全ては誰かの笑顔のために (桐生 乱桐(アジフライ))
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#EX バレンタイン特別編2019

めっさ久々にバレンタインの特別編を書きました
ちょっとまだ本編には出せていないキャラも出てますがご容赦を
前回のよりちょっと長くなった


バレンタイン

二月十四日に行われる、大事な人に自分の気持ちを伝えるという、人にとってはとても大切な一日だ

まぁそんな日であろうと学校は容赦なくあるわけで

 

そしてそんな日付のことを確認するでもなく、特に何にもない平日だと思い込んでいた鏡祢アラタは道中の何となく甘い雰囲気に面食らっていた

 

「…なんか今日あったっけ」

 

何かあるからこんなに周囲は甘ったるい感じなのだが

コンビニとかそういうのに入れば気づけただろうがそんなところには一つも入らず、アラタは真っ直ぐ学校へと道を歩いた

 

 

そんなこんなで学校に到着する

昨日の疲れが残っているのか、下駄箱に到着するや否やあくびをしてしまった

 

「なんだ、寝不足か」

 

後ろからの声に寝ぼけ眼を擦りながら振り返る

そこには下駄箱へと歩いてきていたシャットアウラの姿があった

 

「あー…そんなところだ。珍しく書類仕事が溜まっちゃってさ」

 

彼女はアラタの隣へ移動すると靴を抜いてそれを両手に持ちながら

 

「全く。定期的に処分しないからだ。書類というのは直ぐに溜まっていくぞ? 請け負ったら、その日のうちか、せめて明日には終わらすことだな」

「ご忠告痛み入ります。…黒鴉の元リーダーも、似たような経験がおありで?」

「私はなるべくその日のうちに終わらせてたからな。溜まった経験はない」

 

そんな他愛のない話をしながら廊下を歩いていく

教室の扉に手をかけるとその扉を開けて教室へと入っていく

 

「お。おはようだぜぇいカガミーン」

 

教室に入ると開口一番土御門元春が絡んできた

 

「おはようさん土御門」

「…おはよう」

 

アラタの横にいたシャットアウラは短くそんな挨拶を返す

隣にいたシャットアウラに気が付いた土御門は軽くグラサンをずらすと

 

「おー? シャットんと一緒に登校って、なーんか珍しいにゃー」

「おい、いい加減シャットんやめろと」

「やめとけアウラ、土御門は真面目じゃないといつもこんなんだ、慣れてくれ」

「…納得はできないが、まぁ分かった」

「ところでシャットんは、本日はバレンタインだということをご存知で?」

「あ? あぁ、そういえばそんな日だったな、今日は」

 

土御門にそう問いかけられ、シャットアウラはふむ、と指を顎に乗せる

それと同時に、彼の言葉からその単語が出て、ようやくアラタは今日が何の日か思い出した

 

「あぁ、そっか。今日バレンタインデーか」

「そうだぜぇいカガミン、ってか、その口ぶりだと今の今まで忘れてたっぽいか?」

「ちょっと前まで風紀委員の書類仕事してたからな、思いつく暇もなかった」

「あー。まぁそりゃあしょうがないにゃー。仕事はおろそかにできねーもんにゃー」

 

道理でなんか今日の男子連中が妙にピリピリしていると思った

っていうか教室に入ったとき何人からか殺意じみた視線を向けられた気がする

シャットアウラと一緒に教室入っただけなのに

なぜだ

 

「…で、あそこで突っ伏してる我が友人はなにしてんのさ」

「あ、かみやんのことか? いやー、ちょい前に〝今年も上条さんはチョコなんて無縁なバレンタインですよー〟とかぬかしてたからにゃー。ちょっとみぞおちに一発ブッコんどいただけだぜぇい」

「なるほど、よくやった土御門」

「…いいのかそれ」

 

シャットアウラの疑問をスルーしつつ、抜け殻のように机に倒れている上条当麻を見やる

あいつは常日頃出会いが欲しいとかなんだか言ってるがあいつ割と日常的に出会ってるから(非日常も絡んでるけど

隠れているお前のファンがこの高校に何人いると思っている

とか思ってるアラタにも隠れファンがいるのではあるが、本人は知る由もない

 

「―――よしっ」

 

そんな中、自分の席に座っていた鳴護アリサが唐突にすくっと立ち上がった

近くの友人から彼女に視線が集まり、唐突な行動に周囲の視線も集中する

意を決したような覚悟の目を見せて、アリサはゆっくりと当麻の席の前に向かっていく

そんな彼女の気配を察したのか、当麻はゆっくりと上半身をあげながらアリサへと視線を向けた

 

「…ど、どうしたアリサ?」

 

当麻の言葉に僅かにびくりと体を震わせながらも、彼女は真っ直ぐ当麻へ後ろ手に持っていたラップされたハート型のそれを当麻に向かって突き出した

目の前に突き出されたそれを、一瞬当麻は理解できなかったが、すぐに思考が追い付く

これってもしかしなくても俺に渡されたチョコでは!? と

 

「…お、俺に?」

「うん。当麻くんには色々お世話になったし…その、出来れば、これからもずっと一緒にいたい、なー、とか…ごにゅごにょ…」

 

後半部分は恥ずかしさのあまりかぼそぼそとか細い声になっており、それらの言葉が当麻に届くことはなかった

とりあえず当麻は差し出されたそれを受け取ると感極まった声で

 

「あ、ありがとうアリサぁ! もらえるだなんて思ってなかったからすげぇ嬉しいよ!」

「よ、よかった! 一生懸命つくった甲斐あったよ!」

 

そのまま仲睦まじいやり取りを見せる当麻とアリサ

ここが伽藍の堂とか、学生寮とかだったら安全だったろう

だがしかしここは学校、その教室の一室

そしてここには嫉妬に狂う男生徒たちもいる

結果どうなる?

 

「―――なんでいっつもあいつばっかり…」

「不幸だなんだといってるくせに…」

「今回ばかりは修羅と化すやで…」

 

『上条ぉぉぉぉぉッ!!』

 

いよいよ我慢できなくなってチョコ暴徒と化した一部のクラスの男子陣が当麻に向かって進軍し始める

当麻は「いぃ!?」とその殺気を全身に受けてすかさずアリサを巻き込まないために逃走を選択した

 

「ちょ、ちょっとみなさまがた!? どうして俺を狙うの!?」

「うるせー! 問答無用だコノヤロー!」

「いっつもかみやんばっかり美味しい思いはさせへんっちゅうことやーっ!!」

「意味わかんねぇよ!? ―――だぁもう不幸だぁぁぁぁぁ!!!」

 

そんないつものフレーズと一緒に当麻は廊下を爆走していく

バレンタインであろうとなかろうとやっぱり当麻は不幸だった

 

「だ、大丈夫かな、当麻くん…」

「大丈夫だって。アリサだって知ってるだろう? アイツはこういうのに慣れてるから」

「お前、たまに無慈悲になるな」

 

あたふたしているアリサの横に立ち走っていく友の背中を見ながらそんなことを呟く

そんなアラタを見て、シャットアウラはぼそりと呟いた

まぁ本気で危なくなったら助けるし、問題はないだろう

 

「そういや土御門はアレに参加しないのか?」

「んにゃ? 嫉妬なんて、モテない男のすることぜよ」

「あーそういえば貰える宛お前あるもんな。なぁシスコン軍曹」

「なっはっは。今日ばかりはそのあだ名も受け入れますたい」

 

彼には土御門舞夏という妹がいる

妹といっても義理の妹であるのだが、なんか一線超えてる疑惑があるのである

っていうか多分超えてるとアラタは勝手に思ってる

と、不意に土御門の携帯が鳴った

彼は懐から携帯を取ると表情されているであろう名前を見てにんまりと笑みを浮かべ

 

「ふっ、噂をすればなんとやら。愛しの舞夏からの電話がきたぜぇい」

 

そのまま土御門はなっはっはとか変な笑いと一緒に携帯片手に教室から出て行ってしまった

 

「そうだ、シャットアウラちゃん、アラタくんにはあげたの?」

 

唐突に呟かれた言葉にぶっほぁ、とシャットアウラが噴出した

突然の言葉にアラタは疑問符を浮かべながらも、シャットアウラが口元を吹きながら詰め寄る

 

「おい、いきなり何言うんだ!?」

「あ、まだあげてないんだ? ふふっ、アラタくんにも見せたかったなぁ、昨日の楽しそうにチョコ作ってるシャットアウラちゃ―――」

「やめろぉぉぉ!? 恨んでいるのか私を!?」

 

なんかすぐ近くでシャットアウラとアリサが小声で何かを言い合っている

言い合うというよりはなんか笑みを浮かべて何かを言うアリサにシャットアウラが抗議している感じだ

やがて意を決したかのように不意にシャットアウラがこちらに振り向いてきた

その後ろでアリサが頑張れって小さく応援しているなか、無造作にカバンに手を突っ込むとそこから四角い箱のようなものを取り出す

リボンがラッピングされたかわいらしいものだ

 

「…こういうのはいささか初めてだ。美味しいという保証はない。…それでも」

 

言いながら彼女は両手でその箱をきゅ、と握ると僅かに頬を染めながらこっちを伺うように上目遣いでアラタの視線を見据えながら、その両手に持った箱をこちらに差し出して

 

「一応、私なりに心を込めた。…その、受け取ってくれる、か?」

 

その言葉を紡ぐのに、どれだけ彼女が勇気を振り絞ったか

それは僅かに、本当にわずかに震えている彼女の指から伝わった

以前は敵同士でもあった彼女が、ここまで素直に自分の言葉を紡いだのだ

なら、こっちもそれに応えなければならない

アラタは差し出されたその箱を受け取って

 

「…ありがとう、これからもよろしく頼むぜ、アウラ」

 

短く、それでいて深い感謝を込め、アラタはそうシャットアウラに返答する

それに対して、シャットアウラは笑みを作ることでそれに答えた

いつか見た、本当にうれしそうな、自然な微笑みで

 

 

「…しかし、ほかの男子陣がいなくて助かったな」

「そればっかりは当麻に感謝だなぁ…」

 

 

彼は犠牲になったのだ

バレンタインという名の、犠牲にな

 

◇◇◇

 

「さぁ遼真、これを超受け取ってください」

 

現在いる場所は鏑木遼真が住んでいるマンションである

そこに唐突に我が最愛なる恋人が扉を勢いよく開けて来訪してきた

別にこれ自体はよくあることだから大して驚きはしないのだけれど、今日はなんだかいつもと格好が違う

なんというか、いつもと同じっぽいのではあるが、おしゃれなのだ

そんでもって彼女はいそいそと靴を脱ぎ捨てると真っ直ぐ遼真の元へと向かい、ハート型の箱を渡してきた

 

「…バレンタインの?」

「それ以外何があるんですか。相変わらず超鈍感ですね」

 

直球で好意をぶつけられて、遼真は少し照れ臭い気持ちになる

思えばどうして最愛とこんな関係になったんだっけ

元々最初は雑用としてアイテムに加入してたんだ

けど元々そういった雑務はそこそこ好きだったのであまり苦にはならず、時間が経つにつれてメンバーとも打ち解けてきて、今では浜面仕上という新たな雑用係とも呼べるメンバーも増えた

最も根っからに染み付いた雑用根性は消えず、たまに浜面を手伝ったりしてるのだが

 

話が逸れた

 

で、ある時から絹旗最愛のアプローチが強くなってきたのだ

そして、とある任務が終わったとき、たまたま二人っきりになって、映画でも見ようってなって、いい雰囲気になり、その時はもう互いに気を許していたのも相まって―――そのまま一線を越えてしまった

 

「遼真? どうしたんですか? 考え事ですか? 超可愛い恋人を差し置いて」

「あぁ、ごめんごめん」

 

考え事していた思考を振り払い、遼真は箱を受け取った

開けていい? と目くばせで問いかけるとこくりと彼女が頷いたので箱を包んでいた袋を破っていく

ぱかり、と箱を開けると市販ではあるが、高級そうなチョコレートと、映画のチケットが二枚

 

「ふふん、では遼真もそれを確認したことだし、映画に行きましょう、超外デートです!」

 

ふっふーん、という具合に胸を張ってドヤ顔する恋人に、遼真は笑みを浮かべて返す

とりあえずチョコレートはあとで食べるとして、まずは映画に付き合ってあげよう

 

「いいよ。映画の後はどうする?」

「それはその時になったら考えましょう」

 

そうと決まれば善は急げだ

遼真はとりあえず壁にかけてある上着を取ってそれを羽織ると最愛と一緒に部屋を後にしようとする

そんな時、不意に右の二の腕がきゅ、っと掴まれた

 

「…最愛?」

 

掴んできたのは誰であろう最愛

彼女は少し頬を染めながら、視線をこちらへ向けて

 

「えっと…ですね? できれば…今日はずっと…超一緒にいたい、です…」

 

ちらりとこちらを伺うように遼真の方を見てくる最愛

一瞬思考が停止しかけた

ウチの彼女すごい可愛いんですけど

ロリコンだとか言われてもいいや、俺は最愛が好きなのだと改めて認識する

 

「…そんな心配しなくてもいいよ。今日だけじゃなくて―――ずっと一緒だから」

「遼真…だから超大好きです、愛してますよ、遼真」

 

◇◇◇

 

「はい、翔。バレンタインのチョコレートだよ」

 

伽藍の堂にて

中央のソファにてくつろいでいたら不意にアリステラが自分に向けてラッピングされた箱を差し出してきた

そういえば今日はバレンタインだということを忘れていた

学校も終わり、夕方は所長―――蒼崎橙子からのお仕事をこなし終わって休んでいた時、アリステラが思い出したように渡してきたのだ

 

「あ、ありがとうアリス。…っていうか、貰うまでバレンタインのこと忘れてたよ」

 

別に翔もバレンタインのことを完全に忘れていたわけではない

しかしアラタのクラスで友人の上条当麻がクラスメイトに襲撃される様を見て、意図的に忘れるようにしていたのだ

 

「本当は、帰るときに校門で渡したかったんだけどね、その…周りがちょっと怖かったっていうか…」

 

どうやらその光景はアリスも見えていたらしく、変な笑いを浮かべている

遠い目をしていた彼女の顔は、その襲撃を思い出していたのか、冷や汗も流れていた

 

「いやいや、私の目の前でやってくれるな、君たちは」

 

そんな光景をニヤニヤと机の上で見守っている一人の女性

メガネを外し、曰く冷酷で男性的、とも呼べる性格にスイッチしている女性の名前は蒼崎橙子

彼女はコーヒー片手に初々しい(?)翔とアリスのやり取りを眺めていた

 

「か、からかわないでくださいよ橙子さん」

「からかってなどいないさ。市販のチョコを溶かして、そこにナッツとかを合わせた程度の簡素なものだが、込められた気持ちは本物だ。正直、私は嬉しく思ってるんだよ。アラタが連れてきたあの女の子が、今では好いた異性に素直に思いをぶつけているっていうこの目の前の行動にね」

「も、もー! 橙子さん! そんな冷静に分析しないでくださいよー! 恥ずかしいじゃないですかー!」

 

両腕をぶんぶん振りながら橙子に詰め寄るアリステラ

そんな彼女をはははと笑いながら撫でくり回す橙子に、思わず翔は微笑んだ

思えば初めて彼女と会ったときは、酷いものだった

彼女をあの施設から救い出すことができて、本当に良かったと思っている

 

「そ、そういえば、橙子さんは誰かにチョコ渡さないんですか?」

「うん? まぁ私も、市販のではあるが、翔にあげるやつと、アラタと幹也の分だけだがな」

「えー、橙子さん手作りとかはしないんです?」

「悪いがそんな気にはなれんな。市販でもそこそこいいのを買ったし、あの二人にはほかに貰える宛もあるからな」

 

言われてみれば確かにと翔は思う

あんまり会ったことはないけれど、確か幹也という人は結婚していたと聞いていたし、アラタは風紀委員の方で同僚の女の子からそこそこ貰えるはずだろう

…ちょっとうらやましいと思ってる自分がいた

 

「さて。そろそろ出るぞ、用意はいいか? 二人とも」

「っと、もうそんな時間ですか。翔?」

「問題ないです、チョコは戻ってから食べます」

「そうしてくれ。それじゃあ、行くとしよう」

 

そう言ってカバンをもって蒼崎橙子は扉の方へ歩いていき、ドアノブを捻って扉を開けて外へと歩く

そんな彼女の後ろをアリステラと翔が追いかけるように歩き出す

橙子に見えないように、こっそりと、その手を繋ぎながら

 

◇◇◇

 

「はいアラタ、バレンタインのチョコレート」

 

一七七支部に顔を出すと、待っていましたと言わんばかりにずい、と固法がラッピングされた四角い箱を突き出してきた

そんな固法に追従するかのように、佐天や初春、黒子と言った女性陣もアラタの元へと歩み寄り、それぞれ手に持っていたチョコを渡してくる

 

「はい、私たちからもバレンタインのチョコですよ!」

「しっかり味わってくださいね! 手作りですから!」

「日頃の感謝も、わたくしたちになりに込めてますので、どうかお受け取りくださいな」

 

そんな一言コメントと共に、三人からもチョコを受け取る

なんだか一気にチョコが増えた

あの後学校でシャットアウラから貰った後、吹寄から一つ、ひよりからも一つ、更には先輩である雲川芹亜からも当麻に渡してくれというお願いついでに自分も一個貰った

そして更に学校から出たときに出待ちしていた食蜂操祈からも一つ貰っている

支部に来て一気に貰えてしまったな、家に戻ってからゆっくり食べよ、と呑気に考えながら受け取ったチョコをカバンに壊れないようにそっと入れながら

 

「とにかくありがとう、家に戻ってゆっくり食べるよ」

「味の感想も後で聞かせてくださいね、アラタさんっ」

「ホントはカカオから作るっていう案もあったんですけどね! さすがに時間がかかるってことで、白井さんに止められました…」

 

がっくりと項垂れる佐天を尻目に黒子がコーヒーを入れながら

 

「当たり前じゃありませんか。豆から作るのに何時間かかると思ってるんです?」

「えー? でもでも、一度やってみたくありません? 豆をゴリゴリすり鉢で潰すの楽しそーだなって思って」

「じゃあ、次回のバレンタインは、涙子のマジもんの手作りチョコが食えるって感じかな?」

「あ! いいですね、みんなで来年作りましょう!」

 

めっさ佐天がヒートアップしてる

それを見て初春が苦笑いし、黒子がはぁ、とため息をついた

固法もまたふふ、と小さく苦笑いしながらムサシノ牛乳を一口飲む

 

「…あれ、そういえば黒子、美琴はいないのか?」

「お姉様なら、今日は用事があるとのことなので来れるかはわからないって仰ってましたわ」

 

そもそも気軽に風紀委員の支部に一般生徒が来ていいものでもないのだけれども

まぁそこんところはゆるゆるなので大した問題ではない

それにしても用事か、それなら仕方がない

浮かれた気分も一度ここでリセットして、アラタは改めて目の前の仕事へと取り掛かった

 

◇◇◇

 

「どうぞ、士さん。バレンタインの義理チョコです」

「…どうしたんだ、藪から棒に」

 

とある病院の宛がわれた士の自室にて

特にやることもなかったし復習もかねて教本を読み返していたら浅上藤乃がチョコを片手に自室に入ってきた

 

「バレンタインって言ったじゃありませんか。本当は簡単なものを手作りして皆さんにお配りしたかったのですが、時間がなかったので市販のチョコを用意して配ってるんです。ですから、士さんも、ね?」

「なるほど。…ま、貰えるのなら貰っておくか」

 

タダでもらえるならそれに越したことはない

ちょうど小腹も空いていたことだし、のんびりかじりながら復習の続きをするとしよう

受け取りながら、そういえばと思い出したことを聞いてみる

 

「そういえば、頻繁に入院しに来るアイツらにも配る予定なのか?」

「アイツら? …あぁ、上条くんとアラタくんのことかな?」

 

頻繁に、という士の言葉は割と間違ってないと思っている

特に上条当麻の方ははっきり言って来すぎと士ですら思ったほどだ

退院してすぐそのあとにまた入院しに来たときはさすがに変な笑いが出た

 

「えぇ、アラタくんにはお仕事終わったら渡しに行く予定だし、多分アラタくんの近くに当麻くんもいると思うから、彼にも渡す予定ですよ? …それがどうしたんです?」

「あぁ、いや。何となく気になったから聞いてみただけだ」

 

士に渡し終わって士の部屋を後にする藤乃の後ろ姿を眺めながら、士は頂いたチョコの封を開けて一口かじる

どうやらビターチョコだったらしく、確かな甘みとほのかな苦みが口腔に広がっていく

…しかし、こういうチョコを食べると、牛乳が飲みたくなる

とりあえず舌で舐めて溶かしながらのんびり頂くとしよう

 

「…それにしても、案外アイツ等もモテるんだな」

 

まぁモテてるかどうか実際は知らんけども

パキン、と貰ったチョコの小気味よい音と共に、士は貰ったチョコに舌鼓を打ちながら再度教本へと視線を戻すのだった

 

◇◇◇

 

「おっすー。アーラタッ」

 

一七七支部での仕事最中、夕食を買いに外に出たら御坂美琴と遭遇した

どうやら用事は終わったのか、いつものカバンを手にした彼女は手を振りながらアラタの方へと歩み寄る

 

「美琴。用事は終わったのか?」

「えぇ。お陰様でね。アンタは?」

「俺は夕飯買いに出ただけだよ。まだ仕事残ってるからさ」

「そうなんだ?」

 

そこから他愛もない会話を美琴と交わしていく

コンビニで出た新発売のゲコ太の食玩だったり、いつぞやのガチャガチャでまた新しいゲコ太のが登場したり、コンビニの菓子で美味しいのはやっぱりあれ等エトセトラ

なんでもない時間ではあったが、普通に流れるこの時間が、やっぱり好きだと実感する

やがて夕飯のパンも買い終わり、支部へと真っ直ぐ帰るだけになったが、ふと、美琴がアラタの前に歩み出て、くるりとこちらに視線を向けた

 

「そだ。多分支部に行っちゃうと渡すタイミングなくなると思うから…今渡しておくね」

 

彼女はカバンの中にいそいそと手を入れると何やらを探すようにガサガサと手を動かした後、そこから四角い、正方形のラッピングされた箱を取り出した

中央に結ばれたリボンが、風に吹かれて少しだけ揺れる

 

「はい、ハッピーバレンタイン。…一応手作りだかんね、これ」

 

少しだけ頬を染めてこちらに向けてくる美琴の顔に、少しだけ目を奪われる

世間では学園都市最強の超能力者だとか、常盤台の電撃姫だとかなんとか言われているけど、やっぱりアラタにはそうは見えないのだ

彼女もまた、どこにでもいるごく普通の女の子であると、アラタは改めて実感する

アラタは歩み寄ってその箱を受け取ると

 

「…ありがとう、家でゆっくり頂くよ」

「えぇ、しっかり味わって食べなさい。…まぁアンタのことだから、他にも何個か貰ってるかもしれないけど…」

 

美琴は一度後ろを向いた後、後ろ手に自分の手を組んでから、ちらりとこちらを伺うみたいに視線を向けて

 

「い、一応、気持ちと心は、負けてないつもりだから」

 

彼女の頬は珍しく真っ赤になっているようだった

そんな美琴にアラタは歩み寄りながら軽く頭を撫でながら先を歩くと

 

「ま、これからも頼りにしてるぜ、美琴」

「―――えぇ、この美琴さんに任せなさいっ」

 

彼女は朗らかな笑顔を作り、前を歩くアラタの横へと歩いていった

その時、不意に美琴の方から手を握られる

少しだけアラタはびくりと驚いたが、ゆっくりとその手を握り返す

 

繋がった手の温もりは、いつまでも、暖かった―――




一組だけR18になりそうな展開のやつらがいますが、需要なさそうなので多分R18は書きません
需要があれば書くかもしれないけど期待しないでね

・シャットアウラと鳴護アリサ
何時になるかわかりませんが、一応あの劇場版ももっかい書こうと思ってます
現在のと昔のじゃ出てるキャラ違うしね


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#0 昔の話

まぁいつも通りの内容です
もっと言えば原点クウガの劣化1話、2話ですこの内容



きっかけは蒼崎橙子の些細な言葉だった

 

「博物館?」

「あぁ。知人から譲り受けたものを提供しに行くんだ。息抜きも兼ねて学園都市の外に、お前も連れて行こうと思ってね」

 

そう言って裸眼の彼女はごとりと机の上にオークションで買ったのか、はたまたどこぞのコネで入手したであろう骨董品(?)を置いていく

素人の自分からみたら何がなんだかわからないようなものばかりで、はっきり言って価値などわからない

その中でひとつだけ、とても気になるようなものがあった

 

「…なんだこれ」

 

それは石のようなベルトだった

中心にサークルみたいなのがあり、付近には四角いのが四つほど

触れてみた感じだと石そのもののような感じがしてずっしり重たい

 

「あぁ、そいつは妹から送られてきたものさ。どうしようかと思っていたが、これを機に一緒に提供しようかなと」

 

ごそごそとひとつひとつ品をダンボールに詰めながら橙子は言った

ふーん、と曖昧な返事をしながら自分はそのベルトをずっと眺めていた

数分眺めているうちに、一つの欲求に駆られた

 

「―――なぁ、試しにつけてみていいかな」

 

それが、始まりだった

 

◇◇◇

 

鏡祢アラタ

彼の名前だ

学園都市に住まう風紀委員(ジャッジメント)に所属している高校生、に、なりかけているまだ中学生のガキである

 

両親はいない

物心ついた時には二人共病死していたらしく、祖父母の知り合いであった蒼崎橙子へと預けられた

蒼崎橙子は不思議な人だ

正直読めないところもあるが、面倒見のいいところもあるというか

眼鏡の有無で人格がスイッチしたり、凄腕の人形師でもあったり、建築家(?)でもあったり、と、とにかくいろいろ多彩な人だ

 

現在

 

「おい、身体に大事はないか?」

「うん、至って健康だよ」

 

蒼崎橙子の車に乗って、例の博物館に移動している最中である

あの後

好奇心に駆られアラタはその石のベルトを思い切って腰に巻きつけてみた、その結果―――

 

あろう事かその石のベルトはアラタの体の中に入ってしまったのだ

 

いや、入ってしまったというと違和感があるかもしれないが、そうとしか表現できないのである

付ける際には焼けるような痛みが全身に走ったり、妙なフラッシュバックが頭の中巡ったりとあったが今は特に体調に変わりはない

指もちゃんと動くし、足もしっかりと歩ける

問題はないはずだ

 

「そうか。なら安心だが、気分を悪くしたらすぐに言え、いいな?」

 

橙子の言葉にわかった、と返事をしながらなんとなくアラタは外の景色を眺めだした

思い出すのは、ベルトを装着した時に見た誰かの記憶

戦っていたのだろうか、誰かを守るために奮闘していたようにも見える、二本の角のあの戦士

赤から青、緑、紫へと色を変え、様々な武器を使いこなしていたあの戦士

あの時視えた光景は一体何だったのだろうか

しばらく考えてアラタはぶんぶんと首を振る

考えたって仕方がない、今は橙子がくれたこの息抜きの時間を楽しまさせてもらおう

 

 

「…結構高そうな博物館だな。大丈夫なのか俺たちが入っても」

「問題ないよ。そのへんでも見て待っててくれ」

 

ついたその博物館は結構大きいものであった

なんでもこの近辺では有名な博物館であるらしく、世界各国からホンモノを取り寄せて飾っているらしい

最もホンモノと言われてもアラタには全く価値などわからないのだが

館長である男性とメガネをかけた橙子がなにやら話し込んでいる

内容は全く理解できないがおそらくは展示する品などとかについて話しているのだろう

その時ぽふ、と自分の足付近に誰かがぶつかった感触がした

 

「こら美加ちゃん、はしゃぐんじゃありませんよ。―――ごめんなさいね」

 

先程こちらにぶつかってきた女の子の頭を撫でながら起こすとお母さんであろう女性はこちらに視線を向けてぺこりと頭を下げてくれた

それに倣って娘さんであろう女の子もぺこりーと頭を下げる

その後お母さんであろう女性は娘さんの手を取って橙子と話している男性のところへと歩いて行った

タイミングよく橙子は話し終わったのかメガネを外しつつこちらに戻ってきた

 

「あの人は館長の奥さんさ。年若いだろう?」

 

そう言われて仲睦まじく話し合う館長と奥さんの様子を遠目から伺う

年齢は両方とも四十代前半かもしれないが、見た目だけならまだ三十代とも言えるかもしれない

 

「とりあえず、橙子の方は仕事終わったのか」

「あぁ。あとは適当に展示物でも見てまわるとでもしよう」

 

橙子からそう言われてアラタは頷いた

ちょうどいい、自分も適当にこの博物館の中を見て回りたいとは思っていたのだ

なんかパンフでもとってきて回ってみようかな、と思っていた時である

ふと入口あたりがざわついているのが目に見えた

なんだろう、と思いながらそちらを見てみると、スーツを着込んだ妙な連中が何人か歩いてきている

対応しようと館長の男性が彼に近づいていく

そこで徐にスーツの男は懐から拳銃を取り出した

 

パァン、と一発の銃声が耳に届いた

 

ドサりと倒れる館長

銃弾は心臓を貫き、床には夥しい血が流れている

刹那―――博物館は阿鼻叫喚の渦へと飲まれていった

その混乱を見計らい、部下であろう男女二人組が展示品のケースを破壊して、そこから価値のあるであろう物品をいくつか選び、持ち運んでいく

 

「あとは適当に暴れてこい」

 

スーツを着込んだ男がつぶやく

彼の傍らにいた男が懐から一つのメモリを取り出した

ふいにかちりとそのメモリのボタンを押す

 

<SPIDER>

 

そう電子音声が聞こえた気がした

どこかで聞いたことがある、もしかするとあれは、ガイアメモリというやつじゃないのか

手にしたメモリを男は首筋のコネクタへと突き刺し―――その姿を怪物へと変容させる

スーツの男は怪物となった男にいくつか命令を飛ばすとそのまま外に向けて歩き出していった

 

「アラタ、何をしてる」

 

橙子の声で我に変える

彼女はアラタの手を掴み、こちらを見据えていた

 

「何を呆けてるんだ、私たちも避難するぞ」

「え、けど他の人たちはどうするんだ、っていうか、アイツ等はなんなんだ!?」

「私にもわからん、展示物に目をつけたただの犯罪者集団かもしれんが―――」

 

そう橙子が言っている最中、ふと視界に女の子が入ってきた

それは先程自分にぶつかってきて、親の女性と一緒に謝ってくれた、あの幼い女の子だった

女の子はぺたりと地面に座り込んで、地面に倒れ―――もう息絶えて―――ている父親を一生懸命に動かしている

そんな彼女を逃がそうと母親は彼女の手を取るが、女の子は動いてくれない

それを煩わしく、鬱陶しく思ったのか蜘蛛の化物は拳を握り締めながら歩いて行った

 

何が起こるかなど、容易に想像できてしまった

 

そこからはあんまり考えてなんていなかった

後ろからは橙子が自分を呼ぶ声が聞こえていたが、気にしてなどいられない

 

「おぅらぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

らしくない雄叫びをあげながら全身全霊の力を込めて蜘蛛の怪物にタックルして跳ね飛ばす

突然の行動だったからか、蜘蛛の化物は大きくその体制を崩し、仰け反った

アラタは叫ぶ

 

「橙子! この人たちを!」

 

自分が出る限界まで大きい声を絞り出しアラタは目の前の怪物に視線を向ける

 

「全く勝手だなお前は!」

 

そんなこと言いながらも橙子も駆けつけ、女の子を抱え上げ、女性とともに避難していく

そして改めて体制を立て直した蜘蛛の化物を見やった

 

「―――クソガキが」

 

短い言葉を吐き捨てると、化物はこちらに向けて手を伸ばしてきた

想像以上に早い、喧嘩には多少慣れているといえどやはり化物、速度が違う

それでもなんとか身をかがめて化物のパンチを回避し、思いっきり後ろの方へと後ずさる

何か抵抗できる武器とかないだろうか、と見渡したとき展示されていた剣が目に入ってきた

即席の武器になってくれればいいのだが、そもそも武器として使えるのか

いろいろな考えが頭をめぐるが今はそんな事を言っている場合ではない

申し訳ないと思いながらもその辺に落ちている品を適当に怪物に投げつけて、牽制を図りつつ、ゆっくりとその展示物の前に移動する

到着するやいなや剣を引き抜き、そのままぶっ叩く勢いで剣を振り下ろす

結果は一瞬

ぽきりとこちらの剣が真っ二つに折れ、無様な姿を晒してしまった

 

「…やっべ」

 

そう判断した時にはもう遅かった

腹部に蹴りを入れられ、そのまま体を掴まれて大きく投げ飛ばされた

ドシン、と地面に叩きつけられ肺の息を吐き出す

圧倒的にこっちが不利だ

 

(こりゃ、本格的にまずいかも知れない…!)

 

ぜーはーと呼吸を繰り返し、その場でなんとか体勢を整える

どうせこのまま死んでしまうのなら、精一杯足掻いて足掻き抜いてやる

そう決意して、アラタは自分の拳に全力で力を込める

瞬間、アラタの内部にある、ベルトが反応したことを本人は気づかないままに、こちらに向かって歩いてくる蜘蛛の化物に向かって渾身の一撃を打ち込んだ

一瞬の輝きのあと

 

拳を打ったアラタの右手は妙なモノへと変化していた

殴ったアラタも、殴られた蜘蛛の化物も、その変化にはついていけていない

しかしよくわからないが、これはチャンスでもある

このまま一気に畳み掛けることができれば、多少なりとも隙はできるかもしれない

そう考えたアラタは大きく息を肺に取り入れ体を起こし立て続けに蜘蛛の怪物に向かって拳と蹴りの乱打を叩き込んだ

一撃、また一撃叩き込むごとに、アラタはその姿を変えていく

気づいたときには、鏡祢アラタの姿はそこになく

 

「…!」

 

そこには白い鎧をまとった、短い二本の角を携えた姿があった

蜘蛛の化物は先程までの相手が突然姿が変化したことに驚愕し、アラタ自身もこの姿に変化したことに驚いていた

 

「―――聞いてねぇぞ、仮面ライダーがいるなんて!」

 

蜘蛛の怪物はそう短い捨て台詞を残し、そのまま適当な建物の上へと跳躍して、どこかへと去ってしまった

しばらくは呆然とその場に立っていた

危機はさったのだろうか

 

「アラタ!」

 

橙子の声が聞こえてくる

気づくとパトカーのサイレンの音もしきりに耳に入ってきていた

この姿を警察の人たちに見られるのは少しまずいと思い、試しに思い切り戻れと念じてみる

するといとも簡単に姿は人間の鏡祢アラタへと戻ることができた

 

「何を呆けてる、早く来い」

「あ、あぁ」

 

ぺしん、と軽く頭を叩かれてようやく現状を理解したアラタはそのまま橙子の後ろをついていく

結局その日は何がなんだかわからないままに、橙子が予約していたホテルへと到着した

また、あとで地元警察の人たちが事情聴取に来たらしく、メガネをかけた橙子がそれに応対、簡単ながらも情報を聞くことができた

幸い、という言葉は不適切だが、あの騒動で怪我をした人はいなかったらしい

死亡したのも銃で撃たれた館長のみ、展示品のいくつかは持って行かれ、あるいは破壊されてしまったようだ

…ぶっ壊したモノの中にはアラタがぶっ壊したものがあるのだが

 

「…しかし、いろいろあって整理がつかないな」

「ホントだよ…」

 

一応の事情聴取が終わった後、缶コーヒーを買ってきてくれた橙子から一本を受け取って、それを胃に収める

先の橙子の呟きに、アラタはゆっくり頷いた

何よりも理解が追いついていないのはアラタ自身なのだ

 

「―――まぁ、お前が一番困っているな。とりあえず今日は休んでいろ」

 

ベッドに座らされて、そのまま額をぺしっとされて寝かされる

一度体を横にしてみると一気に疲れが体を遅い、そのまま瞼が沈んでいく

一回目をつむってしまうと眠気がやってきて、気がついたら眠りへと落ちていた

 

 

眠ったアラタに軽く布団を掛けると橙子は窓を開け、タバコを取り出した

そのままライターで火を点けて窓から見える景色を見ながら煙を吹かす

ちらりとしか見えなかったが、一瞬変化していたアラタの姿

 

「…青子め。なんてものを送ってきたんだ」

 

間違いない、いくつか文献で目に通していた

名前はたしか―――クウガといったか

 

 

翌日

改めてその博物館へと足を伸ばす

傍らに橙子の姿はなく、今はアラタ一人しかいない

そこには警察官が何人か出入りしておりドラマとかで見かけるキープアウトと書かれた黄色いテープが貼られていた

ここに足を運んだのは、単純に気になったから、というしょうもない理由である

一般人のために、さすがにテープの中に入ることなどできず、見える範囲で博物館内を見回してみる

昨日館長が倒れていたところには血の痕のようなものがあり、正直見るに耐えなかった

直視することができず、視線を逸らし―――その視線の先に、警察に話をしている館長の奥さんの姿が見えた

傍らには、娘さんである女の子もいる

よく見ると、お母さんの目元は腫れていた

―――女の子は、今も泣いていた

 

思わず視線を逸らす

あまり交流はない、はっきり言って他人である

それでも、やっぱり

 

誰かの涙は、辛いモノだ

 

無意識に拳を握り締める

同時にこんなことを平然とできる昨日の連中に怒りがこみ上げてきた

その時彼の中にあるひとつの決意が生まれる

以降の自分を形成しうる、ある決意を

 

 

「橙子」

 

彼女の予約したホテルへと戻ってきて、窓際でタバコを吸っている彼女の名前を呼んだ

橙子はちらりとこちらに視線を向けるとタバコを灰皿に置くと立ち上がってわざわざこっちに歩いてきた

 

「どうした、何か用事か?」

「橙子は、昨日の連中の居場所って探れるか?」

 

アラタのその一言に、橙子は目を鋭くする

 

「…何を考えている」

「昨日の奴らを捕まえる」

「無茶を言うな。お前にそれができるとでも? 自惚れるなよ小僧」

 

橙子はかつかつと歩いてきて、目の前で歩みを止める

鋭い眼光のまま、彼女はアラタの瞳を射抜くように見据えた

 

「つい最近までただの一般人だったお前がそんなことできるとでも思うのか。気持ちは察するがここは退け」

「いいやできない。今ここで学園都市に帰ったら、それこそアイツ等みたいな連中がのさばっちまうだろう」

 

ぎりり、と拳を握り締め、橙子の目をまっすぐ見つめ返す

ここで気圧されて目をそらしてはいけない、己の本気を伝える必要がある

それに一人ではあの連中を探すことなんてできない、なんとしても蒼崎橙子の助力が必要なのだ

 

「ワガママだってわかってる、ガキの戯言だってことも。けどここで戻ったら、また〝あの人たち〟みたいに涙流す人がいるんだろ!?」

 

アラタは橙子の目をみて、はっきりと言った

橙子ははぁ、と短くため息をついて

 

「…全く。私に関わる男はどうもこうして無茶したがるのか」

 

そう言い捨てて橙子は踵を返し放置してあるタバコの前まで歩いて灰皿に置いてあったタバコを改めて拾い上げもう一度口にくわえた

 

「…悪いな、自分でもようやく気づいたけど、ああいうのを許せない性分みたいだ。あんな奴らのために、ほかの誰かの涙なんて見たくない…。その、やっぱりみんなには、笑顔でいてほしいから」

「―――やれやれ」

 

咥えているタバコを一息吸うともう一度タバコを灰皿に戻した

するとおもむろに床においてあったアタッシュケースくらいの大きさのカバンを持ち上げてテーブルにそれを置いた

少し時間が経つとどこからともなく一匹の猫が地面へと降り立った

橙子はその猫をひとつなでると

 

「少しだけ時間をくれ」

「え?」

「原始的な方法だが、探してやるさ。その奴らの居場所をな」

「―――いいのかよ?」

「曲がりなりにもあの館長とは知り合いだったからな。仇討ちとかではないが、お前の手伝いをしてみるさ」

 

目を閉じて薄く笑みを浮かべると、小さい声で橙子はいけ、と使い魔であろう猫に命令した

その声をうけて猫は窓から飛び出す

アラタ橙子に深く頭を下げて

 

「…ありがとう、その、こんなことに付き合ってもらって」

「乗りかかった船だ。今更気にするな」

 

そう言ってくれるだけでだいぶ気持ちが楽になる

だがあくまで彼女は調べてくれるだけであり、実際に行動を起こすのは自分自身だ

 

 

時刻は夜

 

居場所はあんがいあっさり見つかった

遠い昔に破棄された廃ビルを現在は拠点としているらしい

橙子の黒猫(?)の案内のもと、アラタはその拠点の真ん前までやってきていた

今日は大勢の手下であろう人たちはいないのか、扉の前に見張りなどはいなかった

しかしそれは逆に好都合だ、早いとこ内部に侵入してしまおう

 

最上階は天井のない、割と広い空間だった

そこには以前見たスーツ姿の男性と、蜘蛛の化物へと変異した男性、他に二人、部下であろう男と女が立っていた

スーツの男がこちらを睨む

 

「―――なんだテメェ、ガキがこんなところにくるんじゃねぇよ」

「あぁ、用なんかないさ。多人数で博物館の品盗りにくるチンケなやつなんか」

「…あぁ?」

 

アラタはゆっくり歩き始める

 

「それでもアンタたちが仕出かしたことは許されない、あろう事か、誰かの命を奪うなんてことも」

「…なんだテメェ」

「はっきり言うとさ、捕まえに来たんだよ、アンタたちを」

 

アラタの言葉に周りにいる連中はそれぞれ声を出して笑い始めた

当然だ、いきなり目の前に年端もいかない小僧がやってきて自分たちを捕まえるとほざいてきたのだ

スーツの男は笑いながら立ち上がり

 

「立派な心意気じゃねぇかガキ。だがどうやって調べたのか知らねぇが、この場所を知っちまった上でここに来たからな。―――死んでもらうぜ」

 

男は視線で合図する

それは蜘蛛の化物へと姿を変える男だ

彼はメモリを取り出し、スイッチを押して電子音声を発生させる

 

<SPIDER>

 

そのメモリを自身の体へと突き刺し、再度その姿を怪物へと変容させた

 

「聞くところによると、お前仮面ライダーらしいじゃないか。だが、そんな強くもなさそうって話もな」

「えぇ、あの時は大事を取って退きましたが…特に強敵でもないですよ」

 

首を回しながら蜘蛛の怪物がこちらに向けて歩いてくる

その歩きを視界に収めつつ、以前自分でベルトを巻いた位置に己の両手をかざす

そして右手を左斜めへと突き出し、左手をベルトに添える

そのまま開くように己の両手を動かした

 

かつてフラッシュバックで見た幻視では、その姿は赤かった

だが前姿を変えた時は白い姿だった

おそらくあの時は突然のことで動揺していたのと、自分自身に戦う意思が足りなかったからだ

学園都市で風紀委員として活動している時も、スキルアウトといった連中と戦う時はどうにかなると考えていたのに、いざ実際命の危機に瀕すると身体が震え、あの時は無我夢中だった

けど、はっきり自覚した今は違う

身に余るかもしれないこの力を、誰かの笑顔のために

 

「―――変身」

 

広げた腕をベルト左側へと持っていき、小さくその姿を変える言葉を呟く

色のなかったベルト中央の霊石が輝き、赤い光を宿す

拳を握り締めアラタは目の前の化物に向かって駆け出した

蜘蛛の化物―――スパイダーは迎撃しようと蹴りを繰り出した

その蹴りを受け止め、お返しにその顔面に一撃を叩き込む

当てた拍子に足を離して今度は腹部に向かって蹴りを打ち込んだ

一撃を受けてひるんだスパイダーにもう一度拳を繰り出す

左、右と連撃を叩き込むうちに、徐々に彼の体は変質していく

 

炎のような赤い鎧

全てを移す紅の複眼、宝石の陽に輝くベルト中央の霊石

闇夜の中にただひとり、赤の戦士はそこに立つ

 

「…なんだ、前と違うじゃねぇか」

 

スパイダーはそう言って改めて襲いかかってくる

しかし不思議と相手の動きが読める

この姿になったことで自身の身体能力が多少強化されたのだろうか、相手の攻撃がどこにどうくるのか、なんとなくだがわかるのだ

顔面にくる拳は手でいなし、腹部にくる蹴りは受け止めそのままジャイアントスイングの要領で投げ飛ばす

いつまでも時間のかかる部下に苛立ちが募ったのか、スーツの男は背後に控えていた部下に指示を飛ばした

 

「いつまで時間かかってんだ! …くそ、やれ!」

 

男女は頷き、二人共メモリを取り出してそれを起動させる

 

<COCKROACH>

<HOPPER>

 

電子音声が鳴り響き二人の姿を変異させる

一人は…ゴキブリをモチーフにしているのだろうか、生理的に気持ち悪い造形だ

そしてもうひとりはバッタだろうか、どっちにしても両方虫ということに変わりはない

プラスするなら状況的にさすがに三体一はマズイ、せめてこの蜘蛛だけでも即効で倒さなければ

幸いにも味方が来たという状況で若干隙を見せたその相手にすかさず赤の戦士は一気に拳のラッシュを叩き込む

さらに顔面を固定し、腹部に膝を打ち込んだ後、両手を開いて掌底を繰り出す

そして短い助走の後、軽い飛び蹴りを胸元に直撃させた

蹴りを撃つ寸前に足に焼けるような感覚が走り、威力が向上したような気がした

 

「―――ぐおぉ!?」

 

胸元に現れた変な紋章とともに後方に吹き飛ばされ、スーツの男の横を突っ切る

そのまま後ろの壁に激突し、爆散した

爆炎が止んだあと、変身していた男性と使用していたガイアメモリがからりと落ちる

とりあえずこれで状況は二体一、多少は楽になるだろう

 

そう思っていたのも束の間、ゴキブリモチーフの敵が一気に接近してくる

速度は蜘蛛の何倍か、おそらく数十倍か?

さすがはゴキブリ、といったところか

しかしいくらなんでも速すぎる

幾度も攻撃をくらい、次第に少しずつではあるが、劣勢となっていく

 

そこでふと、頭の中で再度光景がフラッシュバックする

 

緑色へと色を変えた戦士は素早い相手の攻撃を見切り、それを捌く

また、手に持つ銃のような武器で遥か遠くの敵を射抜いていたりもしていた

 

色を変える、なら、今の自分でも変えられるのではないか?

しかしこの場に銃はなさそうだし、射抜くことはできなさそうだが―――反撃の糸口くらいは掴めるはずだ

敵の一撃を喰らいつつ、地面を転がり体勢を立て直す

心の中で変われ、と強く念じながら

 

すると赤色だったベルト中央の霊石が緑色へと変化し、もう一度その姿を変化させる

左右非対称の、緑色の鎧だ

同時に頭に周囲のありとあらゆる情報が入ってきた

緑になると聴感覚が強化されるのか、あんまり長い時間はなれそうにない

とにかく今は目の前の敵に集中しなければ

 

「―――!」

 

ガバァ! と背後から掴みかかるように強襲してきたコックローチ

完全に動きをホールドされる前に肘鉄をコックローチの顔面へと動かした

ごき、と直撃した感触のあと、腕を掴みあげ、一本背負いの要領で自分の前に投げ飛ばす

直後再び色を赤へと戻し、その腹部に全力を込め踏み抜いた

燃えるような感覚の後、そのストンプはいい具合にヒットする

 

「が、ぁぁぁ!?」

 

爆散

炎が消えゆくなか、現れたのはやはり変身した人間と使用したガイアメモリだ

自分ではメモリの破壊はできないのだろうか、などと考えている場合じゃない

あと一人いたはずだ

 

「貴様…一体なんだ!」

 

バッタが怒りながらそんな事を言ってくる

なんだと言われても自分でもよくわからないのだから答えようがない

そのままバッタは鋭い蹴りを繰り出してくる

バッタは跳躍力の高い虫だ、それは怪人となっていても健在で、その一撃のひとつひとつはとても強力だ

おまけに反撃しようにしても

 

「ふっ! ―――!」

 

放った蹴りは空振りし、空中からの奇襲を受ける

跳躍力という長所にして最大の武器を活かし高所からの攻撃にシフトしてきたのだ

おまけにここは天井のない開放空間、赤い形態でも頑張れば跳べないことはないだろう、しかしバッタほどの跳躍力はない

 

そこでまた、頭の中でベルトをつけた時の映像がフラッシュバックする

 

それは青い鎧をまとった姿だった

赤の姿と比べるとジャンプ力などの身体的ステータスが向上しており、その手には長獲物を携えたその姿

 

咄嗟に軽く周囲を見渡し、手頃な鉄パイプを手にとり、それを真ん中あたりで握る

そして空中でこちらを見下ろしている

不思議と見下しているこちらに対して、下卑た笑みを浮かべているのを幻視できるほどだ

―――あそこまで届くように!

 

そう固く決意して、全身全霊を込めて両足で地面を蹴った

瞬間、再びベルト中央の石が青く輝きだし、それと同時に赤い鎧も青く変色していき、手に持っている鉄パイプもその姿を変え、両端がシャキンと伸縮していた

 

「嘘!? 貴方、本当に何者―――」

 

バッタがそう言っている時には、もう高度は同じ位置

そしてそのまま、手に持っている己の獲物をあらん限りの力を込めて振り下ろす

長柄の武器はバッタの脳天に直撃し、今いる場所が空中なのも相まって絶大な威力を生んだ

バッタは地面へと激突し、そのまま爆散

 

傍らに着地するとやはり変身していた女性と使っていたガイアメモリがからんと落ちた

残るはスーツの男ただひとり

このまますんなり捕まってくれるといいのだけれど

 

「―――クソがッ!」

 

やはりというかなんというか男も懐から一本のメモリを取り出した

しかしその口ぶりからすると本心では使いたくなかったことが伺える

男はメモリのスイッチを押した

 

<VIOLENCE>

 

「後悔すんなよ、クソガキが!」

 

そのメモリを己に突き刺し、男はその姿を怪物へと変える

バイオレンス―――直訳で暴力を意味するその姿は筋骨隆々で見るからにかなりのパワーがありそうな姿だ

左腕の鉄球を振りかざし、男はこちらに言葉のままの暴力を振るおうとしてくる

なんとかその一撃を回避したのも束の間、すかさずに右手のパンチ攻撃をモロにもらってしまい、わずかながら隙が生まれてしまった

 

「シャァァァァぉうらぁぁぁぁッ!」

 

そんな叫びとともに、鉄球の方の腕の一撃が腹部を捉えた

がはっ、と肺の空気を吐き出しつつ、後ろ向きにバック宙の要領で回転し、地面に激突してしまった

そのまま地面を軽く転がり体制を立て直す

はぁはぁと息を漏らし立ち上がって身構えた

相手の力が強すぎる、青のままではどうあがいても力負けするだろう

仮に赤に戻っても勝てるかどうか―――

 

そして三度目のフラッシュバック

 

それは紫の鎧を纏った姿

一本の剣を携えた、豪腕の剣士の姿

 

近づいてくる相手を見据え、手に持つロッドを握り締める

そして心の中で念ずる―――もっと強く!

一瞬仮面の中で瞳を閉じて、一気に目を見開いた

刹那、ベルトの中央の石が紫色に輝き、それに呼応して彼の体も変えていく

銀色をベースにして、紫色で縁どられたその姿は幻視で見た光景そのものだ

応えるように手に持っていたパイプも姿を変えて、フラッシュバックで見た剣そのものと化した

 

多種多様に姿を変えるその姿に、相手はその表情を驚愕の色へと染める

若干後ずさりをしつつ、男は言った

 

「―――お前はなんなんだクソガキィ!」

 

激昂しつつ、ソイツは体を丸め、一つの球体へと変化させた

そのまま押しつぶさんとばかりにこちらに向かって突っ込んでくる

もしこの姿が青や赤ならばまずかっただろう、だがこの銀と紫の姿ならば対抗できるはず

剣を両手で持ち、正眼に構え直前まで引き付ける

そして向かってくる鉄球を右に避けつつ、一気に剣を振り抜いた

振るわれた剣は鉄球を横一文字に深い傷を受け、自身の背中の方で、大きな爆発が起きる

 

爆炎が消えた時、やはりそこに倒れていたのは気を失ったスーツの男と、使用していたガイアメモリだ

念のために相手グループが使用していたメモリは全て破壊しておくとしよう

一応、警察の人に連絡しておいた方がいいだろうか

…なんだろう、全部終わると一気に疲労感がこみ上げてきた

とりあえず動かないように適当に拘束でもしてから通報しておこう

適当に近辺を探してみると工事現場とかでよく見かける黒と黄色のロープを発見した

これで拘束しよう

 

 

「終わったのか」

 

廃ビルからアラタが姿を現すと、そこには傍らに使い魔である黒猫を携え、カバンを抱えた蒼崎橙子が立っていた

黒猫は橙子の肩に飛び乗ると鳴くようなアクションをする

橙子はそのまま近づいてきて

 

「しかし、お前も無茶をするな」

「…同僚からも言われてるよ。無能力者(レベルゼロ)なのにお前は無茶しすぎだってな」

 

そのおかげで無駄に心配されている

 

「お前は少し、戦いを学んだ方がいいな」

「我流になるのは仕方ないだろ。どっちみち俺は素人どまりなんだし…」

「あぁ。だから近いうちにお前を知り合いのところに連れて行く。そこで少々戦いを学べばいいさ」

「…知り合い? 俺としては貴女に知り合いがいた事の方が驚きだぜ?」

 

苦笑い混じりにアラタは橙子にそういった

それを耳にするとくっくと笑みを返したあとひとつタバコを吸って、煙を吐き出しながら

 

「まぁ、そう思われても仕方ないだろうな。だがまぁ安心しろ、信頼できる相手だ」

「…橙子がそう言うのなら」

「最も、私も久しぶりに会うんだが」

「…本当に大丈夫なのか」

 

タバコを吹かしながら前を歩く橙子にアラタはついていく

黒猫は今度はアラタの肩に飛び乗ってきた

軽くお腹のあたりを撫でながら、傍らに歩を進めていく

 

そしてその数時間後、匿名の通報で駆けつけた地元警察によってその犯罪者集団は全員御用となった

連中を見つけたときには既にロープで拘束されており、なぜだか気を失っていたという

一体誰が彼らを拘束したのかは、まだ誰にも分かっていない…が、ようやくこの集団を逮捕できたことも相まって、特に話題になるようなことはなかった

 

そして少し時間は進み、物語は始まる―――




しばらくは昔のやつに加筆修正した内容で投稿していくゾ
あくまで予定だし気長に待っててくださいおねがいします


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#0.5 あれから

なんかがっこうぐらしみたいなサブタイになった
あとキャラ崩壊警告(してないよっていう意見もあるかもですが念のため)

出来はお察し

誤字脱字見かけましたら連絡をば

ではドウゾ


学園都市

 

東京西部に位置する完全独立教育機関の事

 

そこには総勢二百三十万人もの人口(その八割は学生)が滞在し、日々自身の能力開発に打ち込んでいる

 

そんな学園都市の第七学区

 

この区は主に中高生の少年たちが多く住み、故に学生が多い

高級感あふれる〝学舎の園〟や逆に治安の悪い裏路地など雰囲気は様々である

そんな七区の一角

時刻は夜

夜と言ってもまだ七時前後の時間帯

 

一人の男子学生がふわぁ、とあくびを噛み殺しながら道を歩いていた

彼の片手にはビニール袋をぶら下げており、その中には後輩に頼まれた弁当が入っている

当然買うときに温めますか? と聞かれたがそれは支部で温めればいいやと考えた彼はそれを拒否、さっさとお金を払ってお釣りを貰い出てきた所存である

 

「…目的のものは買えたし、さっさと初春と黒子に持って行ってやらにゃあね」

 

本日も書類整理ともろもろが重なって夜遅くまで事務作業している彼女らに弁当でも買ってくるよと言って自分は外に出たのだ

常日頃頑張っている彼女らにたまには先輩らしいことでもしよう、ということで今回は自分がお金を出すことにした

 

「…結構使ったな」

 

少し財布が軽くなってしまった

見栄を張りたい気持ちもあるが、これからは自重しようと肝に銘じる

と、そこで前方の通路から話し声が聞こえてきた

見ると一人の女生徒が数人の不良らに絡まれていた

学園都市と言えど半数が学生、こう言った輩も少なくはないのだ

 

「こ、困ります、私、これから友達と…!」

「いいじゃんよぉー…夜道の一人歩きは危険だぜぇ?」

「そうそう、だから俺達が一緒に行ってやるって言ってんだよー…なぁ?」

 

そう言って三人いる不良グループの一人が女生徒の顔にずい、と自分の顔を近づけた

女生徒は「ひっ」と小さくかつ短く悲鳴を上げて若干顔を引く

そして小さく目を開けて周囲に助けを求めるべく視線を巡らせる

しかしその視線を合わせるものは一人もいない

当然の反応である

好き好んで面倒事を引き受ける人間などこの時代にそうはいない

 

「じゃあ、行こっか。さっさと」

 

そう言って不良の男は女性の手をつかもうとした時だ

ぱし、と横合いから伸びてきた

傍らにビニール袋引っさげた男性である

 

「…あぁ!? なんだテメ―――」

 

彼の言葉は最後まで言い切ることはなかった

ふと彼自身が気がついたときには自分の体は宙に浮いており、眼前には地面が見える

そのまま重力に引かれるように彼の体は吸い寄せられ、顔面から地面に激突

ゴシャア、と結構エグい音が聞こえ不良その一は激痛に悶えるように体をジタバタ動かした

 

「て、テメェ―――」

 

次に向かってくる不良その二

明らかに大ぶりな攻撃を軽く回避して彼の胸元に軽く手を添える

瞬間、何が起きたのだ言わんばかりに不良その二は口から胃液を吐き、その場に蹲ったあと、地面に顔から突っ伏した

腹を押さえているあたりまだ意識は残っている

 

「…あの人みたいにはいかないなぁ」

 

あの人は意識まで奪っていたのに自分がすると意識を刈り取れるまでに至っていない

まだまだ自分も下手くそだ

それを見た三人目の不良その三は徐にナイフを取り出して、身構えた

たがその構えはまるでなっていない

腹部を突き刺そうと低く構えた体勢からナイフを突き出してくるが、自分の体を横に動かすことで普通に回避し、足を不良その三の足に引っ掛けて地面へと突っ伏させる

どしゃりと倒れ手から離れたナイフを徐に手に取ると倒れている不良その三の顔のすぐ横に突き立てた

一歩間違えば刺さっていたかもしれない、という恐怖

 

「粋がるのもいいけどさ、ナイフなんて素人が持つもんじゃないよ」

 

少しだけトーンを低くし、彼は言う

不良その三はがたがたと短く震えだした

…やりすぎただろうか

 

◇◇◇

 

「じゃああとお願いします」

 

数十分後

 

周囲にいた野次馬の通報を受けて付近にいた風紀委員が急行してくる

本来なら自分がしょっ引けば問題ないのだが今回は腕章を支部に忘れてしまっているので他の風紀委員にやむなく頼んだのだ

定例会に真面目に出ていないから顔を知られていないから、というものあるのだが

 

「じゃあ後はお任せを。ご協力ありがとうございます」

「はい。では自分はこれで」

 

短く挨拶をしてその場から立ち去ろうと踵を返したときに

 

「あ、あのっ」

 

女生徒に声をかけられた

なんだろうとかと思い振りかえり女生徒に視線を合わせる

 

「その…ありがとうございました…」

 

涙ながらにそう言われて、彼は笑って女性に返答する

 

「別に大したことしてないから。そだ、なにかされてない? 大丈夫?」

「はい、特になにも…」

「じゃあよかった。それじゃあまた」

 

短くそう返すと彼は改めて支部に向けて歩を進めた

…弁当とかは大丈夫だろうか、と気になって歩きながらビニール袋を徐に開けて弁当を確かめる

少しおかずが溢れたりはみ出たりはしているが別に食べれないというほどでもない

問題はないだろう

 

そう思いながら道を歩くのは、この町の高校生、鏡祢アラタ

一七七支部に属している、風紀委員の一人だ

 

◇◇◇

 

がちゃりとノブを回して鏡祢アラタは支部の扉を開けた

視界には名門常盤台の制服を来たツインテ女子と柵川中学の制服を着込んだ頭に花の…カチューシャをつけたおかっぱ頭の女の子が入ってくる

ツインテ女子はコーヒーでも入れていたのか起立しており、初春は目の前のパソコンをカタカタとタイピングしている

 

それぞれ名前は白井黒子と初春飾利

両方ともアラタの後輩である

黒子は大能力者(レベル4)空間移動者(テレポーター)で、本人の戦闘能力も高く、隣にいてくれるととても頼りになる存在である

初春は強度(レベル)こそ高くはなく、戦闘には不向きである

しかしその実態は卓越したパソコン操作技術にあり、おそらくこの支部では最も機械に強いだろう

 

どちらもなくてはならない存在なのだ

 

「ういー、いま帰ったぞっと」

「あ、お帰りなさいお兄様、いまコーヒーを入れますけど、お飲みになります?」

「飲む、っと、弁当買ってきたから、食いたい方を初春と相談して選んでくれ」

「うわぁい! ありがとうございますアラタさん!」

 

そう言って作業を一旦中断し初春はテーブルの上に置いたビニール袋に小走りで近づいていく

同時に机に置いてあった(忘れてた)風紀委員の腕章を手に取り、アラタはそれをポケットに突っ込みつつ中をなんとなしに見渡してみる

 

「なぁ、そういえば固法はどうした」

「固法先輩なら一足お先に帰りましたわー」

 

そう黒子は短く返答して、相談して選んだであろう親子丼を温めようとレンジの前に移動していた

初春は既に温め終えていたのか、自分の前に置いた焼肉弁当を美味しそうに食べている

実に幸せそうに食べている後輩だ

見ているこっちもなんとなく笑顔になってくる

ふと、もきゅもきゅしている初春がこちらの視線に気づき、ふいに頬を赤らめた

 

「…た、食べづらいですアラタさん…」

 

そう言われて悪いと苦笑い混じりに返答する

確かに大口開けてご飯を食べる姿など見られたら食べづらいに違いない

外に出ていた分、自分の仕事をこなしていこう

 

◇◇◇

 

「あ、そうだ白井さん、明日の約束忘れてないですよね?」

 

仕事もひと段落し、今日は帰ろうとなった時ふと初春がそんな事を口にした

 

「約束? あぁ、お姉様のことですのね」

「? なんか明日あるの?」

 

初春はそーなんですよー! と言いながらアラタに向き直って満面な笑顔を作る

すごい嬉しそう

 

「実は、御坂さんと会わせてくれるように白井さんに頼んでみたんです。そしたら明日OKって出たんですっ」

 

そう言って彼女はその場で満面の笑みを浮かべたままくるくると回り始めた

その回転はバレリーナみたいにくるくるしていた

 

「へぇ、よかったじゃないか。美琴は有名人だしさ。しっかりエスコートしてやれよ黒子―――」

 

そう言いながら黒子を見てちょっと思考が止まった

なんか知らないが黒子がぶつぶつ呟いている

しかも何やら黒い笑みを浮かべながら

クレヨンし○ちゃんみたいな笑みだ

 

(…これきっとあかんやつや)

 

そう思わずにはいられない、そんな笑みだった

 

◇◇◇

 

黒子や初春と別れ自宅という名の学生寮へ歩いていく

アラタが通う高校には男子は男子寮、女子は女子寮に住まう制度となっている

責任もってお子さんを預かる、という決意の表れか

 

「ま、憧れるからなぁ。超能力って奴は」

 

夜空を見上げながらなんとなしに呟いてみる

 

超能力

 

誰でも憧れたことはあるだろう

漫画やアニメでよく見るそんな力を使ってみたいと思ったことがないとは言えないのはアラタだって同じだ

しかし現実は非情なもので、才能がないものには容赦なく無能力者(レベル0)の烙印が押されれ不良になってしまうケースも珍しくない

 

「ま、今となってはどうでもいいんだけどさ」

 

そうして視線を正面に向けたとき懐に入れた携帯が震えだした

マナーモードにしていたことをすっかり忘れていた

携帯には蒼崎橙子の名前がある

またなんか面倒なことじゃないよね、と思いながらアラタは通話ボタンを押した

 

「…もしもし?」

<おぉ、アラタか。今どこにいる? もしくは帰るところか>

「…寮に帰るところだけど、どうしたの? なんかあった? メモリ関係? それとも魔術的な?」

<いや、ある意味それ以上に大事かもしれないことだ>

 

珍しく真面目な声音

ゴクリと唾を嚥下させて橙子の言葉を待った

 

<アラタ>

「…何さ」

<ちょっとタバコ買ってきてくれないか。不味いので構わないからさ>

 

―――ここまで緊張して損したと心から思ったことはない

 

「…切りますね」

<まぁ待てアラタ、なんでもいいんだ。セブン○ターとかそういうので―――>

 

プツリと電話を切った

はぁ、と深ァいため息を吐いた後、仕方なくコンビニに向かって歩き出す

橙子好みのタバコなど未だに把握していないが、本人がなんでもいいと言ってるので適当に買っていってあげよう

―――大事な恩人なのだし

 

「…高校生にタバコ売ってくれるコンビニなんてあるのかな」

 

常識的に考えてなさそう、っていうかないだろう

…普段から通っているコンビニに行って、もしそこに知り合いがいれば買えるかもしれない

買えなかったら…身分証明書とか不要な自販機とかで買うしかないだろうか

 

そんなどうでもいいことを考えながら、彼は夜道を歩いてく

そうだ、今晩は橙子のところで寝よう

コンビニを探す道すがら、アラタは思った

 

 

 

これらはほんの日常の一ページ

これからの物語がどう動くは、まだ誰もわからない

 

これは、誰かの笑顔のために戦わんとする男の物語―――




前作のプロローグの焼き直し

変えてないところもちょっとある

あと最近は牙狼とかハイスクールD×Dとかに浮気しまくってるから感覚が鈍ってる(言い訳


頑張ります、てか頑張らせてください(懇願


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幻想御手(レベルアッパー)
#1 電撃使い


大きな変更点はないはず

誤字脱字見かけましたら報告ください

…全然関係ないけど本日はfategoで期間限定で沖田実装…
回さなきゃ…

ではどうぞ


翌日の事

 

伽藍の堂のソファで起床したアラタはひとつ思い切り背伸びしてみる

自身の体には薄い毛布がかけられておいた

おそらく橙子がかけてくれたのだろう

そんな橙子もコーヒーでも淹れていたのか、カップを片手に持った状態で台所から顔を出した

 

「起きたか。朝食はどうする。インスタントで良ければ用意するが」

「いや、寮に帰りながら適当にコンビニでなんか買って済ませるよ、ありがたいけどね」

 

そんなやりとりを交わした後、アラタはソファから起き上がった

改めて思い切り背伸びをして気分を変えるとともに、自身にかけてくれていた毛布を軽く畳んでいく

畳みながら時間を確認しつつ、そのついでにカレンダーを確認する

今日は学校はない、一日のんびり出来そうだ

 

「そうだ、アラタ。お前に一つ渡したいものがあるんだ」

 

両手にコーヒーカップ二つ持った彼女はテーブルに歩いていき、かたりとカップを置いた

その後テーブルの引き出しへと赴いて何やらしばしがさごそと探しながら彼女はごとりと黒光りするナニカをすっと置いた

ピストルである

アラタはテーブルに置かれたピストルに目をパチクリさせながら橙子の言葉を待った

 

「やる」

「…ほっほー。アナタは高校生に銃を所持させようというのデスか」

「モデルガンだ。ホンモノじゃない」

「モデルガン持ってる高校生なんて聞いたことねーよ。警備員(アンチスキル)とかにバレたら補導一直線だよ」

「緑の時に必要だと思って知り合いから譲り受けたのだが…、ダメか」

 

心遣いはすっごく嬉しいのだけれど

まぁ今日は学校もないし、大丈夫だろう

はぁ、と息を吐きながらそのモデルガンを手に取って

 

「まぁせっかくだから貰い受けるけど…これ本当にモデルガンなんだよね」

「あぁ、モデルガンだ」

「…ならいいんだけど。…っと、そろそろ家に帰るよ、コーヒーありがとう」

「ん。そうか、何かあったら連絡する、それと、昨日は無理言ってすまなかったな」

「気にしない。それじゃあまた」

 

橙子とそんな会話を交わし、アラタは事務所から足を出す

太陽の輝きがアラタを照らしだす

少しづつ目を慣らしていこう…なんて思ったとき、ふとアラタの携帯がなった

ディスプレイを確認してみると白井黒子と名前があった

通話ボタンを押して電話を耳に当てる

 

「もしもし?」

<お兄様、今どちらにいらっしゃいますの?>

「…どちらっつうか、なんだろ、俺がよく行ってる場所―――」

<えぇ、ただいま目視いたしましたわ!>

「え?」

 

そう返事が来た瞬間、不意に背後に空間移動音が聞こえた

すかさず振り向くとそこには白井黒子がおりアラタの体に彼女の手が触れ、そのまま一緒に姿が消失する

付近にいた一般人は突然のことに驚きを隠せなかった

 

◇◇◇

 

「…もうちょっと穏便にできないのかお前さんは」

「急いでいらしたのです! それくらい大目に見てくださいまし!」

 

現在空中を黒子と一緒にテレポートで移動中

白井黒子の能力はレベル4の空間転移(テレポート)

 

自身や触れたものを瞬時に移動させることができる

距離・重さ・個数・発動条件などに制限があり、テレポートの精度は転移させる物体の重量に関係なく、飛距離が限界値に近いほど甘くなるらしい

加えて上記のとおり触れたものに限られるが、複数の物体を転移することも可能

なお彼女の場合、連続で自身を転移させる際の直線での移動は時速に換算すると、約288km/hほど

このことから自身の連続転移では、一度テレポートしてから再度行うまでに1秒ほどのラグがあるようだ

 

「で、暴漢だっけ?」

「えぇ、先ほど初春から連絡がありましたの! 場所は―――」

「あいわかった、ここからでも十分間に合う、うまい具合に挟み撃ちにしよう」

「わかりましたわ!」

 

そこで会話が途切れいったん黒子は低空へと移動しアラタを地上にやると再び黒子は転移を再開しその場から消えた

それと同時にアラタは目的地に向かって走り始める

ここからなら軽く走れば問題はないはずだ

 

◇◇◇

 

「ここら辺のはずだが…」

 

付近にたどり着いてきょろきょろと見回す

そういえば場所は聞いたが詳しい詳細までは聞いてなかった

今度からは短く詳細でも聞こうかな、と考えたその直後だった

 

バリバリバリバリ!! と雷のような音が耳に聞こえてきたのだ

 

「うおっ」

 

思わず体がビクッとなる

それと同時に顔が青ざめていくのをしっかりと感じていく

 

「…嫌な予感」

 

そんな感覚を感じながら音のなった方へ足を向けた

そして目にした光景は案の定な光景だった

〝彼女〟の雷撃にやられぶっ倒れる暴漢と思しき数人の不良とその中心に一人の女性…〝彼女〟である

 

「…やっぱりお前か」

「んあ…? あら、アラタじゃない」

 

前髪にバヂリと雷を迸らせ、友達に会ったような気軽さで彼女…御坂美琴、通称〝常盤台の超電磁砲〟はアラタの名前を口にするのだった

 

◇◇◇

 

「…何度申し上げればわかってくれますの」

 

ぐたーといった様子で黒子は呟いた

アラタとほぼ同じタイミングで駆け付けて腕章を見せつけて彼女特有の決め台詞を言い放った後に彼女の存在に気づき顔が驚きに染まったのは記憶に新しい

 

「仕方ないじゃない、先に手を出してきたのはあっちだし。だいたい学園都市だって名前負けしてるのよ。街中にいろんなセキュリティ張り巡らしてもああいう馬鹿はいなくならないし」

 

言いながら彼女は自販機の前に止まった

軽く靴の履き心地を確かめながらつま先をとんとんと叩く

これはあれをやる気だ

 

「お姉―――え」

 

黒子は一瞬戸惑ったがすぐにまた驚愕の色に染まる

対してアラタはまたか、といった表情で美琴の行動を見守った

 

「ちぇいさーっ!!」

 

次の瞬間、美琴はその自動販売機の側面に回転回し蹴りを叩き込む

がたがたん、と音を立てて自販機は取り出し口に黒豆サイダーなるものを吐き出した

ちなみに美琴はスカートを履いているが、その下には短パン着用済みなので問題ない

あと、わかってると思うが実際やったらいけない

 

「結局、私らの生活には関係ないじゃん」

 

そのまま慣れた手つきで黒豆サイダーを取り出してプルタブをかきょ、と開けて口をつける

正直言って美味しそうな響きではないそのジュースを彼女は涼しい顔してゴクゴク飲んでいる

無難な巨峰ソーダのようなものしか飲まないアラタには予想できない

 

「相変わらずお嬢様の欠片もないな」

「うっさいわねー。あんたには問題ないじゃない」

「そりゃあね。俺の知り合いはみんな女っけが少ないと見える」

「ちょ、どういう意味よ」

 

そんな軽口をたたきあう美琴とアラタ

蒼崎橙子はクールビューティー(?)、鍛えてくれたあの人はエライ男前だし

一方で黒子は両膝を抱えたままに

 

「お姉様…またスカートの下にそのようなお召し物を…」

 

彼女も彼女で変わらない変態クオリティ

黒子は美琴を慕ってはいるが少々行き過ぎてレズっているのだ

その発言を聞いた美琴は「ぶっ!?」とむせてしまい軽くせき込んで息を整えた後

 

「どこ見てんのよアンタ!! この方が動きやすくて―――」

 

そう言って黒子に近づこうとしたときに、サイレンのような警報が耳に届いてきた

警備ロボットだ

恐らく自販機に蹴りをブチ当ててしまってセンサーか何かに引っかかってしまったのだろう

それに気づいた黒子はアラタの手首をつかみ、残った右手で美琴の手を掴むと付近に位置する高層ビルの屋上に空間転移する

その場に残ったのは駆け付けた警備ロボットと美琴が落とした黒豆サイダーの容器だけがコロコロと転がっていた

 

◇◇◇

 

「ま、派手に動くのもほどほどにな」

「…わかってるわよ」

 

屋上の手スリによっかかってる美琴はむすーとした表情で呟き返した

その光景を見ていた黒子は笑みを浮かべながらふと空を飛ぶ電子飛行艇を見て

 

「あらいけない。急ぎませんと」

 

その声につられて美琴も空を見上げる

 

「あぁ、そういえば今日、身体測定(システムスキャン)の日だっけ」

 

 

「じゃあまた後でなー」

「えぇ。じゃあまたいつものファミレスでね」

「それではまたー」

 

身体測定(システムスキャン)に向かった美琴と黒子にいったん別れを告げたあと時間を潰そうと練り歩く

はっきり言ってすることない

天道とか神代を誘う、という選択肢もあった

さらに言うなら常盤台に適当に赴いて冷やかすみたいな行動もあるにはあったが目がしいたけみたいな女に絡まれるとめんどくさそうだ

 

食蜂操祈

いつだったかは忘れたが親友と一緒にこれまためんどくさい事件に巻き込まれたので(こっちが一方的にだが)苦手なのだ

 

「…雑誌でも読も」

 

仕方ないので無難にコンビニで時間を潰すことにした

 

◇◇◇

 

警備員(アンチスキル)のとある施設

 

「…ふう」

 

一人の男性が訓練終わりのベンチに腰掛け疲れたような息を吐く

 

「…気が重いなぁ」

 

男性の名前は立花(たちばな)眞人(まこと)

学園都市の警備員(アンチスキル)に所属する一介の青年である

 

「ため息なんてついて珍しいじゃん?」

「あ、黄泉川さん」

 

そんな様子の眞人に対して一人の女性が声をかけた

その女性の名前は黄泉川愛穂

彼の同僚にして緑のジャージの上からでも分かるナイスバディの持ち主である

 

「どうしたよ。悩みがあるなら聞くじゃん?」

「いえ…悩みというわけじゃないですが…その今日決まったことに実感持てなくて」

「決まったこと…あぁ、G3ユニットの事?」

 

G3ユニット

昨今増加しているドーパント犯罪に対抗するべく作られたパワードスーツ型の強化ユニットである

一応ベースにしているデータはあるにはあるがデータが少なく、ほとんどがオリジナルの産物である

 

「けど問題ないじゃんよ。体力レベル的にもお前さんが適任じゃん?」

「別にそれは問題ないんです。与えられた仕事は責任もって果たしますし…けど、いざもらってみると…」

 

そんなことを言うと黄泉川は眞人の肩をバシッ! と勢いよく叩いて

 

「痛っ!?」

「細かい事でくよくよすんなよ! 安心しろって。私や鉄装、影山さんや矢車隊長だってサポートしてくれるじゃんよ。だから、一人で気負うな」

 

そう言って軽く笑みを浮かべる

こういったさりげない心遣いが黄泉川のいいところだ

 

「…えぇ、ありがとうございます」

 

今はその小さな心遣いに感謝をしつつ、目の前のディスプレイを見た

その画面には研究所内で戦う二本角の男の映像が映し出されていた

 

「しかし、自分には未だに信じられません。…彼は一体何ものなんですか」

「この映像に写っている男のこと? うーん…正直私にもわかんないじゃんよ…」

 

彼が現れたのは一年程前だっただろうか

不意に現れ、違法な研究をしている研究所を通報し、データを破壊して回る二本角の赤い戦士

映像では時たま姿を変えていない人間の姿が見えることがあるが、どれも顔が隠れておりその正体を知ることはできない

 

「まぁ少なくとも悪いやつじゃないことはわかるじゃんよ」

「けど、憶測だけで判断するのは危険です、もっと情報を集めないと…」

「はっはは、眞人は心配性じゃんよ。大丈夫だって」

 

そうばっしばっし肩を叩いてくる黄泉川に苦笑いをしつつも、映像の方に視線を向ける

そこには姿を変えて戦う、赤い戦士の姿が映し出されていた

 

◇◇◇

 

ファミレス〝Joseph's〟

ちなみに読みは〝じょせふ〟である

某奇妙な冒険とは関係はない

多分

 

で、現在

暇をつぶしたアラタは身体測定を終えた美琴と黒子と共にそのファミレスにいた

そのテーブルの一角

 

「私のファン?」

 

美琴は頬杖を突きながら黒子の言葉を聞き返した

 

「あぁ。昨日言ってた奴か」

 

「えぇ。一七七支部でわたくしたちのバックアップを務めている子ですの。一回でいいからお姉様とお会いしたいと事あるごとに」

 

言われてみれば結構な頻度で聞いていたような気がする

その時はほかの作業に没頭していたのであまり気にならなかったが

 

「…はぁ」

 

対する美琴はあまり乗り気じゃないのか小さくため息を吐く

だが彼女の場合は仕方ないと言える

何せ彼女は〝常盤台の超電磁砲〟と言われ尊敬と敬意の念を込められている

いわば常盤台の中では本物のお嬢様なのだ

 

「お姉様が普段ファンの子たちの無礼な振る舞いに参っているのは存じてますわ。しかし、初春は分別をわきまえたおとなしい子」

 

言いながら黒子はカバンから一冊の手帳を取り出した

恐らく今回の事記した予定帳なのだろうか

 

「ですからここは黒子に任せ―――」

 

しかし美琴はその手帳に違和感を持った

それはアラタも同じだった

昨晩に見せた黒子の変な笑いは違和感を持たせるには十分だ

アイコンタクトで合図を送る

伝達が終わると同時美琴は黒子からその手帳を奪い取った

 

「っあ!? ちょ―――」

 

慌てて手帳を取り返そうと手を伸ばす黒子をアラタが顔面を抑えて制する

 

「…初春を口実にしたお姉様とのデートプラン…? …ほお。つまり大人しくて分別をわきまえたその子を利用して、自分の変態願望をかなえよう、と」

 

「あ…、あの…その…」

 

だらだらと黒子の額から汗が溢れ出てきた

恐らく焦りからの汗

 

「…ま、そんな事だろうと思ったよ」

 

うすうす気づいてはいたのだが

…しかし初春を利用してまで美琴と親睦を深めようとしたその姿勢にだけは感服する

見習いたくはないけど

 

「読んでるだけですげーストレス溜まるんだけどぉ!!」

 

そう言って美琴は黒子の両ほっぺをみょーん、と伸ばし始めた

ひとしきりみょーんとした後に美琴は落ち着いたのか座りなおすと

 

「…まぁ黒子の友達なら、仕方ないか」

 

やれやれといった表情で美琴はテーブルに置かれた水を一口飲む

 

「初春が良い子なのは俺も認める。ここは大目に見てあげてくれ」

「アラタがそう言うなら。…けど黒子の友達でしょう? 最初から仲良くするつもりよ、…て、黒子?」

 

半ばフリーズした黒子

数秒経って「おねぇさまぁ!!」と言いながらアラタと美琴の間にジャンプしてきた

ていうか座ったままの状態からどうジャンプしたのだろうか

…もしかして波紋使いか?

 

「おわ!? ちょ、やめなさいって!!」

「そうだぞ!? さすがに迷惑―――」

 

そう言って何気なく窓の外を見た直後青ざめた

なぜなら初春が友人であろう女の子と一緒にこんな光景を見ていたのだ

さらに

 

「お客様…」

「え?」

「あの…ほかのお客様のご迷惑になりますので…」

 

一人の黒子(バカ)のいらん行動により、本来ならなかなか言われない言葉を言われた

とりあえず二人で一発殴っておいた

 

◇◇◇

 

ファミレスを出て初春とその友人に合流

美琴とアラタはそれぞれ右手と左手を軽くプラプラさせているが理由は頭をさすっている黒子を視れば明白である

その様子を初春と友人は苦笑いで見ていた

見てるしかなった

 

「えぇ…では、改めてご紹介しますわ…」

 

さすりさすりと頭をさすりながらぴっ、と手を初春の方へ向ける

 

「こちら、柵川中学一年…初春飾利さんですの」

 

言われた初春ははっ、となった感じで表情を赤く染めながら緊張した様子で

 

「はっ、初めまして…初春飾利、です…」

 

憧れの人に初めて会うのだという緊張からかあまり凝った紹介などでなく、シンプルなものだった

そして黒子は初春の隣へと視線を移す

しかし黒子はその友人と面識がないから紹介のしようがない

 

「それからそちらは…」

 

故に言葉が詰まってしまった

 

「あ、どーもー。初春のクラスメイトの佐天涙子でーす。なんだかわかんないけど、ついてきちゃいましたー。ちなみに能力値は無能力者(レベル0)でーす」

 

皮肉たっぷりに自分のレベルをアピールする佐天

そんな佐天をまずいと感じたのか初春は「佐天さん何をっ!?」と驚いた様子で彼女を咎めようとするが

 

「佐天さんに、初春さん…ね」

 

美琴は確認を取るように二人の名前を暗唱すると改めて二人を見て

 

「あたしは、御坂美琴。んでこっちは―――」

「鏡祢アラタだ。よろしくな」

 

そう二人して親しみやすい笑みを佐天と初春に向ける

てっきり何か言われると思っていた二人は若干拍子抜けした様子で

 

「…よろしく」

「おねがいします…」

 

そう思わず返答していた

 

「ごほん」

 

皆の自己紹介が軽く済んだところで黒子がわざとらしく咳払いをする

割って入ることで主導権を握ろうと踏んだのだ

 

「では…つつがなく紹介も済んだところで…。多少の予定は狂ってしまいましたが、今日の予定はこの黒子がばっちり―――」

 

全部言い切る前に美琴のげんこつとアラタのローキックが同時にヒットした

頭と弁慶の泣き所同時に衝撃をもらってしまい「はうあっ」と短く嗚咽を漏らしながら黒子はうずくまる

痛そう(他人事

 

「…ったく。…まあこんなとこにいてもしょうがないし…」

「わかりやすくゲーセンでも行こうぜ」

「そね。そこにいこっか」

 

行き先が三秒で決まってしまった

そんなあっけなくていいのだろうか、と考える初春と佐天の心配をよそに美琴は持っているカバンを肩にかけ、準備万端

 

「おら黒子。行くぞ」

「お、鬼ですわお兄様がた…」

 

そしてまた美琴は未だポカンとしている二人に向かって小さく微笑んだ

 

◇◇◇

 

「まったくもう、お二人ったら…ゲームや漫画などではなく、もっとこうお琴とか書道とか…お上品な遊びを学んだりとかはなさりませんの?」

 

そう前を歩く黒子はぐちぐちとまるで小姑みたいにぶつくさ言う

 

「っさいわね…だいたい、茶とかのどこがあたしらしいのよ」

「そうだぞ。つぅかそんな美琴気持ち悪ぃ―――あたっ」

 

言葉の途中で腹部に軽い痛み

美琴に肘で腹をド突かれる

びすびすと地味に痛い

 

「それはそれでムカつくんだけど?」

「いた、痛いって。ごめ、ちょ、さーせんっ」

 

そんな光景をすぐ後ろで見ていた初春と佐天はちょっと驚いた様子で眺めていた

 

「…なんかさ、全然お嬢様じゃなくない?」

「上から目線でもないですしねぇ…」

 

少なくとも佐天は最初こそ彼女に好印象はなかった

常盤台の名門に通うお嬢様

上から目線でとっつきにくそう

それが名前を聞いたときに思った最初の印象だ

しかし蓋を開けてみればそんなものは微塵も感じさせないほどの気さくな人となりに親しみやすい明るさ

少なくとも自分が思っていたお嬢様のようなイメージは完全に払拭された

 

「…ん? なにそれ」

 

ふと初春を見てみると手にチラシが握られていた

チラシを覗き込むように佐天が首を伸ばす

 

「新しいクレープ屋さんですよ。なんでも先着百名にゲコ太ストラップがもらえるらしいですね」

 

そのチラシの真ん中右らへんに大きく件のゲコ太ストラップのイラストが大きく書かれていた

 

「わ、なにこのやっすいキャラ。今どきこんなのに食いつく人なんて―――」

 

そう佐天は言いかけてどしん、と目の前を歩く美琴とぶつかってしまった

 

「あ、すみませ―――え?」

 

しかし美琴は佐天の謝罪に耳を貸すことなく受け取ったチラシをくいるように見つめていた

それはもう真剣に

視線で人を殺せるレベルだ

 

「…御坂さん?」

 

初春の呼びかけでやっとはっ、となった様子で初春に振り返った

 

「へ?」

「なんだ、どうした美琴…ん? クレープ屋に行きたいのか? それとも、その特典の方が目当てかな?」

「えっ!? そ、そんなわけないじゃない!! わ、私は別にゲコ太なんか―――」

「あらあら? お兄様は別にゲコ太と言ってはおりませんのに…?」

「―――はっ!?」

 

最後の最後に地雷を踏む美琴だった

 

◇◇◇

 

そんなわけでふれあい広場に到着した御一行

そのクレープ屋は移動式のクレープ屋らしくこのたび、このふれあい広場に新規オープンしたらしい

それで現在はオープンフェアで先着百名にゲコ太ストラップがもらえるとかなんとか

しかし今現在このふれあい広場には結構な数の子供たちが溢れ返りそうなくらいいた

おそらく今度学園都市に入ってくる子供たちであろう

その証拠にバスガイドであろう女性が

 

「休憩は一時間ですー! あまり遠くに言ったら駄目ですよー!」

 

と大声で注意を言っていた

 

「タイミングが、悪かったですね…」

 

そんな微笑ましい光景を見ながら初春は呟いた

これは先に席を確保した方がいいかな、と考えた黒子は

 

「先にベンチを確保してきますわ」

「あ。じゃあ私も」

 

それに初春も便乗し、二人は列を離れる

離れる際、アラタの後ろに並んでいた佐天に初春たちはこう告げた

 

「佐天さん、私たちの分も、おねがいしますねー」

 

唐突に言われた一言に佐天は「え?」っと素っ頓狂な声を上げる

しかしそこに黒子の追撃

 

「お金は後で払いますわ―」

 

そう言って二人は先にベンチを確保しに向かってしまった

取り残される佐天、美琴、アラタ

ちらり、と佐天は美琴を見る

彼女は腕を組みながらまだかな、まだかー、っと言った様子で人差し指をパタパタさせてる

 

「…え? 何?」

 

佐天の視線に気づいた美琴は若干イラついてるような感じがした

恐らくなかなか進まないこの列に少々イラついてるのだろう

 

「い、いえ…その、順番変わります?」

 

佐天がそう言うと美琴はパァ! と笑顔になるがすぐさま表情を戻し

 

「べ、別に順番なんて! 私は、クレープさえ買えればそれで―――」

 

そう言いながらも彼女の視線は先ほど購入したときにストラップをもらった子供たちに目が行っている

それをちょっとうらやましそうに見てるのだ

…こういうのもなんだけれど、わかりやすい人なのかな

 

「…はぁ」

 

思わず苦笑いをしてしまった

想像と全然違う表情をするものだ

 

「想像と違うって感じだな」

「へっ?」

 

不意に前を並んでいたアラタが彼女に声をかけた

 

「まぁ最初は驚くよねぇ。話してみると結構想像と違うっていうか」

「えと…、そうですね。ちょっとびっくりっていうか…驚いたっていうか」

 

たはは、と佐天は笑みを作る

そのしぐさにアラタははは、と笑いながら

 

「まぁ俺は出会いがあれだったから話せるようになるまで黒子の仲介があったのだけれど」

「え、そうだったんですか?」

「うん。…今思い出してもめんどくさかったなぁアレ」

 

そう話す彼の顔は妙に達観している

…彼女とどうあって出会ったのだろうか

気にはなったがここで聞くべきでないと判断した佐天は思いつく限りいろいろな話題を出してみた

以外にも彼は幅広くこちらが提示してくる話題の全てに食いついて来てくれて、とても話しやすい人だ

そんな雑談をしてる中、購入順が回ってくる

 

「そだ、俺黒子の分買うから、佐天は初春の分頼めるか?」

「全然大丈夫ですよ」

 

短く交わすとアラタはクレープを適当に頼む

少し待つと店員のお姉さんがクレープを二つ持ってくる

アラタはそれを受け取ると今度はお姉さんがゲコ太ストラップを差し出してきた

 

「どうぞ。最後の一個ですよー」

「はい、最後の―――え?」

 

その直後背後でガクンッ、と勢いよく膝が崩れる音が聞こえた

当然ながら美琴である

 

「美…美琴?」

 

アラタがゆっくり声をかけると猫みたいな目になっていた

若干潤んでる

よほど入手できなかったのが悔しかったのか

 

「あぁ…ほら、俺のやるから」

「え!? いいの!?」

「いいよ、少なくとも俺はいらないし…」

 

そう答えると美琴はアラタの手を握りしめて

 

「ありがとぉぉぉぉぉ!!」

 

普段の彼女から想像できない感謝が聞けた

それはもう全力のありがとうにちがいない

…まぁ、喜んでくれて何よりだ

 

◇◇◇

 

「ほらお姉様ぁ、遠慮なさらずにぃ」

「要らないって言ってんでしょ!! 何をトッピングに納豆と生クリームなんか…!!」

 

現在初春らが座っているベンチの目の前で美琴と黒子が追いかけっこをしている

その光景を微笑ましく見ながら三人は手に持ったクレープをついばむ

ちなみにベンチに座っているのは佐天と初春、その付近に立っているのはアラタだ

 

「よかったですね」

「え?」

 

ベンチでもふもふとクレープを食べている初春が不意に佐天に話しかける

彼女は一度クレープを食べるのを止めそのまま続けた

 

「御坂さん。お嬢様のイメージとはちょっと違ったけど…、思ってたよりずっと親しみやすい人で」

 

初春に言われまた改めて黒子と戯れている(?)美琴を見て

 

「…うん、そだね」

 

そう静かに同意した

 

「けどあんたの友達にはついていけないかも…」

「ははは…」

 

そう話している二人を見ながらアラタも同様に笑みを零す

微笑ましいなぁ、とかそんな事を考えながら

 

「…ん?」

 

おもむろに怪訝な表情をした初春がとある一点を見つめた

見つめた視線の先には銀行があった

しかし現在時刻は真っ昼間、銀行ならまだ経営していても問題ないはずなのだがどういうわけか防犯シャッターが降ろされている

 

「どうした、初春」

「いえ…あそこの銀行…どうしてまだ昼間なのに、防犯シャッター降ろしてるんでしょう…?」

 

そんな初春の何気ない一言に戯れていた二人も、佐天もアラタも初春が見た視線の方向に移す

じ、と見ていたその数瞬後

 

 

 

ボォゥン!! と激しい音と共に防犯シャッターが内側から吹き飛んだ

 

 

 

『!?』

 

 

 

広場にいた人々に戦慄が走る

それが強盗なのは誰が見ても明らかだった

 

「初春! 警備員(アンチスキル)への連絡と、怪我人の有無の確認! 急いでください!」

「は、はい!!」

 

こういう時の黒子の対応力は高いものがある

食べかけのクレープを一息に食べ切り、そう指示を飛ばすと初春らが座っていたベンチを乗り越え、道路に着地した

 

「俺も行くぞ、黒子」

 

アラタも同様に飛び越えて、黒子の隣に着地する

それと同時に二人はポケットから風紀委員(ジャッジメント)の腕章を取り出すと右腕にそれを通す

 

「黒子! アラタ!」

 

思わず美琴は二人の名前を呼んだ

あわよくば手伝おうとも思っていたのだが

 

「おっと、美琴、気持ちは嬉しいけどこっからは風紀委員(おれたち)の仕事だ」

「ですからお姉様は今度こそ、お行儀よくしていてくださいな」

 

そう言って小さく笑みを作る二人を見て、美琴は二人を送り出す

〝二人なら問題ないか〟

そう確信して

 

 

「おら、ぐずぐずすんな!!」

 

もくもくと黒い煙が立ちこもる銀行の中から五人の男性が出てきた

全員口元にスカーフを巻いておりそれぞれがバッグを持っておる

恐らくその中に現金を入れてあるのだろう

 

「さっさとしねぇと―――」

「お待ちなさい!!」

 

しかしみすみす逃がすはずもなく、その男たちの前に黒子とアラタが立ちはだかる

黒子は右腕にかけてある風紀委員(ジャッジメント)の腕章を見せつけながら高らかに言い飛ばす

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの!! 器物破損、および強盗の現行犯で、拘束します!!」

 

対して言われた側の強盗グループはそれぞれ顔を見合わせたあとまたアラタと黒子を見る

その行動の意味が分からない二人も一度顔を見合わせたのち、同じように強盗グループを見た

 

その後

 

『あーひゃっはっはっは!!』

 

全力で爆笑された

 

「ひゃひゃひゃ!! なんだよこのガキども!!」

「風紀委員も人手不足かぁ!!」

 

笑いまくる強盗たちを尻目にアラタはちらりと黒子の方へ視線をやりながら

 

「…ガキだってさ。お互い様だってのにさ」

「そうですわね。舐められたものですわ」

 

一通り笑い飛ばした強盗グループのうち、三人が一斉に走り出してきた

恐らくすぐ突破できるとふんだのだろう

 

「黒子、先行くぜ」

「ええ、どうぞ」

 

黒子と短いやり取りをしてアラタはそいつらが近寄ってくるのを待つ

 

「おら兄ちゃん、そんなとこにいっと、怪我すっぞ!!」

 

まるでテンプレのようなセリフを言いながら強盗の一人がアラタめがけてパンチを繰り出してきた

 

「…そんな定番なセリフ」

 

自分に飛んでくるパンチを片手でばしっと受け止める

その時強盗の表情が驚きに染まるがアラタは動くのをやめない

 

「盛大なフラグだぞ」

 

そのまま腕へと掴み直し相手の体重を利用して勢いよく放り投げる

一本背負いの要領だ

 

「のわぁぁぁ!?」

 

ビタンっ!! と大きな音を立て強盗は地面にたたきつけられた

そのままかくんと気を失う強盗

最後に男を見下ろしながらアラタは言う

 

「あの人直伝の技使われないだけでも感謝して欲しいね」

 

そして同様に驚いている残り二人の強盗に視線を移す

アラタは余裕たっぷりに手先でちょいちょい、と指を動かす

〝来いよ、来なよ〟

ついでに表情も全力で作り、相手を全力で煽っていく

 

「あ…の野郎!!」

「ぶっ殺してやる!!」

 

挑発につられて我を忘れた様子の二人がアラタに向かって一直線に突っ走ってくる

…想像以上に釣られたものだ、と内心で苦笑いしながらアラタはそいつらを見据える

先に仕掛けてきたのは自分から見て右側の強盗

走りから勢いをつけて持っていたバッグで殴り掛かってきた

 

「よっ」

 

そのバッグを受け止めて逆にその遠心力を利用してバッグを奪い取りそのまま自身も回転して相手の側頭部にそのバッグをブチ当てた

 

「~~~!?」

 

声にならない悲鳴を上げながらバッグを喰らった強盗はゆっくりと倒れ伏した

 

「この野郎!!」

 

仲間が倒された怒りからか最後の一人がこちらに駆け寄ってくる

そんな奴に向かって現金の入ったバッグをそいつに向かって放り投げた

 

「うえ!? ととと」

 

わたわたしながら落とすまいとそのバッグを自分の手の上で弄ぶ

そしてなんとか落ち着いてそのバッグを抱いてふぅ、と一息ついたところで

アラタは一気に接近し、そのまま足を払い顔面を掴み後頭部を地面に叩きつける

力はセーブしていたので怪我はないだろうが、それでも意識は狩り取れただろう

とりあえず強盗は単独で動いた三人は捕まえた

 

あとは二人、だが

 

◇◇◇

 

「…すごい…」

 

佐天は思わずそんな声を漏らしていた

その光景を佐天の隣で同じように見ていた美琴はこれなら大丈夫か、と安心した

そんな時だ

 

「ダメですって! 今広場から出たら!」

「でも!」

 

初春とバスガイドが言い争っていた

いや、言い争う、というよりは初春が必死にバスガイドを止めているという感じだ

 

「どうしたの?」

 

気になった美琴と佐天はその二人に向かい歩み寄る

 

「それが―――」

「男の子が、一人いないんです!」

 

初春の言葉を遮ってバスガイドがそう言った

その言葉に初春と佐天は「えぇっ!?」と声を上げてしまった

てっきりみんな避難していたものと思っていたのに

 

「ちょっと前に、忘れ物したってバスに取りに行ったっきり…」

 

それは非常にまずいことだ

もし強盗との確保戦で巻き込まれでもしたら大怪我をしかねない

 

「じゃあ、私と初春さんで―――」

「私も行きます!!」

 

美琴の提案に佐天は自分も行くと主張する

一般人だからという理由だけで残されるのは嫌だった

 

「…わかった。手分けして探しましょう」

 

◇◇◇

 

一方黒子はアラタが相手したのとは別の二人と対峙していた

強盗の一人が掌を差し出すとその上にボゥッ!! 火の玉が現れる

 

「今更後悔しても遅ぇぞ」

 

それは発火能力(パイロキネシス)

飛んで字のごとく、炎を生み出す能力の事

 

(…発火能力者(パイロキネシスト)。なら…)

 

まず黒子は大きく右側に走り、半円を描くように移動する

それを逃走と取ったパイロキネシストは行動を起こした

 

「くそ…逃がすかよっ!!」

 

掌に具現化した炎を黒子めがけて投げつけた

その炎は確実に黒子を追いかけて、直撃する―――寸前に黒子が消えた

 

「消えた!?」

「こちらですわよ」

 

ハッと気づいたらもう黒子は目の前にいた

そしてまた消えたと思ったら後頭部に激しい痛みが駆け抜ける

一度意識が朦朧としたときにはもう自分は地面に倒れており、目前に黒子が立っていた

現れた黒子はふとももに巻きつけてある小さなベルトに仕込んである爪楊枝サイズの鉄針を取り出すとそれを袖や裾に縫い付けるように空間移動(テレポート)させていく

そしてその様子を見たパイロキネシストはやっと気づいた

 

空間移動能力者(テレポーター)!?」

「これ以上抵抗なさいますなら…鉄針(これ)を、体内に直接空間移動(テレポート)させますわよ?」

 

そう言って手に持った鉄針をちらつかせながら黒い笑みを見せる

 

「…あんまり脅すなよ?」

 

そこに先ほど拘束した三人を引きずりながらアラタも合流した

 

「わかってますわよ。ふりですわ、ふり」

「…はぁ、やれやれだ」

 

苦笑いを浮かべるしかなかった

 

◇◇◇

 

バスの周辺をくまなく探すが、一向にその男の子は見つからない

 

「そっちは!?」

 

バスの外を探す初春に美琴は聞いた

 

「ダメですー!」

 

しかし返ってくるのはいないの言葉

 

「どこ行ったのよ、もう…!!」

 

同じように佐天も探すがやはりどこにも見つからない

だいたいバスという短い閉鎖空間のどこに迷子になる要素があるのだろうか

一体どこに行ったのだ、と思ったその時だ

 

「ちょうどいい! 一緒に来い!」

「え? お兄ちゃんだれ―?」

 

変なやり取りが自分の後方から聞こえてきた

振り返ると強盗グループの最後の一人が、件の男の子の手首を掴み上げる姿が見えた

見えてしまった

 

「あ、あの…」

 

一瞬佐天は美琴たちに知らせようとした

しかしその一瞬の行動の遅れが男の子を危険にさせてしまう

 

(…私だって!)

 

たった一人の男の子を守るくらいはできるはずだ

 

 

「やっぱり、広場の方をもう一度―――」

 

バス周辺を調べつくしたがどこにもその男の子は発見できなかった

もしかしたら広場のどこかに隠れているのかもしれない可能性に賭け、そう初春とバスガイドに言おうとしたその時だった

 

「あぁ!? なんだてめぇ!! 離せよ!!」

「だめぇ!!」

 

何やら言い争う声が聞こえてきた

その声の正体は佐天と強盗のやり取りだった

よく見ると佐天は迷子になっていた男の子を守るように抱いている

 

「くそっ…!! この野郎!!」

 

強盗は痺れを切らしたのか、強行に出た

ぐっと足を引いて佐天の顔に突き出した

そう、蹴ったのだ

 

「あうっ!?」

 

そう彼女は声を漏らし佐天はゆっくりと地面に倒れ伏す

それでも彼女は男の子を守ろうとしたその腕を解くことはなかった

 

「!!」

 

その光景を見ていた美琴の中で何かがプツン、とキレた

当然だ

友達を蹴り飛ばされて何も感じない奴などいない

 

◇◇◇

 

「―――野郎ォッ!!」

「くっ!!」

 

黒子とアラタも同様に怒りをあらわにし、それぞれ駆けだそうとしたその時だ

 

 

 

「黒子ォォォッ!!」

 

 

 

耳をつんざくような怒号が二人の耳に響き渡る

恐る恐る二人は美琴の方へ振り返る

そこにはゆっくりと歩いてくる御坂美琴の姿があった

その表情は不機嫌とも通り越して不快に近い

 

「こっからは、私の個人的なケンカだから、手、出させてもらうわよ」

「…あー」

 

現場を見ていたせいで断りづらい

本来なら黒子的にはあんまり美琴には参戦してほしくはないのだが…

判断に困った黒子は助けを求めるようにアラタを見た

 

「アラタも。それでいいわよね?」

「…はぁ」

 

アラタは一つ息を吐いて美琴に告げる

どのみち彼女に言ったって無駄なのだ

何より女性の顔を蹴ったというのは許されざることでもあるし

故に

 

「思い切ってやれ」

「オッケイ…!」

 

彼女には自分に変わって女を蹴った不届きものを懲らしめてもらおう

 

「思い出した!!」

 

唐突に地面に縫い付けられてるパイロキネシストが本当に思い出したように口を開く

 

「風紀委員には、捕まったら最後身も心も踏みにじられて再起不能にする最悪の空間移動能力者(テレポーター)がいて!!」

 

「誰の事ですの」

「いや、多分黒子の―――」

「何か言いましたの」

「いえ気のせいよ」

 

 

強盗は事前に停めてあった車に乗り込みエンジンをかける

このままでは何もかも負けたままで引き下がることになってしまう

 

「くそっ…!! このまま引き下がれっかよ!」

 

慣れた手つきで車を反転させると目の前にいる美琴に相対するよう位置に移動する

 

「こうなったらこのまま…!」

 

そう、強盗は一気に美琴らを轢こうと思っているのだ

 

「…」

 

対する美琴はスカートのポケットからゲームセンターで使うようなコインを取り出した

特に焦った様子などなく、まるで作業みたいに

 

 

「さらにその空間移動能力者(テレポーター)の、身も心も虜にする最恐の電撃使い(エレクトロマスター)が!!」

 

美琴の事を言われて少し誇らしく思ったのか、黒子が口を開く

 

「…そう。あの方こそが、学園都市二百三十万人の頂点…」

 

美琴はピィン、と右手でコインを弾く

弾かれたコインはゆっくりと宙を舞う

 

「七人の超能力者(レベル5)の第三位…」

 

強盗が一気にアクセルを踏み、美琴を弾き殺そうと接近する―――

 

「…!!」

 

だが美琴の方が早かった

自分の手元に落ちてくるコインを自分の雷の力を用いて撃ち出した

音速の三倍で放たれたそのコインはまさにそこを走ろうとしていた車の地面に着弾し、その場所を抉り取った

爆風に巻き込まれた車は勢いよく縦にくるんくるんと回りながら美琴の頭上を越えて地面に落下する

幸い爆発はしなかったようだ

 

超電磁砲(レールガン)―――御坂美琴お姉様」

 

常盤台が誇る、最強無敵の電撃姫ですの―――

 

爆音から耳を守りながら、そう黒子が付け足した

 

◇◇◇

 

警備員(アンチスキル)が来てから、事態はすぐ終息に向かった

初春は現在先輩である国法に被害の報告の最中である

 

別段やることがなかったアラタは強盗グループが警備員のトレーラーに連行されていくのを黙ってみていた

そしてパイロキネシストがトレーラーに乗り込むときに黒子が喋った

 

「…貴方の能力もなかなかの物でしたわよ」

 

そう言われてパイロキネシストはゆっくりとこちらを見る

 

「能力に有頂天になるあまり、道を違えてしまったようですわね。…しばらく自分を見つめなおして、もう一度出直してくださいな」

 

そういうと黒子は振り返り歩いて行った

パイロキネシストは一人歯を噛みしめた表情をしながらトレーラーの中に入っていく

その背中は妙に寂しそうに見えた

 

◇◇◇

 

「本当に、ありがとうございました!!」

「あ…いえ、あの…」

 

佐天は自分が守った男の子の母親からの感謝の言葉をもらいドギマギしていた

無我夢中でやったことだから、そう正面か言われると反応に困ってしまう

 

「ほら、貴方も」

 

母親にうながされて男の子もうんと元気良くうなずいたあと、佐天に向かって

 

「お姉ちゃん、ありがとう!!」

 

満面な笑顔とそんな言葉をもらった

その男の子の笑顔を見て佐天は改めて思う

〝守れてよかった〟と

 

 

男の子がバスに乗り込み走り去っていくのを佐天は小さくなるまで眺めていた

そこで緊張の糸が切れてしまったのか佐天はペタリとその場に座り込んでしまった

 

「…はぁ…」

 

そこでまた安堵のため息

脳裏に浮かぶあの男の子の笑顔

自分は守り切れたのだ

 

「佐天さん」

 

いつのまにか自分の目の前に美琴が立ってこちらを見ていた

その隣にはアラタもいる

 

「お手柄だったな、佐天」

「うん。すっごくかっこよかったよ」

 

二人から面と向かってそう言われるとどうにも言葉に詰まってしまう

二人ほどの力はもっていないけれど、確かに力になれたのだ

 

「…御坂さんもアラタさんも―――」

「おっふたっがたー」

 

佐天の言葉を遮って黒子の言葉が耳に入る

彼女は二人の間に飛ぶとがしっと抱き着く

 

「おわっ、おい、黒子」

「ちょ、やめなさいって!!」

 

目の前で行われるそのドタバタに佐天はきょとんと目を丸くする

それと同時にまた日常が戻ってきたのだと実感する

 

「佐天さーん!!」

 

報告を終えた初春が駆け寄ってくるのが見える

自分の怪我を心配してくれる彼女の優しさが少しうれしかった

 

「佐天さん! 怪我は!?」

「へーきへーき」

「ほんとですか!?」

 

自分を心配してくれる初春に感謝しながら、佐天は先ほど黒子にかき消されて言えなかったことを心の中で呟く

 

〝御坂さんもアラタさんも、とってもかっこよかったです〟

 

そう心で呟きながら目の前で行われるドタバタを見守った―――



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#2 昔の話 その二

ない知恵絞って必死に頑張ってオリジナルな話を作りました
出来はクソなのであしからず

まぁ要はいつにもましてクソということだ(自信ない

なるべく楽しんで下さればいいのですが、ちょっと今回ばかりは本当に自信な略

ではまぁとりあえずどうぞ


その日、道を歩いてたら研究者のような格好した男性からとあるチラシをもらった

別段内容になど興味はなかったが、それでもチラシに書かれていたある内容に目を惹かれた

 

〝貴方も能力者になれるかも?〟

 

そんなアホみたいな文章ではあったが、それでも自分はその欲求に抗えなかった

超能力が使える、という幻想(きぼう)を夢見て学園都市にやっては来たが、押されたのは無能力者という現実(ぜつぼう)

アナタはレベルゼロです、という無慈悲な言葉に何もかもどうでもよくなりそうだった

しかしそれでも今通っている学校には友人もできたし、スキルアウトに落ちることはなかったのだが

 

寮の部屋のテーブルに置いたそのチラシをじっと見つめる

時間にしておおよそ三十分、その紙を握り締めて地図に書かれてあるところに向かうことにした

寮の扉を開けて、徐にあたりを見回す

瞬間、ガチャリと同じ寮の友人である人が扉を開けて外に出てきていた

咄嗟に紙を後ろ手に隠し、その方向を見る

 

「? なに、どっか行くのか?」

「あ、あぁ。ちょっと買い物に、さ。そいじゃな!」

 

会話もそこそこに、自分はそそくさとその場から去ってしまった

そんな彼の後ろ姿を少年はじーっと見つめていた

 

 

指定された学区へと電車などを用いて移動する

場所は十七学区

なんでもこの学区では工業製品の製造に特化している学区らしく、人口は極端に少ないらしい

…そんな場所に研究所構えてる時点で怪しいが、そのときはたいして考えてなどなかった

歩き続けること数十分、視界の先にはその研究所が見えてきた

入口に足を運ぶと外から研究者の格好した女性が出てきた

 

「あ、あの、チラシを見てきたんですけど…」

「あら、協力してくれる方? いいわ、ご案内します」

 

女性の研究員は朗らかな笑顔を浮かべ、先導するように前を歩く

ここから先に何が待っているのかは分からないが、とりあえずここは彼女の後ろについて行くことにした

不意に周りを見るように自分はキョロキョロと首を動かして周囲を見てみる

研究所ってのはこんな感じなんだろうか

その間前を歩く女性は徐に襟に潜ませてある小型通信機で小さい声で呟いた

 

「―――えぇ。カモがきましたわ」

 

 

「…よし、ドライバーの調整を急げ」

「はい」

 

メガネをかけた初老の研究員はそう言って指示を飛ばす

そして目の前のベッドに横たわる少女の姿を見やる

黒い髪の、長髪の女の子だ

 

「…赤い戦士め、今に見ていろ」

 

ギリギリ、と初老の研究員は拳を握り締める

初老の研究員がこのドライバーの設計図を頂いたのはひと月ほど前だ

はっきり言えば、研究を噂の赤い戦士に邪魔されて、当時の研究所は破壊されてしまい、途方にくれていたとき、黄金の羽根とともに現れた妙な男から変なメモリと一緒にもらったものだ

怪しさ満点だったが、そのときはそんなことなど言っていられなかった

とにかく、あの赤い戦士に報復しなければ気がすまない

手始めにまず右側となるソウルの存在の確保だった

正直理由は分からないが出来上がったドライバーはソウルとボディ、二人のパーツがなければ起動できないという代物であったのだ

ひとまずソウルはなるべく親も蒸発し、何もない存在がこちらとしても都合がいい

その存在を適当に拉致しこちら側で調整を行いドライバーへと適応させた

それが目の前で横たわっている少女だ

最初こそ反抗的でクソ生意気だったが引っぱたいたり幾度も調整を加えていった結果従順になっていった

 

問題は左側の肉体、ボディの方だ

こちらの確保には今まで何度か行ってきたが全くもって成功しない

どういう原理か分からないが、ボディ側にドライバーをつけてもソウル側の女の方にドライバーが現れないということがなんどか起きた

いわば失敗した連中は人体実験などで適当に怪人にでもするとして、今度来た新しい材料はどうだろうか

…まぁ、失敗したならまた人体実験の餌にするだけだ

 

 

案内された部屋で少しのあいだ待っててくださいと言われた

共同部屋らしくその部屋にはすでに自分以外の人が一人ほどいた

女性研究員が部屋を後にし、部屋には彼と二人きりになる

すっごく気まずい

 

「…なぁ、アンタはなんでここに来た」

「え?」

 

不意に投げかけてきた言葉にビクリとする

男は続けた

 

「やっぱりチラシに書かれたあれだろ、能力者になれるってヤツ」

「あ、あぁ、それな」

「マジか。ははっ、やっぱ憧れるよなぁ能力者。せっかくここまで来たんだ、ここまできて諦めきれないよなぁ」

 

ははっ、と気さくな笑顔を浮かべる

おそらくこの男性も無能力者なのだろう

諦めきれない、という気持ちはとても理解できて、共感できる

自分も同じだからだ

 

「頑張って能力者になって、いろんなやつを見返そうぜ」

「―――あ、あぁ」

 

笑みを浮かべる彼に対し、自分はそんな苦虫を噛み潰したような顔と苦笑いで返してしまう

それから数分後、先に彼が呼ばれてこの部屋を後にする

部屋の中には自分一人となった

特に何もすることなどない、椅子に思い切り背中を預けて時間が経つのを待った

 

「…能力者、か」

 

憧れてこの街にやってきて、現実を突きつけられて

それでも学校の友人たちと馬鹿をして

吹っ切ったと思っていたけど…それでも、諦めることができなかった

 

 

「お待たせしました、こちらにどうぞ」

「あ、はい」

 

あれからどれだけ時間が経っただろうか

部屋に入ってきた女性に言われ自分は椅子から立ち上がる

そういえば先に部屋を出た彼はどうなったのだろうか

しばらく先導する女性研究員についていくと、何もないだだっ広い部屋に案内された

何もないとは言ったが何人かの研究員と片隅にパソコンを置いた机があるくらいである

中央には黒い長髪を持った女の子と、初老の研究員だけだ

 

「よく来てくれたね、身体の調子は大丈夫かな?」

「えぇ、特に問題はないです、はい」

「結構、では早速だがこいつをつけてみてくれないか」

「え? えぇ…」

 

言われたとおりに自分は差し出された変なWに見える変なのを腰に当てる

するとベルト部分が出現し、自分の腰に巻き付かれた

…なんだこれは

すると女性の体の方にも自分が巻きつけたのと同じものが現れる

 

「…次にこれだ。スイッチを押して、それの左側にセットしてくれ」

「は、はぁ」

 

言われるがままに自分はカチリとメモリのスイッチを押した

 

<JOKER!>

 

「うわっ」

 

唐突に流れたその音声にビクリとする

しばしそれを眺めてたが、意を決してセットする

それに続くように女性が緑色のメモリを起動して

 

<CYCLONE>

 

それを装着したベルトにセットする

するとその緑色のメモリが消えて、こっちのベルトに移動してきたではないか

 

「それを差し込んで、ドライバーを開いてみてくれないか」

「わ、分かりました」

 

言われるがままにそれを開く

 

<CYCLONE JOKER!>

 

音が鳴り響き、自分の身体を風とともに包んでいく

何がなんだか分からずに、自分は戸惑うばかりだった

その途中、女性が気を失ったように倒れこむが付近の研究員がそれを支える

ただひとり、初老の研究員だけが興奮したような挙動だった

軽快な音楽が鳴り響きようやく風が止んだ

 

「―――素晴らしいよ、君!」

 

自分の肩を掴んで、勢いのあまり揺らしてきた初老研究員

 

「本当に素晴らしい…! 君は逸材だよ!」

「は、はぁ…」

<―――すごいね、君。ここまでしっくりきたの初めてかも>

 

不意に声がした

自分から聞こえた声ではあるが、自分の声ではない

よく聞くとそれは女の人の声だ

 

「ほう、君が自分から口を開くとは、よっぽどなんだな」

<…>

「…ふん、相変わらず可愛くない小娘だ」

 

自分から…?

―――ここまで付き合ってしまったが、本格的にまずいところに足を踏み込んでしまったのではないのだろうか

 

「では早速だが、君には身体を馴らしてもらおう」

「え、慣らすって…」

「連れてきなさい」

 

初老研究員の言葉が飛び、入口から何名かの研究員が一人の男を連れて入ってきた

その男は、部屋に入ったとき先に待っていた男だ

あまりの出来事に息を飲む

思考が追いついていない

 

「おい、何する気なんですか!」

「君は黙って見ていなさい。…やれ」

「了解しました」

 

言われるがままに研究員は気を失っている男の首筋に注射器を突き刺し、何かを注射する

数分後、変化が訪れる

男の体が変化していく

人間の手から、化物の爪へ

華奢な体が大きく変化、いや、変貌といった方が正しいか

 

「さぁ、身体を慣らすんだ。君にはこれからも働いてもらわないとね」

「な!? ちょっと待ってくださいよ! こんな、こんなのって!?」

「抵抗しないならそれでも構わない。君はここで死ぬ、代わりなんていくらでもいるのだからね」

 

―――

あぁ、やっぱり、か

なんでこんなこと引き受けてしまったんだろうなぁ

憧れた結果が―――これか

 

<大丈夫>

 

右目が光って声がする

 

<サポートするよ。君にだけ罪は背負わせない>

「―――あぁ、お願いするよ」

 

戦うなんて初めてだ

けれどどっちみちやるしかないというのなら―――やるしかないんだ

拳を握り締め、彼は目の前の化物に向かっていった

 

◇◇◇

 

「アラタ」

 

伽藍の堂にて

その日、特に予定もなく伽藍の堂でくつろいでいたら少し真面目トーンの橙子の声に視線を向ける

 

「最近、妙な噂を聞いてな、こんなチラシをもらったことないか」

「チラシ?」

 

そう言って彼女がテーブルの上に置いた一枚のチラシ

それはあからさまな謳い文句にお誂えの言葉を添えてあった、あまりにもわかりやすいチラシだった

 

「…こんなワンクリック詐欺みてぇのに今時誰が引っかかるんだよ」

「この都市にいる彼らの欲を甘く見るなよアラタ。現に、被害に遭っている人がいるんだ。行方は今も知れていない」

「! …それって…」

「口封じのために消されたか、或いは、だな。おまけに被害に遭っているのがみんな両親のいない置き去り(チャイルドエラー)上がりばかりだ」

「…橙子、そこの場所って割れてんのか?」

「割る必要などない、ご丁寧に場所を書いているのだからな。しかし、よく警備員(アンチスキル)に悟られずにやっているなと関心すらしているぞ、多少は、だが。…行くのか?」

「あぁ。いつも通りに叩き壊す。…これ以上被害が増えるのも嫌だしね」

 

そんな言葉のやり取りをした後、出されていたコーヒーを一気に嚥下させ、大きく一度息を吐く

そしてテーブルの上に置かれた一枚のチラシを手に取り、扉へと歩き出す

その時、橙子から声がかかった

 

「忘れ物だぞ」

 

そう言ってひゅん、と橙子はアラタに向かって何かを投げ渡した

振り向いて視線を合わしたアラタは投げられたそれをキャッチする

それは割と深くかぶれる、顔を隠せるくらいの帽子だ

 

「サンキュー。じゃあ改めて行ってくる」

「あぁ。ほどほどにな」

「りょーかい」

 

最後にそう言葉を交わしてアラタは扉を開け、伽藍の堂を後にする

一番最初に来た時は夢と希望を持っていたのに、橙子の伝で裏を知ったらこれである

表と闇が深すぎる

 

「―――やれやれ。これもうわかんねぇな」

 

◇◇◇

 

あれから何度か、化物と化した人と戦った

こちらとしては自分が生き残るのに必死で、相手の生死などは正直わからない

…欲になど釣られなければ、今も平穏な日々を過ごせていたのだろうか

しかし、欲に釣られたからこそ、得られたものもある

 

「…どうしたの?」

 

それが黒髪の彼女の存在である

彼女もまた、能力者になるのを夢見て学園都市に来てみたものの、すぐに親は蒸発し路頭に迷っていた時にこの研究機関に拾われ、今に至るようだ

故に、この研究所に多少の恩義はあるが、その程度だ

何度か脱出も試みた、しかし一人ではどうにもいかず、その度に何度も叩かれた

やがて彼女は、行動を諦めたのだ

 

「いや、何でもないよ。…いつ、出られるかなって」

「―――打ち砕いて悪いけど、きっと出られないよ。ううん、どうあがいても出られない。私たちは監獄に囚われたのよ…」

 

そんな彼女もどういうわけか自分にだけは心を開き、こうして話をしてくれる

少し前にどうして話してくれるのかを聞いてみると

 

―――下心がなさそうだから

 

だそうだ

当然自分以外にもここに来た人たちはいたらしいが、皆が皆イヤらしい視線で自分を見ていたらしい

まぁ確かに彼女も可愛らしい容姿をしているし、目を奪われる気持ちもわからんでもない

しかし状況が状況でもあるし、正直そんな余裕なんてないというのが本音だ

 

「…奇跡でも起きないかぎり、私たちはここから出ることなんてないわ。…興味本位や欲求に駆られた自分を呪うことね」

「…そうさね。けど諦めたわけじゃないぞ。こっから出るときはアンタも一緒に逃げ出す」

「…物好きな人ね。いいわ、そもそも、そんなタイミング来るとは思えないけど」

 

そういう黒髪の女の子は小さく微笑みを作った

 

「そうだ、俺、アンタの名前聞いてない。…聞いていいかな?」

「? アリステラ、だけど」

「アリステラ、ね。俺、右京(うきょう)(かける)。…よろしく、アリス」

 

◇◇◇

 

チラシを持ってバスやら電車に揺られること数時間、そしてさらに歩くこと数十分

どうにかこうにか目的の場所にたどり着いた

研究所は結構大きく、データとかを消去するのは結構シンドそうだ

…ぶっ壊した方が手っ取り早い気がする

とりあえず中に入らないには何とも言えない

 

「おや、貴方…」

 

こちらに気づいたのか、外に出てきたメガネをかけた男性研究所はがこっちに声をかけてきた

あくまでも無能力者を装い(実際無能力者なんですけど)朗らかな笑みを浮かべる

 

「はい、このチラシを見てここに来たんですけど…」

「いえいえ結構結構! やっぱり学園都市に来た以上、能力者は憧れますもんねぇ!」

 

ニタニタ笑いながら彼はこちらに歩み寄って握手を求めてくる

あはは、とこっちも笑いながら握手に応じた

 

「ささ、案内しますよ、どうぞこちらに」

「えぇ、お願いしますよ」

 

そう言って彼を先頭に、研究所内へ足を入れる

彼が前を歩いているとき、徐にアラタは忍ばせていた帽子を取り出した

それを深々と頭に被って、ふぅ、と一つ息を入れる

 

「ところで―――」

 

そう言ってこちらを振り向こうとしている研究員の背中へと一気に接近し、白衣の襟首をぐっと掴む

そのまま軽く遠心力を用いて一回転し、研究所の壁へとその顔面を叩きつけた

べきぃ、と結構な感触

 

「あ、ご…!?」

 

そのままズルズルと床に倒れそうになっている研究員の意識を刈り取るように、その後頭部をさらに蹴りで追い打ちする

壁には研究員から出た鼻血がこびりつき、汚くなってしまうが、どうせこの研究所はもう使い物にならなくなる

だから―――

 

「さて。掃除と行きますか」

 

ぽきり、と指の骨を鳴らしながらアラタは研究所の床を走り出した

 

 

「…なんか騒がしくなったかな?」

「そうだね。どたばたしてる感じ」

 

先程から研究員が扉の外で走り回っている音が聞こえる

そして時折、誰かが殴られたような鈍い音も

もしかしたら、何者襲撃でもうけているのだろうか

 

「…アリス、これはもしかしたらチャンスかもしれない」

「チャンス? なんの」

「ここから逃げ出せるチャンスだよ」

「―――まさか。何が起きてるかもわからないのに。…変に希望持たせるのやめてよ…」

 

その場で体育座りをし、塞ぎ込むような仕草をするアリステラ

今まで幾度となく脱出を試みて、その度に何度彼女は絶望を味わってきたのだろうか

付き合いが短い人間である翔には理解し得ない苦しみだ

そんな時、部屋の扉が開き、中に初老研究員がドライバーが入っているカバンと一緒にやってきた

 

「…なんのようだ」

「君たちに戦ってもらうんだ、あの忌々しい赤いヤツと!」

「赤いやつ? なんですかそれ」

「やかましい! お前たちは黙って私に従っていればいいんだ、とっとと纏って殺してこい!」

 

表情を憤怒に染めて初老研究員は叫んだ

これ以上は何を聞いても無駄みたいだ

そして同時に、騒ぎが起こっていることも確認できた

―――行動するなら今しかない

ドライバーを手に持ちながら初老研究員の隙を伺う

初老研究員が背後を向いた、その瞬間―――

 

「―――るぁ!!」

 

手にしたドライバーで思いっきりその後頭部をぶったたいた

 

「あがっ!?」

 

完全に気を失うまでに、何度も、何度も

やがてぐったり倒れたまま動かなくなった研究員を見て、改めてカバンからメモリを三本取って、残りの三本をアリステラに手渡した

 

「…カケル?」

「一緒に脱出しよう、これを逃したら、きっともう機会はない」

「…だけど」

「大丈夫だ、少なくともアンタだけは外に送り出してやるさ」

 

戸惑う彼女の手を握り翔は部屋を飛び出した

その手を強く握り締める

絶対に離したりなどするものか

 

 

「ふんっ!」

 

目についた監視カメラをぶっ壊しつつ、こちらに向かってくる研究員を蹴り飛ばし、意識を狩っていく

さすがに生身の人間相手に変身などできず、その際はこちらも生身を使って攻撃をしている

…やはり誰かを殴ったり蹴ったりするのは慣れないものだ

最も、慣れてしまったら終わりなのだが

ふと、こちらに向かって一人の女性研究員が歩いてくる

佇まいから、例えるなら幹部クラスだろうか

彼女は徐に白衣の胸ポケットから一本のメモリを取り出すと、ボタンを押して起動させる

 

<BAT>

 

(…こんな場所にもメモリって売られてるのか)

 

彼女はそれを自分の体に突き刺し、その身を変えた

名前をバットドーパント

その変異を見つつ、アラタは己の腰付近に自分の両手をかざす

右手を左斜めに、左手をベルト―――アークルに沿え、りょうてを開くように動かし叫ぶ

 

「変身!」

 

叫びとともにその身を赤い鎧を纏った戦士、クウガへと姿へと買える

拳を握り直し、身構えた

 

「…よくも邪魔してくれたわね。生かしては返さないわ」

「言ってろ。どのみちこの研究所は潰す」

「―――可愛くないやつ!」

 

バットは左手に備えられた剣のようなものを振るいこちらに襲いかかってきた

その一撃を回避し、自分の背後の壁が切り裂かれた

思いのほかの威力のようだ、一撃貰えば致命的になるだろう

赤のままなら、という話だが

 

右手で繰り出されたパンチを受け止めつつ、腹部に膝を叩き込みながら膝をおらせ、追撃に蹴りを叩き込み距離を取る

 

「―――超変身」

 

呟いて赤い鎧を紫と銀の鎧へと変化させる

防御力の向上だけで、なんとかこのコウモリ怪人はなんとか出来そうな気がする

向上により相手の左腕に備え付けられてる剣を防御する必要がなくなり、ぶっちゃけノーガード戦法みたいな脳筋じみたことができる(相手にもよるのだが)

 

「ぐ…この、ガキ…!」

 

呻くバットは再度剣で攻撃してくるが、それを左手で受け止め、渾身の力を込めて腹に拳を叩き込む

そこから両手で相手を押し飛ばしもう一度距離を作った

すかさず紫から赤へと鎧を変化させ、一気に距離を詰め寄り右足に力を込める

一瞬熱くなるような感覚のあと、イージーキックをバットの体に叩き込んだ

 

「あぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

廊下を転がりバットはそのまま爆発する

同時にこんなところでやらなきゃよかったと今更思う

ばたりと気を失った女性を一緒にメモリが排出された

…彼女が今後立ちはだかるとは思えないが念のためだ、メモリを破壊しておこう

そんなことを考えながらひょいとバットのメモリを手に持った時だ

 

「とりあえずここを突っ切れば―――うおっ!?」

「か、カケルっ」

 

ドン、と体に何かがぶつかった

感触的にそれは人だ

男性は一緒に連れていた女性をかばうように前にでて

 

「! …アンタもこいつらの仲間か! ってか何だアンタ!」

 

眼光鋭く彼は言う

妙なドライバーを手に持ち、片方の手は女の子の手を握っている

状況から察するにもしかしてこの研究所の被験者、なのか

 

「落ち着け。俺はここの研究所をぶっ壊しに来たんだ」

「…そうなのか? …確かに、この研究所でアンタを見たことはないし…信じていいのか」

「信じてくれ、とは言わないがね。アンタたち以外に人はいないか?」

 

そうクウガが確認すると、男性は女の子へと一度視線を送る

送られた女の子は一瞬俯くと首を横に振った

 

「…そうか。とにかくここを出るぞ」

 

まさか生きている人に出会えるとは思わなかった

あとはこのまま何事もなく脱出して、警備員(アンチスキル)に通報できればいいのだが

そうは問屋が卸さなかった

 

「…この、クソガキどもがァ…!」

 

出口付近

割と開けた場所に出口を塞ぐように初老研究員が立っていたのだ

頭から血が出ており、傷を負っているのが見てわかる

その研究員を見て、男性が戦慄したように顔を青ざめた

 

「おいおい、タフすぎるだろあのオッサン…」

「初めからキサマらガキに頼ろうとした私が悪かったのだ。そうだ…最初からこうしておけばよかったのだ…!」

 

そう言うと初老研究員は徐にメモリを取り出し、それを起動させ、自分の体に突き刺した

 

<MAGMA>

 

初老研究員の体がみるみる変貌していき、炎を体現した化物へと姿をかえる

同時にクウガは身構え、ちらりと後ろの二人を見やる

守りながら戦えるだろうか

 

「…カケル」

「だ、だけど…」

「この人にだけ任せちゃいけない。…アイツ等から与えられたものだけど、アイツ等のためになんて使いたくないもん。…だから、誰かのために使おうよ、これを」

 

そう言って女の子はカケルと呼んでいた男性が持っているドライバーを指さした

彼は一瞬考えたように持っているドライバーを見つめ、やがて決心したように前を向く

クウガは聞いた

 

「…よくわからんが、行けるのか」

「あぁ。行けるさ、多分ね」

 

彼はそのドライバーを腰に持っていく

するとベルトが現れ彼の体に巻き付かれた

同時に女の子の方にもベルトが出現する

 

「いこう」「うん」

 

<JOKER><CYCLONE>

 

『―――変身』

 

声を揃えて二人がつぶやく

先に女の子が権限したドライバーにメモリをセットし、そのメモリが男性のドライバーへと転送される

次に男性が顕現したメモリを押し込み、今度は自分のメモリを差し込んでドライバーを開いた

瞬間、風が吹き荒れる

マグマが吹き散らす炎をかき消すように周囲に風が巻き起こる

不意に、女性の方がゆらりと倒れふした

思わず彼女を受け止め、地面に優しく横たえる

気を失っているのか?

 

男性が立っているところを見る

そこには緑と黒のカラーリングの、一人の戦士がいた

室内にも関わらず、右側のマフラーがなびいている

 

「…カラーリングがダブルとは、イナセだねぇ」

「…ダブル、いいねそれ。これからはそう名乗ろう。…俺はダブルだ!」

<―――安直。だけど嫌いじゃないよ>

 

右目の複眼が点滅し、女性の声が聞こえた

どうやら彼女の意識が今は男性のところにある、と考えていいのだろうか

…どういう原理だ

 

「―――俺がくれてやった力だというに、俺に歯向かう気か、ガキども!」

「俺はもうアンタの実験のためには戦わない! この力は、誰かのために…ありがたく使わせてもらうぜオッサン!」

「キサマらぁ…!」

「チェックメイトだな、おとなしく捕まった方がいいんじゃないか」

 

クウガはそう問いかける

マグマは両手を振り乱しながら

 

「黙れ黙れ黙れ! 俺の研究は唯一無二、キサマらのようなガキに邪魔されていいものじゃあないっ!」

 

そう言ってマグマはこちらに突進してくる

ダブルがゆっくりと歩きつつ、視界にマグマを捉えながら己の指を突きつける

そしてダブルは自分の中でかぞえていく

 

今まで実験の犠牲者たちと知りながらも、倒してしまっていたこと

自分から行動が起こせなかったこと

ずっと奴らに従っていたこと

 

己の罪はまだきっとあるだろう、だが目の前の初老研究員は、きっとそれ以上の罪を背負っているはずだ

まだ自分のは数え切れない、それでも投げかけてやるんだ

自分にも問いかけるように、この言葉を

 

「―――さぁ、お前の罪を数えろ!」

 

 

まず牽制としてクウガがマグマの懐に飛び出し、一撃拳を叩き込む

瞬間ダブルが後ろから飛び出し、マグマに向かって蹴りを叩き込んだ

ダブルが向かっていったのを皮切りに、クウガは一旦下がり、倒れている女の子を守るように前に立つ

今のところ意識は完全にダブルに向かっているから、こっちを攻撃される心配はなさそうだが、念のためだ

そしてきょろきょろと何か武器になりそうなところを探す

ふと視界に入ってきた階段が目に入ってきた

上の研究室への階段の手すり―――これをへし折れば使えるかもしれない

 

アラタは跳躍しその階段まで飛んでいくと思い切り階段の手すりを破壊し一本の棒とする

 

「超変身」

 

赤からその姿を青へと変え、手に持つ獲物を専用の武器―――ドラゴンロッド―――へと変化させた

相手に反撃させちゃいけない、一気呵成に攻め込んで即効でケリをつけなければ、いつ倒れてる彼女が狙われるかわかったもんじゃない

クウガはロッドを握り直しマグマの元へと跳躍する

そのタイミングを見計らい、ダブルが一歩後ろへ下がってくれた

そこへすかさずロッドでの攻撃を当てていく

足、脇腹、と見せかけて足、腕、至る急所へと的確に当てていく

最後にマグマの胸部へとロッドを叩きつけて相手を吹き飛ばした

 

「おい、決めるぜ、ダブル」

「―――あぁ!」

 

姿を赤に戻し、クウガは両手を開き右足を後ろに下げ、腰を低くし、身構える

ダブルもドライバーから黒いメモリを取り出し、右側のスロットへとそれをセットし、軽くたたいた

 

「決めるよ、アリス」

<うん。行こう、カケル>

 

周囲に風が再度巻き起こり、ダブルの体が浮き上がる

狙いはのらりくらりと立ち上がって身構えるマグマドーパントだ

まず先に動いたのはクウガだ

彼が走り、続くようにダブルが動く

 

「うおりゃあぁぁぁぁっ!」

「<ジョーカー、マキシマムドライブ!>」

 

クウガは走りつつ宙へ飛び、その身を一回転させ威力を向上させた蹴りを

ダブルは風の助力を受け、かつその身を半分にずらすことで二倍の力を引き出す蹴りを、それぞれマグマに放った

マグマも抵抗しようと炎を繰り出そうとしたが、間に合わず一直線に二人のキックを直撃する

そのままマグマは出入り口を突き破り、ゴロゴロと地面を転がったあと、爆発した

排出されたメモリはガシャリと地面に落ち、そのまま砕け散った

 

(…いつもはそのままなのに。…ダブルのおかげかな)

<…終わった、の?>

「あぁ。…自由だよ、アリス」

 

 

「アンタ、帰る宛はあるのか」

 

戦いが終わった後、帽子を深々と被った男性がふと聞いてきた

それは女性に向けてのものだ

 

「宛、は…」

「もしないなら、ここを訪ねてみてくれ」

 

そう言いながら男は一枚の紙を手渡した

簡易的な地図と、電話番号が載っている

 

「…これは?」

「知り合いの連絡先。訳は俺が言っておくから。それとアンタ」

 

不意に翔へと視線が向けられる

一瞬ビクッとしたが、言葉を待った

 

「守ってやれよ。この子の希望は、アンタだ」

 

そう言って翔の肩を軽く拳でどついてきた

痛みなどなかったが、若干自分の体が揺れる

僅かに見える口元が、ニヒルな笑みを浮かべ始めた

 

「…じゃあ〝また〟な」

 

そう言って帽子を被った男性はその場を後にした

歩きながら携帯をいじっていたので、恐らくはついでに警備員(アンチスキル)に通報もしていくのだろう

厄介なことになる前に、自分たちもこの場から消えよう

 

「…それで、どうする?」

「どうするもないわ。せっかく招待してくれたのだもの、ここに行ってみるわよ」

「だけど、また罠かもしれない…」

「可能性はあるよ。だけど、なんでかな。あの人はそんな悪い人には見えないんだ」

 

そう言ってアリステラは笑顔を見せる

それは研究所にいたときには見たこともない、可憐な笑みだった

 

◇◇◇

 

それから時間は進んで

 

「おはようございまーす」

 

ガチャリと伽藍の堂の扉が開け放たれる

そこから入ってくるのは黒髪ロングの女の子―――アリステラである

帽子を深々と被った男が教えてくれた場所は、彼自身よく出入りしている伽藍の堂だった

事前に説明を受けていた彼女はごく普通に招き入れ、住み込みで簡単なお手伝いをさせているのだ

 

「いやしかし。私もまだ〝甘い〟な」

「? どうかしました?」

「いやなんでもない。独り言さ」

 

研究所に幽閉されていた頃は笑みも喋りもしなかった彼女は、いまこうして笑顔を振りまいている

 

「ところで、今日は彼に会うんだっけか」

「はい、学校終わりに待ち合わせしてます」

「ふふ、いいことだ。しっかし守ってもらいなよ」

 

そう橙子がからかうと僅かに顔を赤くして、ゆっくりと頷いた

 

同時刻

 

ようやく自分の寮へと戻ってきた右京翔は平凡な日常を満喫していた

もちろん、平凡ばかりでなく、時たまアリステラからガイアメモリ犯罪のことを聞くと自分もそこへ駆けつけるようになった

そこで決まって居るのは赤い戦士、クウガである

どうやらあの一軒以降、腐れ縁みたいな関係になってしまったのだろうか

 

「ういーす翔ー」

「うわっ!」

 

唐突に後ろから声をかけられてビクリとする

後ろを振り向くとそこには学校の友人である鏡祢アラタが立っていた

彼はこちらに歩いてきて手を振りつつ

 

「こうやって挨拶するのも久しぶりな気がするぜ。学校でも言ったけど心配してたんだぜ」

「は、はは、ありがとう。そんで悪かったな、色々心配かけたみたいでさ」

 

こんなしょうもないやりとりをするのも久しぶりである

こういった平凡を噛み締められるのも、今を考えればあの時助けてくれたクウガのおかげなのだな、と痛感する

 

「ところで、今日もお前は待ち合わせしてるのか?」

「え!? あ、あぁ。まぁな…ははっ」

 

唐突にアリステラのことを言われて頷いた

なるべく人目につかないように学園都市をいろいろ練り歩いていたのだが、完全には人目を巻くことは出来なかった

案の定、伽藍の堂に出入りしていることが〝偶然〟アラタにバレてしまい、こんな感じになってしまった

 

「ふふっ、仲いいなお前とあの子は。…守ってあげなよ?」

 

ふと、そんな真面目な声色でそんなことを言う

その言動に、帽子を被った男を彷彿とさせたが、そんな馬鹿なと翔は頭を振ってかき消した

 

「あぁ。ほら、急がないと遅刻するぜアラタ」

 

アラタの肩を軽く叩いて翔はその場から小走りで走り出す

これまでと同じような、平凡な日々を噛み締めるように

 

―――

 

「…ふぅ。仲良くしてるみたいでなにより」

 

翔がこの場をさっさと小走りで行ってしまったあと、アラタはふぅ、と一つ息を吐く

正直こんなアホくさい芝居すぐにバレてしまうかな、と思っていたが割と騙し通せそうだ

最も、いつかバレてしまう時が来るのだろうけど

 

「ふわぁ… お、アラタ、うぃーす」

「ん? お、当麻。おはよう」

 

こちらもこちらで、またかわらない日常を過ごそうとする

この世界にいる、誰かの笑顔を守るために




右京翔 名前右だけど左側
アリステラ ギリシャ語で左っていう意味 だけど右側

名前だけは無駄に凝ってるヤツ(ニワカなくせしてね自分

最近のグランドオーダー

沖田当てれてワシ歓喜

では次回 次回からはまた原作に戻ってくよ


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#3 狙われた常盤台

いろいろカットしたら前より短くなりました

出来はお察し

ではドウゾ

誤字脱字とか見かけたら報告をば


その日はなんだか違和感があった

特に何の変哲もない住宅街の道を婚后光子は歩いているとき、心の中でそう思った

 

ここは普段から通っている道だし歩くことに何ら抵抗はない

時刻は夕刻だし人通りも決して多くはない、というか人はいない

 

だと言うのに先ほどからどうも視線を感じるのだ

 

「…」

 

しかし振り返って確かめても誰もいない

いつも通りの道並みしか自分の視線は移さなかった

…やっぱり気のせいか、と自分で結論づけて再び前を向いて歩き出そうとしたその時に

 

 

また自分を見るような視線を感じた

 

 

一体これで何度目だ

いい加減腹が立ってきた婚后は声を張り上げて叫んだ

 

「どなた!?」

 

後ろを振り向いて視線を巡らせる

しかしどこを見てもやっぱりその視線の主はいない

ならば何らかの能力を用いその姿を消しているのだろう

ここは学園都市、見た事こそはないがそのような能力があっても不思議じゃない

バッ、と婚后は自分のトレードマークで扇子を取り出して開くと自身の口元に持っていく

 

「わたくしを常盤台中学の婚后光子と知っての狼藉ですの!?」

 

視線を張り巡らしながら少しずつ背後へと歩いて距離を取っていく

どこから来るかわからない、ならせめてどこから来られてもいいように距離だけは―――

ドンッと背中に何かが当たった感触がした

その感覚は確実に人だ

 

「っ!?」

 

瞬時に背に振り向いて確かめようとするがやっぱり誰もいなかった

 

(…どういうことですの?)

