか」

「貴方が激昂して幽香に向かっていた理由。あれは、私が傷つけられた、もしくは殺されたと勘違いしたからでしょう?」

「えっと、その。わ、私は馬鹿なので、早合点してしまいました」

 

 反省している。でも、挑発的なことを言ってきたのは幽香である。私は、それを嘘だと否定する材料を持っていなかった。こいつなら気紛れでやりかねないと今も確信している。

 ちょっと飽きたから幻想郷を破壊してくると、笑顔で飛び出していっても驚かない。今のうちに風見幽香包囲網を構築した方がいいと本気で思う。私が足利義昭役になって頑張ってみようか。…・・・あれ、最後追放されてなかったっけか。

 ならば十本刀を集めて――。あれ、こっちも敗北していた。

 

 

「ええ、そうだったわね。でも、貴方は他人同然の私のために怒り、死を覚悟で敵うはずのない風見幽香に挑んだのは事実でしょう。私は、その勇気を立派なものだと思う」

「それは、買いかぶりすぎです。私がおっちょこちょいなだけですから」

「貴方がどう思おうと関係ない。これは私の感想だから。それを好ましいものと思ったから、私は貴方の教育を引き受けようと思ったの。――私は貴方のことを、気に入り始めている」

「…………」

 

 おおうと、思わず身じろぎしそうになった。

 なんだろう、この微妙に漂う甘い空気は。中学生の女子トーク的な甘酸っぱい臭いがプンプン漂っている。いや、そう感じているのは私だけなんだけど。あまりにも率直な感謝と好意の伝え方に戸惑ってしまったのだ。

 こういうとき、無反応はよくない。それぐらいは分かる。ちゃんと私も伝えねばなるまい。

 

 

「そういってもらえて、本当に嬉しいです。こ、これからも宜しくお願いします」

「ええ、改めて宜しくね」

 

 私が頑張って差し出した手を、アリスがゆっくりと握る。友人とはちょっと違うか。親戚の優しいお姉さんが最適解だと思う。ちなみに、風見幽香は鬼母である。包丁もって襲い掛かってくる悪夢を何度も見た。今はどうでもよいので横においておく。

 とにかく、私は幻想郷ではじめて友好関係を築く事ができたのだった。

 

 

「折角だから、晩御飯を食べてから帰るといいわ。何か食べたいものはある?」

「アリスの作るものならなんでもいいです」

「それは、一番困る回答ね」

 

 アリスが苦笑する。上海人形がなんでやねんと、手でツッコミをいれてきた。これを操っているのはアリス。もしかして、ノリがいいのだろうか。いつか私も人形を作って欲しいなぁなどとちょっと思う。

 もちろん藁人形とかではなく、可愛らしいのが良い。

 

 

「なら、シチューとか……」

 

 私は家庭的な味に餓えている。家庭的といえば暖かいイメージ。シチューとかいいですね。肉じゃがも好きだけど、アリスには和風は似合わないような。ただの先入観である。

 

「いいわ。材料はあるし、できるまで、少しそこでのんびりしていなさい」

「はい!」

 

 いやっほうと右手を上げて飛び上がると、やれやれと肩を竦めるアリス。まだ会ってから全然経ってないのに本当に打ち解けられた気がする。やっぱり幻想郷は楽園である。遠くないうちに、友達百人できてしまうかもしれない。

 

 

 しかし、週に三日しかこの楽しみがないというのは残念である。あとの四日はまた幽香との鍛錬の日々。あの修羅妖怪もいい加減飽きないのだろうか。飽きないのだろう。

弱者を虐げるというのは楽しいものらしい。暴力はいいぞケンシロウ!

 

 しかし逆らおうにも、この前の一戦でまったく歯が立たないのは証明済み。しかし、呪縛はそこそこに効力を為していた。封印系の術がもしかすると幽香の密かな弱点の可能性がある。いやあってほしい。弱点なしとかいう恐れを跳ね除けるためには、少しばかりの奇跡が必要だ。東風谷早苗が登場するまで待ってなどいられない。

 

 

 となると、アレをマスターするしかない。地獄のような世界で人間が生み出した秘術。世界を魔の手から救った禁断の技――魔封波だ。あれさえ使えれば、幻想郷には平和が訪れる。

 

「たしか、こんな感じで印を結んで」

「貴方は何をしているの?」

「食事前の運動です」

「妖力を家の中で放つのは止めてね」

「もちろんです!」

 

 しゅばばばっと適当に手を格好良く動かした後、ふんと両手で印を結ぶ姿をアリスに見られていた。恥ずかしいが、気にしてはいられない。

 そして、この後に波ッと何か凄い霊的なものを竜巻みたいにぐるぐるやって、標的を封印するという派手な技。あれは格好いい。一度は撃ってみたい技上位(私調べ)にランクインだ。

 

 ……でもあの技ってなんだか凄いデメリットがなかったっけ。よく思い出せないけど。なんかこう、やったぜ! みたいなイメージが浮かばない。

 まぁ、それは後で考えればよいか。さしあたり必要なものといえば。

 

 

「アリス」

「何かしら。ああ、デザートはプリンだけど。嫌いだった?」

「こっちで食べた事はないけど大好きです。いやそうじゃなくて。電子ジャーって、どこかに売ってないですか?」

「……はい?」

 

 

 なんでやねんと、上海と蓬莱のツッコミがはいった。タイミングは完璧だった。

 やはり、アリスは意外と面白い人である。



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第十一話 刻印

 扉を無言でノックする。念のためにもう一度。

 

「……こんばんは。そんなに強く叩かなくても、ちゃんと聞こえているわ」

「こんばんは。契約では、貴方が送ってくれるはずだった気がするのだけど。私の記憶が間違っていたかしら」

「それで合っているわ。ただ夕食を取っていたら少し遅くなってしまっただけ。貴方の言いたいことは理解しているから、殺気を抑えてくれるかしら。あと、その表情も。悪魔が襲いにきたのかと思ったわ」

 

 顔を引き攣らせながら、アリスが片手でこちらを制してくる。

 こめかみに指をあて、大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出す。

 

 

「燐香は」

「ぐっすりと寝ているわよ。慣れない鍛錬で疲れたみたい。なんなら、今日は泊めていっても構わないけれど」

「それには及ばない。あの子の家はここじゃない」

「そこまで言いきるのであれば、もっと優しくしてあげなさい。仮にも母親でしょう」

 

 険しい視線でこちらを睨んでくる。いつのまにそれほどあの子に情を抱くようになったのだろうか。

 

 

「余計なお世話よ」

「……はぁ。ちょっと待ってて。お願いだから、家を壊さないでね」

 

 アリスがドアを開けたまま奥へと戻っていく。人形二体が浮遊しながらこちらを窺っている。警戒させているのかもしれない。

 

 

「お待たせ。ぐっすりと寝てるわよ」

 

 アリスが燐香を抱きかかえて戻ってくる。心から幸せそうな表情で目を瞑っている。それを見ていたら、なんだかイラついて来た。

 こちらにそのまま渡してこようとするので、首筋をわしづかみにする。

 

 

「……いくらなんでも、その扱いはひどいんじゃない?」

「甘やかしたいのならば貴方がやればいい。私は私のやり方をするだけ。誰にも邪魔はさせない」

「……何か事情があるなら相談に乗ってもいいけど。魔術に関してならそれなりに知識はある。調べることもできるわよ」

「その必要があったらそうさせてもらう。今はまだ必要がない。それじゃあまた明日」

「……ええ。おやすみなさい」

 

 アリスの言葉を待たずに、踵を返して上空へと飛び立つ。右手で掴んでいる燐香は、幸せそうな顔でぐっすりと眠っている。アリスの家に泊まれると信じているのだろう。能天気な奴だ。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、未だに惰眠を貪っている燐香を起こしにいく。布団にくるまったまま思い出し笑いを浮かべている。非常に不愉快なので、頬を摘んで全力で抓り上げる。容赦する必要など何一つない。

 

 

「い、痛い痛い痛い痛い。な、なに、なに、何事!? もしかして敵襲!?」

「おはよう」

「うぎゃあああああああッ! あ、悪魔あああっ! あ、悪霊退散っ! せ、聖水と十字架はどこっ? どこに――ぷぎいっ!」

 

 ベッドから情けない悲鳴を上げて転がり落ちると、一心不乱に十字を切って祈りを捧げ始める。妖怪の癖にどうかしている。しかし見ている分には中々面白い。

 そう、この娘は本当に面白いのだ。いつまでたっても反骨精神が和らぐことはない。同時に、わけの分からない知識やら技術で幽香に一泡吹かせようとこっそりと企んでいる。それが小憎らしくもあり、面白くもある。

 

 たとえば先日の呪縛術だ。あんな姑息なものを教えた覚えはない。しかし、精度を高め、妖力をさらに強化すればかなり凶悪な妖術となるだろう。

 そして隠形術。今は未熟極まりないが、あれはかなり高度な術式だ。あの術を使ってこっそりと家を抜け出し、幽香への対策のために必死に修行をしている姿は実に愉快なものであった。全てバレバレだというのに、こちらが感づいていないとほくそ笑む様子は実に滑稽だった。

 

 

「き、効かないいいいいっ! ああ、この大魔王を封じるためにはやっぱり魔封波じゃないと。でも今はとにかく悪霊退散ッ! 大魔王め、美しく残酷に去ね!」

 

 八雲紫が使いそうな台詞を吐いたため、幽香のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「――あ?」

「こ、怖いっ。それになんでこの家に? どうしてアリスの家から魂の牢獄に? あ、もしかしてまだ夢の中?」

「洒落たことを言う余裕はあるみたいね。ここは牢獄じゃなくてお前と私の家。アリスがいつまで待ってもお前を届けにこなかったから、迎えにいってあげたの。精々感謝しなさい」

「……あ、ありがとう、ございます」

「顔が引き攣っているわよ。ああ、もしかして力を抑えられるようになってきたのかしら。前よりも威圧感が弱まっているし。やっぱり、アリスは優秀みたいね」

「は、はい。そうですね」

「早く起きろグズ。朝食にするから。3秒以内に行動しなければ――」

「い、今すぐ起きます」

 

 ふらつきながら、燐香が行動を開始する。幽香は軽く頷くと、朝食の準備をするために台所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――朝食後。

 

「アリスの家に行く前に、軽く運動をしましょうか。なに、そんなに激しくはしないから心配はいらないわ」

「い、いいえ。遠慮しておきます」

「お前の意思は聞いていない。馬鹿みたいに頷いていなさい」

「はい、そうでした。え、えへへ」

「その不愉快な笑いは止めろとなんど言えば分かるのかしらね、このグズは」

 

 鏡で見慣れた顔、幼き頃の自分の顔で、情けない面を見せ付けられるのだけは我慢がならない。どうせなら、憎悪に満ちた顔の方が良い。こいつには、そちらのほうが都合が良い。

 

「す、すぐにやめます」

 

 外に出て向かい合うと、ニヤリと笑いかけてやる。ひっと脅える燐香。10年経ってもまるで変わらない。怯えている癖に、心の中ではこちらへの敵愾心を滾らせている。それが面白い。

 

「ああ、この前お前が使ってきた呪縛術。あれは中々発想が良かったわ。グズのくせに、よく独学で取得できたわね。それだけは褒めてあげる」

「あ、ありがとうございます!」

 

 たまに褒めてやると心底意外そうな顔をする。その顔が憎たらしいので、すぐに歪めたくなる。その方が良いのだ。

 

 

「というわけで、お前にもそれをかけてあげましょう。自力で解除してみなさい。これは抵抗力を高める訓練でもある」

「――え?」

 

 唖然とする燐香に、日傘を向ける。地面から蔦が現れ、小柄な体を拘束する。植物を用いているが、同じようなものだ。妖力を用いて解除するか、肉体能力で強引に打ち破るかのどちらかが求められる。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。なんでいきなり! というか、なんで私の技を使え――」

「お前ごときの技、一目見れば使うことぐらいは容易いのよ。だから、小手先の技術を弄するなと何度も言っているの。どうしたらその頭の悪さは改善されるのかしら」

「――ううッ」

「自分の技で苦しむ気分はどう?」

「ぐぶぅ」

 

 蔦の締め付ける力を強めていく。顔を真っ赤にして必死に解除しようとする燐香。妖力を溜めて弾こうとしているが上手くいかない。落ち着けば解除できるのに、焦ってしまうために失敗する。何度叩き込んでも学習しない。だから、身を以て思い知らせる。

 

 

「早くしないと、窒息死するかも。まぁ、それもお前の運命かもしれないわね。ああ、そのまま死んでしまっても構わない。お前の死体は花畑の肥料にして有効活用するから」

「ち、畜生ッ」

 

 燐香の目に黒いものが宿っていく。その目には、風見幽香の姿が確実に映っている。これで良いのだ。燐香は、未来永劫、自分を憎み続けていれば良い。他の者に目をくれる必要はない。誰が優しくしようとどうでも良い。だが、憎悪だけは徹底的に刻み込む。

 

 

「――と、グズの癖に生意気なことをッ」

 

 燐香の両目から緑色の怪光線が放たれる。幽香は体をそらして回避。光線を受けた後方の地面が深々と抉れていく。直撃したら、肉体はそれなりに損傷を受けていただろう。下級妖怪ならば、軽く殺せるぐらいの威力はある。

 

 幽香が燐香を鍛えている目的は三つ。一つ目は妖力の純粋な強化。二つ目は容量の強化。そして、妖力をそこに蓄えておけるだけの、器――肉体の強化だ。故に、手加減だのコントロールだのを教え込んでいる暇などない。短期間で徹底的に叩き込むには、これが最適と考えているだけ。

 

 

「本当にその発想力には驚かされる。でも、事態はなんら解決していない。基礎力の強化を怠ったツケが回ってきたというわけ。甘んじてうけいれなさい。これからは、精々真剣に鍛錬に取り組むことね。さもないと、死ぬことになる」

 

 燐香の髪を掴み、挑発的に嗤い掛けてやる。燐香から敵意、殺意が溢れるのを感じる。だが、髪は黒に変化してはいない。まだ、赤のまま。成長の兆しは確実に見えている。これで良い。

 

 

「く、口から――」

「そうはさせないわ」

 

 今度は口から妖力光線を放とうとしたので、左手を突っ込んで強引に阻止してやる。全力で噛み付いてくるが、気にせずにこの状態を維持だ。

 

 

「力を篭めてない私の手を、噛み切ることができないの? 本当、妖怪の面汚しね」

「――ッ!!」

「ほら、全力でやりなさい。私を殺したいんでしょう? 左手を取ることができれば絶好の機会になるんじゃなくて?」

「ッ!!!!」

 

 

 悔しそうにもがもがとしばらく苦しんだ後、短い悲鳴を上げて燐香は気絶した。――今日はこれくらいで良いだろう。

 

 

「やれやれ。この馬鹿、本当に全力で噛み付いてきたみたい」

 

 左手は骨まで抉れている。全精力を篭めて噛み千切るつもりだったらしい。溢れる憎悪、怨嗟を全て向けてきた。実に愛らしいものだ。だが、まだ足りない。これでは駄目だ。こいつはもっと強くならなければならない。一個の妖怪として、この幻想郷で生きていくためには、こんなものでは全く足りない。

 

 

「…………ふん」

 

 蔦から花を咲かせ、即席のゆりかごを作成。そこに伸びている馬鹿を放り投げる。次に目覚めるのは一時間後くらいだろうか。そうしたらアリスのもとへ届ければよい。

 

 

「…………」

 

 ふと足元を見ると、黒い小さな彼岸花が咲いていた。暫く見つめていると鮮やかな赤に戻り、そのまま萎れて枯れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 幽香が去った後、ゆりかごの傍にスキマが現れる。この世のものとは思えない、何かが蠢く空間。そこから、八雲紫が顔を出す。

 

「……歪んでるわねぇ。見てる分には面白いからいいんだけど。折角だからこのまま攫っちゃおうかしら。あいつ、どんな顔をするかしらねぇ。想像するだけお酒がすすんじゃうわ。……本当にお酒を持ってくればよかったわぁ」

 

 妖怪としての本能が僅かに疼く。感情の発露を向けられるというのは心地よいものだ。良いものの方がもちろん嬉しいが、それとは逆のものでも嬉しくなる。自分の存在をその個に刻み付けたという何よりの証だ。立場的に、そのようなことは控えているが、願望は常に持っている。

 

「あいつに似て、実に腹立たしい顔をしているわねぇ。どうしてやろうかしら。落書きでもして、幽香をからかうのもいいかもね」

 

 紫は煤のついた燐香の顔に、扇子を押し付ける。ほっぺたが柔らかくて中々感触が良い。そのまま遠慮なくぐいぐいとやっていると、近くの向日葵がこちらへと一斉に振り向いてきた。その光景は実に異様なものである。

 

「……あらあらあら」

 

 妖力が急速に溜まっているのがあからさまに分かる。標的は間違いなく自分。数秒後にはこの花々から一斉射撃が始まるだろう。ついでに、顔を真っ赤にした母熊が全速力で飛んでくるというオマケつき。中々凶悪な罠である。人間だろうがなんだろうが、容赦するような奴ではない。

 これは幽香の警戒装置なのだ。だから、出歯亀天狗もここには容易に近づけない。こんなに美味しいネタを放っておく理由はこれだ。

 

 

「怖い花妖怪に見つかったから、今日は大人しく立ち去るしかないか。いつか、私の娘と仲良くなってくれるといいんだけど。そのためにも、貴方にはこの幻想郷に馴染んで――」

 

 言い終わる前に、向日葵の花々から強力な妖力弾が連射される。燐香のゆりかごには植物の蔦が一斉に絡まって完全な防御が為されている。殺したいとか言っている割にこの過保護である。

 だからからかいたくなってしまうのだが、今はそんな余裕がない。これを全部受けたら、それなりに耐久力のあるこのお気に入りの服がひどいことになってしまう。

 紫はちょっとだけ焦りながらスキマの中に逃げ込むと、やれやれと一息ついたのだった。

 

 ――と、服に何かがついているのに気付いた。

 

 

「――げ」

 

 なんだか嫌な色をしたオナモミが数個くっついている。いつの間に。慌てて取ろうとした瞬間、爆竹のようにはじけ飛んだ。連鎖して全部の実が。棘が服の中に入り込んでチクチクするし、嫌な臭いがする液体がくっつくしで散々な有様。

 

 肉体的なダメージは全くないが、お気に入りの服は台無しである。一本取られた気分だ。先に手を出したのはこちらだが、なんだか納得がいかない。能力を使って無効化するのは大人気ないかなーとか思ったのが失敗だった。

 罠にかかった、私は無敵だからノーカン! どうだ参ったか、というのもなんだか情けない。でも腹が立つものは腹が立つ。感情をいつも押し殺している分、腐れ縁相手にはこうなってしまうのだった。

 

 

「あの陰険妖怪っ。脳筋の癖にやる事が一々陰湿なのよ! いつか覚えてなさい!」

 

 紫は頬を膨らませながら急いで帰宅すると、心配そうな藍を無視して風呂へとダイブしたのだった。

 



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第十二話 ハッピーエンドを目指して

 朝起きたら幽香にいきなりボコボコにされたでござる。

 

 もう慣れっことはいえ、ムカつくことには変わりない。スパルタ特訓のせいで、妖力やら身体能力やらは確かに上がっている気もするが、毎回ひどいめにあっている。

 怒りのあまり、口から怪光線を吐いてやろうとしたら、まさか手を突っ込まれるとは思わなかった。流石は修羅の戦士、常人とは発想が違う。しかも全力で噛み付いてやったのに、かすり傷程度しか与えられなかったし。どんな頑丈な手してやがるんだ。あの鋼鉄の女め!

 

 ――というか、よくよく考えないでも、このそこそこ平和な幻想郷でそこまでして世紀末覇王を目指す必要なんてないと思う。一体誰と戦う為にあんな頭のおかしい鍛錬を積まなくてはいけないのか。閻魔様あたりがやってきて、ビシッと説教してくれる日を待っているのだが、なかなか来てくれない。四季映姫・ヤマザナドゥはいずこにありや。

 

 もう誰でもいいので、この北斗仕様の幽香と、どこかの世界にいる綺麗な幽香りんを交換して下さい。GTS(幻想郷トレードステーション)に預けておきたい。6Vの固体値超絶MAX、性格もガチです。こちらの希望はポッポでもコラッタでもいいです。でも絶対に言うこと聞きません。返品は受け付けません。

 

 

「ふー。温かさが胸に沁みます」

 

 とにかく、私は今みたいに、優雅に紅茶を飲んでふーっと一息つける生活が送りたい。花に囲まれながら、気の合う友達と小粋なトークを繰り広げる日々。それだけが望みです。だから誰か助けて欲しい!

 

 

「半泣きになるほど紅茶が好きだったの? いつもと変わらないけど」

「紅茶は美味しいです。ただ、諸行無常だなぁと浸っていました。ここに来る前に、またボコボコにされたので」

「……ああ。それは、ご愁傷様」

「多分、寝起きでうっかり大魔王と口走ってしまったせいです。なんだか、凄い顔で睨まれたし。石化するかと思いました」

「口は災いのもとね」

「全くです。あと、目は口ほどに物を言うのコンボのせいで、私の体はボロボロです」

 

 少し慣れて来たので、打ち解けた感じでアリスとは話している。たった数日で私の中の好感度が幽香を上回りました。幽香は好感度0。マイナスがあったらもうそれは凄い事になっているだろう。

 そんなに私のことが嫌いだったら、解放してくれーと何回か言った覚えがあるが、全て却下されている。私に選択の自由はないと、額に指をつきたてられた。そのまま殺されるかと思ったぐらい、ビビってしまった。

 勇気を出して脱走してもすぐに掴まるし。あの女、なんで私の行動が読めるんだろう。監視カメラなんてないのに、抜群のタイミングでいつも捕獲される。斥候でもいるのかと探してみたけど、誰もいなかったし。リグルあたりが、虫をつかって協力しているのかと思っていたがはずれ。というか、リグルは走り去っていく後姿を見かけただけで、それから一度も見ていない。蟲の王が悪魔の手先という線はなくなった。

 つまり、花の悪魔は、博麗の巫女並の勘をもっているとしか考えられない。

 

 結論を言うと、私が自由をゲットするためには、幽香をギャフンと言わせるか、電子ジャーに封印するしかないというわけだ。……うーん、厳しい!

 

 

「貴方は能力だけじゃなくて、感情のコントロールも覚えたほうがいいわね。感情の起伏は能力にもろに影響を与える」

「私は常に冷静です」

「そう思ってるのは貴方だけじゃないかしら。第一印象は確かにそう思ったけどね」

 

 冷静なアリスのツッコミ。それと同時に鉄拳が飛んでこない分、有情である。

 

 

「でも、自分では感情を表に出しているつもりはないんです」

「まぁそうなんでしょうね。だから分かりやすいんだけどね。喜怒哀楽が素直に表情に出てるのよ」

「え」

 

 

 そんなの知らなかった。とても困った。ポーカーフェイスを維持しているつもりだったのに。これでは密かな殺意がバレてしまう。

 

「さっき、幽香のことを考えていたでしょう」

「……え?」

「それも顔に出てるの。ついでにまた敵意と威圧感を発していたし。だから分かりやすいと言ったのよ」

「……本当に?」

「嘘をついても仕方がないでしょう」

 

 なんということでしょう。対幽香戦略を練っているときに無意識で威圧感――大物オーラを発していたとは。この花のリンカ、一生の不覚ッ! 不覚を取るのは一度とは言っていないのが重要なポイント。

 

 ちなみに大物オーラとは、凄い圧力やら威圧感ではなんだか味気ないので、私が命名してみた。ゾーマ様やバーン様みたいなあのカリスマと圧迫感だ。幻想郷では八雲紫や風見幽香が自然と発しているアレである。

 私とちがって、あの人達は場面に合わせて加減ができるからカリスマ度が高まっているのだろう。洗練された大物オーラなのだ。どうでもいいところで大物オーラを出している奴は、むしろ小物になってしまう。そういうのを、人はかませ犬という。

 

 

「ところで、私カリスマ感ありました?」

「ごめんなさい。貴方が何を言っているのかさっぱり分からない」

「この圧力を発しているとき、私の顔はキリッとしていました?」

「……ま、まぁ、そこそこかしら」

「そうですか」

 

 私は何度か頷いて満足した。小物にはなりたくない。せめて、南斗五車星の連中ぐらいには頑張りたいところだ。

 反応に困っていたアリスだったが、一応頷いてくれた。

 

 

「それでですね。実は、この威圧感を“大物オーラ”と名付けてみたんです」

「貴方は、もしかして馬鹿なの?」

 

 的確で鋭すぎるツッコミ。流石はアリス、できる女である。

 

 

「あの圧力とか、威圧感なんて呼び名だと味気ないですし、面白くないと思いませんか?」

「はぁ。まぁ貴方の好きにすればいいと思うわ。ちなみに、今の貴方からは小物オーラがでている気がするけどね」

「…………」

「…………」

「それでですね、グラスの訓練で能力のコントロールを学びつつ、更に大物オーラの制御を学べば、私は完璧だと思います。もう何も怖くないと、断言できそうな気がします」

「そうかしら」

「……た、多分そうです」

 

 疑わしげな視線を受けると自信がなくなってくる。

 

 

「なら頑張りなさい。別に失敗しても死ぬわけじゃない。それを糧に成長すればよいだけよ。」

「はい!」

 

 アリスは実に教師に向いている。私のような駄目生徒にも親身になってくれる。

 よくよく考えると、ここは学校のようなものである。生徒は私だけ。常に特別授業。はっきり言って、ここにいる時間が楽しくて仕方がない。ああ、永遠に卒業したくないなぁなどと、思わずうなだれてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後。私とアリスは、なぜか将棋を指していた。

 

 

「王手」

「…………」

「…………」

「…………ありません。参りました」

 

 呆気なく私は詰まされた。何処に逃げても数手先で死ぬ。おかしい。アリスは、将棋のルールは知っているけど、一度もやったことがないのではなかったのか。

初心者殺しのハメ手を使って調子に乗っていたら、まんまと逆転されてしまったでござる。

 私は詰めが甘いことに定評がある。家での対戦相手は自分だったけど。ズッ友(壁)は手がないので将棋を指してはくれない。幽香も将棋盤は持ってるくせに、私と遊んでなどくれない。

 一度だけ、負けるのが悔しいのですか? とほんのちょっぴり挑発してやったら、死ぬより恐ろしい経験をした。も、もう二度としないよ。

 

 

「……将棋ははじめてだったけど、中々面白いわね。チェスと違って、駒を再利用できるのは新鮮に感じる」

「私も、アリスさんのはじめてをゲットできて光栄です」

「そういう下賎な言い方をしないように。貴方の母親にも似たようなことを言われたわよ。流石は親子といったところかしら」

「うげっ」

 

 しまったと口元を抑える。もしかして思考パターンが似ているのか。いや違う。むしろ、染まってきているのではないだろうか。これはいけない。アリス成分で中和しないと。幽香成分が強くなると、私の修羅度がアップしてバッドエンド一直線。ほっこり度アップを目指したい。

 

 

「それにしても、貴方が使った今の戦法、なにかの定跡なのかしら。序盤だけ不可解なほど攻められ続けた気がする。貴方の指し方も、なんだか手馴れていたしね」

「……気のせいじゃないですか?」

「正直に言いなさい」

「しょ、初心者殺しの通称鬼殺し。えへへ。いわゆるハメ手です」

 

 誤魔化すように笑うと、アリスがやっぱりと溜息を吐く。

 

 

「今日見せてもらった、新スペルもそうなんだけど。貴方って、結構卑怯よね」

「うぐっ!」

 

 私の精神に大ダメージ! いつもと変わらない表情で、大上段から真っ二つにされてしまった。私は藤木君だったのか。

 

 ちなみに、今日アリスに見せた新スペルというのは、陽符「サンフラッシュ」だ。その名の通り、鶴仙流の太陽拳もどきである。相手の意表をついていきなりスペルを発動させ、相手の目が眩んだところに通常弾幕をこれでもかと叩き込むのだ。浪漫を感じるグミ撃ち&高笑い。なんとしても成功させたいところ。

 

 当然、対幽香戦を想定してもいる。流石の悪魔も眩しければ目を瞑る。確実に隙ができる。そこに究極奥義を叩き込む予定である。もちろん、予定は未定だ。

 

 

「ああ、別に批判している訳じゃないの。頭を使うのはいいことだと思うわ。貴方は幽香そっくりだから、多分初見の相手は相当面食らうでしょう。そこを衝けば、有利に勝負を運ぶことができるはずよ。心構えはともかく、戦法としては悪くないと思う」

「そ、そうですよね。勝てばよかろうですよね」

「……そこまでは言ってないけど。まぁ、幽香が望んでいる育成方針とは真逆になるのは確かでしょう。正面から徹底的に叩き潰すのが好きみたいだし」

「……はい、小手先の技術を使うなといつも怒られてます。でも、単純な力では絶対に勝てないので、搦め手からじゃないと」

「なるほど。貴方の最終目標は、風見幽香ってことね」

「その通りです。あの悪魔――大魔王じゃなくてド外道をギャフンと言わせてからが、私の妖怪人生のスタートです。卑怯でも姑息でもいいので、とにかく勝ちたいです」

 

 姑息な手を使っては、毎度正面から叩き潰される私。この前など呪縛術で締め上げられるという屈辱を味わってしまった。なんでラーニングしてんのこの悪魔と、あのときの私はあっさり心が折れてしまった。私の考えた術を瞬時にラーニングし、逆に撃ち返して来る。反則すぎる。

 でもすぐに立ち直ったので、あの時はあの時と割り切る事にした。そう思わないと、あの家では生きていけない。憎悪と復讐心を糧に、私はあの悪魔に喰らいついていく。来るべき勝利の日のために! ……来るのかなぁ。

 

 そんな私の葛藤をみたアリスが、肩を優しく叩いてくる。

 

 

「……道のりは長く厳しそうね。前も言ったけど、慌てることはないわ」

 

 アリスの慰めの言葉が、私の心に染み入る。

 

 

「……あの、気分を変えて次はオセロで遊びませんか?」

「いいわよ。ちなみに、感情の制御の訓練もかねているんだから、そのつもりでね」

「はい!」

「喜びの感情が溢れすぎ。今はいいけど、対戦中は抑えるように」

「はい!」

 

 ちなみに、アリスが将棋盤やらオセロやらの遊具をもっているのは、客人への接待用らしい。たまに森の迷い人を助けてあげるというハイパー善人ぶりを発揮しているらしく、その客人が暇をしないように備えているらしい。アリスは本当にいい人すぎるでしょう。誰かさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

 

 実は、一人将棋やら一人オセロを人形と楽しんでいるのかと、つい邪推してしまった自分が恥ずかしい。うん、私も幽香と一緒に死んだ方が良いと思う。二人が死ねば、幻想郷はきっと平和になるはず。やった、ハッピーエンド! 

 

 

「アリスは、表情を隠すのが本当に上手ですよね。どうしたらそんなにポーカーフェイスになれるんです?」

「別に訓練したことなどないわ。ただ、敵――対戦相手に余計な情報を与えるのが嫌なだけ。そう思っていたら、自然とこうなったの。ほら、日常生活では私も普通でしょう?」

「はい」

 

 

 優しい笑みと、私に向ける呆れた表情、あとは作業をしているときの真剣な表情。どれも実に格好いいし憧れる。

 

「戦いにおいては、頭は常に冷静に、そして心の中では闘争心を滾らせる。魔法使いはこうでなくちゃいけないわ。私も魔術に関してはまだまだ修行中の身だから、そうあろうと心がけているの」

 

 戦いの心構えを伝授してくれた。多分私には真似出来ないと思う。すぐに顔にでるし声にでるから。でも、いずれはこうなりたいなぁという目標にはなる。素晴らしい先生を持てて、私は実に幸せである。

 

 

「……アリス先生は、本当に完璧ですね。思わず痺れました」

「足が?」

「たまにでるボケも、凄くいい感じです」

「?」

 

 首を傾げるアリス。何をやっても絵になってしまう。

 ああ神様、やっぱりこの家の子になりたいです。次の人生では、私はリンカ・マーガトロイドになりたい。



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第十三話 忘れないで

「――色即是空。諸行無常。弱肉強食。因果応報。我に七難八苦を与えたまえ」

 

 最後のは某有名武将の言葉。意味は分からないが、多分苦難の先には幸福が待ち受けているという意味だろう。私はもう十分に与えられているので、幸福は近いという事だ。やったね。努力は必ず報われるということは、歴史が証明しているのだ!

 

 

「なにそれ?」

「なんとなく集中できそうな言葉なので」

「そうなのか。すごいね」

 

 ボリボリと肉にかじりつきながら、赤リボンと黒ベストを身に着けた金髪の妖怪少女が頷いている。彼女の名前はルーミア。可愛らしく、人懐っこい表情の少女である。背丈は私と同じくらい。両手を伸ばしてそうなのかーとかやってくれるかと思ったけど、それはなかった。ゲームとは違うのだ。第一印象で決め付けてはいけない。私は身をもって知っている。

 

「いい天気だね」

「そうですね」

「お肉食べる?」

「いらないです」

 

 

 今の私は木の椅子に座りながら、妖力を安定させる修行の最中だ。妖力をチャージして、それをできるだけ同じ状態で維持する。負荷が掛かった状態に慣れることで、戦闘時に多少無理をしても身体がついていけるようになるとかなんとか。多分、超サイヤ人を維持する修行である。

 天気が良いので、たまには日光を浴びなさいとアリスに言われたからでもある。こちらが草属性であることを見抜いている。流石はアリス。でも、私が光合成できるかどうかは別の話。多分できていないと思う。晴れの日でもパワーアップしないし。

 

 

「秋は食べ物が美味しいよね」

「そうですね」

「じゃあこれ食べる?」

「お気持ちだけで」

「そう言わずに。ほら。とれたてほやほやだよ」

「ああ、今はお腹一杯だなぁ。残念だなぁ」

「そうなのか」

 

 手首の形が残っている謎肉をこちらにぐいぐいと押し付けてきたので、顔を引き攣らせながら遠慮しておく。焼けているから、ちょっと香ばしい臭いが漂ってくるのがまた困る。妖怪は味覚や嗅覚もそれらしく変化するのか。よく分からない。

 

 

「美味しいですか?」

「美味しい。紛い物とは全然違うよ」

 

 紛い物が何かは知りたくなかったので突っ込まなかった。ルーミアは、取れたときの状況を詳しく教えてくれた。頼んでいないのに。

 森の中で行き倒れていた外来人の肉らしい。見つけたときは死んでたとか。ちなみに、生きていても殺されていただろう。そういうものである。半分くらい食べられていたけど、残りにありつけたとか。だから今日はついているんだと嬉しそうだった。良かったですねと私は頷いておいた。お代わりがほしいなどと、私に噛み付かれても困るから。

 

 

 ちなみに、私は一応妖怪だけど人間は食べたくないのである。食べたこともないし。食べたいとも思わない。幽香が密かに人間の肉を料理に混ぜていない限りは大丈夫なはず。……そのうち、喰わないと殺すとか言い出しそうなのが恐ろしい。

 でも、私の知識では人里の人間は襲ってはいけない。今の幻想郷で食べていい人間というのは、迷い込んだ外来人くらいである。多分!

 

 と、人肉について考えていたら妖力が乱れてしまったらしい。見張り番の上海人形が×印のついた旗を上げてくる。

 

 

「ごめんなさい。真面目にやります」

 

 上海は旗を降ろすと、うんうんと頷いた。本当は自律しているといわれても、私は驚かない。それぐらい良くできている。

 アリスはといえば、人里に買いだしに出かけている。私もついていきたかったが、妖力コントロールで合格点がでるまでは駄目だといわれてしまった。相当危なっかしいらしい。不発弾のようなものだろうか。大事に扱ってくださいと張り紙でも張っておこうか。

 ――またアホなことを考えてしまった。上海が×旗を構えだしたので、慌てて妖力を集中する。

 

 

「集中集中っと」

「じゃあ私もやってみようかな」

 

 ルーミアが地べたに座り込んで目を瞑る。可愛らしい見た目だが、人食い妖怪なので油断は禁物である。でも私は人間じゃないので超安全。私は人間をやめたぞーと堂々と宣言できる。妖怪も食べるのかとは敢えて聞かない。知らないほうがいいことも世の中にはたくさんある。

 

 

 で、何故ルーミアがいるかといえば、ただの偶然である。運命の出会いでもなんでもない。

 私が一人で唸っているところを飛行中に目撃したらしく、興味を抱いて近づいてきたようだ。お互いに自己紹介を行った後は、こんな感じで延々とだらだらしている。しかし、いきなり人間の肉を食いだしたときは腰を抜かしそうになったのは秘密である。叫ばなかったのは、妖怪としてのプライド(笑)である。プライドなんて欠片もないけど、塵ぐらいはあるかもしれない。今度探してみよう。

 

 

「そういえば」

「どうしたの。やっぱりおなか減ったとか? 遠慮なくどうぞどうぞ」

 

 某ダチ○ウ倶楽部なみに謎肉を推してくる。「腹ヘリ妖怪なんだから早く食え!」と思わずタメ口で突っ込みたかったが、多分、ルーミアの方が遙かに年上である。私は10年ちょいのひよっこ。ルーミアは外見は少女だけど、超大先輩。……というか、幽香は何歳なんだろう。今度聞いてみるか。いや、やめておこう。歳の数だけオラオララッシュを受けてしまいそうだ。

 ここは必殺の話を逸らす! ボッチだった私でも使える便利な技である。

 

「じ、実はですね!」

「実話?」

 

 ところどころに、ボケを挟みこんでくる。もしかして、狙っているのだろうか。まだ分からない。だけど、計算されたボケの可能性もある。判断が実に難しい。これが天然キャラの困ったところだ。

 

 

「そうじゃなくて、実は、ルーミアで三人目なんです」

 

 多分、私は三人目だから、とかちょっと古い台詞が浮かんでくる。まてよ、ATフィールドはいいかもしれない。対幽香戦で使えるかも。心の壁は頑丈なはず。

 ルーミアが、肉を押し付けるのを止めて、首を捻る。すごい可愛いので、頭を撫でたくなる。グッと堪える。いきなり嫌われるのは避けたい。フレンドリーでハッピーな幻想郷ライフを送りたいのです。

 

 

「んー? 何が」

「話した相手です」

「そうなんだ」

「はい。幽香とアリスしか話したことがないです。後は壁です」

「寂しいね」

「そうですね」

「あはは。燐香って面白いね」

「そうでもないと思うけど」

 

 私が寂しいことが面白かったらしい。私は面白くない。

 

 

「じゃあ友達になろうか」

「えっ」

「嫌ならいいや。面倒だし」

「私は面倒じゃないですけど」

「そうなんだ。良かったね」

 

 

 謎のテンポの会話が続く。埒があかないので、ええいままよ、とばかりに私は勇気を振り絞った。

 

 

「面倒かもしれないけど、私の友達になってください」

「うん、いいよ」

 

 普通にOKを貰ってしまった。私はちょっと目を見開いて固まってしまう。

 と、友達ゲット! 勢いでルーミアと固い握手を交わしてしまった。ルーミアは笑顔でそれに応えてくれる。なんて優しい妖怪少女なのだ。やっぱり幻想郷は楽園だった――。

 

 

「じゃあ友達にお裾分け」

 

 謎肉を顔にくっつきそうなほどまで押し付けられる。マジ無理。アリス、ヘルプ! と上海人形を見たが、×旗をあげているだけで助けようとはしてくれない。集中していない悪い子は知りませんということだろう。

 

 

「嬉しいですけど、それは気持ちだけで。というか近い! 近すぎいッ!」

「うーん。じゃあこっちをあげる」

 

 肉に齧りついたまま、ごそごそとポケットから何かを取り出す。白い包みにくるまれているのはキャラメルだった。

 

 

「人里で人間のおばちゃんにもらったの。甘くて美味しいよ」

「それは、ありがとうございます」

 

 手を伸ばすが、ルーミアはこちらに渡そうとはしない。

 

 

「口を開けて」

「えっ」

「集中する訓練中なんでしょ。だから私が食べさせてあげる。友達だからね」

「えっと、その」

「口を開けて?」

 

 いまいち納得はいかないが、話の流れ上仕方ない。小さく頷いて口を開けようとすると、ルーミアがニヤリと笑う。今までで一番妖怪っぽい邪悪な笑み。

 この妖怪、確実にキャラメルじゃなくて人間の肉を放り込んでくる。間違いない。

 そうはさせないと、ルーミアの右手をグッと掴み、そのまま齧りつく。キャラメルには包みがまかれていたが、そのまま頂いてしまう。これくらいで健康を害するほど柔ではない。多分。一応風邪とかは引いたことはないのだ。寝込むのは主に肉体的疲労である。ルーミアの手に涎がついてしまったが、それは勘弁してもらおう。でも失礼なので、ハンカチを取り出して綺麗にする。

 

 

「意外と大胆だね」

「ルーミアが意地悪するからです」

「ね、どうして肉を食べないの。貴方も妖怪なのに」

「私はある意味菜食主義者なんです」

「じゃあ食べたことないんだ」

「え、ええ」

「じゃあ、先っちょだけ食べてみようよ。さ、勇気を出して」

 

 先っちょだけ、先っちょだけとぐいぐい近づいてくる。無邪気な笑顔で。

 マジで近い。近い近い近い! なんか千切れてる部分が顔に当った! なんかぐにゅっとしてるし! この硬い部分がいいんだよとルーミアが赤い舌を出す。

 

 

「い、いいですから。私は食べません」

「えー。天然の人間の肉は貴重なのに。ま、いいか。無理強いはよくないもんね。今日は諦めよう」

 

 この口ぶりだと、養殖ものもあるらしい。もしかしたら、人肉配給とかあるのだろうか。あまり想像したくない。「はい貴方の分、残したらぶっ殺します」とか八雲紫がいきなり現れたらどうしよう。それって超怖い。という訳でちゃんと聞いてみる。

 

 

「もしかして、養殖とかしてるんですか?」

「知らない。けど、お願いするともらえるよ。紛い物」

「紛い物?」

「うん。どんな味かは、今度食べてみるといいよ。不味いから本当は嫌いだけどもってきてあげる。一緒に食べたら美味しいかもね」

 

 余計なフラグを立ててしまった気がする。よって、あからさまに話題を変えることにした。

 

 

「そういえばルーミアは、どこに住んでいるんです?」

「ここらへん」

「私は太陽の畑です」

「そうなんだ」

「はい」

「あれ。確かあそこって」

「風見幽香、知ってます?」

「あーなるほど。だから似てるんだね。そういうことかー」

 

 納得したように手をポンと叩くルーミア。今更かと突っ込みたくなる。中々独特の性格をしている妖怪だ。キャラの知識を知ってはいても、実際に話してみないと分からない。ここは私の知っている幻想郷ではない。なぜなら、イレギュラーの私がいるからだ。生まれてきてごめんなさいとしか言いようがない。

 幻想郷における私の交友方針としては、修羅の道をいく人物以外なら誰でもウェルカムである。八方美人政策により、友達百人作るのだ。仲良きことは美しき事。友達絶賛募集中と、今度張り紙でもつくろうか。

 いや、むしろ幽香の手配書を張って回るとか。賞金稼ぎとかがやっつけに来て――くれるわけないか。

 

 

「あ。幽香のこと嫌いなんだ」

「ああ、分かりますか!」

 

 分かってくれてありがとう。心の友よ。

 

 

「顔に出てたよ。幽香のことを考えているとき、面白い顔してた。あと、迫力あったし」

「やっぱりですか」

「うん。やっぱり燐香は面白いね」

「ルーミアも十分面白いですよ」

「あはは。それは最高だね。気分が良いから、ルールをちょっと破って、人里の人間でも狩りにいっちゃおうか? 一人くらいなら多分バレないよ」

「バレると思います。偉い妖怪さんに怒られます。というか、始末されそう」

「真っ暗にしちゃえば平気平気。お互いに見えないなら、先に当てたもの勝ちだね」

 

 なんだかすごいムキムキ状態になった右手をこちらに見せ付けてくる。鬼の手みたいで格好いい。

 あれれーもしかしてこの子修羅道なんじゃ。いや、心の友を疑ってはいけない。はじめての友達なんだから。きっとルーミアは優しい天然妖怪のはず!

 

 というわけで対案を提示する。

 

 

「それより、お母様――じゃなくて幻想郷の悪魔を闇討ちしにいきましょう。一人では無理でも、二人ならやれるはずです」

「うーん。でも幽香はかなり強いよ。あんなに大きな縄張り持ってるし」

「大丈夫です」

「そうかなぁ」

「私に名案があります。最初に対幽香用の毒薬を散布してから一気に襲い掛かりましょう。こいつでイチコロというわけです」

 

 彼岸花をいろいろといじって抽出した毒薬である。多分効く。あれ、でも幽香は草属性だから効かないかも。除草剤の方が良かったかな。いや、花にもダメージを与えてしまうのでそれは却下。花は私にとっても大事である。

 しかし物は試しだ。試しにやってみよう。なぜか風向きが変わりそうな気がしてならないが。というか、幽香は毒花の花粉をたまに弄っていたような……。気のせい、気のせいだった!

 

 

「それならいけるかも。幽香は名のある妖怪だから、討ち取れば有名になれるよ。お菓子やお肉を一杯買えるかも」

「善は急げです。さっそく首をとりに行きましょう。燐香&ルーミア。RRコンビの初陣です」

 

 RR軍みたいで格好いい。ルーミアはリボンをつけているし、私の髪は赤い。いつかリボンをお揃いににすればレッドリボンコンビである。

 

 

「うん、良い食後の運動になりそう」

 

 ――おお、心の友よ。まさか同志ができるとは。こんなに嬉しい事はない。

 

 意気込んで立ち上がったところで、上海人形が両手で×を作ってこちらを勢いよく制止してくる。気持ちはわかるが、女にはやらねばならないときがある。いまがその時なのだ。時は今、向日葵萎れる九月かな。――いざ本能寺!

 

 強引に止めようとしてくる上海を背中にくっつけたまま、上空へと飛び立つ。ルーミアは骨を咥えて、私のそばをぐるぐると回っている。

 

 

「じゃあいこうかー」

「いざ!」

「ちょっと待ちなさい。何を馬鹿なことをやろうとしているの!」

 

 加速をかけようとしたところで、全力で飛んできたらしいアリスに見つかってしまった。その手には食料品の詰った袋。アリスは珍しく息を切らせている。

 

「おかえりなさい」

「おかえりなさいじゃないわ。何をいきなり突拍子もないことを。あんなに幽香を怖がっていたのに」

「なんで幽香のところに行くって知ってるの?」

 

 ルーミアが不思議そうに尋ねると、アリスは険しい表情のまま即答する。

 

「人形が得た情報は私にも伝わるのよ」

「そうなのか。すごいね」

 

 確かに便利である。私も一体欲しい。

 ルーミアが骨を手に持ち、戦闘態勢に入る。骨棍棒を装備して、やるき十分。これはもしかして、初の弾幕勝負だろうか。ワクワクしてきた。

 ――って、私も戦わなきゃ駄目じゃないか。妖力のチャージを始める。アリスとは戦いたくないので、適当にばらまいて逃げてしまうつもりだ。

 

 

「ルーミア。止めなさい」

「えー。燐香は幽香を討ち取るんだって。楽しそうだから私も一緒にやりたいなぁ」

「これをあげるから、言う事を聞きなさい。ほら」

 

 アリスが袋から饅頭を取り出し、ルーミアに放り投げる。饅頭如きでどうにかなるほど私達の友情は甘くない。

 ルーミアは首を捻った後、こちらに振り返る。

 

 

「ごめん、私やっぱり行くのやめた。お饅頭もらっちゃったし」

 

 女同士の友情は儚いものだった。――さらば心の友よ。

 

 

「ああルーミア。この裏切り者め!」

「だって妖怪だし」

「友達なのに?」

「裏切っても私達は友達だよ。ずっと忘れない。だから一人で頑張ってね」

 

 都合が良い妖怪である。ならば私一人でいくまでのこと。

 

 

「ふ、ふふん。しかしこの風見燐香に逃走はない! だって討ち取るって言い切っちゃったから今更引き下がれないし」

「燐香、貴方の分もちゃんと買ってきたわ。さぁ、戻ってお茶にしましょう。良い子だから」

「はい、喜んで」

 

 そういえば私は良い子だった。アリスの言う事には従わないと。

 

 

「……ねぇ。ちょっと諦めが良すぎないかしら。急いで帰ってきた私の立場も考えて、少しは粘ったらどうなの。説得ぐらいさせなさいよ」

 

 ジト目で突っ込んでくる。上海がなんでやねんと、いつもの関西ツッコミ。意外とノリが良いアリス・マーガトロイド。都会派は伊達じゃない。

 

 

「妖怪、諦めと引き際が肝心です」

 

 勢いで恐怖を誤魔化していただけなので、冷静になると身体が震えてきやがった。

 

 

「アリスー、私もお茶飲んで良い? 歯に肉がくっついちゃった」

「構わないけど、骨は外に捨てなさい。野犬がくるから、遠くにね」

「はーい」

 

 ルーミアが骨を全力でどこかにぶん投げた。弔うとかそういうことは考えなくていいらしい。死んだ後は、そういうものだ。誰にも見向きもされない。誰しも生きている間が花。花はやがて枯れて消えさっていく。だが、咲く事すら許されずに死んだ者たちがいることを忘れるな。世界にこびり付いた憎悪と怨念はいつまでも消えずに残るということを忘れるな。忘れたならば必ず思い出させてやる。

 

 

「燐香、顔が怖いけど」

「あ、もしかして大物オーラがでてました?」

「なにそれ」

「ラスボスみたいな風格のことです」

「うーん。言われればそうなのかな。ちょっと威厳みたいなのがあったかも」

「そうでしょう」

「あ、やっぱりなかった」

 

 あははと笑いながら、ルーミアが抱きついてきた。背丈が同じくらいなので、バランスを崩してしまう。

 アリスがやれやれと肩を竦めながら、降下していく。

 私は上海人形とルーミアに抱きつかれたまま、アリスを追っていくことにした。なんだかコアラの親子みたいだった。




来週からちょっとペース落します。
飛ばしすぎ!

東方世界のキャラは皆大好きです。
だからもっとガンガン異変進めてどんどん出していこうよ! みたいな欲望に負けそうになるけどグッと我慢。
あんなに一気に大勢をだしたら収集つかなくなるよね。せやね。

あわてずに のんびりいこう ほととぎす。


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第十四話 聖者は十字架に、愚者は野晒しに

 ――翌日。朝のしごきを終えた私は、日課のようにアリスの家にやってきていた。

 グラスの鍛錬を真剣にやる。徐々にだが割らずに済むようになってきた。

 しばらくすると、暇を持て余したルーミアが遊びにやってきた。私に会いに来てくれたらしい。おお、心の友よ。

 

「それ何やってるの?」

「妖力のコントロールです。割らないようにするために練習中です」

「へぇ。ちょっとやってみていい?」

「どうぞどうぞ」

 

 竜ちゃんばりにどうぞどうぞとオススメする。ルーミアが青く光るグラスを持ってジッと眺めた後、えいと言って妖力を篭める。グラスは見事に無色透明になりました。

 ――おかしい。そこは豪快に割って、やりすぎちゃったのかーとボケるところなのに。ルーミアは特に喜びもせず静かにグラスを戻す。しかも再び妖力を篭めて青く光らせてくれた。

 

 

「なるほどねー。良く分かった」

「いきなりできるなんてすごいですね。憧れちゃいます」

「別に普通だよ。燐香もすぐに出来るとおもうな。簡単簡単」

 

 ルーミアはそういうと、椅子に座ってポケットから何かを取り出した。ビーフジャーキーっぽいものを取り出すと、そのまましゃぶりはじめる。噛めば噛むほど味がでそうな感じ。

 

 

「美味しいですか?」

「うん」

「そうなのかー」

 

 我慢できなくなったので、私が両手を横に伸ばしてそうなのかーと言ってみた。人のネタを取るのは芸人失格。だが私は芸人ではないので問題ない。

 ルーミアはジャーキーを口に咥えながら、腕組みをして怪訝な顔をしている。

 

 

「なにそれ?」

「聖者が十字架に磔られた感じに見えません?」

「見えないかな。それよりくたびれた案山子に似てる」

 

 今さりげなく悪口が入っていたような。案山子だけでいいじゃん!

 

「そ、そうなのかー」

「そうなのだ」

 

 ルーミアの口調が、なんだか別のキャラの台詞になってるし。○○ボンのパパみたいな。これでいいのか?

 だが一つ新たな目標ができた。ルーミアにいつか、両手を横に伸ばしてそうなのかーと言わせることだ。どうでもいい目標だが、達成できたらなんだか『いいね』ポイントゲットできそう。

 

 それはともかく、この世界のルーミアって頭が良さそう。発言は何も考えてないと思いきや、意外と裏があったりするし。そうなのかーと延ばして言ってくれないし。一度くらい言って欲しい。いや、それこそイメージに囚われた思い込みというやつだろうか。うーむ。これはこれでクールな感じがして話しやすいんだけども。このままでは私が子供っぽい気がするので、もっと頑張らなければ。

 

 

 ちなみに、今まで出会った人(妖怪)の印象は、アリスはクールビューティ。ルーミアは天然クール。幽香は悪魔で外道で超カオスダーク。ダーク属性は基本的に会話で仲魔にならないから注意だ!

 私はニュートラルのへっぽこボッチ。落ち着いて分析すると、属性が冷系にかたよっている気がする。私の交友的な意味で。温系の人もいつでもウェルカム。

 それはともかくだ。もしかしてリボンの封印を解いたら逆転するのだろうか。実に気になる。この際だから聞いてみよう。力を抑える秘密があるとしたら、幽香封印の役に立つかもしれない。弱体化のヒントはいくらでも募集中なのだから。

 

 

「ねぇルーミア。ちょっと聞いて良いですか?」

「なにかな」

「そのリボンを取るとどうなるんです?」

「知りたい?」

「はい」

「どうしても?」

 

 ニヤリと嗤うルーミア。可愛い顔なのに似合っている。これが長く生きた妖怪の迫力! ルーミア、恐ろしい子!

 

 

「勿体つけられると、どうしても知りたくなります」

「これ食べてくれたら教えてあげる」

 

 

 はい、とビーフジャーキー? を差し出してくる。……なんだろう。凄く嫌な予感がする。すごい謎の肉っぽい。

 一応受け取って、臭いをかいで見る。香ばしい味付けがしてあるようで、とくに異常はなさそうだが。

 

 

「これ、なんの肉なんです?」

「肉は肉だよ。強いて言うなら干し肉かな」

「こうなる前は、何と言う種族だったのですか?」

「さぁ。そんなことどうでもいいじゃない。お腹に入れば同じ事だよ」

「そうですか?」

「そうだよ。さ、勇気を出してぐいっと」

 

 

 わざとらしく笑みを浮かべるルーミア。思わず見とれそうになるが、口から覗く牙は意外と凶悪だ。骨ごとばりばりいきそう。もしかして私もそうなのかな。そういえば、歯ブラシもなんだか特製のものだったような。幽香の手に噛み付いたけど、いまいち効果がなかったからそんなに頑丈だとは思わないけれど。噛み千切れなかったし。

 

 と、余計な思考をしている場合ではない。もう面倒だから率直に聞いてしまおう。

 

 

「もしかして、人間の肉ですか?」

「近いかな。これは、人間風味の干し肉。マンジャーキー?」

 

 そんな単語初めて聞いた。なにマンジャーキーって。

 

「…………風味」

 

 

 でも風味だけだったら、ちょっと食べてみたい。どんな味がするのか、リアリティ追究のために舐めてみたい。私は某漫画家と違って褒められたいしちやほやされたい。

 でも人間風味ってなんだろう。排泄物味のカレーとか、馬鹿餓鬼たちが喜びそうなネタを思いついてしまう。だってギャグマンガだと、当然そういうオチなのだ。そんなカレーあるわけないよという。

 

 ――絶対にこれ、人間の肉でしょ。人間風味ってなんなの!

 

 

「私は遠慮しておきます」

「じゃあリボンの秘密も教えてあげない」

「構いません。私はいつか謎を解いて見せます。風見幽香の命にかけて!」

 

 私は拳を握って天に誓いを立てた。なんか変な光が見えて昇天しちゃいそうになった。すぐにやめる。このポーズは危険だ。なんか人生に悔いなしとか言っちゃいそうだった。危ない危ない。

 

 

「自分のじゃないんだ」

「私は長生きしたいので」

 

 

 ルーミアにマンジャーキーを返し、再びグラスの鍛錬に戻る。最後の一個を割ったところで無事終了だ。今日はつかれたのでおしまい。一杯やったし十分すぎるだろう。私はどや顔で頷いておく。

 

 

「どうしてグラスを割ったのに、そんな満足気な顔をしているのかしら」

「やりきることに意味があるのです。大事なのは結果より経過です」

「自分で言っていたら世話がないわね」

 

 呆れながらアリスが後片付けを始める。後片付けは、破片を集めてアリスがグラスを修復するというもの。もちろん私も手伝う。ルーミアも手伝ってくれた。世の中エコだからね。使い捨てはよくないのです。

 

 ちなみに、なぜ鍛錬を止めようかと思ったかと言うと、時計の針が3をさしていたから。ワクワクドキドキのおやつタイム。アリスは本当に料理が得意なのだ。普通によい奥さんになれそう。子供も一杯で幸せ一杯。もしよかったら、私もその片隅にでもおいてくれないだろうか。人形の振りをしてもぐりこんだらバレないかも。呪いの人形っぽいので却下されるか。なんか髪が赤いし幽香に瓜二つだし。畜生!

 

 

 でも一応聞いておこう。

 

 

「アリスが結婚したら、私をお手伝いで雇ってくれませんか? 幻想郷の最低賃金で構いません」

「……貴方はいきなり何を言い出すの? また思考が飛んでるわよ」

「多分、子供は五人くらい作りますよね。私、お世話頑張ります!」

「落ち着きなさい」

「やっぱり燐香は面白いなー」

「そうなのかー」

 

 軽いジャブ代わりのボケ。同じボケを重ねることにより、貪欲に笑いを求めに行く。これこそ芸人道。修羅道より圧倒的に平和。

 

 

「燐香。そのポーズはどういう意味があるの?」

「磔をイメージしているんだって。自分の最期はこうなるって言ってたよ。予知能力があるのかも」

 

 ルーミアの鋭いボケが炸裂している。なんというキラーパス。私も負けずに突っ込まなければ。でも「なんでやねん」ぐらいしか思いつかない。ルーミアの会心のボケにこのツッコミはありえない。しかし何かを喋らなければ場がもたない。魚類のお笑い怪獣に怒られてしまう。だが、私はボギャブラリーが貧相だ。ルーミア、恐ろしい子!

 

 ぐぬぬと磔のポーズをしながら唸っていたら、アリスによしよしと頭を撫でられた。

 

 

「元気を出しなさい。そうなりそうになったら助けてあげるから」

「あ、ありがとうございます。感謝感激雨霰です」

「大げさね」

 

 なんだかよく分からないけど助けてくれるらしい。どうしてこういう話の流れになったかはさっぱり分からないが。私は人の助けは全て受け入れるのだ。

 

 

 

 

 

 

 今日のおやつタイムは一味ちがった。何が違うかと言うと、かなりの辛口だ。目の前にはいっぱいの焼きたてクッキーがあるのに、私はまだ一つも口に入れることができていない。どういうことなのだ。全く意味がわからないぞ!

 

 

「フォーカード」

「私も」

「……またブタです」

「じゃあいただくねっと」

 

 ルーミアが大皿からチップ代わりのクッキーを1枚小皿にもっていく。アリスもだ。私の小皿には一枚もない。恨みが募ってお岩さんになっちゃいそう。

 

 

「さぁ、次の勝負にいきましょう」

「なにがでるかな、なにがでるかな」

 

 思わずサイコロを投げたくなりそうなルーミアの呟き。だがそのボケに突っ込む心の余裕が私にはない。今の私は餓えた子犬である。放っておいても害はないけど喧しいのが欠点だ。

 

 

「……おかしい。お菓子だけにおかしい」

「燐香はユニークだね。今のは人間のジョークというやつだよね。人里のおばあちゃんも言ってた」

「はい。その冷静なツッコミが心に染み入ります」

 

 ルーミアの情けに感謝しながら、山札を睨みつける。今やっているのは、変則ポーカーである。普通は親がプレイヤーにカードを配るのだが、アリスゲームは一味違う。一枚ずつ順番に山札から好きなものをとってよい。もちろん裏側でだ。五枚引いた後は普通とおなじ。交換は一回まで。

 早い話が親なしのポーカーである。問題はだ。私は現在5連敗中。最も高かった役がツーペア。後はワンペアとブタばかり。アリス、ルーミアは毎回必ずフォーカードを出してくる。これは絶対におかしい。――こいつら、イカサマしてる!

 

 

「1枚交換するわね」

「私も」

「…………私はこのままでいいです」

「本当にいいの?」

「私は、このままでいいです」

 

 

 ワンペアが揃っていたので、今回はこれで確定。それよりも、二人の動きを注意深く見つめる。特に怪しい動きはない。スムーズにカードを捨て、新しいものを山から引いている。

 

 

「じゃあオープンね。キングのフォーカード」

「私はエースのフォーカード」

「……3のワンペア。――って、ちょっと待った!」

「あら、どうかしたの?」

 

 満面の笑みのアリス。すごい楽しそうである。ルーミアはさっさとクッキーをもっていってしまう。やばい。残りが少なくなっている。クッキーにありつけずにプーになってしまう。とりあえず、揺さぶりを掛けて見る。

 

 

「まさかとは思いますが、二人は、イカサマ、してませんよね?」

「…………」

「…………」

 

 しているらしい。スタンドを使わなくても分かる。『YES』と目が訴えてきている。どんなイカサマなんだろう。全く分からない。カードに印でもついているかと、手にとって調べるが特にない。ルーミアと相談している暇もなかったはずだ。

 

 

「知っているかしら。バレなければイカサマとは言わないのよ」

「――なん、だと?」

「あはは。燐香、その顔凄く面白いよ。なにそれ」

「アリスが衝撃的な台詞を言ったのでつい」

「ねぇ、私にもできるかな?」

「じゃあ教えてあげます」

 

 

 丁寧に驚き方を教えてあげる。口の開け方、目の見開き方、言葉の強弱。大事なのはリアリティである。本当に私は驚いているんですよと、わざとらしくアピールすることが大事だ。

 私の場合、幽香に罠の効果がなかったときが初であった。あの驚きをシミュレートすることで、この顔を再現できる。宴会芸にしたかったのだが、ボッチなのでその機会はなかった。

 

 

「こうかな?」

 

 ルーミアが驚愕した顔を浮かべる。クールキャラのくせに、ノリノリでこういうことが出来るルーミアは芸人の鑑。芸人じゃないけど。即席の割にはかなり良い感じである。いつか二人揃って驚愕したいものである。RRコンビの宴会芸としたい。

 

 

「いい感じです。ほぼ完璧です。これでいつでも驚けます。タイミングが合うと、それはもう見物なんですよ」

「ありがとう燐香。じゃあ今度一緒にやろうね」

 

 ルーミアと固い握手を交わす。流石は心の友である。このまえ即行で裏切られた気もするけど気にしない。

 

 

「はいはい。顔が面白いのは認めるけど、馬鹿なことをしていないの」

「はい、ごめんなさい。もっと考えます」

 

 とはいえ、オービー先生、じゃなくてバービー先生の力でも借りなくてはこの事態は打開できそうにない。

 一休さんよろしく頭を捻っていると、アリスが声をかけてきた。

 

 

「そろそろヒントをあげましょうか、燐香」

「お願いします」

 

 自慢じゃないが、私にプライドはない。プライドでご飯は食べられない。お前の飯なんか食えるかと幽香に言える度胸は私にはなかった。仕方がないね。

 

 

「そもそもだけど、どうしていきなりポーカーをやろうと言い出したと思う?」

「私が遊びたそうだったから」

「それは否定しないけど。最近の貴方は、何に取り組んでいたかしら」

「風見幽香をギャフンといわせること、友達百人つくることです」

「まぁ、それも否定しないけれど。今取り組んでいる課題についてよ」

「妖力のコントロール?」

「ご名答」

 

 

 アリスが意味ありげにカードの一枚をこちらに示してくる。ジーッと見つめていると、なんだかうっすらとオーラのようなものが。このカードはジョーカーだ。ご丁寧に、カードの裏側が文字型に光をはなっている。

 

 

「――あ」

「そういうこと。私達にはこのカードの種類が完全に分かっていたというわけ。対象の力を感知するテストみたいなものかしら。遊びがてらね」

 

 カードを片付けていくアリス。種が明かされたので終わりらしい。手品師のように豪快にシャッフルしてから、箱へと戻していく。やることが一々サマになっている。さすがは魔法使い。マジシャンとしていつでもデビューできそう。

 

 

「じゃあルーミアは最初から?」

「分かってたよ。いつ気がつくかなーって。結構面白かった」

 

 クッキーをばりばり食べているルーミア。私も負けずに大皿から1枚いただくことにする。謎が解けたのだからもういいだろう。甘くておいしい。紅茶が欲しいなぁと思っていたらアリスが新しいものを注いでくれた。

 

 

「相手がどれくらいの力を持っているかを知ること。情報というのは勝敗を分ける重要なポイントよ。強者ほどそれを隠す能力に長けているけど、身につけておいて損はない。どれぐらいの力までなら出してよいかの目安にもなる。貴方はこれから弾幕勝負をしたいのでしょう?」

「はい」

「なら頑張りなさい。私もできるかぎり手伝ってあげる。乗りかかった船だからね」

「……ありがとうございます」

 

 本当に嬉しい。こうなったら弾幕バトルチャンピオンを目指さなくては。ボッチロードではなく、チャンピオンロードを邁進していきたいです。

 

 

「うんうん。思わず感動しちゃった。燐香、お祝いにこれをあげる。牛肉風味の干し人肉だよ。混じりっ気なしの100%人肉だから安心だね」

「私は遠慮しておきます」

 



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第十五話 勝者に花束を

 楽しかった三日間があっと言う間に終わった。これからの四日は地獄の日々のはじまりだ。

 

 風見家での一日の過ごし方を説明すると、朝幽香と朝食を食べる。鍛錬鍛錬鍛錬、草むしり(超大変)、太陽の畑一帯の水やり(上空から散布)、害虫駆除である。妖力で保護してるから、そこまでしなくても枯れないはずなのに、なぜかやらせてくる。私の辛そうな顔を見ると、気分がスッキリするかららしい。本当に死ねばいいのに。

 どれかをさぼったりしたら怒られるので、真面目にやる私は律義者である。10年もやれば諦めもつく。最初は反抗してたけど、その度にどいひーな目に遭えば私でも学習する。

 

 というか別に花の世話は嫌いじゃないし。向日葵をみると怖気が走るけど、花に罪はないし。

 鍛錬は、幽香がつきっきりの時もあれば、一人だけの時もある。一人のときは、妖力弾を気侭に打ち出して適当に遊んでいる。見えないところで楽をするのがここで暮らすコツである。

 

 

「…………」

 

 

 溜息を堪えながら、小動物のようにパンを齧る。目の前の人物と目を合わせないように。食事のときは常に伏目。私の人生は後ろ向き。

 嵐が過ぎるのを耐えるかのようにカリカリと齧っていたら、幽香に声を掛けられてしまった。かなり珍しい。珍しくても、特にラッキーとは思えないのが悲しいところ。アクシデントと呼んだ方が良い。

 

 

「最近、やけに明るいわね」

「そ、そうでしょうか」

「……ちっ」

 

 えへへと卑屈な笑みを浮かべると、幽香が死ぬ程不機嫌そうに舌打ちする。最近学習したこの愛想笑いが相当気に喰わないらしい。慌てて真顔に戻ると、幽香の表情が元に戻った。私はどうすれば良いのだろうか。この悪魔と仲よくなるコツを教えてください。幻想郷に、デビルサマナーとかいないかなぁ。

 私が試すと、多分こうなる。『喧嘩は止めて仲良くしようよ幽香! 私達、親子じゃない!』『うるさい、死ね』コース一直線だ。

 

 と、ここで私ははっと思いついた。あの一つ目象さんの物理反射技は役に立つかも。いつか修行して試してみよう! こういう思いつきで小手先の技術を編み出し、幽香にこっそり試して痛い目を見るのが私である。学習能力がないと言われようが試さずにはいられないのだった。万が一ということもある。ボスに即死技は効かないのは常識。だが、バニシュデスは効いてしまうかもしれない。

 

 ちなみに今日用意している切り札は別にある。これで勝負を決めたいと思っている。天気もいいし、なんだか上手くいきそうな気がしてきた。

 

 

「そういえばアリスから聞いたわ。友達ができたそうね」

「……は、はい」

 

 いつの間にアリスと会話をしているんだ。と思ったら、送迎のときにちょこっとだけ話し込んでたりするのを思い出す。目を合わせないように私はコソコソとしているので、内容までは聞き取れない。

 友達ができたのは別に隠すことじゃないけど、お前に友達なんて生意気だと殴られても驚かない。

 

 

「誰?」

「えーと。とてもいい妖怪です。はい」

「誰?」

 

 誰がお前なんかに教えるか的な感じで、曖昧に返事をしてみた。許されなかった。

 一度目は笑顔だったのに、二度目は真顔で聞かれてしまう。君子は豹変すというらしい。幽香は君子とは程遠いけど。とにかくこわい。

 

 

「ル、ルーミアです」

「……そう。ならいいわ」

「はい」

 

 何が良いのかはさっぱり分からない。幽香の基準では合格なんだろう。駄目だった場合どうなるか、それは神のみぞ知る。

 

 

「先に言っておくけど。人間と友達になろうなどと考えないことね」

「え?」

「同じことを二度言うのは死ぬ程嫌いなんだけど、特別にもう一度だけ言ってやる。できるだけ、人間と関わるな」

「どうして?」

 

 幽香は無言で何かを考え込む。

 

「ふん。……そうは言っても全く関わらないというのも難しいか。全く、本当に厄介な――」

 

 私の質問には答えずに何かをぶつぶつと呟くと、幽香は食器を持って流しへと行ってしまった。私は放置プレイ。良くある事だからいいんだけど!

 うーむ。どうやら幽香は人間が嫌いらしい。しかし、私は種族で差別したりはしない。八方美人政策は続行中だ。

 

 幻想郷には、博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、東風谷早苗、稗田阿求などなど魅力的な人達が一杯! 彼女達とは是非友達になりたいと思っている。さぞかしキラキラと輝いていることだろう。その咲き誇る姿を是非目に焼き付けたい。

 特に博麗霊夢とは友好的にやっていきたい。ここだけの話だが、とある妖怪の退治を依頼したいと思っているのだ。誰のことかは内緒である。――ヒントは今いなくなった緑髪の妖怪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は組み手の鍛錬。私はこれが大嫌いである。なぜかというと、私が攻撃を仕掛ける、幽香が反撃してくる、本当に酷い目に遭う、というのが確定しているからだ。組み手なんだから、一撃くらい入れさせろという話である。絶対に許さない。

 

 

「ふふん。しかし、得意気な顔をしていられるのもいまのうち。待ちに待ったときが来たのだよ明智君」

 

 明智君って誰なんだ。とにかく、気合が昂ぶってきた。いけるぞー今日はいっちゃうぞー。

 ――なにせ、今日の私には秘策がある。幽香をギャフンと言わせるために色々と考えているのだ。今日は上手くいきそうな気がしてならない。おみくじを引いたら、確実に大吉がでそうなほど上り調子な気がする。勝利の栄光を私に!

 

 

 

「さてと。始めましょうか」

「はい」

「何だか、気合の入った顔しているわね。グズのくせに気に入らないわ」

「…………」

 

 天地魔闘の構えぐらい隙のない幽香が正面にいる。悠然と立っているだけのくせに、凄まじい威圧感。大物オーラばりばりだ。私も負けずに大物オーラを放つ。幽香がニヤリと笑う。ガクガクと震えが来る。もちろん武者震いじゃなくて、臆病風です。

 まともな格闘戦では本当に勝ち目がない。顔面に拳を入れようとした瞬間、恐ろしい速さの何かが飛んでくるし。運よく避けてもその風圧で、私が吹き飛ぶという始末。多分鞭のようにしならせたジャブかなんかだと思う。速すぎて見えないから分からない。正攻法だと、未だに対処できていない。

 

 

 ならば足元を攻めてみてはどうかと、水面蹴りとかスライディングをうっかり試しちゃったのだが、軽くいなされて顔面を踏まれてしまった。娘の顔を容赦なく踏みつけるなんてナンセンスである。軽くトラウマになった。

 それ以来、足元を攻めるのはご法度としている。屈辱感が二倍で腹立たしいからだ。

 一ついえるのは、私に格闘センスはないということ。いい加減、格闘技術の向上は諦めてくれと土下座でお願いしたら、うるさいと本当の意味で一蹴された。そして、これは耐久力向上のための鍛錬なのだとのたまいやがった。絶対にサンドバッグにして喜んでいるだけだと思う。私が言うのだから間違いない。

 

 

「いつでも良いわよ。アリスのもとで能力のコントロールを勉強しているのだから、多少は力の使い方も分かってきたはずよね。その成長振りを味わうのは、少し楽しみ」

「…………」

 

 実はお菓子を食べたり、ポーカーやって遊んでましたとか言ったら本気で殺されそう。勿論言わないでおく。アリスに迷惑がかかるから。それに、鍛錬自体は真面目にやっているし。アリスの教育は完璧なのだ。

 

 というか、改めて幽香をジッと見ると、本当に凄まじい妖力である。スカウターがボンと壊れるくらい戦闘力凄そう。この女、追い詰められたら絶対に変身すると思う。ザーボンさんみたいに。髪が緑だし間違いない。いやいやいや、ビビってはいけない。今日の私は超上り調子! 今の私は色違いのコイキングぐらい強い。

 

 ――というわけで即行妖術発動! 両手を広げ、それぞれに赤と青の霧を発生させる。紅霧異変を見て思いついたできたてほやほやの妖術だ。こいつでお陀仏というわけ!

 

「……何をする気?」

「それは喰らってからのお楽しみということで。――いきます!」

 

 

 二色の霧を幽香に向けて放射。赤と青が混ざり合い、不気味な紫色へと変わる。幽香は特に対処することはないが、顔を顰めている。紫色が嫌いなようだ。いずれにせよ、最初は絶対に喰らってくれると思った。強者の余裕ゆえか、先手をうって私を止める事はまずない。それが弱点。小手先の技術だと舐めたのがお前のミスだ!

 

 

「この霧は……呪術の一種か。また姑息なことを。少しは期待したのに何も学習していないのね。やっぱり、馬鹿は死ななきゃ治らないのかしら」

「まともに当りましたね? 今、当っちゃいましたよね?」

「それがどうしたというの?」

 

 ふふん。姑息だろうがなんだろうが、勝てばよかろうなのだ!

 

 

「それはですね、能力弱体化の呪霧なんですよ。くくっ、あはははは! かかったなアホが――じゃなくて迂闊でしたね! 貴方の身体能力は、一時的だけど半減している!」

「…………」

「これがどういう意味か分かりますかぁ? そこらの木っ端妖怪と同レベルってことですよぉ。今なら私の攻撃でも致命傷なんです。ざまぁみろ!」

 

 大物オーラを発しながらあかんべぇをして挑発してやる。ついでに舌も出しておこう。くくく、悔しいでしょうねぇ!

 

 

「随分と口が滑らかじゃない」

「当たり前ですよ、勝利が目前なんですから。さて、どこまで余裕ぶっこいていられますかね。今までの恨み、全身全霊を持って思い知るがいい! あははははははッ!」

「へぇ」

 

 更に全力で調子に乗ってみた。ようやく幽香のこめかみに青筋が浮かぶ。超怒っている。笑顔だけど目がマジでやばい。

 だがこれも計算通り。怒らせるのが私の目的なのだから。頭に血が上れば冷静な判断ができなくなる。そこが付け込む隙となる。私の計画は完璧だ!

 本当はすごい怖いけど、私には心の友と優しい先生がいる。勝ったら美味しい紅茶を一緒に飲むとしよう。

 ――だから、ここで決める!

  

 

「今日で私の連敗記録はストーップ! 地べたでミミズのように這い蹲るのは偉大だったお母様! 勝利はもらったあッッ!」

 

 両拳に全力で妖力を篭め、ガードを固めながら大地を蹴って一気に肉薄する。幽香は左手を振り子のように揺らしながら、それを受ける構え。だがこれが曲者だ。私は今までこれを突破したことがない。でも今日はいけるはず!

 

 

「くっ」

 

 

 見えないジャブが飛んでくる。連発で。ガードの上から凄まじい衝撃が間髪おかずに打ち込まれるが、なんとか受け止める。いける。いつもの岩をも砕く殺人的な威力ではない。残った左拳の風圧も私を吹き飛ばすまでには至らない。勝てる!

 

 

「――ちっ」

「あははッ! 今日は甘っちょろいですねぇ! そんなんじゃ蝿も殺せませんよ! あははははは!」

 

 口からどんどん調子の良い言葉がでてくる。私とて妖怪の端くれ、押してるときはどこまでもいくべきだ。私の真の強さを思い知らせてやろう。

 そして、いよいよ射程距離に入った。待ちにまった復讐のとき! まずは渾身のリバーブローをお見舞いしてやる。悶絶したところをガゼルアッパーで顎を粉砕。そしてとどめのデンプシーロール。勝利の方程式は完璧。私に敗北はないっ! 風見幽香の最強伝説はこれにて終了! 私は晴れて自由の身だ! 自由万歳!!

 

 

「喰らえッ!」

 

 幽香のリバーに渾身の拳が突き刺さる。手ごたえ抜群。もう痛恨の一撃って感じ。

 えへへ、はじめてのクリティカルヒット。狙い通りの場所にばっちり当った。確かに当った。……うーん、当ったのはいいんだけど、何故か目の前が真っ暗だ。あれれ、ルーミアが能力でも発動したのかな。でもこんな場所にいるわけないし。――というか、滅茶苦茶顔が痛い! なんで!?

 

「……あ、あばっ?」

「やけに素敵な言葉を投げかけてくれたわね。アホなんて汚い言葉、誰から習ったの? アリスじゃないわよね。もしかして、ルーミアかしら?」

「あべっ。ち、ちがぶ――」

「まぁどうでもいいんだけど。腹立たしいから二度と使わないように。さもないと、こうするわ」

 

 

 私の顔面に幽香の右ストレートがヒットしていた。カウンターだったから、なんかめりこんでるし。どうして右拳を使っちゃうのかな。サービスタイムは終了なの?反則的な見えないジャブだけで満足しとこうよ。

 そう愚痴りたかったが、頭がさっぱり回らない。視界がぐにゃぐにゃする。膝が笑っている。一撃で、体力ゲージが真っ赤!

 

 ほげーとふらついてしまったところを、がっしりと両肩がロックされる。幽香が私に頭突きを放ってきた。痛いしやばい。今日はいつもより激しい。ルールがなんでもありになってきた。最初に卑怯なことをしたのは私だけど、頭突きは反則だ。レフェリーはどこなの?

 しかし、能力低下中の幽香の一撃をなんとか耐える。低下してなかったらどうなっていたんでしょうか! 

 考えないようにして、もう一発同じ場所にリバーブロー! 反吐ぶちまけろ!

 

「……あれれー? なんで倒れないの?」

「急所を狙うのは中々良い考えだけど、全然腰が入ってない。はっきり言って“甘っちょろい”のよ。パンチっていうのはね、こうやって放つのよ」

「げ」

「――はあああああッ!!」

 

 私の横っぱらに洒落にならない一撃が入る。ボキボキっという鈍い音の後で、ぐにゃっとかいう嫌な音がした。骨以外になんかイッたくさい。なにぐにゃって。お肉までいっちゃったの? 何回も叩くと柔らかくなって美味しいよって、喜ぶのはルーミアだけだし!

 

「ぐええええっ、おええええっ! じ、じぬ」

 

 くの字に悶絶させられると、口から赤交じりの反吐がでた。お、おかしい。能力は間違いなく半減しているはずなのに。もしかして、怒らせたからだろうか。いつもの倍以上に痛い。

 ピンピンしている幽香が、崩れ落ちようとする私の胸元をぎゅっとつかむ。顔を近づけ、どんな気持ちと聞いてくる。すげームカつく。目から怪光線撃ってやろうかと思ったけど、確実に目潰しされるので自重しておく。流石に目を潰されるのは経験がない。本当の急所はやめよう。女の子は、もっとおしとやかにしないと。

 

 

「お前の小手先の呪術なんて、何もしなくても勝手に消え去った。むしろ私を怒らせたことで攻撃力倍増というわけ。それで、今の気分はどう? 策を弄して無残に負けた気分は?」

 

 ねぇ、どんな気持ちどんな気持ちと、更に愉しそうに煽ってくる。本当にムカつく女だ。怒りと悔しさ憎しみなどが心中に溢れかえるが、これ以上は戦えそうにない。足腰に力が入らない以上、おしまいだ。

 こういうときは、素直に敗者の弁を述べる事にする。この悔しさはきっと次へと繋がるだろう。繋がったことは一度もないけれど。

 

 

「ちょ、超くやじいでしゅ」

「ふふふ、中々いい顔をするじゃない。これで学習できるといいわね。小手先の技に頼るなってことを。まぁ、治らないからお前は馬鹿なんだけど。ねぇ、一度頭の中身を全部入れ替えた方がいいんじゃないかしら」

「…………ぐ、ぐぬぬ」

「悔しい? 憎い? 殺してやりたい? だったらそれを糧に強くなりなさい。全ての理不尽を蹴散らすほどにね。まぁ、期待しないで待っていてあげるわ。いつまでもね」

 

 ぼろ雑巾の私はぐぅの音もでない。だって渾身の恨みを篭めた呪術が十秒もたず効果切れだし。たったの1ターンだけじゃ意味ないじゃん。私って本当馬鹿。ま、まぁ今日は一撃いれたし。効いてないけど、一発は一発。だから判定としては引き分けということでここは一つ――。

 

 

「さてと、最後に何か言い残すことはあるかしら?」

「さ、最後?」

「お前の健闘を讃えて、今日は徹底的に叩き潰してあげるわ。嬉しいでしょう」

 

 全然嬉しくないし。そこは頭を撫でたり抱きかかえたり優しい言葉を掛けたりとか色々あるのに、どうしてその選択肢なの。意味が分からない。しかし考えている余裕はもうない。どうせなら気合の入った罵声を投げかけてやろう。

 

 

「あ、悪魔め。地獄に落ちろ、じゃなくて落ちてください。お願いします」

「じゃあとどめを刺すわ。起きたら草むしりをやっておくように」

 

 どか、がしっと鈍い音が二回ほど花畑に響いた。多分、ボディと背中に一発ずつ。

 ああ、今日は勝てるはずだったのに、何がいけなかったのか。滲む太陽がやけに眩しい。とりあえず、これだけは言わなくてはなるまい。敗者がやるべき最後の仕事である。これを欠かしたら画竜点睛を欠いてしまう。

 

 

「――ぐふっ」

 

 うん、いつも通り完璧だ。倒れた私を見下ろし、「さっきのパンチは中々悪くなかった」と聞こえたのは多分幻聴だろう。あいつがそんなことを言うはずがない。それに横っ腹を押さえているし。そうなればよかったのになぁという願望に過ぎない。悲しすぎるし空しすぎる。

 全ては都合の良い幻覚に幻聴に過ぎない。よって、私はさっさと意識を手放すことにした。これでいい。

 

 




将来は幻想郷フェザー級王者の美鈴に挑戦します。
嘘です。


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第十六話 時よ止まれ

 ようやく辛い日々が終わった。楽しくないときというのは、本当に長く感じる。

 だが、一度ルーミアが家まで遊びに来てくれたのは嬉しかった。幽香とは顔見知りらしく、心配していたいざこざなどは起きなかった。闇討ちを企てた件をバラされたら、またしめられるところだったけど、ルーミアは内緒にしておいてくれた。さすがは心の友、空気が読める。

 ありがとうと礼を言ったら、「なら今度私のお土産を食べて」と言われたので、やっぱり感謝はなしと伝えておいた。露骨に不満そうな顔をしていた。

 

 

 で、寝ようかと思って部屋に戻ったら、布団の上に『紫のバラ』と『幻想郷お楽しみ帳』と書かれた謎の本が置いてあった。本といっても中身は、上手とはいえない幻想郷の手塗りの地図と、後は白紙のページだけである。白紙の一番裏には、幻想郷の日々を楽しんでねと達筆で書かれていた。

 私はこれをくれた人の正体を知っている。きっと紫のバラの人が幻想入りしていたに違いない。私はベッドの上に座って感謝の言葉を述べた後、紫のバラを抱いて寝たのであった。日記を書いたりはしないけど、気がついたこととかを書くのには良いだろう。ちなみに、バラは棘がささって痛かった。幽香に見つかってしまい、紫のバラは取り上げられてしまった。これぞジャイアニズム。お前の物は私の物。本が見つからなかったのは不幸中の幸いであった。

 

 

 

 その翌朝、私はいつも通りアリスの家に投下され、いつもと同じようにグラスを使った鍛錬を行っている。だんだん慣れて来たので、半分ぐらいは割らずに透明にすることができるようになった。うん、中々いい感じだ。

 

 

「なかなか上達してきたみたいね」

「ありがとうございます」

「完全に割らずに済むようになったら、いよいよ弾幕の練習もしてみましょうか」

「今じゃ駄目なんですか?」

 

 私はせっかちなのだ。この調子だと、コントロールが完璧になるまでは、後一ヶ月くらいかかると思う。スペルカードと弾幕を試してみたくて。実はうずうずしているのだ。なにしろ、ここは幽香の目が届かないサンクチュアリなのだから。

 

 

「何事も基本が大事よ。妖怪を相手にするだけなら別に構わないけど、貴方は力のある人間とも弾幕勝負をしたいのでしょう?」

「はい」

「なら慌てずにやっていきましょう。いつになっても、対戦相手は腐るほどいるでしょうしね」

「分かりました」

 

 アリスが言うのだから間違いない。私の願望がただの我が儘なのは明白だ。慌てずコツコツ一歩ずつ。要は私の頑張り次第ということである。

 

 

「そうそう。言い忘れてたけど、明日は気分を変えて外出しようと思うの」

「……えっと、私も一緒でいいんですか?」

「ええ。ちゃんと根回しもしておいたから大丈夫よ。たまには課外学習も良いかと思ってね」

 

 いたずらっぽく笑うアリス。本当に可愛いなぁと思う。普段がクールなだけに破壊力も抜群だ。私の忠誠度となつき度は常にMAX。多分喜んではくれないだろう。ご利益はなにもない。周囲に幸運をもたらしたりとかもなく、彼岸花を咲かせるだけのハズレ妖怪である。

 

「それで、どこへ行くんですか?」

「紅魔館よ。行ってみたかったのでしょう?」

 

 私は嬉しさのあまり思わず立ち上がり、腰に手を当てて膝を曲げ、指を突き出してしまった。

 

 

「――グッド!!」

「……いきなりなんなの。それにそのポーズは」

「心からの喜びを表すポーズです」

 

 アリスは顔を抑えると、上海と蓬莱を使って私のポーズを強制解除させる。お気に召さなかったようだ。がっかり。

 

「それ、幽香にはやらないほうがいいわよ。間違いなく、怒られるから」

「悲しみを表すポーズで既に経験済みです」

「貴方、意外とチャレンジャーよね。結果ぐらい予測できるでしょうに」

「実は好奇心の塊なんです。楽しそうなことには、貪欲に挑戦していきます。先のことは後で考えます」

「……なるほど。その性格は、意外と魔法使いに向いてるのかもね」

「魔法使い」

 

 これは……もしかして転職クエスト発生なのでは。草妖怪から魔法使いへの華麗なる転身。新番組『魔法少女まじかるりんか』がはじまりそう。悪い魔女幽香りんから世界の平和を守るのだ。その中で本物のアリスゲームとかやってしまったり。いや、あれは人形たちの話だった。何故か分からないが、頭から丸齧りされるイメージしか湧かないのは何故だろう。

 

 

「また馬鹿なことを考えているのでしょう」

「ちょっとだけ、素敵な魔法使いになることを夢見てしまいました。もし魔法使いになったら、私に人形を作ってください」

「……別にならなくても、作ってあげるけど」

「じゃあ、赤いドレスが似合う人形がいいです。名前はもちろん真紅にします」

「真紅? その名前に何か意味はあるの?」

「いいえ。特にありません」

 

 

 そう言いながら、上海と蓬莱と一緒にラインダンスを踊ってみる。特に意味はない。私に付き合って、人形を操作してくれるアリスはノリが良い。本人は特にアクションを起こさないところもポイントが高い。難度の高いスルー芸である。

 リアクションがモットーの私には真似出来ないことだ。

 

「それで紅魔館に行く目的なんだけど、図書館で座学を行おうと思っているの。知識を増やす事は良い事だからね」

「おおー。ということは」

「ということは、なに?」

「動かない大図書館、紫の日陰少女ことパチュリー・ノーレッジに会えるんですね。実は、風の噂で聞いた事があります」

 

 賢者の石とか作ったり、怪しい儀式とかやっているのだろうか。とても興味深い。実は私は魔法が大好きである。生活が便利になりそうだし。チンカラホイでできる初級魔法とかいつか覚えてみよう。

 

「……本人の前では絶対に言わないように。一見大人しく見えるけど、気難しい性格だから怒らせると怖いわよ。しかも根に持つタイプだからね」

「わ、分かりました」

 

 

 ジト目で注意してくるアリス。確かにいきなり日陰とは失礼だった。だが、幽香より怖いものなどこの世にはないので、そんなに脅える必要はない。しかし、礼儀は弁えねばならない。友達をたくさん作るためには、失礼があってはいけない。

 

 

「そうだ。何か手土産は必要でしょうか」

「別に何もいらないでしょう。何かを貰って喜ぶ様な性格でもないし」

「なら、お花を持っていこうと思います」

 

 私の代名詞たる彼岸花はまずいだろう。赤だけど不吉だし。不吉な印象のひまわりもやめておく。ここはやはり赤系がよいだろう。チューリップでいいかな。

 

 

「まぁ、門番が喜びそうだけど」

「そういえばアリスは、好きなお花はありますか?」

「……嫌いな花は特にないわね。花は好きよ」

「なら、今度家の周りにお花を植えてもいいですか?」

「好きにしなさい。別に彼岸花だろうと私は気にしない。くだらない迷信は信じないから」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 

 後でさっそく大量に彼岸花を咲かせておこう。なんだか私の居場所が増えたみたいで嬉しくなる。咲かせるのは玄関側ではなく、目立たない裏側だ。いくらセンスの良いアリスの家でも、正面玄関に彼岸花が盛りだくさんだったら、皆ドン引きだろう。弁えねばならない。

 

 

「一度聞こうと思ってたんだけど。貴方の咲かせた花って、四季の影響を受けないの?」

「咲かせるだけなら問題はありません。妖力で咲かせますから、基本的には水と日光、欲を言えば土の栄養があれば更にベストです。適当に妖力を与えていれば、生命力の限りは咲き続けます」

「へぇ。中々汎用性がある能力なのね」

「彼岸花を咲かせて喜んでくれる人なんて、殆どいないと思いますけど。むしろ怒られそうです」

「そんなに卑下しなくてもいいんじゃない? 私は綺麗だと思うわ」

「……ありがとうございます」

 

 アリスが気遣ってくれた。この室内にも、私が咲かせた彼岸花が鉢植えに小さく埋まっている。可愛らしい。ちゃんと世話をしてくれているようだ。なんだか嬉しくなった。

 

 

「たまにですね。なんで、見かけだけで地獄花とか言われなきゃいけないんだろう、とか思ったりします。私達は何もしていないのに。――以上、彼岸花一同からの遺憾の意をお伝えしました」

「私に伝えられてもね」

「こういった地道な努力が、いずれ実を結びます。まずはアリスからということで」

「まぁいいけれど。……でも、その畏れこそが、貴方を生み出したのではなくて?」

「さぁ、私には良く分かりません。私は頭が良くないので」

 

 自分の誕生した意義。本当によく分からない。私は外の世界で生まれたわけではなく、幽香の妖力を受けて幻想郷内で誕生した妖怪だ。だが、違うのは余計なことを知りすぎていること。

 この知識はなんなのだろう。生きていく上では不要だと思うのに。知らなければ不満も生まれない。きっと幽香のところでも普通に耐えられたと思う。どうしてこうなのだろう。余計な知識や感情など、私には必要ないのではないか。私達に本当に必要なのは、全てを黒で塗りつくす、怒りと憎悪と妬みと嫉み――。

 

 

「余計なことを聞いてごめんなさい。あまり考え込まない方が良いわよ。ほら、えーと、――お、大物オーラとかいうのが出てるわ」

「……あれれ。うっかりしていました」

 

 アリスの指摘どおり、大物オーラが出てしまっていた。

 アリスは大物オーラと言う事に抵抗があるらしく、少しだけ顔を赤らめている。恥じらう姿もまたサマになっている。美人さんは何をやらせても絵になるのだ。私がやると、多分喜劇になってしまう。

 ちなみに、幽香に大物オーラと名付けたことを告げたら、虫を見るような目で見られた。その時の幽香は、私の三倍以上の大物オーラを纏っていた。顔面を踏み潰されないで本当に良かった。

 

 

「あ、紅魔館といえば、用意しなくてはいけないものが!」

「どうしたの?」

「磁石を用意しないとと思って。後、できるだけ厚めの本を」

「……また意味の分からないことを」

「だって、時を止める人がいるって、この前アリスが言ってたじゃないですか」

「それが磁石や本にどう繋がるのか、全く分からない」

「磁石で時の中でも動けるように見せ、本でナイフによる攻撃を防ぐんです。そうしないと勝てません」

 

 私が時の世界に入門するまでは、まだまだ時間がかかる。というか、入れない気がする。そもそも時を止めるってなんなんだ。どうやって練習すれば覚えられるんだろう。実に気になる。気になるけど、多分私は覚えられないので、深く考えるのは止めた。

 

 

「だから、戦いに行くわけじゃないの。余計な心配はいらないわ」

「でも、念には念を入れておきます。常在戦場の心意気です。いくさ人には欠かせません」

「ここではそんな心意気はいらないから」

 

 適当に取った厚い本を服の中に仕込もうとしたら、上海アタックによって強引に止められた。別に痛くはない。可愛い人形なので、そのまま抱きしめて頭を撫でてやる。表情は変わらないし、感情は持っていないはずなのに、なんとなく嬉しそうな雰囲気がある。

 やっぱり、物にも魂は宿るのではないだろうか。アリスが目指すものとは違うのかもしれないけれど。確か、自律人形の製作だったっけ。全力で応援したいと思っている。私が死んだら人形の素材になってあげても良いくらいだ。お断りされてしまうだろうが。

 

 

「さぁ、本を渡しなさい。嵩張ってみっともないわ」

「はい、分かりました」

 

 とても残念だが、時の世界への入門を試すのは諦めよう。

 そういえば、紅魔館に時計台ってあったかな。半径20メートルエメラルドスプラッシュの練習をしたい。アリスに大事なことを伝えなくてはいけない。いつも親切にしてくれてありがとうございました、と。

 

 

「あれ、でもそのメッセージを伝えたら私って死ぬんじゃないかな」

「そんな危険な連中は。……ああ、いることはいるけど、礼儀を弁えていれば心配いらないわ。それに、何かあったら私が守ってあげる」

 

 おおう。これには思わずグッときてしまった。アリスは妖怪落しの達人である。

 

 

「じゃあアリスは私が影ながら守ってあげます。絶対の約束です」

「別に表に出てきてもいいと思うけど。なんで影からなの?」

「私は恥ずかしがり屋さんなんです。ね、上海、蓬莱」

 

 笑顔で上海と蓬莱の手を取り、優雅に一礼しておいた。私達のコンビネーションはばっちりだった。



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第十七話 白と黒

 おいでよ紅魔館! ということで、私とアリス、ついでにルーミアの三人は紅魔館目指して進行中である。

 ルーミアは途中まで見送りしてくれるらしい。ついでに謎のミートボールをオススメされたので、丁重にお断りしておく。挨拶代わりにこういったものを毎回くれるのだが、全然嬉しくない。お菓子が良いと言ったら、贅沢は駄目だと注意された。自分はキャラメルを食べながら。

 

 

「見送りするぐらいなら、一緒に行けばいいじゃないですか」

「図書館はジメジメしてそうだからいいかな。吸血鬼や魔女と話すのは面倒くさいし」

「見送りは面倒くさくないんですね」

「燐香は友達だからね。面倒くさくても我慢するよ」

 

 すごい正直者だった。面倒だけど、一緒にいたいからついてきてくれる。これも一つの友情の形である。いわゆる本音で語り合う仲。妖怪には過ごした時間の長さなど関係ないらしい。気に入れば一緒にいるし、気に入らなければ離れるだけ。そしてまた気が向いたらやってくる。そういう淡白な関係って、なんだか素敵に感じる。ぶっちゃけ仲良く過ごせれば淡白でも濃厚でもどうでも良かったり。

 ということで、疑問におもっていたことをぶつけてみる。

 

 

「ルーミアは、どうして私と友達になってくれたんです?」

 

 こういうことを素面で聞けるのは、妖怪のいいところ。外面を取り繕う必要が全くない。

 ちなみに、されたら面倒な質問の上位に入るだろう。でも気になったのだ。興味本位でも別に構わない。知りたかっただけだから。

 私と仲良くなっても特典は彼岸花をプレゼントできるくらい。がっかりキャラなので放置推奨である。利用価値は全然ないと思うので素人にも玄人にもオススメできない。

 

 

「知りたい?」

「はい」

「どうしても?」

「どうしても知りたいです」

 

 もったいつけるルーミア。交換条件が謎肉でないところを見ると答えてくれるようだ。そう判断した私は、積極的にいくことにした。

 

 

「燐香が真っ黒だったから」

「はい?」

 

 腹の中のことだろうか。卑怯と言われたことはあるけれど、そんなに腹黒だとは思わない。目の色は黒いけど、感情が昂ぶっても緋色には変わらない。つまり、私は特質系ではない。たぶん、操作系。幽香は絶対に強化系だ。

 

 

「でも、ちょっとだけ白もある。この先どっちに転んでも面白そうだから、ずっと一緒にいたいなって。楽しみだよね」

「うーん」

 

 よく分からないけれど、私に飽きるまでは友達でいてくれるらしい。本当に嬉しい。不安だから明確な言葉を求めるくせに、それをそのまま信じる事ができない。私は本当に救いようのない愚か者である。だからこうなったのだ。

 ――と、思考が悲観的になってきた。ルーミアが黒が濃くなったとなんだかニヤニヤしている。

 

「黒が優勢かな? でもそうなったら――」

「ルーミア。余計な事ばかり言ってると、幽香に口を縫い合わされるんじゃない?」

「あはは。あの妖怪、本当にやるから怖いよね。口が開いているうちに食べちゃおう」

 

 ルーミアが楽しそうに笑いながら袋にはいったミートボールをパクついている。

 

「……白と黒」

 

 囲碁。オセロ。シマウマ。霧雨魔理沙。食べ物ならおはぎとかオ○オとかお汁粉とかおはぎに餡子の団子。私は甘いものが大好きだ。

 

「そう。珈琲みたいに黒ばかり。白はミルクだね。上手く混ざらずに、ぐるぐると渦を巻いてる。私は、ミルクが少ない方が好きなんだ。でも一滴も入ってないのは嫌。黒だけじゃ飽きちゃうもんね」

 

 そう言うと、ルーミアがいきなり抱きついてきた。なんだかそのまま齧られそうだったが、そういうことはなかった。ルーミアの口からは微かに血の臭いがした。

 

 

「うーん、なんだか哲学的ですね」

「哲学者には珈琲が似合うらしいよ」

「そうなんですか?」

「さぁ。そんなの知らないよ」

「この野郎。ルーミアが言ったんじゃないですか」

「そうだったのか」

「貴方達の会話を聞いていると、頭痛がしてくるわ」

 

 アリスが呆れ顔を浮かべる。

 

「燐香馬鹿にされてるよ」

「ルーミアのせいでしょう」

「そうなのかな?」

 

 本当に惜しい。『な』を消して語尾を延ばさないと。しかもわざとらしく右手だけ伸ばしている。どうして磔ポーズをとらないのか。私ががっかりすると、ルーミアは笑顔になった。

 ちなみに、私も珈琲を飲みたいときは結構あるのだが、風見家は紅茶一筋。幽香はたまにお酒も飲んでいる。私には緑茶すらでてこない。一回だけお願いしてみたら、外で泥水でも啜ってろと言われた。絶対に許さない。

 

 

「そろそろ着きそうだから退散するね。門番に見つかると面倒くさいから。またね」

「あ、さようならルーミア! また遊びましょう」

 

 ルーミアが離れると、そのまま霧の湖へ降下していった。あ、もしかしたらチルノとかいるんじゃないかな。でも今はまだ弾幕勝負できないから、遊ぶ事ができない。とてもがっかりである。いつかミスティアの屋台もいってみたいなぁ。八目鰻はグロテスクだけど、美食ハンターとしては是非試してみたい。

 

 

「それじゃあ降下するわよ」

「別に飛ぶのは苦手じゃないんですけど」

「見張ってないと、ふらふらとどこかへ行きそうなのよ」

「私は風船じゃありません」

「でも本当は行きたいんでしょ?」

「もちろんです」

 

 そんなことを言いながら、紅魔館の門前へとゆっくりと降下。そこには、門柱に寄りかかる隙のない美人、紅美鈴がいた。

 とても凛々しくて格好いい。だらけているようでいて隙が全くない。切れ長の瞳でこちらへ視線を向けてくる。

 

 ゴゴゴゴゴゴとなんだかスタンドバトルが始まりそうな感じ。ああ、これが威圧感というやつか。こんなものを向けられたら、それは警戒するだろう。私はどれだけ失礼なことをしていたのか思い知る。全部幽香のせいということにする。不可抗力だ。

 

「ちょっと。お客様に対して、それは失礼じゃなくて?」

「いらっしゃるという話を聞いているのはアリスさんだけですよ。もう一人は聞いていません。妖怪は外見では判断できないというのは良く知っています。警戒に値します」

 

 私を値踏みするように見てくる紅美鈴。初対面だというのに敵対心が高すぎる。多分私の顔のせい。ここで笑ったりしたら攻撃を受けそうなので、まずは挨拶をしよう。挨拶はコミュニケーションの基本。笑顔は潤滑油なのだが私の場合は燃焼材。真顔で一礼だ。

 

 

「你好」

「……はい?」

「燐香。その続きは言えるのでしょうね」

 

 当たり前である。私はただの観光客ではない。

 

「謝謝。再見!」

 

 いやぁ、紅魔館は実に立派だった。直接この目で見れて本当に良い記念になった。

 挨拶もすませたし、このままお暇しようと踵を返したところで、アリスに服を掴まれる。

 

「待ちなさい」

「分かったアルよ、アリス」

「変な言葉遣いは癖になるからやめなさい」

「はい」

 

 アリスに窘められたので大人しくいう事を聞く。基本的に私は良い子である。多分。

 

 

「……というわけで、見かけと雰囲気だけは油断ならないけど、中身はお調子者の子供なの。だから通してくれないかしら」

「あー、良く分からないけど良く分かりました。なんとなく妹様と似ているような気もします。どうぞお通りください」

「えっ」

 

 フランドール・スカーレットと似ていると言われた。それはつまり、お前頭がちょっとアレだぞ、という宣告である。もしかして風見幽香の瘴気に当てられすぎたのだろうか。

 

 

「さぁ、中に入りましょう」

「あ、その前に」

 

 リュックの中から、美鈴に小さな彼岸花をプレゼント。小型なので可愛らしい。不吉などとは決して言わせない出来栄えである。存在自体が不吉といわれてしまえばそれまでだけど。

 

 

「これは、彼岸花ですか?」

「はい。紅魔館に相応しい素敵な赤色だと思います。本当はチューリップと思ったのですが、自己紹介も兼ねてこっちの方がいいってアリスが」

「自己紹介と言うと?」

「私は彼岸花から生まれた妖怪なので」

「あーなるほど。それはご丁寧にどうもありがとう。さっきは冷たい態度で悪かったね。ここを守るのが私の仕事だから」

 

 ずっと無表情だった美鈴の顔が初めてニコリと笑顔になった。笑うともっと美人さんだった。それでもできる女感が滲み出ている。ここの美鈴は居眠りとか全然しそうにない。立ち姿はまさに達人といった感じ。

 すると、見上げる私の頭を撫でてくれた。私の頭は相当撫でやすいらしい。触ってもご利益がないのが悲しいところ。

 

 

「紅魔館へようこそ、お嬢さん」

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の敷地に入った私は、キョロキョロしながら庭園を歩いている。いつスタンド能力による攻撃を受けるか分からない。そういう感じでドキドキしているほうが色々と面白い。

 

 

「ちょっと。少しは落ち着きなさいよ。子供じゃないんだからって、貴方は子供だったわね」

「今のは、ノリツッコミという奴ですね。さすがはアリスです」

「うるさいわよ」

 

 軽く小突かれた。照れ隠しだろうか。少し顔が赤い気もする。

 最近は本当にお姉さんと出来の悪い妹といった関係になってきているような。そうなれればいいなぁという私の願望に過ぎないけれど。今が楽しければそれで良いのである。

 

 と、アリスがそのまま私の手を取ってくれた。私がどこかへ勝手にいかないようにするためだと思うが、意識すると気恥ずかしいものだ。その手は冷たかったが、むしろ心地良く感じた。幽香の手はどっちだろうか。握ったら火傷しそう。殴られたことは沢山あるけど、手を握ったことはないと思う。

 

 

「まずは当主様に挨拶にいったほうがいいのだろうけど。……珍しくメイドが出迎えないわね」

「噂の十六夜咲夜さんですか」

「ええ。もしかしたら今日はいないのかもね。なら図書館にそのまま行った方が良さそう」

 

 ちょっとだけガッカリした。時系列的から推測すると、紅霧異変後だからもしかして博麗神社だろうか。

 この世界の霊夢とレミリアがどんな会話をしているのか凄い興味がある。楽しく賑やかに宴会とかやっているのかな。というか博麗神社にいってみたいな。私は陰から眺めているだけでいいので。

 

 別に参加したいとは思わない。私のようなのがはいっては駄目だ。アリスやルーミアと仲良くなれただけで本当に満足している。僅かな時間だけかもしれないが、私は二人にとても感謝している。

 色々な人と友達になりたいという思いは少しはあるけど、霊夢の周りは多分違うと思う。――あそこは多分、眩しすぎる。

 

 

「さ、この中よ。本当に広いから、迷子にならないように」

「でも、紅魔館ってそんなに広かったでしたっけ」

「咲夜が能力で空間を弄っているらしいのよ。油断していると、本当に迷うわよ」

「わ、分かりました」

 

 扉を開けると、本の空間が広がっていた。本がぎっしり詰った棚の列、山の様に詰まれた本、本、本と、目がおかしくなりそうだ。

 

「パチュリーが使役している小悪魔がうろついているけど、基本的に無害だから気にしなくて良いわ。ちょっかいを出してきたら、威圧しておっぱらいなさい。貴方の妖力の方が上だから」

「えっ」

「親しげに話しかけてきても、所詮は悪魔。決して気を許さないように」

 

 アリスが真剣な顔で警告してきたので、素直に頷いておく。

 と、早速赤い髪の毛の女性司書、小悪魔がやってきた。

 

 

「あはは、アリスさんはひどいことを言いますね。もう少し私を信用してください。私はパチュリー・ノーレッジの使い魔ですよ?」

「嫌よ」

「手厳しいですねぇ。しかし、私にはパチュリー様との契約がありますからね。ですからお客様にひどいことはできませんよ。あはは」

 

 親しげに笑みを浮かべているが、なんだか目がおかしい。本気で笑っていない。あれ、ここは本当は怖い幻想郷の紅魔館なのかな。思わず手に篭める力が強くなる。アリスが大丈夫だと握り返してくれたのがとても心強い。私を庇うかのように一歩前へと出てくれた。そこまで過保護にしなくても大丈夫である。私の体は耐久性には定評がある。

 

「常に契約の穴を突こうと企んでいるくせに良く言う。私の魂を抜こうと企んだこともあったわね。あれだけ痛い目に遭って、まだ懲りてないの?」

「あはは、過去の過ちは忘れる性質でして。……ところで、そちらの美味しそうなお子様は妹さんですか? 随分と可愛らしいお客様でいらっしゃる」

「初めまして。風見燐香です」

「風見燐香……? なるほどなるほど、あの花妖怪の! それで納得しましたよ。お母様のお噂はかねがね伺っております」

「早く案内するつもりがあるなら早くしてくれないかしら」

「と、こ、ろ、で。燐香ちゃんは中々素敵な素質をお持ちですねぇ。若いのに本当に素敵です。青くて本当に瑞々しい。よければ私と楽しく気持ちよく遊びませんか? こんな真昼間から本を読むなんて退屈ですよねぇ。もっと身も心も楽しくなれる遊びがあるんですよ?」

「えっと」

「気にしなくていい。存在すら忘れて構わないわ。こいつの言う事は全て無視していなさい。悪魔との取引なんて、最終的には損をするだけよ」

 

 

 反応に困ってアリスを見上げると、今までになく敵意を露わにしている。

 

「アリスさん。私は燐香ちゃんとお話ししているんです。邪魔しないでもらえませんかねぇ。さ、私としっぽりと遊びましょう」

「警告するけれど。この子に手を出すのはやめておいたほうがいいわよ」

「へぇ? それはそれは随分と過保護なんですね。なら、握手ぐらいはしてもいいですか? もちろん、友好の印としてですよ」

「自分の頭で考えればいいんじゃない? どうなろうと私は知らないわ」

 

 小悪魔がニヤニヤと笑いながら左手を出してくる。私の右手はアリスが握っている。フリーな左手を差し出す。手が触れあいそうになった瞬間、バチバチッと火花が飛び散る。

 

 

「あ、あら? 弾かれた?」

「貴方の術では、この娘の抵抗を打ち破ることは難しい。幽香に徹底的に鍛えられているから。だから、わざと無抵抗に陥らせない限りは効かないでしょう。まぁ、そんな真似をしたら、恐ろしい化物がぶっ飛んでくるから止めた方が良いと思うけど」

「……あはは。それは怖いですねぇ。パチュリー様に怒られるので、今回は止めておきます。でも、私は諦めませんよぉ。私は禁断の果実が大好きなんです。それはもう、命を懸けてでも手に入れたい程にですね」

 

 赤い舌をだらりと伸ばす小悪魔。おお、怖い怖い。というか本気で怖い。アリスが掌を私の目に当てる。これ以上見るなと塞がれてしまった。子供がイケナイビデオを見てしまったときのように。

 

 

「どうしても諦めないというのなら、お前の存在を幽香に話さざるを得なくなる。紅魔館を舞台に素敵な戦争になるから、存分に人外バトルを楽しむといいわ。最初の犠牲者は確定しているだろうけどね」

「私は平和主義の悪魔ですよ? アリスさん、脅迫とか卑怯なことはやめましょうよ。貴方はもしかして悪魔なんですか?」

「黙りなさい。それより早くご主人様のところに案内して」

「承知しました。ささ、こちらですよ。いやぁ、それにしても楽しいお話でしたねぇ。いつも本当に暇なので、こういうのは大歓迎なんですよね。よければもっとお話ししませんか? 貴方から話しかけてくる分には誰も文句を言わないはずですし」

「耳障りだから口を閉じていなさい。できれば顔も隠しておいて」

「相変わらずクールですねぇ。そこがパチュリー様と気が合うところなんでしょうけど。私としては面白みがないんですよねぇ。もっと欲望やら野心でギラついている人にお会いしたいですよ」

 

 なんだか超クールなアリス。意地悪そうな顔でゲゲゲと汚く笑っている小悪魔。折角の美人が台無しである。

 しかし私を置いて話がどんどん進んでいってしまった。本当にわけがわからない。一ついえるのは、この小悪魔はちょっと近づくのはやめておいたほうが良さそうということか。これはこれで魅力的ではあるけれど、被害を受けるのは主に私なのである。



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第十八話 悪魔の棲む館

 図書館の一画。本やら謎の魔術用具やらが整頓されて置かれている机に、自分用と思われる本棚で囲いが作られている。パチュリー・ノーレッジはそこにいた。

 羽ペンを片手に、なにやらさらさらと書き込んでいる。こちらには気付いているのかいないのか、特に視線を向けてくるようなことはない。

 

 第一印象は、綺麗だけど話しかけづらそうという感じ。フレンドリーに話しかけても、一瞥されて無視されそう。

 どうしようかなぁと悩んでいたら、アリスが近づいて声を掛けた。

 

 

「お邪魔しているわ。これ、約束していた素材」

「……ああ、アリス。集中していて気付かなかったわ。希少なものなのに、本当に良かったのかしら」

 

 アリスが小袋を手渡す。あれは、太陽の畑でとれた謎の植物が詰っていたはず。魔法実験の素材になるらしい。私もいつかは手をだしたいものだ。禁断の錬金術とか。石ころから金を生み出してウハウハの生活。目指せゴールドラッシュ。

 

「構わないわ。定期的に納入されるからね」

「そう、ならありがたく頂いておく。で、それが風見幽香の?」

「ええ。前に話した、燐香よ」

 

 アリスに挨拶は大事だと教わっているので、実践することにする。挨拶は人付き合いの基本である。あの幽香も挨拶だけはちゃんと行う。

 

「初めまして。風見燐香です」

「ふぅん。なるほど」

 

 

 アリスから小袋を受け取り、そのままこちらを品定めしてくるパチュリー。その顔には友好的なものも敵対的なものも浮かんでいない。感情を一切含めない、経験豊富な鑑定士といった印象を受ける。

 ――と思ったら、薄く微笑んできた。妖艶で魔女の雰囲気抜群である。アリスはクール、パチュリーはミステリアスな感じ。

 

 

「お客様は歓迎するわ。この図書館の利用者は本当に限られていてね。折角の本が宝の持ち腐れになっていたの。本は読まれてこそ価値がある。抱えているだけでは意味がないものね」

「あ、ありがとうございます。これから宜しくお願いします!」

 

 ちょっと緊張しながら、頭を深々と下げる。図書館利用の許可をゲット! お邪魔するにはアリスにつれてきてもらわないといけないけれど。早く自由に行動したいものだ。

 

 

「こちらこそ宜しく。私はパチュリー・ノーレッジ、種族は魔法使い。紅魔館の居候みたいなものかしら。読みたい本、調べたい事があったら尋ねなさい。私か小悪魔が探してあげる。ここで暴れない限りは、追い出したりしない」

「分かりました。絶対に暴れたりしません」

「ふふ、まともで素直な客人は本当に久しぶりよ」

 

 友好的な感じで最初の接触は終了した。パチュリーは良い人だったようだ。いきなりお前を実験の材料にしてやるだの、おじぎをするのだ! と強制するようなことはなかった。まさに魔法使いの鑑である。私も将来は魔法使いを目指すべきだろうか。聖のもとで僧侶の修行もすれば、なんと賢者にクラスチェンジできてしまう。いや、ここは大魔道士と名乗るべきだろうか。メドローアにはロマンが詰っているし。

 

 そういえば、アリス、パチュリーと魔法使い二人とお知り合いになってしまった。これに霧雨魔理沙が加われば凄い事になってしまう。サバトとかできちゃうかもしれない。となると、やはり私も魔法使いにならなければなるまい。マジカルカルテット誕生である。

 

 

「急に考え込んで、どうかしたの? 何か疑問な点があったかしら」

「立派な魔法使いになるにはどうしたら良いですか?」

「……は?」

 

 

 私の唐突な質問に、ポカンとした表情を浮かべるパチュリー。そういう気分だから、今日から魔法使いに私はなる! というわけにはいかないだろう。何かしらの儀式があるはずだ。例えばダーマの神殿にいくとか、変な生き物と契約するとか。

 

 

「ごめんなさい。この子は見かけと違って、少し変わっているの。外見はこうなんだけど、内面は相当なお調子者ね。ギャップが激しいのよ」

 

 パチュリーがまじまじと私を凝視してくる。変わり者というのは、悪く省略すると変人である。少し異議を唱えたいところ。

 

 

「……そうなの?」

「そうなんですか?」

「自分のことは自分で考えなさい」

 

 私も一緒に聞き返すがスルーされてしまった。仲良くなるにつれ、ボケをいれたときのアリスの反応は、人形によるツッコミかスルーになってきた。そこから更にボケられるので、問題はない。いわゆるアリスルー。

 最後にはしかたがないわね、と困った笑みを浮かべてくれる。アリスさんは芸人の救世主。

 

「じっくり考えた結果、私は善良な妖怪と言う事が分かりました。人間友好度は間違いなく極高、危険度は極低ですね。安心安全二重まるです」

「それは良かったわね」

「……なるほど。良く分かったわ」

「色々とバランスが悪いの。少しずつ矯正していくつもりだけど。先は長そう」

「大変ね。……もしかして、家庭教師の経験を積んだ後は人里の教師にでもなるつもりなの? それなら色々と参考になるものがあるわ」

「ならないから心配しないで。貴方も発想が先をいきすぎる癖を直しなさい。飛躍しすぎよ」

「嫌よ。それじゃあつまらないもの。なにより、発想の停滞は私にとって死を意味するわ」

 

 パチュリーが笑う。アリスが「本当に仕方がない」と肩を竦める。なんというか、色々と分かり合っているという親友めいたものを感じる。この独特の距離感は羨ましい。

 

 

「ところで、今日は当主様は? メイドもいないみたいだけど」

「レミィなら咲夜をつれて博麗神社に行ったわよ。どうも博麗霊夢に目をつけたみたいでね。ウキウキしながら向かっていったわ」

「吸血鬼が神社に? それはまた。しかも巫女を気に入るなんて」

「悪魔は、人の大切にしているものに目をつける悪癖というか、本能があるでしょう」

「それは良く知ってるけど」

「霊夢に目をつけたのも、多分それが理由でしょうね。誰かの宝物を、掌でコロコロと転がして弄びたいのよ。いつでも握りつぶせるけど、それを敢えてしない。でもたまにじっくり舐めたり味見をする。そういう背徳感を味わうのが好きな変態なの。世の為、人の為、妖怪の為にとっとと死ぬべきよね。ああ、だれか本気で退治してくれないかしら」

 

 意外と毒舌のパチュリー。表情が変わらないので冗談なのか良く分からない。ポーカーが非常に強そうである。

 

 

「その変態と長年友人をしている貴方も、同類なのかしら」

「私は常識人よ。何も心配要らないわ。第一、その論法が正しいならば、貴方も変態ということになる。私の親愛なる友人アリス・マーガトロイド」

「お願いだから貴方達と一緒にしないで」

「あら、同感ね。私は紅魔館唯一の良心よ」

「ノーコメント」

 

 レミリア・スカーレットの情報を手に入れたが、なんとなく小悪魔を強化したバージョンなのだろうか。少し会うのが不安になる。パチュリーの冗談だということにしておこう。カリスマ満タンなのか、それともブレイカーなのか。どちらにせよ、楽しみには違いない。

 

 

「さっきの話だけど。博麗の巫女が宝物って、幻想郷にとってということよね?」

 

 結界を維持する重要な役割を持つのが博麗の巫女。それを殺害することは絶対に許されない。だから博麗霊夢に決定的な敗北はない。説明だけ聞くと修羅道一直線なのがちょっと嫌な感じ。どうか穏やかな心を持った優しい霊夢でありますように。私は神に祈りを捧げた。

 

「それは少し違うわ。あれは八雲紫のお気に入りらしいのよ。まぁ、博麗霊夢は八雲紫のことを名前しか知らないみたいだけどね」

「意味が分からないわ。それが宝物ってどういうことなの」

「異変の最中に色々と釘を刺されたってレミィが話してたの。少し本気で挑発したら、顔色変えやがったって喜んでた。その日はパーティを開くほどの喜びようで、本当にウザかったわ。まぁ、それが切っ掛けで博麗霊夢に照準を合わせたって訳。変態だからね」

 

 見守る愛もある。足長おじさん的な。そう、紫のバラの人の妖怪版だ!

 

「……なるほど。確かに変態みたいね」

「そういう意味では、今日レミィに見つからないでよかったわね。出会いがしらに噛み付かれていたかもしれないわよ?」

「――へ?」

 

 いきなり話を振られたのでビックリして声をあげてしまった。

 

 

「悪魔は目移りしやすいの。しかも全部を欲しがる我が儘娘。レミィのことだから、二股でも三股でも四股でもかけるでしょうし」

「……あの当主、そんな性分だったの? そこまでには見えなかったけど」

「ふふっ。まぁ私の勝手な想像よ。実際どうなのかは自分で判断すれば良い。いやでも対面することになるでしょうし」

「な、なんだかドキドキしてきました」

「そう、それは良かったわね。好奇心を持つというのは、精神を活性化させる一番の燃料よ」

 

 パチュリーが微笑んできた。うーむ、やはりこの世界の魔法使いは皆優しいのではないだろうか。ということは、霧雨魔理沙も心配いらないだろう。魔法使いに必要なのは優しさなんだ。一つ勉強になったので、幻想郷お楽しみ帳にメモっておく。

 

 

「ところでそれは何? 私も初めて見るけど」

「いつの間にかベッドの上に置いてあったんです。紫のバラと一緒に」

「紫のバラ?」

「地図もついていて便利なんですよ。絵はあまり上手じゃないですけど」

 

 アリスが覗き込んでくる。ついでにパチュリーも身を乗り出して。一応本だから、興味深々なのかもしれない。

 

 

「……これは、妖力かしら。微かに力を感じるわ」

「害を為すようなものじゃない。劣化を防ぐ保護のようなものが掛かっているようね。図書館にも似た様なものがあるから」

 

 耐久性強化の術が掛かっているとか。流石は紫のバラの人である。

 

 

「でもちょっとお粗末な術ね。見よう見まねでかけてみたという印象。努力は認めるけど、修行が足りてない」

「紫のバラねぇ」

 

 アリスが顎に手を当てている。一体誰なのかと推測しているのだろう。

 私は最初八雲紫が親切にくれたのかなぁとか思ったんだけど。でも、一回も話した事がないのにそんなに親切にしてくれるだろうか。イマイチ信じられない。しかも、話を聞くに霊夢にご執心みたいだし。

 神様がくれるわけもないので、私は“紫のバラの人”の概念みたいなものが幻想入りしたのではないかと睨んでいる。私があまりにアレなのをみかねて、本当は興味ないけど助けてあげるかみたいな。いずれにせよ、いつかは正体を知りたいものだ。

 

「これは、魔法の書なんですか?」

「そこまで高度なものじゃないけど、まぁ分類上はそうなるわね。それなりに価値のあるものだから、大事にすると良い」

 

 パチュリーが姿勢を正す。そんな貴重なものをもらえるなんて、紫のバラの人、ありがとう!

 

 

「幽香には見せないほうがいいわよ。常に鞄に入れておくか、私の家に置いておくことをオススメするわ」

 

 アリスが真顔で警告してくる。

 

 

「それはどうしてです?」

「紫のバラの人からの贈り物と分かったら、多分、原型も残さないほど破かれて燃やされるわ。紫色というのが印象最悪ね」

「わ、分かりました」

 

 

 悪魔は人の大切にしているものに目をつけるらしい。つまり、宝物となったこのお楽しみ帳は、格好の獲物ということ。

 確かに、見つかったら大笑いしながら燃やそうとするに違いない。幽香が悪魔である証拠をまた一つゲットしてしまった。

 

 

「そうだ。パチュリーさん、ちょっと探したいものがあるんですが」

「なにかしら。大体のものは揃っているわよ」

 

 ちょっと自慢げなパチュリー。表情は変わらないけど、なんとなくそう感じる。

 

 

「悪魔払いの書ってありませんかね。できれば、大魔王クラスに効く様な」

「そんなもの、何に使うの?」

「ちょっと試してみたい相手がいるんです」

 

 神をも切り裂くチェーンソー的な便利なものが欲しい。

 

「悪戯に使うのはやめておきなさい。そういったものを素人が触れば怪我だけじゃ済まないわ。子供が玩具にするようなものじゃない」

 

 軽く叱られてしまった。悪戯ではなく本気だったのだが。だが焦る必要はない。いずれそういう機会もあるかもしれないし。

 

 

「好奇心から聞いておくけど、誰につかうつもりだったのかしら」

「もちろんお母様です。幻想郷の平和を守る為に」

 

 

 私は即答する。パチュリーはしばらく私を眺めた後、ニヤリと口元を歪める。

 

 

「……アリス」

「何かしら」

「中々興味深い子ね。存在が面白いわ」

「そう? 毎日が騒がしくなるから、貴方には辛いわよ」

「ウチも十分騒がしいから問題ない。それに見ていて退屈しなそう。よければ、うちの使い魔と交換しない? この館は変態ばかりでしょう。少しばかり数を減らしたいのよ」

 

 パチュリーの言葉に、アリスが眉を顰める。お前もその変態の一人だと、目が言っている気がする。多分気のせいだろう。うん。

 

 

「ごめんなさい。心から間に合っているわ」

「そう、とても残念だわ。もし気が変わったら――」

「未来永劫変わらないから、心配しないで」

「アレの性格を矯正するのと、貴方の気を変えるの。どちらが難しいかしらね」

「両方とも無理だと私は思うけど」

 

 アリスがおどけると、パチュリーの小さな笑い声が図書館に響いた。いつのまにか小悪魔もやってきていたらしく、一緒になって大笑いしていた。暫くすると、「うるさい」という言葉とともに本の角で頭を殴られて悶絶する小悪魔。

 今のは面白かった。ボケが小悪魔でツッコミがパチュリーなのか。私達も負けていられませんねとアリスに言うと、見習わなくて良いと一蹴されてしまった。残念。

 



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第十九話 悪魔の罠

 猿でも分かるはじめての魔法(適当な訳)を読んだり、幻想郷についての講義を受け、魔力やら妖力についてなんとなくだが理解できた!

 魔法を使うには当然魔力……MPのようなものが必要になるわけだが、幻想郷内ではそれが勝手に回復していくのだ。そのための結界が張られているとかなんとか。逆に外の世界ではそれが減っていってしまうらしい。常に毒の沼に立っている状態。凄いピンチ。

 それを回復してくれるのが、自らに対しての恐れやら信仰という訳だが、弱体化した者達はそれが出来ずに消えるしかない。その消え去っていく者たちを救うために築かれたのが幻想郷。妖怪にとっての楽園だ。

 

 でも普通の人間にとってはどうだろうか。多分、楽園でもなんでもないだろう。それは外も中も同じ事。

 

 

「忘れ去られた者達の楽園、ですか」

「諦めの悪い者達のたまり場ともいえるわね」

「そんなことはないと思います」

「本当のことだからいいの。うちの場合はわざわざここに殴りこんだ訳だけど。レミィは変態だからね。吸血鬼の恐怖をまだ獲得できていたくせに。まぁ、外は我慢ならないほど騒がしかったから、丁度良かったといえばそうなんだけど」

 

 幻想郷に殴りこんだ、というと。あの異変だ。通称かちこみ異変。吸血鬼が勝っていたら歴史が変わっていたかも。そうはならないだろうけども。

 

 

「吸血鬼異変ですか?」

「あら、博識なのね」

「前にアリスから教わりました」

「なんやかんやあって、最終的に私たちは“和平締結”と言う名の敗北と屈辱を味わった。あの時のレミィの顔ときたら。ふふ、一カ月は退屈しなかったわ。今思い出しても笑えるわね」

 

 思い出し笑いを浮かべ、実に楽しそうなパチュリー。負けた悔しさは残っていないらしい。なんやかんやについて突っ込みたかったが、負けた歴史を詳しく教えてくれというのは相当に失礼である。

 私だって、幽香との戦いにおける敗北の歴史を語ってくれと言われたら嫌だし、軽く24時間は必要となる。しかも思い出したらぐぬぬとなる。やばい、今思い出してもムカついてきた。

 

 

「この前の紅霧異変で私たちは無事幻想郷の住民として受け入れられた。あれは通過儀礼だったのよ。あとはここが滅びるのが先か、私が死ぬのが先か。いずれにせよ、ここが私の最後の地となりそうね」

「……あの」

「ああ、パチュリーはこういう性格だから一々気にしなくて良いわよ。たまに後ろ向きなことをいうのだけど、別に悲観しているわけじゃない。単純に素直じゃないだけ」

 

 フォローしようとした私の肩に手をあてるアリス。

 

 

「冷静に人を分析するのは貴方の悪い癖よね」

「貴方に言われたくないわ」

「それはこちらの台詞よ。魔法使いはこれだから嫌」

「貴方も魔法使いでしょうに」

「だから敢えて言ったのよ。自嘲の意味も篭めて」

「相変わらず疲れる人ね。本ばかり読んでいるからそうなるのよ」

「それはお互い様でしょう。人形遣い」

 

 顔色を変えずに言い合う魔法使いたち。一見すると口論に見えるが、ただ単純にふざけあっているだけだろう。やっぱり友達というのは素敵である。眺めているだけで、なんだか幸せな気持ちになった。

 

 私の場合、初めての友達はルーミア。隙あらば私に人肉を食わせようとしてくるのが欠点だが、本当に素敵な友人である。

 アリスは友人と言うよりも、信頼出来る先生、あるいは姉のような存在だ。優しいし頼りになる。

 そんなことを思うと、もっと幸せな気持ちになった。なんだか明るい気持ちで一杯だ。NからL属性に少し傾いた気がする。でもバリバリのLはヤバイから気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

 アリスに、パチュリーと魔術について話したいことがあるから、暇なら図書館を見てまわって良いと言われた。最初は遠慮して会話に耳を傾けていたのだが、言っていることがさっぱり分からなかった。よって、言われた通り図書館探索へと出発する。

 理解出来ない謎の単語や理論が一杯登場して、本気の眠気が襲ってきたのが主な理由である。お経みたいだった。

 

 

「――おお。まさに本の森! すごい!」

 

 凄まじい本の量。何がどこにあるのか探す気すら起こらない。パチュリー曰く、魔術を用いて管理を行なっているので、全く困らないらしい。利用客が少ない理由は主にそれではないかと思った。

 何か探したいものがあるのかと聞かれたが、私は曖昧に誤魔化した。探す本の内容を聞いたら多分止められるから。私が探すのは、ズバリ『デス○ート』! もしくは呪い系統の魔術書だ。ザキとかムドとか楽に勝てそうなのを覚えたい。子供の玩具じゃないと先ほどは叱られたけど、それぐらいでヘコたれるような私ではない。リスクを犯さなければ、リターンもないのである。現実の私はハイリスクノーリターン。少しは還元してほしい。

 

 と、とにかく幽香に効果のありそうな何かをゲットしたいのだ。いいかげんギャフンと言わせないと気が済まない。

 先日の組み手のとき、私が使った呪霧は一応の効果をもたらしたものの、肝心なときに切れてしまった。あれでは意味がない。もっとこう、『な、なにィ!?』みたいに幽香を驚かせたいのである。具体的にいうと、心が折れたベジータぐらいの表情をさせてみたい。さぞかし気分が晴れやかになることだろう。想像すると笑みが止まらない。

 

 そのために、幽香ご自慢の身体能力、或いは妖力を一気に低下させるのが良いと私は考えたわけだ。その状態なら、この私でも勝てるだろうと。見事に失敗したわけだけど。畜生。姑息と言われてもいいので、とにかく勝ちたいし見返したいのだ。やってやんよ! という意気込みが大事なのだ。

 確かに、この前の敗北で一時的に心は折れたけど、何度でも復活してやろう。そう、私のモットーは七転八倒だ。

 

 

「……うん? 何か違うような」

 

 

 ――と、学術書の棚から、日本文学の棚に来てしまっていたらしい。これなら私でも読める。有名な物語から、聞いたことのないものまで一杯ある。そこから適当に一冊取ってみる。『桃太郎』ではなく、『MOMOTAROU』だった。パラパラと捲ったが、吸血鬼を仲間に加えた桃太郎が、何故か宇宙にいくとかいう超展開だった。しかも吸血鬼が主役を物理的な意味で喰らってるし! これを書いたのは誰だ! 『作者 レミリア・スカーレット』。よし、見なかった事にしよう。多分、相当な黒歴史である。ここに堂々と置いてあるのは、パチュリーの嫌がらせだろうか。

 

 

「ん?」

 

 他人の黒歴史を元に戻してあげようとしたところ、なにやら違和感を覚えた。じーっと見つめると、違和感が更に大きくなる。何か、この隙間にあるような気がする。いや、隠されているような?

 

 

「うーむ」

 

 グラスの鍛錬で培った、相手の力を見極める能力でもよく分からない。でも、何かあるような気がする。

 こういうところには、大抵不思議パワーを持った何かがあるわけで。この大図書館ならきっと凄いものが隠れていそうだ。是非ともお目にかかりたい。『良く見つけたわね』とアリスに褒めてもらえるかもしれない。

 なんでも鑑定呪文、インパスでも覚えていたら見つけられただろうに。なんとかならないかなぁ。

 というわけで、私はインパスインパスと心の中で100回ほど唱えてみる事にした。なんだか少しずつ見えてきたような。私は更に集中し、妖力を限界まで篭めて唱え続けた。

 

 

 

 

 

 ――見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、貴方の考察は、大体当っていると私は考える。しかし、それだけで十分だとも思えない。とうにアレが試しているでしょうしね。何か、問題があるのよ」

 

 パチュリーが、小悪魔に注がせた紅茶を飲みながら淡々と結論を述べる。

 会話の内容は新魔術、賢者の石、自律人形の完成にむけてなど多岐に渡り、最終的に燐香の話題になった。

 

 

「つまり、今の段階では判断できないということ?」

「だって、判断材料が少ないもの。もう少し情報が必要ね」

「仮に私の考えが正しいとして、そんなことは本当に有り得るの? いや、そんなことができるの?」

「現に存在しているじゃない。それに、スキマとかいう訳の分からない能力を使う化物もいる。どんな妖怪がいたって私は驚かない」

「本当に?」

「少しは驚くかもしれないけど、顔には表さない。だって悔しいから」

「あっそ」

 

 パチュリーの軽口にアリスは呆れた表情を浮かべる。

 と、そこに図書館探索を終えたらしい燐香が、一冊の本を脇に抱えて戻ってくる。

 

「ああ、お帰りなさい……って。貴方」

 

 燐香の赤毛が、半分ほど黒に侵食されていた。顔には獰猛な笑みが浮かんでおり、制御に成功しているはずの威圧感が徐々に増してきている。隙間から溢れるように、それは大きくなっている。

 

 

「……何だか、様子がおかしいみたいだけど。それが、さっきの話にあった?」

「ええ。ちょっとした発作みたいなものね。すぐに対処しないといけないわ」

 

 警戒を露わにするパチュリーを横目に、アリスは早足で燐香へと近づいていく。不意の一撃だけには気をつけるつもりでいる。

 だが、焦点の合っていない澱んだ目は、アリスを映そうとはしない。

 

 

「燐香。待ちなさい」

「ごめんなさい、アリス。ちょっと大事な用事を思い出しました。今日はここまででいいでしょうか」

「駄目よ。……その本はどうしたの?」

「棚に入っていたのを見つけました。これを読んでいたら、今すぐにやらなくてはいけないことを思い出したんです。だから、すぐにやりにいきます」

 

 と、そのまま立ち去ろうとする燐香。アリスは強引に肩を掴んで止めようとするが、凄まじい力で阻止できない。

 逆に、燐香がパチンと指を鳴らすと、図書館の床に黒い靄が発生。アリスの足に赤の彼岸花が生い茂り、絡みついてくる。避ける暇もなく足が囚われてしまった。

 

 

「こ、これは!?」

「ごめんなさい。私が行ったらすぐにとけますよ。今の私ならいけそうなんです」

「待ちなさいッ!」

 

 ――変化したら『昏倒させろ』といった幽香の言葉が頭を過ぎる。説得はこの状態の燐香には意味を為さない。

 恐らく、放っておけば図書館を出て一直線で風見幽香のもとへ向かうのだろう。また殺し合いになるだろう。次こそ風見幽香は燐香を殺すかもしれない。その可能性は、ほぼゼロに近いとは思う。そんなことをするはずがない。だが妖怪は気まぐれだ。それに、酷く痛めつけられるのは簡単に予想できる。だから止める。

 情が移りはじめていることはアリスは自覚している。だから、ここで止めることにする。

 催眠効果をもたらす魔術の詠唱を開始する。燐香の抵抗力を上回るだけの魔力を篭める必要がある。

 だがその間にも燐香は歩を進めていく。間に合うか。

 

 

「そんなに慌てた貴方の顔を見るのは、初めてかしら。これは貴重な経験になりそうね。今日は本当に面白い一日になったわ」

「茶々を入れないでッ!」

「詠唱の速度は大体同じ。ただ、魔力を溜め始めるのは私の方が早かった。一瞬の判断の差がこの場での優劣につながったというわけね。私情がもたらす弊害を経験できたことに、心から感謝するわ」

 

 パチュリーがそう言いきった瞬間、燐香の足元に光り輝く魔法陣が発動。目を見開いて抵抗しようとした燐香だったが、苦悶の声を漏らすと、そのままくずおれた。

 

 

「…………」

「別に感謝の言葉はいらないわよ。でも、いつでも受け付けるからご遠慮なく」

「……助かったわ」

「どういたしまして」

 

 早足で燐香の元へ向かい、身体を観察する。髪の毛は元に戻っている。発作はおさまり、変化までは至らなかったようだ。

 そして、その横に落ちている一冊の本へ目を向ける。タイトルは擦れてしまい分からない。だが、かなりの魔力の残滓を感じる。

 

 

「これは」

「それは……確かかなり前に紛失した魔術書ね。高度な呪術について記されているけど、対策なしに読んだ者を発狂させる罠がある。どこにいったのかと思っていたのだけど」

 

 パチュリーが本を手に取ると、中身をパラパラと捲る。

 

 

「……しっかりと罠は発動している。だけど、魔力は逆に全部吸い取られているわね。この本が誰かに害をもたらすことはもうないでしょう。貴重な呪われし本が、ただの本になってしまったわ。どうしてくれるの。一品物だったのに」

 

 ガッカリしているパチュリー。なくしていたくせに良く言えたものだ。本当に管理できているのか怪しいものである。

 それにだ。

 

 

「呪いですって? 早く解呪する方法を教えなさい」

「慌てなくて大丈夫よ。少々精神に害を為したみたいだけど、発狂までには至っていない。つまり、この本の魔力を無事吸収することに成功したということ。おめでとう」

「全然めでたくないわ。なんでこんな危ないものがそこらへんに転がっているの!」

「私に聞かれても分からないわ。紛失したのは大分前だもの。しかも無くした記憶が私にはない。おかしい話だけれども」

「貴方、とぼけていないわよね」

「数少ないまともな客人と、大事な友人にこんなことをする必要はないし、する気もない。ちなみに、最有力容疑者は近くにいるからそっちを詰問するといいわ」

 

 アリスがにらみ付けると、パチュリーが視線を容疑者へと向ける。と、脇に控えていた小悪魔の本当に僅かな舌打ちの音が、耳に入った。

 

 

「貴方、何かやった?」

「なんのことでしょう」

「答えなさい」

「知りません。知っていても教えません」

「パチュリー、貴方が尋ねてくれる? 私相手だとこいつは嘘しかつかない」

「別にいいわよ。小悪魔、貴方、この子に何かした? 嘘をついたら罰を与えるから覚悟して答えなさい」

 

 パチュリーが淡々と問いかけると、小悪魔が嬉しそうに頷く。

 

 

「はい、しましたよ」

「何をしたの?」

「はい、何かをしました」

 

 質問をはぐらかそうとする小悪魔。パチュリーの詰問は続く。

 

 

「本を紛失したと見せかけて、隠したのは貴方?」

「はい! いつの日か誰かがうっかり引っ掛かるのを心待ちにしていました! いやぁ、今日は来るべき時が来て、経過についてだけは概ね大満足ですね」

 

 心底嬉しそうに返事をする小悪魔。

 あまりに頭の悪い回答にアリスは眉を顰める。パチュリーは慣れっこなのか、特に動じてはいない。

 

 

「その場所まで風見燐香を誘導したのも貴方なのね?」

「はい。本が隠されている場所まで、本棚の通路を塞いで物理的に誘導しました。気付かれずにやるのは中々大変でした。でも、あの隠蔽された本を発見するなんて、中々やりますねぇ! 将来有望ですよ。しかし、その潜在能力のせいで肝心の罠が無力化されてしまったので、私のしたことはただの無駄骨でした。いやぁ、本当に参りましたね! 腸が煮えくりかえりそうですよ、クケケッ!」

 

 小悪魔が舌を蛇のように延ばしながら哄笑する。思い知らせるかと魔術詠唱の準備に入るが、パチュリーに目で止められた。

 

 

「動機を教えなさい」

「発狂させてしまえば、噂の風見幽香がどういう反応をするか興味がありまして。ちなみに罪はパチュリー様に押し付けるつもりでした。後はアリスさんのために、良かれと思ってやったんですけど。まぁ誰でも良かったというのも本当です。永遠に気付かれそうもない、凶悪な罠を使う絶好の機会だったので。最初は霧雨魔理沙に試そうとも思ったんですけどね、そんなことしたらパチュリー様にぶっ殺され――」

 

 小悪魔の髪から炎が燃え盛る。勢いを増した炎はそのまま全身に燃え移り、ぎゃーと喚きながら外へと出て行った。図書館で放つ魔法ではないと思うが、魔法防護が効いているらしく問題ないとパチュリーが呟く。

 

 

「ごめんなさいね。あの馬鹿のしでかしたことについて謝罪するわ」

「私じゃなくて、燐香に謝りなさい」

「貴方にも謝ったほうがいいと思って。だって、気に入っているんでしょう? だから小悪魔がより積極的に動いたのよ。人の大切な物を奪ったり汚したりするのが大好きなのよ。悪魔だから仕方ないんだけど」

「そういうことを率直に言うのは止めてくれないかしら。反応にこまるから」

 

 アリスは僅かに眉を顰めて、睨む。敵意ではなく、注意である。簡単に言うと、恥ずかしい。

 言いながら、燐香の身体を起こし、椅子に座らせてやる。

 

 

「ええ、次からそうするわ」

「それよりもアレ、なんとかならないの?」

「性根は悪魔そのもので厄介なんだけど、ここを整理する能力に長けているのよ。それに小物だから能力的にも御しやすい。定期的に躾ければ、暫くは大人しくなる。後で徹底的にやっておくから、十年は大人しくなると思うわ」

「三倍増しでよろしく」

「承ったわ」

 

 ふぅと、アリスは息を吐く。なんだか急に慌しいというか、トラブルが盛りだくさんだ。風見幽香の言う通り、確かに退屈はしない。忙しい日々。特に煩わしいとは思っていない。むしろ、楽しんでいる自分がいることに驚いているくらいだ。意識を失ったままの赤い髪を撫でる。黒は完全に消え失せている。これなら大丈夫だ。

 

 

「……ねぇ。見せ付けるのをやめてくれないかしら」

「何のこと?」

「師弟愛とでもいうのかしら? そういうのは自分の家で存分にやりなさい。ここだと小悪魔が喜んで鬱陶しいから。……ああ、目が覚めるまでの間に、お詫びとして小悪魔にお菓子を用意させましょう」

「何も入れない様に念を押しておいて」

「勿論よ。次やったら半身を消し飛ばすわ」

 

 パチュリーが頷くと同時に、図書館の扉が勢い良く開かれた。口元を歪め、特徴的な牙を剥き出しにした、帽子を被った金髪の少女が現れた。背中にはこれもまた特徴的な羽が生えている。

 

 

「頭痛の種がまた来てしまったわね。最近は大人しかったのに。封印も掛けなおしよ。というか、本気を出したらぶち破られる封印なんていらないと思うのよね」

 

 パチュリーが肩をすくめながら愚痴を零す。

 

「おはようパチュリー。なんだか挑発的なオーラを感じちゃったから封印をぶち破って来ちゃった。で、勇敢で無謀で無知蒙昧なヴァンパイアスレイヤーさんはどこのどちらかな? まぁ私は毎日暇しているから、いつでもOKなんだけど。朝から晩までいつでも大丈夫。でも今は強引にたたき起こされたようなものだから少し気分が悪いかも。でも気にしないでいいから。いつでもOKと今言ったからすぐに私が相手をしてあげる。久々の獲物だからアイツになんか渡さないよ。さぁさぁさぁさぁ、早く殺し合いを始めようよ!」

「……はぁ。図書館にいるだけかと思ったら、貴方も意外と苦労してるみたいね」

「分かってくれて嬉しいわ。同情してくれる相手がこの館にはいないのよ」

 

 アリスとパチュリーは顔を見合わせ、大きく溜息を吐いた。トラブルはまだまだ終わらないらしい。



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第二十話 フランドール

 ――迂闊!

 

 本を読みながら寝落ちしてしまっていたらしい私は、皆に囲まれて目覚めを待たれるという羞恥プレイを味わっていた。残念な白雪姫気分。毒林檎を寄越すのは名前を言ってはいけないあの女だ。

 で、目が覚めていきなり目に飛び込んできたのは、ニヤリと獰猛に笑うフランドール・スカーレット。会いたいけれど会いたくない人物筆頭である。気紛れにキュッとされたら、私の頭は派手に吹っ飛んでしまう。汚い花火状態。

 

 自己紹介もそこそこに、早速弾幕ごっこか殺し合いやろうぜ、ハリーハリーハリーと捲くし立てられた私は、絶対の窮地に陥っていた。弾幕ごっこ、まだ一回もやったことないんだもの。化物を倒すのはいつだって人間でしょう。私は妖怪だから駄目だと思う。妖怪ウオッチにでてきそうなおっちょこちょいなので、幽香やフランドールとはジャンルが違うのだ。

 

 

 

 

 

 で、見かねたパチュリーが提案してきたのがこれだ。

 

「通らばリーチ!」

「ロン、12000」

「…………ぎゃふん」

「あはははは! 燐香、さっきから3連続振込みだよ! 本当に弱いんだねぇ。でもリアクションが一々面白いから、見ていて飽きないよ! 次も振り込んでね」

「……そんなはずは。いや、まだです。まだ私は諦めません。空に太陽が昇っている限り、私に敗北はありません」

「もう落ちかかっているけど。……ま、頑張りなさい」

 

 何故か麻雀をやっていた。フランドール――フランが遊んでくれないと死んでも戻らないと大騒ぎをしたので、パチュリーがどこからともなく麻雀セットを持ってきたのだった。血液や腕一本を賭けたりしない健康麻雀。

 そして何故か面子として私とアリスが参戦するハメに。良く意味が分からない。なぜ紅魔館の図書館で麻雀なのかとかツッコミたい。でもツッコむ勇気がなかった。じゃあ勝手に殺し合いしてろとか言われそうだし。

 

 

 というか、もっと少女らしい遊びがあるんじゃないでしょうか。たとえば、おままごととか! キャッキャウフフしてたほうが平和で楽しいと思うんだけど!

 そういった私の異議は聞き入れられることはなく、普通に対局が始まった。この館の住民は、パチュリーを含めて人の話をあまり聞かないようだ。

 

 

 そして、オーラスを前にして、見事に私だけ一人沈み。納得いかない。私の得意技、鳴きまくっての喰いタン戦法が通じたのは一度だけ。後は大体ツモられるか、振り込んでいる。鳴くのを我慢してリーチしたら振り込んだし。もう散々だ。

 もしかしてまたイカサマされているかと思ったが、特に怪しい点はない。つまり、私が単純に下手くそということである。だって麻雀なんて練習する機会ないし。仕方ないよね。そんなことを言い訳したら、残念な負け犬を見るような目で見られた。

 

 

「私は暇なときに一人麻雀で沢山鍛えてるからね。結構強いよ。というか、9割方一人プレイだけど。自慢じゃないけど100連荘したこともあるよ。一人で」

「それは、本当に凄いですね。色々な意味で」

「妹様。あまりそういうことを言いふらさないで。どこで聞き耳を立てている天狗がいるか分からないわ」

「事実だしいいじゃん。あーあ、それにしても折角ヴァンパイアスレイヤーが遊びに来てくれたと思ったのに。四肢が千切れ飛ぶ血塗れの戦いだーと思ってワクワクしたのになぁ。でも、これはこれで凄く面白いからいいや。貴女、なんだか私と同じ臭いがするし。うん、気が合いそうだね」

 

 

 フランがニコニコと笑いかけてくる。だが、目が笑っていないのが恐ろしい。しかし、似ているというのは実は私もそう感じていた。いわゆる、ボッチ友達。略してボチトモ。

 一人麻雀は、多分あの四人に分身するアレでやっているんだろうけど、想像するだけで悲しすぎる。私も手作り人生ゲームを一人でプレイしたことがあるので、気持ちは良く分かる。悟りを開いた気分になれるけど、得る物は特にない。失う物は時間と自尊心である。ちなみに、手作り人生ゲームは一週間後にゴミとして燃やされてしまった。

 

 

「さぁて、いよいよ最終局面だよ。あ、これって負けたら罰ゲームありだったっけ? 腕一本自分で折るとか? 肘を逆側に曲げるとかもいいね! 一本いっとく?」

 

 全然良くない。聞いてないし!

 

 

「そんな約束はしていないわよ。これは接待麻雀でしょう。純粋に楽しむのが目的よ」

「……接待? 私達は接待されていましたっけ、アリス」

「多分、私達がこの我が儘吸血鬼を接待しているということよ」

「なるほど。納得がいきました」

 

 ジャラジャラと牌を掻き混ぜる。ここまできたら、手段を選んではいられない。一矢報いる為に、積み込んでぶっこ抜いてやる! と意を決した瞬間、アリスに目で咎められた。流石に見逃してくれない。カードゲームでも、私のイカサマは全て見破られている。ダービー先生もびっくり。

 

 

「良き敗者たれ、という言葉があるらしいわよ、燐香。貴方はどうかしらね」

「……あはは、なんのことでしょうか」

「さぁてね。自分の胸に聞いたらいいんじゃない?」

 

 当然のようにバレバレである。こうなったら実力で勝負してやろうじゃないか。鷲頭大明神様、我に力をッ――!

 

 

 

 ――与えてはくれませんでした。神は私を見捨てたのだ。

 最悪の手牌が来て、普通にフランに振り込んで負けました。きっと、逆境×を取得してしまったことだろう。

 今の私の特殊能力はこんな感じだろうか。威圧感○、逆境×、打たれ強い(物理)、サヨナラ女(現世)。今年こそはFA宣言しなくちゃ。交渉難航必至なので、有能な代理人のアリスを立てる事にしよう。風見フラワーズからはさっさとおさらばだ!

 

 

 こうして、私の惨敗により第一回紅魔館麻雀王決定戦は終了した。優勝の栄誉はフランドール・スカーレットがもっていったが、特にトロフィーなどはない。フランはそれなりに満足したらしく、パチュリーが用意した紅茶を楽しみ始めている。

 

 

「あら、部屋に戻るんじゃなかったの? いつもはすぐ引き篭もるのに」

「固い事言わないでよ。誰かがチクらなきゃバレやしないし。というか、そろそろアイツの頭吹っ飛ばして下克上してやろうと思うんだけどどう思う? パチュリーはもちろんこちら側だよね。違ったら別に一緒に掃除しちゃうからいいんだけど」

「私はこんなに貴女と遊んであげているのに、ひどいことを言うのね。とても悲しいわ」

「あはは、ただの冗談だよ。悪魔は嘘つきだからね。ま、それはおいといて、もっとお話ししようよ。お話。こんな機会滅多にないし、もうウンザリってぐらいまでお話ししたいな。もう、毎日暇で暇で暇で暇で死んじゃっててさ。死体ごっこも飽きたし」

 

 死体ごっこは中々レベルが高そうだ。私も教えを請いたいが、家でやったらなんだかそのまま埋葬されそう。早すぎた埋葬発動! とか言っても、多分許されない。修羅の家では冗談が通用しないのだ。

 

 

「え、はい。そ、そうですね。喜んで」

「本当! やった。じゃあウンザリするまで話をしよっか。まずは私の事からね!」

 

 そんな感じで、私だけがぎこちない会話が始まった。フランはガトリングガンのようにこれでもかと話しかけてくる。一方的な会話は全く途切れない。話題は、弾幕ごっこのことや、地下室での生活、紅魔館の人々について、最近読んだ本、美味しかった料理、ムカついたことなどである。

 一番感情を露わにしていたのは、姉レミリア・スカーレットへの悪口になったときである。本当にもう凄かった。どれくらいムカついているかをありとあらゆる罵倒、侮蔑表現で示してくれた。

 気持ちが分かるなぁと私が同意したら、目を強烈に輝かせていたのが印象的だった。あの特徴的な羽がパタパタと忙しなく動いていた。

 

 

「この澱んだ感情を分かってくれるの? 本当に嬉しいなぁ。あ、もしかして、貴方も似たような境遇だったりとか? もしかして、引き篭もりで友達がいない悲しい妖怪なの? あはは、凄く惨めだね!」

 

 なんだか凄く悲しい気分になるのは何故だろう。泣ける幻想郷はここにあった。

 リアルが充実しているアリスが、そのうち同情の涙を流すんじゃないだろうか。そう思ってチラリと見ると、普通に聞き流していた。パチュリーも。真面目に聞いてあげていたのは私だけ。

 

 

「ま、まぁ大体似たようなものです。それよりも、そろそろ私の話も聞いてもらえますか!」

「う、うん。そろそろ話すのにウンザリしてたから別にいいけど」

「じゃあいきますね。私もウンザリするまで話しますよ」

 

 ここからは私のターン! とばかりに幽香への罵詈雑言を捲くし立てる。もう鬱憤は死ぬ程溜まっているので、フランばりの勢いで悪口を発射する。うわぁとフランが僅かに引いていたが、特に気にしない。なぜならばフランも同じことをしていたのだから。やられたことをやり返して何が悪いのか。

 溜息を吐きながら、なんだか疲れているのはアリスとパチュリー。それを尻目に私とフランは共通の敵を見出したのだった。

 

 

「あ、いいこと考えちゃった! 私達二人で組んで、アイツと風見幽香を叩き潰せばいいんだよ! これってすごい名案じゃないかな! ね、パチュリーもそう思わない?」

「さぁ、それはどうかしら」

「確かに、一人より二人です。悪魔と妖怪、私達二人の闇のパワーを合わせれば、向かうところ敵なし。これならいけそうですね!」

「どこにもいけないし、いかせないわ」

 

 

 アリスに軽く小突かれた。素早いツッコミには定評があるアリス。流石である。

 

 

「妹様。貴方も知っての通り、私達は八雲紫と約定を交わしている。だから幻想郷に災害を撒き散らすのは駄目よ。やるにしても弾幕ごっこの範疇にしてちょうだい」

「えー。でもそれってつまらなくない? 私達が勝っても、『所詮弾幕勝負だし、全然悔しくないわ』とか負け惜しみ言いそう。ううん、きっと言う。素直に負けを認めたことないし。ほら、アイツ負けず嫌いだから。想像するだけでムカついてきた」

「そうなったら、そこを突いて罵ってやりなさい。きっと顔を真っ赤にして悔しがるから」

 

 

 ここのレミリア・スカーレットは子供っぽいのだろうか。フランドール・スカーレットはなんとなくイメージ通り……というか色々と悪化しているような気もする。でも分かり合えたので問題ない。

 

 

「それもそっかあ。まぁいっか。その時の流れに任せるってことで。となったら色々と作戦を考えないと。あ、それよりも壁トークについてもっと話さない?」

 

 話題が一気に飛んだ。フランはこういう話し方なので、私もきにしない。空気を読むということにまだ慣れていないのだ。ずっと地下にいたから。

 

「それはいいですね」

「あ、良かったら私の部屋の壁見に来る? 年季入ってるから、見ごたえあるよ」

「お邪魔していいんですか?」

「いいよ。どんどんお邪魔して」

 

 ――壁トークとは、幻想郷の極一部で静かなブームが起こりつつある悲しいもの。

 あまりに孤独で暇を持て余し、部屋の壁に向かって話し出すという、ある種の末期症状。でも、開き直ると結構いいこともある。壁君はなんでも受け止めてくれるいい奴なのだ。鬱憤晴らしのために殴っても怒らないし。どんなことをしても、その場でどっしりと構えていてくれるいい奴なのだ。

 でも所詮壁なので、本物の友人が出来たら切り捨てる。私もルーミアという友達に、アリスという先生ができてからは壁に話しかけてはいない。用済みである。そういうドライな関係でいられるのがいいところである。うん、壁君は立派だ。

 と、そういったことをフランに話したら、その通りだと深々と頷いてくれた。やはり私達は似ているらしい。

 

 

 そんなこんなで、フランの部屋で漫画を読んだり、不幸の手紙を書いたり、だらだらしていたら帰る時間になってしまった。どんなに楽しいときにも終わりというのはやってくる。フランはちょっとだけ涙を浮かべて、紅魔館の入り口まで見送ってくれた。

 

 

「もう会えないかもしれないね。永遠のお別れ。でも、燐香のことは100年ぐらいは忘れないと思う。……うーん、やっぱり10年かな。それぐらいなら大丈夫」

 

 意外とあっさりしていた。私は忘れないつもりだけど。

 

 

「もう友達なんだから、またアリスと一緒に遊びに来ますよ。それに、私は忘れないし」

「……たった数時間話しただけなのに、どうして友達だなんて言えるの? それっておかしくないかな」

「そんなに難しく考えなくても、友達だと思ったらもう友達でいいじゃないですか。資格や条件なんて必要ないと思います」

「あはは。燐香は馬鹿みたいに前向きだね。引き篭もりで壁を話し相手にしたり、私なんかと気があっちゃうなんて本当に頭がおかしいよ。そんな風だから風見幽香に毎日シバかれるんじゃないかな。もしかして馬鹿なのかな。うん、きっとそうだよね。私も馬鹿だから良く分かるよ。家族へのコンプレックスも殆ど同じだし。うんうん」

 

 畳み掛けるような罵倒交じりの言葉が続く。フランの辞書に、遠慮という言葉はない。多分、本人は思ったことをそのまま述べているだけで、悪気はないのだ。

 常人なら多分困った顔をして立ち去るか、罵倒を返すかのどちらかだろう。

 だが、私は違う。過ごした年月が圧倒的に違うけれど、私には少しだけ気持ちが分かる。

 それに、この癖は放っておいても勝手に治るだろう。フランは頭が良いので、すぐに適応できる。霧雨魔理沙との弾幕勝負も既に終えているといっていたし。だから大丈夫だ。

 フランドール・スカーレットの周りには賑やかで楽しい人達が一杯現れる。だから、それまでの間ぐらい私がその場所にいても良いだろう。

 

 

「はっきりと言いすぎじゃないですか? 私以外だったら怒って角を生やしますよ」

「そうかな。うん、そうかもしれない。ごめんね。私もちょっとおかしいから仕方ないんだけど。こんな感じだから良くアイツに怒られるんだ。気が触れてるとか良く言われるし。間違ってないから言い返せないし」

「私は全然気にしないので問題ありません。さぁ、友達の契約みたいなものを結びましょう。いわゆる悪魔的な感じで」

「う、うん」

 

 私が手を差し出すと、フランがおずおずと手を伸ばし、がっしりと握手が交わされた。フランにとっては多分一人目、私にとっては二人目の友達。でも、すぐにフランは友達が一杯増えるだろう。本当に羨ましいなぁと、内心ちょっと嫉妬する。

 パチュリーがわざとらしくハンカチで目元を拭っている。表情は変わらないので、多分演技である。

 アリスは……なんだか心配そうな表情で私を眺めていた。なんでなのかは良く分からなかった。だがアリスのそういう表情は見たくないので、笑顔で手をふってみたらすぐに元に戻った。

 アリスにはこういう穏やかな表情が良く似合うし、私は大好きなのだ。迷惑をかけてはいけない。気をつけなければ。

 

 

 フランは手を握ったまましばらく黙っていたが、やがてニタリと悪魔のように微笑む。手を離すと、私に近づいてくる。本当に結構近い。

 

 

「じゃ、例の約束も忘れないでね。弾幕ごっこでも殺し合いでもなんでもいいから、一回見返してやろうよ」

「勿論です。私も一杯修行して、必ずギャフンと言わせて見せます。楽しみですね」

「太陽の畑は燐香が支配して、紅魔館は私が乗っ取る。あ、そのまま幻想郷征服とかどうかなぁ。天下二分の計だね。最後は統一を賭けて勝負しよう」

「夢は大きい方がいいって、偉い人もいってましたし。とても良いと思います」

「全く良くないから止めなさい。ほら、そろそろ帰るわよ」

 

 アリスが手を出してきたので、自然に握る。そのまま浮かび上がると、フランが全力で手を振ってくる。

 

 

「ばいばーい」

「それじゃ、また遊びに来ます」

「またねー。一年以内に遊びにこなかったら、封印突破してこっちから押しかけるから。首を洗って待っててね」

「だから、ちゃんときますって。それじゃあ、さようなら」

 

 フラン、パチュリー、そして門番の美鈴に手を振り、私とアリスは紅魔館を立ち去った。

 本当に充実した一日だった。なんだか、紅霧異変以降、楽しい事が続いている。このままの流れが続くと良いなぁと、私は神様に祈っておいた。



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第二十一話 スキマと向日葵

「どういう風の吹き回しなのかしら。あんなに後生大事に手元に置いていたあの子を、出会ったばかりの人形遣いに預けるなんて。まさか飽きたわけでもないでしょうし。とっても気になるわぁ」

「教える必要を感じない。目障りだから出て行け」

「いいじゃない、減るもんじゃなし。ほら、美味しい水羊羹も買ってきたのよ。ありがたく頂きなさいな」

「持って帰れ」

 

 幽香が自室で裁縫をしていると、不愉快極まりない妖怪の声が聞こえてきた。そのまま不快なスキマが現れたと思ったら、遠慮もなしに八雲紫が登場。そのまま人の椅子に腰掛けて水羊羹の包みを開けている。居座る気満々だ。

 

「らーん。とっておきのお茶を用意してくれるかしら。羊羹にはお茶が必要よねぇ」

「はい。少々お待ちを。すぐに支度いたします」

 

 さらにスキマから紫の式まで現れた。こちらは申し訳なさそうに一礼してくるが、どこからともなく湯飲みと急須を取り出してお茶を注ぎ始める。

 

「くつろぐなら自分の家でやりなさい。なんで私の家でやるのか理解できない」

「だから、理由を知りたいの。私も母親の作業を邪魔する気は毛頭ないのだけれど、気になっちゃうと眠れない性格でしょ。というわけで、どういうことか教えて。私達の仲じゃない」

「ねぇ、一回死んできてくれない?」

「教えてくれたら考えるわ」

「ただの気紛れ。それ以上でも以下でもない。じゃあ約束通りに死ね」

「考慮した結果、やっぱり死ぬのはやめたわ。だって、この若さで死にたくないし。それに皆悲しむじゃない?」

 

 誰も悲しまないので首を括って欲しい。塵になっても蘇るだろうが。しつこさは幻想郷一であろう。それだけは認める。

 

「狐、ちょっとこいつの頭を殴りなさい。私は今忙しいから。百回ぐらい殴ればきっと静かになるわ」

「幽香さん、どうかお怒りをお鎮めください。こちら、羊羹とお茶になります。ささ」

 

 藍が羊羹と茶を差し出してくる。が、幽香は今手が離せないと言ったばかりだ。主従そろって話を聞かない。疲れを感じた幽香は、舌打ちして無視することにした。

 

「それにしても、あの暴力至上主義、唯我独尊の風見幽香がねぇ。気紛れであの子を養い、気紛れで鍛え上げ、気紛れで誰の手にも触れさせないように監視する。更に気紛れでアリス・マーガトロイドに預けて経験を積ませようと考えた。実に立派よ、幽香。中々できることじゃないわ。聖人もビックリね。まさか、悟りを開くつもりなの?」

「…………」

 

 ニタニタと笑いかけてくる。挑発してきているのは明快だが、今は裁縫で忙しい。完成まであと僅かなのだから、このまま集中したい。

 だから、手を動かしつつ口で攻撃することにした。こいつの弱みはある程度調べが済んでいる。棚からぼた餅的に得た情報だが、使える物は使うだけのこと。

 

「ふふ、人のお節介をしている場合じゃないんじゃない? 私の家で油を売ってないで、自分のところの面倒を見ていなさいな」

「んー? なんのことかしらぁ。ああ、橙のこと? あの子はとっても可愛いけど藍がちゃんと面倒を――」

「博麗霊夢」

 

 一言呟くと、紫の目が一瞬だけ細くなる。

 

「博麗の巫女がどうかしたの?」

「とぼけちゃって。説明が必要?」

「……なんのことかしら。私は博麗の巫女と会った事はないし。幻想郷にとって大事な人間である事は確かだけど。それだけね」

「あらそう。私は一度“挨拶”をしたことがあるの。中々性格の捻じ曲がった娘だったわね。お前に似て不愉快極まりなかったわ」

「それは博麗の巫女ですもの。妖怪と仲良くできるわけないでしょう。なにを当たり前の事を」

「……へぇ。じゃあ、それ以上の感情はないと、お前は言いたい訳ね」

「そんなことは言葉にするまでもないこと。私は妖怪で、あの娘は人間。他になにがあるというのかしら。理解に苦しむわね」

「くくっ、笑わせるじゃない。お前、あの巫女の様子を頻繁に見ているんでしょう? 知っているのよ。なんにでも首を突っ込みたがる天狗に教えてもらったの。証拠の写真もこの目で見せてもらった。スキマから身を乗り出しているお前のアホ面には、心の底から笑わせていただいたわ」

「…………写真、ですって?」

「ええ。本当に完璧なアングルだったわ。あんなのに気付かないなんて、随分と耄碌したじゃない。そんなことで賢者なんて務まるのかしらねぇ。とっとと隠居してくたばることをオススメするわ」

 

 天狗――射命丸文とは親しくもなんともない。たまにここの様子を窺いに忍び込んでくるから、時折迎撃しているだけだ。一度、燐香に接触しようと全力で突っ込んできたときがあった。自動発動型の罠で拘束し、そのまま半殺しにしてやろうと思ったら、面白いネタがあるから勘弁してくれと言われた。その写真には予想以上に笑わせてもらったので、解放してやっただけ。

 しかし、この性悪妖怪八雲紫に気づかれずに写真を撮るのは大したものだ。その技術がある割には、ここに来るときはお粗末だったが。まぁ、どうでもよいことではある。鬱陶しい烏は追い払うだけのこと。

 

「……この私に気付かれずに? 絶対にありえないわ。不可能よ」

「疑うなら、射命丸が持っているから見せてもらえばいい。まぁ、確認しようとする時点で語るに落ちるという奴よね」

「まぁ、真実は後で調べるから良いわ。いずれにせよ、機会を見てあの出歯亀天狗は羽をもぎとってやることにしましょう。……幽香、なにがそんなにおかしいのかしら」

 

 紫が不機嫌そうに舌打ちする。幽香は段々楽しくなってきた。こいつの苛々している表情を見るのは、嫌いではない。心が愉快になる。気分が良くなる。もっと悔しがれ。

 

「中々良い表情するじゃない。くくっ」

「……あの子は幻想郷にとって重要な人間ですからね。たまに様子を見るのは当然でしょう。貴方の言葉ではないけれど、それ以上の感情はないの。本当よ」

「そう、それなら良かったわ。近いうちに半殺しにしてやるから、黙って見ていなさい。殺さなければいいんでしょう? ちゃんと弾幕ごっこの範疇でやるから問題なしよね。そうそう、もぎ取った腕はお前に熨斗をつけて送りつけてやる」

 

 敵意を浮かべて嘲笑してやると、紫も合わせて笑みを浮かべてくる。だが、濃密な殺意が部屋に溢れているのが分かる。怒りを押し殺しているのだろう。実に滑稽な姿である。立場やらに縛られ、自分の意志を思うがままに表せないこの妖怪の存在は、滑稽極まりない。

 

「そんな乱暴なことを言ってはいけないわ。嘘でも許されることじゃないし、私が許さないもの。何より、それでは美しくないでしょう?」

「桜は散るときが一番美しいと人間たちは言っているじゃない。お前はその光景を目に焼き付けておきなさい。ああ、天狗を呼んで写真に残してもらうと良い」

 

 博麗の巫女が、幻想郷を維持するための大事な核であるのは間違いない。だが、この女は、それ以上の感情を博麗霊夢に抱いているのだろう。カマをかけてやったらこの通り。本当に分かりやすい奴である。これでよくこちらにちょっかいを出せたものだ。いつも茶々を入れる側だから、反撃をされる経験があまりないのかもしれない。

 何をするか、されるかが分からない胡散臭い妖怪。その評判こそが紫の強さの源でもある。戦うときは、同じ土俵に引き摺り下ろす事が肝要だ。殺しあうときは、決して相手の流れに乗ってはいけない。

  

「……幽香。真面目に警告しておくけど、手をだすことは絶対に許さないわよ。絶対にねぇ」

 

 紫が更に顔を近づけてくる。久々に殺意を明確に表してきた。面白いと、幽香は歯を剥き出しにしてやる。このまま殺しあっても構わない。今なら余計な罠も策もないだろう。

 

「それはこちらの台詞よ。前にも言ったけど、燐香に余計な手出しをするな。関心をもつな。何もする必要はない。お前が何かしたら、私は博麗霊夢に攻撃をしかけると宣告しておく。私は手加減が下手だから、うっかり殺しちゃうかもしれないわ」

「それは明確なルール違反よ。管理者として見逃せない発言だわ。絶対に許すことはできない」

「なら簡単な話よ。一線を弁えろといっているだけ。何も難しいことじゃない。そうでしょう? 一体何の問題があるのかしら」

「……はぁ」

「溜息を吐きたいのはこっちよ、このお節介女。とっとと帰れ」

 

 これ見よがしに溜息を連続で吐く紫。幽香は追い払う仕草をするのだが全く帰る素振りを見せない。いつまで居座る気なのだこの女は。

 

「あーやだやだ。本当に頭の固い女ねぇ。年月を重ねた分だけ捻くれ度が増してるんだもの。喋っていて本当に疲れるわぁ。もう、なんなのよ。あ、この羊羹美味しい」

 

 紫は急にだらけると、羊羹をパクつきはじめる。更にお茶まで飲み始める。

 

「人の家に押しかけておいて良くそんなことが言えたものね」

「ちょーっとからかったらすぐ本気になるんだもの。しかも、私の大事な大事な霊夢に危害を加えるなんてひどい脅しまでするし。藍、あんまりだとおもわない? ありえないでしょう」

 

 なよなよしながら藍に泣きついている。気持ちが悪い。歳を考えろと幽香は小さく呟く。聞こえていたらしく、こちらを睨んで来るが先ほどのような敵意はない。

 

「ね、藍。貴方もそう思うでしょ?」

「え、ええ。まあ」

「狐。発言は良く考えて行いなさいよ?」

「もちろん藍は私の味方よね? だって私の式だもの」

「ははは。お茶が美味しいですね」

 

 ぶっ殺すぞと視線を向けると、あたふたし始める。紫との間で板ばさみになり、最後はなかったことにして、お茶を啜り始めた。

 

「とにかく、霊夢に手をだすのは駄目よ。結界の維持に支障をきたすからね。冗談でもやめて頂戴。不安で眠れなくなっちゃうから」

「……ふん」

 

 知った事かと返事をせず、針を素早く動かしていく。

 

「あーあ。私もこんな立場じゃなかったらもっと早くに関われるのに。まだ挨拶すらできないんだもの。ね、これはどういうことなのよ。理不尽よ」

「紫様は、それはもう博麗の巫女を心配して見守っておられるのです。こちらがドン引きするほど。そんなに暇なら仕事をしてほしいのですが、聞いて頂けないのです」

「らーん。誰が余計なことを言えと言ったの」

「い、いや。私は補足をしただけで」

「だまらっしゃい」

 

 扇子で額を打たれている式。滑稽な連中だが別に笑いはでない。嘲りはいくらでもでる。というか、本当にいつまで居座るつもりなのか。

 

「あーあ、幽香が羨ましいわぁ」

「は?」

「一緒に暮らしてツンデレごっこしてるんでしょ? いつも見せ付けてくれちゃって。妖怪お花ばばぁは早く死ねば良いのに」

「お前が死ねよ」

 

 どこに目をつけているんだと、正気を疑う。燐香に優しく接したことなど一度もない。アレにはそれは不要だからだ。さぞかし自分を憎み恨んでいる事だろう。

 

「ね、燐香ちゃんを魔法使いに預けたってことは、もう私が会ってもいいのよね? ようやく挨拶できるわねぇ。本当に楽しみ」

「駄目だと言っているでしょうが。耳だけじゃなく頭も悪くなったの?」

「ちょっと会うだけ。それぐらい良いじゃない。何かしたりしないわ。本当。信じて。紫ちゃん嘘つかない」

「……もういいから帰りなさいよ。今完成したばかりなのに、黒焦げにしたくないのよね」

「軽く弾幕ごっこならやってもいいんだけど。あー、やっぱりちょっとしんどいかも。最近肩が痛くてさぁ。どこかのわからずやが駄々をこねるから、ストレスが溜まるの。ムカつくわぁ」

「駄々をこねてるのはそっちでしょう。お前と仲良く弾幕ごっこなんて、虫唾が走るわ。冗談は顔だけにしておいて」

「ね、その服って夜なべしたの、夜なべ? 夜なべってなんだか懐かしい響きよねぇ」

「死ね」

 

 仕上げた燐香の服を持って立ち上がる。そのまま勢い良く燐香の部屋を開けると、適当に放り投げる。作業完了だ。ドアを閉めて振り返ると。

 

「お疲れー」

「お疲れ様でした」

「余計なことを囀るな」

 

 パチパチパチと紫と藍が拍手してくる。先程よりも敵意を増して睨みつけるが、反応するのは藍だけだ。

 無駄に長く生きると恥という概念がなくなるらしい。こうはなりたくないものだと、幽香がわざとらしく嘆息してやると、ようやく紫のこめかみに青筋が立つ。ざまぁみろ

 

「こいつ、本当に腹立つわぁ。藍、ちょっと懲らしめてやりなさい。主が馬鹿にされているのよ?」

「……え。いきなり無茶振りをしないでください。やるなら是非ご一緒に。全力でサポートいたします」

「本当に情けないわねぇ。まぁ、そんなことはどうでもいいのよ。それより今度なんだけどさ。第一回、『自慢の娘対抗弾幕合戦』やらない? 景品は親子水入らずの旧地獄巡りなんだけど」

「一人でやってろ」

 

 また馬鹿な事を言い出した。こいつは冗談めかしておきながら、本気で実行することがあるのが手に負えない。この前などは月に戦争を挑むとか訳の分からないことを言っていた。一応頭は良いらしいが、肝心なネジが緩んでいるのだろう。

 

 

「幽々子のところの可愛い庭師と、紅魔館のメイドも入れてさぁ。そうそう、あの時を止めるメイド、吸血鬼のお気に入りみたいなの。ちょこーっとちょっかい出したら、すごい勢いで槍ぶんなげられちゃって。霊夢に手をだしてるのはあっちなのに、いきなり逆ギレされたのよ? 紫ちゃんあやうく泣いちゃうところだったのよ。ね、聞いてるの幽香」

「お前が私の話を聞きなさいよ。愚痴を零すなら自分の家で――」

「はい。あやうく焼き尽くされるところでしたね。外見は幼いとはいえ恐ろしい吸血鬼です。しかも才能豊かなようで。舐めてはいけません」

「珍しい能力だからゲットしようとしたのにねぇ。銀髪でクール属性とか本当に素敵。後は、跳ねっ返りの赤毛っ娘も欲しいのよねぇ。実はこのあたりにいるらしいんだけど。帰りにちょっと拾って帰ろうかしら」

「…………」

「そんなに睨まないで、幽香。私は赤毛って言っただけじゃない! うふふ」

 

 この妖怪お節介婆は、他にもちょっかいを出しているらしい。そんなに暇なら、幻想郷のゴミ拾いでもしていればよいのだ。

 

「見てみたいわぁ。並み居るライバルたちを次々と撃破する霊夢の姿。勝利に慢心することなく、幻想郷の秩序を守る為に私の巫女は戦うのよ。ああ、想像するだけで震えちゃう。きっと未来永劫、私の心に残る光景でしょうねぇ。ね、藍も楽しみでしょう?」

「え? ええ、まぁ。そうですね」

 

 特に興味がなさそうな藍。一人で盛り上がってるのは紫だけ。これでいて管理者であり、スキマとかいう訳の分からない能力を使うのだから頭に来る。

 

「幻想郷の要、妖怪退治の専門家たる博麗霊夢は、弾幕ごっこも最強でなければならない。だから、ライバルの皆さんには涙目で地べたを舐めてもらわなくちゃ。それを糧にして、更に霊夢は強くなる。ああ、楽しみすぎて心が躍っちゃうわ」

 

 くねくねと気持ち悪く身体を揺する怪異紫ババァ。本当に死ねば良いと幽香は確信する。家がどうなってもよいから蹴り飛ばしてやろうか。

 

「ね、黙っちゃってどうしたのぉ? あ、もしかして燐香ちゃんが負けるのが気に喰わないの? でも仕方ないじゃない、そういう運命なんだから。諦めてね」

 

 この野郎と青筋が浮かぶ。なんでかは分からないが不愉快極まりない。良く分からないが、簡単には負けないようにもっと鍛えなければなるまい。仮にも風見の姓をもつものが、人間ごときに遅れをとるなど許されない。地べたを舐めるのは博麗霊夢である。そうすることに決めた。

 

「そうやって精々勝ち誇ってなさい。後で吠え面かくんじゃないわよ」 

「あらら? おやおやおやおや? なんだかやる気になってるじゃなーい。いいわねいいわね。となると、後はレミリアと幽々子を、時期を見て死ぬ程煽ってと。ああ、あの娘の力も借りちゃおうかしら。なんだか楽しくなりそう。俄然やる気がでてきたわ!」

 

 こいつのやる気は、大抵良くない方向へと空回りする。長年の付き合いなのでよく分かる。一生冬眠しているか、本気で死んで欲しい。

 

「狐。主は選んだ方がいいんじゃないの?」

「残念ですが、もう手遅れです」

「ふふふ。楽しくなってきたわ。やっぱり、こうじゃないと若さを保てないわよね。妖怪の生は長い、興奮と好奇心こそが私達を活性化させるの」

「迷惑だからお前の命を懸けて見張ってなさい。そろそろ我慢が限界にきているわ。そもそも、何故私が我慢しなければいけないのか」

 

 理由は一つ。家を壊したくないから。

 

「……えっと。その、分かりました。なんとか善処します」

「ま、意地悪おばさんはそうやってヒステリーを起こしてればいいのよ。一生燐香ちゃんに嫌われていきなさい。でもね、お願いしたら助けてあげないこともないわ。私が魔法の鎖を掛けてあげましょう。貴方が、ちゃーんとお願いできたらね」

「何をしようが無駄なことよ」

「そうかしら? 試してみる価値はあると思うけど。だからアリスに預けたのでしょう?」

「ただの気紛れ。それだけ」

「ふーん、気紛れねぇ」

 

 結局、一人で羊羹を全部平らげて、急須のお茶を一気に飲み干して紫は帰っていった。

 「これ、お土産のお土産。次は自分で買いなさいよぉ」と、また無駄にぶ厚い雑誌を放り投げてくる。どすんと鈍い音が響く。

 幽香はそれを掴み上げると、外へ向かって乱暴に放り投げる。だが、片付けはまだ終わらない。

 

「……食べれば食べっぱなし、飲めば飲みっぱなし。最低な連中ね」

 

 テーブルの上には、紫と藍の散らかした後が残っていた。幽香はそれらを纏めて窓から放り投げると、極大妖力光線を放って完全に掻き消した。

 



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第二十二話 郷愁

 段々と秋が深まってきた。アリスは現在魔法の実験中。私は外で焼き芋の準備中。芋が美味しい季節である。ついでに彼岸花が開花を迎える時期でもある。かといって私のパワーが倍になるわけでもなく、至って普通。元気玉のように集まれば凄いことになりそうなのに。現実はお芋のように甘くはない。

 

「お芋お芋を焼きましょうっと。ファイヤー!」

 

 芋を濡れた新聞紙に包み、集めた枯れ葉の中に投入。そして妖術により着火。あとは待つだけ!

 と、周囲の様子を慎重に窺いながら、私はあることを試して見る事にする。――それは魔法である。

 

 妖力を用いた小手先の技術――所謂姑息な手段を、私はかなり使う事ができる。だが使えるというだけで、極めてはいない。簡単にいうと、隠形術・初級、みたいな感じである。

 あらゆる手段で撹乱し、最後にドカンとでかい妖術光線でトドメというのが私の想定する基本戦法。本当の真剣勝負は一回も経験したことはないけど。もちろん弾幕ごっこもだ。スペルの練習はしているけど、実戦にはまだ早いとアリスに止められている。もう少しの辛抱らしいが、中々その時は訪れない。

 

 と、話がかなり逸れてしまったけれど、私は魔法を使いたいのだ。ルーラとか使えたら超便利。バシルーラとか覚えたら超役に立ちそう。ただし、魔法を使うには魔力と様々な知識が必要だ。

 妖力と魔力の違いは何度かアリスに簡単に説明されたけど、さっぱり理解できなかった。オドだのマナだのが重要らしいけど、へぇーと頷くことしかできなかった。一朝一夕で覚えられたら世の中魔法使いだらけ。アリスが言うには、適当に考えただけで行使できる私の妖術は滅茶苦茶らしい。更に魔法を覚える意味もないので、深く教えるつもりはないとも言われた。

 

 しかーし、私は魔法を使ってみたいのである。というわけで、妖力を魔力に変換して魔法を放つという、超非効率で訳の分からない方法を試してみる事にした。実際にできるかどうかは知らない。とにかくやってみようということで、これからやる。

 

 切り株の上に、『幽香』と刻み込んだ薪を置く。これが標的だ。見ているだけで憎しみが増しそうである。なんだか薪のくせに、威圧感が凄い。やばい、薪に負けそう。

 

「お、おのれ。薪の分際で」

 

 魔法魔法と頭で唱えながら、力を溜めていく。そして、膝を曲げて優雅に一礼。決闘の前にはおじぎを欠かしてはいけない。

 大きく息を吐き、極大火炎呪文を唱える!

 

「メラゾーマ!」

 

 ぼふっと火の粉が現れ、そのまま空中を漂い儚く消えていった。私の運命を暗示するように。

 勿論失敗である。今のは魔力ではなく、妖力を使ったただの火炎弾だ。薪が風に吹かれてカタカタと動く。馬鹿にしているようにみえるのは気のせいではない。

 

「バギクロス! イオナズン! ベギラゴン!」

 

 一々ポーズをとりながら、強力な呪文を唱えるが、その度に出るのはしょぼい火炎弾。やっぱり駄目かも。そもそも変換ってなんだよみたいな疑問が浮かんでくる。

 しかしここまできたら止めることはできない。最後にアレを決めて、終わりとすることにしよう。

 キリッと表情を作り、両手を前へ突き出す。

 

「聖なる雷よ、我が呼び声に答えて巨悪を滅せよッ! ギガデイン!!」

 

 ――しかし何も起こらなかった。なぜなら、私は勇者ではないからだ。オサレ呪文まで唱えたのに無駄になってしまった。一度はやってみたいものなのだから仕方ない。いつの日か、滲み出す混濁の紋章――とかやりたい。格好良いし。

 

「さーて、焼き芋はやけたかなっと」

 

 私はすべてをなかったことにして、後ろを振り返る。

 

「んー、中まで火が通るにはもう少しだね。慌てない慌てない」

「あ、まだ駄目そうですか?」

「うん。もう少し。ついでに、肉を燻製にさせてもらうね。この肉、取れたてほやほやだよ」

 

 ルーミアがもくもくと煙を上げている火の元の上に、器用に燻製道具をセットしていく。というかこれ人間の足の肉だし。また外来人の死骸を漁っていたのだろう。別に構わないが、私は遠慮しておきます。

 

 ……というか。

 

「い、いつからそこに」

「え? メラゾーマってところから」

「まさか、見ていたんです?」

「うん。滑稽で凄く面白かった。最後のは特に面白かった。あれは中々できることじゃないよ」

「oh……」

 

 ルーミアは穏やかな笑みを浮かべている。なんというか、アホな子供を見守る御婆ちゃんみたいな表情。

 私はメリケン人のように、大げさなポーズを取ってみる。だが突っ込んでくれる人はいなかった。

 

「あ、珈琲飲む? お湯も持ってきたんだ」

「……頂きます」

「ちょっと待ってね」

 

 闇を展開して、そこから珈琲を淹れる為のドリッパーやらサーバーやらフィルターを取り出す。鼻歌交じりに粉を取り出すと、テキパキと珈琲を落としていく。なんというか、アウトドア派である。流石はルーミア。というか、その闇は四次元ポケットなのだろうか。不思議である。

 

「そういえば、ルーミアは魔法を使えるんですか?」

「え? さぁ。別に使いたいとも思わないし。どうでもいい」

「でも、魔法使えたらハッピーになれそうじゃないですか。魔女っ娘になれたら」

「そうなの?」

「なってみないと分からないです」

「そうなんだ。あ、珈琲落ちたよ」

 

 ルーミアが珈琲をカップに注いで、更にミルクをちょこっとだけ掛けて渡してきた。

 

「はい、燐香」

「どうしてミルクだけ入れたんです?」

「その方が燐香っぽいから」

「そうなんですか」

「うん。間違いない」

 

 珈琲を口に含む。苦いが美味しい。精神が落ち着く。紅茶ばかり飲んでいるが、別に珈琲も嫌いじゃない。ほとんど飲む機会がないだけで。

 

「ね。暇だから闇鍋でもやる? 材料ならたくさんあるよ。秋は食材が豊富だから。あと新鮮なお肉もあるし」

「お肉を入れるならやりません」

 

 やるといったら、確実に鍋がでてきていただろう。そして、材料はヤバイものばかり投入される。恐ろしい。

 

「そっか、残念。あ、お芋もういいかも。いい感じ」

「今取りますね」

 

 用意しておいた棒を使って、中から芋を取り出す。ホカホカっぽい。火の元は、燻製しているので暫くこのままだ。

 新聞紙にくるまれている芋を、ルーミアの横において置く。後は私とアリスの分。

 

「あ、私にくれるの?」

「どうぞ」

「ありがとう」

「友達だから当たり前です」

「あ、心の友ってやつだっけ」

「そうですね」

「流石は心の友。何かあったら必ず助けるね」

 

 そんな言葉を吐きながら、芋に齧りつくルーミア。

 

「この前、饅頭で裏切ったのはどこの誰でしたっけ」

「過去を振り返っちゃ駄目だよ。未来志向にならないと」

「そうなのかー」

 

 またルーミアのセリフを取ってしまった。流れに乗せられてしまった。まさか、これも計算の上では。ルーミア、恐ろしい子!

 

「そうだよ。間違いない」

 

 心の友のくせに、すぐに裏切って発言を翻すのがルーミアだ。それでも一緒にいて楽しいし、なんだか落ち着く。なにより、発言内容が意外性に長けているのが素晴らしい。

 ルーミアから言わせると、私も十分意外性に長けているそうだ。何をしでかすか分からないから、毎日観察していたいらしい。それはちょっと困るので遠慮しておいた。一緒に遊ぶのは大歓迎である。

 

 熱々の焼き芋を頬張りながら、ルーミアにふと疑問に思ったことを尋ねてみる。

 

「魔力と妖力の違いって、ルーミアは分かります?」

「うーん。ゴキブリと白蟻の違いくらいじゃないかな」

「じゃあ霊力は?」

「蟷螂」

「さっぱり分かりません」

 

 うーんと目の前を見たら、いい感じの色がついてきた謎の足肉。凝視してると気分が悪くなりそうだ。反射的に空を見上げた。清々しい秋空が広がっている。ビューティフル。秋は素晴らしい。秋の神様達を信仰しちゃいそうだ。でも、家でお祈りしていたら殴られるだろう。家畜に神はいないというセリフと共に。

 

「私も聞いていい?」

「どうぞどうぞ。なんでも答えます。嫌いな妖怪とかでも遠慮なくどうぞ」

「どうして燐香は人間をそんなに食べたがらないの? 幻想郷は食べちゃいけない人間ばかりだから、これはご馳走なのに。紛い物なんかじゃないのに。だから、気になるなーって思った」

「……うーん」

「納得のいく回答がなかった場合、無理矢理にでも口に押し込むから。好き嫌いはいけないし。絶対に食べさせる」

 

 ルーミアが笑いながら告げてきた。だが目が笑っていない。このあたりはさすがに人食い妖怪である。

 さて、なぜ私が人間の肉を食べないか。食べたくないという忌避感はもちろんある。だが一番の理由は、食べ物として認識できないというの正直なところか。道徳的な意味ではなく、もっと違う理由。

 

「えっと」

「…………」

「その」

「なるほど。少し分かったからいいや。今日は諦めるね。お芋もあるし」

「“今日は”、なんですか」

「うん。また折を見て挑戦するよ。妖怪なら、人間を食べないと元気でないよ」

 

 そういって珈琲を飲み干すと、ルーミアは燻製肉を一気に食べつくしてしまった。凄まじい食べっぷりに、私は思わず拍手してしまっていた。これだけ見事に食べてくれれば、犠牲者も浮かばれるだろう。知らないけど。食べ残されたら腹立たしいのは間違いない。

 

「それじゃあ、ちょっと寝るね。眠くなっちゃった」

「え」

「お休み」

 

 我が道をゆくルーミア。自分の周りに闇を展開すると、そのまま動かなくなってしまった。もう眠ってしまったようだ。

 一人残された私。とりあえず芋を回収して、木の机に置いておく。そして火が燻っている枯れ葉に水を掛けて消化。これで安心。

 大きく伸びをした後、さてどうするかと考える。秋風が気持ちよすぎる。

 焼き芋はおやつタイムであり、本当はこのあとまた勉強とか鍛錬をしなければならない。だけど、なんだか凄く眠い。パトラッシュ的な意味じゃなくて、食欲が満たされたら次は睡眠欲というのは至極当然の話だろう。この圧倒的な誘惑にはとても逆らえそうにない。

 

「それじゃあ、私もお邪魔します」

 

 ということで、私もルーミアの闇布団にご一緒することにした。闇の中は外の光が完全に遮断され、何がなんだか良く分からない。外からも見えないけど、中からも見えないのだ。

 だが、とても落ち着く。私がいても良い場所なんだと、なんとなく分かる。

 ルーミアの横に寝転がると、そのまま目を瞑った。これなら直ぐに夢の世界へ旅立てそうだ。なんだか隣のルーミアが笑っているような気がした。

 

 

 

 

 

 身体を揺らされ、私は強引に起こされる。瞼を擦りながら目を開くと、上海人形を横に浮かべたアリスが、ジト目で私を睨んでいた。

 

「おはよう」

「……あれ? ルーミアは」

「おやつの後は、また勉強しなさいと言ってあったでしょう」

「ル、ルーミアは?」

「まだ寝ぼけているの? ここにいるのは、幸せそうな顔で寝ていたねぼすけさんだけよ。全く、眠いんだったら声をかけなさい」

 

 お腹一杯なので、寝てよいですか? とは恥ずかしくて言えないと思う。居眠りを見つかった時点で恥もなにもないけれど。

 私は話を誤魔化すために、テーブルの上においてある芋をアリスに差し出した。

 

「……お芋、いりますか?」

「冷めちゃってるみたいだけど、ありがたくいただくわ。さ、少し寒くなってきたから、中に入りましょう。暖かい紅茶を用意するから」

「ありがとうございます」

 

 ルーミア、我が心の友よ。帰るなら一声掛けてくれればよいものを。おかげで恥ずかしい目に遭ってしまった。

 やることがすんだらどこかへ行ってしまうルーミア。そしてまたふらっと現れるのだろう。まさに神出鬼没、宵闇の妖怪おそるべし。

 

 しかし、アリスが優しすぎるせいで、だんだんのび太化してきている気がする。勿論、家にいるときは相変わらず緊張する幽香の鍛錬は辛いけど、前よりも苦しいと思わなくなってきている。最近の生活が楽しすぎるせいで、孤独感が消え去ったから。

 アリスの教育が別に甘いわけではない。何度も失敗すれば呆れられるし、調子に乗りすぎれば怒られる。

 でも、叱られても、アリスには優しさがあるのが分かるので、なんとなく嬉しいのだ。

 だがこれではいけない。もっとしっかりしなくては。いつまでもここで鍛錬や勉強ができるわけじゃないのだから。また孤独になったときに耐えられるように、精神力も鍛えなければならない。

 アリスは近いうちに霧雨魔理沙と仲良くなりはじめるだろうし、ルーミアは私に飽きたらそのうちいなくなってしまうだろう。本物の家族がいるフランは言うに及ばず。皆にはちゃんと居場所がある。羨ましい。

 

「私の居場所は、どこなんだろう」

 

 もしかしてあの家なのだろうか。いや、あそこは幽香の居場所だ。私の場所ではない。第一、幽香にとって私はただのサンドバッグである。壊れたら捨てられるだけ。

 じゃあ私の場所はどこなんだろう。いつの日か自由を手に入れたら探してみよう。もしかしたらないかもしれないけれど。

 

 ――ああ、それにしても。

 

「もっと強くなりたいなぁ」



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第二十三話 不思議な贈り物

 秋が過ぎて冬になりました。すごく寒いです。外は寒いけど、家の中はもっと寒々しいです。常に吹雪いているような感覚がある。私だけだろうか。この家の中には、きっと見えない雪が積もっているのだ。

 

「ご、ご馳走様でした」

「…………」

 

 幽香は食事を終えると自分の部屋にさっさと戻っていってしまった。最近、やたらと部屋に篭っている。どうも人には言えない怪しげなことをしているらしい。私の目をごまかすことはできないのだ。

 

 一度物凄く気になったので、ドアをちょこーっとだけ開けてみたら。目の前に幽香の顔があって死ぬ程ビックリした。心臓が止まるかと思った。だって、悲鳴をあげることすらできなかったし。なんなのここは。黒すぎる家なの? 当然許されるわけもなく、逃げようとした瞬間に、私はお尻を蹴飛ばされてしまった。床に顔面から滑り込んだ私、きっとズコーという効果音が流れていた事だろう。しかし、追撃がこなかったところを見ると、本当に忙しいらしい。

 私の予想では、多分恐ろしい黒魔術を行なっているんだと思う。もっと強くなるための禁断の儀式みたいな。これ以上強くなってどうするのかは知りたくもない。或いは、邪神を召喚して幻想郷を滅ぼそうとしているのか。風見幽香、恐ろしい妖怪である。

 

「一度の失敗で懲りるようならば、私じゃない。幻想郷の平和のために、私が頑張らなくちゃ!」

 

 と、一時間ほど間を置き、ガラスの仮面の月影先生の如く、先ほどより警戒してドアを開けてみる。また幽香が目の前にいた。さっきよりも表情が険しい。お前はエスパーなの!?

 

「ど、どうして」

「ノックもなしに人の部屋を開けて良いと、誰が教えたのかしら」

「じ、自分の部屋とうっかり間違えちゃいました。え、えへへ」

「へぇ。そうなの」

「えへへ」

 

 私がごまかし笑いを浮かべると、幽香も穏やかな笑みを返してくる。しかし、全然笑ってないのが分かる。だって、目がやばいし。

 どうせやられるなら儀式の実態ぐらい調査してやると、ドアをこじあけて中に入ろうと試みる。吹っ切れた私はチャレンジャーなのだ。死なばもろともアタックだ!

 

「――ぐえっ」

 

 ――余裕で阻止されました。髪を掴まれた私の首が、ぐいっと後ろにやばい角度に曲がっている。なんだか天井見えてるし。そのまま天国も見えちゃいそう。

 

「冬はあまり動きたくないのだけど、少し教育が必要みたいね。こそこそと覗こうとするその腐った性根、嘘をついた挙句に開き直るその態度。全てが気に食わないわ。このまま殺してやりたいくらい」

「え、えへへへ」

「グズが。その汚らしい笑いを今すぐ止めろ。目障り極まりない」

「ごめんなさい」

「忙しいけど、少し相手をしてあげる。外に出ろ」

「えっと、お、お構いなく」

「お前に選択権はないのよ」

 

 恐ろしい独裁政権だ。いつかクーデターを起こしてやる。

 その後、攻撃を受け流す訓練という名目の下、私はそれはもうフルボッコにされたのであった。

 かなりムカついたので、奥の手の妖結界――『脳筋殺しのテトラカーン』を発動してみたりしたが、全然効果がなかった。

 結界は軽々とぶち破られ、私の顔面に拳がめりこんじゃったし。少しは反射したはずなのに全く効いてない。本当に意味が分からない。あの野郎無敵なのかと、私はまた心がポッキリと折れたのだった。

 

 ――が、次の日には治った。打たれ強くなければこの家で生きていくのは難しい。

 

 

 

 

 

 

 昨日はぐぅの音もでないほどボコられはしたけれど、冬は猛獣も動きが緩慢になる。普段は朝から夕方まで続く鍛錬も、冬は午前中で終了だ。そのまま冬眠してくれれば私の生活も平和になるのだが。永眠してほしいが、そこまで祈るのはちょっとひどいかなとも思ったりする。だから冬眠で許してあげるので、解放してください。

 

「あーあ、早く春にならないかなぁ。って、今年は長引くんだっけ。残念」

 

 冬の幽香は、大体読書していたり、お茶したり、裁縫していたり、人里に買い物にいったりとセレブな生活を満喫している。一見するとちょっとお嬢様っぽいのに、中身は悪魔なので注意しなければならない。

 何を読んでいるのかは、ご丁寧にカバーなんてつけているのでさっぱり分からない。漫画好きな私は、留守を狙って幽香の部屋に突撃したことがあるのだが、催眠花のトラップが仕掛けてあって私は眠らされてしまった。そして怒られてボコられた。なんで家に罠を仕掛けるんだあの悪魔は。

 

 と、散々な目に遭いつつも、幽香のテリトリー内ならば比較的自由な行動を許されている。冬は草むしりの手間がなくなるのも良いところだ。本当に寒いけど。

 壁とトークしたり、何故か枯れない謎の花々とトークしたり、冬でもしぶとく生きる益虫さんと遊んだりと忙しくも空しい日々を去年までは送っていた。

 しかし、今年はアリスの家に週三日いけるので、彼らとのトークタイムは減っている。素晴らしい事である。

 一番嬉しい事は、たまにルーミアが太陽の畑までやってきてくれることだ。ああ、心の友よ。花畑に囲まれながら、闇のトークを楽しみ、闇のような珈琲を飲む。なんだかリア充ライフを送れている気がする。

 

 そういえば、大物オーラの制御に成功してからは、妖精さんも少しずつ姿を見せるようになってきた。後、余計な害虫もだ。害虫駆除のときは心苦しいが、威圧感を全開にして全部おっぱらうことにしている。一種の農薬散布みたいなものである。

 実行する前に一応妖精さんたちに優しく警告するのだが、こちらの言葉を理解しているようには思えない。何を言っても楽しそうに遊んでいるだけだからだ。

 心を鬼にしてオーラを生じさせると、当然悲鳴を上げて逃げていく。とても悲しい事だ。その度に私の評判が落ちている気がしてならない。悪魔の娘として。気のせいということにしておこう。うん。

 

 それを考えると、チルノやら悪戯三妖精たちは特異な存在なのだろうか。強者を前にしても、彼女達の悪戯心がくじけることはなかったはず。この世界では会ったことはないから分からないけれど。もし会えたら友達になりたいが、難しそうだ。

 

「そして、私の彼岸花はいつも通り咲いていると。なんか物凄く萎れてるけど」

 

 彼岸花の開花のピークは秋である。もう冬なのになんで枯れないんだろうかと不思議でならない。

 太陽の畑の花は一度全開に咲くと、生命力が尽きるまでその状態を維持するという謎地帯である。流石は幻想郷、常識に囚われない場所だ。綺麗だから良いんだけど、ちょっとは遠慮しても良いと思う。主に幽香の向日葵のことだが。

 冬でも活き活きしている幽香管理下の花達と違って、私の彼岸花はなんかよれよれで萎れまくっている。多分、私の力不足が原因だ。

 だから、冬の間だけ私の花も管理下にいれてくださいと幽香にお願いしたら、『うるさい馬鹿』、『自分の花ぐらい自分で面倒を見ろ』と追いかえされた。正論だけど、なんだか納得がいかない。ちょこっと範囲を延ばすだけなのに。ケチめ。

 

 というわけで、冬限定の作業として、私の妖力を水と一緒に与える事にしている。少しだけ萎れがなくなっている気もするが、これが正しいのかは分からない。幻想郷におけるお花育成読本とか、そんな都合の良いものはないのである。

 

「それにしても、寒いなぁ。あーもう、ずっと布団にくるまってたい」

 

 妖力は抵抗力の源でもあるらしく、力を花に振り撒いた後は超絶に寒い。面倒だからこんなことやらなければいいとも思うが、彼岸花たちは私しか頼れるものはない。彼らを見捨てる事はできない。可哀そうだ。

 一仕事終え、汗を拭いながら私お気に入りの大きな石に腰掛けると、何か固い物がお尻に当った。虫でも潰していたらやだなーと思っておずおずと腰を上げると。

 

「ん?」

 

 謎の包みと、紫のバラが置いてあった。バラは幸いにもつぶれていなかった。

 

「む、紫のバラの人から? い、一体いつの間に!」

 

 神出鬼没。流石は紫のバラの人だ。私はありがたくお礼を言った後、包みを開ける。中には『充電式カイロ』が入っていた。なんか銀色の丸っこい形をした硬いもの。手榴弾をひらべったくしたような。爆発しそうなので今の例えはまずい気がする。

 でも、握るには丁度よさそうな形。なんだか良く分からないランプが気になる。エネルギー残量かな?

 後は、寒いので身体には気をつけてくださいというメッセージつきだった。なんと優しい人なんだろうと、私は思わずほろりとした。

 

「本当に嬉しいなぁ。これでどこでも暖かいねって、ここ電気通ってないじゃん!」

 

 電気はないけど、生活で不便を感じたことはない。家にある調理器具は幽香が妖力を使って火を出しているし。ランプ系も全部怪しげな魔術系統の道具。多分、幽香がどっかでパクってきたのだろう。冷蔵庫もないけど、保冷倉庫はある。水事情については、水道は一応通ってるし。お風呂はあるし、トイレも水洗だ。あれは一体どこにいくんだろう。というかここって下水道があるのだろうか? 色々と気になる事は一杯である。でも私は気にしないことにしている。自分のことで精一杯なので、文化について考えている余裕などない。幻想郷だから仕方ないということにしておくのが正解だ。

 

「うーん、でも電気は確かあるんだよね」

 

 人里には電気が通っている家もあるとかアリスが言ってた気もする。河童も電気製品を使っているらしいし。お願いしたら少しだけ電源借りられないだろうか。多分無理だろうなぁと思う。見知らぬ妖怪の私に親切にする理由がない。幽香ならば力こそ正義と、有無を言わせないのだろうが、私は平和主義なのだ。

 

 ――と、付属の分厚い説明書を適当に眺めていると、魔力とか妖力やらをエネルギーにすることで、暖かくしたり冷たくできると書いてある。冷暖房カイロ? とでもいえばいいのか。幻想郷の技術ってすげー。

 灼熱から凍結まで調整できるので、加減と爆発には注意しようとも書いてある。なにそれ。意外と恐ろしい道具である。お問い合わせは最寄の河童までということらしい。なるほど、やっぱり不思議道具は河童が作っているのか。とりあえず爆発には注意しておこう。爆発するときは、きっと髑髏の煙があがるだろうし。なんとなくそんなイメージが頭に浮かぶ。

 

「――さて、ものは試しにっと」

 

 握り締めて妖力を注ぎ込む。なんだか段々暖かくなってきた。というか、このカイロの一帯に謎の温帯が形成されているような。ポカポカである。

 奇妙なランプも緑色に点灯している。もしかすると、これは凄い便利道具をゲットしてしまったのかも。

 

「チャラララーン!」

 

 石の上に立ち、ゼルダの伝説ばりに効果音を奏でながら右手を高らかに上げると。

 

「なに、それ?」

「げ」

「私の顔をみて、げ、とはどういう了見なのかしら。もしかして、躾が足りなかったの?」

「げ、幻想郷で一番強いお母様が、私ごときに一体何の御用でしょうか」

 

 結構苦しいが、ぎりぎりセーフ!

 あぶねー! 本当に死ぬかと思った。家で謎の儀式をしていたくせに、なんでいきなり現れるの。最も来て欲しくないときにでて来るとか、本当に意味が分からない。

 適当に弁解しながら、充電式カイロを背中へ隠す。見つかったら確実に取り上げられる。多分、幽香はジャイアニズム信奉者だと思う。多分というのは、私から奪えるものなんてそんなになかったので、断定できる材料がないからだ。自由も失っている現状、私の財産なんて命ぐらいしか残ってないし! でも、幽香はジャイアニズム信奉者だと思う。私の推理は悪い方にはよく当る。

 

「今、なにを隠したの?」

「え? あはは、ちょっと背中が痒くて。乾燥しているからかなぁ」

 

 そんな私の言葉を鼻を鳴らして一蹴すると、指を私の額に突きつけてくる。こ、怖い。このままどどん波とか撃たれたら、本当に頭が吹っ飛んじゃう。

 それぐらい凄まじい威圧感。まばらにいた妖精さんの姿は、あっと言う間に掻き消えてしまった。ああ、妖精さんにまた嫌われてしまった。

 

「背中に隠した物を、見せなさい」

「な、なんのことでしょうか」

「3、2、1――」

 

 地獄の3秒ルール発動! 3秒以内に言う事を聞かないと私は死ぬ。理不尽すぎる!

 

「ど、どうぞ」

「さっさとしなさい」

 

 『剛符:お前のものは俺のもの』が発動してしまった。私は大人しく両手で特製カイロを差し出す。惜しいけど命には代えられない。心の方は立ち直っているが、勝てない勝負を挑むほどには力が溜まっていない。魔封波もあんまり練習できてないし。完璧にするまでにはまだ時間が必要だ。それに肝心の電子ジャーが見つからない。畜生。

 

「……河童が作ったものか」

 

 真剣な表情でカイロを綿密に調査している幽香。何が気になるのかは知らないが、どうか握りつぶさないで欲しい。

 そして、あの特徴的なランプに目を凝らすと、更に目を細めている。お前は鑑定士なのかと問いたい。『良い仕事してますか?』と思わず口に出しそうになったがグッと堪える。裏拳が飛んで来そうで怖い。嵐よ、早く過ぎ去りますように。

 そして、分厚い説明書を私から分捕って読み始める。

 

「……これは。なるほど、そういうことか」

 

 幽香が軽く頷くと、ぎゅっとカイロを握り、妖力を篭め始めた。するとランプが何か奇妙な光を発し、また直ぐに消えた。一体何をしたんだろうか。エネルギーを私の為に入れてくれるはずがないのは確かである。何の呪いをかけたんだろうか。恐ろしい。

 

「?」

「まぁいいわ。気に食わないけど、持ってなさい。ただし、常に携帯しているように」

「……なんでです?」

「お前が知る必要はない。嫌なら破壊するけど」

「わ、分かりました。常に持っています!」

「ふん」

 

 なんだか良く分からないけど、所持している事が許されたようだ。夏も冬も使えるなら、持ち歩いていて損になることはない。使わないときはリュックにでもいれておけばいいし。さっきの幽香の行動が気になるけど、答えは教えてくれないのでどうしようもない。呪いが発動したら、その時考えよう。

 と、その幽香は私の彼岸花畑を真剣な表情で眺めている。私は嫌いでも、花は気になるのだろう。流石は花妖怪、花には平等に優しい。その慈悲を一グラムでもいいので分けて欲しい。

 

「…………」

「あ、なんだか萎れてたので、妖力をあげていたんです。それでもいまいち元気がなくて」

「…………」

 

 幽香はしばし考え込んだ後、指を鳴らして妖力を一気に散布した。私の彼岸花は一瞬で元気になってしまった。やはり妖力の桁が違うらしい。それを見せ付けたかったのだろうが、一応礼を言っておこう。

 

「……あ、ありがとうございます」

「本当に情けない。あれだけ鍛錬してやってるんだから、少しは成長を見せなさいよ。グズが」

「は、はい。ごめんなさい。精進します」

「口だけじゃなく、結果で示しなさい」

 

 言いたいことだけ言うと、幽香はそのまま飛んでいってしまった。特製カイロの説明書を持ったまま。返してくれないのは確定なので、使いながら覚えていくとしよう。

 それと、今の行為は私への気遣いではなく、この萎れた彼岸花が可哀相だったからだろう。幽香は花をとても大事にする。それは凄く分かるので、私も幽香の花に悪戯したり復讐したりはしない。それは道理が通らないし理不尽である。私が理不尽にされても、人にして良いということではない。では、この感情はどこにぶつければよいのだろう。最底辺の者達の怒りや憎しみはどこへ行く?

 

「…………」

 

 なんだか闇が深くなりそうな気がしたので、思考を打ち切る。せっかく凄いお宝をゲットしたのだから、今日は気分良く一日を過ごしたい。アリスやルーミアに見せて、自慢したいし。勿論貸してあげるのもオッケーだ。あ、でも常に携帯してろとか偉そうに言ってた奴がいたから、気をつけないと。

 

「さーて、帰ろうかな。家の中が薄ら寒くてもこれがあるから平気だねっと」

 

 私はドナ○ナを歌いながら家へと帰宅した。私の一番お気に入りの歌である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ご機嫌で家に帰ると、非常に奇妙なことが待っていた。

 

「……何これ」

 

 私の部屋の床に、謎の物体が落ちていた。それは、手編みと思われる真っ赤なマフラーだった。

 私はそれを警戒しながら指先で摘み上げる。爆発はしなかった。多分、トラップもないようだ。

 手触りは抜群だが、問題はそういうことではない。これはどういうことなんだろうか。だって、服以外のものが放り投げられているのは初めてのこと。もしかして、何かと間違えたのか。分からない。アイツの考えている事は本当に分からない。

 理解し難い感情が私の中でぐるぐると回り始める。状態は“混乱”だ。

 

「……や、やっぱり、罠かな」

 

 私はベッドに腰掛けると、それを握ったまま氷の彫像のように固まっていた。

 どうしたら良いのか、私には分からない。



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第二十四話 近くて遠い私達

「……じゅ、呪具の類かな?」

 

 私は、部屋のベッドに腰掛け、延々と赤いマフラーを調べている。ジッと観察してみても、特に妖力とかは感じない。血染めのマフラーとかそういう類のものではない。

 ならば物理的に針でも仕込まれているかと思ったけど、手触りはやっぱり抜群で、頬をすりすりしてみたくなった。実際にやってみたら、凄く気持ちよかった。これなら冬も安心って感じの見事な出来栄えである。

 それに赤一色かと思ったら、端の方にワンポイントで向日葵模様が入っていた。逆側には小さな彼岸花模様。とっても可愛い。

 

「……ま、巻くことで発動するタイプかな?」

 

 アヌビス神みたいなあれ。私の意識を乗っ取る系。でも違うだろう。私相手にそんなことをしても意味ないし。

 私は覚悟を決めて、恐る恐る首に巻いてみた。いきなりぎゅーっと首が絞まるかと思ったけどそんなこともない。

 うん、とても暖かい。これは作り手の技巧と経験が窺えます。さぞかし愛情を持って編んでくれた事でしょう。――ってそんなわけあるかい! 絶対にないよ!

 思わず取り乱して一人ノリツッコミをしてしまった。一度落ち着く必要がある。

 

「赤いマフラーといえば」

 

 ミカサとかストライダー飛竜とかV3だ。いや、V3は白かった。とにかくだ、マフラーを颯爽となびかせて闘うヒーローはとても格好良いのである。

 私も見習ってベッドの上に立つと、適当にポーズを決める。鏡を見てみたら、なかなかサマになっている。うん、実に気に入ってしまった。

 

「どうしようかな、お礼。やっぱりした方が良いのかな。した方がいいよね。……でもなぁ。殴られるのは嫌だし」

 

 言うべきか言わざるべきか。それだけが問題だ。

 一般的なアットホームな家庭なら、「マミー、ありがとう! 一生大事にするYO!」と恰幅の良い母に抱きつけばよい。ダディが小粋なジョークを決めてくれ、ブラザーがツッコミを入れ、メリケンたちの笑い声が響くことだろう。

 しかしウチは修羅の家だ。そんな真似をしたら、光速のカウンターでノックアウトされること間違いなし。

 

「うーん」

 

 更に悩む。悩みまくる。最近部屋に閉じこもって何をしていたかと思ったら、もしかしてずっとこれを編んでいたのだろうか。

 このマフラーは、“ついで”とかいう片手間でつくったものじゃないと思う。見るからに手間暇がかかってそう。

 いつもの服ならば、耐久テストを兼ねてとか理由もつけられるんだけど。じゃあこれはどういうことなのかというと、もしかして、万が一にもありえない話だけど、私のために編んでくれたのではないだろうか。

 

「でも、違うだろうなぁ。そんな甘い話だったら、とっくの昔に仲良くなれてるし。10年の積み重ねがこの現状だよね」

 

 ツンデレとかそういう簡単な話になれば良いのだけど、きっとならない。私には分かる。

 とりあえずは、夕食のときにさりげなくお礼を言ってみようか。もしこれを切っ掛けに仲直りとかできちゃったりしたら、ハッピーエンドだ。

 

 私はそんなことを考えながら、ベッドに転がってマフラーの感触を楽しんでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 そして夕食。会話のない寒々しい食事が始まる。カチャカチャと食器の当る音だけが部屋に響く。

 

 ――おお、寒い寒い。

 

 恐る恐る顔を上げると、いつもの幽香の顔があった。特に何かを気にした様子すらない。こちらは全く持って平常運転だ。

 ありがとう、なんてとても言える雰囲気じゃない。話しかけるなオーラがバリバリでてるし。よし、今日はやめておこう。

 ……いやいや、どうしてそこでやめるんだそこで。勇気を持って、ありがとうと言ってみようよ。何かが変わるかもしれない。宝くじにあたっちゃうかもしれない。ほら、買わなきゃ当らないし。買っても私には当らないけど。やぶれかぶれだ!

 

「あ、あの!」

「…………」

 

 緊張していたせいで声が超擦れてしまった。しかも、何事もなかったかのように時は進んでいく。もしかして私は透明人間だったのだろうか。むしろ空気だったりして。確かめる為にパンをスープに浸して口に入れる。私はちゃんと存在していた。美味しいけれど、味気ない。

 

「あの、マフラー」

「ご馳走様。片付かないから無駄口叩いてないでとっとと食え。グズでもそれくらいはできるでしょう」

「は、はい」

 

 

 勇気を振り絞った瞬間、行ってしまった。やっぱり駄目だった。いつものように罵倒され、楽しくない食事は無事終了。本当にお疲れ様でした。私は思わず天井を見上げる。

 普通なら、照れ隠しのセリフだと思うのだろうが、全然違う。氷のように凍てつく視線は、いつも私の心に突き刺さるのだ。優しさの欠片もない。

 やっぱり、あれは私のためじゃなかったのだろうか。練習で編んだけど、捨てるのももったいないし、まぁグズにくれてやってもいいかぁ、みたいな? そんなアレかもしれない。

 しかし理由はどうあれ、私が嬉しかったのは事実である。誰かからプレゼントをもらえるというのはとても嬉しいものだ。

 だからお礼を言おうと頑張ったというのに、結果はこれである。畜生!