 

自分の勘違い?

だとしてもまだ相手はどこかに潜んでいるかもしれない

注意深く辺りを見回し、どこかにいるかもしれぬ相手を探す―――

 

 

―――バヂリっ!!

 

 

「あうっ!?」

 

背中に電撃が走った

その電撃の正体がスタンガンなのだと知るのに時間はかからなかった

しかしその一撃は婚后の意識を奪うのに十分すぎる威力だった

どさりと力なくその場に倒れ伏し気を失う婚后

そんな彼女の近くに一人の女の子が立っていた

その女の子は婚后の近くまで歩み寄ると小さく口角をつり上げた―――

 

◇◇◇

 

太陽の日差しを受けて目が覚めた

 

「おはようございますお兄様」

 

黒子の声を聞きながらアラタは上半身を起こす

そしてうーんと背伸びをして眠気を覚まそうとして

そいでてくてくとカーテンを開ける黒子の方へと歩いてき

 

「たっはー。お兄様の寝顔ゲットですわ。さっそくこれを保存ん!?」

「勝手に人の部屋に上がってくんな」

 

空間移動能力者(テレポーター)はこれだから

いや、こんなことするテレポーターは学園都市中を探し回ってもこの黒子(バカ)しかいないと思うが

とりあえずデコピンをかましカメラをぶんどって画像ファイルを消去しておきました

 

 

「迎えに来てくれんのはありがたいけど不法侵入はやめてくんないかな」

「はは…、つい出来心で…」

 

苦笑いとともに頭を掻く黒子

笑ってすむものではないが知り合いなので一応許す

で、本題

 

「美琴はもういるの?」

「ええ。もう常盤台の校門で待っておられますわ」

 

本日は初春、佐天の両名に〝学舎の園〟を案内するべく、彼女ら二人を招待したのだ

〝学舎の園〟は学園都市の女子校が集結している場所であり、当然ながら我ら一般庶民では入ることは不可能に近い

しかし今回は美琴や黒子に招待されているから堂々と入れるのだ

まぁしかし今回は黒子の能力で入るのだが

 

「じゃあさっさと制服着るから待ってくれ」

「ええ。私にお構いなく」

 

そう言っていそいそとビデオカメラを用意してこちらを

 

「通報するぞ」

「申し訳ございませんでした」

 

◇◇◇

 

「おっすー。来たわねアラタ。その様子だと…うん。だいたい察した」

 

つつがなく黒子の空間移動(テレポート)にて常盤台校門に到着

ちなみに黒子は頭にクレヨンし〇ちゃんばりのたんこぶを作っていたのを見て何がおこったのを美琴は察してくれとようだ

その判断に心から感謝した

 

「で、二人は?」

「ううん。まだ来てないわ。もうそろそろだと思うんだけど…」

 

そう言って形態を取り出して時間を見る

時刻は午後三時

待ち合わせは三時だったはずだ

そう思ったその時足音が聞こえた

 

「お、来たぞ。…て、あれ」

 

三人が足音の方を見るとそこには確かに初春と佐天がいた

しかしなぜだか佐天だけやけにずぶ濡れで

 

「…どうしたの?」

 

苦笑いを浮かべて美琴が聞く

その問いに二人は「あはは…」とはにかみながら

 

「その…水たまりで、ちょっと…」

 

とりあえず佐天さんに替えの服を貸してあげることになりました

 

◇◇◇

 

とりあえず佐天が着替え終わるまでアラタは校門で待つことになった

まさか着替えにまで同席するわけにもいかない、というかそんなんしたらさすがにいろいろやばい奴である

とりあえず彼女らが出てくるまで何にもすることがない

どうしようかな、と考えながら校門でぼけー、と待つことにする

 

「あらぁ」

 

ずいぶん甘ったるい語尾を聞いた気がする

その声の主をアラタは知っていた

 

「…しょ、食蜂操祈…なんだいきなり」

「なんだとはご挨拶ねぇ、せっかく声をかけてあげたのに」

 

てててと近寄ってこちらの顔を覗き込むように移動する彼女

名前は食蜂操祈

彼女は常盤台のもう一人の超能力者(レベル5)

 

「それにしても珍しいわねぇ、何かの用事?」

「そんなところ。今はダチ待ってるところだよ」

 

ふぅん、と返答しながら髪をくるくると弄ぶ

そんな仕草の一つ一つは可愛いのだが

 

「ほら、美琴と遭遇すると後がめんどくさいだろう? それともここに用事でもあるのか?」

「わかってるってぇ。それじゃ、また、ねぇ?」

 

そう言って微笑みを浮かべ手を振りながら食蜂は歩いて行った

…彼女にもいろいろ事情はあることは承知しているが、やっぱり苦手だ

―――容姿は可愛い部類に入るのだが

 

「お待たせ。待たせたわね」

 

ちょうどそんなタイミングで着替え終わった佐天を連れて美琴たちが戻ってきた

佐天は常盤台の制服に身を包み、その佐天を初春がうらやましそうに見ている

 

「…佐天さんだけずるいです…」

 

なんでかぷくーと、初春は頬を膨らませている

そんな初春に対し佐天は苦笑いを浮かべスル―し

 

「制服はクリーニングに出しておくから、後で寄ってね?」

「なんなら、貴女方の寮まで届けますわよ?」

 

常盤台パネェ

 

「メイドさんですか!? やっぱりメイドさんなんですか!?」

 

今日の初春のテンションはなんかおかしいと思うのは自分だけなのだろうか

どうでもいいことを思いながらアラタは四人の少し後ろを歩いていく

そんな五人を後ろから見つめている女性の存在に気づかずに―――

 

◇◇◇

 

現在佐天がリクエストしたケーキ店にて

佐天や美琴、黒子が決まっている中で初春だけが決めかねていた

ちなみにアラタはイチゴのショートケーキと決めている

生クリームの上にあるイチゴとか最高じゃないか

 

「うむむむむ…これも美味しそう…あぁ! けどこっちのも捨てがたい…」

 

ショーケースに並べられたケーキを見ながらいまだに悩んでいる初春

きっとこの子はレンタルビデオ店に入っても悩んじゃうタイプだ

だってアラタもそうだから

 

「そんなに悩むようなことですの?」

「ま、まぁアタシはチーズケーキって決めてましたから…」

「早くしないと陽が暮れちゃうよ?」

 

それぞれが苦笑いを浮かべつつ初春に言う

対する初春は慌てた様子で

 

「うわぁ、ちょっと待ってください―――」

 

そして注文をしようとしたとき、アラタの携帯が震えだした

 

「うん?」

 

「悪い」と四人に断わってアラタは携帯を取り出して通話ボタンを押し耳に当てた

 

「ういーす。なんだ固法か。え? …わかった、すぐに行く」

 

携帯をぱちんと閉じながら黒子と初春の顔を見る

雰囲気を見て察したのか黒子が先に口を開いた

 

「呼び出しですの? お兄様」

「ご名答。行くぞ二人とも」

 

タイミングが悪いとはあえて口に出さなかった

しかしケーキが食べれない、という事実は初春に衝撃をもたらしたようで

 

「はぁう…」

 

ものすごく残念そうな表情でショーケースの中のケーキを眺めていた

 

「…美琴、初春の分テイクアウトできるか?」

「ええ。私もちょうどそうしようと思ってたところよ」

「ありがとうございますぅ…」

 

とりあえず初春のケーキ問題はこれで解決

あとは支部に顔を出して、指示を仰ぐのみだ

 

「よし、行くぞ二人とも」

「了解ですわ」

「はいっ」

 

三人は口ぐちにそう言ってケーキ店を飛び出した

慌ただしく走る三人の背中を見ながら美琴は小さい息を吐く

こんな時にもお仕事をする三人に少し申し訳なく感じながらも美琴は佐天の方へ向き直り

 

「じゃあ私たちも―――」

 

「あの…」

 

少しもじもじしながら佐天は視線をちょっとだけそらしながら頬を掻く

 

「私…ちょっとお手洗いに…」

 

◇◇◇

 

風紀委員活動第一七七支部、JUDGMENT 177 BRANCH OFFICE

通称一七七支部

 

風紀委員の初春、黒子、そしてアラタの三人が所属している事務所である

ちなみにこの事務所に入るのに特に制限はない

実際たまに友人であるツルギもたまにここに入り浸っては国法に怒られている

ツルギというのはアラタの同級生で、彼の親友でもある

 

「まったく…せっかくの非番の日だというのに…」

 

愚痴る黒子に苦笑いする初春

しかしそのままストレートに不満を口にするといろいろと危ないので黙っておく

 

「あたっ」

 

案の定ポカリ、と黒子に頭が叩かれた

 

「到着早々ぼやかないの」

 

しっかりと黒子の小言を聞き逃さなかった彼女は注意の意味も込めて適当に書類をくるめて軽くたたいたのだ

彼女の名前は固法美偉

今叩かれた黒子や初春の先輩で立場上はアラタにとっても先輩であるが同時に年齢的には同学年にあたる

 

「で、固法。用事ってどんな用事? またスキルアウトが暴れてるのか?」

 

アラタが聞くと国法は表情を切り替える

仕事モードの表情(かお)

それに固法は苦い顔を浮かべて

 

「昨日の放課後から夜にかけて、常盤台の生徒が六人ほど、連続して襲われる事件があったの」

 

言いながら国法はデスクに置いてあったパソコンに近寄りキーボードを操作し画面を切り替える

いくつか操作して、ディスプレイには被害者と思われる生徒六人の顔写真が写された

 

「しかも、その事件すべてが〝学舎の園〟の中で」

 

◇◇◇

 

事を終えた佐天はハンカチを口にくわえながら手を洗おうと洗面所へと歩み寄って蛇口をひねって水を出す

その時どういう原理か分からないが背後の出入り口が勝手に開いた

 

「…?」

 

しかもご丁寧に開いた後また普通にその扉が閉まったのだ

 

「…え?」

 

正直訳が分からず気のせいか、自己完結し佐天は気にはしなかった

 

◇◇◇

 

常盤台の学生は最低でも強能力者(レベル3)以上の能力者しかいない

その能力者をいとも簡単に倒していることから、相手はかなりの手練れだと推測できる

 

「相手の能力は?」

 

アラタが固法に聞くと彼女はいいえ、と言っているように首を横に振った

ただ、と彼女は口を開き

 

「ただ、被害者は全員、スタンガンで昏倒させられているの」

 

◇◇◇

 

トイレの中をきょろきょろと見回す

やっぱりどう考えてもあの扉がひとりでに開くなんて想像できない

そもそもあの扉はしっかりと閉め切ったはずだ

ノブを回さない限り開くことは絶対にない

注意深く周囲を見渡していると―――

 

 

バヂリ、とどこからかスタンガンを押し付けられた

 

 

「あぅ!?」

 

今まで受けたことのない痛みに佐天は洗面所に身体を預ける形になってしまう

 

◇◇◇

 

「それで、意識を失った被害者は…?」

 

恐る恐ると言った様子で初春が固法に聞く

すると固法はまた空気を一変させる

それはこれより先、聞く勇気をこちらに問うかのように

 

「写真があるんだけど―――」

 

国法はカチカチ、とパソコンを操作しながらキラリ、と眼鏡の奥の瞳を煌めかせる

 

「―――酷いよ?」

 

背中に駆け抜ける戦慄

それはこれより先に待っているのはかなりの凄惨なものだろう

そんな事実が三人の脳裏に駆け巡る

 

「見るんだったら、覚悟しなさい」

 

じっ、とレンズの奥からまた固法の瞳が光る

ここから先に何があっても、動じないと約束できるの?

固法の瞳はそう訴えていた

 

「…今更だな。この仕事に就いてから、とっくの昔にできてるぜ」

「わたくしも」

「私もっ!」

 

アラタ、黒子、初春の三人はそう言って固法の眼を見る

それぞれの瞳から何かを感じたのか、固法は観念した様子でパソコンのディスプレイはこちらに見えるように動かした

そしてその画面を見た三人は、絶句する―――

 

◇◇◇

 

「佐天さーん?」

 

あまりに遅い佐天の帰りを心配した美琴がお手洗いを訪ねてきた

入ってきてすぐ思ったのは水の音が絶え間なく流れているということ

 

「…佐天さん?」

 

トイレの方を覗き込むが誰もいない

そして今度は洗面所に顔を向けると―――

 

「―――!?」

 

そこには洗面所に身体を預けて気を失っている佐天の姿が飛び込んできた

 

「佐天さん!!」

 

慌てて彼女の下に駆け寄り身体を揺り起こす

しかしスタンガンにでもやられたのか、彼女の意識はだいぶ深いところに落ちてしまっているようだ

だがとにもかくにも彼女をここから移動させなければ

そう思った美琴は改めて彼女の身体を支えようとする

その時にぐらりと彼女の頭が揺れて、美琴の視線に入ってきた

 

「―――!?」

 

その瞬間、また美琴も絶句した

 

◇◇◇

 

常盤台中学の中にある風紀委員室

そこに一同は集まっていた

ちなみに佐天はソファに寝かせ、休ませている

 

「常盤台狩り?」

 

黒子と初春から事件の詳細を聞いた美琴はそう声を上げた

 

「そっか…常盤台(うち)の制服を着てたせいで…」

 

偶然とはいえ彼女は常盤台の制服を着ていたせいでこんな事件に巻き込んでしまったのだ

その罪悪感がその場にいる者にのしかかる

 

「…佐天の具合はどうだ?」

「しばらく横になれば、大丈夫だろうって…。…ただ…」

 

そこで美琴は言葉を区切る

いや、言うのを躊躇ったのである

その行為が意味するのはつまり、彼女も犠牲になってしまったのだ

その事実に初春は肩を落とす

 

「…犯人の目星は?」

「まだついておりませんの。…少々厄介な能力者でして…」

「厄介?」

「目に見えないんです」

 

呟いた初春の言葉に美琴は耳を疑った

 

「…え?」

 

 

「本当ですわ!!」

 

だん、と机を勢いよく叩きながら婚后は声を張り上げた

 

「わたくし何も見ていません!」

「で、ですが、監視カメラには確かに…」

 

彼女の相手である立花眞人はパソコンの画面を見せながらそう言うが婚后は聞く耳を持たず

 

「それでもっ! 本当に見ておりませんの!」

 

 

そこで映像はブヅリと途切れた

正確には黒子が見かねてその画面を落としたのだが

ちなみに映像の婚后はとある事情により常に額を隠していたのだが、理由は後程

 

「被害者には見えない犯人、か…」

 

ぼそり、と頬杖を突きながら美琴は呟いた

 

「最初は光学迷彩系の能力者を疑ったんだがね」

 

アラタの言葉に続けるように初春がパソコンを操作しながら付け足す

 

「完全に姿を消せる能力者はこの学園都市に四十七人います。けど、その全員にアリバイがあって…」

「それ以前に監視カメラには映ってるんでしょ? 光学操作系っていうのはちょっと違うんじゃない?」

 

そうなのだ

光学迷彩は基本的にそう言ったものから逃れるための能力だ

しかし今回のケースは〝犯人はカメラには映っている〟

光学迷彩の件ははずれなのだ

 

「…けど、なんで被害者は犯人の姿に気づけなかったのでしょう?」

「…すっごく早く動いたとかでしょうか…」

 

黒子と初春のそんな何気ない会話にアラタの耳はピクリと反応した

〝気づけなかった〟?

 

「初春、一つ調べてほしいことがある」

「ふぇ?」

 

 

静かな風紀委員室にカタカタとキーを打つ音が響く

しばらく初春が検索しているのを黙って見ていると一つのウィンドウが開かれた

 

「ありました! 能力名は視覚阻害(ダミーチェック)。対象物を見ているという認識そのものを阻害するという能力です。該当者は一名。関所中学校一年〝重福省帆〟」

 

ウィンドウに表示された分を淡々と読み上げる

その画面に映った女の子はお団子頭で、前髪が長く自分の眉毛を隠すように伸びている

画面を確認した黒子は

 

「そいつですわ!!」

 

と声を張り上げて画面を睨む

しかし初春がその言葉を否定する

 

「けど、この人異能力者(レベル2)です。自分の存在を消せるほどの力ではないと、実験データにはあります…」

 

と、なるとこれも不発ということになる

その事実を知ったアラタははぁ、と深いため息をついた

 

「…いい線いってると思ったんだがなぁ」

「振り出しに戻っちゃったわね」

 

美琴と二人そんな事喋りながら窓の方をみたその時だった

 

「う、うう、ん…」

 

佐天の声だ

しばらく意識を失っていた彼女が回復したようだ

 

「あれ…わたし…」

 

自分の額に手を当てて調子を確認する佐天

そして彼女は声のする方向…つまり美琴たちへと視線をやる

 

「佐天さんっ」

 

初春が安堵に満ちた声を上げ

 

「あまり無理しないほう、が…」

 

美琴が続いて気遣うような言葉を言おうとしてどもった

正確には佐天以外の全員がどういうわけか笑いをこらえているのである

 

「…?」

 

その行動の意味が分からなかった彼女だがアラタから渡された手鏡を見て

 

「…えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

絶叫した

 

◇◇◇

 

なぜか

 

それは佐天の眉毛にある

昏倒させられた佐天はどういうわけか知らないが、自分の眉毛が思いっきり太くなっていたのだ

恐らくマジックで上から書かれたのだろう

ちなみに先ほどの婚后も恐らく同じ理由で眉にあたる部分を自身の扇子でかくしていたのだ

どんな眉毛か、というと両津〇吉みたいな眉毛といえばわかりやすいか

 

「な…ななっ…なぁ…」

 

先ほどからスーパー絶句タイムな佐天

というかがんばってシリアスに持ってきても被害がこれなので正直安心した感はある

最初固法に真面目な口調で言われた時は始めて髪の毛を引っ張ってやろうかと思ったほどである

…タンスのかどに小指ぶつけて悶絶すればいいのだ、固法(あいつ)

 

「佐天さん…お気を確かに…。…ぷ、くくく…」

 

フォローになってない初春

ていうか笑っている

 

「ショックだよね、そりゃあ…」

 

苦笑いと共に佐天を励ます美琴

というか彼女も言葉を探しているのだろう

 

「まぁ…その…なんだろうな」

 

実際言葉が見つからないアラタ

いや、どんな言葉をかければいいのだ

 

「せめて、これくらい前髪があったら隠せましたのに…」

 

笑み交じりで先ほどの女の子の画像を見ながら呟く黒子

 

「前髪?」

 

黒子の発言が気になったのか佐天は歩いてきてその画面を覗き込み、佐天の表情がまた変わる

驚愕の表情に

 

「こ、こいつだぁぁぁ!!」

 

佐天はそう叫びながら画面の指差し、プルプルと指を震わす

そしてその一言にその場の空気が一変する

 

「犯人を見たんですの!?」

 

黒子の問いかけに佐天は「はい!」と頷いて

 

「あの時、確かに見たんです。意識が薄れる中で、鏡を見たら、この女の子が…!」

 

なるほど、これではっきりした

 

「どうやら存在の認識を阻害できるのは、肉眼で見た者のみに限られるわけだな」

「どうりで被害者は一貫して見ていないって言っていたわけですわね」

 

黒子とアラタが二人呟く

これで確保にまた一つ歩を進めたわけだ

 

「…ふ、ふふふふふ…」

 

テーブルに手を当てて俯きながらプルプル震える佐天

その声色にはなんか怨念めいたものを感じる

そしてバッと顔を上げてビシッとまた画面の女の子を指差して

 

「この眉毛の恨みぃ…晴らさでおくべきかぁ!」

 

そう高らかに宣言した後に初春を見て

 

「やるよ! 初春!」

 

「…はい?」

 

◇◇◇

 

かたかたかたかた…と風紀委員室にパソコンのキーを打つ音が淡々と響く

そのキーを打ち込んでいるのは初春だ

彼女は現在四つの画面を同時に見ながら手元を見ずにただ情報を閲覧していく

これが彼女のスキルの一つ

正直スキルというべきか分からないがパソコンを使った情報、および電子戦に置いて彼女の右に出る者はいないだろう

 

「初春、上からの許可、取り付けましたわ」

「わかりましたー…と」

 

かちり、と彼女はエンターキーを押す

その直後四つのモニターに新たなウィンドウがいくつも表示され、そこにまた新たな映像が映し出された

それはこの〝学舎の園〟の監視カメラ

 

「〝学舎の園〟の監視カメラ、すべてに接続を終えました」

 

『おーっ!!』

 

その場の女子一同から感嘆の声が上がる

当然だがアラタも初春のその技量に改め驚いていた

ていうか学舎の園の監視カメラってゆうに二千を超えていたはずなのだが

 

「待ってろよぉ前髪女ぁ…必ず見つけ出してやるからなぁ…!!」

 

ぐわしっと握り拳を作りながら意気込むように佐天は呟いた

キーをたたく作業の傍ら、初春は佐天に言う

 

「約束のケーキ、忘れないでくださいよ?」

「三個でも四個でも好きなだけ食べてよしっ!」

「うわーい♪」

 

この会話からもわかるが初春はケーキに釣られました

食べれなかったからかはわからないが

 

「…多すぎるわね」

 

不意に美琴が画面に映ったいくつもの監視カメラの映像を見ながら呟いた

 

「? 何が? ケーキの数?」

「違いますわよお兄様。…初春、エリアEからHとJとNは無視ですわ」

「あ、はーい」

 

黒子に指摘されたエリアをカットしていく

カットされたエリアは黒くなり、まだつないでいるエリアだけが光ったままだ

 

「あのあたりは常盤台から一番遠い場所…ですから常盤台(うち)の生徒はほとんど通りませんの」

 

流石常盤台に通う生徒

こういった情報は熟知しているようだ

やはり真面目な黒子は頼りになる

 

「じゃあ、人通りの多いところも後回しね」

 

そんな黒子に続くように美琴が付け足した

 

「なんでですか?」

 

怪訝な顔をした佐天に美琴は説明をする

 

「犯人の服装よ。学舎の園(ここ)じゃ目立ちすぎると思わない?」

「あっ…」

「確かに!」

 

初春と佐天がお互いの顔を見渡して言葉を紡いだ

確かに初春らがここ、学舎の園に来たときは多くの視線を受けていた気がする

そこでアラタがぽんと手を叩いて

 

「つまり、人通りのある所じゃ能力を発動したままで…疲れたらどこか人目のつかないところで身を潜めている…」

「そういうことよ。ナイスアラタ」

 

と、いうことはだ

初春がそれまでの情報を頼りに犯人が潜み、かつよく利用していそうなエリアを割り出す

 

◇◇◇

 

人気の少ない路地裏にて

 

また一人の常盤台中学の生徒が帰りの道へとついた

そんな生徒を狙う女の子が一人

 

彼女の名前は重福省帆

ざっくり言ってしまえば今回の事件の犯人だ

彼女はゆっくりとスカートのポケットから一つの獲物を取り出す

それはスタンガンだ

入手経路は不明だがそれでも最近は物騒だ、などと言えばわりかし携帯できてしまうほどのものだ

重福はまた自身の能力を発動させその生徒に歩み寄ろうと―――

 

 

「みぃつけた」

 

 

背後からの声にハッとした

急いで振り向くとそこには帽子を深くかぶった常盤台の制服を着込んだ女―――

よく見るとそれは昨日トイレで昏倒させた女だ

 

「私のかわいい眉毛のカタキ、きっちり取らせてもらうからね」

 

このままではまずい

そう判断した重福は認識阻害(ダミーチェック)を使い女の視界から自分の存在を消して逃亡を図った

 

「えっ!?」

 

その場にはただ走り去る足音が聞こえるのみ

 

「…ほんとに消えた」

<感心してる場合じゃないですよ! 追ってくださいっ!>

「っと、そうだった…」

 

 

先ほどのとはまた別の裏路地

そこの壁に鏡祢アラタは背中を預けてただ待っていた

 

「…、」

 

静かな路地に耳を澄ませただ待つ

少ししてたったったっ、と誰かが走ってくるような足音が耳に入ってきた

視線を向けるが何も映らない

 

「―――来たか」

 

その足音が自分の隣通るタイミングで足と思われる場所に自分の足をかける

ガッと確かな手ごたえを感じ、その直後自分の付近で一人の女の子がしりもちをついた状態でその場に現れた

それは先ほどパソコンに映った女の子と同じものだ

女の子が首を見上げるタイミングでアラタは自分の腕章を見せつける

 

風紀委員(ジャッジメント)です。大人しく――」

「ちっ!」

 

短く舌を打つと女の子は再び姿を消して反対方向に走り出した

 

「…ま、そりゃそうだよな」

 

黙って捕まる犯人などいまどきの探偵ドラマでさえやっていない

アラタは耳に就けた通信機に手を当てて向こうにいる初春に指示をを仰ぐ

 

「初春、ナビよろしく」

<はいはーい。それではその路地を出て左、三番街に入ってください>

 

 

<わかった>

 

アラタからの返事を聞くと初春は再び画面へと視線を向ける

画面に映っているのは必死に走っている重福省帆の姿が映っていた

 

<初春!>

 

佐天の声が聞こえた

初春はまた画面に目をやって重福の逃走経路をまた告げる

 

彼女の仕事はただ簡単

重福の逃走経路へ佐天や黒子、アラタを誘導し逃走経路を塞ぐことである

 

<初春! ナビをお願いしますの!>

 

「はーい」

 

 

(なんで…!?)

 

重福省帆は焦っていた

それは行き着く先々に先ほどの男や帽子を被った常盤台の女、さっきなんかは男とは別の風紀委員に妨害された

当然逆方向へ走って撒こうとしたがその道の先には風紀委員の男がいるし、じゃあまた別のルートをたどれば帽子の女が先回りしているし

 

(なんで!?)

 

どういうことだろう

こちらの逃走経路を知りもしないのに

まるで心を読まれているのかのような錯覚さえ覚える

 

「はぁ…はぁ…」

 

視覚阻害(ダミーチェック)に使い過ぎで身体に疲労が溜まってきた

さすがにここにはいないだろう…そんな考えを抱きながら重福は最後の望みとして公園に立ち寄った

 

「っはぁ…すぅ、はぁ…」

 

膝に手を置いて減ったスタミナを回復させる

よかった、ここには誰もいない―――

そう思った重福の幻想はいとも容易く砕かれた

キーコ、と誰かがブランコを扱ぐ音が聞こえた

その音にハッとして前方のブランコの遊具を見る

そこにはゆっくりとブランコを扱ぐ短髪の常盤台の女性

それと同時に背後からの足音が聞こえた

足音の正体は先ほど自分を追い回した黒子と佐天、そしてアラタだった

ブランコに乗った短髪の女性はこちらの存在を認識するとブランコを扱ぐのをやめて

 

「…鬼ごっこは、終わりよ」

 

小さい笑みと共に重複を見た

 

 

「…どうして!? なんで視覚阻害(ダミーチェック)が効かないの!?」

「さぁ。なんでだろうね」

 

そうそっけなく答えると美琴はブランコから降りて重福の下へと歩み寄る

まさか初春のサポートがあったなどというわけにもいかないし、そもそも言っても意味がないと思ったからだ

正しく、影の功労者である

あの子には今度何かおごってあげよう

 

「くっ…! これだから常盤台の連中はぁ!!」

 

そう怒りの形相とともに重福はスカートのポケットからスタンガンを取り出した

佐天や婚后、その他常盤台の生徒を合計六人昏倒させたあのスタンガンである

その行動に佐天はハッとなるが黒子、アラタは動じずに事の成り行きを見守った

 

「うあぁぁぁぁ!!」

 

そんな叫び声と一緒に重複は一直線に走って美琴の胸部にそのスタンガンを押し付けた

バヂリっ、と電撃が迸る音が公園に響き渡る

その一撃に何かを確信した重福はにやり、と冷や汗交じりに笑いを浮かべた

 

 

当の美琴はまったく効いた様子なく普通に立っていた

ごく、普通に

 

「…え?」

 

バヂリ、バヂリと何度かスイッチを押し電気を流してみる

しかし結果は変わらず、美琴はケロッとしたままだ

 

「ざーんねん。私こういうの効かないんだよねー」

 

そう言いながら美琴は両手の人差し指を向き合わせる

そして先ほどのスタンガンのようにその指の間でバヂリ、と電気を迸らせた

彼女の能力は電撃使い(エレクトロマスター)、二つ名は超電磁砲(レールガン)

つまり

 

「…えっと」

 

美琴の能力をようやく理解した重福

慌てる重福の視線を余所に、美琴は重福の二の腕に人差し指をちょん、と当てて

 

「きゃあ!?」

 

バヂリっ! と今まで彼女が常盤台の生徒にしてきたように電流を流し重複を気絶させた

 

「手加減はしたからね」

 

倒れた重福に向かって美琴は小さくそう言った

最も聞こえてるかはわからないが、まぁ問題ないだろう

 

「…初春。お疲れさん」

警備員(アンチスキル)に連絡しておいてくださいな」

<ふぁー…い>

 

背伸び交じりに欠伸も混じった声で初春はそう返事した

今までずっとパソコンの前にいてせわしなく指示をしていた彼女が恐らく一番疲れたのは彼女のはずだ

 

◇◇◇

 

とりあえず警備員が来るまで重複をベンチに寝かせ回復を待つ

しかし佐天の怒りは収まっていないようで妙に手をわきわきしながら油性マジックを取り出して

 

「ふふふふ…さぁて…」

 

その笑い方はもはや悪役のソレである

笑みと共にマジックのキャップをキュポンと抜きながら気絶している重福へとにじり寄る

 

「どんな眉毛に…」

 

そう言って重福の前髪に手をかけて

 

「してあげましょう―――。…か?」

 

掻き分けて眉毛を見て佐天が止まった

どういうわけか冷や汗交じりである

どういうことかと佐天の後ろにいたアラタは美琴、黒子と互いに顔を見渡して横からちらりと重福の額を見た

 

 

簡潔に言おう

正直言えば彼女の眉毛も普通の人よりも変だったのである

それでも確かに悪く言えば変かもしれないが良く言えば個性的とも取れる

 

「う…うん…」

 

そうこうしている内に重福が意識を取り戻した

そして佐天の手が自分の前髪にあるとわかったとき

 

「嫌! 見ないで!」

 

そう言って額を庇いながら視線を逸らす

流れる沈黙

なんてコメントをすればいいのだろうか

 

「えっと…」

 

言葉に詰まった佐天が皆の空気を代表するかのように言葉を濁す

 

「おかしいでしょ…?」

 

今度こそ完全に言葉が見つからない

どうやら彼女にとって眉毛はコンプレックスのようだ

 

「笑いなさいよ! 笑えばいいわ…あの人みたいに…」

『あの人?』

 

言ってる意味が分からず皆そろってそんな言葉を口にした

 

 

春―――

 

―――私は麗らかな日差しの中で微睡んでいた

 

…おい、なんか急に語り始めたぞ

…み、見守ってあげましょ

 

―――幸せな時間はいつまでも続くと、ただ無邪気に信じていた…

けど、幸せな時間は突然と終わりを告げた…―――

大切な人が、常盤台の女に奪われるまでは―――

 

「どうして!? そんなに常盤台の女が良いの!?」

「別に…そういう訳じゃ」

「じゃあなんで!?」

 

そう彼に聞くと、彼はこう言った

 

「だって…お前の眉毛…―――変」

 

私は泣いた…

悲しみと怒りの感情がふつふつと湧き上がってきた

私をあの男が憎い…

私から彼を奪った常盤台の女が憎い…!

 

そしてなにより―――

 

 

「この世の眉毛すべてが憎い!! だからぁ!!」

 

ぐわばぁっ!! と寝ていた態勢から起き上がり拳を握りしめながら言葉を続ける

 

「みんな面白い眉毛にしてやろうと思ったのよぉ!!」

 

逆恨みやないかい

そしてなぜそこまで眉毛にこだわるのだろうか

 

「なによ!? さぁ笑いなさいよ!!」

 

「えっ!?」

 

唐突に言われた故に佐天は言葉を用意していなかったので苦笑いのまま黙ってしまった

どうしよう、と頭の中で言葉を探しているそんな時

 

「…コンプレックスかもしれないけど、それも一つの個性なんだよ」

 

ふとアラタが呟いたその言葉に佐天はこれだと言わんばかりに同意する

 

「う、うん! あたしはそれ好きだなぁ! ねぇアラタさん!!」

「え? あぁ、そうだね。受け入れるか嫌いになるかで結構変わるからね」

 

特に気にせずアラタは佐天のパスに乗った

佐天も佐天でこれで収まってくれればな、と

 

「…、」

 

ポォ…と重福の頬が赤く染まった

そして佐天、アラタと両方の顔を見てさらに顔を赤くする

 

『…えっ!?』

 

フラグが立った瞬間だった

よく目と目が合うー、なんていうが今回は眉毛をフォローしただけなのに

そんな二人を苦笑いしながらも佐天と美琴は見守っていた―――

 

◇◇◇

 

しばらくしたのち警備員のトラックが到着した

大人しくなった重福は警備員の人に誘導されるままそのトラックへと乗っていく

乗り込む直前、重福は振り向いて

 

「あの…」

 

その言葉は佐天とアラタに向けられた言葉であるとすぐにわかった

なぜなら頬が赤かったから

 

「手紙、とか、書いてもいいですか?」

 

「…はい」

「うん、いい、けど」

 

完全に態度が変わっている

佐天に至っては眉毛の恨みなどと言っていたのに

その返事が聞けたあとまた重福は頬を朱に染めたままトラックに乗っていった

彼女が乗ったトラックが走り去った後にふぅ、とアラタは息を吐く

 

「…そういえば、完全に姿を消してたな」

 

いろいろ公園での出来事が尾を引いているせいでうっかり忘れがちだが彼女は完璧にその気配を絶っていた

 

「そういえば、異能力者(レベル2)という話でしたのに…変ですわね?」

 

その疑問には黒子も同様に思っていたようで腕を組みながら言う

 

「…データバンクに誤りがあったとか?」

「や、流石にそれはないですわ、お姉さま…」

 

その時はそんな風に笑って流していたが、これが後に起こる大きな事件に繋がってるとは、この時誰も思っていなかった

 

ちなみに

 

佐天や他の被害者の眉毛に書かれたインクだが

何やら特殊に作成されたインクらしく一週間は絶対に落ちないんだとか、なんとか



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#4 都市伝説

あんまり変わってない

それでも誤字脱字はあると思うので見つけたら報告をばください


ファミレス〝Joseph's〟のとある一角

ファミリーテーブルの席にて一つ奇妙なテーブルがあった

黒い布を被って、何やら微動だにしない変なテーブル

その正体は自分の友人たちである美琴らである

ちなみになんでそんな事になっているのかと言うと雰囲気を出したいかららしい

そんな雰囲気を出すために美琴、黒子、佐天、初春はテーブルに突っ伏してその上からは黒い布をかけて夜っぽい雰囲気を出しているのである

そんなテーブルの近くでアラタは佐天が持ってきたオカルト雑誌を読みながら彼女たちが話が終わるのを待っていた

そんな空間に一人混ざる勇気もないし、女子四人という状況に男子一人とはいかがなものか

しかし都市伝説にもいろいろあるようで、アラタはふむふむとひとり頷きながらその雑誌を読み進めていると

 

 

「―――てぇ、全然怖くないじゃんっ!!」

 

 

そんな声と共にぐわばぁ! と勢いよく美琴が立ち上がった

その反動で彼女らにかぶせられていた黒い布がふわりと浮かび上がる

 

「美琴ー。ほかの客に迷惑―――のばっ」

 

そんな布が注意を促そうとしたアラタの上にぱさり、と落ちる

その布から一瞬、フローラルな香りがした

 

 

ある蒸し暑い夜の事

一人の男性が人気のない公園を通った時、一人の女の人に駅までの道のりを聞かれたんです

 

快くその男性が道を教えているとどこかうつろなその女性が、ふわぁ…と手を挙げて突然がばぁっと…

 

ブラウスを脱いだんです…

 

 

怪談の内容はまぁ要約するとそんな感じ

早い話道を聞かれたので教えていたらその女性がいきなり服を脱ぎだしたでござる、ということだ

 

「いやどういうことだ」

 

佐天から改めてその話を聞かされたアラタは怪訝な顔をした

どうしよう、全然怖くない

 

「せっかく雰囲気を作っても、そんな話ではね…」

 

苦笑いと共に黒子が携帯片手にそんな事を言う

対する佐天は雰囲気作りの為に持ってきていた先ほどの黒い布を折りたたみながら

 

「けど実際いたら怖くないですか? いきなり脱ぎだす都市伝説〝脱ぎ女〟!」

「怖くないっ」

 

だがしかし全力で美琴はバッサリと否定する

 

「てか、仮にそれが事実でもいたら変態じゃんか」

 

アラタの呟きに美琴はうんうんとうなずいた

確かにいたら怖いかもしれないがきっとそれは恐怖の怖さではないだろう

 

「じゃあじゃあ、こんなのはいかがですか?」

 

がさごそとカバンからノートパソコンを取り出してwebページを開くとテーブルの中央に置いてみんなに見えるように位置を調整する

そのページにはこう書かれていた

 

〝風力発電のプロペラが逆回転するとき、街に異変が起きる!?〟

〝夕方四時四十四分に学区をまたいではいけない、幻の虚数学区に迷い込む!?〟

〝使うだけで能力が上がる!? 幻想御手(レベルアッパー)!〟

 

…なんだろう、どれもありそうだがいまいちパッとしない

あからさまに嘘っぽいのである

しかしありえそうだから困るのが学園都市の困ったところだ

 

「そんな下らないサイトを見るのはおよしなさいな」

 

案の定黒子からそんな言葉が放たれる

 

「だいたい都市伝説なんて非科学的な話。ここは天下の学園都市よ?」

 

美琴の言葉にアラタもわずかに同意する

そもそも能力の使用が当たり前になっているのがこの学園都市だ

だというのに噂だけの都市伝説はどうも信憑性に欠ける

そう思いながらアラタはテーブルに置いてある水をコクリと飲みながら耳を傾ける

 

「もお、ロマンがないなー」

「本当に起きた出来事が形を変えて噂になることもあるんですから」

 

それでもやっぱり脱ぎ女なんていないと信じたい

 

「どんな能力も効かない能力を持つ男、とか! 学園都市ならではって感じじゃないですか!!」

「どんな能力も効かない…?」

 

そんな佐天の声が耳に入ったときアラタのこめかみがピクリと反応した

ものすごく知り合いにいるんですけど

というか知り合いが都市伝説にまでなっているという真実にビックリである

 

「そんな無茶苦茶な能力、あるわけないですわ」

 

しかしあくまでそれは都市伝説

当然黒子は信じるはずもなく笑いながら

 

「ねぇ? お姉様」

 

だがしかし美琴はその画面を食い入るように見つめていた

…まさか当麻と会ったことがあるのだろうか

 

「…どうした?」

 

アラタの言葉にようやくほか四人の視線に気づいた美琴は軽くコホンと咳払いして

 

「そ、そうね。そんなのいたら、一度、戦ってみたいわね。はは、はははは…」

 

乾いた笑いをする美琴に怪訝な顔をする黒子

空気を変えようと思ったアラタは佐天にこんな質問をした

 

「ところで、最近はどんなのが人気なんだ?」

「あっ。アラタさんも興味あります? さっきの奴とは別に、実はもう一つ今話題の奴があるんですよー。ね、初春」

「はい。ちょっと待ってくださいね…と」

 

佐天に促され初春はカタカタとノートパソコンのキーを叩き始める

待ってる間アラタはまた水を喉に流し始めた

心地よいくらいにキーの音が耳に聞こえ少ししてそれが止まった

 

「今話題の都市伝説はこれです! 〝仮面ライダー〟!!」

「…仮面ライダー?」

「えぇ、これなんですけど」

 

アラタも人の子、こういった都市伝説には興味がある

そう言って初春が見せてくれた映像に注文したアイスコーヒーを口に含みつつ視線をやって、そして

 

「―――こふっ!」

「うお、ちょっと、どうしたのよ」

 

盛大にむせる

出された映像が以前翔とアリスを救出したときの画像が写っていたのだ

監視カメラは全部破壊したと思っていたのに、判断力が足らんかった

横の美琴と黒子は疑心半分といった様子でその画像を見つめている

 

「…かめんらいだぁ、ってなんですの?」

 

そう黒子が佐天に聞き返した

聞き返された佐天はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに

 

「〝仮面ライダー〟ていうのは人知れずこの学園都市を守っているヒーローなんです! て、あ。白井さん信じてませんね!?」

「当たり前ですわよ。百歩譲って先ほどのは認めても、流石にそれは作り話にもほどがありますわ」

「なら! 初春、例の動画よ!」

「わかりましたー」

 

動画もあるのか(困惑)

アラタは心中穏やかじゃない気持ちになった

映し出されていた映像はそれこそあの二人を助けに行った時の戦いだ

…もっと注意深く見れば防げたかもしれない映像じゃないかこれ

幸いにも顔は見えていなかったことが救いか

 

「これですね、結構前にどこかからか流された動画なんですけど」

 

そう言ってまたテーブルの中央に置いて皆に見えるようにノートパソコンの画面を動かした

そして黒子と美琴はその画面へと視線を向ける

 

「…これはまた…特撮か何かの撮影ではなくて?」

 

その動画を見た黒子が一般人なら当然の感想を口にした

正直な所不安ではあったが黒子がそういった感想をするならまぁ特に問題はないだろう

別段、そこまで正体を隠しているわけでもないのだが、それでもバラすときは自分の意志でバラしたい

 

「えー、結構リアルだと思いません? 特にここの炎なんか…」

 

佐天や初春がそんな会話してる中ただ一人美琴はふむぅ、と考え事をしていた

同様にアラタも一つ、考えていた

 

(…仮面ライダー…使わせてもらお)

 

―――仮面ライダークウガ

うん、なんかそれっぽい

 

◇◇◇

 

「で、結局あいつはなんなのよ」

 

その日はそこでお開きとなった

とりあえずアラタも一度家、というか学生寮に帰ろうかと思った時美琴に捕まった

そして先ほどの台詞をきいたのである

 

「あいつって?」

「あいつは…あいつよ。ほら、どんな能力も効かない能力を持つ男!」

「あぁ、当麻の事か」

 

上条当麻

 

アラタと同じ学校に通っている同級生、そしてアラタの親友である

同じくクラスメイトの土御門元春、青髪ピアスと合わせて三馬鹿(デルタフォース)なんて呼ばれているのだが

そこにたまになんでか知らんがアラタもカウントされることがある(解せぬ

 

「アラタだったら仲良いから、そいつの弱点くらい知ってるんじゃないかって思って」

「えぇ? なんで」

 

そもそもなんで当麻と美琴が接点なんて持ってるんだろうか

…いや、なんとなく想像できるので聞かないでおこう

どうせ絡まれてるときアイツが助けようとでもしたんだろう

―――アラタ自身もそんな感じだったし

 

「別に当麻に勝っても何にも自慢できないぞ。てか勝ってどうすんのさ」

「それは…」

「理由がないなら戦うな。お前の力は、そんな事の為にあるんじゃないだろ」

 

そう言われて美琴は押し黙る

そういえば勝ってどうしたいのか、今思えば何も思いつかない

ここは学園都市、そんな能力もあってもおかしくはない

しかしそれはどうやったらそんな能力が生まれるのかはなはだ謎である

 

「それに当麻は良い奴だぜ、本当に。まあちょっとバカだけど…」

「…そんなはっきり言うものなの?」

 

案外バッサリぶった切るアラタに美琴は苦い顔をする

少し歩いてゲームセンターにでも寄ろうかなどと話し合っているときである

 

「あのー…目印かなんか、わかりませんか?」

 

何やら聞きなれた声が聞こえた

それは誰かの探し物を探しているような感じである

声の方へ向くとタイトスカートとYシャツを着こんだ女性と学生服を着たツンツン頭の少年の姿が見えた

その少年は先ほど話していた件の上条当麻である

 

「目印、かぁ。…目の前に横断歩道があった…」

「横断歩道じゃ、あんまり目印とは…」

「ういぃす当麻、なんだ、年上好きなのかオマエ」

 

アラタが声をかけると上条は気づいて手を振り始めた

 

「違うわ!? …あ、アラタ。それと隣にいるのは…ビリビリか」

「ビリビリ言うな! 御坂美琴! いい加減覚えろ!」

 

さっそくヒートした美琴をどうどう、と落ちつける

少しして落ち着いた美琴と共に二人は上条の元に歩いて行った

 

「で、どうしたん」

「いや、この人が車置いた駐車場、わかんなくなっちまったらしくてさ」

 

なんでやねん

心の中で思わず突っ込んでしまった

ていうか車の場所を忘れるって斬新すぎると思うんだが

 

「そうだ。押し付ける形になって悪いんだけど、探してやってくんないか? 俺行かないといけなくてさ」

「え、なに? 補習?」

 

アラタがそう聞くと当麻は少し項垂れて「いや…」と否定し

 

「スーパーで卵の特売があってさ…貧乏な学生にはわかるだろう? アラタ」

「あぁ、そういうことか。わかったよ」

 

アラタは苦笑いして、引き受ける

学生寮に住む生徒はこういった特売はチャンスである

いくらお金を節約できるかでだいぶ変わってくるほどだ

 

「そんなわけで、後頼んだアラタ! ビリビリもっ!」

「だー!! あくまで言うか己はっ!!」

 

再びバチバチ雷を鳴らす美琴の頭に手を乗せて落ち着かせながら走って行く当麻を見送る

そういえば補習ってあったな…俺は大丈夫だっけ…アラタは軽く不安になりながらもその女性に向き直った

そして目を疑った

 

「へあっ!?」

「ちょ・・・!? 何を、してるのでしょうか…!?」

 

美琴と二人して赤面しながらその女性に聞く

対して女性は手慣れた手つきでYシャツを軽く畳み右手にかけると

 

「炎天下の中歩き回ったからね。…汗びっしょりだ」

 

答えになってない

とりあえずこのままだと社会的に殺されかねないので美琴が服を着せてアラタが先導する

こういう時の連携は無駄のなかった動きだった

 

◇◇◇

 

「ここは涼しくていい気分だ…」

 

日陰のある自販機でその女性はジュースを買っている

美琴とアラタはその付近のテーブル付きベンチでその女性を待っていた

 

「…なんなの? あの人」

「俺に聞かれても」

 

まさかいきなり服を脱ぎだすとは誰が思ったことか

…脱ぎだす?

 

「…もしかして」

 

美琴と視線を合わせてJoseph's店内にて言われた事を思い出す

 

いきなり服を脱ぎだす都市伝説〝脱ぎ女〟

 

『いやないない』

 

全力速攻全否定

そうだ、たまたまだたまたま

そう結論づけて再び女性を待つ、とそこで美琴の携帯が鳴った

美琴はアラタに断ると携帯の通話ボタンを押して耳に当てた

 

「もしもし」

 

<お姉様? 今どちらですか?>

「あぁ、黒子。今アラタと―――」

<まぁ、お兄様も一緒でしたの? これから初春たちとお茶しに行くのですけど、一緒にいかがです? もちろんお兄様も―――>

「いや…それが…今変な人と一緒でさ」

<…変な人?>

「うん…その、道端でいきなり服を脱ぎだして…」

<服を脱ぎだしたぁ!?>

 

携帯のスピーカーからそう驚く黒子の声が聞こえた

そしてその後に

 

<それって! きっと脱ぎ女ですよぉ!!>

<大丈夫ですか!? 御坂さぁん!>

 

何やら初春と佐天の声が遠くから聞こえてきた

 

<ちょ、おやめなさい貴女たち!!>

 

何やらがさがさと音が聞こえる

きっと佐天や初春が黒子に組み付いて携帯に声を入れようとしているのだろうか

楽しそうでなにより

 

<写メ! よかったら写メお願いします!>

 

いや、流石にそれは失礼すぎるだろう

 

「あのねぇ…面白がって都市伝説につなげないでよ。ちょっと変わってるけど、普通の人―――」

「変わっているとは、私の事かな?」

「わぁ!?」

 

まだいないものと思っていた美琴はいらんことを口走ってしまった

すでにその女性は飲み物を購入し終え戻ってきていたのだ

美琴は慌てて携帯を切りその女性に視線を向けて

 

「いえ、そんな。見も知らぬ女性を捕まえて…ねぇ?」

「…俺に振るなよ」

 

そんなやり取りのなか女性はテーブルの上に飲み物を置いた

ちなみになぜか飲み物は美琴とアラタの所にも置かれていた

 

「…え?」

「その、これは…」

「付き合ってくれるお礼だ」

 

そう言って女性は小さい笑みを浮かべた

せっかくのご厚意を無下にするのは申し訳ないので

 

「いただきます」

「すみません」

 

そう言って美琴とアラタはいただくことにした

しかし缶に触れたとき、なぜだか熱さを感じ、思わず手を離す

一度顔を見合わせて改めて缶を持ってラベルを見てみるとそこにはスープカレーの文字が

 

「…なんでホット?」

「そしてスープカレー?」

 

二人してその疑問を口にする

いや、厚意に失礼とはわかってはいるのだが

そしてそんな疑問を聞き取ったのか、その女性は答えた

 

「暑い時には温かい飲み物の方がいいのだよ。それに、カレーのスパイスには疲労を回復する成分が含まれている」

 

理屈はわかる気がしないでもない

 

「…気分的には、冷たいものの方がいいなー…なんて…」

「こら、美琴。いくらなんでも失礼だろうが」

 

流石にこの言葉は駄目だろう、と感じたアラタは頭をペチ、と叩いた

美琴は小さく「ぁぅ」と呻くと頭を押さえる

 

「気分、か…若い娘さんや少年はそう言う選択をするのか…買いなおそう、なにが良い?」

「いいですいいです!!」

「お気持ちだけで結構です!」

 

流石にそこまでお手を煩わせるわけにもいかず、全力で女性を引き留める

 

「…すまないね。研究ばかりしているせいか、何事も理論的に考えてしまう癖がついてしまってね」

「研究者…てことは、学者さんなんですか?」

 

美琴の問いに女性はスープカレーを一口飲みながら

 

「大脳生理学。AIM拡散力場の研究が主だね」

 

AIM拡散力場

 

正式名称〝AN_INVOLUNTARY_MOVEMENT拡散力場〟

『AN_INVOLUNTARY_MOVEMENT』は『無自覚』ということであり、

能力者が無自覚に発してしまう微弱な力のフィールド全般を指す言葉、だった気がする

 

「もう授業でならったかな?」

「え、えぇ。一年の時に…」

 

美琴は言いながら手元のスープカレーに視線をやる

飲むかどうか迷っているのだろうか

 

「…確かそれって、機械を使わないと人間じゃ計測できない微弱な力だって…奴でしたっけ?」

 

そんな迷う美琴を尻目にアラタが女性に聞いてみる

その女性は妖艶に足を組み替えると少しだけ前に前に乗り出す

もともとその女性は美しい部類に入るので、その仕草だけでもこう、なんだろうか…

 

「…、」

 

ぎゅむ、と左足のつま先に痛みが走った

 

「痛いっ」

 

それは美琴に踏まれたものだと気づくのに時間はかからなかった

視線だけ向けると美琴はふんっとそっぽを向き、意を決したようにスープカレーを飲みだす

 

「私はその力を応用する研究をしてるんだ」

 

その言葉に二人してほえー…と口を合わせる

世の中にはいろいろな研究をしている人がいる者だなぁ、と素直にそう思った

と、そんな時だ

 

「うわっ!!」

 

一人の子供が足を滑らせて女性のスカートにアイスクリームをぶちまけてしまったのだ

起き上がった子供はすぐ女性に向かって「ごめんなさい」と謝る

しかし女性は「気にしなくていい」と子供に言った後おもむろに立ち上がってスカートのジッパーを下げて―――

 

「だから脱ぐなって!!」

 

このまま何もなかったらまたこの女性はまた脱ぐところだった

というか正直目のやり場に困ってしまう

今もアラタは全力で美琴により首を左にさせられている

だはしかし、その女性は

 

「…え?」

 

さも自然に、不思議そうに返すのだった

 

◇◇◇

 

美琴がトイレにて彼女のスカートを乾かす間、アラタは外で待っていることにした

だがしかし待つと言ってもやる事はなく、暇をつぶすためには携帯のソーシャルゲームをかちかち進めるくらいしかない

こういったソーシャルゲームはやり始めのころは確かに面白いのだが先に進めていくと行動力的なものを消費して進めるのが面倒になってきてしまうのだ

まぁそれは単にアラタに忍耐がないからなのであるが

 

「…む。行動力が尽きた」

 

とたんまた暇になる

アプリか何かを落とすという手もあるが携帯(主にバッテリー)に優しくない

じゃあなにか携帯ゲーム機ということもあるがいかんせんお金がない

 

「…どうしようかなー」

 

と呟いて空を見上げる

空には自由気ままに動いている雲

そしてその向こうには真っ新な青空

雲みたいにゆっくり自由に生きていけたらと何度思ったことだろうか

そんな幻想的なこと言ったって何も変わるはずももなく

 

「さて…」

 

ひとしきり空を見上げたあと再び視線を前に向ける

視線の先にはボウルに豆腐を入れた変な同年代の少年がいる

 

「…あ」

 

正直言って知り合いである

それもよく知る知り合い

 

「…天道、何してんのこんなとこで」

「…ん? なんだ鏡祢か。お前こそ、そんなところで何してる」

 

質問に質問を返すこの男は天道総司

名前の意味はなんでも〝天の道をいき、総てを司る〟という意味らしい

なんでもこの名前は先代から受け継いだ誇り高い名前のようで、本人もそういっている

 

「友達待ってるの。ちょっとした事情があってね。そっちは?」

「俺か。なに、外から取り寄せた上質の豆腐が今日ようやく届いたからな。上条や土御門に麻婆豆腐でもふるまってやろうと思ってな」

 

そう言いながらボウルをアラタの前に持ってくる

そのボウルの中にはとても美味しそうな豆腐がプリンのように揺れていた

その瑞々しい白さが食欲をそそる

美味しそうだ

 

「当然お前にも分けてやる。辛さはどのくらいがお好みだ?」

「マジで? じゃあ俺は辛口で頼むぜ」

「分かった。飛び切り辛くしてやる。あと、いつ見られてるか分からないから変身は気をつけろよ。また晒されてもしらないぞ」

 

何気なく言ったその一言にう、とアラタは言葉が詰まる

どうでもいいが彼も都市伝説でいうところの仮面ライダーのひとりなのである

ベルトは先代の人から譲り受け、そのまま使っているのだとかなんとか

 

「それと、だ。鏡祢、お前は幻想御手(レベルアッパー)って、聞いたことあるか?」

「あの都市伝説のか? それがどうしたんだ」

 

そう言ったあと天道は真剣な表情に変える

キリ、と絞められた眼力はなかなか来るものがある

 

「それはな、どうやら実在するらしいんだ」

「実在、する? どういうことだ?」

「言葉通りの意味だ。まぁあくまでらしい(・・・)だからな。俺も実物は見た事がないからわからんが…」

 

そう言って天道は左手を顎の下に持っていき

 

「何やら不穏な空気がする。…鏡祢、気をつけろ」

「わかった。サンキュー天道」

 

短く礼を言うと天道はフッと笑みを作ると

 

「礼はいらない。だがもし俺の力が必要になったら連絡しろ。力になる」

「あぁ。その時は頼りにしてんぜ」

 

そう言った後、軽く笑って天道は豆腐片手に学生寮の方へと歩いて行った

その堂々とたる背中姿は見習いたいほど気品にあふれていた

…っていうか本当の同年齢なのかアイツ

 

「ま、あんまり手は借りたくない、ってのが本音だけども」

 

いくら頼りになるといえど天道は一般人である

風紀委員(ジャッジメント)としてはなるべく連絡したくないのが本音だ

そんな事を考えながらアラタは美琴とその女性が出てくるのを待った

 

 

その数分後美琴らは出てきた

なんでか美琴の顔は朱かったが、今追求すると確実に電撃を放たれそうなのでやめておきました

 

 

ほどなくして彼女の車は見つかった

意外にもセブンスミストの駐車場に普通に停めてあったのだ

 

「いろいろとありがとう。それじゃあ」

 

そう言い残して女性は車を走らせた

その後ろ姿を見送りながらアラタと美琴は手を振る

美琴は発進の際に

 

「お気をつけてー…」

 

なんて言葉を付け加えた

その車が見えなくなったところで美琴は手をおろし

 

「…てか、自分が停めた駐車場の場所わからなくなるってどうよ」

「…さぁ。あるんじゃないか?」

 

車を持っていないアラタらにはわからない事である

一応アラタはバイク所持者だが普段使用しないのでどうも同意できない

 

「つか、トイレの中で何話してたのさ」

「え? …っ!!?」

 

なんでかしらんがアラタの顔を見ると急にボン、と赤くなった

 

「? どうしたの。もしかして風邪とか?」

 

もしそうだとしたら大変だ

科学の最先端都市であるこの学園都市ならすぐ治せるだろうがそれでも心配なのは心配である

アラタは美琴の前に移動してその額に手を置こうとして―――

 

「だだだ、大丈夫!! 大丈夫だから!! ほんと!」

 

全力で後ろに下がられた

本人に悪気はないんだろうけど、実際やられるとちょっとグサリとクる

 

「じゃ、じゃあ私帰るね! またねっ!」

 

そう言って美琴はたたたっ、と走り出した

…何か嫌われるようなことでもしただろうか

 

「…俺も帰るか」

 

考えても仕方ないのでとりあえずアラタも帰宅することにした

それはそれとして、なんだろう

今日はドッと疲れた気がする…

 

 

恥ずかしくなって走って逃げてきてしまった

しかしあんな事言われた後は変に意識してしまう

そのあんな事、とは

 

・・・

 

それはトイレの中で女性のスカートを乾かしていた時のこと

 

「すまないね。手間をかけさせて」

 

一つの個室からそう声が聞こえた

現在彼女は下着姿のままトイレの個室内で待ってもらっている

まさか下着姿のまま外で待たせるわけにはいかない

 

「まぁ…乗りかかった船ですし…はい、どうぞ」

 

いい塩梅に乾いたのでそのスカートを個室の扉にかける

 

「ありがとう。ところで…」

 

そのスカートが個室の中に吸い込まれその女性の質問を投げかける声が聞こえた

 

「はい?」

「君たちは付き合っているのか?」

「え? 誰と」

「外で待っている少年だよ」

「―――はい!?」

 

何を言ってるのかと耳を疑った

しかし女性は割と本気のようで

 

「なにやら出会ったときに仲良さげに歩いていたものだったから。…違うのかい?」

 

・・・

 

その時は「友達ですよ友達!」と言って逃れたがいざ改めて意識するとどうもやりにくい

鏡祢アラタは仲の良い男友達だ、そう、友達だ

何度も自分に言い聞かせ深呼吸する

 

「…はぁ…今日は疲れた…」

 

平和なのは良い事だがこういったイベントは今日限りにしてもらいたいな、と思う美琴

だがしかし、今日も学園都市は平和なのである

 

◇◇◇

 

「ただいまー…」

 

一人で問答してるうちにすっかり夜になってしまっていた

常盤台女子寮の自室に戻ってきてみると黒子はおらず、室内も暗いままだ

風紀委員の仕事か何かだろうか

 

「…はぁ…疲れた」

 

呟きながらいそいそとセーターを脱ぎ、シャツのボタンを一つずつ外していく

 

―――お姉様…

 

どこからか黒子の声が聞こえた

しかしその声色はなんでか低く、くぐもっている

 

「黒子? あんたどこに―――」

 

そう言いながらベッドの下を覗き込むとギラリと光る二つの眼

確認したその直後カサカサ! とまるであの黒光りするアレみたいにそれはこちらに近づいてきた

 

「わっ!?」

 

その不気味さに思わずしりもちをついてしまった

ほどなくしてそいつの正体がはっきりしてくる

 

「えぇ!? 黒子!?」

 

その正体は黒子だった

恰好こそ寝間着ではあるがそれ以前に彼女の頭に一番気になるものがある

それはなぜか下着

しかもどういう訳か美琴の下着を被っているのだ(お気に入りのゲコ太がプリントされてるヤツ)

 

「いきなり服を脱ぎだすなんてやはり脱ぎ女に呪われているのですね!さぁー! お姉様もお被りになって!!」

 

そう言って黒子はバッとまた別の下着を取り出した

恐らくそれは黒子の下着

 

「な…!? ちょ、どしたのあんた!?」

「脱ぎ女の呪いを解くためにはこうするしかないのです! 後日改めてお兄様にも! しかし今はっ!!」

 

黒子はカッ!! とどこぞの捜索隊よろしく目を見開いて美琴の頭にその下着を被せにかかった

 

「消えろー! 脱ぎ女ぁぁぁぁぁ!!」

「やめろっつーのぉぉぉぉぉ!!?」

 

一体どんなことがあったのか

というか解呪の方法なんてあるのか

そもそもなんで脱ぎ女になっていることになっているのか

様々な疑問を余所に美琴の絶叫が夜の女子寮に木霊した

 

 

◇◇◇

 

とある研究所の研究室

そこに一人の女性がパソコンの前に座っていた

 

「…あれが、噂の超電磁砲(レールガン)

 

カチカチ、とマウスをクリックする音が室内に響く

その部屋の中が無駄に静かだからか、そのクリックの音がはっきり聞こえた

 

「そして、赤い戦士、か」

 

その女性は今日あった出来事を思い出すように呟く

 

「面白い子たちだったな…」

 

そしてまたクリックする音が響く

その女性の表情にはわずかばかりの笑顔が見えた



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#5 とあるふたりの新人研修

あんまり変化なし
ちょっと、ほんのちょっと会話を付け足したり変えた程度


その日風紀委員一七七支部に顔を出すと妙な空気がその室内を包んでいた

何事か、と思いその空気の出所を探してみるとそれは真剣な表情で書類を読みふける初春からだと知る

なんだろう、今の彼女には近寄りたくない

近寄ったらナイフで突き刺されそうな感じである

軽く引きつった表情を作りながらアラタは席に座っている固法に近づいて

 

「…何があったんだよ」

 

単刀直入に理由を聞いてみた

理由を聞かれた固法は苦笑いを浮かべ

 

「白井さんと、ちょっとね」

「黒子と?」

 

普段あんなに仲が良いあの二人が今日に限って何かあったのか

疑問に思ったアラタは流石に初春本人に聞くと本当に殺されかねないので固法に聞くことにする

聞かれた固法は苦笑い交じりに今日起こった出来事を話し始めた

 

 

それはとある学校の監視カメラを増設する仕事に黒子と初春がついていた時だった

滞りなくカメラの増設が終わろうとしたその時、事件は起きた

車上荒らしである

黒子は車上荒らしを一人と断定し確保に行こうと動いたがそこで初春が意見した

応援が来るまで待機すべきだ、と

しかし黒子は聞かず確保に向かったのだ、が

 

「案の定車ん中にもう一人犯人がいて、その二人組を取り逃がし…その際ちょっとした口論になった、と」

「まぁわかりやすく言うとそんな感じ」

 

事の顛末を聞かされたアラタはふむぅ、と腕を組んで椅子にもたれかかる

そして一言

 

「まぁその際に至っては黒子が悪いんじゃないか?」

「貴方も同じ状況なら突っ込むでしょう。…まぁ貴方は立ち直りが早いからその時に全員とっ捕まえそうだけど」

 

否定できない

とりあえずごまかそうと先ほど固法が淹れてくれたコーヒーのカップを手に持って口に持っていったところで

 

「こんにちはー! 初春来てますかー?」

 

元気よく佐天が支部を訪れた

本来この一七七支部とは風紀委員しか入れないのだがその決まりは緩いのかたびたび佐天や美琴がやってきている

それでいいのか、という言葉はこの際なしの方向で

 

「また貴女…。ここはたまり場じゃないのよ?」

 

やれやれといった感じで固法が咎めるように口を出す

 

「はーいはーいわかってまーすっ」

 

それは絶対わかっていない人の返事だぞ佐天

そんなアラタの心の声をスルーしながら徐にカバンの中をがさがさとあさる

 

「けど今日はちゃんと理由がっと…。じゃーん! あたしの補習プリントーっ!」

 

カバンから取り出した紙を取り出して高らかに宣言する

ちなみにそう朗らかに宣言することではない

その声を聞いた固法はずるっと机の上で転ぶようなアクションをする

 

「初春に教えてもらおうと思って…」

「初春ならいまあそこに…」

 

きょろきょろと視線を動かす佐天に助け船を出すかのようにアラタが真剣に書類を呼んでいる初春に視線を向ける

初春を見つけた佐天はおぉ、と言ったように瞳を輝かせて彼女の下に歩み始める

 

「あ、だけど今はやめといたほうが…」

 

だがその忠告はもう遅かった

視線を向けたその先には初春のスカートを「うーいはっるぅ」と言いながら大きくばっさぁ、とまくり上げた

 

「なっ!」「ぶっ!」

 

今度はアラタと固法が驚いた

ていうかスキンシップのつもりなのだろうが現実問題セクハラで訴えられてもおかしくないレベルである

しかし今現在彼女の機嫌は悪い方にクライマックスであり、本来なら何らかのアクションをするであろう彼女も今回は目の前の書類に夢中であり、彼女のセクハラに見向きもしなかった

 

「…おっ、今日はクローバー? よーし、幸せの四葉クローバーはどこかなー…って…」

「…」

 

眼中になし

 

「…え、…と…ほ、ほらー、めくってるよー? 絶景だよー?」

「…、」

 

オールスルー

あまりにもノーリアクションな初春についに佐天の心はバッキバキに折れた

彼女は若干目に涙を溜めながら国法とアラタに泣きつく

 

「初春は…ぐす、どうしちゃったんですかぁ~…」

 

よよよ、と言う擬音が聞こえてくるかもしれないほどぐったりしてた

それに二人は苦笑いを交えつつ

 

「白井さんと…」

「色々な」

 

 

「そんなことがあったんですか?」

 

事情を聞いた佐天は固法が淹れてくれたココアを飲みながらそう聞き返す

 

「あぁ。そんなわけだから、少しそっとしてあげてくれ」

 

アラタの言葉に佐天は一人黙々とパソコンを操作している初春をちらりと見やる

今も彼女は相変わらず真剣な目つきで画面を食い入るように見つめている

普段の優しい初春は見せない、とても真面目な表情

 

「…」

 

佐天はそんな彼女をじっと見つめた後

 

「だったらもういっそのこと、風紀委員(ジャッジメント)辞めちゃえばいいのに」

 

「ぶっ!」「!? げほげほっ!!」

 

そんな佐天のぶっ飛んだ発言に盛大にアラタと国法はむせかえった

アラタは口元を適当にハンカチで拭いながら

 

「こらこら、無責任すぎんぞ今の発言」

「そうよ、風紀委員は、警備員に並ぶ学園都市の治安維持機関なのよ。勝手に放り出せたり出来る仕事仕事じゃないわ」

 

固法も同様にティッシュで口元を拭きながらアラタの言葉に付け足した

言われた佐天は少し納得していないような表情で

 

「…じゃあ、このままほっとくしかないんですか?」

 

友人としてはやはりほっとけないのだろう

相手は自分も知っている友達、ましてや仕事の同僚である

ケンカしたままでは仕事にも日常にも影響が出てしまう

当然ながらアラタとしてもそれは避けたい展開なのではあるのだが

 

「ま、問題ないだろう。な」

「そうね…あの二人なら」

 

何やら意味深に呟く二人

そんな二人に何かを感じ取ったのか佐天は二人に詰め寄った

 

「あの二人、何かあるんですか?」

 

そう聞かれた二人は何かを思い出すように、そしてどこか遠い目をしながら

 

「聞きたい?」

「ちょっとした昔話だが」

 

◇◇◇

 

一方常盤台中学女子寮

その女子寮の美琴と黒子の部屋にて

白井黒子がパタパタと自分のベッドの上でバタ足のようにばたつかせていた

 

「うー…」

 

そんな音をBGMに美琴は自分の机の上で勉強に励んでいる

いくら常盤台と言えども予習は大事なのである

大事なのだが

 

「うーー…」パタパタ

 

これだ

事の顛末は先ほどアラタに電話した際にだいたい聞いた

聞いたのだがこればっかりは当人たちで何とかしてもらうほかない

しかし

 

「うーーー…」パタパタパタパタ

 

相も変わらずうじうじパタパタする我が後輩にいい加減美琴はキレた

 

「ああもうやかましい! ったくもう! そんなに気になるなら早く仲直りすればいいじゃないっ!!」

 

その言われた黒子は漸くパタパタする脚をやめて枕にうずめていた顔を上げる

 

「それは…」

「このままだと初春さん、あんたに愛想尽かしてほんとにコンビ解消しちゃうかもよ?」

 

美琴は相対するように自分のベッドに腰掛ける

相変わらず黒子はその場を寝たっきりで動くことはない

 

「…それくらいで終わるなら、所詮その程度の関係だったということですわ」

「またそんな強がりを…」

「強がってませんの!」

 

はぁ、と美琴は内心でため息をついた

わりかし長い付き合いだからなんとなく彼女の性格はわかるがどうしてこんな黒子と普段おとなしい初春がどうしてコンビなんて組んでいるのだろうか

思い切って聞いてみるとようやく黒子は身体を起こし

 

「私だって…」

 

そこで少しの間をとった

俯いた彼女はやがて自分の昔を思い出すように

 

「私だって…最初はそんなつもりありませんでしたの。…あんなとろくて何もできない子…ですけれど―――」

 

◇◇◇◇◇◇

 

話は白井黒子が小学六年生だったころに遡る

その日の仕事はすべて終わり、当時担当だった固法は背後にいる黒子へと向き直る

 

「今日の巡回はこれでおしまい。なにか、質問とか気になったとことかある?」

 

黒子は自分の背で両指をいじりながら、たどたどしく聞いてみる

 

「では、一つお聞きしたいのですが…」

「なに?」

「風紀委員にもなって一年にもなるのに、なぜわたくしに任されるのは、裏方や雑用、先輩同伴のパトロールばかりですの!?」

 

固法にとって予想しやすい言葉が返ってきた

恐らく彼女は不満なのだ

確かに黒子は成績も優秀だし、仕事もきっちりこなす優等生だ

それを予見していた固法は少し笑み交じりで

 

「成績優秀な自分が半人前扱いされるのが不満?」

「そ、そういう訳ではありませんが…」

 

そう言いながら黒子は少し俯いた様子で

 

「お、おそらく私が小学生だからかと…」

 

そういう彼女の頬は真っ赤に染まっていた

固法はそんな黒子の頭をぽむ、と優しく手を置いて

 

「年齢だけが問題じゃないわ。あなたの場合、ポテンシャルが高いせいで全部一人で解決しそうとする〝きらい〟があるからね」

 

そう

彼女は確かに優秀だ

教えられた護身柔術を完ぺきに使いこなしているし、下手をすれば一人でも犯人を確保できてしまうだろう

だからこそだ

このまま行けば彼女は仲間を頼ろうとしない孤独な者へとなってしまう

だから

 

「もう少し周りの人間を頼るようにならないと危なっかしいのよ」

 

対して言われた黒子はやっぱりムスっ、とした表情を見せる

 

「ほら、そんな顔しないの!」

 

半ば強引にその場の空気を変えんと固法は明るい声を出す

 

「たくさん頑張ったご褒美に、なにか甘いもの奢ってあげる! お金下ろしてくるから、ちょっと待ってて」

 

そう言って固法は歩き出してしまった

そんな固法の背中を見る

…なんだろうか、うまくはぐらかされた気がする

そのたびに黒子は思うのだ

 

(…やっぱり子供扱いされてますの)

 

 

第七学区の第三支所

わかりやすく言うなら郵便局である

その郵便局にはATMも完備しており代金もその場で引き出せる新設設計だ

 

「…あれ、固法」

「あら、アラタも来てたの? 奇遇ね」

 

店内にはお客のほかに一人知人が先に来ていた

その知人は固法の友人で風紀委員としては後輩にあたる同僚、鏡祢アラタだった

 

「貴方もお金を引き出しに?」

「残念、俺は逆に預けに来たの。…まぁ意外に客が多くて待ってるんだけど」

 

そう言ってATMに並んでいる客足を見やる

今もATMの前にはぞろぞろと一般客が足を運び並び続けている

確かにこれは時間がかかりそうだ

 

「お前は? まぁ見ればわかるけど」

「えぇ。この子に甘いもの奢ってあげようって思ってね」

 

そう固法は今やってきた女の子と話し込んでいる黒子に視線をやった

 

「風紀委員も大変だなぁ」

「同じ支部所属のくせに何言ってんの。貴方の後輩でもあるんだからね」

「わかってるって」

 

軽く軽口を叩きあいながらアラタは背もたれのない共同ソファへと歩いて行った

相変わらずだなぁ、と短く息を吐きながら視線をATMに戻そうとして

 

「…ん?」

 

妙な人物が視線に入ってきていた

妙、というのは恰好だけでなく、その仕草にある

 

「どうなさいましたの?」

 

固法の真剣な表情に気づいた黒子も彼女に歩み寄ってこちらを見上げていた

固法は自分の右人差し指を自分の口元に当て、静かに、というジェスチャーを伝えたあと視線をその人物へと向ける

 

「あの男」

 

固法の呟きと共に黒子がその人物に視線を向ける

その人物はニット帽に肩からバッグをかけた緑のジャージを着込んだ男

 

「局員の視線や、その配置、場所ばかりを気にしてる…」

 

そう言って固法は黒子の肩に触れ少し身をかがめる

 

「他人の所有物を勝手に〝視〟るのは気が引けるけど…」

 

そう呟きながら一度固法は瞼を閉じる

神経を研ぎ澄ませ、カッと開けて国法はその男の所有物を視た

 

彼女の能力は透視能力(クレアボイアンス)

内部が隠れて見えないものを解析したり、遠隔地を見たりできる能力の事で彼女のレベルは3である

持ち物程度なら完全に透視できるのだ

しかしその男の持ち物は今のところ変なものは見当たらない

 

「…妙なものは持っていないようね…。っ!?」

 

しかしいずれ彼女の表情が驚きに染まる

固法は黒子の耳にそっと自分の口を近づけるとその事実を伝えた

 

「右ポケットに拳銃…」

「!? 強盗ですの!?」

 

十中八九そうだろう

念のために固法は共同ソファに腰掛けているアラタに視線を向けてみた

アラタは固法の視線に気づくとわずかだが頷くのが見えた

どうやらアラタも気づいているようだ

 

なら

 

「局員に伝えてくるわ…。貴方は万が一に備えて、一般客の誘導準備を」

「! 逮捕しませんの!?」

「馬鹿な事考えちゃダメ。犯人確保は、警備員(アンチスキル)に任せなさい」

 

そう言うと固法は近くの局員に向けて歩き出し、事情を説明し始めた

それを黒子は眺めていた

…だが頭の中では納得していなかった

 

そんな悠長なことを…っ!

 

先に手を打たれたどうするのだ、それこそ一般人に危害を加えかねないのに…!

 

 

共同ソファに腰掛けていたアラタは件の男の動向を目で追っていた

恐らくあの鞄の中には人質として縛り上げるロープか何かの拘束具が入っているはずだ

 

(けど、アイツはこういったことをするのは多分今回が初めて…)

 

額から伝う汗でなんとなくわかる

慣れている奴はこういったとき思い切ってやるものだ

しかし未だに渋っているってことは、だ

 

(…たぶんこいつの失敗に合わせて動き出す…仲間がいるはずだ)

 

目の前の男はおそらくフェイク、囮だ

この男で成功すればそれはそれで問題はないだろうが失敗する可能性も加味しているハズ―――

 

 

 

っパァァァンッ!!

 

 

 

そう思考に埋没していると一発の拳銃の音に現実に引き戻される

 

(…先手を打ったか。―――めんどくさいことしやがる)

 

「お、おかしな真似するなよ? おお、お客も、あんまり騒がないでくれよな…」

 

しかし明らかに焦っているし若干声が強張っている

確実に素人だ。…いや、強盗に素人もクソもないのだが

 

(けど、今固法が説明してるし…いざとなったら…)

 

だがその予想は実現することはなかった

 

(…ん?)

 

どういう訳か固法の後輩がその犯人に向かって駆け寄っていたのだ

 

 

(訓練どうりやれば…!!)

 

黒子は一直線に強盗犯に向かって接近しその勢いのまま強盗犯のつま先を思いっきり踏んづけた

 

「いっ!?」

 

今まで感じたことのない痛みをつま先に受けて悶絶する

その隙を逃さない

黒子は身体を回転させて左足全体を使って強盗犯の両足を引っ掛けて転倒させる

そしてトドメと言わんばかりに思いっきり強盗犯の肺をめがけて踏んづけた

 

「がっ、はぁ…!?」

 

その声を最後に強盗犯はガクッとなり気を失った

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

初めてだが上手くいった…!

なんだ、こんなものなのか…

 

「…簡単ではありませんの―――」

「きゃあぁっ!?」

 

また別の悲鳴

なんだ、と言わないばかりに黒子がその悲鳴の方へ目線を向ける

 

「ったくアホか…。何ガキにのされてんだよ。つかえねぇ」

 

先ほどの男とはまた別の男

分厚い茶色じみたジャンパーを着込んだ男が一人の女の子にナイフを突き出して人質に取っていたのだ

しかもその女の子は―――

 

「初春っ!!」

 

さっき自分と話していた友人の女の子、初春だった

 

「あれ、こいつ知り合いか。…ふぅん」

 

そう言って男はにやりといやらしく笑むのだった

 

「―――そりゃあ好都合」

 

 

突きつけられたナイフに初春の表情が恐怖に引きつる

当然だ

目の前にナイフを突きつけられたら誰だって怖い

 

「おっと動くなよ。お前風紀委員だろ。風紀委員が人質見捨てるわけねぇよなぁ。ましてや自分の知り合いを」

「…くっ!」

 

その言葉に黒子の表情は苦いものに変わる

 

(…ったく…)

 

その場を見ていたアラタの表情も同様に変化する

流れが最悪な空気になってしまった

この状況をどうする、とアラタは考える

下手に動けばあの女の子が怪我をするのは確実だし、かといってこのまま強盗を逃す気になどならない

しかしチャンスでもある

相手は風紀委員を一人しかいないと思っている(と言っても警戒はしているだろうが)

 

このまま一人だと思っていてくれればアラタも固法も動きやすいのだが―――

しかしまたしても予想外の事がおこってしまう

 

ジリリリリリリッ!! とけたたましい音と共に店内のシャッターが閉まっていく

こんな状況で警報など犯人を煽る以外のなにものでもない

その行動の意味が表すのは一つ

 

(お客様よりお金様の方が大事ってわけか。まぁ、仕方ないけど、さ)

 

苛立ちを通り越してあきれる

やっぱり人間我が身が大事なようだ

総てのシャッターが閉まりきったあとまた警報と共に警備ロボットが起動する

警備ロボットはファンファンファン…という音をならせ続け、犯人の前に移動した

 

ちょうどその場所は犯人と黒子の間に位置する場所だ

 

「…ち、めんどくせぇ」

 

犯人は初春を片手で抱えながら右ポケットに手を突っ込んだ

この場所からでは見えないがわずかな仕草でなんとなくわかった

 

<ケイコクカンリョウ。ジッコウシマス>

 

そんな機械音と共に警備ロボットが車輪を展開させる

そして勢いをつけて警備ロボットが犯人めがけて突っ走った

そしてそれを追いかけて、黒子も走った

 

 

黒子はその警備ロボットのすぐ後ろを走る

警備ロボットが気を引いてくれれば、先ほどのように―――

 

「!?」

 

しかしその安易に予想は容易く砕かれた

何やらビキビキと砕けるような音と一緒に警備ロボットが動きを止めた

 

そして気が付いたときには自分は固法の腕の中にいたのだ

 

ボォン! と耳に聞こえる爆発音

それは警備ロボットが破壊された音と知るのに時間はかからなかった

 

「な…何が…!?」

 

訳もわからず視界が開けたとき、固法がずるり、と手をだらけさせる

思わず黒子は彼女を見た

 

「!? 先輩…!!」

 

瞬間彼女は絶句した

固法はボロボロで額からは血が流れている

先ほどの爆発で自分を庇ったせいで、彼女は怪我をしたのだ

 

「ど、どうして―――」

 

「おい」

 

聞こえたその言葉の方向に振り向いたときには犯人の蹴りが黒子の顔面を捉えていた

 

「あうっ!」と短い嗚咽と共に倒れこむ

 

「白井さんっ!!」

「おっと…」

 

思わず駆け寄ろうとした初春を犯人は手を掴んで制止させる

こいつは人質としては有用だ、手放すわけにはいかない

 

「やっぱ仲間がいたか。…あのバカみたいに俺もやれると思ったのかよ」

 

言葉と共に犯人は黒子の左足首を思いっきり踏みつけた

 

「っぐうぅ…!!?」

 

激しい痛みが黒子を襲う

小学六年、ましてや足首を成人男性に思い切り踏まれているのだ

その痛さは計り知れない

 

(…わたくしのせいですの…!)

 

その激しい痛みを感じながら黒子は悔いた

自分ならやれる

そう思って行動した自分自身の軽率な判断が初春も、固法も危険にさらしてしまった

なんて様だ…半人前以下だ

 

(…でも…!)

 

黒子は方向を変え、人質にされている初春へと手を伸ばす

が、今度はその手を思いっきり踏みつけられる

 

「ぐっううう!?」

 

華奢な指が地面にたたき伏せられる

そのたびに初春が自分を心配する声が聞こえてくる

そうだ、こんなに自分を心配してくれる友人を、これ以上危険にさらすわけにはいかない

黒子は残った力を振り絞り残った右手で初春の足を掴んだ

これ以上涙に濡れた彼女を見るのはもう嫌だった

 

だから、必ず―――

 

「助けて見せますの…」

 

呟きと共に黒子は自分に宿った超能力を発動させた

瞬間、今さっき人質だった初春は〝消えた〟

 

「なっ!」

 

犯人の表情が驚きに変わった

―――ざまぁみやがれ、だ

 

そして犯人は理解した

 

空間転移(テレポート)だぁ!?」

 

その声が発せられると同時、先ほど外へ飛ばした初春が防犯シャッター―を叩く音が聞こえてきた

そして彼女の声も

 

 

〝白井さん!? 中にいるんですか!? どうして私だけ―――〟

 

 

シャッター越しに聞こえるその問いかけに黒子は答えない

答えたって聞こえないだろうし、大声を出してまで初春に答える気力がなかった

それに出来ることなら自分も一度外に出て体制を立て直したかった

だが今の黒子のレベルでは、自分を転移させることは出来ない

 

それに

 

「まだ…事件を解決していませんの…」

「…この、ガキっ…!」

 

 

バキィ、と防犯シャッターの中で誰かが蹴っ飛ばされた音が聞こえた

その誰か、とは考えるまでもなく白井黒子だ

先ほどから初春はシャッターをとめどなく叩くが反応は返ってこない

このままでは白井が大怪我を負ってしまう―――

 

「―――誰かっ!!」

 

初春は涙を流しながら辺りを歩く人に助けを求めた

自分ひとりじゃあどうしようもできないと悟ったから

 

「中に、強盗がっ!! 人が閉じ込められてて…!!」

 

必死に言葉を生み出して周囲を歩く人に呼びかける

だけどそれに耳を傾ける人は今のところいない

仮にそれが真実だとしても、好き好んで首を突っ込む輩などなかなかいない

 

「…?」

 

だけどその声を聞いた人物がいた

 

それは常盤台の制服に身を包んだ、ショートカットの女の子―――

 

 

蹴っ飛ばされた黒子は共同ソファ近辺に吹っ飛ばされた

彼女は口元の血を拭いながら犯人を睨みつけた

警報が鳴ってしばらく経つ、人質を取られないよう時間を稼げば―――

 

「お前が何を考えてるか、当ててやろうか」

「…え?」

 

そんな思考は犯人の一言にかき消された

きょとんとする黒子を尻目に犯人は続ける

 

「警報が鳴ってだいぶ経った、人質を取られないように俺を足止めできれば、そっちの勝ち。…図星だろ?」

 

く、と黒子は表情を歪ませる

考えていたことのほぼすべてを看破された…だがそれがわかったところでこの犯人がこの場にいる以上、うまく立ち回れば―――

 

「だがな」

 

犯人は徐にビー玉サイズの鉄球―――パチンコ玉を取り出して、それを防犯シャッター側へ放り投げた

投げられた鉄球は歩くようなスピードでゆったりと進み、防犯シャッターの前を隔てた強化ガラスへと突っ込み、その強化ガラスをぶち破った

しかし鉄球は止まらずに、その防犯シャッターをも貫いてそのシャッターに小さいながらも穴を開けた

 

「!?」

 

黒子の顔はまた一変する

先ほど警備ロボットを破壊したのはこの能力だったのか…

 

絶対等速(イコールスピード)

 

犯人は余裕を崩さず、また鉄球を取り出して、放り投げた

再び放られた鉄球は先ほどと同じ速度で突き進み、ガラスを砕き、シャッターに穴を開ける

二~三放り投げれた時には人ひとり分が通れるくらいの大穴が開いていた

 

「俺が投げたものは、能力を解除するか、それが壊れるまで何があっても進み続ける」

 

説明を終えた犯人は口元を歪ませて付け足した

 

「残念だったなぁ、目論見が外れてよ」

 

その穴をただ茫然と黒子は眺めていた

そんな黒子を一瞥し、犯人は時計を確認しちっ、と顔を歪ませた後、黒子に向かって声をかけた

 

「おい」

「っ!?」

 

黒子は警戒を崩さず、犯人を睨む

対して犯人は動揺することなく言葉を続ける

 

「お前の力で金を取り出せ。そうすれば全員解放してやる」

 

 

「お前の力で金を取り出せ、そうすれば全員解放してやる」

 

どこまでも腐ったヤツだ、と心の中でアラタは罵った

先ほども黒子が今自分が座っているソファ近辺まで来たとき思わず駈け出そうとしたほどだ

しかし、下手に動けば一般人を巻き込みかねない

完全な隙ができるまでは動けなかった

 

「いや、これからは俺と組まないか? 俺とお前が組めば無敵だぜ、なぁ、どうだ」

 

挙句にそんなことまで言いやがる

先ほどの男がゴミとわかれば小学生まで勧誘するのか、最近の強盗さんは

 

(…どうする。後輩)

 

 

思い起こせば最低の初仕事だった

勝手に突っ走って、先輩に怪我させて、お客を巻き込んで、あげく知り合いにも怖い思いをさせてしまった

 

(でも…)

 

黒子は先ほど踏みつけられた左手を睨みつけて意を決したように立ち上がった

 

「そうですわね…」

 

そのまま立つ黒子の言葉に気をよくしたのか犯人はにやりと口角をつり上げた

しかし黒子が言った言葉は予想とは真逆の言葉だった

 

 

「絶対にお断りですの…!!」

 

 

そうはっきりと言ってやった

 

「あいにくと、郵便局なんか狙うチンケな強盗なんてタイプじゃありませんの…!!」

 

黒子はニィ、と不敵に笑みを作って

 

「もう心に決めてますの!!」

 

 

「もう心に決めてますの!!」

 

穴があけられた防犯シャッタ―の中から黒子の大声が聞こえてきた

思わず周囲に助けを求めていた初春も声の方を振り向いた

ボロボロになりながらも凛と立つ黒子の姿がその防犯シャッターの中にあった

 

「自分の信じた正義は、決して曲げない、と!!」

 

 

初めてだった

まさか小学六年にあんな啖呵が出るとは誰が思っただろうか

 

「…はは、良い後輩持ったな固法…」

 

これ以上、アラタが待つ理由はない

もうあの子に負担はかけたくはないのだ

そう思い立った彼はもう動き出していた

こういう時は、年上が動かにゃ、ね

 

 

「そっかぁ…残念だぁ」

 

わざとらしく頭を掻きあげるように犯人は手をやった

その仕草が本当にわざとらしく、逆に清々しく思えるほど

 

(あの能力、威力はあっても速さはない…この足が、言うことを聞いてくれれば…ッ!)

 

だがこういう時に限って自分の足は言うことを聞いてくれない

 

「なら…、ここで死ねぇっ!!」

 

そう叫んだと同時、犯人は黒子に向かっていくつもの鉄球を投げつけた

 

「!?」

「一度に一つしか投げられないとは言ってないぞぉ!!」

 

完全に失念していた

このままでは―――

 

「え、うわぁっ!?」

 

その時だった

唐突にぐいと首根っこを引っ張られ自分の代わりに前に出る一人の男がいた

男は一瞬黒子を見て、グッと親指を立て唇を動かす

 

〝グッジョブ〟と

 

 

走り出す刹那、彼は外にいる人影を視認した

性別は女性、常盤台の制服を着込んでいるその女の子はこちらに向けて何かを打ち出す構えを取っている

 

一瞬、視線が合った

彼女の眼は語る

 

〝行きなさい〟と

 

その視線のメッセージを見たアラタは同じように視線で返す

 

〝分かった〟と

 

走り出す勢いを利用したアラタは一気に足を前に突き出し身をかがめ、そのまま勢いよくスライディングを繰り出した

投げられた鉄球はすべて黒子に向けられたもので間隔は小さいものだったが、その鉄球がアラタはおろか、黒子にあたることはなかった

 

何故なら、先ほどの穴から唐突に放たれた雷にすべて焼き払われたからである

 

鉄球が焼き払われた以上、アラタの進行を妨げるものはいない

そのまま真っ直ぐ突き進んだ彼の両足は犯人の足に当たり、犯人はバランスを崩し前のめりに倒れこむ

 

「がっ!?」

 

だがそれだけで済むはずがなく、アラタはそのまま倒れこむ犯人の胸ぐらをわざわざ手を伸ばして掴んだ後その場で回って入れ替わるように犯人の背中を地面に叩きつけてその顔面に

 

「ふんっ!」

 

真っ直ぐに掌底を叩きつけた

確かな感覚と鈍い音を耳に、犯人はみっともなくその場でだらりと気を失った

 

「…」

 

今も呆然とこちらを見る黒子に気づいたアラタは小さく笑みを浮かべると

 

「お疲れ」

 

そう気さくな笑みと共に親指を立てたのだった

 

 

警備員がやってきたのは事件が収束して数時間経った夕刻

犯人は連行され、固法も手当を受けている

仕方なく今回はアラタも警備員の仕事を手伝っているのだがぶっちゃけよくわからない

ソレでいいのか風紀委員、というツッコミはなしの方向で

とりあえず治療を終えた固法の隣にアラタは腰を下ろした

 

「よう。怪我の具合はどうだ」

「問題ないわよ、後輩が無事でホッとしたわ」

 

そう言って固法は笑みを浮かべる

所々に包帯を巻いた彼女の姿は少し痛々しかった

―――もしあの近くに自分がいれば変わり自分が庇ったのだが

自分の不甲斐なさに少し落ち込みつつ、ふう、と短くアラタは息を吐く

 

「やっぱりすごいです。白井さんは」

 

ふと共同ソファに腰掛け、初春の治療を受ける黒子たちの方からそんな声が漏れてきた

 

「本当に一人で解決しちゃうなんて…」

「最後は、持っていかれちゃいましたけどね」

 

苦笑い交じりに黒子は返した

それと同時にもう一つ、黒子はわからないことがあった

 

(鉄球を焼き払ったあの雷…あれは…)

 

実質、確保できたのはほぼあれのおかげと言っても過言でもない

 

「私、約束します」

「へ?」

 

思考にふけっていた黒子を呼び戻したのは初春のそんな一声

 

「己の信念従い、正しいと信じた行動をとるべし」

「…え?」

「私も、自分も信じた正義は決して曲げません。何があってもへこたれず…きっと、白井さんみたいな風紀委員になります!」

 

あんなに怖い思いをさせてしまったのに、一途に彼女は自分を慕ってくれている

その厚意が純粋に嬉しかった

今まで何でも一人でできると思っていた

だけどそれは間違いなんだってこの一件で身に染みた

 

だから

 

「…その約束、わたくしにもさせてくださいな」

「ふぇ?」

「…今日まで全部一人でできると思ってた。けど、それはとんだ思い違い…。ですから」

 

黒子は初春に向かって手を伸ばす

それは傷だらけの左手

 

「これからは二人で、一人前になってくださいます?」

 

差しのべられたその手を見て初春は笑顔になる

拒む理由なんてどこにもなかった

 

「はい」

 

きゅ、と彼女の手を優しく握り返す

それは何があってもへこたれず、互いに励ましあい、共に一人前になる

 

夕焼けに交わした、そんな約束―――

 

◇◇◇◇◇◇

 

「へぇ…。いい話じゃない」

 

黒子からの昔話を聞き終えた美琴は素直にそう口にした

そういった経緯があったからこそ、あの二人は見えない絆で結ばれているのだろう

 

「…」

 

しかし黒子はどういう訳か先ほどから黙ったまんまである

 

「…? どしたの?」

「い、いえべつに」

 

なんかものっそい狼狽えてる

それともなのか思い出したのだろうか?

冷や汗をだらだらと流す黒子

うん、きっとそうだ

なにかをたった今思い出したか、どうやって謝ろうか、などと考えているのだろう

そんな狼狽えている黒子の携帯が鳴りだした

慌てた様子で携帯を取り耳に当て応対する

 

「は、はい。白井ですの。…え? 初春が?」

 

電話の相手はアラタだった

 

<おう。例の車上荒らしの居場所を特定したっつって飛び出してった。今の今まで、ずっと探してたんだぜ?>

「…初春…」

<それで。お前はどうするんだ?>

「…え…」

 

アラタに問いかけられ、黒子は考える

事実といえど自分はその約束を一時的に忘れてしまったのだ

非はこちらにある、初春は許してくれるだろうか

 

「己の信念に従い、正しいと信じた行動をとる、だっけ?」

 

悩む黒子に美琴の声が届いた

彼女は黒子の背中を押すように

 

「いいじゃん。それでぶつかり合って、それでも一緒に進んでいけるなら」

 

それが仲間

生きていく上で、楽しいこともある

しかし時に衝突するときもあるだろう

だけどそれもひっくるめて、初春はきっと黒子を受け入れてくれる

 

「…」

 

やがて黒子は何かを決意した表情を見せ、ベッドから飛び降りたと思ったらその場から空間転移をして姿を消した

空間転移を見届けた美琴はふぅ、と安堵の息を吐きながらベッドから立ち上がる

 

「やれやれ。せわしないなぁ」

 

だがこれはこれで、青春なのかもしれない

 

 

夕刻の道を初春は走り続ける

いろいろとパソコンを用いて今さっき車上荒らしのアジトを突き止めることに成功したのだ

このまま放っておけばまた彼らはまた繰り返すだろう

 

そんな初春の隣にヴォン、という音と共に黒子が現れた

スタッと地面に着地した黒子は同じ早さで初春の隣を並走する

少しの間沈黙が続き、地面を靴が蹴る音だけが耳に響く

しかしそのいつしか業を煮やした黒子が口を開いた

 

「な、なにをぐずぐずしてますのっ!」

 

その言葉にまた初春はむっとした表情で黒子を見る

だが黒子の頬は若干赤くしながら付け足した

 

「そんな事では、いつまで経っても二人で一人前になんてなれませんわよ!」

 

そう言ったあと黒子は恥ずかしさからペースを上げて初春を追い抜き彼女の前を走り出した

 

「…!」

 

覚えててくれた

もしかしたら思い出したのかもしれないけれど今となってはそれは些細なことだ

こみ上げる嬉しさを抑えながら、初春は黒子の後ろを追いかける

…だが普段運動が苦手な初春にとって黒子に追いつくのは至難の技で

 

「し、白井さん! ちょ、ちょっと早すぎませんかっ!?」

「ああもう! 先に行きますわよっ!!」

「ちょ、空間転移(テレポート)はなしですよぉっ!!」

 

そんな微笑ましい、とある日のコトだった―――



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#6 能力(ちから)とチカラ

前は前後編に分けてたけど今回は一本に

あとスカサハ師匠引けました(歓喜

内容はそんなに変わってない
ではどうぞ

誤字脱字ありましたら報告ください


それは立花眞人がお昼を買うべく、念のためG3ユニットを携帯してコンビニに入っていた時に起こった

 

ういーん、と自動ドアを開けて一組の男女が入ってきた

二人とも右腕に風紀委員の腕章をしており女性は何かシールドのようなものを持っている

そして開口一番

 

「皆さん、早急にこの場から避難してください!」

 

女性の風紀委員が凛とした声で店内のお客さんたちに告げた

何事かと思ったのか不安に思った店長と思わしき人が女性の風紀委員に聞く

 

「あ、あの…うちの店に何か…?」

「重力子の加速が観測されました。この店に、爆弾が仕掛けられた可能性があります」

「ば、爆弾!?」

 

店長のその一言で店内がパニックに包まれる

恐怖におののいた声で店内を後にするものがいる中で眞人はがさ入れをしている男性の風紀委員に向かって歩き出し

 

「自分も手伝います」

「! 何を言ってるんですか!?―――」

「自分は警備員(アンチスキル)です。爆弾が仕掛けられた可能性がある以上、自分が手伝わない訳にはいきません」

 

そう眞人は警備員の手帳を見せながら言った

もともと警備員というのは子供たちを守るために組織されたものだ

それなのに爆弾の捜索を子供たちに任せたまま自分だけ逃げ帰るなんてできない

 

「わかりました…では貴方はお弁当売り場のコーナーを調べてきてくれませんか?」

「わかりました」

 

短く答えて眞人は弁当売り場のコーナーに行こうとしたとき「きゃ!」という声が聞こえた

声の方に向けるとぺたりと座り込んだ女生徒の姿があった

 

「どうしました!」

 

眞人が駆け寄って女生徒に声をかける

 

「すいません、足を…」

 

どうやら逃げる際に足首をくじいてしまったようだ

 

「わかりました、肩を貸しますから、急いで…、…!?」

 

女生徒に肩を貸そうと屈んだその視線の先

正確には商品が乗っている台の下のスキマに何かがあった

 

それは愛くるしいウサギの人形

見た目だけは本当に愛くるしい人形だった

 

しかしそれは不意に捻じ曲がる

中心に強引にねじ込まれるような―――

 

そして眞人は本能で察知する

 

「まさか―――!!」

 

爆発は寸前

一人なら容易に避けれるこの距離だが女生徒がいるこの状況ではそれは出来ない

ならばこそ、と眞人がとったその行動は

 

「くそっ!!」

 

自分の足元にあるG3ユニットを迅速に装着し女生徒を守るように自分の身を盾にする

 

その数瞬後

 

 

 

大きな爆発音がそのコンビニに木霊した

 

 

 

「…ぐ…」

 

G3ユニットのおかげで幸いにも自分の身は守られた

女生徒の方も怪我はない

その爆発を聞きつけた女性の風紀委員と男性の風紀委員も駆け付けてくる

 

「大丈夫ですか!?」

「怪我は…!」

 

心配する二人の風紀委員に駆け寄られ、G3はそれに答える

 

「大丈夫です、それと、被害状況は…」

 

言いながらG3は爆発跡を改めて視線をやる

そこにはバランスボールのように大きな焼け焦げた跡があり、周囲の商品はすべて吹っ飛んでいる

もしこれが人になど当たったら…

考えただけで恐ろしかった

 

 

これが一週間前に起きた一番最初の虚空爆破(グラビトン)事件である

 

 

幸いにもその時は立花が居合わせたこともあり怪我人は出なかったがその後も同じような事件が続き次第に八人もの怪我人を出してしまった

 

◇◇◇

 

「ふあ…」

 

アラタが大きな欠伸をする

先述したように虚空爆破事件が続きその調査で正直睡眠の時間が全く取れていないのだ

眼尻に若干の涙を浮かべ前を歩くアラタの隣にいた美琴が口を開く

 

「…あんた大丈夫? 夕べも遅くまで調べてたんでしょ?」

「仕方ないさ。捜査が進まないんだから、今までの調査に何か見落としがないか確認しないといけないんだよ」

 

実際黒子は今現在一七七支部で仮眠を取っているほどである

本当はアラタ個人としても手伝いたかったんだがどういう訳か拒否(ことわ)られた

それでも納得いかないアラタは自宅で独自に調べてはいたのだが先の欠伸の通り何にも掴めなかった

あしからず、である

 

「…熱心なのは良いけど、あんまり無理しないようにね」

「…。なんだ、心配してくれてるのか?」

 

苦笑いと共に美琴に聞いてみる

すると美琴は「ばっ!」と顔を赤くしながら

 

「馬鹿言うんじゃないわよ! あ、あんたがいないと、その、場の空気が盛り下がるから言っただけよ!」

「はは、そういうことにしとくよ」

 

全く、という美琴と共にアラタは歩を進めていく

とりあえず、早急に虚空爆破事件の犯人をひっ捕らえなければ、と改めて心に誓う

 

「はぁい、奇遇ねアラタぁ」

 

美琴と別れてすぐ

食蜂操祈に遭遇しました

 

「…なんだ操祈。お前も暇なのか」

「開口一番失礼ねぇもう…。…あら? 貴方、目の下に隈が出来てるわよ?」

 

そう指摘されてハッとする

一番まずい人にそんなとこを気づかれてしまった

そんなアラタの表情に気づいた食蜂はにやぁ、と唇を歪ませる

それは決して悪い笑みではなくむしろ可愛い部類に入る

しかしその笑みの持ち主が食蜂だというのが問題なのである

 

「ねぇ、もしよかったらあたしが癒してあげましょうかぁ?」

「断固辞退する」

「即答!?」

 

確かに幾分か丸くなったといえど、逆にその純真な笑顔がなんか怖い

 

「そんな即答しなくても、もうちょっと考えてくれてもいいじゃないのよぉ」

「付き合ったら確実に今後の職務に支障が出そうで嫌なんだよ」

 

職務、という言葉を聞いて食蜂はあぁ…と言った表情をして、そして少し申し訳なそうに顔を俯かせてしおらしくする

 

「アラタも、風紀委員なんだっけぇ…?」

「…そ、そうだけど」

 

ギャップが激しすぎるんですけど

先ほどとは一転、急にしおらしくなった食蜂に少しときめく自分がいる

 

「…無理しちゃだめよぉ? アンタが怪我しちゃったら私のからかう対象がいなくなっちゃうんだからぁ」

 

前言撤回

ときめいた自分を殴りに行きたい

しかしこんなんでも心配をしてくれている事は伝わったので感謝はしておく

 

「…まぁ、サンキュ。忠告はありがたくもらっておくよ。お前さんも気をつけてな」

 

そう言ってアラタは歩き出そうとしたとき彼の背中から食蜂が何か言っているのが聞こえた

 

「…一応、心配はしてるんだからねぇ?」

「ん? なんか言ったか」

「別にぃ」

 

◇◇◇

 

その日、寮に帰り夕飯を天道から貰った麻婆豆腐を食したあと居間にあるテーブルに置いてあるパソコンに向き合い、虚空爆破事件についての調査資料を確認し始める

例の爆弾はいずれもぬいぐるみや女物のカバンなどに仕込まれており、一見しただけではそれを爆弾と判別できない

正直言ってこれが怪我人を増やしてしまう原因だ

しかしあれほどの爆発を起こせるのは少なくとも強能力者(レベル4)だし唯一のその人物も原因不明の病で昏倒しているらしいし

 

今のところ完全に手詰まりだ

 

今一度本気で考えてみよう

一週間前の爆破事件の後に、被害が起きて

そしてそのあとも連続的に被害者が出て

その時の被害者はみんなして風紀委員で―――

 

「…ん」

 

ふと自分が調べた情報に少しばかり違和感を感じた

カタカタとパソコンを操作して今までの情報を洗いざらい確認すると一個の共通点が浮かび上がった

 

「やっぱりだ。これまで被害にあった連中はみんな風紀委員に所属してる…」

 

自分で口にし、考える

となると相手は個人的に風紀委員に恨みがあるやつなのか、或いは―――

そう思考をはじめようとしたとき、携帯が鳴った

こんな時間に誰だろうか、とそんなことを思いながらディスプレイを見るとそこには御坂美琴の文字が

アイツから電話をかけてくるとは珍しい、と思いながらまた通話ボタンを押して耳に当てる

 

「もしもし」

<あ、アラタ。 今大丈夫?>

「あぁ、問題ない。どした?」

<いやね、アラタ明日非番でしょ? 息抜きにどうかなって今日佐天さんと話してたんだ>

 

息抜き、か

確かに最近夜更かししまくっているし、こういったときくらい羽を伸ばしたいものである

しかし黒子はどうかわからないが確実に女子は三人という構図になるだろう

その中に男子が自分だけというのは少々心もとない

 

「おっけー、参加させてもらうぜ。あ、けどちょっとこっちも誘っていいか? 人数は多い方がいいだろ?」

<え? 別にいいけど…誰誘ってくるの?>

「それは明日のお楽しみだ。んじゃま、また明日な」

<えぇ、それじゃお休み。再三言うけど、無理しないでよ?>

 

その後少しだけ会話を交わし電話を切った

そんな気遣いに感謝しながら誰を誘うか考える

 

「…大介でも誘ってみようか」

 

風間大介

高校生ながら〝バーバラKAZAMA〟という床屋兼美容院を経営しており、人気過ぎて予約は一週間待ちとかなんとか

友人というコネで入っているからそういったのはよくわからないが

 

「そうと決まればさっそく…」

 

もう一度携帯を取り出し番号を見つけると電話をかける

スリーコール待ってがちゃり、と電話に出る音

 

<はい! もしもし〝バーバラKAZAMA〟です! 予約ですか?>

 

底抜けに明るい声が聞こえてきた

声で分かる、こいつは大介じゃねぇ

 

「てかなんでお前が大介の携帯もってんだよ」

<なんだお前か切るぞクソヤロウ>

「態度変わりすぎだろ」

 

先ほど電話に出たのは風間が預かっている置き去り(チャイルドエラー)、ヒカリである

両親が蒸発し、途方に暮れていたところを風間に保護されそのまま風間宅に住み着いた十一歳の女の子である

どういうわけか風間にのみ好意的でありその他の人物にはやけに攻撃的(男性のみ)なのである

 

<ほかのお客様がしっかり予約してんのにアポなしで来やがるお前なんかしらんわよ…あ、ちょ>

 

何やら電話の向こうでがたがたと騒がしい音が聞こえる

多分大介が自分の携帯を取り返そうと奮闘してるころだろう

五秒くらい待ってまた声が聞こえる

 

<…ヒカリが迷惑かけた。要件はなんだ>

 

すっごく疲れた声が聞こえた

むしろ迷惑かけてしまったのはこちらの方かもしれない

 

「あ、いや。風間って明日暇か?」

<ん? あぁ、問題ないぞ? 遊びの誘いか?>

「まぁ似たようなもんだ。明日来れるか?」

<あぁ、何時だ?>

 

その後待ち合わせ等について二言くらい話込んだ後、じゃあなと互いに言って電話を切った

しかしヒカリのあの攻撃的なのもどうにかならんだろうか

風間にはやけにデレデレなのに

 

「…まぁ考えても無駄か」

 

そう自己完結しアラタはベッドの上に身体をうずめる

心のどこかで美琴たちとの息抜きに、少し期待を覚えながら

 

◇◇◇

 

 

皆が寝静まったそんな時間帯

とある学生寮のとある部屋の中

一人の少年がパソコンの前に腰を下ろしていた

室内は真っ暗で、その場にはただパソコンの光だけがその部屋を照らす

少年はネットサーフィンをしながらヘッドフォンでただひたすらに〝ナニカ〟を聞いている

それは曲と形容できるかどうかさえ微妙なものだ

少年はパソコンの前で歪に表情を歪ませて

 

(…新しい時代が来る…)

 

そう心の中で呟いた―――

 

◇◇◇

 

翌日

 

起きてすぐ顔を洗い適当に高校の制服に着替えた後、アラタは大介の待ち合わせの場所に向かう

ちなみにその待ち合わせの場所は、美琴に誘われた場所、セブンスミストである

ほどなくしてセブンスミストの入り口が見えてきた

その入り口にはすでに風間が立っており暇を持て余すように本を読んでいた

おまけに

 

「遅いぞお前」

「…なんでいんの?」

 

どういう訳かヒカリも風間に同行していたのである

あって早々敵意むき出しの彼女の頭を風間はこつんとド突きながら

 

「一緒に行くって聞かなくてな。仕方ないから連れてきた」

 

そう言ってちらりと風間はヒカリの方を見る

するとヒカリはちらりと風間の方を見やるとアラタを見てフンとそっぽを向いた

 

「…やれやれだな。留守番が嫌だったとか?」

 

「かもしれんな。…そら、お前の連れが来たみたいだぞ」

 

大介が指をさした方向に見知った顔が三人ほど

美琴、佐天、初春の三人である

黒子は予定があったのか、それともまだ何か調べたいことがあったのかその彼女だけはいなかった

初春はこちらを視認すると「アラタさーん」と言いながら手を振ってその数秒後

 

「!?」

 

彼女の表情がフリーズした

具体的には風間の姿を確認したときに、だが

初春だけにとどまらず、佐天、揚句に美琴まで驚愕の顔をしていた

 

「…あんたの言ってた友人って…」

 

「あぁ、風間大介。俺の同級生だ」

 

そう言った瞬間、初春と佐天がアラタに食い付いた

目をこれでもか、と言わんばかりに輝かせて

 

「あ! アラタさん大介さんと知り合いなんですか!?」

「普段は予約しないと入れない超高級なお店の美容院の!?」

「…お、おう」

 

その剣幕にちょっと引いてしまった自分がいる

…やはり普通は予約しないといけないんだろうか

 

「初めまして。俺は風間大介。〝バーバラKAZAMA〟を経営している。そして、こっちは―――」

「ヒカリです。大介さんのお手伝いやってますっ」

 

思いっきり猫をかぶって挨拶する風間家の居候、ヒカリ

実際ヒカリの見た目は普通に可愛い部類に入る

性格を除けばきっと将来は良いお嫁さんにでもなれると思う

ヒカリがそれぞれ挨拶を交わし、自己紹介が済んだ後いざ彼はセブンスミストへ入っていく

そんな彼らを眼鏡をかけた少年の視線が捉えていた

彼の視線の先には初春の右腕につけられている風紀委員の腕章

 

「―――」

 

セブンスミストに入っていく初春をただ眼を細めて睨んでいた

 

「…僕を救えなかった風紀委員は」

 

彼の手には子供向けのカエルの人形

それは探せばどこにでもありそうなごく普通な人形だった

彼はそれを握りしめ呟く

 

「―――要らない…!!」

 

◇◇◇

 

そんなわけでセブンスミストに入店

セブンスミストははっきり言ってしまえば服屋である

正直言えばアラタは服にはあんまり興味がない

しかしせっかく誘ってくれたのでどうせならなんかジャンパーでも買ってみようかな、と思う今日この頃

 

「ういはるー! ヒカリさーん! こっちこっちー!」

 

どういう訳か今日の佐天はテンションが高い

久しぶりに初春と一緒に買い物ができるからだろうか

そんな佐天を見ながら、美琴は初春に問いかける

 

「初春さんはどこか見たいとことかある?」

「うーん…特に決めてないんですけど…」

「ヒカリは?」

 

それに便乗し、風間もヒカリに問いかけた

問われたヒカリはうーん、と考える仕草をしたあと

 

「あたしも今のところないなー」

「うーいーはーるー! ちょっとちょっとー!」

 

いつの間にかぐんぐん先に進んでいる佐天が手を振りながら初春を呼ぶ

苦笑いをしながら初春は

 

「な、なんですかー!?」

 

そう言って初春は佐天の下へと走って行く

ちらりと佐天が入ったコーナーを見てみるとそこは女性ものの下着コーナー

これは流石に一緒にはいけない

女物の下着コーナーに男子二人って気まずすぎる

そんなわけで一度美琴とヒカリと別行動を取る

別行動と言っても付近の服売り場にとどまるだけなのだが

正直買うものがないと暇でしょうがないが、セブンスミストは洋服の種類が豊富で見ているだけでも時間を潰せるほどだ

しかし何が悲しくて男二人で洋服を見なくてはいけないのか

口に出すとたまらなく空しくなるのでお互いあえて口を閉ざす

というか誘ったのは自分か

 

「お、アラタに風間じゃん」

 

二人して洋服を見ていたらまた聞きなれた声

声の方向に振り向くとそこには我らが友人、上条当麻の姿が

 

「当麻、どうしてここに」

「一番無縁そうな奴が…」

「それが出会い頭に級友に言う言葉ですか!?」

 

今までならこれくらいふざけるのは普通なのである

しかし今回は違った

 

「お兄ちゃ~ん」

 

そう呼ぶ幼女の声が耳に入ってこなければ

アラタと風間は二人してその声の方へと首を動かす

その視線の席にはサイドポニーの幼女が一人

一度彼女の存在を確認した後、ぎぎぎ、とロボットみたいに再び当麻へと視線を戻す

 

「…お前、いくら、出会いがないからとか言っておきながら…!」

「その…それは流石に、なんだ…まずいんじゃないか?」

「なんて考えしてやがりますかアンタたちはっ!!」

 

当麻の怒号が耳に入る

まあいきなりロリコンのような視線をされてかつそんな事を言われれば嫌にもなろう

しかしそう判断してしまいそうな状況だったという訳で

 

「俺はただ、この子が洋服店探してるから、ここまで案内してきただけだ!」

 

全力でロリコン疑惑を否定する当麻

まぁそんな気はしていたわけだが

 

「ねぇねぇお兄ちゃん、あっち行きたい」

 

そんなことを話していると幼女、もとい少女が当麻の服の裾を引っ張り向こうを指した

 

「っと、わかった。…まぁそんなわけだから、…頼むから変な噂流さないでくれよ?」

「わかってるって。んじゃ、またな」

「おう、またな。アラタ、風間」

 

そして少女に手を引かれていく当麻の背を見送りながらアラタと風間はふぅ、と息を吐く

アラタが一言

 

「…あんな女の子にもフラグ立てるとはな」

「フラグかどうかはしらんが、まぁ当麻は誰にでも優しいし、人付き合いもいいからな」

 

故にとある高校には隠れ上条ファンがいたりする

しかしそれを言ってしまえばここにいるアラタや風間、ここにはいないツルギや天道にもそんな隠れファンがいるのだが、本人たちは気づいていない

 

 

先ほどの衣服コーナーに戻ってみると何やら美琴がとある寝巻の前でがっくりしていた

ちょうどその時戻ってきた初春、佐天、ヒカリに視線でどうしたのと問いかけてみるが彼女らも事情は分からないようだ

不思議に思ったアラタは皆を代表し

 

「…どした?」

 

と聞いてみた

すると美琴は少し疲れたような苦笑いを浮かべながら

 

「…なんでもない」

 

と短く返答した

一体どうしたのだろうか

 

◇◇◇

 

お昼ご飯はどうしようか、という話になったその時だ

初春の携帯がけたたましく鳴り響いたのは

 

「…初春さん、携帯鳴ってない?」

「え? …あ、本当だ」

 

ヒカリの指摘を受けて初春が携帯を取り出した

通話ボタンを押して耳に当てたその瞬間

 

<初春!! 虚空爆破(グラビトン)事件の続報ですの!!>

 

あまりの声量の大きさに一瞬怯んでしまったがその単語を初春は聞き逃さなかった

 

<学園都市の監視衛星が、重力子の加速を観測しましたの!>

「!? か、観測地は―――」

<今近くの警備員を急行させるよう手配していますの! 貴女は早くこちらへ戻りなさい!>

 

聞く暇もなく黒子は言葉をまくし立てる

時は一刻を争う

思わず初春にしては珍しく

 

「ですから! 観測地は!」

 

そう声を張り上げて問いかけた

その声を聞いた電話の向こうの黒子はその観測地の場所を答える

それは想像もできないような場所―――

 

<第七学区の洋服店、セブンスミストですの!!>

「セブンス、ミスト…」

 

確かにそれは危険だ

しかし逆にそれはチャンスである

ちょうど自分はいまセブンスミストにいる

迅速に避難誘導すれば怪我人はゼロにできるはずだ

 

「ちょうどいいです! 今、私そこにいますから、直ちに避難誘導を開始します!!」

 

そう告げて初春は携帯を切り、ゆっくりとこちらの方を向く

彼女の表情は先ほどまで見せていた遊びの表情は消えうせ、仕事の顔となっている

 

「落ち着いて聞いてください。犯人の次の目的が分かりました! この店です!」

「な、なんですって!?」

 

美琴がそう驚いた声を上げる

無論驚いたのは美琴だけではない

アラタも、ヒカリも、表情に出してこそいないものの風間も少しながら動揺している

 

「御坂さん、風間さん。すみませんが避難誘導を手伝ってくれませんか?」

「え、えぇ」「わかった」

「あ、あたしは―――」

「佐天さんは、ヒカリさんと避難を」

「―――うん」

 

当たり前といえ少し寂しくなってしまった

自分の親友ががんばっているのに、自分は何にもできない

そんな自分に、ちょっとだけ、嫌悪感

 

「…初春も、気を付けてね」

 

短くそう言うと初春は少しだけ笑んで避難誘導に向けて走って行く

その背中を見送りながら、佐天はどこか複雑な表情を浮かべて―――

 

 

そのまま爆弾が仕掛けられたことを伝えるとパニックになりかねない

だから店内の人に事情を話し、電気系統のトラブルとしてお客を外に避難させることにした

つつがなく避難誘導も終わり、アラタは店内でほかに遅れた客がいないか歩き回って探す中

 

「アラタ!!」

 

出入り口の方から走ってきた美琴、当麻、風間の三人が焦った表情でこちらに向かっているのが見えた

 

「お前ら! なんで戻ってきた!」

「悪い、けど、あの子がいなくって…」

「…あの子?」

 

当麻が言うあの子とは、恐らくあの女の子の事だろう

もう避難したものと思っていたのだが、この様子からすると、まさか―――

 

「いないのか!?」

「そうみたい、アラタ、探すの手伝って!」

「わかった! 俺はこの事をいったん初春に伝えてくる! 探すのはその後でいいか?」

「あぁ、構わない」

 

風間に後押しされアラタは初春の下へと走り出す

一度初春の下に行く、と言ったのは理由がある

昨日自分が考えた予想

 

「…もし本当に狙いが風紀委員なら…!」

 

自分も確かに風紀委員だ

そして、狙いやすさで言えば

真っ先に狙われるのは―――

 

「間に合ってくれよ初春…!」

 

 

「…」

 

初春は周囲を見渡しほかに人がいないか確認する

どうやらこの周辺に爆弾らしきものは見当たらない

とりあえず、当面の危機は去った、と思っていいだろう

 

「初春!」

 

そう自分を呼ぶ声に初春は視線を向ける

そこには自分に向かって走ってくるアラタの姿が見えた

彼の姿を確認して少しだけ安堵している自分がいる

それに少し気恥ずかしさを感じながら自分の下へと近寄ってくるアラタに報告をする

 

「アラタさん、避難誘導が終わりました」

「あ、あぁ…そのことはお疲れさん…じゃなくて、まだ一人、女の子が残ってるんだ。…疲れてるとこ悪いけど、一緒に探してくれないか?」

「えぇ!? ホントですかそれ!」

「残念ながらマジだ。だから―――」

「お兄ちゃーん!」

 

そんな会話を交わしていると、件の女の子がこちらに向かってとてとてと走ってきていた

両腕にカエルの人形を持ちながら

当然初春もアラタもその女の子の安否が確認できただけで安堵していたがアラタはそれに違和感を覚えた

 

…あの子、あんな人形をどこで貰ってきたのだろうか

 

それ以前にここは洋服店のはず

子供向けのコーナーがあったとして、あんなのはなかったし、それ以前にあったとしても購入などできない

つまり―――

 

「眼鏡をかけたお兄ちゃんがこれを渡してって」

 

女の子が差し出したそのカエルの人形を初春が受け取ろうとして

その人形が不意に歪んだ

 

「!!」

 

刹那で判断した初春はその爆弾を自分たちの後方へと投げ飛ばしその女の子を守るべく自分の身体で包みこんだ

ここに今、自分と初春しかいない

当麻がいれば彼の右手でどうにかなったろうがそんなことも言っていられない

ならばとるべき行動は一つ

 

幸いにも初春はこちらを見てはいない

これなら気兼ねなく変身できる

 

アラタは腰に手をかざす

すると彼の腰に身体の内側から浮き出るようにベルトが顕現した

そして右手を左斜めへと突き出し、左手をベルトの右側近辺にと手を動かし、その両手を開くように移動させる

 

―――変身!

 

心の中でそう発し、右手を左手の方へと動かし、彼はその姿を変化させる

紫色の鎧の姿を持つ姿へと変身した彼は、襲い来る爆風を受け止めるように右手を突き出した

 

 

外からでも分かるくらいにその爆発は大きかった

周りの人々がざわつく中、介旅初矢は一人ガッツポーズをしながらその場をゆっくりと離れた

徐々に人混みが少なくなっていくなか、介旅は心の中でほくそ笑む

 

(いいぞ…すごい、素晴らしいッ…!!)

 

少しずつではあるが確実に自分はより強大な力が使いこなせるようになっている

疑心暗鬼で使用したが、どうやら大成功のようだ

 

「…くっくくくく…くはははは…!」

 

堪え切れなくなって介旅は人気の少ない路地裏に入りながら笑いを吹き出した

もうすぐだ…あと少し数をこなせば…!!

 

「無能な風紀委員も、あの不良共も…!! みんな纏めて―――ぎゃ!?」

 

唐突に背中を思いっきり蹴り飛ばされた

介旅はみっともなくその辺にぶちまけられていた空き缶や空のペットボトルの中へと突っ込んだ

訳が分からない、と言った様子の介旅は地面に両手をついて身体を起こす

 

「よぉ爆弾魔、分かるかな。俺が言いたいことは」

 

目の前には男がいた

自分と同じくらいの背丈に、乱雑に切りそろえられた前髪

腕には風紀委員の腕章があった

 

「な、何の事だか。僕にはさっぱり―――」

「けど残念だったなぁ。あの爆発、確かに結構な威力だったけど…死傷者ゼロの、怪我人ゼロ。…つまり被害者なしだ」

「な…!! そんなバカな!! 僕の最大出力だぞ!! …はっ…」

 

自分で言って失敗した、と介旅は直感する

それでは自白するようなものではないか

 

「―――へぇ?」

 

案の定男の目が鋭く光った

大丈夫だ、急いでこの男を始末すれば―――

 

「い、いやぁ…外から見てもすごい爆発だったんで…」

 

介旅はちらりと自分の近くにぶちまけられたアルミのスプーンが入ったバッグを見やる

開けられたバッグの中から一本だけスプーンの柄が飛び出していた

 

「中の人は―――」

 

言いながら介旅はそのスプーンの柄を掴みとり

 

「無事じゃないんじゃないかってさぁ!!」

 

そのスプーンをその男に向かって投げつけた

こうも至近距離だと自分にも被害が及んでしまう

それを危惧してか爆発の威力は弱めにしなければ―――

そう思いながらスプーンは歪んでいき、男の近くで爆発する

 

ドォォォォン! と大きな爆音が鳴り響き、やった、と介旅は確信する

 

しかし

 

「…」

 

その煙の中から出てきたのは男ではなかった

そうだ、自分は知っている

たまに見た都市伝説のサイトでよく見かける

 

「…仮面、ライダー…!」

 

呟くと同時、介旅は後ろに後ずさり、足がもつれて転んでしまった

ごふ、と咳をしながらみっともなく体勢を立て直し

 

「ふ…ふふふ…! まさか都市伝説のヒーロー様とはね…」

 

憎々しげに介旅は呟く

その言葉に憎悪と苛立ちを募らせながら

 

「いつもこうだ。何をやっても、力で地面に、捻じ伏せられる…!!」

 

その言葉を聞いてか聞いていないのか、二本角の赤いライダー、クウガはゆっくりと歩いてくる

その道中、その姿が人間の姿へと戻っていく

それはさっきと同じ男だった

 

「…殺してやる…!! お前みたいなのが悪いんだよ!! 風紀委員(ジャッジメント)だって同じだ!! 力のあるヤツは、皆そうだろうがぁっ!!」

「…くだらねぇ。裏でこそこそしてこんなしょうもねぇ事件起こしてるお前に、そんなこと言う資格なんかねぇよ」

「な、なんだと…!?」

 

コツコツと男は近づいてくる

そして自分の胸ぐらをつかみあげ

 

「お前はただ、力のせいにしてただ現実から逃げてるだけだろうが。 子供みたいに駄々こねて、そんなんで今が変わるわけないだろうよ」

「…!!」

 

男の剣幕に介旅はヒッ、と声がうわずってしまう

睨みつけるその眼力に、まるでナイフで突き刺されてような錯覚さえ覚えるほど

アラタは介旅の胸ぐらを掴んで睨みを効かせながら

 

「まだ幼い子供まで巻き込みやがって。力だなんだと嘆く暇あったら、まず自分(テメェ)が変われよ。ドアホウが」

 

アラタはそう言って介旅を突き放す

バランスを崩した介旅は茫然とした表情でその場に尻餅をつき、アラタはそんな彼を一瞥すると、踵を返し歩き去っていく

後ろを振り返る事は、なかった

 

◇◇◇

 

アラタからの電話を受けてその路地裏に黒子が急行するとそこには戦意を失い佇んでいる犯人と思しき男が座り込んでいた

どういう経緯があって彼がこんな状況になったのかは気になったが黒子はそれは些細なことだと切り捨てた

男を連行したあと、黒子は爆発現場へと戻ってきた

ちなみに初春たちは無傷だったらしくその報告を聞いたときは心から安堵した

そしてその現場を改めて見直す

その焼跡は妙で、初春たちのいた場所のみが無傷という変な跡だった

 

「…初春はお兄様が守ってくれたといっていますが…お兄様ってそう言った能力ありましたっけ…?」

 

◇◇◇

 

夕刻の帰り道

アラタは一人、学生寮への帰路についていた

ちらり、とアラタは先ほど爆弾魔の胸ぐらを掴み上げた右手を見やる

相手の爆風を防いだときにできた火傷の傷が、微妙に右手を照らしている

…ほっとけば治るのだけど

 

「アラタ」

 

声が聞こえた

後ろを振り向くと美琴がこちらに走ってきていた

 

「爆弾魔、貴方が捕まえたんだってね。黒子が言ってたわよ」

「まぁ実際に捕まえたのは黒子だけど。俺は動きを止めただけだ」

 

そっけなく答えるアラタに美琴はちょっと違和感を覚えた

その違和感で思い出したことを直接美琴は聞いてみることにした

 

「…ねぇ。一個聞いていい?」

「ん? なんだ?」

 

初めて聞いたときはおぉ、と思ったが冷静に考えるとアラタは無能力者(レベル0)って本人が言っていたのを美琴はいつぞや聞いていた気がする

何かテーブルのようなものを盾に使ったのなら問題はないかもしれないが付近にそんなものはなく、仮にあったとしてもあの爆発を防ぐことはできないだろう

じゃあどうやってアラタは初春とその女の子を守れたのだろうか

 

「…アラタって、無能力者、だよね?」

 

確認するように美琴は声を絞り出す

聞かれたアラタ本人は普通に「あぁ」と頷いた

 

「…じゃあ、どうやって初春さんと女の子を守ったの? …あの爆風、とても防げるなんて思えない」

 

それを聞かれたとき、アラタはどんな表情をしていただろうか

間髪入れず美琴は言葉を続ける

 

「あんた、もしかしたら何か隠してんじゃないの? 事件の有無に関わらず、結構眠たそうだし、たまに怪我してるし…私たちの知らないところで―――」

「美琴」

 

低く、それでいて普段のアラタが決して出すことはない声色に一瞬ビクッと身体が震えた

アラタは美琴に視線を合わせ、静かに言う

 

「…そのうち話すよ。…だから、今は何も聞かないでくれ」

 

どこか儚げで、そして切なさが垣間見えるその横顔に、美琴はそれ以上何も聞けなかった

そして直感で美琴は悟る

 

―――あぁ、こいつはまた一人で背負ってるんだな

 

力になってやれるかはわからない

それでももう彼は友達なのだ

アイツは無駄に明るく振る舞うから普通にしていては彼の悩みはわからないだろう

けどせめて、自分だけはわかってあげれたらな、と思わずにはいられなかった

 

…けれどこんなことを今考えてもしかたない

 

「ねぇ、アラタ」

「ん?」

「ゲーセンいかない? 息抜きと、変な事聞いたお詫びも兼ねて」

「え、別にいいけど、お前門限は―――」

「いざとなったら黒子呼ぶわ! ほら、行くわよ!」

 

困惑するアラタの手を引いて美琴は足早に駆け抜ける

ただ引っ張られるアラタは前を行く美琴を軽く苦笑いをしながらついていく

 

底抜けに明るい彼女の気遣いに心から感謝しながら―――



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#7 幻想御手(レベルアッパー)

日間頑張ってくださいみたいな評価いただきました、が

すまない…別に日間を目指してるわけじゃないんだ…すまない…

ぶっちゃけ昔書いたのを見直して上げてるだけなのでアッチのストックがキレるまではこんな速度かも知れない
無くなったら? すっごい遅くなるだけさぁ

内容はあまり変わらず
誤字脱字等見かけたら連絡をば

あとバトライド創世が楽しみすぎてヤヴァイ
PVみて変な声でたよ
フォー!!

ではどうぞ


懐かしい夢を見た

 

それは先日の強盗事件を解決して、今度はアラタが黒子の担当となった巡回のとある日の事

先日の一件を経験して初春と二人で一人前になると宣言して以降、独断専行はだいぶ減っていき、ようやっと頼りになれる後輩になってきた気がする

 

「さて、今日はこんなもんでいいか…たまには俺も先輩らしくしないとな。おい、なんか食いたいものとかあるか?」

「アラタさんのお財布事情を知れば、あまり奢られたくないですけどね…」

 

苦笑いと共にそういう黒子

ぶっちゃけ黒子に言われる通り金欠なのだが

 

「いいんだよ。…もうすぐお前も常盤台に行くんだからさ。入学祝い的な奴だよ」

「ふふ。そういうことにしといてあげますわ」

 

そんな事を言い合いながら黒子と共に歩く道すがら

まだ小さいころ、アラタも先輩の風紀委員と巡回していたころを思い出す

…その頃は自分に秘められていた力の事を知らず無邪気に振る舞っていたものだ

 

「…アラタさん」

 

歩きながら黒子が思い出したように問いかける

 

「ん?」

「どうしてあの時、わたくしを助けてくれたんですの? あの時はまだわたくしとも面識がなかったですし…無駄に首を突っ込まなくてもよかったんじゃ―――あたっ」

 

言葉の途中でポカリと頭にゲンコツを喰らった

軽い痛みと唐突なその衝撃に黒子は頭を押さえきょとんとした顔になる

そして自分を見やるその瞳は少しばかり怒っているようでもあった

 

「…二度とそんな事言うな。誰かを助けるのに、理由なんているか? お前も誰かを助けるのに、理由なんか選ばないだろう?」

「それは…そうですけど…あだっ」

 

そしてまたポカリと叩かれる

 

「どもるな。そこは言い切ってくれ。…あんとき犯人に啖呵切ったお前、かっこよかったんだぜ?」

「…え?」

「真っ直ぐ自分の信じた道は曲げない。…小学生なのに良い事言うな、おい」

 

そして今度は頭をわしゃわしゃと撫でる

わしゃわしゃと撫でながらアラタは続けた

 

「お前と初春は、今のところ二人で半人前だ。…とっとと一人前になって、早いとこ俺たちに背中を預けられるくらいにはなってくれよ、黒子」

 

ひとしきり頭を撫でた後、アラタは黒子の背中を優しく叩いて前を歩く

その背中は大きく、どこか優しさを纏っていた

 

(鏡祢…アラタ先輩)

 

思えば彼は無能力者(レベル0)と聞く

なのに能力者相手に堂々とした戦い方でいずれも圧倒してみせている一七七支部の実力者…

定例会等には出てくれないことが固法先輩の悩みらしい

 

どうしてあの人はああも強いのだろうか

あの人が能力者相手に圧勝している様を見ていると能力なんて関係ないのではと思ってしまうくらいだ

その強さに憧れると同時に強く黒子は惹かれた

そしていつか、あの人の隣に凛としていられるような風紀委員でありたい

 

「アラタさん」

「うん?」

「お兄様と呼んでもよろしくて?」

「は? いや、別にいいけど…なんで」

「特に理由はありませんわ、私がそう呼びたいのですっ!」

 

◇◇◇

 

そしてその後はコンビニにで言ってアイスを買ってあげて黒子にやったのだが

 

「…今では慣れたものだけど」

 

なんでお兄様なんて言うようになったのだろう

まぁこんな瑣末事気にしたって仕方がない

 

「とりあえず、今は目の前の事件の整理整理っと…」

 

ベッドから起きてアラタは制服に身を通す

一人部屋の中で考えるのも寂しいのでアラタは外に出て歩きながら考えることのにした

 

 

一人道を歩きながらアラタは考えた

それは先日、殴り飛ばした虚空爆破事件の犯人、介旅初矢の事だ

昨日目の当たりにした爆発の威力はどう見積もっても大能力者(レベル4)相当だ

しかし書庫(バンク)に入っているデータをいざ見てみると介旅初矢は異能力者(レベル2)であることが発覚した

自分が体感した爆発の威力は間違いなく大能力者ほどの力

短期間で急激に成長したか、同じように何らかの手段で自らの強度(レベル)を上げたのか

 

「考えられるとしたら、後者、かな…」

 

数日前に天道から聞かれた言葉が頭の中で再生される

使用することで能力が上がるという夢のようなアイテム

 

幻想御手(レベルアッパー)

 

そんなものが本当にあるとは思えない

しかし異能力者のはずの介旅が大能力者相当に力を行使してる以上、否定はできないのだ

ふむぅ…と考え込むアラタの耳に聞きなれた声が届いてきた

 

「おーい、アーラター」

「…ん?」

 

声の方向に視線を向けるとそこには美琴が手を振っていた

その隣には黒子もいる

アラタはそれに少し笑みを浮かべて美琴たちの方に向かって走って行った

 

「アラタもなんか考えてた感じ?」

「え? …なんでわかった?」

 

その一言に黒子がくすくすと笑いながら

 

「お兄様ったら、遠目からでも悩んでるって丸わかりでしたわよ?」

「マジか。そんなに顔に出てたか」

「ええ、そりゃもうはっきりと」

 

恥ずかしい

確かにものすごく熟考してはいたがそこまで顔に出ていたとは

 

「煮詰まってるのなら、一度休んで頭切り替えましょ」

 

そんな言葉と共に美琴はふれあい広場のとある一角を指差した

視線の先にはちりんちりん、と風流な音と一緒にそよぐ氷の文字が

かき氷である

 

◇◇◇

 

「黒子は?」

「お姉様と同じものを。お兄様は?」

「俺も一緒でいいや」

 

美琴が財布をいじってる中、徐にアラタはちりん、と音を鳴らす風鈴を見やる

時折吹く風に小さく揺れ、涼しい音色を奏でていく

人間というものは不思議なもので、夏にこういった音を聞くとどこかしか涼しい気分になってくる

 

「…こういった音って、ほんと不思議だよなぁ」

「あぁ。共感覚性って奴?」

「…共感覚?」

 

疑問に思って聞き返そうとしたときタイミングよく店員さんが三つのイチゴ氷を差し出してきた

 

「どうぞー、イチゴ三つですね」

 

目の前の冷たい食べ物に黒子は少し目を輝かせる

美琴もそのイチゴを確認しながら再び小銭を探すべく財布に目をやりながらアラタの疑問に答えていった

 

「一つの刺激で、複数の感覚を得ることよ。…あ、ここ、割り勘だからね?」

「…え?」「…え?」

 

現実は非情である

 

 

「つまりさ、赤い色を見たら温かく感じたり、逆に青い色を見たら冷たく感じたりするでしょう?」

「暖色、寒色とありますものね」

 

比較的日陰の多いベンチにて

かき氷をつまみつつ美琴による共感覚性講座中

語り方も分かり易く、聞いていて楽しいものがある

さすが常盤台

 

「となると、このかき氷も赤だな。イチゴの赤」

 

赤いシロップに果物のイメージを追加しているこのかき氷も立派な共感覚だ

 

「そゆこと。…ん~…!」

 

ぱくりとかき氷と口に入れ夏特有な状態になる美琴

やはり夏、それにかき氷と言えばそんなコンボは外せない

ちなみに別にかき氷でなくとも冷たい食べ物なら夏特有状態になれるのだが

 

「お姉様ったら…。…ん!? ん~…!?」

 

最初こそ苦笑いだった黒子だが少し量が多かったらしく、美琴以上の刺激に襲われているようだ

その証拠に彼女のトレードマーク(?)であるツインテールがなんかそれぞれ三つに分かれているほどである

 

「…ん~…、夏って感じがしていいね」

 

言っているアラタ自身も軽くそんな状態になりつつそう呟く

スプーンを持っている手で額に当てながら彼は白い雲の多い空を見上げる

ゆっくりと動くその雲は相変わらず自由だ

 

「御坂さーん、白井さーん、アラタさーん」

 

すると前の方から恐らく学校帰りの佐天が通りかかった

カバンを両手に抱え、彼女はこちらに歩み寄ってくる

 

「佐天さん」

「それ、美味しそうですねっ」

 

 

そんなわけでそのメンバーに佐天を交えて再びかき氷をつつく

ちなみに彼女はレモン味

そして例によって彼女も夏特有状態を満喫中である

 

「ん~~~!」

 

目を閉じながらバタバタと足をばたつかせる佐天

 

「それって、もはや夏の風物詩よね」

「わかってるけどやりたくなるもんな」

「あ! わかってくれますかアラタさんっ! …あ、御坂さん、それってイチゴ味ですか?」

「うん。よかったら一口どう?」

「あ!いいんですか?」

 

その一言を聞いた途端何故だか黒子の顔が驚愕に変わった

まるで何をしていらっしゃるのかお姉様、といいたげな表情

そんな黒子の心境を知ってか知らずか美琴は佐天の口元に自分のスプーンを持っていかせ食べさせる

佐天はそれを口にして「んー…美味しいっ」と感想をもらしながら自分のかき氷をスプーンで崩しながら

 

「お返しにレモン味食べます?」

「ありがとう」

 

そう言って美琴は佐天の差し出したスプーンをぱくりと一口―――

 

「あああああっ!!?」

 

その瞬間に聞こえた黒子の絶叫

訳が分からず美琴は佐天のスプーンを口にくわえながら佐天と一緒に黒子の方を見る

当の黒子はぱくぱくと唇を動かし、わなわな震えている

 

「…どうした黒子」

「い、え…な、なにをしてるんですの…!?」

「…変な事聞くな? 見ての通りだろう、なぁ」

「え、えぇ…食べ比べ…」

 

アラタの問いかけに佐天は少しどもりながらそう応える

対する黒子は相も変わらず口をパクパクとまるで餌を食べる金魚のようだ

やがて何かを悟ったような表情をし、なにを思い立ったのかいそいそと美琴の前に立って自分のかき氷を一さじすくうとそれを差しだし

 

「そ、それではお姉様…わたくしとも関節キ―――もとい食べ比べを―――」

「お前美琴と同じイチゴだろ」

「…」

 

黒子フリーズ

 

直後自分の頭を地面にめっさ叩きつけながら

 

「馬鹿バカばか!! 黒子のばかっ!!」

 

―――そっとしておこう

 

◇◇◇

 

「ところで佐天、今日初春はいないのか?」

 

ひとしきりかき氷を食べ終えてかねてから気になっていたことをアラタは聞いてみた

今日あってからもそうだが普段一緒にいる初春の姿がいないのだ

それを聞かれた佐天は「はは…」と苦笑いを漏らしながら

 

「夏風邪ひいて、今日休んでるんです。それであたしは、これから薬を届けに」

 

そう言って佐天はカバンからかさり、と紙の袋を見せる

それはよく病院とかで処方される風邪薬だ

 

「かなり悪いの?」

「大したことはないらしいんですけど…やっぱり、心配ですしね…」

 

美琴の問いにその風邪薬を見ながら佐天は呟く

すこしして佐天はハッとしたように美琴たちの方へ顔を向ける

そして申し訳なさそうに

 

「…あの、もしよかったら」

 

◇◇◇

 

「ってことで! お見舞いに来ったよーん!!」

「お邪魔しまーす」「お邪魔いたします―」「お邪魔します―」

 

佐天に連れられて一行は初春の寮へと訪問していた

あの時佐天に頼まれたのは一緒に初春にお見舞いに来てくれないか、というものだった

別に断る理由もないしそもそも友人の頼みを無下には出来ないので三人は快く承諾、案内され現在、三人は居間に腰を下ろしている

初春は今二段ベッドの上に寝ており、佐天が梯子を上って初春の熱を測っている最中である

 

「すみません、わざわざ…」

「気にすんなって。ちょっと動かないで…」

 

佐天は初春の耳に体温計を当て、彼女の現在の夏を測定する

一昔前はよく脇に当てて測定していたものだが最先端科学都市なこの学園都市ではそんなすごい体温計が出回っているとは知らなんだ

 

「三十七度三分…。まぁ微熱だけど、今日は一日寝てること。もーお腹出して寝ちゃだめだよー」

「佐天さんが私のスカートめくってばっかいるから、冷えたんですよ…」

 

その言葉に一瞬頬を赤くするも佐天はすぐ調子を取り戻し

 

「いやぁ、そりゃあだって、親友として初春がちゃんとパンツ履いてるか、気になるじゃないですか。ねぇ?」

 

直後がばぁ!!と初春が勢い良く起きる

 

「ちゃんと履いてます!! 毎日!」

「はいはい分かったから…。病人は寝て寝て」

 

美琴に笑み交じりでそう諭された初春は少しだけむっとしながらいそいそとまた横になる

ていうか男がいるこの状況の中そんな話題は避けるべきなのでは、とも思った

その後佐天が冷たいタオルを作成するべく台所に行ったとき再び初春が口を開く

 

「そだ白井さん、アラタさん…、虚空爆破(グラビトン)事件の方、何か進展ありました?」

「んー…正直言えばどっちとも言えないんだよなー」

「そうですわねぇ…分かったことといえば。あの犯人の強度(レベル)異能力者(レベル2)だということだけ…」

 

しかし酷使していた力は間違いなく大能力者(レベル4)クラス

…考えれば考えるほどわけの分からない無限ループに陥ってしまう感覚だ

ふむぅ、と考え込む黒子とアラタの姿を見て美琴は思い出したように冷水タオルを作ってる佐天に言葉を向けた

 

「そういえば佐天さん、前に幻想御手(レベルアッパー)がどうとかって言ってなかったっけ?」

「…はい?」

 

◇◇◇

 

「能力の強度を上げるぅ!?」

 

開口一番そんな声を上げたのはリアリストな黒子である

対面に座った佐天は「いやぁ…」と手を振りながら

 

「あくまで、噂ですって。実態がわからない代物ですし…」

「実態が分からない?」

 

美琴の問いに佐天は「そうなんです」と言いながら言葉を続ける

 

「噂も中身もバラバラで、本当に都市伝説みたいなものなんですよ…」

「んー…やっぱりそううまくはいかないかぁ…」

「いいや、その可能性は、なきにしもあらず、だぜ?」

 

そう佐天と美琴の会話に乗り込んだのはアラタだ

?と顔に浮かべてこちらを向く二人にアラタは続ける

 

「や、書庫(バンク)に登録された強度(レベル)と、被害状況に食い違いがあるケース…今回だけってわけじゃないんだ」

 

え? と二人はアラタの会話に耳を傾けた

 

「常盤台眉毛事件…、黒子が捕まえた発火能力者(パイロキネシスト)…俺たちが知ってるだけでも、もう二件」

「それ以外でも強度(レベル)と被害状況に差がある事件が発生していますの」

 

今まで正直半信半疑だった幻想御手(レベルアッパー)がまさか肯定された瞬間だった

それまで実在しないのではないか、と言われるユーマにでも会ったような気分に佐天は少し眩暈がした

そして呟く

 

幻想御手(レベルアッパー)て、マジモンなんですか…?」

「佐天さん、幻想御手(レベルアッパー)について他に知ってることはない?」

「え!? えっとぉ…、ほんとかウソか分からないんですけど…幻想御手(レベルアッパー)を使った人たちが、ネット掲示板に書き込んでるとか…」

「その掲示板がどこか、分かるか?」

 

アラタに言い寄られ佐天は懸命に記憶の中を巡りそのサイトがどこか思い出そうとする

そんな時ベッドの方からカタカタとタイピングを叩く音がした

 

「これじゃないですか?」

 

そう言って初春がベッドから少し身を乗り出しパソコンの画面を見せる

そこにはチャットと思わしきネット掲示板が

その画面を見て佐天は思い出したように

 

「あ、そこそこ!」

「お手軽ですわ初春!!」

 

一気に事件が進展する

あわよくば事件が解決できれば万々歳だ

 

「これであとは奴らの素性やたまり場が分かれば…」

「たまり場かどうかはわかりませんが、ほら、このファミレスによく集まってるようですよ」

 

初春が指差したところには一つに単語の文字

そこには〝ジョナG〟という店の名前が記されてあった

 

 

「ありがとう初春さん! 行ってみるわ! それと、お大事にねー!」

「おい美琴! それお前の仕事ちゃう!」

「わたくし達風紀委員の仕事ですのー!」

 

飛び出していった美琴を追いかけてアラタと黒子も初春の部屋を出ていく

その後また扉が開いて

 

「早く元気になれよ初春ー!」

「待ってますわよー!」

 

そうお見舞いの言葉を言った後、また扉が閉まった

また外から走る足音が聞こえてきた

慌ただしい三人を見送りながら苦笑いを浮かべながら

 

「大丈夫ですかねぇ」

 

と初春は呟いた

 

「心配ないよ、あの人たちなら。学園都市が誇る超能力者(レベル5)大能力者(レベル4)だもん。それにアラタさんもいるし…。私たちがいても、ね」

 

どこか歯切れの悪い言葉を口にする佐天の顔にはいつものような元気がなかった

自分の無力が分かっているような、自嘲気味な表情(カオ)

 

「佐天さん…」

 

そんな佐天にかける言葉が見当たらず、初春は彼女をただ見ている事しかできなかった

 

「ねぇ、初春」

 

そんな初春に佐天が不意に言葉を投げかけた

 

「もし幻想御手(レベルアッパー)を使ったら、私たちも強度(レベル)上がるかな?」

「さぁ…。でもズルは駄目ですよ」

「わ! わかってるって! 言ってみただけだよ、手は出さないって!」

 

顔を少し赤くしながらそう佐天

…よかった、少しいつもの佐天に戻ったみたいだ

 

「それよりさ、今日学校で先生に当てられちゃってさ、手伝ってくんない?」

「病人に聞かないでください…」

「お腹減ってない?」

「そうやってもので釣ろうとしてもダメですよー…」

 

そう言いながら初春はパソコンを畳む

 

「わかった。…じゃーいらないんだ」

 

直後にぐぅ~…と大きなおなかの音がなる

音の正体が誰のものかはすぐにわかった

その主は少しながら頬を赤くし、やがて観念したように

 

「…いただきます」

 

◇◇◇

 

そんなわけで美琴を追っかけてそいつらのたまり場であろう所に到着

 

「ここね…」

 

そのファミレスを見て一番最初に呟いた美琴の言葉である

もうやる気満々だ

 

「んじゃ、行くとしますか…!」

「…止めてもいくんだろ」

「当たり前よ。わかってるくせに」

「またお姉様は…。お兄様もなんで止めないのですの」

「俺たちは風紀委員だし、顔知られてるかもしれないだろ。本当は嫌だけど…まぁ美琴なら大丈夫だろう」

 

そう言われて少し気をよくしたのかカバンをアラタにずい、と渡し

 

「じゃあ行ってくるわね。あんたたちは離れて見てて!」

 

そう言ってファミレスの入口へと走って行く

そんな美琴の背中を見ながら黒子はボソッと呟いた

 

「なんでしょう。黒子はすっごく不安ですの…」

「奇遇だな。…俺もだ」

 

送り出しておいてなんなんだが

 

 

で、今

 

―――うん、ネットで偶然、お兄さんたちの書き込みを見かけて、できたら私にも教えてほしいなーって

 

例の男らと接触に成功した美琴の演技で幻想御手(レベルアッパー)の情報を得ようと試みるが

 

「…声作りすぎだろ」

 

普段のトーンより少し高めの若干ぶりっ子めいたその声は普段の彼女を知るものからは違和感バリバリである

というかぶっちゃけ気持ち悪い

黒子と二人ドリンクを飲みながらその交渉(?)の行方を見守る

 

―――お願い、この通りっ

 

――――知らねぇよ…とっとと帰んな

 

―――そんな事言わないでぇ

 

――――しつけーぞ、ガキはもうおねむの時間だろ

 

そう言われた時遠目からではわからないが表情が不機嫌になったのははっきりとわかった

…早くも頓挫の予感である

あぁ、予測可能回避不可能とはこの事か

 

―――えぇ? 私ぃ、そんなに子供じゃないよ?