 

「はぁ。なんだか疲れた」

 

 夕食を食べ終えた私は部屋に戻り、気力を振り絞って手紙を書く事にした。口で言えない、または聞く耳を持ってもらえない相手には手紙が一番。反応はどうであれ、自分の考えを相手に伝える事ができる。私のことが大嫌いであっても、お礼の気持ちをもっているということぐらいは分かってもらえるだろう。それで十分だ。

 

 

『マフラーありがとうございました。私のためじゃないと思いますが、それでも嬉しかったです。ずっと大事にします。 燐香』

 

 

 

 

 

 

 

 真っ赤なマフラーに包まれた私は、ゲッコウガごっこを楽しんでいた。ルーミアが「それ、格好良いね」と言ってくれたから私の機嫌は花丸急上昇である。もう天界まで行っちゃいそう。行かないけど。

 

「そこおっ!」

 

 アリスが用意してくれた、標的の人形に向かって、妖力弾を素早く叩き込んでいく。今のはちょっとニュータイプぽかった気がした。これはシューティングゲームみたいで面白い。というか、東方ってSTGだし。どんどん撃たないと! パンチとかキックはちょっと違う東方ゲームなのだ。私はSTGが良いです。格闘はノーセンキュー。

 

「当てるのは上達してきたね」

「ふふん。いつでも実戦に進めそうですね」

「もしかして、そのマフラーのおかげ?」

「そう思ってもらっても問題ありません。身につけると気合が+10されます」

 

 腕組みをしてドヤ顔をしてみた。ルーミアに、その顔、幽香にそっくりだよと言われてしまった。それは嬉しくない。

 幽香がドヤ顔をして腕組みをしていたら、と想像してみる。凄く似合っていた。なんだかんだで美人だし。あれで性格が良ければ完璧なのに。

 私が勝利したときは、このポーズをとってみる事にしようか。格好いいし。ま、それはそれとして。

 

「必殺、タネマシンガン!」

 

 両手の指を広げ、その先から種を模した妖力弾を連射。とにかくばらまくことで、相手の移動を制限し、ミスを誘って被弾させようというスペル。まぁ、これで勝負を決めようという意図はなく、挨拶代わりみたいなものである。後の布石にもなるので外れても問題なし。

 

 ちなみに、人形たちに当てると白旗を上げて当ったことを教えてくれる。アリスは芸が細かい。匠の技である。

 それにしても、弾幕を張るのって面白いなぁ。でも、相手が全く動かないのでちょっと物足りなくなってきた。そろそろ、アリスかルーミア相手に模擬戦をやってみたいものだ。実は何回かお願いしてみたのだが、楽しみは後にとっておくようにと言われてしまった。

 最初は知り合い相手より、見知らぬ人妖とガチンコでやったほうがいいということらしい。その方が色々と学ぶことが多いとかなんとか。よく分からないけど、アリスが言うのだから間違いない。

 

「燐香、そろそろお腹すかない?」

「あー、確かに空きましたね。もうすぐご飯の時間じゃないですか?」

「よし、闇鍋やろっか。アリスも鍋の準備してたし。入れてしまえばこっちのもの」

 

 闇の中から謎の食材(部位)をとりだすと、嬉しそうにアリス邸へと突入していくルーミア。私はそれを呆然と見送る。暫くすると、中から怒声と悲鳴、なにかの魔法が炸裂する派手な音があがった。

 今日も賑やかで、本当に楽しい。でも、闇鍋は色々な意味で不味いので、今すぐに止めなければ。私はマフラーをなびかせて、家の中へと入るのだった。

 

 

「良い匂いですね」

「まだ駄目よ。半煮えだから」

「私は別にいいと思うけどなー。生でも十分美味しいよ」

「いいえ、私が許さないわ」

 

 楽しい寄せ鍋パーティが始まった。

 鍋奉行はアリス。補佐はルーミア、私は静かに出来上がるのを待つ役職なし。材料は、アリスが用意した鶏肉、野菜、豆腐にしらたき、餅の入った巾着とか。後はルーミアもちよりの魔法の森のキノコである。謎肉はアリスが取り上げて、別の場所へしまってくれたらしい。

 アリスは分類上は一応妖怪だが、人肉を食べる種族ではない。この前、私は食べないし食べたこともないと言っていた。そもそも、人間を食糧としてみていたら、親切に家に泊めたりしないだろう。

 アリスは、捨食だかなんだかの魔法をつかっているから、食事を取らなくてもいいはずなのだ。だが、そういうことを敢えて楽しむのがアリスなのだ。うん、実に優雅である。

 

「そろそろ良いかもしれないわね」

「うん、美味しそう。もう一品加えるともっと完璧になると思うな」

「それは後で一人で食べなさい。私の家では駄目よ」

「そうするね。でも、私は絶対に諦めない」

「そこは素直に諦めて下さい」

「いやだよ」

 

 ニコリとこちらを見るルーミア。私に謎肉を食わせるのが、彼女の目標の一つになってしまったようだ。嫌だといったら、ちゃんと止めてくれるので問題ないのだが、ずっと断り続けるのもなんだか悪い気がする。多分、それがルーミアの狙いなんだと思う。ルーミアは頭が良い。

 

「ほら燐香、ぼーっとしてないで、食べなさい」

「いらないなら私が全部食べちゃうよ」

「あ、待ってください。というか肉ばっかりずるい!」

「早いもの勝ちだよ」

「まだ沢山あるから。行儀が悪いから肉を箸で取り合わないの! やめなさい!」

 

 私とルーミアの仁義なき戦いは、アリスのお叱りにより中断された。友情も大事だが食欲も大事。妥協出来ないものもあるのだ。ルーミアに笑いかけると、相手も応じてくる。流石は心の友、阿吽の呼吸である。

 

「ふふん、通は野菜も楽しむものです」

「私は素人だから肉だけでいいかな」

「駄目です。早く通になってください」

「燐香はわがままだね」

「その言葉、そっくりお返しします」

 

 おたまを使って御椀に汁を入れて、そこにうどんとか豆腐とか野菜を入れていく。湯気といっしょに、美味しそうな香りが漂う。醤油だしかな。なんというか、色々な食材がたくさん入っている鍋は、まさに芸術品だ。

 早速あつあつの豆腐を食べる。そしておつゆを一口飲む。

 

「美味しいです!」

「うん、味がちゃんと染みてるわね」

「皆で食べるのも、中々楽しいね。取り合いになるけど」

「いやあ、会話がある食事は最高です。本当に美味しい」

 

 暖かい食事風景。私の理想とするものが、現在目の前にある。ああ、本当に幸せだ。なんだか景色が滲んでくる。ほろほろと私の頬を流れ落ちていく。どうしてあの家ではこれができないのだろう。

 

「ちょ、ちょっと。何も泣かなくてもいいじゃない」

「ごめんなさい。ちょっと湯気が目にはいってしまって」

「燐香は泣き虫だね」

「恥ずかしいので、あまり見ないでください。あはは」

 

 袖で目元を擦る。泣いている場合ではない。今、このときを楽しまなくては。長ネギを口に入れると、熱い液体が喉をうって思わず咽る。

 

「うぶっ!」

「あはは、面白い顔。ひょっとこみたい」

「全く、慌てて食べるからよ。ほら、お水を飲みなさい」

「あ、あ、ありがとうございまふ」

 

 アリスからグラスを受け取り、水を一気飲み。うーん、とにかく満足だ。お腹だけじゃなく心も膨れてしまう。

 と、折角の機会だから、皆に聞いてみよう。

 

「……あの、ちょっと聞きたいことがあって」

「どうしたの、急に改まって」

「嫌いな相手を、ずっと家に置いたりするものなのかなって。あと、服を作ってくれたり、マフラーまで編んでくれたりして。お母様が何を考えているのか、本当に分からないんです」

 

 本当に嫌な相手を、傍に置くものだろうか。反応が面白いサンドバッグだから? 分からない。打ち解けようと近づくと、いつもパンチが飛んでくるし。

 私だって最初は本当に努力したのだ。頑張って仲良くなろうと。でも何をしても、何を話しかけても無理だった。今ぐらいが、お互いの適正距離なのである。一緒の家にいるだけで、挨拶や会話も他人行儀。だから、寒い。

 

「さて。それは、貴方が自分で判断することじゃない? 私がここで答えを出したとしても、多分何の意味もないわ」

「私は嫌いな相手と一緒にいるのは嫌だな。だって目障りだよね。齧りたくなるかな」

 

 アリスとルーミアの答え。二人とも正しい。だが、分からないのだ。嫌わないでほしいという気持ちはある。でも、無理なら迷惑になるので離れたい。幽香はそれを許さない。じゃあどうすれば良い。故に私は混乱する。

 

「目障りとは良く言われます」

「でも、家には置いてくれるんだ」

「はい」

「そうなんだ。良かったね」

「……はい。そうかもしれませんね」

 

 ルーミアが笑い掛けて来たので、私も気分を変えて笑うことにした。悩んでいても仕方がない。

 御椀が空になったと思ったら、鍋奉行アリスがどんどんよそってくれる。流石はアリス。できる女である。ルーミアは鍋を突いて直接食べ始めたので、人形に駄目を喰らっていた。私に似て、意外とせっかちなのかもしれない。

 

「もう少し、自分で考えて見ます」

「……そうね。それがいいわ」

「じゃあ、代わりに良いことを教えてあげようか」

「良いことですか?」

 

 耳寄りな情報はぜひ教えてほしい。お買い得情報とか宝のありかとか。

 

「うん。美味しいお肉の見つけ方。極秘情報だよ」

「……それはまた次の機会に」

「分かった。絶対に教えてあげるね」

 

 断言するルーミア。……しまった。これは、教えてもらうフラグが確実に成立してしまった気がする。だが、食べるとは言っていないのでセーフ。むしろ、ルーミアと遊びにいくフラグということにしておこう。

 ルーミアは魔法の森に詳しいし、美味しい木の実とかキノコとかとってくれたりする。見かけは可愛い女の子なのに、野生生活の達人なのだ。

 そんな彼女の家がどこにあるかを、私は未だに知らない。隠れ家がいっぱいあることは知っている。ルーミアいわく、本当の家の在り処を知られたら死んじゃうそうだ。私が更に追及すると、実は家が弱点なんだとか言っていた。これは絶対に嘘である。多分、食べ物を一杯蓄えてあるのだろう。いつか探し出してつまみぐいしてやるつもりだ。食べられそうなものだけ。

 

「今年の冬は、長いのかしらね」

「寒い間は食べ物が少ないから悲しいよね。でも、保存状態の良い死体が見つかるからそれは良いんだけど」

「今年の冬は――」

 

 ルーミアの死体談義が始まりそうだったので、私はアリスの話を広げることにした。あからさまにがっかりするルーミア。冬に採れる美味しい肉について、これから長々と語るつもりだったのだろう。主に私に対して。

 

「多分、長くなりますよ。きっと、春が恋しくなるくらい」

「どうしてそう思うの?」

「ただの勘ですけど。私の勘は悪い方には良くあたるので、信用していいですよ」

「貴方が言うと、妙な説得力があるわね」

 

 春がいくら待っても来ない春雪異変。後数ヶ月の間に起こるのは間違いないだろう。私は異変に向けてある準備を整えている。

 それは“冥界への亡命”だ。異変解決時の混乱に乗じて、一気に冥界に忍び込んでしまうつもりだ。結界さえ博麗霊夢たちに破壊してもらえれば十分にチャンスはある。

 

 幽香の家にいるのが嫌だという気持ちも大いにあるが、一度距離を置く事で頭が冷えるのではないかと思った。これはマフラーをもらったことが切っ掛けでもある。

 私はあの家にいると、幽香への憎悪の感情に嫌でも囚われてしまう。湧き水が如く、負の感情が次々に溢れてくる。自分では止められそうにない。

 だから、落ち着いて冷静になった上で、自分がどう思っているのかを考えたい。考えるには、冥界はうってつけだろう。なにせ生きてる者などほとんどいない。

 それに、西行妖もちょっと見てみたいし。もちろんただ飯を食べる気はない。ちゃんと白玉楼で働かせてもらうつもりだ。駄目なら彼岸花に擬態して隠れていれば良いだろう。私の計画は完璧である。

 

「燐香、なんだか覚悟を決めた顔してない?」

「ぜ、全然してませんよ。気のせいです」

「ふーん、そうなんだ」

 

 そうなのかーとあくまでも言わない。どうしてそこで言わないの。

 そのルーミアは、試すような視線をまだこちらにむけている。アリスは特に何も言わずに、静かに料理を食べている。

 ここはひとつ、適当に弁解をしておこう。アリスに心配をかけるのは嫌だから。

 

「えっとですね。強いて言うなら、美味しい料理も食べたし、明日から頑張ろうと気合を入れなおしたところですね。寒くても頑張るぞーみたいな」

「へぇ、そうなんだ。凄く嘘臭いね」

「oh……」

 

 ルーミアの鋭いツッコミに、私はオーバーリアクションを取ってみる。それを見ていたアリスが苦笑する。

 

「全く、貴方達は本当に賑やかね。あ、うどんも食べる? 一応買っておいたのだけど」

「食べたい」

「喜んで!」

「はいはい、だから慌てないで。すぐに用意するわ」

 

 なんという暖かい光景なのだろう。いつまでもこうしていたいが、終りが来るからこそ“幸せ”には価値があるらしい。だから、私は今を一生懸命楽しみたい。後で思い返したとき、あのときは楽しかったなぁと思えるように。そうすれば、一人でも多分大丈夫。寂しくないだろう。

 

 ――ああ、私は今、とても充実している。

 



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第二十五話 雪化粧

 ――冬真っ盛り。あのマフラーの一件のあと、幽香と仲良くなれたとかそんな都合の良い話はなかった。寒空に相応しい空気が家の中にも漂っている。すっごいクール!

 自分の彼岸花のお世話を今日もやろうと外に出たら、滅茶苦茶雪が積もってるし。なんか吹雪いてるし! やばい。かまいたちの夜っぽい。

 こんや 12じ りんかが しぬ。謎はすべて解けた。犯人は幽香です。

 

 馬鹿な事を考えている場合じゃなかった。慌てて家の中に入る。マフラーに手をあて、寒い寒いと震える。マジ寒い。特製カイロは機能してるけど、吹雪には効果がうすい。だって、暖かい空気が風ですっとんでくし。

 

 あれ、もしかしてこれって雪かきしなきゃいけない流れ? 妖術でパーッとやったら、地面がグチャグチャになって凄く怒られたことがある。よって、妖怪の頑丈さを活かしてホイホイ雪を一纏めにしなければならない。

 

 一応確認しておこう。範囲が分からなければ、体力配分もできない。太陽の畑全部雪を掻き出せとか、言いかねないのが恐ろしい。やるのは確定しているので、『雪かきやったほうがいいですか?』などとは聞かないのである。うん、労働者の鑑である。だからボーナスください。

 

「あのー、雪かきはどこまでやれば」

「お前がグズグズしている間に、屋根の上は終わっている。それより、彼岸花は大丈夫なの?」

「あ」

 

 すっかり忘れていた。それもこれも考えるのに忙しかったせい。私は悪くねぇ!

 

「早く行け。花が可哀相でしょう。別にお前はどうでもいいから、花だけは全力で守りなさい」

「は、はい!」

 

 という訳で、すたこらさっさと畑に駆けつける。私は雪塗れになりつつ、彼岸花たちに保護を掛けたのであった。これで当分は大丈夫。幽香は畑全体にこれを掛けているのが凄いところだ。どうせなら私の彼岸花たちも入れて欲しい。無理だろうけど。

 

「うーん、仕事はもうないし。凄く暇だなぁ」

 

 ――完全にやることがなくなってしまった。アリスの家にいけるようになるのは、明日から。それまでに吹雪が止んでいると良いのだが。

 あまりに暇すぎるので、グラスを使った鍛錬を行うことにした。この家でやるのは初めてだ。なぜかといえば、うっかりグラスを割ってしまった場合、私では直す事ができない。そして、グラスは幽香がわざわざ買い揃えたお気に入りのものばかり。

 もしも制御に失敗して割ってしまったりしたら。考えるだけで恐ろしい。

 

「……ふ、震えが止まらない」

 

 十分に着込んでいるのに、震えがくる。これは武者震いなどではなく、ビビっているだけである。幽香をちらりと横目でみると、また分厚い雑誌に目を通している。少年ジ○ンプでも買っているのだろうか。それとも少女雑誌のり○んだろうか。幽香がお星様キラキラの少女漫画を読んでいたら面白いのだが。漫画トークを切っ掛けに仲良くなれたりして。

 ないな。うん。ないない。

 

「ゴホン。さーて、鍛錬でもしよっかなー。毎日やらないとなまっちゃうし!」

 

 幽香に聞こえるようにわざとらしく声をあげ、グラスに水を注いでいく。幽香はこちらを完全に無視している。少しぐらい興味を持ちなさいよ。普段どんな鍛錬しているのかとか、普通は気になるじゃん!

 

「はあッ!」

 

 必要ないけど気合を入れて掛け声を放つ。やる気をアピールだ!

 水とグラスに妖術をかけ、妖力光も一時的に付与。少し間を置き、それに同程度の妖力を注いで再び無力化する。グラスは割れていない。ふふん。この程度ならもう目を瞑っていても出来てしまう。完璧だ。

 

 どや、と言った顔で幽香に視線を向けると、やはりこちらのことなどどうでもいいようだった。私を完全に無視、そして幽香は本の虫。うまい。今のは座布団1枚欲しい所である。

 

「……さ、寂しい」

 

 本当に孤独すぎる。もうやるべきこともないので、今日は窓から外を見て一日を過ごす事にしよう。雪が積もっていくのを延々と見るのも悪くない。だって退屈なときは、いつも景色を見て過ごしてきたんだし。

 ――幻想郷に自分が存在する。存在することが許されている。それだけで、今まではなんだか嬉しかったものだ。

 

 だが、アリスやルーミア、フランやパチュリーなどと話ができるようになると、欲がでる。もっと彼女達と仲良くなりたいなぁとか。もっと色々な場所を見てみたいなぁとか。色んな人達と関わりたいなぁとか。

 だから、私は冥界への亡命を決意したのだ。もっと楽しく生きていくために。そのためには作戦を練らなければならない。まぁ、大体の流れはもう考えてあるけれど。

 鍵となるのは、私が現在覚えようとしている『身代わりの術』だ。本当はこの身代わり君を自在につかいこなして、勝利を得ようとしていたのだ。最終的には最強と名高い“虎咬真拳”をマスターして、幽香を驚かせた後にギャフンと言わせたい。しかし、異変までには間に合わないだろう。残念だけど、それについては一旦保留だ。それに、別の使い道を思いついたから。

 

 雪を見ていたら、なんとなく喋りたくなってきた。そういうこともある。

 

「お母様は、雪は好きですか?」

 

 窓に向かって、私は喋りかける。返事はどうせないだろう。壁君ではなく、今日は窓君が会話相手である。心が透明な良い奴なのだ。でも割れやすいので注意。

 

「…………」

「私は、あまり好きじゃないです。綺麗なものも、汚いものも全部覆い隠されちゃうし。それって、なんだか寂しいですよね。存在が消えちゃうみたいで」

「……どうでもいいわ。興味がない」

「そうですよね。ごめんなさい」

 

 幽香は花のことと、強くなること以外に興味がないのだろう。じゃあ私は一体なんなのかという話だが。サンドバッグ程度の認識なのは間違いない。喋るサンドバッグとかちょっと珍しいし。なにより頑丈なのが長所である。

 

「…………」

 

 愛想笑いが浮かびそうになるがなんとか堪え、再び視線を窓に向ける。大粒の雪はまだまだ降り続いている。あまりに寒かったので、私はマフラーをぎゅっと握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、幸いなことに雪は止んだ。当たり前だが、一面雪だらけである。積もりすぎ! 日光に反射して、雪化粧が目に眩しいし。

 念のために彼岸花に再度保護をかけて、準備は完了。私は赤いマフラーを首に装着して、いつも通り幽香により輸送されていく。さすがにそろそろ送迎はいらないと思うのだが、いまだに一人旅が許可されない。私の信用度は常にマイナスを維持しているようだ。多分、上がることは今後もない。

 許可された瞬間、私は逃亡したいという欲求に駆られるだろうから、ある意味では正しいのかも。幽香め、以外に鋭い。

 

「げぼっ!」

 

 今日はいつも以上に投下が激しかった。なぜか知らないが、機嫌が相当良くなかったようだ。ギャグ漫画のように顔面から着陸した私。冬の犬神家である。

 外で雪かきをしていた人形たちにより、私はようやく掘り起こされる。冷たさで顔はきっと赤くなっているだろう。雪がなければ即死だった。人形達に心から礼を言う。

 

「あ、ありがとうございまふ」

「ちょっと、大丈夫?」

 

 アリスがばたばたと家から出てきた。私を見つめると、またやられたのかと溜息を吐いている。私のせいではないと思うのだが、受身がとれなかったのは確かである。というか、鼻水がでていそうでとても恥ずかしい。

 

「だ、大丈夫ですけど、か、顔がつめたいです。あはは、は、鼻水が」

「ほら、早く中に入って。お湯を用意するから顔を洗いなさい。服も濡れてるから、替えを用意するわ。風邪を引くわよ」

「ほ、本当にありがとうごじゃいまふ」

 

 震えながら家の中にお邪魔する。鍛錬と教育が始まってからもう4ヶ月くらいになっているだろうか。もう自分の家のように慣れてしまっているが、礼儀は重要である。ありがとうとごめんなさいを、ちゃんと言える妖怪なのだ。

 常に捻くれている悪い見本が傍にいるから、素直になることは全く苦ではない。そこだけは感謝しておこう。

 お湯で顔を洗い、アリスのものと思われる服に着替える。可愛いけど、私が着ると違和感が凄い。いや、慣れれば大丈夫かな。どうだろう。やっぱダメかも!

 

「それにしても、凄い雪だったわね。太陽の畑は大丈夫なの?」

「ええ。お母様の管理している花は、完璧な保護術がかかっています。私は毎朝掛けなおしにいくので、いつも雪まみれです。でも、家の雪かきだけはやってくれています」

「流石は花の妖怪といったところかしら。もちろん、貴方も十分よくやっていると思うわ」

 

 私は褒められる事になれていない。なんだか嬉しくなってきた。寒さが吹き飛ぶ!

 

「ありがとうございます」

 

 上海人形が紅茶を、蓬莱人形がクッキーを持ってきてくれた。アリスのクッキーは手作りで、本当に美味しいのだ。料理はできる、気遣いもできる、気立ても良くて、魔法も使えちゃう。まさに完璧超人である。是非とも弟子になりたいというか、もう弟子になっていた。でも全然近づける気がしないのが悲しいところ。

 

 むしろ幽香側に近づいている気がする。このままいくと、中途半端に修羅道へ足を踏み入れる事になりそうな予感がしてならない。いわゆる、かませキャラである。前座で私が登場し、ボコボコにやられて幽香に泣きついたところをぶっ殺されるのだ。『戦えない花妖怪など必要ない!』と、汚い花火にされるに違いない。そして、真打登場とばかりに幽香が颯爽と現れるのだ。格好良いけど、私だけデッドエンド! 

 

 ――お、恐ろしい。

 

「今日はのんびりとしていていいから。私は人形の手入れをしなくちゃいけないし。貴方も、たまには羽を伸ばしなさい。外も雪が積もってる事だしね」

「あ、それなら手伝います」

「いや、そういうわけには――」

「是非やらせてください。日頃お世話になっているお礼がしたいんです。お願いします!」

 

 このまま土下座しても良いぐらいに感謝している。だから、何か手伝える事があれば是が非でもやりたいのだ。ちょっと博麗神社に殴りこみに行ってこいと言われたら、『喜んで逝って来ます!』といえるぐらいの覚悟を持っている。結果は芳しくないだろうけど。

 

「なら、一緒にやってくれるかしら。地下の倉庫にしまっている人形たちを、綺麗にしてあげたいの。もう今年も終わりに近づいているし」

「分かりました!」

 

 紅茶を全部飲み終えた後、アリスの後について地下の倉庫へと向かう。跳ね上げ式の扉を開けた先には狭い階段があり、下に降りられるようになっている。薄暗くて、ちょっと埃っぽい。これは掃除のし甲斐がありそうだ。

 アリスがランプに火を灯すと、そこには棚に整列している色々な人形達がいた。ドレスを着ている洋風人形もいれば、五月人形みたいなのもいる。多種多様な文化がここに集まっている様子は、まるで人形博物館だ。

 

「わぁ。これは、凄いですね」

「ありがとう。私の大事な宝物よ。本当は上で飾ってあげたいのだけど、スペースがなくて。上海たちを使って上に運び出すから、貴方は人形を渡してくれるかしら。私は上で、手入れをするから」

「分かりました」

「それじゃあ、宜しくお願いね」

 

 アリスが戻っていくと、入れ替わりに上海、蓬莱、露西亜、西蔵、京都、倫敦人形達が等間隔で並んでいく。バケツリレーで上へと運び出すということだ。アリスはこの作業の指示を出しながら、上で手入れも行っている。どういう思考能力なのだろう。感服するしかない。

 

 実を言うと、私が訓練中の『身代わりの術』は、アリスの人形操作技術を真似たいと思って編み出したもの。人形はないので、じゃあ自分でいいやと頑張って作り出した。そこまでは上手く行ったが、全然思い通りに動かない。頑張って動かしてみたら、化物みたいに動いて自分でも怖くなった。よって、今の私の力では、相手を騙すための囮か、死体役ぐらいしかできないのである。

 

「――と。どんどん運び出さないと」

 

 落さないように、極めて慎重に端から人形を取る。これは市松人形さんだ。夜に髪が伸びそうで怖いと思いきや、愛嬌があってとても可愛らしかった。上海にゆっくり手渡すと、ほいほいほいと、どんどん上へとあがっていく。流しそうめん逆バージョンみたいである。面白い。

 次は洋風人形。これはリアルすぎてちょっと怖い。というか、一体ずつゆっくり見ていたら時間が全く足りなくなりそうだ。上海がすでにウエイトしている。やばいやばいと、慌てて渡す。コンベアみたいに次々と上へとあがっていく。人形は、後でゆっくりと眺めさせてもらうとしよう。

 

「よーし! これは、気合を入れないと追いつかない。頑張るぞ!」

 

 私は頬を叩いて気合を入れなおすと、全力で人形の搬送作業にあたることにした。

 その甲斐あってか、お昼までに全て上に運び出す事ができた。完璧超人のアリスはすでに手入れを終えていて、昼食の準備を始めている。軟弱超人の私は「お見事です」と感嘆の拍手をすることしかできなかった。

 

「ありがとう。貴方のおかげでずいぶんと捗ったわ」

「……そ、そうでしょうか。なんだか、邪魔をしてしまったような」

「それは違う。人形を丁寧に取り出すというのは、一番気を遣う作業だから。貴方がとても真剣にやってくれたお蔭で、私は手入れに集中できた。きっと、人形達も喜んでいると思うわ」

 

 全身を丁寧に磨かれた人形たちが部屋に鎮座している。確かに、なんだか嬉しいオーラが出ているような気がする。気のせいかもしれないが、なんとなく満足感をゲットできた。

 

「アリスは、本当に人形が好きなんですね」

「ええ。だから、人形を大事に扱ってくれる貴方に感謝を。いつも、上海たちにも丁寧に接してくれているし」

「あはは。アリスは褒めすぎですよ」

 

 照れくさいので髪を掻きながら視線を逸らすと、人形達が一斉に抱きついてきた。

 

「お昼を食べたら、人形たちと遊んでいて。そういう命令を与えておくから。後は私が片付けるわ」

「いえ、最後まで手伝いますよ」

「ふふ。そこまで甘える訳にはいかないわ。締めの作業まで貴方にもってかれてしまったら、持ち主の立場がないもの。貴方は大人しく人形と遊んでいなさい」

 

 意地悪っぽく微笑むと、アリスは台所へと戻っていった。

 

「わぁ。ちょっと、あまりくっつかないで! くすぐったい!」

 

 人形が更にじゃれついてくる。まるで自分の意志を持っているみたい。皆それぞれ動き方に特徴があり、魂を持っているみたいだった。

 私は人形達を軽く抱きしめると、ちょっとした幸せに身を委ねる。

 そして、いつの日か、アリスの夢――人形を自律させることが叶います様にと、心から祈るのであった。



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第二十六話 楽園の祭壇

 あれから一週間たったが、まだ雪は積もったまま。膝の高さまで積もっており、歩くのにも難儀するほど。ズボッと埋まって靴は濡れちゃうし。私は飛べるから問題ないけど、普通の人間は大変だ。だから冬に備えて皆頑張るのだ。妖怪の私は一年中頑張っている気がする。妖怪はもっとぼけーっと暮らしていそうなのに。

 しかし、この状況では郵便屋さんはさぞかし大変だろう。幻想郷にもいるんだろうか。男前の飛脚はいそうだけど。いつか私も手紙を出してみたい。出すのはもちろん不幸の手紙。あて先は内緒だ。

 

「よいしょっと!」

 

 そんなことを考えながら、アリスの家の前の雪かきをせっせと行う。小まめにやらないと、玄関が埋もれてしまうから。アリスには「貴方は家の中に居ていいから」と何度も言われたが、私が無理を言ってお手伝いしている。アリスには役立たずのグズとか思われたくない。馬鹿だけど、頑張っているぐらいの評価であってほしい。

 

 そのアリスはといえば、屋根上を人形を遣って効率良く落としている。いつかは私もあの並列思考をマスターしたい。身代わり君が操作できれば、作業効率は二倍にも三倍にもなるのだから。ダブル、いや、トリプル身代わり君作成までは頑張るつもり。ジェットストリームアタックを極めたら、なんだかエースになれそうだし。なんか踏まれそうな気がするが、きっと気のせい。

 フランの四人分身は絶対に無理なので高望みはしない。私は謙虚なのである。

 

「それにしても、今年の冬は本当に厳しいわね。雪を楽しむのにも限度があるわ」

「残念ですが、当分春は来ないですよ。4月になっても来ない方に、今日のおやつを賭けても良いです」

「凄い自信だけど、何か根拠があるの?」

「花達が囁いています」

 

 草薙の素子さんみたいに格好つけてみた。アリスに苦笑いされた。ボケキャラがシリアスをやるとこうなるので注意が必要である。

 

「また適当なことを言っているでしょう」

「ほら、耳を澄ませば聞こえてきますよ。おお、寒い寒いと」

「それは貴方の独り言よ」

 

 私のサポートについていた上海がツッコミをいれてくる。人形達の中で、一番接触頻度が高いのは上海人形。ボケが私なら、ツッコミは上海。阿吽の呼吸の私たちなら、いつか幻想郷を大爆笑の渦に。

 

 それはともかく、今回の冬は大変なことになる。だって、5月まで収まらなかったはずだから。おー寒い寒いとか呑気に言ってられなくなる。人間はさぞかし苦労することだろう。本当に頑張って下さい。適当にお祈りしておいた。

 

「……あら、ルーミアがここに向かってきてるみたいね。人形が捉えたわ」

「あ、そうなんですか? 寒いから当分家にいるとか言ってたような」

「あの子は気紛れだからね。それになんだかご機嫌みたいよ。雪を盛大に落としながら近づいてきてるし」

 

 なんという迷惑な妖怪だ。雪山にいたら雪崩れを頻発すること間違いなし。

 

 と、どさっと木から雪が落ちる音と共に、ルーミアがとびっきりの笑顔で現れた。今日も赤いリボンが似合っている。ルーミアも流石にコートのようなものを着込んでいる。ついでにマフラーも。赤いマフラーの私とペアなので、密かに嬉しかったり。RRコンビの面目躍如である。誰も知らないと思うけど!

 

「こんにちは!」

 

 いきなりテンションが高いルーミア。鋭い歯を見せて元気に挨拶してくる。私が人間だったらそのままパクッといかれていたことだろう。

 

「こんにちはルーミア。寒いのにムカつくほど元気ですね」

「うん、ムカつくほど気分が良いの。だからさ――」

 

 なんだか嫌な予感がした。ルーミアがなんとなく悪戯めいた笑顔を浮かべているから。こういう予感はいつも当るのだ。上手くいきそうかなーという予想は大抵外れるのに。私はそういう星回りの下に生まれている。常に死兆星が輝くのが私。キラキラと赤く光っている。

 

「ちょっと人間狩りに行こうよ!」

 

 ほら、やっぱり当った。

 

 

 

 

 

 ちょっと人狩りいこうぜ! みたいなノリのルーミア。『OK!』とか軽く返事するわけにはいかない。人里にカチコんで、子供攫ってガブリとかやったら、絶対にやばい。主に私の命がやばい。慧音先生と藤原妹紅が刺客としてやってきそう。そしてなぜか私だけ打ち首獄門でデッドエンド! ルーミアは土壇場で確実に裏切るので助かるだろう。

 

「アリス、ちょっとガツンと言ってやってください」

「…………」

 

 当然、アリスが猛反対してくれるかと思いきや、ちょっと悩むような様子を浮かべただけだった。そして、絶対に遠くまで行かないこと、監視役として上海人形を付き添わせることを条件に、なんと許可してしまったのだ。

 

「い、いいんですか? 人間狩りですよ? キノコ狩りじゃないんですよ?」

 

 本当にいいのだろうか。アリスはもしかして寒さのあまり自暴自棄になっていないだろうか。

 下から覗き込むと、アリスは苦笑する。

 

「大丈夫よ。ルーミアは、貴方が考えているようなことをする訳じゃない。むしろ妖怪ならば当たり前のことよ。人食い妖怪の在り様を近くで見るのも、良い経験になると思う。そこで、貴方がどうするのかは自分で決めなさい」

「……わ、分かりました」

「でも、焦らないで良いから。迷ったらそのまま帰ってきなさい。妖怪にも色々な生き方があるのだから。この幻想郷ではそれも許される」

「ねー。行く前に甘い事を教えないでよ」

 

 ルーミアが口を尖らせている。

 

「一般常識を教えただけよ。燐香は世間知らずだから」

「甘いなー」

「普通よ」

 

 アリスが何も心配はいらないと、頭を撫でてくる。本当は不安しかないのだが、その手の暖かさで若干収まる。

 人間食べてもいいよって言われても全然食べたくないし。食べてしまったら何かが変わってしまいそうで怖い。私はビビリだから。

 ――あれ、そもそもこの世界って人間ぶっ殺していいんだっけ? 多分一般人なら一撃で殺せると思うけど、人里の人間は手出し厳禁だったはず。アリスは当然それを知っているはずだし。どういうことだろう。

 

「それじゃあルーミア。燐香をよろしく」

「うん、任せて」

「悪戯しないように」

「それは約束できないかな。燐香のリアクションは面白いし」

 

 歯を見せてケラケラと嗤うルーミア。この歯は凄まじく頑丈で、骨ごとばりばりいけてしまう強さがある。いつか噛みつかれないだろうかと最初は警戒していたのだが、今はその心配はしていない。友達だからである。

 

「よーし。それじゃあ行こうか。まずは魔法の森をぐるぐるとね。寒いけど、美味しいのが獲れるかもしれないから我慢しよう」

「は、はい。分かりました」

 

 若干の緊張を覚えながら、ゆっくり頷く。なんとなく寒気がするのは、気温が低いからだけではない。なんだか緊張してきた。

 私はマフラーに手をあて、紫のバラの人がくれた特製カイロを握り締める。結構暖かくなったので元気が出た。ついでに、お供の上海人形を胸に抱きしめる。これで完璧、護身完成だ。

 

 

 

 

 

 

 魔法の森をルーミアに続いて低速で飛び続ける。いくら妖怪でも歩くのは疲れるのだ。雪を舐めてはいけない。ちょっと進むだけでずぼっとなるし、靴には冷たいのが染みてくるし、体力は消耗するしで困ったことばかり。だが飛べば全てが解決。飛べるって最高。冷たい風が直にあたって滅茶苦茶寒いけど!

 

「あ!」

「え?」

「良いもの見つけちゃった」

「良いもの?」

「うん」

 

 ルーミアが飛行を停止して着地すると、雪の中にいきなり手を突っ込んだ。いきなり死体がでてこないかと身構えるが、ルーミアが取り出したのは白いキノコだった。驚くほどの白さで擬態は完璧。よくこんなキノコを見つけられたものだ。私は思わず拍手する。上海も拍手している。アリスの遠隔操作だと思うが、本当に意志を持っているみたいだった。

 

「これ超レア物だよ。一口食べるだけで、天国を味わえるスーパーキノコ。その名もイチゲキドクロタケ」

「て、天国。それは、すごいですね。しかも名前もすごい」

 

 思わず唾を飲み込む。どんな天国だろう。やっぱり、あの世的な意味だろうか。トリップしちゃう系は色々とまずい。キノコの毒は本当に怖いのだ。カエンタケ先生とか。いつかあれは大妖怪になると思う。

 このキノコもなんだかそっち系くさい。イチゲキはやばい。ドクロって名前もやばい。そもそも、白いキノコって殆ど毒のあるイメージがあるし。妖怪は無効化できるのかな。私は草属性だから多分大丈夫だと思うけど。食あたりで死んだら流石に情けない。流石の幽香も呆れて、私の死体を何度も蹴飛ばすことだろう。呆れなくても蹴飛ばしてたから問題なかった。

 実際に食べれば分かるけど、私の胃袋はそんなに頑丈だっただろうか。うーむ。

 

「火を通すと香ばしい匂いが広がって、口に入れると濃厚な旨みが溢れ出るの。それはもう形容しがたい極上の味。あまりの美味しさに、死んじゃった人間も大勢いるんだって。人間が当る確率は一口で5分5分だけど、妖怪なら大丈夫。後で焼いて食べようね」

「それは、楽しみです。色々な意味で」

 

 一口で五割死ぬ。全部喰ったら確実に死ぬ。あれ、思ったよりイチゲキじゃなかった。一口で死んだ人を見て名付けられたのかもしれない。名前なんて結構適当なものだし。

 でも、死ぬ程上手いキノコを食べて死ねたなら満足だろうか。フグとか根性で喰ったひともいるみたいだし。人間は執念深いから、多数の犠牲の上に毒を無効化する食べ方を編み出すだろう。

 

「よーし、じゃあどんどん行こう」

 

 と、レア物キノコを闇の中にポイっと投げ入れると、ルーミアは再び飛び立った。私も後に続く。

 

 

 更にしばらく飛行すると、ルーミアが再び空中で停止する。

 

「みーつけた」

「今度は何があったんですか?」

「食べても良い人間だよ」

 

 私は思わず言葉を失ってしまう。ルーミアが舌なめずりして視線を向ける場所。樹齢を重ねた木の根元が、少しだけ盛り上がっている。ルーミアが素早くそれを掻き分けると、中から人間の死体が現れた。

 だが、既に食い荒らされた後だったようで、死体は殆ど原型を留めていない。服も滅茶苦茶な有様で性別、年齢すら判断できない。雪が降る前に遭難し、こうなってしまったのだろうか。

 

「遅かったかー。残念」

「これは?」

「たまに、外来人が迷い込むの。それは食べても良い人間。人里とかに入られたら、食べたら駄目な人間になっちゃう。だからその前に襲って殺す」

「外来人……」

 

 神隠しやら、何らかの拍子で迷い込んでしまった死ぬほど不幸な人間だろう。外の世界では、行方不明として扱われそのうち忘れ去られていく。まるで私達妖怪のようだ。

 

「私のほかにも狙っている妖怪はいるからね。早い者勝ち」

 

 冬場は保存状態が常に新鮮だからいいんだよと、ルーミアがついでに教えてくれた。そして、心から残念そうにこちらを振り返る。特に死体に対して思うところはないらしい。当たり前だ。私達は妖怪なのだから。人間に同情する必要はない。私達は、恐怖されてこそなのだ。アリスが教えたいこととは、これだったのかもしれない。幻想郷における人間と妖怪のありようだ。

 人間と付き合うことがあったとしても、種族が違うということは忘れてはいけない。それを踏まえたうえで、私がどういう選択をするかは自由。アリスは人間と穏やかな関係を築き、ルーミアは一部を捕食対象として判断している。ならば、私は?

 

「人間の死体を見るのは初めて?」

「はい」

「怖い?」

「怖くはありません」

「それはそうだよね。もしかしたら泣き顔が見れるかなーって思ったのに。ちょっと残念」

「心の友なのに意地悪ですね」

「だって妖怪だから」

「知っています。でも私も妖怪だし、ルーミアは大事な友達です」

「うん、知ってる」

「ならいいです」

 

 死体を見ても、私は何とも思わなかった。だって、ここにあるのはただの骨と肉片。特に思うところはない。こちらに助けを求めてきていたりしたら、少しは思うところはあったかもしれない。だがそれも生きていればの話。死んでしまえばただの塊に過ぎない。

 虚ろな髑髏に見つめられたところで感慨はない。こんなものはただの残骸だ。埋葬してやろうとも思わない。もう何も残ってないし、心底どうでも良い。

 今の私はさぞかし冷たい表情をしていることだろう。

 

「あはは。今、ちょっと妖怪っぽい顔してるよ。よく似合ってる」

「そうですか?」

「うん。ちょっと嬉しくなった」

 

 なんでかは分からない。だが、ルーミアはなんだかご機嫌である。

 

「なら、私も嬉しいです」

「心の友だもんね」

「その通りです」

 

 ルーミアと死体を前にして笑いあう。上海はぷかぷかと宙に浮いている。なんだか不思議な光景だった。

 

「でも、妖怪っぽくない燐香も好きだよ。そっちはそっちで面白いし」

「それは、ありがとうでいいんですか?」

「もちろん。両方燐香だし」

「そうなのかー」

 

 おっとルーミア君、これをスルー。

 

「うーん、どうしようかな。悩むなー。でも心の友だし良いかな」

 

 と、いきなりルーミアが悩みだした。腕組みをして、私は今猛烈に悩んでいますとアピールしている。

 

「どうかしたんですか?」

「よし決めた。私のとっておきの場所を教えてあげる。今日はレア物も見つけたから、特別の特別」

 

 上海がルーミアの元に近づき、×印を作っている。だが、ルーミアは聞く耳を持たない。上海に雪玉を投げつけると、ニヤリと嗤う。

 

「そんなに遠くじゃないよ。ね、ちょっと行ってみない? 別に嫌ならいいけど」

「とっておきなんですよね? なら行きます」

「そうなんだ」

「なんで他人事なんです? 誘ったのはルーミアなのに」

「なんとなくそういう気分だったから」

「なら、そうなのかーって一度言ってみてくれません? そういう気分なので」

「嫌だよ」

 

 意外とケチだった。

 しかし、どんな場所なのかは本当に興味がある。なにより、ルーミアが誘ってくれているのだ。行ってみたい。あとでアリスに怒られるのは仕方がない。ここは甘んじて受け入れよう。好奇心は猫をも殺すと言うし。あれ、じゃあダメじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐香は誘われるがままについてくる。しかも呑気に歌を口ずさんでいる。もしこのまま襲い掛かったらどんな反応をするだろう。別にしないけど、想像すると面白い。燐香のリアクションは見ていて飽きない。何もしていなくても面白い。だからよく遊びに行く。ルーミアのお気に入りの妖怪だ。

 

「何を歌ってるの?」

「かわいそうな家畜が売られていく歌です。私の十八番です」

「燐香に凄く似合ってるね」

「あんまり嬉しくないけど、ありがとうございます」

 

 幻想郷で、人間が最も多いのは人里だ。色々な人間がいて、色々な物がやりとりされる。だから、ルーミアもたまに遊びに行く。お金は、殺した人間から奪った持ち物を物好きな男に売って手に入れる。そのお金でお菓子や食べ物を買う。世の中は上手くできている。

 人里の人間は妖怪を見ても、それほど恐れることがない。本当は怖がっているのかもしれないが、顔には表わさない。恐らく、慣れはじめているのだ。

 

 闇が支配する夜でも酒場付近は明るく賑やかだし、人間のくせに自警団とやらを結成して妖怪に備えたりしている。半分獣の変な女が協力しているらしく、たまにルーミアも後をつけられたりする。煩わしいので頭から食ってやりたいが、人里の人間に手をだしてはいけない。それをするとルーミアより強い妖怪に殺されてしまうから。ルールを覚えてなかったときにそれをしてしまい、スキマ妖怪に一度殺されかけたので懲りた。

 それが嫌ならもっと強くならなければならない。ルーミアはそれで構わないと思っている。別に人間は他でも見つけられるからだ。次に人里を襲うときは、死にたくなったときだろうか。燐香が誘ってきたら乗っても良いかなとも思う。なんだか楽しそうだし。最後どうなろうとも、楽しいのが一番だ。

 

(お金が一番の人間も沢山いるらしいけど)

 

 幻想郷の人間は、貧富の差によって住む事のできる場所が変わるらしい。豊かに暮らすには、沢山の畑を持っていたり、大きなお店を持っていたり、何か希少な才を持つことが大事となる。貧しい人間は、人里でも外れの方へと追いやられ、着ている服も粗末である。

 もっと貧しい者たちは、人里で暮らすことができなくなる。自分から出て行く物好きたちもいるらしいが。そういった連中はお互いに身を寄せ合い、集落を築いて生活を送っている。粗末な柵を築いて獣除けとし、小さな社を築いて神に救いを求めている。夜は家に閉じこもって、決して外に出ようとはしない。

 たまに、ルーミアはそこの人間をからかいにいく。別に襲うつもりはないのだが、ただ顔を見せるだけであの人間たちは恐怖の表情を貼り付けて家の中へと逃げ込んでいく。その恐怖の感情がたまらない。満たされる。彼らは心から闇と妖怪を恐れているのだ。

 

 そんな貧しい連中が、稀に訪れる秘密の場所がある。その時だけは、彼らは危険を犯して夜に行動を開始する。

 ルーミアはその場所が何なのかを知っている。闇に紛れて一部始終を見ていたから。あれは実に面白い光景だった。それからは、ちょくちょくここの網を張って監視するようになった。

 特に、冬場は見つける事が多い。――さて、今日はどうだろうか。

 

「この奥だよ」

「…………」

 

 とある、森の近く。荒れている道の横には苔むした地蔵が置かれている。その道から少し外れて森の中へ入ると、奇妙な獣道を見つける事ができる。何が奇妙かと言うと、獣道の割にはやけに動きやすくなっている。獣は獣でも、二足歩行する獣の道だ。

 それに、雪が積もった今などは怪しいことこの上ない。雪は一面に積もっているのに、そこだけは何故か踏み固められているから。ここはちゃんとした道ではもちろんない。この先には何もないというのに、大小様々の足跡が残されている。

 

「一体何があると思う?」

「……分かりません」

 

 この分だと、色々と期待できそうだ。ルーミアは舌なめずりする。

 

「暗いですね」

「ここは、そういう場所なんだ。だから、とっておき」

 

 昼間だというのに太陽の光が射すことはない。ここは、常に薄暗い。だからお気に入りだ。

 燐香とアリスの人形を引き連れて、更に先へと進んでいく。ふわふわと浮きながら、ゆっくりと。

 そして、目的地へと到着した。倒れた木々が入り組んでできた自然の祠のようなもの。なんだか仰々しい感じはするが、別に何かが奉ってあるわけじゃない。偶然にできた、枯れ木の積み重なり。だが、人間はこれに意味を見出したらしい。

 ――生贄を捧げる祭壇としてのだ。

 

「あった! 今日は当たりだー」

 

 ルーミアは、木々の祠に置かれていたモノを掴む。今回は首を絞めて殺されたらしい、人間の赤子の死体。布に包まれて、意味ありげに捧げられていた。完全に冷たくなっている。夏場は腐るが、冬なので保存状態は完璧だ。

 

「赤ちゃんの、死体?」

「うん。たまに、ここに置いてあるの。人間からすると来るのが大変なんだけど、それが逆に良いんだって。前に話していたのをこっそり聞いたんだ」

 

 道のりが険しいほど罪悪感が和らぐそうだ。勝手な言い分だが、責めるつもりはない。どんどん捧げに来て欲しい。今年の冬は厳しいから、お代わりが一杯来そうである。

 冬を越えるまでに蓄えが尽きてしまえば、人間は死を待つことしかできない。助けてくれるような善人もいない。そして、自分達で狩猟できるほど、強い者ばかりではない。人間は、ほとんどが弱くて脆い。第一、人間が冬に獣を見つけても狩るのは至難の業だ。

 そんな時、最初に始末されるのは、食べるばかりで糧を生み出せない者。もしくは余命幾ばくもない弱者から。当たり前のことだ。

 

「…………」

 

 燐香は、そのまま押し黙る。もしかして、怖くなってしまったのかもしれない。燐香は人間の肉を食べない。食べたがらない。妖怪のくせに。ルーミアにはそれが不満でもあり、面白くもある。その在り様が面白いから、ルーミアは沢山遊びにいくのだ。見ていて本当に飽きない。

 

「食べた後は、あっちに集めておくの。見る?」

「…………」

 

 どっさり積もった雪をどけ、埋もれていた大きな石もどける。冷たい地面を手で適当に掘ると、ルーミアが今まで食べた人間の残骸が現れた。それは小さなものばかり。年齢に差はあるが、全部が子供だ。子供は柔らかくて美味しい。腐っていてもそれなりに美味しく食べられる。焼けば腐臭も和らぐけど、ここのは必ず生で齧りつくことにしている。特に理由はない。そうしたいからそうする。

 

「何故。どうして。おかしい。だって幻想郷は――」

 

 楽園ではなかったのか? 燐香は虚ろな瞳で、ぶつぶつと何かを呟いている。鮮やかな赤い髪の毛に、艶かしい黒が混ざりはじめる。まるで侵食していくように。ルーミアは少し魅入ってしまった。自分の闇に似ているような気がして。

 

「えっとね。ここに捧げられた子供は、次に生まれてくるときに幸福になれるんだって。誰が言ったのかはしらないけど。ま、私は美味しいお肉が食べられるし、別にいいかなー」

 

 生贄を捧げた後、悲痛な形相で再び訪れた人間は、何故か安堵した顔を浮かべていた。子供が神様に受け入れられたと勘違いしたのだろう。

 真実は全然違うけど、どうでも良いことだ。自分が綺麗に食べてやったと言っても良かったが、美味しいお肉がこなくなるともったいないので我慢した。この数年でもう20人ぐらいは食べている。これからも食べたい。

 ここはルーミアだけに許されたご馳走の場所。誰にも知られたくないとっておきの場所。だけど、燐香は心の友だから教えてあげた。一緒に食べたらもっと美味しいかもしれない。だから試してみようと思った。

 

「一緒に食べる?」

「……私は、これは食べられません。絶対に食べられない。だから――」

 

 そう言うと、燐香の瞳が赤く光る。ルーミアの食べた残骸、そして木々の祠、その周囲からなんだか黒い靄が生じ始めた。何か分からないけれど、なんだか凄く黒かった。ルーミアは目を丸くしてそれを見届ける。

 その靄は、燐香の身体に吸い込まれていく。燐香の口元が歪んでいく。

 

「残っているこれを頂きます。ルーミアは、その肉を食べて下さい。貴方の場所だから、それは貴方のものです」

「そっか。じゃあいただきまーす」

 

 ルーミアは遠慮なく頭から齧りついた。そのまま一気に半分まで食べ進める。保存状態がよかったからとても美味しい。冬は寒いけど、これがあるから多少は救われる。冬だけのお楽しみである。

 

「死ねばただの肉の塊。魂は既にここにはない。――が強ければ必ずこびりつく。たとえ誰に見向きもされなくても、私達は絶対に忘れない。お前達が忘れ去ったとしても、私達は永久に残り続ける。だから、いつか必ず――」

「燐香?」

 

 強烈な敵意と威圧感を発しだした燐香に、ルーミアは眉を顰める。すると、すぐにそれは収まった。なにかの間違いだったのか。よく分からなかった。

 

「ごめんなさいルーミア。ここに、ちょっとだけ飾り付けをしてもいいですか? とっておきの場所にしては、少し寂しいと思うので」

「うーん。別にいいと思うけど。なにするの? あれ、そういえば髪の色が――」

 

 燐香は黒になっていた。いつもは見える“白”が覆われて見えなくなっている。でも、存在が確認できるということはまだ完全ではないのだろう。

 黒い燐香は両手を伸ばし、身体をくるりと一回転。すると、雪で覆われていた地面に、赤い彼岸花が咲き始めた。白雪全てを覆い尽くすように。まるで赤い絨毯みたいだった。その上で寝転んだら、そのままあっちへ流されてしまいそう。

 

「凄いなー」

「ありがとうございます。ふふ、素敵になりましたか?」

「うん、とってもいい感じ。綺麗だし、少し美味しそう」

「残念ですけど、毒があるから食べられませんよ」

「私に毒って効くのかな」

「さぁ」

「今度試してみよう。綺麗で美味しかったら嬉しいよね」

「そうですね。ここはルーミアの場所だから、好きにしてください」

「燐香の場所にもなったよ。心の友だからいつでも入れてあげる」

「ありがとうございます、心の友よ」

 

 人間たちが勝手に作り上げた偽物の神様。いんちきな木々の祠。そこに咲き誇る本物の彼岸花。白を埋め尽くすように咲いた真っ赤な絨毯。とてもいい感じだった。ルーミア一番のお気に入りの場所になりそう。

 

「ねぇ、一つ聞いても良い?」

「なんですか?」

「貴方、燐香だよね?」

「はい、多分そうです。私は、風見燐香です」

 

 曖昧な返答。目は虚ろなままで、顔だけが笑っている。目からは、赤い涙が零れている。気付いているのかいないのか。指摘することはできるけど、止めておいた。

 だから、ハンカチを取り出し、それをぬぐってやった。あんまり意味はなかった。とめどなく流れているから仕方がない。地面は赤ばかりなので、特に問題はない。

 

「そっか。ならいいや」

 

 燐香は黒だった。いつもはちょっとだけ白が混ざっているのに、今日は黒ばかり。95%ぐらい黒。別に嫌ではない。でも、いつものちょっと白がある燐香もいいと思う。――こっちの燐香は、少し苦みが強い。

 

「ね、やっぱりこれ、食べてみない? 一口だけでも。騙されたと思って」

 

 小さな足一本だけになった肉。それを差し出す。燐香は首を横に振る。

 

「私は騙されないのでいりません」

「どうしても?」

「はい。私は食べません。変わってしまうから、食べられない」

 

 今は駄目みたいだった。また次の機会を試してみよう。多分、そうした方が良いと思う。いざとなったら無理矢理にでも。ルーミアはなんとなくそう思った。

 

「なら、珈琲飲む?」

「いただきます」

「ミルクは?」

「いりません」

「だと思った。でもちょっとだけ入れちゃうね」

「じゃあ最初から聞かないでください」

「そういう気分だったから」

 

 ルーミアは口についた血を拭い、残骸をいつもの場所に放り投げた後、珈琲を淹れる準備を始める。今日はお湯を持ってきていないから一から沸かさなくてはいけない。でも、雪がいっぱいあるから水には困らない。埃がまざっているから汚いとアリスに言われたが、そんなことは気にしない。飲めればいい。

 と、アリスの人形がさっきから静かなことに気がつく。

 

「それ、さっきから静かだね」

「アリスも疲れたんじゃないですか? 遠隔操作って大変でしょうし」

「そっか。うん、そうかもね」

 

 アリスの人形は燐香の方を向いて、ただふわふわと浮いていた。

 



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第二十七話 或る冬の一日

 今日の私は紅魔館へと向かっている。アリスが図書館で調べ物をしたいと言い出したからである。アリスは勉強家だなぁと感心して見送ろうとしたら、貴方も来るのよと背中を掴まれた。人形と楽しく遊んでいようと思ったのに。

 私は留守番をしていると言ったのだが、フランドールと約束したことを指摘されたので、ぐぬぬと唸ることしかできなかった。フランと遊ぶのが嫌なわけでは勿論ない。むしろもっと遊んだり話したりしたいぐらい。だけど。

 

 ――だって、外マジで寒いんだもの。ちょっとみぞれっぽいの降ってるし。こんな中元気に外を飛びまわれるのはチルノとかレティぐらいじゃないかな。なんでか分からないけど身体は少しだるいし。

 風邪でもひいたかなと思ったけど、そうじゃないので安心しなさいとアリスに言われた。見るだけで大丈夫と分かるなんて、やっぱりアリスはできる女だった。

 

 実を言うと、昨日ルーミアのとっておきの場所に行ってから、少し記憶が曖昧だったりする。ルーミアが美味しく食事をしていたのは覚えているけど。後は珈琲をご馳走になった記憶もある。多分寒さが限界を超えて、私の思考能力を奪っていったのだろう。雪山で遭難した人が、幻を見るようなあれだ。雪って怖い。雪山の怪談とか思い出すだけで震えちゃう。妖怪でも怖いものは怖いのである。

 で、気が付いたら自分の家にいたからもっと怖かった。目覚めると同時に風見幽香の顔とか、ホラーってレベルじゃない。私は本気の悲鳴をあげたのだった。

 額が割れそうなほど痛むのは、幽香がデコピン(と呼ぶにはあまりに激烈な威力)を放ったから。目覚めの一発には効きすぎであった。

 

「もうすぐ到着よ。ほら、そんなに死にそうな顔をしないの」

「さ、寒いです。そういえば妖怪って凍死するんですか?」

「しないし、させないから安心しなさい。大体、そんなに着込んでいる上に、カイロまで持ってるじゃないの」

 

 何枚も重ね着をし、マフラーとコート、頭にはアリスから借りた毛糸の帽子。ふわふわの手袋。これだけつけても寒い。特製カイロも身につけているが、寒い。

 

「だるまぐらい着込まないとダメですね」

「別の妖怪になるからやめておきなさい」

 

 そんなこんなで凍死することなく、紅魔館に到着だ。名残惜しいがアリスの手を離す。実は、飛ぶときはいつも手を繋いでいるのだ。ちょっと嬉しいけど恥ずかしい気もする。

 アリスが気にしていなければいいのだが。本当は面倒とか思われていたらやだなぁ。って、アリスはそんな人じゃなかった。嫌なことは嫌だとはっきり言う人だし。だからこそ、私はアリスを尊敬している。私の鍛錬ももうすぐ終わりになるんだろうなと考えると、本当に寂しい。でもいつまでも一緒にいたら迷惑なのは間違いない。私は私の居場所を探さなければ。いわゆるベストプレイス。

 

 美鈴がこちらに気付き、軽く手を上げてくる。私も元気よくそれに応える。美鈴も流石に防寒着を身につけ、帽子を纏っている。こんな日にまで門番とは、本当に大変だろうなと思う。――と思ったら、門の傍に屋外用ストーブが設置してあり、メイド妖精門番隊がそこで暖を取っていた。皆でより固まって、おしくら饅頭状態。あれなら寒くないし楽しそう。

 

「こんにちは。ここまで寒かったでしょう」

「いきなりでごめんなさい。ちょっと、図書館に用があって。一応、昨日手紙を送ったのだけど」

 

 伝書鳩でも送ったのだろうか。そういえば、たまに鳥が餌をもらいにやってくる。

 

「ええ、聞いています。パチュリー様も首を長くしていると思いますよ。最近は礼儀がなってない来客ばかりでしたしね。本当に困った人間で」

「例の魔法使い?」

「ええ、十割方そいつです。あれ、魔法の森にすんでいるとか言ってましたけど。会ったことはないんですか?」

「ないわね。森は広いし、特に用事もないし」

「まぁ、勝手に物をもっていく奴ですからね。目をつけられないほうがいいですよ。パチュリー様は気に入ったみたいなんですけど。全く、私の仕事は増えるばかりですよ」

 

 美鈴が疲れたように溜息を吐く。多分霧雨魔理沙のことだろう。本を死ぬまで借りるといって乗り込んでいるらしい。そのうち会えるといいなぁ。魔理沙はきっと眩しいだろう。彼女達は普通の人間とは違うのだから。

 

「と、お嬢さんもこんにちは」

「こんにちは、美鈴さん」

「はは、私の事は美鈴でいいよ。妹様のお友達なんだし。あと、この前の彼岸花、まだ元気に咲いてるよ。ウチの花と同じで活きがいいんだね」

 

 定期的に水とか日光、それに妖力を与えておけば生命力が続く限り枯れることはない。なぜか。それが私の彼岸花だから。私に似て意外としつこい生命力を持っている。流石に枯れたかと思っても、まだ生きている。しぶとすぎる。ちなみに飢餓救済用の植物らしいので、食べてもいいけど多分美味しくない。ちゃんと処理をしないと毒もある。自分を生み出した花を食べるというのは、なんだか妙な話なので食べようと思ったことはない。いずれルーミアが味を教えてくれるだろう。

 

「さあさあ、立ち話もなんですのでどうぞどうぞ。あ、妹様はまだ寝てるけど、そのうち起きると思うよ。ちょっと、館の中は荒れてると思うけど、気にしないでね」

「なにかあったの?」

「ええ。まぁいつものじゃれあいというか。迷惑な姉妹喧嘩の後始末がまだ終わっていないんです。あの咲夜さんが半泣きでしたからね」

「最近大人しかったと聞いていたけど」

 

 フランとレミリアの本気のじゃれあい。巻き込まれたら死んじゃいそうだ。弾幕なら見てみたいけど、あんまり近くは嫌である。カゴメカゴメとかなんかこっちにも被害でそうだし。

 

「そうなんですけどね。アリスさんの手紙が来てからすぐに始まりましたよ。ほら、燐香はお嬢様とまだ会ったことがないでしょう? だからお嬢様が『フランの友なら、私自ら盛大に歓迎してやろう!』と高笑いされた瞬間、妹様の本気の魔法が顔面に直撃しまして。その後はもう滅茶苦茶に」

「……それは、ご愁傷様ね」

「というわけで、妹様は戦い疲れて眠っています。時間切れで判定負けしたお嬢様は、咲夜さんと一緒に不貞腐れながら神社へ遊びに。いやぁ、今回の妹様は本当に激しかったですねぇ。妬けちゃいますよ」

 

 何故かニコニコと嬉しそうな美鈴。レミリアは多分本気じゃなかったのだろうが、フランはプッツンしていたらしい。本気のフランとか、想像したくない。友達なので意味もなく怖がらないが、戦うことにはならないように願いたい。

 実は、レミリアと咲夜には今日は会えるかなと思っていたりしたのだが、今回もニアミスのようだ。ちょっと残念だけど、それを表にだすのはフランに失礼なので、たくさん遊べることを喜ぶことにしよう。

 

「ああ、また話しこんでしまいました。ささ、早く中へどうぞ。すぐに暖かい紅茶を用意します」

「ところで、貴方はこんな寒い中も門番しているの?」

「それが仕事ですから。あそこで妖精と暖を取る事は許されてるし、いつもより多めに休憩はいただけるので問題はありません。寒い中でやる修行もなかなか乙なものですよ」

「――だそうよ、燐香。貴方も家で毛布にくるまってないで、外で元気に飛び回ってみたら? 子供は風の子とも言うみたいだし」

 

 アリスが悪戯っぽく笑う。最近はこうやってからかいの言葉もかけてくる。毛布に包まっているのは事実である。アリスの家は暖かいけど、毛布に包まると更に幸せになれる。くるまりながら上海たちと遊ぶのはまさに至福の時間である。幸せすぎてそのまま寝てしまうぐらいに。ダメ妖怪道まっしぐらである。

 

「遺憾ながら前向きに善処する方向で検討を重ねてみます。それまでは現状維持の方向でお願いします」

「そういう言葉ばかり覚えて。本当に仕方ない子ね」

「あはは」

 

 コツンとアリスに頭を軽く小突かれた後、美鈴と談笑しながら中へと入っていく。

 館の中は本当に結構ひどい状態だった。アリスと私は、うわぁと言うことしかできなかった。応急修理はところどころしてあるが、それでもまだひどい。補修材がいたるところに山積みだ。咲夜もこれでは大変だろう。

 私は瀟洒なメイド長と妖精メイドたちに多いに同情するのであった。

 

 

 

 

 

 

 図書館に入った瞬間、声をかけてきたのはまたもや小悪魔。美味しいお菓子を用意してあるとぐいぐいと押し付けてきた。お菓子はマドレーヌ。食べたらすごくやばそうな気がするが、食べないのも失礼である。

 

「さ、挨拶代わりにどうぞ召し上がって下さい。貴方のためだけに作った特製品なんです」

「い、いただきますから。そんなにくっつけないでください。べ、ベタベタする」

「どうぞどうぞ。がぶっと一口でいっちゃってください。全部食べれば効果はバッチリ――」

「そんなに美味しいなら貴方が食べなさい」

 

 と思ったら、アリスがそれを取り上げて、逆に小悪魔の口に強引に流し込む。アリスも意外とパワータイプだった。

 小悪魔は一瞬呆然とした後、ぎゃーと悲鳴を上げながらどこかへといってしまった。面白い悪魔である。と私に洒落にならない悪戯を仕掛けてくるのだけはやめてほしいが、多分無理だろう。彼女は悪魔だから。

 

「まったく。全然躾けられてないじゃない」

「ごめんなさいね。いくら言っても矯正できないの」

「言って駄目なら、身体で覚えさせなさい!」

「後できっちりやっておくわ。この前徹底的にやったのだけどね。美味しそうな獲物を前にすると忘れちゃうみたい」

 

 妖精メイドが紅茶セットを持ってくると、パチュリーが私達に淹れ始めてくれる。漂う馨しい香りがじつに良い感じだ。

 

「紅茶を淹れるのはあまり得意ではないのだけれどね。咲夜がいないから我慢してちょうだい。妖精よりはマシなつもりよ」

「何も入ってないならそれで十分よ」

「比較対象がひどすぎて、褒められても全く嬉しくないわ」

「まぁそうでしょうね」

「相変わらず陰険ね。人形ばかり相手にしているとそうなるのかしら」

「本が恋人の根暗に言われたくないわ」

「人形とどっちがマシかしら」

「試してみる?」

「今日は寒いからやめましょう。さ、紅茶をご馳走するわ」

「それはどうもありがとう」

 

 言葉の応酬。本気の悪口ではなく、軽いジャブみたいなものだ。その証拠に顔には敵意がない。

 しかし、魔女の会話は実に面白い。聞いていて全然飽きない。ここに魔理沙が加われば完璧だ。私はそれを端から眺めていたい。きっと賑やかだろうなぁ。

 

 ――と、派手な音とともに図書館の扉が開かれる。現れたのは目の下にくまをつくったフランドールだった。明らかに疲れている。羽についている七色の宝石もいまいち光沢が鈍い。多分、寝不足だろう。

 

「い、いらっしゃい。ずっと待ってた。待ちくたびれた。本当は寝ないで待ってようと思ったんだけど、魔力消耗がひどくて寝ちゃったんだ。でも大丈夫。私は吸血鬼だからね。全然平気」

 

 全然大丈夫そうに見えないが、それだけ私が来るのを楽しみにしてくれていたみたい。こんなに嬉しい事はない。私は笑顔で挨拶する。作り笑顔ではなく、本当に嬉しくて勝手に出てしまった。

 

「こんにちは、フラン。約束通り、遊びにきたよ」

「驚いた。本当に守るとは思ってなかった。皆口だけだからね。燐香も絶対にこないと思ってた。でもあの時は楽しかったからそれでも良いかなって思ってた。ほら、私は頭がおかしいから近寄りたがらないし。避けられても仕方がない」

 

 フランが捲くし立ててくる。でも顔はちょっと嬉しそう。

 

「フランは大事な友達です。それに、友達との約束は絶対に守る」

「……そう。うん、本当に嬉しい。じゃあ、とりあえず紅茶を飲もう。パチュリー、私のもお願いしていい? 喉がカラカラ」

 

 フランがふらふらしながら、私の隣に腰掛ける。本当に眠そうだ。

 

「もう準備しているわ。お願いだから、図書館で暴れないでね。本を傷つけたら怒るわよ」

「言われなくても分かってるよ。だから昨日もここでは暴れなかったでしょ」

「そうね。危うく館ごと壊れるかと思ったけど。少しは自重しなさい」

「全部アイツが悪いんだよ。私に友達ができたことが気に入らないんだ。燐香を取り上げて、私が悔しがる様を見たいんだよ。ああ、思い出したらなんだかムカついてきた。やっぱり今から追いかけて決着をつけたほうがいいかな。頭と心臓にそこらへんの杭を打ち込めば消滅するかも。うん、紅茶を飲んだらちょっと行ってくる」

「やめなさい。大人気ないわよ」

 

 姉はレミリア・スカーレット、妹がフランドール・スカーレットのはず。なのに大人気ないといわれるフラン。レミリアはどんな妖怪なんだろう。

 

「それはアイツでしょ。私が咲夜に話しかけるとヘソをまげるくせに。私のものは直ぐに取ろうとする。そのくせ、自分ばかり友達を増やしやがって。博麗の巫女とも仲良くしてるんでしょ? ああ、本当に頭にくる」

「貴方の言う事も分かるわ。レミィのあれは病気に近いからね。性癖とも言うんだけど」

「本当? パチュリーは分かってくれるんだ」

「ええ。だから、貴方が大人になれば良い」

「私は十分に大人だよ。アイツとは違う」

 

 フランが不機嫌そうに舌打ちする。だがパチュリーの言葉は続く。

 

「そうかしら? なら言わせてもらうけど、レミィをアイツ呼ばわりするのがまず大人気ない。もう少し心に余裕を持ちなさい。そしてお友達を少しは信用しなさい。貴方に必要なのは、心の余裕と自分への信頼。そうすればレミィの行動や言動に一々腹を立てることもなくなるわ」

 

 むぅとフランが口ごもる。パチュリーがなんだか先生みたいである。というか、アリスは私の先生。つまり、私とフランはいわゆる問題児的な生徒ということだ。

 

「さ、紅茶でも飲んで落ち着きましょう。怒っていると疲れますよ」

「……うん、そうだね。怒り続けるのは馬鹿馬鹿しい。大事な時間がもったいない。アイツ――じゃなくてお姉さまのために時間を使うのはまさに時間の無駄無駄無駄」

 

 私がフランの背中を撫でてあげると、大人しく頷く。そして、一口飲むと、目を輝かせてこちらを振り向く。

 

「それで今日は何をする? もう弾幕ごっこのやりかたは覚えたの? それともこの前の負けの借りを取り戻したい? 私は沢山時間があるからなんでもいいよ」

「そうですね、何して遊びましょうか」

「燐香。私はちょっとパチュリーに相談したいことがあるの。だから、二人で遊んでいてくれる?」

「分かりました」

「あ、じゃあ外に出ようか」

「そ、外ですか? 超寒いですよ。外に出たことを後悔するくらいに」

 

 私は止めた方がいいと忠告するが、フランは首を横に振る。

 

「だからだよ。今日って太陽でてないでしょ。たまには外の空気を吸って地下の居心地の良さを再確認したいの。敢えて不幸に触れることで、普段の何気ない幸福を再認識できる」

 

 なるほど、そういうのもあるのか。だが、完全に引き篭もりの思考である。家で毛布にくるまっている私に何かを言う資格はないのだが。

 

「進んで辛さを味わい、日常生活を更に新鮮に過ごせるようにする。流石フランは目の付け所が違いますね。目から鱗です」

「そ、そう?」

「ええ。私には全く思いつきませんでした。アリスの家ではゴロゴロ転がっていてばかりでしたので。あの幸福感から逃れるのは難しいものです」

 

 偉そうに胸を張っていたら、アリスにジト目で睨まれた。

 

「……美鈴の目が届く範囲なら構わないわ。ただし、館から遠くへはいかないように。約束できる?」

「うん」

 

 パチュリーが真剣な表情で念を押す。フランが頷く。ほとんど地下で篭っていたはずだが、最近は外に出ることを許可されているのか。この前は確か封印がされていたはず。魔理沙や霊夢が来るようになってから何か変わったのかもしれない。

 

「ならいいわ。ちゃんと厚着をするように。吸血鬼が風邪なんて洒落にもならないわ」

「分かったよ、もう。パチュリーは細かいなぁ。別に、遠くになんか行きたくないし」

「必要なことを言っているだけよ」

 

 そう言うと、パチュリーは紅茶を口にする。彼女も彼女なりにフランを気遣っているようだ。

 

「あ、美鈴を標的に雪合戦でもしよっか。人間や妖精と違って頑丈だから色々やっても平気だよ」

「わ、分かりました」

「石とか入れちゃう? 威力倍増するよね。魔力も篭めればもっと楽しくなりそう!」

「それは止めましょう。ちょっと可哀相です」

「じゃあぎゅーっと握って硬くしよう。美鈴びっくりするかもね」

「驚きのあまりひっくり返ると思います。物理的な意味で」

 

 本当にかわいそうな美鈴。でも、本人は修行の代わりになると喜ぶかもしれない。フランも冗談を言っているだけで、実際はもっと和やかな感じになるはず。だってこんなに可愛いのだから、本気で殺傷力がある弾をぶん投げるはずがない。当てちゃうぞー、やめてー、みたいな。そんな感じになる。うん。

 そんなキャッキャウフフの雪合戦になることを祈っていた私は、そのすぐ後に自分の考えの甘さを思い知るのだった。

 

 これは本当の意味の雪合戦だ。投げる速さが、超やばい。“轟ッ!!”みたいな効果音がついてるし。というか、雪弾の硬さも超ヤバイ。圧縮されすぎ! それを美鈴は必死の形相で逃げている。私もたまになげるが、フランのとは弾速が違う。私が安物銀玉鉄砲なら、フランのはスナイパーライフル。着弾したところが凄まじい勢いで爆発してるし。本当に魔力が篭ってるの? あれには絶対に当りたくない。弾けちゃいそう。

 美鈴の顔が泣きそうになってきたところで、私は雪だるまを作ろうと大声で提案したのだった。これなら死者がでることはない。

 

 フランも飽きていたらしく、簡単に頷いてくれた。美鈴は私に向かって、深々と頭を下げてきた。美鈴は汗だくで顔は真っ赤であった。しかし、最後まで避けきるとは流石は武術の達人である。

 

 ――その一時間後、紅魔館の門前に巨大な雪だるまが完成したのだった。暇そうな妖精メイド門番隊も途中から参加していたので、予想よりも巨大なものになってしまった。融けるまでには相当の月日がかかることだろう。

 

「中々見事なものができましたね!」

 

 私が歓声をあげると、美鈴が納得したように頷く。妖精たちも歓声をあげている。

 

「紅魔館に相応しい出来栄えです」

「皆で頑張った甲斐があったね。あ、これをお姉様ということにしてぶっ壊す?」

 

 フランがその手に、燃え盛る炎の剣を作り出す。私は慌てて止める。

 

「折角作ったのにもう壊すんですか? もったいないですよ」

「それもそっか。じゃあこのまま飾っておこうか」

「なら、皆で飾り付けをしましょう」

「それ、いいですね! 妹様も一緒にやりましょう」

 

 

 私は雪だるまに赤い彼岸花を咲かせて飾り付け。妖精たちが適当に木の枝を突き刺し、美鈴が雪だるまに目を模した岩を埋め込み、フランがレミリアの悪口を胴体に書き入れて終了。紅魔館仕様の雪だるまは、冬の間中、ここに陣取り続けるだろう。記念に一枚、写真でもとりたいところである。

 実に充実した時間を送ったと、私とフランは固い握手を交わした。美鈴がうんうんと、私とフランの肩に手を置いた。実にお姉さん的な振る舞いであった。その直後、フランに『門番の癖に生意気だ』と殴られていなければ。

 




次はイベント発生です。上、中、下予定。まだ春雪異変じゃないです。
本当に偶然でクリスマス期間にかかりそう。


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第二十八話 紅き聖誕祭・上

 メリー苦しみます――じゃなくてクリスマスパーティ開催! 幻想郷にもそういうのはあるのか!

 いや、一応知ってはいたけど。家のカレンダーに、意味ありげに赤で印をつけたりしたし。

 一緒にケーキを食べて、なんだかよくわからないものに感謝を捧げたいなぁとか。どこからかサンタさんがやってきて、素敵なプレゼントくれたりしないかなぁとか思ったり。ケーキとケ○タッキーで、家族仲良く素敵なイブを過ごしましょうみたいな? 後で見つかって、余計な落書きをするなとしばかれたけど。修羅の家にクリスマスなんてものはないのです。でも期待するだけならタダなので、私は毎年赤で印をつけている。そして毎年しばかれている。学習能力なし。

 

 そんなクリスマスを祝おうじゃなくて、お前を苦しめてやる的思考の幽香が、クリスマスパーティに連れて行ってくれると言ったときは、腰が抜けるかと思った。いや、私は今腰を抜かしている。ついでに顎が外れそうなほど驚いた。嫌な汗が背中を流れ、ガクガクと驚愕している。世界が滅びそうなほどの衝撃だった。自分の頬を抓るが、感覚がない。いや、指が震えているから抓れてないだけだった。

 

「それは、何をしているの?」

 

 幽香が虫を見るような目で見下ろしてくる。

 

「い、いや、まだ夢の中かなぁと思って。だってありえないし」

「その顔で無様な態度を取るな。3秒以内に立ち上がりなさい」

「ご、ごめんなさい。直ぐに立ちます! はい!」

 

 地獄の3秒ルール。下僕からの反論を一切許さない、あまりにも効率的なシステム。後生だから、だれかこれ改善して。白蓮さんなら、白蓮さんなら何とかしてくれる。でも彼女が復活するまで、私の体はもつのでしょうか。無理な気がしてきた。

 

「実は、紅魔館から招待状が届いたのよ。チンチクリンの吸血鬼が、私達を招待したいとね。お前、妹の方と仲良くなったそうじゃない」

「は、はい。フラン――フランドール・スカーレットとお友達になりました」

「へぇ、そうなの」

「…………」

 

 友達をやめろとか言われたら最悪だ。そういうことは受け入れないので、先制攻撃をするためにチャージ開始。その言葉が出た瞬間にぶん殴ってやる。きっと殺されるけど。

 この前、人間と仲良くするなとか言われた気もするけど、それも当然従わない。いや、従うフリをして、いう事は聞かないことにした。面従腹背の術だ。ついでに笑裏蔵刀もしこんじゃう。海のリハク先生、私に力を与えたまえ!

 

「まぁ、アレは構わないわ。特に興味もないし、勝手にしなさい」

「え?」

「毎度毎度聞き返すな、グズが。お前は頭だけじゃなくて耳まで悪いのね。ねぇ、一つでもまともなところがあるなら言ってみてくれないかしら」

「じ、次回までに捜しておきます」

「ふふ、本当に馬鹿ねぇ。お前にまともなところなんてある訳がないでしょ」

 

 そう嘲笑されて小突かれた。

 

「…………」

 

 あやうく、じゃあ聞くなこの陰険性悪女! と声に出かけたが堪える。心頭滅却、心頭滅却。うん、無理だ。黒い憎しみが溢れていく。全部こいつにぶつけてやる。殺意を篭めて幽香をにらみ付けると、何故か心底楽しそうに笑っている。何が楽しいんだこの女。

 

「良い目をするわね。本当に腹立たしくなる。だから殴り甲斐――躾甲斐があるんだけど。ねぇ、これからも精々楽しませてね?」

「痛っ!」

 

 強烈な拳骨が頭にヒット。マジで痛い。そして畳み掛けられる罵声。悪口は聞き流して軽く受け流す。本当は受け流したつもりでグサグサ心に刺さっているけど。心を堅くして受け流したつもりになる。そうしないとあまりに辛すぎるので我慢だ。ATフィールド展開! ATフィールド消滅!

 

 まぁとにかく、フランと友達でいることは問題ないらしい。良かった良かった。余計な拳骨と悪口を頂戴してしまったが。本当にムカつく女だ。アクマイト光線でも使えれば、一撃で葬ってやれるものを。残念無念。

 

「で、行くつもりなんて欠片もなかったんだけど。この前、不愉快な霧を撒き散らされた借りがあったのを思い出したの。だから、チンチクリンの顔を拝むついでに、話をつけようと思って」

「……そうですか」

 

 話だけじゃなくてやりあうつもりかもしれない。幽香は「お前強いんだって? じゃあ死ね!」と普通に言い放つ修羅のキャラだし。私はずっと影に隠れていよう。紅魔館当主VS大魔王幽香の全力バトルなんかに巻き込まれたら死んじゃうし。……ああ、怖い怖い。心の中ではレミリアを全力で応援だ。まだ会ったことないけど、この悪魔を倒してくれるなら誰でも応援しちゃう。

 

 ま、理由はなんにせよ、連れて行ってもらえるだけ僥倖ということにしておこう。『お前がいると不愉快だから留守番してろ』とか言い出しそうだし。一人でクリスマスソングを歌いながら雪景色を眺める私。……容易に想像できて涙が出る。ルーミアやアリスは多分リア充生活送ってると思うし。『クリスマスに家で一緒に遊ばない?』なんて言えない。迷惑だろうし。寂しい。

 

「ただし、お前を連れて行くのには条件があるわ」

「じょ、条件」

 

 心臓を捧げてみせろとか言われたらどうしよう。私は冷や汗をダラダラ流す。

 

「どうやら人間共も来るらしいのよ。本当に不愉快だけど、お前は私に似てしまっているでしょう。そんなお前が、情けない顔で人間に媚びへつらうのは絶対に許されない。つまり――」

「ま、まさか、ずっと仮面でもしていろと?」

 

 私は仮面の女になってしまうのか。幻想郷ならそれもありかもしれない。まぁもうなんでもいいや。今からお前の顔を、原型がなくなるまでボコボコにしてやる以外なら。

 

「顔を隠すなんて無様は許さないわ。……よく聞きなさい。最近は制御しているみたいだけど、前みたいに威圧感を発しておけ。そして表情を一切崩すな。そうすれば人間共は絶対に近づいてこない。私が許可するまでは、決して側を離れるな」

 

 それって全然楽しくなさそう。むしろ罰ゲームかなにかだと思う。あの大物オーラは皆に怖がられちゃうし。『新入りのくせに、いきなり喧嘩売ってるの? 超ムカツク!』みたいな流れにならないかな。多分なるよね、なっちゃうよね。だからつい、不満であると口に出してしまった。私は正直者なのだ。

 

「……えー」

「不満があるなら発言を許可するわ。遺言は残しておきなさいよ」

 

 発言は許すが、後で酷い目に遭わせるという宣告。普段は発言すら許されないのでこれでも有情である。だが結末はいつも無情。諸行無常なのがこの家での私の運命。

 

「えーと、わかりました! え、えへへ――ぶげっ!」

 

 両頬を抓られた。抓られたというより、万力のように抉りこむような捻り。これは黄金の回転だ。恐ろしいほど痛い。骨身に染みる痛さとはこのことだ。

 また愛想笑いをしてしまった罰らしい。真っ赤なお鼻のトナカイじゃなくて、真っ赤なほっぺの燐香になってしまう。いや、抉れちゃう。それにしても今日はイビリが激しい。いつもの三倍だ。私の憎悪をどうしても掻き立てたいらしい。妖怪嫁イビリに名前を変えれば良いのである。うん。というか痛いのでそろそろ離してください。

 

「で、どうするの? 守ると約束するなら、連れて行ってやる」

「や、やくひょふひまふ」

 

 即答した。フランには事情を説明しておけば怒らないでくれるだろう。それに、わざわざ招待状を送ってくれたというのに、私がいかなければ悲しむかもしれない。あ、パチュリーや美鈴にもちゃんと説明しておかなくては。

 問題は、レミリアや咲夜の私に対しての第一印象は、死ぬ程悪化するだろうということ。ついでに参加していそうな人間たちも。例えば魔理沙とかに嫌われてしまう。私の完璧な八方美人政策は、幻想郷のジャイアンの手によって、泡と消えようとしている。おのれ大魔王め。

 解放された私は、床にくずおれるのであった。別に戦闘してたわけじゃないのに、体力はすでに赤メーター。世の中って理不尽である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗霊夢は、霧雨魔理沙とともに紅魔館主催のクリスマスパーティに参加していた。正直糞さむいし、外出などしたくはなかったのだが、魔理沙がどうしてもというので参加することにした。あれは賑やかなことが大好きな性分なのだ。つきあってやるのも悪くはないかと思っただけ。

 霊夢も別に賑やかなのは嫌いではない。というか、別にどうでもよいというのが本音だ。沢山いてもいいし、一人でもいい。賑やかでも静かでもどうでもよい。自分は何も変わらない。ただそれだけだ。

 

(まぁ、ただ酒にただ飯が食えるのはラッキーだけど。蓄えを崩さずにすむし。それだけは感謝してやろうかしら)

 

 皿に料理をどんどんと盛っていく。各テーブルに食事や酒が用意されている立食形式だ。客人をもてなすために、妖精メイド達が一応の頑張りを見せている。割ったり落したりとまぁ、散々なものではあるが、賑やかな会場なので誰も気にしていない。近くの妖怪やら妖精、物好きな人間が招待されているようだ。人里の稗田阿求までお供と一緒にやって来ている。ついでに本居小鈴の姿もあった。図書館でも見に来たのだろうか。

 

「ま、どうでもいいんだけどね」

 

 面倒くさがりでぶっきらぼう。色気よりも食い気。それが博麗霊夢だった。

 

「なんだよなんだよ霊夢。さっきからグラスが空じゃないか。グイッといっとけよ!」

「空きっ腹だから、バランスよくいこうとしているだけよ。まずは食い物優先。大体、アンタは最初からかっ飛ばしすぎなのよ」

「へへっ。紅魔館の酒は高いのばかりだからな。今のうちに飲み溜めしておこうってね」

「あっそ。お腹壊しても知らないわよ」

「私のお腹は鋼鉄製だからな。何の問題もない」

「ああ、妙なキノコ食ってるのを忘れてたわ」

「妙とは失礼な奴だな。魔力増強の効能がある由緒正しきキノコだ」

「そういうのを、世間では妙なキノコと言うのよ」

 

 魔理沙の顔はすでにうっすらと赤みがかっている。紅魔館には、パチュリー・ノーレッジとかいう魔法使いにちょくちょく会いにいっているらしい。というか、目の前にいる紫色の寝巻きを着込んだような顔色の悪い女だ。無表情で、ワイングラスを傾けている。目があってしまった。

 

「…………」

 

 パチュリーは無言で霊夢を眺めている。なんとなく価値を見定められているようで気に入らない。だから、つい敵意を含んだ声を出してしまう。

 

「何? 用があるならさっさと言いなさいよ」

「貴方と会うのは、あの異変以来だったから。博麗の巫女がどんな人間なのか観察しているだけ」

「ムカつくから止めてくれる? 私はあのメイドと違って、アンタらの愛玩動物じゃないのよ」

「気を悪くしたら謝るわ。幻想郷の要さん」

「私の名前は博麗霊夢よ。二度と私を部品扱いするな。次は警告しないから」

 

 霊夢の顔が険しくなる。この世で最も腹が立つのは、霊夢を霊夢として見ない輩と接するときだ。自分は替えの効く歯車ではない。博麗の巫女としての自覚はあるが、私は私なのだ。一度警告して止めなかったやつには、実力で分からせる事にしている。それでも分からなければ、分かるまで痛めつけるまで。

 

「気を悪くしたならごめんなさい。でも、今のやりとりで少しだけ興味が湧いたわ」

「こっちは料理が不味くなって散々よ」

「おいおい、パーティなんだから仲良くしろよ。そういやこれって、一応親善を深めるための催しじゃないのか?」

「まぁ、それもあるけどね。本当はただの暇つぶしよ」

「はぁ?」

「レミィがクリスマスとやらへの当て付けに開催しただけ。悪魔に祝われるなんてざまぁあないと笑ってたし」

 

 霊夢は頭痛がしてきた。あの吸血鬼ならそれが理由だとしても驚かない。呆れてはいるが。

 

「流石は吸血鬼様だな」

「ええ。我が儘もつけると完璧ね」

 

 パチュリーはそういうと、胡散臭い妖怪と話し込んでいる幼い吸血鬼へと目を向ける。紅魔館当主レミリア・スカーレット。外見は子供にしか見えないが、それには不相応な大きな黒い翼を持っている。その実力はかなりのものだ。本気を出されたら、霊夢も全力をださなければならないだろう。そうなっても負けるつもりはさらさらないが。博麗霊夢が妖魔の類に負けることは許されない。

 

(なのに、まさかウチに入り浸るようになるなんてね。まったく、頭おかしいんじゃないの)

 

 何故か自分を気に入ってしまったらしく、よく神社に遊びに来る。人間のメイド、十六夜咲夜を連れて。話していても別に不快ではないので、そのままにさせてあるが。

 と、その咲夜が作り笑顔を浮かべて近づいてくる。

 

「こんばんは、霊夢、魔理沙。巫女の方は相変わらず剣呑な表情ね。こんなときくらい、少しは柔らかくできないのかしら」

「生憎だけど、妖怪に振るような尻尾はもっていないのよ」

「じゃあ私には?」

「人間相手に愛想をふりまく必要性を感じない。しかもアンタは悪魔の狗でしょ」

「貴方、言ってる事が色々とおかしくない? 妖怪も人間も駄目なら誰と仲良くするの」

「別に仲良くなんてしたくないし」

「……はぁ。今ので疲労が溜まってしまったわ。どうしてくれるのかしら」

 

 紅魔館メイド長、十六夜咲夜が疲れたように溜息を吐く。失礼な奴である。

 

「こいつはいつもこんな感じだぞ。ぶっきらぼうだけど、実は楽しんでるから気にしないでいいぜ。素直じゃないのさ」

「魔理沙、お前は私なの?」

「はは、そのツッコミは意味が分からんぞ。お前にしちゃ哲学的すぎる」

「私もそう思うわね」

 

 魔理沙が笑うと、咲夜も口に手を当てて笑う。霊夢は舌打ちして、空のグラスを出す。

 

「うるさいわね。ほら、客人のグラスが空よ。とっとと酒を注ぎなさい」

「偉そうに。貴方は一体何様なのよ」

「私はお客様よ」

「私からすれば、招かれざるがつくわ」

「招いたのはアンタのご主人様よ」

 

 霊夢がグラスをほらほらと差し出すと、咲夜が苦笑しながらワインを注いでくる。

 

「そういや、妹の方はどうしたんだ? あの騒ぎ以来、また引き篭もってるのか?」

「いいえ。今日はお友達がくるから、ずっと大はしゃぎしていらっしゃったわ。意味もなくお嬢様をぶん殴ったりして。喧嘩を止めるのが大変だったわ」

「……なぁ、前より悪化してないか?」

 

 魔理沙が引き攣った笑みを浮かべる。霊夢は唐揚をパクつきながら、吸血鬼姉妹の片割れを脳裏に浮かべる。レミリア・スカーレットには、フランドール・スカーレットという妹がいる。一度弾幕勝負を行ったが、それ以来は姿を見ていない。姉とは違い、引き篭もり気質らしい。実力は姉に劣らない程度と思える。殺意の濃さだけなら、妹の方が上だったか。制御しきれていないとも言うが。

 

「妹様は不安に思われているのよ。お嬢様にお友達を取られないかって。だから、何度も妨害して一度も会わせようとなさらなかった。――と、美鈴が言ってたわ」

「それはどういうことよ」

「お友達が遊びにくるときは、必ずお嬢様を館から追い払おうとするの。それも本気で。だから、その度に館がボロボロになってしまって」

 

 咲夜が目を閉じて嘆息している。なんでも修理費用がかさむだの、仕事が洒落にならないほど増えるだの、お嬢様に幾ら言ってもからかうのを止めてくれないだの。色々考える事が多すぎて頭が痛すぎると。しかも少し涙目の咲夜。流石にこれをからかうのは気の毒だと思ったので、やめておく。

 

「あっそ。姉妹そろって馬鹿じゃないの」

「お願いだから妹様に言わないでね。本当にお願い。これ以上は私の身体がもたないわ」

「へへ。さすがのメイド長も音を上げたか。ほら今日は私の奢りだぞ。遠慮なく飲め飲め!」

「全部ウチのお酒でしょうが。でも、一杯だけいただくわ。お嬢様から客人の勧めは断るなと言いつけられているし」

「はは、出来た当主様だぜ」

「本当にね。お嬢様は常に完璧よ。私と違って」

「そうかしら? アンタも結構優秀だと思うけど」

 

 時を止められるメイドなんてそうはいないだろう。色々と便利そうだし。そこだけは認めても良い。

 

「私なんてまだまだよ。はぁ。もっと頑張らないと、本当に追い出されちゃうわ」

「それはないと思うけどねぇ。ま、知らないけど」

 

 霊夢たちに敗北したのがまだ堪えているのだろうか。殺し合いなら、魔理沙は咲夜には絶対に及ばない。時を止めて一撃で喉を切り裂かれるから。霊夢は対処できる。

 だが、弾幕ごっこでは咲夜は魔理沙にまだ勝てないでいる。これは経験と努力の差か。咲夜が仕事をこなしている間、魔理沙は常に自分の能力を向上させる事に力を注いでいる。本人は認めないが、心血を注いでいるのは間違いない。こと弾幕勝負に限れば、魔理沙は相当な強者である。

 

「とりあえず、貴方達を負かして見せないと瀟洒なんて言っていられないわ」

「ん、リベンジならいつでも受けつけるぜ」

「私は暇なときだけにしてね。忙しいから」

「言ってなさい。次は絶対に負けないわ」

 

 霊夢はワインを飲み干す咲夜を見て、やれやれと首を振っておいた。レミリアが遊びにくる度に咲夜もくるため、いつのまにか自然と会話をするようになってしまっている。本当にやれやれである。多分あちらもそう思っていることだろう。

 

「あら、噂をすればいらっしゃったみたいね」

「うん? 誰が来たんだ?」

「妹様のお友達よ。ほら、あんなに嬉しそうになさって」

 

 フランドールが特徴的な翼を嬉しそうにパタパタやりながら、会場に入ってきた。友達とやらと話すことに夢中になっているらしく、後ろ向きのままだ。門番の美鈴が一緒に案内をしているらしい。

 

「で、そいつは一体誰なんだよ。もったいぶってないで、教えてくれよ」

 

 魔理沙が野菜スティックを咥えたまま咲夜を肘で突く。

 

「そうしたいのだけど、私も会ったことはないのよ」

「なんでだよ。そいつは紅魔館に遊びに来てるんだろ? 呼んでないのに毎度出てくるお前が会ってないわけがない。私が言うんだから間違いないぜ」

 

 さすがコソ泥常習犯。頻繁に迎撃されている奴は言う事が違う。その過程ですら修行の内に入っているのだろうが。

 

「本当よ。私もお嬢様とセットで追い出されるから。妹様に嫌われているのかしら」

 

 悲しそうな咲夜。とくにフォローする気もおきないので放っておく。どうでもよい。

 

「中々お買い得なセットだな。今ならおまけがつきそうだ」

「うるさいわね。私はともかく、お嬢様に失礼でしょ」

「それなら全く問題ないな」

 

 咲夜と魔理沙がやりあっている。だが、霊夢は態勢を変えて、万が一に備える。仮にも親善を深めようというパーティには、相応しくない気配を強く感じるからだ。というか、明らかに喧嘩を売ってきている。会場の中の面々もそれを感じたのか、視線をそちらへと一斉に向ける。魔理沙に咲夜も気付いたらしい。二人とも顔を顰めている。

 

「慌てる必要も感じなかったからゆっくり来させてもらったわ。で、チンチクリンはどこかしら」

「お母様、失礼ですよ。この度はお招きいただき、ありがとうございます」

「ふん」

 

 現れたのは、顔つきがそっくりの妖怪二体。違うのは背丈と髪の色か。色が違うとはいえ、ご丁寧に服まで同じだ。

 片方は見たことがある。髪が緑の方は風見幽香、太陽の畑を縄張りにする凶悪な妖怪だ。知ってはいるが直接やりあったことはない。その視線からは、明らかに人間を見下しているというのが分かる。まさに妖怪そのものといった存在だ。一度会話をしたことはあるが、本当に腹の立つ妖怪だった。人里でなければ戦闘になっていただろう。それを見越して挑発してきたのだから余計に腹が立つ。

 

 そしてもう片方の赤毛は多分娘だろう。そもそも娘がいたこと自体初耳だが。どうでも良いことだから情報が入ってこなかっただけかもしれない。

 そいつは赤いマフラーを纏って、無表情を保ったままこちらを見回している。値踏みするかのように視線を一人一人に移していっている。凶悪な敵意を纏った威圧感を発しつつ。楽しげなフランドールの言葉に、時折頷きながら。

 全てを確認し終えた後、口元を歪めてニヤリと嗤う。相手になる奴は一人もいないとばかりにだ。幽香に何か話しかけると、首を横に振っている。話にならないとでも言いたいのか。

 

(あのチビ妖怪。私を有象無象扱いしやがったな? ……アイツだけは確実にぶちのめすわ)

 

 霊夢は拳を握り締めて、決意を固める。決めたことは必ず実行する。それが霊夢の信念である。人間は妖怪よりも圧倒的に弱い。だが、最後に勝つのは人間でなくてはならない。博麗の巫女としてそれは絶対に守るし、守らせる。誰にも破らせない。

 

「なんなんだよアイツ。いきなり威圧感バリバリでさ。もしかして喧嘩売ってんのか?」

「親の教育がさぞかし素晴らしいんでしょうよ。自分以外は屑や塵芥以下、そんな目をしているわ。……本当に頭に来るわね。なんなら今すぐに思い知らせてやろうかしら。舐めやがって」

 

 霊夢が幽香をにらみ付けると、挑発するように微笑んでくる。こちらは以前と同じ。そして次に娘の方に視線を向けると、『何を怒っているんだこの雑魚が』と言わんばかりにまた首を捻ってみせる。とことん人を怒らせるのが上手い連中だ。

 酒のせいか、頭に血が上る。思わず懐にしのばせた札に手を掛けてしまった。

 

「お、おい。落ち着けよ霊夢。会場を破壊する気か?」

「アイツ、さっきから私に喧嘩売ってるのよね。さっきは眺めるだけだったくせに、今は私だけ執拗に挑発してきやがる。いい度胸じゃない」

「……おかしいわね。妹様から聞いていた話と全然違うのだけど」

 

 咲夜が何故か困惑している。顎に指を当てて。

 

「何が違うってのよ」

「妹様いわく、すっごくフレンドリーで、ユニークな妖怪だって話だったのよ。門番の美鈴もその性格を褒めていたし」

「あの吸血鬼、引き篭もりすぎで目も悪くなったんじゃないの。門番はどうせ夢でも見ていたんでしょうよ」

「妹様に失礼なことを言わないで。美鈴はどうでもいいけれど」

 

 馬鹿馬鹿しいと一蹴し、霊夢は酒をあおる。あれのどこがフレンドリーなのだ。この世の全てが敵という印象を受ける。いや、妖怪に対してより、人間に対しての敵意の方が強そうだ。発せられる圧力からはそう感じ取れる。

 

「ふふ、なんだか面白くなってきたわね。なるほど、そういう教育方針なのか。なるほどなるほど。理に適っているようなそうでもないような。もしかして、迷っているのかしらね」

 

 パチュリーがぶつぶつと独り言を呟いている。幽香と娘に視線を向けると、納得したように頷いた。

 

「何がだパチュリー。というか、さっきからずっと黙りっぱなしで寝たかと思ってた」

「こんな明るい場所で寝られるほど精神は図太くないわ。貴方と違って」

「お褒めの言葉をありがとうよ」

「忠告しておくけど、今日はあの二人に近づくのは止めておきなさい。咲夜、貴方もよ」

 

 パチュリーの言葉に、咲夜が意外そうな顔をする。

 

「私もですか?」

「ええ。碌なことにならないわよ。主に、館の平穏という意味で」

「よく分かりませんが、かしこまりました」

「聞き分けるのはやっ。もっと疑問を持とうぜ! そんなことじゃ人生つまらないぞ」

「面白くても館の補修をするのは主に私なのよ。貴方が手伝ってくれるなら、一緒に歓迎にいきましょうか」

「はは、そいつは丁重に遠慮しておくぜ。お、これ美味いな」

 

 魔理沙は笑いながらソーセージをパクつく。

 

「そういや、パチュリーはあいつらと話したことあるのか?」

「親とはないけど、娘の方とはあるわ。あの娘の名前は風見燐香。本人曰く、彼岸花から生まれた妖怪だそうよ。たまに図書館にきて勉強しているの」

 

 なるほど、彼岸花の妖怪か。人間からすると、あまり良いイメージはないだろう。霊夢は全く気にならないが。どんなに悪評を背負ったところで所詮はただの花だ。それにいわくをつけて勝手に恐れるのは、人間である。馬鹿馬鹿しい。

 

「あんな奴が近くにいて、よく平然としていられるな。いつ噛みつかれるか分からんぜ」

「あら、私はそれなりに仲良くしているわよ? 美鈴も彼岸花を貰ったみたいだし。この前は妹様と一緒に鍋を囲んだわ」

「はぁ? 鍋ですって?」

 

 私は思わず声がでる。あの剣呑で我こそがこの世の支配者だと言いたげな面をした親子。その片割れが、魔法使いや吸血鬼と仲良く鍋を囲む。全く意味が分からない。理解出来ないししたくない。サバトか何かじゃないのか。

 

「あれと、鍋? お前、本を読みながら夢でも見てたんじゃないか。あんな狂犬みたいな妖怪と鍋なんてありえないだろ」

「失礼ね。一緒に麻雀したりもしたわ。見掛けはあれなのに、意外とおっちょこちょいで面白いのよ」

「……うーむ。お前には悪いが、全く信じられん」

「別に貴方が信じなくてもどうでもいいし。好きにしなさいな」

 

 パチュリーが言い切る。到底信じがたいが、嘘をついてるようには思えなかった。この魔法使いは不必要なことを喋るような性格には思えない。どこぞの魔理沙とは違って。

 と、燐香はフランドールにつれられて、会場を去っていく。美鈴が大皿に適当に料理を取り、大量のお酒を持たせた妖精メイドを引き連れてその後に続いていく。どうやら別の場所に案内するようだ。

 幽香はレミリア・スカーレットやら胡散臭い妖怪のもとへと近寄り、なにやら剣呑な表情で会話を始めている。あそこはいつ戦闘になってもおかしくないだろう。折角だから、全部まとめて片付けてやろうか。当分は平和になることだろう。

 

「霊夢。お願いだから、ここで暴れないで。私の涙と血を吐くような労働を見たいなら止めないけれど」

「そんなものは見たくないけどさ。私じゃなくて、自分とこのお嬢様を止めた方がいいんじゃないの。一触即発っぽいけど」

「大丈夫よ。お嬢様は宴をぶち壊したりすることはしない。主催者としての面子があるから。他の妖怪も、招かれておきながら礼儀に反する真似はしないでしょう。やるなら相応しい場所があるはずよ」

 

 妖怪の矜持というやつか。霊夢には理解出来ないが、大妖怪ほどそういうのを重んじるらしい。どうでもいい話だ。

 

「ま、いつかあいつと勝負しないといけないなぁ、霊夢。チビ助のくせに生意気だぜ」

「アンタと同じ考えなのは気に食わないけど。必ず叩き潰してやるわ。親子共々ね」

「……なるほど。風見幽香はこうしたかったわけね」

 

 霊夢がそう宣言すると、パチュリーが袖で口元を押さえて身体を小刻みに震わせている。小悪魔が現れて、背中を優しく擦っている。

 確か喘息だとか咲夜が言っていたので、体調が悪化したのだろう。妖怪のくせに情けない話である。自慢の魔法で何とかすれば良いものを。

 

「パチュリー様、大丈夫ですか?」

「え、ええ。ごめんなさい。ちょっと、堪えられなくて。あの娘が本当に可哀相で、ぷっ」

 

 ごほっごほっと咳をしながら、小悪魔に肩を抱えられて離れた席へと向かっていく。なんだか笑っていたような気がするが気のせいだろう。

 

「さて。私はムカついたからもっと食って飲むわよ。全力で食いまくってやる」

「それはいい考えだな。ほら、咲夜も仕事はいいだろ。あ、もうちょい適当に暇そうな奴をつれてくるか。チルノにリグルもいるみたいだしな。賑やかなほうが酒は楽しいぜ」

 

 魔理沙の視線の先、しゃがみこんでガタガタと震えている虫妖怪リグルを、チルノと大妖精、それに夜雀が囲んでいる。どういうことなのかはさっぱり分からないが、楽しそうでなによりだ。そこに魔理沙が声をあげながら近寄っていく。

 魔理沙は意外と顔が広いらしく、どうでもよい妖怪にも声をかけて交友関係を作っているらしい。あの魔法使いは一体どこを目指しているのだろうか。まぁ、霊夢にとってはどうでも良い話だ。害になりそうな連中だけ頭に入れておけばよい。

 

「はぁ。ただ酒って、本当に美味しいわねぇ」

 

 霊夢は年代物らしいワインの瓶を握って、そのまま豪快に飲み始めた。

 

 




クリスマスイベント突入。
そしてようやく自機組登場!

皆仲良くなれそうで良かったです。


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第二十九話 紅き聖誕祭・中

 幽香と一緒に、やってきました紅魔館。幽香がアリスのように手を繋いでくれるわけもなく、私はいつも通り首根っこを掴まれている。延びるからマフラーはやめてくれと言ったら、それだけは勘弁してくれた。マフラー輸送だと、本当に首吊り燐香人形になってしまうし、何より台無しになったらもったいない。誰が作ったとしても、これは私の宝物なのだ。

 

「ほら、ついたわよ。約束通りにしているように」

「は、はい。分かっています」

 

 よし、大物オーラ全開ッ! 超サイヤ人みたいなイメージで。

 実際の所は、多分目つきが鋭くなっているぐらいだと思うけど。相手からすると、『何ガンとばしてんだこの野郎』みたいな、そんな感じ。いきがってるヤンキー下っ端みたいな? 総長はもちろん風見幽香。ヤンチャは止めて今すぐ脱退したい。

 

 そんな威圧感を超発生中の私を見て、美鈴は思いっきり顔を引き攣らせている。当たり前だ。一見幽香みたいなのが、今から戦闘しかけるぞみたいに睨みつけていたら、誰でもドン引きする。私でもする。今鏡をみたら引くと思うし。

 

「……いらっしゃい、と言いたいところだけど。ええと、今日は別に弾幕大会とかそういうのじゃないんだ。もしかして、招待状の内容が間違ってました? 今日は一応クリスマスパーティなんですけど」

「それくらい知ってるわ。悪魔のくせにクリスマスを祝うとか間抜けなことをしてるんでしょ。どんな愉快な面してるのか見に来てやったのよ。ほら、招待状よ」

「これはどうも。いやぁ、いきなり殴りこみかと思って身構えてしまいましたよ」

 

 幽香が美鈴に招待状を放り投げる。中を確認した美鈴は、それは良かったと安心している。

 

「いらっしゃい、今日はお母さんと一緒だったんだね」

「あはは、い、一応」

 

 そして、屈んで私に話しかけてくる。視線をできるだけ近くしてくれる気配り。流石は気を遣うことができる妖怪だ。嬉しくなったので笑いかけると、美鈴の顔がまた引き攣る。

 

「うわぁ。お嬢さん、なんか嫌なことあった? あれなら、お菓子とか用意するけど。せっかくの催しなんだし、機嫌を直して欲しいな」

「え、いや、別に怒ってないですよ」

「そうなの? いつもと違って凄い機嫌が悪そうだけど。なら、なんでそんなに敵意を発しているのかな?」

 

 美鈴が困惑したように頬を掻いている。これが私じゃなければ、多分強引に叩き潰しているのだろうが。紅魔館門番を舐めてはいけない。仲良くなっていて本当に良かった。

 

「……違うんですよ。悪魔――じゃなくて外道でもなくて、お母様がこうしていろって」

 

 危ない危ない。つい本音が連鎖してしまった。悪魔がこちらを睨みつけていたが、手は出されなかった。二回まではセーフだったみたい。

 

「悪魔?」

 

 美鈴が幽香に視線を向ける。悪魔みたいに笑っている幽香がいた。やべぇ。怖い。

 

「……ああ、そういうことか。お嬢さんも色々と大変なんだね」

 

 分かってくれてありがとうと、頭を下げる。そうしたら後ろから尻を蹴飛ばされた。いきなり汚れるわけにはいかないので、なんとか踏ん張る。通算三度目なので罰がきたらしい。私に罰を与えるときだけは異様に細かいのだ。

 

「中には木っ端妖怪や屑に等しい人間たちが大勢いるんでしょう? 最初が肝心と言うじゃない。こいつは特に馬鹿だから、舐められないように教育しているのよ」

 

 これが教育? はて、教育とはなんだったか。文○省に問い合わせたい。調教ならあっているかも。

 

「……あの。お願いですから、中で暴れないでくださいね? 今日はそういう集まりじゃないので」

「私に言われても知らないわね。中の塵芥どもにお願いしておきなさいよ」

「本当に止めて下さい。後生ですから、お願いしますよ」

 

 美鈴が中間管理職みたいに疲れた笑みを浮かべている。多分、次に苦労するのは咲夜だろう。もしレミリアが修羅道だったら、即座に殴りあいになりそう。

 もしかして、このまま大乱闘スマッシュ東方シスターズが始まるの? どうして私のペアはこの悪魔なの? なんだか急に帰りたくなってきた。幽香が美鈴を威圧している間に、私はちょっとずつ後ずさる。身体が勝手に動いたのだ。よし、このまま逃げよう。三十六計逃げるに――。

 

「ねぇ、お前は何処に行くつもりなの? ここまで連れて来た私の労力を無駄にする気かしら」

「い、いえ、ちょっと後退運動をしたくなっただけです。いやぁ、良い汗かきました」

 

 汗を拭うふりをして、誤魔化し笑いはなんとか堪えた。苦しい言い訳だが、幽香は鼻を鳴らすだけで許してくれた。良かった。中に入るまえにぐちゃぐちゃに服が汚れてしまっては悲しい。せっかく気合入れてきたのに。首にはマフラーだが、実は私はアリスからもらったクリーム色のコートを着ている。暖かくて実に心地よい。

 

「とにかく、中までご案内しますよ。お嬢さん、コートは預かるよ。かさばるでしょ」

「ありがとうございます」

「さ、妹様が首を長くしてお待ちですよ。もうはしゃぎっぱなしで大変でした」

 

 紅魔館の中にはいると、客を出迎える為に並んでいた妖精メイドたちが悲鳴をあげて逃げ出していった。化物をみたような表情で。

 いや、私も幽香みたいなのが手の骨をボキボキ鳴らしながら近づいてきたら全力で逃げるし、気持ちは分かる。でも、実際にやられてみると凄く悲しい。なぜ私が化物扱いされなければならないのか。全部隣のこの女のせいである。不意打ちローキックをしてやろうかと思ったが、反撃でKOされるのは間違いないので我慢した。私は我慢の達人だ。

 

「あはははは! 妖精たちがゴミみたいに逃げてった! 逃げ惑うアリンコみたいで面白いなぁ。私も今度やってみよう!」

 

 フランドールはその光景を腹を抱えて笑っている。一方の私は疲れた笑いしかでない。フランが怒らないでくれたのは幸いだったが。妖精たちには同情の気持ちを送っておく。

 

「あの。もうこれ止めていいです? このままだと私の第一印象が、地底より下までいっちゃうと思うんですけど」

「お前の印象なんてどうなろうが知ったことじゃない。嫌なら力で逆らってもいいわよ? お前にできるものならね」

 

 くくっ、と心底愉快そうに微笑む幽香。こ、この性悪妖怪め。私の『友達百人できるかな計画』が本当に頓挫してしまう。後先考えずに思いっきり睨みつけてやると、更に幽香の顔が歪んでいく。なんで喜んでるんだこの野郎。本気で殴りたくなってきたが、堪える。フランが近くにいるし。なにより素敵なパーティが滅茶苦茶になってしまう。心頭滅却心頭滅却と心の中で何度も唱える。そのうち悟りを開けそう。だが、即身仏になるのは嫌である。

 

「あーとっても面白かった! 今日は来てくれてありがとう燐香。また約束守ってくれて嬉しいな! それにしても今日はいきなり飛ばしてるね。何よりその殺気と敵意、凄いイカれてるよ。あ、そっかー隣にそいつがいるからかぁ! 本当にそいつが嫌いなんだね。もしあれなら今潰しちゃう? 私も全力で協力――」

「しー! しー!!」

 

 いきなり恐ろしいことを暴露しはじめるフラン。私は慌ててフランに抱きついて、口を塞いで強引に話を止める。なんだかフランは嬉しそうである。幽香をチラリと見ると、目が超怒っていた。後で本気のボディブローぐらいは覚悟しておこう。三日ぐらいご飯がまずくなる。

 

「うわぁ、近くだともっと凄いね! 身体だけじゃなくて心までビリビリきちゃった。折角だからそのまま会場に乗り込もうよ。皆きっと驚くよ!」

 

 フランは至近距離からの威圧感をものともせず、いつものテンションで接してきてくれる。流石は心の友。フランの優しさが身にしみる。

 私はフランから離れると、ちゃんと挨拶をすることにした。友達といえども、挨拶は大事。偉い人も言っていたし、古事記にも書いてある。日本書紀はどうだろう。それは知らない。

 

「ごほん。今日は招待してくれてありがとうフラン。えっと、メリークリスマス、でいいのかな?」

「うん、別になんでもいいよ。アイツ――あー、お姉さまが気紛れでやったことだし。クリスマスなんて騒ぐための口実だから。あとは幻想郷の連中に顔を売るためなんだって。パチュリーが言ってた。……でもそれだけじゃないと思う。多分燐香にちょっかい出したかったからだよ。何かされたらすぐに言ってね。速攻でぶっ殺しにいくから」

 

 フランが私と同じくらいの威圧感を発しながら、鋭い牙を見せてくる。なるほど、これは警戒されて当たり前。フランと友達じゃなかったら私も逃げ出している。

 

「わ、わかりました」

 

 フランのまくしたてるような言葉に圧倒されながらも、なんとか理解した。なるほど、紅魔館主催の親睦パーティと考えればよいだろう。ということは、アリスとかルーミアもいるかもしれない。いや、霊夢や魔理沙もいるかも。なんだか心がウキウキしてきた。

 

「それにしても今日はいつも以上に良い顔してるね。頭のおかしな妖怪って感じ! 流石は私のお友達だね! ね、いつか本当に幻想郷相手に大暴れしようよ。私達ならできると思うな」

「そ、そうですね。何かやるというのは良い考えです」

 

 幻想郷制圧はともかく、異変を一緒に起こすのは実に面白そう。フランの手伝いをするのも悪くない。私は1面ボスを担当しよう。そうなのかーと言いつつ、やられていくのだ。

 

「妹様。とりあえず会場に行きましょう。お客様を待たせてはいけません」

「分かってるよ。美鈴は本当にうるさいなぁ。このお節介」

「あはは、すみません」

 

 文句を言いながらも、フランは美鈴のいう事を聞いて先へと進んでいく。困った妹と、面倒見の良いお姉さんといった感じか。私とアリスの関係に似ている気がする。

 歩き出したフランだが、顔をこちらに向けて、どんな料理やお酒がでているかを細かく教えてくれる。翼がパタパタして、虹色の宝石がその度に揺れる。本当に楽しんでいるのだろう。

 

「珍しい料理に、血が入ったお酒もあるよ。紅魔館特製のワイン。燐香も飲んでみる?」

「それは美味しいんですか?」

「うん、あのワインは本当に美味しいよ。じゃあ飲むのに決定ね! 沢山あるから溺れるほど飲もうよ」

「は、はい」

 

 思わず頷いてしまったが、良かったのだろうか。まぁ、肉じゃないからいいか。輸血みたいなものと考えれば、別に忌避感もない。第一私は妖怪だし。でも人間の肉だけは勘弁だ。

 

 

 

 

 

 

 

「さ、こちらです」

 

 一際でかい両開きの扉が美鈴によって開けられる。ここがパーティ会場なのだろう。と、中に入った瞬間に、全員の目がこちらを向く。え、なにこれ。

 思わず固まっていたら、美鈴がよく通る声で声を発する。

 

「レミリアお嬢様。風見幽香様、燐香様をお連れしました」

「ご苦労様、美鈴。今日は門番の仕事はもういいから、後はお前も楽しんでいて構わないよ」

「ありがとうございます!」

 

 美鈴が一礼すると、近くの妖精メイドたちのもとへと向かっていく。なにやら指示を出している。門番以外でも色々と忙しいみたいだ。

 

「凄く賑やかですね。人や妖怪が一杯いますし。思わず圧倒されちゃいます」

 

 なんか凄いシャンデリアも吊るされてるし。キャンドルが幻想的でなんだか王宮みたい。絵とか壺なんかも高そう。ということは、グラスをうっかり落したりしたら大変だ。どんな価値があるか分かったものじゃない。弁償できないし、気をつけなければ。

 

「ふん、どうでもよい屑ばかりよ。覚えるのは力のある者だけで良い。いずれ、お前が叩き潰すべき相手になる。その点から言えば、この館の主もそこそこ楽しめそうね。チンチクリンだけど」

「…………」

 

 いや、私は戦わないし。なんでいきなり敵対リストを作り出しちゃうの。これだから修羅道は嫌なのだ。『おめぇつええな! よし早速殺し合いやろうぜ!』みたいな考えでしか相手を見ることができない。暴力反対!

 って、言ってるそばからレミリアにガン飛ばしてるし。こちらを興味深そうに眺めていたレミリアの顔も、当然ながら歪んでいく。

 何故か私まで挑発的な視線を送られているし。あ、それは大物オーラを発しているせいだった。後でちゃんと謝らなくちゃ。フランにお願いしちゃおうかな。

 それにしてもと、私は溜息を吐く。今日は楽しいパーティなのに。誰なの、この悪魔を招待したのは! 私だけでよかったのに!

 

 私は幽香から意識を逸らす事にした。ついでに気付かれないように一歩離れておく。こいつに巻き込まれるとやばい。レミリアVS幽香戦とか、私死んじゃうし。やるなら私の見えないところで勝手にやっていてください。

 

「さてと。どんな人が来てるのかなぁ」

 

 人外の化物は放っておいて、早速パーティに参加した面子をチェック! なんだかちょっと暗くて誰がいるのか良く見えない。キャンドルのぼんやりとした灯りは素敵だけど、もっと明るくしてもいいのに。

 というわけで、目をジッと細めて参加している人妖を一人ずつ確認する。顔をしっかりと頭に記憶する為に、限界までじっくりと見る。

 

「スカウターでもあればいいのになぁ。戦闘力とか見れたら面白そう。河童さん作れないかな」

 

 しまった。考えが戦闘民族的だった。今のやっぱなし。

 えーっと。まずは当主のレミリアでしょ。その隣にはなぜか嬉しそうにこちらを見ている八雲紫。話したことはないのに、こっちをガン見している。その後ろで紫の世話を担当しているのが八雲藍と橙か。彼女達はちょっと怒っているように見える。なんか顔が歪んでるし。料理が口に合わなかったのかな。まぁいいや。

 位置的に、レミリアと紫が談笑していたようだ。紅魔館当主と幻想郷の賢者の対談。うーむ。カリスマ抜群だ! 混ざるのは遠慮しておこう。

 しかし皆とっても美人さんである。レミリアはフランと一緒で可愛いし、紫は胡散臭そうだけどそこが魅力的だし、藍は国を傾けたとかいうあの伝説もある。橙は猫みたいで可愛い、って猫の妖怪だったか。うん、満足した。いつか話してみたいな。

 

 

「あれは、アリスにルーミアだ。二人とも来てたんだ」

 

 視線を次の場所に移すと、アリスとルーミアが一緒にいた。見知った顔があるととても落ち着く。私が小さく手を振ると、二人とも気付いてくれたようだ。というより、こっちを見て話していたのだから当然か。

 ルーミアは楽しげにこちらに手を振りかえしてくるが、アリスはなんだか困惑した表情だ。多分、コントロールできているはずの私の大物オーラがまた出てしまっているからだ。お前は学習能力がないなと呆れているのかも。後でちゃんと言い訳しないと。本当は声を掛けに行きたいが、幽香は側を離れるなと言っていた。本当に余計なことばかり言う女である。

 

「次はリグルにチルノたちかぁ。あそこなら仲良くなれそうなんだけど」

 

 アリスの隣のテーブルには、なんだか顔が青褪めているリグル・ナイトバグ。確か、花畑で一度だけ会ったことがある。そのときは後姿だけだったけど。凄いスピードで行ってしまったので、話すことはできなかったのだ。

 久しぶりの再会を喜ぶつもりで微笑みかけると、リグルは急にお腹を押さえて屈んでしまった。多分ケーキの食べすぎである。私もアリスのケーキを食べすぎて、ああなったことがある。腹痛に苦しむ妖怪というのは、実に滑稽である。思いだしたら笑いしかでてこない。すると、リグルの顔がさらに泣き出しそうになっていく。うわぁ、可哀相に。

 それに慌てて駆け寄るチルノ、大妖精、ミスティア・ローレライ。賑やかないつもの面子が勢ぞろいだ。でも、ルーミアは特に動こうとはしない。アリスと普通に話しているし。この世界ではカルテットにはならないようだ。もしかしたら私がいたせいかも。ごめんなさいと誰にともなくあやまっておく。イレギュラーはこれだから駄目なのだ。

 

「その顔、中々良いじゃない」

「あ、ご、ごめんなさい」

「構わないから続けなさい。ただし、無様な真似はしないように。堂々としていろ」

「はい」

 

 努力して作り笑いっぽいのを貼り付ける。幽香がいるから、愛想笑いは許されない。無表情でいろと最初に釘を刺されていたし。でも、笑っているのは良いみたい。これぐらいなら大丈夫かな、と幽香を見上げる。

 

「ふふ。とても良い表情をしているわ、燐香。そう、それでいいのよ」

「ありがとうございます」

 

 珍しく名前呼びで褒められた。大抵はグズか、クズと馬鹿にされるのに。幽香が実に満足そうに頷いている。なんだか嬉しくなったので、更に口元が上がってきた気がする。まぁそれは一旦置いておこう。どうせ気紛れだろうし。――人妖チェック再開だ。

 

 和風な装束の人達にかこまれているのが稗田阿求かな。その隣には本居小鈴。二人は友達なのかもしれない。

 というか、お供の人が全員懐に手をいれているから、異様な謎集団にしか見えない。なんだか主を守るかのように円陣を組んでるし。パーティなのにあれでは楽しくないだろう。まぁどう楽しもうが人の勝手なのだけど。

 機会があったら『人間友好度極高、危険度極低』にしてくれるようにお願いに行かなければなるまい。手土産に彼岸花はまずいだろうが。なんにせよ根回しは大事である。

 

 そこから更に離れた場所。椅子でグラスを傾けているのはパチュリー・ノーレッジと小悪魔。二人とも私を見て、なにかを堪えるような顔をしている。なんだか笑っているし。うん、楽しそうでなによりだ。私が手を軽く振ると、パチュリーが小さく頷いてくれた。アリスと同じくクールだけど、意外に面倒見が良いのである。魔法使いは優しいという定義が私の中に生まれつつある。

 

「あ、メイド長だ」

 

 十六夜咲夜の姿があった。紅魔館には何回か来ているけど、実際に会うのは今日が初めてだ。咲夜は凛としていて、なんだか触れてはいけないような美しさがある。流石は瀟洒なことに定評のあるメイド。姑息なことに定評をいただいた私とは格が違う。やっぱり普通の人間とは違うなぁと思った。眩しい限りだ。

 

「時を止めるそうよ。まぁ、殺し合いなら負けることはない。私達の再生力で圧倒すれば良いだけ。人間の体力なんて知れたものよ。だから気にしなくていい」

「そ、そうですか」

 

 修羅の話は聞き流しておこう。私はお前じゃないので、時を止める人を相手に戦いたくないのだ。目とか潰されたら嫌だし!

 ――と、咲夜が話しかけている白黒魔法使いの姿が目に入った。彼女のことは良く知っている。相手は知らないだろうけど、私は知っている。

 

「あれが霧雨魔理沙かぁ」

 

 ようやく、栄えある主人公の一人、霧雨魔理沙を見ることができた。白黒の典型的な魔法使い装束だ。その顔と目は、一目見ただけで生命力に溢れているのが分かる。

 彼女は見事に咲き誇っている。羨ましいなと心から思う。彼女の強烈な生き方に惹き付けられる者が多いのもよく分かる。殺してやりたいくらいに憧れる。本当に羨ましい。物騒な考えに思わず自嘲する。きっと幽香がそばにいるからだろう。私がこうなったのも全部こいつのせいだ。いつか殺す。

 

「そして、あれが――」

 

 魔理沙、咲夜と話している博麗霊夢。私は彼女のことも良く知っている。特徴的な紅白の巫女装束に、黒髪と大きな赤いリボン。凄い可愛いけど、なんだか不機嫌そうなオーラを発している。ここに妖怪が一杯いるからだろうか。

 博麗霊夢はどのような思考の持ち主なのだろう。私の知識だと、ぶっきらぼうで面倒くさがりで修行が嫌い。だが、天性の才能で数多くの異変を解決することになる人間だ。特に努力をしなくても、成功が約束されている人間のはず。ああ、実に羨ましい。私とは違う。私達とは違う。こいつも魔理沙や咲夜に負けないぐらい咲き誇っている。いや、それ以上か。ぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたいぐらいだ。殺してやりたい。いや、そうじゃない。実に羨ましい。いつか仲良くなりたいなぁ。

 

「あれが当代の博麗の巫女。あの面をよく覚えておきなさい。馴れ合う必要は全くない。ただし、いつか徹底的に叩き潰せ。身体と心に恐怖を刻み込んでやりなさい」

「え」

 

 本当に勘弁して。まぁ弾幕ごっこなら命のやりとりにはならないだろうけど。そんな剣呑な関係にはなりたくないのだ。神社で仲良く、ほがらかに笑い合えるような関係。それを私は望んでいる。いや、それすらも無理なら陰から眺めているのでも問題ない。

 

「何を呆けているの。更に馬鹿になった?」

「い、いえ。いきなり無茶を言うので。博麗の巫女に勝てる訳ないじゃないですか」

 

 私は首を思いっきり横に振る。無茶振りをされても困るのだ。

 

「本当に情けないわね。そんなことで私を超えるつもりなの? このグズが。いや、最初から負けを認めているなんて、屑にも等しいわ」

 

 幽香が意味もなく私の頭を小突いてくる。しかも連続で。アリスとは違い、鋭い痛みがある。この女、絶対に殺す。でも今は駄目だ。暴れてしまったらパーティが滅茶苦茶になる。そうしたらフランが悲しむ。だから我慢する。

 

「ごめんなさい。もしやることになったら、精一杯頑張ります」

「当たり前よ。絶対に勝て」

「…………」

 

 湧き上がってくる様々な負の感情を幽香に向ける事にして、私は霊夢に挨拶代わりに微笑む事にした。うん、これで第一印象はまずまずだろう。幽香のせいでなんだか物騒な思考になってしまったが、次に会うときはきっと仲良くやれるはず。そう、私の八方美人政策は未だ継続中なのだ。

 

「さて、私はあのチンチクリンに軽く挨拶をしてくるから。お前は、その妹と一緒に下に行ってなさい」

「え? 何で私達は下なんです? 会場はここなのに」

 

 なんで私とフランは地下室送りなのだ。納得がいかない。私達は隔離されるようなことをするつもりはない。明るい場所にいて何が悪い。言葉に棘が混ざる。

 

「あー、そういえば私達は下だっけ。ごめん燐香、お喋りに夢中で言うのを忘れてたよ」

「ごめんね、お嬢さん。妹様は賑やかすぎる場所が苦手なので、そう手配させてもらったんです。たくさん料理とお酒を持っていくので、一緒に来ていただけませんか。私と妖精メイドたちもご一緒します。色々と余興も用意してありますので、退屈はさせないつもりですよ」

 

 美鈴が頭を下げてくる。フランを見ると、特に不満はなさそうだった。

 

「フランはいいの?」

「ん? 私は別にいいよ。ここにいても話したいのは燐香だけだし。五月蝿くないところで美味しい物を食べている方が楽しいんじゃない。あ、それとも全力で暴れてアイツの面子潰しちゃう? それも面白そうだよね。やっちゃおうか?」

「妹様、どうかそれはご勘弁を。咲夜さんがまた泣いちゃいますよ。あんまり虐めてはかわいそうです」

「知らないよそんなの。咲夜とはほとんど喋った事ないんだし。で、どうする燐香。好きな方でいいよ。やるなら、ちょっとしたお祭りになるだろうけど。うん、クリスマスに相応しく火祭りにしようかな。館ごと派手に燃やしちゃおうよ!」

 

 フランは左手を楽しそうに何度か握ったり閉じたりしている。膨大な魔力がそこに溜め込まれていくのが分かる。幽香の顔色が僅かに変わる。ほかの妖怪の面々も、こちらへの警戒の度合いが高まったように感じられる。美鈴などはすでに腰を下げて、強引に止める態勢だ。

 私が一緒に暴れようといった瞬間、フランの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』が発動するだろう。それも少しだけ楽しそうだ。私の彼岸花を全開に咲かせて逃げ道を封じ、ここにいる連中全部壊してしまおうか。それでゲームオーバーだ。

 ――いやいやいやいや! なんで思考が修羅道にいってしまうのか。そんなのは絶対に駄目。楽しく平和に爽やかに。これが私のモットーである。というわけで、フランの肩に優しく手を乗せる。

 

「それじゃあ、フランの部屋にいきましょうか。地下でやるクリスマスパーティもまた乙かもしれません」

「あはは! 燐香は前向き思考なんだね。私達は明らかに邪魔者扱いだと思うけど、まぁここは寛大な心で許してあげようか。二人で一杯飲もう。あ、美鈴も一緒だったっけ。結構頑丈だから乱暴にしても大丈夫だよ」

「あ、あはは。どうかお手柔らかに」

 

 中間管理職紅美鈴。大皿にすでに料理の盛り付けを開始している。ビビっている妖精メイドたちを叱咤しながら。紅魔館の気配り妖怪は一味違うのだ。私は心から感心した。

 

「美鈴さん、宜しくお願いします。それじゃあ、お母様もまた後で」

「精々楽しんでくるといいわ」

 

 らしくない言葉を言い残すと、幽香はレミリアたちの方へと悠然と歩いていった。見てない間に何か悪いものでも食べたのだろう。うん、間違いない。あれが優しい言葉を掛けてくることは絶対にないのだから。

 

 

 

 

 

 

 私はフランに案内されて、地下へと向かうことになった。誰も見てないし、もう威圧感はいらないだろう。ここならわかりっこない。

 

「ふー。少しだけ疲れました」

 

 無意識のときは何も感じなかったけど、意識的に発していると結構疲れる。意識して呼吸しているとなんだか疲れるような感じだ。

 

「あ、解除したんだ。大物オーラだっけ? 中々ユニークなネーミングだと思うな。でね、この前お姉さまに『小物オーラ』が出てるよって言ってやったら凄い怒ってたの。燐香のおかげで新しい悪口覚えちゃったよ」

「それは、怒るでしょうね」

「うん、本当に楽しかった。これからも色々考えていかなくちゃ。だから一杯話そう」

 

 大物オーラから、小物という悪口を閃くフランドール・スカーレット。やはりただものではない。というか、私のせいにされるので名前を出すのはやめてほしい。レミリアの敵対度が勝手に上がってしまう!

 

「レミリアさん、私に怒ってないといいんですけど」

「なんで?」

「ほら、いきなりあれじゃ、怒らない方がおかしいかなって」

「平気平気。何かされたら、私が助けてあげる。というか、近づかせないから心配いらないよ」

 

 フランがニコニコと笑っている。

 

「後でちゃんと事情を説明しておきますのでご安心を。それに、お嬢さんは今の方が断然良いと思いますね。さっきまでは、中々アレでしたし。第一、あのままだと妖精メイドたちが仕事にならないんですよね。怯えちゃって」

 

 大物オーラを解除したので、おっかなびっくりついてきていた妖精メイドたちが、安堵している。逃げ出さないだけでも、妖精にしては凄いことなのだろう。流石は紅魔館所属だ。

 この際なので、前から気になっていたことをお願いしておくことにした。

 

「美鈴さん、私はお嬢さんじゃなくていいですよ。燐香と呼び捨てで構いません」

「あはは。気を遣われちゃいましたか。それじゃあ、燐香さんとお呼びしますね。私の事も美鈴と気軽に呼んでください」

「分かりました、えっと、美鈴」

「さ、美鈴なんてどうでもいいから厄介者同士、酒を酌み交わそうよ。まぁ美鈴も今日は一杯食べて飲んでいいよ。私が許してあげる」

「あはは、それはありがとうございます。実は、外に立ちっぱなしだったのでお腹がペコペコで」

「冬はずっとストーブにあたってるんじゃないの?」

「妹様は本当に鋭いですねぇ」

 

 そんな話をしながらフランの部屋に入ると、美鈴が椅子を引いて座らせてくれた。フランの部屋は、至って普通の女の子の部屋だった。ぬいぐるみやら、玩具やらがたくさんある。本も一杯あるし。おかしなことといえば、このような地下にあることぐらいだ。仕方がないとはいえ、長い年月を地下で過ごすのは大変だっただろう。想像を絶するものがある。だから、フランはその分幸福を得る権利がある。

 

「私の部屋を観察するのも中々面白いだろうけどさ、まずは乾杯しようよ。美味しそうなケーキもあるし。美鈴お酒!」

「分かってますから、そう急かさないでください。えっとグラスはっと」

 

 血のように紅いワインをグラスに注いでいく美鈴。これが血が入っているワインかな。見た感じは普通の赤ワインだし、臭いもしない。むしろ芳醇な香りが室内に漂って良い感じ。

 グラスがフラン、と私に渡される。美鈴も自分のを持ち、ついでに一緒についてきた妖精メイドにも渡して行く。彼女達も一緒にというのは、美鈴なりの気配りだろう。

 

「それじゃあフラン。乾杯の音頭をどうぞ」

「えっ、なんで?」

「なんでって、フランに招待されたんだから当然だよ」

「でも、わ、私でいいのかな。そんなのやったことないけど」

「簡単ですよ妹様。お客様への歓迎の言葉を述べたあと、乾杯と言えば良いんです」

 

 困惑するフランに、美鈴が優しく説明してあげている。実に微笑ましい光景だ。上からは追い出されてしまったけれども、ここはここでなんだか楽しいし幸せである。なにより、平和!

 

「う、うん、わかった。えっと、今日は、うちのパーティに来てくれてありがとう。絶対に来てくれないと思ってたから、来てくれて本当に嬉しい。この部屋で、こんな風にパーティなんてしたことないから、歓迎の言葉なんて本当に思いつかないけど」

 

 そこで一回言葉を切ると、フランがグラスを高く掲げる。

 

「我が紅魔館の客人、風見燐香を、私フランドール・スカーレットは心から歓迎する。皆、今日は心ゆくまで楽しんでいって欲しい。――それでは、乾杯!」

『乾杯!』

 

 急に立派になったフランに思わず見とれてしまっていたが、慌ててグラスを掲げて、皆と打ち鳴らす。そして一気に赤いお酒を飲み干した。うん、これは美味しい!

 宇宙の艦隊物だと、ここでグラスを叩きつけて戦意を高めるところだがそんなことはしない。優雅に、そして穏やかに食事を楽しまなければ。

 

「本当にご立派でした、妹様」

「うるさいな。お世辞なんていらないよ」

「ううん、凄く格好良かったよ。思わず見とれちゃった」

 

 私が同意すると、妖精たちが全力で拍手を始める。フランが顔を赤くする。そして、美鈴を睨みつける。照れ隠しだろう。

 

「はずかしいから止めてよ! あーもう、全部美鈴のせいだ! 門番のくせに余計な事を言うな! 妖精、お前達もやめろ!」

「不肖、紅美鈴。今日ほど嬉しい日はありません。ううっ」

「私の話を聞けよ!」

 

 美鈴が何故かほっこりとしているので、私もほっこりする。手酌でグラスにワインを注ぎいれる。そして飲み干す。

 なにこれ。めっちゃ美味い。口当たり良すぎ! というか、幻想郷にきてからアルコールを飲むのははじめてかも。だってウチやアリスの家では紅茶だし、紅魔館でも紅茶。ルーミアは珈琲党。あ、霊夢は緑茶党になるのか。やった全部揃ったぞ。

 

「あはは、本当にこれ美味しいですね!」

「そ、そう? 別に良いけど、ちょっと飛ばしすぎじゃない?」

「いいじゃないですか! 今日はクリスマスなんですから!」

 

 あははは、となんだか楽しくなってきたので、私はフランドールに全力で抱きついた。うわぁと驚きの声を上げるフラン。だがすぐにニコニコと笑ってくれた。仲良く肩を組んでグラスを掲げる。

 そうだ、こんなに幸福そうに笑えるのだ。私達は頭がおかしくなんかない。そう決め付けている奴らがくたばればよい。私達は絶対に幸せになれるのだと、声を大にして言ってやったのだった。

 それからは美鈴が泣き笑いを浮かべながらお皿を回したり、妖精たちが勝手にラッパを吹き鳴らしたりと、もう滅茶苦茶だった。フランが楽しそうだったので、それが一番である。だから、私も今までで一番笑って騒いで楽しんだ。本当に楽しかった。




イブにクリスマスイベントを起こす事になるとは
このリハクの目をしても見抜けなかった!

メリークリスマス!


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第三十話 紅き聖誕祭・下

 人妖入り乱れる紅魔館のパーティはまだまだ続く。

 料理に酒は途切れる事無く提供され、それは瞬く間に妖怪たちの胃袋へと納まっていく。

 

「紫様。少々、ペースが速すぎるかと」

「何よ藍。せっかくの料理を食べないなんて、こんな素敵な会を開いてくれたレミリアに失礼よ? ほら橙。貴方は遠慮せずにガンガン食べなさい」

「はい! 一杯頂きます!」

 

 藍が袖を引っ張るが、紫は気にせずケーキを口に頬張る。苺はあえて避けてある。最後に美味しく頂く為に。こういった拘りが長い生においては重要である。

 紫が促したこともあり、橙は魚料理目掛けて走り去っていく。元気で非常に宜しいと紫は深々と頷く。こういった場では世間体よりも楽しむ事が重要なのだ。そこを藍はまだ分かっていない。

 

「ククッ。以前、ウチに脅しに来た賢者様と同じとは信じられないね。いやいや、主催者冥利に尽きるというもの。遠慮なく食べてくれ」

「言われなくてもそうするわ。全く、貴方達には本当に手を焼かされたんだから、これぐらい当たり前よ」

「これは手厳しいね。あの件は手打ちが済んだじゃないか」

「まだまだよ。美味しい酒をたらふく頂いてようやく貸し借りゼロね」

 

 吸血鬼異変の際は本当に頭を悩まされたものだ。今となっては良い経験になってはいるが。幻想郷のルールを守ろうとしない妖怪が、突如として現れた場合の対処法。どれだけの事態を想定したとしても、実践は違うというもの。この経験は今後起こりうるイレギュラーへの良い判断材料となる。

 

「――で、だ。そろそろ妖怪の賢者様と話すのも飽きてきた」

「あら、もしかしてフラれちゃったのかしら」

「安心しろ。後でまた構ってやろう。私の器は海よりも広く空よりも高い」

 

 とにかくでかいということを言いたいらしい。

 

「流石は偉大な吸血鬼ですわ。それで、目移り激しいお嬢様は、次は誰にちょっかいを出すつもりかしら」

「それは勿論こちらのお客人だとも。先ほどから私をやけに挑発してきていてね。そろそろ応えないと失礼に当たると思うのだ」

 

 招待されたことに嫌味ったらしく礼を述べた後、無言で酒を飲み続けている花妖怪、風見幽香。先ほどから馬鹿にしたようにこちらを見下ろすばかりで、交流を深めようといった気持ちはさらさら見受けられない。

 霊夢たちと一緒にいる十六夜咲夜などは、こめかみに青筋を浮かべている。登場時から喧嘩を売っているようなものだから当然なのだが。藍や橙も風見燐香に対して敵意を発していた。従者としては好ましいが、八雲の式としてはあれくらいは受け流す余裕も求めたい。

 

「ああ、これ? 捻くれ花妖怪の風見幽香よ。常に捻くれた反応をすることに定評があるわ。私が知る限りでは幻想郷一ね」

「くだらないことばかり言っていると、殺すわよ?」

「ほらね。言った通りでしょう? でも可愛いところもあるのよ。だってお花の妖怪だし。水をあげると喜ぶの」

 

 紫がからかってやると、幽香からの威圧感が増してくる。打てば響く反応が、実に面白い。これが先ほどからこちらを窺っている天狗ではそうはいかない。あいつらは腹の探りあいばかりで全く面白くない。

 

「私は風見幽香。太陽の畑に住んでいるわ。今日は、お前とはよろしくするつもりはないと伝えにきたのよ」

「これは丁重な挨拶痛みいる。私はレミリア・スカーレット、紅魔館の当主だよ。是非、今後とも宜しくお願いしてもらうことにしよう。妹もお前の娘と仲良くやっているようだしね」

 

 レミリアはニヤリと笑う。外見は子供だが、実力は立派な吸血鬼。才能、素質共に十分だ。舐めてかかると痛い目にあうというのは、先日の吸血鬼異変での犠牲者の数が示している。紅魔館は単独で幻想郷相手に戦争をするだけの力を持っている。今は、紫たちによって鎖を掛ける事に成功しているが、今後も油断はできない。契約を交わしたとはいえだ。抜け道を探すことぐらい、悪魔ならやりかねない。

 それを理解した上で、あえてトドメを刺さなかったのは、妖怪の山の力を削ぎ落としたかったからだ。最近やけに口出しするようになってきていたので、それを牽制するための勢力が欲しかった。そこに紅魔館が当てはまっただけ。

 全てを駒として考えてしまうのが、八雲紫という妖怪の悲しい性である。この会に出席することで起こりうる変化も当然考慮している。それを意識したくないので、紫は敢えて騒がしく振舞っている。どうせ、これが表面上だけの演技だと見做されていることも分かっている。自分は、未来永劫そういう存在なのだから。

 

(仕方がないという言葉は嫌いだけど、仕方ないのよね。こういう性分なのは変えようがない。いつ死ぬのかは知らないけど、死ぬまで治らないのは間違いない)

 

 ――だから、厄介そうなことに進んで首を突っ込む事にしている。幻想郷の安定のためもあるが、その方が楽しそうだから。楽しまないと、いつか発狂してしまうかもしれない。色々なお節介を焼くのも最終的には自分のためである。というわけで、早速幽香を弄る事にする。こいつを弄るのは、スリルがあって本当に楽しい。一番楽しいのは、霊夢の成長を見守っているときである。

 

「ねぇねぇ、幽香。あれほど娘を外に出したがらなかったのに、どういう思考の変化なの? ようやく子離れできたとか? 今日は本当におめでたい日ねぇ」

「お前には関係ない。後、馴れ馴れしくするな。ぶち殺すぞ」

「怖いわぁ。レミリア、ちょっとガツンと言ってやりなさいな。紅魔館当主なんでしょ。吸血鬼たるものここで舐められちゃ駄目よ。一発いっときなさい」

 

 レミリアをけしかける。どうなろうと自分には被害はない。全く問題ない。

 

「お前の言っている意味が分からん。だが、最初のアレは中々の余興だった。親子そろっていきなり喧嘩を売ってくるとは考えてもいなかった。実に意表を衝かれたよ。ククッ、フランが気に入るわけだ」

 

 そう言ってレミリアは心から楽しそうに笑う。風見燐香が会場に現れたときのことだろう。あれだけの威圧感を見せられては、木っ端妖怪やらまともな人間は近づこうとはしまい。稗田の護衛退魔師などは、完全に戦闘態勢に入っていた。あの親子の前では糞の役にも立たないだろうが。所詮付け焼刃の集団だ。なにしろ、道具の力を借りなければ何もできない無能共。霊夢の爪の垢でも飲んだほうが良い。まぁ、そういう連中だから放ってある訳だが。幻想郷のバランスを崩す要因には絶対になりえない。

 幽香いわく、害虫避けの効果は十分にあったと言えよう。彼らは今後風見燐香の恐ろしさを人里で触れ回り、人間たちを決して近づかせないようにするはずだから。

 だが、同格、あるいは格上には逆効果だった。霊夢などは完全に討伐対象へと入れたはずだから。燐香は既に能力をコントロールすることに成功している。つまり、無意識でああなったのではない。この性悪妖怪が敢えてやらせたのだ。結果がどうなるか分かっていて、燐香にあれを強制させたということは――。

 

「ふむふむ。つまり、温室での無菌栽培はやめたということでいいのかしら? 愛しの娘を世間の荒波に揉ませようと」

「うるさいわね。お前は黙って食ってなさいよ。この意地汚い隙間ババァが。狐と一緒にぶちのめしてやろうか」

「な、なぜ私まで」

 

 うろたえる藍。そこは私が盾になりますと激昂するところだろう。減点である。橙を式にしてからというもの、自重を覚えてしまったようだ。昔の藍はもっと尖っていたのに。紫がつけた異名は、切れたナイフ。本人は凄く嫌がっていた。

 

「主の罪は式の罪。つまり連帯責任よ」

「……そ、そんな」

「らーん。主を守るというのがお前の使命でしょう。どうして一蓮托生の運命から逃げようとするの?」

「そういう訳ではありません。ですが、些か理不尽な気がしたもので」

「妖怪が理不尽で何が悪いの。この愚か者め」

「痛ッ」

 

 扇子を取り出してペシッと藍の額に打ち付ける。ぐぬぬと唸ったまま、藍は座り込んでしまった。反省しているようだ。だが反省だけなら猿でもできる。ここで許してはいけない。

 

「くくっ。お前の主は、本当に理不尽のようだね。同情するよ」

「きゅ、吸血鬼に慰められるとは。なんと言って良いのやら」

「喜ぶが良い、忠実なる狐よ。それはこれから一生続くぞ。私にはお前の運命が見えるんだ。どうだ、嬉しいだろう」

「……はは。思わず愕然としました」

「それは重畳。さぁ、ウチの酒を飲んで是非至福の時を味わってくれ。自慢の逸品揃いだよ」

「……お心遣い、感謝しますよ」

 

 レミリアと藍が楽しそうに話している。些か聞き捨てならない藍の言葉もあったが、今は見逃してやろう。だが絶対に忘れない。

 

「ねぇ幽香。吸血鬼と狐って中々珍しいペアよね。和洋折衷って感じ? ――って、そうじゃなくてさぁ。貴方の娘のことよ。人形を遣う魔法使いになんか入れ知恵されたんでしょう? じゃなきゃ急に外に出したりしないはずだもの」

「…………」

 

 視線をアリス・マーガトロイドへと向ける。今は宵闇の妖怪と話し込んでいるようだ。何の気の迷いか、幽香は燐香をアリス・マーガトロイドのもとへ教育に通わせている。独占欲と保護欲があれほど強かったくせに。

 自分だけでは限界が近いという事に気がついたのか。それとも気付いていないのか。いずれにせよ、興味深い。

 

「……全く。だったら私が預かってあげてもよかったのに。長年の付き合いだってのに、つれないわねぇ」

「冗談は顔だけにしときなさい」

「私にそこまで真正面から罵声を放つのは貴方ぐらいのものよ」

「だったら話し掛けて来るな」

「嫌よ。楽しみが減っちゃうじゃない」

「おい、そこの二人。主催者を放ってイチャついてるんじゃない。八雲紫、偉大な吸血鬼を狐に相手をさせてどうするんだ。ついでに風見幽香もだ。招いてやったんだから、もっと私を歓待しろ」

 

 レミリアが不満そうに間に入ってくる。言っている事が滅茶苦茶だが、傲慢な吸血鬼には相応しくも思える。幽香が苛々しているのが少々不安だが。爆発すると、物理的な意味で館も爆発する。被害が甚大になるだろう。その際は人間だけは守ってやる事にする。

 

「チンチクリンが、中々言うじゃない」

「仕方ないわねぇ。ほら、グラスを持って。さぁ血のように紅いワインをどうぞ。幽香も一々膨れてないで」

「うんうん。それでいいんだ。私は退屈が大嫌いでね。だから、楽しそうなことや面白そうなことは大好きなのさ。そういうわけで、風見幽香」

「……何?」

「ウチのフランを宜しく頼むよ。別に嫁に出すわけではないが、アレはかなり気難しいやつでね。うっかり半殺しにしてしまったりするのさ。その際に、一々めくじらを立てないでくれということだ」

「その時は、お前たちを同じ目に遭わせてやるから心配しなくていいわよ。この悪趣味な館ごと破壊してやる」

「くく、それは実に恐ろしい。フランにはよく言って聞かせる事にしよう。精々丁重にもてなせとね」

 

 アハハハと哄笑しながらグラスを煽るレミリア。威厳たっぷりに周囲を見回した後、椅子に悠然と座る。そして、『あーつかれたー』と大きく伸びをすると、だらっとしてテーブルに突っ伏した。

 

「でさぁ、ちょっと真面目な話なんだけどさぁ」

「……なにこいつ。急にオーラがなくなったわよ」

「ね、結構面白いでしょう、この吸血鬼。見ていて退屈しないわよ。暇なときに良く見てるんだけどさ」

「おい、私を覗くのは止めろ変態妖怪め。いや、そうじゃなくてさぁ。風見幽香、お前の娘の事だよ。私は何回も挨拶しようとしたのに、いっつもフランに邪魔されるんだよ。『神社でも行ってろこの馬鹿』、『うざいから100回死ね』、『お子様吸血鬼』っていつも罵られるし。なんなのよ。私はここの当主なのに。フランの初めての友達に挨拶しちゃいけないってどういうことよ? おかしいでしょう?」

 

 レミリアのカリスマパワーが瞬く間に減っていった。今ここにいるのは、気難しい妹との仲に悩む、外見相応の悲しい姉である。

 

「そうねぇ。何か嫌われることでもしたんじゃなくて?」

「うーん。アイツがあまりにヤンチャだから、軽く495年間地下に押し込めたぐらいかな。後は聞き分けないときは殴っていう事を聞かせたり」

 

 レミリアの言葉に、紫は肩を竦めた。閉じ込められている方からしたら堪ったものではないだろう。お前のためといわれて納得するのはドMぐらいだ。

 

「間違いなくそれが原因でしょうね」

「だって誰彼構わず、見境なく殺しまくるからさぁ。さすがの私もああするしかなかったんだよ。そこからすると、最近は本当に落ち着いてるよ。思わず嬉しくなっちゃって、全力で抱きつきにいったら上半身ふっとばされたけど。いやぁ、我が妹ながら恐ろしい魔力だった。末恐ろしいね」

「姉妹揃ってイカれてるわね」

「幽香、貴方が言えたことじゃないわよ。どの口がそれを言うの」

「お前が言うな」

「いや、貴方にだけは言われたくないわよ」

 

 幽香と本気で言い合っていると、レミリアの話はまだ続いていた。

 

「あのスペルカードルールな。あれは本当にいいものを作ってくれたよ。フランの破壊衝動を満たしつつ、それでいて手加減を覚えさせる事ができた。いやぁ、あの白黒と紅白がフランと相対したときは、絶対死んだと思ったのに。何事もなくて本当ラッキーだったよ。いや、全部私の運命操作のお蔭なんだけど。流石は私だな」

 

 レミリアの能力はいまいち正体が分かっていない。運命を操るといっているが、ならなぜ先の吸血鬼異変で敗北したのか。その方が良い運命だったということだろうか。ハッタリの可能性も否定できないでいる。しかし、プライドの高い吸血鬼がそんな嘘をつくだろうか。いずれにせよ、妹のフランドール・スカーレットともども警戒に値することだけは確かである。

 スキマという反則的な能力を操る自分がいるのだから、どのような存在がいてもおかしくないのだ。

 

「恐ろしいことをさらっと言わないでくれるかしら。心臓に悪いから」

「済んだことは振り返らないのが私の主義だからな。……それでさぁ、ようやく大人しくなってきたと思ったら、しかも新しい友達までできたとか言い出すし。その時の私の気持ちが分かるか? 思わず泣きそうになったね。泣かなかったけど」

「はぁ」

 

 なんだか疲れてきた。帰りたい。幽香は全然聞いてないし。やはり自分が聞き役なのかと、紫はそっと溜息と吐いた。

 

「妹の友達ならさ、私も会ってちゃんと挨拶しないとって思うじゃない? そしたら問答無用で消し飛ばされた私の気持ちが分かる? ねぇ、分かる? 分からないだろうなぁ。いや、分かってもらったら困る! 私の苦悩は山よりも高く、谷よりも深いのよ」

「それは、本当に大変だったわねぇ」

 

 うぜぇと思いつつ、紫は笑いながらそれに付き合う。幽香はすでに明後日の方向を向いている。こいつはそういう冷たい奴なのだ。それでも続いているのは、ひとえに紫の度量が広いおかげである。でなければこんな腐れ縁が長続きするわけがない。やっぱり紫ちゃんがナンバーワン。勝ち誇っていたら幽香が虫を見るような目で眺めてきた。こういうときの勘だけは霊夢並に良い奴である。

 

「どうもね。咲夜を近づけさせなかったのを根に持ってるみたいでさ。だってあの馬鹿、加減知らないし。私の大事な咲夜を壊されたらたまったものじゃない。そうしたらお返しとばかりにこの扱いでしょ。もう、どんだけガキなのよ。私を見習って一人前のレディになりなさいってのよ。ねぇ咲夜、お前もそう思うだろう?」

「はい、お嬢様」

 

 いつの間にか近くに戻っていた十六夜咲夜が深々と頷いている。本当に全部話を聞いていたのかは知る由もない。

 

「そうでしょそうでしょ。ああ、咲夜とパチェだけよ。私の気持ちを完全に理解してくれるのは。門番はフランの派閥に取り込まれてるし! この館の当主は私、私なの! この麗しのレミリア・スカーレット!」

 

 テーブルをばんばんと叩きまくる吸血鬼。

 ――マジでうぜぇ。近くで写真を取り捲っている糞天狗もうぜぇ。スキマで消し飛ばしてやりたいが、後で天魔やらが五月蝿いからここは我慢のしどころだ。紫は笑みを顔に貼り付けて、なんとか受け流す。我慢するというのは、中々精神力を使うのだ。幽香は欠伸をしながら、酒のお代わりを注いでいる。

 

「大体さ、隠されると見たくなるでしょ? いや、誰が何を言おうと私は見たいの。だって私悪魔だし」

「そういうところがいけないのよ。多分、妹さんは貴方に大事な友達を取られちゃうと思っているんでしょうねぇ」

「なるほど、そういうことか。うん、それはいい考えだ。取り上げたら、アイツどんな顔するかなぁ。ちょっとやってみたくなった」

 

 レミリアの目に怪しい光が浮かび始める。駄目だこいつはと、紫は深々と嘆息した。姉妹で一生喧嘩していればよろしい。外に迷惑をかけなければ問題ない。多分、今この段階でキレかかっているのは幽香だろうが。

 というか、この吸血鬼は霊夢にもちょっかいを出している。見張っている限り、特に怪しい素振りはないが、眷属にでもしようと企んだ瞬間に消し飛ばしてやるつもりだ。何でも欲しがるのが悪魔とはいえ、見境がなさすぎる。たまには痛い目にあったほうがいい。というか、妹に何度も叩きのめされているのに治る気配がない。もっとキツめにやられたほうがいいだろう。

 紫は心の中でフランドールを応援する事に決めた。

 

「一つだけ言っておくわチンチクリン。あれはお前のじゃないの。余計な手出しは一切するな。全く、フランドールの方がマシだとは思わなかったわ」

「お前は本当に失礼な奴だね。ふふん、今すぐ私の実力を思い知らせてやりたいが、今日は日が悪いから勘弁してやろう。ありがたく思え」

「あっそ。勝手にほざいてろ」

「いやぁ皆さん、仲が宜しいですねぇ。これだけの実力者が集まると、実に壮観です! ところでレミリアさんに幽香さん。ちょっと、妹さんと娘さんのことでインタビューしたいのですが!」

 

 写真を心ゆくまで撮り終えた射命丸文が、額を拭いながら声をかけてきた。

 レミリアと幽香は全く同じタイミングでそちらを向くと――、

 

『死ね』

 

 と声をハモらせながら告げたのだった。

 やっぱり、こいつらは面白いなぁと紫はしみじみと思うのだった。

 

「……お嬢様」

「なんだ、咲夜。改まって。私への称賛の言葉ならもっと声を大きくしていいぞ」

 

 と、十六夜咲夜がレミリアに何かを耳打ちすると、その表情が変わる。颯爽と立ち上がると、悠然と微笑む。

 

「すまないが、少々席を外させてもらう」

「あら、どうかしたの? いきなりやる気になっちゃったみたいだけど」

「なに、大事な妹の教育を少々ね。何事にも一線というものはある。それを越えるには、相応の覚悟が必要ということさ。アイツはそれを全く分かっていない」

 

 

 

 

 

 

 ――紅魔館地下、フランドールの部屋。酒精やら料理の匂いが充満している。ここには窓がないから当然のことだ。外の空気が入ることも、忌まわしい日光が入り込むことも決してない。

 

「ひどい状況だなぁ。うん」

 

 フランは椅子に座りながら、部屋の惨状を見渡す。別に暴れて破壊した訳ではない。もっと別の意味での惨状だ。

 美鈴は何故か下着姿になりながら、鼾を掻きながら眠っている。手には大きな酒瓶を抱えながら。完全に油断しきっており、とてもいつも凛とした表情で門を守護している妖怪とは思えない。きっと、本当に楽しかったのだろう。フランが笑うと、美鈴も喜んでくれる。だからだと思う。紅魔館で一番親しいのは美鈴である。いつも何かと気に掛けてくれる。それを分かっていても、素直に感謝することはない。何度も酷い目に遭わせてしまった自分にはそんな資格はないからだ。

 

 そして、いつもはおどおどとしているメイド妖精たち。個々の名前など知るわけもない。だが、彼女達もいつの間にか宴に混ざり、グラスを交わして歌い踊り、やがて疲れて眠ってしまった。彼女達がここまで無防備なのは初めて見る。

 そして、この部屋が、これほどまでに賑やかだったことはこれまでなかった。こんなにも笑い声が響くものだと初めて気付かされたものだ。美鈴の宴会芸が多種多様なことや、妖精メイドが意外と愉快な性格をしているということも初めて知った。本当に今日は新しい発見が多かった。楽しかった。面白かった。いつまでも続けば良いと思った。

 

 ――そして。

 

「…………」

 

 美鈴に寄りかかって意識を失っているのは、風見燐香。頭がおかしいフランドール・スカーレットの初めての友達。

 最初は幽香の命令で威圧感をやたらと発していたが、地下に来てからはすぐにやめてしまった。フランは別に気にしないといったのだが『私が気にします』と不快そうに舌打ちして、幽香への悪口を言いまくっていた。本人がいないと、やたらと強気なのが燐香なのだ。

 

 そして、酒を飲み始めると更に気分が高揚してきたらしく、笑顔で自分の傍に寄り添い続けてくれた。

 『フランは絶対沢山の友達ができる』、『いつかレミリアとも仲良く出来る』、『今まで我慢した分絶対に幸せになれる、私はそれを知っている、私が保証する、フランは優しくて他人の痛みが分かる』などなど、もうこちらが赤面するぐらいに褒めまくってきた。顔は笑っているのに、目が極めて真剣だったのが印象的だ。これがただの機嫌とりだったら半殺しにしてやっていたのに。この馬鹿は、本心からそう告げてきたのだ。どこをどう見たら、そういう考えに至るのか。全く以って理解不能だった。

 そもそも、自分と友達になろうなどと考える事がイカれている。姉ですら自分を恐れて地下に閉じ込めたというのに。自分は大丈夫だとでも思っているのだろうか。だが、それを試してみようとは思わない。燐香を傷つけたくないという思考が、潰してしまいたいという破壊衝動を抑えこんでいる。実に不可解な話だ。

 

「……よく寝てるね」

 

 フランは、完全に寝てしまっている燐香を眺める。特徴的な赤い髪が血のように見えてきた。それとは対照的に、汗で光を放つ色白の肌がやたらと艶かしい。その首筋に視線を向ける。完全に無防備だ。今なら、フランが何をしても、絶対に阻止出来ないだろう。その時には何もかもが手遅れだ。

 ――牙が疼く。心臓の鼓動が早くなる。

 

「…………」

 

 他の友達なんていらない。燐香が永遠に傍にいてくれるなら、それでいい。そうしなければ、いつかあの性悪の姉に取られてしまう。自由は既に奪い取られている。だから、これからすることは正しいことなのだ。

 

「ごめんね? でも、これで私たちは永遠に友達でいられるの。だから、いいよね」

 

 燐香の身体を押さえ、口を限界まで開ける。牙に力を篭め、術式を詠唱する。対象を完全に支配下におくためのもの。一定以上の血液を吸い取り、自分の魔力を流し込んでしまえばもう抵抗できない。これは永遠に自分のものだ。

 

 ――白い首筋に、牙を突きたてようとした瞬間。

 

「馬鹿者」

 

 背中を掴まれて、強引に引き剥がされる。その拍子に、美鈴のお腹にダイブしてしまった。ぐぶっという呻き声をあげ、美鈴は更に昏倒した。なんか口から溢れてるし。

 

「おいたはそこまでだよフラン、我が最愛の妹。相手の同意をとらずに、そういうことをしてはいけない。お前に吸血鬼としての誇りがあるならね。覚悟があるなら話は別だが」

「そんなものあるわけないでしょ。私にあるのは495年分の憎悪だけ。ねぇ、今度は本気で殺すよ? 分かったら私の邪魔をしないでよ。そう、私のモノに手を出すな!」

「お前は何も分かってないな、幼き吸血鬼よ。それはいけない。実に浅はかな考えだ。……フランドール、そいつはお前の何だ?」

「私の初めての友達」

「そうだ。だが、それをお前は自分から手放そうとしているんだ。分かるか、半人前の悪魔よ。お前が牙を突きたてた瞬間、関係は決定的に壊れる。それを分かっているのかと言っているんだ」

「ぐだぐだ五月蝿いんだよ! でていかないと本気で殺すぞ!」

 

 フランは殺気を篭めてレミリアを睨みつけるが、相手はどこ吹く風で微笑んでいる。脅しで左手を翳してやっても全く動じない。

 

「魂を支配下におくというのは、そう簡単なことじゃない。お前は簡単な手段で、永遠に自分のものにできると思ったのだろうがね。強引にそれをやったら、できあがるのはただの木偶だ。お前の命令をひたすら従順に聞く、つまらない玩具のできあがりだよ」

「――嘘だッ! この嘘つきッ! お前は嘘つきだ!」

「嘘じゃないさ。お前は私が操っていたグールを見たことがあるだろう。あれがそうだよ。あれが成れの果てさ。私は自分の戦力を増やすために敢えてそうした。なぜなら私は悪魔だからだ。無間地獄に落ちる覚悟は常にできている。故に、駒の意志を尊重する気などさらさらなかった。でだ、お前はどういうつもりで、そうしようとしているんだっけかな?」

「わ、私は。――私はッ、ただずっと友達でいて欲しいって!! 私はいいなりの木偶なんかいらない! 私が欲しいのは――」

 

 フランが両手で顔を押さえて嗚咽を漏らすと、レミリアが近寄り抱きしめてくる。

 

「いいんだよフラン。間違いは誰にでもあるものさ。お前は知らなかっただけじゃないか。ならこれから学んでいけば良い。幸い、うちには優秀な魔法使いがいる。優秀かつ偉大で美しくて素晴らしい大先輩の私がいる。そこそこ優秀な門番もいる。不完全だが瀟洒なメイドもいる。おまけに腐れ小悪魔までいる始末だ。誰にでも好きなだけ聞けるじゃないか、そうだろう?」

「……お、お姉様」

「ふふん。やっとそう呼んだか。そう、それでいいんだ。私は栄えある紅魔館の当主なのだから。私達化物の時間は飽きるほどに長い。幸い、そいつも妖怪だ。慌てる必要はなにもない。何をそんなに焦る必要があるんだ。私の妹ならば、もっと堂々としているべきだ」

 

 レミリアが背中を軽く叩き、そして離れる。フランは、自分の中で抑え切れなくなっていた欲望の嵐が収まっていくのを感じる。そうだった。慌てる必要なんてないのだ。私達の時間は、とても長い。

 

「……ごめんなさい、お姉様。私、とんでもないことをしちゃうところだった」

「別に構わないさ。私達は家族なんだ。互いに迷惑をかけてかけられて、その度に絆を深めていけばいい」

「……ありがとう。ありがとう、お姉様」

 

 フランは、数百年ぶりにレミリアに感謝を伝えた。レミリアは優しく微笑むと、フランの頭を乱暴に撫でてきた。姉は、いつもそうするのだ。一番腹が立つのは、それが不快と思わないことか。

 

「さてと、これで一安心だな。それじゃあ、ベッドに寝かせてっと――」

 

 レミリアが燐香を持ち上げ、フランのベッドに寝かせて介抱している。そのまま顎を持ち上げ、流れるような動作で首筋に牙を突きたてようとした。

 

「――ぐげっ!」

「……ねぇ、何をしようとしているの? 我が愛しのお姉様」

「い、いや、ちょっとだけ味見をだな。お前がそんなにいれこむぐらいだから、きっと血は美味しいんだろうなーとか。あのいけ好かない風見幽香へのあてつけになるかなーとか。先に抜け駆けしてやったらお前はどんな顔するのかなーとか。世の中早い者勝ちって言うじゃない? そういう世間の厳しさを引き篭もりのお前に教えてやろうとおぼっだんだげぼ!」

 

 手の力を強める。フランの変化した右手は、完全にレミリアの顔を捉えている。レミリアの顔はひょっとこみたいになっている。

 

「うーん、やっぱり死んじゃいなよ。多分、その性悪な性格は長い時間をかけても治らないからさ。なんだっけ。馬鹿は死んでも治らないだっけか。パチェも言ってたし」

「ぶ、ぶらん! や、やべて」

「うるさい」

 

 強化した手で、レミリアの顎を更に締め付ける。ひょっとこの次は顔が茹蛸みたいになってきた。そのまま死んでしまえとばかりに、フランは万力のように力を篭めていく。何、顔が潰れても直ぐに再生するから問題ない。

 

「本当にいつもいつもいつもいつも美味しいところだけもっていこうとするよね。前からそう思ってたんだけど」

 

 咲夜の血をこっそりと飲んでいることは美鈴から聞かされている。こいつは自分だけ美味しい血を飲んでおきながら、私には適当な血を飲ませていることも知っている。本当に頭にくる奴なのだ。その上、燐香の血まで飲もうとしやがった。フランより先にだ。このまま顔面を消し飛ばしてやろうと、力を入れる。

 

 ――と、自分よりも丁度良い相手が見つかったので、そちらへ引き渡すことにした。

 

「ねぇ。こいつ、燐香の血を吸おうとしてたよ。一回半殺しにしたほうがいいと思うな」

「へぇ。客人に対して、中々愉快なおもてなしじゃない。せっかくだし、少し遊んであげましょうか。最近の吸血鬼は太陽が平気なのもいるんでしょう? 試してみましょう。上でスキマ婆に用意させてあるから、少し日焼けすると良いわ。肌が白すぎるみたいだしね」

 

 スキマで日光を直接取り入れるつもりか。当分は起き上がれなくなるだろう。ざまぁみろとしか思わない。ちなみに、フランもレミリアも太陽は苦手である。陽射しを浴びれば、ダメージを受ける。

 

「げえっ、風見幽香! な、なんでお前がここに」

「人間のメイドが案内してくれたのよ。ご丁寧に部屋の前までね」

「さ、咲夜あああああッ! 何してくれてんのお前は! っていねぇ!」

 

 咲夜はすでに立ち去っていた。去り際の顔には、ちょっとだけ嫉妬のような感情が含まれていたような。なるほど、確かに不完全である。それが良いとかレミリアは言っていた。ならば甘んじて受け入れることだろう。ハッピーエンドだ。

 

 

「ま、待て! ふ、フラン! 元はといえば最初はお前が! 私はそれをとべぼうぼ」

「はい、これあげる。もう返さないでいいよ」

「さて、行きましょうか。吸血鬼が灰になるところは初めて見るから少し楽しみなの」

「た、太陽は、太陽はだめぇ! 本当に融けちゃうし! 火傷するから! マジで無理!」

「やかましい」

 

 風見幽香にレミリアを投げ渡すと、そのまま頭を掴まれて部屋を出て行った。ずるずると引き摺られて。

 この分では、レミリアが止めていなくても、恐らく風見幽香が止めにきていたのだろう。最後の視線が、少々剣呑だったから。親は怒らせると怖いらしい。フランには親の記憶がないので分からないが。だから、少しだけ羨ましいなと思った。

 

「あーあ。せっかくずっと友達でいられる方法を見つけたと思ったのになぁ。でも時間は長いし。どうするかはこれからゆっくり考えよう。どう転がるかは想像できないけど、退屈はしなそう。……ここは本当に楽園なのかもしれないね」

 

 パチェが楽園と称したこの世界。フランは初めてそうかもしれないと思った。

 フランは、燐香の横に寝転ぶと、そのまま目を瞑って寝てしまう事にした。ここの片付けは美鈴に任せればいいだろう。人の部屋で嘔吐するという醜態を見せているのだから、至極当然である。

 

 

 




セーフ!

レミリア様は本当に頭の良いお方。
やるときはやるけど、普段はだらけていたりギャグ属性。
そんなイメージ。


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第三十一話 依存症

 気がついたら忌むべき我が家だったでござるの巻。何を言っているか分からないけど、自分でも分からなかった。なんだか頭が痛い。多分飲みすぎで二日酔いだ。一体どうやって帰ってきたのだろうか。さっぱり分からない。

 お酒が凄く美味しかったこと、最後まで騒がしかった記憶はちゃんと残っている。いやぁ、本当に楽しかった。地下はちょっと寂しくない? なんて最初は思ったりしたけど、騒ぐのに場所は関係なかった!

 フランや美鈴、メイド妖精の皆とわいわいがやがや賑やかに。うん、私の望んだ光景はあそこにあった。フランも一杯喜んでいたし、パーティは大成功だろう。

 そして、楽しいときはあっという間の格言通り、私はまたここに戻ってきているという訳だ。とても悲しい事である。

 

「ういー」

 

 ふらふらしながら居間へと向かう。机の上には冷たいパンと、目玉焼きにハム、サラダが置いてあった。これが朝食のようだ。幽香の姿は見当たらない。自室にいそうな気配もない。どこかに出かけているのか。まぁどうでもいいや。触らぬ悪魔に祟りなし。触らなくても災いは降りかかるけど。

 

「うーん。美味しいけど、味気ない。やっぱり賑やかな方がいいなぁ。ああ、孤独だー! つまんねー! 幽香の悪魔! 外道! 大魔王!」

 

 愚痴と一緒に悪口を言ってみる。やっぱりいないらしい。いたら私は既にボコボコだ。

 楽しい時間を知ってしまうと、退屈な時間というのは実に苦痛である。私は気を紛らわせる必要性があると判断した。そう、今の私にはお酒が必要だ。お酒を飲みたい。もう浴びるほど飲みたい。意識を失うほど飲み続けたい。

 

 いやぁ、この前初めて飲んだけど、あんなに美味しい物だとは思わなかった。もうお酒だけ飲んでいれば幸せでいられそうだった。なにより、酒に浸っている間は時間の感覚が曖昧になる。楽しいことはもっと楽しく、悲しい事は認識しないで済む。つまり、酒を飲んでとっとと自我を失ってしまえば、この家での生活が短くなるという寸法。うん、完璧な理論である。――名付けて相対性酒理論。

 キリッとしてみたけど、ツッコミ役がいなかった。やはり寂しい。

 

「そうと決まれば善は急げってね!」

 

 目玉焼きを一気に食べ、パンを咥えながら立ち上がる。幽香がいたら確実にぶん殴られているだろう。食事中にこんな真似をすることは許されない。でも今日は大丈夫。鬼のいぬ間になんとやらだ。一生帰ってこないでほしい。

 

「けけけ。自分ばっかり美味いお酒を楽しみやがって。だが、ここにお酒を隠していることは百も承知。ふふふ、甘いぞ幽香! この名探偵風見燐香の目はごまかせないのだ!」

「へぇ。何が誤魔化せないのかしら」

「――え?」

 

 な、なんだこのプレッシャーは。こ、この私が圧されている! いや、幻聴だろう。だっていなかったじゃん。お願い、幻聴でありますように!

 

「なんでお前は、勝手に棚を漁っているの? しかもパンを咥えながら。そんな食べ方、誰がいつ教えたかしらねぇ」

 

 現実は非情だった。私はパンを咥えたまま、ぐぎぎぎとゆっくり振り返る。超笑顔の幽香がいた。でも、拳をボキボキやっている。すげー北斗の拳だ! 汚物は消毒しちゃいそうな感じ。北斗有情拳でお願いしたいところだが、絶対に北斗残悔拳だと思う。残り3秒でお前の罪を数えろ的なあれ。

 というか、どうしてこのタイミングに戻って来るんだろう。なんなの、私がうっかり油断するのを見張っているの? この性悪悪魔め!

 しかしだ。いまはなんとかして切り抜けなければ。どうする、どうする私。ええいままよ! くらえ!

 

「お、お帰りなさい、お母様! えっと、死ぬ程大嫌いじゃなくて、大好――」

「鬱陶しいから近づくな。正しい食事方法を忘れたみたいだから、少し教育してやる」

 

 ネックハンギングで私は釣り上げられた。これのどこが正しい食事方法なのだ。しかしジタバタするのもみっともない。今日は私が全面的に悪いので仕方がない。因果応報。悪行は自分に帰ってくる。ならば、風見幽香にはいつ帰るのだろう。全然野放しじゃないか。やはり四季映姫・ヤマザナドゥの下へ直訴しにいかねばなるまい。花映塚はまだかなぁ。

 あ、いまちょっとだけ死神の顔が見えたかも。あれ、でも小野塚小町じゃなくて、フードを被った髑髏だった。というかこれって――。

 残念、私の幻想郷生活はこれで終わってしまった。

 

 

 

 

 

「こ、ここは」

「私の家よ」

「……凄く驚きました。三途の河かと」

「生憎だけど違うわ。貴方は幽香に運ばれてきたのよ」

 

 完全に意識を失った後、私はアリスの家で目覚めた。最近、意識を失うたびに目覚める場所が変わっているんですけど。これって軽くホラーじゃない? 本当は怖い幻想郷ってこれのことだったんだ。

 

「おはよう、という時間でもないけれどね。もう11時よ」

 

 三時間近く意識を失っていたのか。どんだけ首を締められたのか。手加減という言葉をそろそろ覚えて欲しい。あいつにグラスの鍛錬をやらせたら、確実に破壊するだろう。そんな面倒なことは必要ないとか言ってやらないだろうけど。超強化系だから仕方ない。

 それはともかくアリスにちゃんと挨拶をしなければ。

 

「おはようございます。私は時の旅人ですか?」

「旅人と言うより、荷物扱いされてたけどね」

「やっぱり」

「それはそうと。この前の紅魔館のパーティ、随分と楽しんだみたいね。最初と最後はアレだったけど。何事かと思ったわ」

 

 アリスが意地悪気に微笑む。ちょっと小悪魔っぽい。悪い意味ではなく、この笑顔は罪作りだなぁと思うわけだ。普段クールな分、破壊力抜群だ。

 しかし、最初と最後ってなんのことだろう。最初はあれだ。大物オーラ全開パワーのあれ。大体幽香のせい。

 

「……やっぱりアレはまずかったですよね。私は嫌だったんです」

「事情を知らなければ、最悪の第一印象でしょうね。それが幽香の狙いだったみたいだけど」

「はぁ。最悪です」

 

 がくっと頭を垂れる私。実るほど頭を垂れる稲穂となりたいものだ。私の場合、がっかりするときぐらいしか機会がない。もっと実らせるような教育をして欲しいものである。

 

「それよりもよ。あんな状態になるまで、お酒を飲むのはやめなさい。意識を失うなんてありえないわ。最後に運ばれるときなんて、泡吹いてたわよ。どれだけ飲んだのよ」

 

 アリスお叱りモード。最後というのはこれのことか。意識を失って運ばれるとは情けない。しかも泡って。ブクブクブクって蟹なのか私は。しかし記憶がないので、何も言い訳できない。

 

「いやぁ。た、楽しかったので。だからじゃないかな。あはは」

「楽しんだのなら、それこそ節度を弁えなさい。美鈴みたいに粗相をしたくないでしょう。良い思い出が台無しになるわよ」

「美鈴が何かしたんですか?」

「飲みすぎて嘔吐していたらしいわ。フランドールの部屋で豪快に。パチュリーの話だけどね」

「あちゃー」

 

 皿回しやら剣を飲み込んだりする大道芸を披露して場を盛り上げていた美鈴。沢山お酒を飲み捲くり、最初にダウンしていた。あれは潰れても仕方ない。飲んだというより、フランに飲まされたというか。まぁ、本人が楽しそうだったから良いだろう。

 

「分かったなら約束しなさい。意識を失うまで飲んだりしないと。節度を守って酒を楽しむと」

 

 なんだか母親みたいなアリス。だが私は素直に頷く事ができない。折角現実逃避できる素晴らしいアイテムを見つけたのに。溺れるほど飲まないと意識を失えないし。

 

「いや、その」

「今まで、私が貴方に間違ったことを言ったことがあったかしら。逆に、意識を失うまで飲んでよい理由を教えてくれる? 私を納得させられたら、好きにして構わないわ」

「そ、その方が楽しくなれるから、かなぁ。楽しければ、後はどうでもいいかなぁみたいな。あはは」

「……それだけ?」

「それだけです。え、えへへ」

「却下よ。これからは節度を守って飲みなさい。別に禁酒しろと言っている訳じゃないのよ」

「わ、分かりました」

「本当かしら」

 

 アリスの目が少し険しくなったので、私は更に頷く事にする。『私のいう事は絶対に正しい』思考の幽香と違い、アリスは理知的に攻めてくる。私はアリスを尊敬しているし、その言葉は常に正論だ。私の言い訳など、子供の駄々に過ぎない。それは自覚している。

 よって迂闊に反論すれば、一時間くらい説教を受ける可能性がある。今日の私は正直二日酔いが抜けていないので、それは勘弁して欲しい。それこそ倒れてしまう。つまり、ここでの最善の選択は。

 

「はい! アリスの教えを言葉ではなく心で理解できました! 出来る限り節度を守ると誓います」

 

 なんだかペッシになった気分だった。マーガトロイドの姉貴のいう事は間違いなし! ……あれ、でもこれって二人とも死んじゃうじゃん。アリスは死んだら駄目だし。

 というわけで、一応分かった振りをしてやりすごすことにした。出来る限りだから、出来なかったら仕方ない。アリスを困らせたくはないので、これが最善だ。

 酒の美味しさを知ってしまったので、もう手放せそうにない。次の宴会というかパーティはまだかなぁ。紅魔館ぐらいにしか呼ばれないと思うけど。というか、正月になったら甘酒がでるじゃないか。風見家でも一応門松やら餅がでる。刑務所でもそういうイベントはあるものだ。超ラッキー。

 

「……燐香。貴方、『分かった振りをしてやりすごしてやろう』と考えたでしょう」

「い、嫌だなぁ。そんなこと思うわけがないじゃないですか。あはは」

「嘘をつくとき、貴方、目を泳がせる癖があるのよ」

「……え? そ、そんな馬鹿な!」

 

 咄嗟に窓を見てしまう。窓の反射で確認するが、多分泳いでいない。あ、しまった。またひっかかったね、燐香ちゃん! いや、嘘を言った瞬間に目が泳いでいるのかも。ああ、正解はどっちなんだ!

 

「ほ、本当に泳いでいたんですか?」

「本当かどうかは教えないけど。間抜けな子は見つかったみたいね」

 

 アリスに額を軽く突かれた。悪戯を叱られているみたいで結構恥ずかしい。私は頬を膨らませて視線を逸らす。

 

「アリスはずるいですよ。ポーカーフェイスでそんなことを言われたら、誰だって騙されます」

「先に嘘をつくほうが悪いのよ。大体、子供のくせに酒に溺れるなんて言語道断。だから今日は厳しくいくわ。しばらく、お酒を飲もうなんて考えられないようにね」

「そんなぁ」

「甘えた声を出しても無駄よ。さ、早速始めましょう。鍛錬が十分と思えるまで、今日のお昼は抜き。当然おやつもね!」

 

 ば、馬鹿な。アリスの美味しいご飯をお預けとは。というか、そんなに遅くなったらおやつの時間に食い込んでしまう。アリスのおやつ抜きというのは、辛い。アリスのおやつは超美味しいのに。並んでも食べたい逸品だ。

 

「が、頑張ります」

「食欲だけは十分みたいね」

「なので、おやつ抜きだけは勘弁を」

「ふふ、考えといてあげるわ」

 

 私は汚名返上のために頑張る事に決めた。失った信頼は、結果を見せる事でしか取り返せない。やってやりましょう!

 ……そういえば、アリスの家にもお酒あるかな。後で聞いてみよう。

 

 

 今日の鍛錬は本当にハードだった。アリスは有言実行タイプ。多分、お酒の場所を聞いたのが悪かった。あれでまだ有情だったアリスの目が変わってしまった。普段優しい人は怒ると怖いのである。普段怖い人は普通に怖いけど。

 

「むむむ」

 

 鍛錬の内容は、アリスがつけた魔法の炎を、私が引き継いで限界まで維持するというもの。妖力のコントロール+限界値の底上げ。幽香の訓練方針まで混ざっていた。辛い。

 ちょっと気を抜けば炎が消えてしまうし、気合を入れすぎると一気に勢いを増して熱い。それに消えるたびに上海のハリセンが、勢いが増すと蓬莱のハリセンが私の頭に振り下ろされる。地味に結構痛い。音は派手なのでテレビ映えはするだろう。というか幻想郷にテレビはないよね。……あってもおかしくない気もしてきた。河童TVとか。

 

「き、きつい。も、もうマジ無理です」

「もう少しよ。頑張りなさい」

 

 で、今何時かというと、もう三時である。アリスは延々と私を観察しながら鍛錬に付き添っている。そろそろ飽きないのだろうか。私はアリスや人形たちの顔を見ている分には飽きないけれど。壁に話しかけているよりよっぽど有意義だ。美人は幾ら見ても飽きないのである。だが、これを維持している事には飽きてきた。私はせっかちさんなのだ。あー、おやつ食べたい。お酒飲みたい。アリスと遊びたい。

 

「――あ」

「上海」

「あべし!」

 

 炎が消えたので、バシっとハリセンが振り下ろされる。というかなんでハリセンなのだ。やはりアリスは関西芸人好きなのだろうか。幻想郷はどっちの圏内? 教えてアリス先生。

 

「……あ、足が」

 

 そんなことを考えていたら、膝から力が抜けてしまった。これだけの耐久テストは久々である。幽香のときと違い、全力でやるのとはまた違う疲れがある。集中力の持続は精神をやたらと消耗する。

 これは弾幕勝負が長期戦に及んだ場合を想定してだろうか。どんだけハードな勝負なのだろう。まさにデスゲーム!

 

「まぁ、今日はこの辺で良いかしら。ちょっと私も大人げなかったわ。ごめんなさいね」

「いえ、私が全面的に悪いので謝らないでください。アリスは何も悪くありません」

「じゃあご飯にしましょう。お腹減ってるでしょうし。お詫びに、できるものなら何でも作ってあげる」

 

 ここに女神がいた。よし、早速リクエストをしてみよう。今私が欲しい物は決まっている。

 

「お酒に合う料理ならなんでもいいです! あと、できたらお酒を――」

「…………」

「えっと今のなしで。やっぱりお菓子がいいです!」

「ねぇ。どうしてそんなにお酒に拘るの?」

 

 呆れ顔のアリス。私は精神が疲れているので、上手い言い訳が思いつかない。だから思いついた事が口からどんどんと出てくる。

 

「あはは、簡単ですよアリス。お酒は嫌なことを忘れさせてくれます。それに、意識を失っているときはお母様もひどいことはしない。されたとしても、私の記憶には残らない。酷い悪口を言われることもない。嫌われることもない。だったら、ずっとお酒を飲んでいたらいいんじゃないかなぁって思ったんです。そうすれば、あの家でも上手くやっていけます。簡単なことでしょう?」

「……はぁ。これは、重症ね」

 

 呆れたようなアリスの溜息。そう思われても仕方がない。

 

「ごめんなさい」

 

 私は疲れたので、一言謝ってから椅子にもたれかかる。

 すると、アリスが近寄ってきて隣に座り、私の肩を抱き寄せてくれる。なすがままに抱きしめられる私。これでは私はただのお子様だ。だが、温もりが心地よい。これが私に罅を入れる。知ってしまうと、我慢ができなくなる。ならば、知らないほうが良かったのに。それならあの孤独な家でも我慢できた。だって自我が芽生えてから10年も我慢してきたのだ。では、これからはどうだろう。――私はあとどれくらい我慢すればよい? いつまで耐えられる?

 

「もう少し、貴方は強くならなければならない。それは絶対に必要なこと。だから、自棄になるのはやめなさい。私と約束して」

「どうしてアリスはそこまで私に関わろうとするんです? 別に放って置いても構いませんよ。だからお酒をください」

 

 アリスは私の質問に答えてくれなかった。友達でもないし、ただ契約で私と関わっているだけだから仕方がない。困らせてしまった私は死んだほうがいいとおもう。死んだ後、私はきっと地獄に落ちるだろう。どんな罪状が並べられるか非常に楽しみだ。いや、三途の河を渡りきれないかも。それも仕方ない。その時は大人しく魚の餌になるまでだ。

 

「今、紅茶を淹れて上げる。きっと心が落ち着くわ」

「お酒が欲しい。お酒をください。それで私は救われます」

「私と約束してくれたら、美味しいアップルパイを用意するわ」

「…………」

 

 私は朦朧とする意識で考える。意地を張るのと、アップルパイどちらがいいか。無論、アップルパイだ。

 

「……約束します」

「良かった。……それと、さっきの質問だけど」

 

 私は眠気が堪えられなくなってきた。本当に疲れている。ひどく頭が痛い。酒が欲しい。酒をくれ。浴びるほど飲んで私は死にたい。幸福のまま眠りにつきたい。質問の答えを聞くのが本当に恐ろしい。

 

「私は貴方を気に入っている。いくら契約でも、嫌なことを続けるほど暇じゃないしお人好しでもない。それが答えよ。貴方が望む限り、ここに来て構わない」

 

 この言葉に縋りたくなってしまうのが恐ろしい。これは私の見ている幻覚か夢ではないだろうか。アリスの幻影に、都合良く答えさせているだけ。だって、私達は誰からも好かれるはずはないのに。いや、私はどうだったか。そもそもどっちが本当の私だったっけ。よく分からない。思考が混濁する。

 

「…………」

 

 やはり今日の私はおかしいのだ。アリスのアップルパイを食べればまた元気になるだろう。

 無言でアリスを眺め続ける私。人形たちが私の周りに集まってくる。上海が私の肩に飛び乗ると、器用に目元を拭ってくれる。ああ、本当にここは居心地が良すぎる。だから、恐ろしい。




最近忘年会がつづいています。
飲んでるときは超楽しいのですが、帰ってからいつも地獄を見ます。
寒気、悪寒などなど。水を大量に飲んではいるのですが。
まいっか!

というわけで、お酒の話でした。


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第三十二話 春に降る雪

 最近時が過ぎるのが早く感じる。やっぱり楽しい時間があるせいだろうか。正月とかひなまつりとか、滅茶苦茶早く過ぎていった。

 アリスの家で餅つきとか、紅魔館で弾幕的羽根突き大会やったり。餅食いすぎて倒れたりしたけど、まぁ面白かったからOK。

 いやぁ、こんなに沢山のイベントを楽しめるとは思わなかった。紅霧異変以来、いいこと尽くめ。レミリアが私の運命を変えてくれたのかも。知らないけど。

 ちなみにお酒はあれから全然飲めていない。密かにお神酒を狙っていたけど見つかり没収。神社への初詣も却下。甘酒だけは許してくれたけど。でも、調子にのってお代わりしまくってたら、アリスに背中を抓られた。ああ、もう一度酒に溺れたいなぁ。でも口には出さないように気をつける。アリスに心配をかけてはいけない。いまだにアルコール依存体質なのは内緒だ。

 

「しかし寒いなぁ」

 

 寒いっ。実はもう4月に入ってるのに寒い。新学期でウキウキになりそうな季節だけど寒いよ。桜の花びらどころか、雪降ったりするし。お花もなんだか元気がない気がする。もちろん私の彼岸花だけ。

 幻想郷はまだ真冬だ。なぜかというと、春雪異変の真っ最中だから。異変なんてどうでもいいやとか思ってたけど、予想以上にきつかった。寒さ的な意味で。

 流石に世間の人達もおかしいと感づいたらしく、人里が騒ぎだしているとアリスが言っていた。一方の幽香は全然気にしていなかった。私は彼岸花の世話や畑の雪かきが大変なので、とっとと春になりやがれと思っていた。やっぱり寒いの無理無理無理ぃ! 永遠に毛布に包まっていられるなら良いけど、そういう訳にはいかないし。

 

「ああ、寒い寒い寒い寒い! なんなのもう!」

「大げさだなー、燐香は」

「でもやっぱり寒いと思うよ。今日もここに来るまでに羽が凍るかと思ったし」

 

 フランが羽をパタパタとしている。ちょっとだけ触ってみたい。光る石の手触りとか知りたいじゃない? この前お願いしてみたら、血を好きなだけ吸わせてくれたらいいよと言われた。丁重にお断りしておいた。この寒さで血を抜かれたら貧血で死んじゃう。

 

「ですから、もっと厚着したほうが良いと言ったじゃないですか」

「かさばるのは嫌だって言ってるでしょ。第一、美鈴がちゃんと傘を差さないから、風が当たるんじゃない。この役立たず!」

「そんな! 私はちゃんと差してましたよ。日傘ですけど」

「もういいから早くみかん剥いてよ。みかんみかんみかん。美鈴、みかん!」

「分かりましたから、慌てないでください。子供ですか、もう」

「なんだか楽しそうだよね」

「私は寒いです」

「さっきからそればっかり」

 

 フランがわがままを言いながら、美鈴に剥いてもらったみかんを食べている。美鈴も別に嫌そうではない。駄々をこねられるのがなんだか楽しそうだ。フランもそこらへんを分かって甘えているのかもしれない。

 ルーミアは皮ごとばくばくと豪快に食べている。皮の渋みが好きなんだとか。その合間に謎肉ソーセージを食べているのはいただけない。生ハムみかん? 全然美味しくなさそう。

 

「こまめに取らないと」

 

 私は白い繊維を超細かく取るタイプ。剥いてるうちに爪に白いのが入るのが嫌だけど。でも、綺麗なオレンジ色になるとなんとなく嬉しい。完璧なオレンジ色。それを見るのは小さな幸せである。ふふん、私は小さな幸せを探す旅人なのだ。

 

「あ、どうもありがとう」

「ちょっと! それは私のみかん!」

「あはは、もう食べちゃったよ。ほら」

 

 口を開けてみせるルーミア。うんうん、牙が凄いなぁって、そうじゃないし。

 

「見れば分かります! 何を威張ってるんですか。というか何で私のを食べるんです!」

 

 ルーミアに剥いた完成品を食べられてしまった。お前は性悪猫か! フランも虎視眈々と私のみかんを狙っているし。みかんを食べたいのではなく、こいつらは私の手間隙かけた物にちょっかいをかけたいだけ。

 ほら、人の作った積み木の塔とか、トランプタワーとか崩したくなるし。楽しいからいいんだけど。

 

「そんなに怒らないで。私も剥くの手伝うよ」

「当たり前です。さぁ、フランも一緒に剥きましょう。私のを狙ってないで、自分で剥いてください」

「面倒だけど、分かったよ。うーん、でもこの繊維とるのって無駄じゃない? 別にそのまま食べればいいのに」

「無駄じゃありません。全部剥くと小さな幸せを感じられます」

「本当にちっちゃい!」

 

 ちなみにここはいつものアリス亭。アリスが倉庫から引っ張り出してくれた炬燵に入りながら、私達はくつろいでいる。アリスの洋風の家に炬燵は合わないと思うのだが、とくに拘りはないらしい。でも炬燵の毛布は洋風な可愛らしい模様。実用性重視、それでいてお洒落にも気を遣えるのがアリス・マーガトロイドなのだ。

 

「剥けましたっと」

 

 私は頷きながら、炬燵の机に突っ伏した。剥いたみかんを食べながら。フランとルーミアは、私の剥いたみかんからわざわざ食べてるし。なんなの、そんなに人のが欲しいの。ムカついたので、私も負けずに彼女達のをとる。だらけながら。美鈴はニコニコ笑っている。笑っている場合か。

 

「ふー。炬燵はいいですねぇ。きっとこれは妖怪を駄目にする炬燵です。私の魂は炬燵の前に屈しました」

「そんな訳ないでしょう。ちょっと、流石にだらけすぎよ」

「それに幸せすぎて、眠くなってきました。眠いよパトラッシュ」

「ここに犬はいないよ」

「知ってます」

 

 ルーミアのツッコミ。流石は私の相方だ。というか、フランダースの犬って幻想郷でも知られてたんだ。あれ、原作が有名だったとか? まぁいいや。

 

「さっきまで昼寝してたくせに。お客様が来てるんだから、シャキッとしなさい」

「はい、一応分かりました」

 

 私はアリスの身内として認識されているようだ。私はフランやルーミア、美鈴をもてなさなくてはいけない。本当に嬉しい話。だから、言われたとおりに背筋を伸ばしてみる。3秒でぐでーとなった。

 

「アリス、ちょっと甘やかしすぎなんじゃない?」

 

 ルーミアがお小言を言う。ルーミアが真面目なことを言うなんて天変地異が起きるんじゃないかな。夏に雪が降るくらいありえないと思うけど、それはルーミアに失礼だった。

 

「十分厳しくしているわよ。オンとオフを分けているだけ」

「そうなのかな。私にはそうは見えないけど」

「あのね。そんなに私は甘くないわよ」

「ま、いいけどさ。あまりだらけさすと、燐香が融けちゃうんじゃない」

「そうなのかー?」

 

 私は両手を伸ばして、ルーミアのネタを堂々とパクった。未だにルーミアはやってくれない。いい加減やってほしい。手が寒いので、すぐに炬燵の中に入れる。おー、暖かい。

 

「うーん、でもこうしてだらだらしているだけで、一日過ごせそうですね。外にはでたくありません」

「その気持ち分かるかな。私も寒いときは布団に包まって、地下でだらだらするの好きだもん」

「……えっと、寒い中私はいつも門にいるので全然分かりませんね」

「だって、それが美鈴の仕事じゃない。当たり前でしょ」

「ま、まぁそうですけど」

「あ、嫌なら止めてもいいよ。私がアイツ、じゃなくてお姉様に言っておいてあげる。『こんな館で働きたくありません』って言ってたって」

 

 フランの場合、本気で言うだろう。それが伝わった場合、多分面倒くさいことになる。主に美鈴にとって。

 

「そ、それはちょっと。というか、絶対に言わないでくださいお願いします」

「ま、冗談だけどね。第一、美鈴は私の部下でしょ」

「そうでしたか?」

「そうだよ」

 

 美鈴が困ったように笑う。するとフランもニコニコと意地悪そうに笑い出す。

 実は、フランは月に数回は外出が許可されるようになっていた。といっても、行き先はここだけなんだけど。付き添いは美鈴。門番ならぬ子守り役である。徐々に社会経験を積ませるのが目的だとかなんとか。

 ルーミアとフランは普通に会話するようになっているし、私も美鈴とそれなりに仲が良くなった。アリスはなんで私の家なのかと、非常に疲れていたみたいだけど、レミリアから報酬をもらえるということで渋々頷いていた。私が言うのもなんだが、本当に苦労人気質である。頑張れアリス。

 

「あーあ、それにしてもお酒が飲みたいなぁ」

 

 今のは酔っ払い親父のセリフではなく、私である。炬燵にくるまりながら、くいっと一杯。堪らないでしょうねぇ。そのままうとうととまたまどろんだら言う事なし。

 あ、アリスの前だったのを忘れていた! 口に手を当てるが時すでに遅し。アリスのジト目が私に突き刺さる。

 

「少しならあるけど飲む? つまみもあるよ」

「ルーミア、燐香には当分お酒をあげたら駄目よ。この子、依存症になりかかってるから、酒断ちさせないと。全く、少し目を離すと、勝手に家捜ししようとするんだから」

「あ、あはは」

「笑い事じゃないわよ」

 

 人形の監視が厳しくて、ここでは一回も手に入れられてない。アリスのガードは鉄壁だ。こうなったら自分で作ってやると、水に妖力を篭めたけど光るだけだった。水から酒が作れれば苦労はないのであった。

 

 幽香にも話は伝わっているはずだが、特にあれから怒られはしなかった。『アリスといるのは楽しい?』とか『どんな鍛錬をしているか詳しく聞かせろ』とか不機嫌そうに聞かれるけど。で、最後は私への罵倒で必ず締められる。そういう時は大抵、幽香の顔は少し赤いし、酒臭い。私の哀れな日常生活を肴にして、自分だけ酒を飲んでいるのだろう。私は酒を我慢させられているというのに。やはりあいつは外道である。

 

「妖怪なのに依存症なんだ。滑稽で面白いね」

「ルーミア、ちょっとツッコミ厳しいですよ」

「そうなんだ」

「はい」

「滑稽に思われたくないなら、自重しなさい」

 

 アリスが冷たく言い放つと、ルーミアはつまみをパクつきはじめた。今度のつまみは謎肉のサラミ。自慢気にこっちに見せ付けてこなくていいから。私は食べないし! 遠慮したときに手が当たり、美鈴にぽいっと飛んでいってしまったが、そのまま食べてしまった。流石は美鈴、こう見えても妖怪である。龍一文字は伊達じゃない。確実に格闘タイプだから、いつか幽香とやりあってほしい。

 

「ねぇルーミア。それ、私も食べていいかな?」

「いいよ。沢山あるし。こんなに美味しいのに、燐香は食べないんだー」

「友達のくれたものを食べないなんてひどいね」

「そうでしょ。ひどいんだよ。今度協力して食べさせよう」

「うん分かった。でも、血は平気みたいだよ」

「そうなんだ。それは良いこと聞いた」

 

 ルーミアとフランが実に恐ろしい会話をしている。冗談なのは分かっているが、やっぱりこの肉は食べたくない。変わってしまう気がするから。いろいろな意味で怖いのだ。私は臆病者である。

 フランが口に入れると、しょっぱいと言って、紅茶で一気に飲み干している。おつまみ用だから、味付けが濃いのだろう。

 

「妹様、大丈夫ですか?」

「う、うん。ちょっと咽ちゃった。辛いよこれ」

「子供には辛いかも」

「子供じゃないし」

 

 ルーミアの軽口にも、普通に応対するフラン。

 最近のフランは、以前のように捲くし立てて喋る事が少なくなった。相手との、距離感、空気というのを読めるようになってきたのだろう。美鈴が嬉しそうに話していた。ありがとうございますと、何故か感謝のビンテージワインをもらってしまった。

 その時は、実にいい話だなーと思わず瓶ごとラッパ飲み。酒が本当にすすんでしまった。後でアリスにマジで怒られたけど。酒断ち命令はあれから始まったのだ。うん、自業自得。

 最近の私は、人目を忍んで家でお酒をこっそり飲むというのが趣味の一つとなっている。いわゆる、キッチンドランカー。でも、飲みすぎると量が減って確実にバレるので、妖怪あかなめみたいにちょっとずつ。強いお酒を狙っているので、まだバレてはいない。……多分。

 意地汚いけど、お金がないからお酒買えないし。そもそも、売ってるお店にいけないし。自由がないから仕方ないよね。

 

「ああ、紅茶が美味しいですね」

 

 だから、今日は紅茶で我慢、といっては本当に贅沢すぎるんだけども。アリスの紅茶は天下一品! でも現実からは逃げられない。気分が落ち着いちゃうから。つまり、今の私はお酒が欲しいわけで。あれ、なんだか駄目妖怪一直線のような。

 ワインとかブランデーとか焼酎とか日本酒とかウィスキーとか飲みたいなぁ。なんでもいいから酒が飲みたい。チョコレートボンボンでもいいよ。

 

「燐香。背中が曲がってるよ」

「あ、いけないいけない」

「妖怪からナマケモノに退化するの?」

「し、しませんよ。私は立派な妖怪ですし!」

 

 ルーミアにまた注意された。意外と厳しいルーミアさん。妖怪道から外れるようとすると、結構小言が飛んでくる。肉を食わせようとするのも、多分妖怪道を進ませるためだろう。……ルーミアって結構歳だったりして。大先輩の風格は全然ないけど。

 

「ちょっと磔になってみたらどうかな? 気分が引き締まるかも」

「え、遠慮しておきます」

「あ、ならなんかして遊ぶ? うーん、弾幕ごっこはまだできないんだっけ」

 

 フランが提案してくる。残念ながら、まだ弾幕勝負の経験はない。だが、もう少しで大丈夫。ショットはかなり命中精度が上がってきたし、スペルカードも手際よく使えるようになった。美しさが大事ということで、私はスペル宣言の仕方に凝っている。それが完成間近なのだ。

 

 人形の手入れをしていたアリスが、呆れたように呟いてくる。

 

「もういつでもできると思うんだけど、まだ完璧じゃないって言い張っててね。スペル宣言の際のポーズに拘ってるのよ」

「なにそれ?」

「良くぞ聞いてくれました。こういう奴です。いきますよ!」

 

 名残惜しいが炬燵からでて、妖力を少し溜める。そして、懐からばばっとカードをばら撒く。微弱に光るカードたちは、私の周りで円環を作り、ぐるぐると等間隔で回る。私は君に決めたとばかりにその中の一枚を取り、スペルカードを宣言する。腰に手をあて、なんだかカードバトルでも始めそうなどや顔とポーズで。実は鏡で何度も練習していたり。まずは見た目からスタートしようと思ったらこうなっていた。

 

「『草符 私の両手はタネマシンガン』!」

「うわぁ、凄く格好いい! なにそれ。なんでカードが勝手に回ってるの? なんか凄い!」

「ふふん、地道に練習したからです。いやぁ、狙ったものを掴み取るのに、どれだけの苦労を重ねたか。努力は嘘をつきません」

「そんなことに苦労しないでもいいのよ。勝敗に何の影響もないんだから」

 

 アリスの的確なツッコミ。だが、優雅さをアピールするためなのだから仕方がない。勝負は最初が肝心。これで相手を圧倒できるはず。

 

「確かに、見栄えはいいですねぇ。ウチのお嬢様が好きそうです」

「後で私も練習してみようっと」

「弾幕はパワーやブレインも大事ですが、アクションも大事だと私は考えたんです。スペル宣言は一番美味しいところですよ」

「そうなのかなー?」

 

 惜しいっ。なーと延ばさなければルーミアの名セリフが聞けたのに。しかし、皆の受けは良かったので方向性は間違ってない。このまま精進することにしよう。

 『弾幕勝負で、みんなに笑顔を!』。スローガンとしては中々だ。うん、いいね!

 

「それで何がまだ完璧じゃないの? もう十分っぽいけど」

「カードを掴むときの速度がいまいちです。こう、シュパッと取らないと。シュパッと。キレが足らないんです」

「言っている意味が全然分からない」

「私も」

 

 クビを捻るルーミアとフラン。まだまだ甘い。海馬社長ぐらいの指芸を身につけなくては、弾幕道でトップに立つことはできない。流石だといいたいが、甘いぞ幽香! といつか言いたいものだ。なんか語呂がいいし。いつか使っちゃおう。

 

「もうすぐ完成なので、そのときは二人とも勝負してください。私は弾幕勝負で幻想郷のトップを狙いますよ」

「うん、分かった! その時は手加減なしで、全力で行くね」

 

 いや、手加減しないと私死んじゃう。だが、フランの満面の笑みを見ると、私は頷くことしかできなかった。弾幕って保険適用されたっけ。そもそも幻想郷に保険っていう概念あるのかな。あるなら是非入りたいです。

 

 

 

 

 

 

 結局その後、アリスを交えてトランプ勝負をすることになった。今回は別にイカサマとかはない。鍛錬は昼までに終わらせているし。フランが来ると分かっていたから。

 もうグラスの鍛錬は完璧だ。今は人形を相手に、威力を制御した妖力弾を当てる練習がメイン。うっかり壊さないように極力注意を払っている。上海達が壊れたら私も悲しい。よって、手加減しすぎて逆に怒られたりする。『私の人形の耐久度を舐めないで』と叱られたので、それからは本気。

 

「…………あれ」

「はい、私はこれ。ハートは完了ね」

 

 弾幕勝負においては、動きを読んで攻撃したりとか、動きながらでも的確に当てる技術が必要となる。いわゆる、中級者向けといった感じ。すんなりそれができるのは、幽香の基礎力向上の鍛錬のお蔭だとアリスが言っていた。やり過ぎだとは思うが、方向は間違ってはいないとも。方向は合っているかもしれないが、他が十分に間違っていると思うのだ。よって幽香への評価を改める事はない。悪魔は悪魔なのである。

 

「……あれ、皆止めすぎじゃないですか? なんでダイヤを誰も出さないんです? ほら、早く出しましょうよ、ダイヤの9とかオススメですけど。5でもいいですよ」

「私は出さないよ。持ってるけど。だって燐香を負かさないといけないし」

「何故私を目の仇に? これは1位を狙うゲームですよ!」

 

 ルーミアに異議を唱える。だが、軽く笑われて一蹴される。

 

「なんと言われても出さないよ」

「あれだけ連勝してれば、狙われて当たり前でしょう。しかも勝ち方がエグいのよね」

「そうだよねー。というわけで私はパス」

「私もパス」

「……パ、パス」

 

 7並べ! 順番にカードを並べて、先に手札をなくしたものが勝つシンプルなゲーム。私はこれが結構得意なようだ。顔芸をしたり、適当に三味線(でまかせ)を弾いたり、協力すると見せかけて裏切ったりと、あらゆる手段を用いて4連勝していた。で、これが5戦目。滅茶苦茶警戒されている。手札も大きい数字ばかりでいまいちだ。しかもダイヤがほとんど出せてない! ――というか、私がパスしたら全員パスしやがった。それは卑怯である。チーム戦じゃないのに!

 

「やっぱりずるくないですかね! 何故私だけ集中砲火を」

「どの口がそんなことを言えるのかしら」

 

 アリスの冷たい視線。最近、アリスの私の扱いが大胆になってきた。それだけ親しくなってきた証明なのかもしれないけど、もう少し手心というか真心を加えてもいいんじゃないでしょうか。

 

「可愛い生徒が困っているんです。どうかこのダイヤの数字を出してください。もしくはジョーカーをどこかに使って下さい。お願いします、アリス先生!」

「嫌よ。さっき、そう言って私を嵌めたくせに」

「oh……」

 

 アリスがさらっと最後のパスを行使。順番的に、最初に死ぬのは私である。もうパス権ないし!

 師匠を越えるのは弟子の務めと、ついやってしまったのがまずかった。

 ならば頼るべきは心の友――ルーミアはまた謎肉を取り出してこちらに見せている。食えば助けてやるということらしい。誰が食うか!

 同じく心の友のフランはニヤニヤと私が苦悩する様を愉しそうに見ている。こいつら人間じゃねぇ、って吸血鬼だった。美鈴はフランのサポートでゲームには参加していない。

 ルーミア、パス。フラン、パス。やばい。このままでは私の無傷の5連勝が――。とうか、私の手番だからもうどう足掻いても絶望じゃん! だ、だれか、炬燵の中でカード交換しようよ!

 

「まだぁ? ねぇ、まだなの? ハリーハリーハリー!」

 

 フランが私に近づいて威圧してくる。そんなに煽らないで! ま、負けたくない! 5連勝を遂げて気分良くおやつを食べたい!

 

「あ、この勝負で一番に負けた人は、私に血を飲ませる事にしよっか!」

 

 ルーミアは私に人肉を食べさせようとし、フランは血を吸わせろと迫ってくる。なんなのこいつら。私の心の友なのに、やることがエグイ! 一緒におままごとしようとか、花飾り作りましょうとか、そういう平和な趣味を作りましょう。そう言ったら、大笑いされた。子供じゃないんだからと。私は彼岸花をツンツンしながらいじけていた。

 

 

「いやいやいや、そんな話聞いてないです! それにまだ私は負けていない。そう、まだ慌てるような時間じゃ」

「そうなのかな? ――なんだ、本当にもう出せないんだ。ということは、ゲームオーバーだね。はい、燐香の負けー」

 

 ルーミアが堂々とこちらの手札を覗いてきた。ルール違反だ! と叫んだが誰も聞いたりしない。仕方ないので敗北を認める。

 フランと美鈴、ルーミアがハイタッチ、アリスは満足そうに頷いている。なんか知らないけど勝負が終わってるし。いつから私を負かすゲームになったのだろう。何かがおかしい。4連勝したのに満足感がない。ここは負け犬の腕の見せ所ばかりに、ぐぬぬと唸っておく。

 

「皆で連携なんて、ひ、卑怯な真似を」

「あくどいことばかりするから狙われるのよ。そういうことは、タイミングも計らないと駄目よ。ここぞと言うときじゃないと、最後に貧乏くじをひくことになるわ」

 

 図星を衝かれたので何も言い返せない。やりすぎるとこうなるのだ。最初はニコニコ相手をしていてくれても、最後の方では本気で潰しにかかってくる。やりすぎはよくない。私は身をもって知ったのだった。ゲームで人生を学べてしまった。恐るべし、アリスゲーム。

 

「燐香って、本当に面白いね。反応が面白いから、つい狙っちゃうんだよね。見ていて飽きないし」

「それはこっちのセリフです。皆のことは、見ているだけで本当に楽しいです。いつも私と話してくれてありがとうございます」

 

 ちょっと真面目にお礼を言うと、フランとルーミアがぽかんとした後、笑い出す。

 

「なにそれ。負けたのに変なの!」

「燐香はいつも変だよ」

「あはは、確かにそうだね!」

「ちょっと、笑いすぎじゃないですかね」

 

 フランとルーミアが笑っている。この素敵な輪のなかに、自分がいるというのが嬉しい。だから時折覚える違和感を必死に押し殺す。『私はここにいていいのか』という、いくら塞いでも湧き出てくる疑念。大丈夫。このままでいいし、このままがいい。何も変わりたくない。そんな風に強く思うのだ。

 

 

「ねぇねぇ。花が満開になったらお花見やろうよ。私、一回やってみたいなぁ。ね、美鈴!」

「いいですねぇ。幻想郷には桜が綺麗なところがたくさんあります。夜桜もまた乙なものですからね。お嬢様にお願いしておきましょう」

「本当? やった!」

 

 フランの言葉に、美鈴が手を合わせて賛同する。私もいいですねと頷いておく。

 

「ああ、花見と言ったら堂々とお酒が飲める。こんなに嬉しい事はないです」

「私が見張っているから駄目よ」

「ならジュースということで」

「一杯なら許してあげないこともないわ」

「え、いっぱいですか?」

「どうも発音のアクセントがおかしいわね。飲みたくないならいいけど」

「いいえ。グラスに一杯だけ頂きます!」

 

 アリスには逆らえない。仕方ない。一杯だけで我慢しよう。いっぱい飲みたいけど! アリスが酔ってしまえばのめるかも。無理か。ぐでんぐでんに酔っているアリスが全く想像出来ない。それは幽香も同じだけども。

 

「でもさぁ、いつになったら暖かくなるんだろうね。本当に寒くて、全然春になりそうにないよ。これって絶対おかしいよねぇ」

「もしかしたら異変だったりとかかなー?」

 

 ルーミアが適当に呟くと、フランがそれだと机を強く叩く。私は余計なことを言わないようにお口にチャック。もう墓穴を掘ることはしまい。なんだかその墓穴に自分が入ってしまいそうだし。

 というか、フランが机を叩きつけた拍子に、丁寧に剥いたみかんがどこかへとんでいった。それを上海人形が見事にキャッチ。お見事。私の口に放り投げてくるので、パクッと食べる。連携は抜群だ。

 

「うん、やっぱり異変だよこれ! パチュリーもおかしいってゴホゴホしながら言ってたし。喘息のくせに、頭に氷乗っけたりして面白かった!」

「それは喘息じゃなくて風邪なんじゃ」

 

 魔女も風邪をひくんだ。初めて知った。それとも、パチュリーは体力がないからだろうか。本人に聞くのは失礼なので、止めておこう。

 

「とにかく異変に間違いないよ。よし、そういうことならお姉様を向かわせて早く解決してもらおう。アイツ、そういう目立つの大好きだし。放っておいてもしゃしゃりでてくるだろうけど、今すぐに向かわせよう。というかそれぐらいしか役に立たないよね。当主のくせにふんぞり返ってるだけだし」

 

 興奮したフランが捲くし立てる。

 

「い、いや、お嬢様は寒いから外に出たくないと仰るのでは。今日も暖炉に当たりながら滅茶苦茶厚着してましたよ」

「そうなの? 本当に使えないなぁ。私が行ければ一番いいんだけど。じゃあさ、咲夜に任せようよ。時を止められるならすぐ解決できるんじゃない? うんそうに決まってる」

「わ、分かりましたから。妹様、少し落ち着きましょう! 別に春は逃げませんよ」

「いつも通りに来ないことにムカついてるんでしょ! 本当に馬鹿だな美鈴は。脳まで筋肉なの? ねぇ、頭の中見てあげようか」

「口の悪さを直すようにと、お嬢様から言われてましたよね?」

「あー、うるさいうるさいうるさい! アイツの話なんか聞きたくない! いいから早く春にしてよ!」

 

 フランが癇癪を起こしている。別に珍しい事じゃないので問題ない。これはじゃれあっているようなもの。昔はいきなり能力をぶっ放していたらしい。美鈴が懐かしそうに話していた。想像すると恐ろしい。

 

「貴方達、ちょっと静かにしてくれる? 前も言ったけど、中の物を壊したら弁償させるわよ」

「アリス、聞いてないみたいですけど」

 

 私が冷静に呟くと、アリスが腕組みをしてさらに溜息をはく。

 

「そうね。困った人達だわ」

「でも、賑やかで楽しいですね」

「そうだねー」

 

 惜しいと私は舌打ちする。ルーミアめ、やはり分かっていてやっている気がする。意外と腹が黒い。能力も真っ黒な闇だし。さすがは我が心の友。

 

 そんなことを考えていたら、騒いでいたフランが机をさらに叩きつける。紅茶のカップがひっくり返って私の頭にのってしまった。熱くないけど、私の赤髪がなんだかしっとりしてしまった。

 

「なにそれ。凄い面白い。うん、その姿、燐香にお似合いだよ」

「じゃあ私からもいいものを進呈しますよ」

 

 ルーミアが指を差して笑ってきた。この野郎とちょっとイラッときたので、手から彼岸花を作り出してルーミアの顔に投げつける。

 この花は湿り気つきだ。ぺちゃっとルーミアの顔に貼りついた。多分、ぬめぬめして感触は最悪だと思う。これは妖力で作り出しただけなので、時間が来れば勝手に消える。彼岸花弾幕みたいな? 弾幕勝負には遅くて使えないので、主に悪戯用だ。余計な事に力を注ぐのは私の趣味の一つである。

 

「えいっ」

 

 ついでなのでフランの顔にも投げつける。すると、甘いとばかりにフランが能力を発動。哀れ私の花はバラバラに散ってしまった。お部屋が湿った花びらだらけ。綺麗だけど、片付けるのは大変だ。多分、一時間ぐらいで消えるけど。

 

「いい加減にしなさい貴方達! 暴れるなら自分の家でやりなさい!」

「あはは、アリスが怒った! 魔法使いが怒ったよ美鈴!」

「怒らせないほうがいいですよ。パチュリー様も怒ったら怖いですし」

「アリスが怒ると超怖いですよ。怒らせてはいけません」

「怒らせてるのは貴方達でしょうが! 早く片付けなさい!」

 

 なんだかもう滅茶苦茶だった。アリスは保母さんが似合うんじゃないかなぁと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、万が一にも失敗は許されない。ここが正念場!」

 

 その日の夜、風見家に戻った私は、冥界亡命計画の最後の詰めを考える事にした。

 まず、パターンとしては二つ。

 

 ひとつ目は、私がこの家にいる間に異変が解決されてしまった場合。この場合は話は簡単。気合でここを脱出し、全力で冥界へひとっとび。終了! 極めて単純だが、あまり良くはない。できればこっちは止めて欲しいが、確率的には半々だ。

 

 次のパターンは、アリスの家にいる間にイベントが発生した場合。

 おそらく、霊夢か魔理沙、或いは咲夜がアリスと弾幕勝負をするだろう。私はその隙に隠形術を使い姿を消す。アリスが原作通りに敗北したら、どさくさ紛れで冥界侵入。本当はアリスの勝利を願いたいが、今回は仕方がない。これは結界を壊してもらうために必要なこと。私がなにかするのは色々とまずそうだし、そもそも結界を壊せるのかという疑問もある。

 

 後は、白玉楼を一直線に目指して、西行寺幽々子に亡命届けを差し出して直訴するのみ。ここで死ぬまで働かして下さいと。地図はこの幻想郷お楽しみ帳についてるから大丈夫。うむ、完璧だ。

 

「あはは、完璧な計画すぎるっ。敗北が知りたいぐらい」

 

 いや、嘘。今のやっぱなし。なんかフラグっぽいし。

 私は紫のバラの人からもらった、幻想郷お楽しみ帳を閉じる。そして、暫く悩んだ後、またひらいて手紙を書き上げる事にした。お世話になっているアリスに向けてだ。幽香にはアリスから一言伝えてもらえばいいだろう。流石の悪魔も、冥界までは追って来れまい。このいつも咲き誇る向日葵畑とは真逆の世界。それが冥界のはず。幽香が近づくとはとても思えない。

 

「これでよしっと」

 

 丁寧に心を篭めて文章をしたためると、それを折り畳んで愛用のリュックにしまっておく。ついでに、いまのうちに必要そうなものも入れておこう。後で取りに来る事はできないだろうから。

 

「さーて、素敵な春を迎える為に、全力で頑張ろう」

 

 私は気合を入れて、布団に入って寝る事にした。冷たい布団が、なんだか寂しさを感じさせる。一人はやっぱりつまらない。冥界には幽霊たちが結構いるはずだ。仲間に入れてもらえると良いのだが。そんなことを考えながら目を閉じた。



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第三十三話 柘榴の実

『災いは 望まなくても やってくる』、風見燐香、心の一句。

 

「ねぇ、ひどく満足気だけど、何を書いているの?」

「この世の真理について記してみました。どうでしょう」

 

 アリスに見せるが、反応はいまいちだった。残念。

 

「……それ、わざわざ書き残すような事かしら」

「いつか誰かがこれを読んだとき、『ああそうだよねぇ、分かる分かる』みたいな共感を得たいのです。そのときのためですね」

「全く。だったらもっと前向きなことを書きなさいよ」

「後ろ向きでも全力なのが私です」

「本当に意味が分からない。早く方向転換するように努めなさい」

「春になったら努力します」

「今からよ」

 

 そんな感じでくだらない話を続ける私達。ああ、良い感じに心が満たされる。

 今は夕食後の、リラックスタイムを満喫中だ。私はソファーにもたれかかり、だらーっとしている。後二時間ぐらいしたら家に帰らなければならない。勿論アリスに送られてだ。

 そろそろ面倒だろうから、一人でいいと言っているのだが聞き入れてくれないのだ。私がふらふらとどこかへ行くと確信しているらしい。うむ、当っている。

 

「そういえば、前に人形が欲しいといってたじゃない?」

「ええ、できれば上海たちみたいな可愛らしい人形を――」

「それはまだだけど、先に別のを作ってみたの」

 

 アリスが、私に掌ほどの人形を差し出してきた。なんだろうこれ。布製の、ヒトガタの人形。可愛いとかそういうのではなく、何だか妙な力を感じる。

 

「お守り代わりに持っているといいわ。貴方は無茶をしかねないから、何かの役に立つかもしれない」

「もしかして、これは凄い効果があるとか?」

「そんなに大層なものじゃないけどね。でも、良い事があるかもしれないわ」

「……ありがとうございます、アリス。本当に大事にします!」

 

 私は大喜びしながら、服のポケットにしまいこむ。これぐらいの大きさなら携帯できそうだ。

 

「喜んでくれて嬉しいわ。ああ、安心して。それとは違う、可愛いらしいものも作っているからね。近いうちに渡せると思う」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 アリスがどことなく満足そうに紅茶を飲んでいると、急にその動きが止まった。

 

「…………」

「アリス?」

「……ちっ」

 

 顔を顰めて、不快そうに舌打ちするアリス。中々見ることができない表情だ。アリスはいつも優しいから。悪戯したりして怒られている時も、こんなに不機嫌そうではない。仕方ないなぁみたいな感じ。

 

「どうかしたんですか? 急に顔が怖くなりましたけど」

「……招かれざる客人よ。わざわざ揃っておでましみたい。大丈夫よ、私が対処するから。貴方はそこで休んでいなさい」

 

 アリスが上海人形と蓬莱人形を従えて立ち上がる。なんだか本気オーラが出ている。最初に出会ったときのアリスと同じ。威圧感バリバリで、ちょっと怖い。

 しかし、招かれざる客人とは誰だろう。狼男みたいな化物が集団でやってきたらやだなぁ。魔法の森は魔境だから、何がいてもおかしくない。そんな中で逞しく寝起きしているルーミアは尊敬に値する。本人は、強い相手に会ったら、闇をばら撒いて逃げてしまうと笑っていたが。なんとなくだが、本気を出したルーミアは戦闘力が高い気がする。いつかスカウターで計ってみたい。あれが幻想郷入りするのはいつになるだろう。強い妖怪のを計って、ボンっていうのをやってみたい。

 

「…………」

 

 険しい顔をしたアリスが、人形を操って玄関のドアを開けさせる。不意打ちに備えているのだろう。本当に問答無用なら、容赦なく家ごとぶっ飛ばされている気もする。そんなことはアリスも承知しているはず。

 ――そうか、外にも見張り人形がいるのかもしれない。だから、アリスは招かれざる客人とやらに気付いたのだ。流石はブレインに定評のあるアリス・マーガトロイド。私の先生は本当に凄い。

 

「夜分に恐れ入ります、アリス・マーガトロイド。お会いするのは、餅つき大会以来ですね」

「一体何の用かしら? 躾のなってない野犬を二匹もつれて尋ねてくるなんてね。瀟洒なメイドの行為としては、相応しくないんじゃない?」

「本当に申し訳ありません。返す言葉もございません。ですが、幾ら言っても聞かないもので。何せ野犬ですから」

「誰が野犬よ」

「へへ、お前と咲夜の事だろ。片方は狂犬、もう片方は悪魔の狗だ。そして私は素敵な魔法使いさんだから、そこはよろしく頼む」

「私が狂犬ならアンタは野良犬でしょ。キャンキャン吠えてないで、さっさと用件を済ませるわよ」

 

 霊夢が凄みを利かせるが、魔理沙も一歩もひかない構え。見ている分には飽きないが、こちらに降りかかってこないことを祈るしかない。

 

「あ? この魔法使いの前に、お前からつぶしてやってもいいんだぜ、霊夢?」

「やれるもんならやってみなさいよ。私に10連敗中のくせに」

「へへっ、あの日、そんなに私に負けたのが悔しかったのか? でもなかったことにはできないぜ。お前との勝敗表には、きっちり黒星がついているからな。ざまぁみろ」

「……勝負は時の運よ。私だって、たまには負けることもあるわ。たった一回負けたからなんだっていうのよ」

「けけ、そう言ってる割には顔が引き攣ってるぜ。本当は悔しいんだろ? 認めろよ。魔理沙なんかに負けて悔しいですぅってな!」

「よーし、ここで100回潰してやるわ」

「へへ、やってみな」

 

 霊夢と魔理沙が掴みあう勢いで言い合っている。十六夜咲夜はそれを一歩離れたところから疲れた顔で眺めている。

 私はというと、物陰に隠れながらその光景を興味深く見守っていた。この前のパーティでは遠かったが、今度は声が聞こえる距離だ。誰よりも輝いている彼女達を、こんなに近くで見られる私は幸せ者である。あの東方の自機勢たち。サインをもらってもいいぐらいだ。私の動悸が早くなる。

 3人ともただの人間なのに、本当に生命力に溢れている。実に羨ましい。頭蓋を叩き潰してやりたいくらい羨ましい。咲き誇っている人間はやっぱり違うと、私は心から納得するのだった。

 

「ちょっと二人とも。これじゃ話が進まないわ。アリスも待っているし、まずは話を――」

「それじゃあさようなら。お休みなさい」

 

 アリスは素早くドアを閉めて、なかったことにしようとした。が、景気の良い音と共にドアが乱暴に開かれる。

 

「おい、話は終わってないのよ、七色馬鹿が。この異変について、ちょっと事情聴取させてもらおうと思って。ちなみに一番怪しい冬の妖怪はすでに潰したから、アンタのとこは二番目よ。ま、ここが本命だと思うんだけどね」

 

 霊夢が睨みを利かせながら、アリスに迫る。

 

「悪いけど、言っている意味が理解出来ないの。お目出度いのはその服だけじゃなくて、頭までなのかしら。こんなに寒いというのに、春度が高くて羨ましいわ。ま、見習いたくはないけれど」

「ふん、中々言うじゃない。流石は異変の黒幕といったところ?」

「早く吐いた方がいいと思うぞ。狂犬の名は伊達じゃないからな」

「――ああ?」

 

 魔理沙が茶々を入れると、霊夢の顔が歪む。うわぁ。確かに狂犬だ。これは修羅道間違いなし。幽香とも今すぐ殺しあえる逸材だ。私がスカウトなら、ウチのジムにこないかと声を掛けるだろう。ほら、ボクシングなら不慮の事故で片付くし! 未来の幻想郷チャンピオンはきみだ!