 

「―――ぶぅっ!!」

 

「うわ!! 汚ぇなおい!」

 

いきなり黒子がメロンソーダを吹き出した

危うく直撃するところだったが、まぁ吹き出す気持ちはわからんでもない

 

――確かに子供じゃないよなぁ、俺はあんた好みだぜ?

 

―――うわぁっ、ホントにぃ?

 

そう言って両手を振る美琴

…うわ、気持ち悪い

演技だとわかっていてもあれは流石にやりすぎではなかろうか

ギャップ萌え、なんて言葉もあるこのご時世、ああいうのも必要なのか

 

―――じゃあ、教えてくれる?

 

――けど、やっぱタダってわけにもいかねぇなぁ…

 

そこの男、思いっきり視線が足に行っている

考えていることがバレバレだ、彼の将来が心配である

 

―――えっと、お金なら、少しは出せますぅ…

 

―――金もいいけど、やっぱこっちの方がいいよなぁ…

 

そう言いながら手を伸ばして触れようとするがそれより先に美琴が後ろに移動する

そして両手を後ろに組みながら

 

―――やっぱり、そういうのは怖いっていうか…

 

「…何もあそこまで演技せんでも…なぁ黒―――」

 

ガン、ガン、ガン、ガンとテーブルに一心不乱に額をぶっつけてる白井黒子がそこにいた

なにをしているのだろうかこの子は

いや、まぁ尊敬している御坂美琴さんが演技とはいえあんな事口にしているわけだからぶつける気持ちはわからんでもないが

ふと美琴らの方を見てみるといつの間にか話は進み、そこにいるメンツが皆立ち上がっていた

 

「やべ、アイツら移動するぞ、おい黒子―――」

「――――――」

 

白井黒子は完全に沈黙していた

擬音で〝ちーん〟とかいう音が似あっているくらいだ

 

「…そっとしておこう」

 

そのうち回復するだろう

そう信じたい

 

◇◇◇

 

人気の少ない、というか全くいない路地裏に美琴とそいつらはやってきていた

全く予想通りというかなんというか

 

意外にここは月当たりが激しく隠れる場所少ない

とりあえず路地の入り口付近の角に身を潜ませてアラタはその様子を見守った

 

「んじゃ、まずは有り金全部出してもらおうか」

「え?」

「キャッシュカードもと暗証番号…あとクレジットカードも」

 

これまた予想通りな返答が帰ってきた

恩を売りつけて幻想御手(レベルアッパー)をくれてやるかわりに永遠に金を払わせてやるつもりなのだろう

もしくは、最初から金ズルとしてか見ていないのか

 

「え、ええと…少しくらいならもってきたけど…流石にそれ全部は―――」

「あぁ!? 話聞きてぇんだろ? だったら早く出せよ」

 

分かり易い連中だ

やっぱりどこにいてもああいう奴らはいなくならないのか

同じく感じたのか美琴も大きく肩を動かした

ため息でもついたのだろうか

 

「…めんどくさ―――」

「ちょっと待ちなさいよ」

 

…え? と美琴の心の中の声とアラタの呟きがリンクした

アラタと美琴が横合いから聞こえた別の声の方に顔を向けるとそこには黒をベースにした制服に腰までなびく黒い髪が特徴的な美琴同年代な女の子がいた

大きめのカバンを持っており、妙にそれが目立っている

 

「…あぁ? なんだお前」

「なんだじゃないわよ、一人の女の子相手に集団で取り囲んでカツアゲとか。恥ずかしくないの?」

 

両手をあげてやれやれ、とジェスチャーをする女の子

その仕草にイラついたのか、集団の男の一人がその女の子に向かって拳を振り上げた

女の子は動じることなくその拳を避けて、男の腹に一撃を喰らわす

どごむ、と鈍い音がしたと思ったらゆっくりと男の一人はその場に崩れ落ちた

そしてその後集団に向かって手を突き出し、かかって来い、と手先を曲げて挑発する

その女の子に視線が集中している中、近寄ってくるアラタに対して美琴は問いかける

 

「…誰? あの子。知り合い?」

「俺に聞かれても…。今のところ味方っぽいけど」

 

暫くすると女の子が集団を全員叩きのめしていた

中々の実力者のようだ

 

「そこの人、怪我ない?」

「え? え、えぇ。大丈夫」

 

手をパンパンと払いながら女の子は美琴の方へ駆け寄って声をかけた

かけられた美琴は少し言葉を濁しながらもそう返事する

 

「…あんたは?」

「人に聞くときって、まず自分から名乗るもんじゃないの?」

 

そう言われ、少し言葉を詰まらせる

しかしその通りなので、アラタは軽く咳払いして名を名乗った

 

「俺は鏡祢アラタ。こっちは―――」

「御坂美琴」

 

美琴の名を聞いて女の子は少し驚いた表情をした

 

「御坂…て、常盤台の? …はは、出しゃばったことしちゃったかな…」

「そんな事ないわよ。ああいうのに手加減なんてやりづらくてむしろ助かったわ」

「そう? …ならいいけど…。あ、私だけ名乗ってなかったわね」

 

彼女は少し後ろに下がって美琴、アラタそれぞれを見ながら

 

「私は神那賀(かみなが)(しずく)。よろしくね、御坂さん、アラタさん」

「派手にやってくれたねぇ」

 

軽く自己紹介が終わるとまた別の女が歩いてくる

のされた男の一人が「あ、姉御…」と言っているところを見るときっとその集団のリーダーかなんかなのだろう

姉御と呼ばれた女は男の一人の前に座り

 

「おい、お前たち…。あんな嬢ちゃんたち相手になにやってんだ」

「す、すいませんっ!」

「…女の財布なんか狙いやがって…」

「で、でも―――」

 

言い切る前に姉御がその男の顔をぶんなぐる

バチン! とやけに気持ちいい音が聞こえた

 

「あたいに口答えかい!? 埋めるよ?」

「す、すいませんっ!」

「謝る相手はあたいじゃないだろ!!」

 

そこでまたバチンっとぶっ叩かれる

どこぞの無双ゲームのかあちゃんみたいな豪快な人だなぁ、とアラタは一人思う

 

「ほらお前たちも!」

 

姉御の一喝で倒れていたほかの男らも立ち上がる

そして座っている姉御の後ろに横一列に整列すると

 

「わ、悪かった…」

「そうじゃないだろ!!」

「ほ、本当に、すいませんっしたぁ!!」

『したぁ!!』

 

なんだか部活動みたいだ

全員での一斉謝罪が終わると姉御は立ち上がって笑みを浮かべると

 

「これでけじめはついたろう? 許してやっとくれ。…お前らぁ! もう帰んなぁ!!」

「う、ウス!!」「お先ですっ!」

 

それぞれそんな言葉を言いながら男たちは撤収していった

…本当にどこまでも野球部みたいなノリだった

男たちが撤収していって、姉御がこちらに向かって歩いてくる

 

「…あんた、アイツらのボスみたいだな。なら、幻想御手(レベルアッパー)についても知っているか?」

「そんな事より、あたいの舎弟を可愛がってくれたのはドイツだい?」

 

アラタの問いかけを半ばスルーし、姉御はそんな事を聞いてきた

一人ひとりを視線で見た後、姉御は再びアラタを見る

やがて神那賀が一人ずい、と前に出て

 

「私だけど」

 

神那賀を一瞥した後姉御は手首を回しながら

 

「…んじゃ、覚悟はできてんだろうねぇ」

「え?」

「覚悟って、さっき謝ってくれたのは…?」

 

美琴がそう問いかける

 

「あれはあれ。これはこれ…。借りはきっちり返さないとね」

 

そう言って徐に一本のメモリを取り出した

そのメモリにはアラタが見覚えあるマークがしるされている

 

「…あれは、クウガ…?」

<KUUGA>

 

かちりっと姉御がボタンを押しそのメモリを起動させ、それを自分の掌に差し込んだ

すると姉御の身体がみるみる変わっていき、今都市伝説を賑わせている、クウガへとその姿を変える

しかし腰にはベルトがなく、丸い球体のようなものになっている以外はほぼクウガだった

 

「な!! お前、それは!!」

「あたいも最初はびっくりしたけどねぇ。なんせ都市伝説と同じ存在になれるたぁだれが想像したかい」

 

同じ存在、という言葉あたりで神那賀のこめかみがピクリと動く

そして変化した姉御に向かって

 

「そんなパチモンが、同じ存在だなんて言わないでほしいわね」

 

そう言って神那賀はカバンから徐に一本のベルトを取り出してそれを腰に巻きつけた

そしてもう一度カバンに右手を突っ込み、そこから一枚のメダルを取り出す

持っていたメダルのようなものを大きく弾く

ピィン、と弾かれたメダルは空中でくるくると回りそのまま彼女は右手でそれをキャッチして

 

「変身―――」

 

と呟き、ドライバー右側のメダルスロットにそれを装填し、右側のハンドルレバーを左手で勢いよく回した

するとカポーン! と小気味よい音が響き、彼女の姿を何かが覆う

胸部、背部、両肩、両腕、両腿、両足にリセプタクルオーブを纏ったその姿

 

「あたしはバース、 都市伝説の名を借りるなら…仮面ライダーバースってとこかしら?」

 

ここにもう一人の仮面ライダーが現れる

 

 

「へぇ…行くよ!」

 

似非クウガが地面に手を当てた

何をするのか、と思ったときバースが立っていた地面が粘土のように歪み始める

 

「え、なにこれ!?」

「地面を…!? っと」

 

危険が及ばないようにアラタは美琴の手を引き、安全圏へと避難する

 

「あたいの能力は表層融解(フラックスコート)…。アスファルトの粘性を自在にコントロールすることが出来んのさ」

 

言葉と共に、ついに似非クウガの手がアスファルトの中に突っ込んだ

それと同時にさらに複雑に、深く地面が歪む

 

「小賢しい…!」

 

呟きながらバースはメダルをまた挿入し、レバーを回す

 

<ブレストキャノン>

 

そんな電子音声が流れたと同時、バースの胸部に大きなキャノン砲が出現した

バースは両手でそれを構え

 

「うまく避けてよね」

 

その言葉の後、大きな一撃をぶっ放す

似非クウガは地面を操作し目の前に壁を作り、それを防ごうとした

しかしそんな壁など意味をなさない

バゴォン!! という大きな音が路地裏に響き渡る

放たれた弾丸も壁に相殺されたが爆風も半端なものではなく似非クウガも自分の顔を両手で多い、防御する

 

「…ねぇ、やめない? こんな戦い」

「なんだと…!?」

 

バースは自分の後ろで待機しているアラタと美琴を見て

 

「彼女たちは幻想御手(レベルアッパー)について知りたいだけだし、こんな争いしてたら、貴女が怪我しちゃうわ」

「…つまり、さっきの一発は加減してたってのかい」

「そんなつもりはなかったんだけど。…そう思うならそうなんだわ」

 

似非クウガはフン、と鼻で笑った後面と向かってバースに言う

 

「お断りだね…!」

 

そう言ってギリ、と拳を握りしめ

 

「あたいはまだ負けちゃいない。あんたもライダーってんなら本気で来な! あたいの鉄の意思は、そんなちゃちな砲撃ごときで砕けるほどじゃないんだよ! 砕けるもんなら砕いてみなぁ!!」

「…」

 

どうやらこの女の人はまっすぐだ

自分が思っている以上に真っ直ぐ

…そんな真っ直ぐで、きれいな心を持っているのにどうして彼女はメモリや幻想御手(レベルアッパー)なんてものに手を出してしまったのだろう

 

「…いいわ。なら私も全力で向き合ってげる」

 

バースはブレストキャノンを解除して真っ直ぐ、似非クウガへと歩き出す

彼女には小手先の技術で打ちのめしても意味がない

真っ向から向かって彼女を倒さなければ勝ったとはいえないのだ

 

「…一発勝負の短期決戦。―――覚悟はいいかしら」

 

バースは言って拳を握る

力強く、自分を体現するように

 

「…へぇ、なかなか通な事するじゃないか。気に入ったよ」

 

似非クウガも同じように拳を握ってゆっくりと歩み寄る

 

じりじり、とお互いの距離は縮んでいく

その空気は一色触発、ピリピリするその空気は肌で感じ取れるほど

 

三百メートル

 

文字通りこの戦いは一発で終わるだろう

鉄の意思が勝つか、立ち向かう意思が勝つか

 

百メートル

 

この時点でどちらかが先に動いてもいいはず

しかしそれでもお互いは動かない

 

五十メートル

 

「はぁぁぁぁ!!」「やぁぁぁぁ!!」

 

動いたのはほぼ同時

咆哮をしながら二人は拳を突き出し、全力の拳打を放つ

バキィ!! と鈍い音が路地裏に響き渡る

 

「…ぐ、」

 

姉御の手からメモリが排出され、地面に落ちた

そのメモリをバースはひょいと拾い上げ、思い切り握り潰す

そして姉御はその場で崩れ落ち、膝をついた

バースはその場で変身を解除し姉御を見やる

 

「…」

 

それでも何もかけることなくゆっくりとその場を後にした

 

「…あ、あの…」

「美琴、俺たちも行こう」

 

何かを言いたげな美琴を制し神那賀を追う

その場には姉御だけが残された

膝をついた姉御の表情はどことなく清々しい顔で

 

「…重かったなぁ、アイツの拳」

 

そしてキラキラと輝く夜空を見上げながら

 

「あたいの負け、か…」

 

◇◇◇

 

結局幻想御手(レベルアッパー)についてなにも聞けなかった

あの後、神那賀雫は「また会いましょうっ」と言ってどこかに走り去ってしまった

どういう訳か、神那賀雫には近いうちにまた会うかもしれないとアラタは思っていた

そして翌日

黒子の電話で起こされたアラタは衝撃の事実を耳にする

 

「…介旅初矢が意識不明?」

 

その後やってきた空間転移でやってきた黒子と合流

話によると介旅は警備員(アンチスキル)との取調べしてる時にいきなり倒れたらしい

途中で美琴と合流し彼が運ばれた病院へと足を運ぶ

その病院の入り口を抜けカルテを持った医師に風紀委員の腕章を見せる

 

「風紀委員の鏡祢です。容体を聞かせてください」

「最善は尽くしておりますが、依然意識を取り戻す様子は…。というか、彼の身体にはどこにも異常がないのです。意識だけが失われていて…」

「原因不明、という訳ですのね…」

 

医師はカルテを見ながら

 

「ただおかしい事に、今週に入ってから、同じ症状の患者が何人も運ばれてきて…」

 

三人は医師のカルテを覗き見る

そのカルテに張られていた顔写真は銀行強盗をした発火能力者と、眉毛騒動を引き起こした重福省帆の顔だった

 

「…!」

 

三人は顔を見合わせて頷きあう

 

「情けない話ですが、当院の医師とスタッフの手に余る事態ですので、外部から大脳生理学からの専門家を招きました」

 

「―――お待たせしました」

 

凛とした、それでいて気怠そうな声が耳に入ってくる

三人はその声の方へと視線を向けた

そこには両手をポケットに突っ込んだ白衣を纏った女性がいた

 

「水穂機構病院院長から招聘を受けました。…木山春生です」

 

女は木山春生と名乗った

彼女の顔にはアラタと美琴は見覚えがあった

数日前、車探しに付き合わされたどこでも服を脱ぐ女の人だった

 

◇◇◇

 

「…やっぱ見つからないなぁ、幻想御手(レベルアッパー)

 

佐天は自分の部屋でネットを用いて件の幻想御手(レベルアッパー)を興味本位で捜索していた

見つかるとは思ってないし、存在するとは思えない

それでも能力に対するあこがれは消えたわけではなく、もしかしたら、と思ってはいたのだが

 

「やっぱ噂は、噂なのかねー…。なんか新曲でも入れようかな…」

 

やがて捜索に飽いた佐天は携帯を取り、何か新しい曲でも探そうかな、と再びマウスを動かす

が、偶然マウスがクリックできる場所を通過した

 

「…? 隠しリンク?」

 

気になった佐天はマウスを戻して先ほど通った隠しリンクの場所をダブルクリックした

直後の暗転、瞬間画面の中央にはこのような文字が記されていた

 

 

 

TITLE :Level Upper

ARTIST:UNKNOWN

 

 

 

「…」

 

佐天はしばらくその画面に起こっていることが理解できなかった

暫くその画面をじっと見つめてようやく理解できた

今、目の前で何がおこっているのかを

 

「…これって…」

 

―――それは、悪魔の囁きか―――



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#8 マジョリティリポート

戦闘以外はそんな変わらず
カブトの出番はAIMバーストに持ち越し

出来はいつものなのでお察し

誤字脱字とか見かけたら報告をば



少しだけ時間は遡る

 

幻想御手(レベルアッパー)?」

「あぁ。なんでも、そいつを使用することで、自分の能力の強度(レベル)をあげられるらしい」

 

伽藍の堂内部にて

ソファに腰掛けながら深々と帽子被った男性がコーヒーを飲みながら翔に向かってそう言った

翔は驚きながら

 

「れ、レベルあげるってそんなのあるんですか!?」

「まだ信憑性は薄いが、上がるという話だ」

「で、でもでも、実際あったらすごくないですか!? だって、レベル上がるんですよ! ついに能力者に―――」

「そう言って、痛い目見たのはだれだっけ?」

 

言葉を遮りながら一人の少女がコーヒーをお盆にのせて運んでくる

彼女の名前はアリステラ

とある事件で帽子の男に翔ともども助けられた女の子である

 

「どうぞ。はい、翔も」

「ありがとう、アリスくん。彼女の言うとおりだ、君、先日それで痛い目みただろう」

「…はい。け、けど、それでアリスに会えましたし、ね」

「…調子いいんだから」

 

そう言ってアリスはお盆と自分の口元を隠し、若干頬を染める

仲が良くてなによりであります

えぇ、嫉妬なんてしていませんとも

ノロケやがってとか思っていません

 

「とにかく、よかったら君の出来うる限りで情報を集めてくれると助かる。頼めるか?」

「わかりました。そんなわけで行こう、アリス」

「え? あ、うん。橙子さん、ちょっと出てきます」

 

アリスは橙子にそう言って「あぁ」という短い橙子の返事を聞いたあと、翔と一緒に伽藍の堂の外に出ていった

彼らが出て行って、しばしの沈黙

そしてくっくと漏れ出す橙子の声

それは笑いを噛み締めている声

やがて耐え切れなくなったのか大きな声で笑いだした

 

「おい、笑うなそこの人形師!」

 

帽子を剥ぎ取ってアラタが突っ込んだ

橙子は腹を抱えながら

 

「これが笑わずにいられるか! 同じ歳の男に対して同じ歳の男が必死にキャラ作って演技してるんだ! これを笑わずいつ笑う!」

「知っとるわ! なんで自分でもこんな変なキャラにしたのか未だに迷ってんだよ!」

 

ソファに改めて腰を下ろしながら、はぁ、と思いっきりため息を吐く

自分でもなんでこんなキャラにしてしまったのか

おかげでいつも気軽に入れた伽藍の堂にタイミング見計らわないと入れなくなってしまった

何してんだあの時の自分

 

「はぁ、とりあえず、俺も出るよ。いろいろ調べないといけないしね」

「あぁ。ま、無理はするなよ。倒れてしまっては元も子もないからな」

「わかってるって」

 

◇◇◇

 

そんなことをふと思い出した炎天下

ハッとする

 

炎天下の中、三人は木山を待っていた

今頃はここの院長と専門家にしかわからない話をしてる頃だろう

 

L字型の椅子に腰掛けて待ってはいる結構時間がかかっている

美琴に至ってはぐっすりと眠ってしまっているくらいだ

普段見せない彼女の姿から繰り出される寝顔は破壊力がある

 

「…しっかし、暑いなぁ」

「そうですわねぇ。…ふぃ~」

 

黒子はそう言いながら手をパタパタさせ、人口手団扇を展開する

しかしこの病院はなんでエアコンを起動させていないのだろう

メンテナンスでもしているのだろうか

 

「…黒子、なんか飲み物奢ってやる。何がいい?」

「あら。ではお言葉に甘えて…ていうかお茶でいいですのー」

 

この際三人ともお茶でいいだろう

純粋に今は水分を身体が欲している

アラタは椅子から立ち上がってすぐ近くにある自販機に歩み寄ると小銭を投入し、何気なく右側の通路を見た

視線の先には話が終わったのかこちらに向かって手をポケットに突っこんで歩いてくる木山春生の姿が見えた

 

「黒子、木山さんが来た。美琴を起こしてくれ」

「了解ですの。お姉様、起きてください、お姉様」

 

そう言ってゆさゆさ、と出来るだけ優しく揺する

しかし意外に眠りは深いらしく軽く揺すった程度では起きそうにない

 

「お姉様、おねえ…さま」

 

唐突に黒子の口元がにへら、と歪んだ

その声色は明らかによからぬことを考えているときのもの

黒子の狙い、それは美琴の唇だ

未だ誰にも穢されていない、柔肌―――

そうだ、普通に起こしても起きないお姉様が悪いのだ

黒子は自分にそう言い聞かせ目覚めのキスをするべく自分の唇を美琴の唇へと―――

 

「…にゃ」

 

間一髪で美琴が覚醒

そして自分の身に何が起こるかを瞬時に先読みした彼女は勢いよく立ち上がるとごちんっ! と黒子の頭にゲンコツをブチ当てる

殴った右手を握りしめながら美琴は言う

 

「普通に起こせないの!?」

「起きなかったではありませんのー…」

「…自業自得だよ。ほら、お茶」

 

先ほど購入した缶のお茶を二人に手渡しながらアラタは呟く

まぁ今回は普通に起こしても起きなかった美琴も多少は悪いかもだが

 

「君たち…まだ残っていたのか?」

「あ、いや…。ちょっとお聞きしたいことがありまして」

 

頭をさすりながらその場を代表して黒子が聞いた

 

 

「…それにしても暑いな。ここは真夏日でも冷房を効かさないのか…」

「まぁ…確かに暑いですけど…別に耐えれないってわけじゃ」

 

その時この病院の看護婦さんがきゅらきゅらと何かを押しながらその疑問に応えるように

 

「現在、機械系統のメンテナンス途中でして、エアコン等の機材は使用できないんです。申し訳ありません」

 

そのままからからと通り過ぎていく看護婦さん

木山は「そうか」と呟きながらネクタイを緩め始めた

その行動の意味は分かりきっていた

唯一、そしてこれが初見な黒子は木山の取った行動の意味が分からず「ふぇ?」と素っ頓狂な声を上げる

 

「あ、あんたは見るな!」

「あだだ!?」

 

若干顔を赤くしながら美琴は両手を使ってアラタの両目を圧迫するように押し当てる

意外にも手の圧迫は眼球にダメージがあり、結構痛い

本気でやられたらしばらく目が見えなくなりそうだ

 

「ななな!!? 何をいきなりストリップ、もとい脱衣しておられますの!!?」

 

一般人の正しいリアクション

しかし木山はさも当然、と言わんばかりに

 

「いや…だって暑いから」

 

やっぱり理由になってない

 

「殿方の眼がありますの!!」

「下着つけてても?」

「ダメです!!」

 

そう言われて少ししょんぼりとする木山春生

…この人には羞恥心という概念がどこかに抜け落ちているのではないだろうか

 

「…木山先生、専門家として、一つご意見を伺いたいんですが…」

 

そう言って美琴はアラタの両目から手を放す

ようやく目の圧迫から解放されたアラタは少し目をぱちぱちさせるアラタ

…うん、大丈夫、見えてる見えてる

 

「…それは構わないが…ここは暑すぎる…」

 

どこまでもマイペースなお人だ

 

◇◇◇

 

「遅いなぁ佐天さん」

 

そう言いながら初春は先ほどメールを貰った携帯を開いて時刻を確認する

そんな何気ない確認をした直後である

 

「今日は青のストライプかー!」

 

佐天の強襲である

全くためらいなくどうして彼女は友人のスカートをめくることができるのか

 

とりあえずせめてもの抵抗として初春はポカポカと佐天を叩くのだった

 

 

一通り落ち着いて

初春はさっそく本題の事を聞き始めた

 

「見せたいものってなんですか? 佐天さん」

 

初春にそう聞かれた佐天はふっふっふ、と不敵な笑みと共に

 

「よくぞ聞いてくれました…。…括目しなさいっ!!」

「へ!?」

 

いきなり声を大きくした佐天に初春は軽く驚いた

佐天はそこでくるくると回りながら

 

「ついに見つけたの! あの噂のアイテム!」

 

次第に佐天はスケートリンクの選手のように初春の周りを移動しながらやがて初春の正面に移動し、そして

 

「じゃじゃーん!!」

 

と佐天は音楽プレーヤーを突き出した

そんなテンション高めな佐天に初春は見たままの感想をもらす

 

「…音楽プレーヤー、ですよね?」

 

見たまんまな感想である

いつも彼女が聞いている音楽プレーヤーそのままだ

しかし佐天はちっちっち、と舌を鳴らしながら

 

「中身が問題なのよね~」

 

やけに勿体ぶった様子で佐天は初春の前を歩く

そして振り返って

 

「あとで、教えてあげるっ」

 

そこにはいつもの佐天の笑顔があった

 

◇◇◇

 

ところ変わってファミレス〝Joseph's〟

ここは冷房完備なパーフェクトなお店である

そこにファミリー席に陣取り、木山は両手を組んで

 

「さて、話しの続きだが。なぜ同程度の露出でも下着は駄目で水着は問題ないのか…」

「それは是非私も議論したわばっ!?」

 

思いっきり美琴にぶん殴られた

グーであるグー

流石に生身にグーは痛い

 

 

話を戻して、本題である

 

幻想御手(レベルアッパー)、か…」

 

黒子からその話を聞いた木山はふむ、と小さく息を吐いた

眼の下に隈ははあれど考えるその姿はまさに研究者、と言ったところか

 

「それはどういったシステムなんだ? 形状は? どうやって使用する?」

「…まだ分かっていないんです。…こちらから聞いておきながらお恥ずかしい限りですが」

 

からん、と飲み物に入れたままのストローが揺れたのを聞きながらアラタはそれに返答する

正直に言って昏睡の原因は不明

今回の事だって半ば縋るような思いで木山博士に聞きに来たのだ

 

「とにかく君らはその幻想御手(レベルアッパー)とやらが、昏睡に関係しているのでは、と。そう考えているわけなのだな?」

 

木山の問いに三人はうん、とそれにしっかりと頷いた

仮にそれが原因であるならそれを取り締まる事が出来れば被害を少なくすることができるかもしれない

 

「で、そんな話をなぜ私に」

「能力を成長させるということは、脳に干渉するシステムであることが高いと思われますの。ですから、もし幻想御手(レベルアッパー)が見つかったら専門家である先生に調べてもらいたいんですの」

 

黒子はまっすぐ木山の眼を見ながらそう告げる

仮にこちらで幻想御手(レベルアッパー)を確保できたとしても正直調査などできないだろう

だからこういう場合は専門家の力を仰いだ方が効率がいいと判断したのだ

ちなみその時窓の方からなんかガラスになんか引っ付いた音が聞こえたような気がしたがあんまり気づきはしなかった

 

「…むしろこちらから協力をお願いしたいね。大脳生理学者として、興味がある。…ところで、さっきから気になっていたんだが」

 

そう言いながら木山は窓の方へ視線を動かす

 

「あの子たちは知り合いかね?」

 

釣られてアラタたちもその窓の方へと首を動かした

視線の先には手をべったりとガラスに引っ付けてこちらを笑顔で見ている佐天の姿が

その少し後ろには申し訳なそうに苦笑いしている初春もいた

 

 

店内へ彼女たちが移動中

 

 

そんなわけで初春佐天が合流

木山側に初春佐天、その対面にアラタ、黒子、美琴

席の順は初春が端(窓側)で佐天が中央、その右(通路側)に木山が座っている位置だ

その対面での席順は黒子(窓側)、美琴(中央)、アラタ(通路側)という位置である

 

「へぇ~…脳学者さんなんですか~…。…はっ!! 白井さんの脳に何か問題がっ!?」

 

どうでもいいが最近初春の黒子に対する言い分が少し過激になってきたなぁ。と思う

そんな初春に対し黒子は若干イラッとした様子で

 

幻想御手(レベルアッパー)について話していましたの」

 

幻想御手(レベルアッパー)、という単語を聞いてプリンを食べていた佐天はその手をいったん止めて

 

「あ、それなら―――」

 

「アラタや黒子が言うには、幻想御手(レベルアッパー)の所有者を、保護するんだって」

 

え、と佐天の手が止まる

そんな何気ない仕草に気づくものはおらず、純粋に疑問を抱いた初春が質問する

 

「まだ調査中ですので、はっきりとは言えませんが…使用者に副作用が出る可能性がありますの」

「おまけに強度(レベル)が上がったからって調子に乗って犯罪に手を染める連中もいる始末だ。困ったよ本当に」

 

別に二人は佐天の事を言っているわけではないだろう

ただ、風紀委員(ジャッジメント)としての仕事から言っているだけで、悪気があるわけでもない

それでも何故だか自分が言われているような錯覚に襲われる

 

「? 佐天さん、どうかしました?」

「あっ、い、いや、別に―――」

 

驚いた拍子に自分の近くに置いてあったコップに手が当たってしまいコップが倒れて中身を木山のストッキングにぶちまけてしまった

 

「あ」

「あぁ!? すいませんっ!!」

「あぁ、大丈夫だ―――」

 

しかし佐天は予期していなかった

その後に木山がとる行動を

それを予期していた美琴は再び両手をアラタの両目に押し当てる

だが問題ない、今度は受ける直前目を閉じたから軽傷だ

 

「―――濡れたのはストッキングだけだから…脱いでしまえば…」

 

いそいそとスカートを脱いだかと思うと今度はストッキングを脱ぎ始める木山

その艶めかしい素足はとれもきれいなものがある

そんな光景を見て初春は顔を真っ赤にし、美琴は目をつむって小さくため息を吐く

 

DAKARA(だから)っ!! 人前で脱ぐなといってますでしょうがええ!!?」

 

そんな中入る黒子の一喝

けれどやっぱり木山はポカンとしながら

 

「しかし…起伏に乏しい私の身体を見て劣情を催す男性なんて…」

「趣味嗜好は人それぞれですのっ!! それに殿方でなくとも、歪んだ情欲を抱く同性もいますのよ!! ねぇ!!」

 

何故だろうか

黒子が言うと無駄に説得力がある

 

 

「忙しい中付き合って下って感謝しています」

 

そう言ってアラタが軽く一礼する

それに合わせて黒子と初春も腰を曲げる

 

「いや。私も教鞭を振るっていたころを思い出して楽しかったよ」

「木山さん、教師を?」

 

何気ない問いに頷くと

 

「あぁ。…むかぁし、ね」

 

そう言った時の表情はなんだか寂しいものがあった

軽く手を挙げて歩き去る木山を見送りながら黒子が呟く

その言い方にどこか含みがあったような気もするが、その時は気にならなかった

 

「一度、支部に戻らなければなりませんわね」

「木山先生に渡すデータも揃えないといけませんしね」

「あぁ、そうだな。…それじゃ俺たちはいったん戻る。美琴は…」

 

振り返ったとき、なぜか美琴はいなかった

いや、なんとなく行き先はわかってた

同様にいなくなったもう一人を追っかけていったんだろう

不思議に思う黒子と初春を連れながら情報を整理すべく、アラタは一七七支部へと歩を進めた

 

◇◇◇

 

手放したくない

 

それが佐天涙子が思った率直な思いだった

ようやく手に入れた幻想御手(レベルアッパー)

まだ使用したわけではないし、黙っていれば問題ないはずだ

大きな橋を支える柱に背中を預けながら佐天は音楽プレーヤーを握りしめた

 

「やっと見つけたんだもん…」

 

ようやく見つけた一縷な望み

無能力者(レベル0)と断定されてからも消えなかった憧れ

ズルはいけない、わかっているけど、それでも縋るしかなかった

 

「こんなところで、女性一人は危険だよ」

 

だから不意に聞こえたその声にビクリ、とした

聞いたことない声色にビクビクしながら佐天は声の方へと視線をやる

そこにはアラタと同い年くらいの青年が立っていた

 

「あ、貴方は…?」

「ああ。いきなりでごめんね、俺は右京翔」

 

そう言いながら彼はこちらに向かって歩いてくる

腕章がないのを見る限り彼は風紀委員ではなさそうだ

 

「ここは夜間よく不良たちが(たむろ)しているからさ。そんな中に入っていく貴方を見て、気になって、ね」

 

どうやら善意で彼はここに来てくれたようだ

きっとこの人は何気ない相談事でも全力で向き合ってくれるような人なのだろう

 

「佐天さーん」

 

もう一つ聞こえたその声色は美琴のものだった

佐天は振り返ってその声に応える

 

「御坂さん…どうして…」

「だって急にいなくなるんだもん…。あれ、この人は…」

「あ、ごめん、俺右京翔って言って―――」

 

そう言って彼はここに来た経緯を軽く話す

美琴は一瞬ナンパの類かとも疑ったが、見た感じそんな勇気はなさそうだ

 

「…それはそうと、心配してたのよ、佐天さん。急にいなくなるから」

 

不意にこちらに振ってきたものだから佐天は驚きながら

 

「な、何でもないですよ!!」

「でも―――」

「ほ、ほら! あたし、事件と関係ないじゃないですかっ!」

 

佐天は無理に笑顔を作り、ポケットにその音楽プレーヤーをしまいながらその手を出し

 

「風紀委員じゃないし!」

 

その拍子にポケットから何かがポロリと落ちた

それは赤をベースに桜の花びらのような模様が刺繍されたお守りだ

 

「何か落ちたよ?」

 

右京がお守りを拾い上げ、佐天に手渡した

佐天はそれを受け取りながら「ありがとうございます」と礼を言う

 

「それ、いつもカバンに下げてるやつでしょ?」

「はは…えぇ、そうなんです」

 

人差し指に紐を通しぷらん、と掲げ苦笑いを浮かべる

 

「母に、貰ったんです」

 

ぷらん、と掲げたそのお守りを見ながら佐天は言葉を続ける

家族の事を馳せながら

 

「お守りなんて。科学的根拠、何にもないのに…」

 

佐天は思い出す

自分が学園都市に行くといった時の事

 

弟はそんな自分をカッコいいと言ってくれたし、母は最後まで心配してくれていたこと、そんな母を笑って励ます父

表面上は笑ってごまかしていたが本当は怖かった

 

超能力開発

すなわちそれは自分の頭の中をいじられるというものだ

超能力に期待すると同時に、能力開発に対する恐怖も当然あった

そんな事を言い出せず、佐天は一人公園のブランコで黄昏ていたそんな時

 

―――はい、お守り―――

 

母がお守りをくれたのだ

ヒカガクテキ、と言葉を口にしながらも心の中は嬉しさで一杯だった

 

―――何かあったらすぐ戻ってきていいんだからね? 私は、涙子が一番大事なんだから―――

 

「…こんなもので、身を守れるわけないですよね?」

 

お守りを両手で握りしめながらまた苦笑いを浮かべる

本当に、迷信深い人なのだから

 

「…いいお母さんじゃない」

「そうだよ。とってもいいお母さんだ」

 

美琴と右京、それぞれが口にする言葉

もちろん、それはわかっている

このお守りをくれた事が、自分を気遣ってくれたということを

 

「…けど、そんな期待が、重い時もあるんですよ。…いつまで経っても、無能力者(レベル0)のままだし」

 

自分はそんな母の期待を裏切ってしまった

心配してまでお守りを渡してくれたのに、結果は、貴方は無能力者(レベルゼロ)ですの文字

右京は言葉を探しながら、自分なりの励ましを考えているのだろうか

それより先に美琴が口を紡いだ

 

「レベルなんて、どうでもいいことじゃない」

 

そう言われて、苦い顔をする

その言葉は―――能力者だから言えるのだ―――

内心そんな言葉を、毒づきながら

 

◇◇◇

 

翌日の事である

パソコンの前でにらめっこする初春に足してアラタが「どうだ?」と聞いた

聞かれた初春は「うーん」と首をかしげながら

 

「暗号や仲間の中でしか使われない言葉ばっかりで、正直何とも言えないですけど、幻想御手(レベルアッパー)の取引場所に 使われているであろう場所をいくつか見つけました」

 

「さっすが初春ですの!」

 

初春はカタカタとパソコンを操作し取引場所をリストに纏め、プリントアウトしたものをそれぞれ黒子とアラタに手渡した

それを受け取った二人はその瞬間顔を歪ませる

 

「…多すぎる」「全くですわ…」

 

言葉にするのも億劫な場所の量である

しかしそれでも動かなければ始まらない

黒子とアラタは頷いて支部の出口へと歩き出す

 

「白井さん、アラタさん―――」

 

何も言わずに出口に向かう二人を呼び止める

二人は振り向いて

 

「この中に必ずあるんでしょう?」

「なら虱潰(しらみつぶ)しに当たるまでだ」

 

そう言って二人は笑む

その笑みに初春も笑みで返した

これならきっと、問題ない

そう信じて

 

 

「ではお兄様、後程」

「あぁ。黒子も無理しないようにな」

 

言葉を交わして黒子は空間転移(テレポート)で姿を消す

先ほど黒子がいた空間を見ながらアラタは手元にあるリストを見た

 

「んー…しっかし、やっぱ多いな」

 

しかし初春にああいった手前退けない

というか退く気もない

とはいえ流石に徒歩で行くとなると疲れる

ここは自分の移動の為の足が必要だ

 

「…とりあえず、橙子んとこの近くの取引場所を潰しながらバイク取りに行きますか」

「やっほー、アーラタさーん」

 

リストを折りたたんでポケットに突っ込んで歩き出したその瞬間、視界に入ってきた人がいた

腰まで伸びた長い髪の持ち主をアラタは知っている

 

「…神那賀」

 

ひらひらと手を振りながら彼女はこちらに向かって歩いてくる

やがて自分の前に来た彼女は

 

「これからお仕事?」

「まぁそんなとこ。お前はなんだ」

「私はただ歩いてただけ、なんだけど」

 

少しだけ声を低くして神那賀はこちらを伺うかのような声色になった

彼女はテクテクと持っている紙を覗き込むようにアラタの隣に移動して

 

「? なんだ?」

「私も手伝っちゃダメかな? 幻想御手(レベルアッパー)の事」

 

◇◇◇

 

幻想御手(レベルアッパー)、かぁ」

 

最初聞いたとき流石にそれは噂だろう、と心の中で何度思ったことか

無論仮面ライダーの噂も最初は疑ったが、のちにネットにアップされた動画でその存在を信じることが出来た

しかし幻想御手(レベルアッパー)はどうか

証拠がある仮面ライダーとは違い、証拠があるわけでもない

 

「…無能力者(わたし)でも能力者になれる、夢のようなアイテム」

 

だから見つけた時は本当に好奇心だった

これを使えばこんな自分でも無能力者じゃなくなる

母からの期待に応えることができる

そう簡単に考えていた自分の幻想は昨日、いとも簡単に砕かれた

 

「…得体のしれないものは怖いし、よくないよね…」

 

そう自分に言い聞かせながら形態のディスプレイに表示された〝消去しますか?〟の文字に指を這わそうと

 

―――幻想御手(レベルアッパー)! 譲ってくれるんじゃなかったのか!?―――

 

そんな時耳に入ってきた別の声

驚きのあまりその動作をやめ、「え…?」と短く声を漏らした

 

 

声の聞こえた方に佐天は足を運んだ

そこには一方的に一人の男を殴っている数人の男

 

取引現場―――!?

 

佐天は本能で察し、急いで物陰に隠れる

少し音が聞こえてしまった気がするが、それより先に身体を隠すことができたからきっと問題ないはずだ

 

(とりあえず、警備員か、風紀委員か…)

 

内心で呟きながら佐天は急いで携帯に視線を移す

しかしそこには充電してください、と無情にも表示されたディスプレイ

 

(やば、充電切れ!?)

 

万策尽きた

どうしようか、と考える

しかし正直言ってもう自分にできることは何もないのだ

 

連中はいかにもな男たちが三人

こちらに至っては最近まで小学生をしていたのだ

適う訳ない

適う訳ない、が―――

 

 

「やめなさいよ!」

 

逃亡か、挑むか

佐天涙子は後者を選んだ

なし崩しの勇気を振り絞り、佐天は言葉を振り上げる

 

「その、人、怪我、してるみたいだし、すぐに警備員が―――」

 

その言葉が最後まで紡がれることはなかった

リーダー格と思われる男が佐天のすぐ後ろの壁を蹴りを打ち込んだからだ

バガン!! と音が鳴り響き、佐天は思わず頭を押さえる

 

「今、なんつった?」

 

歯並びが悪いその男が佐天に向かってそういった

 

「…え?―――きゃあ!?」

 

男は佐天のむんずと掴みあげ、

 

「ガキのくせに生意気いってくれるじゃねえか。あ?」

 

男は続ける

 

「なんも力もない奴が、グダグダ指図する権利はねぇんだよ」

 

「―――!!!」

 

…あぁ、やっぱりそうなんだ…

力もない自分が、出しゃばる事なんか―――

 

 

「ちょっと待てよ」

 

 

そんな絶望も切り裂くように一人の男の声が耳に響いてきた

 

 

「―――浅ましい連中だな。恥ずかしくないのかよ」

 

 

佐天は声色で判断する

 

(う、きょう、さん…?)

 

「調べ物してるとき、なんか騒がしいから来てみれば。こんなとこにもゲスはいるんだね」

 

傍らには女の子がおり、やれやれといった様子で首を振る

数で言えば圧倒的に右京たちが不利だ

 

「けっ!! 何かと思えばよぉ…」

 

男の一人がにやにやと笑いながら右京に近づいていく

 

「優男が一匹増えただけじゃねぇか」

 

そう言って男は右京の胸ぐらをつかみあげる

彼はつかみがかってきたその腕を掴み返し―――

 

「喧しぃんだよ」

「はぁ!? 何言ってんだこの野―――」

 

ぷぎゃる!!? と男の声が響いた

情けない声を上げながら仰向けにぶっ倒れた男の口元からは若干の血が流れている

言葉の途中で右京が本気のアッパーカットを叩き込んだために恐らく唇を切ったのだろう

 

「アンタらと話すことなんてない。それはそうと、幻想御手(レベルアッパー)について何か知ってるなら、洗いざらい吐いてもらう」

 

言葉が終わると同時、また別の男が右京に向かって走ってくる

走りながら男は右京から見て右側に避けた

その直後後ろから鉄パイプやら何やらがこちらに向かって飛んできていた

 

「念動能力!? 下がっててアリス!」

 

しかしひるむことなく右京は傍らの女の子―――アリスを守るように前に走り出す

一直線で向かってきた一人の男のパンチを回避し、右京はその男に組み付いて、その男を盾にした

ぶっ飛んでくる鉄パイプやらが壁にしている男に全部ぶち当たる

 

「な!?」

「しゃぁおぅらぁぁぁぁ!」

 

一瞬ためらったその隙に盾にしていた男を放って、念動能力使いの男に一気に接近する

そしてみぞおちに一発、ごふっと息を吐き出しているさなか、さらに頭を掴んで一気に引き寄せ膝で顔面を追い打ちする

完全に意識を刈り取った

 

「なんだ、能力なしかお前」

「そんなインチキで手に入れるんなら、なにもない方がマシだね」

 

くっくっく、とリーダー格は笑い

 

「あっそ」

 

<DRACULA>

 

おもむろに取り出したメモリを起動させる

その行動に右京とアリスは目を見開いた

 

「お前、そのメモリまで…」

「力がすべてなんだよこの世はよぉ」

 

汚い歯並びから繰り出される言葉の後、露出した二の腕にガイアメモリを差し込んだ

差し込んだところを起点にし、リーダー格の男が変わっていく

その姿はまるで西洋の吸血鬼みたいな風貌だ

 

「…そうか。だったら俺も容赦しない」

 

徐に右京は妙なドライバーを取り出した

それを腰に巻きつけると、女の子の方にもそのドライバーが顕現する

 

「ねぇ、そこの貴女」

「え、は、はい!? 私、ですか?」

 

唐突に呼ばれた佐天は驚きながらも返答する

女の子は笑みを浮かべて

 

「ちょっと私の体、お願いしていいかな?」

「えっ?」

 

<CYCLONE><JOKER>

 

二人はそれぞれメモリを取り出して起動させる

そして同時に、Wの文字を彷彿とさせるように己の腕を動かした

 

『変身』

 

先に女の子の方がメモリを入れる

するとそのメモリは男性の方のドライバーに転移し、右京はそれを押し込み、反対側に自分が持っていたメモリを差し込み、それを開いた

 

<CYCLONE JOKER>

 

けたたましい音楽とともに風が吹き荒れる

風とともに彼の体が変わっていき、同時に倒れる女の子の体を彼は抱きとめた

 

<…やっぱり私外に出ない方がいいかもねぇ>

「ぼやいても仕方ない。行くぜアリス」

 

彼は意識を失ってる彼女をお姫様抱っこすると一度跳躍して佐天の所へと移動した

そしてアリスを佐天へと一度預ける

預けられた女の子を抱きとめつつ、佐天は彼に向かって呟いた

 

「…仮面、ライダー?」

 

まさか昨日知り合ったばかりの人が都市伝説の人だったとは誰が思っただろうか

 

「へぇ…噂の仮面ライダーをぶっ潰せるとは…今日はラッキーだなぁ!」

 

ドラキュラドーパントがダブルに向かって走ってくる

しかしどういう訳かその姿は一回り大きく見えた

しかし些細な事と切り捨てたダブルは大振りに放たれたその拳はいなし、ドラキュラドーパントの背後に回って反撃を繰り出そうと―――

 

「あれ」

 

振り返ってみるとそこには何もなかった

ただあるのは先ほど自分がノックアウトした野郎二人だけだ

どういう事だ、自問自答する中、背後からの足音

 

「っ!?」

 

瞬時に判断し大きく放たれた蹴りを振り向きざま両手で防ぐ

何が起こった?

思考はまだ追いついていない

 

(今確かに回り込んだ。なのに…!)

 

同じように攻撃を仕掛けようとしてもこっちの攻撃が思ったところに当たらない

蹴りを外れるし拳は空を切るし、どうなっているんだ

ドラキュラドーパントはそのままダブルに向かって直進し両手にあるその鋭利な爪を向ける

ダブルはその一撃を避け、大きく後ろに飛び退いた

 

<…少し身を犠牲にしようよ、カケル>

「あぁ、だな」

 

そう呟いて、ダブルは一度身構える

ドラキュラドーパントが一直線に突っ込んでくる

そしてそのままの勢いで大きく蹴りを放つ

予想ルートは上段

だから左手でそれを受け止めようとした

しかしその蹴りはがら空きの腰にぶち当たった

 

「うぐっ!?」

 

結構キツい痛みが体を襲う

生身なら肋を持って行かれたか

 

「ちっ。んだよ結構タフだなぁおまえ」

 

そんな言葉と共にドラキュラは気味悪い笑みを浮かべる

ゆっくりとダブルは息を整え

 

「読めたぜ。アンタの能力」

「…へぇ?」

<君の能力。それはただの目くらまし>

 

軽く体を動かしながら、ダブルはドラキュラドーパントに対して言い放った

 

<多分周囲の光を歪ませて、相手の視覚情報を誤らせるんだ。ぴったりだね、君と>

「っへ…偏光能力(トリックアート)ってんだけどよ。だからって何が出来んだ。…自分の眼しか頼れない雑魚がいきがってんじゃねぇって」

「頼るものなら、あるさ」

 

ダブルはそう言いながらドライバーのメモリを引き抜き、また別のメモリを取り出した

青と黄色のメモリを同時に起動させる

 

<LUNA><TRIGGER>

 

そしてそれを改めてドライバーにセットし直して開いた

 

<LUNA TRIGGER>

 

サウンドとともにダブルのカラーリングが変わっていく

緑色が黄色に、黒色が青色へと

左手にマグナムを握り締め、その銃口はドラキュラへと向けられる

ルナトリガーとなったダブルは引き金を引いた

 

ドラキュラは特に気にした素振りもなく、悠然と歩いていた

当たることなどないと思っていたから

しかし、背後からの衝撃に倒れこむ

 

「な、なんだよ!?」

「はぁ!」

 

ルナトリガーはさらに引き金を引く

放たれた弾丸は自在に放物線を描き、その尽くがドラキュラにヒットしていく

弾丸はまだ止まらない、確実にダメージを稼いでいく

 

「おい、どういうことだ! なんでその弾が当たりやがる!?」

<言う必要はないわね>

「あぁ。ブレイクだ」

 

そうアリスの声が聞こえ、ダブルはマグナムを開き、青いメモリをそれにセットする

 

<TRIGGER MAXIMUMDRIVE>

 

電子音声の後に、ゆっくりとその銃口をドラキュラへと突きつける

ドラキュラは焦りながら付近にいた佐天へと視線を向けた

考えていることは容易に想像できる

だから先に先手を放つことにした

 

「はっ!」

 

幻想の力を宿すルナサイドの手を伸ばし、ドラキュラを襟首(?)を掴み上げた

焦っていたからか能力は発動しておらず、思いのほか簡単につかみあげることができた

そして軽くこっちに引っ張って、体制を崩す

 

―――これで決まりだ

 

「<トリガーフルバースト!>」

 

放たれた黄色と青色の追尾弾

それらは体制を崩したドラキュラドーパントに襲い掛かり、その全てが直撃する

ドラキュラは叫び声を上げながらその場で爆散し、その場には使用した男と砕け散ったメモリが残っていた

 

 

「大丈夫? 佐天さん」

 

駆け付けた警備員にすべてを任せた後、右京は佐天に向かってそう言った

佐天は苦笑いを浮かべながらあはは、と乾いた笑いを浮かべる

 

「…すいません、迷惑、かけちゃって。…力のない私が、誰かを助けようだなんて―――」

「それは違うよ、佐天さん」

 

佐天の言葉を右京が遮る

彼の瞳は、いつになく真面目だった

 

「確かに、この学園都市で強度(レベル)は大事だよ。…だけど、もっと大切なことがあると思うんだ」

「右京、さん…」

幻想御手(レベルアッパー)で能力が使えるようになったら、そのときは嬉しいかも知れない。だけどそれのせいで、君に何かあったら、たくさんの人が悲しむよ」

「…とも、だち…」

 

―――もう少しで、自分はもっと大切なモノを失うところだったのだろうか

脳裏に浮かぶ、家族の事、初春の事、黒子の事、美琴の事…そしてアラタの事

そうだ、思ってくれる人が、私にはたくさんいるじゃないか

どうしてこんな簡単なことに気が付けなかったんだろう

 

「…ありがとうございます。右京さん。それと、えっと…」

「アリステラ。アリスでもステラでも、好きに呼んで」

「は、はいっ。えっと、じゃあ…アリス、さん?」

「うん♪」

 

彼女はそう言って微笑みを浮かべる

改めて佐天は二人に対してお辞儀する

顔を上げた佐天の表情(カオ)は良い笑顔となっていた

 

「本当にありがとうございます。…私、もっと自分を誇れるように頑張ってみます」

「あぁ。できるよ、絶対」

「応援してるよ、佐天さん」

 

そんな笑顔に二人も同じように笑顔で返した

 

 

さしあたっては自分の持つ幻想御手(レベルアッパー)について誰かに説明しなければならない

何らかの副作用があるならやっぱりこれは危険なものだ

しかし今携帯の充電は切れているのでここは公衆電話を使わなければいけなさそうだ

 

よし、と一人決意した佐天は走り出した

もう自分は無能力者であることを悲観しない

力がないからなんだというのだ

 

そう思える佐天の足取りはいつも以上に軽かった

軽快に走る背中を右京とアリステラは見えなくなるまで見送って

 

「…いい友人持ってるね、彼女」

「うん。俺たちも情報集めて、伽藍の堂に行こう」

 

そう言葉を紡ぎながら、彼らもまたどこかへと歩き出す

これ以上、幻想御手(レベルアッパー)による被害を増やさないために



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#EX もうひとつの物語

あんまり変わってない(断言

誤字脱字ありましたら報告ください


<本当に、ごめんなさいっ!!>

 

電話の声が申し訳なさそうにそう言った

行く場所のほとんどは外れだったし今日はもう帰ろうか、と神那賀と話していたとき、アラタの携帯が震えだした

基本的にマナーモードにしているので結構気づきにくいのだが今回は割とそれがしっかりと感じ取れる

ディスプレイに表示された〝公衆電話〟の文字

 

誰だろうと思って耳に当てるとそれは佐天だった

 

一体なんだろう、と思い聞いて見るととんでもない事を彼女は言ってのけたのだ

 

 

〝私…幻想御手(レベルアッパー)を持っているんです〟

 

 

最初こそ言っている意味が分からなかったが話を聞いていくうちにアラタは現状を理解する

何気なくネットサーフィンをしていた偶然見つけてしまったこと

自分たちは何気なく言った保護する、と言う言葉を聞いて怖くて言い出せなかったこと

 

この事を言い出すのはかなりの勇気を振り絞ったであろうか

それでも打ち明けてくれたことに深く感謝する

 

「いいよ。ちゃんと言ってくれたしさ…あ、けど後で反省文くらいは書いてくれよ」

<…ありがとうございます。ほんとに、ごめんなさい>

 

さらに電話の向こうで謝る佐天

 

「…とにかく今日はもう家に帰れ。公衆電話からかけてんだろ? あと、美琴たちには黙っておくから」

<え、でも…>

「…このまま黙ったまんまだったら多分軽蔑してた。…けどお前は話してくれたじゃんか。それがどれだけ勇気のある行動かオレは知ってる」

<…アラタさん…>

「んじゃあ。また明日、な」

<…はい!>

 

最後に元気のいい佐天の返事にアラタは安心し、携帯を切る

そんな彼の近くにいた神那賀はアラタが携帯を閉じたのを確認したのを見ると

 

「終わったの?」

「あぁ、神那賀も今日はご苦労様。…結局全部無駄足だったがな」

 

あの後神那賀の協力も借り、リストにある所を虱潰しに当たっては見たのだがどれも不発

とどのつまり徒労に終わってしまったのだ

 

「今日はもう神那賀も帰って休め。なんだかんだで疲れたろう」

「そうね。…そうさせてもらうわ」

 

そう言うとうーん、と背を伸ばすと小さく欠伸をする

そして神那賀は踵を返して

 

「じゃあねアラタさん…また明日ー」

 

そんな言葉を言いながら神那賀は手を振って歩いて行った

その背中を見送りながらアラタも携帯で時間を確認する

時刻は夕刻、ちょうどいい時間帯だ

 

「…俺も帰るか」

 

誰にでもなく呟いてアラタも真っ直ぐに帰路につく

そんな帰り道、視界の先に見知った人物の背中が入ってきた

あの特徴的なツンツン頭はまさしく―――

 

「当麻」

「ん? …おー、アラタじゃんか」

 

カバンをぶらりと下げてこちらを見る友人、上条当麻

その表情にはどことなく疲れが見える

 

「今日は補習か?」

「おうともよ。…全く、今日は本当に不幸だぜ。小萌先生の補習はあるは、変なシスターが干されるわで…」

 

…え? どんな状況それは

ていうかシスターってなんだよ

思わずそんな疑問を聞いて見ると

 

「あ、いや。その…今日の朝そんな不思議体験みたいなのがあったわけでして」

「へぇ…。まぁいいや。とにかく帰ろうぜ、たまにはお前んちでゲームとかするか」

「お、いいね。受けて立つぜ」

 

そんな今どきの高校生の会話をしながら二人は歩を進める

その先に、何が待っているのかを知らずに

 

◇◇◇

 

そんなこんなで学生寮にご到着

 

「…ん?」

 

変化に気づいたのは上条当麻だった

釣られてアラタも当麻の視線の先を見る

そこは当麻の部屋の前…もっと言えばその部屋の扉の前

 

アラタが見た光景は今まで見た事のないみょうちくりんな光景だった

白いドラム缶型の清掃ロボットが当麻の部屋の前でうぃーんうぃーんと屯している

 

なんだこりゃ

 

それがアラタが思った素直な感想である

しかし隣の当麻は「……あー」と小さく呟いたのちまた小さく笑みを作った

 

「…なんだ、知り合いでも倒れてるとか?」

「あ、まぁ…そんなもんだよ。ほら、今日の朝の不思議体験の主役さ」

 

まるで意味が分からんぞ

とはいえ当麻の知人ならそれはアラタにとっても友人だ

先に当麻がその清掃ロボットに歩み寄るとき、鼻に妙な匂いが届いた

微かだからわかりにくいが、鉄の匂い―――

 

「―――え?」

 

故に最初に聞いたのはそんな当麻の戸惑いの声

気になってアラタもそれに駆け寄ってロボットをどかしそして―――

 

「…なんだ、これ」

 

思わず思ったことを口にしてしまった

それは純白な足首にまで届くワンピースみたいな服、すらりと長い銀の髪

服装からしてこれは多分本物のシスターなのだろう

しかし状況はそんな生易しいものでなく、深刻だった

血だまりに倒れた彼女は腰に近いあたりが鋭利な刃物で斬られている

それは一目見ただけで殺人未遂ものである

幸いにも彼女にはまだ息があった

―――本当に微かだが

 

「っくそっ!!」

 

それは上条当麻の叫び

当麻とこの子に何があるかはわからない

しかし理由が分からないが当麻は自分に責任を感じているのかもしれない

 

「なんだ! ふざけやがって! 誰に…誰にやられたんだお前っ!!」

 

 

 

 

「―――うん? 僕たち、魔術師だけど」

 

 

 

 

唐突に背後からかかる男の声

ゆっくりと二人が振り返るとエレベーターの隣の非常階段からその姿は現れていた

それは二メートル近い白人男性

しかし当麻やアラタよりは少し幼く見える

しかしその風貌は異様の一言

両手にはメリケンかと錯覚するほどの指輪をつけ、口には煙草を咥えて

おまけに右目の下にはバーコードのようなタトゥーまである

 

「…これまた派手にやってくれたね。神裂が斬ったって話は聞いていたんだが。まぁ血の跡はなかったから安心してはいたのだけど」

 

その台詞から察するに彼女はどこかで斬られて、命からがらここに逃げてきたのだろう

 

「…そうか…!」

 

脇にいる当麻が小さく呟いた

当麻は彼女がここに逃げてきたことに心当たりがあったのだろう

 

「…くっそ! 馬鹿野郎がっ!!」

 

それは当麻には似つかわしくない叫びだった

普段温厚で割と面倒くさがりな当麻が怒りを露わにしてるのだ

怒る当麻を余所にアラタがバーコード神父に向かって口を聞く

 

「…そっちの狙いはこの子か?」

「ごもっとも。それは僕たちの回収対象さ」

「…回収、だと?」

「ああ。この国では、禁書目録っていうのかな。まぁ詳しく説明したって無駄だろうし? 簡潔に言うなれば十万三千冊の〝魔導書(悪い見本)〟を抱えた毒書の坩堝。あ、君たちのような宗教観の薄い人間が目を通せば廃人は確定だから」

 

「十万三千冊、だと…!? ふざけんな!んなもんどこにあるってんだよ!!」

 

ただ一人状況が呑み込めていない上条当麻が叫ぶ

確かに彼女の周りにはそのような本など一冊もないし、持っているような素振りも見せていなかった

第一そんなもの隠せるわけがないじゃないか

十万三千冊だなんて。それは図書館一つ分じゃないか

そんな当麻に応えるかのように、アラタが口を開いた

 

「頭の中か。おそらく、完全記憶能力」

 

神父の眼が細くなる

 

「…へぇ、よく知っているね。そっちの男は何もわかっていないようだけど、君はあるのかな? 魔術の心得が」

「ご想像にお任せします。…で、おたくは何をしに来たの?」

 

訳が分からないといわんばかりの当麻を置いてけぼりにしつつ、アラタは会話を進める

…正直に言えば、当麻を巻き込みたくはないのだ

もう、遅いかもしれないが

 

「保護だよ。保護」

「…ほ、ご」

 

譫言のように当麻が呟く

頭で理解(わか)ってはいなくても、本能では理解(わか)っていた

この赤で染められた光景を前に目の前の神父は何を言った?

 

「あぁそうさ保護だよ保護。ソレにいくら良心とかがあったって薬物とかには耐えられない。拷問なんてもってのほかだ。そんな連中に預けるなんて心が痛むだろう?」

 

瞬間

 

「ふざけんな!! 何様だ!!」

「おい、当―――」

 

アラタの制止を聞かず、突発的に当麻は神父に向かって拳を握って駆け出した

対して神父は至極、冷静

 

「ステイル=マグヌスと名乗りたいところだけど、ここはFortis931と名乗っておこうかな?」

 

その時アラタのこめかみがピクリと動く

橙子から聞いたことがある、魔術師というものは名前とは別に、魔法名というものを持っているらしい

それは己の覚悟を現すと同時に、魔術をフルに使用するためには必要な事とかなんとか

そんな思考に埋没している内に当麻は着実に距離を詰めていく

 

「聞きなれないよね魔法名なんて。僕たち魔術師はなんでも魔術使用するときには真名を名乗ってはいけないそうだ。まぁ古い因果らしくて僕は理解できないんだけど」

 

あと三メートル

当麻の拳はあと数歩で届く位置

 

「重要なのはこの名乗りを上げたことでね? 魔術を使う魔法名、よりもむしろこれは、〝殺し名〟、かな」

 

当麻の拳が届く前に神父は咥えていた煙草を指に取りそれを水平に指ではじく

弾かれたタバコは手すりを越えて隣のビルに壁に当たり、火の粉を散らした

 

「炎よ」

 

呟いたその刹那、その火の粉を基点に炎の剣が顕現した

それをステイルと名乗った男は思わず立ち止まった当麻に炎の剣を叩きつける

炎剣は触れた瞬間に爆発し、辺りを熱波と閃光、爆炎と黒い煙に包みこんだ

 

「やりすぎたかな」

「あぁ、やりすぎだよ。正しくね」

 

煙の向こうにいるもう一人の少年が応える

そう言えば彼は先ほどの少年のように突っ込んでは来なかったため炎剣の射程に入っていなかった

…しかしなんでこの男は冷静なのだろうか、とステイルは考える

目の前で友人が肉塊にされたのになぜこの男はここまで冷静なのか

 

「…ずいぶん余裕だね? 目の前で友達一人消し飛んだんだよ?」

「余裕じゃないさ。今も煙とか吸わないようにするのに手一杯だよ」

 

帰ってくるのはそんな下らない事ばかり

訝しむステイルの耳にその男が告げる

 

「―――っていうか、さ」

「うん?」

 

 

 

 

「あの程度で俺の親友を殺したと思っているのなら大間違いだぜ」

 

 

 

 

は? とステイルが言葉を返す前にそれは起きた

突如としてあたりに巻き散らしていた黒煙と火炎を吹き飛ばす竜巻のように殺したはずの少年が立っていた

全くの無傷で

 

「…ったく。そうだよなぁ、なにビビってんだよ。インデックスの〝歩く協会〟を破壊したのも、この右腕だったじゃねぇか」

 

彼はおそらく魔術なんてものを理解していないし、理解する気もない

だがしかし、たった一つの真実がある

 

 

 

それは所詮、異能の力だということ

 

 

 

「な―――!?」

 

ステイルは目の前の現象に混乱しながらもまた炎剣をぶつけるが、それもまた煙のように消されていく

まさか魔術か、と思案するがこんなクリスマスをデートの日と勘違いしてるとぼけた国にそんな魔術師いるわけない

それ以前にこの男からは魔力を感じることは出来ないのだ

 

「…ちっ、ならば!」

 

ステイルは舌を打ちながら懐に手を突っ込んだ

そして勢いよくその手を表に取り出す

その手には三枚の色のついたメダルだった

当麻がそれに警戒し、構えていると

 

「…斎堵みたいには出来ないが、せめて人形として顕現させるくらいなら僕でもできるだろうさ―――」

 

そう言ってステイルはその三枚のメダルを思い切り握りしめる

するとそれは三色のメダルは一枚のメダルへと変化し、ステイルは地面に叩きつけた

瞬間まばゆい光と共に変な歌のようなものが耳に聞こえてくる

 

<タカ! トラ! バッタ!>

<タトバ! タトバ タトバ!>

 

光が消えた当麻の視線の先にいたのは三色のへんな人型の何か、だった

しかしその風貌は彼が知っている都市伝説に似ている

 

「なっ!? 都市伝説の仮面ライダー!? なんでお前がそんなもんを!」

「カメンライダー? なんの事だい。これは僕の友人が使用するメダルを媒介に魔力を注入して顕現させた自動人形(オートマトン)、オーズだよ」

 

そう笑みを作りながら話すステイルはまた余裕を取り戻していた

その証拠にゆっくりと煙草に火をつけ、再び咥えていたのだ

 

「…」

 

流石にあれには当麻の拳は聞かない

徒手空拳をベースにする当麻にとってライダーなんてのは相性は最悪

そう判断したアラタは歩を進めだし、当麻の前に立つ

 

「…アラタ?」

「いや、ホントはバラす気なんかなかったんだけどさ。状況が状況だからさ」

「…は?」

 

当麻の言葉を無視し、アラタはオーズの前に出る

視界に入ったオーズには覇気がない

恐らくこのオーズとやらはステイルの意のままに動く戦闘マシンなのだろう

なら、俺が負ける道理はない

アラタはいつものように両手をかざす

かざした場所からにじみ出るように現れるベルト

 

「!? それは!」

 

ステイルの声を無視しながらアラタはポーズを取る

そして自分を変えるその声を上げる

 

「―――変身」

 

叫ぶと同時、ベルトのサイドスイッチを左手の甲で押す

キュイン、とそのような音がしたその次には身体に変化が現れる

赤い鎧に、紅蓮の複眼、そして黄金の二本角

その変化に当麻は驚きのまま口を開け、ステイルはまたもや混乱で思考が追いつかない

 

(馬鹿な…!! あれははるか古代に消えたハズ…! それがなぜ今…!)

 

そう考えるステイルを無視し、クウガは一気にオーズに向かって走り出した

 

「! 迎撃しろ!」

 

ステイルの一言を皮切りに三色のオーズ、タトバコンボが構えて迎撃態勢を取る

幸いにもここは学生寮という地の利を知っている

ここを十分に生かせばはっきり言ってこのオーズとやらは余裕だろう

相手に変身者がいれば別だが

 

まずクウガは走る勢いを利用し壁を走った

勢いがつけば案外いけるもので内心びっくりしてる自分がいる

そんなクウガを叩き落とそうとタトバコンボが拳を握りクウガ目掛けてその一撃を繰り出した

しかし馬鹿正直にその一撃を貰うクウガではない

貰う直前にその壁を蹴り、金属の手すりに飛び乗った

そしてその手すりに乗ったままクウガはタトバコンボの顔面に蹴りを叩きこんだ

その蹴りを受けて怯んだすきにクウガは手すりから降りてタトバコンボの首を掴む

瞬間叫んだ

 

「当麻!!」

 

クウガの声に反応した当麻はハッとする

道は一本道

道を封鎖していた変な奴はクウガ…というかアラタが押さえている

動くなら今だ

 

「おう!」

 

短くそう返答して一直線にステイルへと直進する

拳を握り、溜めた力を殴り付けるように駆ける

 

「! しま―――」

 

ステイルが反応するより早く、当麻の拳が彼の顔を捉えた

直撃ではあったがそれでも意識を奪うことは出来なかった、が、こういったことには慣れてはいないのか、ステイルは大きく仰け反った

その拍子に彼の懐からばさばさとなぜかコピー用紙が落ちてきた

そのコピー用紙にはインクで妙な字が書いてあり、それが何を意味するか当麻にはわからなかったが

 

「…へぇ、ルーン魔術の使い手なんだ」

 

いつの間にかタトバコンボを倒していたクウガがステイルに向かって三枚のメダルを投げながらそう呟く

 

「けどコピー用紙にインクはないな。主観だけどビジュアルがあれだよ。ルーン魔術なんざわかんないけど、加工の仕方はそっちで考えてくれ。…そんなわけで、今回は退いてくれませんかね?」

 

クウガは変身を解いてステイルを睨む

悔しいがこの男の言うとおりだ

ツンツン頭の右手は脅威だし、睨む男は意味が分からない

…大人しく立ち上がって、ステイルはゆっくりとその場を後にする

その背中を見送りながらアラタは夕闇に染まりつつある空を見た

 

(…また面倒な事が起きそうだな)

 

そして遠からず、それが当たってしまうことを、アラタと当麻は、知らない



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#9 サイレントマジョリティ

明けましておめでとうございます

まぁ大体の展開は同じですがご容赦を

直しきれてなかったり、誤字脱字見かけましたら連絡をば

本年もこんな作品ではありますがお付き合いくださいませ


このシスターの事も気掛かりだが、この都市(まち)に魔術師が来ること事態が異常なのか

そんなタイミングを計ってきてか、アラタの携帯がブルブルと震えだした

いそいそと携帯を取り出しディスプレイに表示された名前を蒼崎橙子の文字

シスターを介抱している当麻を横目にアラタは通話ボタンを押してそれを耳に押し当てた

 

<アラタ。今何があった。魔力の流れを感じたぞ>

 

先ほどの魔力の流れを感知したのか橙子からそんな声が上がった

彼女にしては珍しく、少々真面目な声色だ

 

「あぁ。知人がちょっと襲われた。禁書目録とか何とかを保護するために来たんだと」

<…ほお、まさかそんな大層なものまでかかわってくるとは。式といいお前といい、厄介事を運ぶ天才か?>

「好きで運んでるわけじゃないさ。…あとでそっちに行く」

 

橙子に断りをいれて改めて当麻に視線を向ける

ううっ、と小さくシスターが呻いた

交流した時間は極めて短いが、それでも当麻の友人を捨て置けない

 

「おい、聞こえるか?」

 

当麻は彼女の頬を優しく叩きながら言葉を続けた

 

「お前の頭ん中に、傷を治すようなもんはないのかよ?」

 

シスターは小さく浅い呼吸を繰り返しながら

 

「あるけ、ど…君たちには、無理…、あれ、でも、君の方は…ううん、やっぱり、無理…」

「なっ!?」

 

歯切れの悪いシスターの言葉

アラタは首をかしげたが、なんとなく心当たりはあるような気がする

一方で当麻が無理という言葉に絶句していた

そしてその絶句を補足するようにシスターが付け足した

 

「たとえ私が、教えて、実行しても…、君の力が、邪魔をする…」

 

愕然とした様子で当麻が自分の右手を見る

その右手に内包されるは幻想殺し(イマジンブレイカ―)

異能としてステイルの炎を打ち消すなら同様に回復術式を破壊する恐れがあるのだ

 

「くっそ! …またこの右手が悪いのかよ…!」

「あ、ううん…そういうのじゃなくて」

 

か細い声色

失血で震える唇を動かして

 

「?」

「超能力者、ていうのがダメなの。魔術っていうのは…〝才能ない人間〟が〝才能ある人間〟と同じことをするために生み出された術式…。分かる? 〝才能ない人間〟と、〝才能ある人間〟は、違うの…」

「なっ…!?」

 

当麻が息を呑んだ

とどのつまり、どういう事かというと、だ

我々能力者は時間割り(カリキュラム)を受けている

それは薬や電極を用いて普通の人間とは違う回路を無理やりに拡張している事を指す

ありていに言えば身体の作りが一般人とは違うのだ

 

「ちっくしょう! そんなのって…そんなのってあるかよ!!」

 

逆に普通の人間が能力者に近づくために作られた術式や儀式が、魔術である

故に、この学園都市にシスターを救える事が出来る人間は一人もいないのだ

 

「…当麻、諦めるのはまだ早いぜ」

「何がだよ!? この学園都市には能力者しかいない! つまりインデックスを助けることができる人間は―――」

「じゃあ教師はどうだ」

 

アラタの呟きに当麻がえ? と聞き返す

 

「確かに俺らじゃシスターを助けることはできない。けど作る側の教師はどうだ?」

「…そ、そうか…俺たちはみんな何かしら開発されてるけど…教師の人たちなら!」

 

魔術の使用条件は〝才能のない人間〟

それに〝魔術の才能のない人間〟とは言っていない

だから、あるいは希望はあるはずだ

 

「当麻。悪いけど俺は一緒に行けない。正直思い当たる人一人しかいないけど」

「あぁ。俺もその人しか浮かばなかった」

 

不意に当麻は押し黙った

当麻はインデックスを背負いながら

 

「けど俺、あの先生の家知らないぜ?」

「いいよ、携帯貸す」

 

そう言ってずい、とアラタは携帯を当麻に押し付けた

彼は仕事用の携帯とプライベート用の携帯と二つ所持している

今回渡したのは仕事用のものだ

 

「悪いアラタ! これ明日返すから!」

 

携帯を確認しながらシスターを背負った当麻は足早にかけていく

その背中を見送りながらアラタは一つ、安堵の息を洩らした

 

「…魔術、ねぇ」

 

こういったことを聞くのはやはり専門家に限る

そう思い立ったアラタはその場からゆっくり歩き始めた

 

◇◇◇

 

伽藍の堂の外見はパッと見建設途中の廃ビルにしか見えない

しかしちゃんと電気も通るし水道も完備、簡易なものだが寝床もあると至れり尽くせりな事務所

わざわざその廃ビルを買い取り、本人は事務所だと言い張っている

その場所には結界も張られており、ほとんどの人間が訪れることはない、が宿主が認めた人物ならば割とふつうに出入りできるようだ

 

そんな廃ビル四階のドアを勢いよく開けてアラタが訪問する

 

「橙子、待たせた」

「来たか。早かったじゃないか」

 

割かし大きな机に座っていた彼女がふぅ、と煙草を吹かす

名前は蒼崎橙子

封印指定を受けた魔術師らしいが、その片はあまりわからない

 

「…魔術師が学園都市(ここ)に攻めてきた、と聞いたが?」

「あぁ。そのことだけど」

 

そこでアラタは先ほどのステイルの事を掻い摘んで話し始めた

暫く話を聞いた橙子はふむ、と首を縦に振りながら

 

「しかし、本当に禁書目録が絡んでいるとはね。幸い知り合ったのは一般人な事が救いか」

「なぁ、その禁書目録ってのはなんなんだ? そんなにヤバいものなのか」

 

見た感じの所は年端もいかない可憐な少女だったのだが

自分で言っておいてなんだがとても危険性があるとは思えない

橙子はあぁ、と小さく頷き

 

「禁書目録はいわば世界中の魔導書、邪本悪書十万三千冊の原典を記憶しているんだぞ? 渡るヤツが渡るヤツなら、魔術を極めし魔神にだってなれるものさ」

「…まぁ、彼女がなんとなくすごい女の子だってわかった…。けどなんで狙われないといけないのさ?」

「それはわからない。とりあえず、私から言えるのは今のところここまでだ。お前もまだ仕事が残っているだろう?」

 

そう言われてむ、とアラタは口をつぐむ

そうだ、禁書目録も大事だが優先するべきは幻想御手(レベルアッパー)

 

「ありがとう。…何か分かったらまた来る」

 

とりあえずこの事が分かっただけでも今日は良しとしよう

短く橙子にそう告げてアラタは伽藍の堂を後にした

 

◇◇◇

 

翌日の一七七支部

 

パソコンの前でにらめっこしていた初春は最後にかちりとエンターキーを押した

すると画面に何かがダウンロードされるバーが表示され、やがていっぱいになり、完了する

 

「完了、と…」

 

そう呟きながら初春は接続された音楽プレーヤーを手にする

先ほどこのプレーヤーにダウンロードしたのは件の幻想御手(レベルアッパー)である

 

「…しかし、この音楽を聞いただけで、本当に能力が上がりますの?」

「さあな。けど情報提供者はそう言ってたぜ?」

 

ちなみこの情報右京からもたらされたものだ

少し前に女の子を助けたとき情報を入手できたとかなんとか

曖昧でも正直今はこれしか頼るものがなかったので、仕方ない

 

「ん~…正直眉唾というか…はっ! けどこれを使って白井さんを超える能力者になったら、今までの仕返しにあんなことやこんなこと…」

「初春ー、思考が駄々漏れだよー」

 

そんな私怨にも俗物にもまみれた思考の事を今現在厨房で軽食を作ってくれている佐天が指摘した

そこを指摘されてハッとなった初春の背後には幻想御手(レベルアッパー)を構えた怖い笑みを浮かべる白井黒子

 

「そんなにわたくしに恨みを晴らしたいのでしたらぜひっ!」

「ひぃ!? 冗談!! 冗談ですよぉぅ!」

 

ギリギリと自分の両耳に接近させる黒子の腕を必死で押さえる初春

この二人は仲が良いんだか悪いんだか…と、そんな仲睦まじい(?)やり取りの最中、不意にピリリと黒子の携帯が鳴った

 

「ほ! ほら! 携帯鳴ってますよ!?」

 

好機と言わんばかりに初春がそのことを指摘する

一方黒子はどこか苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるとしぶしぶと言った様子で携帯に出た

 

「はい。…えぇ、了解しました」

 

短く言葉を済ませて通話を切り、黒子はアラタと初春に向き直る

その表情と先ほどの短い会話から推測できる事柄をアラタは口にした

 

「また学生が暴れてるのか?」

「その通りですわ。初春は木山先生に連絡をお願いしますわ」

「わかりました」

 

そう言ってドアに駆け寄る黒子の背中にアラタは

 

「手伝おうか?」

 

と言葉を投げかけた

一方言われた黒子は嬉しさ半分と言ったような表情で

 

「お気持ちだけ受け取っておきますわ。あのような連中、お兄様の手を煩わせるまでもないですもの。初春や佐天さんたちを頼みますわ」

 

そう言って黒子はドアを開けて飛び出して行ってしまった

いなくなった黒子の場所を見ながらアラタはやれやれと苦笑いする

黒子は美琴や自分に対して心配をかけまいと振る舞っている

それが逆に心配になるのだが

 

「アラタさん、軽食のシュガートーストできましたよー」

「あぁ、ありがとう。机に置いといてくれ」

「はーい」

 

佐天の気配りに感謝しながらアラタはもう一つの用件を思い出す

用件というのはなんか違うような気がするが

 

 

初春が木山さんと連絡を取り合っている中、アラタは友人である上条当麻に電話をかけていた

幻想御手(レベルアッパー)の事もそうだがあのシスターの事もある

スリーコールの後、聞きなれた声がアラタの耳に届いてきた

 

<アラタ! 仕事は終わったのか?>

「いんや、まだ途中だけど、心配になってな。どうだ? シスター…インデックスは」

<あぁ、小萌先生のおかげで何とかな…一時はどうなるかと思ったぜ…>

 

そう語る当麻の声色は本当に安堵したような声色だ

そんな当麻の後ろでそのインデックスと小萌先生が話し合うことが聞こえてくる

どうやら彼女の怪我が治ったのは本当のようだ

 

「そっか。安心したぜ、近いうちにまた顔を出すよ」

<あぁ、んじゃまたな>

 

その後短い会話を交わして当麻との電話を切る

近々何か差し入れでも持っていこうか、と考えながらシュガートーストを頬張る佐天と初春の下に戻っていった

 

 

それでいて約二日後

 

「ちょっと沁みますよ?」

 

初春のそんな言葉と共に彼女はピンセットで消毒液を沁みこませたポンポンを黒子の傷口に軽く触れる

瞬間黒子がもだえた

傷口に直に消毒液をぶっかけるよりかはマシだがそれでも応えるものがある

 

「…日に日に生傷が増えていきますね…」

「仕方ありませんわ。…幻想御手(レベルアッパー)の使用者が増えてきているんですのもの」

 

そんなやり取りを交わしながら初春は慣れた手つきで湿布を取り出して先ほどの傷口に張り付けた

ひんやりとその傷口近辺が冷却される気分が心地いい

 

「とにかく、泣き言言っても始まりませんわ」

 

今やるべきことは三つ

 

まずは幻想御手(レベルアッパー)拡散の阻止

次に昏睡した使用者の回復

そして最後に、幻想御手(レベルアッパー)開発者の検挙

 

とりあえずこの三つが最優先すべき事柄だ

開発者がどんな経緯を持って幻想御手(こんなモノ)を作ってばらまいたのか、その目論見を吐かさなければならない

 

「けど、今は白井さんのけがの手当てが先ですよー」

 

初春に促され、黒子は笑みを浮かべる

包帯を持ち、黒子は両手を上げて身体を晒す

包帯をすべて取り、再び黒子の身体に包帯を初春が巻いていく

 

「ホントは御坂さんやアラタさんにやってもらいたいんじゃないですか?」

「百歩譲ってお姉様にこの無様な姿は晒せても、お兄様には晒せませんわ。お兄様に晒すときはベッドの上と決めておりますの」

「大丈夫ですって。ぶっちゃけ誰も見たくないですから」

 

その言葉にギラリ、と黒子の眼が鋭くなった

瞬間初春はしまった! というような顔をするがもう遅く、伸びる黒子の手は初春の胸ぐらをガッツリ掴んで彼女をぐわんぐわんと前後させる

その時だった

 

「おっすー。あたしもなんか手伝おうかー?」

 

タイミング悪いというかなんというか、偶然にも美琴が入ってきた

こんな姿見せるわけにはいかない、そう判断した黒子は暴挙に出る

今先ほど掴んでいた初春を美琴の頭上へと空間転移させた

ご丁寧に初春の位置を逆さにして

跡の末路は推して知るべし、である

重力に耐えられず落下した初春の頭は美琴の頭に見事に激突し、びったーん、と床に倒れ伏した

 

「うぃーす。ん…? あれ? どうしたのこれ?」

 

美琴より少し遅れてアラタが扉を開けて入ってくる

視界に入ったのは床にぶっ倒れた美琴と初春

そしてシャツを着た黒子の姿であった

 

 

んで

 

「それで? 進んでるの? 捜査の方」

 

おでこに絆創膏を貼った美琴が椅子に座りながら問いかけた

割と痛そうに額を撫でているあたり結構大ダメージだったのかもしれない

 

「木山さんの話では短期間に大量の電気的情報を脳に入力するための学習装置(テスタメント)なんて言う装置もあるらしいんだけど…」

「ですけど、それは五感すべてに働きかけるもので…」

幻想御手(レベルアッパー)は音楽ソフトですし…それだと聴覚作用だけなんです」

 

ふむう、と考え込む四人

被害者の自宅ないし自室に行ってはみたが曲のデータ以外何にも見つからないのだ

 

「…仮の話だけどさ」

 

不意に美琴が呟いた

何かに思い出したかのように彼女は言葉を紡いでいき、三人は耳を傾ける

 

「その曲自体に、五感に働きかける作用があったとしたら?」

「…と、いうと?」

「かき氷食べた時の話、覚えてない?」

 

美琴に指摘されてその時の会話を思い出す

あれは介旅の事で悩んでいた時に、遭遇した美琴らに誘われてかき氷を購入して…

そこまで思い出してアラタはあっとと手ポンを叩いた

 

「そうか、共感覚性か」

「それよ」

 

アラタに合わせて美琴もピッと指を指す

 

「そうでした…うっかり忘れていましたわ…」

「…え? なんです?」

 

ただ一人その場に居合わせていなかった初春一人だけが頭に疑問符を浮かべた

そんな初春に黒子は笑みを浮かべながら

 

「共感覚性ですわ! 一つの刺激で複数の刺激を得ることですわ」

「ある種の方向で間隔を刺激することによって、別の感覚を刺激されることよ」

 

黒子に続けて美琴も補足する

流石常盤台、説明が分かり易かった

 

「つまり、同じ音で音で五感を刺激して…学習装置と同じような効果を出している、ということですか?」

 

 

<その可能性はあるな>

 

そのことを早速初春は木山春生に電話で報告

そして帰ってきたのはそんな言葉だった

 

<なるほど、見落としていた…>

「その線で調査をお願いしたいのですが…?」

<あぁ。そういうことなら、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の許可も下りるだろう>

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)!? 学園都市のスーパーコンピューターならすぐですね!」

 

先ほど初春が口にした樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)とは、言った通りこの学園都市が誇るスーパーコンピューターである

スーパーコンピューターとは比喩ではなくマジであり、正しいデータさえ入力してやれば、完全な未来予測が可能

そのため学園都市では天気予測は〝予報〟ではなく〝予言〟であり確率ではない完全な確定事項として扱われる

つまり雨はが止むのはあと何秒後、みたいな感じで予言され、その秒を過ぎると雨が止む、と言ったニュアンスである

 

<結果が出たら知らせるよ>

「あ、じゃあ今からそちらに行ってもいいですか? 樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を使う瞬間をこの目で見てみたいんです!」

 

初春のパソコン好きに火がついたのか、そんな事を言っていく

そんな初春を木山は電話の向こう側で笑みを作りながら

 

<あぁ、構わないよ>

 

許可を貰った初春はさも嬉しそうな表情の後、携帯を仕舞い初春は扉に歩いていく

そして手をかけようとしたそんな時扉がガチャリと開いた

 

「おっ邪魔しまーす、何か手伝いに―――」

「佐天さん! 丁度良かった! 佐天さんも一緒に行きましょう!」

「え? ど、どこに?」

「行けばわかりますよ!さぁ、早くっ!」

「ちょ、わかったってば、なんでそんなテンションあがってるの初春!?」

 

ドキドキが止まらない初春に引っ張られて佐天は彼女の後ろを苦笑いしながら歩いて行った

 

◇◇◇

 

リアルゲコ太っ

 

それが御坂美琴が冥土帰し(ヘブンキャンセラー)抱いたパッと見の印象だった

ぶっちゃけ失礼ではないかとアラタは思ったが言われた本人は気にしてなさそうなのであえて突っ込まないでおいた

 

それで現在、彼の研究室にて

 

冥土帰しはカタカタとマウスとキーボードを操作してディスプレイに折れ線グラフのようなものを表示させる

 

「これは幻想御手(レベルアッパー)使用者の全脳波パターン。…脳波は個人個人で違うから、同じ波形なんてありえないんだね? …だけど使用者の脳波パターンには共通するところがあることに気が付いたんだよ」

「どういう事ですの?」

「誰か他人の脳波パターンで無理やり脳が動かされているとしたら人体に多大な影響が出るだろうね?」

 

それはつまり、幻想御手(レベルアッパー)に無理やり脳をいじられて植物状態になってしまったのだろうか?

しかし一体誰が何のために…

 

考えている三人に向かって冥土帰しは口を開く

まるで自分らの思考を先読みしているかのごとく言葉を並べた

 

「僕は医師だ。それを調べるのは、君たちの仕事だろう?」

 

 

「はい、わかりました」

 

木山の研究所についたとき、初春はアラタから電話を受けていた

内容は至ってシンプルな気をつけろよ、という何げない心配の言葉だった

 

<あと、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)が見れるからって浮かれない事。まだ事件は終わっていないんだからな>

 

そう言われて初春は顔を引き締める

浮かれていてうっかり忘れそうになってしまっていた自分の頬を軽く叩いて喝を入れる

 

「もちろんです!」

<じゃ、問題ないな。…再三言うが、気を付けてな>

 

そんな言葉と共にアラタは通話を切った

同じように初春も携帯を切ってそれをポケットに入れる

 

「はるばるお疲れ様。疲れただろう、少しコーヒーでも淹れてくるよ。待っていてくれ」

 

自分の対面に座っている木山の言葉を聞きながら初春は少しだけ頭を下げた

同様に隣に腰掛けていた佐天も「すいません」と短く言葉を入れながら頭を下げる

しかし木山が初春の隣を通りかけるとき、不意に初春は言葉を洩らした

 

「…けど、こうやっている間にも被害者が出てるのでしょうか…?」

「君が気負う必要はないよ。―――大丈夫、最後はきっと上手くいく」

 

初春の言葉に応えるように呟いた木山の言葉はどこか意味深なものがあった

まるで何か、考えているような―――

 

「けど初春、大丈夫? しっかり休んでいる?」

「だ、大丈夫です佐天さんっ。気を遣わせて…」

 

そう言われると佐天は一瞬キョトンとしたような表情を浮かべたのち、今度は笑顔を浮かべ

 

「気にすんなって。あたしたち友達じゃん。…そりゃあワタシは風紀委員でもなければ能力者でもない一般人だけどさ? …困ってる友達の力にはなりたいんだよね。…といっても、何にもできないんだけど」

 

笑顔を浮かべながらそう言う佐天の表情(カオ)はかつて見たことないくらいに輝いて見えた

その顔色には依然見せた能力者への憧れこそ消えてはいないものの、それはだいぶ薄れているように感じれる

だけど初春はただ純粋に佐天に笑顔が戻ったことが嬉しく思い、同時にその心遣いに深く感謝した

 

「…ん?」

 

そんな時ふと、引出からはみ出た紙の端に目がいった

 

「初春?」

「いえ…ちょっとあそこの用紙が気になって…。直してきますね?」

 

佐天にそう断りを入れて初春はその引き出しの前に歩いていく

そして何気なく引き出しを開けてはみ出ていた用紙を手に取り―――

 

「…え?」

 

初春の思考が停止した

 

◇◇◇

 

「なるほど。そういうことなら、書庫(バンク)へのアクセスも認められるでしょうね」

 

カタカタとキーボードを叩く固法がそう口を開いた

そんな固法の後ろで立っていた美琴が

 

書庫(バンク)にデータがなかったら?」

 

とそんな疑問を口にした

それに黒子が「大丈夫ですわ」と返した後

 

「学生はもちろん、職業適性テストを受けた大人のデータも保管されていますの」

「ふーん…けど、なんで幻想御手(レベルアッパー)を使うと同一人物の脳波が組み込まれるのかな? しかもそれでいて強度(レベル)があがるなんて…」

「さぁな。…コンピュータだってソフトを使ったからって性能が格段に上がるわけじゃなし、ネットにつなぐならわからんでもないが」

「? ネットワークにつなぐと、性能が上がるのですか?」

 

黒子にそう聞かれアラタは向き直って

 

「個々の性能が上がるわけじゃない。けど、いくつものコンピュータを並列に繋げば、演算能力が上がるから…」

「そっか。幻想御手(レベルアッパー)を使って、脳のネットワークを構築したんじゃ…」

 

美琴の呟きにアラタが頷いて固法を見る

彼女はうん、と頷いて

 

「可能性はあるわ」

 

しかしそうなるとどうやってみんなの脳を繋いでいるかに疑問がいく 

気になったアラタは国法にそう聞いて見ると彼女はカタカタとキ-ボードを叩く動作の傍ら

 

「考えられるのは、AIM拡散力場かしら。能力者は無自覚に力を周囲に放出してる。もしそれが繋がったら―――」

「ちょっと待ってください。それって無意識化の事ですし、私たちの脳はコンピュータでいえば、つかってるOSはバラバラだし、繋がっても意味はないんじゃ…」

「確かにね。だけど、ネットワークが作れるのは、プロトコルがあるからでしょう? 可能性の範疇を出ないけど、特定人物の脳波パターンがプロトコルの役割を担ってるんじゃないかしら」

「そっか…そうやって脳を並列に繋げば、莫大な量の計算をすることができる…!」

 

単独では弱い能力であったとしてもネットワークと一体化することにより能力の処理能力が向上し、結果的に能力の強度が上がる

かつそれでいて同系統の能力者の思考パターンが共有されることでより効率的に能力を扱えるようになる

恐らくそれが幻想御手(レベルアッパー)の真実

 

「昏睡患者は脳の活動すべてをネットワークに使われているんじゃないかしら?」

 

呟きながら国法はカタン、エンターキーを押した

 

「出たわよ! 脳波パターン一致率、99%!」

 

『!?』

 

その後に画面に出てきたのは、三人がよく知っている人物だった

 

 

「これも…これも…共感覚性の、論文…」

「初春?」

 

直してくるはずの初春がどういうわけだか書類に釘付けになっている

怪訝に思って佐天は思い切って聞いて見ると

 

「…おかしいんですよ。…木山先生に共感覚性について調べてくれるように頼んだのはついさっきなんです。…だけどここにあるのは、そのほとんどが共感覚性の研究論文なんです…!」

「…つまり、木山先生はもうその共感覚性について調べていた…?」

 

力強く初春が頷いたのと、扉が開くのは同時だった

否、まるで自分たちがこの行動を取ることを予見していたかのようなタイミング

 

「いけないな」

「っ!」

 

初春と佐天はハッとしながら木山の方を見た

木山の表情には相変わらずの気怠さがあったが、纏っているのは、紛れもなく敵意

 

「他人の研究成果を勝手に見ては―――」

 

そう言って、木山春生は目を細めた―――

 

 

「こ、れは…!?」

 

ただただディスプレイに移された写真を見て目を丸くするしかなかった

 

「登録者名…木山、春生…!?」

 

美琴が呟いたその名前に一瞬アラタの思考がフリーズする

―――そう言えば、木山の所に誰か行っていなかったか?

 

「おい、まずいぞ! 今その人の所には、初春と佐天が!」

「!? 初春さんと佐天さんがどうしたの!?」

 

アラタの声に固法が大きく振り向いた

 

「さっき、その人のとこに行くって、佐天と…」

「なんですって!?」

 

そんな声を背に受けて黒子が携帯を取り出すと急いで初春の携帯に電話を掛ける

最悪の事態になっていなければいいが、と淡い期待を込めながら黒子はスリーコールを待った

がちゃり、と音が聞こえた

 

「初春!?」

<おかけになった電話は、電波の届かないところか―――>

 

しかし聞こえてきたのは無情にもそんな無機質な機械音声

 

「繋がりませんの!」

警備員(アンチスキル)に緊急連絡、木山春生の身柄の確保! 人質のいる可能性あり!」

「はい!」

 

 

とある道路を走る車の中

後部座席に佐天は乗せられ、初春は木山の隣、つまりは助手席だ

念のためか二人は手錠をさせられ、一応行動を制限させられている

 

「…幻想御手(レベルアッパー)って、なんなんですか」

 

消沈する佐天の耳に初春のそんな問いかけが入ってくる

 

「どうしてこんなことをしたんですか。眠っている人たちはどうなるんです?」

「…矢継ぎ早だな」

 

対する木山は運転をしながら余裕綽々と言った様子である

余裕を見せているのかわからないが、今現在の様子は確かに木山に有利ではある

 

「誰かの能力を引き上げさせてぬか喜びさせて、何が面白いんですか!?」

 

初春の声色には明らかに怒気が込められている

一時とはいえ夢を見させてあとは昏倒させられるなんて行為、彼女が怒りを露わにするのは当然である

木山は静かにその言葉を聞きながらやがて答えた

 

「他人の能力には興味などないよ。…私の目的はもっと大きなものだ…」

「…大きな、もの…?」

 

佐天の呟きを最後にいったん車内での会話はストップした

重々しい空気を纏わせながら、木山の車は道路を走る

 

◇◇◇

 

「私も出るわ!」

「本心としては駄目だって言いたいが、状況が状況だからな…いいだろ? 固法」

「えぇ。お願いするわ」

 

固法の声に力強く頷いて美琴はアラタに視線を向ける

 

「よし、行くぞ」

 

それに応えるかのようにアラタは勢いよくドアを開けて外に向かって走り出す

その走り出した背中に

 

「お兄様、お姉様!」

 

黒子が追いかけてきた

言葉を向けられた二人は立ち止まって黒子の方に向き直った

黒子は二人に向かって走り寄りながら

 

「初春も風紀委員(ジャッジメント)の端くれ、いざとなれば…」

 

なぜそこで言葉を濁らす

 

「…その、運がよければ…」

 

ここで不安に煽ってどうする、とアラタは心の中で突っ込んだ

 

「それに一科学者の木山に、警備員(アンチスキル)を退けられる力があるとは思いませんの!」

「何千人もの昏睡者の命が狙われてんだぞ?」

「それに…なんか嫌な予感がするの…」

 

思案するかのように美琴が呟いた

一科学者と言えど彼女は幻想御手(レベルアッパー)の開発者

何も用意していない訳がない

 

「ならなおさら! ここはわたくしもご同伴を―――」

 

そう言葉の最中で美琴は彼女の肩を軽く叩いた

瞬間激痛に耐えるかのようなリアクションを彼女は見せてくれる

…薄々思っていたが黒子は嘘が下手だと思う

 

「…そんな身体で動こうっての?」

「治ってないんだろ? 体の生傷」

 

この頃頻繁に幻想御手(レベルアッパー)使用者の暴走を捉えてきた黒子だ

だいぶ身体もボロボロだろう

 

「き、気づいていらしていたのですか…?」

 

叩かれた肩を押さえながら若干涙目になりながら黒子がこちらを見やる

 

「当たり前でしょ」

「むしろ気づかれてないとでも思っていたのか」

 

日常を見ているだけでも無理しているのは見て取れた

もう一度思う、黒子は嘘が下手だ、と

 

そんな黒子の額に美琴は指をこつんと当てて、アラタはぽふんと黒子の頭に手を乗せた

 

「アンタは私たちの後輩なんだから」

「こんな時くらい、先輩を頼れよ」

 

そう言って二人は小さく笑みを作る

美琴は軽くウインクし、アラタは優しい微笑みを

そんな二人を間近で見て、黒子は惚けてしまった

 

「…お姉様…お兄様…」

 

 

そんな黒子を戻し、二人は支部を出る

 

「どうするアラタ、タクシー拾う?」

「いや、拾う時間がもったいない。こいつで行く」

 

そう言ってアラタは近くに停めてあったバイクに駆け寄った

 

「って、あんたバイク運転できんの!?」

「言ってなかったっけ? …言ってないな、うん。つかどうでもいいからはよ乗れ!」

 

アラタに言われて美琴は急いで彼の後ろに乗った

バイクに乗るのは初めてだが不思議となんだかしっくりくる

 

「悪いな、ヘル俺のしかねぇんだ、だから全力で捕まれよ?」

 

言いながらアラタは警棒のようなものをハンドルの右側に突き刺して、エンジンをいれる

ブォォン、と大きな音が美琴の耳に聞こえてきた

 

「おっけー! 信じて任せるわ! かっ飛ばして!」

「任された! しっかり掴まってろよ!」

 

美琴の声を受け安心したのか、思い切りアクセルをひねる

自分の背に温かさを感じながらアラタはバイク、〝ビートチェイサー〟を発進させた

これ以上の被害者を、出さないために



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#10 木山せんせい

超電磁砲一期終わるまではこんなもんです

誤字脱字見かけたら報告ください

ではどうぞ


木山の操る車が道路を駆け抜ける

疾走感漂うその車内で佐天は初春と木山の会話に耳に澄ませていた

 

「演算、装置?」

「AIM拡散力場を媒介にしたネットワークを構築して、複数の脳に処理を割り振ることによってより高度な演算をすることを可能とする。…それが幻想御手(レベルアッパー)の正体だよ」

 

口調は淡々としたものだったがそれは冷静に考えて恐ろしい事ではないか?

もしかしたら自分も一歩間違えばそう言った道具になっていたのでは、と考えると背筋が凍る

 

「…どうして…!」

 

ぎゅ、と悔しさを現すかのように初春がスカートの裾を握りしめる

木山は変わらぬ表情でまた淡々と言葉を続けていく

 

「ある目的のために樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の使用許可をしたのだが、どういう訳か断られてね。代わりになる演算装置が必要だった…」

「…代わりになるって…!?」

 

呟くように佐天が会話に割って入った

木山はちらり、と佐天に視線を向けたあとまた前を見る

 

「一万人ほど集まった。…十分代用してくれるさ」

 

代用、という言葉に反応したのは初春である

まるで人を道具としか見ていないその発言に怒りを抱いたのは佐天だって同じだ

彼女らの視線を感じたのか小さく笑いを浮かべながら

 

「…ふふ。そう怖い顔しないでくれ。もうすぐ全部終わる、そうすれば皆解放するさ」

 

そう言いながら徐に木山は白衣のポケットに手を突っ込んだ

数秒ほど探すようなしぐさの後に取り出したのは一つの音楽プレーヤーと一枚のメモリースティックである

す、とそれを初春に渡しながら

 

幻想御手(レベルアッパー)をアンインストールするプログラムだ。…君に預ける」

「えっ…!?」

 

耳を疑った

行動の意味を理解するのに少々時間がかかる

…彼女が言うすべてが終わったらこれを使えとでもいうのだろうか

 

「後遺症などはない。すべて元通り…ハッピーエンドと言う奴だ」

「いきなりこんなの出されて、信用しろっての!?」

 

一瞬心が動きかけるが、佐天の言葉で持ち直す

そうだ、この人は幻想御手(レベルアッパー)を開発しそれをばらまいた張本人だ

もしかしたらこれもなんかの罠かもしれない、という一抹の不安はどうしても拭いきれるものではない

 

「佐天さんの言うとおりです、唐突に渡されても、気休めにもなりませんよっ!」」

「…ふふ。手厳しいな…、む?」

 

ふと単調な電子音が耳に聞こえてきた

木山がそこに顔を向ける

向けた先はカーナビのようなものでその画面には赤い文字が表示されている

 

「もう踏み込まれたのか。…君たちとの連絡が途絶えてからにしては、早すぎるな。別ルートでたどり着いたのかな」

「…どういうことですか」

 

初春の問いに木山は「うん?」と短く呟いた後

 

「一定の手順を踏まずに起動させると、セキュリティが動くようプログラムしておいたんだ。…これで幻想御手(レベルアッパー)に関するデータはすべて消えた。使用者を起こせるのは、君の持つそのアンインストールプログラムだけだ」

「えっ!?」

 

思わず手元にあるプログラムに視線をやり、そのあとで思わず佐天と顔を見合わせる

もしそれが真実なら無下にはできない、いや、本人が言うのだ

恐らくそれが事実だろう

 

「大切にしたまえ」

 

最後にそう呟いたのち、車の中での会話は途切れた

何とも言えぬ空気を醸し出しながら木山の車はその走りを加速させていく

 

 

しばらく走っていたら急に木山が急ブレーキをかけた

割と速度も出ていたので一瞬ガクンッ! となったがシートベルトをしていたおかげかそれでのダメージは少なかった

何事か、と思いフロントガラスの先を見てみるとそこにはアサルトライフルを構えた大勢の警備員(アンチスキル)姿があった

 

それを掻き分けるかのように一人のスーツ姿の男性が前に歩きながら拡声器で

 

<「木山春生、だな」>

 

落ち着いたような声色で男は聞いてきた

その男の視線は車の中にいる木山に向けられている

 

「…警備員(アンチスキル)、か。上層部(うえ)から連絡が入ったときだけは、動きが早いものだ」

幻想御手(レベルアッパー)頒布の被疑者として拘束する。速やかに車から降りてもらおう」

 

そんな木山の呟きをかき消すかのようにそう男が拡声器でそうしゃべりかけた

 

「…どうするんです? 年貢の納め時ですよ?」

「降参した方がいんじゃないですか?」

 

そう二人に言われるものの木山の表情は変わらない

むしろうっすらと笑みさえ浮かべて

 

「…幻想御手(レベルアッパー)は、人の脳を使用した演算機器を作るためのプログラムだ」

 

そう呟くように口にした

その言葉が何を意味するか分からず初春は佐天と顔を見合わせてまた木山へと視線を戻す

 

「しかしそれと同時に、使用者にある副産物をもたらしてくれるのさ」

「?」

「…面白いものを見せてあげよう」

 

 

ほどなくして木山は車から降りてきた

見たところ何か武器を隠しているわけでもなさそうだがそれでも油断することは出来ない

矢車は再び拡声器を用いて

 

「そのまま両手を頭につけて、地面に伏せろ。…人質の安否は?」

 

そう言って矢車は自分の隣にいる部下、影山シュンへと首を向ける

視線を投げられた影山は双眼鏡で車の中を確認している鉄装へと視線を向け、同時に鉄装は頷いた

 

「人質の女の子たちは無事です。両方異常は見られません」

「…よし、確保だ」

 

矢車の一声で警備員(アンチスキル)の部隊がじりじり、と距離を詰め寄る

ゆっくりとではあるが着実に詰める

このまま何もなければ―――そう思っていたその時だった

 

 

 

ダァン! と一発の銃声があたりに響き渡った

 

 

 

「貴様っ!?」

「何を!?」

 

それは警備員(アンチスキル)のうちの一人が仲間に向けて発砲したものによるものだと理解するのに時間がかかった

 

「違う!! 俺の意思じゃないっ! 信じてくれ!」

 

たった一発の銃声が引き金となり、部隊は混乱の坩堝へと突入していく

そんな混乱を狙ってか、ふと木山はこちらに向かって手を突き出した

そしてゆっくりと何かを潰すように少し掌を動かすと

 

 

ヒュオォッ! と風をその場に巻き起こし始めた

 

 

「何!?」

「能力者だと!?」

 

黄泉川と矢車が叫んだその時には木山は風の中で不敵な笑みを浮かべていた

 

巻き起こる烈風

吹き荒れる砂嵐

 

「黄泉川! 鉄装、影山と一緒に残っている部隊を率いて一度退くぞ! このままでは―――分が悪すぎる…!」

 

 

橋の方で大きな爆発が聞こえた

その爆発から察するに交戦でもしているのだろうか、とも思ったが考察は後だ

アラタはビートチェイサーをどこか適当な場所に停め、エンジンを切る

 

後ろでは美琴が黒子と電話でやり取りをしている

今の自分に出来るのは美琴の道を作る事だ

彼は先導し立ち入り禁止と看板が張られた金網の扉を思い切り蹴破ってぶっ壊す

状況が状況だ、大人も許してくれるだろう

 

「彼女、能力者だったの!?」

 

そんな美琴の驚きの声が聞こえてくる

となると橋の上で戦っているのは間違いなく木山晴生だ

相手は警備員だろうか

いずれにせよ危険なのは確かである

しかし一体どういう事だろうか、木山晴生が能力者などという情報はなく、書庫(バンク)のデータにも載っていなかったハズだ

 

「そんな! 能力者に一能力者に一つだけ! それに例外はないはずじゃ…!」

 

一つだけ?

それはつまり木山はいくつかの能力を使用しているという事なのだろうか

もしそうだとするならば木山は実現不可能と言われた多重能力者…

 

考察しながらカンカンと鉄でできた階段を走って上がっていく

やがて美琴も電話を終え、アラタの後ろへと追いついた

階段を登り終えた二人の視界に最初に入ってきたのは―――

 

 

視界に広がってきたのはまさしく地獄絵図

幸いにも死人などが出ていなかっただけでも十分奇跡だろう

 

警備員(アンチスキル)が、全滅…!?」

 

倒れた車両、ボロボロの道路に立ちこむ煙

それだけで何がこの場所で起こったのか容易に想像できた

 

「おい美琴!」

 

周囲を見渡している内に何かに気づいたアラタは指をさして叫んだ

美琴もそれに釣られて指をさした方向を見やるとそこには一台の車があった

そしてその車内の中には二人がよく知る人物の姿があったのだ

 

「初春さん! 佐天さん!」

 

思わず駆け寄って中の二人を確かめる

 

「気を失ってるだけみたいだな…」

 

様子を見る限りそんな感じだ

しかし同時に気持ちを切り替える

そうだ、すぐそばにはこの状況を作った張本人、木山春生がいるのだ

 

「来たようだね。…御坂美琴に鏡祢アラタ」

 

不意に背後の方で声がした

三人が振り向くと煙の中から一人の人影が現れる

ポケットに手を入れたその姿からは正直気迫にかけるが、身に纏う気配は研究所出会った時とは全然違った

外見にも多少ではあるが変化しており、よく見ると左目が充血しているように真っ赤だった

アラタと美琴は身構え、いつでも雷撃を繰り出す準備をする

そしてアラタもいつでも駆けるように身構えようと―――

 

「―――む。君は変身しないのか?」

 

まるで生徒の間違いを指摘するかのように木山はアラタに向かってそう呟いた

一瞬アラタは何を言われたのか分からなかった

当然だ

アラタは木山に変身を見せたことはないし、研究所を潰すときだって監視カメラには細心の注意を払っていたはずなのだが

 

「何を言っているのよ! アラタは無能力者(レベル0)よ!? 能力なんか何にも…!」

「…あぁそうか、彼女には黙っているのか。…となると、あの風紀委員(ジャッジメント)の同僚にもいっていないんだね。…まぁ、当然か」

 

アラタの戸惑いを知ってか知らずか木山はぐんぐんと話を進める

いや、それ以前にどうして彼女には自分の正体が割れているのだろうか

そしてこの状況で一番戸惑っているのは隣にいる美琴自身のはずだ

 

(…ま、いいや。どうせバレるのも時間の問題だったし、むしろいいタイミングだ)

 

いずれにせよ正体がバレたのは自分の責任だ

それに、いずれバレるとは思っていた

ただそれが、早まっただけの事

今更後には退けない

 

「…美琴」

「な…何?」

「文句とかは、後でな」

 

彼の表情から何かが伝わったのか美琴は戸惑いを隠せないままそう聞き返した

直後内側から浮き出るように彼の腰に〝アークル〟と呼ばれるベルトが顕現する

そのベルトを見て思わず美琴は息を呑んだ

そんな美琴を一度視界に入れたのち、再び木山に向き直り、右手を自身の左上に突き出し、左手はアークルの右上に軽く添える

 

「変身っ!」

 

アラタはその姿を変えていく

 

数秒の一瞬の静寂が訪れる

そこにはいつぞや初春たちが見せてくれた映像に映っていた都市伝説の姿があった

確か、名前は仮面ライダー

 

「よっし美琴。行くぜ?」

 

美琴は頷く

驚くには驚いたがそのことを追及するのはまた後だ

 

「…ええ。わかったわ」

 

変身したアラタの言葉に頷きながら構える

その光景を眺めていた木山は「ふふ…」と笑みを浮かべ

 

「…あえて問おう。…君たちに、一万の脳を統べる私を止められるかな?」

「止められるか、…だと? 決まってる」

「そんなの…! 当たり前でしょ!!」

 

美琴の叫びに呼応して一気に三人は木山に向かって駆け出した

これ以上、被害を拡大させるわけにはいかない

 

 

くん、と一瞬ではあるが木山が充血したかのような左目を細めた

何か来る、と判断したその時はそれぞれ行動を起こしていた

頭が理解する前に本能でそれぞれ前に飛び込んだ

瞬間、先ほどまで自分たちがいた場所がぽっかりと穴が開いていたのだ

 

「ちっ!」

 

美琴の雷の援護を受け、クウガが木山に向かって一つ蹴りを叩き込む

生身の人間に繰り出すのは御法度だが、油断していたら倒されるのは自分たちだ

 

「流石に早いな。…だが」

 

放たれたキックは木山に届くことなくその攻撃は見えない壁のようなもので防がれた

ガキンっ! とまるで本物の壁に蹴ったかのような感覚を感じ、クウガは驚愕する

 

「念動力…!? ―――!!」

 

直後、大きな爆発が生じた

爆発を予想することができず、爆炎の一撃をモロに食らってしまい、クウガは後方にゴロゴロと転がりながら体勢を立て直す

発火能力、なのか?

いや、どちらかというよりは、爆発能力(エクスプロージョン)と言った方が正しいかもしれない

どちらにせよ厄介なことに変わりはない

一度距離を取ったクウガの背後からと飛び出すように美琴が現れる

その手にはバチリ、と雷を迸らせ

 

「これなら、どう!?」

 

迸らせた雷撃の槍を木山に向かって真っすぐ撃ち出した

放たれた一撃は直線となって木山に襲いかかるがその雷は木山に当たる寸前でかき消される

どうやら直前で念動力か何かの壁に当たりそのまま相殺させたのだろう

しかし避雷針か何かを生み出す能力は今のところなさそうだ

もしかしたらあるのかもしれないが、被害者にはその能力を所持する人物がいなかったのか

 

「なら…!!」

 

美琴は再び右手に雷を迸らせ大きく弧を描くように地面に雷を走らせる

バリバリ、と音を響かせて木山の視界を遮るように煙が浮き上がる

 

「…む?」

 

木山は一瞬訝しんだ

しかしそれだけという理由だけで気を抜くわけにもいかない

彼女は煙が収まるのを待った

瞳を細くしながら警戒心をあらわにする

どこから来る?

いや、それ以前に―――もう一人はどこにいる?

 

「上か!」

 

殺気を覚え木山は念動力の壁を作る

途端にその壁に何かがぶち当たったような衝撃が駆け巡った

それは誰なのかなど、確かめるもでもない

 

「っぐ…! っ!!」

 

木山は一気に一瞬壁を解き、そのまま波動を生み出しそいつを直撃させる

 

「のわっ!?」

 

そいつは飛び退いたことによって威力を軽減させる

そのまま彼は美琴の隣に移動して、持っていたロッドをシャン、と構えた

 

「…少し考えればわかったものを。うっかりしていたな」

「まさか直前までバレないなんて思わなかったよ」

 

男―――クウガは赤い姿から青い姿へと変化していた

…どうやらあの青い姿は素早さを増すようだ

そして手に持ったロッドはその反動で低下した腕力をカバーするもの…

 

「それにしても、ホントにいくつもの能力が使えるのね…!」

「あぁ、多重(マルチ)能力《スキル》ってやつか?」

 

ふふふ、と木山は小さく笑んだ

そんな彼女の姿にムッと来たのか、美琴はこちらを見て言ってくる

 

「アラタ!」

「え、お、おう!」

 

正体が露見してしまったといえど、彼女はいつもと変わらない表情を見せてくれる

それが少しだけ嬉しかった

そんな事を思いながらクウガは手に持ったドラゴンロッドを大きく振りかぶり、そのロッドに美琴の雷撃を纏わせた

振るわれたロッドは木山に届くことなく、彼女の周囲に展開されたドーム状のバリアに阻まれた

 

「!? これも念動力か!?」

「どう捉えるかは君たち次第だ。…こんなのはどうかな?」

 

不敵に笑みを作った後何か音波のような波動が周囲に発せられた

なんだ、と考える暇もなく突如として地面が崩壊する

ガガガ! と音を立てながら態勢を立て直しながらクウガは美琴の手を引いた

 

「わ!?」

 

半ば強引にこちらに引き寄せ彼女を抱き寄せる

崩壊する瓦礫を背後にクウガはその橋の下に着地し、美琴を傍らに下ろす

下ろされた美琴は「ありがと」と小さく声を呟いて同様に木山へと視線を見やった

一方で木山はポケットに手を入れながら軽く息を吐いた後

 

「…。もうやめにしないか? 私はある事柄を調べたいだけなんだ」

 

何を思ったのか唐突にそんな事を言い出した

三人が怪訝な表情を浮かべる中、木山は続ける

 

「それが終わればすべて解放する。…誰も犠牲にはならない―――」

「ふざけるな!」

 

木山の言葉を遮って叫んだのはクウガだ

当然である

ここまで大多数の人間を巻き込んでおきながら今更犠牲はださない、と言ったのだこの科学者は

 

「…確かに犠牲は出てないかもしれない。けど被害は出てんだろうが!! …他人(ひと)の心をもてあそぶような奴を、見過ごすわけにはいかないんだよ」

 

彼の言葉に同意するように美琴も頷きながら木山を睨みつけた

その光景を見た木山はやれやれというように髪を掻きながら

 

「…やれやれ。やはりライダーや超能力者(レベル5)と言えど、所詮世間知らずの子供、か」

『アンタにだけは言われたくないっ!!』

 

美琴とクウガの声が見事にハモった

ところ構わず脱ぎだすような女に世間知らず、とか死んでも言われたくない

そんな言葉を受けてもなお、木山は冷静に彼女はクウガと美琴、両方を見ながら

 

「…君たちが日常的に受けている能力開発。それが本当に安全で人道的だと、思ってるのかな」

「…何が言いたいんだ」

 

その場を代弁するかのようにクウガが問いかけた

問われた木山は頭を掻いていた手を再びポケットに仕舞いながら

 

「学園都市の上層部は、能力に関する重大な〝何か〟を隠している。…それを知らずにこの町の教師たちは、学生の脳を、改造(かいはつ)してるんだよ」

 

妙にニュアンスの籠った言い方に背筋がぞくりと震えあがる

もし本当に何か裏があって、それを知らずに自分たちが毎日開発されているのだとしたら

 

「…へぇ。なかなか面白い話じゃない」

 

その話を聞いてもなお美琴は怯まなかった

彼女自身興味はあるのだろうが、優先順位を目の前と決めただけなのだろう

彼女は地面へと手を伸ばしながら

 

「アンタを捕まえた後でその話、たっぷり調べさせてもらうわっ!!」

 

バチバチっ! と雷を走らせて砂鉄を一斉に槍へと変えた彼女の攻撃は真っ直ぐに木山へと向かっていく

 

「…残念だが、私はまだ捕まるわけにはいかないのだよ」

 

対する彼女は手をポケットに突っこんだまま周囲の瓦礫を操ってその砂鉄の攻撃を受け止めながらそのへんのゴミ箱を彼女たちの周囲へとばら撒いた

 

「なんだ!? 空き缶!?」

「いや、これは…!」

 

その空き缶のほとんどが〝アルミ缶〟

アルミ缶、と言えば―――

 

虚空爆破(グラビトン)だ!」

 

自分たちの上空にある空き缶は数えきれないほどだ

緑になれば撃ち落とせ―――いや、無理だ

 

「さぁどうする。流石にこの数は対応しきれていないのではないかな…」

「舐めんなっ…! 私が全部、吹き飛ばすっ!!」

 

小さく笑みを浮かべたのち彼女は上空に無数に位置するその空き缶へと雷を放電する

雷を受けた空き缶は連鎖的に爆発を起こしどんどんと数が少なくなっていく

その圧倒的な姿を見てクウガは改めて彼女は|超能力者なのだと思い知らされる

そして、カッコいいじゃんか、とも

 

「…すごいな。…だが」

 

一方でその光景を見ていた木山も似たような感想を考えていた

しかし彼女は手にあった空き缶を転移させる

どこか、などはわかりきった事

 

「はぁ、はぁ…! どう!? もう終わり!?」

 

やがて全てを破壊し終えた美琴の表情にはやや疲れの表情が見て取れる

しかしそれを感じさせない辺り流石だ

 

「相変わらず、やるねぇ」

「…ありがと。一応賞賛はもらっとく―――」

 

そう言いかけたところで言葉が止まった

油断しきっていた二人の目の前に一つの空き缶が出現したのだ

介旅で大能力クラス…

木山ならその上のレベルでの威力を撃ち出すことが出来るはず―――!

そう考えに至ったクウガは美琴の前に出て―――

 

 

ドォォォンッ!! と大きな爆破が木山の前に広がった

黙々と広がる黒煙に向かって木山は誰にともなく言葉を紡ぐ

 

「…てこずるとは思っていたが、こんなものか」

 

不意を突いたといえどこうもあっさり終わるとは

拍子抜けにもほどがある

近づいてみると紫色のクウガが美琴を守るように抱きとめて倒れている

 

「恨んでもらって構わない」

 

一瞥すると木山は踵を返して歩き出した

…そういえば、いつの間に紫色に―――紫色?

 

 

ガシッ、と背中から誰かに掴まれた

 

 

自分を掴んだのは他でもない御坂美琴だ

今しがたようやく理解できた

なんで倒れている時に見抜けなかったのか

 

「介旅の時は防げたけど、流石にアンタのはちょっと堪えたね」

 

どうやら油断していたのは自分の方だったようだ

しかし拘束されていようと能力を行使してあがくことはまだできるはず

そう思いたった木山は同じように電気の力を用い周囲の砂鉄を固形化し―――

 

「遅いっ!!」

 

木山の表情がハッとするのも束の間

バチバチッ!! と大きな音を上げ木山が痛みを堪えるかのように声を張り上げた

このまま近くにいては巻き込まれかねないのでクウガは変身を解き、少し離れた位置に移動する

やがてその雷は終わり、ぐったりとした木山を彼女は支えながら

 

「…一応、手加減したからね」

 

―――せんせいっ―――

 

「っえ…?」

 

唐突に頭の中に声が響いた

それは子供の声だった

まだ幼く、小学三年生くらい、だろうか

 

それは付近にいたアラタにも聞こえていたようで

 

「なんだ…これは木山の記憶なのか?」

 

だとしたらどうして電気を介していない自分たちに繋がったのかが説明できない

しかし頭に響いてくる声は変わらない

 

(…霊石が何か拾ったっていうのか…?)

 

そう言われてアラタも自身のベルト出現位置の所を見る

あり得ない話ではないかもしれないが、どうも信じられない

…いや、この霊石(アマダム)ならあり得ない話じゃないかもしれない

そう考察するうちにも徐々にその声は鮮明に聞こえてくる

 

はっきりと、親しみが込められたその言葉

 

 

―――木山せんせいっ―――

 

◇◇◇

 

 

「私が、教鞭を…?」

 

最初その話を聞いた時木山春生は耳を疑った

自分のような無愛想な女などがそのような事来るはずないと確信していたからだ

しかしそんな木山の想像とは裏腹に目の前の老人、木原教授は朗らかな笑みを崩さない

 

「君は、教員免許を持っていたよね?」

「確かに持っていますが…しかしそれはついでに取ったようなもので…」

「なら問題はないじゃないか」

 

そう言って教授は老人特融の優しげな笑顔をする

しかし今現在している研究を手放してなど…

 

「別に研究から離れろと言っているわけではないよ」

 

教授は腰掛けていた椅子から立ち上がり窓から見える景色が見える位置に移動する

 

「…あの子供たち」

 

教授が視線を移したその先には元気よく遊ぶ子供たちの姿があった

彼、あるいは彼女たちは勢いよくボールを蹴っ飛ばして校庭を走り回っている

…こんな炎天下なのに、元気だな、と思わずその時の木山は思ってしまっていた

 

「彼らはチャイルドエラーといってね。何らかの理由によって捨てられた、身寄りのない子供たちだ」

「…はぁ」

「そして今回の実験の被験者でもあり、君が担当する生徒でもある」

「…え!?」

 

あの子供たちが自分の?

…気が合うとは思えない、そもそも自分は根っからの根暗に近い性格だ

奔放な少年少女についていけるとは…

 

「実験を成功させるには、被験者の詳細に成長データを取り、彼らのコンディションを整えておく必要がある。それらの事を踏まえると、担任として受け持った方が効率がいいでしょう」

「…それは、そうかもしれませんが」

 

そう言われると言い返せない

少し木山は悩む素振りを見せた後、仕方なく教授の申し出を受け入れた

 

 

そうして、私の教師としての生活が始まった

教室内にかつかつ、とチョークで黒板に書く音がする

やがて私は自分の名前を書き終えると改めて生徒たちとなった子供たちへと向き直り

 

「…えー。今日から君たちを受け持つことになった、木山春生だ。…よろしく」

 

『よろしくお願いしまーすっ!!』

 

…厄介なことになった

もう何度目かと思うその言葉を私は心の中でもまた呟いた

 

 

正直言って私は子供が嫌いだ

デリカシーがないし、失礼だし、イタズラするし、論理的じゃないし、なれなれしいし、すぐに懐いてくる

純粋な好意を向けてくる子供という生き物自体が私は苦手だった

私のような研究者が彼らの好意に応えていいものなのか、と自問自答したほどだ

 

そんなとある日の事だった

雨が降りしきる中傘をさして帰路へとついていた私の目に飛び込んできたのはしりもちをついている枝先絆理という女の子だった

 

「どうした? 枝先」

「あっ…木山せんせい…あっはは…滑って転んじゃった」

 

あはは、と大きな笑みを浮かべておちゃらける枝先

表情こそ笑ってはいるもののその日は雨、しかもどしゃ降りだったために彼女はずぶ濡れだった

―――だから、魔が差したのだろう

 

「…私のマンション、すぐそこだから…風呂貸そうか?」

 

そう言った時の枝先の嬉しそうな顔は忘れられないくらいとてもいい笑顔だった

それもそのはずだ

枝先の施設では一週間の間に二回ほどのシャワーしかない

だからお風呂、などというのは憧れなのだ

 

「ねーせんせい」

「ん?」

 

風呂から聞こえるその声に反応する

 

「私でも、頑張ったら大能力者とかになれるかなー?」

「…今の段階では何ともいえないな。…高能力者に憧れでもあるのか?」

「んー。もちろんそれもあるけどー…」

 

その後ちゃぷん、と水面が動く音が聞こえた

そして

 

「私たちは、学園都市に育ててもらってるから。この都市の役に立てるようになりたいなぁって」

 

役に立つ、か

私の行っている研究は、役に立っているのだろうか

やがて彼女もお風呂から上がり、私は眠気覚ましにコーヒーを淹れ居間に戻ると枝先がソファの上ですやすやと眠る姿が視界に入ってきた

 

「…研究の時間がなくなってしまった」

 

口ではそう言いながらも内心悪く思っていない自分がいる

なれとは恐ろしいものだな、とコーヒーを飲みながらソファに座り枝先をちらりと見やる

そんな枝先を見て、思わず口元が緩んでしまう自分がいた―――

 

子供は嫌いだ

 

騒がしいし、デリカシーがない、イタズラするし、論理的じゃない

だけど、共に過ごしていくうちに、そんなのもいいかな、と思えてくる

しかしそんな日々もやがて終わりを迎え、実験の日がやってきた

 

 

木原教授指導の下、係員の行動は迅速だった

私は一人の女の子の下に歩いていき、こんなことを聞いて見た

 

「怖くないか?」

 

問われた女の子、枝先絆理は即答する

 

「全然! だって木山せんせいの実験なんでしょ?」

 

その言葉のあと枝先は満面の笑顔でこう付け足した

 

「せんせいの事信じてるもんっ!」

 

笑顔につられて私も小さく笑みを作る

せんせいゴッコもこれでおしまい、か

そう思うとこれまでの日々がどこか懐かしく思えてならなかった

必ず成功させよう

そう心の中で誓うまでに至るほどに

 

 

 

だけど、現実は残酷だった

 

 

 

響き渡るアラームの音

対処しようと駆け回る他の科学者たち

 

…何が、起こっている?

 

「早く病院に連絡を―――」

「ああ。いいからいいから」

「しかしこのままでは―――」

「浮き足だってないで早くデータを纏めなさい。この実験については所内にかん口令を敷く」

 

耳に入ってこなかった

ただ目の前で起きている出来事(げんじつ)に頭が理解(つい)ていけなくて―――

 

「実験はつつがなく終了した。君たちは何も見なかった。…いいね」

 

有無を言わさぬ迫力で教授は他の研究員に告げる

そして教授は茫然となっている木山の下へと歩み寄りポン、と肩を叩いた

たったそれだけの事のなのに、全身が震えあがった

 

「木山くん。よくやってくれた」

 

よくやった、だと?

そんな、こんな、ことになっていながらよくやっただなんて―――

 

「彼らには気の毒だが―――」

 

そう言いながら教授は笑みを浮かべ

 

「―――科学の進歩(はってん)には、付き物だよ」

 

そこに、かつて見せた笑みはなく、ただただ先を追い求める狂気の笑みがあった

 

◇◇◇

 

「…こと。美琴」

「―――え?」

 

自分の名前を呼ぶ声で美琴はハッとした

目の前にはドサリ、と倒れた木山春生がいる

 

「…どうした?」

 

自分を心配して覗き込んでくるアラタの顔から少しだけ視線を逸らし赤くしながら「大丈夫…」と返答しながらも視線で合図する

 

「っう…見られた、のか…?」

 

頭を押さえながらよろよろと立ち上がる木山を見て美琴を思い出す

そうだ、今はそんな事気にしている場合ではなかった

 

◇◇◇

 

「…道が無くなってる…!?」

「あたしたちが気を失ってる間に、なにが…」

 

意識を取り戻し木山の車から降りた初春を佐天は目の前で起きたことに思考が追いつけていないでいた

今見える視界の範囲で一番目を引くのぽっかりと空いた大きな穴だ

 

「…う! ぐ、あああ…!」

 

その穴の下から誰かのうめき声が聞こえた

声色から察するに、恐らく木山春生のものだろう

二人は頷きあい、その穴へと近づいてその中を見た

 

「あ…! 御坂さん…!」

「アラタさんも…!」

 

ここからでもかろうじてではあるが声が聞こえてくる

その会話の内容を聞くために、二人は耳をすませた

 

◇◇◇

 

「…なんで、あんな事をしたのよ」

 

美琴が確信を突くように誰もが思った疑問を問いかけた

記憶を見る限りでは木山自身もそのことを知らないような素振りを見せていたのだが

美琴の疑問に木山はよろよろと立ち上がりながらも

 

「…あれはね、表向きはAIM拡散力場を制御するための実験とされていた。事実、私もそう思ってた…! しかし実際は、暴走能力の法則解析用誘爆実験だったんだ…!」

 

「…え?」

「…それは、AIM拡散力場を刺激して暴走条件を知るための実験だ」

 

木山の返答に美琴とアラタは愕然とした

 

「…じゃあ、暴走はあらかじめ仕組まれていたってことなのか!?」

 

アラタの声に木山は後ろ姿でありながら頷く

 

「もっとも、気づいたのは後になってからだがね…」

 

よろよろ、と態勢を治しながら木山はこちらを振り返り

 

「あの子たちは今も目覚めることなく眠り続けている…! 私たちはあの子たちを、〝使い捨ての実験動物(モルモット)〟にしたんだ!!」

 

木山は声を張り上げる

悲痛に満ちた叫び、木山本人としてはそんなつもりはなかっただろう

しかし、結果的にはそういうことになってしまったのだ

 

「それなら、警備員(アンチスキル)にでも―――」

「二十三回」

 

アラタの声を遮り木山は何かの数字を口にする

 

「…それ、は」

「あの子たちの回復手段を探るため、そして事故の原因を究明するシミュレートを行うために、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の使用を申請した回数だ。樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の演算装置をもってすればあの子たちを助けられるはずだった…! もう一度陽の光を浴びながら元気に走らせてあげることもできただろう…!」

 

だが、と木山は続ける

 

「却下された!! 二十三回ともすべてっ!!」

「…そんな…」

 

嘘だろう、と言わんばかりに美琴が呟いた

いくらなんでもそんなに申請をして全部断られるなんてありえない

つまりそれが、意味しているのは―――

 

「統括理事会が共犯(グル)なんだっ!! 警備員(アンチスキル)が動くわけないっ!」

「だからってこんな、一万人もの人間を巻き込んでまで―――」

 

 

「君たちに何が分かるっ!?」

 

 

アラタの言葉を遮った怒号に思わず体が震えた

彼女の瞳には迷いがなかった

彼女は覚悟している

このまま止めなかったら、世界を敵に回してでも彼女は歩みを止めないだろう

世界を混沌に落としてでも

 

「あの子たちが助かるならなんだってする! 悪魔にだって魂を売る!! たとえ世界を敵に回しても!! 私は、諦めるわけにはいかないんだぁぁっ!!」

 

彼女がそう咆哮した直後だった

ドクンっ! と何かが躍動したような音が聞こえた

それと同時に、木山が頭を抱え苦しみだす

 

「な…!?」

「ちょっと…!?」

 

心配する美琴とアラタ

二人の視線を受けながら彼女は小さく呟く

 

「ネットワークの、暴走…!? いや―――これは…―――」

 

そのまま木山はドサリ、とその場に倒れ込んでしまった

思わず駆け寄ろうとした美琴は向かい、アラタは向かおうとしたとき、

 

「いや、待て!」

 

はしっ、と美琴の手を掴む

 

「な、なに!?」

「あれを見てみろ!」

 

アラタに促され

不意に木山の身体から何かが召喚された

まるでRPGみたいに彼女から何かが生まれたのだ

 

「…胎児…?」

 

美琴の呟きは的を得ていた

生み出されたものは赤ん坊の胎児に似ているが大きさは何倍も大きい

内側には何か水色の体液のような目立つ

極めつけは頭にある天使のような輪だ

しばらく眺めていると、その胎児の眼が開き、ぎょろりと三人をその赤い瞳孔が捉える

悪寒が走る

第六感が告げている

こいつは、在ってはいけないものだと

そんな意図を知ってか知らずか、目の前の胎児は奇声を上げた

その言葉は耳で聞きとれるものではなくただの叫びか

まるでこの世に生を受けた赤子のように産声を上げた―――

 

◇◇◇

 

同時刻

 

きぃ、と崩壊した橋に車が停まる

赤い車の運転席から出てきたのは琥珀色の髪色をした女性、蒼崎橙子である

同じように後部座席から飛び出してきたのは右京翔とその相棒アリステラ

反対側の後部座席から、黒い髪の少女も出てきた

 

「…ちょ、なんですか、あれ」

 

倒壊した橋から見下ろす形で右京が胎児を見て呟いた

同じようにアリスも右京の後ろからその胎児を見てみたが、若干青ざめている

 

「さぁな。少なくとも私にはわからん」

 

同じように見下ろしながら橙子はタバコに火をつける

その傍らにとことこと黒髪少女が歩いてきた

 

「いきなり出てきて彼が危ない、と言っていた時は意味がわからなかったが、そういうことか?」

「うん。手助けしなくちゃ」

「あぁ、なら止めはしない。行ってくるといい」

 

橙子に促されて黒髪の少女はうんと頷く

そのやり取りが気になったのか、右京が

 

「え、ど、どういうこと、です?」

「見てればわかる」

 

橙子の返答に意味が分からず、彼は再度黒髪の少女を見た

一度その視線に黒髪少女は合わせ、小さく笑んだあとに彼女はその場から飛び降りた

瞬間彼女の体が光輝き、その姿を黒いクワガタへと変える

彼女の変化に右京とアリスは驚愕し、一人橙子は小さく笑んだ

そのクワガタは羽根を広げ飛んでいく

そこで戦う、相棒の元へ―――



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#11 AIMバースト

統合したら18000くらいの文字数になってしまったでござる
また短くなるかもだから足しちゃえって浅はかな考えで行った結果がこれだよ!

特に変わってないしな! ちょっとのセリフとキャラいじっただけだし

一応予定では一期終えた後今度は心機一転して超電磁砲の二期を書いてみたいと思ってます

…けど期待しないでね(妥協


一七七支部にてキーボードを叩く音が単調に響く

先ほどまで映像を見てはいたのだが唐突に砂嵐に見舞われて一切の情報が入ってこない

 

「だめですわ! どのカメラも死んでしまっていますの…!」

 

どう操作しても画面の中の映像が砂嵐のまま変化がなく、なら電話ならどうかとも思ったがこちらもつながらない

暫く考えてそして黒子は徐に立ちあがり扉へ向かって歩き始めた

 

「待ちなさい」

 

が、何かを察したのか固法にその腕を掴まれた

 

「お姉様とお兄様を放ってはおけません!!」

「今のあなたに何が出来るっていうの!」

 

言われた時黒子は苦い表情をした

黒子は幻想御手(レベルアッパー)使用者を捕縛したときに負った怪我や、その連日での疲労が抜けきっておらず、まともに戦う事は難しい状態なのだ

 

「二人を信じなさい。あの二人ならきっと…!」

 

固法に諭され黒子は顔を歪ませる

こんな時に何にも力になれない自分に腹が立つ

そして同様に固法も心配なのだ

なんでもっとうまく立ち回ることが出来なかったのだろう、と自分を責めたくもなる

 

そんな時、唐突に扉が開かれた

 

「カ・ガーミンっ! 日頃頑張っているお前に親友の俺が励ましに―――あれ」

「…開けて早々迷惑をかけるなツルギ」

 

重苦しい空気を破壊するように現れたのは神代ツルギと天道総司の二人だった

天道とツルギは何やらコンビニ袋を携えており中には食材が入っている

差し入れでなにか買ってきてくれたのだろうか

 

「…貴方たち、今お仕事中なのよ?」

「だからそんなお前たちに晩御飯をだな…。む? スィ・ライン、なぜ涙目なのだ」

 

ちなみにスィ・ラインとは黒子の事である

 

「えっ、あ、のっ」

「カ・ガーミンもいないな。遠出でもしてるのか?」

 

取りつく間もなくツルギはテーブルにそのポリ袋を置いた

そしてふとテーブルの上にあったパソコンを見てしまった

 

「む? …天道」

「どうした」

 

ツルギに促され天道も同様にコンビニ袋を置き、その画面を見た

なんてことのない砂嵐

そしてここにはいないアラタ

理由はわからないがこの二人は何かをモニターしていたという事になる

そして涙目の黒子

 

「…固法」

「…何?」

 

天道は固法へと向き直る

向けられた固法は半ば苦笑いを浮かべている

これから何か聞かれるか、もうわかっているようだ

しかしあえて天道は問いかける

 

「何があった」

「…はぁ」

 

半ばあきらめた様子で固法は椅子へと背中を預ける

…なんだってこう鋭いのだこいつらは

 

 

「それは本当かクォノーリ!?」

 

事情のあらましを聞いたツルギが椅子から立ち上がる

同様に天道も椅子から立ち上がった

 

「おそらく事実だろう。…あいつは、一般人である俺たちをできるだけ頼らないようにしているからな」

「…本当は白井さんを行かせてあげたいけれど、彼女は怪我が治ってなくて…あんまり無茶させられないのよ…」

 

言いながら国法はちらりと黒子に視線を向ける

向けられた黒子はじっと下を向いたままでスカートの裾を握りしめている

どことなく天道はツルギに視線をやる

同じようにツルギも天道の方を向いていた

…考えている事は同じようだ

二人はそのまま椅子から離れドアへと移動していく

 

「ちょっと!? どこに行くの!」

「わかってるだろう。友人を手伝いに行くんだ」

「先に断わっておくが止めても無駄だぞクォノーリ」

 

念を押された国法はむぅ、とその場で押し黙った

それになんとなくではあるがそう言われるだろうと思っていた

自分だって美琴とアラタは心配なのだ

やがて固法はふぅ、と一つため息をつき

 

「…お願いするわ、二人とも」

「わたくしからもっ! どうか、お姉様とお兄様を…!」

 

二人からの言葉を受けてツルギと天道は笑みを浮かべこう返した

 

「任せろ。俺たちは天の道を往き総てを司る男と」

「神に代わって剣を振るう男だ」

 

 

一方で美琴たち

今現在目の前で起こっていることに正直ついていけなかった

 

「胎児…?」

「初めて見るぞ…何がどうなってんだ…」

 

体質変化(メタモルフォーゼ)の亜種かなんかかもしれない

しかしあんなの書庫(バンク)にない、というかあってたまるか

仮にあったとしても、あんな形ではないはずだ…!

 

「■■■■■■――――――ッ!!」

 

言葉にならない奇声をその胎児はまたあげる

その余波により、周囲の瓦礫やら何やらが吹き飛んできた

 

「危ない!」

 

アラタは美琴の手を引いて大き目な瓦礫に身を隠しその衝撃波を何とかしてやり過ごす

少ししてその衝撃波が終わったとき、タイミングを計った美琴が雷を掌に形作る

 

「こんっのぉ!」

 

そして一直線に胎児に向かって雷を撃ち出した

その雷は確かに直撃した

だが直撃した破損個所が内側から再生されていき、どういう訳だかその箇所から手が生えた

 

「うえ!?」

「! お、おい美琴、よく見ろ!」

 

アラタの指摘に美琴は注意深くその胎児を見た

よく見ると確かにその胎児は最初に見た時より一回り大きくなっている

…というか絶賛増大中だ

そしてふと、ぎょろりと赤い目が三人を捉えた

その瞬間、胎児の周囲に氷塊が生み出され、こちらに向かって放たれて―――

 

刹那、目の前を横切る黒い物体

それは自分を盾にするように美琴とアラタの前にとまり、放たれた氷塊を防ぎきる

見た目なら完全にクワガタ虫そのものだ

唐突に現れたそれに美琴とアラタは驚きつつ

 

「え!?」

「―――ご、ゴウラム!?」

<早く距離を取って>

 

クワガタ―――ゴウラムに言われるがまま一度距離を取るべく行動をとった

その時だ

 

「御坂さんっ!」

「アラタさんっ!」

 

ふと自分たちを呼ぶ声が聞こえた

その方向へ視線を向けると意識を取り戻した佐天と初春の姿があった

 

「二人とも!?」

「馬鹿、なんでここにっ…! ゴウラム! 美琴!」

 

その時の動きは早かった

アラタは美琴に視線を送る

彼女は一度頷くと一旦振り向き、追いかけてくる氷塊に向かって雷を放った

その後でゴウラムと共にアラタが駆けつけ、二人をその余波から防ぐ

 

「無事か、二人とも」

 

アラタが問いかけると佐天と初春の二人は大きく頷いた

どうやら特に目立った外傷はないみたいだ

 

「…油断しないで! アイツもこっちに追って…来てない…?」

 

美琴の声に振り向いて胎児の動きを確認してみればどういう事か胎児はこちらを追っかけてはきてなかった

それどころか、まるで何かにすがろうとしている赤子のように生まれた両手を動かしている

それはどことなく、悪夢にうなされているようにも見えた

 

そんな思考の最中にも胎児はどんどん大きくなっていく

いつしか胎児は一回りも二回りも大きくなっており橋の上にその姿を現した

そして橋の上から聞こえてくる銃声

しかしその銃撃に意味はなくむしろ撃たれているたんびにまた大きさを増しているようにも見える

 

 

「天道!」

 

バイクで走っていた二人組

固法からだいぶアバウトな場所しか聞いていなかったが、遠くから視認したその胎児のようなもので確信が持てた

 

「あぁ! 飛ばすぞ!」

 

天道はそう言葉を飛ばし、さらにエンジンをフルスロットルさせる

そんな天道を追うようにツルギも速度を上げた

 

 

「ふ、ははは…」

 

警備員が胎児と銃撃戦を繰り広げている最中、木山春生は自嘲気味に笑みを浮かべた

 

「…すごいな」

 

思わずそんな感想を呟いていた

まさか自分からあんな化け物が生まれ出でるとは思わなんだ

学会にでも発表すれば表彰ものだ

…もはやあれは自分の手に負えるものではない

それは同時に、あの子たちを助ける術が失われたという事だ

 

「…おしまいだな」

 

これまでやってきたことはすべて泡と消えた

もう二度とあの子たちを目覚めさせてあげることは叶わなく―――

 

「諦めないでくださいっ!」

 

絶望しかけていた木山に一人の女の子の声が聞こえた

木山がその声の方へ首を向けるとそこには初春飾利の姿があった

いや、初春だけではない

佐天も、美琴も、アラタも、皆いた

彼らの眼には、まだ色があった

 

 

「AIM拡散力場の…」

 

美琴の聞き返しに木山は頷いた

 

「恐らくは集合体だろう。…仮に、AIMバーストとでも名付けておこうか」

「…AIMバースト…」

幻想御手(レベルアッパー)のネットワークによって束ねられた、一万人のAIM拡散力場…それらが触媒となって生み出された潜在意識の怪物…」

「…つまり、アイツは一万人の思念の塊…みたいなものなのか?」

 

アラタの呟きに木山は頷く

 

「まぁ、そういうことだ…」

 

そして徐に、今も叫びをあげている胎児―――AIMバーストを仰ぎ見た

 

幻想御手(レベルアッパー)の使用者となった人たちは、夢に破れた人たちが大半だろう

身体検査で下された結果を見て、悟ってしまうのだ

能力者なんてものは、夢でしかなかったんだと

どんなに頑張っても、この都市(まち)では〝才能〟という壁が邪魔をしてくる

才能ある人間は才能ない人間を食い物にし、己の欲求を満たすためだけに虐げられる

何時しかそれが日常となってしまうほどに

 

だから縋るしかできなかった

間違っているとわかっていても、そういう力に、縋るしかなかった

 

…あのAIMバーストはいわば被害者たちの心の叫び

憧れ、妬み、嫉み、夢、願い…

彼らの諦めきれない渇望の類が具現化したもの

そう思えると、あの胎児の姿をしたものがかわいそうに感じた

 

「…あれはどうすれば止められる?」

 

それぞれの決意が込められた瞳が木山に向けられる

その言葉を発したのはアラタだ

 

「…それを私に聞くのかい? 今更何を言っても信じるとは―――」

「手錠」

 

木山の言葉を遮って佐天が木山の前に手を見せた

 

「…私と初春の手錠、外してくれたの、木山さんでしょう?」

「…気まぐれだよ。…まさかそんなもので私を信じようなんて…」

「そうです!」

 

今度は元気のいい初春の声が木山の言葉を遮った

そして真っ直ぐ木山の眼を見て

 

「…子供たちを救うのに、木山先生が嘘つくはずないですもん」

 

その初春の顔を

 

「信じます! 木山先生の事」

 

 

―――せんせいの事信じてるもんっ―――

 

 

今眠っている枝先の純真な笑顔と重なった

 

「…聞いてたのか? 二人とも」

 

アラタの問いに佐天と初春は苦笑いと共に首を縦に動かした

 

「…全く」

 

木山の呟きにみんなが顔を向ける

その視線を受けながら木山は口を動かした

 

「…AIMバーストは幻想御手(レベルアッパー)の生み出した怪物…ネットワークを破壊できれば、止められるかもしれない」

 

「…! 初春、あれ!」

「はい!」

 

佐天に促され初春は自分のポケットをまさぐる

そして取り出された掌の上にあったのは一枚のチップ

 

幻想御手(レベルアッパー)の治療プログラム!」

 

「…試す価値はあるわね」

 

美琴の言葉にみんなが頷く

―――希望が見えてきた

 

そして美琴とアラタはちらり、と何気なく橋の上を見る

視界の先に見たのはAIMバーストに向かって銃撃を繰り返してる姿だ

 

 

銃撃をしている最中、聞き覚えのあるサイレンの音が黄泉川の耳に届く

音の方へ向けるとそこにはガードチェイサ―から降りてこちらに走ってくるG3の姿が見えた

 

「馬鹿! 遅いじゃんよ!!」

「すみませんっ! なるべく急いできたつもりなんですが…!」

 

言いながらG3はスコーピオンを構え、うごめく触手に向かって発砲する

しかし効果的な感じではなさそうだ

 

「くっ…!」

 

これはだいぶ手間がかかりそうだ

内心眞人はそう呟いた

そんなG3の耳に聞きなれた声が耳に届いてくる

 

「来たか、立花!」

「間に合ってなによりだ」

 

現場隊長の矢車と影山だ

状況が状況だけに、二人共それぞれキックホッパー、パンチホッパーへと姿を変えている

二人もそれぞれ拳と足でこちらに向かってくる触手郡を迎え撃っている最中だ

 

「隊長、影山さんも…ご無事なようで!」

 

心を奮い立たせながらG3はスコーピオンを握りなおす

 

 

「あいつは俺と美琴で引き受ける。二人はそれを持って警備員(アンチスキル)の所へ」

 

アラタに促され初春は頷く

そして初春は佐天の方を向き、また頷きあう

美琴とアラタに視線を向けた

 

向けられた二人も同様に大きく頷いた

少し時間が過ぎた後、三人と二人はそれぞれ反対方向へと駆け出していた

 

その背中を追いながら木山は苦笑いを浮かべ

 

「…本当に、根拠もないのに…」

 

かくいう木山も、信じていないわけではない

彼らなら、或いは

 

◇◇◇

 

「っくそ!! 減らない…!」

 

あれから何度もスコーピオンを放ってはいるが触手が減る気配はない

というか増えてきているように感じられる

 

「鉄装さんっ! 黄泉川さんを連れて少し後ろにっ!」

「わ、わかりましたっ!」

 

自分の後ろにいる鉄装にそう言ってG3はさらに前に出る

 

「流石に、堪えるな…!」

「でも、まだまだ…!」

 

肩で大きく息をするキックホッパーとパンチホッパーを尻目にG3は考える

思えば二人はだいぶ前から戦闘を繰り返していたのだ

当然、疲労も蓄積されている

 

「…どうする…!」

 

G3は考える

そんな時―――

 

「でやぁぁぁっ!」

 

そんな叫びと共に自分の前に雷が迸った

眼前の触手が薙ぎ払われ、G3の隣にスタリ、と着地する一人の女の子

 

「アラタ!」

「あぁ!」

 

少し遅れて彼女の隣に一人の男が空中から誰かが飛び降りてきた

片方は女の子だ、そしてもう片方は―――

 

「鏡祢くん!?」

「! その声は、立花さん…!?」

 

思わぬ来客に驚いたがそうも言っていられない

ここに一般人が来ては

 

「ようやく見つけたぞカ・ガーミンっ!」

 

しかし予想とは裏腹に逆にどんどんと人が増えてくる

…一体どうなっているんだ

 

「少々探すのに手間取ったぞ鏡祢」

「天道…ツルギまで!? なんで…」

「水臭いぞカ・ガーミン。友情とは富にも勝る最高の宝だ。手伝わない訳にはいくまい」

「…ったく。…ありがとよ」

 

そう言ってアラタは笑顔を見せる

…いやそうではなくて

 

「アラタ」

 

さらにもう一声

声の方に視線を向けると橙色のコートを着込んだ赤いポニーテールの女性

その後ろには男女二人組もいる

 

「と、橙子!? 来てたのか!?」

「って、っていうかなんでここにいるんだよ!? アラタ!」

「うぇ!? あ、いや、その…」

 

右京翔に指摘されしどろもどろとしているアラタ

そんな彼らに少しだけ苛立ちが募ったG3は多少声を荒らげて

 

「何をしてるんですか! ここは君たちのような子供が来ていい所では―――」

「いや、いいんだ」

 

言葉の途中でキックホッパーに止められた

意味が分からずにG3はキックホッパーを見る

彼はずい、と橙子の前に出て

 

「橙子さん。あの胎児が向かっている先の施設、なんだと思います」

 

不意に投げかけられた問いに考えながらその場のメンツは胎児の先にある施設を見た

そこはいかにもな工場施設

少し考えた橙子は自分の答えを口にする

 

「原子力実験炉、か」

 

その呟きを聞いてゾクリとした

間に合わなかった場合の事など考えたくもない

これは、本当になにがなんでも止めなくては―――

 

「ちょ、何やってるのあの子!」

 

唐突に鉄装の叫び声が場を支配する

向けられた視線の先には階段を駆けあがる佐天と初春の姿があった

 

「…逃げ遅れたのか!?」

「それは違います」

 

黄泉川の言葉にアラタが答えた

え? と向けられた疑念に美琴が付け加える

 

「矢車さん、お願いがあるんです」

 

そう言って事情を説明する

キックホッパーはそれを聞いて頷いて快諾してくれた

 

「…仕方ねぇ。行くか、天道、ツルギ」

 

アラタがそう言うと言われた三人はそれぞれ笑みを浮かべ頷いてくれる

 

「…何を…?」

「ってか、なんで二人もこんなところに…」

 

G3―――立花眞人アリステラと右京の視線はつらい

特に右京の視線がすごく辛いが…そんなことを言ってはいられない

時は一刻を争うのだ、渋っては手遅れになる

 

<STANDBY>

 

ボゴンと地面から這い出るかのようにサソードゼクターが現れ、ツルギの手へと飛び、それを受け止める

同様に空から飛翔してくるカブトゼクターを天道はキャッチし、そしてアラタも腰に手を翳し、アークルを顕現させた

その後右手を左斜め上に、左手をアークルの右側へと移動させ、それを開くように移動させ、そして各々に叫んだ

 

『変身ッ!!』

 

叫びと共にツルギはヤイバ―にサソードゼクターをセットし、ゼクターニードルを押し込み、マスクドの過程をキャンセルする

同じようにベルトにセットした天道もカブトゼクターのホーンを倒し、マスクドの過程を省略して変身する

 

<Change Scorpion>

<Change Beetle>

 

青い複眼と緑の複眼が点滅し、カブトは天を指し、サソードは剣を構える

 

そしてアークルのスイッチを押したアラタも同様に姿を変える

赤い複眼、二本の角

今、G3の前に広がっているのはすべて都市伝説で噂となっていた仮面ライダーたちの姿

 

「…鏡祢くんが―――」

「え、えぇ!?」

 

驚くG3と右京をスルーしつつ美琴はクウガの隣に並び立つ

一度向けられた視線に美琴は小さい笑顔で返し、再び前を前を見る

仮面ライダーたちの視線の先にAIMバースト

その思念(おもい)を止められるのは、自分たちだけだ

 

「翔。お前も早く変身して合流しないか。時は一刻を争うんだぞ」

「え!? あ、はい! 行こう、アリス!」

「う、うん! 橙子さん、私の体を頼みます!」

 

未だ状況を理解できていないが、右京とアリスは橙子に促されるままにダブルドライバーを巻きつけ、メモリをセットしそれを開く

 

<CYCLONE JOKER>

 

少し遅れてサイクロンジョーカーとなったダブルもクウガの横に並んだ

ちらりとクウガを横目に見つつ

 

「…説明は後で聞くぜ、アラタ」

「わかってるよ。さて―――それじゃ行こう、皆」

 

クウガの声に応えるかの如く、彼らは一斉に駆け出した

昏睡している人たちに、未来(あした)を届けるために

 

◇◇◇

 

地上へと飛び出した一行はまず美琴が砂鉄で作り出した剣で先制する

放たれた砂鉄の剣はAIMバーストの触手を容易く切り裂いた、がやはり効果はなくすぐに再生師元に戻ってしまう

しかしそれでもこちらに気を引くことには成功したようだ

 

「アンタの相手は私らよ―――て、うわ!?」

 

言葉など通じんと言った様子でAIMバーストは美琴の方へと波動のような一撃を放つ

慌てた様子で美琴を含めたメンバーは散り散りに回避行動を取った

 

「っくっそ! こっちの話は聞かない感じか!」

「聞いてくれたら幸運だがな。…む、見ろカ・ガーミン!」

 

サソードに促されクウガは彼が指差した一点を見た

視界に入ってきたのは先ほど美琴に切り落とされた触手の一部だ

その触手が何やらウネウネとうごめいていき、そこから成人男性サイズの土人形が生み出された

分かり易く言うなればゴーレムだ

 

「…なんでもありだなおい」

<行こう翔。私たちで相手をしよう>

 

短い会話をした後ダブルがその土人形に向かって走り出し、一体に飛び蹴りをかます

それに続くサソードを尻目にしながらクウガはAIMバーストの方を見る

AIMバーストは自らの頭上で気のようなものを溜めていたところだった

恐らくこの周囲に向かって放つ攻撃のはずだ―――

 

「! まずい!!」

 

思わず振り向いたがもう遅い

付近一帯に放たれた光弾の一発は今まさに階段を駆け上がっている佐天と初春の所へ―――

 

「クロックアップ」

<clock up>

 

その呟きが聞こえたと思ったらその瞬間カブトの姿は消えていた

間に合ってくれるといいのだが―――

 

 

「え?」

「危ない初春!」

 

ドンと突き飛ばされたと感じた時に耳に爆発のような衝撃音が入ってきていた

思わず前のめりになって倒れてしまい、足や手に軽い痛みが走る

 

「い、たぁ…」

 

痛みに堪え視線を向けるとばらばらにひしゃげた階段の手すりや、何かの破片などが周囲に散らばっていた

どうやら下に続く階段がその瓦礫に阻まれてしまったようだ

そして自分の近くに佐天の姿がないことに気づく

 

「! 佐天さん!?」

 

彼女の名前を叫ぶ

どこか、どこかと思いながらきょろきょろと周辺を見回して

 

「初春ー!」

 

阻まれた向こう側から佐天の声が聞こえた

 

「佐天さん!? 無事なんですか!?」

「あたしは大丈夫! それより初春! ワクチンの方は大丈夫!?」

 

えっ、と呟きながら彼女はポケットに手を入れてそのプログラムを取り出す

…うん、どうやら目立った傷はないようだ

 

「先に行って! 初春! あとはあんたに託すわ!」

「え!? でも―――」

「今はもっと優先すべきことがあるでしょう! アンタが助けるの! 昏睡してる人たちを!!」

 

確かにここで止まっていたらAIMバーストと戦っているあの人たちを危険にさらしてしまう

なら自分に出来る事は、足を動かすことだけだ

初春は力強くそのプログラムを握りしめ、意を決したように再び会談を登り始めた

 

「…頼んだよ、初春」

 

呟きながら初春は先ほどの衝撃から庇ってくれた人の後ろに改めて身を隠す

 

「…ごめんなさい、誰かは、わからないですけど…ありがとうございます」

「気にするな。人が歩くのは人の道、それを拓くのが天の道だ」

 

そう言いながらカブトは周囲を確認する

どうやらさっき放った光弾にゴーレムを生み出す触手の一部が組み込まれていたのだろう

 

「安心しろ。お前は必ず守る」

 

そう言われて思わず佐天は顔を赤くする

…あって間もないのにどうしてこう言ったセリフを言えるのか

 

 

階段から抜けて初春は辺りを見渡した

視界には数分前に乗っていた木山の青い車が見える

 

「私だって風紀委員(ジャッジメント)なんだ…!」

 

戦える力がなくても、抗える力がある

そう自分を奮い立たせてまた足を動かしたとき、また爆発音が鳴り響く

どうやら左側の壁にまた光弾のようなものが直撃したようだ

 

その音に足をもつれさせてその場に初春は転んでしまった

だけどプログラムは守り切れた

 

「はは、アラタに似て無茶をする」

 

声が聞こえた

声の方に振り向くと自分を庇うように緑色の仮面ライダー―――キックホッパーがAIMバーストを睨んで立っていた

その周囲には灰色の仮面ライダー―――パンチホッパーとG3もいる

 

「怪我は?」

 

パンチホッパーにそう問われ、初春はない、と首を振る

 

「ならプログラムも無事ですね」

 

G3の言葉に初春は力強く頷く

 

「…よし、何とかして移動するぞ」

 

キックホッパーの視線の先には警備員(アンチスキル)の車両がある

木山との交戦で大体破壊されたと思っていたが幸か不幸は一台だけはその被害を受けることなく静かにたたずんでいた

あの車両ならこのプログラムのデータをこの都市中に流せるかもしれない

しかし、AIMバーストはそれを許してはくれないらしく、再び頭上に再び何やらエネルギーを溜め始めた

 

 

「いい加減にっ!!」

 

半ば怒りと共に放たれたその雷撃はAIMバーストの頭上に溜められていたエネルギーごと焼き尽くす

だがその攻撃にも意味はなくすぐ再生されていく

けれども問題はない

注意を引くことが重要なのだ

 

「そろそろこっちにも振り向いてくれない?」

 

美琴の左隣にはダブルが並び、AIMバーストを見つめる

 

「事情はよくわからないけど、あれを止めないといけない、ってことだけはなんとなくわかるよ」

<うん。だから、とめてあげよう、私たちで>

 

迫り来るゴーレムを蹴っ飛ばしながらクウガが美琴の隣に立つ

 

「あぁ。だから行こうぜ、美琴!」

「えぇ。…みっともなく泣き叫んでないで、真っ直ぐこっちに向かってきなさいっ!」

 

美琴の叫びに呼応するかのように、またAIMバーストは嘶いた

 

 

クウガ、美琴、そしてダブル

彼らはAIMバーストを足止めしているが、依然効果はなし

カブトは階段の途中で土人形と交戦しているし、サソードは地上で同様に土人形と戦っている

 

その戦いの光景を見ながら木山はゆっくりと橋の下から歩いてきて思考を走らせていた

 

(…ワクチンプログラムを何とか都市中に流すことで、幻想御手(レベルアッパー)のネットワークを破壊する。…あの子たちがうまくやれば、あの暴走を抑えることが出来るはずだ)

 

だが…、とそこで思考を区切り、再び木山は歩き始めた

 

 

<TRIGGER!>

 

<CYCLONE TRIGGER!>

 

「たぁぁぁっ!!」

 

トリガーマグナムから放たれた風の弾丸は空を飛び、AIMバーストに当たり、破損させる

だがやはり自己修復され、その攻撃は無意味なものとなる

 

「くっそ! やっぱりか!」

<このままじゃジリ貧だよ…>

 

そんなダブルの隣を駆け抜け、クウガが前に出る

AIMバーストはクウガに狙いを定めて一斉に触手を伸ばし始めた

伸ばされた触手を手刀で斬り、蹴りで払い、拳でクウガは砕いていく

だがいずれも全く効果はなく、再び再生されていく

 

「あちゃー…全然効かねぇな…」

 

そのまま何度か触手に向かって徒手空拳を繰り出すがやっぱり再生されてしまう

 

「屈んで! 二人共!」

「え!?」

 

美琴の声が聞こえた時にはもう眼前に大量の砂鉄で生成された鞭みたいにしなるブレードが迫ってきていた

 

「おうわっ!?」

「危ない!?」

 

当然範囲にはクウガはもちろんの事、ダブルも入っていたらしくクウガを見て同じように屈む

自分たちの頭上を通る砂鉄の剣は空を切り、そのままAIMバーストの腕に該当する部分を切り落とす、がやはり腕は再生され、切り落とされた腕からはまた変な土人形が生み出された

 

「ちょっと!? 何すんだよ!」

「ちゃんと忠告したじゃない」

「したけどもさ!」

 

ダブルが立ち上がると同時に美琴に詰め寄りプチ口論となる

クウガとしては美琴の無茶な振る舞いにも慣れてしまっているので正直何にも思わないのだが

 

「状況見ろ右京。今味方同士でそんなこと言い合っても仕方ないじゃないか」

 

アラタに言われて落ち着いたのか、ダブルは一度深呼吸して落ち着かせた

一旦気分を落ち着けて、再びAIMバーストへと向き直った

 

「…けど、ホントにどうすんのよ。はっきり言ってキリないわよ」

 

穿っては再生され、切断しては再生され、引きちぎっても再生される

おまけにそこから変な土人形は生まれるわで収拾がつかない

 

「あの子達がプログラム届けるまで凌ぐしかないだろ? やれるとこまでやらないと―――」

 

<そこで私の出番>

 

迫り来る触手を切り裂き、宙を舞いながら黒色のクワガタがクウガの近くへ飛んでいく

羽根を展開し飛び回るゴウラムを見て、一つクウガは思いついた

 

「右京、俺らは一旦空から牽制してみる」

「え? あ、あぁ。わかった」

「そんなわけで、ちょっとそれ貸してくれ」

「は? い、いいけど…」

 

言葉と共に頷いたダブルはクウガに向かってトリガーマグナムを投げ渡す

それを受け取ったクウガは頷いて叫ぶ

 

「超変身!」

 

言葉と共に今度は赤い姿が緑色へと変化する

緑色の鎧をベースに複眼も緑色へと変わり、手に持つマグナムも緑色特有の武器であるボウガンへと変換されていく

 

「行くぞ、美琴」

「え? えぇ!」

 

クウガが先に乗り、その手を美琴へと伸ばす

美琴はその手を取り、彼に引っ張られる形でゴウラムの上へと乗った

 

「…そんなことまでできるのか」

「そんなわけで、地上は任せたぜ! …うし、行くぞゴウラム!」

「うえ!? ちょ、ま―――」

 

クウガが言うとゴウラムは羽を開き羽ばたかせ上空へと瞬いていく

その時同時にエレキガールの叫ぶような声が聞こえた気がしたが気のせいだろう

 

<任されたね、翔>

「あぁ。…だから、行こうぜアリス」

 

そう言いながらダブルは一本のメモリを取り出して、起動させる

 

<METAL>

 

そしてトリガーメモリを抜き、それを差し込みドライバーを開く

 

<LUNA METAL>

 

そんな電子音が鳴り響き、右は黄色のまま、左半身が鉄のような色へと変化し、背中から一本の武器を構える

それはメタルサイドのウェポン、メタルシャフト

 

「…よし、行くぜ!!」

 

ルナの力で伸縮するメタルシャフトを振るいながらダブルはAIMバーストへと駆けていった

 

 

階段の途中での戦闘

 

幸いにも動きが単調な土人形を倒すのは造作もないことだった

しかし問題はいくら斬りつけても斬りつけても治ってしまうのだ

流石は人形と言ったところか

おまけに場所が場所なだけにライダーキックが使えない

使ってもいいがそれでは佐天を巻き込んでしまう確率もある

 

「ならば…」

 

カブトはクナイガンを構え、静かに態勢を低くする

何か来ると予想したのか土人形が少し身構えた気がした

しかしそれを杞憂と判断したのか二体同時に接近し始める

その時、先にカブトが動いた

 

クナイモードとなった刀身にエネルギーを込め、通り抜け様にアパランチスラッシュをそれぞれの胴体に叩きこんだ

深々と斬られた二体の土人形は再生能力を失ったのか、それとも再生するためのエネルギーが切れたのか、土人形はその場で崩れ落ちた

 

「…怪我はないか」

「は、はい。おかげ様で…」

「そうか。それは何よりだ。…行けるな?」

 

カブトがそう問いかけると佐天は力強く頷いた

これ以上の心配はなさそうだ

 

「―――頑張れよ」

 

そう言い残してカブトは手すりを飛び越えて、地上で戦っているサソードの方へ加勢すべく駆け出した

その背中を見ながら佐天は瓦礫を見やる

瓦礫は通れないほどでなく、少しばかり小さくなっている気がする

戦っている最中、カブトが切りつけてくれたのだろうか

だとしても有難い

 

「よし。行こう!」

 

自分を奮い立たせるかのように呟いて、彼女はその瓦礫の上を走る

何もできなくても、構わない

今動くことが重要なんだ―――

 

 

「ツルギ!」

 

サソードの耳に聞きなれた声が届く

その方向へ視線を向けるとカブトがこちらに向かって走ってきていた

走りざまにクナイガンにて土人形を切り裂いていきながらカブトはサソードの隣へと駆け寄った

 

「天道!」

「一気に決めるぞ、準備はいいか」

「あぁ! 問題ない!」

 

言葉と共に二人は必殺技の構えを取る

カブトはゼクターのスイッチを押し、サソードはサソードテイルを一度抜いて、再び挿す

 

<One two Three>

 

「ライダーキック」

「ライダースラッシュ!」

 

<Rider Kick>

<Rider slash>

 

そう電子音が鳴った後、カブト自分の前方にいる数体の土人形へと回し蹴りを繰り出し、その背後では同じように数体の土人形に向かってサソードヤイバーを振り抜いた

それぞれの動作が終了したあと、サソードはヤイバーについた血を払うように空を切り、カブトは天を指す

 

「あとはアラタたちを待つだけだ」

「あぁ。任せたぞ、カガーミン」

 

 

「…空からでもあんま効果なし、か」

 

いくつか射撃してはみたが案の定効果はなし

同じように美琴も雷を売っては見たが結果は変わらずだ

 

「それでも、やんないといけないでしょ? 初春さんたちがやってくれるまで」

「あぁ。…行けるか?」

「…ふふ、誰に言ってんのよ?」

「はは。…そうだったな!」

 

お互いに言い合いながら迫ってきた触手にクウガはボウガンを撃ち込む

このボウガンは弓に当たる部分があるのだが、それを引かずに引き金を引けば威力が低いがけん制程度の弾丸が放てるのだ

 

触手がすべて破壊された後、今度は氷の刃が周囲に展開される

いくつもの刃がこちらに向かって放たれる中、美琴は焦ることもなく、雷を展開しそれを砕いていく

ゴウラムもまだ問題はなさそうだ

…大丈夫、まだいける

 

 

警備員(アンチスキル)の車両にて

 

「ああ、そうだ。手段は問わない、これから送る音声データを学園都市中に流すんだ」

 

変身を解いた矢車が携帯を使用して指示を飛ばしている

これが成功しなければもう勝算はない

 

「転送! 完了しました!」

 

初春の声が耳に届いた

よし、後は―――

 

「責任はすべてこの矢車が持つ! とにかく流せ!」

 

矢車のその指示のあと、学園都市中に単調な音が響き渡った

 

 

曲と言われれば確実に十人中十人は首をかしげてしまうだろう

とても曲とは言えないただシンプルな一つの音を聞かせられればそれは曲でなく音だ

だがこの音はただの音ではない

 

「…なんだ、これ。曲か?」

 

思考に埋没しようとしたその時だった

直前までに迫っていたAIMバーストの触手に一瞬気づくのが遅れ、ダブルが囚われてしまった

 

「うわっ!? しまったぁ!!」

 

ご丁寧に両手までしっかり巻きつかれている

これではメタルシャフトが振るうことが出来ない

万事休す、か

 

「右京!」

 

空中からこちらを視認したクウガがその場からボウガンで触手を狙い撃つ

触手の縛りから解放されダブルは地上に降り立った

それと同時に一度彼らは地上に着地する

 

「悪いアラタ! だけどいくらやっても再生するんじゃあ…っ!?」

 

言葉を言いかけてダブルは驚いた

ボウガンを放たれて破損した場所が治っていないのだ

 

<もしかして、今流れてるのって治療プログラム…!?>

 

アリスの言葉になるほど、と納得する

幻想御手(レベルアッパー)も音声ファイルならそれを治すのも音声ファイルなのだろう

そしてそれが意味することとは―――

 

「初春さんたちやってくれたんだ!」

「あぁ! ったく…すげぇよホントに」

 

つまり今のこの時ならば、AIMバーストを倒せるはずだ

しかしこの大きな巨体を一度にダメージを与えるなら―――

 

「美琴!」

「えぇ! これで、戦闘終了(ゲームオーバー)よっ!!」

 

クウガの叫びに呼応して美琴が高威力の雷撃を放電する

その大きな体に放たれた雷は真っ直ぐにAIMバーストを捉え、身体全体を焼き尽くす

声にならない叫びをあげてAIMバーストは身体を黒くしながらその場に崩れ落ちた

 

「…はぁ」

 

ようやく終わったと感じた美琴は短くそう息を吐いた

そんな背中をいつの間にか赤いのに戻っていたクウガが軽く叩く

 

「お疲れ」

「あんたもね…そっちの半分こも」

「半分こっていうな!」

 

ダブルの声を聞きながらどこか笑みを浮かべる自分がいる

とにもかくにもこれで

 

「気を抜くな!!」

 

終わったと思った矢先、木山の声が耳に届いた

いや、というかなんで彼女はここにいるんだ!?

 

「まだ終わっていない!」

 

木山の言葉に三人はもしやと思いAIMバーストの方へと向き直る

彼女の言葉通りAIMバーストはまだ動きを止めていなかった

 

「そんな!? ネットワークは壊したんじゃ…!?」

「あれはAIM拡散力場が生み出した一万人の思念の塊…、常識は通用しない!!」

「はぁ!? 話が違うじゃねぇか!」

 

ダブルが叫ぶ

倒したと思っていたのにこれじゃぬか喜びもいいとこだ

あんなの、一体どうやって倒せば…

 

「核だ! 力場を固定させている核が、どこかにあるはずだ…! それを破壊できれば…!」

 

―――ユルセナイ…―――

 

「!? …今の、は…」

 

不意に唐突に聞こえたエコーのかかった声に美琴たちは一度動きを止める

それはおそらく、幻想御手(レベルアッパー)使用者の心の声だ

 

―――毎日、馬鹿にされて―――

―――レベルゼロって、欠陥品…―――

 

「…」

 

思わず美琴は押し黙る

彼女は努力で超能力者となった人だ

だから、なんとなくだが気持ちが分かるのだろう

 

「…私、佐天さんに謝んないと」

「…え?」

「無責任にあんな事いって…さ。気にしてるかもしれないのに」

 

苦笑いと共に美琴はそう呟く

恐らく、自分の知らないところで何かがあったのだろう

それを聞くのは野暮だと感じたクウガは何も聞かなかった

やがて意を決したように美琴はいまだ行動を続けるAIMバーストを仰ぎ見る

 

「下がって。…巻き込まれるわよ」

 

そして木山に向かってそう言った

 

「構うものか! 私には、あれを生んだ責任が―――」

「教え子」

「…え?」

 

ダブルの言葉に木山は目を丸くする

 

「…あんたはよくても、あんたを待ってる教え子たちはどうする気だ?」

「…っ」

 

木山はそう言われて少し顔を俯かせる

彼女が今まで行動してきたのはすべて今なお眠っている子供たちの為だ

その子たちが起きたとき、一番に見せなければならないのが彼女自身の笑顔でなくてはいけないのだ

 

「…こんなやり方以外なら俺たちもいくらでも協力する。…な?」

「当然。…だから、こんなところで諦めないで」

「よ、よくわからないけど、俺も手伝えるなら」

<俺もじゃなくて、俺たちも、でしょ?」

 

状況が飲み込めていないダブルを尻目にクウガと御坂美琴が一度顔を見合わせる

そして少し視線を合わせてお互いに頷くとまずクウガがゴウラムに乗って上空へと飛翔する

その後でダブルがメタルシャフトを構えた

 

「それにね、アイツに巻き込まれるんじゃない。…アタシらが巻きこんじゃうって、言ってんのよっ!!」

 

言葉の途中に美琴らに放たれた尖った触手が貫かんと伸ばされる時、美琴の手から放たれた雷がその触手を焼き尽くす

そのまま放たれた雷は力場のようにAIMバーストを取り囲み、少しずつではあるがダメージを与える

しかしそれでも決定打には至らない

だが

 

「行くのかい!?」

 

美琴の死角から来る触手の攻撃をダブルが伸縮するメタルシャフトで援護しながらそう問いかけた

対する美琴はニィ、と笑みを浮かべて

 

「あったりまえじゃないっ!」

 

その言葉と共にAIMバーストを包んでいる誘電力場がさらに出力を増していく

彼女の電撃は直撃してはいない

美琴が強引にねじ込んでいる電気抵抗の熱で、表面から焼いているのだ

その戦いを見て確信する

 

「私と戦ったときは、全力ではなかったのか…!!」

 

しかしAIMバーストは意地があるのか、妬かれた表面を再生させながらいくつもの触手を束ねて大きな手を作り出す

 

「正直俺は、今も状況が飲み込めてない」

 

<METAL MAXIMAMDRIVE>

 

シャフトにメモリを挿入し、その場でブンブンと振り回す

するとシャフトから生成されていく黄色の輪刀がダブルの周囲を飛び回った

 

「<メタルイリュージョンッ!!>」

 

放たれた光輪は弧を描きながらその大きな手を切り裂いた

 

「けど、あんたらが、すごく頑張ってたってことだけは、わかる」

 

だがまだAIMバーストは抵抗をやめない

今度は周囲に氷の刃をつくりだし、地上の二人に目掛けて撃ち出した

 

「まだ頑張れるよ。もう一度頑張ってみよ?」

 

そう言いながら彼女が周囲に放たれる雷撃は撃ち出された氷の刃を打ち砕く

泣いている子供をあやすように、美琴は優しい目でAIMバーストを見つめながら、一枚のコインを弾いた

その隣でダブルはメモリを変える

 

<LUNA TRIGGER!>

 

ルナトリガーへとチェンジしたダブルは美琴の隣でマグナムを構える

 

「頑張れるなら、頑張ろう。他人の事なんか気にしちゃダメだ。気にしたら止まってしまうから」

「そうだよ。こんなところでくよくよしてないで、自分に嘘つかないで―――」

 

自分の手元に落ちてくるコイン

それを見ながらダブルはトリガーメモリをトリガーマグナムへと装填する

 

「―――もう一度っ!!」

 

飛来したコインを音速の三倍で撃ち出す美琴の代名詞

それが超電磁砲(レールガン)

その一撃に合わせるようにダブルも引き金を一気に引く

 

「<トリガーフルバーストッ!>」

 

真っ直ぐ突き進む超電磁砲に添えるように放たれたいくつもの光弾が重なり合い一つの弾丸となってAIMバーストの腹部を突き破る

やがてそれはAIMバースト内部にある核に衝突し、そのまま貫いて体外に排出した

しかしその核を破壊するまでには至らず、ヒビを入れてコインが先に砕けてしまった

だが特に焦ることない

もう一人、私たちには仲間がいる

 

 

「これで決めるぞ!」

<がってん!>

 

ゴウラムに指示を飛ばし、スピードをアップさせる

速度が上がる中、貫かれた核をクウガは全力で視た

するとまばらな線共に、中心に点があるのが分かった

ならば狙うのはそれ一つ

ある程度速度が出て、態勢を立て直しそして先に自分が飛び出す形で一気にジャンプし、空中で一度回転させ、右足を突き出した

それに追うようにゴウラムも後に続き、彼のすぐ隣に鋭い角を前に出す

 

「おぉぉぉりゃぁぁぁっ!!」

 

咆哮と共に紅蓮の炎を纏ったマイティキックに、ゴウラムのゴウラムアタック

高所からの飛び込みを利用し速度を増したその蹴りはゴウラムの補佐もあって、ヒビの入ったAIMバーストの核に直撃し、それを砕き割る

 

ズドォン、と地面に砲弾のように着地したクウガは自分の周囲を飛ぶゴウラムを撫でながら

 

「…大丈夫、きっとできるさ」

 

昏睡してる人たちを励ますように呟く

レベルゼロの気持ちはわかる

だけど、それでも、俺たちには明日が待っていてくれるのだから

 

だから、ひとまず歩いていこう

自分たちには立って歩ける、立派な足があるのだから

 

 

「…」

 

言葉が出てこなかった

目の前で起こる圧倒的な力を前に木山はただ黙った見ているしかなかった

 

「…これが、超能力者(レベル5)…!」

 

想像などは浅すぎた

自分が予想していたのとは圧倒的に、違うものだった

 

「そして、仮面ライダー…」

 

学園都市を、守るもの

 

 

「…やったな」

「あぁ。流石は我が親友」

 

事の成り行きを見守っていたツルギと天道は口々に言葉を呟く

長い事あったが、これで幻想御手(レベルアッパー)の方はひと段落しそうだ

 

 

「どうやら、終わったみたいだな」

 

ふぅ、と息を吐きながら蒼崎橙子は車に背を預け、その光景を見守っている

 

「あの時の子供が、あそこまで力を使いこなすとはね」

 

昔のことを思い出しながら、橙子はもう一度タバコに口をつける

ひとしきり紫煙を楽しんだ後、改めて己の口から煙を吐いた

 

 

「倒した…!」

 

感極まった様子でG3が呟く

本当に彼らはやってくれたのだ

いや、彼らだけではない

 

「…はふぅ~」

「うを! ちょ、初春!」

 

気が抜けたの背中に倒れそうになった花飾りの女の子を支える黒い髪の女の子

彼女たちの力なくしては止めることは出来なかっただろう

 

「お疲れ様じゃん。立花」

「えぇ、黄泉川さんも、お疲れ様です」

 

そんな黄泉川の後ろではそれぞれ変身を解いた影山と矢車の二人が車両に背中を預けていた

その近くではへたん、と鉄装が地面に足をついて息を吐いている

二人はここまで変身しっぱなしだったからか疲れがたまったのだろう

 

それは眞人も同様だった

そして一つ、目標もできた

仮面ライダーを名乗るには自分はまだほど遠いだろう

けれどいつしか彼らの隣に並べるような、そんな存在になれるように

 

 

全てが終わった夕刻

木山の腕には手錠があった

当然である

彼女は幻想御手(レベルアッパー)事件の容疑者なのだから

 

「…どうすんだい。子供たち」

 

口にするのを躊躇ってどもる美琴の代わりにアラタが問いかけた

木山は一瞬ポカンとした表情になるがすぐに小さい笑みを作り

 

「当然諦めるつもりはない。刑務所だろうとどこであろうと、私の頭脳はここにあるのだから」

 

…心配は杞憂のようだ

安堵した美琴、初春、佐天と顔を見合わせそれぞれ小さい笑顔を作る

 

「ただし」

 

そんな空気を割るかのように木山が口をはさんだ

 

「今後も手段を選ぶつもりはない。気に入らなければ邪魔しに来たまえ」

 

そう言って木山は警備員の車両に乗り込んでいく

…相変わらず、そしてたぶん曲げる気はないだろう

不意にアラタの携帯が鳴り響く

アラタは操作し、耳に当てると少しの会話のあと言った

 

「昏睡してた人たちも、起きてきたみたいだって固法から連絡があった」

「ホント!? …佐天さんと初春さんのおかげだね」

「だな。お疲れ様」

 

二人に言われ、両名は赤面する

 

「そ、そんな。私なんて途中からなんもしてないし…」

「励ましてくれたじゃないですかっ佐天さんはっ! あの言葉で私勇気もらったんですから!」

 

どうやら自分たちの知らない間にまた絆が強くなっていたようだ

そんな時美琴がばつが悪そうに

 

「その、佐天さん」

 

と口をはさんだ

言われた佐天はきょとんとした顔で美琴の顔を見る

 

「…ごめんなさい」

「ふぇ!? なんで急に謝るんですか!?」

「…前に、レベルなんて関係ないって、私言ったじゃない? …あの時、その…自分勝手な言葉を押し付けて…」

「…御坂さん」

 

謝る必要なんてないのに

あの時の自分はただ必死だったんだ

なんの能力もない自分が許せなくって、そして能力に憧れた

けれども気づいたんだ

本当に大切なものに

 

「大丈夫ですよ御坂さん。…それに本当に大事なのは、能力じゃないって…知ることが出来ましたから」

 

そう言いながら彼女は満面の笑顔を作る

燦々と輝く太陽のように眩い笑顔だ

あぁ―――とてもいい、〝笑顔〟だ

 

同じように笑顔で佐天に返していると声が聞こえてくる

 

「…鏡祢。ではそろそろ帰ろう」

「俺と天道で料理を振る舞う予定だったのだ。もちろんウィハールやサ・テーン、ミサカトリーヌにも我々の料理を振る舞ってやろう」

 

なんか名前がすっごい事になっている

ツルギらしいといえばらしいのだが

 

「…けど、そだな。今日はもう戻るか」

 

アラタのその一言でその場の連中はひとまず一七七支部へと戻ることとなった

恐らく黒子辺りが心配してるに違いない

 

 

 

―――こうして、一万人もの能力者を巻き込んだ幻想御手(レベルアッパー)事件は、ひとまず幕を下ろした

 

 

 

 

 

 

その夜

支部からの帰り道

帰還してからダイブしてきた黒子を美琴と共に制裁し、天道が作った(ツルギは独創的過ぎたのか受けなかった)ラーメンにみんなで舌鼓を打った後特に気にするでもなくコンビニの前に寄った

強いて言うなれば明日のご飯を購入するためだったのだがふと気づく

 

「…あれ?」

 

妙に人が少ない、否、少ないのではない

〝いない〟のだ

こういった時間帯にはまだまだ夜これからですよと言わんばかりに学生諸君がわんさかいるハズだ

それなのに誰もいない、という事は異常だ

不自然な人の消滅、微かに頭をよぎる違和感…

導き出される結論は

 

「…まさか、また魔術か?」

 

教訓

一難去ってまた一難

確かに一つの物語は終わったが―――そちらはこれから始まろうとしているのだから



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#EX ある女の子の結末

一部展開の変更
今回はそれだけ

あとは大体いつもどおり

誤字脱字見かけましたらご連絡をば


周囲を見渡して一つ息を整える

思えばここに来るまで気づくような点はあったんだ

誰ともすれ違っていない道とか誰も出入りしないコンビニとか

ただあまりにも自然すぎて気づくのが遅れただけ

 

アラタはキョロキョロと首を動かす

これが魔術の類ならおそらくここら一体はその魔術の効果を受けているだろう

そしてこんな効果に絡まれそうな知人は―――

 

「…当麻…インデックス…」

 

先日赤毛バーコードに襲われたのは誰だったか

そしてその襲われた女の子を守ろうと全力で奮起したのは誰だ―――!

 

思い立ったが吉日、アラタは走り出していた

幸いにもここの道路は一直線、このまま走ればすぐに当麻かインデックス、どちらかとエンカウントするはず―――

 

ドンっ!! と唐突に聞こえたその大きな音に足は止まった

 

撃たれたとも錯覚するほどの衝撃に耐えながら音の聞こえた方向、つまりは自分の後ろを見る

視線の先では闇に染まった夜が夕焼けのような色に焼かれるのが見えた

その正体は炎

恐らく自分の背後のいるのは先日のバーコード神父だ

一瞬どっちに走るか本気で迷った

しかし万が一、まっすぐ行っても収穫がなかったらと想定すると正直恐ろしい

だからアラタは敵が分かっている方へと足を進める

無事でいてくれ、と願いながら

 

 

どうしよう、とインデックスは頭の中で思考を回転させていた

少し考えれば分かる事だったはずだ

当麻と一緒に、大きいお風呂に入って小萌が教えてくれたコーヒー牛乳というものを飲んで、ありふれた、それでいて楽しい会話をして一日を過ごすはずだったのに

小さい意地がそれを邪魔してしまった

自分は魔術師に狙われているのに

彼を、当麻を一人にするべきではなかったのだ

 

「…魔女狩りの王(イノケンティウス)

 

目の前の赤い髪の魔術師が呟くと彼の隣に顕現された炎の化け物が動き始める

どうしようか、とインデックスは考える

ひとまずこの魔術師から逃げて何とかして逃げ延びて当麻と合流しなければ

幸いにもここまでの道のりは覚えているし、どうにかしてこの魔術師を撒くことが出来れば―――

 

そう思っていたインデックスの考えはもろくも崩れ去った

反転して走ろうとしたその目の前に、信号機のような人影が立っていたからだ

何時の間に、とも思ったが魔術師がこういった用意をしていないとも思えない

インデックス単体にああいった者と戦える知識はないし、あったとしてもその知識を生かせる身体構造ではない

 

「諦めてくれ。…彼を傷つけるつもりはないよ」

 

嘘だ

魔術師は二人いたハズだ

もう一人がここにいない、という事はつまりそういうことだ

目の前に信号機の人、後方には炎の化け物

…もう逃げられない

 

覚悟を決して目をつぶったその時だった

 

バウッ! という風を斬るような音がした

どこからか放たれた弾丸がその信号機の人にぶち当たり、消滅した

 

「はっ!」

 

そんな声と共に跳躍してインデックスの前に降り立つ緑色の人影

その姿を見た魔術師はわずかに顔を強張らせた

 

「…君は…!」

「やぁ。その様子だと、なんか加工したっぽいね」

 

降り立ったのはクウガだった

しかしその姿は依然見た赤い姿ではなく、緑の姿で右手には銃のようなものを握っている

 

「あぁ…君の助言通り、ラミネート加工させてもらったよ。…その点だけは感謝してるけど」

「どういたしまして。じゃあついでに―――」

 

クウガは言葉の途中で隣にいるインデックスを抱き上げて続けた

抱き上げる過程でインデックスが「わひゃあ!?」と言葉を漏らしたが気にしない

 

「見逃してもらうともっと嬉しいんだけど」

「見逃すと思うのかい。そう思ってるならうぬぼれがすぎるよ」

 

当然の返答

バーコード神父がラミネート加工されたルーンカードを取り出して身構えた

 

「…まぁ、そりゃそうか。―――じゃあちょっと強硬手段だ」

 

バッとクウガが手を上げてパチンと指を鳴らす

その動作にステイルは一瞬訝しんだが、すぐにその正体が分かることとなる

その次にクウガは手に持っているボウガンのような銃をこちらに構え、数発それを撃ちだした

牽制の意味合いが強いのか、あるいは舐められているのかそれらは地面にぶち当たり、わずかに地面を抉る

 

「それじゃあな!」

 

気が付くと相手はインデックスを抱え、クワガタのような変なものに乗って空へと登っていく

最初からこれが狙いだったのかと気づいたときには後の祭り

かなりの速さで彼らを乗っけたクワガタはどこかへと飛び去っていく

 

「…ちっ」

 

憎々しげに呟いてステイルは魔女狩りの王を解除する

…もしかしすると、心のどこかで期待しているのかもしれない

アイツ等がインデックスを助けてくれるのを

そう考えて、ステイルは頭を横に振る

あり得るものか、あんな化物どもに、救えるものか―――

 

 

 

何度打ちのめしても目の前の少年は向かってくる

瞳にある闘志は消えることなく、むしろ増してさえいるような気さえもする

どうして

どうして彼はここまで戦える?

 

「テメェらが、もう少し強かったら…! 嘘を貫き通せるくらいに強かったら! 一年の記憶を失っても次の一年にもっと楽しい記憶を与えてやれば、その次の一年にもっと楽しい幸せが待ってるってわかってれば、逃げる必要なんかねぇんだ! それだけの事だろうが…!」

 

少年は彼女の持つ刀の鞘にしがみ付き、言葉を続ける

握った手からは血がにじみ出ていた

手だけではない、腕全体からだ

 

「ふざけんな、お前は力があるから仕方なく人を守るのか!? 違うだろう!? 守るために力を手にしたんじゃないのかよ…!!」

 

少年―――上条当麻の言葉はわずかだが、それでも確実に彼女―――神裂火織の心を揺さぶっていく

当麻は鞘から這い上がり、神裂の襟首を掴むとさらに言葉を続ける

 

「誰のために力を手にしたんだ、その手で誰を守りたかった!? …どうして! そんな、力があんのに…!」

 

急に彼の視界がぐらりと揺れた

身体に蓄積した疲労が一気に彼を襲ったのだろう

その言葉を最後に上条当麻は意識を手放し、その場に崩れ落ちた

 

その場に倒れた少年を見ながら神裂は立ち尽くしていた

この場で彼を排除するなら簡単だ

だが神裂にはそれが出来ない

繋がりがある状態で彼を斬れば当然インデックスが悲しむ

それもあるが、自分をここまで追い詰めた少年に興味も生まれた

諦めかけた希望、この少年なら、或いは―――

 

「…いえ。それは甘えすぎというものです」

 

考えかけた思考を放棄し、ひとまず彼を運ぼうか、と彼を抱えようとしたとき

 

 

 

「とうま!」

 

 

 

聞き慣れた声が聞こえた

何事か、と思い目を見開き声の方を向く

そこには上空から赤いクウガと一緒に降りてくる自分が一番見知った彼女の姿が視界に入ってきた

す、とクウガが身構えたのに合わせて神裂も当麻から離れる

しかしクウガからは殺気のようなものは感じられない

 

「…インデックス、当麻を連れて逃げるんだ。確か小萌先生のアパートって言ってたね?」

「うん。…だけどとうまを担いでいくのは流石に…」

「大丈夫、その辺は考えてある。…ゴウラム」

 

彼が呟くのと同時に羽を羽ばたかせてインデックスの目の前に降り立ったクワガタのような機械を見る

まだゴウラムに慣れておらず、戸惑いを隠せないインデックスを尻目にクウガは当麻を前足に抱えるように乗せてその背中にインデックスを乗せてあげる

 

「頼んだよ」

<がってん>

 

ゴウラムの頭を撫でてそう呟いた

それに答えるように赤い目を輝かせて、ゴウラムはゆっくりと浮上し再び羽を羽ばたかせた

 

その場に残ったのは、クウガと神裂のみ

 

ヒュウ、と誰もいないその場に風が吹きすさぶ

先に動いたのは神裂だった

 

「貴方がステイルが言っていた古代の戦士、クウガですね。変身者の調べはついています、鏡祢アラタ」

 

問われたクウガは振り向きながらその変身を解く

現れたのはどこにでもいるようなごく普通の少年だった

目の前の少年はその辺のコンビニを見つけると、そのゴミ箱に拳銃を捨てる

よく見るとその拳銃は玩具だった

捨てた後少年は向き直り

 

「ご明察。…もう調べられてるとはね。流石」

「…彼の敵討ちですか」

「普通ならそうしたほうがいいんだけど。…貴女には聞きたいことがある」

 

そう言って彼は神裂の顔を見る

その瞳に敵意はなく、まっすぐな瞳だった

先に見た、少年のような

 

「…なんです? 聞きたいこととは」

「わかってるだろう。…インデックスの事だ」

 

 

「こちらからも一つ聞きたいのですが」

 

適当に公園に場所を移し、唐突に神裂が問うてきた

 

「その、ステイルはどうしたのですか?」

「逃げてきたよ。流石にアイツも空高い位置にいるこっちを攻撃する術なんてなかったのかな」

 

もしかしたらあったけれども使わなかったのかもしれないが

去り際にちらりと表情を見たが、彼のインデックスを見る目つきはどことなく感情があったようにも見えたがそんな事はどうでもいい

 

「まずアンタたちとインデックスの関係は? 正直ただの敵味方には見えないんだけど」

「…そうですね。私とステイル、そして彼女は本来、同じ所属…必要悪の協会(ネセサリウス)なんです。…インデックスは私の同僚で、大切な親友なんですよ」

 

最初にこう聞いた時嘘をついているのではないか、とも思った

しかし彼女の表情は真剣そのものだし、声色も少なからず震えていた

だからそれが嘘であることはないだろう

 

「貴方は、〝完全記憶能力〟という言葉に聞き覚えはありますか」

「それが十万三千冊の正体なんだっけか。…とてもそうは見えないが」

「貴方には、インデックスがどんなふうに見えますか?」

 

どんなふうに見えますか、なんて聞かれても

触れ合った期間は恐ろしく短いからそう詳細に彼女を評価することは出来ない

それでも見た感じのままの言葉を連ねてく

 

「そう、だな。…普通の女の子にしか見えないけど、それでもアンタらの攻撃から逃げるんだからある種の天才なのかもしれないね」

「…ええ。彼女は紛れもなく天才です。扱い方を間違えば天災ともなるレベルの。教会がまともに取り扱わない理由(わけ)は明白です。…怖いんですよ、彼女が」

 

まるで道具のように彼女を扱うその言い方に少々ながら苛立ちが募ったが、それを何とか抑え込める

 

「…じゃあなんでアンタは彼女の敵であり続ける? 友達なのになんでインデックスは二人を敵だと認識してるんだ?」

「それは―――彼女が何も覚えていないからです」

「…はぁ?」

 

何も覚えていない?

それは一体どういう事なのか

 

「―――どうして何も覚えていないのさ。忘れてしまったとでもいうのかよ」

 

だからシンプルにそう問いかける

その問いかけに神裂はゆっくりと首を振って

 

「私たちが、消しました。…そうしなければ、彼女が死んでしまうから」

 

空気が凍りついた

あまりにも自然に口にしたその言葉を一瞬聞き逃すところだった

 

「…穏やかじゃないな。どういうことだ死ぬって」

「言葉通りの意味ですよ。彼女の脳の八十五パーセントは十万三千冊に使用されているんです。ですから、彼女はその残りの十五パーセント分しか脳を使えません。でなければ、彼女の脳がパンクしてしまうんです」

 

嘘を言っているようにはとてもじゃないが見えない

つまり、本当に?

 

「人の脳のスペックは案外小さいものなのです。それでも百年単位で動かせるのは、いらない記憶を忘れて、頭を整理しているからです」

 

完全記憶能力は一度見たものを忘れない事

街を歩けば人の顔を覚え、書店に入れば何気なく見たどうでもいい本のタイトルでさえ完璧に覚えてしまう

つまり彼女は自ら忘れることが出来ないから

生きていられるように、消していく

そうしないと、生きることができないから

 

「彼女は忘れることが出来ないんです。それこそ本当にどうでもいいゴミみたいな記憶でさえ完璧に記憶してしまう彼女が生きるには、誰かの力を借りて忘れる以外に道はないんです」

 

…本当にぶっ飛んだものに関わってしまった

彼女を襲ってくるものを撃退して、当麻と笑い合って彼女の無事を喜び合う

そんなものは儚すぎる幻想だったのだ

 

「…あの子の脳が持つのはあとどれくらいなんだ?」

「あと三日が限界です。…遅すぎても早すぎてもいけません、ちょうどでなければいけないんです」

 

それが真実なら、あのバーコードも初めはインデックスの友達だったという事になる

しかし今は彼女の敵

あの仮面の下にどれほどの決意を秘めているのか想像もできない

 

「…私たちだって頑張った。頑張ったんですよ…春も秋もいつの日も笑い合って、忘れないようにと日記やアルバムを胸に抱かせても、ダメだった」

 

表情から読み取ることが出来るのは例えようもない悲しみと虚無感

春夏秋冬、毎日を忘れないように過ごし、笑い合ってきた

記憶に残せないならせめて記録にして残すことにして、それを見せることで断片くらいなら―――

それでも、ダメだった

 

「もう、耐えられなかった。私たちに彼女の笑顔をこれ以上見るなんて、不可能です…」

 

だから二人は敵になった

失う記憶がなければ悲しみも軽減される

そのために、親友を捨て、敵という立場を選んだ

 

「…なるほど。だいたいわかった」

 

インデックスが抱えているものも、この二人の想いも

 

「もしよろしかったらで構いません。…貴方から、彼を説得してもらえれば」

「…まぁ、考えておくよ」

 

そう曖昧に返事をしてアラタはその場を後にする

その足は一直線にある場所へ向かっていた

魔術関連で相談できるのは、あの人しかいないから

 

◇◇◇

 

伽藍の堂

蒼崎橙子の仕事場にて

翔とアリステラは出かけているのか姿は見えなかった

 

「…そんな話を聞いたんだけど」

 

先ほどの事のあらましを蒼崎橙子に話していた

対する橙子は煙草を吸いながら「ふむ」と短く息を吐き

 

「それはおかしいな」

 

といきなり否定するような言葉を彼女は漏らした

どういう事だろうか、と素直にその疑問を口にすると彼女は

 

「ならなんで彼女は今生きているんだ」

「…は?」

 

言ってる意味が分からなかった

まるでその口ぶりはもう死んでいなければおかしい、とでも言っているようではないか

 

「百分の八十五が魔導書で埋め尽くされている、と言っていたなその女は。ならその子は六~七歳で死んでいることになるぞ」

 

一瞬何を言っているか理解できなかった、がしかしすぐにあっ、と言葉を口にする

確かに神裂は八十五と、そう言った

しかしどうやって神裂はその数字を叩きだしたのだろうか

数学にでも強ければ仮定として導き出すことが出来そうだが

 

「完全記憶能力なんて世界を捜せば割といるぞ。そんな病みたいなのがあれば流石に耳に入ってくると思うが」

「確かに、そんなもんが実在するならニュースにでもなってそうだ…」

 

アラタの呟きを聞くと橙子は興味を失くしたように煙草を携帯灰皿にブチ込むと徐にコーヒーを淹れるべく席を立った

 

「人間の脳はそこまで脆いものじゃない。仮にそれがあるとしたら、本当に彼女自身がそういった体質か、教会が何らかの細工をしたかのどちらかだな」

 

こぽこぽ、とカップにコーヒーを注ぎながら橙子は言葉を続ける

その後ろ姿を、なんとなくカッコいいと思ってしまった

 

「私が教会側だったら迷わず後者を選択する。聞き分けのいい駒を手放すわけないからね。ありもしない嘘でも吹き込んで縛り付けるさ」

 

橙子のその言葉で合点がいった

恐らく、神裂たちは騙されている可能性が高い

しかしそれでもまだ憶測の域を出ない故、断定はできないが、確率は高いはずだ

 

「細かい事はお前が調べてくれ。幸いここは学園都市、脳医学に関する本なら山ほどあるだろう?」

「あぁ。…いろいろありがとう燈子、希望が見えた」

 

これを確定させるためには自分は少々脳医学について調べなければならない

説得? 違う、これは当麻を後押しするためだ

まだ希望はあるんだから

 

 

翌日のカフェテラス

そこにアラタはいる

適当な席に座り、それでいて見つけやすい位置

今ここでアラタは人を待っているのだ

座りながら携帯を弄り、わかる範囲で脳医学に関する情報を仕入れていく

 

しばらくして、こちらを呼ぶ声が聞こえた

 

「おまたせー、悪いわね、探すのに手間取っちゃって」

 

そう言って歩いてきたのは御坂美琴である

彼女が所持している手提げ袋には何冊か本やコピー紙の束が入っており、席に座るとそれらをアラタの前に置いていく

 

「はい、こっちが常盤台で一番詳しいと思う脳医学の本で、こっちが初春さんに調べてもらった脳医学の論文」

「ありがとう。わざわざごめんな、こんな変なこと頼んで」

 

感謝して笑いかける

それに美琴も笑顔で返しながら

 

「別にいいわよ。それにしてもなんでいきなりこんなこと頼んできたの? 学者にでもなるの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど…」

 

別段学者など目指す気はさらさらない

研究者など柄じゃないと思うのだ

そこで改めてテーブルに置かれた本と紙に触れてみる

両方とも結構な暑さだ

 

「とにかくありがとう。あとはこいつを読みふけってみるさ」

「ちょっと待って、ねぇアラタ。私に何か手伝えることってない?」

「え、手伝いって…いや、大丈夫だよ、悪いし」

「逆に聞くけど、あんた一人でこれ全部読む込む気? 結構分厚いのよ、これ」

 

そう言って机に置いた論文やら本やらに触れていく

改めてその量を見ると、流石に残り二日じゃ読み切れるかわかったもんじゃない

だけど、全く関係ない彼女を巻き込んでもいいのだろうか

 

「私でよかったら手伝うわ。…やっぱり、ダメかな」

 

僅かながらこちらを伺うように若干の上目遣い

サバサバしている彼女のイメージからは想像できないくらい可愛いと思える程だ

やがてアラタは折れて

 

「わあったよ。今回はお言葉に甘えようかな」

「―――! おっけー、美琴さんに任せなさい! …で、何を手伝えばいいの?」

 

エラい嬉しそうな彼女が少々気にはなったが、今更気にしても仕方がない

色々かいつまんで説明して、彼女にも手伝ってもらうことにした

 

◇◇◇

 

ふと、目が覚めた

 

「あ、起きた?」

 

視線を向けるとそこには料理をテーブルに置いている美琴がいた

どうやらすっかり眠ってしまったみたいだ

 

「すっかり寝ちゃってたわね。まぁずっと本読みふけってたから、仕方ないかもね。軽くご飯作ったけど、食べる?」

「いただきます…」

 

眠気眼をこすりながら出された料理をぱくついてみる

あっさりした料理炒めだが、十分美味しい

そこでなんとなしに時計を確認して―――ハッとする

時計の針は、零時を指している

インデックスの容態を聞いたのは三日前で、その足で橙子のところへいって詳しい話を聞いた

その翌日に本を美琴から貸してもらい、そのまま美琴に手伝ってもらいながら今日まで本を読みふけっていて二日経ち―――

 

「…やばい!」

 

不意にがたりと立ち上がったアラタにびくりとしつつ、美琴が問いかけてくる

 

「わ! びっくりした…。どうしたのよ急に」

「悪い美琴、こんな時間だけど、急用思い出した! だからちょっと出てくる!」

「え!? あ、ちょっと!? 待ちなさいよ!」

 

美琴の言葉も待たず軽くアラタは何か羽織ると一直線に走り出す

その焦りようが気になった美琴も、彼の後を追いかけた

 

◇◇◇

 

「十分間だ! いいなっ!!」

 

アラタ、と彼の後ろの美琴が小萌先生のアパートについたときに聞こえたのはそんなバーコード神父、ステイルの声だった

傍らには神裂の姿も見え、二人はカンカンと階段から降りてくるところだ

そしてばっちり二人と目があった

先に口を開いたのはステイルだ

 

「…なんだ、君も彼女に別れを告げに来たのか」

「別れだぁ? 違うね、俺はあいつらを助けに来たんだよ」

 

助ける、なんて言葉を耳にしたとき心の底からステイルは不服そうな表情をした

ステイルを睨むアラタと、睨み返すステイル、両方を見ながら美琴は戸惑うような表情をしている

ステイルはこちらを侮蔑するかのような視線のあと

 

「まだそんな事をいっているのか異常者が。君もなかなかに物覚えが悪いな」

「あいにく人間なんでな。諦めが悪いのが短所であり長所だよ」

 

いずれにせよ、ようやく掴んだ希望なんだ

ここでそれを当麻に伝えないと、多分一生後悔する

そしてステイルの横を通り過ぎようとしたその時、神裂の声が耳に入った

 

「鏡祢アラタ」

「? …なんだい神裂さん。先に行っておくけど止めても無駄だぜ?」

「えぇ。それはわかっています…願わくば、最後に素敵な悪あがきを。…ところで、こちらの女性は?」

「―――友達だよ。俺の友達」

「…そう、ですか。あまり無関係な人を巻き込んではいけませんよ」

「わかってる」

 

そう伝えて神裂は視線を戻す

部屋の前にきて、一度美琴の方へと向き直り

 

「ごめん、部屋の前で待っててくれるか?」

「え? えぇ。…わかったわ」

 

美琴にそう伝えて改めてアラタは部屋の扉を開けた

ドアを開けて最初に目に入ってきたのはインデックスのそばで項垂れる上条当麻の姿だった

インデックスは横たわっており、苦しそうに息をしている

 

「…当麻」

「―――俺ってさ、結局何にもできねぇのかな」

 

言いながら彼はゆっくりとこちらを見た

その眼には光こそ宿しているものの、絶望の陰りが見えた

いけない、心が折れかけている

 

「神様の奇跡だって壊せるのに、目の前の苦しんでる女の子一人さえ助けることが出来ないなんてさ…」

 

自嘲気味に笑う目の前の男に僅かばかり苛立ちを感じた

今、インデックスが手を伸ばしているのに、この男は掴まないつもりなのか

 

「…おい、当麻」

 

アラタの声を聞いて当麻が顔を上げる

ハテナマークでも浮かんでそうな表情をする友人に言葉を続けた

 

「一つ聞く。お前、インデックスの容体はもう知ってるよな」

「あ、あぁ。記憶を消さないと生きていけないことや、十万三千冊が脳の八十五パーセントを占めてるってことも、神裂って人から聞いたけど…」

「その八十五パーセントって数字は、どこから聞いたんだろうな、あの神裂って人は」

「え? …あれ?」

 

そこまで言ってようやく当麻も言葉の違和感を感じ取った

そもそも八十五なんて数字がおかしいのだ

インデックス以外に完全記憶能力者なんてものがいたとしても、その人たちは魔術などで記憶の消去を行わない

それでも十五パーセントで一年単位でしか記憶できないなら、世の中の完全記憶能力者は橙子が言っていたように本当に六~七歳で死んでしまう計算になる

 

「神裂さんは脳医学については詳しくないと思う。だから上司から言われた言葉をそのまま受け入れていると思うんだ」

「そうか…! 友達がそんなことになってりゃ、信じるしかないもんな…」

 

その場で考えるようなしぐさを当麻は見せる

そしてふと思い立ってようにアラタへ言葉を投げかけた

 

「そもそも完全記憶能力って、本当にそんなもんなのか? 一年で十五パーセントも脳を使うもんなのか?」

「俺も気になって調べてみたんだ。そして、そんな訳ないって結論が出た」

 

アラタは一言で切り捨てた

そして常盤台の脳医学本で得た知識をフル動員して答えていく

 

「そんなもんで脳がパンクするなんてありえないんだよ、人の脳は本来、百四十年分の記憶が可能なんだ」

 

記憶というのは一つだけではない

 

言葉や知識を司る〝意味記憶〟

運動の慣れや間隔を司る〝手続記憶〟

思い出を司る〝エピソード記憶〟

 

これらは現実で例えるなら容器、である

燃えるゴミ、燃えないゴミと別々に分けるようなものだ

入れる容器が違うのだから、それで圧迫されるなんてありえない

 

「…え、と。つまり―――」

「早い話、どんなに本を記憶して意味記憶を増やしても、それだけでエピソード記憶がパンクするなんてことは、脳医学的に考えてあり得ないんだ」

 

その言葉を聞いた当麻は頭に冷水をかけられたような気分になった

真実が何を意味しているのか、それは明白だ

教会が神裂たちに嘘をついていたことになる

彼女の能力は、命を脅かすものではなかったんだ

 

「けど待ってくれ、なんでもともと何もしなくていいはずのインデックスにそんな一年置きに記憶を消さないと死ぬって嘘をついたんだ? …目の前で苦しんでるこいつを見ても、とても嘘には見えねぇんだけど…」

「…たぶん、縛り付けておきたかったんじゃないか」

「え?」

「考えてもみろよ、インデックス(この娘)は十万三千冊もの魔導書を記憶してんだろ? もし彼女が何もしなくても大丈夫な体だったらどこに行くか分からない。…だから」

「一年ごとのメンテナンスを受けないと生きていけないっていう、首輪を括り付けた…?」

 

考えられる結論はおそらくそれだろう

教会は何が何でもインデックスを手中に収めておきたかったのだ

そこから導き出される答えは一つ

 

 

問題なかった彼女の頭に、何か魔術的な細工を施した

 

 

「…そっか、そう考えれば妙に納得がいく。…教会に頼んないといけないようにしたんだな」

「あぁ、そしておそらく、彼女のどこかにそれが刻まれてるはずだ。人目につかない場所、例えば、喉とか」

 

人間の喉は直線距離ならもっとも脳に近い場所

同時に最も人の眼に触れない部分

アラタの言葉を聞いた当麻は意を決してインデックスに近寄って「…ごめん」と短く謝ってから彼女の口に自分の右手の指を入れた

もしこれで違っていたなら完全に詰みだ

合っていてくれ、と心の中で願いながら当麻を見守る、そして

 

 

バギンっ、と当麻の右手が勢いよく後ろへ吹き飛ばされた

同時に鮮血の球が飛び散り、上条の右手から血が零れ落ちる

 

 

「当麻!!」

 

 

何が起こったか理解できない

アラタはとりあえず名を叫び、彼の隣へと移動する

当麻を支えながら、ふとインデックスを見た

倒れていたはずの彼女は両目を開き、眼は赤く光っている

その眼球の奥に、朱い魔方陣のようなものは確認できた

 

(やべっ!!)

 

本能で危機を理解する

衝撃が身体を襲う前に、アラタは当麻を抱え、右後方へ飛んだ

衝撃は真っ直ぐ飛び直線状にあった本棚へとぶつかり、破壊される

 

「…当麻、立てるか」

「あぁ、問題ねぇ」

 

右手の調子を軽く確かめつつ、当麻は目の前のインデックスを視る

その時、扉を勢いよく開けて誰かが入ってきた

 

「ちょっと!? なによ、今すごい音が―――て、えぇ!?」

 

御坂美琴だ

彼女は目の前で起きている現状に驚き、視線をアラタとあの女の子と行き来している

 

「アラタ、何が起こってるの!?」

「説明は後だ! 当麻」

 

立ち上がる当麻の肩を叩き、アラタは美琴を庇うようにその身を動かす

その間にも、インデックスは無機質な言葉を呟いていく

 

「―――警告。第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum―――禁書目録の〝首輪〟、第一から第三までの結界の貫通を確認。再生、失敗。自己再生は不可能。現状、十万三千冊の〝書庫〟保護のため、侵入者の迎撃を最優先します」

 

のろのろとまるで軟体生物のような動きでインデックスが立ちあがる

両目には真紅のような赤い瞳が写っている

 

「…そういや一つだけ聞いてなかったな、なんでお前に魔力がないのかってこと」

 

拳を握りしめながら小さく当麻が口の中で呟いた

…恐らく理由としてはこれだろう

彼に誰かが秘密を知り、無理矢理に首輪を外そうとした場合、彼女は自動的にその十万三千冊を駆り、最強ともいえる魔術を行使しその口を封じる

彼女の魔力はすべてその迎撃システムの方に回ってしまっているのだろう

 

「ま…魔力…?」

「…あとで説明する。悪いけど、今は手を貸してくれ」

「―――えぇ、私で手伝えることなら手を貸すわ」

 

アラタの隣で身構える美琴

それらを視線に捉えているかはわからないが、インデックスは虚ろな瞳で当麻やアラタを見据える

 

「侵入者に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより、聖ジョージの聖域を発動、対象を破壊します」

 

バギン、と音を立て彼女の両目にある魔法陣が大きくなる

唐突に彼女の背の空間に亀裂が走り、何かが這い出ようとしている

だが怖いという感情はない

早い話そいつを倒すことが出来れば、彼女を救えることが出来る

しかしそれをなすことが出来るのはいくらなんでも自分では無理だ

隣にいる、当麻の右手以外には

 

「出来うる限りサポートする、行けるか当麻」

「当たり前だ! ここまで来て、退けるかってんだ!!」

 

そう言って当麻はじりじりとインデックスへと接近する

サポートすると言ってもこのまま行けば当麻が彼女の術式を破壊して終わり、だといいのだが

そう問屋が卸さないというのが世の摂理である

 

不意にべギリ、と亀裂が一気に広がって、そこから何かが覗き

 

 

ゴウッ! とその亀裂の奥から光の柱が襲い掛かる

 

 

瞬間当麻は右手を前に突き出し、その柱を防ごうと試みるが、そのすべてを消し去れない

消しても消しても湧き上がる

僅かずつではあるが当麻の方へと近づいているのだ

 

何かないか、とアラタは部屋の周囲を見渡した

と、部屋の隅に破り捨てられた先月のカレンダーがあった

…これを丸めれば剣の代わりになるだろう

考えている暇はない

アラタはそれを手に取り、軽く丸める

すると子供たちがチャンバラにで使うような紙の剣が出来上がった

 

「―――変身!」

 

言葉と共に紫のクウガへと変身し、手に持つ紙をタイタンソードへと変化させた

 

「アラタ!」

 

直後、美琴の雷が手にした剣へと注ぎ、そのままクウガへと注ぎ続けるべく彼の近くへと移動する

そのまま自分の体がバヂリとなにかが走る感覚がしたあと、クウガは当麻の横に行きその攻撃をこちらへと分散させた

案外いけるものだな、と納得しているとき、当麻を見やり、そして事態を思い出す

クウガは急いで当麻へと接近し、自らを襲ってくる波動を受け止めた

こちらへ波動を放ったからか、当麻の方に向けられている光の柱の出力が落ちた気がする

 

「悪ぃアラタ! 少し楽になった!」

「気にすんな! 困ったときはお互い様だ!」

 

しかしそれでも状況は変わらない

と、そんな時勢いよく階段を走る足音が聞こえてきた

自体に今更気づいたのか、と文句を言いたくなるがそんなのぶっちゃけどうでもいい

そして勢いよくドアが開かれた

 

「何をしてる! この期に及んでまだ―――!!」

 

叫びかけたステイルは言葉の途中で息を詰まらせた

同様に神裂も光の柱を放つインデックスを見て絶句した

 

「ど、竜王の殺息(ドラゴンブレス)!? いえ、そもそもなんであの子は魔術を使ってるんですか!」

 

「見て分かれよ! あんた等は教会の奴らに騙されてんだ!」

 

自分に向けられた波動を防ぎながらクウガが叫んだ

今まで自分たちがやってきたことはすべて仕組まれたものだったんだ、と

 

「考えてもみろよ!」

 

光の柱を受け止めている当麻が振り返らずに叫んだ

 

「禁書目録なんて残酷なシステム作った奴らが馬鹿正直に真実話すと思ってんのか! 何ならいっそ目の前のインデックスに聞いてみろよ!」

 

ステイルと神裂は亀裂のその先にいる、彼女(インデックス)を見る

二人の視線の先には、ロボットみたいに声を出す彼女の姿

 

「―――聖ジョージの聖域に効果は見られません。術式を切り替え、〝首輪〟保護のための侵入者の破壊を継続します」

 

それは間違いなく二人が知らない彼女の姿

それは間違いなく教会が教えなかった彼女の姿

 

「…!」

 

ステイルは少しだけ歯を噛みしめる

奥歯が抜けるほどの力を込めて噛みしめて

 

「―――Fortis931」

 

漆黒の服の内から幾枚ものカードがばら撒かれる

ルーンが刻まれたそのカードはあっという間に部屋の壁や天井を埋め尽くす

それはすべて当麻の為ではない

たった一人の女の子を助けるために、ステイルは彼の背中へと手を突きつけた

 

「曖昧な可能性なんていらない。記憶を消せば〝とりあえず〟彼女を救うことが出来る。そのためならだれでも殺す。なんでも壊す! そう決めたんだ! ずっと前に!」

 

ある単語を聞き、当麻の足に力がこもる

 

「とりあえず、だぁ!?」

 

当麻は振り返る事なく言葉を続ける

 

「ふざけんな! そんな事なんかどうでもいい!! ただ一つだけ答えろ!!」

 

当麻は大きく息を吸って

 

 

「―――テメェらは! インデックスを助けたくないのかよ!!」

 

 

二人の吐息が止まる

隣のクウガは仮面の下で小さく笑みを浮かべる

その横の美琴も、無意識に小さい微笑をする

 

「ずっと待ってたんだろ! 待ち焦がれてたんだろ! 記憶を奪わなくても済む、敵にならなくても済む、誰もが笑って望む最高なハッピーエンドを!」

 

光の柱を抑える彼の右手からグキリ、と嫌な音がクウガの耳に届いた

ふと見ると彼の小指が折れている

 

「ずっと主人公になりたかったんだろ! 絵本や漫画、小説みたいに命を懸けても一人の女の子を守る、そんな魔術師になりたかったんだろ! 少しくらい長い序章(プロローグ)で諦めてんじゃねぇ! まだアバンタイトルなんだよ! 絶望なんかしてんじゃねぇよ!!」

 

絶対に諦めないその背中に、二人の魔術師は何を見たのか

最後に当麻は叫ぶ

 

 

 

「手を伸ばせば届くんだ! いい加減始めようぜ!! 魔術師!!」

 

 

 

その言葉の直後、クウガが受け止めていた波動が少しだけ弱くなり、同様に当麻が受け止めていた光の柱が強くなる

唐突に力を強くした光の柱はついに当麻の右手を弾いた

 

「まずい!!」

 

流石にクウガにあんな光を受け止めるほどの力はない

無防備になった当麻の顔面に光の柱が襲い掛かり

 

 

 

「―――Salvare000ッ!!」

 

 

ぶつかる直後に神裂の言葉を聞いた

それは日本語ではなく、彼女の魔法名

彼女が持つ二メートル近い日本刀が大気を裂く

七本の銅糸を用いる七閃がインデックスの足元の畳を斬り裂いた

不意に足場を失ったインデックスは後ろへ倒れ込む

彼女の眼に連動していた魔法陣は動き、本来当麻を裂くはずだった柱は天井を斬り裂く

否、それは天井はおろかはるか空にある雲さえも斬り裂いた

もしかしたら大気圏外の人工衛星までも斬り裂いたかもしれない

裂かれた壁や天井は木片すら残さず、その代わりに破壊された部分は光の羽となってはらはらと雪のように舞い落ちる

 

「それは〝竜王の吐息〟―――伝説の聖ジョージのドラゴンの一撃と同等の力を有しています。いかなる力を持っていても、まとも取り合おうと考えてはなりません!」

 

彼女の言葉を聞きながら光の柱の束縛から解放された当麻は一気に接近する

しかしそれより先にインデックスが首を動かした

大きな剣を振り下ろすかのようにその光の柱が振るわれた

当麻を捉えるその一瞬

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!!」

 

現れた大きな人を形作る火炎は真正面からその光の盾になった

 

「行け! 能力者!」

 

ステイルが叫ぶ

 

「もともと彼女の期限は過ぎている! 成し遂げたいなら時間を稼ごうとするな!」

 

当麻はその声に答えることもなく、振り返る事もしなかった

ステイル自身がそれを願ったから

その言葉の真意をくみ取り、理解したから

彼は右手を握り、走る

 

「警告―――戦闘思考変更。現状、最も難度の高い強敵、〝上条当麻〟の破壊を最優先とします」

 

ブン、と光の柱ごと首を動かした

それに合わせて魔女狩りの王も動いて彼の盾になり、それは互いに打ち消しあいを始めた

 

当麻は無防備となったインデックスへと直進する

確実に距離を詰めていき―――

 

「いけません! 上!」

 

引き裂くような神裂の声

思わず足を止めないで上を見て確認しようとした当麻を

 

「そのまま行け!」

 

クウガの言葉がそれを止めさせた

そして当麻の頭上を凪ぐようにクウガが手に持つ〝ロッド〟を振るい、その隣の美琴が雷を小さい雷撃を撃ちだしわずかながらの援護をする

クウガはいつの間にか青へと姿を変えており、剣も棒に変化していた

 

「立ち止まるな当麻! お前はあの娘を救う事だけ考えろ!」

 

美琴が彼のロッドに電気を纏わせているからか、多少羽の数も減っているような気もする

あくまでも多少、なのだが

しかしそれでも状況はあまり変わらない

そんな状況の中でも当麻は進むことをやめない

 

「―――警告、第二十二章第一節。炎の魔術の術式を逆算に成功しました。曲解した十字教の教義をルーンにより記述したものと判明、対十字教用の術式を組み込み中……第一式、第二式、第三式。命名、〝神よ、何故私を見捨てたのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)〟、完全発動まで十二秒」

 

直後白かった光の柱が血のような朱色へと変化していく

すると魔女狩りの王の再生速度が弱まっていき徐々に押され始めた

クウガや美琴の助力もあるが光の羽は減る気配はないし、いずれ態勢を立て直されるかもしれない

 

(神さま…! この世界がアンタの作ったシステムの通りに動いてるなら―――)

 

簡単な事だ

どっちを救ってどっちか倒れる、そんな簡単な話

答えなんて決まってる

この右手は、目の前の女の子を助けるためにあるんだ

 

(―――その幻想をぶち殺す―――!!)

 

振るわれた右手はいともたやすく亀裂ごと魔方陣を斬り裂いた

まるで水に濡れた紙を破くかのごとく

 

「―――警、告。最終、しょ…首、わ…再生、不可…消」

 

プツンとラジオみたいにインデックスの声が消えた

柱も消え失せ、部屋の亀裂も消えていく

 

「…終わった、の?」

「あぁ。一段落、かな」

 

美琴の言葉にそう返してクウガは安堵しつつ、ロッドをその辺に放り捨て手をだらりとぶら下げて何気なく当麻を見て気づいた

 

彼の頭上に、ひらりと舞い降りる一枚の光の羽に

 

「と―――」

 

もう遅かった

名前を呼んだ時には遅く、当麻の頭上にはその光の羽が舞い降りる

 

触れられたとき一度ビクンと震えたのちに、倒れているインデックスを庇うようにどさりと倒れ伏した

まるで今も舞う光の羽から彼女を守るように

 

当麻はそれでも笑っていた

笑ってはいるが、彼の指が動くことはなかった

 

この日、この時、この夜に

 

彼は

 

上条当麻は〝死んだ〟

 

◇◇◇

 

目の前をインデックスが走ってくる

彼女はこちらを確認すると大きく手を振ってきてくれた

アラタと美琴もそれに答えるように小さく手を振った

 

「ようインデックス。当麻はどうだった?」

「全く問題なさそうだったよ! えへへ…」

 

彼女の瞳には僅かながら涙を拭ったような後があり彼女の笑顔は本当に嬉しそうな表情だ

どうにかして、守りきることはできたようだ

 

「それじゃあ、あの人が退院した暁には、何かご飯でも作ってみんなで食べましょうか」

「ご飯! みことご飯作れるの!?」

「人並みには、だけどね」

「味は保証するよ。とっても美味しいぞ」

 

インデックスの頭を撫でながらそんなことを言う

 

「うん! そのときは、とうまと、あらたと…みことで…! みんなで食べようね!」

 

そう言って彼女は再度走り出す

嬉しくて体を動かさずにはいられないのか、そんなインデックスの背中を美琴とアラタは見えなくなるまで見守っていた

その姿が見えなくなったとき、二人からゆっくりとだが笑みが消えた

そしてそのまま、当麻が入院している部屋の中へと入っていく

 

「…何があったの」

 

小さく美琴が呟いた

 

よくわからないが当麻は上半身だけベッドからずり落ちており、頭を押さえて若干涙目になっていた

…これはまた、派手にやらかした

 

「…あれで、よかったのか?」

 

問いかけるようにアラタは聞く

それに答えて「なにがだ?」と聞き返す

 

 

 

「―――お前、何にも覚えてないんだろ」

 

 

 

当麻が受けたのは記憶破壊、というもの

記憶破壊という名称自体はカエル顔の医者が決めたものだが言いえて妙だと思う

思い出を忘れたわけでなく、物理的に脳細胞ごと壊された―――

それはどうやっても治せるものではない

 

聞かれて当麻は黙り込む

先にインデックスを一人で入らせたのはこういった話を聞かせないためだ

そしてそのインデックスに当麻は優しい嘘をついた

ただそれだけの事

 

「…けど、それでよかったじゃんか」

 

目の前の少年は言う

 

「俺さ、なんでかわかんねぇけど…あの子には笑顔でいてほしかったんだ。確かにそう思えた。これがどんな感情かはわからないし、二度と思い出すこともないんだけど、さ。確かにそう思うことが出来たんだよ」

「…ほんっと、アンタってお人好しね」

 

美琴が微笑みながらそう言った

彼女の言葉に、当麻はははっと笑みをこぼす

それに釣られてアラタも思わず笑ってしまう

同時にひどく心が締め付けられる

当麻の顔はまるで鏡だ、否、どっちが鏡なのかわからなくなるくらい、当麻の笑みには何にもない

悲しみも、寂しさも感じることもできないくらいに

 

「それにさ、あんたらとも初めて会った気がしないんだ。なんでかわかんないけど…俺の心が、そう言ってる」

 

当麻らしい、とアラタは思った

けどだからこそ、どうしてあの時もっと早く気付いてやれなかったんだと自分を殴りたくなる

気づくのが早かったら、もっと普通にインデックスと触れ合えたはずなのに

 

「…ごめんな」

 

気づいたら小さくアラタは言葉を漏らしていた

その呟きは幸いにも当麻に聞こえていなかったのが救いか

 

「なぁ、もしよかったら、俺とあんたの…鏡祢アラタとの関係ってやつを聞いておきたいんだ」

 

アラタと当麻の関係は変わらない

記憶があっても、なくても変わらない

これまでも、これからも

 

「俺たちは親友だ、相棒」

 

そう言って鏡祢アラタは彼に向かって手を差し伸べる

手を差し伸べられた当麻は笑みを浮かべ、彼の手を握った

二人の手が強く結ばれて、美琴が見守る中、何気なく当麻が言った

 

「…案外、俺は覚えてんのかもしんねぇな」

「へぇ、それはどこに残ってんだい?」

 

鏡祢アラタの問いかけに、上条当麻は答える

 

 

「決まってるじゃねぇか。―――心に、だよ」

 

 



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#12 水着とカレーと思い出と

あんま変わらない


夢を見た

 

吹雪の中の視界に見えるのは二人の人影

一人は白かった

かろうじて人間だとわかったが、その表情は吹雪にかき消され、見ることは叶わなかった

 

一人は黒かった

その姿は自分の変身した姿に似ている、というかそっくりだ

しかし放つその威圧感に足が止まる

 

「なれたんだね」

 

白い人影が言った

 

「究極の力を、持つ者に」

 

黒い人影がピクリ、と反応する

やがて吹雪も少し止み、黒い人影の顔が見えた

そこにはいたのはクウガだった

しかし自分が知るクウガではなく、パッと見の外見は真っ黒だ

全身は黒く覆われ、手足に鋭利な刃もある

しかしその顔は、どことなく優しさを感じさせる

 

やがて白い人影もその姿を異形へと変える

一見の外見なら黒いクウガによく似ていた

だが纏っている雰囲気は、クウガのそれとはまったく違う

 

そしてゆっくりと手を黒いクウガに向けると、黒いクウガの身体がボウッ、と勢いよく燃え上がる

しかし効果は薄いのか、黒いクウガも同じように開いた手を向けると、白い怪人の身体が燃え上がった

お互い燃えている状態で歩を進め、距離を詰める

やがて二人はその炎を振り払い―――真っ向から殴り合う

 

そこからは凄まじいの一言だった

互いを殴る度に血渋きが巻き起こり、雪が積もった地面を濡らし朱へと染めていく

下手な技術などはなく、本当に純粋な―――力と力のぶつかり合い

その激闘を見ていると、息をするのも忘れそうになる

やがて黒いクウガの一撃が白い怪人の腹部にあるベルトを捉えそれを砕いた

しかしお返しと言わんばかりに白い怪人も黒いクウガのベルトに拳を叩きこみそれを砕く

 

何時しか互いの変身は解けて、そこには二人の人間がただただ殴り合っていた

 

一人は楽しそうに

暴力による痛みを嗤いながら一人は〝自分〟の笑顔の為に拳を振るう

 

一人は悲しそうに

暴力による痛みに堪えながら一人は〝誰か〟の笑顔の為に拳を振るう

 

最後に、お互いの拳がそれぞれの顔面に直撃し、血を吐いた

それっきり、二人はばったりと倒れた

 

どちらが勝ったのかは、自分にはわからなかった

 

 

ふと、目が覚めた

 

「…夢?」

 

ものすごくリアリティがあった気がする

季節は冬ではないというのに身体が寒さで一瞬震えたくらいだ

 

布団の上で回想する

 

夢の中で見た、その姿が忘れられない

戦いながらその人は泣いていた

その状況の中でも、黒いクウガは誰かの笑顔のために拳を握っていたのだ

偉大な人だ、とアラタは呟く

天地がひっくり返っても自分はその人を超えることなどできはしない

 

「…俺は、自分が出来る無理をしよう」

 

世界を笑顔になんてできない

だからせめて自分の友達の笑顔だけは守り抜きたい

そう決意を新たにした、何気ない朝だった

 

◇◇◇

 

「…水着のモデル?」

 

制服に着替えて朝食のアンパンをかじっていた時に御坂美琴から電話を受けた

内容は率直に言って水着のモデルをやらないか、というものだった

 

<ええ。後輩の子に頼まれちゃって…他にも初春さんとか佐天さんも誘ったから、アラタも誘おうかなって>

「…いや、別に問題はないけど…。大丈夫か? 俺モデルとかやったことねぇぞ」

<私だってやったことないわよ。…けど、息抜きと思ってさ>

 

息抜き、と言われてふむぅとアラタは唸る

確かに先日エライ事を体験し(インデックスの諸々事情)て割とヘビィな出来事が続いている

これはこれでまたいい機会かもしれない

 

「わかった。参加する」

<あんがと。そんじゃ、待ち合わせ場所は―――>

 

その後待ち合わせと集合時間を決めて、短く雑談して電話を切った

そして考える

水着モデルと言えば当然ながら女性が来る

それに一人だけ男子という構図はなんか嫌だ

そう考えたアラタは一人の友人に電話をかけた

 

 

<分かった。参加させてもらおう>

 

電話の向こうで風間が答える

 

<最近休みが取れていなかったからな。ヒカリも喜ぶ>

「ありがとな。正直一人で女性陣の中に行くのはちょっとこそばゆいからさ」

 

いつものメンツだろうけれどそれでも水着姿を見るのはなんか恥ずかしい

別に邪な気持ちなどはまったくない

断じてない、うん

 

<気持ちは分かる。明日は俺ものんびり楽しませてもらおう>

「うし。んじゃまた明日」

 

<おう>と短く挨拶をすると風間は電話を切る

アラタも同様に通話を切ってそれを机に置き、今日は寝ようと背伸びをした…のだが、なんとなくもうひとりくらい誘ってみたくなった

今度は誰でもいいと割り切って適当に電話帳を目をつむって適当に選んだやつを誘ってみるという博打を打ってみることにする

そしてその相手は―――

 

 

待ち合わせのとあるビル内部

 

『うわぁぁぁ…!!』

 

そんな初春と佐天の簡単の声が耳に届く

二人が驚くのも無理はない

実際美琴自身もこのビルの内装に驚いていたのだ

 

見かける人はいかにもなエリートサラリーマンやタイトスカートを着込んだOLなどがおり一流企業という風格が見える

 

「お友達まで呼んでいただいて、ありがとうございます」

 

隣にいる泡浮万彬に美琴は笑顔を作りながら

 

「気にしないでよ、こういうのはみんなとやった方が楽しいし」

 

少数でするより大勢でワイワイやった方が楽しいと美琴は感じている

対戦ゲームを一人でやるより二人で実際に戦った方が楽しいのと多分同じだ

 

「でもいいんですか? 私たちが水着のモデルなんて」

「大丈夫ですわ。どんな幼児体型でも科学の力でチョチョイッと解決ですの」

「はうっ! ヒドイです白井さん…!」

 

初春にそう黒子がバッサリ答える

幼児体型、と聞いて美琴は自分のある一点に視線を落とす

…いや、少しはあるはずだ、うん

それに黒子も似たような体形ではないのか、と突っ込もうとしたがなんとなくやめておいた

 

「お待たせしましたー」

 

そんな時横合いから一人の女性が歩いてきていた

担当メーカーさんである

 

「今日はよろしくお願いします。…あれ、まだ何人か来て…」

「? お兄様なら遅れて―――」

 

 

「―――まぁ、白井さん」

 

 

「ぬがっ。…この声は」

 

黒子が若干ながら顔を歪ませ、声の方を見る

釣られて美琴や初春、佐天、泡浮、湾内が視線を動かし

 

「―――うぇ!?」

 

美琴も同様に声を荒げた

いや、黒子の時よりひどいかもしれない

 

「あらあら大勢いますわね? 社会科見学か何かかしら?」

「婚后光子…」

 

名前を言われた婚后がなぜだか着物を着込んでおり、手には扇子を持っている

その隣にいるのはアラタや黒子の同僚で先輩でもある固法もいる

しかし問題なのはそこではない

 

「なんだ。皆来てたのか」

 

その隣にいる風間大介とその相棒ヒカリ、そしてその隣にいる鏡祢アラタ…

そこまでは別に問題ない、許容範囲だ

しかしその隣は、まったく予想出来ない存在だった

というか、なんでそこにいるのかが分からなかった

 

「食蜂…操祈…!?」

 

常盤台の女王様で知られるあの食蜂操祈がアラタの隣にいたのだ

 

「悪い美琴、遅れた」

「あらぁ、御坂さんもいらしたのぉ?」

「え、えぇ。な、なんでアンタはここに…」

「誘われたのよぉアラタに。ね?」

「まぁそうさね。適当に電話帳から選んだだけだけど」

「あら。照れてるぅ?」

「やかましいわこの瞳しいたけ」

 

そんな二人のやりとりに美琴は苦笑いを返しつつ

 

正直に言って美琴は食蜂操祈という人間が苦手なのだ

派閥とかそういうのがどうでもいい美琴は女王様というキャラな操祈はどうも気が合わない

…しかし最近の食蜂からはそう言った噂をあんまり聞かない

現に初春や佐天らとなじんでいるし、たまに見かけたときにいつも肩からかけているバッグが見当たらなかった

 

「てか、まっさか固法もいたとはねぇ?」

「通ってるジムの先輩に頼まれてちゃって。私もまさかアラタがいるなんて思わなかったわ」

 

訝しむ美琴の視線に気づくことなくアラタは自然に固法と会話し始めた

 

「美琴から誘われてね。…ま、場違いだとは思うけどさ」

「そんなことないですよ。男性用水着もちゃんとございますから、エンジョイしてください」

 

担当メーカーの言葉に軽く安堵する

今日は珍しく水遊びが出来そうだ

 

「さっ、各々の自己紹介も終わったことですし、参りましょう」

 

バッと扇子を広げて婚后が担当さんと共に歩き出す

最初から最後まで黒子の婚后を見る目がジト目だったが気にしないことにする

 

「…ところで白井さん、あの人お知り合いなんですか?」

 

しかし初春が聞いてしまった

その問いに黒子はうなだれながら

 

「…知り合いたくは、なかったでしたけどね…」

 

◇◇◇

 

担当さんによってそれぞれ試着室へと案内された

当然ながら男女別々である

 

「どれでもお好きなのをお選びください」

 

そう言って担当さんは席を外す

改めて男子水着部屋を見回すがなかなかの種類を揃えており、短パンのような水着と言えど抵抗が違ったり、普通に私服としても使用できそうなほどのクオリティを誇っているのだ

 

「…風間、お前はどんなの着るんだ?」

「別に。普通に水で遊べれば問題ないだろう」

「いや、それはそうなんだけどさ」

 

そんなやり取りのあと風間は適当に水着を吟味してから一枚を手に取り試着室へと入っていく

決めるの早、などと思いながらアラタも一枚一枚水着を見ていく

 

「…こんなんでいいか」

 

結果アラタが手にしたのはシンプルなデザインの短パンタイプ水着だった

それに水の抵抗が少ないTシャツを着こみ、上から半袖を羽織る

そして鏡を見て思う

 

なんかどっかの監視員みたいだ

 

笛でもあれば完璧だ

しかしあったものなんだから問題はないと思うのだ

だって好きなの選んでいいって言ってたし

 

「…お前、このままプールの監視員でもしそうだな」

 

同じタイミングで着替え終えた風間も似たようなそうでないような感想を口にする

苦笑いと共に振り返ると、そこにはどういうことか全身タイプのぴっちりした競泳水着を着た友人、風間大介が立っておられました

 

「…なんだ?」

「い、いや」

 

てっきり普通の水着かと思ったら競泳水着とは思わなんだ

…相変わらず予想の斜め上を行く男だこいつは

 

「…今なんか失礼な事考えてなかったか」

「いいや。考えてないって」

 

 

その後、担当さんの後ろをついていくとやがて広い空間へとたどり着いた

部屋を一言で表すならただただ広い部屋、である

 

部屋の中には今のところ男性陣(つまり二人)しかおらず女性陣はまだ来ていなかった

特にすることもないので二人で雑談でもしながら待っていると再び担当さんが戻ってきた

今度は着替え終わった女性陣も一緒だ

そして、開口一番

 

「…ぶっ!ちょ、大介!! なんてもん着てんのよ…! ぷぷっ!」

 

ヒカリが思い切り笑い始めた

まぁ普段の風間を知るものならこんな水着を着込むなど思いもしなかっただろう

事実、ほかのメンツも苦笑いである

 

ちなみに初春は花柄のワンピースに、美琴はシンプルなスク水タイプ(別にスク水ではない)、泡浮も美琴のと似た感じであり、青い模様が可愛らしい

佐天はビキニタイプだが腰から右足にかけてパレオと呼ばれる布を巻いている

身体のラインがはっきりと出ており、色気がある

…佐天に限らず、この場の女の子はほんのちょっと前まで小学生なんですよね、と考える思考を放棄した

んで黒子は…ぶっちゃけ一言で言うなればエロいである

しかしそれはスタイルが良い女性が着ればの話であり、ぺったんな黒子が来てもただの変態としてしか見れない

…まぁそれはそれで失礼なわけだが

 

「…つか水着でも変態って…。ブレないなお前は」

「まぁ。それは褒め言葉と受け止めておきますわお兄様」

 

今日も黒子は平行運転

苦笑いを浮かべ今度は固法へと視線を移す

まず一番最初に目に入ってきたのは白い生地に黒い玉模様に包まれたモノだった

年代的に同年齢でそこそこスタイルは良いと思っていたがここまでとは

下手になんか口にすると気まずくなるのでだんまりを決め込むことにした

 

大介の相棒、ヒカリは初春と同じようなワンピースだった

しかし初春以上に少しフリフリが多い気がする

そして黒子の学友婚后光子

彼女は大胆な赤い水着でお腹や横のお腹を見せつけるデザインで色気がある

最後に食蜂操祈

彼女は青いしましま模様のビキニを着ており、体のラインがはっきりと出まくっている

その発育の良さから本当に中学生かこいつは、と何度思ったか

 

「あらぁ? 私の身体にアラタったら釘づけかしら?」

「アホな事言うな。…ところでここで撮影すんですか?」

 

食蜂をスルーしつつ担当さんに聞いて見る

モデルというからにはカメラマンさんがいるのかとも思ったがそう言った人もおらず、そもそもこの部屋は何にもない

 

「あぁ。それなら大丈夫です」

 

そう言って担当さんは手に持ったリモコンをぽちっと押した

と、次の瞬間何もなかったその部屋が、南の島のような海へとリデザインされる

 

「このスタジオは様々なシチュエーションを再現できるんです」

 

ポチ、とスイッチを押すたびに繁華街や教室、あげく北海道などの景色が映し出されていく

学園都市半端ない

 

「…この砂、触れるぞ」

 

地面に手を伸ばした風間がサラサラと砂を弄ぶ

見た感じでも砂の質感はまさしく本物そのものであり、ホログラムとは思えない

 

「撮影はすべて自動で行われるので、皆さま自然体で楽しんでくださいね」

 

 

『え?』

 

全員の言葉が重なる

もう一度言おう

 

学園都市半端ない

 

 

自然体で遊んでと言われても正直何をすればいいか分かったもんじゃない

しかし婚后は椅子に座り様々なポージングを作ったりしており、撮影してくださいと言わんばかりなポーズをしている

ていうかノリノリだ

 

その一方で美琴と黒子は何やら追いかけっこをしているようで、あれはあれで自然体だと思う

 

「なるほど。あれが自然体ってわけね」

 

と国法が納得し

 

「流石御坂さま…」

 

と湾内と泡浮が尊敬の念を向ける

 

「…んじゃまぁ、我々も見習いますか」

 

軽くその場で準備運動したアラタが呟いた

まぁ要はおもいっきり楽しめばそれでいいのである

 

 

まずビーチ

 

各々にビーチバレーを楽しんだり、美琴が黒子に向かってヘッドロックを極めていたり、なんだか棒付きアイスをやたらエロく舐めてる婚后を尻目にアラタは木の下で陽向ぼっこ、もとい日陰ぼっこをしていた

 

大介も固法の付近のハンモックで横たわりながら本を読んでいる

 

「あらアラタ。貴方はここでのんびりとぉ?」

「皆テンション高いからな。とりあえず体力の温存って奴だ」

 

様々なシチュエーション、と言っていたからまだまだこんなものではないだろう

こういった海と言った状況は学園都市の外にでも行かなければ体験できないため、こういった科学力で再現できるこの会社は凄まじいの一言だ

 

「じゃあ私も隣に失礼してぇ…」

 

そう言いながらいそいそと食蜂が付近に腰掛ける

その後は別に会話などはなく、ただ静かな時間が過ぎていく

まぁ耳には黒子の断末魔というか喘ぎ声というかわけわかんないのが聞こえてきたが気のせいだとしてスルーする

そんな声を聞きながらたまに吹きすさぶ風を肌で感じていた

 

 

次はプール

デザイン的には屋外に作られていると言った感じだ

そんなプールサイドで美琴と黒子が追いかけっこを続けていた

 

「…飽きないなお前ら」

「私はうんざりだけどねっ!」

 

苦笑いと共にこめかみをひくつかせながら美琴は答える

そして美琴に向かってダイブをかます黒子の顔に手刀を叩きこんだ

「あふっ」と短く嗚咽を漏らした後、黒子は地面へと突っ伏し、ビクビクと痙攣させる

…少し怖い

 

「まぁそんなお前らだから安心して見てられるというか…」

「アンタも黒子に追いかけられればわかるわよ。…それと、なんかその水着って監視してる人みたいよ?」

 

風間にも言われたことをさらりと美琴にも言われた

…自覚はしてたがそこまでなのだろうか

 

「自然体って言われても、ここにまで来て黒子の相手すんのも疲れるわよ…。全然休めない…」

「…気持ちはわからんでもない」

 

これほどではないにしろ普段の美琴は割と苦労人である

 

「…なんか飲み物持ってくるか。何が良い美琴」

「なんでもいいわ…」

 

軽く息を吐く美琴に苦笑いで応えるアラタ

そんなんでもどことなく楽しそうな表情を浮かべる美琴は内心では満更でもないのだろう

 

 

次なる場所はキャンプ場

 

「…またぶっ飛んだ場所の転換ねぇ?」

 

目の前のテーブルにはたくさんの野菜に飯盒、ジュースや牛乳などの食材が積まれている

ためしにちらりと手をやるとこれもしっかりと触れる

手に取って感触を確かめてみるとこいつは本物だ

 

「すみません」

 

と、その時担当さんが部屋の中に入ってきた

表情に申し訳なさそうな笑みを浮かべて

 

「実はカメラのシステムがエラーを起こしてしまいまして…すぐ直ると思うんですけど…それまで休憩しててください」

 

「はぁ…あ、けどこの食材は」

「あ、好きに使っていただいて結構ですよ、本物ですから」

 

笑顔と共に担当さんはててて、と戻って行った

…何だか妙に取り残された気分になってきた

アラタは適当に玉ねぎを手に取り、この中で一番年長者である固法に視線を向ける

 

「…どうする? 固法」

「そぉね。…この人数でこの食材と言ったら…カレーしかないでしょう!」

 

 

固法の一言で一行はカレーを作成することになった

幸いにも食材は結構な量があるからメンバー分作るのに苦労はしないはずだ

 

「ねぇ、アラタ。…そのぉ、私料理したことないんだけどぉ…?」

「え? そうなの?…意外だな」

 

食蜂のカミングアウトに少々面食らった気分になる

女王様と言われてるなら料理のひとつや二つさらっと作れると思ってたんだが

 

「あ、あの…」

 

そんな食蜂のカミングアウトに便乗するかのように、婚后も遠慮がちに手を上げる

 

「その…恥ずかしながら、わたくしも料理したことなくて…」

「大丈夫ですわ婚后さん。わたくしたちも作り方わからりませんから…」

「えぇ、作り方を教えてもらいながら、ゆっくり料理していきましょう?」

 

そんな婚后に湾内と泡浮がフォローをいれる

二人に励まされたことが火種となったのか、婚后も「そ、そうですわねっ」と少し力を入れなおしたようだ

 

「んじゃ、楽しくみんなで作るをテーマに作ろっか!」

 

固法の号令に合わせその場の皆が「おー!」と元気よく返事をした

それと同時にふと思った疑問を口にする

 

「ところでごはんはどうするんだ?」

「え? それはもちろん飯盒で―――」

「いや、火がないんだけど」

 

かちり、と何度かガスボンベのスイッチのオンオフを繰り返しているがウンともスンともいわない

こういった機材の確認は大切だと思い見つけたは良いが一向に火がつく気配はない

そんなガスボンベを固法に見せる

彼女はそのボンベを見ながらテーブルに置き、何かを閃いたように手をポン、と叩いた後美琴を見た

 

「…へ?」

 

ライス部分は美琴に決定しました

 

 

「大介、私甘いのがいいな」

 

各々に野菜を切っている作業の中、ヒカリがぼそりと呟いた

 

「甘いの? …あぁ、甘口とかか」

 

ヒカリは基本的甘いのを好む

別段風間はそこまででもないのだがどちらかというと辛いのは少々苦手だ

 

「…甘口とか辛口とか、分けた方がいいかもな。アラタ」

「ん?」

 

とんとんと向かいのテーブルで食材を切っているアラタに風間は言葉を向ける

向けられたアラタは一度包丁を置いて風間の方へと視線をやった

 

「どした風間」

「いや、お前は辛いカレーを作ってくれ。好みで分けられるようにしたいんだ」

「あぁ、なるほどね。確かに甘いカレーは好きなのもいるかもしんないし…わかった、一通り切ったら取り掛かるよ」

「助かる。辛さは任せるぞ」

 

そう風間が言うとアラタは「任せれた」と返答して再び野菜を切る作業に戻って行ったのを確認すると風間はヒカリに向き直り

 

「俺もカレー作りに取り掛かる。ヒカリ、野菜切るの頼んでいいか」

「合点っ」

 

ヒカリにそう言った後、風間はテーブルに置かれたカレールーの確認に取り掛かる

先ほど返事したヒカリも危なかっしい手つきではあるものの、ゆっくりではあるが野菜を切る事に集中し始めた

 

 

「ぐぬぬ…」

 

御坂美琴は飯盒相手ににらみを利かせていた

ブロックを縦におき、金網を間に乗せてそこに飯盒は佇んでいる

美琴はそんな飯盒に両手を翳し集中していた

ご飯を炊くために

 

(気をつけろ私…油断すると吹き零れる…!)

 

両手から発せられる微弱な雷により、内部に熱を加えてお米を炊いているのだ

しかし機械ではなく完全な手動なため、少しでも加減を間違えるとその時点でお陀仏なのだ

 

「御坂さぁん。もう一つ頼めるかしらぁ」

「え!? まだあるの―――ってあぁ!?」

 

食蜂の声に虚を突かれて、完全に気を取られた

一瞬の力みが飯盒にダイレクトに伝わっていき内側ふじゅる、とお米が零れ落ちた

 

「ご、ごめぇん…また持ってくるから」

 

苦笑いと一緒に噴き出た飯盒の持ち手を持つ

よいしょと立ち上がる食蜂を見て何気なく美琴は彼女に向かって口を開いた

 

「…あんた、変わったわね」

「? そぉかしら。なるべくいつも通りを心がけてるんだけどな」

 

小さい笑みと共に食蜂は戻っていく

彼女の後ろ姿を見ながら同様に微笑を作り美琴は呟いた

 

「変わったわよ。…少しだけど、笑うようになってる」

 

 

「やっぱり、にんじんはいちょう切りですよね」

「え? カレーの時は乱切りじゃないの?」

 

一方こちらは甘口用の野菜を切っている初春と佐天

ちなみにいちょう切りとは読んで字のごとくいちょうの葉っぱみたいに切る事である

そして乱切りとは食材の大きさを揃えずにアバウトに切る事、つまりはだいたいな感覚で切る事を指すのだ

 

「ふぇ? いちょうの方が可愛いと思うんですけど…。火の通りだって早くて」

「ちっちっち。わかってないなー初春。カレーの野菜は大きすぎず小さすぎずが基本でしょう?」

 

その言葉にむむ、と初春は反応し

 

「うちのカレーは細かく切ってルーと一体化させて食べるんです!」

 

今度は佐天がむむむ、反応する

 

「細かくなんてありえない!ジャガイモもちゃんと面取りして、見栄えよくする方が大事じゃんっ!」

 

ちなみに面取りとは材料の角を削り取る事で、この用語は建築業でも使われる

 

「見栄えよりも味が大事ですっ!」

「味だって美味しいんもんっ!」

 

一触即発

そこまでヒドイものでもないが二人にも譲れないものがあるのだろう

むむむむむ、と二人は互いを見つめて

 

「アラタさんはどっちがいいと思いますか!? もちろん小さい野菜ですよね!?」

「いやいや! ここはやっぱり大きい野菜ですよね!?」

 

あまりにも唐突に話を振られたアラタは「え?」と一瞬戸惑ったような声を上げるがすぐにうーんと考えて

 

「…どっちでもいいんじゃね?」

 

割と現実的な事を言ってその場を纏めました

 

 

「…終わった」

 

長きに渡る飯盒との戦いがようやく停戦を迎えた

何しろ人数が人数だ、飯盒の量もそれなりにあったが黒子の地道な応援(?)のおかげで何とか乗り切れた

カレーの方もほとんど準備が完了し、後は煮込むだけだそうだ

 

「お疲れさん。美琴」

 

カレーの場所からアラタがこちらの方へ歩いてきた

両手にはコップがあり、中には水が淹れてある

 

「ほら、水。黒子も」

「ありがと」「感謝ですわ」

 

正直に言って全くと言っていいほど給水が出来なかったから、持ってきてくれた水には素直に感謝だ

コップに口をつけて一息に喉に流し込む

程良い冷たさの冷水が喉を通り嚥下していく

 

「万が一火がなくても、これでご飯はばっちりだな?」

「そうね…。正直に言えばもうやりたくないけど」

 

電気で炊かねばならない状況が来ないことを切に願う

 

「そっちは? どう? カレーの出来栄えは」

「まぁ普通だよ。可もなく不可もなく、な。辛口と甘口があっけど、どっちがいい?」

「じゃあ甘いのにしよっかな」

「わたくしはそれらを混ぜて中辛にしますわ」

「ちょ、ようやる…。まぁ同じルーだし、問題ないか」

 

コップの中にある水を飲み干してようやくひと段落つけた

そして思う

 

「…たまには、こうやって皆で料理とか作るのもいいわね」

「そうですわね。…つい先日幻想御手(レベルアッパー)事件を解決したとは思えないくらい平和ですの」

 

それを言ってしまったらアラタは本当に先日偉い目に遭ってたりするのだが

下手に口に出すとまた余計な心配を抱かせてしまうので心の中に留めておくことにする

 

「…続くといいな。こんなのが」

「えぇ。…そうね」

 

どことなく呟いただけだがどこかしんみりとした空気になってしまった

いてもたってもいられなくなったアラタは軽く咳払いをして

 

「ほら、そろそろカレーが出来んぞ。行こうぜ」

 

空気を変えるかのようにそんな事を美琴と黒子に言う

それに答えるように二人は立ち上がり、黒子は先導して

 

「先に行ってお皿やらを確保に参りますの」

 

と言って行ってしまった

別段競争などはしていないが、彼女がなんとなくそうしたかったのだろう

 

「アラタ」

「ん?」

 

不意に声をかけられる

アラタは一祖立ち止まり美琴を見るが、彼女は止まることなく彼の顔を見ながら隣を歩き過ぎ

 

「無茶しないでよ。…いろいろと、ほどほどにね」

 

そう美琴は笑みと共にアラタに言った

言われたアラタは少しきょとんと言ったような表情のあと笑顔を作り

 

「あぁ。わかった」

 

そう短く返した

 

―――そうだ、自分は大丈夫

何があっても、彼女の笑顔は守りきろう

彼女だけではない、自分を取り巻くすべての人たちの笑顔を守るために

それを脅かすものたちに対して、この拳を振るおう

 

 

ここまでいろいろあったもののカレーは見事に完成した

木でできたテーブルに人数分のカレーとその中心に余った野菜で作った簡素な野菜サラダ

割とバランスは取れていると思う

ちなみに魚介類もあったので、甘口のカレーはそういった魚類を混ぜたシーフードカレーとしてある

そんな訳なので黒子は普通に甘口シーフードを選びました

 

「それじゃあっ、いただきますっ」

 

固法が両手を合わせそう言った

他の人らも固法に習い両手を合わせて「いただきますっ」と口をそろえる

そして皆それぞれ自分の前にあるカレーにスプーンを持っていく

 

「…お、なかなかちょうどいい辛さだな」

「まぁ皆食べるからな。いろいろ試行錯誤したけど」

 

アラタが担当した辛口カレーはおおむね好評だった

ここが自分宅だったら正直このカレーはもっと辛くしていたと思う

どうでもいいがアラタは辛党だ

 

「細かい野菜も味が出ていいね」

「大きいのも美味しいですっ」

 

先ほどまで野菜論争をしていた初春と佐天も和解し、それぞれ感想を言い合っている

 

「それはそれとして、アラタって意外に料理できるのねぇ?」

「一人暮らしだし少しは出来ないとな」

 

当麻だって出来るんだし

そしてそれを言ったらプロ並みの腕前を持つ天道だっているのだ

もしこの場に天道がいたら「プロ以上と言ってもらいたいな」なんて言われそうだが

 

「このシーフードカレー、甘さの中にも魚介の美味しさが凝縮されてますわっ」

 

婚后が笑みを浮かべもう一口、二口とカレーを口に運んでいる

それに合わせるように泡浮と湾内も頷いた

同様に今度はヒカリもカレーも口に運ぶ

 

「くぅ…! 大介のカレーはやっぱり美味しいなぁ…」

「基本通りに作っただけだ。この程度はお前にだってできる」

 

どこまでも大介は謙虚だった

 

そして自分の前にあるのは辛口のカレーだ

さっきも言ったがもう少し辛くつくろうと思ったが皆も食べるという事なので今回は無難にレシピ通りに作成した

アラタはカレーにスプーンを入れ、一さじすくい、そして口に持っていく

程良い辛みと野菜の美味しさが口内に広がっていく

…うん、自分的にはもう少し辛い方が好みだ

 

「うーん…皆で作るカレーもさ、なかなかいいわね」

「そうですわね」

 

美琴の呟きに黒子が同意する

口には出してはいないがアラタもそれには同意したい

と、皆がわいわいしながら食事をしていたその時だった

 

<お待たせしましたっ。システムが復旧しましたから、撮影を再開します>

 

「え!? もう!?」

 

慌てた様子で美琴が椅子から立ち上がった

そんな彼女をいさめるように担当さんの声は響く

 

<あ、食べてて大丈夫ですよ。…とりあえず、一枚っ!>

 

そんな担当さんの掛け声と共に、軽く混乱状態になりながら一同は適当に集合する

皆で作ったカレーを持ちながら撮影したその写真の人たちは、それぞれとてもいい笑顔をしていた

 

 

そんな撮影も終わりさて帰ろうとした矢先の事である

うっかり着替えの所に置き忘れてきてしまった携帯を取りに戻っていた時にそれは起こった

 

「…っと、あったあった。完全に忘れてたよ…気づいてよかった」

 

無事携帯の回収を終え、さて戻ろうか、となったときそれは視界に入ってきた

先ほどまでみんなで撮影していたホワイトルーム(仮名)である

今後こういった施設に来るかなど分からないし、興味もあったアラタは戻る前にそのルームを焼き付けておこうと何気なく足を踏み入れた時、それは視界に映ってきた

 

「うー…やっほーっ!」

 

そこには誰だお前と突っ込みたくなるくらいにハシャギまくる御坂美琴の姿が

しかも彼女は自分が来訪したことにまだ気づいていない

 

「んー…やっぱりこの水着可愛いっ! あっはははっ!」

 

彼女が来ている水着は撮影していた時のスク水タイプでなく、フリフリのついた水玉模様の水着を着用していた

そして悟る

あぁ、やっぱり撮影の時は我慢してたんですね

 

「きゃははっ、そおぅれっ! ははは―――は!?」

 

目があった

静まる美琴、黙るアラタ…なんて声をかければいいのでしょうか

 

「―――!」

 

徐々に美琴の頬が羞恥に染まっていく

まるでトマトだ

やがてゆっくりと、かつ徐に手を上げる動作を取った

なんだろう、と最初は思ったが、すぐに察した

その手の周りを飛び交う青い閃光によって

 

「―ぅ――と…――!!」

 

彼女は恥ずかしさのあまり声も上げられないようで

そしてこれは避けてはいけないんだろうなぁ、と頭の中で思いながらアラタは友人の言葉を借りた

 

 

 

「不幸だァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 

彼の空しい叫びと共に、そのルーム内に彼女の雷撃が響き渡った

その一撃を受けた時、彼の体の中にあるアマダムが一層強く反応したが、それに気づくことはなかった

それどころではなかったからであるが

 

いずれにせよ、これで水着のモデル撮影は終了した

皆の心に、楽しい思い出と、笑顔を刻みつけて



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#13 スキルアウト

前半はちょろっといじって、後半はあまり変えず




人気の少ない路地裏にて

 

「…貴方たち。わたくしを常盤台の婚后光子と知っての狼藉ですの?」

 

バッと婚后は緑色で花が描かれた扇子を勢いよく広げ、自分を取り囲む不埒な男どもを見渡した

話には聞いていたがまさか、自分が能力者狩りに遭うなど想像もしていなかった

 

「狼藉ぃ? はっ、さっすが常盤台のオジョウサマは俺らとは違うお言葉をお使いだ。なぁ?」

 

目の前の男が仲間に同意を求めるとそれに合わせたかのように大笑いする

これだから品性のない男は嫌いだ

御坂の友人である彼のような男性は中々いないらしい

 

「どうやら、日本語が通じない方たちらしいですわねぇ。…ならば、お相手いたしましょう!」

 

じり、と婚后は身構えた

大丈夫、相手は徒党を組んでいようとも所詮品のない無能力者

油断さえしなければ問題はないはずだ

 

「…っは」

 

目の前の男が笑う、と同時の出来事だった

 

キィィィ、と耳鳴りのような音が聞こえてきたと思ったら強烈な頭痛が婚后を襲う

それは能力者限定なのか、目の前の男を含め、その仲間たちはピンピンしている

 

「どうした? 頭が痛いのか」

 

白々しく聞いてくる男に苛立ちが募る、が頭痛には勝てない

婚后は扇子を落とし、その場に跪いてしまった

そんな婚后の耳に、また新しい声が聞こえてきた

 

「…おいおい。女の子にちょっかい出すってのは、いただけねぇな」

 

「あぁ!? 誰だて―――ぶふゅ!?」

 

前に立つ男を拳一撃で意識を奪うと、目の前の男はニィ、とニヒルな笑みを浮かべる

顔を確かめようとしたが痛みがピークに達し、ついにその場に倒れ伏してしまった

 

◇◇◇

 

それで通報を受けてアラタたち風紀委員が駆け付ける

駆け付けた時最初に目に入ったのはものの見事にぶっ倒れたスキルアウトの方々

 

「…うわー。これは派手にやったな」

「ですが、これにて頻発していたスキルアウトによる能力者狩りも、どうやらこれで打ち止めですわね」

 

黒子の言うとおりになってくれればいいのだが

改めてぶっ倒れているスキルアウトの連中を見て

 

「けどま、相手が悪かったな。確か彼女は大能力者(レベル4)なんだろ? 無能力者(レベル0)が群れなしてもなぁ…」

「それが違うのよ」

 

固法の言葉に「え?」と黒子と共にそんな声を出す

「どういう事さ」と聞いてみると

 

「彼女の話によるとなぜか能力がうまく行使できず、そこに謎の人物が現れて―――」

 

言いかけた時一人のスキルアウトを乗せた担架が彼女の前を通り過ぎた

彼女の顔はそのスキルアウトをちらりと見るとハッとして

 

「…タメゾウ?」

 

小さい声ではあるがそう人物名を口にした気がする

…誰の名前だろう、知り合いか?