 

「おー怖い怖い。咲夜、こいつにちょっと首輪つけてくれよ。噛みつかれそうだ」

「嫌よ。霊夢に絡まれると面倒くさいし」

「魔理沙、アンタ後で覚えておきなさいよ」

「嫌だね。それに私は忘れっぽいんだ」

「大丈夫よ、私がしっかり覚えているから」

 

 霊夢が魔理沙にガンを飛ばしている。やばい。ここの霊夢は、本物の修羅巫女だ。しかも、何故かさっきから私を威圧してくる。大物オーラならぬ、本気巫女オーラで。それは私に効果抜群なのでやめてください。死んじゃうから。助けてアリス!

 耐える為に私は気合を入れてみる。霊夢の顔がさらに剣呑なものになる。ひぃ。

 

「まぁそれは一旦置いとこうぜ。大体さ、冬を延ばして何の得があるんだよ。まさか、寒いのが好きなのか?」

 

 魔理沙が話を逸らすために、アリスに尋問を開始した。多分、何をしようが後でボコられると思う。修羅の人々は執念深いから。私は身をもって実感している。

 

「空気が澄んでいるのは嫌いじゃないけどね。かといって寒いのが好きな訳じゃない」

「流石は田舎の魔法使い。侘び寂びを語るねぇ。でもよ、今はとっとと霊夢に詫びて、早く春にしてくれってとこだな。世間の皆様の迷惑だ」

「生憎だけど私は都会派よ。とにかく私は知らないの。この異変にも何ら関係がない。私も暇じゃないから、とっとと帰ってくれない?」

 

 アリスがいつになく冷たく言い放つと、霊夢が御幣を肩でトントンとやりはじめる。スケバン(死語)みたいでマジこわい。ヤンキー座りしそうなほど目つき悪いし。

 

「とぼけても無駄よ、魔法使い。もう調べはついてるのよ。アンタの家で、妖怪やら吸血鬼が集まって怪しいことをしているってね」

「はぁ?」

「紅霧を撒き散らしたレミリアの妹に、闇をばら撒く人食い妖怪。更にはイカれた花妖怪の娘まで来て何かやってたんでしょ。怪しいことこの上ないわ。疑われるには十分な理由があるってことよ」

 

 眉を顰めたアリスが咲夜へと視線を向けると、申し訳なさそうに謝罪している。フランが来ても別に怪しいことなんてしてないし。咲夜なら説明できるはずなのに。

 

「私は勘違いだと何度も言ったんですけど、こいつら聞かなくて。とりあえず叩き潰してから判断すると言い張って。それで、抵抗した私とお嬢様は、先ほど叩き潰されたというわけです。本当に申し訳ありません。妹様の代わりに謝罪いたします」

 

 咲夜がまた頭を下げてくる。咲夜は普通に話が分かりそうな感じ。魔理沙もイメージ通り。ヤバイのは霊夢だ。こいつはやばい。もしかして、幽香の娘って本当はあっちがなるはずだったんじゃ。中指立てて挑発するポーズが凄い似合いそう。鬼巫女だ!

 

「はぁ。謝罪は一応受け取るけど、厄介事まで押し付けられた気分なのは何故かしら」

「とにかく、異変の臭いを辿ってここまで来たってわけさ。さぁ、洗いざらい全部はいちまいな! いまなら酌量の余地がキノコの胞子ぐらいはあるかもしれないぜ?」

 

 魔理沙がニヤリと笑って、アリス、そしてこちらへと視線を送ってくる。手にはおなじみのミニ八卦炉。その凛々しい姿に思わずみとれそうになるが、それは駄目だ。マスタースパークはやばい。私は知りませんとばかりに、顔をそむける。

 

 ――それにしても、話が微妙におかしなことになっているような。こんなに敵愾心バリバリの展開だったっけ? それとも途中経過はともかく、結果が同じなら問題ないのだろうか。分からない。

 私の計画では、この後アリスが霊夢か魔理沙と弾幕勝負、彼女達はそのまま冥界へレッツゴー。異変は無事解決し、冬はおしまい、めでたしめでたし。私は冥界へ亡命成功して悠々自適の生活を送る。うん、多分完璧だ。完璧だよね?

 

「私が何を説明しても、どうせ聞く耳をもたないのでしょう? どう答え様がやる気みたいだし」

「それはそうよ。私は疑わしきはまず罰するの。何より、妖怪連中が集まって何かしているというだけで、退治する理由には十分過ぎる。さぁ、早く外に出なさい。夜が更ける前にとっととやりましょう」

 

 疑わしきは罰す! 修羅の国の裁判制度は恐ろしい。

 そして、全員表へ出ろと、にこやかに親指で外を指し示す霊夢。頑張れアリス! 先生のクンフーを見せてやれ!

 

 ……霊夢の視線が、明らかにこちらを向いていることは見ない事にする。私は空気、私は空気、私は空気、私はエアー。そう、空気と一体化するのだ。映す価値なしになるのだ。……そろそろなれたかな?

 

「じゃあ、私は同じ魔法使いと勝負するかな。どうも、さっきから私を下に見ているようで気に入らないしな」

「アンタの好きにしなさい。いずれにせよ、アイツは私が直々に叩き潰すって決めてるから。というか、あっちが黒幕っぽいし。相変わらず人間を見下しやがって、本当にムカつくわ」

 

 巫女オーラがますます増大している。この人達、戦闘力をコントロールできるみたい。ゴゴゴゴゴと、なんか嫌な音が。

  

「あの子に危害を加えることは許さないわ。燐香を預かっている私には責任がある」

「なんだよそれ。まさか、妖怪を集めて寺子屋ごっこでもやってるのか?」

「そうだと言ったらどうするの?」

「大笑いするだけさ。興味深いのは確かだけど、おかしいと思うぜ」

 

 魔理沙が愉しそうに笑う。アリスの顔はなんだかいつも以上に怖い気がする。やばい、闘争の空気が漂ってきた。

 霊夢が面倒くさそうに溜息を吐く。

 

「先に言っておくけど、殺しはしないわ。スペルカードルールに則り、本気で勝負するだけ。あっちがそれを守るかは知らないけれど」

「…………」

 

 アリスがこちらを向き直る。

 

「燐香、貴方はどうしたい?」

「え?」

「貴方が嫌だと思うなら、私がこいつらと勝負する。貴方には絶対に指一本触れさせない。もし、貴方がこの巫女と弾幕勝負をしたいなら、それも構わない。命に関わるような事態には絶対に私がさせない。だから、貴方の好きな方を選びなさい」

「…………」

 

 アリスが選択肢を提示してきた。私が悩み始めると、霊夢が不機嫌そうに口を挟んでくる。

 

「何を勝手なことを。アンタたちに選択権なんてないわよ」

「貴方にもないわよ、博麗霊夢。決めるのは燐香であって、貴方ではない」

「ああ?」

「幾ら吠えても無駄なことよ。私に脅しは通じない。絶対にね」

 

 腕を組んだアリスと、御幣を握る霊夢が、顔を限界まで近づけて睨みあっている。キャッキャウフフな雰囲気とは正反対。あれは目を逸らしたら負け的なやつだ。実際に見るのは初めてである。放っておいたら、なんか殺し合いになりそうな。アリスの戦闘力もあがってるし、なんかちょっと顔が修羅っぽい。

 

「えっと」

 

 ど、どうする。どうする、私! 本当は凄くいやだけど、実際問題断れるのだろうか。ここで断ったら、アリスが魔理沙と霊夢と連戦、もしくは二対一になる。この霊夢は普通にやるかもしれない。流石のアリスも二人相手では無理だろう。きっと負けてしまう。その後に私はボコボコになる。

 というか、アリスにそんな酷いことはさせられない。そもそも、こうなったのは私がここにいるからだ。だから、フランとルーミアがやってきて、原作の流れ以上に面倒なことになっている。

 つまり、私が出て行って、霊夢にボコボコにされれば良いのである。簡単な話だった。ここはサクッとやられてしまおう。

 だが普通にやられるのでは味気ない。なにしろ、私の初の弾幕勝負なのだ。大事なのは気分、弾幕はアクション! そして、私は千の仮面を持つ少女。最後まできっちり演じて見せよう!

 

「いいですよ、アリス。私がやりますよ」

「……燐香」

「それに、さっきから随分と好き勝手を言ってくれましたしね。たかが人間の分際で。子供のお遊びはここまでってことを、骨の髄まで分からせてやりましょう」

 

 幽香を真似て、拳をぼきりとやってみせる。ちょっと音がしけっていたのが残念だった。

 

「それはこっちのセリフよ、糞餓鬼が。骨の髄まで、人間の怖さを思い知らせてやる。最後に勝つのは、いつだって人間なのよ」

「燐香。本当に、大丈夫?」

「全く問題ありませんよ」

 

 心配そうなアリスに軽く手を挙げ、スペルカードを装備して表に出る。そして、月と星明りが照らす夜空へと飛び立ち、博麗霊夢と相対する。私の赤いマフラーが、風になびく。今の私はかなり絵になっていることだろう。写真に残しておきたい。何故ならこの後ボコボコに負けちゃうから。

 

「さてと、叩き潰される準備はできたかしら。紅魔館では随分と舐めたことをしてくれたわね。その分も含めて徹底的に潰してやる」

「なんのことです? 生憎と覚えがありませんね」

「……とぼけやがって。私を有象無象扱いしたことよ」

「それが何か?」

「気に入らないから潰す、それだけ。アンタみたいな木っ端妖怪に舐められてたまるかってのよ。私が上で、アンタは永遠に下ってことを魂に刻み込んでやるわ。そうしたら二度とあんな面できないでしょうし」

「なるほど。よく理解できました」

 

 私は頷いた。多分、酷い目に会うだろう。だが、なんとなく戦意も湧いてきた。なぜ理不尽な怒りをぶつけられなければならないのか。全部この巫女のせいである。というわけで、私も弾幕勝負の範疇で全力でいくことにする。こいつは人間版幽香みたいなものだ。遠慮はいらない。

 

「では私も聞きますが、そちらの準備は大丈夫ですか?」

「はあ? 何のよ」

 

 霊夢が怪訝そうな表情を浮かべる。やっぱり言うのをやめようかなぁと思ったが、言ってしまおう。場が盛り上がった方が面白いだろうし。

 

「あっちの世界へ逝く準備ですよ。貴方にも友人くらいはいるでしょう。その方々へどうぞ遺言を書き残してきて下さい。悔いが残ったりして、怨霊にはなりたくないでしょう? 幻想郷の人柱さん」

 

 なんだか勝手にぽこぽこと口から挑発の言葉が出てくる。最後の言葉なんて、私は考えもしなかったことなのに。これは本当に私が喋っているのだろうか。よく分からない。だが、一ついえるのは、今の言葉で霊夢の顔が般若みたいになってしまったこと。超怖い。プレッシャーが百倍ぐらい増した。

 

「……私が人柱ですって?」

「違いましたか?」

「違う。私は部品じゃない。私は私よ」

「そうですか。貴方が言うなら、そうなんでしょうね。ふふっ」

 

 あれれー、地雷を踏んだ? わ、私のせい? その通り! でも口から勝手に出てしまっただけ。そう、もうひとりの私か私達のせいなんだ。いわゆるゴルゴムの仕業みたいなあれ。でもそれって結局私じゃん!

 

「……口だけは達者ね、チビ妖怪のくせに。その生意気な顔、花が咲いたみたいにしてやろうか? 花妖怪の末路には丁度良いんじゃない?」

「ふふっ、先ほどの貴方の言葉を返すとしましょう。『それはこちらのセリフよ』、でしたか」

「調子に乗るのもいい加減にしないと、本気で殺すわよ?」

「……私を、私達を殺す? ククッ、思い上がるな人間め、そして自らの脆弱さを思い知れ!」

 

 親指を首に当てて横に走らせた後、下へ向ける。首を掻き切ってやるぞという挑発だ。一度やってみたかったポーズ! でもここまでやるつもりはなかった。勢いって怖い!

 

「ふん、言葉はもういらないみたいね。なら遠慮なくいくわよ!」

 

 戦意むき出しの霊夢は、陰陽玉を纏わせ、御札を取り出してきた。これが霊夢の戦闘態勢か。隙が全然ない。幽香と対峙するときとはまた違うプレッシャー。なるほど、博麗の名は伊達じゃない。

 私も戦闘用彼岸花『蕾』を六個作成し、周囲に浮かべる。こいつは色々な角度から妖力弾を放てる優れもの。簡単にいうと、ファンネルもどきである。だけど操作は超大変なので、適当に撃たせるぐらいしか出来ない。命中率は悪いので、ばら撒き弾幕用である。数は力だ。

 

「貴方の墓前には、私の彼岸花を供えてあげましょう! 精々あの世で悔やむが良い、博麗霊夢!!」

「泣いて詫びさせた後、土に返してやるわ! このクソチビ妖怪がッ!」

 

 さて、名乗りはこんなものだろうか。なんか場の勢いがラスボス戦ぽいけど。残念ながら私はラスボスではない。ダミー君である。いわゆるはずれボス。本物のボスは白玉楼にいるよ!

 

 しかし、いきなり霊夢が相手とは思わなかった。全くついてない。本当に、災いは向こうからやってくる。ならば私はいつも通りそれに流されるだけ。でもちょっとは頑張ってみよう。アリスがあんなに一生懸命教えてくれたのだから。それに、多分幽香も。あれは多分違うだろうけど、今だけはそう思っておこう。

 

 ――そう、私の初めての弾幕勝負は、これからだ!




みかん

かしこみ巫女の次回作にご期待下さい。

うそ


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第三十四話 蠢くモノたち

二話連続投稿となります。
34、35です。


 季節外れの粉雪が舞う四月の夜空、博麗霊夢と風見燐香の弾幕勝負が始まった。

 アリスは屋根の上に着地すると、目を凝らしてその様子を眺める事にした。不安を表情にだすことがないよう、手を握り締めて。

 

「おーい、私達もさっさと始めようぜ。なんでいきなり一休みしてるんだよ」

「教え子の初の晴れ舞台、しっかり見届けるのは師として当然でしょう。貴方との勝負なんて、それに比べたらどうでも良いことよ」

 

 アリスが冷たく言い放つと、魔理沙が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「……はあ? そりゃどういうことだよ」

「燐香は弾幕ごっこをやるのが初めてだと言ったのよ、白黒魔法使い」

「おいおい嘘だろ? それにしちゃ、堂の入った構えだったぜ? 勝負前の挑発も完璧だ」

「本当よ」

「本当なのかよ――って、妖怪だから問題ないか。全然問題なさそうな面してやがるし。まだチビスケのくせに、大妖怪の風格だ。ありゃ将来厄介な妖怪になるだろうなぁ。ははっ、霊夢も大喜びだな」

 

 霧雨魔理沙が箒に乗りながら、近づいてくる。十六夜咲夜もいつの間にか隣にやってきていた。全員大人しく観戦する態勢になる。アリスは全ての動作を記憶しようと目を凝らす。

 今回の予期していなかった弾幕勝負は、今後の燐香の教育方針を決める良い指針となるはずだ。せめてそれぐらい活かさなければ、本当に理不尽すぎる。怒りをどこにぶつけて良いか分からない。

 だから、アリスとしては、本当は燐香が断ることを望んでいたのかもしれない。目の前にいる連中にそれをぶつけることができるから。燐香との日々を嘲られたことは、腸が煮えくり返るほどの怒りが湧いたと表現できる。

 

「まず一枚目ね」

 

 霊夢の霊力弾をかわしながら、燐香がスペル宣言する。最近練習していた、あの特に意味のないポーズと一緒に。今回はカードを掴んで見せ付ける際に、紅く光る花びらまで舞い散っている。演出もここまで過剰になれば大した物だ。意味はないけれど。

 だが、挑発の効果はあったようで、霊夢の顔が険しさを増していく。舐められていると感じているのだろう。

 

「ははっ、ありゃいいな。私も参考にさせてもらうとしよう。勝負が派手で楽しくなりそうだ」

「……アリス。今回はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。後日、改めてお詫びをさせていただきます」

 

 咲夜が平謝り。そんなことはどうでも良いので、勝負に集中させてほしいとアリスは、軽く受け流す。

 

「謝罪はさっき受け取ったからもういいわ」

「んー、なんだよ、本当にお前らじゃないのか?」

「だから、何度も違うといっているじゃないの。妹様は、アリスの家に遊びに来ているだけだもの。どうして素直に納得できないのよ」

「へへ。いまいち信じられないのは、主に姉のせいだろうなぁ。人を困らせて喜ぶのがあいつの仕事だろ?」

「魔理沙、それ以上の暴言は看過できないわよ」

「でも事実じゃないか」

「事実がどうだろうと関係ないのよ」

 

 咲夜がにらみ付けると、魔理沙がおどける。

 

「おー、怖い怖い。悪魔の狗に睨まれると、背筋が凍るぜ。冬だからなおさらだな」

「また嘘ばっかり言って。いつか痛い目に遭うといいわ」

「そいつを味わうために、この魔法使いと勝負しようとしているんじゃないか。こいつが乗ってこないのが悪い」

「本当にさっきからうるさいわね。二人で遊んでればいいでしょう。私はあの勝負を見ていたいのよ」

 

 アリスがしっしっ手で追い払うと、魔理沙の笑みが引き攣る。

 

「よーし、良い度胸だ。私は普通の魔法使い、霧雨魔理沙。魔法使いのプライドを賭けて、いざ尋常に勝負だ!」

「私はアリス・マーガトロイド。今は忙しいので、また今度ね」

「なんだよもう! そこは普通、『お前如きひよっ子、秒殺してやるわ』とか言ってノッてくるところだろうが!」

「それで、アリスの目から見てどうですか? 私が見る限り、中々良い勝負をしていると思うのですが。霊夢相手にあれだけできるとは正直驚きですが」

「…………」

「おい、無視すんな!」

 

 騒がしい魔理沙を放置して、燐香の表情を観察する。その顔は戦闘時の幽香と見紛うばかりの凶悪な笑み。だが、アリスには分かる。アレは余裕がなくなっている顔である。徐々に勢いを増す霊夢の弾幕に、対応するだけで精一杯になってきているのだろう。

 その証拠に、自動で妖力弾を発射する『蕾』を次々と射出しているが、燐香本人はほとんど攻撃を仕掛けていない。その余力がないのだ。それでも、喰らいついているだけで十分なのだが。今すぐ駆けつけて褒めてあげたいくらいだ。

 

「まぁ、なんだか余裕っぽいしな。そろそろ本気を出すんじゃないか? しかし、妖怪はずるいぜ。初めての勝負で、あそこまで霊夢とやりあえるなんてなぁ。生まれ持った才能って奴か」

 

 魔理沙が僅かに暗い表情を見せる。その目からは僅かに嫉妬心が見え隠れする。

 

「初めてとはいえ、鍛錬はしっかり積み重ねているわよ。生れ落ちてから10年間、実の親に半殺しにされかけながらね。私の家に来ているのも、その一環だもの」

「んー? なんだ、教えてるとか言ってたのも本当だったのかよ。ただの冗談かと思ってたぜ」

「そんな嘘をいってどうするのよ」

「嘘は人付き合いにおける潤滑油だろう?」

「それは貴方だけでしょう。燐香の教育に悪いから、余り近づかないでね」

「お前のほうが口が悪いと思うよ、私は」

 

 魔理沙がやれやれと帽子のずれを直している。

 

「それで、実際のところ燐香はどうなのですか? 妹様の話によると、かなりの妖力を持っていると聞きましたが」

「ええ、妖力はかなりの物よ。耐久力、攻撃力も幽香の訓練により言う事なし。ただし、安定性はまだまだ発展途上。……でも、目下の一番の問題は」

「――あ。あれは当るぞ」

 

 激しい衝撃音が響く。回避しきれなくなった燐香に、霊夢の夢想封印が炸裂したのだ。徹底的にやるつもりらしく、霊夢はそこに追い討ちとばかりに霊力弾を叩き込んでいく。隣の魔理沙も少し引いているほどである。殺傷力がないとはいえ、あの力は妖怪にとって天敵ともいえるもの。当たれば痛いことには変わりはない。

 

「回避の技術については、まだ誰も教えていないのよね」

「なんで一番大事なことを後回しにするんだよ!」

「母親からの依頼よ。まずは能力制御を最優先にしろと言われたのよ」

 

 ようやく霊夢の攻撃が一段落し、光の残滓が消えていくと、表情を押し殺した燐香の顔。死ぬ程動揺しているらしい。一方の霊夢は、『ようやく本気になったみたいね』などとニヤリと笑っている。傍目で見るから理解できる。本当に悲しいすれ違いだ。

 

「あまり効いてないみたいだが、被弾は被弾だな。けけ、霊夢の奴、ありゃ相当ムカついてるぜ。あのチビスケ、ケロッとしてやがるからな。まだ小さいのに霊夢を怒らせる天才だ。うんうん、私も見習いたいぜ」

 

 魔理沙が愉快そうに手を叩く。霊夢が怒ると嬉しいらしい。理解しがたい人間だと、アリスは小さく溜息を吐いた。

 

「耐久力はかなりのものなのだけどね。避ける技術は素人同然よ。あれは直感で避けているだけ。受けた経験は数え切れないほどあるのだけどね」

「……それは、弾幕勝負においては、かなり致命傷なのでは」

「格上と戦うにはまだ早かったのよ。それを迷惑な連中のせいでこうなったって訳。最初は勝利を飾らせてあげたかったのに、どうしてくれるの」

 

 アリスが魔理沙、そして咲夜を睨みつける。

 

「ほ、本当に申し訳ありません」

「まぁいいじゃないか。痛い目を見ながら成長していくほうが覚えが早いんだ。私を見れば分かるだろう?」

 

 魔理沙が胸を張る。アリスは横目でそれを見ると、やれやれと首を振る。そしてお手上げだと呆れてみせる。

 

「それじゃあ、望み薄ね。悲しいわ」

「本当に失礼な奴だな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を一度吐き出すと、霊夢は風見燐香に御幣を向ける。

 

「これで二回目よ。人間如きに続けて被弾させられる気分はどう? ムカついたかしら」

「やりますね。さすがは、博麗の巫女です。本当に恐れ入りました。幻想郷に必要とされるだけはありますね」

 

 その口調からは嘲るようなものが混ざっていた。

 

「何が言いたいのよ」

「ですから、さすがは“博麗の巫女”だと言ったんですよ。称賛に値します」

 

 ニヤリと嗤うと、燐香は更に『蕾』を周囲に生じさせる。その数はおよそ50はあるか。少しはやる気になったらしい。

 この蕾は自分を狙って弾幕を放ってくる。しかも、それぞれの行動パターンが違うので性質が悪い。特に何らかの特性を持っている訳ではない。だが、霊夢は非常にやりにくさを感じていた。はっきり言って、燐香のスペルなどよりも、この通常弾幕のほうが厄介極まりない。不意の攻撃に何度か被弾しかけたのが腹立たしい。

 

(どれだけ増えるのよ、こいつらは!)

 

 霊夢は己の直感で戦うことを重視する。だから、一対一なら、適当にやっても普通に勝ててしまう。何も考える事無く攻撃し、本能のままに避けていれば良い。計算され尽くした攻撃だろうが、ランダム性の高い攻撃だろうが関係ない。己の本能と勘に従うだけ。霊夢はそうやって戦ってきたし、これからも戦い続ける。ちなみに、魔理沙によってつけられた唯一の黒星は、当てずっぽうに放たれた星型弾幕にうっかり偶然当ってしまったもの。今思い出しても頭に来るが、負けは負けなので仕方がない。

 

 というわけで、どんな戦い方をしようと勝手だが、何事にも限度というものはあるだろう。この『蕾』はとてもやりにくい。燐香自身の攻撃は大したことがないのに、こいつらはそれぞれが“意志”を持っているかのように動き回る。しかも、性質がランダムで変化するのだ。多数の意志と偶然が絡みあう攻撃、これが厄介極まりない。適当に弾を打ち続けるのもあれば、突如として霊夢に高速弾をはなってきたりもする。攻撃せずに、ひたすら背後を取ろうと狙ってくるのもいる。鬱陶しいと御幣で叩き潰したら分裂してもっと面倒臭くなった。それが50もあれば、流石に辟易するというもの。

 

 霊夢は、まるで蕾の数だけの“なにか”と相手をしているような気分になっている。しかも、蕾の数だけ殺意、敵意を感じる。両方が入り混じった、常人なら寒気がするであろう負の感覚。例えるなら、包丁を突きつけられているような。そんな感じ。

 紅魔館で感じたのと同じ気配。自分を完全に敵視してきている。霊夢はこれを、“脅威”と認識している。

 

(一体、こいつらなんなの? まさか、そういう能力の持ち主とでもいうのかしら)

 

 霊夢が少し思考に耽っていたところで、目の前に蕾が迫る。戦闘中だというのに迂闊だった。慌てて避けたところに、蕾が体当たりしてきた。さらに回避。

 

「くそっ!」

 

 身体を全力で回転させて、緊急回避。そこに、三つ固まった蕾の直線型の一斉射撃。いや、性質が変化して拡散弾幕になる! これは全く知覚できなかった。勘に任せて必死に身体を動かす。二発までは躱したが、一発だけ左腕に当たってしまった。初の被弾だ。ダメージは大したことはない。だが、被弾は被弾だ。非常に腹立たしいし頭に来る。

 

「…………ちっ」

「や、やった」

 

 汗を拭っている燐香。流石の妖怪も多少は消耗しているようだ。だが、まだまだ戦意は衰えていないらしい。純粋な体力勝負では妖怪に分があるのは仕方がない。それを一気に叩き潰す火力と瞬発力、それこそが肝要となる。だが、魔理沙ほど尖らせるのは馬鹿というものである。あれでは相手の攻撃を喰らう危険が増す。受け流すということも重要だ。

 

「……アンタ、それ何個まで増やす気なのよ」

「お望みなら何個でも。ただ、私が疲れてしまうので、今日はこれぐらいで」

「手を抜くとでも言いたいわけ?」

「違いますよ。今の私の全力は、これということです。維持するだけで、本当に一杯一杯なんですよ」

「全然そうは見えないんだけど。信じてもらいたいなら、言葉と表情を一致させなさいよ」

「私もそう思います。では、次のやつ行きますよ!」

 

 燐香がスペルを宣言する。すると、周囲に散乱していた種の残骸のようなものが芽を出し始め、奇妙な大口を開く妖怪花へと変化した。

 

「たまには自分で攻撃してきたらどう? さっきから使役してばかりじゃない」

「これが私の戦い方です」

「で、その蕾の数は増やさないわけ?」

「これ以上は遠慮しておきますよ。というか、本当に疲れて気絶してしまいますので」

「ふん、負けた後で言い訳にするんじゃないわよ!」

 

 妖怪花が火炎弾を放出する。『蕾』がそれぞれ意志を持って再び動き始める。流石にこれ以上は相手をしていられない。燐香は幾らでも出せると言っていた。際限なく出された上で、スペルでも宣言されたら泣きっ面に蜂だ。ましてや、自分を舐めきったこんなチビ妖怪に負けるなど冗談ではない。笑い話にもならない。一度被弾したことで既にプライドはずたずただが。

 というわけで、本体を狙って強力な一撃をお見舞いする事にした。滅多にださない本気の一発。一度当ててくれたお礼も兼ねる。こいつにはこれぐらいやっておくほうが良いだろうという判断でもある。白黒をきっちりつけて、身の程を思い知らせておく。それが妖怪退治の基本である。

 

 

 

 

 

 

 

「……やばい。全然当たらない」

 

 私はもう死にそうな思いで空を飛んでいた。さっきの夢想封印は本気で消滅するかと思った。幽香の一発は肉体的に痛いが、霊夢の攻撃は別の痛みがある。なんというか、精神に衝撃を受けるというかなんというか。

 あんなものを山ほど喰らったらと思うとゾッとする。というわけで、私は『蕾』を一杯生じさせて、回避に専念することを決意した。霊夢は本当に避けるのが上手く、こちらの攻撃が全く当る気がしない。

 空を飛ぶ鳥に向かって、石を投げているかのような。届かないと分かっているのに、撃つと言うのは空しいものだ。しかし数を撃てば命中率が1%でもあれば当るかもしれない。さっきのは本当に運がよかっただけ。ほら、99%回避できるのに、当たって撃墜されちゃうことってあるし。あんな感じ。しかも勝手に撃ってる『蕾』からの弾幕だったので、全然自信に繋がらないという。

 

 ――これは絶対にかわせないだろう!

 そう思って放った攻撃も軽く避けられた。わざとグレイズさせることにより、私への敗北感を植えつけるというおまけつき。さすがは戦闘民族『博麗の巫女』、私なんかとは格が違った。

 

「……ああ」

 

 そして、私のスペル『素敵なパックンフラワー』君が時間切れによりブレイク。さようなら、パックン。君の事は暫くは忘れない。

 相変わらず50を越える『蕾』がファンネルみたいに動き回りながら、適当な攻撃を繰り出している。あれには必中がかかっていないので、簡単には当りません。霊夢は舞うようにそれをかわしている。なにあれ。ニュータイプなの? そう、私の攻撃には踏み込みがたりない!

 

「鬱陶しい! 次はこっちが行くわよ!」

 

 そうこうしているうちに、霊夢がスペルを宣言。霊夢の頭上になんだかヤバイぐらいの霊力が集まっていく。デカイ。まじでデカイ。それはやがて、陰陽玉の模様を映し出し、なんか凄い勢いで回転を始めだした。ギュインギュイン鳴ってるし! 超危険って教えてくれている。

 

「宝具『陰陽鬼神玉」。まともに受けたら“ちょっと”は痛いかもね」

 

 霊夢が頭上にできたそれを、私に向けて放ってくる。こんなのに当るなど冗談ではない。三十六計逃げるに如かず! というわけで緊急回避しようとした方向に針が飛んできた。うっかり足を止めてしまった私は愚か者である。ここは喰らいボムをして突っ込めばよかった! というか私のスペルにボム系統なんかあったっけ!?

 

「――げ」

 

 なんかもう目前に迫ってるし! 私は両手を出してそれをなんとか受けようとする。バチバチッと凄まじい音がなる。ちなみに手は凄い痛い。だがなんとか押さえられている。よし、この調子でなんとか! 頑張れ私、妖怪パワー全開!

 受けた時点で被弾している気もするけど、弾いてしまえばなかったことにできるかも。ほら、流れ的に!

 

「こんなもの、弾き返して――」

「言い忘れてたけど、もうすぐ爆発するわよ」

「え?」

 

 凄まじい爆音と閃光が私を包んでいく。

 やっぱり博麗の巫女と弾幕勝負するなんていわなければよかった! なんでこんなことに。後悔先に立たず、覆水盆に返らず。来世では座右の銘にするとしよう。……いや、死なないけれど。多分。

 



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第三十五話 さようなら

12月31日は、34、35話を連続投稿しております。
まだの方は、34話からお読み下さい。


 ――完全決着!

 

 

 私はいわゆる、サイバイマンにやられてしまったヤムチャポーズでくたばっていた。いわゆる負け犬だ。

 しかし、予想に反してそれほどダメージは深刻ではない。そこは弾幕ごっこ、霊夢も加減してくれたのだろう。言葉遣いは不良学生っぽいけど、本当は優しい良い子なのかもしれない。幻想郷はやっぱり平和だった! 勝負の後はお友達になりましょう!

 私はさっさと立ち上がると、無言で降りてくる霊夢に、笑みを浮かべて声をかける。

 

「……お見事です。私の負けですね」

「全然そうは見えないけど。今の、もしかしてわざと喰らったの?」

「逃げられないように、貴方が針で牽制したんじゃないですか。お蔭で私はボロボロです。お気に入りのマフラーまで、汚れてしまいました」

 

 私は苦笑すると、服についた埃を払う。なんだか、見る見るうちに霊夢の顔が険しくなっていくので、ちゃんと謝る事にした。いきなり友達は無理そうだし。勝負の後は仲直り、というか喧嘩をしたわけではないのだけれど。

 

「どうして、もっとあの蕾を出さなかったの? あれを際限なく出し続けていれば、多分、私が負けていた」

「無理を言わないでください。あれは本当に疲れるんです」

「スペルでもないのに?」

「はい。それに、空間を塗りつぶすような戦い方はスペルカードルールに相応しくない。美しさと思念に勝る物はないのでしょう?」

「…………」

 

 納得してくれない霊夢。確かに、あれを1000個ぐらいばら撒けばそれは圧倒できるだろう。だが、そんなもの維持できるわけもない。その論法は、さっきの巨大陰陽玉を100個撃ち続けろと同じようなもの。無理を言ってはいけない。

 そして、逃げ道をなくして勝っても仕方ない。あの蕾は所詮通常弾幕。スペルじゃない。私の力じゃない気もするし。

 

 ――というわけで。

 

 

「とにかく、私は3回被弾しました。スペルも完膚なきまでに打ち破られました。私の負けです」

 

 3回被弾したら負けというのが定番ルールらしい。一発でノックアウトされたらもちろん負けだ。ここらへんは結構曖昧。ストライクゾーンが変化する審判みたいなもの。曖昧だから幅がでる。知らないけど。

 それと、スペルカードを全部使い切っても負け。切り札みたいなものだから、なくなったら潔く負けを認めないと駄目なのだとか。通常弾幕で粘るなどという見苦しいのは美しくない。アリスがそう言っていた。変化球を用いた戦い方も美しくない気がするけど、それは良いらしい。アリスゾーンは意外と私に甘い。

 

「あの。負けを認めたんで、そろそろ許してくれませんか。あと、私は異変の黒幕ではないので」

「…………」

 

 それでも無言の霊夢。なんだか、『全然やりたりねぇ』と言った表情。まさかまさかの第二ラウンドが始まるのだろうか。負けた私が泣きの一回を要求するのは分かる。しかし、勝った方が納得いかないからといって再戦を求めるというのは聞いた事がない。

 

 だが、常識に囚われない幻想郷ならありうる話だ。修羅道ではまかり通ってしまう。故に、修羅道などいうものは一刻も早く廃れた方が良い。修羅をつぶすには修羅。霊夢、貴方ならできる。頑張って。

 

「いやぁ、中々見ごたえのあるバトルだったな。最後はこっちも手に汗握ったぜ」

「……アンタ、そっちの魔法使いと勝負するんじゃなかったの?」

「弟子の初陣を見守りたいとか言って駄々をこねるんだから仕方ないだろ。しかし霊夢、ルーキー相手に結構本気の面してて面白かったぜ」

「ルーキー? どういうことよ」

「こいつ、これが初の弾幕勝負だってよ。はは、それに泣く子も黙る巫女様が被弾させられるとはな。いやぁ、当分酒の肴にできそうだ」

「……うるさいわね。アンタも、こいつとやれば分かるわよ」

 

 霊夢と魔理沙が楽しそうにじゃれついている。それをやんわりと制止する咲夜。見ていても当分は飽きないと思う。が、先ほどから霊夢の視線がかなり恐ろしいので、私は目を必死に逸らす。

 と、アリスが近づいてきて、私の頭を撫でてくれた。更に抱擁つき。勝ってないけど、なんだかハッピー。

 

「初めての弾幕勝負で、あれだけできれば大したものよ。しかも、博麗霊夢相手にね。このまま鍛錬を積んでいけば、いつか必ず勝てるはずよ。本当に良く頑張ったわ」

「ありがとうございます。全部、アリスのおかげです」

「そう言ってくれて嬉しいけど、私は二割ぐらいよ。後は全部幽香の修行によるもの。含むところはあるでしょうけど、それは認識しておきなさい」

 

 全く認識したくないので、その言葉は聞き流しておいた。強くならなくていいので、もっと優しくして欲しいものだ。ま、無理だろう。和解の道は既に諦めている。無駄なことはこれ以上しないのである。

 

「チビスケ……じゃなくて燐香だっけか。私は霧雨魔理沙だ。今度会ったら、私と勝負しようぜ。何事も経験を重ねていかないとな。私の修行相手にも丁度良さそうだし」

 

 魔理沙が人懐っこい笑みを浮かべてくる。先ほどとは違い、なんだか打ち解けやすい。やっぱり、幻想郷はこうでなくては。間違っているのは極一部なんだろう。うん。

 

「何を偉そうに。馬鹿がうつるから、この子にあまり近づかないで。パチュリーから色々と聞いてるのよ。このこそ泥」

「人聞きの悪いことを言うなよ。あれは盗んでるわけじゃない。ちょっと借りてるだけさ。私が死ぬまでだけどな!」

「減らず口ばかり。本当に呆れるわ。燐香、絶対にこいつは見習わないように」

「器が小さいなぁ。都会派のくせに」

 

 今度はアリスと魔理沙が楽しそうにおしゃべりを開始した。聞いていて飽きないので、どんどんやってほしい。なんとなく輪から外れて、咲夜の隣へと移動する。

 

「皆、楽しそうですね」

「そう? 私にはただ喧しいだけに思えるけど」

「そうだ、一応、二人を止めてくれてありがとうございました。最終的に、私はボコボコにされましたけど」

 

 紅魔館で、私を庇って霊夢と戦ってくれたことを感謝しておく。その戦闘は原作にはないはずだし。

 

「ごめんなさいね。あいつらは話を聞かないから。本当に仕方のない連中よ」

 

 咲夜が溜息を吐く。そうだ、今のうちにお礼を言っておこう。

 

「それと、いつも紅魔館ではありがとうございます。騒がしくしてしまってごめんなさい」

「気にしないでいいわ。賑やかなのはいつものことだし、お嬢様も結構楽しんでいらっしゃるから。貴方が来ると、妹様も本当に喜んでいらっしゃるの。だから、何も気にしないで」

「フランは大事な友達ですから」

「……そういうことを素直に言えるのが、多分妹様が心を開かれた理由なのでしょうね。本当、私には真似できないわ。……はぁ」

 

 咲夜がなんだか暗い表情だったので、元気だすようにと背中を擦っておいた。ちなみに、私に敬語を使わないのは、気を遣わなくて良いと何度も言ったからだ。咲夜の方が年長だし、仕事も出来るし、あらゆる面で優れている。よって、私がしつこくお願いしたところ、ようやく普通に話せるようになった。

 

 さて、これでお開きかーと思ったら、霊夢に頭を掴まれた。幽香お得意の鷲掴みである。ぐぎぎと、顔の向きを変えられる。

 

「待ちなさい。この異変、本当にアンタらの仕業じゃないのよね?」

「違いますって」

「フランドールやルーミアは本当に遊びにきてたらしいぜ。アリスは燐香の先生だってよ」

「……なによ。完全な無駄骨じゃない。アンタ、私に喧嘩売ってんの?」

「売ってきたのはそっちです」

 

 私が思わず漏らすと、霊夢が反応する。しまった。巫女は地獄耳だった!

 

「文句があるなら、今すぐ受け付けるけど」

「いえ、やっぱりありませんでした。あはは」

 

 この論法、幽香にそっくりである! いつの間にか私が弾劾されているという恐ろしい会話術。で、私がこのように反論するとパンチが飛んでくるのだ。これぞ風見流の話術。

 

「止めなさい霊夢。貴方もとっくに気付いているんでしょうに。だったら早くそっちへ向かいなさい。私達は異変とは無関係よ。それでもまだ疑うのなら、私が相手をする」

 

 アリスが私の前に庇うように立つと、霊夢が御幣を面倒くさそうに下ろした。

 

「……ふん。夜分に邪魔して悪かったわね。私たちの勘違いだった。謝るわ」

「全然謝っているようには見えないのだけど」

 

 アリスが突っ込むが、霊夢は気にも留めない。そして、私に視線を向けてくる。

 

「それと、アンタ。リベンジならいつでも受け付けるから。なんだか勝った気がしないからね。次はもっと徹底的に叩き潰してやるわ」

「いや、だから私は負けを認めて――」

「私も一度被弾したから、今回は引き分けみたいなものよ。第一、顔が綺麗過ぎて気にいらないの。敗者に相応しい顔をしてもらわないと、退治したって気分にならないの。分かるかしら?」

 

 ちょっとデレたと思ったら、次はもっとボコボコにするぞという予告を頂いた。非常に難解な相手である。パンチがとんでこないので、風見流話術の使い手としては、まだまだ初級である。達人になると、口を開く前に顔面に拳がめりこんでいる。恐ろしい。

 と、とにかく、これも霊夢流の挨拶と拡大解釈することにして、私も相応に応じることにした。話が終わらないし!

 

「なら、次は絶対に負けませんよ。博麗の巫女」

「……私の名前は博麗霊夢よ。博麗の巫女なんて名前じゃないの。それをしっかり頭に叩き込んでおきなさい、チビ妖怪」

「私の名前はチビではなく、風見燐香です。これから、宜しくお願いしますね、霊夢」

「私は全然宜しくしたくないわ」

 

 私が差し出した手を、軽く御幣であしらわれてしまった。妖怪と巫女の平和条約交渉はこうして決裂したのであった。おわり。

 

「いやぁ青臭いねぇ。見てるだけで身体が痒くなる!」

「あ?」

「さーて、面白いものも見れたし次の容疑者を締め上げにいくか――って、痛ッ! いきなりなにするんだ!」

「アンタが馬鹿なこと言ってるからよ。さっきのも合わせてのお仕置き」

「お前、いつか覚えてろよ?」

「嫌よ。私は忘れっぽいから」

「さっきと言ってることが違うぞ!」

 

 魔理沙と霊夢のじゃれあい。見ていて飽きない。うーん、平和っていいなぁ。

 

「はぁ。私はもう帰っていいかしら」

「ご主人様に異変解決を命じられたんだろ? だったらきっちりと働けよ」

「どちらかというと、妹様の我が儘というか。まぁいいわ。黒幕にはこの鬱憤を全力でぶつけてやるから」

「お、頼もしいねぇ」

「というか、アンタたちはもう帰っていいわよ。邪魔だから」

「へへ、ここまで来て抜け駆けは許さないぜ?」

 

 

 なんだかんだで結論がでたらしく、霊夢たち三人は空へとあがりそのまま飛んでいってしまった。嵐のような人間たちである。毎日がさぞかし賑やかで輝いていることだろう。本当に羨ましいものだ。

 

「さて、私達は帰りましょうか。紅茶とお菓子を用意するから、少し休みなさい。汚れはお風呂に入って、と言いたいところだけど」

 

 そろそろ帰る時間が迫っているはず。だが、私はお願いしてみることにした。

 

「今日は少し、遅れてもいいんじゃないでしょうか。なにせ、博麗霊夢と勝負したんですから」

「……まぁ、そうかもね。仕方ない、言い訳は私がしてあげるから、お風呂に入って少しのんびりするといいわ」

「ありがとうございます!」

 

 ――計画通り。アリス、ごめんなさい。

 

 

 

 

 私はアリスの家に戻り、お風呂に入って汚れを落とした後、部屋へと戻る。私の荷物を置かせてもらっている部屋。ちょっとした仮眠を取れるようにと、わざわざベッドまで用意してくれている。最初は、アリスの家に住まわせてもらっているようで、本当に恐縮してしまったものだ。

 アリスはというと、多分作りおきしてあったアップルパイを温めなおしているのだろう。ついでに紅茶も淹れてくれているはず。このままそれを楽しみたいところだが、私にはやらなければならない計画がある。

 

「贄符『身代わり人形』」

 

 妖力と私の能力を用いて身代わり君を作成。いわゆるドッペルゲンガーの劣化版。でも喋ったりといった高度なことはできない。単純な行動すらできない役立たず君である。まともに歩けないし。しかし寝た振りは結構上手い。何もしなくていいから。

 布団を被せてしまえば、簡単には見破れないだろう。外見だけは完璧だ。最初に作ったときは、あまりに挑発的な表情だったので反射的に蹴飛ばしてしまったほどだ。自分の顔なのに。多分幽香アレルギーである。

 

「し、死体みたいで凄い気持ち悪い」

 

 だらんとした自分を動かすというのはとても気分が悪い。一度も瞬きしないし、息もしないしで本当に死体みたい。しかも冷たいし気色悪っ!

 それはともかくとして、身代わり君をベッドに寝かせて、布団を被せておく。これでしばらくはもつだろう。アリスは疲れて眠ってしまったとしか思わないはず。たたき起こすほど、アリスは乱暴じゃない。仕方のない奴だといつものように困った笑みを浮かべるだろう。そのことにちょっとだけ罪悪感が湧く。しかし、ここで止めたらもう機会はない。今しか、悪魔の手から逃れるチャンスはないのだ。

 

「これを握らせてっと」

 

 身代わり君の手に、前もってしたためておいた手紙を持たせる。行動させた場合はすぐに妖力が尽きて、身代わりは消えてしまうが、この状態ならば三時間はもつはずだ。アリスが異変に気付いたときには、私はすでに冥界だ。冥界は西行寺幽々子の領域。さすがの幽香も乱暴はできまい。晴れて私は自由の身というわけ! 色々あったけど、最終的には完璧だ!

 

「……名残惜しいけど、行かないと。アリス、今まで親切にしてくれて本当にありがとう。別に今生のお別れじゃないけれど。あー、もしかしたら、会えないかもしれないか」

 

 私は悲しいけれど、アリスにはその方が良いのかも。面倒ごとが減るし、自分の夢に掛ける時間も増える。

 お邪魔虫である私がいなくなれば、アリスには再び平穏な毎日が戻る。そうすれば、魔理沙や霊夢たちと交流を始めるようになるだろう。それが正しい在り方だ。そこに私たちの居場所はない。イレギュラーは消えなければならない。

 私は冥界でそれをのんびりと眺めているとしよう。見てるだけで十分に幸せである。冥界には亡霊たちがうようよいる。私が一人増えたくらいで目くじらを立てる者もいまい。駄目だといわれたらその時に考えよう。地底もあるし妖怪の山もある。

 

 私は精神を集中して丁寧に隠形術を掛けた後、極めて慎重に窓を開ける。荷物は持ったし、忘れ物はない。心残りはあるかもしれない。それは仕方ない。時間が解決してくれるはず。

 意を決すると、私は冷たい空気を身に浴びながら全力で夜空に向かって飛び立った。幸い地図はある。目的地は冥界だ。

 

「――さようなら」

 

 

 

 

 

『親愛なるアリスへ。貴方がこの手紙を読んでいる頃、私はこちらの世界にはいないでしょう。でも心配しないで大丈夫です。私は、本来私がいるべき場所にいると思います。暫くはそこでのんびりしているつもりです。今まで迷惑をかけっぱなしで、本当に申し訳ありませんでした。最後に楽しい想い出が一杯つくれたのは、全部アリスのおかげです』

 

『裏庭に咲かせてしまった彼岸花は、迷惑でしたら全て片付けてしまってください。普通のより丈夫なので、私同様に見苦しく生き続けると思います。火に弱いので根まで燃やすのがおすすめです。お体にはどうか気をつけてください。今までありがとうございました。アリスの夢が叶うことを心から祈っています。アリスなら絶対にできると信じています。また会える日まで、さようなら。 ――追伸、お母様には三途の河に落ちたとでも伝えておいて下さい。それで納得すると思います。――風見燐香』

 




某アポリアさん風にターンエンド!

皆さん、良いお年を!



来年は更新速度は落ちます。
急ぎすぎても仕方ないですしね。
楽しくないと意味がないのです。


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第三十六話 花葬

 風呂に入った後、燐香は着替えに部屋に戻って行った。戻ってくるのが少し遅かったので、アリスは様子を見に行くことにする。何もないとは思うが、あれだけの勝負のあとだ。怪我でもしていては大変である。

 この部屋は、元々来客用に用意していたものだが、現在は燐香の部屋となっている。最近は魔法の森で迷う人間も少なくなっているし、特に問題はないだろう。人里では、気の触れた吸血鬼がうろついているので、森は以前より危険な場所だと言う噂が広がっているとか。上白沢慧音が親切に注意を促してきたが、それがこの家だというのは夢にも思うまい。別にこちらも人間をもてなす義務もないので、特に否定するつもりもない。迷い人が減るならそれで問題ない。

 

「燐香。入るわよ?」

 

 部屋の中の明かりは消えていた。ベッドの布団は膨らんでおり、燐香が休んでいるのが確認できる。起こすべきなのかもしれないが、先ほどの戦いの後だ。少しぐらいは構わないか。そう判断したアリスは苦笑してから、静かにドアを閉める。

 

(甘くしているつもりはないのだけどね)

 

 『甘やかしすぎ』、ルーミアの言葉を思い出す。確かに、自分に妹がいたら、今のような生活を送っていたのかもしれない。故郷を思い出す。あの人はいま何をしているだろう。相も変わらず皆と元気にやっているのだろうか。一応は家族と分類に入るのかもしれないが、あまりそういう思いを抱いたことはない。それも仕方ないだろう。あの人は皆にとってそういう存在なのだから。

 

「馬鹿馬鹿しい。子供じゃないのだから」

 

 らしくない感情に浸りながら、アリスは淹れたばかりの紅茶を口に含んだ。いつもよりも、少し渋かった。

 

 

 その一時間後。アップルパイの用意はできた。中々美味しくできていると思う。といっても、温めなおしただけのことだ。とはいえ味は保証できる。

 温かい内に食べてもらいたいところだが、このまま寝たいのならそれでも構わない。一声かけて、いらないというのであれば、お土産にしてしまえば良い。

 寝たままの燐香を、幽香のもとへ送り届けるぐらい大したことではない。きっと、遅れたことへの文句を相当ネチネチと言われるだろうが。あいつは燐香に冷たく当たっているくせに、本人がいないところでは相当な過保護ぶりを見せ付ける。

 燐香に対しての態度に、何か理由があるのは嫌でも分かる。相当に複雑な事情があるだろうことも。アリスは、時期を見ていずれそれを聞き出そうと思っている。自分に協力できることがあればしても良い。

 幽香との仲が改善できれば、燐香の精神的苦痛は確実に解放される。それは、今後の成長にも大きな影響を与えるはず。幽香に嫌われ、憎まれていると思っている事が、燐香にとって最大の重しなのだ。なんとかして取り払ってやりたい。

 

「燐香。紅茶とお菓子の用意ができたわ。もし、眠いのなら、このままでも構わないけれど。……どうする?」

 

 月明かりが差し込む燐香の部屋。やはり燐香はまだ寝ているようだ。

 アリスはベッドに静かに近寄る。先ほどとは異なり、ベッドから右手がだらりと飛び出ていた。その下に、なにやら紙が落ちている。一度起きてまた眠ってしまったのだろうか。

 

「本当に、疲れていたのね。このまま、ウチに泊めてあげられれば一番良いのだけど」

 

 初の弾幕勝負で、霊夢とあれだけの戦闘を繰り広げたのだ。心身共に疲れるのは当然のこと。しかも、霊夢は殆ど本気といっても良い戦いぶりだった。どれだけの重圧を受けたことだろうか。

 一度だけとはいえ、当てて見せたのは立派だ。アリスは後で手放しで褒めるつもりでいる。いつも冷静を心がける自分にはらしくないと思うが、気にしない。褒めるときは褒め、叱るときは叱る。当たり前の事。

 ……本音を言えば、霊夢に一撃当てたときなどは、自分のことのように嬉しかった。飛び上がりたいくらいに。そして、負けたときは自分が敗北したときより悔しかった。思わず地団太を踏みたいくらいに。それは確かである。別に否定する必要もない。何も悪いことではないのだから。

 

「ふふっ。今日はこのまま寝ていた方が良さそうね。冷めてしまうけど、明日の朝に食べなさい」

 

 アリスは軽く微笑んだ後、燐香の右手を取る。触った瞬間に、激しい違和感がアリスを襲う。

 

「――え?」

 

 アリスの身体が突如として硬直する。一瞬、思考が完全に止まった。まるで理解できない。こんなことはありえない。どういうことだ。

 

「り、燐香?」

 

 呼びかけても反応はない。それはそうだろう。こんなに冷たいのだから。いや、それがそもそもおかしいのだ。どうして、この小さな右手はこんなに冷たいのだ。震える手で、窓側を向いている燐香の顔を、こちらへ向ける。

 燐香の目は開いていた。焦点の定まらない目は、アリスを映すことはない。瞬きをしないその目は、ひたすら宙を見つめている。その凍りついた表情は何の感情すら表わさない。いつもの悪戯娘の面影は掻き消えている。

 確認しなければ。アリスは震える指先に魔法で光を灯し、燐香の顔に近づける。やめておけという思考を、そんなことはありえないという思いで無理矢理に塗りつぶす。

 だが、どれだけ光を近づけても、燐香の瞳孔に変化は見られない。妖怪といえども人間の形状をしているのだ。頑丈さに違いはあれど、器官自体にそれほどの差異はない。つまり、今の燐香の状態は、完全に死亡しているということだ。

 そう、死んでいる。これはただの死体。だから冷たい。

 

「ど、どうして? 強力な霊力の直撃を受けたせい? わ、私が弾幕勝負をやらせたから?」

 

 思考がぐるぐると渦を巻く。何かを考えようとするが、上手くまとまらない。呼吸が荒くなる。動悸が激しくなる。

 今すぐに何かをしなくてはならないが、何をすれば良いかが分からない。だが、時間は刻々と経過していく。どうすれば良い。直ちに何かしなければならない。乱暴に布団を払いのけ、パジャマ姿の燐香の身体を抱きしめる。

 とても冷たい。体温を全く感じられない。まるで血の通わない人形のようだ。でも、まだ硬直は始まっていない。だから大丈夫。きっとこれからも始まらない。そうに決まっている。だって、死ぬことなどありえないのだから。

 アリスは、燐香の身体を抱いたまま、床へと力なく座り込む。こんなはずはない。見ている限り、致命傷になりうる攻撃を霊夢は放っていなかった。それは間違いない。ならば、何故燐香は死んでいるのだ。――分からない。分からない。分からない!

 

「だ、大丈夫。す、少し休めば、直ぐに良くなるから。私に、任せておきなさい。絶対に大丈夫よ」

 

 ――どこからか、何かを叩く音が聞こえる。それは、段々と強くなる。一体何の音だろうか。しかし、今の自分にはそれに構っている余裕はない。冷たくなっているのならば、暖かくしなければならない。そうに違いない。自分は何も間違っていない。

 アリスはひたすら、燐香の亡骸を抱え、その小さな背中を擦り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスの家を飛び出した私は、『幻想郷お楽しみ帳』を片手に、粉雪が舞う夜空を飛んでいる。紅いマフラーをなびかせながら。多分、かなり格好良い姿だと思うが、浸っている余裕は全くない。焦らずに急がなければ。

 

 アリスが私の身代わりに気付いたとしても、特に大事にはなるまい。問題は、私の帰りが遅いことを、幽香が察知してからである。そこからが勝負。

 殴りやすいサンドバッグが勝手に逃げ出したと知れば、悪魔の如き形相で追撃してくるに違いない。私の予想としては、後二時間程度か。それまでに冥界の結界を抜け、白玉楼へ到達しなければならない。そして、西行寺幽々子に、この『亡命届け』を渡すというのがミッションの成功条件である。結構厳しいが、やる価値は十分にある。

 

「亡霊のお姫様なら、大魔王も簡単には手を出せないはず! 冥界プリンセスパワーでいちころというわけ」

 

 悪魔も冥界ならば大暴れはできまい。幽々子より強いかは分からないが、冥界はあいつの領域ではない。私の予測だと、西行寺幽々子が勝つはずだ。多分。いざとなったら彼岸花に擬態して、冥界のどこかに隠れてしまおうと思っている。それぐらいは容易い事である。

 

「さて、霊夢たちはもう結界を抜けたかな?」

 

 アリスステージの後は、たしかプリズムリバー三姉妹との対戦だったはず。さぞかし賑やかなバトルを繰り広げたことだろう。メルランの演奏でも景気付けに聴いておきたかった。勇気100倍になれそうだし。

 

 色々と寄り道したい気持ちを堪え、さらに30分程度全速力で飛んだところ、なんだか違和感を覚えた。独特な感覚とでもいうのだろうか。それを肌で感じ取ることができたのだ。どうやら、飛んできたルートは間違っていなかったらしい。

 その感覚が強くなっていく方向へ向かうと、いきなり結界を発見してしまった。もっとてこずるかと思っていたが、拍子抜けの気分だ。しかし、時間短縮できるのならば喜ぶべきこと。私は結界をよく観察することにした。急がば回れである。

 ――生きとし生ける者全てを遮るような、光輝く巨大な壁。その中央にはこれまた誰が使うんだというような奇妙な扉。その横に強引にこじ開けたような穴が開いている。恐らく、霊夢たちが突入した痕跡だろう。やることが相変わらず乱暴だった。

 

「……ということは?」

 

 下を見おろすと、目を回して気絶しているプリズムリバー三姉妹がいた。なんだか砲撃の痕のようなものまで残っているし。どんな激しい戦いだったのやら。想像すると結構恐ろしい。弾幕ごっこといえども舐めてはいけない。事故で死ぬことは許容されているのだから。

 本当は声を掛けてみたいところだが、目的地を目前にして幽香に掴まるなど愚の骨頂。油断大敵である。ここは涙を飲んで進んでいこう。

 でもそのまま行くのは薄情な気がしたので、風邪を引かないように彼岸花を彼女を包むように咲かせて、雪からガードしてあげることにした。こういった積み重ねが友好度を稼ぐポイントだ。さりげなさが大事である。

 

「現世と冥界の境目か。なんだか不思議な感じがする」

 

 結界に開いた穴が、奈落への入り口に見えてくる。先ほどから感じている奇妙な感覚は、全身に突き刺さるぐらいまで強くなっている。ただ不快ではない。なんだか、懐かしい感じさえする。全身を包み込まれるというか、そんな感じ。皮の薄い餃子みたいな? これは何か違う気もする。

 

「……うーん」

 

 なんだか、この先に進んではいけない様な気分が湧いてくる。このまま行って本当に良いのだろうか。でも、もう飛び出してしまったし後戻りはできないし。既に退路は断っている。このまま戻るなど有り得ない。

 

「よーし、悩んでいても仕方ない。行こう!」

 

 ごくりと唾を飲み込むと、私は覚悟を決める。「トラップカード発動、現世と冥界の逆転!」と適当に唱えながら。こうやってふざけていないと、なんだか自我を保てないような。そんな嫌な予感さえしてくるし。冥界って結構やばい!

 

 冥界は、現世とは空気が全然違うのだ。綺麗だけど、なんだか冷たい。冬の寒さではなく、魂が冷えるというか凍えるというか。そんな感じ。生きてる人が長居すると、多分悪い影響を受けると思う。亡霊も、あちらこちらにいるし。ああ、ここは違うんだなぁと実感できる。生きている者が気軽に来て良い場所じゃない。だが私は覚悟を決めているので問題なし。住めば都である。

 

「途中で何か、宝物でも落ちてないかなぁっと。冥界の石とか、なんか高く売れそう。呪われそうだけど」

 

 周囲の様子を細かく観察しながら、私は冥界を進んでいく。ここはもう春が充満しきっている。桜が各所に咲いていて、実に見ごたえがある。このままのんびりとお花見でもしたいなぁなどと思っていたら、凄まじい衝撃音が風にのって聞こえてきた。

 反射的にそちらを振り向くと、ミニ八卦炉を構える魔理沙の姿が遠くに確認できた。マスタースパークが炸裂した音だったらしい。抉り取られた地面には、魂魄妖夢が倒れている。勝負は既についているようだ。

 私はバレないように隠形術を使用し、近くの桜の木へ隠れる。見つかったら面倒なことになる。

 

 しばらくの押し問答後、霊夢達3人はなんだか妙に長い階段をつたって飛んでいってしまった。ということは、この先は白玉楼か。いよいよ黒幕の西行寺幽々子と勝負になるのだ。これはなんとしても見てみたい。二度と見れないかもしれない好カード。多分霊夢が戦うのだろうが。今後の弾幕勝負の参考にしたい。あるかは知らないけど。

 

「くうっ。……やっぱり私はまだまだ半人前か。あれだけ修行したのに。はぁ、幽々子様に会わせる顔がないよ」

 

 魂魄妖夢が二本の刀を鞘に納め、悔しそうに溜息を吐いている。これは絶好のチャンスである。

 私は妖夢のもとへと近づき、声を掛ける事にした。

 

「はぁ。博麗の巫女ならともかく、あんな人間の魔法使いに負けるなんて。修行が足りない証拠だなぁ。一生懸命やってきたつもりなのに。何が足りないんだろう」

「こんばんは」

「ぎゃああああああああああああああッ!!」

 

 ポンと肩を叩き、フレンドリーに挨拶したら、ム○クの叫びみたいな表情で絶叫する妖夢。その声の大きさは、もうジャイアンもびっくりなほど。私も少しだけ驚いた。大魔王幽香でもいたのかと思ったから。でも、周囲を見回しても誰もいなかった。私はほっと一安心。

 と、私は隠形術を掛けっぱなしだったことに気付く。解除して、あらためてニコっと笑って挨拶する。

 

「あのー」

「じ、じ、実体化した子供のおばけッ!? なんだか意味深に嗤ってるし! まさか水子の祟り!? な、なんで私が! まだ結婚すらしてないのに!」

「あの」

「ち、違うの。わ、私も半分はお化けなんですよ!? だからどうかご勘弁を! ほら、な、仲間みたいなものですよ! ワ、ワタシタチ、トモダチ!」

 

 最後はカタコトだった。凄い取り乱している妖夢。既に半泣き状態だ。ちょっと面白いけど、話が全然進まない。

 

「あの」

「こ、来ないで! それ以上近づいたら、き、斬るよ! 斬りますよ! 斬っちゃうよ! 白楼剣で斬られた幽霊は成仏しちゃうんだから! だから、こ、こないでッ!!」

 

 亡霊がうろうろしている冥界なのに、お化けが怖いというのはどういうことだろう。実体化した幽霊が怖いという事か。それなら、プリズムリバー三姉妹とか、そもそも幽々子も駄目だと思うんだけど。うーん。あれか、実体化して、意思疎通ができないお化けがこわいということか。なるほど、納得した!

 

「それ、本当に凄い剣なんですね。でも、私には効かないと思うんですけど」

「なんで!? まさか耐性のある幽霊!? そんな、じゃあ私はどうしたら!? ……お、おしまいだぁ。今日は厄日だったんだ」

 

 がっくりと膝を突く妖夢。意気消沈したベジータみたいだった。本当にリアクションが面白い人だ。なんとなく私と似た臭いを感じる。そう、いわゆるヘタレ臭。勝手に感じているだけなので、本人には伝えない方が良いだろう。ショック死してしまうかも。

 

「すいません。私、まだ生きているんですけど」

「ご、後生ですからせめて痛くないように――って、ええ?」

「初めまして。私は風見燐香といいます。あ、お怪我をしてるみたいですね。ちょっと待ってください」

 

 リュックから塗り薬を取り出す。これは太陽の畑で取れた薬草をもとに勝手に作った軟膏だ。毎日傷だらけの私には必須である。臭いは、うん。諦めてもらおう。

 

「し、染みる! ま、まさか毒薬!?」

「これは傷薬ですよ。治りが早くなります」

「そ、そうなの? ――って、生きてるってことは、貴方、お化けじゃないの?」

「はい。全然違いますよ」

 

 私がそう言いきると、妖夢は一度咳払いして、身なりを正す。いまさら取り繕っても無駄だと思うけど、まだ突っ込まない。後でのお楽しみに残しておこう。

 

「そ、それはごご丁寧にありがとうございます。見知らぬ人にここまでしていただいて。いきなりお化け扱いしてしまったのに」

「いえいえ。困ったときはお互い様です」

 

 これは作戦のうち。妖夢が敗北することは分かっていた。そうしないと物語がすすまないし。あわよくば恩を売り、幽々子に取りついでもらいたいなぁという浅ましい考えである。でも、怪我している妖夢を助けたいという気持ちもある。うん。だから良いのだ。過程ではなく、大事なのは結果!

 

「私は白玉楼の庭師、魂魄妖夢と申します。あの、貴方は本当に生きているんですよね?」

 

 まだ疑わしそうな表情の妖夢。私は生きているとアピールする。足もあるし!

 

「はい。絶好調に生きてますよ」

「ど、どうやってここへ?」

「結界に穴が開いていましたから」

「あ、穴!? ……ああ、なるほど。あいつらのせいで」

 

 妖夢は納得したようにうなずいた。そして、大きく息を吐き、私を見つめてくる。

 

「見たところ子供の妖怪のようですし、うっかり迷ってしまったんですよね? お礼といってはなんですが、あちらまでお送りしますよ。それで、さっきのことはなかったことに」

 

 口止めを忘れない妖夢。意外とセコかった。

 

「それなんですが! 実はお願いが」

「お願い? まさか、口止め料を払えとかですか!? お、脅しには屈しませんよ! 私にも意地があります!」

 

 思考が飛躍する妖夢。何の意地なのかと、凄い突っ込みたい。でもまだまだ我慢。それにしても、ノリとリアクションが完璧すぎる。幽々子はさぞかしからかい甲斐があることだろう。

 

「違いますよ。そんな非道なことはしません」

「で、では、なんでしょうか?」

 

 戸惑う妖夢に、私は白い封筒を差し出すのだった。

 

「これを受け取ってください」

「……封筒? なになにって、ぼ、亡命届け!?」

「どうぞよしなに!」

 

 ついでに即効で土下座。額を地面につけ、誠意を見せる。焼き土下座でも今なら3秒くらいは我慢しちゃう。誠意とはそれほど重いものなのだ!

 

「いきなり何をしてるんですか! いいからまずは立って下さい! こ、子供にそんなことさせてるのを見られたら、私の立場が――」

「何卒よしなに! どうか、この通りです!」

 

 私は額を地面に何度もつける。ご隠居に印籠を見せられた悪徳商人のように。

 なんだか周りが騒がしくなってきた。亡霊達が妖夢と私を円でとりかこみ、ひそひそと話し出す。何を言っているかはさっぱり分からない。人間の言葉ではなく、雑音にしか聞こえない言語で話しているから。だが、なんとなく妖夢に視線が集中しているのは分かる。

 

「わ、分かったから。と、とにかくここを離れましょう。負けた腹いせに、子供を虐めているようにしか見えないんですよ! さぁ、お願いだから立って!」

 

 私の手を掴みあげると、妖夢は亡霊たちに「違いますから! 私はなにもしてません!」と良く分からない言い訳をし、大地を勢い良く蹴った。何故か私はお姫様だっこをされている。緑の勇者は魂魄妖夢。なんだか凄い格好いい。顔はなんだか汚れているし、目はぐるぐると大混乱状態だけど。

 

 

 

 

 

 

 白玉楼に向かっている間に、私は大体の事情を妖夢に説明していた。お姫様だっこはすでに終了している。あれはこちらも恥ずかしい。双方にダメージが残ることは控えるべきである。

 

「……なるほど。親の凄絶な虐めから逃れる為に、わざわざ冥界に。それで、ここに住み込みで働きたいと」

「そうなんです」

「うーん。決めるのは幽々子様だけど、多分、難しいんじゃないかなぁ」

「な、何故です?」

「だって、ここは死者しかいませんから。私も半分は幽霊ですし」

「幽霊なのに、お化けは怖いんですか?」

 

 私のツッコミに、ぐぬっと顔を歪める妖夢。

 

「さ、さっきのは何かの間違いです。姿を消した相手に声を掛けられたら誰でも驚くし。べ、別にお化けなんてこわくねーし!」

 

 なんだか最後は子供みたいな口調になっていた。やばい。妖夢はとても面白い。弄り甲斐がありすぎる。でもやりすぎると怒らせてしまうのでここはグッと我慢だ。でもそろそろ突っ込みたい!

 

「とりあえず、ものは試しといいますし。なんとか西行寺幽々子様にお取次ぎを。あれでしたら、また土下座してもいいです。何度でもやります!」

「それはもういいから! 勘違いされちゃうので止めて! ほら、また集まってきた! 貴方達、なんで今日はそんなについてくるのよ! いつもはフラフラ浮いてるだけなのにッ!」

 

 空中で土下座しようとすると、妖夢がまた慌てふためく。そして、あっと言う間に集まってくる亡霊たち。先ほどからつけてきていたのだろうか。もしそうならば、死んでいるのにツッコミ能力に長けている。来世では是非笑いの道を究めてもらいたい。

 私がうんうんと頷いていると、亡霊達がなんだかくねくねと静かに動いている。なんだか、悲しんでいるような印象を受ける。亡霊語は分からないので、私には全く理解できなかった。『OOoOOoo』みたいな意味不明語。理解するにはスキルが全然足りない。

 

「幽々子様に取り次いであげますから、もうやめてくださいね? なんだか亡霊たちも騒がしいし。あ、というか早く戻らないと! あいつら幽々子様に失礼な事するに決まってる!」

 

 妖夢は私の手を握ると「全力で行きます」と言って猛烈な速度で飛び始めた。私は風圧に押されて口をパクパクさせることしかできない。春の生暖かい風を浴びながら目を開くと、巨大な庭園のある大きな建物、白玉楼が見えてきた。

 ここは他よりも桜の木々が密集しており、そのどれもが見事なまでに満開だ。これは凄い。

 

 ――そして、一際異様さを放つ桜の木がある。多くの人間の精気を吸ってきたいわくつきの桜、西行妖だ。

 

 その木の上で、霊夢と幽々子が弾幕ごっこを繰り広げていた。ここまで来たということは、異変解決はもう目前である。それを物語るかのように、両者の弾幕は苛烈さを極めている。霊夢の御札が幽々子に殺到すれば、それを相殺すべく蝶型弾幕が華麗に羽ばたき霊力弾を掻き消していく。

 白玉楼の庭で座り込む魔理沙に咲夜も、それに見とれるかのように空を見上げていた。

 

「あー、遅かったか!」

 

 妖夢が顔を顰めている。だが、その目は弾幕勝負にすでに惹かれているというのが見てとれる。

 本当は私もそれに混ざり、勝負の行方を眺めていたい。目的の一つ、冥界への到達を成し遂げたのだから、幽々子にお願いするまでは弾幕勝負を眺めていても良いはずだ。二度とないこの名勝負を、脳裏に刻み込みたい。

 

「…………」

 

 だが、私は彼女たちではなく、西行妖が気になって仕方がなかった。あれは、今何分咲きなのだろう。満開になれば、幽々子は復活し、そして死ぬ。だから、満開ではない。だが、どうみても八分咲きとは思えない。もう、完全な姿になる直前ではないのか? 分からない。だが、本当に危なかったら八雲紫がでてくるはず。いや、それとも冬眠しているのか? 監視を任せられているだろう八雲藍たちで、この危険を察知できるのか? 分からない。

 

「……やっぱり博麗の巫女は強いな。だけど、幽々子様が最後は勝つ。だって、今年こそは満開が見たいって言っておられたし。絶対に幽々子様が勝つ!」

 

 妖夢が何かを言っているが、私の耳には届かない。西行妖の様子がやっぱりおかしい。なんだか、黒い靄がでているし。禍々しい何かが意志をもって、“その時”に備えて力を凝縮しているような気がする。妖夢には、あれが見えないのだろうか。

 

「……妖夢さん。あの大きな桜、なんだかおかしくありません?」

「ええ、もう少しで満開になりそうでしょう? そのために幽々子様は春を集めておられたの。良く分からない封印がされているみたいで、一度も満開になった姿を見た事がないって。満開にすると何かが起こるって仰ってたわ」

「……えっと、そうじゃなくて。木の周りに、何か、黒い靄みたいなのが見えませんか?」

「も、靄? いや、私には何も見えないけど。それより、幽々子様を応援した方が良いですよ。満開になって機嫌がよくなれば、きっと貴方のお願いも聞いてくれます。さぁ、私と一緒に全力で応援しましょう!」

 

 そういうと、妖夢は幽々子の応援をするために少し前に出て、大声を張り上げ始めた。意外と熱血系らしい。

 

 私は、再び西行妖へ視線を向ける。黒い靄はいよいよもって濃さを増している。その靄は徐々に形を作り始める。あれは、黒い蝶だ。靄は数え切れないほどの黒い蝶に変化している。そして、その殺意は、霊夢、あるいは幽々子へと向けられている。その両者を飲み込む為に、ひたすらに力を蓄えている。――なんなのだ、あれは。

 

 どうする? こんな場面、東方妖々夢にはなかったじゃないか。幽々子が撃破され、反魂の術は失敗して異変は終わるはず。そして花見で一杯が定番の流れだろう。でも、あの西行妖の状態は明らかにおかしい。放っておけば、確実にあの黒き蝶は放たれる。するとどうなるんだろう。簡単なことだ。物語が崩壊する。

 

「…………!」

 

 そうか。そういうことか。なんだか分かった気がする。私はそのためにここにいるんだ。アレは私と似た属性のはず。いくら妖力があっても所詮は桜の木。ということは、草属性だ。私と同じ存在。ならば、私への効果はいまいちだろう。少なくとも、人間よりかはダメージは少ない。

 

「よし」

「ちょっと燐香! さっきからなにを黙っているんです。亡命したいなら幽々子様に聞こえるくらいに応援して!」

「ごめんなさい妖夢さん。私、ちょっといってきますね」

「い、行くって、どこに? ――って、ちょっと! どこに行くの!?」

 

 止めようとする妖夢の手を強く払いのけ、私は西行妖へ一直線に飛び込んでいく。下で見ていた魔理沙と咲夜が気付いたらしく、空気を読まない乱入者を止めようと大声を張り上げる。

 霊夢と幽々子も、一瞬だけこちらへと視線を向けてくる。幽々子は怪訝そうに、霊夢は怒気を露わにしている。だが、私の目的はそこじゃない。その下方、西行妖と霊夢たちとの間に入り込むことだ。どうだ、間に合うか。

 

「――糞チビがッ! リベンジは受けるっていったけど、勝負の邪魔は許さないわよ! ひっこんでなさいッ!」

「あの子、貴方の知り合いかしら?」

「五月蝿いわ! 今すぐに追い払うから――」

 

 本当にうるさい人間だ。そのまま死ねばいいのに。むしろこの手で殺してやりたい。

西行妖の異変にも気付かないくせに。いや、人間だから気付かないのか。あの黒い靄は妖力じゃない。霊力でも魔力でも神力でもない。私たちに似た存在。だからだ。人間は、気付く事が出来ない。気付こうともしない。畜生ッ!

 

 私たちを構成する何かが、警告通りに足を止めてしまえと誘いをかけてくる。だが駄目だ。逆に考えようよ。私は霊夢を助けるわけじゃない。私は私のためにそこに行くだけ。庇うことによって、博麗の巫女は私への敵視を和らげ、幽々子は少し興味をもってくれるかもしれない。そしてこの異変は無事解決し、幻想郷には春が訪れる。私はここにいることができる。

 そう、全ては計算どおり。私の計画は何から何まで完璧だ。全くもって問題なし。

 

「――ッ!!」

 

 ――西行妖が黒死蝶の弾幕を放った。だが蝶の華麗な印象は全くない。これはまるで黒い蝗の群れだ。美しいとはとても思えない。飛翔する死の弾幕が一直線で飛び立っていく。ようやく異常を察知したのか、霊夢は目を見開く。幽々子もだ。もう回避には間に合うまい。多少は逃げられたところで、この蝗は明確な意志を持っている。無駄なことだ。

 

「なんなのよこれはッ! 西行寺幽々子、アンタ一体何をしたの!?」

「これは、この力は――」

 

 私は余裕を持って射線上に立ちはだかると、両手を広げて妖結界を構築する。正直疲れているが、出し惜しみしている場合ではない。全力全開でいく。そうしなければ、絶対に無理だ。

 

「ぐッ!! ぐあああああああッ!!」

 

 黒死蝶の群れは、私の結界に当り派手に音を立てて飛散していく。何匹も何匹も何匹も何匹も千切れ飛んでいく。同時に結界にもひびが入り始める。一筋の罅は徐々に隙間を広げていく。私の軟弱な結界では当然受け止められない。それも想定済みだ。私の計画は完璧なのだ。

 

「贄符『彼岸花』」

 

 とっておきな切り札こそ、シンプルな名前が良い。そう思う。

 黒蝶弾幕が私の腹部を貫いた。服に穴が開いてしまった。赤い血飛沫が周囲に舞い広がる。それを能力を用いて彼岸花に全て変化。黒死蝶の群れを遮るように一斉に展開した。これで私の先へいくことはできない。お前達はここで行き止まりだ。

 

 しかし、霊夢たちを庇う事には成功したが、私の方は散々である。蝶の群れが私の体を喰らっていく。こいつらは私と同じだから、喰らい尽くすことはできない。人間や妖怪は殺せるだろうが、私たちは殺せない。だが物理的なダメージがひどい。

 腹に開いた穴は凄く痛いし、血がでるし、なんだか目は霞むし、私たちを構成する何かが曖昧になっているし。とてもじゃないが再生が追いつかない。ああ、内臓もやられている。これは多分致命傷だ。畜生が。

 

 それもこれも全てアイツのせい。……あれ、誰のせいだっけか。なんだか良く分からなくなってきた。まぁもうどうでもいいか。自分が自分でなくなれば、もう何も考えなくても済む。それでいい。私は楽になれる。そう思い込まないと、あんまりであろう。

 そもそも、霊夢を庇ったことは、私としてはありえないこと。あってはならないこと。だが、その先を考えろと言うのだ。予期せぬ霊夢の死は幻想郷に危機をもたらす。アリスやルーミアやフランを助けたと考えれば良い。それならば納得できる。私達も納得してくれるだろう。最後の我が儘ぐらい聞いてほしい。

 

「これは、おまけ」

 

 痛みで叫びたくなる気持ちを必死に堪え、私は最後の妖力を振り絞り、紅い彼岸花を空中に大量に満開にしてやった。夜空に咲いた花火みたいでとても綺麗だった。なんだか自分たちの価値を示せたようで嬉しかった。ならばこれでよしとしよう。後は、全てを抱えたまま落ちるのみ。

 

「――これで、私は。私達は」

 

 ようやく黒死蝶が途切れた。九分九厘咲きかな? ざまぁみろ。お前の暴走も私たちの悪夢もこれでおしまい。物語は全て正常にもどる。全てが完璧だ。イレギュラーは、イレギュラー同士相殺されなければならない。私もこれで終わりになる。もう疲れなくて済む。楽になれる。早く楽になりたい。

 私はニヤリと笑ってやった後、大きく息を吐いてから目を閉じた。もう欠片も力は残っていない。私の意識と身体は、下へ下へと落ちて行った。

 

 

『――燐香ッ!!』

 

 

 誰の声だろう。聞き覚えのある人達の声が微かに聞こえた気がする。目をちょっとだけ開けたが、舞い散る花びらしか見えない。世界が滲んで歪んでいく。今まで関わった人妖たちの顔が次々に浮かんでは消える。辛い思い出ばかりだけど、最後の方は楽しい思い出ばかり。一番最後がアリスの顔だったら、私は気分良くいけると思った。だが、最後に浮かんだのは、よりにもよって、憎むべきあの女の顔であった。

 ――ああ、畜生。私は本当についてない。

 





……ターンエンド。
あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

私は歪んだ人や、へこんでる人を書くのが大好きです。シリアスが得意です。
でも本当はほのぼのやギャグコメディも好きです。書くのは苦手だけど。


幻想人形演舞ユメノカケラが届いたので、プレイしちゃいます。
私の相棒は幽香さんです。当たり前だった。


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第三十七話 桜モラトリアム

 頬に心地よい風を感じたので、私は目を覚ます。頭は少し重い。ぼんやりと周囲を見回す。

 なんだか、見覚えのない部屋だ。綺麗な花が活けてあったり、高そうな謎の掛け軸や、謎の壺が惜しげもなく飾ってある和風の部屋。

 襖や障子なんて、幻想郷で初めて見た。ここはいったいどこなんだろう。というか、畳の上の布団で寝るというのは、実は初めてである。うん、和風も意外と悪くない。死ぬなら畳の上が良いと言った人の気持ちも分かるというもの。

 

「――あっ!! お、起きた!? 身体は、大丈夫なんですか?」

「よ、妖夢さん? ここはどこなんです?」

「いいから、とにかく寝ていてください! すぐに人を呼んできます!」

 

 近くにいたらしい妖夢が、大声を上げて部屋から出て行った。それを見届けた後、私は両手を上げて身体を伸ばす。なんだか凄い身体が固い。凄い凝り固まっている気がする。

 

「うーん」

 

 妖夢がいるということは、ここは白玉楼か。つまり、私は死んだみたいだ。特に驚く事はない。あの西行妖の一撃は、本当に強力で凄まじかった。

 記憶が確かなら、私は腹部を蝶弾幕に貫かれて、致命傷を受けた。身体はぐちゃぐちゃで生きていられる訳がない。なにせ、肉体の再生が追いつかなかったのだから。

 それがこうしてピンピンしているということは、そういうことだ。私は魂だけの存在になったのだ。姿がこのままであるのは、幽々子のちょっとした情けだろうか。暫くしたら形のない霊魂に変化させられるはず。まぁ、仕方がない。

 ちょっと惜しい気もするが、霊魂になれば冥界にいることくらいは見逃してくれるだろう。ある意味ではハッピーエンドだ。前向きに考えて、私は障子を開けてみる。

 

「わぁ。落ち着いて見ると、本当に凄い。全部桜だ」

 

 思わず声がでるくらいに、桜が満開。一面にずらーっと見事に咲き誇っている。まぁ、ずっと春を溜め込んでいたのだから、当然ではあるが。お花見とかこれからやるんだろうか。できたら私も参加したいなぁ。

 大欠伸をしながら、ぼけーっと縁側に座る。良く見ると私の服は白色の寝巻きだった。凄い肌触りが良いし、きっと高いのだろう。汚したら弁償だろうか。でもお金なんて持ってないし。私の赤い髪がこれにくっついたりしたら、なんだか血飛沫に見えるかも。

 

 血飛沫といえば、私は自分の血からも彼岸花を作れることに初めて気付いた。あの時は勢いでやっていたけど、今思うと不思議である。私はあんな技知らないし、練習した事もない。どういうことだったんだろう。

 ……まぁもう亡霊になったからどうでもいいや。このままここで何も考えずに、だらだらと――。

 

「もう、寝ていろって言ったのに! ほら、こっちに来て! 貴方は絶対安静なんですよ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。別に大丈夫ですよ。私は死んでるんですから」

「は、はぁっ!?」

「あの一撃は、そんなに生易しいものじゃなかったですし。気を遣っていただけるのは嬉しいですけど、私のことは私が一番分かっています。はい、私は見事に死にました!」

 

 胸を張る。まぁ、これぐらいは良いだろう。主人公を庇っての名誉の戦死だ! なかったことにされちゃうかもしれないけど、まぁそれはそれで。巫女が妖怪に庇われるなんて世間にだせないよね。うん。

 

「ちょ、ちょっと待って。だから――」

「いいんですよ。でも、もう過ぎたことだから前向きにいかないと。過去を振り返っていてはいけません! こういうときこそ、前向きです! レッツ、ポジティプシンキング!」

 

 私が拳を振るって力説したところ、妖夢の後ろにいた人が前へと進みでてくる。ここにいるはずのない私の一番大好きな人、アリス・マーガトロイドだ。……あれ、なんでいるんだろう。ああ、霊夢たちと宴会かな? あれ、でもいつの間に仲良くなったんだろう。ま、まぁ、喧嘩の後はノーサイド! そういうことで良いよね。

 良く分からないと、ぼけーと悩んでいると、今までで一番無表情に見えるアリスが私の前に立っていた。

 

「……燐香」

「げ、ア、アリス?」

「貴方、身体は大丈夫なの?」

「は、はい」

「おかしなところはない? 細かいことでも構わないから、隠さずに全部教えなさい」

 

 棘が含まれた命令口調のアリス。とてもじゃないが、逆らえそうにない。私は素直に全部ペラペラと喋ることにした。

 

「えっと、ちょっと頭が重いのと、身体が固いぐらいです。他は別にいつも通りです。多分、亡霊になったばかりだからだと思います」

「……亡霊。もしかして、それが貴方の目的だったの? こうなることが、全部分かっていて、貴方は、ここへ来たの?」

 

 一語一句、なんだか噛み締めるようにアリスが言葉を吐き出している。怒られるのは覚悟の上だったけど、やっぱりちょっと怖いかもしれない。どうしよう。なんとか怒りを抑えるように小粋なトークをしなければ。

 

「た、多少のイレギュラーはありましたけど、ちゃんと相殺できましたよ。異変も無事解決できたからいいじゃないですか。まぁ、終わりよければ全て良しということで。後はここでのんびりと余生? みたいなのを過ごしていけたら良いなぁ、なんて。あ、もう死んでるんですけどね。あ、あはは!」

 

 だんだんアリスの顔が険しくなっているような。角度が上がってきてる。やばい。マジで怖い。私はちょっと目を逸らす。妖夢と目が遭うと、違う違うと一生懸命首を横に振っている。生憎、意味が良く分からない。

 と、先ほどから黙って聞いていた幽々子が、会話に割り込んできた。

 

「初めまして、元気なお嬢さん。私はここ白玉楼の主、西行寺幽々子と申します。貴方には、色々とお礼や謝罪をしなくてはいけないのでしょうけど、まず最初に一つだけ。……貴方、まだ生きてるわよ」

「――ええっ!? そ、そんな馬鹿な」

「嘘じゃないわよ、燐香ちゃん。貴方は間違いなく生きている。この私が言うのだから間違いない。……一週間、意識がなかったけれどね」

 

 西行寺幽々子がニコリと微笑む。そのタイミングで、花びらがひらりと舞う。おお、なんだか後光が見える! 流石カリスマは違う。立っているだけなのに、絵になってしまうのだから。私も見習いたいものだ。

 しかし、一週間も生死の境を彷徨っていたとは。しかも生きてるなんて。どうせ苦しむのなら、そちらに傾いてしまえばよかったのに。

 だって亡霊の方が便利そうだし。ほら、蘇我屠自古さんも便利だって言ってたもの。そんなことを考えていたら、アリスが私の肩を、強く掴んできた。本当に凄い力だ。なんか、痕が残っちゃいそうなぐらい。

 

「身体は問題ないのね? 大丈夫なのね?」

「え、ええ、全然大丈夫です」

「本当に?」

「本当の本当です」

「……そう。なら遠慮なくいくわ」

 

 アリスの問いに全力で頷くと、閃光の如き何かが走った。続いて頬に痛みを感じる。

 どうやら私は叩かれてしまったようだ。幽香の拳と違い、そんなに痛くはないけど別のところが痛かった。叩いたアリスの方が辛そうな顔をしているし。

 

「あ、あの」

「本当に、本当に無事で良かった……!」

「ごめんなさい」

「うるさい、この馬鹿がっ!! 私が、どれだけ心配したと!」

 

 アリスに全力で抱きしめられた。こんなことをされるのは多分初めてなので、少し嬉しかった。アリスの頬を水が伝っていたので、袖で拭っておく。完璧なアリスにそういうのは似合わない。私の視界も滲んでいた気がするけど、それもバレないうちに拭いておく。

 数分後、アリスが私の体を離す。そして、問いかけてくる。

 

「こんな馬鹿な事をして、貴方は一体何を考えているの?」

「ごめんなさい。反省してます」

「絶対に許さないわ。嘘をつき、あんな身代わりまで使って私を騙そうとした。死体に擬態させるなんて、悪趣味にも程があるわ。その挙句に遺書まで書き残して。私の夢が叶うことをお祈りしているですって? 自殺するような馬鹿に祈ってもらっても全然嬉しくないのよ!」

 

 死体っぽいのは私のせいじゃない。そう見えなくもないというか、死体そのものだったけど。後、あれは遺書じゃなく、手紙だったのだが、よく考えるとそう取れなくもないかもしれない。でも嘘は書いていなかったはずだ。だから、謝る必要は感じない。けど、謝っておこう。心配をかけてしまったようだし。

 

「本当にごめんなさい。心の底から反省してます」

 

 反省だけなら猿でもできる。でも私は反省している。本当の本当に。

 ここまでアリスに迷惑と心配を掛けるとは思わなかった。そのことだけはしっかりと謝らなければならない。

 

「だから許さないと言っているのよ。貴方が意識を失っている間、私達がどれだけ心配したと思っているの? これから半日かけて、その能天気な頭に説教してあげる。私が嫌になるまで徹底的にね! 覚悟しなさいッ!」

「そ、そんなぁ」

 

 上海、蓬莱だけではなく全ての人形が私を押さえつけ、布団の上にと強制連行。そのまま正座させられると、アリスが居丈高に座り込む。

 

「よ、妖夢さん。た、助けてください。せ、説教は苦手なんです。このままだと成仏しちゃいます」

「成仏って大げさな。幽々子様を助けていただいたし、本当はそうしてあげたいんだけど――」

「妖夢、絶対に邪魔をしないで。この子には言っても無駄かもしれないけど、言わずにはおれないの。だから徹底的にやる。少しでも戒めることができるようにね」

 

 アリスがキッと私、そして妖夢を睨みつける。妖夢は慌てて手を振り、絶対に邪魔しませんアピールをしている。

 

「余計な手出しをしては駄目よ妖夢。こういうときは邪魔をしてはいけないの。とりあえず、ここは退散しましょう。燐香ちゃん、夜になったら、ゆっくりと話しましょうね」

 

 幽々子がそう言って退出すると、妖夢もその後に続いて行く。

 部屋には超怒っているアリスと、人形に拘束されている私だけが残された。

 

「あ、あはは」

「何かおかしなことでもあった? 良く笑っていられるわね」

「い、いやぁ。良い天気だなぁって。あ、良かったら花見でもしませんか? 湿っぽい話はなしにして!」

「……私は色々な感情がごちゃごちゃで、もう二、三発叩きたくなってきたわ。全力でね。ねぇ、やったほうがいいかしら?」

 

 アリスの目が据わっていた。反論したら、多分平手打ちが飛んでくる。幽香より痛くないけど、私の心へのダメージが大きいのだ。つまり、遠慮しておきたい。

 

「そ、それはもういらないです」

「そう? それじゃあ、一つずつ確認するけれど。亡命届けやら、あんな身代わりの術まで用意していたということは、前もって計画していたということで良いかしら」

「はい。間違いありません。全ては私の計画通り――って痛ッ!」

 

 某汎用人型決戦兵器の司令みたいに、ちょっと格好つけてみた。そうしたら上海人形から強烈なチョップを頂いた。正直に答えても許されないときはあるものである。

 

「あの桜――西行妖が、暴走することも知っていたの?」

「それは知りませんでした。けれど誤差の範囲内です。全く問題ありません。むしろ、計画の実現には丁度良いかなとは思いました」

「……どういうこと?」

「私はただ、冥界においてもらえれば良かったんです。だから、幽々子さんに恩を売る為にやりました。ここは霊魂が留まれる場所です。私の生死なんて別にどうでも良かったんです。どっちでも同じ――」

 

 また叩かれました。今度は平手打ち。さっきよりは加減されていたが、精神的ダメージが大きい。

 

「……貴方がここまで馬鹿だったとは予想以上よ。本当に、どうしたらよいのかしら」

「諦めると言うのはどうでしょう? な、なんちゃって。あ、あはは」

 

 私だけの乾いた笑いが響いた。ボケは不発に終わってしまった。残念! ルーミアがいれば突っ込んでくれただろうに。

 

「……先に言っておくけど、長くなるわよ」

 

 呆れを通り越して、私は嫌われてしまったようだ。いずれこうなる予定だったので仕方がない。最後の授業と言う事で、甘んじて受け入れよう。

 

「で、できれば、お手柔らかに」

「それは無理ね」

 

 

 

 アリスの詰問と説教は本当に夜まで続いた。夜桜が綺麗だなぁと思って視線を逸らしたら、怒鳴られた。トイレにいきたいと言ったら漏らしていいといわれた。他人の家で粗相はまずいと言ったら、うるさいと怒られた。竹中半兵衛もびっくりである。

 アリスは怒ると本当に怖いことが分かった。しかも間違っていることを言わない。全部正論なので私は頷く事しか出来ない。最後は涙と鼻水を流すという失態を演じて、私はひたすら謝り続けるのであった。アリスも少し目が赤かった。多分疲れで充血しているのだろう。

 

「そ、そろそろご勘弁を。あ、足が痺れて」

「貴方は、自棄にならないという私との約束を破った」

「や、自棄になってないので、セーフかと思っちゃいました」

「また延長したいの?」

「い、いいえ」

 

 私の余計な一言のせいで、既に二回延長がはいっている。私は本当に学習能力がない。というより、お説教のせいで頭が沸騰寸前である。

 

「今回の件で、貴方は約束を守る事ができないということが分かった。たとえ、もう一度約束させても、面従腹背で受け流すのでしょう。よって、幽香と同じ方針を取る」

「ま、まさか、暴力主義ですか? しゅ、修羅の世界は許してください」

「違うわ。私といるときは、極力目を離さないということよ」

 

 人形がぷかぷかと浮き出す。監視役ということだろうか。可愛いから別にいいけれど、アリスは大変だろう。

 

「別にそこまで手間をかけなくても。それに、これでお別れなんじゃ」

「また叩かれたいみたいね。遠慮はいらないわ。分かるまで何度でもやってあげる」

「ご、ごめんなさい。もう十分です」

 

 私がもう一度平伏すると、アリスはようやく無表情から穏やかなものへと戻った。アリスは、怒った顔よりも、無表情の方が怖いことが今わかった。あの冷徹な視線で射抜かれると、私は身体が竦んでしまう。

 

「それと、今日から一週間は私の家で寝泊りしてもらうから」

「え、でもお母様は?」

「……色々と事情があるのよ。いつか説明できる日も来ると思うけど」

 

 よく分からないけど、あの黒い家に帰らなくて良いらしい。これは不幸中の幸いだ。冥界亡命計画は頓挫したけど、アリスの家へのお泊り計画が発動した。やったね。

 嫌なことは後回し。夏休みの宿題は最後の最後まで延ばすのが私! 今を楽しむのが一番である。

 全力で喜ぶ私の顔を見て、アリスは複雑そうに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

「お姉さんのお説教はどうだったかしら?」

 

 幽々子が入ってくると、アリスは一旦席を外すと言って出て行ってしまった。だが人形はおきっぱなし。私の監視は始まっているようだ。当分は悪戯やこういった計画は実行できないだろう。身からでた錆びである。

 

「精神だけじゃなく腰にもきました。足は痺れすぎて、感覚がおかしいです」

「それだけ想われている証拠でしょう。どうでも良かったら、余計な時間を取る事はしないわ。私たち妖怪は特にそれが顕著よ。どうでもいいものには、見向きもしないもの」

「…………」

 

 そうなのだろうか。そうかもしれない。しかし私が愛されるというのはおかしいことである。私たちはそういう存在にはなれない。

 

「ところで、冥界に住みたいということらしいけど」

「あ、いいんですか!?」

「残念だけど、あの亡命届け、豪快に燃やされちゃったのよ。ちょっと前に貴方のお母様にね。別に私は構わないと言ったんだけど」

 

 楽しそうに語る幽々子。私は全然楽しくない。全てバレてしまったということは、私は恐ろしいことになる。

 というか、幽香は先ほどまでここにいたの? なんで? よくトドメを刺されなかったものだ。一体なにがあったのだろう。

 

「な、なんでここにお母様が?」

「さぁ。それは自分たちで考えなさいな。まぁ、貴方からすれば不思議よね。ありえないことだもの」

「…………」

 

 考え込む私。やっぱりよく分からない。あ、私の死ぬところを見て笑いたかったからとか? 死骸を肥料にしてやるとか言ってたし。想像すると実に恐ろしい。

 一つわかるのは、私は幽香への憎しみや怒りを再認識できるようになったということ。ぼやけていたのが、再び明確な形を持った。なんだか元気が出てきた。やはりアレを徹底的に叩き潰さなくては、私の幸福はやってこない。いつか絶対に殺してやる。よし、元気一杯だ!

 

「……本当に歪だけど、羨ましくもあるわね」

「何がです?」

「いえ、こちらの話よ。……そうそう、一番大事なことを言うのを忘れていたわ。話が逸れるのは、悪い癖ね」

 

 幽々子が軽く溜息を吐く。なんだか演劇の一場面みたいだった。

 

「は、はい」

「今回の異変で、貴方に多大な迷惑を掛けた事を謝りたいの。本当にごめんなさい。しかもこんな子供に庇ってもらったなんて、恥ずかしくて思わず成仏しちゃいそうなのよ」

 

 幽々子がこちらを向いて、深々と頭を下げてきた。私はあたふたして、頭をあげてくださいとお願いする。こんなカリスマ抜群の人に謝られても困ってしまうのだ。

 

「わ、私が勝手にやったことなので、どうかお気になさらず。幽々子さんに恩を売りたかったという、下衆な考えもありましたし。あはは」

「それでも私は感謝しているの。だから、貴方が困ったとき、私は必ず力を貸してあげる。私ができることならなんでもね」

「じゃ、じゃあ!」

 

 ここに住まわせてくださいと言おうとしたら、先に釘を刺される。

 

「ただし、今は冥界への亡命は諦めなさい。あの光景を見た後では、とても引き離すようなことはできない。……ただ、貴方が真剣に考えて考えて考えぬいた結果、それでも答えが変わらないなら受け入れる。誰がなんと言おうとね。貴方には、その資格もある」

「あ、ありがとうございます!」

 

 資格というのがなんのことかは分からない。だが、幽々子が真剣にそう言って来たので、私は思わず緊張しながら頷いてしまった。それを見ると、幽々子は柔和に微笑んだ。

 

「ふふ、別に深く考えなくていいのよ。慌てずにゆっくり答えを出しなさい。私達のような存在だけに許された特権だもの。そして、美味しいお茶とお菓子を飲めるのも特権の一つね」

 

 幽々子が声をかけると、お盆にお茶とお菓子を乗せた妖夢が現れた。そしてアリスも。さっきより目が赤くなっている気がする。あれだけお説教すれば疲れるのも当たり前だ。よって、私は慰めてあげる事にした。

 

「大丈夫ですか、アリス。元気出してください」

「それはこっちのセリフよ。こんなに感情が揺れ動いたのは久々で。ごめんなさい、私は上手く制御できないでいる。魔法使いとしては失格ね。そんなことだから、病み上がりの貴方に――」

「と、とにかくお茶をどうぞ」

 

 私はアリスにお茶を差し出した。多分10年程度しか生きていない私には、これぐらいしかできないのだ。

 

「夜桜を見ながらお茶というのも乙なものよねぇ。そうじゃなくて? 妖夢」

「は、はぁ。私には良く分かりません。ここの桜はもう見慣れていますので。特に感慨というのはないですね」

「……貴方は本当に仕方ないわねぇ。そういうときは、嘘でも頷いておきなさいな。風情というものを覚えないと、庭師失格よ」

「そ、そんな! えっと、凄い綺麗ですよね、幽々子様! はい、私もそう思います!」

「まだまだ修行が足りないみたいね」

「そ、そんなぁ」

 

 そんな感じで、後は和やかに時間は過ぎて行った。お茶タイムが終わった後、私はアリスに手を握られて、冥界を後にする。遊びに来るのはいつでも大歓迎だと幽々子が言ってくれたのは嬉しかった。アリスは二度と来させないと、なんだか怒っていたが。

 

 私は色々と迷惑をかけてしまったお礼として、白玉楼に彼岸花をちょっとだけ咲かせておいた。妖夢がなんだか困った顔をしていたのが面白かった。世話をするものが増えれば仕事が増えるからだろう。

 ……霊夢たちは、ここで異変解決の宴会をしたのだろうか。それはどんなに賑やかで眩しいのだろう。羨ましいな。

 私もいつかここの宴会に参加できるだろうか。分からない。多分無理だろう。

 

「燐香、どうかしたの? どこか痛いのなら、直ぐに言いなさい」

「いえ。なんでもありません。ただ、桜が綺麗だなって」

「……そうね。確かにそうかもしれない」

「元気を出してくださいアリス。顔がいつもより固いですよ」

「貴方が言う言葉ではないわね。……さっきお説教はしたから、もう言わないけど。ただ、お願いだから二度とこんなことをしないで」

「分かりました」

「…………はぁ」

 

 溜息を吐くアリス。やっぱり疲れているみたいだった。

 私は一つ嘘をついた。私たちはそのうち同じような事をするような気がする。私はしないつもりだけど。考えた末なら幽々子も受け入れてくれると言っていたし。でも、先のことは分からない。原作通りになんて進まないことも分かってしまった。だから、分かったつもりになってみた。

 

 一番の問題は、今回のことは幽香の耳に確実に入っているということ。今は見逃されたみたいだが、果たして、私は生き延びる事ができるのか。もう嫌な予感しかしない。

 

 いずれにせよ、当分はアリスのいう事を聞いて大人しくしておこう。元気のないアリスを見るのは、ひどく心が痛むから。

 




次で春雪編は終了です。
そこでちょっと休憩します。疲れたー!


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第三十八話 焼け落ちていく夢の中で

 アリスたちが去った白玉楼。西行寺幽々子と八雲紫は縁側で桜を楽しみながら酒を酌み交わしていた。

 

「これにて異変も無事解決。藍に叩き起こされたときは寿命が縮むかと思ったけど、終わりよければ全て良しよねぇ」

 

 紫の呑気な言葉に、幽々子は素直に頷く事ができない。

 

「…………」

「どうしたのよ幽々子。元気ないじゃない。二人っきりで飲むなんて久々なんだし、もっと楽しみましょうよ」

「……私としては、あまり楽しめるような気分じゃないのだけどね」

「あら。それはどうして?」

「あの時、西行妖は明らかに暴走していた。恐らく、狙いは私ではなかった。幻想郷、そして貴方にとって大事な存在である霊夢を殺そうとしていたのよ。それをどうして笑っていられるの。私からすれば、貴方の方が理解出来ないわ」

「それはねぇ、幽々子。――何にも起きなかったからよ。そして、これからも何も起きないの。だから後は笑うだけで、無事解決ってわけよ」

 

 紫が手を振りながらケラケラと笑う。

 

「貴方はいつでも前向きね。羨ましいわ」

「そうじゃなきゃ管理者なんて仕事は勤まらないのよ。悩もうと思えば材料は幾らでもでてくるもの。後から後から湧き水のように。……でもね、考えることを放棄したわけじゃないのよ? 手を打った後は、上手く行くことを信じるのが大事なの。人事を尽くして天命を待つってやつね」

 

 幽々子は、これは嘘だなとなんとなく思った。紫がこうして明るく振舞っているのは、全て見せかけだ。その本心は長年の友人である自分にも決して見せないだろう。誰かに弱みを見せることは、隙に繋がるから。紫は自分勝手に生きているように見えるが、そうではない。全てに対して予測を立てた上で行動しているのだ。その計算があまりにも速いから、好き勝手やっているように見えるだけ。

 

 今回幽々子が起こした春度を奪うという異変。当然紫は全て把握していたに違いない。全てを計算した上で、問題ないと判断したから眠りについたはず。

 故に、異常事態が起こったとき、紫は相当焦りを感じたはずだ。予期していないイレギュラーを紫は苦手とする。だから、先の一件が起きると、冬眠から目覚めてすぐに現れた。冥界を監視していた八雲藍に起されたのだろう。

 血相を変えて現れた紫は、動揺する霊夢に封印するよう指示を出し、自らも対処に乗り出した。とはいっても西行妖は既に力を失っていたらしく、再度の暴走はなかったが。あの一撃で力を使ってしまったのだろう。

 

「本当に怒ってないの? 私が余計な事をしなければ、まだまだ寝ていられたのに。貴方の仕事を増やしてしまったのよ?」

「あらあら、なにを言うのかと思えば。私が怒るわけないじゃない。何せただの偶然とはいえ、ようやく霊夢に名乗れたんだもの。ああ、今の私は幸せ一杯夢一杯よ。お酒が進むわぁ」

 

 そう言って、杯になみなみと酒を注いでいく。溢れても全く気にしていない。

 

「挨拶までに、随分と時間がかかったものね」

「でも結構楽しかったわ。あの子を見ていて、退屈を感じたことなんて一度もなかったもの」

 

 今まで、博麗霊夢とのやりとりは式神の八雲藍が行ってきたらしい。彼女の修行内容を考え、組み立ててきたのはすべて紫だ。それを事務的に伝えていたのが藍。言われたことを黙々と実行し、あそこまで実力をつけてきたのが霊夢。最近は修行を怠けているのが頭痛の種らしいが。

 

(自慢するだけのことはあるけれど、素直に認めるのも癪なのよねぇ。霊夢のことだと、直ぐ図に乗るから)

 

 実際に弾幕で勝負してみたが、流石に強かった。あの突き刺すような気迫は、幽々子ですら気圧されるほどだった。

 紫が気に入る理由も分かる。強烈な生命力と気力が満ち溢れていた。博麗霊夢と共に来た仲間たちもだ。紫は彼女達を気に入っているのだろう。紫は人間も妖怪も好きだから。ある意味では一番平等なのかもしれない。

 ――ただ、亡霊の幽々子には、彼女達の存在を直視するのは辛い。

 

(……私のような存在には、少し眩しすぎる)

 

 その点、妖夢は丁度良い。明るさと暗さ、甘さと厳しさを併せ持った彼女はとても可愛げがある。どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘である。少し精神が弱いところがあるが、それは愛嬌というもの。霊夢みたいになってしまっては可愛げがない。

 

「でさぁ。見た見た? 霊夢の見事な大活躍。貴方も実際に戦ったから分かってくれると思うけど! 本当に惚れ惚れするわよねぇ」

「ごめんなさいね、紫。悪いけど、惚気話は間に合ってるの。だから家に帰って自分の式神相手にやるといいわ。一週間でも一ヶ月でも遠慮なくね」

「ちょ、ちょっとぉ。いつも妖夢の成長譚を聞いてあげてるじゃない。少しくらい私の話にも付き合いなさいよ!」

「嫌よ。貴方の自慢話は本当に長くなるから」

「ひどいわねぇ。貴方といい幽香といい、長年の友の私に冷たすぎない? 紫ちゃん、いじけちゃうわ」

 

 紫が拗ねる。あまりに子供っぽいその態度に思わず吹き出す。こういうところが幽々子は好きなのだ。それを正直に言うと更に拗ねるので言わないが。

 

「……それにしても、この一週間は本当に千客万来だったわ。亡霊たちもさっきまで騒がしかったもの」

「幽々子は賑やかなのは嫌いだったかしら」

「別に嫌いじゃないわ。たまになら大歓迎よ。まぁ、次はもっと友好的にお話ししたいけれどね」

 

 幽々子は、心身共に傷ついた母親の顔を思い浮かべる。見ていてひどく哀れになる顔だった。恐らく、本人は自覚していないのだろうけれど。

 

「ああ、アイツのこと? 別に気にしないでいいわよ。あれも後に引き摺るような性格じゃないから」

「そうかしら。放つ言葉や外見ほど強くないかもしれないわよ? 彼女も女性であり母でしょう」

「アレがぁ? ないない。石を笑顔で噛み砕くようなやつよ? そもそも、あれを女と呼んで良いかすら怪しいものよ。……とはいえ、あの怪我の後だからねぇ。当分は大人しくしているでしょう。腹に穴開けられて、首掻っ切られたくせに、普通の顔して動き回れる方がおかしいのよ」

「……そうね」

 

 紫が嘆息する。幽々子もそれには同意しておく。やせ我慢もあそこまでできれば大したものだ。

 

「治療してあげようと思ったのに。余計なこと言うなって殴りかかってくるからねぇ。本当に負けず嫌いというかなんというか。素直じゃないのよね」

 

 ――風見燐香が西行妖の弾幕を受け、墜落してからのことだ。

 幽々子、対戦していた霊夢、そして観戦していた者達は燐香の元に慌てて駆け寄った。その目には既に生気がなく、顔は血色を失い蒼白になっていた。腹部に開いた空洞からは、とめどなく赤い血が流れ出る。千切れた内臓を見た霧雨魔理沙などは口元を押さえていたほど。どう見ても致命傷だった。

 

 空からは、燐香が咲かせた彼岸花の花びらが舞い散り続ける。――もう助からない。誰もがそう思った。

 何かをぶつぶつと呟くと、燐香はその目を閉じた。すると、身体が少しずつだが、薄くなり始めた。黒い靄が生じ、そして消えていく。それは、西行妖から放たれた、あの蝶の色に良く似ていた。それが霧散していくと、燐香の身体も消え始めようとしていた。まるで蒸発していくかのように。

 

(この私が、思わず見とれてしまうなんてね)

 

 幽々子たちは、それを呆然と見ていることしかできなかった。いや、幽々子はそれを見ていたいと思ってしまった。彼女たちが消え行く瞬間、それがあまりにも美しく思えて。憎しみや悲しみが、一緒に消えていくように思えて。その方が、救いになると思ってしまったのだ。

 

 そこに、花妖怪風見幽香と、魔法使いアリス・マーガトロイドが血相を変えて乗り込んできた。燐香の名前を叫びつつ。

 動揺のあまり名前を呼びつづけるアリス。それを強引に引き剥がすと、幽香はいきなり燐香の首を絞め始めたのだ。いや、押さえるなどという甘いものじゃない。あれは、絞殺しかねないほどの力が篭められていた。

 

(あれには本当に驚かされた。……もしも手を出していたら、確実に引き裂かれていたでしょうね)

 

 何をするのかと激昂するアリス、引き剥がそうと近寄る霊夢たちに、幽香は本気の殺意を向けたのだ。牙を剥き出し、顔を限界まで歪め、目には憎しみを蓄えて。「次に邪魔したら、警告なしで引き裂くわ」と極めて冷たい声で宣告してきた。

 

 幽香は首に延ばした手に更に力を加える。燐香は苦しみのあまり、目を剥いて泡を吹く。幽香は、それを待っていたとばかりに怒声を上げる。

 

「憎しみを維持しろ! 全力で私を憎め! 全ての殺意を私に向けろッ!」、と。

 

 幽香は怒鳴りながら、両手から妖力を発し始める。幽香の妖力は燐香の身体に凄まじい勢いで注がれていく。死に行く妖怪に、一時的に妖力を与えれば延命も可能かもしれない。だが、結局は無駄なのだ。一度破れた風船は絶対に治らない。それでも幽香はそれを止めようとはしない。妖力の枯渇など考える事無く、暴力的とも思えるほどの勢いで、それを流し込み続けた。

 

 ――すると。消えかけていた燐香の右手が再生し、いきなり幽香の腹部を貫いたのだ。ニヤリと顔を歪めると、鋭い牙で幽香の首筋に噛み付く。肉は裂け骨が砕かれる音が耳に入る。二人は赤く染まっていく。激しく吐血しながらも、幽香は抵抗することなくそれを受け入れ、燐香を力強く抱きしめた。そのまま抱き殺すかのように、全力で。

 

 何かを叫んでいたと思うが、幽々子には聞き取れなかった。声なき咆哮とでもいうのか。それが怒声だったか、悲鳴だったか。あの時は判断ができなかった。おそらく、他の皆もそうだっただろう。それほどまでに凄絶で鮮烈な光景だったのだ。

 

 

 

 

 その後、燐香は再び意識を失い、幽香は力を使い果たしたのかそのまま倒れこんでしまった。

 紫は霊夢以外の者たちを退避させると、西行妖の完全封印へと向かった。幽々子と妖夢は、ようやく怪我人の搬送に回ったというのが今回の顛末。

 致命傷と思われた燐香の傷は、まるで何事もなかったかのように再生していた。精神へのダメージは深刻だったようで、意識を回復したのはあれから一週間後の今日だったが。

 

 一方の幽香は、紫が提案する治療を拒み、燐香の様子を窺いながらひたすら自己再生に努めていた。肉体は傷つき、妖力は枯渇寸前だというのに、誰の力も借りようとはしなかった。幽々子は何度か事情を尋ねようとしたが、風見幽香は何も語らず黙したままだった。

 そして、燐香が目覚めたことを確認すると、アリスに何かを伝えてそのまま白玉楼を去っていってしまった。娘の顔を、僅かに眺めただけで。

 

 

「……あの二人。本当に歪な関係だけど、私は心底羨ましいと思ったの。あんなに感情をむき出しにするなんて、私には絶対に真似出来ない」

「幽々子?」

「でも同時にとても悲しいと思った。彼女の心が張り裂けんばかりの悲鳴は、私の心に深く突き刺さったわ」

 

 そう言いながら幽々子は紫から酒を注いでもらい、そのまま口をつける。いつもよりペースが速い。あれを思い出して、気分が高揚しているせいかもしれない。

 

「生憎だけど、私は全然思わないわね。そんなに殺伐とした関係はお断りよ。大体、アイツは悲鳴なんてあげてなかったでしょうに。背筋が凍るような、怒声を上げていたのは確かだけど。まさに獣の咆哮ね」

「私には彼女の声が聞こえたのよ。貴方と違って耳が良いからね」

「へぇ。いわゆる、壁に耳あり、障子にメリーというやつね」

「また馬鹿なことを。全然違うわよ」

 

 たまに真顔で冗談を言うのだが、あまり面白いとは思わない。そこが友人の大きな欠点の一つ。他にもたくさんあるが、並べたてると紫が半泣きになるのでいう事はない。喧嘩をしたとき以外はだが。

 最近の主な喧嘩の原因は、霊夢と妖夢のどっちが優れているかが拗れた場合が多い。もちろん、年季が違うので妖夢の方が優れている。将来性も勘案すると、妖夢に軍配だ。紫がなんと言おうとも、それだけは譲れないのだ。

 

「まぁいいんじゃない。幽々子がそう思うならそれで。私にはただの怒声に聞こえたってだけだもの。そう、この世の理不尽に対して怒っていたように聞こえたわね」

 

 それも間違っていないだろう。悲しみと怒り、彼女の中でどちらが強いかは分からない。しかし、誰も助けてあげることはできない。彼女達に助けを与えるという事は、死を与えるのと同義だ。だが、他にやりようがないわけではない。大きな痛みを伴うだろうが、幽々子にならできる。望むかは分からないが。

 

(本当に厄介極まりない。最悪の状況になれば、紫は確実に処置するでしょうけど。その前に、私が手を出させてもらう)

 

 紫は全てに対して寛容だが、同時に一線を超えた場合は容赦がなくなる。自分の手に負えない、或いは幻想郷に害を為すと判断した場合がそれだ。

 風見燐香を構成するもの、そして縛り付けている者、幽々子にはそれが大体分かった。時間が解決する可能性も、ゼロではない。だが、果たしてそれまで耐えられるか。燐香と幽香、どちらも限界が近づいているように見える。それがいつになるのかは、まさに神のみぞ知るというやつか。

 

「…………」

 

 本来なら彼女達がどうなろうと構わないのだが、庇われてしまったという借りがある。自分はあれを喰らっても死ぬことはなかっただろうが、借りは借りだ。利子をつけてでも返さなければならない。西行寺幽々子の誇りにかけてだ。

 

「幽々子ったら。どうしたの、いきなり黙りこんじゃって。しみじみ飲んでないで、もっと騒ぎましょうよ。これは異変解決のお祝いよ? 貴方主犯のね!」

「うるさいわね。あの子の未来に、幸がありますようにと祈っていたのよ」

「あのねぇ、幽々子。今回の元凶である西行妖に向かって祈られても、あの子は喜ばないと思うんだけど」

 

 紫が呆れ顔を浮かべる。

 

「そう、趣味が合わなくて悲しいわ。この桜には何の罪もないのに。ただ、そういう性質を持って生まれてしまっただけだというのに」

「ええ、勿論知っているわ。……私は、よく知っている」

 

 そう言いながら紫が杯に酒を注いでくれた。そして、静かに呟く。

 

「どういう結末になるかはわからないけど、選択肢はいつか提示してみようと思っているの。幽香とは長い付き合いだから。多分断られるけどね。アイツ、本当につれないのよねぇ」

「じゃあ私もそうしましょう。貴方よりはマシな選択肢を提供できそうだしね」

「あらあら、えらく目をかけるじゃない。あの歪な親子は、お姫様のお眼鏡にかなったの?」

「……そういうのじゃないわ。ただ、まさか子供に庇われるなんて思ってもみなかったから。貴方ご自慢の博麗の巫女も中々だったけど、あの素敵な彼岸花の美しさには思わずグッと来ちゃったわ。あれを見れただけでも、異変を起こした意味は十分にあった。満開の西行妖は見れなかったのは残念だけどね」

 

 血を変化させた真っ赤な彼岸花。そして西行妖の桜。二つの色が混ざり合った色と儚さを、幽々子は心から美しいと思った。自分が存在する限り、永遠に忘れることはない。

 

「ま、あんまりちょっかいを出すと、母熊に噛み殺されるから注意しなさいな。アイツは本当に冗談が通じないわよ」

「ふふ、貴方にそんな心配をされる筋合いはないわ。方々でお節介しているくせに」

「だってそれが私の趣味だもの。だから、今も沢山お節介しているのよ。いけないかしら」

 

 紫がそっぽを向く。ここには幽々子と紫しかいない。面子を保つ必要性がないと判断した場合、紫は一気にだらける悪癖がある。

 

「貴方の好きにしなさい。それにね、私はそれほどちょっかいを出すつもりはないのよ」

「へぇ?」

「子供は子供同士が一番でしょう。修行のついでに、妖夢をもっと外に出させてみようと思って。今回の異変で敗北と屈辱を知ったみたいだから、後はそれを糧に強くなるだけね。この先が楽しみだわぁ」

「またのろける気なの!? なら私の霊夢の話も絶対に聞いてもらうからね。自分ばっかりずるいわよ!」

 

 紫がジト目で睨んでくる。そっちの話のほうが長いくせによく言うものだと、幽々子は呆れる。

 

「ふふ、貴方のモノじゃないでしょう。私はしっかり見ていたのよ? 貴方ったら、あからさまに邪険にされていたじゃない。見ていて思わず同情しちゃいそうだったもの」

 

 馴れ馴れしく話しかける紫を、霊夢はあからさまに邪険にしていた。どう好意的に見ようとしても、鬱陶しがられているのは明白だった。霊夢からすれば、胡散臭い妖怪以外の何者でもない。

 

「しょ、初対面だから仕方ないじゃない。でも大丈夫よ。第一印象はバッチリ、掴みはOKのはず。これからガンガン攻めていくわよぉ。妖怪の賢者の名にかけて!」

「どうみても、胡散臭い妖怪としか見ていなかったと思うけど。むしろ、藍ちゃんの方が親しい関係なんじゃなくて?」

「ふふん、藍は私の式神よ。式神の物は私の物。私の物は私の物なの。つまり、藍への好意は私へのそれと同義なのよ! 全く問題なし!」

 

 絶対に違うと幽々子は思った。藍が聞いたら涙を流すことだろう。

 

「そんな酷い話は初めて聞いたわ。そんな意地悪ばっかり言ってると、藍ちゃんが泣いちゃうわよ」

「別にいいわよ。藍ったら最近冷たいし、素っ気無いし。というかね、相手がどう思っていようとどうでもいいのよ。大事なのは私の気持ちだもの。そう、私が一番!」

 

 紫は言い切った。傲岸不遜だが、それを成し遂げる力と知恵を持っている。だからこそ幻想郷と言う楽園を築き、維持する事ができているのだろう。

 

「貴方、長生きするわよ。きっと」

「当たり前じゃない。私はもっと楽しい事を見て聞いて触っていきたいもの。誰よりも長く生きてやるわ。愛する幻想郷と一緒にね」

 

 紫が断言したので、幽々子は苦笑してから杯の酒を飲み干した。

 

「あッ! そうそう、肝心なことを言い忘れていたわ」

「なに? いきなり大声を出したと思ったら、急に改まったりして」

 

 紫がこちらに向き直り、軽く頭を下げてくる。殊勝に見えるが、こういうことを先にしてくる場合、後で本当に迷惑がかかるときである。軽く許してやろうとか思ってはならない。それも計算しての行動だからだ。

 

「貴方に先に謝っておくわ。多分、そのうち面倒なことか厄介事に巻き込んじゃうと思うの。本当にごめんなさいね?」

「何に対しての謝罪か分からないと、どう応対すれば良いか困るのだけど」

 

 幽々子は苦笑することしかできない。こういうことは、今までに何度かあった。実際に面倒事が起こるのが、性質が悪いのだ。それを追及すると、ちゃんと謝ったじゃないと開き直る。そう、紫は老獪なのである。

 

「だって。こういう事態になると思っていなかったんだもの。だから私のせいじゃないわ」

「なんで言い訳しているのかしら。詳細を説明しろと言っているのよ」

「だって、怒るでしょう?」

「怒られるという自覚があるのね」

「ええ。だって貴方の大事な妖夢も巻き込んじゃうから」

「霊魂引っこ抜いて百回ぶち殺すぞ」

 

 冷徹な声で、思わず本音を出してしまった。――と、紫が扇子で顔を隠し、およよと泣きまねをする。

 

「ド、ドスが効いてて怖すぎよ。やっぱり怒ったし。紫ちゃん悲しいわ」

「ふん。嘘泣きなんかに誤魔化されないわよ? それに今まで何度騙されたことか」 

「謝ったのに怒るなんて酷いわ。親友なのに!」

「御託は良いから面倒事を止める努力をしなさい。全力を尽くすように」

「うーん、頑張るけど多分無理よ。だって、あの子凄く張り切ってたし。まぁ、私の可愛い霊夢も巻き込まれちゃうから、差し引きゼロということで」

 

 紫がいつもの胡散臭い表情に戻る。こういう顔つきをするから、相手に誤解を与えるのだ。それを本人も分かっているだろうに、直そうとしない。そっちの方が好都合だからと。

 

「はぁ。貴方は本当に仕方のない妖怪ね」

「褒めてくれてありがとう」

「別に褒めてないの。ただ、呆れているの」

 

 幽々子が睨むが、紫は素知らぬ顔だ。

 

「ただ、一番の問題はね。アイツの娘、燐香ちゃんも確実に巻き込んじゃうのよねぇ。もう私が話しちゃったから。それってさぁ、とーってもまずいと思うのよ。治ったばかりの娘に手を出して、また怪我させでもしたら。――ああ、どうなっちゃうのかしら。考えるだけで恐ろしいわ。幻想郷に血の雨が降りそう。……わりと本気で」

 

 何をやらかしたのかは知らないが、若い人妖たちを集めて何かさせようと企んでいたのか。その協力者というのが、途中で中止などということを許さない性格なのだろう。いつもなら助けてあげるところだが、今回は放っておくことにする。たまには痛い目を見たほうが良いのだ。むしろ本人もそれを望んでいる節がある。

 

「とにかく、私は知らないからね。妖怪の賢者なんて呼ばれているんだから、知恵を絞って自分でなんとかしなさいな」

「そう言わずにさぁ。幽々子もフォローしてちょうだい。ほら、今回の異変だって、色々と見ない振りをしてあげたでしょう?」

 

 それを突かれると少し痛い。幽々子は扇子を扇いで誤魔化すことにした。

 

「ま、気が向いたらね。当分は向かない予定だけれど。さーて、色々と仕事が溜まっているからやらなくてはね」

「都合が悪くなると自分だっていつもそれじゃない! もういいわ。何かあったら化けて出てやるから。覚悟しておきなさいよ!」

「それは楽しみね。貴方ならいつでも歓迎するわ。私と貴方の仲だもの、葬儀の手配は任せてね?」

「だから、私はまだ死なないって言ってるのよ! 絶対死なないわ!」

 

 紫が顔を赤くして怒り出したので、幽々子はぷっと吹き出した。




ちょっと愉快な紫ちゃんというのが私の中のイメージ。
でもやるときは全力でやります。怖い!

次から物語はまったりモードに入ります。
一週間はアリスさんの家にお泊りです。


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第三十九話 或る春の一日

 アリスの家での楽しいお泊り会7泊8日コースが始まりました。いやぁ、生まれて初めての楽しい旅行、いや、修学旅行かな? 

 なんにせよ、あの忌まわしい太陽の畑から出られたのは、本当にうれしいことだ。ちょっと私の彼岸花は心配だけど、もう春が幻想郷中にばら撒かれているから多分大丈夫だろう。

 そもそも、彼岸花は秋の花なんだけども、太陽の畑にそんなことは関係ない。生命力の限り咲き続けるだけ。

 

 ――で、すっごく楽しく過ごせるはずのアリスの家なんだけど、私はベッドでほぼ軟禁状態にある。家事などでアリスが離れるときは人形がつきっきり、それ以外はひたすらアリスが一緒である。これではアリスに迷惑だと思うのだが、反論は許されなかった。

 そして、魔法に興味があるといったのを覚えていたらしく、魔法学の初歩を教えてくれている。ベッドに寝ている私、アリスが横の椅子に腰掛けながらの授業だ。

 

「…………」

「どうかしたの?」

「い、いえ。別になんでもありません」

 

 なんというか、超過保護状態でやりにくい。『外の空気を吸いに散歩でもいこうかなー』と勝手に家から出ようとしたら、無理をしてはいけないと速攻で捕まった。

 お菓子は一杯くれるし、紅茶は美味しいし、ご飯も凄い美味しいのだが、やりにくい。

 私に向けられる優しさと気遣いが色々と辛い。ちょっと嬉しいけど、こちらが気を遣ってしまうというか。そんな感じ。

 こういうのに慣れてないせいもあるけど。むしろ、これに慣れてしまったときの反動が恐ろしい。よって慣れない様にしないといけない。実に悲しい努力である。

 

「あのー。もう身体は大丈夫なので、ベッドから出てもいいですか?」

「駄目よ。一週間も意識不明だったのだから、暫くは安静にしていなさい。絶対に無茶は許さない」

「自分のことは自分が良く分かります。よって私は外に出ます!」

 

 アムロ、いきまーす並の勢いで布団を蹴飛ばした。すぐに人形により抑えこまれました。

 

「お願いだから回復に努めて。外に出たら、また貴方はどこかへ行こうとするでしょう。今の貴方の状態だと、本当に死ぬかもしれない。だから、体力と精神が回復するまでは大人しくしていなさい」

「…………」

「お願い」

「わ、分かりました」

 

 こんな感じである。強情を張るに張れない。アリスに悪いから。昨日、死んでもいいので外にでたいと言ったら、本気で怒られたので懲りた。自由は欲しいけど、アリスに怒られるのはもっと嫌である。

 

「私はそんなに悪そうに見えますか? もう元気百倍なんですけど」

「悪そうに見えるわ。顔が青白いしやつれている」

「そうなのですかー」

 

 鏡を見てもそうは思わないのだが、自分では気付いてないだけかも。

 白玉楼でのことは結構記憶があやふやだったりする。西行妖の超スゴイ攻撃を防いだところは覚えている。それから先はいまいち。記憶に靄がかかっている。もしかしてこの歳でボケがはじまったのかもしれない。まだ10才のはずだけど、人間の年齢に例えるとすでに100才ですとかありえない話じゃないし。

 

 どうやら瀕死に陥ったみたいだけど、助かったのは実に幸運だった。亡命は却下されてしまったけど、良く考えたなら許可してくれると幽々子も言っていたし。頼りがいのある後ろ盾ゲットである。痛いのを我慢した甲斐はあっただろう。

 それと、これは誰にも話していないのだが、目覚めてから暫くは奇妙な感覚があった。身体がたまにふわふわするというか、浮く感じというのかな。そういうやつ。霊夢の空を飛ぶ程度の能力をラーニングしたのだろうか。でも最初から空はとべるから意味がなかった。今はその感覚はない。地に足がついたということだ。

 

 そして、改めて認識することができたのは、私は風見幽香が大嫌いだという事だ。あの顔を思い出すだけで、憎悪と殺意が溢れ出てくる気がする。変な話である。でも、それにも波があって、暫く経つとなんだかどうでもよくなったりする。感情がいまいち安定しない。思考がぐちゃぐちゃする。そういう時は、こうやって俯瞰的に自分を見る事で心を落ち着かせるのだ。意味が分からないが、そうなのだから仕方がない。

 私は情緒不安定なのだろうか。精神科の先生がいたら色々と相談したいところだ。永夜抄が終われば、永琳に相談できるかな?

 

「燐香。これ、新しい厄除け人形よ。念のために常備していなさい」

「あ、わざわざまた作ってくれたんですか?」

「ええ。気休めかもしれないけどね。一応少しは効果はあったみたいだし」

「ありがとうございます! 大事にします!」

「これが壊れるような事態にならないのが一番よ」

 

 アリスからもらっていた厄除け人形だが、実はバラバラになって壊れてしまっていたのだ。多分、落下した衝撃で下敷きにしてしまったせいだ。それをアリスに謝罪したら、気にしなくていいと言ってくれ、こうして新品まで作ってくれた。今度は壊さないように気をつけなければ。本当は鞄にしまっておきたいのだが、身につけていないと意味がないということなので、服のポケットに入れてある。

 

「さて。勉強は一旦お終い。少し寝ていなさい」

「もうですか? 全然眠くないんですけど」

「目を閉じていればそのうち眠くなるわ」

 

 そんな訳あるかいと目を瞑ったら、5分も経たずに寝てしまった。私はのび太の弟子になる素質があるかもしれない。もしくはアリスがなんらかの魔法を使ったか。

 その日はそんな感じで、一日中病人気分を味わったのだった。ベッドから出れないのはかなり窮屈だったけど、アリスが私のことを心から心配してくれているのを感じられて、ちょっと嬉しかった。それと同時に、迷惑を掛けている事に心苦しく思うわけで。早く回復したと認めてもらえるよう頑張ろう。何を頑張るのかは知らないけれど。

 

 ――お風呂まで人形を遣って入れようとしてきたときだけは、本気でお断りしておいた。手足は普通に動くというか、身体に異常はないのである。私は赤ちゃんか。

 

 

 

 

 

 

 次の日、相変わらず、私は自分の部屋からでることができない。正確には私の部屋ではなく、割り当てられている部屋なのだが。ベッドからは起き上がることは許されてはいるが、やっぱり窮屈だ。

 暇すぎるので、見張りの上海たちに彼岸花の花飾りを作っていたら、無駄に能力を使うなと怒られた。暇すぎるので遊びましょうと誘ったら、それは普通に了承された。

 

「これで何回目でしたっけ」

「次で83回目ね」

「なんだかパズルゲームをしている気分になってきました」

「突き詰めればカードなんてそんなものでしょう」

「神経衰弱でもやります?」

「やめておきなさい。疲弊するから」

 

 二人で延々とブラックジャックをしていると、ルーミアとフラン、美鈴が遊びに来た。4人でUN○をすることになった。幻想郷にもあるとは思わなかったので、私は喜んで飛びついたのだった。

 美鈴は相変わらずフランのサポート。実に瀟洒な従者である。門番だけど。もしかしたらフランの保護者役も兼任しているのかも。

 

「新聞で見たよ。大変だったね。死ぬところだったんでしょ? 顔色は……いまいちだね」

「そうですか? バッチリですけど」

「そうかなー」

 

 私は平気と親指をあげてみせたが、ルーミアは首を捻る。そこで頷けば自由になれたのに。心の友なのに意思疎通ができないとは何事なのだ。舌打ちすると、ルーミアが口元を歪めた。計算してのことだったらしい。性悪妖怪め。

 

「咲夜から聞いて、すぐに来ようと思ったんだけどさ。アイツ――じゃなくてお姉様が邪魔するんだもん。今日はルーミアに協力してもらって、叩き潰してきたから来れたんだ。奇襲してやったら、すっごい慌ててた!」

「あれはちょっとやりすぎですよ。咲夜さん、後片付けが大変だってまた泣いてましたよ」

「いいじゃん。それが仕事なんだし。嫌ならやめちゃえばいいよ。別にメイドなんていくらでもいるし」

「またそんな意地の悪いことを。妹様、もう少し咲夜さんに優しく――」

「じゃあ私と遊ぶように言ってよ。咲夜、全然遊んでくれないんだもん」

「あはは、仕事が忙しいみたいですから」

「はいはい。どうせ私の相手なんてしたくないんでしょーだ。いいよ別に」

「今度伝えておきますから」

 

 ふて腐れるフランを宥める美鈴。レミリア、咲夜たちとの仲は相変わらずのようだった。以前より気安さが出た分、良い方向に向かっているのかもしれない。

 

 フランの話によると、こっそり招き入れていたルーミアにいきなり闇を展開させた後、フランが全力で攻撃を仕掛けたのだという。おやつタイム中だったレミリアはそれはもうひどい有様になったとか。ついでに紅魔館も。攻撃を受けたことよりも、プリンが駄目になったことにレミリアは嘆いていたという。美鈴、咲夜もあまりの早業で止められなかったらしい。紅魔館の面々は相変わらず賑やかで楽しそうだった。

 

「で、西行妖だっけ? 元気になって、リベンジにいくなら喜んで付き合うよ。徹底的に燃やしにいこう! あ、その木を盛大に燃やしてバーベキューしたら楽しそうだね! よし、白玉楼ごと燃やしちゃおう! 全部お姉様のせいにしちゃえば大丈夫!」

 

 何が大丈夫なのか分からないが、紅魔館と白玉楼の戦争になるのは間違いない。相当ヤバイ光景だろうけど、何故か私がボロ雑巾になっているイメージしか湧かない。どういう流れかは分からないが、風が吹けば桶屋が儲かる理論ではそうなのだ。大体私のせいになる。

 

「妹様、お願いですから止めて下さい。第一、冥界に行くなんて聞いたら、お嬢様が悲しみますよ。あそこは、生者が行くべき場所ではありません」

「知らないよそんなの。アイツがどう思うとか本当にどうでもいいし。庭のダンゴムシくらいどうでも良い」

 

 ダンゴムシ君の格が上がってしまった。

 

「あはは。本当に面白いなー。フランはとっても面白いね」

 

 ルーミアが手を叩いて喜んでいる。性悪妖怪の面目躍如。でも最後の最後は優しいところもあるのである。多分! じゃなきゃわざわざお見舞いに来てくれないだろうし。ただの暇つぶしではないということにしておこう。うん。

 美鈴はそれを見て、溜息を吐く。

 

「全然面白くありませんよ。ルーミアさんも笑ってないで止めて下さいよ。お嬢様からお叱りを受けるのは私なんですから」

「つまらないから嫌だよ。あ、これお見舞いの品なんだけど。凄くオススメのと、全然オススメじゃないのがあるけど、どっちがいい? オススメでいいよね?」

「勿論、オススメじゃないほうで」

「どうしても?」

「どうしてもです」

 

 ルーミアが舌打ちしながら、なんだか高そうなカステラを出してきた。一体どこで手に入れてきたものだろう。人里にお菓子屋さんでもあるのかもしれない。駄菓子屋はあると言っていた。いつか行ってみたいなぁ。

 

「アリス、これ切ってくれる?」

「はいはい。……ちょっと、そっちはしまっておきなさい。ウチでそんなの出さないで」

「分かってるよ。後で食べるだけー」

 

 ルーミアがアリスに、カステラと自前の珈琲セットを渡す。そして、できるだけ濃い珈琲を入れてくれとお願いするルーミア。ルーミアはブラック派なのだ。しかも味に結構うるさい。上質を知る人なのだと自慢していた。私もなのだと言ったら、鼻で嗤われたことは絶対に許さない。

 

 暫くすると、綺麗に切り分けられたカステラと、淹れ立ての珈琲が皆に配られた。私は特に何も入れずに珈琲に口を付ける。カステラがあるから、ブラック無糖。口にキレのある苦味が広がったのを確認してから、カステラを口に放り投げる。うん、美味しい。

 

「あー。それは駄目だよ。燐香はこれを入れなきゃ始まらない」

「ちょ、ちょっと。人のに何をするんです!」

「はい、どうぞ。これで完璧」

 

 ルーミアに勝手にミルクを入れられてしまった。カステラがあるからブラックで良いのに。まぁ、美味しい事に変わりはないから良いけど。

 黒い液体に白が渦を巻く。やがて混ざり合って茶色になってしまった。

 

「いつも食べるおやつより、美味しい! ただのカステラなのになんでかな。特殊な何かが入ってるとか?」

「ふふ、皆で食べると美味しいものですよ」

「なに偉そうに笑ってるの? 美鈴のくせに生意気!」

 

 フランが美鈴のすねを蹴飛ばしている。結構いたそう。

 

「そ、そんな。別に偉そうになんてしていませんよ」

「うるさい馬鹿」

「貴方達、静かに食べなさいよね」

「す、すみませんアリスさん」

 

 皆も美味しそうに食べている。なんだろう。すごいまったり空間。ベッドの上は退屈だなーと思ったけど、中々幸福である。お見舞いに来てくれた友達を歓迎しているような。そんな感じ。病人じゃないけど、ちょっと嬉しい。

 

 そんなこんなのやりとりをしているが、UNOは既に始まっている。アリスがカステラを切っていたからちょっと中断していたけど。勝負再開だ。

 

 私のターン、リバースカード! ルーミア、お前の番ないから! ニヤリと笑うと、ルーミアがちょっとイラッとした表情を見せた。これは貴重な光景である。よし、どんどん食らわせてやろう!

 

「で、燐香。本当に大丈夫なの? お腹に穴開けられたって聞いたけど」

 

 フランが私のおなかをつんつんしてくる。私は問題ないとお腹をポンと叩いて見せた。

 

「これでも妖怪なんで問題ありません。ただ、アリスが自由に動くのを許してくれないんです。ケチなんで」

「ケチで結構よ」

「……うーん。ちょっと待ってね」

「な、なんです? ちょ、ちょっと近いんですけど!」

 

 ルーミアが、顔を私に限界まで近づけてくる。目をジッと見開いて。綺麗な顔だなぁと思ったりするが、ちょっと近い。本当に近い。近くで見ると牙が本当に鋭い! これは齧られたらやばいことになるのは間違いない。うん。

 というかこの女、スキップで私の番飛ばしやがった! アリス、仕返しするのでリバースプリーズ! こなかった。

 

「前より黒が濃くなった? いや、輪郭が少しぼやけてるせいかな。……うん、暫くは寝てたほうがいいよ。アリスが全面的に正しい。白が擦れて不安定に見える」

 

 哲学的すぎて意味が分からなかった。たまに謎の言葉を吐くのだ。多分、ルーミアはポエムが好きである。間違いない。

 

「ああ、心の友よ。なぜそんな余計なことを言うのです。私は外に出て春の空気を楽しみたいのですよ」

「無理すると、本当に死ぬよ。多分、存在が消えてなくなる」

 

 ルーミアの真顔。こんな顔もできたんだなぁと思うが、言っていることは完全にボケている。

 

「死にませんよ。人魚姫じゃあるまいし」

「うん。でも死ぬよ」

「死にません。……た、多分」

「とにかく寝てた方が良いよ。暫くすれば、安定すると思うし。知らないけど」

「分かりました、って、今はUNOやってるんじゃないですか。しかもまた攻撃されてるし!」

「死んじゃったね。はい2枚あげる」

 

 私にドロー2が炸裂しているじゃないか。しかもやったのはルーミアだ。この野郎、スキップに続きドロー2だとぉ! 私のリバースが相当腹に立ったらしい。どうよと言わんばかりの笑みをこちらにむけてくる。超ムカツク。ムキー!

 

「ふふん。流石だと言いたいが、甘いですよルーミア! 私のターン、ドロー2! アリス、私の気持ちを上乗せしたので是非受け取ってください」

 

 お許し下さい、アリス先生! でも勝負の世界は非情! ルーミアの2枚+私の2枚でアリスは4枚――と思ったら。

 

「私もドロー2を出すわ。フランは?」

「もちろん持ってるよ。ついでにUNO」

「私はドロー4。すごいね燐香、皆の気持ち独り占めだよ」

 

 意地悪く笑うルーミア。馬鹿な、こんなことはありえない。いや、そもそもだ。

 

「ちょっと待った。なんでドロー2をドロー4で返せるんですか! そんなことは私は認めません。よってこれはノーカンです」

「これは幻想郷ルールだから大丈夫」

「そんなの聞いてないです!」

「最初に聞かなかったほうが悪いよ。ドヤ顔しておいて返されるなんて滑稽だよねー。はいどうぞ」

 

 ルーミアが有無を言わせずにカードを大量に私に押し付けてきた。この女、鬼である。

 

「ぎゃー!!」

 

 12枚ゲット! 残り2枚だったのに14枚に増えた。お金持ちっぽい。しかもリバースとか数字しか引けてないし。駄目だこりゃ。

 

「さ、サレンダーしたいんですけど」

「駄目だよ。最後まで頑張らないと。はい、私はあがりっと。やった、一位!!」

 

 フランが満面の笑みを浮かべてVサイン。私は一応勝者を讃えて、嫌々ながら拍手をしておく。顔をぐにゃぐにゃと歪めながら。

 

「妹様、さらっとあがりましたね。お見事でした」

「お、お見事です。い、一位が取られてしまった。私は一位だけを狙っていたのに! 畜生!」

 

 ならばせめて二位を確保しなければ。そう、玄人は初戦は二位を狙うのだ! 最初に目立っては後で狙われてしまうからね。うん。

 

「UNO。あと1枚よ」

「私もUNO。ついでにスキップ」

 

 アリスとルーミアが連続リーチ宣言。馬鹿な。それでは私の一人負けになっちゃうし。私は手札で団扇ができちゃうほどカードあるし。阻止のために攻撃しようにも有効な手札がない。今更リバースしてどうするのか。

 というかこっそり手番が飛ばされている。お前は何回私を攻撃してくるんだ!

 

「ちょ、ちょっと待ってください。なんで私だけこんなに手札が一杯なんです! しかもリバースだのスキップだの私ばっかり攻撃されてない? されてますよね?」

 

 多分気のせいじゃない。さっきからリアクションを取っているのは私だけだし!

 

「燐香はリアクションが面白いから、つい攻撃を仕掛けたくなるんだよね。ね、ルーミア」

「うんうん。眺めてると滑稽で面白いから。それにこの前、『美味しいから別に悔しくない』とか言ってたし。だから遠慮なく攻めてるんだけど」

「ぐぬぬ」

 

 あれはただの負け惜しみである。芸人としては美味しいけど。バラエティでのゲームは一番の腕の見せ所である。

 

「お、おのれー。後で覚えていろ、心の友かつ我が宿敵たちめ! いずれ仕返ししてやります!」

 

 ふふん。覇王たるもの、全てを打ち倒した勝利にこそ意味がある! ……やっぱり今の嘘。発想が世紀末の修羅の国っぽかった。最後はなんか悔いなしとか言っちゃいそうだし。

 

「そうなんだー。でも、すごい負け犬の遠吠えっぽい」

「わ、わおーん」

 

 犬走椛をイメージして吠えてみた。本人が見たらすごい怒るだろう。でもいないのでOK。

 

「自分から罰ゲームをするなんて、本当に燐香は面白いなぁ。ね、美鈴!」

「そうですね。見てるだけで十分面白いのは確かです」

「ね、やっぱりウチで雇おうよ。私直属のメイドにしたいな」

「妹様、我が儘は駄目ですよ。友達をメイドにすることはできません」

「……ふん、ただの冗談だよ。一々本気にするな、この馬鹿美鈴!」

「あはは、すみません」

 

 紅魔館で雇ってもらう。その発想はなかった。でも、色々と迷惑を掛けそうなのでやめておいたほうが良さそう。近すぎるし!

 

 で、負けたのでお代わりのカステラはなかったけれど、フランがもってきてくれた赤色シュークリームを食すことができた。これは血ではなく、葡萄で着けた色なんだとか。これもまた美味しかった。お菓子ばっかり食ってる場合じゃないと思うのだけど、今の貴方には丁度良いとアリスがOKを出してくれた。エネルギーを消耗しすぎているとかなんとか。そういえば、少し身体がほっそりしていた気もする。よく分からないけど。

 

 

 晩御飯まで皆で一緒にわいわいやった後、フランと美鈴、そしてルーミアは帰って行った。そのまま泊まっていってほしかったけど、よく考えるとここは私の家じゃなかった。なので自重した。

 その後はなぜか、アリスの部屋で一緒に寝る事になった。意味が分からないけど、ぐっすりと寝られた。何故かはやっぱり分からない。




ほのぼの日常スタート!
ついでにのんびり更新にギア変更!
どうぞのんびりお読み下さい。


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第四十話 絡まり始めた糸

 珍しい事に、フランが二日続けてやってきた。相当暇だったらしい。フランと話すのは楽しいので、いつでもウェルカムである。メリケン風なボディランゲージで歓迎の意思を表わしたら、フランがとびついてきた。美鈴に背中を掴まれて阻止されていたが、じつに腕白娘である。引き篭もっていたとはとても思えない。

 

 一方の私はといえば、未だにベッドの上から動くことを許されない。トイレとかお風呂は大丈夫だけど。目を離すとフラフラ出かけそうだからと、相変わらず人形が見張りについている。厳しい。そろそろ許してほしい。

 実は、こっそり外の空気を吸おうと、匍匐前進で脱走を試みたのだが、三歩進んだところで見つかった。なるほど、これが三歩必殺なのか。大脱走大失敗。こういうことをしているから許してもらえないのかも。

 

「アリスさん、頼まれていた物は間違いなく買って来たつもりです。一応確認してくださいね」

「ありがとう。お代はこれで。手間賃も入っているから」

「別にいりませんよ。いつも妹様がお世話になっていますから」

「気持ちは嬉しいけど、そういう訳にはいかないわ。こういうことはきっちりやらないと」

「こちらこそそういう訳にはいきません。お嬢様から代金は受け取るなとキツく言われていますし。申し訳ありませんが、絶対に受け取りませんよ」

 

 美鈴はアリスになにやら荷物を渡している。食料品の買出しを依頼していたようだ。代金の受け渡しで揉めているが、美鈴は意外と強情だった。結局、私のお見舞いということで今回はアリスが折れたようだ。さすがは門番、ガードの固さには定評がある。

 

 ……実は、アリスが人里に買出しにでかけたら、こっそり抜け出そうと機会を窺っていたのだけど。思考パターンを完全に読まれていたらしい。流石はアリス、私の行動などまるっとお見通しである。

 こうなったらフランを巻き込んで説得に当たるとしよう。持つべき者はフレンドだよね!

 

「フランからも言ってくれませんか。私は動きたくて死にそうなんです。このままじゃ寝たきり地蔵になってしまいますよ」

 

 なんのご利益もないお地蔵様。祈ると快眠できるかもしれない。主に私が。

 

「うーん。鏡で自分の顔は見たの? 私は見たことないけど」

「歯磨きのときに見ましたけど。別に普通でしたよ」

 

 吸血鬼は鏡に映らないというのは本当らしい。魂の結びつきが弱いからとかなんとか。それって結構不便な気もするけど、本人が気にしていないのだから問題ないか。

 ちなみにさっき鏡を見た時は、いつも通り愛想のない小憎らしい顔があるだけだった。思わず引っ叩きたくなる。髪の色以外幽香そっくりだから。そのくせ、妖力や膂力は幽香に勝てないというのだから嫌になる。どうせ似るなら、そこらへんも完全にコピーさせろというのだ。

 

「あちゃー。自覚症状がないなら、相当重症だよ。うん、今日も大人しくしてた方が良いと思う。口調は元気そうなんだけど、その顔色はちょっと引くよ」

「私がお母様に似ているからですか? 悪魔っぽいです?」

「ううん、そうじゃなくて」

 

 フランが私の顔を両手で挟んでくる。すべすべしていて柔らかい手である。いわゆる、子供の手。

 

「今血を吸ったら、本当に死んじゃいそうな顔してるよ。昨日に増して、本当に死人みたい。だから、私も吸いたいけど我慢してるんだよ」

「あれ、まだ諦めていなかったんですか」

「うん。いつか必ず吸うつもりだけど、当分は控えておくよ。それより、軽く遊ぼうか。ちょっと頭を使えば、眠くなるんじゃない?」

「かもしれませんね。暇で暇で暇で死にそうでしたし」

「ベッドから動かずに遊ぶとなると。やっぱりカードかなぁ」

「カードゲームからボードゲームまで、アリスは結構持ってますよ」

 

 アンティークとして、香霖堂とかでたまに買い集めてるらしい。中々良い趣味である。遊べるし、見ていても楽しいし、飾ってもOKなものもある。アリスに見せてもらったのは、初期の人生ゲームやら、軍人将棋、年季の入ったバックギャモンとか、謎のモノ○リー。謎というのは、イベントマスやイベントカードに書いてある言葉が理解できないので、全く楽しくないのである。何語かすら分からない。造りはやけに精巧なので、いつか翻訳したい。もしかしたら闇のゲームかも。

 

 ちなみに、アリスはチェスを得意としているが私は大の苦手である。将棋的思考しかできないから、軽く捻られる。なのにアリスは将棋も鬼強い。一度も勝てていない。必勝を期した居飛車穴熊もジワジワと嬲り殺しにされてしまった。恐るべしアリス。

 

「それじゃあ、トランプを二つ合わせた地獄の神経衰弱とか?」

「それは、凄いしんどそうですね。後片付けも含めて」

 

 考えるだけで億劫になるゲームだ。フランは4つまで合わせてやったことがあるらしい。色々な意味で凄い。

 

「一人でやると記憶力の鍛錬になるんだよ。凄く空しいけど。暇つぶしにはなるね」

「その時の気持ち、私には良く分かります」

「やっぱり?」

「はい」

 

 フランと握手。そこで、ふと良いことを思いついた。せっかくだから、あの謎のモノ○リーを改造してしまおう。といっても、駒と紙幣を借りるだけだから、アリスにも怒られない。マップは手書きで作り上げよう。地図の見本は私の幻想郷お楽しみ帳がある。

 

「良いことを思いつきました。フラン、モノ○リーは知ってますか?」

「うん、知ってる。パチュリーから借りたことある。でも一人だと楽しくないよね、百回ぐらいはやったかな。いつも勝つのは私だから全然面白くなかった」

「……それは、そうでしょうね」

 

 聞いていると涙が出るので止めて欲しい。ボッチだった私にも大ダメージだ。美鈴もハンカチで涙を拭っているし。だったら遊んでやれよと思うが、門番の仕事もあるし、色々な事情があったのだろう。今は落ち着いているが、昔のフランは相当ヤンチャだったらしいし。

 

 さすがの私も、一人モノ○リーはやったことはない。手作り人生ゲームを焼却処分された苦い想い出があるからだ。散らかすと幽香に怒られるし。玩具ぐらい良いじゃないかと目で反論すると、勘付かれて殴られた。ムカついたので、燃やされた手作り人生ゲームの燃えカスを幽香の部屋のゴミ箱に突っ込んでおいたら、更に殴られた。しかし焦げ臭さをお見舞いする事には成功したので、あの勝負は引き分けだろう。うん。

 

 そういうわけで、私の部屋は結構殺風景。余計な物はあんまりない。玩具もないし、漫画もない。鞄とか服とかほとんど実用品しかないのだ。彩りといえば、花の鉢植えが数個あるくらいか。幽香がいつの間にか部屋に設置したのだ。香りは爽やかで気分は良くなるが、あの家にいること自体が気分が悪いので相殺されてしまうのだった。

 あの部屋は、私のベッドがなくなれば、すぐに倉庫に転用できる。つまり、私はいついなくなっても大丈夫なのである。

 ――それはともかくとして。

 

「フラン、一緒に幻想郷版のモノ○リーを作りましょう。いや、著作権的に色々とまずいので、幻想郷征服ゲームと名前を変えましょう。傑作ができたら販売して一儲けするというのも手ですね。ガッポガッポです」

「なにそれ。凄い面白そう!」

「ここに、あまり上手ではない幻想郷の地図があるんです。これを別の厚紙にもっと綺麗に転写して、マスを沢山作ります。それで、マスに色を塗って、土地の値段を書いていきます。基本的には、このマスを一杯買い占めて、期限内に資産を増やした人が勝者です。ルールは当然そのまま!」

 

 人里、冥界、マヨヒガ、天界、地獄、博麗神社などがエリアである。イベントカードとか作るのは楽しそう。あまり酷いのを作ると、自分が喰らうのでほどほどにしないといけない。

 

「いいねいいね! あのね、私速攻で紅魔館を潰したいんだけど、撤去コマンドはあるの? 焼却でもいいんだけど!」

「じゃあイベントカードとして作りましょう。綺麗な更地にして、新しい建物を建てられるようにしましょうか」

「やった! パチュリーは可哀相だから『図書館』も作れるようにして引越しさせてあげよう。咲夜と小悪魔は私の従者にするから問題なし! アハハ、さようならお姉様!」

 

 フランは大喜びだった。愛憎入り乱れているなぁと私は頷いておく。

 

「あ、あのー妹様。私は?」

「美鈴は犬小屋でいい? 凄い豪華な犬小屋。ちゃんと用意するよ!」

 

 何故犬小屋なのか。それはフランにしか分からない。美鈴の顔は引き攣っている。

 

「せ、せめて普通の小屋にしていただけませんか?」

「門番のくせに我が儘だね。じゃあ門だけ残しておいてあげるから好きにしなよ。門が好きなんでしょ?」

「いえ、別に門が好きなわけじゃ」

「よーし、じゃあ早速作ろう! 紅魔館エリアのここはお姉さまのお墓にしてと」

 

 どこからか厚紙とペンを勝手にもってくると、いきなり紅魔館エリアに十字架を描き始めるフラン。よりによって十字架のお墓である。レミリアが見たらさぞかし怒る事だろう。まぁ楽しければいいか! ゲーム性などというのもは後で調整すればよいのである。今は作ることを楽しむべき!

 

 というわけで、私も太陽の畑を書く事にした。ここはいわゆる罰ゲームゾーン。転移マス、或いはその類のイベントカードを引いた場合、ここのエリアに飛ばされる。脱出マスに止まるまで、延々と支払いを続ける事になる地獄の周回エリアである。私の塗炭の苦しみを正確に表すことができそうだ。うっかり幽香の家にとまると、高価な代金を支払わされた上で一回休み。これも当然である。

 

「うーん、妖怪の山って何があるのかな」

「天狗の里とか、河童の住処じゃないですか? 山童とかもいるらしいですよ」

 

 陸にあがった河童が山童だ。サバゲーしたりしているらしい。陸戦型ズゴックみたいな感じ? 何か違うか。

 

「なるほどなるほど。燐香って結構物知りなんだね」

「ふふん。幻想郷の雑学王を名乗れるかもしれません」

「で、どうしてそんなこと知ってるの?」

「ふふ、天啓です」

「すごい嘘くさい!」

 

 ――こんな感じに賑やかに時間は過ぎていく。

 アリスにいい加減に止めろといわれるまで、私とフランの共同作業は延々と続いた。日が暮れるまで頑張った甲斐もあり、もう殆ど完成といって良い感じである。ぼっちと引き篭もりの集中力は凄いのだ。しかもフランは四人に分身して作業していたし、美鈴も途中から色塗りに手伝ってくれた。

 

 私も負けじと身代わり君を出してみたが、糞の役にも立たなかったので放置しておいた。簡単な命令しか実行出来ない役立たずである。お化け屋敷においたらいいかもしれない。肝試しとか。

 美鈴は、身代わりの精巧さを一応褒めてくれていたけれど、顔はちょっと引いていた。フランは試しにと噛み付いていたが、当然血など出るわけがない。滅茶苦茶がっかりしていたので、ちょっとだけなら吸っても良いですよと言ったら、アリスに怒られた。

 

「全く、自分の体調を考えて物を言いなさい」

「いや、吸わせると言っても、指先の血ですよ。それぐらいなら良いじゃないかなぁって」

「駄目よ」

 

 アリスに一蹴されてしまった。

 

「ごめんね、フラン」

「いいよいいよ。我慢した方が、先の楽しみが倍になるし! 心ゆくまで吸うから楽しみにしててね!」

 

 なんだか恐ろしいことを言っている気もする。私は聞き流す事にした。

 

「で、皆で何をしていたかと思ったら、これを作っていたのね」

「凄いでしょう。中々良い出来だと思います」

「確かに、細かく描けてるけど。……紅魔館エリアが、やけに前衛的な気がするわね」

 

 アリスが紅魔館エリアをジッと眺める。そこだけ書き込みが半端ないのだ。フランが心血注いだだけはある。

 

「そう? まだまだ甘いと思うけど」

「十字架に教会は良いとして、対レミリア用ヴァンパイアハンター生産基地とか意味が分からないんだけど」

「そのマスにとまると、レミリアお姉様が本当に死ぬの。凄いでしょう!」

「……止まった人の利点は、何かあるの?」

「そんなのないよ。私にはあるけど」

「そう。まぁ、好きにしなさい」

 

 アリスはさっさと諦めたようだった。私も何かメリットかデメリットをつけたほうがと言ったが、フランは聞き入れなかった。このマスに止まった場合、フランが実際に攻撃を仕掛けに行くという闇のゲーム仕様。どうしてこうなった。

 じゃあ私も真似しようかなぁと思ったけど、『今すぐ風見幽香の討伐に向かう。風見燐香が』とか書かれたら、とても困る。それって、私への罰ゲームじゃん!

 

「ふぅ」

 

 私は一息つく。ちょっと身体がだるい気もするが、顔には出さないようにする。

 

 アリスは人形の作成や家事で忙しく動き回っていた。私につきっきりのため、仕事が溜まっていたらしい。フランと美鈴が今日来たのは、もしかしたらアリスが頼んだのかもしれない。早く楽になってくれるといいのだけど。私のために自分の生活を犠牲にするなど、もっとも無意味なことである。そう思うなら、自分から断れという話だけど、それができない私は救いようがない。アリスの優しさに甘えているだけ。本当にこれで良いのだろうか。なんだか頭が混乱してきた。吐き気がこみ上げてくる。

 

「大丈夫? 大分疲れたみたいだけど」

「もちろん大丈夫ですよ。ずっと同じ体勢で疲れただけです」

「ごめんなさい。凄い楽しかったから、気付かなかった。本当にごめんなさい」

 

 フランが顔色を変えて謝ってくる。私は気にしないでと手を振って、そのままベッドに横になった。確かに、少し疲れているらしい。それだけ集中できたという事だ。その分完成度は折り紙つき。

 

「次に来たら一緒に仕上げましょう。完成したら、皆で遊びましょうか。一位は私が頂きますよ」

「う、うん。次は、もっと元気になっててね。約束だよ」

「ええ、分かりました」

 

 急に元気がなくなったフランを更に励ました後、私は静かに眠りについた。眠りといっても、仮眠のようなもの。そのつもりだったのだが、結局深い眠りとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ――アリスの家に来て以来、いや、誕生してから最大の悪夢を味わった後、私は布団を払いのけて飛び起きた。どれだけ寝ていたのだろうか。首を何度も振り意識を覚醒させた後、両手を見る。赤い液体はついていなかった。近くには、アリスの気配もある。

 と、あまりに乱暴に飛び起きたため、アリスが呆然としている。ずっと近くにいてくれたのだろうか。これはなんとか誤魔化さなければ。

 

「……お、おはようございます。あはは、ちょっと夢見が悪くて」

「…………」 

 

 アリスは私の顔を見て、言葉を失っていた。寝起きだから、相当面白い顔をしていたのだろう。

 

「大丈夫ですか、アリス。お化けでも見たような顔をしていますよ」

「早くこっちに来なさい!」

 

 すぐに抱き寄せられると、そのまま居間のソファーへと寄りかからされた。何か薬のような物を飲まされる。それからは人形達が寄り添ってくれたので、なんだか楽しかった。

 少し経つと、いつもの調子に戻ったので、美味しいご飯を頂いた。アリスはずっと私の様子を観察していた。まだ顔が変だっただろうか。そういえば、途中で鏡を覗いたら、やけに目が黒く濁っていた気がする。私の目はこんな色だったっけか。まぁどうでもよいことだ。髪の色も赤黒かった気もする。きっと寝起きで見間違えたのだろう。うん。

 

 ちなみに、悪夢と言うのは、私が嫉妬に狂ってアリスを殺してしまう夢だった。自分にないものを全て持っている完璧なアリス。私は彼女になりたいと思った。思ってしまった。だけど、アリスはここにいる。

 ならば、とって代わってしまえと、誰かが呟いたのだ。甘く暗い声色で囁いた。私は必死に止めようとしたが、身体が全くいう事を聞かない。悲鳴を延々と上げる私。そして、それを実行に移してしまったところで目が覚めた。最後に見た私の両手は、真っ赤に染まっていた。

 ……本当に恐ろしい夢だった。これが絶対に現実になることはないのが幸いだ。アリスは冷静で優秀な魔法使い。私のような半端者がどうにかできるような相手ではない。だから、本当に良かった。

 それに、アリスを殺すくらいなら、私がいなくなるのが当然のことだ。命に軽重はないと偉い人が言ったらしいが、この世界ではそれは間違っている。だって、ここは楽園じゃないのだから。いや、楽園などどこにも存在しないのだろう。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 ――今日は、アリスの家に泊まってから3日目だ。外は凄く良い天気。昼寝をするにはとても良さそうな陽気である。

 さて、どうやってベッドから逃げ出そうかと考えていたら、妖夢が見舞いの品を持ってやってきた。アリスは、玄関で別の客人の相手をしているようでここにはいない。最近のアリスの家は千客万来で大忙しだ。

 妖夢には白玉楼でお世話になったので、早速お礼を言う事にする。私はベッドの上に正座し、平伏する。妖夢は庭師だけど、剣を持っているから侍だ。しかも二刀流。そして侍と言えば土下座。誠意を見せるにはこれしかない!

 

「この前は本当にご迷惑をお掛けしました。どうか非礼の数々をお許しください。この通り反省しています」

「や、やめてください! そんなことをされたら、私が幽々子様に怒られます! いいからやめて!」

 

 泣きそうな顔をした妖夢に、強引に起こされてしまった。

 と、私は半霊に目を奪われる。これが幽霊なのかぁと、ツンツンしたくなる。でも迷惑だろうから自重する。

 

「わざわざ来てくれてありがとうございます。でも、この通り元気なので、もう大丈夫ですよ。幽々子さんにも、お気遣いいただき、ありがとうございましたとお伝え下さい」

「えっと、その。そういう訳にもいかなくてですね」

「?」

「実は、ちょくちょくこちらに窺う事になりました」

「それは、どうしてです?」

「幽々子様は、貴方に庇われた借りを返したいのだと思います。ですから、私は貴方の鍛錬のお手伝いをします。聞くところによれば、アリスさんのもとで武者修行をしているとか。私も色々協力できると思いますよ!」

 

 鼻息荒く、自分の胸をドンと叩く妖夢。なんというか、嬉しいけれど、非常に心苦しい。

 

「いえいえお気遣いなく。冥界からわざわざ来るのも大変でしょうし。お気持ちだけで結構です」

「そういう訳にはいきませんよ。アリスさんと風見幽香さんの許可は頂いていますし、何の問題もありません」

「え。お、お母様が?」

「はい。ちゃんと許可を貰いましたよ」

 

 アリスはともかく幽香まで許可を出した? 信じられない。まさに青天の霹靂だ。これは一体どういうことだろう。

 ……あ、そうか! 私が帰ってきたらぶち殺すつもりだろうから、それまではどうでも良いということだろう。つまり、私の命は、後4日なのだ。うん、実に恐ろしい。やばい。手が震えてきやがった! 武者震いではなく、当然怖気づいているだけである。

 どうするかといっても、どうしようもない。逃げる場所なんてもうないし。そもそもアリスの監視が厳しくて逃げ出せないし。もう先のことは考えたくない。今が楽しければそれで良いのである。私は宿題を放置する夏休みの小学生になりきることにした。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「え、ええ。大丈夫ですよ。問題ありません。でも、鍛錬の手伝いと言っても」

「幽香さんからは、武器を使った戦闘や、実戦的な弾幕勝負について教えろと指示されました。……ここだけの話、最初に話しかけたときはお化けより怖かったです。視線で殺されるかと思いました」

 

 そう語る妖夢の顔は青褪めている。幽香は花畑に来た人間や見知らぬ妖怪は問答無用で追い返している。聞き分けのない場合は、それなりに痛めつけてだ。

 太陽の畑には、たまに勇気があるというか、無謀な馬鹿者がやってくるのである。スルーされるのは妖精さんぐらいなものだ。

 つまり、いきなり攻撃されなかった妖夢は非常に幸運なのである。

 

「分かりますよ。あれはお化けなんてものじゃなくて、悪の大魔王なので。いつか封印しなければなりません」

「でも、燐香のことをとても心配していたと思うけど。なんだか元気なさそうでしたし」

「あはは、それは絶対にありません。私が死んだら大喜びで肥料にすることでしょう」

 

 私が強く言い切ると、妖夢は口ごもる。フォローしてくれようとしているのだろうけど、無理なのである。だって事実だから。

 

「これは、言っていいのかな。えっと、幽香さんだけど。実は――」

 

 妖夢が何かを言おうとしたとき、アリスが早足で部屋に入ってきた。素早い動きなのに、お盆に載せた紅茶が零れていないのは凄い。今すぐにメイドになれそう。

 

「これ、妖夢が持ってきてくれた最中よ。紅茶も用意したから、早速頂きましょうか。美味しそうよ」

「……アリスさん」

「妖夢。手伝ってくれるわよね?」

「は、はい」

 

 妙に迫力のあるアリス。何かあったのだろうか。良く分からない。なんにせよ、最中は楽しみである。たまには和菓子というのもいいものだ。しかも箱を見る限りすごい高級そう。私は甘いものが大好きなのだ。

 それにしても、こんなに幸せな生活を謳歌していて良いのだろうか。色々な人が来てくれるから、そんなに退屈じゃなくなった。無理して外にでなくてもいいかと思い始めてしまっている。あと4日間、のんびり過ごすのも悪くない。

 

「……ん?」

 

 ――ふと窓を見ると、ニヤリと笑いながらピースをしている白黒魔法使い、霧雨魔理沙の姿があった。箒に跨って、ホバリングしている。その顔は悪戯めいた笑みが浮かんでいる。私が手を振ると、白い歯を見せてニコッと笑ってきた。なるほど、これは惹き付けられるのが良く分かる。さすがは主人公。三国志でいえば、魅力100の人たらしである。

 

「どうかしたの、燐香」

「いえ。魔理沙がそこに」

 

 私が指を差すと、アリスの形相が今までにないほど険しくなる。いつもは優しい目なのに、今は敵意がありありと浮かんでいる。

 

「……あの馬鹿が。大人しく帰れと言ったのに」

「アリス。さっきのお客さんは、魔理沙が来ていたんですか?」

「ええ。別に知り合いでもなんでもないから、すぐに追い返したけど。パチュリーの話によると手癖が悪いらしいから、興味をもたれたくないのよ。迷惑だから」

「や、やけに冷たいですね。同じ魔法使いなんだから、もっとフレンドリーに――」

 

 このぐらいの時期に仲良くなってないと、永夜抄で不味い気がするんだけど。この前の春雪異変のときは、それなりに打ち解けていた印象があるのに。一体どういうことだろう。よく分からない。

 

「必要ないわ。魔法使いだからって、馴れ合わなければいけないルールはない。すぐに追い払うから気にしないで」

 

 アリスは舌打ちしてカーテンを閉めると、呪文を詠唱し始める。すると、外から爆音と悲鳴のようなものが聞こえてきた。一体何をしたのだろうか。

 カーテンを開けて外を確認しようとしたら、上海人形に制止された。

 

「ア、アリス?」

「人形を遣って追い払っただけよ。妖夢、もしこのあたりでアレを見かけたら問答無用で追い払って。お願いね」

「わ、分かりました。私にお任せ下さい。この剣にかけて近づけさせません!」

「宜しくお願いね。時間を稼いでくれれば、私もすぐに援護するから」

 

 誰にもそれなりに優しいアリスにしては、珍しいほどに冷たい対応だ。うーん、魔理沙とアリスはもっと仲良くなるはずなのに。春雪異変が終わったんだから、アリスの家にちょくちょく来ていてもおかしくない。というか、今来てたし。

 私のせいだろうか。ならばフォローしなければ。アリスと魔理沙、そしてパチュリーが揃ったお茶会を私は是非見たいのだ。三人の会話は聞いているだけで楽しいだろうし。

 

「あの、別に入れてあげても良いと思うんですけど。先に注意しておけば勝手に物を盗ったりしないでしょうし」

 

 もしかすると、アリスが厳重に封印しているあのグリモワールを取られることを恐れているのだろうか。流石の魔理沙も、あれを盗っていったりはしないと思うけど。図書館のアレはじゃれあい見たいなもので、本気で憎まれるようなことをするようには思えない。

 

「駄目よ。霧雨魔理沙をこの家に入れることはできない。というより、関わらせたくないの」

「どうしてです? 彼女も魔法使いだし、弾幕勝負はとても強いということですし、私も是非お話を――」

「……この件に関して、貴方はこれ以上気にしなくていい。もう会うことはないようにするから。さぁ、お茶にしましょう」

 

 アリスが私の頭を撫でると、紅茶を置いて出て行ってしまった。妖夢もそれに続いて行ってしまう。

 

「…………」

 

 なんだかアリスの行動が不自然な気がする。絶対におかしい。魔理沙への冷たい対応が私のせいなのは間違いない。でも、なんでだろう。私は魔理沙とも仲良くしたいと思うのだが。

 彼女の行動力は本当に凄いし、私にも友好的に接してくれたから悪い印象はない。手癖は確かに悪いだろうけど、悪人には見えないし。ちょっと話した限りでは、明るく元気な女の子である。私なんかと違って、眩しいくらいの生命力に溢れているし、霊夢に負けないくらい咲き誇っている。羨ましい。アリスの友人として実にお似合いだと思う。

 

 多分だけど、さっきは私の様子を見に来てくれたんだと思う。わざわざお見舞いに来てくれたのに、本当に悪い事をしてしまった。今度謝りに行くとしよう。アリスに見つからないように、こっそりと。私の隠形術は完璧だから、多分バレない。まぁ、今度があればだけど。私は来週生きているのだろうか。

 

「うーん、そのうち仲良くなるのかな?」

 

 流れに任せれば良いのかもしれない。下手に私が手を出すのも変な話だし。

 うん、今日はアリスの虫の居所が悪かっただけだ。そういうことにしよう。どんなにクールな魔法使いでも、そういう日もあるさ。

 昨日の私はなんか変だったけど、今日はとっても気分が良いし。そういうことだ。マリアリはジャスティス? だっけ。とにかく、仲良き事は美しい事である。幻想郷の皆には、常に笑顔で楽しくいてほしい。その方が見ていて楽しいし、幸せな気分になれるから。

 



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第四十一話 交差する欲望

「だから、何が気に入らないんだよ! ちょっと会って話をするだけじゃないか!」

「問答無用!」

 

 魔法の森上空、霧雨魔理沙は愛用の箒を小刻みに駆って、魂魄妖夢の弾幕を回避する。こちらの撃墜が目的ではないようなので、それほど脅威ではない。だがこのままでは、肝心のアリス・マーガトロイドの家にたどり着けない。やはりここで勝負せざるを得ないらしい。妖夢の相手はかなり疲れるのだが、仕方ない。

 

「そんなに相手をしてほしいならやってやるよ!」

「以前の私と同じと思ったら大間違いだ!」

「そうかいそうかい。大体なんでお前がここにいるんだよ。お嬢様のお守りに戻ってろよ!」

「幽々子様を馬鹿にすると許さない! それと、今の私は白玉楼の庭師兼用心棒だ!」

 

 二刀を構えてキリッとしたポーズをとる妖夢。それなりに格好良いけど、この少女は見た目ほど弾幕勝負は強くない。速度で撹乱すると徐々に焦りを見せ始めるので、そこが狙い目だ。もちろん、剣術では相手にならないだろうが、生憎今の幻想郷はスペルカード全盛。魔理沙にとっては実にありがたい。

 ということで、軽く挑発から入る事にする。頭に血を上らせてしまえば、妖夢を崩すことは容易い。

 

「あ、もしかしてこの前の勝負のこと根に持ってるのか? ははっ、妖夢ちゃんは背だけじゃなくて、器も小さいんだなぁ」

「お、お前にチビだなんて言われたくない! それに、これは根に持っているとかじゃねーし!」

 

 面白い言葉遣いになるのが、冷静さを失っている何よりの証拠。本当に分かりやすい奴だ。

 

「へぇ。じゃあなんなんだよ」

「私の使命だ! 私の誇りに賭けて、ここは通さない!」

「全く、通行の邪魔しておいて何が使命に誇りだよ。少し頭を冷やしな、この半人前庭師!」

「ば、馬鹿にするなッ! 私は半人前じゃない!」

「へへ、それじゃあ行くぜ!!」

 

 魔理沙は魔力を解放して、妖夢に一挙に肉薄しようとする。――が、横から不意に現れた弾幕により阻止された。これは牽制ではなく、当っても構わないという類のもの。しかも威力は相当なもので、まともに当たれば撃墜されていたかもしれない。

 魔理沙は魔力弾が放たれた方角へ視線を向け、大声を出す。

 

「おい! いきなり横からは汚いだろう! 乱入するならするで宣言くらいしろっての!」

「うるさいわね。招かれざる客人にはこれで十分よ」

「ちえっ、また二対一かよ」

「ネズミには十分すぎる歓迎でしょう。手間をかけられるこちらは良い迷惑よ」

「別にもてなしてくれとは言ってない。ただ、アイツの様子を見に来ただけだ。弾幕勝負なら、後でやってもいいからさ。物事には順序ってものがあるだろ?」

 

 戦う意志はないと魔理沙が両手を軽く上げると、妖夢がアリスの顔色を窺う。

 

「……アリスさん、どうしますか? 手を上げてますけど」

「別にこちらも戦いたいわけじゃないわ。ただ、あの子に近づいて欲しくないの。特に貴方にはね」

「なんでだよ。この前の怪我を心配して何が悪いんだ? 私はそんなに薄情じゃないぜ」

 

 魔理沙は純粋に風見燐香のことが心配だったのだ。腹部を貫いた黒い蝶の弾幕。友人である霊夢を庇った代償によるもの。一度顔を会わせたぐらいで、大した縁もないのに、燐香は命懸けで霊夢を守った。あれが直撃していれば霊夢は危なかったはず。

 素直に礼を言う事ができない友人の代わりに、魔理沙はここを訪れたのだ。ちゃんと見舞いの品も持っている。取れたての新鮮キノコ。ちゃんと滋養強壮になるものを選んでいる。

 それなのに、先日は妖夢だけを家に入れて、自分はたたき出される始末。裏から入ろうとしたら人形までけしかけられた。一日置いてやってきたら、今度は妖夢まで邪魔してくる。いい加減頭にきてもおかしくないだろう。

 

「そもそも、燐香の怪我の原因を作ることになったのは貴方達のせいでしょう。そんな人達に心配してもらう謂れはない」

「おいおい。あの異変は私達がやったことじゃないぞ。それなら妖夢のほうが罪が重いんじゃないか? 異変を起こした黒幕側だ」

「――ううっ。それは、その、そうなんだけど。ごめんなさい、アリスさん」

 

 妖夢が目を伏せる。別に責めている訳ではないが、難癖をつけられるのも腹立たしい。言うべきことははっきりと言う。それが魔理沙が魔理沙たる所以である。

 

「気にしないで妖夢。私は異変を起こした者を責めているわけじゃない。燐香が異変に関わる切っ掛けを作ったことが腹立たしいだけ。貴方たちが来なければ、あの日は何事もなく過ぎ去ったというのに」

「それは言いがかりだぜ。第一、あの時は普通に話してたのに、なんで急に私を敵視するんだよ。霊夢と燐香が弾幕ごっこしてたときも怒ってなかっただろ。唐突すぎて意味がわからない」

「……言いがかりですって? 難癖をつけた挙句、私達に強引に戦いを仕掛けておいて、良く言えたものね。――あの日、私達は関係ないと何度も言ったわ。聞く耳を持たなかったのは貴方達よ」

 

 アリスの目が険しくなる。先ほどから敵意全開である。というか、殺意まで混ざっている。これは流石にどうかしている。

 

「だから、敵意を向けるのは止めてくれ。まずは穏やかに話をだな……って、言い合ってても埒があかないか」

「…………」

「まさか、あんなことになるなんて思ってもみなかったんだ。でも、顔を見るぐらいは構わないだろ。巻き込む切っ掛けを作ったことを、本人に直接謝るよ。だからさ――」

 

 アリスが怒っている理由は、燐香が危険な目に遭ったからと推測する。だから、本人に会って謝罪するといっているのだ。それなのに、表情は一切変わらない。完全に敵を見る目である。異変の夜に会ったときとは真逆だ。あのときは、冗談を言い合える感じだったのに。

 

「貴方の事情と言い分は良く分かったわ」

「そいつは嬉しいね。なら――」

「私の考えは何も変わらない。帰りなさい」

「この分からずやが!」

 

 魔理沙はこうなれば強引に突破してやると、ミニ八卦炉を構える。二対一だろうが受けて立ってやろうじゃないか。不利な状況ほど燃えるというもの。魔理沙は苦境をバネにしてここまで力をつけてきたのだから。

 だが、アリスは特に何かをする素振りはない。人形を遠ざけ、まるでわざと受けるような態勢を取っている。

 

「撃ちたいならどうぞご自由に。それで気が済んだら帰りなさい」

「……おい。私を舐めるのもいい加減にしておけよ? 人間だからって舐めているのか? 本気でぶっぱなしてやろうか」

「舐めてはいない。ただ、燐香にあわせたくないだけ。だから、一撃なら喰らっても良いと言っている。……あの子は今不安定なの。人間である貴方たちと関われば、恐らく碌なことにならない」

 

 アリスの冷たい声。魔理沙はやりづらさを感じて、髪を掻きあげる。とんがり帽子の位置を直して仕切りなおしだ。

 

「過保護すぎだぜ。大体、あいつは妖怪なんだろ? 私みたいな貧弱な人間がどうこうできるとは思わない。というかさ、それならなんで妖夢はいいんだよ。そいつだって人間じゃないか」

「妖夢は半分は幽霊だから問題ない。貴方が死んだら会わせてあげてもいいわ。死んだらね」

「そいつは名案だがお断りだ。……つまり、人間と関わらせると不味い事情があるわけだ。理由があるなら聞いてやるぜ。納得したら大人しく引き下がるさ。さ、どんと話してくれ」

 

 燐香が不安定というのには、思い当たることがある。母親であるはずの、幽香の腹部を手刀で貫いた事。なぜあんなことをしたのか。そして、幽香も燐香の首を締めていた。凄まじい妖力を注ぎ込みながら。あれは一体どういうことなのか。分かる訳がない。だから気になる。

 そういうことも、チャンスがあれば本人に聞こうと思っていたのだが。魔理沙はとにかく知る事に貪欲である。知識欲は誰よりも旺盛なのだ。

 

「貴方が知る必要はない。とにかく余計な興味を持たないで。お願いだから」

「へへ、嫌だね。私は色々なことを知る為に魔法使いになったんだ。隠されると余計に知りたくなる。それに、そんなことを言う権利はお前にはないだろ。幽香ならともかく、お前はアイツの親でもなんでもないじゃないか」

 

 魔理沙がそう言い放つと、アリスの顔が一瞬だけ酷く歪む。ゾッとするような殺気が周囲に迸るが、直ぐに収まった。そして、アリスは人形のように表情がなくなった。凍りついた、という表現がもっとも相応しいか。

 衝かれたくない“モノ”というのは誰にでもある。それに触れてしまったため、本気で怒らせてしまったらしい。一言余計なのが悪癖なのは自覚しているが、どうにも直すことができない。だから、こういうときは素直に謝ることにしている。

 

「悪い、言い過ぎた。ごめん」

「……本当の事だから良いわ。そして、これ以上話しても無駄ということが分かったから、強引に排除することにする。死んでも悪く思わないでね」

「――げっ」

 

 いつの間にか背後に、アリスの人形が回りこんでいた。回避しようにも、箒に人形が纏わりつき邪魔をしてくる。

 

「おい、こんなの反則だろ!」

「誰が弾幕勝負をするなんて言ったのかしら」

「ちょ、ま――」

 

 スペルを発動する間もなく、容赦ない魔力弾が放たれ、魔理沙は撃墜されてしまった。弾幕ごっこなら、避けられない攻撃はルール違反だと文句をつけるところだが、今回はそんな話はしていなかった。単純に自分の油断が原因。魔理沙は汚れた服を手で払いながら、ふて腐れて帰る事にしたのだった。次は絶対に顔を拝んでやると心に決めて。

 

(……というか、なんでお見舞いするだけでこんな目に会わなきゃならないんだ? 割に合わないぜ。けど、絶対に諦めないからな!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、そんなこんなで叩き落されたってわけだよ。全部おまえのせいだ。さぁ、詫びを寄越せ」

「はぁ? なんで私のせいになるのよ。アンタが勝手にお見舞いに行っただけじゃない」

「お前の代わりにお見舞いに行ってやってるんだろ。感謝してほしいぜ」

「ふん、なんで私が妖怪なんかを見舞わなきゃいけないのよ。御札の一撃ならお見舞いしてやってもいいけどね」

「あーやだやだ。子供に庇われたのに、素直に感謝できないなんて。私は本当に悲しいよ。あーあ、情けない情けない」

「――くっ」

 

 魔理沙が全身を使って嘆息してやると、グラスをもったまま霊夢が視線を逸らす。

 こいつは本当に素直じゃないのだ。本当はお見舞いにいきたいだろうに、博麗の巫女という立場が邪魔をして身動き出来ない。面子とかプライドとか、そういうのが邪魔をする。

 妖怪の、しかも子供に庇われたという事実。命を救われてしまったことを素直に受け入れられない。霊夢の代わりに風見燐香は重傷を負って、瀕死に陥ってしまったのだ。霊夢はさぞかし焦っただろう。死なれでもしたら、どうしようもなくなってしまう。

 そういった色々な事情を汲み、魔理沙は代わりに行ってやることにしたのだ。少しは霊夢の気分が楽になるだろうから。

 

「う、うるさいわね。違うのよ。あれは、何かの間違いよ」

「間違い、ねぇ。ま、お前がそう考えてるなら別にいいけどさ」

「…………」

「…………」

「……で、ちょっとは会えたの?」

「まぁな」

「ど、どうだった? アイツ、ちゃんと生きてた? 怪我は大丈夫そうだった?」

 

 興味がないような素振りをしておきながら、身体を乗り出して聞いてくる霊夢。愛想もないし言葉遣いも汚いが、根は悪い奴ではないのだ。死ぬほど素直じゃないだけで。

 魔理沙の予想だが、霊夢はそのうち自分で様子を見に行くだろう。そして気まずい時間を過ごした挙句、罵倒して帰ってくるのだ。こいつはそういう奴だから。

 

「昨日、窓からちょっとな。ベッドで寝てたけど、ピースしてやったら元気に笑ってたよ。多分大丈夫だと思うけど」

「ふーん。そうなんだ」

「ぷっ。あははは! なんだその顔!」

 

 魔理沙は堪えきれずに噴出した。霊夢の何かを噛み潰したような顔が面白かったから。

 

「何がおかしいのよ! 失礼な奴ね!」

「いや、なんでもないさ。こっちのことだ。あー、酒が美味いぜ」

 

 霊夢が睨んできたので、慌ててグラスに口をつけて誤魔化した。

 

「なるほどねぇ。あの異変でそんな面白そうなことがあったなんて。咲夜、私もお前と一緒に行けばよかったかな」

「冥界の空気はお嬢様には相応しくありません。あそこは死者の世界ですから」

「私は全世界を支配する定めをもった女よ? どこだろうが何も問題ないわ。天界から地獄、果ては月までも支配する事ができる」

「流石はお嬢様です。この咲夜、恐れ入りました」

「かしこまる必要はないよ。お前は私の従者なのだから、胸を張りなさい」

「はい!」

 

 隣で先ほどから黙っていたレミリア・スカーレットと十六夜咲夜がアホな会話を繰り広げている。その横には、魔理沙が最近良く訪れている図書館の管理人もいるのだが、沈黙したままだ。というか、外に出たのを初めてみる。本当に出不精極まりない女なのだ。

 

「おい、そこの吸血鬼。勝手に私の家の酒を飲むんじゃない」

 

 霊夢は不機嫌そうにお馬鹿な主従を睨みつける。

 

「おかしいわね。だって今日は宴会のはずでしょう。客人をもてなすのはお前の義務だろう」

「私は誰も呼んでないわよ。というか、宴会なんてやると言った覚えもないのに、なんでこいつらは集まってんのよ! 私の家は花見会場じゃないってのよ!」

 

 博麗神社には、妖精やら妖怪やらがたむろして酒を煽っている。一体どこから集まってきたんだという感じだ。

 

「騒がしい奴だな。もっと心に余裕を持ったらどうだ」

「出て行けこの馬鹿共が!」

 

 霊夢が立ち上がって怒り出す。だが誰も聞いていない。騒がしくて、雑音に混じってしまっている。しかも酒が回っているから余計だ。霊夢が実力行使に出ても、多分事態は好転しないだろう。

 

「ははっ、妖怪神社に相応しい有様だな。おめでとう、妖怪巫女。将来は妖怪の旦那を迎えるんだろう? どんな子供が生まれるか楽しみだな!」

「……魔理沙。アンタ、全力のグーで殴られたいみたいね。今日は10発行くから歯を食い縛れ」

「ま、待てよ。旦那は冗談だけど、妖怪が多いのは本当のことじゃないか。人間がここじゃ希少生物だぜ」

「……否定出来ないのが悲しいわね。でも、ムカついたから一発殴らせろ」

「いてっ!」

 

 参加している人間は、魔理沙、霊夢、咲夜のみ。後は全部妖怪と妖精だ。どこからか酒や料理を持ってきたり、持ち出したりと非常に騒がしい。

 その中には八雲紫のような胡散臭いのまで参加している。霊夢の方を見ては、ニヤニヤと笑っているのが少し気色悪い。何を考えているか分からないが、どうせ碌なことじゃないだろう。目つきが怪しいし。

 

「お嬢様。こんな小汚い場所にわざわざ来なくても宜しいのでは?」

「おやおや。咲夜はここが気に入らないのか?」

「住んでいる人間が貧乏くさいせいか、少々饐えた臭いが致します。偉大なお嬢様には相応しくありません」

「ああ? お前の鼻がおかしいんじゃないの。この犬っコロが」

「あら失礼、つい本当のことを言ってしまいましたわ。心から謝罪いたします」

 

 全然謝っているようには見えない。頭も下げてないし。というか見下してるし。背丈は咲夜の方が上だ。

 

「謝罪にしては誠意が足りないんじゃないの? ほら、悪いと思うなら土下座しなさいよ。土下座」

「性格が悪いと、顔が醜くなるという話を聞いた事があるの。どうやら本当だったようね」

「ぶっ殺すぞ」

 

 ガンを飛ばしあう霊夢と咲夜。竜虎相打つみたいな題字をつけられそう。本気でこいつらが暴れると、ここは更地になることだろう。

 

「出来もしないことを言うのは止めなさいな。貴方は妖怪専門でしょう? 本気の私に敵う訳がないじゃない」

「ふん、この前見事に負けたくせに良く吠えるわね。今度は半べそ程度じゃすまさないわよ?」

「遊びと本気は違うわ。私が本気を出したら貴方は泣いちゃうでしょう? 泣き虫巫女なんて噂が立ったら大変。幻想郷の平穏のためにも、そうやって永遠に強がっていて頂戴」

「よし、全力で泣かす」

「やってみなさい」

 

 霊夢と咲夜がやりあっているのを、レミリアが心から楽しそうに眺めている。しばらく拳を繰り出しあっていた二人だが、宴会の騒がしさに我を取り戻したらしく、再び座り込んだ。勝負はお預けのようだ。

 魔理沙はなんだかアホらしくなったので、桜を眺めながら酒を楽しむ事にした。と、これでもう全部空っぽだ。

 

「霊夢、もう酒がないんだけど。どうしたらいい?」

「アンタたちのせいで、ウチにあった酒がすっからかんになったのよ。……まぁ、ちょっと持ってくるわ。八雲紫がなんだか沢山寄越してきたからね。一人じゃ飲みきれないぐらいあるのよ」

「なんだ。お前の酒じゃないのかよ。思わず感謝しちまうところだったぜ」

 

 魔理沙が呆れると、霊夢が何も問題ないと言い放つ。

 

「今は私のよ。だから、どんどんお礼を言いなさい。あとお賽銭もよろしく」

「それはまた今度な」

「咲夜。貴方も手伝ってあげなさい。ついでに適当に料理を作ってきて。小腹が空いたわ」

「ちょっと待ちなさい。勝手にうちの食材を使わないで。後で私が困るでしょうが!」

 

 食糧のことになったので、霊夢の表情が真剣になる。賽銭の収入が乏しいので、かなりの節約家なのだ。たまにキノコを土産に持っていくととても喜ぶ。現金な巫女である。

 

「紅魔館から持って来たのがあるから心配するな。あまりはあげるわ。ガリガリの巫女なんて私は見たくないからね」

「……それなら好きにしなさい。でも、台所を汚したら殺すわよ」

「私がそんなことをする訳がないでしょう?」

「それじゃあよろしくね、咲夜」

「承知いたしました。直ちに――」

「時を止めて作業するのはなしよ。風情がないからねぇ。私もお前を待つ楽しみを味わいたいじゃないか」

「……承知いたしました」

「こっちよ」

 

 霊夢が家の中に入っていくと、咲夜も無言でそれに続いて行く。

 両者の姿が見えなくなると、レミリアが押し殺した笑い声を漏らす。

 

「ククッ、堪らないねぇ。ねぇねぇ今の見た、パチェに魔理沙。いやいや、もう酒が進む進む!」

「ええ、全部見てたわよ。本当に趣味が悪いわね」

「ん? なんのことだ?」

「咲夜の嫉妬する姿だよ。私が霊夢に構うから、咲夜は嫉妬していたのさ。ああ、あの感情は実に私を潤してくれるよ。なんて愛らしい従者なんだろうね。一生この手で愛でてやりたい。いや、私は愛でるぞ!」

「……変態。うつるから近寄らないで」

「おやおや、パチェも嫉妬か? なぁに全然構わないよ。私の器は何千人、何万人だろうが受け止めるられるほどに大きいからね。遠慮なくどんと来るがいいさ。来るものは拒まないのがこのレミリアだ。さぁこい!」

「うるさいのよ、変態」

「確かに、見事なまでの変態だな」

 

 魔理沙は引いた。

 

「嫉妬の感情は人間も妖怪も変わらない。ククッ、それに霊夢にちょっかいを出すと、さっきからあの賢者が睨んでくるのも面白い。それも堪らない。素直じゃない霊夢は確かに愛らしいがね。いやぁ、幻想郷はまさに楽園だよ。なぁパチェ、こっちに来て正解だったろう」

「知らないわ。私は巻き込まれただけだし」

「一番ノリノリで準備を進めていたのはお前じゃないか。まぁいいか。過去を振り返っても仕方がない。……ところで魔理沙、私には夢があるんだが聞いてくれるかな?」

「なんでだろうな。あんまり聞きたくないんだが」

 

 知識欲旺盛な魔理沙だが、これはあんまり関わりたくない。知りたくないというか。

 

「いやいや、是非聞いてくれ。この幻想郷には瑞々しくて美味しそうな青い果実がたくさんあってだな。私はそれを全部味わいたいんだよ。嘗め回したり撫で回したり血を存分に吸ったりじっくりと弄んだりしたい。私の咲夜を奪われるのはいやだけど、他人のは欲しいんだ。だって私は悪魔だから。私は全部欲しいんだよ」

 

 クククと薄ら笑いを浮かべるレミリア。酔いが回っているようには見えない。つまり、これが素なのである。レミリアを止めてくれとパチュリーに視線を送るが無視された。誰にも止められないという意志表示だろう。

 

「へ、へぇ。そうなんだ」 

「ああ。当面の目標は霊夢だ。アイツの血を吸って下僕にした姿を、八雲紫にまざまざと見せ付けるのさ。さぞかし愉快で痛快だろう。次は風見燐香。我が妹フランの初めてのお友達。しかも風見幽香の娘だとか。あれも血を吸って下僕にしたい。フランがさぞかし嘆いてくれるだろう。私はその悲痛な姿を想像するだけで至福の気分に浸れるよ。嗚呼、愛しの我が妹よ!」

「……おーい。帰ってこーい」

 

 魔理沙が声をかけるが、レミリアの意識はあっちへ行ってしまっている。

 

「あとは白玉楼の魂魄妖夢だっけか? うん、あれも欲しいな。ついでにお前も欲しいぞ、霧雨魔理沙。ククッ、どいつもこいつも私が死ぬまで面倒をみてやろう。嫉妬だろうが色欲だろうが憤怒だろうが、どんな感情でも私は受け止めてやる。私は偉大な悪魔だからな! でも怠惰な奴はノーサンキュー。なぜなら怠け者は私だけで十分だからだ。分かったか!」

 

 腰に手を当てて、ふんぞりかえるレミリア・スカーレット。力で止めてくれそうな博麗の巫女様は現在離席中だった。

 

「誰かこいつを止めてくれ。私にはとてもじゃないが無理だ。常識人だからな」

「私も無理よ。変態の面倒を見るなんて本当に嫌だし」

「では、少しだけ味見をするとしようか。――大丈夫、痛いのは最初だけで、すぐに気持ちよくなる。エスコートは任せておけ」

「お、おい。よせ、この馬鹿! ちょっと、わ、私から離れろ! 止めろって!」

 

 魔理沙が助けを呼ぶ為に声を上げる。咲夜か霊夢が戻ってこないと対処できそうにない。この吸血鬼は我が儘だからだ。どちらかというと、フランドールの方が冷静に話ができるような気がする。というか、マジでやばい。冗談だとは思うが、普通に口から牙が覗いているし。抱きついてきた手を引き剥がそうにも、全く動かない。なんて馬鹿力だ!

 

「た、助けてくれ!」

「――お困りのようね、魔理沙。少し静かにさせましょう。どうも聞き捨てならないことを言っていたようだしね」

「八雲紫か。無粋な奴だな。一体なんの用だ――って、ぎゃああああああああああ!!」

「少しは目が覚めたかしら」

 

 夜だというのに、レミリアの頭から赤い光が照射されている。スキマが開いているらしい。多少加減しているのか、日光は夕陽のようだ。それが加減していることになるのかはしらないが。だって同じ太陽だし。

 

「ばたんきゅー」

 

 レミリアは口から煙を出すと、そのままバタっと倒れてしまった。パチュリーがご臨終ですとばかりに拝んでいる。面白い連中だ。

 

「なぁ、お前は仏教徒じゃないだろ」

「こういうのは気の持ちようなのよ。ようやく静かになって清々したわ」

「だけど助かったぜ。ありがとうよ」

 

 胡散臭い妖怪だが、一応感謝しておく。

 

「お気になさらず。全く、あちらこちらに手を出そうとするのは頂けないわ。咲夜ちゃんが可哀相でしょうに」

「手を出したときの各人の反応を楽しんでいるから、余計に手に負えないのよ」

「はぁ。難儀な性癖ね」

「そこでお願いなんだけど、妖怪の賢者。これ持って帰ってくれない? 紅魔館の当主は妹様に継いでもらうから。吸血鬼だけあって結構力持ちだから、雑用ぐらいはできると思うけど」

 

 かなりひどいことを言っているが、レミリアは口から泡を吹いたままだ。特に同情する気にはなれないので放っておく。

 

「ウチも間に合っています。それでは、私は戻りますわ。ごきげんよう」

 

 そういうと、扇子を口に当ててゆらゆらと浮きながら式神の元へ戻っていく紫。実に良く分からない妖怪だ。だが、実力者なのは間違いない。そして、霊夢に興味津々らしい。吸血鬼に謎のスキマ妖怪。霊夢は本当に碌でもない連中に目をつけられるらしい。

 

「あ、そうだ。パチュリーは、あの人形遣いと仲が良いんだろ?」

「アリスのことかしら。まぁ、数少ない友人の一人ね」

「だったらさ、ちょっと間を取り持ってくれよ。アイツ、私をやたらと敵視してくるんだ。話もできなくてさ」

「……そうなの? アリスが理由もなくそんなことをするとは思えないけど。彼女は無意味に敵意をばら撒いたりしない。幻想郷における、数少ない人格者だもの」

 

 パチュリーが怪訝そうな表情をする。これはお願いできそうだと思ったので、事情を説明する事にした。

 

「いやぁ、実はさ――」

 

 春雪異変でのこと、白玉楼で起こったこと、今日撃墜されたことなどを大体説明し終えると、パチュリーは一言だけ発した。

 

「諦めなさい」

「おい。長々と人に話をさせておいて、それはないだろ」

「貴方の長所はその行動力と執着心、そして貪欲な知識欲。それが貴方の魔法使いとしての原動力となっている。それを奪う気はない。だからといって、何にでも首を突っ込んで良いという免罪符でもない」

「そりゃそうだけどさ。お見舞いするのがそんなに悪い事か?」

 

 魔理沙が頬を膨らませると、パチュリーが苦笑する。

 

「本心は、それだけじゃないのでしょう? だって、貴方は風見燐香の無事を、昨日その目で確認しているのだから。その上で、私に仲を取り持つように依頼している。それは何故かしら?」

「い、いや、それはその」

 

 完全に見透かされている。西行妖の一件でのこと。燐香の正体と風見幽香との歪な関係。それを知りたいという気持ちはある。何かしたいわけじゃなく、どういうことなのか知りたいだけ。相手からしたら良い迷惑だということは分かっている。だから、見舞いがてら様子を見るぐらいで最初は収めるつもりだった。だが、最初の一歩すら許されないから納得がいかない。

 

「知りたいという欲望に素直なのは構わない。魔法使いである私には、貴方の気持ちが良く理解できる。ただ、アリスにはそれを認められない事情があるのでしょう。故に、私はどちらかに肩入れするつもりはない」

「……それはどうしてだ?」

「貴女とアリス、両方とも友人だと思っているからよ。どちらかを失うという選択肢はとりたくないの」

 

 あまりに素直なパチュリーの言葉に、魔理沙は言葉を失った。恥ずかしいという意味で。

 

「……あのさ。そういうのは、なんというか、オブラートに包んだ方がいいと思うぜ。素面じゃなくても相当恥ずかしい」

「貴方が興味を持っている風見燐香がね。友達と思ったらもう友達なんだと言ったのよ。資格や条件など必要ないと。そう言って妹様と友人になった。実に分かりやすいので、それを採用させてもらったの」

「なるほど、それは実に良い話だなぁ。じゃあ、私も私の信じる道を行くとするか!」

 

 魔理沙が酒を一気に飲み干すと、パチュリーが注いでくる。意外と気配りができる女なのだ。

 

「止めても無駄でしょうし、好きにしなさい。――ただし」

「なんだ? まだありがたいお話があるのか?」

「……無知は罪ともいう。そして、知らなかったでは済まないことがある。貴方が取り返しのつかない失敗をしないことを、心からお祈りするわ」

「……お、おい。縁起でもないことを言うなよ。本当に寒気がしたぜ」

「脅しているのだから当然でしょう」

「だから止めてくれ。お前が言うと洒落にならん」

 

 本気で背筋にヒヤリとしたものが流れた。無知は罪。だから魔理沙は多くを知ろうとしているのだ。つまり、今のままで何も問題ないということだ。そうだよな?

 

 ――と、そこにレミリアとは違う意味で鬱陶しい奴が現れた。先ほどまでは、八雲紫に接近していた天狗の射命丸だ。新聞勧誘に命をかけるはた迷惑な妖怪である。

 

「毎度お馴染み射命丸文でございます。この暖かい陽気に寒気とは聞き捨てなりませんね。是非、その理由を教えてはいただけませんか?」

「主にお前が来たせいだと思うぜ」

「いやはや、これは一本とられました。それに、これはこれは。珍しい事に紅魔館の魔女さんもご一緒ですか。いやぁ、お二人は仲が宜しいんですねぇ。できたら馴れ初めなどお聞かせいただけませんか?」

「面倒だから嫌よ」

「紅霧異変で知り合った。以上」

 

 魔理沙が一言で斬って捨てると、文は心底がっかりして嘆息してみせる。わざとらしいので、ただの演技だろう。

 射命丸はへりくだる態度ばかり取る天狗だが、その実力は相当なものだ。内心ではこちらを馬鹿にしているのだろう。それが天狗と言う種族の特徴だ。

 

「あのですね。それじゃあ記事になりませんよ。……というかですね、今回の異変もいまいちハッキリしないんですよ。どうせなら、西行妖に満開になってもらいたかったものを。『残念ながら満開になりませんでした、異変は解決してめでたしめでたし』じゃ、盛り上がりに欠けるんですよね! 分かりますか!?」

「そう言われても私は知らないよ」

「でもですねぇ。何かがあったのは分かっているんですよ。でも皆さん口がとってもお堅い! 霧雨魔理沙さん! 是非教えてください! 一部始終、一から百まで全て! あますことなく私に教えてください!」

「春が来たんだから異変は無事解決、それだけじゃないか。何か問題があったっけか」

「そうやって誤魔化すつもりですね? 私が何も知らないと思って! ちょっと私の愚痴を聞いてもらえますか?」

「聞きたくないけど、少しぐらいなら。聞かないとしつこそうだし」

 

 文が手酌で酒を注ぐと、一気に飲み干してから懐から何かを取り出す。どうやら写真らしい。

 

「これを見てください。これって、西行妖と風見燐香ですよね? そして、その先にいるのは霊夢さんと幽々子さん。どうしたらこういうシチュエーションになるんですか? 教えてください!」

 

 文が見せてきたのは、西行妖の放った弾幕から、霊夢を庇おうと射線上へと飛んでいく燐香の姿。それを遠景で撮ったもののようだ。

 

「なんだ、これ? どうやってこんな写真を……」

 

 アングルがおかしい。こんな角度から撮影できるはずがない。そこには誰もいなかったのだから。魔理沙からすると、そっちの方が摩訶不思議である。

 

「……へぇ。これが咲夜が話していた例の妖怪桜。なるほどね、実に忌まわしい」

「パチュリーさん。忌まわしいとか忌まわしくないとかはどうでもよいんですよ。これ、特ダネの臭いがプンプンするじゃないですか。間違いなく何かあったんですよ。でも、何が腹立たしいかって、この写真を寄越した奴が! その価値を! 全く! これっぽっちも、一ミリも理解してないことなんですッ! どうして記事にして公表しないのか! 私には理解できませんよ!」

 

 魔理沙はあのときのことを思い出す。文の話からすると、身内の誰かが撮ったらしいが。あの現場に、天狗なんかいたか? 色々あって気付かなかっただけかもしれないが、こんなタイミングばっちりの写真なんか取れるだろうか。そんな場所にいたら、まず見つけられると思うが。やっぱり摩訶不思議だ。

 

「で、その写真どうするんだ?」

「他人の写真を使って記事にするほど落ちぶれてはいません。全く、あの女は本当に馬鹿なんですよ。最近ヤケに活き活きしてると思ったら、肝心の新聞はさぼってるし。それでいてこんな特ダネ写真を密かに撮ってるんです。しかも能力が上がったとか自慢までしてきやがって! ああ、本当に頭にきますね!!」

 

 文が大声で激昂する。アイツというのが誰かは分からないが、同じ天狗の仲間だろう。記者同士というのも色々とあるのかもしれない。ライバルというやつだ。

 

 魔理沙も霊夢をライバル視している。向こうは絶対にそう思っていないだろうが。パチュリーの言葉ではないが、自分がそう思っているならばそれで良いのだ。大事な友人でもあるが、最大最悪の強敵でもある。いつの日か、完膚なきまでに叩き潰すのが魔理沙の夢であり野望でもある。背中を追う人間の気持ちと言うのを、霊夢にも思い知らせてやりたい。それが、誰にも知られたくない魔理沙のドス黒い本心なのである。

 

「まぁまぁ、落ち着いてもう一杯飲めよ。ほら」

「ありがとうございます、魔理沙さん。もう、飲まなきゃやってられませんよ。風見燐香は良いネタになりそうなんですけどねぇ。アレ関連は命に関わるんで、探るなら覚悟が必要なんですよ。そこまでして空振ったら泣くに泣けませんし」

「そりゃどうしてだ」

「母親が恐ろしすぎて手が出しにくいんです。太陽の畑は恐ろしい罠だらけですし。多分、あの娘のネタはアイツに独占されるんでしょうねぇ。そして一流のネタが、恐ろしくつまらない記事にされてしまうんです。嗚呼、私はそれが悲しい!」

 

「そ、そうか。そりゃ大変だな」

「そうなんですよ! 分かってもらえて嬉しいです!」

 

 それから射命丸文の愚痴が延々と続くかと思ったが、天狗というのは気分の切り替えが早いらしい。

 霊夢が戻ってきた瞬間、態度を変えて密着取材を始める始末だ。足蹴にされてもくっついてインタビューする根性。先ほどまで凹んでいたというのに、天狗と言うのは実に逞しい。魔理沙もそこだけは見習っていこうと思った。

 



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第四十二話 夢見るヒビ

 春特有の柔らかい陽射しを感じたので、私はベッドからのんびりと起き上がる。そして大きく伸びをする。寝起きは良いほうなので、朝から元気百倍である。

 

「うーん。身体が固い!」

 

 アリスはとっくに起きて、朝食の準備をしているに違いない。アリスが寝坊するなど想像できないし。

 私も起こしてくれればお手伝いできたものを。最近迷惑を掛け捲っている気がするから、少しは恩返ししたい。それに、なんだか幸せな家族といった感じがするし。

 というか、今から手伝いに行こうかな。

 

「よーし、そうと決まれば行動開始だ」

 

 自分の部屋に戻り、テキパキと着替え始める。

 いやぁ、何が素晴らしいかって、朝一番で幽香の顔を見なくて済む事だ。あの沈黙の朝食がないだけで、心が穏やかになれる。味は問題ないのに空気が最悪なのだ。思い出したら負のオーラが湧き上がってくる。あー、もう一生ここに住みたい。

 

 そんな感じで幽香への憎しみを募らせていくと気分が昂ぶってきたので、窓を開けてみる事にした。外の世界は春全開といった感じで、空気がとても気持ちよい。瘴気漂うこの魔法の森の中でもだ。私は妖怪なので瘴気だろうが一切問題なし。妖怪万歳!

 

「……ん? これはなんだろう」

 

 窓の桟に、なにやら妙なものが引っ掛かっていることに気付く。意味ありげな白い封筒だ。これは、手紙に間違いない。差出人は、『普通の魔法使い』と記されている。これは、もしかして霧雨魔理沙からじゃないかな? 一体なんだろうか。

 

「どれどれっと」

 

 早速封筒を開き、手紙を読む事にする。内容は、私の体調を気遣うものから始まり、先の異変で迷惑をかけたことへの謝罪、霊夢も気にしていたという事などが書かれている。

 そして、一度ゆっくりと話をしたいので、気が向いたら翌深夜一時にここまで出張ってくれと、地図が記されていた。この家から少し離れた場所にある小川の近くか。アリスにバレると色々と面倒なので、秘密にしてくれとも書いてある。

 勝手に私がいるだけだから、無理にこなくて良いとも書いてある。星を見るついでだから気にするなと。

 ……そう書かれると、余計に行きたくなるというもの。

 

「うーむ。でもちょっと難しいような」

 

 夜中に出かけるのはかなり難易度が高そう。アリスの監視を突破しなくちゃいけないし。

 でも、魔理沙の直々のお誘いだからやっぱり行ってみたい。この前はちょっとしか話せなかったから。あの時の私の印象はあまり良くなかったはず。異変を起こした側と疑われていたし。

 うん、ここは色々な誤解を解く上でも行かねばなるまい。顔は幽香そっくりだけど、私は良い妖怪なんだよと。『私は良いスライムだよ、ぷるぷる』ぐらい、フレンドリーに会話をしなければ。私の八方美人政策は今も継続中なのだ!

 

 というか、魔理沙との会話は普通に楽しそうだし。それに深夜の外出なんて、なんだかワクワクする。私の隠形術は完璧なので、こっそりでかければ誰にもバレないのだ。多分。

  

 封筒をリュックにしまいこむと、私は部屋を出て台所へ向かう。アリスはすでに調理を終えてしまっていた。これには私もガッカリである。

 

「どうしたの? なんだか残念そうだけど」

「いえ。私もお手伝いしたかったんです」

「ふふ、気持ちだけ受け取っておくわ。それより、体調はどう? 顔色は大分良くなったみたいだけど」

 

 アリスがテーブルに料理を配膳しながら、私を気遣ってくる。というかアリスは心配のしすぎである。私は何も問題ないのだ。顔色が悪かったのはあれだ。貧血!

 

「もう完璧です。外の陽気と同じく、春満開な気分です。今日は絶対に外にでますよ。もう身体がなまって死にそうです! 根っこが生えますよ!」

「はいはい。分かったから、落ち着きなさい。今日も妖夢が来てくれるから、少しずつ身体を動かして慣れていきましょう」

「だから、私は病人じゃないんです。別にリハビリの必要は――」

「それは私が判断してあげる。さぁ、まずはご飯にしましょう」

「……はい。あ、さくらんぼだ」

 

 真っ赤に熟していてるから、とてもおいしそう。宝石みたいに輝いているし。買ったら凄く高いだろうな。私は生まれながらの庶民派である。パンがないなら我慢するのだ。もしくは彼岸花を食べて共食い。……想像するだけで悲しい。

 

「白玉楼からの差し入れよ。ありがたく頂きましょう」

 

 トーストに目玉焼きとベーコン。サラダにさくらんぼ。ついでにコーンスープとルーミア提供の豆を使ったモーニングコーヒー。ありふれた料理なのに、いつもと全然違って本当に美味しい。緊張しなくていいというのは本当に幸せだ。

 

「あー、あと数日でこの幸せな日々とはさようならか。本当に残念です」

「泊まりは終わりだけど、別にお別れという訳じゃないでしょう。貴方の勉強はまだまだ続くのだから。私も途中で放り投げたりしないわ」

「私は、あの家に帰りたくないんです。朝食がこんなに楽しく食べられたのは初めてですし。いつもは緊張感に包まれてますから」

「……そう」

 

 アリスが珈琲を一口飲むと、私の顔を見つめてくる。

 

「どうかしましたか?」

「貴方は、幽香の事をどう思っているの?」

「あはは。いきなりな質問ですね」

「確認のためよ」

 

 考えるまでもない。答えはいつも同じだ。

 

「勿論大嫌いですよ。一刻も早くお母様を打ち倒して、あの家から出て行きたいです。そのために、私は必死に鍛錬しています。お母様のいう事を聞いて、散々痛めつけられて、ひどい罵詈雑言にも必死に耐えて」

 

 幽香と和解できる機会など永遠に訪れない。何度も何度も私は頑張ってみたけど、無駄だったのだから。

 相手が嫌ってくるならば、こちらも憎しみをぶつけてやるまで。憎悪の螺旋はこれから永遠に続いて行くだろう。それが底に辿りついた時が、私と幽香、どちらかの終焉だ。恐らく、私の“死”で終わるだろうが、別に諦めたわけじゃない。時間切れになるまでに、私が成長すれば良いだけの話。そうすれば運命は逆転する。

 

「そう」

「……でも、アリスのことは大好きですよ。私なんかに優しくしてくれて、本当に嬉しいです。いつか必ず恩返しします。どんなことでもやりますから、何でも言って下さい。必ず、役に立って見せます」

 

 人形の素材になってくれといわれても、私は頷くと思う。それでアリスが喜んでくれるなら、私の命に価値はあったということになる。それぐらいの恩を私はアリスに感じているのだ。私を素材にした人形なんて、アリスが嫌がるだろうけど。顔が幽香にそっくりだし。呪い人形になりそう。

 今のは極論だけど、役に立ちたいというのは本当だ。自律人形制作の夢、私なりにこっそり協力していけたらいいなと思っている。アリスの夢が叶えば、私も嬉しいだろうから。

 

「そんなこと、子供は考えなくていいの。ただ、無理をしないでくれればそれでいいわ」

「……ありがとうございます」

 

 今の言葉は効いた。孤独に苛まれ、温もりに餓えているであろう私には効きすぎる。ちょっと視界が歪んでしまったので、欠伸をして誤魔化す。

 駄目だ。この人は優しすぎる。甘えてしまっては、いつまでたっても成長できない。幽香を打ち倒せない。私は自由になれない。だから、私はもっと頑張らなければならない。

 でも、アリスが差し出してくれた手を、振り切るほどの強さは私にはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 呑気に食休みをしていたら、今日も妖夢がやってきた。また大量の差し入れを持っている。物には限度があると思うのだけど。

 

「こ、こんにちは」

「うわぁ。これは凄い」

「ゆ、幽々子様が持っていけと仰られて。お、重かったです!」

 

 野菜やらお米やらが入った重量感のある大袋を下ろすと、深呼吸を繰り返す妖夢。傍目から見ても重そうだった。重量で地面がへこんだし。ドスンってなった。

 もしかすると、これは妖夢の修行も兼ねているのかもしれない。わざと重い物を持たせて、スタミナ強化を図るという。もしくは、誰かに物をあげるのが幽々子が好きなのか。あれもこれも、どんどん持って行きなさいという感じで。亡霊だから、物に執着がないのかもしれない。

 

「あのね、妖夢。気持ちは本当に嬉しいんだけど。……私と燐香で、これを消化するのにどれだけかかると思っているの。西行寺幽々子に、もう十分と伝えて。私は困窮している訳じゃないし」

「そ、そんなことは言えません! 幽々子様は燐香をやたら気にかけているようでして。いや、本当はちょっとやりすぎではと言ったんですよ。そうしたら、いきなり泣き崩れられてしまって」

「貴方、どう見てもからかわれてるわよ。どうせ顔を袖で隠していたのでしょう」

「……た、確かに、顔は見ていません。でも、幽々子様を疑ったりすることはできません。ですので、どうかお納めを」

 

 妖夢が深々と頭を下げる。融通の利かなさは、まさに頑固侍といった感じ。武士に二言はないのか。

 

「はぁ、仕方ないわね。燐香、当分はここにあるものがおかずになるわ」

「あ、私ならなんでもオッケーですよ。アリスの作る物はなんでも美味しいですから」

「ふふ、褒めてもなにもでないわよ」

 

 と言いつつ、まんざらでもなさそうなアリス。クールな表情がちょっとだけ緩んでいる。

 

「で、今日はどうしたら宜しいでしょうか。なんでも遠慮なく言って下さい!」

 

 やる気に満ち溢れている妖夢。アリスは少し考えた後、言葉を発する。

 

「そうね。今日は回避について練習をしましょうか。妖夢の放つ弾幕を、燐香が避ける。私は貴方の動きのクセをチェックするから、後で修正していきましょう」

「お任せください。えっと、どの程度の力でやれば?」

「最初は妖精でも避けられるレベルから。そして、少しずつ強く、速くしていって。危ないと判断したら、私が相殺するから」

「分かりました」

「燐香、疲労を感じたらすぐに言いなさい。体力は回復していると思うけど――。とにかく、無理をしないように」

「分かっています。なに、全力で避けますから、心配いりません。当たらなければどうということはありません!」

 

 赤い三倍の人の真似をしてみたけど、そんなに上手くはいかないだろう。大事なのは意気込みだ。戦いは気合! 気合コマンドで+10!