 

「固法先輩?」

「どうした?」

「え? え、えぇ、ごめん。えっと、初春さんの聞き取り上手く行ってるかしら」

 

思い切り話を逸らされた気がするが気のせいだろう

彼女の視線を追うとそこには婚后に聞きこんでいる初春の姿があった

 

「気が付いたら、皆倒されていた、と」

「えぇ…」

 

婚后は頭に手をやりながら彼女に自分が体験したことを話していた

彼女を襲っていた頭痛はもうなくなったらしい

 

「何か覚えてることがあれば、ぜひ」

「そうですわね…黒い、革ジャンと…それを持った殿方の背中黒い大きな刺青を見たような…」

 

「っ!」

 

ある単語を聞いた時、国法の顔はまたハッとなる

先ほども感じたが、やはり様子がおかしい

 

「…どうした固法。さっきからおかしいぞ?」

「い、いえ、何でもないわよ…」

 

本当にどうしたのだろうか

どういう事か凛としてない

その表情には、どことなく寂しさが募っていた

 

◇◇◇

 

「ビッグスパイダー?」

 

お昼時の時間帯

珍しく固法から昼食に誘われたアラタはテーブルを挟んで固法と対面している

そして彼女の口からそんな単語を聞いた

 

「支部でも初春さんと白井さんに話したんだけどね。昔はそれなりのプライドを持って一線は弁えてたんだけど。今じゃただの無法者の集団になってしまった」

「プライド、ねぇ」

 

スキルアウトにはスキルアウトなりの流儀がある、というところか

正直に言って今のそいつらは単なる暴れ者、と言った印象しかないが昔は名のある組織だったのだろう

 

「それはそれとして、よく知ってるな固法」

「え? え、えぇ。…まぁね」

 

にはは、と笑う固法

しかしその笑見の奥にある瞳は、どこか悲しそうに見えていた

 

「…ま、深くは聞かないよ。お昼ごちそうさま。今度は俺が奢るよ」

「あら。貴方からそんな言葉聞くなんて。明日は槍でも降るかしら」

「やかましい。奢られたんだから俺も奢って返す。そのうちだけどな」

「ふふ。えぇ、期待しないで待ってるわ」

 

そんな短い会話を交え、アラタは彼女の横を通り過ぎる

ちらりと彼女の横顔へと視線をやった

彼女の横顔は、どこか遠い方へと向けられていた

その視線の先に誰がいるのかはわからない

 

◇◇◇

 

 

<聞いたわよ。婚后さんが襲われたって話>

 

美琴から電話がかかってきたのでそれに応答している途中

どうやら今日、黒子や初春から聞いたのだろう

 

「その話を知ってるって事は、ビッグスパイダーの件も知ってるよな」

<ええ。…ったく、このご時世に能力者狩りなんて流行らないわよ。…いっそ私に絡んできてくれれば―――>

「実際にそうなったらエライ事になるから却下」

 

主にスキルアウトの連中が

 

「友達が襲われて許せないのはわかるけど、お前はあくまで一般人なんだからな?」

<わかってるわよ。…けどもし私が襲撃されたら、反撃くらいはしていいよね?>

 

妙に期待のこもった声色だ

…まぁ正当防衛くらいはかまわないかな、と判断したアラタはやれやれ、と思いながらも首を縦に振り、肯定の意を発する

 

<さっすがアラタ。話が分かる! …それじゃまた明日ねっ>

 

そう元気に言って彼女からの通話は切れた

まぁそんな事はないとは思うが、頭には入れておこう

そんな事を考えながら軽く背伸びしてアラタは布団を敷いて眠りについた

 

◇◇◇

 

事件が進んだのはそれから数日後の事だった

 

「またビッグスパイダーが?」

 

黒子の後ろでパソコンを除いていた美琴が呟いた

美琴が呟いた通り、この一週間においてその件のビッグスパイダーの活動がより活発になってきたのだ

 

「今週だけでももう三人…連中、ピッチを上げて来てますわ」

「やっぱここは一発ドカン! と―――」

「お前のドカンは爆発力がありすぎるから駄目だっつの」

 

そう言われしょぼんとする美琴をスルーしつつ初春に視線を向ける

彼女は携帯端末を開いて

 

「ビッグスパイダーが勢力を強めてきたのは、約二年ほど前みたいなんですよ。武器を手にして、犯罪行為を繰り返すようになったのも、その頃です」

 

初春が喋っている際に、わずかばかり固法の口元が変化したような気がした

気にしないように視線を再び初春に向けて、彼女の言葉を聞いていく

 

「…けど、そんなのをどうしたら学園都市に持ってこれんだ?」

 

アラタの考える疑問はそこである

学園都市の物資運搬は学園都市側で管理されている

当然ながら非合法なものは完全にシャットアウトされるはずなのだが

 

「…蛇の道は蛇と申しますから…」

「…あぁ、そうか。誰かがその手の流通を手伝ったのか」

「バックがいるってわけね?」

 

調べてみる価値はありそうだ

三人で頷きあったとき初春が「あ、ちょっと待ってください」と声をかけた

 

「それと、ビッグスパイダーのリーダーが分かったんです。名前は黒妻綿流(くろづまわたる)。かなりあくどい男のようです。なんでも、仲間を平気で裏切るような奴みたいで、グループから抜けるなんて言えば背後―――っていうか、背中から撃ちかねないとか」

「…とりあえずは、最低の男というわけですわね」

 

黒子の呟きに同意しそうになったとき、一瞬固法の表情が見えた

どことなく、唇を噛みしめているかのような、そんな表情

 

「背中と言えば、その人背中に蜘蛛の刺青がいれてるみたいですよ?」

「…蜘蛛の?」

 

婚后を助けた人も蜘蛛の刺青を入れていた、という報告を聞いていたのだが

黒妻は二人いるのだろうか

 

「結局、ただの仲間割れだったとか?」

「仲間割れ?」

 

アラタが聞き返すと美琴は人差し指を立てながら

 

「仲間を背中から撃つような男なんでしょ? その可能性もなくはないんじゃない?」

 

そう言われると納得できる

…納得はできるが、どうも違和感が引っかかる

 

「えっと…彼らは、第十学区の、通称〝ストレンジ〟と呼ばれるところを根城にしているようです」

 

携帯端末を弄りながら、初春がその情報を導き出す

その報告を聞きながら黒子はふむぅ…、と息を吐いた

 

「行くの?」

「管轄外ではありますが、第七学区で発生した事件の調査だと言えば筋は通りますの。固法せんぱ―――」

 

「ごめんっ。…私、今日中に報告書纏めなきゃいけなくて…」

 

黒子の言葉を遮るように固法は声を出した

見えてはいないところで、手を握りしめながら

 

「よっし、じゃ行こうか!」

「行くって…。お姉様!?」

 

パチンと掌を叩きながら美琴は意気揚揚とそう言った

行く気満々である

その後彼女はアラタの顔を見て

 

「アラタは?」

「…いや、ちょっと気になる事が出来たからさ、その後で行く」

 

その言葉を聞いた美琴はニィ、と笑みを浮かべて

 

「わかったわ! 行くわよ黒子!」

「ちょ、待って下さ―――」 

「二人のピンチヒッターよ! ほら早く!」

「ですから―――あーれー、ごむたいなぁー」

 

口で否定しながらもガッツリにやけ顔になっていた黒子

調査と言えど美琴と二人で出かけられるのが嬉しいのだろう

しかし流石に二人だけでは心配なのも確かである

…連絡入れておこう

片手で携帯を操作しながらアラタはちらりと固法の顔を見た

その視界に眼鏡の奥に揺らいでいる瞳と、懸命に歯を食いしばる彼女の顔が見えた   

 

 

所変わって第十学区

今現在美琴たちがいるのはストレンジと呼ばれる場所だ

 

「ここが、ビッグスパイダーの根城、ストレンジってわけね」

 

周囲を見渡してボソリと美琴が呟く

そんな彼女の横を一人の男が通り過ぎ、軽く周囲を見渡した

美琴は苦い顔をしながら

 

「…ていうかなんでここに貴方がいんのよ」

「お前たちだけじゃ心配だ、というわけでな。アラタに頼まれた」

 

そう言ってこちらに振り向いたのは天道総司という男

なんだかんだで二人を心配したアラタに携帯で頼まれ、それを快諾して向かってきてくれたのだ

 

「お兄様も心配症というかなんというか…、まぁ今回はこの行為を素直に受け取っておきましょうよ、ね、お姉様」

「ったく…しょうがないわね」

 

黒子に宥められ美琴は頭を掻きながら改めてストレンジを見渡した

パッと見での感想はまさに不良の集まりと言った感じである

壁に描かれたグラフィティアート、破壊された警備ロボットに壊れた車、はては破壊されたままの監視カメラなどまさにスラム街

道路も汚くろくに掃除されていないうえに煙草の吸殻の山や放置された空き缶など、まったく期待を裏切らないというかなんというか

 

「…素敵、とは言い難いわね」

 

苦笑いと共に美琴はそんな感想を漏らした

水清ければ魚は住まず、とはよく言ったものだ

 

「まぁ…スキルアウトからしてみれば、ここは住みやすいのかもしれませんわねぇ…」

「かもしれないな」

 

それぞれ口に出しながら三人はとりあえず歩き出した

道を歩く途中にも道端にいるスキルアウトの奴らに思い切り睨まれたりしてる

正直に言って視線が痛い

 

「スキルアウトもスキルアウトだけど、こいつらを放置してる学園都市も学園都市よ」

「そうですわねぇ。それにますます歓迎されてますし」

 

そんな彼女たちの言葉を気にくわなかったのかわらわらとスキルアウトの連中が集まっている気がする

…分かってて言っているのだろうか

 

「アンタが風紀委員の腕章(そんなもん)つけてるから」

「なぁ! これはお姉様が急かすから!」

「…やれやれ」

 

内心重く、それでいて深くため息をつく天道

そんな三人の耳にヒュウ、と口笛が届いた

 

「よお、嬢ちゃん。なあにもめてんのかなぁ?」

「おいおい、風紀委員もいやがるぜ?」

 

案の定である

美琴は若干眉を潜ませて

 

「ほらぁ…」

 

と黒子に呟いた

 

「…お姉様ぁ」

 

黒子が嘆く

そんな嘆きを無視してスキルアウトの連中が口を開いた

 

「何もめてんのかなぁ?」

「今更かえさねぇぜぇ?」

 

やれやれどうしたものか、と考え始めたその時だ

 

 

「待ちな」

 

 

と、透き通った声が耳に届いた

 

その声色は後ろから聞こえたので、徐に後ろへと振り向く

そこには赤い髪にライダースジャケットを羽織り、牛乳を片手にしている一人の男性がいた

男性は手に持った牛乳パックを口にし、飲み始めた

そしてぷはぁ、と口からパックを離すと笑みを浮かべ

 

「大勢で三人にちょっかい出すのは、いただけねぇな」

 

そう言いながらゆっくりとその男性は戸惑う美琴と黒子、対していつもと変わらない様子の天道を尻目に徒党を組んだスキルアウトの前に立つ

 

「女の前だからって何カッコつけてんだよ、あぁん?」

「まぁまぁ」

 

男性はとりあえず最初は話し合いで解決しようと思ったのか、笑みを浮かべたままだ

 

「いいからテメェはとっとと失せろ」

 

男の言葉と共にパシッと牛乳パックを持った手が弾かれた

その拍子に持っていた牛乳パックが地面に落ち、中身がこぼれ出す

男性はしばらくその牛乳パックだったモノを見下ろして、そしてそのスキルアウトの連中を一瞥すると

 

「…ちっ」

 

凄く不機嫌そうに舌を打った

 

 

~五分後~

 

 

「あ、あの、こちらでよろしかったでしょうか」

 

先ほどとは打って変わって低姿勢なスキルアウトの連中

顔には殴られた跡が如実に浮き出ており妙に生々しい

ちなみにこのスキルアウトの一人は先ほど自分が叩き落とした牛乳を買いに行かされたので実際は五分以上かかっているかもしれない

 

「おう。悪いな」

「い、いえいえ!! じゃあ俺らはこの辺で!」

 

そう言い残すとスキルアウトの連中はいそいそと逃げ帰って行った

ケンカしていた時は正直に言って圧倒的だったから、アイツらにはトラウマになってしまっているのではなかろうか

 

「…別に助けてくれ、なんて頼んでないだけど」

「ん? あぁ、そりゃ悪かった。昔知り合いに君ら位の胸の女の子がいてさ、放っておけなかったんだ」

 

そう言って朗らかな笑みを浮かべた

 

「殿方に胸の話をされたのに」

「不思議と、いやらしくない…」

 

美琴と黒子はそれぞれ自分の胸元を見ながらそう呟いた

そんな静寂の中、ふと視線を戻すとその男性はすたすたと歩いてしまっていた

前を歩く男性の後ろ姿を、天道は歩いて追っていく

 

「先に行くぞ」

「え? あっ、待ちなさいっ!」

「お姉様、お待ちになってくださいなっ」

 

三人は天道を筆頭にその男性を追いかけ始める

思えば肝心のビッグスパイダーの情報が集まってなかった

 

 

本当に〝今の〟黒妻綿流は本人なのか

手っ取り早く確かめるのなら、警備員(アンチスキル)に聞いた方が早いと考えたアラタはとある支部に来ていた

受付の人に聞いて、適当に腰掛けて件の人が来るのを待つ

しばしして、一人の男性がこちらに歩いてくる

 

「…いきなり人を指名してきて、なんだ一体」

 

歩いてきたのは矢車ソウ

若干疲れた顔をしている彼を確認するとアラタは立ち上がって

 

「いや、俺も悪いとは思ってるんですけどもね、ちょっと見せて欲しい資料があるんです」

「資料?」

「はい。〝黒妻綿流〟って人のなんですが…あります?」

「確かにそいつのならあるにはあるが…どうするんだそんなもん見て」

「今世間を騒がせてるビッグスパイダーの襲撃事件、ご存じですよね」

 

アラタがそれを聞くと矢車は目を細めて

 

「…なるほど、黒妻綿流のことを調べに来たのか」

「えぇ。好奇心、ですけど」

「―――わかった。確かに、俺も気にはなっていたからな。ついてこい」

「了解」

 

やれやれといった様子で矢車が踵を返し歩き出す

そんな彼の背中をアラタは追いかけた

 

 

「へぇ…」

 

男性の後ろをついていくと、とある建物の屋上に出た

そしてその屋上から見える景色に素直に美琴は息を呑んだ

様々な建物が並び、何よりも広大な青空に目が行く

ゆっくりと進む白い雲をつい目で追いたくなるほどだ

その景色に見入っているのか、黒子も天道も黙っている

 

「いいとこだろ? ちょっとした秘密の場所さ」

 

景色を楽しんでいるとき、男性がふと口を開いた

男性は目の前の手すりに両手をのせて

 

「ここは風が気持ちいいんだ。…ここから見るストレンジは、二年前と変わらねぇな」

「二年前?」

 

思わず気になった言葉に反応して美琴は反射的に聞き返してしまった

問われた男性は目を閉じながら小さく笑いを作ると

 

「ま。いろいろとな」

 

ものの見事にスルーされた

まぁ当然の反応だろう

 

「それにしても、なぜスキルアウトの方々はこの地区に集中して―――」

能力者(アンタたち)にはわからねぇさ」

 

黒子の言葉を切って男性が呟いた

美琴と黒子の二人は男性の方を振り向き、ただ黙って話を耳に入れていく

天道は先程から景色を見ているが、耳は会話に向けている

 

「いろいろ投げ出しちまったんだよ、俺たちは。全てが能力で判断される学園都市を捨てたのさ」

 

無能力者にとって、超能力は手の届かないもの

それこそ、あの青空のように

だから、幻想御手(レベルアッパー)なんてものに手を伸ばしてしまうんだ

 

「けど、スキルアウトはスキルアウトでしょ? …群れを組んで何をするかと思えば、やることなすことろくでもないことばっかり」

「はは。手厳しいな」

 

そんな美琴の言葉さえ男性は笑って飛ばした

そう言ったところで男性は横目でちらりと美琴たちを見る

 

「ところで、あんたたちは何しに来たんだ?」

「あぁ、そうでした。その―――」

「ビッグスパイダーという組織について調べに来た。…何か知らないか?」

 

ここまで沈黙を保ってきた天道が不意に口を開いた

当然ながら黒子はむぅ、と口元を歪ませたが、気にせず天道は男性を見据えていた

 

「―――ここでその名前、出さない方が賢明だぜ?」

「覚えておこう。それで、質問の答えを聞きたい」

「知らないな。…じゃ、しっかりと守ってやんなよ」

 

最後にそう言って男性はポケットに手を突っ込んで歩いて行ってしまった

その後ろ姿を美琴と天道はどこか訝しんだような目で追っていた

 

「…どうされました? お姉様に、天道さん」

 

「いや。あの人、なんか気になるのよね」

「お前もか」

 

しかし黒子は頭にハテナマークを浮かべ首を傾げながら

 

「気になる…といいますと?」

「ビッグスパイダーが勢力を伸ばし始めたのが、二年前。…なんか引っかからない?」

「…言われてみれば…」

「まぁ、ヒントにはなったか」

 

天道がつぶやき、美琴はそれに頷きながら二人はおもむろに歩き出した

同様に黒子も美琴のあとを歩いていく、そのどさくさに紛れて腕を組もうとしたら案の定美琴にゲンコツされた

 

 

「おめぇら何やってんだ!!」

 

ストレンジのとあるアジトにて

そこはビッグスパイダーと呼ばれるスキルアウトの人たちが集まる言わば拠点だった

その拠点の中でマグナムの銃口をメンバーに突きつけながら一人の男が声を荒げている

 

「能力者狩りの兵隊がもう二十人以上やられてんだぞ!?」

 

怒気がこもった〝黒妻〟の声色に周りは明らかに焦りを感じている

そんな〝黒妻〟を宥めようとメンバーの一人が口を開いた

 

「そ、その、手掛かりは探してはいるんですが―――」

「探してる、だぁ!?」

 

〝黒妻〟はその男にマグナムの銃口を向けた

思わずひっ、と声を上げる

 

「見つけるんだよぉ!! なんで見つからねぇか分かるか! 舐められてんだよ俺たちが!!」

 

いいか野郎ども! と声を続けながらマグナムを天井に向けて〝黒妻〟は続ける

 

「能力者をぶっ潰して、俺たちビッグスパイダーがどんだけ力を持ってるか! 連中に思い知らせてやるんだ…!! そうすりゃ、俺たちに逆らう奴らなんざいなくなる…!!」

 

そんな〝黒妻〟の言葉に触発されたメンバーが「応!!」と答える

そのメンバーたちの表情を見ながら〝黒妻〟は一つ考え事をしていた

 

メンバーもあらかた帰った夕刻時

〝黒妻〟はソファーに腰掛けながら地面を見ていた

 

「…〝アイツ〟が生きてる…?」

 

譫言のように呟くその声の真意は誰にもわからない

その言葉が何を意味しているのかも

 

「そんな訳はねぇ…けど、もし…生きてたら…」

 

ぎゅ…! と彼は手に持ったマグナムを思い切り握りしめて

 

「…生きて、いたら―――!!」

 

 

翌日

 

ビッグスパイダーの行動はさらに加速していった

それの対応にアラタはただ追われていた

一応美琴や、天道、ツルギといった親友たちも協力してくれてはいるが、それでも数は中々減らない

 

<アラタさん、そっちはどう?>

「一人を保護した。神那賀の方は?」

<こっちは二人。…なんなのよ連中、調子に乗っているかと思えばただ集団でリンチしてるし。…こんな小さいことする小物集団のリーダーが見てみたいわね>

 

うんざりと言った様子で電話の向こうで彼女が呟く

正直彼女がうんざりしたい気持ちもわかる

朝から起きてこの調子、ずっとスキルアウトを倒して被害者を保護する、というのが本日の基本的なサイクル

しかし如何せんいたるところで起きているために、今回はさらに神那賀の手も借りてしまったというのだ

 

「とりあえずこのままいろいろと歩き回ってみてくれ、見かけたら保護を頼む」

<了解。今度ジュースかなんか奢ってよ?>

「考えておく」

 

奢るとは言っていない

 

それはそうとそんなやり取りをしながらアラタは携帯の電源を切った

そして携帯を仕舞おうとしたその瞬間再び携帯が鳴り響いた

唐突になった音楽に驚きながらもアラタはディスプレイを見てみるとそこには神代ツルギの名前が

いったいどうしたのだろうか、と思いながらアラタは通話ボタンを押すとそれを耳に当てた

 

「もしもし、どうしたツルギ」

<いやなに。さっきのしたビッグスパイダーの連中にアジトの場所を吐かせたのだがな>

「…マジか。ようやるな」

<気にするな。それより場所を教えたあと急いで向かってくれ。ミサカトリーヌとスィ・ラインが空間移動(テレポート)でさっさと向かってしまったからな>

 

アイツら…

内心で呟きながらため息を漏らす

しかしあの二人ならとくに問題はないだろうが

 

<このあと場所を添付した地図も交えてメールで送る。頼んだぞカ・ガーミン>

「あぁ、ありがとな。ツルギも気をつけてくれよ」

<わかった。では俺は再度ビッグスパイダーの雑兵を捕まえに行く。またな>

 

そう言い終えて電話を切った後すぐにメールがきた

そこには簡素な文章と共に地図が添付されてある

場所を確認してよし、と記憶したあと、付近に停めてあったビートチェイサーにまたがった時だ

 

「おう、そこの君」

 

エライ気さくな感じで声をかけられた

振り向いて確認してみると赤い髪にライダースジャケットを着込み、片手に牛乳を持った青年が立っていた

 

「―――アンタは」

 

見た目はスキルアウトのようだが、敵意などはなくむしろ友人になれそうなほど兄貴的なオーラを放っている

そしてその顔を、アラタは知っている

青年は一度手に持った牛乳を飲みながらアラタに近づいて

 

「これから、ビッグスパイダーのアジトに行くんだろ? 悪いね、電話の内容が聞こえちまって」

「え、えぇ。そうですが…?」

 

軽く演技を交えつつ、青年に受け答えしていく

そう言うと青年は少し真剣な表情をして彼を見て

 

「頼む。俺も一緒に連れて行ってくれ」

「い、いや、それは構いませんけど、なんで…」

「もちろん、無茶言ってるのは分かる。…けど、俺はつけなきゃなんねぇケジメがあんだ」

 

そしてアラタは見た

その瞳の奥にある真っ直ぐなまなざし、何かを背負っているようなその雰囲気

…矢車に見せてもらった写真のとおり、鋭い目つきをしてる

…困った、こういうのに弱いんだ自分は

 

「…わかりました。行きましょう」

「! …いいのか?」

「構いませんよ。本気みたいだし、なら俺にはそれを止める権利はないです」

 

言いながらアラタは呼びのメットを青年に渡し、自分はビートチェイサーに跨った

アラタはメットを被りながらアクセラーの調子を確かめて、エンジンをふかす

 

「ただ飛ばしますよ、舌噛まないでくださいね」

「…恩に切るぜ、少年」

 

青年は感謝の言葉を述べながら彼の後ろに座る

そんな青年にムッとしながら

 

「少年違います。俺には、鏡祢アラタって名前があんです」

「ははっ。悪かったアラタ。…んじゃ、俺も自己紹介しないとな」

 

そしてその後聞かされた彼の名前に一瞬、口元に笑みがでる

やっぱり、あの人で間違いない

 

「オッケー、しっかり捕まっててくださいよ!」

「おう! かっ飛ばしてくれ!」

 

青年の言葉に応えるかの如くアクセルをフルスロットルにし、ビートチェイサーは駆け抜けた

 

◇◇◇―――ここまで

 

とある廃墟にて

 

ドサァッと誰かが地面を統べる音がした

それはビッグスパイダーのメンバーの一人である

それを黒子と美琴は残っているメンバーの前に突き出したのだ

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの!!」

 

そして黒子のこの台詞

しかしメンバーはまだ状況を理解していないようで「なんだこいつら」だの「ガキがふざけてんじゃーぞ」だの好き勝手言っている

そして困惑しているメンバーの割って出てきたのがジャケットを羽織ったリーゼントの今どきの不良感満載な男が現れた

 

「…風紀委員が、一体何の用だ」

 

恐らくこの男が黒妻だろう

そう確信した黒子は口を開く

 

「黒妻綿流ですわね?」

「あ?」

「能力者を対象とした暴力事件の首謀者として、貴方を拘束します」

 

その言葉を聞いた〝黒妻〟は「ほぉ…?」と口を細めた

何か思惑でもあるのか、と思った黒子は警戒する

 

「拘束ねぇ…? わりぃがママゴトに付き合ってる暇はないんだよ。帰りな」

 

「…言ってくれるわね」

 

美琴がぼそりと返答するように呟いた

しかしそれでも〝黒妻〟を含め周りの連中は余裕の態度を崩さない

…本当に何か勝算でもあるのだろうか

 

「親切心で言ってやってんだぜ? わかんねぇなら、その華奢な身体に教えてやるまでだ」

 

〝黒妻〟の一言で周りのメンツが二人を取り囲む

それと同時に美琴も身構えた

が、

 

「お待ちになってお姉様」

「? …黒子」

「この程度の連中、お姉様の手を煩わせるまでもなく、わたくし一人で十分ですわ」

 

確かに黒子の実力をもってすればこの程度の奴らはものの数分でノックアウトだろう

しかし目の前の〝黒妻〟はそれでも笑みであった

 

「十分かどうか…確かめてみな!」

 

そう〝黒妻〟が叫んだ直後だった

キィィィ…! と耳に劈くような不快な音が聞こえてきたのだ

思わず二人して耳を抑えて音を塞ごうとする、がそれでも不快な音は消えてくれない

 

「な、なに!? この音…!!」

「頭に…直接…響いてくるみたいですの…!?」

 

例えるなら黒板を引っ掻いたようなそんな音が絶えず頭の中で流れているような、そんな感じ

そしてこれらの音は目の前のスキルアウト達には効果がない

設定かなにかか、それても無能力者には効果がないのか

 

「どうした?」

 

二やついた〝黒妻〟の顔がイラついてくる

舐めるなとばかりに黒子は空間移動を実行しようとするが、一瞬消えただけで移動には至らなかった

 

「飛べない!?」

「どうした嬢ちゃん…一人で十分なんだ…ろぉ!?」

 

言葉と共に〝黒妻〟が黒子の腹部を蹴り飛ばした

 

「ぐふっ!!?」

 

肺から息を吐き出し、黒子は大きく後ろへ飛ばされ地面へと叩きつけられた

 

「黒子!! こっのぉ!!」

 

蹴られた後輩のカタキを取るべく、美琴は全力で放電した、はずだった

しかし放たれた雷は彼女の思った方向に飛ばず、あげくに威力も弱いものしか放たれなかった

それでも彼女の雷は建物を破壊するほどの破壊力はあったのだが

 

「そんな…!? 狙いも、威力も…!!」

「へっ、コントロールが利かねえか。お前はもちろんしらねぇだろうが…こいつはキャパシティダウンっつうシステムでな、細かいことは知らねぇが、要するにこの音が脳の演算能力を混乱させるんだってよ」

 

そんなシステムがあるなど初耳だ

いや、そんな事よりもそんなものどうやって持ってきたのだこいつらは

目の前の〝黒妻〟は笑う

勝利を確信したようなそんな汚い笑みだ

 

「おら、どうするよ? 黒妻さん助けて下さい、って頭下げたら許してやらないこともない―――ん?」

 

ふと、キャパシティダウンとは別にバイクのようなエンジン音が耳に聞こえてきた

その音はどんどん近づいていき、徐々にその姿も露わになっていく

一台のバイクはこちらの目の前を横切ると同時に、先ほど〝黒妻〟が見たキャパシティダウン付近へとドリフトして停止する

 

「…へぇ、今は黒妻っていうのか」

 

そんなバイクの後ろからメットを脱ぎ、牛乳片手に一人の青年が下りた

同様に運転していた男もメットを脱いでハンドルにかけた

 

「無事か、二人とも」

 

それは自分が最も知っている男性の姿だ

 

「アラタ…!?」

 

驚愕する美琴を余所に、目の前の〝黒妻〟は目を見開いていた

まるで幽霊かなんかにでも会っているように

そして譫言のように呟いた

 

「…くろ、づま…さん…?」

 

「え…!?」

 

目の前の男はなんといった

この男が〝黒妻〟ではなかったのか

 

「…えっと…こいつか?」

 

黒妻は適当にシステムのケーブルを引っこ抜いた

直後、先ほどまで不快に感じていた音が消え失せる

 

「! 音が…」

「消えた…」

 

不快感が消え、調子もいつもの感じに戻ってくる

そして気が付くと隣にはアラタが立っていた

 

「…よかった。特に怪我はないみたいだな。黒子は?」

 

美琴の調子を確かめたあと彼は後ろにいた問いかける

慌てて黒子も返事をして駆け寄ってきた

 

「は、はい。大丈夫ですの」

 

その言葉を聞いてふぅ、とアラタは一息ついた

間に合ったみたいだ

 

「アラタ」

「はい?」

 

返事をした直後、彼目掛けて黒妻が持っていた牛乳パックが投げられた

それを受け取ったアラタは頭にハテナマークを浮かべながら黒妻を見る

 

「持っててくれ」

「…了解」

 

どうやら今回は、出番はなさそうだ

 

アラタに牛乳を渡した黒妻は改めて目の前の〝黒妻〟を視界に捉える

 

「…久しぶりだなぁ。蛇谷」

「う、嘘だ…! 死んだはずだ! あんだけの事があったんだ、生きてるはずが―――」

「じゃ幽霊ってことでいいや」

「ゆ、幽霊…」

 

その単語を聞いた黒妻、否、蛇谷は一瞬下を向いた

そして

 

「んだったらぁ! 墓場に戻してやらぁ!! おらテメェら!! やっちまえ!! 相手は一人だ! こっちには武器もある! ビビんなぁ!!」

 

蛇谷の言葉に促され、数十人いるメンバーはそれぞれの獲物を構える

そんな蛇谷の顔を見ながら、愁いを帯びた表情で黒妻は呟いた

 

「…変わっちまったな、蛇谷―――」

 

そう呟いたのち、黒妻は一気に駆け抜けた

 

―――そこからはもう爽快なぐらい黒妻が圧倒的だった

振られたパイプを軽く身を逸らすことで避け、カウンターを叩きこんだり、二人一気に殴り飛ばしたり

自分に向けられた銃でさえ、相手の手を先に掴み、引き寄せて遠心力を込めた拳を叩きこんだりと、まさしく無双というような言葉がぴったりだった

 

息をすると一人殴られて

瞬きすると二人殴られて

眼で追うと三人殴られて

 

蛇谷は確信する

幽霊なんかではないと

 

やがてメンバーの一人が徐に一つのメモリを取り出した

そいつを見て蛇谷は確信する

そうだ、まだこいつがあるじゃないか…!

 

「…なんだ? USBメモリ?」

 

目の前の男が取り出したメモリを見て訝しむ黒妻

そんな黒妻を見てメモリを持った男はボタンを押して起動させる

 

<ELEPHANT>

 

その電子音声が鳴り響いた後、その男は掌にそのメモリを差し込む

途端に男の身体は象のような身体へとみるみる変わっていき、やがて怪人へと変貌した

顔は大きな象を模しており、大きな鼻に目が行く

分かり易く例えるならどこぞの神様、ガネーシャみたいな感じだろうか

 

流石にこれには傍観できない、と判断したアラタは持っていた牛乳を美琴に預けると駆け足で黒妻の隣に駆け寄った

 

「こっからは俺の出番です、黒妻さん」

「…行けんのか? 怪物なんて初めて見たがよ…」

「大丈夫です。…ああいうのには慣れてますから」

 

そう言ったあと、アラタは腰へと手を翳す

すると体の内側からアークルと呼ばれるベルトが顕現する

ゆっくりとエレファントドーパントへ歩み寄りながら右手を左斜めへと突き出し、左手をアークルの右側上部へと持っていく

そしてそれらの手を開くように動かした後、叫んだ

 

「変身!」

 

その手をアークルのサイドへ持っていく

ギィン、と音がしたと思ったら、先ほどの怪人と同じように彼の身体が変わっていく

怪人ではなく、仮面ライダーに

 

その姿を見た誰もが驚愕する

そんな驚愕の視線に動じることなく、クウガはエレファントドーパントへと駆け抜けた

 

そんな後姿を見た黒妻は

 

「…仮面ライダーって奴だったのか…」

 

そんな黒妻と同じように驚いたのはもう一人

 

「お、おおおおお兄様がっ!! 変わって…!?」

 

彼の同僚の白井黒子である

彼女はクウガを指差しながら口を金魚みたいにパクつかせ、ちょっと気味悪い

 

「そういやアンタ知らなかったわね」

「! その口ぶりからするとお姉様は知っておられましたの!?」

「知ってたわよ。たぶん初春さんも佐天さんも知ってるんじゃないかな」

 

その言葉を聞いてさらに絶句する黒子

彼女の表情は語る

 

わたくしだけハブラれていたという事ですのね…!?

 

まぁ彼女はその時怪我をしており支部でお留守番だっただけなのだが

 

そんな彼女を尻目に、エレファントドーパントと戦闘をしていたクウガ

エレファントドーパントは象特有の怪力を遺憾なく発揮し、着実ではあるがクウガを追い詰めていく

しかもクウガが反撃しようとその顔面を殴り付けても

 

「…固ぇ…!!」

 

皮膚が分厚いのか、はたまた体が硬いのか、こちらの攻撃がうまく通用しないのだ

このままではジリ貧と感じたクウガは先ほど黒妻が掃討したスキルアウトが所持していた鉄パイプを一本取って叫ぶ

 

「超変身!」

 

その言葉と共に赤い身体が青く、ドラゴンフォームへと変わっていく

そして手に持っていた鉄パイプもドラゴンロッドへと形を変化させ、それを構えた

 

そのままドラゴンロッドを振り回し、エレファントドーパントへと叩きつける…が、やはり効果は薄い

 

「っくそっ…! ぐわっ!」

 

唐突に振るわれた長い鼻に反応できず、身体にもろにもらってしまい、壁へと叩きつけられる

青のクウガ…ドラゴンフォームは俊敏性、跳躍力に長けるがその反面、防御力、腕力にその反動が出てしまっている

その低下した力を補うためにドラゴンロッドという棒型武器があるのだが、これも効かないとなれば意味をなさない

恐らくあの皮膚の厚さだと紫の剣の攻撃も通りづらいだろう

 

「…ふぅー…! 超変身」

 

大きく息を吐いて壁を背にクウガは立ち上がりドラゴンロッドをその辺に放り投げ、姿を再び赤へと戻す

だったら真正面から殴り合う他、道はない

相手の皮膚に穴を空けるか、こちらの拳が砕けるかのどちらかだ

その時握った拳にバヂリ、と雷が迸った気がした

 

しかしその時は特に気にするでもなく、真っ向からエレファントドーパントに走っていった

それに答えるようにエレファントドーパントも自分の両手を叩いてその勝負に乗った

だが馬鹿正直に殴り合う気はない

クウガは相手からの攻撃を捌くなり、避けるなりで隙をうかがってからぶん殴るスタイルだ

エレファントからの一撃を躱して、がら空きの顔面にその拳を叩きこむ

殴ったその瞬間、また拳から雷が迸った

 

(…まただ)

 

先ほど拳を握ったときもそうだったが、どこか自分の身体にある違和感がぬぐえない

しかし別に嫌でもない、むしろ気分がいいような気もする

だが今は目の前の敵を優先し、クウガは連撃を叩きこむ

 

「はぁぁぁぁ!」

 

咆哮と共にクウガはのろけたエレファントに向けてさらに拳を叩きつける

そしていつしか、彼の鎧はどことなく〝変化〟していた

 

赤い鎧は金色に縁どられ、ベルトのアークルは金色へと変わり、右足にはアンクレットが現れている

その変化に気づかなかったクウガは何気なく右足で蹴りつけて吹き飛ばした際に、何気なく自分の右足を見て驚いた

 

「! なんだこりゃ!?」

 

自分の身体の所々に金色が施されたその姿を自分は知らない

だが不思議と変な感じはしなかった

むしろ身体が軽い、いける…これなら…!

 

クウガは少し後ろへ下がりながら変身する際のポーズを取る

そして少し右足を引いて、大きくその両手を開いた

右足に力を込める

紅蓮のように熱くなる感覚を覚えたのちに、今度はバヂリと雷が疾る感覚がついてきた

 

そしてエレファントめがけて一直線に突っ走る

進路に見えているのは起き上がろうとしているエレファントドーパントただ一体

完全に立ち上がったエレファントは近づかせまいと長い鼻を振り回した

しかしその鼻を、クウガは雷を帯びた手刀で両断する

そしてその勢いのまま跳躍した

中空のままでクウガは一回転し、蹴りの威力を上げ、右足をエレファントドーパントへと突きつける

 

「おりゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

突き出されたその足はエレファントドーパントの顔へと命中し、クウガはその反動で少し後ろへと飛び退いた

 

「う、ぐ…がぁぁぁぁ!?」

 

そんな叫びと共に、ゆっくりと後ろへと倒れた次の瞬間大きな爆発が巻き起こる

爆炎が止んだのち、見えたのは使用者が気絶して倒れている姿と、その隣に落ちているエレファントメモリのみ

 

クウガは急ぎメモリの下に駆け寄るとそれを手に取って思い切り力を入れて握りつぶした

 

 

全く持って予想外だった

黒妻が生きていたことも予想外だったし、まさか仮面ライダーがいたことも想像の範疇を軽く超えていた

…勝てない

自分はどうあがいてもこいつらに勝てない―――!

 

そう思った時に、蛇谷は動いていた

本能ではなく体が

 

「…う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 

そんな情けない言葉を上げながら黒妻はまだ立っている仲間を無視して逃亡した

その後ろに「待ってください!」「黒妻さんっ!」と言いながら残った部下も逃げ帰る

あとに残ったのは変身を解除したアラタと、黒妻、そして美琴と黒子だけだった

 

 

「どうだ。調子は」

 

黒妻が美琴と黒子二人に尋ねる

 

「まだちょっと力が入んない感じだけど…まぁ問題ないわ」

「それを聞いて安心したぜ。心配は杞憂だったかな」

 

改めて二人が無事な事にアラタが安堵したタイミングで美琴が気になった疑問をぶつけてみることにした

 

「…ねぇ、あの男、黒妻じゃないの?」

「昔は蛇谷って呼ばれてたんだが、今は黒妻って呼ばれてるらしい」

「―――で、本物の黒妻は貴方ですのね」

「そう呼ばれたこともあったなぁ」

 

そう答えながら黒妻は美琴の手にあった牛乳を受け取ると蓋を開けて、それを一気に飲み始める

ゴクリ、ゴクリと喉を嚥下させ、ぷはぁ、と牛乳を口から離す

 

「やっぱ牛乳は―――」

 

 

 

「―――ムサシノ牛乳」

 

 

 

黒妻の言葉を遮るように女性の声が耳に届いた

その声色は聞き覚えのあるものだ

 

思わずその声が聞こえた方に三人して顔を向ける

そこには神妙な顔で立っている国法美偉の姿があった

 

「…固法先輩…!?」

 

思わずその驚きを口にした黒子を余所に、黒妻は彼女の方へ振り返った

そして一言

 

「―――久しぶりだな。美偉」

 

「…え?」「…え?」

 

美琴と黒子の声が重なった

まるであれ、二人って知り合いなんですか的な空気を醸し出している

正直そんな気がしていたアラタは特に驚くことがなかったが、この二人は違った

 

『え…』

 

黒妻を見る

 

『…え』

 

今度は固法を見る

 

そして最後に―――

 

『えぇぇぇぇぇっ!?』

 

二人の叫びが、誰もいないビッグスパイダーのアジトに響いた

 

 

 

それは過去の記憶

自分に思い出と、居場所をくれた、大切な人との再会―――

 



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#14 学園都市/イバショ

戦闘シーンを少し


沈黙

 

それがこの場を支配しているものの正体だった

固法はどこか遠い目で黒妻を見ているし、その視線を黒妻はただ黙って受け止めていた

やがて先に固法が口を開く

 

「…生きてたんですね、先輩」

「そうみたいだな」

 

そんな二人についていけずに、黒子と美琴はそれぞれの顔を見合わせたのち、アラタの顔を見た

…っていうか顔を向けられてもなにか言えるわけでもないので困るのではあるのだけど

 

「…どうして。どうして連絡くれなかったんです!? 私、てっきり―――」

 

何気なく自分の右腕を見て固法はハッとする

彼女の右腕には風紀委員の腕章がかけられているのという事に今気づいたのだ

立場的には、彼女は黒妻を捉える立場にある

固法は慌てて左手で腕章を隠す…が、もう遅かった

 

その腕章を見た黒妻は小さく笑みを浮かべて、一つ息を吐くと改めて牛乳を持ち直して歩き出す

 

「安心しろ」

 

黒妻は彼女の横を通り過ぎると同時、呟いた

 

「すぐ消えるさ」

「っ! 先輩っ!!」

 

固法は慌てて振り返った

しかし黒妻はそれに答えることはなくそのまま歩いて行ってしまった

 

「…先輩」

 

彼の背中を見ながら呟く

彼女の胸中はわからない、しかしそれでも、拳が握られていたのだけは逃さなかった

 

◇◇◇

 

ここはとあるレストラン<AGITO>と呼ばれるお店の中

つまりは店内である

このレストランはアラタのお気に入りで、週一ペースで通っている

たまには気分を変えてみよう、というアラタの意見で彼のお気に入りのレストランをみんなに紹介したのだ

メニューは結構豊富だと思う

軽食のトーストからガッツリなステーキとか千差万別

知人である伊達明とかもよく通っているのだ

それでいてあまり人には知られていない、俗に言う隠れた名店である

 

そんなAGITOの一角にて

 

「固法先輩と黒妻が知り合いぃ!?」

 

佐天の大き目な声がAGITO内に響き渡る

 

「ちょ、佐天声がでかい…」

 

そんな佐天を宥めながらアラタは目の前に出されたジュースを軽くかき混ぜる

彼女は「す、すみません」と言いながらいそいそと椅子へと座りなおす

 

「けど、けど黒妻って言ったら…」

「ビッグスパイダーのボスですよね?」

 

二人の認識は正しい

しかし二人は本物の黒妻を見ていない

疑念に思うのも当然だ

 

「…それは、そうなんだけど…」

 

美琴が苦い顔をする

どう説明していいか微妙なラインなのだ

困惑していると、さらに二人の口撃は加速していく

 

「その黒妻となんで固法先輩が!?」

「寄ってたかって女の子襲うような奴なんかと!?」

「い、いや、二人が知ってる黒妻と違うんだ。…あー…なんて説明すりゃいいか…」

 

そう美琴とうんうん悩んでいるとただ一人、涼しい顔で紅茶をすする女が一人

御坂美琴の後輩、白井黒子その人である

 

「…おい黒子、なにだんまり決め込んでんだ」

「アンタからもなんか説明しなさいよ」

 

かちゃり、と黒子はカップを置きながら静かに口を開く

 

「縁は異なもの、味なもの…」

 

『…はぁ?』

 

美琴と声が重なる

何言ってんだこの子

 

「この件に関しては、わたくし静観させていただきますの」

 

つまりは特に追求もしなければ語ろうともしない、という事なのか

ていうかなんでこんなに達観してるんだこの子は

そんな黒子の言葉を聞いていてもたってもいられなくなった佐天はぐわしゃあ、と勢いよく立ち上がって

 

「あーもー気になるモヤモヤするー! こうなったら、固法先輩に直接―――」

「それがさー…」

 

そんな佐天にアラタは肩肘を頬につけながらため息交じりに

 

「…あいつ、ここ最近一七七支部に顔出してないんだよ」

 

アラタの呟きに初春はえぇ、と小さく頷いた

ちなみに黒子は変わらず紅茶を啜っております

 

「そうなの?」

 

その情報は初耳だと言わんばかりに美琴がアラタに問うてみる

彼は小さく頷きながら

 

「携帯は繋がらない、メールもダメ。…お手上げだよ」

 

その場に漂う変な空気

ただ一人黒子だけが涼しい表情なのが唯一の救いか

…これは最終手段を行使した方がいいのかもしれない

 

「…黒子、お前固法んち知ってたっけ」

「? えぇ、知っていますけど。…もしかしてお兄様」

「あぁ、そのもしかしてだ」

 

 

会計時

 

誘ったのは自分なので今日ぐらいは俺が奢ると頑張って説得し、四人を外に待たせている

レジの前で財布を開きながら中身と相談する

幸いにも今回はホットケーキなどの軽食くらいしか頼んでいないため、問題はないかな、と高を括っていた時期が自分にもありました

自分含めて五人ともなると結構な被害が被る

しかしそれほど大きくはないかな…などと熟考していると

 

「アラタくん、大丈夫?」

 

横合いから声をかけられハッと顔を向ける

そこには一人の青年がアラタの顔を覗き込んでいた

その青年を自分は知っている

 

「翔一さん…、大丈夫って、お金ですか?」

「レジの前でうんうん唸ってれば、そりゃあ心配されるさ」

 

不意にこちらに聞こえてくる女性の声

視線を向けると制服を着込み、よくある銀のプレートを抱えている女性が立っている

名前は知っている、天道ひより…天道総司の妹で、このAGITOのアルバイトだ

 

「お金については心配無用だ。っていうかなかったら入店しないからな」

「なんだ。もしお金がないならボクが代わりに払ってあげようって考えてたのに」

「それはそれでありがたいけども。少なくとも理由がないので遠慮しておく」

 

やんわりとひよりの提案を断っていく

そんなやりとりを見て、あはは、と笑っている青年の名前は立神翔一

ここのレストランの店長である

また、アラタがクウガと知る数少ない人物であり、かつ自身も仮面ライダーでもある男性なのだ

 

「はは…すいません。ちゃんと払いますから」

 

言いながらアラタはレジに表示された金額を翔一の手に置いた

受け取った翔一は手早くそれをレジに入れながらおつりをアラタの手に乗せて

 

「何か手伝えることあったら言ってね、できる限り手伝うから」

「…ありがとうございます。翔一さん」

 

笑顔でそれに答えながらアラタは外で待っている美琴たちの下へと歩いていく

これから向かう場所は、彼女のマンション…つまりは固法の自宅だ

 

 

◇◇◇

 

 

ピンポーン、とインターホンが鳴り響く

黒子の案内の下にたどり着いたのはあるマンションの一室

そしてとたとたと扉へ駆け寄ってくる音が聞こえたのち、「はーい」と答えるような返事のあと扉が開いた

 

「どちらさま?」

 

開いた先にいたのは固法でなく、ストレートが決まってる女性だった

恐らく相部屋の相方の方だろう

てっきり部屋にはいるものだとは思っていたが、まさか彼女は自宅にもいないのだろうか

 

「…えっと、ここ、固法美偉さんの部屋…で間違いないですよね?」

「はい、そうですけど―――あ、もしかして美偉の彼氏!? やだ、アイツ結構―――」

「違います!」

 

変になんか噂されると恥ずかしいので思いきり否定する

少なくともアラタは彼女を友達だとは思っているが

 

「はは、冗談よ冗談。…あ、ごめんね、今アイツ出かけてるのよ」

 

その口ぶりから察するにどうやら自宅には帰ってきているようだ

なぜだろうか、どこか安堵している自分がいる

 

「…う~。黒妻の事が聞きたかったのにー…」

「仕方ありませんよ。…あと佐天さん、それは思ってても言っちゃダメですよー」

 

黒妻、という単語聞いたときにその相方の表情が一瞬変わった、ような気がした

しかしアラタは特に気づく様子はなく佐天の方を見ながら苦笑いを浮かべた

正直に言えば気にはなるが、かと言って自宅に入り浸るなんでもってのほかである

そんな事をした暁にはなんかもういろいろ終わる

 

「すみません、また出直します」

 

固法のルームメイトにそう告げて、一度みんなで礼をする

そしてその場を後にしようとしたときに

 

「あ、ちょっと待って!」

 

ルームメイトに呼び止められた

 

 

「っとにしょうがないわね…後輩や同僚にまで迷惑かけて」

 

ルームメイトの人がとくとくと麦茶を注いでくれ、こちらの席に置いてくれる

そんなルームメイトに「い、いえ」と言葉を濁しながらアラタは麦茶を口にして喉を潤した

 

「それで、黒妻が帰ってきたのね」

「っえ!?」

 

あまりにも自然に口にするものだから本当にびっくりした

初春に至ってはむせてしまっている

 

「…まさか生きていたとはねぇ」

 

どこか物思いにふけるルームメイトにがたっと勢いよく立ち上がった人がいた

それは美琴と佐天である

 

「黒妻の事、ご存じなんですか!?」

「それで、黒妻と先輩はどーいう…!?」

「二人ともストップ」

 

ヒートアップしている佐天と美琴に対してアラタが止めに入る

 

「逸る気持ちは分かるが落ち着け。その人が迷惑してるだろうが」

 

彼の言葉を受けて熱が冷めたのか一つ二つ深呼吸して美琴と佐天は椅子に座りなおした

その二人を見てルームメイトの人は一つ咳払いをして空気を変える

そしてアラタの顔を見て

 

「…とりあえず、そっちの話を聞こうかしら?」

 

どうでもいいがこんな時でも黒子は静かに麦茶を飲んでおられました

 

 

「…そっか。どうりでね」

 

一通りの話を聞き終えたルームメイトはそう小さく呟いた

 

「…その、それで、固法先輩はどうして黒妻を知ってたんですか?」

「ん? あぁ、それはね。美偉は昔ビッグスパイダーのメンバーだったの」

 

ルームメイトが軽い感じでそう呟いた

あまりにもさらりと言うもんだから一瞬場の空気が固まった

 

数秒後

 

『えぇぇぇぇ!?』

 

佐天と美琴、初春の絶叫

そのことには流石に黒子も若干ながら狼狽えているように見える

事実、アラタも少しながら狼狽えている

 

「あり得ない! いくらなんでもそれはないっ!」

「だって、先輩は風紀委員なんですよ!? どうして…」

 

当然の疑問をぶちまける初春佐天

それをぶつけられてもなお、彼女は笑いながら

 

「ああ見えて、昔はやんちゃだったのよ」

「やんちゃって…!?」

 

信じられない、と言った感じで美琴が呟く

それもそうだろう、普段見せている彼女とのギャップにただ驚いてばかりなのだから

 

「…あまり過去にどうこう言うつもりはありませんけど」

 

不意に美琴の隣にいる黒子が言った

 

「〝寄り道〟なら、もっと他にあったでしょうに。なぜよりにもよってスキルアウトなんかに」

 

黒子の言葉を聞いた彼女は静かにその言葉を聞いて、やがて口を開く

 

「貴方にはない? 能力の壁にぶつかった事。それが中々乗り越えられず暗い気持ちを持て余した事…」

 

 

どこに行っても居場所がない

自分の能力に伸び悩み、雨の中をただ彼女は歩いてた

そんな時である

不意に河川敷に方へと顔を向けるとそこにはスキルアウトの連中がケンカをしていたのだ

最初は物騒だな、なんて思ったものの、いつしかその赤い髪の男性に目が行っていた

しかもその理由が、また意外だった

小さい子供を守るために、その男たちは戦っていたのだ

何時しか時間がたつのを忘れ、その赤い人を目で追っていたら

 

不意に、その人と目が合ってしまった

 

それが、固法美偉と、黒妻綿流との出会いだった

 

別にスキルアウトと言っても、彼らはただ気の置けない仲間たちとバカやってただけだった

薬に手をだすわけでもなく、犯罪をするでもなく、ただ集まって楽しく遊びあうような人たちだった

 

当然、最初は心配した

わざわざ自分が能力者であることを隠してまでいるとこなのか、と聞いて見たこともあった

そうすると彼女は真っ直ぐこう言ったんだ

 

 

「ビッグスパイダーは、私が私でいられる場所…そう言ってたわ」

「居場所…か」

 

小さく呟きながら佐天は隣の初春を見る

その視線に初春は笑みで応えた

彼女らの光景を見ながらアラタも小さい笑みを零した

 

「…ま、固法も人間。学園都市(ここ)にいたら必ずかかる麻疹みたいなものに、アイツはかかってたっぽいな」

「…でも麻疹にかかるのは一度だけよ」

 

アラタの言葉を砕くように、御坂美琴はそう言った

 

「…美琴」

 

納得できていないのか、彼女の顔に笑みはなかった

 

◇◇◇

 

その帰り道

 

道中、ただ淡々と道を歩いていた

別に気まずい、という訳ではなかったのだが、今日は状況も状況で、どこか口を聞くのを躊躇わせてしまう

こういう時に明るく振る舞ってくれる黒子と初春でさえ黙ったままなのだ

 

「…やっぱりわからない」

 

アラタの隣を歩く美琴がふと呟いた

 

「…どうした?」

「固法先輩がスキルアウトだったっていうのもショックだけど…。だからって、なんで風紀委員を休んでるの。…なんか関係があるの?」

 

「…だから、それは―――」

 

 

「昔は昔じゃない!」

 

 

唐突に張り上げたその声に思わず身体が震えてしまった

 

「今は先輩、風紀委員で頑張ってるし、私たちにも優しくて、でもたまに厳しくて、頼りになって…。そんな先輩が好きなのに、…なのに、どうして今更―――」

 

「…そう簡単に、割り切れないんじゃないかな」

 

ふと、初春の隣にいる佐天がそれに答えるように口にした

誰だって大切な人や自分を変えてくれた人と出会ったら、その人の事を意識するだろう

当然だ

現在の自分を形作るのは、過去の自分

その過去に、そういった大事な人がいるならば、なおさらだ

 

「…その過去が、大切なものなら…よりいっそう…」

 

ふと気づけば全員の視線が佐天に集まっていた

その視線が気恥ずかしくなったのか慌てて手を振りながら

 

「や、違いますよ!? 別に御坂さんに反対してるわけじゃっ! は、ははっ」

 

思い切り乾いた笑いが出てしまっている

別に美琴もそれをわかっているのかわずかばかり笑みを見せたあと空を仰ぎ見る

その視線の先に広がる空は、少し赤みがかった青空

 

「…。やっぱり、わかんないよ…」

 

ぼそりと、彼女は呟いた

 

けど、今はそれでいい

いつか、彼女も気づいてくれるとアラタは信じている

そう思いながら、皆で帰路への道を進む

あの日、何気ない自販機で美琴と会えたことも、きっと意味があると想いながら

 

◇◇◇

 

ビッグスパイダーアジトにて

そこ二はメンバーも集まってはいるのだが、その数はまばらである

 

「…なんだよ、集まり悪ぃな」

 

ちょうど来た一人の男が代弁するようにそんな言葉を漏らした

 

「仕方ねぇだろ。…〝あんなコト〟があった後じゃ」

「…まぁな」

 

あんなコト、とは先日起きたある戦いの事である

その戦いで起きた出来事は、ビッグスパイダーのメンバーにある疑惑を抱かせていた

 

「…黒妻さんって、偽物なのかな」

「んなわけねぇだろ!! 黒妻さんは、黒妻さんだよ」

「…でもよ、あの人蛇谷って呼ばれてビビッてなかったか?」

 

その一言で、言い様のない空気がその場に流れる

目にしてしまった事実はどうあっても拭えないのだ

そんな男の後頭部に、何かを突きつけられたような感覚があった

それが銃口だと気づくのに時間はかからなかった

 

「―――誰がビビってるって?」

 

それは先ほど話していた人物、蛇谷である

しかしメンバーには黒妻で通っているようで

 

「く、黒妻さん!?」

「…俺を疑ってる暇があんなら、今すぐあの偽物を探し出してぶっ殺せぇっ!!」

 

蛇谷は手に持った銃を天井に向けながらさらに叫んだ

 

「学園都市に、黒妻綿流は二人もいらねぇんだ!!」

 

鬼気迫る叫びに身の危険を感じたのかガタガタと慌ただしくメンバーは散っていく

その場にメンバー全員が外に駆け出すのを確認すると一つ息を吐いてソファにどっかと腰掛けた

ふと、唐突に蛇谷の携帯が鳴り始めた

その音に思わず驚いてしまったがすぐ冷静さを取り戻し自分の携帯を取り出し、通話をするべく耳に当てる

 

「もしもし、俺だ。あ? キャパシティダウン? ちゃんと使ってるよ。…うっせぇな! こっちも今いそがしぃんだ!! んなコトしてる暇は―――なんだと…!?」

 

電話の主が言った一言に蛇谷は戦慄した

 

◇◇◇

 

一七七支部にて

御坂美琴はある一点を凝視している

それは固法美偉が仕事していたデスクである

ここ最近、彼女はずっとそのデスクを眺めたままなのだ

 

「…御坂さん、あれからずっとあんな感じなんですか?」

「あぁ。まぁ、気持ちはわからんでもないけど」

 

佐天の言葉に応えつつ、アラタは自分のノートパソコンをカタカタと弄る

キーボードを叩く傍ら、ちらりと美琴の方へと視線をやった

変わらない様子で彼女は固法のデスクを眺めたまま、どこか物悲しい表情を浮かべ佇んでいる

その風景を見ていると、脳裏に彼女と固法が仲良さそうに話している姿を幻視してしまった

 

「…、」

 

そのような幻視を首を振るう事でかき消すと改めて自分の作業に集中する

 

「…あれ、警備員(アンチスキル)からメールだ…」

 

そんな時に初春の言葉が耳に入ってきた

そのまま彼女はその場にいる全員に聞かせるように言葉に出して読み始めた

 

「え…と…警備員本部は…スキルアウトの能力者狩りに対抗し…明朝十時より、第十学区エリアG…ストレンジの一斉摘発を行う…!?」

 

空気が変わる

 

早い話が強硬手段

今更になり、警備員は取り締まる気でいるのだろう

いずれにしてもこの話は国法にも伝わっているハズだ

…話すなら今しかないかもしれない

だが、アイツがどこにいるかまでは流石にわからない…

そう思っていた時、「アラタ」と美琴に名前を呼ばれた

 

「美琴? どうした」

「…アラタ、固法さんがいそうな場所にね、私心当たりあるの」

「―――なんだって…?」

 

 

第十学区〝ストレンジ〟

 

あるビルの屋上に固法はいた

その場所は固法や黒妻にとっても思い出の場所である

夕焼けに染まる景色を視界に入れながらどこか物思いにふけっていると

 

「やっぱりここにいたんですね」

 

声が聞こえた

固法が振り向くとそこにはその声の主である御坂美琴と、その隣には鏡祢アラタ

そんな二人を見て、小さく口にする

 

「…二人とも…」

 

 

「こんな所で何してるんです。…ひょっとして、明日の一斉摘発の事、黒妻に教えに来たんですか」

 

どこか彼女の言葉は刺々しい

信じているからゆえの言葉だろうが、それでも少しケンカ腰のようにもとれる

なまじ、彼女は今の固法美偉しか知らないから

 

「ここは、先輩が居ていい場所じゃないと思います」

「…そうね」

 

吹きすさぶ風に髪を揺らせながら固法は応える

そして付近の手すりに手を乗せて朱く染まってく夕焼け空を見ながら

 

「でも、その居場所を私に教えてくれたのは…黒妻なのよ」

 

 

行かないで

 

そう彼女は黒妻に懇願した

 

黒妻に届けられた一通のメール

それは仲間の一人である蛇谷を預かった、という簡素なものだった

 

故に、罠だと分かり易すぎるほどの

 

しかし黒妻は仲間を放っておくわけにはいかない、とそれを突っぱねる

性格を考えればその返答を予測していた

だがその次の言葉は全く予想してはいなかった

 

「…やっぱりさ、ここはお前の名前を刻む場所じゃねぇと、俺は思うぜ」

 

え、と考える

そして彼女は自分の後ろにある手すりを見た

何気なく書いた相合傘

古いかな、とその時は思ったが書いてみると割といい感じかも、と思った相合傘

自分の名前と黒妻の名前がマジックか何かのように上書きされていた

それが明確な否定、と思って彼女は慌てて先ほどまで黒妻がいた方を見た

しかし、もうそこには誰もいなかった

 

 

「私が駆け付けた時には、もう…」

 

その時の悲しみはどれほどだったか

それは想像できるものではない、ましてや自分たちは部外者だ

かける言葉など、見つかるはずがない

 

「それで、今の私がいる」

 

悲しみを乗り越えて、固法美偉はそこに立つ

彼女の背中がどことなく儚く見えてしまったのは気のせいだろうか

 

「…でも、先輩は風紀委員じゃないですか! 犯罪者を逃がすなんて…! おかしいじゃないですか! それって―――」

 

「あぁ。間違ってるよな」

 

美琴の言葉を割って入るように一つの声が耳に入る

咄嗟に美琴とアラタは振り向いた

 

そこにはいつか見た革ジャンに身を包んだ赤い髪の青年、黒妻綿流がいた

彼は以前の笑みでなく、どこか真面目な表情をしてゆっくりと歩いてくる

 

「…先輩」

「あの後、目を覚ましたら病院でさ。そのまま施設に送られて、出てこれたのがほんの半年前」

 

黒妻はその時ちらりとアラタを見て

 

「あんときはありがとな、助かったぜ」

「いえ、別に。大丈夫です」

 

アラタが短く答えると黒妻はそうか、と笑み交じりに返答して固法の隣で立ち止まった

彼は手すりに寄りかかって懐かしむように景色を見る

 

「…先輩、…私…」

「ここで見る景色も、もう見ることはないんだろうなぁって思ってたけどな。…それから、お前にも」

 

黒妻の言葉に固法の肩が震えた

そんな二人の会話を美琴とアラタは黙って見守るしかできなかった

下手に言葉を投げかけては、いけないと思ったから

 

「会わない方がいいって思ってた」

「また、一人で行くつもりですか。…あの時みたいに」

 

拳を握りしめて固法は口を開く

その体はわずかに震えており、今にも砕けてしまいそうで

 

「ビッグスパイダーを作ったのは俺だからな。…その落とし前をつけるのも俺さ。警備員(アンチスキル)じゃない」

 

予想通りというような言葉を固法はわかっていたのか、ついに彼女は心中を吐露する

固法は彼の左腕を握りしめて

 

「行かないでっ!!」

 

昔みたいに黒妻を制止する

言えなかった不満をぶつけるように彼女は言葉を重ねていく

 

「貴方はいつだってそう! 自分勝手に人を思いやって! 自分勝手に動いて!! 貴方がそんなだから…! 私は…!!」

「お前だってそうじゃねぇか」

 

黒妻に言われ、固法はゆっくりと顔を上げる

自分を見る黒妻の顔は穏やかで、微笑ましかった

 

「だから、〝ここ〟に来たんだろ?」

 

その言葉に真意はおそらく固法自身にしかわからない

同時に腕をつかんでいた力が抜け、手を離していく

 

「ほら、もう帰りな。あの子たちも困ってるじゃねぇか」

 

黒妻に視線を向けられる

その視線に美琴は思わず顔を逸らし、アラタは苦笑いする

 

「…今いる所を大切にな」

 

そして黒妻はポケットに両手を突っ込み、扉へ向けて歩き始めた

 

「…私も一緒に行きます…!」

 

そんな黒妻を止めるように固法は言った

 

「もう…あんな思いは、したくないから…!」

「いい加減にしろよ美偉。…昔と今じゃ違うだろ」

「今とか昔とか!! 関係ありません!! 居場所が変わっても、私の気持ちは変わりません!!」 

 

そう叫ぶ固法の姿を、二人はただ見てることしかできなかった

 

◇◇◇

 

思えば彼女と友達になったのはいつだろうか

 

あれは確か、中学二年くらいの頃ではなかったか

一七七支部に配属され、そこで初めて彼女と出会ったのだ

同年代ではあるのだが、風紀委員としては彼女の方が先輩にあたる

学年も近かったし、仲良くなるのには特に時間はかからなかった

そんな彼女の過去を図らずも自分は知ってしまったのだ

常に大人びていて、冷静で心優しい彼女の過去

 

居場所、とはなんだろうか

 

一口に居場所と言っても多々ある

通っている学校、入っている部活動、立ち上げたサークル…こういった寮なども居場所に当たるだろう

もちろん友達と一緒にいるその時間を居場所という人もいるだろうし、孤独こそが自分の居場所という人だっているはずだ

そこまで考えて、なんとなく悟る

 

 

居場所とは、自分らしく在れる場所

 

 

軽口を叩きあい、時にケンカしたり、励ましあったり…

そんな気軽に触れ合えて、駄弁りあうような人たちが近くにいるだけでも、それだけでも確かな居場所なのだ

積み重ねた月日が、自分の現在(イマ)を作っていく…

 

「…、」

 

今いる友人たちとの関係は、何年たっても変わることはないはずだ

自分でそう結論させた

どことなく自分の口元には小さい笑いがあった

 

自分の考えに一区切りをつけ、よし、寝るかとそう思ったその時、ピリリと携帯が鳴り響いた

こんな時間に誰だろうか、と思いながら見ると画面に御坂美琴の名前が表示されていた

 

「…美琴、どうしたこんな時間に」

<うん、ちょっと手伝ってもらいたいんだけど…いいかな?>

「…やけに明るいな声色が。…なんかあったのか?」

 

そう聞くと電話の向こうでえへへ、と小さい笑いが聞こえた

その後で

 

<今日固法先輩の言ってた、変わらない気持ちって奴に、気づいただけよ。…アンタとだって、これからも友達でいたいしね>

 

直球で言われると思わず頬が赤くなってしまいそうなセリフをサラッと口にするものだから驚いた

だがそれは、アラタも同じ気持ちだった

その言葉に

 

「…あぁ、そうだな」

 

短く、それでいて強く返す

多分黒子とかも彼女についてくるのだろうな、まぁ…悪くはないかもしれない

 

「んで、手伝ってほしいことはなんだ」

<あ、そうだった。…、まぁ本当に大したことじゃないんだけど―――>

 

 

翌日、時刻は明朝

固法美偉は携帯のとある画像を眺めていた

それは自分がまだビッグスパイダーに在籍していたころに携帯で撮った写真である

暫くその写真を眺めたのち、固法は携帯をパチンと閉じた

自分の机の上には風紀委員の腕章があったが、固法はそれを手にすることなくクローゼットへと足を運んだ

ガチャリとドアを開けた中には、自分がビッグスパイダーの時に着用いていた赤い革ジャン―――

 

それを着て、固法は一人ストレンジを目指していた

今頃警備員が動いているハズだ

警備員より先に、何としてもビッグスパイダーだけは止めないといけない

そんな固法の目の前に、空間転移してきた人たちがいた

 

それは黒子と美琴、そしてアラタの三人だ

 

「…あなたたち? どうして―――」

 

そんな言葉の中で美琴はアラタから何かを受け取り、黒子は彼女の方に手を置いた

直後美琴は国法の右腕付近へと空間転移し、そして彼女の右腕に何かを撒きつけはじめた

 

「ちょ!? なんなのこれ!?」

 

慌てふためく固法をスルーし美琴は作業を完遂させ「ふぅ」と息を吐いた

 

「やっぱりこうでなくっちゃ」

 

そう美琴が言った後、固法は自分の右腕を見た

その腕には風紀委員の腕章が巻かれていた

 

「これ…風紀委員の…どこから…?」

「それは俺のスペアだ。流石にお前の部屋から持ち出すわけにはいかないしね」

 

そう言われアラタは僅かに微笑んだ

同様に彼の隣にいる黒子もウインクしてそれに答える

 

「先輩」

 

不意に美琴に言われ、固法は彼女の方を見た

美琴は笑んだ後、言った

 

「カッコいいですよ」

 

固法は自分に巻かれた腕章を見る

幾度となく見た緑色の腕章

それが、今の自分である証でもある

そう考えて、なんとなく口元に笑みを浮かべた

 

 

同じ時間帯

 

ビッグスパイダーの本拠地を見張っていたスキルアウトの一人の腹部に鉄拳を叩きこみ、それを出入り口へと投げ込んだ

投げられたスキルアウトは扉を吹き飛ばし、そこから外の光が室内に入っていく

 

「朝っぱらから忙しそうじゃなねぇか。…終わらせにきたぜ」

 

周りのメンバーが警戒する中、蛇谷はやはり来たか、と言った顔つきで

 

「…テメェ…!」

 

そう怒りを露わにした

その怒りに黒妻は小さい笑みを浮かべ

 

「分かってるだろうけど―――俺は強ぇぜ?」

 

 

黒妻の言葉は偽りでなく、彼に挑んでいったメンバーはことごとく打ち倒された

しかしそんな事わかりきっていたことだ

そう正攻法が通じないなら、正面から挑まなければいいだけだ

 

「…あぁ、確かにアンタは強ぇ! けどな! んなのは能力者と一緒だ! 数と武器には適う訳ねぇんだよぉ!!」

 

「待ちなさいっ!」

 

声が聞こえた

聞こえた場所は黒妻の後ろ…出入り口の方からだ

黒妻が振り向いた場所には、赤いジャンパーを羽織った固法美偉が立っていた

 

「美偉…」

 

そして、右腕にある風紀委員の腕章―――

それを見て黒妻は笑った

 

「…カッコいいじゃねぇか」

 

それに答えるように固法も彼に笑んで見せた

そして、蛇谷を視線に捉える

 

「こ、固法さん…!?」

「蛇谷くん。あなたずいぶん下賤な男になり下がったわね。数にものを言わせて、おまけに武器?」

「―――! う、うるせぇ!! 俺らを裏切って風紀委員になった奴に何が分かんだ!! おらぁっ!! こいつらに俺たちの力を見せてやれぇ!!」

 

蛇谷の号令に応えるようにメンバーが二人に対して手に持っていた銃器を構える

しかし直後、その銃器に鉄針のようなものが突き刺さった

それは空間転移で貫かれたものだと理解するのに時間はかからなかった

そしてそれを象徴するかのように、一人の女の子が現れる

 

「今度は、体内に直接お見舞いしましょうか?」

 

白井黒子は手に鉄針を持ち、不敵に微笑んだ

 

「能力者!? へ、へっ! だが俺たちにはあれが―――」

 

「あれって」

 

言葉の途中で、コインの弾く音が響いた

一秒のあと、御坂美琴が放った超電磁砲が壁を貫通してそとにあるキャパシティダウンを搭載していた車を吹き飛ばした

 

「これの事?」

 

吹き荒れる砂塵のなか、御坂美琴は雷を迸らせる

 

「まさか二度も引っかかるなんて思ってないよな」

 

彼女の隣にいたアラタは口を開く

今度はそれの発生源を確実に叩き潰した事により、美琴は全力を出せるだろう

同様に自分はサポートに回るだけだ

 

完全に切り札はつぶれた

勝因ははっきり言ってないに等しい

だけど―――もう退けない

 

「―――やれぇ!!やっちまえぇ!!」

 

「で、でも―――」

 

バァン、と銃声が鳴り響く

それは天井に向けて蛇谷が撃ったものだ

 

「うるせぇ!! いいからやるんだよ!! でないと俺がお前らをぶっ殺すぞぉ!!」

 

完全に恐怖で部下を支配している

これならば倒すのにはあまり苦労はしないだろう

美琴と黒子、そしてアラタは襲い来るスキルアウトの連中に身構えて―――

 

「貴方たちは手を出さないで」

 

そんな時に固法がそう言った

続けて

 

「たまには先輩を立てなさい」

 

そして固法は笑みを浮かべる

そんな言葉を聞きながら黒妻はふっ、といい笑顔を浮かべ一気に走り出し、襲い掛かる相手を迎え撃った

 

以前見た強さは全く変わっておらず、はっきり言って無双状態である

振るわれた鉄パイプを身を屈めることで回避しがら空きの顔面に拳を叩きこみ、逆に自分を狙ってきた男に向かってパンチをブチ込み、反対側から襲ってきた奴には蹴りを入れる

さらに三人密集していた一人にライダーキックばりのとび蹴りをかましたのちに、いとも簡単に残りの二人も一蹴する

 

「おらどうした。もっと気合い入れて来ねぇと、張り合いがねぇぞオラァッ!!」

 

物足りん、と言った様子で黒妻は叫んだ

そんな叫びに呼応されたかは分からないが一人、怪しい動きをした奴がいた

そいつに向かって固法は自身の能力、透視能力(クレアボイアンス)を発動させる

 

まず男が忍ばせたポケットには拳銃があった

そして反対側のポケットにはスタンガンが忍ばせてある

これは放置しておくとマズい、そう判断した固法は駆け出した

 

「―――っへ…あがぁ!?」

「これは没収ね! それから―――」

 

取り出そうとした右腕をひねりあげ、拳銃を手から離させる

そのまま腹部に手刀を叩きこみ、そのまま反対側のポケットに固法は手を突っ込んだ

 

「このスタンガンもねっ!!」

 

取り上げたスタンガンを見せつける

男はなんでわかったんだと言いたげな表情に固法はゆっくりとスタンガンを押し当てて

バヂヂ、とそのスタンガンが炸裂した

 

「…なんかイキイキしてるな、今日の固法」

「そうね…けど、あれが固法先輩なのかも」

「輝いていますわねぇ…いえ、調子が戻った、って表現の方がいいかもしれませんね」

 

三人でそんな事を言い合う

普段の冷静な固法もカッコいいが今日みたいな活動的な固法もいいかもしれない

 

「へぇ、それがお前の能力か」

 

不意に黒妻が固法に言った

固法は彼の方へと視線を向ける

黒妻は口元にクールな笑みを作ると

 

「すげぇじゃねぁか」

 

「…、でしょ?」

 

それに応えるように頬を赤くしながら短く答えた

 

「へっ…。俺も負けてらんねぇなぁ!!」

 

その叫びと共に再び黒妻無双が始まる

そしてその黒妻を支えるようにひっそりと固法が走る

いつしか部下らは軒並み倒され、

 

 

「おら、どうするよ」

 

黒妻が問いかけた

しかし蛇谷は不敵な笑みを浮かべ黒妻を睨む

 

「まだ…! まだ俺は負けてねぇ…!」

「…?」

 

黒妻が訝しむ

蛇谷はジャケットの内側から一本のメモリを取り出して、スイッチを押して起動させた

 

<COMMANDER>

 

電子音声が鳴り響き、蛇谷はそれを自らの掌に差し込んだ

瞬間に彼の身体はみるみる変わっていき、怪物の姿へと変化した

 

「…お前」

 

「うおおぉぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

叫びと共にコマンダードーパントは自分の周囲に仮面兵士と呼ばれる自分の駒を呼び出した

先ほどまでに自分の部下を恫喝していた彼が指揮官を関する怪人となるのは何の因果か

 

黒妻は呟く

 

―――…本当に、変わっちまったな―――

 

「黒妻さん」

 

さっきまで美琴の隣で待機していたアラタは歩いてきていた

彼は黒妻と固法の真ん中に立って

 

「ごめんなさい、手、出させてもらいます」

「あぁ、頼んだぜアラタ。…俺の代わりに、アイツにお灸をすえてやってくれ」

 

そう言われてアラタは頷く

 

「…やるのか、アンタ」

「うるせぇな! 今更後に退けるかよ…!」

「…そっか」

 

退く気などないコマンダードーパントを前にして、アラタは己のアークルを顕現させる

 

「変身!」

 

己の身を変える動作の中、叫んだ

暗い色をしたアマダムが赤く輝きその身を変えた

クウガへの変身を完了したアラタは、拳を改めて握り直し、そのまま一気に駆け出した

 

 

まず仮面兵士たち

一直線に向かってくる仮面兵士に真っ向から挑み、クウガは拳を振るっていく

幸いに仮面兵士の一体一体の力はさほど強くなく、数発叩きこめばすぐにダウンする

問題はその数である

 

「おっと…!」

 

不意に背中をホールドされる

両手をがっしりと掴まれ、腕の自由を奪われるが足は問題なく動く

止まった隙を狙おうとした仮面兵士の腹に蹴りを入れる

そして背後を掴んでいた兵士の顔に自分の後頭部を頭突きの要領で当てるとわずかに腕の拘束が緩んだ

すかさず肘鉄を腹部に叩きこんで振り返りざまに顔面に拳を繰り出す

 

しかしやはり数の暴力は素手では覆せそうにない

何かないか、とクウガは辺りを見回した

少し見回すと地面に先ほどのスキルアウトが使用していたとされる木刀が見つかった

クウガはそれ目掛けて跳躍すし、その付近へと着地するとその木刀を手に取って

 

「超変身!」

 

紫色のクウガへと姿を変える

同様に手に持った木刀も両刃の剣、タイタンソードに変化し剣先がシャン、と伸びた

よし、とクウガは手に持つタイタンソードを構え、向かってくる仮面兵士を一刀の下斬り捨てていく

 

「ああもう、多いなホントに!」

 

前方の仮面兵士の群れに向かってクウガは剣を持つ手に力を込める

バヂリ、とわずかに雷が迸った、が自らの姿を変えるまでには至らない

そのままクウガは一気に接近し、すれ違いざまに次々と剣で斬り裂いていった

 

すべて斬り終えたとき、クウガは剣についた血を払うような動作をする

別に血などついてはいないのだが

自分の背後には粒子となって消え去っていく仮面兵士の姿があった

 

「―――次はお前だ。続けるか?」

「うるせぇ!! いちいち勘にさわる野郎だなてめぇはぁぁぁ!!」

 

激高したコマンダードーパントはコマンドソウと呼ばれる剣をおもむろに取り出し、こちらに向かって駆け出してくる

同じようにタイタンソードを構え直し、紫のクウガもそれに答えるようにゆっくりと歩き始める

振り上げて来たコマンドソウを受け太刀しつつ、クウガは蹴りを入れて体制を崩す

体制を立て直しつつ、改めて仮面兵士を何体かその場に作り出した

 

「俺は…示さねぇといけねぇんだ! 学園都市の連中にぃ!」

「…もうお前さんには、かける言葉もないな」

 

斬り方はさっきと変わらず、多少敵は減ったが、本命は一番奥のドーパント

問題ない、一気呵成にたたっ斬る

剣を持つ手に力を込める

再度雷が迸り今度は銀色の鎧を紫色へと変えていく

剣の先にはそのリーチを伸ばすように金色の装飾が現れる

深く身構え、クウガは一気に駆け出した

同じように向かってくる仮面兵士の群れを斬り捨てて、最後のコマンダードーパントに向かって唐竹割りを叩き込む

コマンダードーパントも察しはついていたのか、そのコマンドソウで受けようとしたが―――呆気なく真っ二つに叩き割られ、そのまま斬撃をもらい、大きく仰け反る

そしてそのまま、コマンダードーパントの顔面に向けて思いっきり己の拳を打ち込んだ

顔面に強烈な一撃をもらい、コマンダードーパントは大きく後ろに吹っ飛んだ

吹っ飛びながらも変身が解除されメモリが排出される

壁には人間に戻った蛇谷が叩きつけられ、ぐったりと伸びてしまった

クウガは地面に落ちたメモリを拾い上げると、そのメモリを思い切り握りつぶした

 

◇◇◇

 

「…どうしちまったよ。蛇谷」

 

うずくまる蛇谷に向かって黒妻は問いかけた

昔は本当に楽しかった

皆で集まって、バカやって…何気ない日々の一つ一つが宝物だった

なのに、なんで

 

「…仕方なかった…! 仕方なかったんだ…!!」

 

蛇谷は両手で自分を抱きしめるような仕草のあと、呻くように答えた

 

「俺たちの居場所はここしかねぇ…! ビッグスパイダーを纏めるには、俺が〝黒妻〟になるしかなかったんだ…!」

 

ただ彼は自分にとっての居場所を守ろうとしただけだった

だがそのために、蛇谷次雄という存在では纏まらなかった、故に、彼は黒妻綿流を騙るしかなかった

しかしそれは居場所と呼べるものではない

自分を偽ってまであり続けることが、本当に居場所と呼べるのだろうか

 

「だから…!! だからぁ!」

 

そう叫んだ時、蛇谷は懐へと手を突っ込み、鋭利なサバイバルナイフを取り出した

 

「今更テメェなんていらねぇんだぁぁぁぁぁ!!」

 

そう言ってナイフを黒妻に向かって突き出そうとしたときには、もう蛇谷の顔には黒妻の鉄拳が飛んでいた

殴られた衝撃か、はたまた威力が凄まじいのか、一発で地面に沈み、今度こそ蛇谷は気を失った

 

「蛇谷…」

 

黒妻は呟く

かつて自分の隣にいてくれた友人に

 

「居場所ってのは、自分が自分でいられる場所を言うんだよ…!!」

 

◇◇◇

 

その後つつがなくやってきた警備員の連中にビッグスパイダーの奴らは逮捕された

今、この場にいるのは美琴に黒子、それにアラタ

そしてその三人の前に黒妻と固法である

 

「いやー。終わった終わった…」

 

その場で軽く息を吐くと彼は改めて固法を見る

黒妻は彼女の前に徐に両手を出した

 

「ほら」

 

それは自分を捕まえろ、という事だ

しかし固法はすぐに実行に移さず、それを躊躇うような動作を見せた

 

「美偉」

 

黒妻に後押しされ、それでも固法は悲しそうな表情を浮かべる

しかしやがて意を決したように

 

「黒妻綿流。貴方を、暴行傷害の容疑で拘束します」

 

そうして固法は彼の手に手錠を付けた

その行動を、黒妻はどこか優しげに見つめていた

 

「似合ってるぜ」

「…、」

 

そう言われ満更でもないような顔をする固法

しかし黒妻は不意に固法の胸元を覗き込み

 

「けど、その革ジャン、流石にもう胸きつくねぇか?」

 

オブラートに包むでもなくド直球に発言する

これが普通の男性なら間違いなくセクハラものだ

しかしなぜだか彼が口にするとあまりいやらしくない不思議

 

指摘された国法は流石に顔を赤らめたもののすぐに笑みを作り

 

「そりゃ毎日あれ、飲んでますから」

 

あれ、と言われ黒妻は一瞬訝しんだ

しかし即座にあれの正体は何かを理解し、二人同時にそれをいった

よく飲んでいた、思い出の飲み物の名前を

 

『やっぱり牛乳は、ムサシノ牛乳!』

 

お互いの顔を見ながら言った後、二人は楽しそうに笑いあう

その二人が本当に楽しそうで、まるで兄弟のような雰囲気だった

 

「…、」

 

思わずアラタは隣の美琴のある一点に視線を向けてしまい

 

「…ねぇ」

「…はっ!」

 

がっつり美琴の怒りを買った

 

「アンタ今アタシのどこを見てたのかなぁ」

「ど、どこと申されましてもっ、え、えと…強いて言うならその慎ましい胸ですかね…?」

 

美琴は笑顔であるが、目で見てもはっきり分かるようにこめかみをひくつかせ、徐に手に雷を溜めた

アラタは悟る

 

あ、これ死んだ

 

「正直でよろしい…この変態がぁぁぁぁッ!!」

「おっふ!? ちょっと、落ち着こう美琴さんっ! 話せば分かる!」

「やっぱり…! やっぱりアンタもデカい方がいいのかァァァァァ!」

「嫌ァァァァァ!」

 

そんな喧噪を見て黒子は思わず苦笑いをする

 

「本日もお姉様とお兄様は平常運転ですわねぇ」

 

そして黒子の視線は不意に黒妻と固法の視線と合った

少し互いに見合って、どちらともなく吹き出してしまった

笑い合っている最中、固法は自分を導いてくれた黒妻へ感謝を馳せる

 

 

―――先輩、ありがとう…―――

 

 



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#15 あすなろ園

あんまり変化なし


「黒子ォォォッ!?」

 

常盤台女子寮にて、時刻夜

今日もルームメイト〝白井黒子〟の首が狩られた

どさり、と地面に倒れ伏した黒子は眼鏡が光る寮監に引きずられ、寮の外に投げ出された

そして重い声色で寮監は口を開いた

 

「…寮内での能力の使用は禁止だと、何度言えば分かるんだ。…なぁ? 御坂」

 

ギラリ、と眼鏡が煌めきレンズの奥の視線が御坂美琴の身体を貫く

そんな寮監に美琴は怯えながら気を付けの姿勢のまま、「はっ、はひっ」なんて情けない返事しか返せなかった

 

◇◇◇

 

「まったく! いつ何時(なんどき)も、口を開けば規則! 規則!! 規則!!!」

 

Joseph's店内

白井黒子がそう愚痴りながらカップの中をストローでつつく

つつかれた反動で中に入れられていた氷が飛び出し、対面にいる美琴とアラタの方へと飛んで行った

 

「…それが寮監の仕事だからねぇ」

 

アラタの呟きは最もだ

それを黙認していたら仕事にならない

 

「それでも、ですの! どうにかなりませんのあのオンナ…昨日だってお姉様と戯れていただけなのに…。なんでわたくしばかりがあのような目に。…イケズゴケのヒステリーですわ」

 

制裁対象がいつも黒子なのはおそらく寮監も発端は彼女だと察しているのだろう

 

「…それはそれとしてイケズゴケって」

「本当の事ではありませんの!」

 

美琴の言葉に怯むことなくどんどん黒子は寮監に対しての罵詈雑言を連ねていく

 

「だいたい女子寮の寮監なんて男っ気の欠片もない仕事なんてしてるからいつまで経っても時代に取り残されてるんですわ。その鬱憤をわたくしたちに晴らそうだなんて。ほんっとイイメイワクですわ」

「こらこら。…いくらなんでもそれは言い過ぎ―――」

「やれやれ…ん? あ」

 

宥めようとした美琴を尻目に何気なくアラタが窓の外を見たその瞬間思わず声を洩らした

そんなアラタの声に反応し美琴と黒子もつられて窓の外へと視線をやった

そして同時に二人はテーブルに突っ伏した

何故なら先ほどまで黒子が罵詈雑言をぶちまけていた寮監が歩いていたからである

噂をすればなんとやら

 

「…おかしいですわ」

 

そんな中ひっそりと黒子が呟いた

 

「…え?」

「何がだ?」

 

二人の言葉に頷きながら黒子が答えていく

 

「あの寮監がおめかしをしているんですの」

「…そういえば、休みになるとどこかに出かけてるらしいけど…」

「え、そうなの?」

 

意外である

こう言ってはなんではあるがアラタも彼女に対しては正直きついイメージしか持っていなかったからだ

そんな彼女が休日に出かけてる、という理由は―――

 

オトコ(OTOKO)ですわっ!!」

 

『…はぁ?』

 

見事にハモってしまった

いや、その考えに行きつかなかった訳ではないがこう、面と向かって言われると…なんか、ねぇ

戸惑う二人を尻目に黒子はバッと席から立ち上がると

 

「こうしてはおられませんわお二方ぁ!」

 

一直線に出口に向かって走り出した

しかもテーブルに五百円だけ置いて会計も簡潔に済ませてまでいる

 

「ちょ、黒子!?」

「ったく…、あ、ごちそうさまでしたぁ!」

 

走り出す後輩を追いかける先輩

先に黒子がやったように二人もそれぞれ五百円ずつ置いて、彼女の後を追いかけた

 

 

一定の距離を保ちつつ三人は寮監さんの後ろをスニーキングする

技術も何もあったものではないが意外にバレてはおらずすんなりと尾行には成功している

 

「…そもそも、尾行してどうすんだ?」

 

アラタの問いに黒子はそれはとてもとても黒い笑みを浮かべながら

 

「あの女の弱みを握ってやりますの」

「弱みって」

 

呆れるアラタ

その後はただただ黒子のマシンガンな口撃が繰り出される

 

「きっとお見合いですのよ。あんな血も涙もないロボットみたいな人でなしのイケズゴケにデートする相手なんているとお思いですの? まぁ最も、お相手の方も大変なマニアックですわよねぇー、よりにもよって賞味期限切れ寸前の女なんかと! 罰ゲームですわよホントに」

 

「…なにもそこまで言わなくても」

「っていうかよくそんな言葉出てくるねお前は」

 

そこまで恨みは凄まじいという事か

それにしたって言い過ぎだと思う、オーバーキルである

尾行を開始して数分経ったその時、寮監はとあるお店に入って行った

ピザチェーン店である

 

「…ピザ屋でお見合い?」

「どんなお見合いだ」

 

美琴と二人、顔を見合わせる

そんな中黒子はじろ~と出入り口を睨んでいた

 

やがて出入り口から寮監が出てきた

両手にはピザの箱がそれぞれ五箱ずつ、計十箱手に持っていた

 

「…なるほど、見合いの相手はメキシコのお方…! 恐らく名前はマルコとみて間違いないですわ!!」

 

お前は何を言ってるんだ

わりかし付き合いはあるが何だか白井黒子が分からなくなってきた

思わず美琴に視線をやってみたが彼女は苦笑いと共に首を横に振るばかりである

 

 

電車に揺られて数十分

彼女の後を尾行し続けるうちに三人は十三学区に辿り着いた

ていうか結構遠出してきてしまった

 

「ていうかどこまで後をつける気なのよ」

「だいぶ学区も移動したぜ?」

「マルコの顔をこの目に収めるまでですわ」

 

もう彼女の頭の中でマルコは決定事項らしい

そこからしばらく彼女の後をついていくと一つの大きな施設の中に入っていくのが見えた

入り口の看板には〝児童養護施設 あすなろ園〟と書かれている

 

思わず三人して顔を見合わせてしまった

 

 

あすなろ園とやらに入って最初に目にしたのはたくさんの児童に囲まれてる寮監の姿だった

アラタも何度か寮監と話したりはしているがあまり笑顔というものを見たことがなかった

そんな彼女が子供たちの前ではとても自然な笑顔を浮かべているのだ

黒子がその場で調べてみた情報によるとあすなろ園という養護施設はどうやらチャイルドエラー達が通っている施設のようだ

 

「…寮監のあんな顔、初めて見た」

 

呟く美琴に頷く

彼女の笑顔は本当に本心からの笑顔なのだ

感銘を受けたのは美琴やアラタだけではない

 

「知りませんでした…! まさかこんなところで寮監〝さま〟がこれほどまでに心根のお優しい方だったなんて…!」

「掌返したぞこの後輩」

「それに比べてわたくしたちはっ! イケズゴケなど人でなしなどロボットだなどと…! 自分が恥ずかしいですわっ! くろこのばかっ! ばかっ!」

 

言いながら黒子は手すりにぺちぺち拳をぶつけ始めた

っていうかそれ全部君の口から出た言葉なんだけど

そう言いたい気持ちを抑え、アラタはハァとため息をついた

美琴も同じように苦笑いをしていたが、ふと視界にある人物が入ってきた

 

「ねぇアラタ、あれ」

 

彼女はアラタの袖をくいくいと引っ張り、視線を向ける

アラタの視界に入ってきた人物は自分たちがよく知っている人たちの姿があった

 

 

「はぁ…いくらテストの点が悪かったからボランティアだなんてさぁ…」

「何事も経験ですよ佐天さん。ほら、元気に遊ぶ子供たちを見て癒されましょうよ」

 

ジャングルジム付近にて

佐天涙子と初春飾利両名は

ほうきを持って地面のお掃除をしていた

 

「そして子供たちと遊べて楽しいじゃないですか」

「…ま、それもそっかっ」

 

ボランティアといえど子供たちに触れ合う機会はあんまりない

腕白にははしゃぐ子供たちの相手をしていると疲れる分、元気そうな笑顔が見れるからそれで良しとしよう

佐天は頷きながらおーし、と気合を入れ直しさて掃くかぁっ、としたその時

 

「二人とも、ちょっと大丈夫かな」

 

二人の目の前から眼鏡をかけた先生と園長と思われる先生はこちらに向かって歩いてきていた

眼鏡をかけている先生の名前は大圄といい、初春と佐天の通っている柵川中学校の教師でもある

今回二人はこの先生に言われ、このあすなろ園でボランティアをしているのだ

 

「まだ紹介してなかったね。この方が、園長の重之森加寿子さん」

 

大圄がすっ、と手を差し出し園長先生を紹介する

園長は大圄を見ながら

 

「この子たちが、大圄先生の生徒さんね。今日一日、よろしくお願いしますね」

 

『よろしくお願いしますッ』

 

元気よくそう挨拶をしてふと園長先生がちらり、と視線を動かして

 

「ところで…あちらの子たちはお友達?」

「え?」

「あちらって…」

 

園長に指摘され初春と佐天は彼女が向けた視線の方へと首を動かした

そこにはこちらに向かってすごく手を振る白井黒子と小さく笑みを浮かべる御坂美琴、そして控えめに手を振りながら笑みを浮かべている鏡祢アラタの姿が見えたのだ

 

 

「こんな所で会うなんて奇遇ですわねぇ」

 

中に入れてもらい、五人はブランコ付近に集まっていた

 

「三人もボランティアですか?」

 

と純粋な瞳で佐天がそう問いかけてきた

正直に言って尾行してましたとはさすがに言えない

美琴と二人「あ、あぁ…」とか「ま、まぁね…」とお茶を濁すような返答しかできなかった

一瞬そんな二人に?を浮かべるがすぐにそれを振り払った

そんな時初春が窓の向こうにいる寮監を見ながら

 

「あれって、白井さんの所の寮監さんじゃないですか?」

「いえ、これには深い深い事情がございますのよ。そりゃあもう海より深い事情が」

 

そんな風に言いながら黒子はその寮監さんを見るべくこっそりと窓付近に移動した

それに釣られて残りのメンバーも黒子の後ろについて行った

窓の向こうで子供たちと戯れている寮監に先ほどの大圄先生が挨拶でもしているのか、彼女に向かって歩いてきていた

彼に声をかけられた途端、寮監の頬がどんどん赤くなっていく

 

「今日はうちの生徒も一緒なんです。至らない所があったらどんどん注意をしてくださいね」

「そ、そんな…。大圄先生の生徒を叱るだなんて…。りょ、寮生を叱った事もありませんのに…」

 

普段は規律に厳しい寮監さんがあら不思議

何ともしおらしい乙女になってしまってるではないか

 

「寮監さんもボランティアなんですねー」

「ふーん。大圄のボランティア仲間かー」

 

そんな二人の呟きにムッと反応したのが白井黒子だ

彼女は腕を組んだままちらりと首を向けて

 

「あのお方は大圄先生と申しますの?」

「? はい。私たちのクラスの担任で―――」

「なるほど…! お相手はあの方だったんですのね」

「え? お相手って?」

 

よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに黒子が目を輝かせる

 

「寮監様は、あの大圄先生に恋をしているのですのよ!!」

 

場が一瞬フリーズする

その後、黒子以外の四人の声がシンクロした

 

『恋ぃぃぃぃぃーッ!?』

 

別に考えが行かなかった訳ではない

だがしかしやっぱり窓越しに見る寮監の大圄さんを見るその視線はやっぱり熱を帯びている

さっきも思ったが恋する乙女状態だ

 

そんなアラタの独白を尻目にグワシッ!! と黒子は拳を握り

 

「その恋、わたくしが実らせてさしあげますわっ!」

「お、おい黒子…」

 

流石にこれは黒子がまたカキョッてされる未来しか見えない

こんなに未来がはっきりしているのだ

先輩として止めねばなるまい

と、思っていた矢先

 

「わー! なんか楽しそうですね!」

「私も手伝いますよっ! 白井さんっ」

 

まさかの初春、佐天が同意

 

「もぉ…面白がって」

「そうすんなり上手くいくはずないだろう」

 

「問題ありませんわっ! さぁ、お兄様もお姉様もさぁ! 作戦会議ですのっ!!」

 

そんなこんなで白井黒子主導の下、名付けて〝寮監様の恋を成就させましょう作戦〟は開始された

 

…と、ぶっちゃけその時のアラタはどうせ寮監さんにまた怒られて終わるだろう、などと軽く考えていた

そう言った色恋沙汰に変に干渉すると余計こじれてややこしくなるに違いないと思っているからだ

少なくとも黒妻さんと固法の時はそうだったわけだし

そう思っていたアラタの考えは夜、美琴から来た一本の電話によって見事に覆された

 

「…寮監さんが乗ったぁ!?」

 

夜も更ける午後九時付近

暇だからゲームでもして時間を潰そうと考えていた時、アラタの携帯が鳴った

電話の相手は御坂美琴で、彼女は思いもしない言葉を言ってきたのだ

 

〝寮監が黒子の作戦に乗った〟という事に

 

実際は黒子が寮監の悩み、つまり恋の悩みの相談に乗るという形ではあるが相手が黒子な以上、作戦を発動するだろう

そして先ほどの言葉に戻る

 

<うん…あたしもまさかそんな展開になるなんて思わなくて>

「…まぁ、寮監さんも女性だからねぇ」

 

人に好意を抱くときとはちょっとしたキッカケが必要だ

そのキッカケをトリガーに、その人に興味を持ち徐々に好きという感情へと変わっていく

今回はボランティアがトリガーだったのだろう

そこで寮監は大圄という異性に出会い、好意を持った…

ほとんどが推測だがきっとこんな感じのはずだ

 

<…次の休みなんだけど、大丈夫?>

「問題ない。乗りかかった、どころかがっつり乗った船だ。俺だけ関係ないとは言えないよ」

<ありがとう、そう言ってくれると助かるわ。…じゃあまた>

 

短く告げて携帯は切れた

携帯をテーブルに置くとアラタは背伸びをする

子供は苦手なわけではないが先生の真似事がうまく出来るか多少不安になってくる

ふと、思い立ったアラタは携帯を手に取り、ある人物へと電話をかけた

 

 

で当日

 

「今日一日、皆と一緒に遊んでくれるボランティアのお兄さんお姉さんたちですよー」

 

園長先生にそう紹介され、『よろしくお願いしまーすッ』と礼をして挨拶を交わす

あすなろ園のエプロンを着込んでいるのは初春、佐天に黒子、そして美琴にアラタ…と、神那賀の五人

 

「…唐突に呼び出して何事かと思ったら」

「悪いな。急にこんなこと頼んでさ」

 

苦笑いをしながら愚痴る神那賀にアラタはちらりと視線をやった

 

「まぁ大丈夫よ。特にやることもなかったし。子供も好きだし、ね」

「お、それじゃ結果オーライって奴かな」

「チョ-シに乗んないの」

 

そんなやり取りを少し微妙な顔つきで美琴が睨むように見ていた事をアラタは気づいていなかった

と、部屋の隅で何やら相談というか打ち合わせをしていた黒子と寮監の二人に目がいった

一言二言会話を交わした後、黒子が咳払いをしながら四人の前に立ち、宣言する

 

「それではさっそく、作戦(オペレーション)を実行いたしますわよっ!」

 

何その名称

 

 

黒子の指示で寮監さんを厨房へと移動させる

そこでは今日開かれるお誕生日会に使用されるケーキを作るための材料があるのだが

連れて行った初春が戻ってきて黒子にそれを報告した

 

「寮監さん、連れて行きましたよ」

「ご苦労さまですの。これでステップ1はクリアですわね」

 

黒子が考えた作戦はこうだ

まず厨房に寮監を放り込み、そしてその場に大圄先生をブチ込む

そして二人の共同作業にて愛を深め合う…

 

まぁ要約したらそんな感じ

早い話一緒に作業すれば二人の仲も進展するはずだ、というようなものだ

 

「つか意外だな。黒子がそんなわりかしまともな作戦を思いつくなんて」

「あ、それには同感。てっきりまたわけわかんない小道具でも使うのかなって思ってたけど」

「まぁ! お二方ったら。普段わたくしにどんなイメージをお持ちですの」

 

それを言われると言葉につまるのだが

美琴と二人して苦笑いをしているとエプロンを不意にくいくいと引っ張られる感覚があった

 

「おにいちゃーん、あそぼー」

 

気づけばいつの間にか子供たちがアラタと美琴の前に集まってきていたのだ

 

「ではお姉様、お兄様。お願いしますわ」

 

黒子に促され二人は頷く

二人は打ち合わせで子供たちの遊び相手を引き受けていたのだ

 

「んじゃ行くか」

「おっけー。じゃあ、皆行こっかー?」

『わーいっ!!』

 

そう元気に叫ぶ子供たちに似たような声を、どこかで聞いた気がした

つい―――最近のことだ

 

 

子供たちは外でアラタと美琴に任せて、厨房には今寮監と大圄先生が愛の共同作業(黒子命名)をしているハズだ

初春、佐天に黒子、そして神那賀の四人は椅子に座って、絶賛休憩中

 

「…うまくやってますかねぇ、大圄先生と寮監さん」

 

ほんわかと呟く初春

こういった色恋沙汰には疎いがそれで二人が進展するなら安い…かは分からないが

 

「まぁ見た感じだと結構いい雰囲気だったし、上手くいってくれると手伝った甲斐があったって胸張れるね」

 

初春の近くで立っていた神那賀はそんな事を言いながら笑みを作る

初春と佐天両名は今回が神那賀と初コンタクトになる

しかし明るい佐天と朗らか笑顔な初春にすぐに打ち解けて仲良くなり、メールアドレスも交換済みだ

 

「でもさ」

 

そんな時ふと思い立った佐天が口を開いた

 

「あたし達って成功前提で作戦進めてるけどさ、これ失敗したらどうすんですか?」

 

そんな事を言われ神那賀はそう言えば、とふと考える

確かにこの作戦はセッティング云々は黒子を中心に自分たちだが、実質二人になれるような場所を用意するだけで成功するか否かは寮監にかかっている

つまりはいくら自分たちががんばっても肝心の寮監がコケてしまったらそれっきりだ

そんな疑問を払拭するように黒子が

 

「それは―――」

 

 

 

「にゃわーーーーーッ!!?」

 

 

 

そんな黒子の呟きを遮るかのように厨房にいる寮監がそんな叫びをあげた

 

「今の、寮監さんの声でしたよね?」

「一体なにが…」

「え、けどケーキ作るのにそんな叫ぶようなことって…」

 

三人それぞれ口々に不安の声を上げるがただ一人、黒子は笑みを崩さない

 

「心配ご無用ですわ。こういった不測の事態に対する策はちゃんと用意してますの」

 

 

黒子についていき、厨房のドアの前に到着

 

そして黒子は扉に手をかけて勢いよく開けると

 

「あらまぁなんという事でしょうー!?(棒)」

「ちょ、なにこれ!?」

 

佐天の驚きももっともだ

厨房はどういう訳か小麦粉が周囲にばら撒かれており、寮監も大圄も真っ白だ

そしてその中心にいた寮監が一番白かった

 

「わ、私がいけないんだ。小麦粉を開けようとしたら…」

「…小麦粉を開けるだけでそんな…」

 

神那賀が呟くが、自分もかつてポテトチップスを開けようとしてエライ事になったことを覚えている

それを思い出して苦笑いする

 

「だ、大丈夫ですよ、またやり直せば。ね? 先生」

「…だ、大圄先生…」

 

一瞬ではあるものの、二人を取り巻く空気多少変わった気がする

 

「それではとても間に合いませんわっ!」

 

間に入るように黒子が乱入する

そして黒子は笑みを浮かべて大圄に

 

「ささ、今すぐケーキを買って来て下さいですのっ」

「そ、それもそうだね。それじゃ―――」

 

そう言って大圄先生は買いに出かけようとした彼を

 

「ちょっとお待ちくださいな」

 

黒子が呼び止めた

そして彼女は寮監を開いた両手で指し示し

 

「寮監さんがとっても美味しいケーキ屋さんをご存知ですの」

「なぁ!? 白井ッ!!」

 

あまりにも無茶ぶりな要求に寮監は黒子の肩を掴むが

 

「大丈夫ですわ。こちらの三人がサポートしますから」

 

降られた三人は内心〝え!?〟とドッキリした

別段反論する気はなかったのだが寮監がちらりとこちらを見て

 

「…本当か?」

 

と小さく呟いた

それに慌てて三人は軍人ヨロシク敬礼の体制を取りながら

 

『も、モチロンデスっ!!』

 

若干冷や汗を流しつつそう答えたのだった

 

◇◇◇―――ここまで

 

一方外で子供たちと戯れる組

 

(なにやってんだろあたし…)

 

笑みを浮かべながら鬼ごっこをしてる美琴はそんな事を思っていた

そんな時自分の腰付近に衝撃があった

それは一人の女の子が抱き着いてきたからだ

 

「捕まえたっ」

「よーし、今度は美琴お姉ちゃんが鬼だぞー」

 

その子供の近くにいたアラタが自分を指しながらそんな事を言う

普段呼び捨てで名前を呼ぶ人物にそんなお姉ちゃん付きで呼ばれるとなんだかすごくこそばゆい

美琴はふう、と息を吐きながら小さく笑みを浮かべ

 

「よーし、今度はあたしが鬼かー。ほらぁ、早く逃げないと…鬼になっちゃうぞぉ!」

 

そう言って両手で威嚇するようなポーズをして子供たちへと視線をやる

嬉しそうに「わーっ!」と逃げ回る子供たちを見ていると、〝ある子供たち〟の姿が頭の中で蘇った

 

木山春生の子供たちだ

 

〝あの子たちが助かるならなんだってする! 悪魔にだって魂を売る!! たとえ世界を敵に回しても!! 私は、諦めるわけにはいかないんだぁぁっ!!〟

 

「…、」

 

そんな子供たちを見て、どことなく歯がゆい気持ちになる

もし未来が変わっていたら、あの子たちもこんな風に笑って遊んだ日が来たのだろうか

 

「美琴」

 

ふとアラタに名前を呼ばれた

先ほどとは違い、呼び捨てでフランクな呼び方

美琴は彼の方へと向き直る

 

「…あの子たち見てたらさ、木山たちの教え子たちの事…思い出しちゃってさ」

「あぁ、そっか…。どこかで見た事あるな…なんて思ってたら、あの子たちだったのか」

 

頭で再生される元気だったあの子たち

木山春生を信じ、木山春生がすべてを捨ててまで助けようとした、そんな子供たち

 

「…、やめだやめこの話題。…沈んで話になんねぇよ」

「…うん、そうね」

 

どこかぎこちない様子でアラタが呟いたのに美琴は頷く

こんな所でしんみりとしていてもしょうがない

今は、前を見て歩かなければいけないからだ

 

よし、と美琴は一つ息を吐くと同時にガバッとアラタに抱き着いた

 

「なばっ!?」

 

アラタは当然ながら驚く

美琴は上目遣いでアラタの表情を見て一言

 

「…つーかまーえた」

「は? …あ!? おまっ!?」

 

すぐさま美琴は離れて子供たちの方へと逃走する

そしてアラタを指差して

 

「さぁ、今度はアラタが鬼だかんねっ!」

 

そう元気に宣言して美琴は子供たちと一緒に逃げ回る

 

どこか苦い笑顔を浮かべる彼を見て、不意に美琴も笑顔になる

いつしか自分が無意識に、彼に惹かれていることに、御坂美琴はまだ、気づいていない

 

◇◇◇

 

その後初春たちもつつがなく戻り、その手にはケーキの入った箱が握られていた

しかし変だったのは五人の表情である

どことなく疲れているようなそんな表情

 

佐天は語る

 

「…何とかケーキは買えましたけど、その過程がもぉ大変で大変で…」

 

なんでも犬のしっぽをうっかり踏んでしまいエライ事になってしまったり、どういう事か道を間違えるわ、寮監さんはふらっと川に落ちてしまいそうになるわetc…

 

「…なんでケーキ買いに行くだけでそんな冒険してんだよ」

「アラタ、そこんとこは聞かないで」

 

切実な神那賀の言葉にアラタは口を紡ぐ

確かに変に追及したら後々メンドイことになりそうである

そんなハプニングを乗り越えて、今目の前にはテーブル二つをその上にテーブルクロスをひいて、注文したピザや先ほど買ってきたケーキをテーブルの上に乗せてお誕生日会の準備は万全だ

 

いずれにせよ結果オーライだ

 

「さぁ、それじゃいただきましょうねぇ」

 

園長先生がそう言うと子供たちが元気よく『わーいっ!』と返事をする

 

「よかったですね、皆、喜んでくれて」

 

大圄先生がそう言った

言葉を聞いた寮監は内心恥ずかしい気持ちになりながら徐に眼鏡を取って、レンズを拭く

 

「すいません。…ちっともお役にたてなくて…―――」

「…あれ?」

 

不意に大圄が口を開いた

その動作に寮監は「?」と怪訝な顔をして大圄を見る

 

「…眼鏡、ないほうが良いですね」

「…えっ!?」

「あ、いや…ある方も似合ってますけど、裸眼の先生も素敵だなって」

 

寮監の顔がみるみる赤くなっていく

そりゃそうだ、気になる異性からそんな事言われてしまっては赤くならざるを得ないではないか

そんな寮監の気分も一人の子供の「あーっ!」なんて言う言葉で現実に戻される

 

「おねえさんとだいごせんせい、ラブラブだーっ!」

 

『ラブラブーっ!!』

 

直後に子供たち全員からそうリピートされる

純真な子供たちとはいえど、そう大っぴらに口にされるとさすがに恥ずかしい

 

「こ、こらっ! 大人をからかわないのっ!」

「そ、そうだよ! 第一、僕なんかが相手じゃ先生に申し訳がないよ…」

 

そうはにかみながら答える大圄を黒子は逃さなかった

すかさず続ける

 

「では、大圄先生はどのような方が理想ですの?」

「んー?… そうだなぁ…」

 

そんな黒子の質問に大圄は真面目に応えようとする

多分この人、いい旦那になれるな、と内心アラタは勝手に思う

 

「…尊敬できる人、かな」

「尊敬、と仰られますと…具体的には…?」

「そうだな…自分よりも、他人の為に行動できる人…、かな」

「なるほどー…」

 

といった会話がなされているとき、背を向けていた寮監は顔を赤くしていた

先ほど子供たちから茶化されたから顔を合わしづらい

どこまでも、優しい方だな…なんて思いながらカタカタ、という音に現実に戻された

 

徐々に揺れが強くなりやがてテーブルに乗っていたコップに入っていたジュースが震えはじめる

 

「地震!?」

 

アラタが明確に言葉にしたことで子供たちが恐怖に震え、怯えはじめる

混乱する子供たちにどう対応していいか分からず、大圄も美琴たちも困っていたその時だ

 

「動くなっ!」

 

寮監の張りのある声が室内に響き渡った

 

「落ち着いてテーブルの下に隠れろ、ゆっくりな…!」

 

寮監の声は不思議と浸透し子供たちを含め美琴たちも指示に従いテーブルの下に潜り込み、隠れる

しかし一人の子供が指示を聞かず、混乱したまま走って逃げだそうとした

そして、ポットが乗っているテーブルに肩をぶつけてしまう

ぶつかった拍子にポッドがぐらり、と揺れて子供へと落下していく

 

「危ない―――!!」

 

大圄先生の言葉と同時、寮監が駆けていた

ガンっ! と何かがぶつかった音が聞こえる

 

そんなことが怒っているとは知らずテーブルの下へと潜り込んでいた組

 

「…止まった?」

 

ボソリと神那賀が呟く

 

「最近多いですよね…」

 

神那賀に初春が答えた

それに内心アラタも同意する

さほど頻繁に起きるわけでもないのだが妙に地震が多い気がする

 

「先生! 先生っ!!」

 

ふと大圄の声に反応した

声の方を見るとそこには寮監が自分の身体を盾にするように子供を抱きしめていた

その傍らにはからのポッドが落ちており、地震の揺れで落ちたのか、子供がぶつかったことで落ちたのかは分からないが、どうやら寮監はそのポッドから子供を守ったようだ

幸いにも空だったおかげで大事には至らなかったみたいだ

 

「先生、怪我は―――」

「こら! だから落ち着けって言ったでしょう」

 

寮監は守っていた子供へ一喝する

それは本当に子供を心配していたことが分かる一言だ

怒られた子供はしゅん、となり「ごめんなさい…」と呟いた

その後で寮監は優しく微笑み

 

「怪我はない?」

「うん」

 

そのやり取りはどこか、仲睦まじい家族を連想させた

 

「先生」

「! だ、大圄、先生…」

 

寮監と子供を心配して駆け寄った大圄先生が笑顔を作る

 

「流石です。…尊敬します」

 

微笑み交じりで呟いたそんな言葉

もう寮監の心は、大圄(かれ)の事でいっぱいだった

 

 

その後つつがなくお誕生日会は終了した

ちなみに終始寮監はぽわわんとしたままだった

 

「…あれで結ばれてくれれば大団円なんだけど」

 

学生寮自室にて

すっかり時間は八時を迎え、アラタはテレビをなんとなく見ながら少し遅い夕食を食べていた

メニューは白米とチンジャオロースという簡素な品

作り方は天道に教えてもらったものの、まだまだ彼の味には程遠い

肉とピーマンを箸ではさみ、それを白米の上に乗せてそれをかきこむ

 

「…ん、やっぱ俺が作るより天道のが美味いなー」

 

などと言っていると携帯が震えた

誰だなどと思いながら携帯を手に取るとそこには黒子の名前があった

…猛烈に嫌な予感がしたがそれらを振り払い電話に出た

 

<お兄様! 今お時間よろしいですのっ!?>

 

なんかテンション高い黒子が電話に出た

どうしたのだろうかという事を問うてみる

 

「? どうした黒子。やけに息が荒い気がするけど」

<寮監様がプロポーズをお受けになるんであられますのよっ!!>

「…はぁ?」

 

意味が分からない

とりあえず夕食にラップをかけて黒子の迎えを待つことにした

 

そしてその数分後に黒子は来た

傍らには美琴もおり、彼女もやれやれといった顔つきでお手上げのポーズをする

しかし隣にいる、という事でおそらく寮監がらみは本当なのだろう

 

・・・

 

んで、AGITO店内

 

大圄と向かい合って座っている寮監を少し離れた席で見守る

いつの間にか佐天と初春も合流しており、すっかり観戦ムードである

ちなみに美琴から話を聞いたところによると寮監さんは〝相談に乗ってくれ〟と大圄先生に誘われたらしいのだ

つまり本当にプロポーズなのかはわからないのだが…

 

「いよいよ大詰めですねっ白井さん」

「なんかあたしまでドキドキしてきたよ…!」

 

すっかりテンションマックスなお二人

 

「…けど、なんでレストラン?」

「全く…これだから彼女いない歴=年齢な男は困りますの」

 

さりげなくAGITOがディスられた

 

「ですよね~、やっぱりプロポーズって言えば、海辺の綺麗なレストランですよねぇ…」

「えー? 夜景がきれいなレストランでしょ? ね、御坂さんっ」

 

美琴に話を振るのは良いんだけどそれ以上翔一さんの店ディスらないで、頼むから

初春と佐天が示す条件全く満たしてないんよこのレストラン

と、そこまで考えてふと一個の仮説が思いついた

ここに呼んだ、という事はもしかして本当に大圄先生は寮監さんに相談しに来ただけなのではないか、という事

仮にこれはプロポーズと仮定してもはっきり言ってムードも減ったくれもないこんな場所に呼び出すことは…もしかしたら…

 

さりげなくアラタもAGITOをディスっているが、この際気にしない

 

「そ、そうねぇ…それで、プロポーズをOKしたら、海から花火が上がるのとかいいかなぁ…」

 

そんなアラタの思考を余所に先ほど佐天に降られた話題を妄想全開で返す美琴

 

『いや、それはちょっと…』

「…え!?」

 

初春、佐天がハモり、黒子も首をかしげてしまう

意外にも御坂美琴はロマンチックだった

 

「…何してるのアナタたち」

 

そんな一行を見守っている天道ひより

うまい説明が思いつかずアラタがどう説明するか考えていると

 

「あ、じゃアラタさんだったらどんなプロポーズしますか?」

「は? え、俺にも振るの?」

 

不意に佐天に振られて考え込むアラタ

女子だけで終わってしまうだろうと思っていたためにこの不意打ちは想定外だ

 

「…そうさなぁ…。俺だったら変に飾らないで真っ直ぐ言うかも。演出なんかしてこけたら恥ずかしいしね」

「もう、アラタさんってば意外にロマンがわかってませんっ」

 

なんか初春に怒られた

…変に凝るより真っ直ぐ向かい合った方が伝わると思ったんだけど、ダメみたいだ

 

―――そ、それで…私に相談って…?

 

聞こえてきた寮監の声に慌てて身を低くする

そして二人の会話に耳を澄ませた―――

 

「…えぇ。単刀直入に聞きますけど、結婚相手が年下って…どう思われますか?」

「!? け、けけけけ結婚? 相手、ですか?」

「はい。…例えるなら僕のような―――」

「!?!?!?」

 

一瞬会話が止まる

そしてその後寮監から会話を再開した

 

「と、歳は関係ないと思います…。その人の事を、尊敬、出来るなら…」

「…やっぱり。先生なら、そう言ってくれると思ってました。…ありがとうございます、急にこんな変な事聞いて」

「…い、いえ…」

 

寮監は頬を赤くしながらそう返答した

 

そして隠れてそれを聞いていた四人はそれぞれガッツポーズをする

その中で一人、アラタだけはどこか微妙な顔だ

そんなアラタの近くで、ただひとりよく分かっていなさそうな表情をひよりはしていた

 

 

パァンっ!!

 

『おめでとうございまーすッ!』

 

寮監が帰ってくると同時にクラッカーの音が常盤台女子寮に響いた

ついさっきコンビニで購入した簡素なクラッカーではあるが、祝うのにはこれで十分なはずだ

それを五人は手で持って寮監の帰宅を待ってタイミングよく引っ張ったのだ

引っ張るのと同時、そんな謝辞の言葉を女性陣が口をそろえる

 

「…見てたのか」

 

顔を赤くしながらそんな言葉を発する

 

「やりましたわね寮監様っ、あとはご両親へ挨拶の後、式場を―――」

「白井」

「―――? はい…なんでございましょう」

「私の頬をつねってくれ。…夢なら早く覚めたい」

 

どうやら寮監は本当に信じられないようで、先ほどから天井の一点を見て惚けているようだ

黒子は一つ咳払いをしたあと、心を鬼にして寮監の頬をつまみ、ぐいーっと引っ張る

 

「…いはい(いたい)いはいろひらい(いたいぞしらい)

 

これは紛れもない真実なんだと寮監は多分理解しただろう

ほどなく黒子も手を話し寮監はつねられた頬をさすりながら

 

「…それともう一つ、頼みたいことがあるんだ。…ちゃんと、返事をしたいから…」

 

頼みたい事

それは服諸々のコーディネートだ

なんの服を着ていったらいいのか、どんなお化粧したらいいか…

そう言ったことを初春や佐天、黒子と美琴と話し合う寮監の顔は紛れもない女の子だった

その分、アラタの辿り着いた仮説を寮監に言い出すことが出来なかった

 

化粧は大介に頼み込み、最高のメイクをしてくれることを約束してくれた

 

「風間流、奥儀…〝究極なる美しき化粧(アルティメット・メイクアップ)〟ッ!!」

 

その手つきはまさにプロ級、いやプロという肩書さえ彼には失礼なのかもしれない

ヒカリのサポートも相まってメイクしている大介の手はおろか、寮監の顔すらも見れない

割と大介の店にはよく行くが、こんな奥儀なんて初めて見る

そしてメイクアップが終わると、そこには見違えた寮監の姿があった

 

「行けますって! これなら大圄なんてちょちょいのちょいですよっ!」

「風間さんの技も見れて…! 今日は幸せですっ!」

 

ヒートアップしまくしの初春、佐天

眼鏡も外してパッと見の外見なら寮監だってわからないのかもしれない

コーディネートを終えた寮監は、まっすぐあすなろ園へと向かう

子供たちと一緒に遊んでいる途中の大圄を寮監は呼び止めて、ブランコへと移動した

 

「…今日はなんだかいつもと雰囲気が違いますね」

「…あの、こないだの話なんですけど…」

 

そんな二人を物陰から、五人がうかがっていた

ここまで関わってしまったのだ、こうなったら最後まで見届ける義務があると思うのだ

 

「あぁ、その時はありがとうございます。…先生のおかげで、やっと決心がつきました」

 

そう言いながら大圄は寮監にある箱を見せて中身を見せた

それは指輪だった

一見するとただの指輪かもしれないがこういった状況ならその指輪がどんな指輪か、一目瞭然だった

結婚指輪である

 

「…〝彼女〟に、プロポーズをしようと思ってまして」

「…〝彼女〟?」

 

大圄は「えぇ」と頷きながらある人物へと視線を向ける

その視線の先には、子供たちと遊んでいる一人の女性の姿があった

園長先生だ

 

「…彼女、…て」

「貴女に、歳は関係ないって言われて、勇気を貰ったんです。…本当に、ありがとうございます」

 

大圄はそう寮監に感謝の言葉を述べる

きっとそれは紛れもない本心なのだろう

そして、彼は、寮監の気持ちに気づいていないことも

だから寮監がおめかししていても、普段と態度を崩すことはなかったのだ

 

「…ッ。いえ、よかった、です。…お役にたてたなら」

 

その時寮監はどんな顔をしていたことか

ここからでは二人の後姿しか見ることが出来ず、その表情は読めない

 

「…大圄先生、お幸せに」

 

その言葉を言うのに、どれほどの決意を要したことか

きっと彼女は泣きたかったはずだ

けどそれは、彼が尊敬している寮監の姿を裏切ることになってしまう

だから、泣くなんてことは出来なかった

 

「…上手くいくと思ったのに…」

「なんだかなぁ…」

 

初春と佐天がどこか煮え切らない様子でそう呟いた

煮え切らないと言えばアラタも同じである

自分の想像した通りになってしまうとは思わなんだ

 

「…そのうち、良い事があるよ」

「寮監様…優しいですものね」

 

どこか寂しげな様子で子供たちの方へ向かっていく寮監の背中を見ながら美琴と黒子が呟く

そんな寮監をアラタは見つめ

 

「…まぁ、とりあえず…お疲れ様だな」

 

ここまで奮闘してくれた寮監に小さく感謝と称賛を

 

「さぁ、皆、今日は何して遊ぶー?」

 

耳に子供たちを戯れる寮監の明るい声が聞こえた 

こうして、〝寮監様の恋を成就させましょう作戦〟は終わりを告げた

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

白井黒子は逃亡していた

しかしそんな黒子を逃がさないと伸びた手が黒子を捕える

 

「た、たった一秒遅れただけではありましぇんかっ!?」

 

黒子は言う

しかし

 

「たとえ一秒だろうとコンマ一秒だろうと、門限を破ったことにかわりはないだろ、なぁ…」

 

寮監は巧みな手さばきで首を狩る態勢を作ると黒子の頬をつまむ

 

「覚悟は出来てるなぁ、白井ぃ…」

 

その言葉にはなんかいろいろ含んでいそうな気がするが

 

一方階段を下りて急いで黒子を救助しようと駆ける

が、ダメ

 

「黒子!?」

 

コキッ

 

―――ぎゃああああああッ!?―――

 

―――黒子ォォォォォッ!?―――

 

常盤台女子寮の夜は更けていく―――

 

 

 

おまけのおまけ

 

「ねぇ、ひよりちゃん」

「? なんです?」

 

夕刻時のAGITO店内

出勤してきたひよりに向かって翔一はぼそりと問いかけた

 

「…僕の店、そんなにムードないかなぁ」

「…。はぁ?」

 

気にしてらした



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#16 常盤台の盛夏祭

変更点特になし(多分



 

常盤台の女子寮、とある部屋にて

 

「…ハァ…」

 

御坂美琴は自分のベッドでぐだーっと器用に布団にくるまって顔を出し、項垂れてため息をついた

ほどなくしてカーテンが開かれる

窓から差し込む光に僅かながら目を細めた

 

「朝ですわお姉様。ついにこの日がやってきたのですわよっ」

 

カーテンを開けたのは相部屋相手でもある後輩の白井黒子

何故だか彼女はすでに制服に着替えており準備万端だ

 

「ついにって…」

 

対する美琴のテンションは低い

ひょっこり出している顔から彼女は呟いた

それに黒子は笑顔で

 

「今日はお姉様の清々しき晴れ舞台っ、と、言っても晴れ舞台などお姉様にとってはいつもの事でしょうけど…わたくしはもちろん、寮生一同この日をまっておりましたのですよっ」

 

そう言う黒子の眼はひときわ輝いて見えた

はふぅ、と一度息を吐いて美琴はもぞもぞとくるまったまま器用に起き上がり

 

「…別にわたしじゃなくったって相応しい人たくさんいるだろうに…」

「まぁお姉様ったらご謙遜を。常盤台に常盤台に腕自慢多しといえど、ここはぜひお姉様にと満場一致だってだはありませんか」

 

あぁ、そういえばそうだったと美琴は心の中で思い出す

そして決まったその時には思わず食蜂に振ってはみたものの―――

 

―――ごめんなさぁい…私、ホント苦手でぇ…―――

 

と苦い笑いと一緒にはぐらかされた

きっと本人もそういったものが苦手なのであろうことはなんとなく察することはできたのだが、結局流れで仕方なく美琴もそれを受け入れたのだ

 

「…まぁ、決まった以上は仕方ないけど…」

「それでこそお姉様っ。さぁ、お召変えお召変え~っと」

 

そう言いながら黒子は布団を引っぺがし自然な手つきで美琴のパジャマのボタンに手をかけようと

したところで思いきりぶん殴られて「にゃうっ!?」と反対側にある黒子自身のベッドに吹っ飛ばされた

 

「言われんでもちゃんとやるわよっ! …決まった以上は」

 

吹っ飛ばした体勢そのままに、わずかばかり頬を染めた

 

◇◇◇

 

数日前に遡る

 

その日特にやる事もなかったアラタは自分の部屋でテレビでも見ながらのんびりな時間を過ごしていた

そんな時である

 

ピンポーンと自分の部屋のインターホンは鳴らされた

こんな時間に珍しいと思いながら扉を開けるとその先にはこれまた珍しい客人がいた

御坂美琴である

どういう訳だか彼女の頬はトマトのみたいに赤く心なしか若干プルプル震えている

恥ずかしさから来てるのだろうか

 

「い、い、今時間空いてるかしらっ」

「え? あぁ…問題ないけど」

「だい、大丈夫よ、すぐ終わるからっ」

 

いつもなら軽く茶化しているかもだがなんか今回に限ってそんなもんやった日にゃ確実に黒こげにされる未来がように想像できた

と、そんな時ビシッとほど紙を差し出してきた

大きく書かれている文字〝盛夏祭〟とある

 

「…これは?」

「こ、今度常盤台女子寮が一般開放される日よ。そ…それの招待券」

「え、いいの? わざわざありがとう」

 

その紙を受け取る

常盤台にはあんまり行ったことはないが、今度は堂々と入れるということだ

当日は十分に堪能したい

 

「ところで美琴はなんか出し物とかすんの?」

「ふぇっ!? さ、さぁ、どうでしょうんねぇ…ははは」

 

乾いた笑いを浮かべる美琴

正直出し物かどうかはわからないが、何らかのステージはするのだろう

しかしそれを聞くのは流石に野暮だと感じたアラタはそんな美琴に苦笑いを浮かべながら

 

「とにかくありがとう。楽しみにしてる」

「っ…。え、えぇ、楽しみにしてなさいっ」

 

美琴はそう言うと若干笑みを見せてそのまま階段の方へと走って行った

アラタはそのまま部屋へと戻り、さて夕食の支度でもするか、と厨房に向かったところで

 

 

「むぁいかぁぁぁぁぁッ!! 愛してるんだぜェぇいっ!」

 

 

隣人のやけにテンションの高いそんな声を聞いた

アラタの友人、土御門元春である

別名〝シスコン軍曹〟

この学園都市であれだけ義妹想いなのは彼を覗いてアラタは知らない

恐らく義妹の舞夏に盛夏祭のチケットを渡されてそれはもう歓喜しているのだろう

 

そんな仲睦まじい喧噪を聞きながらアラタはテレビに視線を向ける

しかしその内心ではその盛夏祭とやらにワクワクしてて、内容など頭に入ってこなかった

ワクワクして眠りにつけないなんて久しぶりだったから

 

◇◇◇

 

盛夏祭当日、常盤台女子寮にて

ずらりっ、とメイド服を着込んだ女子生徒たちが寮監の言葉に耳を傾ける

 

「いいか。普段一般開放されていない常盤台中学女子寮が、年に一度解放される日…! それが〝盛夏祭〟だっ!」

 

そのまま眼鏡をきらりと光らせる

 

「今日は諸君らが招待した大事なお客様がご来訪する日…寮生として誇りを持ち、くれぐれも粗相なきようおもてなしするように!」

『はいっ!』

 

そんな寮監が檄を飛ばしていた最中

御坂美琴は入り口付近でパンフレットを配っていた

当然彼女もメイド服姿で、である

 

「…別にこの服でなくてももてなすことは出来ると思うんだけどなぁ…」

 

そう言いながら美琴は自分が今着ているメイド服を見下ろしながらそんな事を呟いた

あまり気慣れていないこういったフリフリの洋服は少々動きづらい

…別に嫌いではない、むしろ好きだこういう服

気を取り直して美琴は来訪しているお客様にパンフレットを配る作業を再開する

 

「いらっしゃいませー! こちら、本日のパンフレットになりますー!」

「…美琴か?」

 

作り笑顔が引きつる

思いっきり聞き覚えのある声が耳に聞こえた気がした

ゆっくり目を開くとそこにはパンフレットを受け取った鏡祢アラタが立っていた

 

「…い、いつの間に来たのよ」

「今来たところ。…似合ってるじゃん、メイド服」

「…ありがと」

 

少しばかり頬を染めて応対する

お世辞といえど、言われて悪い気はしないものだ

 

「写真とか撮るか? 記念に」

「何の記念よ。あと寮生の撮影は禁止されてるから駄目よ」

「そうなのか。…ちょっとザンネン」

 

そうアラタが返答した直後である

カシャッと、どういう訳だかシャッターを切る音が聞こえた

美琴は引きつった笑顔で

 

「…だから禁止だって言ってるでしょうが」

「いや、俺じゃないって」

 

そう言われて美琴は作り笑顔をやめ目を開く

美琴の視界に入ってきたのはかしゃりかしゃりとシャッターを切りまくる我が後輩白井黒子の姿があった

 

「FANTASTIC…ですわっ、これはもうPPましましですの…! オウYES…」

 

どこぞのジャーナリスト型ゾンビ殲滅兵器みたいなことを口走りながら黒子はシャッターを切るのをやめない

 

「YESじゃないわよ! つうか、なんでアンタが撮ってんのよ!!」

「誤解なさらずお姉様…。今宵の黒子は盛夏祭の記録係…!」

 

そう言いながら右腕にかかっている記録係と書かれた腕章を見せつける

…一番やらせてはいけない仕事なのではなかろうか

 

「来年以降の開催に向けてこうして参考にと写真に残しておりますのよ? …ですがお姉様」

 

黒子は撮ったデータに目をやりながらどこか不満げな表情を浮かべる

 

「メイド服にまで短パンを吐くのは流石に如何なものかと…せめて普通の下着をお履きになられては―――」

 

相変わらず黒子は黒子だった

美琴はこめかみをひくつかせやがて雷を放出し、黒子のカメラを破壊する

「にゅわっ!?」と黒子は慌ててカメラから手を離した

 

「…来年以降の開催になんで私のそんな写真必要なのか教えてくれるかなぁ…!」

 

乾いた笑いで美琴は黒子のほっぺをにゅぃーんと伸ばし始めた

かつてJoseph's店内で伸ばしたほどではないがやはり黒子は伸びる

ていうかこの流れもはやテンプレとなってないだろうか

そんな光景を苦笑い交じりに眺めていたら

 

「こんにちわーっ」

 

再び聞き覚えのある声

声の方に向くとよく知る二人の人物が私服姿で立っていた

初春飾利と佐天涙子である

 

「相変わらずですねぇ、あの二人は」

「平常運転とも言えるな」

 

佐天の言葉にアラタはまた苦笑いを浮かべて応えた

 

 

「わぁぁ…!!」

 

常盤台女子寮のドレスアップをした内装を見て初春のテンションはどんどん上がっていく

そういえば彼女はなんとなくお嬢様願望的なのがあるのだったっけ、と身も蓋もないことをアラタは考えてみる

 

「ありがとうございます白井さんっ!盛夏祭っ! 何と言っても常盤台中の寮祭ですっ!! きっと想像を超えた何かが待ち受けてるに違いないんですっ!!」

 

マックスにまで上り詰めた初春の後ろからどことなく炎が見えた

これが執念というものか

 

「えぇ、その期待を裏切らないとても素晴らしい催し物もご用意してますからどうぞ楽しんでいってくださいまし」

 

何故少し美琴をチラ見しながらその言葉を紡いだのか

アラタの疑念をスルーしつつ、黒子は一度咳払いをして

 

「では改めて、ご案内を―――」

 

 

「ちょっと待てー」

 

 

そんな黒子を呼びとめる一つの声色

声の方へ向くとそこにはメイド服を着た美琴と同年代っぽい女の子が立っていた

しかしその女の子はアラタもよく見知っている

 

「お、アラタもいたかー」

「おっす。土御門はどうした」

「アニキなら今は自由に見て回ってるんじゃないかなー。…と、忘れる所だった。白井、手伝いはどうするのだー」

「…わ、忘れてましたのー」

 

普通に会話しているので初春と佐天が完全に置いてけぼりをくらっている

やがて初春が「あ、あのー…」と遠慮しがちに呟いた

 

「あ、二人は初対面だったわね。紹介するわ、この子は、繚乱家政女学校の土御門舞夏。今回の料理も彼女の学校に指導してもらったの」

 

その学校名を聞いて初春は再び目を輝かせた

 

「繚乱家政女学校って…あのメイドスペシャリストを育成するって言う…!?」

 

よく知ってるな初春、と内心驚く

正直アラタはなんか家政婦を排出する学校だとつい最近まで思ってた

対する舞夏はスカートの裾をわずかばかりたくし上げ、優雅に自己紹介をする

 

「土御門舞夏であるー」

 

「わ、ワタシは初春飾利と言いますッ! よろしくお願いしますっ!」

「佐天涙子です、よろしくー」

 

二人は口々に自己紹介し、それに舞夏も答えるように手を挙げ、笑みを浮かべながら

 

「困ったらなんなりと問いただすがよいー。…さてと」

 

舞夏はぐわし、と黒子の襟首を掴みあげるとずりずりと引きずっていく

 

「白井ー、来るのだー」

「うぇ!? ちょ、待ってくださいな、お兄様たちを放っておくなど…」

「仕事は放ってもいいのかー?」

「い、いえ決してそんな…」

 

そんな問答しながら黒子は舞夏に引っ張られていった

その場に残ったのは初春と佐天、美琴にアラタのみ

辺りは他のお客で賑わっていく

 

「代わりに、私が案内するね」

 

引っ張られる黒子を見ながら笑み交じりに美琴がそう言ってくれた

 

 

「さて。どこから回る? どこか行きたいところは―――」

「はいっ! はいはい、はいっ!!」

 

美琴の言葉を遮って初春が挙手、声を上げる

先ほども思ったが今日の初春のテンションは終始上がりっぱなしだ

 

「行きたいところあります! えー…と、まずここと、こことここと…あと、こっからここまでを…」

 

パンフに指を指しながらありとあらゆる場所をする初春

ここまでハイな初春をアラタは見たことがない

そんな初春に佐天は苦笑いを浮かべながら

 

「それ全部じゃない」

 

と突っ込みを入れる

しかし初春は動じることなく

 

「佐天さん…、今日だけは私、いつもの初春飾利じゃあありません。強いて言うなればスーパーモード…! そう、今の私は、初春飾利スーパーモードなんです!!」

 

なんども言うが今日の初春のテンションはホントおかしい

それだけ〝盛夏祭〟を楽しみにしていたのだろうけど

燃え盛るような初春に気圧される佐天を見ながらアラタと美琴は微笑んだ

 

 

結局順番に一つずつ見て回る事となった

 

まず最初に入ったのはシュガークラフト展示典…といった方がいいのだろうか

展示品すべて砂糖で作られており、一見しただけでは砂糖とはわからない出来栄えだ

特に花の作りは素晴らしく一枚一枚の花弁が本物なのではないかという錯覚さえ覚える

 

「こんな展示があるなんて…流石お嬢様学校…!」

「そうだなぁ…。改めてすげぇ学校だな常盤台…」

「どれ…それじゃ一つ…」

 

それぞれ感想を漏らしながら感心している最中、徐に佐天がバラの花弁を一枚もぎ取りそれを口に放り込んだ

そしてもにゅもにゅと咀嚼し砂糖かどうかを確かめるように味わう

…いや、いいのかあれは

 

「…うん。果てしなく砂糖だね」

「あぁ~!? 食べちゃダメじゃないですか! 展示品なんですよこれ!? ね、御坂さん―――」

 

視線を向けたその先には後輩に砂糖人形を差し出され困っている美琴の姿が

 

「よろしければこれ、ぜひ御坂さまもおひとつ…」

「はは、ありがとう…けど気持ちだけ受け取っておくわ」

 

どこまでも美琴は人気者だった

 

 

次に回ってきたのはステッチと呼ばれる体験教室だ

ステッチとは…見た感じだと布に色のついた糸を通した針を通してそれをうまい事動かして作品を作るといった感じだろうか

 

初春に流されるまま体験コーナーへと足を運びそのまま作業に集中する

しばらくして初春は完成したらしく、針をテーブルに置いた

 

「これは中々の出来ですよ…ほら佐天さん―――」

 

と言いながら初春は自分の作っていた作品を佐天に見せようとする―――が、何気なく佐天の作品を見てストップする

ちらりと見た佐天の作品はそれはもうカッコいい車が描かれていたのだ

初春は自分とのクオリティの格差にちょっと面喰いながら、恐る恐る今度は美琴の作品を見てみる

そこには大変ハイクオリティなゲコ太があしらわれておりました

初春は最後の希望と言わんばかりに今度はアラタの作品を見てみることにした

 

こう言ってはなんだがアラタはきっとこういう細かい作業は苦手なはずだ、だからきっとなんか、それなりな出来のはずだ…と淡い願望を持ちながら彼の作品を見てみると…

 

そこには黒一色しか使われてなかったが、彼が変身するクウガを簡単に現したマークがあしらわれていた

少なくとも、初春よりは上手だった

 

「アラタさんの裏切り者ぉぉぉぉっ!」

「え!? なんで!?」

 

そう言いながらポカポカとアラタを叩く

特に理由のない怒りがアラタを襲った

 

◇◇◇

 

結構いい時間になったので美琴に誘われるままお昼ご飯を取ることになった

その食堂はなんとバイキング方式で好きなものを好きなだけ食べれるという素晴らしいシステムだ

流石常盤台だ、とアラタは内心呟く

 

「もう帰りたくない…ッ! いっそ住みたいです…」

「こらこら。…全く。先に行くぜ初春」

「あ、はーい」

 

うっとりしている初春を見ながらアラタは彼女にそう言いながら適当に皿に乗せると先に美琴が座っている席の前へと足を運ぶ

その道中、見知った顔を見た

 

鉄装綴里、黄泉川愛穂、そして立花眞人の三人だ

 

「く、苦しい…」

鉄装は椅子にもたれかかってお腹を押さえている

彼女の前には結構な枚数の空のお皿があり、早い話食べ過ぎたのだ

 

「…そんなに取るからですよ」

 

一人静かに呟く眞人

その隣では黄泉川がハァ、とため息をついた

 

「ったく。生徒には見せれないじゃんね。ほら、立った立った」

 

もうすでにがっつり見てしまっているのですが

そんなツッコミをアラタは心の中にしまい、三人を見守った

 

黄泉川は立ち上がりむんず、と鉄装の襟首を掴みあげそのまま食堂の出口へと歩いていく

眞人もそんな二人の後ろをついていき鉄装を立たせる

 

「ふやぁ…乱暴にすると逆流しますぅ…」

 

引っ張られる鉄装を見ながらアラタは思う

警備員も大変だなぁ、と

 

 

お皿に盛られた食事をフォークで突きながら御坂美琴はため息をつく

…別に憂鬱なわけではない

ただ、多少柄にもなく緊張しているというか

 

「どった美琴。食べないのか?」

「た、食べるわよ。…うん」

 

アラタにも心配されてしまうのだから余程だ

と、そんな時腰に何かが抱き着いてきた感触があった

 

「みことおねーちゃーん」なんて言葉と共に抱き着いてきたのはかつてボランティアで触れ合ったあすなろ園の女の子だ

 

「…あれ、その子は確か…あすなろ園の」

 

アラタも気づき女の子に駆け寄る

 

「あれ…けどなんで…」

 

美琴が疑問に思いかけた時、ふと視線を上げた時寮監に手を繋がれたあすなろ園の子供たちがいたのだ

寮監は僅かに顔を逸らして

 

「…私が、招待した」

 

そう小さく呟いた

…寮監は相変わらずツンデレ気質なようだ

美琴はどことなく苦笑いを浮かべる

 

そんな美琴を尻目に女の子はアラタに向かって笑顔を作り

 

「ビーズでゆびわつくったり、えをかいたりしたんだー」

「ほぉ、そうなのかー」

 

アラタは笑みを浮かべながら女の子の頭を撫で繰り回す

ひとしきり撫で繰り回した後、女の子は美琴へと視線を移し

 

「でもね、もっとたのしみにしてるのがあるんだー!」

「へぇ? 何を楽しみにしてるんだい?」

 

アラタの問いかけに女の子は大変いい笑顔で

 

 

 

「みことおねぇちゃんのステージ!!」

 

 

・・・

 

空気が凍った

なんかやるのかな、とは思っていたがまさかステージとは思わなんだ

ちらりと美琴の顔を見やると〝なしてこの子そないなことしっとんねん〟と言いたげな表情を浮かべている

否、なぜ知っているのかなど一目瞭然

 

目の前の寮監である

 

「いっぱいおうえんするから! がんばってね!」

 

女の子はそう言ってくれる

彼女に悪意は全くない、それ以前にむしろ好意としてそれを言ってくれるのはわかるのだが、逆にそれがプレッシャーを募らせていく

寮監はゆっくりと美琴の耳元へ顔を近づけて

 

「…あの子たちの期待に、応えてやれ」

 

眼鏡を光らせながらそう仰っては軽く脅迫だ

美琴は小さく「は、はい」と答え、子供たちと寮監が食堂を去るのを見送った

 

「…ステージ、ね」

 

すぐ近くでアラタが呟く

思えば彼はなんとなく察していたのだろう

それがステージとは言っていなかっただけで

 

「御坂さん御坂さんっ! ステージで何かやるんですか!?」

 

先ほどの出来事が耳に入り気になったのか初春と佐天がその話題を振ってくる

 

「え、え!? ま、まぁね…」

 

「えー? どうしてあたしたちに黙ってたんですか? …はっ!? わかりましたサプライズですね!!」

 

「…はい?」

 

何故だか勘違いがマッハで進行されていく

 

「い、いやいや! そういう訳じゃなく…!?」

「わっかりました! もう何も聞きませんっ! サプライズなんですから!!」

「サプライズかぁ…! すっごく楽しみです…」

 

完全に初春と佐天が勘違いしてしまった

まぁ言っていなかったし結果的に見ればサプライズなのかもしれないが

美琴の肩が下りたのを見て、アラタはどこか苦虫を噛みしめたような顔をする

この状況で美琴に向けて楽しみだなんて言えない

 

「アラタアラター」

 

不意に間延びした声が聞こえた

土御門舞夏のものだ

彼女は両手に料理を乗っけており運んでいる途中のようだった

 

「なんだ舞夏、用事か?」

「用と言うほどもないんだがなー。お前白井を見なかったかー?」

 

アラタは首をかしげた

白井黒子ならつい先ほど舞夏が引っ張っていったではないか

それを口にすると舞夏は

 

「実はどこ探してもいなくてな。…さては逃げられたか。いや、招待下友人の中によく食べる人がいてな。てんてこまいなのだ」

 

そう言いながらテクテクと舞夏は歩いていく

と、ふと足を止めて「そーだ」なんて言葉を口にしたのち美琴の方へと顔を向けて

 

「今日、楽しみにしてるぞ」

 

全く純真な笑顔でそう言ってきた

それを聞いた美琴はどこか浮かない顔をしていた

…嬉しくないわけではないのに、妙に緊張してしまう

 

 

とりあえずアラタは黒子を探すべく食堂で三人と別れ、適当に周囲を見渡しながらぶらつく

いろんな展示品のコーナーにはいなかった、となると奴がいるのは外か

…見て回ってない場所もあるからちらりと見ながら外へ向かおうとしたその時だった

 

「お。ワタルワタル!アラタだアラタ!!」

 

そんな声と共にもしゃもしゃなんかを食べてる咀嚼音がした

声の方へと向けるとそこには赤いストールをした青年と、肩にコウモリっぽい生き物が乗っていた

その人物たちをアラタは知っている

 

「ワタルさん。来てたんですか?」

 

名前は紅葉(くれなば)ワタル

肩に乗っている変な生き物はキバットという

出会ったのは数か月前の秋葉原でのちょっとした騒動だが、それ以降ちょくちょくメールでのやり取りを交わしていた程度だが

 

「うん。バイオリンの修理をしてたんだ。僕は学園都市で楽器屋を営んでるから」

「バイオリン? …となるとアイツのステージは演奏ものか…」

 

まだ断定できたものではないが恐らく十中八九そうだろう

しかしバイオリンの修理をワタルに頼むとは…

常盤台は慧眼だ

 

「他にも演奏の仕方とか、割かし教師っぽい事してんだぜワタルは」

「教員免許持ってないから、真似事に近いけどね」

 

紅葉ワタルは音楽に関してはとてつもない才を持っている

彼がコーチしてるなら常盤台の生徒らはバイオリンが上手くて当然だろう

 

「あ、じゃあアラタ、キバットがまたいろいろ見て回りたそうにしてるからこの辺で」

「あぁ、じゃあまた」

「またあとでなー!」

 

そう言ってパタパタ飛び回るキバットと一緒にワタルは歩きさっていく

彼らの背を見送ってから、アラタも前々から気になっていたオークションステージへと足を運んでみることにしよう

 

 

「いらっしゃらないならこれで落札となりまーす」

 

中庭へとやってきた

作られた大きなステージでは絶賛オークション真っ最中で、いろいろな欲望が渦巻いている…はず

 

「しっかしオークションまでやってるたぁね…。現在の対象商品は…バッグ、かな」

 

よく覚えていないが今オークションされているバッグはレアもののブランド品だという情報を聞いたことがある

しかも中々市場には出回らない上に手に入りにくいというものだ

それが経った今落札したらしい

今ステージに上がっているのはそのブランド品を勝ち取った落札者―――

 

「あれ…?」

 

とてつもなく見覚えがある人物が壇上に上がっていく

いや、見間違えるはずはない

ステージに上がってるのは固法美偉だ

 

 

目的のブツを手に入れた固法はにやりとクレ〇んばりの笑みを見せる

少々値は張ったが問題ない、安い買い物だ

 

「おい固法」

「ふぉふぁ!?」

 

完全に背後を懸念していた固法はあっけなく後ろを取られた

彼女は後ろを向くとそこにはジト目でこちらを見る同僚鏡祢アラタの姿があった

 

「…結構ミーハーなのねぇ」

「ち、違うわよ!? これはチャリティなの! ここで払った金額は全部置き去り(チャイルド・エラー)に寄付されるの!! 風紀委員としては出ないわけにはいかないじゃない…ね!」

「わかったわかった。…そういう事にしておくよ」

 

なんか下手に追及するといろいろ面倒なことになりそうだ

だからアラタは適当に彼女に合わせることにした

 

「そ、そうだ。アラタも参加してみたら?」

「…お前、俺の経済状況知って言ってんのか?」

 

とてもじゃないがオークションで使うような金なんぞ持ち合わせていない

数字を提示したらすぐに潰されるだろう

 

「それの心配はないわよ。…ほら」

 

そう言って国法はステージの方へ視線を見やる

 

…次の商品は…キルグマーの文具セットー! 百円から!…

そこから徐々に二百円、とか二百五十円とかに少しづつ値段が上がっていく

 

「ほらね。お財布にも優しいのよ」

「へぇ…それでも俺にとっては響くんだがな」

 

その間のんびりとオークションを眺めていると、初春、佐天の両名がやってきて合流、二人を交えてオークションを見物していた

時折商品について感想の言い合いなんかをしながら、ふと初春が言葉を発した

 

「そう言えばアラタさん、結局白井さん見つかったんですか?」

「うん? いや全然。あの後中を調べ回ってみたけどいなくてさ…もうお手上げだよ」

 

他のお客が口々に金額を言っているのをBGMに初春とそんな事を話し合う

それに佐天はうーん、と声を上げ

 

「白井さん、ホントどこ行っちゃったんだろう…」

 

やがて金額は五百円まで上り詰め今回はここで落札か…と思った時だ

 

 

 

「一万円ッ!!」

 

 

 

エライぶっ飛んだ金額を叩きだす猛者が出た

そんな額を叩きだした人物をその四人はよく知っている

その人物は優雅に、かつ堂々とステージを上がっていく

 

「…いないと思ったら」

 

そこに白井黒子がいたのだ

メイド服のままで

 

 

「厨房抜けて何してんのかと思ったら。…文具セットに一万ってお前」

「いいえお兄様。ただの文具セットではありませんの。何故ならこれはお姉様がご出品なさったものなのですから。いわばこれらの品はお姉様の分身…ふ、ふふふふふ…」

 

黒子は文具セットに頬刷りをしながらいい笑顔を極めている

盛夏祭というイベントの中でも黒子はやっぱり黒子だった

 

「御坂さんの…」

「どうりで…」

 

佐天と初春も完全に苦笑いである

しかし厨房を抜けてまでオークションに参加する辺りにはもう呆れを通り越して関心する

そこでふとアラタは違和感を感じた

御坂美琴の姿がいないのだ

 

「あれ、そういや美琴は? 一緒じゃなかったのか?」

「あ、いえ…さっきお手洗い行くって言ってたんですけど…」

 

そうなのか、とアラタは頷きつつ顎に手を乗せる

珍しく緊張でもしてるのか、いずれにせよ少し心配だ

 

「御坂さん何かステージでやるの?」

「サプライズですよ! 固法さんッ」

「さ、サプライズ?」

 

 

やがて婚后や湾内、泡浮の三人も合流し用意されたパイプ椅子に座って美琴のステージを待つばかりだ

 

「御坂さま、一体どんなサプライズをなさるのでしょう…」

「楽しみですわね、婚后さん」

「えぇ、わたくしも心が躍ってきましたわ…」

 

一方初春、佐天組

 

「はわわ…なんか私まで緊張してきましたよ…」

「初春が緊張してどうするよ。…あれ? アラタさんは?」

「へ? あ、先にトイレに行ってくるって…」

 

最後に固法、黒子組

 

「白井さんは、御坂さんが何やるか知ってるの?」

「もちろんですの。しかし今は…」

 

そう言いながら徐に記録用のカメラを取り出し、シャッターを切る準備をした

 

 

そんな噂の中御坂美琴はステージ用の衣装へと着替えていた

その服装は白いワンピースタイプの服で頭には青いリボンをあしらった髪飾りをつけていた

…なんだか胸元と背中が少しスース―する

 

「うん。とっても似合ってるわよぉ、御坂さん」

 

食蜂が自分に向けてそんな声を発しているが、あんまり聞こえていない

正直言ってそれどころではないのだ

 

「…御坂さん?」

「は!? な、何かしらっ!?」

「いえ…その、緊張してるぅ?」

 

ほとんど真実を突かれた美琴は一瞬驚いた顔をするがすぐに落ち着きを取り戻し

 

「だい、大丈夫よ! うん! 私、行くわ食蜂さんっ!」

「そ、そう…。ならいいんだけどぉ…」

 

反応を見てる限り今日の彼女は緊張してるようだ

その証拠に手に触れた時、若干変な汗で濡れていたからだ

 

「…仕方ないわねぇ」

 

食蜂は少し考えて徐に携帯を取り出した

ああいう緊張をほぐせるのは、アイツしかいないだろうから

 

◇◇◇

 

動きづらいワンピースのまま美琴は舞台裏までやってきた

袖からちらりと客席を覗き見てみる

見知った人物が最前列に座っている…それだけですごいプレッシャーだ

 

「…やば。なんか、すっごいドキドキしてきた…! …あぁもう、しっかりしろ私…!」

 

自分に気合を入れるように軽く自分の両頬を叩く

しかし緊張は増すばかりで思うようになってはくれない

そんな時だ

 

「あ、いたいた」

 

と自分を見つけたような声色である

ハッとして美琴はその声の方へと向くと、そこに自分が一番見知った男性、鏡祢アラタが立っていたのだ

 

「なばぁ!?」

 

当然美琴はびっくりする

どうしてここにいるんだとかなんでこんなところにいるのかとかそんな疑問が一切合切ぶっ飛んでいく

 

「なんでアンタがここにいんのよ!? 茶化しにきたの!? 笑いに来たのこの慣れない衣装をっ!!」

「今更そんなことして俺に何の得があんだよ。…落ち着いたか」

「いきなり来て何言ってるのよ! 落ち着くわけ…、れ?」

 

ふと美琴は気づいた

怒鳴ったからだろうか、妙にリラックスしている気分だ

 

「…よかった。今日のお前はちょっと変だったからな。ぎこちなかったって言うか…ソワソワしてたと言うか」

 

そう言ってアラタは笑う

その微笑みを見て、釣られて美琴も微笑む

図らずも、目の前の友人に助けられたみたいだ

 

「…うん。じゃあ行ってくるわ」

 

パイプ椅子に置かれたバイオリンと弦を手に、美琴はアラタに向かってそう言った

対するアラタもグッと親指を立てて彼女を見送る

 

「おう。行って来い」

 

アラタのサムズアップに美琴も同様にサムズアップして返す

 

ステージへと繰り出す美琴はどこか清々しく、凛として、それでいて…美しかった

 

 

中央へと歩み寄り、美琴は一つ礼をする

そして彼女はバイオリンを構えた

 

演目はバイオリンの独奏

 

(全く人の気持ちも知らないで…)

 

だけど、と思いながら弦をバイオリンへと当て、ゆっくりと音を奏で始める

 

(今日は素直に、感謝するかな。…過程はどうあれ、助けられたんだしね)

 

紡がれた音は優しく、人の心を惹きつける

聞いたものの心を優しく包み、温かく迎えるかのような感覚

その音色に、誰もが聴き入っていた

 

静かに、それでいて優雅に奏でられる静の音楽

 

彼女が弾いたその音は、きっと永遠に語り継がれていくだろう

 

そうして、年に一度開催される常盤台女子寮の盛夏祭は彼女の演奏を持って幕を閉じた

来訪した人々に何が良かったのかを問うたらきっと皆口々にこう言うだろう

 

御坂美琴のバイオリン、と



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乱雑解放(ポルターガイスト)
#17 乱雑解放(ポルターガイスト)


一期終わるまではこんなんだよ
それと今回も特に変わっておりません(一部描写の変更と削除くらい


その日の夕食時、自分の部屋に戻ってきて一番最初に視界に入ってきたのは黒髪ロングの幼女だった

 

「あ、帰ってきた!」

「うん?」

 

聞き覚えのある女の子の声

少女はとてとてとまっすぐこっちに向かって走ってきて、ぽふんとアラタに体当たりするように体をぶつけてくる

 

「お久しぶりですお義兄さん!」

「おっと。…久しぶり、未那ちゃん」

 

体当たりしてきた女の子の名前は未那という

フルネームを〝両儀未那〟

彼女がここにいるということは―――当然

ちらりとテレビが置いてある居間を覗いてみると上下真っ黒な服を着込み眼鏡をかけた男性が座っていた

彼はアラタに気づくと笑顔となり手を振ってくる

 

「おかえり、アラタくん」

「幹也さん、いらしてたんですか」

 

黒桐幹也

どこまでも普通な、〝異常〟な男性

彼がアラタの父親代わりでもある

ある理由から幹也は左目が聞かない、そしてそれを隠すように左側だけ伸ばした髪形をしている

アラタは未那を連れて幹也の所へ行くと未那は父親である幹也に抱き着いた

そしてここからキッチンに位置する場所から調理するような音が聞こえる

ここに幹也がいるとするなれば、キッチンから歩いてくる一人の女性

 

「よ。邪魔してるぜアラタ」

「式」

 

簡単な野菜炒めを大きな皿に乗せてこちらにやってくるのは両儀式と呼ばれる和服美人

幹也の妻であり、また彼女が母親代わりでもある

式はテーブルに皿を置いてゆっくりと腰を下ろすと

 

「ていうかお前、もう少し食材を買っておけ。珍しく腕を奮ってやろうと思ったら全然材料ないから簡単な野菜炒めになっちまった」

 

さっそくのダメ出しである

とはいえこちらは普段一人暮らしな上、式たちの訪問など予期していなかったのだ

そればかりは今回ぐらい許してもらいたい

 

「まぁまぁ式。押しかけたのは僕たちなんだし、仕方ないじゃない」

「そりゃあな。…けどもっとマシな食生活はおくれよ?」

 

ずい、と式に指差される

昔は冷蔵庫に貴女も水の入ったペットボトルしか入れてなかったじゃないですか、というツッコミたい気持ちを抑えつつ、アラタは頭を掻きながら

 

「善処しときます。…ところでなんで今日はいきなり?」

 

アラタがそう聞くと野菜炒めをつつきながら

 

「ちょっと義手の調整を橙子に頼もうと思ってさ。ついでに、未那もお前に会いたいって話になってな」

 

となると既に橙子に挨拶は済ませているという訳だ

しかし橙子は式や幹也たちから離れるとき特に何も言わずに去って行った…なんて話を聞いていた気がするのだが

そこん所を式に聞いて見ると式はちらりと幹也を見やった

当の本人は娘を仲良く話をしながら夕食である野菜炒めを食べている

そう言えばこの人は探し物の天才だった

隻眼になっていてもそこの所は全く衰えはないようだ

思わず橙子も笑ってしまっただろう

 

と団欒しているときだ

 

カタカタ、とテーブルに乗ったコップが揺れた気がした

そう言えば最近学園都市は地震が頻繁に起こっている

自分が通っている学生寮は流石に大きくは揺れたりしないがそれも時間の問題か

 

「あれ、地震?」

「普段はあんまりないんですけどここ最近多いんですよねぇ…なんなんだろう」

 

幹也からの何気ないつぶやきに返事しながらアラタは野菜を口に運んでいく

この自然現象に近い地震が、まさか大きな騒動になるとはこの時思いもしなかった

 

 

とりあえずベッドは未那と式に譲り、男連中である幹也とアラタは床で就寝

幸いにも夏に近い時期なので寝る際は何もなくても何とか寝れた

そして翌日

 

「そう言えばこの後どうするんです?」

「んー。とりあえずしばらくは学園都市に滞在する予定だぜ? 未那だってこういうとこ来るの初めてだしな」

 

そう言いながら式は未那の頭をポンと軽く叩く

その光景は仲睦まじく、ずっと見ても飽きないくらいだ

 

「あれ、じゃあその間どこにいるんです?」

「その辺は橙子さんが部屋を貸してくれるって言ってくれたんだ。今度からはそこに移るよ」

 

用意が早いなあの人

もしくは伽藍の堂にでも空き部屋でもあったのだろうか

現在彼女が滞在している伽藍の堂はかつて住んでいた場所を再現したいわば二代目なのだ

しかし流石に地下のガレージは再現できず、そのガレージは一階となってるのだが

 

「了解です。…んじゃあ俺そろそろ出ますけど、鍵は橙子の所にでも置いておいてください、後で取りに行きます」

「わかった。それじゃあ、行ってらっしゃい」

 

そう幹也に見送られ、アラタは扉のノブに手をかける

アラタは幹也や式、未那の方を見ながら言い返す

 

「…行ってきます」

「おう」

「行ってらっしゃい、お義兄さーん」

 

今度は式と未那がそんな見送りの言葉を発した

普段聞き慣れないその言葉を聞きながらこんなのも、悪くないかもしれないと思いながらアラタは歩を進めた

 

◇◇◇

 

本日は珍しく初春からお誘いがあったのだ

なんでも柵川中学に転入生がやってくるとかなんとか

そんでもってその転入生が初春のルームメイトになるからみんなに紹介したい、とのことだ

つつがなく美琴と黒子、そして佐天と合流し先頭を佐天が歩く

 

「それにしても今の時期に転入生なんて珍しいですわねぇ」

「普通は、新学期の始まりに合わせるものだけど…」

 

黒子と美琴が二人してそんな事を話し合う

言われてみればそうだ

何か思惑があってこんな中途半端な時期になったのか…と考えて首を振る

 

変に考えるとまたいろいろと面倒だ

ふと何気なく佐天を見ると彼女は先ほどから上機嫌で鼻歌を歌っている

 

「…それはそうと、やけに嬉しそうだな」

 

アラタに問われた佐天は鼻歌をやめ、拳を握ると

 

「そらそうですよ! 初春のルームメイト、つまりはアタシの親友候補でもあるんですから!!」

 

喜びの理由はそれか

まぁけど、友達が増えるのは喜ばしいことだ

 

「佐天さーん!!」

 

しばらくしてこちらに向かって全力で手を振る初春の姿が視認できた

その隣には恐らく件の転入生の姿が見えた

 

 

場所を初春たちの住む寮の部屋入口へと移し、そこで軽く自己紹介のお時間

初春は自分の隣にいる転入生へ手をやって

 

「こちら、春上衿衣さん。そして…」

 

今度は四人で並んでいるアラタや美琴たちを手で示して

 

「常盤台中学の白井黒子さんとその先輩の御坂美琴さんに、私たちと同じクラスになる佐天涙子さん、そしてそちらの男性が、鏡祢アラタさん」

 

一通り自己紹介(というかほとんど初春が紹介)が終わったとき、佐天が笑顔を見せる

 

「よろしく、春上さん。…いや、まぁそれは良いんだけど…」

 

言って佐天は扉の前にある大きな段ボールの荷物へと視線をやる

そう、どういう訳だか初春の部屋の前には春上のものと思われる荷物がどっさり積まれていたのだ

 

「…なんでこんなことになってるわけ?」

「い、いやぁ…その、春上さんを駅に迎えに行ってる時に引越し屋さんが到着したって連絡が来て…この有り様に…」

 

初春は両手をいじいじしながら若干頬を赤らめる

ただタイミングが悪かっただけだろう

 

「…引越し屋もちょっと考えてくれればいいのに」

「やれやれだな。…よし、黒子、出番だ」

「はぁ。…仕方ありませんわね」

 

若干呆れ顔で黒子は積まれた段ボールの一角に手を置いた

途端ヴォンッ! と置かれた段ボールは消失する

恐らくもう室内に空間移動(テレポート)したのだろう

 

こう言った地味な作業の時、空間移動(テレポート)は割と便利なのかもしれない

 

黒子の助力もあって荷物を部屋へと運搬する作業は十秒足らずで終わった

今現在アラタたちは初春の室内へとお邪魔している

その中央には黒子の力で積まれた春上の荷物が

 

「すごいの…空間移動って初めて見たの」

「そりゃそうでしょうともっ。わたくしほどの力を持った空間移動能力者(テレポーター)はこの学園都市にはそうそういませんわよ?」

「ほえー…」

 

春上に褒められ胸を張る黒子

 

「…しかしこの学園都市で空間移動能力者をあんま見ないんですがそれは」

「お兄様、それ以上いけません」

 

結構な数いるはずだが黒子以外アラタは知らない

 

「はいはい。ちゃちゃっと荷物片しちゃお」

 

パンパン、と手を叩いてみんなを纏める美琴

確かにここで手間取っていては遊ぶ時間が無くなってしまう

とりあえず春上や初春に聞きながら荷物整理をすることになった

 

 

~整理中~

 

 

皆の手伝いもあって思いのほか早く荷物の整理が終わった

佐天が段ボールを畳み、最後の一枚を積み終えるとふぅ、と一息ついて

 

「こんなところかねぇ」

 

なんて関西のおばさんじみた言葉を口にした

春上はおずおずとどこかぎこちない様子で礼をすると

 

「その…ありがとうございますなの」

 

「気にすんな。困ったときはお互い様だ」

「そうそう。それよりさ、結構速く片付いたし、どっか遊びにいこっか?」

 

美琴の提案に初春は笑顔を見せて

 

「さんせーい!!」

「ちょっとお待ち初春。賛成ではありませんの、忘れましたの?」

 

出鼻をくじかれふぇ? と怪訝な顔をする初春

かくいうアラタも(何かあったっけか…)と疑問の顔を浮かべる始末

その様子を見ながらはぁ、とため息をつきながら黒子は説明する

 

「もう…お兄様とわたくし、そして初春はこれから合同会議」

 

黒子から単語を聞いて初春はハッとする

そしてアラタも思い出したように頭をかきながら

 

「あー…そういやそんなんあったな」

「合同って?」

 

美琴の言葉にアラタが答えていく

 

「なんでも風紀委員と警備員のだよ。ほら、ここ最近頻発してる地震についてのな」

「? 地震で会議…?」

 

ただの地震なら会議など多分起きないだろう

しかし会議が合同で行われるほどのものだから、何らかの可能性は捨てきれない

ついでにちらりと初春を見やる

 

「ハァ。…ソーデシタ」

 

テンションの落差が酷かった

がっつり落ち込む初春を尻目に佐天は少し前に歩みつつ

 

「じゃ、あたしと御坂さんと、三人で行こうか」

「あぁ! ずるいですよ佐天さん!」

「終わったら合流すればいいじゃん? …ね?」

 

唐突に佐天は春上に話を振った

振られた春上は急だったためか対応できず「え、っと…」と言葉を濁してしまう

 

「あ、大丈夫ですよ春上さん。佐天さんはともかく、御坂さんは優しい人ですから」

「…アンタねぇ」

 

そんなやり取りを春上は小さく笑顔を浮かべながら眺めていた

 

「くれぐれも佐天さん。春上さんのスカートをめくらないでくださいよ」

「え? なんで私がそんな事するの?」

「…え?」

 

まさかのマジレス

 

 

ここは第七学区にある警備員(アンチスキル)本部

その建物内部の第一会議室

 

各部署の風紀委員が募り、警備員の説明を聞いている

大きなモニターの前に立ち、立花眞人は資料を見ながら説明をしていく

 

「ここのところ頻繁に発生している地震について、判明した事実があります。結論から言ってしまえば、これは地震などではありません。これは、ポルターガイストであるという事が判明しました」

 

ポルターガイスト、あるいはポルターガイスト現象と一般では呼ばれている

触れてもいないのに物がひとりでに動いたり、物体を叩いたような音がしたり、発光、発火など通常では説明のつかない現象の事を指す

 

「なお、最初に言っておきますが、これは超常現象などではありません。このポルターガイストの原因は、RSPK症候群の同時多発です」

 

「…RSPK症候群の…」

「同時多発…」

 

固法と黒子が呟くのを耳に入れながら、アラタは正面のモニターに視線を集中させる

 

「ここからは、先進状況救助隊のテレスティーナさんから説明を伺います…どうぞ」

 

眞人がそう言うと袖の方から黒いスーツとタイトスカートに身を包み、眼鏡をかけた女性が眞人の方へ向かって歩いてきていた

彼女は眞人からマイクを受け取ると軽く咳払いをしたのち、話を始めた

 

「ただ今ご紹介に預かりました、先進状況救助隊所属、テレスティーナです」

 

自己紹介の後、テレスティーナは説明を始めていく

 

まずRSPK症候群とは能力者たちが一時的に自立を失い、自らの力を無意識に暴走させてしまう状況を指す

個々に起きる現象自体は様々だが、これらが同時に起きた場合、暴走した能力は互いに干渉し融合しあい一律にポルターガイストと呼ばれる現象が発生するようだ

 

「さらにこのポルターガイストが規模を拡大した場合体感的には、地震と何ら変わりがない状況になってしまいます。…これが、今回の地震の正体…という事になります。同時多発の原因については目下調査中ではありますが―――」

 

そこまで話を聞いてアラタは大きく一つ息を吐く

こう言った事を変に学生たちが騒ぎ立てなければいいんだが

 

・・・

 

意外にも早い時間帯で合同会議は終わった

早速初春は携帯を取り出して電源をつけ、佐天に連絡を取ろうとしている

 

「警備員はこれからもミーティングですって。…はて? どうしましたの固法先輩」

 

合同会議が終わって以来、どうも固法が考えている

黒子が聞いて見ると「あぁ…」と固法は反応し

 

「RSPK症候群の同時多発なんて、聞いたことがないわ。それに今回の対応…なんか引っかかって」

「そいつをこれから専門家が調査するんだろ? 俺たちが考えても仕方ないって」

 

とはいってもその妙な違和感を拭えてない訳ではない

固法が疑問に思っていたようにアラタもまた疑問に思っていたのだ

しかし考えても今はどうしようもない

 

「それはそうかもしれないけど…」

「あ! 佐天さん! 今どこですかっ!?」

 

今日の初春は余程春上と遊びたいのか、そんな事などどこ吹く風といった感じだ

まぁ正直今考えても無駄なので早々に美琴らと合流することにした

 

 

ほどなくしてゲームセンターで合流

正確に言うと黒子に運んでもらったのだが

 

「さぁ! 春上さん、次は何が良いですか? あ! あれなんてどうですかっ!!」

 

そう言うと彼女は春上の手を掴み、走り出した

その光景を一歩後ろで眺めていた佐天たちは笑みを浮かべる

 

「初春ったら。張り切っちゃって」

「お姉様もずいぶん張り切っていらしてるようで」

 

黒子はちらりと美琴が持っているメダルカップへと視線をやる

その中にはどこかで見たようなことがあるメダルがわんさか入っていた

 

「あ、…いや…」

「補充できたか?」

「えぇそりゃもう…って言わすな!」

 

 

チャイナチックな音楽と共に穴からモグラが出たり入ったりしている

そう、モグラたたきだ

本来モグラたたきは名前の通りモグラをぶっ叩いて得点を稼ぐゲームである

中にはそのモグラを憎い餡畜生に置き換えて全力でぶっ叩いてしまう人もいるらしいのだが

とにかくモグラたたきはモグラを叩くゲームだ

 

しかし春上は

 

「わぁ…」

 

どういう訳かモグラを叩かずただ眺めているだけなのだ

その反応に初春も流石にどう対応していいか分からずおろおろしているばかり

 

「お? モグラたたき?」

 

そんな状況を発見した美琴がそう呟きながら春上たちに歩み寄る

 

「懐かしいですわねぇ…」

「最近はあんまりこういうのやんなくなったからなぁ…」

 

以前は当麻とどっちが得点を稼げるか競争したこともあった

そしてそんな一日を思い出し、唐突に涙が湧き上がる

あの時、もっとちゃんとしていれば―――

発生した自答を振り払い、見えないように涙を拭ってアラタは改めて春上へと視線をやる

 

「私、こういうの初めてなの…ピコピコ出てきて…可愛い…もぐらさん」

 

その言葉に場の空気が一瞬固まった

もしかして…モグラたたきを知らない?