 外に出て、宙に浮いて妖夢と対峙する。

 

「じゃあ、行くよ!」

「どうぞ!」

 

 妖夢は二刀を抜くと、威力を超手加減した霊力弾を放って来る。ぽわんぽわんとこちらに向かってきている。着弾を待ってたら欠伸がでそう。横に動くだけで回避可能。

 あまりにも舐めた攻撃だ。私は幼稚園児かと。

 

「……妖夢さん。もしかしなくても、私を舐めてますよね」

「だって、最初は手加減しろって言われたし。段階を踏まないと」

「面倒なので上級からはじめて下さい。私もお母様の鍛錬を生き抜いてきてるんですから。ビシッとやってください!」

「そ、そう言われても」

「なら私も攻撃しますね。手加減なんて出来なくしてあげます。――弾幕ごっこスタート!」

「え? え?」

 

 速攻スペル宣言、両手からタネマシンガンを発射。威力ではなく手数を重視した妖力弾が妖夢に次々と着弾する。痛くないけど、あたるとムカつく系の弾幕だ。ペシペシと顔面に当てられた妖夢は、鬱陶しそうにタネを振り払う。

 

「こ、この! いきなり何をするの!」

「こっちの方が私も楽しいから良いじゃないですか。攻撃に回避も学べて一石二鳥です」

「貴方が避けるという訓練でしょうが!」

「まぁそうなんですけど。アリスが止めにこないから、多分このままで良いってことですよ。さ、どんどんいきますよ!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 私は先日使えなかったスペルをどんどん発動していく。なんだか調子が良い。漲る葉っぱカッターが妖夢を執拗に追いかけていく。

 

「お、おのれっ。手加減してやれば調子に乗って!」

「あれ、怒ってます?」

「別に怒ってない!」

「うわー妖夢さんが怒った!」

「だから怒ってねーし!」

 

 妖夢の顔が一気に怒りの表情へと変わった。これで良い。本当に面白くなってきた。手加減されていてはつまらない。どうせ当っても死なないんだから、どんどん当って身体で覚えていくべきである。

  アリスは過保護すぎるのだ。気持ちは嬉しいけど、それでは私は成長できない。というわけでちょっとだけ反抗してみることにしたのである。私は悪い子なのだ。

 

 

 

 ――結局、調子に乗りまくった私は最後ガス欠になり、妖夢のスペルに被弾してしまった。実際には被弾確定の段階で、アリスが相殺してくれたから無傷だったが。

 結構避けられたと思うが、本気寸前の妖夢は強かった。でも、何度も練習すれば追いつけるかもしれない。弾幕ごっこは誰にでもチャンスがある素晴らしい決闘法である。ガチバトルを強要してくれる修羅道とは違うのだ。

 

「全く。本当に悪い子ね」

「心から反省してます」

「嘘ばっかり。顔が笑ってるわよ」

「あはは」

「笑い事じゃないのよねぇ」

「も、申し訳ありませんアリスさん。つい燐香に乗せられてしまって」

 

 アリスのお説教タイム。アリスが考えた教育法を無視したのだから当然である。私は正座して、しっかりと謝った。何故か隣で妖夢も正座している。なんだか切腹しそうなので、先手を打って止めておく。

 

「妖夢さん、切腹しないでくださいね」

「しないよ! でも、安い挑発に乗ってしまうなど、私はまだまだ未熟です。申し訳ありませんでした!」 

「本当にごめんなさい」

「今は謝ってるけど、またやるつもりなんでしょう?」

「はい」

「馬鹿者」

 

 超威力のない拳骨が私の頭に触れる。全然痛くない。

 

「とはいえ、これはこれで実戦的で良いのかも知れないか。妖夢はこの鍛錬でも平気かしら? ちょっと疲れるかもしれないけど」

「全く問題ありません。というか、私も良い修行になりそうです。流石に幽香さんに鍛えられているだけあって、結構エグい攻撃が来るんですよ」

「ふふん。攻撃は最大の防御と言いますし。私は攻撃力と耐久力に特化するように育てられ続けました」

 

 避けるとかそういうのは知らない。サンドバッグに必要なのは、壊れない頑丈さとたまに反撃してみせることだ。丁度良いスリルになると昔言っていた。おかげで回避知らずの特攻仕様に成長してしまった。絶対に許さない。

 

「弾幕ごっこは避けることが何よりも大事なの。貴方の動きには無駄とムラが多すぎる。どんな感じかは、座学で教えるから。頭で覚えて、実践してを繰り返して修正していく。後、妖夢の癖も記憶しておいたから、一緒に付き合いなさい」

「わ、私もですか!?」

「ええ。貴方は感情が昂ぶると動きが単調になる悪癖がある。燐香の拡散弾幕のときはそれが顕著だった。折角だから、修正するといいわ」

「あ、ありがとうございます。……私もなんだかアリスさんに修行を受けている気になってきました。私がお手伝いしているはずなのに」

「まぁまぁ、良いじゃないですか。ほら、一石二鳥ですよ」

 

 私が妖夢の肩を叩くと、更にしかめっ面をする。

 

「何か違うような気がするけど」

「それより、今度一緒に辞世の句を考えませんか。よければ、友情の印に考えてあげますよ。私のは妖夢さんが考えて下さい。自信作を交換しあいましょう」

 

 辞世の句には花関連のものも結構ある。忠臣蔵の浅野さんとかね!

 

「え、縁起でもない。大体、なんで私に辞世の句が必要なの!」

「いや、なんだかハラキリガールっぽいし。何かあるたびに『切腹します!』とか言い出しそう。だったらたくさん辞世の句が必要かなぁって」

 

 私は妖夢をからかう。打てば響く反応の鋭さは、弄り甲斐があって面白い。これは天下を狙える逸材である。ボケとツッコミの才能を持つまさに二刀流。

 

「言わねーし! 私をどういう目で見ているんですか貴方は! アリスさん、一体どういう教育しているんです!」

「それは幽香に言いなさい。人格形成に影響を与えたのは幽香だもの」

「あ、お母様に駄目出ししてくれるんですか? うれしいなぁ。流石は妖夢さん!」

「……そ、それはまた次の機会に。うん。あー、ちょっとお腹が痛くなってきたかも。あはは、困ったなぁ」

 

 笑いながら視線を逸らす妖夢。こういうところは、私に似ている気がする。というわけで、遠慮なく突っ込むとしよう。

 

「侍なのにメンタル弱いんですね」

「う、うるさいな!」

 

 そんなこんなで妖夢との最初の特訓は終了した。なんだか精神的に疲弊していた妖夢は、肩を落としながら帰って行った。これを繰り返す事で、色々な意味での打たれ強さが身につくのである。私が言うのだから間違いない。

 

 

 

 

 

 

 ――そして深夜。アリスが寝入ったのを確認すると、私はこっそりとベッドを抜け出す。そして素早く隠形術を使用。アリスは優秀な魔法使いなので、恐らく対侵入者トラップを起動しているだろう。迂闊に玄関から出たら絶対にバレる。

 

 バレずに出て行き、帰ってきてアリスのベッドに戻って寝る。これがミッション成功の条件だ。ここ数日は普通にアリスと寝ているので、安眠できるのだが、今はそれが仇となっている。でも、最初の難関だったベッドを、無事に出れたので一安心。

 

「……インパス! じゃなくて見えるアイ起動! サーチ!」

 

 そんな魔法はないが、なんとなく小声で呟いてみた。アリス直伝の感知の極意で、居間の窓を凝視。怪しげな魔力が見える。これがトラップだ。この光に触れると、警報か自動攻撃が発動しそう。触ってはいけない。気分はルパン三世か怪盗キッドだ。よし、私はキャッツアイになるぞ! 

 

「一箇所ぐらい掛けてない場所がありそうだけど」

 

 どこかに抜け穴がないか、忍び足で探し続ける。本当にこそ泥になった気分。抜き足差し足忍び足。

 ――と、一箇所だけ穴があった。穴といっても、本当に小さな小窓。そこだけは魔力が感じられない。多分、外に人形を繰り出すとき用の出口だ。私が身体を捻れば、なんとか出られるだろうかといったところ。一見無理そうだけど、多分いけると思う。私の体は結構柔軟なのだ。

  私はそこを関節をうまい事曲げながら通り抜け、外へと抜け出る。

 

「これでよし、と。ふふ、この怪盗リンカにかかれば脱走するなど容易いこと」

 

 太陽の畑からは逃げられないけど! 素早さには自信があるけど、スタミナはイマイチ。それが私。

 外で人形が監視しているかと思ったが、特に見当たらなかった。アリスが寝ているときは動けないのだろうか。どこかに潜んでいるかもしれないが、分からない。が、今は考えるよりも魔理沙との待ち合わせ場所に向かわなければ。

 月明かりだけで光源がないので、私は手に彼岸花を咲かせる。これは妖力をまとっているので、簡単なランプ代わりとなるのだ。生活に活用する術については、かなりのものと自負している。戦うだけが能ではない。便利につかってこその魔法である。妖術だけど。

 

 

 目的地目指して五分くらい飛んでいると、小川の側で焚き火をしている魔理沙がいた。木にもたれかかって、星を眺めているようだ。

 私はその横に静かに着地すると、軽く礼をした。

 

「こんばんは、普通の魔法使いさん」

「いよう。本当に来るとは思ってなかったぜ。アリスは?」

「ぐっすり寝てますよ。私はこっそり抜け出してきたんです」

「はは、それは悪い子だ。そんな悪い子に、私からプレゼントだぜ」

 

 魔理沙は白い歯を見せて快活に笑った。横においてある鞄をごそごそ漁ると、キノコが一杯詰った袋と、タッパーを渡してくる。

 

「これは?」

「身体に良いキノコと、菜の花のおひたしだ。キノコは私が集めた厳選品だぜ」

「ありがとうございます! キノコは、焼いて食べればいいんですか?」

「生以外ならなんでもいけるぜ。だが生は絶対に駄目だ。私は一週間寝込んだからな」

「あはは。意外とチャレンジャーなんですね」

「まぁ、死ぬことはないと実験で分かってたからな。しかし、最終的には自分で試してみようと思ったら、痛い目を見たのさ。ま、解毒剤は予め飲んでたけどな」

 

 私が笑うと、魔理沙も大笑いする。笑顔が素敵である。この真っ直ぐな性格と朗らかさが魔理沙の人気の秘密だろう。私には到底まねできないことだ。引き裂いてやりたいほど羨ましい。なんでこんなにも違うのだろうか。私たちはどうして魔理沙のようになれなかったのだろう。何が悪かったのか。そういう運命だったとしたら、一体誰を憎めば良い。

 ……おっと、いけないいけない。思考が乱れてしまった。菜の花のことも聞かなくちゃ。もしかして、魔理沙は料理もできてしまうのだろうか。意外と家庭的だったり?

 

「このおひたしも、魔理沙さんが?」

「ん? ああ、これか。これはだな、素直じゃないやさぐれ巫女からの贈り物だ。私がお前のところに行くっていったら、無言で押し付けてきたのさ。いやぁ、あのときの顔は面白かった」

「霊夢さんが?」

「今度あったら、何か一言いってやるといい。きっと、面白い事になるぜ。それも結構美味いから、つまみにはいいぞ」

 

 魔理沙がそう言いながら、水筒から何かを注いで渡してくる。

 

「そうします。って、これはなんです?」

「残念ながら酒じゃない。私特製の葡萄ジュースさ。けっこういけるんだ。さ、飲んでくれ」

「遠慮なくいただきます」

 

 まずは一口。うん、濃厚でそれでいてしつこさがない。こんなに甘いのに、後味はとっても爽やか。これは、美味しい!

 

「ほ、本当に美味しいです。こんなに美味しいジュース初めて飲みました!」

「はは、喜んでもらえてなによりだ」

「魔理沙さんの手作りですか?」

「ああ。自給自足が基本だからな。お金は節約する方なのさ」

「それは凄いですね」

「……それにしても、今日は意外と普通なんだな。前はもっと威圧感があった気がするんだけど」

「あれは場を盛り上げるためですよ。ボスっぽい方が楽しいだろうと思って。そうしたら霊夢さんに酷い目に遭わされましたけど」

「ははは! なんだ、そういうことだったのか。確かに、どうせやるなら楽しいほうがいいもんな。いやいや、お前、ただのチビ妖怪だと思ってたけど、大事なことが分かってるなぁ」

「私はとっても平和で温厚な妖怪なんです。暴虐がモットーのお母様とは違います」

 

 私がはっきり告げると、魔理沙が興味深そうに見つめてくる。

 

「お前の母ちゃんは、風見幽香だろ? もしよかったら、色々聞かせてくれよ。何か手伝える事があるかもしれないぜ? 私も魔法使いだからな」

「本当ですか? それはありがとうございます。といっても、何を話せばいいんでしょう」

「そうだなぁ。じゃあ私が適当に質問するから、それに答えてくれればいいさ。言いたくなければ別に答えなくていいし」

「分かりました!」

 

 なんだか上手い事魔理沙に乗せられている気もするが、まぁよしとする。私を嵌めたところで何の得もないだろうし、そもそも失うものなどない。

 私としては、主人公の一人である魔理沙とこうして話せていることが嬉しいのだ。私のような存在が、彼女に少しでも関われているということが嬉しい。……嬉しい? 本当に嬉しいのかな。よく分からない。少しぐちゃぐちゃしてきたので、誤魔化すために幽香への憎しみを思い出す。うん、黒い気分が充満したので思考がスッキリした。

 

 魔理沙の質問は、私と幽香の関係とか、得意な能力、鍛錬方法についてとか。後は太陽の畑のことや、アリスには何を教えられているのかとか、そういったことだった。

 

「なるほどなるほど。……あ、そうだ。ちょっとお腹見せてくれないか?」

「え? お、お腹ですか」

「別に変な意味じゃないぞ。この前の怪我が心配なだけさ。少しぐらいなら、医療の心得もあるんだ。自分の怪我は自分で治さなくちゃいけないからな」

 

 ちょっと躊躇したけど、素直にシャツを捲ることにした。実は、今の私は寝巻きのままである。ごそごそ着替えていたらバレそうだったから。

 で、傷痕だけど。あの時、確かに私の腹部は貫かれたはずなのだが、特に何も残っていない。私が感じたよりも小さな傷だったのかもしれない。感覚的には、腹部を完全に抉られて、臓物がグチャグチャになっていたと思うんだけど。エアダメージ?

 

「……完全に再生してるのか。しかし、あの時の傷はもっと……。それに、アレはどういうことなんだ? 何故あいつは、あんなことをする必要があったんだ?」

 

 魔理沙が顎に手を当てて、深々と考え込んでいる。なんだか研究者みたいな顔つきに変わっている。なるほど、魔法使いだ。

 

「魔理沙さん?」

「あ、ああ。いや、こっちのことさ。それよりさ、お前、強くなりたいんだろ?」

「はい、勿論です!」

「じゃあさ、今度何か異変が起こったら、私と一緒に解決にいこうぜ。鍛錬よりも、実戦経験を積んだほうが百倍役に立つ。私が言うんだから間違いない。霊夢より早く解決すりゃ、経験値もガッポリさ」

 

 魔理沙は胸をドンと叩いた。異変を間近で眺めたい私としては願ってもない申し出だ。戦うのは魔理沙、私は近くで観戦。きっと楽しいだろう。実力者たちのお祭りだ。その光景をこの目に刻み込んでおきたい。

 

「私なんかが一緒で、いいんですか?」

「おう。実は、私も親とは上手くいってなくてさ。それで、家を飛び出してこうなったのさ。だから、お前の気持ちが分かるんだ」

「……そうなんですか」

 

 そういえば、魔理沙の実家は人里にあったっけか。商店か何かやっているとかいう話だったような。知識であるだけで、本当にあるのかは知らないけど。だって人里になんていった事がない。いや、自由に幻想郷を飛び回ることすらできないのだから。

 

「自由はいいぞ。全部自分でやらなきゃいけないし、責任も負わなきゃいけない。でも、それを上回る楽しさがある。私は魔法使いになって、初めて生きているって実感できるようになったんだ」

「……生きているという、実感」

「ああ。だから、頑張ってる後輩を応援してやろうと思ったのさ。なーに、お礼は後払いでいいさ。色々と楽しいことになりそうだしな!」

 

 魔理沙が指先から星を出す。彼女を象徴する星型弾幕。魔理沙はとっても活き活きとした笑顔を浮かべている。

 そして、こちらに手を差し出してきたので、私もおずおずとそれを握り返す。

 

「あの、宜しくお願いします、魔理沙さん」

「おう! こっちこそ宜しくな、燐香! あ、もしまた抜け出せそうなら、神社に遊びにくるといいぜ。桜が満開なせいか、最近毎日宴会やってるんだ。霊夢も多分喜ぶぞ。間違いなく悪態つくだろうけどな」

「分かりました。霊夢さんにもお礼を言いたいですし」

「まともな反応を期待するのは止めておけ。魔理沙さんからの忠告だ。それより、お前のスペルについてもっと教えてくれよ。この前のあのポーズ、格好良かったぜ?」

「ああ、アレですか! あれを身につけるのには苦労したんですよ」

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 ――それから二時間くらい話しこんだだろうか。月が雲に隠されてしまった頃、私は魔理沙に別れを告げて家に戻る事にした。最後まで魔理沙は笑顔だった。本当に良い人だった。

 

「楽しかったな。本当に良い人だった。うん、流石は霧雨魔理沙だ」

 

 彼女には人を惹き付ける魅力がある。多分、霊夢もそうなのだろう。私達とは違うのだ。

 私はぐしゃぐしゃした気分を振り払うかのように全速力で飛んだ。暗闇の中を飛び続けた。何故か涙が止まらない。――畜生。どうして。どうして私たちはこうなのだろう。憧れる気持ちよりも、劣等感で覆い尽くされてしまう。そんなことを思いたくないのに、勝手にそうなってしまう。そんな自分が一番嫌なのだ。

 何かにピシッと皹が入る音がした。何の皹かは分からないが、これが大きくなると取り返しがつかないような、そんな気がした。完全に割れたら、一体どうなるのだろうか。……試しにやってみようか。やってみたい。やってみよう。やれ。

 私は皹に意識を集中する。黒が滲み出てくる。周囲に黒の靄が生じ始める。私はその黒を凝視する。向こうもこちらを見ている。向かい合う白と、数え切れないほどの黒。

 

「……これは。そうか」

 

 なんだか少し見えてきた気がする。皹の意味も、私の存在意義も。“私”がこの世から消し去りたいのは幽香ではなく、本当は――。

 

「…………」

 

 答えを頭に浮かべながら、アリスの家の前に着地する。手に限界まで妖力を篭める。そして、爪を自分の首筋に当てたところで、滲んでいた視界がはっきりとしてきた。

 いつの間にか、アリスが立っていた。氷のように無表情で。私を感情のない目で見下ろしている。また言う事を聞かなかったから、怒っているに違いない。いや、そもそも最初からバレていたのかも。だってアリスは完璧なのだ。私の行動など全て読まれているはず。

 ――ほら、いつの間にか背後に上海と蓬莱がいる。彼女達は、いつから私の後をつけていたのだろう。もしかして、ずっと?

 

「アリス。私は、ようやく分かったんです。イレギュラーである私がここにいる意味。色々なことを知っている理由。そして、私が本当に憎んでいるのはッ!」

「おかえりなさい。大丈夫だから、落ち着いて」

 

 私が半狂乱で叫ぶと、アリスがこちらに近寄ってきた。首筋に当てた手を横に走らせなければ。そうしなければ、きっと私は怒られる。強く叩かれた後に失望される。最期にそんな思いはしたくない。

 ごめんなさいと思わず叫び、私は目を閉じた。覚悟を決めた次の瞬間。人形たちに腕を拘束されて、強引に阻止されてしまった。無理に動かせば、人形たちを壊してしまうかもしれない。

 躊躇している間に、私はアリスに抱きしめられ、髪を乱暴に撫でられる。手から、何か強い魔力を感じる。何らかの魔法を使っているのだろうか。だが、私には良く分からない。

 

「あまり、心配させないで」

「……え?」

「さぁ、中に入りましょう。ぐっすり寝れば大丈夫。もう何も心配要らない。私がついているから」

「ごめんなさい。でも、私は――」

「深呼吸して、気分を落ち着かせなさい。余計なことは何も考えなくて良い。……貴方はここを抜け出して霧雨魔理沙と会った。その後、呑気に帰ってきて私に見つかった。そして私に叱られながら、疲れて眠りについた。――貴方は、何も気付くことはなかった。明日はいつもと何も変わらない。それが真実よ」

 

 アリスの言葉が、まるで子守唄のように聞こえる。凄まじい眠気が襲ってくる。とても耐えられない。私は目を閉じ、それに身を任せる。皹から溢れ出ていた黒が、落ち着きを取り戻していく。同時に、余計な記憶も掻き消えていき、幽香への憎しみが湧いてくる。何もかもが全て元通り。

 

 ――ああ、明日はきっと一日お説教だ。妖夢に笑われてしまうかもしれない。自分のせいなので全て受け入れよう。私は、夜中に勝手に抜け出すような悪い子なのだから。




ほのぼのしてきた。ほのぼのパワー充填!


誤字報告してくれた方、感謝しております。
あれ、凄い便利ですね。自分で一個ずつ修正するのって結構大変なので、
ボタンポチ! で全適用できるのが凄いと思いました。



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第四十三話 不如帰

 ――次の日。勝手に抜け出したことへのお説教は、予想外にあっさり終わった。なんでだろう。お前にはほとほと呆れ果てたみたいな? もしやかける言葉もないとか。

 なんだか居た堪れなくなったので、私はアリスに真剣に謝っておいた。そうしたら、特に変わりなく接してくれたので、絶縁やら破門やら勘当とかそういうのじゃないみたい。まぁ血縁関係はないけど。

 私の一門は、風見流よりマーガトロイド流だと思う。でも姓を捨てる訳にはいかないので、仕方なく風見を名乗ってやろう。仕方なくだ。そしていつか勝利した上で、自分の流派を起こすとしよう。某合気柔術の先生みたいに。そう、目指すは免許皆伝だ!

 

 そんなわけで、アリスに心配かけるようなことは極力控えようと思ったのだった。絶対にとは言わない。世の中何が起こるか分からないから、できない約束はしないのである。

 私の場合、約束と言うのは『できるだけ守る方向で前向きに努力します』ということなのだ。頑張る事に意味がある。うん。

 そもそも、アリスにそこまで心配してもらえるほどの価値は、私にはないのである。実に残念だけど。やっぱりこの顔がいけないんだと思う。殴りたくなる小憎らしい顔してるし。幽香に似てるというのが致命的。

 

「……おーい。さっきから、ずーっと待ってるんだけど。鍛錬中になんでボーっとしてるのッ!」

「あ、ごめんなさい。じゃあ、いきます!」

「よし、来なさいッ!」

 

 思わずぼーっとしてしまった。

 今は妖夢と武器を使った戦闘術の訓練中だ。幽香から依頼されたということで、アリスも渋々認めることにしたらしい。

 私の武器は愛用のMY日傘。折り畳めるし、雨も防いでくれる優れもの。しかもすごい頑丈で折れない。

 幽香がよこしたものだから、なにかいわくつきの品物に違いない。多分村正みたいな。でも今の所私への害はないので、そのまま使っている。インパスしたら絶対に呪われてると表示されるだろう。

 一方の妖夢はただの木刀である。流石に真剣は不味いと判断してくれたらしい。素晴らしい気遣いだ。

 日傘を構えた私は、こっそり妖術を発動。妖夢の足元に蔦を生じさせ、足を搦めとる事にした。動きを抑え込んでしまえばこっちのもの。

 

「草符『からみつく』」

 

 スペル名はそのままだった。『絡まる運命』とか付けようと思ったけど、なんだか笑っちゃいそうなので止めておいた。効果はその名の通り、相手にからみつきます。けっこうウザいはず。しかもそこそこ耐久力もある。

 

「な、なにこれ!」

「あはは、隙だらけです! もらったッ!」

「この卑怯者! 正々堂々と戦いなさい!」

「うーん? 聞こえませんね! くらえ、風見流刀殺法が奥義――」

 

 無論そんな都合の良い奥義はない。私は剣術など全然知らない! という訳で馬鹿正直に真っ直ぐに妖夢へと向かう。上段に構えた私は当然隙だらけ。妖夢の目に怒りが滾っている。

 

「そんな攻撃に当たるものか! 私を舐めるなッ!」

 

 妖夢は強烈な薙ぎ払いで迎え撃ってくる。裂ぱくの気合をのせた木刀が私に炸裂。もろに受けた私は体をくの字に曲げながらぶっ飛んで行った。あれはまともに受けたら痛いだろうなぁ。南無三!

「ええッ!?」と驚愕する妖夢。それはそうだろう。全く抵抗する事無くその一撃を喰らって見せたのだから。しかも薙ぎ払われたはずの私が目の前にいるのだ。

 

「な、なに。どういうこと!?」

「――残像です」

 

 飛影みたいなことを言って見る。邪眼とか懐かしいね! 私も頑張れば額に目が開かないだろうか。三つの眼で光線はなったらちょっと格好良いかな。やっぱりキモイかも。

 

「いやいや、全然消えてないんだけど! え、なに。あのぶっ飛んでいった燐香はなんなの!?」

「あれは身代わり君です。得意技は死体ごっこです」

 

 こっそり身代わりを作成して盾にしていたのだ。本体は隠形術で姿を消していたというわけ。そんな訳で呆然としている妖夢にポコッと一撃。日傘なので全然痛くないだろう。

 

「……み、身代わり」

「あれ。な、なんだか怒ってません?」

「怒るに決まってるでしょう! 鍛錬でこんな汚いやり方してどうするのッ! もっと真面目にやりなさい!」

「だって、お母様相手に武器を使っての戦闘なんてどうせしませんし。万が一やるとしても、こんな感じの搦め手で――」

「うるさい卑怯者め! その腐った性根を叩きなおしてやる!」

 

 木刀をぶんぶん振り回してくる妖夢。頭に血が上っているから攻撃が単調だ。鋭さは増しているけど、私でも察知できてしまう。

 私はひょいひょいとそれを連続で避ける。あれ、なんか良い感じだ。回避経験値がぐんぐん上昇している。

 

「――見える。私にも妖夢の動きが見える!」

「舐めるな! ええい、邪魔だ!」

 

 妖夢が、行動を阻害していた足元のつたを剣で切り裂く。彼岸花の呪縛効果が解除される。自由になった妖夢は木刀を投げ捨て、二刀を使って攻撃してくる。ちょっとだけ本気モードっぽい。しかし今の私はエリート兵!

 

「ふふん、踏み込みがたりませんよ!」

「逃げまわっておいてよく言う!」

 

 妖夢は精神コマンド熱血を使っている感じ。けれど怒っているから攻撃が真っ直ぐすぎる。つまり、当たらなければどうということはないのである。

 

「本当にちょこまかと! いい加減、堂々と打ち合え!」

「分かりました。えい!」

「あ」

 

 突き出してきた腕を絡め取り、えいやっと体落し。呆然とする妖夢の顔に、日傘を突きつけてチェックメイト。

 

「一本!」

 

 相手の勢いを利用した合気技。今のは何かを掴んだ気がする。そうだ。幽香の圧倒的パワーを正面から受けるのではなく、利用して返せばよいのだ。渋川先生のお力を借りれば、幽香なんてケチョンケチョンにできそう。……受け流しに失敗して、顔面を叩き潰される未来がちょっと見えた気もするけど。

 

「こ、こんなちびっ子に一本取られた……。そんな、馬鹿な」

 

 なんだか切腹しそうなほど落ち込んでいる。ここはひとつ元気付けなければ。

 

「何言ってるんです。妖夢さん全然本気じゃなかったじゃないですか。しかも本当に斬っちゃまずいって、凄い手加減してましたし。だからですよ。妖夢さんは超強いから心配ないです。ね?」

 

 ポンポンと座り込んだままの妖夢の肩を叩く。これは本当だ。うっかり刀を抜いてしまった妖夢は、引くに引けず、直撃させないように凄い気を遣っていた。最後の突きも、凄く迷いが含まれていた。私が回避できなければ寸止めするつもりだったのだろう。じゃなければいきなりカウンターで体落しなんてできないし。

 

「し、しかも慰められてるし! ゆ、幽々子様、未熟な私をお許し下さい!」

「分かりました。どうしてもって言うなら仕方がありません。僭越ながら、この私が介錯役を務めさせて頂きます。では辞世の句をどうぞ!」

 

 私は袖まくりして、妖夢の背後に立つ。妖夢が顔を赤くして大声を上げてくる。

 

「私は腹なんて切らない! なんでいつも切腹に結び付けるのッ!」

「でも、半分幽霊なのは切腹の後遺症なんじゃ。次は半霊が三分の二霊になるんですよね?」

「ならねーし! これは元からだ!」

 

 ボケにボケを重ねる私に対し、律儀に全部ツッコミを入れてくれる。相方の鑑である。一緒にデビューしてほしい。ルーミアとフランもいれて、いつかグループ漫才をやりたいところだ。

 妖夢がプンプンと起き上がったところで試合終了。アリスが手を鳴らして、終了を知らせてくる。

 

「はい、そこまで。燐香、今回はなんでもありのルールじゃなかったでしょう」

「お母様相手ならなんでもありです。そもそも武器を使っている時点でなんでもありなのですよ。お母様相手に正々堂々なんて、私に死ねといっているようなものです」

「全く。……でも、貴方達の場合はそんなに間違ってもいないのかもね」

「そうでしょうそうでしょう」

 

 私が胸を張ると、アリスが呆れた顔をする。

 

「何を偉そうにしているの。まぁ、幽香の指示通り武器を使った鍛錬はしたから、良しとしましょうか」

「流石、アリスさんは話が分かる!」

「おだてても何もでないわよ。このいたずらっ子」

 

 アリスが笑いながらおでこをつついてくる。

 そんな私達を、恨めしそうに見つめてくる妖夢。超絶完全にスルー状態だった。

 

「……なんだか唐突にハラキリしたくなりました。いや、絶対にしませんけど」

「今のは燐香が小ずるい真似をしたせいだから、あまり気にしない方がいいわ。ただ貴方は唐突な事態に遭遇すると焦る癖がある。いつもの貴方ならば、簡単に受け流せたでしょう。最後のだって、カウンターを受けることは絶対になかったはずよ」

 

 アリスが冷静に指摘すると、妖夢の背中が丸くなる。

 

「……恥ずかしい限りです。私も修行が足りないようで」

「そういった意味でも、燐香を相手に鍛錬するのは良いかもしれないわね。この子の行動は予測できないもの」

「それは確かに。なんでいきなり身代わりが出てくるのか理解不能でした。全く読めません」

「相手の虚を突くのが私のモットーです」

「ついでに相手を怒らせるのが上手いから、妖夢には丁度良いわね」

「それも当たっています。話してるうちにどうもペースを乱されちゃって。耳を貸さないようにしたんですけど、どうにも」

 

 妖夢が溜息を吐く。軽口をまともに受けてしまう妖夢は、私にとって絶好のカモである。実力ではなく、精神を掻き乱すという意味でだが。妖夢は生真面目なので、受け流すこともできない。が、性格の悪い連中には通用しない。例えば幽香とか幽香とか幽香とか。

 いずれにせよ、経験と実力がまだまだな私は、ありとあらゆる手段を使わなければならない。幽香に勝つためには手段を選んでいられない。あらゆる手段と策略をめぐらせてやろう。

 

「そう、人呼んで“百計のリンカ”とは私のこと。どんな手を使おうと勝てばよかろうなのです!」

 

 ふふんと鼻を鳴らす私。アリスが頭を突いてくる。

 

「誰も呼んでないし聞いた事もないわ」

「大体、それって小細工を多用するってことなんじゃ」

「正々堂々でお母様に勝てるなら苦労はありません」

「……ま、まぁ。それはそうだけど」

 

 妖夢が苦笑する。幽香に会ったから、その怖さと言うか強さが分かるのだろう。

 

「あ、妖夢さんって、今は私の用心棒なんですよね?」

「う、うん。まぁそうかな。幽々子様からは、そのつもりでやりなさいって言われてるけど」

「やった! じゃあ、一緒にお母様を叩き潰しにいきましょう。一番手は宜しくお願いします、妖夢先生!」

「え、い、嫌だよ。私関係ないじゃない!」

「先生のお力でここは一つ。もちろん報酬は色をつけますよ。スパッと宜しくお願いします。スパッと!」

 

 もみ手をする私。妖夢のリアクションが段々大きくなる。

 

「いや、報酬なんていらないし! 大体なんで私が幽香さんと戦わなくちゃいけないの!」

「えー。用心棒なのに情けないなぁ。そんなんじゃ腰の剣が泣きますよ」

「な、なにッ!?」

「戦わずして負けるんですね」

「お、おのれっ! よーし、そこまで言うならやってやろうじゃない!」

「やった!」

 

 指を鳴らす私。そこに待ったがかかる。

 

「待ちなさい妖夢、燐香ワールドに嵌ると抜け出せなくなるわよ。深呼吸して落ち着きなさい」

「……はっ。あ、危ないところでした」

 

 妖夢は一息つくと、ハッと思い出したような表情をする。惜しい。もうちょっとだったのに。

 

「あーあ、もうちょっとだったのに。残念」

「貴方もあまり妖夢を乗せないように」

「あはは、つい」

「全くです! ……っと、申し訳ありませんが、今日はこれであがらせてもらいます。実は、幽々子様に付き添って神社に行かなくてはいけませんので」

「神社? 何かあったの?」

「いえ、特に事件ではありません。紫様から宴会に誘われたようでして。私は準備の手伝いや手土産を持たなければいけません」

「なるほど。……最近、毎日のように宴会をやっているみたいだものね」

 

 アリスも誘われていたのだろうか。私がいるから断っているのだとしたらそれは悪い事をしてしまった。どんどん行ってほしい。できれば私も連れて。お酒が一杯飲める!

 

「はい。私も霧雨魔理沙から何度も誘われてまして。見境なく人を集めまくっているようです。いくら花見を我慢してたからって限度があると思うんですが。……楽しければいいって、幽々子様が仰るので」

「そう。でも、幽霊が冥界をちょくちょく出るというのはどうなのかしら」

「結界を直す気は全くないみたいですね。やはり、その方が楽しいから構わないと。お蔭で私の仕事は増えるんですが。抜け出して迷子になる幽霊もいるし!」

 

 宴会、お酒。それは凄く良いお話! 私は目を輝かせて妖夢を見つめる。ついていきたいオーラ全開だ!

 

「……あの。そんな目で私を見られても」

「それでも妖夢さんなら、妖夢さんならなんとかしてくれます」

「し、知らないよ。アリスさんに言ったら?」

 

 妖夢は困ったようにアリスを見る。首を横に振るアリス。

 

「駄目よ。宴会なんて出たら、貴方は加減なしに酒を飲むでしょう。ようやく依存症から回復してきたのに、また再発するわ」

「えー」

「……燐香って依存症だったんだ。ん? というか、その歳で酒に溺れてるの!?」

「あはは。現実から逃避したかったんです。お酒に溺れている間は忘れられますからね」

「……お、重い。見た目は凄く軽そうなのに」

 

 意外と失礼なことを言う妖夢だった。

 

「ですから、次はお酒を手土産にお願いしますね。アリスに内緒で私に渡してくれればOKです。是非宜しく――」

 

 もみ手をする私。アリスは私の耳を軽く引っ張った後、それを一蹴する。

 

「絶対に駄目よ。妖夢も真に受けないでね」

「分かりました。絶対に耳を貸しません」

「ケチ」

「拗ねないの。後でアルコール控えめの果実酒を出すから。甘くて美味しいわよ」

「本当ですか? やった!」

 

 私が飛び上がって喜ぶ。薄かろうがなんだろうがお酒はお酒。しかもアリス手製の果実酒ならば味は完璧だろう。楽しみが増えてしまった。

 

「ははっ。やっぱり子供ですね」

 

 妖夢が分かったような顔をしているので、私はからかうことにする。

 

「妖夢さんにだけは言われたくありません」

「な、なにおう! アリスさん、燐香の方が子供ですよね?」

 

 そういうことを聞くのは凄く子供っぽい。というか妖夢って何歳なんだろう。分からない。女性に年齢を聞くのは失礼でもあるし。実は百歳ですとか言われたら困るので、聞くのは止めておこう。うん。

 

「ふふ、確かに燐香は子供ね。思い込んだら一直線に突っ走りだすし。他のことなど一切気にせずにね。……だから、目が離せないの。そのまま泡のように消えてしまいそうで」

「あはは。アリスは大げさですね。心配いりませんよ」

 

 そしてちょっとポエムっぽかった。私がシャボンのように華麗で儚き女っぽい。誰かに未来を託す為に戦ってそう。

 それはともかく、今度私のために詩集を作ってくれないかな。アリスは都会派だから、かなりの出来栄えになるはずだ。私の場合は常に死臭が漂っているので、それを緩和してくれそうだし。ちなみに今のは燐香ギャグだ。ちょっと毒と自虐が入っているのが私流。

 

「……なるほど」

「何がなるほどなんです?」

「あまり、アリスさんに心配かけないようにってことです! この悪戯者!」

 

 妖夢が大人ぶって注意してくる。半霊がしかりつけるように私のまわりをぐるぐる旋回している。

 

「アリス、心配しないでください。私は大丈夫なので。心配してもいいこともないですし」

「はぁ。やっぱり分かってないじゃない」

「失敬な。自分のことですから、ちゃんと分かってますよ。10年間、自分との対話に勤しんできましたからね」

「うるさい。口ごたえしない!」

 

 妖夢の拳骨が飛んできた。結構痛かったので蹲る。理不尽である。

 

「よ、用心棒なのに!」

「アリスさんはもっと怒った方がいいと思いますよ。こいつを甘やかしすぎです」

「あはは。お母様が悪魔のように厳しいので、バランスはとれてますね。問題なしです」

「そういうことを自分で言わない。叱られて反省して、人も妖怪も成長していくの! それを分かれ!」

 

 妖夢が超プンプンしている。ラグビーの熱血教師みたいである。今から私はお前を殴る的な。なんだかこっちまで熱い。半分死んでるのに。

 

「ということは、貴方も幽々子に怒られているの?」

「――うっ。ま、まぁ多少は。私もまだまだ未熟者ですから。と、とにかく! 私の前で卑屈なことを言ったら怒るから。うん、そう決めた!」

「ええー。私から卑屈さをとったら、何も残りませんよ。第一、卑屈でいないとお母様に殺されちゃいます」

「大丈夫。私じゃないから。それに、そんなことにはならないと思うし」

 

 理由もなく断言する妖夢。その自信はどこから湧いてくるのか。

 

「そんな、ひどい」

「ふふ、楽しそうね。妖夢、色々気を遣ってくれてありがとう」

「礼には及びません。それではまた!」

 

 

 ――結局、アリスの家に泊まっている間は、宴会に参加することができなかった。代わりに、ルーミアとフランが来て、パーティみたいなのをやったけど。美鈴お手製中華料理は美味しかった。一日中にぎやかで本当に楽しかった。

 

 けど、楽しい時間と言うのはあっと言う間に過ぎてしまう物で。刻々と迫るタイムリミットに、私は夜中震えていた。アリスが抱きしめてくれると、収まったけれど。

 でも、やっぱり恐ろしいのだ。自分の家に戻るのが本当に怖い。ずっとここに居たいと、何度言おうと思ったか分からない。でも、アリスに迷惑なのでそれは我慢した。アリスを困らせるだけだし。だから絶対に言わないようにした。

 

 そして、アリスの家にいられる猶予期間が終了した。

 私は、宿題をやり忘れた小学生のごとき絶望を感じている。アリスが何か言っているようだが、全く耳に入ってこない。私は魂が抜けた表情をしていることだろう。このまま時が止まればいいのに。

 

「それじゃあ行くわよ。ほら、背筋を伸ばしてシャキっとしなさい」

「…………」

 

 アリスに手をつながれ、私は太陽の畑へと連行されていく。このまま手を振り払って逃げてしまおうか。いや、アリスに迷惑がかかる。あの悪魔はきっとアリスに因縁をつけることだろう。本当に殺してやりたい。だから強くなろう。自由を手に入れるまで、私は我慢する。でも、いったいいつまで我慢すれば良い? それに、強くなる時間は私には残されていないじゃないか。幽香が、勝手に抜け出した私を許すはずがない。

 

 怖いくらいに咲き誇っている向日葵たちが私達を出迎えた。全ての向日葵が私を見ているような感覚を受ける。まるで私の帰りを嗤っているかのように。そして私の彼岸花は、畑の隅でちょこんと咲いていた。燃やされてはいなかったらしい。いずれ向日葵に侵食されてしまうだろう。可哀相に。

 

「さようなら、アリス。今までありがとうございました。どうかいつまでもお元気で。青い雲の上から見守っていますね」

 

 ちょっと線香臭いセリフだった。

 

「そういう事を言わないの。余計な心配をしなくても大丈夫よ。また4日後に会いましょう」

「はい、そうですね。さようなら」

「もう」

 

 私は死んだ魚のような目でアリスに別れを告げた。アリスは何度も慰めてくれたが、私に気力が戻ることはない。アリスが先に家の中に入っていく。少しすると「本当に大丈夫だから」と言い残して、こちらを気にしながら去って行った。

 

「…………」

 

 場には私だけが残される。このままここにいても仕方がない。早いところ刑を執行してもらうことにしよう。罪状は、冥界へ逃亡しようとしたこと、幽香の手を煩わせたこと、幽香の気分を害したことである。

 亡命云々の件は既に伝わっているはず。絶対にあの女は許さないだろう。それに、なんだか他にも色々とやらかした気がする。殺されても仕方ない事を、私はしたような気がする。よく覚えてないけど。情状酌量をお願いしたいところだが、弁護人はいないのだった。裁判官幽香、検察官幽香、執行人幽香、弁護人必要なし。『疑わしきは罰せよ』がモットーのこの風見裁判所は、幅広く人材を募った方が良いと思う。主に私の生命を助ける意味で。

 

 私も大人しくやられるつもりもない。今の実力ではとても敵うとは思えないが、一矢ぐらいは報いてやる。最低でも腕、いや、指一本ぐらいは折ってやるつもりだ。そのぐらいやらなきゃ、アリスや妖夢に申し訳ない。気合を入れる。気合が50上がった。もとが0だったから、まだまだだけど、動く事はできそう。

 

「行こう。この一週間、本当に楽しかったし。楽しい思い出と共に逝くなら、少しは納得できるかも。それに、まだ負けてないし。よし、や、やってやんよ」

 

 震える足を必死に堪え、冷や汗を流しながら、一歩ずつ自宅へと歩き始める。たどり着くまでの道のりが、やけに長く感じた。きっと、処刑台へと向かう死刑囚はこんな気持ちを味わっているのだなぁと、私は他人事のように実感するのだった。

 




 


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第四十四話 わたしたちの失敗

 家の中に入った私。幽香は椅子に腰掛けて普通にくつろいでいた。こちらの気も知らないで紅茶なんか飲んでる。春でポカポカ暖かいというのに、首まで覆うタートルネックのセーターなんか着てるし。胸のラインがくっきりだ。そんなに豊満な胸を強調したいのだろうか。母性溢れると表現できないのが悲しいところ。

 その幽香が、こちらに視線をむけてくる。ビクッとする私。いきなり攻撃されかねないので、腰を落として身構える。く、くるのか!?

 

「…………」

「た、ただいま戻りました」

 

 超小声で呟いた私を一瞥すると、何事もなかったかのように視線を本へと戻す。麗しの読書タイムだったようだ。

 いきなり処刑タイム突入かと思ったので、私はホッと胸を撫で下ろす。そして自分の部屋に逃げるように駆け込んだ。

 

「ふぅ。とりあえずファーストインパクトは無事に終わったか。問題はこれからだ」

 

 荷物を放り投げ、ベッドでとりあえず落ち着こうとする私。これで終りとは思えない。一体どんな罰が待ち受けるやら。

 

「……うん?」

 

 ベッドの上に、奇妙な巾着袋があった。結び目には紫のバラが刺さっている。換気のために開いていた窓から身を乗り出し、外を確認するが特に誰もいない。今日もニアミスか。ちゃんと会ってお礼を言いたかったのに。

 中には、『早く元気になってください』という手紙と、薬草らしきものが入っていた。煎じて飲むと、身体に良いと添え書きがしてある。私が帰るのを見越して置いていってくれたのだろうか。幽香に先に見つかっていたら捨てられていただろうし。とにかく、嬉しいサプライズだった。

 

「本当に嬉しいなぁ。……ん? こっちはなんだろう」

 

 ベッドの陰に隠れるように何かがおいてあった。……私の春用の服だった。上着とかスカートとかが丁寧に折り畳んで置いてある。どれも見覚えがないので、多分新しい物だ。幽香が気紛れで作ったのだろうか。悪魔のくせに趣味が読書や裁縫だというのだから面白い。これで性格が天使だったら私は今頃幸せな生活を送れていただろうに。実に残念なことである。

 どうせ鍛錬でひどいことになるだろうから、替えはいくらあっても困らない。あいつにとっては、サンドバッグにお気に入りのカバーをつける程度なのだろう。

 

「…………あー。なんだかなー」

 

 それにしても寂しい。今まで賑やかだった分、一人でぼーっとするというのが拷問に感じる。もう壁に話しかける気にはならない。フランやルーミアや妖夢と楽しくやりとりしていたことを思い出すと、涙が出てきそうになる。

 とはいえ、これが当たり前なのだ。私の家はここ。幽香を倒して自由を勝ち取る、もしくは殺されるかしか道はない。

 

「……お母様は、いないな。今がチャンス」

 

 扉を少し開けて、居間の様子を窺う。幽香の姿はない。自室に戻ったのか。こっそりと台所に向かい、お酒がないか漁ってみる。

 大量の酒瓶が外に出ているが、残念ながら全部空だった。その数は十本や二十本ではない。ずらーっとボーリングのピンみたいに並んでる。

 

「す、凄い量。種類も沢山だし」

 

 ワインやら日本酒やら焼酎やら、統一性が全くない。あの女、この一週間で一体こんなに飲んでいたのか。鬼もちょっとは驚きそう。

 うーん、もしかしたら友達でも呼んで宴会でもやっていたのかも。いくらなんでもこの量は一人では飲めないと思うし。桜は満開だし、花畑は綺麗。花見で一杯と楽しんでいたに違いない。自分ばっかりずるい。もしかして、そのために私を厄介払いしていたのか。だったらそのまま放置してくれればいいのに。

 幽香は私以外には結構社交的な対応をするから、友達もそれなりにいるのだろう。多分。紫とか、古参妖怪たちには顔が広そうだし。

 私も負けじと酒を飲みたいのだが、未開封なのは棚の中にしか見当たらない。それを開けたら、流石に音が出てしまう。幽香に見つかったら確実に殺される。

 残念だが今日は諦めるかな。ちょっとだけ残っていたお酒を飲み干し、私は部屋に戻る事にした。

 なんだか心が寒くなってきたので、宝物である赤いマフラーを首に巻きつける。そして、特に何かをすることもなく、ベッドの上に座りこんでいることにした。

 

 

 

 ――気がついたら夜になっていた。楽しくない晩御飯の時間だ。その後はお風呂に入って、ぼーっとしてから寝るだけだ。明日からはきっと辛い鍛錬が始まるだろう。それが私の日常なのだ。地獄とそんなに変わらない気がする。アリスの家は天国だ。天国と地獄の落差が激しい分、私の精神へのダメージは大きい。

 

「…………」

「…………」

 

 そして食卓。私は幽香と相対しながら夕食を食べている。なんだか今までにないほど凄く豪勢だった。もしかして、さっき見当たらなかったのはこれの仕込みをしていたからか。

 幽香が料理は上手なのは認めよう。だからさっさと結婚してどっかに行ってくれないかな。私が仲人をやっても良いし。もしくは私を追い出すとか。これが一番オススメ。

 

 まぁそれはともかくだ。おかずは種類が本当に多くて、懐石料理みたいだった。盛り付けられている小皿もいつもより洒落てるし。岩魚の塩焼き、筍の煮物、たらの芽のテンプラ。お吸い物や茶碗蒸しまであるし。ご飯は筍ご飯。これは凄い手間がかかってそう。旬のものばかりだ。海原先生も思わず納得。いわゆるご馳走というやつ。

 一体どういう風の吹き回しなのか。多分、自分が食べたかったからだろう。私が帰ってくるからといって、ご馳走を出すような妖怪ではない。絶対にだ。

 

「今日は、とても豪勢ですね。食べ切れるかなぁ。あ、あはは」

「…………」

 

 沈黙に耐えかねて、話をふったのに当然の如く無視。食事中に会話を交わしたのはいつが最後だったっけか。その時も会話ではなく、一方的な罵声だった気もするが。ああ、アリスの家に帰りたい。同じ食事でも、どうしてここまで違うのだろう。刑務所の食事か!

 幽香だって、私以外には普通に接しているのに。威圧的なのは変わらないが、コミュニケーションはちゃんと取っている。

 全部私のせいなのだろうか。ならば、なぜ家に置き続けるのか。幾ら考えてもさっぱり分からない。出て行けといわれれば喜んで出て行くのに。私が苦しむ姿を見るのが趣味なのかもしれない。それならば理解できる。

 

「…………」

「……美味しいなぁ。……うん」

 

 再び沈黙。凄い美味しいのに、美味しく感じない。食器に箸が当たる音だけが響く。空虚。

 感情が昂ぶってきた。なんだか分からないドロドロとしたものが私の中を渦巻く。箸を持つ手が震える。カタカタと食器にあたってうるさい。無作法だからきっと怒られる。それとも無視のままか。

 

「……ねぇ」

「……は、はい?」

 

 幽香が無表情のまま唐突に声を掛けてきた。私はいきなりのことで、つい声が上擦ってしまう。鼓動が早くなる。

 

「前の異変のとき、博麗霊夢と弾幕で勝負したでしょう」

「は、はい。しました」

「そして、お前は負けた」

「……はい。見事に負けました」

「次は勝ちなさい。絶対にね」

「は、はい」

 

 私が頷くと、幽香はさらに言葉を投げかけてくる。

 

「アリスとの生活はどうだった?」

「凄く楽しかったです」

「妖夢との鍛錬は?」

「ちゃんと武器を使ってやりました」

「そう」

「……あの、私が目障りなら、言ってくれればいつでも出て行きます。二度とここには近づきません」

 

 お互いが幸せになれる最良の選択肢を提示する。だが、幽香は口元を歪めて残酷に笑う。獲物を甚振る獣のような顔だ。

 

「ふふ、面白い提案だけど駄目よ。お前の家はここ以外にはありえない。誰が何を言おうとも、絶対にね」

「どうしてです?」

「…………」

 

 暫くの沈黙の後、幽香は少しだけ口を開いたが、直ぐに閉じてしまった。自嘲するように薄く笑うと、台所に行ってしまった。酒を取りに行ってきたらしい。

 結局私の言葉には応えず、幽香は早いペースで酒を飲み始める。私も混乱したまま食事を続ける。一体何を言いたかったのか。いろいろと考えたけど、良く分からなかった。

 デザートには苺のゼリーが出てきた。それも凄く美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。地獄の鍛錬がまた始まるのかと億劫だったのだが、幽香は私に構おうとしなかった。平和な朝食なので大歓迎である。

 それに、またタートルネックのセーターを着ているし。昨日とは違う色で、普通に似合ってるけど。一体どれだけ寒がりなのだ。今日は暑いくらいなのに。私の心の寒さを分けてやりたいぐらいである。

 そんな幽香と違い、外の向日葵たちは太陽の光を浴びて元気一杯だ。私の彼岸花はだんだん元気がなくなっている。季節が違うから仕方ない。彼岸花パワーが全開になるのはもう少し先である。

 

「……今日はちょっと用事があるから出かけてくる。お前は自分で考えて勝手に特訓していなさい。グズでもそれくらいできるでしょう」

「はい、分かりました! いってらっしゃい! どうぞごゆっくり!」

 

 ちょっと用事だって。なにやらよからぬことを企んでいそうな気がする。が、今は気にしないでおこう。先のことを話すと鬼が笑うからね。

 だから元気にお見送りの挨拶だ。心の中でガッツポーズをした私を見透かすかのように、額に人差し指をつきたててくる。爪がちょっと刺さって痛い。

 

「さぼることは許さない。後で何をしていたか報告するように。人間に負けた惨めな負け犬のくせに、怠けていたら殺すわよ?」

 

 博麗霊夢に一度負けただけで、私は負け犬君にランクダウン。属性は惨めなグズ。誰も仲間にしてくれなそう。頑張るので骨付き肉ください。人間のじゃないやつ。レベルが上がるのは早いから育てやすいよ! 直ぐに限界になるから冒険についていけなくなるけど!

 

「さぼりません。今日は全力で頑張ります!」

「つまり、いつもは全力で頑張ってなかったのかしら」

「い、いえ。い、いつも頑張ってます。超頑張ってます」

「ならなぜわざわざ余計なことを言ったのかしら。救いようのない馬鹿だから?」

「…………」

「答えに詰るとすぐに口ごもる。そして反抗的な目つきをする。お前は本当に憎たらしいわね。この救いようのないグズが」

 

 ネチネチネチネチと鬼上司かお前は! このお局様! この風見幽香! 死んじゃえ!

 

「ほ、本当の本当に頑張ります。いつもの通り全力でやります!」

「御託はいらないの。口じゃなく結果で示せ」

 

 命令口調で言い切ると、幽香は家を出てどこかに飛んで行ってしまった。何をする気かは知らないが、どうせ碌なことじゃない。私に対しての嫌がらせ道具でも開発しているのだろう。実に恐ろしい。

 とりあえず、花たちの世話と、雑用をサクッとこなしてしまうことにする。特訓は妖力光線の連射を適当にやろう。やった事実さえあればいいのだ。嘘をついてもすぐ見抜かれるけど、嘘じゃなくしてしまえば大丈夫。本気で適当にやったということにする。

 

 

 

「これで今日の鍛錬は終わりっと。ルーミアでも遊びにこないかなぁ。フランはそんなに出歩けないだろうし。妖夢さんは忙しいから無理だよね。……あはは」

 

 悲しき独り言。返事をしてくれる者は誰も居ない。孤独はとても辛い。幸福を知ってしまうというのがこんなにもつらいものだとは。私は背を丸めて屈みこみ、顔を両手で押さえる。辛い。

 

「……よし、決めた。私は飲むぞ! 鬼がいない間に飲む!」

 

 こういうときは、お酒しかない。アリスに注意されていたけど、私はまたお酒に逃げる事にした。都合が良い事に幽香もいない。軽く飲むぐらいならバレないだろう。あいつだってあんなに飲んでいるんだから、私もちょっとぐらい良いじゃないか。うん。

 そして気分をちょっと良くしてから、花畑で呑気にお昼寝だ。飲む、寝る、撃つの繰り返しで地獄の日々を乗り越えよう。戦闘民族っぽい生活スタイルだが仕方ない。

 

「酒酒酒っと。高そうなお酒さんはどこかなぁー」

 

 家の台所、そのずっと奥のほうに、幽香専用のお酒の棚がある。私はたまにここから頂戴していたわけだ。既に開いているのを、ちょっと頂く感じで。

 以前の幽香はお酒はたまにしか飲んでなかったので、私が一本丸ごとくすねたら一発でバレていただろう。

 だが、見る限り最近は酒の量が相当増えているようだ。だから、私がこっそり飲んだりしても絶対にバレないのである。うむ、完璧なロジックである。

 

 棚を開けて高そうなのがないか物色する。指紋が残るとバレる可能性があるので、ちゃんと袖で手を覆っている。あの悪魔はどこから嗅ぎつけるか分からない。警戒しておくに越したことはない。

 流石に、触れただけで爆発はしないだろうけど。あいつがキラークイーンをいきなり出現させても、私はあり得る話だと納得しちゃいそう。その場合、私は重ちーになる。

 

 

「……ん?」

 

 なにやら奇妙なものを見つけた。細かい装飾が施された綺麗な大瓶がある。ここには焼酎がおいてあった気がするが。瓶の中には透き通ったピンク色の液体が入っている。底には色々な種類の花と何かの果肉が沈殿している。これは、花と果物を使ったお酒だろうか。

 私はそれを取り出し、蓋を開ける。その瞬間、芳醇な香りが辺りに漂う。とても良い匂い。指をつけて、ちょっと舐めてみる。

 

「!!」

 

 なにこれ。超美味しい。これは本当に美味しい。馨しい香りが喉を通って鼻へと抜けていく。舌触りは滑らか。甘味はあるが、後味すっきり。これなら美食倶楽部に出しても大丈夫。私が太鼓判を押しちゃおう。至高の一品である。

 もう一度確認のために飲んでみる。今度はさわやかな香りを楽しめる。飲むたびに味や香りが変わるのか? 色々な花が漬けてあるし、もし太陽の畑のものだとしたら有り得ない話ではない。妖力を目一杯に浴びせられているわけで。妙な効能がついている可能生は大きい。

 

「すっごい美味しい! こんなものがこの世にあったなんて。幽香め、私に内緒でこんなものを! ずるい!」

 

 脳内にお花を大量に咲かせた私は、マイグラスを用意して、遠慮なく花酒を注いでいく。グイっと一気に飲み干す。

 

「くーっ、美味い! もう一杯!!」

 

 なんだか段々楽しくなってきた。もう酔ってきているのだろうか。確かに飲みやすいけど、度数は高い気もする。しかし止められないし止まらない。止めるつもりもない。私は遠慮なくぐいぐいと飲み干していく。大瓶を小脇に抱え、台所に座り込んだ私はすっかり飲兵衛である。でも今が幸せだからこれで良いのである。

 

 

 ――そして30分後。

 

「…………」

 

 ちょっとトイレに行きたくなって、戻ってきた私は超大事なことに気がついた。

 大瓶に入っていたお酒が、もう半分しかない! さっきは満杯まで入っていたのに。後先考えずにこんなに飲んだのは誰だ!

 ……というか、これって、本当にやばいんじゃ。

 

「ど、どうしよう。やってしまった。ちょっと舐めるだけのつもりだったのに。な、なんで半分に?」

 

 答えは簡単。私が飲んだから! 美味しかったから仕方ないよね。でも仕方ないじゃすまないよね。

 わざわざ幽香が手塩にかけて作った花酒だ。それをゴミと同価値の私が飲んだと知ったらどうなるか。瓶で頭を殴られるぐらいじゃすまない。多分、マジで殺されると思う。お前の死体を酒に漬けてやるとか言いそう。確かに花酒だろうけど、想像するとちょっとグロイ。止めて欲しい。ルーミアはなんだか喜びそう。そのうち人間酒飲もうぜとか言ってきそうだし。

 現実逃避している場合じゃなかった。どう対処するか考えなくては。頭を必死に回転させる。

 

「み、水を足したら……」

 

 量は誤魔化せるが、特徴的なピンク色が薄くなっちゃうし。しかも飲めば絶対にバレる。なぜこんなに薄いのか。誰かが水を入れた。犯人は幽香ではない。消去法で私に確定。弁護士なしの裁判が開かれ、即座に死刑執行。逆転裁判じゃないので異議は認められない。

 最初からそうでしたよと開き直ったらどうか。嘘と断定されてそれも死刑執行。私に発言権はない。

 では全てを正直に話し、土下座して許しを乞うのはどうだろう。『ごめんなさい。飲んじゃいました。てへ!』『良く分かった、じゃあ腹切って死ね』エンド一直線。私は晴れて太陽の畑の肥料となるわけだ。バッドエンド!

 

「……あれ、もしかして詰んでる?」

 

 ――終わった。水ではなく、お酒を手に入れようにも私はお金を一銭も持っていない。ここにある別の酒を注ぎ足したとしても、明らかに味と臭いが違うからバレる。どうする。どうしよう。どうすれば良い。

 

「ぐ、ぐぬぬ」

 

 飲んでしまったのは私のせい。でも、こうなったのは全部幽香のせい。いや、酒に逃げてしまった私の弱さのせいである。やっぱり私はどうしようもないグズである。でもでも、美味しかったから仕方ないじゃない。うん、やっぱり美味しいお酒を造ってしまった幽香のせいだ。間違いない。でも勝手に飲んだのは私のせいなわけで。

 

「ああ、駄目だ、考えが纏まらない!」

 

 いや、発想を逆転させるんだ。言い訳しようとするからいけないのだ。そうだ、とっとと逃げてしまおう。一度も二度もおなじこと。冥界行きが失敗したからといって、逃げてはいけない理由にはならない。どこに行くかは、とりあえず逃げてから考える! 倒れるときは前のめり。思い立ったが吉日だ!

 

「い、急ごう。早くしないと、悪魔が帰ってくる。三十六計逃げるに如かず!」

 

 酔っ払っているせいか、恐怖はそんなに感じない。今の私は恐怖を乗り越えた風見燐香である。そう、精神的動揺による敗北はないと断言できる! 『くらえ幽香、半径二十メートル、ヒガンバナスプラッシュ!』とか撃っちゃいそう。そんな技ないけど。

 

 

 私は中身が半分になった大瓶と、必要そうな手荷物を抱えて風見家を全速力で飛び出した。精神を安定させるために、紫のバラの人からもらった薬草をむしゃむしゃ食べながら。凄く苦いけど、頭がスッキリしてきた! 

 もし逃亡に失敗したら、末期の酒にはこの花酒を全部いただくことにしよう。ついでに辞世の句も考えておかなくちゃ。

 

 ――彼岸花 お酒に溺れて 地獄行き。燐香、心の一句。

 



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第四十五話 童祭

 太陽の畑を飛び出した私。幽香の仕掛けたトラップに何回か被弾したものの、なんとか逃げる事には成功した。これは中々ないことである。もしかしたら悪運を司る神様が助けてくれたのかも。

 今の時刻は昼をちょっと過ぎたばかり。これからどこに逃げるべきか、頭をフル回転させる。現在の私のCPU使用率は100%! 熱暴走でハングアップしそう。ひとまずアリスの家とも考えたが、確実に迷惑が掛かる。酒の失敗だからきっと怒られちゃうし。それに、アリスが私を庇ってくれた場合が一番最悪だ。キレたあの悪魔は本当に何をするか分からない。よって紅魔館も駄目。

 

「……待てよ。彼女ならなんとかしてくれるかも」

 

 修羅には修羅、妖怪には妖怪退治の専門家。彼女なら倒せるかもしれない。幻想郷の平和を守るスーパーヒロイン、紅白の巫女博麗霊夢ならば! 私のお願いを聞いてくれなくても良いのだ。巻き込んでしまえばこっちのものというわけよ。百計のリンカの策は完璧なのだ。

 

「ぜ、善は急がないと!」

 

 私はカバンから地図を取り出し場所を確認し、全速力で飛び始めた。幸い、魔理沙から宴会のお誘いは受けている。その流れで、ちょっとお願いすれば良い。ちょっとこれからくる妖怪を倒してくださいと。最悪、夜まで匿ってもらうだけでも良いし。確実に追撃してくるだろうから、そこで修羅同士ぶつけてしまおう。これぞ二虎競食の計。なんという完璧な作戦だ!

 

 

 

 

 

 ――そして、妖怪神社こと博麗神社へと到着した。ここが噂の博麗神社か。建物自体はちょっと寂れている感じもするが、むしろ趣があるともいえる。でも、植わっている桜の木は見事に咲き誇っていて、見る物をさぞかし楽しませてくれるだろう。

 というか現在進行形で皆楽しんでいるし。境内ではござを敷いて、見覚えのある人間やら妖怪やらが、それはもう賑やかに酒を酌み交わしている。八雲家、白玉楼主従、紅魔館面々、騒霊楽団、妖精軍団に天狗などなど、賑やかというより喧しいほどだ。

 大体、まだ昼だというのに、どこもかしこも酒酒酒酒。超酒臭い。どんだけ酒を飲みまくってるんだこいつらは。私もいれてほしい。

 そういえば飛んでるときから、妙に酒の臭いが漂っていたような。まるで私を誘うように。私の嗅覚はそんなに鋭くないから気のせいだろうけど。

 

「……むむ」

 

 鳥居の下までこっそりと来てみたけれど、どうも輪の中に入りづらい。わいわい賑やかにやっている一団に、いきなり加わるのはとても難易度が高い。ほとんど知らない人達だし。私は皆のことを知ってるけど、相手は私を知らない。

 知り合いもいるけど、ちょっとここからでは遠すぎる。仲が良いとまで言えるのは、ぎりぎり妖夢くらいか。しかし、彼女は幽々子のお世話で忙しそうだ。誘ってくれた魔理沙は霊夢と話し込んでるし。

 『こんにちはー。私も仲間にいれて!』とか入っていって、『え、お前だれ?』みたいな流れになったら死にたくなる。考えるだけで吐き気がしてきた。

 

 ……あれ、もしかしてこれって。体育の授業とかで、二人組みになってとかいうアレだ。相方がいない私は先生に気付かれる事なくそのまま放置みたいな。やばい涙が出てきそう。私は大瓶を抱えて、一度だけ溜息を吐く。やっぱり来るんじゃなかった。策は良かったけど、私には場違いだったということだ。ここはスパっと諦めよう。

 

「撤収しよう。うん。私には完全に場違いだった」

 

 静かに後ずさりを始めた瞬間、首筋にぬめりとした何かが触れた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!」

 

 いきなりのことだったので、私はつい悲鳴をあげてしまった。腰を抜かしながら後ろを見ると、スキマが開いており謎の触手がふるふると蠢いている。紫の仕業のようだ。どうやら私がいることに気がついていたようだ。流石は妖怪の賢者。隙がない。

 と、宴会を楽しんでいた魔理沙も私に気がついたようで、笑顔で近づいてくる。

 

「なんだなんだ、って誰かと思ったら燐香か! 絶対に無理だと思ってたのに来れたんだな。ほら、そんなところに突っ立ってないでこっちにこいよ!」

「い、いえ。私は……」

「ははっ、何を遠慮してんだよ。ほら、お前らどけ! 邪魔な酔っ払いどもは道を開けろ!」

 

 魔理沙が私に駆け寄ってきて腕を掴むと、そのまま一直線に奥へと連れて行く。途中にいた妖精たちはぎゃーという悲鳴をあげて蹴散らされていった。その中にリグルの姿があった。目が合うと、これまた凄まじい悲鳴をあげてどこかへ逃げていってしまった。

 なんだか射命丸文にカメラでばしばし取られているし。あれ、その写真はまずくないかな。私がここにいたという消せない証拠に。でももう遅いか。やっちまった!

 

 ようやく魔理沙から解放されて正面を向くと、なんだかしかめっ面をしている霊夢がいた。あまり機嫌は良くないらしい。

 

「……珍しい奴が来たものね」

「こ、こんにちは、霊夢さん」

「……ふん。元気そうじゃない」

「お、おかげさまで」

 

 私が微笑むと霊夢はそっぽを向いてしまった。アクション失敗!

 

「ほら、とりあえず一杯飲めよ! 霊夢が首を長くして待ってたんだからさ」

「誰も待ってないわよ!」

「ご、ごめんなさい」

「アンタ、何か謝るようなことをしたわけ?」

「い、いえ。何もしてませんけど」

「……ねぇ。この前の勢いとはえらく違うみたいだけど。アンタの本性はそれなの?」

「えっと、そうですね。はい。あれは、勝負を盛り上げようと思って、少し演技を」

 

 異変のときの弾幕ごっこのことだろう。あれは良かれと思ってやっただけであって、本当の私は平和主義。人妖仲良くがモットーだ。

 霊夢の目が段々と険しくなる。魔理沙がそれを見てニヤニヤと笑っている。

 

「……いいから座りなさいよ。立っていられると鬱陶しいのよ」

「し、失礼します」

 

 ござに座らせてもらう私。周囲から妙に視線を感じる。新参者だから仕方がない。私はボッチだから友達も知り合いも少ない。数少ない知り合いの妖夢が私を見て、凄く驚いた表情をしている。

 

「なぁ、その大瓶の中身ってもしかして酒なのか? 手土産だったりとか?」

「へぇ。妖怪のくせに気が利くじゃない」

「余計な気を遣わなくてもいいのになぁ」

 

 魔理沙が笑うと、霊夢がアンタは少しは気を遣えと文句を言っている。

 

「いや、その、これは」

「なに動揺してんのよ。もしかして毒でも入ってるのかしら? 私を殺すためにとか」

「そ、それは違います。半分は私が飲んだので、何も入ってないのは確認済みです」

「ふーん」

「これは花のお酒なんです。多分、太陽の畑で育てた花の」

 

 そして幽香が作った、多分大事なお酒。だってあんなにたくさん酒を飲んでたのに、これには手をつけていなかった。だから特別な何かっぽい。それを飲んでしまったのは私! やっちまった!

 

「花の酒か。そいつは珍しいな。なぁ霊夢!」

「……そうね」

「飲んでいいのか?」

「え、ええ。そのために持って来たので」

 

 思わず動揺してしまったのは、ここに至って、これを飲ませていいものか悩んでしまったからだ。本当は霊夢に飲ませて『お前も飲んだんだから同罪だよん』を狙った小物的な考えだったのだが、なんとなく悪い気がしてきた。私は結構小心者なので、鉄火場には向かないのである。

 

 

「……ねぇ。それ、かなり凝った細工がされてるけど。本当に私たちが飲んで良いお酒なの? 風見幽香のなんでしょ?」

「……え、えへへ。ど、どうなんでしょう。あはは」

 

 霊夢が怪訝そうに私の顔を見つめてくる。なんという鋭い勘の持ち主だ。本当は飲んじゃ駄目な奴だよ!

 

「なぁに、なくなったらまた作ればいいじゃないか。せっかくだからそれで乾杯しようぜ。あ、他の奴も呼ぶか。おーい、太陽の畑の花を使った珍しい酒があるぞ! 飲みたい奴は集まれよー!」

 

 魔理沙が大声を出すと、人妖たちが一斉に集まってきた。私は流れに押されて、差し出されたグラスにどんどんお酒を注いで行く。ああ、巻き添えがこんなに増えてしまった。ごめんなさい。皆、死ぬときは一緒だよ。旅は道連れっていうし! あの世への案内人は私にお任せ!

 

「よし、じゃあ仕切りなおしだ! ――乾杯!」

『乾杯!』

 

 何が仕切りなおしなのか分からないが、人は流れに乗れば良い。赤い人もそう言っていた。大瓶の中身がもう二割ぐらいしか残ってないけど、私は気にしない! 

 

「……ん。これは美味いな!」

「確かに、美味しいわね」

「あ、ありがとうございます」

 

 お礼を言っていると、後ろからいきなり抱きしめられた。振り返ると、数回見かけたことのある八雲紫の姿があった。紫も花の酒を飲んでいたらしい。私を見ると、訳知り顔で微笑んでくる。

 

「いらっしゃい、燐香ちゃん。貴方の事、ずっと待っていたのよ。もう待ちくたびれて、こっちから迎えにいっちゃうところだったわ」

「何言ってんのよ。ここはアンタの家じゃないわよ」

「冷たいこと言わないで、霊夢。私と貴方の仲じゃない」

「別に特別な仲じゃないでしょうが。後、呼び捨てにすんな」

 

 冷たく吐き捨てる霊夢。

 

「つれないわねぇ。貴方もそう思うでしょう、燐香ちゃん」

「は、はい」

「うふふ。可愛いわねぇ。誰かの宝物をこの手で弄ぶっていうのは、本当に堪らないわぁ。さぁて、どうしちゃおうかしら」

「……燐香。こっちに来なさい。そのスキマ妖怪は変態だから近づかない方がいいわよ」

 

 霊夢が私の肩を掴んで、引き寄せてくる。体勢を崩しながらも、お酒を零さないようにする。

 

「あらあらあら。もしかして友達を取られちゃうとかいうやきもち? ねぇ、やきもちなの?」

「春の陽気で頭でもやったんじゃないの。川で頭を冷やして来い。三日間くらい」

「ひどいわねぇ、もう。でも、子供達のふれあいを邪魔しちゃいけないわね。ささ、どうぞごゆっくり。それと、頑張ってね」

 

 ポンと私と霊夢の肩を叩いた後、私たちから離れていく紫。何を頑張れば良いのかはさっぱり分からない。魔理沙も怪訝そうな顔をしている。

 

「なんだあいつ。頑張れって、何を頑張れってんだ?」

「さぁ。宴会芸でしょうか」

 

 私は宴会芸には少し自信がある。花を咲かせたり、能力を使った植物手品も得意。できれば妖夢にも手伝って欲しい。

 

「気にする事ないわ。アイツは適当なことを言って、人をからかってるだけだから」

「やれやれ、迷惑な奴だぜ。お前も変なのに目をつけられたなぁ」

「いずれ叩き潰すから問題なしよ。私は巫女だからね」

「おー怖い怖い。あ、もう空じゃないか。さぁどんどん飲んでくれ。これはそんなに上等なやつじゃないけどな」

「ウチの酒なのに偉そうに。文句があるなら買ってきなさいよ」

「ケチくさいやつだな。つまみは持ってきてやったろうに」

 

 空になった私のグラスに、魔理沙が酒を注いでくる。

 

「ありがとうございます、魔理沙さん、霊夢さん」

「いいってことよ。なぁ、霊夢!」

「そこでなんで私にふるのよ」

「さぁてな」

「ふん」

 

 ご機嫌な魔理沙。仏頂面の霊夢。おどおどしている私。奇妙な三人の集まり。周りは相変わらず喧しい。

 

「…………」

「…………」

「ねぇ」

「は、はいぃっ!」

 

 霊夢に声を掛けられ、ビクッとする私。機嫌を損ねたら死ねるので、愛想笑いを浮かべる。

 

「……この前のことだけど。私はアンタの行動に感謝なんてしてないわ。あれぐらい、自分で防げたからね」

「は、はい。そうですよね」

「博麗の巫女を舐めないで。妖怪に庇われるなんて冗談じゃないのよ。分かる? アンタのしたことは迷惑な独り相撲だったの」

「ご、ごめんなさい」

「……それで、怪我はどうなのよ」

「もう治りました。大丈夫です」

「あっそう。良かったわね」

「……はい」

 

 微妙な空気。魔理沙は腹を押さえ明後日の方向を向いている。お腹でも痛いのか。その割に身体は小刻みに震えている。

 凄く微妙な空気に耐えられなくなった私は、グラスを一気に飲み干して空にした。なんだか全然酔えない。緊張しているからだろうか。

 

「あーもうッ!」

 

 霊夢はいきなり大声を上げると、自分の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。そして横にやってくると、同じように私の赤髪をわしゃわしゃと掻き乱してくる。頭をいきなり揺らされて視界が揺れる。これは攻撃されているのだろうか。

 

「ほら、グラスを出しなさい!」

「え? え?」

「いいから!」

「は、はい」

 

 霊夢が日本酒の瓶を掴むと、私のグラスになみなみと注いでくる。

 と、霊夢のグラスも空だった。もしかすると、これはそういうことなのかもしれない。私はグラスを置き、花の酒が入った瓶を差し出す。霊夢は顔を歪めながらそれを受け入れる。そして――。

 

「借りは借りだからね。いつか必ず返す。いいわね!」

「いや、別に気にしないでも」

「うるさい! 私が決めたんだから、素直に頷けばいいのよ! 文句あるの?」

「わ、分かりました」

「ほら、グラスを出しなさい! もっと飲め!」

「はい!」

 

 なんか凄い勢いだ。霊夢の顔は酔っているのかとても赤い。茹蛸みたいで面白いが、指摘したら確実に怒られるだろう。

 勢い良くグラスを打ち付け、仲直りの乾杯だ。魔理沙もそれに加わってくる。鬱陶しそうな霊夢の視線をものともせず、魔理沙はニコニコと笑っている。彼女の笑顔は本当に眩しい。

 

「いやぁ、面白いもんを見たぜ! くーっ、酒が美味いな! あはは、酒がすすむすすむ!」

「うるさいわね。酔っ払いは黙って飲んでなさいよ」

「あははは! あのおっかない巫女様が照れてるぞ! これは間違いなく異変だぜ!! おーい皆、霊夢の顔が真っ赤――」

「やかましい!!」

 

 霊夢が酒を速攻で飲み干すと、魔理沙にアームロックを掛け出した。すぐにギブアップする魔理沙。私はそれを見て、思わず笑ってしまった。

 

「あはは。二人は仲が良いんですね」

「ただの腐れ縁よ。まったく」

「いててて。加減しろよもう! お前の技は本当にやばいんだよ」

「どいつもこいつも人の神社で大騒ぎして。全員しばき倒してやろうかしら」

 

 修羅の巫女が恐ろしいことを言っている。これなら幽香も倒せるかもしれない。しかし、なんとなく利用するのが悪い気がしてきた。喧嘩してたわけじゃないけど、仲直りの乾杯はしたわけだし。これは、迷惑をかけてはいけない。適当なところでお暇しよう。

 

「でもさぁ。今日で宴会何日目だっけか」

「知らないわよ。アンタらが毎日毎日毎日毎日押しかけてくるんでしょうが! 最初は三日おきだったのに、甘い顔をしてれば図に乗りやがって! 後片付けが大変なのよ! いい加減にしなさいっての!」

「でも結局はいつも参加してるじゃないか」

「タダ酒にタダ飯食えるんだからそりゃ参加するわよ。じゃなきゃたたき出してるわ。当たり前でしょうが」

「はは、現金だねぇ」

 

 魔理沙がござに寝転がって、豆を口に放り投げる。

 

「……ずっと宴会してるんですか?」

「ああ。異変解決して、すぐかなぁ。なんだか急に皆集まり始めてさ。皆花見がやりたかったんだとさ。で、私もなんだか参加しなきゃいけない気がして」

「一回だけで終わると思ったのに。今日で何回目かも覚えてないわ」

「いやぁ、次はいつだって催促が凄くてさ。私が色々と声掛け捲ってたのさ。後で聞いてなかったとか文句言われたくないからな」

「全部お前の仕業か!」

「いやいやいや。声掛けも最初だけだって。後は自主的に皆来てるんだよ。これもお前の魅力ってやつじゃないかな? あはは!」

「妖怪に集まってもらっても嬉しくないわ。賽銭は全然増えないし!」

「……繰り返される宴会。皆が集まってくる。あ、萃まる?」

 

 私の脳に電流が走る。これは、まずい。

 

「どうしたんだ燐香。あ、腹減ったのか? 料理もいっぱいあるぞ。ほら、私特製のキノコご飯の残りがその釜に」

「それならもう食べちゃったわよ」

「おい。お前ふざけんなよ。あれは燐香のために残しておいたんだよ! さっき食べるなって釘を刺しただろ!」

 

 魔理沙がぷんぷんと怒っている。知らぬ存ぜぬの霊夢。

 

「知らないわよ。聞いてなかったから」

「この食いしん坊巫女が! はぁ、後でもう一回作り直すか。キノコと米はあるし」

「い、いえ、お気遣いなく」

「私がご馳走したいんだからいいのさ。子供は気を遣うなよ」

「アンタも子供でしょ」

「お前もな。この腹ペコ巫女」

 

 キノコご飯は食べたいけど、それよりもヤバイことがある。

 これは、始まってるくさい。本物の鬼がやってくる萃夢想が。あ、でも私には関係ないのか? 幽香と萃香は戦闘してなかったはずだし。ならそんなに慌てなくてもいいのかな。もしかすると、近くで観戦できちゃうかも。

 というかもっと良いこと考えた。お酒を飲んでしまったのは萃香のせいにすれば良いんじゃないかな。大事な花の酒を飲んでしまったのは誰だ! 私だけど、鬼に操られていたんです! 的な。……やっぱりそんなことで見逃してくれるとはおもえねー!! 連帯責任でお前も死ねってなる。これは駄目だ。

 

 と、そこに妖夢と咲夜が近づいてきた。

 

「燐香。貴方、なんでここにいるの? アリスさんから禁酒を命じられていたと思うんだけど。大体一人で外出なんて、許されてないんじゃないの?」

「え? あはは。ちょっと深ーい事情がありまして」

「今聞くから直ぐに話して。話によってはアリスさんと幽香さんに報告にいきます!」

「それは、ちょっと止めて下さい。アリスのお説教は、本当に心に刺さるので。お母様に言いつけられたら、多分死にます」

「お、大げさな」

 

 アリスは常に正しい。間違っているのは私。その上で、私の為に怒ってくれるのが心に痛い。だから内緒にしてほしい。

 幽香に言いつけるっていうのは、私に死ねと言っているのと同じこと。

 

「おいおい妖夢。私が誘ったんだから勘弁してやってくれよ。大体、あの魔法使いは過保護すぎだろ。子供は少しヤンチャなくらいがいいんだよ」

 

 魔理沙が呆れ気味に肩を竦める。

 

「アリスさんは本当に燐香を心配してるのよ。それに、幽々子様からも面倒を見るように頼まれているし」

「やれやれ。真面目ちゃんはこれだから困る。もっと遊んで失敗して、それを糧に成長していくほうが、深みがでるってもんだぜ」

 

 魔理沙が偉そうに話していると、咲夜が呆れたように首を横に振る。

 

「こそ泥が何を言っているのよ。パチュリー様が困っているから本当にやめなさい。直ぐに本を返すように」

「うるさいメイドだなぁ。分かった分かった。ま、気が向いたらな!」

「本当に仕方のない。パチュリー様は甘すぎるのよね」

 

 小言を言い終えると、咲夜がこちらに向き直る。

 

「久しぶりね。怪我の治りは順調みたいだけど」

「はい、もう大丈夫です。フランは元気ですか?」

「ええ、貴方と遊びたいっていつも暴れ回っておられるわ。だから、いつでも遊びにいらっしゃい。貴方なら喜んで歓迎するから」

「はい、ありがとうございます」

 

 私が頭を下げると、咲夜は微笑む。本当に良い人だ。霊夢とやり合っているときは本当に怖いけど。極道の女みたいだし。

 

「おーい。私とえらく待遇が違うじゃないか!」

「当然でしょ。自分の行いを省みなさい」

「へへん、そんなことは知らないね。私は過去を振り返らないんでね」

「成長のない人間ね。どこぞの巫女と同じじゃない」

「ああ?」

「間抜けな顔してないで、少しはまともな席を用意しなさい。こんなござにお嬢様を座らせるなんてありえないわ」

 

 レミリアたち紅魔館一行は、ござではなくなんか凄く真っ赤な敷物の上で賑やかに騒いでいた。咲夜が手配したのだろう。

 

「勝手に来てるくせにうるさいわね。なら次の宴会は紅魔館でやりなさいよ。たまには私をもてなしなさい」

「絶対に嫌よ。貴方がくると館が獣臭くなるし。臭いをとるのが大変なのよ」

 

 ハンカチで鼻を押さえる咲夜。空気がピシっと凍りつく。怖い怖い。

 

「殺すぞクソメイド」

「無理なことを言わない方がいいわ。自分で悲しくなるでしょう?」

「試してやろうか」

 

 霊夢と咲夜がガンを飛ばしあっている。この二人は修羅道らしい。私はこっそり後ろへと下がる。なんだか巻き込まれそう。簡単に言うと、萃夢想バトルに。こういう私の勘は悲しい事に当るのだ。

 

「ん? どこに行くんだ?」

「ちょっと他の皆に挨拶をしてきますね。あはは」

 

 極力目立たないよう腰を低くして、チルノやら大妖精のいるほのぼのグループのところへ移動しようとした時。

 

『お前を逃がすわけにはいかないんだよなぁ。これからが楽しいお祭りの本番なのに。野暮なことはなしにしようよ』

「――げ」

「ッ!!」

 

 私が声をあげるのと同時に、霊夢が目つきを変えて懐から御札を取り出す。その瞬間、白い霧のような何かが私達の周囲を覆う。一瞬だが、身体が浮く様な感触があった。まるで境界を飛び越えたような。

 

「な、なんだこれ!」

「幽々子様!? い、いや、狙いは私たちか! 強引に突破しますか!?」

「駄目ね、霧が邪魔をして逃げられない。時を止めたけど脱出は無理だったわ」

「全く、肝心なときに使えないわね」

「口だけの巫女に言われたくないわ。それとも何か名案でもあるのかしら」

「ふん。こういうのはね、元凶を潰せば解決するものなのよ」

 

 周囲の霧から、中央に粒子が集まり、ヒトガタの何かを形成しはじめる。私は誰がでてくるか知っている。だから、できるだけ目立たない位置へと移動する。修羅の霊夢、咲夜の後ろへ。ここが一番の安全ゾーン。本当に安全なのはこの外だと思うんですけど。お願いです、私だけ解放して!

 

『中々言うねぇ。前座だと思ってたけど、少し楽しくなってきた。小便臭い餓鬼たちの相手も、結構面白くなりそうだ』

「アンタの仕業ってわけ?」

『うん、そういうことだね』

「もしかして、最近やけに宴会が多かったのもアンタのせい?」

『それもご名答だ。誰かさんたちのせいで、宴会が少なかったからね。春の酒を楽しむために仕掛けたのさ。いやぁ、まさに思い通りってやつだったね。掌の上で踊るお前達の姿は、実に滑稽で面白かったよ。誰一人として気がつきやしないんだからね』

 

 ヒトガタは光を放ち、小柄な妖怪へと変生する。密と疎を操る程度の能力、山の四天王の一人、伊吹萃香だ。

 目つきは私達を嘲るように見下してきている。鬼だから当然だ。強靭、無敵、最強なのが鬼。私はへっぽこ妖怪。相手にならない。そう、化物を倒すのはいつだって人間だ。だから私はこそこそと隠れなければならない。頑張れみんな!

 

 というか、周囲のこの白い霧って、全部萃香ってことじゃない? ということは、監視カメラが一杯ついているようなもの。隠れても全くの無駄じゃん!

 

「――お、鬼」

 

 私はつい声を出してしまった。慌てて口を塞ぐが、もう手遅れ!

 

『へぇ。知っていてくれるとは嬉しいねぇ。そうさ、私は鬼! 山の四天王が一人、伊吹萃香とは私の事だ!』

 

 どーんと胸を張る萃香。外見だけならお子様だから怖くないが、威圧感が超やばい。ぶんぶん回している腕、この拳が直撃したら絶対死ぬ。私には分かる。攻撃力255! 彼女のメガトンパンチはやばい!

 

「鬼、ねぇ。もう幻想郷には存在しないでしょ? 嘘つきは魔理沙の始まりよ」

「おい。どさくさまぎれに私の悪口を言うな」

「本当のことでしょ」

『嘘だって? はは、この私が嘘なんてつくもんか! 嘘をつくのはいつもお前達人間だろう!』

「まぁそんなことどうだっていいわ。妖怪を倒すのが私の仕事。とっととこのチビを片付けて、終わりにしましょう」

 

 霊夢が手をボキボキ鳴らすと、咲夜もナイフを取り出して構える。

 

「貴方の意見に賛成するのは癪だけど、私も手伝ってあげる」

「あ? こんなチビ私だけで十分よ。狗はそこでお座りしてなさい」

『はは、あははははは!! 本当に良い度胸をしているなぁ。そんな啖呵、久々に聞いたよ』

「笑われてるわよ、妖怪巫女」

「直ぐに泣かすから問題ないわ」

『うんうん、気持ち良いぐらい勇敢で馬鹿な奴らだね。でもさ、あまり鬼を舐めてもらっちゃ困るんだよ。よし、話も飽きたし早速始めよう! ……と言いたいどころだけど。惰弱な糞餓鬼どもが私に挑める資格があるかどうか、ちょっと試してやるとしよう。ま、試験みたいなものかな』

 

 そう言うと、萃香の身体から黒い靄がでてきて、五人のちょっと小さな萃香が現れた。本体はニヤリと笑うと、瓢箪から酒をグイグイ飲み干している。

 

『こいつらと戦って、勝った奴だけ相手をしてやるよ。口だけじゃないところを見せてもらわないとね』

「アンタに指図されるいわれはないんだけど」

『十分あるのさ。この場においては、力こそが全てだ。支配者はこの私。気に入らないんなら、私を上回る力を示しな!』

「そうさせてもらうわ。鬼だかなんだか知らないけど、いい加減ムカついてきたし。その角、根元から圧し折ってやる」

「霊夢、気をつけてください! 見かけは小さいけど、かなりの強者です!」

「へへ、オニの角なら実験の材料になりそうだな。レア物は私がいただきだ」

「早く倒してお嬢様の元へ戻らなくちゃ。私は忙しいのよ」

『いいねいいね。恐れを知らないってのは、子供の特権だ!』

「……わ、私は観戦してたいなぁなんて。あ、あはは」

 

 小声で呟く私。しかし誰も聞いていなかった。ゴゴゴゴゴゴとか気力が高まってる音がする。きっと戦闘力が上がっているのだろう。

 なんか皆やる気満々だし。チビ萃香の数は5。ご丁寧に、私までカウントされているし。暴力反対! ここは修羅の国じゃないのに! 私は更に一歩下がって、防御コマンド実行。できたら霊夢か咲夜あたりが二人相手にしてくれることを祈っておこう。うん、それが良い。防御に徹して時間を稼ぎ援護を待つのだ。戦いは数だよと偉い人も言っていた。

 

『さぁて、妖魔に愛されし糞餓鬼どもの力、この伊吹萃香にとくと見せてもらおうか!! 』

 

 私は愛されてないので、今すぐ帰りたいです。アリスのお家に帰して。そんな私の小さな声は、当然誰にも聞き入れられることはなかった。だって、私以外全員やる気一杯なんだもの。

 ――大乱闘スマッシュシスターズ萃夢想の開幕だ! 畜生!

 



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第四十六話 不揃いの大人たち

 ――博麗神社境内。いきなり現れた白い霧に、宴会に参加していた面々は一斉に騒ぎ始める。だが、紫が宴会の余興であると告げると、動揺は戦いを楽しむ歓声へと変わっていった。基本的にノリが良い連中なので扱いやすいのだ。

 伊吹萃香と五人の人妖との戦いは、紫がスキマから取り出した数枚の大鏡により観戦できるようにしてある。

 紫は、レミリア、幽々子と共に戦いの行方を眺める事にした。とりあえず、彼女達の文句は聞いてやらなければならない。

 

「おい紫。こんな余興が行なわれるなんて、私は聞いてないぞ。全てお前の仕業だろう、ちゃんと説明しろ!」

「だってサプライズだもの。先に教えたら台無しじゃない」

「ふざけるな! 私の可愛い咲夜に万一があったらどうしてくれる! ――って、危ない! あのチビ鬼、全然加減してないじゃないか! おいぶっ殺すぞ!」

 

 顔を真っ赤にしたレミリアの表情が目まぐるしく変わる。だが、理性は保っているようだ。いきなり槍をぶん投げられる事態にならなかったことにほっとする。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。貴方自慢の従者なんでしょう? ほら、ちゃんと応援してあげなさいな。鬼をやっつけたら、それはもう皆に自慢できますわ」

「後で覚えておけよこのスキマ婆! おい、何をしているメイド妖精隊、ちゃんと声援を送れ! 咲夜に友情パワーを送れ!」

 

 友情パワーってなんだろうと紫は思ったが、聞くのはやめておいた。絡むと面倒くさそうだから。

 

『メイド長頑張れー』

『メイド長ふぁいとー』

「ええい、声が小さい!! そんなことで咲夜に力を送れるか!」

 

 料理準備などのために引き連れていた紅魔館メイド妖精隊が、全く統率の取れていない声援を送り出す。これが現場に聞こえていたらさぞかし脱力することだろう。いずれにせよ、レミリアはこれでよし。意外と楽しんでいるのかもしれない。

 

「本当にノリが良くて助かるわねぇ。さぁ、幽々子もちゃんと応ひぇんひょ――」

「あら、何かしら紫。全然聞こえないわね。ちゃんと、分かるように話してくれるかしら」

「ひ、ひたひっ!」

「勝手な真似をした罰は喜んで受けます、ですって? 中々良い覚悟ねぇ。宜しい、今日は本気で行くわよ」

 

 ニコリと笑うと、幽々子は紫の頬を爪で摘み上げ、これでもかと捻ってくる。本当に痛い。なんか妖力みたいなのが加わってるし。

 

「死ぬ程痛いじゃない! 何するのよ!」

「何って。悪戯者にお仕置きしてるだけよ」

「ちゃんと前もって謝っておいたじゃないの。迷惑かけるかもって! それなのにひどいわ!」

「私は許すなんて一言も言ってないわよ。大体、妖夢に鬼をあてがうなんて何を考えているの。貴方、馬鹿じゃないの」

 

 まずい。これはマジで怒ってる。言葉に猛毒が混じっているときの幽々子は凄く怖いのである。なんだか危険な蝶が周囲を舞いだしてるし。幽々子がキレたところは見たことはないが、蝶の数が怒り度合いを示しているのだけは分かっている。

 

「お、落ち着いて幽々子。話せば分かるわ。ね? だから蝶を展開するのは止めて」

「聞こえないわね。亡霊になると耳が遠くなるみたいで」

 

 本当に都合の良い耳だが、今は弁解が先である。

 

「それにあの子達だって皆で協力すれば、多分勝てるわよ。だって私の霊夢がいるんですもの。あ、勿論妖夢たちと協力すればってことよ?」

「……それで、貴方はどのくらいの勝率と考えているの」

「そうねぇ。贔屓目に見て二割くらいかしら。だって相手はあの萃香だものねぇ」

「やっぱり許さないわ。一回死んで反省してきなさい」

 

 幽々子が再び力を篭め始める。この親友は、意外と根に持つ方だ。しかも死んでるから、怒りもかなりの時間持続する。収まるどころか、むしろ倍増する。だから、ここでしっかり謝っておかないと、忘れた頃にひどい仕返しをされる。ほら、また蝶の数が増えてるし。

 

「本当に大丈夫だから落ち着いて。不測の事態に備えて、藍と橙もあそこに配置してあるから。できる女の紫ちゃんは、あらゆることに考えを巡らせちゃうから。心配無用よ」

 

 外の世界でいうカメラマン役を藍と橙は担当している。萃香が限度を超えて何かをやらかしたら、即座に阻止しろと命じてある。最悪の場合は、紫が出張るつもりでいる。

 

「…………」

「それに、勝っても負けても良い経験になるのは間違いないわ。だって鬼と戦える機会なんて中々ないもの。そうでしょう? 妖夢にも貴重な経験をさせてあげようと思っただけなのよ。そう、全部良かれと思って!」

「……本当にしょうがないわねぇ、貴方は」

 

 幽々子が溜息を吐いた後、苦笑した。ようやく許してくれる気になったらしい。

 

「だって、萃香ったら絶対にやるって言って聞かないんだもの。場所を用意しないなら、勝手に暴れてやるとか脅してくるし。もう、なんで私だけがこんな目に」

「元はと言えば、馬鹿なことを企画した貴方のせいでしょ。全部身から出た錆じゃない」

 

 鋭い指摘にぐぅの音もでない。面白そうだから企画しただけで、ここまで大事になる予定ではなかった。皆で子供達の成長を見届けたいなぁという気持ちだけだったのだ。

 

「……そ、それはそうかもしれないけど」

「まぁいいわ。私も妖夢を応援しなくちゃいけないし。貴方は、他にやることがあるんでしょうから」

「え?」

「貴方へのお仕置きは、これから来る妖怪さんにお願いしましょう。皆、少し下がった方が良いわよ」

 

 幽々子が周囲の妖怪や妖精たちに声をかけ、少し離れるように指示を出している。幽々子は、この後何が起こるか既に予測済みのようだ。

 

「……はぁ。気が乗らないけど、やるしかないかしらねぇ。ここに恐ろしい速度で向かって来てるし。はいはい、皆ちょっと離れててね。今からヤバイの呼ぶわよ。巻き添え食わないようにしなさい!」

 

 警告を与えた後、大きく深呼吸して、えいっとスキマを展開する。

 

「――げっ」

 

 轟音と共に眩い光が迸る。挨拶代わりとばかりに、極大妖力光線が開いたスキマからぶっ飛んできた。直撃寸前で素早く側転して回避。服が汚れたけど気にしていられる状況ではない。素早い動きもやればできるのだ。普段はやらないだけで。

 

「お、恐ろしいわねぇ。大人なんだから、少しは加減をしなさいな」

 

 妖力光線は夜空に向かって轟音をあげながら飛んでいった。直撃したら洒落にならない威力である。

 体勢を立て直したら、目の前には幽香が仁王の姿勢で立っていた。目が凄く黒い。だって白目がないし。顔面には血管が浮き出て、もう阿修羅って感じだった。私は超激怒していますと顔が言っている。鬼よりも鬼っぽい。

 

「……また、お前の仕業か」

 

 両手を前に垂らし、ゆらりゆらりと幽鬼みたいに一歩ずつ近づいてくる。幽香暴走モードの戦闘スタイルはこれ。優雅とかそういうのを怒りで忘れると、こうなるのだ。戦法はシンプルで、近づいて全力の物理攻撃。それだけ。

 

「――怖っ」

 

 この幽香を見るのは久々だ。何年ぶりだろう。間違っても正面から受け止めては駄目だ。絡め取られて、悲惨な接近戦を強制されてしまう。一度まともにやって懲りている。

 しかし、どのタイミングで飛び掛ってくるかさっぱり読めない。口からはなんか白い吐息というか、闘気みたいなのが出てるし。怒気と気迫が具現化しているとでも言うのか。病み上がりのはずなのに、全然弱ってなさそうだった。

 

「ゆ、幽香、落ち着いて話しましょう。ね? これはちょっとした手違いで」

「あの子に手を出したら、どうなるか。私が言ったことを覚えている? 頭が悪いからこういうことをするのよね? どういう構造をしているのか、その頭の中を直接見てやるわ」

「ちょ、ちょっと待って。こんなところで本気で暴れたら、神社が――」

「問答無用。脳漿をぶちまけろ」

 

 淡々と告げると、幽香の身体が動いた。踏み蹴った石床が粉々に砕けている。普段からは想像出来ない速度で肉薄してくると、両手の振り下ろし。スキマで受け止めると、身体を捻って上段回し蹴りを放って来る。なんかギュインと嫌な音がした。こんなもの頭蓋に受けたら、マジで夏のスイカ割り状態になってしまう。スキマから大量の触手を出して緩衝材とし、そのまま拘束を狙う。――しかし。

 

「鬱陶しい!! 消えうせろッ!」

 

 幽香が一喝すると、触手が一瞬で霧散した。追撃とばかりにスキマ目掛けて妖力光線を放つ幽香。凄まじい破壊力を秘めた“それ”が内部で炸裂し、紫が暇つぶしに育てていた防御用触手は全滅。あまりのできごとに、思わず唖然としてしまった。

 こんなことはありえない。気合で掻き消したとでも言うのか。でも実際に消えているし。なにそれずるい、というか本当にやばい。

 

「……嘘でしょ。なんて出鱈目なのよ」

「次はお前よ」

「今日のメインイベントは私たちの戦いじゃないの。少しは空気を読みなさいよ」

 

 負ける気はないけど、ここで本気でやりあったら神社が確実に壊れてしまう。そうなると結界に影響がでてしまう。それは避けなければならない。幻想郷は紫にとって掛け替えのない大事な世界なのだから。

 近くにいた妖怪は悲鳴をあげながら腰を抜かして逃げていく。逃げたいのはこっちだと、紫は心の中で愚痴を零す。一体誰のせいか。……大体自分のせいだった。

 

「お祈りは済ませたかしら。神社だから丁度良かったわね」

「い、嫌よ。私は無宗教だもの。私には祈る相手なんていないのよ」

「そう。どうやら済ませたみたいね」

「ちょっとは私の話を聞きなさいよ。会話のキャッチボールをしましょう? ね?」

「どちらかが塵になるまでのデスマッチでいいのよね」

「だから、私の話を聞きなさい!」

 

 スキマでこの幽鬼をどこかへ連れていきたいところだが、なんだか上手く行かない気がする。スキマを掴んで破壊ぐらいやりかねないほどの怒気だ。実際にやられたことがあるので、洒落にならない。

 かなり昔に本気でやりあった時、スキマが出現する場所を先読みしてこの幽鬼は握りつぶしやがったのだ。それ以来、紫は幽香に一目置くようになっている。幽々子の死に誘う能力も理解出来ないが、幽香のでたらめさも同じようなもの。警戒に値する。

 それはそれとして。本当にどうしようか。ここは執着の対象を変えなければまずい。……そうだ、丁度良い対象があるじゃないか。

 わざとらしく大声をあげ、紫は素早く大鏡を指さした。

 

「そうだ! 幽香、貴方大事なことを忘れているわよ!」

「……あ?」

「私達が戦ってる間にも、鬼との戦いは進んでるのよ? ねぇ、見なくて良いの? 私は見たほうがいいと思うんだけど。そうでしょ? 母親の貴方が、娘の戦いを見なくてどうするの!」

「…………」

「貴方の為に、特等席と美味しいお酒も用意したのよ。ほらほら、一緒に観戦しましょうよ。貴方が見ていれば、燐香ちゃんも百人力よ! ね?」

 

 幽香の動きが止まる。少しだけ理性が戻ったようだ。目が普通に戻り、やばいことになっていた表情も元に戻る。

 呑気に状況を眺めていた幽々子が、幽香に話しかける。

 

「まぁまぁ。気持ちは分かるけど、落ち着いて幽香。あの鏡で中の状況を見れるみたいなのよ。紫へのお仕置きは後にして、一緒に見ましょう。本当に危なくなったら、私たちが助けに行かなくちゃいけないでしょう」

「…………ふん」

 

 ナイスフォローと紫がこっそり親指をあげるが、幽々子はぷいと首を横に向けてしまった。可愛いけれど、歳を考えた方が良い。お互いもう若くないのだから。

 

「今のは全部余興だから、気にしないように。特に天狗、記事にしたらとんでもないことになるわよ。胴体とさよならしたいなら遠慮はいらないけどねぇ」

「そんなご無体な! 記者を脅迫するなんて賢者にあるまじきことですよ! 言論弾圧反対です!」

 

 先ほどからこっそり撮影しまくっていた射命丸文に釘を刺す。あんな情けないザマを記事にされては沽券に関わる。

 

「ゴシップ専門の出歯亀記者がうるさいわね。大人しくすっこんでなさいな。さーて、私も霊夢の晴れ姿を観戦しなくちゃ!」

 

 幽々子達の下へと駆け寄り、そそくさと座る。一発殴られるくらいは覚悟してたけど、無傷で済んだので万々歳だ。紫はほくそ笑みたくなったが、必死に堪える。これでようやく愛しの霊夢の晴れ姿に集中できるというものだ。

 

 まずは萃香が生じさせた分身との一対一の勝負のようだ。これに勝てないようでは話にならぬという、鬼の試験のようなものか。

 

「流石は霊夢。私が見込んだだけのことはあるわ。後で良い子良い子してあげましょう」

 

 博麗霊夢は圧倒的優勢だ。攻撃を全て回避し、接近しては強烈な針の連射を食らわしている。流石の萃香といえども、あの分身では霊夢には勝てない。そんなに甘い教育を施したつもりはない。思わず鼻が高くなる。

 

「そこよ妖夢! 相手に休む暇を与えちゃだめよ! 速度を活かして手数で翻弄しなさい!」

 

 なんだかんだで熱くなっている幽々子。その姿は母親そのものである。ほっこりと眺めていたら、ジト目で睨まれたので視線を逸らす。霊夢とまではいかないが、幽々子は勘が良いのだ。

 魂魄妖夢は霊夢ほどではないが優勢だ。チビ鬼の攻撃を刀で受け流し、二刀を上手く駆ってさばいている。精神的にやや脆い点があるが、開き直ると強いタイプ。相手が鬼ということで、全力でいくしかないと腹を括ったのだろう。相性的にも悪くない。

 

「あーもう! あのナイフは鬼に効きがイマイチだな! おいパチェ! 超合金ナイフを今すぐ練成しろ! そして渡しにいけ! ハリーハリーハリー!」

「いきなり無茶を言わないで、レミィ。そんな素材ここにはないし、あの隔離空間に行くには場所を特定しないと無理よ。三時間くれればなんとかしてみせるけど」

「それじゃあ遅すぎる! ああ、引き篭もりはやっぱり使えないね! くそっ、私が行けば一撃でぶっ殺してやるのに!」

 

 レミリアが地団太を踏みながら酒をラッパ飲み。罵倒されたパチュリー・ノーレッジはノートと羽ペンを取り出して何かを記し始めている。

 

「レミィに『引き篭もりはやっぱり使えない』と言われた、と。ふふ、10年後に覚えておきなさい。私は絶対に忘れないから」

「またそんなノートを作っているのか! この前燃やしてやったのに! いい加減そういう根暗な行動をやめろ、この引き篭もり陰険魔女が!」

「根暗、引き篭もり、陰険魔女と言われた上に逆ギレされた、と。今日は書く事が一杯ね」

「だから書くのを止めろおッ!」

 

 本当に愉快なやりとりだった。それはともかくとして、レミリアの言葉通り十六夜咲夜はやや劣勢だ。時を止めて、ナイフで攻撃を仕掛けているのだが、鬼の身体には効果が薄い。弾幕勝負なら、圧倒しているのだろうが、これは純粋な力比べだ。肉体、もしくは精神にダメージを食らわせなければならない。段々と息も荒くなってきているようだ。少し厳しいかもしれない。

 

(……そして、特別ゲストは、と。本当に面倒くさがりだからねぇ)

 

 少し離れた場所に設けられた席を見る。誰も居ないござの上に、お酒と料理が並んでいる。彼女がそこにいるかどうかは分からない。能力を使えば分かるが、それは無粋というもの。

 だが、多分来ていると思う。そのためにスキマを使って空間を繋げたのだから。きっといるはずだ。紫は静かに微笑むと、視線を鏡に戻す。

 

 霧雨魔理沙は完全に押されている。そもそも、彼女は魔法が使えるだけの普通の人間なのだ。鬼の相手をするには荷が勝ちすぎる。だが、そんな相手でも怯まずに向かっていく姿は美しいし好ましい。――しかし、戦っている場所が悪すぎた。

 魔理沙の長所でもあり命綱たる機動力が、周囲を覆う白霧により完全に殺されてしまっている。自然と鬼との距離は近くなり、得意の高火力魔法もいまいち冴えがない。鬼の攻撃を一度でも喰らえばノックアウトされてしまうのが分かっているのだろう。回避に専念するばかりで、体力、魔力の消耗も激しそうだ。

 

「少し厳しかったかしらね。かわいそうなことをしたわ。ねぇ、そう思わないって、誰も聞いてないし」

 

 幽々子、レミリア、幽香、三人とも全く人の話を聞いていない。かじりつくように鏡に見入っている。

 

「……あの馬鹿、また小細工を。本当に学習能力のない。……どうしてそこで攻撃を叩き込まないッ。小鬼の一匹や二匹軽く捻り潰せ!」

 

 幽香が一人でブチ切れている。本人は小声のつもりらしいが丸聞こえである。無理難題にしか思えないが、幽香としては本気なのだろう。自分を超えさせる為に徹底的な訓練を施しているのだから。不器用で馬鹿なやつだと紫は溜息を吐く。

 

(消滅するのが運命なら、たとえ短くても幸せに過ごせば良いものを。いつまで苦しむつもりなのかしら)

 

 紫は長い生の中で、何度も別れを体験してきた。いずれは霊夢も死ぬだろう。だから、今この時間を大切にする。記憶は永遠だ。紫は絶対に忘れることはない。だから毎日楽しく生きていく事が出来る。

 それに引き換え、苦痛と悲嘆に耐えながら過ごしているのが幽香だ。憎まれ続けてでも、共に過ごす時間を増やしたいのか。本人は絶対にそんなことを認めないだろうし、口にも出さないだろうが。

 

 

 ……燐香と幽香に残された時間はあとどれくらいだろうか。観察した限り、現状を維持し続けるのは相当難しいように思える。一度入った皹は元には戻らないのだ。それに今年は“60年目”。幽香も気付いているはずだ。だから、焦っている。

 幽香が頼ってきたら、選択肢は一応提供することができる。燐香の消滅だけは回避できるだろう。幸福な暮らしとは程遠いだろうが。

 手段は簡単だ。燐香をどこぞの空間に隔離し、地獄の様な苦痛を機械的に与え続けてやれば良い。正しい選択とはとても思えないが、存在を残すことはできる。幽香ももう苦しむ事はない。憎悪の対象を変更してやるからだ。全てを実行するのはこの八雲紫である。憎まれ役は慣れているから別に構わない。会いたくなったら、外から眺めるぐらいは可能だ。

 

(まぁ、天地がひっくり返ってもないでしょうけど。むしろこんなこと話したら即座に殺し合いになりそうだし。……現状では、幽々子の案に乗るのが最善でしょうねぇ。納得できるかは別として)

 

 その幽香だが、気迫があまりに凄まじいので誰も近寄ろうとはしない。紫も近づくのは当然やめておく。ウサ晴らしにといきなり殴られかねない。あまり激怒させると、気合であの場所までの道を作りそうなのが恐ろしい。

 

 今気づいたが、幽香は首筋を隠すようにセーターを着用している。どうやら、傷はまだ癒えておらず、さらに傷ついたことを隠したいようだ。間違いなく、娘の燐香のためだろう。憎まれなければならないが、罪悪感は植えつけたくないのか。いじましい親心である。お願いしてくれば色々と手伝ってやるのだが、本人にその気がないのだから仕方がない。あの二人については、もう少しだけ様子を見ることにしよう。良い方向に向かう可能性もゼロではない。

 

 幽香の見ている鏡には、へっぴり腰で震えている燐香の姿が映し出されている。幽香と瓜二つなので、その姿には違和感しかない。しかし、彼女の奥底には恐るべき黒い感情が渦巻いている。それが暴れだしたら、すぐに止めに入る必要がある。

 だから、紫は本当はこの催しを中止したかったのだ。だが、萃香は止めろといって聞く性格ではない。素直に事情を話したら、むしろ春雪異変での変貌を、再現させようとする可能性がある。鬼とはそういう種族なのだ。

 

「……?」

 

 しばらく幽香が見ている鏡を覗いていたのだが、どうにも戦況に変化がみられない。チビ萃香の身体は、奇怪な植物のツタでぐるぐる巻きにされている。苦しそうな気配がないところから、絞め殺すだけの力はないようだ。その正面には、毒液を噴射しつづけている巨大な食虫植物。そして、燐香自身は赤と青の呪霧をひたすら撒き散らしている。長期戦で、じわじわと削っていく戦法のようだ。

 しかし、あれでは決着はつかないだろう。分身とはいえ、鬼は鬼。毒によるダメージなど、鬼の再生力の前には全くの無力なのだ。

 と、当の燐香はチラチラと霊夢たちの姿を気にしている。なるほど、自分は引き分け狙いで、決着をつけた霊夢たちの援護を待とうという作戦か。堅実で悪くはないのだが、果たしてそれを萃香が許すだろうか。

 

「…………ッ!!」

 

 幽香が無言で杯を握りつぶした。握りつぶした手が、怒りで震えている。姑息な人任せの作戦だということに気がついてしまったようだ。もしくは、愛娘に手を出そうとする鬼への怒りが限度を超えたのか。多分その両方だろう。面倒くさい奴なのだ。娘の性質同様に。

 幽香は歯軋りしながら、静かに怒気を露わにしている。本当に難儀なことだ。紫は絶対に近づかないようにしようと心に決める。遠くにいた虫の妖怪は、泡を吹いて気絶してしまった。かわいそうに。

 

「教育ママは本当に恐ろしいわねぇ。まぁ、なんにせよ、私の霊夢が一番ってことなんだけど。ふふ、当然の結果よねぇ。他の皆には悪いけど、美味しいところは霊夢が全部頂きね。鬼を倒すのは私の霊夢ちゃんに決まりっ!」

 

 紫はここまでの戦闘経過について、概ね満足した。ちょっとしたトラブルはあったわけだが、何も問題はない。このままいけば全てが上手くおさまることだろう。少し安心した紫は、酒を取ろうと手を伸ばす。杯に酒を注ごうとした瞬間、横から凄まじい圧力を感じた。ふと横を見ると、瓶が視界に飛び込んでくる。

 

「……さ、酒瓶!? 一体何事なのよ!」

 

 轟と唸りをあげてぶっ飛んできた。慌てて手でかばったので直撃だけは避けたが、瓶は割れて全身見事に酒濡れである。

 誰の仕業かと思ったら、幽香が怒りのあまり投げつけてきたらしい。紫の顔目掛けて正確に。多分無意識なのが余計に腹立たしい。こちらへの殺気を全く感じなかったから、本当にたまたま当ってしまっただけだ。

 当の幽香は謝りもせず、新しい一升瓶を掴みそのまま豪快に飲み始めている。どこの酔っ払いだ。

 

「……あの向日葵女。いつかけちょんけちょんにしてやるわ。覚えておきなさいよ」

 

 スキマから手拭を取り出し、顔を拭き、気を取り直して酒を飲む。さて、どういう結果になるか。できれば、霊夢の一人勝ちが良いなぁと思いながら、紫は幽々子にちょっかいを出すために近づく事にした。

 ――鬼と子供達の戦いは、まだまだ始まったばかりである。

 




ふぞろいの林檎とは全く関係ない話!

初号機暴走モードみたいなイメージ。
暴走時の戦闘スタイルは親譲りだったのでした。


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第四十七話 鬼と彼岸花

『で、そろそろ始めていいのかな? 流石に待ちくたびれたよ』

「……あの、もしかして全然効いてないんですか?」

『うん。こそばゆい感じかな』

「……うそん」

『鬼を舐めちゃあ駄目だな。こんな草やら毒じゃあね。いくら私が分身体でも、やられる訳ないじゃん』

 

 エコーを効かせながら、拘束しているはずの両手を自在に動かすチビ萃香。私の操るオジギソウ君も頑張ってるけど、残念ながら力が及んでいない。毒液シャワーを浴びせまくってるラフレシア君も駄目だ。毒のダメージより、再生力のほうが強いみたい。

 努力賞をあげるから、私の身を守る為にもっと頑張って欲しい。進化してビオランテになるとかそれくらいの奇跡を起こすんだ!

 

『あの脳筋妖怪の娘のくせに、案外小賢しい奴だねぇ。もっとさぁ、ガツンとくるような技とかないの?』

「……で、できればこのまま引き分けがいいなぁなんて。あはは」

『やれやれ』

 

 呆れ気味に首を回すと、チビ萃香の目が一気に怒りに染まる。どうしてもガチバトルをやりたいらしい。私は凄く嫌だけど。

 私の狙いは、まきつく、どくどく、かたくなるのコンボで時間切れを狙っていたのだ。周囲の様子を見る限り、霊夢と妖夢は多分勝てる。魔理沙と咲夜は苦戦中。援護にきてくれるのは、多分妖夢だと思う。だって用心棒とか言ってたし。

 そっちの様子を窺っていると、チビ萃香が心から呆れたとばかりに肩を落す。

 

『呆れてものも言えやしない。なぁ、自分でなんとかしようって気迫を少しは見せなよ。一応妖怪だろう?』

「そ、そう言われても」

 

 戦う意義を見出せない。幽香ならともかく、それに匹敵する強さの萃香と戦っても一つも得がない。理不尽すぎる!

 

『全く、こんなガキとやらなくちゃいけないんて、私だけ貧乏クジだよ。まぁ、やる前からちょっとは分かってたけどさぁ。ああ、頭に来る!』

「じゃあ、私との戦いはやめにしませんか? 私は平和が大好きな妖怪なんで。戦いたいなら他の人がオススメです」

 

 呆れられようとなんだろうと、どうでもよい。そもそも、なんで私が戦いに巻き込まれなくてはいけないのだ。今回は私に非はないはず。幽香には殴られる理由はあるけど、萃香にはない。

 宴会に誘われたから、ちょっとお邪魔しただけ。そうしたら変な白い霧に巻き込まれてバトルに強制参加。なんとか援護を得るために時間を稼いでいるだけ。

 

『いやなこった。私は絶対にお前を潰す。実はさ、この中で一番気に入らないのはお前なんだよ。なにもかも世の中が悪いみたいな面しやがって』

「そ、そんな。今回は本当に巻き込まれただけですよ! 私が一体何をしたっていうんです?」

 

 必死に弁解する私。だがチビ萃香は全く聞く耳を持ってはくれない。鬼とはそういう生き物だから仕方ない。

 

『何もしてないけど、気に入らないんだから仕方がない。ま、理不尽には慣れてるみたいだし、軽く半殺しにされても気にしないよな? じゃあ、そろそろいくからさ。歯ぁ食い縛ってろ!』

「――え?」

 

 そう言うと、チビ萃香が腕に力を篭めてツタを一気に引きちぎる。オジギソウ君は裏拳一発で粉みじん。ラフレシア君は口から吐き出された炎で、瞬く間に焼き尽くされてしまった。

 

「よ、妖結界強化ッ!」

 

 私は慌てて結界を更に強化する。が、チビ萃香はスピードが速い。一瞬で私の懐に飛び込んでくると、そのまま左拳を突き出してくる。

 

『おらあッ!!』

「――ぐっ」

『こんな結界、鬼の前じゃ塵紙同然なんだよ!』

 

 ガラスみたいにパリーンと割れる私の結界。どうして一発で割られるの! 5ターンくらいかけて必死に強化したのに! 理解できない。

 が、結界が割れたということはそういうことで。次の一発をすでに萃香は繰り出している。私の腹部に鬼の一撃が突き刺さる。

 

「うぐッ!」

 

 腸が抉られたような凄まじい痛みだ。胃液が逆流しそうになる。口元を思わず抑えてしまった。当然隙ができる。

 腹部に再びボディブロー。さっきより重い衝撃。今度は堪えられない。私は激しく吹っ飛ばされた。だが、周囲を覆う霧がそれを許さない。私は強引にチビ萃香の前に押し戻される。

 

「う、ううっ」

『痛いからって防御を解くなよ。馬鹿かお前は。まぁ丁度良い、その腐りきった性根と甘えた根性、徹底的に叩きなおしてやるよ。あの糞甘っちょろい花妖怪の代わりにさぁ!』

「――ひっ」

 

 チビ萃香の繰り出してきた唸る剛拳。へっぴり腰になりながら横転してなんとか回避。そのまま脇目も振らずに逃走開始。アリスと妖夢に教わった手段を早速活かす。だが、どこに逃げればいいんだろう。皆、一生懸命戦ってるから助けてくれそうにないし。

 

『鼠みたいに逃げまわってるだけじゃ駄目だなぁ。ほら、もっと手を出さないとさ!』

「は、速っ」

 

 逃げようとした目の前に回りこまれた。

 

『はは、お前が遅いんだよ。なんだその情けない格好は。おらッ!』

 

 拳、拳、蹴り、拳拳拳。身体の割に重い攻撃が連続する。私も負けじと反撃を試みる。乱打戦に突入だ。

 だが、経験と地力が違いすぎる。私が放った攻撃はなんなく避けられ、カウンターの強烈なアッパーで顎を跳ね上げられる。マジで痛い。私より背が小さいから、その分良いところに決まってしまった。ああ、膝が震えるし、足が止まってしまう。

 

「う、ううっ。ち、畜生」

『だから言ったろ? そんなんじゃ駄目だって。良い機会だし一から教育してやろう。妖怪のあり方って奴をさ。生き延びられれば、強くなれることは保証してやるよ』

 

 体勢が崩れそうになる私の髪を掴み上げ、執拗にボディブローをお見舞いしてくるチビ萃香。小さいけど、威力は半端ない。しかも、一発じゃなく、反動を付けて何度も何度も叩き込んでくる。一撃一撃が脳天まで響く。もう背骨が折れてるんじゃないだろうか。内臓は無事なのかな。分からない。

 腹部ばかり狙うのは、多分徹底的に痛めつけるためだ。教育してやるとかいってたし。ゲロを吐いても許してくれないだろう。死ぬ寸前になれば、勘弁してくれるかもしれない。そのまま死んじゃうかもしれないけど。

 

「――グエえええッ」

『まだ吐く元気はあるみたいだな。よし、ここからが根性の見せ所だよ。ほら、頑張りな』

「も、もうやめて。ほ、本当に、死んじゃう」

『ああ? 命乞いなんて聞くと思うか? 私は鬼なんだよ鬼。そこんとこ分かってもらわないと。それにさ、死ぬ寸前ぐらいまでいかないと、お前、何を言っても理解しないだろ?』

 

 なんで私がこんな目に。この世からいなくなりたいと思ったことはある。さっさと死にたいと思ったこともある。だけど、こんな虫みたいに嬲られて死ぬ程の罪を犯しただろうか。犯したかもしれない。けど、それは私がしたことだったろうか? 何故私がこんなことだけ引き受けなければならない。

 

「…………」

『他の人間たちは頑張ってるぞ? ほら、お前もあいつらを見習ったらどうだ』

 

 苛烈な攻撃は更に続く。なんとか振り払おうとするのだが、チビ萃香の身体は微動だにしない。なんでこんなに力が強いのだ。鬼だからだ。私は花から生まれただけの妖怪、勝てるわけもない。

 誰か、助けてくれる人は……。妖夢と目があった。こちらに駆けつけようとしてくれているが、妖夢の対戦しているチビ萃香に阻まれている。特に親しくもない霊夢が助けてくれるわけもなし。他の皆は自分のことで精一杯だ。

 

「…………うう」

『なんだよ、まさか泣いてるのか? あー情けない情けない。そんなことだから、いつまでたっても母親の手から離れられないんだよ。本当に餓鬼だなぁ。なぁ、恥ずかしくないの?』

 

 なんでこんなことをいきなり言われなくてはならないのか。私は何か悪いことをしたっけか。ああ、私はイレギュラーだから、存在自体が罪なのだ。だから萃香は私を消しに来た。なら、このままでもいいか。楽になれるなら、それでも。

 

『人間以下とは妖怪の恥晒しだなぁ。本当にそれで精一杯なのか?』

 

 挑発してくるチビ萃香。何かがざわめく音がした。それはもぞもぞと這いずり出て、私にまとわりつく。

 

「…………」

『ん、もう覚悟を決めたのか? 潔いというか、諦めが良いというか。怒らせたら少しは意地を見せるかと期待したんだけどなぁ。……まぁお前の相手もそろそろ飽きたのは確かだ。この惨敗、精々次に活かせよなッ!』

 

 チビ萃香が私の髪を離し、右拳を限界まで振りかぶるのが見えた。これを喰らえば、私は倒れるだろう。力の加減次第では死ぬかもしれない。本当に、理不尽だ。世の中納得いかないことばかり。腹立たしい。憎らしい。殺してやりたい。私達を嘲る奴らは皆死ねば良いのだ。なんだか靄が出てきたような。そうだ、お前達も少しは手伝え。私たちが“私”なんだから。

 チビ萃香の右拳を私たちは受け止めた。

 

『な、なんだ、これ。くそっ、うごかねぇ! お前、何しやがった!?』

「――思い上がるな。私たちはもう誰にも見下されはしない。そして思い知れ」

 

 右拳を握りつぶすと、そのまま霧散する。驚愕するチビ萃香。

 

『こ、拳が潰されたッ!?』

 

 このままでは終われない、絶対に終わらせないと、私の足元からドロリと黒い彼岸花たちが現れる。私達の憎悪と怨嗟の象徴。私はそれに突き動かされるように、チビ萃香を押し倒す。――私達は、まだまだ終わらない。

 

『な、なにをする気――』

「ふふ、捕まえた。鬼がどれだけ頑丈なのか、ちょっと噛み千切らせてもらおうかしら」

 

 口を開けて、チビ萃香の首筋を噛み千切る。これは本体じゃないから、殺そうが何をしようがどうでもよいだろう。

 肉片をぺっと吐き捨てると、首元を掴んで地面にたたきつける。顔面をなんども踏みつけて、大地と一体化させてやる。分身といえども、ダメージは現れるらしい。鼻血を流して、苦しそうだ。私達の痛みを思い知れ。

 

「土に還る気分はどう? 土は栄養が一杯ですから、さぞかし気持ち良いでしょう。ああ、羨ましい」

『――お前、それが本性か!! へへっ、やっと面白くなってきた! できるなら最初からやりやがれってんだ!』

「面白い? 私はそうでもないですよ。こんなに血塗れで、本当に不愉快極まりない。だから、お前も同じようにしてやる」

『ぐうっ! て、てめぇ!』

 

 起き上がろうとするチビ萃香の腹部を、全力で踏みつける。ようやく弱ってきたようだ。分身だから、耐久力も大したことはないのだろう。人間が一対一で戦えてるのがその証左。

 よくよく考えると、こいつの拳にはそれほどの威力はなかった気がする。あれだけ急所をやられたのに、結局腹部は貫かれていないし。手加減したのか、できなかったのかは知ったことではない。

 幽香とは違う。あいつの拳は私の意識を一気に刈り取るのだ。こいつは所詮分身。冷静になれば大したことはない。このままぶち殺すことに決定だ。どうせ分身体だろうし、全く問題ない。というか今更遠慮はいらないだろう。こいつは私を殺そうとしたのだから。原作通りに進もうが進まなかろうが知った事か。

 

『く、首がやられたせいで力がでねぇ!!』

「サービスで3秒待って上げましょう。さぁ、見苦しい言い訳をしたいならどうぞ? 地べたに這い蹲りながら、負け犬の遠吠えって奴をね」

『こ、こんの餓鬼ッ、さっきから馬鹿にしやがって! 後で覚えてろよ! 分身体でも私は私だからな! 怒りは引き継ぐぞ!』

「あっそ。それじゃあさようなら。――消え失せろ」

 

 チビ萃香の胴体を踏みつけたまま、至近距離で妖力光線を発射。螺旋を纏った貫通能力に優れる技だ。光線はチビ萃香の顔面を大地ごと抉り取り、地中深くへ突き刺さっていった。貫通技だから直撃しても見た目がいまいち地味だ。もっと激しく炸裂するような技も考えたいもの。フランならば相談相手に良さそうだ。世界を気分良く壊せる技を考えようと誘えば、喜んで乗ってくることだろう。

 首を失った身体は、暫くすると霧散して、本体へと戻って行った。

 

「ふぅ。――と、挨拶代わりに一発撃っておこう。なんだか無性に苛々するし」

 

 ニヤリと楽しそうに酒を飲んでいる萃香。私は蕾を展開して、妖力弾を連射してやる。かなりの威力のはずだが、萃香は右手一本でその全てを弾き飛ばした。

 

『あははははは、元気が良いねぇ!! だが、そう慌てるなよ。物事には順序ってものがあるだろう?』

「気に入らないから撃っただけ。何か問題がある?」

 

 今気づいたけど、口調が幽香そっくりになってる気がする。まぁいいか、誰が見てるわけでもないし。気に入らない奴は全員ぶっ殺してやる。最初からそうしていれば良かった。邪魔する奴は全員皆殺しだ。

 

『その答え、妖怪らしくて実に良いね。なんだ、あの花妖怪、中々立派な教育してたんじゃないか。要らぬお節介だったかな。いやぁ、馬鹿にして悪かったね。すまんすまん。心から謝るよ』

「謝らなくていいから早く続きをやりましょう。なんだか、どんどん力が漲ってくるんですよ。ふふ、全部お前にぶつけてやるわ。今なら八つ裂きにしてやれそう」

 

 なんだか自分が幽香になったみたいで気分が良い。ああ、力があるってこんな気分なんだ。

 

『はは、確かにそうみたいだね。うーん、本当に良い気迫だよ! よし、丁度終わったみたいだし、一度仕切りなおそうか!』

 

 萃香が豪快に手を叩くと、チビ萃香たちが主の下へと戻っていく。その数は二体。魔理沙と咲夜が戦っていた相手だ。

 後ろを振り返ると、悔しそうに地面でひっくり返っている魔理沙、そしてメイド服がボロボロになった咲夜の姿があった。彼女達は負けてしまったようだ。相性が悪かったから仕方がない。それに人間は弱くて当たり前だ。

 

「……アンタ、派手にやられてたけど、大丈夫なの? というか、目つきと髪がヤバイわよ」

「燐香ッ! その姿は……」

 

 霊夢と妖夢が近寄ってくる。どうでもいいことだ。私は一人で戦える。鬼を倒して幽香も殺す。それで全ては完了だ。

 

「ああ、二人は勝ったんですか。おめでとうございます。でも、ここからは私が引き受けますよ。化物には化物をぶつけておくのが一番です。八つ裂きにするので、そこで馬鹿みたいに見ていてください」

 

 私が嘲笑しながら命令すると、霊夢の目つきが危険な角度になる。鬼の前に巫女でも別にいいか。

 

「ふざけんな。妖怪を倒すのは私の仕事よ。それに、アンタの無茶を見逃す訳にもいかないし。ほら、少し休んでいなさい」

「ああ、うるさい。人間風情が私に偉そうな口を叩くな。死ぬ程目障りよ。どけ」

 

 しっしっと追い払う。良い気分が台無しである。やはり私は人間が大嫌いだ。

 

「なんですってぇ! アンタ、誰に口聞いてるのよ!」

「本当に喧しい巫女。たかが人間のくせに……って、あれ?」

 

 と、勢いで喋っていたら、眩い光がはじけ、ぼやけていた意識がはっきりとしてきた。ざわついていた感情が、静まっていくのが分かる。黒い彼岸花たちが地面に吸収されていく。

 正面には、眉が危険な角度になっている霊夢と、凄く心配そうな表情の妖夢。あれ、なんで私は今こんな偉そうなことを言ったんだろう。というか、普通に殴られるんじゃ。

 

「あ、あはは。あ、あの、違うんです」

「燐香、も、戻った?」

「……たかが人間がなんですって? ああ? もう一遍言ってみろ。全力でぶん殴ってやるから」

 

 胸倉を掴まれる。私は直ぐに手を上げて降参する。霊夢の顔がマジギレ一秒前って感じ出し。

 

「い、いえ。あはは、なんでもありません。お、おかしいな、つい調子に乗って思ってもない事をベラベラと。ご、ごめんなさい!」

 

 ハイテンションモードだったのだろう。うん。じゃなければ修羅巫女霊夢にあんな喧嘩を売るようなこと言うわけないし。よし、なかったことにしよう!

 霊夢は暫く私を睨んでいたが、溜息を吐いて解放してくれた。やった。巫女にも優しさのカケラが存在していたらしい。

 

「なんなのよもう。ったく、不安定すぎるのよアンタは。とてもじゃないけど、あの鬼とは闘わせられないわ。ほら、大人しくここで見てなさい!」

 

 霊夢に両肩を掴まれると、強制的に座らされてしまう。

 

「妖夢、アンタはこいつが勝手なことをしないように見てなさい」

「え、で、でも、そういうわけには」

「でもじゃないの。また面倒なことになりかねないから、あのチビは私が潰すわ」 

『おーい。それはないだろう。私の分身の末路を見ただろ? あんな真似されてなかったことになんてできるもんかい!』

「やかましい! お前は私が徹底的にシバいてやるわ。オニだかなんだか知らないけど、好き勝手しやがって」

『うーん、まぁいいか。アンタ相手でも結構楽しそうだし。あ、気が向いたら全員でかかってきていいからさ。倒れてる奴も遠慮しないでいいよ。不意打ち大歓迎さ。立ち上がる元気があればだけどね、あはははははは!!』

 

 萃香が魔理沙たちを嘲笑すると、腰を落として両手を構える。立ち向かうのは霊夢一人だけ。

 

「あんまり人間を舐めるんじゃないわよ。忘れ去られた妖怪の分際で」

『私たちが怖いから忘れたんだろう? 徒党を組んで卑怯な真似ばかりするのがお前達だ。……と、餓鬼相手にムキになっても仕方ないか。ほら、偉そうなこと言ってないで、とっとと掛かってきな。見習い巫女が!』

「妖怪のくせに良い度胸じゃない。その首とって、見世物にしてあげるわ。最後に勝つのは人間なのよ!」

 

 霊夢と萃香の激しい戦いが始まる。弾幕ごっこの範疇はとうに超え、なんでもありの乱闘みたいになってるし。

 博麗霊夢には天賦の才がある。そう易々とやられはしないはず。だが、伊吹萃香の拳は一撃当れば命取り。多分殺さないとは思うけど、半身不随とかにはなっちゃうかもしれない。博麗霊夢は人間だからだ。本来の萃夢想と流れが変わった以上、何が起こるか分からない。私のせいかといわれると、色々と言い訳したい気持ちで一杯だ。だから、なんとか霊夢を助けたいのだけども。

 

 妖夢に視線を送る。妖夢は霊夢のことが気がかりなようだが、私から離れようとはしない。気持ちは嬉しいけど、さっさと加勢しないと、まずいと思うんだけど。

 

「あのー」

「燐香、大丈夫なの?」

「全然平気ですよ。それより――」

「髪の色が、凄く黒くなってたけど。あの時と同じに」

「あはは、私の髪は赤色ですよ」

「うん、それは知ってるけど」

「何かの見間違いでしょう。それか妖夢の目が悪いかです」

「…………」

 

 妖夢が納得いかないという顔をしている。が、私の髪は正真正銘赤色である。彼岸花と同じ、血のように赤い色。間違えるはずもない。

 それに、今はそんなことを話している場合じゃない。霊夢一人では流石に辛いだろう。いや、修羅の巫女だから大丈夫なんだろうか。分からない。

 

「そんなことより、早く加勢しないとまずいと思うんですけど。幾ら霊夢さんでも、一人で鬼退治は難しい気がします。相手もなんか本気になってますし」

「う、うん。それは分かってるんだけど、入るタイミングが」

「簡単ですよ。助太刀します! って言って入ればいいんです」

 

 妖夢は深々と頷くと、二刀を強く握り締める。

 

「そ、そうか。そうだよね。でも、燐香は一人で大丈夫?」

「勿論大丈夫です」

 

 私も立ち上がる。少しぐらいは手伝うことができるかもしれない。

 

「ちょ、ちょっと。貴方はここにいなさい! 勝手に動かないで!」

「言われなくてもここにいますよ。ただ、ちょっと試したいことがあるので。私が合図したら、霊夢さんに知らせて避けるようにしてください」

「何かするつもりなの?」

「それは、見てのお楽しみというやつで。効くかどうかも分かりませんしね」

 

 私は、とある物体に視線を送る。うん、折角だし試してみよう。上手く言ったら恩の字だ。色々と悪口を言われたし、痛めつけられた借りもある。とても腹立たしい。その怒りははっきりと覚えている。しっかりと返してやらないと気が済まない。

 ――私は意外と執念深いのだ。

 




?「私にいい考えがある」


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第四十八話 勝者に祝福を、敗者に花束を

『さてと』

 

 萃香は瓢箪に口をつけ、この場に立っている面々を眺める。激しくいきり立っていた博麗霊夢も、一度仕切りなおすつもりなのか、魂魄妖夢、風見燐香のもとでなにやら話し合っている。

 何を相談しているのかは知らないが、楽しくなればそれで良いだろう。実際、今の萃香は結構楽しんでいる。

 

『いやいや、軽い前菜のつもりだったけど中々できる連中じゃないか。紫の言ってた事も、あながち間違いじゃなかったかな』

 

 八雲紫が持ちかけてきた、鬼と若い人妖による弾幕合戦。花見の余興に一勝負どうかと、何度も誘われていたのだ。あまりにしつこかったので、萃香は渋々ながら頷いたのだった。

 最初は報酬の酒目当てであり、軽く遊んでやるだけのつもりだったのだが、参加する面子を調べていくうちに興味が湧いてきた。どいつもこいつも一癖も二癖もある連中ばかりだったから。紫の誘いがなくても、そのうち自分からちょっかいをかけていたに違いない。

 

 それにだ。餓鬼どもと関わっている妖怪は結構な大物ばかり。こいつは利用できそうだと、萃香は内心ほくそ笑んでいた。紫の計画に途中まで乗り、勝敗が決した瞬間に台本は萃香のものと置き換える。こいつらを痛めつけた後に人質として、大妖どもを怒らせて本気を出させるのだ。普段は中々全力を出さない連中だから、こういう機会じゃないと戦うことすらできない。

 標的は八雲紫、西行寺幽々子、レミリア・スカーレット、風見幽香、あとは正体がいまいちつかめない悪霊。どれもこれも相手にとって不足はない。是非とも本気の殺し合いをしてみたい連中ばかり。これを思いついた後は、博麗霊夢たちについては呼び水のようなものとしか見ていなかった。

 

 だが――。

 

『うん、悪くない。むしろ、楽しいぐらいだね。どいつもこいつも闘争本能むき出しで、実に良い。いやぁ、若いってのはいいなぁ! 鬼を相手に怯まないなんて、なかなか出来ることじゃないよ。うんうん、負けた後で存分に誇っていいぞ!』

「ちっ、ごちゃごちゃとうるさいわね。こっちは本当に迷惑してんのよ。それに、勝つのは私達よ」

 

 霊夢が臆せず睨みつけて来る。この巫女は紫のお気に入りだけあって、一本筋が通っている。

 

『あははは、相変わらずの威勢だなぁ、博麗の巫女は。……で、そろそろ作戦は決まったのかい? 本気の鬼を相手にするんだから、精々頭を捻ると良いさ。ま、無駄だろうけどなぁ』

「私の名前は博麗霊夢よ。博麗の巫女なんて名前じゃないの。その角つき頭に叩き込んでおきなさい」

『ああ、それなら知ってるよ。幻想郷の大事な歯車なんだろ? ほら、いつもみたいに、ぐるぐると回ってろよ。こき使われて骨まで磨り減るまでな!』

 

 萃香は両拳を打ち付けて挑発する。霊夢の顔が怒りで歪む。本当に分かりやすい餓鬼だ。こいつは幻想郷の部品として見られることが耐えられないのだ。怒らせるには、ちょいと弄ってやればこの通り。

 霊力、才能共に抜群のくせに、性格が捻じ曲がっている。それも実に良い。からかい甲斐がある。

 からかい甲斐があるといえば、さっきの風見燐香も面白かった。あれは存在自体が面白いし興味深い。できるならば風見幽香とセットで戦いたいものだ。というか、面倒だから全部まとめて一気に戦ってしまうか。その方が祭には相応しいだろう。勝っても負けても大騒ぎできるに違いない。

 餓鬼共を潰した後はそうすることにしよう。萃香は決めた。

 

『――ま、それはそれとしてだ。まずはこっちの決着をつけなくちゃあな!』

「燐香、来るよ!」

「わ、分かってます。目は良い方ですから」

 

 妖夢は腰を落として戦闘態勢に入る。そして燐香は――。

 

『なんだ。本当に元に戻っちゃってるじゃないか。あーあ、また怒らせないと駄目かぁ? 勝負に水を差すなよ、もう』

「ご心配なく。私達の計画は完璧です。数分後には、貴方をぎゃふんと言わせて見せます。ふふ、負け犬ならぬ、負け鬼ですね」

『へえ、面白れぇ。やれるもんならやってみなよ、小童が!』

「危ないっ!」

 

 萃香が燐香に直線で飛び掛ると、妖夢がそれを防ぐように二刀を交差させてくる。拳を打ち付ける。刀を捌いて、力を受けながされた。意外と器用なようだ。だが、鬼の力をまだまだ分かっていない。

 

『そんななまくらで防げると思ってんのか? 圧し折ってやる!』

「な、なまくらじゃありません! この剣は由緒正しき!」

「鬼の挑発に乗るんじゃない! この馬鹿が!」

 

 背後から霊夢の声が聞こえたと思った瞬間、強烈な霊力で吹き飛ばされた。背中には針が突き刺さっている。鬼の身体に傷をつけるとは、流石に博麗の巫女は一味違う。

 萃香は針を無造作に抜き取ると、そのまま握りつぶす。

 

『やるじゃないか、って――』

「はあッ!」

 

 萃香が褒めてやろうとした瞬間、霊夢と妖夢が二人掛かりで攻撃を仕掛けてくる。お互いに連携を取り、隙が生じないように補佐しあっている。威力よりも手数重視の連撃だ。だが、時折威力が増している本命が混ざってくる。なるほど、萃香に攻撃をさせないつもりのようだ。その考えは間違っていない。このまま嵐のように攻撃を続けていれば、普通なら倒れる。普通ならば。

 

『そこらの木っ端妖怪なら、これで潰せるだろうけどさ。さっきも言ったじゃん。鬼を舐めるなよってな』

「やかましい! とっととくたばりなさい!」

「いきます! ――人鬼、未来永劫斬ッ!!」

 

 霊夢の御札連撃を隠れ蓑に、妖夢の強力な攻撃が萃香に迫る。刀による斬撃が、萃香の身体に幾重にも叩き込まれる。なるほど、これも悪くない。悪くないが、全然足りない。

 

『そんな技で鬼を名乗るってか? ぶち殺すぞ、小娘ッ!!』

「くうっ!」

「どきなさい妖夢! 夢想封印、散!!」

 

 拳を妖夢の顔面に叩き込んでやろうと思ったら、また御札に邪魔された。両者は直ぐに距離を取って、相対する。

 そろそろ鬱陶しい。このまま体力か精神力が尽きるまでつきあっても良いのだが、段々苛々してきた。あまり時間を掛けるのも、後の連中に悪いだろう。今晩のご馳走は、あの妖怪連中と決めているのだ。準備運度はこれくらいで十分だ。

 

『さてと。まずは霊夢、お前から潰すか。お前を潰せば、後は鎧袖一触だ。腕一本ぐらいは覚悟しろよ?』

「偉そうに。さっきから口ばっかりで、まともに攻撃が当たってないじゃない」

『煽るねぇ。で、何が言いたいんだ?』

「力だけは立派だけど、所詮それだけってことよ。なんだ、鬼って意外と弱いのね。がっかりしたわ。ねぇ、妖夢」

「そ、そうですね。え、えっと、所詮は忘れられた存在なんじゃないかと。それに、小さいですし。私よりチビスケですね!」

 

 どうやら萃香を挑発しているらしい。子供相手に大人気ないかもしれないが、悪口を言われるとムカつくのは当然だ。というわけで、こいつらは両腕を叩き折ることにした。その方が後の戦いも盛り上がるだろう。餓鬼共もそれを狙っているらしいし。

 

『相変わらず良い度胸だがムカついた! よーし、じゃあ腕だけ全力でいくぞ? 上手く受けろよな。死んでも恨むなよ!』

 

 ミッシングパワーで、腕だけを巨大化させる。大体、大仏の腕くらい。まぁ、こいつらも素人じゃないし、ぺちゃんこになることはないだろう。ということで、振りかぶって本気の一撃だ!

 

「来たわよ。――妖夢!」

「分かってる!」

 

 霊夢が結界を展開。巨大化した腕が受け止められるが、当然ながらそんな生易しい威力ではない。すぐに亀裂が入る。妖夢は、なぜか明後日の方向に駆け出している。――なにをするつもりだ?

 

『そりゃ何のつもりだ? まさか、ここまで来て逃げるつもりじゃ』

 

 そこまで言葉を発したところで、場の異常に気がついた。その激しい違和感は霊夢の後方からだ。

 先ほどから、黙って立っていただけの燐香に、凝縮された妖力が蓄積されている。燐香の背後には、巨大な彼岸花が具現化しているではないか。いつのまにこんなものを。しかも、倒れている咲夜と魔理沙が、その花に力を注入し続けている!

 

『……お前ら、一体何を』

「お待たせしました。私も全力で行きますので、死んでも恨まないでください!」

 

 燐香が僧侶が使うような法術の印を何個か結んだ後、こちらに向けて赤い妖力波を放って来る。威力は大した事がなさそうに思える。あれだけ時間を掛けた割には、お粗末な技である。だが、勘は警戒しろと言っている。さて、どうするか。避けるのも無粋、喰らってやるとしようか。

 

『ふん、口上は立派だがなんとも情けない技だね。こんなそよ風、避けるまでもない!』

「やっぱり、そう思いますよね? ――術式変更ッ!」

『性質が変わった? 面白い、やってみろ!』

 

 燐香が両手から全力で妖力を放出した。眩い光が萃香に襲い掛かる。勢いは十分、だが鬼を倒すにはまだまだ不十分だ。萃香がニヤリと笑うと、燐香も笑う。勝ちを確信したような顔で。

 

「これはかつて大魔王を封じた奥義を模した技。その身に受けろ――魔封波もどきッ!!」

 

 燐香が技名を叫ぶと同時に、赤い彼岸花が怪しく輝く。『もどき』と自分から名乗るなど、相変わらず卑屈な奴だ。

 

『なんだこりゃ、期待させた割に温いなぁ。――って、うん?』

 

 だが、ただの妖力波だったそれは、絡まるように萃香に纏わりつく。更に小さな竜巻が周囲に巻き起こり動きを封じられてしまう。

 封じる? この鬼の萃香の動きを封じる? 有り得ない。

 

『ば、馬鹿な。こんなもの、こんなものッ!! み、身動きが効かねえっ!』

 

 竜巻が更に勢いを増し、烈風と化していく。風圧が大地を抉り取ると同時に、萃香の身体が弾き飛ばされた。空中でなんとか停止したが、風が強すぎて身動きがとれない。烈風は渦を巻き、萃香の全身を引き千切らんばかりに荒れ狂う。

 

『く、糞があッ!! こんな小娘の技、抜けられない訳が! う、うぐぐ! ほ、本当に動けねぇ!! どうなってやがる!』

 

 力を入れようとするが、それすらも風により霧散させられてしまう。これは、ただの風ではない。妖怪の力を削ぎ落とす何かが含まれている。あの彼岸花か、或いは他の何かの特性か。いずれにせよ、早く脱出しなければ。一本取られたのは確かだが、これでくたばるほど柔じゃない。萃香は霧に変化しようとする。が、変化させようとしたした腕が一瞬で消し飛ぶ。烈風がそれを妨げるのだ。

 

『――私の妖力を霧散させる性質かよ! そんなの、き、汚ねぇ!』

「汚いのはそっちです。密と疎を操る程度の能力なんて、インチキすぎる!」

『だからって、ぜ、全部の霧を、巻き込むなんて』

 

 ヤバイ。このままだと、永久にこの烈風の渦の中だ。周囲に展開させていた白霧も全て巻き込まれている。これは、当ってはいけない類の技だった。敢えてうけさせるのが狙いだったのか。だから、霊夢と妖夢にあんな挑発を。

 

『な、ならば耐久力勝負だ! お前の妖力が尽きるまで、私は絶対に耐え切ってやる!』

「妖夢さん! 準備はいいですか!」

「い、いつでもいいよっ!」

「霊夢さんは!」

「ありったけの量を用意したわ。アンタに譲るのは癪だけど、さっさとやりなさい!」

「い、行きますよ!!」

 

 更に何かを仕掛けてくるらしい。両手をこちらに向けている燐香の顔に焦りが浮かんでいる。目に余裕がないのが見てとれる。コントロールが僅かに乱れ、烈風の渦にムラができる。――好機!

 

『甘いなぁ。見事な技だったが、最後の詰めが甘いんだよッ!』

「――ま、まずい。しゅ、集中が」

『ぐぬぬぬ!!』

 

 萃香を拘束する烈風の渦から逃れるために、気合を入れて腕を全力で伸ばす。もう少し、もう少しだ。僅かでも烈風から逃れられれば、そこから脱出が――。

 

 必死に伸ばした指先に、星型の弾幕が炸裂する。星たちは渦の流れに乗って、萃香の身体を激しく打ち付ける。痛みはないが行動を更に制限される。そして狙い済まされたナイフが萃香の腕に連続で当たる。強引に烈風の中へと押し戻されてしまう。大地に立っていれば余裕で跳ね返せる攻撃だが、今は状況が悪い。身体は無傷でも、衝撃を殺しきれない。萃香は怒りで歯軋りする。

 

「へへっ、大人しくその中にいろよ。もうすぐフィナーレだぜ」

『こ、この糞餓鬼どもッ』

「やれやれ。それにしても、いいのかしら。負けたのにこんな美味しいところをもらっちゃって」

「別にいいんじゃないか? これでなんとかプラマイゼロだろうけどな」 

 

 咲夜と魔理沙が得意気な顔でこちらを見下してくる。

 

『負け犬共が邪魔をするな! 大人しくすっこんでな!』

「何を言ってんだ。不意打ち大歓迎って言ったのはお前じゃないか。もしかして、あれは嘘だったとか?」

『い、いや、私は嘘はつかない。っていうか、これ、何をするつもりなんだよ! 私をどうしようってんだ!』

「慌てなくても直に分かるわ」

「まぁ、良い匂いがつくといいな。鬼ご飯なんて私も始めて聞くけどさ。米との同棲生活、精々楽しんでくれよ」

『そ、そりゃどういう意味――』

 

 魔理沙たちの言葉を聞きながら、萃香は勢いを増した烈風に呑まれて、宙に浮かび上がっていく。そのままぐるぐると何度も旋回させられた後、地面に向かって落下していく。大地に打ち付けるつもりか。――いや、違う。それより最悪な物が蓋を開けて待っている!

 

『うわあああああああああああああ!!』

 

 萃香の落ちていく先。そこには米粒がくっついている古びたお釜があった。妖夢がその側で、木の蓋をもって待機している。霊夢も口元を歪めて心底楽しそうな様子。

 萃香はこいつらがようやく何をするか分かった。しかし、もうどうにもならない。こんな結末は納得がいかない。全然暴れたりないと叫ぼうとしたが、それすらままならない。

 

『や、やめ――』

 

 萃香が釜に赤い烈風とともに強引に押し込まれると、妖夢が両手で素早く蓋をする。霊夢が御札の束を放って一挙に展開、釜を包み込むように封印してしまった。更に二重結界まで構築する念の入れようだった。

 

「ふぅ。こ、こんな釜で、本当に大丈夫なのかな」

「私の封印は完璧よ。――とにかく、これにて鬼退治終了ね」

 

 

 

 

 

 

「……せ、成功、したのかな?」

 

 ぶっつけ本番の魔封波もどき。まさか成功しちゃうとは思わなかった。

 

「成功よ。これだけきっちりやれば、幾ら鬼でも出てこれないわ。私の結界も掛けてあるし。ざまぁみろってのよ」

「や、やった! 鬼に勝ったんだよ燐香! 今の、本当に凄い技じゃない!」

 

 妖夢が抱きついてくる。相当興奮しているらしい。鬼に勝てたのが嬉しかったようだ。私は死ぬ程疲れていたが、一緒に喜ぶ事にした。

 

「え、ええ。今のは、対お母様を想定した切り札です。じ、実戦で使うのは初めてでしたけど」

 

 私はへなへなと座り込む。背後の妖力タンク用彼岸花が役目を終えて消えていく。お疲れ様。

 

「だ、大丈夫?」

「少し疲れただけです。でも、ちょっとだけ休ませて下さい。流石に体力気力が限界に近いです」

「ふん、情けないわね。妖怪のくせに」

 

 なんだかまだまだやり足りないといった霊夢。足で萃香を封印した釜をゲシゲシ蹴飛ばしている。怒りはまだ収まっていないらしい。歯車とか、そういう言葉は霊夢の本気の怒りを買うようだ。禁句としてしっかり記憶しておこう。

 

「あはは。そう言わないでください。まだ10年しか生きてないひよっこですから」

「あー、そういえばそうだったっけ。アンタ、本当に餓鬼なんじゃない」

「でも、霊夢さんとはそんなに変わらないじゃないですか」

「一々うるさいわね」

 

 霊夢の軽口に適当に応じる。軽く小突かれるが、なんだか少し仲良くなれた気がする。そこに声を掛けられた。

 

「やったな、燐香! いやぁ、最後に美味しいとこもらって悪いな!」

「負けたくせに何喜んでのよ」

「結果がすべてだからな。何の問題もないぜ! それに今回はチーム戦だろ? なら私達の勝利って訳だ」

「そうは言っても、やっぱり恥ずかしいわ。途中までは無様極まりなかったし。もうちょっと頑丈なナイフを用意しておかないと駄目ね。まさか、刃が通らないとは」

 

 ボロボロの魔理沙と咲夜が近寄ってくる。そして、私の隣に座り込む。妖夢に霊夢も、かなり疲弊しているらしく同じく座り込む。

 

「ところでさ、さっきのアレって私にも使えるのか? なんだか対妖怪にはもってこいみたいだったし」

「確かにね。あの馬鹿力の鬼を強制的に封殺するなんて、相当な技よ。もどきとか言ってたけど」

「やっぱりそうだよな。なぁ、私にも教えてくれよ。もちろん礼はするぜ?」

 

 両手で拝んでくる魔理沙。霊夢も少し興味を持ったようで視線を向けてくる。だが、私は教えるつもりはない。これは人間が使っては駄目なのである。

 

「人間が編み出した技だから、多分使えるとは思います。でも、人間が使うと死にますよ。成功しても失敗しても」

「ええっ、何だよそれ! それじゃあ全然割に合わないじゃないか」

 

 がっかりする魔理沙。だが仕方ない。そういう技だし。妖怪なら大丈夫。神コロ様も死んでないし!

 

「そういう技なんです。多分、妖怪でもないと、負荷に耐えられないんじゃないかと」

「嘘じゃないよな?」

「どうしてもと言うなら教えますけど、先に契約書を書いてもらいますよ。死んでも文句を言わずに成仏すると。ノンクレームでお願いします」

「……や、やめておくかな。うん。流石にまだ死にたくないしなぁ」

 

 私が真剣な表情で脅すと、魔理沙もようやく納得する。霊夢は無言でこちらを見つめていたが、やがて頷いた。どうやら信じてくれたらしい。嘘を見破る眼力が彼女にはありそうだ。

 あれ、でもこの前の春雪異変では私に因縁つけて襲い掛かってきたような。分かっていて、戦いを挑んできたとしたら。……やはり修羅の巫女だ。恐るべし。

 

「しかし、成功するかどうかは賭けだったんですが。くくっ、予想以上に上手くいっちゃいました。これは次に繋がります!」

 

 御札が幾重にも貼られて、球体になってしまった釜を見る。本当は電子ジャーが良かったのだが。しかし、成功したことで自信がついた。次は幽香に試してやる。熱々のおコメの中に閉じ込めてやる。さぞかし痛快なことだろう。名付けて向日葵ご飯! ご飯粒を一杯つけた幽香の泣き顔を想像すると、笑いしか浮かばない。

 

「何か悪いことを企んでるでしょう、燐香。絶対に痛い目見るからやめときなよ。どうして懲りないの」

「あはは、懲りないのが私なんですよ。そうだ、また手伝ってもらっていいですか? 妖夢がいてくれれば百人力です」

「うーん。何をするかは知らないけど、まぁ、考えとくよ」

 

 妖夢がぶっきらぼうに答える。でも手伝ってくれそうだ。そういえば、妖夢に“さん”をつけなくなってしまっている。まぁいいか。本人も気にしてないし。なんだか親しくなれた気もする。友達三人目ってことでいいのかな? いいとしよう!

 

「宜しくお願いします。生まれた日は違っても、死ぬときは一緒です。一緒に腹を切りましょうね」

「なにそれ!? なんでそんなに物騒なの!」

 

 妖夢が立ち上がり叫んでいる。激闘の後なのに元気すぎる。

 

「お前ら元気だなぁ。ちょっとは疲れとけよ」

「私も疲れてるよ! 燐香がからかうから!」

「アンタも子供なのね」

「違う! 私は子供じゃない!」

 

 からかわれているのにノッてくれる妖夢。貴重な人材である。これからも是非そのボケを発揮していってほしい。私が暖かく見守っていると、妖夢が真面目な表情になって私の前に座り込んだ。

 

「えっと、用心棒なんて言っておいて、大変な目にあわせて本当にごめん。さっきもなんとか助けに行こうとしたんだけど。目の前の対処に精一杯で」

「気にしないでください。皆無事で元気だからいいじゃないですか」

「それはそうなんだけど。私がもっとしっかりしていたら」

 

 なんだか落ち込んでいる妖夢の肩を、ポンポンと叩く。

 

「友達になってくれたら、それでいいです。用心棒より、そっちの方が嬉しいので」

「……う、うん。それは、別にいいんだけど。あんまりはっきり言われると、恥ずかしいというか」

「あはは、ありがとうございます。そして、宜しくお願いしますね、妖夢!」

「う、うん。こちらこそ」

 

 そう言うと、妖夢は照れくさそうにそっぽを向いた。隣の半霊がなんだか赤くなっている気がする。とても分かりやすい。

 いずれにせよ、正式に友達ゲットである。怪我の功名というやつだろうか。何か違う気もする。

 

「あー、見てるだけで背中が痒くなる。本当にむず痒い! あれが若さって奴なのか?」

「あら、純粋でいいじゃない。素直に感情を表現できるのが羨ましいわ。……少しはこのやさぐれ巫女も見習うべきよねぇ。誰にでも見境なく噛み付くし。本当は巫女じゃなくて狂犬なんじゃないの?」

「あはは、当ってるかもな! ま、見習うってのは無理だな。綺麗な霊夢なんて想像できないぜ。あ、想像したら寒気がしてきた。おー、春だってのに寒い寒い」

 

 魔理沙の言葉に咲夜が吹き出す。

 

「アンタら、さっきからうるさいわよ。それにしても本当に疲れたわ。なんでこんなことになったんだっけ。一体誰のせい? ちょっとそいつを呼んできなさいよ。私が直々にぶっ潰してやるから」

 

 霊夢が近くに転がっていた石ころを掴み、粉砕する。石はビスケットじゃないんだけど。なんで巫女なのに格闘タイプなの?

 

「さぁ。でも、ここに落とされるときに、スキマみたいなのが見えた様な気がしたわね。……となると」

「あー、確かに、そんな気がしたかもな。良く考えりゃ、こんな場所に放り込めるのはアイツぐらいしかいないだろ」

「なるほど、あの糞妖怪も一枚噛んでたってわけか。後できっちり復讐しないとね。私の憩いの時間を邪魔したんだから」

 

 口元を歪める霊夢。そこらの妖怪より邪悪である。霊夢なら幽香とガチバトルできる。うん、間違いない。

 

「ところでさ、この後、私達はどうすればいいんだろうな」

「そのうち、回収されるんじゃないかしら。だって、やるべきことは終わったんでしょうし。そもそも、これは宴会の余興のはずだもの」

 

 咲夜が肩を竦める。不思議そうに霊夢が首を傾げる。

 

「余興? それはどういうことよ」

「さっき、八雲紫の式たちの姿を確認したわ。何らかの術で、この戦いの模様を宴会場に伝えていたんでしょうね。それを酒の肴にして楽しんでいたってこと」

「おい、私達は見世物かよ。それなら私も見てる側が良かったぜ。ま、一応勝ったからいいか。いや、やっぱり負けか? うーん、判定勝利で良いか。うん、そうしよう」

「はぁ。妖怪って、本当に碌でもないことしかしないわね」

 

 霊夢が嘆息しながら、首を振る。私も同類にされては困るので、一応異議を唱えておく。

 

「あのー、私も妖怪なんですけど」

「ああ? あれ、そうだったっけ。まぁ細かいことはいいじゃない。アンタ、妖怪なのに妖怪っぽくないし」

 

 グサッと突き刺さるようなことを言う霊夢。人間なのに人間らしくない巫女に言われたくない。言うと殴られるから言わないけど。

 

「全然細かくないです」

「うるさいわね。じゃあアンタは例外でいいわよ。悪さしたら潰すけど。しないなら特別に見逃してやる」

 

 超投げやりのお許しを頂いた。例外になることが良い事かは分からないが、いきなり討伐されることはないだろう。多分。

 

「……あ。そういえば!」

 

 私はあることに気がついた。

 

「何なのよ。いきなり大声だして」

「私、初めて勝ったかもしれません」

「は?」

「弾幕ごっこにしろ、本気の勝負にしろ、ずっと負け続けだったんです。だから、これが初勝利です!」

 

 私は嬉しくなりピースして微笑むと、魔理沙が肩をまわしてくる。

 

「へぇ、そいつはめでたいな! しかも伝説に残るような鬼相手なんだろ。こりゃあ自慢できるんじゃないか?」

「そんだけの力を持ってるくせに、どうして一回も勝ってないのよ。そっちの方が疑問よ」

「た、対戦相手の9割はお母様だったので。この10年間、毎日ボコボコに。……ええ、超ボコボコです」

 

 私が涙目で呟くと、霊夢たちが苦笑する。

 

「それは、ご愁傷様ね」

「はは、それはかわいそうになぁ」

「同情に値するわね」

「私も同情しますよ。燐香は本当に大変なんですよね」

 

 妖夢が訳知り顔に頷く。この絶妙な間の取り方が笑いを生む。流石は天性のボケ芸人だ。

 

「――ぷっ。妖夢に同情されるなんて、相当よね」

「あはは! 確かにな!」

「ちょっと! それはどういう意味!? なんで私は笑われてるの! 燐香に咲夜まで、一体なんなんですか!」

 

 妖夢が立ちあがり地団太を踏んで憤慨する。面白い。皆一斉に噴出した。皆が楽しそうに笑うので、私も釣られて笑ってしまった。妖夢も何故か笑っている。

 そして、勝負の終わりを告げるスキマが開かれた。

 

『皆さん、本当にお疲れ様。祝いの宴の準備はちゃんとできているわ。さぁ、帰っていらっしゃい、小さな英雄たち』

 

 胡散臭い笑みを浮かべる八雲紫だったが、何故かその顔にはひどく赤い腫れが出来ていた。服も少しボロボロになってるし。なんだか微妙に疲れた顔をしているし。……まぁどうでもいいか。

 

「そんじゃ帰るとしますか!」

「まったく、ただじゃすまさないわよ。まずは顔面パンチ決定ね」

 

 霊夢が右手に力を篭めながら立ち上がる。魔理沙がやれやれといいながら、帽子を押さえてそれに続く。

 

「お嬢様、怒ってないと良いのだけど。遅れをとったのをご覧になられていたでしょうし。……はぁ、憂鬱よ」

「鬱陶しいわね。勝ったんだから情けない顔するんじゃないわよ」

「霊夢が励ますとは珍しいな。雨が降るぞ」

「目障りだからよ」

「……巫女に慰められるなんて。更に憂鬱だわ」

「わ、私も幽々子さまに怒られるかも。お世話を放ってしまったし、燐香に怪我させちゃったし」

「それなら大丈夫です。私も怒られてあげますから。自慢じゃありませんが、怒られることには慣れてますよ!」

「そ、それは、あまり嬉しくないかも。というか慣れる前に反省しなよ」

「反省だけなら猿でもできます」

「アンタ、反省してないじゃない」

 

 そんなことを話しながら、私たちは開かれたスキマに飛び込んだ。

 




なんか長くなってしまった。
萃夢想編の後は少し休憩しよう!

夏の話を冬に書くのってテンションあがらないことに、気がつきました。
夏編を書き溜めしているのですが。寒くて。


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第四十九話 乾杯

「宴会はこれ以上ないほどの盛り上がり。また全て上手くいってしまったわぁ。それもこれも紫ちゃんのおかげって感じじゃない?」

「どの口がそんな言葉を吐くんだ? おい。一回死んでみるか?」

「いやよ。私が死んだら皆泣いちゃうじゃない」

「それはないから安心していいぞ」

 

 レミリアに睨まれるが、紫は笑顔で受け流す。凄んでいる割に、顔には私の機嫌は悪くありませんよとしっかり書いてある。レミリアだけじゃなく、他の保護者たちも一緒だ。なんだかんだで子供たちが鬼に勝ったから嬉しいのだろう。紫ももちろん嬉しい。鬼と対等に渡り合ったのだから、抱きしめて撫でてあげたいくらいだ。

 

「ちょっと危なかったけど、なんとかなってホッとしたわね。じゃなかったら、紫を埋めなくちゃいけないところだったもの」

 

 幽々子が聞き捨てならないことを言ったので、問い質す。

 

「埋めるってどこによ」

「お墓よ。他になにがあるの」

「ひ、ひどすぎるわ。私が一体何をしたっていうの!」

 

 紫が異議を唱えると、幽々子が溜息を吐く。

 

「何をしたって、何もかもよ。最初に余計なことをしでかしたのは一体誰なのかしら」

「濡れ衣よ。それに、余計なんかじゃないわ。人生に余計なんてないの。私は思い出を沢山作りたいだけ」

「……つまり、貴方は本当に良かれと思って、しでかしたと。悪気はなかったと言いたいのね?」

「色々あったけど、最後には上手くいった。それが全てよ」

「はぁ。頭の回転が速すぎるというのも考え物ね」

「それは、褒められてるのかしら」

「貶してるのよ。少しは反省しなさい。まったく、愛しの霊夢からお仕置きされたというのに、懲りないわねぇ」

「知らないの? あれは霊夢の愛情表現なの。貴方達みたいに、愛のない仕打ちはしてこない。私には分かるのよ」

 

 紫の顔に赤い腫れが二つ。一つは霊夢によってつけられた出会いがしらの顔面パンチの痕。腰の入った良いパンチだった。流石は博麗の巫女。紫も感心するほどの攻撃力だった。

 もう一つの方はこの三妖怪の仕業である。勝負が決した瞬間、幽香と幽々子は紫の両腕をガッシリと拘束。事態が把握できず混乱していると、レミリアが熱々のおでん(卵)を紫の顔に押し付けてきたのだ。パチュリー・ノーレッジの魔法がかかっているとかで、本当に熱かった。紫が火傷するぐらいの力を秘めたおでんだった。

 

「その腫れは自業自得だろう。しかし、霊夢に愛があるようには見えなかったがな。お前、もしかして嫌われてるんじゃないか?」

「ふふ。それは貴方の目が曇っているだけよ。私にはちゃんと分かるの」

 

 ニヤニヤとからかってくるレミリア。もちろんそんな挑発には乗らない。こんなものは挑発のうちに入らない。

 むしろ、さっきから黙っている幽香の方が腹立たしい。

 

「……ところで幽香。なんだか、さっきから機嫌が良さそうじゃない。なんでそんなに勝ち誇ったような顔をしているのかしら」

「お前の目が曇っているだけじゃないの? 私はいつも通りよ」

「嘘ばっかりついて。なによ、さっきまで顔真っ赤で怒ってたくせに。怒髪天を衝くという表現がピッタリだったわよ」

「はぁ? 一体なんのことかしら。老齢だからって、頭まで春満開にするのは止めた方が良いわよ」

 

 ニヤリと嗤われた。こいつ本当に腹立つ。燐香が萃香にボコボコにされだしたときなんて、激昂して大鏡を叩き割りやがったし。結構高かったのに。しかも殺気を滅茶苦茶に放って、今すぐにあそこに連れて行けと殴りかかってきやがった。当然いなしたが、恐ろしいほどの手数で相殺しきれなかったのだ。回避できなかった拳は紫の顔面に何度か突きささっている。服はボロボロになってひどいありさまだ。

 

 ――かと思ったら、燐香の封印術が成功した途端に大人しくなって、小さくガッツポーズ。誰にも見られないように、こっそりと拳を握っているだけだったが、紫はちゃんと目撃している。このツンデレ女マジでムカつくと、紫は心から思った。

 

「ま、なんにせよ、今回の鬼退治のMVPは霊夢で決まりね。流石私の愛しの霊夢。実力の差を思い知らせたって感じよね」

「ふふん、甘いな八雲紫。確かに霊夢は派手に暴れていたが、影の功労者こそ讃えられるべきだ。サポートに徹し、鬼の脱出を阻止した咲夜こそがMVPに決まり! うん、誰がなんと言おうと咲夜が一番だ! 愛してるぞ、咲夜!!」

 

 レミリアが大声を張り上げ、咲夜に手を振っている。霊夢たちと祝杯をあげていた十六夜咲夜は顔を赤らめて、下を向いてしまった。

 

「くくく、恥ずかしがらなくてもいいものを。そうだ、後で褒美にミスリル製のナイフをプレゼントしてやらないとな。今回は武器が悪かっただけさ。うちの咲夜は出来る子だからな! そうだろうパチェ!」

「耳元で怒鳴らないで。まぁ、材料を貴方が揃えてきたら作ってあげるわ」

「くくっ、なら次の誕生日プレゼントはそれに決まりだな! 赤く染めてスカーレットナイフと名付けよう!」

 

 レミリアが一人ではしゃぎ、パチュリーは迷惑そうに身体を押しのけている。

 

「やれやれ、親馬鹿ここに極まれりねぇ。大事なことが全然見えてないんだもの。その点、幽々子は分かってるわよね。今回、だれが一番活躍したか」

「うん? ああ、妖夢は本当に頑張ってたわよね。最後まで燐香の手助けをしていたし。私はしっかりと見ていたから分かるの。ええ、私は妖夢のことを誇りに思うわ。本当に感動しちゃったもの」

 

 感慨深そうな幽々子。酒を飲み干すと、ケラケラと笑い出す。少し目を離した隙に出来上がってしまったらしい。今日はやけにペースが速かった。いつもは穏やかに飲んでいるから、本当に珍しいことだ。

 

「違うわ幽々子。そうじゃなくて、霊夢の活躍についてよ。ちゃんと見てたでしょう?」

「うんうん。霊夢と妖夢の連携攻撃も素晴らしかったわね。あんなに険悪だったのに、我を殺して協力できるようになったなんて、本当に成長したわ。しかも鬼相手に最後まで立派に戦って、その上勝っちゃうなんて。……私は嬉しいわ」

 

 今度は凄くほっこりしている。駄目だこれは。幽々子についてはひとまずおいておく。

 そして、離れた場所に置かれている席を見やる。酒瓶は完全に空になっている。やっぱり、見に来ていたらしい。気配の残滓がある。魔理沙がどれだけ会いたがっているか、知った上で会わないのだ。その方が楽しいからと。あれも素直じゃないから仕方がない。

 

「…………」

 

 そして、最後に残った幽香をチラリと見る。こいつが一番素直じゃない妖怪だ。無表情を装うとしているらしいが全然隠せてない。溢れ出る笑みが口元にゆがみを作っている。見ていたら段々イラついて来た。少しからかうことにしよう。

 

「貴方のところの燐香ちゃんも頑張ったけど、最後の詰めが甘かったからMVPには相応しくないわよね。残念だけど、諦めてね?」

「…………」

 

 嫌がらせでダメを出してやる。あの技は素晴らしかったけど、溜めが長すぎる。それに、燐香本人の技量が未熟。今回成功したのは本当に幸運だっただけに過ぎない。萃香にとっては不幸であったが。まぁ、そういうことで、博麗霊夢がナンバー1なのである。

 

「最初から最後まで、安定した強さを見せ付けた霊夢がやっぱり一番。最後の封印も霊夢がいなければ成立しなかったし。この八雲紫が言うんだから間違いないわ。MVP確定というわけ。さぁて、そうと決まったら一度皆で祝杯を――」

「――くくっ。そう言い聞かせないと、精神を保てないのね。かわいそうに。小細工ばかり弄する情けないチビ妖怪が、鬼を封印するなんて思ってもいなかったんでしょう。ねぇ、今どんな気持ちなの? 自慢の巫女が出し抜かれてどんな気持ち?」

 

 まさかの反撃。娘に聞かせてやりたいセリフだが、本人を前にしたら罵倒するのだろう。超ムカツク女だ。

 

「ふん。別になんとも思ってないわ。私は出し抜かれたなんて思ってないもの」

「あ、そう。まぁ、好きなように喜んでいていいわよ。真の勝者が誰かなんて、今更言う必要はないものねぇ」

 

 酒をあおりながらケタケタと嗤う幽香。紫はぐぬぬとうなり声を上げる。何を言っても、こいつをぎゃふんといわせられない気がする。一番目立ったのは、燐香であることに疑いない。美味しいところ総取りである。本当は、あれを霊夢に担当させたかったのだ。誰のためでもない、ただ紫の満足のためだけに! 写真に残したかったのに!

 

「こいつ本当にムカつくわぁ。幽々子ぉー、ちょっと見てよこのドヤ顔! 本当に腹立つのよ!」

 

 幽々子に泣きつくが、全く聞いていない。代わりに幽香が反応してきた。

 

「くくっ、それは私にとって大いに喜ぶべき事ね。どんどん腹を立てると良いわ。皺だらけの顔が滑稽で面白いから」

「皺なんてないわよ! 子供の勝利を素直に喜べないツンデレ女のくせに! この妖怪お花ババァ!」

「負け犬の遠吠えは耳に心地いいわぁ。それがスキマババァのだと余計にね」

「ねぇ、幽々子もなんとか言ってよ! 親友のピンチなのよ!」

「うんうん、皆とても頑張ったわ。私はちゃんと見ていたから知ってるの。子供の成長って本当に早いのねぇ。……ううっ、私は本当に嬉しいの。こんなに幸せなことはないわ。ああ、生きてて良かった」

 

 いや、生きてないし。でもツッコミを入れるのも野暮な気がするのでそこは流しておく。

 幽々子はハンカチを取り出して目元を拭っている。泣き上戸じゃないのに、なんで泣いてるのか。何か琴線に触れてしまったようだ。ここだけ感動の空気が流れている。夜なのになんだか眩しいし。このまま成仏しちゃいそうな流れである。しないだろうけど。

 

「だからなんでそんなにほっこりしてるのよ。そうだレミリア、貴方も何か言ってやりなさいな。こんなに勝ち誇られて腹が立つでしょう」

「うん? 別にいいじゃないか。燐香はフランのお気に入りでもあるしね。いやぁ、良い土産話ができたよ。これで一週間はフランをからかえる。『友を名乗るくせに、肝心な時に傍にいないとは。お前は本当に残念な奴だなぁ。薄情な妹の代わりに、この私が見届けてやったぞ』とね。うんうん、実にいいことだ! 想像しただけでゾクゾクするね!」

 

 本当に最低の姉である。そんなことを言えば、確実に殺し合いになるだろう。別に知った事ではないので、永遠に喧嘩し続けると良いだろう。彼女達のコミュニケーションの取り方に口を出すつもりもない。勝手にやっていろというやつだ。

 

「ああ、どいつもこいつもろくでなしばかりで嫌になるわね。よし、こうなったら私が霊夢の素晴らしさを小一時間――ぐべらっ!」

 

 紫の顔に陰陽玉が直撃した。鬼のような顔をした霊夢が「さっきからやかましいッ! 大人しく飲んでろクソ妖怪!」と罵声を吐いてきた。ああ、愛が痛い。

 

 と、霊夢たちの輪から、燐香がおずおずと立ち上がりこちらに近づいてくる。その腕には残り少なくなった酒瓶が抱えられている。座っている幽香の横に立つと、声を掛けてくる。

 

「あ、あの」

「…………」

「お母様、ちょ、ちょっとお話ししたいことが」

「……お前の話を聞く前に確認したい事があるの。まず、何故お前はここにいるのか。留守番はどうしたの?」

「じ、実はこれにはとっても深ーい訳が。聞くも涙語るも涙の話なんですけど」

「当ててあげましょうか。私が隠しておいた花の酒をうっかり沢山飲んでしまい、隠しきれないと判断したお前は恐怖に駆られて神社に逃げ出した。あわよくば博麗の巫女に助力を求める為に。……ねぇ、当ってるかしら?」

「ぜ、全部当たってるし!! エスパーかお前は!」

 

 燐香のオーバーリアクション。見ていて楽しい妖怪である。本人は必死なのだろうが。

 

「“お前”?」

「……い、いえ、なんでもないですお母様。あはは、い、いやぁ、そんなに遠からずもなく近からずもなくと言うか。え、えへへ」

 

 完全に図星だったようだ。幽香の顔が嗜虐心全開に歪んでいく。流石の紫もドン引きである。幽々子が庇おうとするが、視線で阻止されたらしい。殺し合いにはならないだろうが、いざとなったらスキマで庇ってやることにする。

 

「それだけで十分万死に値するけど、お前の罪はまだあるのよ。さっきの無様な戦い振りは何? 時間を稼いで人間の助けを待つなんて情けない。小細工を弄する戦い方は止めろと、一体何度言わせれば分かるんだ、このグズが!」

「ひいっ」

 

 幽香の手が凶悪な形状に変化し、燐香の頭を鷲掴みにする。並みの妖怪だったら、恐怖で縮み上がってしまうだろう。ここに居る面々は桁外れの者ばかりなので、特に慌てる素振りはない。だが、レミリア、幽々子ともに妖力を溜め始めている。いざとなったら横槍をいれるつもりなのだろう。今は宴の最中だから、無粋な真似は見過ごせないということだ。

 

「挙句には、怒りに駆られて後先考えずに暴走する始末。馬鹿かお前は。何の為にアリスのもとで力の制御を学ばせていると思っているの? お前の頭は空っぽなの? 一度潰して確認してみようかしら」

「ご、ごめんなさい。本当に反省してます」

 

 後先考えずに暴走してた女が言うことかと思うが、口を挟むのは野暮と言うやつか。紫は扇子を口に当てて笑いを堪える。

 

 一方の燐香は平謝り。鬼に勝ったというのに、これだけ叱られるとは思っていなかっただろう。本人はさぞかし理不尽に感じているに違いない。聞き耳を立てている人妖たちもそんな表情だ。霊夢などは、そろそろブチ切れそうな顔をしている。霊夢は、理不尽なことが死ぬ程嫌いな性分なのだ。

 

「しかも、人間の力を借りるなんて情けない。お前は本当に妖怪なの? ねぇ、生きていて恥ずかしくない?」

「ううっ」

 

 幽香の途切れない罵倒に、燐香は涙を浮かべている。だが目には敵意と殺意も浮かびはじめている。この感情こそが燐香が燐香であり続けられる源なのだ。

 向こうから御祓い棒を握り締めた霊夢と仲間たちが、こめかみに青筋を立てて駆け寄ってくる。戦闘になりかねないので、紫はスキマを展開して一時的に足止め。まだ早い。

 

「泣くな。涙は弱者の証、そう教えたはずよ。歯を食い縛ってでも堪えろ」

「ご、ごめんなさい。で、でも私にはあれしか方法が」

「勝手に私の酒を飲んだ罪、逃げ出した罪、情けない醜態を見せた罪。全部合わせた罰として、本当はこのまま捻り潰してやろうと思ったけれど」

「…………」

「……最後のあの技だけは、そんなに悪くなかった――かもしれない。だから、今回は特別に見逃してやるわ。私の酒を勝手に飲んだことも逃げ出したこともね」

 

 幽香は視線を宙に浮かせた後、手を唐突に離す。転げ落ちる燐香。その目は驚愕で見開かれている。

 

「――え? み、見逃す? ま、まさかこれは悪魔の罠――」

「文句があるならここで潰してやるけど」

「い、いえ、ありません! 全然ないです!」

「次に鬼とやるときは、必ず一人で勝て。誰にも文句を言わせない完全な勝利を掴め。仮にも風見の姓を名乗るなら、それぐらいの覚悟を持ちなさい」

「……は、はい。全力で頑張ります」

「…………」

 

 幽香は無言で燐香の身体を強引に引き寄せると、その手にグラスを握らせる。そして、燐香の持っていた酒瓶を奪い取り、花の酒を注ぎいれる。

 

「え、え?」

 

 混乱している燐香。幽香は険しい表情のまま、自分のグラスを差し出す。暫く戸惑っていた燐香だったが、ようやく意図を察したのか、そこに酒を注ぎこむ。花の酒はなくなってしまった。

 幽香は少しだけ寂しそうな表情を浮かべるが、直ぐに自嘲めいた笑みを浮かべる。もしかすると、あれは特別な酒だったのかもしれない。それは知る由もない。

 

「ふん」

「か、乾杯?」

「調子に乗るな、グズが」

 

 鼻を鳴らすと、幽香はグラスを掲げる燐香を無視して一気に酒を飲み干した。乾杯が空振りに終わった燐香も、それに続く。

 酒を飲み終えた幽香は、燐香の髪を乱暴にグシャグシャに掻き乱した後、背中を突き飛ばして霊夢たちのもとに向かわせた。

 何度か振り返る燐香だったが、霊夢たちに囲まれるとそのまま自分たちの席へと戻って行った。

 

「…………」

「…………」

「……何よ。言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

「別にぃ」

「うざいわね。その顔をやめろ」

「うふふ」

「死ね」

「脅されてもぜーんぜん怖くないしぃ」

「ニヤニヤと本当に気色悪い。不愉快だからこっちを見るな」

 

 紫は幽々子とレミリアに視線を送る。二人とも、苦笑しかでてこないらしい。

 

「はぁ、いつもこれなのよ。ちょっかいを出したくなる私の気持ちが分かるでしょう?」

「私は知らん。お節介を焼きたくなるのはお前の性癖だろう」

「失礼ね。ほら、幽々子もビシっと一言――」

「私は愛の深さを感じたわ。なるほど、愛には色々な形があるのね」

「亡霊。お前、脳が腐ってるんじゃないの? 一度顔を洗ってくると良いわ」

「ふふ、もしかして味噌汁でかしら? 貴方って家庭的なのね」

 

 幽香の言葉に、幽々子は笑って頷いている。全く会話になっていない気がするが、誰も気にしていないので良いだろう。

 

「ま、いずれにせよ、丸く収まって万々歳なのは間違いないかしらね。ああ、本当に疲れたー」

 

 紫は首を回した後、息を吐く。気がかりがないと言えば嘘になる。燐香の見せた豹変ぶり。あれは危険な印象を受ける。すぐにどうということはないだろう。本人は平和と友好を望んでいるらしいが、今回の一件でそれは限りなく遠のいたことだろう。少なくとも、宴会場にいた妖怪、妖精達は、鬼に噛み付いた凶暴性をしっかりと脳裏に刻み込んだはずだ。幽香の娘という血筋も手伝い役満である。見事に恐怖の対象になったとしたらどんな顔をすることやら。実にからかい甲斐がありそうだ。

 そして鬼を倒した今回の一件は、射命丸文によって広められることだろう。上司にあたるから、鬼をこき下ろすようなことはしないと思うが、逆に今回の偉業を囃したてるに違いない。戦うのが好きな連中からはさぞかし興味を持たれることだろう。かわいそうに。

 そして――。

 

『あ、あぶねぇ。完全に封印されるところだった! なんなんだよあれは! 逃げられない上に、強制的に妖力を霧散させる技なんて反則だろ!』

 

 息を切らせた萃香が、紫の横に倒れこんでくる。妖力はかなり消耗しているようだ。多分残りは1割程度。それだけ追い詰められた証拠であろう。

 

「だったら避ければよかったでしょうに。わざわざ喰らうなんて馬鹿じゃないの」

『子供相手に避けるような真似できるかっての。受けた上で勝つのが私の主義だ!』

「じゃあ文句は言わない事ね。自分の主義を貫いて負けたんだから」

『嫌だ! 私は言うぞ!』

「ん? なんでチビ鬼がこんなところにいるんだ? 風見燐香が封じたんじゃなかったのか?」

『お前もチビだろうが!』

「全く、本当にアイツは詰めが甘い。封じるぐらいなら、徹底的に殺せっていうのよ」

『娘と違って物騒な奴だな! いや、本性は似ているかも!』

「ね、折角だしやっちゃう? 今なら誰にも気づかれないわよ。うふふ」

 

 幽々子が指で、虫をつぶすような仕草を取る。その指に死蝶が止まってるのが恐ろしい。さっきまでのほんわか幽々子はどこかへ行ってしまったらしい。

 

『止めろっての! もうやるつもりはないって。戦いの時間はとっくに終わってるよ。いやぁ、大した連中だったね』

 

 萃香が両手を上げて降参のポーズを見せる。子供連中相手にああまで見事にやられたのだ。もう戦う意志はないだろう。これ以上は恥をさらす結果となる。なによりも大人気ない。

 

「貴方ともあろう者が、見事にしてやられるとはねぇ。まさか油断したのかしら?」

『油断なんてしてないさ。……いや、ちょっとはしたかも。最後のあの技、あれが命取りだったな。参った参った』

「おい。コイツがここにいるってことは、あの釜に封じられてるのは一体何なんだ? 中身は空っぽなのか?」

『いや、私の九割はあそこにいるよ。完全にしてやられたからね。なぁ、負けを認めるから出すように言ってくれよ。このままだと身体がだるくてさぁ。落ち着いて酒も飲めやしないよ。いや、このままでも飲むんだけど』

「なら自分でお願いしてきなさい。第一、私の計画を勝手に変更するような妖怪の頼みなんて聞かないし、聞きたくもないわねぇ」

 

 紫がにらみ付けると、萃香が僅かに怯む。嘘はつかないが、こいつはとぼけるのだ。だから性質が悪い。鬼のくせに、狡賢いというか。だから友人でいられるのだろうが。

 

『な、なんのことかな。アハハ』

「アハハ、じゃないのよ。あの子たちをボコボコにした後、人質に使うつもりだったのよね? 私達と本気で殺しあうために」

『そうだけど、未遂に終わったんだからいいじゃないか』

「全然良くないのよ」

「……ほう。それは面白い話を聞いてしまった。よし、今から第二ラウンドを始めようか。大丈夫、酔いが回る前に終わらせてやる」

 

 レミリアが指の骨をボキボキと鳴らして威嚇する。普段の萃香なら怯むことはないが、今は状況が違う。プチッと潰されてしまうくらい弱体化している。霧になって逃げたとしても、それらまとめて消し飛ばされるかもしれない。

 

『だから、今の私は一割だって』

「私は全く気にしないぞ」

『お、鬼を虐めて楽しいのか! この悪魔!』

「とても楽しいね。私は悪魔だからな! 全く心が痛まん!」

『やるのはいいから、まずはあの釜をだな! 封印を解いて――」

「さっきからやかましいわね。負けたんだから、しおらしくしていたらどうなの。というか、鬼は外だったわよね」

『お、おい! 離せ!』

「潰されないだけありがたく思え、このチビ鬼がッ!」

 

 幽香がぐいっと萃香の角を握ると、反動をつけて全力で空へと放り投げる。放物線を描いて飛んで行く萃香。そこに向かって極大妖力光線をぶっ放す幽香。

 

「貴方、鬼でしょう」

「知った事じゃないわ」

 

 可哀相に、あれは直撃だ。萃香はそのままぶっ飛んで行った。

 どこにいったかは知る由もない。鬼があれぐらいで死ぬことはないが、弱体している萃香には結構キツイだろう。酔いを醒ますには丁度良いのかもしれない。

 本当は紫がお灸を据えるつもりだったのだけれども。幽香が代わりにやってしまったから良しとする。多分、燐香がボコボコにやられたことの意趣返しである。さっきの怒りはまだ収まっていなかったようだ。紫の大鏡を一枚叩き割ったくせに。

  

「燐香ちゃんが付け狙われても知らないわよ?」

「それも私の知ったことじゃない。次は勝てと言ってあるから丁度良い」

「あっそう」

 

 どうせ警戒は完璧なのだろう。萃香も興味は持つかも知れないが、問答無用で襲うようなことはしないはず。一度戦って満足しているから、分別はつけるだろう。

 とりあえず、あの封印の壺はそのまま霊夢に預けておくこととする。というより、霊夢からあれを取り上げようとしたら、怒られてしまうだろうし。

 

「とはいえ、萃香はこれからちょっと大変かもねぇ。霊夢は結構厳しいから」

 

 問答無用で消滅はさせないだろうが、わざわざ封印を解くとも思えない。恐らく、それをだしに自分のいう事を聞かせるくらいのことはやるだろう。そういう性格だから。萃香には災難だろうが、それはそれで良いのかもしれない。人間との関わりを持てる理由付けになる。なんだかんだで人間が好きなのだから。表現の仕方はアレだけど。

 

「ま、自業自得だろうな。いやぁ、私も最初は痛い目にあったものだ!」

「そうなんだけどね。彼女も皆と仲良くやりたかったのよ。だから、機会があったらお酒でも飲んであげて。意外と寂しがりやだから」

「一応は考えておく。鬼には少し興味があるからな。仲良くできる可能性が米粒くらいはあるかもしれん」

 

 レミリアが悠然と応える。紫はそうしてくれると助かると、素直に礼を述べておいた。

 多分、萃香は今回戦った面々とかかわりを持とうとするはずだ。スペルカードルールを守り、仲良くやってくれれば越したことはない。ルールさえ守れば、鬼だろうと受け入れるのが幻想郷なのだから。

 その点でいえば、今回の件は萃香にとって良い結果につながるかもしれない。実力差があっても、鬼に勝つ事ができるという証明になった。

 いくら強くても、誰からも相手にされないというのは死ぬ程寂しいものだ。かつての鬼たちは、そうやって忘れ去られていったのだから。




○渕さんの結婚式の歌が頭に流れていました。


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第五十話 大吉天狗

 射命丸文は、ほくそ笑みながらシャッターを切りまくっていた。今日は本当にラッキーデイだと。運勢でいえば大吉に間違いない。

 特ダネの臭いを感じて、妖怪神社に入り浸って(酒を飲みまくって)いたら、予想だにしない展開が待っていた。まさか、鬼の伊吹萃香と若き人妖たちの戦いにめぐり合えるとは。

 八雲紫いわく、今回限定の弾幕ごっこ特別ルールだと言っていた。あくまで宴会の余興なのだと。だが、あの力と敵意のぶつけ合いは、明らかに弾幕ごっこの範疇を超えている。腕の一本や二本は構わない、ぐらいの勢いだったことは間違いない。

 

(私がチェックしてた連中がこぞって参加しているのも素晴らしい。ふふ、他の記者連中とは目の付け所が違うのよ)

 

 博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、魂魄妖夢、風見燐香。どいつもこいつも、力のある妖怪と関わりが深い連中ばかり。そんな奴らが、苦戦しつつも鬼を封じて見せた。その勝利の場面は、大鏡越しではあるがちゃんと写真に収めている。次に出す新聞の一面はこれで決定だ。欲を言えば、もっと鮮明で大きな写真が欲しかったが、戦闘している現場にいられなかったのだから仕方がない。

 

(しかし、いつも偉そうな鬼が、まさか餓鬼どもにしてやられるとは。実に良い気味だ。くくっ、本当にざまぁない)

 

 天狗は鬼に力では絶対に敵わない。だから下手に出る。必要以上にへりくだってもみせる。だが、内心は馬鹿にしている。鬼など、地下に篭ることを選んだ敗残兵に過ぎない。今の妖怪の山は天狗が治めているのだ。時代は変わったのだ。だから永遠に地底に篭っていれば良いのである。幻想郷の空は天狗のものだ。

 ――と、負け犬のことはどうでも良いのだ。勝者に根掘り葉掘りインタビューしなくては記事にならない。文は自宅から持参した秘蔵の酒を持って、博麗霊夢たちのもとへ近寄っていく。参戦した面々が輪になって、かなり盛り上がっているようだ。

 

「ったく、なんなのよアイツ。勝ったのに文句つけるなんて頭おかしいんじゃないの。アンタもアンタよ。言われっぱなしで悔しくないわけ?」

「仕方ありません。いつものことですし。それに、何度も戦いを挑んでいますよ。その度に負けてますけど!」

「……そういえばそうだったわね。なら次こそは勝ちなさいよ。ボコボコにすればいいだけじゃない!」

「む、無茶を言わないでください。正面からじゃとても……」

「まぁまぁ、そう怒るなよ霊夢。大体、あれは一種の照れ隠しだろ? 良く観察すれば一目瞭然じゃないか。私には分かる!」

「そうなの?」

「いえ、絶対に違います。天地がひっくり返っても有り得ません」

「おいおい。頭を真っ白にして良く見てみろっての。先入観なしでさ」

「ガン飛ばすなとぶん殴られるので遠慮しておきます」

 

 燐香が即答したので、魔理沙が苦笑する。

 

「苦労してるわね。あれならいつでも紅魔館に逃げていらっしゃい。妹様が喜ぶでしょうから」

「咲夜さん、本当にありがとうございます。でも、もれなく悪魔が襲撃にきますよ」

「なら逃げてくる前に一言言ってね。迎撃の準備が必要でしょうし」

「いちいち大げさねぇって。――げ、天狗」

 

 文に気がついた霊夢の顔が一気に不機嫌になる。この前新聞を強引に押し付けたから怒っているらしい。というか、わざと怒らせて反応を見ようとしたのだが。からかい甲斐のある人間なのだ。この巫女は面白い。幻想郷の部品であることを突かれると、一気に殺意を露わにしてくる。逆に、博麗霊夢として接してやると、案外普通に会話ができる。

 

「人の顔をみるなり、げ、とはご挨拶ですね!」

「何の用よ。こっちは天狗に用なんてないわよ。あっちいってなさい」

「まぁまぁそう仰らずに。天狗を代表して、皆さんに勝利のお祝いをと思いましてね。ほら、山で作った秘蔵の酒ですよ」

「どうせ新聞のネタが欲しいだけでしょ。あ、酒はもらっておくから」

 

 そう言うなり、酒瓶だけ奪っていく巫女。思わず顔が引き攣るが、ここは我慢のしどころだ。こんなことで怒っていては霊夢の相手などできはしない。

 

「流石は霊夢さん。鋭いですねぇ」

 

 霊夢は博麗の巫女だけあって恐ろしい存在だ。だが、それ以上に面白い。コンプレックスのある奴は本当に面白い。

 ここに並んでいる面々はそれぞれがコンプレックスを抱えている。人妖観察が趣味の射命丸文からすると、それはもう垂涎の逸品ばかりである。眺めているだけで暇を潰せてしまうほどに。

 

「なんだよ。人の顔を見てニヤニヤしやがって」

「いえいえ。それにしても、今回は素晴らしいご活躍でしたね」

「ったく、本当に嫌な奴だな」

「本心から思っているんですよ」

「よく言うぜ」

 

 霧雨魔理沙は普通の人間であることに劣等感を持っている。だから、才能ある者達、特に博麗霊夢に嫉妬心を覚えているのだがそれを決して見せようとしない。だが、文には分かる。時折見せる負の視線からそれを感じ取れる。突いてやるとそれが顕著になる。いつか爆発して霊夢あたりを刺し殺してくれることに期待したい。

 

「咲夜さんも、いぶし銀の働きでしたね。レミリアさんもさぞ鼻が高いでしょう」

「…………」

「はは、相変わらずつれませんねぇ。もう少しコミュニケーションを取る努力をしましょうよ。“一応は”瀟洒なメイドを自称しているのでしょう?」

「心の底から遠慮しておくわ」

 

 十六夜咲夜は自分に自信を持てないでいる。レミリア・スカーレットが博麗霊夢にちょっかいを出し始めた事に、恐怖と嫉妬を覚えているようだ。いつか自分が紅魔館から追い出されるのではないかと。レミリアはその不安に気付いているくせに、態度で表わそうとしない。むしろ、その弱さも楽しんでいるようだ。文からすると、見せ付けられた気分になるのでムカつくことこの上ない。だからたまにゴシップネタで咲夜をからかうことにしている。顔は平然としているが、動揺が手に取るように分かって面白い。

 

「妖夢さんも“今回は”素晴らしかったですね。鬼と正面から打ち合うとは驚きましたよ」

「相手も本気じゃなかったから」

「やはり、“今回は”何か期するところがあったのですか? 剣に気迫が篭ってましたね。お見事でしたよ」

「……それはどうも」

 

 魂魄妖夢はまだ観察対象になってから日が浅いが、先日の敗北が堪えているようだ。性格が真っ直ぐな分、脆い。半人前であることを改めて認識させられたのが効いている。そしてこいつは他人との付き合い方を知らない。それらに費やす時間を修行に立ててきたのに、呆気なく人間ごときに敗北。見ている分には非常に面白かった。

 一度インタビューがてら、その脆い精神を叩き折ってやろうとしたら、西行寺幽々子に本気で脅迫されてしまった。あまりに美味しそうだったので、取材対象に手を出してしまったのは反省点である。これからは今回みたいにツンツン突く程度に留めておこう。

 

 ――そして風見燐香。こいつは風見幽香と合わせてセットだ。虐待とも思えるほどの教育を受けながら、精神が折れることがない。だが、どうも奇妙な様子も見受けられる。普段は大人しいくせに、先ほどのように変わることがある。あまり近づくと、風見幽香の射程内に入ってしまうので詳しくは分からないが。もしかすると、あちらが本性かもしれない。だとしたら、いずれ面白いことになる。外面は大人しいが、内面は憎悪で塗り固められている。

 その全てが風見幽香に向かい、本気の殺し合いになったとしたらどうなるのだろう。その場には是非立ち合わせてもらいたい。どちらに転んでも特ダネだ。天狗に受けそうなのは、娘を手にかけて発狂するようなオチだろう。文としてはありきたりで面白くはない。もっと弾けてもらわないと。

 

「皆さんも遠慮なさらずにどうぞ。天狗自慢の酒です。中々手に入らない逸品なんですよ? このままでは霊夢さんだけに飲まれてしまいます」

「何よ。何か文句があるわけ?」

「へへ。ならありがたくもらってやるか。普段の取材費ってことでな。霊夢だけに美味しいところを取られてたまるか」

「なら少しは取材に協力的になってくださいよ。魔理沙さんがまともに答えてくれたことなんて一度もないでしょう」

「私は色々と忙しいからな。そういうのはいつも暇してる霊夢にやるといいさ」

「ちょっと、私に押し付けようとするな。紅魔館か白玉楼で密着してなさいよ」

 

 霊夢がしっしっと手を払う。咲夜と妖夢が眉を顰める。

 

「ウチだってお断りよ。強引な新聞勧誘に頭を悩ませているんだから」

「幽々子様が天狗の新聞はお断りと言っていたので、遠慮します」

 

 あまりな態度に文は罵声を吐きたくなるが、それを堪える術は当然心得ている。普段の上司とのやりとりに比べれば大したことはない。

 

「ははは、皆さんつれないですねぇ。――ところで、今回の鬼との勝負はどうでした? 是非感想を聞かせていただければと思いまして」

「どうもこうもないわよ。勝手に仕掛けられて迷惑極まりないわ」

「しかし、鬼といえば伝説に残るほどの強者です。それを見事に退けたのだから、何かしらあるでしょう」

 

 あまり鬼を扱き下ろす記事はかけない。後の復讐が怖いから。陰口ならともかく、名前のでる新聞では絶対に書けない。報道の自由よりも命の方が大事である。

 だから、事実を文なりの視点で書く。ぎりぎり怒らせない程度に。それが読者を楽しませるコツだ。ありのままに事実を箇条書きにするだけなら記者はいらない。

 

「と言われてもねぇ。完全な封印には至らなかったみたいだし」

「ん? それはどういうことだ?」

 

 霊夢の言葉に魔理沙が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ほら、さっき幽香に何かぶん投げられてたじゃない。あれだけ逃げ延びてたのよ。ま、殆ど封じ込めたから悪さはできないでしょうけど」

「へぇ、流石は鬼ってとこか。本当にしぶといなぁ」

「いいんですか、そんなに余裕で? もしかしたらリベンジがあるかもしれませんよ。怖くありませんか、魔理沙さん。巫女である霊夢さんならともかく、貴方の力では……。いえいえ、今回の働きは本当に素晴らしかったのですが、一対一では流石の魔理沙さんでも……」

 

 文が軽く挑発すると、魔理沙の表情が険しくなる。それは咲夜も同じ。こいつらは霊夢の強さに嫉妬しているのだ。燐香は妖怪だし、妖夢は純粋な人間ではない。今回、鬼相手に最後まで戦いぬいた人間は霊夢のみ。霊夢へ向ける感情は察するにあまりある。だからこそからかい甲斐があるのだが。

 

「次は絶対に遅れはとらないさ。何より、あそこじゃ私の機動力が活かせなかったしな」

「なるほど、今回は場所が悪かっただけですか。“幻想郷一”を誇る魔理沙さんの速さなら、鬼ですら撹乱できるでしょう。それで、どうやって頑強な鬼を倒すのか教えていただいても? ああ、正当な弾幕勝負なら貴方でも勝てますね。流石は魔理沙さんです」

「……うるさいな。せっかくの酒が不味くなるからあっちいけよ」

「これはこれは申し訳ありません。つい差し出がましいことを」

 

 魔理沙を虐めることには成功したので、次の標的を探す。霊夢のコンプレックスを突くのは命懸けなので、今は遠慮しておきたい。じゃあ妖夢にするかと思ったが、先ほどから西行寺幽々子からの視線を感じる。これも今はまずい。前回の警告から時間がそんなに経っていないから、本気で怒らせることになりかねない。匙加減が重要なのだ。

 となると、ずっと聞き側に回っているこいつが良いか。普段接する事が少ないから、獲物としては申し分ない。咲夜でも良かったが、それは次回に預けるとしよう。

 

「さて、風見燐香さん。私は射命丸文と申します。何度かお見受けしたのですが、こうしてご挨拶するのは初めてですね。どうぞ宜しくお願いします」

「こ、こちらこそ宜しくお願いします」

「おやおや、そんなに改まらないでください。あの風見幽香さん自慢の娘と伺っておりますよ。さぞかし愛されているのでしょうねぇ」

「いや、それは全然違います。何もかも間違っています」

 

 両手で違うとアピールする燐香。勿論知っている。

 

「そうなのですか? しかし、本当に幽香さんに似ていますね。怖いほどです。ということは、いつかはお母様のようになりたいとお考えなのですか?」

「全然思っていません。欠片も」

「おお! では全く違う道を歩みたいと! なるほどなるほど。それは素晴らしいですね!」

「…………」

「ただ、何年、何十年経っても、幽香さんを超えることは難しいかもしれませんがね。所詮模造品は模造品に過ぎませんから」

「模造品?」

「ええ。言い方を変えれば、紛い物ですね」

 

 燐香の顔色が変わった。風見幽香と見紛うばかりの敵意だ。これは面白くなってきた。後一押しで本性を見れそうだ。そこを写真に収めた後は適当にあしらい、凶悪妖怪登場とでも適当な見出しをつけて一面に載せてやろう。

 

「おい天狗。お前いきなり何を言いだすんだ?」

「今はインタビューの途中なので、邪魔をするのは止めてもらえませんか。貴方の相手をしているほど暇じゃないんですよ」

「……本気でムカついたからちょっと上へ行こうぜ」

「あはは、怒らせてしまったのでしたら申し訳ありません。生憎、私は超がつくほどの正直者でして。それより燐香さん。貴方のその姿を見て風見幽香を連想しない者はいません。つまり、どこへ行っても何年経っても貴方は風見幽香の娘なんですよ。……この意味が分かりますか? 風見幽香がこの世に存在する限り、貴方についてまわるのです。つまり――」

「ったく、ペラペラと良く喋る天狗ね。庭のカラスより喧しい」

 

 核心を突いてやろうとした瞬間、霊夢に肩を掴まれた。ついでに咲夜と魔理沙も立ち上がっている。妖夢などは剣に手を掛けている。どうにも戦闘の気配がする。まさか四対一か? しかし問題はない。文の速度に敵う者などこの幻想郷にはいない。しかもこいつらは消耗している。負ける要素が欠片もない。

 

「おやおや。これは穏やかじゃありませんねぇ。私はただ燐香さんとお話を」

「アンタのは話じゃなくて挑発でしょうが。――ちょっと、このカラスそっちでなんとかしなさいよ。私達は私達で飲んでたんだから」

「ええ、承ったわ。その出歯亀天狗には借りもあったしねぇ。少し遊んであげましょう」

 

 八雲紫が扇子をパチリと閉じると、スキマが現れる。文はそれに落とされると、博麗神社上空へと投げ出された。

 正面には再び八雲紫。

 

「まさか弾幕ごっこのお誘いですか? 折角のお誘いですが、私は忙しいのですけど。できましたら次の機会に」

「貴方に拒否権はないのよ。これは弾幕ごっこじゃなくて、調教なのだから」

「これまた穏やかじゃないですねぇ。親馬鹿も度を過ぎれば見苦しいものですよ? 妖怪の賢者様」

「本当に憎たらしい天狗ね」

「それが天狗ですからねぇ」

「だそうよ、幽々子」

「はぁ。この前妖夢にちょっかいを掛けるなと言い渡したはずなのに。貴方はそれを確かに受け入れたわよね。貴方が忘れても、私はしっかりと記憶しているわ」

 

 右手に、西行寺幽々子が現れた。既に蝶型弾幕を構築している。洒落にならない能力持ちなので、思わず頬が引き攣る。

 

「え、ええ、それは存じてます。今回のは、ちょっかいというか、軽くインタビューを」

「所詮は鳥頭なのさ。だから三歩歩けば忘れてしまう。……射命丸文。咲夜をイジっていいのは私だけだと言ったはずだったなぁ。で、遺書は残してきたか?」

「げ。子供吸血鬼」

 

 左手にレミリア・スカーレット。手には真紅の槍を手にしている。

 

「――ちょ、ちょっと待ってください。こんな複数で嬲るようなまねしたら、どんな悪評が立つか! 真実を追い求める正義の記者を弾圧するのはよくありません!」

「黙れ」

 

 背後からドスの効いた短い声がした。振り返ると、日傘を手にした風見幽香がいた。なんか顔に血管が浮かんでいるし。太陽の畑で追い掛け回されたとき以上の殺気である。

 

「あ、あはは。ゆ、幽香さん。いやぁ、さっきのはちょっとしたジョークというか。あの、顔がヤバイんですけど」

「ああ?」

「心配しないでいいわ。これから行われるのは、皆には弾幕ショーだと伝えてあるの。いわば余興の第二幕ね。私達が派手にやるのを、速さ自慢の貴方が華麗に避けることになっている。当ったら死ぬから精々逃げ回りなさいな」

「ちょ、ちょっと! なんです死ぬって! この面子の四対一はあまりに卑怯でしょう!」

「あら、妖怪が卑怯で何がいけないのかしら」

「悪魔に卑怯は褒め言葉だ。さぁ、どんどん言ってくれ」

「死ね」

 

 ――風見幽香の短い言葉とともに、弾幕ショー第二幕は始まった。宴会に参加している者達はその華麗で派手な弾幕に大歓声。

 四人の妖怪は、直撃するかしないか程度の勢いで、射命丸文を包囲して射撃を続ける。普段は相性が悪い者もいるというのに、まるで打ち合わせたかのような完璧な動き。力を抜こうとすると、それを咎めるように強力な攻撃がぶっ飛んでくる。延々と王手を掛けられているような状態である。観客の立場だったらさぞかし楽しいことだろう。本気の遊びというか、そんな感じで本当に派手である。一足早い花火大会に観客の盛り上がりも最高潮だ。

 

(ちょっと匙加減を間違えただけでこんな目に! 何が大吉よ! 大凶だ畜生!)

 

 必死に避けて、全力で動き続ける羽目になった文は、最後には半泣き状態であったという。

 



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第五十一話 でこぼこ天狗

 射命丸文は、自宅で自分の新聞の出来栄えを確認していた。先日の伊吹萃香が暴れた一件をまとめた記事。独占スクープなので、さぞかし天狗たちの嫉妬を浴びていることだろう。代償として全治一週間の怪我を負わされたが、それぐらいは必要経費である。怪我の原因は、最後の最後、フィニッシュに喰らった風見幽香の日傘の一撃のせいである。あの女は洒落が通用しないから危険なのだ。

 

「酷い目にはあったけど、その分素晴らしい出来に仕上がったもの。くくっ、あれなら初の販売部数一位も夢じゃないはず。よし、早速確認に向かうとしますか! 一位ならあの馬鹿に自慢してやらないとね」

 

 最近妙に達観した様子の姫海棠はたて。いわゆる腐れ縁である。友人では断じてない。

 念写という能力を持った故に引き篭もってばかりいる軟弱者だ。作る新聞も、新鮮味のない退屈なものばかり。同胞からは『天狗の落ちこぼれ』と呼ばれている大馬鹿者だ。しかも、最近は新聞作成まで怠けている。前に出したのはいつだったかは定かではない。何をしているか覗きに行くと、念写した写真を纏めたり、資料を整理したりはしているのだ。だが、肝心の記事を書くことはない。

 

「と、馬鹿のことを考えている場合じゃなかった。早く寄り合い所に向かうとしましょう」

 

 文は全力で飛ばして、天狗たちが集まる寄り合い所へと向かう。ここには、発行された新聞が資料として展示されている。新聞を作成した天狗は、一部ここへ寄付するのが義務となっている。当然、天狗でごったがえしているので、ゆっくり読みたければ買う必要がある。買いたくなる新聞など最近はお目にかかったことはないが。

 

 だが、皆が集まる理由は別にある。一週間の販売部数がでかでかと掲示されるのだ。順位つきで。天狗の性格の悪さが滲み出ているシステムだとつくづく思う。上位の天狗は鼻高々に勝ち誇り、下位の天狗は見なかった事にして早々と立ち去っていく。

 普段の文は下位の常連である。人間たちにはそこそこ売れていると思うのだが、妖怪への受けがイマイチなのだ。どちらかというとゴシップネタが多いので、気難しい連中やら偉ぶった連中には見向きもしてもらえない。だが、方針を変えれば今の読者を失ってしまう。匙加減が難しいところであった。というわけで、ひとまず現状維持を選んだ文は、下位常連に甘んじるしかなかったのだが――。

 

「しかし、今日の一位は私で間違いなしねって。……な、なんでえええええええええええええええッッ!!」

 

 文は順位が記されたそれを見て、思わず絶叫してしまった。自分が一位じゃなかったという驚きがまず一つ。だが、それはまぁ納得できないが納得しても良い。二位は立派。二位は立派なんだ。そう言い聞かせられる。

 だが、一位の新聞名を見たら平常心ではいられないのも当たり前。その名も『花果子念報』、怠けることに定評がある姫海棠はたてが作成している新聞。『文々。新聞』より更に販売部数が悪い下位の常連である。そもそもはたての新聞が出ること事態が稀だ。

 

「それはともかく! なんであいつの新聞が一位なの!! そんな馬鹿なこと、世界が終わってもありえるはずがないのに!」

「うるさいわよ、射命丸。少し静かにしなさい」

「どうして花果子念報が一位なんです!? こ、これは集計ミスではないですか?」

 

 同僚天狗に窘められたので、一息ついて質問する。その天狗は肩を竦めて苦笑する。

 

「ミスじゃないわよ。私だって、あんな子の新聞は認めたくないけど仕方ないでしょう。あれだけ見事な写真とネタでまとめられたらねぇ。射命丸、貴方もついてないわね、まさかのネタ被りなんて」

「ネ、ネタ被り? そんな馬鹿な。あの引き篭もりと私が同じネタ? あ、ありえない」

「説明するのも面倒だから、自分の目で確認しなさい。そうそう、“二位”おめでとう」

 

 同僚天狗は厭らしく笑うと、そのまま行ってしまった。当然皮肉交じりだろう。自分が負けた悔しさを、一位がとれなかった文へとぶつけただけ。当たり前だが全然嬉しくない。二位は立派だが、花果子念報以下なんて冗談じゃない。

 

「……ううっ。は、はたてに負けるなんて」

「あ、二位の射命丸だ」

「二位おめでとう!」

「うるさいわね! 嬉しくない!」

 

 心の篭ってない祝福の嵐。どいつもこいつもはたてに負けて内心歯噛みしているくせに。異端扱いしているはたてに負けた悔しさを、二位に甘んじた文をからかうことで苛々を抑えているのだ。ああ、同じ種族だから余計に腹が立つ!

 

「邪魔邪魔! ほら、二位のお通りよ、畜生!」

 

 人混みを掻き分け、掲示されている花果子念報の場所まで押し入る。そこには、風見燐香が伊吹萃香を封じる場面がデカデカと掲載されていた。文の撮った大鏡越しの写真とは迫力が全く違う。アングルも完璧だ。文句のつけようがない。

 

(あ、あの引き篭もりにこんな写真が取れるなんて)

 

 文も手を抜いたわけじゃなく、あの時はアレが最善だったのだ。

 しかも、他にも風見燐香の写真が掲載されている。どんな妖怪なのか、普段は何をしているのか、交友関係、今まで使用したスペルカードなどなど。これは思わず興味を惹かれても仕方がない。

 伊吹萃香の騒動のネタだけでも注目を惹くというのに。その上、あの風見幽香に娘がいたとくれば思わず手を伸ばしてしまうだろう。まだそれほど知れ渡っている訳じゃない。文も記事にしたいところだったが、肝心の写真がなかったので、温存していたネタだった。

 非常に興味をそそられる。落ち着いて読んでみたい。周囲の声が煩わしい。写真の迫力も抜群だし思わず欲しくなる。というか、買いにいくとしよう。徹底的に読み込んだ後は、あの引き篭もりがどうやってこんな情報を手に入れたか吐かせてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 花果子念報を即行で読み終えると、文は姫海棠はたての家を目指して飛び立った。引き篭もりに相応しく、天狗の住居の中でも端っこのほうにちんまりと建っている。日光もほとんどあたらないジメジメした場所だ。外見もかび臭い。

 家の前には粗末な止まり木があり、はたてが飼い慣らしているカラスがたむろっている。引き篭もりは、いかにして外に出なくするかを考えた結果、面倒なことをカラスにやらせるようになったのだ。自分の手足のように飼い慣らすその技量にはちょっとだけ感心するが、やらせることは買出しやら書類提出やらである。才能の無駄遣いもここまでくれば大したものだ。

 

「おい引き篭もり! なんで私とネタが被ってるんですか! とっとと出て来い!」

 

 と怒鳴りながら扉を乱暴に開ける。鍵が掛かっていることはほとんどない。とことん無精者なのだ。カラスたちが非難するように鳴声をあげるが、文がにらみ付けると大人しくなる。カラスに舐められては烏天狗は務まらない。

 そのはたてはちゃぶ台の上に写真を広げて、アルバムの整理をしていた。

 

「一体誰よ。あー、もしかして文? いきなりうるさいなー。さっさと死ねばいいのに」

「お前が死ね!」

「うん、今死んだ。はい、それじゃあさようなら。来世でも仲良くしてねー」

「ええ、生まれ変わってもまた友達になりましょうね! ――って違うわボケが! 誰が友達になるか!」

 

 ノリでそのまま帰ろうとしてしまった自分を恥じる。ついノッてしまうのは悪い癖だ。はたては天然だろうが。

 文は下駄を脱いで、はたての隣へ座る。そして、花果子念報を突きつける。

 

「これはなによ。なんで引き篭もりのお前が私と同じネタになるわけ? というか、どうして鬼が暴れていたことをアンタが知ってるのよ。又聞きしたとしても早すぎるでしょうが」

「だって全部見てたから」

「はぁ? お前の念写は、既に起きた事象を映し出すだけの欠陥能力でしょ。タイムラグがあるから、私と同時に新聞を出せるわけがない。どんな小細工をつかったの!」

 

 欠陥能力とこき下ろしたが、有用な使い方もできそうな能力だとは思っている。だが、使い方と本人の頭が致命的に悪い。だから読者が増えないのだ。どこかで見たような光景に、つまらない文章がだらだらとくっついている。そんな新聞に魅力などない。

 だから、文は今回の件が納得いかない。思わず惹きつけられる写真に、活き活きとした文章。本当に興味がある題材だというのがそこからは見てとれた。この引き篭もりにそんな物が書けるなど不可解極まりない。ゴーストライターがいるのかと疑うところだが、こいつに限ってそれはない。友達どころか、知り合いすらほとんどいない。今ぽっくり死んだとしても、葬式には誰もこないだろう。流石にかわいそうなので、喪主はやってやるつもりではいるが。

 

「ふふん。いつまでも停滞しているような私じゃないのよ。私の能力は、リアルタイムで追いかけられるまで進化したの。興味のある対象限定だけどねー。本当に動く必要がなくなっちゃった」

 

 そこまでして引き篭もりたいのかと、文は呆れる。折角の能力だが、宝の持ち腐れのような気がしてならない。

 

「……ほ、本当に根暗に相応しい能力ね。で、いつ掴んだの、これ」

「だから言ってるじゃない。ずっと見てたのよ」

「だから、何をよ」

「風見燐香よ。正確には風見家かな? 一日中見てたから、当然鬼との勝負も見てたよ。いやー、手に汗握る勝負だったよね。応援に力入れすぎて、苦情がはいったけど。その後気が向いたから新聞書いてみただけ」

 

 引き篭もりの家からいきなり奇声があがったら、誰でも恐怖に感じるだろう。それよりも、聞き捨てならないことがあった。

 

「アンタ、今ずっとって言った?」

「うん、言った。まぁ、24時間じゃないけどね。本を読んだりする感覚で、私はあの子を見ているの。いつからかは覚えてないけど、大体数十年前だっけ。こんなに見るようになったのはここ数年だけど。うーん、正確な時間は忘れちゃった。家に篭ってると時の流れって分からなくなるじゃない?」

「ならないわ」

「えー。じゃあ60年前の今日、文は何してたの?」

「知るか!」

「私はここにいたわよ。間違いなくね! うん、断言できる!」

 

 自信満々に言ってのける、仙人もどきのはたて。はっきり言って、気持ち悪い。それに数十年前? 風見燐香は確か10才だったはず。どうやら、はたては引き篭もりすぎて脳が腐りはじめているようだ。ボケ老人一歩手前だ。こうはなりたくないものだと文は思った。

 というわけで、それらを一言にまとめることにした。

 

「どうしようもない。それに、まさかアンタが気色悪い覗き魔だったとはね。あーやだやだ」

「言い方がひどいわね。あと、隠し撮りしてる文に言われたくないし。趣味悪いのはそっちよ。このストーカー!」

「私は一日中付き纏ったりしないわよ!」

「ああ、別にトイレとかお風呂とか着替えまで覗くわけじゃないよ。別に性的な興味はないし。ほら、私って一応女じゃん。それは知ってた?」

「知ってるわボケ天狗! そこまでいったらただの変態よ、変態。流石の私も引くわ。もう十分引いてるけど」

「でさぁ、あの親子、本当に目が離せないんだ。次にどうなるかワクワクしちゃって。だから、最近の私は元気一杯夢一杯ってわけ。もっと見たいなぁとか思ってたら、能力がどんどん進化していったんだ。ふふん、凄いでしょう」

「あっそ。というか滅茶苦茶すぎて、ついていけないわ」

 

 本当に滅茶苦茶な動機である。なんか凄そうな能力なのに、やってることは覗き見。取材して新聞に活かせよと怒鳴りたくなる。が、言っても無駄なので止めておく。

 

「なによ。自分から聞いてきたくせに。本当に勝手だね文は。でもそこが文の良いところなんだけど」

「鳥肌が立つから、気持ち悪いことを言わないで」

「いいじゃん」

「却下」

 

 ニコニコしながら褒めてきたので、一蹴しておく。こんなに素直な奴じゃなかったのに、最近はストレートに感情を伝えるようになっている。気恥ずかしいのでやめてもらいたい。

 

「これだけ、褒めたんだから私の良いところも認めてくれてもいいんじゃない? ほら、遠慮なくどうぞ」

「うるさい、この引き篭もりが」

「ひどっ!」

「……ああ、そうそう。販売部数一位おめでとう。お前のせいで、私は見事に二位だったわ。ああ、腹立たしいし憎らしい!」

「ん? なんのこと?」

「とぼけちゃって。アンタが一位なんて、初めてでしょう。ほら、我慢しなくていいから馬鹿みたいに喜べよ。ついでに死ね」

「死ねって言った方が死ね!……って、販売部数? ああ、あの新聞のことか。んー、そんなのどうでもいいよ。ここを追放されたくないから書いただけだし。ただのおまけおまけ」

 

 はたては興味をなくしたように、再び写真の整理を始めだす。

 

「はぁ? 適当に書いたとでも言いたいの? 柄にもなく謙遜しやがって。本当にムカつくわぁこいつ」

「それは違うよ。真面目に手を抜いただけ。真剣に書いたら、持ってるもの全部出さなくちゃいけないでしょ? やだよそんなの。だからいずれ知られちゃうことだけ先に出したんだ」

 

 返答次第では蹴飛ばしてやろうと思ったが、顔を見るに本当に順位には興味がなかったらしい。昔のはたては、文に追いつき、追い抜こうと必死だったので、見れば分かる。何故かは知らないが、常に自分をライバル視してきたからだ。

 だが今のはたては、なんというか落ち着きが見て取れる。まさか成長したとでもいうのだろうか。引き篭もりのくせに。

 

「全部? どういうことよ」

「ふふん。あれは表向きの情報しか出してないからねー。余計な手出しをされない程度の情報だけ。私の楽しみは誰にも邪魔されたくないの」

「……もしかして、まだ何かネタがあるっていうの?」

「うふふ、それはもちろん。でも、ごめんね。文にも教えて上げられないんだ。私の楽しみが減っちゃうじゃん?」

 

 はたてがまた笑う。今度は本当に申し訳ないという感じが出ている。天狗のくせに妙に素直なところがこいつはある。馬鹿のくせに。しかも最近はそれが顕著なのだ。

 文はそれがムカつくし、だからこそ放っておけなくなる。先ほどの追放云々もあまり冗談とは言えなくなっている。何の仕事もせず、新聞も碌に作らない。呼び出しには応じるが組織のために意見を言う事はない。実際、姫海棠はたてを苦々しく思っている上役は多い。

 天狗の社会においては、はたては異端であると同時に隠者と見做されている。生きていても死んでいてもどうでも良い存在。同胞ということで見逃されてはいるが、秩序を乱すと判断されたら粛清される可能性が高い。

 今回の記事により、その心配は多少は和らぐだろう。少なくとも、上司の命令とルールは守る、そして働く意欲は多少あるということを示せたのだから。

 

「まったく。もうちょっとやる気出してみたらどうなのよ。周りからどう見られてるかくらい、気付いてるでしょう?」

「まぁね。もう見逃せないって言われたら、とっととここからおさらばするよ。住み心地は良いけど、五月蝿いのも多いし。私は自由な方が好きだなぁ」

 

 文は少しだけ驚いた。ここまで自分を出してくるというのは本当に珍しい。

 

「アンタさ。最近性格変わったんじゃない?」

「そうでもないよ。ただ、素直に意志を伝えられることが、どんなに素晴らしいか知っただけ」

「全然意味が分からん。……はぁ、こんな怠惰で適当な奴に負けるなんて。なんだか泣きたくなってきた」

「らしくないね。ほら、元気だしなよ。そうだ、後で文の新聞一部頂戴。私の知らないことが載ってるかもしれないし」

「なによそれ。嫌味?」

「違うよ。私は写真を連続させることで、映像にできるようになった。でも、音がないの。文の新聞で、それを補強したいのよ」

「……音がないって。じゃあ、映像とやらを見ても、会話が分からないってわけ? それのどこが面白いのよ」

「でも大体は分かるよ。読唇術勉強したから」

「だから無駄なことに才能を使うんじゃないわよ!」

 

 文が怒鳴るが、はたては素知らぬ顔だ。

 

「いいじゃん、私が楽しいんだし。あ、お金はちゃんと払うよ。使ってないから一杯あるしね。見て見て、大金持ちよ!」

 

 はたては古びた財布を取り出すと、じゃらじゃらと小銭をばらまく。どこが一杯あるのかと問いたかったが、はたてにはこれで十分なのだろう。仕方がないので、手持ちの文々。新聞をはたてに投げつける。はたては嬉しそうにそれを掴む。

 

「それは小銭持ちって言うのよ。もっと働きなさい」

「ありがとう。流石は文。持つべきものは友達だね。文しか友達いないけど。他の天狗は私に構ってくれないし」

「そりゃそうでしょうねぇ、って別に友達じゃないし。それに、犬走椛はたまに来てるみたいじゃない」

 

 文がたまに使いっぱしりにしている白狼天狗たち。その中でも椛は目つきが生意気なので、苛々したときは徹底的にこき使ってやるとストレス解消になる。

 当然、向こうはこちらのことを蛇蝎のごとく嫌っているだろう。だがその方が面白いので問題ない。どうせ逆らえないのだから、どんどんこき使ってやるだけだ。上役には逆らえないのが天狗。悲しいかな、これが縦社会の宿命である。

 

「椛は律儀だからね。一回、念写で仕事を手伝ってあげたんだけど。そうしたら、たまにお土産持ってきてくれるの」

「ふーん。あの犬っころ、気を遣うことなんてできたのね。どうでもいいけど」

「でも、椛は友達とはちょっと違う気がするなぁ。こんな話ししないし。文みたいにノリツッコミしてくれないし。……そもそも友達ってなんだろう。ねぇ、友達の定義って何だと思う?」

「知らないわよ。馬鹿は余計なことを考えなくていいのよ。主に私が疲れるから」

「ひどっ」

「はぁ。アンタと話してたら本当に疲弊してきたわ」

 

 文は溜息を吐く。なんだかムカついたので、勝手にお茶を飲んでやる事にした。湯呑を用意し、いつ買ったのか不明の茶葉でお茶を淹れる。驚くほど不味かった。

 嫌がらせではたてにそれを出してやると、喜んで飲みだす。「文が淹れたお茶は美味しい」と上機嫌で笑っている。やっぱり馬鹿だった。

 

「ね、私も一つ聞いてもいいかな」

「嫌よ。私は聞くのは好きだけど聞かれるのは大嫌いなの」

「えー。でも、そこをなんとか!」

 

 はたてが拝んでくる。本当に馬鹿なやつだ。

 

「勝手に喋る分には止めないから好きにしたら」

「うん。えっとさー。外のことをこの前ちらりと聞いたんだけど」

「……外?」

「うん。外」

 

 外とはどこのことだろう。家の外、山の外。まさか、幻想郷の外か?