 

「で、でもでも…その、見てるだけじゃなく、叩いて見ない?」

「モグラさんを? …、…かわいそう」

 

・・・

 

話は平行線を辿ってしまった

そうこう話している内にモグラたたきマシーンはやがて時間切れとなり、モグラたちは穴の中へと戻って行った

 

「あ…。…もう一回」

「は、春上さん、流石に四回目は…」

 

三回もやってたのか

ただ眺めているだけでモグラたたきを三度繰り返し四度目に突入しようとは

場の空気を変えようと思わず美琴はある機会を指差して

 

「ね、ねぇ! みんなでアレとらない!?」

 

美琴が指差したのはプリクラだった

 

 

流石にこういった機械では女子だけでいいだろう、と言っては見たものの、美琴に半ば強引にプリクラ内部に引きずられてしまった

女子五人に男子一人という構図は流石に恥ずかしい気がする

 

「それじゃ行くよー」

 

美琴がそう言ってシャッターボタンを一度押す

すると数秒後、シャッターを切る音がした

まず一枚目は普通に撮り、二枚目は各々にポーズを取って、三枚目は本当に自由にその姿を写真に収めた

一通り回って先ほど撮ったプリクラを初春は電子メールで送信している光景を眺めながら徐に黒子が呟いた

 

「…なんと申しますか、不思議な子ですわねぇ」

「そう? 可愛いじゃない」

 

美琴の言葉には同意だ

確かにちょっとふわふわしている印象があるがそれを覗けばどこにでもいる普通の女の子だ

流石にモグラたたきのくだりはちょっと驚いたが

 

「…なんだか、初春の昔を思い出しちゃった」

 

不意に佐天が呟いた

 

「? 初春が?」

 

アラタが聞き返すと佐天はえぇ、と頷いて

 

「入学したての頃なんですけど…あれ」

 

言葉の途中で佐天が春上を見た

釣られてみると何故だか彼女が座っていたベンチから立ち上がってどこかに歩き始めていた

進んだ先にあるのはガラスの壁だ

 

「あ、春上さん危ない―――」

「―――あうっ」

 

初春の制止は一歩遅く、彼女はそのガラスの壁におでこをぶつけてしまった

春上はおでこを抑えながらうずくまり、すかさず初春が彼女の傍へ駆け寄った

 

「春上さん、どうしたんですか?」

「うぅ…あれ」

 

そう言って春上はガラスの壁の向こうにあるポスターを指差した

壁に貼られてあったのは花火大会の開催を知らせるポスターだった

簡単に言えば花火大会の告知用紙である

 

「あ、そういや今日じゃないですか? 花火大会」

 

佐天に言われアラタはそのポスターをよく見てみる

確かに日付は今日と記してある

 

「ねぇ、皆でいこっか!」

「いいですわねお姉様っ! 浴衣なんか着て」

「賛成です白井さん!」

 

そんな楽しそうな三人を見ながらアラタはちらりと春上を見た

春上は一瞬キョトンとしていたが

 

「…行くかい? 花火大会」

 

アラタがそう問うた

それに初春も乗って

 

「行きましょう春上さん! きっと楽しいですよ!」

 

そう言って初春は笑顔を作る

春上は彼女の笑顔を見つめ

やがて笑顔で

 

「うん!」

 

と大きく頷いた

 

◇◇◇

 

そんな訳で花火大会へと行くことになりました

 

時間までその場はいったん解散となりアラタは伽藍の堂へ寄って鍵を受け取ると一度学生寮へと戻っていく

恐らく彼女たちは浴衣で来るだろう

それに合わせてこちらも浴衣で行くのが普通なのだが、いかんせんアラタは浴衣を持っていないのだ

ていうかそれ以前にアラタはあまり服に興味がない

ぶっちゃけ私服も普通にあまり脚色がないTシャツだし、ズボンはジーパンとかである

基本的にアラタは制服しか着ない

 

「なんだったら、着物でも貸してやろうか?」

 

と式が言ってくれたが丁重にお断りした

流石に女物を着る勇気などアラタにはなかった

そうこうしている内に着々と時間が進んでいった

外はもう夕方となっており、太陽もだいぶ沈みかけている

 

「さて…そろそろ行くか」

 

結局制服を着ていくことになった

なんか美琴辺りから言われそうだが特に気にしない事にする

 

 

すでに待ち合わせ場所には五人そろっていた

美琴は黄色い浴衣、黒子は紫色というちょっと変わった色の浴衣だ

 

「…制服なんだ」

「いいだろ別に」

 

案の定なんか美琴に言われたが先述の通り気にしない

今度は初春たちを見る

佐天は緑色のシンプルな浴衣、初春はピンクで多少花柄があしらわれた可愛らしい浴衣、そして春上は白をベースに水色をあしらった浴衣だ

どれもみんな個性が出て可愛らしい

 

「皆可愛らしいじゃんか」

 

そう言うと初春は苦笑いと共に頭を掻く

春上はどこかもじもじとした様子で

 

「あ、ありがとうなの…」

 

と呟いた

 

「あー!」

 

唐突に佐天が声を上げた

彼女が見た方向へ視線を向けるとその先には数々の夜店が並んでいた

 

「夜店だー!」

「ホントだ! いっぱいあるね!」

 

ここから夜店までは結構な距離があるがすでに焼きそばやたこ焼きなどの匂いは漂っており食欲をそそっていく

 

「ん~! たまらんっ!」

 

そんな言葉と共に佐天は駆け出してしまった

 

「あ! 私も!!」

「お姉様! そんなに走っては…。もう!」

 

そんな佐天を追って美琴も彼女の後を追いかけた

そして美琴を追いかけて黒子も空間移動してその場から消える

 

「…俺たちも行くか」

「そうですね。それじゃ行きましょう春上さんっ」

「うんっ!」

 

 

その後は純粋に夜店を楽しんだ

 

まずたこ焼き

こう言った屋台でのたこ焼きは出来立ての為かほくほくとしてとても美味しい

ぷりぷりのたこがその味を増していると言ってもいいだろう

 

「やっぱり鰹節が決め手だと思うんですよね。アラタさんはどう思います?」

「え? どう思いますって言われてもなぁ…」

 

もむもむと頬張る佐天にちょっと萌えてしまったのは内緒である

 

次にスーパーボールすくい

ボウルみたいな最中的生地に持ち手が付けられておりそれを用いてボールをすくうゲームだ

見た目の割りに意外と難しく一つもすくえないまま終わってしまった

 

「わわ! 春上さん! 食べちゃダメですよ!」

「はむ?」

 

やっぱり彼女は天然なのだろうか

 

お次は輪投げ

シンプルに輪を投げて景品を輪に入れるゲームだ

アラタは一回挑戦してキャラメルをゲットした

 

「…よし、入りましたのっ!」

「能力使って入れんじゃないッ!!」

 

バシッと黒子がド突かれる

輪が入らないからといって能力を使ってはいけません

 

 

御坂美琴はあるお面に心を奪われていた

それはカエルのお面である

 

別にそのお面がただのカエルのお面なら美琴も興味を持たなかっただろう

ではなぜか

そのお面が美琴が好きなキャラクター〝ゲコ太〟に酷似していたのだ

いや、もしかしたらこの面はゲコ太なのかもしれない

 

「…買ってやろうか」

 

その光景を見ていたアラタがそんな事を言い出した

 

「え!? いいの―――って! べ、別に私は―――」

「遠慮すんなって。ほら、このお面だろ」

 

手早く清算するとアラタはそのお面を受け取って美琴に渡してきた

美琴はおずおずとそのお面を受け取ると僅かばかりに頬を染めて

 

「あ、ありが…と」

 

そう小さく言うとそのお面を被る

お面の中の顔はどことなく、無意識に笑んでいた

 

 

「…ん?」

 

綿あめをもふもふしている佐天がふとある一角へ視線をやった

 

「なんですか? あのトラック」

 

視線の先にはサイレンが取り付けられた大き目のトラックが三台ほど並んでおり、その付近には何名かの大人たちがいた

そのトラックにはMARと書かれている

 

「あれは…先進状況救助隊のトラックですわね」

「あぁそうか。例のポルターガイストの一件でここに」

 

ポルターガイスト、という単語を聞いた途端佐天の眼が輝き始めた

 

「ポルターガイスト! やっぱりあの噂マジなんですか!!」

「こんな人通りの多いところで起きたら大パニックですし…」

 

確かにこんなお祭り騒ぎな会場でそんなことが起きたら大惨事だ

それを未然に防ぐためでもあるのだろうか

 

「それはそうと…あんな警備がいる中で花火見物だなんて。…風情も何もあったもんじゃないですわ」

 

ハァ、と黒子がため息と共に愚痴を漏らした

それに佐天がアッと気づいたように声を上げる

釣られて皆が佐天を見た

 

「だったらいいとこがありますよっ!」

 

◇◇◇

 

佐天に案内されてきた場所は自分たち以外の客がおらず、先ほどのMARの職員らもいないまさしく花火を楽しめる場所だ

 

「ここ、穴場なんですよ」

 

確かにここからなら花火もよく見えるし視界には何も堅苦しいものも入ってこない

まさしく穴場だ

 

「あ、また上がりますわよ!」

 

黒子のテンションもわずかではあるが上がっている気がする

そんなタイミングでまた花火が夜空に打ち上がり、夜の空に花を咲かせていく

 

「どーんと響きますよねぇ…」

「うん。どーんと来るの…」

 

花火はどんどんと打ちあがる

色とりどりの花火たちは何発も空に花を作り、心を魅了する

あまり花火などを見たことはなかったが、ここまで美しいものだとは思わなかった

 

 

『たーまやー!』

 

初春と佐天がそんな定番の言葉を同時に叫んだ

春上はそんな二人を見ながらふと口元に笑みを浮かべる

 

「? どうしたんですか?」

「…思い出してたの」

 

春上は物思いにふけるように胸元に手をやった

そして懐かしむように

 

「私にも…初春さんと佐天さんみたいな…―――」

 

言葉が途切れた

急に様子が変わった春上に戸惑いを隠せない二人は顔を見合わる

 

「春上さん?」

 

初春の言葉に耳を貸すことなくいきなり春上は階段に向かって歩き始めた

 

「ちょ、春上さん!?」

「どこ行くんですかー!?」

 

 

「どこ行くんですか―!?」

 

そんな声を聞いたのはついさっきだった

ふと視線をやるとどこかに行く春上を佐天と初春が追っかけていく姿が見えた

 

「…どこ行くんだアイツら」

 

アラタの呟きに美琴も反応し彼の視線の先に目を見やる

 

「? どうしたの? 初春さんたち」

「さぁ…俺に聞かれても」

「きっとわたくしたちに気を使ってくれたんですわよ…。…さぁ、今こそ黒子たちもめくるめく熱い夜を…」

 

ピリリ、とアラタの電話が鳴った

今にも襲い掛からんとする黒子を美琴に任せアラタは携帯に手を伸ばしディスプレイを見る

そこには固法美偉と名前が映し出されていた

 

「もしもし?」

<アラタ? 今時間大丈夫?>

「あぁ。…もしかして、何かわかったのか?」

 

あの合同会議の後、やっぱり違和感はぬぐえず、固法は独力で調べていたのだ

一通り調べ終わって、とりあえず報告しに電話した、という感じだろう

 

<えぇ。RSPK症候群のことなんだけど、それの同時多発の条件がAIM拡散力場への人為的干渉という可能性が浮上したの>

 

「…人為的干渉? …え、ちょっと待て、つまりそれって」

<えぇ、ここまで起きたポルターガイストは偶発的に起きた事故なんかじゃない。誰かが意図的に―――>

 

固法がそこまで言いかけた時不意に足元がぐらりと揺れた

揺れが徐々に大きくなり、目の前の手すりを支えにしないと立っていられないほどだ

思わず携帯の通話ボタンを押してしまい固法との会話が途切れてしまった

 

「ちょ、これって…!?」

「ポルターガイストですのっ!?」

 

揺れの大きさがピークに達したとき、地面が罅が入るのをアラタは見た

そこからは本能だ

アラタは美琴と黒子を脇に抱え、そのまま叫ぶ

「わひゃあ!?」とか「お、お兄様っ!?」なんて言葉が聞こえるが気にしない

 

「変身っ!!」

 

アークルが顕現しアマダムが青色に輝く

崩れ去る地面から跳躍し、階段の上へと着地する

そして美琴と黒子を下すと美琴が叫んだ

 

「佐天さんたちは!?」

 

そう言われて思い出す

そうだ、ポルターガイストが起きる前三人は…!

 

 

訪れた揺れに佐天は足を取られてしまった

自分の先には初春と春上がいるのだ

幸いにも今の所二人は無事―――と思ったその矢先だった

 

揺れによって地面が崩れて街灯が初春たちの所へと倒れていったのだ

 

「初春!!」

 

言葉を飛ばすが間に合うかどうか、それ以前にアラタも美琴も黒子もいないこの状況では佐天はただ言葉を発することしかできなかったのだ

佐天の言葉にハッとする

向かってくる街灯に恐怖を覚えるがそれでも彼女は春上を守るべく自分の身を盾にするように覆いかぶさった

 

 

しかしいつまで経っても衝撃は来なかった

恐る恐る目を開けてみるとビビッドなピンクのロボット(?)がその街灯を受け止めていたのだ

そんな時黒子のテレポートを用いて美琴とクウガがその場に到着した

 

「佐天さん! 怪我はない!?」

「は、はい。初春たちも、怪我は…」

 

そう言いながら佐天はそのロボットみたいなのに視線をやった

 

「あれって…」

 

ロボットは街灯をゆっくり下ろすとしゃべりだした

 

「間一髪ね」

 

うっすらと黒で覆われた顔に該当する部分がはっきり見えてくる

 

「もう大丈夫よ」

 

それは合同会議で見た、テレスティーナだった

という事はあれはロボットではなくパワードスーツだったのか

とりあえず当面の危機は去ったと思ったその直後である

 

「ハァァァッ!!」

 

と茂みから唐突に虎の怪人が強襲してきたのだ

虎の怪人は真っ直ぐ春上を狙って襲い掛かる

その前にクウガは彼女の近くへと跳躍して顔面を蹴っ飛ばす

びっくりしながらもそれでも春上から離れない初春の頭を撫でつつクウガはテレスティーナに告げる

 

「任せていいですか?」

 

テレスティーナはゆっくりとアーマーの中で頷いて

 

「えぇ。お願いできるかしら」

 

その言葉を受けてクウガは虎の怪人に向かって駆け出した

彼の背中を見つめながら、テレスティーナは僅かに、本当に僅かに笑んだ

 

(…見せてもらうわよ。仮面ライダーさん)

 

 

敵は虎というよりも豹、といった方が正しいか

とはいえ違いなんかよくわからないのでこの際、虎の怪人という事にしておく

クウガは赤に戻りながら一定の距離を保ちながら敵の動きを待つことにした

 

お互いの距離はそのままにじりじりと足を動かしつつ出方を見る

最初に動いたのは虎の怪人だ

虎の怪人は一思いに跳躍して手にある鋭い爪でクウガを斬り裂こうと手を伸ばした

クウガは一歩退いてその一撃を躱しカウンターで蹴りを繰り出すが、反対側の手でそれを防がれた

すかさず足をひくが相手の繰り出した拳がクウガの胸を捉える

 

「うぐっ!」

 

一歩身を引いたことでダメージを軽減する

その隙を逃すまいと一気に接近して虎の怪人はラッシュをかけていく

このままダメージをくらい続けることは流石にマズイ

そう思ったクウガは何とか両手でそのラッシュを耐えていく

 

「ハァァァァッ!」

 

顔面に向けられた拳を両手で受け止めてギリリ、と握りしめる

力強く握られた拳に痛みに耐えられず虎の怪人はクウガを蹴っ飛ばして後ろへ飛んだ

吹っ飛ばされたクウガは態勢を立て直しながら周囲を軽く探す

見渡すと自分の付近に木が合った

植物にごめんなさいと謝りながら適当に枝をへし折ると剣のようにそれを持った

 

「超変身!」

 

そう叫んでクウガは紫の〝タイタンフォーム〟へと色を変えた

そして手に持った枝も彼のモーフィングパワーにより両刃の剣〝タイタンソード〟へと形を成す

クウガはソードを持ち直し、一気に虎の怪人へと駆け出す

 

「ウアァァァッ!」

 

虎の怪人も咆哮を上げ真っ向からクウガへと接近していく

手を開き手刀を繰り出すがクウガはそれをギリギリで回避する

そのままクウガは右下から斜め上に向かって逆袈裟切りを繰り出すが難なく虎怪人はそれを回避しがら空きの横腹に蹴りを貰ってしまった

痛みはさほどあったものではないがそれでも衝撃は強く軽くよろめいてしまう

なればクウガはその痛みを耐えることにした

 

「ガァァァァッ!」

 

虎怪人が叫びながらクウガの顔面に一撃を叩きこんだ

だがクウガは怯むことはなく、むしろそのままぐい、と前に歩み寄ってきて

 

「だぁぁぁっ!!」

 

手に持ったタイタンソードを虎怪人の腹部へと思い切り突き出した

突き出された剣は虎怪人の腹を突き破り、貫通する

剣を引き抜こうともがくが、時は既に遅し、だ

雄叫びをあげながら虎怪人は爆散した

 

 

「春上さん」

 

怪物もクウガとなったアラタが倒してくれたしこれで少しは安全だろう

初春は自分の倒れている春上に声をかけた

 

「無理しちゃダメ…」

 

佐天と初春の声に反応しつつ、春上はゆっくりと身を起こす

 

「…どこ」

 

僅かに呟いたその呟きを初春は聞き逃さなかった

 

「…春上さん?」

 

春上は首にかけていたネックレスを握りしめながら誰かを想うように

 

「…どこに、…いるの…?」

 

そう短く呟いた

 

 

 

夜に花火が上がっていき、先ほどのポルターガイストの一件で野次馬が増える

美琴は思わず花火に目をやった

夜空で爆発する花火は綺麗だった、しかし今はその美しさを楽しむ気にはなれなかった

 

そして、パワードスーツを着込んだテレスティーナは、誰にも悟られることのないその内側で、口元を歪に歪ませた―――



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#18 声

途中の会話の削除と追加くらい




 

花火が打ち上げられる夜空の中、テレスティーナの声が聞こえる

どこか連絡を取っているようだ

その内容は恐らく被害状況などの報告だろう

その報告が終わるまでアラタは美琴と黒子と共に待っていた

 

ピ、と携帯のような通信機のような物を切った後タイミングを見計らって黒子が頭を下げた

 

「友人を救出していただいて、ありがとうございました」

「気にしないで。怪我がなくてよかったです。それに、彼女たちを守ったのは彼でもあるんですから」

 

そう言って彼女はアラタの顔を見る

視線を向けられた時、少々戸惑ったがアラタは軽く礼をする

所で、空気を変えつつアラタは地震で崩れ去った方を見ながら

 

「…あそこにいる人は、この場所のAIM拡散力場を調べているんですか? もしかしたらMARでは事前に感知とかできたりするんですかい? …対応が迅速だったので少し気になって」

 

問われたテレスティーナは柔和な笑みを浮かべて

 

「貴方、お名前は?」

「…風紀委員一七七支部、鏡祢です。で…こっちは白井です」

 

ポンと黒子の頭を撫でながら軽く自己紹介をする

テレスティーナはアラタに向き直り

 

「その支部には、とても優秀な風紀委員が揃っているのね。ASPKとMIM拡散力場についてもう把握してるなんて」

「―――RSPKは第三者による人為的な干渉が原因と聞きました。そいつの同時多発がポルターガイストを起こしてる…」

「合同会議の時に仰ってくれれば、風紀委員でも不審者の割り出し等、お手伝いできましたのに」

 

テレスティーナは笑みを崩さず

 

「それは警備員の管轄。会議でも言ったけど、風紀委員には風評被害の対策や日常の安産対策に専念してほしかったの」

 

ちゃんとした理由があるなら仕方がない

警備員にも眞人や黄泉川のような頼りになる人がいるしそれなら大丈夫だろう

と、思ったところで美琴が呟いた

 

「…AIM拡散力場への人為的干渉…そんな事出来る人がほかにいるんでしょうか…」

「他にも…?」

 

「すいませーん!」

 

その時佐天の声が聞こえた

佐天はアラタたちに向かって手を振りながら

 

「心配なんで病院についていきまーす!」

 

付近には初春に連れられてトレーラーの中に入っていく姿が見えた

 

「あ、私たちも―――」

「ダメですわお姉様。そろそろ寮監の巡回が…」

「あ…」

 

ひとまずその場はそれでお開きとなった

本心を言ってしまえばアラタもついていきたかったが女子同士の方が春上もきっと話しやすいだろうと考えてアラタは学生寮に帰ることにした

 

その光景をテレスティーナはどこかつかめないような表情で眺めていた

 

 

深夜

 

「そっか、よかった…。あぁ、気を付けて」

 

先ほど佐天から連絡を貰い、春上は無事だという事を知る

一言二言言葉を交わしアラタはテーブルに携帯を置いた

そして鏡祢アラタはベッドに腰掛けて考えた

そもそもこの事件はAIM拡散力場への人為的干渉が原因だという

そう言えばAIM拡散力場を利用した事件では他に幻想御手(レベルアッパー)事件が挙げられる

思えば捕まったとき〝気に入らないなら邪魔しに来い(意訳)〟みたいなことを言っていたしもしかしたら…なんて思ってしまう自分がいる

 

しかし木山は今は十七学区の特別拘置所に拘留しているはずだ

だが可能性としてはなくはないのでとりあえずこれは保留としよう

そしてもう一つの仮説をアラタは考える

 

もう一つの仮説は春上だ

ポルターガイストの発生前の彼女の様子はどこかその場にいない誰かを探しているようにも見えたのだ

しかしこれは友達を疑う、という人としてはどうかという考えだ

無論、アラタはそんな事は有り得ない…と信じている

しかし確率としてはこっちの方が俄然高いのだ

こんな考えを突きつけては美琴たち―――特に初春に確実に嫌悪されてしまうだろう

 

そこまで考えて―――そんな思考に埋没する自分に嫌気がさした

 

一度気になると気になって仕方ない

そんな可能性もある、という事にしてとりあえずアラタはベッドに横になった

とりあえず目を閉じて寝ようと心掛けようとしたその時、テーブルに置いた携帯が鳴った

こんな時間に誰だよもう、と思いながら携帯の画面を見るとその画面には御坂美琴の名前があった

 

<もしもし? …もしかして寝てた?>

「いや、大丈夫だよ。…どうした」

 

話を聞くとどうやら美琴も自分と同じ仮説に至ったらしい

そしてわずかではあるが、春上に疑念を抱いてしまったことも

 

<友達を疑うなんて最低な行為だと思うけど…黒子に指摘されてどうもそれが離れないの…>

 

そう小さな声で呟く美琴の声をアラタは黙って聞いていた

そして気づいた

彼女もどこか不安なんだ、と

 

「…じゃあ、調べてみるか」

<え? でも…>

「お前は気にするな。いざとなったら俺が言い出したことにしておく。…それじゃ、また明日」

<ちょ、待ってアラ―――>

 

言葉の途中でアラタは携帯を切った

そして念のために電源を落とし、それをテーブルに軽く放り投げる

 

「…友達を疑う…か」

 

理解はしている

それが最低な行為だということは

 

 

翌日の伽藍の洞にて

少し早めに来て時間を潰していたアラタは鉛筆でもくるくる回して暇を弄んでいた

しかし彼の表情は完全に心ここにあらずと言った感じで、ものすごく無表情だ

 

「…元気ない。どうしたのアラタ」

「あ…ゴウラム」

 

そんなところにとてとてと歩いてくるゴスロリチックな服を着込んだ女の子が歩いてくる

名をゴウラム、自分がクウガとして戦う時に手助けしてくれる心強い存在だ

当初はクワガタのままだったのだが、いつのまにか人の姿へと超変身できるようになっていたのだ

今は割と自由に橙子のところで気ままに住んでいるのだが

 

「…っていうか、元気ないように見えるか」

「うん。あからさまに元気ない。きっとアリスや右京にも言われるよ」

「あー…それはやばいな」

 

まさかそこまで顔に出ていたとは思ってなかった

不意にゴウラムはぽふ、とアラタの隣に座る

彼女にしては何かを言うか考えているようにも見えた

少しして彼女は呟く

 

「…大丈夫だよ」

「え?」

「何があっても、何が起きても…私はアラタの味方だから」

 

その短い言葉は、きっと精一杯頑張ってひねり出した言葉なのだろう

ゴウラムの励ましの言葉に、アラタは思わずくすりと笑みを零す

その仕草にゴウラムはむむ、と顔をちょっぴり頬を膨らませ

 

「なにさ。頑張って慰めようとしたのに」

「いいや、ありがとうゴウラム。ちょっと元気出たよ」

 

ぐしぐし、とゴウラムの頭を優しく撫でながら、アラタは立ち上がる

悩んでいたって仕方がない、とりあえず今は、行動あるのみだ

友達を疑うのはやはり心苦しいが…今はそれしかないのだから

 

 

一七七支部

 

「えー!? なんであたしも誘ってくれなかったのー!? ていうか非番ってあたし聞いてないよ?」

 

そんな感じで初春でと電話をしている佐天

電話から声が聞こえる

 

<す、すいません…! た、たまにはマイナスイオンを吸うのもいいかなって…ぜェ…!>

 

どういう事だか電話の向こうにいる初春は息が切れている

 

「…どうしたの? なんか息荒くない?」

 

<あ、荒い…ですかっ!? そ、そんな事…ないです…よっ!>

 

実際彼女は船をこぎながら電話を春上に持ってもらって通話をしている

じゃあ止まればいいじゃないかと思うかもしれないがこの際触れないでおく

それから少し話してから佐天は電話を切った

 

「ハァ…せっかく遊びに来たのに振られちゃった…」

 

それ以前に本来ここは遊び場ではないのだが

そんな固法の視線を感じ取ったのか佐天は苦笑いを浮かべて

 

「あ、あはは…すいません…! そだ、よかったらあたし何か買ってきましょうか? 冷たい飲み物とか…」

 

佐天がそう言うと国法はうーんと考えて口を開く

 

「そぉね…じゃ冷やし中華と五目炒飯、それからマカロニサラダとエビフライとか…」

 

注文に飲み物が全くないのですけど

そんなやり取りをする佐天らを尻目に黒子と美琴、そしてアラタの三人はパソコンの画面を睨んでいた

三人はこれから春上衿衣の事を調べようとしているのだ

 

「…やっぱり気が引けるわね」

「えぇ。…そうですわね」

「だがここにきて退けない。…美琴」

 

アラタが彼女に視線をやると意を決したように彼女は頷いてパソコンにす、と手をあてる

そして美琴はパソコンに軽く電撃を流し、ハッキングを実行した

改めて美琴は超能力者なのだと改めて思い知る

 

少し時間が経ってやがて画面にウィンドウが表示されていく

最後に春上の顔写真が載ったデータが表示された

書かれてある能力名は精神感応(テレパシー)、レベルは2の異能力者だ

 

「…レベル2ってことはまだ実用の域をでない…やっぱりこの心配は杞憂だったんだ―――」

「いえ、お姉様…これ…」

 

そう言って黒子は画面を指差した

特記事項としてその欄にはこう書かれていた

 

〝特定波長下において、能力レベル以上の力を発揮する〟と

 

◇◇◇

 

ここは自然公園にある、湖のボート漕ぎ場

先ほどまで汗だくになってボートを漕いでいた初春にはベンチで座りながら身に風を受けるこの場所は心地がいい

 

「うーん…風が気持ちいいですねぇ…!」

 

大きく背伸びをしながら初春は春上に声をかけた

彼女は先ほど売店で購入した巻きずしを食べつつ初春に笑顔を見せる

それに笑顔で答え初春も同じように巻きずしを口に運んでいく

 

そこでふと春上が口を開いた

 

「…初春さんには、ちゃんと話しておかなきゃ」

 

彼女は巻きずしを一つ食べ終えると座っていたベンチを立って初春の前に立った

春上は首にかかっていたネックレスを握りしめる

 

「…春上さん?」

「私、友達を探してるの」

 

彼女は続ける

 

「その子とはずっと友達で…よく遊んでて…けどある日突然離れ離れになって」

「春上さん…」

「その子は約束してくれた…。また会えるからって。だから、ずっと待ってた…。けど、待ってるだけじゃダメなの。こうしてる間も。あの子は―――」

 

言葉を遮るように初春は彼女の手を握りしめた

唐突に握られたその手に春上は「えっ?」と目を丸くする

 

「一緒に探しましょう、春上さんのお友達を」

「え…?」

「大丈夫、きっと見つかります! いえ、見つけます!」

 

思わず涙が出そうになった

まだ会って数日しか立っていないのに彼女はこんなにも自分に真摯になってくれている

その優しさに

 

「ありがとう、初春さん。―――っ?」

 

ふと春上は声のようなものを聞いた

春上は初春の手を話し、歩きながら呟く

 

「…どこなの―――?」

「え? …春上さん?」

「どこ…? なんでそんなに苦しんでいるの!? どこにいるのっ!?」

「は、春上さ―――」

 

ん、とまで続くはずの言葉は続かなかった

何故ならつい先ほどまで湖を扱いでいたカップルのボートがどういう訳か中空に浮いているのだ

その光景を見て察する

ポルターガイストだ…!!

そう自覚した時ゴゴゴ、と大きな揺れが初春と春上を襲った

 

◇◇◇

 

一七七支部

唐突にピー、ピーとやかましい音と共にメールが届いた

ちらりと固法に視線をやるが彼女は食べるのに夢中である

今現在彼女の中では〝仕事<食事〟なのか

ハァ、とため息をつきながらパソコンを操作しメールを読んでいく

 

「んっと…第二十一学区の自然公園で…大規模なポルターガイスト!?」

 

思わずアラタは声に出していた

支部の中の空気が張り詰める

そこで佐天が思い出したように

 

「自然公園って…今初春たちがいる場所じゃないですか!?」

「なんだって!?」

 

アラタの声に美琴も黒子も驚く

これはもう、支部でのんびりしてる暇はなさそうだ

 

◇◇◇

 

付近のMARの隊員に聞くと現在初春は病院にいるらしく、アラタたちは案内の下その病院に駆け付けた

その病院に向かう最中ちらりと自然公園を覗いてみたが酷いものだった

木々が倒れ地面に地割れが多く、壊れたボートが山ほどあった

病院に足を踏み入れた時、目の前にはベンチに座っている初春の姿があった

 

「初春!」

 

佐天が声を上げる

彼女の声に気づいた初春が立ち上がりこちらに向かってくる

 

「みなさん…」

「大丈夫? 怪我とかは…」

 

美琴に心配された初春は笑んだままちらりと足の膝を見せる

そこには湿布が張られていた

 

「私はちょっと擦りむいただけです。平気だ、って言ったんですけど…」

「ハァ…よかったぁ…」

「心配したんですのよ? ホントにもう…」

 

そんな三人のやり取りに少し安堵の空気を感じながらアラタはふとこの部屋の中を見渡してみた

一言で表すならやはりというか、怪我人が多かった

恐らくこの場にいる怪我人たちは先ほどの自然公園でのポルターガイストの被害者だろう

一通り見回してアラタはふと思った

春上衿衣の姿が見えないのだ

その疑問に気づいたのか佐天が初春に向かって聞く

 

「…あれ? そう言えば春上さんは?」

「際に搬送されましたから多分どこかに。大丈夫、怪我はしてませんよ。ただ気を失ってしまっていて…」

 

気を失っている。という事はだ

もしかしたらこのポルターガイストが始まる直前、彼女に何かが起こったのではないのか

黒子と美琴と顔合わせ、アラタが少し前にでた

 

「初春」

「? はい、なんですか?」

「ポルターガイストが発生する前、春上に何か変わった事はなかったか?」

「あの…どういう事でしょう…?」

「だからこの前の花火大会みたいなことがなかったかって」

 

彼女は戸惑った表情でアラタを見る

何を言ってるのだろう、という表情で

 

「話が…見えないんですけど…」

「調べたところ彼女はレベル2のちょっと変わった感応系。…もし花火大会に見られたときと同じような―――」

 

「…なんで」

 

ボソリ、と初春が呟いた

それに動じることはなかった

何故なら必ずそう言った反応になると分かりきっていたからである

 

「なんでそんな事調べてるんです。…もしかして、アラタさん春上さんを疑ってるんですか…?」

「…。まぁ。結果だけを言えば、そうなるかな」

 

だがアラタは退かなかった

最低な事とわかっていても

 

「酷いですアラタさん! …春上さんは転校してきたばかりで、私たちを頼りにしてて…不安なんです! それなのに―――!」

「だからって疑わないのは筋違いだよ。…あくまで可能性を提示したまでであって彼女だとは言っていない」

「同じじゃないですか! 隠れて友達を調べたり…あげくに原因にしようとしたり…見損ないました…! アラタさんは、そんな事する人じゃないって信じてたのに…!」

 

胸が痛む

正直そこまで信じてくれたのは嬉しい、がそれを砕いたのも自分だという事にどことなく嫌悪感を抱く

 

「あ、あのね初春さん…、アラタは別に―――」

精神感応(テレパス)が、AIM拡散力場の干渉者になる確率は、ないという訳ではないわ」

 

助け船を出そうとした美琴の声を遮って一人の女性の声がした

振り返るとそれはこちらに向かって歩いてくるテレスティーナの声だった

 

「だけどそれには少なくともレベル4以上の能力値が必要だし、よっぽど希少な能力と言わざるを得ない。…レベル2にその可能性はないと思うけど、ちゃんと検査した方がいいと思うかしら? お友達の名前は?」

「春上衿衣、という人だ」

「! アラタさん!!」

 

間髪入れずその名を口にしたアラタに初春は怒りをあらわにする

その名を聞いたテレスティーナは通信機で部下にいくつか指示を飛ばした

初春は歯を食いしばりながら

 

「あ、あのっ!!」

「友達の潔白の為だと思いなさい。…あと、ここは病院だから、静かにね」

 

テレスティーナにそう論されると初春は俯いた

彼女はどこか、苦い表情をしていた

 

◇◇◇

 

テレスティーナに案内されるまま、五人は先進状況救助隊の本部に来ていた

 

事前に春上は運び込まれていたらしくもう検査は始まっていた

ベンチに行くまでアラタはキョロキョロと周囲を見渡す

メンテナンスをしている駆動鎧とかしっかりとした銃火器とか結構ある

しかしメインは災害救助ではないのか、とアラタは疑問に思った

確かに駆動鎧は瓦礫の中から人を救出するときとかに使いそうな気もするが銃火器はなんだろう

 

(…ここもきな臭いな)

 

大広間へと到着し適当にベンチに腰掛けて報告を待つことにする

その際、アラタの座っている場所と初春の座っている場所がえらく離れていて妙に気まずい空気が美琴や佐天、黒子を襲う

 

「検査が終了したわ」

 

しばらくしてテレスティーナが戻ってきた

彼女に真っ先に向かって言ったのは初春である

 

「そ、それで、あの…春上さんは!?」

「慌てないで。結果が出るまでもう少しかかるの。ついてきて」

 

テレスティーナに言われるままに彼女たちとアラタはついていく

 

案内された場所はテレスティーナの自室、と思われる場所だ

室内は結構広く、棚の上には可愛らしい小物が置いてある

ちなみに美琴は早速その小物に釘づけだ

あとで聞いたところによるとこれらはすべてテレスティーナの趣味らしい

 

「改めて自己紹介するわ。私は先進状況救助隊付属研究所所長のテレスティーナです」

「…所長…って、もしかしてMARの隊長も兼任なさってるんですか!?」

 

驚いた様子で美琴がそう問うと笑顔で彼女は頷いた

 

「そう言えば、白井さんと鏡祢くん以外は名前を聞いていなかったわね、貴女名前は?」

「え…あ、と…御坂美琴です。そして彼女は―――」

「さ、佐天涙子です…」

 

おずおずといった感じで二人は名前を名乗っていく

美琴の名前を聞いた時テレスティーナは驚いた表情をして

 

「まぁ…常盤台の? こんな所で出会うだなんて…。案外、学園都市も狭いわね」

 

そう笑顔で美琴を見たあと、今度は初春を見て―――

 

「風紀委員一七七支部所属、初春飾利です!」

「あら? じゃあ白井さんと鏡祢く―――」

「あの! 春上さんは干渉者じゃ…犯人じゃないですよね!?」

 

あまりの剣幕にテレスティーナは驚きつつも笑顔を崩さず

 

「―――試してみようかしら?」

「え?」

 

テレスティーナは徐にポケットに手を伸ばすとそこから筒状の容器に入ったマーブルチョコを取り出した

 

「貴女、好きな色は?」

「…なんでも好きですけど、強いて言うなれば黄色です」

「黄色ね? OK」

 

そう言ってテレスティーナはシャカシャカとマーブルチョコの入った容器を振る

少し振った後でテレスティーナは初春に手を出させた

怪訝な顔をする初春の手に彼女はチョコを容器から一つ、出した

出たチョコの色は黄色だ

 

「あら? 幸先いいわね」

 

『…は?』

 

何だか意味が分からなかった

 

◇◇◇

 

その後しばらくして彼女の検査結果がコピーされたプリントを持った研究者が入ってきた

 

「結果が出たのね?」

「はい」

 

そう言って研究者はプリントをテレスティーナに手渡した

「どれどれ…」と言いながらテレスティーナはそのプリントを見ていく

しばらくして彼女は笑顔を作った

 

「安心して。彼女は干渉者じゃないわ」

 

その言葉に皆が安堵したような溜息をもらす

アラタも顔には出さなかったが、それでも一つだけ聞いていないことがあった

 

「彼女はレベル2の精神感応(テレパス)、受信専門のね。自ら発することはできないわ」

「しかし書庫(バンク)には特定条件下に至っては能力値以上の―――」

「アラタさん!! まだそんな事…!!」

 

このままではまた口論してしまう事を予期したのかテレスティーナは目を細めて

 

「検査結果を見ると、どうやら相手が限られるみたいね。その人物に限って、距離や障害物の有無に関わらず、確実にとらえることが出来る…。けど、いずれにしても彼女は干渉することなど出来ないわ」

 

それを聞くと初春は満面な笑顔を浮かべて

 

「ほ、ほら! ほらっ!」

 

周囲に向けて初春は喜びを振りまいた

そんな初春にアラタは

 

「いや、違うなら違うでいいんだ。…悪かった、初春」

「ふぇ!? あ、い、いえ…そう真っ向から謝られると…えっと…その…」

 

流石に初春も困り顔である

別にアラタも彼女が犯人だと思ってはいなかったし結果が分かってむしろすっきりした

そして目の前のこの女に悟られないように瞳だけでテレスティーナを見る

アラタはこの女だけは如何せん信用できない

…本能によるものだろうか

 

 

その後テレスティーナに案内された場所は春上衿衣の病室だった

そこにはベッドくらいしかなく、まさしく安静にするための部屋だった

現在、彼女はベッドで寝ており、目を覚ますのはもうしばらくかかるかもしれない、とはテレスティーナの言葉である

 

少し経って、彼女が目を覚ました

 

「春上さん…」

 

彼女はゆっくりと上半身を起こすと頭を押さえる

 

「私、また…」

「大丈夫ですよ、心配しなくていいですから…、あ、そうだ…あと、これ」

 

初春はポケットからネックレスを取り出して春上に渡す

春上はそれを彼女から受け取ると笑みを見せる

 

「ありがとう…友達との、思い出で…」

 

そのネックレスの先にはロケットのようなものがあり、春上はその部分を大事そうに握りしめる

 

「友達って…探してるっていう…」

「うん。声が、聞こえるの」

「声?」

 

美琴の言葉に春上はうん、と頷いた

それは彼女の能力である精神感応(テレパス)によるものだろう

 

「たまにだけどね? …それを聞いてるとボーっとして…」

 

つまり花火大会の時も彼女はその声を聞いていたのだ

そして完全に彼女は無関係だと悟る

その時、窓際で身体を預けていたテレスティーナの表情がわずかではあるが強張った気がする、がそれに気づくものはいなかった

 

「そのロケットの中に何か入ってるんですか?」

 

春上は頷いてそのロケットを開いた

付近にいた美琴と初春、アラタは彼女の手元を覗き込んで

 

「…っ!?」「…なっ」

 

美琴とアラタは息を呑んだ

 

春上のロケットの中身は写真だった

写真の中に映っている人物は黄色いヘアバンドをしたオールバックの女の子

その女の子をアラタと美琴は知っている

いや、正確には、知ってしまったのだ

そうだ、彼女の名前は―――

 

「〝枝先絆理〟ちゃんって言うの」

 

思わず声に出して驚きそうになったがそのことはここにいる人の中でアラタと美琴しか知らない

声に出したい気持ちを抑え、美琴はアラタに目で視線を送る

その視線にアラタは小さく頷いた

そんな二人の驚きを知らず、春上は続ける

 

「…私もね、置き去り(チャイルド・エラー)なの」



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#19 神ならぬ身にて、天上の意思に辿り着くモノ

ちょこちょこ変わってる(はず


春上衿衣は、昔置き去り(チャイルドエラー)だった

そんな事を聞いたのはほんのついさっき

 

「私と絆里ちゃんはね? 同じ施設にいたの。…人見知りで友達がいなかった私だけど…、絆理ちゃんとだけは仲良くなれた。精神感応でいつも話しかけて来てくれて…。だけど、別の施設に移されて…それっきり」

 

恐らくその別の施設というのが木山春生が担当した施設なのだろう

そしてそこで、枝先絆理はある実験に巻き込まれた―――

 

「この頃ね? また聞こえてくるの。…助けてって」

 

彼女はネックレスについたロケットを見ながら呟いていく

 

「苦しいって…言ってるのに、どこにいるのか、どうしていいか分かんないの。助けたいのに…何にもできない…!」

 

彼女は目尻に涙を浮かべていく

自分の無力に気づいていながらも、彼女はそれでも助けたいと願った

枝先絆理の悲痛な声を聞きながら、春上は自分を嘆いて…

 

「大丈夫です! お友達は、必ず見つけてみせます!」

 

そんな春上を励ますように初春は声を上げる

 

「なんてったって! 私は風紀委員なんですから!!」

「…初春さん…」

 

初春はそう言って笑顔を浮かべる

こう言う明るい子がいるから、きっと一七七支部は活気づいているのだろう

黒子がボケて初春がツッコみ固法が纏め、アラタがボケてまた誰かがツッコんで

 

「そうだよ! こう見えても初春は優秀な風紀委員なんだから!」

「そうですわねぇ、初春は優秀ですわねぇ」

「ちょ! 白井さん! なんですかその含みのある言い方! あと佐天さん! こう見えてもは余計ですぅ!」

 

突っ込みを入れつつ初春は笑顔を作りながらまた春上に顔を向けて

 

「…ですから、安心してください。…必ず見つけてみせますから」

「初春さん…、ありがとうなの…」

 

そう言う春上はどことなく涙目だった

そしてネックレスを彼女は優しく、それでいて強く握りしめて

 

 

初春と佐天をそばに残し、アラタと美琴、黒子の三人はテレスティーナを室外へと呼び出した

そして先ほど感じた事を美琴は伝えていく

 

幻想御手(レベルアッパー)事件…って、あの…?」

 

どうやらその事件の事も彼女は知っているようで、案外話は早かった

 

「…その犯人、木山春生の過去を知る機会がありまして…その中に、枝先さんの姿が」

 

そう言いながらアラタは確認するように美琴をちらりと見た

応じるように美琴はゆっくりと頷く

 

「…暴走用の法則解析用誘爆実験…。そんなものが…」

「その実験に関わってたのが木原って言う人らしいんですけど…」

 

美琴の呟きにテレスティーナはピクリと反応した

そしてすぐに顎へと手をやって

 

「…もしかして、木原幻生…?」

「? 誰です、その人は」

 

アラタが問い返すとテレスティーナは頷いて

 

「割と有名な科学者よ。いわゆるマッドサイエンティストね。…その人なら、人体実験を行使してもおかしくないわ。…今は消息不明らしいけど…。けどその実験が本当なら、ポルターガイストの原因はその子供たちなのかもね」

「…どういう、ことです?」

 

彼女は頷きながら解説してくれた

簡単に言ってしまえば、その眠っている子供たちかもしれない、という仮説

 

「けどその子供たちは今も眠ってるって…」

「意識がないまま能力が暴走しているとしたら?」

「…!」

 

意図的に、ではなく無意識に

だとするなればその子供たちは自分の意思とは関係なく能力を暴走させてしまっているという事なのか

その考えを否定できない自分に少し苛立った

 

「…その子供たちは、今どこに?」

 

テレスティーナの問いにアラタは首を振る

事件の後、警備員が捜査してはみたのだが、見つけることは出来なかったのだ

テレスティーナは「そう…」と言いながら徐にマーブルチョコを取り出して

 

「なら、最初は探すとこからね。…今日のラッキーからは青…」

 

そう呟きながら彼女は筒の容器をシャカシャカ振る

そして自分の掌に中身を一粒

出てきた色は青だった

 

「ふふ。幸先いいわね」

 

そう言うと彼女はそのチョコを口に放り込んだ

相変わらず、その行動の意味が分からない

運試しかなんかだろうか

 

◇◇◇

 

「ちょ、ちょっと待ってください、え、となると…枝先さんが木山の元生徒さんで、その子供たちがポルターガイストの原因…てことですか?」

 

帰り道の電車内で

先ほどの事を佐天と初春に話した

そのことには初春はどこか苦い顔を浮かべ、佐天は素直に驚いた

 

「…仮説だけどな。場所も特定できてないし、…そこの所は…初春に頼りたいんだが…」

 

すなわちそれが何を意味するのか

それは…春上衿衣の友人を疑うという事だ

先ほど春上の疑惑が解けてすっきりしそうになった二人の間にまた気まずい空気が流れる

初春は、黙ったままだ

 

「…、」

「う…初春…?」

 

恐る恐ると言った様子で佐天が問う

しばらくして、彼女は

 

「もちろん探します。…だけど、春上さんの次はその友達を…疑うんですか?」

 

言葉にされると辛いものがある

アラタはそれに返す言葉が見つからず、ただ時間が過ぎるのを待った

待つしか、出来なかった

 

◇◇◇

 

初春飾利が怒るのも無理はない

優しいから、というのも理由になるかもしれない

そして自分とアラタは結構な付き合いになる

だから、彼女は裏切られた気持ちになったのだろう

 

黒子は「風紀委員としてお兄様は間違っていませんわ」と励ましてくれた、があまり気休めにもならなかった

心遣いは嬉しかったがそれについてはどうにもすんなりと頷けなかった

確かに風紀委員として間違っていないだろう

しかしそれはあくまで風紀委員として、だ

人間としては、褒められたものではない

 

「…悩んでも仕方ないか」

 

割り切ったつもりだった

しかし全然割り切れてなどいなかった

彼女が何を言ってきても、ポーカーフェイスを貫こうと思ったのに

存外、自分もメンタルが弱いと思い知る

アラタは適当に服を脱ぎ捨てるとお風呂場に入って適当に身体を洗う

そしてまた服を着るとアラタはベッドに横たわった

 

 

翌日、アラタは一七七支部へ顔を出さず、そのままいつも入り浸っている伽藍の堂へと足を運んだ

正直今の自分が行ってしまっては確実に空気を濁してしまうと考えたからだ

橙子が入れてくれたコーヒーを少しづつ口に入れながらアラタは一人思考に耽る

 

木山春生の供述によると、被験者は約十名。皆植物状態になってしまい、医療機関に分散して収容された、という話なのだが、入退院を何度も繰り返して現在は消息を絶っているらしい

 

そんなアラタを少し離れたところで右京翔とアリステラの二人が眺めている

 

「…どうしたんだろ、なんかぽけーっとしてるけど」

「悩んでるんじゃないか。学校でも上の空なこと多いし」

 

こういう時は変に声をかけない方がいい、ということも翔は知っている

ああいう感じになったのは別に今回が初めてではないし、ああいうのは変に声を掛けるよりしっかり自分で答えが出るまで見守る方向で問題ないのだ

はぁ、と軽い溜息を吐いたとき、彼の携帯が鳴った

 

「?」

 

頭に疑問符を浮かべながらアラタは懐から携帯を手にとった

番号は非通知だ

 

「はい、もしもし」

<あ、鏡祢君? 私よ、テレスティーナ>

 

電話の相手はテレスティーナ

しかしどうして番号を知っているのだろう、とは疑問に思ったがきっと学校でも調べたのだろう、と勝手に結論づけて応対する

 

「はい…どうしました?」

<えぇ、…その、驚かないで聞いてね?>

 

そこで電話口でテレスティーナがある事実を告げた

それを聞いたアラタは

 

「…えぇ!?」

 

驚かないで、と言われたが驚かずにはいられなかった

 

 

テレスティーナに言われた場所に行くとあるカフェテラスについた

そこには佐天と美琴もいて、同じ席にはテレスティーナも座っていた

美琴はアラタを見たとき、何か言おうとしたが、結局黙ったまま、なにも言わなかった

アラタも席に座り、美琴がさっそく本題を切り出した

 

「…それで、木山春生が保釈されたって」

 

そう、本題はそれだ

木山春生の保釈

 

「えぇ。例の話を聞こうと思って、拘置所に行ったの。そしたら…もう、ね」

「…いくらなんでも早すぎる」

「あれだけの事しておいて、保釈が認められるんですか?」

 

彼女がしでかした罪はとてもじゃないが軽いものではない

だというのに保釈が認められるとは到底思えない

 

「…子供たちに繋がる糸が、切れたわね」

「…あれ? でも木山って…子供たちを助けるためにあんな事件起こしたんですよね? それなのにその子たちを利用するってのは…」

「おかしくないでしょう?」

 

そんな佐天の疑問を容赦なくテレスティーナは斬った

彼女はコーヒーのカップを皿に置きながら

 

「学生達の能力の憧れさえも、利用するような女よ?」

 

どこか冷めた瞳でテレスティーナは言った

だがそう言われると頭の中に疑問が残る

 

元はと言えば木山春生は昏睡した子供たちを助けるためにあのような事件を起こしたのだ

学生たちの憧れを利用こそすれ、いくらなんでも子供たちを利用するような真似をするだろうか

対峙した時、感じた眼光からは鬼気迫る感情をアラタは感じたのだ

とてもじゃないが、あの人はそんなことするとは考えにくい…

他の三人が黙る中、アラタは一人、考えていた

 

 

「はい、息抜きも、必要ですわ」

「…ありがとうございます白井さん」

 

一七七支部にて

パソコンの前に付きっ切りな初春に黒子はコーヒーを差し出す

初春は伏し目がちになりながらそれを受け取る

 

「…、お兄様の事…あんまり責めないでください」

 

黒子はそう呟く

もちろん初春だってわかってる

アラタだって本心でそう言っているわけじゃない

けれど、たとえ捜査であっても友人を疑うという行為が許せなかった

そんな自分を気遣ってかは分からないが、だから彼は今日を顔を出せなかったのだろう

 

「早く子供たちを見つけます。…アラタさんとも…仲直りしたいですし…」

「…そうですわね。でも体調の管理はしっかししてくださいな?」

 

そう言うと初春は少しだけ笑いを見せながら「はい」と頷いた

そして彼女は再び画面に向けて―――

 

「待って」

 

黒子が気づいた

 

「? 白井さん?」

「このAIM拡散力場の共鳴による…RSPK症候群の集団発生の可能性…」

 

 

同時刻

 

「共鳴?」

「あぁ。同じ系統のAIM拡散力場が共鳴する…って言うんだよ。この論文は」

 

蒼崎橙子はコピーした紙を纏めながら

 

「まず一人の能力者が暴走した能力者に干渉されるとしよう。その後で同系統の能力者がどんどん干渉して共鳴していくって具合だ。それでいて、この同系統、というのが厄介でな」

 

これに関して、御坂美琴を例に例えてみよう

彼女の能力は大まかに言うと雷を操る力だ

それを細かくすると電場を操る力と磁場を操る能力を秘めている

故に彼女は複数の能力者と共鳴するのだ

 

「これは行方不明になってる子供たちにも同じことが言える。もし、その子供たちが皆、暴走してしまったら…影響力は凄まじいことになる。数字に換算して、おおよその七十八パーセント」

「七十八って…もうそれじゃあ、学園都市が壊滅しかねないじゃんか!」

「あぁ、大災害だな」

 

この学園都市の大半は能力者

似たような能力者なんて探せば溢れかえるほどいるだろう

それはが全て共鳴などしてしまったら―――

考えるだけで恐ろしい

 

「け、けどこの論文が正しいってことは…」

「ところが、だ。アラタ、執筆者の欄を見てみろ」

 

そう言ってぴらり、ともう一枚紙を渡してきた

恐らくそれに執筆者が乗っているのだろうか

渡された紙を見て、そしてそこに映っている男を見て驚愕した

 

「この男…!?」

 

載っていたのは木原幻生その人だったのだ

 

「こいつがどんな奴かはお前から聞いて知っている。それでも、最初にこの論文を見つけた時は流石に笑ってしまったがな」

 

木原幻生

木山があのような事件を引き起こしたきっかけを作った張本人―――

 

「念のため、この男についてもちょっと調べてみた。今現在は消息不明。関連していた研究所はまぁ案の定全部封鎖されていた。…一応研究所の写真を全部プリントアウトしておいた。確認しておけ」

 

そう言って彼女は何枚かの写真を机に並べていく

ばら蒔かれた写真の中で一枚だけ、気になるものを発見し、アラタはその写真を手に取って眺める

手に持っている写真に写っている研究所は、木山の記憶に出てきたものだった

 

「さぁ、お前ならどうする?」

 

橙子は笑みを含んだまま、そう声をかける

答えなど、決まっている

 

 

時刻はすでに深夜

すっかり寝静まった学園都市をアラタはビートゴウラムで駆け抜ける

何故ビートゴウラムにしたかというと、なんとなく一人では寂しかったからだ

 

「…悪いなぁ、こんなことにつき合わせて」

<別に。気にしてないよ>

 

帰ってきた返事に答えるようにゴウラムの装甲を軽くなでる

もともとは馬に装着する鎧らしいがゴウラムは半ば強引にビートチェイサーに装着してくれているのだ

思えばこのゴウラムは青子が持ってきて以来、いつも自分を助けてくれた

未熟だったころから…今に今まで

 

「いつもありがとうな。相棒」

<別に。…その、うん>

 

なんか歯切れが悪かったがまぁいいだろう

とりあえず急いで例の研究所に急ぐとしよう

そう自分に言い聞かせてアラタはハンドルを切る

その道中、ゴウラムの赤い目が輝いた気がしたが、アラタは気づくことはなかった

 

 

「…ついた」

 

しばらく走らせてると件の研究所の入り口に辿り着いた

案の定入り口はテープでふさがれており、塀の高さも結構なものだ

常人ならば入る事は難しいだろう

 

アラタは少し後ろへ下がって距離を取ると一気に駆け出した

なんとか手をかけることが出来れば…と、思ってるうちに塀のてっぺんに手が届く

ここからは腕の力だけでいけるはず…

 

「よっと…! ゴウラム、ちょっと待ってな」

<あい>

 

そう言って飛び降りて施設に入ろうとした時だ

 

バヂィンッ!! とやけにでかい音と共に突如として研究所の明かりがついた

灯りだけではない、恐らくこの分ならセキュリティも復旧しただろう

もしかしたら中に誰かいるのか、と思いやっと上った塀をまた飛び降りて、ふと誰かの視線に気づいた

 

「よっす。少年」

 

そこにいたのは、ブラウンっぽい革ジャンを着込んだ男性だ

顎に生えたひげがワイルドな雰囲気を醸し出している

 

「…貴方は」

 

「初めましてだな。戦うドクター、伊達明だ」

 

 

伊達明と名乗る男性の後ろをついていく

とりあえずその背中に向かってなんとなく言葉をぶつけてみる

 

「っていうか、なんでこんなところに医者がいるのさ」

「いろいろあるのさ。…そら、出てくるぜ」

 

そう言いながら伊達は入り口に視線をやった

テープをくぐって出てきたのは見知った二人の女性だった

 

「木山、春生に…美琴…」

「アラタ…アンタ、なんで…」

 

恐らく美琴も一七七支部でこの情報を得たのだろう

そしてこんな夜遅くにいるという事は、多分黒子にも言っていないはずだ

 

「伊達くん。来ていたのか」

「あぁ、ドクターに様子見て来てくれって頼まれてよ」

「そうか。…なら、そこの彼も連れて行こう」

 

木山はそう言うと自分の青い車に美琴を乗せる

 

「うし、行こうぜアラタ」

 

気さくな様子で伊達は乗ってきたバイク(ライドベンダ―というらしい)に腰掛けた

何が何だかわからないがとりあえずそれに従うことにした

 

 

木山の車と伊達さんを追っかけていたらある病院へとたどり着いた

 

「…ここは?」

「まぁ、ついてきな」

 

伊達にそう言われアラタは彼の後をついていく

美琴も募る疑問があるようでどこか納得していない表情で木山の後ろを歩いていた

 

しばらく歩くとある部屋についた

壁にかけられたセキュリティを操作し、木山は中に入っていく

そしてその部屋に入って最初に視界に入ってきたのは

 

 

子供たちだった

 

 

「っ!」「これって…!!」

 

アラタと美琴は息を呑んだ

目の前に広がっている光景はなんだ?

いや、それ以前に、なんでこんな場所に―――

 

「ポルターガイストを起こしてたのは、やっぱりアンタだったのね!?」

 

美琴が確信を突くように声を上げる

それに対し木山は相変わらずひょうひょうとした態度で

 

「…そうだ」

「っ!!」

 

頭に血が上った

美琴は雷を迸らせ、アラタも拳を握ろうと―――

 

「けどよ。そいつにはちょっとばっかり事情があんだ」

 

それを遮ったのは伊達明だった

 

「なぁ。ドクター」

 

伊達はそう言うと自分の後ろに立っていた人に視線をやった

彼が視線をやった人物は、アラタもよく知っている医者だった

 

「…冥土帰し(ヘブンキャンセラー)…!」

 

忘れるものか

このインパクトのあるカエルの顔は早々忘れるものではない

 

「あと、ここは病院だから…電撃は勘弁願いたいね?」

 

美琴はしばらく呆然としていたが少しして「あっ…!」と彼の事を思い出した

 

「あの時の…」

「御嬢さんも久しぶりだね。あの時以来かな?」

 

あの時、とは上条当麻が記憶を破壊された際の時だ

美琴とともに彼の話を苦い顔で聞いていた

今も脳裏に覚えている、親友のあの何もない笑顔

 

「…なにが、…一体何がどうなってんのよ!!」

 

その場にいた美琴が意味が分からないと言った様子で声を荒げる

それはアラタも同じだった

巻き起こった事柄が多すぎて頭の理解が追いつかないのだ

 

「木原幻生」

 

そしてそれを説明するように医者は話し始めた

 

「彼が、総ての始まりなんだね?」

 

◇◇◇◇◇◇

 

―――あえて問いましょう。我々の究極の目的とはなにか!

 

そう壇上に立って話しているのは木原幻生

医者はその時にいた一人として彼の話を聞いていた

 

―――学園都市が存在するその理由とは何なのか! それは人類を超えた存在! レベル6の想像に他なりません!! 

 

彼の後ろの画面が切り替わる

膨大なデータを背に、原生は続ける

 

―――暴走能力者の脳内では通常とは違うシグナルデータが形成されて、様々なホルモンが異常分泌されています。それらを採取し、凝縮形勢されたものこそ、この能力体結晶です! これを特に選ばれた能力者に投与すれば、レベル6を生み出せるのです…! この結晶こそ、長らく閉ざされてきた〝神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの〟…SYSTEMへと至る、道を照らしだす、科学の灯なのです…!

 

 

ある道で、医者は問うた

 

「あんなもので、本当にレベル6は作り出せますかな」

「もちろんだとも」

 

即答された

 

「…本当かい? いたずらに意識障害を招いたり、かなり重い副作用なんかを起こすのではないかな?」

「実験は確実に成果を上げている」

「そのために、一体どれだけの犠牲を払ったんだい?」

 

 

その時見せた笑みは本当に狂気に満ちた―――それこそ子供たちなぞどうでもいいと言い切るほどの()

 

「犠牲ぃ? なんの事ですかなぁ。私の研究に犠牲者などいない。いるわけがない! フフフ…ハハハ…ハーッハッハッハッ―――!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「彼がその存在をどう認識してたかはわからない。犠牲者はいたんだよ」

 

冥土帰しはどこか遠い目で

 

幻想御手事件(あのじけん)に関わり、発端を知り、そして…確信したんだ」

「…もしかして」

「あぁ。少年の予想通りだぜ。木山ちゃんの子供たちは、その結晶体の実験体にされたのさ」

「あの時君たちに話した、暴走能力の法則解析用誘爆実験は建前…。君たちが見たあれは、その結晶の投与実験だ」

 

馬鹿げてる

そう素直に思った

レベル6などというくだらない欲の為に、こんな年端もいかない子供たちが被害に遭っていいわけがない

 

「…っ!」

 

美琴はただ口を閉ざして拳を握りしめる

彼女も憤ってるのだ

こんなふざけた実験に

 

「幸い、子供たちを集めるのに時間はかからなかった。…こう見えてドクター、けっこう顔効くんだぜ?」

「こう見えてもは余計かな?」

「っと失礼。…んであとは、目覚めさせるだけだったんだけど…専門家の話が聞きたくってさ」

 

だから、木山が保釈された

裏でそんな事があったなんて想像もできなかった

 

「無理を言ったのは私だ。伊達君と先生には感謝している。ここの施設を使えたおかげで、目覚めさせる目途が立った」

「それで助かるっちゃ助かるが、別の問題があんだ」

 

そう言って伊達は苦い表情をする

たがて彼は重い口を開いて

 

「覚醒が近づくにつれて、AIM拡散力場が異常値を示しちまった。…どういう事か、わかるよな」

 

伊達の問いにアラタは頷いた

すなわちそれは、能力の暴走である

…そしてRSPK症候群の同時多発を引き起こし、乱雑解放(ポルターガイスト)を発生させた

 

「木原幻生の研究は進んでいた。…僕が知っていた能力体結晶なら乱雑解放(そんなもの)起こるはずがなかったんだよ。けど。改良された能力体結晶は―――」

 

「この子たちを眠りながらにして、暴走能力者にしてしまってた」

「じゃあ…目を覚まそうとすると…ポルターガイストが起こる…?」

 

美琴の声に木山はゆっくり頷いた

 

「…ほかに手はないのか?」

「暴走を鎮めるワクチンソフトを開発してる。…だが、それにはファーストサンプルと呼ばれる最初期の被験者から精製された成分の解析がどうしても必要なんだ。…そのデータを探すためにあの研究所にいたんだよ。…結局、何も残ってなかったが」

 

ギリ…、と木山は拳を握りしめる

僅かばかり、震えさせながら

 

「だが諦めるものか…! あのデータは結晶の研究において必要不可欠。それだけのものが廃棄されるはずがない…! 私は…必ずそれを見つけ出してみせる…!」

 

声色は本物だった

ここでは顔色は窺うことは出来なかったが、その背中からは鬼気迫るものを感じる

だが、もしもだ

 

「…見つからなかったら?」

 

美琴が聞いた

躊躇って口にするのを拒みそうになりながらも彼女は問うた

 

「…覚醒させる」

「言ってる意味分かっていってるのか」

 

この子たちを目覚めさせるという事は、RSPK症候群の同時多発を引き起こし、共鳴し合い…かなりの大規模なポルターガイストが起きる

それがどんな意味を持っているのかなど、分かりきっていたことだった

 

「分かっている。だがこれ以上…眠らせておけないんだ」

「正気なの!? 学園都市が崩壊するかもしれないのに―――!」

「これ以上放っておけない!! 今もこの子たちは、苦しんでいるんだ!」

「だからって!! …だからって…!!」

 

美琴が俯いた

彼女だって木山の気持ちは痛いくらいわかる

不可抗力とはいえ、彼女は木山の過去を覗いてしまったのだから

だからこそ、悩んで―――

 

 

「そんな事はさせない―――。絶対に」

 

 

そう言った空気を断ち切るように、一つに凛とした声が響いた

出入り口の自動ドアが開いていく

そこに立っていたのは無数の駆動鎧を従えたテレスティーナだった

 

「…貴女は…!?」

「…ごめんなさい。後をつけさせてもらっていたの」

 

アラタと美琴にそう詫びると彼女はまっすぐ歩いていき木山の前に立つ

 

「先進状況救助隊です。子供たちを保護します。…大人しく従ってくださると嬉しいのですが」

「…それは命令かい?」

「えぇ。令状も用意しましたが、出来れば自発的に従っていただく事を望みます」

 

そう言って彼女は近くにいた伊達明に令状と思わしき紙を渡した

伊達はしばらくをそれを吟味し

 

「…本物っぽいなこりゃ」

「…ぐ…!」

 

木山は舌を打った

彼女としてはあまり信用してはいないのだろう

否、得体の知れない奴らに子供たちを引き渡すのが心苦しいのか

 

「安心してください。我々は人命救助のスペシャリスト。治療する設備は整っています」

「しかし…!」

「我々は貴方では閲覧できないような情報も、合法的にアクセスすることが可能です。先のお話に合ったファーストサンプルと言った情報も、入手できる可能性が高いのです」

「…!!」

 

全くの事実を言われ木山は黙った

歯を食いしばりながら、わずかに身体を震わせて

その仕草を肯定と取ったのかテレスティーナは指示を飛ばす

 

「…保護しろ」

 

彼女を指示を筆頭に後ろに控えていた駆動鎧が子供たちを保護しようと歩いていく

頭では理解していたが、本能では理解していなかった彼女は駆動鎧の前に立とうとして

 

御坂美琴に阻まれた

 

「…何の真似だ?」

「気に入らなければ邪魔しろ、って言ったのは貴女よ」

「どけ!! この子たちを救えるのは…私だけ―――!」

 

「救えてないじゃないっ!」

 

木山がハッとした

そして目を見開いた

木山だってわかってた

ここまでして、誰も救えていないことに

ただそれから目を逸らしていただけで

 

幻想御手(レベルアッパー)事件を起こして、乱雑解放(ポルターガイスト)を引き起こして…誰も救えてないじゃない…」

 

言葉にされて思い知る

それでも、木山は認めようとはせず、顔に手をやる

 

「もう少し…! あと少しなんだ…!」

「枝先さんはね、…〝今〟助けを求めているの。春上さんが…私たちの友達が…その声を…聴いているのよ…」

 

その言葉に、木山春生は茫然とし、だらん、と顔にやったその手を下ろした

 

そしてテレスティーナが、言った

 

「運び出せ」

 

◇◇◇

 

病棟入り口前

トレーラーに入れられ運ばれていく子供たちを見て、ふと空を見た

瞬く星は変わらず、空を彩っている

 

「…アラタ」

 

背後に気配を感じた

気配の主などわかっている

それは御坂美琴だ

 

「…どうした、美琴」

「これで…いいのよね」

 

彼女は迷っているようだった

恐らく、木山の前に立ちはだかったのも、苦渋の決断だったに違いない

木山春生にどのような決意を持ってあの言葉を言ったのか、アラタにはわからない

 

「本音を言うとね、私もわかんないんだ…これでよかったのかなって…おかしいよね。あんなコト言っておいて今更さ…」

 

彼女の言葉は震えていた

何か言葉をかけようと彼女の顔見たとき、アラタは固まった

 

頬を伝うしずく

目尻にたまる涙

彼女は、泣いていた

号泣というほどでもないが、それでも泣いてることにかわりはなかった

 

「…ごめん」

 

手で拭いながら美琴は無理やりに笑おうとする

それを見ているのが、たまらなく辛かった

 

「とりあえず送るよ。後ろに乗りな」

 

僅かに震える彼女の頭を優しくなでると美琴は一瞬ビクリ、とした

そして今度は無理にでなく、自然な笑顔が見れた

 

「…うん」

 

そう言って笑った彼女は、超電磁砲(レールガン)と呼ばれる超能力者でなく、常盤台のお嬢様でもなく

どこにでもいる普通の女の子にしか見えなかった



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#20 今、あなたの瞳には何が見えていますか

ちょっとカリギュラが楽しすぎてヤバイ



常盤台女子寮に辿り着く

時間は体感時間で四時くらいだろうか

恐らく黒子を携帯かなんかで呼べばここに来てくれるだろう

 

「…ねぇ、アラタ」

 

不意に後ろに乗っていた美琴がメットを取りながら口を開く

脱いだメットを膝の上に置き、その上で掌を弄びつつ言葉を続けた

 

「…まだ、支部には顔出さないの?」

「あぁ、そのことか。…そうだな、まだ気になる事があるからさ」

「気になる事? もうポルターガイストは起きないしその子供たちの覚醒方法もテレスティーナさんが見つけてくれるって…」

「それなんだけどさ。なんか都合が良すぎてるって思わないか?」

 

え? と美琴の言葉が詰まる

 

「美琴、仮にもお前は誰の目にもつかないように行動したんだろう?」

「え、えぇ…、細心の注意を払ったと思うけど」

「なのに、アイツはここに来た。もしかしたら目星は付けてたのかもしれないけど…どうにもキナ臭い」

 

そう言ってアラタは顎に手をやった

確かにそう言われるとなんだかテレスティーナの行動は先読みが過ぎるような気がしてきた

…この考えが杞憂ならいいんだけれど

 

「まぁ今はいいや。とりあえずこれで一段落だ、美琴もちゃんと休めよ」

「その台詞、そっくりアンタに返すわ。…無理して、この馬鹿アラタ」

 

小さく呟く言葉に頭を掻きながらアラタはエンジンを蒸かす

美琴の視線を背に受けながらアラタがビートゴウラムを発進させた

 

<…ホント、アラタって不器用だね>

「うるさい。…このまま真っ直ぐ帰んぞ」

<うい>

 

ぺちぺちとゴウラムを叩きつつ、アラタは改めて帰路へと向かった

 

 

先進状況救助隊の研究所

その春上の病室にて

 

春上衿衣は携帯の画面を見ていた

それはゲームセンターで撮ったプリクラで、画面の中ではそれぞれが皆笑い合っている

自分が退院したら、またこうやって笑い合える時が来るだろうか

そう物思いに耽っているとコンコンと扉がノックされた

 

「春上さん?」

 

そう言って扉を開けて入ってきたのはテレスティーナだった

彼女はどこかうっすら笑っているようにも見える

 

「お友達よ」

 

 

「…お友達って…初春さんたちじゃないんですか?」

「さぁどうかしら」

 

先ほどから聞いてもはぐらかされるばっかりでテレスティーナは何も語ろうとはしない

それ以前にどこか雰囲気も変わって見える気がする

疑心暗鬼のまま彼女についていくとある扉の前で止まった

 

扉を開けて進むとたくさんのベッドとそれに横たわっている大勢の子供たちが目に入ってきた

きょろきょろと子供たちを見ながら春上はテレスティーナを追っていく

やがてテレスティーナは一つのベッドの近くに止まる

春上もそれにならって立ち止まり、そのベッドで寝ている子供を覗き込んだ

 

「…え!?」

 

春上は驚愕の声を上げる

それもそのはずだ

今そのベッドで寝ているのは彼女が探している枝先絆理その人なのだ

 

「絆理ちゃん!? どうして…絆理ちゃんっ!?」

 

彼女は感極まった様子で涙を流す

本当に目の前にいるのは枝先絆理なのだと春上は実感していたのだ

 

「そうだ…初春さんたちに連絡を…」

 

そんな春上を離れたところでテレスティーナは見つめていた

その口元をこれ以上ないくらいに歪ませて―――

 

 

深夜からいろいろありすぎた

コンビニによって朝食を購入していたら学生寮に戻るころにはすっかり九時ごろになってしまった

流石に疲れがたまったアラタはいったん身体を休めようと学生寮の自室へと戻った

階段を上っていき扉のドアに手をかけて扉を開け―――

 

「あ、お帰りなさいお義兄様ー」

 

入った瞬間出迎えてくれたのは両儀未那

とてて、なんて擬音が似合いそうな駆け足で玄関に走り寄ってきてくれた

奥の居間には見覚えのある黒い髪の女の人―――

 

「あ、おっかえりー」

 

黒桐鮮花

彼女は黒桐幹也の妹君で、妹でありながら実のお兄ちゃんに恋をしてしまった困ったお人である

しかしなんでこんな所にいるのだろうか

考えられえる可能性は幹也を追っかけて式の所に行ったのか…とかだが

正直真面目に考えると疲れるのでこの際スルーしておく

 

「来てたんですか? 鮮花さん」

「藤乃や兄さんの顔を見に来たの。ついでに、アンタの顔もね」

 

そう言って可憐な笑顔を見せる鮮花

…こんなに綺麗なのに幹也はすべてをスルーするあたり凄まじいと言える

どこまでもあの人は式一直線だった

 

「…とりあえず、ちょっと寝ていいですか? 深夜からあんま寝てないんです」

「おっけー。…風紀委員の?」

「いえ…まぁ似たようなものです」

 

短くそう答えてアラタはベッドに倒れ込んだ

とりあえず、二時間前後は仮眠を取ろう

そう思ってゆっくりアラタは瞼を閉じ、そのまま睡魔に身を任せていった

 

 

どれくらい時間が経っただろう

不意にテーブルに置いてある携帯が鳴る

そんな音に気が付かずアラタはベッドの上でごろりと寝返りをうった後、こちんと頭を叩かれる感触があった

痛みに耐えながら目を開けるとそこには鮮花の顔があった

彼女はずい、とアラタの携帯を差し出しながら

 

「電話だよ」

 

と言ってきた

彼女から電話を受け取り誰から来たのかを確認する

表示された名前は初春だった

ちょっと気まずいと思ったが無視するわけにもいかない

アラタは通話ボタンを押してそれを耳に当てる

 

「…もしもし?」

 

<…ひっく…! ぐず…>

 

聞こえてきたのは泣き声だった

それもただの泣き声ではない、本当に何かを失敗してしまったような、そんな声色

流石に疑問に思ったのかアラタはベッドから起き上がり改めて会話に集中する

 

「…初春?」

 

問いかけても帰ってくるのは泣き声ばかり

これは…もしかして―――

 

「…支部で話し合おう」

 

初春にそう言ってアラタは電話を切り、ベッドから立ち上がった

鮮花と未那にお昼でも振る舞おうかなと仮眠を取り始めた時は考えていたがそれはまた別の機会で振る舞うとしよう

 

 

矢車ソウは乱雑に電話を受話器に叩きつけるように戻した

唐突に申してきたその申し出に、苛立っているのだ

 

「隊長~…ポルターガイストの資料、一通り集めましたぁ」

 

そう言って鉄装は山ほど資料が入った段ボールをデスクに置く

矢車は彼女に向き直り

 

「あぁ、ご苦労。…」

「隊長? どうしたんですか?」

 

先ほどから矢車は電話を睨みつけている

普段の彼からはみられない怒りにも似たオーラが漂っているような…

 

「いや、今しがたMARから連絡があってな。ポルターガイストの件はもういいと言ってきてな」

「! なんですって!?」

 

それに過敏に反応したのは立花眞人だ

 

「あんなに大きな事件なのに、一方的にそんな事言うなんておかしいですよ!」

「あぁ、それには俺も同感だ。…終わったから、の一点張りではな」

 

もともとあの女…テレスティーナと言ったか

あの女も含めて先進状況救助隊とはどうにも胡散臭い

その疑惑を、この電話はさらに深めたのだ

 

「鉄装、その資料はとりあえず影山に渡せ。あいつに保管させる」

「了解しました!」

 

 

「テレスティーナ・木原・ライフライン…!? 本当にそう言ったのか!?」

 

一七七支部

駆け付けた時にはすでに初春が座っており、そして泣いていた

そんな初春の背中を佐天が優しくなでている

 

話を聞くに、彼女は木山と一緒に子供たちに会えないかと頼みに行ったようだ

そのついでに今まで木山が調査したデータも持ち寄って頼んでみたのだが―――結果はすぐにわかる

今目の前にいる初春を見れば一目瞭然だ

そしてそこで…テレスティーナは本性を現した

 

「木山は今、どこにいますの?」

「わっ…! かりま、ぜん…ぐずっ…」

 

初春は先ほどからずっとこの調子だ

これでは会話にすらなりはしない

 

「落ち着いて初春…大丈夫だから」

 

佐天に宥められているが彼女は一向に泣き止まない

そんな初春に、少しだけアラタはイラついた

 

「あったわ! テレスティーナ・木原・ライフライン…」

 

パソコンの前に座って彼女を調べていた固法がそう声を上げた

 

「木原幻生の血縁…孫!?」

「なんですって…!?」

 

木原、というファミリーネームがあった時点で何らかの可能性は考えてはいたが、まさか孫だとは思わなんだ

嫌な予感はしていたのに、まんまと行動を許してしまった

 

「前白井さんが見つけた論文から当時の職員のデータに当たったの…これを考えると、恐らく彼女は木原幻生の助手をしてたことにもなるわね…。待って、第一被験者…〝テレスティーナ・木原・ライフライン〟!?」

 

「なんだと…!?」

 

めまぐるしく動き回るアラタや黒子を見ながら、美琴は拳を握りしめた

そして同時に後悔する

どうして、あそこで立ちはだかってしまったのだろう…、自分がやったことは、完全に間違いじゃないか…!

 

「つまり、アイツが最初の被験者!? いや、ちょっと待て、自分の孫さえも材料に…!」

 

まさに外道、というレッテルがピッタリだ

そしてそのテレスティーナも研究者…血は争えないとはこの事か

 

「ど…どうじよう…っ!! わたじ、わだじ…!」

「な、泣かないで初春…!」

「だっで…春上ざん…枝先さんまで…う、うぅぅぅぅ…!!」

 

みっともなく初春を見て、アラタは苛立ちが募っていく

やがてピークに達したアラタは彼女の方に歩いて行った

 

「…お前はいつまで泣いてるつもりだ」

「…え…!?」

 

彼女の顔は酷いものだ

涙に濡れて、目は真っ赤になっている

 

「いつまでそうやってめそめそ泣いてるつもりだと聞いているんだ、初春」

「あ、アラタ…ざんっ…ぐずっ」

 

まだ彼女は涙を止めない

それどころか、拭おうともしない

アラタは意を決した様子で彼女の胸ぐらをつかみあげた

そして、怒鳴る

 

「泣いてるばかりで、何をしてるんだお前はっ!!」

 

「―――!!」

 

「泣けば彼女が戻ってくるか!! 泣いたら何かが変わるのか!! 変わんねぇだろ、わかってんだろうそんなコトはッ!!」

 

初春は涙を流しながら彼の怒号を聞いた

それ以前に佐天や黒子、固法でさえも彼の声に驚いている

 

「答えろ! お前の仕事はなんだ!!」

「わ…私は…」

 

初春はそこでめいっぱい息を吸い込んだ

そして、真っ直ぐアラタを見て、言い返した

自分のやるべきことを確認するかのように

 

「風紀委員一七七支部の…初春飾利です…!!」

「…よし、よく言った」

 

宣言する時には初春からだいぶ涙は消えており、いつものような顔つきが戻ってきていた

そうだ、それでこそだ

 

「怒鳴って悪かった。…いろいろごめんな、だから―――絶対に助けよう」

「―――はいっ!」

 

そう元気よく、そして僅かに笑んだ彼女は国法の所に行き、交代を申し出る

彼女がキーボードを叩く音を背に、アラタは一つ、息を吐く

ふと目を開けると佐天と視線があった

彼女はアラタに気づくと少し笑ってくれた

 

「アラタさんって、結構不器用?」

「言わないでくれ」

 

小さい声でそんなやり取りを交わした直後、辺りを見回すと違和感に気づいた

佐天…は目の前にいるし、初春は黒子と話しながらパソコンを操作していて、その様子を固法が見ている

固法もその違和感に気づいたのか唐突にきょろきょろし始めた

 

「…あれ? 御坂さんは?」

 

何気なく呟いたその言葉に支部の中の時間が止まる

脳裏に嫌な予感がよぎった

もしかしたら、美琴は―――

 

「あのバカ…!」

「お兄様!」

 

いてもたってもいられずに、黒子の静止を無視してアラタは支部を飛び出して下に停めてあったビートチェイサーの下に駆け寄った

 

 

先進状況救助隊研究所の入り口付近

そこに御坂美琴は立っていた

目の前からはMARのトレーラーが通り過ぎていく

恐らくあの中に子供たちが入っているのだろう

 

「いいの? 追わなくて」

 

目の前に見えるテレスティーナは前と変わらないスーツ姿だった

しかし、今はそんな事などどうでもいい

 

「騙したわね」

「騙す? 人聞きの悪い」

 

彼女は依然と変わらない態度だったがそれでも不快に感じるものがある

いや、今やそこにいるだけで不快な存在だ

 

「何を企んでるの」

「企むぅ?」

 

「木原幻生の孫娘…それでいて結晶体の最初の被験者…なのに、アンタは木原幻生の研究を手伝い…子供たちを連れ去った…。一体どういうつもりなの―――」

 

「ぷっ!! げひゃははは!!」

 

纏う空気が完全に変わる

 

「よく調べたじゃねぇかお利口さ~ん…でもさぁ、なんでって言われて正直に答えると思ってんのかァ!? サスペンスの見すぎだろヴァァァカ!! 聞きたかったら力づくとかで割らせてみやがれ小便くせぇ小娘がよぉ!!」

 

怒りが頂点に達した

今までの性格は完全に作っていたものだったようだ

体中にバヂバヂと雷を奔らせて目の前のアイツにぶつけようとしたところで

 

キィィィン…、と耳に残る音が響いてきた

 

その音は美琴の頭に痛みを走らせて思わず膝をつかせてしまう

 

「こ、この音…!?」

 

「知ってるのぉ? キャパシティダウン」

 

キャパシティダウン

それは蛇谷率いるビッグスパイダーの連中が使っていたものだ

それをどうしてこの女が持っている…

 

「ん~? なんでお前がーみてぇな面だなぁ。教えてやるよ…これはアタシが作った奴だからなぁ!!」

 

そう言ってテレスティーナは美琴の腹を蹴り飛ばす

灰から空気が逆流し、一瞬呼吸が出来なくなる、が身を転がしてなんとか距離を取った

 

「作った…!?」

「スキルアウトのネズミどもにプロトタイプくれてやったらよぉ、たくさんデータが集まったんだ。おかげでだいぶパワーアップしたぜェ? …ま、おかげでデカくなっちまったが」

 

そう言ってテレスティーナは徐にある所に視線をやった

恐らくそこに改良されたキャパシティダウンがあるのだろうが、美琴はそこに視線をやるほど余裕はない

 

「スキルアウトとかいうゴミみてぇな役立たずどもでも、使い方次第じゃ役に立つんだなァ? あっひゃひゃひゃっ!!」

 

美琴は拳を握りしめる

脳裏に蘇るのは一緒に戦った黒妻綿流の笑顔

友達を馬鹿にされて、怒らないヤツはいないんだ

 

「ざっけんじゃねぇわよ…!」

「あァ?」

「スキルアウトは…実験動物(モルモット)じゃないッ!!」

 

怒りと共に放たれた雷は凄まじい威力を誇るものだった

しかしキャパシティダウンの邪魔があり、思ったところには上手くいかなかった

 

「おお怖い怖い。…こりゃ流石に、生身はあぶねぇな」

 

そう言いながら胸ポケットから取り出したのはガイアメモリだった

書いてあるのは〝W〟の文字

彼女は「っは!」と笑いながらメモリを起動させる

 

<WEATHER>

 

そして彼女は首へとそのメモリを挿入し、身体を変貌させていく

 

「アンタ…そんなものまで…!」

「雷ってのは…こう撃つんだよぉっ!」

 

ウェザーの掌から放たれた雷撃を美琴は走る事で何とかして回避する

だが状況は完全にこちらが不利だった

キャパシティダウンのおかげで能力はうまく作用しないし、相手は雷だけでなく雲や雨といった天候までも操ってくるのだ

はっきり言って避けるだけで精いっぱいだ

 

「アンタみたいな子ってとっても素敵。正義感にあふれて頑張り屋でさぁ。そんなあなたやお友達のおかげでぇ、子供たちを見つけることが出来ましたァ。…だからよぉ、褒美の代わりに教えてやるわ」

 

ウェザーは全く疲れた様子は見せていない

それどころか余裕すら見せている

 

「私の目的はその能力体結晶を完成させること。ついでになぁ…あの花火大会で襲ってきたあの化け物…」

 

ウェザーはそこで一度言葉を区切った

そしてずい、と美琴の顔へ近づけて

 

「―――私が人体実験で作った奴なんだよねェ?」

 

「―――!?」

 

今、目の前の女はなんといった

 

「クウガとかいう奴のデータを取りたくてよぉ? けど出来た化け物はみぃんなすぐおっ死んじまってさぁ…たまたま出来たあのトラを、仕向けてやったのさぁ。最も、そういったのはすでに誰かがやってたみてぇだけどな」

「アンタ…! 人間をなんだと思ってんのよ…!?」

「別に何とも思ってねぇよ。それくらい分かんだろ?。学園都市の奴らは皆能力開発受けてんだぜ? つまりみんなサンプル品だって事だろうが」

 

軽快に腐ったことを吐きながらウェザーはさらに美琴を蹴り飛ばした

幸いにも喰らうその直前、僅かに右に飛んだおかげで大きな怪我は免れたが、それでもダメージを負ったことに変わりはなかった

 

そんな時だ

 

「…ん」

 

ウェザーの耳にバイクのような音が届いた

振り向くとそこには何度か見た野郎が乗っている

名前は―――鏡祢アラタ

牽制の意味合いも込めて軽く雷撃を飛ばしてやる

それを察知したのか右手だけの最低限の動きでその身をクウガに変化させる

落雷を突っ切って、アイツはそのまま突進してきた

 

「ちっ!」

 

いくらなんでも突撃を食らうのはまずい、そう判断したウェザーは大きく後ろにバックステップする

バイクに乗ったクウガはギャリギャリギャリ、などという音を出しながら方向を転換させ、美琴へと駆け寄り、抱き寄せた

 

「あ、らた…」

「心配かけさせんなよ、このバカ」

「なにラブコメしてんだこのグズ共がァァァ!!」

 

咆哮とともに、暴風と一緒に落雷が発生される

しかしクウガは迷うことなく一直線に突っ切って、そのまま元来た道を戻っていく

放った雷撃も時折ジグザグに動くおかげで狙いづらい、定めていたらそのまま逃げられてしまった

 

「―――クソが…」

 

テレスティーナへと戻ると大きく彼女は舌を打つ

貴重なサンプルを取り逃がした

 

◇◇◇

 

御坂美琴が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった

 

「お姉様!?」

「御坂さん、大丈夫ですか!?」

「どこか、痛いところとか…」

 

起きた瞬間に黒子、初春、佐天の三人に声をかけられる

アラタも声をかけては来なかったが本当に安堵したように息を漏らした

美琴はゆっくりと体を起こしながら

 

「…そうだ…私…あの人に…」

 

そう思いだしたところで、あの女の顔を思い出す

そうだ、自分は何もできなかった

こんな所で、寝ていられない…

思い立った彼女はベッドから立ち上がった

 

「お姉様!? 急に動いては…」

「どいて黒子…春上さんたちを、助けないと…!」

「ですからそれは―――」

「私が! …勝手に研究所に忍び込んで…勝手に頭にきて…! 子供たちをあの女に…!」

 

彼女の声色は怒りに震えている

あの時の行動は、間違っていたんだ

まんまとあの女に利用されただけじゃないか…!

 

「どきなさい黒子。…あの女は、私が止める」

 

黒子の制止を振り切り、美琴は一人出口へと足を進める

そんな彼女の前に立ったのは―――佐天涙子だった

 

「…佐天さん?」

「御坂さん」

 

彼女は言った

 

「今、貴女の瞳には、何が見えていますか」

「…何って…佐天さん、…だけど…」

 

違う

佐天が言っているのはそう言う物理的な事ではない

彼女が言っているのは―――

 

「…あ」

 

気づいたように声を洩らした

そして、振り向いた

 

最初に視界に入ってきたのは黒子だった

次に初春…そして、アラタ

バカだ、と美琴は自分を罵った

こんなに自分を心配してくれる〝友達〟がいるのに…目先の事にとらわれて周りが見えなくなっていたんだ

 

「…ごめん。また…皆に迷惑をかけてた…」

「迷惑なもんかよ」

 

そんな美琴にアラタは声をかける

 

「迷惑ってのはかけるもんだぜ? まぁ程度はあんだろうけど…それでも、ただ心配するくらいならさ、近くで一緒に背負わせてくれよ。…それが友達ってもんだろ?」

 

「そ、そうです!! 私たちだっているんですからっ!」

「えぇ。仲間外れは許しませんわよ?」

 

そう言って笑いかけてくれる初春と黒子

あぁ、そうだ

自分は一人じゃないんだ

そう思って思わず美琴もつられて微笑んでしまった

 

◇◇◇

 

一七七支部にて

 

<わかった! なんとかしてみる>

「き、聞いてくれますの!? てっきり何か言われるかと思ってましたのに…」

 

パソコンに向かっているのは白井黒子

テレビ電話のようにモニター越しに会話をしているのは矢車ソウだ

黒子はこれまでのことをすべて話したうえで警備員に協力を仰ごうとしていたのだが

 

<あいつの組織が怪しいのなんて一目瞭然だ、おまけに君から話を聞いてさらに決心が固まった! さすがにすぐには無理だが、必ず動く! 君たちも無理はするな!>

 

「よろしくお願いしますの!」

 

そう言って矢車は一度通信を切った

てっきり反論でも言われるかと思っていたが矢車も疑念を抱いたらしい

どっちにしろ、これで一つ、強力な味方を得た

 

それから数分後

 

「警備員から衛星のデータが届きました! トレーラーは現在都市高速五号線、十八学区第三インターチェンジを通過したところです!」

 

五号線とは、十八学区へと続く道路だ

恐らくそこには木原幻生が所有している研究所があるのだろう

 

「…初春、このトレーラーの後ろを走ってる車に寄れるか?」

「え、はい…って!?」

 

画面を近づけて初春が驚いた

その後ろを走る車のカラーリングには見覚えがあるのだ

 

「これ、木山先生じゃないですか!」

 

佐天の言った通り、これは木山が使用している車なのだ

そんな木山の車を見て美琴が呟く

 

「ったく…無茶して。背負い込んでじゃないわよ全く」

「…お姉様がそれを言いますの?」

「やれやれ、だな」

 

人の事言えないのは美琴も同じだった

 

「はい、アラタ」

 

そうしているうちに固法から渡されるお椀

その中には美味しそうなわかめスープが入っていた

 

「市販のだけどスープよ。あとおにぎりも。ほら」

 

そう言って彼女が視線を向ける

その先のテーブルにはたくさん盛られたおにぎりと、大き目の容器に入れられたわかめスープが

 

「腹が減っては戦は出来ぬ。しっかり食べて備えなさい!」

 

『はーいっ!』「おうっ!」

 

 

皆がそれぞれ準備をしている中、アラタは蒼崎橙子の元に電話を入れていた

差し出されたおにぎりを食らいながら

 

<ほう。案の定だった、というわけだな>

「あぁ、そんなわけで、これからちょっと乗り込んでくる」

<…ふふ、お前にしては過激な言葉だな。まぁいい、一応右京にも知らせておこう、ゴウラムも一緒にな>

「了解。…その、なんかいろいろ悪い、何から何まで…」

<今更だな。―――無理はするなよ>

 

そう短く返事のあとに、ぷつりと電話が切れた

徐にスリープモードになった携帯の黒い画面を見つめ、ふとアラタは笑顔を作る

 

やがて皆の準備も終わり、それぞれが戦いに向けて表情を引き締めていた

佐天は護身用か金属のバットを持っている

というか、どこで手に入れた

 

「…よし!」

「行きましょう、アラタさん!」

 

美琴の言葉に佐天がアラタへ言葉を向ける

そしてこの時から、子供たちを救う戦いが始まるのだ

 

「あぁ―――反撃開始だ」

 

覚悟は決まった

あとは、前に進むだけだ―――



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#21 笑顔 前編

要所の修正のみ
展開等は変わらず




木山は車を走らせる

目的は一つ、目の前にあるMARのトレーラーを追いかけるためである

 

「待っていろ…!」

 

木山は無意識にハンドルを握る手に力を込める

全ては、眠っている子供たちの為に―――

 

「私が…必ず…! …む!?」

 

不意に違和感を覚えた

目の前を走るトレーラーが並んだ

まるで道を遮るかのように、唐突に目の前に並んできたではないか―――

 

そう考えたその時、トレーラーが開き…そして中にあったものが見えていく

それは駆動鎧―――

 

「何!?」

 

騙された―――

そう考えた時には駆動鎧は木山に向けて銃器を構え―――

 

「せりゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

そんなトレーラーの間に一人の人影が雷を叩き込んだ

思わず木山はハンドルを切り、ドリフトを効かせながら道路に横になるように急停車する

何がおこったのだろうか

しかしあの人影、依然どこかで見た気がする―――

そう思い目を凝らすと、見知った人物が立っていたのだ

 

「…悪趣味なイタズラするじゃない」

「本当ですわねぇ…」

 

そこには超電磁砲と呼ばれる常盤台中学の女の子、御坂美琴が立っていたのだ

その彼女の後ろにいるツインテールの女の子は恐らく彼女の後輩だろうか

唐突過ぎる再会に面食らうが、今はその再会を喜ぶべきなどではないのだ

 

「な、何のつもりだ君たち! いったいどういう―――」

 

つもりだ、という言葉は続かなかった

何故なら同様に走ってきたがバイクが横切ったからだ

そのバイクに乗っているのは赤い複眼に同じく赤い鎧が特徴的な―――

 

「クウガ…鏡祢くんか…!?」

「木山先生! この車は囮です!」

「子供たちは乗ってません!!」

「な、なんだと―――て、おい!?」

 

ビートチェイサーの後ろに乗っていた佐天と初春がそう言いながら木山の車に乗り込んでいく

一体何が起こってるんだ、どんな状況なんだ、と考える前に初春の言葉が耳に届く

 

「乗って下さい!」

「…え?」

 

初春はカバンからノートパソコンを取り出して起動させる

その隣にいる佐天はまだ呆然としてる木山に

 

「早く! 子供たちを助けるんでしょう!!」

「っ!」

 

木山は驚愕する

まさかあの時の子たちに論されるとは思ってもみなかった

木山はちらりと美琴とクウガを見る

 

美琴はその視線に気づくとゆっくりと頷き、クウガは親指を立てながらこう言った

 

「大丈夫」

 

温かくも優しい言葉を聞いた

それを聞いて決心した木山は急いで車に乗り込むと一気にアクセルを全開にして、駆け抜けた

 

「…さて、お客様がお待ちだぜ!」

 

クウガはそう言うと身構える

彼が示した視線の先には膨大な数のMARトレーラーと駆動鎧、おまけに雑兵として骨のみたいな模様が入った妙な人型の人形のようなものまで引きつれている

あれもテレスティーナの作ったやつか?

骨戦闘員とでも仮に名づけておこうか

 

「参りましょう、お姉様、お兄様!」

「えぇ、アンタたちの相手は―――」

 

そう美琴の声はバラバラバラ、という妙なプロペラ音にかき消された

徐にそんな音の方に向くと数台のヘリコプターが滑空していた

まさかヘリまでも用意するとは

 

「…流石に予想できなかったな」

 

思わずたじろいでしまった

しかし何が相手でも引くわけにはいかない

木山の子供たちを助けるためには―――

 

<Rider slash>

<TRIGGER! MAXIMAMDRIVE>

 

一つの紫色の光刃と、幾重にも重なった弾丸がそのヘリコプターを打ち貫いた

途中で脱出しようとして飛び出したヘリのパイロットを捉えるようにクワガタの飛行物体が彼を捉え地上に降ろす

 

「え…?」

 

思わずそんな言葉を口にしていた

そして耳にする聴き慣れた声色

 

「水臭いぞカ・ガーミン。こういった決戦の場に親友の俺を呼ばぬとは」

「ツ、ツルギ!?」

 

仮面ライダーサソード、神代ツルギ

そしてその隣には、青と黄色の半分こなライダー―――

 

「やぁ、間に合ったかな」

<ベストタイミング>

 

仮面ライダーダブル、右京翔&アリステラが立っていた

そして彼の傍らには、黒いクワガタ―――ゴウラムも

あまりにも突然の出来事に美琴や黒子もびっくり顔だ

いや、ダブルとゴウラムは来ることがわかっていたが、どうしてツルギがここにいるんだ

 

「や、けど…なんで」

「警備員がやけに騒がしかったからな。気になってヤ・グルーマに聞いたのさ」

<それに、助けに来てくれるのは私たちだけじゃないよ>

 

右の複眼を発光させつつダブルが顔を向けたその先から、戦闘しているような音が聞こえてきた

戦っているのはライダーだった

 

「…助太刀に来たぞ、鏡祢」

「…天道…」

 

骨の人形を蹴り飛ばしながら天に手を翳す紅いカブト虫のライダー…カブト

 

「この借りは、俺の店を利用して返してもらうぞ」

「風間…」

 

銃撃で駆動鎧やヘリの武器を撃ち抜くトンボのライダー…ドレイク

 

「ここは僕たちに任せて! 早く!」

「翔一さん…! え、でも、なんで翔一さんまで…!」

「天道くんに頼まれたのさ。ここに来るまでイマイチ状況理解できてなかったけど、到着しておおよそが理解できたよ」

 

そんなことを言いながら襲いかかってくる駆動鎧を殴り飛ばし返り討ちにする竜のライダー…アギト

 

「皆…!」

 

思わず目頭が熱くなるものがある

それと同時に、胸にふつふつと湧き上がる感情があった

これは…絶対に負けないと、はっきり確信して言える自信があった

 

「お兄様、お姉様」

「まぁそういうわけだ。ここは俺たちに任せといてよ」

 

いつの間にか黒子はカバンから大きい革のベルトのようなものを取り出していた

そのベルトには黒子がいつも使用している鉄針が仕込まれている

ダブルも拳を握りしめ、クウガに進むことを促す

 

「お二人は、木山春生にご助力を!!」

 

「…わかった、任せたぜ黒子、みんな!」

「ちゃんとついてこなかったら、承知しないんだから!」

 

その言葉に黒子は頬を僅かに染めて平静を保ちつつ、内心歓喜し、ダブルは左手で何かを射抜くような動作のあと

 

「心配はいらないさ。だって俺たちは」

<うん。二人で一人のライダーだもの>

 

力強い返事を聞いてクウガは傍らの相棒の名前を呼ぶ

 

「さぁ、行くぞゴウラム」

<がってん>

 

ダブルの傍らにいたゴウラムはふわりと移動してきて、クウガの近くに浮遊する

赤い瞳を輝かせて、おまけに乗りやすいように位置まで調整までしてくれた

出来た相棒だ

 

「よし…行くぜ、美琴」

「えぇ、なるべく急いでよね」

 

クウガはその背に飛び乗って美琴に手を差し伸べる

美琴はその手を握ってクウガの隣に飛び乗った

 

「行け!」

 

クウガの指示に応えるように、ゴウラムは木山春生の車を追いかけた

背後にあるのは信頼だ

振り向くことはない

誰でもない、友達を―――仲間を信じているから

 

◇◇◇

 

空間移動で白井黒子は縦横無尽に飛び回る

彼女の武器はその空間移動での神出鬼没さと、その鉄針による空間移動攻撃だ

 

付近を飛んで相手の眼を翻弄した後、その銃器に鉄針を空間移動させて使い物にならなくする

しかしそんな彼女にも、死角はあった

 

それは空間移動直後に来る銃撃

彼女の着地のタイミングを見計らわれ、グレネードが放たれた

しかしそのグレネードが黒子に当たる事はなかった

 

<clock up>

 

見えない速度で加速したサソードがそのグレネードを斬り裂いたのだ

サソードが爆風こそ受けたが特に目立った外傷はなかった

 

<clock over>

 

加速を終えたサソードの背に、黒子は空間移動し互いに背中を預け合わせる

 

「まさか…貴方と共に戦う日が来るとは思いませんでしたわ」

「俺もだスィ・ライン。改めて見ると、お前の力は素晴らしいな」

「あら。褒めてますの?」

「当然だ。俺は称賛することでも頂点に立つ男だ」

「それは…ありがたいですわねっ!」

 

互いに言い合うと背中を預け、二人は目の前の駆動鎧や骨戦闘員へと駆けぬけた

 

 

~Believe yourself~

 

迫りくる敵をアギトは徒手空拳で寄せ付けず返り討ちにしていく

グランドフォームは超越肉体の金と呼ばれるアギトの基本形態、故にこういった一般兵程度なら素手で対処できるのだ

 

…が、こうも数が多いとさすがに対処に困るというか面倒だ

そう感じたアギトはオルタリングと呼ばれるベルトのサイドの左側を押した

ベルト中央、左側が青く輝き中央の宝石が青く変色する

同時にアギトの身体にも変化が訪れる

胴体部分と左腕がベルトと同じように青くなったのだ

超越精神の青、ストームフォームである

 

す…と、アギトはオルタリングに手を寄せるとオルタリングから長い棒状の武器が現れる

専用武器〝ストームハルバード〟だ

 

ブン、と一つ振り回しそれを目の前の骨戦闘員連中や駆動鎧に突きつける

すると両側の刀身が伸びて、両刃の薙刀のようなものになった

それを改めて両手で構え、アギトはその軍勢へと突撃していく

 

「ふっ!」

 

一つ一つ攻撃をいなしながらハルバードでの一撃を切り込み、背後から強襲してくる骨戦闘員も振り向きざまに斬りつける

不意に前を向くと数体に駆動鎧がこちらを捉えていた

手にはガトリングと思わしき銃器を携えている

撃たれる前にアギトは行動を起こした

 

「はっ!」

 

ハルバードを大きく振り回しながらアギトは一気に距離を詰める

接近してきたことに驚いたのか、駆動鎧たちは一斉に銃器を発砲しようと構えるが遅かった

撃つより先に接近してきたアギトのハルバードが駆動鎧を斬り抜ける

ドォン、と背後で爆発が起きアギトはゆっくり振り向いた

 

直後前に立つ、骨戦闘員の集団にその中心に駆動鎧

アギトはストームハルバードをオルタリングに戻して、グランドへと形態を切り替える

そして一度普通に立つと同時に、頭部にあるクロスホーンが展開された

 

角が展開されたことにより、何かを警戒したのか、駆動鎧たちは身構えた

そんな連中を視界に捉えつつ、両手を開き、左足をゆっくりと後ろへ後退させていく

同時に右手を上に、左手を下に、オルタリングの左側上付近へと持っていく

それはまるで刀の居合を彷彿とさせる構えだった

 

「はぁぁぁぁ…!!」

 

息を深く吐きながら、さらに腰を落とす

地面に現れたAGITOのマークは彼の足に吸収されるように足に力を蓄積していく

 

そして、アギトは一気に飛んだ

驚いて放たれた銃撃には目もくれず、バッと右足を突き出し

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

叫びと共に駆動鎧に渾身のライダーキックを叩きこんだ

ライダーキックを受けた駆動鎧はバランスを崩し、大きく後ろへ仰け反って骨戦闘員を巻き込んで爆散する

その爆風の中、アギトは毅然と佇んでいた

 

 

~NEXT LEVEL~

 

ドレイク、カブトの行動は至極単純

カブトは臨機応変にクナイガンで斬り裂き、それを狙う敵をドレイクが撃ち落とす

またその逆もしかりだ

相手は単純に数で押してきているものの、起こしてくる行動はさほど分かりにくいものではない

 

「しっかし、なんでこうも面倒な事に巻き込まれるんだろうなっ!」

 

傍らで骨戦闘員を射抜いたドレイクが一呼吸しながらカブトに向かって呟いた

一方のカブトはカブトクナイガンで駆動鎧の装甲を斬り裂きながら、いつもの様子で受け応える

 

「さぁな! だが、友達を助けるのに、特に理由はいらないと思うが?」

「あぁ、それもそうだな!」

 

バッと飛び退いてお互いを背に預けるとカブトはクナイガンをガンモードに、ドレイクはそのままドレイクゼクターを構え、同時に引き金を引く

放たれた弾丸は周囲に展開していた骨戦闘員にヒットし、それぞれを爆散させていく

その直後、待機していた駆動鎧の群れが二人の正面方向から突撃してきた

 

カブトとドレイクは互いを背に跳躍し、それぞれ駆動鎧の後ろへと着地した

先に動いたのはドレイクだ

 

「ライダーシューティング」

<Rider shooting>

 

ドレイクゼクターを畳み、狙いを定めてトリガーを引く

放たれたそれは真っ直ぐに駆動鎧に向かっていくが、予期していたのか駆動鎧は大きく右に動いてそれを躱した

だが、それはドレイクとて読んでいた

駆動鎧が回避したそれはカブトに向かって行く駆動鎧の方向へと飛んで行ったのだ

それを確認したカブトは冷静に

 

「クロックアップ」

 

ベルトの右側を軽くタップしクロックアップを発動させた

クロックアップの中まずはクナイガンを持ち、その高速移動の中で駆動鎧を幾度も斬りつけ破壊する

数度斬りつけたのち、カブトはゼクターのスイッチを押して、ホーンを倒す

 

<one two three>

 

「ライダーキック」

 

呟きながらホーンを戻し、カブトはドレイクに向かっていく駆動鎧へ、ドレイクが放ったライダーシューティングを蹴り返した

蹴り返されたシューティングはゆっくりと駆動鎧の背へと向かって飛んでいき―――カブトはクロックアップを解除した

 

<clock over>

 

クロックアップ空間から抜け出したその砲弾は速度を取り戻し、駆動鎧に直撃する

爆発を背に、カブトは一人、天を指す―――

 

「全く…、危ないな」

 

いつの間にか隣にいたドレイクがため息を吐きながら大きく肩で息をした

恐らくぶつかった直後クロックアップで爆風の中を抜けてきたのだろう

 

「お前を信じたまでだ」

「そう言うことにしておく」

 

そんな言葉を交わしながらカブトとドレイクは互いの手を叩きあった

 

 

~W-B-X -W-Boiled Extreme-~

 

ルナトリガーからサイクロンジョーカーへと戻ったダブルは流麗な蹴りで骨戦闘員を蹴り飛ばし、駆動鎧の体制を崩してさらに追い打ちをかける

 

そして一息をついたその隙を見計らい、何人かの骨戦闘員が飛び掛かってきた

危うく捕まるところだったその場所を後ろに飛んで回避し、そんな骨戦闘員達に飛び蹴りを打ち込んだ

 

<翔、ちまちまやっても仕方ないよ。派手にぶっぱなそうよ!>

「君からからそんな提案されるなんてね。…いいよ、派手にかましてやるか!」

 

大きく頷きながらダブルはドライバーにあるメモリを引き抜き別のメモリを起動させる

 

<HEAT><METAL!>

 

それをドライバーにセットし思い切り開く

 

<HEAT METAL!>

 

ヒートメタルへとチェンジしたダブルは背に現れたメタルシャフトを構え、群がってくる骨戦闘員達を薙ぎ払っていく

一通り凪いで、ダブルはメタルメモリをシャフトにセットする

 

<METAL! MAXIMAMDRIVE>

 

ぶんぶん、と振り回しダブルはシャフトを構えた

それと同時、メタルシャフトの両側から噴射するように炎が吹き荒れる

ダブルは先ほど凪いだ骨戦闘員を見据え、地面を蹴った

 

「<メタルブランディング!>」

 

シャフトからの炎をジェット代わりに加速したダブルはそのまま骨戦闘員達にメタルシャフトを叩きつけた

薙ぎ払われた骨戦闘員達は大きく吹っ飛びそのまま消滅していった

直後、再びダブルはヒートとメタルのメモリを引き抜きサイクロンとジョーカーのメモリに戻す

 

<CYCLONE JOKER!>

 

戻った直後に駆動鎧たちの銃撃を受け、思わず足をばたつかせてしまった

 

「おわっ!? 危ないな、ったく…!」

 

ダブルは一度深呼吸してから冷静にドライバーから片方、メモリを引き抜いた

 

「たまにはこんなのもいいかもね!」

 

引き抜いたメモリはサイクロン

ダブルはドライバー左側のマキシマムスロットにサイクロンメモリをセットし軽く叩く

 

<CYCLONE MAXIMAMDRIVE>

 

「行こう、アリス!」

<うん! どこまでもついてくよ翔!>

 

軽く右手をスナップさせて、ダブルは駆動鎧に向かって走り出した

そして飛び上がり風の力を纏ったその右足を突き出す

 

「<たぁぁぁぁぁッ!!>」

 

二人の叫びはシンクロしより威力を倍増させる

一度ヒットした体制からその場でもう一度ひねり上から叩きこむようにもう一機の駆動鎧に叩きこんだ

爆発を背に受けてダブルは左手をスナップさせて一息付く

そしてアラタたちが向かっていった方角へと視線を向けて

 

<…大丈夫だよね、アラタさんたち>

「あぁ、大丈夫だよ、アイツ等なら」

 

既にここかれではもう彼らの姿は見えない

それでも、不思議と彼らが負ける姿は想像できない

 

そうして―――友が築いたバトンは、木山たちへと託される



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#21 笑顔 後編

ペルソナ5してました(土下座

要所の修正のみ
とりあえず一旦ここまで


一方、こちらは本当のトレーラーを追う木山一向

高速で走る彼女の車に、ゴウラムに乗っているクウガと美琴も追いついて並走している

その社内で初春がキーボードを操作しつつ、彼女をナビゲートしている

 

「先ほどの部隊が出発した少しあと、民間を装った輸送車を二台本部から出ていったのを衛星の映像で確認しました! 恐らくこちらが本命だと思います!」

「なるほど…! 私はまんまと騙されたという事か…!」

 

ギリ、と木山は食いしばる

急くあまり、周りの事が見えていなかったみたいだ

 

「急ぎましょう! そいつら、もう到着してるみたいなんです!」

 

佐天の言葉に木山はアクセルをさらに踏み込んだ

 

「場所は!?」

「二十三学区! そこにある、今は使用されていない推進システム研究所! この先を左です!!」

 

木山は初春の指示通り車を走らせる

 

・・

 

その様子をテレスティーナはモニターで監視していた

そしてほぉ…と僅かながら称賛する

 

「やるじゃねぇか。…ウゼェガキしかいねぇと思ってたがちったぁ頭の回るガキもいんじゃんよ…」

 

くひひ、と彼女は笑った

そしてテレスティーナは操作レバーを動かし、起動させる

 

「まぁそれくらいの方が…殺し甲斐がねぇもんなぁ…!!」

 

・・

 

<クウガ、下>

「っ! 美琴、掴まってろ!」

「え? ちょぉ!?」

 

美琴に彼女が慌てて自分を掴む手に力が籠められるのを確認すると、クウガはゴウラムの速度を僅かに上げる

第六感が危機を伝えたのか、ただ勘が働いたのか

いずれにせよ、今回はそれが功を成した

 

先ほどまでゴウラムが飛んでいたところをぶん殴るかのように地面からなんか手みたいなものが突き出てきたのだ

 

やがてそれは全身の姿を現す

それはずんぐりむっくりした黄色いロボットのような駆動鎧だった

そのロボットは足付近にタイヤを展開すると、走るように着地すると、車を潰そうとするべく滑走する

 

「くっそ、あの女…! 何でもアリか!」

「みたいねぇ!」

 

どうにかそのロボットを振り切り、クウガは木山の車の付近を再び飛行する

 

「な、なに、今の…!」

 

先ほどの揺れが応えたのか、佐天が譫言のように呟いた

 

<ほぉらほぉらぁっ! 急がないと潰しちまうぞぉぉぉ!?>

 

「…この、声!」

「あの女か…!」

 

悔しさを噛みしめるように初春と木山が呟く

ふと、窓の外を見るといつの間にかゴウラムに乗ったクウガと美琴が木山の車と同じ高度を飛んでいた

それに気づいた佐天が窓を開け、声の通りを良くする

 

「おい、もっと速度でないのか!」

「言われずともやっている!」

 

すでに限界寸前だ

これ以上は流石に無理だと分かってはいるのだが、へんに躊躇してはあのロボットもどきに破壊されてしまう

そうヤキモキしながら運転している木山の耳に

 

「ごめん…!」

 

美琴の謝罪の言葉が届いた

何事か、と思い木山は彼女の言葉に耳を澄ませる

 

「間違ってた。…私」

 

流れる沈黙

重い空気の中、口を開いたのは木山春生だった

 

「立場が違えば…私も同じことをしていたさ」

「っ!」

 

その言葉で、御坂美琴のわだかまりが取れた気がした

一瞬驚いた表情を浮かべたあと、彼女はテレスティーナが駆るそのロボットを睨みつける

それに応えるようにクウガはゴウラムを動かし、そのロボットを相対するように

 

「その埋め合わせは―――」

 

彼女は―――御坂美琴はその身体に雷を迸らせる

そして放つ

雷の一撃を―――

 

「ここでするからっ!!」

 

放たれた雷は確かにロボットを捉えた

しかし喰らう直前肩からシールドのようなものが展開し雷を弾いていく

 

「弾かれた…!?」

「マジか…!」

 

それならば、と美琴はポケットからゲームセンターのメダルを取り出した

超電磁砲を放つ気だ

しかし放つ直前、不意にロボットの速度が落ちた

 

「!」

 

美琴はそれに気づきはしたがそれはもう放った後の事だった

彼女の手から放たれた雷を帯びたメダルはロボットに到着する前に溶けてしまったのだ

 

<知ってんだよ! テメェのチンケなそいつの射程はたったの五十メートルしかないってことも含めて!! お前の能力は全部書庫(バンク)に入ってんだからなぁっ!!>

 

そう叫びながらロボットは右手を突き出した

直後―――その手が発射された

ロケットパンチ…ではなかったが似たようなものだ

思わず美琴は身構える―――が

 

「おわっ!」

 

ゴウラムが大きく左に動いたことでその右手から何とか逃れる

幸いにも車には被害が及ばなかったのが不幸中の幸いだ

 

「と、とと…! 何すんのよ!?」

「お前は戦いに集中しろ! 心配はすんな!」

 

思わずクウガに言ったがそう言われ改めて表情を引き締める

 

・・

 

「次も左です!」

「わかった…!」

 

初春の指示を貰い、車は車線を左に持っていく

外の様子が気になるが、今は走る事を考えなくてはいけない

そう思ったとき、通信機が作動した

 

・・

 

「ち、外しちまった」

 

あのアームパンチは使い切りだ

しかしもう一発ある、それで殺せば問題ない

それにアイツらが曲がったその先には部隊が先読みしているはずだ

 

「おい、そっちいったぞ。ツブせ」

 

しかし返ってきたのは了承の応えではなかった

 

<こ、こちらレッドマーブル…! 現在警備―――>

<ライダーパンチ!!>

 

その言葉の後、断末魔が聞こえてきた

何が起こっていやがる―――

 

・・

 

「聞こえるか! ここから先は警備員が押さえる! お前らは行け!」

 

道路に立ってテレスティーナの部隊を足止めしていたのは矢車の変身するキックホッパー率いる部隊だった

現在目の前にてパンチホッパーが駆け回り、近辺で鉄装、黄泉川、そしてG3は銃撃している

 

「ここから先は、通さないんだからー!」

「おお! 絶対に死守するじゃん!」

 

<…なぜ、警備員は協力を―――>

「理屈なんていりますか!」

 

木山の声を遮ったのはG3こと立花眞人だ

 

「僕たちが何で協力してるかなんて今はどうでもいいんです! 早く子供たちの所に行ってあげて下さいっ!」

 

珍しく立花が叫んでいる

彼にもこんな一面があったのか、と皆ちょっと驚いている

 

・・

 

「やってくれたんだ…!」

 

佐天がそう喜びの声を上げる

そうだ、今はそんな些細なことなどどうでもいい

紛れもないチャンスを…逃すわけにはいかないんだ

 

<ち! …だったら自分(てめぇ)でやってやらぁ!!>

 

左側のシールド部分を腕へと換装させ、ロボットは速度を上げていく

 

「木山ぁ! 気をつけろ!」

「君もな!」

「あぁ! 掴まってろ美琴!」

「えぇ、分かったわ!」

 

クウガとそんなやり取りを交わしたのち、殴り掛かっていくロボットの足を車はすり抜けて回避し、ゴウラムはそのロボットの上空を飛んで彼女の車付近をまた加速する

 

<チョロチョロアリみてぇに…! さっさと諦めろやゴミがぁっ!! いくらお前らが頑張ったって、助けられるわけねぇんだからよぉっ!!>

 

「うっせぇ! そんな事、お前が決めることじゃないだろうが!」

 

クウガはゴウラムの上で怒鳴り返す

しかしテレスティーナははん、と鼻で笑い

 

<決まってんだよ! …吠えんじぁねぇぞガキどもがぁ!!>

 

仮面の下でクウガは歯を食いしばる

そんな時だ

 

「それでも…!」

 

木山の声だ

 

「足掻くと決めたんだ!! …教師が…! 先生が生徒を諦めるなんて…出来るわけないだろうっ!!」

 

それは、あの悲劇から決めた彼女の決意

この世界すべてを敵に回しても、彼女は戦うと決めたんだ

その覚悟を、戦ったクウガと美琴は知っている

言葉に込められた思いを―――

 

「…ったり前じゃないっ!」

「あぁ! …必ず送って見せる!」

 

態勢を整えながら吠える

そうだ、自分たちは守るためにいる

会わせる為に、ここにいるんだ―――

 

<今更何が出来んだ! …とっとと死ねよやぁぁぁぁっ!!>

 

侮蔑するような声と共にテレスティーナのロボットからまたアームパンチが放たれた

そのアームパンチに、真っ向からクウガは挑む

ゴウラムを正面に向けてクウガは構えた

 

「はぁぁぁぁ…!!」

 

迸る雷の感覚

右足から伝わるその力を今度は拳に溜めていく

クウガはゴウラムの上で、ライジングマイティに姿を強化させ―――放たれた拳を殴り付ける

 

「おぉりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

バギンっ!! と拳が当たると同時、相手のパンチの勢いに負け、クウガはゴウラムから足を離してしまった

 

「グ、ぅぅぅ…!!」

 

高速で後ろへ飛ばされる中、クウガは踏ん張った

だが空中で姿勢を取るのは難しく、後一発拳が放てるかどうか―――

 

「負けんな!」

 

ふと美琴の声が耳に届く

ちらりと視線をやるとゴウラムに乗った美琴がそこにいたのだ

 

「私も―――手伝うから…!」

 

そう言って彼女はバッとクウガに向かって手を突き出した

彼女の掌から放たれた電撃はクウガに力を与えるようにその身体に纏わりつく

痛みなどはなく、むしろ力が湧く感覚を覚える

 

「あぁぁぁぁっ…!!」

 

クウガはその右手でもう一度、拳を繰り出した

 

「だぁぁぁぁっ!!」

 

繰り出されたその拳は相手のパンチを殴り砕く

ドガァッ!! と砕かれた手を尻目にテレスティーナはほくそ笑む

 

<だったらなんだ! 私に対抗する手段もねぇくせによぉっ!!>

 

その声を聞きつつ、クウガは着地し美琴も彼の隣に着地した

ゴウラムはクウガと美琴の周りを浮遊し始める

 

<使って>

「え!? で、でも…」

<大丈夫、私なら弾丸に最適。ちょっと痛いだろうけど我慢する>

 

ゴウラムが不意に美琴に向かってそんなことをつぶやいた

流石にどうしようかとも迷って、クウガにちらりと視線を送ってみる

すると彼はゆっくりと頷いてくれた

そしてその仮面の下は、なんとなく苦笑いも含んでいるような気もした

思わず美琴も小さく苦笑いをこぼし、決意する

 

「えぇ…! じゃ、使わせてもらうわ!!」

 

美琴は自分の周りに再び雷を迸らせる

彼女の周囲一体を雷が包み込み、ゴウラムが彼女の前へと移動して―――

 

「これが―――」

 

その雷をゴウラムに纏わせて

 

「私の―――!!」

 

殴るように撃ちだし―――

 

「全力だァァァッ!!」

 

彼女をサポートするようにゴウラムもさらに加速し、高速で回転する

名づけるなら―――〝ゴウラムカノン〟と言った所か

放たれたゴウラムカノンは真っ直ぐにロボットへと突っ込んでいく

流石に、あんなもんをぶっ放すとは思わなかったテレスティーナは狼狽える

 

<なっ…! んだとぉぉぉぉっ!!?>

 

そんな叫びをテレスティーナはあげ、そしてゴウラムはロボットの胴体を貫いた

 

 

流石に今のは応えたのか、ゴウラムもちょっとふらついている

クウガは変身を解除しつつゴウラムの頭を撫でた

 

「お疲れ、今日はもう燈子の所に行って休め」

<…そーする…>

「ごめんね、流石に…やりすぎたかも」

 

美琴の謝辞に応えるように、ゴウラムはふよふよと近寄って美琴の頬を擦る

 

「わ、くすぐったいよ…。…ありがとう、ゴウラム」

 

その言葉と共に美琴はゴウラムを優しく撫でた

嬉しそうに赤い瞳を輝かせるといつもとは少し遅い速度でゴウラムは飛んでいく

 

「御坂さんっ」

「アラタさんも! 怪我…ないですか?」

 

佐天と初春の心配する声が聞こえた

ふと後ろを見ると木山の車が停めてあり運転席から木山がこちらの様子を伺っていた

 

「お姉様、お兄様っ」

 

不意に自分たちを

黒子は空間移動で美琴たちの前に移動する

 

「アンタも怪我ないみたいね」

「えぇ。お兄様のご友人に助けられましたわ」

 

そう言って黒子はアラタに向かって笑いかける

それにアラタは同様に笑んで返した

ついでに彼は初春と佐天の方へと振り向いて

 

「…涙子と飾利もお疲れ様」

 

唐突に言われて二人は僅かに顔を赤くしつつ、ふと気づいた

 

「…あれ? アラタさん今名前で―――」

「助かった」

 

が、疑問に思った佐天の声はタイミング悪く木山の声に遮られた

 

「礼を―――」

 

「待って」

 

そんな木山の言葉をまた美琴が遮った

 

「それは、子供たちを助けてからね」

 

そう、まだ肝心の目的が終わっていない

それが終わるまで、まだ自分たちは感謝をされる資格はないのだ

彼女たちの想いを汲み取ったのか、木山は目を閉じ

 

「…あぁ…!」

 

ゆっくりと頷いた

 

◇◇◇

 

学園都市 第二十二学区

今は使われていない推進システム研究所にて

 

カタカタとキーボードを叩く音が耳に届く

 

「…どうだ?」

 

木山が不安げに呟く

 

「もう少し待ってください…プロテクトが硬くて…」

 

その部屋の入口付近にて休憩していた黒子が美琴に向かって呟く

 

「お姉様が一人残らず殲滅なさるから…」

「仕方ないじゃない。…さっきは中に誰もいないなんて思わなかったんだから…」

 

当然ではあるがこの研究所にも駆動鎧やらが警備等をしていた

しかし今後の捜索の邪魔になるとして美琴やクウガ、黒子は殲滅しながら来ていたのだが

そしてこのルームに入る前、中にいた相手に先制の意味を込めて美琴の雷撃がさく裂したのだ

それがプロテクトの強化に繋がったのかは知らないが

 

「見つけました!」

 

初春が声を上げる

 

「この研究所の中で一つだけ、供給電力がけた違いな場所…最下層ブロックの―――」

 

 

最下層

部屋の名前はわからないが、見るからにそれっぽそうな雰囲気を持っていた

そしてガラスの向こうには―――

 

「…やっと…見つけた」

 

思わず表情を緩ませる

木山は目尻に涙を溜めながら呟いた

その子供たちの手前、人ひとりが入るであろうポッドの中に春上もいた

初春はそのポッドのガラスを叩きながら彼女に呼びかける

 

「春上さん! 春上さんっ!」

 

なんどか彼女に呼びかけられ、ポッドの中で眠っていた彼女は目を覚ました

それを確認すると初春は笑みを浮かべる

 

「春上さん…。あ…ここのシステムは…」

「待ってて、向こうの方見てくるから」

「お願いします、佐天さん」

 

そんな光景を一行は少し離れた場所で見ていた

ふと顔を見合わせて笑みを作る

 

「待っていろ…今、助けて―――」

 

そんな木山の言葉は、突如として聞こえてきたキィィ…! と耳障りな音にかき消された

同時に、初春、美琴、黒子の三名が頭を抱え苦しみ始める

 

「! この音って…まさか!」

 

能力者をピンポイントに苦しめるこの音

どこかで聞いたことがあると、直感的にアラタは察する

 

 

 

「このゴミやろォ共がぁぁぁ…!!」

 

 

 

背後から声が聞こえた

そこに立っていたのは―――ウェザードーパント―――テレスティーナ・木原・ライフラインだったのだ

 

「お、前!?」

 

てっきりあの爆発に巻き込まれ再起不能かと思っていたが…まだ動けたとは

 

「さっきの礼だァァァァァッ!!」

 

全力で美琴たちに振るわれたその蹴りを美琴と黒子を襲う

その威力は凄まじく、美琴と黒子は壁へと吹き飛ばされた

 

「貴様ぁぁぁぁッ!!」

 

怒気に駆られ木山も彼女へ向かっていく、が一撃のもとにあしらわれる

 

「木山―――!」

「他人の心配してる暇があんのかよォォォッ!!」

 

ドゴム、と腹部に重い一撃を貰う

肺から空気を吐き出し、アラタは地面に這いつくばった

 

「がっ!?」

 

拳を握りながら、アラタはウェザーを睨みつける

 

「あーひゃっひゃっ!! あースッとしたぜぇ…ナメたマネしやがってくそったれどもが…」

 

油断していた

こんな事があるかもしれないと考えればすぐ読めただろうに―――

 

「キャパシティダウンですね!」

 

唐突に、〝誰か〟に呼びかけるように初春が叫んだ

 

「御坂さんが言ってた、能力者にしか作用しない音…!」

「あぁ? だから何だってんだ」

 

最初、初春の行動が読めなかった

しかしある方向にいる誰かを確認したことによってそれを理解する

それは向こうを確認する、と言ってこの場から移動していた佐天涙子だったのだ

 

「改良型は大きくて…移動できない…! この施設中にそれがあるなら…制御できる場所は限られます…! それが出来るのは…私たちがさっきまでいた―――中央管制室っ!!」

 

「だから何だって聞いてんだよぉぉッ!!」

 

初春に振るわれそうになるその一撃をアラタがウェザーにタックルをかましバランスを崩す

ここで時間を稼がないと

そう思った矢先、背中に痛みが走り、続けて腹に膝蹴りを叩きこまれた

 

「うぐっ!!」

「せっかくいいもん見せてやろうと思ってんのによぉ…」

 

ゴミのように春上が眠るポッド付近に投げ飛ばされる

そんなアラタを心配し初春は駆け寄り、ポッド越しに春上は声を上げるように口を動かしている

目尻には、涙があった

付近でかろうじて立ち上がった美琴は、ウェザーを睨みつける

 

「…なんで? アンタも。被害者じゃない…! 実験体にされて…なのに!」

「ハッ! 被害者じゃねぇよ。アタシは権利を得たんだよォ…アタシから生まれたこの結晶体…こいつを開かせて―――」

 

徐にウェザーが取り出したのは一つの結晶―――

 

「それは…ファーストサンプル…!?」

 

木山の驚いた言葉が耳に届いた

どうりで探しても見つからないハズだ

本人が持っているなら見つかりようがないのだ

 

「レベル6を生み出す権利をなァ…!!」

「レベル6…!?」

 

美琴の言葉にテレスティーナ―――ウェザーは応える

表情こそ分からなかったが、きっと狂気に満ちているに違いない

 

「あぁ! 春上衿衣(こいつ)は今から学園都市初めてのレベル6になる! このガキどもの力でなァッ!!」

 

言葉に驚愕する

もしかしてこの女は…春上を使ってそんな事をしようとしているのか

 

「こいつの能力はよぉ、この結晶体を使うのに最も都合がいい。高位のテレパスは希少なんだぜぇ?」

 

狂ってる―――

それしか言えなかった

 

「なんで―――」

 

木山が口を開く

言葉は震え、顔は〝涙〟に濡れながら

 

「なんでまたこの子たちなんだ…! なぜこうも子供たちを傷つけるんだ…!!」

「なぁに。ちぃとばかしこのガキどもの頭の中の現実ってのを借りるだけだよォ」

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)…」

「呼び方なんざどうでもいいんだよバァカ!」

 

美琴の言葉を一蹴しながらウェザーは続ける

彼女はわざわざ変身を解除しながら口を開いた

 

「まぁ要はあれだ。こいつらの暴走能力者としての神経伝達物質…そいつを採取し、ファーストサンプルと融合させる…。そいつによって結晶は抑止力を獲得し…完全なものになるのさ。まぁ。あのクソジジィはそいつに気づかずマイナーチェンジに気を取られてたみてぇだがよぉ」

 

そう言ってテレスティーナはパソコンを操作しようと―――

 

「やめなさいっ!!」

 

その行動を美琴が制止した

 

「…ハァ?」

「そんなことしたら…暴走状態のまま目覚めたら、学園都市は―――」

「大規模なポルターガイストによって壊滅する…だろ?」

「じゃあなんで―――」

「上等じゃねぇか!! 神ならぬ身にて天井の意思に辿り着くもの…なぁ!!」

 

<WEATHER>

 

彼女は再びウェザードーパントへと姿を変え、御坂美琴の掴みあげた

 

「うぐっ!?」

「そのための実験場(学園都市)だろうがァ!! レベル6が完成すりゃこんな下らねぇ実験場(まち)用済みなんだよォ!!」

 

「グ…! あぁっ!?」

 

「テ、メェ―――!!」

 

思わずアラタは立ち上がり、ウェザーへと駆け―――

 

「うっぜぇんだよクワガタヤロー!!」

 

片手間に放たれた蹴りにいともたやすく一蹴された

ゴフ、と息を漏らし初春の近くに地面を転がる

 

「アラタさん! ぐ、あぅ…!!」

 

初春も誰かを心配する余裕などなかった

痛む頭を抑えながら、彼女は名前を想う

 

(佐天さん―――! 佐天さん―――!!)