 

「外の世界の『大鷲と少女の話』ってやつ。文は知らない?」

「知らないわよ」

「ふふん。じゃあ一から教えてあげましょう」

 

 偉そうに鼻を鳴らすと、はたては語りだす。理解するのは大変だったが、要は、大鷲に狙われている少女を、カメラマンが撮影した。その写真は大いに評価されたが、異論を唱える者もでた。写真を撮っている暇があるなら、どうして少女を助けなかったのかと。――外ではそんなことで議論が起こっていたらしい。

 

「というわけなんだけど。ベテラン記者の文はどう思う?」

「馬鹿馬鹿しい。誰が何を言おうと、撮り続けるに決まってるでしょ。幻想郷じゃそんなもの記事になりゃしないだろうけど」

「ま、そうだよねぇ。文はそう言うと思った」

「当たり前でしょう。そもそも、何故見知らぬガキを助けなくちゃいけないの。助けたとして私に何か利益があるの? 善行をするためにカメラを持ってる訳じゃないっていうのよ」

「うん。最初は私もそう思ったんだけど」

「――けど?」

「うん。ずっと見てるとさ。意外と情ってやつが湧くもんだなーって。彼女の行動に一喜一憂して、この前なんて思わず泣いちゃったし。あの二人、本当に見てられなくてさー。あ、思い出し泣きしちゃいそう! 今の私なら手を出しちゃうね!」

 

 ちーんと、はたてが鼻をすする。しかも本当に涙目になっている。

 文は心底呆れた。取材対象を見て泣くなんて、記者失格である。記者どころか、天狗失格だ。馬鹿もここまでいけば立派ではあるが、特に褒め称えたいとは思わない。

 

「……本当に馬鹿でしょ、アンタ」

「失礼ね。文には言われたくないよ」

「その言葉のほうが失礼よ。アンタの奇行には慣れたつもりだったけど、ここまで悪化していたとは。一度薬もらったほうがいいわよ」

「届けてくれるなら飲んであげてもいいけど」

「てめぇで取りに行け。この怠け者が!」

 

 文が吐き捨てると、はたてはそれもそうだねと笑う。

 

「で、外の世界のカメラマンは結局どうなったのよ」

「そこまでは知らないわよ。でも、写真を撮った後、その人は少女を助けてあげたんだって。外の世界の人は優しいんだね。薄情な天狗とは違うのよ!」

「ふーん」

 

 お前も天狗だろうとツッコミたいが、文は我慢した。

 

「ま、そんな訳でさ、少しずつ介入してるんだよねー」

「介入?」

 

 聞き捨てならないことを言い出す。一体何をしているのやら。引き篭もりが外にでることはほとんどないので、何かできるはずもないのだが。

 

「本当にちょっとずつね。私さ、バッドエンドも結構好きなんだけど。ハッピーエンドの方が性にあってるみたいでさー。家にある本も全部そういう終わりのやつばかり。後味悪いのはポイしちゃうし。習性って面白いね」

「毎日がハッピーで能天気なアンタにはピッタリね」

「文は人の不幸が大好きなんでしょ? ほら性格が腐ってるから。良心の消費期限が切れてるもんね」

「ぶち殺すぞ」

 

 笑いながら毒を吐く引き篭もり天狗。天然そうに見えるが、実は毒を大量に抱えているのがコイツだ。だから友達は一人もいない。家族も様子を一切見に来ない。上司からは見捨てられている。ちなみに、文は友人ではなく腐れ縁である。

 

「ごめん。本当のこと言っちゃった。凄く反省してる」

「謝罪の仕方をもう一度勉強しろ。というかお前は性格じゃなくて、生活が腐ってるでしょうが」

「流石に文は鋭いね」

「そこは否定しなさいよ」

「否定出来ないわ!」

「威張るな馬鹿。……ま、何をするかは知らないけど、これからは私がネタを頂くわよ。アンタが家に引き篭もっている間に、私ががんがん介入するから」

「……は?」

 

 はたてが目を丸くして驚く。全身がピタッと止まって驚愕してますとアピールしている。

 

「は、じゃないわよ。あのチビ妖怪のネタが受けるなら、徹底的に付き纏うのは当然でしょ。読者に飽きられるまで記事にした後はポイよ。ポイ」

「だ、駄目っ! そんなことしちゃ駄目よ! 文が手出したら何もかも台無しじゃない! あの二人は私の」

「アンタの何なのよ。別になんでもないでしょうが」

「ううっ。そ、それはそうだけど、それは非常にまずいのよ。今が一番大事な時なのに。……くうっ、文が邪魔するというなら、いよいよ私が出張るしか。でも動くのって超面倒だし。花粉症とか毛虫とか怖いし。でも、行かないと文にしっちゃっかめっちゃかにされる! ああ、どうしよう! 動くべきか篭るべきか、それだけが問題よ!」

 

 どこかで聞いたようなセリフを真面目な顔で吐くと、頭を抱えて悩みだす馬鹿。いい気味だ。一位を逃した意趣返しが出来たという事で満足する。本気で付き纏う気もない。風見幽香が目を光らせているし、アリス・マーガトロイドも人形で厳重な警戒をしている。手を出すのは容易ではない。リターンが少なすぎる。

 

「……よし、文がその気なら、私も本気を出すしかないわね。姫海棠はたて、やりますっ!」

 

 はたてがキリッとした表情を作る。こんな顔は久々に見た。前見たのは、当分篭るからよろしく! とかほざいたときか。

 

「やるって、何を」

「もちろん取材よ。私、一応新聞記者だし。後天狗だった」

 

 天狗であることを忘れる馬鹿。そのうち羽が取れるんじゃないだろうか。

 

「無理すんな。貧血で死ぬわよ」

「大丈夫。私保険入ってるから」

 

 何の保険だと咄嗟に突っ込みたくなったが、泥沼に嵌りそうなのでなんとか堪えた。そもそも受取人は誰なんだという。はたてワールドに嵌ると、半日は謎空間に連れて行かれるので注意が必要だ。保険の話から始まり、最後は毛虫の生態についてで終わるだろう。

 

「そういう問題じゃないと思うわ」

「というかさ。子供ってどういう態度で接すればいいのか分からないんだけど。どうしたら良いと思う?」

「私に聴くな。私はアンタの商売敵でしょうが。一応」

「でも友達だからいいじゃん。フレンドリーに馴れ馴れしいのがいいのか、それとも格好良くさりげなさをアピールしたほうがいいのか。ほら、私常識って良く知らないし。文って性格死ぬ程悪いけど常識人じゃない? だから教えて」

 

 貶しながら褒めてくる器用な女。

 

「知るか馬鹿」

「そこをなんとか!」

「あーうるさい。ガキには適当に偉そうにしとけばいいのよ。アンタ、一応天狗でしょうが。絶対に舐められるんじゃないわよ?」

「あ、そうだった。なら安心ね! よーし、私はやるよー。やっちゃうよー」

 

 姫海棠はたてが拳を作り、天井に向かって伸ばす。途端、ゴキッと嫌な音。くの字で固まるはたて。いきなり動いたから腰を痛めたらしい。やっぱり馬鹿だった。

 

「こ、腰が。いたた」

 

 文は付き合いきれなくなったので、お暇する事にした。次の新聞のネタを捜しに行かなくては。

 

「はぁ。じゃあそろそろ行くわ。アンタみたいに暇じゃないし」

「う、うん。また来てねー。次はお土産よろしく。お饅頭がいいな」

「たまにはお前が来い。もちろん、土産の酒を持ってね」

「うん、分かった」

 

 ……なんで誘ってしまったのかは良く分からないが、気にしない事にした。どうせ来ないから問題ない。

 と、あまり使われた様子のない台所の流しに、洒落た花瓶が飾ってあるのを見つける。こいつは花を飾る趣味などなかったはず。しかも――。

 

「これ、紫のバラ? アンタ、花なんて飾る趣味あったっけ」

「流石に目聡いわねー。それ私の服とお揃いなの。へへ、綺麗でしょう」

「はぁ。アンタの奇行は意味が分からないし分かりたくもないわ。説明しなくて良いわよ」

「一本いる? 在庫は一杯あるよ。河童にお願いして作ってもらったんだ」

「いらないわよ。そんなことばかりしてないで、少しは真面目に働け。今回のを良い切っ掛けとしてね」

 

 何度目か分からない忠告。もしかしたら、もう聞く気はないのかもしれない。本人は面倒になったら山を抜けるとまで言っていたし。そんな簡単に抜けられるとも思えないが。常識を知らないと言うだけあって、やはり考えが足りない。いざとなったらぶん殴って分からせるとしよう。

 

「うん、前向きに検討するね。返答は発送を以てお知らせするから。気長に待ってて」

「碌でもない言い回しばっかり覚えやがって。先に常識を勉強しろ、この馬鹿」

 

 文はお手上げポーズを作ると、姫海棠家を後にした。



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第五十二話 嵐が過ぎて

 宴会の翌日、私は頭痛と倦怠感を覚えながら目を覚ました。明らかに飲みすぎである。もういつ帰ったとかそういう記憶がさっぱりない。酒に溺れる私は駄目妖怪である。でも仕方ない。だって妖怪だもの。

 

 でも、霊夢たちと飲むのはとても楽しかった。修羅道の人と思ってたのに、いきなり殴りつけてもこなかったし、悪口を言っても来ない。幽香とは違うようだった。多分、修羅道に入りたてなのだ。これから立派な修羅になっていくのだろう。

 なんだか軽く謝られたような気もしたので、全然気にしてませんと言っておいた。そうしたら、霊夢がなんともいえない変な顔をしたので、隣の魔理沙と咲夜がいきなり噴出していた。真面目な妖夢まで。だから私も笑ってしまったのだ。そうしたら私だけ抓られた。世の中というのは理不尽だなぁと改めて思ったものだった。

 まぁ、そんな感じで全員潰れるまで飲んだので、神社の後片付けはさぞかし大変だろう。今度あったら御礼を言っておくとする。

 

 ――それはともかくとして……。

 

「あ、頭が痛い。し、死ぬ」

 

 水を飲めば、多少は緩和されるかと思い、ベッドから起き上がる。

 と、コンコンと部屋の窓を叩く音がする。一体なんだろうと目を向けると、巾着袋と紫色のバラがあった。袋に入っていた手紙には、『二日酔いには気をつけてください。鬼との戦い、お見事でした』というメッセージと、二日酔いに効果がある丸薬のセット。

 なんで鬼と戦ったことを知っているのだろう。あの場にいたのか、それとも全てお見通しなのか。

 私が考えるに、紫のバラの人は神様じゃなかろうか。見るに耐えない境遇に同情して、こうしてプレゼントをくれるのだ。

 飛んでいくカラスを神様に見立てて拝んだら、嬉しそうにカァーと鳴いていた。早速、薬を飲ませてもらう事にしよう。

 

「お、おはようございます」

「…………」

 

 息が酒臭いのを感じ取られたらしく、幽香にゴミクズを見るような目で見られた。飲みすぎた馬鹿は私なので、特に反論もなし。口元を抑え、怒りを買わないようにすることだけは忘れない。

 朝はあっさり風味のオニオンスープとパンだった。胃に優しいけど、私のためではないだろう。美味しいから良いけど。

 

 泣いても笑っても、我慢する生活もあと僅か。私はすでに魔封波もどきを完成させている。伊吹萃香すら封じ込めた必殺の技だ。最早勝利は疑いようがない。

 さて、勝利のポーズはどうするか、小粋な挑発セリフも考えておかなくてはなるまい。今まで散々虐められてきたのだ、いわゆる臥薪嘗胆である。これでもかというほど、憎たらしげに挑発してやることにしよう。

 ああ、次の模擬戦闘の日が待ち遠しい。そうだ、妖夢に見届け人になってもらわなくては。ついでに蓋押さえ係。最後にポカをするほど私は愚かではないのである。――勝利の栄光、輝けるヴィクトリーロードを私は駆け抜けるのだ!

 

「ねぇ。なにをニヤニヤ笑っているの?」

「い、いえ。昨日の宴会を思い出していただけです。はい」

「あっそう」

「そうなんです。あはは」

「愛想笑いをするな。本当に何度言っても分からない奴ね」

「痛っ」

 

 幽香の拳骨がとんできた。痛い。だが、問題ない。全ての怒りと憎しみを力へと転換するだけのこと。私はどんどん強くなる。大勝利まったなし!

 くくっ、駄目だ。まだ笑ってはいけない。警戒されては元も子もない。し、しかし。愉悦がどんどん溢れてくる! 

 

「ご、ごちそうさまでした」

 

 私は笑いを必死に堪えながら、食器を流しへと運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで食事は終わり、今日はアリスの家に送り届けられました。いつものごとく首ねっこを掴まれて。私は猫じゃないのだけど。試しにニャーと鳴いてみたらぐるぐると勢い良くぶん回された。マジで吐きそうだった。また幽香への敵対ポイントが1あがった。既に限界を突破しているけど、まだまだ上がっていく。

 しかも到着した瞬間に、ドアにむかって勢い良くポイ捨てだ。漫画的な感じで、私はドアに顔面から衝突してしまう。鼻は赤いし、踏まれた猫みたいな奇声は出ちゃうし! もう敵対ポイント+100だ! あの女、絶対にゆるさねぇ! 私はいいけど、アリスの家のドアが壊れたら大変である。

 

「な、何の音? それに今の奇声は何事よ」

「お、おはようございます」

「……ああ、そういうこと。おはよう」

 

 私の顔を見るなり全てを把握するアリス。やはりアリスは完璧だった。

 

「あはは、朝から騒がしくてすみません。いやぁ、これには複雑な事情がありまして」

「何があったかは聞かないから、早く中に入りなさい。貴方にお客さんも来てるしね。もう朝からうるさくて。それに色々、大活躍だったみたいだしね」

 

 察してくれたアリスは、私を家へと招き入れる。ただ、なんとなくアリスの表情がいつもと違うような。なんとなく拗ねているというか、そんな感じを受けた。直ぐに治ったけど。

 

「誰が来てるんです?」

「いつもの面子よ」

 

 誰だろうかと居間を窺ったら、ルーミアとフラン、美鈴がいた。こんなに早くから来るなんて今まで一度もなかったと思うが。一体何事だろう。

 

「おはよう燐香。貴方はやればできる妖怪だと信じてたよ。実はずっと見てたんだけど」

 

 手を差し出してくるルーミア。一応握手するけど、凄くわざとらしかった。この可愛い笑顔に騙されてはいけない。

 

「ルーミアもいたんですか? なら声ぐらいかけてくれれば良いのに」

「心の友の大活躍にジーンと来ちゃって。とても会わせる顔がなかったんだよ」

「声に感情が篭ってないんですけど。どうせ、私のボロボロの顔みて笑っていたんでしょう」

「あはは、ひどいなー。でも笑ったのは当たってる!」

「やっぱり」

「よければ、お祝いにご馳走したいんだけど。ちょっとふやけてるけど、焼けば平気」

「それは遠慮しておきます」

 

 ルーミアが闇を展開して謎の肉を取り出そうとしたので、直ぐに押さえつける。危ない危ない。朝っぱらからグロいのはご免である。

 

「残念。あ、そうそう。後は博麗霊夢がいたから声を掛けなかったんだ。あの巫女に絡まれると面倒くさいし」

「まぁそんなことだと思いました」

「でも、燐香が活躍して嬉しいのは本当だよ。ほら、私嘘つかないから」

「それが嘘だと思うんですけど」

 

 棒読み口調のルーミアにツッコミを入れ、私は椅子に腰掛ける。美鈴とフランが直ぐに声を掛けてくる。

 

「いやぁ、本当に大したものですね。まさか鬼相手に勝ってしまうとは! 大金星ですよ!」

「うん。私も鬼の強さをパチュリーに聞いて、本当にびっくりしたんだ。天狗の新聞みた時は嘘じゃないかと思ったけど、迫力満点の写真が載ってたし。これは嘘じゃないと思って飛んできたの。あとは、お姉様本気で喧嘩売ってくるからさ。顔見るだけでムカつくし。部屋に妖力弾ぶち込んでこっちに来ちゃったの」

「妹様。咲夜さんが泣きそうになるから、止めて下さいと言ったじゃないですか。我慢するって約束したのに」

「うるさいなぁ。アイツが咲夜の自慢ばかりしてくるからいけないんだよ。挙句には、私を挑発してくるし。本当にムカツク奴! あー、私も宴会いけばよかったなぁ。そうしたら一緒に戦えたのに。ねね、鬼って強かった?」

 

 感情を目まぐるしく変化させた後、フランが興味津々に尋ねてくる。

 

「それはもう。一撃一撃が死ぬ程重くて。あんなの顔に喰らったら弾けちゃいますよ

「そっかぁ。私も一緒に戦ってみたかったなぁ」

 

 残念そうなフラン。フランなら萃香とタイマンはっても良い勝負しそうな。鬼と吸血鬼ってどっちが強いんだろう。やっぱり経験の差で萃香かな? 聞くのは止めておこう。試されても困るし!

 

「へー。じゃあ、そんなのに勝った燐香は鬼殺しの英雄だね。幻想郷中に名前が轟いちゃったんじゃない?」

「は? いや、轟かないでいいんですけど」

「もう遅いんじゃないかなー」

 

 ルーミアが訳のわからない称号で呼んで来る。あれは封印しただけで別に殺してないし。それに幻想郷中に広まるとは大げさである。

 

「あ、新聞のことでしょ? ほら見て燐香。これだよこれ」

 

 フランが新聞を二つ私に押し付けてくる。『文々。新聞』と『花果子念報』と書かれた新聞だ。そういえば天狗の新聞を読むのは始めてかも。

 

 まず最初に射命丸の新聞から眺めることにする。『文々。新聞』の見出しは、『鬼の四天王伊吹萃香、人妖連合軍に敗れて死亡!? 謎の花妖怪の禁呪炸裂!』とショッキングなものとなっている。『死亡』の後に『!?』がついているので、実際には死んでいませんでしたと言い訳できる汚いやり方である。というか、いつの間にこんな写真を撮ったのだろう。まぁ、あまり映りはよくないので、胡散臭い感じが滲み出ている。というか禁呪って何だ。

 

「あー、そっちは誇張がひどいから、適当に斜め読みでいいよ。それよりこっちのは凄いよ。燐香のことが凄く纏まってた!」

「確かに、燐香特集と呼んで良いほどだったわね。ここで特訓してる写真もあったし、一体いつの間に撮ったのかしら。天狗って油断ならないわね」

 

 アリスが眉を顰める。アリスの警戒すら突破するとは、天狗恐るべし! 今回の記事作成者は射命丸文と姫海棠はたて。射命丸文には喧嘩を売られた気がするが、酒の席なので気にしない。でもあんまり仲良くなれる気もしないのは残念。

 

「それはそれとして。どんなことが書かれているのかなっと」

 

 『花果子念報』の見出しは、『鬼の四天王、激闘の末打ち破られる。勝者は幻想郷の若き少女たち』とシンプルな感じ。一面は私が魔封波もどきを放っているところ。自分で言うのもなんだが、凄く格好良い。私の背後からのアングルで、烈風渦巻く光景がばっちり収まっている。他にも、萃香を封印した後の傷と埃だらけの私たちの写真もあるし。皆疲れてるけど、良い顔をしている。これは記念にとっておきたい。後でアリスにお願いして頂戴することにしよう。

 

 ――と、次のページを開いたら、私は思わず固まった。

 正直引くぐらい色々な場面がおさまっている。花の世話をしているところやら、鍛錬に励むところとか、幽香相手に模擬戦闘をやっているところやら。それぞれに解説が入っており、しかもそれは的確だ。

 白黒だから、なんか幽香子供バージョンみたい。でも顔が情けないから、これは私である。もっとキリッとしないとまずいだろうか。でも疲れるからやめておこう。

 

「……それにしても、取材なんて一度も受けてないのに、どうしてこんなに詳しいんでしょう」

「さぁ。天狗だからじゃないの? あ、この写真凄くいいね」

「どれです? って、私がやられてる写真じゃないですか!」

 

 どうでもよさそうなルーミア。だが、私がぼこぼこにされている写真を見つけると、楽しそうに笑っている。最近ますます性格の黒いところを見せるようになってきた。心の友だから仕方ないね。いつか覚えていろ!

 と、そこで私は一つのことに気がついた。

 

「……ん? そうか。そういうことか」

 

 謎は全て解けた!

 花果子念報は姫海棠はたての新聞。ということは、念写を使ったのだろう。姫海棠はたてとは全く面識がないし。能力は念写だったから、下手すると一生会えないかもしれない。まぁ仕方ない。妖怪の山に亡命でもしない限り、会う機会はないだろう。というか、勝利は確定しているから亡命する必要はもうないんだけど!

 

「急に納得してどうしたの?」

「いえ、ただ天狗は凄いんだなぁと思って。それにしても、プライバシーもなにもありませんね」

「注意してやめる連中じゃないわ。野良犬に噛まれたと思って諦めなさい。注意するだけ疲れるだけだし」

「慰めになってませんよ」

 

 はぁと溜息を吐くと、部屋の中に酒の臭いが一気に充満する。あれ、私ってこんなに酒臭かったっけ? 歯磨いたのに超酒臭い! いや、これは私のじゃないような。

 

「はは、若いのにそんな溜息はいてると幸せが逃げていくぞ?」

「…………お、鬼?」

「なんだい、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

「ぎゃあああああああああああああ!! お、鬼! 鬼の亡霊! 鬼は外!! あ、悪霊退散!」

 

 隣で瓢箪に口を付けていたのは、封じられているはずの伊吹萃香。いや、完全にではなかったけど、どうしてここにいるの!? あ、復讐以外ないじゃんと気がついた私は、恐怖にかられて悲鳴をあげたのだった。早く霊夢のもとに逃げなくては!

 

「ははは、言ってることが滅茶苦茶だぞ。鬼退治の英雄なのに、情けないなぁ。人里はお前達の噂でもちきりだったのに」

 

 鬼をも倒す恐ろしい妖怪とか評判になっても全然嬉しくない。人里から警戒されちゃう! もっとこう、フレンドリーでキュートな妖怪として紹介してほしい。いつでも話しかけてOKみたいな。

 

「ちょっと待ちなさい。いきなり現れて、なにを堂々と居座っているの。ここは私の家よ」

「ん? ああ、勝手に邪魔して悪かったよ。一応声掛けたんだけど誰もでないからさ」

「だからって勝手に入って良い事にはならないわ。……で、何しに来たの? まさか、報復でもするつもり?」

「いやいや、そんな不意打ちみたいなことはしないよ。昨日のことを謝ろうと思ってさ」

「謝る?」

「いきなり喧嘩吹っかけて悪かった。問答無用だったことは反省してる。ごめん!」

 

 萃香が真面目な表情で謝ってきたので、私は硬直した。鬼に謝られてしまった。

 

「い、いえ。別に怒ってないので」

「そうかい? あー良かった。なら、またいつか宜しくな!」

「よ、よろしく?」

「うん。次は弾幕勝負でいいから、気が向いたらやろうよ。ああ、やるにしてもちゃんと挑戦状だすから安心していいよ! 私は不意打ちはしない!」

「き、気持ちは嬉しいのですが、お断り――」

「それまでは仲良くやろうや、若いの。いやぁ、なんだかばばくせー! こういうのは紫だけでいいよな! あはは!」

 

 絶対にお断りしますと言って逃げようとしたところを、萃香にガシっと掴まれる。助けを求めてルーミアを見る。光速の勢いで視線を逸らされた。フランを見る。凄く楽しそうに笑っている。駄目だこいつら!

 萃香が瓢箪を私の口に押し込んでくる。く、苦しい! たすけてアリス。ごぼごぼ。

 と思っていたら、アリスが強引に割り込んで助けてくれた。しかもハンカチで口元を拭ってくれる親切さ。流石はアリス先生である。

 

「乱暴はやめなさい。この子は二日酔いの最中なのよ」

「そうなのか? じゃあ仲直りの一杯だけ。これだけは許しておくれよ」

「はぁ。それにしても、なんでいきなり戦う事になったの? 貴方は伝説に残るほどの妖怪なんでしょうに」

「そんなのは黴臭い昔話さ。いやぁ、紫の話じゃ、妖怪が手塩にかけて育てている連中がいるっていうからさ。そいつは是非とも唾を付けとこうと思って。徹底的に叩いておいて、その屈辱を糧に私に再戦を挑んできたら燃えるじゃん。結果的に逆になっちゃったけど! ま、それはそれで面白いよな。あはははは!」

 

 自分の敗北を他人事のように笑っている萃香。でも、目は笑っていないような。なんとなく、私を見る目が剣呑な気がしてならない。本当に怒ってないのか分からない。

 いつの間にか私はアリスの腰にしがみついていた。今は魔封波の用意など全くしていない。あれには釜か電子ジャーが必要なのに。しかも、二日酔いで衰弱中だ。今戦ったら確実にぶっ殺される!

 

「心配しないでいいわ」

 

 アリスはそんな私の頭を撫でると、そのまま萃香を睨みつける。その手にはいつのまにか謎の魔道書が。しかもこれは封印されているやつ。

 私のうろ覚えの知識によると、アリスが本気のときはこれを使うとかなんとか。一体どんな魔法が飛び出てくるのか恐ろしい。でも、本気のアリスってどのくらい強いんだろう。全力を出さないのがアリスのポリシーだったはずだし。というか、アリスって外から幻想郷にやってきたのだろうか、それとも魔界の出身なんだろうか。まぁ、どっちでも良いか。アリスはアリスである。

 

「良い殺気だね。ゾクゾクするよ。今のはちょっとカマを掛けてみただけだから、心配しないでいいよ。やるとしても弾幕勝負さ。なんでも試したくなるのは、私の悪い癖でね」

「とにかく、ここでは暴れさせない。どうしてもというなら、代わりに私が相手になる。――本気でね」

「へぇ。そいつはいいねぇ。お前も保護者だったんだなぁ。実はさ、最初はそれが目的だったんだよ。糞餓鬼共を徹底的に痛めつけて、ぶちギレた親馬鹿共と殺しあおうってさ。だから、本当は今すぐにやりたいんだけど」

 

 萃香が言葉を止めると、残念そうに首を横に振る。そして酒を一口あおる。

 

「――だけど?」

「今の私は二割程度の力しか出せないし。燐香、お前のあの技で封じられちまってるんだ。しかもだ、あの釜は霊夢がきっちり見張ってるからさぁ。派手な悪さができないんだよ! 飲まなきゃやってらんないよ! まぁ挑まれれば受けて立つけど!」

 

 顔を赤くしてブーブー文句をたれる萃香。ちょっと子供っぽいが、中身は疑いようもなく鬼である。鬼そのもの。外見に騙されてはいけない。

 

「えっと、ごめんなさい」

「馬鹿だな。そこは謝らなくて良いんだよ。私を罵るとか嘲るとか、それぐらいじゃないと盛り上がらないだろう。そこらへんは母親に教えてもらえ」

 

 幽香は人を罵ることに関しては定評がある。主に私相手にだが。ある意味では教えてもらっているような気がするが、こうはなりたくないものだという反面教師にしかならない。私は平和主義の八方美人なのである。

 

「いや、そういうわけにも」

「大体、あの時はお互いに真剣にやりあったんだ。手を抜く方が失礼ってやつだ」

「それは、そうですね」

「おう! 次はもう喰らわねぇからな。餓鬼の技と侮って喰らっちまった私がアホだったよ。うんうん、まさに油断大敵だ。ま、それもまたよしだ。増長慢心してこその鬼ってもんだし! あははは!」

 

 負けたのに本当に上機嫌な萃香。賑やかで楽しい妖怪である。まだ戦ってすぐだから、私としては複雑な感情もある訳だが。そのうち、あんなこともあったねと言える間柄になるかもしれない。というか、萃香は既にそうなってるし。強敵と書いて友達という間柄になっちゃう気がする。私だけじゃなく、あの時戦った面々全員だ。友達が増えるのは大歓迎だけど、もうちょっと穏やかなのがいいな!

 とにかく、殺し合いだけは本当に勘弁してほしい。次は絶対に効かない気がするし。しかも油断はしないって言ってるし。最初から全力で突っ込んできそうで恐ろしい。そういうのは修羅道を歩んでいる人たちでやれば良いのである。

 

「なるほど。ということは、今なら私でも潰せそうね。後学のために、色々と実験しておこうかしら。教え子を痛めつけられた借りもある訳だし」

 

 アリスから敵意があふれ出している。ここまで怒っているのは私が冥界に行ったときぐらいか。多分萃香が酒臭いのが原因である。 

 

「うーん、どうしてもやるっていうなら別にいいけどさ。つまんないからオススメしないよ。弱体化してる分、戦い方もしょっぱくなるからね。しょっぱい勝負って、人間の言葉らしいよ。いやぁ、面白いこと考えるよなぁ。人間は本当に面白い」

 

 正直スマンカッタみたいな。あんな感じか。鬼には似合わない気がする。こう、足を止めて全力で殴りあう方が似合ってる。幽香VS萃香で潰しあって欲しい。最後に私が乱入して漁夫の利というわけよ。やったね!

 

「自分勝手すぎるわ。第一、私たちは人間じゃないでしょうに」

「面白けりゃなんでもいいのさ。それが鬼だよ。好き勝手にやるのが私達の生き方だ。そんなだから忌み嫌われていたけど」

 

 強制的に相手にされてしまった人間からすれば堪ったものじゃないだろう。だから、人間は鬼の存在を否定した。お伽噺だけの存在にしてしまった。最後には必ず打ち倒され、消滅する存在として。

 鬼はどうしてそれを受け入れたのだろう。私たちには分からない。

 

「自覚があるのがなおさら性質が悪いわね。……それで、これから一体どうするつもりなの。地底から来たと新聞にはあったけど」

「うん、神社に住みつく事にしたよ。なんだか地上も楽しそうだし。後は、霊夢の役に立てば、少しずつ力も返してくれるって約束してくれた。いやぁあの巫女、鬼を小間使いにしようなんて恐ろしいなぁ。あははは、いやあ面白い!」

 

 流石は霊夢。鬼すら使役する鬼巫女に進化したようだ。絶対に怒らせないようにしようと私は心に誓っている。春雪異変の弾幕勝負は結構トラウマである。

 

「そういや、今日は吸血鬼のちっこいのもいるのか。挨拶代わりに、軽く弾幕ごっこでもやるかい。あれぐらいなら、二割でもいけると思うし」

「本当!? 鬼と戦えるなんて面白そう。私も燐香と一緒に鬼退治したいし!」

「――え?」

 

 なぜに私の名前が!

 

「いいよね、美鈴。というかお前が何を言おうとやるんだけどさ。馬鹿みたいに頷いてよ」

 

 たまに口が悪くなるフラン。悪意があるわけじゃなく、言葉の使いどころに慣れてないだけ。なぜかと言うと、引き篭もりだったから。これでも最近は改善されていると美鈴は前に言っていた。

 

「ええと、私としてはあまり賛成したくないんですけど」

「駄目っていってもやるし。あ、ルーミアもやろうよ」

「えー。鬼って強いんでしょ?」

「強いほうが面白いじゃん」

「勝つほうが面白いよ」

「そうかなぁ。強い相手に勝つほうが面白くないかな。お姉様相手に勝つと超嬉しいし! 雑魚を蹴散らしてもつまんない」

「その通り! そこの妖怪もやる前から諦めるなよ。できるできる! やる気があればなんでもできるってもんさ! できなきゃそのとき考えろ!」

 

 どこぞの修造みたいな萃香。しかも無責任。酒の息を浴びせられたルーミアは非常にだるそうだ。

 

「でも、今は太陽が出てますよ」

「勿論暗くなってからだよ。それでいいよね?」

「ああ、暗くなるまではお酒を飲んでればいいじゃないか。酔っ払って弾幕ってのもいいぞ。知らんけど!」

「えー。それは滅茶苦茶じゃないかな」

「えー。私はやっぱりだるいなー。帰って良い?」

「えー。私も本気で遠慮したいです」

 

 フラン、ルーミア、私の順。フランが自分で言い出したのに、先手を打ってえーと言う。今のは実にグッド。場のノリが分かっているのが素晴らしい。いつでも3人漫才ができそう。美鈴などは流れの美しさに拍手している。これは親馬鹿という。

 

「えーじゃないよ。お前らまだまだ若いくせに。ほら、酒だ飲め飲め! 飲んでりゃお天道様も勝手にお帰りになるって!」

「ちょっとやめなさい! まだ昼前なのよ! 子供になんて教育する気なの! 私の家では絶対に認めないわ」

「けちくさいねぇ。あー、アンタの名前はアリスだっけか」

「そうだけど、それが何か?」

「うーん。なんだかさ、所帯染みてるよね。お袋の臭いって奴? 外見は綺麗で若々しいのに。私が言うのもなんだけど、若く生きたほうが楽しいぞ」

「――しょ、所帯染みてる!? ……こ、この私が? そ、そんなまさか」

 

 アリスがかなりの衝撃を受けている。暫く沈黙した後、こちらを向くアリス。私は自然に視線を逸らす。実は、品の良い若奥様みたいだなぁと思ったことは何回かある。もちろん言わないけど。だってアリスは少女だし。少女は奥様や母親とは対の属性にある。うん。

 でも若奥様もいいよね。ふりふりエプロンとかアリスには似合いそう。フラン、ルーミア、そして私、いわゆる駄目な三人娘と、苦労人の若奥様。召使の美鈴。奥様は魔女! 頑張れアリス! そんなことを考えながら、視線を限界まで逸らす。しかし回り込まれてしまった。

 

「ねぇ。どうして視線を逸らすのかしら」

「ゴホッ、ゴホッ。あれれー、か、風邪かなぁ」

「大丈夫。貴方は風邪を引かないわよ」

 

 クールな一言で一蹴された。

 

「ひ、ひどいですね」

「だって妖怪じゃない」

「いや、今のは絶対に“馬鹿は風邪を引かない”という意味でしたよね? 言葉に棘がありましたよ」

 

 アリスはさぁと意地悪く笑った。こんな表情でも良く似合う。美人というのはずるいのである。

 

「とにかく、お酒は駄目よ。大体燐香は二日酔い真っ只中でしょう。今日はお茶にしなさい! 全員お茶! 貴方もよ!」

「えー。酒は水みたいなもんだろう」

「嫌なら出て行け」

「分かったよ。ま、たまにはお茶も悪くないかもな。次の酒が美味くなるかもしれないし。……となればいいんだけど、世の中そんな上手い話はないんだよねぇ。あー世知辛い」

 

 萃香が心底嫌そうな声を出した。私はドンマイと萃香の肩を叩いておいた。よし、仲直りできた。別に萃香は嫌いじゃない。いきなり戦闘挑まれたので、ちょっとというか、かなり動揺したけど。神社にも住める事になったみたいだし、上手く萃夢想はおさまった。めでたしめでたしだ。

 

 ――その後、太陽が落ちるのを待って、フラン、私、ルーミア連合VS伊吹萃香の弾幕勝負変則マッチが始まった。ふはは、三人に勝てるわけなかろうと余裕ぶっかましていたら、私は真っ先に被弾した。某マクロスの柿崎並みにあっさりと! 

 あまりにも早すぎるということで復活を認められたので、今度は全力でぶつかる。それでも、私は大苦戦だ。萃香が私を集中的に狙っているせいだ。この前の恨みがあるからだろう。鬼だけあって性格が悪い。最後は闇を展開していたルーミアと頭をぶつけて墜落する始末。私はまだまだ修行が必要らしい。まぁ、次の幽香戦には切り札があるから修行なんて必要ないんだけど! 

 

「へへ、結構やるねぇ。なかなか面白くなってきたよ」

「アハハ! 鬼って本当に頑丈なんだね。でも、そのしぶとさにしつこさ、お姉様みたいでムカつく!」

 

 結局最後まで残っていたのはフランと萃香。この二人の勝負は見ごたえがあった。夜空に光り輝く弾幕はとても綺麗。時間切れで引き分けになったが、フランが楽しそうだったのでOKだろう。

 私はフランの健闘を讃える。恥ずかしそうなフラン。その後は、萃香が宴会だーと叫んで、結局酒盛りに突入。私は地獄の三日酔いに苦しむ事となった。

 アリスからは弾幕勝負の反省点や、日常生活についてのお小言などを沢山いただいた。返す言葉もありませんでしたとさ。

 

「めでたし、めでたし、と。終わりよければってね」

「……ちょっと。綺麗にまとめた顔をしてるけど、まだ話は終わってないわよ」

「な、なんでです? もう一時間ぐらい話してますよ。そろそろ休憩を」

「駄目よ。大体、貴方は自分の価値を低く見すぎなのよ。それにちょっと目を離すとどこかへ行くし。気がついたら鬼と戦ったりしてるし。どういうことなの。あの新聞を見せられた時の私の気持ちも少しは考えなさい。どれだけ心配したと思ってるの。ね、聞いてるの?」

 

 目が据わってるアリス。こんなアリスは始めて見た。逃げようとしても、肩を掴まれてしまう。

 

「は、はい。超聞いてます」

「どうしてこの私が、貴方の初勝利に立ち会えないの? おかしいじゃない。私に何か足りないところがあったせい? だったら教えて。すぐに直すから」

「そんなものはありません。アリスはいつだって完璧です」

「違う、私は完璧なんかじゃない。いえ、完璧な存在なんてこの世にはいないの。あの人ですら完璧ではないのだから。分かる? 分からない? 分かるわよね?」

 

 三段階質問。ここは頷いておかないと、面倒くさい事になりそう。でも、アリスは完璧だと私は思っているので、曖昧な感じにしておこう。

 

「そ、そうなんですか」

「ええ、そうなのよ。で、私は貴方の初勝利を祝いたい気持ちはあるの。嬉しいのは確かだし。でも、納得いかない気持ちもあるの。だって悔しいじゃない。ちゃんと立ち会って、良くやったわねって褒めてあげたかったのに。……だから今日は徹底的にいくわ。んー、どこに行くんだったかしら。まぁいいか……ヒック」

 

 話が段々支離滅裂に。アリスが悪酔いしていた。人形たちが私を拘束し、絶対に逃がさないぞと言う態勢だ。これは鬼が調子に乗って強い酒を飲ませすぎたせいだ。気がついたときにはこの状態。最早私は脱出不可能。閻魔顔負けの説教地獄に突入した。

 

「あはは、愉快愉快!」

「滑稽で面白いなー」

「ねぇ、アリスってこんな性格だったっけ?」

「色々と溜まっていたんでしょう。苦労する性分みたいですから」

「じゃあパチュリーも酔わせるとこうなるの? 面白そうだから今度やってみよう!」

「それは、どうでしょうね。あ、あはは」

 

 元凶の萃香はニヤニヤしているし、ルーミア、フラン、美鈴は私の情けない姿を肴にして酒を飲んでるし。これもゴルゴムの仕業に違いない。

 しかし、完璧なアリスでも、こういうこともある。うん。だからそろそろ許してください。

 



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断章 希望と絶望

「先日送ってもらった貴方の考察は、実に興味深かったわ。二つの意味でね」

 

 パチュリーが書類を置き、こちらの顔を見つめてくる。

 

「それはどういうこと? 何かおかしいところでもあったかしら」

「そうじゃないわ。貴方が入れ込んでいるということが良く分かったからよ。思わず嫉妬を覚えたほどね」

 

 パチュリーの軽口に、アリスは思わず眉を顰める。

 

「ふざけないで」

「ごめんなさいね。ところで、紅茶のお代わりは?」

「いらないわ」

 

 アリスが断ると、パチュリーは自分のカップにだけ紅茶を注ぐ。

 今日紅魔館を訪れたのは、先日送りつけたレポートについて意見を貰うためだ。自分の先走りでないか、客観的な意見が欲しかった。私情は挟んでいないつもりだが、断言できるほどの自信はない。

 

「私としては、貴方の予測は正しいと考える。状況が改善することはまずないと思う」

「…………そう」

「砂上の楼閣という言葉があるでしょう。今の状態を例えるならそれね。ただ、崩壊するのがいつかは私にも分からない。一年後か、十年後か、それとも一週間後――」

「やめて。今のあの子は安定している。だから、当分は大丈夫よ」

「そう? それなら良かったわね」

 

 パチュリーの言葉を遮り、自分に言い聞かすように言葉を吐き出す。パチュリーは感情の篭ってない言葉で頷いてみせる。

 燐香はフランドール、小悪魔とボードゲームで遊んでいる。一喜一憂するその姿は見ていて微笑ましい。最近は発作もなく、非常に安定しているように思われる。幽香の思惑通り、鎖は順調に増えている。

 だが、不安を掻き立てられる。本当にこのままで良いのかと。砂上の楼閣をいくら補強したところで無駄なこと。そう思えてならない。だからパチュリーに事情を打ち明けて相談した。同じ魔法使いである者の意見が欲しかったからだ。

 

「それで、風見幽香はどうしているの? 何か変わった様子は?」

「特にないわ。いつも通り燐香には冷たく当っているみたい」

「……そう。それはそれで、間違ってはいないのでしょうけどね」

「――けど?」

「簡単な話よ。憎しみを維持し続けるというのは非常に難しい。一緒に暮らしているならなおさらでしょう。慣れ、もしくは諦めに変化していってしまってもおかしくない。現に、その兆候は出始めているみたいだし」

「……諦め」

 

 アリスもそれは薄々感じている。幽香に対して憎しみを抱いているのは間違いないだろうが、逃走、亡命などの手段を選んだのは、諦めの感情が強くなったからではないか。それが顕著になり始めると、本来の性質が顔を覗かせる。人間に対する煮えたぎる憎悪。

 アリスの推測する限り、燐香は二つの属性から成り立っている。白と黒。黒が強くなりすぎれば、バランスが崩れてしまう。それは、取り返しのつかない事態を生む気がしてならない。あの、黒い靄。あれは良くない兆候の顕れにしか見えないのだ。

 

「もしくは、風見幽香自身が耐え切れなくなっているのかも。本人もそれに気付いたから、外に出す気になったのかもしれないわ。憎まれ続けるというのは、相当精神を削るのではないかしら」

「…………」

 

 アリスには何も言えない。この十年間、幽香はひたすら自分だけを憎悪させるべく非情に接してきたはずだ。誰にも触れさせないよう、無菌室でひたすら冷酷に。本人に尋ねれば確実に否定するだろうが、全ては燐香のためなのは間違いないだろう。誰にも言える事ではないが、そう思う。

 

「ただし、貴方が唯一の対処法として挙げた手段。私は強く反対するわ」

 

 パチュリーは、無表情で言い切った。

 

「それは何故?」

「上手くいくとは到底思えないから。絵の具と一緒よ。混ざり合ったものを元に戻すことはできない。不可能よ」

「最悪の状況を防ぐ為にはそれしかない」

「仮に上手くいったとして。……それは果たして、風見燐香と呼べるのかしら。私には疑問ね」

「構成する要素さえ残っていれば、必ず戻せる。時間は掛かっても、私が戻してみせる。霧散さえ防げばなんとでもなる」

「失敗した時、貴方は精神に深刻な傷を負うことになる。友人として忠告するわ、アリス。止めておきなさい」

 

 パチュリーがまるで子供に言い聞かすように、言葉を投げかけてくる。アリスは首を横に振る。パチュリーの忠告は正しいのだろう。だが、受け入れられない。

 

「悪いけど、それはできないわ。でも、貴方の気遣いには感謝している」

「アリス。あるがままに受け入れるというのも一つの選択肢よ。妖怪だっていずれは死ぬ。時間に多少の差はあるでしょうけど」

「まだ生まれてから10年よ? 妖怪として死ぬには早すぎる。私には認められない」

「つまり、貴方の我が儘なのかしら?」

「なんと受け取ってもらっても構わないわ。状況が悪化するようならば、私は絶対にやる」

 

 アリスが言い切ると、パチュリーは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「そう。なら私も協力してあげましょう。色々と準備も必要でしょうし」

「……どうして協力してくれるの? 貴方は反対と言い切ったのに」

「何もおかしいことはないわ。だって、困っている友達を助けるのは当たり前でしょう。ふふ、このセリフ、一度言ってみたかったのよね。なるほど、中々悪くない」

「…………」

「ああ、お礼の言葉はいつでも受け付けるからご遠慮なく」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 と、燐香が悲鳴を上げて机に突っ伏すのが見えた。喜ぶフランと小悪魔。また一人負けしたようだった。アリスとパチュリーはそれを見て苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 家に戻り、軽く弾幕の練習を行った後、アリスは燐香にパンケーキを焼いてあげた。彼女はなんでも喜ぶが、特にこれが好物のようだ。人形たちを付き添わせ、楽しいおやつの光景を作り出す。彼女の白の部分を強化するために。

 ルーミアの言葉を思い浮かべる。白と黒、燐香はこの二つから成り立っている。だが、荒れ狂う黒に対して、白はあまりにも小さすぎる。いつ飲み込まれてもおかしくない。だからアリスは不安になる。それが感じ取れるようになってからは尚更。今の状態を維持出来ている事がまるで奇跡のように思える。だからこそ安定させ、鎖を増やし、白を強化する。現状取り得る手段としては、それが最善なのだ。

 

「――ちっ」

 

 アリスは舌打ちして、天井を睨みつける。外を警戒させている人形の視覚に反応した。招かれざる白黒の客だ。

 

「燐香。ちょっと森に必要な材料を取りに行って来るわ」

「あ、なら私も」

「直ぐに戻るから、待ってて。それに貴方、まだ食べてる途中じゃない」

「あ、そうでした」

「上海は置いていくから、何かあったら呼びなさい」

「はい!」

 

 元気な返事に笑った後、アリスは外に出て家に聴覚視覚阻害魔法を掛ける。中からは何も異常が起こっていないように思わせるため。燐香は知らなくて良いことだ。

 勢いよく飛び上がり、人形達と相対している白黒魔法使い――魔理沙に話しかける。

 

「それで、何の用?」

「遊びに来たんだ。良い天気だしな」

「今は忙しいから帰ってちょうだい」

「お前に用はないさ。私は燐香と遊ぶために来たんだ。ちょっと森に連れ出してやろうと思ってさ。探検ってやつだ。お前に迷惑はかけないよ」

 

 魔理沙が友好的に笑う。だが、アリスは首を横に振る。

 

「生憎、今日は駄目よ。大人しく帰りなさい」

「明日ならいいのか?」

「明日も駄目よ」

「じゃあ、いつなら良いんだ?」

「さぁ。その時が来たら連絡するから帰りなさい」

 

 アリスが言い放つと、魔理沙の顔が引き攣る。

 

「おい。流石に横暴すぎるだろ。私がアイツと遊んだって別にいいだろうが。何が気に喰わないんだ」

「前も言ったけど、貴方には教える必要がない」

「ったく、親馬鹿も度を過ぎると毒にしかならないぜ? だからさ、何か事情があるなら聞いてやるから話してくれよ。私だって魔法使いなんだしな。きっと手伝えるぜ」

 

 魔理沙が協力を申し出て来る。これを受け入れたらどうなるか。メリットとデメリットを考える。使える物は全て使いたいところだが……。

 

「…………」

「…………」

 

 ――アリスは目を瞑り暫し考えた後、首を横に振る。

 

「やっぱり断るわ。貴方の実力は一応認めている。だけど、貴方の言動はあまりにも軽すぎる。不安要素は一つでも排除しておきたい。とても信用できないし」

「失礼な奴だな!」

「事実でしょう。それなら聞くけど、貴方の何を信用しろというの」

「この前の鬼との対決は聞いてるだろ。私は一緒に戦った仲間だぜ。いわば戦友だな!」

 

 伊吹萃香との戦いのことか。あれも余計なできごとの一つ。燐香の髪が黒に変化している写真が一枚だけあった。憎悪が強くなってしまった結果でもある。

 やはり人間との接触は極力控えさせたい。今後は、紅魔館、アリスの家、太陽の畑のみで行動させるべきだ。風見幽香の方針は正しい。

 

「大事な仲間だと思うなら帰りなさい。それが最善の行動よ」

「へへ、嫌だね。私は私の思う通りに行動するだけだ。どうしてもって言うなら、押し通るまでさ!」

「……そう、良く分かったわ」

 

 アリスは魔道書を出現させる。周囲に待機させていた人形を全て集結。魔理沙の周りを完全に取り囲む。

 

「お、おい! ちょ、ちょっと待て。なんだよその魔力は!」

「既に勝負は始まっていたのよ。相手に気付かせないのも技術の一つ。第一、貴方が聞き分けるはずもないのは分かっていたもの。……まずは一週間からね」

「なにがだ?」

「貴方の治療期間よ」

 

 アリスは手を振り下ろすと、一斉に攻撃を仕掛けた。戦闘開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘を終えたアリスは、家の中へと戻る。突撃型の弾幕を受けたため、アリスの手はダメージを受けている。人形を数体自爆させたので、後で増強しなければならない。

 本気とまではいかないが、かなりの力を出したのに被害は予測を上回った。人間は寿命が短い分、成長力に長けている。負けるつもりは欠片もないが、魔理沙を侮るのは危険だ。あれは、今後もしつこく何度もやってくるだろう。先が本当に思いやられる。自分だけで手におえなくなってきたら、妖夢だけではなくルーミアとフランドールの力を借りるのも悪くないかもしれない。彼女達は、信用できる。

 

「……寝ちゃったのね。ちょっと静かにさせすぎたかしら」

 

 パンケーキを食べ終えた燐香は、ソファーに寄りかかって眠っていた。上海人形を抱きしめて。アリスは魔道書を机の上に置くと、毛布を用意してかけてやる。

 

「……片付けは、後でいいか。私も少し、疲れた」

 

 猛烈な睡魔が襲ってくる。睡眠は取る必要がないはずなのに、妙なことだ。久々に大量の人形を操ったせいかもしれない。もしくは、知らず知らずの内に気が昂ぶっていた反動か。

 アリスも燐香の隣に座ると、そのまま目を瞑る事にした。

 

 

 

 

 

 

 ――どれくらいの時間が経っただろうか。重たい瞼を開け、アリスは周囲の様子を観察する。明らかにおかしかった。自分の家ではないことが一目で分かる。一面に咲き誇るのは向日葵の花。その中にポツンと混ざっている赤い彼岸花。

 

(夢か。それにしては、随分はっきりしているわね)

 

 

 と、楽しげな声が聞こえてきたので、そちらへと目を向ける。妖精と無邪気に遊んでいるのは燐香か。今よりももっと幼い。それを優しげな視線で見守るのは風見幽香。今では考えにくい光景だ。流石は夢である。

 と、妖精と追いかけっこをしていた燐香が、転んでしまった。思わず近寄ろうとしたが、それより前に幽香が駆け寄っていた。心配そうに助け起こすと、燐香は幽香に抱きついた。そして、泥だらけの顔で明るく笑っている。幽香が噴出すと、妖精たちも大笑い。幸せそうな光景だった。

 

(……これは、私の願望? こうあってほしいという? よく分からない)

 

 

 ノイズが混ざり、場面が飛ぶ。今度は風見幽香の家の中か。ベッドで寝ているのは燐香。だが、その目は開かれたまま。焦点が合わない目で、何かをぶつぶつと呟いている。これは、呪詛だろうか。よく聞き取れない。

 それを悲痛な表情で見守っている風見幽香の姿。こんな顔はみたことがない。やはり夢か。どれだけの時間が流れたか。太陽の光が消えると同時に、燐香の身体から黒い靄が発生し始めた。輪郭が消え始める。

 幽香は慌てて妖力を燐香の身体に注ぎいれる。輪郭は再び形を成し始めたが、靄は止まる事がない。

 穴の開いた風船に、ひたすら息を送り続けているような。そんな光景だった。

 やがて燐香だったものは霧散し、そこには靄を纏った彼岸花だけが残された。幽香は疲れた表情でフラフラと立ち上がると、彼岸花を持って部屋を出て行った。

 

(どういうこと? これは、一体何なの?)

 

 アリスには理解できなかった。だが、何か大事なことのような気がする。だから、目に焼き付ける。夢から覚めても覚えていられるように。

 すると、再び場面は最初へ戻る。同じことが何回、何十回と繰り返される。時間は穏やかに、そして激しく流れていく。徐々に変化していくのは幽香の表情だ。最早幽香の顔には笑みはなく、回数を重ねるごとに絶望だけが増している。

 

 

 そしてノイズ。またベッドで寝ている場面だ。燐香の身体からは少しずつ靄が抜け出ていく。だが、幽香は今度は何もしようとはしない。諦めてしまったのだろうか。その背中には疲労感が強く滲み出ている。

 更にそのまま時間が流れた後、背後から指を鳴らす音が聞こえた。同時に、燐香の身体から放出されていた靄が停止する。時間が止まったかのように。

 アリス、そして幽香が振り返ると、三日月を象った杖を持ち、青い装束を身につけた悪霊がいた。悪霊と判断したのは、邪気が凄まじい事、そして足がないからだ。

 

『とりあえず止めてやったが。……ったく、なんて顔してるんだい。情けないねぇ』

『……来てくれるとは思っていなかった。正直驚いたわ』

『それはこっちのセリフだ。まさかお前がこの私に頼みごととはねぇ。……まぁいい、見せてみな』

 

 悪霊は目を青白く輝かせて、幼き燐香を凝視する。暫くすると、小さく溜息を吐く。

 

『一体何度繰り返したんだ? ――いや、何年間、こんなことをしているんだ?』

『もう正確には覚えていない。でも、始まりは、多分あの時だった』

『そうかい。こいつはお前の妖力で維持できているようなもんだ。どれだけ注ぎこんだのやら。妖力が水代わりとは、まるで本物の彼岸花みたいじゃないか』

『……そんなことを聞く為に呼んだんじゃないのよ。それより、もう時間がない』

『そう慌てなさんな。物事には順序ってものがある』

 

 悪霊は幽香と暫し会話を行なった後、その手に消え入りそうな白い光を出現させる。悪霊が何かを話し始めるが、声が小さくなり聞き取れなくなる。だが、契約書のようなものを出現させると、幽香におしつける。

 試すような表情の悪霊に、幽香が深く頷くと、その光は燐香の身体へと入っていった。

 

 

『先に言っておくが、これはその場しのぎに過ぎない。どれだけ安定させられるかは、お前の頑張り次第だ』

『ちょっと待って。今のは、まさか魂?』

『ふん、そんな高尚なものじゃない。維持するための性質をコレに与えただけさ。魔法実験に使おうと思ってた奴だが、まぁいいさ』

『……変質させたというの? 約束が違うわ』

 

 殺気を露わにする幽香。悪霊は苦笑しながら手を上げて制止する。

 

『おっと、文句は言いなさんな。いいかい、コレは水や空気みたいなモノなんだ。もとより、正体なんてものはないんだよ』

『違う。この子は生きていた。言葉は話せなくても、確かに生きていた。長い時間を私たちは――』

『違わないね。コレは朽ち果てた人間共の無念や怨念の残滓だ。長い年月を経て、人知れず霧散するのが定め。そうあるべきだったモノ。だがお前はコレに呼びかけてしまった。何の偶然が重なったのかは知らないが、コレは形を成してしまったのさ』

『……違う。感情を持っていた。例え魂がなかったとしても、間違いなく存在していたわ』

『それはそうだろう。お前がそう望んだからだ。コレは、お前の願望をそのまま映し出していただけのこと。お前は認めたくないだろうがね』

『違う、私は何も望んではいない。全て気紛れでやっていたことだもの』

『なら見殺しにすれば良い。それで全てが解決だ。そうだろう?』

『…………』

 

 沈黙する幽香。

 

『答えに窮すると押し黙る癖、とっとと直しな。みっともない』

『もう一度言うけれど。全て、ただの気紛れよ。それ以外の何物でもないわ』

『そうかいそうかい。ま、なんでもいいさ。お前の感傷なんぞに興味はないんでね』

 

 

 虚ろな瞳で呟く幽香。悪霊はそれを聞き流すと、指を鳴らして魔法で契約書を奪い取る。

 

『さて、約束通り私はコレを助けてやった。水に絵は描けないが、凍らせれば話は別だ。お前は溶けないように努力しなければならない。最初に説明したが、やるべきことは分かってるな?』

『何度も言われるまでもない。何も、問題ないわ』

 

 幽香がはっきりと言い切る。

 

『そうか。まぁ、どう色づくかは、お前さん次第だ。……だが、いつまで耐え切れるかな? ククッ、お前、本当に耐え切れると思っているのか? なぁ?』

 

 悪霊は心底愉しそうに口元を歪める。幽香の顔からは感情が完全に消えている。

 

『余計な御託は沢山よ。それで、私に望む代償は何?』

『ふふ。それはこれから沢山頂けるだろうさ。釣りが出るぐらいに、いや抱えきれないくらいにねぇ。私はそれを酒の肴にするとしよう。精々足掻いてもがいて、最期まで楽しませておくれ。――だから、こんな無粋なモノはもういらないのさ』

 

 悪霊は手に炎を纏わせ、契約書を焼き尽くす。灰が幼き燐香に降りかかる。幽香はそれを静かに払いのける。

 

『…………』

『末永く、お幸せに』

 

 悪霊が笑う。そして、悪霊はこちらを見た。――いや、アリスを見ているのだ。

 

(え?)

 

 アリスと悪霊の目が合う。悪霊は再び笑った。その悪戯っぽい笑みは、つい最近、見た記憶がある表情だった。

 

 ――アリスはそこで目を覚ました。




一気に最終章突入!
というわけではないです。あくまで断章です。


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第五十三話 ALICE

 今日もアリスの家にやってきた私。まだ春がきたばかりだと思ったのだけど、だんだん温度が高くなってきている。少し動くと汗がでちゃったし。鍛錬のときは半袖でも良いくらい。

 

「夏も近いですかね」

「貴方は夏が似合いそうね。元気に駆け回っていそうだし」

「アリスも一緒に日焼けしますか?」

「遠慮しておくわ。暑いのは苦手なのよ」

 

 確かにこんがり日焼けしたアリスはイメージできない。パチュリーはもっとできない。魔理沙は夏女っぽい。ルーミアは……謎の女っぽい。

 

「実は、夏は結構好きなんです。私は彼岸花の妖怪なんですけど、暑さには耐性があるみたいで」

 

 その代わり、寒さには弱い。属性のせいではなく、軟弱なだけかもしれない。

 

「ということは幽香も?」

「知りませんが、超ハツラツとしてますよ。夏は麦わら帽子なんかかぶってご機嫌ですし。たまにかき氷とか作ったりするし」

「へぇ」

「でも、勝手にみぞれシロップをかけるんですよ。私はイチゴが好きなのに。イチゴをかけようとすると、嫌なら食うなとか言うし。白い氷に白いシロップで、私のやる気は50%ダウンでしたね」

「……それはなんというか。ご愁傷様ね。ウチでつくるときは、好きなのをかけなさい」

「ありがとうございます」

 

 みぞれが嫌いな訳ではない。普通に完食するし。何がムカつくかというと、幽香はメロンをかけてるくせに、私には選択権を渡さないことだ。そういう細かいことの積み重ねで、私を虐めてきたのである。ひどい女だ。布団にセミトラップ(死んだと見せかけて実は生きている。ビクっとする奴)を仕掛けてやろうとしたら、見事に返り討ちにあったのは辛い思い出である。

 

 しかし、この分だと夏が来るのはあっと言う間だろう。いつもと違って、毎日がとても早い。とすると、次に起こるのは永き夜の異変。東方永夜抄だ。兎さんがいっぱいでてくるあれ。

 折角なので団扇片手に弾幕見物にでかけたい気もするが、少し難しいだろう。魔理沙が次は一緒にと誘ってくれたが、そもそも幽香の監視を抜けられる訳もないし。それに、皆ペアで動いてるから、私は仲間はずれである。ルーミアあたりを誘っても、面倒くさいとか言われるに決まっている。

 つまり、私は一日グーグー寝ているだけで全てが終わっているわけだ。やったね!

 

(永琳と仲良くなれたら凄い薬作ってくれそうだけど。ま、今回は諦めよう)

 

 幸か不幸か、永夜抄は私に関係のない話。いや、関係のある異変なんてそもそもないけど! 

 一番嫌な予感がしているのは花映塚だ。幽香が関係しているという事は、私が巻き込まれる可能性は極めて高い。『お前、幽香に顔が似てるな、よし殺す』とかなっちゃいそう。ジャギ様みたいなのが来て因縁つけられたらやだし。おお怖い怖い。

 そのときだけ仮面でもしてようかな。今の私は風見燐香ではない、リンカ・マーガトロイドだとかいって、格好良くサングラスを外したり。……顔面殴られて修正されそうなので、今のやっぱなし。

 

「ところでアリス、今日は何をすればいいですか? やる気だけは一杯ですよ!」

 

 立ち上がり、意味もなく狼牙風風拳のポーズをとる。なんとなく、私はヤムチャにシンパシーを感じるのだ。ヘタレた面ばかり強調されてるけど、結構仲間思いの良い奴なのである。後、能力を使ってプロ野球選手になるとか現実的だし。私も楽して稼ぎたい! 次の弾幕勝負では繰気弾もどきを撃って見ようか。というか、間違えたーとか言って幽香の部屋に撃ちこむのはどうだろう。

 ……幽香が私にサイバイマンをけしかけてくる幻想が見えた。あの女、向日葵を妖怪化させて襲わせてこないよね。有り得そうで恐ろしい。ヒマワリマンが大挙して私を追いかけてくるリアルなイメージを、私は頭を振って追い払う。これは夢に確実に出る。

 

「拳法を学びたいなら美鈴に言うといいわよ。私は武術には疎いから。幽香はそういうのも重視してるみたいだけど」

「いえ、別に全然学びたくないです。少女に殴り合いは似合いませんよね!」

「それは、暗に私が所帯じみていると言いたいのかしら」

 

 アリスのジト目。どうやら先日のことを根にもっているようだ。

 

「全然違います! というか、アレは私が言ったんじゃないです。アリスはとっても綺麗です!」

「はいはい、どうもありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

 

 アリスが笑いながら、私の頭を撫でてきた。

 

「それじゃあ確認するけど。弾幕についてはどうかしら。現時点で何か不安なことはある?」

「いえ、特にはないです。後は経験を積むだけです。弾幕のコントロールも大体完璧ですし。ちなみに、現在の予想命中率は99%ぐらいです」

 

 あくまでも予想なので、実際とは違う。当たりそうではなく、これは当たる! みたいな自信のことである。当たらなかったら相手を褒めるべきというわけ。必中よりも閃きが優先されるのである。

 今日までの鍛錬の積み重ねで、妖力弾のコントロールについては相当自信がついたのは事実。そこっ! みたいなニュータイプ撃ちができちゃうくらい。でも99%は信用してはいけない。とはいえ、以前と比べれば十分な進歩である。

 得意技は植物で相手を拘束してからのグミ撃ち。爽快感があってとても気持ちが良いのである。

 

「100%ではないのね」

「はい。世の中そんな甘くありませんから」

「そこはもう少し頑張りなさいよ。後たった1%じゃない」

「何事にも越えられない壁と言うのは存在します。1%というのは、才能に左右されると偉い人も言っていました」

「全く。そういう言葉をどこで覚えるのやら」

 

 アリスが苦笑した後、椅子に腰掛ける。

 

「まぁ良いわ。実は、今日の鍛錬は少し趣向を変えてみようと思っているの。少し長くなるから、ちょっと座ってくれるかしら」

「はい、分かりました!」

 

 改まってなんだろう。私はワクワクしながら椅子に腰掛ける。

 

「貴方の弾幕についての鍛錬だけど、予想より順調に進んでいるわ。妖夢が手伝ってくれることもあってね」

「そうなんですか?」

「ええ、本当はもっと時間が掛かると思っていた。……だから、空いた時間を使って人形の操作を教えようかと思っているの。貴方さえ良ければだけどね」

「私が人形を? 凄く嬉しいですけど、本当にいいんですか?」

 

 思ってもみなかった提案だ。アリスみたいに華麗に人形を操れたら、凄く格好良いだろう。人形を遣って戦わなくても、人形劇とかやれたら楽しそう。人里でアリスと一緒にやれたらいいなぁ。アリスの完璧な人形たちと、私のへっぽこな人形のドタバタ劇。子供から大人、妖怪たちまで皆笑顔。そして、私とアリスも嬉しくなって笑いあうのだ。そんな日が来たら、いいなぁと思う。

 

「ええ、勿論よ。貴方の努力へのご褒美みたいなものかしら。それに、人形の操作技術を学べば、応用で“身代わり”を自在に操ることができるようになるかもしれない。それは確実に貴方の強化に繋がるでしょう。きっと、幽香も納得してくれるはずよ」

「もちろんやります! 誰がなんと言おうとやります! 憧れの人形マスターに私はなります!」

 

 はいはいはい、と手を上げて意欲をアピール。アリスは苦笑すると、上海に大きな箱をもってこさせた。それを私の目の前に置く。

「とても良い返事ね。なら、これをあげる。喜んでもらえると嬉しいのだけど」

「はい。なんだろう」

「開けてからのお楽しみよ」

 

 私はおそるおそる、大きな箱の蓋を開ける。――中には、可愛らしい人形が入っていた。上海と同じ服装だが、髪の色が赤い人形。大きさも同じだし、上海2Pバージョンっぽい。でも可愛いことには変わりはない。もしかして、もらえちゃったりするのだろうか!

「これ、もしかして私に?」

「ええ、ご褒美と言ったでしょう。訓練用に人形を用意してみたの。それを使って覚えていきましょう」

「……本当にありがとうございます、アリス。本当の本当に嬉しいです! やったー!!」

 

 私は人形を取り出し、高らかに掲げて小躍りした。とっても可愛らしいし、細かいところまで良く作りこまれている。やっぱりアリスの人形制作術は超一流だ。

 芸術センスのない私には真の価値など分からないが、精魂篭めて作られたのだろう。即座に私の宝物の仲間入りだ!

 

「そんなに喜んでもらえて何よりだけど。それはあくまで訓練用だからね。遣い潰すつもりで扱いなさい」

「……ええ? でも、それは凄くもったいないような」

 

 できれば汚れないように家に飾っておきたい。むしろ、腕が上達してからでも良いと思うのだけど。

 

「それじゃあいつまでたっても技術が向上しない。その人形は大事に飾っておくためのものじゃないの。壊れたら直してあげるから」

 

 こんなに可愛い人形を私なんかの訓練に使ってよいのだろうか。やっぱり駄目な気がする。人形がかわいそうである。もっと適当な木人形や、てるてる坊主でもいいくらいだ。むしろその方が良い。

 

「でも。……いえ、やっぱりこれはもっと上達してからでいいです。私なんかはもっと安いやつで構いません。これは、私が一人前になってからで」

「燐香」

 

 アリスが語気を強くした。もしかして、ちょっと怒っているのかもしれない。

 

「前も言ったけど、自分の価値を不当に低く見ないで。私は貴方のやる気、そして人形操作の素質があると見込んだから提案しているの。それを否定することは、私を馬鹿にすることにも繋がるわ」

「私はアリスを馬鹿になんてしてません。そんなこと、絶対にしません」

 

 私は全力で首を横に振る。私はアリスを心から尊敬している。馬鹿になどできるわけがない。

 

「なら、その人形を使いなさい。十分慣れてきたと判断したら、私が魂を篭めた人形を貴方だけのために作ってあげる」

 

 アリスが真剣な表情で私を見つめてくる。否定を許さないと言う意志を感じる。

 

「でも」

「その人形は貴方の技術を上達させるために作ったもの。用いないというのは、人形の価値を否定することになる。だから、受け取って。その方がこの子も喜ぶわ」

 

 アリスが優しく微笑んだ。私はしばし視線を彷徨わせた後、頷く事にした。ここまで言われては断ることなど出来ない。アリスの期待に応えるためにも、全力で取り組むとしよう。

 

「人形操作については、基礎から教えていくつもりよ。だから心配はいらないわ。あんなに高度な身代わりを独学で生じさせた貴方なら、確実にできる。むしろ、あれを自力で生み出したことの方が有り得ないのよ」

「そうなんですか?」

「そうよ。無茶苦茶も良いところよ」

「あ、あはは。すみません」

「まったく。悪知恵方面にだけは、天性の才能があるみたいね。幽香も呆れていたわよ」

「それはいつものことです。呆れるだけじゃなくて、その後殴られますし」

 

 溜息の代わりに鉄拳が飛んでくるのがアリスと幽香の違い。

 そして、身代わり君は幽香戦における切り札の一つである。名付けて一人ジェットストリームアタック。複数の身代わりを突っ込ませれば、幽香は確実に迎撃してくる。そこで連続爆破。怯んだところを私の超本気の魔貫光殺砲で打ち抜くという寸法だ。大勝利間違いなしの秘策である。

 これはあくまで魔封波が失敗したときの保険。失敗することなどまずないので、問題はない。

 

「あと、これは重要なことなんだけど」

「はい」

「人形を上手く操るには、魔力――貴方の場合は妖力ね。それを馴染ませなければならないの。いわゆる刷り込みみたいなものね。そうすることで、より精密に動かす事ができるようになる」

 

 熟練度システムみたいなものかな。使い込めば使い込むほど強くなる。

 

「……なるほど。それで、一体どうすればいいんです?」

「特別に何かをする必要はないのよ。傍に置いておけば、勝手に馴染むからね。寝るときに傍に置くだけでも構わない。普段も鞄に入れて持ち歩くとかすると、効果は更に上がるでしょうけどね」

 

 おお。こんな可愛い人形を傍に置いて寝るなんて、なんてメルヘン。いよいよフランとおままごと計画が発動できそうだ。

 

「分かりました。いつも一緒に行動して、いつも一緒に寝ます! トイレ以外は一緒に!」

「ふふ、そこまで一緒にいなくてもいいわよ。ま、愛着が湧いた方が色々と捗るでしょうけどね」

 

 この人形が、アリスの扱う人形達みたいになったら凄いだろう。私が指を鳴らすと、人形が自在に動いて凄い技を撃つのだ。どんな技にするかはこれから考えなければ。優雅で華麗な感じにしたい。

 ――と、気になる事があるので聞いておこう。

 

「ところで、この人形、何か名前はあるんですか?」

「いいえ、今はないわ。型番みたいなものは一応つけたけど、別に気にしなくて良い。練習用だしね」

「でも、気になりますよ」

「背中に刻んであるから、確認はできるわよ」

 

 私は人形の衣装を捲くり、背中を確認する。そこには謎の魔法陣と共に、『K・A・R・I・N』と刻み込まれていた。これがこの人形の名前かな。魔法陣は良く分からないけど、多分動かすのに必要な術式が記されているのかも。なんか光ってるし。上海たちも同じ仕組みで動いているのかな。

 

「KARIN。……カリン。もしかして、花梨?」

「ええ。植物つながりにしようと思って。ま、今は仮名ってところね」

「花梨人形かぁ。可愛いし素敵ですね」

「一人前になったら、貴方が正式に名付けてあげると良いわ。それまでに、良い名前を考えておきなさい」

「分かりました、アリス先生!」

 

 多分、このまま花梨と名付けると思う。愛着が湧きそうな名前である。

 

「ふふ。元気で宜しい」

 

 アリスが笑う。私は人形を持ったままアリスに近づき、深々とお礼をした。ここまでしてくれたのだから、ちゃんと感謝を示さなければ。アリスは私の頭を撫でると、「頑張りなさい」と軽く肩を叩いてくれた。それだけでなんだか自信が湧いてきた。アリスは人をやる気にさせる天才だ。

 

 

 

 

 

 

 日課の弾幕訓練を終えた後、私は早速人形操作に取り掛かってみた。うん、全然動かないしビクともしない。マニュアルはどこにあるのかな?

 

「動けー動けー」

 

 両手を掲げ、念力を篭めてみた。当然駄目。ならば呪文か。――アブラカタブラ、動け人形! これも駄目。ならばアバダケダブラ、ってこれは死の呪文だった! 変な黒いのが出たので、慌てて窓の外へ向かわせる。

 

「動け動け動け! 動いてよ!」

 

 思わず暴走しそうな感じで叫んでみる。謎のシンクロ率が上がってきている気がする。でも人形は動かない。私はチルドレン失格だった。

 

「まぁ、当然動かないのだけどね。気合で動けば苦労はないのよ」

「ですよね」

「実は、人形の操作には魔力の糸を使っているのよ。手足を直接操るのではなく、命令を伝達させるの。命令は頭で正確にイメージすること。イメージが曖昧だと上手く動作しない」

「ま、魔力の糸?」

 

 それを早く言ってほしかった。私の悲しい一人芝居はなんだったのかという話。アリスは楽しんでいたのかもしれない。なんか笑いを堪えていた気もするし。失敗させてから話したほうが、覚えは早いという教育方針なのかも。

 

「そうよ。練りこまれた糸を、頭でイメージしてみなさい。ああ、目は閉じないで。それを、人形に繋げるように集中してみて」

 

 アリスが指先から、光る何かを出した。これが糸か。わざと見えるようにやってくれているらしい。私も真似てみる。なんか出た。でも、行き先がふわふわして、人形までたどり着かない!

 

「まずは糸を練り上げて、繋げるところからね。慌てなくて良い。基礎だけど一番重要なことだから、落ち着いてやりましょう」

「はい。……むむむ」

 

 私は目を瞑り、糸糸糸と念じる。いや、瞑ったら駄目だった。目を開けながら考えに浸る。

 どんな糸が良いかな。赤い糸は彼岸花っぽいし、なんか恋に発展しちゃいそうだから止めておこう。切れたらなんか悲しいし。

 白い糸は不安定で脆いから駄目だ。替えも効かない。だから丈夫な黒い糸が良い。とても目立つし、在庫は溢れるくらいにある。それを、針穴に通すような感じで私の人形へと差し込む。――これでどうだ!

 

「……中々やるわね。いきなりできるとは思っていなかったわ」

「やった!」

 

 私の花梨人形の頭に、黒い糸が突き刺さっていた。本当は背中を狙ったのだが、まぁ繋がった事は繋がったから良いとしよう。

 ――と、喜びの感情がもろに伝わってしまったらしく、花梨人形は不思議なダンスを踊って、そのまま前に倒れてしまった。お尻丸出しでとても格好悪い。ついでに私のMPも低下だ。

 

「あ、あれれ」

「イメージが曖昧になるとこうなるわ。自分の行動と、人形の行動は切り離して考える事が重要よ。意識せずに出来るようになると、完璧ね」

 

 呼吸動作みたいなものだろうか。意識しなくても、皆普通にやっている。それくらいになれば一人前なのだろう。

 

「む、難しそう」

「まずは人形だけに意識を集中させればいいわ」

「……ん? ということは、アリスは、全ての人形の行動を正確にイメージしているんですか?」

「慣れれば大したことはないわ。半自律させる時もあるしね。行動が定型化している家事がそれに該当するかしら。弾幕勝負では、流石に手一杯になっちゃうけど」

 

 アリスの頭はどんなCPUを積んでいるんだろう。私は1体動かすだけでハングアップしてブルースクリーンなのに。

 流石はアリス・マーガトロイド、完璧である。

 

「……本当にアリスは凄いですね。一体、どういう思考能力をしているんですか?」

「至って普通よ。そのうち貴方もできるようになるわ。この私が教えているのだから、絶対にね」

 

 アリスが断言する。凄い自信だ。魔法使いのお墨付き、しかもアリスのものだからきっとできるようになるのだろう、うん。むしろ期待を裏切ることのほうが怖い。アリスに失望されたくはない。

 

「ぜ、全力で頑張ります」

「良い返事ね」

 

 何体もいる人形の行動を正確にイメージしながら、さらに自らも弾幕を繰り出すアリス。どんなCPUを積んでいるんだ。私が拍手するイメージを作る。花梨人形は机をばたばたとたたきだす。うん、駄目だこりゃ!

 

「じゃあ、暫く人形に慣れていてくれるかしら。私は研究したいことがあるから。分からないこと、知りたいことができたら、遠慮なく聴きに来て構わないから」

「はい、分かりました!」

「頑張りなさい。未来の人形遣いさん」

 

 アリスは私の頭を優しく撫でると、人形制作兼魔法研究部屋へと入っていった。

 アリスにも自分の夢があるのだ。完全な自律人形の制作という夢。その貴重な時間を私が奪っていることはとても心苦しい。だけど、私も人形を操ることができるようになれば、少しは手伝うことができるかもしれない。

 アリスにはとてもお世話になっている。だから、いつか恩返しをしなければならない。何があろうとも、どんな形になろうとも必ずだ。私はそう心に誓うのだった。

 

「だから、一緒に頑張ろうね」

 

 赤毛の花梨人形に話しかけてみる。アリスは馴染ませることが重要と言っていた。顔を良く見ると、なんだか私に似ているような気がする。やっぱり私をモチーフにしてくれたのだろうか。流石はアリス。これが緑髪だったら、私は自爆させたくなっていたに違いない。いや、人形に罪はないから、多分即行で髪を染めていただろう。うん。

 

「まずは、糸の作成、維持、接続を完璧にできるようにしよう。基礎が一番大事だしね。よーし、頑張るぞ!」

 

 私は人形から黒い糸を除去し、消去する。発生、接続、維持。このセットを繰り返してみよう。これが確実にできるようにならなければ、人形操作どころではない。地味だけど私の意欲は萎えたりしない。今の私は気力255! ハイパー化してもおかしくないほどである。しないけど。

 それと、この人形は出来るだけ大切に扱いたい。アリスにはああ言ったけど、やっぱり使いつぶすのは抵抗がある。壊さないように、全力で頑張れば良いだけ。つまり、私の頑張り次第というわけだ。

 それに、継ぎ接ぎだらけになったらアレだし。アリスはそんな修理はしないだろうけど。なんとなく、ウケケケケ! と笑いながら剣を振り回す花梨人形を想像してしまったのだ。呪いのデーボの人形みたいな。いきなり自律して動き出したらマジで怖い。というかやばい。

 

「…………な、ならないよね?」

 

 私はジッと見つめる。花梨人形は、当然ながら返事をしなかった。




カリンはマメ科とバラ科の二つがあるらしいです。全然別物だとか。
のど飴のカリンはバラ科なんだそうで。
こちらの漢字は榠樝(かりん)ですが、花梨の方が可愛いのでこちらを採用。
画像まで見せてくれるグーグル先生は凄いや!


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第五十四話 ともだち (挿絵あり)

 今日の私は、ルーミアと一緒にお出かけ中だ。場所は、以前こっそり教えてくれた秘密の場所。そう、あの生贄の祭壇だ。

 手入れをしていなければ枯れているはずの彼岸花は、未だ元気そうに咲き誇っている。ルーミアがちょくちょく様子を見に来ては、世話をしてくれているようだ。本人はとぼけていたが。私はちょっと嬉しくなったので、ありがとうと言うと、ルーミアはそっぽを向いた。多分照れているのだ。付き合いも結構長くなってきたので、大体分かる。

 ちなみにいつものように上海人形がお目付け役である。つまり、こんな遠くまで魔力の糸を伸ばしているということになる。私からすればまさにありえないレベル。流石はアリスだ。まさにブラボー。

 

「もうお肉は寒くなるまでこないかー。残念だけど仕方ない」

「そうなんですか?」

「うん。届く期間は秋から冬までだね。それ以外であったことは一度もないかな」

 

 それもそうか。冬を乗り越えたというのに、わざわざ子供を殺す親はいないだろう。決断せざるを得ないのは、収穫が少なかった秋、もしくはギリギリまで耐えて限界を超えた冬か。『仕方がない』、『どうしようもなかった』という言葉とともに殺されるのだ。ここは楽園じゃないから、仕方がない。

 

「ま、ないならないでいいや。昼寝するには良い場所だよ。本当に静かだし」

「確かに。それに桜も結構植わってるんですね」

「でも、大分散っちゃった。ちょっと前は本当に凄かったよ。上は桜で下は彼岸花。まるで天国と地獄の境界にいるみたいだった」

「おおー。それは凄いです」

「でも今は葉桜だから諦めてね」

「残念ですが、そうします。じゃあ、来年は一緒に見ましょう。私も見たいです」

「うん。一緒に見れたらいいね」

 

 ルーミアはそう言うと、小さな闇を展開して中から袋を取り出す。なんだか液体が染み出ている。……ちょっと汚い。というか嫌な臭いが。

 

「あー。考えただけで憂鬱だけど、やるかなー」

「なにをです?」

「仕分けだよ」

「はい?」

 

 よく分からないと私は首を捻る。ルーミアは袋を四方に破くと、包みを展開する。中には挽肉みたいなのが入っていた。液体が滴っている赤肉だ。

 

「これ、なんだと思う?」

「お肉です」

「何の肉かを聞いてるの」

「まさか。……に、人間ですか?」

「半分当り。これはね、紛い物なんだ」

 

 ルーミアが前に教えてくれたことがあったはず。お願いすると支給されるらしい食料。やっぱり人間の肉なのだろうか。

 

「でも、このままだと本当に不味いんだ。だから、面倒だけど仕分けるの」

「……というと?」

「マシなのだけ取り出すんだよ。これ、二つの肉が混ざってるんだと思う。片方はそれなりに不味い肉。もう片方は吐き気を催すほど不味い肉。それが混ざり合ってるのがこれ」

 

 うわぁ。昔あったと言われる、ブレンド米ならぬブレンド肉だ。今考えると、その米の生産国の人からしたら相当失礼な話である。日本人は米にうるさいから仕方ないのだけど。ところで、今の私は日本人ではないと思う。なら日本妖怪だろうか? なんかパッとしなかった。

 

 ルーミアは溜息を吐きながら、挽肉のかたまりを解して、ほいほいと摘んでテキパキと仕分けていく。動作は速いけど、とても気が遠くなりそうな作業だ。

 

「そこまでしないと、これ、食べられないんですか?」

「……噛めば噛むほど不味くなるんだよね。空腹は紛れるけど、死にたくなるよ。仕分けた後なら、泣きたくなるぐらいで済むけど」

「そ、そうですか」

「うん」

 

 どちらも悲惨である。どれぐらい不味いのか気になるが、食べたいとは全く思わない。そもそも、ルーミアがそこまで言う不味い肉とは一体なんなのだろう。

 

「その死ぬ程不味い肉って、一体何なんでしょうね。同じ人間なんでしょう?」

「んー。河童の話だと、部位だけを量産してるとかなんとか。だから、魂が宿った事のない肉なんじゃないかな。知らないけど」

「なるほど」

 

 クローン技術を使ったお肉かな。生産工場を想像すると酸っぱいものがこみ上げてきそうだ。いや、新鮮なのも嫌だけど。

 

「普段はこんなの食べないよ。今日は、特別に見せてあげようと思って貰ったんだ。嬉しい?」

「全然嬉しくないです」

「これから団子にして焼くから、ちょっと待っててね」

「いらないです」

「タレは醤油でいいよね」

 

 ルーミアがニコニコと笑いながら、醤油の入った容器を取り出す。

 

「いらないです」

「おかわりも沢山あるよ。むしろ全部あげる」

「いらないです」

「後は、普通の団子もあるよ。これも焼こう」

 

 白い団子。こっちはお米系っぽい。これなら安心だ。

 

「そっちは欲しいです」

「燐香は我が儘だね」

「私が火を用意するので、それで勘弁して下さい」

「じゃあよろしくー」

 

 私は近くから枝やら葉っぱを掻き集め、着火。そこにルーミアの買ってきた、ホイルで包まれた団子を突っ込む。どんど焼きみたいなものだ。ルーミアは再び仕分け作業に戻っている。没頭するタイプなのかもしれない。

 

「その紛い物の肉って、誰が作ってるんでしょうね」

「偉い妖怪に命令された妖怪じゃない? 知らないし興味もないけど」

「じゃあ、どうやって届くんです?」

「妖怪ポストに、名前と欲しい量を書いて手紙を入れると、いつの間にか届いてるよ」

「そうなのかー」

 

 よ、妖怪ポスト。鬼太郎がでてきそうだけど、届くのはやばい肉。不幸の手紙とかいれたら、何が届くかわかったものじゃない。場所は聞かないようにしよう。悪戯したくなっちゃうと困る。

 

「人間の肉以外食べないっていう妖怪もいるから、そのためなんだってさ。こんなの毎日食べてたら、頭おかしくなりそうだけど」

 

 ルーミアが舌打ちしながら、肉団子を弄る。相当お気に召さないようだ。

 

「そうですね」

「でも、いつか一緒に食べようね。妖怪なら、死ぬまでに一度くらい食べた方が良いよ」

「は、はは。どうでしょうね」

「ね」

「あはは」

 

 笑って誤魔化しておいた。ルーミアも笑っている。いつか本当に喰わされそうで恐ろしい。いや、妖怪だし良いんだろうけど。食べたっておまわりさんに捕まるわけじゃない。霊夢にしばかれることもないだろう。支給品だし。でも嫌だ。食べたら変わってしまいそうで怖いし。

 

「あ、そういえば。ルーミアにはまだ見せてなかったですよね」

「なにが?」

「アリスが私に人形を作ってくれたんです。ほら、これです!」

 

 鞄から花梨人形を取り出し、じゃじゃーんとルーミアに見せる。ルーミアは仕分け作業をしながら、へーと頷いた。そこはもっと驚こうよ!

 

「……なんか反応が薄いですね。もっと、こう、すげー! とか、腰が抜けた! みたいなのはないんですか」

「だって、そこにアリスの人形いるし。見慣れてるかなー」

「まぁ、そうですけど。でも、これは私が操作するための人形なんです。凄いでしょう!」

 

 どや顔をしてみる。が、反応が薄い。もっとこう、なんかあって欲しい。興味を持って!

 

「へー。ということは、それを使って弾幕ごっこでもやるの?」

「い、いえ。実はまだ全く動かせなくて。今は、操るための糸を作る練習中です。後、私の妖力を馴染ませています」

「……そっか、そういうことか。その考え方は魔法使いらしいね」

 

 ルーミアが納得して一人で頷いている。その度に、頭のリボンがちょこちょこ動く。

 

「そういうこと? 魔法使いの考え方?」

「うん」

 

 話は終わってしまった。ルーミアの表情が一瞬、鋭くなった気がするが気のせいだろう。思いつきで行動するのがルーミアだから。

 こうなったら、いつか人形マスターになってルーミアを驚かせてやろう。人形劇とかやったら楽しそうだし。

 ルーミアは仕分け作業にひたすら没頭している。団子はまだ焼けない。というわけで、私は人形を操る練習をすることにした。時間を無駄にしてはいけない。

 

「むむむ」

「はぁ。不味そうな肉だなー。見てたら首吊りたくなってきた」

「お、落ち着いてください。それより私の人形さばきはどうですかね」

「糸が出てるだけ」

 

 肉の仕分けをするルーミアと、人形に向かって糸を伸ばし続ける私。謎の光景である。

 と、私はあることに気がついた。人形遣いといえばアリスだ。つまり、アリスになりきるというのはどうだろう。なんだか凄い上手く行きそうな気がする。

 ものは試しだ。早速やってみよう!

 

「よいしょっと!」

「急にどうしたの?」

「折角なので、アリスになりきってみます」

「なんで?」

「人形といえばアリスだからです。アリスになりきることで、私は一流の人形遣いに近づけるのです」

「なるほど。その考え方は燐香らしいね。うん」

 

 隣の上海が呆れているような気がするが、私は気にしない。両手を交差させ、全ての指から糸を伸ばすイメージをする。そしてキリッと格好よい表情を作る。複数の黒い糸は花梨人形に纏わりつき、やがて一体化した。おお。やっぱり上手くいった。前よりも伝達が強固になりそう。よし、この調子でいこう。

 

「――私は完璧な人形遣い、リンカ・マーガトロイド。この世界に操れない傀儡など存在しない。そう、私は神ですら操って見せる!」

 

 私は右手の甲を見せて、腰を捻って格好良いポーズを決めた。なんだか凄い決まってる! 花梨人形も一緒に動いてるし。私と同じポーズをしてる。やった、大成功だ!

 

「……ぷっ。ね、それって誰の真似? もしかしてアリス?」

「アリスの戦闘モードをイメージしてみました。アリスは常に完璧なんです。多分、前口上もこんな感じかなーって」

「うーん、顔というか目つきだけは似てたよ。でも、そんな馬鹿っぽいことアリスは絶対に言わないと思うけど」

 

 アリスはそんなこと言わないらしい。でも私がそう思うのは勝手である。

 ルーミアに同意するように、上海がべしべしと私の肩を叩いてくる。やけにツッコミが激しい。もしかしてアリスが怒っているのかも。

 

「えー。何が気に入らないんですか」

「今度宴会芸で見せてあげたら良いよ。多分、ウケると思うなー。アリス以外には」

「そうですか? じゃあ今度――」

 

 と、背後の草むらに気配を感じた。なんだか、必死に何かを堪えているような。怪しい!

 

「――曲者ッ!」

「ぎゃっ」

 

 謎の気配を察知した私は、妖力の糸を草むらに放出した。あっさりと捕らえられた。意図したわけじゃないのに、絡みついてるし。なんだか汎用性のある能力だった。色々と活用できそうだけど、取りあえずは尋問だ!

 

「……って、妖夢じゃないですか」

「な、なにこれ! ねばねばする! 蜘蛛の糸にしては頑丈だし!」

「何してるんですか?」

「何って、貴方の護衛ですよ! こっそりと護衛してくれってアリスさんに頼まれたから」

「でも、見事に見つかってますよ」

「燐香がいきなり笑わせるからでしょ! あ、あんな真似いきなりされたら、笑うに決まってるでしょ!」

「失礼ですね。あー、ごめんねルーミア。秘密の場所がバレちゃいました」

「いいよ別に。アリスにはバレてるし。あんまり広めないでくれれば。お肉の競争率が上がっちゃうのは嫌だなー」

「広めませんよ。大体、私はそんな肉に興味はありません!」

 

 糸を解き、妖夢を解放するとプンプンと怒りだした。子供っぽいが、言うと怒るので我慢しておこう。

 

「あ、団子焼けたみたいだよ」

「本当ですか? 妖夢は丁度良いタイミングででてきましたね。まさか、それが狙いだったんじゃ」

「そんなに意地汚くありません! 幽々子様じゃあるまいし」

 

 と、妖夢が口を押さえる。私はニヤリと笑う。ルーミアも。しっかりしているように見えて意外と迂闊。それが妖夢である。

 私が言うのだから間違いない。アリスいわく、私は見かけもおっちょこちょいだそうだ。幽香と同じような顔をしているから、それは違うと思うのだけれども。

 それはそれとして。

 

「口止め料、何にしましょうか、ルーミア」

「甘いものがいいなー」

「う、ううっ。ふ、不覚」

「あはは、冗談ですよ。さ、一緒に団子を食べましょう」

「実はね、他にも良いものがまだあるんだ。これを飲みながら食べようか」

 

 ルーミアが闇から、瓶を三本取り出す。歯で蓋を強引に開けると、中からシュワーっと泡がでてきた。これは、ビールか。

 

「外からたまに流れてくるの。幻想郷のと違って、変わった味がするのが多いんだ。見つけたらいつも買ってる」

「へー。それは凄い。ありがとうございます、ルーミア」

「わ、私は護衛中なので、遠慮させて――」

「そうですか。じゃあ言いつけちゃいますね」

「そんな横暴な!」

「はい、一本あげる」

「いや、そういう訳には」

「一本がノルマね。絶対飲み干してね」

「うう、わ、分かりました。お付き合いします」

 

 流石にルーミアの善意を断りきれなかったらしく、妖夢は瓶を受け取る。私は瓶を調べる。よく分からない言語に、ピーチの絵がついている。果汁入りのビールかもしれない。そういうのがあるのは知っている。でも美味しいかはしらない。

 

「それじゃあ、乾杯!」

「はやっ! 待ってくださいルーミア」

「嫌だよ。お腹すいたし、紛い物触ってたら気分が滅入ってきた」

 

 仕分け終えたらしい紛い物。死ぬ程不味いといっていた方を、土の中に埋めている。それほど食べたくなかったようだ。

 

「……うっ。こ、これは、中々変わった味ですね。なんというか、うん。わ、悪くはないですね。はは」

 

 妖夢が顔を顰めながら、褒めている。嘘が下手くそだ。顔がこれ以上飲みたくないと言っている。

 

「団子には全然合わないね。あはは、口当たり最悪だ。……なにこれ! 不味ッ!」

 

 持って来たルーミアがうげぇともがき苦しんでいる。後から効くタイプのようだ。私も飲んでいるから間違いない。本当に不味い。なんだこれは。

 

「うーん、不味い! 醤油との相性は最悪ですね。ねっとりと甘ったるい桃と香ばしい麦の味に、醤油味が混ざって絶妙な不協和音を奏でています。しかも生温いし。間違っても買いたいとは思いませんね」

「ちょっと。折角フォローしてあげたのに! ならなんでこれを用意したの。普通に焼酎とかでいいじゃない」

「気分かなー。それに、不味い肉には不味い酒かなって」

「あはは、ルーミアらしいですね」

 

 団子は美味しいので、それを口に入れて浄化する。幻想郷入りしたビールだけはある。これは売れない。桃は桃、ビールはビールで飲むべきだ。

 

「よし、夏は美味しいビールにしましょう。麦100%で」

「そうだねー」

「はぁ。貴方達と話してたら頭痛がしてきました」

「でも、見つかったのは全部自分のせいじゃないのかなー」

「そうですよね。第一こっそり見張るからいけないんです」

「うっ、それを言われると。いや、私は気を遣わせない様にと思って」

 

 悩める人妖夢。私は笑顔で慰める。

 

「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です。妖夢はとても立派です」

「燐香にフォローされると、なんだか微妙な感じが。というか全然嬉しくないし」

「失礼ですね」

「燐香にだけは言われたくないよ」

 

 妖夢が拗ねた顔で口を尖らせている。とても可愛らしい。友達になってからは、こういう所も見せてくれる。真面目だけどからかい甲斐があるのだ。弄られキャラとしての素質は十分。しかもツッコミもいける。貴重な人材だ。

 

「さーて、肉団子も焼こうっと。これも不味いんだよなー。あー、泣きそう」

 

 ルーミアが顔を顰めながら肉団子を火にくべはじめる。嫌な臭いが漂ってきたので、少しだけ離れる。妖夢も慌てて離れている。

 

「に、臭いが強烈ですね」

「うん。紛い物だからね。仕分けないともっと酷いよ」

「は、鼻が曲がりそう。あ、服に臭いがついちゃう!」

「もう手遅れです。諦めて下さい」

 

 泣きそうな妖夢の肩を叩く。必死に手で扇いでいるが、焼け石に水だろう。

 

「ね、二人とも一口どうかな。食べたら新しい世界が開けるかもよ。さ、勇気を出して」

「私は、遠慮しておきます。妖夢は食べたいかもしれませんが」

 

 私はいらない。でも、妖夢は欲しいかもしれない。だから、『私は』を強調しておいた。

 

「ちょっと、燐香! 私だっていらないよ! というか、私は半分人間だし!」

「そうなのかー?」

「当たり前だ! 私をなんだと思ってたんだお前は!」

 

 私がルーミアのネタを披露すると、妖夢が当たり前だとツッコミをいれてきた。

 

「でも、共食いすると闘争力増強になると言い伝えが――」

「そんな話聞いたことないし!」

 

 甲賀の忍犬は共食いを行なうことで闘争心を増強したらしい。そう民明書房の本に書いてあったし。だから間違いないのである。

 

「あはは。二人とも、滑稽で面白いなー」

「こ、滑稽。わ、私が滑稽?」

 

 妖怪に滑稽呼ばわりされてショックを受けている妖夢。リアクションもばっちりだ。

 

「ルーミアは意外と毒舌なんですよ」

「ただ、性格が悪いだけなんじゃ」

「うん。だって妖怪だからね。半分死んでるだけあって、妖夢は鋭いなー」

「それは関係ない!」

「妖夢はツッコミが鋭いですよね。やっぱり剣術をやっているからですか?」

「それも関係ない! 第一、剣術と何の関係もねーし!」

「勿論知ってますよ。ね、ルーミア」

「うん、知ってる。あはは、馬鹿だなぁ妖夢は」

 

 私とルーミアの連携ボケが炸裂する。流石は心の友、阿吽の呼吸である。

 

「うがああああああああああ!! お前らちょっと正座しろ! 今日こそその腐った性根を叩きなおしてやる!」

 

 妖夢が剣を抜いてぶんぶんしている。私は笑いながらそれを回避。日頃の鍛錬の成果がでている。

 それにしても今日はいつも以上に賑やかだった。この三人が集まるというのも滅多にないだろう。中々珍しい経験ができた。私は笑みを浮かべながら、アツアツの団子を頬張り、ピーチビールを口に含む。うん、やっぱり不味い!

 

「――あれれー。フランの幻が。飲みすぎたかな?」

 

 いるはずのないフランの姿が見える。しかし、そんなに頭はグルグルしていないのだが。

 

「幻じゃなくて、本物だよ。というかこんなところで遊んでたんだ! 彼岸花も咲いてるし。なんだか秘密基地みたい。本で読んだことあるよ」

「これは、アリスさんの案内がなければ分かりませんでしたね。獣道の奥でしたし」

「美鈴、私に任せてとか自信満々に言ってたくせに」

「あはは、申し訳ありません。辿りつけたからいいじゃないですか。あ、これ差し入れです」

 

 なんとフランと美鈴までやってきた。お酒を大量に抱え、蓬莱人形に先導されての登場だ。今日も遊びに来ようとしていたらしいが、うっかり寝坊してしまったとか。吸血鬼だから仕方ないのである。で、どうしても私と遊ぶと大騒ぎしたらしく、アリスが人形を操って案内してあげたのだ。アリスは本当に保母さんになれそうである。

 

「また賑やかになっちゃったなー」

「まぁまぁ。ちゃんと後片付けしますから」

 

 ルーミアが秘密の場所が秘密じゃなくなると、少しだけぼやいていた。けど、ルーミアのご馳走を取るような面子はここにはいないので問題なし。私との秘密がなくなってしまうという意味だったら嬉しいけど、そうじゃないだろう。だってルーミアだし。

 

「それじゃあ、改めて乾杯!」

『乾杯!』

 

 そんなこんなで、そのまま宴会突入である。後で幽香やアリスに怒られるのは確定だが、もうどうにでもなれな勢いである。後悔先に立たずと言うが、今の私はそんなことは気にしないのである。

 

 

 

 

 

 このままドタバタで終わるかと思ったら、最後にルーミアが笑みを浮かべながら問いかけてきた。

 

「ねぇ燐香」

「どうしたんです、そんなに改まって。ああ、大丈夫ですよ。ルーミアのご馳走のことは皆に内緒にしてもらいますから。誰もとりません」

「そうじゃなくて。ちょっと大事な話なんだけど。何かやると決めたら、必ず呼んでね」

「はい?」

「多分そろそろなんだと思ったから。今日まで、結構楽しかったから付き合ってあげる。死ぬ程楽しんだ後なら、地獄まで一緒に行っても良いし。心配しなくても、全部私が一緒につれていってあげる。だから“必ず”教えてね」

 

 ルーミアの一緒に地獄に行こうよ宣言。関○宣言とは全然関係ない。私はもちろん行きたくない。鬼に虐められるのはこりごりである。

 

「い、いきなり縁起でもない。飲みすぎですよ」

「そうなのかなー?」

「そうですよ。第一、どうせ行くなら天国の方が良くないですか?」

「あはは。それは無理だよ。絶対に無理」

「じゃあ閻魔様に一緒にお願いしましょう。二人で土下座しちゃいましょうか」

「考える事が本当に面白いなー燐香は」

 

 本当に突拍子もないことを言い出してきたものだ。『アンタ、地獄に落ちるわよ』的な感じだし。流石はいきなり人肉を食べさせようとするだけはある。でも、申し出は少し嬉しいので気持ちは喜んで受け取っておく。だって、彼女は私の最初の友達だから。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 でも“何か”って何だろう。壮大な悪戯計画かな。人里に侵入して、とっておきの悪さをしようとか考えているのかも。それなら地獄行きの意味も分かる。上白沢慧音あたりに見つかるか、巫女にとっちめられるか。どちらにせよ結末は決まっている。

 私としてはやっぱり天国にいきたいけど、多分無理だろう。じゃあ地獄ならどうかな。――それも無理な気がする。じゃあどこへ行くんだろう。

 延々と思考に耽っていたら、横からフランに声を掛けられた。なんか少し怒っている感じを受ける。

 

「……ねぇ、ルーミアと何かやるの? やるなら私も絶対一緒にやるよ。駄目って言ってもついていくから」

「うーん、そう言われても。私もなんのことか良く分からなくて」

「もしかして、誤魔化そうとしてるの?」

「違います。疑うなら、私のこの目を見てください。ね、嘘をついているようには見えないでしょう。お星様みたいにキラキラ輝いているはずです」

「……ほ、星? 星はどこにもないけど、いつも通りおっちょこちょいな顔してるね!」

「誰がおっちょこちょいやねん! ――ってそういうことじゃなくて! 私はちょっとしか嘘をつかないことで有名なんです」

「あ、ちょっとはつくんだ」

「それはもちろん。優しい嘘は許されるのです」

「嘘に優しいとかないと思うけど。というか、返事を教えて」

 

 ツッコミとボケをかましていたら、ルーミアに頬を突かれて返事を催促されてしまった。結局なんのことかは分からなかったが、私は頷いておくことにした。何かをやるとしたら、彼女達を誘わないわけがない。楽しいことは山分けだ。

 

「……良く分かりませんが、とにかく分かりました! じゃあその時は、お願いしますね。女と女の約束です!」

「うん、約束。だって、心の友だもんね。なら、最期まで付き合わないと」

「あはは、その通りです! ありがとうございます、ルーミア」

「別に礼なんていらないよ。私も楽しかったから」

「ちょっと、二人だけでずるいよ。私も一緒にやるよ! 大体、先に約束したのは私だし。もし仲間はずれにしたら噛みついてやる!」

「もちろんフランも一緒です。だって、友達ですからね。あ、ついでに妖夢も!」

「ついで扱いされても全然嬉しくねーし! って、勝手に悪巧み仲間に入れるな!」

「あはは、妖夢って結構面白いんだね。燐香と同じくらいリアクションが面白いし。隠れた逸材だったんだね!」

「そうでしょうそうでしょう。私の見る目は確かですからね。この燐香の目は誤魔化せないのです」

 

 フランが手を叩いて喜んでいる。私も負けじと囃し立てる。

 

「わ、私が燐香と同じ!? あ、ありえない! 絶対にありえないから!」

「まぁまぁ、落ち着いてください。武士は食わねど高楊枝と言うじゃないですか」

「いや、全然意味がわからないし!」

 

 宥めようと思ったけど、ついボケを重ねてしまった。妖夢は誘いうけの天才だ。リアクションに定評のある妖夢が、キレのあるツッコミを見せてくれたところで一休み。

 私はルーミア、フランと肩を組んで上機嫌に酒を呷る。ルーミアは密集しすぎで暑いと文句を言っているが、フランは完全に機嫌が戻ったようだ。妖夢は呆れた表情だけど、なんだか結構楽しそう。美鈴も穏やかに笑っているし。

 なんだか、今、凄く幸せな気がする。アリスも研究がなければ一緒にワイワイ騒げたのに。それだけが残念だ。次は絶対に誘うとしよう。

 

 

 ――結局、アリス本人が迎えに来るまで笑顔で騒いでいた私たち。いつまでもこんな日が続けば良いなぁと、私は強く思ったのだ。

 



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第五十五話 予感

 ――くくくっ。待ちに待ったときがやってきたのだ。長き屈辱の日々は、今日終わる!

 

「パンは何枚食べるの」

「一枚で良いです」

「ほら」

 

 今日は比較的機嫌が良いのかもしれない。何枚食べる? など普段は聞いてこないし。だが、笑っていられるのも今のうちだ。

 あ、このコーンスープ美味い。いや、そうじゃない。ちゃんと根回ししておかなければ。

 

「お母様。今日は妖夢さんが見学にきます。私達の鍛錬の様子を見てみたいそうなんです」

「へぇ、そう」

 

 こちらの真意を窺うようにジッと見つめてくる幽香。小心な私は視線を逸らすしかない。こいつに見られると、なんだか全て見透かされているような感じになるし。思わず緊張してしまう。

 

「…………」

「別に構わないわ。好きにしなさい」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 なんとか根回しは終了だ。迎撃トラップが発動したら厄介だから、これはやらなければならなかった。今、太陽の畑を自由に出入りできるのはルーミアとアリスぐらいである。紫はスキマがあるから自由自在だろうけど。他の侵入者は全てトラップ発動の対象らしい。たまに凄い勢いで、向日葵が妖力弾を発射してるし。見ている分には綺麗だけど、やられる方はたまらないだろう。うん。

 

「ごちそうさまでした」

 

 そして朝食終了。今日で二人でとる食事は当分おさらばになる。今まで育ててくれて本当にありがとうございました……とでも言うと思ったか! よくも今まで酷い目に遭わせてくれたものだ。釜の中に入って暫く反省しているが良いわ!

 

 私は部屋に戻り、赤いマフラーを首に巻く。勇気百倍! 戦闘態勢はばっちりだ。頬を一度強めに叩き、更に気合を入れる。今日は久々の模擬戦闘形式。やるなら今日がベストだ。私が最初に放つ技は、幽香は必ず受ける。そこにつけこむ!

 幽香に続いて外に出る。私は準備運動しながら、心を落ち着かせる。幽香はこっちをジッと見ている。ちょっと恐ろしい。気取られてはならない。奇襲でなければ駄目なのだ。

 と、飛んでくる妖夢の姿が目に入った。背中には風呂敷に包まれた大荷物を背負っている。私の傍に着地すると、声を掛けてくる。

 

「おはようございます燐香、幽香さん。お待たせしてすみません」

「いえいえ、ちょうどこれから始まるところです。妖夢、今日は宜しくお願いしますね」

「う、うん。分かった」

「……妖夢」

「は、はい!?」

 

 幽香に声を掛けられると、ビクッとしながら声が引き攣る妖夢。態度が不審すぎる。お願いだからばれないようにして。私は祈るしかない。

 

「その荷物はなに? やけに大きいみたいだけど」

「え、えっと、これはですね。鍛錬の後に、皆さんに食事でも振舞おうかと。材料は用意してありますよ!」

「ふうん。なら、そういうことにしておきましょうか。何を企んでいるかは知らないけどね」

「あ、あはは」

「貴方、本当に嘘が下手ね。もう少し隠す努力をしなさい」

「…………」

 

 妖夢の顔が引き攣ってる。たったこれだけの会話で妖夢が超追い詰められてる。だ、大丈夫なのかな。しかしここまで来たら後には引けない。後は当たって砕けるのみ! いや、砕けないけど。

 妖夢に目で合図を送ると、小さく頷いてくる。準備は万端らしい。私と幽香が戦闘開始して、技を放つと同時に、妖夢は釜の準備をする。中には昨日の米の残りが詰っているはずだ。屈辱を与える為にわざとそうした。そして、封じ込めると同時に、妖夢は蓋を閉めて御札を貼り付ける。御札は妖夢にお願いして、博麗神社から貰ってきてもらった。成功したら、賽銭を入れにいかなければ。

 

「さて。はじめましょうか。地上と空中、どっちでやりたい? お前に合わせてやるわ」

「ち、地上でお願いします」

「そう。じゃあ、いつも通りお前の攻撃から開始で構わない。地べたを舐める覚悟ができたら、かかってきなさい」

「分かりました」

 

 ふふん。いつもなら、世の理不尽を嘆くところだが、今日の私には必勝の策がある。地べたどころか、昨日のお米の残りに顔を突っ込むのはお前である。ざまぁみろ!

 

「ああ、そうだ! お母様の準備は大丈夫ですか? ちょっと心配になっちゃって」

「……準備? 何のかしら。お前に心配される覚えは欠片もないけど」

「いえいえ。この世でやり残した事はないかと思って。あれでしたら、少しだけ待ってあげますよ。当分お日様は拝めないんですから」

 

 ニヤリと幽香の真似をして嘲る。多分だけど、怖いくらい似ているはずだ。だって、真似したら自分でドン引きしたくらいだし。 

 

「春の陽気に当てられたのか。それとも、寝ぼけているのか。どっち?」

「私は正気ですよ。娘からの最後の贈り物というやつです。ありがたく受け取ったらどうです?」

「……へぇ。それは面白いわね」

「これからもっと面白い事が起きますよ」

 

 私が挑発すると、幽香の口元がニヤリと歪む。プレッシャーが凄まじい。し、しかし私は怖くない。このまま戦闘開始でも何も問題ない。既に準備は終えているのだ。彼岸花地帯に妖力を既に溜め終えているのである。くくっ、完璧すぎる!

 

「いつになく、威勢が良いみたいね。今日は、それだけ自信があるということかしら」

「ええ。今日の私は、約束された勝利を掴むためにここに立っています。……思えば、今まで本当にたくさん虐めてくれましたね。恨み骨髄に徹すとはこのことです。これから存分にお返しするので、是非受け取ってください」

「ふふ、半人前が偉そうに。この前もそう言って叩き潰されたのに。グズは記憶力が悪いのね。悲しくなるわ」

「くくっ、最後に笑うことができれば過程などどうでも良いんですよ。今の私には鬼を退治した経験もあります。たかがお花の妖怪如き、ほんの一分で片付けてあげましょう」

 

 私もお花の妖怪だけど、それは勢いというやつで誤魔化そう。私は幽香は嫌いだけど、向日葵は好きなのだ。花に罪はないのである。花妖怪は大嫌いだ。

 更に指でくいっくいっと挑発してやる。ついでに、首をかききる仕草も取ってやる。今は怒らせる事が重要だ。

 

「どうです? 貴方の顔に似ているから、結構サマになっているでしょう」

「…………ふん。少し、躾が必要みたいね」

 

 幽香は鼻を鳴らすと、首を鳴らす。そして手をボキボキとやりはじめた。これはかなり怒っているという証拠だろう。挑発は成功だ。

 側で待機している妖夢の顔が、引き攣っているのが視界に入る。だが何も心配はいらない。激おこプンプン幽香はそのまま釜へレッツゴーなのである。

 

「いいことを思いつきました。お母様に初手を譲ってあげましょう」

「ああ?」

「貴方がいくら最低だとしても、私は親孝行の気持ちを忘れたりはしません。年長者は敬わないといけませんからねぇ。ですから、お年を召したお母様に、最初の一撃を譲って差し上げます、と言っているんですよ。私の言葉が、聞こえてますかぁ?」

 

 耳に手を当てて、最大級の挑発をする。実を言うと、背筋の冷や汗は凄いことになっている。震えはなんとか押し殺しているだけ。マジですっごい怖いけど、これで仕込みは完璧だろう。怒り狂った幽香は必ず突っ込んでくる。そこを逆手にとる。カウンターで必中必殺だ!

 

「今日は本当に調子に乗ってくれるじゃない。口の効きかたといい、雰囲気といい、随分と“妖怪”らしくなってきた。私の娘なだけはある」

 

 予想に反してなぜか褒められてしまった。そういうことは今は求めていないのだ。とっとと怒ってかかってこいというのだ。 

 

「……そんなことを言われても嬉しくありませんね」

「とはいえ、度が過ぎると不愉快極まりないわ。教育代わりに、その鼻っ柱を叩き折ってやる」

「ふふん、できるものなら」

「――はあッ!!」

 

 え。私がふんぞり返って嘲笑しようとした瞬間、幽香が大地を踏み蹴った。なにそれ、速すぎ。油断しまくっていた私は、反応が遅れる。

 

「し、しまっ――ぐげっ!」

 

 回避しようとした私の肩を掴み、全力の頭突き。脳が激しく前後にシェイクされる。やばい。一発で超ダメージ。

 棒立ちは駄目だ。とりあえず右のパンチを繰り出してみる。幽香は避けようともせずそれを受ける。顔面に炸裂したのに、全然ダメージなし! 脳が揺らされてたから、腰に力がはいらない。

 

「あ、あぶぇ。……あ、あれれ、お、おかしいな。ちょ、ちょっとタイム」

 

 慌てて手でTマークを作ってみるけど、代わりに拳骨が飛んできた。拳骨というか、鉄骨という感じの重い一撃だ。頭がへこんじゃいそう。

 

「この糞餓鬼が。大口叩いてそのザマはなんなの? まぐれとはいえ、鬼に勝ったんじゃなかったのかしら?」

「う、うるさいっ! 彼岸花、呪縛ッ!」

 

 きょ、距離を取らなければ。私は彼岸花を大地に咲かせ、素早く幽香を拘束しようとする。だが、幽香が気合でそれを打ち消す。彼岸花は霧散してしまう。

 

「鬼退治の英雄ともあろう妖怪が、距離を取りたいの? そんな真似をしなくても、私が取らせてやるわ」

「ぐべら!」

 

 いつの間にかヒットマンスタイルになっていた幽香。フリッカーが私の顔を数度打ちつけた後、右のチョッピングライトが炸裂! コンボをもろに喰らった私は、凄まじい速度で大地を転がされていく。ごろごろごろと転がって、向日葵に頭から突っ込んでしまった。頭の中のカラータイマーが鳴り始めた。

 

「ぐ、ごぶ。い、痛い」

「早く立て。教育はまだまだこれからよ」

 

 れ、冷静になるんだ。慌てない慌てない。心頭滅却心頭滅却。

 これはむしろチャンスと捉えよう。劣勢から逆転するのがヒーローだ。最初苦戦しておいて、最後に勝つのが王道の展開。それに、ダメージは受けたが距離も取れたし、ここは仕切りなおしだ!

 

「ま、まだまだぁ! 今日の私は、絶対に勝つ!!」

「まだまだも何も、私はまだ全然ダメージを受けていないんだけど」

「く、くうっ。ち、違いますよ。今のは思い出作りのために、わざと受けてやったんです。そう、全ては私の計画通り! 敢えて受けてやったんですよ!」

 

 負け惜しみだけど、強がる事で自分を奮い立たせるのだ。まだ切り札が残っている。それを当てれば、良いだけの話!

 

「へぇ。言い訳は情けないけど、良い顔するようになったじゃない」

「うるさい! 今度はこっちの番だ!」

「全力で来なさい」

 

 仁王立ちで待ち受ける幽香。私はそこに一直線に駆け寄る。大地を踏み切り、勢いをつけた右拳を炸裂――と見せかけて。後方に身体を捻りながら一回転。そして!

 

「陽符、サンフラッシュ!!」

「――くっ!」

「ひっかかりましたね! 目潰しですよ!」

 

 まんま太陽拳だ。卑劣なのは自覚しているが、勝てば良いので問題なし。

 幽香は目を手で覆っている。失明させるほどの威力はないので、そのうち回復してしまう。それまでに決着をつけなければならない。

 

「……成長したかと思えば、また小細工か」

「その小細工をばっちりくらいましたね? くらっちゃいましたね? あはは! これが勝利の方程式の第一歩!」

 

 全てが思い通り。額から流れる血を拭い、妖夢に声をかける。

 

「いきますよ、妖夢! これで仕留めます! 絶対に最後の詰めを誤らないでください!」

「わ、分かった。いつでも大丈夫! 頑張れ、燐香!」

「はぁあああああ! 彼岸花たちよ、私に力を!」

 

 まだ怯んでいる幽香。だが、この化物は何をしでかすか予測できない。下手すると、目を自分で潰して攻撃を仕掛けてくるかもしれない。それが修羅道だ。だが、そんなことをする時間は与えない。

 印を全速力で結び、全身に妖力を滾らせる。彼岸花地帯に蓄えておいた妖力を全て回収。準備OK!!

 

「喰らえ、風見幽香ッ! これが私の全力全開、鬼をも封じた魔封波もどきだッ!!」

「――ッ!!」

「いけええええええッ!」

 

 膨大な妖力を帯びた烈風が、風見幽香へと襲い掛かる。竜巻のようなそれは、もう間もなく風見幽香を飲み込む!

 

「――や、やった!?」

 

 妖夢の叫び声。どうだろう。多分当たったはず。じゃなければ、既に反撃が来ているはずだし。それに、竜巻の制御は前よりも上手くなっている。どうか当たっていて!

 両手を前にかざしながら、私は祈る。

 

「…………や、やった」

 

 ――荒れ狂う風は幽香を完全に捕らえている。幽香は動く事ができていないし。これは、命中だ!

 

「あ、あははははは!! 当たった、当たってる! いやっほう! やりましたよ、妖夢!」

「分かったから油断しないで! 最後まで制御をしっかり!」

「ふふん、慌てなくてももう大丈夫ですよ。なんだか、前より凄い楽なんです。このまま珈琲タイムに突入できそうなくらいに」

「いいから早く封印して! 詰めを誤るなと言ったのは燐香でしょ!」

「もっと勝ち誇っていたかったんですが、ま、油断大敵といいますし。じゃあ、いよいよフィナーレといきましょうか! 勝利の栄光を私に!」

 

 私の技量が上がったせいか、萃香戦のときよりも余裕がある。なんというか、全然辛くない。制御には大量に妖力が必要なはずなのに。うーん、もしかして私のレベルが上がりすぎたせいかもしれない。まぁそれはともかく!

 

「安心して下さい、お母様。貴方がいない間は太陽の畑は私が管理して差し上げます。忘れなかったら、100年後に解放してあげましょう! それまでは、残り物のご飯と一緒にすやすや眠っていて下さい!! あはははは! まさに気分爽快というやつですね!」

「…………」

 

 心から哄笑する私。何故か微動だにしない幽香。いつもなら怯んでしまう視線だけど、竜巻は見事に直撃しているから絶対に動けない。動けないなら怖くないのである。

 ――勝った! やったよアリス、ルーミア、フラン、妖夢! 

 

「これで、終わりっ!!」

 

 私は両手を天に掲げてから、一気に振り下ろす。これで、竜巻は上昇した後、釜目掛けて突入していくはずだ。もう目を瞑っていても大丈夫。勝利のポーズを決めるだけ。……決めるだけ?

 

「……あ、あれれー? おかしいな。なんで?」

 

 ……なんかおかしい。竜巻が、全然動かない。なんで上昇しない。

 

「どうしたの、燐香?」

「いえ、コントロールが。……コントロールが、効かない」

「欠片も気付いていなかったみたいね。お前が勝ち誇って馬鹿笑いしてたとき、既に私の制御下にあったということを」

 

 幽香の声が聞こえてくる。

 

「……う、嘘だ。そんなこと、できるわけが」

「まともに喰らうと危ない技だけど、そもそも直撃されなければ全く問題ないのよ。お前、自分の技の性質すら掴んでいなかったの?」

「わ、私の技を奪い取った? こ、こんな僅かの間に、そんな真似、できるわけが」

「できるわ。ご覧のとおりにね」

 

 実際、竜巻は幽香に操られている。コントロールは完全に奪われている。妖力を纏った風の渦は、唸りをあげながら宙を旋回している。

 そういえば、幽香が回し受けみたいな動作をとっていた気もする。まさか、あの一瞬で受け流したのか。目は見えていなかったはずなのに。

 人の技を利用するなんて、そんなのずるい。そこは空気を読んでくらわないと!

 ……あれ、というか、これって凄いピンチなような。

 

「さて。簡単なテストをすることにしましょう」

「て、テスト? あはは、私、テスト嫌いなんで」

「愛想笑い」

「ご、ごめんなさい!」

 

 幽香の指摘に思わず謝ってしまう。既に勝負になっていない。完全に心を折られてしまった。直ぐに治るけど、今は駄目だ。戦意が萎えてしまっている。今考えることは、いかにこの場を切りぬけるかだけ。

 

「自分の技を盗まれたとき、対処できるかどうかのテストよ。私と同じようにやれば良いだけの話、簡単でしょう?」

「む、無理――」

「そんな事態に陥る事はないと、過信していたわけもないでしょうし。私の娘なら、きっと打ち破る事ができるはずよね」

「……う、ううっ」

 

 全く対策してません! 一発こっきりの切り札だから。やばい。こっちに手を向けやがった。竜巻がこっちにくる。どうしよう。いや、逃げないと。三十六計、逃げるが勝ちだ!

 

「よ、妖夢」

「な、なに? まさか、助太刀しろとか? し、死んじゃうよ」 

「逃げましょう! ここは逃げるんです! と、とりあえず白玉楼に!!」

「なんでウチに!? 幽々子様に怒られるのは私じゃない!」

「とにかくお先に!」

 

 私は大地を踏みけって、全力で空中へ飛び出した。もう振り返らない。今は一刻も早く――って、竜巻が迫ってるし!! ま、間に合わない!

 

「逃げられるとでも思っているの? この私から」

「……い、嫌だ。釜飯妖怪になるのだけは嫌だあっ!!」

 

 彼岸花の妖怪から、釜飯どんに進化するのは嫌だ! せめてメロンパンナちゃんで! って、現実逃避しても竜巻は追ってくるし!

 

「り、燐香あああああ!!」

「に、逃げられ――うぎゃああああああああああああああ!!」

 

 遠くで妖夢の叫び声が聞こえた直後、私は竜巻に飲み込まれる。そのままグルグルと渦を巻く烈風に流される。これは、まさか。やるつもりなのか。

 

「技の構想は素晴らしかった。問答無用に拘束する性質はとても厄介だもの。そして使うタイミングも悪くはなかった。だけど、一番の問題は相手が私だったことね。大人しく諦めなさい」

「ち、畜生ぉおおおおおおお!! 」

「じゃあ、また百年後に会いましょう。覚えていたらそのうち解放してやるわ。グズのことなんて、今日中に忘れそうだけど」

 

 そんな言葉を聞きながら、私は釜の中へ一直線に落下して行った。釜に入るとき、スポンという音がしたような気がした。そして、蓋が閉まる。中はご飯のにおいが充満していた。炊き立てではなかったのだけが救いである。白米に囲まれて絶望にくれる私は、やがて考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 ――その日の夕方に私は解放された。妖夢いわく、解放直後は魂が抜け落ちたような顔をしていたとのこと。

 幽香に拳骨の制裁を受けたあと、私は妖夢と一緒に草むしりをするのだった。多分、自分で草むしりをするのが面倒だから私を解放したのだろう。全く脅威に思われていないという証拠。悔しさで泣きそうになったが、必死に堪えた。

 なに、まだまだ機会はある。あるはずだ。更に技に磨きをかけて、リベンジしてやるのだ。そう思わなければ、ここではやっていけない。……本当は死ぬ程泣き叫びたいけど我慢だ。我慢我慢。

 つき合わせてしまった妖夢には申し訳ないが、友達ということで大目に見てもらわなければ。

 

「……ごめんなさい。妖夢にまで草むしりなんて付き合わせて。でも、今日こそは勝てると思ってたんですよ」

「別にいいよ。色々と参考になったし。……しかし、幽香さんは本当に凄いね。目が見えていない状態で、アレを返すなんて相当だよ」

「ええ、あれは化物なんです。あれが、あれこそが修羅なんですよ。いずれ妖夢が倒すべき敵です」

「いや、私関係ないし! ……でも、解放してくれたんだから、優しいところもあるんじゃないかな」

 

 妖夢がありえないことを言うので、私は溜息を吐く。

 

「それは目が曇ってますね。曇りすぎです。いいですか? あれは優しさとは対極の存在です。そう、悪鬼と書いて幽香と読みます」

「そ、そうかなぁ」

「そうですよ。娘の私が言うから間違いありません。……それにしても。はぁ、また負けちゃった」

 

 力が抜けていく。思わず地面にひれ伏してしまう。背中を妖夢が撫でてくる。その気遣いは嬉しいけど、情けなくなる。今日こそはいけると思ったのに。もう諦めたほうが良いという心の声も聞こえてくる。……また逃げ出しちゃおうか。

 

「え、えーと、幽香さん相手の啖呵は見事だったよ。あのプレッシャーで、あれだけ言い切れるのは凄いよ」

「……ありがとうございます。でも、負けたらただ無様なだけです。今の私は負け犬、いえ、負け花です。枯れてるのがお似合いです」

「ほら、元気だしなよ。鍛錬ならこれからも付き合うから」

 

 気を使わせてしまったようだ。こんなことでは駄目だ。愚痴を吐いていても、次に繋がらない。悔しさをバネに、憎悪を滾らせるのだ。萎えそうになる気力を昂ぶらせよう。そうすることで、私はこれまでやってきたじゃないか。

 でも、普通のやり方では勝てない。今日でつくづく分かってしまった。私には何かが足りないのだ。私が一年時を重ねて力を蓄えれば、幽香も同じように力を蓄える。いつまでいっても距離は縮まらない。何かが必要だ。

 

 でも、もう少しで何かが変わる気がする。そんな予感がするのだ。台風が来る前には、なんだか生暖かくなる。地震が来る前には、恐ろしいほどの静寂を感じるときがある。そんな感覚。でも、その時は確実に近づいている。

 ――だって、今年は、私たちにとって特別な年だから。

 

「…………」

「燐香?」

「いえ、なんでもありません。少し、気力が戻ってきました。ありがとうございます、妖夢」

「礼なんていいよ。あー、その、うん。と、友達なんだから」

 

 妖夢がちょっとだけ照れくさそうに呟いた。

 

「そこはビシッと断言しましょうよ。さぁ、恥ずかしがらずに!」

「と、友達だから」

「正面から言われると、結構恥ずかしいです。しかもクサくて身体が痒くなりそうです」

 

 これが青春てやつか。超むずがゆい!

 

「お前がそうしろって言ったんだろう!」

「ごめんなさい、今日はボケる気力がもうありません。妖夢のフリに反応できない私は相方失格です。方向性が違うようなので、今日でコンビは解散ですね」

「余計な気力は十分あるじゃないか! って、別に漫才してるんじゃねーし! ああもう!!」

 

 私は妖夢のツッコミを聞きながら、草をひたすらむしるのであった。ああ、滲む夕陽が眩しい。私はマフラーで、目元を拭うのであった。

 



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第五十六話 魔法使いの矜持

 ――博麗神社。魔理沙は今日も霊夢相手にだらだらとだべっていた。特に何かをするわけではない。適当な感じでいられるこの時間が魔理沙は好きなのだ。

 霊夢も特に文句を言わないので、遠慮なく遊びに来てはお茶を頂いている。今日は何故か妖夢もいるし。なんでいるかは知らないが、妖夢もここの雰囲気が気に入ったのかもしれない。

 最近は伊吹萃香という鬼が住み着くようになったが、特に雰囲気は変わらない。侘び寂びを理解する鬼だったのは幸いだ。酒を飲んではぐだぐだしているので、鬼というよりは風流人っぽい。その萃香が、霊夢にじゃれついている。

 

「なぁなぁ霊夢。そろそろちょっとぐらい力を解放しておくれよ。そうしたら、もっと沢山手伝えるんだぞ。百人力だ」

「断るわ。今はそんなに手伝ってもらいたいこともないし。毎日庭掃除してくれていれば別にいいわよ」

「はぁ、またそれだよ。お前は鬼の力を得たんだぞ。もっとこう、ぱーっとやろうとか思わないかなぁ。まだまだ若いのに、もっと志を高く持とうよ」

「全然思わないわね。むしろ、今が一番ベストだと思ってるし。平和が一番よ」

「ちぇっ、達観しやがって。本当に年寄りかっての。もういい、自棄酒するから。ふんだ」

 

 萃香は縁側に座り、瓢箪を口につけたあおり始めた。毎日一度は駄々をこねているが、大抵は流される。この前ようやく一割力を解放してやったそうなので、残り七割か。まだまだ先は長そうだ。萃香も本気で不満を漏らしているわけではなく、じゃれあいみたいなものだろう。なんだかんだで楽しそうだ。

 

「はは、鬼にまでモテるとは。本当に妬けるなぁ。羨ましいぜ、この色女」

「どこがモテてるのよ。だいたい、封じたのは燐香なのに、なんでウチで管理しなくちゃいけないの。おかしくない?」

 

 嫌そうな顔の霊夢。妖怪がやけに寄って来るという自覚はあるらしい。それが何故かは分からないのが霊夢が霊夢たる所以である。

 

「そりゃお前が巫女様だからだろ。妖怪が鬼を見張るってのも変な話じゃないか」

「それはそうだけどさ。なんだか仕事が増えた気がするのよね」

「嘘つけ! 雑用は萃香に押し付けてばかりじゃないか」

「さぁてね。なんのことかしら」

 

 魔理沙がジト目で睨むと、霊夢は口笛を吹いて視線を逸らす。だらけ巫女のだらけ度がさらに悪化したようだ。だが、最近は修行もするようになってきている。隠れてやっているようだが、魔理沙はそれをちゃんと知っている。いつからかといえば、春雪異変以来、それが顕著だ。

 燐香に庇われてから、こいつは自分の力量不足を自覚し、霊力増強を図ることにしたらしい。生まれ持った天賦の才に、努力も加わってしまってはまさに鬼に金棒。それを知ったとき、魔理沙は心底背筋が冷える思いがしたものだ。

 

(本当に、恐ろしい女だぜ。私はこいつに、本当に勝てるのか?)

 

 認めたくはないが、魔理沙は霊夢に嫉妬している。その天に愛された才能と、世界に守られている貴種としての立場に。こいつは生まれながらに何もかもが特別なのだ。自分とは全く違う。だからこそ倒し甲斐がある。潰し甲斐がある。いつか、絶対に上回ってみせると、魔理沙は更に決意を固くする。だが、それを表面に出す事はない。自分が惨めすぎるから。負の感情は、自分を燃え立たせるための燃料であるべきだ。

 

「やれやれ、妖夢もなんか言ってやれよ。ビシッと」

「……私としては、恐ろしい鬼と普通に話していることが疑問なんだけど。なんでこうなってるの?」

「お、私に喧嘩売ってるのか?」

「ち、違いますけど。私としては、なんとなく、含むところがあるようなないような」

 

 煮え切らない妖夢。本気を出した鬼の強さを知っているから、油断できないという考えだろう。魔理沙も油断している訳じゃない。ただ、萃香は不意打ちをしてくることはないという確信がある。これは勘だけども。

 

「相変わらず固いなぁ妖夢は。そんなんだから白髪になるんだ」

「ち、違うわっ! これは白髪じゃなくて銀色! ほら、よく見て!」

「ああ、今日も良い天気だぜ。太陽が眩しいな」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 妖夢が刀に手を掛けたので、魔理沙がミニ八卦炉で応じる。萃香が楽しそうにゴロゴロと転がってくる。

 

「わはは。今日もお前らは元気だなぁ。どうだ、いっちょ弾幕勝負でもやるか?」

 

「いっちょやるかというかさ。妖夢に言うべき大事なことを思い出したぜ」

「なんだなんだ?」

「なぁ、萃香も霊夢も聞いてくれよ。こいつ、本当にひどいんだぜ? 私の邪魔ばっかりするんだ」

 

 魔理沙がジト目で睨むと、妖夢が首を傾げる。

 

「ひどいって、人聞きの悪いことを言わないでよ。私はただ――」

「鬼相手に啖呵を切ったお前が泣き言とはねぇ。よし、何でも私に言ってみなよ!」

 

 萃香が薄い胸をドンと叩いた。私がいれば百人力とでも言いたげだ。一方の妖夢は、当たり前の事だとそっぽを向く。

 

「ほら、お前を封印した風見燐香。覚えてるだろ?」

「ああ、この前ちゃんと挨拶にいってきたからな。ははは、私を封じるとは本当に大した奴だ。けど死ぬ程ムカつくよ! あー、やっぱり納得いかねぇ! 鬼を釜に封じるなんてありえねぇだろ! 本当に立派だが、腹が立つ!」

 

 喜びと怒りが合わさった奇妙な態度の萃香。含むところが結構あるのだろう。

 

「……というかさ。何でお前は普通に会えてるんだよ。この前燐香をボロボロにしたお前が会えて、私はいつも門前払いなんだけど。色々とおかしくないか?」

「そう言われても知らないさ。お前、なんかやったんじゃないのか。私は普通にご馳走になって、酒飲んで、弾幕勝負やって帰ってきたけど。いやぁ、あいつらとの勝負は楽しかった!」

「だからなんでだよ! 私が行くといつもいつもいつもいつも、あのいけ好かない魔法使いが邪魔してくるんだ。しかも、最近は妖夢まで加わってくるし。私に何の恨みがあるんだっての」

 

 萃香の言葉を聞き、魔理沙は憤慨する。いくらなんでもこの扱いはひどい。鬼の萃香が燐香と会うのは問題なし。なのになぜ自分は駄目なのだ。何かしただろうか。特に人妖で差別するような奴には見えなかった。

 別に燐香に会って叩きのめしたいとかそういうことじゃない。ただ、話したいだけ。燐香は自分に敵意をもっているようには全く見えなかった。むしろ関係は良好と言って良いはず。邪魔をしてくるのは、アリス・マーガトロイドだ。

 

「あー、分かった。そうかそうか、考えてみれば簡単な話だ。お前が人間だからだよ」

「なんだよそれ。そんなの当たり前だろ。私は立派な人間だぜ。で、何か問題があるのか?」

「うん、大いにある。以上」

 

 萃香は全部言い切ったとばかりに、縁側で寝転んでしまった。

 

「ちょーっと待て! おい、まだ寝るな、そこまで言ったなら答えを全部教えろよ! 起きろ、この酔っ払い!」

「霊夢ー、こいつの相手を代わってくれよ。私は面倒くさいのが嫌いなんだ。お前、友達なんだから、もっとかまってやれよ」

「私だって嫌よ。面倒くさい」

「おい。私を厄介者扱いするな! 犬や猫じゃないぞ!」

「なんにでも首を突っ込む奴だし、結構当たってるじゃない」

「確かに」

 

 妖夢まで頷いている。魔理沙は立ち上がって憤慨する。

 

「当たってない!」

 

 あんまりな連中である。こいつらを問い質すのは後回しにして、まずは妖夢からだ。なぜ邪魔をするのか問い質す。弾幕勝負前だと、『問答無用!』しか返答しないからである。こいつは、本来は刃物を持たせてはいけない人種である。

 

「とにかく妖夢、今日こそ聞かせてもらおうか。なぜ私の邪魔をするのか。さぁさぁ、言ってみろ」

「別に良いけど。……燐香は私の友であり、幽々子様から護衛するように命じられている。そして、貴方とアリスさんを天秤にかけた場合、アリスさんの方が信頼できる。だから、妨害に協力することにした」

 

 妖夢が真面目な表情で答える。

 

「なんだよそれは。自分の意志じゃないのか?」

「選んだのは私の意志。アリスさんは本当に燐香を大切に思っている。近くで見ているから良く分かる。だから、魔理沙の邪魔をするのにも必ず理由があると思う。理由もなしに理不尽なことをする人じゃないよ」

 

 それはなんとなく分かる。だから理由を聞かせろというのだ。そうしたら、お前に話すことはないといつも一蹴される。それが頭にくる。別にそこまで執着する理由はないといえばない。だけど、隠されると気になるものだ。好奇心と探究心を力に変えて魔理沙は生きている。自分の存在価値そのものだ。だから絶対に諦められない。

 

「だから、私はその理由を知りたいんだよ」

「いつか聞いておくよ。それまで待ってれば?」

 

 駄目だ。こいつは真面目すぎて話にならない。

 

「はぁ。この頭でっかち! 半人前の白髪頭!」

「な、なにおう! もう頭に来た! お前は絶対に通さないからな! 次に会ったら無事に帰れると思うなよ!」

「まったく、やかましいわね。子供の喧嘩か!」

 

 魔理沙と妖夢がにらみ合っていると、霊夢が御幣でそれぞれの頭を小突いてくる。痛みはないが、なんとなく屈辱的だ。

 

「……魔理沙。アンタの気持ちも分からないでもないけど、あの子には、あまり関わらない方が良いわよ。特にアンタは」

「なんだよ霊夢。お前までそんなことを言うのか」

 

 パチュリーからも宴会のときに警告を受けた。取り返しのつかない失敗をしても知らないと。冗談じゃない。ただ会うだけなのに、何が悪い。それに、燐香と自分の境遇はあまりにも似ていた。鳥篭の中で蹲っていた自分、外に出て行く切っ掛けを作ってくれたのは、ひたすらに胡散臭い悪霊だった。そのバトンを受け渡すのは私だ。そう、自由を渇望する後輩を手助けしてやるのは、先達の仕事である。

 

「アイツは妖怪で、アンタは人間。そこには越えられない種族の壁と言うものがある。アイツの暴力性は西行妖のときに見たでしょう。悪い奴とは言わないけれど、触らぬ神になんとやらよ。一つ間違えば、碌な目に合わないわよ」

「あれは西行妖の邪気に当てられただけだろ。現に快復したじゃないか。鬼と闘えるぐらいまでに元気一杯にな。もしかして、庇われたのが未だに納得いかないのか?」

「……ま、それもないとはいわないけど。悪い奴じゃないのは私も分かってる。ただ――」

 

 霊夢が視線を宙に浮かす。言葉にできないこと、しにくいことがあるとき、こいつはこの仕草をとる。中々見る事ができないレアなものだ。基本的に、ずけずけと物をいうやさぐれ巫女である。

 

「……魔理沙。アンタの行動力は長所でもあり、短所でもある。自分の信じた道を闇雲に進んだ結果、アンタは地獄を見るハメになるかもしれない。それを自覚した上で動くなら、もう何も言わない。アンタの好きにしなさい」

 

 これもまたパチュリーと似たような言葉だ。だからなんだというのだ。それを教えろと言っているのだ。どいつもこいつもと、魔理沙の苛々が募っていく。だがこれをぶつけても八つ当たりに過ぎない。だから挑発の言葉に変えてやろう。これでいつも通りだ。

 

「だらけ巫女が偉そうに」

「ふん。柄にもないことを言ってるのは自覚してるわよ」

 

 霊夢はそう言うと、お茶を飲み始めた。もう冷めているだろうに。魔理沙もそれに習って、お茶を飲む事にした。冷たくて、とても渋かった。

 

 

 

 

 

 

 そしてアリス・マーガトロイド邸上空。妨害されるのはこれで何度目だったか。10は軽く超えている気がする。魔理沙もしつこいが、アリスも十分にしつこい。軽く喋らせて終わりにすれば良いだけなのに。大人しそうな顔のくせに、かなりの頑固者である。

 

「あー、邪魔だ邪魔だ! お前らの攻撃は全部お見通しだ!」

 

 魔理沙は、行く手を遮る人形たちを弾幕で蹴散らしていく。もうパターンは大体覚えた。身体でだ。本体であるアリスがでてこないのなら、目を瞑っていても勝てる。人間をあまり舐めない方が良い。

 

「……貴方、また来たの?」

「ああ。何度でもくるぞ。邪魔されればされるほど魔理沙様は燃えるのさ」

「なら交渉しましょうか」

 

 アリスが表情を変えずに交渉を持ちかけてくる。今までになかったことなので、少し興味を覚えた。

 

「交渉と来たか。面白い、聞かせてくれよ」

「私の持つ貴重な魔道書を貸してあげても良い。魔法使いの貴方には、他にも有用な品もある。叶えられる望みなら、私は受け入れる。だから、ここには近寄らないで欲しいの。簡単でしょう?」

 

 アリスが譲歩案を提示してきた。はっきりいって、これは通常ならありえないことだ。魔法使い同士のやりとりは、等価交換が基本。魔理沙は何も出せないのに、自らの研究成果ともいえる魔道書を貸し与えるなどありえない。魔理沙には利益しかない。

 それほどまでに、アリスは自分を会わせたくないらしい。それ自体が交換条件に挙がるほどにだ。

 

「折角の話だが、断る。私は燐香ともっと話がしたいのさ。お前の持つ魔道書はとても魅力的だが諦める」

「……そう。それで、話とは、一体何を話すつもりなの?」

「私が師匠からされた話を伝えるだけさ。夢は自らの力で掴み取るものってね。危険を犯さなくちゃ、それは手に入らない。だから、絶対に諦めるなって伝える。私とアイツは、似ているから」

「……良い話ね。本当に、良い話。それが実現できるなら、とても素晴らしいと思う」

 

 アリスが目を瞑る。敵意は感じない。まさか説得できたのか?

 

「そうだろう。私の自慢の師匠だぜ。私もそのおかげで魔法使いになれたんだ。あれなら、独り立ちする準備を私がしても良い。ここなら家も建て放題だし、食糧も十分だ。何か会ったら私が暫くは面倒を見てやれるしな」

「今ので確信できたわ。貴方は絶対に燐香に会わせない。近づけさせてはならないと」

 

 アリスの目に激しい敵意が渦巻く。その激情は燃え盛る業火のようだ。手には封印された奇妙な魔道書が出現。周囲には武装した人形たちが一斉に展開される。

 そして――。

 

「――魂魄妖夢、見参!」

「またお前か! ったく、どこに隠れてやがった!?」

「ふん、普通に家の中だけど。とにかく、誤魔化して出てきたから直ぐに決着をつける!!」

「ふざけやがって。二人ぐらい、まとめて蹴散らしてやるぜ! 私は不屈の女の異名を取る霧雨魔理沙さんだからな!」

 

 魔理沙が啖呵を切ると、アリスがニヤリと笑う。美人のくせに威圧感が凄まじい。年頃は同じぐらいの外見なのに。

 

「悪いけど、今日はもう一人いるのよ。ああ、不屈の異名をとる貴方には、むしろご褒美になってしまうかしら」

「……なんのことだ?」

 

 魔理沙が怪訝な顔をした瞬間、アリスの横に暗闇が展開する。それが晴れていくと、リボンをつけた妖怪、ルーミアがいた。相変わらず何を考えているか分からない表情だ。弾幕勝負の腕は大したこともなく、そこらへんの木っ端妖怪程度といった認識。いつもは適当に撃つだけで、勝手に退散していく。

 

「久しぶり、白黒の魔法使いさん」

「なんだ。誰かと思えばお前かよ」

「うん。私」

「へへっ、お前ごときが増えたところで、今更どうにかなるとは思わないぜ。むしろ、的が増えるだけじゃないのか?」

「あはは。まぁ、そうかもねー。でも、今日はそうじゃないかもしれない。あまり妖怪を舐めちゃ駄目だよ? あまり舐めてると、その首筋、噛み千切っちゃうかも」

 

 ルーミアが鋭い歯をむき出しにすると、闇の球体を作り始める。更に回転する。回転速度を上げていく。

 

「な、なんだそりゃ。暗闇の、塊か? ど、どうするつもりだ――」

「じゃあ、いくよ。上手くよけないと、亜空間にばら撒いちゃうかも。闇は何でも食べちゃうよ」

 

 ギュルギュルと回転するそれは、凄まじい速度で魔理沙に接近してきた。明らかに当たったらマズい類のもの。暗闇に囚われて、目が見えなくなるくらいなら良いが、下手をすると脱出できなくなるかもしれない。流石に亜空間とやらにぶち込まれることはないだろうが。

 慌てて回避すると、そこには人形。爆発。衝撃を受けた魔理沙は弾き飛ばされる。更に魂魄妖夢の剣撃が追い撃ち。息をする暇もない。

 

「お、おい! まだ始まってないだろ!」

「これは弾幕勝負じゃないの。侵入者を排除するための戦いよ。この場のルールを決めるのは私」

「ふざけんな!」

「ふざけているのは貴方よ。今まで、私はスペルカードルールで相手をしてあげた。貴方は敗北したのに、何度もしつこくやってくる。いい加減、私だって堪忍袋の尾が切れるというものよ」

「弾幕勝負は再戦は認められてるんだ、文句は言わせないぜ!」

「そうね。だから、私は自分のルールで相手をすることにしただけのこと。それが嫌なら帰りなさい。弾幕勝負を望むなら、来年相手をしてあげる」

「この屁理屈大好きの偏屈女め! ――これでも喰らえっ!」

 

 恋符「マスタースパーク」。ミニ八卦炉から超極大のマスタースパークが放たれる。三人いようが関係ない。全員これでしとめてしまえばよい。

 光がアリス、ルーミア、妖夢を飲み込んでいく。特に反応しないことを微かに疑問に思ったが、当たれば勝ちだ。これで文句は言わせない。

 

「どんなもんだ! 弾幕はパワーだぜ!」

「自分の力を誇る前に、まずは視力検査に行くことをオススメするわ」

「――なっ!」

 

 背後から聞こえるアリスの声。隣には魂魄妖夢。ルーミアの姿がない。いや、見えないだけだ。こいつは、暗闇を纏ったまま、周囲を旋回している。旋回し続けている。その周囲には、鏡を持ったアリスの人形たち。なんだこれは。なにか、不味い気がする。恐ろしい罠に掛かっているような。そんな気がする。

 

「貴方には私達の姿を捉える事ができない。絶対にね」

「な、何をしたんだ?」

「教える必要はない」

 

 幻術か。鏡を持った人形達を使って、いつの間にか幻の世界に引きずりこんだのか。先ほどの妖夢とルーミアの会話は、このための時間稼ぎだったのかもしれない。魔法使い相手に、気を逸らすのは自殺行為である。魔理沙はまんまと罠に引っ掛かってしまった。

 

「――くそっ、どうしたら」

「さて、時間がもったいないし、次は私の番ね。忠告するけど、全力でガードを固めておきなさい」

 

 アリスが何らかの魔術を詠唱しはじめた。ヤバイ。絶対に逃げなければいけないが、周囲にはルーミアがうろついていて、下手をすれば被弾する。先ほどから狙っているという気配を感じる。隙を見せれば、確実に喰らい付いてくる。紅霧異変のときとは雰囲気が違う。遊びではないとでも言いたげな表情だ。

 そちらを攻撃すれば、アリスと妖夢が仕掛けてくる。なんという不利な戦い。

 

「あ、アリスさん。流石に殺すのはどうかと」

「心配しないで妖夢。面倒事を増やすつもりは私もない。パチュリーにもやりすぎるなと釘を刺されているし。……今回は全治二週間といったところにするわ」

「もう勝利者気分かよ! 舐めやがって!」

 

 魔理沙は、結局行動することを選んだ。溜めていた魔力を解放し、箒を駆る。

 

「キャンディーみたいに甘いね。本当に食べちゃいたくなるよ。我慢するけどさ」

「――ぐっ!!」

 

 と、死角からルーミアの体当たりが直撃。完全に狙い打たれた。いつもならこんなことにはならない。だが、精神的に追い詰められた。そこへ動くように仕向けられたのだ。肩を痛打しバランスを崩したところに、アリスの魔力弾が炸裂。地上へ叩き落された上に、更に魔力弾連射。連射連射連射。なるほど。この魔法使いは有言実行らしい。捻挫やら打ち身の被害を考えると、全治二週間というのは間違いではなさそうだった。

 

「ち、畜生。ま、また負けかよ。……この家に来ると、私の勝敗成績がひどいことになる」

「ならもう来ないで頂戴」

「へへ、それは断る」

「……妖夢。貴方の友達なんでしょう? お願いだから、どこかに縛り付けておいてくれないかしら」

「む、無理を言わないでください。こいつは本当に聞き分けがないんです」

 

 妖夢がぶんぶんと首を横にふっている。出会ってから付き合いは短いが、魔理沙のことが良く分かっている。魔理沙はほくそ笑んでやった。アリスはそれを冷たい視線で見下ろしてくる。

 

「……霧雨魔理沙。人間の身でありながら、それをものともしない貴方の成長力には目を見張るものがある。それは私も認める。同じ魔法使いとして、貴方は尊敬に値する」

「へ、へへ。負けたのに褒められるとは、驚きだぜ。……だが褒め殺しならやめろ。死ぬ程不愉快だからな」

 

 魔理沙が獰猛に笑う。反骨精神は誰よりも強い。脆い人間だからこそ、それをバネにして強くなろうとしてきたのだ。そんな褒め方をされても何も嬉しくない。対等の立場でなければ意味がない。

 

「嘘をついても仕方がないでしょう。今はまだ良いのよ。余裕をもって貴方を抑え込めているから。でも、常にこの態勢で迎え撃てるわけじゃない。貴方も私の闘い方に慣れてきているみたいだしね。貴方は、これからも強くなるのでしょう」

「当然、そのつもりだ。私は誰よりも強く、そして速くなりたいのさ」

「素敵な目標ね、魔法使い」

「ありがとうよ、魔法使い」

「……貴方がこれから成長しつづけ、私がこれ以上防ぐのは難しいと判断したら、その時は」

「その時はどうするんだ、魔法使い」

「容赦なく殺すわ。だから、先に謝っておくことにする。本当に、ごめんなさい。私がもっと力をもっていれば良かったのに」

「な、なんだよそれは」

 

 魔理沙は思わず目を疑った。アリスは本当に頭を下げていた。だが、目は相変わらずの敵意。これは、やるときはやるということだ。魔理沙の実力が自分に差し迫ったその時は、問答無用で殺すという脅迫。

 魔理沙にはさっぱり分からない。どうしてそこまで妨害するのか。なぜなのか。そして、自分はこのまま意地を貫いてよいのだろうか。それが少しだけ分からなくなってきていた。

 もしかして自分は、開けてはならないパンドラの箱を、無理矢理こじ開けようとしているのではないのか。魔理沙の思考に、初めて迷いが生じる。だが、答えは誰も教えてはくれない。目の前の相手は、魔理沙に何も教えてはくれない。

 アリスはそれを感じ取ったのか、深い溜息を吐き、疲れた様子で呟いた。

 

「さようなら、霧雨魔理沙。早く帰って怪我の治療をしなさい」

「じゃあねー。キャンディーみたいな魔法使いさん」

 

 アリス、ルーミアは家へと戻っていく。妖夢は魔理沙に一礼すると、駆け足で戻って行った。

 

「……なんなんだよ。本当に訳が分からない」

 

 

 

 

 

 

 再び博麗神社。今は魔理沙と霊夢、そして難しい顔をした妖夢がいる。

 

「それで、まーたあの魔法使いに負けたわけ。……ねぇ、アンタには学習能力ってものがないの?」

「うるさいな。あいつ本当に強いんだよ! しかも今度は妖夢だけじゃなくて、ルーミアまで手出してくるし!」

「はぁ、ルーミア? あの自分の闇すらまともに操れない妖怪がなんだっていうの? 馬鹿馬鹿しい」

「いやいや、私もそう思ってたんだけどさ。アイツ、滅茶苦茶厄介な奴になってるぞ。超大マジで!」

「……へぇ。それは楽しみね。なら、次は全力の全力で潰さないとね」

 

 全然脅威に感じていない霊夢。誰が相手でも、こいつはそういう態度だ。スペルカードルールを守っている間ならば、誰相手でもこういう態度なのだろう。

 だが、相手がそれを守らず、更に脅威と認定した場合は危ない。全力で殺しに掛かるからだ。この前の萃香戦も、一歩間違えば凄惨な殺し合いになっていただろう。それが博麗霊夢だから。

 一方の妖夢はお茶を啜っている。

 

「で、なんでお前はここにいるんだ? まさか私を馬鹿にしに来たのか?」

「そんな意味のない事しないよ。霊夢に勝負の結果を報告に来たんだよ」

「……勝負の結果? 私とアリスのか?」

「全然違う。幽香と燐香の勝負だよ。燐香いわく、全てにケリをつける戦いだったんだけどね」

「はあ?」

「その様子だと、結果はお察しかしら。まぁいいわ。これからそれを肴に酒を飲むから、アンタも付き合いなさい」

 

 という感じで、妖夢の語る幽香VS燐香戦の様子を聞く事になった。どうやら、燐香は自由を勝ち取る為に、何度も幽香と戦っているらしい。そして、今回は鬼を封じたあの技を切り札として用意、妖夢を補佐役として挑んだようだ。あの技には、釜に張る御札が必要になる。その代金代わりとして、霊夢は土産話を要求したということ。実に性格の悪い奴である。ただであげれば良い物を。

 で、結果としては燐香の負け。鬼を封じた技は見事に返され、燐香が釜に封じられてしまったとのこと。情けない妖夢は、幽香に脅されて御札を手渡してしまったらしい。偉そうにしているくせに使えない奴だ。

 

「な、なにその目? なんだか凄く軽蔑されている気がする!」

「用心棒とか言ってたくせに、簡単に御札を渡すんだなあって。そこは助ける為に戦ってやれよ」

「だ、だって。なんだか幽香さん凄く怖かったし。渡さなかったら半霊が潰されそうで……。私の剣でも斬れそうになかったからつい」

 

 やっぱりこいつは半人前だった。戦う前から戦意喪失するようではまだまだである。その点燐香は素晴らしい。魔理沙が注目するだけはある。風見幽香は恐ろしい。それに潰されても潰されても挑み続ける燐香は是非とも応援してやりたい。

 

「やっぱり駄目だったか。ま、そうなるだろうと思ってたけど」

「なんでだ?」

「だって、この前の戦いって幽香も見ていたじゃない。あの技は厄介だけど、初撃を凌げばなんとかなるし。ネタが分かってしまえば、対策は幾らでも執れるわよ。警戒してる相手に通用する訳がないでしょ」

 

 霊夢が特に何でもないようなことのように呟く。ついでに酒を一気飲み。本当に燐香の負けを酒の肴にしている。顔はそんなに嬉しくなさそうだけど。意外と勝ってほしかったのかもしれない。なぜならば。

 

「……おい。だったら教えてやれば良かったのに。御札を渡すときにさ」

「一体なんて言うのよ。技の性質は既に見抜かれてるけど、精々気合で頑張れとか?」

「いや、そうじゃないけどさぁ」

「ふん。妖怪同士潰しあうなら別にどうでもいいのよ。私の知った事じゃないし」

「その割には、上手くいった時のために御札を沢山あげたんだろ。しかも、死ぬ程けち臭いお前がタダで。それはどういう訳だ」

「……うるさいわね。ただ、気が向いたからよ」

 

 霊夢がそっぽを向いた。素直じゃない奴だ。どうでもいい奴なら、妖怪に博麗の札をあげる訳がない。

 よしと魔理沙は覚悟を決める。あいつの自由を勝ち取るために、出来る限りの協力をしてやろうと決めた。正面突破は当分は難しいだろう。ならば抜け道を使うまで。頭を使えば色々と見えてくるものだ。

 

「アンタさ、また何か悪いことを考えているでしょう」

「何の事だか分からないね。それより、妖夢。他に何か情報はないのか。さぁ、さっさと吐け」

「は、吐けって言われても。一体何を吐けと」

「なんでも良いんだよ。教えてくれたら、当分はアリスの家には近づかないよ。うん、約束する」

 

 いつまで守るとは言っていないのがポイントだ。近づくときは、約束の期限は切れたということにすれば良い。

 約束など気が向いたら守るという程度で十分だ。何かに縛られるという生き方は魔理沙は大嫌いなのだ。だから仕方がない。妖夢には悪いが諦めてもらおう。

 

「そ、そう? それなら教えるよ。魔理沙が来ると、アリスさんの顔が怖くて怖くて。お願いだから近づかないでよ」

「納得いかないが、とりあえず分かったよ。全く、なんだってんだよ」

 

 一体どれだけ嫌われているのかと、魔理沙は暗澹とした気分になる。何かしたというならば納得がいくのだが、全く身に覚えがない。

 妖夢の話によると、最近の燐香は人形の操作を勉強しているらしい。能力制御の一環らしいが、本人が望んだのが一番の理由だとか。アリスは懇切丁寧に教えてやっていると。

 こういう話を聞いていると、とても魔理沙相手に冷徹な対応をしている女と同一人物とは信じられなくなる。女というのは色々な顔があるんだなぁと思った。自分も女だが、まだ少女である。

 

「でね。燐香のアリスさんの物まねが傑作で。アリスさんは認めないけど、表情と雰囲気がそっくりなんだ。いや、あれはすごいよ。セリフは支離滅裂だけど」

「へぇ、人形の操作の勉強か。本当に色々やってるんだなぁ」

「妖怪のくせに人形操作ねぇ。面倒な厄をためこまないといいけど」

「ちょっと。アリスさんに失礼だよ。あの人形はあんなに可愛いのに」

「可愛いとかそういう問題じゃないんだけどね。なんとなく、嫌な予感もするし」

 

 霊夢が呆れるが、妖夢は特に気にしていない。

 だが、先ほどの会話から魔理沙は一つヒントを見出していた。

 

「なるほど、アリスの真似か。……なるほどなるほど。そいつは今後の参考になるかもしれないな」

「何が?」

「いや、こっちの話さ」

「これだけ話したんだから、アリスさんの家には来ないでよ?」

「分かったよ。妖夢は本当にしつこいなぁ。そんなことじゃ、今より白髪が増えるぞ」

「だからこれは銀髪だ! この白黒!」

「うん、確かに私は白黒だけど。で、それが何か問題があるのか?」

 

 魔理沙はニヤリと笑ってやる。白黒呼ばわりは別に嫌いじゃない。魔理沙が望んでこの装束を選んでいるのだから。

 

「むぐぐ! こ、こいつむかつくんだけど! あー本当に腹立つ!!」

「うるさいわね! 静かにしろ、この馬鹿庭師!」

「痛ッ!」

 

 激昂する妖夢の頭を、霊夢が小突く。あれは痛そうだ。実際妖夢は蹲っているし。

 

「そんなことより妖夢。来週、また宴会やるとか紫が言ってたから、幽々子に伝えておいて。あと一応燐香にもね。来るかどうかは幽香次第だろうけど」

「え、そんなこと私は聞いてないよ。いつ決まったの?」

「私もさっき聞いたのよ。夏は飲まなきゃ始まらないとか馬鹿なこと言ってたから、まーた何かやるつもりかもね」

「……そうなんだ。うん、そういうことなら分かった。幽々子様にはちゃんと伝えておくよ。後、幽香さんにも」

「魔理沙。アンタは、ちょっかい出さずに大人しくしてなさい。境内で暴れたら全員しばくわよ」

「おう。今は大人しくしているさ。今はな」

 

 魔理沙は素直に頷いた。まだその時じゃない。もう少し、待つ。できれば、異変か何かを通じてもう少し関係を深めたい。いきなりでしゃばって、お前を手伝いたいとか言っても説得力がない。そんなのについていくのは、無鉄砲な自分くらいである。鬼退治を成し遂げたことだし、後もう一つくらい何かで協力できれば十分だと思う。その時は、約束通りに誘いに行くとしよう。



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第五十七話 獣たちの酒盛り

 なんと。夏に突入して、そろそろビールでも飲みたいなぁとか思っていたら、博麗神社で宴会が開かれるらしい。心の友の妖夢が教えてくれた。とはいえ、我が家としては絶対行かないだろうなぁとか思っていたら、幽香が参加するとか言い出した。本当に気紛れな奴である。

 しかもアリスまで誘いだすし。一体どういう風の吹き回しだろう。アリスもすごい困惑した表情だった。幽香と小声で何回かやり取りした後、アリスは複雑そうな表情で頷いた。

 そして、今ここ、博麗神社の境内にいるわけだけど。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 なにこれ。超気まずいんだけど。幽香は無言で酒を飲んでいる。アリスは無言で周囲を観察している。人形を等間隔で配置し、周囲に睨みを効かせている。第一種警戒態勢。なぜそんなことをしているのだろう。分からない。

 そして私、なぜか緊張しながら空のコップを抱えている。誰か、気を利かせてビールでも注いでくれないかなぁと待っていたけど、何も起こらなかった。新人の癖にグラスが空じゃない、駄目駄目そんなんじゃーとか言ってくるおじさんはいなかった。

 なんなの。どうして誰も近づいてこないの。

 と、思ったら。

 

「……お邪魔するわよ」

「あ。こ、こんばんは」

「…………」

 

 初対面の天狗、姫海棠はたてが天狗印の瓶ビールを抱えて近づいてきた。その背後には、ニヤニヤと笑う射命丸文の姿。

 はたての顔はなんだか紅潮して強張っており、手もプルプルと震えている。既に酒が回っているのかもしれない。

 

「…………」

「えっと、なんでしょう」

「グラスを出しなさい」

「はい?」

「グラスを出しなさいといっているの。天狗である、この私の酒が飲めないというの?」

「は、はい。ごめんなさい」

「燐香」

「一杯だけにしますから」

 

 アリスがちょっと睨んで来るが、一杯ぐらいは良いだろう。はたてからお酒を注いでもらう。私も気を利かせようと思って、瓶を受け取ろうとする。

 

「な、なに? なんなの?」

「ご、ご返杯を」

「そ、そういうこと。うん、そうよね。そういうことならありがたく受け取ってあげる」

「はい。ど、どうぞ」

 

 お互いに溢れそうなグラスを打ちつけて乾杯。一気飲み。うん、美味しい。美味しいけど、なんというか、きまずい。夏だというのに場の空気がひんやりしている。

 

「…………あの」

「なに?」

「よ、よければ自己紹介を」

「貴方の事は良く知っているわ、風見燐香。私の名前は姫海棠はたて。新聞記者よ」

「宜しくお願いします」

「え、ええ」

 

 私が手を差し出すと、態度とは裏腹におずおずと握り返してくるはたて。なんだか凄くぎこちない。

 

「う、ううっ。そ、そうだ」

 

 はたてが携帯を取り出し、なんだかモジモジしはじめる。顔はさっきよりも強張ってる。携帯で通話するのかと思ったけど、電話なんて普及してないはずだし。ということは、写真でも撮るつもりだろうか。

 

「写真ですか?」

「い、いや。その、別に。な、なんでもないのよ。そ、それじゃあ、今日はちょっと忙しいから。うん、その、また今度ね!」

 

 宴会に来たのになんで忙しいのだろうか。よく分からないまま、はたては早足で行ってしまった。射命丸文は腹を抱えて笑っている。それを顔を赤くして怒っているはたて。なんだか面白いコンビである。

 

「……なんだったんだろう」

「さぁ。インタビューでもしたかったんじゃないかしら。相当緊張してたみたいだけど」

「今度はもっと話してみたいです」

「天狗に対してそういう感想を抱くのは貴方ぐらいのものでしょうね」

「ふん。あっちのは初めてみる顔ね。まぁ、天狗のことなんてどうでもいいけど」

 

 ちょっとだけ会話が盛り上がった。ありがとう姫海棠はたて! また会う日まで。

 と、場がやたらと賑やかになってきた。魔理沙がチルノの喧嘩を買ったようで、夜空に浮かんで弾幕勝負を開始したのだ。魔理沙の放つ弾幕は本当に綺麗で、見る物を惹き付ける。本当に凄い。羨ましい。

 

「……全く、相変わらずやかましい連中ね」

「なら、どうして来たの?」

「誘われたからよ。そして断る理由もなかったから」

 

 素直じゃない幽香りん。そんなことを口走ろうものなら私の顔面にパンチが飛んでくる。こいつの場合は、本当に気が向いたからだろう。ツンデレではなく、ただ単純に性格が悪いだけ! 

 

「それだけ?」

「ええ、そうよ。何か問題があるかしら」

「ないわ。ただ、貴方の行動方針が理解できないだけ」

「どういう意味かしら」

「火元に油を近づけるなということよ」

「油の性質を変えたいの」

「間に合うとは思えないわ」

 

 アリスと幽香の会話。なんか意味不明だし硬い。というか、この二人がこうして落ち着いて話している姿って、初めてみるかも。いつもは立ち話だし。相性は――あまり良さそうには見えない。幽香はアリスを特に気にしていないようだし、アリスはなんか棘がある目で見ている。私は当然アリス派である。あ、いいこと思いついた。ここの神社にいる勢力を集めて、対幽香大同盟を結成するのはどうだろう。……何の得にもならないから誰も来てくれなそう。そう、私のカリスマはゼロに等しい。

 

「あらあらあら。なんかここだけ暗いんじゃなくて? せっかくの宴会なんだから、楽しくやりましょうよ」

「よりにもよって、一番五月蝿いのが来てしまったわね」

 

 幽香の溜息。アリスは既に顔を逸らしている。

 

「失礼な。一番美しいなら合っているわ」

「可哀相に。夏の暑さにやられたのね。一度外して中身を洗うことをオススメするわ」

「ねぇ、幽香。貴方の愉快な頭、向日葵みたいに綺麗に咲かせてあげましょうか?」

「やってみたら?」

 

 幽香と紫が顔を凄く近くして睨みあっている。よし、いいぞ。そのまま潰しあえ! 頑張れ紫! ファイトだ!

 

「と、愉快なお花おばさんを相手にしている場合じゃなかったわ。ちょっとだけこの子借りたいんだけど」

「ああ?」

 

 狂犬みたいな顔をする幽香。怖っ。

 

「ウチの橙に紹介したいの。ほら、同じ童妖怪みたいなもんだし。ね、いいでしょう。ほんのちょっとだけ」

 

 狂犬から仏頂面に変わった。

 

「……好きにしなさい。そんなのでいいならね」

「そ、そんなの」

 

 そんなの扱いされた私。ひのきのぼうくらいの価値しかなさそうだった。

 紫がいきなり近づいてきて、背後から抱きしめられる。更に耳にふーと息を吹きかけられる。一気に鳥肌がたつ。

 

「うぎゃあああああああああ!」

「あら、感じやすいのね。耳が弱点かしら――ってグベ!!」

 

 と、幽香のチョッピングライトが紫目掛けて放たれていた。早すぎて見えない! 紫は慌ててスキマでガードしたみたいだが、バランスを崩している。そこにアリスの人形が戦列を組んで槍を向けている。凄い連携だ。

 

「ちょ、ちょっとからかっただけなのに。ひ、ひどくないかしら」

「次やったら――」

 

 幽香が視線を霊夢の席へと向ける。なんだか敵意を発しているし。霊夢もそれを素早く察知し、目つきを狼みたいにしてる。やばい。こいつら修羅道だ。これって、敵対暴力団同士の手打ちの宴じゃないの。怖いっ。

 

「もうやらないから安心して? 代わりといってはなんだけど、ウチの狐を貸してあげるから。精々こきつかってあげて。実は宴会芸も得意なのよ。変身とかできちゃうし」

「ゆ、紫様!? 私はそんな話聞いていませんよ!」

「うるさいわね。橙橙橙と親馬鹿なのもいい加減にしなさいな。少しは離れることを覚えなさい。この未熟者め」

 

 ベシっと扇子を藍に打ち付けている。良い音したし、結構いたそうだ。額を押さえながら、涙目になる藍。一気に場が殺伐としてきた気がする。

 なんだかアリスの表情も怖い気もするし。うーむ。多分だけど、全部幽香のせいだと思う。こいつがいると場の空気が修羅に変化する。やはり幻想郷の平和を乱すのは風見幽香だったのだ。よし、謎は全てとけた!

 

「それじゃあ、行きましょうか。ふふ、なんだかお嫁さんを迎えるみたいで楽しいわねぇ。八雲家への嫁入りね!」

「ああ?」

「嘘嘘、ただの冗談よ。ああ、怖い怖い。睨まれただけで石化しちゃいそう」

「そ、それじゃあ、行ってきます」

「浮かれて飲み過ぎないようにね。なにかあったら、大声をあげなさい」

「は、はい」

 

 アリスが優しく微笑んでくる。何かってなんだろうと思うが、素直に頷いておく。

 場には、幽香、アリス、藍が残される。一体どんな会話をするのか。全く想像出来ない。アリスは基本的に友好的だけど、藍は分からないし。幽香はアレだし。いきなり全力全開バトルとか起きませんように。

 

 

 そしてやってきました八雲&西行寺の素敵な席へ。紫、橙、妖夢、幽々子、後ろではプリズムリバー三姉妹が楽しげに演奏している。初めて聞いたけど実に素晴らしい演奏である。声をかけたいところだが、邪魔をしてはいけないので止めておく。

 

「およばれしてやってきました。お久しぶりです、幽々子さん。その節はどうも」

 

 営業マン風の挨拶をする私。挨拶は大事である。受けた恩は忘れないのだ。そう、私は結構義理がたい。

 

「そんなにかしこまらないで。貴女も元気そうでなによりよ。妖夢から色々と話を聞いているのよ。そのうちまた遊びにいらっしゃい。貴方ならいつでも大歓迎よ」

「ありがとうございます。あ、すみません」

 

 幽々子がわざわざ酒を注いでくれた。私は非常に恐縮しながらそれを受ける。なんというか、格が違うというか。八雲紫と西行寺幽々子は本当に目上の人って感じ。幽香も本当はそうなんだけど、これは乗り越えなければいけない壁である。

 

「ぷっ。なんだか姫様と従者って感じねぇ。そうだ、あれなら白玉楼で庭師をやるというのはどうかしら。どう、幽々子?」

「え、ええ!? に、庭師なら私がいるじゃないですか」

「それは良い考えねぇ。そろそろ新しい風を取り込むというのもアリよねぇ」

「ゆ、幽々子様まで。私はこれからもっと頑張りますから! で、ですからお払い箱だけはお許しを!」

「ふふ。まったく、誰がクビにすると言ったの。庭師が一人でなければならない理由はないでしょう。すぐに動揺するのは貴方の悪い癖よ?」

 

 幽々子に優しく窘められると、妖夢がぐぬぬと唸りながら反省している。こんな感じでいつもからかわれているのだろう。凄く想像できるし。

 と、こちらをさっきから警戒する視線で睨んでいる橙の姿が目に入る。おお、猫娘だ。マタタビとかあれば仲良くなれそうだけど、手持ちにはない。残念。

 

「それで橙。挨拶はどうしたのかしら。それぐらい、未熟な貴女でもできるわよね?」

「で、でも紫様。こいつ、紅魔館で私達に喧嘩売ってきた奴ですよ。そんな奴に挨拶する必要なんてありませんよ!」

「はぁ。藍は本当に甘やかしすぎねぇ。橙、私は一体誰だったかしら」

「八雲紫様です!」

「そうよ。そして貴方の主である、八雲藍の主なの。つまり、主の主ってわけね。で、貴方は私が連れて来た客人に対して、無礼な口を聞いたというわけ。はてさて、これは許されることなのかしら」

「い、いえ。でも先に無礼な真似をしたのはこいつ――」

「常に余裕を持ち、いかなるときも冷静に。橙、貴方は当分八雲の姓を名乗る事はなさそうねぇ。本当に残念よ」

「ゆ、紫様」

「どうしたの橙。そんなに脅えちゃって。追い詰められた鼠みたいな顔をしてるわよ?」

 

 紫が橙の頭を撫でている。でもなんだか怖い。殺気が篭められているような。橙は尻尾をめちゃくちゃ萎れさせているし。耳も垂れてしまった。

 

「紫、ちょっと虐めすぎじゃないの? トラウマになっても知らないわよ」

「いいのよ。藍は甘やかすことしかしていないから。橙に嫌われたくないから。でも、甘やかされるだけでは、一人前になどなれはしない。嫌われ役になってでも、必要なことは躾なければならない。それが親の務めでしょ。藍は、親としてはまだまだ未熟者ってこと」

 

 紫がそう言って、橙の頭を今度は優しく撫でている。もう敵意は感じない。橙はほっと息を吐いて、謝罪しながら紫に抱きついた。やはり本当は仲が良いらしい。それにしても、今の言葉を語っているとき、紫は一度こちらに視線を送ってきた。なんだか、私が教えを受けているような気分になってしまった。なんとなく、心に残る。後で、一度考えてみようか。

 

「……わ、私は八雲藍の式、橙です。えっと、さっきまではごめんなさい。どうか、よろしくお願いします」

「初めまして。私は風見燐香です。以前は失礼してすみませんでした。こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします」

 

 お互いに緊張した面持ちで、謝罪と共に頭を下げる。なんだかお見合いの席みたいだった。すると、妖夢が私達にグラスを持たせ、酒を注いでくる。そして、仲良く3人で乾杯。なんだか不思議な光景だが、お酒は美味しい。なら良いとするか。

 

「うーん。若いっていいわねぇ。そう思わない、幽々子」

「そうね。今の妖夢の気の遣い方は完璧だったわねぇ。さりげなくグラスを配る技術は素晴らしかったわ。うん、流石は私の妖夢ね」

「いや、別にそんなことは言ってないわよ」

「え、そうなの? じゃあ何?」

「貴方は目は良いけど、たまに耳が悪くなるわよね。そういう歳なのかしら」

「貴方に言われるのだけは心外よ」

「あらあら。それはこっちのセリフよ」

 

 紫と幽々子が楽しそうに会話をしている。私達はそれを見ながら、小声で主の評論を始めていた。

 

「あーあ。幽々子様は優しそうでいいよね。妖夢が羨ましいよ」

「私もそう思います。なんだか、おおらかでなんでも笑って許してくれそうですし。紫さんは、なんだか笑いながら鞭を振るいそうです」

「うん、それ当たってるよ。私が悪戯すると、藍様はお説教なんだけど、紫様は大抵物理攻撃だし。本当に怖いんだ。この前なんて水風呂に放り込まれたよ。おかげで式落ちちゃったし!」

「……ウチも同じようなものですよ。実は、ここだけの話なんですけど。幽々子様は穏やかに見えて、性格がちょっとというかかなり悪いんですよ。暇さえあればいつも私はからかわれていて。しかも、ネチネチと結構根に持つお方なんです」

「そうなの?」

 

 橙が信じられないという表情をする。私も同感だ。

 

「はい。あれは見せかけの優しさなんで、気をつけてください。笑顔に騙されては駄目です。油断は禁物です。なにせ亡霊ですから」

 

 かなりの毒を吐く妖夢。盲目的に忠誠を誓っているかと思いきや、意外と黒かった。でも、幽々子が嫌いというわけじゃなさそう。親しいからこそでる愚痴というか、そんな感じだろう。

 

「そっかー。だから、紫様と親友なんだよ。だって紫様は本当に性格悪いし! 私は猫で藍様は狐でしょ? だから紫様は狸だねって藍様と良く話すんだ。狸は意地悪だからね!」

「……ということは、幽々子様も狸? ……いや、狸の亡霊?」

「あ、うちのお母様も外道で性格は悪魔ですよ。そうか。だから、紫さんと腐れ縁なんですね。でもお母様は狸というよりは、凶暴なアライグマですねぇ。ああ見えて結構綺麗好きだし」

 

 アライグマは凶暴だ。ラスカルなんて目じゃない。あれはただのイメージであり、本当のアライグマは超強い武闘派なのだ。現代社会で逞しく生き抜くだけのポテンシャルを持っている。

 

「意地悪狸と凶悪アライグマかぁ。――ぷっ!」

「外見だけは可愛らしいね!」

「でも年寄りですけど!」

 

『ぷっ、あははははは!!』

 

 私、橙、妖夢で大きな笑い声を上げる。なぜか紫と幽々子もそれに加わっていた。ニコニコ笑顔で。

 

「うふふ、楽しそうねぇ。その気持ち、凄く分かるわ。誰かの陰口を叩くのって、とても楽しいものよね」

「若いって本当にいいわねぇ。恐れを知らなくて。羨ましいわぁ」 

『げえっ!』

 

 目玉が飛び出るくらいに驚いたが既に手遅れ。

 

「童妖怪の分際で口の悪さだけは一人前みたいねぇ、橙。それに燐香、幽香の顔で悪口を言われると無性に腹が立つのはなぜかしら。ついでに妖夢も何を笑っているの。幽々子からどういう教育を受けているのかしら」

「本当にねぇ。まだまだ半人前のクセに。主を狸の亡霊扱いするなんて、良い度胸してるわねぇ。そうだ、全部幽霊になったら少しはマシになるかしら。一度試してみましょう」

『お、お許しください!』

 

 ハモって謝罪する橙と妖夢。だが、許されそうもないと分かると逃走を開始。ちなみに私は既に逃げ出している。だが、魔王からは逃げられないのがこの世の定め。

 上空に逃げ出した私達をやすやすと拘束する紫&幽々子。タイミング悪く、魔理沙とチルノの弾幕勝負が終わった後だったので、自動的に三対二の変則バトルに突入してしまった。

 ラスボス級二名に勝てる訳もなく、妖夢が真っ先に脱落。橙と私は素早さを生かして逃げ捲っていたが、最後は頭をぶつけて墜落してしまった。下ではアリスが人形で受け止めてくれたので助かったが。

 色々と心臓に悪かったけど、遊び半分だったので結構面白かった。たぶん、これも紫の計画だったんだろう。おかげで私と橙、妖夢は勝手に親近感というか、連帯感を持つようになった。流石は幻想郷の賢者である。――さっきの顔は結構本気で怒っていた気もするけど。

 

 で、帰りに地獄耳の幽香に頭を殴られて終了。アライグマの一撃はやっぱり凶悪だった。




アライグマって結構凶暴らしいです。ストロングスタイル!



ちょっと間があいてしまいました。
69話までは既にできていますので、そこまではぼちぼち投稿します。
その後がクライマックス突入の予定ですが、手が止まってしまって。
返信も今は控えております。でも全て目は通しております。

のんびりとやりますので気長にお待ちいただけると助かります。


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第五十八話 永き夜の始まり

「あー暑い暑い。でも私には秘密道具があるから問題なっしんぐ!」

 

 ちゃらららーんと効果音をつけて、特製カイロを取り出す。最近はこれを手放せない。カイロという名前だが、ちょいと妖力を篭めるだけで、ひんやり空気に包まれる優れものだ。

 おかげで、アリスの家にいくとルーミアとフランがくっついてきて暑苦しい。いくら私の周りがひんやりしていても、そんなにくっついたら暑苦しいのである。そう言って強引に引き剥がすと、カイロの一日所有権を賭けて弾幕勝負だとか理不尽なことを言われるし。

 でも流れ自体は面白いので、喜んで受けて立つ。勝負というのはノリが大事だ。そして勝ったり負けたりする。勝ったら冷気をお裾分け。負けたら、勝者に復讐の意味も篭めてくっついてやる。うん、どっちにしろ暑かった。

 

「いやー夏はいいなぁ。走り回った後のカキ氷は最高だ!」

 

 皆に別れを告げた後、カキ氷を食べる。これが堪らない。幽香も文句を言ってこない。なぜならついでにアイツの分も作ってやるからだ。相変わらずのみぞれシロップだけど、冷たいから美味い! くーっ、と片目をつぶりながら夏をエンジョイ。

 そんなこんなで終わらないロングサマーバケーションを楽しんでいる私。一方の幽香は少し疲れた表情で、自分の部屋に篭っていた。一応カキ氷食べる?と声をかけたのだが、不機嫌に舌打ちされてしまった。人の親切を無碍にするとは超ムカツクやつである。

 

 こっそりドアを開けて様子を見てやったら、なんか空の酒瓶が一杯転がっていた。幽香はぐでーっと壁に寄りかかっている。なるほど、自分ばっかり一人酒を楽しんでいたらしい。余計な気を遣って損をしてしまった。

 

「寝てる」

 

 と見せかけて、罠かもしれない。殴りかかったら、そのままカウンターをくらいそうな幻が見える。ちょっとだけやりたい気持ちもあるが、今日は勘弁してやろう。カキ氷を食べたので少しだけ寛大なのだ。

 というか、相当警戒心が薄れているらしい。こちらに全然気付く様子もなく、壁にもたれかかったまま寝ている。

 楽しみながらというよりは、なんというか、酒に溺れているという飲み方な気もする。なぜかというと、私の飲み方とそっくりなのである。知らんけど。私の予測だと、今日は拳のキレがいまいちだったとかそういう悩みだろう。間違いない。

 しかし、寝ている顔は凄く美人なのだが、中身はデビルなのが残念だ。どうか、そのまま寝ていてくださいと祈りつつ、私はそっとドアを閉める。

 

「…………」

 

 なんだかいまいちスッキリしない。モヤモヤする頭。しばらくうろうろして考えた結果、遺憾ながら行動を起こす事にした。

 もう一度ドアを開けて素早く中に入り、タオルケットを幽香にかけてやる。うむ。

 風邪でもひかれて、私に八つ当たりされても困るし。部屋を出るついでに空瓶を適当にもって退出。台所のゴミ袋に入れておく。ふー、疲れた。飲兵衛の駄目親を持つと大変なのである。

 

「……待てよ? 今ならもしかして」

 

 ここから逃走できるんじゃなかろうか。久々に一発試してみようか? 今日はそのまま脱走するつもりはない。軽く夏の夜を散歩するのも悪くないかなーと思ったのだ。よーし、そうと決まれば善は急げだ!

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

 

 

 自室に戻り、鼻歌混じりにでかける準備を整える。といっても行く場所なんてあんまり思いつかない。博麗神社にでも行ってみようか。もしかしたら皆で宴会とかやってるかも。霊夢や魔理沙とはあんまり話す機会がないので、どんどん話していきたいものだ。友好度を高めておくことは、この修羅の世界では大事なことだ。いざというときに見逃してもらえるかも。いや、霊夢は見逃してくれなそうだけど

 

「これでよしっと」

 

 ばっちり着替えた瞬間、部屋の窓をトントンと軽く音。なんだろうとそっちを振り返ると、窓にはニヤリと笑う魔理沙の顔があった。ホラー映画だったら悲鳴をあげるシーンである。

 

「おーっす。暇か?」

「うわぁ!! び、びっくりした」

 

 とりあえず窓を開けて、中へと招き入れる。外に居たら、どんなトラップにひっかかるか分かったものじゃない。というか、よく引っ掛からずに来れたものだ。流石は魔法使いというべきか。

 

「いやぁ、ここまで来るのは結構骨だったぞ。お前の母ちゃん神経質過ぎだろ。一体どんだけトラップし掛けてんだか。流石の魔理沙さんも苦労させられたぜ」

「でも、よくここまで来れましたね。本当に凄いですよ」

「へへ、まぁな。私もそれなりにやるってことさ。それで、そんな格好してるってことは、やっぱり気付いたのか?」

「……? 何がですか?」

「何がって。満月がおかしいことにだよ」

「満月?」

「なんだ、気付いてないのかよ。ほら、月を見てみろよ」

「分かりました。……どれどれっと」

 

 魔理沙に言われて、窓から身を乗り出す。夜空に浮かぶ立派なお月様。じーっと見つめてみると、確かに何かおかしかった。虫が齧ったみたいに、ちょっとだけ欠けている。月は出ているか! 残念、これは偽物の月でした! 思わずブルーツ波を出して月もどきを作り出したくなったが、私はサイヤ人ではないので何の意味もなかった。あれ結構凄い技だと思うのに、知名度が低いと思う。弾けて混ざれ! とか一度は言ってみたい日本語である。

 それはともかくとして、今日はもしかして永夜異変の日だったのか。なるほどなるほど。それは大変だ。私には全然関係ないけど。一日ぐっすりと寝ていれば勝手に終わる異変だし、寒さに耐えなければいけない春雪異変とは全然違う。みんな、がんばれー!

 

「よく分かりました。ちょっと欠けてますね」

「だろ? 人間にはあんまり影響はないけど、妖魔連中からするとこれは一大事。つまり、立派な異変ってことだ」

「なるほど。それで、ここに来た理由と何か深い関係が?」

「ああ、大有りだ。ほら、この前約束したじゃないか。次の異変は一緒に解決しようって。だから、約束通りに来たってわけさ!」

「あれ、約束は破る為にあるとか前言ってませんでしたっけ」

 

 前の宴会のとき、そんなことを大声で叫んでいた。霊夢に突っ込まれていたけど。

 

「確かに言った。だが、たまには守る時もあるのさ。それが霧雨の魔理沙さんなのさ」

「勝手な人ですね」

「ああ、その通りだ。私はとっても勝手な人間なんだ。だからさ、一緒に行こうぜ」

 

 魔理沙が無邪気に微笑む。思わず私は見とれてしまう。なんて綺麗な笑顔なんだろうと思った。同時に本当にずるいなぁと思う。信念と夢を持って生きている人間の顔だ。魂が眩いほど輝いている。見ているだけで私の目が潰れそうだ。だから、私たちは白い仮面を被る。溢れるモノを塞いでくれる。こうしていれば大丈夫。誰とでも楽しくやっていくことができる。

 

「それはいいんですけど、あれ?」

「どうしたんだ?」

 

 永夜異変では、魔理沙はアリスとペアを組んでいたはず。禁呪の詠唱コンビで。これで私が魔理沙と組んでしまうとどうなるのだ。というか魔理沙とアリスって微妙に仲が宜しくない。マリアリは私のジャスティスとか、そんなこと口が裂けてもいえない程度には悪い。多分というか、確実に私のせいだろう。本当にごめんなさい。存在してしまっているだけで罪なのだ。でも死ぬ度胸も覚悟もない。完全な消失はとても恐ろしい。仕方がない。流れるままに任せよう。

 

「いえ。私なんかより、魔法使い同士で解決に向かった方がいいんじゃないかと思って。パチュリーさんとか、アリスとか」

「はは、パチュリーがこんな真夏に外に出歩くはずないだろ。それに、私はアリスとは完全に敵対しちまってるからな。一緒に行動なんて絶対にありえないぜ。なんせろくに話もできないしなぁ」

「そうなんですか?」

 

 ここまで仲が疎遠だとは思わなかった。まぁそのうち勝手に仲良くなるだろうけど。魔理沙とアリスの凸凹コンビは見ていて楽しそうだし。私は上海たちとそれを一緒に眺めていられればいいなぁと思う。

 

「ああ。全く、過保護もあそこまでいくと病気だぜ。ま、今回はそれを逆手に取るわけだがな」

 

 魔理沙はそう言うと、提げた鞄からなにやら服を取り出した。フリルのついた上着とスカート。青と白を基調とした感じ。というかこれって。

 

「服、ですね。しかし、なんというかまた、少女趣味というか」

「私には似合わないってのは言わなくていいぞ。まぁ、見よう身まねで作ってみたんだけどな。即席の割には意外と良くできてるだろ。ちなみにサイズは適当だ!」

「……本当に器用ですね」

「へへ。この服だって実はお手製なんだぜ? 魔法使いたるもの、自分の物は自分で作らないとな」

 

 なるほど。白黒魔法使い装束なんて、そう簡単に作れなそうだし。自分で作っていたのか。凄い! で、それが一体何だというのか。良く分からない。

 

「で、このアリスに似合いそうな服をどうするんです?」

「簡単なことさ。妖夢から聞いたんだけど、お前最近人形の操作を覚えているんだろ?」

「え、ええ。まだまだ絶賛練習中ですけど」

「それと、アリスの物まねが結構上手いらしいじゃないか」

「ふふ、それだけは自信がありますね。完璧なアリスの演技ならお任せ下さい。宴会で盛り上げてみせますよ」

 

 アリスは常に完璧だ。アリスを演じていると、なんだか自分じゃないみたいになれる。彼女は私の憧れなのだ。だから、その時はちょっと楽しい。素に戻ると悲しいけれど。

 

「だからさ。お前は、その恰好をして私のペアになればいいのさ。それなら途中で他の妖怪に見つかっても、何も問題ない。例え天狗に見つかったって、風見燐香がいたとは分からない。初見の奴はお前を『人形遣いの少女』と認識するはずだしな」

 

 人形遣いといえばアリス。新聞に書かれても私とバレる心配はない。写真に撮られたとしても、私とは絶対に分からないはず。

 

「でも、アリス本人に尋ねられたらどうするんです? 絶対怪しまれますよ」

「私とアリスは仲が悪いから、あいつが疑問に思ったところで何ら問題ない。なぜなら、私はとぼけるし、これ以上関係が悪くなる心配もない。お前も知らぬ存ぜぬで通せばオッケーだ」

 

 それも問題だと思うが。この異変が終わったら、関係改善のために何かした方が良いのかもしれない。そんなに仲が悪くなっているとは思わなかったし。

 それはそれとして。

 

「私が、アリスに」

 

 私がアリスになる。それは是非ともやってみたい。そう、私はアリスになりたいのだ。

 

「お前が夜抜け出したってことがバレたら、色々と面倒なんだろ? おっかない母ちゃんに怒られたりさ。だから、今日は家出の予行演習ってことで、変装したほうが良いんじゃないかと思ってな」

「な、なるほど。流石は魔理沙さんですね」

「そうだろうそうだろう。というわけで、さっさと着替えてみてくれよ。折角の異変なのに、他の奴に先を越されたらガッカリだしな。既に霊夢辺りが動いていてもおかしくないぜ」

「はい、分かりました!」

 

 私は素早くいつもの服を脱ぎ捨て、魔理沙が用意してくれた服に着替える。ちょっと胸がスカスカだけど、まぁ許容範囲。私はまだまだ成長過程だからね。仕方ないね。うん。

 カチューシャを身につけようとすると、魔理沙が小ビンを渡してくる。

 

「おっと、大事なことを忘れてた。こいつを髪につけて馴染ませてくれ。特製の毛染め剤だ」

「おおー。そんなものまで。でも、染めてから乾くまで時間がかかるんじゃ」

「即効性の上、時間経過で元に戻るから心配いらないぜ。ま、永久的なのができたら、私の店で売るつもりなんだけどな。生えてくる毛にまで影響させるのが中々難しいんだ」

 

 瓶の中身を髪にふりかけて、軽く揉む。おお、なんかジュワーっとしてる。鏡を見たら、金髪になっていた。暗くてあんまり輝いていないのが残念。リボンつきのカチューシャを身につけ、花梨人形を抱えたら、チビアリスの完成。まほうのちからってすげー。

 これはあれだ。いわゆる旧作アリス。自分で言うのもなんだが結構可愛い。

 

「中々良い感じじゃないか。これなら、お前だって簡単には気付かれないだろう」

「確かに。アリスちびっこバージョンですね」

「誰かに突っ込まれたら、満月のせいで、ちっちゃくなったとでも言えばいいさ」

「そ、そんなんで誤魔化せますかね」

 

 ルーミアならそーなのかーで許してくれそう。いや、やっぱり駄目かも。意外と細かいところがあるのだ。

 

「それはお前次第だな。ま、適当に頑張れ!」

「は、はい」

 

 魔理沙に背中を叩かれたので、私は思わず頷いてしまった。流石は主人公、押しが強い。

 

「じゃあそろそろ行くか。花畑のトラップは一部だけ無効化してあるから、そこを通っていくぞ」

「分かりました」

「それと、基本的に私が戦うから心配しなくていいぜ。でも、やりたくなったら言ってくれよな。異変を一緒に解決するんだから、今の私達はいわば相棒同士だ。助け、助けられてで進んでいこうぜ」

「はい!」

 

 私が強く頷くと、魔理沙が私の頭を撫でてきた。うーむ、やっぱり私の頭は撫でやすいのか。皆気軽に撫でてくる。別にいいんだけど!

 魔理沙が箒をもって、窓から飛び出す。私もシュワッチと夜空へ飛び上がる。花梨人形を常に浮かべるのは大変なので、これは手持ち。うんうん、なんだかアリスになった気分。アリスイン幻想郷? ちょっと違うか。

 

「よーし、しっかりと魔理沙さんに掴まってな! ちょっとだけ全力で飛ばすぜ!」

「分かりました!」

「レッツゴーだ!」

「ラジャー!」

 

 私は魔理沙の背中に抱きつくと、一気にスピードがあがる。流石は幻想郷最速と自称するだけはある、天狗がどれくらいかは分からないが、本当に速い。うん、サラマンダーよりはやーい!

 ――こうして、私は魔女の宅急便気分でしがみつきながら、永き夜の異変に向かうのであった。




変則魔理沙アリスペア。マリアリ? マリリン?


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第五十九話 羨望

 ステージ1はリグル・ナイトバグ! 対戦相手としては一番優しいというか易しいかなと思ったので、思い切って私が出張ることにした。本当に易しいかどうかはやってみないと分からないけど。

 

「なんだ燐香――じゃなくてアリス。いきなりお前がやるのか?」

「任せてください。私も結構経験を積みましたので」

「言うじゃないか。ならお手並み拝見と行こうか。ここは任せたぜ、相棒!」

 

 魔理沙に背中をビシッと叩かれる。気合が入った! やはり相方がいるというのは素晴らしい。サポート効果、素早さ+10が掛かった気分。私は正面に立ちはだかるリグルに視線を向ける。

 

「こんばんは、虫の妖怪さん」

「こんな夜に、人間がのこのこ出歩くなんて物騒だなぁ。妖怪の栄養になる前に、少し痛い目を見たほうがいいよ」

「そうですか?」

「私に聞かれても困るよ。それにほら、虫達のささやきが聞こえるでしょう? 少し足を止めてそれに浸るのも悪くないよ。例えば、三日間ぐらいね。気が向いたら虫の栄養になってくれると嬉しいな」

「それは、私達にくたばっていろということでしょうか」

「簡単に言えばそうだね。人間ごときに舐められたら私達も商売あがったりなんだ。だから、死なない程度に痛い目を見せてあげる。その代わりといってはなんだけど、美しい虫達の煌きをその目に焼き付けていくと良いわ」

 

 リグルが蛍たちを自分の周りに展開する。彼女はどんな弾幕を使うのだったか。なんか虫みたいな弾幕? 虫みたいな弾幕ってなんだ。駄目だ。さっぱり覚えてない。一番インパクトのあるリグルキックぐらいしか覚えてなかった!

 最初なら花梨人形だけでいけるかなぁと思ったけど、やっぱり無理そうかな。いや、人形を抱えながら、戦闘用彼岸花を出して戦えばいいか。よし、そうしよう。

 私は完璧なるアリス・マーガトロイド! アリス・マーガトロイドは私! アリスパワー充填!

 

「今日は丁度良いと思うの」

「……いきなりだなぁ。で、何が丁度良いの?」

「礼儀を知らない蛍狩りをするには、丁度良い夜だと思うの。ねぇ、貴方もそう思わない、リグル・ナイトバグ」

 

 私は意識的に攻撃的な笑みを浮かべる。最初が肝心、舐められてはいけないのである。

 

「――こ、こいつッ」

 

 警戒心を露わにして距離を取るリグル。一斉に周囲に弾幕を展開しはじめる。

 私もリグルに負けじと、戦闘用彼岸花『蕾』を適当にばら撒く。流石にステージ1で負けられないので、いきなり10個展開だ。完璧なアリス・マーガトロイドの名前に万が一にも傷をつけてはいけない。強く凛々しく美しく。華麗な弾幕で勝利を掴まなければ。

 

「――え? これは、まさか、ひ、彼岸花?」

「ええ、彼岸花。綺麗でしょう? 赤色が血みたいで」

「そ、そんな、馬鹿な。な、なんでお前が、アイツの技を」

「なんででしょう。不思議でしょう? 虫ごときには分からないでしょうけど、この世界は不思議に溢れているのよ」

 

 気障なセリフがペラペラでてくる。流石はアリス。ちなみに、アリスはそんなことを一回も言ったことはない。しかし、私の考えた最強のアリスなので何も問題ない。

 

 目を見開いて驚愕しているリグル。その顔は見る見るうちに青褪めていく。なんか汗もだらだらと流れているような。こちらを指差す手がぶるぶると震えている。

 

「お、お前、まさか、か、か、か、風見の」

 

 口をパクパクとさせて、少しずつ後退していくリグル。

 

「さて、覚悟は良いかしら。大丈夫、殺しはしないわ。ただ、三日間ぐらい標本の気分に浸ってもらうだけ――」

「う、うわぁああああああああああああ!!」

 

 私が格好良くスペルを宣言しようとしたら、リグルがいきなり逃げ出した。夜でも分かるくらい顔を真っ青にして。いや、真っ黒ぐらいまでいっていた。

 もしかすると何かやることを思い出したのだろうか。例えば、家の鍵を掛け忘れたとか。

 ――と、展開させていた彼岸花が勝手に反応して攻撃をしかけてしまった。直ぐにやめさせたが、30発ぐらい妖力弾が飛んでいってしまった。リグルの姿はもう見えないが、なんか遠くの方で誰かの悲鳴が聞こえた気がする。でもまぁ、こんな遠距離で当たるわけもないので心配無用だろう。

 

「良く分からないが、終わったみたいだな」

「折角展開した彼岸花が無駄になっちゃいました」

「まったく、何しに出てきたんだアイツは」

 

 なんだか拍子抜けだが、戦わずして勝ってしまうとは流石アリス。アリスは完璧だ!

 

「とはいえ、戦わずして勝てました。完璧なアリスに相応しい勝ち方ですね」

 

 ふふんと腕を組む私。私がやっても滑稽なだけだが、アリスならパーフェクト。

 

「いいのかそれで。ま、逃げたのは相手だからまぁいいか。なんかアイツ死にそうな顔してたし、追いかけるのも変な話だしな。とりあえずお疲れ。って、いうほど疲れてないよな」

 

 魔理沙が苦笑している。私も肩を竦めるしかない。せっかくやる気モードだったのに。残念。

 

「全然疲れてませんよ。次に誰か出てきたら、また私がやりましょうか?」

「うーん、そうだな。それじゃあ次も任せるか! よーし、先を急ごう!」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

「風情を感じるはずの鳥の声が、無粋に思えるくらいに素敵な夜ね」

「はは、しっかり役に入り込んでるな。その小生意気な表情に不敵な態度、アリスにそっくりだぜ。で、もしかして、何かいるのか?」

「ええ、私の目は絶対に誤魔化せない。ねぇ、そこにいるんでしょう?」

 

 ステージ2はミスティア・ローレライ。木の陰に隠れてこちらを窺ってるみたいだけど、完璧なアリスアイは誤魔化せない。……と言いたいところだけど、そんな素敵な策敵能力などあるわけがない。なんとなくそろそろかなーと思って適当に言ってみただけ! 花梨人形を飛ばしてあぶりだすことにする。適当に弾幕でもぶっぱなしてたら出てくることだろう。違ったら適当に誤魔化すのみ!

 

「きゃああああああああああ!!」

 

 花梨人形が攻撃を仕掛けた辺りから、なんか飛び出てきた。夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライだ。今度八目鰻をご馳走してほしい。一発でヒットとは流石はアリス!

 

「こんばんは、ミスティア・ローレライ。前言を撤回するわ。満月の夜に相応しい素敵な歌声ね」

「ひ、ひいっ」

 

 って、なんかいきなり顔が青褪めてるんだけど。一目で分かるくらい身体がぶるぶる震えている。調子が悪いなら出てこなければいいのにと思うが、それは妖怪の矜持というものがあるのだろう。人間を目にして襲わずにはいられないみたいな。ならば全力で受けて立つのみ!

 

 

「ど、どうして私の隠れてる場所が。それに、なんで私の名前を知ってるの!?」

「私に分からないことなんてないのよ。貴方は人を罠に嵌めるのが大好きな夜雀でしょう。そう、私は貴方のことを良く知っているわ」

 

 極めて友好的にニコリと笑い掛けてやる。ビクッとするミスティア。

 

「そ、そんな、あの化け物――か、風見燐香に目をつけられていたなんて。さ、さっきリグルを殺しかけたのは貴方でしょう? ど、どうしてそんな格好を。も、もしかして、私達を罠に嵌める為に?」

 

 あ、やっぱりばれてた。リグルに教えてもらったのだろうか。彼女達は仲が良さそうだし。本当はルーミアもそこにいるはずだったのだが、私の友達になってしまっている。申し訳ないとしかいえないが、今更友達止めるとか言えないし。許してください。

 いつかあのバカルテットをこの世界で見ることがあるのだろうか。それは私には分からない。

 

「ふふ、貴方が知る必要はない。それに、私の正体を知っていてもらっては困るの。だから、ね?」

 

 今日くらいは黙っていてねと口に人差し指を当て、目でウィンクする。

 

「ま、まさか、わ、私もリグルと同じように」

「言わなくちゃ駄目かしら」

「ま、ままま、待って! そ、そうだ。一緒にそこにいる白黒の人間を襲いましょうよ! 貴方、人間が大嫌いなんでしょう? 幻想郷縁起にもそう書いてあるらしいし。に、肉は全部貴方にあげるから!」

「……はい?」

 

 私は眉を顰める。幻想郷縁起にそう書いてある? 全く意味が分からない。いつの間に私が幻想郷縁起に掲載されていたのか。まさか、私の知らない間に人間友好度がひどいことになっているんじゃ。こんなにフレンドリーな妖怪は他にはそうそういないよ!

 

「なんだなんだ、この鳥、私とやりたいのか? 別に私は構わないぜ」

「駄目ですよ魔理沙。彼女とは私がやるんですから。さぁ、やりましょうミスティア・ローレライ。リグルには逃げられてしまいましたから、貴方にはその分もぶつけさせて――」

「や、焼き鳥は嫌ぁああああああああああああ!!」

「ちょ、ちょっと――」

 

 いきなり叫び声をあげたミスティアは、能力を発動させて私の視界を奪ってくる。いきなり全力で仕掛けてくるようだ。

 奇襲を警戒した私は、即座に彼岸花を展開。牽制弾を放ちミスティアの足を止めるのが狙いだ。

 さらにスペル、陽符拡散型ソーラービームを時間差でチャージ。太陽がでていないので、効果はいまいちだが気にしない。

 こいつはマスタースパークと見せかけて、途中で拡散するインチキビーム。マスタースパークを知っている人間ほど引っ掛かりやすい。弾幕ごっこは当てれば勝ちなのだ。そして、展開した彼岸花の通常弾幕と合わせて被弾を狙う陰険なスペル。やられると結構厄介だと思う。私は喰らいたくない。

 一番簡単な対処法は全部消し飛ばしてしまうこと。既に幽香が実践済みである。私も巻き込まれて吹っ飛ばされたけど!

 

 不運にも牽制弾を喰らってしまったらしいミスティア。見えないけど、多分当たったのだろう。私としてはラッキーである。体勢を崩しているだろうミスティアがいる辺りに、適当に彼岸花を投げつけて拘束させる。見えないけど、どれかが当たれば絡みつく。

 

「な、なんで全部こっちに飛んでくるのよ! ま、まさか私の姿が見えてるの!?」

「私は完璧なるアリス・マーガトロイド。私の瞳は全てを見通すのよ。そんな姑息な手段で翻弄できると思わないで」

 

 全部嘘だけど。本当は何も見えてない。でも、アリス・マーガトロイドなら見えているだろう。敵と対峙して動揺する姿が全く想像出来ないし。というわけで、全ては私の掌の上とばかりに微笑んでみせる。

 

「それになんなのこの花、う、動けない! そ、それにその妖力は――」

「こんな綺麗な月明かりを隠すなんて、誰の得にもならないでしょう。さぁ、もっと光を」

 

 気分的に1ターンくらい経ったのでチャージ完了だ。手を翳して拡散型ソーラービーム発射! 目標、多分ミスティアがいる辺り!

 

「あ、ああ――」

 

 か弱い悲鳴が上がると同時に、私の視界が晴れていく。ミスティアは私のビームを喰らってしまったらしく、地面へと落下していった。当てるのが目的の拡散型だから、大したダメージはないだろう。アリスは優しいので、身動き出来ない相手を痛めつけるようなことはしないのである。

 

「いつものように大勝利。そう、このアリス・マーガトロイドに敗北はない!」

 

 ジョジョに出てきそうな体勢で勝利ポーズ。セリフはテンションのままに適当だ。私の花梨人形がグルグルとまわって勝利をアピールしている。でも、身体と首が逆回転で回ってるので超怖い。可愛い分余計に不気味だ。

 あれ、こんな動かし方命令してたかな。糸がくっついてるから自動でそうなってしまったようだ。認めたくはないが、呪いのデーボ少女人形版にしか見えない。奇声をあげないことが救いである。

 

「お、お前から見たアリスはそういう姿なのか……。私が見てきたイメージと大分違うような気がするけど。そんなテンション高かったかな」

「そんなことはありません。アリスは完璧ですから。私の憧れの人なんです。人形はアレですけど」

「……いや、人形だけじゃないんだが。ま、まぁいいか。ところで、鳥が使ってきた視界封じ、もしかして効いてなかったのか?」

「いえ、バッチリ効いてましたよ。ただ、ここかなぁって思って適当に撃っただけです」

「うへぇ。それで当てるとはえげつないな。というか、なんだかマスタースパークっぽかったけど、もしかして私のスペルを参考にしたのか?」

「ちょっとだけです」

 

 私はえへへと笑うと、魔理沙がこいつめと頭を軽く突いてくる。

 でも、実際に盗んだのは風見幽香からである。アイツは遠慮なくぶっ放してくるおかげで、身体で覚えられたし! 

 というかどっちがオリジナルなんだろう。元祖と本家みたいな違いということでいいのだろうか。ま、細かいことはいいか!

 

「ま、技を盗むだけじゃなく、自分の物に昇華しようとしているのは大したもんだぜ。そういうところも私に似てるぜ」

「ありがとうございます!」

「でも、拡散のタイミングはもう少し考えたほうがいいぞ」

「なんでです?」

「拡散する前にあの夜雀に当たってたからな。当たった後に拡散しても意味がないだろう。見た目は派手だったけど」

「…………」

「どうしたんだ?」

「い、いえ。なんでもありません」

 

 か、拡散する前? ということは、普通のマスタースパークみたいなアレに当たっちゃったのか。というか、良く当てられたものだ。ビックリ。いや、問題なのはそこじゃなくて。

 

「だ、大丈夫ですかね」

「妖怪だから平気だろ、多分。まぁ、半殺しくらいなら普通に復活するのが妖怪だから気にするな! 霊夢の奴なんてもっとひどいからな!」

 

 遺憾にも修羅巫女と比較されてしまった。大いに遺憾の意を表明したいところ。

 今度ミスティアに会ったらちゃんと謝らなくては。いや、謝る必要はないのか。やりすぎてごめんとか、馬鹿にしていると思われるに決まってるし。

 ならば、普通に笑顔で接すればいいだろう。うん。勝負が終わればノーサイド。良い言葉だ!

 

 

 

 

 

 そしてやってきましたステージ3。魔理沙は怪訝そうにキョロキョロしている。今いるのは人里付近。人里は変な白い靄に囲まれている。そして、なんだかものものしい。武装した自警団やら、独鈷を持った僧侶みたいな人が門を固めている。松明の明かりが煌々としているし。なんか戦でも始まる前みたいな感じ。大河ドラマで見た事があるし。

 門の前に立ちはだかっているのは、上白沢慧音。腕組みをして、警戒心を丸出しにして上空の私達を睨んでいる。

 

「おっかしいなぁ。ここらへんに人里があったはずなんだけど」

「……そうなんですか?」

「ああ。でもなんにもないぜ。どうなってるんだこりゃ。神隠しってやつか?」

 

 魔理沙には見えていないのかもしれない。下にありますよと教えてもいいが、そうしたところで意味はないだろう。だって、慧音が歴史を隠しちゃったのだから。解除しないかぎり、魔理沙には見ることはできない。

 何故私には見えているのか。なんとなく臭いがしたから。黒い感情が点在しているのが分かる。それを注意深く観察すれば、全体の姿も見えてくる。見えたからなんだという話だけど!

 

「お前達か。こんな真夜中に里を襲おうとする不埒な人妖は」

「いいや。ただ通りかかっただけだ。気にしないでくれ」

「そういう訳にはいかない。特にお前だ。目的もなしに、ここを訪れたわけじゃないだろう」

 

 慧音が私をすっごい怖い目で睨んできた。怖い。でも、アリス・マーガトロイドは脅しには屈しない。

 

「私はアリス・マーガトロイド。ただの都会派魔法使いよ」

「嘘をつけ。お前が騙っている人形遣いとは話したことがあるんだ。彼女は礼儀正しく、とても理性的な人物だ。決して、お前のような邪気丸出しの妖怪ではない!」

「へぇ、良く見ているのね。流石は教師と言うべきかしら」

 

 私は貶されているが、アリスは褒められたのでちょっと嬉しくなる。薄く笑うと、慧音が眉を顰める。

 

「さぁ、とっとと正体を現したらどうだ。いずれにせよ、人間達はこの私が守って見せる!」

 

 ビシっと指をさしてくる慧音。流石は人里の守護者。格好良い。でもアリスも同じくらい凄いということを見せなくては。ビビってはいられない。

 

「……誰が何と言おうと、私はアリス・マーガトロイドなの。上白沢慧音、あまりしつこいと、下の人間どもを皆殺しにするわよ? そうだ、景気付けに吹き飛ばして塵にしてあげましょうか」

 

 いや、そこまで言うつもりはなかったのに。なんだか、人間どもを見ていたら妙に殺意が湧き出てきたというか。おかしいな。満月のせいだろうか。

 

「ッ!? お、お前、まさか」

「ええ。全部見えてるわよ? 有象無象のクズどもがうじゃうじゃと群れをなして。まさか、これで隠しているつもりなのかしら」

「おい燐香。下に、何かあるのか?」

「燐香? まさか、お前、あの風見燐香なのか!?」

「あ、いけね!」

 

 慧音の大声に、魔理沙が口を抑える。わざとじゃないよね、というぐらいうっかりさんである。罰として、慧音とは魔理沙に戦ってもらおう。

 

「なんのことか分かりません。今の私はアリス・マーガトロイド。それ以上でもそれ以下でもない!」

 

 なんか歯を食い縛れ、修正してやる! と殴られそうな気がしたが気のせいだった。今度サングラスでもかけてみようか。金髪だし。

 

「そうとなれば、ますます見過ごすわけにはいかない!! 人里は、人間たちは私の命に代えても絶対に守る!!」

「魔理沙。どうしてくれるんです?」

「悪い悪い。いやぁ、アリスって名前に慣れてなくてさぁ。ほら、アイツと仲悪いし」

「もう知りません。ここはお任せしますよ」

「この流れで私が出張るのか? お前がやると思ってたのに」

「うっかりの罰です。それに私は2連続で戦っていますし。なんだか疲れちゃいました」

「よく言うぜ。殆どまともに戦ってないじゃないか」

 

 魔理沙が口を尖らせる。だがそれは不可抗力だ。なんだか呆気なくここまでこれてしまっただけのことで。

 

「それは私のせいじゃないですよ」

「知ってるよ。ま、私が出張るってのはそんなに悪くない。そろそろ身体を動かしておきたかったからな!」

「霧雨魔理沙。お前は人間のくせに、そんな凶悪な妖怪と行動を共にしているのか」

「ああ、そうだぜ。だって友達だからな!」

 

 あれ。私と魔理沙は友達だったんだ。知らなかった。でも、嬉しい。彼女は私なんかと友達でいてくれるようだ。でも、そんな資格が私たちにあるのだろうか。分からない。

 

「なにを言うか、この与太郎が! 大地にひれ伏して、朝が来るまで頭を冷やすが良い!」

「その言葉、熨斗をつけてお返しするぜ、この石頭が!」

 

 魔理沙と慧音の弾幕バトルが始まった。いつも明るい魔理沙らしい、派手で見ているだけで楽しくなれる弾幕勝負だ。彼女が人妖を惹きつける理由が良く分かる。一緒にいるだけでなんだか楽しくなるし。流石は主人公だ。魔理沙は否定するだろうが、彼女も霊夢に負けないくらいの魅力がある。

 

 そんな魔理沙を凝視しながら、私はさっきの言葉についてひたすら考えていた。魔理沙と友達になるということについて。簡単には答えがでそうにはない、難題だ。いや、既に友達だから答えは出ているのだが。じゃあ何が問題なのかというと、彼女の性質だ。

 彼女の存在は、私、私達の存在意義に関わってくる気がする。ああ、頭がぐちゃぐちゃになる。白の仮面が嫌な音を立てている。もう耐えられないと軋んでいるかのようだった。



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第六十話 螺旋

 魔理沙と慧音の弾幕勝負が決着した。慧音もかなり強かったけど、最後は魔理沙のマスタースパークが炸裂。直撃を受けた慧音は地上へと落下していった。

 ……いやぁ、近くで見ると改めて思うが、アレは本当にえげつない。スピードで撹乱し、相手が動揺したところを見計らっての強力な一撃。魔理沙は『弾幕はパワーだぜ』と強気なことをいつも言っているが、有言実行、本当に見事なものだった。考え抜かれた戦法とスペル、一体どれだけの努力を重ねたのだろう。

 その魔理沙が、白い歯を見せながらこちらへと近づいてくる。私は手をあげてそれに応える。

 

「へへ、大当たりだぜ!」

「お見事です、魔理沙さん」

「ようやくお前に良い所を見せられたかな? よーし、手出せ!」

「なんです?」

「ほらよっと!」

 

 私が手を上げると、魔理沙が勢い良くタッチしてきた。景気の良い音が響く。いわゆるハイタッチというやつ。彼女はノリが本当に良い。

 私と魔理沙は地上へと降りていき、悔しそうな顔を浮かべる慧音へと近づく。

 

「く、くそっ。ま、まだまだ」

「おいおい、勝負は終わりだろ。教師なら、ルールは守らないとな。負け惜しみなら聞いてやるし、リベンジも大歓迎だ」

「ま、満月さえ出ていれば、お前なんかに」

「そうそう、それについて聞きたかったんだよ。私たちは、いつもの満月を取り戻そうとしているんだけどさ」

「……何だと?」

「ほら、あの月、明らかにおかしいだろ? だから私と燐香で、一発異変を解決してやろうってことで夜に出張ってきた。そしたら、お前が襲い掛かってきたから、正当防衛で叩き落したわけだ」

「…………」

 

 慧音が魔理沙を見つめ、そして私に視線を送ってくる。魔理沙のときとは違い、私にだけ敵愾心バリバリだった。とどめの一撃を与えるつもりはないのだが。なぜなら私は平和主義である。

 

「そんなに警戒しなくても、私は何もしませんよ。魔理沙さんが勝ったんですから」

「この魔法使いはともかく、お前はとてもじゃないが信用できない。私の命に代えても、お前を通すわけにはいかない!」

「あはは、そんなに人間が大事ですか?」

 

 私は肩を竦めながら慧音に問いかける。慧音はよろよろと立ち上がると、こちらを睨みつけて強い口調で言い放った。

 

「当たり前だ!」

「なら一つだけ聞きたいのですが。私が――私たちが、貴方たちに何かしましたっけ? そこまで憎まれなければいけない“何か”をした覚えがありません。私は人里に来たことなどないのですから。是非、教えていただけますか?」

 

 話しているうちに黒い感情が湧きあがってくる。慧音が息を呑むのが分かる。花梨人形の瞳が真っ赤に輝きだした。いつの間にか私の『蕾』を握り締めている。私の感情が糸を通じてダイレクトに伝わっている。気をつけないと、攻撃を仕掛けるかもしれない。

 慧音の背後でこそこそしている人間共の顔が青褪めていく。実に良いザマだ。殺さないまでも、この場にいる人間全員半殺しにしてやろうか。その方が面白くなりそうだし。殺さなければいいのであれば、精神崩壊ぐらいは許されるのかな? いっそ、試してみるというのはどうだろう。でも、どうせやるならルーミアとフランを誘った方が面白くなりそうか。彼女たちなら一緒に遊んでくれると思う。そんなことを考えていると――。

 

「おい燐香、落ち着けよ。何をカッカしてるんだ。偽物の満月にあてられたのか?」

 

 魔理沙に肩をつかまれたので、私は無意識に溜めていた妖力を霧散させる。花梨人形も動きを止めた。危ない危ない。変な月のせいで、テンションが妙な感じになってしまっていたらしい。人間に危害を加えたら駄目だ。また何をかかれるかわかったものじゃない。

 

「すみません、魔理沙さん。私は大丈夫ですよ」

「別に良いけどさ、ちょっと目がヤバかったぜ」

「あはは。慧音さんが、睨んでくるせいです。私としたことがつい挑発に乗ってしまいました」

 

 私が困ったように笑うと、慧音も少しだけ敵意を緩める。

 

「確かに、お前の言う通りかもしれない。碌に話もせずに、敵対行動を仕掛けてしまったのは不味かった。だが、話が通じる妖怪かどうか確認できる余裕が、今はなかったんだ。すまない」

 

 と言いつつ、警戒は解いていない慧音。先ほどの私の強烈な敵意のせいだろう。憎めば憎まれ、憎まれれば憎みかえす。それがぐるぐると螺旋を描いて紐は絡まっていく。悪意と言うのはそうやって形成されていくのだ。

 

「…………」

「お詫びといってはなんだが、この異変について心当たりが一つある。それを教えるから、今日のところは立ち去ってくれないだろうか。……今人里に通すのは色々と問題があってな。次に会うときは、多分、落ち着いて話もできると思う」

「だってさ。私は良いと思うが」

「私も別に構いませんよ。人里にこんな夜に入ったって、酒場ぐらいしかやってないでしょうし」

「じゃあ、とっとと話してもらおうか! 早くしないと、でしゃばり巫女様に解決されちゃうからな!」

 

 慧音との話は魔理沙に任せる事にした。次に会ったとき、私は慧音と上手く話すことはできるだろうか。慧音は人間の守護者。私は人間の天敵である妖怪。そして、多分だが、私を構成するモノは人間に大して、含むところが大いにある。ワーハクタクである慧音はそれを見抜いているのかもしれない。歴史を編纂している彼女なら知っていてもおかしくはない。人間達も幻想郷縁起を信じて私を危険視することだろう。関係の改善は難しいと思う。風見幽香が人間には近づくなと言ったのはそれが分かっていたからか。勿論、私を心配したからではなく、面倒を背負いたくなかったから。アレに注意されるのは極めて理不尽だとは思うが、世の中とはそういうものである。だから私たちは存在するのだ。

 

 

 

 

 

 

 通称、迷いの竹林。慧音の情報を得た私達は、そこに向かって全速力で飛んでいた。すると、魔理沙がいきなりニヤリと笑い急停止、ミニ八卦炉を取り出して大声を張り上げる。

 

「動くと撃つ! いや違う、撃つと動くぞ!」

「ひいっ! お、おばけ!?」

 

 ビクッとしたまま硬直している妖夢がいた。実に隙だらけである。こちらを振り返る勇気がないらしい。ビビリだった。

 

「……両方とも何か違うと思いますけど。普通は動くな(フリーズ)なんじゃ」

「いいんだよ。こういうのはノリだからな。最初からこいつと分かってればうらめしやーだったけどな!」

 

 明るい会話が聞こえたせいか、妖夢の硬直が解け、こちらをグルッと振り向いてきた。剣術と弾幕の腕は上達しているのに、精神の方は全然成長していなかった。

 

「お、おのれ、私の背後を取るとは! って、き、霧雨魔理沙!?」

「反応遅っ!」

 

 私は相変わらず魔理沙の箒に乗っている。背中から、ひょいと顔を出して周囲の状況を確認する。口をぽかんと開けて面白い顔をした妖夢と、それを呆れながら見ている幽々子がいた。主人公組の一つと遭遇してしまったようだ。

 

「……貴方、私を守るとか立派なことを言って強引についてきたのよね? 私の記憶が確かならだけど」

「あ、い、いや、これは違うんです幽々子様!」

「ああ、情けなくて成仏しちゃいそう。全く、どうしてくれるの」

「しょ、少々お待ちを! こ、この汚名はすぐに雪いでみせます!」

 

 妖夢は慌てて幽々子に言い訳をしたあと、颯爽と二刀を抜き放つ。さっきの後なのでイマイチ格好良くなかった。戦闘になりそうだったので、一応箒を降りて距離を取っておく。

 

「霧雨魔理沙! 不意打ちとは卑怯なり! 正々堂々と勝負しろ!」

「不意打ちって、私はまだ一回も攻撃してないぞ。ただ挨拶しただけじゃないか」

 

 ニヤニヤと笑う魔理沙。完全にペースを握ったようだ。このまま勝負に突入すれば、恐らく魔理沙が勝つだろう。妖夢は完全に動揺してしまっている。

 

「う、うるさい! 細かいことはどうでもいいんだ! それより、お前はこの月をみて何も感じないのか!」

「いや、感じたからここまで来たんだけど」

「……そ、そうなんだ」

「ああ。そうなんだぜ」

「…………」

「なぁ、もう行ってもいいかな」

「いや、ちょ、ちょっと待って。戦う理由を考えるから」

 

 呆れ顔の魔理沙と唸っている妖夢。先ほどからぎこちない会話が繰り広げられている。見ている分にはちょっと面白い。幽々子もそう感じているらしく、袖で口元を隠している。うん、美人は何をしても絵になるのである。

 と、その幽々子と目があった。

 

「ところで、貴方はどなた? どこかで見覚えがあるようなないような」

「――げ」

 

 見つかってしまった。というより隠れていなかったけど。今の私はアリスっぽい格好をしている。幽々子とアリスは面識が一応あったはず。妖夢はアリスのことはばっちり知っている。しかし、今は暗いので問題なし。偽者の満月のせいで小さくなってしまったとか、適当に押し切るのがベストである。

 

「こ、こんばんは、亡霊のお姫様。私はアリス・マーガトロイド。たしか、前に会ったことがあったはずだけど」

 

 えへへ、と愛想笑いを浮かべる私。それをじーっと観察した後、にこりと笑う幽々子。なんというか、全てお見通しという感じである。

 

「ふふ、そうだったかしら。妖夢、貴方は知っているかしら?」

「え、ええ、それはもちろんって、アリスさんはそんなにチビじゃない! お前は何者なんだ!」

「この満月のせいで小さくなってしまったの。だから、こうして出張ってきたってわけ」

「嘘をつけ! 狼男じゃあるまいし、そんな話誰が信じるか!」

 

 妖夢のツッコミが炸裂する。うむ、私もそう思う!

 

「いやいや。こいつは間違いなくアリス・マーガトロイドだぜ。ほら、金髪だし、フリフリの服だし、人形も持ってるじゃないか。一体何をもって否定するんだ?」

「何をもってって、明らかに違うじゃないか! そもそも、アリスさんはお前と仲が悪いだろう! いつもボコボコにやられてるくせに!」

「うるさいな。勝負は時の運だぜ。大体3対1なんて卑怯すぎるだろ」

「私相手にいつも卑怯で姑息な真似をしているのはお前だろうが! どの口が言うんだ!」

「本当に失礼な奴だな。あれは作戦なんだから、引っかかる方が悪い。いつも引っ掛かるお前はカモネギって奴だな!」

「お、おのれぇ!!」

 

 激昂して顔を真っ赤にする妖夢。口喧嘩では魔理沙の方に軍配だ。

 

「落ち着きなさい妖夢。まだ話の途中じゃない。何をいきなり打ち切ってるの」

「も、申し訳ありません。ですが、明らかにアリスさんじゃないので、つい」

「そう。じゃあ、あの可愛らしい子が一体誰なのか、貴方には分かるかしら」

 

 幽々子が楽しそうに妖夢に問いかける。幽々子の顔を見る限り、私の正体は完全にバレているだろう。幽々子やら紫を相手に、嘘をつきつづけるというのは無理な話。幽香の場合も同様。ラスボスクラスの妖怪は、心の動揺を見抜くのが上手すぎる。

 

「……そうですね」

「な、何かしら?」

「…………」

「ちょっと。ち、近いんだけど」

 

 妖夢が凄い近づいてきた。私はそっぽを向く。すると、そちらには白い半霊。いつのまにか囲まれていた。

 

「その声に特徴のある仕草、まさか、貴方、燐香? ……え、でも、なんでこんなところに」

 

 私に特徴のある仕草などあっただろうか。全く分からないが、ここはすっとぼけなければ。

 

「全然違います。完全に人違いです。私はそんな間抜けな人は知りません。なぜなら私はアリスだからです」

 

 私は口笛を吹きながら上を向く。しまった。アリスはこんなことしない。これは私が誤魔化すときによく使ってしまう癖である。

 

「やっぱり! そのすっとぼけた時に出す声と仕草! 貴方絶対に燐香でしょ! こんな夜、しかも異変の最中だっていうのに何をやっているの!」

「お、落ち着いてください妖夢」

「しかも、魔理沙なんかにつれられて! まさか、これは誘拐事件!?」

「おい! 人聞きの悪いことを言うな! そもそも、私は人間だ! 誰が妖怪を攫うかっての!」

「おのれ霧雨魔理沙! 物盗りだけでは飽きたらず、妖怪攫いをするとは! お天道様が見逃しても、この魂魄妖夢は許さない! 覚悟しろッ!」

 

 時代劇みたいな口上を述べるといきなり魔理沙に斬りかかる。魔理沙も即座に意識を切り替えて戦闘態勢に入ったようだ。

 

「本当に話を聞かない奴だな! 大体、一対一で私に勝てると思ってるのか? この半人前庭師が!」

「また私を馬鹿にしたな! あれから修行を一杯積んだんだ。お前如き、けちょんけちょんのギッタギタにしてくれる!」

「喋りが微妙に侍っぽくなったのだけは認めるよ」

「幽々子様、ここは私にお任せください! 手出しは一切無用に願います!」

「はいはい、好きにしなさいな。でも、負けたらきついお仕置きだからね」

「……え?」

 

 妖夢の勢いが止まった。きょとんとして、幽々子の方を向いている。

 

「なにかしら、その『そんなこと聞いていません』みたいな顔は。何か不服なの?」

「い、いえ、なんでお仕置きされるのかが理解できなくて」

「そんなのは当たり前でしょう。主の目の前でむざむざ敗北を喫するということは、私の面子に泥を塗るも同然。手出し無用と言ったからには、相応の覚悟を持って挑みなさい」

「しょ、承知しました! 霧雨魔理沙、その首、絶対に貰いうける!!」

 

 覚悟完了した妖夢が、剣を構える。流れはコントっぽかったのに、気迫だけは凄かった。

 

「おい、弾幕勝負ってことだけは忘れるなよ!」

「うるさい、問答無用だ!」

 

 なし崩し的に魔理沙と妖夢の弾幕勝負が始まった。良く分からないけど、本人たちが楽しそうならそれで良いだろう。私のこともうやむやになったし!

 と思ったら、近づいてきた幽々子に抱きしめられてしまった。良い子良い子されてしまう。私はお子様か!

 

「さて、宴会以来ね。そんなに経ってはいないけど、元気にしていたかしら」

「え、ええ。私はいつでも元気一杯夢一杯です。それに、私はアリスですよ。風見燐香なんて間抜けな人はしりませんね」

「あら、自分を悪く言うもんじゃないわ。それに、私に嘘が通用すると思って? 貴方独特のその気配。いくら外見を誤魔化そうと、私には一目瞭然よ。まぁ、見抜けない人の方が少数派でしょうけどね」

 

 ニコニコご機嫌な幽々子。『幻想郷胡散臭い選手権』で上位入賞間違いなしの逸材なので、私では絶対に太刀打ちできない。一位は勿論八雲紫である。

 

「ぐ、ぐぬぬ」

「さぁ、大人しく白状したらどう? 別に取って食べたりしないから。ね?」

 

 凄い。あっという間に追い詰められた。取調室のベテラン刑事もビックリの話術である。私は口まで参りましたと出掛かっていた。でも、ここで参るわけにはいかない。ここまできたら、永遠亭の姿くらい拝みたいのである。正体を認めたら、なんとなく家まで直行コースになりそうだし。

 

「……な、ならば黙秘権を行使します。私は何も喋りません。そう、私は貝なのです」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥには通用しないけど!

 

「別に構わないけれど。その間、頭を撫でさせてもらうわよ?」

「な、何故!?」

「この髪、手触りが良さそうだもの。でも、作られた金色より、元の赤色の方が素敵よ。異変が終わったら早く戻すようにね。貴方のお母様もきっとそう言うわ」

 

 幽々子が意地悪っぽく笑うと、私の頭を撫で続ける。私はどこぞのお地蔵さんか!

 とにかく、ここは魔理沙を応援だ。魔理沙が勝たないと、妖夢幽々子の『幽冥の住人』チームが解決役になってしまう。それでは魔理沙に悪い。わざわざ手間とリスクを犯してまで、やってきてくれたのだ。

 そう、永夜抄を解決するのは、この『妖魔の詠唱』ペアである! いや、戦うのは殆ど魔理沙で、私は見物したいだけだけど。永琳コースか、輝夜コースか。さて、どっちになるのだろう。私としては輝夜がいいかなぁ。色々な宝具を見れそうだし!

 



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第六十一話 追跡者

 結局、魔理沙と妖夢の弾幕勝負は、二勝一敗で魔理沙に軍配が上がった。最後の泣きの一回で、妖夢が勝ちを拾った感じ。粘り勝ちである。流石の魔理沙も、連戦で動きが鈍くなってしまっていた。

 

「や、やっと勝った! 霧雨魔理沙に勝てた!!」

「……負けたけど、なんだか納得いかないぜ」

「二人ともお疲れ様でした。じゃあ、二勝一敗で魔理沙さんの勝ちということでいいですよね」

 

 私が魔理沙の腕を挙げ、勝者を告げる。

 

「なんで! 私が最後に勝ったじゃないか!」

 

 最後に勝つと3ポイントとか、そういうバラエティのお約束は弾幕勝負にはないのである。

 

「いや、三回やって二回負けたんだから仕方ないでしょう。ね、幽々子さん」

「残念だけどその通りね。私は悲しいわ妖夢。貴方はまたしても負けてしまったのね」

 

 よよよと泣き崩れる真似をする幽々子。私はその背中をさすり、はげますフリをする。妖夢の顔が青くなっていく。

 

「ううっ、ぜ、全力を尽くしたのですが。申し訳ありません幽々子様!」

「ま、そういうことだから異変は私たちに任せておけよ。お前は帰ってお庭の掃除でもしてな」

「……お、おのれぇ霧雨魔理沙! どこまで愚弄するつもりだ! もういい、私がこの異変を解決してやる!」

「おいおい。負けたんだから潔く道をゆずれよ!」

「断る!」

「まぁまぁ、それはいいとして妖夢。大事なことをやり忘れたら駄目ですよ。いつものアレです」

 

 私は妖夢の肩に手をポンと置く。

 

「え。な、なに、いつものアレって」

「一緒に辞世の句を考えましょう。僭越ながら、介錯はこの私が」

「いや、私は腹切らないし! 切腹しないよ私は!」

「ええっ!?」

「ええっ!? じゃないよ! 負けたら腹切りなんて誰が言ったの!」

「言ってないけど、良かれと思って。だって、友達ですもんね」

「全然良かれじゃねーし! お前も友達なら少しは慰めろ!」

「じゃあ元気だしてください妖夢。明日は誰にでもやってきます」

「おせーし意味が分からねーし感情がこもってねーし!!」

 

 3段ツッコミと共に空中で地団駄を踏むという妖夢の激しいリアクション芸。その技の冴えは実に素晴らしい。幽々子はさっきから笑いを堪えているし。いや、もう普通に腹を抱えて笑っていた。我慢の限界を突破してしまったようだ。

 

「幽々子様! なんで笑ってるんです!?」

「だ、だって。あ、貴方達、本当に面白いんだもの。貴方と燐香ちゃんって、本当に相性が良かったのねぇ。……よ、妖夢、そ、それ以上私を笑わすのはやめて。わ、笑い死んじゃうわ」

「私はなにもしてませんよ! というか幽々子様は亡霊ですし!」

「ぷっ!」

 

 笑いのドツボに嵌っている幽々子。もう箸が転んでも面白い状態だ。美人が小刻みに震える姿というのはとても貴重である。

 顔を真っ赤にした妖夢だが、幽々子に文句を付けるわけにもいかずに、頬を膨らませている。しばらくすると、私に狙いを定めて近寄ってきた。

 

「そうだ! 燐香、私のことよりも貴方のことだよ! なんでこんなところにいるの! 今すぐ家に帰りなさい!」

「いえいえ、今の私はアリスですよ。燐香なんて赤毛の間抜けは知りませんね」

「今も十分間抜けだよ!」

「ひ、ひどい」

 

 上段からの鋭いツッコミが炸裂する。私がふらついてみせると、魔理沙が笑いながら近寄ってきた。こちらも幽々子ほどではないが、腹筋に来ていたようだ。

 

「まぁ待ってくれよ。わざわざ変装させたのは、後で騒ぎにならないようにと思ってさ。ほら、アリスにバレるとヤバいだろ?」

 

「当たり前でしょう。アリスは燐香を心配しているんだから。もしこんなところにいるなんてバレたらどうなるか。魔理沙、貴方本当に殺されるよ」

「お、恐ろしいことを真顔で言うなよ。アイツ、怒らせると本当に目が怖いんだ。洒落が全然通用しないんだよ。初対面のときは普通に話せてたのになぁ」

「……多分、魔理沙が人間だからだと思う。えっと、魔理沙が嫌いなわけじゃなくて」

「意味が分からん」

「私も確証はないんだけど。とにかく、アリスさんは話せば分かる人だから、意味もなく追い返したりしないよ」

「だから! 話をしようとすると追い返されるんだよ! この前は、お前達も一緒にボコボコにしてくれただろうが!」

 

 魔理沙が腕を振り上げて騒ぎだす。私にはなんのことかさっぱりである。まぁ賑やかにやっているならそれが一番である。

 と、私のスカウターに反応が! じゃなくてなんかビリビリ殺意みたいなのを感じてしまった。これは危険だ。謎の修羅属性が近づいている!

 

「魔理沙! 誰かきますよ!」

「ん? こんな夜に一体誰だ?」

 

 私の声を聞いて、魔理沙があたりを見回す。と、なんか白い霊力を纏った戦闘民族が、全力でこちらに近づいてきていた。その背後には、なんか薄気味悪いスキマから顔を出す八雲紫がすいーっとついてきているし。うわぁ、速攻で逃げたくなってきた。

 

「あれは、紫様と博麗霊夢ですね。恐らく、異変に気付いて出張ってきたのかと」

「あらあら。珍しいコンビで来るものねぇ」

 

 幽々子が笑みを浮かべている。でも、緊張感が増してきている。ま、まさかドンパチやる気なんじゃ。

 私は魔理沙の背中をツンツンとつつき、少し後ろに下がろうとアイコンタクトを取る。

 

「……どうした。なにか問題があるのか?」

「いや、このままだと多分面倒なことに。だって――」

 

 説明しようと思った矢先に、博麗霊夢が到着してしまった。御幣を真っ先にこちらにむけてくる。怖っ!

 

「いよう霊夢」

 

 声をかける魔理沙を一瞥したが、霊夢は返事をすることはない。魔理沙はやれやれと肩を竦めている。

 

「アンタ、一体誰? 妖怪なのは間違いなさそうだけど」

「こ、こんばんは博麗霊夢。私の顔を見忘れたのかしら」

「はぁ? まさか、アリス・マーガトロイドとでも言うんじゃないでしょうね。顔は知ってるけど、こんなにチビじゃなかったわよ」

「ち、チビ? こ、この完璧なアリス・マーガトロイドに対して失礼な!」

 

 私が人形を盾にしながらプンプンと怒ると、霊夢が呆れ顔で嘆息する。

 

「あのねぇ。そもそも魔理沙とアリスが一緒にいることがおかしいのよ。そうでしょう、魔理沙」

「ま、まぁそうかもな。あはは」

「笑い事じゃないのよ。……ああ、そういうことか。魔理沙が一緒ということは、アンタは燐香。変装は中々のものだけど、肝心の背丈が足りてないわよ」

 

 これだから勘の良い巫女は嫌いである。

 

「う、うるさいですね。わ、私を怒らせると、それはもうとんでもないことになりますよ?」

「へぇ。どうなるのかしら。見せてもらおうじゃない」

「……ふふっ。今日はこんなにも月が綺麗だから見逃してあげましょう。運が良かったですね!」

 

 私は魔理沙の背中に隠れる事にする。成り行きで霊夢とバトルするのはもう懲り懲りさんである。

 

「まぁ待てよ霊夢。今はこいつが誰かなんてどうでもいいじゃないか。そうだろう?」

「誰なのかはもう分かったからどうでもいいわよ。それより、アンタ達は雁首揃えてなにをしてるわけ? お月見?」

「何って。異変解決に決まってるだろうが」

 

 魔理沙の言葉を聞き、霊夢が挑発するように口元を歪める。

 

「今回は出しゃばるのはやめておきなさい。普通の魔法使いと半人前の庭師如きでなんとかなる相手じゃない。相手は月に異変をもたらす術者。ここは私に任せて、家でぐっすり寝てるといいわ」

「へっ。相変わらず傲慢な巫女様だぜ。私が素直に従うとでも思ってるのか?」

「一応警告よ。ま、従うとは思ってなかったけどね。……というか紫、それと幽々子。アンタ達さっきから何ガン飛ばしあってんのよ」

 

 霊夢が紫と幽々子に声を掛ける。私はさっきから気付かないように視線を必死に逸らしていたのだが。

 実は、紫と幽々子が恐ろしい笑みを浮かべながら距離を取って相対しているのだ。視線がバチバチと火花を散らす。こっちはマジで怖い!

 

「ねぇ紫。その狂犬巫女、口の聞き方がなってないんじゃないかしら。親の顔が見てみたいのだけど」

「ふふ、凛々しくて素敵でしょう? 群がる雑魚共を蹴散らすにはこれくらいの迫力がないとねぇ。貴方のところの半人前には絶対に無理でしょうけど。まぁ、あれはあれで可愛くて良いと思うわよ。愛玩動物っぽくて」

 

 紫が笑いながら挑発する。幽々子の背後からなんだか黒いオーラみたいなのが出始めているし。

 

「あら。もしかして、ウチの妖夢を馬鹿にしているのかしら」

「あらあら、そう聞こえちゃった? ごめんなさいねぇ。ほら、私は嘘をつくのが苦手だから。貴方もよく知っているでしょうけど」

「そんなことは全然知らないわねぇ。何にせよ、この夜を止めているのは私なの。飛び入り参加の貴方達が出る幕は一度もないわ。その狂犬を連れて、とっとと散歩に戻ると良いんじゃないかしら」

 

 幽々子がひらひらと手をふってみせる。とっとと去れということだろう。八雲紫が片眉を不快そうに上げる。

 

「はぁ? 夜を止めているのはこの私よ。境界を操る程度の能力を持つ、幻想郷の賢者の紫ちゃんよ! 貴方みたいな年中のほほん妖怪に出来るわけないでしょうが」

「ふふ、この私の力を侮らないでくれるかしら。それと、自称賢者様でしょうが。大体ね、自分にちゃん付けってなんなの。前から言おうと思ってたけど、滑稽なのよ。いい加減歳を考えなさいな」

「ああ? 私が何をしようと何を言おうと何を思おうと私の勝手よ。そういうことなら、私だって言わせてもらうわよ。その帽子についてるぐるぐる。前から思ってたけど、本当に意味分かんないわよ。なんなのそのぐるぐるは。私の頭はすっごい混沌としていますってアピールするマークなの? 馬鹿なの?」

「年寄りにはこの高尚なセンスは分からなくて当然よ。私は貴方よりうんと若いからねぇ」

「今すぐ鏡を見てきたほうが良いわよ、幽々子」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ、紫」

 

 ゴゴゴゴゴゴと何かが唸る音が聞こえてくる。

 ああ、凄い盛り上がってる! 両方とも弾幕勝負前に軽く盛り上げようという気遣いだろう。なんか、主に釣られて霊夢と妖夢もにらみ合ってるし。闘争の気配が漂ってきた。

 

「妖夢。アンタの主、なんとかしなさいよ。こんなところで時間と体力を無駄にするのは嫌なのよね。何の得もないし」

「お前が紫様を止めれば良いだけのことだ」

「負け犬のくせに一丁前に口ごたえする気? ほら、素直に私のいう事を聞きなさいよ」

「誰が負け犬だ! それにさっき私は魔理沙に勝ったぞ。後はお前をしとめて、完全勝利とするだけだ!」

「魔理沙、アンタこいつに負けたの?」

「まぁ、三回やって一回だけどな。勝負としては二勝一敗で私の勝ちだぜ」

 

 霊夢の問いかけに、少しずつ距離を取り始めている魔理沙が返事をする。うん。怪しく思われていない。

 

「なんだ。まーた負け越してるのか。それで良く勝利宣言なんてできるわねぇ」

「う、うるさい! 勝ちは勝ちだ! とにかく、この異変は私と幽々子様で解決する! 怠け巫女は帰って神社の掃除でもしていると良い!」

「ふん、今日はやけに吠えるわねぇ。結果の見えた勝負を挑むのって、そんなに楽しいの?」

「あまり私を舐めるなよ、博麗霊夢! この鬼をも切り裂いた楼観剣の切れ味、とくと思い知れ!」

「後でピーピー泣き喚くんじゃないわよ。この一生半人前が!」

 

 主従そろって、口喧嘩をしているし。喧嘩するほど仲が良いとも言う。きっとさぞかし賑やかな弾幕勝負になるだろう。

 本当は眺めたい気もするが、私と魔理沙にはやることがある。よって、ここは上手くかわすのが得策である。これぞ漁夫の利!

 

「はは、やるき十分だなお前ら! よーし、じゃあ合図は私がしてやる! 待ったはなしだからな!」

 

 魔理沙が星型の弾を空へと打ち上げる。しばらくしてから上昇が止まると、光を撒き散らしながら派手に弾けた。

 その瞬間、同時に4人が間合いを取り、スペルカードを取り出す。紫、霊夢VS幽々子、妖夢の弾幕勝負が始まった。

 

「な、なんだか凄いことになりましたね。これはバトルロイヤルですか?」

「はは、面白い奴らだろ? ま、勝負が終わればいつも通りだけどな。やる前は気分を盛り上げるのが大事だぜ。遊びも真剣にやらないと面白くないからな」

「な、なるほど」

 

 幽々子も紫も、当然力を抑えながら勝負するのだろう。それなのに、勝負前には本気とも思えるほどにやりあっていた。その方が盛り上がるから。そう、大事なのはノリである。

 

「しばらく見ていきたい気もするが、ここは先を行くのがベストだな。邪魔な連中がまんまとやりあってくれて大助かりだぜ」

「じゃあ、こっそりと行きますか?」

「勿論だ。超こっそりとな」

 

 魔理沙はすいーと箒を後退させていく。そして、いきなり反転させて竹林に向かって飛び始めた。

 霊夢はこちらの行動に気付いて、御札を飛ばしてきたが、魔理沙は余裕で回避。余計な手数を取った霊夢に、妖夢が襲い掛かる。あの分なら、当分は時間がかかることだろう。紫と幽々子の勝負は一進一退。霊夢と妖夢の勝負次第ということになるはず。

 私は心の中で妖夢を応援しておく事にした。いつもお世話になっているし当然である。

 

 

 

 

「ふぅ! ここまでくれば大丈夫だろう。後は異変の黒幕をぶったおしてジエンドだな。美味しいところは私たちが頂きだぜ」

「そうありたいですね。でも、竹林といっても広いですし、上空からじゃ良く分かりませんね」

「うーん。何かしらの術で隠してるのかもなぁ。竹林の中に入らないと見つからないかもしれない。ま、こんな大それたことをするんだから、でっかい家に住んでるだろうけど」

 

 当たりである。でもここは迷いの竹林。空を飛んであっと言う間につけるほど永遠亭は甘くない。低空で竹をかいくぐりながら探さなくてはいけないか。てゐか藤原妹紅をみつければ案内してくれるかもしれないけど。どこにいるのかなど分かるわけもない。

 ここは主人公の魔理沙に丸投げでOK! 多分なんとかなるはず。無理なら霊夢がなんとかしてくれる!

 

「よーし、とにかく行ってみるか! 悩んだときは前進あるのみだ!」

「おー!」

 

 魔理沙に合わせ、私は腕をあげて全力で声を張り上げる。

 ――と、私の正面に、ふらふらと漂う上海人形がいた。うん、いつも通り可愛いなぁって。いや、重要なのはそこじゃない。

 なんでここに上海が? 流石のアリスの遠隔操作でも、ここまでは流石に無理だろう。

 なんだか嫌な予感がして、後方を振り返る。すると。

 

「うわぁ!!」

 

 左手を腰に当て、眉を顰めているアリスがいた。なんだか怒りオーラが出ている。思わず視線を逸らす。

 

「……ここで一体なにをしているの?」

「げえっ! な、なんでお前らがここにいるんだよ!」

 

 魔人アリス・マーガトロイドが一体現れた! ってそれはメガテンだった。それだと、死んでくれる? とか普通に使ってくるからやばい。さっきは気付かなかったけど、隣には何故かルーミアもいるし。

 アリスのペアにルーミアって、凄いレアだと思う。アリルー? マリルリみたい。

 そのルーミアが笑いながら指を指してくる。

 

「ねぇアリス。そこにアリスの子供がいるよ。ほら、服が似てる」

「私に子供なんていないわよ。変なことを言わないで」

「じゃあ、アリスを子供にしたみたいな子供」

「それならあってるわね。ああ、昔の自分を見ているようでとても不愉快だわ。まぁ、直ぐに化けの皮を剥がしてやるけど」

 

 アリスが睨みつけて来る。ば、ばれてないのかな? 大丈夫っぽい。よーし。ならばここは名乗りを上げてみよう!

 

「ふふん。誰かは知らないけど、良い度胸ね。私は完璧な人形遣い、アリス・マーガトロイド。私の華麗な人形捌きをその身に受けて、己の無知と無謀を嘆くが良いわ!」

 

 私の考えた凄く格好良いポーズとともに、花梨人形も構えてみせる。このままカード化できちゃいそうな出来のはず!

 

「…………」

「……うわぁ。凄く面白いなー。うん、とっても格好良いよ」

 

 無反応のアリス。微妙な拍手をするルーミア。おかしい。私の演技は完璧なのに。だって私は千の仮面を持つ少女!

 

「ねぇ。貴方の目から、私はそういう姿に映っていたのかしら。そんな恥ずかしいポーズやセリフ、私は一度も言った覚えがないのだけど」

 

 アリスはこめかみに手をあてている。

 

「ふふ。貴方が何を言っているかさっぱり分からないわ。とにかく、この都会派魔法使いに不可能などないッ! 異変は私がビシッと解決するので、とっとと帰ってすやすやと眠るがいいわ!」

 

 腰に手を当て、右手を翳す。キリッとしたポーズがなんだか取りたくなってしまう。うん、やっぱりアリスは凄いや!

 

「……貴方のお仕置きとお説教は後でたっぷりしてあげるわ、燐香。死ぬ程長くなるから覚悟しておきなさい」

「げえっ! な、なんでバレてるの!?」

「あはは、超バレバレだよ。その人形だって見覚えあるし。というか気配でなんとなく分かるし、顔と目を見ればもう間違えようがないかなー」

「そ、そんな馬鹿な」

 

 ルーミアのツッコミ。肝心なことを忘れていた。私の変装は完璧でも、この赤毛が特徴的な人形のせいでバレてしまうではないか。そう、全部この人形のせい! でも後で怒られるのは確定だ。テンションダウン。

 というか、今日会った人妖全員にバレている気がする。私の変装はなんだったのか。でも、なんだか楽しかったのでいいとしよう。少しでもアリスになれたのは実に良い気分であった。

 

「ま、魔理沙さん。どうしましょう」

「何も問題ない。ここまできたら前に進むまでだ! とにかく、邪魔するなら撃つぜ! この異変は私たちが――」

「黙りなさい、霧雨魔理沙。私は燐香に関わるなと忠告した。それを無視した貴方は――」

「今日こそ食べても良いのかなー?」

「それは、しとめてから考えましょう。とにかく、五体満足でいられると思わないことね。元気があり余ってるみたいだし、腕の一本や二本、なくなっても気にしないでしょう?」

「へっ、冗談じゃないぜ!」

「じゃあ、そろそろ始めましょうか」

 

 アリスとルーミアがいきなり襲い掛かってきた。魔理沙は私の服をつかむと箒に無理矢理乗せ、竹林の中を低空で飛び始めた。

 

「ど、どうする気なんです!」

「とにかく全力で逃げるんだよ! アイツらとやりあってたら霊夢たちに追いつかれちまう! 逃げながら黒幕のところを目指すぜ! 一石二鳥だな!」

「そんな無茶苦茶な!」

「はは、無茶は毎度のことだ!」

 

 弾幕バトルのつぎは、弾幕レーシング! 本当にわけがわからない。やっぱり幻想郷は常識にとらわれてはいけないらしい。東風谷早苗がここにいたら、さらに混沌としていたことだろう。

 



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第六十二話 魔女の舞踏会

 竹林での東方フライトレーシングが始まった。追ってくるのはアリスとルーミアコンビ。スピードならば魔理沙が有利だが、ここは障害物が多すぎる。魔理沙は竹に当たらないようにするだけで一杯一杯。アリスとルーミアは器用に回避しながら距離を詰めてくる。やばい。彼女達の方が、小回りが利いて速いかも。魔理沙はスピードが乗ると超速い、いわば玄人仕様だ!

 私は魔理沙の背中にしがみつきながら、後ろの状況を報告する。

 

「まずいです魔理沙さん。もうすぐアリスの射程に入っちゃいます! って、マジでヤバい! 左舷後方から人形の射撃が来ます!」

「あらよっと!」

 

 魔理沙が切り返しで回避。戦艦のオペレーターばりにナビゲート。左舷ってどこだという話だが、こういうのはノリである。魔理沙なら言わなくても回避していただろうけども。

 

「お見事!」

「ありがとうよ!」

「でも、このままじゃ埒があきませんね」

「全くだ。ハッキリ言って目的地がさっぱり分からないから、適当に飛んでるだけなんだ」

「そうなんですかって、うわ」

 

 振り返ると、ニヤリと笑うルーミアが。なんかいつになく楽しそうである。

 

「また射程距離内に入りました! 今度はルーミアです!」

「と見せかけて本命はアリスだろうな。牽制はできそうか?」

「と、とりあえずやってみます!」

 

 『草符 葉っぱカッター乱舞』を使用。カードを取るのに格好つけてる余裕がないので、適当に宣言。迫りつつあるアリス、ルーミアに対して妖力を篭めた葉っぱをばら撒く。狙いも適当だ。当たれば痛いぐらいの勢いで!

 

「本気でこないなら、こっちからいくね」

 

 ルーミアが妖力弾を適当にばらまき、葉っぱカッターと相殺。ついでになにやら物騒なことを呟きだした。

 

「『月符 ムーンライトレイ』。楽しかったけど、これで落ちちゃうかもね?」

「ルーミアが本命でした!」

「マジでか!」

 

 ルーミアが最後の葉っぱカッターをひらりと回避。その拍子に胸からカードを取り、颯爽と宣言。ずるい。あれは私が教えてあげたポーズだ。回避しつつ宣言したら格好良いよと、二人で練習したのだった。

 さらに両手から光のレーザーを放ち、私たちを挟み撃ちにしようとする。レーザーは結構な幅があるので、上手く上下で避けないと押しつぶされてしまう!

 

「魔理沙さん、また来ますよ!」

「分かってる! お前は弾幕をとにかくばら撒いてくれ!」

「了解!」

 

 ブライトさんに弾幕薄いよと言われた気分になったので、威力を下げて本当に適当に弾をばら撒く事にした。ついでに『蕾』も放出だ!

 数は適当に10個。ヒャッハー並みに撃って撃って撃ちまくる。

 

「いきなさい、私の可愛い蕾たち、眼前の敵を打ち滅ぼせ!」

 

 アリスになったつもりで攻撃宣言! 思ったよりも格好良かった。そう思っているのは本人だけだろうけど。ルーミアがまたニヤニヤと笑っている。あいつめ、後でデコピンしてやる!

 

「『騎士 ドールオブラウンドテーブル』。二人を拘束しなさい」

「――うげ」

 

 竹をなぎ倒しながら迫るレーザーを上昇して回避したところへ、蕾の弾幕をかいぐぐって迫る人形たち。私は手から蔓のムチを生じさせて、それをペシペシと必死の形相で打ち落としていく。難易度の高いもぐら叩きみたいな感じ。というか超大変なんだけど!

 

「まだ来るのか!?」

「すみません、私の弾が全然当らなくて! 『蕾』もなんかやるきないって感じで」

 

 私の出した蕾は、なんだかイマイチやる気を見せない。以前霊夢と対峙したときの鋭い動きはカケラもない。形だけぽんぽんと緩い弾を吐き出している。これではただの妖力の無駄遣いである。

 

「まずいな。何か良い考え良い考え! あー、竹が邪魔で集中できない!」

「魔理沙さん、真後ろから弾幕! 来ます!」

「おおっと!」

 

 華麗にローリングで回避。私はやっぱりオペレーターなのか。メビウス1、ミッソーミッソーみたいな。

 

「こうなったら、私がルーミアを説得してみます」

「良く分からんが任せる!」

「ルーミア! ここは見逃して下さい! 私たちは心の友でしょう!」

 

 私が拝むと、追撃してくるルーミアがニコニコと笑う。

 

「うん。だからアリスを手伝って止めに来たんじゃない。こんな危ない夜に無茶は良くないよ」

「いや、異変が終わったら戻りますから!」

「駄目」

「じゃあ後でお菓子をあげます。甘くて美味しいチョコレート饅頭があるんですよ!」

「それはそれでちゃんともらうけど、まずは捕まえてからね」

「この鬼! 悪魔! ルーミア!」

「あはは。でね、燐香は手加減するけど、魔法使いさんの方は特に何もいわれてないんだ。だから、ちょっと味見しないとね」

「お、恐ろしいこと言ってやがるぜ! 私は絶対に捕まらないぞ!」

 

 魔理沙が加速を高める。少しだけ距離が開いた。しかし、迷いの竹林を抜けられる気配はない。鈴仙の支配領域ということなのだろうか。色々と歪められているのかも。

 実は、少しだけさっきから頭が痛い。内緒だけど。これは波長を歪められているせいかもしれない。私が妖怪だから分かるのか。魔理沙は特に感づいていないようだけど。

 少し気持ち悪くなってきた。そう、これは乗り物酔いだ。箒って、結構アレだ。動きが激しい。3D酔いした。

 

「うえっ」

「だ、大丈夫か?」

「え、ええ、ちょっと酔っただけです。ただ、このままじゃ本当に埒があきませんね」

「ああ。時間はかかるが、こうなりゃやりあうしかないか。もし霊夢たちに追いつかれたら、そっちも叩き潰す。全員ぶっ潰して、異変の黒幕も叩けば問題ないだろ!」

 

 やる気モードの魔理沙はとても凛々しくて格好良い。女でも思わず見とれるほどの凛々しさ。なるほど。これは人妖が惹かれる理由も分かる。

 背中を掴む手を、魔理沙の細首に回して捻り潰してやったらどんなに爽快だろう。絶対にやってはいけないことをやるというのは、どんな気分になるだろうか。放出している『蕾』たちが、嬉しそうに私を催促してくる。

 私はそれを睨みつけ、消失させる。消えても私の中に帰ってくるだけなのだが。あれと私は一心同体。最後の時まで一緒なのである。

 

「魔理沙さん。私に名案があります」

「お。どんな案なんだ?」

「魔理沙さんの魔力を少し貸してください。私のとっておきをアリスたちにお見舞いします」

「良く分からんが、考えがあるなら任せる!」

「これに魔力をお願いします」

 

 私は左手に彼岸花を作成。魔理沙の手をそれに握らせる。そこに魔力を注いでもらう。人間の力を借りることに、私の一部分が激しく抵抗するが、強引に抑え込む。捕まったら、この異変はそこまでだから。私は連れ戻されて、魔理沙は一人で行ってしまうだろう。

 別にそれでも良いような気もするが、ここまで魔理沙がお膳立てしてくれのだ。最後の最後まで協力したい。私のために、彼女はこんなことをしてくれている。本当はアリスと行くはずだったのに。偽物のアリスである、私と行動を共にしてしまった。その分の仕事はしなければ。

 

「それぐらいでOKです。絶対に後ろを向かないでくださいね。とっておきの余波を喰らっちゃいますよ」

「わ、分かった」

「――行きますよ、アリス、ルーミア!」

 

 魔理沙の魔力と私の妖力をブレンドした特製彼岸花。色は折角なので白黒のツートーンカラーにしてみた。なんか微妙な感じだが、まぁ良いだろう。

 それを手裏剣の要領でくるくるとアリス、ルーミアの正面へと投げつける。

 アリスは人形を使って、それを切り払おうとしている。

 

「白黒の彼岸花……一体なんのつもり?」

「――あ、それマズい」

 

 ルーミアは感づいたようだが、もう遅い。ルーミアが警告を告げる前に、私は目を閉じ更に両手で顔を覆う。そして彼岸花に篭めた妖力を炸裂させる。弾けるのは力ではなく光である。簡単に言えば、強化型閃光弾だ。

 

「――くっ!!」

「うわぁ。やられたー」

 

 アリスの苦悶の声とルーミアの棒読み声が聞こえてくる。彼女達の足止めには成功したようだが、なんと私にも効果は抜群だった。

 なぜかというと、溢れる光が瞼の上から突き刺さったのだ。手のひらは焼け石に水で全く効果を為さなかった。距離的に、私の方が近かったかも。ちょっと距離の目測を誤った。目が痛い。眩しい。くらくらする。私は魔理沙の背中にぎゅっとしがみつく。

 

「ぐ、ぐう」

「なるほど、目晦ましか! こいつは上手い手だな! 偉いぞ燐香、お手柄だぜ!」

「め、目が。目が」

 

 どこぞのム○カ大佐になってしまった。ちょっと強力すぎた。アリスとルーミア、きっと怒ってるだろう。後で土下座して許してもらう事にしよう。

 

「だ、大丈夫か? まさか、目を開けてたのか?」

「い、いえ。閉じてたんですけど、その上から突き刺さりました。目がチカチカします」

「そ、そうか。ならしっかり掴まってろよ。今のうちに飛ばすぜ!」

「アリスたちは?」

「目を抑えながら、悶絶してたぜ。まぁ引き篭もり魔法使いと闇の妖怪だし、今の光は効くだろうなぁ」

「ちょっとやりすぎたかも」

「ま、後で私も謝ってやるよ。大事なのは今! 優先すべきは異変解決一番乗りだぜ!」

「分かりました、“魔理沙”」

 

 魔理沙が私を励ましてくれた。なんだか元気が出てきたので、私も笑顔で頷いておく。ドサクサ紛れに呼び捨てにしてみた。魔理沙はとくに何も思っていないようなので、いいのかも。

 このおかしい月の異変を解決したら、魔理沙とももっと仲良くなれそうだし。友達が増えるのは本当に嬉しい事だ。

 思えば、紅霧異変ではなにもできず、春雪異変は勝手に飛び出して墜落。萃夢想では美味しいところを貰った気もするけど、あんまり異変という気はしなかった。

 だから、この永夜異変は全力で参加できてなんだか楽しい。魔理沙とペアになり、最初のステージから挑めている気がする。私のような存在が、こうして表舞台に立っているのだ。外見はミニアリスの格好だけど。なんだか本当にアリスになったみたいで、嬉しい。

 だって、アリスは主人公の一人だもの。魔理沙とアリスは本当にお似合いのコンビだと思う。だから、アリスである私と、魔理沙が異変を解決するのは必然である。

 そう、アリス・マーガトロイドは完璧なんだから、もっと皆から尊敬を受けてしかるべきである。普段のお礼も兼ねて、アリスの評判を上げる事にしよう。それが今の私の使命である。うん。間違いない。

 私は大きく深呼吸し、霧雨魔理沙の服を強くつかむ。

 

「どうかしたのか? まだ酔いが治らないなら、少し休憩してもいいけど」

「いいえ。なんでもない。さぁ、早く目的地を探しましょう。時間が押してるわ」

「お、いいね。それはアリスの真似だろ? 見下す目つきと表情は怖いくらいに完璧だぜ」

「当たり前じゃない。だって、私がアリス・マーガトロイドなんだから」

「……そ、そうか」

「変な魔理沙。月の魔力に当てられたのかしら。私はいつも通りでしょう?」

「…………」

 

 私が笑いかけると、魔理沙はちょっと妙な表情をした後で前を向いた。ああ、今日は本当に月が綺麗だ。偽物には実に相応しい月である。うん、とても良い夜だ。

 

 

 

 

 ――先程よりも、頭痛が激しくなっている。



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第六十三話 狂気の瞳

 竹林をひたすらに彷徨っていた魔理沙だったが、なんらかの能力による『認識阻害』の術式、もしくは結界が組まれていることをようやく看破。霊夢だったら一瞬で気付いていただろうにと、魔理沙は小さく舌打ちをする。もちろん燐香には気付かれないように。異変解決の先輩としては情けない姿を見せるわけにはいかない。

 だが、時間が掛かったとはいえ気づけたことは僥倖だった。普通の魔法使いでも、タネが分かれば手品を見破ることくらいはわけない。というより、この『認識阻害』もそこまで強力なものではなかったのだ。これくらいに惑わされるようでは、真実にたどり着く資格がないとでも言いたげである。

 

「いよいよ目的地だぞ」

「それは、楽しみね」

 

 相変わらずの燐香。

 

「竹林を抜けたら、そこは――」

 

 雪国ではなく、和風建築の大きな屋敷があった。いつの間にこんなものが幻想郷にできていたのか。魔理沙の記憶にはない。霊夢ですら知らないだろう。

 庭園には、兎妖怪たちが竹やりを持って慌しく動き回っている。あれがこの屋敷の私兵団なのだろうか。とても弱そうである。だって兎だし。

 

「うーむ? これはなんと例えたらいいのやら。白玉楼とはまた違う趣があるよな」

「ふふ、知らないの魔理沙。この屋敷は永遠亭よ」

「永遠亭?」

「そう。永遠を生き続ける呪われし者たちが住む牢獄。今回の異変をおこしたのもそいつらよ」

 

 アリス・マーガトロイド――ではなく、アリスの変装をしている燐香が意味ありげに笑う。アリスとルーミアの追撃を振り切ってからというのも、ずっとこの調子なのだ。最初は違和感が凄まじかったが、段々と慣れてきてしまっているのが怖い。本当に、あの愛想のない自称都会派魔法使いと話しているような気分になってきてしまう。

 

「永遠亭、か。で、なんでお前がそんなことを知っているんだ?」

「私は何でも知っているのよ。だって、アリス・マーガトロイドだから」

「答えになってないぜ。ま、とりあえずお邪魔するとしようかね。多分お待ちかねだろうしな」

「ええ。早くしないと、後続が追いついてきてしまうでしょう。吸血鬼もこちらに向かってるわよ」

「おいおい、嘘だろ?」

「嘘じゃないわ」

 

 ありえない話ではない。月の異変に気がつけば、あの出たがりお嬢様は確実に動くだろう。ということは咲夜もセットか。霊夢、紫、妖夢、幽々子、レミリア、咲夜、アリス、ルーミア。多種多様すぎて頭が痛くなりそうだ。

 異変を解決するのは自分だなどと皆が言い張るのは目に見えている。協調性のなさは折り紙つきだが、それを煽るような連中まで参加している。自分のことを棚に上げて、家で大人しくしていろと言いたくなる。少しだけ霊夢の気持ちが分かったかもしれない。

 こうなればさっさと異変を解決して、素敵な朝日を拝むというのが最善だろう。できるだけ早くが望ましい。燐香の様子が少々おかしいのが気に掛かるから。なんだか、良くない予感がする。

 

「とにかく、黒幕を倒せばいいだけの話だぜ。さて、堂々と正面突破と、コソコソと庭園からの侵入。どっちを選びたい?」

「勿論正面突破よ」

「へへ、良い答えだ。それじゃあ派手に行くとするか!」

 

 魔理沙は永遠亭の正門目掛けて滑空し、そのまま内部へと突入した。

 

 

 

 

 案の定といえば案の定だが、内部の妨害はかなり激しい。まず、配備されている兎妖怪がやたらと弾幕をばらまいてくる。屋敷が壊れることなど全く気にしていないようだ。持っている竹やりはただの飾りだったらしい。見かけで油断でも誘うつもりなのか、それとも趣味なのかは分からない。

 

「ああ、鬱陶しい!!」

 

 回避、回避、回避。ついでに弾幕をプレゼント。いくらぶっとばしても、通路を塞ぐように新手が現れる。ご丁寧に槍衾を組んでから弾幕を放つ兎たち。こいつらは弾幕勝負がなんたるかをまるで分かっていない。足を止めてどうするんだという話だ。

 それはそれとして、この屋敷の内部はどこかおかしい。外から見た構造と、内部の大きさが全くつりあっていない。ぐねぐねと入り組んでいるし、なにより廊下が長大すぎる。巨大迷宮にでも放り込まれた気分になる。また何かの術式が掛かっているのだろうか。

 

「魔理沙、ここは私に任せて」

「それは構わないけど。どうするつもりだ?」

「行く手を遮るものは叩き潰すのみ。魔理沙がいつもやっていることでしょう」

「ま、まぁそうだけど」

「変な魔理沙。もしかして、月の魔力にあてられたのかしら。まぁ、私の人形捌きを見ていると良い。結構上手いものなのよ?」

 

 『贄符サクリファイスドール』。青白い顔をした燐香が宣言すると、周囲に燐香を模した擬体を5体生成する。変装した姿ではなく、赤髪の燐香。その目には光がなく、濁っているのがとても印象的だ。だが、とても精巧で一見では本人と見間違うかもしれない。それほど良く出来ている。まさに、燐香の『死体』そのものである。

 

「お、おい」

「いきなさい、私たち」

 

 両手を前にだらりと垂らした三体の『燐香』たちが、兎妖怪たち目掛けて前進していく。先頭の『燐香』が、槍衾に突っ込んで歪んだ笑みを浮かべながら自爆していく。ぎゃーと叫んで吹っ飛んでいく哀れな兎たち。死んではいないようだが、かなりダメージを受けていそうだ。

 

「ぜ、全員撤収するよ! 時間稼ぎは十分だし、後は鈴仙に任せちゃおう!」

 

 指揮官らしきピンクの服を着た兎が撤収命令を下す。流石の兎たちもこれには恐れを為してしまったらしく、悲鳴をあげながら散り散りになっていく。燐香はそれ目掛けて残りの『燐香』をけしかける。が、指揮官兎の精密な弾幕で足止めされてしまう。哀れな偽物たちは、爆音を轟かせて自爆してしまった。首や四肢がばらばらと散らばった後、黒い靄を生じて消え去っていく。

 言葉には出さないが、趣味が悪い技だと思う。自分の死体を見て気分がよくなるはずもないだろうに。

 

(……なのに、なんで燐香は笑っているんだ?)

 

 金髪の燐香は、自分の分身が霧散していくのを愉しそうに眺めていた。

 なんと声を掛けていいか分からず、魔理沙は唾を飲み込む。

 

「あ、あのさ」

 

 だが、その後の言葉は兎によって遮られる。

 部下が無事退散したのを見届け、ふーっと息を吐いて額の汗を拭っている指揮官兎だ。

 

「全く。子供のくせに恐ろしい技をつかうね。あんなの見たら兎達のトラウマになっちゃうじゃないか」

「おい、お前がここの指揮官か? とぼけた顔して中々できるみたいじゃないか」

「うん? まぁ第一防衛線担当みたいなものかなぁ。初めまして、人間に妖怪さん。私は因幡てゐ、人間を幸せにするとっても優しい善良なうさぎなんだ。末永く仲良くしようね!」

「嘘つけ! いきなり攻撃をしかけてきたくせに」

「ははは! そりゃあ、泥棒を迎撃するのは当たり前じゃん。親しき仲にも礼儀ありってね」

「私達は正面から堂々と入っただろう。つまりはこの屋敷の客人だ。ほら、ちゃんともてなせ」

「あははは、なんと愉快で剛毅で傲慢な客人なんだろう! うーん、アンタら面白そうだから、この騒動が収まったら色々とお話ししたいな。――っと、次があるから私はこれで。実は結構忙しいんだよね」

「おい!」

 

 因幡てゐと名乗った兎妖怪は、煙幕を張って逃走していった。その逃げ足は流石指揮官というべきものだった。見かけた兎たちの中では一番速い。

 

「なんなんだよ、全く」

「あ、言い忘れてたけど」

「うわぁああああ!」

 

 魔理沙の背後から、にょきっとてゐが現れた。全然気付かなかったので、思わず悲鳴をあげてしまう。燐香は、特に動じずにてゐを見つめている。何を考えているかさっぱり分からない。いくらアリスの真似をするにしても、ちょっとおかしい気がする。声を掛けようとすると、先にてゐが話し始める。

 

「赤いお嬢さん。ずっと自分を偽るなんて無理なことなんだ。どう着飾ろうともアンタはアンタでしかない。あまり無理をすると、どこぞの誰かさんみたいに、皮を剥がれてめそめそと泣くことになるよ」

「…………」

「なんだそりゃ。どういう意味だ?」

「なあに、年長者から子供へのちょっとしたアドバイスだよ。それじゃあ、後はお若いもの同士で頑張りなよ。それじゃあね!」

 

 てゐは歯を見せてニッコリ笑うと、ぶらぶらと手を振って去っていってしまった。まるで緊張感がない。

 それと入れ替わりに見知らぬ兎が颯爽と登場した。こちらは敵意バリバリだ。

 

「止まりなさい侵入者ども! 狼藉はそこまでよ! 武器を捨てて大人しく投降しなさい!」

「うわぁ。またでた」

 

 魔理沙がわざとらしく溜息を吐くと、ブレザーを着た紫ロンゲ兎が怒声をあげる。その背後には竹やりを持った兎連隊が控えている。

 

「またとは失礼ね! ただの人間のくせに!」

「あれ、お前は人間じゃないのか?」

「全然違う! あんたらと一緒にしないで!」

「じゃあなんなんだよ」

「ふふん。教える義理は欠片ないけど冥土の土産に教えてやる。私は鈴仙・優曇華院・イナバ。永遠亭の防衛指揮担当よ。実質的な指揮官ね。さぁ、身の程を知ったら、今すぐ跪きなさい。命乞いをしろ!」

「ふーん。なんでもいいけど、お前の部下たち、どっか行っちゃったぞ」

「え? あ、あれ。ちょっと前までは一緒だったのに!」

 

 鈴仙が演説している間に、また因幡てゐがやってきて竹やり連隊を引き連れて行ってしまったのである。兎兵たちの中では、鈴仙・優曇華院・イナバよりも因幡てゐの方が命令系統が上位なのだろう。

 

「いるのはお前だけだぜ。指揮官とか言ってたのにぼっちじゃないか」

「……う、うるさい!! とにかく今は忙しいの! 回れ右して家に帰りなさい!」

 

 鈴仙が、右人差し指をこちらにむけてくる。その指の先端に妖力らしきものが溜まっていくのが分かる。あれが発射されたときが勝負開始の合図となるだろう。

 

「へへ。大人しく従うやつが竹林の罠をくぐってこんなとこまで来ると思うのか?」

「ま、それもそうよね。でも、竹林の罠にてこずるような連中に、この廊下を突破できると思ってるの?」

「廊下がどうかしたのか? そういやぁやけに広いし長いよな」

「はぁ、本当に呆れて物も言えない。いい? この廊下――催眠廊下は私の罠の一つなの。教えてあげるけど、お前達は真っ直ぐに飛べてすらいないのよ?」

 

 鈴仙の目が赤く、怪しく光る。なるほど、何かを惑わしているのはこいつの能力のようだ。ならば、この兎を叩き潰して解除させれば全て元に戻る。分かりやすい。

 

「凄いのは認めるが、だからどうだっていうんだ」

「は?」

「真っ直ぐだろうがねじれていようが、肝心なのはお前を倒すことだ。それで万事解決だろう?」

「ふん、よく吠える人間ね。できもしないことをベラベラと」

 

 鈴仙の表情が剣呑なものへと変わる。いよいよ戦闘開始だ。

 

「……戦う前に、一つ尋ねるけれど。 歪な月の異変は、貴方たちの仕業でしょう?」

 

 燐香が、何故か苦しそうに声を出す。いや、絞り出すと言った方が正しいか。呼吸がひどく乱れている。脂汗が玉のように浮かんでいる。魔理沙の背中を掴む手が、小刻みに震えている。

 

「そうだけど。……ちょっとそこの白黒。そいつ、なんだか顔色が危なくない? それに、波長が――」

 

 鈴仙がなにやら聞き捨てならない事を言っているが、今は一旦保留だ。

 

「おい燐香! しっかりしろ!」

「大丈夫です。何も、問題……ありません。あと、2つです。そこの鈴仙を倒し、正しい道を選んで、か……輝夜を倒せば」

「ちょ、ちょっと! なんで姫の名前をあんたが知っているの!? それにそいつの波長、なんだか絡まりあって異質すぎるし! あんたら、一体何者なの!」

 

 鈴仙が混乱した様子で叫び声をあげている。燐香は返事に答えることはない。そのつもりがないのか、余裕がないのかは分からない。

 いずれにせよ、ゆっくりと話している時間はなさそうだ。

 

「長話はもう終わりだ! とにかくお前と黒幕を倒して、とっとと異変を解決して、燐香をゆっくりと休ませれば万事上手く行くのさ!」

「さ、最終警告、それ以上近づいたら全力で攻撃する! 本当にやるからね! 嘘じゃないわよ!」

「へっ、来ると分かってるのに誰が落とされるかよ!」

 

 ミニ八卦炉を握り締め、魔理沙は『行動』を選択しようとした。立ち止まって休ませるという選択肢は頭に浮かばなかった。ここで止まってしまえば、折角の異変一番乗りが無駄になってしまう。それでは燐香も嬉しくないだろう。二人の力でこの月の異変を解決したい。そう約束したのだから、当たり前だ。

 

 

 ――だが。

 

『魔理沙』と、脳裏に懐かしい声が響いてくる。たまにこの感覚が現れる事がある。魔理沙が危険を承知で何かを実行、決断しようとしたときに限ってだ。まるで、引き止めるかのように。警告するかのように。

 別に聞かなくても実害はない。実行、決断したことによる代償が魔理沙にもたらされるだけである。いまのところ100%の確率で痛い目に遭っている。

 これは霊夢の直感みたいなものなのかもしれない。このことを誰かに相談したことはもちろんない。頭がおかしいと思われるのは癪だからだ。

 それを理解してからは従ったり、従わなかったりと半々だ。声を判断材料にすることはない。誰かに誘導、指図されて生きるなど、魔理沙にはとても耐え難いから。

 だから、今回もそうするつもりでいた。

 

 ――だが。

 

『魔理沙! 頭を冷やして良く考えな!』

 

 今までにはなかった、二度目の警告だ。しかもいつもより声が大きく厳しい。誰かは知らないが、一体何を考えろというのか。

 自分は何も間違っていない。戦って負けたとしても、行動した上での敗北なら成長の糧となる。失敗は成功の元なのだ。ならば進んだって何も問題ないはずだろう。

 でも、それが取り返しのつかない失敗につながったらどうだ。自分の決断で、もうどうしようもない事態を招いてしまうとしたら。

 パチュリーの言葉が鮮明に思い出される。無知による行動ははたして許されるのか。

 

(……まさか、燐香のことか?)

 

 なんとなくそんな気がした。普段と違うといえば、燐香の様子がどうにもおかしいこと。魔理沙は箒を急停止させ、鈴仙との距離を素早く取る。

 

「おい紫兎! 戦う前に一つだけ教えろよ!」

「な、なによ。それに人間のくせに偉そうに!」

「私の能力は、魔法をつかえることだ」

「あ、あっそう。それがなんだってのよ!」

「だからお前の能力も教えてくれよ」

「はぁ? 嫌に決まってるでしょう。あんたは敵、みすみす手の内をさらすような愚かな真似を誰が――」

「そこをなんとか頼む。私たちは、既にお前の能力の干渉を受けているんだよな?」

 

 魔理沙が確認するようにもう一度尋ねると、鈴仙がこめかみに手を当ててから、深い溜息を吐く。

 

「だから、私は教えないと――」

「お前、さっき燐香の波長がどうとか言ってたよな。それに惑わすこともできるって。もしかして、精神に干渉するような能力ってことか?」 

「ああ、もう!! 大体はそんなところよ、だからあんたたちは絶対にこの先へは辿りつけない。私があんたたちの波長を一定間隔で乱しているからね。ほら、教えてやったんだから素直に帰りなさい」

「波長を、乱す?」

 

 魔理沙の頭の中のパーツが、まざりあい、徐々に形を成していく。白玉楼での一件、アリスが燐香に自分を近づけさせない理由、燐香の変貌とその性質。確信はない。だが、もしかすると。

 魔理沙の背筋に冷たい物が走る。後ろを素早く振り返る。燐香は虚ろな目をしている。先ほど弾けた死体の目に近づいている気がする。呼吸が徐々にだが遅くなってきている。背中を掴む力が、弱々しくなってきている。そして、その小さな身体からは何か、黒いモノが僅かにだが生じてきているような。

 

「ま、まずい」

「はぁ?」

「おい紫兎! 今すぐその能力を解除しろッ!」

「なにを馬鹿なことを! そんなことするわけがないでしょう!」

「そうかよ! じゃあこうするまでだ!!」

 

 魔理沙は箒を全力で下降させ乱暴に着地させると、ミニ八卦炉を鈴仙へと投げわたした。

 

「え、な、なにをする気?」

「大人しく投降する!」

「は?」

「さっきお前が武器を捨てて投降しろって言ったんだろうが! とにかく、早くお前の能力を解除するか、能力の範囲から燐香を出してやってくれ!」

「え、ええっ!?」

 

 鈴仙から先ほどまでの刺々しい雰囲気がなくなり、いきなりおどおどしはじめた。こちらが地なのかもしれないが、そんなことに構っている余裕はない。

 魔理沙がずんずんと近づいていくと、さっき立ち去ったはずのてゐが再び現れた。

 

「おやおや。なんだか立て込んでるみたいだねぇ。鈴仙、動揺するのは分かるけど、アンタは指揮官なんだし。もっとシャキっとしなよ」

「そ、そういわれても。本当に投降するなんて思わなかったし。こんなことは想定外よ」

「どうするか早く決めないと、捕虜虐待で訴えちゃうよ」

「なんでてゐが訴えるのよ! 味方でしょうが!」

「ほらほら、本当にどうするのさ。言っておくけどここに牢屋なんてないからね」

「と、とりあえずどこかの客間に連れて行きましょう。廊下の罠を解除するわけにはいかないし。私がここを守ってるから、てゐが連れていって。奥の間だけ能力を解除するわ」

「あいあい」

「そいつらから絶対に目を離さないように! 私たちを騙す罠かもしれないからね!」

「それは心配いらないと思うよ。だってほら、すごくヤバそうだし」

「ま、まぁそうだけど」

 

 昏倒している燐香を見て、なんだかへこんでいる鈴仙。

 

「白黒魔法使いさんは赤いお嬢さんを宜しく。私が永遠亭の客間に案内するから。さ、急いでいこう!」

「悪い。助かる」

 

 魔理沙はとりあえず礼を言っておく。どういう扱いをされるかは分からないが、今はこれが正しい選択だと思いたい。鈴仙とてゐを見る限り、ひどい扱いはされないと思うが。

 

「なぁに。困ったときはお互い様ってね。もちつもたれつで世の中は回るのさ」

「私たちはお前達を退治しに来たのにか?」

「ははは、まぁ迷惑かけてるのは確かみたいだし。こっちも仕方なくのことなんだけどね。ま、長く生きていれば色々あるよね」

 

 てゐは意味ありげに何度か頷いた後、ピョンと跳ねて魔理沙の先導を始める。魔理沙も燐香の身体を抱えて全力で飛ぶ。

 

「……アリスが私を近づけたくなかったのは、燐香の精神が不安定になるから。そして精神に作用する能力を喰らってこうなった。でも、なんでなんだ? 普段はなんともないのに。一体どういう」

「…………」

「分からないことは、分かる人に聞くのが一番ってね。ほら、考えてないで急ぐよ!」

「ああ。確かにその通りだぜ」

 

 分かるであろうアリスは教えてくれないだろう。幽香は言うに及ばずだ。

 ならば本人に聞けば分かるのだろうか。でも、それは聞いても良いことなのだろうか。分からない。とりあえずここは保留にして、鈴仙の能力から逃れる事が最善だろう。魔理沙は異変解決のことは一旦頭からどかし、燐香のことに考えを集中することにした。

 腹立たしい限りだが、魔理沙たちが何もしなくても異変は霊夢がなんとかしてしまうのだ。本当に頭にくるが、仕方がない。

 でも、自分はきっと正しい選択をした。魔理沙はそう思った。

 






魔理沙さんBADEND神回避!


感想返しはちょっと時間がなくてできないのですが、
全て見ております。いつもご覧頂きありがとうございます!
誤字等は随時修正しております!





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第六十四話 賢者の選択

「捕虜?」

「は、はい。侵入者が現れたので迎撃したのですが、その、呼びかけに応じて素直に投降してしまいまして。どうしたものかと」

「なんで貴方が困っているの。自分で呼びかけたのでしょうに」

「いや、物の弾みと言いますか。普通、あの流れで投降するのはありえないと思って、その、つい挑発じみた物言いを」

 

 廊下で状況報告を受ける八意永琳は、片目を閉じる。鈴仙は、困惑した表情で立ち尽くしている。竹林を突破されるのは想定済み。

 後は鈴仙の能力で大半を削ぎ落とし、永琳が残りの全てに対処する。それが終わる頃には、月の使者たちも諦めるというのが計画だ。夜が止められているようだが、そんなものは妨害には入らない。誰がやっているのかは知らないが、偽の月を元に戻すだけの力はないようだから。ただの時間稼ぎならば、むしろこちらに利益がある。

 

「それで、捕虜というのは一体何者なの」

「魔法使いを名乗る霧雨魔理沙という人間です。人間のくせにかなり動きが素早い奴です。それを活かしてここへ一番乗りしたとか言っていました」

「なるほど。一番乗りということは、他にも向かって来ている訳ね」

「はい。博麗の巫女と妖怪の賢者、亡霊姫の主従、人形遣いと妖怪コンビ、吸血鬼とそのメイドがこちらへ向かっているそうです」

 

 鈴仙の言葉に八意永琳は溜息を吐く。ここの人妖たちは好奇心が強い連中のようだ。黙って見ていれば良いものを。いずれにせよ、誰にも邪魔はさせない。

 

「はぁ。それはまた千客万来ね。ならばしっかりもてなしてあげなさい。言うまでもないけど、絶対に姫の元へ通しては駄目よ」

「もちろんです! 今はてゐが迎撃しているはずです。……そ、それと、もう一人の方なんですが」

 

 何故か言葉を濁し気味になる鈴仙。

 

「あら、まだいたの?」

「はい。霧雨魔理沙が連れていた子供の妖怪が。名前は風見燐香、能力は花を操るようです」

「そう。で、その妖怪に何か問題でもあるの?」

「こいつの波長がどうにも異質なんです。幾百の波が、ぐちゃぐちゃに混ざり合ってるというか、混沌としているというか。今は昏睡状態なので、客間で寝かせてあります」

「混沌、ねぇ」

 

 永琳は顎に指を当てて考えを巡らす。どうにも厄介な属性もちらしい。そういう連中を排除するのが鈴仙の仕事なのだが。

 

「霧雨魔理沙が投降してきたのも、彼女の体調が悪化したからなんです」

「それはまた面倒な捕虜をとったものね。とっととお帰りいただけばよかったのに」

「そう思ったんですけど、その。放置するのもなんだか後味が悪いと言うか。子供を見殺しにするのは、ちょっと」

「私たちの敵なのに?」

「て、敵でも、子供は流石に」

「なるほど。貴方は迎撃が任務にもかかわらず、情けを掛けて連れてきてしまったと。そういうことね」

 

 鈴仙が視線を逸らす。彼女の欠点、あるいは長所とでもいうべきなのか。どんなときでも、甘さを殺しきれないのだ。それは自分に対してもだ。その子供への同情心と同じくらい、後で自分が傷つきたくないという思いがあったはずだ。子供を見殺しにしたという罪を背負いたくない。だから、助けてしまった。

 その甘さ故、故郷の月が侵略されたとき、鈴仙は同胞を捨てて一人で逃げ出した。命を賭けて戦うという決断ができなかった。だから目を閉じ耳を塞いで逃げ出した。

 別にそれを責めるつもりもない。本人もひどく後悔しているようだし、二度と繰り返さないと誓っていた。その約束が守られるかは知らないが。

 なんにせよ、永遠亭で保護してからの鈴仙の働きは十分である。現状、特に不満もない。ならば問題はない。逃げたとしても、最後の門番たる自分が全てに対処するだけのこと。

 

「まぁいいわ。別に貴方がやりすぎた訳でもないのでしょう? 文句を言われる筋合いもないはずよ」

「まぁ、それはそうなんですけど」

「話を聞く限りでは、精神操作系統の能力に致命的に弱いのかしらね」

 

 できるだけ侵入者の戦い方に合わせろと、永遠亭の兎たちには命令してある。敵が弾幕勝負で来るならばそれで迎え撃ち、殺傷目的で攻め寄せて来たならば全力で殲滅する。報告を受けている限りでは、スペルカードルールは守られているらしい。

 

「恐らくは。私の波長を操る能力が、風見燐香には効き過ぎるようなんです。彼女からしたら、私は最悪の天敵ではないかと」

「とても良く分かったわ。後は私が“適切”に処置するから、貴方は持ち場に戻りなさい」

「……師匠。まさか」

「貴女が心配する必要は何もないわ。余計な敵を作るつもりはない。恩を売る格好の機会でもあるしね。まぁ、どうするかは見てから決めるけれど」

 

 医術についての知識はあるつもりだ。どういう状況なのかは見ないと分からないが、助けてやれば恩義を感じるだろう。恨みを買うよりも、恩を売って今後に活かした方が都合が良い。月の使者を追い返したとしても、この場所は露見してしまっている。周囲の人妖たちと、嫌でもやりとりをしなければならない。あわよくば今後の交渉の潤滑油となってもらおう。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 何故かお礼を言ってくる鈴仙。永琳は思わず呆れてしまう。甘いにも程があるというものだ。

 

「全く。貴方は、割り切るという事を少し覚えた方がいいわね。そんなことじゃ早死にするわよ」

「や、やめてください。縁起でもない!」

「冗談よ。馬鹿みたいに真面目なのも相変わらずね。それじゃあ防衛指揮を引き続きよろしくね、優曇華」

 

 鈴仙の肩を優しく叩くと、永琳はその場を離れる。捕虜は客間にて待機させてあるらしい。招かれざる客人という意味では、そこが最も相応しいのかもしれない。そもそも、この永遠亭には牢屋などという無粋なものは存在しないから仕方がない。

 

 

 

「お疲れ様です、永琳様。捕虜は大人しくしています」

「話は聞いているわ」

 

 監視役の兎に合図して客間の襖を僅かに開けさせ、中の様子を覗き見る。

 布団に横たわるのは、金髪の子供。これが風見燐香か。髪から僅かに魔力が感じられる。恐らく色を誤魔化しているのだろう。集中してみれば、本来の髪色は赤だと分かる。わざわざ変えている理由は知らないが、知る必要もないだろう。

 それを見守るように壁にもたれかかっているのが魔法使い、霧雨魔理沙だろう。特に暴れるでもなく、大人しい。話では箒に乗って玄関から威勢よく突撃してきたらしいが。

 

「中に入られますか?」

「……そうね。一応挨拶ぐらいはしておこうかしらね」

「分かりました。どうぞお通りください」

 

 中へ入ると、霧雨魔理沙がゆっくりとこちらに目を向けてくる。特に何かを企んでいる気配はない。捕虜としては模範的な態度である。

 

「……あー、ついに黒幕のお出ましかぁ」

「そういうことね。それで、貴方のご期待には沿えそうかしら?」

「はは。折角だけど私達は捕虜だからな。評価できるような立場じゃない。負け犬の遠吠えぐらいなら聞かせてやれるけど」

「それは遠慮しておくわ。まだまだお客様がいらっしゃるみたいだし。ああ、いちおう名乗っておくわ。私は八意永琳。それで、貴方達がここに来た理由を聞かせてくれる?」

 

 問いかけると、魔理沙が苦笑する。

 

「あの月の異常をなんとかするためだった。ま、後は他の奴に任せるさ」

「やけに諦めが早いのね。それとも、牙を隠して何かを狙っているのかしら?」

「私だけなら、そうするかもしれないけどな。燐香がいるから無茶は止めておくよ。本当は歯軋りするほど口惜しいが、外に出さないように努力してるのさ。……歯を食い縛って、無理矢理頭を冷やしてな」

 

 魔理沙が何かを堪えるような表情で、淡々と呟く。この様子なら、勝手に抜け出して何かを企むといったことはないはず。嘘を言っている様子はない。永琳が威圧をかけながら問いかけたにも関わらず、特に動揺する様子はなかった。嘘を言っていれば必ず反応する。

 

「捕虜にこんなことを聞くのも妙な話だけど。私は少々医術の心得があるの。貴方がよければ、その子を診てあげてもいいけれど」

「へぇ。さっき出された高級そうなお茶に続き、診察までしてくれるとは至れり尽くせりだ。是非お願いしたいところだが、その代償はなんだ?」

「代償?」

「魔法使いとの取引は基本等価交換だからな。タダほど怖いものはないのさ」

「ああ、そういうことね」

「ああ、そういうことさ」

 

 魔理沙がおどけてみせる。

 

「なら、貴方への貸しということでどうかしら。どう返してくれるかは貴方に任せるわ」

「……何よりも恐ろしい話だぜ」

 

 永琳としてはどうでも良い。返さなければそれだけの話。そういう人間なのだという判断材料になる。この身体になって以来、欲しいものなど特にはない。

 

「ふふ。貴方、中々面白い性格をしているわね。ただの人間なのに、中々興味深いわ」

「お褒めに預かり光栄だよ」

 

 そう言って、魔理沙が頭を下げてきた。取引は成立だ。永琳は横たわる燐香の傍に座る。掛け布団をどけて、右手を翳す。

 

「……何をするつもりなんだ?」

「まずはこうして身体を診るのよ。私は全知全能の神じゃない。情報がなければ、どう対処するかなんて分からないでしょう?」

「ごもっとも」

 

 強く警戒心を露わにした魔理沙が、それをすぐに和らげる。

 風見燐香は青白い表情で眠りについていた。僅かに動く胸が、いまだ生きているという事を証明している。だが、それが止まれば本当に死体のようだ。まるで生気を感じられない。

 翳した右手に霊力を篭め、頭部から足元へゆっくりと動かして精密に『調査』する。それが何から構成されているか、どれほどの力を持っているか、身体の部位、臓器に異常はあるかなどの情報を得る事が可能だ。治せるかどうかはまた別の話であるが。

 

「…………」

「……ど、どうなんだ?」

「……肉体に異常は見られない。臓器も問題なし。鈴仙の能力の影響で、この子を構成する妖力に乱れが生じたのが原因と思われる。最善の処置は、安静にして体力と精神力を回復することでしょうね」

「……そうか」

「うちの兎用に作っている栄養ドリンクを持ってきてあげる。妖力の回復を早めてくれるはずよ」

「それは有難いが、高い借りになりそうだなぁ」

「さぁて、それはどうかしらね」

 

 永琳は口元を歪めると立ち上がり、部屋を静かに退出した。

 

「…………」

 

 嘘はついていない。肉体、臓器ともに異常はない。妖力が乱れているのも本当のこと。だが、一番の問題はだ。風見燐香を構成している“何か”が壊れかけている。核、のようなものだろうか。

 彼女の力の源は人間の『穢れ』だ。それは本来、時とともに霧散し一箇所に留まることはない。それがこの世の摂理だからである。

 しかし、何らかの要因によりその『穢れ』が強引に繋ぎとめられている。そのおかげで、風見燐香はこうして存在する事ができている。

 その核とも言える『何か』に皹が入っている。少し不安定になれば、構成物質が噴出してしまうだろう。人事不省になったのもそのせいだ。つまり、その核が壊れれば風見燐香は霧散する。

 繋ぎとめられている『穢れ』が何らかの要因で暴れ狂いでもしたら、それも命取りとなる。ああ、なんと脆い存在だろうか。まるで砂上の楼閣だ。

 

(……さて、どうするか)

 

 永琳は悩む。このような存在だとは予想もしていなかった。軽く診てやり、恩を売るという考えしかもっていなかった。だが、これの存在は正直厄介だ。はっきり言って、燐香が消えようが死のうがどうでも良い。いや、輝夜以外の誰がどうなろうと、本当にどうでも良いのだ。――もちろん、自分も含めてだ。

 だが、それでは輝夜が喜ばない。よって、面倒見の良い性格を努めて演じているだけである。かなりの年月をそうして暮らしているから、それもある意味では自分と呼べるのかもしれないが。

 

(このまま見過ごすか、直ちに殺すか。どうするのが最善かしら)

 

 ここで霧雨魔理沙ともども風見燐香を殺してしまうのが一番楽だ。そうすれば何かが起こることはない。構成している『穢れ』は完全に封印し、宇宙空間にでも放り込んでしまえば良い。それで全て終わり。知り合いやら身内の人妖が復讐に来たら、それも含めて皆殺しだ。

 逆に見過ごしたらどうだろうか。しばらくの間は良い。だが、燐香の取り込んでいる『穢れ』が、万が一にもばら撒かれでもしたら。いや、下手をすると数倍にまで膨れ上がっている可能性すらある。バランスが完全に崩れたとき、どう転がるかは予測ができない。強力な『何か』に押さえ込まれている分、その反動の強さは想像を超えるだろう。

 最も避けなければならないのは、輝夜に影響が及ぶことだ。命より大事な輝夜に、あの娘の『穢れ』が振り掛けられでもしたら。想像するだけで全身に鳥肌が立つ。地上は穢れていると月人共は言うが、輝夜はあの時から変わりなく輝いている。その名の通りに、永琳を照らし続けてくれている。それを汚すことは何人だろうが許されないし許さない。絶対にだ。

 

「――よし。殺そう」

「悪いがそうはいかないんだよ。月の賢者様」

「……あら。まだお客様がいたなんてね。ちょっと油断したかしら」

「いや、アンタは油断なんてしていない。ただ、私がアンタを上回っただけのことさ」

 

 永琳の背に、鋭利な何かが突きつけられている。油断した覚えはない。ただ、気がついたときには背後に誰かがいただけのこと。かなりの実力者なのは間違いない。だが恐れる必要はない。どうせ自分は死ぬことはないのだから。

 

「なら振り返っても良いかしら? 素敵なお客様の顔が見てみたいのだけど」

「駄目だね。そのまま前を向いてな。おっと、悪巧みはするなよ。こちらを向いたら、その瞬間から戦闘開始と見做す」

「そう。じゃあもう少しだけこのまま話をしましょうか。私の不意を突いたのはお見事だけど、この後はどうするつもり?」

「まずは物騒な決定を撤回してもらいたいね。月の賢者を名乗るぐらいなら、あの子達に善意を振り撒いてやりな。それぐらいの余裕を見せても罰は当たらないだろう」

 

 その身勝手な言葉を聞き、永琳は思わず鼻で笑う。

 

「誰から聞いたのかは知らないけど、賢者などと名乗った覚えはないわね。それに、見るに堪えない『穢れ』の塊を助けてやれと? あれは存在しているだけで罪よ。とても見過ごせない」

「それでも助けてやれ。全てを受け入れるのが幻想郷のお約束らしいからね。なぁに、心配要らないよ。あの子のバランスが崩れても、アンタの大事な姫に影響は及ばない。例え物語が悲劇に終わっても、そういうことにはならないのさ」

 

 断言する女。永琳は少しだけ興味を覚える。

 

「とてもお詳しいのね。良ければ理由を知りたいわ」

「簡単な話だ。色々と手を貸したのはこの私だからさ」

「あの子の核を形成したのは貴方だと言うの? それはどういう意図により?」

「長年の友誼と興味本位だね。くくっ、どんな最後を迎えるか、考えるだけでワクワクするよ」

 

 背後で愉しそうに笑う女。さぞかし素敵な笑顔を浮かべているだろう。

 

「なるほど。貴方、中々良い性格をしているようね」

「そりゃそうさ。私は悪霊だからね」

「それは怖い。で、理由は本当にそれだけ?」

「あとは未熟な弟子の尻拭いかな」

「なるほど。それを聞いて完全に納得できたわ」

「そうかい。……で、どうするね?」

 

 悪霊が試すように問いかけてくる。どういう理由かは分からないが、こちらの事情についてはかなり知っているようだ。月から来たこと、そして輝夜がいることすら知られている。このまま戻したくない相手だ。悪霊を殺すというのも変な話だが、始末してしまうのが最善に思える。

 

「私たちのことはどこまで知っているのかしら?」

 

 念のためにカマを掛けて見る。返答次第では即座に攻撃を仕掛ける事にする。

 

「ある程度は」

「それを聞いているのよ」

「絶対に死なないんだろう」

「ええ」

「恐ろしい話だね」

「そうでしょう。他に知っていることは?」

「さぁて、ね。――ただ」

 

 意味ありげに間をおく悪霊。

 

「何かしら」

「お前、自分は死なないから、『敗北は絶対にない』と考えているんだろう? でも、そうじゃあないんだよなぁ」

「へぇ?」

「大事なお姫様を汚されたくないんだろう? そんなに『穢れ』が嫌いなら、お姫様ともども穢れの大元に落としてやるよ。そこで私と未来永劫戦い続けるってのも乙なものだろう」

「それはとても魅力的なお誘いだけど、お互いにかなり疲れるのは確かでしょうね」

「だからさ、私としてはあの子たちを助けてやって欲しいねぇ。そんな無粋な毒薬は捨てて、愛情たっぷりの栄養ドリンクを持っていきなよ」

 

 背後の悪霊の殺意が薄れていく。永琳も臨戦態勢を解く。お互いに利益がない選択肢だからだ。永琳としても、わけのわからない場所に引きずりこまれるのは面倒だ。直ぐに脱出できるだろうが、数日は輝夜に不自由をさせてしまう。それは避けたい。万が一にも、本当に穢れの大元とやらに落とされてしまったら大問題だ。

 ならば当初の予定通り適当に恩を売り、あとは無干渉というのが最適解だろう。

 

「それにしても。ここまでやるくらいなら、とっとと弟子とアレを回収して脱出すればいいものを。わざわざ余計な手間をかける理由があるの?」

「ふふ。こっそりと手助けするから格好良いのさ。後で馬鹿弟子が気がついたときに、たくさん自慢できるだろう?」

 

 心から愉快そうな声。死んでいるくせに人生を謳歌しているようだ。

 

「悪霊の癖に、人間のようなことを言うのね。私にはさっぱり理解できないわ」

「生きていようが死んでいようが、好きなようにやる方が楽しいさ。長い人生だもの」

「ああ、それには同感ね」

 

 永琳は毒薬の入った瓶を庭へと投げ捨てた。割れた瓶から漏れた液体が、音を立てて蒸発していく。

 

「それじゃあ後は任せるよ。私がいたことは秘密で宜しく」

「ちょっと待ちなさい。さっきから貴方にだけ都合が良すぎるわ」

「悪霊だから仕方ないだろう」

「開き直らないで頂戴」

 

 永琳が棘を含めて言葉を投げつけるが、悪霊は笑って誤魔化す。こちらは未だに顔すら見る事ができていない。

 

「私がでしゃばると弟子の教育に悪いのさ。そうそう、姫様に迷惑をかけないってのは約束するよ。何が起ころうと、『穢れ』はアンタの姫様には影響をもたらさないようにする。ま、ちょっと世界が騒々しくなるかもしれないが」

「なら、名前ぐらい教えなさい。顔も見せてもらわなくてはね。それが私と貴方の契約の証となる。それが出来ないなら、今の話は全部なかったことにするわ」

「一々細かい女だねぇ。まぁいいさ。それじゃあ、振り返りなよ」

 

 八意永琳は振り返る。青い装束に、月を模した杖を握る悪霊がそこにはいた。得意気に笑う目の奥には、深い闇が湛えられている

 なるほど、かなりの実力者と分かる。永遠の命をもっていても、殺しきるのは骨が折れそうな相手。なにより、その表情が『私は死んでもしつこいです』と訴えかけている。絶対にしつこいだろう。

 永琳が無言で観察していると、悪霊はニヤリと笑う。その悪戯っぽい表情は、先ほどの霧雨魔理沙のそれととても良く似ていた。なるほど。師弟というのは似るものらしい。一つ勉強になった。

 

「初めまして。そして幻想郷へようこそ。どこぞの妖怪の賢者に代わって、心から歓迎するよ」

「素敵な歓迎をありがとう、悪霊さん。……私は八意永琳よ」

 

 こちらから名前を名乗って手を差し出すと、初めて悪霊は意外そうな顔をした。そして愉快そうに笑った後、手を握り返してきた。 

 

「私の名前は――」

 




謎の悪霊……一体何者なんだ。
この物語の永夜抄編は地雷選択肢が多いので要注意。


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第六十五話 輝く夜の姫

 気がついたら、永遠亭の捕虜になっていた。何が起こったんだろうかさっぱりだ。本当どういうことなのか説明して欲しい。人里辺りから記憶が飛び飛びなのである。

 というわけで、答えを知っていそうな魔理沙に色々聞いていたところである。答えは簡単、私が乗り物酔いして気を失ったからだそうだ。箒で酔った妖怪というのは、もしかすると世界初ではないだろうか。幽香にでも知られたら本当に殺されかねないので、後で口止めしておかなくてはなるまい。

 

「まぁ、そんなこんなで大人しく投降したってわけさ」

「でも、随分素直に降伏したんですね。私を置いていっちゃえばよかったのでは」

「あのな、相棒を置いていける訳ないだろ」

 

 魔理沙が少し怒った表情をする。魔理沙は負けず嫌いのはずなのに。それを曲げさせてしまったのは、全部わたしのせいである。つい視線を逸らしてしまった私の肩を、魔理沙がポンと叩く。

 

「ま、こういうこともあるさ。何よりも、進む時と退く時、それを見誤らないのが大事なのさ。全部師匠の受け売りだけどな!」

「…………師匠?」

「はは、私にだって修行時代はあったんだぜ? 今も絶賛修行中だけどな!」

「……えっと。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「おいおい、そんなにへこまなくていいって。勝つ時もあれば負ける時もある。そうだろう?」

「いえ、全部私のせいです。本当にごめんなさい」

 

 私が改まって更に平伏しようとすると、魔理沙に頭をパコーンと叩かれた。

 

「だから良いっていってるだろ。私とお前はペアだったんだ。だから何も気にするな! ……ああもう、次謝ったら全力でぶん殴るからな! いや、本気では殴らないけど本気で怒る!!」

「は、はい」

「分かればよし!」

 

 魔理沙に怒られたので、ここは素直に頷いておく。私は押しに弱いのだ。

 

「しかし八意永琳だっけか。アイツの栄養ドリンクの効果はすごいな。なにせ、お前の妖力が一気に回復したからな。何でできてるんだか調べてみたいぜ」

「え、永琳の薬?」

「ああ。ちゃんと私が毒見したから心配いらないぞ。本気でまずかったけど」

 

 そういえば口の中がなんだかイガイガする。なんだか後々の副作用が怖いが、まぁそのときは魔理沙も同じ運命だ。

 

「へへ。少し元気になったみたいだし、これからどうするかを考えたいところだな。気が変わったからやっぱり処刑するとか言われても困るし。とっとと逃げられれば一番なんだが」

 

 チャレンジャーな魔理沙。よく状況は分からないが、逃げてしまえばいいというのも確か。放っておけば他のペアがやってくるだろう。永遠亭の監視を抜けられればの話だが。主に永琳から。

 

「ど、どうします? 試しに逃げてみますか?」

 

 失敗したら、トイレに行こうとして道を間違えたとか適当なことを言えば良いのである。適当なことを言わせたら私の右に出るものはいない。

 

「うーん。さっき出口を探す為にこっそり感知魔法を使ったら、速攻で見張りの兎が飛んできたぜ。なんか結界でも張ってるっぽいんだよなぁ」

「うわぁ。それは厳しいですね」

「お前の母ちゃん並の監視だな」

「嫌なことを思い出させないでください」

 

 とにかく、こちらの行動は完全にお見通しと言うわけだ。それはそうだろう。私は見てないけど、月の賢者八意永琳なのだから。

 私が知る限り、幻想郷で一、二を争う強者のはず。実際にドンパチさせてみないと本当のところは分からないけど。ぶっちゃけ八雲紫と八意永琳ってどっちが強いんだろう。さっぱり分からない。

 それらと平然と殴り合ってそうな幽香も恐ろしい。スキマを展開しても、あの悪魔余裕で握りつぶしそうだし。永琳が永遠の命でも、幽香は『太陽が或る限り敗北はない。私は太陽の戦士だもの』とか言い出しそう。某仮面ライ○ー黒RXみたいに。――怖っ。

 

「一番やばそうなのは永琳だよなぁ。やけに神経質っぽかったし。赤青の変な服だったけど」

「き、聞こえちゃいますよ」

 

 どんな八意永琳なのかは分からないが、怒らせると怖い気がする。でも、赤青の二色服が似合うのは彼女だけだと思う。私が着たらあしゅら男爵レディになるだろう。笑いはとれるかもしれない。

 

「そんなこと気にする感じじゃなかったから平気だろ。冷徹な鉄の女って感じだったし」

「そ、そうですか」

 

 私は根にもつ方にベットする。永遠に忘れない感じ。本当に永遠に。

 

「……それにしても、なんだか外が慌しくないか」

「確かに、そうですね。一体なんでしょう」

 

 どたばたと廊下を駆ける音が聞こえてくる。『離せー!』という間抜けな声もだ。そのまま襖が開かれると、てゐの手によって誰かが放り投げられた。

 魔理沙は素早く湯呑と急須を持って回避。捕虜にもちゃんとお茶を用意してくれるあたり、永遠亭の文化度の高さが窺える。しかも多分高級茶葉だ。

 

「きゃあ!」

 

 畳にたたきつけられた天狗から、可愛らしい悲鳴があがる。

 一体誰が放り投げられたのだろうと観察する。うん、見覚えのある天狗だった。ツインテールが特徴的。

 

「ほい、新しいお客さんだよ。そこで大人しく仲良くしてなよね。脱走とか絶対に無理だから面倒な手間はかけさせないように!」

 

 てゐが手をパンパンとはたいて埃を落としている。打ん投げられたはたては腰を擦っている。涙目が似合う天狗である。

 

「い、痛いっ! なんなのよもう! ちょっと散歩がてら夜空を飛んでただけなのに! 暴力反対よ! 訴えてやる!」

 

 ダチ○ウ倶楽部なみのリアクション。ああ、私も混ざりたい。妖夢と私、それにはたてがいればバランスは完璧だろう。

 

「どこに訴えるんだよもう。それに嘘ばっかりついて。アンタ、ウチの兎に攻撃しただろう?」

「だ、だって。いきなり竹やり向けてくるし。その上竹やりを投げつけてくるし! 私はちょっと取材してただけなのに!」

「あのね。そういうのを威力偵察って言うんだよねぇ。アンタ妖怪の山の天狗でしょうに。ま、そのカメラは没収しないから安心しなよ。それじゃあ、他の客を歓迎しなくちゃいけないから」

 

 そう言うと、てゐは襖を閉めてまた慌しく廊下を駆けていってしまった。残されたのは、私、魔理沙、そしてプンプンと怒っている姫海棠はたて。一体どういうことなのだろう。永夜抄にははたての出番はないはずなのに。

 

「……なぁ。まさか、天狗が兎に負けたのか? あの傲岸不遜な天狗様が」

 

 魔理沙がジト目ではたてを見る。天狗が普段偉そうにしているのは誰でも知っている。

 

「な、なんのことかしら」

「いや、全部聞こえてたんだけど。なぁ燐香」

「ばっちり聞いてました」

 

 私が頷くと、はたてが更に動揺を見せる。

  

「ち、違うのよ。別に不意を衝かれてまんまとやられたわけじゃなくて。そう、敢えて捕まっての潜入取材を狙ったの! 私はわざと負けてあげたの! 分かる?」

「あっそ。じゃあ遠慮なく本懐を遂げに行ってくれ。そこら中に結界張ってあるけどな。ここのボスに見つかったら打ち落とされて、絶対焼き鳥にされるぞ」

「…………や、焼き鳥」

「焼き天狗でもいいけど」

「…………ゴホゴホ。腰が痛いからちょっと休憩しようかな」

 

 はたては元気をなくして座り込むと、深い溜息を吐きだした。私は魔理沙から急須を借りて、はたてにお茶を淹れてあげる。捕虜同士仲良くしたほうがお得である。何かあったら天狗の速度で連れ出してくれるかもしれないし。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう。あ、あの……か、勘違いしないでよ。別に、お茶ぐらいで嬉しくなんてないし」

 

 はたては何故か顔を赤くしている。私のお茶じゃないし別に感謝する必要はないのだが。そのはたては、怒ってるのか、興奮しているのかは分からない。天狗ともあろうものが捕まってしまったので、もしかしたら恥ずかしいのかもしれない。

 

「は、はぁ」

「でも別に嫌なわけじゃないから。だからちゃんとお礼を言ったのよ。分かる? 分かるわよね? こんな言葉遣いだけど意地悪してるわけじゃないのよ。でも私は天狗だから仕方ないの」

「はい、とても良く分かりました」

 

 本当は良く分からない。

 

「ならいいわ。うん。勘違いされてたら嫌だし」

 

 面白いけどなんだか疲れる人である。はたてはお茶を一気飲みすると、カメラで写真を取りまくっている。携帯で念写できた気がするが、今日は外に出たい気分だったのだろうか。ほら、一応満月みたいなものだし。

 しかし、なんだか私たちの方ばかり撮っているような。何を取材しにきたのか分かっているのだろうか。

 

「……そ、そうだ。記念に写真撮るから、並びなさい」

「え?」

「写真?」

 

 唐突な言葉に私と魔理沙が顔を見合わせる。というか念写できるはずなのに、なんでわざわざここまでやってきたのだろう。

 

「そう、写真よ写真。知ってるでしょ?」

「それは知ってますけど。わ、私達のですか?」

「他に誰がいるのよ。知る人ぞ知るという超敏腕記者の、この、姫海棠はたてに撮ってもらえるなんて、とっても光栄なことなのよ。幻想郷中で自慢できるでしょう。ありがたく思いなさい」

「捕虜のくせに偉そうに。ま、いいか。捕まった記念に一枚撮ってもらおうぜ!」

 

 魔理沙が私を抱き寄せると、肩を組んでくる。そして、カメラに向かってピース。私も負けずにVサインだ。今回は負けて捕まったけど、細かいことは気にしないのが大事。

 

 私たちの意思を確認したはたては、笑顔を見せて嬉しそうにシャッターを切った。

 

「――って、きゃああああ!」

「な、なんだよおい」

「う、後ろ! 後ろ!」

 

 フラッシュがたかれると同時に、はたては悲鳴を上げて私達の後ろを指差す。一体なんだろうと振り返ると、そこには。

 

「こんばんは。なんだか楽しそうだから、私も入っちゃった」

 

 優雅にWピースをしているお姫様がいた。黒い長髪はなんだか艶かしい色をしている。その美人さんは和風ドレスっぽい着物を着て、楽しそうに笑っている。

 

「い、いつの間に」

 

 顔を引き攣らせているはたて。

 

「びっくりさせちゃった?」

「な、なんだよお前。ここの人間なのか?」

「さて、私は一体誰なのでしょう。ねぇ、貴方。貴方なら私のことが分かるんじゃない?」

「まさか、私ですか?」

 

 私にめちゃくちゃ顔を近づけてくる美人さん。というか蓬莱山輝夜さん。永遠亭だから間違いない。

 

「ええ。別に隠さなくてもいいわ。特に何かするつもりはないし。ね、貴方は私が誰か分かるわよね?」

 

 やけにテンションが高い輝夜。はたては眉をひそめながらも、私たちの写真をまた撮りまくっている。射命丸とは違った意味でちょっと鬱陶しいのだが、それは言わないでおこう。なんとなく、泣き出しそうな感じがする。

 

「えーっと」

「派手な服を着た変な女――って言ったら怒りそうだな」

 

 小声で耳打ちしてくる魔理沙。絶対に怒ると思うので、今回はボケるのはなしだ。

 

「か、輝夜姫、ですか?」

「ああ、大正解! 流石は異界の知恵を持つだけのことはあるわ。それじゃあご褒美に抱擁をあげましょう」

 

 輝夜が怪しく笑うと、私と魔理沙の間に強引に押し入ってくる。そして全力で抱きついてくると、人懐っこく微笑む。まさに生きるカリスマ。人を惹きつける魅力が凄まじい。歴史シミュレーションゲームなら魅力99とかありそう。

 と、なんだか手から青白い光が生じて、私の体に入り込んできた。なんだか身体が少し楽になった気がする。

 

「な、何を」

「うふふ。こう見えても一応姫だから、何かご利益があるかもしれないわ。まぁ、細かいことはどうでもいいじゃない」

「姫なのに、なんだかお転婆だな」

「よく言われるわ。それにね、今日は気分が昂ぶるのよ。人間に妖怪に天狗に悪霊。それをお迎えするのは月人と可愛い兎。まるでお祭みたい。ああ、こんなに賑やかなのは久しぶり。それなら天照大神だって思わず顔を出すというものよね」

 

 輝夜が私の湯呑をとって、お茶を飲む。姫なのになんだか行動的だった。輝夜ってこんな性格だったっけ。うん、知るわけがない。最近、原作の知識と違う事が起こりすぎて、あまりアテにはしなくなっている。主にルーミアのせい。原作のルーミアはあんなに腹黒くないと思う。うん。

 

「うーん。お前、本当に姫なのか?」

「ええ、間違いなく姫よ。凄いでしょう?」

「ということは、さっきの永琳より偉いのか?」

「ええ、永琳より偉いわね。彼女は私の大事な従者だもの」

「じゃあ、お前が異変の黒幕の黒幕ってことか?」

「……そうねぇ、黒幕と言うか、正当防衛みたいなものかしら。だって、私はここにいたいんだもの」

 

 そう言うと、輝夜は口元を袖で隠して笑う。今度は、高貴な感じがして近寄り難い雰囲気を醸し出している。中々難しい性格のようだ。

 

「じゃあ月をおかしくしてるのは、お前なのか? 一体なんのために?」

「さぁ。どうしてかしらね。ああ、ちなみにここから見える月は本物よ。あれこそが真実の満月。折角だしその目で直接見てみる?」

 

 輝夜が手を翳すと、庭側の木戸が勝手に開いていく。そこから見える夜空には、怪しく輝く満月が浮かんでいた。

 

「――本物の、月」

「ま、まずい。あれは駄目! 貴方たちは見ちゃ駄目!! 目をつぶって!」

 

 はたてが私と魔理沙に飛び掛ってきた。ついでに輝夜も巻き込まれて、四人全員畳に倒れこむ。

 

「きゃっ」

「ぐぶっ」

「おい! いきなり何をするんだ!」

 

 一番情けない悲鳴が私のである。はたてのダイブをもろにうけ、後頭部をたたみに打ち付けてしまった。痛い。でも、羽が肌にさわってちょっと気持ちが良い。

 

「あの月は、人間が直視して良いものじゃない! だから、見たら駄目! 貴方は人間じゃないけど駄目!! 駄目って言ったら駄目なの!」

 

 はたては駄目駄目連呼すると、私の目を両手で強引に塞いできた。よく分からないけど、従ったほうが良いのだろう。しかし、はたては意外と面倒見がよい性格らしい。人間の魔理沙だけでなく私まで助けてくれるとは。意外と良い人――天狗なのかも。

 

「ふふ。天狗のくせに意外と臆病なのね。それとも貴方が天狗の異端なのかしら。貴方にもっと興味を持っちゃったわ」

「わ、私のことは放っておいて。それに、私は天狗だからヤバさが分かるのよ。アンタ、悪戯半分で、この子たちを廃人にするつもり?」

「それも少し面白いかもね。白黒の魔理沙に、白黒の燐香。二人とも手元に置いて、永遠に愛でるというのも中々素敵かも。例えなんかじゃなくて、本当の意味で“永遠”にね」

 

 輝夜が邪気のない笑みを浮かべる。だが、目がちょっと怖い。本気なのか冗談かが本当に分からない。意思が読めない。魔理沙も少し顔を顰めている。はたてはすっと立ち上がり戦闘態勢を取りだした。私たちの前に立ち、羽を全開に広げている。

 

「ぜ、絶対に敵わないだろうけど、逃がす時間くらいは稼いでみせる。霧雨魔理沙、私が足止めするから燐香を連れて逃げなさい」 

 

 いきなり男前になってしまったはたて。一体どれが本当の顔なのか。魔理沙は箒に手を伸ばし逃走の態勢に入る。わたしの腕を掴んで。

 

「ふふ、冗談だから大丈夫よ、天狗さん。それに、ここには結界が張ってあるから、アレの悪い影響を受けることはない」

「…………」

「本当よ。姫は嘘をそんなにつかないの。本気だったら何も言わずに実行しているわ。そうでしょう、薔薇の騎士さん?」

 

 右手から真っ赤なバラを出現させると、はたてに放り投げる輝夜。マジシャンみたい。

 

「……な、なんでそれを!?」

「うふふ。さ、誤解が解けたら少し落ち着きましょうよ」

 

 意味深に笑う輝夜。驚きの声をあげたはたてだったが、ぐぬぬと唸ると、無言で座りこむ。少し目が怒っている。が、私の視線に気付くと、なんだか照れくさそうに顔を逸らした。

 魔理沙はしばらく警戒していたが、飽きてしまったらしく月を興味深く観察しはじめた。私も一緒に眺めてみたが、違いが良く分からない。でも、いつもとは何かが違う印象を受ける。

 

「うーむ」

「どうかしたの、魔法使いさん。難しい顔をして」

「お前らの狙いはなんなのか考えてたのさ。まさか、お伽噺にあやかろうとして月を弄ったのか?」

 

 竹取物語。魔理沙はまだ輝夜と永琳が不死の存在だとは知らない。

 

「ふふ、そうね。もしかしたらそうかもしれない。ちなみに、私の名前は蓬莱山輝夜。そのお伽噺に出ているのはこの私なの。ちょっと前に月から旅行にきたのよ」

「そうかいそうかい。で、月には兎が一杯いるんだろ? 皆で仲良く餅をついてるんだ」

「ええ、沢山いたわね。そんなに餅はついてなかったけど。もしかして、信じてくれるの?」

 

 輝夜が嬉しそうに尋ねる。

 

「ここは普通に亡霊がうろついて、鬼や吸血鬼もでる場所だしな。今更なにが出ても驚きはしないさ」

「ああ、それは確かに。カオスな世界ですよね!」

「…………」

 

 私が同意すると、魔理沙が何か言いたそうな目をこちらに向けてくる。私もカオスの一派に入れられた気がする。実に心外である。

 

「まぁなんにせよ、ご苦労なこった」

「そうなのよね。今まで本当に苦労してきたのよ。主に永琳がだけど」

「お前じゃないのかよ。……で、本当は何が目的なんだ?」

「ここに月の民を近づけさせない事よ。私はここが好きだから帰りたくないの」

「なるほど。絶賛家出中ってことか」

「ふふ。素敵な例えね」

 

 輝夜が心から楽しそうに微笑む。カリスマと魅力の光が溢れ出す。男性からしたらグラッとくるのかもしれない。私は女なので、嫉妬するべきなのだろうが、格が違いすぎるので、ぼけーとするくらいが関の山である。

 

「……それで、一番気になってることなんだが、結局私たちをどうするつもりだ」

「別に何もしたりしないわ。久々のお客様だから、のんびり楽しんでいってくれると嬉しい。それに、ちょっと不思議なことがあって。分かたれた全ての紐は一つに収束するはずなのに、貴方たちだけ何故か捻れていた。私はそれを解しにきたの。そうしないと、物語が破綻しちゃいそうだったから」

 

 今度は裾から紐を取り出した輝夜。8の字に結ばれたそれを、掌でまるめると四本の紐に分裂させてしまった。やっぱり手品師顔負けである。

 

「紐? なんのことです?」

「あら、気になるのかしら」

 

 私が問いかけると、また抱き着いてきた。悪戯猫かというぐらい、突拍子のない行動をとる人である。姫だから仕方がない。

 

「えっと、姫の能力のことでしょうか」

 

 蓬莱山輝夜の能力、永遠と須臾を操る程度の能力。ぶっちゃけ良く分からない。時間操作の凄いバージョンだと思うけど、もっと複雑らしい。知らないけど。それに比べて私の能力は凄く分かりやすい。植物を操る程度だし。

 

「紐に色がついたり、勝手に結びついたり、どこからともなくするりと伸びてきたり。この世界は思いもよらないことが起きたりする。それは私とて例外ではない。ああ、地上って本当に面白いわ。“見てる”だけで心が躍るもの」

 

 ねぇ? とはたてに上機嫌に語りかけている。はたてはなんだか引いているが、輝夜はおかまいなしだ。

 思いもよらないことが起きているというのは当たっている。私の存在がそれだ。イレギュラー極まりない。というか輝夜は色々知っていそうなのだが、絶対にはぐらかされる。蓬莱山輝夜も紫や幽々子系な性格らしい。大事なことをぼかして意味ありげに語るという厄介な人種。常に煙に巻く話し方だが、後になると核心を衝いていることが多い。

 というか、自分も例外ではないとはどういう意味だろう。さっぱり分からない。

 

「いきなり黙ってしまったけれど、また調子が悪くなってしまったの?」

「いいえ。ただ哲学系の話は苦手なんです。寝るときには丁度いいんですけど」

「今そんな話してたっけか? 意味がありそうでなさそうな話だったけど」

 

 魔理沙のツッコミ。素早い反応はさすがである。これが妖夢ならボケを重ねてくるところだ。私がそれにツッコム羽目になる。

 

「そういう類の話は私も眠くなるから安心して。それにしても、せっかく綺麗な赤髪なのに、偽物の金色に染めちゃうなんてもったいないわ。後でちゃんと直すようにね?」

 

 そう言って、私の頭をわしゃわしゃと触ってくる輝夜。染めている事すらお見通しとは流石は姫である。

 かなりこそばゆいので止めてほしいが、私は捕虜なので発言権はないのだろう。あまり機嫌を損ねると、永琳が飛んできて殺される可能性がある。八意永琳はやばい。

 と思ったら、襖が開いて、その八意永琳が現れた。その顔にはありありと敵意が浮かんでいる。主に私に対して! 寝ている間に、何か粗相をしてしまったのだろうか。全く覚えがない。寝ゲロとかしてたらどうしよう。

 

「姫、今すぐそれから離れなさい。貴方はそれに触れては駄目よ」

「ふふ、とても怖い顔ね永琳。皆脅えちゃうわ。ちなみに、どうして駄目なのかしら?」

「そいつが穢れているからよ。いえ、穢れそのものね」

 

 輝夜がいなければ、本気でぶち殺されそうな気配。目が本気でやばい。硬直していると、はたてに背中をひっぱられる。少し距離が開いたので、ちょっとだけ安心――できるわけなかった。なぜかというと、輝夜もセットでついてきたから。永琳を挑発するのはやめてほしいところ!

 

「ふふ、でも今は白いわよ。それにほっぺたが凄い柔らかいの」

「いつ爆発するか分からない危険物よ。貴方はそれに近づいては駄目。だから早く離れなさい」

「そうやって何でも隠そうとするから余計に興味を持つのよね。それが人の心理というものでしょう」

「隠さなくても興味を持つくせに」

「私から興味を取り除いたらお人形になってしまうわ」

「そうでしょうね」

 

 永琳が深い溜息を吐く。輝夜は相変わらず私を抱えて笑っている。

 

「ああ、私のことを本当に良く知っているのね。さすがは永琳」

「……一つだけ聞かせて、輝夜。それの何が気に入ったの。妖怪の“玩具”が欲しいなら他に用意するけれど」

「他のはいらないわ。私はこの子が気に入っているの」

「それはどうして?」

「白と黒の物語の行く末が気になるの。目が離せない天狗さんの気持ちが良く分かるわ。ほら、私は綺麗なモノが大好きだから。ね、これっていけないことかしら」

「ええ、いけないわ」

「それはごめんなさいね。でも私は我が儘だから、聞く耳を持たないわ。それに、貴方が困る姿を見るのも好きなの。私の大事な生き甲斐の一つね」

「…………」

 

 輝夜と永琳のやりとりが続く。はたては息を呑んでそれを見守っている。なんだか身体に力が篭っているようだ。ちょっと震えているみたいだけど、やるならやるぞという覚悟を持っているっぽい。魔理沙も気合十分といった感じ。うん、立派なことである。

 私はまな板の上の鯉になったつもりで観念している。永琳は超強いし、輝夜も超強いので逆らっても仕方がない。だって死なないし!

 

「失礼します師匠! また防衛線が突破されました! わ、私とてゐだけじゃとても止められません! とんでもない連中なんです!」

「今は取り込み中よ優曇華。下がりなさい」

「で、でも! もうすぐここまで来ちゃいますよ! 波長を乱してるのに、あの巫女全然効かないんです! 時を止める変な人間もいるし!」

 

 駆け込んできた鈴仙がひたすら情けない声を出している。永琳は鬱陶しそうに手で追い払うが、鈴仙は動こうとしない。それを見た輝夜は、立ち上がり永琳に近寄っていく。

 

「歓迎してあげなさい、永琳。この美しい満月に相応しい優雅な勝負をお願いね。あと、一番美味しいところは私に譲るように。何があろうとそれは忘れちゃ駄目」

「……本当に我が儘な姫ね。しかも理不尽極まりない」

「でも貴方は聞いてくれるのでしょう? あの時と同じように」

「ええ、あの時と同じように。私は貴方の言う事はなんでも聞く。どんな我が儘だろうと、理不尽な命令であろうとも、実行できるように最大限の努力をする。……でも、たまには私の言う事も聞いて欲しいわね」

 

 永琳が優しく笑う。どこか壊れているように思うのは気のせいだろうか。今の永琳の目には、輝夜以外映っていない。

 

「うふふ。じゃあちょっとだけ考えておくわ。それじゃあ、私はここで皆で楽しんでいるから。いってらっしゃい」

「ええ、いってくるわ。行くわよ優曇華」

「は、はい師匠!」

 

 輝夜が手を振ると、永琳は冷静な表情に戻り、鈴仙を伴って出て行ってしまった。恐らく、こちらに向かっている霊夢たちの迎撃に向かったのだろう。数が多いと鈴仙が言っていたから、多分人妖勢ぞろいみたいな感じ。つまりはオールスターバトルである。

 魔理沙も行きたいのだろうが、残念ながら私たちは姫の接待役である。

 

「今、団子を持ってこさせるから待っててね。月といったら団子だもの。忘れてはいけないわ」

「……弾幕勝負を見ながら月見団子をパクつくってか? 上品とは言い難いんじゃないか」

「全然きにしないわ。目で楽しむのも良いけど、美味しいのが一番だもの」

「ええそうですね。凄く分かります」

「ありがとう。花より団子というけれど、私は両方楽しんじゃうの。なにせ我が儘だから」

「確かに、姫は我が儘そうですね」

 

 私は輝夜の言葉に頷いた。怒られるかと思ったけど、嬉しそうに笑っている。

 

「ふふ。我が儘なくらいが丁度いいのよ。そうじゃなきゃ人生つまらないわ。貴方ももっと我が儘になるといい。子供だけに許された特権よ」

 

 なんというか、おちゃらけたかと思うと真面目になったり、つかみどころのない感じ。でも、カリスマは凄い。易々と触れてはいけない厳かな雰囲気があるし。さすがは姫だ。でも、彼女が触れてくるのでこれは不可抗力。

 ようやく輝夜が縁側に腰掛けたので、私と魔理沙もそれに続いて座る。はたては、なんだか居心地悪そうにうろうろした後、私達の前に立って、シャッターを切り始めた。

 

「あら。お行儀が悪い天狗ね。さっきまではあんなに怖い顔をしていたのに」

「……後で貴方にも写真をあげるから、今は見逃して。きっと、貴方達の素敵な記録になると思う。永い人生の、大事な思い出の一つに」

 

 なんだか真面目な顔のはたて。最初はへっぽこだったけど、今は結構格好よかった。

 

「ふふ。なら許してあげる。記憶も良いけど、ちゃんとした形として残すのも悪くない。後で、あんなこともあったと、感慨に耽られるから。……その日のことを想像するだけで、一カ月はしんみりと過ごせそう」

 

 輝夜は姫だけあって結構寛容だった。少しだけ寂しそうだったが、団子がくると嬉しそうにパクつきはじめた。私と魔理沙も遠慮なくいただく事にする。もしかすると、仲良くなれるのかもしれない。自分たちは一応捕虜のはずなのだが、もうそんなことを気にする人は誰もいない。

 

 でも永琳は本当に怖そうなので、怒らせないように気をつけよう。栄えある妖怪実験体第一号にされるのはごめんである。



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第六十六話 RISING SUN

「すごいですね」

「混ざりたいなら飛び入り参加するか?」

「いえ、遠慮しておきます」

「ま、寝起きには辛いかもな」

 

 夜の空を埋め尽くすように、弾幕がこれでもかと飛び交っている。八意永琳、鈴仙・優曇華院・イナバのペアと、霊夢や妖夢や咲夜にアリスが激しくスペルの応酬をしている。アリスとルーミアは先ほどから離脱しようとしているのだが、永琳が厳しく牽制してそれを許さない。さすがは月の賢者、全く隙がない。

 

「魔理沙さんは行って来ても良いですよ。私はここから応援していますから」

「そういう訳にはいかないぜ。相方を置いていくほど薄情じゃないのさ」

「それは、その、ありがとうございます」

「はは、なに恥ずかしがってんだよ。今回は少し残念だったけど、次があるさ」

「次?」

「ああ。私は懲りないからな。今度異変が起きたら、また一緒に挑戦しようぜ。今回は一番槍、次は一番に解決を目指そうぜ!」

 

 魔理沙がグーサインを出してきた。私は暫く考えた後、同じポーズを返す。

 カシャっと眩しい光。先ほどからはたては上じゃなく、こちらを撮りまくっている。

 

「あの。上を撮った方が良いんじゃないですか?」

「あれはもう撮ったし。記事にする分は確保したからいいの」

「そうなんですか」

「そうよ。そ、それに私が何をしようと勝手でしょ!」

「そ、そうですね」

 

 はたてがツンとそっぽを向いた。古に伝わるツンデレというやつだ。

 

「お、いよいよラストスペルだな。決着がつくぞ!」

「本当ですか?」

 

 魔理沙の声につられて、私は夜空を見上げる。なるほど、確かに霊夢がとどめのスペルを宣言している。いや、妖夢か? 咲夜にアリスも同時に宣言しているような。なんだか、ぼやけて見える。

 

「貴方には違う光景が見えるのかしら」

「え?」

 

 輝夜の小さな呟きに、私は声をあげる。

 

「道は沢山あるけれど、結末はこうして一つに収束する。物語はめでたしめでたしで終わるのよ」

「は、はぁ」

「イレギュラーだからって、気にする事はないわ。むしろ異端であることを誇りなさい。貴方たちだけが、今宵の真実の目撃者となれるのだから。――そして、次はきっと貴方が主役になる」

 

 そう言うと、輝夜はふわりと浮き上がって永琳たちのもとへと飛び立っていく。魔理沙は反応しない。いや、上にいる面々も動かない。時が止まっているようだ。これは、蓬莱山輝夜の能力なのだろうか。分からない。彼女の能力は、抽象的過ぎて理解するのが難しい。

 

 輝夜は七色に輝く、蓬莱の玉の枝をどこからか取り出すと、それを掲げて眩い光を放つ。

 

「紛い物の夜など私には不要。何人だろうと、私の能力から逃れることはできない。かくして喜劇の夜は終わり、誰もが待ち望む平穏の朝が訪れる。私は未来永劫、それを見続けることでしょう」

 

 輝夜の身体から、強烈な光が迸る。私は目を開けている事ができない。これは、眩しいどころじゃない。神々しいとでも言えば良いのか。

 

「――永夜返し」

 

 

 

 

 

 異変は終わり、朝日が顔を出し始めた。なんだか良く分からないけど、兎たちが料理やら酒を庭に運び始めている。どうやら宴会が始まるらしい。

 魔理沙はすでに運ばれていく中から酒を奪い取り、一杯やりはじめている。

 

「ほら燐香、お前も飲めよ! 一番槍なんだから、酒も一番に飲む権利があるぜ!」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 杯をうちつけて、一気に飲み干す。流石は永遠亭、口当たり滑らかなお酒である。

 

「ちょっとアンタら! なに自分たちだけ祝杯あげてんのよ。大体、今までなにしてたわけ?」

「何って、そりゃ色々さ。まぁ色々あって捕虜になってたのさ。凄いだろう」

「はぁ? 捕虜って何よ」

「捕虜は捕虜だ」

 

 何故か偉そうな魔理沙がけけけと笑うと、霊夢は意味が分からないと顔を顰めている。その後ろでは、八雲紫、西行寺幽々子、レミリア・スカーレットがなんだか口げんかを繰り広げているし。

 

「いい加減になさい。貴方達、本当に頭がおかしくなったんじゃないの? 貴方達はボコボコのケチョンケチョンに撃墜されたじゃない。その後、ウチの霊夢が華麗に黒幕を打ち倒したでしょう。素直に負けを認めなさい!」

「その言葉、熨斗をつけてお返しするわ、紫。勝ち誇った瞬間、無様に撃墜されたからってごまかすのは良くないわ。大体、妖夢の剣さばきはその目にしっかり焼きつけたでしょう。――ああ、素晴らしかったわよ妖夢。勝利の栄光は貴方にもたらされたの。良くやったわね」

「は、はい。ありがとうございます! 私も本当に嬉しいです!」

 

 幽々子が妖夢の頭を撫でる。妖夢は天にも昇らんほどの満面の笑みだ。

 

「馬鹿を言うなよ亡霊。死んで相当経つみたいだから、頭が腐ってきてるんじゃないか? ほら、ちゃんと思い出してみろ。咲夜が時を止めて、全員サクッとやっつけたじゃないか。……なんだか違和感を感じるが、私が言うのだから間違いない。世迷いごともほどほどにしないと、このレミリアが許さないよ?」

「お、お嬢様。太陽が出ていますから!」

 

 慌てて日傘を翳す咲夜。レミリアの羽からは煙があがっていた。

 

「おっと。流石は咲夜、気が利くね。お前は私の誇りだよ」

「ぷっ。主従そろって地べたを舐めたのに? 確かに埃はついているかもしれないわね」

 

 幽々子が袖で口元を抑えて挑発的に笑う。

 

「ああ? 冗談はその変なぐるぐるマークだけにしておけよ?」

「小娘にはこのセンスが分からないのね。千年経ったらまたお話ししましょうね」

「あーうるさいうるさい! 異変は私の霊夢とこの紫ちゃんが見事に解決したの! 有象無象の三下どもはすっこんでなさい!」

 

 そんな感じで弾幕勝負第二ラウンドが始まりそうな気配。なんだか良く分からないけど、放っておこう。巻き込まれたらタダじゃすまない。

 ……ん? 何か大事なことを忘れているような気がする。そもそも、なんで私は永遠亭に突入してきたんだっけ。誰かに追われていたような。

 

「呑気にお酒なんて飲んでるよ。結構勇気あるよねー」

「……おはよう。さっきの閃光弾、本当に目に染みたわ。中々やるじゃない燐香。思わず感心したけど、その格好は感心できないのよね」

 

 聞き覚えのある声が耳に入ってくる。私は視線を逸らしながら、花梨人形を手に取る。服はアリスの変装のままだし。このまますっとぼけて、逃げてしまおう。後で追及されても知らぬ存ぜぬで押し通すのだ。そう、私はすっとぼけの達人!

 

「あ、あはは。なんのことやら。私は燐香なんて間抜けな人じゃありませんよ。私は、アリス・マーガトロイド! 何処にだしても恥ずかしくない完璧な人形遣いです!」

「その格好だと、何処にだしても恥ずかしいと思うけどなー。しかも本人の前だよ」

 

 ルーミアのクールツッコミ。敢えてスルー。スカシという笑いの技術の一つ。普段の私は絶対に使わない。何でもくらいつくのが芸人である。でも今日は完璧なアリスだから仕方ない。

 

「へぇ。その小生意気な表情も私の真似? そんな顔しているように見えるのね」

「に、似てないかしら?」

「腹立たしい顔をしているわね。ついでにその偽の金髪と言葉遣いもムカつくわ。思わず抓りたくなるくらい」

 

 アリスの目がやっぱり鋭い。ルーミアが横から回り込もうとしている。今すぐ退却しないとまずい。魔理沙はなんだか複雑な表情だ。助けて! いや、他人任せはよくない。ここは私の逃げ足の速さの見せどころ!

 

「あ! そういえば大事なことを忘れてたわ。帰って魔術の研究をしなきゃ。人形のメンテナンスもしなくちゃいけないし。それでは皆さん、ごきげんよう!」

「待ちなさいっ! この悪戯娘!」

「待てー」

「待てといわれて待つ馬鹿はいません!」

 

 彼岸花煙幕タイプを生じさせ、ルーミアのとびつきを躱す。さらにアリスが上海と蓬莱を繰り出してくる。それも横転して回避! 私の回避能力は進化し続けているのだ!

 踵を返してとりあえず迷いの竹林に逃げ込もうとしたら、柔らかい壁にぶつかってしまった。私は尻餅をつく。

 

「な、なに! 邪魔な柔らかい壁が! ボヨーンって!」

「久しぶりね。まだ生きてたの?」

 

 幽香が笑っていた。でも私には口裂け女にしか見えないわけで。

 

「げ、げえっ! か、か、風見幽香!! なんでお前がここに!!」

「お前?」

「い、いえ。お前じゃなくて悪魔――いえ、お母様。ぶべ!」

 

 私は顔を凄まじい勢いで掴まれると、何か奇妙な液体を頭に塗された。そしてぐしゃぐしゃに掻き混ぜられる。ジュワーという爽快な音がする。何故か金髪が赤色に戻ってしまった。私の完璧な変装が解けてしまった。

 

「で、夜の散歩は楽しかったかしら」

「ひ、ひゃい」

「綺麗な花火と、汚い花火、お前はどちらになりたい?」

「わ、わひゃひは、ひゃい(貝)にひゃりたいでひゅ」

 

 幽香は掴んでいる手を離すと、私のこめかみに右手と左手を当てる。そして、ぐりぐりと凄まじい勢いで圧迫しはじめた。これは、古の拷問術ウメボシである。

 

「ぎ、ぎゃあああああああああああああああ!!」

「毎度毎度、面倒をかけさせるな、このクズが。お前の頭には何が詰ってるの? どうも働いてないみたいだから、少し刺激してやるわ」

「ぎ、ぎぶ! ギブギブ! 本当に死ぬし!!」

「妖怪はそう簡単に死なないわよ」

「死ぬわこのボケ!! 鬼! 悪魔ッ!」

「今の言葉遣い。プラス30秒」

「ぎゃああああああああああ!!」

 

 みっちり三分間拷問された後、私はボロ雑巾のようにポイッとアリスにわたされた。ようやく一息つける。

 

「た、助かりました」

「本当にそう思うのかしら?」

「へ?」

 

 私の頬を両手で挟みこむアリス。その目は、さっきと同じく怖い。やばい。やっぱり怒ってた。自分で言うのもなんだが、アリスの真似は完璧だと思ったのに。

 

 

「これから一時間お説教よ。貴方は宴会している場合じゃないものね」

「そ、そんなぁ」

「あはは。私が代わりに食べてあげる!」

「ルーミア、アリスの真似、似てませんでした?」

「外見はちょっと似てたよ。表情は似てるけど、雰囲気が決定的に違うし」

「ルーミア。余計なことを言うんじゃないの」

「あはは。私も怒られちゃった」

 

 アリスのありがたいお説教を畳の上で喰らっている間、珍しいコンビが会話をしているのに気がつく。

 風見幽香と霧雨魔理沙だ。二人は顔見知りだったっけか。説教を聞いているフリをして、そちらに聞き耳を立てる。

 

「なるほど、お前が霧雨魔理沙か。この馬鹿が色々とお世話になったみたいね」

「強引に連れ出して悪かった。ああ、燐香をあんまり怒るのは止めてやってくれ。私が強引に誘ったんだ」

「……花畑の罠の解除もお前がやったの?」

「罠? あー、あれくらいなら私でも避けれるぞ。前より数が減ってたし」

「……ということは、アイツか。お節介なのは相変わらずね」

「どういうことだ?」

「なんでもないわ。ただ、小憎らしい顔をしていると思っただけよ」

「へへ。そいつはありがとうよ」

 

 なんだか良く分からない会話だった。

 

「ちょっと。聞いているの燐香」

「勿論聞いていますよ。私は同時に十人の言葉を聞き取る程度の能力を持っています」

「じゃあ、今私が何を言ったか教えて」

「えっと、あはは。お酒はほどほどにでしたっけ? 酒は飲んでも飲まれるなですよね」

「全然違う。あの魔法使いについていくのはやめろと言ったのよ。このお馬鹿!」

 

 上海のげんこつ。手が小さいから痛くないけど、精神へのダメージが大きいのであんまり喰らいたくない。

 

「ま、お前が何を言おうと、次の異変も一緒に行動するって約束したからな。諦めてくれ、アリス先生」

「黙りなさい。幽香、貴方も監視を緩くしないで。こいつはどこからともなく侵入する鼠なのよ」

「生憎だけど、私は緩くした覚えは欠片もないわ。ただ、どこぞの誰かが破る手助けをしているのよ。それを止めるのは、中々難しいでしょうね」

「…………。とにかく、もう近づかないで。今日のことも全部聞いたわ。貴方、自分が何をしたか分かっているの?」

「ああ、分かってるさ。心配させる事態になったのは悪かったと思っている。本当にごめん」

「謝るくらいなら――」

「だけど、大体の事情は分かった。私が近づかない事が解決に繋がるとは思わない。だから、そこらへんは今度ゆっくり話したい。アリス・マーガトロイド、お互いの情報を交換しようぜ」

「…………」

 

 なんだか難しい話に発展している。アリスと魔理沙が何か言いあってるし。というか、今がチャンス。私はこそこそと抜け出して、霊夢達のところへと脱出する。ルーミアもついてきた。さすがは心の友、私の行動はお見通しらしい。

 

「お疲れ様です、霊夢さん」 

「お疲れじゃないわよ。アンタ、一体何考えてんの。全力で突っ込んで捕虜になってりゃ世話ないわ」

「あはは。速さ重視したら足元がお留守に」

「全く。妖夢じゃないんだから」

「ちょっと! なんで私の足元がお留守なんだ!」

「半人前だからよ。主も認めてたじゃない」

「う、うるさい! 聞いてよ燐香。こいつ、私に負けたのに負けを認めようとしないんだよ。巫女のくせに往生際が悪いというか!」

 

 妖夢が泣きついてくる。酒が入っているようだ。泣き上戸なのか。

 

「そうなんですか?」

「私が負ける訳ないでしょ」

「まぁそうですよね」

「違う違う違う! 私が勝ったんだよ! 勝者はこの魂魄妖夢! 異変を解決したのは、私と幽々子様だ!」

「いいえ。勝ったのは私だと思うのだけど。難題を打ち破ったのも私じゃない」

「だからそれも私! どいつもこいつも!」

 

 咲夜が冷静に突っ込むとまた妖夢が激昂する。霊夢が呆れながら口を挟む。

 

「さらにややこしくなるからやめときなさいよ。なんか、妙な感じもするし」

「それは、私たちの認識の差異のことかしら。確かにおかしな話よね。最後に奇妙な感覚も感じたわ」

「まぁ、異変は無事に解決したからどうでも良いんだけどさ」

 

 霊夢がなげやりに呟いた後、団子をぱくつく。

 

「はぁ。ま、お嬢様は喜んでくれているし、私もそれでいいわ」

「ちょっと咲夜さん。貴方聞き分け良すぎでしょ! こいつに負けを認めさせないと、いつまでも図に乗り放題だよ! ね、燐香!」

「は、はぁ。そうかもしれませんけど。私は捕虜だったので発言権はありません」

「なんで捕虜になってるの! 脱走しなさいよ! それか腹を切れ! いや、私は腹切らないし!」

 

 酔っている今日の妖夢はいつもよりボケ度が高い。ツッコミのキレも増している。大した奴である。

 

「ノリツッコミとは。この短時間でやるようになりましたね」

「酔っ払いの面倒はアンタに任せたわ。こいつ疲れるし」

 

 今日の妖夢は絡み酒だった。私は妖夢をよしよしと撫でていると、輝夜がニコニコしながら近づいてくる。ござに座ると、空の杯を差し出してくる。私は頷き、お酒をそれに注ぐ。

 

「今日は本当に面白かったわ。貴方達、にぎやかで良いわね」

「生憎だけど、私は眠いわ。主にアンタたちのせいでね!」

「ええ。私も仕事が溜まってるのよね。掃除が待っているわ」

「難題を打ち破ったのは私ですよね? ね? ね?」

 

 輝夜に絡んでいる妖夢。永琳のこめかみに青筋が立っているが見なかった事にしよう。

 

「うふふ、皆が勝者でいいと思うわよ。誰も間違っていない。私が言うんだから、間違いないわ」

「何よそれ。やっぱりアンタ、何かしてたって訳?」

 

 霊夢が問うが、輝夜は胡散臭い笑みを浮かべる。カリスマタイプはこういう顔が得意なのだ。

 

「謎掛けよ。貴女にはちゃんと解けたかしら、博麗霊夢」

「……奇妙な感覚はしていたわ。アンタが何かしたんでしょうけど。終わりよければ全て良しなのは変わらないわ」

「それが正解! 正解した貴女には、私と結婚する権利をあげるけど。欲しい?」

「全くいらないわね」

「あら残念。フラれちゃった」

 

 輝夜は笑いながら、つまみの筍の煮物を軽快に食べ始める。

 

「たまには、保護者の手から離れるのもいいものね。新鮮よ」

「八意永琳さんのことですか?」

「ええ。常に一緒であることに慣れ過ぎてしまった。だから、こういうやりとりはとても新鮮なの。もちろん、嫌いになったわけじゃないのよ?」

「アンタらのことなんか知らないわよ」

「じゃあ、知りなさい。私は姫だから、それなりに敬うと良いわ」

「それなりでいいんだ」

「ええ。それなりで」

『ははー』

 

 私と妖夢が頭を下げると、褒美にお団子を貰った。妖夢はお酒が入っているのでノリが良い。

 

「うふふ。素直でいいわね。って、これだと私が保護者みたいじゃない。私も貴方達と歳相応に楽しみたいの」

「はぁ。もう好きにしなさいよ。とにかく、二度と騒ぎを起こすんじゃないわよ」

「気が向いたらそうするわね」

「燐香、アンタもよ!」

 

 霊夢がギロっと私を睨んでくる。

 

「な、なんで私まで」

「いつか、何かやらかしそうだから先に釘を刺しておくの。悪い?」

「わ、分かりました」

 

 とりあえず頷いておき、霊夢にお酒を注いであげた。なんと、霊夢も私に注いでくれた。そこそこ親しくなれたのだろうか。でも、この巫女は笑顔で私を退治するだろう。情け無用の博麗霊夢だからね。仕方ない。ルーミアが私の口に煮物を押し込んでこようとするので、何とか噛み砕く。背中に隠した手でこっそり謎肉を用意しようとしているが、霊夢が感づいたらしく素早く御札で叩き潰してしまった。油断も隙もない奴である。

 そのうち魔理沙とアリスもやってきて、私の両隣に座る。この二人は相変わらず仲が悪いらしい。しかし私という潤滑油のおかげで宴会は更に賑やかに。

 

 一方の保護者組は剣呑な感じで酒を酌み交わしている。八意永琳、八雲紫、西行寺幽々子、レミリア・スカーレット、風見幽香が円を組んで座っているし。なんか幻想郷頂上会議みたい。大体ろくな事を思いつかない連中なので、幽々子以外は全員封印した方がいいと思う。

 

「私もそう思うわ」

「私も」

 

 そんなことを呟いたら、博麗霊夢が全面的に同意してきた。ついでに輝夜もだ。意外と愉快な姫様だった。

 

「アンタはやらかす方でしょうが」

「今回のは仕方なくなのよ。分かってくれるわよね、燐香」

「えっ」

 

 キラーパスを私にふる輝夜。霊夢が睨んでくるので、やめてほしい。

 

「なにかやらかすなら、人質には私を選んでちょうだいね。そうすれば永琳は手を出せないわ」

「お、覚えておきます。でも、余計に酷い目に遭いそうな」

 

 絶対酷い目に遭う。磔獄門間違いなし!

 

「だから、やるんじゃないって言ってるでしょうが!」

「博麗霊夢、燐香にあまり近づかないで。今日は一度倒れているみたいだから」

「黙りなさい、この親馬鹿魔法使いが! 大体アンタは甘やかしすぎなのよ! 少しは幽香の躾の仕方を見習いなさいよ。妖怪は打たれて強くなるのよ」

 

 刀剣じゃないんだから、そういう誤解を招く言い方はやめてほしい。

 

「はぁ。何を言っているのかよく分からないわ」

「なんてことを言うんですか霊夢さんは。アリス、あんな悪魔を見習うなんてなんて止めて――」

 

 霊夢に大いに異議ありと言おうとしたら、謎の果実が私の顔に炸裂する。ベチャッと飛び散る果実――いや果実の形をしたお菓子だった。私の顔はおかげでべとべと。ルーミアは嬉しそうにそれを摘んでいる。投げられてきた方向を見ると、幽香が素知らぬ顔をしている。でも顔がニヤリと歪んでいる。犯人は間違いなくこいつだ。この野郎と団子を投げつけたら、余裕で受け止められてしまった。その上クイックイッと指で挑発してきた。超ムカツク! でも素直に行くと酷い目にあうので、なかったことにした。

 

「ちょっと私の話を聞いてるの? それになんか魔女同士で企んでるみたいだけど、私に迷惑かけたらタダじゃすまさないわよ」

「へぇ。どうタダじゃおかないのかしら」

「分からないなら、今教えてやるわ」

 

 いきなり喧嘩が始まりそうになってるし。展開がカオス過ぎる。というか妖夢が私の膝を枕に寝転がり始めた。寝るならあっちいけ!

 

「おい止めろよ霊夢。あー、酒が零れる! 暴れるなこの馬鹿!」

「うるさいわね。また注げばいいでしょ。どうせタダ酒なんだし」

「貴方、一日に二回も敗北を味わいたいの? 巫女の名が泣くからこれ以上傷をつけないほうが良いわよ」

「それはこっちのセリフよ、この七色馬鹿!」

「だから酒が零れるだろうが! というか、アリスはなんで私まで警戒してるんだよ」

「言うまでもなく貴方が一番危険だからよ」

 

 もう滅茶苦茶だった。アリスは私を霊夢と魔理沙からガードするように人形を配置している。霊夢は酒瓶を持って魔理沙とやり合い始めた。それに萃香も乱入してきて更にカオスに。もうわけが分からない。

 私の膝の上の妖夢はすでに夢の世界。咲夜はほろ酔い気分で、なんだかずっと微笑んでいる。うん、楽しそうで何よりだ。

 

 なんにせよ、これにて東方永夜抄は無事終了! なんか流れがちょこっと変わってしまったけど、めでたしめでたし。一件落着だ。

 

 ……あれ、本当にそうだったっけ?

 

 



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第六十七話 廻らぬ輪

 なんだかんだで永夜異変も終わって良かった良かった。良くないのは、アリスに二度と真似をするなと釘を刺されてしまった。アリスの真似をしているときは結構気分が良かったのに、とても残念なことだ。ルーミアは似ているといってくれたのだから、良いと思うのになぁ。

 

「…………」

「…………」

 

 で、今何をしているかというと。いつも通り、沈黙の朝食中です。もう夏だというのに、何か肌寒い。朝食のメニューはトーストと目玉焼きにサラダ。ジャムは幽香の手作りだ。これは店に出しても良いぐらい美味しい。幽香印のジャムとかあったら、私は間違いなく手を出さないけど。私が選んだやつは間違いなく毒入りになる。そういう運命。

 

「燐香」

「は、はい」

 

 いきなり声を掛けられたので、私の身体がビクッとなる。何か粗相をしてしまっただろうか。ボロボロ零してないし、異変のときに脱走した罰はすでに受けている。まさか、酒を舐めていた事がばれたのだろうか。

 

「今日はでかけるから、お前もついてきなさい」

「い、いいんですか?」

「駄目なら声を掛けるわけないでしょう? 本当に馬鹿ね」

「ごめんなさい」

 

 一言多いってんだよこんちくしょう! と、口から出そうになったのでグッと堪える。そうしたら、目が生意気だと頭を突かれた。この野郎。いやいや殺気を抑えるんだ。落ち着け、深呼吸深呼吸。

 

「ど、どこに行くのか聞いてもいいですか?」

「行けば分かるわ」

「そうですよね。アハハ」

「笑い方が気に入らない」

 

 殴られた。愛想笑いを浮かべたぐらいでこの有様。もう少しの辛抱だ。花映塚になったら、四季映姫・ヤマザナドゥに全部訴えてやるからな! お前は地獄行きだ! でもこいつ、いつ死ぬんだろう。私が先に消える可能性の方が高い。

 

 

 そんな感じで私だけ賑やかかつ物騒な朝食を終え、私と幽香は一緒にでかけることになった。こうして二人でどこかへ行くというのは、アリスの家以外では非常に珍しいことだ。しかも今日は首根っこを掴まれていない。先行する幽香の後ろを、ビクビクしながら私はついていっている。

 

 ――ここだけの話。この女は意外と動きが鈍いので、今逃げ出せばなんとかなりそうな気がするじゃん。そう昔の私もそう思った。で、逃げ出したらどうなったかというと。即行で気付かれて超強力な衝撃波でノックアウトさせられた後、踏みつけ地獄を味わった。動かなくても、射程が長いし、勘も良い。まさに悪魔である。

 

「……あれ。こっちは、竹林?」

 

 この方角は、迷いの竹林だ。永遠亭にでもまだ何か用があるのだろうか。そういえば、異変後の宴会で永琳と何か話していたようだけど。何を話していたかは詳しくは聞いてない。どうせ教えてくれないし。

 そういえば、輝夜、てゐとはそこそこ話せたけど、他の永遠亭メンバーとは殆ど話せていない。永琳は何かこっちに敵意を向けてくるし、鈴仙は近づいてこないし。挨拶しにいったら、なんか慌てた感じで距離を取られてしまった。私はバイキンか!

 

「降りるわよ」

「は、はい」

 

 竹林に降り立つ。日光が竹で遮られてしまい、まだ朝だというのにとても薄暗い。あ、筍でも掘って帰ろうかな。そう思って地面を眺めていたら、余所見するなと小突かれた。手より前に口を出せよこの悪魔!

 いい加減本気でむかついたので、湿り気つき彼岸花を前を行く幽香に投げつけてやった。狙いは首筋だ。ぺちょっとくっついたら、さぞかし気持ち悪いだろう。情けない悲鳴をあげるが良い!

 

「うん?」

「うげっ!」

 

 着弾寸前に、私の湿り気彼岸花は後ろ手でパシっと掴まれてしまった。そして投げ返される。湿り気が私の鼻にべちゃっとくっついた。ぬめりとして気持ち悪い。というかニュータイプなの? 後ろに目でもついてるの?

 

「百年早いのよ」

「参りました」

 

 素直に頭を下げ、素直に拳骨を一発頂くことにする。ささやかな反撃すら許されぬ。これが修羅の家! 拳骨というか、ハンマーパンチみたいな一撃だった。そこは軽くコツンくらいで済ますところだろうに。

 そんなこんなで更に歩く事数十分。そろそろ疲れてきた。と思った頃に、寂れた小屋を発見する。外には薪やら竈やらが置かれており、洗濯物が干されている。凄い生活感が滲み出ている。

 

「……ここか。本当に貧相な家ね」

「えっと、今日の目的地はここですか」

「そういうことね。じゃあ燐香。ちょっと一発喰らわせてきなさい」

「……は?」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。

 

「理解できなかったかしら。家を跡形もなく粉砕してこいという意味だけど」

 

 拳をボキっと鳴らす幽香。いやいやいや。意味が分からない。言葉の内容は理解できたけど、何の利害もない相手にいきなり攻撃を仕掛けるのは変な話だ。私は修羅じゃないし。カチコミかけるのはおかしいよ。うん。

 

「り、理由を聞いても?」

「面倒だから言わないわ。お前は言われたとおりにしなさい」

「い、いやぁ。だって誰かの家ですし。そういう訳にはいかないんじゃ」

「じゃあ、代わりにお前を潰そう」

「なぜぇ!?」

 

 私にゆっくりと手を翳してくる幽香。ホラー映画みたい。とのんびり観察している場合じゃない。

 今の論理はおかしい! 中の人を倒して来い。え、いやです。じゃあお前が死ねの謎理論。

 きっとゆうかりんジョークだと思ってたら、なんだか幽香の手に妖力が集まってるし。そうだ、修羅に冗談は通じないのだ。ここで選ぶ道は三つある。一つ、諦める! 二つ、逃げる! 三つ、退かぬ媚びぬ省みぬ! さぁ、どうする?

 私が頭を悩ませ始めたところ、小屋の扉が開き、迷惑そうな顔をした女がのっそりと現れた。

 

「うるさいわねぇ。人の家の前でなんの騒ぎよ。地味な嫌がらせ?」

「こんにちは、初めまして。そしてさようなら」

 

 こちらにむけていた掌をその女に向けると、幽香は極大妖力光線をぶっぱなした。

 

「――へ?」

「危ないッ!」

 

 私が横から抜き打ちの魔貫光殺砲をぶっ放し、なんとか妖力光線の方角をずらすことに成功。相殺しようと思ったのに、全然できてないのが恐ろしい。その余波を受けて、私と白髪の女性は吹っ飛ばされてしまった。

 

「うぎゃあああああああ!」

「な、な、なに、なんなの!?」

「余計な邪魔をするんじゃない。誰がそんなことをしろと言ったの?」

「お前、いきなり攻撃してくるなんて、頭おかしいんじゃないの!?」

「こ、この妖怪は修羅ですから。常識が通用しないんです。ですから、一緒に戦いましょう!」

 

 私はさくっと幽香を裏切り、初対面の白髪の女性の側へと近づく。ふふん、だって、この女は絶対に負けないはずだし!

 特徴的な赤いもんぺに白髪とリボン! ちょっと目つきが悪い竹林に住む女といえば藤原妹紅しかいない! 頑張れもこたん、君に決めた!

 

「あ、あんたは?」

「私は風見燐香。あの妖怪の娘ですけど、本当は違うんです。母は悪魔に身体を乗っ取られてしまったんです。ですから、どうか助けてください! 悲しいですけど、悪魔をさくっと燃やしてください!」

「――燐香。お前、自分が何を言っているか分かっているんでしょうね?」

 

 顔は笑ってるけどマジギレしてる。目が黒くて、瞳が赤くなってる。バーサーカーみたい!

 

「ひ、ひぃい!」

 

 私は女の背中に隠れる。すると、もんぺを着た女が立ち上がり、拳を構える。

 

「なんだかよく分からないけど、子供を苛めるのは止めなよ。それに、私を攻撃した代償を払ってもらわないといけないし」

「私の名は風見幽香。そしてお前は藤原妹紅。ちょっとした事情により、お前を潰させてもらう」

「へぇ。その理由は聞いてもいいのかな?」

「とある永遠亭からの依頼よ。ちょっとした借りの肩代わりをしなくちゃいけないの。悪く思わないでね」

 

 いつの間に永遠亭に借りなど作っていたのだろう。それに肩代わりとはなんぞや。私にはさっぱり分からない。そもそも、幽香は人から借りを作ってよしとするような殊勝な妖怪ではない。踏み倒して何が悪いと踏ん反りかえるのが似合う悪魔なのだから。

 

「……なんだ、輝夜の刺客かよ。あの女本当にふざけやがって。私を始末するならてめぇで来いっていうのよ。お前、燐香だっけか。ちょっと下がってな。悪魔かどうかは知らないが、売られた喧嘩は買わなくちゃいけないからな」

「お、お任せしました! 妹紅先生!」

 

 用心棒みたいな頼もしさがある藤原妹紅。不死鳥のオーラが背中から見えてきそうだ。永遠に死ぬことのない妹紅なら、きっとなんとかしてくれる。風見幽香をギッタンギッタンにしてください。

 

「せ、先生って。よく分からないけど、まぁいいか――」

 

 そこまで言って、妹紅が振り返った瞬間、幽香の強烈なとび膝蹴りがその顔面に放たれる。無残に吹っ飛んでいく妹紅に、更に飛び掛って追いつくと、その頭部を掴んで地面にたたきつける幽香。めり込む妹紅。そこに向かって、超至近距離から放たれる妖力光線。うわぁ、あれは死んだ。私を相手にするときよりエグいよ。

 

「さて、これで一度目ね。蘇るんでしょう?」

「…………」

 

 物言わぬ屍となった妹紅。私は竹に隠れてそれを観察。すると、光の粒子が集まって、妹紅の身体が輝く。そして、一瞬の内に肉体が再生され蘇生した。

 

「……いきなり激しすぎ。せっかちな女だなぁ。大体、まだ勝負は――」

「もう始まってるわ」

「そうかい!」

 

 また攻撃再開。今度は妹紅も応戦している。なにこれ。超血みどろ幻想郷、肉弾バトルが展開されはじめてるし。もっと穏やかな弾幕勝負をしようよ。ね? ね?

 

「ぐあああああああッッ!!」

「これで二度目」

 

 また妹紅が死んだ。また生き返った。今度は自分の身体に炎をまとい、幽香の身体に飛び掛る。それを迎撃、腹を貫いて心臓をつかみ出す。死んだ。生き返った。幽香の身体が炎に巻かれる。なんか嬉しそうに笑ってる。全然効いてない。草属性のくせに。

 服はボロボロになったけど、ツタが巻きつくと復元された。なにその手品。

 

「輝夜の走狗の分際で! 中々やるじゃないか!」

「ふん、不死になったところで人間は人間よ。図に乗るんじゃない!!」

「この脳筋女がッ! いいさ、ぶちのめしてやる!」

 

 怖ッ! 今度は足を止めての殴りあい。幽香はデトロイトスタイル。妹紅はノーガード戦法だ! ラッシュラッシュラッシュ!

 幽香の重くて早いジャブが妹紅の身体を打ち抜いていく。あれ、ジャブって威力じゃないよ。あ、死んだ。生き返った。そのおかげで体力全回復したみたい。動きが一気に良くなった。幽香が一瞬戸惑う。隙が出来た。

 

「隙ありだ!」

「――くッ!!」

 

 妹紅の捨て身のアッパーが幽香の顎を捉える。のけぞる幽香。だがその反動を利用して風車つま先蹴り。やっぱり鬼だよこの女。妹紅の首根っこが見事に引っこ抜かれた。二つに分かれて死んだ。生首が燃えた。そして生き返った。

 

「不死の相手をするのって、本当に面倒ね。好きじゃないわ」

「おい!! 十分好き勝手やってるくせに、それはないだろう!」

「ねぇ。そろそろとっておきを見せてみたらどう? 出し惜しみはしなくていいわ」

「ふん、なら期待に応えて見せてやるよ。吠え面かくんじゃないわよ? ――凱風快晴、フジヤマヴォルケイノ!!」

「温いッ!!」

 

 炎の渦を巻き起こす妹紅。幽香はそれを真正面から受け止める。そして、手を翳して妖力光線を発射! 妹紅が弾けとぶが、幽香も反動で吹っ飛んでいく。わけが分からない。こんなガチバトル、私は見たくないし、この場にいたくもないのである。どうしてこうなるの!

 

「へ、へへっ。あ、あははははッ。本当にやるじゃないか、たかが花妖怪のくせに。この短い間に、6回も殺されるなんて輝夜以来かな。あー、本当にムカついてきた。こうなったらとことんやろうか。久々に全力で死にまくるのも悪くないし」

 

 妹紅の目がなんかイッちゃってる。輝夜と殺しあってるときはこんな感じなのかもしれない。見たくないので、勝手にやっていてほしい。

 

「…………ふぅ。本当に頑丈なのね。正攻法のままだと、面倒くさそう」

「搦め手だって無駄さ。どんな策を用いどんな毒を仕込もうとも、死ねば治る。それが不死人の特徴だ。ああ、精神が壊れようと無駄なんだ。勝手に治されるからね。私は絶対に死なない」

「あっそう。なら、もういいわ」

 

 幽香が手を叩き埃を落すと、戦闘態勢を解除する。

 一方の妹紅は怪訝な顔をしている。

 

「おい、どういうつもりなのよ?」

「終わりにする」

「は?」

「依頼は、竹林に住むもんぺ女を5回殺して来いというものだった。私はそれを実行した。しかもオマケで余計に一回殺してあげた。これで借りは完全にチャラ。用件は終了ね」

「……おい。ちょ、ちょっと待ってよ。まさか、お前、やるだけやったからはいおしまいとか、そういうつもりじゃないだろうな」

「そういうつもりだけど。何か用事があるなら、私は太陽の畑にいるから、いつでもいらっしゃいな。今日のお詫びにお茶ぐらい出してもいいわよ」

 

 ジャイアンもびっくりの俺様理論。俺の用事が終わったから今日は帰るから。後はよろしく! みたいな。

 踵を返し、本当に帰ろうとする幽香。妹紅は頭を掻き毟ると、こちらをバッと振り向く。

 

「おい、燐香だっけか。お前の母親、ちょっと頭がおかしいんじゃないのか? 流石に理不尽すぎるだろ!」

「私もそう思います。あれは理不尽女王なんです。だから退治してほしかったんですけど」

「燐香。後で覚えておきなさいよ? 相当躾が必要みたいだし」

「いいえ、私は全く頭がおかしいとは思いません。お母様の頭はとっても正常です。他の皆が違うと言っても、私はそう主張します。たとえ神様がそう言っても、娘の私だけはお母様の頭は至って正常ですと言うでしょう。はい、正常に狂っているのです」

「そ、その言い方が一番失礼だと思うんだけど」

 

 私は長いものに巻かれるのだった。今の戦いぶりを見た限り、なんか永遠に勝負が終わりそうになかったし。妹紅は死なないから敗北はないだろうけど、幽香もなんか太陽が出ている限り負けそうにない。太陽どころか、周囲の自然からこいつパワーもらっているような気もする。なんなの。光合成ウーマンなの?

 

「……で、まだ何か話があるの? 私はもうないのだけど」

「大有りだよ。こんだけ好き勝手に暴れて、私を殺しまくって、はいさようならで済むと思ってるのか?」

「ええ、もちろん」

 

 幽香は笑った。太陽みたいな笑顔である。裏の顔がなければ美人さんである。

 

「馬鹿言うな。本当に理不尽すぎるだろう。もっとなんかあるだろう?」

「だって、理不尽なのが妖怪だもの。そうよね、燐香」

「え」

 

 いきなり幽香に振られた。なんでこのタイミングで? 意味わかんない。

 

「こいつ、本当にムカツクな。おい、お前もなんとか言えよ!」

 

 また理不尽に私に振られてしまう。

 選択肢1、幽香を庇う。妹紅の敵対心アップ。いつか殴りこみをかけられて、私は炎のシュレンみたいに死ぬ。

 選択肢2、妹紅を庇う。直後に私は風のヒューイみたいに死ぬ。この花のリンカ、一体どうすればよいのか見当もつかぬ!

 

「と、とりあえずですね。お茶でも飲んで、一息つきませんか? わ、私、お茶っ葉持ってますし」

 

 鞄に入っていた、お茶っ葉が入った小袋を取り出す。急須と湯呑さえあればどこでもお茶が楽しめるのだ。具体的にいうと、アリスの家でお茶を楽しむためのものである。紅茶もいいけど、たまには日本茶もね。

 

「……なぁ。本当にもう戦うつもりはないのか?」

「ないわね。無駄な事はしたくないの。でも、怒りが収まらないなら一発殴られてあげてもいいわ。それでチャラということでどうかしら」

 

 どうぞと手を下ろして、無防備で妹紅の前に立つ幽香。妹紅はと言えば、困惑した後、深い溜息を吐いた。怒りが抜けてしまったらしい。

 

「そう言われて全力で殴れるのはお前ぐらいなもんだよ。あー、本当良い性格してるよ」

「お褒めに預かり光栄ね」

「全然褒めてないからね。まぁ、なんだか私も気合が抜けちゃったし。とりあえず、お言葉に甘えて一服しよう」

 

 妹紅が小さな炎を発生させ、お湯を沸かし始める。私はお茶の用意。そして、皆で座って謎のお茶タイム。殺し合いの後の一服。こいつらとは仲良くなれそうにないので、どうか私のことは放っておいてください。

 

「でさ、なんで輝夜なんかに借りを作ったんだ? お前そんな性格じゃないよな。借りを作るとか死んでもしなさそうだし」

「この前の月の異変で色々とね。正確には、私ではなく白黒魔法使いの借りよ。余計なものを残しておきたくなかっただけ。後で何を吹っかけられるか分かったもんじゃないわ」

「だから他人の借りを肩代わりしたのか?」

「ええ。あそこの連中、色々と面倒くさそうだったからね」

 

 白黒魔法使いとは魔理沙のことか。魔理沙が輝夜に何か借りを作るようなことなんてあっただろうか。分からない。借金じゃないだろうし。魔理沙はお金に執着するような人間じゃないし。盗むことはあっても、それは本とか魔道具の類のはず。

 一番奇怪なのは、なぜ魔理沙の借りを幽香が肩代わりしているのかということ。どうせ聞いても教えてくれないから聞かないけど。知らぬ間に仲良くなったとか、そういうのは絶対にありえないだろう。

 

「なるほど、結構察しが良いね。あそこには最高にイカれてるのが二人いる。蓬莱山輝夜に八意永琳だ。見かけだけは上品だけど、本当に頭がおかしいから気を許さない方がいい。永い時間を生きたせいで、自分が狂ってることに気がついていないんだ」

「へぇ。じゃあ、貴女はどうなの?」

「さぁね。私は深く考えないようにしているよ。私は弱い人間だから、直視するのが怖いんだ。その恐怖がある限り、私は正常でいられると思うけど」

「そう」

 

 お茶を飲みながら、幽香は興味がなさそうに答える。自分で聞いたくせに。もっと関心を持ちなよ。お花以外に友達ができるチャンスだよ!

 

「それにしても、アンタみたいなプライドが高そうな妖怪が、大人しく走狗になるなんてねぇ。ま、他にも事情がありそうだけど」

「事情なんてないわ。本当は、貴女と燐香を戦わせて、戦闘経験を積ませるつもりだっただけ。当初の計画が少し狂っただけよ」

「嘘ばっかり。そんなつもり全くなかったくせに」

「…………」

 

 妹紅の言葉に、幽香は何も返さない。

 

「アンタも、結構苦労しているんだね」

 

 幽香を見てから、私に視線を送ってくる。

 

「な、なんですか?」

「……別に。なんというか、あれだ。うん、親子なんだし仲良くやりなよ」

「……余計な御託はそこまでにしなさい」

 

 幽香は不機嫌そうな顔をした後、軽快に指を鳴らす。すると、妹紅の小屋の周囲ににょきにょきと植物が生え始めた。気色悪いほど一気に成長し、植物は実をつけていく。これは、野菜だ。トマト、きゅうり、なす、かぼちゃまで!

 

「な、なんだこりゃ。凄いな」

「お詫び代わりよ。今回の迷惑料ということにしておいて。これで当分食べ物には困らないでしょう」

「べ、べつに私は食い物には困ってないし」

 

 その割には、目が喜んでいる妹紅。目は口ほどにものを言う。

 

「まぁ不要なら人里にでも売って金にしなさい」

「……なんだかなぁ。私を殺した妖怪に恵んでもらうというのも変な話だ」

 

 この修羅が慈悲を見せるとは。私にも見せろよこの野郎!

 

「それじゃあ行くわ。もう会う事はないでしょう」

「それは分からないさ。長く生きれば色々なことがある。大体、幻想郷はそんなに広いわけじゃないし。私の勘じゃ、また会う気がするね。まぁ、それまで親子ともども元気でやりなよね」

「一々うるさいわね。本当に余計なお世話よ」

「あはは! 今の顔は面白かったよ」

 

 幽香が嫌そうな顔をすると、妹紅が腹を抱えて笑い出す。

 

「もんぺ女は放っておいて、帰るわよ」

「え? え? あの、私、何もしてないんですけど」

「心配いらないわ。帰ってからきっちり鍛えてやるから。その他人任せの腐れた根性、徹底的に叩きなおしてやる」

「なぜぇ!?」

「そうそう、親子喧嘩は自分の家で仲良くやってくれ。ああ、喧嘩じゃなくて遊びにくるなら、歓迎しないこともないかもしれない。うん。次は私がご馳走するしね」

 

 なんだかはっきりしない妹紅を尻目に、幽香は悠然と飛び上がった。私の首根っこを捕まえて。

 ……あれれ? もしかしてこれで永夜抄EXステージ終了なの? 私、なにもしてないけど。いや、そもそも幽香は永夜抄に関係ないじゃん。それにこれって肝試しイベントじゃなかったっけ。一体どういうことなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◇◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、妹紅に会えたのは嬉しかった。初対面は最悪だったが、なんとか友好的な感じで終われたし。幽香とガチで戦える頼りがいの或る人間である。殺しても死なないのは素晴らしい。本人にとっては地獄かもしれないが。

 

 

 ところで、死にたくても死ねないというのはどういう気分だろう。私だったらきっと発狂してしまう。その心配はないのが、私にとっての救いである。

 

 

 この前、鈴仙に波長を乱されたとき、私は自分に用意された結末が分かってしまった。俯瞰視点で、白と黒のあり方を理解してしまった。できれば見ないフリをしたかったことだけど。

 そして、幽香が何故私に恨まれるようなことしてきたのかも分かってしまった。正確には、私たちか。黒の私たちはまだ気付いていない。だが、もうすぐそれも無意味になるだろう。

 

 

 時間切れなら、白は取り込まれて黒の復讐に利用されて大惨事。白が破裂すれば、黒と一緒に綺麗さっぱり霧散する。どちらも見事なデッドエンド。多分、八雲紫あたりが介入するはずなので後者になるのだろう。そうじゃないと大変だ。

 

 

 色々分かったのに、なんだか平然としていられるのはなんでだろうか。妹紅が輝夜たちを狂っているといってたけど、もしかしたら私もそうなのかもしれない。だって、普通に受け入れてしまっている。きっと、終わる寸前になっても、私はこんな感じなのだと思う。

 

 私には魂がない。一寸の虫にも五分の魂があるのに。魂がないのに自我があるというのはどういうことなのだろう。どこぞの神様や閻魔様に聞いたら納得のいく答えが返って来るのだろうか。多分、何を言われても納得出来ないような気がする。

 

 私が今持っている色々な知識はどこか別の世界の誰かの思念。白は希望の塊。

 憎悪や嫉妬の感情は誰かの無念。黒は絶望の塊。

 私はそれらを寄せ集めただけの存在。だから、私には形などもともとない。どうせなら、理解した時点で対消滅するようにしてくれればいいのに。生み出してくれた誰かさんは実に気が利かない。

 

 

「燐香?」

「なんです、お母様」

「……今日の鍛錬はやめにするわ」

「どうしてです? 徹底的に叩き潰すのではなかったんですか?」

「気分が乗らなくなったから」

「そうですか。お母様は、本当に理不尽ですよね」

「お前も、もっと理不尽に生きなさい。それが、妖怪というものよ」

「はい、分かりました」

 

 

 ああ、終わりの日が近づいているのが、私にはなんとなく分かる。それが来る前に、何かをやりたいなぁと私は考えている。楽しい思い出作り。せっかくこの世界に生れ落ちたのに、何も残す事ができないのはとても寂しい。できれば、大事な友達と一緒に、大きなことをやりたいのだ。それに、フランとの約束を守らなくちゃいけない。

 

 ――本当は幽香とも仲良くしたいという気持ちもちょっとあるのだが、それは却って彼女を苦しませることになるだろう。ならば、最期までこのままのほうがいいのかもしれない。その方が、私にとっても望ましい。



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第六十八話 花火 (挿絵あり)

 なんだかんだで無事に永夜抄は終了していた。また幽香との鍛錬の日々が始まるかと思いきや、当分はなしと言われた。そういう気分じゃないとか。私としては朗報だけど、一体何を企んでいるのやら。後が非常に恐ろしい。

 

 なんだか、最近記憶がやけに飛び飛びになる。妹紅との決着がついたあと、どうやって家に帰ってきたのか分からない。永遠亭でのこともどうも不鮮明だし。また知らぬ間に酒に溺れてしまっていたのだろうか。アルコール依存症は治りかけていると思ったのだけど。でも、二日酔いになってないから違うのかな。分からない。

 どうも変な感じだ。うろおぼえの夢の記憶だと、私は幽香に手を繋がれて家に戻ってきた気がするのだが。まぁ多分気のせいだ。なんだか、鳥になった感じでその夢を見ていた気もするし。悲しい気分だけは残っているけれど、よく意味は分からなかった。

 

「うーん」

「…………」

 

 幽香が私に視線を向けた後、無言で家を出て行った。言いたい事があるなら、はっきりと言って欲しい。でも言わないのだろう。私たちは仲が悪いから。

 だが今日の私は情報に餓えている。幽香が何を考えているのか気になったので、私はこっそり後をつけようと思った。何か秘密でも握る事ができれば、とか思ったけど、脅迫に屈するような女ではないので多分無駄足である。しかし、どうせ暇だからいいのである。

 

「ん?」

 

 花畑の中。見つからないように追いかけている途中で、大きな鎌を持った女の姿を見かけた。よりにもよって、私の彼岸花畑の中央にいるし。その女は、見極めるようにこちらを眺めていた。私に何か用事があるのかもしれない。だけど、近づこうと一歩踏み出したら、女は陽炎のように消えてなくなった。

 私は少し気になったけど、結局幽香を追いかけることにした。無言で言ってしまったということは、大した用事もなかったのだろう。鎌といえば死神。もしかしたら遊びに来たのだろうか。幻想郷の死神はサボリの達人だし。

 

 

 暫く花畑の中を探し回ると、強烈に咲き誇る向日葵に囲まれて、幽香は一人でしみじみと酒を飲んでいた。なんだか寂しい光景だ。

 もしかして友達がいないのかと思ったけど、すぐに考えを改める。紫とはなんか悪友みたいな感じで話してたし。最近は永遠亭にも出かけているみたい。永琳とは相性があうのかもしれない。怖いもの同士。妹紅ともなんか縁ができたみたいだし。私の知らないところで、交友を深めているのだろう。

 私もぼっちを卒業したので、今なら堂々と張り合えるのである。仲良きことは素晴らしいことである。

 

「……誰かと思えば。何か用なの」

「い、いえ。ただ、何をしているのかなーと気になって」

「夏の向日葵は、一年の中で一番生命力に溢れている。その花々に囲まれる事で、少しずつ力を分けて貰っている。それが私の力の源」

「……なるほど。勉強になりました」

 

 普通に答えが返ってきた。もしかしたら酔っているのかもしれない。このまま立ち去るのもあれかなと思ったので、私も幽香から少し離れたところに腰掛ける。

 

「…………」

「…………」

 

 ――暑い。じりじりと身体を焦がすような日光が私たちを照らし続ける。幽香は表情を変えずに、グラスの酒を飲み干した。幽香が自分で作った花の酒か。私がそれを眺めていると、どこからかグラスを取り出し、私に放り投げてくる。

 

「……?」

「飲みたいなら勝手に飲みなさい。後、コソコソ隠れて飲むような真似はやめるように。みっともないわ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 やけに慈悲深い。今日はどういう風の吹き回しやら。酒が回っているのかな。まぁお許しが出たなら遠慮なくいただいてやろうではないか。私は微妙にびくびくしながら、水桶に入っていた酒瓶を取り、なみなみと注いでいく。うん、相変わらず良い香りだ。

 幽香がグラスをこちらに差し出してきた。警戒しながら、私はそれにグラスを打ちつける。乾杯だ。……グラスを顔に投げつけられるかと思ったけどそういうことはなかった。今日はやっぱり奇妙である。私は夢を見ているのかもしれない。

 

 香りをしばらく楽しんだ後、口に含む。ああ、冷たくて美味しい。

 

「本当に美味しいです」

「……そう」

 

 会話を続ける努力をしてほしいものだ。一応、戸籍上は娘なのに。いや、この世界に戸籍なんてないけど。……と、期待するだけ無駄なのは既に分かっているのである。

 

「ねぇ」

「は、はい」

 

 幽香が気だるそうに声を掛けてきた。私は背筋をピンと伸ばす。

 

「……冥界、鬼、そして蓬莱人。三つの異変にお前は巻き込まれた――或いは進んで関わったわけだけど。何か得るものはあった?」

「……え?」

「何もなかったわけじゃないでしょう?」

「えっと、その。どうなんだろう」

 

 幽香はこちらを見ている。その視線から感情を読み取る事は難しい。一体何を考えているのか。質問の意図が分からない。

 

「何か身についたかは分からないけれど、友達は増えました。知り合いも。それに、色んな人と話して、色々なことを勉強しました」

「そう」

「はい」

「…………」

 

 幽香は視線を宙に向ける。

 

「前も聞いたけれど。アリスと一緒にいるのは楽しい?」

「はい」

 

 即答する。アリスとの日々があるからこそ、ルーミア、フラン、妖夢と仲良くなれたといってもよい。最初に出会えたのが彼女でなければ、今の私はない。

 

「じゃあ、今の暮らしは楽しい?」

 

 今度は質問の意図を掴みかねる。何が聞きたいのだろう。私は少し考えた後、正直に答える。今は、前よりも自由もあるし楽しいのは確かである。

 

「えっと、まぁ、そうですね」

「なら、最後まで努力しなさい。腕を磨いて、少しぐらいは私に近づいて見せなさい。何があろうと、絶対に諦めるんじゃない。最後まで、歯を食い縛って耐えろ」

 

 そう言うと、幽香は再び酒を飲み干した。ペースがやたらと速い。私が気を利かせて酒を注いでやろうとしたら、余計なことはするなと怒られた。空気の読めない女はこれだから嫌である。

 なんだか励ましてくれているように聞こえたが気のせいだろう。だって幽香と私は仲が死ぬ程悪いから。あれ、どうしてこうなってしまったんだっけ。よく思い出せない。記憶がぐるぐる回りだす。いつから、私は幽香を憎いと思っているんだろう。うーん。思い出せない。

 とにかく、私に何か原因があるなら言って欲しい。というか、聞いてしまうか。もう手遅れだとしても、それを反省材料として今後の人付き合いに活かして生きたい。失敗から学べることは多い。

 

「お母様」

「何?」

 

 今日は奇妙な日。もしかしたら、これも夢の中かもしれない。ならば、思い切って聞いてしまおう。思い切って言ってしまおう。

 

「私はどうしてお母様に憎まれているんでしたっけ。お母様から、直接、聞きたいんです」

「…………」

「…………」

 

 沈黙が流れる。気まずい。やっぱり聞くんじゃなかったかな。

 

「グズで、覚えも悪く、姑息な真似ばかりする。その上、反抗的で嘘ばかりついて、私を常に苛々させる。私はお前の存在が気に入らないのよ」

 

 思わず笑ってしまった。実に幽香らしい回答だった。

 

「あはは、良く分かりました。でも、それなら、なんで私を家に置いておくんです? おかしいですよね」

「それは、お前の顔が私に瓜二つだからよ。お前を見れば、誰もが私を想像する。そんなのを外に出したら、恥を晒す事になるじゃない」

 

 存在が気に入らない、生きているだけで恥晒し。ガツンときたけど、新しい傷にはならない。古傷をぐりぐりと抉られているようなもの。でも、本当にそうなのかな。何かが決定的に違う気もするけど、どちらにせよ解決できるてっとり早い手段を私は知っている。

 

「実は、一つ名案があるんですけど」

 

 私は笑顔で幽香に近寄る。

 

「お前に名案なんて思いつけるの?」

「――今、ここで、私を殺してみませんか。貴方なら、私を塵にすることなど容易いでしょう。遠慮はいりません。さぁ、どうぞ」

「…………」

 

 幽香が目を見開いた。驚いているのか、呆れているのか。幽香が何を考えているかさっぱり読み取れない。

 どっちに転んでもいいかなという感じだ。最近、ちょっと疲れる事が多い。実際問題、食事や住む場所を提供してくれているのは幽香であるわけで。逃げ出しても迷惑がかかるのなら、それしか解決手段がないように思える。

 何故か分からないが、もう以前ほど幽香に対して憎しみをもてなくなっている。薄れているというか、なんというか。そんな感じ。

 これが夢ならばきっと目が覚めるだろうし、夢じゃないなら私は楽になれる。ほら、どっちに転んでも問題ない。

 

「寝言は寝てから言え。お前は勝手に死ぬことは許されない。それを頭に叩き込んでおきなさい」

「そうですか。それは、残念です」

「本当に寝ぼけているみたいだから、目を覚ましてあげるわ」

 

 本気のグーで頭を殴られた。本当に痛い。 生殺与奪は幽香のもの。――いつか、絶対に思い知らせてやる。立場を逆転させてやる。

 今までの私は、そうやって幽香に対して憎悪の感情を煽られてきた訳だ。ほら、ドス黒い感情が勝手に溢れてくる。

 

「ふふ、中々良い目ね。私への殺気の強さだけは認めているのよ。その気迫を常に持ち続けなさい」

「そうすれば、いつかお母様を越えられますか?」

「さぁね。できるかどうか、試してみればいいんじゃない」

 

 幽香は口元を歪めると、私のグラスに酒を注いできた。剣呑な雰囲気の酒盛り。私は全然楽しくないが、お酒は美味い。ならばよしとしよう。

 

 

 そんな感じで沈黙の酒盛りを続けていたら、ルーミアがふらふらとやってきた。ついでにアリス、フラン、美鈴も一緒だ。

 

「……ああ。小うるさい連中が来たわね」

「皆、どうしたんでしょう」

「この酒の臭いを嗅ぎ付けたのでしょう。香りが強いからね」

「なるほど。って、そんな馬鹿な。ちょっと遠すぎるでしょう。虫じゃないんですから」

 

 幽香の天然ボケに、思わず突っ込んでしまった。あれれ。今までで初めてではないだろうか。私のツッコミを受けた幽香はなんだかしかめっ面。あまり見かけない表情とやりとりだったので、ちょっと面白かった。

 そうこうしているうちにルーミアが近くに着地。その両手には大きな籠が握られており、笑顔で中身を取り出してきた。

 

「やっほー。ねぇ、見て見て。取れたてほやほやのお肉。幽香、これお土産だけど食べる?」

「今は花の香りを楽しみながら飲んでいるのよ。そんな臭いが強いものはいらないわ」

「じゃあ燐香に食べさせて良い?」

「勝手にしたら」

「やったね。じゃあ燐香、口を開けて。さぁ、ぐいっと」

 

 話が流れるように進んでいく。ルーミアが握っているのは、謎のこんがり焼けた骨付き肉。ナニかの手首っぽいんですけど。

 

「いえ、私はいりません。というか臭いが鼻にくるんですけど。ツーンと」

「夏は腐るのが早いから、焼いておかないと駄目なんだよね。でも、タレつけたから香ばしくて美味しいよ。さ、どうぞどうぞ」

「いらない。いらないですから! なんかねちょっとしたのが顔についた! やめろって言ってるでしょうが!」

 

 私は湿り気つき彼岸花を生じさせると、反撃代わりにルーミアに投げつけた。ルーミアは大口を開けて、花をペロリと食べてしまった。

 

「あ、結構美味しいね。お代わり頂戴」

「どうぞどうぞ」

 

 私はポンポンと彼岸花を投げ入れていく。謎の玉入れ。ルーミアには彼岸花の毒は効かないようだ。後で、私の彼岸花畑を食べないように釘を刺しておこう。

 

「ルーミア、それ美味しいの?」

「美味しいよ。フランも食べてみる?」

「うん!」

「い、妹様。流石に花をそのまま食べるのは……」

「うるさいな。物は試しって言うでしょ。ほら、ちゃんと日傘を差しててよ!」

 

 フランが彼岸花を掴み、ムシャムシャと食べ始める。うーんと悩んだ後、食べられなくはない味だと言っていた。やはりこれを美味しく食べるのは、種族ルーミアぐらいのものぐらいである。

 

「それにしても珍しいね燐香。こいつと一緒に酒を飲んでるなんて」

「ふ、フラン。本人の前でコイツ呼ばわりは」

「あ、ごめん。もしかして幽香と仲直りしたの? それって奇跡じゃない?」

「いえ全然。相変わらず不仲です。実は、沈黙の酒盛り中だったので、皆さんが来てくれて本当に嬉しいです」

「ふん」

 

 幽香は特に興味なしのようだ。一応円になって座り、皆でお酒を飲み始める。

 

「ねぇ、本当に大丈夫? 少し妖力が乱れているみたいだけど」

「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます、アリス。もうしばらく宜しくお願いしますね」

 

 心配そうに私の横に腰掛けてきたアリス。ついでに汚れていた手を布巾で拭いてくれる。本当にアリスは気配り上手だ。というか世話焼き上手すぎて、お母さんみたいである。口には出さないけど。

 

「もうしばらくとは、どういうこと?」

「いえ。別になんでもありません」

「まぁいいけど。私の変装を二度としないなら、ちゃんと宜しくしてあげるわ」

「勿論です!」

 

 まだあの変装の件は許されていなかった。アリスの真似も禁止である。似ていると評判だから、宴会芸にしたかったのに。実に残念無念。

 

「そうだ、燐香。後でいいから、貴方にあげた人形、少しの間だけ私に預けてくれる?」

「え? どうかしたんですか?」

「メンテナンスをしたいと思って。こまめな管理が、人形を長持させるコツなのよ」

「ああ、分かりました。後で持ってきますね」

「ええ、宜しくね」

 

 花梨人形は大事な宝物。長持させられるなら、全くもって異論はない。というかもとはアリスのものだし。

 何故か幽香がこちらを棘のある目で睨んできているのが怖いが、花梨人形は絶対に渡せないのである。手を出してきたら、身代わりボムを100連発食らわしてでも逃げてやる。私はともかく、人形だけは絶対死守だ。

 

「それにしてもさぁ。この面子で飲むのって結構珍しいよね。というか、太陽の畑で宴会なんて初めてじゃない?」

 

 フランが気持ち良さそうに寝転がる。慌てて立ち上がって日傘をかざす美鈴。実に苦労人である。

 

「ふぅ、危なかった。それにしても、いやぁ立派な向日葵たちですね。紅魔館も負けないと思っていたのですが、実際に見たらやはり敵いません」

「なにそれ。もう敗北宣言?」

「いやぁ、広さが違いますし。スケールの大きさというかなんというか。それに幽香さんは花の妖怪ですからね」

「情けないなぁ美鈴は。妖夢のところで庭師の修行してきたら? あ、私がお姉さまにお願いしておいてあげる。庭師になるから門番止めたいって」

「や、止めて下さい! 本当にクビになっちゃいますよ!」

「庭師美鈴だって。あはは、滑稽だなー」

 

 彼岸花をつまみにしているルーミアが腹を抱えて笑っている。その手には相変わらず謎の手首が握られている。いきなり口に押し込んできそうなので、警戒が必要だ。こちらの様子を窺っているのはお見通しだ。

 

「本当に騒がしい連中ね」

「幽香。貴女はこういうのは嫌いなの?」

「好きも嫌いもない。馴れ合いなんて私には必要ない」

「……でも、あの子には必要なことでしょう」

「さぁ。……もう、意味はないかもしれない」

「どういうこと?」

「…………」

「幽香」

「後で話すわ」

 

 幽香とアリスの小声での会話。なんだか難しい話題になりそうな雰囲気。私が混ざれる感じではない。仕方ないのでフランのそばにいって、お酒を注いで上げる事にした。美鈴がお土産の水羊羹をくれたので、まずは一口頂く。うん、甘くて美味しい。

 

「で、今日は皆揃ってどうしたんです? 本当に向日葵を見ながら宴会をしたかったとか?」

「それもあるけどね。実は、超凄い物を香霖堂で買ったんだよ。だから、ルーミアとアリスをさそって来たの。仕事が終わったら妖夢も来るって。あ、魔理沙も誘いたかったけど、アリスが駄目だって言ったから」

「あらら」

 

 ノリノリのフラン。八重歯がきらりと覗いている。八重歯じゃなく吸血鬼の牙だけど、可愛らしい。

 ちなみに、魔理沙とアリスは相変わらずらしい。この前で少しは距離が近づいたかと思ったのに。だが、フランの話によるとパチュリーを交えてなにやら頻繁に話し合っているとか。そのままいけばアリスとの仲は改善されていくのかもしれない。普通は時間が解決してくれるものだし。いずれは綺麗に収まるだろう。

 

 

「ふん、当然でしょう。この前も危険に晒したのだからね。ああ、キツく言ってあるからもう心配はいらないはずよ」

「そ、そうなんですか」

 

 とりあえず今は反論するのは止めておく。火に油を注ぐ結果になりかねない。うん、時間が解決してくれることを祈ろう。

 

「それで、その凄いものって、何なんですか?」

「えへへ。それはねー、これだよ!!」

 

 美鈴の持っていた鞄から、フランが大きな袋を取り出す。それは、いわゆる花火だった。ロケットやら吹き出しやら打ち上げやら色々ある。なるほど、夏といえば花火。花火を見ながら皆でお酒! それは素晴らしいアイディアである。

 

「流石はフランですね。目の付け所が鋭い!」

「そ、そうかな。最初はお姉様を驚かす用にと思ったんだけど、良く考えたらそんなのどうでもいいし」

 

 レミリアの寝ているところに、この花火を全部ぶっ放す予定だったらしい。それはとてもドッキリな企画である。

 

「私が、皆さんと一緒にやりましょうと提案したんです。夏といえば花火ですからね」

「美鈴にしては良い考えだったよね。褒めてあげる!」

 

 フランが美鈴に勢い良く抱きついた。美鈴も嬉しそう。

 

「あはは。ありがとうございます」

「それじゃあ、夜まで飲んで食べてようよ。まだ明るいしね」

 

 ルーミアは花火よりも食い物らしかった。やたらと持ち込んできた食料をムシャムシャ食べている。先ほどの手首ももうなかった。ようやくお腹におさめてくれたようだ。これで一安心。

 

 

 

 

 

 

 ――夜がくるまでわいわい賑やかにやっていると、妖夢に幽々子が現れた。冥界の管理者がこんなところに来て良いのかと思ったが、気にしないらしい。

 幽香、アリス、幽々子の三人はなにやら難しい顔をしながら話しはじめてしまった。こちらに時折視線をむけてくるのが非常に感じが悪い。だが、アリスと幽々子も一緒だし、悪口ではないのは間違いない。と言うわけで放置である。

 

「さぁ、一緒に遊びましょう!」

 

 こちらはこちらで遊ぼうと、妖夢を無理矢理引き摺り込む。

 

「ちょ、ちょっと。私は幽々子様のお世話があるんだけど!」

「いいからいいから。さ、花火の準備をしましょう」

「わ、分かったから半霊を引っ張らないで!」

 

 妖夢の半霊はなんだか生暖かかった。

 

「最初はどれにする? ロケット? なんだか小さいけど、どのくらいの威力なのかな」

「飛ばしてみれば分かりますよ。じゃあ、着火しますよ!」

「じゃあ私もロケットに」

 

 私が火をつけようとしたら、ルーミアがニヤリと笑って、ロケット花火を仕掛けた筒をこちらにむけてくる、それは禁じ手の手持ちロケット!!

 

「ちょ、ちょっとルーミア! 私に向けないでください! やめて!」

「もう遅いよ。発射」

「ぎゃー!!」

 

 逃げ惑う私。それを追い越して、ロケットが炸裂した。普段喰らっている弾幕からすれば全然大した威力ではないが、とてもムカついた。よってやり返す。

 

「ふ、ふふん。やってくれましたね、ルーミアさん。私をここまで虚仮にしたのは貴方が初めてですよ」

「そうなんだ」

「余裕ぶっこいていられるのもそこまでです。くらえっ! 怒りの10連花火を!」

 

 10連発打ち上げ花火をルーミアに向かって発射! と思ったら、妖夢がいつの間にか盾にされていた。

 

「な、ななな、何をするの! ちょっと、ルーミア!!」

「半分死んでるんだから、いいじゃない。じゃあ盾役宜しくねー」

「や、やめてって! あ、熱い! ぎゃー!!」

 

 妖夢は意外とビビリだった。半べそをかいて、座り込んだかと思うと、据わった目で打ち上げ花火を握り締めている。いつの間にか額に鉢巻を巻いて、噴出し花火をそこに括りつけている。――これは、八つ墓スタイル!

 

「このうつけ者共ッ! 我が恨み、思い知らせてやる!」

「フラン、ここは逃げましょう! ああなった妖夢は面白いけど話を聞かないんです!」

「あはは! 凄く面白い! 美鈴、それ全部火つけちゃって!」

「え、いいんですか?」

「どんどんやろうよ! まだまだ一杯あるし!」

 

 花火がもうこれでもかというほど撃ちあがる中を、妖夢、ルーミアが追いかけっこをしている。その余波を受けて私たちもひっちゃかめっちゃか。そのまま弾幕勝負に突入。別の花火大会になってしまった。

 

 で、追いかけっこが一段落したところで、妖夢が黄昏れはじめた。一番大騒ぎしていたくせに。

 

「ふ、風情ある線香花火をのんびり楽しもうと思っていたのに。どうしてこんな騒がしいことに」

 

 

 八つ墓スタイルでノリノリだった奴が何をいうのかと思ったので、煙玉を大量になげつけてやった。妖夢は悲鳴をあげて逃げ出して行った。何が怖いのかはさっぱり分からない。

 ちなみに、その線香花火は、すでにフランの手によって一斉着火されて放り投げられている。これ地味でつまんないという言葉とともに。実は、あの寂しい感じは私も好きだったりする。ぼーっといつまでも眺めているのは楽しい。そして、消えるときの唐突さも良い。

 

「全部妖夢のせいじゃないかなー。子供だよね。それよりこのうねうね、気持ち悪いなー。すっごいもぞもぞしてる」

 

 と、ルーミアがへび花火を眺めながら呆れながら感心している。つんつんしてるし、あれはかなり気に入ったようだ。

 

「やかましい! 全部お前のせいだ! それと燐香!」

 

 妖夢がルーミアの頭を小突いている。私はそれを見越してすでに距離を取っている。

 

「まぁ、楽しかったからいいじゃないですか」

「でもさ、皆顔と身体が煤だらけだね! 真っ黒だよ!」

「あ! 妖夢、半霊が黒くなってますよ!」

「嘘でしょ!?」

「もちろん嘘です!」

「こ、この糞餓鬼! 天誅!!」

 

 打てば響く妖夢のツッコミ。私は笑顔で拳骨を受け止めた。

 最後にネズミ花火を盛大にばら撒いて、ゴミ拾い。いよいよ全員スタミナが切れたようで、両脚を投げ出して地べたに座り込んでいる。美鈴は、律儀に花火の後始末。本当に瀟洒な門番である。

 顔も真っ黒。服も真っ黒。でも顔には笑顔が浮かんでいる。本気で遊べたので、奇妙な充実感がある。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「折角だから、お風呂に入っていきますか? その格好じゃ帰れないでしょう」

「え、いいの? でもこの汚れでお邪魔するのはちょっとどうかと」

 

 常識人の妖夢が遠慮するが、その火事場から逃げ出したような格好でうろつくのもどうかと思う。

 

「別にいいですよ。後で私がお風呂を掃除しますから。というか、是非泊まっていって下さい」

「やったー! 燐香の家でお泊りだって!」

「いや、流石にそこまでご迷惑をおかけする訳には――」

 

 と妖夢が更に遠慮した瞬間、幽々子が「構わないわよー」と笑顔で叫んでいた。軽く溜息を吐く妖夢。

 どうやら、幽香たちは夜通しで何かを話し合うらしい。もしくはオールでの飲み会か。自分たちばっかりずるい連中だ。

 

「お風呂の後は、私の部屋でごろごろしながら遊びましょうか。お泊りといえば、定番のガールズトークですね!」

「なにそれ。よくわかんないけどすごい! あ、でも美鈴は駄目だよね」

「そ、そんな。私も一応ガールに入るのでは」

「駄目駄目! 大人は駄目だよ! あ、今日はもういいから帰って良いよ。ばいばい」

 

 子供ながらの容赦のなさが発揮された。美鈴の顔が引き攣っている。

 

「い、妹さまー私だけじゃ帰れませんよ。では、私は幽香さんたちの宴会の方にお邪魔していますので」

「いいから帰って良いよ!」

 

 フランに蹴飛ばされている美鈴。確かに、少女ではないだろう。美人だけど。結局、美鈴は幽香たちと同席することになったらしい。アリスはこっちに来ても良いと思うのだが、今日は遠慮しておくと優しい笑顔でお断りされてしまった。もしかしたら気を遣われたのかもしれない。

 

「うーん。が、がーるずとーく」

「どうしたんです、妖夢」

「いや、そういうの、私も初めてで。ど、同年代の友達って、いなかったし。というか、友達自体亡霊さんぐらいなもので。修行と仕事で忙しくて」

 

 ガールズトークというか、謎のぼっちトークがはじまってしまった。私は何も言わずに肩を叩いて慰めてあげた。

 

「夜食はあるのかなー」

「お菓子はありますよ。お母様の手作りのが。超硬いですけど、毒は入ってませんでした。」

 

 顎を鍛えられるクッキー。噛めば噛むほど確かに味がでて美味しいのだが、多分硬いのは嫌がらせである。それとも世界にはああいうクッキーがあるのだろうか。

 

「じゃあ私も秘蔵のお菓子をだすね。熟成されてるから、皆気に入るはず」

「先に言っておきますが、肉は駄目ですよ」

「えっ」

 

 わざとらしく目を見開くルーミア。ビーフジャーキーとか言ってこっそり摩り替えそうなので、肉は禁止しておこう。

 

「えっ、じゃないですよ。なにを食わせるつもりなんですか」

「じゃあランクを下げて普通のお菓子にしよう」

 

 ポケットからばらばらと飴玉やらチョコレート、キャラメルをばら撒いていくルーミア。まるでお菓子の四次元ポケットだ。今日はやけに気前が良い。

 

「というか、今出さないでください! ああ、暗くて見えないし!」

 

 なんにせよ、楽しくなりそうだった。なにしろ、友達との旅行での楽しみと言えば、夜通し話しこんでお菓子を食べたりするあのドキドキタイムである。何より嬉しいのは、私の部屋にお客さんを招く事ができそうなことだ。

 これは私にとって実に記念すべき事なのである。本当に嬉しいし幸せだ。きっと、あっと言う間に過ぎてしまうんだろうなぁと思うと、ちょっと寂しい気持ちになってしまった。

 




この面子のお泊り大会とか、場面を想像すると楽しかったです。


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第六十九話 儚い月

 今までにないくらいに千客万来の風見邸。私、幽香、アリス、ルーミア、フラン、美鈴、幽々子に妖夢。凄い。本当にもう二度とないくらいの賑やかさ。今日はクリスマスだったかな。エイプリルフールかもしれない。

 

「私は夢を見ているのかな。あの悪魔の棲む家と言われた風見邸に、こんなに人が」

「じゃあ試しに殴ってあげようか」

「いえ、遠慮しておきます」

「そうなんだ。残念」

 

 ルーミアが拳を握り締めていたので、丁重に遠慮しておいた。

 お風呂に入って汚れを落とした後、さぁ、このまま大宴会突入だーと思ったら、子供は寝ろと私の部屋に全員押し込まれた。私、フラン、ルーミア、妖夢の4名である。妖夢は自分は子供ではないと喚いていたが、幽々子にうるさいと一蹴されて凹んでいた。この中だと、一番年上なのはフランかルーミアか。精神年齢なら私が一番大人である! そう言い切ったら。

 

「えー。絶対にないよねー」

「うんうん」

「ないない。ありえない」

 

 口を揃えて異議を唱える皆。良いチームワークだ。

 

「なんでこういうときだけ一致団結するんですかね」

「当たり前でしょ! いつも悪戯ばっかりして!」

「それより、この部屋涼しいねー」

「あ、それはこれがあるからです!」

 

 紫の人からもらった携帯カイロ。これは温度調節で涼しくもできる超優れもの。おかげで私の部屋は夏でも快適!

 

「私も欲しいなぁ。ね、どこで売ってるの?」

「河童が作ったものみたいですけど。もらいものです」

「じゃあバザーだね。妖怪の山でたまにやってるから、行ってみたら」

「そうするよ。美鈴に連れて行ってもらおうっと」

 

 フランが興味深そうに携帯カイロを弄っていると、美鈴が部屋の扉を開けて入ってくる。

 

「お待たせしました! 皆さんの着替えと寝巻きを持ってきましたよ。超ダッシュで!」

「遅い!」

「そ、そんな。本気の本気で飛ばしたんですよ。氷の妖精が吹っ飛んでいくぐらいに」

 

 かわいそうなチルノだった。

 

「お酒とお菓子は?」

「一応持ってきましたけど。咲夜さんがすぐに用意してくれましたので。でも、あんまり飲み過ぎないようにお願いしますね?」

「うるさいなぁ。いいから早く頂戴! 早く早く!」

 

 フランがお菓子とお酒をテーブルにどんどん載せていく。美鈴はほかの皆に、紅魔館来客用の寝巻きを渡している。なるほど、これを取りに行ってもらっていたようだ。

 

「フランは気が利きますね。美鈴さんもありがとうございます。皆には私の寝巻きをと思ったんですけど、ちょっとサイズが合わないですもんね」

 

 フランとルーミアは大丈夫でも、妖夢にはちょっと小さいだろう。

 

「えへへ。いつか誰かの家に泊まりにいけるかなぁと思ってて。こんなに早く来るとは思わなかった! 嬉しいな!」

「でも、これは。ちょ、ちょっと派手すぎませんかね」

 

 妖夢が難色を示している。ピンクのパジャマである。可愛らしいけど、妖夢には派手すぎるようだ。可愛くていいと思うが、その引き攣ってる表情には似合わないだろう。あと、剣はどこかに置かないと。

 

「別にいいじゃないですか。それで出掛けるわけじゃないんですし。ごろごろするだけですよ」

「うーん。それもそうかな。ありがとう、フラン。お借りします」

 

 妖夢がフランに感謝している。フランはちょっとどもりながらも、手をぶんぶん振っている。今まで引き篭もりだったので、こういう素直な感謝に慣れていないのである。

 

「い、いいよいいよ。というかそれあげる。なんか一杯あるみたいだし」

「いや、そういう訳には」

「いいんです。どうぞもらってください妖夢さん。今日の記念ということで。ルーミアもどうぞ」

 

 美鈴がどうぞどうぞと勧めている。紅魔館ならパジャマの1枚や2枚問題ないだろう。

 

「あ、そうなの? じゃあ遠慮なくもらうね」

 

 とっくに着替えていたルーミアはすでに菓子を貪り始めている。食いしん坊め!

 

「では、何かありましたら呼んでくださいね。私はあちらにいますので」

「……別にこっちでもいいよ。なんか色々頼んじゃったし」

 

 フランが珍しく気を遣っている。

 

「はは、ありがとうございます。でもせっかくですから、子供同士で仲良くやってください。私は空気が読めるので」

「偉そうに。へなちょこ門番のくせに! やっぱりあっちいけ!」

 

 フランが蹴飛ばすと、美鈴は笑いながら出て行った。相変わらずだが、仲良くやっているらしい。良いコンビである。

 

「さて。とりあえず、乾杯しましょうか!」

「いいねー」

「あの。これ、赤いですけど血は――」

「入ってないよ。そのワインは来客用のだから。多分葡萄だけ!」

「それなら良かった」

 

 妖夢がホッと安心している。フランとルーミアの口が少し歪んでいるのが気になるところ。フランは多分とか言ってたし。

 これ、多分入ってるな。私は妖怪だし良いか。別に死ぬわけじゃないし! でも人肉だけは無理。

 皆のグラスに酒が満たされたのを確認し、私は乾杯の音頭を取った。面倒な挨拶はなしである。

 

「それじゃあ乾杯!」

「はやっ! こういうのって、なんか歓迎の挨拶とかあるんじゃないの?」

「そんなのはないですよ。それより時間がもったいないから乾杯を!」

『乾杯!』

「か、乾杯」

 

 うーん、胸に染みる! 一人酒より、やっぱり皆でわいわい飲む方が楽しい。当たり前の話だけど。

 

「でも。あんまり騒ぐなって幽香さんが言ってたけど……」

 

 妖夢がちょっと脅えている。

 

「へーきへーき。何か文句言いやがったら、私がこの手でぶちのめして、あの女に自分の立場という――ものを。……分からなくちゃいけないのは馬鹿な私でした。あははは」

 

 扉の隙間から殺気を感じたので、私は慌てて誤魔化しておいた。この地獄耳め! 即行で扉を閉め、汗を拭って深く息を吐く。

 

「――弱っ」

 

 ルーミアの短いツッコミを無視する。

 

「いやぁ。私が本気を出せばグーパン一撃なんですけど、今日のところは見逃してあげようかなと」

「ふーん。でもなんで声がそんなに小さいの?」

 

 フランのツッコミ。今日は皆鋭いな。ゴホゴホと咳払いしながら、私は言い訳する。

 

「あー、なんだか喉の調子が悪いので。ごほごほ。夏風邪ですかね」

「弱っ」

「あはは! ね、そういえば知ってる? この前面白いこと天狗から聞いちゃった」

「何をです?」

 

 天狗といえば射命丸文か姫海棠はたてだろうか。ゴシップネタかな。

 

「私たちね、他の皆から四馬鹿って呼ばれてるんだって! 面白いよね!」

 

 フランが満面の笑みでそんなことを言ってのけた。へーと呟くルーミア。ピシッと表情が固まる妖夢。

 

「――は? その四人とは、だ、誰の事なんです?」

「だから、私たちだよ。私でしょ、燐香でしょ、ルーミアでしょ、あと妖夢。ほら、四人じゃん」

「ちょーっと待った!! あ、貴方達はともかく、どうして私まで入ってるの! 三馬鹿の間違いでしょ!?」

「ううん。また四馬鹿が何かやらかしたとか、どこかで大騒ぎしてお仕置きされたとか、天狗がたくさん書いてるんだって。アリスの家でよく遊んだり、集まったりしてるからかなぁ」

 

 妖夢が呆然としている。私も初耳だった。だが、妖夢は心当たりがあるらしく、何かぶつぶつ呟いている。

 

「……そ、そういえば。人里に買い出しに行った時、なんだか生温かい視線を受けるような気がしていたんだ。それに幽々子様も、友達がたくさん増えたのねぇ、とか呑気に笑ってたし!」

「あはは、妖夢、その顔滑稽で面白いなー」

「確かに滑稽ですね! 知ってますか? 妖夢はボケもツッコミもできる二刀流なんですよ」

「へぇー。そうなんだー」

「いつかは三刀流を目指すそうです。凄いですよね」

「妖夢って凄い!」

「さぁ、妖夢! 心置きなくツッコんでください!」

 

 私がふると、妖夢がお約束通りに激昂する。

 

「絶対ツッコまねーし! 大体三刀流って意味分からねーし! ボケとツッコミ以外に何があるんだ!」

「おお」

 

 フランが感嘆の声を上げて拍手を始めた。真っ赤になる妖夢。

 

「だから、私はそういうキャラじゃない!」

「うわあ。確かに、ツッコミ鋭いね」

 

 フランが心から感心していた。私の見る目は確かなのだ。

 

「じゃあ、聞きますけど。妖夢はどういうキャラなんです?」

「それは、その。凛とした真面目な剣士というか。格好良いのがいいなぁ、なんて」

 

 それは理想である。でも現実は非情である。

 

「まぁそれは置いておくとして。フラン、妖夢の得意技知ってます? ハラキリ芸なんですけど、あれは本当に凄いんですよ」

「スルーすんな!」

「凄そうー。見てみたい! 妖夢、やってみて!」

「だから切らねーし! って私が四馬鹿に入ってるのは、絶対にお前のせいだろう! こら!」

 

 妖夢が首を絞めてこようとするので、私は舌を出してルーミアを盾にした。ルーミアが闇を展開したので、それはもう散々な状態に。

 

「……ちょっと。さっきからうるさいわよ、貴方達。もう遅いんだから、さっさと歯を磨いて寝なさい!」

 

 いつの間にか保母さんに転職したアリスに怒られた。プロレス状態だった私達はすぐに正座して、全員で反省のポーズをするのだった。当然ながら全然私は反省していない。全く眠くないし。とりあえずさっき歯は磨いたけど、まだまだ寝るつもりなし!

 

「あはは。怒られた怒られた」

「笑い事じゃないよルーミア。わ、私の凛としたイメージが」

 

 今まで、どこにそんなイメージがあったのだろう。今度探してみたい。

 

「大丈夫だよ。それ以上下がることないから。良かったね」

「……全然フォローになってません」

 

 ルーミアは傷口に塩を塗りこんで笑うタイプなので、フォローを期待してはいけない。意外とSなのだ。

 

「そうだ。ルーミアに妖夢。ちょっとこれを見て欲しいんですけど」

 

 私はフランと美鈴と一緒に作っている幻想郷征服ゲームを取り出して広げる。

 

「あれ。前より、凄く作りこんであるけど。紅魔館と太陽の畑なんか超細かいし。これ、本当に凄い!」

「燐香って、本当に暇なんだね」

 

 ルーミアの納得したような声がする。

 

「ふふん。そんなに褒めても何も出ませんよ」

「褒めてないけど」

「というか、もうこれで完成でよくない?」

「いやいや。白玉楼と、この魔法の森が空白が多くて。妖怪の山もまだまだ作りこみが甘いし。そこで、ちょっと皆の知恵を借りようと思って」

「うん、いいよ。手伝ってあげる。その代わり、後で私のお願いも聞いてね」

 

 ルーミアが邪気のない笑顔を浮かべる。こいつがこういう顔を浮かべるときが一番危険だ。腹黒いから。

 

「……無理のないお願いなら、一応聞きます」

「やった! 絶対に聞いてもらおうっと。嘘ついたら針千本ね」

 

 ルーミアが大喜び。早まったかもしれない。だがもう手遅れ。最悪、なかったことにしてしまおう。うん。

 

「ねぇ。これは、なんです? 白玉楼に切腹エリアとかいうのがあるんですけど! というか、これ私の絵? なんでござの上で覚悟決めてるの!!」

「あれ、白玉楼にないんですか?」

「ない! あるか! あってたまるか!!」

「そうなのかー。じゃあ自分で適当に変えてください。はい、何でも消える消しゴムです」

 

 私が手渡すと、妖夢が私の書いた絵を消して、更に名前を切腹エリアから鍛錬場へと変えてしまった。それでは捻りがなくて面白くない。よって、私が『笑いの鍛錬場』に変えておいてあげた。

 

「ちょっと、何を勝手に! なんなの笑いの鍛錬場って!」

「妖夢。これは地図じゃなくてゲームなんですよ、ゲーム。そこを分かってもらわないと」

「まだまだ甘いね妖夢。そんなんじゃ全霊に進化できないよ!」

 

 私とフランの連携ボケ。妖夢のツッコミが炸裂する!

 

「進化しねーし! というか全霊ってただの幽霊じゃない! ああ、また切腹エリアが復活してる! 一体誰!?」

 

 当然ルーミアの仕業である。

 

「あれ? ルーミア、魔法の森に人間牧場なんてありましたっけ」

「今はないけど。今度作ろうと思って。養殖してみたいなー」

「そうなのかー」

 

 ここは軽くスルー。

 

「あ、じゃあ私も作る。血液絞り場っと」

「なんかやばそうなのが増えてるし!」

 

 そんなこんなで大騒ぎしつつゲームを作成していると。

 

「静かにしろって言ったでしょう! もう1時よ? 子供は今すぐ寝なさい!」

 

 再びアリスが乗り込んできた。1時まで見逃してくれたから、十分に有情といえる。流石アリスは話が分かる。これが幽香なら、口じゃなく手がでている。そして私は死ぬ。でもお約束なので一応ボケておく。

 

「えー」

「えー」

「えー」

「はい、分かりました。あの、すみませんアリスさん。幽香さんにも謝っておいてください。もうすぐに寝かせますので」

 

 妖夢だけ平謝り。なぜか自分だけお姉さんぶっている。

 

「そこは、えーとコンボを繋げるところなのに。分かってないなぁ」

「笑いの修行が足りないんじゃないかなー」

「ね。だから半霊なんだよ」

「なんの修行だ! それに半霊なのはもとからだ!」

 

 妖夢が叫んでいると、アリスの後ろから幽々子が現れた。

 

「あらあら、本当に楽しそうね、妖夢」

「ゆ、幽々子様!? こ、これは違うのです」

「貴方にお友達が増えて、私もとっても嬉しいわ。皆、いつまでも仲良くしてあげてね。貴方たち四人、とってもお似合いだし」

 

 暗に、四馬鹿の仲間入りおめでとうと聞こえるが、きっと気のせいではない。幽々子の視線がなんだか生暖かいし。

 

「幽々子様! 別に友達というわけじゃ――」

「……えー友達じゃないの?」

 

 フランのひどくガッカリした顔。それを見た妖夢は、うっと詰る。根が真面目だから、こういうのに弱いのだろう。

 だが、今のフランは間違いなく演技である。最近腹芸ができるようになってきている。可愛いから余計に性質が悪い。

 

「い、いや。と、友達だけど、その」

「やったー! 妖夢も四馬鹿の仲間入りだって!」

「ぷっ」

 

 堪えきれずに幽々子が吹き出した。

 

「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「ぐ、ぐぬぬ。か、乾杯」

 

 フラン、ルーミア、私の順で乾杯する。妖夢が悩みながらも、グラスを持ち上げた。桃園の誓いみたいで面白い。

 すると、いつのまにか横に幽香がいた。笑顔だったが、スイッチが切り替わるかのように険しい表情に変わる。顔芸みたいだなーと感心していたが、私は直ぐに正気に戻る。

 

「――げえっ! 悪魔!」

「誰が悪魔よ」

「い、いや、これはちょっとしたジョークで」

「やかましい。いいから、寝ろ! このグズ!!」

 

 ネックハンギング! 私はすぐにギブギブと腕を小刻みに叩く。そのままベッドに放り投げられて、ダウン。

 

「貴方達も寝なさい。今日は散々暴れて疲れているでしょう!」

 

 他の皆も、アリスに叱られて大人しく明かりを消す事になった。敷布団に、適当に毛布やらタオルケットを被って寝る雑魚寝スタイル。こういうのに私は憧れていた。いやぁ、本当に幸せだ。

 

「……フラン、寝ちゃいました?」

「寝るわけないよ! なにかやる?」

「ちょっと。また怒られるよ!」

「でも、明かりをつけたら怒られるよねー」

 

 これは一種の修学旅行のようなもの。となれば、後は脱走イベントを実行しなければ。お約束である。抜け出して別の友達の部屋に遊びにいくという。見つかれば先生のところでお説教! スリル抜群だ。

 それを説明すると、フランは目を爛々と輝かせている。ルーミアも興味を示したようだ。妖夢は嫌そう。だがこういうのは連帯責任である。

 

「ただ抜け出すだけじゃ面白くないから、あれを使おうか。うん、その方が楽しいよ!」

「あれ?」

「うん。ロケット花火の残り。実はね、まだ結構あるんだ。明日もできたらと思って、美鈴にこっそり持ってきてもらったの」

 

 フランが提案してくる。目的地は、フランの意見により紅魔館と博麗神社に決まった。

 

「ここだけの話なんだけど。今うち、ロケット作ってるんだ」

「ロケット? 花火じゃなくて?」

「うん、本物らしいよ。お姉さまが月に行きたいとか馬鹿なこと言い出しちゃって。それで、パチュリーと咲夜はそれにかかりっきり。八雲紫もからんでるらしいけど」

「へー」

「それで、私も行きたいって行ったら、お前は駄目だって言われたの。本当にムカついた。だから、こうしてロケット花火を買ってきたんだよね」

「なるほど」

 

 これは儚月抄か。あの異変?は実は良く分からない。月人の強さとかさっぱり分からないけど、本気でやばそうなので私は関わらないつもりである。こっそり忍び込んで、ロケット打ち上げ直後に爆発したら嫌だし。ここは月見団子を食べるくらいにしておこう。うん。

 

「で、悔しいからロケット花火を打ち込みに行くのかー。うん、それいいねー」

 

 ルーミアが小さく拍手している。こいつはこういう嫌がらせをするのが大好きなのだ。主な犠牲者は私である。しかし、私もよく悪戯をしかけているのでお相子なのだ。いわゆる悪友だ。

 

「博麗神社はどういうわけで襲撃対象に?」

「お姉様がよく遊びに行くから、ただの嫌がらせ。全部お姉様のせいにしてやろうと思って」

「うんうん、凄くいいねー」

 

 ルーミアが納得の表情。

 

「わ、私は行きたくないんですけど。というかやめようよ!」

「留守番でもいいけど、多分連帯責任で怒られるよ」

「じゃあ、ここで貴方達を止めます! そうすれば私は巻き込まれません!」

「騒いだら怒られるよ。私達は全部妖夢のせいにするから。かわいそうに」

 

 ルーミアの方が上手だった。

 

「ううっ。ど、どうすれば」

「そんなの簡単だよ。一緒に行ってロケットを打ち込んだら、バレないように帰ってくればいいんだよ。ね、簡単でしょ?」

 

 悪魔の笑み。流石は宵闇の妖怪。死ぬ程胡散臭い!

 

 

 

 

 

 という訳で、今日のメインイベント、大脱走&ロケット襲撃作戦が始まった。パジャマ姿のまま息を潜めて、窓を開けて脱出。光源は月明かりだけだが、私たちには関係ないこと。だが、問題は向日葵トラップだ。これにはちゃんと対処方法を考えてある。

 全員飛び出したところで、正面に上海人形が現れた。

 

「――げ。アリスだ! もう気付かれてる!」

「や、やっぱりやめよう。私は帰ります!」

 

 ここに至って泣き言をいう妖夢。可哀相に。生贄決定である。

 

「――全員、プランB発動!」

「な、なにそれ! 聞いてないよ!」

 

 戸惑う妖夢を置き去りに、私、フラン、ルーミアは先を急ぐ。一歩遅れた妖夢は、上海にまとわりつかれている。ついでに私の彼岸花もまとわりつかせて、その場から動けないようにする。

 

「お、お前ら、まさか私を餌にして!」

「さようなら妖夢! 貴方の犠牲は当分は忘れないよ!」

「ばいばーい!」

「またねー」

 

 だが、太陽の畑はこれぐらいで済むほど甘くはない。私とフランはアイコンタクトをとり、深々と頷く。

 二人でルーミアの両腕を掴む。

 

「ん? なに?」

「あはは。ごめんね、ルーミア。でも仕方ないんだ」

「ルーミアなら分かってくれるよね。だって友達だもの」

「何をする気なのかなー」

「うん。向日葵トラップを抜けるには、どうしても生贄が必要なんだ。本当は妖夢にしようと思ったんだけど、不測の事態により脱落しちゃいましたし――」

「ルーミアって、いつも美味しいところもっていくじゃない? だから、たまには仕返ししようと思って!」

「そうそう、ついでにいつも私が裏切られてる気がするから、そのお返しもあります」

 

 ルーミアには本当に何度も裏切られているので、たまには逆の立場を味わってもらおうという、私のちょっとした心遣いである。

 こちらを既に捕捉している向日葵たち。私はもがくルーミアに妖力を漲らせた彼岸花を張りつける。フランは「えいっ」と言って、下に突き飛ばした。

 

「二人とも、やったね。この借りは、いずれ必ず――」

 

 ルーミアがニヤリと笑いながら落ちて行った。後がなんだか怖い。というわけでさっさと忘れてしまおう。

 向日葵たちはそこに向かって妖力弾をぶっ放している。ルーミアは小刻みに動きまわって必死に回避している。流石はルーミア。あのまま時間を稼いでもらおう!

 

 四馬鹿のうち二人の友を失った私達だが、無事紅魔館に辿りついた。門番は風見邸で泥酔中なので、侵入は容易である。メイド妖精門番隊はぐっすり居眠りしてるし。

 そのままレミリアの部屋に静かに侵入し、ロケット花火の半分を一気に着火。レミリアの寝室にばら撒いた。ついでにフランは魔力弾をぶっ放している。こっちの方が恐ろしい。

 

「死んじゃえ!!」

「ヒャッハー!!」

 

 機関銃のように弾ける大量の花火と魔力弾。レミリアは飛び上がってベッドの天蓋に頭をぶつけた後、悲鳴をあげている。

 

「うぎゃー!! ヴァ、ヴァンパイアハンターの襲撃かッ!! うー、頭が痛いっ! さ、咲夜はどこ! パチェは何をしている! 早く迎撃しろ!! 主が討ち取られるぞ!!」

「あははは!! なにそれ、超面白い!! 超馬鹿みたい!! もっと死んじゃえ!」

「お、おのれっ! 誰だか知らんが調子に乗るな! って、聞き覚えのある声だなおいッ!?」

「さぁて誰でしょう!! あははは、甘い甘い甘い!! ぶッ潰れろ!!」

 

 フランがベッド目掛けて強力な魔力をぶっ放すと、レミリアが結界を展開。しかし威力が抑えきれなかったようで吹っ飛んで行った。

 

「うぎゃー!! せ、生活バランスが逆転していなければ!! 覚えていろフランドール!!」

「違うよ、私はフランドール・スカーレットじゃないよ! 通りすがりの博麗の巫女だよ!」

「お、お嬢様、何事です!?」

「うー。げ、下克上よ」

 

 ばたんきゅーと倒れているレミリア。咲夜が慌てて助け起こす。

 

「霊夢、逃げましょう! 悪は倒れたわ!」

「うん! そうだね紫! 博麗の力見せ付けてやったよね!」

「れ、霊夢!! いや、声が全然違う! まさか、い、妹様!?」

「ちがうよ。全部博麗の巫女の仕業だよ!」

 

 霊夢と紫の仕業ということにした私たち。巻き上がる大量の煙でこちらの姿は見えないだろう。最後は煙玉をばら撒こうというのはフランの案である。中々効果があがっている。

 実際にはバレバレだろうが、証拠がなければ問題なし! 裁判でも勝てるし!

 

 非常事態サイレンがけたたましく鳴り響く紅魔館を、全力で脱走した私たち。フランが心から嬉しそうなのはなによりだが、なんとなく私は当分出禁になりそうな予感が。今度ちゃんと謝る事にしよう。

 

「すごい上手く行ったね!! やった!」

「いやぁ、流石はフランです! ブラボーです!」

 

 軽快にハイタッチする私たち。だがまだ終わってない。まだギャフンといわせたい奴が残っている。いつかの異変でボコボコにされた借りは忘れていない。フランも同じ思いらしい。

 

「よーし、後は霊夢だね。仕上げが巫女なんてなんだかロマンティック!」

「そ、そうですかね。うーん、意外とそうなのかも」

 

 意味は分からなかったが、そういうことらしい。確かにロマンはある。

 

「じゃあ、総仕上げだよ! これで明日の新聞の一面は私たちだね! Vサインしちゃおうかな」

「そ、それは後で困るような」

 

 ちょっと動揺しながらも、私たちは博麗神社に到着。流石にこの時間は寝静まっている。中には霊夢と伊吹萃香がいるのかな。

 霊夢が寝ているであろう部屋に目掛けて、ロケット花火を大量に設置していく。着火は魔法と妖術で行うから、一気にぶっ飛んでいく。紅魔館とは違い、花火だけで穏便に済ませてあげようとフランが言っていた。実に優しい判断である。襖とかはボロボロになるかもしれないけど、それはあれだ。全部天狗の仕業にしてしまおう。

 

「じゃあこれで今日の作戦は成功だね」

「やりましたね、フラン。私たちにできないことはありません。あの博麗霊夢をギャフンといわせた挙句、涙目にできるのですから。そう、幻想郷中に私たちの名は轟く事でしょう!」

「やったあ! よーし、フランドール・スカーレットと、風見燐香の勝利を祝して、盛大にぶっ放そう! 月に行けないなんて、もうどうでもいいや!」

「帰ったら祝杯ですね! あはははは!」

 

 私とフランは笑顔で頷くと、ロケット花火の導火線に視線を向ける。二人で手を翳した次の瞬間――。

 

「動くな。動くと潰す」

「……え?」

「な、何奴だ!」

 

 時代劇風のセリフと共に、私が視線を向けると。

 

「それはこっちのセリフよ。へぇ。こんな夜中に、中々面白い真似しているじゃない。なに、もしかして宣戦布告のつもり?」

 

 鬼の形相をした博麗霊夢がいた。強引に起こされたせいか、機嫌は最悪のようだ。ついでに、中から萃香も出てきた。こっちは酔っ払って千鳥足。

 

「うぃー。なんだなんだ。夜討ちかぁ? うんうん、元気でいいなぁ! おげー」

「ちょっと、汚いわね!」

「お前がいきなり起こすからだろ。ういー。酒酒っと」

 

 盛大に吐いた後、迎え酒。あれは放っておこう。

 

「あーあ。バレちゃたよ。どうしようか」

「困りましたね」

「とにかく今すぐ片付けなさい。そうしたら半殺しで済ませてやる」

「だってさ、燐香。この巫女、面白いこと言ってるよ」

「くくっ、もはやこれまで。毒を喰らわば皿までです! フランドール・スカーレットと風見燐香に逃走はない!」

 

 印象度をあげるために敢えてフランの名を先に出す。後半の風見燐香はちょっとだけトーンダウンしておいた。後の仕返しが怖いからである。そう、私は姑息なのだ。

 

「よーし! 派手にやっちゃおう!」

 

 明日へ向かって全部に着火! 霊夢は『この野郎!』と口汚く叫んだ後、御札を地面に叩きつけ、衝撃で花火の向きを強引に上へと変える。私は煙幕彼岸花を発動、フランは四人に分身してそれぞれ離脱する。

 ロケット花火が博麗神社上空に鳴り響く。最後の仕上げはいまいちだったが、まぁ今日はこの程度だろう。よし、とっとと帰ろう!

 

「なにやりきった顔してんのよ。私の家に悪戯しておいて逃げようなんて、百万年早いわ!」

「うげっ」

 

 すでに攻撃態勢が整っている。というか、もう霊夢のスペルが発動しているし。

 

「――夢想封印!!」

 

 私は即行で撃墜された。フランはそこそこ粘ったようだが、同じく撃墜された。そこまで見とどけたあと、私はサクッと意識を失った。

 

 次に目覚めたら、もう朝になっていた。しかも自分の家のベッド。見渡すと、私の部屋には死屍累々の山だった。フラン、ルーミア、妖夢がぐったりして寝込んでいる。私もまだまだ体力が回復していなかったので、その輪に入ってくたばることにした。一人でベッドより、皆で雑魚寝の方が楽しいし。

 

 ――次の日の新聞の見出しは、『いつもの四馬鹿、紅魔館と博麗神社を連続襲撃!! 怒れる巫女博麗霊夢、これを見事に撃退す!』だったらしい。有名になることには成功したし、まぁ楽しかったのでよしとしよう。

 

 

 

 

 ロケット襲撃作戦から一ヵ月後。レミリア・スカーレットの月への侵略計画は無事実行されたらしい。

 が、フランの話によると、見事に返り討ちにあって帰還したとかなんとか。詳しくは教えてくれなかったようだが、ボコボコにされたのは間違いないとか。ざまぁとフランが喜んでいた。

 レミリアはもともと勝つつもりはなかったと、平然としていたようだが、フランが『やーい負け犬』と馬鹿にするとプンプン怒り出したとかなんとか。実際、月人たちってどのくらい強いのか。レミリアが軽く捻られたなら、超強いのだろうけど。

 何故かお土産でもらった月のお酒は、とても澄み切った味、そして凄いすっきりした後口だった。確かに美味しいけど、私には地上の酒の方があっているようだ。月の酒は綺麗過ぎる。

 

 で、レミリアが不在の間は、フランが紅魔館当主代行を務めていたのだった。私は紅魔館参謀の地位を得て、魔王軍ごっこを心ゆくまで楽しんだのである。

 ちなみにルーミアは紅魔館影団団長。妖夢には紅魔不死騎団団長のポストが用意された。予想どおりにルーミアが即行で謀反を起こしたので、フランと一緒に粛清してやった。顔を紅の絵の具で塗りたくってだ。そのうち倍返しされそうで怖い。なんか、してやられた回数をカウントしてたし。

 一番面白かったのは、白玉楼制圧戦(遠足)だ。妖夢がいきなり幽々子側に裏切った後にお仕置きされたりと色々あって、最後は幽々子にたくさんご馳走になったりと意味不明だが実に面白かった。

 

「というか、裏切り者ばっかりでしたね」

「まぁ、妖怪だからねー」

「でも、面白かったよ!」

「幽々子様の味方をしたのに……」

「大抵の場合、裏切りの裏切りは許されないのです」

「だって裏切ってないし! 私は勝手に仲間にいれられて!」

「四馬鹿なんですから諦めて下さい。私たちの絆はうどんぐらいには固いし美味しいです」

「柔らかすぎだろうが! そもそも味はいらねーし!」

「でも、一番ズルいのは燐香だったよね。最初は偉そうなのに最後まで逃げ回ってたし」

「ふふ、そんなに褒めても何も出ませんよ」

「全然褒めてないよ!」

 

 そんなこんなで私たちの楽しい時間は過ぎて行った。楽しい時間というのは早く過ぎてしまうもので。それを思い返すと少し寂しい気持ちになったりもする。

 季節はもうすぐ秋。皆でわいわいやっているうちに冬がきて、雪合戦やかまくらを作っていると暖かい春が来る。

 その繰り返しで、私たちはもっともっと仲良くなっていくんじゃないかなぁと思うのだ。毎年毎年、楽しい思い出を作っていき、後で皆で笑いあいたい。あんなこともあったなーなんて。また、この四人と、アリスや幽々子や美鈴。ついでに幽香に怒られたりしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうなるといいね。

 

 




儚月抄終了!

次は……。


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第七十話 ネクロファンタジア

 ――ロケット打ち上げを成功した偉大なる吸血鬼レミリア・スカーレットを皆で讃える会――月への侵略を失敗したレミリア・スカーレットを慰める会が紅魔館で盛大に開かれた翌日。

 

「ふぁーあ。眠い」

 

 私はむくりと起き上がる。そろそろ朝食の時間のはずだ。寝ぼけ頭で着替えてから歯を磨いて顔を洗い、リビングに向かう。

 

「んん?」

 

 何か違和感がある。そういえば、いつもなら朝食を準備しているはずの幽香の姿がない。ということは、このままボーっと待っててもテーブルにも料理が並ぶことはない。お腹は空いた。さて、どうしたものだろう。

 自分で用意するのはやぶさかではないが、勝手に台所に入ると悪魔に怒られるのである。よって、一言許可をもらわねばなるまい。

 

「お邪魔しまーす」

 

 幽香の部屋のドアをノックしてから、入る。幽香はベッドで寝ていた。昨日はやけに飲みまくっていたから、その代償を今払っているのだろう。無様であるが、私も人のことはいえない。

 最近の幽香は酒の量が増えている。なんというか、浴びるように飲むという言葉が相応しいというか。失恋でもしたのかとボケをかましたいところだったが、それはグッと堪えておいた。本気パンチ一発と引き換えでは割に合わない。芸人道をひたはしる私でも、自重はできるのである。

 

「あのー。朝食私が作ってもいいですか?」

「…………」

「おーい」

 

 ゆさゆさと幽香の身体を揺さぶるが、返事はない。呼吸はしているので生きているのは間違いない。酒に溺れてアルコール中毒で死亡とかしてたら面白いが、そんなことは万が一にもありえないだろう。だって妖怪だし。

 

「おーい。私の声が聞こえてますかー」

 

 寝ている幽香の頬をつんつんしてみる。起きない。抓ってみる。起きない。髪をぐしゃぐしゃとしてみる。起きない。よし、デコピンだと思ったところで我に返る。なんとなくカウンターを喰らう光景が見えたから。

 良く分からないが、この分なら当分は起きないだろう。よって、勝手に朝食を頂く事に決定だ。適当にパンやら肉でも貪ることにしよう。ついでに朝からお酒もいいね!