 

 

中央管制室

数十分前にここで初春がパソコンを操作し、先ほどの部屋を見つけたのだが―――

 

「どれ…!? これ…違う…これも違う…!!」

 

懸命にキーボードを叩くが全く持って分からない

元からあまりパソコンに強くなかった彼女ではキャパシティダウンのシステムを見つけ出すのは難しいのだ

 

<あぁぁぁぁっ!? がぁ…!!>

 

不意にスピーカー越しに誰かの苦しむ声を聞いた

その声色は自分がよく知っている人のもの…御坂美琴だ

 

<お前面白れぇ事言ってたな。スキルアウトは実験動物(モルモット)じゃないって…! そう!! スキルアウトだけじゃねぇ!! テメエら皆が実験動物(モルモット)だ!! いわば学園都市は飼育場!! テメェらガキどもみんな食われるだけの豚なんだよぉッ!!>

 

美琴の苦しむ声と共に、テレスティーナの勝ち誇った声が耳に届く―――否、耳障りな声だ

そうだ…なんでこんな簡単な事気づかなかったんだろう

操作しても分かんないなら―――何もかもぶっ壊してしまえばいいんだ

 

 

「さぁって…そろそろフィナーレと―――!! あん?」

 

不意にキャパシティダウンの音に混じって何か変な音が聞こえてきた

数秒後―――それは吠えた

 

<モルモットだろうが豚だろうが!! 関係ないっ!!>

 

それは佐天涙子の声だった

 

「佐天さん!!」

 

歓喜に初春は声を上げる

そしてウェザーは動揺を隠せなかった

 

「な!? なんで動ける!? まさかあのガキ―――」

 

 

 

<私の友達にぃ!! 手ぇ出すなァァァァァッ!!>

 

 

 

その言葉と共にバギンッ!! 何かが壊れる音が聞こえた

同時―――耳障りな音が消える

 

「音が…!!」

 

初春が笑みを作る

同時にアラタも膝を付きつつも体勢を立て直した

 

「アラタさん…!」

 

その声に小さく笑んで応え彼女の目尻の涙を拭いつつ立ち上る

 

「なっ―――!? ぐわっ!!」

 

驚愕した言葉と共にウェザーが蹴り飛ばされる

黒子がなけなしの体力を振り絞って空間移動し、その顔面にドロップキックを叩きこんだ

その拍子にウェザーの手からは能力体結晶を落としてしまう

すかさずアラタは接近し、こぼれ落ちた結晶体をぶんどってついでにタックルを叩き込んで距離を取る

 

「木山!」

 

そしてぶんどった結晶体を木山に向かって投げつけた

木山は慌てた様子ではあったがなんとかそれを手中に収め、大事にそうに握り締めた

アラタはそれに微笑みながら、美琴に手を差し伸べて、美琴もそれに応えて立ち上がる

 

―――そして最後に、総ての元凶へと視線を向けた

 

「このゴミどもがぁ…! っとに諦めがワリィなぁぁぁ…!!」

「諦めが悪いのはどっちよ。…モルモットとか豚とか…どんだけ憐れんだら逆恨みできんのよ」

「ホントにな…かわいそうになってくる」

 

ウェザーの怒気を尻目に、小さい声でふと、美琴にアラタは呟く

 

「美琴」

「うん?」

「あんな奴らの為に、俺はもう誰かが泣くのは見たくない」

 

最初に見た、あの子の涙が最初だった

接点はないはずなのに、泣いていたあの子を見ていると、とても胸が締め付けられた

だから、〝誰か〟のためにこの力を振るおうと思えた

 

そしてこの研究所の外

天候が今どうなっているかは知らないが、いずれにせよ広大な青空が広がっているハズだ

そしてああいった狂った研究員のせいで、この広大な空の下、誰かが、涙を流しているんだ

 

「皆に笑っていてほしいから。…だから、見ててくれ」

 

アラタは一歩、前に出る

その瞳に迷いなどはない、あるはずがない

 

「俺の―――!」

 

これは自分なりの決意の表れ

覚悟の表明

もう、隠す必要などあるものか

堂々と、胸を張って闘おう

 

ノーフィアー

怖くない

怖いと思うのは怒った美琴とか吹寄とかだ

 

ノーペイン

痛みもない

感じることもあるけれど、当麻が受けた痛みよりは痛くはない

 

誰かを想う、その為なら

笑顔を守る、その為なら―――!

 

仲間の―――友達の為なら、一生戦える!

 

「俺の―――!! 変身ッ!!」

 

そう叫びアラタは大きく両腕を広げた

直後、彼の腰にアークルが浮き出るように顕現し、バヂリと雷が迸った

そして彼はアークルに手を翳し、そして右手を左斜め上に、左手をアークル右側に

そしてその両手を開くように動かしたあと、左手を拳に握り、ベルトのサイドを甲で添え―――右手で押すように動かした

 

変身の掛け声はなく、ギィンと音が聞こえ彼の身体を変えていく

それは見慣れた姿ではあった

しかし見慣れていない姿でもあった

その明確な違いは色

普段〝赤〟であるべき所が、闇のごとく〝黒〟だったのだ

右足にのみのはずのアンクレットも両足に現れて、そして両目の複眼が〝紅〟く輝く

 

アメイジングマイティ

それが今の彼の姿だった

 

「行くぜ、美琴」

「えぇ。決着を付けましょう!」

 

 

~戦士~

 

美琴とクウガは左右から挟撃すべく走り出す

対するウェザーはウェザーマインと呼ばれる鞭のようなものを取り出し、まずそれを美琴の向かって振り回した

 

「たかがサンプルごときがぁぁぁ!」

「うっさいわね、それしか―――言えないのっ!!」

 

しかしそれを雷を纏わせて受け止めて思いっきり彼女は放電する

マインを伝って多少ではあるものの、ウェザーにダメージが通る

だが彼女に気を取られるあまりに、もう片方から来る存在を完全に懸念していた

 

「だぁぁっ!」

 

懐に飛び込んだのはクウガだ

純粋に振るわれる拳はウェザーの腹部を捉え身体に直撃を貰ったウェザーは叫びをあげながら吹き飛び、地面を転がった

 

「学園都市はね…私たちが私たちでいられる最高の居場所なの…」

 

ウェザーを睨みつつ、ポケットから美琴はコインを取り出す

コインに映り込む自分を見て、自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいく

 

「私だけじゃできないことも…友達と…皆と一緒ならやり遂げられる―――」

 

白井黒子

いろいろ言いたいこともあるが、紛れもない自分の相棒

 

初春飾利

のほほんとしていて、喋っている内にこっちまで楽しくなる黒子の後輩

 

佐天涙子

元気がよくて、明るくて…励まされたこともある初春の友達

 

鏡祢アラタ

誰かのために戦える―――たまに馬鹿なとこもある自分の戦友

 

「アンタが―――どうにかしていい場所じゃないのよっ!!」

 

吠える美琴に、クウガは小さく笑む

そうだ、人は一人じゃないんだ

 

自分たちは時として自分の為にこの手で争ってしまうこともあるだろう

しかし同時にこの手は、相手の手を握りしめることもできる

その時は何があっても、愚かでも、弱くても―――ひとりじゃない

 

「行こうぜ美琴、…俺たちの力で!!」

「えぇっ!!」

 

クウガの叫びに呼応するように、美琴の体からバヂリバヂリと雷が迸っていく

同じように

 

「こんちくしょォォォッ!!」

 

激昂しながらウェザーは掌から特大の雷を二人に向かって撃ち出した

その雷は、届くことはなかった

何故なら美琴が放った全力の超電磁砲によってその雷がかき消されたからだ

更に言えばその超電磁砲はそのまま突き抜けてウェザーの身に炸裂する

 

「なっ―――! ガァっ!?」

 

こんな、容易く!?

あの女の能力は全部頭に入っている

少なくともあの女を超える威力の雷撃を放ったハズだ―――

なぜ、と思う前にもうひとり、自分に向かってくる黒い人影がいた

人影は跳躍し、ウェザーに向けて両足を突き出した

繰り出されるその蹴りを―――避ける術などなかった

 

「おりゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

ウェザーの胸部に渾身のアメイジングマイティキックを貰い、ウェザーは大きく後ろに吹っ飛んだ

叫びなど上げず、そのままウェザーは爆散する

その爆炎の中から出てきたのは気を失って倒れ伏すテレスティーナと、地面に落ちたウェザーメモリだった

 

 

木山が結晶体を用いて子供たちを覚醒させるための操作をしている最中、アラタはテレスティーナが倒れている付近に歩み寄っていた

翔とかそう言ったメモリライダーはマキシマムを叩きこむことにより撃破と同時に身体から排出されると同時にブレイクされるのだが、自分とかと非メモリライダーは技を叩きこんでも排出されるだけでブレイクはされない

だからメモリを物理的に破壊しないといけないのだ

 

「…あった」

 

アラタはテレスティーナの近くにあるWと書かれたメモリを見つけ、それを踏み砕く

そしてちらりと気絶しているテレスティーナを見やった

どうやら完全に気絶しており、まったくもってピクリとも動かない

 

「…因果応報、だな」

 

そう言ってアラタは振り返り、歩き出す

正直に言ってこんな奴にはかける言葉なんてない

 

あれから初春がポッドを解放し春上も地面に立っている

下の方からはカタカタとキーボードを叩く音が聞こえてきた

 

「アラタさんッ!!」

 

こちらに向かって階段を下りて走ってくるのは佐天涙子だった

結構急いできたらしく、彼女は肩で息をしている

 

「あぁ、お疲れさん涙子」

 

駆け寄ってきた佐天の頭を軽くポンと叩く

今回のMVPと言っても過言ではないくらい大活躍をしたのは紛れもない彼女だ

佐天は僅かに頬を染めて「…えへ」とはにかんだ

 

 

「プログラムは…完成した」

 

ようやくファーストサンプルのデータを用いてようやくプロテクトが完成した

あとは…このエンターキーを押せば―――

 

唐突に脳裏に蘇るあの悪夢(きおく)

もしかしたら…今回も失敗してしまうのではないか

万が一そんな事になってしまったら―――私は―――

 

「大丈夫なの」

 

初春に支えてる春上が口を開いた

思わずハッとした木山が彼女の方を振り向いた

 

「…絆理ちゃんがね、言ってたの。…先生の事、信じてるからって」

 

そう言われて、木山は彼女の顔を見た

春上は、微笑んだ

その笑顔に後押しされた木山は再びキーボードに向き合った

今、乗り越えるんだ

あの時の、トラウマを―――

 

 

彼女がキーボードのエンターキーをクリックして数分

 

木山が息を呑んで眠っている枝先を伺っている

息を呑んでいるのは木山だけではなかった

その場にいる全員が見守っているのだ

 

やがてその緊張は砕かれる

 

彼女が―――枝先絆理が目を覚ましたことによって

 

「―――――っ!!」

 

ゴクリ、と唾を飲んだ音が聞こえる

その後で

 

「せんせい…? どうして…目の下にくまができてるの…?」

 

あぁ―――

やっと聞こえた

ようやく聞こえたんだ…ずっと―――その声が聞きたかった

 

「…〝いろいろ〟と…忙しくてね―――」

 

彼女のいろいろにはどれほどの意味が込められていたか

 

「ホントだ―――髪も、伸びてる」

「でも…せんせいだ」

 

覚醒した子供たちから声をかけられる

待ち望んだ声が耳に入ってくる

 

木山は大粒の涙を流していた

 

<衿衣ちゃん―――>

 

唐突に春上は絆理の声を聞いた

それは彼女が精神感応の力で彼女の頭に語りかけていたからだ

 

<私の声…聞いてくれてありがとう>

 

その声を聞いて、春上は思わず涙が零れそうになる

彼女に向けて、春上は「うん!」と勢いよく頷いた

それに気づいた初春も同様に枝先に笑顔を作り、釣られた佐天も笑顔を向けた

 

そんなやり取りに美琴も、彼女に支えられている黒子も互いの顔を見合わせて笑い合う

 

それを見てふぅ、とアラタもようやく肩の荷が下りたように息を吐く

 

「…今度こそ、言わせてくれ」

 

「え?」

 

その言葉はアラタと美琴に向けて言われたものだった

 

「―――ありがとう」

 

「―――っ」

 

真っ直ぐに謝辞を受けることはこんなにも恥ずかしいことだっけか

思わず美琴とアラタもどちらともなく互いの顔を見合わせてなんとなしに笑い合う

 

 

 

そうだ

子供たちを助けることが出来たんだ―――

 

◇◇◇

 

翌日

 

「なんだか上機嫌ね、アラタ」

 

寮の自室でのんびりしていたアラタはやってきていた鮮花にふとそんなことを言われた

アラタはポカン、と変な顔をしながら鮮花へと視線を向ける

 

「そんな顔してた?」

「してたしてた。無意識かもしれないけど、くすっていう表現が似合うくらいに笑ってたよ」

 

そう言ってテーブルの対面に座って彼女はテレビをつけ始めた

そこから流れるのはよくあるドラマの再放送など様々だ

ふと画面の左上に表示されてある時間に目がいった

そこでアラタは思い出す

 

「やべ、今日待ち合わせしてんだった!」

「待ち合わせ? あの子たちと?」

「そうだよのんびりしてる場合じゃなかった! そんなわけでちょっと出てくる」

 

会話もそこそこに適当に準備をしてアラタは足早に自室をあとにする

鮮花はそんな彼の後ろ姿を微笑ましく見送りながらなんとなく窓の外へと目を向けた

どこかの飛空艇―――で合ってるのだろうか―――が自由な速度で空を飛んでいた

 

 

ひたすらに街を走る

走りながらそう言えば今美琴たちがどこにいるのかを聞いていなかった

なんという凡ミス

 

「ええいくそ! ゴウラムーッ!」

 

完全にずるいと思いながらアラタは呼んだ

こんなくだらない用件でも来てくれるゴウラムには頭が上がらない

駆け付けたゴウラムに飛び乗りながらアラタは言った

 

「美琴たち探すぞ、頼めるか?」

<そういうの、事前に確認しておくべきじゃない?>

「耳が痛いです。とりあえずお願いします」

<…調子いいんだから>

 

軽く頭を撫でながら、アラタは言う

撫でられた事で気を良くしたのか、あるいは満更でもないのか、不意にゴウラムの速度が速くなった気がした

 

 

木山春生は病室のベッドで雑誌を読んでいた

 

テレスティーナとの戦闘で傷を負った彼女は念のため、という事で警備員の付属の病院に入院していたのだ

今日もまた、ごくごく普通な時間が過ぎると思っていたその時だった

 

<木山せんせー!!>

 

自分を呼ぶ大きな声

思わず雑誌を閉じ、窓の外を見た

 

窓の外には青空が広がっており、いつもと変わりはなかった

ただ一つ、あったとすればそれには飛空艇が飛んでいた

側面にあるディスプレイには、見知った子供たちの姿が映っていた

 

そして―――

 

<お誕生日、おめでとーっ!!>

 

そう自分を祝ってくれる言葉を聞いた

彼らを担当して、初めて聞いた時は少々煩わしく思っていたかもしれない

けど、今はどうだ

 

木山は溢れる涙を堪えきれなかった

 

<ありがとう! 木山せんせー! …大好きだよ!!>

 

そう絆理の声を聞いた

 

心から思う

 

 

助け出せて―――よかった

 

 

 

「…ふふ」

 

上空でアラタはそのサプライズを聞いていた

だいぶあの子たちも元気になってきたみたいだなぁ…と思いながらアラタは橋の上に集まっている美琴たちを見つけ出した

アラタはゴウラムに言ってその橋近辺へと移動させる

 

「あ! アラタさんズルいです!」

「そうですよ! 来ないなぁって思ってたらまさか空から来るなんて!!」

 

佐天と初春からそんな声を貰うがアラタは笑いながらスルーする

ゴウラムから降りた彼は改めて挨拶する

 

「とりあえずおはよう、美琴、黒子。んで涙子に飾利」

 

「よっす。…ていうかこんなことでゴウラム使わないでよ、全く」

「そうですわよ、言ってくださればこの黒子がお迎えに行きましたのに!!」

 

本日も黒子は平常運転

そう言えばこんな感じだったな、とアラタは思い出した

 

「そう言えばアラタさん。…前から聞きたかったんですけど―――」

 

おずおずとした様子で初春は口を開いた

 

「うん?」

「…その…私と佐天さんを名前で―――」

 

そう

変わった所は初春と佐天の呼称である

彼は基本的には名前で呼ぶ

呼びやすいことに限ったことではないのだがアラタはこの二人に関しては純粋に呼びやすいから呼んでいたのだが

 

「んー…美琴と黒子は名前なのに、二人だけ苗字なんてなんか悪いと思ってさ」

「アラタさん…」

 

佐天が思わず苦笑いをする

初春もどこか頬を染め小さく笑んだ

正直に言えば呼び方を改める機会がなかっただけなのだが

この際、そういう事にしてしまおう

 

「…それじゃ、皆も集まったし…」

 

美琴は背伸びしつつ、それぞれの顔を見渡していった

 

 

 

「今日は、どうしよっか?」

 

 

 

学園都市

ここは本当に―――退屈しない都市である



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妹達(シスターズ)
#22 超電磁砲(レールガン)


こっちではお久しぶりです
今回からは超電磁砲S編です
フェブリ編は今のとこ未定ですが、楽しんでもらえれば幸いです

あとウチの作品の食蜂はだいぶ丸いです(性格的に
いつも以上に出来はあれなので、ご了承くださいませ

それではどうぞー



青空快晴、今日も飛空挺がのんびりと空を行く学園都市

待ち合わせ場所にて、一人の少女が携帯を弄っていた

待ち合わせしていた人たちが一向に現れないからである

 

「…遅いなぁ…。なにやってんだろ…」

 

また何やら面倒なことに巻き込まれているのだろうか

知人の大半は風紀委員ではあるので、そんなことがあれば一つ連絡くらいはするとは思うのだが

彼女はしばらく考えて、小さく口元に笑みを作り

 

「―――よしっ」

 

周りに聞こえないように、それこそ呟くみたいにそんな言葉を口にしてその場から歩き始めた

いっそのことこっちから出向いてみよう

 

◇◇◇

 

学園都市

東京西部に位置する完全独立教育機関の事

そこには総勢二百三十万人もの人口(その八割は学生)が滞在し、日々自身の能力開発に打ち込んでいる

 

そんなとある学区、とある路地裏にて

 

「だから、なんか変な連中に絡まれてるんだってば!」

 

まるで何かから隠れるように一人の少女が身を潜め、携帯に向かって声を荒げる少女が一人

彼女の名前は佐天涙子

学園都市に住んでいる学生の一人…なのだが

 

「私は別に何もやってないってば! むしろ普通に歩いてただけで―――」

「おい」

「ひっ!?」

 

声がした方向へ佐天は振り向いた

見るとそこにはさっきまで自分を追い回していた連中が四~五人ほど

身なりからしてチンピラか、あるいはスキルアウトの類かはわからないが、このままここにいてはいけないことだけは本能で佐天は察していた

故に、取るべき行動は一つ

 

「やばっ!」

 

佐天は急いでこの場から駆け出した

当然向こうからも「待ってよー」なんてチャラけた声と一緒に追いかけてくるが振り向いてる暇などない

佐天は走りながら携帯を耳に当て、声を発する

簡潔に

 

「とにかく! 急いでェェェェ!!」

 

 

「ちょ、ちょっと、待ってくださいね…っと、これを、こうして…」

 

そんな佐天の叫びを聞きながら、花のカチューシャをつけた女の子―――初春飾利は手に持っている携帯端末を操作して、彼女の携帯から居場所を特定しようとしていた

声の感じからすると、これは結構危ない予感がするので少しばかり本気を出し初春は彼女の位置を割り出すのに成功する

 

「っ! 佐天さんの携帯の位置、特定完了しました!」

 

その言葉を聞きながら彼女の目の前にいるツインテールの少女―――白井黒子は風紀委員の腕章を右腕にかけ、初春の横で携帯を持っていた男性―――鏡祢アラタは彼女に携帯を返しつつ、ポケットから腕章を取り出した

準備万端、と言った様子で黒子は

 

「でかしましたわ初春。…では、行きますよ二人共」

「あぁ。ったく、涙子も災難だな。準備はいいか、飾利」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

 

そう言いながら初春は自分が持っているカバンの中に手を突っ込みガサガサと何かを探している様子だった

恐らく腕章を取り出そうとしているのだろう

しかしかなり急いで探してはいるがなかなか腕章は見つからない

そんな初春を見て黒子ははっしと彼女の肩に触れ、今度はアラタの肩に触れ

 

「飛びますわよ」

「うえ!? ちょ、白井さ―――」

 

言い切る頃にはヴォン、という空間移動特有の効果音と一緒に三人はその場から消えた

傍目にはいきなり消えたことに対して驚いている一般人もちらほらだが、些細なことである

 

◇◇◇

 

あれからどれくらい走っただろうか

カバンを肩にかけながら走るのな割とシンドイし、向こうも一向に諦める気配もないし、撒ける気もしない

もう少し基礎体力を鍛えておけばよかったかなぁ、なんて思い始める始末だ

 

「いい加減諦めろって」

 

後ろの方でそんな声が聞こえた

誰が諦めるか、こうなったら初春たちが来るまで意地でも逃げ続けて―――と、考えている内に足がもつれてしまった

 

「うわぁっ!?」

 

結果、佐天はその場に転んで、掛けていたカバンも落としてしまう

痛みに耐えながらも佐天は立ち上がろうとする、が―――

 

「ほうら、そんなに急ぐから転んじまうんだよ」

 

―――完全に追いつかれた

カバンを拾って再度逃げることはできるだろうか

向こうはニタニタと笑いながらゆっくりこっちに詰め寄ってくる

 

「あ、あのぉ…」

 

苦笑いとともに言葉を模索する

こんな時なんて言葉を紡いで時間を稼げばいいのだろう

言葉に迷っていると、不意に上空からヴォンッ、とそんな効果音が耳に聞こえた

そして自分の目の前に降りてくる一人の人影―――その後ろ姿を佐天はよく知っていた

 

「わひゃあ!?」

「おっと」

 

一番最初に着地したアラタが同じように上空から降りてきた(落ちてきた?)初春を受け止め、アラタの隣に黒子が現れた

アラタは受け止めた初春を下ろしつつ、黒子はかけてある腕章を見せつけるようにし

 

「風紀委員ですの」

「暴行未遂の容疑で、アンタたちを拘束する」

「―――初春、白井さん、アラタさん!」

 

佐天は喜びを乗せた声色でそれぞれの名前を呼んだ

よかった、間に合ってくれた…

彼と彼女が来てくれれば、この程度の奴らなんて、と思ったが向こうは割と数が多い

二人の実力を信じていないわけではないのだが、それでも一抹の不安はある

 

「―――へっ、いくら風紀委員でも、この人数なら…」

「案の定舐められてるな。なぁ黒子」

「全くですわお兄様。わたくしたちを侮―――」

 

 

「あー、いたいたー」

 

 

不意に聞こえた第三者の声に、アラタと黒子はギョッとする

そして初春も佐天もその声の主をとてもよく知っている

声がしたのは不良たちがいる方向

徒党を組んでいる奴らの間を平然とすり抜け、こちらに歩いてくる短髪の女の子

 

「もー。みんな遅いなぁって思ったら」

「み、こと」

 

アラタは苦笑いを浮かべる

このままでは色々とまずい

彼女が、ではなく彼らが、だ

 

「なんだお前。お前もこいつらの仲間か」

「よくわかんねぇけど、邪魔するんならお前から先に―――」

 

「―――アラタ」

 

声をかき消すように、目の前の短髪の女の子は少年の名前を呼んだ

 

「…いい?」

「―――…ほどほどに」

 

思いっきりため息を吐いてアラタはそんな言葉を口にする

黒子もまた同様に息を吐きながら構えを解いた

そしてアラタからそんな言葉をもらうと口元に笑みを浮かべ

 

「ありがと、アラタ」

 

そう短く感謝の言葉を述べた後、頭のあたりからバヂリ、と雷を迸らせ―――

 

ズドンと周囲一帯が衝撃が迸った

 

 

目の前にはすっかり気を失っている不良連中

そんな連中には目も呉れず、美琴はこちらに向かって歩いてくる

 

「…ところで、こいつら一体なんなの?」

「やってから聞くなよ。全く」

「本当ですわ…」

 

初春も佐天も呆気にとられている

いつものことだ、と言えばいつものことなのだけれども

 

「…え?」

 

ただひとり、状況を把握していない御坂美琴から、そんな言葉が漏れていた

 

◇◇◇

 

翌日

 

とある高校の男子寮にて

居間に置いてあるテーブルにあるパソコンと向かい合ってる男性がひとり

彼の名前は鏡祢アラタ

この学園都市にいる数多の生徒の一人である

 

今現在彼は風紀委員のお仕事として軽く書類仕事をしており、無言でカタカタとキーボードを叩いているのではあるが

 

「ねぇ、まぁだお仕事終わらないのぉ?」

 

後ろにいる金髪の女の存在は軽くスルーしつつ、作業を数時間続けてきたが、いよいよアラタは折れた

 

「っていうかなんでお前俺の寮の場所知ってんだよ。操祈」

「ふっふ~ん。その程度私の情報力でどうとでもなっちゃうのよねぇ」

 

そう言って胸を張る目の前の金髪女性、食蜂操祈

彼女はこの学園都市にいる七人の〝()()()()〟の一人である

自室で作業をしていたら不意にチャイムがなって出たらなぜか彼女がいたのだ

作業の邪魔しないでくれよと念を押してはいたが、あんまり効果はなかった

そんな彼女となんで一介のレベル0…いわゆる無能力者である自分と親交があるのか

それはおおよそ一年前ほど前に親友当麻といろいろ巻き込まれたのだが、この場では割愛するとして

 

「まぁ実際はちゃんと道聞いてきたのだけどぉ」

「それを聞いて安心した。…お前さんの力だから使用に関して文句はないけどほどほどにしとけよ」

「わかってるわよぉ。無益な争いは、私だって嫌だしねぇ」

 

そう言って人差し指を口に当てふふんと笑む操祈

タイミングを同じくして、不意にアラタの携帯が鳴り出した

携帯を開いて画面を見ると初春飾利からのメールだった

内容は寮をでましたよーという短くて簡素な文章

そういえばもうそんな時間か

仕事にかかりっきりで時間のことを完全に失念していた

もうこんな時間になってしまっては待ち合わせには間に合うかどうか正直わからなくなってきた

この際だ、自分はここからもう直接目的地である枝先の入院している病院に向かおうか

返信でそのことを伝えて、美琴たちにも伝えておいてくれ、と送信すると初春からか〝了解しましたー〟と短い文が返ってきた

ひとまずこれで準備は終わった

 

「操祈、俺はそろそろ出掛けるけど、お前はどうする」

「出掛ける? どこか行くのぉ?」

「飾利…初春の友達の見舞いに行くの。知ってるだろ? 水着モデルん時に」

「あぁ、初春さんの。その友達って、何かの病気…とかぁ?」

「病気…とかじゃあないんだけど、長い間眠ったまんまで、最近目を覚ましたんだ。色々あってな」

 

脳裏に思い浮かぶテレスティーナの顔

今はもう捕まっており、出てくることはないと思うが

 

「そんで、どうする? もし常盤台とかに戻るなら近くまで送ってくけど」

「いいわ。私も一緒に行けないかしらァ?」

「え? まぁ、問題ないと思うけど…どうして」

「挨拶したいの。個人的なワガママだけどぉ。久しぶりに初春さんたちにも会いたいからねぇ」

「…まぁ、今のお前さんなら枝先さんや春上さんとも仲良くなれるか。わかった、とっとと行こうぜ」

 

アラタは部屋に置いてある二つの内の一つを食蜂に渡すと彼女はそれを受け取って小脇に抱えた

今更だがここは男子寮、女子、しかも常盤台の食蜂なんか誰かに見られたらエグいことになるに違いない

特に土御門や青髪とかに見られたら絶対に嫌な噂されることは確定してるので、細心の注意を払いながら下に降り、無事にビートチェイサーのところにたどり着くと、後ろに食蜂を乗せて、アラタはバイクを発進させた

 

◇◇◇

 

「…あれ、白井さんどうしたんですか?」

 

常盤台中学校門前にて

学舎の園を案内し終え、待ち合わせ場所の常盤台中学の校門前で待っていると、美琴と共に彼女の後輩である黒子も一緒に出てきたのだが、何故だか彼女は頭をさすりながら歩いてきていた

黒子は佐天の問いに頭をさすりつつ

 

「いつものスキンシップですの」

 

スキンシップ

なんとなく美琴の方をちらりと見てみるが、彼女のジト目具合からなんとなく察する

美琴は瞬きのあと笑顔を作って

 

「ごめんね、春上さん。わざわざこんなところまで」

 

初春、佐天と一緒の来ていた春上衿衣はうんうん、と首を振りながら

 

「そんなことない。すごく楽しかったの。美味しそうなお土産もたくさん買えたし」

「ここは、学園都市の中でも有名なお店が集まってますからね」

「初春、春上さんにここを紹介したいって、とっても楽しみにしてたんだよ」

 

そう佐天に言われると初春は頬を染めながら

 

「だって知的な街ですし…。それになんといってもこの空気…! ザ・お嬢様というかっ…! 上品な薔薇の香りがするというか―――」

「あぁ、だからか」

 

不意に初春の言葉を遮って佐天が納得したような声を上げた

意味が分からず初春はたまらず聞き返す

 

「へっ? なにがです佐天さん」

「いや、だから今日はその雰囲気に合わせたのかなって」

「合わせたって…何を―――ハッ!!」

 

何か気づいた初春はぶるりと体を震わせた

そういえば一点だけ、初春は心当たりがある

せっかく好きな街を春上さんに紹介できる…せめて中身だけでもという思いで着込んだあの一点

 

「ぬぁ! なぜ佐天さんがそれをっ!?」

「ふふ。さっきね、初春がケーキを選んでた時に、そっとね」

「薔薇がいっぱいで綺麗だったの…」

「は! 春上さんまで!?」

 

目の前で繰り広げらるいつもの日常に、美琴は微笑み、黒子はやれやれと言った様子でため息を吐いた

そういえばアラタはどうしているのだろうか

いつまで経っても来る気配はないのだが

 

「あれ。そういえばアラタとは途中で会わなかったの?」

「あ、アラタさんなら先に病院に行ってるって連絡が来ました!」

「おりょ、そうなんだ。…そういうことなら、行きましょうか」

 

美琴の声に一行は頷く

これから向かうのは、春上衿衣の友人、枝先絆理のお見舞いで、春上さん以外のことは秘密にしているサプライズだ

まぁ一名先に行ってしまったから、予定とはちょっと違ったのだが

 

◇◇◇

 

枝先絆理が現在入院している病院にて

アラタは受付の人と色々話をして自分が面会であることなどを話していると

 

「あっ、アラタくん」

 

不意に左側から声が聞こえてくる

振り向くとスーツを着込んだ男性の警備員(アンチスキル)、立花眞人が歩いてきた

彼は手に持っていたカバン型のG3ユニットを地面に置くとこちらに向き直り

 

「その様子だと、お友達の面会かな? …あれ、隣の女の子は…」

「あぁ、彼女は俺の知り合いの―――」

「はじめましてぇ、食蜂操祈でぇす」

 

いつもと同じ甘ったるい口調ではあったもの、礼儀正しくペコリと彼女はお辞儀をする

それに対して眞人の方も礼をしながら

 

「ご丁寧に。僕は立花眞人、よろしくね、食蜂さん」

「立花さんはお仕事ですか?」

「うん。僕たちと争った過激派モドキの人たちの一人が治療を受けててね。ようやく回復したから、これから警備員の附属病院に移送して、取り調べを行うんだ。もっとも、実行する人は黄泉川さんなんだけどね」

「あっはは…似合うなぁ…それにしても、過激派モドキ、ですか」

「うん。テレスティーナを捕らえても、相変わらずこの街は問題を抱えているんだよね」

 

あはは、と笑いながらふと腕時計を確認する

すると彼は地面に置いてあるG3ユニットを改めて持ち直すと

 

「そろそろ、黄泉川さんと鉄装さんが合流する時間だ。それじゃあ僕はここで失礼するよ」

「はい。ではまた」

 

短く挨拶を交わすと眞人は手を振りながら自分たちとは反対方向へと歩いて行った

その背中を見送ったあと、食蜂はポツリと呟く

 

「真面目そうな人ねぇ」

「それがいい所なんだよ、あの人の」

 

そんな風に食蜂に返したあとで、アラタは必要事項を記入し終える

割と慣れた手つきでその用紙を記入していたアラタに向かって、食蜂は問うた

 

「…書き慣れてるの?」

「俺の友人の見舞いに行く時とか、割とね」

 

今も変わらず、不幸に巻き込まれているのだろうか

きっと自分の知らないところで、誰かの幻想をぶっ壊しているのだろう

 

「さて、そろそろ行こう。美琴たちが来ちまうよ」

 

アラタの言葉に食蜂は頷いて、二人は枝先のいる病室へと歩いて行った

 

 

コンコン、と扉をたたく音が聞こえる

衿衣ちゃんが来てくれたのかな、とも思ったが僅かに見えるガラスからのぞく服の色は衿衣のものではない

そのへんまで考えて、ガラガラと扉が開かれた

 

「失礼しまーす。…枝先さん?」

「あっ! お兄ちゃん!!」

 

扉の向こうで食蜂がぶふぉと思いっきり吹き出した

アラタはそれに苦笑いで受け止めつつ

 

「誰がお兄ちゃんか誰が。俺と枝先さんには接点なんもないでしょうに」

「えへへ…そうだけど、アラタさんみんなの中では一番年齢上でしょ? それに、なんとなくお兄ちゃんって言ってみたくなって」

「全くもう…」

 

頭を掻きながら入ってくるアラタの後ろに、ついていく金髪女性

会ったことのない枝先は? と頭に疑問符を浮かべて問いかけた

 

「あれ、アラタさんその人誰?」

「この子は、俺の友達で、飾利たちの友達でもある食蜂操祈さんっていう人だ。君の事話したら、友達になりたいって言ってね」

「そういうこと。改めましてぇ、食蜂操祈でぇす。よろしかったら、仲良くしてくれると嬉しいゾ?」

 

いつもの調子で軽く自己紹介を終える食蜂

そして今服装に目がいったのか、枝先の表情が驚きと笑顔に代わり

 

「食蜂さん常盤台の人なんだ!? 御坂さんとおんなじ!?」

「えぇ、御坂さんとも知り合いよぉ」

 

割と意気投合は早かった

あいあいと話す二人を尻目に、アラタは持ってきたフルーツの一つであるりんごの皮を携帯ナイフでむき始める

あとは向こうの到着を待つだけだ

 

 

少しして、コンコン、と病室の扉がノックされた

その後で勢いよくガラガラと開けられ、春上衿衣が顔を出す

枝先は彼女の顔を見るとまた嬉しそうに顔を綻ばせて

 

「あっ! 衿衣ちゃんっ」

 

その後で彼女は顔だけ部分が見えるように開けられていた扉を改めて開け放ち、そこに美琴たち四人が見えた

 

『こんにちはーっ』「ですのーっ」

「みんなも!」

 

流石に枝先もみんながここに来ることは予想していなかったのか、その表情をさらに笑顔へと変化させる

一向に向けてアラタも椅子から立ち上がって

 

「よう。みんな来たな」

「はいっ。お待たせして…あれ、食蜂さん」

 

初春の言葉に美琴がピクリと反応する

聞き慣れない名前を聞いて、春上は疑問符を頭に浮かべながら初春に聞いた

 

「どちら様、なの?」

「春上さんは、食蜂さんと会うの初めてでしたよね。こちらは食蜂操祈さん、御坂さんと同じ、常盤台の人なんですよ!」

「あはは…図々しく友達の病室までお邪魔してごめんねぇ。改めましてぇ、よろしくねぇ」

 

申し訳なさそうな笑みを浮かべながら食蜂は手を差し出す

春上は彼女の握手に応じながら

 

「そんなことないの。こちらこそわざわざ枝先さんのお見舞いに付き合ってくれてありがとうなの」

 

そんなやり取りのあと、初春と佐天を中心に、一行は枝先や春上と話し始めた

美琴と黒子はアラタの方へと歩きつつ

 

「食蜂さんがいらしたんですの?」

「あぁ。寮で仕事してたら来てな」

「りょ、寮に行ったの!? 食蜂さんが!?」

 

半ば驚きつつある美琴

一応彼女も盛夏祭の招待券渡しに来てくれたのだが

 

「飾利に久しぶりに会いたいって言ってたからさ。ついでだから枝先さんや春上さんにも紹介しようと思ってね」

「まぁ確かに…」

 

そう言って美琴は楽しそうに会話を弾ませている食蜂の表情を一瞥する

初春や佐天、春上、枝先を交えて話している彼女は楽しそうに笑顔を浮かべており、晴れやかだ

そして今更ではあるが、彼女は普段持ち歩いているリモコンの入ったバッグを肩にかけていなかった

それに心の底から楽しそうに笑っている彼女を見て、美琴は釣られて笑みを浮かべる

 

―――そういえば、水着モデルの時もあんな顔してたかな

 

「…これなら、大丈夫かもね」

「ではお姉様、私たちも話に混ざりましょう。お兄様もっ」

「わかってるって」

 

◇◇◇

 

そんなわけで

初春たちが差し入れとして持ってきたケーキを食べながら一行は話をしていた

美琴と黒子は枝先の隣にある誰も座っていないベッドに腰掛け、初春はアラタが用意した椅子に座りケーキをもにゅもにゅし、佐天と食蜂は枝先側のベッドへと腰を掛けていた

 

アラタは出入り口近辺の壁に背中を預けながらその光景を見守っている

当然、時折降られたら会話に参加しているが、割と見守ってるだけでも楽しいものだ

 

「けど、随分良くなったみたいね。安心したわ」

 

不意に美琴が枝先に向かってそう言った

枝先は美琴の方へと視線を向けて「うん」と頷いて

 

「リハビリは大変だけど…こうしてみんながお見舞いに来てくれたし…」

 

一度言葉を切って食蜂へと視線を向け

 

「新しい友達も出来たし、頑張る!」

「そうなの! リハビリ終わって、二学期からは一緒の学校行くんだもんね!」

 

枝先の言葉に続くように春上が言葉を繋げる

微笑み合う二人を見て、アラタは無意識に笑顔になる

今更だが、助けられてよかったと心から思うのだ

 

「ね、ねぇ。喉、乾かない?」

「はぁ?」

 

唐突に美琴がそんなことを言い出した

思わずそんな素っ頓狂な言葉を口に出してしまった

当然周りの反応もそんな感じである

佐天と初春も首をかしげながら美琴を見つめ、食蜂も同様に疑問符を浮かべながら美琴を見ていた

しかし黒子は

 

「そうですわねぇ。何か、飲み物でも買いに行きましょうか」

 

と、美琴に同意するような発言をする

 

「いいわねぇ! それじゃあ春上さん! 私たちはちょっと」

「…わたし」

「たち?」

「あれ、それ俺らも出る流れなの?」

「さぁ、参りましょうお兄様方」

「そういうわけで。すぐ戻るから、じゃあ後で!」

 

そう言って立ち上がる黒子と美琴に促されるまま、春上と枝先以外のメンバーは二人に連れられて病室の外に行ってしまった

春上と枝先は顔をお互いに見合わせて首をかしげつつ

 

「なんなんだろう?」

「わからないの…」

 

そんな話を交わしていた

 

 

「で、結局目的はなんなんだ?」

「まぁまぁ。まずは飲み物を…ん?」

 

アラタの言葉に返すように美琴は笑を交えてそんな言葉を話す

そしてふと、たまたま通った道のガラスの向こうに、リハビリをしている人たちが目に写ってきた

ガラスの向こうには手すりを用いて懸命に歩く練習をしている患者の姿や、足のマッサージを受けている患者の姿が目に入ってくる

 

「あれって、リハビリ、だよね?」

「枝先さんも、頑張ってるんですね…」

 

その光景を見た美琴は、かつて似たような光景を幼い頃に見ていたを思い出す

 

―――自分が託したモノは、誰かの役に立っているのかな

 

「御坂さん? 御坂さぁんってば」

「え」

 

食蜂の声に、ふっと我を取り戻す

視線を向けると、みんなの目線が自分に集まってきていた

 

「どうかなさいまして? お姉様」

「なんだか考え事してたみたいだけどぉ…」

「う、うぅん。なんでもないわ。ごめんね、さ、行きましょう」

 

まぁ本人がそう言うのなら、問題ではないだろう

多少気にはなったが、一行はそのまま足を進めた

 

 

「サプライズ…」

「ですか?」

 

自動販売機の前にて

それぞれ飲み物を買い終えたあと、美琴から告げられた言葉を復唱する

佐天と初春がそう返すと美琴はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに

 

「えぇ。例のプレゼント、普通に渡すだけじゃインパクトがないと思うのよ! やっぱムードっていうか、雰囲気が大切っていうか!」

 

熱弁する美琴の隣で黒子ははぁっと笑顔混じりのため息をしていた

あの様子だとなんとなく察していたのだろう

 

「…本当は、ケーキの中に、とか、シャンパンの底に! とかやりたいんだけど…流石にそれは無理」

「お前サプライズガチ勢かよ」

「うっさいアラタ! …そこで、あの花束よ!」

 

アラタの呟きに一喝しつつ、美琴は自販機近くの売店に視線を向けた

そこにはおあつらえ向きに花束も売っている

 

「…花束で、どうサプライズするのぉ」

「考えてあるわ。…名づけて、ただの花束かと思ったら中にプレゼント大作戦! ―――どう!?」

 

いや、どうと言われましても

 

「…い、いいんじゃないかしらぁ。ねぇ初春さん」

「え、えぇ! とっても素敵だと思います!」

「でしょ! それじゃあ早速買ってくるね!」

 

食蜂と初春の言葉に反応した美琴はくるりと身を翻し、売店の中へと入っていった

売店に入っていった美琴の背中を見送ったアラタは黒子へと視線を向ける

彼女はのほほんと笑みを浮かべてるだけだ

 

「…黒子ぉ…!」

「まぁ、ああいうお姉様も…」

 

彼女はほっこりした笑顔のままだ

佐天と初春も何かを言いたそうに苦笑いで黒子を見つめているし、食蜂に至っては手を顎に持っていきながら

 

「…なんだか、意外な一面を見た気分ねぇ…」

 

妙な笑顔で頷いている

まぁ確かに意外ではあったのだが

 

「あぁぁぁぁぁ!?」

 

そんな時売店から美琴の絶叫が聞こえてきた

彼女の方を見てみると、花の前で項垂れている

気になったアラタが彼女に近づいて

 

「どうした」

「さ、財布入れたカバン…枝先さんの病室に忘れてきちゃった…!」

「あっ…それは、うっかりだな…」

 

美琴は頭を抑えてうずくまりつつ

 

「うあーっ…! 私としたことがぁぁぁ…!」

「いや、いいよ。金くらい俺が貸すから選んじゃえって」

「! い、いいの!? 本当にいいの!?」

「いいってば。後で払えよ、花の代金」

「当然! っていうか、ありがとうアラタ! やっぱり持つべき友はライダーね!」

「全然関係ないだろ全く。調子のいい奴だ、っとに」

 

目の前の売店で行われているまるで兄妹みたいな様子に黒子と初春、佐天、食蜂はそれぞれ顔を見合わせて笑い合う

このやり取りを見てると、ふと思うのだ

今日も学園都市は平和だな、と

 

◇◇◇

 

「ったく。連絡寄越しときながら移送手続きにどんだけ時間かかるじゃんよ」

「まぁまぁ。そう言わずに」

「そうですよ黄泉川さん、一応お仕事ですから」

 

通路を黄泉川、鉄装、立花の三人が歩いていく

色々と面倒事が重なり、愚痴を言う黄泉川に鉄装、立花がなだめつつ前を歩いていく

 

「そういえば、矢車隊長はどうしてます?」

「矢車さんなら、多分今も書類仕事に付きっきりだと思うじゃんよ」

「影山さんも、それに付き合ってる感じですねー」

 

なんとなく問いかけた立花の問いに、黄泉川と鉄装が答えた

まぁテレスティーナを捕らえた時も色々バタバタしていたし、片付けなければならない書類も溜まっていたのだろう

と、そんな世間話をしていると、からからと隣を病院のスタッフがベッドを運びながら通りがかった

そのベッドには誰かが寝ており、布団を頭まで被っている

睡眠が深いのだろうか

 

通路を横切って、ここを真っ直ぐ進めば例の移送者の病室だ

仮にも過激派モドキが入院している病室、見張りの人も一応は―――

 

「あれ? 見張りの人は…?」

 

鉄装の言葉と、その直後だった

 

不意に扉がガラリと開き、そこから〝見張りの人〟が倒れてきたのだ

ご丁寧に簀巻きに猿ぐつわをされた状態だ

 

『!?』

 

それから導かれる想像は一つ

そしてすぐ横を通った、ベッドに乗った患者を運んでいる彼らは―――

幸いにも、まだそう距離は離れていない

 

「そこの人たち! 止まりなさい!」

 

立花の叫びと、ベッドに寝ていた人物が飛び起きてこちらにマシンガンを構えてきたのは同時だった

 

「黄泉川さん鉄装さん隠れて!」

 

そう言い放ち、射線から隠れるように通路の角に三人は身を隠す

直後バララララ! と銃声が鳴り響き、流れ弾が警報センサーに当たったのかジリリリとやかましく鳴り響いた

隠れながら、立花はカバン状態にG3ユニットの側面にある穴に手を突っ込んで、そのまま胸のところへ持ってくる

 

「G3ユニット、着装!」

 

そのまま穴の奥にあるグリップをひねるように動かすと、カバンが変形していき、立花の体を包んでいく

青い姿に赤い複眼が光り、装着を完了させる

 

「黄泉川さん、僕はこのまま追います! お二人は下に連絡を入れ、緊急配備をお願いします!」

「わかった! ほら、鉄装! 立つじゃんよ!」

「は、はいぃぃ!」

 

G3はそう言うと太ももにセットしてあったスコーピオンを引き抜くと構えながら角から飛び出た

しかし目の前には誰もおらず、どこにいったかと視線を探しているとチーン、という音と一緒にエレベーターのドアが閉まる瞬間を目にした

 

「しまった…!」

 

慌てて走り出すが、とき既に遅し

どこに行くのかを確認すべく横にある表示を見ると矢印は上を指していた

屋上へ向かうつもりなのだろうか

 

 

 

◇◇◇

 

ジリリリリ、とけたたましく鳴り響く警報に、枝先の病室で駄弁っていた三人は、その音にびくりと体を震わすと揃って天井を見上げた

 

「…なんだろう?」

「わかんないねー…」

 

枝先、春上の二人はそれぞれ顔を見合わせてそんなことを口にする

 

同時刻

売店前で同じく警報を耳にしていた一行は、つい先ほどけたたましく鳴り響いていた警報が不意になり止む

 

「あ、止まった」

 

<只今、非常ベルが作動しましたが―――>

 

と、館内アナウンスが再生されると同時、黒子がリンとした声で

 

「初春、お兄様」

「はいっ!」

「あぁ」

 

黒子の声に答えたあと、つい先ほど購入した飲み物を佐天に預けると、三人は腕章を腕に装着する

 

「お姉様、一応状況を確認してきますわ。お兄様は念の為に春上さんたちと合流を」

「わかった。二人も無理はするなよ」

「承知していますわ。…それと、お姉様?」

 

黒子はジトッとしたような視線を美琴に向けながらグイっと顔を近づけ

 

「決して何があっても介入するような行動は慎むようお願いします。よろしいですわねお姉様」

「わ、分かってるわよ…」

「お兄様も昨日みたいに許可など出さないよーに!」

「オーケーだ」

 

超能力者ではあるが、それでも美琴は一般人だ

昨日はうっかり出してしまったが

 

同時刻

 

「…何かあったのかな」

 

枝先が不安げな表情でそう呟いた

春上は美琴が忘れていったカバンを手に持ちながら

 

「私、ちょっと見てくるの」

「衿衣ちゃん、気をつけてね」

「うん」

 

そう返事して、春上は病室の出口へと歩いて行った

ガラリと扉を開けて、何があったのだろうと思いながら少し歩いていくと目の前の通路から血相を変えた人たちが走ってきて、そして―――

 

◇◇◇

 

「おい、早くしろよ!」

 

屋上へと続く通路にて

短い階段の先に屋上への扉があり、そこに数人の過激派モドキグループが鍵の掛かった扉を開けようと奮闘している

そんな一向に声を掛ける人物たちがいる

 

「止まりなさい!」

 

凛としたその声にバンダナを巻いた一人の男性がこっちを向いた

そこにいるのは青い姿に赤い複眼の仮面ライダー、G3がスコーピオンを突きつけて身構えていた

すぐ近くにはいつでも出れるように鉄装と黄泉川もハンドガンを構えたままで待機している

 

「抵抗は無意味です。都市全域への緊急配備も手配は終わっています! おとなしく―――」

「うるせぇ! 少し黙ってろよ!」

 

そう言いながらバンダナを巻いた男性とはまた別の男がこちらに振り向いた

―――春上衿衣を人質として、拘束しながら

 

「! あの娘…!」

「貴様…!」

 

鉄装の言葉に、立花は珍しく口調を荒げ仮面の下で歯を食いしばる

バンダナ男はちゃきり、と持っていたハンドガンの銃口を春上のこめかみにつきつけながら

その事実に、春上は瞳に涙を浮かべている

 

「余計な真似してると、このガキの頭が吹き飛ぶぜ?」 

「―――くそっ」

 

このままではどうすることもできない

大人しくしていないとダメ、か

 

◇◇◇

 

「全く。黒子ったら私のことなんだと思ってるのよ」

「日頃から喧嘩っぱやいからな、お前」

「う。そりゃあ、私もちょーっとは反省してるけど…」

 

一方で

現状の把握を黒子と初春に任せ、自分は万が一に備え春上達を守るべく、彼女たちに合流するために食蜂、美琴、佐天と一緒に道を歩いていた

 

「心配してるんですよ。御坂さん、アラタさんと同じでいっつも無茶するから」

「コイツは私以上に無茶してるじゃない」

 

親指でずびし、とアラタを差しながら美琴は若干ジトーっと目を細める

それにアラタは苦笑いを浮かべながら

 

「あいにくと、自分ではそんなつもりないんだけどなぁ。俺は俺にできる無茶をしてるだけだし」

「アラタはそれが人を心配させてるってことにぃ、いい加減気づくべきねぇ」

 

食蜂の言葉にう、とアラタは言葉を詰まらせる

それを見て佐天はふふ、と笑顔を浮かべ

 

「まぁ、それも御坂さんとアラタさんのいい所―――あれ?」

 

曲がり角に差し掛かったところで、佐天が誰かを視界に捉える

佐天の視界を追いかけるようにアラタと美琴も目線を向けるとそこにはどこかしらに指示をしている黄泉川と、G3が警戒体制をとっている姿が目に入ってきた

 

「黄泉川先生?」

 

不意に聞こえてきた佐天の声に黄泉川は振り向いた

彼女は自分たちの姿を捉えると驚きに染まった表情で

 

「お、お前たち!? なんでここに…!?」

「…何かあったんですね」

 

警戒態勢のまま首だけをこちらに動かす姿を見て、アラタはそう確信する

そもそも本当に何もないならG3を纏っているはずがないのだ

G3は屋上に続いている扉を睨んだまま

 

「…過激派モドキの人たちが、屋上を封鎖して、立てこもってるんだ」

「お前たちも早く安全なところに行くじゃん。ここは危ない」

 

黄泉川と立花の言葉を聞いて、四人は顔を見合わす

とりあえず、一旦当初の予定通りに枝先の病室に戻ろうとして―――視界に一人の女の子を捉える

それは壁伝いにこっちに歩いてきていた枝先絆理その人だった

 

「枝先さん!?」

 

美琴の声が響く

その声を聞いた枝先は懸命にこらえながらも、こちらに向かって声を発する

 

「衿衣ちゃんが、戻ってこないの…!」

「えぇ!?」

「そ、それって、つまりぃ…」

 

視線が黄泉川とG3へと向けられる

流石にもう隠し通せないと判断したのか、苦い顔をしながらその事実を告げる

 

「…君たちの友達が、人質に取られてる」

「! 本当ですか、立花さん」

 

そうアラタが聞くとG3は顔を俯かせながら頷いた

 

「そんな…!」

 

佐天が声をあげる

彼女の気持ちもわからんでもない

だが今はそれよりも―――

 

「涙子、まずは枝先さんを」

「アラタさん…そうですね、わかりました…」

 

佐天が頷くのを確認すると、美琴と食蜂にも視線を向ける

二人もまたそれに頷いて、美琴が枝先の隣に駆けていき、彼女に肩を貸しアラタも彼女の反対側へ言って自分の肩を貸し、彼女の病室へと歩みだした

 

 

病室へと戻ってくると、ゆっくり彼女をベッドへと腰掛けさせる

まだ歩くことは辛いのだろう、彼女の表情には疲れが見えた

 

「ごめんなさい、ありがとうなの…でも、衿衣ちゃんが…!」

 

彼女の叫びを聞いた美琴は笑顔を浮かべる

 

「大丈夫」

「…え?」「御坂さん…?」

 

その呟きの意味を理解したアラタはやれやれ、と言った様子で首を振った

けど、流石にこれは黙ったままではいられない

とか考えていると美琴がアラタに向けて声を発した

 

「アラタ、付き合って!」

「へいへい。そんなわけで操祈、枝先さんのこと頼んだぜ」

「わかったわぁ。行ってきなさいなぁ、お二人さん」

 

食蜂からの言葉を受けて、美琴とアラタの二人は窓を開け放ち、そのまま外に飛び出した

美琴は磁力を用いて壁を蜘蛛みたいに登って行き、アラタは近くにあったハシゴへと飛び移って登っていく

 

「ちょ、御坂さん!?」

 

思わず佐天も追いかけるが、流石に自分では壁は登れない

そこでふと、アラタが登っていったハシゴに目がいった

佐天は小さく笑みを浮かべて

 

「―――くぅーっ…! ホンットあの人たちは…!」

 

―――カッコイイなぁ…!

 

◇◇◇

 

「いやぁ! はなしてぇっ!!」

「うるせぇ! ジタバタしてんじゃねぇ!」

 

屋上

仲間が操縦しているヘリコプターに乗って飛び、そのまま逃走をしようとしているが、人質の女―――春上がどうしても抵抗をやめない

彼女からしたらとばっちり以外の何者でもないが、男たちからしたら大事な切り札だ

ここで手放す訳にはいかなかった

 

「よしいいぞ! 出せ!」

 

パイロットにそう指示し、ヘリコプターは上空へと飛ぼうとして―――ガクン! と急停止したようにヘリコプター全体が震え、上昇しなくなりその場に停滞するようになっている

外を見ると、一人の女の子が地面に向かって手を当てて、体から雷を迸らせている

地面を伝い走る雷の磁力で、ヘリコプターが逃げるのを食い止めたのだ

春上はその人物をよく知っていた

 

「御坂さんっ!」

 

美琴は雷を迸らせたまま、表情を怒りに染めて

 

「―――私たちの友達に、なにしてくれてんのよぉ!」

 

ヘリの中にいるバンダナは舌を打ちながら

 

「能力者か…! おい、もっとパワー上げろ!」

「やってる! だがコントロールが効かねぇんだよ!」

 

操縦席からそんな言葉が聞こえてくる

このままでは拉致があかない、と人質を持っている男が春上を一瞥して

 

「コイツの仲間か…! だったら返してやらないとなぁ!」

 

勢いよく男は春上を外へと放り投げる

コイツの仲間なら、確実に能力の使用を中断し助けに入ると踏んだ男は、人質を手放すことを選んだのだ

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」

「! 春上さんっ!」

 

放物線を描き、飛んでいく彼女の落下先は、屋上を過ぎて地面へと向かっていた

もしこのまま屋上に投げ出されていたら能力の使用しながら、なんて出来たかもしれないが、これは流石にかかりっきりにはできない、美琴は能力の使用をやめ、彼女を助けるべく走り出す

が、伸ばした腕はあと一歩で届かずに空を切る

 

 

ハシゴを登っていると、不意に投げ出された人影をアラタは捉えた

ひと目でわかる、春上衿衣だ

上で何があったか知らないが、このままではヤバイことだけは確かだった

アラタは全身に力を込め、自らを変える言葉を発しながら、そのハシゴから跳躍した

 

「―――変身っ!」

 

アークルを顕現させ、ベルト中央の霊石が青く輝き出す

霊石が光ると同時、徐々に彼の全身を変化させていき、彼の体を青い〝仮面ライダークウガ〟へと変身させ、跳躍した勢いを利用して春上をキャッチする

不意に誰かに抱き抱えられた感覚に、思わず春上はクウガへと視線を向けた

 

「―――アラタさんっ!」

「ナイスタイミングアラタっ!」

 

クウガが屋上に跳躍したときには、もうヘリコプターは遠いところに飛んでいってしまっていた

ゴウラムでも居れば追えるのだが…

 

「春上さーんっ!」

 

ちょうどそこで、先ほどアラタが登っていたハシゴから佐天が登ってくる

登りきった彼女は地面に下ろされた春上へと駆け寄っていき

 

「大丈夫春上さん!? 何か、変なことされてない!?」

「うん、大丈夫なの…」

 

ひとまずこれで一件落着か、と思い美琴は変身を解除したアラタに向かって親指でサムズアップをした時である

 

「―――あれほど念を押しましたのに。お二人ったら全くもう」

「く、黒子!? い、いやだってこれは仕方なくない!? 下手したら―――」

「おねーさま!!」

 

ピシャリ、と美琴の言葉を遮ると美琴が苦笑いしてお茶を濁す

今度は黒子はこちらに向かってジトーっとした目線を送ってきた

返す言葉もない

 

「春上さんっ!」

 

屋上の扉が開け放たれ、G3と一緒に初春が救急箱を持って春上に向かって走ってくる

 

「大丈夫ですか! 怪我とかはありませんか、春上さん!」

「うん。心配かけてごめんなの…」

 

初春と春上の会話を耳にしつつ、G3も装着を解除し、ユニットをカバンの状態へ戻すとアラタたちの方へと駆け寄ってきた

 

「良かった、無事だったんだね…」

「はい、どうにか…。すいません、こんな行動起こして…」

「結果オーライだよ。…もちろん、あんまり褒められた行動じゃないんだけどね」

「あっはは…」

 

立花にそう言われ、アラタは苦笑いするしかなかった

そんな時、急に春上が「あぁっ!?」と思い出したように声を上げた

 

「春上さん、どうしたんですか…?」

「カバン…」

「カバン?」

「…御坂さんのカバンが…」

 

『え?』と立花以外の声が重なる

なんとなく察した事実に、『えぇぇぇぇっ!?』と今度は声が驚愕に変わった

 

距離的にはどう足掻いても追うのは不可能な距離だ

っていうかもうこの場ではあいつらのヘリコプターは見えない距離だ

 

「くぅろぉこぉ…!」

 

バヂリ、と雷が頭に迸り、美琴が黒子の名前を呼んだ

対する黒子ははぁ、とため息を吐きながら

 

「仕方ありませんわねぇ…」

「そんなわけでアラタ、みんな! ちょっと行ってくるわね!」

「うえ、ちょお姉様っ!」

 

言いながら美琴は黒子の手を掴む

何か言いたそうだったが、観念したのか美琴と一緒に空間移動でその場から二人は消えていった

向かった先の空を仰ぎ見ながら、アラタは小さく笑顔を浮かべた

すると、その先の空に、キラリ、と何かが光ったような気がした

 

「…?」

 

アラタが目を凝らしながら見てみると、何やらクワガタのような形の飛行物体がこちらに向かって飛んでくるのが見えた

その物体を、アラタはよく知っている

 

「―――ゴウラム」

 

ゴウラムはそのまま勢いを殺すように屋上にいる初春たちや立花の近くを通りつつ、少しづつ速度を落とし、最後にはアラタの前でその身を停止する

 

「ゴウラム…なんでここに」

<呼ばれた気がした>

 

…確かに先ほど、ゴウラムがあれば、なんて思ってはいたが

まぁこの際いいや、とアラタは割り切って

 

「ゴウラム、これから迎えに行くぞ」

<迎え? 誰を? っていうか敵は?>

「もう敵はいない! ほら、行くぞ」

 

そう言ってアラタはゴウラムに飛び乗った

ゴウラムはむぅ、と唸りながらも羽を羽ばたかせ先ほど黒子たちが向かった先へと飛んでいく

屋上に残された初春、佐天、春上、立花が取り残されるだけだ

 

「…一旦、枝先さんの病室に戻りましょうか」

「そうだね、あの人たちなら、心配ないでしょ!」

 

初春と佐天の言葉に、立花と春上は苦笑いしながら頷いた

彼らの実力はもう分かりきっている

心配するだけ無駄だということもよくわかっているのだ

 

―――あの人たちなら、大丈夫だと

 

◇◇◇

 

ヘリコプター内部にて

安心しきった過激派モドキたちがふぅ、と安堵のため息を吐きながら雑談を交わしていた

 

「なんとか上手くいったな」

「本当になぁ。あぁ、助かったぜぇ…あ? なんだこれ」

 

不意に視線はヘリ内部にあったカバンに目がいった

そういえばさっき人質にしていた女の子がこれを持っていた気がする

放り投げた時こっちに落としてしまったのだろう

 

「あぁ、そりゃさっきのガキのだろ」

「そっか。あ、ガキって言えば、さっきの能力者凄かったなぁ。あれは電撃(エレクトロ)使い(マスター)ってやつか?」

「あぁ。それにあの制服、ありゃあ常盤台の制服だったぜ」

「マジか!? あの名門校の!?」

 

後ろの座席にいる二人がそんな会話を繰り広げていると、操縦席の隣の席に座っている男が記憶を辿るように言葉を巡らす

 

「…ちょっと待て、たしか常盤台の電撃(エレクトロ)使い(マスター)って…!」

 

 

同時刻

上空にて、黒子と手を繋ぎながら空間移動で高い高度を位置取り、落下しているときだった

 

「黒子」

「? なんですの?」

「あ、えっと…」

 

苦笑いをしつつどこか困ったような顔をしながら、彼女はどこか言葉を探している様子だった

時間にして数秒、彼女から告げられた言葉はシンプルなものだった

 

「ありがとね。こんな―――うんうん、いつもワガママに付き合ってくれて!」

「!」

 

告げられた言葉を耳にして、黒子は僅かに頬を染める

きっと最初のありがとう、には色々な意味が込められているのだろう

それに対して、黒子は笑顔を作り出す

 

「―――とんでもございませんわ。―――いつものことですもの」

「ふふっ。―――じゃあ、ちょっと行ってくるわね!」

 

美琴はそう言うと黒子から手を離し、落下する速度を加速させていく

例のヘリコプターはここから下を飛んでいる

美琴の磁力で自分を引っ張れば、付近までは飛んでいけるだろう

自分は、人質の保護と、カバンの回収が主だろう

 

「えぇ、いってらっしゃいませ。お姉様」

 

 

「思い出したぁ!」

 

操縦席隣の男が声を荒らげた

身を乗り出しながらこの場にいる全員に言い聞かせるように視線を向けながら

 

「常盤台の電撃(エレクトロ)使い(マスター)って言ったら、この都市(まち)最強の電撃使い!」

 

 

美琴は落下しながらも、冷静な手つきで一枚のコインを取り出し、それを弾く

己の能力で距離、位置などを微調整しつつ、ベストなタイミングであのヘリを射抜くために

 

 

超能力者(レベル5)の―――」

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

不意にパイロットが驚きの声を上げた

というか、誰でも驚くであろう

例えば、車を運転していたらいきなり目の前に誰かが現れたとしたら

今がまさに、その状況だったのだ

 

ヘリコプターの目の前に、常盤台の制服を着た女の子が、雷を迸らせながら現れたのだから

 

「―――超電磁砲(レールガン)…!」

 

その呟きを、誰が口にしたのかは分からない

呟いていた時には、その女の子が音速を超えるメダルを撃ちだしていたのだから

放たれたコインは真っ直ぐ突き進み、ヘリコプターのプロペラ部分を打ち砕く

当然ヘリは浮力を失いそのまま地面に落下していくが、いつまで経っても衝撃は来なかった

代わりに来たのは一瞬の浮遊感と、地面に軽く叩きつけられたような感覚

いつの間にか過激派モドキの連中は空間移動を使う能力者に助けられたのだ

 

「おかえりなさいませ。過激派モドキさん?」

 

そして近くの川に、つい先ほどまで乗っていたヘリコプターが落下したのを確認する

同時に、これ以上は逃げ切れない、ということも彼らは察したのだった

 

◇◇◇

 

撃ち抜いて、美琴はどこかへと自分を磁力で引っ張って降り立つつもりでいた

だが不意に美琴の視界に見知った人たちがこちらに向かってきているのが見えた

それはゴウラムに乗った鏡祢アラタだ

彼らを見つけた美琴は彼へ向かって手を伸ばす

同じように手を伸ばし、彼女を手を掴んでゴウラムに乗せると美琴はふぅ、と一つ息を吐いた

 

「また派手にやったな」

 

アラタの言葉に美琴は苦笑いする

 

「でもま、これで連中も懲りたでしょ」

「違いない」

 

美琴の言葉に短く返事し、ゴウラムを病院へと向かわせる

 

「落ちないように捕まっとけよ」

「わかってるわ、飛ばしてちょうだい」

 

美琴はアラタの言葉に返事しながら、彼の背中にしがみついた

バイクで彼の後ろにたまに乗るときも背にはしがみつくから、初めてではないのだがゴウラムでのこれは、なんだか多少恥ずかしい

彼のお腹に回した手を、きゅ、と強く握りながら美琴は目を閉じて病院への到着を待つ

背中の暖かさを、その身に感じながら

 

◇◇◇

 

『はい、枝先さんっ』

 

初春と佐天の声が重なり、枝先にプレゼントが渡される

枝先はそれを受け取り、そのプレゼントを見つめながら

 

「これ、御坂さんのカバン…?」

「いいから開けてみて!」

 

枝先の疑問に佐天は笑顔でそう開封を促した

枝先はうん、と頷きながら困り顔でその中身を取り出して、驚いた

 

「うわぁ…これって!」

「制服? 絆理ちゃんの?」

 

枝先と春上の言葉が続く

黒子は枝先を励ますように

 

「早くそれが着られるように、頑張ってくださいね」

「昨日、みんなで買ってきたんです」

「なるほどぉ。これがサプライズだったのねぇ」

「ふふっ、驚いた?」

「喜んでもらえると、嬉しいな」

 

黒子の激に続けるように初春、食蜂、佐天、アラタが言葉を紡ぐ

春上は枝先の喜びを代弁するように、「うん!」と頷き、春上は僅かに目尻に涙を浮かべながら「ありがとう…」と返答する

 

「御坂さん…、?」

 

なお、このメンバーの中で一人、なぜか美琴はうずくまったままであった

そういえばサプライズしたがっていたな、とアラタは思い出す

あのあと割と急いで帰ってきたのだが、案の定売店は閉まっており花束は買えなかったのだ

色々あったし、仕方ないのだが

美琴は勢いよく立ち上がると

 

「ごめんなさい枝先さん! ホントはもっと素敵な渡し方を考えていたのよ! だけど色々ゴタゴタしてお店締まっちゃってそれで―――」

 

「御坂さんっ」

 

美琴の怒涛の謝罪を遮るように、枝先はそう切り出した

彼女は満面の笑みを作り

 

「とっても驚いたし、とっても嬉しかった! ―――ありがとうっ!」

 

そう告げられた、まっすぐな感謝の言葉

アラタは枝先の笑顔を見ながら

 

「どうやら、もう十分サプライズにはなってたみたいだな」

「―――うん!」

 

アラタの言葉に美琴は大きく頷いた

今日一日で色々と事件があったが…喜んでくれてよかった

彼女の笑顔と、その言葉だけで、十分だったのだ

 

病室を照らす夕日を、ちらりと食蜂は見やった

ゆっくり沈みゆく夕日は、こちらを見てなんとなく微笑んでいるような気がしてならない

 

「―――ホンット、退屈しないわねぇ、この都市(まち)はぁ」



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#23 オリジナル 前編

この時点で一万超えそうなので分割します
相変わらずのクオリティで申し訳ない

一応確認はしましたが、誤字脱字見かけましたら遠慮なく指摘していただいて結構です
多分あると思うので(自分に自信持てないニキ

FGOでまさかキアラが来るとは思わなんだ
メルトに全力ぶっ込んだのでキアラさんはフレンドさんだよりかなぁ
CCCイベントは最高でした、あれはメルトヒロインですわ

ではどうぞ


幼い頃の記憶だった

どこの研究施設か、それとも病院だったのか、自分がいた場所がどこかは思い出せないではいたが、はっきりと覚えているのは、ガラス越し映っている男性患者だった

彼は自分の左右にある手すりを掴んで、懸命に歩こうとしている

しかしそれはどこかおぼつかなく、一歩踏み出すだけでもかなりの時間を有していた

 

「あの人、何をしてるの?」

「彼はね、筋ジストロフィーという病気なんだよ」

「きんじす?」

 

幼い御坂美琴は、なんとなくそう聞き返す

それはどんなものかを聞こうとしたとき、ガラスの向こうで人が倒れる音を耳にした

目を向けるとそこには先ほどの男性患者が地面に倒れ付している

 

「筋力が、少しづつ低下していく病気だよ。彼はそんな、理不尽な病気を背負って生まれてきたんだ」

 

言葉の途中でも、男性患者は手すりを必死に掴み、力の限り立ち上がる

地面には夥しい汗が滴り落ち、今も彼の額を伝いさらに地面に落ちていく

歯を食いしばりながら、体を立たせようと手すりを持つ手に力を込めた

 

「彼はその病を克服するために、ああやって戦っているんだ」

 

病を克服する、ということはいつか彼の病気は治るのだろうか

今を乗り切ることができれば、あの人も太陽の下をまた走れるようになるんだ

そんな想像をして、幼い美琴は男性に笑顔を見せた

しかし幼い美琴の内心とは裏腹に、男性は残酷な事実を告げる

 

「だが、彼の病気は治らない」

「―――え?」

「現在の医学では、根本的な治療法はないんだ。彼の筋力は低下を続け、いずれは立ち上がることすらもできなくなる。…そして、最後には…」

 

最悪の想像をしてしまい、幼い美琴は涙を浮かべた

どうあってもあの人を助けることはできないの…?

そう思った幼い美琴に希望を与えるかのごとく、男性は言葉を発した

 

「けど、それは今現在の話なんだ」

「…そうなの?」

「あぁ。君の能力を使えば、彼や、同じ筋ジストロフィーの病気にかかった人たちを助けることが出来るかもしれないんだ」

 

そう言って男性は―――どこか歪な―――優しい笑みを幼い美琴に向ける

そして続けた

 

「君のDMAマップを、提供してくれないだろうか?」

 

そう言われて、改めて幼い美琴はガラスの向こうでリハビリをしている患者たちを見る

そこには先ほどの患者の他にも、同じような症状の患者が何人かリハビリをしているのが見えてくる

自分のDNAが、ああいった人たちを助けることが出来るのなら

治せない病気を、治せる病気に出来るなら

だから、幼い美琴は満面の笑顔を浮かべて

 

「うん!」

「…ありがとう」

 

幼い美琴の言葉に、男性は短い感謝を述べて、彼女に手を差し伸べる

彼女は差し伸べられた手に、幼い美琴は手を伸ばした

 

そして、少し離れた所で、それを見る一人の女性の視線が向けられていた―――

 

◇◇◇

 

「っ!」

 

ふと、目が覚めた

常盤台女子寮の自室のベッドで、御坂美琴は目が覚めた

窓から差し込む日差しに、美琴は抱き枕代わりのキルグマーの人形を抱き抱え

 

(なんであんな昔の夢…。あ、そっか…枝先さんのお見舞いに行って…)

 

そこまで考えて、自分に触れる妙な感触に美琴は違和感を持った

わきわきと触られるお腹の感触に、美琴は一瞬ゾクリとした

誰かが自分のベッドに潜り込んでいるのだ

誰か、の正体は分かりきっているのだが

 

「な、に、してんのよーっ!」

「おっふっ!?」

 

とりあえずゲンコツをカマしておくことにした

 

◇◇◇

 

「カ・ガーミン! 宝探しをしようじゃないか!」

 

唐突に自分の部屋に飛び込んできた神代ツルギは、そんなことを言ってきた

休日である今日、これから朝ごはんでも食べたあとは橙子のところにでも顔を出そうかな、って考えた矢先の出来事である

 

「…宝探しって何さ。なんかそういうイベントでもあるのか?」

「いや何。そういうわけではない。探すものはこれだからな」

 

そう言ってツルギは懐から一枚のカードを取り出した

アラタはそれを受け取って、さまざまな角度から観察してみる

 

「…マネーカード?」

「そう。最近この七学区のあちこちにコイツが封筒で入れられてるのを拾った、という噂がSNSで広がっていてな。何やら怪しい匂いがすると思わないかカ・ガーミン」

「…確かに妙な感じはするけど…誰かがイタズラで置いてるだけなんじゃないか?」

「俺も最初はその線を疑った…が、なんとこのマネーカード、〝本物〟なのだ」

「! マジで金入ってるのか!?」

「そのようだ。少ないものなら千円、一番多いので五万円。…イタズラにしては額が大きすぎると思ってな」

 

ツルギに言われてふぅむ、と考える

口コミとかで広まっていると聞いたが、あんまり耳には入ってこなかった情報だ

今のとこ金銭面での問題はないのであまり興味はないが、確かに少々気にはなる

 

「よし、とりあえずこのカードもってって、固法に報告してみよう。もしかしたらもう行ってるかもだけど」

「お、クォ・ノーリのところに行くのだな。無論、俺も行くぞ。その道中、ついでにカードも探してみようではないか」

「面倒くさいから却下。とりあえずこれを巡ってのトラブルは起きてないっぽいから、一旦は放置しておくよ」

 

あからさまにショボーンとしているツルギと一緒にアラタは男子寮の自分の部屋を出る

しかし、あちこち、というとスキルアウトの根城とかにもあったりするのだろうか

問題はまだ起きてはないが、時間の問題かもしれない

二人は改めて支部へと歩き出した

それからも道を歩いてく際に、路地裏から出てくる人を何人か見かけた

 

 

「誰かいるかー?」

「クォ・ノーリ! 俺だ!」

 

軽くノックしてから入った後にアラタはそう言いながら扉を開ける

するとパソコンに向かっていた初春と、その近くの席に座っていた黒子、そしてその近くに立っていた美琴が一斉にこちらを向いた

 

「まぁ、お兄様。いかがされましたの?」

「いや何。実は―――」

「こんなものを拾ったのだ、スィ・ライン」

 

アラタの言葉を遮り、ツルギがずいっと前に出て黒子に先ほどのカードを差し出した

ツルギから受け取ったカードを見て、マネーカードとわかると黒子は

 

「…神代さんも、このカードを拾いましたの?」

「? 神代さん〝も〟とはどういうことだ?」

 

ツルギの言葉に答えるように初春が

 

「実はここ数日、第七学区のあちこちでマネーカードを拾った、っていう報告を聞いているんです。…今五十六件…あ、また増えた」

「そんなにあるのか」

「実際には報告されていない件もあるみたいですから、もっと」

「…それでいて、これ全部本物って聞いたんだが」

「えぇ、届けられたカードは全部本物よ」

 

奥の方から一人の女の人の声が聞こえてきた

彼女はミニパックのムサシノ牛乳を持ちながら、こちらの方へと歩いてくる

固法美偉

学年的には同学年だが、風紀委員的には先輩に当たる、ナイスバディなメガネ美人である

 

「…けど、なんでこういうのがあんのに、報告とかないんだ?」

「貨幣を故意に遺棄したり破損させるのは禁止ですけど、マネーカードは対象外なんです」

 

初春の言葉にツルギと二人してアラタはなるほど、と頷いた

…しかしそれでも中に入っているのは本物なのだから問題が起きそうなものだが

 

「カードの金額はマチマチで、決まって人多りの少ないところに置かれているの。同じ封筒に入れられて、ね」

「なるほど。誰かの故意である可能性が高いわけだな」

 

ツルギはマネーカードを見ながらそう呟いた

十中八九そう考えて間違いはないだろう

 

「…指紋とかはこれらから検出されたのか?」

「いいえ。残念ながら」

 

そう答えながら固法は手に持つムサシノ牛乳を飲み始める

こくり、こくりと何度か喉を鳴らし嚥下した後で

 

「用意周到なのか、カードにも封筒にも、指紋残してないのよね」

「だけど、もう噂は結構広まってるっぽいぞ。ツルギなんか堂々と宝探ししようぜなノリで俺の寮来たんだから」

「ちょカ・ガーミンそれは」

「―――あなたねぇ…」

 

メガネをきらりと光らせて固法はツルギに詰め寄った

静かに怒られているツルギを眺めつつ苦笑いしながら初春は言葉を続ける

 

「けど、宝探し感覚で裏路地を彷徨いている人たちがいるのは確かです。他にも、カードを奪い合ったり、スキルアウトの縄張りに入って絡まれたりで…」

 

「放っておくわけには…」

「えぇ。いけませんわね。お姉様、残念ですが、デートはまたの機会に―――」

「ううん。私、一人で行ってくるから気にしないで」

「…へ?」

 

笑顔でそう黒子に言ったあと、美琴は出口へと歩いていきこっちに向けて笑みを浮かべて

 

「それじゃあ頑張ってねっ」

 

美琴はそうこちらを激励しつつ、扉をがちゃりと閉めてその場から歩いて行った

支部に残っているのは、怒られているツルギと、怒っている固法

そして初春、黒子、アラタである

 

「…そういえばお前と美琴はなんでここに?」

「いえ、お姉様とお出かけしてて、近道として路地を通ったら神代さんが拾ったと言われるカードをわたくしたちも拾いまして…報告がてら来たのですけど…お姉様…それはそれで寂しいですの…」

 

だいたいこっちと一緒だった

黒子は若干涙目になりつつ、自分の指と指をつんつんしている

 

「…飾利、とりあえずなんか情報をくれ。黒子と一緒に回っていく」

「はい。それではアラタさんたちは、ここからお願いしますねっ」

 

携帯端末で送られた情報を見て、場所を確認する

移動に関しては黒子の空間移動があれば、まぁ問題はないだろう

 

「…おら、黒子行くぞ」

「―――はっ! お、お待ちくださいお兄様っ!」

 

―――いや、これは…これで

 

そんなことを思う白井黒子なのでした

 

◇◇◇

 

黒子と別れた美琴は背伸びをしながら道を歩いていた

別段一緒にいても問題はないのだが、一応自分は一般人なわけだし、あの程度なら自分がいなくても大丈夫だろう

アラタもいるわけだし

 

と、そんなことを考えながら歩いていると路地から出てきた他校の女子生徒とぶつかってしまった

 

「わわ!? ごめんなさいっ!」

「い、いいえ、別に」

 

すかさず謝られたが特に気にしてない美琴はそう返す

すると路地からもう一人女子生徒が歩いてくる

さっきぶつかった女子生徒と同じ制服を着ているので、恐らくは同級生だろう

 

「あーあ。ここにはないみたいねー」

「そっかぁ…残念」

 

改めて先ほどの女子生徒はこちらに「ごめんなさい」と礼をしたのち、もう一人の女子生徒と一緒に歩きだした

 

「やっぱりあの話ただの噂なんじゃないの?」

「えー、でもでも、B組のりっちゃんは拾ったって」

「えっ、そうなの―――」

 

そんな話を聞きながら美琴は彼女たちをなんとなく見送る

 

「噂かぁ…私そっち系は疎いもんなぁ」

「あ、御坂さん」

 

そう呟いて歩き出そうとしたそのとき、目の前から声が聞こえてくる

視線を前に向けるとそこにいたのはこちらに手を振りながら走ってくる神那賀雫の姿だった

 

「神那賀さん」

「偶然だね。どこか行く予定だったの? それとも帰り?」

「ううん、これからだよ。よかったら神那賀さんも一緒に行く?」

「え、いいの?」

「もちろん」

 

そんな会話を交わして、今度は二人で歩き出す

他愛のない雑談をしながら、いつしか話題はマネーカードの話となった

 

「そういえば御坂さんは知ってる?」

「え、何を?」

「マネーカード。この第七学区にばらまかれてるって噂の」

「あぁその話? うん、詳しくは知らないけど」

「変な事する人もいるんだねぇ。もったいないって思わないのかな」

「ははっ。本当にね…ん?」

 

不意に美琴が前方へと視線を向けた

釣られて神那賀も視線を向けると、そこには路地から出てくる女性の姿が見えた

しかし路地から出てくるとき、何故か四つん這いの状態で、一番最初に目に入ってきたのはその人のお尻だったのだが

やがて体全体がでてきて、顔も見えるところまで出てくる

その人物は、自分たちの友達、佐天涙子その人だった

 

何やら彼女はくんくん鼻を効かせながら何かを探しているように見える

辺りを探し回ってふむぅ、という様子で顎に手をやって

 

「…この辺にはもうないのかなー…」

「あの、佐天さん?」

「何やってるの…?」

 

ふたりの声に気がついた佐天はこちらをくるりと向けると、笑顔を浮かべて

 

「あ! 御坂さんに神那賀さんっ」

 

佐天は立ち上がってこちらに歩きながら

 

「もー。さっきはどうしたんですか御坂さん。黙って行っちゃって」

「え?」

「とぼけないでくださいよ。御坂さんさっきセブンスミストの前歩いてたじゃないですか。声かけたのに全力でスルーして」

 

…佐天の話についていけてない

さっき? 先ほどは一七七支部にいたと思ったのだけど

 

「―――多分、それ私じゃないと思うけど」

「え? でもあの制服は常盤台のだったような…」

「私、黒子やアラタたちと一緒にいたし…」

「…じゃあ、違ったのかな…」

 

ふむぅと言うふうに佐天は腕を組んで考える

そんな佐天に神那賀が問いかけた

 

「そういえば佐天さんはどうしてここに? 噂のマネーカード探しとか?」

「! わかります!? へっへーん…じゃーんっ!」

 

そう佐天は笑いながらごそごそとポケットから合計五枚ほどの封筒を取り出した

恐らく中身は全部マネーカードなんだろう

 

「…これは凄い」

「こんなに見つけてるなんて…」

 

彼女がこれらを探すのに費やした時間はわからないが、それでも五枚も回収するのは素直に凄い

 

「なんか私、こういうのに鼻が効くみたいなんですよねー。…くんくん」

 

言いながらも佐天は目を閉じてくんくんと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす

ひとしきり匂いを嗅いだ彼女はカッと目を見開かせ、神那賀と美琴の手を掴み走り出す

 

「次はあっちに行ってみましょーっ!」

「えぇ!? あ、あたしたちも!?」

「いいからいいから!」

 

楽しそうな笑顔を振りまく佐天に美琴と神那賀もお互いに苦笑いを浮かべて、引っ張られるままに彼女のマネーカード探索に付き合うことにした

 

◇◇◇

 

一方で黒子と一緒に飛んで置いてあるであろう箇所を回っているアラタ(+ツルギ)

何件か案の定スキルアウトの縄張りに潜り込んで絡まれているのを発見し、それらを取り締まっていたのだ

 

「お兄様方、もう一件見つけましたわ」

「了解だ」

「退屈しない都市(まち)ではあるがな」

 

まずアラタとツルギが地面に着地し、黒子がスキルアウトの連中に胸ぐらを掴まれている一般の学生を救出する

そしてアラタが腕に付けてある腕章を見せつけようとして

 

「やべぇ! 風紀委員だ!」

「気にすんな、俺たちには〝これ〟がある…」

 

そう言いながら二人の男子が取り出したのは、USBメモリ―――ガイアメモリだ

それぞれSとAと文字が書かれてある

ほかのメンバーもメモリを持ってる人たちを信じているのか、ニタニタと笑っているだけだ

メモリを見たアラタとツルギが互いに顔を見合わせて、ため息をつく

 

「黒子、一般の人連れて警備員に連絡入れといてくれ」

「分かりましたわ。お兄様も…あと、神代さんもお気をつけて」

 

そう言って黒子は空間移動を使いこの場から消える

その場に残されたのは、メモリを持ってる二人と、彼らの部下のメンバー

そしてアラタとツルギの二人だ

 

「行くぜ、ツルギ」

「おうとも、お前こそ、準備はいいな? カ・ガーミン」

「問題ない」

 

<STANDBY>

 

ツルギがサソードヤイバーを取り出すと同時、地面からボゴンと紫色のサソリが這い出てきた

連中はそれに意を介さず、メモリのスイッチを起動させる

 

<SWEETS><APE>

 

電子音声のあと二人の男は手のひらにそれらのメモリを差し込み、その姿をスイーツドーパント、エイプドーパントへと変化させていく

ツルギとアラタはその変化を改めて確認すると、アラタは腹部の下あたりに手をかざしアークルを顕現させ、ツルギは自分の方に飛んできた紫色のサソリ―――サソードゼクターをキャッチした

 

アラタはそのまま右手を斜め左につき出し、左手をアークル右側へと持っていき、開くように左右を移動させながら身を変える言葉を口にする

 

「変身!」

 

同様にツルギもゼクターをサソードヤイバーにセットし、彼も身を変える言葉を叫んだ

 

「―――変身!」

 

<HENSHIN>

 

彼らの言葉と同時に、二人もまたその体を変化させていく

一人は赤い鎧と赤い複眼、そして二本の角を持つ、戦士へと

一人はチューブ状の触手で覆われたような形状の外観の、剣の戦士へと

 

クウガ、サソードマスクドフォーム

 

それが今の彼らの名前である

 

「行くぞ、ツルギ!」

「あぁ!」

 

互いに声をかけ、サソードマスクドはスイーツドーパントへ、クウガはエイプドーパントへとそれぞれ駆け出した

 

 

スイーツドーパントはクリームのようなものを飛ばしこちらに攻撃してくる

飛んできたそれらを回避、あるいはサソードヤイバーで切り捨ててつつ、サソードマスクドは一気に接近して二度、三度と斬りつけた

 

どうやら手に入れたはいいが、相手は自身の力の特性をよく把握していないみたいだ

畳み掛けて速攻で倒してしまおう

と、一瞬思考に埋没している内に相手の放ってきたクリームの塊を胴体にもらってしまった

それらは少しづつ固まっていき、こっちの動きが鈍くなっていく

 

「…なるほど、拘束もできるようだな…! ならば!」

 

サソードマスクドはヤイバーにセットしてあるゼクターの尾を押し込む

するとサソードに装着してあるマスクドの鎧が浮き上がり、少しづつパージされていく

それらの鎧が完全に外れたとき、サソードは呟く

 

「キャストオフ」

<CAST OFF>

 

言葉と共に電子音声が鳴り響き、それらの鎧が弾けとんだ

同時に拘束されかけていたクリームの塊も吹っ飛び、そこには身軽な、サソリのような紫色のライダーが残る

 

<Change Scorpion>

 

その電子音声とともに、緑色の複眼が発光する

 

「ぐ、ちくしょうっ!」

 

焦り、そして怒りながら目の前のスイーツはクリームの塊を乱射してくる

だがサソードはそれらを避けつつ、腰に手を添えて

 

「悪いな、もう構ってはいられない。―――ライダースラッシュ」

 

サソードは先ほど差し込んだゼクターの尾を一度抜いたあと、もう一度押し込んだ

バヂリとゼクターからエネルギーが迸り再び電子音声が鳴る

 

<Rider Slash>

 

サソードはヤイバーを構え直し、そのままスイーツへと走り出す

それに乗ったのか、スイーツも拳を構えてこちらに向かって駆け出してくる

向かってくるのなら、斬り捨てるだけだ

 

走りながらサソードはそのままヤイバーを振り抜き、スイーツの胴体を一閃し、そのまま斬り抜ける

 

「が、ぁぁぁぁあぁぁっ!?」

 

後ろで爆散するのを感じながら、サソードは変身を解き倒れているスキルアウトの男の方に向かっていく

気絶している男の近くにあるのは、ガイアメモリだ

ツルギはそれを手に取って軽く上に放り投げる

そのまま持っているヤイバーでガイアメモリを叩き切って破壊した

 

 

一方でクウガとエイプドーパントの戦い

両者は互いににらみ合いながら、ゆっくりと歩きながら間合いを取りつつ構えを取る

先に動いたのはエイプの方だ

猿のような瞬発力から繰り出される拳撃をいなしながら、クウガはカウンターで腹部に一撃を叩き込む

一瞬のけぞったが、エイプはそのまま強引に態勢を立て直し、今度は顔面に向かって廻し蹴りを放った

動きからそれを読んでいたクウガはしゃがんでその蹴りを回避しつつ、その場で回転し、足を払う

足を払われてバランスを崩したエイプに向かって、もう一発拳を打ちつけて吹っ飛ばした

 

「ごがぁぁぁ!?」

 

周囲にいた彼の手下たちが左右へと逃げ、エイプはそのまま壁へと叩きつけられた

 

背中をさすりながら、エイプはクウガを睨みつけギリリ、と歯ぎしりのような音を鳴らす

 

「―――っクソがァァァァァ!」

 

叫びながら、エイプはその場で勢いよく跳躍し、天高く舞い上がる

そのまま手頃な壁を蹴りつけて、その勢いを利用しこちらに向かって飛び蹴りを繰り出してきた

 

「おうらぁ! ライダーキックって奴だァ!」

「―――超変身」

 

呟きと同時、霊石アマダムが赤から紫へと変化する

霊石の変化と一緒に先ほどまで赤かった鎧が、紫色に縁どられた銀色の鎧へと変化していき、赤い複眼が紫色へと変わっていった

紫のクウガ―――タイタンフォーム―――へと変身した彼は繰り出されたその蹴りを、両手で受け止める

 

「―――マジかよ」

「マジだよ―――」

 

エイプがつぶやくのと、クウガが足を掴みなおすのはほぼ同時だった

そのまま勢いよく地面へと叩きつける

ごはぁ!? と言うエイプの悲鳴と共に完全に男は気を失った

体からメモリが排出され、コロリと地面に落下する

 

クウガはそれを手に取ると、思い切り力を込めて握りつぶした

 

◇◇◇

 

ざわついている連中の仲間のスキルアウトたちを尻目に、サソードとクウガはそれぞれ変身を解除して、そこに黒子も戻ってくる

黒子はとてとてと二人に向かって走り寄ってきながら

 

「終わりましたの?」

「あぁ。ベストタイミングだったな」

「そうですわね。少しすれば、眞人さんがいらっしゃるはずです」

「あの人がくるのか。なら安心だな」

 

三人でそんなことを話していると、ふと黒子が時計を確認しだした

釣られてアラタも携帯をみて時間を確認してみると、既に夕方付近、結構いい時間となっていた

 

「後のことは眞人さんたちに任せて、わたくしたちもそろそろ戻りましょうか」

「そうだな。割と見て回ったし、また明日回ればいい」

「うむ。戻って夕飯でも作ろうではないか。この俺がトロピカルラ・メーンを―――」

『それは遠慮する(それはご遠慮しますわ)』

 

◇◇◇

 

―――まもなく、完全下校時刻になります…

 

そんなアナウンスが耳に届いてくる

結局美琴と神那賀は佐天と一緒にマネーカード探しに付き合うこととなった

割と楽しかったが

 

「はは! こんな時間になっちゃいましたねー」

 

沈みゆく太陽の光を受けながら、佐天はそう笑顔でこちらに言ってくる

おもむろにガサガサとポケットをまさぐって、それぞれ両手に三枚ずつマネーカードの入った封筒を差し出してくると

 

「はいこれ、神那賀さんと御坂さんの取り分です!」

「ダメだよ佐天さん。ちゃんと届けないと」

 

思わず流れで美琴はありがとうと言ってしまいそうになったが、先に神那賀が言葉を紡いでくれたおかげで、事無きを得る

神那賀の言葉を受けて佐天は笑を浮かべながら

 

「やっぱりそうですよね。うーん…あとで初春に連絡しておくか」

 

そう言う佐天に対して、ふと美琴は思い出したように問いかけてみる

それはちょっとだけだが、気になっていた事柄だ

 

「そういえば佐天さん。それをバラまいてる側の噂って聞いたことない?」

「バラまいてる側? うーん…そういうのは聞いたことない…ですねぇ…」

「…そっか」

 

都市伝説好きで噂好きな彼女なら何か知っているかも、とも思ったが彼女が知らないのではこれ以上調べようがない

大人しく今日は戻ったほうがいいだろうか

 

「それじゃあ御坂さん、神那賀さん。今度は初春やアラタさんも交えて探しましょうね!」

「ふふ、そうだね」

「それじゃあ佐天さん、また!」

「はい、御坂さんも神那賀さんもまた!」

 

短いやり取りを交わして、佐天は踵を返して走っていく

そんな彼女の背中を見送って、二人はふぅ、と一つ息を吐いた

 

「結局一日使っちゃったね」

「楽しかったけどね。…途中まで一緒に帰ろうか」

「そうね。帰りましょう」

 

そうしてまた適当に雑談でも交わそうか、と口を開こうとしたときだ

 

 

―――ホントだって!

 

 

路地裏からそんな声が聞こえてくる

美琴は神那賀と顔を見合わせて互いに頷くと、聞き耳を立てる

何故だか、妙に気になったからだ

 

 

「用でも足すかとE地区の路地入ったら、女がこの封筒置いてんの見えてよ、あと付けたんだよ! そしたら、C地区にある雑居ビルに入ってったんだ。きっとアジトだぜ!」

「女が一人で、かぁ?」

「仲間がいるかも知んねぇぜ?」

「ちゃんと調べたって! マジで女一人だって!」

「―――ふぅん。行ってみるかぁ…」

 

リーダー格の男がそう呟くと、連中がいそいそと歩きだした

 

「お前どうやって調べたんだよ」

「ずっと見張ってたんだよ」

「マメだなぁお前」

 

向かっていく連中からはそんな会話が聞こえてくる

そんな奴らの背中を見送って、美琴と神那賀はお互いに再度頷いた

音を立てないように神那賀が後をつけて、美琴は彼女の後ろをゆっくりと追いかけながら電話を掛ける

 

「あ、黒子? 悪いんだけど、ちょっとお願い、聞いてくれるかしら?」



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#23 オリジナル 後編

後半はプチオリ展開(
流れは変えることはないですが




一七七支部にて

すっかり日も落ち、当たりには街を照らす街灯が光り、夜の街を照らし出している

余談だが、流石にツルギはもう帰らせた

ここから風紀委員のお仕事なので、これ以上一般人の彼に協力してもらうわけにはいかないのだ

 

今現在は買い出しに出かけている固法を待ちつつ、集計している初春にアラタはコーヒーを持っていってる最中である

ちなみに戻った時は黒子もここにいたのだが、直後に美琴から電話がかかってきたらしく、そのまま空間移動(テレポート)で帰ってしまった

何があったのだろうか

 

「ほら飾利、コーヒー」

「あ、ありがとうございます」

 

アラタから差し出されたカップを彼女は受け取って、初春は一息つく

ふー、と軽く息を吹きかけて熱いコーヒーを覚ましながらくぴー、と一口

こくり、こくりとコーヒーを嚥下させ、はふぅと気分を落ち着ける

 

「終わりそうか?」

「はい、もうほとんど終わってます」

「さっすが。仕事が早いな」

「えへへ。それほどでも」

 

にへら、と笑みを浮かべながら頬を染める初春

戦闘が苦手で後方支援メインの彼女ではあるが、コンピュータで彼女に叶うやつはいないだろう

もしかしたらいるのかもしれないが、少なくとも彼女以外をアラタは知らない

 

「それにしても、このマネーカード本当になんなんでしょうねぇ」

「さぁな。そればっかりはなんとも」

「本当にお金が入ってる点でも謎ですし…バラまいてる人は大金持ちかなんかなんでしょうか」

「だとしたらだいぶもったいないことしてるな」

「本当ですよ全く」

 

などとしょうもない会話をしていると、出入り口ががちゃりと開き、誰かが歩いてくる足音が聞こえる

誰か、とは言わずもがな固法であるが

 

「あ、おかえりなさーい」

「戻ったか、固法」

 

コンビニ袋片手に固法はカツカツとこちらに歩み寄りながら

 

「ただいま。集計は済んでる? 初春さん」

「はい。えっと…今日の合計は…七十三件です」

 

からから、と椅子を動かしながら画面を覗いた初春は数を報告する

アラタも改めて画面を覗き込みながら

 

「しかし、比べてみると日に日に増えてんのな、これ」

「それだけ浸透してるってことね。…あれ、白井さんは?」

「アイツなら急用っつってんで先に帰ったぞ。美琴絡みだとは思うけど」

「ふぅん?」

 

そうやり取りしたあたりで、初春の携帯がピリリと鳴り始めた

 

「あ、電話…」

「…ちょうどいいか。そろそろ飯にしよう。飾利も電話済ましちゃえ」

「わかりました、アラタさんと固法先輩は先に食べててください」

「あいよ。…ってなわけで固法、夕飯にしよう」

「そうね。―――ごっはんー♫ ごっはんー♫」

 

そんな変な歌を口ずさみつつ、固法は持参している弁当箱を用意しながら、先ほど購入してきたコンビニ袋からムサシノ牛乳を取り出す

アラタも事前にコンビニで購入していた惣菜パンをカバンから取り出しながら同じく事前購入していた飲み物を冷蔵庫から取り出す

 

少し離れたところから初春の話し声が聞こえてくる

声色の砕け具合から察するに、電話の相手は佐天と見ていいだろう

 

「え? 佐天さんもマネーカード拾ったんですか? ―――わかりました、じゃあ明日にでも。あ、それとなんですけど私帰るまで時間かかっちゃうので、よかったら春上さんと一緒に過ごしてもらえると―――。…え? 御坂さんですか? はい、昼間は白井さんと一緒にマネーカード届けにいましたけど…同じ時間にアラタさんもいますから。―――どうかしたんですか? はい、お願いしますー」

 

◇◇◇

 

電話を終えて初春も夕飯に合流し、もくもく食べている時である

 

「…美琴のそっくりさんー?」

「はい。なんか佐天さんが見たらしくって」

「勘弁してくれよ、一人でも手一杯だってのに、アイツが二人もいたら過労死しちまうよ」

 

なんて呟きを固法はジトーっと、初春は苦笑いと共にアラタを見つめる

アラタは雰囲気を変えるように、ワザとらしくん、んん! なんて咳払いをする

圧倒的に手遅れ

ふぅ、とため息とともに固法が弁当の卵焼きを食べたとき、ふと思い出したように言葉を紡ぐ

 

「そういえば、昔、超能力者(レベル5)のクローン、なんて噂、あったわね」

「…クローン?」

「クローンって、あのクローンですか?」

 

アラタと初春の言葉に固法はきんぴらごぼうをもむもむしながら頷いて、それを飲み込んだあと

 

「どこかの研究機関が、その技術を用いて超能力者(レベル5)を量産しようとしている…みたいな話なんだけど」

「学園都市らしいっちゃらしいが、はっきり言って夢物語に近いな。そう簡単にそんなクローン出来てたまるかだぜ」

「ですけど、佐天さんが食いつきそうな話ですね」

「ふふっ。そうね」

「我先に、って食らいつくだろうな」

 

そして三人はくすり、と笑い合う

こことは違うどこかの寮にて、くしゅんとくしゃみをする黒髪ストレートの女の子がいたとか、いないとか

 

◇◇◇

 

常盤台中学女子寮

廊下をカツカツと歩く女性が一人

彼女はこの寮の寮監である

領内での能力使用は基本的に厳禁―――破った者には恐ろしい罰があるとかないとか

ともかく、この女子寮にてとても恐れられている人物なのは間違いないだろう

 

定期的な見回りの時間帯、次の部屋は白井と御坂の部屋である

扉の前に立ち、彼女はツーノック、すぐに向こうからの返事が返ってくる

 

「はーい」

 

返ってきたのは白井の声だ

声のあとでがちゃりと扉が開け放たれ、そこには笑顔の白井がいる

 

「こんばんわですの寮監さま。見回りご苦労様です」

「うむ。…うむ?」

 

部屋を見渡して感じる違和感…その正体にはすぐに気づいた

同居しているはずの御坂の姿が見えないのだ

シャワーでも浴びているのだろうか

 

「おい、御坂は―――」

 

問いかけようとした時だ

 

「ちょっと黒子ー? シャンプーが切れてるわよー?」

 

推測通り、シャワールームからそう声が聞こえた

それに答えるように白井は「はーい!」と短く返事をしたあと

 

「もうお姉様ったら。それでは寮監さま、申し訳ございません」

 

そう答えて黒子はシャワールームへと駆け足で向かっていく

入った後も「黒子ー早くしてよー」「はいはい」などといった掛け合いが聞こえているあたり、御坂もシャワールームにいるのだろう

そう結論づけて寮官は次の部屋へと向かうべく、白井と御坂の部屋を後にした

 

 

足音が遠ざかっていくのを扉越しに聞き届けながら、白井黒子はシャワールームを後にする

彼女が手に持っているのはボイスレコーダーだ

 

<黒子ー…て、何入ってんの―――>

 

ぽちり、と電源をオフにして再生されていた美琴の声を止める

寮官に部屋に入られた時点では電源をオフにしたままで、後ろ手に忍ばせていたのだが、美琴のことに触れるやいなや電源をオン、そしてそれをシャワールームへと空間移動させたのだ

 

一通り偽装工作も終わり、はふぅ、と黒子は息をつく

 

「全くお姉様も。門限までには帰れないから、寮監の目をごまかしておいて、だなんて。黒子秘蔵のお姉様ボイスコレクションがなければどうなっていたことやら」

 

本人がここにいればいつ録ったのかとドつかれそうな気はするが

 

「ですけど、こういうのも久しぶりですわね。…昔は結構ありましたけど」

 

ボイスレコーダーをしまいながら黒子はなんとなく窓の外を見やった

そしてまだ帰ってこない彼女を心配しつつ、呟く

 

「…お姉様…」

 

◇◇◇

 

件の連中を追いかけてたどり着いた建物は廃墟みたいなものだった

しかし三階のところは電気が付いており、誰かが居るのが見て分かる

窓ガラスは変に割れてはいるが

 

美琴と神那賀が一定距離を保ちながら連中を追いかけた

 

 

出入り口付近にいるパンチパーマの男性が部屋の中を見る

散らかった部屋の中に白衣を着た女性が一人、背を向けて何かの作業をしている

片付けでもしているのだろうか

出入り口付近のパンチパーマが合図をして、一行は部屋の内部へと入っていく

 

「はぁーい! ちょっとお邪魔しますよー?」

 

パンチパーマがそう声を上げながら、ぞろぞろと部屋の中に入っていく

彼の後ろをついてくるのは白いバンダナの男性に、黒バンダナの男性、そしてリーダー格の男だ

それぞれが下卑た笑みを浮かべつつ近づいていく

それに対して白衣の女性はちらりと視線を向けるだけだ

 

「大人しくしてれば乱暴はしないぜぇ」

「―――何か用かしら」

 

パンチパーマの言葉に白衣の女性は短く返す

さして興味なさそうな声だ

リーダー格の男は

 

「いや何。お前さんがバラまいてる例のマネーカード。…俺たちがまとめてもらってやろうと思ってな?」

「…」

 

白衣の女性はひとつだけ息を吐くと、おもむろに持っていたカバンへと手を突っ込み―――

 

「おっと!? 防犯ブザーかなんか鳴らされても困るからなぁ。俺たちでチェックさせてもらうぜぇ」

 

パンチパーマの男が視線を仲間たちの方へを向ける

彼の仲間たちがそれぞれ彼女のカバンをあさり、黒バンダナの男性が彼女が先ほどまで来ていた白衣をまさぐる

 

「…なんだ、二枚しかねーじゃねーか」

「はぁ!?」

「こっちの白衣にもなんもねーぞ。…たく、わざわざ来てこんだけしかねーんじゃ、話になんねぇぞ」

 

黒バンダナの男が毒づくとリーダー格が女を睨む

 

「…おい、あんま女に手ぇあげんの趣味じゃねぇんだけど、とっとと」

「ここにはないわ」

「―――何?」

 

リーダー格の男の言葉を遮り、女が言った

 

「equal 手持ちはこれだけよ」

「おいおい! そんなわけねーだろ! …ってかお前、こんな状況なのに随分落ち着いてんじゃねーか…」

 

拘束していたパンチパーマがそう呟いた時だった

自分たちが入ってきたところから、別の足音が響いてくるのが聞こえてきたのだ

リーダー格がパンチパーマに聞く

 

「…一人だけじゃなかったのか!?」

「わ、わかんねぇよ! けど、出入りしてたのはこの女だけだったから…!」

「―――起きたのね」

 

女が呟く

 

 

その足音は息を潜めていた美琴と神那賀にもちゃんと聞こえていた

思わずどこかに身を隠そうとするが、隠れそうなものなど見当たらない、仕方なく影が濃いところに移動して、二人はできる限りで気配を殺し、さらに彼らを見守った

 

 

入ってきたのは十四、あるいは十五くらいの男性だった

半袖のワイシャツに、どこにでも売ってそうな黒いズボン…そして腰に装着されてあるように見える、変なベルト

寝ぼけ眼で目をこすりながら入ってきた男は、こちらを見やる

 

「…砥信、誰、そいつら」

「おいお前! 誰だか知んねぇけど、この女の仲間か! そこで大人しくしてねぇと―――」

「…うん。もうわかった。〝敵〟なんだね、そいつらは」

 

無感情な声色で、彼はそう呟いた

砥信と呼ばれた女性は唐突に口を開く

 

「命が惜しいなら、逃げた方がいいわよ。貴方たち」

「あ!? 一体何を…」

「or else ―――死ぬわよ」

 

砥信がそう呟いたのと

 

―――OMEGA―――

「―――〝アマゾン〟」

 

彼が口にしたのは同時だった

 

 

部屋全体に強い衝撃が巻き起こる

遠目で見ていた美琴と神那賀にもその衝撃は強く襲ってくる衝撃を両手で庇ったのち、もう一度あの部屋を見てみる

変化はどこにあったのか

女性は変わらず、連中の場所も変わってない

唯一変化があったのは、入ってきた男性の方

彼がいたところには、緑色をメインカラーとした―――仮面ライダーの姿があった

 

「神那賀さん、あれ…!」

「―――嘘、仮面ライダー…!?」

 

だけどあんなライダーは見たことがない

ていうか、あれは仮面ライダー、なのだろうか

 

 

姿を変えた衝撃で、パンチパーマは拘束を解いてしまった

解かれた女性はゆったりと緑のライダーへ歩み寄りながら彼の隣に立つ

そしてまるで案じるように、彼女は言葉を口にした

 

「…逃げないの?」

 

その何気ない一言が癪に触ったのか、リーダー格はギリリ、と歯を食いしばる

本人に特にその気はないのだろうが、見下されているように感じたのだ

 

「―――舐めんじゃねぇぞ! クソがぁぁ! おい、テメェら! 構わねぇヤッちまえ!」

 

リーダー格はそう言いながら、たまたま自分の近くに落ちていた鉄パイプを握り締め、緑のライダーへと振りかぶる

叫んだリーダー格に釣られて、ほかのメンバーもそれぞれ近くにあった折れた木材や蛍光灯を握り締め、同じように振りかぶった

が、結果は明白

手に持つ武器は容易く砕け、リーダー格が持っていた鉄パイプもあっさりと折れ曲がった

攻撃を仕掛けた緑のライダーから返ってくるのは無感情な赤い複眼

それがさらにリーダー格の男を刺激する

 

「―――んこなクソォォォ!!」

 

ほとんど衝動のままに今度は女性へとその折れ曲がった鉄パイプを振りかぶった

対する女性は全く動かず、さらにそれより先に緑のライダーが動いた

真っ直ぐ突き出しただけであるその手は、リーダー格の頬を掠める

掠めた頬から、赤いどろりとした何かが垂れていくのを感じる

 

―――Violent Punish―――

 

無機質な音声が聞こえ、緑のライダーは今度こそ己の命を刈り取ろうと―――

 

「待ちなさい」

 

声が入った

その声に室内の全員が出入り口を振り向く

そこにいたのは御坂美琴と神那賀雫の二人だ

神那賀のほうはバースドライバーを巻きつけており、いつでもその姿を変える準備を整えたままで

 

「…もう十分よ。殺す必要なんてないわ」

「ほら、あんたたちもとっとと逃げなさい。これ以上ここに留まってるなら、本気でヤバイわよ」

 

美琴と神那賀によりそう言葉を告げられて、感情が爆発したのか、はたまた我慢の限界だったのか、リーダー格含めて一斉に皆が出入り口に向かって走り出す

恐らくはもう来ないだろうが…と、考えていたとき、緑のライダーが御坂と神那賀に向けてその手を構える

 

「…お前らも仲間か。もしそうならぼくが―――」

「いいえ、仲間じゃないわ。…まぁここに来るのにさっきの連中の後をつけてたのは事実だけど…」

「私らは、このマネーカードをバラまいてる方に、個人的に興味があってここに来たの。…って、うん?」

 

緑のライダーの言葉を受けて、神那賀と美琴はそう弁解していく

そんな言葉を話しているとき、ふと美琴は女性の視線がずっと自分に向けられていることに気がついた

ジトーっと言う視線はさらに細くなり、静かに自分を見据えるその姿に、美琴は僅かに汗を垂らす

僅かに押し黙った美琴に代わり、神那賀が女性に向かって問いかけた

 

「…えっと、彼女が、なにか?」

「―――貴女」

 

―――オリジナルね

 

興味本位でここに来た、はずだったのに

ここでの出会いは、自分がいずれ知る真実のプロローグに過ぎなかった―――



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#24 レディオノイズ計画

色々カットしてますのでちょっと短いです

楽しんで下されば何より



その噂を聞いたことがない、と言えば嘘になる

いつごろからだっただろうか

そんな変な話を自分が耳にするようになったのは

 

ある日

いつもの通りに常盤台に登校したら、同級生から〝常盤台と真逆の方に歩いてるのを見た〟とか

 

ある日

歩いてたら、たまたま別の学校の誰かが超能力者(レベル5)のクローンの噂を偶然耳にした

 

ある日

ゲームセンターで遊んでいたら、またクローンの噂を聞いた

加えて軍用兵器として量産されるとか

 

それに美琴はくだらないと見切りをつけて興味のない振りをしてきた

根も葉もない噂、所詮作り話、はっきり言って時間の無駄だ…そう思うことによって蓋をしてきた

 

そしてある日

七人しかいない超能力者の内、量産されるのは―――超電磁砲(レールガン)なんだという噂を耳にした

 

 

現在

 

「―――貴女、オリジナルね」

 

目の前の女性は確かにそう言った

オリジナル? なんの? ―――噂のクローン計画の?

一方で何のことだかわかっていない神那賀が彼女に対して聞き返した

 

「…オリ、ジナルって…なんですか?」

 

神那賀に疑問を投げかけられた女性は隣で変身を解く男性の頭を撫でながら踵を返し

 

「噂、貴女は聞いたことない?」

「う、わさ」

 

そう問いかけられ、神那賀は思考し始める

そういえば、そんな噂どこかで聞いたことがあるような、ないような

神那賀が考えている内にやがて美琴がふぅ、と一つ息を吐いた

やれやれ、といった様子を隠す気もなく、美琴は歩んでいく

 

「…何かと思えば。あんなくだらない噂話信じてるわけ? その制服、長点上機学園の生徒でしょ? まさかその学校にそんな物好きが居たなんて―――」

 

ゴチン、と唐突に美琴の頭に彼女のチョップが叩き込まれる

なかなかいい感じにヒットしたようで、美琴は頭を抑えてうずくまった

唐突に振るわれたチョップに驚きつつ、神那賀は美琴に歩み寄って軽く叩かれた頭を撫で始める

 

「私は高校生、貴女は中学生。長幼の序は守りなさい。In brief タメ口禁止」

「…あのノリは私やアラタさんだから出来てるようなものだからねぇ…」

 

神那賀やアラタは美琴のノリに慣れているので、基本タメ口でも大した問題ではない

が、やっぱり気になる人には気になるのだろう

やがて痛みが退いてきた彼女は頭を押さえながら

 

「あ、あの噂についてなにかご存知なのでしょうか」

 

若干涙目になりながらも美琴は言葉を絞り出す

彼女は繰り出した方の手をプラプラと振りながら答える

 

「貴女よりはね。…私がいた頃よりは、色々変わってしまっていたけれど」

 

そう言って僅かに彼女は俯いた

その発言から察するに、彼女も研究か何かをしているのだろうか

あるいは、そういうのに関わっているか

 

「…知っても、貴女たちではどうもできないわ。それに、知っても苦しむだけよ」

 

まるで突き放すようなその言い方に美琴はムッときたのか、スクッと立ち上がって

 

「私は何を知っているのかって聞いてん―――んん! 聞いてるんです! それに、私じゃ何もできないって、貴方なら何が出来るって―――出来るんですか!」

 

素が出そうになりながらも、美琴はどうにか言葉を飲み込み自分の意見を述べる

美琴から言葉を聞いた女性は、隣の男性から自分のカバンを受け取って

 

「私にも微々たるものよ。マネーカードをばらまくのもそれの一環。…学園都市の死角を潰す。カードをバラまくことによって、監視カメラの及ばない路地や裏通りとかに、人の注意を向けさせ、そこで行われるはずだった実験を阻止できるかもしれない…」

 

そこで彼女は一度言葉を区切り、背後にあった机の方へと歩いて行った

ガラガラ、と引き出しを開け、中の紙束を引っ張り出し

 

「but 私自身が見られて、尾行されるなんて。迂闊だったわ。…やはり形に残るものはダメね。これが見られたら面倒なことになってたかもだし。また別の連中がここを嗅ぎつける前に離れましょう。ここも勝手に間借りしてただけだし」

 

そう言って彼女はライターを取り出し、シュボッと火をつけるとその紙の束に引火させる

チリチリと燃えていくそれらを無感情の瞳のまま見つめる彼女に、戸惑う美琴に代わり神那賀が言葉を掛ける

 

「…貴方、一体何を知っているの」

「―――世の中には、知らないままの方がいいこともあるのよ。行くわよ、(ユウ)

「うん」

 

燃え尽き、炭となったものを地面に落とし、小さくなった火種を踏み消す

そのまま出口に向かおうとしていた彼女に向かって、もう一つ神那賀は問いを発した

 

「待って! そっちの男性(ヒト)は!? あんなライダー、見たことないわ!」

「―――あいにくだけど。説明する気はないわ。それじゃあね」

 

神那賀の言葉を無視し、女性は悠と呼ばれた男性とともにこの場を後にする

結局、謎が深まり、さらに疑問が生まれるだけとなってしまった

…オリジナルとは、なんなんだ

 

 

「…あーあ。結局無駄な時間過ごしちゃったなぁ。…神那賀さんもごめんね、こんなことに付き合わせて」

「ううん、全然。むしろ、私も個人的に興味のあることを知ったから、少なくとも無駄ではなかったかな」

「そう言ってくれると、嬉しいな。…っと、流石に帰んないと! またね、神那賀さん」

「うん、御坂さんもまたね」

 

そう挨拶を交わすと神那賀は反対方向へと歩いて行った

彼女を見送ったあと、美琴は一人考える

 

それはクローンとかいう噂の話だ

出来るはずがない、自分のクローンなど

だからそう言った噂を耳にするたびに、くだらないと切り捨ててきた

それはこれまでも、これからだってそうだ

 

 

―――このように、クローンには、素体のDNA情報が必要不可欠であり―――

 

 

ふと、授業で聞いた一言を美琴は思い出す

DNA、という単語には覚えがあるし、提供したこともある

だけどあれは、筋ジストロフィーの治療とか、そういうのに協力するためだ、っていうかそもそも目的が全く違うではないか

 

そして提供した病院が、その後まもなく閉鎖となって…

 

「…っ!」

 

いてもたってもいられなくなった美琴は付近の公衆電話を探し走り出した

気になるのなら、いっそ自分で調べればいい

 

 

(アイツが長点上機の生徒なら…学生名簿にハッキングを仕掛ければ…)

 

人目についていそうではあるが、時間帯も時間帯だ、気にはされないだろう

そう考えた美琴は公衆電話本体にデバイスを差し込み、自身の携帯パソコンを開く

学園都市の公衆電話の端末のランクはD、教師陣が扱う端末はランクB…

本来ならアクセス出来るはずはないのだが―――

 

(でも、私の能力なら―――)

 

やがて携帯パソコンの画面に学生名簿が表示される

ハッキングは無事成功、長点上機の学生名簿を閲覧できたみたいだ

美琴は画面をスクロールさせ、さっきの女がいないか探していく

 

「―――いたっ!」

 

目に飛び込んでくる一人の女性の顔写真

このジト目は間違いなくさっき会った女性だ

名前は布束砥信、高等部三年生

幼少の頃より生物学的精神医学の分野で頭角を現し、山下大学付属病院、及び樋口製薬第七薬学研究センターでの研究機関を得て、本校に復学…

 

(樋口製薬…!?)

 

それは自分のDNAマップを提供した場所だ

そこに彼女もいたのだろうか

あるいは、関わっていた…?

 

―――知っても、貴女たちではどうもできないわ。それに、知っても苦しむだけよ

 

脳内で言われた言葉を思い出し、美琴はギリリ、と歯を食いしばる

恐らくあの女性を問い詰めても、適当な言葉ではぐらかされるに決まってる

少し考えて、やがて美琴は意を決したように携帯パソコンを閉じ、デバイスを引き抜くと

 

「―――じゃあ、潜入しかないわよね」

 

公衆電話を出て、美琴は小さくそう呟く

そのまま歩こうとして、自分の格好を思い出した

 

「…流石に、制服はマズイか」

 

 

一方で、神那賀雫もとある道を歩いていた

やがて人目につかない路地裏へ進んでいき、奥にあるいかにも怪しいと分かる扉を開ける

開かれた扉の向こうには階段が下へと続いてあり、神那賀はその階段を下りていく

パタン、と扉はひとりでに閉まり、迷彩でも働いたのか、彼女が入った扉は闇に溶けていった

 

長い階段を降り、真っ直ぐな廊下をグングン進んでいくと、ドアが視界に入ってくる

神那賀はドアの前に立ってコンコン、と二回ドアをノックした

キュルキュルキュル、とローラーの付いた椅子を動かしたような音が扉越しに聞こえてくる

 

「はいはーい、開いてるよー」

 

向こうの了承を確認し、神那賀は扉を開けた

白衣を着込んだ女性がこちらを見る

肩まで伸びた茶髪に、青色のような瞳が神那賀を見通す

自分の姿を確認したとき、彼女は僅かに驚いたような表情を浮かべ

 

「おや、神那賀くんじゃないか。ドライバーの調整に来たのかな?」

「―――いえ、今回はちょっと気になることを聞きに来たんです。沢白博士」

 

沢白博士、と呼ばれた女性はそれを聞くと小さく笑うと

 

「色々訳ありっぽいねぇ? いいよ? 私でよければ話そうじゃないか」

 

そう沢白凛音は言葉を紡ぐ

 

 

適当なデパートで服を調達し、着替える場所はどこにするか美琴は購入した服が入っている袋を持ちながら周囲を探し回っていた

 

「…お?」

 

視線の先に、一件のホテルが見えた

ビジネスホテルの類だろうが、この際更衣室の代わりに使えるのならなんだっていいか

そう自分に言い聞かせ美琴はそのホテルへと足を運んだ

 

・・・

 

つつがなく部屋を借りることができた美琴は部屋の電気を点け、服の入った袋をベッドの上に置く

シングルが満席だったから、借りれたのはダブルの部屋だけど、問題はないだろう

 

「…さって、行こうか…!」

 

軽く深呼吸し、決意を新たにした美琴は自らの来ていた制服に手をかけた

 

 

「へぇ? また変なことを聞いてきたねぇ。確かに、最近そんな噂をよく耳にしたよ」

 

コップに入れたコーヒーを飲みながら、沢白はははは、と笑いながら神那賀の問いかけに答えていく

―――相変わらず、この人は何を考えているかわからない

常に笑っている(ように見える)表情をしているからか、あるいはそう演じて見せているのか

 

―――沢白凛音

自分にバースドライバーを提供してくれた人物であり、自分自身を科学者の端くれと自称する謎の女

正直最初は眉唾だったが、割としっかりこちらをサポートしてくれてるし、こうしてたまにドライバーの調整や修理とかもしてくれてるのだから、悪人でないことだけではわかるのだが

 

「だけど、いいの?」

「え? 何がです…?」

 

彼女はコーヒーをもう一口飲んでふぅ、と一つ息を吐くとカップを机の上に置き、澄んだ瞳で神那賀を射抜く

その瞳には、いつものようなふざけているような、笑っているような表情ではあるが、その視線は真面目と分かる

そして彼女は

 

「―――知ったらもう、〝引き返せない〟よ?」

 

◇◇◇

 

首尾よく潜入した美琴は、赤外線センサーや監視カメラといった類を自身の能力を用いて無力化しながら歩を進めていく

基本的に電子センサーなどのセキュリティが多かったのは非常にありがたい

あとはガードマンとかに気をつけていれば、見つかることはないと思う

 

美琴はコンセントにデバイスを差し込み、それを携帯パソコンにつないで、潜入した場所の地図を手に入れていた

操作しながら、どう動いていけばいいか、頭の中で考えていく

地図を目で追っているとうん? と違和感を覚える

 

(それらしい研究部所が見当たらない…いや、電源はあるのに、ネットから隔離されてる区画がある。…搬入通路にしかカメラがないのが疑問だったけど、この研究はほかの部所の人にも知られたくないのかしら…。とりあえず、ここから当たってみよう)

 

そう考えて美琴は差し込んでいたデバイスをケーブルごと引っこ抜き、それが〝キンっ〟と金属にかすれる音がした

 

 

「誰だ!!」

 

 

―――警備員の声だ

迂闊だった

 

「そこに誰かいるのか?」

 

カツカツとゆっくり近づいてくる足音

最悪電撃で昏倒させればとりあえずはこの場を凌げるけれど、出来るなら侵入した痕跡を残したくない

どうしよう、なにかないか―――と考えていた時、視界にとあるものが写りこんできた

警備ロボだ

これだ、と思った美琴は能力でそれを起動させ、警備員の方へと進ませた

 

「…なんだ。警備ロボかぁ…そらそうだよなぁ、誰もいるわけないか」

 

内心かなり冷や汗ものだが、とりあえずこの場は切り抜けたと言ってもいいだろう

ふぅ、と大きく息を吐いて安堵したのも束の間、今度は大きな警報が鳴り響いた

これには美琴も驚いた

監視カメラも誤魔化したし、電子セキュリティにも引っかかることなく突破してきた

何かやらかしてしまったか?

 

(とりあえず、ここは…!)

 

美琴は警備員の近くにいる警備ロボに指示を発し、その場で勢いよく回りまくりこの場から去るように命令する

そして警備員の目がロボに向いている間に、美琴は急いでその場から走り出した

 

 

からがら走り抜け、美琴は階段に足を掛けながらはぁはぁと肩で息をする

どうしよう、今日はここで撤退するか? いや、見つかっているのは自分ではないのかもしれない

不備をした記憶はないし、もし混乱しているだけなら逆にこれはチャンスと言える

というわけで

 

(…続行!)

 

美琴はそう決断し、そのまま階段を駆け上がった

 

 

脳内に記憶したマップを頼りに、美琴はとある部屋の前に立つ

電子ロックを能力で解錠し、美琴は室内に入る

 

「…ここか」

 

部屋に入ると同時、ガラスの向こうの部屋の電気が光り、ガラス越しの光はこっちの部屋を照らしていく

気になった美琴がガラスの近くに趣き、向こうを見てみると、いくつもの培養器のようなものが視界に入ってきた

どれも人間サイズの大きさだ

 

美琴はゴクリと唾を嚥下させ、付近にあるコンピュータへと視線を伸ばす

恐らく、ここに自分が望むデータがあるだろう

電源を点け、操作していく

 

「…いくつか消されたのがあるけど、これなら復元できるわね…」

 

そうして能力を用い、復元していくうちに、こんな字面が視界に入ってくる

 

 

 

〝超電磁砲量産計画 妹達〟

 

 

 

◇◇◇

 

「…なんですか、それ!?」

 

一通り話を聞いた神那賀は沢白に掴みかかる

掴みかかられた沢白はにへらにへらと笑みを浮かべながら

 

「私に当たられても困るよ。私だってこんなのやってたなんて知らないし、正直ありそうな話だし?」

「…ですけど、人のクローンだなんて…!」

 

手渡された資料を叩きつけながら神那賀は舌を打つ

じゃあ佐天涙子が言っていたのは、美琴本人でなく―――量産されたクローン?

 

「君の慟哭もわかるけど、そのレポートを最後まで読んでごらん」

「…え?」

 

沢白に促され、神那賀は叩きつけた資料のコピーを拾い上げて、改めて見てみる

一字一句逃さないように、しっかりと目で追いかけていくと、一番最後の文章に目が行く

 

〝計画の永久凍結〟

 

「…凍結…?」

「いくらクローンを作っても、生み出されるのは御坂美琴の劣化版。最高でレベル3までの奴しか出来なかったのさ。つまり、遺伝子操作とか、後天的な教育とかでも、完全なクローンから超能力者を生み出すのは不可能。樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)がそう導いたのさ」

 

その説明を聞いて神那賀は一気に体中から力が抜けたようにその場にへたり込む

そして大きなため息

それは安堵からくるため息だ

 

「…なんだぁ…じゃあもうこの計画はしてないんですね」

「そういうことになるね。〝その計画〟は」

「…? とにかく、私の心配は杞憂だっただ…よかったぁ」

 

はふぅ、とまたも神那賀は大きな息を吐いた

空になったカップを片付けながら、沢白はちらりと時計を見やる

 

「ほら、君もいい加減に帰りたまえ。もう時間だぞ」

「おっと! そうでした! そんなわけで、私帰りますね沢白博士! ドライバーの調整はまた今度お願いします!」

 

そう言って彼女は椅子に置いてあったカバンを肩に掛けながらそのまま出入り口の扉へ駆け出していった

沢白はそんな彼女の後ろ姿を微笑ましい笑みを浮かべて見送っていたが、彼女の姿が完全に見えなくなると、険しい顔つきになる

そしておもむろに彼女は先ほど神那賀に手渡していた資料のコピーを手に取り

 

「…これで終われば、良かったんだけどねぇ」

 

そう短く呟いて、沢白はその資料をシュレッダーへと突っ込んだ

 

 

一方で御坂美琴

その字面を見て、研究内容を見たときはかなりゾクリとしたが、一番最後の永久凍結という文字を見て、美琴も心から安堵した

 

「…やっぱり、私のクローンなんていないんだ…よかったぁ…」

 

額から流れてくる汗を手で拭い、美琴は気持ちを落ち着ける

恐らく、この実験の情報が中途半端に漏れ出して、噂が一人で変な形で広まったのだろう

とはいえ、ゾッとしたのは変わりはない

まさか幼い時のDNAマップがこんなことになっていたとは

色々言いたいこともあるにはあるが、過ぎたことにあれこれ文句を言っても仕方ないだろう

 

「とりあえずもう帰んないと。…黒子のやつ、上手く誤魔化しといてくれたかなぁ」

 

◇◇◇

 

「おい、作業はあと、どれくらい掛かるんだ?」

 

つい先ほど御坂美琴が侵入した研究室にて

そこには二人の人影がいた

一人は警備員、彼はドア近くの壁に背を当てて、もう一人がデータの削除が終わるのを待っている

一人は常盤台の制服をきた、〝御坂美琴〟とほぼ同じ容姿をした女学生

彼女はデータの削除を実行し、それが終わるまでじっと画面を見つめている

 

「データの完全消去まで、おおよそ約四十二秒と、〝ミサカ〟は正確な時間を報告します―――」

 

歯車は、ゆっくりと回りだしている―――



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#25 妹達

合間合間の科学者お姉さん達の話は容赦なくカットしてます
あとあからさまに露骨なフラグ立ててますけどスルーしといてください
たぶんきっとそのうち描写します

そしてあいも変わらずな出来ですけどご容赦を

あとハイスクールD×Dの方を楽しみにしている方(そんなものはいない)、すまない…展開はふわっと考えてはいるけどまだ文字に起こしていないんだ…すまなごめんなさい○| ̄|_

それではどうぞー


「うっはー…木漏れ日が眩しいわねぇ…。日焼けは困るけど、こうじゃないと夏って感じがしないわねぇっ」

 

今目の前にいる常盤台の生徒は一体誰なのか

事前に誘いを受けて、アラタは部屋を出て知人の二人と合流する

黒子と美琴―――なのだが

 

「…黒子、どういうことだこれは。アイツは誰だ」

「わ、わかりませんのっ! なんか今朝起きたらこんなテンションにっ!」

 

アラタと黒子は二人少し距離を取って小さい声で話し合う

なんでこんなこちになってしまっているのだろう

愉快なことでもあったのだろうか

 

 

 

「あっ、セミの抜け殻っ」

 

 

 

「―――こんな気色悪いお姉様は初めてですのっ…!」

「気持ち悪いの間違いじゃないのか…?」

 

彼女がセミの抜け殻を見つけたとき距離を取っていた超電磁砲の知人二人は言いたい放題だった

 

「また約束の時間まではあるわね…っふっふーふっふーん♪」

 

鼻歌交じりで彼女は自販機へと駆け寄っていく

いつもの彼女ならここで〝ちぇいさーっ〟って言いながら自販機に廻し蹴りを叩き込んでいるところではあるのだが

 

「黒子ー、アーラターっ。なに飲むー? 美琴さん奢っちゃうゾー?」

 

(オメェ誰なんだよマジで)

 

いつも廻し蹴りを叩き込む故障自販機に金を投入し、あまつさえこっちの分を奢るときた

なんだろう、天変地異でも起こるのだろうか

それ以前に明日は来るのだろうかっ

 

「ちょっとー?」

「あ、じゃ、じゃあアイスコーヒーを―――」

 

黒子は駆け足で駆け寄り、アラタは彼女の後ろを歩いていく

が、前を歩く黒子は地面のでっぱりにつまずき、転びそうになってしまった

思わずアラタも手を伸ばすが手は届かず虚空を切り―――それを美琴が受け止めた

顔の位置は美琴の胸部であった

まぁこれは偶然ではあるのだが

 

「す、すみませんお姉様っ!? け、決してお姉様の胸に飛び込みたいとかいうやましい気持ちなどでなくっ!?」

 

言葉に出してしまうと露骨な感じがするのだが

しかし美琴はそれに対して

 

「ふふっ、わかってるって。気を付けないと、ダメよ?」

 

そう言って黒子のオデコをこちんと指で突っついた

突っついた後に美琴はスキップを挟みながら自販機へと戻っていく

黒子、数秒のフリーズ

その間にアラタが隣に移動し黒子に耳打ちする

 

「…なぁ、アイツは本当に俺たちが知ってる御坂美琴なのか。偽物なんじゃないのか?」

「は!? その可能性を失念していましたわッ…! こうなればこの白井黒子、身を賭して確認しますの…!」

「なんか秘策あるの?」

「お任せあれお兄様ッ! …見守っててくださいましっ」

 

そう黒子は小声で言うと飲み物を狙う美琴に向かってズンズン歩いて行った

そして優しく、彼女の肩に手を置いて視線をこっちに振り向かせる

 

「? 黒子?」

「―――今日のお姉さまの下着は、オレンジ水玉―――」

 

(アイツアホちゃうか!?)

 

アラタが心の中で突っ込んだ一瞬、ドデカイ雷の音が耳に届いた

黒焦げとなった黒子を視線に捉えつつ、アラタはゆっくりと美琴に近づいてその肩へと手を置く

この行動が出れば偽物という線は消えた

肩に手を置かれた美琴はキョトンと、そして僅かに頬を染めつつ

 

「な、なによ?」

「いや、なんでもない。いつもどおりで安心したよ」

「はぁ?」

 

「あー、いたいたー!」

「お待たせしましたーっ…て、何してるんです?」

「いつものことだよ、気にするなって」

 

ちょうど良いタイミングで初春、佐天、春上の三人が合流する

また春上が黒焦げの黒子を見ながら発した「こんがりなのー」って言ってる姿に少し和んだ

 

 

早い話が買い物である

それで、アラタは荷物持ち的な役割である

実際はいつものメンツを呼んだだけなのではあるが、アラタは特に気づいていない

 

「それで、今日はどこ回るんだ?」

「あ、私、広域社会見学用に買いたいのあるんだけど」

「広域社会見学ぅ? ランダムで選ばれた生徒達が九月の三日から十日まで遠征しに行くっていうあれか?」

「そうそれ。たしか場所は学芸都市っていう…」

 

そんな美琴のつぶやきに初春が反応する

彼女は少しずい、と顔を美琴に近づけて

 

「それって、カリフォルニアにある…?」

「? うん」

「私たちとおなじなのー!」

「そうなんですの?」

「そっか、おんなじグループなんだ」

「っていうか、みんな行くのか、広域社会見学」

 

意図せずしてハブられた

元々行く気もなかったが

 

「アラタさんは?」

「残念だが選ばれてないね。選ばれても辞退する予定だったし」

「そうなんですか…ちょっと残念です」

 

佐天は僅かにショボーンとしたような様子を見せたが、すぐに表情を変えると

 

「じゃあ待っててくださいっ、お土産にはとびっきりの買ってきますから!」

「オッケー、期待させてもらうよ。…ところで結局何を買いにいくんだ?」

 

そう視線を美琴らに向ける

美琴は一度指に顎を乗せて僅かに考えると

 

「そういえば向こうにビーチがあるんだったわ。水着も新調しなくっちゃだね」

「ホントですか!? ―――だけど先立つものがなー。こんな時、あのマネーカードがあったら―――」

「佐天さんっ」

「っはは、冗談だってば」

 

初春にビシッと怒られ笑う佐天

そこで不意に思い出したように佐天が言葉を発した

 

「そういえば、マネーカードについては、なにか進展あったんですか?」

「昨日の今日で早々進展するはずありませんの」

「それもそっかぁ…うーん…なーんか引っかかるんだよなぁ」

「なにか気になることでもあるんです?」

「いやぁ、なんかこういうのって、背後にもっと大きな組織とかありそうじゃないですか! 都市伝説ハンターの勘が騒ぐんです!」

「また始まりましたの?」

「ちょ、またってなんですかまたって!」

 

そうして目の前で黒子と佐天がプチ口論をスタートさせる

美琴の横に座っている春上と初春は事件なの? と心配する彼女を初春は佐天さんの冗談ですからとぶった切ることにより安堵させ、それに佐天が「ちょ、初春!?」と反応する

 

そんな光景を美琴は微笑みながら眺めていた

そう、あんなのあくまで都市伝説

昨日あんな情報見つけたときは流石に肝が冷えたが、凍結されているのならもう大丈夫だろう

 

「どうした?」

「うん?」

 

自分の隣に立っているアラタが、こちらを伺うように顔を覗き込んでくる

美琴は見つめてくる彼の瞳を見つめ返しながら笑みを浮かべて

 

「なんでもない」

 

そう言っておもむろに立ち上がった

そしてパンパン、と自分の両手を叩きながら

 

「はいはい、行こうみんな! 時間は有限なのよー!」

 

そんな美琴の声を皮切りに一行はそれぞれ笑顔を浮かべ、彼女の後ろをついていく

アラタも一番最後を歩きながら、談笑している女子連中を見守りながら、ふと笑みがこぼれた

まぁよくわからないが、美琴(アイツ)が笑ってるなら、それでいいか

そう結論づけて、歩を進め―――

 

「ほらほら、アラタさんも会話に入ってくださいって!」

「そうですよ、アラタさんもメンバーなんですから!」

「うお、ちょっと、押すなってば飾利、っと、服引っ張るな涙子っ!」

 

◇◇◇

 

セブンスミスト

 

「あー! 買った買ったーっ!」

 

そう言って背伸びする美琴

そこまで購入したのは多くなくアラタが持つ分もほぼゼロだ

 

「買うもんは全部か?」

「うん。なくなってたの買い足したかっただけだし。みんなは?」

「あ、それじゃあ―――」

 

そう言って初春の先導のもとにたどり着いたのは家電を取り扱うフロアだった

現在は炊飯器エリアに一行はおり、初春が色々と炊飯器を眺めている

 

「炊飯器?」

「春上さんとルームメイトになってたから自炊するようになって…」

「? でも初春って持ってたよね?」

 

そう佐天が聞くと初春は頬を掻きながら笑みを浮かべ、それに春上が申し訳なさそうに顔を赤らめる

 

「あはは…持ってるには持ってるんですが…」

「あ…そういえば言ってたね。足りないって」

「ごめんなさいなのー…」

「あ!? 春上さんは何も悪くないですよ!? 私もいっぱい食べますし!」

「そうそう。初春の食い意地だって相当だし」

「佐天さん!?」

 

そんな会話を耳にし、アラタはクスリと笑う

そして視線を向けようと周囲を見渡すが、ふと美琴の姿が見えない

どこに行ったのかと探す前にその美琴の声が聞こえてきた

 

「ねぇ! こんなのとかどう?」

 

美琴は別の炊飯器の前に移動しており、それを指差していた

その前に移動するとそれはなかなかに性能の良さそうな炊飯器だ

自炊をあまりしないアラタから見ても正直まったくわからないのだが

 

「なんかすごそうなの…」

「確かにすごいですけど…ちょっと予算が…」

 

―――ですから、そこはもうちょっと…はい、そうです!