 そう決めて振り返った瞬間、後ろからぐいっと腕を回されて拘束される。そしてそのままベッドに引きずり込まれてしまった。

 

「ぐえっ」

「…………」

「ぐ、ぐるじい」

 

 両腕で私の体を完全ロック。このまま絞め殺されるかと思ったが、それ以上のことは起きなかった。なんのつもりかと思って幽香の顔を見るが、目は閉じられたまま。おそらく、寝ぼけているのだろう。

 抜け出る為に腕をどけようとするが、篭められている力が凄まじい。離してくれそうにない。

 

「ちょっと。離してください。離せって」

「…………」

 

 返答はない。私の頭に右手が置かれる。そして子供をあやすかのように、優しく撫でてくる。一体何と間違えているのだろうか。ぬいぐるみか何かか。そんなものこの部屋にはないけど。もしかするとこのまま絞め殺される可能性がある。真剣勝負ならともかく、寝ぼけている相手にぶち殺されたとかはあんまりにあんまりだ。ということで必死に反抗する。

 

「いい加減起きろ! この酔っ払い!」

 

 怒鳴りつけるも駄目。これはもう駄目かもしれない。下手に乱暴に起こして、寝起きの一撃を食らうのはご免だ。人は流れに乗れば良いと偉い人も言ってた。私もそれにならい、目を閉じて二度寝をすることに決めた。

 

「……そういえば」

 

 今思うと、こうして一緒に寝るなんて初めてのことかもしれない。長年一緒に暮らしている親子でそれはどうなんだと思うが、私たちはそういう間柄ではない。ただ一緒の家にいるだけのこと。だからこれは、最初で最後になるであろう出来事だ。

 なんだか良く分からない感情を抱きつつ、私の意識は少しずつ沈んでいった。

 

 ――結局、一時間後に私の拘束は自然と解かれた。幽香は相変わらず眠っていたが、力が緩んだのだ。その隙に私はするりとその腕から脱出する。そして、改めて幽香の顔を見下ろす。

 完全に無防備で、今なら確実に殺せるという気がした。唾を飲み込む。

 熟睡して、完全に無防備な幽香。その首に手をかける。いつもは暴虐な女の首とは思えない程に華奢だ。妖力を篭めて、全力で力を篭めれば多分殺せる。

 

「…………」

 

 私は止めておいた。なんとなく、今日はそういう気分になれなかったから。後で後悔するのは分かっていてもだ。

 幽香の目から、雫が零れている。私の目からも、何かが流れ落ちる。世界が滲んで見える。嗚咽が漏れそうになる。別に悲しくないのにだ。実におかしなことである。

 私はまた幽香と一緒のベッドで眠ることにした。自動目覚まし装置のようなものだ。幽香が目を覚ませば、私は蹴飛ばされて起きることができるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に翌朝。いつの間にか私は自分の部屋で寝ていた。妖怪なので、一日飲まず食わずでも死ぬことはない。寝ようと思えばいくらでも寝れるし。もちろんお腹はすくけど。

 

「全く。寝ているだけで一日無駄にするなんて。あー、今日は昨日の分まで取り返さないと」

 

 私は愚痴を吐きながら布団を剥がす。昨日は本当になにもしなかった。やるべきことはそんなにないけど。まずは花に水と栄養をあげなくては駄目だ。

 と、私の部屋の窓に、紫のバラの人から贈り物が届いていた。写真立てと、山の果物がたくさん。写真立てには、私と幽香が一緒のベッドで寝ている写真が入っていた。これだけ見ると、まるで本当に仲の良い親子のようだった。

 どうしてこんなものを送ってくれたのかはわからないし、どうやって撮ったのかも分からない。幽香に見せてどんな反応をするか見てみたいが、破られそうなので止めておこう。

 

 とりあえず、写真立ては部屋に飾っておくことにした。今度フランたちが来たら笑い話に出来そうだし。

 別に幽香に対して特別な感情がある訳じゃない。だけど、あの出来事が夢幻じゃなかったという証になる。私がこの世界に存在していたという証にもなる。確かに、私はここにいたのだ。

 

 部屋を出ると、今日は朝食がしっかりと用意されていた。でも幽香の姿はない。また寝てしまったのかもしれない。あれだけ寝てたくせに、まだ本調子ではないのだろうか。それとも何かやっているのかな。良く分からないけど。

 とにかく、今日は捕まりたくないので、様子は見に行かない。二日連続で水遣りさぼりはまずいだろうし。大事な花たちがかわいそうである。

 

「んー?」

 

 それにしても、なんだか妙に妖力が滾ってきている気がする。好調というか、なんだか変な感じ。イメージ的には酒瓶からどんどんどんどんお酒が溢れて、地面を浸していくような。それでもそれでもお酒は中から溢れてくる。一体どれだけ入っているのだろう。お酒の色はとっても真っ赤。フランなら喜んでくれそうだ。

 

 結局この日も、幽香は部屋からほとんど出てこなかった。無言のまま昼食と夕食は作ってくれたけど。別に顔色は悪くなかったので、病気ではなさそうだった。だが、機嫌はよろしくなさそうなのは間違いない。私が声を掛けても一瞥された後、無視をされたから。挨拶ぐらいしろよと思ったが、八つ当たりされそうなので止めた。

 花畑の向日葵たちは相変わらず元気。私の彼岸花は、死ぬ程元気に咲き誇っていた。だって、今が季節の花だから。

 

 

 

 ――そしてまた朝が来る。スケジュールだと、今日はアリスの家へ勉強にいくはずなのだが。幽香は全く連れて行ってくれる様子を見せない。私がいかないのかと尋ねると。

 

「……もう、必要ないわ。お前はここにいなさい」

「は?」

「当分の間、お前はここで大人しくしていなさい。私がやるから畑仕事もしなくていい。外に出ず、絶対に家にいろ。これは、命令よ」

 

 幽香が今までで一番といえるくらいの険しい表情で、私に命令してきた。意味が分からない。

 

「そんなの、絶対に嫌なんですけど。退屈と絶望で死んじゃいます。アリスにも迷惑ですから、行きましょう」

「暫くの間だけよ。後でアリスも来るから、問題ないわ」

「いや、だから――」

「うるさいッ!! いいから私の言う事を聞きなさい!!」

 

 激昂した幽香の一喝。ここまで感情を露わにするのは非常に珍しい。いつもはもっと偉そうで余裕綽々だから。怒ったときでさえも。

 怒鳴られた私はどうすることもできない。嫌だと攻撃を仕掛けても、今はまだ勝てないし。なぜなら私は弱いからだ。だから、大人しく引き下がる。それに幽香は当分の間と言った。これが永遠にと言われたら、死ぬと分かっていても挑むつもりだった。

 なに、退屈には慣れている。好きじゃないけど。幻想郷制圧ゲームを仕上げてしまおうかな。後は色をつけるだけ。

 

 そんな感じで時間を潰していたら、お昼過ぎにアリスがやってきた。

 

「悪かったわね。この状況だから、連絡もできなかった」

「いいの。気にしないで。それより――」

 

 やってきたアリスを、幽香が出迎える。

 

「……始まったわ。最初は大丈夫かと思った。けれど、もう兆候が出始めてる。外の状況は知っているでしょう?」

「……そうね。変質したのをこの目で見たから。集落が特に酷い」

「早速死神がうろつきだした。見かけ次第追い払ってるけど、キリがない。まだ本腰を入れてないみたいだし」

「私は術式が完成次第、計画を実行するつもりよ。たとえ貴方が反対してもね。もう議論している時間は無いでしょう」

「……ええ、そうね」

「今日は止めないの? パチュリーの言っていた通り、危険もある。実験なんてできないもの」

「貴方を止めるべきなのか、私には判断できない。一体どうしたら良いのか分からない。あの子が再生したあの日から、私はずっと考えてきた。必ず来るこの時にどうすれば良いのかを。徒労に終わったけれど」

「……私に任せて。きっと上手くやってみせる」

「…………」

 

 話していることが私にはさっぱりである。

 

「あの。それは何の話なんですか?」

「いえ、こちらのことよ。貴方の方は変わりはない?」

「ええ。絶好調すぎるくらいですね」

 

 私がピースサインすると、アリスが軽く微笑む。そして頭を撫でてくれた。

 

「そういえば、花梨人形のメンテナンスはまだかかりそうですか?」

「もう少し時間が必要ね。耐久性も向上させたいから、少し手間取ってるの。慎重に作業しないとね」

「なるほど」

「だから、貴方は何も心配しないでいいの。そうそう、暇つぶしができるように、一人でできるクロスワードパズルを買ってきたわ。頭の体操に良いわよ」

 

 アリスが私に本を手渡してくれた。一般常識クロスワードパズル。『遊びながら一般常識を学んで立派な常識人になろう』と書かれている。ペラペラとまくる。タテのカギ:朝の挨拶は? 答えは『おはようございます』。

 色々言いたいことはあるが、我慢しておこう。どんなものでもアリスからの贈り物なら大歓迎である。宝物が増えてしまった。私がそれを嬉しそうに受け取ると、アリスが話しかけてくる。

 

「それじゃあ、幽香ともう少しだけ話があるから、また後でね? 良ければ人形たちの相手をしてあげて」

「分かりました」

 

 アリスと幽香が部屋に入っていくと、鍵が閉まる音が聞こえる。

 もしかして私の教育方針についての話し合いだろうか。いわゆる、家庭訪問的なあれ。ちょっと気になったので聞き耳を立てようとすると、すぐに上海と蓬莱に阻止されてしまった。

 

「えー。気になるんだけど」

 

 私に×サインをつくる人形達。残念ながら諦めるしかないだろう。二体の人形に両脇を抱えられ、まるでリトルグレイのように自室まで連行されていく私。中々面白い光景になっているに違いない。仕方ないので大人しくアリスのクロスワードパズルを解いていることにした。途中寝そうになったが、その度に上海に起こされた。これではお土産ではなくて宿題の間違いである。

 

 それにしても、一体何を話していたのだろう。断片的な単語は、『時間切れ』、『異変』、『花』、『ヨリシロ』とかだっただろうか。うん、IQ180ぐらいないと解けそうもない謎である。

 結局、二人の話は夕方まで続いた。私の部屋にやってきたアリスは極めて真剣な雰囲気だった。

 

「アリス?」

「……心配しないでいいわ。私が、必ずなんとかするから」

「えっと?」

「ただ、もう少しだけ時間を頂戴。準備を万端にしたいの。だから、それまでは」

 

 アリスは私を抱き寄せると、頭を撫で回してくる。私にはなんのことだかさっぱり分からない。ふと部屋の鏡を見る。アリスに抱きしめられている私はどんな顔をしているのか気になったから。

 どうやら私は笑っているようだった。そして、自慢の赤い髪の毛が、なんだか黒く変色してしまっていた。栄養分がたりていないせいだろう。そのうち直るに違いない。

 と思ったら、また赤くなっていた。目が悪くなってきたのだろうか。

 

 

 

 

 今日の風見家は、またもや千客万来である。こっそりルーミアとフランがやってきたり、射命丸文が風のように現れて去っていったり、魔理沙、霊夢、妖夢がやってきたり。なぜか霊夢や魔理沙たちは家の中までは入ってこなかったが。外からこちらを眺めるだけ。私は動物園の獣になった気分である。手を振ると、皆、笑顔で振りかえしてくれた。霊夢は作り笑顔が下手くそだったのが印象的だ。

 

 ルーミアとフランは中に入ってきて、お菓子をプレゼントしてくれたが、直ぐに帰って行ってしまった。何か大事な用事があるんだとかなんとか。

 ああ、早く外に出て一緒に遊びたいなぁ。どうして私はこの家から出てはいけないのだろう。実に理不尽だが、私は存在そのものが理不尽の塊だった。だから仕方ない。

 アリスからもらった一般常識クロスワードパズルを開く。マスが死ぬ程多くて、埋めるのは一苦労である。

 少し飽きてきた私は赤ペンをもち、余白に丁寧に彼岸花を描き始める。そしてぬりぬりぬりぬりと色をつけていく。あはは。白と黒で味気なかったページに彩が増えた。この調子でもっと花を増やしていこう。どんどんどんどんどんどんどん、世界を綺麗な花で埋め尽くそう。そう、私の彼岸花で。そうすれば、もう大丈夫だ。私がどうなろうとも、いつまでも皆と一緒に遊ぶ事ができるだろう。この幻想郷が存在する限り、未来永劫だ。

 

「はぁい。元気にしてる?」

 

 空間に裂け目が出来たかと思うと、八雲紫がいきなり顔を出してきた。ハッキリ言って心臓に悪い。だがこの程度で悲鳴をあげていたら幻想郷で生きていくことは難しい。

 

「びっくりしました。今度は紫さんですか」

「そうよぉ。神出鬼没の紫ちゃん。遊びに来ちゃったわ」

 

 紫がクロスワードパズルに視線を向けてきたので、愛想笑いをしながら閉じる。

 

「これはアリスがくれたもので。あはは、一般常識を勉強できるんですよ」

「へぇ。面白いものをもらったのね。しかも、真っ赤に塗られてとても綺麗だったわね」

「あはは」

「……ところで、幽香はお部屋かしら」

「多分、中にいると思います。でかけた様子はないので」

「一緒に暮らしているのに、不思議な答えなのね」

「あはは。暮らしているというか、ずっと同じ家にいるだけでしたから」

 

 私の答えに、紫が薄く笑った。何を考えているのかは全く読めない。

 

「ところで、外の様子は知っているかしら」

「えっと、なんというか、皆が私を危険物扱いしていることですか?」

「あら、そんな風に感じていたの?」

「なんとなくですけど。私に外を出歩かれちゃ不味いんでしょう? そんな気がしました」

「…………」

 

 紫が無言で微笑む。ドッキリパーティでも仕掛けられているのなら楽しみにできるのだが。最近は妙なことばかりである。だが、アリスがなんとかしてくれると言ってくれたから、私はそれを待つだけだ。

 もしかしたら質の良い染色剤でも作ってくれるのかも。たまに髪が黒くなるのをアリスも目撃しているとしたらありえる話だ。私の髪が黒いと妙な評判がたつかもしれない。邪気やら厄が溜まっているとか。

 

 なぜかいきなり会話が途切れてしまった。私は話題を元に戻すことにする。紫の視線をずっと受けているのは、何だか緊張するし。早く終わらせたい。

 

「それで。一体何があったんですか? 気になっちゃって」

「そうねぇ。貴方は、何があったと思う?」

 

 八雲紫が問いかけなおしてくる。昨日はずっと家に篭っていたので、外の様子はさっぱりだ。いや、出かけるとしてもアリスの家や紅魔館ぐらいなので詳しく知る機会もないのだが。

 

「さっぱり分かりません。ずっと家に篭りっきりなので」

「ええ、そうよね。分かるわけがないわよね」

 

 なんだかはっきりしない紫。これが彼女の会話術だから仕方ない。わざと曖昧に言ったりして、煙に巻くのだ。

 

「何かあったんですか?」

「……もう秋だというのに、桜が咲き始めてたのよ。一度、見事に散ったはずなのにねぇ。まぁ見応えはあったけど、風情はなかったわね」

 

 紫が、扇子を手で弄ぶ。

 

「……そうなんですか」

「そうなのよ。しかもそれだけじゃなく、四季の花々も気侭に咲き乱れていたの。本当に不思議でしょう。だからね、専門家の話を窺おうと思ってやってきたの。後は『本当は幽香の仕業じゃないの?』とか適当にからかおうかと思って」

 

 楽しそうに紫が笑った。紫と幽香は腐れ縁っぽいし。

 

「よく分かりました」

 

 とても納得がいった。幻想郷の賢者としては、たかが花とはいえ気になることには違いない。多分、花映塚だから問題ないと思うけど。勝手に始まり、勝手に終わる。これはそういうものなのだ。誰にも止められない。

 一方の紫は、ノックをして返事を待たずに幽香の部屋に入ろうとした。が、開かない。

 

「鍵がしまってるようねぇ。それじゃあ、スキマから失礼しちゃいましょう。怒られちゃいそうだけど」

「…………」

 

 そう言い残すと、スキマが開かれ紫の姿が消えた。

 

「……四季の花々。確かに“順番”は合っているけど、ちょっと季節がおかしいような。あの異変は、春の話じゃなかったっけ?」

 

 異変の順番的には、今度は花映塚で正しいはずだ。だが、今は9月。どうして時期が早まっているのだろうか。年がずれて遅くなっているのか。さっぱり分からない。正確な異変年表なんて知らないし。

 私はとても喉が乾いたので、水を飲もうと立ち上がる。

 

「はい、冷たいお水よ」

「――ッ」

 

 立ち上がり、台所に向かおうとしたところ、紫が目の前にいた。紫は優しく笑っている。だが、目が笑っていない。

 

「あらあら、どうしたのかしら。喉が渇いたのじゃなくて?」

「あ、ありがとうございます」

 

 何故か分からないが、緊張してしまう。いつものお茶らけている紫ではない。なんというか、こちらに対して威圧しているような。そんな感じを受ける。いや、私の行動の全てを監視しているに違いない。

 

「一つ、言い忘れていたことがあってね」

「…………」

「四季折々の花が咲いていると言ったけど、それは別に些細なことなの。多少の波紋は生むでしょうけど、大した出来事ではなかった」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、今年は六十年目の回帰の時。花が咲き乱れたって驚きはしないわ。だからね、桜や向日葵が咲こうが枯れようが、私は一向に構わなかったの。幻想郷に害をもたらさない限りはね」

「…………」

「一番の問題はねぇ」

 

 私は紫の目を凝視したまま、次の言葉を待つ。

 

「――それらの花に取って変わり、今度は真っ赤な彼岸花が咲き狂い始めたの。この世界を埋め尽くすかのように、今も範囲を広げ続けている。一体どこまで広がるのか、とても興味深いわ」

「……彼岸花、ですか。でも、この時期に咲くのは至って普通ですけど」

「それはそうよねぇ。ただねぇ、数がおかしいのよ。一目見て異常といえるくらいに。まるで、赤い絨毯。しかも、人間のいる場所ほど、花の密度がより顕著なの。……本当に、不思議よねぇ」

「…………」

「更に悪い事に、霊がそれらに乗り移り始めている。まるで、ここが我らの世界と言わんばかりにねぇ。ここは死者の楽園ではないというのに」

 

 紫が手渡してきたグラスを受け取り、一気に水を飲み干す。紫の胡散臭い笑みはなくなっていた。その目はまるで虫を見るかのように無機質だった。本当なら恐ろしいのだろうけど、なんだか全然怖くなくなっていた。

 

「幻想郷は、全てを受け入れる楽園なんでしたっけ。なら良かったですね、紫さん。楽園にまた一歩近づいて」

 

 だから、代わりに私が笑ってあげることにした。

 

 暫く無言のまま見つめあっていると、紫が溜息を吐き、先に視線を逸らした。もう話すことはないと言った感じで。そして、幽香のドアに再びスキマを開いて中へと入って行った。

 

「ああ、そうか。つまりは、そういうことなのか。なら、もう仕方がないかなぁ」

 

 私は椅子にもたれかかり、自分の髪を一本抜く。なんだかちょっと黒みを帯びているように見えた。まだ気のせいだけど。その力を使って彼岸花に変化させる。赤い彼岸花。

 一つ分かってしまったことがある。見たくなかったこと。私が本当は知りたくなかったこと。そして、もしかしたら心の奥底で望んでいたこと。きっと、これが私の――私たちの、終わりの始まりなんだ。

 

「時間切れか、それとも――。何か、やり残したことはあったかな」

 

 赤い彼岸花をぼんやりと眺めていると、やがて黒に変わり、靄を生じて塵になる。窓から冷たい風が入り込むと、それらは綺麗さっぱり、塵一つ残さず消えて行った。

 

 



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第七十一話 執行猶予

「……あれ」

 

 また綺麗に意識が飛んでいた。八雲紫が幽香の部屋に入ってから一体どれくらい経ったのだろう。もう時間の感覚が分からない。ぼんやりと時計を見れば、時刻は11時。まもなくお昼だ。

 私はふらふらと立ち上がり、幽香の部屋を開ける。部屋の中は酷い有様だった。なんだか嵐の後のよう。壁に大きな穴は開いてるし、窓ガラスはバラバラに割れてるし、花瓶やら机やらが見るも無残に粉砕されている。部屋の中で猪か熊でも暴れたのだろうか。よく分からない。隙間風がビュービュー吹き込んでいる。

 

 被害が特に顕著なのはベッドだろうか。ベッドは中央部から真っ二つ。ここに誰かが寝ていれば、上半身と下半身は見事なまでに分かたれたことだろう。でも、血痕はあるけど、臓物や肉片はない。ということはまだどこかで生きているのだろう。

 私は箒とちりとりを玄関から持ってきて、綺麗に掃除を行なうことにした。窓ガラスとベッドを新調したいところだが、そんな時間はない。汚れてしまったシーツを外し、丸めて洗濯籠に突っ込んでおく。

 

「お母様は行方不明と。なら、今日は外でお昼を食べようかな。いい天気だし」

 

 なんとなくそう思った。やることを終えた私は、幽香の部屋を後にしようとする。

 と、なんだか肌がゴワゴワして気持ちが悪いことに気がついた。半壊状態の鏡を見れば、血塗れの自分の姿が目に入る。

 ほぼ半裸状態だった。私は怪我を負っていないので、何かの返り血なのかもしれない。どうでもいいことである。意識がないうちに、適当な動物や妖怪でもぶち殺したのかもしれないし。

 そんなことよりも、少し気になる事がある。

 

「あれれ。……私、大きくなってる」

 

 今気がついたが、私はなぜか成長していた。良く分からないけど、幽香の娘から双子の妹ぐらいまでは成長した感じに。髪の色は赤黒く変色している。私は色鮮やかな赤が好きだったのだが、ちょっと残念だ。まぁ、もうどうでもいいことだけども。妖怪の成長が人間と同じとは限らない。植物の開花みたいに、こうやって一気に変化するのかもしれないし。

 

 私は風呂場に向かい、血痕を綺麗に洗い流した後、幽香の服を拝借することにした。サイズはちょっとゆったりめだけど、文句は言えない。それに、なんだか風見幽香になった感じがして気分が良い。この姿なら、どんな理不尽にも立ち向かえる気がするではないか。

 ――実際には、そんなことはありえないのだけれど。

 

「持っていくのは、パンだけでいいかな」

 

 私はパンを手に取り、出かけようと玄関から一歩足を踏み出す。なんだか後ろ髪を引かれる気分になる。何かやり残している気がする。

 もう一度自室に戻り、やり残したことについて考える。そうだ。手紙を書かなくては。お誘いには招待状が必要不可欠。ついでに、お母様あてに書置きも必要だろう。分かりやすく一言だけで良い。シンプルイズベスト。

 丁寧に最後の言葉を書き終えた後、ぺらぺらの紙を幽香の部屋にもっていき、壊れたベッドの上にわざとらしくおいておく。重石代わりに、紫のバラの人からもらった携帯カイロを置いておく。とても役に立ったし、大事な宝物だけど、もう私には必要がない。

 

 

 つたえるべきはただ一つ。『さようなら』。

 

 

 

 

「それにしても、紅いなぁ。紅霧異変も、こんな感じだったのかも」

 

 まだ昼過ぎだというのに、世界は赤みを帯びている。山は色彩豊かな秋色。平野部は、それとは異なる艶かしい真紅の色。なるほど、確かに彼岸花がたくさん咲いている。所々濃い赤があるのは、人間の集落だろうか。無意識のこととはいえ、中々愉快なものである。見覚えのある蕾が気侭に飛び回り、何か妖力みたいなものをばら撒いている。塗り絵みたいで見ていて退屈しない。

 

「――ッ」

 

 ドクンと一度だけ、鼓動が強く脈打った。どこかで力が暴発したようだ。私たちのうちの誰かが、勝手に復讐を成し遂げたらしい。身体から黒い靄が消失していく。本当に勝手で気侭な連中だ。でも、その負の力があるから私は存在できているわけで。表裏一体、お互いに切っても切り離せぬ関係だ。ならばこちらの都合も少しは考えて欲しいというものだ。

 

「さてと」

 

 パンを食べ終えてしまった。一枚でお腹一杯だ。やはり力が漲っている。

 私は小さく溜息を吐いた後、お気に入りの場所に向かう事にした。きっと彼女はそこにいる。そして、最初に誘うべきも彼女だ。なぜなら、私の最初の友達だから。

 

 ルーミアお気に入りの場所、通称『生贄の祭壇』に到着する。やっぱりルーミアはそこにいた。私の咲かせた彼岸花を座布団代わりにしながら、焼いた骨付き肉をご機嫌に頬張っている。

 

「こんにちは」

「こんにちはー」

「ここにいてくれて、助かりました。家、知りませんから」

 

 ルーミアは結局家を教えてくれなかった。もしかしたら、本当に家はないのかもしれない。暗闇を恐れないルーミアには、作られた小さな家の中は我慢できないのかもしれない。

 

「だからずっとここで待ってたんだよ。ここにいれば、会えるかなって思ってた」

「それはどうしてです?」

「なんとなくかなー。燐香は、絶対ここに来ると思った」

 

 ルーミアは笑うと、私に肉を差し出してきた。私はひとまず遠慮しておく。

 

「あれ? もう食べてもいいんでしょ?」

「どうでしょうね。分かりません」

「だってそんなに大きくなったんだし。人間くらい、一回は食べた方がいいよ。病み付きになるかも」

 

 そうは言っても、やっぱり食べたくない。 

 

「私、風見幽香に見えますか?」

「凄く良く似てるよ。はは、当たり前の話だった」

「それはそうです。だって、私は一応娘ですから」

「じゃあ大人になったんだね。なんだか凄く落ち着いてるし」

「別に反抗期だったわけじゃないですよ」

 

 私は彼岸花の上にごろんと転がる。というか、ほぼ埋め尽くされてるので、避けようがないのである。

 

「さっきね、ここの常連の人間が慌てふためきながら生贄を捧げにきたんだよ。それがこのお肉になったの。いつもより乱暴な殺し方だったね」

 

 子供のなれの果てが、花の下にあった。

 

「そうなんですか。全然見当外れなのに。まぁ、何を信じるのかは勝手ですけど」

「うん、本当に滑稽で面白いよね。集落が赤い彼岸花で埋めつくされたんだって。それでね、神様の祟りじゃないかって思ったらしいよ」

「へーそうなんですか」

「いきなり花が黒くなったと思ったら、住んでいる家の中まで侵入してきたとか、花に押しつぶされたとか泣きながら喚いてた」

「あー、もしかしたら」

「覚えがあるの?」

「さっき、何かが暴発した感覚があったので。多分そのせいかと」

 

 消え去ったのは前に捧げられた子供のものだったのだろうか。もう分からない。全てがぐちゃぐちゃに混ざり合っているから。

 

 私は人差し指を立てる。すっと、なれの果てから黒い瘴気が立ち上る。そして私たちに合流する。魂はすでにあちらへ行ったらしい。後で爆発したとき、どれだけの報いが与えられることやら。実に楽しみなことである。見れないだろうけど。

 

「そうなんだ。ま、どうでもいいや」

「それで、集落に死人は出たんですか?」

「知らないし全く興味ないかなー」

 

 ルーミアは骨をポイッと投げ捨てた。骨はいつもの墓穴に吸い込まれるように入っていった。

 

「人間の集落に手を出しちゃったから、もう私は処罰対象でしょうかね」

 

 八雲紫が出張ってきたら、私の命はここでお終いだ。それではフランとの約束も果たせない。だから、もう少し猶予時間が欲しい。

 

「まだ異変の範疇じゃないのかなー。この生贄だって、直接手を下したのは人間だしね。今はお花がたくさん咲いて、大変だーって感じだよ。セーフセーフ」

 

 ルーミアが呑気に笑う。私も表情を崩す。

 

「ならいいんですけど」

「で、やるんでしょ? 風見燐香の最初で最後の異変」

「付き合ってくれますか?」

「もちろんだよ。最後の最後まで一緒にいてあげる。だって、心の友だからね」

 

 ルーミアが満面の笑みを浮かべた。この笑顔にご用心。私は何度も騙されてしまったから。

 でも嬉しかったので、手を差し出すと、ルーミアも握り返してくる。私の手は肉の汚れでべちゃべちゃになってしまった。やっぱり油断できない友人である。

 

「では、心の友に一つお願いが」

「……えー」

 

 嫌そうな顔をする。人から頼まれごとをされるのが大嫌い。束縛が嫌いなのがルーミアである。ただし、興味をもったことを除く。自分勝手なのが妖怪だから問題なし。

 

「この招待状を、妖夢とフランに届けて下さい。私はここでこそこそ隠れているので」

「えー」

 

 露骨に面倒くさそうな顔をするルーミア。

 

「心の友なら、それぐらい良いじゃないですか。ケチくさい」

「自分でいけばいいんじゃないかな。私、食べたばっかりで動きたくないし」

 

 妖怪のくせに怠惰。いや、妖怪だから怠惰。

 

「ほら、この姿は目立ちすぎますから」

 

 私の今の姿は、完全に風見幽香2Pバージョン。髪が緑から赤黒に変化しているだけ。あからさまに怪しい。

 

「じゃあ仕方ないなー。適当に渡してくる」

「宜しくお願いします」

 

 ルーミアが立ち上がり、私から招待状を受け取る。異変への招待状だ。ふらふらと浮き上がると、そのまま上空へと飛び立って行った。

 フランは多分来てくれると思う。約束しているから。でも妖夢は無理かもしれない。彼女は真面目だから。でも、できたら来てくれると嬉しいなぁと思う。四人で派手に遊べたら、きっと素敵な思い出になる。

 

 

 

 

 特にやることもないので、彼岸花に埋もれながら寝転んでいると、誰かの気配を感じた。どうやらルーミアとは違うようだ。彼女よりも、明らかに身体が大きい。踏みしめる彼岸花の音でそれくらいは分かる。

 私は欠伸をするフリをしながら、ムクリと起き上がった。

 

「どなたです? 新しい生贄なら、今日は間に合ってます」

「通りすがりの死神さ。残念ながら手ぶらだよ。ま、この騒ぎの下手人に文句の一つくらい言いたい気分は分かるだろ?」

 

 軽口を叩いてくる赤髪の死神。私もそれに合わせておどけてみせる。

 

「さっぱり分かりません」

「ははは、まぁそりゃそうか。力が勝手に暴走してのことだろうし。今も派手に塗ってるしねぇ」

「世界が少しにぎやかになりましたか?」

「まぁそうなのかもなぁ。いや、賑やかというか、混沌というのかね。ところで、その姿はどうしたんだい。つい最近まで童妖怪だったはずなのに」

 

 試すような口調の小町。知っているが、あえて聞いているような。そんな感じ。

 

「ああ、子供の成長は早いんですよ」

「あはは、そうかいそうかい。そりゃあいいや。うんうん、アンタの母親と瓜二つだ」

 

 死神は鎌を一振りすると、周囲に咲いていた彼岸花を一挙に刈り取った。私との間に開けた空間ができる。死神はそこにどすんと座り込む。

 

「あたいは小野塚小町。そしてお前は風見燐香」

「はい」

「なに、話は至極簡単なことさ。……私の役目とはちょっと違うが、今ならお前を苦しませずに消してやれる。輪廻には乗れないが、これ以上の苦痛を味わうこともない。私の仕事も減って一石二鳥というわけさ。で、どうだい?」

「……どうだいと笑顔で言われても。まだ消えるにはちょっと早いので、遠慮しておきます」

「どうしても?」

「はい。私には約束がありますので」

「あたいの仕事が後で沢山増えるのに? というか、きっと面倒な事態になるのに?」

 

 遠慮なく迫ってくる小野塚小町。仕事を減らしたくて仕方が無いのだろう。

 

「そこまでは知らないです」

 

 私が一蹴すると、小野塚小町はあーあと溜息を吐いて肩を落す。

 

「まぁそうなるよなぁ。あーあ。あのとき、四季様が猶予期間なんて与えるからあたいの仕事が増えるんだよ。全く」

「あのときって?」

「覚えてないか。60年前のあの日のことさ。ったく、いつも偉そうなのに子供には甘いんだから。あたいには厳しいくせに。平等にしてほしいもんだよ」

「誰が甘いですって?」

「げえっ! 四季様!?」

 

 仰天している小町の頭に、勢いのついた悔悟棒の一撃が炸裂する。森の中に、鈍くて重い音が響いた。ばたんきゅーと倒れる小野塚小町。これはいわゆる会心の一撃だ。

 さりげなく帽子を直し、哀れな死神を見下ろす少女。四季映姫・ヤマザナドゥが現れた。

 

「まったく、目を離すと直ぐに仕事をさぼるんだから。それでいて減らず口ばかり叩く。救いようがないとはこのことかしらね」

 

 いきなり辛口の映姫。小町はすでに涙目である。

 

「そ、そんなぁ。私は仕事を減らすために最大限の努力をしようと」

「そんな努力をする必要はありません。貴方は私が与えた仕事を果たせば良いのです」

「で、でも。彼岸花に憑いた霊がそこら中にうようよしてますよ。これ以上放っておいたら」

「それについては、他の死神に応援を頼みました」

「そ、そうなんですか?」

「何も考えていないはずがないでしょう」

 

 映姫と小町の会話が続いている。私はなんだか疲れてきたので、横になろうとすると、映姫に首をつかまれた。

 

「お待ちなさい」

「え」

「少し、話をしましょうか」

「あはは。私は遠慮しておきます。閻魔様はお忙しいでしょうから」

 

 なんだか話が長くなりそうなので、ここはお断りしておく。

 

「拒否した場合、時間がくるまで説教になりますが」

「ぜひ話をしましょう。できれば手短に」

 

 私は襟を正すフリをして、映姫の目を見つめる。

 

「今年は、60年に一度訪れる生まれ変わりの年。そして、それに引き摺られて“貴方たち”の力が暴走している。それは、分かっていますね?」

「はい」

「そして、もう止めることはできない」

「はい」

「この異変が終わったとき、どうなるかも、“貴方”は理解している」

「はい」

「私が貴方を裁くことがないことも」

「それも知っています。私には魂がない」

「ええ、そうですね。それ故、貴方は裁かれることも輪廻の輪に入ることもない」

「さすがは閻魔様。全てお見通しなんですね」

 

 私は軽口を叩いた。八雲紫と同じくらい、四季映姫・ヤマザナドゥも相性が悪いだろう。彼女の一振りで私は霧散するに違いない。そういう存在だから仕方がない。その時は大人しく散っていくことにしよう。

 その映姫は両目を閉じてしばらく考えた後、口を開いた。

 

「貴方は既に覚悟を決めたのかもしれない。けれど、それが誰かを深く傷つけていることに気がついていない。そう、貴方は、諦めるのが少し早すぎる。貴方がすべきは、物事を冷静に見て、自分を見つめなおし、良く考える事なのです」

「既に暴走してしまっている私に、難しいことを言いますね。見つめなおしたからなんだっていうんです?」

「努力はいくらしても罰はあたりませんよ。むしろ望ましいこと。こんなときだからこそ善行を積むべきなのです」

「あはは。天国に行ける訳でもないのに馬鹿馬鹿しい。それに、一体誰を傷つけると言うんですか?」

「それは自分で考えなさい。私は貴方の親でも先生でもないのです。考える努力を放棄した者を助けるつもりなどありませんよ」

 

 冷淡な映姫の言葉。白黒はっきりつける閻魔様だけのことはある。慈悲と無慈悲を平等に兼ね備えた存在なのだろう。

 

「…………」

「その不満そうな今の貴方の顔、風見幽香に本当にそっくりですよ。どんな経緯があろうとも、やはり親子なのでしょうね」

「そんなことを言われても、別に嬉しくないです」

 

 映姫は少し悩んだ様子を見せた後、口を開いた。

 

「……今日に至るまで、貴方は色々な経験を積み、学んできたはず。それは決して無駄ではありません。最後の最後、それを良く思い出しなさい」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥはそう言い切ると、返事を待たずに踵を返した。結局何が言いたかったのか、私には分からない。

 

「……四季様、本当に何もしないんですか? 一応やる覚悟を決めてたんですけど」

「それは貴方の仕事ではない。私は今回の後始末の段取りを組まなければいけません。貴方は役目を果たすように」

「後始末?」

「霊に当たり前のように現世をうろつかれては困るのです。滞ることなくあちらへ向かわせなければなりません。当たり前のことです」

「ですから、その元凶を放っておいていいんですか? いつ爆発するか分かりませんよ」

「だから貴方を監視役につけているのですよ」

「まぁそうなんですけど。ずっと見張ってるのは大変というかなんというか。いつもみたいに、さっさと白黒つけてしまえばいいじゃないですか」

「まだ何者でもないものには白黒などつけられないわ」

「は、はぁ。んー? でも既に白黒分かれてますよね。それは一体どういう意味で」

「答えばかり求めてないで少しは自分で考えなさい。とにかく、貴方は今までサボっていたのだから、その分働くように。でなければ、貴方が地獄に落ちますよ」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥはそう言い残して飛んでいく。それに続いて小野塚小町も立ち上がる。

 

「やれやれ。四季様は他人事だと思って簡単に言うなぁ。しかもまたお小言だ。ま、アンタも精々後悔のないようにしなよ。それが一番だろうさ」

「ありがとうございます。できれば一回くらい渡ってみたかったなぁ。三途の川」

「はは、気が向いたら見に来るといいさ。乗せてはやれないが、自慢の船を披露してやるぐらいはできる。……そのついでに、望むなら介錯もしてやる」

「じゃあ、辞世の句を用意したらお邪魔します。ただ、約束があるので、いけないとは思いますが」

「そいつは大変だ。約束を破ると舌を引っこ抜かれちまう」

 

 小町が舌を出しておどけてみせる。

 

「それにしても、泣く子も黙る死神なのに、なんだか緊張感がないですよね」

「やるべきときはやる、やらないときはやらない。仕事っていうのはオンとオフが大事ってね。長続きと長生きの秘訣さ。四季様は常にオンだけど。あの人は仕事が趣味なのさ」

「あはは。もっと早く聞いていれば、何かに活かせたかもしれませんね」

 

 思わず苦笑する。来世で活かすなどとお茶を濁すことは、もうできない。

 

「こんなこと言っちゃあ本当は駄目なんだが。……約束、果たせるといいな。どんな形で終わるにせよ、私たちの出番がないことを祈っておくよ」

 

 小野塚小町はそういってヒラヒラと手を振ると、鎌を振り回しながら去って行った。

 小町は映姫とは違い、笑いながらも私を観察するように常にこちらを見ていた。見かけの軽薄さは見せかけ、彼女は全く油断していなかった。

 私が自我を失っていたら、多分あの鎌は容赦なく振るわれていたのだろう。そうならなかったのは、運が良かったのか。それとも。

 

「やっぱり見逃してくれたのかな。良く分からないけど」

 

 いわゆる執行猶予というやつだろうか。だが、時間がくれば彼女は再び現れる。彼女たち、かもしれない。分からないけど。

 時間切れによる破綻を彼女たちは絶対に許さない。私の自我が完全に乗っ取られた場合、恐らく未曾有の大惨事に発展するだろう。種はもう撒かれてしまった。私は防殻であると同時に起爆装置でもある。

 つまり、私は誰かの手により壊されなければならない。恐らく、博麗霊夢がその役目を担うのであろうが。彼女がやらなければ八雲紫、それも駄目なら小野塚小町が最後に現れるのか。どうなるかはその時のお楽しみと言うやつだ。

 今八雲紫が現れないのは最後の情けというやつか。もしくは霊夢に経験を積ませたいのか。いずれにせよ、彼女の気が変わるまえに、私はこの異変をスタートさせなければいけない。

 

 

 ――ああ、私には時間が足りない。私に、もっと時間を。

 




草属性は成長が早いから育てやすい。豆知識です。


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第七十二話 襲撃 (挿絵あり)

 紅魔館、門前。美鈴は、周囲に咲き乱れている彼岸花を眺めながらボーッとしていた。異変なのだろう。だが、特に自分には影響はない。収穫期の真っ最中の人間たちにとってはたまったものではないだろうが。この彼岸花は、咲く場所を全く選ばない。しかも、排除してもまたいつの間にか咲いているのだ。絶対にこの場所を譲らないという鉄の意志を持っている。実に立派である。

 

「あー抜いても抜いても生えてくる」

 

 美鈴が抜いていく最中にも、空を飛びまわる奇妙な蕾のようなものが横に近づいてくる。ピューと紅い光が照射されそこからすくすくと彼岸花が現れる。攻撃してくることはないが、抜くとこいつらがやってくる。攻撃すると一応潰せるのだが、すぐに再生するので実に不毛であった。

 

「やめたやめた。給料分は働いただろう。うん」

 

 よって、美鈴は主の命令を実行するのを早くも諦めた。『自慢の庭園から一刻も早く無粋な花を排除せよ』という命令。どうせ無理なのだし、やっているフリをするのも不忠だろう。だから、無理だと言ったら怒られた。そこまで言うなら運命とやらを操って、自分でなんとかすればよいのである。

 そんなことを思いながら両腕を上に伸ばすと、視界に誰かの姿が入った。上空に四名。日傘を差しているのはフランドール・スカーレット。ルーミアに連れられて遊びにいくと言っていた。いつもは美鈴が共をするのだが、最近は別の者に慣れさせるという練習を行っている。これはレミリアの命令だ。少しずつ世界を広げさせたいらしい。

 

「あれは、妹様を含めたいつもの四馬鹿が勢ぞろいかな。……ん? いや――」

 

 

【挿絵表示】

 

 少し様子がおかしい。フランドール、妖夢、ルーミアもなんだか黒い瘴気のようなものを纏っているが、一番おかしいのは最後の一人。初見ならば、風見幽香と判断する。髪を赤く染めたのだろうと。だが、あれの性格上そんなことはありえない。つまり、この妖怪は風見燐香ということになる。なんらかの要因で、一気に成長を遂げたらしい。フランドールの手を握って飛ぶ姿は、引率者にしか見えない。

 その面々が、驚くべき速度で美鈴の目の前に一気に降下してきた。

 

「……おかえりなさい、妹様。これは、なにかの、遊びの最中なんですか?」

「ううん、違うよ美鈴。これから本番が始まるんだよ」

「は、はあ、そうなんですか。それと、そちらの方は……」

 

 左手をにぎにぎするフランドール。そして、燐香に目を向ける。燐香は苦笑している。風見幽香そっくりで違和感があるが、これは燐香なのだなぁと思った。彼女の笑みは本当に母親にそっくりだ。だが、なにかがおかしいような。違和感を感じたのは、彼女の外見ではなく――。

 思考が燐香の言葉で打ち切られる。

 

「いいんですか、フラン? 多分、滅茶苦茶になりますよ。提案した私がいうのもアレなんですが」

「別に良いよ。思い入れもそんなにないしね。私の居場所のほとんどは地下室だったから。でも、どうせやるなら派手にやろうよ。だって、私たちの異変だもんね」

「い、異変? もしかして、この彼岸花の」

 

 フランドールが聞き捨てならない事を呟く。いや、会話も非常にきな臭い。嫌な予感しかしない。

 

「うん、そうだよ。お姉様の異変を皆の記憶から消し飛ばすくらい、派手にやることにしたんだ。私たちの手でね!」

 

 美鈴は目を剥く。今年が花が咲き乱れる特別な年というのは分かっていた。だからそんなに慌てなかった。種類が限定されていても、まぁそういうこともあるだろうと思っていた。だが、フランドールの言葉を聞く限り、完全に関わっているようだ。つまり、この異常な彼岸花の発生は燐香の手によるもの。それを他の三名が手伝っていることになる。

 紅魔館は、既に一度紅霧異変を起こしてボコボコにされている。舌の根も乾かぬうちに、ここまでの騒動をおこしたらどうなるか。博麗霊夢の般若の顔を思い出すと、本当に恐ろしい。

 ここはひとまず時間を稼ぐべきと判断。なんとか作り笑いを浮かべる美鈴。

 

「あのぉ。あまりに唐突なんで、まだ理解が及ばないんです。よければ、中にはいって、ゆっくりお茶でも飲みながら――」

「そんな悠長な時間はありません。申し訳ありませんが、遮るならば斬るのみです」

 

 流れるような動作で剣を抜き放つ妖夢。剣からは黒い何かが迸っている。操る妖夢の目にも、いつものおどおどとした様子はない。覚悟を決めた意志を感じる。剣客というよりもこれでは刺客である。

 

「お、穏やかじゃないですね、妖夢さん。ゴホン。妹様はともかく、門番として、紅魔館に害をもたらそうと企む連中を通すわけには――」

「あーもう!! うるさいなー! とっととどいてよ!」

「――ぐえっ!」

 

 フランの腰の入ってない拳が、美鈴の腹に突き刺さる。滅茶苦茶な姿勢なのに、背骨が圧し折れたかのような衝撃を感じる。流石は吸血鬼と言うべきか。

 

「次邪魔したら、本気で潰しちゃうから。でも、美鈴には手伝ってもらいたいこともあるんだ。だからさ、しばらく大人しく寝ててよ。こんなところで足止めなんて冗談じゃないし。ね、燐香」

「ええ、そうですね」

 

 フランドールの言葉に燐香が淡々と頷く。成長して風見幽香そっくりになったからかは分からないが、以前の明るさが完全に消えうせている。目はなんだか濁っているようにも思える。

 それに、手伝って欲しいこととは一体なんであろうか。

 

「て、手伝う、と、言いますと?」

「後で確実にやってくるであろう“お客様”以外の露払いを、美鈴さんにお願いしたいんです。多分、妖精たちが死ぬ程騒ぎますから」

「……な、なるほど」

 

 理解はしたが、納得はしていない。しかし、何を言ってもフランドールたちを止めることはできないだろう。邪魔するなら今度は潰すと言っていたし。美鈴は空気が読める妖怪なのである。ここは当主に丸投げしてしまうとしよう。運命を操る力とやらでなんとかしてもらえばよろしい。

 

「よーし、じゃあさっさと下克上とかいうのをやろうよ。私がお姉様の首をとればいいんでしょ? それから晒し首にするのかな?」

「大体あってますけど、別に殺さなくてもいいですよ。追い払うのが目的ですし、もし捕まえてしまったら幽閉で構いません」

「えー甘くない? うーん、折角だし殺したいなぁ。多分殺しても生き返るからさ、殺してみても良いかな?」

 

 レミリアはゾンビか何かだっただろうか。いくら殺しても死にそうにないのは同意できる。

 

「それじゃあ、異変の最終段階を自慢できなくなりますよ。フランが本物の紅霧を見せ付けるんでしょう?」

「あーそういえばそうだった。じゃあ、羽をもぎ取って半身不随にしちゃおうか!」

 

 物騒なことを易々と口にするフランドール。なんだかんだで止めに入る燐香は、それを煽る側。ルーミアは最初から当てにならず、常識人であるはずの妖夢も今日は様子がおかしい。この連中を止めてくれるような殊勝な者は、この場には存在しないようだった。

 

「では、十六夜咲夜は私がやります。春雪異変で戦ったこともありますから」

「じゃあ私はパチュリー・ノーレッジだね。あー、でももういないかなー? あの魔女、勘が良さそうだったからなー」

 

 妖夢とルーミアがそう言い放ちながら、わざわざ門を飛び越えていく。ルーミアの言葉は正解だ。パチュリーは今朝方、用事があるといって抜け出している。アリスのもとへ作業を行いにいくと言っていた。

 もしこうなることを読んでいたのだとしたら、とんでもない女である。門番兼、フラン付きの美鈴に一言くらい教えてもバチは当たらない。

 

「あれ、なんです貴方たちは。ちょ、ちょっと待ってください! なんで剣なんか抜いて――。って、きゃー!! 敵襲よー!!」

「全員集まれー。敵をたたき出すぞー! ぎゃー!」

「おのれ狼藉者めー! 門番隊の名にかけてここは通さない! やっぱり無理ー!!」

 

 妖精メイド門番隊が妖夢たちを制止しようとするが、彼女達が放った弾幕で軽々と一蹴されていく。意気込みは認めるが勝てるはずがない。普段の能力に加えて、何かが妖夢たちを後押ししている。おそらく、燐香が何かしている。黒い瘴気は、燐香の能力なのだろうか。

 妖精たちの悲鳴を楽しそうに聞きながら、フランドールが口元を歪めた。

 

「始まった始まった!! あ、もちろん私がお姉様だからね。燐香はゆっくり見てていいよ! あははははははは! 今なら指先一つで勝てちゃいそうだし! この後が楽しみだなあ!!」

「い、妹様。いったい、何をするつもりなんですか?」

「うん? ああ、これから何をするかって? 異変の第一歩は紅魔館を乗っ取るの。それから博麗の巫女への宣戦布告!! 全部叩き潰したら、燐香の彼岸花と私の紅霧で幻想郷を真っ赤に染め上げるんだよ!!」

 

 フランドールは狂ったように哄笑すると、紅魔館の一画に手を向け、一気に握りつぶした。レミリアの私室がある区画が爆音を轟かせて吹き飛んだ。あれくらいで死ぬとは思えないが、腰を抜かすくらいレミリアが驚いたのは確かだろう。なんだか情けない悲鳴が聞こえた気もするし。

 

「挨拶はこれくらいかな? さーて、掃除も終わったみたいだし、行こうよ燐香」

「ええ、行きましょうか。時間がもったいないですから」

「うふふ。燐香、良い顔してる! 凄い悪い顔!」

「フランも今までで一番楽しそうですよ。ああ、傘がずれて羽が」

「へーきへーき。痛いのも感じないくらい、気分が良いんだ。うん、本当に楽しい。ああ、案内は任せて? 一応、私のお家だからさ!」

「ではお願いしますね」

「もちろん。――ようこそ、私の紅魔館へ。今日から私のだから遠慮はいらないよ!」

 

 フランドールは燐香の手を恭しく取ると、ゆっくりと紅魔館の中へとはいっていった。美鈴は、薄れる意識の中で、紅魔館の仲間の無事を祈っておく事にする。フランドールはハイになっているが、理性はぎりぎりとんでいないように見える。だから、多分大丈夫だろうと信じておく事にした。常に楽観的に考えるのが、この職場で胃を痛めないための秘訣なのである。

 

 

 

 

「……問答無用で襲撃を受けるほど、私たちは恨みをかっていたのかしら。それなりに友好関係はあった気がするのだけど。それとも、私への個人的な恨みなのかしらね」

 

 深い溜息を吐く。厄介極まりない事態に巻き込まれた。その確信があるから。

 

「いいや。貴方に恨みがある訳じゃないし、紅魔館に対して恨みがある訳でもない。ただ、今日の私の相手は、咲夜が一番相応しいと思っただけ」

「それは、光栄ね!」

 

 十六夜咲夜は魂魄妖夢と相対していた。

 泣き叫ぶ妖精メイドたちが駆け込んできて、要領を得ない報告を多数投げつけてくる。なんとか落ち着かせて事情を聞き取ると、侵入者が現れたとのこと。迎撃に向かったメイド妖精門番隊と美鈴はやられてしまったと。

 不埒な侵入者とやらを迎撃すべくやってきてみれば、いつもの四馬鹿の仕業だった。先日のロケット花火騒動の再現かと思いきや、今日は本気で紅魔館制圧をたくらんでいた。フランドール、燐香の姿は既にない。ルーミアは、妖夢に「任せたよー」と気楽にいうと、大図書館の方へと向かってしまった。幸か不幸か、パチュリーは留守である。そちらは守る必要はない。

 しかし、このままでは、主であるレミリアの元へ、“敵”を易々と侵入させてしまうことになる。たとえフランドールであろうとも、今はレミリアの敵なのは間違いない。傷つけるわけにはいかないが止めなければならない。

 だから、咲夜は本気の攻撃を仕掛けることにした。もちろん、殺傷目的ではない弾幕でだ。まずは邪魔な妖夢を戦闘不能にし、燐香とフランの制止に向かわなければならない。時を止めればすぐに追いつける。

 

「――っ!」

 

 だが、時を止めて配置したナイフは、全て妖夢に打ち払われた。手に持った楼観剣を軽く一閃させただけで。その刀身からは、黒い瘴気が迸っている。いや、剣だけではない。妖夢の身体、半霊からも滲み出ている。

 

「それは、一体何なの? オーラとでもいうのかしら」

「似て非なるものかな。……常に冷静であれか。借り物の力とはいえ、制御の鍛錬にはなるな。本当に、振り回されそうになる」

「……借り物? 貴方の様子がいつもと違うのと、その瘴気、何か関係があるの?」

「ああ、あるよ。これは、大事な友達からの借り物なんだ。この異変の間だけの」

 

 妖夢が薄く笑うと、一気に肉薄してくる。素早くナイフを二本取り、両手でそれを押さえる。だが、力負けする。咲夜は力よりも技術で翻弄するのを得意とする。だが、ここまでパワー負けするはずがない。

 

「なるほど、随分と馬鹿力になったようね!」

「自覚はないんだけどね」

 

 時を小刻みに止めながら、斬る、斬る、フェイントを入れて突きの連打。半人前などといわれているが、咲夜から見れば、十分に妖夢は剣術の達人だ。まともに相手をしたらとても敵わない。だから、強引に隙を作ろうとしているのだが。

 

「――はあッ!!」

「くッ!!」

 

 フェイントをかけることが見破られ、先読みで刃を振るわれる。紙一重で回避。

 やはり今日の妖夢は、正面からではとても受けていられない。時を止めて、背後に回ろうとする。容赦なくナイフを振るう為に。だが、その移動しようとした場所に、すでに剣先が向けられている。――いや、まだ動いてはいない。だが、解除した瞬間に、妖夢はそこへ剣を振るうのが見えてしまった。

 慌てて方向転換。死角にナイフを配置。――時間停止解除。

 動き出したナイフが妖夢に襲い掛かる。それを目で追うことなく、妖夢は左手で簡単に掴み取った。そして、そのままナイフの刃をへし折る。

 殺気で咲夜の行動をコントロールしているとでもいうのか。本当に、熟練の剣客でも相手にしているかのようだ。やりづらいことこの上ない。

 

「飛び道具では今日の私は倒せないと思う。かといって近づくのも止めた方がいいと思う。全然やられる気がしない。いや、攻撃が当たるイメージもない」

 

 妖夢が一切の感情を含めず、淡々と述べた。いつもとのあまりの違いに、咲夜は思わず苦笑する。隙はないが、いつものへっぽこさがないので可愛げが全くない。

 

「えらく自信満々なのね。もしかして、今日は貴方の誕生日かなにかなの? えらく貴方に都合が良い展開だし。私が理不尽に押されすぎている」

「……近からず遠からずかな。でも、これは私の力じゃない。だから勝っても嬉しくない。それに、全然めでたくなんてないんだけどね」

「それについて、詳しく聞きたいわね。事情があるなら、聞いてあげるけど」

 

 妖夢の表情から、何か事情がありそうなことは読み取れる。だから、聞いてやっても良いと思った。後は単純に時間稼ぎだ。

 

「気持ちは嬉しいけど、話す時間がもったいない。今は紅魔館制圧が最優先。つまり、問答無用ッ!!」

 

 そう言うと、妖夢が気迫のこもった掛け声とともに、剣を振るう。剣から黒い衝撃波が迸る。いつもの威力と速度の比じゃない。これでは時を止める暇もない。横っ飛びで慌てて回避。だが衝撃波はひとつではない。妖夢が剣舞のように振るうたびに、幾重にも衝撃波が生じているのだから。

 一、二、三。乱れるスカートがきにかかるが、直してる余裕もない。自分がちょっと前までいた場所が、激しい破壊音とともに切り刻まれていく。チェーンソーでもぶちまけられている気分になる。やってるほうは爽快だろうが、追い掛け回される方はたまったものではない。

 四、五、六! 回避してもしても攻撃がやむことはない。いつもの妖夢なら、ここらで次の攻撃に移るはずなのに。良い意味で思い切りが良く、悪い意味で諦めが早い。粘り腰に欠けるというのが、咲夜からみた妖夢の欠点だったはずだ。

 

「ちょっと、いい加減にしなさいよ。そこら中、本当に滅茶苦茶じゃない! 誰が掃除すると思っているのよ! もう!」

「今日から当主が代わるんだから、心配いらないでしょ。休暇が取れてよかったじゃない」

 

 妖夢がなんでもないことのように言うので、咲夜は怒鳴り声を上げる。瀟洒ではないと思うが、こうなった以上仕方がない。思うがままに感情をぶちまけるのみ。

 

「ふざけるのも大概にしなさいよ! 何で真面目ちゃんの貴方がいきなり不良になってるのよ!」

「ははは。祭の間くらい、馬鹿やったっていいじゃない。だって、私たちは四馬鹿で有名なんでしょう?」

 

 妖夢はなぜか辛そうに笑うと、さらに剣閃を飛ばしてくる。だんだんと鋭さが増してきている。この技一本で咲夜を潰すつもりなのだ。ここまで舐められて頭にこない方がおかしい。

 確かに押されているが、まだまだ負けたわけじゃない。なにより、自分の領域で大暴れされているのだ。負けるとしても、一刺ししてやらないと気がすまない。

 

「相打ちになってでも刺してやるから、覚悟なさい。その後は、貴方の主にクレームをつけさせてもらうから」

「無駄なことは止めた方がいいよ。怪我でもしたら、レミリアさんが悲しむから」

「それこそ余計なお世話よ、この半人前が!」

「私は半人前だけど、力を貸してもらった。だから、今日は一人前だ。誰にも負けない」

「ふん、なら全力でいくわよ――って、ぶぎゃッ!!!」

 

 突撃しようとしたとき、上階層から何ががぶっとんで、咲夜に覆いかぶさってくる。というより、押しつぶされた。重くはないが、体勢が崩れてしまったので身動きができない。

 

「……ぐぬぬぬぬぬ!!」

 

 上から落ちてきた人物は、頭の木の破片を跳ね除けると、真っ赤な形相で唸り声を上げる。咲夜の主、レミリア・スカーレットだった。どうやら主の間から、叩き落されてきたらしい。

 その犯人は、出来てしまった空洞を悠々と降りてくる。レミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットだ。フランドールも、妖夢と同じく黒い瘴気を迸らせている。それが強く現れているのは、フランドールの特徴でもある虹色の宝石がついた羽。その宝石が、漆黒の色へと変わっていた。それはそれで綺麗だが、どことなく不吉な感じがする。

 そのフランドールは、レミリアを見下ろすと指を差して笑い始めた。

 

「あははははははは!! お姉さまがダンゴムシみたいに転がってる!! 超ウケルんだけど!!」

「こ、この糞妹がああああああああああああッッ!! 生意気にもギャル語使ってんじゃないわよ!! マジで死ぬ程超ムカツクんだけど!!」

「え、もしかして怒ってるの? ダンゴムシのくせにマジウケル!」

「私を虫呼ばわりしてんじゃねぇぞ! このド畜生があああああああああああッ!!」

 

 レミリアが怒気を露わにして立ち上がる。本気で怒っているらしいが、フランドールが相手だと、どうもシリアス度に欠ける。だが、その魔力は凄まじいので、舐めていると余波で死ぬことになる。咲夜は体勢を整えた。

 

「その怒った顔、超面白いよお姉様!! あ、ダンゴムシじゃあ可愛いから、やっぱりワラジムシに変更ね!! 丸くなることもできない半端虫だよ! お姉様にお似合いだよね!」

「ふざけんな!! 私あれ嫌いだから、せめてダンゴムシにしなさいよ!! ほら、今すぐに訂正しろッ!」

「一々うるさいなぁ! どっちでもいいから死んじゃいなよ!!」

 

 手からダイヤ型の魔法弾を数百一気に作り出すフラン。それに黒い瘴気がまとわりつき、ブラックダイヤへと変色していく。

 

「来るぞ咲夜! ちなみに私はダメージを受けていて動きが鈍い!」

 

 なんで偉そうなのかよく分からない。咲夜は思わず尋ねなおしてしまった。

 

「え。く、来るといわれましても、あの数を避けるのはちょっと」

「馬鹿! 時を止めて逃げればいいだろう!」

「え。に、逃げるんですか?」

「えー。逃げるのぉ。超ダサーイ。尻尾を巻いて逃げるなんて吸血鬼失格じゃないのぉ」

 

 ケタケタ笑って挑発するフラン。レミリアの顔がトマトになる。

 

「ならやってみろこの馬鹿妹!! お前の弾幕なんぞ何千発くらったって――」

「何千? あはははははははははは!!!! そんなんで済ますわけないじゃない。手加減なしの百万発、きっちりぶちこんでやる!!」

「お、おい! やめろ、この馬鹿! 私の大事な家が」

「今日からは私たちの家になるんだよ! ね、燐香」

 

 フランが上を見上げて笑いかけると、ゆらゆらと降下してくる一人の女。風見幽香、ではなく、赤髪の風見幽香だった。

 

「そ、そちらの方は? まさか、あの風見幽香が、年甲斐もなく不良に?」

「どうしたらそういう発想がでてくるんだこの馬鹿メイド! あれは、風見燐香だよ。私が言うのだから間違いない」

「でも、やけに成長していますが。おもに背と胸が」

 

 幽香よりちょっと下ぐらいか。妹レベルまでは成長している。その不敵な表情は親そっくりだ。

 

「ああ、羨ましいな。って、そうじゃなくてだ。こいつが今回の騒動の主犯だよ」

 

 燐香はスカートの裾を持って、優雅に一礼してきた。

 

「暫くの間、フランと一緒にこの館を占拠させていただきます。というわけで、今日はお引取りをお願いします」

「ふざけるなよ。なんで主の私が引き取らなくちゃいけないんだ!」

「元当主でしょ」

「やかましい! 誰が譲るか!」

 

 フランドールの軽口に応酬するレミリア。

 

「待って燐香。ここは私とフランが」

 

 妖夢が気遣うような視線を燐香に向ける。だが、燐香は首を横に振る。そして、フランドールの肩に優しく手を乗せる。

 

「ううん、私とフランで一緒にやるよ。思い出は沢山つくりたいし。紅魔館は、フランの家だしね。妖夢は館の残りの掃討に向かって。ルーミアがもうやってるけど、広すぎて大変ぽいから。面倒だって叫んでたし」

「……うん、分かった。でも、無理はしないようにね」

「あはは。妖夢は心配性ですね」

 

 妖夢が立ち去っていく。残ったのは燐香とフランドール。

 

「燐香。そろそろやっちゃおうよ。のんびりしてると、巫女が来ちゃうかも」

「そうですね。というわけで、ふっ飛ばしましょう。フラン、一緒に」

「うん!」

 

 燐香がこちらに両手を翳してくる。そこにヤバい量の妖力が溜まっていく。何が起きるかは、言うまでもない。それにフランドールのブラックダイヤ弾幕も、凄まじい密度に膨れ上がっている。

 

「お、お嬢様。ここはひとまず――」

「うむ。戦略的撤退、いや、転進だな。だって、紅魔館当主に敗北はないからな」

「存じております!」

「そうかそうか。実は図書館の辞書で調べてみたが、やはり敗北の二文字は――」

「舌を噛むので黙っていてください!」

 

 咲夜はレミリアの身体を持ち上げる。同時に、燐香とフランドールの弾幕が炸裂する。燐香のは案の定マスタースパーク型。時を止めて、割れ窓から脱出する――。

 

「げっ」

 

 ブラックダイヤ弾幕は、館の外にまで膨れ上がっていた。これは、浮遊機雷のつもりだろうか。時を止めているから、当たっても大丈夫――。と思うのは早計だ。酷くいやな予感がする。念のために当たらない位置に移動し、解除。

 

「ふー!」

 

 能力の乱発はしんどいし苦しい。掃除のときとは違い、戦闘しながらというのは気力の消費が激しいのだ。

 

「おい! 安心してる場合か! 黒いヤツが拡散して向かってくるぞ!」

「え?」

「あー、もう間に合わん!」

「嘘でしょ!?」

 

 燐香の魔力光線はある程度の距離ではじけると、一気に拡散してこちらに向かってくる。周囲のブラックダイヤを巻き込みながら。それはバチバチ弾けながら、こちらにむかってくる。レミリアが咲夜の身体を抱きしめ、翼で覆う。

 

「も、申し訳――」

「うるさい! 舌を噛むからしばらく黙ってろ! お前は私が守ってやる!」

 

 一際大きい破裂音がすると同時に、暴風に巻き込まれるのを感じる。ああ、これは前に博麗霊夢のスペルを喰らったときと同じ感覚。

 レミリアが強力な結界を展開しているようだ。特に、咲夜の身体の周囲に強固に。その壁に、ガガガガガガと刻み込むような音がしきりに聞こえてくる。もう間もなく破られるだろう。あの二人、特にフランドールは普段から普通ではなかったが、今日は何かが違う。妖夢と同じく、力に満ち満ちている。あれが、借り物なのだろうか。

 ――確証はないが、なんとなく予想はつく。恐らくは風見燐香のなんらかの力。それが、フランドールたちに分け与えられている。この彼岸花が咲き乱れる異変を起こしたのが風見燐香ならば、できるのかもしれない。

 

「咲夜。大丈夫か?」

「は、はい」

「ならばいい。ちなみに、悪い知らせがある」

 

 レミリアの悪い知らせというのは、本当に悪いことばかりなので、あまり聞きたくないのだ。しかし、良い知らせという場合でも、咲夜にとってどうでもいいことが多い。世の中というのは意外と不公平なのだ。

 

「なんでしょうか」

「もう間もなく、結界が破れて派手にぶっとばされることになる。ああ、ちょっとだけ痛いかもしれないが、私がしっかり抱きしめてやるから我慢するように」

「は、はぁ」

「なぁに、こういうのは慣れも重要だ。それに、派手に吹っ飛ばされてこそ悪の本懐を遂げられるというものさ」

 

 キリッとした顔で偉そうにいうことではないと思うが、不敬なので黙っておく。

 

「それでだ。やられるのが分かっているにも関わらず、喋る余裕があるときにどうするかを教えてやろう」

 

 どうでも良い知識になりそうだが、一応聞いておく。そうしてほしそうだったから。

 

「一体、どうするのです?」

「こういった感じで叫ぶのさ。うん、久々だから結構緊張するな」

「…………」

「あーあーゴホン。――お、覚えてろよ、貴様らッッ!! 私は必ず戻ってくるからなぁッ! 偉大なる吸血鬼、レミリア・スカーレットは絶対に滅びぬのだッ!!」

 

 そう激しく叫ぶと同時に結界が吹き飛んだ。満足そうなレミリア・スカーレット。咲夜は目を閉じ観念して衝撃に備える。身体が宙に吹き飛ばされたのを感じる。百万発の追撃が来ないのは、フランドールの情けと思っておきたい。

 

「フランめ。やるようになった。くくっ、次は私が姉としての威厳を見せる番だな」

「それはともかく、お嬢様。館がボロボロですが」

「そんなものは直せばいいのさ。それより、ここはフランの成長を喜ぶところだぞ。友と徒党を組んで当主を追放するとは。ああ、やればできると私は信じていたよ。……この異変がどう終わるにせよ、フランは著しく成長するはずだ」

 

 一瞬だけ、レミリアの顔が真剣なものになる。だが、すぐにニヤニヤとしたものに戻った。

 

「……直すのは、私と美鈴ですよね」

「なぁに、私も手伝ってやるさ。フランにも手伝わせるし、コソコソ逃げてやがった紫もやしも働かせる。紅魔館総出でやれば一週間もかかるまい! あはははは!」

 

 そんな感じで、咲夜と何故か満足気なレミリアは、夜が更けてきた空へと吹き飛ばされていったのであった。

 

 

 





紅魔館当主交代のお知らせ。
レミリア・スカーレットに代わりまして
フランドール・スカーレット。


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第七十三話 巫女の憂鬱

 博麗神社。もう太陽は姿を隠してしまっている。だというのに、境内は一面真っ赤に染まったままだ。霊夢は大きく伸びをした後、押しかけてきた邪魔者たちに目を向ける。

 紅魔館を追い出されたレミリア・スカーレットと十六夜咲夜の主従。居候の伊吹萃香が縁側でだらだらしていた。

 仕方なく霊夢は話を聞いてやっていたのだが、最後には呆れ顔を浮かべてしまった。妹にたたき出されて、行くところがないなどと言われれば、誰でもそうなる。

 

「それで、主従そろって追い出されたってわけ?」

「いや、少し解釈が違うな。これは古より伝わる策、空城の計というやつだよ」

 

 どんな策だよと霊夢が言おうとしたが、その前に咲夜が突っ込んだ。

 

「……お嬢様。完全に乗っ取られておりますので、少々無理があるかと。妹様たちは特にダメージを受けてはいませんし。何か罠を仕込んだわけでもありません」

「ちょっと待て咲夜。それでは敗北を認める事になるじゃないか。……いや待てよ。よくよく考えれば、フランはスカーレットに連なる者。妹のものは私のものだ。つまり、何も問題ないということだ! さすがは私だ、わははははは――ヘブッ!」

 

 馬鹿笑いするレミリア。鬱陶しいので、霊夢は無言でぶん殴って昏倒させた。

 

「お、お嬢様ッ! ちょっと霊夢、何をするの!」

「うるさいから、つい」

 

 咲夜が剣呑な目で睨んで来るが、知ったことではない。こいつらはお客でもなんでもない。しかも人の家のお茶を勝手に飲んでいる。パンチ一発なら安いものである。

 

「おーい霊夢。なんだか祭の臭いがするなぁ。あー、私も参加したいなー! できたら弾幕じゃなくて殴り合いがいいなぁ!」

「うるさいわね。飲んだくれ鬼はすっこんでなさい」

「おい! まさか、私を仲間はずれにする気か!? 私が鬼だからか畜生!」

 

 今にも暴れだしそうな萃香。霊夢は溜息を吐いた後、適当に宥めることにした。

 

「行くときは一応教えるから。ほら、アンタはもっと酒を飲んでなさい」

「え、本当か? それじゃあ遠慮なく」

 

 酒瓶をぽいっと投げつけると、萃香が嬉しそうに受け取る。ちなみに、教えるだけで連れて行くとは言っていない。

 ――居候のくせに、我が物顔でうろつく鬼、伊吹萃香。いつの間にか、こいつがいることが当たり前になってしまっていることに気付くと、霊夢は思わず眉を顰める。

 しかし、釜に力を封印してしまっている手前、とっとと出て行けとはいえないのが悲しいところ。そんなことを言って解放すれば、この鬼は喜んでどこぞに暴れにいくだろう。大人しくしているとはとても思えない。

 

「それで霊夢。貴方は、この異変についてどう思うの?」

「…………そうねぇ」

 

 咲夜の問いかけに、霊夢は考え込む。異変の兆候は、少し前から現れていた。もう9月も中頃になろうというときに、春の花々が再び咲き始めたのだから。月の異変から、まだそう経っていないのに、またかと霊夢は内心溜息を吐いていたのだが。紫いわく、今年は仕方がないのだそうだ。だが、時期が少しおかしいと、紫は首を傾げていた。

 

 異変の変化はそれからすぐに訪れた。多種多様だった四季の花々に取って代わるように、赤い彼岸花が幻想郷中を覆い尽くした。徐々にではなく、一夜でだ。人里、畑、森、平野、集落、湖、川、ありとあらゆる大地に彼岸花が咲き乱れている。酷い集落などは、家が彼岸花で埋め尽くされたらしい。そこの住人は発狂してしまったとか、ある集落などは生贄を差し出して祟りを抑えようとしたなど、紫がお節介にも教えてくれた。笑えない冗談だと霊夢が言うと、紫は真顔で『全部本当のことよ』と言っていた。余計に笑えない。

 

「うーん」

「何よ。鬼巫女のくせに、はっきりしないじゃない」

「誰が鬼巫女よ」

「鬼と一緒に住んでるからだけど」

「やかましい」

 

 一応文句をいっておく。ちょっとだけ納得してしまったのが悔しかった。

 

 それはともかく、彼岸花はこの博麗神社にも当然咲きまくっている。境内は赤い絨毯。この花に悪い印象はもっていなかったが、ここまでくると流石に呆れもする。ちなみに、抜いても無駄だ。そこらへんをふわふわしている『蕾』が、すぐさまやってきて、妖力照射により再生させてしまう。無駄なことはやらないのが霊夢のモットーである。

 

「ま、人里は大騒ぎだろうけど、私は別に困らないし。巫女というより、植木屋の仕事でしょう」

「貴方は困らなくても、普通の人は困るわよ。下手したら、そのうち餓死者がでるんじゃないかしら? 収穫を終えてない家もあったでしょうに」

「あー、それなら大丈夫よ。彼岸花は食べられるから。私も食べてみたし」

「……嘘でしょ。この花って、食べられるの?」

 

 疑問の目を向けてくる咲夜。嘘は言ってない。そんなに美味しくはなかったが、腹はちゃんと膨れた。

 

「ええ。鱗茎の毒を抜いて、粉状にして饅頭みたいにして焼いて食べたわ。アンタなら他にも調理法思いつくんじゃない? まぁ、毒を抜くのに失敗するとお腹を壊すかもしれないけど」

「ははは。私は生でバリバリ食べたぞ。いやぁ、本当に苦くて酒がすすむすすむ。ちなみに腹はちゃんと膨れたぞ! 鬼と巫女のお墨付き! つまりは鬼巫女印だな! わはははは!」

 

 豪快に笑う萃香。喰っても喰っても本当に減らないと、瓢箪の酒を飲みながら夜通し嬉しそうに騒いでいた。あまりにも五月蝿いので張り倒して終わりにさせたのだが。あれだけ生で食っても何ともないとは実に頑丈な胃袋である。

 そもそも、鬼に効く毒などないかもしれないと霊夢は思った。が、酒で騙まし討ちされた話もあったかと思い直す。まぁどっちでも良い。敵対したら、正面から叩き潰すだけである。

 

「……そう。なら紅魔館でも今度試してみようかしらね。無事に戻れたらだけど」

 

 咲夜が何度目かわからない溜息を吐いた。レミリアはまだ白目を剥いている。

 

「紫の話だと、もともとは飢饉に備えての救荒植物だったとか。私も詳しくは知らないけどさ」

 

 訳知り顔で延々と薀蓄を語っていた。鬱陶しいので聞き流していたのだが。

 

「へぇ。八雲紫って、長生きしているだけあって物知りなのね。流石は賢者といったところかしら」

「そりゃあ、紫は驚くほどの婆ァだからな! って痛えっ!!」

 

 萃香が笑い飛ばすと、スキマが開いて、強烈な拳骨を落す。どこからともなく現れるのが八雲紫なので、もう突っ込むことはない。

 

「全く。人が聞いていないと思って言いたい放題ねぇ。それに、貴方だって似た様なものでしょうが」

「あははは! 紫は相変わらずの地獄耳だなぁ」

「この異常事態で、呑気に酒を飲んでいられる気楽さが羨ましいわ」

「異常事態っていっても、彼岸花が一杯咲いているだけだろう。私は全然困らないねぇ。むしろ赤くて綺麗じゃないか」

 

 そう言って萃香は手をひらひらと振る。紫は深い溜息を吐く。

 

「そう言い切れる図太い神経が本当に羨ましい。きっと長生きするのでしょうねぇ」

「お前はもっと気楽に考えないと、まーた皺が増えるぞ? わははは! いよっ、皺くちゃ妖怪! ゲブッ!」 

「お馬鹿な萃香はともかくとして。霊夢、貴方は一体何をやっているのかしら」

 

 萃香を邪魔臭そうに蹴飛ばしたあと、霊夢に向き直る紫。

 

「何って。お風呂からあがってのんびりしてたら、こいつらが押しかけてきたんだけど」

「そんなことを聞いているんじゃないの。どうして自分の職責を果たそうとしないのかを聞きたいのよ。良ければ説明してくれるかしら?」

 

 紫が威圧しながら笑みを浮かべてくる。霊夢はふんと鼻を鳴らす。

 

「説明もなにも、私も萃香と同じ意見だからよ。所詮は花だし、放っておけば勝手に枯れるでしょ。霊が憑くかもしれないけど、それは私の仕事じゃないし」

 

 死神に勝手にやらしておけば良いのだ。巫女が汗水流して動く事でもない。

 

「……霊夢。まさかとは思うけど、判断に手心を加えているのかしら」

「はん。馬鹿言わないでくれない?」

「でも、そうとしか思えないのだけど。まさか貴女、『いつかお友達になれそう』とか思ってるの? 貴女が寂しがり屋なのは知ってるけど、それは感心できないわねぇ」

 

 口をニタリと歪めながら、わざわざ挑発してくる。風呂あがりだからあまり暴れたくはない。二度手間になる。

 

「……おい。あんまりふざけたこと言ってると、全力でぶん殴るわよ」

「あら、図星なの?」

「ああ?」

 

 目を細める紫に、霊夢は敵意を篭めて睨みつける。

 

「この異変を起こしているのが風見燐香であることは明白。彼女は、幻想郷中を赤く染めようとしている。時間が経てば経つほど、被害は広まって行く。この異常事態を、博麗の巫女ともあろう者が、どうして放っておくのかしらねぇ」

「ふん。赤だろうがなんだろうが、やりたいだけやらせればいいでしょ。食べられるし、冬になれば枯れるんだから。第一、被害ったって、花が妖怪化して暴れてるわけじゃない。そもそも、今年は特別とか言ってたのはアンタじゃない」

 

 花が咲き乱れてにぎやかになるから、楽しみにしていろとか、この馬鹿はほざいていたのだ。だから、こうして花を肴に酒を飲んでいた。そうしたら挑発した上に言いがかりをつけてきやがった。

 

「ええ、確かにそう言ったわ。今年は六十年毎の区切りの年。でもね、それが問題だったのよ。風見燐香は、自我を維持するのが困難になっている。だから、最後の花火とばかりに、心を許せる友人たちと異変を起こした。それだけならば、見逃しても良かったのだけれど」

「…………」

「恐らく、いえ、確実に力が暴走する。彼女の咲かせた大量の花々が黒に変異すれば、この幻想郷に深い傷跡を残すでしょう。その危険性に気がついていないとは言わせないわよ。――博麗霊夢、巫女としての使命を直ちに果たしなさい」

 

 命令口調の紫。咲夜、レミリア、萃香は口を挟んでこない。

 

「使命って何よ、偉そうに。ちゃっちゃと出張って、アイツを始末してこいとでも言うの?」

「ええ、その通りよ。暴走する前に、危険な芽を確実に摘み取りなさい。早ければ早いほど良い。今も、彼女は『蕾』を使役して支配圏を延ばしているのだから。時限爆弾を仕掛けられているようなものよ」

 

 紫が、黒化した彼岸花の危険性について語る。とある集落の家屋が、黒化した彼岸花に押しつぶされたと。中にいた人間は重傷。全ての彼岸花が、黒化し、人間に牙を剥けば取り返しのつかないことになる。だから排除せよ。紫はそう告げた。

 

「……幽香は止めなかったわけ? あの親馬鹿が放っておくとは思えないけど」

「彼女はずっと、止めようとしてたわよ。でも、もう無理だと判断したんじゃないかしら。自分だけ楽になろうとしてたし。穏やかな顔が死ぬ程ムカついたから強引に救出してやったけど。今頃は花畑で黄昏れてるんじゃないかしら。一応藍を監視につけてるけど、動くのは無理でしょうね」

「…………」

 

 よくは分からないが、風見幽香はやられたのだろうか。もう止められないことを悟り、娘に殺されようとしたのか。よく分からない。

 

「心配しなくても幽香は私が抑えておくわ。貴方は気兼ねなく、敵の始末に向かいなさい。情けをかけず、確実に殺すように」

「…………」

 

 霊夢は返事をせず、境内に咲いている彼岸花に視線を移す。黒化する兆候は全く見えない。が、変化は一瞬で起こるのだろう。そんな気がする。

 

「あの、馬鹿」

 

 最初会ったときから馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿なことをしたものだ。ずっと、何かに悩んでいるらしいことは分かっていた。だが、霊夢はそれを聞き出そうとはしなかった。余計なお世話を焼くのは嫌いだからである。自分もそうだからだ。

 でも、一言いってくれれば、相談に乗るのはやぶさかではなかった。何か手があったかもしれない。こう見えても、自分は一応博麗の巫女である。知らぬ仲でもなし、手を貸してやったかもしれない。役に立つかは知らないが、魔理沙も一応いるし。顔はそこそこ広いと思っている。

 

「……ねぇ。なんでアンタが直接手をくださないの? いつもみたいに、図々しく顔を突っ込めばいいじゃない。お節介が趣味なんでしょうが」

「ふふ、何て愚かな質問をするのかしら。妖怪を倒すのは人間でなくてはいけないの。それにね、貴方は“親しい顔見知りを容赦なく殺す”という貴重な経験を積むことができる。巫女として更に成長できる。貴方がやらないでどうするの?」

 

 紫が霊夢に笑いかけてきた。本当に厭らしい笑いだ。馬鹿にしやがって。全力で張り倒したくなる。だが、やったところで今は無駄だ。スキマに逃げ込まれてしまう。まだスキマを潰せるだけの力はない。だが、大人しく従うくらいなら死んだ方がマシだ。

 そう考えている霊夢の思考を完全に把握しているのだろう。更に嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。この性悪妖怪は、どうしても霊夢に始末をつけさせたいらしい。

 

「一応聞いておくけど。もう、本当にどうにもならないのね?」

「ええ、何をしようが手遅れよ。こうなることを恐れて、幽香は色々と足掻いていた。長い年月を掛けて鎖を幾重にも巻きつけたり、黒の憎悪を自分に向けさせたり、この時に何とか耐えられるように制御能力を鍛えたりと。でも、やっぱり無理だった」

 

 あの幽香がそんなことを考えていたとは、夢にも思わなかった。顔には出さないだけで、焦っていたのだろうか。霊夢にはやっぱり分からない。親になった経験などないからだ。

 

「まぁ、物好きな魔女たちはまだ諦めてないみたいだけど。結局は、徒労に終わるでしょうにねぇ。結末によっては、傷が深くなるだけ。度し難いわねぇ」

「……アリスのこと?」

「紅魔館の魔女と、貴方のお友達の霧雨魔理沙もいるわよ。うふふ、魔女が三人集まって悪巧み。そして貴方は仲間はずれ。残念だったわねぇ」

 

 何が楽しいのか、紫がケタケタ笑っている。こいつはもう無視だ。構っていても良いことは何もない。

 

「……とりあえず、明日になったら行くとするわ。悪いけど、今日は気乗りしないの。誰が何と言おうとも、絶対に行かないわよ」

 

 霊夢は縁側に横になり、空を見上げた。そうするのが良いと判断した。だから霊夢は動かない。

 

「ふふ。そんな我が儘が認められると思ってるの? 貴方が行動を起こさないなら、私が出張って戦闘不能にするだけのこと。ああ、最後の一撃は絶対に譲ってあげるから。嫌だと言っても、絶対にやらせる。貴女の身体を操ってでもね。そして、博麗の巫女の手柄にしなさいな」

 

 紫が手を伸ばし、頭を撫で回そうとしてきたので、全力で振り払う。

 

「――私に触るな、糞妖怪!! もう帰れっ!」

「あらあら、今日はいつも以上に荒れてるわね。もしかして反抗期なのかしら」

「うるさい! とっとと帰れ! ついでに死ねッ!」

「ああ、本当に素敵な気迫よ、霊夢。今すぐ食べちゃいたいくらいに。そうそう、最後に会話をする時間くらいはあげるわ。それじゃあ、三時間以内に準備を整えておくように。私は念のために幽香の様子を見てくるから――って!?」

 

 そう言って紫がスキマに入ろうとすると、見覚えのある蝶がそこから溢れ出てきた。紫は驚愕して身を後方に仰け反らせる。焦るのも当然だ。あの弾幕に当たれば生者は死ぬ。

 

「うふふ、流石の反応ねぇ。でも今の避け方、ちょっと情けなかったわよ」

「……幽々子? 今のは何の真似よ。私じゃなかったら死んでたんだけど」

「ふふ、貴方だからやったのよ。あんな攻撃に貴女が当たるわけがない。だから、ちょっとした挨拶代わりにと思って」

 

 空からふわふわと西行寺幽々子が降りてくる。

 

「本当にどういうつもりよ。温厚な私でも、理由次第では怒るかもしれないわよ?」

「怒ってもいいわよ。貴方の邪魔をしようと思ってるんだから」

 

 扇子を取り出すと、手で弄び始める幽々子。

 

「自分が何を言っているのか分かっているの?」

「ええ勿論。私からすれば、別にこの異変は大した問題じゃないし。むしろ歓迎すべきことよね。私の仲間がたくさん溢れているんだもの」

「冥界の管理者ともあろうものがなんて馬鹿なことを言うのかしら。……ああ、なるほど。妖夢があっちについたからか。本当に親馬鹿なのねぇ」

「貴方ほどじゃないわよ。それに、燐香ちゃんには借りがあるから。貴方を放置しておくと、返す機会がなくなりかねないから、こうして出張ってきたの」

「……へぇ」

「いい顔ね、紫」

 

 紫と幽々子が睨みあう。殺意が溢れ出ている。本気でここでやりあうつもりか。神社が壊れてしまうかもしれない。一応介入の準備を整えておく。自分の家が壊されるのを黙ってみている訳にはいかない。

 

「全く、霊夢といい貴方といい。どうして私の言う事を素直に聞けないのかしら」

「貴方がせっかちすぎるからよ」

「……はぁ。じゃあ、明日の陽が落ちるまでなら、様子をみてあげても良いわ。それで手を引くというのはどうかしら」

「どうもこうも、別に私はどうしようもしないわ。貴方が動こうとしたら、出来る限り止めるだけだもの」

 

 紫が譲歩するが、幽々子はけんもほろろだ。ふわふわしているように見えて、意外と頑固なのかもしれない。

 

「……ちょっと待ちなさいよ。それじゃ交渉にならないじゃない。親友がこうして譲ってあげてるんだから、少しは貴方も譲りなさいよ」

「嫌よ。私は交渉するつもりなんて欠片もないもの。だから親友でも駄目ね」

「こ、この我が儘女! 一度決めたら曲げないのは相変わらずね! 頑固者! 石頭!」

「頑固な石頭で結構。ちなみに死んでるからもう治らないわ。だから諦めてね?」

「治す努力をしなさいと言っても無駄なんでしょうね! 全く、どいつもこいつも我が儘ばかり! 私が幻想郷のために、こんなに一生懸命動いてるのに! もうやってられないわよ! なによなによ、私だけが悪役みたいじゃないの!」

 

 紫は癇癪を起こすと、萃香から酒瓶を奪い取ってラッパ飲みを始めた。

 

「それは、私の酒だぞお! おーい、返せよ! 私の酒! 酒酒酒ー!」

「うるさいわね、小鬼のくせに。子供が酒に溺れるなんて百万年早い!」

「なんだとクソ婆ァ! 今私を馬鹿にしたな! よーし、こうなったら飲み比べで勝負だ!!」

「ふん、望むところよ。後、年はアンタとそんなに変わらないからね! 紫ちゃんは永遠の少女だから!」

「何が少女だ。いくらなんでもサバ読みすぎだろ!」

 

 馬鹿共は放っておいて、先ほどの紫の言葉について考える。アリスたちが何かを企んでいると。しかも、仲が最悪のはずの魔理沙も一緒にいるらしい。

 異変の解決に出向けば、あいつらとは恐らくかち合うだろう。その時どうすれば良いだろうか。企みとやらを聞いてから判断してもいいのかもしれないが。……だが、なんとなく嫌な予感がする。

 

 それと、妖夢があちら側についたとか言っていた。糞真面目な性格のあいつが黒幕側につくなど、主の命令でもなければ普通はありえない。それでも燐香側についたということは、事情を知った上での判断か。非常に厄介な相手になりそうだ。

 レミリアの話も含めて考えると、燐香、フランドール、ルーミア、妖夢による異変ということになる。何やら妙な力をつけているらしいし、油断はできない。

 

 いずれにせよ、直接会って話をしてみるか。暴走しているなら止めれば良い。博麗の力は伊達ではない。アリスの案とやらもあるし、治療方法が見つかるまで、萃香のように封印してもいいではないか。そうだ、まだ手段はあるはずだ。手を下すのは、最後の最後でも十分だ。

 妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を恐怖する。そして巫女が妖怪を退治して世界は平穏に包まれる。これが今の幻想郷のルール。細かいことは霊夢の裁量次第。誰にも文句など言わせない。自分は言われた通りにぐるぐる回る歯車などでは断じてないのだ。

 

「……全ては明日、か」

 

 足元の彼岸花を一本抜いてみる。なんとなく、悪戯娘の笑顔が浮かんだ気がした。別に友人というわけではないし、どうなろうと知ったことではない。自分は人間、あれは妖怪。踏み越えようがない明確な境界線がそこには存在する。

 ――だが、あの騒がしさがなくなるのはなんとなく、なんとなく寂しい気もするのである。だから、霊夢は自分の直感と本能のままに動く事に決めたのだった。いつものように、気に入らない奴は全員ぶっとばし、気に入らないことは全部撥ねつける。何にでも顔を突っ込んで邪魔をしてくる腐れ縁の友人も、既に同じように行動していることだろう。

 紫が何を企み、何を言おうとも、全く関係ない。何よりも大事なのは自分の判断である。

 



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第七十四話 分水嶺

「今戻ったぜ。燐香の出した『蕾』がそこら中を飛び回ってて、外は相変わらず賑やか極まりない。妖精も気に当てられて大騒ぎだ」

「……そんなことは言われなくても分かってるわ。それで、人里の様子はどうなの?」

 

 魔理沙は、挨拶もなしにアリスの家に入り込んだ。ノックをして開けてくれる親切な者は誰もいなかった。

 アリスは完全に作業に没頭。パチュリーがノートに筆ペンを走らせながら、気だるそうに声を掛けてくる。

 

「それはもう大騒ぎと思いきや、慧音が上手いこと抑えてたぜ。60年ごとの節目に起こる、通過儀礼みたいなもんだとか言って。阿求も誤魔化しに協力してたし。ついでに、変なもんぺ女が炎で一掃して見せたのも効いてるな。まぁいたちごっこなんだけど」

「既に被害は出ているのかしら」

「作物に影響が出始めてるみたいだ。北にある集落は、完全に彼岸花で埋め尽くされてたぜ。あれは誰が見ても引くぞ」

「幸い、死人は出ていないと。なら、まだ八雲紫は様子見ということかしら」

「……多分な。霊夢もまだ出かけてないみたいだったし」

 

 人前では平然としていたが、直接話を聞くと、慧音は苦悩の表情を浮かべていた。このままではいずれ暴動が起きかねないと。とはいえ、魔理沙から見れば人里はまだそれほどではない。

 咲いている彼岸花の量には明らかに差があった。貧しい集落ほど、彼岸花の咲く量が凄まじい。狙い済ましたかのように、特定の家屋をつぶしていたりもする。慧音は言葉を濁していたが、被害が顕著なのは、どうやら子供を捨てた家とのことだ。その住民は子供の祟りだと恐れ戦いて、半狂乱、もしくは発狂したとか。なんともやりきれない。

 燐香が意図したものではないと思いたい。だが、このまま放置しておけば、取り返しがつかないことになる。アリスいわく、恨みを晴らした怨念は、満足すると消え去ってしまうとのこと。

 

「なるほどね。それじゃあ報告ご苦労様。もう帰ってもいいわよ」

「おい。私はお前の使い魔じゃないぞ。命令するなよ」

「なら勝手に手伝いなさいな。できることは何もないでしょうけど」

 

 パチュリーは興味をなくしたように視線を戻す。魔理沙は思わず顔を引き攣らせるが、手伝えることは今はないのも分かっている。つまり、パチュリーの言動に文句をつけることはできないということだ。

 

「そういえば、紅魔館の様子はどうなんだよ」

「完全に制圧されたみたいね。レミィと咲夜は博麗神社に逃げ込んだって、小悪魔から連絡があったわ。美鈴は門番として雇われたみたいよ」

「……いいのかそれで」

「妹様がいるんだから、雇用契約上は問題ないでしょう。ちなみに、小悪魔は雑用係としておかれてるみたいね」

「はは、そりゃあ良かったな。お前の予想じゃ、半々の確率で始末される予定だったんだろう?」

 

 アリスから燐香が襲撃に行くと忠告を受けていたパチュリーは、紅魔館を脱出することに成功していた。レミリアにも一応伝えたらしいが、当主が逃げられる訳がないと一蹴されたらしい。そこであっさり頷けるパチュリーもどうかと思うのだが、本人は全く気にしていない。だが、アリスの研究に協力する事が異変解決に繋がると考えているに違いない。……多分。

 

「折角だからスパイとして使うつもりなんだけど、こっちを裏切る可能性もあるのよね。アレ、腐っても悪魔だから」

「そりゃあ厄介だな。あいつ性格が腐ってるから、普通に嘘つくだろうし」

「その時はその時よ。私に反旗を翻したら誅殺するだけだもの。次はもっとまともな悪魔がいいわね」

 

 物騒なことを言うパチュリー・ノーレッジ。やっぱりこの女は魔女だった。やるといったら絶対にやるだろう。

 というか、まともな悪魔ってなんだ。 

 

「まぁお前達主従のことだから勝手にしてくれ。それより、例の人形はどうなんだ?」

「……見ての通り難航中ね。実際に白と黒を閉じ込められるかなんて、やってみないと分からない。理論上はできるはずだけど、実験している時間はない。つまり、ぶっつけ本番になる」

 

 汗を滴らせながらひたすら人形作成に没頭するアリスに代わり、パチュリーが淡々と説明する。パチュリーの担当する術式は既に完成しているらしく、今は優雅にお茶を飲んでいた。手伝おうにも、人形関連だから手が出せないのだろう。それは魔理沙も同じ。だから外の様子を見に行っていたのだ。

 

 遠目から、作業の様子を眺める。

 

「しかし、どう見ても本物だよな、アレ。一体どんな素材使ってるんだ」

「それは企業秘密でしょうね。素材のいくつかは提供したけれど、全ては分からない」

「……本当、怖いくらいに精巧だ」

「アリスの技術は超一流だもの。当然ね」

 

 作業台の上に置かれている子供の大きさの人形。髪は燐香を模して赤髪だ。身体には人工皮膚のようなものが貼り付けられ、肘や膝などの球体部が上手く隠されている。これに服を着せてしまえば、絶対に見分けがつかなくなる。

 アリスはそれぞれの部位に、魔力を篭めながら何か呪文のようなものを刻み込んでいる。光の文字が刻まれるが、すぐに消えていく。

 

「……あれがヨリシロになるわけだ。で、花梨人形は何に使うんだ?」

「あれには特殊な魔法陣が刻まれている。できるだけ対象と一緒にいさせることで、性質を馴染ませていた。それを本命の人形に移植することで拒絶反応を防ぐのよ」

「拒絶反応?」

「いきなり見知らぬモノに移された場合、普通は精神が持たないのよ。だから、魂の移植にはヨリシロとなるものが必要なの」

 

 太古の昔から、魂を移植する禁断の実験とやらは繰り返し行われてきたらしい。どれもこれも悲惨な結末に終わったようだが。それとも、成功した奴が記録に残していないだけなのだろうか。それは当人にしか分からない。

 と、そこであることに気がつく。

 

「あれ? でも、あいつに魂は……」

「ええ、ないのでしょう。騒霊に近い存在なのかしら。なんにせよ、これは成功率を上げるための保険――もしくは気休めね」

 

 そう言って、目を閉じてカップに口を付けるパチュリー。アリスが小刀で呪文を刻んでいく音だけが部屋に響く。

 彼岸花があちこちに咲き出してからもう三日は経つか。それと同じ時間、アリスは作業に打ち込んでいる。目は充血し、自慢であろう金髪もボサボサ、顔はひどく青白い。声をかけることが躊躇われるほどの形相だ。

 

「凄まじい集中力だぜ。鬼気迫るというか」

「それが魔女というものでしょう。貴方にも経験があるのじゃなくて?」

「……そりゃまぁ」

 

 魔理沙は溜息を吐きながら、カップに紅茶を注ぐ。すっかり冷めていた。

 月の異変の後、魔理沙は自分の情報と推測を打ち明けた。アリスはかなり悩んでいたが、やがて事情を打ち明けてくれた。魔理沙の行動を縛る目的もあったのだろうが。確かに、魔理沙は行動を制限されてしまった。今関われば、爆発しかねないというのが理解できてしまった。

 

 そして、アリスは近いうちに訪れるであろう破綻に備え、ある計画を準備していると明かしてきた。そして、嫌悪しているはずの自分に頭を下げて協力を求めてきたのだ。それほどまでに時間が足らず、事態は差し迫っていたのだろう。

 アリスは人形の製作、協力者のパチュリーは術式の構築。そして魔理沙は情報収集と、移植実行時における魔力供給係。ぶっちゃけ自分はいなくてもいいのだが、余計な行動をさせないためなのだろう。

 このまま放置しておけば、ただでさえ少ない時間を縮めかねないとアリスは判断したようだ。

 色々と遺憾ではあるのだが、何も知らされていなければ間違いなく突っ込んでいたのは確かだ。もしそうしていたら、どうなっていたのかは考えるまでもない。魔理沙が殺されるか、燐香が霧散するか。異変が佳境を過ぎれば、燐香は確実に暴走する。そうなれば、人間相手に容赦することは一切ないと、パチュリー先生のお墨付きである。

 

「なぁ、パチュリー」

 

 カップを置いた魔理沙は、アリスに聞こえないように極めて小声で問いかける。

 

「……なに」

「私たちは、間違ってないよな?」

「どうしてそう思うの?」

「いや、なんとなくだけど」

「曖昧ね。そう考える根拠を聞かせなさい」

「……何か、こう、しっくりこないというか。理由はないんだけど、そんな気がして」

 

 全く論理的ではないので、自然と声が小さくなっていく。

 

「直感や閃きというのは、新しいものを生み出すときにはとても有用よね。天才というのはそういうものらしいわよ」

「遠まわしに馬鹿にしてるのか? いや、絶対にしてるよな?」

「違うわ。そういう考え方もあるのかと感心しているのよ。私にはできないから」

「悪いが全然嬉しくないぜ」

 

 燐香を構成する黒が暴走する前に、全てを人形に取り込んで霧散を防ぐ。それがアリスの計画だ。

 六十年ごとに起こるこの異変――回帰と再生の年。その時が近づくにつれ、燐香の様子はおかしくなっていった。何らかの要因で、彼女を構成する白と黒のバランスが崩れるからだ。負のエネルギーが強まるからではないかと、パチュリーは言っていた。

 

 これに燐香が耐え切れなければ、自我を失い暴走する。黒が優勢になれば、人間への恨みを晴らすべく行動し、最後には消える。それが黒の本能だから。白はそれを抑えるためだけに用意された存在。その二つが奇跡的なバランスを維持する事で燐香は存在していた。

 幽香はその白を鍛え、さらに黒の本能を自分に向けようと必死に努力した。黒は恨みを晴らすまでは消えることはない。だから、なんども叩き潰し、いつまでも黒に立ちはだかる壁になろうとした。娘に死ぬ程恨まれても。

 だが、結局黒は本能を取り戻してしまった。まだ完全に暴走していないのは、白が瀕死で生き残っているからだろう。

 アリスは、そのバランスを維持することは一旦保留、その構成要素を全て人形に取り込むことを考えた。時間さえあれば、いずれ燐香を再生させることができる。なぜなら自分達は魔女であり、時間は無限に存在するのだから。

 

「実際のところ、どうなるかは私も分からないわ。不確定要素が多すぎる」

「でも、他に手はないんだろう?」

「暴走するであろう風見燐香。人間に対する負の思念、感情の塊。それを説得できる自信があるなら、やってみたらどうかしら。……ああ、怖い。貴方のせいで睨まれたわ」

 

 アリスがこちらを睨んでいる。魔理沙が視線を背け、パチュリーがカップに口を付ける。アリスは無言でまた作業に戻る。あれでは本当に幽鬼である。夜中外で見たら、大半の者が悲鳴をあげるだろう。

 

 パチュリーがアリスに聞こえないように小声で話し始める。

 

「貴方や博麗霊夢のように活力を持った人間が彼女の前に姿を見せたら、その時点で暴発するかもしれない。餓狼の前に生肉を置くようなものだもの。自殺願望と破滅願望があるなら止めないけれど」

「期待に添えなくて悪いが、私は止めておく。大体、その前に怖いお姉さんに首を刎ねられそうだぜ」

「それが賢明ね。今のアリスは、冗談が通じるような精神状態じゃないわ。気をつけなさい」

「…………」

 

 魔理沙はソファーに寄りかかり、天井を見上げる。もう時間はない。そのうち霊夢が動き出す。霊夢が出張れば異変はあっと言う間に解決するのだろう。あいつはそういう存在だから。そして燐香は確実に死ぬ。幻想郷への被害は大きいのだろうが、それでも霊夢が勝つ。

 その前にアリスの移植術を実行しなければならない。霊夢の足止めは魔理沙が行うつもりでいる。例え敵わないとしても、時間稼ぎくらいはできる自信はある。それに、自分がいなくても、アリスとパチュリーがいれば術式は実行できる。だから、それが最善だ。

 ――だが。

 

(……やっぱり、何か間違っている気がする。いや、見落としているのか? でも手段は他にない。……なら、このままいくしかないのかな)

 

 魔理沙は迷っていた。いつもは鬱陶しく感じる声が、聞きたいと思った。お前は間違っていないと、背中を押して欲しかった。

 ――何故かは分からないが、『いつまでも甘えるんじゃない』と怒鳴られたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんでこんなことに? ちょっと展開が急すぎない? 訳が分からないんだけど!」

 

 はたては死ぬ程焦っていた。写真を現像して、カラスを使ってそれを燐香に届けさせて一仕事終了。紫のバラの人からただの引き篭もりに職種を変え、ぼけーっとのんびり昼寝したりして過ごしていたら、妖怪の山の状況が一変していた。赤くなっているのは山だけじゃなく、慌しく飛び回る天狗の顔もだった。

 

「ちょっと寝てる間に殺伐としすぎでしょ!」

 

 大天狗が意味深に唸り声を上げ、哨戒の白狼天狗は無意味にあたりを飛び回り、性悪鼻高天狗たちは猛烈にピリピリしているらしい。らしいというのは、はたてが見事に寝過ごしたせいで、集会に参加できなかったからである。いなくてもだれも気がつかないという存在感のなさは如何なものだろうか。文いわく、気付かれていたら粛清されていたと言われた。本当に物騒な山である。

 で、何がおこったかと言えば、幻想郷中にお花が咲いているらしい。メルヘンで実に良いじゃないかとほんわかしていたら、文に間抜けを見るような目で呆れられた。

 咲いていたのは彼岸花。幻想郷の平地を赤く埋め尽くすほどに咲き乱れているらしい。しかもその勢力圏がいよいよ妖怪の山にまで延ばされてきたのだ。お偉方は山への挑発行為と受け取り、臨戦態勢に入ったようだ。

 天狗の住居にまで彼岸花が現れたのだから放置できるわけがないとのこと。たかが花ぐらいで本当に喧しい連中である、彼岸花は食べられるのだから、別にいいじゃない――と、寝起きのはたては思ったのだが。肝心なことを忘れていた。彼岸花の異変とくれば、もう該当するのは一人しかいない。この状況は間違いなくやばいと気付いたはたては、即行で着替えて歯を磨いてお茶を一気飲みしてから家を飛び出したのであった。

 

「あーとにかく急がなくちゃ!!」

「ちょっと。そこの馬鹿はたて。アンタ集会すっぽかしたくせに、一体どこ行こうってのよ」

「うん、ちょっとお散歩に――」

「そんな暇があるなら早く詫び入れにいってきなさいよ。アンタがいなかったことに気付いたみたいで、上役連中カンカンよ?」

 

 全速力で山を抜け出そうと飛んでいたのだが、文に余裕で追いつかれてしまった。

 というか今更気付いて怒り出すなんて実に理不尽である。ずっと忘れていてくれれば良いのに。 

 

「私のことは放っておいて。いてもいなくても同じだから」

「それは知ってるけど、他の天狗に見つかったら牢にぶちこまれるわよ」

「大丈夫。私は捕まらないから」

「はぁ。どこからそういう自信がでてくるわけ? 馬鹿なの?」

 

 ちなみにどこに向かえばいいのかは自分でも良く分からない。ただ、このままでは致命的にまずいというのは分かる。

 なんでもっと早く気がつかなかったのか。今思えば、この節目の年に向けて風見幽香は足掻いていたのだ。「あーなんて馬鹿だったんだ」とはたては涙目になる。しかし、何か取る手があったかといえば何もない。自分のしたことといえば、ちょっと気の利いたお土産を届けたくらい。

 冷静に考えると、別に助けてやる義理はないのだが、放っておくには知りすぎてしまった。今更見て見ぬフリはできない。主に自分のために。ここまで知ってしまってからバッドエンドというのは、はたての精神に激しくきそうな気がする。更に引き篭もりになっちゃいそうだ。

 

「ほら。悩んでないで帰るわよ」

「しつこいなー。とにかく私は行くの。ウザイ上役には適当に上手く言っておいてよ」

「この馬鹿! もう哨戒天狗に見つかってるわ! ほら、後ろ後ろ」

「――うげっ!」

 

 犬走椛と白狼天狗たちがなぜかこちらに向かっていた。

 

「なんでこんな辺鄙なところ警戒してるわけ? あの天狗たちそんなに暇なの?」

「この厳戒態勢で、山の上を全力でぶっ飛ばしてたら警戒にひっかかるわよ。しかも、あの引き篭もりで有名なはたてが血相を変えてればねぇ。余計に悪目立ちするってわけよ」

 

 言いがかりだと思ったが、抜け出すのはまずいのは確かだった。

 

「そんなぁ。じゃあ文! 私の代わりに足止めよろしく!」

「ふざけんなこの馬鹿。ほら、さっさと帰るわよ。上手い言い訳を考えておきなさい」

「それは駄目! 多分だけど、私は行かないといけないし」

「だから意味わからんわ! 馬鹿やってると本当に粛清されるわよ!」

 

 粛清という言葉に思わずビビってしまいそうになるが、烏天狗を舐めるなとはたては気合を入れた。だが、日頃の運動不足が祟って身体がだるい。

  

「姫海棠はたて! 大人しく縛につけ!」

「ふん、犬が偉そうに」

「射命丸殿、我々は大天狗様に命じられての任務中です! 邪魔立ては止めていただきたい!」

「おお、こわいこわい」

 

 文が鼻で嗤うと、白狼天狗の顔が真っ赤になった。どうしていきなり怒らせているのか。

 

「捕まるのは嫌だし無理。椛、後生だから助けてよー。一応知り合いじゃない」

「申し訳ありませんがお断りします。……戻ってからお話は窺いますので。とにかくついてきてください」

 

縋るように犬走椛に視線を向ける。ちょっとだけ眉を顰めた気もするが、手心を加えてくれそうにはない。椛は真面目だから。文も足止めにはなってくれない。つまり、ここは逃げの一手しかない。

 

 

「そっか。残念無念。とにかくここは逃げないと」

 

 はたては大きく息を吸い込んだ。

 

「観念しないのならば、少し痛い目に遭ってもらうまでだ!」

 

 白狼天狗たちが弾幕を放って来る。ひらりと回避。言うほどひらりではなかったが、そういう気分で。文は当たり前の如く回避。はたてと違って戦闘経験が違うのだ。

 

「危ない危ない。やっぱたまには運動しておかないと駄目だねー。文はさすがだね」

 

 はたてはさりげなく文を褒めてあげた。

 

「姫海棠はたて、そして射命丸文! 貴様ら一体何を企んでいる!」

「はぁ? なんで私まで一緒なのよ。というかお前、誰に偉そうな口聞いてるの?」

 

 烏天狗は白狼天狗より偉いのである。普段こんな口を文に聞こうものなら、本気で半殺しにされるであろう。だが、今は少々状況が異なるらしい。地位と権力に弱い天狗がそれを無視するときは、何かしら材料があるときである。

 

「この緊急時に、山を逃げ出そうと企む連中に払う敬意などないわッ! 大天狗様も、きっと分かっていただけよう!」

「はぁ? だから、私はこいつを止めようと――」

 

 はたてはピンと閃いた。凄い名案を思いついてしまったので、指をパチンと鳴らして注目を集める。

 

「ふふふ。もはやこれまでという訳ね。そう、私と文は何かとてつもないことを企んでいるの! 聞いたら大天狗が腰を抜かすようなのをね。で、詳しく知りたかったら文に聞いてね! それはもう凄い詳しいから!」

 

 文も強制的に巻き込む事にした。死なばもろともである。後でお団子でも奢れば許してくれるだろう。多分。

 

「はぁ!? お、お前、何言い出してんのよ! ちょ、ちょっと待って。私はこれっぽっちも関係――」

「やはり謀反を企むか! 最早問答無用だッ!! 取り囲んで抹殺せよ!」

「お覚悟!」

 

 年配の白狼天狗が号令すると、白狼天狗たちが速度をあげて襲いかかってくる。椛などは一気に肉薄して斬りつけてくる。文はそれを上手くいなして、強烈な風で吹き飛ばす。

 

「この馬鹿犬どもがっ! 少しは私の話を聞きなさいよ!」

「ええい、聞く耳もたぬ!」

「あー、だから全部誤解だって言ってるのよッ! なんで私が裏切らなきゃいけないの!」

「とりあえず私は逃げることにしょうかな。それじゃお先に!」

「待ちなさいはたて! というか全部お前のせいだろうが! ぶっ殺すぞ!」

 

 激昂する文を置いて逃げ出すと、直ぐに追いかけてくる。

 ここまでは大体計算通り! というわけで文と一緒に逃走開始。椛たちは攻撃しながら執拗に追いかけてくる。さて、どこに逃げ込もうか。というか、このまま紅魔館に行ってしまうか。しかし、行ってどうするのだ。説得する? あの状況では無理だろう。あーどうすればいい。

 

「あー困ったなー!」

「それは私のセリフだ! な、なんで私がこんな目に!」

「日頃の行いじゃない?」

「お前が言うな!」

 

 ――と。頭を掻き乱しながら、後方からの攻撃を回避したとき。前方から凄まじい勢いで何かが飛んできた。頬を掠めたそれは、後方にいた白狼天狗の肩に突き刺さると、まるで感電したかのように痙攣してから墜落していく。

 飛んできたのは一本の矢だった。天狗は頑丈だから死んではいないだろうが、かなりの衝撃だったらしい。落ちていく天狗は完全に意識を失い白目を剥いていた。

 

「……全く。姫の我が儘にも困ったものね。下手をすれば妖怪の山と全面戦争になるわよ」

「ほ、本当にいいんですか? これってヤバイんじゃないですか? ヤバイですよね? ね、師匠?」

「ええ、あちらに気付かれれば戦争確定ね。ただし、死人に口なしとも言うわ。優曇華、私が撃墜するから、全員狂わせていきなさい。絶対に一匹も逃がすな」

「は、はいっ!」

 

 どこぞで見覚えのある人間が二人いた。永遠亭の八意永琳と、鈴仙・優曇華院・イナバだ。八意永琳は次の矢を構えている。天狗達は慌てて刀を向け直すが、その間にまた一人撃ち落とされた。

 

「き、貴様ッ! 知っているぞ! 永遠亭の薬師だな!? 我らと戦を起こすつもりか!」

「いいえ。私は亡命希望者を受け入れに来ただけよ」

「は、はあっ? 一体何を――」

「そこの姫海棠はたてよ。彼女を永遠亭で受け入れる事になったから。邪魔するならお相手する。というか、どう答えようとも全員記憶を失ってもらうのだけどね。というわけで失礼」

 

 永琳はそう呟くと、連続で矢を撃ち放つ。作業を行うようにひたすら淡々とした表情で。

 

「ひ、姫海棠はたて!! 貴様、そこまで落ちたか! 天狗の面汚しめ、刺し違えてでも成敗してくれるわ!」

 

 白狼天狗がいきり立つ。同胞を裏切ることは最大の罪である。それは怒るよなぁとはたては他人事のように思った。はたてからすると、同胞意識など欠片もないのだが。友達だと思っているのは、射命丸文だけか。なんとか知り合いなのが犬走椛である。

 そう、はたては妖怪の山では異端で孤独なのである。認めたくないが、事実だから仕方ない。もしかすると、風見燐香に惹かれたのもそのせいかもしれない。あの子は人間社会からはじき出された異端の集合体。でも、それを感じさせない明るさがあった。だから見ていて楽しかったし面白かったし悲しかった。

 ということで、適当に言い返しておくことにした。

 

「うーん、そう言われてもねー。私、貴方達のことなんて全然知らないし。裏切りとは全然思わないかなぁ。仲間なんて一度も思ったことないし。そっちもそうでしょ?」

「き、貴様ッ!」

「あ、あんた。本当に山を抜けるつもりだったの? あの引き篭もりのはたてが、なんて大胆な行動を」

 

 文が本気で絶句していた。心配してくれているのかと思ったが、本気で驚いているだけのようだった。

 

「亡命云々は知らないよ。私はただ燐香のところに行くつもりだったの。あー文は一応友達だし、椛は知り合いだと思ってるよ」

「やかましいわ! どさくさで私を巻き込もうとするな! あれ? というかもう私も同罪? 嘘でしょ!」

「…………」

 

 激昂する文。そして、無言でこちらを見ている椛。椛が何を考えているかは分からない。たまに将棋で遊んだりお裾分けをもらったりしたけど、話はさっぱり弾まないというか、椛は基本無口だし。仲は悪くなかったと思いたいが。

 

「じゃあ八意永琳! 亡命希望者一名追加で! ここの射命丸文も行くからよろしくね!」

「はぁっ!?」

 

 隣にいる文を指差すと、どうでもよさそうに永琳が頷く。当然、文は絶叫する。

 あ、何かを言いかけだった椛もやられた。これで追撃天狗は全滅だ。椛の様子を観察する。うん、全然致命傷じゃなさそうなので大丈夫だろう。

 

「おまッ! お前ええええッ!! 何言ってくれてんの!」

「ごめんね。でも、特ダネを掴むチャンスかもよ」

「ぶち殺すぞ!」

「まぁ一人も二人も同じ事か。面倒だから一緒に連れて行くわ。どうしても嫌なら記憶を失わせるからそこで待ってなさい」

「そ、そんな。なによその理不尽な二択は。ど、どうしてこうなった」

 

 呆然とする文を放って、永琳に近づく。

 

「それで、どうして私を迎えに? 何か知ってるの?」

「ウチの姫から、助けがいるだろうから迎えにいってやれとお願いされたのよ。私はリスクが大きいからやめろと言ったのだけどね。一度言い出すと聞かないから」

 

 溜息を吐く永琳。下では鈴仙が天狗たちに幻術を掛け始めている。

 

「それは、今回の異変に何か関係あるの? 貴方のところの姫は、一体何を知ってるの?」

「さぁ。私は何も知らないわ。何がどうなろうと別に興味もないし。姫に直接聞きなさいな」

「うーん、分かった。じゃあ時間がないから早く行きましょう! 文、行くよ!」

「あー。もうどこにでもつれてけばいいじゃない。ええ、どうぞご勝手に。ううっ、さようなら、我が愛しのふるさとよ」

「大げさだなぁ」

 

 はたては、魂がぬけそうになっている文の腕を掴み、永遠亭に向かって飛び始める。永琳が後をついてくる。

 まだ間に合うはずだ。何をすれば良いかは分からないが、きっと大丈夫。

 なぜなら、はたてはハッピーエンドが大好きだから。だから、この異変もめでたしめでたしで終わるのだ。

 



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第七十五話 神は、賽を振るか?

 幻想郷を赤く染める計画は順調に進んでいる。人里はもちろん、博麗神社、永遠亭、冥界、ありとあらゆるところに彼岸花は撒き散らされている。だがまだまだ足りないとルーミアは思っているらしい。やるなら徹底的にやらないと面白くないと。フランもだ。だが妖夢は一人難色を示す。

 

「……もう十分じゃないかな。誰がどう見ても、私たちの異変だって分かるし。これ以上やらなくても」

「全然足りないよ。もっと赤くしようよ。意味なんて後で考えればいいじゃない」

「私もそう思う! もっともっと赤くしたい!」

 

 高級そうなテーブルを囲んでいるのは、燐香、妖夢、ルーミア、フラン。少し離れたところで小悪魔が控えている。紅魔館を陥落させた瞬間、こちらに寝返ってきた。

 テーブルの上には、以前幽香の家で皆で作った幻想郷征服ゲームが乗せられている。その手書きのマップにフランが赤いクレヨンで、豪快に塗りたくっていた。彼女が赤く塗った場所は、すでに彼岸花の散布が終了しているということだ。

 

「燐香。これ以上は――」

「あはは、私のことは何も気にしないで大丈夫ですよ。存分にやりましょう。指示してくれれば、そこに蕾を飛ばしますから」

 

 一人だけ椅子に座っている燐香は、薄く笑った。その目は少しずつ、濁り始めている。以前のような感情豊かな目に戻ることは、もうないだろう。燐香は指を鳴らすと、一つの『蕾』を発生させる。この『蕾』を大量に生じさせて幻想郷中に飛ばし、彼岸花をばら撒かせているのだ。妖力源は黒い瘴気。今は負の力が増大しているため、黒に莫大な力をもたらしている。

 

「じゃあ、地底、天界、地獄がいいなぁ。隠しマップまで赤くなったら凄いよね」

「それいいね。鬼や天人、閻魔もびっくりするよ」

 

 ルーミアは手を叩いて賛同する。

 

「それを塗ったら完全制圧?」

「うーん。ここには裏ボスがいるんだよねー」

「誰それ」

「それは制圧してからのお楽しみ」

 

 ルーミアが意味深に嗤う。フランは教えてとごねているが、ルーミアは口に手を当てて絶対に教えないとアピールしていた。

 

「燐香は知ってる?」

「さぁ。誰なのかは大体分かりますが、どこにいるのかは知りません」

「そうなんだ。ま、後で分かるからいっか!」

「…………」

 

 先ほどから妖夢が視線で燐香を牽制しているのだが、それに気付く様子はない。そもそも、ちゃんと妖夢の姿が見えているかすら分からない。

 紅魔館を落としてから、燐香は一人で行動することはなくなった。ずっと椅子に座って、『蕾』を飛ばしているだけだ。

 その変調に、フランは気付いていないようだった。燐香の『蕾』の操作に忙しいという言い訳を、純粋に信じているのだろう。だから、これが最後だということも当然知らない。燐香は教えなくて良いと、妖夢に言った。最後の時まで、楽しい思い出を作りたいと。それが約束を果たす事になると言ったのだ。この異変を起こしたのも、フランとの約束を果たすためだった。

 ルーミアと妖夢は、燐香から異変前に事情を打ち明けられた。その上で、最後まで手伝って欲しいと告げられた。ルーミアは二つ返事で了解したが、妖夢は深く悩んでいた。だが、最後には燐香に付き合う事を選んだ。

 

「霊夢さんはまだ動きませんか?」

 

 燐香が霊夢の様子を尋ねる。彼女が動き出したときが、異変が佳境を迎える合図となる。

 

「多分、明日には来ると思う。それに、アリスさんも」 

「そうですか。最後にお母様と決着をつけたかったんですけど。難しそうですね」

「幽香さんは行方が掴めないくて。もし探した方がいいなら――」

「いえ、もういいです。それに、どういう顔をして会えばいいのか、本当言えば分かりませんし。向こうも会いたくないでしょう」

「ん? それってどういうこと?」

 

 不思議そうに首を捻るフラン。燐香は誤魔化すように笑うと、話題を変える。

 

「なんでもないですよ。それより、私がボス役で本当にいいんですか?」

「うん! だってお花の異変なんだから、燐香がボスじゃないと駄目だよ」

「あはは。ありがとうございます」

「……ね、本当に大丈夫? なんだか少し調子悪いみたいだけど」

「ええ、大丈夫ですよ。幻想郷制圧までもうひと頑張りです。花を全地域に咲かせたら、次はフランの仕事です」

「う、うん」

 

 最初は節目の年に起こる、花々の異常。これに便乗する形で、燐香は彼岸花を咲かせた。そして幻想郷中に行き渡される。これが異変の第一段階。

 そして、第二段階は更にフランの手により紅い霧を撒き散らすというもの。全世界を真っ赤に染めて皆を驚かせようというのが、この異変の一応の目的だ。最後はフランに花をもたせたいと、燐香は笑っていた。そして、そこまで自分はもたないだろうとも。

 

 燐香から事情を打ち明けられ、妖夢が協力を約束したとき。妖夢は、もう一つの仕事を依頼されている。

 それは、燐香の“白”が“黒”に呑まれそうになったら、直ちに始末してくれというもの。白が自壊するならば、黒は霧散するだけで済む。恨みを向けられた人間には相当の被害がでるだろうが、それで終わりだ。

 だが、白が黒に呑み込まれてしまった場合、彼岸花を“黒化”させる命令を確実に出してしまうと燐香は言った。そうなれば大災害とも呼べる事態を呼んでしまう。

 花を操るのは白の燐香の能力。黒はそのエネルギー源。だから、花を操るには白を取り込まなければならない。つまり、起爆スイッチの役割なのだと、燐香は淡々と説明した。

 話のあまりな内容を聞いて激怒する妖夢に、燐香は困ったように苦笑していた。

 

『そうなる前に、八雲紫か死神が始末しにくるよ。だから、これは保険。でも、もし誰もこなかったら、その時はよろしく』

 

 そう言うと、妖夢とルーミアの手を取り、何かを送り込んできた。それは、黒い瘴気だった。

 

『あとでフランにも渡すけど。この力を使えば、確実に白を潰せる。しかもこの異変の間だけパワーアップできちゃうし。つまりボーナスタイムだね。ちょっとずるいけど、黒幕側の特権だよ』

 

 妖夢は苦悶の声をあげていたが、ルーミアとは相性が驚くぐらいに良い力だった。これならば、とルーミアはリボンを触っていた。

 後で渡されたフランも、特に苦もなく力を受け入れた。彼女は少し気が触れているからだろう。常識人ほど苦しむということだ。

 

『異変の後でもしも怒られたら、私とこの瘴気のせいにすればいいよ。それで全部上手く回るから』

 

 燐香はそう言って、穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

「皆さん、お食事の用意ができましたよ。腹が減っては戦はできぬと言いますし、よければいかがです? 私の私財をはたいて、豪勢な食事にしてみました。」

「お前、毒でも入れたんじゃないの。大抵ろくなことしないし。というかパチュリーに情報流してるでしょ」

 

 フランが冷たく言い放つ。小悪魔の本性を本能的に感づいているのだ。

 

「滅相もないですよ妹様。私は皆様の忠実な僕です。疑われるのは心外ですねぇ」

「ふーん。まぁ、何かしたら握りつぶすだけだしね。今日はいつもより魔力が満ちてるからさ」

「嫌だなぁ。この私が悪さなんてする訳がないじゃあないですか。そうでしょう、妹様―ーいえ、今は偉大なる当主様でしたか」

 

 いけしゃあしゃあとおべっかを述べる小悪魔を、胡散臭げに眺めるフラン。だがすぐに興味をなくしたらしい。妖夢は汚いものを見るような目で睨んでいる。

 ルーミアは心からどうでもいいので、一度も小悪魔とは話をしていない。

 

「だってさ。一応食べに行く? 料理の腕は確かだよ。性格は糞だけど」

「私は結構です。見回りでもしておきます」

「お腹空いたし、いいかもねー。私は毒じゃお腹壊さないし」

 

 ルーミアは同意する。気分的には人間を丸ごと噛み千切りたい気分だ。この黒い瘴気を纏っていると、食欲がどんどんと溢れてくる。妖怪としての本能を刺激される気がする。後で懲罰を受けても良いから、人里を襲いに行きたい気分になる。

 だが、まだ駄目だ。もう少し我慢しよう。楽しみはまだまだこれから。それに、まずないと思うが、もしも、もしもルーミアが当たったら。

 

「燐香は、どうする?」

「……そうですね。明日は忙しくなりそうですし。早くご飯を食べて、少し休息を取りましょうか」

「うん、分かった」

「じゃあ先に行って何があるか見てくるね! 罠があるかもしれないし!」

「だからそんなことしませんって。これからが本番なのに自分でケチなんてつけませんよ」

「意味分かんないし」

 

 フランは小悪魔を引き連れて食堂へ向かって行った。それを見送ると、妖夢は燐香の肩を持ち上げる。やはり目が見えなくなっているようだ。黒の侵食はかなり進んでいるらしい。異変の最後までもつだろうか。ルーミアの見る限り、明日、太陽が落ちるぐらいが限界だろう。

 

「……調子は」

「ご心配なく。完全に見えないわけじゃなくて、世界が歪んで見えるだけです。結構吐きそうですけどね」

「じゃあ、いいものがあるんだけど。食べる?」

「遠慮しておきます」

「ミント味のキャンディーだよ。気分がすっきりするかも」

「……ならいただきます」

 

 ルーミアがポケットから飴玉を取り出すと、包みをほどいて燐香の口に放り込む。燐香はそれを舐めながら、歩き始める。

 

 ルーミアは燐香と妖夢の後姿を眺めながら、口元を歪める。燐香はこれが最後の異変、そして明日で全てが終わると考えているようだが。

 

(それじゃあ、あんまり面白くないよね。だって、それだと燐香のシナリオ通りだし。なんだか面白くない)

 

 燐香の考えを裏切った方が、面白くなる。今までもそうだった。ルーミアが彼女の考えを裏切ると、燐香は面白いリアクションをとってくれる。見ていて楽しいし、隣にいて面白い。だからルーミアは彼女の友達なのだ。よって、勝手に消えることは許さない。ルーミアはまだまだ全然遊び足りない。

 だが、この異変はどう転がるか本当に予測できない。燐香のシナリオ通りにいかないのは確か。だが、他の不確定要素が多すぎる。だから、ルーミアも流れに任せることにした。その方が面白そうだから。

 

(ルーレットの玉がどこに落ちるか分からないけれど。……もしも、もしも私の所に落ちたなら)

 

 ルーミアはリボンを優しく触りながら、歯を剥き出しにする。そのときは遠慮しない。全部巻き込んでやろう。全部巻き込んで黒にしてやる。燐香は白も黒も逃がさない。霧散などさせるわけがない。全部取り込んで、最期まで一緒だ。

 

 ――私たちは、心の友なのだから、いつまでも一緒なのは当然である。

 

 

 

 

 

 最後の晩餐を終えて談笑していると、あっと言う間に日付が変わってしまった。休息を終えた私たちは、主の間に場所を変える。私は、異変につきあってくれる友達に視線を向ける。

 フランはやる気満々で笑っている。ルーミアはいつも通りに笑っている。妖夢はどことなく沈んだ様子。だが、私と視線が合うと無理矢理に笑ってくれた。

 全部私の勝手なイメージ。もう彼女たちの表情は分からない。多分、あっていると思う。

 

「じゃあ、私はここで、ひたすら彼岸花を咲かせ続けるから。皆は、出来る限り時間を稼いで。地底、天界、地獄にまで私の花が咲いたら勝ち。もしくは全員撃退しても勝ち」

「そうしたら、私が霧をばら撒いて勝利宣言するんでしょ?」

「そういうことです。ですから、私を頑張って守って下さい。『蕾』を操作している間は無防備ですから」

「うん、分かった! さっき魔力を適当にばら撒いたから、妖精たちが更に興奮し始めると思う。それに美鈴もいるから、少しは時間を稼げるかな?」

 

 フランが悪い笑みを浮かべながら嗤っている。外ではメイド妖精たちが発狂したように飛び回っているようだ。甲高い声が喧しいほどだ。

 

「どうかなー。多分全員一撃じゃないかなー。美鈴は知らないけど」

「ご飯抜きだったから駄目かもね」

「持って行こうとしたら、フランが食べちゃったんだよね」

「ルーミアも食べてたじゃん。中途半端は良くないって全部」

「まったく」

 

 妖夢が溜息を吐いて呆れている。

 

「あはは。二人ともひどいですね」

「妖怪だしね!」

 

 私たちは声をあげて笑う。

 

「じゃあ何か軽く届けてあげて下さい。飲まず食わずは可哀想です」

「うん、分かった」

 

 頷くフラン。私は隣に控えている小悪魔に話しかける。歪んで見えるが、輪郭で大体分かる。

 

「そろそろ図書館に避難していたほうがいいですよ。流れ弾に当たるかもしれません」

「うふふ。こんなに心が躍るビッグイベントなのに、大人しく避難していろなんて殺生です。是非、この目で最後まで見届けさせて下さい。勿論、巻き込まれたくないのでこっそり潜んでます。巻き添えはお断りです」

「本当に、性格が腐ってますよね。最初会ったときも酷い目に会いましたし」

「あ、覚えてましたかぁ?」

「下手をすれば、あのとき暴発していましたよ」

「そうですよねぇ。しかし、今回はどう転んでも、ぐふふっ。いやぁ、ありがとうございます。貴方のおかげで、絶頂を迎えられそうです。そうだ、誰かに伝えたい事があったらなんでも言って下さい。メッセンジャーやりますよ?」

 

 気味の悪い笑い声をあげる小悪魔。私は少し悩んだ後、首を横に振る。もう伝えたいことはない。いまさらさようならを告げてどうしようというのだ。もう賽は投げられたのだ。

 

「そうですか。では、代わりに私が気の利いた言葉を皆さんに送っておきますね」

「どうぞご勝手に。……じゃあ、始めましょうか」

「おー!」

 

 フランが腕をあげる。ルーミアが顔を歪めて妖怪っぽい笑みを浮かべる。妖夢が自慢の二剣を握りなおし、口を開く。

 

「第一波は私が受け止めます。多分博麗霊夢でしょうから。アリスさんの担当は、ルーミアでいいですか?」

「いいよ。というか誰でもいいよ」

「魔理沙にパチュリーさんも来るかもしれませんよ?」

「全員相手してあげるよ。今日はパワーアップしてるからね」

 

 ルーミアが右手をにぎにぎしている。

 

「私はどうすればいいの?」

「多分、レミリアさんと咲夜が紅魔館の奪取に来るでしょう。そちらをお任せします。太陽が出ていますので、中で迎え撃って下さい」

「うん分かった! あはははっ! またお姉さまの悔しがる顔見れそう! 今度は咲夜をもらっちゃおうかな?」

「……あと燐香」

「はい? あ、私はここにいるつもりですけど」

「何かあったら直ぐに来るから。小悪魔を寄越して。もしくは蕾でもいいから」

「あはは、それは頼もしいですね。そういえば私の用心棒でしたっけ」

 

 おどけるが、返事はない。どんな表情をしているかまではもう分からない。だから私は笑っておく。

 

「…………」

「ああ、そうだ。もしも」

 

 私は、絶対にないと思うが、もしものことをお願いしておく事にした。

 

「お母様が来たら、私のところまで通してください」

「……うん。分かった」

「あの人とは、私が決着をつけなくちゃいけませんから。まぁ、来ないと思いますけど。今まで、酷いことばかりしてきましたから」

 

 長い間本当にお世話になった。白の私には分かる。沢山迷惑を掛けてしまった。今までは、それを感づいてはいけなかった。だから、気付かないようにしていた。でももう良いのだ。黒の憎悪の対象はすでに人間へと変わっている。今なら素直に色々と話せそうだが、残念ながら時間がない。最初からバッドエンドしか用意されていないのだから、どうしようもなかった。ならば、せめて楽しく踊ることにしよう。そうすることで、私という存在がこの世界に記憶される。馬鹿な真似をした花の妖怪がいたと、稗田阿求が残してくれる。それでよしとしよう。

 

「では、花々の異変――彼岸花異変はこれからが本番です。後世に残るくらい、派手にやるとしましょう!」

 

 私は瘴気を全身に漲らせて蕾を限界まで作成。あっと言う間に力が膨れ上がる。人間への恨みと妬みが凄まじい。こんなに大量だと個々での制御などできないが、もうする必要もない。私は、それらを両手を広げて一斉に散開させた。蕾たちは紅魔館を飛び出し、それぞれの目的地まで飛んでいく。私の最後の制御が効かなくなれば、即座に人間を殺害するための毒花に変化するだろう。それが幻想郷中に仕掛けられているのだから、真実を知る者は顔を青くしているはず。例えば八雲紫とか。まぁ、そうはならないのだけど。

 

「じゃあ、行ってくるね!」

「また、後でね」

「……絶対に無理しないように」

 

 フランたちはそれぞれの持ち場に向かっていった。これが最後になるかもしれないので、彼女達の背中をしっかりと目に焼き付けておく。この一年とちょっと。本当に楽しかった。あーあ、もっと一緒に遊びたかったなぁ。

 

「博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、アリス・マーガトロイド。さーて、誰が最初にここにたどり着くかな。ああ、本当に楽しみだなぁ」

 

 私はたった一人、玉座に深く腰掛けて、その時を待つ事にした。こういう黒幕というのははじめての経験なので、中々新鮮である。

 私の予想だと、霊夢が本命だ。彼女に始末されるのが、一番後腐れがないのかもしれない。相性的にも、霊夢の力は私たちへの効果は抜群だ。容赦なく殺してくれるだろう。物語的には一番のハッピーエンドになりそうだ。

 

 ――なんにせよ、死神に首を刈り取られるオチだけは勘弁してほしいものである。




次回は、4つ一気に投稿予定です。見直しが大変です。
まだ完結ではないですが、構成上そうなります。
前書きに注意事項を書きます。


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アリスEND 『Are we happy?』

◆ Caution!! ◆


ハッピーエンドではありません。
閲覧時には注意をお願いします。
これで完結ではありません。

苦手な方は、76話投稿までお待ち下さい。


◆ Caution!! ◆


 ――彼岸花異変は、無事解決した。

 

 

 

 今回解決したのは、博麗霊夢ではなかった。アリス・マーガトロイド、パチュリー・ノーレッジ、そして霧雨魔理沙の三人組によってだ。

 当然ながら、霊夢とは道中でかち合ったが、事情を説明すると霊夢は予想に反して道を譲ってくれた。魔理沙は口を開けて驚いてしまったが、霊夢は『方法があるなら試してみなさい。それで駄目なら始末するだけ』とあっけらかんとしていた。

 

 道を阻んでいた妖夢はアリスの話を聞くと、あっさりと降参。最後まで抵抗したルーミアとフランは全く聞く耳を持たず、黒い瘴気を身に纏わせて、苛烈な攻撃を仕掛けてきた。 

 だが、グリモワールを解禁したアリスと、賢者の石をこれでもかと多用したパチュリーによって、激戦の末に撃ち落されていった。魔理沙ができたのは、隙を突いてマスタースパークをぶっ放しただけだ。避けるだけで精一杯だったのだ。

 

「あれ、どうしたんです魔理沙さん。しかめっ面して」

「いや、ちょっと考え事をな。女にはいろいろあるのさ」

「そうなんですか」

 

 不思議そうに首を傾げる燐香に、魔理沙は悪い悪いと軽く手を振る事で答える。

 

「しかし、美味いな」

「そうですね。お茶もいいですけど、紅茶も大好きです」

 

 今日の魔理沙は、アリスの家で紅茶をご馳走になっていた。以前は険悪な仲だったが、異変の後はそれなりに話せる間柄になっている。

 短い期間とはいえ、魔女たちは全精力をかけて一つの作業に没頭していたのだから。そして、もう燐香に悪い影響を与えないとアリスに判断された魔理沙は、こうしてアリスの家に出入りを許されるようになったというわけだ。

 

 ――異変から三ヶ月経ってからだが。

 

 

 魔理沙は、台所で洗い物をしているアリスをちらりと見る。穏やかで、とくに変な様子もない。さっきまではご機嫌にお菓子を焼いていたし。

 

(……平和だ。ちょっと前の修羅場が嘘みたいだ)

 

 確かに、世界は平和だった。霊夢はいつも通りけちで性格が悪いし、紫は胡散臭いし、萃香はいつも酒臭い。

 フランは美鈴をつれてアリスの家に遊びに来るし、それを迎える燐香も楽しそうだ。

 紅魔館は修理で慌しい。永遠亭の連中は何を考えているか分からない。白玉楼はとても静か。

 

「身体の方は、もう慣れたのか?」

「はい。それに、いつまでもこのままじゃないですし。のんびり待ちます」

 

 魔理沙が何度目になるか分からない質問をする。それに、毎度同じ答えを返してくる燐香。特に気にしてはいないようだ。

 ――そう、燐香は異変で自分の肉体を失っていたのだ。今は、アリスが精魂かけて作り上げた人形、に魂のようなもの――『自我』が宿っているといえばいいか。高度な魔技術が組み込まれた人形で、飲食を取ったという感覚を燐香に与える事ができるらしい。しかも人工皮膚のおかげで、一見しただけでは人形とはとても見抜けない。瞳もまるで生きているかのように輝いている。

 何より、人形なのに前と同じ声が出せるのが凄い。本当に燐香と同じ声なのだ。どうやっているのかは分からないが、アリスいわく、燐香の声色を忠実に再現しているだけとのこと。簡単に言っているが、とてつもないことなのは間違いない。あのパチュリー・ノーレッジが呆れていたのだから、相当なものだ。

 

「ああ、それにしても平和だな」

「平和ですね」

「…………」

 

 

 

 

 

 あの異変において、燐香の力は暴走し、その肉体も著しく成長していた。立ちはだかるフラン、ルーミアを撃墜した魔理沙たちは、勢い良く主の間に乗り込んだのだ。

 

 そこには、黒い瘴気に侵食され、声にならぬ悲鳴をあげる燐香がいた。身体は、根、或いは蔦だろうか。良く分からない黒い植物が幾重にも巻きつき、部屋中にまでその枝葉を伸ばしていた。部屋の中は、黒一色だったのだ。

 呆然とする魔理沙、険しい顔をするパチュリー。素早く札を取り出し、真っ先に戦闘態勢に入る霊夢。駆けつけてきた妖夢も、剣に手を掛けていた。

 

(あれが、負の力が具現化したもの。アリスがいなければ、霊夢は問答無用で殺していたんだろうな。見るからに、手遅れだったし)

 

 魔理沙は震える身体を抑えながら、瘴気の中で目を凝らす。黒の中に、燐香の顔が僅かに残っていた。黒い血を吐きながら、口がかすかに動く。

 その口は、『はやく、殺して』と言っていたように思える。助けて、ではなかったのは間違いない。

 アリスは即座に移植術式を発動。それに続きパチュリー、我に返った魔理沙がそれに協力して結界を展開する。光が部屋を包み込み、その光は徐々に球へと収束していき、等身大の人形へと吸収されていった。あっと言う間の出来事だった。

 燐香を構成する要素を全て取り込み、アリスの用意した人形に完全に移植する。難航することが予測されたのだが、呆気ないほど術式は成功してしまった。

 

 それと同時に異変も終わった。妙な力を宿していたフランたちは元に戻り、世界を赤く染めていた花々は散っていった。

 あれほど幻想郷中に咲き乱れていた赤い彼岸花が、生命力を失ったかのように、あっと言う間に枯れて行ったのだ。だが、幾つかの彼岸花は黒化し、今もなお幻想郷に残っている。それは、集落を覆っていた黒花。燃やしても燃やしても、次の日には再生してしまうとか。住民はなんとか除去しようと必死に足掻いているらしいが。いずれは紫がなんとかするだろうと、霊夢は他人事のように言っていた。

 

 その魔理沙も上白沢慧音から協力を求められたが、それに関わっている余裕などは全くなかった。

 

 確かに、異変は無事に解決した。だが、燐香の意識が目覚めなかったのだ。アリスがいくら『燐香』を起動させようとしても、人形はうんともすんとも言わない。起動術式が間違っている可能性も考え、パチュリーと魔理沙はほとんど寝る事無く作業を行った。だが、間違いは見つからなかった。アリスは一睡もせず、ひたすら起動術式を唱え続けていた。魔法陣の中心で、人形を抱きかかえながら。魔理沙にはそれが悲鳴のようにしか聞こえなかった。

 

 ――それから三日が経過。魔力がつきたアリスは、方針転換することを私たちに告げた。一旦起動は保留し、燐香を構成していたものの再構築に取り掛かると。

 だが、魔理沙は少し疑問に思った。起動する前に、再構築は終えているはずなのだ。だが、アリスはもう一度分析と研究を行いたいと言い出した。そして、集中したいから、しばらくは私に任せて欲しいと魔理沙たちに告げてきたのだ。

 魔力の枯渇していた魔理沙はそれを渋々了承。パチュリーは何かをアリスと話したあと、肩を落として紅魔館へと帰って行った。

 

 

 

 魔理沙は毎日様子を見に行ったが、アリスがこちらの相手をすることはなかった。人形を作業台の上に乗せ、魔術書を片手にひたすら研究研究研究。

 燐香の様子が気になるのか、フランも頻繁にやってくる。妖夢は何かを押し殺すような顔でやってきては、人形を見て無言で帰って行く。

 ルーミアは一度もこなかった。魔法の森で偶然見かけた魔理沙は、それを問いかけたことがある。

 

「おい。どうして、様子を見に来ないんだ? 友達だろうに」

「友達だからだよ。あんな趣味が悪い事には付き合いたくないし関わりたくもない。大事な思い出が汚されるのは嫌だなー」

「それは、どういう意味だ?」

「あははは。本当は気がついてるくせに。人間って、本当に嘘つきだよね。やっぱり嫌いだなー。ま、私もよく嘘つくけど」

 

 ルーミアは赤い口を見せて嗤うと、闇を展開して消えて行った。魔理沙にはなんのことかさっぱり分からなかった。

 

 幽香は一度も顔を見ない。花畑にはいるらしいが、どこを探しても見当たらなかった。燐香が大切に育てていた彼岸花の畑は、ちゃんと維持されていた。そのことが、なんだか魔理沙には嬉しく思えた。そのうち会う機会もあるだろう。あんな態度を取り続けていたが、娘を心配する気持ちは絶対にあるはずだ。

 

 

 ――二ヶ月目。アリスの顔に、いよいよ焦りが見え始める。フランは感情が不安定になり、紅魔館を出る事を禁止された。来る途中で、人間を半殺しにしてしまったらしい。妖夢はもう姿を見せない。白玉楼でひたすら修行に打ち込んでいるらしい。

 

 そういえば、今回の異変の黒幕である風見燐香には、罰が与えられたと八雲紫から発表された。意図したものではないが、集落の人間の被害に繋がったからだと。更には妖怪の山から厳罰に処せと圧力がきたとかなんとか。よって、無期限の肉体消滅刑とかいう訳のわからないものに処されたと。

 「実際消滅しているからいいじゃない」と、紫は笑っていた。外の世界では、無期懲役でも、しばらくしたら普通に出てくるしと。それに、復活したら、すぐに撤回するから心配無用と言って、スキマに消えて行った。

 魔理沙がそれをぼーっと聞いていたら、霊夢に酷い顔をしていると言われた。本当に余計なお世話である。

 そして、燐香はまだ目を覚まさない。

 

 

 ――三ヶ月目。アリスの顔に鬼気迫るものが見え始めた。魔理沙はもう声をかけることすらできない。

 何かできることはないかと紅魔館に調べものに行くと、パチュリーが、苛ついた表情を浮かべていた。小悪魔がニタニタと嗤っていたが、パチュリーに本気で魔法をぶっ放され、半身を消滅させられていた。しばらくは動けないだろうとのこと。自業自得である。

 

「なぁ」

 

 声を掛けたものの、何を話せばいいか分からない。だが、パチュリーは口を開いた。

 

「……だから言ったのよ。私は強く警告した。アリスは、その報いを今味わっているのよ」

「それは、どういう意味だ」

「自分で考えなさい。貴方には頭があるのでしょう。……本当に、どうしたらいいのか」

 

 パチュリーは疲れたように椅子に背中を預けると、両目を閉じた。

 

「フランの様子は?」

「一言で言って、悪いわね。安定していた精神がひどく乱れているわ」

「…………」

「当分は外に出すわけには、いかないでしょうね」

 

 フランは地下室に篭りっきりだという。魔理沙が様子を見に行くと、泣きはらした顔で、ひたすら絵を描いていた。白い画用紙に、赤いクレヨンで沢山の彼岸花。美鈴が辛そうにそれを眺めている。咲夜は作り笑顔で紅茶とケーキを置いた後、部屋の外で目を拭っていた。

 

「……これを、一緒に直して、気晴らしにでもと思ったんだが。まだ無理そうだな」

 

 魔理沙は懐から、ある物を取り出した。

 

「……それは?」

「燐香の持ってた河童の道具だ。壊れてるけど」

 

 太陽の畑、幽香のもとを尋ねた際に、外で拾ったもの。冷暖房機能がついた携帯カイロだと燐香が自慢していたものだ。泥だらけで、ずっと野晒しだったらしく、壊れている。スイッチを押しても起動しない。汚れは落としたが、中を開けても良く構造が分からなかった。部屋に返しに行こうと思ったのだが、気紛れで持って帰ってきてしまった。もちろん、盗むつもりなどはなく、ちゃんと直してから返すつもりだ。なにかやってないと、気分が落ち着かないから。

 

「地下に行くのはやめておきなさい。今は、無理よ」

「だろうな」

 

 異変は終わり、当初の目的通りに術式は実行された。あの日、全てが怖いくらいに上手く回ったはず。

 だが、魔理沙は胸騒ぎがする。もしかして、取り返しのつかないことをしでかしてしまったのではないかと。

 

「……そういえば、聞いているかしら」

「……ん? 何のことだ?」

「黒い彼岸花で覆われていた集落よ」

「ああ、慧音に言われてたあれか。燃やしても燃やしても再生するとかいう」

「ええ。あれね、もう解決する必要はなくなったみたいよ」

 

 パチュリーが淡々と呟く。その冷淡な表情を見て、魔理沙の背筋に鳥肌が立つ。

 

「どういうことだ」

「綺麗に霧散したそうよ、例の黒い彼岸花。そのついでに、住民も全員死んだ。黒の花が残っていた集落の住民、全員ね。老若男女関係なく死んだ。……これが何を意味するのか」

 

 今まで冷淡だった表情が、苦悩のそれへと変わる。なぜか、フランの泣き顔が脳裏に浮かんだ。

 魔理沙には何が起きているのか分からない。分かりたくもない。

 

 

 

 ――そして、三ヶ月目が何事もなく終わろうとしたとき、前触れもなく燐香が目覚めたのだ。上海人形の手紙でそれを教えられたとき、魔理沙は大声を上げて歓喜してしまった。そして、全速力でアリスの家へと向かった。

 アリスの顔には満面の笑み。魔理沙も自分のことのように全力で喜んだ。

 

「おはようございます、魔理沙さん」

「あ、ああ。心配かけさせやがって。皆、本当に待ってたんだぜ?」

「はい。でももう大丈夫です。なんだか、身体が変な感じですけど」

「そりゃあそうだろう。ああ、アリス、この身体のことは?」

「もう全部教えてあるわ。時間はかかるかもしれないけど、必ずなんとかする。燐香も、気にせず接してくれって」

「そ、そうか。じゃあいいか。気分はどうだ。もう、大丈夫なんだよな?」

 

 魔理沙がそう笑顔で尋ねると、燐香は少し沈黙した後、

 

「良く分かりませんが、私は、皆とまた会えて本当に嬉しいです」

 

 とだけ答えた。

 

 その晩は、フランたち紅魔館勢、霊夢に妖夢、それに紫たちも一緒になって復活を祝う宴会を行った。本当に楽しかった。

 だが、ルーミアはやっぱりこなかったし、妖夢の顔は、何故かいつまでも沈鬱なままだった。

 どうして楽しまないのだろうと、魔理沙は疑問に思ったが、特に気にしない事にした。もうどうでもいいことだ。終わり良ければ全て良しである。

 

 

 

 

「ところでさ、次に異変が起こったらどうするつもりだ?」

「私は、この身体ですから大人しく見ていようかと。壊れたら困りますし」

「そっか。まぁそうだよなぁ」

 

 燐香が残念そうに呟くので、頭を撫でてやる。

 

「ところで、ルーミアは元気にしてますか?」

「ああ。相変わらず能天気にしてるぜ。ふよふよ浮かびながらな」

「妖夢は?」

「幽々子にこき使われてるよ。仕事と修行しかしてないんじゃないか」

「そうですか。また、皆で一緒に遊びたいです。前みたいに、一緒に」

 

 そう言って、寂しそうに笑う。その表情は、人形とはとても思えない。

 燐香の新しい友達、メディスン・メランコリーもそうだったが、彼女達は本当に表情豊かなのである。だから、魔理沙もこうして自然に話すことができる。

 

「魔理沙さん?」

「あ、ああ。いや、なんでもない。メディスンは何をしてるかなぁってな」

「鈴蘭畑で、毒を撒き散らして遊んでるんじゃないですかね」

「そりゃあ良い迷惑だな」

 

 燐香の目を見ながら、魔理沙は作り笑いを浮かべた。

 一つ、前から疑問に思っていることがある。

 ……この目は、本当に霧雨魔理沙を映しているのだろうかと。そんなことはどうでもいいじゃないかと引き止める自分がいる。それと同じくらい、何かが胸から込上げてくる感覚がある。そろそろ現実を直視しろという不快な声が、日に日に大きくなる。

 

 違和感がある。どうしても拭いきれない。確かに、仕草、言動は燐香そのものだ。だが、全ての会話に、一拍、奇妙な間が開く。そして、その問いにはどう答えたら良いのか計算でもしていたかのように、的確な返答が返ってくる。間以外は、完璧だ。だからこそ気になる。喉に骨が刺さったかのように、チクチクと。

 こうして毎日会話をしているとそれが嫌でも目に付くのだ。以前の燐香とは、もっと打てば響くように会話をしていたから。でも、人形の身体だからかもしれない。……でも、本当は違うのかもしれない。

 

 ルーミアの言葉が脳裏に響く。――『あははは。本当は気がついてるくせに』。

 

「…………」

「魔理沙さん。どうか、したんですか?」

「いや、別に」

 

 燐香は前よりも冗談を言わなくなった。たまに悪戯や冗談を言っても、必ず同じもの。まるでレパートリーでもあるかのようだ。その違和感の積み重ねはすでに、限界に近い。もしかすると、ルーミアや妖夢が近づかなくなったのもそのせいじゃないだろうか。彼女達は、魔理沙よりも距離が近かった。

 じゃあフランは。いや、フランはまだ精神が幼いから気付いていないのかも。だが、いずれは気がつくだろう。何かがおかしいと。

 

 確認するのは簡単だ。こうして、燐香の頭に手を置いて、探知魔法を掛けてやれば良い。一つおまじないを唱えるだけで、全ての真実を知ることが出来る。これは本当に燐香なのかを。残っていた黒い花は、恨みを晴らして完全に霧散した。この人形の中に、燐香を構成するものはまだ残っているのか。なぜ、燐香のそばにいつもアリスがいるのか。母親である幽香はどうして様子を見に来ない。どうして、どうして、どうして? その答えは、直ぐに手に入る。

 

「…………」

 

 魔理沙はゴクリと唾を飲み込んだ。手の震えはいつの間にか収まっていた。

 ふと、洗い物の音が聞こえない事に気がついた。食器がカチャカチャと打ち合う音が聞こえない。

 アリス・マーガトロイドが、こちらを見ていた。感情の篭らない冷たい目で。まるで、人形のガラスの瞳のようだった。とても綺麗で輝いているのだが、そこには感情がないのだ。なんだ。それじゃあこの燐香と一緒じゃないか。

 

「――お前の髪、本当に綺麗だな。まるで、太陽の色みたいだぜ」

「あはは。それはありがとうございます。私、太陽大好きですし」

「そうか。なら、夏になったら太陽の畑に遊びに行こう。向日葵、本当に綺麗だぞ。どうせなら、丁度いい季節に行った方が盛り上がるしな」

 

 魔理沙は感情が漏れでないように、慎重に言葉を一句一句吐き出した。

 

「はい、その時は一緒に行きましょう。連れて行ってください」

「ああ、そうだな。約束だ」

 

 魔理沙は箱に蓋をした。開けて真実をしりたいと思う気持ちはある。が、それでどうなるというのだ。何も変わらない。なら、こうして平和に浸っているほうがマシじゃないか。

 もう全てが終わっている。選択は行われ、結果は出たのだ。今できるのは、残された中から一番良いものを選ぶこと。そうに違いない。

 

「それじゃあ、私はそろそろ行くぜ。パチュリーに本を借りにいかないといけないんだ。アリスもお茶、ありがとうよ」

「さようなら、魔理沙さん」

「またいつでもいらっしゃい。燐香が喜ぶから。パチュリーによろしく」

 

 アリスが笑う。燐香は元気に手を振っている。ああ、本当に幸せそうな光景だ。

 

 魔理沙はとんがり帽子を押さえ、アリスの家をゆっくりと離れていく。

 これも一つの幸せな結末、か。フランは元気になり、燐香には新しい友達が増え、アリスも穏やかに暮らしている。いつかは燐香に新しい身体が用意されるのだろう。アリスはその作業を行っている。次はもっと完璧な人形になるはずだ。

 箒を駆りながら、魔理沙はそんなことを考える。胸に湧き上がる激情を必死に押し殺して。唇を、血が出るほど噛み締めて。もうできることはないのだ。だから、余計なことを考えてはいけない。

 

(私は、色々なことを知りたいから魔法使いになったんだ。だから、色々なことを知ったんだ。だから、何も後悔はないさ。全部、私が選んだことだ!)

 

 それなのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。師匠から『卒業の箒』をもらったときと同じくらい、何かがあふれ出してくる。

 とうとう魔理沙は嗚咽を堪えきれなくなる。それでも、いつまでも飛び続けることしかできなかった。

 ――そうして、今日も幻想郷は平和に一日が過ぎていく。

 






アリスエンド終了。
妖夢エンドロック解除。





なんとなく後書きをADV風にしてみました。
特に意味はないです。
21時に次を投稿します。


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妖夢END 『夕霧』 (挿絵あり)

◆ Caution!! ◆


ハッピーエンドではありません。
閲覧時には注意をお願いします。
これで完結ではありません。

苦手な方は、76話投稿までお待ち下さい。


◆ Caution!! ◆


「人符、現世斬!!」

 

 妖夢はスペルを宣言。高速で標的に肉薄し、苛烈な斬撃を繰り出す。燐香から与えられたこの黒の力は凄まじい。力が勝手に漲ってくる。身体能力も強化され、動体視力も上がっている。だから、標的が次にどう動くのかが手に取るように分かる。

 

「くっ!!」

 

 急停止し、上昇しようとした魔理沙。妖夢はすっと手を伸ばしてその足を掴むと、力任せに大地へ向かって振り下ろした。バランスを崩した魔理沙は、箒から振り落とされていく。妖夢はそれに向かって追撃の霊力弾を放ち、数回被弾させる。そして、急降下して力を失った魔理沙の身体を掴んで乱暴に着地させた。

 魔理沙は口惜しそうにこちらを睨んでくる。

 

「……くそっ。お前、なにかインチキしてるだろ! なんだよ、その黒い瘴気は!」

「燐香から借り受けた力だよ。異変の黒幕側だから、強化されて当然だと言っていたかな。ああ、今回のは通算成績にいれないでいいから。自分の力とは思っていないし」

「うるせー! 負けは負けだ! まさか、三人連続でやられるとはな。だけど、諦める訳には」

「それじゃあ、そろそろいいかな」

「おい、ちょっと待て! 最初に言ったけど、私たちは絶対に燐香のところに」

「アリスさんの計画。多分だけど、失敗するよ」

 

 妖夢は、アリスからの提案を蹴った。その時のアリスは、心から信じられないという顔をしていた。そして、今までにむけられたことのない敵意を向けられた。

 酷く傷つけてしまったのが分かる。だが、この計画は失敗するだろうという確信があった。なぜかは分からないが、その景色が見えてしまった。既視感のようなもの。この黒い瘴気のせいかもしれない。

 

「何を馬鹿なこと――」

「ごめん」

 

 大声で怒鳴る魔理沙を当身で気を失わせる。その身体を抱きかかえると、アリス、パチュリーが倒れている紅魔館の庭園に運び入れる。一番の激戦だったのはアリスとの戦いだ。最後は弾幕勝負ではなく、殺し合い寸前だった。だが、最後には妖夢が勝った。この力のおかげというのもあるが、アリスの動きが鈍かったのが一番の要因。魔力が著しく落ちていた。それはパチュリー、魔理沙もだが。

 上空を見上げれば、ルーミアが霊夢と戦っている。霊夢は、下級妖怪と侮っていた相手が、非常に強力な力を隠し持っていたことに面食らっていた。とはいえ、直ぐにいつもの調子に戻ると、冷静にルーミアのスペルに対処していく。流石は博麗の巫女といったところか。

 

「次の相手は霊夢かな」

 

 妖夢が見る限り、多分霊夢が勝つ。そうしたら、次は自分が足止めしなくてはいけない。燐香が目的を果たすまで、時間を稼ぐのが役割だから。彼岸花が生い茂る中を歩き、紅魔館の中へと入る。霊夢は強敵だ。少しでも霊力を回復しておかなければならない。そうしなければ、彼女の頼みを聞き届けることはできない。

 ――燐香の最後の頼み。友達のお願い。世界に自分がいたという証を残したい。そして、フランとの約束を果たしたい。そう言って、燐香は妖夢に協力を求めてきた。

 

「……フランは。激しくやりあってるか。あれじゃあ、当分終わらないな」

 

 黒の力を手にして気が触れかかっているフランと、本気でキレかかっているレミリア。紅魔館の巨大なパーティホールで被害を顧みることなく、全力で激突している。ここまで爆音が轟いてくる。十六夜咲夜は、それをジッと見つめている。主から手出し無用と釘を刺されているらしい。

 

「…………」

「……どうしてこんな異変に協力をしたの? 主のためではないでしょうに」

 

 咲夜がこちらを振り返ることなく、問いかけてくる。返答次第ではナイフで斬り掛かってくるかもしれない。だが、今の自分は負けない自信がある。借り物の力だから、別に勝ち誇るつもりはない。そこまで情けなくはないつもりだ。

 

「一番の友達のために」

「いい話とは思うけどね。花だけならともかく、人間に手を出すのはいただけないわ。それに、このまま終わりというわけじゃないのでしょう?」

「うん。地底、天界、そして地獄に燐香は勢力圏を伸ばそうとしている」

「馬鹿なことを。そんなこと許される訳がない。確実に報いを受けることになるわ」

「知ってるよ。だから、私たちがここにいるんだよ。邪魔する奴は、全員斬る」

 

 妖夢は黒い瘴気が纏わりつく楼観剣を握り締める。

 

「私は、レミリアお嬢様のもとにいなくてはいけない。だから、一つ教えてあげる」

「……何を」

「今すぐ主の間に向かいなさい。彼女の終りが近づいているわよ。友達なら、見届けてあげなさい」

 

 咲夜の言葉を最後まで聞く事無く、妖夢は走り出した。出来る限りの全速力で。

 両開きの扉を蹴破り中に入る。すると、顔を両手で押さえている燐香の姿が目に入った。幽香と瓜二つにまで成長した燐香。違うのは髪の色。苦悶の声を上げながら、黒い靄のようなものを迸らせていた。

 

「――燐香!!」

「ガアアアアアアああああああああああああッッッ!!」

「気を落ち着かせて! 大きく深呼吸して! アリスさんの妖力制御を思い出して!」

「ハアッ、ハアッ、ハアッ! あああああああああああ!!」

 

 もう妖夢の姿は見えていないようだ。声が聞こえているかも分からない。彼女の自我は残されているのだろうか。

 濁りきった目が、血のように赤く染まっていく。咳き込むたびに、黒い血が吐き出される。これが、燐香の言う終わりなのだろうか。

 異変の直前、燐香は笑いながら言っていた。『時間切れになりそうだったら、介錯してください。辞世の句は考えてありますから』と。

 時間切れ、それがこれか。黒に取り込まれる。取り込まれたら、ばら撒いた彼岸花が黒化し、毒素をばら撒くと。未曾有の大惨事が巻き起こる。だから、その前に起爆装置である自分を始末してくれと。確かにそう言っていた。

 

「本当に、これで終わりなの? だって、まだ――」

 

 何も成し遂げていない。春雪異変が脳裏に浮かぶ。あの異変も結局目的を成就する事なく終わった。それが正解だったようだが、失敗は失敗。幽々子の目的が遂げられることはなかった。

 では今回は? 彼岸花で世界を染め上げることには成功した。だが、まだまだ先がある。全部に彼岸花を行き渡らせ、最後にフランドールが紅霧をばら撒いて異変は終わりを告げる。きっと、最後は霊夢にボコボコにやられるだろうと、燐香も言っていた。

 妖夢にとって最も望ましいのは、最後まで燐香が異変に参加していること。彼女が楽しい想い出を作ってくれれば良い。そう願っていた。

 春雪異変の時と違うのは、燐香にとって、恐らくこれが最後の異変になることだ。

 

「り、燐香」

 

 ひたすら苦しむ燐香。妖夢は思わず剣に手を掛ける。いっそ今楽にしてやるべきか。そう考えるが、自分に全くその気がないことに気がついた。

 自分は燐香を殺せない。殺したくないし、誰にも殺させない。それに、これが最後だという気もさらさらない。きっと何とかなる、そうどこかで思っている自分がいる。だって、消える理由がないじゃないか。

 

「とにかく、行こう。ここだと直ぐに霊夢に見つかるから、一旦白玉楼に行こう。あそこには幽々子様もいるし。何より、燐香は白玉楼に亡命したんだから、ウチにずっといればいいよ」

 

 燐香の肩を支えて、立ち上がる。身体が大きいので、バランスが悪いがそれは我慢してもらおう。黒い靄が妖夢に侵食しようとしてくる。だが、黒い瘴気が、その靄が入り込むのを防いでいた。免疫でもできているのだろうか。さっぱり分からない。今はどうでもいいことだ。

 初めて会ったときのことを思い出す。いきなり亡命届けを差し出してきた悪戯者。あのときのことを思い出すだけで笑えてくる。思えばあれからだ。毎日が騒がしく、賑やかになりだしたのは。

 

「冥界で、ほとぼりが冷めるまで待てばいい。あそこは、生者はほとんど近づかない。だから、その発作も、きっとおさまるはず」

 

 夜の闇を、低空で、そしてできるだけ早く飛び続ける。目立たぬよう、木々や藪の中を通り続けて。速さだけなら空を突っ走った方が早い。だが、それでは見つかってしまう。この状態の燐香が見つかれば、きっと――。

 

 

「みーつけちゃった」

「くっ! ――そこかッ!!」

 

 四方から聞き覚えのある声。妖夢は急停止し、裂帛の気合とともに剣を一閃させた。手ごたえあり。ぼとりと、何かが落ちる音がする。手首だった。

 

「なんら迷いのない、良い太刀筋ね。流石は幽々子の秘蔵っ子。私に手傷を負わせるなんて、中々できることじゃないのよ?」

 

 最も遭いたくないと願っていた相手だ。最悪の事態だが、嘆いてはいられない。燐香を下ろし、覚悟を決める。

 スキマから八雲紫が現れた。斬りおとした筈の手首はいつの間にか再生している。本当に、強さの底が見えない大妖怪。

 普段なら敬意をもたなければならない相手。だが、今日だけは例外だ。今は相手をしていられない。なんとかして振り切らなければならない。

 

「お願いですから、行かせてもらえませんか。冥界なら、まだなんとかなるはずです。どうか、通してください!」

「無理だし無駄よ。もう白の崩壊が始まっている。いつ飲み込まれてもおかしくない。貴方ごとね。だから、今、ここで、終わらせなければ駄目」

「どうしてもですか?」

「ええ、どうしてもよ。逆らうなら、貴方といえども容赦しない。というより、こんな問答をしている時間が惜しいのよねぇ。幽々子が最後まで邪魔してくれたから」

 

 紫が笑みを消す。凄まじい殺気が浴びせられる。普段の自分なら、確実に萎縮してしまっていたであろう。だが、今日は耐えなければならない。

 周囲にスキマの裂け目が現れる。これが開かれれば、何がでてくるか分かったものではない。一つたりとも見逃してはいけない。妖夢は目を見開くと、二剣を抜き放ち、周囲に剣閃を走らせる。

 

「……力を借りているとはいえ、スキマを切り裂くなんて。本当に驚いたわ。子供の成長は早いのね」

 

 ばらばらと、スキマの端に結び付けられていたリボンが散っていく。

 

「幽々子様と、戦ったんですか?」

「ええ。最後は和解するフリをして騙まし討ちにした。時間がなかったから。もちろん命は無事だから安心してね」

「……どうか、お願いです。ここを、通らせてください」

「うーん。そこまでお願いされちゃうとねぇ。どうしても?」

「どうしてもです!」

「そう。なら、後は若い者同士で決めなさいな。最後の最後に、私が出張るのも野暮よね。勿論、決着は見張っているけれど」

 

 紫は笑うと、スキマの中に消えていく。もう、自分の役目は終わったと言わんばかりだ。見逃してくれたわけでは全くない。なぜなら、空を見上げれば、剣呑な表情で佇む博麗霊夢がいるのだから。

 

「可哀相だけど、もう無理よ。それを直す術なんてない。早く楽にしてあげなさい」

「ふざけるな。私は絶対に諦めない。このまま冥界に連れて行くんだ。邪魔するなら、知り合いといえども斬る!」

「アンタ、私に勝てると思ってるの?」

「今なら勝てる」

「笑わせるな。この半人前が!!」

 

 霊夢が手を振り下ろすと、腹部に激痛が走る。何事かと見やれば、御札が複数腹部に張り付いていた。しかし、不意打ちとはいえ、ダメージが大きすぎる。

 

「ば、馬鹿な。た、たった一撃なのに」

「普段は弾幕勝負の範疇。でも、これからは殺し合いになる。そいつは、今すぐに止めなければならない。この世界から消し去らなければならない」

「く、くそッ。させるか!!」

「無駄よ。私とは致命的に相性が悪い。今のアンタは、燐香から力を借り受けているでしょ。私は退魔の専門家。それを前にして勝てる訳がない。普段のアンタの方がマシね」

「黙れっ!!」

 

 瘴気を迸らせながら剣を振りかざす。霊夢は御祓い棒で、それを易々と受け流す。背中に衝撃。陰陽玉から霊力弾が放たれていた。前に崩れたところを、霊夢の蹴りが襲いかかる。防御態勢。間に合わない。自分の力に振り回されている。動きは見えても、身体がついていかない。暴走状態に近い。

 

「――ぐああああッ!」

「さっき戦ったルーミアの馬鹿も強化されてたけど。私には勝てなかった。だって、私は博麗の巫女だから。幻想郷に害を為す奴を始末するのが仕事なのよ」

 

 一歩、また一歩と近づいてくる。このままでは駄目だ。普通の戦い方では絶対に勝てない。

 

「…………」

 

 ならば。肉を切らせて骨を断つ。剣を納め、居合いの構えを取る。一撃、喰らってやる。その代わり、その倍返しを受けてもらう。だが霊夢は、警戒しながらも馬鹿にしたような声を掛けてくる。

 

「アンタねぇ。私がその距離まで近づくと思ってるの? 範囲に入ったらヤバイことは分かるけど、このまま嬲り殺しにすることもできるのよ」

「……それがどうした」

「別に、ただ忠告しただけ。ちなみに、私がなにもしなかったら、アンタ、どうするつもりなの?」

「なんのことだ」

「燐香の時間切れ。もう、すぐでしょうに。良く見てみたら?」

 

 はっと燐香の方を振り向く。燐香は相変わらず苦しんでいる。いや先程より悪化している。と、前方に踏み込んでくる気配。霊夢だ。

 

「あっさりと騙される。アンタ、本当に甘いわね」

「――お前はッ!!」

 

 これは真剣勝負。騙された方が悪い。分かっていても腹が立つ。霊夢にも、それに乗せられた自分にもだ。

 霊夢の渾身の一撃が、妖夢の身体に炸裂した。妖夢は燐香を巻き込んで、大木の幹に打ち付けられる。足をやられてしまった。これでは、速度が出せない。いや、それよりも、霊夢を倒せない。

 

「知らない仲じゃない。だから、選ばせてやる。アンタがやるか、私がやるか。どうするの?」

 

 霊夢が感情の篭らない声で、最後の問いかけを投げかけてきた。妖夢は憎悪を篭めて、霊夢を睨みつける。

 

「――え?」

 

 妖夢は言葉を失ってしまった。月明かりに照らされた霊夢の目は、僅かに赤くなっていた。酷いしかめっ面。何かを堪えるように、あの霊夢が声を殺して泣いている。いや、泣いていることにすら、本人は気付いていないのかもしれない。

 

「……私がやっていいの? そうなら、下がってなさい。もう、本当に時間がない。絶対にここで止めなければならないの」

 

 いつの間にか、燐香の身体は黒い靄で覆われ始めている。もうすぐ、顔も靄で埋まってしまう。確信はないが、その時が、時間切れなのだろう。そういう気がする。

 

 妖夢は、楼観剣を支えに立ち上がる。震える膝を必死に堪えて。本気の霊夢は強かった。相性の悪さを言い訳にする気はない。たとえ、この力がなかったとしても、今の自分は勝てないだろう。だから、もう冥界に行くことはできない。例え奇跡が重なって霊夢を倒したとしても、八雲紫が必ず現れる。残された時間は、もうない。

 

「最後は、私が。そう、頼まれたから」

 

 妖夢は震える手で、楼観剣を抜き放った。彼女の最後の頼み、それは自分が聞き届けなければならない。幻想郷中に被害をもたらす、それは黒の本能。だが、白の燐香は、それを止めてくれと願ったのだ。だから、自分がやる。

 

「……燐香」

「…………あ、アりがとう、よう夢。カイしゃく、おねがイ」

 

 しゃがれた声で、謝意を伝えてくる燐香。手がこちらに伸びてくる。それを強く握り、頷く。力が勝手に抜けて行った。手が霧散した。いや、肉体が崩れ始めている。何故か、砂の城が崩壊しているように見えた。

 霊夢が見ていられないとばかりに視線を逸らす。燐香の目はもう焦点があっていなかった。あの悪戯っぽい笑みは、二度とこの顔に浮かぶことはない。

 妖夢は剣を振り上げる。剣筋が定まらない。闇に包まれた世界がひどく滲む。月明かりのせいだろう、よく見えない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「妖夢ッ!! やりなさいッ!!」

 

 霊夢の悲鳴のような声。それが、合図だった。最後の最後で、背中を押させてしまった。だから、妖夢は燐香と霊夢に謝ることにした。

 

「――本当に、ごめん」

 

 するりと剣は燐香の首筋を断ち切った。ごろりと首が落ちる。靄が行き先を失ったかのように収縮を繰り返し、やがてどこへともなく霧散していった。胴体を失った燐香は虚ろな瞳で妖夢を見ている。そして、消えて行った。このときの目を、妖夢は生涯忘れることはないだろうなと思った。

 

「…………ッ」

 

 妖夢は剣を放り投げ、その場に跪いた。一番の友達を、この手で殺してしまった。だから、もう帰ってこない。

 本当に疲れた。夜が明けるまで泣き続けることにした。だって異変はもう終わったのだから。誰も文句は言わないだろう。

 霊夢が背中あわせに、座り込む。特に何かを話すこともない。なぜか、彼女の身体も震えているようだった。

 

  

 

 

 

 

 

 妖夢は冥界の片隅にある無銘の石碑に、花を供えると、両手を合わせて拝む。彼女には魂がないという。だから、祈ったところで何にもならない。ただの自己満足に過ぎないのだろう。だが、それでも良いのだ。これはただの切っ掛け。賑やかだった日々を思い出すための。

 ――あれから既に半年が経った。でも、妖夢にとっては昨日のように思えるのだ。

 

「妖夢、またここにいたのね。丁度良かった」

「幽々子様。何がですか?」

「ふふ。ここをね、真っ赤な彼岸花で埋め尽くそうと思うの。もう手配したから、そのうちとても賑やかになるわ。お世話は、貴方に任せてもいいかしら」

「はい。私にお任せ下さい」

 

 妖夢は立ち上がり、幽々子に振り返り頭を下げる。幽々子は穏やかに笑っていた。

 

「お気遣いいただき、ありがとうございます」

「……たまには息抜きも必要よ。鋭すぎる剣は、とても折れやすいの」

「大丈夫です。無理はしません。慌てる必要はないですから」

 

 あの異変の後から、妖夢は必死に剣の修行に打ち込み始めた。最初は全てを忘れる為にだった。何も考えないようにする為に。剣を振って振って振り続けた。でも、もがけばもがくほど。足掻けば足掻くほど、苦しくなった。だから、もっともっと剣を振り続けた。

 後悔は山ほどある。あの時、自分がもっと強ければと。もっと高みにたどりつけていれば、何か変化していたのではないか。

 それとも、もっとひどくなっていたのか。それは分からない。だが、弱かった結果、途中で妖夢の足は止まってしまった。弱かったせいだ。だから、霊夢に最後の一言を吐かせてしまった。傷を背負わせてしまった。

 自分の右手を見る。燐香の首を落としたときのあの感触は、今も忘れられない。するりと刃が抜ける、それなのに重い感触。今もこの手に染み付いている。

 皮肉なことに、あれから妖夢の太刀筋は飛躍的に鋭くなった。黒の瘴気は掻き消えてしまったけれど、身体能力、動体視力は今もあのときのまま。燐香の置き土産かもしれない。でも、まだまだ足りない。足りないのだ。

 

「…………」

 

 妖夢は軽く笑って、自分の半霊に視線を向ける。――半霊は、灰色に変色していた。燐香がいたら、煤がついてますよなどと、冗談を言うのだろう。なんとなく、彼女がまだ側にいてくれるような気がする。ただの気のせいなのだろうけど。

 幽々子が言うには、燐香の靄の影響を受けすぎたせいだろうとのこと。鳥が餌でピンクや赤になるようなものだと、幽々子は言っていた。つまり、気にするなということだ。

 

「霊夢と魔理沙、それに咲夜が心配してたわよ。あの霊夢がずっと仏頂面だったのは面白かったけど」

「そうですか」

「……全く。ずっと避けてるみたいだけど。まだ、会わないの?」

「避けてるわけではありません。会っても特に話したいことはないですから」

 

 いったい何を話すというのだ。いまだにアリス、幽香に顔を見せることができないというのに。いつか、彼女達がここに来ることを考えるとひどく恐ろしい。恐ろしくて仕方がない。でも、いっそ弾劾してくれたらとも思う。全部お前が悪いのだと。お前のせいで燐香が死んだのだと。

 ……きっと、これが弱さなのだ。やはり修行が足りない。誰かに背中を押してもらうのは、あのときだけで十分だ。

 

「ああ、本当に頑固ねぇ。妖忌譲りかしら」

「霊夢に勝てると判断するまでは、会えません」

「主の命令でも?」

「……申し訳ありません」

「本当に頑固ね。でも、妖夢らしいわね」

 

 それは意地でもある。本気の霊夢をいつか上回ってみせる。そして、全てを断ち切る技を身につけてみせる。例えば、あのときの燐香の黒だけを切り離す技。黒が暴走したのが原因ならば、白が制御できる程度に間引いてやれば良かった。実体のないものを斬って消滅させる。それが今の目標だ。

 そして最後には、後悔、悔悟、記憶などを斬り捨てられるまでに昇りつめたい。そうすれば、この結末を導いたであろう運命すら切り裂けるのではないか。……これではまるで精神論だ。妖夢は思わず自嘲した。

 

「ああ、そうそう。魔理沙からのお土産よ」

「お土産?」

「その石碑に供えてあげてくれって。妖夢から渡してほしいって。気に入ったら使ってもいいとか言ってたわ」

 

 幽々子がはいと何かを手渡してきた。……これは、河童製の携帯カイロ。燐香がたまに使用していた便利道具だ。だが、外見が以前とはかなり変わっている。確か、銀色で、もっと平べったい形をしていたはずだ。

 良く分からない原理で暖かくなったり冷たくなったりする道具。それが、なんだか魔理沙の八卦炉みたいに大きな改造を施されている。少し大きくなってるし、変な模様が刻まれてるし。

 試しにスイッチを入れると、気温が変わるのではなく、真ん中の模様がグルグルと回り、微風を送り出してきた。外見は立派になったが、効果のほどは驚くほど下がってしまったようだ。風を送り出す程度の能力か。

 

「直ってないですね、これ。壊したの間違いでは」

「壊れてたから、勝手に修理したとか言ってたわ。ちょっと性能が変わっちゃったとか言い訳してたけど」

「アイツは、本当に勝手なことをして。大人しく河童に頼めばいいものを」

「まぁいいじゃない。きっと、自分の手でなんとか直してあげたかったのよ。人間って、そういうものでしょう?」

「……そうかもしれませんね」

 

 微笑む幽々子。妖夢はそうかもしれないと、素直に頷いておいた。魔理沙もきっと、色々含むところが残っているのだろう。

 妖夢はその携帯カイロを、無銘の石碑に供えてあげた。こんな改造を施されてしまったが、燐香は別に怒りはしまい。大げさに叫んだり、大げさな反応をとる燐香の姿が容易に想像できてしまった。

 

「……外は、また騒がしくなってるわよ。神社が湖ごと転移してきたんですって。紫がボヤいてたわ」

「そうですか」

「あのねぇ、妖夢。世の中のことに興味をもたないと、白髪が増えるわよ?」

 

 幽々子が得意気に妖夢の額をつつく。

 

「それ、燐香が良く言っていました」

「あら。私、そんなに若く見える?」

「そんなことは一言も言っていません」

「ふふ、知ってるわ。でも、久々に貴方の笑顔が見れたから、私は嬉しいわ」

 

 妖夢は溜息を吐いた。と、何かがこちらに向かって飛んできた。誰かの攻撃だろうかと、片手を振るってそれを掴み取る。今の自分が、こんな飛び道具でやられるなど絶対にありえない。

 

「あら。プレゼントかしら」

「紫の、バラ?」

 

 厚めの封筒に、紫のバラが貼り付けられていた。周囲に目を凝らすと、遠く上空を、紫色のスカートをはいた天狗が全速力で飛び去っていくのが見えた。あれは、姫海棠はたてか。

 

「何がはいっているのかしら」

「さぁ。新聞の押し売りかもしれませんね。こんな新聞なので購読してみてくださいとか」

 

 妖夢はさしたる期待もせずに、封筒を綺麗に破って開けてみた。中には額に入れられた一枚の写真が入っていた。

 

「……これは」

「あらあら。あの、花火を遊んだ日じゃないかしら。だって、皆顔真っ黒だし。楽しそうだもの」

「…………」

 

 あの幽香の家に泊まりこんだ日。花火で死ぬ程盛り上がった日。皆全身煤だらけで、笑顔で微笑んでいる。燐香、ルーミア、フラン、妖夢。四人が両脚を投げ出して、座り込んでいるのを撮影した写真だった。

 

「素敵な写真ね」

「はい。大事な、本当に大事な思い出です」

「宝物が増えたみたいで、良かったわね。羨ましいわ」

「……そうですね」

 

 大事な思い出。そして、自分の罪。いったい、いつになったらそれを全て斬る事ができるだろうか。気が遠くなるほどの時間を掛ければ、何時の日にか。

 

「妖夢」

「はい」

「思い出は抱えるものなの。楽しいものも辛いものもある。でも、絶対に斬り捨ててはいけないの。それは、とても寂しいことよ」

「……それではいつまでも悲しいだけですよ」

「それが、生きるということよ。貴方は、この世界で生きている。それに、悲しかったことだけではないはず。そうでしょう?」

 

 妖夢はまた写真を見る。ぽたりと雫が落ちた。とめどなく落ちてくる。ああ、やっぱりまだまだ自分は半人前だ。この湧き上がるやるせない気持ちをどうすることもできないのだから。

 

 久しぶりに、ルーミアとフランに会いに行ってみるとしようか。この写真を持って。彼女達も喜ぶような気がする。

 ――だって、私たち四人は、ずっと友達なのだから。




妖夢エンド終了。
ルーミアエンドロック解除。





なんとなく後書きをADV風にしてみました。
特に意味はないです。
23時に次を投稿します。


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ルーミアEND 『黒になれ』 (挿絵あり)

◆ Caution!! ◆


ハッピーエンドではありません。
閲覧時には注意をお願いします。
これで完結ではありません。

苦手な方は、76話投稿までお待ち下さい。


◆ Caution!! ◆


 ルーミアは、住む者のいなくなった家屋の屋根に腰掛け、のんびりと昼食を取っていた。見かけは真っ黒だけど、食べると普通のお肉。骨まで黒いのはどうかと思うが、美味しいから問題はない。大事なのは見かけではない。

 それに、これと同じモノがここにはいっぱいある。いつでも新鮮で、わざわざ狩りにでかける必要もない。あの、生贄の祭壇でぼーっと待つ必要もない。でも、あそこはお気に入りだから、お昼寝するときはたまに行く事にしている。

 

「よいしょっと」

 

 ルーミアは骨を齧りながら、集落の真ん中に降り立つ。片腕の無い黒いヒトガタ。意識はないはずなのに、その顔は苦悶の形相が張り付いている。そんなことに遠慮するルーミアではない。容赦なく右手を引きちぎる。ちぎれたそこからは何か黒い瘴気が空へと昇っていく。血液の代わりみたいで面白い。

 肉がなくなった骨を投げ捨て、新しいお肉を頂く。紛い物と違ってとても美味しい。ルーミアは幸せを感じていた。

 

 ――が、無粋な連中がまた現れたのを感じる。毎回食事時や昼寝しているところを狙ってくる。

 

「もう。本当に邪魔だなー」

 

 ルーミアが右手を翳し、そこから闇を展開する。闇といっても、その黒いモノたちはなにかがもぞもぞと蠢いている。無念や憎悪が寄り集まったものとか誰かが言っていた。確か上白沢慧音とか言ったっけか。何度も仕掛けてくる面倒で煩い女妖怪。あしらうのが面倒な相手なので、あまり見つかりたくはない。特に、ペアの藤原妹紅が面倒なのだ。死んでも蘇るから。ルーミアとの勝負では、永遠に決着がつかないような気がする。

 

「と、今はこっちに集中しないとね。えいっ」

 

 闇が、遠方から飛来してきた強力な妖力弾を吸収する。お返しに黒蛇弾を発射する。細長い弾が最初は一つだけ。だが、それは恐ろしい速度で増殖し、分裂しながら一挙に空中を埋め尽くす。当たると死なないけど痛いし苦しいらしい。前に遊んだ、『へび花火』を参考にしたものだ。うねうねしながらだんだんと大きくなっていく。ああ、思い出すと楽しくなってくる。もう一度、皆で遊びたい。

 そうそう、人間にはかなりの毒のようで、流れ玉にあたった不幸な農民が真っ黒になって死んでしまった。美味しくいただいたので、無駄にはならないだろう。無駄に殺すのはいけないが、食べるので問題ない。

 ちなみに、霊夢や魔理沙などの知り合いを相手にするときは、極めて気をつけている。間違って殺してしまわないように。壊れやすい壺に触れるように、丁寧にあしらっている。面倒だけど仕方がない。他の人間はどうでもいいので、掛かってきたら食べている。

 

「また、お狐様か」

「――前鬼、後鬼!! 道を拓け!」

「※※※※※※※※ッッッッ!!」

 

 器用に黒蛇弾を回避しながら八雲藍が近づいてくる。お供には式神か。あれが被弾しながら藍の道を作っている。あれはつぶしてもつぶしても何度でも蘇る。だから遠慮なく今回もつぶしてしまおう。

 ルーミアはもう一発黒蛇弾を発射。直撃してしまった哀れな式神達は炭化して、地面に落下していった。

 

「今度は黒狐になっちゃったりして」

「黙れっ!! 死ね、化け物め!!」

 

 藍がいよいよ攻撃態勢に入る。相手は、ルーミアを殺す気満々である。一方のルーミアは、特に気にしていない。

 本来、ルーミアとは妖怪としての格が違う。それをなんとか戦えるようにしたのがスペルカードルール。本気で戦った場合、普通なら手も脚も出ずに粉々にされてしまうだろう。

 

「いくぞッ!」

 

 楔形弾幕が数百、いや数千まで一気に構築された。流石の妖力だ。それらは全てルーミアに向いている。

 

「あれー?」

 

 何かが動きを阻害する。スキマがルーミアの足を拘束していた。拘束というか、骨が完全に粉砕されている。気がつけば両手両脚が致命的なダメージを受けている。いつのまにか、スキマが絡みついていた。

 

「――藍」

「はっ!」

 

 ルーミアがのんびりと空を見上げる。回避行動をとりはじめる藍。その上には紫。冷徹な視線でこちらを見下ろしている。幾百ものスキマが目を開けている。

 

「この世界に貴方のような存在は相応しくないの。今日こそ、塵芥と消えなさい」

 

 返事をする間もなく、ルーミアに数十万発の妖力弾が浴びせられた。絶え間なく降り注ぐそれは、黒の彼岸花で多い尽くされた集落ごと焼き尽くす。地面はクレーター状になり、それでもまだまだ抉り取っていく。

 ――ここにいたルーミアは、肉片一つ残らずに蒸発した。紫はそれを、表情を変える事無く見つめ続けていた。

 

 

 

 

「効いたー」

「やはり、駄目みたいね」

「うん。昼間に攻撃を集中させるのは、良い案だと思うけど。無駄なものは無駄だよ。水に石を叩きつける様なものだし」

 

 溜息を吐く紫。ルーミアは何事もなかったかのように再び現れた。呆然とする藍の影から。別に取り殺したりはしない。ちょっと出口を借りただけである。

 

「今回はもう諦めるわ。ちょっと、情報を集めたいから話をしない? 貴方を殺しきる手段を考えなくちゃいけないから」

 

 胡散臭い笑みで、とんでもない提案をしてくる紫。燐香がいれば、突っ込みをいれていただろう。

 

「攻撃を仕掛けてきたくせに我が儘じゃないかなー」

「それが紫ちゃんだからね。私から我が儘を取ったら優しさしか残らないもの」

「あはは。面白かったからいいよ。疲れるから座るね」

 

 ルーミアがクレーターの中央に着地し、手を払う。茶色いむき出しの土に、一挙に黒い彼岸花が咲き乱れる。それを座布団代わりにして、ルーミアは座り込んだ。前に行儀良く座る紫と、警戒態勢をとったままの藍。

 

「ポチっとな」

 

 ルーミアは、燐香が気に入っていた携帯カイロをポケットから取り出し、スイッチを入れる。ルーミアを説得にきた妖夢から何故か受け取ったもの。外見はなんか奇怪な感じになっていたけど、折角なのでもらっておいた。カイロというより、なんだか回路みたいである。河童が見たら喜ぶだろう。あいつらはガラクタが好きだから。

 スイッチを入れると、真ん中のグルグルが回って微風が出てくるのがちょっと面白い。でも、しばらく使っていると、風を取り込んでいるであろう背部が嫌な音を出し始めた。真ん中のグルグルもなんだか真っ黒になってきた。多分、黒の瘴気を吸い込んでいるからだろう。

 このままだと壊れちゃいそうだったので、ルーミアが能力を使って黒が増えないように固定化している。黒は大好きだけど白がちょっと残っていた方が、ルーミアは好きなのだ。珈琲と一緒。ブラックよりも、ちょっとだけミルクを入れたほうが美味しいし。今は白はないけれど、誰かがなんとかしてくれるかもしれない。

 

「――で、何が聞きたいんだっけ?」

「そうね。じゃあ、まずは貴方が普段つけていたリボンのこと。その封印が解けたのが、貴方の異常の原因かしら」

「さぁ、どうなのかな。邪魔だから取っただけ。気に入ってたけど、もういらないから」

 

 燐香が暴走し、いよいよ耐え切れないと思ったとき。ルーミアはリボンを取り払った。なんだか分からないが、何かが広がった気がした。そこに、燐香だったものを全て取り込んだ。こうすれば、いつも一緒だから。そうしなければ、普通に霧散してしまっていただろう。だからそうした。

 でも、そうしたら、人間が死ぬ程憎くなってきた。だから世界を一気に黒くしてみた。知り合いのいるところ以外、真っ黒に。黒い彼岸花で覆い尽くすだけじゃない。増殖する闇を世界にばら撒いた。今もやっている。集落の人間は黒化し、生きているか死んでいるか判らない状態になった。家や草木、水に至るまで真っ黒だ。普通に飲めるし、食べられるので問題ない。本当は太陽も黒くしたいのだが、それは上手くいかなかった。だから、近いうちに月を黒くすることにしている。――道は見つけた。

 逆に返り討ちにあって殺されてもそれはそれでいいやとルーミアは思っている。その時は自分の中の黒が一気に拡散して面白い事になるだろう。見れないのは残念だけど。

 

【挿絵表示】

 

 

「この瘴気を用いて、封印を解除したのではなくて? 既に限界を迎えていた風見燐香を煽って。黒を暴走させて、貴方が力を取り込む。いや、最初からそれが目的で、風見燐香に近づいたのでは――」

「…………」

 

 ルーミアの表情を見て、紫が途中で言葉を切る。知らぬうちに、怒気が露わになっていたようだ。息を吐いて、感情を鎮める。手が怒りで震えていた。大事な思い出が汚されたようで、酷く腹が立つ。

 

「ごめんなさい。もう二度といわないわ」

「……そっか」

 

 ルーミアは頷いた。紫が本気でしまったという顔をしていたから。珍しかったので、許してあげた。そういう気分になった。

 

「では別のことを聞かせて。貴方の本当の目的は何?」

「前にも言った気がするけど」

「本当のところを知りたいのよ。貴方相手に、腹の内を探るような真似をしても徒労に終わるだろうし」

 

 紫の言葉にルーミアは薄く笑う。それはそうだ。だから、分かって欲しいのに。言っていることは全部本当なのだと。

 

「だから、私の目的は美味しい物を食べて、適当にやるだけ。ただね、私たちの方は、ちょっと違うみたい」

「というと?」

「どうでもいい人間たちを全員黒化して、思い知らせることみたい。自分達の憎悪を」

「なるほど。だから、こうして黒くして回っているわけね。……後先を何も考えずに」

 

 紫の目に殺意が再びこもり出す。自分の愛する世界をこんなにされて怒っているのだろう。さっきのルーミアのように。

 

「ねぇ、やっぱり怒ってるの?」

「ふふ。怒ってないように見える? 八つ裂きにしても飽き足りないくらいの怒りを覚えているわ。だから、そういうつもりで何度も何度も私たちは攻撃をしかけた。殺すための闘い――戦争をね」

 

 八雲紫、西行寺幽々子、レミリア・スカーレット、八意永琳、八坂神奈子に洩矢諏訪子。それらの勢力が結集して、ルーミアを殺すために一斉に攻撃をしかけてきたことがある。流石の火力に、何度も何度もルーミアは殺された。だが、一ヶ月経っても死なないので、ようやく諦めてくれた。あれは参った。本当におなかが空いていて、霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢、早苗を食べてしまうところだった。

 でも我慢した。あれは燐香が知っているから食べてはいけない。特に、妖夢は友達で、魔理沙はお世話になった。だから駄目。殺して良いのはどうでも良い人間だけなのだから。

 

「率直に尋ねるけど、貴方、もしかして不死になったの? あの蓬莱人たちのように」

「ううん、なってないよ。私はちゃんと死ぬ――」

 

 そう言い切ることなく、藍が刀をルーミアに振り下ろした。容易く首を刎ねられるルーミア。首は笑いながら黒い血反吐を吐くと、地面に吸収されていく。頭部を失った胴体も藍により焼き尽くされた。

 そして、また近くの枯れた黒木から再生し、何事もなかったかのように座りなおす。

 

「――あはは、本当に容赦ないね。まぁこんな感じで死ぬけど。でもね、負の思念がある限り、私は何度でも再生するんだ。全部取り込んだから」

「じゃあ聞き方を変えましょうか。どうしたら、貴方を殺せるの? 私は貴方――貴方達を完全に殺しきりたいのだけど」

 

 流石のルーミアも目をちょっと丸くする。

 

「凄くストレートだねー」

「回りくどくしても、貴方には通じないでしょうから」

 

 そう言うが、紫も本当の答えが返ってくるとは思っていないだろう。だが、何かしらのヒントにはなるかもしれない。だから、こうやって軽口を敢えて叩いているのだ。

 

「あのね。幻想郷に残留する全ての負の思念や感情が解消されれば、私はサクッと消えるよ。そして、この黒塗れの世界も元に戻ると思うなー」

「……全て?」

 

 紫が怪訝な表情を浮かべる。

 

「そう。私たちは恨み、殺意、嫉み、妬みといった負の感情の集まり、集合体になったんだ。だから、世界中、全ての人間たちが善人になれば、消えてなくなるよ」

「…………」

「信じられないのかなー? ハッキリ言うけど、皆が私にしていることは、川に小石をなげつけているようなもの。波紋は起きても何も変わらない。たまに岩をなげいれてくるからビックリするけどね。そこまですれば塞き止められちゃうし。でも、雨は降り続けるから、私は消えるどころか更に力を増していくんだよね」

「……そんな馬鹿な」

「本当だよ。だって気付いているんでしょ? 私の力が最初よりも上がっている事に。それは当たり前。幻想郷の人間が、困窮し始めて負の感情を滾らせているから。それにこの黒化したナニか。凄い苦しそうな顔でしょ? こうしてやると、常に負の思念を生み出していてくれるんだ」

 

 負の感情の生産拠点。それでいて、食べたら美味しい。霊夢たちが寿命で死んだら、即座に人里と残りの集落を黒化してやるつもりだ。残しているのは、人里への食糧供給拠点として必要と判断したから。これは、新しい仲間からのアドバイスである。そっちの方が長持すると。

 

「止めろといえば、止めてくれるのかしら」

「それは無理かなー」

「こんなことが続けば、龍の怒りを必ず買うわ。そうなれば、貴方も私たちも破滅する。それは、望んでいないはず。出来る限りの対価は支払うから、やめてくれないかしら」

 

 紫が頭を深々と下げてきた。目を見開いた後、唇を噛み締める藍。そして、同じく頭を下げてくる。もう時間がないと思っているのだろう。だが、そうではないのだ。時間はいくらでもある。

 

「それなら心配しないでいいよ。この世界は、私に都合良く回るんだ。何度まわしても、必ず“00”に止まるルーレットみたいに」

「悪いけど、意味が分からないわ」

「裏ボスの龍は黒くなっちゃったから、もう何も見えないよ。でもちゃんと生きてるから安心してね」

「何を――」

 

 動揺する紫。こんな顔は初めてみる。

 

「あはは。世界を黒く塗る前に器を壊されたら嫌だからね。先手を打って黒くしちゃった。紫たちが私に必死に攻撃を仕掛けているときにね」

「そんな馬鹿なことがッ!!」

「信じないなら別にいいよ。私はどうでもいいし。聞かれたから答えただけ」

 

 紫は猜疑心の塊のような目で、こちらを睨んだ後、音も無く立ち上がる。

 

「貴方だけに都合のいい世界なんて、ふざけるんじゃないわ。私たちは、道化じゃないのよ」

「ねぇ、饅頭は好き? 私は好きだなー。あれ、甘くて柔らかくて」

「…………」

「でね、饅頭が百個あったとして。その中に毒饅頭が一つ入ってる。99人は美味しい思いができるけど、後の一人は地獄を見る」

「それが何か?」

「ここはそういう地獄なんだ。どう足掻こうと無駄。他の世界では私は呆気なく撃墜されてそれなりに平和。でも、この世界では私が選ばれた。だから、全部真っ黒にすることにした」

 

 ルーミアは立ち上がると、ニヤリと笑う。目と口からは黒い液体が際限なく溢れてくる。

 

「私は燐香と一緒に、世界を黒く塗りつぶすよ。全部黒くしちゃえば、燐香も喜ぶと思うんだ。あ、でも心配しないで。霊夢たちは寿命が来るまで待ってあげるから。ちゃんと赤い彼岸花で囲ってあげてるでしょ? 霊夢たちが死んだら、人里と神社をつぶすから」

「――お前は!!」

「じゃあ、頑張ってね。時間はまだまだいっぱいあるよ。結果は絶対に変わらないけど。ここは、そういう世界だから」

 

 ルーミアは手を振ると、立ち去ろうとする。が、巨大なスキマが展開し、ルーミアの全身を飲み込もうとする。

 ――が。スキマからはもぞもぞと動く黒いナニカが大量に顕れる。紫が叫びながら、スキマを閉じる。

 

「――ッッ!? な、何よ、何なのこれはッ!!」

 

 予定外の出来事に紫は弱いらしい。だから、ちょっと驚かせてやった。八雲紫のスキマには、すでに黒を大量に侵入させている。巣食っている。

 

「あはは。スキマを開けたら、直ぐに閉めないと駄目だよ。戸締りは大事。それに、夏は蚊がいっぱいいるから」

 

 移動するのに紫はスキマを多用する。しかもあけっぱなしで。だからその隙を衝いて侵入させただけ。この世界で、一番厄介なのは、紫と幽々子。幽々子は、一度撃退してからはあまり関わらなくなった。冥界は黒い彼岸花で覆われても、それ以上に影響はなかったからだろう。妖夢にも手を出していない。

 そして、紫も今回のでスキマを使いにくくなったはずだ。こちらに手をだすより、内部に巣食ってしまった黒をなんとかしなければならない。その恐れが更に黒を増やしていくのだが。

 

「それじゃあね。ばいばい」

 

 ルーミアは、今度こそ手を振ってその場を立ち去った。

 

 

 

 

「アンタさー。本当に趣味悪いわよね。あそこまで言わなくてもいいんじゃないの。あのスキマ妖怪、最後泣きそうだったわよ」

「本当にしつこいからね。あ、これ食べる?」

「そんなモノいらないわよ。私はこれがあるから」

 

 比那名居天子は黒い桃を食べる。ひまつぶしに良いからと、なぜか率先してルーミアに協力している変な奴だ。天界を黒くしてくれと言われたので、やってやったら凄い喜んでいた。黒い桃がお気に入りらしい。色々なアドバイスをしてくれる。ためになったりならなかったりと、滅茶苦茶な天人崩れ。面白いので問題はない。

 

「妬ましい……。私より強い嫉妬パワーを持つお前が死ぬ程妬ましいわ」

「じゃあ嫉妬パワーあげる」

「更に私を見下して施すなんて。ああ、殺したいほど妬ましい。私じゃ殺せないけど。口惜しや」

「あ、いつでも裏切っていいからねー」

「……妬ましい」

 

 座り込んでいじけているのは水橋パルスィ。地底に黒い彼岸花をばら撒いたときに、いつの間にかついてきていた。音もなく近寄ってくるので、逆に脅かしてやったら悲鳴をあげていた。リアクションが面白い。

 

「それで、これからどうするの? また人間虐めて遊ぶの?」

「うーん、少し飽きちゃったな。だから、気分転換に博麗大結界を侵食してるんだけど」

「凄いじゃない。どうやってるの? 私でもできるかしら」

 

 暇つぶしに神社を潰しに行って、霊夢と萃香にボコボコにやられたらしい。それでも反省せず、ルーミアに同行している。どうしても神社を潰したいらしい。その後は守矢神社だとか。ありとあらゆる神社を潰すのが夢だとか。理由は特になし。

 

「こう、えいって」

「あのね。それじゃ全然意味が分からないわ」

「妬ましいわ。その純粋さで悪を働けるその精神が妬ましい。死ねばいいのに」

 

 ルーミアは面白い連中だと声をあげて笑った。

 燐香、フランドール、妖夢とはもう遊んでいない。でも新しい友達は増えた。燐香がいれば、もっと面白くなる。今も一緒のはずだけど、少し寂しい。

 だから、世界を黒くする。そうすれば、また彼女が現れるかもしれない。そんな予感がする。なぜならば、この世界はルーミアに都合の良い世界だから。いずれ終わる世界だとしても、それまで楽しければ良いのである。だから、好き勝手にやるだけだ。

 

「結界に小さな穴を開けて、そこから瘴気を逆流させるんだ。外は、私たち妖怪を否定する世界。真っ黒な世界になっても、そう言っていられるかなぁ」

 

 ルーミアは笑う。メディスン・メランコリー、黒谷ヤマメには協力をお願いしている。毒と病気を混ぜ合わせた、強化した『黒』を外にたくさんばら撒いてやろう。苦しみは負の感情を生み出す。それが更に強まればどうなるだろうか。実に楽しみである。

 いずれ、博麗大結界など必要なくなりそうだ。

 

「黒だけって、寂しいけど。でも、ちょっとだけある色が逆に新鮮に感じるわよね。これが芸術ってやつかしら」

「……落ち着く。ああ、嫉妬パワーが消えていくわ。世界が妬ましい」

「アンタ、いつもそれよね。馬鹿なのかしら」

「うるさいわね。馬鹿天人崩れ」

「そうだけど、それが何か?」

「……口惜しいわ。その動じなさが腹立たしい」

「そうなのかー」

 

 ルーミアは、磔けられた聖者のポーズを取ってみた。天子とパルスィは、何をやっているんだという顔。だが、どこかで、誰かが『ようやく見れた』と、満足気な表情を浮かべてくれた気がした。

 

 

 一つ、とても残念なのは、それを隣で見れなかったことだった。




ルーミアエンド終了。
フランドールエンドロック解除。




なんとなく後書きをADV風にしてみました。
特に意味はないです。
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フランドールEND 『Revive』 (挿絵あり)

◆ Caution!! ◆


ハッピーエンドではありません。
閲覧時には注意をお願いします。
これで完結ではありません。

苦手な方は、76話投稿までお待ち下さい。


◆ Caution!! ◆


「行かせないって言ってるでしょう!! 絶対に通さない!!」

「馬鹿フランが!! 早くしないと時間がなくなるんだぞ!」

「お嬢様、ここは私が」

「駄目だ。お前が行くと、間違いなく着火する。もういいから外で待機してなさい」

「は、はい」

 

 フランはレミリア・スカーレット、十六夜咲夜ペアに強引に押し通られてしまっていた。止めようとしたら、本気で引っ叩かれ、そのまま手を掴まれて紅魔館内部に連れ込まれてしまった。そのまま主の間へ行くのかと思ったら、一番近くのメイド妖精の部屋へと押し込まれた。

 

「なんのつもり? 今は楽しい異変の最中なのに! そんなんじゃ白けちゃうよ!!」

「フラン。私の最愛の妹。いいか、良く聞きなさい。お前はこれから選ばなければならないんだ」

「何を! というか一々私に指図するなよ! 今は敵同士――」

「いいから黙れ。至極簡単な話よ。私が殺すか、お前が殺すか。二つに一つだ。いずれにせよ、お前には傷が残る」

「私がお姉さまを? それ良いね。今すぐ握りつぶして――」

 

 左手を前に出したが、それを巨大化させたレミリアの右手で強引に押し戻される。

 

「もう運命は変えられない。この世界の運命は、定まってしまった。後は、配役をどうするかだけ。お前と私、どちらが止めを刺すかだ」

「はぁ? なに言ってるのお姉様は。さっぱり意味が分からないし」

「何も気付いていなかったのか? 誰にも教えてもらわなかったから、だからお前は気付かなかったと。本当に、お前はそこまで愚かなのか? 違うだろう、フランドール。お前は、分かっているはずだ」

 

 フランは口ごもる。反論は沢山ある。だが、舌が蝋で固められたかのように動かなくなった。呪いだろうか。

 

「どうして風見燐香はいきなり異変を起こしたのか。分かっているだろう、フランドール。ただ、お前との約束を果たすためだよ。死の間際に、お前の友は約束を果たす事を選択したのだ」

「そんなの嘘だよ。だって、私や妖夢に黒い力をくれたんだから。あんなに元気だったのに」

「もう間もなく、黒が白を飲みこむ。だが、私がそうはさせない。黒一色の世界など、私は真っ平ごめんだからだ。だが、フランドール。お前には介入する権利がある。先を譲ってやろう」

「先を譲るって」

「お前が殺してやれ。風見燐香はそれを待っている」

「うるさいうるさいうるさい!! ふざけたことばかり言って!!」

 

 フランは、レミリアの身体を突き飛ばして、燐香がいるであろう主の間へと向かった。全力で飛び、扉を開ける。

 

「り、燐香!!」

 

 主の間は、真っ黒に変色していた。これは、蔦だろうか。部屋の中を、黒の蕾が耳障りな音をあげて飛び回っている。中央の椅子、そこには体内から黒蔦が何本も飛び出ている変わり果てた燐香がいた。奇怪な植物とほぼ同化しかけている。これが『時間切れ』ということなのか。

 燐香のなれの果て。その口が、かすかに動き、声をはっする。

 

「…………フ、ラ」

「なんなのこれ!! や、止めて。止めてよッ。止めろおおおおおおおおッッッ!!!!!」

 

 フランは駆け寄り、黒の蔦を全力で薙ぎ払う。部屋中に生い茂る黒の彼岸花を焼き払う。壁ごと蕾を吹き飛ばす。目についた黒を、全て『目』で絡めとり、握り潰していく。

 だが、その度に燐香の身体から黒い瘴気が発生し、蔦は再生していく。蕾が現れ、さっきよりも大量の黒をばら撒いていく。

 燐香の身体は、先程よりも蔦に埋め尽くされていく。もう、胴体が見えない。髪は黒く変色し、顔色も灰色になっている。まだ生きているのかすら分からない。目からとうに光が失われている。

 

「なんで。なんでよ! 殺したんだから消えてよ!! 燐香が死んじゃうよ!!」

「フランドール!! 早く止めをさしてやれ! もう限界なんだ!!」

「嫌だよ!! だって、私の初めての友達なんだよ。殺せるわけがない!! 出来るわけないよ!!」

「ならばどきなさい! お前がやらないなら、私がやってやる!!」

 

  神槍『スピア・ザ・グングニル』。レミリアが急速に右手に紅い光を迸らせていく。これに巻き込まれれば、フランとてタダではすまない。そして、邪魔するなら容赦しないとレミリアが殺意の篭った目で睨みつけてくる。

  フランが全力を出せば、これを遮ることはできる。だが、それでなんになるのだ。燐香はこのまま黒に飲み込まれて死ぬ。では、見過ごせば。姉が友を殺してしまう。どうすればいい? 

  フランは、涙を堪えながら燐香の顔を振り返る。その変わり果てた口が、僅かに動き、そして少しだけ笑った。

  最後の言葉を、フランは受け取ってしまった。

 

「フランドールッ!!」

「うわあああああああああああああッッッ!!」

 

 フランは、激情のままに燐香のなれの果て、その最後に僅かに残された白のそれを、『目』で捉える。

 ――そして、握りつぶした。

 

 

 

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「ねぇ、パチュリー」

「何かしら」

「私ね、魔法の勉強をもっとしたいのだけど」

「へぇ。中々面白いことを言うじゃない。もしかして、魔女にでもなりたいの?」

「うん。それでね、蘇生の魔法を覚えようと思って」

 

 フランは笑った。友をその手で殺したあと、一年間フランは引き篭もっていた。なにもせず、ひたすらぼーっとしていた。

 羽についていた虹色の宝石。あの異変から、ずっと真っ黒のまま。それは、まるで自分の罪を示しているかのようだった。それを見るたびに、フランは跪いて蹲りたい気持ちになる。でも、ずっと友達が傍にいてくれるような気がして、直ぐに立ち直る。そう考える事にして、フランは地下から再び外にでることにした。

 

「――蘇生魔法。一体何人の魔術師がそれに手をだして、運命を狂わされたのか。先輩として忠告しておくけど、碌な結末を迎えないわよ」

 

 パチュリーの厳しい視線。フランは、特に気圧されることもなく、首を横に振る。

 

「結末なんてどうでもいいんだよ。私がやりたいんだから。私の好きなように生きて、私の好きなように死ぬんだ」

「……その研究の協力はしないわよ。勉強の方は手伝ってあげないこともないけど」

「ありがとう、パチュリー。準備ができたら、呼んでね。それまで独学でやってるから」

「……ええ」

 

 図書館を出ると、咲夜を従えたレミリアが現れた。もう前のように反発することはない。相手をしている時間がもったいない。

 

「ごきげんよう、お姉様」

「ああ、良い夜だね、フラン。……ちょっと待ちなさい」

「何かご用?」

「……大人になったな、とでも言ったらいいのかな。随分と成長したと思ってね」

「色々とやることができたんだよ。そのために生きようと思っただけ」

「そうか。それで、蘇生魔法か」

 

 レミリアが眉を顰める。

 

「文句があるなら受けてたつけど」

「……お前の努力は、この世界ではきっと報われないよ。それでも、お前はやるのだろう?」

「うん。第一、私はお姉さまの能力を信用してないんだ。運命を操れるなんて眉唾だし」

「ははは。言ってくれるじゃないか」

「変えてくれるなら、今すぐハッピーエンドにしてみせてよ。代償はなんでも払うからさ。ね?」

「…………」

 

 レミリアは無言で首を横に振った。

 

「無理だ。思うがままに操れるなんて、都合のいいものじゃないんだ。それができるなら、とっくの昔に私は世界の支配者になっているよ」

「ま、そうだろうね。私と同じで、大げさだけど使い勝手が悪い。姉妹そろってどうしようもないね」

「くくっ、ひどいことを言うじゃないか」

「でも本当のことじゃない」

 

 フランが苦笑すると、レミリアが笑った。

 

「……それを貰ってから、変わったようだな」

「うん。形見、みたいなものだし。形は大分変わっちゃったけど、大事な宝物」

 

 ルーミアがいきなりやってきて、篭っていたフランに押し付けてきたもの。意味が分からなかったけど、順番だからと渡してきた。やっぱり意味が分からなかったが、とりあえず受け取って置いた。ルーミアいわく、カイロではなく回路なのだそうだ。やっぱり意味は分からなかった。

 そして、部屋にこもりながらその八卦炉もどきに進化してしまった携帯回路を眺め続けた。真ん中の黒いぐるぐるが、ひたすら回っているのを見ていたら、なんだか気分が悪くなってきた。そうか、これはバランスが悪いのだ。黒しかないから。

 だから、なんとかしようと色々試してみたけど、上手く行かなかった。黒の勢いを殺す事はできなかった。何らかの力で固定化されているようだった。

 

「それにね。蘇生っていっても、魂を呼び戻すわけじゃないんだよ。パチュリーは勘違いしてるみたいだけど。私は、白を蘇らせたいんだよ」

「ほう?」

「私の『目』で捉えたから、色と形と構成はしっかり覚えている。どれだけ時間が掛かるかはわからない。でも、私ならできると思う。それで、またいつか、巡り巡って、彼岸花に宿ってくれたら。もしかしたら」

「……くく、夢のある甘っちょろい話だなぁ。だが、嫌いじゃないぞ」

 

 レミリアがフランの頭を馴れ馴れしく撫でてくる。それをすぐに振り払う。

 

「暑いからくっついてこないでよ」

「つれないな。その変な道具から風が出ているからいいじゃないか」

「ああウザい。邪魔邪魔!」

「この紅魔館当主、レミリア・スカーレットが宣言しよう。お前の目的を叶える為、私はどんなことでもお前に協力するとな!」

 

 大げさに宣言すると、腰に手を当てて威張るレミリア。咲夜は苦笑を堪えている。

 フランは両手をあげて呆れてみせた。

 

「別にいらないし。ほら吹きはあっち行っててよ」

「おい! そこは感動するところだろう!」

「あー勉強しなくちゃ。忙しい忙しい」

 

 紅魔館は、少しずつ賑やかさを取り戻していく。フランは泣き叫びたくなる感情を必死で抑える。泣いている時間などないのだ。

 

 

 

 

「こうして集まるのは久しぶりですか」

「あの異変以来じゃないのかなー」

「うん。私が引き篭もってたからね」

「はっきり言うようになったね。もしかして、別人? 人形?」

「どう見ても本人だよ。ほら、牙もあるでしょ」

 

 ルーミアが疑いの視線を向けてくる。妖夢は苦笑している。四馬鹿のうち、ここに三馬鹿が久々に揃った。

 

「幽香はまだ見つからないの?」

「たまに戻ってくるみたいだけどね。畑の様子を見に。妖精が見かけたって」

「そっか」

 

 フランは幽香に会うのが怖かった。なんと言えばいいのか分からない。今もだ。だから、内心でホッとしてしまっていた。だが、いつかちゃんと謝らなければならないだろう。それが責任というものだ。

 

「ここの彼岸花も、元気みたいだね。白玉楼に咲かせてくれたのも元気なんですけど」

「うん。ウチは美鈴が世話してるからね」

「フランもやってみたらどうです?」

「美鈴がうるさいから止めとく。私がやりますってうるさいんだもん」

 

 前に、燐香が紅魔館で咲かせてくれたもの。美鈴が今もしっかりとお世話をしている。手を出そうとしたら口うるさく止めてきたので、枯らしたら半殺しにすると脅しておいた。

 

「後、博麗神社やアリスさんの家のも元気ですよ。アリスさんは気晴らしに花の世話をしているみたいで。……まだ元気になったとは言い難いですが」

「そっか」

 

 あの異変で、フランが燐香を殺してから色々変わってしまった。彼女の死は、近しかった者に大きな傷痕を残した。幽香、アリス、魔理沙、妖夢。多分、感情をあまり外に出さないルーミアもだろう。暫く手のつけようがないくらいに、魔法の森で暴れていたらしい。咲夜が愚痴っていたから。

 その傷を負った者には、手を下した自分も含まれている。認めたくないけど、そうなのだ。客観的に見る事で、感情を制御する。その術をフランは覚えたのだ。そうすることで、泣きたくなる気持ちや、暴れ回りたくなる気持ちを抑えることができる。

 

「ね、ルーミア」

「何?」

「本当は怒ってるんでしょ? 私が、殺しちゃったから」

「さぁ。もう終わったことだし。それを聞く為に呼んだんなら、もう帰るけど」

「ううん、ごめん。本当に言いたかったのはそれじゃなくて」

 

 つい自虐的になってしまった。責めて貰えたら、罪悪感が少しは薄れるような気がして。

 

「あのね。良かったら、一緒に勉強しない? ルーミアだけじゃなくて、妖夢も。私だけでもやるつもりだけど、皆でやった方が早いかなって思って」

 

 フランは勇気を出して、自分の考えているプランを話した。白の再生計画。多分、以前の燐香が帰ってくることはもうないけれど。それでも、何かが残せるような気がした。だから、一緒に。

 

「私は、構いません。白玉楼の仕事があるから、その合間になるけど」

 

 妖夢は賛成してくれた。蘇生と聞いて、最初は警戒を露わにしたようだが、ちゃんと説明したら肉体蘇生やら魂召喚術ではないと理解してくれたようだ。

 

「……どうしようかなー。なんか自己満足っぽいし。意味あるのかなー」

 

 ルーミアはやっぱり難色を示した。結構な面倒くさがりだし、ルーミアは束縛を嫌う。自由に動く事を好み、居場所を固定されることを望まない。それがルーミアの在り方なのだ。何より、結局は燐香が帰ってくるわけじゃないと理解しているから。

 それでも、フランはルーミアも一緒に手伝って欲しい。友達だから。

 

「これが上手く行けば、その途中で、これももっと完成に近づくと思うよ」

 

 フランは携帯回路を取り出す。今も黒がぐるぐる回っている。

 

「白をこのぐるぐるに入れてみたいんだ。黒だけじゃバランスが悪いと思うの。だから、白を」

「えーと、なんだか既視感があるような。それはともかく、これに白を入れるとどうなるの?」

 

 妖夢が当然の疑問を示す。

 

「白と黒、ぐるぐるが二つになると思う。多分、前みたいな効果になるんじゃないかな。予想だと、冷暖房機能が復活すると思う」

 

 全然分からないけど。

 咲夜に言って、河童に直せるか見せたら、『高度な魔改造が施されてるし、触るのが怖いから嫌だ』と追い返されてしまったとか。『回路とは言いえて妙だね』ともお墨付きを頂いたらしい。何の得にもならないお墨付きだ。

 ついでに、『なんだか厄い。でも厄くないかも』と鍵山雛とかいう妖怪にも言われたとかなんとか。その意味はよく分からない。

 

「ふーん。じゃあ、いいよ。紅魔館の血のワインくれるなら、一緒にやってあげる」

 

 ルーミアがようやく頷いてくれた。

 

「ありがとう」

「なんだか、調子狂うな。本当に、あの我が儘なフランなの?」

 

 妖夢が苦笑する。

 

「そうだよ。一年篭ってたから、悟りを開いたんだよ」

「へー。そうなのかー」

「そうなんだよ」

「じゃあ、星空も綺麗だし、一杯飲みますか? 今日は私も仕事は残っていませんし」

「それいいね。これは、大丈夫な奴でしょ?」

 

 ルーミアがどこからか瓶を持って来た。紫の綺麗な液体が入っている。あれはパチュリー愛用のものだ。

 

「うん。それパチュリーのだし。血は入ってないよ」

 

 何が入っているか、そもそも何の液体なのかは分からない。見覚えはあるような気がするけれど。

 

「じゃあ、燐香にお裾分けをしようかなー」

 

 彼岸花に、特製の液体を振りかけていくルーミア。紅魔館で作られ、さっきフランが渡したものだ。ついでに、自前らしい謎の肉も放り込んでいく。なんだか嫌そうに笑う燐香を想像してしまい、少し楽しくなって、悲しくなった。

 

「……では、私も」

「じゃあ私も!」

 

 妖夢に続き、フランも液体を彼岸花に掛けていく。ちゃんと、花の栄養になるようになっている。肥料と水をばら撒いているようなものだ。

 

「この酒……というか、謎の液体、飲めるんですか?」

「知らない。飲んでみようか」

「じゃあ、乾杯で」

 

 適当にグラスに注ぎ、皆で乾杯。一口飲んで、げほげほと咽る。

 

「まずい、ですね」

「げろまず!」

「今思い出したけど、パチュリーも飲まないほうがいいって言ってた。というか、魔法植物用だよこれ」

「早く言ってよー」

「アハハ」

 

 フランはむせ返りながら、笑った。笑いながら、泣いた。すると、妖夢も笑い泣き。ルーミアは顔を背けて、こちらに表情を見せようとしない。意地悪しようかと思ったけど、やめた。

 三人で彼岸花を背に星空を見上げながら、その晩はずっとそのままで過ごした。

 

 

 

 

 

 ――白の蘇生計画。フランは、アリス、魔理沙、パチュリーの協力も得る事になる。そして、魔法技術を習得した妖夢、ルーミアと協力して、ついに白のカケラを再生することに成功した。

 まだまだ完成には程遠いけど、フランにとっては大事な第一歩。そのカケラを壊さないように、丁寧に携帯回路のぐるぐるに移植する。すると、白と黒はまるでぴったりと噛み合うかのように回転を増していき、やがて、見覚えのある陰陽型へと姿を変えていった。

 

 フランはそれを妖夢、ルーミアも含めた皆の宝物にしようと決める。本当は、燐香がいれば、もっと良かったのにと思った。

 それをつい口に出してしまったら、妖夢が元は燐香の持ち物だから、共同制作みたいなものだと言ってくれた。

 フランはありがとうと言ってから、それをアリスの家に置かせてもらうことにした。四馬鹿が一番集まったのはあの家だから。

 アリスは少し躊躇したが、やがて笑って受け入れてくれた。

 

「さてと。次はいよいよグレードアップしないとね」

「私はちょっと休憩したいなー。最近、美味しい肉食べてないし」

「別にいいよ。その間、私が進めておくから」

「じゃあ一週間で戻ってくるね」

 

 ルーミアはそういうと、出て行った。なんとなく止めて欲しそうだった気がするが、別に慌てる必要はない。妖夢も今は白玉楼で庭師の仕事に励んでいるし。

 

「なぁフラン。私もよければ手伝いたいなぁなんて。お前がどうしてもと言うのならばだがな。うん」

「いらないかな。私たちだけで十分だし」

「いやいやいや。こう見えて私って結構強力な吸血鬼だし。絶対に何か役に立てると思うぞ! さぁ、我が力を使うが良い!」

 

 レミリアが執拗に迫ってくる。最近構ってやらなかったからだろう。パチュリーがあきれ、咲夜が苦笑し、美鈴があちゃーと言っている。小悪魔は非常につまらなそうな視線である。フランが引き篭もっているときは、死ぬ程幸福そうだったのだが。

 

「気持ちだけで、十分嬉しいよ。お姉様」

「……そ、そうか? ならいいんだ。うん。でも、いつでも協力するからな!」

「分かってるよ。それじゃあね」

 

 

 

 

 

 フランは手を振って、地下へと戻っていく。多少精神が改善したとはいえ、フランは地下で相変わらず暮らしている。その方が落ち着くからだ。レミリアはもう大丈夫だから上で暮らせと執拗に言ってくるが、止める気はない。

 

「だってねぇ。こうして、遊んでいる姿を見たら、また気が触れていると思われちゃうし。というか、悪化したと思われるかも」

 

 フランはトランプを取り出し、相手と自分に配り始める。相手はそれを手に取り、笑う。顔はフランだが、白いお面と赤いカツラを被っている。丸が二つと、口が一つだけ開いた、ただのお面。服装は、昔の燐香のもの。幽香の家から勝手に拝借してしまった。

 

「それはそうだよ。燐香役を自分で演じるなんて、頭がおかしいよ。狂ってるよね」

「でも、誰にも迷惑掛けてないからいいよね? 外ではちゃんと普通だし。家でも皆がいるときは普通なはずだよ」

「うん。それに結界もちゃんと張ってるからね。大丈夫だよ、私。普通にまともで、普通に狂ってる。私が保証するよ」

「それはありがとう、燐香」 

「じゃあさ、今日はスピードやろうよ。その後は神経衰弱。最後に幻想郷征服ゲームね」

「分かったよ、燐香。でも、途中で交代しようね。私も燐香やりたい」

「そのうち、ルーミアと妖夢もやってみようよ。そうすれば、あの時に完全に戻れるよね」

「うんいいね。ああ、本当に楽しいなぁ。これからも、毎日忙しくて楽しいよね」

「現在と、過去、そして未来。私たちはどれも味わう事ができる。だから、絶対に幸せなはずだよ。皆もそうでしょう?」

「もちろんだよ。私は今、とても幸せだな」

 

 四人のフランドールは、心から幸せそうに笑った。




フランドールエンド終了。
◆※◇エンドロック解除。




なんとなく後書きをADV風にしてみました。
特に意味はないです。
実はゲームの世界のお話だったんだよ! なんだってー!?
みたいなオチじゃないです。


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第七十六話 涙脆い観測者

「――ッッ!!」

 

 姫海棠はたては、白昼夢から醒めたかのように、意識を取り戻す。すると、目の前には黒髪の美人の姿。永遠亭の蓬莱山輝夜がお茶を呑気に啜っていた。その背後には八意永琳が目を光らせたまま控えている。

 

「おはよう、はたて。ご気分はいかがかしら?」

「……え、永遠亭の姫様? あれれ? 私は」

「え? え? ええっ!! な、何なの。今のはなんだったのよ!?」

 

 となりでは、同じく意識を取り戻したらしい射命丸文が、慌てふためきながら悲鳴をあげている。

 はたてはチカチカする視界に頭痛を覚えながら、ちゃぶ台の上に置かれている携帯を手に取る。段々と状況が飲み込めてきた。

 

 どうやらここは永遠亭。妖怪の山を抜け出したはたてたちは、何故かは分からないが八意永琳に保護され、強引にここまでつれてこられたのだ。そして、文と一緒にこの和室に押し込まれた後、急に意識を失ってしまったのだ。

 本当にわけが分からない。分からないといえば、今の謎の光景。今まで生きてきた中で最悪の部類に入る悪夢を連続で見てしまった。四連続の悪夢って。自らの精神の不安定さを表わしているのだろうか。否定できないのが、はたての悲しいところ。

 

「どういうことなのか。もしかして、姫様の仕業とか?」

「そ、そうに決まってるでしょ! なんでか私まで巻き込まれてるし!」

「近くで怒鳴らないでよ。耳が痛いし」

「大体ね、なんで私まで亡命とか訳分からない事に! 全部おまえのせいだ! この馬鹿はたて!」

「うるさいなー。話が進まないから、文はちょっと黙ってて」

 

 ちゃぶ台の上にあった饅頭を、文の口に押し込む。もごもごと暴れていたが、なんとか消化を終えると、怒気を露わにしながらも文は押し黙る。空気を読んだのだろう。

 

「説明? 何の説明が必要なのかしら」

「何のって。私たちをここまで連れて来たわけとか」

「貴方が逃げてたから助けてあげたの。それだけよ」

 

 あっけらかんと言い放つ輝夜。だが、その言葉を鵜呑みにはできない。妖怪の山を抜け出し、白狼天狗の追っ手がかかったのは直ぐだった。つまり、はたてたちが山を抜け出す事を知っていなければ、永琳と鈴仙を向かわせることはできないはず。

 つまり、輝夜はこうなることを“なんらかの手段”で知っていたことになる。彼女の能力の一部なのかは分からないが。

 

「それだけって、絶対に違うでしょ。……姫様は、私、いや、私の能力に用があったんじゃない?」

 

 はたてはカマを掛けてみた。すると、輝夜は嬉しそうに笑顔を作り、手を一度だけ軽く合わせた。

 

「うふふ、正解よ」

「やっぱり。……私の念写能力?」

「とても素敵な能力だと思うわ。何が起こるかは大体分かっても、私には映像にして皆で見るなんてできない。だからね、貴方の力を借りて、皆と一緒に見てみたかったの。いつもと違って、新鮮な体験ができたわ。ね、永琳」

「まぁ、それは認めるけど。色々と研究してみたいのは確か。ただ、姫が物好きなことには変わりないわね。それと、私は事象以外には、本当に興味がないから」

 

 永琳はつまらなそうに言ってのけた。本当にどうでもよさそうだった。彼女にとっての世界とは、蓬莱山輝夜だけなのだろう。

 

「ああ、それじゃあ駄目よ永琳。もっと感受性を強くしないと、世の中を楽しめない。私なんてついほろりと来てしまったわ。そうね、いずれははたてくらいにはなってみたいわね」

「――え?」

「本当に素敵な顔してるわ」

「え? え? って、か、顔」

 

 はたては、何を言われてるのか分からなかった。が、顔面の違和感にようやく気がついた。涙と鼻水がカピカピに乾いた跡がある。なんか凄く気持ちが悪くなってきた。鏡を見たら悲鳴をあげるだろう。

 

「か、顔が! 顔がなんかやばい!」

「ちょっと静かにして。はい、布巾。熱いから気をつけて」

 

 鈴仙がアツアツの布巾を手渡してくれたので、素早く受け取り、顔を一気にふき取る。

 

「あっつ!! マジであっつ!」

「だから言ったのに。馬鹿じゃないの」

 

 そう言っている鈴仙の目は赤かった。兎だからだろうか。でも、この前はそうじゃなかったような。しかも鼻声だし。

 というか、てゐと他の兎たちも隣の部屋にいることに気がついた。兎たちは涙をボロボロと流している。てゐはそれを笑顔で慰めていた。兎たちは、謎の装置から映し出されている映像を見ながら泣いているようだった。しばらくすると、その映像は灰色に染まっていった。

 

「……なに、それ。それに、今の映像って」

「貴方と姫の能力を使って念写した映像を、記録できるか実験していたの。中々興味深い成果を得られたことには感謝するわ。まぁ、視点を操作できないのは頂けないわね。観測機としては落第ね」

 

 永琳は立ち上がると、装置のスイッチをオフにする。灰色の世界が消えてなくなった。胸がズキリと痛みを訴える。

 

「……私と、姫様の?」

「ええ。どれも素敵な物語だったわ。だって、思わず心が震えたもの。貴方も、そう感じたのでしょう? 誰よりも近くで見ていたのだから」

 

 輝夜の言葉。さっきから、何を言っているのか良く分からなかった。だが、もしかしてと思う。

 ――もしかして、悪夢だと思っているあの光景は、全て真実だとでもいうのだろうか。

 だが、おかしい。何もかもがおかしい。経過と結末がどれも違うのは一体どういうことだ。歴史が何個も存在するとでもいうのか。世界は一つのはずなのに。そもそも、まだそんなことは起こっていない。彼岸花の異変は、兆候を見せ始めたばかり。

 

「あのー、ちょっと宜しいですか。お話がよく分からないのですが、さっきの思わず笑ってしまう不幸な物語は、実際に起こったことなのですか?」

 

 文の空気を読まない発言に、はたてはキッとして睨みつける。当然ながら文はどこ吹く風。

 

「どこに笑える要素があったんだ! このボケっ!」

「だって私には、全く、これっぽっちも関係ないからねぇ。どれも記事にしたら面白そうなのは確かだけど。あ、ルーミアさんのだけは頂けませんでしたが。なにあの真っ黒! 冗談ははたての頭だけにしなさいよ」

「相変わらず捻くれてるわね。死んじゃえ!」

 

 はたては手にしていた携帯をなげつける。文の顔面にもろに炸裂する。

 

「ぶへっ!! い、痛い。が、顔面はなしでしょうが! なんてことすんのよお前は!」

「うるさい! 死ね薄情者! 出歯亀天狗! 変な苗字!」

「ひ、引き篭もりストーカー女の分際で!! 大体姫海棠の方が変な苗字でしょうが!! 喰らえッ!」

 

 プルプルと震える文は、携帯を全力で投げ返してくる。よけられない。はたての額にクリティカルヒット。角が直撃して、思わず涙が滲み出てくる。

 

「楽しそうで羨ましいわ。私と妹紅みたいじゃない? ねぇ、永琳」

「はぁ? 私には全く理解できないわね」

「それはね、貴方が理解しようとしないからよ」

「したくもないわ。馬鹿馬鹿しい」

「つれないわね、永琳は。ま、いいか。それで、さっきの質問だけどね。半分正解といったところかしら」

「半分?」

 

 輝夜の言葉に、文が首を捻る。

 

「え、ということは、まだ、起きてないの?」

「それも半分正解。この世界でまだ起こっていない。あの映像は、起こりうる未来、或いは起こってしまった未来。要は、観測する地点の問題というわけね」

 

 輝夜は楽しそうに、蓬莱の枝を取り出し、幹の部分を指し示した。枝分かれした未来ということを示したいのだろうか。

 

「観測する地点……。ちょ、ちょっと待って。ということは、まだ?」

「ふふ。今頃、紅魔館が制圧されたところじゃないかしら。つまり、全てが動き出すのはこれからよ。考える時間は、まだ残されているみたいね」

「と、ということは。まだ、あの結末が回避できるってこと!? い、急がなくちゃ!! ふげっ!!」

 

 はたては立ち上がり、文の身体にひっかかって盛大にこけてしまった。

 

「じゃ、邪魔くせー!! なに呑気に座ってんのよ!」

「ああ!? こ、こんのクソ天狗!! お前が足元を見ないからだろうが!」

「うるさいな! もう時間が無いっていうのに! 文はもういいからどっか行っちゃいなよ!」

「私はお前に巻き込まれたんだよ! 反逆罪に巻き込んだ責任を取れよ! あああああ、本当にどうすんのよもう!!」

 

 ぎゃーぎゃー喚く文。耳を押さえながら、はたてはひとまず座る。巻き込んでしまって悪かったという思いはちょっとはあるから。ここは一言フォローが必要だろう。一応友達のつもりだし。文は違うと言うだろうが。

 

「うん、ごめんね、文。全部私のせいにしていいから、もう帰っていいよ」

「ふざけんな! こうなったら最後までくっついて特ダネゲットさせてもらうわよ! この騒動の真実を知るためだったということにすれば言い訳が立つかもしれないし!」

「あ、あっそう」

 

 はたてはその執念深さに感心すると共に、これからの行動について考えをめぐらせることにした。

 

(どう動けばいいのか、考えないと。考える考える。頭を回して考える。ぐるぐるぐるぐる)

 

 両こめかみに指を当てて、どこぞの小坊主のようにぐるぐると回してみる。

 見てしまった、見させられてしまった結末は、どれも燐香が破綻したことで起こっている。最後を見届けるのが誰かの違いはあるが。今更はたてがどう動こうとも、なにも変わらないような気がしてならない。

 確かに、自分は紫のバラの人を名乗り、ちょくちょく手助けをしてきた。だが、それがはたてだと燐香は知らない。それに、友人というほど親しいわけでもない。自分が勝手に見守り、勝手に手助けしているだけなのだから。文いわく、ストーカーと言われるのは納得がいかないが、出歯亀と同レベルというのは否定できない。

 

「むぐぐ」

「な、何よ急に唸りだして」 

「い、いや。どうしたらいいのかなって」

「はぁ? 行動するんじゃなかったの?」

 

 文はまずは動く行動派。はたては考えても結局動かない慎重派。その慎重派筆頭家老のはたてに動けというのは本来酷なのである。焦るばかりで思考が纏まらない。

 

「だから、何をしたらいいか考えてるの!」

「さっさと会いにいけばいいじゃない。直接見て聞いて考えれば答えは直ぐにでるでしょ」

「向こうは、私のことただの顔見知りくらいにしか思ってないの。実際合ってるし。私、ただの引き篭もりのぼっちだし。魂の篭った説得の言葉とか、何も思いつかないし」

 

 言葉とともに、力が抜けていくのを感じる。永琳や鈴仙の白い目が痛い。だって、実際その通りなのだから仕方がない。

 

「自分を卑下するものじゃないわ、素敵な天狗さん。鍵は、確かに貴方が握っているのよ。この世界の観測者は、貴方」

 

 輝夜の言葉。顔は相変わらずの笑顔。からかっているのだと思うが、感情がまったく読めない。

 

「わ、私が鍵を」

「ええ。横紐のはじまりは貴方だもの。貴方が何よりも、誰よりも強く否定したから、“絡まり”が始まった」

 

 言葉の意味が分からない。取りあえず、横に置いておく。

 

「……どうしたら良いか、もしかして、姫様には分かってるの?」

「ふふ。それは自分で考えなきゃ駄目よ。そうじゃなきゃ駄目。でも、この難題を無事に解決できたら、結婚してあげてもいいわよ?」

「ぶふっ!」

 

 輝夜がとんでもないことを言った瞬間、お茶を飲んでいた永琳が、思いっきり噴出した。そして思いっきり咽せこんでいる。それを見て、少しだけ頭が冷えてきた。

 あの四つの映像、何か違和感がなかっただろうか。具体的に、二つ、妙なところがある。

 

「あらあら。永琳の醜態を見て何か閃いたのかしら。素敵な表情に変わったけど」

「…………」

 

 永琳の視線が怖い。

 

「アンタ、そうなの? 面白いネタなら教えなさいよ」

「待って、文。ちょ、ちょっと静かにして。何か掴めたような」

 

 はたては、ポケットからペンを取り出し、ぐるぐるぐるぐると回し始める。ぼっちの間に身につけた熟練の技。その華麗さに、鈴仙は呆れながらも驚いている。輝夜とてゐ、そして兎たちは大きな拍手だ。永琳は真似をしようとして失敗していた。なかったことにしようとしているが、しっかりとはたては見ていた。

 

 それはともかく。まず一つ目から考えよう。ある物が、形を変えながら移動しているのだ。あれはどういうことだろう。素直に輝夜に聞いてみる。とぼけられても構わない。

 

「私があげた、携帯カイロ。あの道具、おかしいよね。絶対おかしいと思う」

「正解。横の紐が絡まっている要因の一つ。どうしてかは分からないけど、移動しているの。所有者と、形を変えながら」

「…………もしかして?」

「あるかもしれないわね。ここにも」

 

 ぐるぐるぐるぐる。あの携帯カイロ――携帯回路は、黒と白を内包しながら回っていた。

 奇しくも、あれははたてが見つけてきたもの。河童のバザーでたまたま見かけて、何故か目を惹かれてしまったもの。

 ……あれ、そうだっただろうか。なんで自分は目を惹かれてしまったんだっけ。そもそも、いつ買ったんだっけ。良く思い出せないけど、何か――。

 

 ――フラッシュバック。咲き乱れる黒い花。床に散らばる紫のバラには黒い液体。はたては両手を見る。はたては、誰かの首を絞めていた。その首は、歪な方向に捻じ曲がっている。両手を離すと、その身体からは黒い瘴気が生じて、霧散していく。

 文がはたての肩を優しく叩いている。仕方なかったのだと。仕方なくない。でも、違うのだ。

 身体を震わせながら、はたては違うと叫んでいる。いつまでも、叫んでいた。

 それは可能性の一つ。アリスの前は、はたて。回路の一番手は、私か。

 

「うっ」

 

 込上げてくる強烈な吐き気。思わず口を押さえる。首を折った感触がリアルに思い出された。花の茎を手折るように、ぽきりと。

 

「大丈夫かしら。とても、混乱しているみたいだけど」

 

 輝夜が背中を擦ってくれた。身体と心が温かくなる。なんだか気分が一気に楽になった。そして、記憶に僅かに靄がかかる。

 

「あれ、えっと。あれれ。あー、なんか変な感じだった。とにかく、回路は重要よね。あれは大事」

 

 思考がそれてしまった。今大事なのははたてが見つけた回路。なんとなく手に入れたそれが、流れ流れて形を変えていくというのはなにやら妙な感じである。もう最初の原型を留めていないし。まるで転がる石みたいだ。形を変えながら、流れのままに移動していく。

 ――そういえば。あのぐるぐる回る仕組み。他にも見覚えがなかっただろうか。ぐるぐる回りながら、全てを取り込む。うーんと悩むが、直ぐには答えが浮かばない。一旦保留だ。だけど、重要な気がする。後で絶対に思い出そう。

  

 次の違和感。いなければならない、ある人物が全く登場しないのだ。最後まで、絶対に諦めてはいけない人物。それが、どの結末でも全くでてこない。それを拒絶するかのように。これは、どういうことだろう。

 

「風見幽香?」

「正解。縦の紐がほつれている原因。彼女はどの結末も受け入れる事を拒絶している。絡まることはないけど、動かない、動けない。それゆえに、物語の行方はまだ確定していない」

「……え?」

 

 さっぱり分からない。自慢ではないが、頭は良くないのである。腕組みをするはたてに、永琳が呟く。

 

「つまり、まだ観測されていないということよ。地上だと、猫箱のたとえだったかしら?」

「あ、師匠。私それ知ってますよ。箱の中に猫を入れて、毒ガスを入れるんですよね。で、しばらくして開けたら死んでるんでしたっけ」

「それって至極当たり前の話じゃん。というか、鈴仙は猫を殺して楽しいの?」

 

 自慢げな鈴仙に、てゐが馬鹿にした感じでツッコミを入れる。

 

「楽しくないわよ! これは何かの実験の話なの。だから、私がやったんじゃなくて」

「猫殺しの鈴仙だー。猫鍋とか好きなの?」

「違う!!」

 

 てゐと鈴仙がじゃれあっている。煩いのでどこかに行って欲しいが、ここは彼女達の家だった。

 永琳は彼女達の存在をなかったことにして、話を続ける。

 

「生きている状態と死んでいる状態が等価に存在する。観測した瞬間、つまり、箱を開けた瞬間に生死が確定する。私たちはその二つが合わさった状態にいるということ。だから、未来は不確定。姫と貴方の能力でも、観測できない。箱が閉められているから」

「は、はぁ」

「この猫箱のたとえ話は、そもそもそんな状態は起こりえないという主旨だったのだけど。結末はどうなろうとも構わないけど、興味深い事象ではあるかしらね」

 

 なんだか頭がおかしくなりそうだが、この世界ではまだ結末が確定していないということを言いたいのだと思う。じゃあ他の世界ってなんだとそういう疑問が浮かぶのだが、良く分からない。それを平然と語る輝夜は一体何者なのだとか。どういう能力なのか、さっぱり分からないし分かりたくない。

 今重要なのは、異変をすぱっと解決したとき、燐香が無事に生きていることである。そうすればバッドエンドは無事回避でき、はたてはこの親子の物語の続きを見る事ができるというわけだ。分かりやすい。

 

「良くわかんないけど、燐香を助けるために行動すればいいってことよね。その二つの要因をなんとかして」

「は、はたてがやる気に満ちているなんて、明日は雪ね。ま、私には関係ないからどうでもいいけど。精々良いネタになってくれれば」

「よし、まずは携帯回路を探しにいかなきゃ。ついでに、計画を止める必要もあるのかな。あーやること多すぎっ! 死んじゃう!」

 引き篭もっていたから、体力には自信がない。打たれ強さもない。こういうときは、何でも使うのが吉である。

 

「ま、頑張ってよ。私は隠れて――」

「それじゃあ行くよ、文! またね、姫様!」

「ちょ、な、なにを。私は私で動くから――」

「いいからいいから!」

 

 はたては、文の腕を掴んで再び立ち上がると、翼を大きくはためかせる。

 

「頑張ってね。この私がお節介を焼いてしまったんだから、上手くいくことを祈ってるわ」

「もちろん頑張る。ちなみに、どうしてここまでお節介を焼いちゃったの? 貴方は姫様なのに」

「それはね。あの子が、どの結末でも私との約束を忘れていたから。何かやるときは人質にしてねって、ちゃんと言ってあったのに。守ってもらうには、まだまだ生きてもらわないと」

 

 そう言って、輝夜は楽しそうに微笑んだ。

 はたてはなるほどと頷くと、上空へ向かって飛び出した。嫌がる文を強引に引き摺って。目指すはアリス・マーガトロイドの家。人形遣いを止め、更に携帯回路を回収しなければならないだろう。

 

「ぐるぐるが重要ね。うん」

 

 はたての頭で、何かが形を作り出していく。それは西行寺幽々子の頭の変な模様と一緒。大事なのはぐるぐるだ。近からず、遠からず。白と黒はそれが一番いいような気がする。となると、どうするのが最善か。時間はもう半日もない。なにが出来るかは分からないが、やってみる価値はある。

 数十年間、彼女達を見届けてきたのだ。もう少しくらい手助けしたって、いいじゃないか。

 

「アンタ、今までで一番やる気に満ち満ちているわね。あのさ、そのやる気を、仕事とか生活に活かしなさいよ。」

「それはやだよ、面倒くさい。それにもう亡命しちゃったし。妖怪の山に戻るくらいなら首吊って死ぬから」

「……はぁ。もう私は知らないわ。好きにやって好きに死になさい。もう止めないから」

「うん、言われなくてもそうするし。あ、私の葬式には出てね」

「……本当に訳がわからない。前から言おうと思ってたんだけど、躁と鬱を繰り返すのを止めなさいよね。腐れ縁の私が迷惑だから! 私みたいに、常に冷静でありなさいよ。大事なのは平常心。アンタも記者のはしくれでしょうが」

「うーん。新聞作ってるけど、別に記者じゃないし。食べていくためにやってただけだし。というか嫌々やってた」

「……なんというか。馬鹿につける薬はないというか。こっちが鬱になりそうだわ」

 

 げっそりとする文。一方のはたては頭をぐるぐるとフル回転させていた。

 

「今凄いヒントがあったような……。電流が流れた感じがした! えっと、躁と鬱。ということは白と黒だよ。それらがぐるぐる回って回って、最後に大事なのは平常心。平常心を保つ為にぐるぐるぐるぐる回るんだ。ん、そっかー! 閃いたっ!!」

 

 はたては満面の笑みを文に向けてやった。ご機嫌なVサインつきで。

 文は魂の抜けるかのような深い溜息を吐いた。顔はげっそりとしている。

 

「……駄目だこりゃ。手遅れなまでに悪化してるわ。本当に一度死ななきゃ直らないかも」

「いけそう! きっといけるよ!」

「アンタに付き合ってる私が逝きそうだよ」

「ごめんねー」

「少しは誠意を篭めろ、この馬鹿!」

「お詫びに私の宴会芸を見せてあげるから」

 

 はたてが得意気に両手で二本のペンをぐるぐる回して見せると、文が忌々しそうに舌打ちしてくる。彼女はペン回しが苦手なのだ。はたてが勝てる唯一のこと。

 

「……ま、精々頑張りなさいよ。アンタの無様な姿、後ろでしっかり見ててあげるから」

「うん。頑張る」

 

 ――きっと、今度は大丈夫。考えは、纏まった。




最終話、及びエピローグを書き終えました。
土曜で見直して、日曜に投稿したいと思っております。
もう少しとなりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。


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第七十七話 機械仕掛けの彼岸花

 アリスは相変わらず人形を完成させるための作業を行っていた。魔理沙はそれを見守ることしかできない。パチュリーは紅茶を飲みながら何か書いているが、集中しているようには思えない。

 ――が、そこに闖入者が現れた。まるで突風のように。

 

「お邪魔します!!」

「うわぁ!!」

「――ぶっ!!」

 

 ドアが凄まじい勢いで開けられた。

 

 ソファーに座って様子を眺めていた魔理沙は、思わずひっくり返りそうになった。パチュリーは口から紅茶を吹き出している。ちょっと面白かったが、笑うと後が怖いのでやめておく。

 声は聞こえていたであろうアリスだが、ちらりと視線を向けただけで、再び作業に入ってしまった。人形をけしかけてきてもおかしくなかったが、余計なことに力を入れたくないのだろう。だから、魔理沙が天狗をおさえることにした。これぐらいしか今は手伝うことができないから。

 

 

「わ、私は姫海棠はたてです!! ここにアリスはいますか!!」

 

 アリスの家だからいるに決まっていると思うが、天狗はやけに焦っているようで、冷静な判断が下せるようには思えない。よって、ここは魔理沙が応対してやることにする。アリスの邪魔だけはさせてはいけないだろう。

 

「天狗が何の用だよ。悪いが、取材なら諦めろ」

「そんなんじゃないの。で、アリスはいる?」

「奥にいることはいるが、今は絶賛取り込み中だ。用件は代わりに聞いてやるから、今日はやめとけって」

「だから! そんな悠長なことを言っている場合じゃないの。ちょーっと失礼!!」

「お、おい!!」

 

 はたては勝手にずんずんと家の奥へと入って行った。魔理沙は慌ててアリスの作業室への道を塞ぐが、はたては全然別の方向へ行ってしまった。あの方向は――今は燐香が使っているはずの部屋だ。何で知ってるんだとか頭に浮かぶが、それどころではない。

 駆け込んでいくはたてを、魔理沙は急いで追いかける。すると、中から馬鹿でかい声が聞こえてきた。

 

「あ、あ、あったー!! やっぱりあった!! なんでか分からないけど、とにかくあった!」

「おい、うるさいぞ。それに勝手に人の家を漁るのは泥棒だぜ。……で、一体何があったんだ」

 

 自分の事を棚に上げて注意する。それはそれ、これはこれである。

 

「見て見て。世界を股に掛けてきた秘密道具。――その名も、携帯回路!!」

「は、はぁ? ……携帯回路?」

 

 はたてが某黄門様のごとく、印籠のように見せ付けてくる妙なもの。ぱっと見だと、魔理沙の八卦炉に良く似ている。だが、何か模様が妙だ。それに、魔理沙の八卦炉は、模様がぐるぐると回ったりしない。はたてが持つそれは、ぐるぐる回りながら、微風を送り出している。

 風を送り出す程度の道具だろうか。団扇の方が役に立ちそうだが。

 

「なんだそれ。風を起こす道具か? というか、なんでこんなものがここに?」

「今は説明してる時間が惜しいの。それに、少しは見覚えがあるんじゃない?」

 

 そう言われると、確かに何かひっかかるものがある。この形。なんだか、非常に親近感が湧くというか。まるで、自分が作ったかのような形に見える。作ったというより、改造したというか。……そんな覚えは全くないので、きっと気のせいに違いないのだが。

 

「うーむ。そう言われると、そんな気がしないこともないけど」

「さてと!」

 

 魔理沙が顎に手を当てて考え込んでいると、はたてはスタスタと歩き始める。本当にわが道を行く女だとちょっと感心するが、このままアリスに近づけるのは危険すぎる。警告なしに排除されてもおかしくない状況だ。

 肩に手を伸ばそうとするが、風圧で押し戻されてしまった。引き篭もりと評判だが、腐っても天狗らしい。文ほどではないが、風を操るようだ。

 

「お、おい! だからやめろって! 今は本当に殺し合いになるぞ!」

「そんな悠長なことに構っている時間はないの。アリスにはちゃんと話すから」

 

 はたてはアリスの作業場にずかずか入り込むと、作業台に勢いよく拳を振り下ろした。ドンという衝撃と共に、部品やら小刀がばらばらとすっとんでいった。

 アリスの作業が強引に中断させられる。一時停止したあと、顔がゆらりとはたてに向けられる。幽鬼のような動きで、非常に恐ろしい。

 

「……どういうつもり?」

「話を聞いて」

「取材なら、この異変の後に、幾らでも受け付けるわ。だから、私の邪魔をしないで。これが、最初で最後の警告よ」

 

 アリスの冷淡な声。視線は刺し殺すかのようなものになっている。あんなものを向けられたら、魔理沙ならその場にへたりこんでしまうだろう。だって、ここにいるだけで身体が震えてくるのだから。

 

「私の用件はそれよ。その作業を止めて、話を聞いて欲しいの。……貴方の計画、そのままだと失敗するから」

「…………」

 

 室温が十度くらい一気に下がった。ピシリと、空気が凍りついたような感覚を受ける。

 

「小刀を握り締める前に、これを見て。永遠亭の姫様と力を合わせて撮ったの。貴方なら、これの意味が分かるんじゃない?」

「…………写真?」

 

 アリスははたてから渡された写真に視線を落す。暫し眉を顰めて眺めていたアリスだが、何かに気付いたらしく、瞬時に表情を凍りつかせる。そして、写真を破り捨て魔法で燃やしてしまった。

 

「……こんな捏造写真を私に見せて、一体何が楽しいの? 私の慌てふためく姿でも撮りたかった?」

「ううん。貴方の計画は、ひとつを除いて完璧だった。ただ、その一つが命取り。だから、その写真の未来になった」

「そんな話を信じられるわけがないでしょう。まさか、未来視ができるとでもいうの?」

 

 アリスが人形を展開しはじめる。魔理沙の背後にも人形達。手には恐ろしげなものが握られている。夜に見たら絶叫するだろう。

 

「私の能力はただの念写だよ。姫様の能力は分からないけど。でも、それはきっとあった世界」

「馬鹿馬鹿しい。そんな言葉を信じられるほど、貴方と私の間に信頼関係はない。本当に時間がないの。とっとと出て行って!」

「貴方の計画は、白と黒、燐香を構成する二つを完全に保存し再構築する。で、でもね、一つ足りなかった。足りなかったの!!」

 

 魔理沙は、はたての叫びを聞いて、何かのピースが嵌ったような気がした。口から、自然と言葉がでてきてしまう。

 

「足りない? 足りないって何が」

「一つ、見落としてる」

 

 はたての言葉。『見落としている』。魔理沙は思い当たる事があったので、つい口を挟んでしまった。

 

「まさか。……白と黒だけじゃない?」

「え?」

 

 魔理沙の声に、パチュリーが反応する。そして、アリスも。

 

「……どういうこと?」

「もしかして、もしかしてだけど。白と黒だけじゃなく、もう一つ、何かあるんじゃないのか。……誰にも気付かれる事なく、そして、本人すら気付いていない何か。もしくは、その“何か”すらも、自分を白と勘違いしているのかも」

 

 透明だから気付かない。自分がある事に気がつかない。自分は消え行く白と思い込んでいる。

 

「だから、意味が分からない。一体、貴方は何を言っているの!?」

「私だって分からないさ。ただ、そもそもだ。燐香はどうやって誕生したんだ。あいつは、何をヨリシロとして誕生したんだ?」

 

 その言葉に、アリスが何かに気付いたような表情を浮かべる。

 

「……白は黒の霧散を防ぐ防殻。そのために、あの怨霊が埋め込んだ異界の存在。異なる属性を磁石のように接合させた。……黒は、負の思念の集まり。それが何故か、具現化して燐香を生み出した。……一体、幽香は何をヨリシロに――」

 

 黒が勝手に具現化することはない。幽香が何かした結果、燐香は生み出された。

 考え込んでいたパチュリーが、呟く。

 

「――まさか、彼岸花?」

「多分、間違いないと思う。花の精神とか自我とか、私には良く分からないけど。植物にだって、何かあるんじゃないのかな。ただ、それはひどく弱々しくて、黒を抑えきる力はなかった。だから直ぐに消えるはずだった。でも、どこかの悪霊に白を埋め込まれて、奇跡的に安定したの」

 

 はたてが、まるで見てきたかのように呟く。そして、続ける。

 

「それが、接着剤みたいな役割を担っていたとしたら。反発する白と黒の間を取り持つ。もしくは緩衝材とか。だから、貴方がやろうとしている術式だと――それは、完全に消えてなくなっちゃう」

 

 アリスが言葉を失い、そして、力なく小刀を落とした。

 

「……それが本当なら、どうしたらいいの。貴方の話は確かに、思い当たることもある。でも、貴方の言葉が真実か確かめる術はない。ならば、私はこれに賭けるしかない。調査している時間なんて、もう残されていない」

「そのために、この回路があるんだよ。皆の手を渡ってやってきた、これ!」

 

 はたてが得意気にそれを掲げてみせる。

 

「……それは、少し形が違うけど、八卦炉?」

「似てるけど、全然違うよ。これは携帯回路。このぐるぐるがとても大事なんだよ。話だけでも、聞いてくれないかな。こ、ここにいる、全員の協力が必要だと思うんだ」

 

 はたてが噛みながら、なんとか話を終えた。酷く疲れているように見える。

 アリスは目を瞑って暫く考えた後、小さく頷いた。

 

 はたての考えたという案を聞き、アリスとパチュリーは何度も質問を行った後、最後には頷いた。魔理沙には正直良く分からなかったが、何かを見落としているあの感覚はもうない。喉のつかえが取れたようで、非常に気分が良い。

 

 はたては、「また後で」と言うと、慌ただしく出て行ってしまった。全然引き篭もりに見えないのだが、なんとなく無理をしているような顔にも見えた。額に脂汗が浮かんでいたし、たまに言葉が途切れたり、顔が引き攣っていたから。

 それを我慢してでも、なんとかしたかったのだろう。その本気がアリスにも伝わったのかもしれない。でなければ、アリスがこんなに計画を変更するはずもない。

 ……もしくは、あの写真に相当衝撃的なものが写っていたか。もう確認はできないが。

 

 

「直ぐに術式を変更するわ。パチュリー、魔理沙、時間がない。貴方たちも手伝って」

「分かったわ。これを人形に組み込むのね」

「なんだか、妙な気分だぜ。見た目は八卦炉だしなぁ」

「ただ模様が一緒なだけでしょうに」

「ああ、実にセンスがいいよな。私のお気に入りになりそうだぜ」

「軽口を叩いてないで。さっさとやるわよ」

 

 アリスは花梨人形を作業台に乗せた。埋め込むのはこの携帯回路。大事なのは、ぐるぐる。――つまりは、循環だ。

 

 

 

 

 

 

 風見幽香は、太陽の畑から少し離れた荒地で、博麗霊夢と対峙していた。

 

 霊夢はいきなり因縁をつけてきたかと思うと、問答無用で攻撃をしかけてきたのだ。形式は弾幕勝負だが、殺し合いかと思うほど容赦がない。当然応戦するが、ひどく分が悪かった。重傷を負ったばかりの身体であり、本気の霊夢を相手にできるほど体力と妖力が回復していない。

 

「はあっ、はあっ。糞ッ」

 

 幽香は、乱れた呼吸を隠すことができない。紫あたりが見れば、無様だとほくそ笑むことだろう。だが、もうどうでもいい。このまま退治されるのも、自分に相応しい結末なのかもしれない。

 

「おい。何勝手に諦めたツラしてんのよ。ほら、いつもみたいに傲慢に笑いなさいよ。いつも最強とかほざいてたでしょうが」

「……そうだったかしらね。じゃあ、今日限りで返上するわ。……人外巫女のお前なら、最後の相手に不足はないでしょう」

「――こんの馬鹿妖怪がッ!!」

 

 大地を蹴って霊夢が高速で接近してくる。両腕で防御。その上から霊力を纏った打撃がたたきつけられる。衝撃が顔面を貫く。さらに、腹部に御札が散弾のようにたたきつけられる。一発一発が死ぬ程重い。巫女の癖に、肉弾戦闘が得意とは如何なものなのだろうか。

 

「――くッ!!」

「私が強くなってるんじゃない。アンタが弱くなってんのよ。妖怪は自分の精神に強く影響を受ける。確かにアンタは強い妖怪よ。それは認める。でも、今のアンタはそこらの雑魚妖怪以下。ねぇ、なんでか分かる?」

「さぁ。知るわけないでしょう」

「アンタが諦めたからよ」

 

 霊夢が幽香の胸倉を掴みあげてくる。強い視線が突き刺さる。

 

「最初に聞いたと思うけど、もう一度聞く。いや、何度でも聞いてやるわ。お前が是と言うまで、私は何度でも何度でも聞き続けるから、そのつもりでいなさい」

「ふ、ふふ。酷い質問の仕方ね。それが、博麗式なの?」

「違う、私式よ。私は私のやりたいようにやってるの。で、アンタ、本当にこのまま諦める気なの?」

 

 顔を限界まで近づけてくる。その目には、鋼の如く強い意志が宿っている。幽香はそれを受けきれず、思わず目を逸らした。

 

「こっちを見ろ。目を逸らすな」

「最初に言ったけれど。私は、無駄なことはしない主義――」

 

 横っ面を叩かれた。霊力分、威力が増しているので、もろに脳天を揺らされる。世界が揺らぐ。返す刀で、更にもう一発。本当に容赦がない。

 

「今は主義主張なんてどうでもいいのよ。姫海棠はたてとかいう天狗がね、燐香を助ける手段を考え付いたらしいの。それには、アンタの協力がいるってわけ。だから、お前を引っ張っていくと私が決めた。――で、協力する気になった?」

「ふふ、段々脅迫に変わってるじゃない。さっきも言ったけど、私は死んでもここを動く気はない。もう、何をしても無駄だから」

「どうしてそう思うわけ?」

「今更何ができると言うの。私が、この六十年間、こうならないために、どれだけ努力してきたと思うの。それを、知りもしないで――」

 

 頭突きが炸裂する。顎にもろにはいってしまった。口内が傷つき、血反吐が飛び散る。

 

「ぐっ!」

「アンタが何年、何十年、何百年頑張ってきたとかどうでもいいのよ。大事なのは今、この時でしょうが。で、協力する気になった?」

「……全くならないわね」

「あ、そう」

 

 足を払われ、体勢を崩される。御祓い棒の一撃が、無防備の背部に襲い掛かる。受身が取れない。激痛で地面でのた打ち回る。まるで芋虫みたいだと、思わず自嘲する。

 

「……わ、分からない、わね。貴方には、何の関係も、ないことなのに。放っておけば、あれは勝手に死ぬわよ。そして、異変は、無事に解決する。博麗の巫女が、どうして、こんな手間を」

「いいじゃない。ちょっと手間を掛けるだけで、全部スッキリ終わるなら、私はそっちを選ぶ。異変が起こったら黒幕の妖怪を叩きのめす。これは当たり前よ。だけど、どういう手段を取るかは私が決める。私は幻想郷の歯車じゃない。誰かの指示で動くなんてまっぴらごめんよ。だから、どうするかは、この私が決める!」

 

 霊夢が強く言い切った。幽香はよろよろと立ち上がり、苦笑を浮かべる。

 

「く、くくっ。あの、妖怪を倒すだけしか考えてなかった紫の玩具が、随分と感情を持つようになったわね。能面みたいな顔だった昔が、嘘のようじゃない」

 

 紫がどこからか用意してきた巫女。それが博麗霊夢。妖怪を倒し、幻想郷の安定を維持するためだけに存在する歯車。そのように紫の式神に教育されてきたはず。それが、随分と人間らしくなったものだ。それが、紫の計画通りなのかは知ったことではない。

 

「馬鹿共とかかわりすぎたからね。まぁ、そのおかげで、色々な考え方や動き方、そして、生き方を学んだわ。全部が今の私の糧となってる。無駄なんて一つもない」

 

 霊夢が強く言い切った。

 

「…………」

「でさ、アンタの馬鹿娘。まだまだ面白そうな動きをしそうでしょう。だから、今回は助ける事に決めた。全部私のためにね」

「く、あははははっ。そ、それだけのために、首を突っ込もうとしているの?」

「十分でしょ」

「ふざけるなよ。糞餓鬼が」

 

 幽香は大地を踏みきり、霊夢の顔面を木っ端微塵にするべく、全身全霊をかけた一撃をぶっ放す。手加減なしだ。

 

「――ッ」

「だからさ。今のアンタは雑魚妖怪と一緒なのよ。そんな見え見えの攻撃に当たるわけないでしょ」

 

 繰り出した右手を絡め取られ、そのまま当て身投げを食らわされる。右手がイカれた。治癒が追いつかない。腹部に蹴りを入れられる。

 

「で。いよいよ協力する気になった?」

「……殺しなさい。今の私では、お前には勝てないみたいだし。本当に、不愉快だけど、仕方がない」

「駄目よ。アンタが行くと言うまで――」

「殺せ! 私は、あの子の苦しむ姿を見たくない。私が出向けば、きっと、私が手を下すことになる。そういう予感がする。だから、私はここを動かない。誰が何を言おうと、絶対に――」

「ああ、なるほど。それが、駄々を捏ねてた理由か」

「…………」

 

 霊夢が腕を組んで、一人で納得した様子を見せる。

 

「……こんの馬鹿親がッ!!」

 

 霊夢が歯を剥き出しにして怒りを露わにしてくる。

 

「お前に、何が分かるというの」

「私に分かるわけないじゃない」

「ならば、余計な口を挟むなッ!!」

 

 こいつには分からないのだ。あの子はもう駄目だと分かっている。だから、先に楽になろうとした。黒の憎悪が少しでも残っているうちに。それが、自分にとって救いになるような気がしたから。だが、紫のお節介のせいで、死に場所を奪われてしまった。

 

 燐香はいよいよ暴走を始めようとしている。もう間に合わない。止められない。行きたいという気持ちはある。だが、行けば、きっと自分が手を下すことになる。そんなことになったら、とてもじゃないが耐えられない。だから、ここにいる。ここにいれば、嫌なことを見ずに済む。聞かなくて済む。ずっと記憶に浸りながら、目を閉じ、耳を塞いで穏やかに暮らしていく。自分という存在が、いつか消えてなくなるその日まで。それでいいと思った。

 

 だが、この闖入者がそんなことを理解するはずが無い。こいつは、妖怪退治の専門家の博麗霊夢なのだから。

 

「私は親になんてなったことないから、偉そうなことを言う気はないわよ。でも、だからって、逃げてるんじゃないわよ。そういうのが一番腹立たしいのよね。悪あがきでもいいから、最後まで動けッ!!」

「…………」

「いい? 燐香は白と黒だけじゃない。もう一つ、何かあるんだとか。だけど、その最後の何かを見つけ出せるのはアンタだけなのよ。だから、協力しなさい。別に、失敗したって良いじゃない。予定通りに死ぬだけでしょ」

「――博麗霊夢ッ!!」

 

 幽香は殺すつもりで霊夢に拳を振りかざした。今なら隙だらけで、絶対に当たる。そう思ったからだ。だが、霊夢の顔を見て、左拳は止まってしまった。ひどく、穏やかな顔をしていたから。先ほどの鬼の形相とは違っていた。

 

「やる事全部やって、それでも駄目だったら、ちゃんと最期を看取ってやりなさいよ。アンタ、親なんでしょうが。……でも、上手くいくと思うわよ。ま、アンタがその気になればだけど」

 

 霊夢の手が離され、幽香は解放された。そして、こちらの答えを待っている。否と言えば、また一方的な戦闘が開始されるのだろう。

 ということは、既に結果は決まっているんじゃないか。こいつは、最終的に両手両脚を圧し折ってでも自分を連れて行くのだろう。

 

「本当に、容赦が無い巫女。紫に、そう教育されたのかしら」

 

 幽香は溜息を吐き、その場に膝をつく。ダメージが酷い。

 

「ふん。アイツに何かを教わった覚えなんてないわ。私は私の道を行くだけよ」

「……そう」

「で、行く気になった? 次、否と言ったら、そのイカれた右手を更に圧し折るけど。次は左手ね。最後は両脚圧し折って、強引に連れて行く」

「……先に、何をするのかを教えなさい。それを聞いてから――」

「私は、行くか、行かないかを聞いてるのよ」

 

 博麗霊夢が強い口調で迫ってくる。本当に、腹立たしい巫女だ。だが、今の自分にはそれを咎める資格はない。諦めた以上、下級妖怪と言われても仕方が無い。実にみっともない話だ。いつもの自分なら、とても耐えられない恥辱。

 ならば。これだけみっともない醜態を晒したのだ。天敵であるこの博麗の巫女に。そして、八雲紫に。ならば、最後まで醜く足掻いてみても、いいのかもしれない。

 

「……行くわ」

「最初からそう言え、この馬鹿妖怪! 本当に無駄な時間と戦闘だった。ま、あの七色馬鹿が作業を完了するには丁度いい時間だったかもね」

「何を、する気でいるの。アリスの計画には、私の力は必要なかったはずでしょう」

「だから、はたてが何か考え付いたらしいのよ。なんだっけ。一度ばらばらに散らして、それから見つけて、循環させるとかなんとか。実は私も良く分からないんだけどさ。ま、詳しくはあいつに聞きなさいよ」

 

 霊夢が顎で、さっさと立てと促してくる。ああ、本当に情けないザマだ。幽香は服をはたいて、よろけを見せないように立ち上がる。ダメージは甚大だ。だが、今日一日くらいは意識を保てるだろう。

 

 はたての計画がどういうものかは知らない。アリスがなにを変えようとしているのかも知らない。もしも駄目なら、霊夢の言う通り、看取ってやろう。その時、自分は最大の後悔に襲われるであろうが、仕方がない。博麗の巫女いわく、それが、この世界に生み出した『親』の責任というものらしいから。

 

 

 

 

 

 

 準備を終えた魔理沙たちは、幽香と霊夢と合流して、紅魔館へと向かった。体力を回復してからでも良いのではとパチュリーが言っていたが、時間は早いほど良いと、はたてが強引に押し切ったからだ。

 アリスは魔力の消耗が激しく、幽香はどこぞの巫女のせいでボロボロだ。その霊夢も幾らか疲れているように見える。人外巫女のくせに珍しいことだ。明日はきっと雹が降る。

 

「……随分、素敵な色に変わってるのね」

 

 紅魔館上空に到着した幽香は、率直な感想を述べた。

 

「……わ、わ、私の家が。私の愛すべき紅魔館がまっくろくろすけに!! なぜぇ!!」

「お嬢様、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか! なにあのブラックな館! 名付けてブラックハウス! 不夜城ブラック!?」

 

 意味不明なことを絶叫し続けるレミリア。館の外では、フランドール、ルーミア、妖夢たちが蕾を操作して、館に黒い彼岸花を咲かせて黒く塗りつぶしていた。その身体には濃密な黒が纏わりついている。目は正気を維持しているとはとても思えない。瘴気に操られているようにも見える。

 

「外があれってことは、中は真っ黒よね」

「な、なんでなの。だって、こんなに早く、黒が膨張するはずがないのに」

「貴方が沢山動いたから、色々とズレが発生したんじゃないかしら。知らないけれど」

 

 呆然としているはたてに、パチュリーが他人事のように呟いた。

 

「とにかく、ここまで来たら話は簡単だろう。外の連中を片付けて、中に入って燐香を助ければいいんだろう? さっさとやろうぜ」

「そんなに簡単に言わないで。あの黒に囚われたら、どうなるか分からないわよ。下手をすると廃人になりかねない」

 

 パチュリーが懸念を示す。

 

「見てたって何も変わらないさ。そうだろう?」

 

 魔理沙は、幽香に確認する。幽香は、軽く頷いた。

 

「なんだか分からないけど、魔理沙、アンタは残りなさい。あと、咲夜もね」

「おい、ふざけんなよ。私はいくぞ」

 

 魔理沙は思わず霊夢を睨みつける。

 

「あいつら、暴走してるからしつこいわよ。だから、二手に分けた方が良いわ。中には必要最低限で突っ込む。他は外で露払い。私は結界を張れるから、中に行っても問題なし」

 

 霊夢が言い切る。魔理沙は悔しさを押し殺しながら、冷静に考える。確かに、外の連中の相手役も必要だろう。無意味に中に突っ込んだところで、邪魔にしかならない。

 

「……じゃあ、中に突入するのは、幽香、霊夢、アリス、はたてってとこか。後は、外の連中の相手だ!」

 

 魔理沙が言い切ると、霊夢がちょっと驚いた表情をする。

 

「へぇ。素直に譲るなんて、アンタらしくないじゃない。どういう風の吹き回し?」

「一々うるさい奴だな。私は空気が読めるのさ。ここは、私が出る幕じゃない」

「随分と殊勝になったのね」

 

 本当に腹の立つ巫女だ。魔理沙は殴りかかりたくなる気持ちを押さえ、手をしっしっと振る。

 

「うるさいな! なんとなくそんな気がするだけさ。それに、私は広いところじゃないと真価を発揮できないんでね。露払いはしてやるから、そうしたら突っ込めよ」

 

 魔理沙はミニ八卦炉を全力で握り締める。本当は自分が率先して中に向かいたい。どうなってるか確認したい。だが、なぜか脳裏に失敗した未来が浮かぶのだ。だから、譲る。次は絶対に譲らない。それだけのこと。

 悔しいなら、もっと力を磨かなくてはいけない。

 

「勝手に決まってしまったか。まぁ良い。私は馬鹿妹を折檻しなければな!! 不夜城ブラックの恨みは大きいぞ!」

「私はいつでもいいわ。というか、さっさと宜しく」

 

 偉そうな霊夢の声。本当に腹立たしい奴だと思いながら、魔理沙は頷く。

 

「じゃあいくぜ? ――恋符、マスタースパークッッ!!!!」

 

 紅魔館の正門に向かって全力のマスタースパークをぶっ放す。黒い靄がその勢いで押しのけられ、道が作られた。姫海棠はたてが風を纏って飛び出し、霊夢、幽香、アリスが続いて行く。

 抜け駆けして射命丸文も続こうとしたが、その前に黒を纏った魂魄妖夢に妨害されてしまった。

 

「ちょ、ちょっと。何をするんですか! 私も中に行きたいんですよ。あの中には特ダネが山ほど! 私が安全な最後尾にいたからって、ねらい打ちするのはいけません!」

「…………」

「あのぉ、聞いてます妖夢さん? 私は中で、この特大ネタの取材活動を――」

「アアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 黒を纏っていた魂魄妖夢の顔に、血管が浮かび上がる。目は焦点が合っていない。半霊はほとんど真っ黒。これは、完全に暴走状態だ。バーサーカー魂魄妖夢である。

 妖夢が剣を抜き放ち、風刃を文目掛けて繰り出し始める。あれに当たったら、多分やばい。着弾した地面が、凄まじい勢いで抉れている。肥大化した力が迸っている。

 

「あ、あやや。こ、これはまずいのでは。というか、なんで私ばっかり狙われて!?」

「お前、恨まれるようなことしたんじゃないのか」

「ま、まさか、前にからかったのを根に持ってるんですか!? なんてねちっこい!」

 

 文が叫ぶと、更に妖夢の攻撃が苛烈になる。どうやら正解らしい。腹の底に溜まってた憤怒が全力で溢れているのだろう。

 

「とにかく、お前が怒らせたんだから、お前が相手しろよな!」

「魔理沙さん、なんてことを! 私は何も関係ないんですよ! ただの報道関係者です!」

「うるせー! 全く関係ないくせに、しゃしゃりでてくるからそうなるんだ。というか普段の行いのせいだな、うん」

「ですから、あれはただの取材の一環で! ぎゃー!!」

「私が知るか! 言い訳なら妖夢にしろ!」

 

 魔理沙は涙目で回避行動をとり続ける文を放置して、レミリアの方へと視線を向ける。こっちはこっちで、凄い事になっていた。

 

「うらあああッ!! お前も真っ黒にしてやる!!」

「死ね!! この馬鹿妹が! 私の館の怒り、思い知れ!!」

「死ねって言ったほうが死ね! 黒の方がセンス良いし!」

「どこがよ!」

「全部!!」

「とにかく赤く塗りなおせ!! 赤は私の象徴だ!」

「じゃあ絶対に嫌だね!! というか、495年分の恨み思い知らせてやる!!」

 

 レミリアとフランドールが、大地に足をつけて、ひたすら殴り合っていた。フランドールも黒い瘴気を纏っており、いつもより力が底上げされている。咲夜はドン引きして、それを見守っている。姉妹喧嘩に手を出す勇気はないのだろう。

 

「いつもいつもいつもいつも、自分ばっかり楽しい思いしやがって! くたばりやがれッ!」

「お前がいつもいつもいつも台無しにするからだろうが!! たまには頭を冷やす事を覚えろ!」

「嫌!」

 

 魔理沙は放っておくことにした。あそこは最後までひたすら殴り合いを続ける事だろう。ちなみに、一撃一撃は岩をも砕くであろう破壊力なのは言うまでもない。

 

「で、私たちの相手は、お前か」

「ま、そうなるのかなー」

 

 魔理沙が警戒しながら、最後の妖怪と対峙する。黒の瘴気を楽しそうに手で弄んでいる。いつものリボンは真っ黒に染まっている。何か、一番ヤバそうな臭いがするのは気のせいか。

 

「やっぱり私も含まれるのかしら?」

「当たり前だろ。そもそも、お前の家を奪還するための戦いでもあるわけだし」

「そう言われればそうだったわ。図書館が無事だからすっかり忘れていた」

 

 パチュリーが感情を篭めずにそう呟くと、目の前で嗤っている妖怪に視線を向ける。宵闇の妖怪、ルーミアだ。

 リボンを見せ付けるように何回か触った後、どうするかなーと楽しそうに独り言を言っている。

 

「うーん」

「よし。やるならとっととやろうぜ。ほかは派手にドンパチやってるし」

「うーん」

「おい」

「うーん」

「おーい。聞いてるかー」

 

 魔理沙が催促すると、ルーミアは、手をポンと打ち鳴らす。

 

「――よし、決めた!」

 

 そう言い切ると、ルーミアはこちらにふよふよと近づいてくる。あまりに自然体すぎて、つい接近を許してしまった。慌てて戦闘態勢を取る魔理沙を尻目に。

 

「私はそっちにつこうかなー。黒幕側を裏切ることにした」

「は、はぁ?」

「その方が面白くなりそうだし。やっぱり、いつも通り私は裏切らないとね。こういうのって、お約束らしいよ」

 

 そう言うと、連撃を繰り出し続ける妖夢に接近し、いきなりレーザー光線をぶっ放した。不意を衝かれた妖夢は直撃を食らって、紅魔館の壁に打ち付けられる。また紅魔館が壊れた。

 

「――ッッ!! ル、ルーミアアアアアアアアアアアッ!!」

「あはははは、怒ったの妖夢? うん、なんだかもっと楽しくなってきた!!」

 

 妖夢とルーミア、更に射命丸文を交えての大混戦が開始。魔理沙とパチュリーはそれを呆然と見やる。何がなんだか分からない。

 

「……で、私たちはどうすればいいんだ?」

「さっさと混ざってくれば?」

「お前は」

「私はここで見物してるわ。暇つぶしにはなりそうだし。図書館だけは死守するけど」

「そうかよ!」

 

 魔理沙もカオスの坩堝へと飛び込む事にした。多分だが、魔力が尽きて地面に墜落したころには全て終わっている事だろう。それが、良い結果に終わっていればいう事は何も無い。

 

(頑張れよ。大丈夫、今度はきっと上手くいくさ!)

 

 

 

 

 黒い靄から絶え間なく生じてくる蔦を強引に引きちぎりながら、幽香たちは奥へと走り続ける。目的地は主の間だ。黒蔦以外は特に妨害もなく、目的地に到着し、部屋の扉を全力で蹴り破る。――そこには。

 

 ただ、黒い空間が広がっていた。月の光すら遮断する黒、黒、黒。それが、部屋の中を完全に塗りつぶしている。これでは中の様子を窺いようも無い。ただ、黒なのだ。

 

「……これはまた、びっくりするほど真っ黒ね」

「負の瘴気、それが更に凝縮されたもの。これに触れれば、恐らく肉体を侵食される。注意して」

 

 霊夢が呆れると、アリスが冷静に意見を述べる。

 

「で、でも、なんとかしないと」

「とは言ってもね。これをどうしろってのよ」

「…………」

 

 立ち止っている時間はない。幽香は、既にイカれている右手を試しに黒い空間に入れてみる。

 ジュッという不快な感触の後に、激痛が走る。顔には出さないように堪える。手を引き抜くと、右手は黒く変色し、醜く爛れていた。人間が入れば、黒化人間の出来上がりだろう。

 

「なるほど。そうなるわけね」

「う、ううっ。い、痛そう」

 

 泣きそうになっているはたて。足がガクガクと震えている。

 

「いっそ霊力弾で吹っ飛ばすのはどう?」

「だ、駄目。それだと、止めになっちゃうかも」

「人形ならどうかしら」

「多分無駄よ。アンタの糸が侵食されて、黒の手先にされるのがオチでしょ」

 

 アリスの意見に、霊夢が首を横に振る。考えている時間はない。だが、良案がない。幽香は、いっそ突っ込むかと考える。

 

「ぐ、ぐるぐるしかない」

「はぁ?」

「だ、だから、ぐるぐる。それで部屋を全力で掻き乱すの。その間に、中に入って、白と黒じゃない、『燐香』を見つければ――」

「それって、どうやるのよ」

「だ、だからぐるぐるで」

「だからさ、それをどうやんのかって聞いてんのよ! 何か案があるならさっさと言え!!」

 

 はたての胸倉を霊夢が掴みあげる。涙目のはたてがぼそぼそと小声で喋る。何を言っているかは聞こえないが、霊夢はふーんと頷いている。

 

「……なるほどね。だから、ぐるぐるってわけか。だけど、あの技って、人間が使うと死ぬんじゃなかったかしら」

「だ、大丈夫。原理を使うだけで、本当に封印するわけじゃないし。」

「よし。じゃあ、アンタと私でやるわけね」

「う、うん。そうしたら――」

 

 はたてと霊夢が、こちらに視線をむけてくる。

 

「幽香が見つけて、アリスが繋げる。それで、きっと」

「……分かったわ」

「それしか、手はなさそうね」

 

 全員が頷く。霊夢が両手で印を結び始める。はたては、周囲に風を巻き起こし、両手に風の渦を纏い始めた。射命丸ほどではないが、風を発生させることはできるようだ。だが、ひどく弱々しい。

 

「行くわよ。失敗したらぶちのめすわ」

「だ、だいじょぶ。わ、私、風を操るのは苦手だけど。というか、ほとんどやったことないけど」

「本当に平気なの?」

「だ、大事なのは、風の属性を、つけること。文を真似すれば、少しは出せるはず。た、多分」

「ちょっと。本当に大丈夫なんでしょうね」

「う、うん。平気。少し緊張しただけだから。……も、もう大丈夫。できるできるできる」

 

 何度も繰り返し、やがてはたてが強く頷くのを見ると、霊夢は両手を黒へと向けた。そして。

 

「――波ッ!!」

 

 燐香が使っていた魔封波もどきだったか。それを模した技を、霊夢が使用する。

 

「えいっ!!」

 

 はたてがその霊力波に風を纏わせる事により、あの技と同じ性質を持たせる。妖力を霧散させる渦。だが、それは掻き消すのではない。掻き乱し、取り込んで、対象へと封じ込める技。間違っても燐香を消し飛ばすことはない。

 

 黒の闇の中を、光が渦を巻き旋回していく。黒たちがおどろおどろおしい怨嗟と悲鳴が交わったものを上げ始める。黒の残滓が苦しんでいるのか。逃げ出そうとするが、引き込まれるように渦に巻き込まれていく。珈琲に、ミルクを垂らしたときのようだ。

 中の様子が徐々に分かり始めてくる。床に横たわっているのは、燐香。だが、それは白の燐香。今すぐ助け出してやりたいが、そのままでは何も変わらない。黒はどこまでもついてくるのだ。そして、黒がなければ燐香は生存できない。白もまた同様。

 

「アリス」

「ええ、大丈夫。準備はできてるわ」

 

 アリスが花梨人形を抱えている。これが鍵を握る。

 

「先に行くわ。後は宜しく」

 

 幽香は、部屋の中へ一歩足を踏み入れる。掻き乱されている黒が身体に当たり、全身に衝撃が走る。だが、堪える。渦の勢いが身体を揺るがす。それも堪える。黒の憎悪が精神を乱そうと働きかけてくる。それを耐える。

 倒れている白の燐香へ、ゆっくりと近づく。……意識はもうない。目は虚ろであり、その身体には黒い蔦が纏わりついている。顔色は灰色だ。生命活動を営んでいるようには全く見えない。だが、まだ呼吸をしている。

 部屋の中心から、黒い渦を注意深く見渡す。だが、もぞもぞと蠢くそれらは、どれも怨嗟の声をあげるばかりで、違いが全く分からない。本当に、この中に、三つ目の燐香が存在するのだろうか。

 

「…………」

「幽香ッ!! まだ分からないの? こっちも長くは続けられないわよ!!」

 

 霊夢の怒鳴り声が響く。元々霊夢の技ではない。霊力の消耗が激しいのだろう。はたては顔が既に真っ赤だ。そろそろ血管が切れてもおかしくない。

 周囲を見渡した後、幽香は静かに呟く。

 

「分からない」

「ああっ!?」

「分からないの。どれも同じ黒に見える。私には、違いが分からない」

「アンタ、母親でしょうが!!」

 

 霊夢の叫び声。自分は生み出しただけで、母親らしいことなどしてきたであろうか。していないだろう。消えてしまうことを恐れるあまり、辛くあたることしかしなかった。憎まれなければならなかった。そうしなければ、消えてしまうから。でも、結局はこういう事態に陥ってしまった。ならば、短い間になったとしても、親子として暮らしていくべきだったのではないか。

 

「…………どうしても、分からないのよ」

 

 幽香の身体に、周囲から黒が纏わり付いてくる。負の臭いを嗅ぎ取ったのか。侵食し、身体を乗っ取ろうとしているのか。その結末も悪くない、そんな風に思えてしまった。

 

「幽香ッ! そのままだと取り込まれるわよ! 心を強く保ちなさい!」

「…………」

 

 アリスの悲鳴のような声。なんだか遠い世界のように聞こえる。――と、幽香の頭に、何かがふわりと覆いかぶさる。何か、とても柔らかいもの。一瞬、何か、リボンが見えたような。

 頭にかぶさったそれを、手に取り、じっと見る。

 

「これは、マフラー?」

 

 幽香が、燐香に作ってやった赤いマフラーだった。何故ここにあるのか。どこから落ちてきたのか。分からない。だが、その温かい感触に、思わず手に力が入る。

 

「……あ」

 

 黒の渦の中。違和感のある箇所が、目に入った。何か、困惑したように、そこだけ動きがない。拠り所を求めるかのように、そこだけゆらゆらと渦の流れに逆らっている。

 

「――!!」

 

 幽香はその渦に手を入れ、腕が侵食されるのも気にせず、一気に引っ張り出した。今にも消えてしまいそうなほどの光。それが、おどおどとするように、揺れていた。

 

「つ、掴めた」

 

 これだ。これが、白と黒以外の、もう一つ。きっと、かつて、幽香と一緒に、笑って暮らしていたころの、燐香。白と黒が一緒になっても、彼女はそこにずっと存在していたのだ。彼女こそが、白と黒のバランスを保つための、核。白はその防殻を果たし、黒は存在するためのエネルギー。不要なものはない。全部、必要なのだ。

 幽香は、その薄く光っている彼女に、赤いマフラーを巻いてやった。そして。

 

「アリス!!」

「分かってるわ!! もう少しだけ堪えて!!」

 

 アリスは既に駆け込んできていた。そして、花梨人形を浮かべ、透明な“燐香”との間に素早く魔力糸を接続。花梨人形に装着された携帯回路が動き出す。その白と黒の陰陽印が、激しく回転を始める――。

 

「霊夢、はたて! 私が術式を発動するから、そうしたら技を解除して!」

 

 絶叫するアリス。霊夢が頷き、はたてに声をかける。

 

「分かったわ! はたて、気張りなさい!!」

「う、ううっ。も、もうきつい。私、駄目かも。あはは、お花畑が見える。死神も」

「ここで気絶したら本当に殺すわよ!!」

「や、やめて。が、がんばるから。こ、ここまで来たんだから」

「幽香は、最後まで彼女の存在を維持させて! 絶対に離さないようにッ!!」

 

 アリスが呪文の詠唱を始める。部屋の渦の回転が遅くなり始める。同時に、部屋を緑の光が照らし始める。それは球体のように広がり、そして、花梨人形を目指すように収縮していく。回路の回転はまだまだ速くなっていく。

 

 透明の燐香が、震えている。幽香は、その頭であろう部分を撫でてやり、力強く抱きしめた。

 

「大丈夫よ」

「…………」

「帰りましょう」

 

 燐香が小さく頷いた。

 

 拡散させ、見つけ出し、そして、彼女を核として循環させる。後は、全てを元に戻すだけ。

 

 ――アリスが展開した球体が閉じられていき、花梨人形に吸い込まれていく。最後に、強い光が弾けた。



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最終話 幽香、燐香 (挿絵あり)

 冥界、外れの方にある小高い丘の上。

 そこに、少しだけ大きな石が並べられている。不恰好で不揃いな石。無銘の石碑たち。

 額の汗を拭い、一息つく。石碑は今作り終えたばかりだ。その中心に手を翳して周囲に彼岸花を咲かせる。色は赤色。自分の色だ。目を瞑って、祈りを捧げる。

 後ろに、気配を感じたので振り返る。

 

「ここにいると聞いたから」

「アリス」

「言ってくれれば、手伝ったのに」

「いえ、これは私がやりたかったんです。私の手で作りたかった」

 

 私は、誤魔化すように無理矢理に笑った。本当に簡素で、石碑と呼ぶにはおこがましいもの。だが、これで良いんだ。いずれ、朽ち果てて忘れられていく。だけど、自分だけは覚えている。それで、十分なのだ。今まで一緒にいたのだから、自分には分かる。

 

 アリスが隣に立ち、同じように祈ってくれた。

 

「……これは、お墓なの?」

「さぁ、どうなんでしょうね」

「貴方が作ったんでしょうに」

 

 アリスが少し呆れている。上海と蓬莱もだ。とても可愛らしい。

 

「たくさんの黒が消えていきました。力を使い果たしたかのように。でも、あの私たちは、元々生きても死んでもいなかった。だから、お墓というのは違う気がします」

「…………」

「それに、黒だけじゃない。いつか、どこかの世界の私たち。これは、その全てのためのものなんです」

「……はたてと輝夜の能力のこと?」

「正直言って、輝夜さんや、はたてさんの能力は分かりません。でも、あの記憶は、幻じゃないと思います。私も、少しだけ見てました」

「そう。ならば、ここは貴方達のとても大事な場所になったということね」

「そうなのかもしれません」

 

 違うどこかの世界の話。パラレルワールドなのか、それとも、この世界に収束したのかは分からない。輝夜なら分かるのかもしれないが、きっと答えてはくれないだろう。彼女は少し意地悪だから。

 

 変異した花映塚――彼岸花異変。今回私が起こした異変は、黒幕である私――風見燐香とその一派が博麗霊夢に打ち倒されて解決したことになっている。幻想郷中にばら撒かれていた彼岸花は、その殆どが力を失い、枯れて土へと戻っていった。世界は再び元通り。最初から何事もなかったかのようだ。

 

 でも、私は変わった。幽香にそっくりだった私の肉体は以前の私に戻ったけど。右肩らへんに浮かんでいる花梨人形に目を向ける。

 彼女の腹部には、八卦炉のようなものが装着されている。はたていわく、『携帯回路』らしい。意味は良く分からない。私の携帯カイロが最大にまで進化した結果だとか。本当に意味が分からなかった。

 

 その花梨人形からは二本の魔力糸が伸びている。それは、私の体にくっついている。例えるなら、さとりのサードアイみたいな感じで。これがなければ、私は存在する事ができない。花梨人形は、私の身体の一部分となった。

 ちなみに、魔力の糸だから、服を着るときやお風呂に入るときに支障はない。ただ、決して取り外せない。花梨人形と私は、言葉通り一心同体となったのだ。

 

 私の感情が昂ぶったとき、八卦炉もどきの中心にある、謎の陰陽印がぐるぐると急速回転を始め、荒れ狂う黒い力を循環させるのだ。力を回転へと向けさせ、更に熱?を放出して冷却を行なう。それで白ともうひとつの何かを保護するのだとか。まるでロボットにでもなったみたいだ。格好いいからいいけど。

 

「花梨人形の調子はどう?」

「全然問題ありません。感情を読み取られてしまう弱点が出来てしまいましたけど」

「それぐらいは我慢しなさい。むしろ逆手にとればいいのよ」

「あはは、そうですね」

 

 何らかの感情が昂ぶると、回転を始めるのだ。これでは、ゲームをするときにとてつもないハンデとなる。それと、嘘がつけなくなりそうだ。人形は口ほどに物を言うことになる。でも、そんなことはどうでもいいぐらいに、アリスたちには感謝している。自分がここにいられるのは、彼女達のおかげである。

 

「メディスンという妖怪が、貴方に会ってみたいって。鈴蘭畑に彼岸花を咲かせてくれたお礼をしたいそうよ」

「……えー。それって、怒ってましたか?」

「むしろ嬉しそうだったけど。鈴蘭と彼岸花のコラボができたって。貴方の姿を見れば、さらに喜ぶでしょうね。人形と仲良しだし」

「それは、楽しみです」

 

 異変の最後、紅魔館の主の間で、私は変異して暴走していたとのこと。それを助け出してくれたのが、アリス、はたて、霊夢、そして幽香。なんとなくだが、そんな記憶は残っている。白い風が黒い闇を切り裂いて。そして、赤いマフラーを幽香がかけてくれた。そして、抱きしめてくれた。最後にアリスがつなげてくれて、私はここに残った。

 

 次に目が覚めると、私はフラン、ルーミア、妖夢にもみくちゃにされていた。皆、敗者のはずなのに、とても嬉しそうだった。だが、フランの羽の宝石の一つが黒に染まってしまっていた。ルーミアのリボンは黒かったし。妖夢の半霊は灰色に変色してしまっている。制御しきれない黒は霧散したはずなのに。どういうことかは、良く分からなかった。

 

「あんまり、実感はないんですけど。異変、終わったんですよね」

「そうね。まだ余波は残ってるけど、終わったと言って良いわね」

「私、これからどうなるんでしょう」

「しばらくは、このまま冥界で謹慎だそうよ。まぁ、謹慎というのは名ばかりだけどね。天狗の面子を立てるとか、八雲紫が言ってたけど」

 

 地底、地獄、妖怪の山に手を出したのは、やはりまずかったらしい。私は冥界で幽々子の監視下に置かれるわけだ。ちなみに、妖夢は小町と一緒にばら撒いた彼岸花の後片付け中。花は土に還っても、それに宿っていた霊はまだそこらをうろついている。後でお礼を言っておく必要があるだろう。

 

「……そうですか。じゃあ、アリスとも暫くはお別れですかね」

「馬鹿ね。今までと何も変わらないわ。貴方に教えることはまだまだ沢山ある。花梨人形もお手入れが必要だし。のんびりなんてさせてあげないわ」

「あはは。それは、楽しみです」

 

 私は、アリスと笑いあった。またこんな日がくるとは思わなかった。アリスが差し出してきた手を握り、私たちは歩き始めた。

 

 

 

 

◇※◆

 

 

 

 ――で、今の私は白玉楼で真面目な顔を維持しながら座禅を組んでいる。隣には、妖夢。半霊は相変わらず灰色だ。私が漂白してあげますと言ったら、馬鹿な真似はやめろと大騒ぎだった。漂白剤をばら撒いたら、幽々子に軽い拳骨を受けた。連帯責任で妖夢もである。あれは中々面白かった。

 その妖夢に向かって、ちょっと前に顔芸を見せたら、良いリアクションをゲットできた。またもや連帯責任で二人仲良く棒で叩かれた。今度は閻魔様に。

 

「また雑念が生じているわね。何故たった3分も我慢できないの?」

「いえ、超頑張ってます。心頭滅却心頭滅却」

「口だけは達者だけど、行動が伴わない。貴方は、少し軽すぎる」

「あはは」

「笑い事ではありません。精進なさい」

 

 背後には映姫。悔悟棒を持って、じろりとこちらを見下ろしているのだろう。恐ろしいことである。泣く子も黙る閻魔様。でも、本人はちょっと子供っぽい。つまり小閻魔――。

 

「雑念去るべし!」

「ふぎゃっ!」

 

 頭を叩かれた。痛い。

 

「ちょっと燐香。変な声ださないでよ。なんか、猫がつぶれたような声が」

「猫踏んじゃったという奴ですね」

「いや、細かい説明は求めてないんだけど」

「ところで妖夢、暇なのでお喋りしません? そうだ、折角映姫様もいることだし大喜利でも」

「い、今はまずいとおもうけど。それに、何が折角なのか分からないし」

「へーきえーき。あ、これは、平気と映姫様を掛け、更に辟易と言う言葉にも掛けた高度な――」

「――喝ッ!!」

 

 さっきより強力な一撃が炸裂した。私はばたんきゅーと倒れこむ。

 

「……なんでこうなると分かってやるのかな?」

「わ、笑いのために、命を掛ける。いわゆる、葉隠?」

「全然違うし!」

「全く、貴方がたときたら。少しは真面目にやったらどうなの」

「わ、私は真面目にやってますよ!」

 

 映姫のジト目。とばっちりを受けた妖夢は、心外であると言い訳するが、連帯責任なので諦めてもらおう。

 というか、わざわざ映姫も来ることはないのに。今日はフリーだからと言っていた。休みなのにお説教とはご苦労なことである。だが、小町いわく、これが趣味かつ気晴らしを兼ねているらしい。嫌な趣味である。

 

「これは、負の感情を制御する鍛錬なのですよ。心を平静に保ち、自らを省みることはとても良い行いです」

「はい、そうですね」

 

 私が棒読みで同意すると、映姫に睨まれた。

 

「もっと誠意を篭めなさい」

「妖夢、怒られてますよ」

「怒られてるのはお前だ!」

「……まぁ、このやりとりは、全て無意味という訳ではないのですが」

 

 映姫が苦笑いを浮かべる。妖夢はよく分からないという顔。

 

「そ、そうなのですか?」

「こういった笑いからは負の感情が生じようがないでしょう。無論、褒められたものではありませんが」

「な、なるほど」

 

 妖夢がツンツンと花梨人形を触っている。回転はひどくゆったりだった。

 

「しかし、鍛錬にはなりませんので、次ふざけたら尻を叩くことに決めました」

「えー!」

「えーではありません。真面目にやりなさい」

「えー、きさま?」

「……二度目はありませんよ。私は白黒はっきりつけますので」

「はい!」

 

 軽いジャブのダジャレをかました後、私は再び座禅を組み始めた。

 

 ――三時間後、私のお尻は真っ赤に腫れ上がっていた。妖夢も同じように、涙目で擦っている。

 

「ふー。いやぁ、酷い目に遭いましたね」

「あ、あれだけ言われたのに、またやるからだよ!! な、なんで私まで! あ、痛たた」

「軽いジョークなのに。やるなと言われたら、やりたくなりますよね?」

「だからってやるな、このお馬鹿! 後、映姫様のはフリじゃねーし!」

「あはは。ツッコミ、本当に鋭いですね」

 

 私は前に倒れながら、笑いかける。妖夢は、溜息を吐いた後、仕方ない奴だという感じで笑みを浮かべた。

 

「でも、本当に、いつもの燐香だ。安心した」

「あはは、当たり前でしょう」

「……うん」

 

 なんだか微妙な空気が流れる。別に嫌なわけじゃない。ただ、私が妖夢の半霊に視線を向けてしまったからだ。色が灰色は、やっぱりまずいと思うわけで。フランの羽の宝石しかり。ルーミアのリボンは知らないけど。

 

「何度も言ってるけど。半霊のことは気にしないでいいよ。これは、大事な記憶なんだ。私じゃないけど、きっとどこかの私の。だから、これで良いんだ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。だから、次に気にしたら斬るから」

「なぜぇ!」

「ははは、嘘だよ。ただ、皆好きで異変に参加したんだから。気にするわけがないでしょ」

 

 妖夢が強く言い切った。それを見た私は小さく頷き、ありがとうと感謝を伝え、これからもよろしくといっておいた。妖夢はなんか照れくさそうだったが、うんと頷いてくれた。

 

 縁側で座りながら、私は今回迷惑を掛けてしまった人妖のことを思い出す。

 霊夢は、今回のは貸しにしておくから後で百倍にして返せといっていた。しかも、聞くところによると魔封波を習得してしまったとか。なんで死んでないのとか色々言いたいことはあるが、更に鬼巫女に近づいてしまったようだ。

 

 魔理沙は、弟子を助けるのは当たり前と笑っていた。花梨人形の携帯回路は、魔理沙の八卦炉に良く似ていた。師匠と弟子の絆の証と言っていたが、霊夢に、陰陽玉はどうなるのよと突っ込まれていた。そのうちまた遊びにいくと言っていたから、間違いなく来るだろう。

 

 はたては、実は紫のバラの人だったらしい。凄く挙動不審になりながら、私に紫のバラをプレゼントしてくれた。私が心からの感謝を述べると、盛大に泣き出してしまった。泣き上戸らしい。そして、今は永遠亭の専属カメラマン。意味が分からない。なんでも、山から追放されたとかなんとか。やっぱり意味が分からない。本人は兎たちと気楽に過ごせるからいいやと笑っていた。文は怒っていたが。

 

 その永遠亭だが、輝夜と再会したとき、私は軽く額を突かれて怒られてしまった。輝夜いわく、『私との約束を破るとは何事なの』と。そういえば、人質にするという約束をしていたのを思い出す。次は絶対に人質にするようにと念を押されてしまった。輝夜は、姫は攫われてこそだと笑っていた。永琳は心から呆れていた。人質というのはあれなので、次の悪戯一緒にやろうと誘うと、二つ返事でOKを貰った。多分、そのうち来る守矢神社に、一緒にロケット花火を打ち込みにいくことになるだろう。既にいつもの四馬鹿で何かやろうとたくらんでいる。妖夢は乗り気じゃなかったけど。四馬鹿+姫、実に新しいユニットである。

 

 残りの四馬鹿、フランとルーミアは、レミリアや咲夜、美鈴と協力して紅魔館の修復作業だ。一緒に直した方が愛着が湧くぞと、レミリアに協力を強く促されたようだ。フランはいやがったが、ルーミアに説得されて仕方なく付き合っている。そのルーミアは、お菓子一年分でレミリアに買収されていた。異変の最中にも裏切ったようなので、相変わらずである。

 

 ちなみに、今の紅魔館は見事に天井がない。綺麗サッパリお空に吹っ飛んだから。レミリアが丁度良いからプラネタリウムを作ろうと宣言すると、パチュリーに呆れられていたとか。だが、実現する気ではいるらしい。ロケットを作り出した技術と知識は伊達ではない。

 私は紅魔館の人達に心から謝ったが、レミリアに背中を思い切り強くたたかれた上で、気にするなと言ってくれた。小悪魔が『なんだか超つまんねー』とふて腐れると、パチュリーに電撃を浴びせられて気絶した。

 

「……あの二人、将棋やってるんですよね?」

「うん。一応そのはずなんだけど。終盤になるといつも騒がしくて」

 

 

 幽々子と紫は、私たちの背後で、将棋盤に真剣に向かい合っている。時折、スキマが開いたり、蝶が舞ったりしているが、ちゃんと将棋を指している。時折、勝手に駒の位置が変わったり、駒の文字が変わったり、将棋盤がひっくり返ったりするが、ちゃんと将棋を指している、と本人達は主張している。

 

「こんのインチキ幽霊!! どこからその飛車もってきたのよ! いい? 飛車は二枚しかないのよ! に、ま、い!! 三枚あるのはおかしいの!」

「あら、妙な因縁をつけるのはやめてほしいわねぇ。大体、玉を討ち取ったのに、替え玉とか言って復活させるのはどうなのかしら。そっちの方がインチキじゃない」

「ふふ、影武者を用意するのは淑女の嗜みよ。将棋指しなら常識よねぇ」

「はい、王手」

「だから、どこから角を――」

 

 そんなこんなで、最後には取っ組み合いの喧嘩になる。異変の後から、いつもの胡散臭いやりとりではなく、こうした子供染みたやりとりが増えているらしい。藍と妖夢が溜息を吐くが、二人とも本気では気にしていないようだ。あれはあれで確かに楽しそうではある。本気で喧嘩している訳ではないのだし。『紫様は良い意味で遠慮がなくなった』と、藍が苦笑しながら呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。今、私は太陽の畑の真ん中で、幽香と二人きりで座っている。私の彼岸花畑は、前と変わらずだ。世話は幽香がしてくれているらしい。

 冥界で名前だけの謹慎に入ってから、一週間に一度、こうして太陽の畑にくることになっている。少しずつ、感情を慣らせていき、最後には前と同じように暮らせるようにと。

 私は平常心を保っているつもりなのだが、花梨人形はそれはもう凄い勢いでぐるぐると回っている。陰陽印だけじゃなく、人形も回っているし。私はとても動揺しているのだろう。客観的に見れてしまうのも、それはそれで困るのである。

 

「…………」

「…………」

 

 無言。でも、前よりは気まずくない。今は、なんとなく自然体でいられる。花梨人形が発する音以外は。

 幽香は私を叩き潰して恨みを向けさせる必要はなくなり、私は憎悪を向ける必要がなくなった。もとより、彼女に対しての憎悪などなかったのだから当たり前だ。

 ただ、そう簡単に割り切れるものでもない。特に私が。今更、どの面さげて、幽香と接すればいいのか分からないのだ。ぶっ殺すだの、殺してくれだの、言いたい放題言ってしまった。どれだけ傷つけてしまったのだろう。

 今までのことを考えるだけで、人形の回転が速くなる。

 

「飲む?」

「あ、ありがとうございます」

 

 幽香が、花のお酒を渡してくれた。前に飲み干してしまったと思ったが、また作っているのだろう。うん、馨しい香りと爽やかな後口。とても美味しい。

 

「冥界はどう?」

「静かですけど、賑やかでもありますね。幽霊さんたちも一杯いますし」

「そう。そのうち、私も行くわ」

「あ、じゃあ幽々子さんに伝えておきますね」

 

 幽香が私の巻いているマフラーに目を向ける。マフラーは、少しほつれていた。だけど、これはこれでいいのだ。

 

「また、縫い直さなきゃいけないわね」

「これは、このままで」

「新しい物を縫うわ。それを取り上げたりしないから」

 

 幽香はそう言うと、私の頭を撫でてきた。そして、目を瞑って、太陽の光を浴び始めた。これが、幽香の強さの秘密。太陽と、向日葵の力を少しずつ集めて行く。

 私もそれにあやかろうと、幽香の身体に寄りかかり、目を瞑る。なんだか、とてもいい気分だ。太陽の陽射しが気持ち良い。お酒がほどよく回ってきた。ついでに、向日葵と彼岸花たちが私に力をくれる。背中を後押ししてくれる。

 

「あの」

「……なに」

「…………」

「…………」

「ありがとう、そして、これからもよろしく。――お、お母さん」

 

 幽香の腕が私の体を強引に引き寄せる。太陽が眩しい。このまま二人でのんびりと昼寝をする事になりそうだ。

 

 きっと、まだまだ時間は必要だろう。でも、慌てる必要はない。

 きっと、いろいろな事件が起こるのだろう。でも、慌てる必要はない。

 

 花梨人形の陰陽印がぐるぐる、ぐるぐると回り続ける。のんびりと、それでいて力強く。まるで、風車みたいだった。

 

 

【挿絵表示】

 







 これにて完結となります! 
 当初の予定より長くなってしまいましたが、無事完結です。最後までこれたのは、感想を頂いた皆様、楽しみに待っていただいた皆様のお蔭です。ありがとうございました。


 完全無欠のハッピーという訳ではないですが、それなりにハッピーだと思います。
 多分伏線は回収したはず。ちょっと甘めのエンドです。


 温い! と思われた方は、バッド4つからお好きなのをお選びください。流石に、収束ENDで後味悪くする勇気はありませんでした。二次創作ですし!
 これからは賑やかにやっていくと思います。想像すると楽しそうです。
 命蓮寺とか出せてればそこで座禅コースでした。


 一人称の練習は出来ました。次に活かします。完結させるのは本当に大変ですが、パワーアップできるのです。
 燐香は一人称、他のキャラ視点は三人称でした。この組み合わせはやりやすかったです。


 反省点は今思うと結構あります。原作知識持ち、というのを上手く伏線に組み込めませんでした。もう少し何かできた気がします。

 ギャグから、ちょっとずつシリアスにするのは予定通りでした。

 アリスをちょっと尖らせすぎてしまった感じ。好きなキャラなので、ちょっと登場させすぎてしまったのです。
 幽香が後半でシーンがちょっと少なくなってしまいました。真相を知るキャラなので、前面に出すのが難しかったのです。

 魔理沙はやっぱり動かしやすかった。あと霊夢も。とても主人公向きです。辛かったのはフランドール。好きなんですが、根が純粋なキャラは難しい! よって私としてはチルノが一番難易度が高いのです。勿論、嫌いなわけではなく、書きやすさの意味で。
 
 輝夜とはたての能力は、勝手に解釈して、ちょっと進化させちゃいました。ご容赦!

 魅魔様は、いつのまにかフェードアウト。彼女は陰から見守るのです。



 それでは、最後までご覧頂きまして、ありがとうございました。


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後日談
外伝1 新しい風


不定期で気が向いたら追加していきます。
クリアしたRPGの世界を回るような感じです。
レッツほのぼの!


「…………」

「…………」

 

 住み慣れているはずの我が風見家。幻想郷一黒い家と、私の中だけで評判だった修羅の家。そんな家の中、私は幽香と二人で晩御飯を食べている。以前と違うのは、重い空気が欠片もないこと。まるで穏やかな春風が吹いているような。あまりの落差に、私は相変わらず戸惑いを覚えている。

 

 花映塚異変の後、やりすぎた罰として私は冥界での蟄居が命じられている。蟄居といってもそんなに重苦しいものではなく、一日の終りには白玉楼に帰ってこいという凄くアバウトなもの。そして、一週間に一度だけ、こうして風見家に戻ることが許されている。私が童妖怪だから、それぐらいのことは大目に見てやろうと紫や映姫たちが庇ってくれたおかげである。天狗のボスはしかめっ面だったらしいけど。

 

「……あの」

「何かしら。ちょっと味が薄かったかしら?」

「いえ、とても美味しいです。超グッドです」

「そう? お代わりは」

「い、頂きます」

 

 幽香が穏やかに笑って立ち上がり、私のお皿をもって台所へと向かっていく。今日はシチューだった。前よりも更に美味しくなった気がする。また腕を上げたのか、それとも雰囲気のせいかは分からない。両方かも。

 

「はい」

「ありがとうございます」

「私はお風呂の用意をしてくる。ゆっくり食べていて構わないわ」

「分かりました、か、母さん」

 

 言い慣れていないので、また噛んでしまった。お母様、お母さんというのはやはり丁寧すぎるということで、もっと距離を縮める為に母さんと呼んでみようと思ったわけなのだ。あんまり上手くいっていないけれど。

 

「別に無理をしなくてもいい。私は呼び方など気にしないわ」

「い、いえ。全然無理してません」

「そう? ならいいけど」

 

 苦笑しながら幽香は立ち上がり、食器を流しに置いてお風呂の準備へと向かって行った。

 以前は凍土かと思うほど冷たい空気を感じていたが、今はその真逆。本当に穏やかすぎて、私がやりづらい。しかも、そのぎこちなさすらも幽香は受け入れて接してくれているわけで。なんというか、世界が優しすぎて辛いのである。いや、辛いというか、幸せすぎて堕落しそうというか。

 あまりにだらけているので、ルーミアには緊張感が足りないと理不尽なお小言を言われている。妖怪道には意外と厳しいルーミアなのである。ちなみに、緊張感というのはもっと妖怪らしく暴れようということである。私が油をまき、ルーミアが火をつけて、罰を受けるのは私。それを見るのが一番楽しいとほざきやがったので、魔貫光殺砲をぶっぱなしてやった。喜んでいたので逆効果だった。

 

 ちなみに、妖夢、フラン、ルーミアのいつもの面子とは相変わらず遊び回っているし、たまに輝夜が抜け出してきて永遠亭相手に派手な悪戯をしたりするし、魔理沙も参加して博麗神社占拠作戦を実行して霊夢にたたき出されたりと、それなりに賑やかな日々を送っている。アリスの授業も普通に行なわれているし、毎日がハッピーすぎて辛い。ハッピーデイ万歳!

 

「御馳走さまでした」

「丁度お風呂の用意ができたわ。先に入る?」

「はい」

「そう。ゆっくり暖まってらっしゃい」

「は、はい」

 

 私に優しく微笑む幽香。とても直視することができない。私の思考回路がぐるぐると回りだす。花梨人形の携帯回路も凄まじい勢いで回転する。ぎゅいーんと。敵愾心を向けられるのには慣れているが、こういった好意を幽香から与えられるのはまだまだ慣れていないのである。多分、数年はなれないと思う。いつまでもぎこちないままでは幽香に悪いので、できるだけ早く改善していけるように頑張りたいものである。

 

 夜は幽香と一緒に寝るのが最近のお約束。私のベッドは幽香の部屋に移動済み。なんというか、あれ。うん、家族っていいな。そう思うのである。

 

「急に笑ったりして、どうかした?」

「いえ。……こんな日が来るとは、考えたことがなかったので。だから、その」

「…………」

「上手く言葉にできないんですけど、あの」

 

 幽香が起き上がると、私のそばにやってくる。そして、震える手で私の頭を撫でてくる。

 

「私は、朝を迎えるのが少し怖くなった。全て、私が見ている夢なのではないかと。狂った私が見ている悪夢。本当にこれは現実なのかしら。全部、夢、幻なのではないかと、貴方がいないときに考える。もしそうだったとしたら、なんて恐ろしいのかと」

 

 幽香の瞳が少し空虚なものが宿っていた。だから、私は頭に置かれた手を両手で掴む。そして、視線を合わせる。

 

「現実ですよ。母さんと、皆のおかげで、私はこうして生きていますから」

「……そうよね。少し変なことを言ったわ」

「今、私は、とても幸せです。よければ、少し分けてあげますよ」

「ふふ、生意気なことを言う。でも、ありがとう」

 

 幽香が笑った。だから、私も笑った。

 

 

 

 

 

「――というわけでですね、毎日が幸せすぎて辛いんです」

「はぁ?」

「そーなんだ」

 

 寝巻きに着替えながら、呆れている妖夢。フランは既に枕に顔を埋めている。今は夜で、フランの活動時間のはずなのだが、昼間にはしゃぎすぎたせいでダウンしている。お世話役の美鈴は、幽々子、紫と大人の酒盛り中。多分アダルトな雰囲気を醸し出しているだろう。

 ルーミアは謎肉をむしゃむしゃ食べている。目が合うと、こちらにそれを差し出してきた。私は近くにあったスルメイカを口に入れ、見なかったことにした。

 今日は白玉楼に皆が泊まりに来ているのである。妖夢は屋敷を汚したら怒ると怒鳴っていたが、幽々子は賑やかでなによりと嬉しそうに笑っていた。

 私的には、幽香が母親、アリスが姉、幽々子は親戚の叔母さんである。でもソレを口に出してはいけない。幻想郷の女性は皆少女なのである。誰が何を言おうとそういうものなのだ。

 

「はぁ、とか、そーなんだ、じゃなくてですね。私としては、後のしっぺ返しが怖いんですよね。禍福はあざなえるなんとやらで。この先何が起きるか不安でたまりません」

 

 前作でハッピーエンド、続編でいきなり葬式から始まるゲームもあったし。怖いね!

 

「今までが今までなんだから、その分幸せでもいいと思うけど」

 

 妖夢の言葉に、ルーミアがご機嫌に割って入ってくる。

 

「でも燐香には不幸が似合うよね。なんと言うか、災難に遭って面白いリアクションをするイメージ」

「なんでやねん」

「その反応、凄くベタだね」

「ええ、基本が大事ですから。私は毎日百回このツッコミを練習しています。例えるなら妖夢の素振りみたいなものですね」

「私と一緒にするな! 全然違う!」

「なんでやねん!」

 

 ボケを被せるのは基本中の基本。

 

「言って分からない奴にはこうだ!」

 

 妖夢が枕を投げてきたので、ソレをキャッチして投げ返す。ルーミアに。ルーミアは当然察知していたようで、ソレを更に掴んで妖夢に投げる。連携は見事に決まり、最後には妖夢の顔面に枕が炸裂。私とルーミアはハイタッチ。

 

「うぐぐ。お、お前ら……」

「まぁまぁ。そんなに騒いでると、幽々子さんに怒られますよ」

「うんうん。それにフランが起きちゃうよ。静かにしなきゃね」

「ぐぬぬ」

 

 顔を赤くしていた妖夢だが、大きく息を吐いて近寄ってくると、私とルーミアに軽く拳骨を落としてきた。

 

「これで勘弁してやるわ」

「拳骨されましたよルーミア」

「そうだね。寝てるときに顔に落書きしよう」

「良い考えですね。額に肉を――」

「うるさい」

「じゃあフランにする?」

「それいいですね。先に寝るほうが悪いですよね」

「後で騒ぐのが目に見えてるから止めて。というかそれ寄越して」

 

 筆ペンを取り上げられてしまった。残念。 

 

「で、今日はこのまま寝るの? それとももう一暴れする?」

 

 ニヤリと笑うルーミア。日中あれだけ騒いだのに、まだやりたりないようだ。今日は妖怪弾幕バトルロイヤルをやったのである。私たち四馬鹿と、チルノ、ミスティア、リグル、大妖精の変則バカルテット。更に三月精にプリズムリバー姉妹まで参加してそれはもうひどいことに。魔法の森上空で大戦争ごっこをやっていたら、最後は異変の臭いを察知した霊夢によって強制鎮圧。話せば分かると私が言ったら、問答無用と一言で切って捨てられた。やっぱり鬼巫女だ。

 

「もうそんな体力ないですよ。今日は軽く飲んで、スパッと寝ましょう。くーっ、効く!」

「ちょっと。お酒が解禁されたなんて聞いてないけど。幽香さんがOK出したの?」

「軽くなら良いって、私が決めました」

「じゃあ、その一杯だけと私が決めるから守るように。折角幸せを感じてるのに、アルコール依存症になったら元も子もないでしょ」

「うーん。あんまり過保護だと、燐香溶けちゃうんじゃないの。あ、もう大丈夫か。だらけ妖怪に進化したんだもんね」

「誰がだらけ妖怪なんですか。この食いしん坊妖怪!」

 

 ルーミアにするめを投げつけると、大口を開けて飲み込んでしまった。

 

「ね。そろそろ新しい刺激が欲しいんじゃない? 地底制圧作戦実行する?」

「い、いや、無茶言わないでください。あそこに行ったら絶対酷い目に遭いますよね。主に私が」

 

 今地底に私が手を出すのはとてもやばい。地雷原でタップダンスするくらいヤバイ。

 

「いいじゃん。楽しければ」

「いくないです」

「でも妖夢は賛成だって」

「言ってねーし!」

 

 彼岸花を大量に咲かせた前回の異変。天界、地獄には大した被害はなかった。主に面子を潰してしまったのは妖怪の山である。大天狗はそれはもう激おこだったらしい。そのうち刺客を向けられそうで恐ろしい。先に手を出したのは私なので仕方が無いのだが。

 それと、喧嘩を売ったという意味では地底もヤバイ。八雲紫の話だと、地底の妖怪は死ぬ程ブチ切れていたとか。一時は地上からの侵攻と疑われたようで、フォローするのに紫が死ぬ程苦労させられたと、頬を目一杯抓られながら怒られた。そのうち侘びにいくから付き合えといわれている。だが、今は火に油なのでということで延期中である。それをどこからか聞いた幽香が、『親善大使』と称して勝手に地底に向かおうとして一悶着あったらしい。詳しくは知らないし知りたくも無い。もう修羅の世界は終わったのである。今はほのぼの幻想郷時代なのだ。うん。

 

「あ、そういえば」

 

 ルーミアが嬉しそうに手をポンと叩く。ルーミアが嬉しそうなときは、大抵碌でもないことを思いついたときである。主に、私に対しての。とても嫌な予感がする。

 

「妖怪の山に、新入りが来たんだって。天狗たちはピリピリしてるとか。なんだか面白そうだよね」

「へ、へー。そうなのかー」

「うん。しかも新入りが、いきなり霊夢に喧嘩売りに来たんだよ。巫女対巫女とか凄く面白いよね。悪即斬がモットーの巫女なんだとか。巫女の癖に刀持ってたし」

「へー。すごいなー。って、刀? 悪即斬??」

「うん。だって見てたし。その新入りの巫女とも話したから間違いないよ。今日は挨拶代わりだから見逃してくれるってさ」

 

 ルーミアが愉快そうに笑っている。本当に楽しかったのだろう。ルーミアは意外と好戦的なのである。だって人食い妖怪だから。

 

「巫女なのに剣士なの? どっちが本業なんだろう」

「さー知らない」

「うーむ」

 

 腕組みをして怪訝な表情の妖夢。確かに良く分からない話だ。

 どこの新撰組残党だろう。牙突とか使ってきそうな予感がする。それは本当に早苗なのかな? 意味が分からない。

 

「神社と湖が来たっていうのは紫様から聞いてたけど」

 

 妖夢も初耳だという表情。ルーミアが話を続ける。

 

「で、守矢の名の下に妖怪退治しまくって、沢山布教するんだって。やる気のない神社は真っ先に併合してやるって鼻息が荒かった。そうそう、後凄く緑だった」

 

 緑なら間違いなく東風谷早苗だろう。守矢だし。刀を持ってる理由は分からないけども。とにかく、かなり戦意旺盛らしい。霊夢に宣戦布告したということは、守矢神社のためにガンガン布教活動していくはず。というか博麗神社乗っ取りも企んでいるのかも。

 それに妖怪を退治しまくるとは穏やかじゃない。霊夢が鬼巫女仕様なように、早苗ももしかして修羅か羅刹仕様なのだろうか。人修羅だったらどうしよう。

 とにかく、私としては危うきに近寄らずがベスト。なにしろ、私は妖怪の山は出禁状態といっていいし。地底と同じく、入ったら死んじゃうのだ。あそこには知り合いは文ぐらいしかいない。紫のバラの人、はたては今は永遠亭所属だし。よって、完全にアウェイ。絶対に入らないのである。

 

「なんだか一騒動ありそうかな。燐香は絶対に大人しくしてなよ。あそこは、本当に面倒な地帯だから。絶対に山には行かないように。ねぇ、分かった? 分かってるよね?」

 

 妖夢が執拗に釘を刺してくる。私の額にぐいぐいと指を突きつけて。私は思わず両手を上げて降参ポーズ。

 

「わ、分かってますよ。というか、私は平和主義ですからね」

「……本当かな。まーた亡命とかいって、その神社に行くとか普通にしそうだけど」

「いやいや、しませんから! もうする必要ないですし」

「…………」

 

 全然信じていない様子の妖夢。ルーミアはニヤニヤ笑っている。何が楽しいんだこいつめ!

 確かに前は冥界に亡命しようとしたけど、あのときとは状況が完全に異なるわけで。いまはハッピーライフを送っているから、このままでいいのである。穏やかな日々、我が世の春がようやくやってきたのだ。これを変えるのはお断りである。

 

「というかですね、悪即斬で妖怪退治するとか言ってる物騒な巫女のところに行くわけがないでしょう。斬られちゃいますよ」

「それもそうか。……いや、でも先手を打ってロケット花火とか打ち込みに行きそうだし。何かやりそう」

 

 ちょっと前までそんなことを考えていたけど、よくよく考えると危なすぎる行為であった。なによりも場所がヤバイ。

 

「それって命を懸けてまでやることじゃないですよね」

「輝夜さんと悪ノリしている姿が簡単に目に浮かぶんだけど」

「……否定できないのが辛いところ」

 

 輝夜が聞いてたら、確実に実行されていただろう。とりあえず永遠亭に大量に打ち込んだので、満足してくれてはいたが。おかげで永琳からは益々厄介者扱い。企画立案は私じゃないのに。輝夜が何かする、私が余計な事を吹き込んだ、全部風見燐香のせいである、という式が永琳の中で確立されている。いつかこの誤解は解けるのだろうか。解ける前に薬を盛られそう。

 

「ねぇねぇ。じゃあさ、霊夢とその巫女を戦わせて、その隙にその神社を占領するっていうのはどうかな。上手く行けば博麗神社も乗っ取れるよ」

 

 漁夫の利を提案してくるルーミア。絶対に上手くいかないと分かってるくせに提案してくるのが恐ろしい。途中で裏切るつもりだろう。最後に霊夢にボコられるのは私だ!

 

「もちろん却下です。というか、あっちには神様がいるでしょうから、神罰を受けますよ。怖いですよね、神罰」

「それはそれで。どうせ食らうのは私じゃなくて、燐香だし」

「なぜっ! どうして私が被害担当なんです!」

「美味しいところだよ」

「どこが!」

「まぁ、この件は霊夢がなんとかするでしょ。あとは魔理沙あたりか。あれなら私も様子を見に行くし。燐香は大人しくしていればいいよ。というか、余計なことをすると、なんだかひどいことになりそうだから止めて」

「例えば?」

「燐香が山に行って新入り巫女に拘束されて、幽香さんが単騎で突撃、ついでにアリスさんも行って、フランも突っ込んで、紅魔館介入。異変解決中の霊夢に天狗、新参勢力が入り乱れてもうぐちゃぐちゃに。うん、山が更地になりそう。……想像しただけで、胃が痛くなってきた」

「大丈夫? 食べすぎならトイレ行った方が良いよ。この部屋で漏らすのだけはやめてね」

 

 妖夢がお腹を押さえている。ルーミアがその背中を撫でているが、全く逆効果だろう。というかデリカシーのかけらもない。

 

「違うわ! というか誰が漏らすか!」

 

 案の定妖夢がぎゃーぎゃー騒ぎ出した。

 

「あーお姉様、うるさいなぁ。……死んじゃえ」

 

 と、フランが寝ぼけながら枕ミサイル発射、ルーミアに直撃。

 

「やられたー」

「なんとも面白い連中である。私はそう思った」

「何を他人事みたいに言ってるの。いつも燐香が騒ぎの中心でしょうが! そのせいで私まで四馬鹿の仲間入りだよ! 畜生!」

「えー。私は寿司でいうガリ、蕎麦でいうネギみたいなものですよ。主役は妖夢にお譲りします」

「全然意味がわからない」

「つまり、明日は朝からお寿司にしましょうということで」

「我が儘言うな発想を飛躍させるなボケを重ねるな!!」

「――おお。今宵の妖夢はツッコミが冴えてますね」

「やかましい!」

 

 それはともかく、想像するのが恐ろしい。神、人間、妖怪の血みどろバトル。メガテンが再現されそう。

 

「とにかく、もし異変になったら私はここで地蔵になってます。うん、きっと来世では閻魔さまになれますね。私は慈悲深いことに定評がある素敵な閻魔になりますよ」

「あはは。今度あの閻魔に言っておいてあげるね」

 

 復活したルーミアがしゃしゃりでる。それをされると私のお尻に悔悟棒が叩きつけられるのである。

 

「またお尻を叩かれるのは嫌なのでやめてください。次こそお猿さんになってしまいます」

「それは私の台詞だよ! というか燐香が閻魔になったら、天国が地獄になるから絶対にやめろ!」

「閻魔になったときのモットーは『地獄にもっと笑いを』でいこうかと。もっととモットーをかけてみました」

 

 映姫から座布団をもらうことが私の小さな目標である。それを言ったら、白い目で見られてしまった。ついでにお尻に一撃。何故か妖夢にも。連帯責任とは恐ろしい。

 

「面白くねーし! というか四季様には言わないでよ! 本当に!」

 

 妖夢がお尻を擦りながらプンプン怒っていた。

 

 それはともかく、いよいよ風神録開幕だ。私は白玉楼にいるので、魔理沙あたりから話を聞くだけになるだろう。早苗とはゲームの話とかで盛り上がってみたいけど、はてさてどうなるやら。とんでもない修羅だったらやばいので、警戒が必要だ。なにせ、既に妖怪ぶっ殺す宣言してるわけだし。なんにせよ、私は一応謹慎中の身分なので、異変が終わるまではここに篭っていよう。明日は何をやろうかなー!



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外伝2 天と地と

「ふー疲れた!」

 

 首に巻いた手拭で汗を拭う。土を耕して、種も撒いたし後は毎日の水やりと雑草抜きを欠かさず行うだけ! あ、虫も気をつけないと。

 

「時間がなかったからあれだけど、次はもっと本格的に栽培したいな」

 

 頭に花梨人形を乗っけて、畑を見渡す。うむ、完璧。周囲には彼岸花と向日葵が咲き乱れ、その側で暇な亡霊さんたちが見守っている。彼らは食事をできないが、満足そうに頷いている。良い仕事してますねーということだろうか。私も思わずVサイン。亡霊さんたちが拍手する素振りをしてくれた。冥界の亡霊さんたちは意外とノリが良い。

 

 ちなみに、何の種を撒いたかといえばカブである。成長が早く、今からでも二カ月もすれば収穫できちゃう野菜。漬けてよし、煮てよしの素敵な野菜。白玉楼でボケーっとしているのもあれなので、せめて食材提供くらいは役に立とうと志願したのである。

 とはいえ、アリスの授業に冥界の花と野菜の世話、妖夢と弾幕訓練したり、4馬鹿で遊び回ったり、一日の最後には異変を起こしたことを反省する座禅(する振りだけ)。なんだか結構急がしい気もしてきた。楽しいので問題ないけれども。

 で、畑の方は幽香がこれでもかと手伝ってくれたので、予想以上に捗ってしまった。次は一緒に春野菜を育てようと話し合っている。風見印の野菜とか作って人里にプレゼントするのも良いかもしれない。友好関係構築のために。

 これからは牧場物語in幻想郷のはじまりである。野菜の女王に私はなる!

 

「……それはともかく。なんというか、私って出禁の場所が多いような。風評被害もあるけど、殆ど自業自得だから仕方ないのかな」

 

 私の幻想郷友好関係一覧は以下の通り。

 

 人里:最悪。幻想郷縁起に凶悪妖怪と掲載されてしまったのと、前回の異変のせい。集落に黒化彼岸花を巻いたのはとても不味かった。今も近づけない。降りた瞬間に自警団と慧音がすっ飛んでくるだろう。

 

 博麗神社:普通。4馬鹿の度胸試しの場所。ボコボコにやられるけど、殺されるまではいかないので有情である。博麗霊夢は話が分かる巫女だった。

 

 紅魔館:良好。気軽に遊びに行けるし、フランとは親友と言ってもいいはずだ。この前紅魔館を爆破したことは許してもらえたと思う。多分。ちなみにプラネタリウムは無事完成した。

 

 永遠亭:普通。輝夜とは仲が良いけど、永琳からは超睨まれている。超怖い。でも永琳と幽香は何故か普通に喋っていた。はたては筍を手土産に遊びにきてくれるので、今度カブをプレゼントしようと思っている。

 

 妖怪の山:最悪。主にこの前の異変のせい。多分一歩入ったら天狗総動員確定である。指名手配リストに掲載されていそうな予感。

 

 地底:最悪。地上の妖怪とはただでさえ色々あるのに、喧嘩吹っかけたのだから当然である。今のままならば、さとり達と会える日はこないだろう。ちょっと残念だけど、命の方が大事である。『ちょっと地底いこうよ!』というルーミアの甘い言葉にのってはいけない。

 

 天界:謎。彼岸花は殆ど届いていなかったので、騒ぎにもなっていないらしいが。天人さんはきっと心が広いのだろう。比那名居天子もいるのだろうけど、いまだ会ったことはなし。

 

 白玉楼:第二の故郷。自分の家みたいな感じになってしまっている。まさに親戚の家。幽々子は優しいが、悪戯をしすぎると妖夢と一緒に怒られる。私のせいではなく、ルーミア、フランが悪ノリしすぎるせいなのだ。本当だよ!

 

 

 

「さーて。そろそろお昼にしょうかな――って!!」

 

 大きく伸びをして、腰掛けていた岩から飛び降りた瞬間、霊力弾が降り注いできた。岩は破壊され、亡霊さんたちは慌てて逃げて行った。私は悲鳴を上げながら、ごろごろと転がって霊力弾を回避。勿論畑の方からは遠ざかるように逃げている。

 

「ひいッ!!」

「まだまだッ!!」

「ま、待って! なんなんですか一体!」

「わ、我が名は東風谷早苗!! 凶悪妖怪風見燐香ッ、大人しく退治されなさいッ!!」

 

 人里から依頼されたのだろうか。もう敵意バリバリである。聞く耳を持ってくれるかは分からないが、やってみなければ分からない。相互理解のためには会話は不可欠である。私は焦りながら会話を選択。悪魔だって話くらいは聞いてくれるし、なんとかなるはず!

 

「は、話せば分かります! 一回落ち着きましょう!」

「問答無用です!!」

 

 どこぞの霊夢のようなセリフとともに攻撃を仕掛けてきたのは、守矢神社の風祝、東風谷早苗だった。上空から刀を振りかざして霊力弾をぶっ放しまくっている。幸い、威力はそれほどでもなく、狙いもイマイチなので一発も被弾していない。

 というか、なんだか肩で息をしている上、装束もボロボロ。顔は汗と埃塗れで、なんというか酷い有様だった。一戦交えた後のような。

 

 私が冷静に観察していると、早苗が怒鳴り声を上げる。

 

「お、おのれ凶悪妖怪め! そう簡単に私を食べる事ができると思うな!」

「いや、食べないですから」

「妖怪はこの世の悪、よって悪即斬です! 容赦はありません! 妖怪死すべし!!」

 

 巫女じゃなくてヨウカイスレイヤーだった。

 

「そんな、ひどい」

「ひどくありません!!」

 

 早苗が急降下してきた。今度は肉弾戦らしい。刀が振り下ろされるので、私は咄嗟にシャベルでガード。激しい衝撃音。何でかは知らないけど、刃がかけてしまったようだ。

 

「め、名刀電光丸がッ!!」

「も、脆すぎません、それ? 本当に名刀なんです?」

「うるさいうるさい! 私の大事な宝物をよくもっ!! ならば、我が秘伝の奥義をくらいなさい!!」

 

 腰を屈めて、切っ先に手を添えてこちらに向けてくる。そう、これは牙突の構え。まさか、早苗が使ってくるとは思っていなかったので、声が出てしまう。

 

「こ、この技は!?」

「はあああああああああッッ!」」

 

 気迫の怒声と共に勢い良く突っ込んできた。でも、気迫は十分だけど、動きが鈍すぎる。誰が見てもバテバテである。もう気力と体力が切れる寸前なのだろう。これなら今の私でもなんとかなる。

 

「――見える!」

 

 ニュータイプばりにピキーンと見極める事ができた。妖夢との接近戦訓練のおかげである。幽香の課した修行はちゃんと活きていたのである。

 早苗の突きを軽くいなし、空を切った右手を掴んで足を強烈に払う。

 

「わわッ。う、うそ――」

「よいしょっと!!」

 

 くるりと一回転させて、地面に投げ落とす。更に追撃に妖力波を一発。早苗は「ばたんきゅー」と言いながら、気絶してしまった。

 

「…………」

「一本!!」

 

 私は見守っていた亡霊さんたちに、花梨人形と一緒にVサインをする。亡霊さんたちの拍手喝采。

 しかし、とりあえず勝ったのはいいけど、これからどうしたらいいのだろう。

 

「……あの。この後、どうしたらいいと思います?」

 

 亡霊さん達はお手上げポーズ。そこに血相を変えた妖夢がすっ飛んできた。

 

「燐香! 今度は何をやらかしたの!!」

「ちょ、ちょっと待って! 私はなにもしてませんよ。この緑の巫女さんがいきなり――」

「この馬鹿! だったらなんですぐに逃げないの! また何かあったらどうするんだ!」

「ふげっ!! いだだだだだ!!」

 

 妖夢に拳骨を喰らったあと、頬を抓られてしまった。これは些か理不尽な展開である。世界は優しくなったけど、まだまだ理不尽なことは多いらしい。抓られている私は溜息を吐きながらそう思うのであった。

 

 

 

 

「……この巫女、例の妖怪の山に来たっていう連中だよ」

「それが、なんでここに?」

「多分、人里で燐香の噂を聞きつけてきたんじゃないのかな。幽香さんに似てるから、一発で分かるだろうし」

「な、なるほど」

「燐香を討ち取って名を上げたかったのかもね」

「それはまた。物騒な話です」

 

 妖夢の話を聞いて、ふんふんと頷く。早苗は気を失ったままだ。ボロ雑巾みたいだけど、ここまでやったのは勿論私ではない。最初からだったのである。なんか嫌な予感がするので弁解しておく。

 

「あ、先に言っておきますけど、私がここまでボコボコにしたわけじゃないですよ。本当です!」

「知ってるよ。この巫女、そこら中に喧嘩売って回ってたみたい。紅魔館、永遠亭、太陽の畑だっけ。さっき、射命丸さんに聞いたんだけど」

「そ、それは、気合入ってますね。というか、母さんのところにも!?」

「あくまで又聞きだけどね。この姿を見る限り、本当なんじゃないかな。なんだか激戦の跡があるし」

 

 妖夢がそう言って、地面に落ちている刀を拾いあげる。品定めした後、怪訝そうな顔をする。

 

「あれ」

「どうしたんです?」

「……これ、完全に紛い物だよ。何かを斬れるような代物じゃない」

「そうなんですか?」

「うん。刀と呼ぶのもおこがましいというか――」

『ははっ、そりゃそうさ。そいつは真鍮をメッキしただけの京都土産だもの』

 

 背後からいきなり現れる影。私と妖夢は慌てて飛びのく。変な帽子を被った少女がそこにいた。私は彼女を知っている。土着神、洩矢諏訪子である。怒らせると多分ヤバイ神様。

 

「な、何奴だッ!!」

 

 二剣を抜き放ち、攻撃態勢に入る妖夢。諏訪子は感心したように拍手する。

 

「おお、今のは侍っぽいね。侍ガールってやつだ」

「名を名乗れ曲者め!!」

「曲者ときたか! いいねぇ、そのノリ! くくく、ならば答えて進ぜよう。ほかでもない、私は神様だよ」

「嘘をつけッ!」

「ははーっ」

 

 妖夢が怒鳴るが、私は素直にひれ伏した。神様相手にひれ伏すくらい訳はない。妖夢は目を丸くしているが。

 

「いきなり信じてるし! こいつのどこが神様なの!?」

「いやいや、この方は間違いなく神様ですよ!」

「こんな女の子が?」

「外見だけで実力を判断してはいけません! 相手の潜在能力を探るんですよ妖夢!」

 

 ピッコロさんの教えを私は忠実に守る。

 

「全然意味が分からないし。なに潜在能力って!」

「はは、面白い連中だね。うん、この世界は本当に愉快で豪快で心地よい。ああ、本当にひれ伏さなくても良いよ。今の私はただの落ち武者だからね! 世知辛いねぇ!」

「落ち武者? ――と、ということは、もしかして妖怪の山の?」

「うん、その通り。私は落ち武者の洩矢諏訪子だ。んで、ここで伸びてるのが風祝の東風谷早苗。幻想郷の新参者だよ。ま、今後ともよろしく!」

 

 そういうと、諏訪子が私の手を取り無理矢理立たせる。そして、どすんと座り込んだ。私と妖夢は顔を見合わせた後、同じく座り込む。

 

「えーと、その、怒ってないんです? 正当防衛とはいえ、巫女さんやっつけちゃったんですけど」

「あはは! 全然怒ってないよ。というか、私はこの娘のフォロー役だからね。迷惑かけた皆に頭を下げてまわる係だ」

「それは一体どういうことです?」

 

 いまいち事情が良く分からない。なんで諏訪子が謝るんだろうか。フォローとはこれいかに。

 

「いやぁ、ウチって複雑な家庭環境なんだよ。お馬鹿な神奈子っていう、親馬鹿の蛇女がいてね。アイツは早苗を甘やかすことしかしない。だから、ちょびっと私が手を出す事にしたんだよ」

「はぁ」

「いやいや、こんだけボコボコのギッタギタにされればさぞかし心は折れただろう。うんうん、実にいいことだ!」

 

 諏訪子が無邪気に笑う。早苗の頬とツンツンしながら。

 

「……いいことですか」

「うん。私が言うのもなんだけど、ウチの早苗は天才でね。大して努力もせず、なんでもソツなくこなしちまう。しかも私たちの姿は見えるし、霊力を自在に操ることができちまった。だからだね、自分が選ばれた特別な人間だと確信しちまってる」

「…………」

「自分では隠してるつもりだろうけど、時折態度に現れる。だから、外では親しい友達が一人もできなかった。そのうち離れていってしまうんだ。いわゆる、鼻につく、ってやつさ」

 

 諏訪子が少し悲しそうに早苗を見下ろす。

 

「博麗霊夢とやらに蹴散らされたのは良い薬になると思った。上には上がいることを知る切っ掛けになったし。似たような境遇同士、あの巫女とは仲良くなれるかもしれないともね。――ところがだ!」

 

 諏訪子がプンプンと怒り出す。

 

「あのお馬鹿な神奈子が庇っちまったのさ。今回負けたのは、ここでの信仰量の差にすぎないと。折角早苗を挫折させる機会だったのに。全くあのお馬鹿の蛇女め!」

「……大体の事情は分かりましたけど。それが何故喧嘩を売りまくることに? あまりに無謀なのでは」

 

 妖夢が眉を顰める。真面目な性格だから、事情は分かっても納得できないらしい。

 

「あははは。実は私が吹っかけたのさ。選ばれし者である早苗がちょいと力をみせれば、妖怪なんてイチコロだとね。そうすりゃ信仰がっぽり、博麗霊夢も一撃でノックアウトできるさ、ってね」

「やっぱりお前のせいじゃないか! 本当にこれが神様なの!?」

「おう!」

「おうじゃない!」

 

 妖夢が怒鳴ると、悪びれない諏訪子がカラカラ笑う。私は溜息を吐く事しかできない。しかし、妖夢って結構アグレッシブである。私は神様相手に怒鳴ったりできないし。長い物には巻かれよう!

 

「これは必要なことだったんだよ。いわゆる、通過儀礼ってやつだ。一度痛い目を見なきゃ、いつか本当に取り返しの付かないことになっていた。だから、これでいいんだ」

「私たちは全然良くないんですけど! 本当に迷惑極まりない!」

「それは勿論だよね。本当に悪かった。だから、関係者にはこれから死ぬ程謝るし、迷惑料もきっちり払わせてもらうよ。なーに、教育費と考えれば安いもんだよね! 世の中ギブアンドテイクだ!」

「こ、これが神様。本物の神様。神って一体……」

 

 妖夢が絶句している。神様がフランクすぎることにカルチャーショックを受けているらしい。私は妖夢の肩をポンポンと叩く。

 

「妖夢、神様だからですよ」

「意味が分からないよ」

 

 どこぞのQBみたいなことを言う妖夢。

 

「その赤毛の子の言う通り。神様だから自分勝手なのさ! さーてと、そろそろ寝ぼすけ娘を起こすとしようか! おらおら!」

 

 諏訪子が早苗の背中をベシベシたたきはじめる。

 

「ちょ、ちょっと――」

「おい、とっとと起きろ口だけ小娘が!! 大口叩いてなんだそのザマは! そんなんで現人神名乗れると思ってんのか!」

「――い、痛いっ! 痛いです! 一体何が起こって――まさか妖怪!! 食べられるッ!」

「誰が妖怪だボケっ!! 私は神様だぞ!」

「痛いっ! な、なんなんですか!?」

「なんなんですかじゃないぞ早苗ッ! どうだ、世界の広さを思い知ったか! 世の中上には上がいるんだぞ!!」

「す、す、諏訪子様ッ!? どうしてここに!」

「ふん、お前の醜態は全てお見通しだ!! 井の中の蛙め! 伸び切ったその鼻っ柱、今日は徹底的に叩き折ってやる!」

 

 諏訪子が長い舌を出して、超怖い顔になる。夜見たら悲鳴を上げそうな顔。祟り神もビックリ。あの妖夢も引いているし。傍からみると顔芸だけど、やられてる張本人からしたら本当に怖いだろう。うん。

 

「ひぃ、化け物! お、お助けください! 助けて神様!!」

「誰が化け物だ! 私が神様だッ!」

 

 諏訪子が早苗の尻を叩き始める。パンツ丸見えである。全然色気なし。私も妖夢も尻は叩かれなれているので、痛さは良く分かる。スナップが効いて、実に良い音が響いている。

 

「い、痛いです! ご無体はおやめください! た、助けて神奈子様ッ!!」

「だまらっしゃい! 神奈子が甘やかす分、私はビシビシいくぞ! お前のためなら私は鬼にでもなろう! さぁ、稽古してやるから立て!」

「ひぃいいいい!! も、もう無理です! 全身ガタガタで本当に動けません! 本当の本当です!」

「だからやるんだろうが! いいか、お前に足りないのは努力と根性だ! 才能だけで勝てると思うな!」

「誰か助けてぇ!」

 

 泣き叫んでいる早苗。うん、もう私たちはいいんじゃないかな。

 

「……妖夢」

「うん、私たちは帰ろうか。お邪魔みたいだし。帰ってご飯にしよう。幽々子様も待ってるし」

「で、ですよね。それに、なんだか凄く疲れました。どうしてですかね」

「それは至って普通だよ。うん。私も疲れてるし」

 

 私と妖夢は、顔を見合わせて、深い溜息を吐いた。ああ、疲れたしお腹が空いた。早苗がこちらを恨めしそうに見ているが勿論放置である。

 

 

 

 

 

 

 白玉楼に戻って昼食を取った後、大分遅れて諏訪子と早苗がやってきた。迷惑をかけたことへの謝罪と、たくさんの食糧をプレゼントしてくれた。幽々子は大喜び。いきなり襲い掛かられた私も、あまりのボロボロな姿、泣きはらした顔を見ると文句の一つもいう事が出来ない。山の食材も一杯あるから、幽香も喜ぶだろう。ということで、今回の件は水に流したのである。

 

「……本当にごめんなさい。皆様方には本当にご迷惑をお掛けしました。この通り、謝罪致します」

「も、もういいですから。私は平和主義がモットーの妖怪なので」

「ううっ。もう腹を切りたい気分です」

「あ、ハラキリならここに達人が――」

「やかましい」

 

 妖夢のツッコミが炸裂する。タイミングは今日も完璧だ。

 

「……霊夢さんにボコられて以来、やることなすこと空回りで。もう本当にどうしたらよいのか」

 

 妖夢が出したお茶をずずずと啜り、鼻も啜る早苗。超涙目で全身から負のオーラが出まくっている。どの程度本気の霊夢にやられたのかは知らないが、修羅モードだったらさぞ怖かったことだろう。私も春雪異変のことを思い出すと震えちゃうし。おお、怖い怖い。

 

「元気出してください。生きていれば悪い日もあれば良い日もありますよ。人生山あり谷ありです」

「燐香が言うと、無駄に説得力があるよね……」

 

 しみじみと呟く妖夢。生暖かい視線つき。というか無駄ってなんだ。

 

「う、うるさいですね!」

「本当のことだよ」

「こ、こっちに来てから酷いことばかりで。鬼みたいな巫女には何度も足蹴にされるし、本物の鬼は出てくるし、兎さんには騙されるし、吸血鬼姉妹には追い掛け回されるし、食べようとしてくる金髪妖怪はいるし、お化けはそこら中にいるし、攻撃してくる向日葵まで! 魑魅魍魎が乱舞する地獄じゃないですか! もうこんなところ嫌ですッ!」

 

 何気なくルーミアが混ざりこんでいた。東風谷早苗を食べようとするとはチャレンジャーである。遊び半分だろうけど。

 

「その分良い勉強になっただろう。いいかい、早苗。霊力が扱えるぐらい、ここじゃ珍しくもなんともない」

「で、でもっ! 私は風祝として……」

「風祝として、満足のいく結果は残せたかい」

「……そ、それは」

「風に身を任せてばかりいないで、地に足をつけて生きろと前も言っただろ? 何より、今更嫌がったところでお前はもう帰れない。私は何度も確認したはずだ。しつこいくらいに何度もだ。この道を選んだのは早苗、お前なんだ。そうだろう?」

 

 絶叫する早苗に、諏訪子が冷たく言い放つ。

 

「ううっ。な、なら私はどうすればいいんですか?」

「好きなように生きればいいんだ。何度失敗したって構わない。それを糧にして生きるんだ。そして、ここならお前と対等に話せる奴がきっといる。お前は外の世界で疎外感を強く抱いていた。いつも孤独だった。だからこっちに来る事を選んだ。そうだろう、早苗」

「す、諏訪子様……」

「ああ、良い子良い子。さぁ、今こそどんと甘えなさい! 神奈子じゃなく、この私にね! 私は常に厳しいがいつだってお前の味方だよ! 血は水よりも濃いんだ!」

 

 諏訪子に抱きつく早苗。小学生に高校生が抱きついている光景である。なんというか、これが目的だったような気がしてならない。ある意味ハッピーエンドっぽいけど、私に迷惑のかからないところでやってほしい!

 

「本当に良い話ですね。私は巻き込まれただけですけど」

「なんだかんだで大抵巻き込まれるよね。もしかしてわざとなの?」

 

 妖夢のジト目。私は強く否定する。それは理不尽すぎる!

 

「今回は私のせいじゃないですよ! 災難が空から降ってきたんですよ!」

「だから、逃げれば良いって言ってるでしょ! なんで応戦するの!」

「し、士道不覚悟は切腹です!」

「意味わかんねーし!」

 

 私が言い放つと、妖夢は意味不明と呆れる。が、早苗が凄い勢いで食いついてきた。

 

「あの! も、もしかして! し、新撰組知ってます? 今、士道不覚悟は切腹って言いましたよね!?」

「え、は、はい」

 

 ぐいぐい近づいてくる。私は及び腰。後退するが、早苗が更に前進してくる。

 

「いいですよね、新撰組! 私、島田さんが好きなんです。いぶし銀なところがいいんですよね!」

「あ、あれ? でも早苗さん牙突使ってましたよね?」

「うわぁ、それも知ってるんですかッ!! 妖怪なのに凄い! 外の漫画まで知ってるなんて博識なんですね! あ、あれはもともとは左片手一本突きが元でして。でも、私は右利きなので右突きなんですよ!」

 

 早苗が心から嬉しいという表情で解説してくる。

 それを眺めていた妖夢が、諏訪子に尋ねている。

 

「……あの。彼女、どうしたんですか?」

「えっとね、漫画と小説の影響で新撰組にハマっちゃったんだよね。剣術が得意とか好きなんじゃなくて、新撰組が好きなんだよ。そこからは歴史ジャンルにドハマリだ」

「は、はぁ」

 

 いわゆる歴女。

 

「でさ、なんかタイムスリップする謎の恋愛ゲームをやりはじめるし、京都で買ってきた刀を持ち始めるし。しまいには風祝の装束じゃなくて、ダンダラ模様の羽織着てこようとしやがったんだよ! しかも神奈子は注意するどころか『若くていいね!』と褒める有様だよ! あのハマーン頭、なに考えてんだ全く! 冗談は髪型だけにしろってんだ!」

「諏訪子様だってガンダムにはまってるじゃないですか!」

「ガンダムはいいんだよ。神様がガンダムを見て何が悪い! νガンダムは伊達じゃないんだぞ!」

「いえ、全然悪くありません!」

 

 早苗は既に常識に囚われていないらしい。それに、ハマーン知ってる神様もどうなんだという話だ。突っ込む間もなく早苗のマシンガントークは続く。まるで最初に会ったときのフランドールだ。

 

「私、漫画たくさん持って来たんですよ! 後で貸しますよ!! それはもう大量にありまして!」

「は、はい。ありがとうございます」

「いいですよね斎藤一! 悪即斬とか超痺れますよね! とってもニヒルなところが素敵です! あ、だけどお庭番も結構好きで――」

 

 修羅巫女というか、るろ剣ファンだっただけだ。すげぇ紛らわしい! しかも霊力持ってる分性質が悪い。諏訪子が教育したくなる気持ちも分かる。

 

「お、落ち着いてください早苗さん。ちょ、ちょっと離れて! 近い近い近い」

「落ち着いていられません! 妖怪の燐香さんですらわかってくれるのに、クラスの連中共ときたら! 京都で私が刀を買ったら、人を切り殺す気だとか散々陰口を言われて! 誰が人斬り抜刀斎ですか! なんなんですか本当に! 斬り捨てご免なんて時代錯誤でしょうが!」

 

 学生のお土産に刀はどうかと思う。孤高の優等生がいきなり刀買ったら引くよね。というか人斬り抜刀斎って。ちょっと面白い。

 

「よ、妖夢、助けてください。同じ剣客同士話が合うんじゃ。いや、合う筈ですよね」

「あ、私庭の手入れしなくちゃ! すっかり忘れてたよ」

 

 妖夢がすっ惚ける。最近はこういう芸風まで身につけやがったのだ。

 

「ずるい! 自分だけ逃げる気でしょう!」

「あははは。それじゃあ、ごゆっくり! あー、忙しい忙しい」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。じゃあ燐香さん、まずはるろ剣の悪役トークから――」

「――あ、あはは」

 

 早苗に手を握られた。先ほど迄の悲痛な表情はすでに天の彼方へすっとんでいる。回復が早すぎる少女であった。

 

「うんうん、早速友達ゲットだね。その調子で一杯仲間を作るといいよ。そして誰よりも良い女になれ、早苗!」

「はい、諏訪子様!! 私、頑張ります!」

 

 早苗からは逃げられないようだった。何故かは分からないが、4馬鹿が5馬鹿に進化しそうな気がしてならない。某特戦隊ポーズを決める私たち。中々良さそうではあったが、妖夢を説得するのは骨が折れそうだった。

 

「聞いてますか! それでですね、土方さんは落すのが本当に大変で」

 

 るろ剣悪役トークから歴史系乙女ゲームの話に移っていた。やっぱり早苗は常識に囚われない種族らしい。私だけでは身体がもたないので、出来るだけ早く霊夢を紹介する必要があるだろう。赤い巫女と緑の風祝、マリオとルイージできっと相性は抜群だ。一緒に幻想郷の平和のために頑張って欲しい。

 

「ん?」

 

 ――あれ、私も赤だったような。まさか、こっちでマリオルイージになっちゃうのか? いや、それは色々とまずいので霊夢に頑張ってもらおう!

 

 

 

 

 

 ――冥界上空。

 射殺すような視線で白玉楼を見下ろしている八坂神奈子。腕組みをして、背後に御柱を展開している。それを、心底呆れた視線で幽香は眺めていた。

 なぜここにいるかと言えば、向日葵からの警報を受け取って急行しただけのこと。そうしたらすでにこの変な女がいたという訳。誰なのかと声を掛けたら、守矢で祭られている神と名乗った。

 先日博麗霊夢や霧雨魔理沙と一戦やらかして、最後は宴会やらなんやらで受け入れてもらったとか言っていた。今では山の神として妖怪の山の連中に布教しているとか。殆ど興味がないのでよく聞いていなかった。

 

「おのれ諏訪子め……。私の可愛い早苗にまたもやちょっかいを出しやがって!! しかも体罰を振るうとは何事だっ! 外にいたら教育委員会に訴えてやるところだ。いや、例えお上が許してもこの私は許さん。この恨み、必ずや晴らしてくれる。早苗のためなら私は喜んで修羅となろう! 諏訪大戦をこの幻想郷でも再現してくれるわ!」

 

 一人で荒ぶっている神。白玉楼にいる諏訪子は、神奈子がいるのを察知しているらしく、長い舌を出して嘲っている。ザマアミロと呟いているようだ。神奈子は青筋を立てて歯軋りしている。どうやら同じ神社にいるくせに、神同士の仲は相当悪いらしい。

 

「……ねぇ、貴方、本当に神なの? 実は妖怪じゃないの?」

「いや、私は正真正銘神様だ。しかも結構偉いぞ。ここに来てから信仰パワーが急上昇中だ。その勢いたるやスカイツリーも吃驚というやつだな。さぁ、遠慮なく畏まって良いぞ」

「あっ、そう。畏まらないけど」

「だが、神だって娘は可愛いものだ。甘やかすのも仕方なかろう。無論、甘やかすだけでは駄目なのは分かっている。分かっているがやめられない。相反する感情を御するのに私は常に苦労しているのだ。それをあの蛙女は分からないのだ」

 

 偉そうにふんぞり返っている。言っていることは全く意味が分からない。結局甘やかしていたのだから全然制御できてないと思うが、どうでもよい。

 

「あっそう。全然興味ないけど」

 

 本当に興味がない。他所の家庭に口を出すほど暇も余裕もない。

 

「つれない女だね。……ところで、私と弾幕勝負をやるんじゃなかったのか? ようやくあのルールにも慣れて来たところなんだが。中々趣のある遊びだなぁ。早苗も喜んでスペルカードを作ってたよ」

 

 自分のスペルカードを見せてくる神奈子。幽香は首を横に振る。

 

「もうやる必要はないんじゃないかしら。まぁ、挑まれれば受けて立つけれど」

「そうか。ならば今日はやめておこう。今はお前より、あの蛙女を叩き潰したいのだ」

「先に警告するけど、あの子を巻き込んだら潰すわ」

「心配するな、私は常に冷静なことに定評がある神だからな。標的を誤ったりはしない。……そうだ、肝心なことを忘れていた」

「何?」

 

 手をポンとうつと、こちらに向き直る神奈子。思わず身構える。

 

「――私、早苗の母代わりの八坂神奈子といいます。早苗ともども、どうぞよしなに。ちなみに、あの蛙女はただの居候なのでお気になさらず」

 

 スペルカードの代わりに名刺を渡してきた。しかも完璧なお辞儀と一緒に。名刺には、東風谷早苗の保護者、八坂神奈子と書いてある。外で使っていた物の余りとかなんとか。何に使っていたのかはさっぱりだ。

 想定外だったので、思わずたじろいでしまった。神なのにこれで良いのかと思ったが、本人は特に気にしていない。信徒が見ている訳ではないので、気にしないという事なのか。知った事ではないが。

 

「……えらく、腰が低いのね。さっきも聞いたけど、貴方、神なんでしょ?」

「うむ、これが外での処世術だ。たまに母代わりとして色々やったりもしてたしな。店員や役所の人間相手にいつもふんぞり返っている訳にはいかん。ケースバイケースというやつさ」

「ふぅん。結構苦労してたのね」

「まぁな。だからこっちに来た。その方が早苗にも良いと思ってね。諏訪子は強硬に反対したが、私の判断は間違ってないと確信している」

「…………」

「ところで、あれがお前の娘か」

 

 腕組みをした神奈子が燐香を真剣な表情で眺めている。何かを見定めているような視線だ。

 

「ええ、そうよ」

「本当に良く似ている。似すぎているな」

「娘だから当然でしょう」

「……なるほど、複雑な事情がありそうだな。興味深い存在でもある。いや、この世に存在していられるのが奇跡的だ。どうやって繋ぎとめている?」

「……余計なお世話よ。首を突っ込まないで」

 

 手出し無用と威圧する。神奈子が苦笑して肩を竦める。

 

「無論だとも。それはともかく、中々可愛いな」

「そうでしょうとも」

 

 威圧が勝手に引っ込んだ。

 

「おい。急に機嫌が良くなったぞ。流石にあからさますぎるだろう」

「……そうかしら」

「うむ、間違いない。そして分かった。お前も親馬鹿だ。私や諏訪子と同類の臭いを感じるぞ」

「知らないわね」

 

 神奈子がさてと呟き、踵を返す。

 

「今度親子でウチの神社に遊びに来ると良い。ウチは妖怪でも人間でも歓迎するぞ。誰でもウェルカムだ」

「嫌よ。私は神に縋る気なんてさらさらない。布教は相手を見てからすることね」

「私は遊びに来いと言っているんだ。お茶でも飲みながら子育て談義をしようじゃないか。外の教育本に料理や編み物の本も沢山あるぞ。これが中々ためになってね。レパートリーが増えまくりだ」

「…………」

 

 たまに行く大図書館に置いてあるものは相当古い。が、紫が投げ寄越した物にいつまでも頼るのは癪でもある。幽香は少し考える。

 

「幻想郷の現状についても詳しく教えてもらいたいしな。それを交換条件ということでどうだ」

「一応、考えておくわ」

「うん、それでは期待して待っていることにしよう。もう一度言っておくが、あの怪神蛙女にはとにかく気をつけるように。大昔から碌なことをしない奴だ」

「はいはい」

 

 幽香は適当にあしらった後、白玉楼へと降下する。東風谷早苗とやらに挨拶してこう。今回は霊力が枯渇気味、それに戦闘経験が少ないから燐香に軍配が上がったが、2柱の加護を受けた巫女は妖怪にとって脅威の存在だ。特に、花梨人形への攻撃は致命的となりうる。あれがあるから燐香は存在していられるのだから。

 あの様子だと、これからも付き合いを行っていくつもりなのだろう。幽香と違い、燐香は温和な性格だから甘く見られやすいところがある。それが良いところでもあるのだが。

 故に、燐香に変わって幽香がきっちり釘をさしておく必要がある。

 

 




風神録終了?


早苗 歴史好き。にわかと呼ばれると怒る。幕末乙女ゲーム大好き。
幻想郷は幕末っぽいと勝手に勘違いして、勝手な夢を抱いていたのは誰にも言っていない。

諏訪子 ガンオタ。趣味は集めたガシャポンを並べる事。最近のブームはGガンダム。

神奈子 少女マンガ好き。愛読書はガラスの仮面と有閑倶楽部。


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外伝3 緋色の歌声

 湖に浮かぶ蓮の花を眺めながら、桃に大口を開けて齧りつく。飽きるほど食べたこれ。何もしなくても身体が丈夫になる作用つき。しかも美味しいのだろうから、食べなければ損なのだろう。

 

「……はぁ」

「溜息など吐かれて。どうされたのです?」

「貴方、誰だっけ」

「衣玖です。永江の。何度言えば覚えていただけるのでしょうか」

「これで何度目なの?」

「百回は易々と超えているのは間違いありませんね」

「興味がない事は耳から耳に抜けていってしまうみたい。ごめんなさいね」

「全然悪いと思ってませんよね」

「そうね。だって仕方ないんだもの。で、誰だっけ」

 

 また忘れてしまった。紙に書いておこうか。その紙の在り処を忘れてしまいそうだ。

 

「永江衣玖です。総領娘様は本当に酷いお方だ」

「んー。そうなのかしら」

「ええ、そうなのです」

「ま、どうでもいいけど」

「ええ、そうなのでしょうね。私など、総領娘様にはどうでもいいのでしょうね」

「そんなに自暴自棄にならないで。じゃあ良い物をあげる」

 

 哀れ、種だけになってしまった桃を龍宮の使い、永江衣玖に放り投げる。露骨に嫌そうな顔をしながら、衣玖はそれを受け取った。

 

「良い物のせいで手が汚れました」

「そうでしょうね。折角だし植えたらどう?」

「遠慮しておきます。というか、ご自分で片付けられたらいかがかと」

「次から善処するわ」

「宜しくお願いします」

「ええ。任せて」

 

 湖から、上に漂う雲に視線を向ける。天界の雲。いつも通り白い。天界の大地。いつも通り緑。天界の天人。いつも通り怠惰で退屈。面白くない。

 夢に見たあの光景を思い浮かべると、口の端が上がるのが分かる。

 

「何を考えていらっしゃるのです?」

「この前見た夢について」

「ああ、また白昼夢を見ていたのですか」

「まぁ似たようなものね。とっても刺激的な夢。そして、とっても黒かった。真っ黒ね」

「黒、ですか」

「ええ。世界はとても黒くなったの。それで全部終わり。塗り切るまでは面白かったけど、塗り終わった後はつまらなかった。多分、私はそう感じたはず。いや、私は知らないけど」

 

 そう言ってケラケラ笑うと、衣玖がこちらを不気味そうに見つめてくる。

 

「総領娘様、少し疲れていらっしゃるのでは? 何もしてないのに疲れてる理由は分かりませんが」

「衣玖は酷いことを言うね」

「本当のことでしょう」

「確かにその通り。衣玖は結構鋭いね。……あれ、名前衣玖で合ってたっけ?」

 

 人の名前を間違えてはいけない。非礼である。よってしっかりと確認する。

 

「もしかして健忘症ですか? 良い医者を知っていますよ。最近知り合ったのですが」

「ううん。興味ない事を覚える気がないだけ。で、名前は合ってる?」

「はい。完璧です」

「そう。良かったわね」

「ちっとも良くないのですが」

「そんなことより、黒い世界ってなんだと思う? 当ててみて」

「知りませんし、興味がないので。まぁ、問いの正解は夜だと思いますが」

 

 衣玖の言葉に乾いた拍手を送る。衣玖は全然嬉しそうじゃない。

 

「惜しい。正解は、本当に黒で塗りつぶされた世界でした! ざーんねーん。ね、悔しい悔しい?」

「全然悔しくないです」

「ぷっ。顔に悔しいって描いてあるよ」

「子供ですか」

「でね。その夢で見た桃なんだけど」

「はい。まだ続くんですか」

「凄く黒かったの。私は、その黒い桃を楽しそうに食べていた。それだけははっきり覚えているの」

「腐っていたのでは? 気色悪い虫が湧いてませんでした?」

「虫なんて湧いてないし。天人の私もいい加減怒るかもよ!」

「もう怒ってますが。珍しく声が大きいですし」

「怒ってないよ。怒鳴っただけ」

「漢字に怒の字が入っていますね」

「そうなんだ。良かったね」

「何が良いのか分かりません。……で、腐った桃がなんでしたっけ。柔らかくて美味しかったんでしたっけ」

 

 どうしても腐った桃にしたいらしい。まぁその可能性も否定出来ないので、話を進める事にした。

 

「夢の中の私は、それをとても美味しそうに食べていた。まるで禁断の果実を味わうみたいに。どんな味なのか、とても興味があるの。そう、興味深々ガールなの」

「はぁ」

「それに私って、最近暇で退屈で暇で退屈で死にそうでしょう? 間もなく五衰を迎えちゃうかと思うくらい」

「この前、異変を見物しながら、大層興奮してらっしゃいました。残念ですが、とても衰弱するとは思えません。遺憾に思います」

 

 ジト目の衣玖。良く観察している。聞き捨てならない言葉は聞き流す。

 

「あれはあれ、これはこれ。とにかく、私は退屈なわけ。見てる間は楽しいけど、終わると暇なの。暇は精神に良くないわよね」

「はぁ」

「しかも、どうしても食べたくなったの。我慢は身体に良くないわよね」

「欲に駆られるというのは天人にあるまじきことかと」

「それでも天人だし。仕方ないじゃない」

「はぁ」

 

 心から呆れている。定期的に天人認定試験でもあればいいものを。放っておけば五衰で勝手に死ぬからやる必要はないのだろうが。それに死神もたまに遊びにくるし。

 

「でね。ここにある桃じゃあ、もう我慢できなくなっちゃった。だってありふれた桃色だし。味も代わり映えしないんだもの」

「はぁ。それはそうでしょうね。桃ですから桃色なのは当たり前です」

「その常識と言う概念を積極的に打ち破らないと駄目よ。で、適当に試してみたけど、黒く変化させるのは失敗したんだ。焼き桃とか、とても食べられたものじゃなかったし。黒染料を塗した奴はあまりの不味さに吐いちゃった」

「総領娘様にはお似合いですね。煮ても焼いても食べられたものじゃない。腐っても鯛という言葉は間違っています」

 

 本当に失礼な龍宮の使いだ。名前を覚えない事を根に持っているのかもしれない。

 

「で、考えて考えて考え抜いた結果、あの味をどうしたら再現できるか下で実験することに決めたの。ついでに、異変とやらも試しに起こしちゃおうかと。当事者になったら楽しそうだし。一石二鳥で皆ハッピーだよね」

「お願いですから絶対にやめてください。貴方が馬鹿――じゃなくて余計なことををやると私の仕事が増えるので」

「そうなんだ。衣玖の仕事が増えるんだ」

「ええ、超増えますね」

「仕事は嫌い?」

「余計な仕事は嫌いですね。主に貴方の相手とか尻拭いとか」

「あはは、衣玖は誰よりも正直で良いね。さて、ここで正直者の衣玖に残念なお知らせだよ。既に厄介事は起きちゃってるみたいだけど」

「――は?」

 

 衣玖がキョトンとした顔をする。

 

「ほら、良く見てみて。目を見開いて、さぁさぁ」

 

 比那名居天子は立ち上がり、あるものを指してニヤリと微笑んだ。

 

「あ、あれは、緋色の雲――。こ、こうしてはいられない! 三年寝太郎に構ってる時間はありません! 失礼します、総領娘様!」

「はいはい、いってらっさい。ま、慌てないでも平気だけども――って、もういないし。生き急ぐなぁ」

 

 衣玖が何かを察したらしく、慌ててどこかへと飛んでいく。自分の仕事に戻ったのだろう。挨拶する頃にはすでに姿は消えていた。人為的なものだと全く疑ってはいなかった。良い意味で純粋なのだろう。興味はないが。

 

「さぁて。いよいよやるかぁ。気質の霧は黒色じゃなくて緋色だけど、まぁそれは仕方ない。そういうものだからね」

 

 天子はお代わりの桃を齧りながら、のんびりと地上に向かう事にした。たどり着く頃には、事象がスタートしていることだろう。実に、心が躍る事態になりそうではないか。

 

「ああ、本当に楽しみだなぁ。今なら歌だって歌ってあげちゃうわ。天地人を自在に操る素敵な天人の歌をね。地上で這い蹲る連中に聞かせてやろう」

 

 要石に腰掛けると、雲を掻き分けてゆっくり降下を始める。歌を口ずさみながら、開いた雲の穴から緋想の剣を太陽に翳してみる。剣で太陽の明かりが遮られ、天子の視界が黒に染まる。

 夢の世界の自分が体験した世界。それは一体どういうものだろうか。自分に再現できるのだろうか。そもそも、アレはなんなのか。天子の潜在意識が求めている破滅的願望か。或いは胡蝶の夢なのか。衣玖に言わせれば、ただの間抜けな夢にすぎないのだろうが。

 一番興味深いのはあの黒桃だ。あの桃は、どんな味なのだろうか。誰かと誰かと、一緒に食べたような気がするが、それは思い出せない。だが、あの桃を食べていたどこかの天子は、とても充実した顔をしていた。

 想像するだけで、唾が出てくるではないか。いわゆる垂涎。しかも羨ましいし、妬ましい、お願いだから代わってほしい。

 

 ――ああ、世界はこんなにも興味深いことで溢れている。まだまだ自分の知らないことは多いだろう。それを間近で体験しなければならぬ。天子は溢れてくる愉快な感情を堪える事ができず、遂に笑い声を上げ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい。元気してた?」

「…………」

 

 八雲紫は、スキマからいきなり風見家へお邪魔する。もちろん、相手の様子を確認してからなのは言うまでもない。幽香のお風呂シーンやら着替えシーンにお邪魔する趣味は欠片もない。霊夢とお風呂だったら少し考える。

 その幽香は、一度だけこちらに視線を向けると、再び本に視線を落す。積みあがった本に目を向けると、『料理道・愛』と書かれた謎のテキストだった。読み終えたらしい本を手に取る。『裁縫道・極』やら『優しい叱り方・序』などなど、これまた謎テキストばかり。ペラペラ捲ると、タイトルの割には意外とまともな内容だった。丁寧に作られた本なのは間違いないようだ。

 

「お勉強中だったかしら。でも構わないわよね、私たちの仲だし」

「…………」

「少しは反応しなさいよ。友達が尋ねてきてあげたんだから。はい、お土産」

 

 ドスンとわざと音を立ててテーブルに一升瓶を置く。外の世界で手に入れてきた大吟醸。洗練された技術と蓄積された経験が豊かな味わいを生む。外は外で悪くはない世界なのだ。自分達は受け入れられないだけで。

 

「静かにしなさい。やかましい」

「ねぇねぇねぇ。早速なんだけど。なーんで貴方が新参の連中といきなり仲良くなってるわけ? よりによって貴方が」

「教える必要があるのかしら」

「それはもう大有りよ。まーた天狗からクレームが来たんだから。我が物顔で上空を飛んで行ったとか。何考えてるわけ」

「山に入らずにあの神社に行く方法を考えてくれたらそれにするわ」

「あるわけないでしょ」

「ふふっ。哨戒天狗もそう言っていた。神奈子が一喝したら逃げていったけど。潰す手間が省けたわ」

 

 名前で呼び合う関係にまで発展したらしい。この頭のネジが一本飛んでる戦闘狂が。紫は信じられないといった表情をつい浮かべてしまう。

 

「腰を抜かすほど驚いたわ。抜かさないけど」

「ねぇ。私のことを一体なんだと思ってる訳?」

「クレイジーなバトルマニア」

「死ね」

「死んだわ」

「本当に死ね」

「嫌よ。こんな若さで死にたくないもの」

「臆面もなくぬけぬけと」

「それが若さの秘訣ね」

 

 大吟醸を開け、風見家のグラスを拝借して一杯やりはじめる。ついでに幽香にも注いでやる。こんなときでも気を使えてしまう八雲紫ちゃん。管理者の鑑だと思わず自画自賛。

 

「おい。誰がゆっくりしていけっていったの。出て行け」

「嫌よ。話はまだおわってないもの」

「ああ言えばこう言う。本当に成長の無い」

 

 幽香は忌々しそうに舌打ちすると、一気に酒を飲み干してしまった。

 

「ねぇ。本当に、どうしてあの連中と仲良くなろうとしたわけ? 私にはさっぱり理解出来ないわ。だって、貴方の大事な燐香ちゃんをあの巫女は傷つけようとしてたのに」

「…………」

「ねぇねぇゆうかりん。教えて教えて。ね、ね? 紫ちゃん一生のお願い」

 

 上目遣いに覗き込むと、青筋を立てた幽香が凄まじい形相で睨んできた。可愛さ百倍大作戦は失敗だったようだ。

 

「招待されたから行った。たまたま暇だっただけのこと」

「へーそうなんだ。嘘じゃないでしょうけど、それが真実でもないわよねぇ」

 

 薄く笑う。

 

「貴方、敵を増やすのが怖いのでしょう。ね、幽香。今までみたいに立ち塞がるもの全て排除していくという訳にはいかない。だって貴方には守るべきものができてしまった。私と同じように。ね、そうじゃなくて?」

「うるさい」

「ようやく、私と同じ立場を味わってくれるというわけか。本当に嬉しいわ。何かを守るのって、本当に大変よね」

 

 紫は空になったグラスに酒を注いでやる。幽香は無言のままだ。

 今までの幽香ならば、娘に手を出した東風谷早苗に攻撃を仕掛けたであろう。萃香のときのように、本気ではないにしろ戦闘を仕掛けたはずだ。おとしまえをつけるために。背後に神がいようとも関係ない。それが風見幽香だから。

 

 だが。幽香は守るべきものができてしまった。長い絶望を乗り越えて、奇跡を重ねた上に掴んだ希望だ。これ以上望むべきものがないハッピーエンド。後はこれを維持していくだけ。時が経てば、燐香への罰も解け、以前と同じように暮らす事ができる。

 だから、幽香はむき出しだった刃を引っ込めた。丸くならざるを得なかった。これ以上敵を増やしたくないから。正真正銘、親になったということだ。

 本当は不安で不安で仕方ないはずだ。常に手許に置いて、外敵から守りたいに決まっている。だが、それを強制することはもうできない。束縛は燐香の幸福には繋がらない。だから見守る方針をとらざるを得ない。

 

 幻想郷を維持する事に腐心している紫には良く分かる。環境の急激な変化は恐ろしい。だが、排外的になりすぎても駄目。だから様子を見る。手を出すのは一番最後。下手に動かせば、簡単に器は壊れてしまう。それだけの力を紫は持ってしまっている。

 

「…………」

「ならさぁ、私とも仲良くなりましょうよ。私ってほら、一応賢者とか呼ばれてるじゃない? いざというとき、結構役に立っちゃうわよ」

「知るか、役立たず」

「ひどいわね。この前だって、最後手助けしてあげたじゃない」

 

 前の異変のとき赤いマフラーをこっそり投げ入れてやったのに、誰も褒めてくれない。というか気付いてくれすらしない。風見燐香を助けられるなら助けようと思っていたのは本当だ。ただ、リスクの方が大きかったので、損切りの判断を下しただけ。今もそれは間違ってないと思っている。だが、事態が好転しそうだったので手を貸した。結果、大団円。

 

「友達ごっこならあの亡霊とやってなさい。私はお前と馴れ合うつもりはないわ」

「うふふ。またまたぁ。幽々子ともそれなりに仲良くやってるくせにぃ。知ってるのよぉ。なぁに二人して縁側でお茶とか飲んじゃってるわけ? 私も呼びなさいよもう」

「…………」

 

 無視してくる幽香。紫はドンとテーブルを叩く。

 

「本当にずるいわ。それになんで二人だけで娘自慢トークしてるのよ。そういう楽しいことには私もいれなさいよ! なんなのもう!」

「……娘なんて、お前にいたかしら?」

 

 幽香が怪訝そうに問いかけてくるので、唾を飛ばしながら反論する。

 

「勿論いるわよ! 霊夢よ霊夢! 私の愛すべき巫女、博麗霊夢!」

 

 藍はもう育ちきってしまったから可愛がることはできない。

 

「当の本人は強く否定してるじゃない」

「あれは恥ずかしいからよ! ただの照れ隠し。今は思春期真っ盛りだものね」

「あっそ」

 

 幽香が呆れながら、グラスに口をつける。今度はチビチビ飲む気らしい。

 ここで、おや、と紫は思った。いつもなら手が出ているはずなのに。やはり少し丸くなった。実に良い傾向である。旧友だが、何をしでかすか分からない、というのが紫の幽香評だった。ここに来て、ようやく頭痛の種が一つ解消された気がする。こう冷静な視線で観察してしまうのは悪い癖だ。だがどうにもならない。

 とりあえず、頭に浮かんだ『まんまるゆうかりん』などと言ったら鉄拳が唸りを上げて飛んでくるからやめておこう。

 

「さぁ、今日はとことん語り合いましょう! あ、幽々子も呼んでくるからちょっと待ってて。レミリアも暇そうなら呼んでくるから。もう夜だし起きてるでしょう」

「は?」

「お酒は沢山持ってくるからおつまみよろしくー。和洋満遍なく用意してね!」

「ちょっと。誰が付き合うなんて――」

 

 幽香の咎める声を無視して、白玉楼へのスキマを開く。こんな楽しい事を独り占めしてはもったいない。幽々子とレミリアにもお裾分けだ。いずれは、あの守矢神社の二柱の神ともそんな機会がくるのかもしれない。そうなれば良いとも思う。天狗の上の連中みたいに、陰謀を巡らせ続けるのも生き方の一つだろうが、正直相手をしていて楽しくはない。どんな結果になろうとも、敗北を認めるということは絶対にないからだ。その点、霊夢の生み出したスペルカードルールは本当に素晴らしい。勝者と敗者がはっきりわかれ、それでいて後腐れのないような仕組みが作られている。だから紫は普及に手を尽くした。幻想郷に必要なものと判断したから。

 

「かくして、今日も平和な一日が終わりを迎える。この平穏がいつまでも続きますように、ってとこかしらね。まぁ、続けて見せるけど」

 

 神に祈るのではなく、自分への戒め。そうすることが自分の役目と常に言い聞かせる。

 ――対立よりも融和。敵対よりも協調。これが八雲紫の基本方針である。器自体を壊そうとする『特殊な例外』以外には、紫は極めて情け深い。自分ではそう思っているし、そうあるべきと心がけている。

 

「ま、最近ゴタゴタが続いてたし、当分は平和でしょう。やっぱり平和が一番よね」

 

 今日は意識を失うくらい、とことん飲みまくるつもりである。管理者だってたまにはハメを外したいのである。




空からまた災厄が!


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外伝4 酔月

 アリス・マーガトロイドは、何故か風見家の宴会に招待されてしまっていた。八雲紫がいきなり現れたかと思うと、いきなりスキマに引きずり込まれて、ここに連行されたのだ。

 いきなりの非礼に文句を言おうとしたら、同じように被害を受けた面々が集められていた。具体的には、レミリア・スカーレットと、西行寺幽々子、そして新参である守矢の神とやら。ついでに伊吹萃香までいる。こちらは笑顔で上機嫌だが。

 

「まったく、神をいきなり異界に引きずり込むかね。早苗以上に常識外れだな。これが幻想郷の常識なのか?」

「それはそれは失礼を致しましたわ。でも、親睦を深める良い機会になると思って。もうお一方には逃げられてしまいましたけど」

「それはそうだろう。あいつは勘が鋭いんだ。なにせ野生の権化だからな」

 

 家主の風見幽香は、しかめっ面で酒をちびちびと呷っている。もう何を言っても無駄だと諦めているのか。

 

「まぁ、私はこれくらいのことは気にしないよ。くくく、私の心は宇宙のように広大だからね」

「流石はレミリア嬢。神輿に相応しい器の広さですわ」

「そうだろうそうだろう。どんどん褒めろ」

「……今のは褒めてるのか?」

 

 神奈子の突っ込みは軽く流された。

 

「さぁさぁ、そんなことよりも今日は飲み放題の食べ放題。自動お酒発生装置も連れてきましたの」

「それは私のことか! あはは、まぁいいんだけど! さ、景気よくどんどんやろうじゃないか。宴会といえば私、私といえば宴会だ!」

 

 萃香が瓢箪を持ち、酒を注いで回っている。丸テーブルには、幽香が用意したらしい料理が並んでいる。和洋中華、色々なジャンルが見境なしだ。料理の練習でもしていたのだろうか。気になったので確認してみる事にした。

 

「……ねぇ」

「なに」

「今日は何か目的のあるパーティーじゃないわよね?」

「ええ。強引に押しかけられただけね」

「その割には、やけに料理に力が入ってるような」

「実験台よ。初めて作るものばかりだし。それに、八雲の狐にも手伝わせた」

「なるほどね」

 

 アリスは納得した。積み上げられた本を見れば一目瞭然。燐香にご馳走するための料理を、自分達で試してみようということだろう。でなければ、こんなに手間暇かけるわけが無い。

 と、そうこうしている間に、八雲紫と八坂神奈子が巫女談義に入っている。レミリアはそれに一々茶々を入れる。

 

「ご存じかしら? 赤って主役の色なの。緑は添え物。それは幻想郷でも変わらないのです。幻想郷は全てを受け入れますが、ルールを理解してもらわないといけませんわ。郷に入っては郷に従えという言葉はご存知でしょう?」

「くくっ、固定概念に囚われてはいけない。今は緑が主役になれる時代なのだ。何より、緑は自然、そして勇者の色なのだ。私はそれを早苗のそばで見届けたぞ。緑の勇者は確かに世界を救ったのだ」

 

 トライフォースがどうこう言っている。意味が分からないが、誰も突っ込まない。勢いとは恐ろしい。

 

「うふふ。言って分からないのならば、実力で勝負を決めるしかありませんわね」

「おう、望むところだ。妖怪になめられては沽券に関わるからな」

「いざ!」

 

 

 そう言うと、凄まじい勢いで飲み比べをはじめる妖怪の賢者と守矢の神。世界は実に平和である。少し前のあの異変が、はるか昔のことに感じられるではないか。

 

「くくっ。まぁ、こいつらが何を言おうが、最後に笑うのは私なんだがな。神ですら私はしがたえて――ゴホン、従えてみせるぞ」

「なぁ、今噛んだろ。大事なところで噛んだよな? な?」

 

 萃香がレミリアの羽根を突く。顔を赤らめて嫌そうな顔をするレミリア。

 

「う、うるさいわね。全然噛んでないわ」

「偉そうにしてるくせに大事なとこで噛んでやんの! それで吸血鬼とは笑わせる。やーい、この鬼の面汚しめ!」

「なんだとこのチビ鬼ッ!! よーし、まずはお前から締めてやる! 後で吠え面かくなよ!」

「お、やるかい! 先手必勝、鬼の酒を喰らえ!」

 

 レミリアと萃香が取っ組み合いを始めている。萃香が瓢箪をレミリアの口に押し込むと、苦悶の声が上がる。萃香の背中を必死に叩いてギブギブとアピールしている。吠え面をいきなりかいてしまったようだ。

 

「皆、楽しそうね。ああ、なんだか見てるだけで幸せ。このお料理も美味しいし。雪のことなんてどうでもよくなっちゃった」

 

 西行寺幽々子はひたすら料理を食べている。酔いが回っているのか、雪がどうとか言っている。

 

「雪?」

「ああ、気にしないで。さ、貴方も食べなさいな。美味しいわよ、これ。モチモチしてるし、巻くのが楽しいわ」

 

 沢山の具を皮で巻いて楽しそうに食べている。そのまま成仏しそうな至福の表情だった。

 

「子供たちはいないのに、既にいつもの宴会の光景ね」

「…………」

 

 幽香が、何の気の迷いかこちらのグラスに酒を注いできた。アリスは思わず目を見開いてしまう。

 

「な、なに」

「……前の礼を言っていなかったと思って。花梨人形のこと、感謝しているわ」

「私は用意されたものを、繋ぎ合わせただけよ。あの回路がなければ、全ては崩壊していた。悔しいけど、それは事実よ」

「それでもよ。貴方さえよければ、これからもあの子のことを宜しく。そうしてくれると、助かる」

「……本当にそれで良いの? もうお前の役目は終わったと、今日こそ言われるかと思っていたのに」

 

 アリスはそれを恐れると同時に、仕方がないとも思っていた。自分は親でも家族でもないのだから。湧き上がる感情はあったが、それを堪える事ぐらいはできる。

 

「あの子は一箇所で大人しくしていられるような性格じゃない。あちらこちらで遊び回るに決まっている。私一人で、常に見ていることはできない」

「…………」

「以前のように束縛をしたくないの。できるだけ、自由に生きて欲しいと思っている。だからよ」

「……それなら、分かったわ。ただし、これだけは言っておくけど。貴方に頼まれたからやるんじゃない。最初はそうだったけど、今は違う」

 

 アリスは幽香の目を見据えて言った。最初は取引があったから、燐香の教育を引き受けた。だが、もう違う。自分がやりたいからやるのだ。

 幽香は一度深々と頷いた。

 

「それと、前に尋ねられた花梨人形についてだけど」

「ええ」

「人形自体を強化するのは難しいわ。下手に弄ると回路を傷つける恐れがある」

「……そう」

「各部位の修理は可能だけどね。スペアの製造も試してみるけど、期待はしないで欲しい」

 

 あの携帯回路はとても複製できるとは思えない。だが、やる前から無理と決め付けては進歩がない。自分の人形の改良にも併用できそうなので、色々と研究を行うつもりだ。

 

「それでも助かる」

「例えばだけど、鎧を着せるとか、結界を常に張るとか、そういう形での強化が良いのかもしれない。まぁ、それはそれで問題はあるのだけど」

 

 花梨人形に西洋式の鎧兜を装着させる。外見がゴツくなってしまうが、物理的な衝撃からは守ることはできる。問題は、燐香が調子に乗りそうな点だ。確実に槍か何かを持たせて、兵隊ごっこをやるに決まっている。危険から守ろうとしているのに、それが逆効果になりかねない。

 結界はといえば、おっちょこちょいの燐香が展開を忘れるであろうという大きな問題点がある。

 幽香にそう言うと、苦笑しながらグラスに口をつける。

 

「あの子の場合、どれも十分に考えられるわ。さて、一体どうしたものか」

 

 てっとり早いのは、背中にリュックのように背負わせてしまうことだ。花梨人形を戦闘には参加させられないが、そもそも弱点なのだから目立たせる必要は全くない。格好悪いと反論しそうだが、今度提案してみることにする。燐香は花梨人形を使ったスペルカードを考えているから、説得するのは骨が折れそうだ。

 

「しっかり教育するしかないでしょうね。『君子、危うきに近寄らず』を徹底させる。これからはそういう授業も行っていくわ。丁度妖夢もいるしね」

「ええ、お願い。私も言い聞かせるけど」

「人形についての指導も並行してやっていくわ。あれが命綱だと、しっかり理解していない気がするの。事故が起こってからじゃ遅いわ。貴方も極力注意してあげて」

「ええ」

 

 幽香が短く頷いた。こちらが何を言いたいのかは分かっているようだ。

 燐香は、花梨人形が自分の弱点だということは認識している。だが、本気で心配をしていない。花梨人形の破損は、即自分の死に繋がるというのに。白と黒、陽と陰を循環させている影響なのかもしれない。前と違うのは、それが諦観からくるものではないということ。

 

 今の燐香は、『今が最高に幸せだからそれで十分だ』と言いたげな表情をする時がある。充実した人生を送った老人のようなそれ。最近は幸せな日々を満喫しているが、ふわふわしていて、見ていて危うさも感じる。時間をかけて大地に根を張らせなくてはならない。物語がハッピーエンドで終わっても、燐香の生はこれからも続いて行くのだ。

 幸いなことに、これは差し迫った脅威という訳ではない。以前とは違い、もう時間制限はない。いきなり強烈な攻撃を仕掛けてくる危険な存在は、今の幻想郷には存在しない。妖怪の山、地底には絶対に近づくなと言ってあるし、自分と幽香、それに妖夢が目を光らせている。

 他のことは少しずつ教えていけば良い。本人が嫌がってもだ。閻魔が日課で行なわせている座禅は、それを叩き込む意味も含まれているらしい。隙を見つけてはサボるので、そのうち幽香と説教しなくてはならないだろう。

 

「親になるって、本当に大変ね」

 

 幽香がポツリと呟いた。

 

「それを今更、しかも貴方が言うの? あんなに苦労してきたのに?」

「前よりも更に実感してるのよ。前とは、何もかもが違うから」

「その割には、なんだか嬉しそうだけど」

「……そうね。私は嬉しいのかもしれない」

「曖昧な回答ね」

「否定出来る材料がないと思って。かと言って、素直に認めるのも癪よ」

 

 幽香が苦笑したので、アリスは思わず笑ってしまった。お互いにひとしきり笑った後、グラスを打ち鳴らして乾杯した。

 今日は少しくらい飲んでしまっても良いかもしれない。なんだか色々な胸のつかえが取れた様な気がしたから。

 

 

 

 

 

「ふー」

 

 アリスは大きく息を吐いた。グラスが空なので、注ぎ込もうとする。が、瓶の中身も空だった。ポイっと放り投げて、次の酒瓶を人形を使って取り寄せる。人形がフラフラ動き、萃香の頭に直撃するが、特に問題はない。相手も気付いていないし。

 

 ――宴会開始から4時間は経過しただろうか。もう日付は変わり、普通は寝床に入る時間か。食材や酒が減ると、紫がスキマから次々と取り出し、代わりにゴミが片付いていく。スキマの向こうでは八雲藍が作業をしているようだ。いつまでやるのかと悲鳴が聞こえていたから。

 途中、神奈子とレミリアに絡まれたり、萃香に私にも人形を作ってくれとか訳の分からないことを言われたりしたが、あまり覚えていない。結構お酒が回ってきている。それは自分だけではなく、幽香も顔が赤くなっている。

 部屋の中は凄まじい酒の臭いが充満している。身体がだるい。頭も少し重い。気分が高揚する。うん、酔いが回ってきている。二日酔いにならないように気をつけねば。萃香が窓を開けて深呼吸している。流れ込んでくる冷たい空気が気持ちよい。いや、寒いくらいだ。

 酒を飲み干す。一瞬ふらつきを覚えた。と、目が合ってしまったので、幽香に話しかける。なんだか更に疲れた表情である。

 

「……ねぇー幽香。もう結構飲んだ気がするけど、これって、いつまで続けるのー?」

「さぁ。私は知らないわ。あの馬鹿に聞いたら」

 

 幽香が紫を指差す。あの乱痴気騒ぎに混ざりたいとは思わない。視線を逸らす。

 

「あれに絡まれるのは嫌。なんだか頭痛がしそうだからー」

「それは同感ね。まぁ、絡まれる前に放り出すけど」

「あはは、それにしても、徹夜で飲むなんていつ以来かしら。なんだか故郷を思い出すわぁ」

「……貴方も、しっかり出来上がってるみたいね」

「はい? 何が出来たの? 新しい料理? 悪いけどもう食べられないわ」

「なんでもないわ。とにかく、陽が昇る前に酔っ払い共は例外なくたたき出すから。私も暇じゃないし」

「うんうん、それでも十分寛容だと思うわ。レミリア以外にはでしょうけど。あははは」

 

 灰になる危険に気付いているのだろうか。まぁ、頑丈なのでなんとかするだろう。殺しても死にそうにない。そのレミリアは、萃香に強引に窓際に引き摺られていた。本当に騒がしい連中である。

 

「こら、レディに何をする! うー、私は血のように紅いワインをだなぁ! あー、零れる零れた服が汚れた!」

「わはは、元から赤っぽいし別にいいじゃないか! そんなことより、ちょっと外見てみろよ! 雪と雹が交互に降ってるんだぞ! まだ冬には早いのになぁ! あはははは! わけわかんねー」

「おい、お前は何を寝ぼけたことを言ってるんだ。こ、これしきで酔いが回るとは鬼の面汚しめが。先ほどの言葉そーっくりそのまま返して――って。本当に雪と雹が降ってるぞ! なんでだ!? まさか私も飲みすぎたのか!」

 

 萃香とレミリアが窓から身を乗り出しておおはしゃぎ。紫と神奈子は顔を赤くしながら酒の飲み比べを行っていて全く聞いていない。頭がおかしいのではと思う速度で飲みまくっている。人間なら致死量だ。

 アリスは火照った頭で、少し考える。そういえば、何か変わったことが今日はあったような。

 

「なんだったかしら。うーん」

「アリス、大丈夫なの?」

「うん、へーきへーき。あれ、そういえば、燐香はどこだっけ。幽香、燐香は?」

 

 さっきから姿が見えない。おかしな話である。

 

「燐香は白玉楼よ。しっかりしなさい」

「あ、そうだった。後で見に行こうっと」

「……しっかり駄目みたいね」

 

 幽香が疲れきった表情で目元を押さえている。幽々子が楽しそうに会話に混ざってくる。ちょっと聞いてよと、井戸端会議でも始まりそう。

 

「そうそう、白玉楼といえば。さっき、ウチで雪が積もったのよ。妖夢が目を丸くしてて面白かったわぁ。はたてちゃんを呼んで写真を撮れば良かったわね」

「それ、本当なの?」

 

 幽々子に尋ねると、ニコニコ笑いながら頷いていた。

 

「ええ。そうしたら、燐香ちゃんと妖夢が雪合戦始めちゃって。そのうち、早苗ちゃんもやってきて、なんだか凄い事になってたわ。若いっていいわねぇ。今年の冬も楽しくなりそう」

 

 幽々子が楽しそうに幽香の肩をベシベシ叩いている。迷惑そうな幽香が軽く押しのけるが、全く効果はないようだ。娘が白玉楼でお世話になってるから拳を出すのは我慢しているらしい。やはり、少し丸くなった。まんまるである。

 と、肝心なことに気がついてしまった。アリスはポンと手を叩く。

 

「ん! もしかして、これは異変? 異変じゃない? 異変よね?」

「ええ、多分異変でしょう。誰がやってるのかは知らないけど」

「あー、今朝方から緋色の霧が漂っているのは気付いてたんだけど、それかぁ! なるほど、それが、絡んでいたのかぁ。あははは、そっかそっか。謎は全て解けたわね」

 

 ようやく思い出した。アリスの家にも、短時間だが雹が降っていたのだ。ただの自然現象かと思い気にしていなかったが、僅かに緋色の霧が漂っていた。特に人体に害はなさそうだったので放置していた。

 ――と。突然幽香の表情が変わった。

 

「……あれ。いきなり怖い顔してどうかしたの、幽香?」

「燐香が白玉楼を抜けだしたわ。東風谷早苗と一緒に。この方角は――いつもの博麗神社か」

「うわぁ。そんなことまで、よく分かるわねー。貴方って、本当に凄いわ」

 

 アリスは思わず呆れながらも感心する。幽香もこちらを見て呆れている。

 

「警戒用の向日葵を各所に設置してるのよ。あの子の性格は嫌と言うほど分かっているわ。言っても簡単には聞かないこともね」

 

 幽香が溜息を吐く。そういえば燐香は脱走常習犯であった。アリスも一度痛い目に合っている。あの死体もどきの一件は今もトラウマである。時折夢に見るのだから溜まらない。誰にも言わないけれども。その次の日は燐香の姿を確認して安心するのである。

 

「でも、方角だけで神社と分かるのは、いつものことだから?」

「ええ。毎回確認に行ってるから。勿論、見つからないようにだけど」

 

 射命丸文の新聞に、時折博麗神社襲撃ネタが載る。四馬鹿が悪戯を仕掛け、霊夢にボコられるのがお約束。最早鉄板ネタとなっている。霊夢は一見迷惑そうだが、本気で嫌がってはいないのかもしれない。じゃなければ毎回付き合ってはくれないだろう。

 しかし、わざわざ確認にいくとは幽香も相当苦労している。

 

「そうなんだぁー。じゃあ、今度私も手伝うわよ。私に任せて! 人形いっぱいあるし!」

「気持ちは嬉しいけど、どうせ、明日には覚えてないでしょうね」

「覚えてる覚えてる。超覚えてるから」

 

 ばっちり覚えたとアリスは親指を立てる。幽香が微妙な顔をした。

 

「んー。ところでウチの妖夢はどうしたの? 自分は用心棒件庭師だと張り切ってたのに」

「側にはいなかったみたいね」

「あらあら、こんな時間にお風呂にでも入ってたのかしら。寝てて抜け出したことに気がつかないというのもアレよねぇ。修行が足りないわ」

 

 幽々子が困ったわねぇと呟きながら、ムシャムシャとから揚げを食べている。全く緊張感がない。そう演じているのかもしれないが、一見しただけでは判別できない。八雲紫同様、喰えない存在なのは確定している。

 

「行くなら付き合うわよ、うん。この異変と関係あったら厄介でしょうし。なかったらお説教しなくちゃ」

 

 そんな偶然があるとは思えないが、東風谷早苗と一緒というのは気になる。何もなければそれで良いだけだ。とっ捕まえて朝まで説教コース。

 

「アリス、貴方酔ってるわよね? そんな状態で大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。ちょこーっとお酒が回ってるだけだから。へーきへーき。うえっぷ」

 

 笑いながら大丈夫と言っておく。実際大丈夫だから問題ない。ちょっと胃がシェイクされてるけど。

 

「……それならよろしく。丁度、便利な移動手段もあるしね。あの馬鹿を軽く締め上げて、開かせましょう。ついでに今までのお礼もしておこうかしら。家の中を散々散らかしやがって」

 

 幽香が青筋を浮かべながら、ギャーギャー騒いでいる紫に近づいていく。アリスは腕組みをして少し考え、戦闘用の人形を適当にばら撒く。どれにしようか悩んでいたのではなく、考えていたら気分が悪くなってきたのだ。背中を冷や汗が伝う。エマージェンシーレベルがぐんぐん上昇していく。

 幽々子はこちらを見てニコニコしながら、立ち上がる。どうやらついてきてくれるらしい。水をくれたのでありがたく受け取って一気飲み。

 暫くして紫の悲鳴が盛大に上がった後、宴会をしていた面々は全員連れ立ってスキマを抜けて博麗神社に移動していくのであった。

 ちなみに、紫と神奈子はスキマを通るときに何度も吐いていた。これが妖怪の賢者と神なのかとアリスは呆れるが、魔界の神を思い出してそういうものかと納得してしまった。

 ちなみに、アリスも結構ヤバイ。頭の中で警報と頭痛がガンガン響いている。口元に手を当てて、必死に堪える。都会派を称する自分が中身をぶちまけるのは色々とまずい。なにより、燐香にでも知られたら折角の威厳がガタ落ちである。よって、別のことを考えて、思考を逸らす。そうしないと数秒後にアリスリバースになってしまう。

 

「本当に大丈夫なの? 無理なら家にいていいんだけど」

「ううっ気持ち悪い。……え、何が大丈夫って?」

「貴方の人形、さっきからダンスしてるんだけど」

「――え?」

 

 幽香の指摘にアリスが人形たちに目を向けると、全員空中コサックダンスしていた。意味が分からなかったので、とりあえず笑っておいた。

 




羽目を外してしまいポンコツに。素面に戻って後悔するタイプ。

シリアス展開にはならないです。
あくまでにぎやかな後日談です。

本編だったら、更にパルスィを絡ませて色々やったと思いますが!


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外伝5 緋想天舞

 寝静まった白玉楼。本来客間であるはずのここが、今の私の部屋。別に部屋ごとくれなくても良いといったのだが、幽々子が気を利かせてくれたのだ。流石の器の大きさ。姫様は違う! 

 和室で一人というのは、よくよく考えると結構怖い気がする。しかもここはお化けのメッカ。だから妖夢もビビリになったのである。たまにお化けの格好をして妖夢の部屋に突撃するというのがお約束。今日は疲れたのでやらないけど。なにせ、いきなり雪が積もったのである。秋が深まってきたということだろうか。いや、秋に雪はおかしい。もしかして緋想天の始まりかとも思うけど、ちょっと時期が早い。来年の夏じゃないのかな。ここは素直に、雪を楽しもうということで、妖夢、そして飛び入りの東風谷早苗と雪合戦を行なったのだ。早苗もだんだんと馴染みだしてきて、良い傾向である。

 

「……ん?」

 

 なにやら音がしたので、障子の方に寝返りを打つ。月明かりに照らされた長髪の女が、障子の裏に突っ立っている。思わずビクッとするが、それで悲鳴を上げるのは愚の骨頂。口元に手を当てて、ギリギリで堪える。うろたえない、風見の娘はうろたえない!

 

「……妖夢、リベンジとはやるようになりました。だが、まだまだ甘い」

 

 私はしめりけつき彼岸花を生じさせ、障子が開くのを待つ。……今だ!

 

「し、失礼――」

「えい!」

「ぎゃっ!」

 

 可愛らしい悲鳴とともに、長髪の女がひっくり返って、廊下をぐるぐる回転した後、庭に落ちて行った。なんという素晴らしいリアクションだろうか。私は思わず感動して、うんうんと頷いてしまった。私しか見ていないのに、ここまでのリアクションを披露してくれたのだ。妖夢は芸人の鑑である。

 妖夢に称賛を送るべく、私は小走りで庭に向かう。すると――。

 

「ぬ、ぬめぬめする! なんですかこれ!」

「あ、あれ。妖夢じゃない」

「忍び込んだのはアレでしたけど、いきなり攻撃しなくても!」

「皆寝てますから、しー!」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 リアクション芸人魂魄妖夢ではなく、常識に囚われない泥だらけの東風谷早苗が現れた。とりあえず泥を払ってやり、早苗を縁側へと座らせる。なんかパンパンに詰ったリュックを背負ってるし、家出でもしてきたのか。家出経験が豊富な私としては、寛大に迎えてあげたい。

 

「やっぱり家出ですか?」

「違いますよ!」

「ま、まさか、亡霊と逢引? 全米で映画化できそうですね。監督は私がやりましょう! タイトルは『今会いに逝きます』でいいですか?」

「違いますし映画化もしませんから! なんでそういう発想になるんですか!」

 

 反応が妖夢に似ている。ここで呆れるのが霊夢、ボケに乗ってくれるのが魔理沙、真面目に突っ込みをいれてくるのが妖夢である。

 

「では、ま、まさか!」

「ええ、そのまさかです」

「私に夜這いは色々と不味いですよね。母さんに言いつけます」

「全然違いますから! 噂が広まったら社会的に死ぬのでやめて!」

 

 早苗が涙目でつかんできたので、まぁまぁと宥めておく。

 

「で、本当の所は?」

「通過儀礼を行ないたいと思いまして」

「……はい?」

「私は妖怪と上手くお付き合いしていきたいのです。そして、人間が妖怪と仲良くするには、一緒に博麗神社への襲撃ごっこをするんですよね。ルーミアさんに詳しく教えていただきました。同業者たる私としては色々と心苦しいのですが、ここは是非燐香さんと一緒にやりたいと。なんでも、襲撃のプロだとか!」

 

 心苦しいと言うわりに顔がノリノリである。風神録でボコられた仕返しができるからだろう。しかしそんな通過儀礼は聞いた事がない。全部ルーミアの考えたホラ話である。主に早苗を私に押し付けて嵌めるための!

 

「意味が分からないよ」

「信徒は妖怪の方がほとんどなのです。この通過儀礼を行なわなければ、いつまでも余所者のまま。それはまずいと確信しました。というわけで、早速いきましょう。必要なものはここに用意してあります」

 

 マシンガントークの後、リュックを開ける早苗。中にはロケット花火、ドラゴン花火、爆竹、なんか凄そうな連発打ち上げ花火が入っていた。香霖堂の花火は大体フランドールが買い占めているのだが、一体。

 

「家にあったんですよ。神奈子様や諏訪子さまと遊んだときの残りですね」

「なるほど。で、なんで花火なんです、ってルーミアに聞いたんでしたっけ」

「ええ。派手にいきましょう!」

 

 私はどうしたものかと頭を抱える。もう妖夢は寝てるし、ルーミアを探すのは大変、フランドールは起きてるだろうけど、いきなり早苗とうまくやれるだろうか。非常に心配である。早苗は一度紅魔館を襲撃しているし。

 

「そういえば、紅魔館には挨拶に行ったんですか?」

「いえ、門番の人に追い返されてしまって。妹様の機嫌が悪いから今日のところは帰ってくれと」

「今度一緒に行きましょうか。悪い子じゃないんですが、虫の居所が悪いときもあるんです」

 

 レミリアとまた喧嘩でもしていたのかも。大抵は全力バトルだから、早苗が巻き込まれる事を危惧したのだろう。

 

「なるほど、良く分かりました。あ、それでですね。今日はついでに霊夢さんにも謝ろうかと」

「……これから襲撃に行くのに?」

「ええ。どうせならまとめて謝った方が、手間が少なくていいですよね」

 

 ニコニコと朗らかに笑っている早苗。確かに合理的である。相手が許してくれるかまで考えが至っていないのが致命的だけども。多分、霊夢に全力で殴られる。ついでに私も。

 

「だったら、皆揃ってるときのほうが良いんじゃないですかね。主に私のリスクマネジメントという点で」

 

 下手人が少なければ少ないほど、お仕置きがキツくなる。フラン、ルーミアを誘い、妖夢を巻き込めばきっちり5等分。これなら私もニッコリである。

 

「いえ、やるなら今日が良いよと、通りすがりの占い師さんに言われまして。絶対今日の夜にやれと。夜明けまでにやらないと死ぬよって言われました」

「占い師って。誰なんですか?」

「青い髪をした綺麗な人でしたね。なんだか浮世離れしてるというか」

 

 占いが趣味の妖怪やら人間なんていたっけか。うーん、紫あたりが気を利かせたとか。ありそうだ。巫女同士、仲良くするに越したことはないし。仲良くなれるかは分からないけど。向かったら、魔理沙や咲夜がパーティ準備してたりして。うん、ないな。飲んでる可能性は少しあるけど。

 

「というわけで、是非お願いします! 嫌と言っても、いえ、できれば合意のもとで行きましょう! 幽香さんにも宜しくお願いされましたので! 今後の友好のためにも是非!」

「わ、分かりましたから。近い近い近い」

 

 頭を下げた早苗がグイグイ近づいてくる。嫌と言っても、強引に連れ出されそう。

 良いこと考えた。花火を神社に打ち込んだ後、煙幕ばらまいて、ルーミアもいたことにしよう。余計なことを吹き込んだ張本人なので連帯責任である。ルーミアの物まねは結構自信がある。『一番打ち込んでたのに、真っ先に逃げたよ』とでも弁解しよう。あわよくば全責任を押し付ける。完璧!

 

「じゃあ行きます?」

「宜しくお願いします! いざ池田屋ですね!」

 

 早苗が白い鉢巻を巻きだした。いや、討ち入りじゃないんだけど。

 

「いいですか? イタズラの後はちゃんと謝らないと駄目ですよ。本気で怒らせるのはご法度です。例えば、神社を壊すとかはダメです」

「もちろんです!」

 

 自信満々の早苗。不安が込上げてくる。奇跡の力が発動して、花火の威力が増して神社を壊したりしないよね。商売敵ごと葬ってやるとか言って。そして、巻き添えになる私。世の中は理不尽だからありうる話だ。

 

「早苗さんは初めてですから、神社の上に花火を打ち上げましょう」

「んー。それでは中途半端じゃないですか?」

「いえ、加減が大事なんです。早苗さんは初めてですし、神社が火事になったら大変です。それに、霊夢さんの日常に新鮮な驚きをプレゼントするのが名目ですから」

「あ、そうなんですか?」

 

 勿論違う。今勝手におもいついた。

 

「いつもだるそうに仕事してますからね。たまには緊張感をプレゼントしないといけません。霊夢さんも気分を一新できて嬉しい、私たちもひまつぶしができて嬉しい。つまりwin-winです」

「よく分かりました!」

 

 私は両手の親指を立てると、早苗が完璧なゲッツポーズをしてきた。幻想入りするには少し早い。場に微妙な空気が流れる。早苗はとても満足気。

 私は空気を呼んでツッコミを控えることにした。この微妙な空気こそがシュール芸の真髄だ。妖夢とは違い、早苗にはシュール芸の才能があるかもしれない。ツッコミ&シュール。こればかりは天賦の才だから、後天的に鍛えるのは難しい。妖夢には悪いが諦めてもらおう。ボケとツッコミのコテコテ二刀流を今後とも貫いて欲しい。

 

「じゃあ、分かってもらえたところで」

「ええ、気合入れていきましょう! 今宵の早苗は燃えています!」

「ささっと着替えちゃいますので、ちょっと待っててください。静かにお願いしますね」

「はい!」

「だから静かに!」

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後。私と早苗は、警戒しながら飛行を続け、博麗神社裏庭に侵入していた。明かりは消えているから、多分寝てる……はず。油断はできない。ひどい時など、到着前に霊夢が鬼の形相で待ち構えているから。勘の良い巫女は嫌いである。

 

「き、緊張してきました。霊夢さんって、本当に強いですよね。わ、私は一度戦っただけですけど」

 

 今更ビビっても遅い。嫌だと言っても、一人で突っ込ませる。企画立案したのは早苗だから当然である。それに今更逃げても遅い可能性が高い。既に目覚めている気がする。暗闇で、霊夢がパチッと目を見開いて殺意を発しながら目覚めるのだ。想像するとホラー映画である。

 

「ええ、あれは巫女ではなく鬼巫女という職業なんです。これは秘密なんですが、本気で怒らせると髪が金色になりますよ」

「まさか、あの超サイヤ人なんですか?」

「はい。博麗の巫女は、サイヤの血を引いているんです。だから、戦うたびに強くなります。戦うのが三度のご飯より好きな戦闘民族なんです。この前なんてスカウターが壊れちゃいまして」

「お、恐ろしい。戦闘力53万の神奈子様が勝てなかったのも仕方ないのですね……」

 

 早苗がボケに回ったためにどこまでも積みあがっていく。私もいつになくノリノリで、ボケをかましていく。ボケだけがバベルの塔なみに積みあがっていく。

 ゴソっと何か音が聞こえる。私はピピッと口に出した後、後ろを振り返る。

 

「――スカウターに反応ッ! 誰ですかッ!?」

「……え、な、なんですかいきなり? というか、スカウターつけてませんよね?」

 

 ようやくツッコミをゲット。バベルの塔が崩れて私も思わずニッコリ。

 

「いえ。なにやら不穏な気配が。うーむ、やっぱり旧式のスカウターは駄目ですね」

「獣じゃないでしょうか。ここ、自然が一杯ですから。それと、スカウターつけてませんよね?」

「確かにそうかもしれません。襲撃前は昂ぶってしまいますからね。さぁ、用意しましょう」

「はい!」

 

 花火を手際よくセットしていく。導火線をまとめて、一斉に着火できるように。爆竹とドラゴンはロケット着火後に投げ入れる。そして、霊夢が飛び出してきたところに煙幕花火と私の煙幕発動。更に『大声』でルーミアの真似をする。全部一人でやったというようなセリフで。完璧すぎる。

 

「くくく。全ては計画通り」

「うわー。燐香さん、悪い顔してますね!」

「そういう早苗さんも、活き活きしてますよ。いやーいたずらは楽しい!」

「まさに我が世の春ですね! あはは!」

「まさに思い通り!」

 

 早苗がチャッ○マンを取り出す。私も指先から妖力で小さな火を灯す。

 

「この一撃が世界を変えますよ。早苗さん、覚悟はいいですか?」

「こ、これで私も皆さんの仲間入りなんですね。ああ、なんだか感慨深いです」

 

 ジーンとしている早苗。私は早苗の肩を叩く。

 

「この後は、しっかり霊夢さんと話し合ってください。強敵と書いて、友なのです。剣心と斎藤さんみたいな関係を目指して下さい」

「わ、分かりました。私、頑張ります!」

 

 殿軍役を確保。戦いとは非情なのである。

 

「ではカウントをはじめましょう。早苗さん、どうぞ」

「僭越ながら、この東風谷早苗が努めさせていただきます。カウント、3、2、1――」

 

 導火線に火元を近づける。そして――。

 

『ゼロ!!』

 

 なぜか、上空からゼロという大声が響き渡る。凄まじい声量。何事かと、霊夢が寝室から飛び出てくる。

 

「あー!! こんな時間にどこの馬鹿よ! 喧しい!!」

 

 同時に、大地が揺れ始める。最初はゆらゆら、次第にグラグラ、いや、とても立っていられない!!

 

「じ、地震」

「ど、どうしましょう。防災頭巾はどこですか! 神奈子様に聞かないと」

「そんなのもってきてないですよね! とりあえず、頭を隠しましょう。後は火を消してください!」

「は、はい」

 

 火をつけっぱなしだったので、消すよう指示してチャッカ○ンをしまわせる。頭を抑えて、揺れが収まるのを待つ。霊夢も怒声を上げながら、避難している。中から、酔っ払っていたらしい魔理沙も慌てて飛び出てくる。

 

「け、結構強いな! というか、やばいぞこれ! おい霊夢、早く出ろ!」

「わ、私の神社が。しょ、食糧に沢山のお酒が。な、なんで」

 

 魔理沙の悲鳴と、霊夢の悲しげな声。そして、一際重い衝撃と共に、神社は見事に倒壊した。呆気なく。うん。

 

「…………」

「…………」

 

 私と早苗は、黙って顔を見合わせる。そして、頷くと、音を立てないようにそそくさと退避を始める。どう見ても、疑われる。第一容疑者はどう見ても私たち。その力もあるし、動機も一応ある。特に私は超ヤバイ。見つかったら、どんな目に合うか。考えただけで恐ろしい。

 早苗が身体を震わせながら、四つんばいで移動開始。私は匍匐前進。と、チリチリと嫌な音がする。死ぬほど振り返りたくないが、振り返らざるを得ない。想像した通りの光景がそこにはあった。

 

「……さ、早苗さん、もしかして、火、つけたんです?」

「いえ、つけてないです。チャッ○マン、ちゃんと、しまいました……」

「ですよね。じゃあなんで、勝手に導火線に火が?」

「し、知らないです。まさか、き、奇跡?」

 

 呆然と眺めていると、いよいよ点火。ご丁寧に、ドラゴン花火と落っことしてしまった爆竹にまで点火している!

 ヒューンヒューンという空を切り裂く音の後、凄まじい爆音が博麗神社跡地に轟く。それが数十秒続いた後、怖いくらいの静寂に包まれた。

 

 奥歯がガタガタ震えてしまう。本当に洒落になってないアルよ。思わず美鈴語が浮かんでしまうほどヤバイ。

 スタッと、着地する音が前方に聞こえる。凄まじい威圧感だ。激情がビリビリと伝わってくる。顔を上げることができない。

 

「…………」

「り、燐香さん。前に、誰か、いますよね」

「め、目を合わせてはいけません。塩の柱になっちゃいます」

「で、では、どうしたら」

「ここは死んだふりをしましょう」

「でもそれって、何の解決にもなってないような――」

「……アンタら、よくも、やってくれたわね」

 

 地獄から響いてきたような声で、早苗の言葉が遮られる。ビキッと身体が硬直する。

 

「花火で素敵なお祝いまでしてくれたみたいだけど。それにアンタは……早苗だっけか。神の力を借りてこの前の復讐ってわけ? おかげで、爽快な気分で目を覚ませたわ。爽快すぎてなんだかビキビキ来てるわ。なんでかしらね」

 

 諏訪子が本気を出せばそれくらいはできるかもしれない。更に容疑が深まってしまう。どうする、どうしよう私!

 

「……ち、ちが、違うんです。こ、これは事故というか、ただの偶然で、私たちは何も」

 

 早苗が弁解、私はすでに死んだふり。

 

「そう。それで、燐香。アンタは何か言い訳は? してもしばくけど」

「…………」

 

 するかしないかと言われたら是非したい。だが舌が乾いて口がまわらない。上手い言い訳は何かないか! 全然思い浮かばない!

 

「まずは、神社を見事に壊してくれたお礼をしないといけないわよね。覚悟は済んだ? ああ、済んでなくても構わないわ」

 

 ボキボキと拳を鳴らす霊夢。一歩踏み出してくる。大地がズシンと揺れた気がした。今日は本気で怒ってる。北斗残悔拳とか使ってきそう。

 今更弁解しようにも、頭に血が上ってるから聞いてもらえない可能性が高い。よって、ここはとにかく逃げるのがベスト! いつもの面子なら喜んで置いていくのだが、初心者の早苗を置いていくのはちょっと可哀相。だから一緒に逃げることにした。

 

「さ、早苗さん、逃げますよ!!」

「ひゃ、ひゃい!!」

「逃がすか馬鹿共ッ!!」

「早苗さん、目を瞑って! ――くらえ、太陽拳もどきッ!!」

「同じ手を何度も食らうか!!」

「げげっ」

 

 霊夢が素早く御幣でガード。単純だが効果的だ。仕方ないので、彼岸花で霊夢の足を搦めとる。即行で斬り払われるだろうが、まとわりつかせれば数秒は稼げるはず。

 私は早苗の手を引いて全力で飛び立とうとする。

 

「――そこまでよ」

「ぐえっ。な、なんで」

 

 私と早苗の頭がガシッと鷲掴まれる。何故かは分からないが、幽香がいた。

 

「何も悪い事をしていないなら、逃げる必要はないでしょう。事態が悪化するだけよ」

「す、少しはしてたような。あはは」

「ならまずは謝りなさい」

『ご、ごめんなさい。本当に反省してます』

『も、もうじわけありませんでした』

 

 アイアンクローされながら、霊夢に謝罪する。早苗も必死に声を絞り出している。

 

「……幽香か。捕まえてくれたのは礼を言うけど、今更情けはかけないわよ? 今回ばかりは流石にやりすぎよ」

「神社を壊した真犯人は上よ。もう始まってるから、貴方も暇なら行って来たら?」

 

 幽香の声に、霊夢が視線を上に向ける。なにやら、派手な弾幕ごっこが始まっている。

 なんかいつもより動きの悪い、アリスが人形を展開、口元を抑えた八雲紫と八坂神奈子が当てずっぽうにスペルをぶっ放している。萃香と幽々子、レミリアは犯人を逃がさないように牽制。魔理沙は直撃を加えようと肉薄攻撃を繰り返している。

 

「……なるほど、あの女か。寝起きで危うく勘違いするところだったわ。よくよく考えたら、アンタら、ここまで洒落にならないことはやってないしね。あれ以来はだけど」

「そ、それはもちろんです。わ、私と早苗さんは霊夢さんの日常に新鮮な驚きをプレゼントしようと――」

「ああ?」

「こわっ」

「ひいっ、鬼巫女!」

「さ、早苗さん、ビビってないでガツンと言ってやってください! ほら、見返すチャンスですよ!」

 

 私は早苗の盾を使った。早苗の盾は必死にもがいている。

 

「む、むむむ、無理ですっ! れ、霊夢さんの顔がビキビキしててあっち系の人ですし! 小指もっていかれちゃいます!」

「そんなもんいらないわよ。とにかく、花火の罰は後できっちりするとして、先にアレを締めるか。あの馬鹿、私の神社を壊しやがって!! 天人だからって容赦しないわよッ!!」

 

 般若の霊夢が一直線に飛び立っていき、犯人の腹部にエグい角度で拳を突き入れた。ぐえっと何か吐き出しながら、犯人の身体がくの字に折れる。更に顎を掴むと、勢いをつけて頭突きをお見舞いし、そのまま神社跡地に叩き落す。そこに対地攻撃仕様の夢想封印。まさに霊夢は鬼だった。

 

「霊力耐性でもあるのかしら。あー、面倒くさい」

「これは、優雅な戦いとは言い難いわね。まったく。それでも巫女――」

 

 言い終える前に、霊夢のビンタが炸裂する。パシィイイイイインという乾いた音が響く。更にもう一発。いわゆる往復ビンタ。

 

「地を這い蹲る人間如きが、て、天人たる私に――」

「まだ喋る元気があるとは驚いたわ。じゃあそろそろレベルを上げるから」

「ちょ、ちょっと」

 

 先ほどまでは暗くてよく分からなかったけど、月明かりで桃つき帽子が見えた。装束と会話の内容から察するに比那名居天子だろう。形勢は一方的だ。後の神社乗っ取り計画のために、天子が敢えて手加減しているのだろうが、その表情は余裕が全くない。

 

「け、計画と全然違うんだけど。なんでこの私が肉弾戦なんか。優雅に弾幕勝負しましょうよ。ね? 最後は負けてやるから」

「神社壊してくれたお礼にまずは全力でぶん殴る。話はそれからよ」

 

 霊夢が降下して更に追撃追撃追撃。神社の仕返しとばかりに容赦のない攻撃だ。情けない悲鳴が上がっている。天子も体勢を立て直して反撃してるけど、霊夢に当たってない。自然、隙の大きい拳になってしまい、霊夢に関節を極められてしまった。あれは、飛びつき式の腕ひしぎ逆十字! 流れるような動作に思わず私はガッツポーズ。アイアンクローされたままだけど。

 私がいつかやってみたいのはパロスペシャル。やられる姿しか想像できないのが悲しいところ。

 

「ちょっと。折れる折れる、本当に折れるから。天人って結構丈夫なんだけど、関節はヤバイのよ」

「天人だから平気でしょ。腕とか再生しそうだし」

「だから平気じゃないし再生もしないし。アンタ、本当に巫女なわけ? おーい。あの、本気で痛いんだけど。ね、聞いてる?」

「よいしょっと」

 

 更に締めに掛かる霊夢。

 

「本気で折れちゃうんだけど」

「いや、私は痛くないし」

「だからね、私が痛いのよ。私痛いの好きじゃないし」

「あっそ」

「あっそ、じゃなくてさ。はぁ、仕方ないわね。とりあえず負けを認めるわ。認めてあげるから。ほら、喜びなさいよ」

 

 極められてるのになぜか尊大な天子。霊夢の技が緩む気配はない。

 

「勝った気が全くしないので却下よ。敗者らしく無様な顔をしてもらわないと」

「は? 意味わかんないんだけど」

「別に分かって欲しくもないし」

「…………」

「…………」

「……そろそろ、やせ我慢の、限界だから、叫ぶわね。ああああああああああああッ、これっ、マジで痛いんだけどッ!! ちょっ、死ぬ死ぬ!! ほらっ負け認めてるんだから離しなさいっての! ね、聞いてる? おーい!!」

 

 死ぬことはないけど、死ぬ程痛いのは間違いない。天子は悶絶しながら、大地の上でもがいている。ギブアップかと魔理沙が何度も尋ねている。いつのまにレフェリーに。天子はギブギブと叫んでいるが、解放される様子はない。霊夢が『あー全然聞こえない』と首を横に振っている。実に悪魔である。というか霊夢って関節技も出来たんだ。迂闊に近づかないようにしよう、うん。

 

 ――実は、私の頭もそろそろ結構痛い。久々の幽香式アイアンクローは結構効く。全然本気じゃないけど。

 

「……あのー、幽香さん。そ、そろそろ手を離していただけると、助かるのですが。私、一応人間なので、ちょっと事故るだけで頭がつぶれたトマトに」

「か、母さん。ぎ、ギ、ギブ!」

「さて。少しお説教をするから、二人ともそこに正座しなさい。丁度良い機会だし太陽が昇るまでやるから」

 

 幽香は解放してくれたが、いつになく真剣な表情を浮かべている。これは逃げられないし、逃げてはいけない。私は空気が読めるのだ。

 

「や、やっぱり?」

「わ、私もですか!?」

「当然でしょ。貴方は神奈子からも説教してもらいなさい」

「そ、そんなぁ」

 

 肩を落す早苗。私と違いダブル説教。もしかすると、諏訪子もあるからトリプル説教。他人事ながら大変そう。

 

「あはは。今日は本当に面白かったなぁ! ね、締めはへび花火でいいかな? 見てよこれ。相変わらずうねうねしてる」

 

 暗闇から上機嫌のルーミアが現れた。へび花火をのんびりと観察している。いつのまに!

 って、ここでようやく気がついた。この妖怪、最初からずっと後をつけていやがったな! 途中で感じた怪しい気配は確実にこいつである。

 

「花火に火をつけたのは、お前かぁ!! どうして余計なことを!」

「えー、どうせ火をつけなくても見つかってたよ。だから、もっと楽しいほうにしたんだけど。案の定面白かったよね」

「私は面白くないんですけど! おかげでこの有様ですよ!」

「そうなんだ」

 

 普通に流された。手に持っていたネズミ花火を投げつけてやろうとしたら、幽香にとりあげられた。目聡い!

 

「あ、後で覚えていろ! お、おかげでこんなに酷い目にっ」

「あはは、楽しみにしてるね。でも、雪合戦に呼んでくれないのが悪いんだよ。フランも後で知ったら怒るんじゃないかなー」

 

 なぜか責められた。もしかすると拗ねているのかもしれない。雪合戦と早苗の神社初襲撃に誘わなかったから。本人は認めないだろうけど。変なところで意地っぱりなのだ。猫みたいに気紛れなのがルーミア。

 

「だってどこにいるか、いつも分からないじゃないですか。いつだって神出鬼没だし」

「私は呼べばいつでも出てくるよ。どろんとね」

「嘘付け! って痛いっ!」

 

 真っ赤な顔のアリスが急降下してきて、いきなり拳骨をお見舞いしてきた。早苗、ルーミアにも炸裂だ。フラフラしてるし、すっごい酒臭い。人形達もアリスと同じくフラフラしてる。

 

「ひっく。まーた懲りずにイタズラして、勝手に抜け出して、心配ばっかりかけて。今日という今日は……。あー、は、吐きそう。もう無理。幽香、あとよろしく。世界が回って本当に無理」

 

 アリスはそのまま昏倒してしまった。幽香が介抱した後、そのまま幽香による全員説教タイムに突入。ルーミアも説教に巻き込めたのは不幸中の幸いである。ざまぁみろというやつである。私が笑いかけると、ルーミアも笑い返してきた。全然悔しくなさそうなので、ガッカリである。

 色々と納得いかないところもあったが、あまり心配をかけるなと言われたので、前向きに善処しようとは思った。

 

 それにしても、どうしてこうなったのか私には分からない。花火を神社の上に打ち上げるだけだったのに。早苗にも分からないし、ルーミアは神社崩壊は想定外と笑っていた。どこまで本当かは知らないけれど。きっと、KOされた天人だけが知っている。



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外伝6 邂逅

 湖に浮かぶ蓮の花を眺めながら、手にした桃に大口で齧りつこうとして止める。まだ痛みの残る腕を庇いながら、桃を膝の上に置く。湧き出てくる溜息を遠慮なく盛大に吐く。

 

「……はぁ」

「これみよがしに溜息など吐かれて。一体どうされたのです? 総領娘様が落ち込むなんて雹が降りますよ」

「ねぇ。嫌味を吐くのも竜宮の使いの仕事なの?」

 

 天子が睨むと、衣玖はわざとらしくおどけてみせる。

 

「いえ、私は空気を読んで気を遣ったのです。ええ、私は空気を読めますので」

「そうなのかしら」

「はい」

「貴方が言うならそうなんでしょうね。私は知らないけど」

 

 天子は視線を湖に戻す。衣玖も会話を止めるが、立ち去る気配はない。一応、気を遣っているらしい。

 

 それにしても、今回起こした異変は散々な結果だったと天子は心の底から落胆していた。博麗神社を派手に倒壊させた後、わざと敗北してやるところまでは順調だった。関節技でノックアウトされたのはちょっとしたアクシデントではあったけれど。がその後がよろしくない。迷惑料代わりに神社修復を請け負い、神社に要石を埋め込んでやった後からが本番だったのに。色々な小細工をして天子の地上の拠点にしてやるつもりだったのに。どうしてこうなった。

 

「あの赤毛の童妖怪のせいで。私の偉大で完璧な計画が全て水の泡よ。ご破算。全く、どうしてくれるのよ」

「そうでしょうか。私としては感謝してもしたりないのですが」

「あの後が本番だったのよ。これじゃ、私は一体なんだったのかって話じゃない。暴力巫女に痛い目にあわされただけよ」

「なんだったのよと言われましても。ただの我が儘だったのでは」

「うるさい」

 

 桃を衣玖に投げつけるが、見事にキャッチされてしまう。しかもひとさし指を天に上げた決めポーズつき。イライラ度が増していく。

 

「申し訳ありません」

「ならそのポーズはなんなのよ」

「桃をキャッチできたアピールです」

「じゃあさ。悪いと思ってるなら緋想の剣もってきて。今度は全力で大暴れしてくるから。もう一度ぶっ壊してくるわ」

「お断りします。自殺幇助は私の仕事ではありませんので」

 

 霊夢にぼこぼこにされた後、八雲紫やらに取り囲まれた天子。形だけの謝罪の後、私財をつかって復興させて欲しいと願い出たのだ。霊夢は当然だと頷き、周囲の連中もそれに同調。全てが天子の思い通りに進んでいた。

 ところがだ、風見燐香とかいう童妖怪が八雲紫に耳打ちすると、風向きが一変した。

 八雲紫は黒い雰囲気と共に表情を険しくすると、天子の頬を全力でつねりあげ『面白いことを考えるわねぇ。ただ、それを実行されると面倒なこと極まりないわ。この我が儘お嬢様には、きついお仕置きが必要みたいねぇ』などとほざき、折檻の後に天界へ連行されてしまった。要石埋め込み計画はここで破綻だ。博麗神社は鬼の力だけで修復されることになってしまった。

 失敗した原因は考えるまでもなく、風見燐香が余計なことを八雲紫に吹き込んだせいである。どうして思惑が分かったのかはさほど重要ではない。大事なのは結果だけ。とにかく異変は終了し、天子は楽しめなくなってしまった。完全に不完全燃焼である。

 

 その後は、父親を筆頭とした面倒な連中から説教説教説教の雨。天子の耳には、気分的には大タコができてしまっている。これも当然ながら緋想の剣は没収の上、反省するまで謹慎処分。謹慎なんて名目だけだし、剣は元から天子の物ではなかったから全然悔しくないが。必要になったらまた強引に持ち出せばいいだけだ。だから悔しくないのである。

 

「……はぁー」

「どうかしましたか? 先程よりも酷い溜息が」

「まーた退屈な日々に戻ったなぁって思っただけ。だから大きな石を全力で投げ込んで、波紋を起こしてやったのに。何もなかったかのように元に戻っちゃった。あー、とても悲しいしやりきれない」

「投げ込んだのではなく、迷惑をばらまいたの間違いではないでしょうか」

「ま、そうとも言うわね。それも誤差の範囲内よ。私にしてみれば骨折り損のくたびれもうけ。あー、やだやだ。こんなことならずっとだらだらしてれば良かったわ」

 

 天子は両手を上に伸ばした後、そのまま地面に寝転んだ。面倒だし、このまま寝てしまおう。反省文を書く作業があるが、それはまた今度。どうせ時間は死ぬ程ある。退屈な日々のちょっとした変化になるかもしれない。どうせならないだろうけど。まぁ、いつものことだ。

 一体自分は何をしたかったんだっけか。何を求めてこんな異変を起こしたのだったか。そんなことを考えながら、天子は眠りについた。

 

 

 

 ――と思ったら。

 

 

「えい」

 

 気の抜けた声とともに、額に何か乗せられた。目を開ける。広がる青空。だが、額に何やら熱を感じる。というか熱い。しかもその熱がどんどん広がって、髪の方に――。

 

「熱っ! 熱いっ! み、みず!」

 

 天子は悲鳴を上げてごろごろと転がった。そして湖にそのまま着水。いきなりだったので水が鼻に入ってしまった

 

「ごぼごぼ! 冷たい!」

「凄いリアクションだね。燐香顔負けだね」

「私はリアクション芸人じゃないですし。というか、いきなりアツアツ芸を仕掛けるとはエグイですね」

「お灸を据えてみたんだけど。霊夢がお灸を据えてこいって言ってたし」

「確かに言ってましたけど。今の、へび花火ですよね」

「うん。まだあるからあげる。はい」

「これはどうもありがとうございます、ルーミアさん。じゃあ火をつけますよ」

「うねうね」

 

 湖から這い出ると、例の風見燐香と金髪の妖怪の姿があった。確かルーミアとか言ったか。開幕の花火を打ち上げた妖怪だからか、妙に記憶に残っている。名前を覚える意欲に著しく欠ける自分が、初対面の相手の名前を覚えているのは極めて異例なことだ。

 天子の計画を滅茶苦茶にしてくれた連中が、へび花火を囲んで何やら楽しそうに話している。それを穏やかな視線で見守っている永江衣玖。しかも呑気にへび花火とやらに火をつけている。色々と言いたいことはあるのだが。

 

「おーい。誰か助けてー」

「これは中々趣き深いですね」

「でも、やっぱり地味ですよね」

「地味だけどうねうねして面白いよ。混沌を形にしたらこれだね、うん」

「こ、混沌? そ、そうなのかなー」

 

 誰にも相手にされなかったので、咳払いをしてから天子は普通に湖から上がって近づく。あんな湖で溺れるほど間抜けではない。

 

「ちょっと。私を無視するなんて良い度胸じゃない」

「あ、ど、どうも」

「どうもじゃなくて。なんで貴方たちがここにいるのかしら。良い? ここは穢れの塊が気軽に近づいて良い場所じゃ――」

「実は萃香さんにつれてきてもらいました。他の人達もいますよ」

 

 指を差す燐香。その先には、桃の花を見ながらご機嫌に酒をあおっている鬼がいた。天子とも顔見知りである。友人と呼べるような関係ではない。萃香の他にも、黒帽子を被った女やら、人形遣いやら、緑の巫女やらもいる。何がなんだか分からない。

 

「あ、そう。で、わざわざ何しにきたわけ? ああ、異変の敗者を嘲りに来たのかしら。ま、それも面白い趣向よね」

「い、いえ。そういう訳では」

「いいのよ、別に。私は負けたんだから。さぁさぁ、遠慮なく罵倒しなさい」

 

 胸を張ると、燐香の顔が引き攣った。

 

「だから、違うんです。えっと、その。私たちは天界の桃を食べに」

「はぁ?」

「総領娘様はご存知ないでしょうが、私はしっかりと話を窺っております。今回総領娘様が下界を騒がした件は、天界の桃をプレゼントすることで手打ちになったそうで。上手く纏まって喜ばしいことです」

「桃で手打ちって」

 

 天子は呆れた。持ちかけるほうも持ちかけるほうだし、それを受け入れる方もアレだ。

 

「天界見学、桃もぎ取りを楽しむツアーだそうです」

「ツ、ツアー」

 

 

 

「皆さん、成果はどうでしたか?」

「あ、一杯採れました。でも、こんなに取ってしまって本当に良いんですか?」

「どうぞどうぞ。腐るほどありますので」

「そっか。じゃあ、いただきまーす」

 

 ルーミアが闇を展開して、そこに手を突っ込む。すると、そこから桃が現れた。――黒く染まった、あの桃が。

 

「――あ!! そ、それ!!」

 

 天子が大声を上げて、近寄るが、黒桃はルーミアの口に飲み込まれていってしまった。一口で。

 

「うん、美味しいね。燐香は食べないの?」

「さっき食べましたし。白玉楼に帰ってからまた皆で食べますよ。というか、それ、なんで黒いんです?」

「さぁ。知らない」

「ちょ、ちょっと! そこの金髪妖怪! ちょーっと待ちなさい!!」

「んー、何かな?」

「その桃、黒い桃よ! 私に寄越しなさい! じゃなくて、私にもちょうだい!」

「えー。桃なら他にもあるじゃない」

 

 嫌そうな顔をするルーミア。

 

「そ、総領娘様。いくらなんでもそれはあまりに大人げない。桃でしたら幾らでもあるし、いつも召し上がっているではないですか。良い歳をして子供から取り上げるなんて。ああ、なんと嘆かわしい」

 

 衣玖がハンカチで目元を押さえながら諫言してくる。しかも演技ぶった口調で。言いたいことは分かる。いつも好きなだけ食べてるのに、どうして人のものを欲しがるのかと。だが、そうではないのだ。天子が欲しいのは――。

 

「違うっ! 私が欲しいのは、その黒い桃なのよ! 夢に出てきた、あの黒桃! とにかく問答無用、私はそれを食べる!」

 

 寄越せといわれて、はいそうですかと渡す馬鹿はいない。というわけで、実力行使に出ようとした時。

 

「はい。沢山あるからいいよ。飽きるほど取ったから、特別にあげる」

「……え。いいの?」

「うん。はい」

 

 呆気なく渡されてしまった。ルーミアは別の桃を手に取っている。天子は手にある黒い桃に視線を落す。

 

「ル、ルーミアが、お裾分けなんて。何か悪い物でも食べたんです?」

「ううん、なんとなくだけど、あげてもいいかーって思っただけ。なんか、前にもこんなことあったなーと思って。だから、なんとなく。うーん、なんか一人足りない気がするけど、そのうち集まりそうかな? 良く分からないけど」

「それはどういうことです? もう一人?」

 

 ルーミアの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべる燐香。ルーミアは楽しげだ。

 

「そのうち分かると思うよ。多分、嫉妬パワーで楽しいことになると思うな。きっと、前よりも、もっと、比べ物にならないくらいに」

「はぁ。そうなんですか」

「うん、そうなんだよー」

「そうなのかー」

 

 良く分からない会話をしているルーミアと燐香。だが、今の天子にはそれは耳に入らない。掌に乗っている黒い桃。艶かしい色をしている。艶がある。これは腐食が進む事を表わす色ではない。全く別物。それに、むせ返るほど、馨しい匂いが漂っている。あの時も、きっとそうだった。

 

「…………」

 

 衣玖の視線を感じる。桃如きに我を失っている天子に呆れているようだ。だが、今はそんなことはどうでも良い。天子の手には、あの夢の世界だけにあるはずの果実がある。あの破滅の味がした果実。なんだか手が震える。身体が熱を帯びてくる。懐かしい友との再会、そんな不可解な感情まで浮かんでくる。そんなことはありえないのに。だって、天子に友達などいないのだから。

 ごくりと唾を飲み込む。そして、その黒桃に大口を開けて齧りついた。

 

「――ッ!!」

 

 気を失いそうな衝撃が天子を襲う。致命的な甘味が脳を焼いていく。天子は思わず膝をついた。そして、両手を天に掲げる。自分の求めていたものは、ここにあったのだと。

 

「ああ、ああ、これよ。そう、これなのよ。この味よ。私が求めていたのは、これっ! これをもう一度味わいたくて、私は、私は」

 

 何故だか涙が溢れてきた。涎も出てる。鼻水も。

 

「そ、総領娘様? どこかお加減でも? まさか、頭の方に遂に異常が――」

 

 ドン引きの衣玖。

 

「うーん。そんなに美味しかったのかなー」

「それ、ヤバイものでも入ってるんです? 天人だけに効くヤバイ薬とか」

「別に入ってないよ。ただ、私の能力の影響で黒くなっただけ。ほら、真っ黒」

 

 ルーミアから別の黒桃を受け取り、口にする燐香。特に奇妙な味ではない。濃厚さが増しているようだが。

 

「……確かに。でも、なんで味まで濃厚に?」

「黒いからじゃない。腐りかけは美味しいし」

「意味が分からないよ」

「それより、良かったね、燐香」

「何がです?」

「またリアクション芸人が増えたよ」

「うーん、天然ボケ芸人じゃないですかね。タイプ的にはルーミアの方が近い様な」

「そうなのかなー」

 

 ルーミアはそう言うと、天子に近づいて、食べかけの黒桃を手に取る。そして、齧りついた。

 

「うん、なんだか懐かしい味だなー」

「…………」

「ね、天人さん。桃を持ってきてくれたら、また黒くしてあげる。だから、たまには持ってきてね」

「天人の私を、下界に招待するっていうの?」

「だって、食べたいんでしょ?」

「……分かったわ。気が向いたら行ってあげる。ただし、約束を破ったら、また地震を起こしてやる」

「あはは。それもいいねー」

「よくないですよ。霊夢さんが怒り狂いますし」

「私は全然構わないけど」

 

 ルーミアはニコリと笑うと、燐香、衣玖を連れ立って萃香たちのもとへと戻って行った。

 

「…………ふん」

 

 それを見送った後、天子は再び黒桃に齧りつく。美味しいが、なんだか物足りなくなった。

 それから少し、そして多いに悩んだ後、立ち上がってルーミア達の下へ向かう事にした。異変の半分を阻止してくれた赤毛の燐香に、盛大に文句を言ってやることを口実にして。

 ――先ほどまでの鬱屈とした気分はもうどこかへとすっ飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 一方、桃を食べて満腹になった燐香は寝転がりながらひたすら幸せに浸っていた。が、酔っ払った萃香から『忘れてた忘れてた』と謎の手紙を渡されると、一気に地獄を味わうハメに陥った。

 

「ど、どうしよう」

 

 手紙を読んだ燐香は、それを手にしたまま顔を青褪めさせていた。差出人は星熊勇儀以下、有志一同だ。

 書状の内容は、先日の大量に咲かせてくれた彼岸花の礼をしたいので、是非とも遊びに来て欲しいとのこと。付添い人は何人でも構わないと。一ヶ月以内に来なかった場合は、こちらから盛大に歓迎に向かうので是非とも宜しくと。

 

「ち、地霊殿編がまさか同時に起こるんじゃ。や、やばいけどどうしたら。地底は危険が危なくて超ヤバイ。というか、さとりっていうのが本当にヤバイ。どれくらいヤバイって、私のおでこに第三の目が開くぐらいヤバイ。というかそんなこと言ってる場合じゃない! ど、どうしよう!」

 

 萃香が近くにいるのにも関わらず、自分の世界に入ってわけの分からないことを呟いている燐香。じたばたとしたかと思うと、天を見上げて目を閉じたりと見ているだけで面白い。

 慌てふためく燐香を肴に、萃香は満面の笑顔で酒をぐびぐびとあおっていた。どうやら、楽しそうなことになりそうなので、今度こそ全力で介入してやろうと強く心に決めて。久々に地底に戻るというのも悪くない。

 




緋想天エピローグでした。
一区切りついた感じでしょうか。
地霊殿は気が向いたら!


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