 

ふと変な会話が耳に聞こえてくる

頭に疑問符を浮かべて同じく気づいた黒子と一緒に声の方を見てみると美琴が定員さんと何やら交渉でもしているのか、話をしていた

 

―――仕方ありませんねぇ

 

そこで店員さんが苦笑いをしながら美琴の言葉を承諾したようにそう言葉を発する

それを聞いた美琴はこちらを向いて、がっしりと親指を立て、こちらにサムズアップした

 

◇◇◇

 

「す、すごいの買っちゃったの…!」

 

まさか美琴の交渉でさきの炊飯器を購入できるとは思わなかった

おまけに自宅へとお届けしてくれるサービスも勝ち取っているとは

 

「夢の炊飯器生活の第一歩ですよ春上さん!」

「美味しい御飯がいっぱいなのー…!」

 

で、現在いる場所は食器コーナー

クッキーの型どりに使えるようなものや、タッパーなど、そういう日用品が販売されているところだ

 

「へぇ、色々あるんだね?」

「でしょ!? ここ品揃え抜群なんですよ!」

 

佐天と一緒に物色する美琴

彼女の少し後ろでキョロキョロと視線を動かしている

 

「!」

 

そこで美琴のセンサーがなにかに引っかかったのか一つの型どりを手にとった

それは可愛らしいクマさんの形だ

 

「か…可愛いっ…! あ!? でもこれじゃ食べられないっ!?」

 

彼女の言葉は当然、割と大きめであり

 

「―――はっ!? な、なんてねー? そ、そんなことないんだけどっ? あはははっ」

「お前嘘下手くそかよ」

「やっかましいっ!」

 

もはやこんな光景など完全に日常風景

そのやりとりに春上も初春も佐天も思わず笑い出してしまった

 

(…やっぱりお姉様はいつものお姉様ですね…。今朝のはなんだったんでしょうか…)

 

それを見て黒子はふむぅと考える

だけどそれを差し引いてもちょっと今日の美琴はテンション高めなような気もしないでも…

そんなことを考えながら時間は過ぎていく

 

 

水着売り場にて

流石に女性の水着売り場に男性が一人いるのはとても恥ずかしいので少し距離を取って一行の様子をアラタは見守っていた

 

…しかし遠目から見ても今日の美琴のテンションは妙におかしいとアラタは思っていた

今現在も春上の水着を選んでいるが、やはりテンションが高い(全部子供っぽいって言われてるが)

特に問いただす気などはないが…と考えていたところで不意にアラタの携帯が鳴り出した

何事かと思いながら画面を見ると、少し前に知り合った名前が表示されている

アラタは通話ボタンを押し、電話を耳に当て

 

「もしもし? そっちから連絡してくるなんて珍しいじゃんか」

<そうかしら。though 貴方にしか頼めないから>

「…どういうことだ」

<詳しいことはあとで話すわ。…今晩会えないかしら>

 

その声色にアラタは只事じゃない気配を感じる

〝彼女〟が何かをやろうとしているということだけは、なんとなく察した

 

「…わかった。あとで詳細をメールしてくれ。こっちも今用事―――」

「アラタアラタ! 見てあの春上さんの水着! 可愛くない!?」

 

不意に美琴がアラタの腕をくいっくいっと引っ張る

思わず電話を落としそうになりながら、片手で美琴を制止しつつ

 

「あ、ごめん…電話してた?」

「いや、大丈夫だ。…そんなわけで改めてあとでメールくれ。あとでこっちから行く」

<Thanks じゃあまた後で>

 

そう返事して電話を切って、改めて美琴へと視線を向ける

 

「悪かった。で、春上さんの水着がなんだって?」

「ありがと! で、これなんだけど―――」

 

そうしてアラタと美琴が春上へと歩み寄っていく様子を少し離れた位置で初春と佐天が見守っていた

うーん、と首をかしげながら佐天が

 

「なんか今日の御坂さん、テンション高くないです?」

「初春もそう思う? …白井さん、御坂さんなにかいいことでもあったんですか?」

「う、うーん…」

 

二人の後ろで腕を組んでいた黒子は、その佐天の言葉にうーん、と首をひねるだけだった

なにせ自分でもどうしてああなっているのかがわからないのだから、答えようがないのである

 

 

セブンスミストのカフェテラス

時刻はすっかり夕方、そのテラスの一つのテーブルで、一行は座って注文したコーヒーなどを飲んで体を休ませている

 

「…あっ! そういえばここですよ、御坂さんのそっくりさんを見かけたの」

 

なんか不意に佐天がそんなことを言ってきた

 

「…そっくりさん? コイツの?」

 

アラタはコーヒーを一口飲んで、視線を美琴に移しつつ、そんなことを聞いてみる

もしかしたら兄弟姉妹の類はいるのかもしれないが、あいにくと本人からはそんな話なんて聞いていない

 

「あぁ、そういえば昨日電話でしてましたね、そんな話」

「あー、そういやそんなこと話題に出てたな、クローンとかなんとか。…コイツのクローンなんて想像したくもないが」

「あのねぇ!」

「あだっ!」

 

隣の席のアラタの足を美琴は思い切り踏みつける

思わず足を椅子の上に持っていき、靴を脱いでさするアラタを尻目に美琴は頬杖をついて

 

「でも、クローンか…。もし自分のクローンがいたら…佐天さんならどうする?」

「えっ? うーん…そうですねぇ…宿題を手分けしてやるとかかなぁ…」

「部屋に置いておけば、寮監の目を欺くこともできますわね」

「ご飯ふたり分食べれるのー…」

「それいいですね、メニューに迷ったら両方頼めばいいですし!」

「それどっちも半分しか食えないじゃんか」

『はっ!』

 

それぞれが思い思いにそんな想像を話していく

 

「アラタだったらどうするの?」

「あぁ? あいにくとそんな存在はノーサンキューだ。世界に俺は一人でいい。…いきなり目の前にもう一人現れたら現れたで、気持ち悪いだろ」

「もー。夢ないなーアラタさんはー」

「だけど、らしいといえばらしいかも」

 

アラタの夢のない返答に一行はくすくすと笑みをこぼす

数秒のあと、今度はアラタが聞き返した

 

「お前ならどうするんだ。目の前にそんなんが出てきたら」

「私? んー…」

 

そう言って美琴は一度ストローへと口をつけて、中の飲み物を飲んでいく

ごくりと嚥下させやがて彼女は言葉を発した

 

「―――そうねぇ…」

 

そう言って美琴はなんてことのない日常の一言を呟いた

 

◇◇◇

 

そんな他愛のない話を終えて、一行は帰路についている途中だ

 

「はぁ…もう一日も終わりかー。…きっと夏休みもこれくらいあっけなく終わっちゃうんだろうなー」

「世間じゃあもうお盆ですからね」

「あー…もうそんなシーズンか…」

 

佐天のボヤキに初春がそう返事して、アラタが返した

基本的に学園都市にいると世間のそういった催し物などはあんまり意識しなくなる

帰省する人もあまり見ないことも相まってなおさらだ

 

「でもいいじゃない。おかげでみんなでいられるんだから」

「ふふっ、そうですねっ」

 

そう美琴が明るく言葉を発し、佐天がそれに付け足す

そして夕焼けを背に受けて美琴はくるりとみんなの方に顔を向けた

こちらを振り向く美琴の顔は、とても楽しそうで/何かを恐れているような/笑みを浮かべて言葉を続ける

 

「楽しまなきゃ。―――夏はまだまだ、これからなんだから」

 

 

美琴らと別れたあと、アラタは一度荷物を置くために伽藍の洞へと足を運んでいた

カツンカツンと階段を上がっていき、アラタはコンコンを扉をノックする

するとドアの向こうから「はーいっ」という明るく可愛らしい声が聞こえてきた

声を確認するとアラタはガチャリと扉を開けた

 

視界に入ってきたのはソファに座りながらパソコンをいじっているアリステラの姿が見える

キョロキョロと視界を見渡してみるとこの場の主である蒼崎橙子の姿は見当たらない

他にはアリステラの対面の席に横になってスヤスヤと寝ている黒桐鮮花の姿も見える

 

「あれ、ゴウラムや橙子は?」

「ゴウラムちゃんなら下のガレージで寝てて、橙子さんはお仕事です。そして私はお手伝いっ」

 

そう言ってにぱーっと笑みを浮かべるアリステラ

ちょっと前の事件にてアラタに知人のクラスメイトと一緒に助け出された女の子

現在はクラスメイト―――右京翔と平穏な日々を過ごしてはいるが、こうして時たま伽藍の洞にお仕事しに来るのだ

 

「翔は?」

「カケルくんは橙子さんのお仕事のお手伝い行ってます。たまにドライバーが出てくるから、結構働いてると思うよ?」

 

いつの間にか知人が仕事に駆り出されてた

いや、別に問題はないのだけれど

 

「まぁいいや。橙子が戻ってきてからでいいんだけど、俺が来て荷物置いてったってこと、言っといて貰える?」

「いいですよ。これからお出かけなんです?」

「んー…まぁそんなところ。それじゃあよろしく」

 

アラタはカバンを橙子の机に置いて携帯と財布だけをポケットに入れて伽藍の洞を後にする

そして電話の相手にメールを送ると、少しだけアラタは真面目な顔つきになり、人垣の中に消えていった

 

◇◇◇

 

その日、神那賀雫がなんとなく公園を通りがかったのは全くの偶然なのだろう

だからそこで、子供たちと戯れる御坂美琴を見かけたときは、無意識に笑顔を作っていた

神那賀は手をあげながら美琴の方へと駆け寄っていく

 

「あ、神那賀さん」

「やっほー御坂さーん」

 

美琴は一通り子供達と遊んだ後で、ベンチに座って一息ついていたところだった

彼女は今も元気に遊び回る子供達を見守りながらはふぅ、ともう一つ息を吐く

 

「いやー…子供って元気だなー…」

「あはは…私らも十分子供なんだけどネー」

「ははっ、そうなんだよねー」

 

美琴は笑いながら神那賀の言葉にそう返答する

そう言って美琴はなんとなく視線を泳がした

すると激しく動いて熱くなったのか、上に着ていた服を脱いだ女の子が目に入る

その下の上着に―――ゲコ太の缶バッジをしているのを美琴が見逃す訳もなく

 

眼をネコのように一瞬変化させた美琴は一切迷うことのなおい力強い足取りでその女の子のところまで歩み寄る

その間後ろから「み、御坂さん?」とこちらを心配するような神那賀の声が聞こえたが美琴の耳には入ってこなかった

美琴はゲコ太缶バッジをしている女の子の肩に手を置いて言葉を発する

 

「お嬢さん! そのバッジ、どこで手に入れたモノですかっ!?」

「御坂さんそんなキャラだっけ!?」

 

後ろの方でツッこむ神那賀をスルーしつつ

 

 

子供たちを連れてやってきたのは商店街のコンビニ―――の、ガシャポンコーナー

野外に設置されたそれは色々なガシャポンが見受けられるが、美琴が睨んでいるのはただ一つ

それは一回百円のガシャポンで、色々な缶バッジが出てくるのだが、そのリストの中にゲコ太タイプの缶バッジがあるのだ

これは取らない訳にはいかない

 

もしこれが何かしら電子機器を用いているタイプなら思いっきり不正してゲコ太缶バッジを手に入れるのだが、これは硬貨を入れてレバーを回すタイプ

そんな不正は許されない

 

いつ出てくるかはわからない、完全な博打

だが、退くこともできない戦いなのだ

美琴は意を決して百円をガシャポンに突っ込みレバーを回す

出てきたのは全く関係ないキャラの缶バッジ

次、ネクストである

 

二回目にガチャガチャとレバーを回し次のカプセルを取り出す

全く違う缶バッジ

 

そんなわけで延々と百円を投入し続けて回し続けたが―――お目当てのゲコ太缶バッジは手に入れることができなかった

空になるまで回したのに…

ズーンと落ち込む美琴に缶バッジをつけた女の子が

 

「あ、あのよかったら―――」

「そうだ、駅前にもう一個あったよ!」

 

別の女の子が言った言葉に周囲は一瞬固まった

主に驚きで

 

―――移動中

 

 

駅前を歩いていたのは単なる偶然だったのだろう

メールを見て彼女たちが現在いる場所へと向かった所が、たまたま駅前のコンビニが近かったこと

そしてそこは〝博士〟が提供してくれた場所であることも知って、邪魔もないだろうということも予想できた

そこでアラタは晩の十時ごろからその実験を見守り続け、この時間まで一睡もしていない

根性で歩いているが、恐らく寮についたらろくな片付けなく速攻で床につくだろう

…まぁ、まだ戻れないのだけれど

 

とりあえず腹に何か入れるべく駅前のコンビニで何か買おうかな、ついでにタンパク質のある食物でも持って行ってやろう、と通りかかったとき、それを見た

 

子供達に囲まれながら一心不乱にガチャリ続ける常盤台の制服を着た女の子と、その光景を隣で心配そうに見守るロングの女生徒

思いっきり見覚えある

 

「…何してんの? 課金?」

「あっ、アラタさん…。やっほー」

 

アラタの接近に気づいた神那賀は彼を視界に捉えると手を振って挨拶する

そして美琴はまだ回している

お目当てのは出ていないようだ…というか彼女の近くに置いてあるかごを見て内心驚いた

三つのかごにいっぱいまでカプセルがある

 

「…いくら突っ込んだだよ」

「ははは…〝二軒目〟だしねぇ、これ」

「二軒目…!? …一軒目じゃ出なかったのか!?」

「二つのかごいっぱいになるまで回したけどカスリもしなかったよ」

 

彼女のゲコ太に関する情熱を甘く見ていた

…もし学園都市の外に出る用事とかあって、その先でゲコ太グッズ見かけたら買ってあげよう

 

「でたーっ!!」

 

そうしてる内に美琴がとても喜びに満ち満ちた声をあげる

彼女は見事手に入れたゲコ太缶バッジを空に掲げ、とても嬉しそうに顔を綻ばす

 

「おめでとう御坂さんっ」

「課金した甲斐があったな」

「うん! 神那賀さんも付き合わせてごめんねってなんでアンタがここに入んのよ!?」

「ちょっと前に見かけたから気になって来たんだよ。俺が来た時はお前無心で回してたから無理ないかもだけど」

「おねーさん! おめでとーっ!」

「っと、うん! ありがとーっ!」

 

パチパチと周りの子供たちから祝福される美琴はアラタを見てそんなリアクションを取る

子供達の何人かは眼を閉じたうえで頷いているような仕草をしている

子供心にも何かクルものがあったのだろう

 

「あたし袋もらってくるー」

「あ、俺もっ」

 

子供達がコンビニに入って行くのを尻目に、美琴は手に入れた缶バッジを改めて眺める

じーっと眺めている内に、ある一つの疑問が生まれる

 

「…お前それ何に使うんだ?」

 

タイミングよくアラタが自分に向かって言ってきたその言葉に激しく同意する

なにに使えばいいんだ!? これはっ!

子供みたいに服に付けるのは流石にアウト…っていうか黒子に絶対に弄られる、想像すら容易い

 

「カバンとかにつけるならまだいいんじゃないかな?」

 

神那賀が何気なく呟いたその言葉に美琴はハッとする

そうだ、流石に衣服はアウトでもカバンとかならまだギリギリセーフのラインではないだろうかっ

どっちにしても黒子には弄られそうな気もするが服よりはまだマシなはずだ

 

とそこまで思考している内にピピピッとアラームが耳に聞こえてきた

子供達の誰かが持っている門限知らせるアラームかなにかだろうか、と考えてふと景色を見る

すると太陽は沈みつつあり、夕焼けの朱色に変わりつつあったのだ

 

(―――わ、私の一日って…)

 

なんだろう、今日一日を割と雑に過ごした気がする

 

◇◇◇

 

アラタとはその場で別れ、神那賀雫は女の子と手を繋いで前を歩く美琴は同じように子供達を代わる代わる手を繋ぎながら歩いていた

…たまにはこんな風に子供達と遊ぶのも悪くないかも

あすなろ園のときも割と楽しかったし

 

と、そんな時にぽふっ美琴の背中が神那賀にぶつかった

 

「あだっ…? 御坂さん?」

「―――」

 

何やら彼女は呆けているようにぼーっとしており、子供達の声に美琴はようやくハッと我を取り戻した

美琴はすぐに笑顔を作り

 

「な、なんでもないっ! さ、行こう!」

 

 

子供達をバスに送り届けて、お互いに別れの挨拶をして、バスを見送る

子供達を乗せたバスはすぐに視界から見えなくなら、バス停には美琴と神那賀だけが残された

そしてすぐに、美琴はさっき来た方向を見返した

 

「…御坂さん?」

「ごめん、神那賀さん…先帰ってて!」

 

美琴はそう言ってその場から走り出す

 

「えぇ!? ちょ、御坂さんっ!?」

 

流石に唐突過ぎたので思わず神那賀は美琴の後ろを追いかけた

―――同時に、変な胸騒ぎもしたのだが、今はそれは置いておくことにする

 

◇◇◇

 

ありえない

それが美琴が導き出した結論だ

あの研究所で見たことは全て終わっていること

クローンなんているわけない

なのになんで、自分と同じような力を感じたのだろう

妙な胸騒ぎを覚えて、美琴は妙な感覚を感じたところへとひた走る

神那賀には帰ってて、と行っては見たが、後ろを追いかける足音を聞くについてきているようだ

だけど、正直それはありがたかった

もし自分が感じたことが現実なら、一人じゃ受け止め切れる自信がなかったからだ

 

「たしか、この辺りから―――っ!?」

「御坂さんっ、ホントどうし―――え?」

 

それに気づいたのは、ほとんど同時

夕焼けに映る木の陰、その影の近くに、もう一人の人影がある

ゆっくりと視線を上にあげ、その影の主は誰なのかを確かめる

 

〝見慣れたスカート〟

〝見慣れた上着〟

〝見慣れた制服〟―――そして、〝見慣れないゴーグル〟

 

私の目の前に、一体何が写っている?

 

「…う、そ」

 

神那賀の呟きが聞こえる

私も嘘だと信じたい、信じたい―――信じたいのに

そんな美琴の気持ちを知ってか知らずか、目の前にいる〝見慣れた制服〟を着込んだ、〝見慣れないゴーグル〟をしている人物は、こちらに気づいたのかゆっくりとこちらに視線を向けた

 

切り揃えられた髪―――御坂美琴とよく似てる

端正な口元―――御坂美琴によく似てる

目の形…瞳、色彩―――何から何まで、〝御坂美琴〟とそっくりだ

 

唯一の違いが、頭にしているゴーグルだけで、それ以外は、〝そっくりだ〟

今…私は何を見ているんだろう

搾り出すように、美琴は震える唇で言葉を発した

 

「―――あ―――アンタ―――」

 

この邂逅が、これから巻き起こる悲劇の引き金だということを―――今はまだ、誰も知らない



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#26 レベル6シフト

もう慣れないギミックは使わない(宣誓

今回はちょっとしたギミックを仕込んでみました
けどお遊びなのでちょっとしたら消すかもしれません
ではどうぞ


「アンタ―――一体何者!?」

 

かろうじて絞り出せたのはそんな在り来たりなセリフだった

ゴーグルをかけている以外、何もかもが同じなもう一人の自分

緊迫した面持ちで神那賀が見守る中、その静寂を破ったのは、もう一人の自分だった

 

「―――みゃあ」

 

どういうことか、猫の鳴き真似だった

 

『…はぁ?』

 

緊張していた美琴も、それを見守っていた神那賀も、そんな風に呟いていた

思わず美琴は隣にいた神那賀に小声で

 

「ど、どういうこと!?」

「そ、組織名かもしれないわ、なんかありそう!」

「あるいは名前!? 言語だとして、日本語じゃない!?」

 

と勝手にヒートアップしている時に、向こうの美琴―――ミコトは言葉を続けた

 

「―――と、鳴く四足歩行生物がピンチです」

 

そう言って彼女は自分の近くにある木を見上げた

すぐ近くの木の枝に、悲しそうにみゃあと鳴き声をあげる猫の姿が目に入ってきた

もしかしたら、これのことを言ってるのだろうか

 

「…猫?」

「先ほど、ここを通った際に路上駐車されていた車の中に取り残されていた赤ん坊を発見しました。熱中症の危険がありましたから、ミサカの電力でロックを解除したところ、それに驚いたあの生物が駆け上がり、このような状況になってしまいました、とミサカは詳細に状況を伝えます」

「あー…下りれなくなっちゃったのか…」

 

ミサカ(仮称)の言葉を聞いて神那賀が頷いた

それに美琴も下りれない猫を見上げ

 

「なるほど…って、今はそれどころじゃないわよ! 私はまずアンタがなんなのかって―――」

「まぁまぁ御坂さん。気持ちはわからんでもないけど…まずはこの子猫をっと…」

 

言いながら彼女は器用に木をよじ登り、その猫のところまで進んでいく

さすがは仮面ライダー、こういう動きとかはなれているのだろうか無駄のない動きだ

彼女は猫を抱えるとその枝からひゅん、と飛び降りた

 

「…軽快な動きね、神那賀さん」

「伊達にライダーしてないよ。アラタさんもできると思うけど」

「マジ…?」

 

そんな話を聞きながら、美琴は救助された猫を見やる

彼女はとことことこちらに歩いてきて、ちょこんと座ると「なー」と短く鳴き声を上げた

そしてその猫の鳴き声を聞いた美琴ははぅ、と可愛さに胸を締めつけられた

可愛い

正直それ以外の言葉が出てこない

 

「…案外近くで見ると、可愛いわね。この子猫」

「こねこ?」

「子供の猫のことだよ。だから子猫」

「でも、私は怯えられちゃうのよね…体から出てる微弱な電磁波が原因なんだけど」

 

そう言って美琴は子猫に触れようと手を伸ばす―――が子猫はその手を身をひねって躱した

こういう小動物と触れ合う時はいつもこれだ

虚しくなってくる

横のミサカもすっと手を伸ばすが、結果は同じ

 

「ミサカもダメみたいです、とミサカは結果を短く報告します」

「そっかぁ…。―――てそうじゃなくてぇ!」

 

思わず緩みかけた空気にため息をつきそうになるけど本題はそうではない

急に大きな声をだした美琴に驚いた子猫はこの場を去っていってしまった

手を伸ばして撫でようとしていた神那賀の手が虚しく空を切る

 

「―――アンタ、私のクローンな訳? ミサカとかお姉様とか」

「はい」

 

すごいあっさり

 

「―――御坂さんの計画って、凍結されてるはずだよね?」

「そうよ、凍結―――って、神那賀さん知ってるの!?」

「うん。…ごめんなさい、貴女に内緒でこんなことするの最低だってわかってたけど…どうしても気になって…。それで凍結したってあったから、じゃあ大丈夫なんだろうって…さっきまで思ってた。―――この子を見るまでは」

 

そう言って神那賀は目の前のミサカを見据える

 

「ZXC741AXD852OWE963'、とミサカは確認を取ります―――」

 

唐突に目の前のミサカはそんな言葉を口走る

美琴と神那賀はお互いに顔を見合わせて何を言ってるんだこの子は、みたいな感じでミサカを見つめ返した

何かの暗号? 思い当たるならキーボードの配列くらいだが…

 

「やはりお二人は関係者ではないのですね。その質問にはお答えできません、とミサカは拒否の意思を示します」

「―――どこの誰が指導しているの、その実験を」

 

そのまま黙りこくったミサカに対して美琴が言葉を投げかける

しかし答えは全く視線を合わせたままの

 

「機密事項です」

 

という短い否定文のみ

 

そして美琴はいろいろ聞いては見たが、返ってくるのはやはり短い否定文だけ

業を煮やした美琴は強引に彼女に組み付き、その手を添える

 

「ちょ、御坂さんそれは…」

「―――」

 

神那賀に制止されたが、正直こんな真似を起こそうとはしても、実行する気はさらさらなかった

流石に自分と同じ顔をした人には、ということもあったが…僅かに興味も湧いてしまった

美琴はその手を離し彼女を自由にする

 

「いいわ。勝手に行きなさい。こっちも勝手に行かせてもらうから」

 

そう美琴が言うと一瞬美琴をきょとんと見たままで、そして今度は踵を返し何処かへと歩き始めた

このまま尾行(?)してどこにその実験施設があるのか確かめるのだろうか

 

「…行くの?」

「当然」

 

神那賀の言葉に頷き、美琴は彼女の後ろを追っていく

ここまで来たなら最後まで関わってしまおう、ということで神那賀も美琴の後ろを追いかけていった

 

 

正直に言うなれば、もしかしたらどこかで自分の偽物が出てくるのではないか、という不安があった

噂を聞いた時は、最初は当然信じなかった

だが、時間が進むに連れて自分の中の恐怖は少しづつ募っていって…そして今日、それに出会った

出会ったのだが―――

 

(…これが…?)

 

今自分の目の前で蝶蝶を見ながらほけーっとしてる常盤台の制服を着た、あの女が?

想像してたのと違う、漫画とかでは本物を亡き者にしようとかしてくるのではなかろうか

そこまで考えて、ふと美琴は気がついた

 

そういえば、なんて名前だったか、この実験

―――妹達…妹「達」?

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

嫌な考えがよぎる

困惑する神那賀を背後に残し美琴はミサカの前に立つ

 

「ちょっと、もしかしたらアンタみたいなのが、五人も六人いるんじゃ…」

「―――フフフ」

「は?」

 

急に小さく笑いだした

もしかしたら自分の考えは正しかった?

僅かに美琴は身構えようとして―――

 

「こねこ。普通に呼んでも逆から呼んでも、こねこ。―――フフフ」

「下らない事言っていないで聞けよ!?」

 

こいつ全然わかんねぇ

ぶっちゃけた美琴の感想がそれだった

 

◇◇◇

 

適当な食事を買ってきて、鏡祢アラタは戻ってきた

ドアを開けて道を進むと雑多な部屋がアラタの視界に広がっていく

適当にばらまかれた資料、つけっぱなしのパソコン、そして試験管エトセトラ

最低限な実験環境で、奥の部屋では悠が眠っているのが見えた

そして悠の頭を己の膝に乗せ、頭を撫でてる一人の女性

 

「―――起きたのか? 砥信」

 

アラタがそう聞くと女性は悠をゆっくりと膝から下ろし改めてベッドに寝かせると白衣を着込んでこちらに歩いてくる

 

「起きたのはついさっき。貴方にも迷惑かけたわね。ありがとう」

「気にすんな。―――調子は?」

「no problem まだ違和感があるけど、そのうち慣れると思うわ」

「そいつはよかった。…しかしぶっ飛んだこと考えるな。普通考えないぞあんなこと」

「褒め言葉として受け取るわ。by the way どこに行っていたの?」

 

そう聞かれるとアラタはテーブルの上に持っていたコンビニ袋を置く

そして中から適当に購入してきたパンとかハンバーガーを取り出して、一つを彼女に放り投げた

砥信はそれを受け取ると書かれている文字を読む…チーズバーガーだ

 

「ご飯だよ。ハラが減ってちゃなんとやら。ちゃんと食っとけ。悠も、アンタもな」

「…Thanks 有り難く頂くわ。お金は?」

「いらないよ。今回は俺の奢りだ。…さて、そいじゃあ俺もそろそろ帰るよ」

「長い時間拘束してすまなかったわね。借りはいずれ返すわ」

「いいよ別に。俺が好きで協力したことだ。また二人と話せたらそれが何よりのご褒美だよ。そんなわけだから―――〝無茶すんなよ〟」

 

その言葉にどんな意味合いが持っていたかはアラタ自身よくわかってはいなかった

だけど、何かをしよう、という意思だけはなんとなくの察しはついていた

何をするかは、わからないが

砥信もそれらを察したのか、深くは聞こうとしなかった

 

「えぇ、そうね。縁があったらまた会うわ。―――ありがとう」

 

それは珍しく、彼女の本心が乗った言葉に聞こえた

そんな彼女のセリフにアラタは片手をあげることで応えその場を後にした

 

◇◇◇

 

すっかり付き合っている内に夜になってしまった

あのあとは散々だった

たまたま通りかかった移動アイス販売のおじさんに姉妹だとか言われたり…しかしそれのおかげでアイスを無料で貰えたまではよかったが、まさか自分の分まで食われるとは思わなかった

そしてその後紅茶まで要求してきやがるとは思わなんだ

出費は神那賀も出してくれたからあんまり掛からなかったのだが

 

「…で、アンタは一体いつ研究所に戻るの」

「言い忘れていましたが、ミサカはこれから実験に向かうので戻ることはありません」

「は!?」

「だよねー…」

 

正直神那賀はなんとなくそうだろうなと思っていた

そもそも尾行がわかっている時点で施設とかに帰るとかはないだろう

…しかし、実験とはなんだろうか

 

「な、なんで今頃!?」

「聞かれませんでしたのでー」

 

圧倒的ドヤ顔でそう言われた

美琴は額に青筋が浮かび上がりながら、これからどうしようかと考える

こうなったら夕方の頃コイツが言ったパスをデコードして情報を引き出したほうが手っ取り早いか

っていうかなんで最初から思いつかなかったんだ

幸いにもPDAは携帯している、とりあえずこれを―――と、ポケットから携帯端末を取り出そうとして、ゲコ太缶バッジを落としてしまった

 

「あっ」

「…? なんですかそれは」

「いや、別にこれはガチャで取った景品で…」

「? 御坂さん?」

 

ジーッとミサカを見る美琴に、言葉を掛ける神那賀

しばらくして美琴はおもむろにミサカの服にゲコ太缶バッジを取り付ける

 

「こう客観的に見ると、結構可愛いかもね?」

「でしょう? これもなかなかありかなーって私は思うんだけど」

「いやいやねーだろ、とミサカは本体のお子様センスに愕然とします」

「にゃ! にゃにおう!?」

 

どこまでも可愛くない

…自分自身のくせに

 

「…ですが、デザインが可愛いのは認めます、とミサカは缶バッジに触れながら目をそらします」

「…やっぱりクローンなんだね、ミサカさんは」

「…」

 

とても喜びにくい

なんだろうこの感じ

とは言ってもこのまま会話をしても拉致があかないのも事実ではあるし、これ以上は無駄かも知れない

…缶バッジはまた取ればいいか

 

「…大事にしなさいよ。それ」

「無論です、とミサカは肯定します。…それに、これは初めてお姉様から頂いたものですし、と僅かに頬を染めながら本心を吐露します」

「―――ならいいわ。神那賀さん、いきましょう」

「あ、うんっ。それじゃあね、ミサカさん」

 

そう言って二人は踵を返して歩き出―――そうとしたときだ

 

「あの」

 

不意にミサカに呼び止められた

 

「? 何よ?」

「どうしたの?」

「…いえ、〝さようなら〟お姉様」

 

その時の言葉の意味を、自分たちはまだ理解してなかった

だから、自分たちはそれに普通に返してしまう

 

「うん。またねミサカさん」

「それじゃあね」

 

神那賀と美琴はそんなありふれた言葉を言いながら、その場を後にする

ミサカは二人の背中が見えなくなるまで、ずっと目で追い続けていた

ただ、ジッと見つめ続けていた

 

◇◇◇

 

「これからどうするの? 御坂さん」

「決まってんでしょう? 製造者をとりあえずとっちめる!」

「だと思った。…最後まで付き合うよ、こうなったら」

「…ありがとう神那賀さん。神那賀さんには関係ないのに…」

 

隣を歩く神那賀に美琴は短く感謝する

すると神那賀は首を横に振って

 

「関係ならあるよ。私たちは友達じゃない」

「…ありがとう、神那賀さん」

 

ついさっき述べた言葉を改めて口に出す

なんだかんだ誰かがいると、割とそれだけで心強いものだ

とりあえず誰かにこのパスコードについて聞いてみよう

自分の知り合いの中で、そういった情報に強いのは―――彼女しかいない

美琴は走りながら携帯を取り出し、初春へと電話をかける

 

スリーコールの後、がちゃりと電話に出た音がした

 

<はい、もしもし?>

「初春さん、こんな時間に唐突で悪いんだけど、ZXC741AXD852OWE963'って、なんのことだかわかる?」

 

それを聞くと初春はうーん、と考えるような声のあと

 

<この並び…セキュリティランクA以上の情報についてる、パスに似ていますね>

 

セキュリティランクA以上―――

それさえ聞ければ十分だ

 

「ありがとう、助かったわ!」

 

短く謝辞を述べると美琴は通話を切る

向こうではきっと何やら訳がわからなくて混乱してるやもしれないが、事情は説明できたもんじゃない

美琴と神那賀は適当な電話ボックスを見つけるといつものようにケーブルやらを電話に差し込み、携帯デバイスを起動させ情報を引き出していく

 

 

 

―――妹達を利用した絶対能力者(レベル6)への進化法

 

 

 

「―――」

 

言葉がでない

意味がわからない

端末に表示されたデバイスには、なんて文字列が表記されている

 

「…御坂さん、こ、れって…」

 

横の神那賀も絶句している

当然だ、こんなもん誰が見ても絶句するに決まってる

 

―――学園都市には七人の超能力者(レベル5)が存在するが、樹形図の(ツリー)設計者(ダイアグラム)の予測演算の結果、まだ見ぬ絶対能力者(レベル6)へとたどり着けるものは、一名のみと判明

この被験者に通常のカリキュラムを施した場合、到達するには二百五十年の歳月が必要

我々はこのプランを保留とし、実践のよる能力の成長促進を検討

特定の戦場を用意し、シナリオ通りに進めることで、成長の方向性を操作する

予測演算の結果、百二十八種類の戦場を用意して、超電磁砲を百二十八回殺すことにより、絶対能力者(レベル6)へシフトすると判明

しかし超電磁砲を複数確保するのは不可能であるからして、過去に凍結されたレディオノイズ計画の妹達を流用して、これに替えることとした

武装した妹達を大量投入することで、スペックの不足分を補い―――

 

 

二万体の妹達(シスターズ)との、戦闘シナリオを持って絶対能力者(レベル6)への進化を達成する

 

 

―――

 

「な、なによこれ。…あ、私を殺すとか、悪ふざけにも程があるわよ…」

「馬鹿げてる…なんでこんな計画考えられるの…!?」

「そ、そうよ…代わりに私のクローンとかで、そんな実験―――」

 

そう呟く美琴と神那賀の視線の先に、第九千九百二十八次実験と表記されたところが見えてきた

時間は今日の二十一時から、場所は―――

 

美琴は急いで時刻を確認する

もう時間は過ぎ、今もなお時計は進んでいる

 

「御坂さん、行こう!」

 

神那賀はおもむろにバースドライバーを巻きつけ、メダルを入れて姿をバースへと変える

 

「か、神那賀さん!?」

「こいつの能力の一つに、空を飛ぶ機構があるっ! 間に合うかわからないけど、賭けるしかないわ! だから掴まって!」

「神那賀さん…ありがとう!」

 

美琴はバースにしがみ掴むと、バースは一枚メダルをドライバーに投入する

 

<カッターウィング>

 

己の背に装着されたウィングをふかし、美琴を掴んでバースは空を飛んだ

 

◇◇◇

 

実験の場となる場所に来ては見たが、そこには誰もいなかった

一瞬その光景を見て、美琴はふぅ、と心からの安堵の息を漏らした

だが、バースはそうではない

 

「…御坂さん、これ…」

 

そう言ってバースは地面に落ちてあるそれを拾った

それは、ミサカが頭にかけていたゴーグルだ

ボロボロに壊れ、このゴーグルは二度と機能しないだろう

―――否、そうではない

これが、このゴーグルがあると言うことは

 

 

実験は、まだ終わってない

 

 

御坂の微弱な電磁波を頼って、バースはカッターウィングで駆け抜ける

数分飛んで、ようやくたどり着いた光景に、美琴とバースは息を飲んだ

見えた光景は想像を絶するもので、信じたくないものだった

このままなんとか間に合えばいいか、と考えている時だ

 

 

 

―――<アドベント>

 

 

 

そんな音声が、バースの耳に聞こえてきた

 

「え!?」

 

瞬間、目の前には空を飛ぶエイのような化物が現れる

どこから、一体どこから飛んできた?

こんなやつに構ってる暇なんてない、急がなきゃならないのに

 

だけど、現実は待ってくれなくて

 

「! やめ―――」

 

バースの腕の中にいる美琴が、叫んだ

叫んだその先にいるのは、ミサカだった

彼女は美琴がくれたゲコ太の缶バッジを大事そうに抱きしめ、そして――

 

 

ドゴム、と空から降ってきた電車に、無慈悲に押しつぶされた

下からにじみ出てくる血が誰のものかは、容易に想像できる

 

 

いてもたってもいられずに、美琴はバースの手を離れ飛び降りた

砂鉄を用いて着地したから、痛みはない、だけどバースは上の変な化物と戦っている

だが、今は目の前の敵

 

「本日の実験終了ォっと。…呆気ねェなァ。…帰りにコンビニでも寄って」

 

男の言葉は最後まで続かなかった

美琴が放った雷撃が男に当たったからだ

だけど、効いている様子は見られない

いや、そんなの関係ない

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

湧き上がる衝動のままに、御坂美琴は駆け出した―――



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#27 今だけは、甘えさせて

こっちではお久しぶりです
最近はシンフォギアばっかり書いてたので出来は怪しいです
だけどネロ祭でボックスガチャが来たのでちょっとこっちも走らないといけないので更新速度は更に遅れるかもですよ

ちなみに原典だと「あたし、みんなのこと見えてるから」ですが出来上がるとそのシーンなくなったので変えてます
だけど大体は一緒ですよ


「お前ならどうするんだ。目の前にそんなんが出てきたら」

「私? んー…」

 

思い出されるあの日の会話

テーブルに座りながら不意に投げかけられたあの言葉

アラタからの問いかけに美琴はうーんと首をかしげながら

 

「やっぱり薄気味悪いから、消えてくれー、なんて、思っちゃうかな」

 

◇◇◇

 

消えてくれ、なんて思っていたのに

それがこんなにも早く訪れるなんて思ってもみなかった

それも、こんな―――非道いやり方で―――!

 

そこからはほとんど衝動的だった

なんとしても―――目の前のあの男をブチのめすッ!!

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

同タイミング

 

空中でエイのような化物と戦っているバースは苦戦していた

自在に飛び回るエイの動きは読めないし、自分は空中戦になど慣れていない

一応地上では美琴が戦ってはいるが、彼女を気にする余裕もない

一体どうすれば―――と考えていた時だ

 

 

<スイングベント>

 

 

不意にそんな電子音声が耳に聞こえてきた

直後、自分の足に絡みつくナニカ

そこから勢いよく下に引っ張られ、地面に叩きつけられた

受身も取れず、落下の衝撃をそのままにバースは息を吐いた

 

「…困るなぁ。部外者がこんなところに」

「メンドくせぇことしやがって」

「けど今日は退屈しないで済みそうジャーン?」

 

体勢を整える自分の前に現れるのは三人の人影

中央にいるのは紫色の蛇のようなライダー

左にいるのはサイのような銀色のライダー

右にいるのはエイ、だろうか、それのような赤っぽいライダーがいる

 

「―――アンタたちは…!」

「名乗る必要はないな。お前はここに来たことを後悔することになる」

「せいぜい無駄に足掻いてみせてよ。…あ、浅倉は下がっててよ。一方通行の方見てて。こんな奴オレと手塚で十分だから」

「―――そうかよ。ほんじゃあ任せたぜ」

 

左右の二人がそう言うと気怠そうにしながら真ん中の蛇のライダーが歩きさっていく

―――舐められてる…!

そう感じると同時、バースは拳を握り締める

 

「―――っざけやがって…! 私を舐めるなっ!!」

 

仮面の下で歯を食いしばって、バースは目の前のライダーたちに向かって走り出した

対する二人のライダーは、特に構える様子もなく、悠然とつっ立ったままだった

 

◇◇◇

 

持てうる限りの磁力をフルに活用し、この場にある砂鉄を動かし、刃とする

もはやそれは刃ではなく、一つの竜巻のようなものとなっている

しかし目の前のあの男はそれを見て、興味深そうに笑みを浮かべ

 

「おォー…すげェすげェ、何だそりゃァ? 新技かァ?」

 

そのままその竜巻をぶつけるようにその男に向かって叩きつける

常人なら間違いなく死ぬであろうその一撃

彼女は始めて、〝誰かを殺す為〟に生まれて初めて自分の力を行使した

無我夢中で、もう彼女(ミサカ)の敵を取ることしか頭になかったのだ

 

だが、美琴の目に映ったのは信じられない光景だ

〝あの刃の竜巻の中〟で、平然と立っている

 

「ほォ…磁力で砂鉄を操ってンのか。面白ェな」

 

瞬間、砂鉄の竜巻が、文字通り吹っ飛んだ

そこにはもう先ほどまで操っていた砂鉄が舞っており、その中心にはあの男が悠然とポケットに手を突っ込んだまだ

 

「ま、種が分かっちまえばどうってこたねェな」

 

そんなハズがない

あれを食らって無事どころか、傷一つ負ってないなんて…!

美琴は思考を巡らせながら―――〝見つけてしまった〟

それは、〝だれかの足〟だった

根元から引きちぎられており、夥しい血液が周囲に散乱している

 

誰かのなんて、考える間でもなかった

自分でもよくわからない感情が美琴の中で渦巻いている

彼女は己を抱きながら、本能のままに絶叫した

 

「―――あぁァァァァァァっ!!」

 

放電

バヂバヂと彼女から放たれる雷はレールを伝い、それを地面から引き剥がしていく

ベリベリとまるで蜜柑の皮みたい引っペがされたレールを操り、それをあの男に向かって次々と放っていった

 

「―――このパワー…お前」

 

呟きながら、その男は確かに笑った

そして男の身体に叩きつけられるはずだったレールは―――こちらに向かって〝跳ね返ってくる〟

 

「!?」

 

すかさずその場を移動し、つい先ほど自分が居た場所をレールが通り過ぎていく

その光景を見ながら、美琴は信じられないといった表情で男を見るばかりだ

何なんだ目の前の男は

アラタの友人みたいに手をかざして能力を無効にしているわけでもないのに…!

ギリっと歯を食いしばっていると、目の前の男が口を開いた

 

「―――ははっ! そっかそっかァ! ちょっと予定が違うから何かと思ったがァ…オマエ、〝オリジナル〟だな?」

 

そう言って目の前の獰猛な瞳が美琴を貫いた

 

◇◇◇

 

少し時間は戻って

 

<ドリルアーム>

 

メダルをドライバーに入れ右手にドリルアームを装着し、バースはエイのライダーとサイのライダーへと飛びかかる

地面を蹴り、まずはサイのライダーへとドリルアームを突き出した

サイのライダーはひらりと身を躱し、ガラ空きとなった背中にケンカキックを叩き込む

 

「うぐっ!」

 

そのまま前のめりに倒れそうになったところで、ヒュン、とバースの左手に何かが巻き付いた

それは自分を地面に叩き落とした、エイのライダーが持っているムチのようなもの

 

「―――はぁ!」

 

巻きつかれた状態で、エイのライダーは思い切り引っ張り、バースの体を中空へも持ち上げる

バースは大きく弧を描きながらそのまま空中を飛び、重力に引っ張られドスンと地面に叩きつけれた

受身も取ろうとしたが、タイミングを合わせて左手に巻き付いたムチが体制を崩し、受身を取ることができなかったのだ

 

「怒りで我を忘れようとしてる奴ほど、思考がわかりやすい。ここで帰っておけ、オマエは俺たちには勝てないよ」

「そーそー。大人しく帰れば、俺たちもここらでやめとくからさー」

 

エイとサイが呆れるような声色でバースに向かって口を開く

ふざけるな、と思った

自分の友達が戦っているのに、自分だけ逃げ帰るなんて出来るものか

声には出さず、ゆっくりとバースは立ち上がった

仮面の中の眼光は、変わらずに二人のライダーを睨む

 

「―――馬鹿な奴だね。じゃあ…もう容赦しないよ、―――手塚」

「みたいだな。…半殺しは覚悟してもらおう」

 

そう言ってサイのライダーはベルトから一枚のカードを取り出した

サイのようなモンスターの絵が書かれているカードを、サイのライダーは左肩にあるバイザーへと投げ入れた

 

<アドベント>

 

その電子音声と一緒に、どこからか先ほどのカードに描かれていたモンスターが召喚される

サイのライダーは召喚されたモンスターの頭あたりを撫でながらバースへと向き直る

 

「…嘘、でしょ…」

 

モンスターを呼び出すだなんて聞いたことがない

そして単純な戦力差でも圧倒的にこっちが不利だ

だけど、それでも―――逃げることはできない…!

 

「さぁ、ここからは一方的な蹂躙が始まるぞ」

「ボッコボコにしてやるよ―――行くぞ、メタルゲラス!」

 

サイのライダーの言葉に呼応するかのように、メタルゲラスと呼ばれたモンスターが叫びを上げた

 

◇◇◇

 

そして場面は戻る

 

ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた目の前の男に美琴の背筋が凍る

冷や汗が額を伝う

固まっている美琴を無視し、目の前の男はゆっくり歩み寄ってくる

 

「うじゃうじゃいるクローンの連中はオリジナルの代わり…ってェ事は、オマエを殺ればこのクソかったりィ〝作業〟も、グッと短縮できンだろ? ―――いい加減飽きてきてンだ…頼むぜ? オリジナルゥ…」

 

ギリ、と美琴は歯を噛んだ

作業…?

クローンといえど、殺すことを作業だと言うこの男には…ッ

負けたくない…!

 

「…あァン?」

 

美琴はポケットからメダルを取り出し、構える

そしていつでも自分の全力最大でたたき込める超電磁砲の準備をしつつ、美琴は問いかけた

 

「…なんで、こんな計画(こと)に加担したの!?」

「…ンだァ? いきなり」

「答えて!! それほどの力がありながら! こんなイカれた計画に加担する理由は何!? 無理矢理やらされてるわけでもなく、あの子に恨みでもあったっていうの!?」

 

美琴の叫びが場に響く

それに対して目の前の男はニィ、と笑みを浮かべ

 

「―――理由、ねェ…。そりゃあよゥ―――絶対的な力を得る為だ」

「…絶対的、な、力?」

超能力(レベル)者《5》だとか、学園都市トップだとかそンなもン関係ねェ。オレに挑む気すら起きねぇほどの絶対的な力―――〝無敵〟が欲しいンだよ」

 

そんな―――そんなことの為に…!

美琴は歯を食いしばる

怒りが身体を駆け巡る

 

「そんなもののためにっ―――あの子を殺したのかァぁぁぁぁっ!!」

 

絶叫と共に彼女の右手からコインが放たれる

音速の三倍でコインを撃ち出す、美琴の最大の必殺技

射程は五十メートルほどだが、今いる距離はそこまで離れてはおらず、直撃すればまず大怪我では済まない距離

これで終わると、御坂美琴は思っていた

 

だが

 

あの男に当たったと認識した時には、自分の横に突き刺さっていたレールが熱で溶けていた

〝反射〟されたのだ

 

(…う、そ…?)

 

思考が追いつかない

何が起こったのか理解できない

 

「人聞きの悪いこと言うなよォ。…アイツらボタン一つでいつでも作れるコピー品だぜ? …あン? なんだよ固まって」

 

相手の言葉が入ってこない

汗が頬を伝い、地面へと溢れる

 

「…あー、そっかァ。今のがオマエの〝トッテオキ〟って奴だったンだなァ。悪い悪いリアクション出来なくてよォ。何しろ同じ超能力(レベル)()だ。しっかし…まさかこンなショボイモンだとは思わなくてなァ」

 

どうすればいいんだろう

超電磁砲が効かないのでは、もう自分に太刀打ち出来る術は…

 

「おーいおい、そこのお嬢さーん」

 

不意に横合いから声が掛けられた

目の前の男は「あ?」と短い声をあげながら視線をそちらに移し、美琴もゆっくりとそちらへ視線を向けて―――目を見開く

 

「か、神那賀…さん…」

 

変わり果てた彼女の姿がそこにあった

向こうからやってくるサイみたいなライダーとエイのようなライダーだ

そしてサイのライダーは神那賀の首根っこを掴み、ゴミを引きずるように運んでいる

 

「ゴミ掃除いっちょあーがりっと」

 

そしてそのままポイっとまるで草むらにガムでも吐き捨てるかのような気軽さで、掴んでいた神那賀を放り捨てた

どしゃり、と彼女は美琴の近くに落ち、血まみれの顔が美琴の視界に入ってくる

息はしているようで、死んでいないことだけが救い…ではあるが…

身体中は傷だらけで、顔もボロボロ、綺麗な笑顔を作っていたあの面影すら霞んでしまうほどに、ボロボロだった

そんな美琴の胸中を知ってか知らずか、合流した三人は話し始める

 

「ンだ、二人だけか?」

「いいや、一応浅倉が向かってたと思うけど…あれ、来てない?」

「影も形も見えてねェなァ…ンだよ、これからメインディッシュだったェのによォ…」

「メインディッシュ? …おい、アイツはお前の相手のクローンのオリジナルじゃないのか?」

「だからメインディッシュなンだよォ。…せェぜェ楽しませろよ―――」

 

 

 

「待て、一方通行」

 

 

 

会話を断ち切る、一人の声

その場にいるみんなの視線は声の方へと向き直る

そこで、美琴はまた驚くことになる

 

「その戦闘は計画外だから、誤差が生じる可能性があるってよ。…なぁ」

 

そう言って紫色のライダーは自分の隣にいるミサカの〝一体〟へと視線を向ける

そのミサカの後ろ―――そこには、何十体のミサカがいるのだ

数えるのすら億劫になるほどの、自分と同じカオをした人間が

 

「色々この子らに言われてて来るのが遅くなった。…まぁ要はあれだ、そこのオリジナル殺ると面倒なことになるから、殺んなってことだ」

「―――ちぇ、ンなこったろうと思ったよ…。ちょっとからかっただけだっつゥの」

「となると、エキシビジョンはこれでおしまい? なんだツマンネ、無様に超電磁砲が殺られるとこ見たかったなー」

「無駄口は叩くな。―――どのみち、障害にはならんだろうよ」

「それもそっかー。…あ、そうだ、帰ったらさ、スマブラしようぜスマブラ!」

 

彼らはこんな非日常の場所にいながら、そんな日常の会話を繰り広げている

 

「―――そういえば、自己紹介がまだだったなァ。まぁ名前自体は出ちまったけどよォ」

 

目の前の男がこちらに向かって歩いてくる

そうだ…一方通行という名前…聞いたことがある

あらゆるベクトルを反射する―――学園都市の、第一位

 

「改めましてェ、一方通行だ。―――よろしくなァ?」

 

短く耳元で囁くと、変身を解いた三人と共にどこかへと去っていった

美琴はそこで力なく、膝をつくだけだ

膝をつきながらゆっくりと倒れている神那賀の所へとにじり寄り、彼女をゆっくりと抱き寄せる

彼女の身体を抱きながら、美琴は慟哭する

今この状況でも、証拠の隠蔽をしている目の前のミサカたちに

 

「―――なんでよ」

 

小さい美琴の言葉に、一体のミサカが反応する

美琴は続ける

 

「生きてるんでしょ!? アナタたちにも! 命があるんでしょう!? なのに―――! なのにッ!!」

「―――ミサカは、単価十八万円の模造品です。作られた身体に、作られた心。スイッチ一つで出来る、実験動物ですから」

 

ミサカの言葉は、どこまでも無感情だった

 

「それでは。お姉さま」

 

そうミサカは返答して、戦いの傷跡を全て隠蔽してその場から去っていく

美琴は気を失っている神那賀を抱きながら、その場に座っていることしか出来なかった

少し項垂れていると、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてくる

 

ゆっくりとそちらの方へと振り向くと、白衣を着込んだ女性がこちらに向かって歩いてきていた

彼女は腰にAボタンとBボタンが付けられてる自分の知識の中の限りでは見たことがないベルトを巻きつけている

 

「…念のため持ってきてたけど、遅かったか…」

「…誰?」

「神那賀くんの知り合い。…しっかし、派手にやり合ったねぇ…」

 

美琴に抱かれている神那賀を抱き抱えるとふぅ、と息を吐きながら踵を返して歩いていく

彼女はそのまま首だけを僅かに美琴に移し

 

「君も今日は戻った方がいい。〝色々〟あって疲れただろう?」

「―――そうね。そうするわ…」

 

短く返事して美琴は立ち上がる

そのままフラフラした足取りで去っていく彼女を白衣の女性は見守りながら

 

「…さて、これは面倒なことになりそうだ…」

 

そう一人呟いた

 

◇◇◇

 

夜、一人作業をしているアラタの元に一本の携帯が鳴った

携帯を取って画面を見てみると黒子の名前があった

通話ボタンを押して携帯を耳に当てる

 

「もしもし? なんだ黒子こんな時間に」

<お兄さま…こんな夜分にすみません。いえ、その…変なことをお聞きしますけど…そちらにお姉さまが行っていませんか?>

「美琴が? いや、来てないけど」

 

というかこんな時間に来たら色々まずいのではなかろうか

 

「てか、戻ってないのか? そっちに」

<えぇ…先ほど佐天さんのところに連絡したのですけど、そっちにも行っていなくて…もしかしたらお兄さまのところに行ってないかなー、なんて…>

「…まぁさっきも言ったが、家には来てないな…っつか、こんな時間まで帰ってないのか…初春のところは?」

<その初春から連絡が―――あ、いいや、やっぱりなんでもないですの。お兄さまのところでもないとなると…」

 

いくらなんでもおかしすぎる

何があったのだろうか

変に詮索する気はないが、同居人に心配かけるのはいけないだろう

 

「―――まぁいいや。黒子、お前も美琴を待ちすぎて夜更かしすんなよ」

<は、はい。お兄さまも夜分に申し訳ありませんでした>

 

短く会話を区切るとアラタは通話ボタンを押して通話を切る

チラリと窓から覗く月を見やる

静かに輝く月の光は、自分の部屋に入り込んでおり、電気を消せばいい感じに明るくなってくれるだろう

 

「…あぁもう」

 

最初は電気を消して、月の光でも見ながら寝ようと思っていたが、美琴が気になりいてもたっても居られなくなったアラタは上に制服を羽織り、寮の自分の部屋から飛び出した

 

◇◇◇

 

で、彼女を見つけた時はもう朝になってしまっていた

徹夜経験は一応あるとは言え、流石に少し身体に答える

彼女はベンチに座っており、その近くには見覚えのある人影もいる

アラタは近くにビートチェイサーを留め、そちらの方へと歩み寄った

 

「―――砥信?」

「…あら、アラタじゃない。goodmorning」

「…アラタと知り合いなの?」

 

呟く美琴は憔悴した様子が明らかに見て取れる

アラタは改めて美琴に視線を向けると弱った彼女に対して驚いた

彼は美琴に駆け寄って、目線を合わすように座り込んいる美琴に合わせるように身を屈めた

 

「…美琴、何があった?」

「―――ううん。大丈夫よアラタ」

「彼女、結構ひどい感じだから、良かったら送って上げて」

「え? あ、あぁ、そうするつもりだったけど…」

「―――それを聞いて安心だわ。それじゃあ、私は戻るわね」

 

短く砥信は会話を切り上げて早々にこの場を去っていく

去っていく背中に、アラタは一つ問いかけた

 

「あ、そうだ。どうだ、調子」

「―――no problem。大丈夫よ。ご心配ありがとう」

 

僅かに顔をこちらに向けながら、彼女は小さく笑んで答えてみせる

そのあとでもう一度視線を自分の前に向けて歩いて行った

 

「…美琴、立てるか?」

「…うん。…その、ごめんね、アラタ。わざわざ、こんな所まで」

「気にすんな。ま、俺も人のこと言えないからね。ほら、早く乗りな、送ってやるよ」

 

アラタに促され、美琴はゆっくりとした足取りながらもバイクの後ろに乗って、渡されたヘルメットを被る

そしてエンジンを駆けてるアラタの背中に、しがみつく

 

(…冷たい)

 

結構長い間探してくれていたのだろう、彼の身体はもう冷え切っていた

それでも―――彼は探すのをやめなかった

感謝と同時、申し訳ない気持ちで心がいっぱいになる

―――だけど、あの計画のことを打ち明けることはできない

 

(―――だけど)

 

やがてビートチェイサーは発進し、道路を走っていく

道中、彼の背中の感触を自分に刻むように彼の身体により強くしがみつく

 

(今だけは…貴方の背中に甘えさせて…)

 

行動を起こすのは明日

自分で蒔いた火種は―――自分の手でケリをつける…!



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#28 私と彼のプロローグ/彼女は静かに決意する

今回の話はない頭をひねり出して考えたオリジナルの話です
布束が半オリキャラみたいな状態になってしまったので苦手な人はブラウザバックだ
設定がガバガバですけど広い目で見てください(懇願

それでも楽しんでいただけたのなら幸いです
ではどうぞ


妙な研究に呼び出された、とその時の布束砥信は思った

かつて妹達(シスターズ)の計画に参加していた知識を、自分を呼び出した初老の研究員は必要だったらしい

その研究員は口々に〝赤い戦士〟への恨み言を言っていた

 

その噂は、何度か布束も耳にはしていた

ただ実際に目撃などはしていないし、見たとしてもそれはネットで流れてきた動画でだけだ

だからこの時はまさか、自分がその赤い戦士と交流を持つだなんて思ってもみなかった

 

赤い戦士に何度も煮え湯を飲まされたその研究員は研究に研究を重ね続け、あるひとつの細胞を作り上げる

はっきり言ってそれは、扱いを間違えればまず間違いなく都市一つでバイオハザードが起きかねない代物だ

それが―――〝アマゾン細胞〟

 

その細胞に適合すれば正しく人間を超えた力を得ることが出来ると、その研究員は語る

そう―――〝適合すれば〟人間を超えられるのだろう

 

だが適合出来なればただ人間を喰らうだけの理性のない化物となる、諸刃の細胞

置き去り(チャイルドエラー)を攫って人体実験に利用したり、天涯孤独なスキルアウトを同じようにモルモットにしたりと、その研究員はなりふり構わず実験を行っていた

それらの実験のことを布束が知ったのは、件の赤の戦士に襲撃される数日前だ

そして同時に、布束はもう一つの出会いを果たす

 

それが現在は(ユウ)と名付けた、アマゾン細胞と人間の細胞から生まれた人間だった

それを人間と言っていいのかはわからないが、少なくとも布束は人間と変わらないと、接していく内にそう思っていった

自分にそう言った相手などいないし、彼と接している内に癒しみたいな何かを感じたことを、布束は覚えている

 

そして、数日後のことだ

例の赤い戦士がこの研究所を襲撃してくる

事前にアマゾン細胞のことなどは知っていたのか、その日の赤い戦士はデータなどが残っている可能性を無くすために何らかのデバイスを用いており、完全にデータを削除した上で、パソコンなどを破壊して回っていた

 

研究員側も今までの実験で生まれたアマゾンの化物をけしかけたが、いずれもみんな排除されている

最初こそ一瞬戸惑いはしたが、覚悟を決めた赤い戦士は躊躇うことなくアマゾンの化物を倒していった

 

特にこの研究に何の思い入れもなかった布束は悠を匿うべく、彼のいる部屋に隠れていた

だが赤い戦士は普通にこの部屋にも入ってきた

入ってきた時はこの部屋の異常に一瞬彼も驚いていた様子だったのを覚えている

 

「…そいつはなんだ」

 

赤い戦士が聞いてきた

 

「…彼も、被害者みたいなものよ」

「被害者? …そいつも実験体か?」

「似たようなものよ。話せば長くなるわ」

 

砥信の言葉に耳を傾けていると、赤の戦士が耳を傾けていると、不意にドアが開け放たれた

中に入ってきたのは初老の研究員だ

手には何やらケースを持っており、何やら息を切らしている

 

「…貴様ら…こんな所にいやがったのか…!」

「そいつはこっちのセリフだオッサン。…オレにやられるの何度目だよ」

「やかましぃ! ―――その因縁も、ここまでだぁぁぁ!」

 

そう言って初老の研究員は躊躇うことなく、手に持っていたケースを開け放ち、そこから一本の注射器を自分に突き刺した

中に入っている液体が、研究員の中に入っていく

 

「―――お前、まさか!?」

 

中に入っていたものなど、想像に容易い

 

「う、ぐぅおぁぁぁぁぁ!?」

 

叫びながら、近くに置いたケースを蹴っ飛ばした

ガラガラと地面を滑ってケースが向かった先は砥信の足元である

何気なく砥信がそのケースの中身を見ると、そこには案の定な中身だ

 

「…アマゾン細胞…!」

 

研究員の目が赤く光り、顔に血管が浮き出てくる

そしてそのまま雄叫びをあげながらその身をトラのような化物へと変化させた

 

「―――Sit どうやら適合出来なかったみたいね。自分で作ったのに、無様だわ」

「言ってる場合じゃないぜ。お前さんは隠れてろ、俺がケリをつける…って、おい?」

 

赤の戦士が拳を構えると同時、砥信の隣に居た青年が彼の隣に立っていた

鋭い眼光は真っ直ぐにトラアマゾンを睨みつける

 

「―――砥信は、ぼくが―――守るッ!―――うぅぅぉぁぁぁぁぁああぁつ!!」

 

叫びと同時、莫大なエネルギーが青年から放出され、そのエネルギーが収まり、体から蒸気となって天井へと消えていく

エネルギーの放出が収まった時、彼が居た場所には一人の仮面ライダー〝の〟、ようなものが現れる

ベースカラーは緑で、口の部分は獣のように空いており、今にも飛びかからない勢いだ

 

「…アンタ、知ってたのか、このライダー」

「No …私も知らなかったわ、彼に変身する力があるなんて…」

「―――なんでもいい、とにかくこれで戦力は整った…!」

 

部屋に入って攻撃するべく腕を振りかぶり爪を構えるトラアマゾン

同様にこちらに向かってくる目の前の敵に対して、赤の戦士と緑のライダーの反撃が始まった

 

 

◇◇◇

 

 

止めは呆気ないものだった

赤い戦士と緑の彼のラッシュにより、怯んだところに赤い戦士が巴投げで床に叩きつけ、悶えている間に緑の戦士が頭を踏み潰してフィニッシュ

その最期には、思わず視線を逸らしてしまう

 

「―――ウァァァァァッ! …はぁ…はぁ…!」

 

そのまま緑の戦士は雄叫びを上げつつ、息を切らしながらその変身を解く

いや、それは解く、というよりは解けた、という方がいいだろうが

青年はどっかりと腰を下ろして座りながら肩で息をする

砥信が彼に問いかける

 

「…どうしたの?」

「…疲れた、あとお腹も減った…」

 

以外に可愛い理由だった

 

「…とりあえず、これでここの研究所はおしまいか。…オッサンは警備員に突き出したかったけど、仕方ないか」

 

赤い戦士はかつて初老の研究員だったものに軽く黙祷した後に、砥信の方へと視線を向ける

 

「…アンタはどうすんだ、これから」

「どうするもなにも。彼を連れてここを出るわ。貴方も言った通り、ここでの研究も終いよ」

「! 一緒に行ってもいいの?」

「Yeah ここに置き去りっていうのも、かわいそうだもの」

 

そう言って砥信は青年の頭を撫でる

見た目は全くそうは見えないが、なんだか彼と彼女を見ていると親子のように見えてくる

赤い戦士は視線を二人に向けたまま、その変身を解き、言葉をかける

 

「―――そういえば、名前言ってなかったな。…鏡祢アラタだ。よろしく」

「…意外ね。名乗ってくれるなんて。―――布束砥信。こちらこそ、よろしく」

 

気怠そうな様子を隠すこともなく、布束は彼に挨拶する

 

「そんで、そこの…名前なんて言うの? その人」

「彼は…―――悠。名前は悠、よ」

 

砥信はその場で即興で彼の名を考え、そのまま与える

当時は咄嗟だったが、今となっては結構気に入っている

 

「悠、ね。…彼の変身、見てる感じ燃費が悪そうだ。…それを上手い具合に制御できそうなベルトを作れる人を知ってる。…良かったら訪ねてくれ」

 

そう言って彼は折りたたんだ紙を砥信に手渡し、そのまま今いる部屋を後にする

砥信は胸ポケットにもらった紙を仕舞いながら、悠と名付けた青年の手を引いて、同じように部屋を出て、研究所を後にした

 

そして数日後―――彼女はレベル6シフトの研究へ、彼女は呼ばれることとなる

 

 

時間は進み、一行がセブンスミストへの買い物に付き合ったあの日

電話で呼ばれたアラタはメールで彼女が今いる場所を教えてもらい、そのまま彼女らの建物へと足を運んだ

ノックをして向こうからの反応を待つ

少しして「開いてるわ」と返事が返ってきた

それを確認するとアラタは扉を開けて室内へと入っていった

 

入口から進むともうそこは研究スペースみたいで、中は割と整えられていていくつかのパソコンとコンビニのコールスローの空袋やカップ麺の空き容器などがゴミ箱に捨てられている

そして奥の部屋は就寝スペースのようで簡易ベッドが二つあり、片方には悠が眠っていた

 

「…ん?」

 

不意に机にある見たことがないドライバーを発見する

目のようながあり、両サイドにあるグリップが特徴的なパーツだ

そしてその近くにもう一個、鳥のくちばしをもしたような…バングル、なのだろうか

 

「それは、貴方が紹介してくれた人が作ってくれたものよ」

「あぁ、沢白博士が。…あれ、じゃあこのちっこいのは」

「そっちは、そのドライバーの余ったパーツで気まぐれで博士が作ったものよ。なんでかくれたから、ありがたく頂いたの」

「…意味なくないか? グリップのドライバーは今眠ってる彼が使うとして、このちっこいのは―――」

「Me …使うのは、私よ」

 

アラタの言葉を遮って布束が口を挟む

そして徐に懐から取り出したのは―――一本の注射器

 

「…お前! それ!?」

「Yes。あの時のものよ。こっちに転がってきたとき、くすねておいたの」

「使うのは私って…もしかしてお前、それ自分に打つ気なのか!?」

 

布束は答えない

同時に、その沈黙が答えとなる

アラタは彼女に歩み寄り、両方の二の腕を掴んだ

 

「分かってんのか、お前が何をしようとしているのか!」

「exactly …理解しているわ」

「じゃあどうして!?」

「自衛のためよ。…いつでも貴方や悠がいるとは限らない…だから、私も戦えるようにならなきゃいけないと思ったから」

「…だからって、なんでこんな細胞を…」

 

こちらを見据える彼女の目は変わらずではあるが、その奥の瞳には強い決意が見て取れる

もうこれはこっちが何言ったって無駄だろう

アラタは諦めて要件を改めて問うた

 

「―――なんで俺をここに」

「simple …失敗したら、アナタに介錯を頼みたいから」

「―――んなこったろうと思ったよ! ったく!」

 

想像できなかったわけではない

―――なんだって自分の周りの女子はこうもやり方が強引なんだ

 

「…本音を言うと、断りたい。だけど、やってやる」

「殺人を恐れているなら大丈夫よ。失敗したら私はただの肉を喰らう化物…遠慮する必要はないわ」

「そういうことじゃあないんだけどな。…まぁ、いいか」

 

そう言って、布束砥信は己にくすねてきたアマゾン細胞を打ち込み、身体の変化に耐えるように身をかき抱いた

この実験はかなりの長丁場となり、終わったのが翌日の夕方前後、という有様だった

成功したか否かは―――いずれわかることだろう

 

◇◇◇

 

神那賀雫の意識は覚醒する

一番最初に視界に入ってきたのは見知った天井―――沢白凛音の研究室だ

ガバッと起き上がり、ズキリ、と身体がいたんだ

自分の身体を見てみるとあちこちに包帯が巻かれており、同時に思い出す

 

―――そうだ、私、負けたんだ…

 

御坂美琴の力にもなれず、呆気なく負けてしまったんだ

ぐっと拳を握りながら神那賀は歯を食いしばる

悔しさに打ちひしがれていると隣の部屋の扉が開き、そこから沢白凛音が姿を現した

 

「お、意識戻ったみたいだね。良かった」

「…沢白さんが、ここに運んでくれたんですか?」

「あぁ。怪我はどうだい? 一応冥土返し(ヘブンキャンセラー)のところに顔出して、応急処置してもらったんだけど」

「問題はありません。…まだちょっと痛みますけど、それだけです」

 

そう言って調子を確かめるように神那賀は拳を握ったり開いたりする

…どうすれば、あの連中に勝てるだろうか

自分が怪我をしたことを、きっと御坂は後悔してしまっているだろう

彼女は優しいし、面倒見があるがゆえに…孤独を少し抱えてしまっている

その孤独を埋めているのが、鏡祢アラタという存在だ

彼女の立場や立ち位置などに拘らず、まっすぐ向き合っている彼女の戦友

 

―――だが、その戦友も、レベル6シフトの計画については何も知らない

 

恐らく美琴本人も、彼はおろか、友人の白井黒子にも言うつもりはないのだろう

 

「とりあえずその怪我があるうちは動かない方が良さそうだ。…けど、納得してないって顔だね?」

「当たり前です。やられた借りは返さないと…」

「言うと思った。…神那賀くん、実はバースには、もう一個隠された機能があるんだ」

 

不意に沢白がそんなことを呟いた

神那賀は彼女の方へと顔を向ける

沢白凛音は彼女の視線を受けて、言葉を続けた

 

「バースとして使っているウェポン…ドリルアームやクレーンアームその他諸々…それらのバースCLAWsは、全身に装着することが可能なんだ。…まぁ負担が大きいから、今までは必要以上にCLAWsを装着しないようリミッター掛けてたんだけど…」

「そ、そうなの!? っていうか全身につけるって発想なんか思いつかないわよ!?」

 

使うにしても二種類までだった

 

「―――だけど、それを使えば…」

「間違いなく君の力にはなるだろうね。…だけど、君への負荷が掛かりすぎる。正直私としては推奨したくはないんだけどネ」

 

そう言って沢白は苦い顔をする

対する神那賀はベッドから体を下ろし、改めて真っ直ぐに沢白を見据えて

 

「…上等よ。強くなりたいとは前から思ってたし、楽して強くなれるだなんて思ってない。―――だから、お願い」

「―――わかった。けど今はとりあえず怪我を治すことに専念すること。ドライバーはこっちで調整しておくから、今はお休み」

 

そう言ってポン、と彼女は肩を叩いてこの部屋を後にしようと扉のノブに手をかけた

神那賀は彼女の背中に向かって軽くお辞儀をしたあとで、その背に向かって言葉を発した

 

「ありがとうございます、沢白博士」

「…そういうお礼は大丈夫だよ。私は好きで君に協力してるだけだから」

 

そう短く返事して開いた扉を閉めて向こうの部屋へと移動していった

神那賀はズキリと痛む体をもう一度横たわらせ、自身の回復に集中する

そして彼女は己の右手を徐に見やった

傷だらけの手のひらを握り締め、彼女は静かに決意する

 

「―――私は―――もう負けない…!」




〝アマゾン細胞〟
原典だとこんなんじゃないので要注意
気になった貴方は仮面ライダーアマゾンズをチェックだ


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#29 item(アイテム)

途中の美琴対フレンダはバッサリカットしてる

とりあえず完成したのではありますが、愛も変わらず微妙な出来…
私に自信なんてものはない(白状

いつもどおりな出来ですが楽しんでいただけたのなら幸いです

ではどうぞ


欠けた月が闇夜を照らし、時間も過ぎゆくこの時間帯

場所はどこかの取引現場

人気も少なく、場所も廃れた廃墟の場所に、何人かの男がいた

そいつらは無線で連絡を取り合っている

 

「―――確認しろ。指定時間は過ぎているぞ」

<こちらポイントA。それらしい人物は見当たらない>

 

 

「なんだ、逃げたのか…? ははっ、吹っかける相手を間違えたみたいだな」

 

一人の男は無線でそう連絡をしながら車の中で待機していた

どうやら今日の取引は何事もなく終わってくれそうだ―――そう確信しかけたその時

 

 

 

<そんなことないわよ>

 

 

 

こちらの無線に割り込んでくる女の声

誰だ、どこからだ!? と男は動揺し辺りを見回すが周囲にそれらしい人物は見当たらない

 

<おい、今の声なんだ!?>

<ちゃあんと来てるじゃない。―――アナタのそばに>

 

そう無線から女の声が聞こえて数秒後―――その車は爆発する

正確にはその車の近くにいつの間にかセットしてあったぬいぐるみが爆発したのだが―――

目の前でそれを見ていた男はアタッシュケースを握り、爆風から身を守ろうと手で己を庇う

 

◇◇◇

 

「―――おい、聞こえるか!? 中止、取引は中止だ! そちらも至急撤退―――」

 

そう言いかけたポイントAの男は背後に誰かが降り立つ気配を確認した

すたり、と着地してきたのは女だった

月光に照らされた金髪の髪に、幼げのある立ち姿

 

「―――お、前は…」

「―――ふふんっ」

 

目の前の金髪の女は口角を歪ませ笑みを作り、そして

 

◇◇◇

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 

叫び声が聞こえた

聞こえた方向からすると恐らくポイントAにいた男だ

自分もとっとと逃げなくては、恐らく同じ目に合わされる

そう判断した男は自分もここから逃げ出そうとして―――目の間に誰かいることに気がついた

フードを頭に被った、女の子だ

 

「き、貴様っ!」

 

男はすかさずナイフを構える

それに対して女の子取った行動はとてもあっさりしたものだった

 

「―――はぁ」

 

彼女は一つ息を吐くと一気に接近し、そのナイフを持つ手に鋭い蹴りを叩き込んだ

 

「いぎっ!?」

 

手首に走る鋭い痛み

持っていたナイフは吹っ飛び地面をコロコロと転がり、男はあまりの痛みに膝をつく

すぐ近くには女の子がいる

彼女は自分の意識を刈り取ろうと再度蹴りを叩き込もうとするが、男はすんでの所で後ろに大きく飛ぶことでそれを回避した

 

そして自分の懐に忍ばせていた、もう一つの道具で、自分だけでもなんとか奪回を図る

男は取り出したそれのスイッチを押して、起動させた

 

<ZEBRA>

 

そしてそのまま首筋へとそのメモリを挿入させ、己の体を化物へと変化させていく

それを見ていたフードの女の子はもう一度ため息を吐いて

 

「…超めんどくさいですね。…遼馬、出番ですよ」

「みたい、だね」

 

先ほどフードの女の子が出てきたところから歩いてくる一人の男

着替えやすい黒のワイシャツにジーンズを履いた男は天へとその手を伸ばす

するとどこからともなく彼の手に何かが飛来し、手に収まった

収まっているモノは、クワガタのような形状をしている

彼はそれを顔の近くで構えながら、呟いた

 

「―――変身」

 

そしてそれを自身の腰に巻きつけてあるベルトへとセットする

 

<HENSHIN>

 

クワガタのアイテム―――ガタックゼクターからそんな電子音声が響き、男―――鏑木遼馬を変えていく

やがて全身へと行き渡ったその姿は青い装甲に包まれた戦士の姿―――マスクドガタックになっていた

赤色の複眼に、分厚そうな鎧、そして両肩に備え付けられたキャノンのようなものが特徴的だ

 

「―――お前は…!」

「名乗る必要は―――ない」

 

直後に彼の両肩のキャノン―――ガタックバルカンから光弾が発射され、ゼブラドーパントを容赦なく焼き払う

数秒間乱射し続けて、煙が晴れたときには倒れた男と、彼が使用したメモリだけ

マスクドガタックはメモリへと歩み寄ると、躊躇なく踏みつぶす

 

「…これで、終わりかな」

「えぇ、多分終わりです。超お疲れさまでした、遼馬」

 

◇◇◇

 

「えぇ、またぁ? …別にいいけど…。で、相手は? 製薬会社って…管轄外じゃないの?―――」

 

自分たちのリーダーが髪をいじくりまわしながら電話で話をしている

そういった交渉仕事は基本的にリーダーに任せて、自分たち構成員は目の前の仕事に集中する

 

「けどさ、結局水着って人に見せつけるのが目的ってわけだから、誰もいないプライベートプール行っても意味ないっていうかー」

 

金髪の女の子―――フレンダが男から拳銃のマガジンを抜きつつ、そんな日常の会話をしている

それに返事をするのは、同じように先のドーパントへと変異した男を壁に叩きつけ、完全に意識を刈り取りながら視線フレンダへと向けるフードの女の子―――絹旗最愛

 

「だけど、市民プールは人が超混んでて、泳ぐスペースなんて超ありませんけど」

「それもそうなんだけどねぇ。…絹旗はいいよねぇ、見せる相手いるし」

「なんです? 超羨ましいですか? 遼馬はあげませんよ」

 

言いながら絹旗は遼馬と呼ばれる男性の元へ小走りで駆け寄ると彼の腕へと抱きついた

抱きつかれた遼馬はもう一人のメンバー、滝壺理后と取引のブツを確認していた最中で、唐突なことに驚いている

 

「ど、どしたの最愛」

「なんでもありません。超気分です」

 

ふふん、と僅かに笑みを浮かべる絹旗に笑みを作る鏑木

フレンダは相変わらずなその二人を見て立ち上がりながら

 

「かーっ。結局お二人さんはおアツイってわけよ。あ、滝壺はどう思う?」

「うん。かぶらぎときぬはたは仲良し」

「そっちじゃなくって。プールよプール」

「そっち? …そっちは、浮いて漂えるスペースがあるなら、どっちでもいいよ?」

 

その言葉にフレンダは苦笑いする

どう返せばいいんだろう、と苦い顔をしているとパチン、と手を叩く音が耳に聞こえた

 

「はいはーい、お仕事中に駄弁らないイチャつかない。新しい依頼が来たから戻るわよ」

「新しい依頼? なんです、それ」

 

腕から離れる絹旗を軽く撫でつつ、鏑木はリーダー―――麦野沈利に聞き返す

麦野は鏑木からそう問われると小さく笑みを浮かべながら

 

「まぁわかりやすく表現すると、正体不明の侵略者(インベーダー)から施設の防衛…ギャラも悪くはないし、やることも単純でいいでしょ?」

「それで、いつ?」

 

アタッシュケースを鏑木から預かりながら、滝壺がそう問うた

それに対して麦野はやれやれと言わんばかりに両手をあげて

 

「わからない。色々不明瞭な依頼でさ」

「えー、なにそれ。…まぁ麦野がいいなさいいけどさ」

 

ぶーっという表情の後でフレンダがしかめっ面をする

その話を聞いた絹旗は大きく背伸びをした後に

 

「まぁ、超ちょうどいいとは思いますけどね」

「えぇ。ピッタリよ。―――私ら〝アイテム〟の仕事としては」

 

◇◇◇

 

時間帯は午前の十時ごろか

青空の見える中、黒い大きめなワンボックスカーの中にアイテムのメンバーはいる

リーダーである麦野沈利を中心にフレンダ、絹旗、滝壺、そして鏑木の五人のメンバーからなる暗部組織である

最も軽い雑用処理などは鏑木の仕事なのであるがそれに対して特に不満はない

 

アイテムは現在モニターの前にメンバーが座り、上司からの声に耳を傾けている最中である

 

「…電気を扱う能力者ねぇ」

<通信回線を使ったテロと、電気的なセキュリティに引っかからないことから、そう推測されているみたいね。最も、依頼主の方も誰かは特定できてるっぽいんだけどねぇ>

「…目星がついてるのなら、なぜこちらから超襲撃しないのですか。不意をついた方が超楽勝だと思うのですが」

<…手出しは目標が施設内に侵入してきた時のみ、素性は詮索しないというのがオーダーよ。依頼主のね>

「…なんですかそれ。正直あんまり目的がわかりませんよ」

「鏑木の言うとーりってわけよ! 全く意味がわからないんだけど!」

 

そうフレンダの文句に上司の声も若干苛立ちを露わにしながら

 

<なによ。私だって受けたくて受けたわけじゃないわよ! それにこういう依頼には向こうにも色々事情があるの! ゴチャゴチャ言わないで仕事しろ!>

 

思いっきり逆ギレされた

それに対してフレンダはかぶってる帽子をかぶり直し「はぁい」と短く返事する

今まで黙っていた滝壺は目を伏せつつ呟いた

 

「やることは、待ち伏せして倒す、ってことだけか」

「そう、内容は単純。…なんだけど、問題は二箇所狙われるかもしれないってことなんだよねぇ」

 

滝壺の言葉に麦野が口を挟んだ

どうやら守らないといけない施設は二箇所あるようだ

メンバーをどう振り分けるか悩む麦野に向かってフレンダは勢いよく挙手しながら

 

「はいはーい! 片方には私一人で行く!」

「…えぇ?」

「なんでです? 超不満そうだったのに」

「それとこれとは別ってわけよ! 単独撃破なら、結局ボーナスもゲットでしょ?」

 

欲望ダダ漏れなフレンダに麦野と絹旗はため息を漏らす

別段彼女の実力を侮っているわけでもないのだが、それでも妙に不安が残るのも事実なのだが

 

「まぁわかったわ。…だけど、連絡は必ず入れること。―――先走るんじゃないわよ」

 

麦野の言葉にフレンダはウインクをする形で答えた

 

「気をつけてねフレンダ」

「わかってるってー! 心配症だな鏑木はっ。ボーナスゲットしてみんなで打ち上げとかでも行こうって訳よ!」

 

…大丈夫だろうか

 

◇◇◇

 

風力発電のプロペラがくるりくるりと回っている中、一人の女の子がとある研究所を見つめている

帽子を被り、半袖と短パンを履いた女の子の名前は―――御坂美琴

 

「ここを潰せば…あと一つ…」

 

黒子やアラタに相談することなく、たった一人でいくつもの研究所を破壊してきた

潰した研究所は地図に印を書き入れておいたから、数は間違っていないはずだ

 

(―――どのくらいのペースで実験が行われてるかは、興味ないけど―――)

 

そう思案しながら美琴はその場から跳躍する

自身の能力を用いて着地し、その研究所を睨んだ

 

(今日で何もかも終わらせる…!)

 

 

そんな美琴を遠目から見ていた数名の男性がいた

 

「…依頼にあったのはアイツか」

 

彼は自分の近くにいる黒いレザージャケットを着込んだ男性に問いかけた

問いかけられた男性はタブレットを操作して送信された情報と照らし合わせる

 

「間違いないわ。超能力者の第三位。…全く嫌な話よね、面倒な研究の対象に選ばれちゃってさ」

 

彼はそんなオネエ口調で呟きながらタブレットを閉じて深くため息をする

報告を聞きながら男性はアタッシュケースの中から一つのドライバーと一本のメモリを取り出して

 

「まぁ、世話になっている博士からの頼みだ。何もないに越したことはないが…行ってくる」

「ほかのメンバーはどうするの?」

「待機だ。恐らく俺一人で事足りる」

「了解よ。気をつけてね」

 

自分を見送る声を聞きながら男性はその場から飛び降りた

こうして彼女の知らぬ間に、もう一人の人物がその研究所に侵入した

 

 

「…ギャラに釣られて手を挙げちゃったけど…結局こっちに来ない可能性もあるってことなのよねぇ」

 

足をバタバタさせながら人形を弄ぶのはフレンダ=セイヴェルン

アイテムのメンバーだ

周りには弄んでいるやつのとは別にたくさんの人形が散らばっている

 

「結局もう一個の方に行っちゃったら、こんなに退屈したのにぜーんぶ無駄に―――」

 

そう呟いた刹那、耳にドォン! と言う轟音を耳にした

それは誰かがこの研究所に侵入した証拠

つまり退屈せずに済むという話だ

フレンダは勢いよく跳ねおきながら

 

「キタキタキターっ!」

 

結局日頃の行いって訳よ! と内心で喜びながら戦闘準備へ入るのだった

 

 

「…目的の施設は最上階か…」

 

携帯端末でハッキングした美琴は画面に表示された施設の場所を見て小さく呟いた

彼女は携帯端末を折りたたみそれを短パンのポケットに仕舞う

角に隠れながら美琴はちらりと先を覗き見る

ここをまっすぐ進めれば上へといけるのだが…

 

(何事もなく行ってくれればいいけど…)

 

心内で思いながら美琴は歩を進めようとした―――その時

 

天井から火花が迸り爆発する

美琴は磁力を用いて落下してくるコンクリートの軌道をずらすことでそれを咄嗟に回避した

 

「…ま、そう簡単には行かないか」

 

そう呟いて美琴はゆっくりと周囲を警戒しつつ進み出す

それを物陰から見ていたフレンダは内心驚愕していた

 

(…一つも当たんない? 磁力で落下物の軌道をずらしたんだ…。この能力者、デキるわね…)

 

けど、簡単にミッションを遂行できたらそれはそれで面白くない

フレンダは小さく笑みを浮かべながら移動を開始した

ここに、フレンダ対御坂美琴が開幕する―――

 

◇◇◇

 

一方で、もう片方の研究所にて

 

「本当か」

「はい、病理解剖研究所の方に現れた、とのことです」

 

職員の一人が局長と思われる人物にそう報告する

局長は安堵したように息を吐きながら次の行動を指示していく

 

「よし。こっちも移送作業を進めてくれ」

「はい」

「あの、すみません」

 

不意に局長に向かって別の職員がやってきた

彼は局長に近づいて

 

「ん? どうした?」

「あの…お客様が」

 

 

待合室に一人の女性と、一人の男性がいる

女性は飾られている風景画でも見ながら時間を潰し、男性は椅子に座りながら呆けている

やがてガチャリ、と音がして誰かがここに入ってきた

見た感じはここの最高責任者だろうか

 

「いやぁ、お待たせしました。はじめまして。…えっと…?」

「―――御社のテスタメントの監修をしました。…布束です」

 

 

「わざわざありがとうございます。とりたてお願いすることはないのですが、何分これだけ大掛かりな移送は始めてなのもので。それで、レディオノイズ計画の頃からいた布束さんに、万が一のためにいてもらおうかと」

 

いけしゃあしゃあとよく口が回る

その万が一が起こったときに全ての責任を押し付けるためにここに呼んだことなど、とっくの昔に気がついている

布束はとりあえず出されたコーヒーについていたミルクの封を開けながら返事した

 

「了解しました」

 

感情など一切篭っていない声色

そのことを知ってか知らずか、目の前の男は「いやあ助かります」などと呟いたあとこの場を後にした

―――動き出すなら、今だろうか

布束は左腕に装着している〝とあるアイテム〟を確認するように、白衣の上からそれに触れ

 

「―――貴方はここで待っていて。悠」

「うん。けど、何かあったら」

「ええ。―――わかっているわ」

 

布束はその場から立ち上がり、周囲の視線を気にしつつ、この場を後にする

―――アレを実行するなら、襲撃と移送準備で警備が疎かになっているこのタイミングしかない

 

◇◇◇

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

御坂美琴は肩で息をしている

正直に言って、状況はかなりまずい

目の前に現れたあの金髪女―――フレンダを追い掛け回しているうちに、自分はこの広い施設に誘い込まれた

逃げられないのは向こうも同じ

しかしそれとは違う危険が美琴を襲っている

それはイグニスと呼ばれる気体爆薬

 

相手が投げてきたビンを雷撃で迎撃したとき、軽く爆発を起こしたそれが、美琴が今いる部屋にばら蒔かれている

その爆発に気を取られた隙に、フレンダがパルプを回しその気体をこの部屋に侵入させたのだ

雷撃で発火した時に、小規模の爆発が起こったそれが、部屋全体に充満した状態で発火したらどうなるか

考えなくてもわかることだ

 

―――というのは、御坂美琴の勝手な推測だ

確かに一番最初に放り投げたのは本物だが、今充満しているのは単なる窒素ガス

咄嗟に放ったブラフではあったが、効果はあったみたいだ

そこから先はフレンダの一人勝ち

素手でもそこそこいける彼女はキックと投げの連携で形勢を逆転させ、かなり優位な状態に立っている

そう、相手がどんな高レベルでもこちらのペースに嵌めてしまえばこの程度

あとはこのまま痛めつけて、撃破で任務完了だ

 

「…さって。そろそろケリをつけよっか。粘った方だとは、思うけど、ね」

 

そう言って靴の調子を確かめるように左足のつま先を軽くたたく

消してもいいが、そこまでする必要性は今のところ感じないので意識を奪うくらいで止めておこう

最も、骨くらいはへし折るつもりだが

 

「別に、アンタの運命や人生になんて興味ない。…それでも、ここまで踏ん張ったアンタに敬意を評して、苦しまないよう次の一撃で落としてあげる…!」

 

呟いてフレンダは渾身の蹴りを美琴に叩きつけるべく助走した

今繰り出す蹴りは、鏑木がライダーキックする際にする動きの真似事ではあるが、意識を刈り取るには十分な威力のはず

一気に接近し美琴の顔面にその蹴りを見舞うべく己の足を繰り出した―――が

 

バキィ! と美琴の腕に阻まれた

 

(うそ、まだそんな力が!?)

「―――こんなところで、終われねぇのよォッ!!」

 

そのまま美琴が空いてる手で拳を作りそれを突き出してきた

今現在、フレンダは飛びまわし蹴り…いわゆるボレーキックを叩き込もうとしていた最中で、もう片方の足は跳躍のために使ってしまっているので、わずかばかりに宙に浮いてる状態だ

そんな状態でパンチなんて受けたら、どうなるか

 

「っがふっ!」

 

割といい一撃が極まり、地面をゴロゴロと転がってしまった

けほけほと軽く咳をしながら立ち上がった拍子に、スカートの中からツールが溢れてしまった

それは扉などを焼き切る際に用いられるツールで、この部屋も事前にフレンダが仕込んだ着火式のトラップが敷き詰められている

そんなトラップに、着火専用のツールが触れるとどうなるか

 

「しまっ―――!」

 

当然ながら爆炎が迸りフレンダは身を転がしてその炎を回避する

しかしそれは、自分の(ハッタリ)が相手にバレるということで

それを目撃した美琴は軽く手のひらから雷を迸らせる

 

「…なぁんだ。…こんな初歩的なハッタリに引っかかってた…てことか」

「―――ホッント、私ってば最後の最後でツメが甘いなぁ…ハハッ」

 

フレンダは苦笑いをしつつ、身体を脱力させる

流石に雷撃を伴った彼女には勝てるビジョンが思い浮かばない

自分の戦い方の基本は裏をかいての奇襲は襲撃

現状相手の警戒心はマックスだし、接近しても雷が飛んでくる

―――詰みだ、これ

 

「―――とりあえず計画について知ってることを洗いざらい吐きなさい。そうすれば黒焦げだけは勘弁したげる」

「…、」

 

正直計画とか全くもって意味わかんない

とはいえ変に答えるとこの女の怒りを買うかも知れない

フレンダは美琴の眼光を見据える

―――大丈夫だ、この女は誰かを〝殺せない〟

黒焦げ、という言葉は本物だとしても、喰らえば〝重症〟は間違いないだろうが死ぬことはないだろう

 

だから―――フレンダは甘んじて黒焦げを選択することにした

 

「…そう。仲間は売れない、ってわけ。…嫌いじゃないけど―――」

 

その時だった

外側からドアごと貫通して熱戦が美琴を襲う

咄嗟に美琴はバックステップし、それを回避するが、避けられたその熱線は反対の壁に直撃する

ちらりとその壁を見やると、かなりの高温で溶けており、そこから溶けた壁だったものがドロリと溶け出した

 

 

「―――あんまり静かだから、やられちゃったと思ったケド」

 

 

ぶち開けられた扉から一人の女が歩いてくる

よく見ると彼女の後ろにも別の女性がこちらを伺うように覗いていた

紫色の服を着こなすその女はこちらの様子を一瞥し、フレンダの安否を確認すると

 

「―――危機一髪、みたいね。―――フレンダ」

 

小さく微笑みながら、その名前を口にした

戦いはまだ―――終わってない




鏑木遼馬と絹旗はリメイク前は気の合う友人みたいな関係でしたが今作ではすっ飛んで恋人同士になってます
また全体的にアイテムの一部のキャラは若干丸くなってます(若干ネ


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#30 能力追跡(AIMストーカー)

明けましておめでとうございます(もう二月

こっちではどちゃくそお久しぶりです
申し訳ねぇ、シンフォギアばっか書いてたんだ…クオリティ糞だけどよかったらよろしくなのだな

今回も相変わらずなアレな感じですけれども、お付き合いいただければ幸いなのデス
ではでは

…次回はちょっと短くなるかも



布束砥信は周囲の目を警戒しながら地下へのハシゴを下っていた

ペンライトを口に咥えて足を踏み外さないよう注意しながら下へ降りていく

 

(急な引き継ぎと襲撃者で内部の警戒が疎かになっている…実行するなら、今しかない)

 

地面に降り立った布束は咥えていたペンライトを手に持ち直し、いつかの事を思い出していた

触れ合ったあの時間は僅かなものだが、確かに彼女たちは世界というものを感じていた

だから、もしかしたら

これから行うことは、無意味なのかもしれない

だけどそれでも、試す価値はあるはずだ

 

 

その場には、四人の人物

御坂美琴と、その目の前にフレンダ…そして彼女を助けに来た仲間が二人

大柄な女性と、小柄な女性

年齢は小柄な方が美琴と同じくらいで、大柄な方が少し年上のような印象を受ける

 

「あんまり静かだったからやられちゃったと思ったケド…危機一髪、みたいね」

 

麦野! と内心フレンダは名前を呼び、表情は笑みを作らせる

言葉に出さないのは単純に相手の電気が身体に残っててしゃべれないからだ

 

「全く。…アタシらが来るまでは足止めに徹しろって言ったのに。深追いして返り討ちにあって捕まっちゃうなんて。ボーナスに目が眩みすぎよ」

 

麦野はそうフレンダに言いながら地面に落ちてたフレンダの帽子を拾いながらぱふ、とフレンダに被せなおす

そんなフレンダに小柄な女性―――滝壺が歩み寄り

 

「大丈夫。私はそんなフレンダをおうえんしてる」

(…そんなって)

 

とてもリアクションに困った

そして喋れないのでツッコミもできなかった

 

「―――で、アンタが噂のインベーダーで」

 

麦野の言葉は最後まで続かなかった

美琴が磁力で引っペがした筒状のパーツをブン投げたからだ

しかし麦野は手馴れた手つきでブン投げられたソレを軽々と受け止め、それを〝崩していく〟

 

「―――合ってるわね」

 

彼女の視線は美琴を見据えている

同じように、美琴も先ほどの光景を見て驚いていた

防がれた…いや違う、〝消し飛ばされた〟?

思考する最中、目の前から殺気を感じる

 

「―――はははっ」

 

そう短く笑い声がしたと思うと、彼女の手からプラズマのようなエネルギーが迸り、漫画やアニメとかでよくあるようなビームみたいなものが飛んできた

あれに当たればどうなるかなど容易に想像できる

美琴はそれを回避しつつ、磁力を用いて適当な柱へと自分の身を動かした

そして適当に近くにあった通気口の蓋を磁力で引っペがし相手の方へとすっとばす

その光景を見た麦野は「へぇ…?」と関心した様子で自分の前に円形のエネルギーを形成し、容易く美琴がすっとばしたそれらを防いでみせる

 

「…ちっ」

「器用な真似するのね。壁に張り付いて逃げるなんて。―――蜘蛛みたいな女ね」

「―――コイツ…!」

 

柱にしがみつきながら美琴は歯を食いしばった

数的に状況はこちらが圧倒的に不利、オマケにあのレーザー女は少なくとも大能力者(レベル4)以上の力を持っている

ここからどうやって動こうか、と美琴が考えているとき、麦野は滝壺へと視線を向けた

 

「滝壺、使っときなさい」

 

そう言ってポケットから取り出したタブレットケースのようなものを滝壺へと投げ渡す

彼女は自分に向けて飛んでくるそれを両手で受け取りながらこくり、と頷いた

 

◇◇◇

 

「…わかりました。ではこっちでも探してみます。妙なことしてたら捕まえますんで」

「お願いします。では私はこれで」

 

用意された部屋で最愛と二人くつろぎながら待機していたら研究員が一人唐突に訪ねてきた

対応は鏑木がして、最愛はソファに座りながら待っていた彼女はソファに膝立ちしつつ鏑木へと視線を向けて

 

「どうしたのです? 予定変更の超報告ですか」

「いいや。何でも呼んでた研究者の人がどっか行ったらしくてさ。捜索を頼まれたんだ。何事もなければそれでいいし。なんかあったら僕らで引っ捕えればそれで済むし」

「なるほど。なら超ちょうどいいですね、このまま待機は、正直超退屈してたところです」

「うん。じゃあ行こうか」

「超了解です。私と遼馬なら超楽勝ですよ」

 

そう言って彼女はふふん、と微笑んでみせる

鏑木はそんな彼女の頭を一つ撫でながら、彼女と共にその部屋を後にした

 

◇◇◇

 

放たれる雷撃

真っ直ぐ跳んだその雷の一撃を目の前の女は容易く防御する

遠目から見て美琴は考える

 

(躱した…いや違う、〝曲げてる〟!?)

 

思案する美琴などお構いなしに、麦野は目の前に三つの野球ボール大のエネルギーの球体を作り、そこから更に細いレーザー状のものを連射していく

当然美琴は磁力を用いてそれらを回避するが、相手の破壊力は想像以上だ

そんな戦いを物陰から隠れてみていたフレンダは心の中で

 

(うっひゃぁ…相変わらず派手だなぁ…)

 

と、のんきにそんな感想を漏らしていた

そんなフレンダを尻目に、滝壺は麦野から投げ渡されたタブレットケースから三つほどタブレットを取り出し、それらを口に放り投げ、一気に噛み砕く

 

「―――っ!!」

 

ドクンッ! と自分の体が脈動する

感覚が研ぎ澄まされ、視界がクリアとなる

 

 

麦野の攻撃を器用に壁に張り付いて回避していたとき、煙の中で御坂美琴はソレを見た

 

「―――!?」

 

目があった

全くの迷いなく、こちらを見据えるあの女の眼光

ヤバイ

何がどうやばいかは全く説明できないが―――あの女からは距離を取らないといけない

そんな指示が頭の中で飛び交い、美琴は一度この場からの逃走を選択した

辺りを見渡し、何か目くらましに使えそうなものを探す

すると視線の先に、先ほどの人形女―――フレンダが使っていた窒素ガスのパイプが見えた

―――イチかバチか

 

美琴はそのガスのパイプに電撃を叩き込み、足跡の煙幕として使うことにした

煙が充満しているそのパイプは雷によって破壊され、ぷしゅーっとそこから窒素ガスが漏れ出す

 

「ははっ! 目くらましのつもり!? こんなことしたって…うん?」

 

麦野が目を凝らすとそこにはここに入ってくるのに原子崩し(メルトダウナー)で破壊して空けた大穴が見えた

そしてこの場にあの女の気配はない

ということは、逃げられたのだろう

麦野はちっと舌を打って

 

「…逃げたか。―――滝壺」

「大丈夫。目標のAIM拡散力場は覚えた」

 

麦野に振られ、滝壺はそう答える

滝壺の大きく見開いたその瞳は、どこかを見据えて、しっかりと捉えていた

 

 

あんな奴ら三人も相手にしてられない

そう結論づけた美琴は最初の目標でもある施設の破壊を優先することにした

マップの構造は頭にたたき込めていないが、落ち着いたら確認すればそれでいい

適当に迂回するなどしてランダムに走りまわし、向こうからの追跡を回避しようと全力で地面を蹴る

が、その時

 

ガクン、と一瞬身体に力が入らなくなった

 

(やば…能力使いすぎて―――っ!)

 

とりあえず転がるぐらいはできるか…? 

こんなとこで足なんて止められないと、そう思ったときだ

ひょい、と誰かに抱き止められた

 

「―――え?」

「…たった一人でよく頑張る」

 

自分を抱きとめてくれたのは、見たこともない仮面ライダーだった

黄色い複眼に左右が長い三本のツノ、そして極めつけは真っ黒いマントみたいなものだった

なんだ、この人は

っていうか、アイツら以外にも侵入していた奴がいたのか?

 

「俺の名前は大桐克実。―――仮面ライダーエターナル。…匿名の依頼で、お前の援護に来た」

「え、援護…? ってか、仮面ライダー…!?」

「あぁ。最も、必要などなさそうだったから、インビジブルで姿を消して静観していたが…流石にまずそうだったのでな。手を出させてもらった」

 

言いながら白いライダーは美琴を抱き抱えるとその場を走り出す

直後、壁やら何やらを貫通して、さっき戦っていた女のレーザーが先ほどまでいた場所を貫いた

その光景に、美琴はギョッとする

 

「なんで…!? ランダムに動いてたのに…!」

「敵については調べてないが、当てずっぽうにしては精度が良すぎるな。―――まだ来るぞ」

 

刹那こちらを狙ってくるビームの閃光

エターナルはその場から走り出し相手の猛攻を躱していく

美琴を抱き抱えたままで

 

「―――って! 下ろしなさいよ!」

「やかましい、今は抱えられてろ。少しでもいいから休んでおけ」

 

有無を言わさぬ迫力で言われ、美琴はぐぬぬ、と表情を歪める

しかし消耗しているのは確かなので、ここは素直に担がれることにした

 

 

「…避けられた。目標はまだ生きている」

「天井に移動されたか。立体的に動き回られるのは面倒ね」

 

淡々と会話をこなす二人を見て、フレンダは相変わらずすごいものだと内心思う

麦野沈利―――学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の第四位、原子崩し(メルトダウナー)

滝壺理后―――相手が地球の裏側だろうがどこにいても追跡する能力―――能力追跡(AIMストーカー)

何しろこの二人は我らがアイテムが誇る超能力者(レベル5)大能力者(レベル4)の最強タッグだ

たとえどんな能力者であっても、この二人からは―――

 

にえることはふはのうってはけよ(逃げることは不可能って訳よ)! …あ、しぇえれた(喋れた)

 

すぐ後ろであ、あーなんて言いながら声の調子を確かめるフレンダをバックに、麦野は口元に笑みを作る

相手が誰だか知らないが、あとは追い込んでいくだけだ

 

◇◇◇

 

一方で布束砥信

彼女は地下深くのコンピュータルームにて、キーボードを操作していた

周りに誰かいないか最新の注意を常に払い、慎重にキーボードを叩いていく

 

(…御坂美琴の施設襲撃が完遂したとしても、実験が終わることはないだろう。絶対能力者(レベル6)というの闇は、余りにも暗くて、深いものだ)

 

ちらりと布束は視線を向ける

その視線の先には、カプセルベッドのようなもに寝かされた、シスターズの一体がいた

 

(…今までの研究で得られたこの感情データを、妹達(シスターズ)にインプットする。無論、この程度本当の感情が芽生えるとは思えないが…擬似的な反応くらいは得られるはずだ。計画を中止にできるかはともかく、絶望的な運命以外の道があるということを示すくらいはできるはずだ)

 

そう、例えば

死を当然のことと認識し、その運命を嘆く妹達(シスターズ)が出てくるかも知れない

その光景に、モルモット以上の価値を感じ取れる心ある研究者が現れてくれるかも知れない

これ以上戦いたくないという声が、誰かの心を動かすかも知れない

 

インストール準備中、という表示が出た画面を睨みながら布束は考えた

馬鹿げているとは思う

この行いにも意味はきっとないのかもしれない

だけど―――それでも―――

 

 

 

ドンっ!! と不意に顔面を押さえつけられ、叩きつけられる

左手を拘束されながら、そして身体を叩きつけられた衝撃で肺から息を吐き出しながら、布束は視線で自分を抑えている相手を見ようと試みた

 

 

 

「…関係者である可能性を考慮して、上に確認を取りましたが、データ類の移送が終わるまで、ここに入るのは超禁止とのことでした」

 

言いながらソイツはぎりり、と締め付ける力を強くする

声から察するに、女…それもまだ少女と呼べる年代の

 

「襲撃者は単独犯との推測だが、一方の襲撃が超陽動との可能性を捨てるべきではない。故に防衛組は、もう一つの施設襲撃を受けても、対処は遊撃隊にまかせて、自陣を堅守すること。…麦野の読みは、当たってたみたいですね」

 

言いながら頭を押さえつけていた手を外し、彼女はフードをとっぱらう

フードの下から見えたのは、まだ幼さを残した少女の姿だった

そして第三者の声も、耳に入ってくる

 

「最愛、見つけ―――た、みたいだね」

「えぇ、見つけました遼馬」

 

少なくとも、相手は二人

〝アレ〟使う気なんかはなかったが―――やむを得ない時も来るかもしれない

ひとまず今は状況を様子見しなくては―――

 

◇◇◇

 

美琴を抱えたままエターナルは床を蹴る

その間も絶え間なくビームのようなものはこちら―――正確には美琴を狙ってだが―――を的確に射抜くようにレーザーが飛んでくる

抱えられながらそのレーザーを見ていた美琴はやはりおかしいと感じる

そして視線の先に見える人形―――

 

「待って!」

「!」

 

美琴の声にエターナルは思わず足を止める

直後エターナルもその人形を視認した刹那―――人形に閃光が走り爆発が巻き起こる

すかさずエターナルは身体のマントを翻し美琴と自分を庇うようにそのマントを盾にした

爆風を防ぎきり、体力がそこそこ戻った美琴はエターナルから降り、呼吸を整える

 

「…用意周到だな。恐らくこの施設中にセットされてると見ていいだろう」

「えぇ。そして私の位置が向こうにバレてるってことは、敵の中に間違いなく透視能力(クレアボイアンス)読心能力(サイコメトラー)…あるいはそれに準じた能力を持ってるってことがわかったわ」

「…ふむ。状況は不利だが、どうする? 潔く諦めるか?」

「―――はっ! 誰が!!」

 

美琴はそう言い切って敵が空けた穴目掛けて走って行き、そのまま飛び降りた

 

「…面白い」

 

エターナルもそう呟いて美琴の後を追いかけ、同じように飛び降りる

 

◇◇◇

 

「無駄な抵抗はしないほうが、超身の為ですよ」

 

ギリリ、と左腕が締め上げられ、声が漏れる

現状この部屋にいるのは自分と、自分を締め上げる少女と、その少女のパートナーとも言える男性

ほかの人が入ってくる気配はない―――あるいは入口付近で見張っているのか

悠には待っててとしか言っていない…故に来てくれる望みは薄い

幸いにも右手は拘束されていない

そして右手はキーボードの近くにある…やるしかない

 

「…無駄な抵抗、ね。That's true…そうかもしれない」

 

言いながら己の身体で右手を隠し、キーボードを操作する

怪訝な顔をする少女を無視し、操作をしながら布束は思う

 

そうだ、たとえ実験が中止になったとしても、それでどうなるというのだろう

クローンが日常を過ごせるというのだろうか

心無い人間の目…そして、短命な寿命など…問題は、否、問題しかないのだ

 

現状より過酷かもしれない運命を背負わせるくらいなら―――いっそこのまま

 

―――だけど、御坂美琴(あの子)は全部一人で背負い込もうとしている

 

「―――全く、バカな子」

 

不意に呟いたその言葉の意味が分からず、絹旗は首を傾げているとピ、ピ、という何かを操作する音が耳に聞こえてきた

絹旗はハッとした様子で彼女の身体を動かすと、そこには拘束されていない右手でキーボードを操作する姿があった

 

(そう、これは本当なら私たちが背負わなければならない罪…妹達(あの子達)に、運命を切り開くチャンスを―――!)

 

何かをしていると判断した絹旗は突き刺さっているメモリに向かって拳に窒素装甲を纏わせて殴りつけて機材ごと破壊する

その拍子に拘束から布束が脱出した

勢いのままで地面に倒れる布束を見ながら遼馬が問う

 

「…何をした」

「無駄よ、もうインストールは完了したわ…!」

 

遼馬の問いに布束は小さく笑んだことで応える

ギリギリだったが成功した…!

妹達はミサカネットワークと呼ばれる脳波リンクで繋がっている

インストールされた感情プログラムは全ての妹達に共有される…だから、止めることは―――

 

しかし、帰ってきたのはビーッ!! というけたたましい警告音だった

 

画面から帰ってきたのは警告を促すワーニングの文字が幾度も表示されている

誰がどう見ても、インストールは失敗したことは明らかだった

 

「―――な、なんで!? どうして!!」

「よくわかんないけど、目論見は失敗みたいだね」

 

いつの間にこんなセキュリティを仕掛けていたんだろう

事前に調べていた時には、こんなセキュリティなんて欠片もなかったはずなのに!

布束が悔しさで歯を噛んでいたその時だ

入口のところから声が聞こえてきた

 

「…あ、なんだお前―――あぎょ!??」

「わ、わぁぁぁ!? なんだおまぶしょらぁ!!?」

 

声と共に血飛沫が舞う

返り血を身に受けてこの部屋に入ってくるのは、悠だった

彼は両手に誰かの腕を持っている

布束は思わず叫んだ

 

「悠!」

「…もうひとりいたのは、超計算外でしたね」

「見張りの人たちはどうした。…赤の他人に違いないが、殺されたのなら寝覚めが悪い」

「殺してないよ。適当に腕と足切り落としたけど、それだけ。どっちにしろ興味ないし―――」

 

悠は手に持っていた腕を遼馬へと放り投げた

思わず遼馬はその場から飛びのき、絹旗の隣へと移動した

距離を取った布束は倒れた姿勢のまま地面を蹴り、前転して悠の隣に移動しつつ態勢を整えると、白衣を脱ぎ捨てる

布束は左腕の上腕部に装着されてある、鳥の頭のようなものに手を添えた

その隣で、悠は腰に巻きつけていたドライバーに手をかける

 

「―――本当なら、使うつもりなかったのだけど。もう容赦できないわ。…捕まる訳にはいかないの」

 

「…何をするつもりです?」

「わかんないけど、ヤバそうなのは分かる…最愛、俺の後ろに!」

 

纏う空気がやばすぎる

男の方も容易く腕や足を切り取るような化物だ

遼馬は事前に用意していたガタックゼクターを構えながら様子を見る

布束はクチバシに当たる部分を押し込み、悠もドライバーの左のハンドル部分を動かし

 

<―――OMEGA>

 

目の前の二人は叫んだ

 

『―――っアマゾンッ!!』

 

瞬間、巻き起こる衝撃

周囲に緑色の炎が吹き荒れる

衝撃が止んだその時、二人が立っていた場所に、一人の化物と一人の仮面ライダーがいた

 

<evolu e evolution…!>

 

一人は布束砥信―――カラスのアマゾン

一人は、悠―――アマゾンオメガ

 

「…驚いた。まさか人間やめてたなんてね! ―――変身!」

 

手に持っていたゼクターを腰のベルトにセットする

そしてそのままゼクターの角を開き、マスクドの過程を省略した

 

<HENSHIN><Change Stag Beetle>

 

遼馬の身体を青い装甲が纏い、その複眼が赤く発光する

ガタックは両肩のカリバーを構えながら、隣の絹旗に

 

「最愛、危なくなったら迷わず逃げて」

「…超約束できませんね。超全力で援護するに決まってんでしょう」

「…どうなっても知んないよ」

「遼馬が隣にいるのなら、私は超頑張れるんです…!」

 

お互いにそう言い合って、二人は同時に駆け出した

 

「beautiful。…綺麗な愛ね。…けど今の私には何の関係もなぁい!!」

「砥信は、ぼくが守るんだァァァっ!!」

 

そして相対する黒い化物と、緑のアマゾンも同じように走り出した

 

◇◇◇

 

「目標、二十メートル北西に移動」

「…中々当たらないわね」

 

麦野沈利は腕をクルクルと回し調子を確かめながら顎に手を添える

―――立体に動ける、というだけではない

こちらの攻撃を事前に察知しているのか、あるいは

 

「大丈夫?」

「…うん、大丈夫」

 

フレンダと滝壺の声に視線をそちらに向ける

そっちには少し疲れの色が見えた滝壺があり、彼女は麦野の視線に気づくと心配をさせまいと手を振って笑顔で答える

滝壺理后の能力追跡(AIMストーカー)は便利ではあるが、能力を意図的に暴走させることで発動する無理筋な能力

故に使用には限度がある

 

(相手の移動距離は少しづつだが狭まっている。追い詰めてるのは間違いないわ。…これ以上滝壺に無理はさせらんないか。これだけやられても逃げない、ということはなんとしてもここを破壊しないとならない事情があるということ。…ならいっそ目的地で待ち構えていれば…相手は必ずそこを通る。相手は満身創痍で冷静さを欠いている…落ち着いて対処すれば負けはない…が)

 

…そんなもの、麦野沈利の性に合わない

 

「フレンダ、出番よ」

「! おうともさー!」

 

 

「…よくやるな。あんまり体力戻っていないんだろう」

「…うっさいわね。…やんなきゃ、なんないのよ、私は…!」

 

多少戻った、とは思ったがそれも直ぐに尽きて、今も美琴は壁に手をつけながらゆっくりと歩いている

エターナルはそれを少し後ろで見守りながらついてきている

ふとエターナルは地面を見た

いや、地面だけではない

この通路の至るところに白線のような線が張り巡らされている

刹那―――後ろの方で炎が走る音が聞こえた

 

「…来るぞ」

「え!? ったくもうしつこいっ!―――うわぁ!?」

 

驚く美琴を尻目にエターナルは美琴を抱えて走り出す

後ろから時折爆発音が聞こえ、こちらに迫ってきている

本当にあらゆる所にこういったトラップが設置されているのか

迫ってくる爆風を避けるべく、跳躍する―――が、思いのほか爆風は強くエターナルはその衝撃で美琴を離してしまった

 

「わわっ!?」

「しまったっ!?」

 

あのレーザーはこちらの存在にはまだ気づいていないが、御坂美琴を的確に狙っているように感じた

当然美琴が中空に投げ出されたことも察しているはずだ

しかし美琴もただでは終わらなかった

中空にいる自分に放たれたレーザーを自身の雷で防ぎつつ曲げるという芸当を披露したのだ

それには素直にエターナルもおぉ、と感嘆の声を漏らす

地面に着地した美琴に駆け寄ってエターナルは声をかけた

 

「無事か。それと、流石だな超能力者」

「無事か、じゃないわよ! しっかり掴んでなさいよね!」

「悪い悪い。…どうした」

 

自分に突っ込んだあと、美琴はレーザーが飛んできた方向を見る

そこには大きな穴があいており、今も焼け焦げたような匂いが漂っていた

 

「…いえ、受け止めてはっきりしたんだけど、恐らくあのレーザー女…根っこの能力は私と同じものだって…」

 

◇◇◇

 

「!」

 

麦野沈利は驚愕に表情を染める

原子崩しを受け止めた?

彼女の原子崩し(メルトダウナー)は本来『粒子』又は『波形』のどちらかの性質を状況に応じて示す電子を、その二つの中間である『曖昧なまま』の状態に固定し、強制的に操ることができる能力だ

操った電子を白く輝く光線として放出し、絶大なる破壊を撒き散らす…わかりやすく言うならば、そして雑に表現するのなら、全身からビームが撃てる能力である

そんな自身の能力を曲げる、などという芸当ができるのは、かなり限られている

 

「? どうしたの? 麦野」

 

フレンダからの言葉を聞きつつ、麦野は一人思考に沈む

そして麦野は一つの結論にたどり着いた

―――そっか、なるほどねぇ

 

と、その時ガクリと誰かが膝から倒れる音がした

誰か、などはわかりきっている…滝壺だ

 

「滝壺!―――にゃ!?」

 

膝をついて肩で息をする滝壺にフレンダが駆け寄ろうとしたとき、彼女の身体にビリっとくる感覚があった

雷が抜けたと思ったらまだフレンダの身体の中に戻っていたのだ

 

「フレンダ、滝壺を連れて、絹旗たちと合流しなさい」

「待って麦野…私、まだやれる…」

「滝壺のためだけじゃないわ。フレンダもさっきの蜘蛛女との戦いでダメージが残ってるみたいだしね。無理してるけど動き悪いもの。滝壺に限界がきたら、敵の攻撃を察知できない。…私一人じゃ、二人を守りながら戦うのは難しいもの…」

 

その言葉をぶつけると、フレンダと滝壺は苦い顔をする

フレンダは俯きながら非常に申し訳なさそうに

 

「…ごめんなさい…足引っ張っちゃって…ひゃうっ!?」

 

言葉の途中でフレンダの頭に麦野の手が乗っけられ、帽子越しに撫で回された

撫でられながら、麦野の優しい声色が聞こえてくる

 

「何言ってんの。むしろよくやってくれたわ。…あの蜘蛛女はふたりのおかげでもう虫の息みたいだし。後詰めは絹旗たちに任せて、休んでいなさい」

 

そう二人に言うと麦野はこの場を後にする

てくてくと歩いていく麦野の背中を見ながらフレンダと滝壺は彼女に聞こえない声量で呟いた

 

「…麦野…」

「うん。…なんか優しかった…」

 

 

暗い通路を歩きながら、麦野は一人口元を歪に歪ませる

 

「…まぁ、数で勝ちを拾った、とか言われた癪だしねぇ…」

 

言いながら彼女は手のひらに己の力を迸らせる

自身の力を曲げれるなどという芸当ができる能力者など…考えられる限り一人しかいない

 

「ちったぁ楽しませろよ? ―――常盤台の―――超電磁砲(レールガン)…!」

 

だが、麦野沈利はまだ知らない

その彼女の隣にいる―――もうひとりの存在を




大桐克実

とある暗部組織所属の男性
あとは部下として四人引き連れている
ドライバーとメモリはここ以前に依頼され襲撃した研究所で入手(強奪)

カラスアマゾン
自作品での布束砥信のアマゾン体
大体原作と一緒



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#31 エターナル/クロニクル

お久しぶりです
生きてます

最近はもっぱらシンフォギアばっか書いてます
シンフォギア書くの難しいネ
よかったら読んでくださいね
出来はいつもどおりなんですがね




「…攻撃が、止まった?」

 

壁に手をかけて休み休み道を歩いてたとき、ふと美琴は呟いた

攻撃が止んだことはエターナルも気になっていたようで、後方を確認しながらふむ、と口元に手を持っていった

 

「まぁ、諦めたわけではなさそうだが…向こうにこちら…というかお前の居場所を察知できるやつがいる以上、隠れるのは裏目に出てしまったな」

「分かってるわよ! いちいち声に出すな!」

 

うがーっと掴みかからん勢いで美琴がこっちを睨んでくる

しかしこちらから彼女を見ても御坂美琴の疲弊の度合いはわかりやすいものだ

仮にあの三人がこちらを歩いて追跡していて、遭遇してしまっても撃退できるかどうか

 

「…おい」

「―――なによ」

 

エターナルは美琴の前に立ち、追いかけてくるであろう方向を睨みつつ

 

「お前にはやるべきことがあるんだろう、行け。アイツらは俺が引き受けてやろう」

「なっ!? 何言ってんの!? そんなこと―――」

「そんな満身創痍の状態で相対して勝てると思うか? お前はとっとと果たすべきことを果たしてとっとと表に戻っていけ」

 

一瞬、美琴は言い返そうとも思ったが、エターナルの言っている言葉も一理あるゆえに、あまり強く言い返せなかった

手持ちのメダルはポケットに数枚だし、疲れも溜まって上手く電撃もコントロールできるかも怪しい

 

「御坂美琴」

「!」

 

不意に名前を呼ばれびくり、とする

エターナルはベルトからメモリのようなものを抜き取ると、その変身を一旦解除した

バラバラと砕け散るようなエフェクトの後に出てきたのは、男性だ

彼は黒をメインとし、赤いラインを走らせているジャケットを着込んでいる、少し年上っぽい男性だ

 

「常盤台の超電磁砲。…どんな運命の歯車が回って、〝ここ〟に来たかはわからんが…お前は〝表〟にいるからこそ輝ける女だ。仕事を片付けたら、もう〝(こっち)〟に来るんじゃないぞ」

「お、表…? 一体何の話してんのよ…?」

「知らないのならそれでいい。そら、早くいけ」

 

そう美琴に返事をするとエターナル―――大桐克実は踵を返し歩き出す

美琴は彼の背中を見えなくなるまで見送りながら、改めて反対方向を向いた

そうだ、引き受けてくれるなら、遠慮なく引き受けてもらおう

止まってはいられないだ、私は

 

◇◇◇

 

カラスアマゾンが絹旗に向かってダッシュし、距離を詰めて攻撃を繰り出す

絹旗は自分の能力、窒素装甲(オフェンスアーマー)を駆使し、相手の攻撃になんとか抵抗を試みた

繰り出される手刀に両手に纏ったアーマーでその一撃を防ぐ

 

(―――っ! 超半端ねぇ衝撃ッ…! まともにやり合うの超危険です!)

 

一度受け止めただけで絹旗は相手の攻撃力を思い知る

これでは自分に展開してある窒素の壁も役にたたず、あっさり切り裂かれてしまうだろう

予想外に次ぐ予想外

どうしたものかと考えながら視線を動かすとちらりと引きちぎられた足に目がいった

正確にはその近く―――その人物が持っていたであろう拳銃だ

絹旗は地面をスライディングし、カラスの攻撃を回避する

すかさず態勢を整えながら絹旗は拳銃を拾い上げ、銃口をカラスに向け、引き金を引く

 

ダンっ! と一発の弾丸が拳銃から射出され、それは真っ直ぐカラスの肩へと突き進み―――直撃する

衝撃に僅かにカラスは後ろへと後ずさる

いけるか、と絹旗は構えつつ態勢を整えるが…カラスは割と直ぐにこちらを見据えてきた

あまりダメージにはなってなさそうだ

 

(―――流石に、超ピンチ…っみたいですね。ですが、意地でも食い下がってやります…!)

 

 

ガタックは両肩のガタックダブルカリバーを用いて、目の前の敵に斬りかかる

袈裟に振るい、二刀で挟む込むように振るったりして攻撃に出ているが、緑のライダー―――アマゾンオメガは両手でそれを容易く防ぎ、こちらの腹部に蹴りを叩き込んでくる

 

衝撃に押され、ガタックはその場から後ずさりしつつも、目の前の敵から目を逸らさない

そうしているとオメガはベルトの右側のグリップに手をかけて、一気に引き抜いた

刹那、ベルトから取り出されるのは一本の鋭利な鎌

 

(―――、ど、どうなってんだあのベルト…! サイズ的に入らないだろあんなの!?)

 

「ゥゥオォォォォオオオオ!!」

 

そんなガタックの思考などお構いなしにオメガは手にした鎌―――アマゾンサイズを振るいガタックに攻撃を仕掛けてきた

ガタックはダブルカリバーを匠に使い、その攻撃をいなし、あるいは弾いて反撃の隙を伺う

すぐ近くで絹旗もどうにか抵抗している

しかし絹旗の能力ではあのカラスの化物は倒せない

だから何としてでも、こっちがコイツを倒さないといけないのだ

カリバーを握る両手に力が入る

もう手心など加えていられないと判断したガタックはベルト右側のスイッチを押そうとし―――

 

 

 

「そこまでにしてもらえないかナぁ?」

 

 

 

不意に聞こえてきた第三者の言葉にその場にいる人物の動きが止まる

全員が視線を向けるとそこにはひとり、白衣を着込んだ女性がそこに建っていた

 

「…どちら様でしょうか。私は貴女のこと、超知らないんですけど」

「私は知ってるよ、〝アイテム〟の人。…あ、流石に名前は知らないけど」

 

アイテムのことを知ってる、ということは少なくとも裏のことに多少の関心があるのか

どっちにしろ状況は芳しくない

ガタックと目配せしていると、白衣の女は言ってくる

 

「君たちの仕事は、そちらの女性を捕らえることだろう? 私はその知り合い…布束砥信を保護しに来ただけさ。…いや、けど人間やめてたのは知らなかったけどネ」

 

言いながらカラスを見やる

カラスはバツが悪そうに視線を逸らした

それを確認すると白衣の女はもう一度ガタックと絹旗を見る

 

「で、どう? このままだと彼女は学園都市の闇に堕ちるだけ。私としてはそれがもったいないと思ってる」

「―――悪いけど、それはできない。こっちも仕事なんだ」

 

真っ直ぐ白衣の女を見ながらガタックはそう返答した

いきなりここにやってきて女を渡せなどと、都合が良すぎる

その言葉を聞いて、白衣の女はやれやれ、といった様子で、しかし分かっていたとも取れる表情で一つのドライバーを取り出した

そのドライバーはAボタンとBボタンがある、妙なドライバーだ

彼女はAボタンを押してそれを起動させながら腰に押し当てる

 

<―――クロノドライバー…!>

 

そんな音声がすると同時に、ベルトが展開されて白衣の女の腰に装着された

彼女はポケットから透明の基盤のようなものがついている妙なデバイスを取り出し、カラスへと視線を向ける

 

「君たちは戻っていたまえ。落ち合う場所は、私の研究室だ」

「―――わかったわ。戻るわよ、悠」

「…砥信がそう言うなら」

 

煙とともに人間へと戻った二人が小走りで白衣の女の後ろを抜けて、走り去る

逃すまいとすかさず最愛が手に持っていた拳銃を数発撃つが、当たることはなくそのまま逃亡を許してしまった

 

「ちっ…、遼馬、こいつを超特急で潰しましょう!」

「そうやすやすやられてくれればいいんだけど…!」

「あいにくだけど、やられるつもりはない。…コイツはまだ試作品の段階を出てないけど…データも取りたかったところだし、ちょっと付き合ってもらうよ」

 

言いながら白衣の女は手に持っているデバイスのスイッチを押す

 

<―――オリジン=クロニクル>

 

そのまま彼女はモジュールを持っている左手を顔付近まで持っていき、ベルトに挿入しやすいように向きを整える

 

「―――変身」

 

ドライバーにモジュールをセットし、アップトリガーをそのまま左手で押し込む

それに反応するかのように、彼女の周囲に緑色のカラーリングを主とした鎧が形成されていった

 

<―――ライダークロニクル…!>

 

無機質な声が響き、その鎧が沢白に装着され、変身を完了させる

彼女の右手に現れた剣―――クロノブレンバーを手に取り、確かめるように左手を開閉させて、ブレンバーを突きつけた

 

「コイツの名前はまだ決まってなくってね。とりあえずクロニクルとでも名乗っておこうか」

「最愛、気をつけて…多分コイツ強い…!」

「遼馬こそ気をつけてください…! 超遺憾ですが、危うくなったら問答無用で撤退も辞しません…!」

 

ガタックは改めてカリバーを持ち、最愛の援護を受けながら、目の前のライダー―――クロニクルへと向かっていった

それをクロニクル―――沢白凛音は仮面の下で小さく微笑みを浮かべながら、ブレンバーを構えて相手の出方を待つのだった

 

◇◇◇

 

麦野沈利は御坂美琴が通るであろうルートに先回りし、相手が来るのを待っていた

時間にして十分か、三十分か

あまり待ってはいないと思っているが、正直退屈で五分すら長く感じたほどだ

そうして待っていると、向こうからコツコツと誰かの足音が聞こえてきた

ようやく来たか、と嬉々として音の方へと視線を向けると―――そこに御坂美琴はいなかった

 

代わりに、黒いマントのようなものを羽織った、見知らぬ仮面ライダーの姿があった

 

「―――誰だテメェ。超電磁砲のガキはどこ行きやがった」

「知らんな。アイツはアイツで当初の目的があったらしい。それを果たしに行ったんじゃないか」

 

チッとわかりやすく舌を打つと目の前の敵を殺すべく、麦野は雑草を取るような自然さで原子崩しを撃ち込んだ

真っ直ぐ突き進むそのレーザーにも似たそれは容易く目の前の命を刈り取るはずだった

だが麦野の予想は大きく外れる

ライダーが黒いマントを盾のように広げ自分の前に持ってくると、放ったはずの原子崩しはかき消されてしまった

まさかの光景に麦野の表情が固まる

ライダーはバサリとマントを翻し

 

「俺の目的は時間稼ぎだ。…こいよ、遊んでやる」

「―――上等じぇねぇか! ぶっコロしてやんよクソったれがぁ!!」

 

怒りのままに自分の周囲にテニスボールサイズの光球を生み出し、そこから何本かのレーザーを射出する

真っ直ぐ突き進んだそのレーザーは本来なら簡単に目の前の相手を貫くはずの一撃だ

だがその全ても相手のマントにかき消されてしまい、有効打にも成りえない

 

「クッソがァ…いきなり出てきて邪魔すんじゃねぇよ! 何様だぁ、あぁ!?」

 

衝動のままに球体を生み出し、そこからまたレーザーを放つ

しかし今度は素早く動き回る相手を捕らえることはできず、虚しく空を切ってしまう

 

「いい加減諦めろ。お前の相手は疲れる」

「んだとぉ!?」

 

怒りと共に麦野は相手に向かって原子崩しを放つが、やはりマントにかき消される

何度やっても同じことにいい加減麦野はイライラしてきた

っていうかそもそも目の前のこいつはなんだ?

なんでいきなり現れてこっちの邪魔をしてくる?

 

そんな麦野の思考を他所にエターナルが携帯していた無線機がピリリ、と鳴り出した

徐に無線機を取り出し、耳に付近へ押し当てると

 

「克実だ」

<克実ちゃん、美琴ちゃんのお仕事は終わったわ。彼女、消耗が激しいようだから、今日はもう帰ってもらおうと思うんだけど―――>

<ふざけないで! まだ一箇所あるのよ、こんなところで―――!>

<ダメって言ってるでしょ!? そんなボロボロの状態でまともに戦えると思って!? ここはおとなしくお姉さんの言うこと聞いてなさい!>

<何がお姉さんよ!? アンタどう見てもオッサンじゃない!>

<そうオッサン―――ってアンタ!? 今言っちゃいけないこと言ったわね!? アタシはまだそんな歳じゃないわよ!!>

<うっさい! そうとしか思えないんだから仕方ないじゃない! この変なおっさん!>

<変なおっさん!? ムッキー! アンタレディに対して最大の侮辱を―――>

 

いい加減やかましくなってきたので無言でエターナルは通信を切った

まぁ近くにはほかの仲間たちもいるだろうしまぁ大丈夫だろう

エターナルは不意にエターナルエッジを構え、その刀身に力を込める

 

「―――!?」

 

麦野がそれを視認するよりも早く、エターナルは麦野に向かってエッジを振り抜き、大きめの青い斬撃を飛ばしてきた

防ぐことも考えたが、万が一防御を抜けられてこちらが切り裂かれては意味がない

麦野は大きく横に飛んで、地面を転がり再度相手の方を向き直る

しかし、もう視界にエターナルの姿は見えなかった

 

「逃げた…!? いや、〝見逃された〟!? この私がッ…!」

 

ギリリ、と歯を食いしばるのも束の間、麦野は頭を振って再度思考に埋没する

いつの日かあの白仮面に復讐してやるとして、どうしてあんなのを雇ってまでここを潰したかったのか、思考がクリアになってくるとそこが気になった

 

「…ち、一度戻るとするか。これ以上は危険だしな」

 

もしかしたら姿を消しただけでまだ近くにいるのかもしれない

そう考えて麦野は来た道を戻っていく

―――そういえば、絹旗と鏑木はどうしてるだろうか

 

◇◇◇

 

ダブルカリバーが振るわれ、そのカリバーをクロニクルがブレンバーで受け止める

絹旗も窒素装甲を纏い、殴りつけるなどを試みるが、ぐらつくだけで決定打にはならない

 

(くっそ…流石に二人相手だとキツイものがあるな。クロニクルが完成していればまだしも、調整の域を出てないこいつじゃあいつ変身が解除されるかわかったもんじゃない)

 

焦りを感じているガタックと絹旗とは別に、クロニクルもまた別の焦りを感じていた

どうにかこうにか〝なんか強そうなやつ感〟を出して演技してきては見たが、壊れて解除されちゃおしまいだ

どうやって突破口を開こうか

 

「ちっ…仕方ない、あまり使いたくなかったけど―――クロックアップ!」

 

そう言ってガタックは腰にセットされてあるあるスイッチを起動させる

 

<clock up>

 

するとそのような短い電子音の後に、ガタックの姿が見えなくなった

否、肉眼では視認できないレベルで高速移動しているのだ

巻き込まれないように絹旗は一度バックステップで距離を取り、それを確認したのか、ガタックをカリバー二本で攻勢に出る

最初こそブレンバーを用いて何とか防御していたが、やはり見切ることはできず、次第に攻撃を受け始めてしまう

攻撃を受けながら、片膝をつきつつ、クロニクルを決意する

 

(―――仕方ない…イチかバチか…!)

 

そう言ってクロニクルはクロノドライバーのAとBボタンに指を添えて、その両方を同時に押した

 

 

 

<―――ポーズ…!>

 

 

 

刹那、時が、止まる

固まった時空の中で、動いてるのはクロニクルのみ

クロニクルはまず真っ直ぐ絹旗へと駆け寄り、腹部に手を当て、最大限力を抜いて掌底を放った

 

「あぅぐっ!?」

 

当てられたその瞬間だけ僅かに時が動き、絹旗は苦痛に顔を歪める

次にクロニクルはガタックの方へと駆け寄り、カリバーを振り上げ、今まさに斬りつけようとしているガタックの腹に向かって全力で拳を打ち付けた

そしてそのまま壁に叩きつける勢いでもう一度全力で回し蹴りを叩き込む

 

<リ・スタート…!>

 

直後、時がまた動き始めた

絹旗は口元を抑えながら、こみ上げる吐き気を堪え、壁に打ち付けられたガタックは変身を強制的に解除させられた

それぞれの表情には、何が起こったのかわからないというような驚きと戸惑いがあった

 

「―――じゃあ、そういうことで」

 

僅かに声が震えていたが、何とか気丈にそう告げて、クロニクルはその場を後にする

追いかけようにも体が思うように動いてくれない

絹旗はようやく吐き気が収まってきたが、動けるという訳でもないし、鏑木はまだ地面に倒れたままだ

 

「―――、な、なんなんですか、アイツは…超訳分かんねぇ、です…!」

「な、何が起こったんだ…?」

 

鏑木は何とか身体を起こして、去っていたアイツの方へと視線を向ける

そこにはもう暗闇しか見えず、完全にアイツは見失ってしまっただろう

 

「…任務失敗、かな」

「超悔しいですが、そうですね…麦野たちに合わす顔がありません」

「そう、だね…でも、生きて帰って来れただけでもよしとしよう」

 

鏑木の呟きに絹旗は小さく頷く

命があっただけでも、幸運だと思おう

 

◇◇◇

 

「…この研究所は、破棄されたみたいだね」

 

地下の方でドンパチしていたら、上の方では人っ子一人いなくなっていた

研究データは全て削除され、多少いじってはみたが閲覧もできなくなっている

まぁデータなんぞコピーでもとっていれば問題はないだろうし、例の研究が凍結したとも思えない

研究所から出たクロニクルは周囲を確認しつつ、デバイスを引っこ抜き、ベルトを腰から外す

瞬間、ベルトは火を拭き、思わず身の危険を感じた白衣の女は放り投げてしまった

直後、ボォン! と小さく爆発する

からから、と地面に落ちるのは、クロノドライバーだったものだ

 

「ま、やっぱり無理させすぎたよねぇ…」

 

短く感想を漏らしながら、白衣の女―――沢白凛音はふと、自分の口元から何かの液体が流れ出していた事に気づいた

軽く手を伸ばし触れてみると、それは赤い色をした自分の血液だ

沢白は軽く血を拭うと口内に溜まっていた血液を唾と一緒にそのへんに吐き出すと

 

「…ポーズに身体が耐えられなかったか。まだまだ改良の余地アリ、だネ」

 

そう小さく呟くと、沢白は自分の研究室に向かって歩き出す

今頃布束たちもついているはずだろうし、神那賀もトレーニングを終えて戻っているかもしれない

自分がいないと気まずいだろうから、早く戻ってやらねば

 

◇◇◇

 

「えぇ? そっちも訳わかんないのに襲撃されたの?」

<うん。…おかげで、しくじった。…ごめん麦野、言い訳はしないよ>

 

麦野は研究所から外に出て、ワンボックスカー付近で待機していた滝壺とフレンダと合流する

そして向こうの様子はどうだろうと電話を掛けようとしたとき、向こうから電話がかかってきた

どうやら向こうでも予測不能の事態が起きたらしく、任務に失敗してしまったようだ

 

「…いや、気にしなくていい。こっちも似たようなことがあってよ、しくじっちまった。…とにかく二人も戻ってきてちょうだい。一度合流しましょう」

<わかった。…ありがとう、麦野>

 

そう言って向こうの電話が切れる

麦野も携帯の通話ボタンを押してそれをしまうと麦野は手に持っているファイルへと視線を向けた

それはここに戻る道中で落ちていたものだ

恐らく急いでここを後にしようとして焦って落としてしまったのだろう

んで、流石に気になったから合流する傍らでこのファイルを読みながら戻ったのだが

 

(―――はっ、第一位様も大変だな。スライムプチプチ潰してレベリングってか。なぁるほど…統括理事会も大変だねぇ)

 

麦野は手に持ったファイルを空中に放り投げると、自身の原子崩しでそれを消し飛ばした

その口元に笑みを浮かべながら

 

(常盤台の超電磁砲(レールガン)…まぁせいぜい頑張んな。アタシらは高みの見物と洒落こませてもらうから)

 

◇◇◇

 

御坂美琴はゆっくりと目を覚ました

そしてそのまま上半身を起こす

 

「…あれ、私…」

 

起床したことで、頭が冴えてくる

そういえば昨日あの白いライダーの仲間を名乗る連中にこのホテルに連れてこられたのだ

代金は連中が持ってくれたみたいだが…妙な貸しを作ってしまった

とりあえず美琴は己の右手をゆっくり見つめ、意識を集中させる

数秒のあと、バヂリッ! と雷が迸った

調子は良好、体調も問題ない

 

「―――行ける」

 

美琴はそのまま立ち上がって出かけようと思ったが、ふと自分の格好を見やる

自分の格好は昨日の戦いの影響でボロボロになったまんまで、流石にこれには美琴も苦い顔をした

 

「…改めて見るとひっどい格好。…時間帯も時間帯だし、制服で行くか…あれ?」

 

キョロキョロと周囲を見渡すとテーブルの上にきっちりと折りたたまれた常盤台の制服があった

先日着替えた時は少し急いでいたから椅子の上に放り投げた記憶があるのだが

よく観察してみると、その服の上に一枚の紙があるのを見ことは見つけた

 

「…なんだこれ」

 

近づいてその紙を手に取り、一瞥する

書かれていたのは一言だった

 

―――無理するんじゃないわよ

 

誰の言葉かはわからない、短い激励の言葉だった

だけどその書き方は、昨日少しだけやり取りしたあの男を連想させる

はっきり言ってしまえばオネェ口調の変なオカマだったが

 

「…わかってるわよ」

 

美琴はそれに短く呟き、その紙を折りたたむとポケットにしまいこんだ

そして荷物をもう一度まとめ直し、部屋を後にする

今日で何もかも―――終わりにするんだ

 

 

そう勇んで出かけたはいいが、結果はひどく呆気ないものだった

日中件の研究所を付近のビルの屋上から監視しては見たが、人の出入りしている気配はまるでなし

警備してる人も全然見ないし、試しに侵入を試みたがセキュリティすら機能していなかった

否、セキュリティ機器だけじゃない、電子機器のほとんどが機能していないのだ

 

罠を警戒したが、それならもうその術中にかかっているだろう

侵入出来た時点で罠の可能性は消えた

生きているコンピューターにハッキングを試みる

しかし画面には在り来たりなフォルダ郡が表示されるだけで、研究らしいデータは一切なくなっていた

 

もしかしたら昨日の攻防戦で、何かがあったのか

あるいはここの研究施設一つでは計画の続行が困難だと判断されたのか

詳しい実態はよくはわからないけど―――

 

「アイツらを撤退まで追い込んだ…?」

 

ひっそりと、自分に聞こえる声量で呟く

呟いた後で思わずハッとして、周りに誰かいないか思わず探してしまう

誰もいないことは、ここの部屋に入るときに確かめたはずなのに

 

 

どういう事だろう

仮にアイツらの撤退が事実だとしても、どうにも実感が沸かない

今日までありえないような体験をしたからだろうか

 

「みゃあ」

 

不意に、聞こえてくる猫の鳴き声

美琴の前にトコトコと歩いてくる子猫

その無垢な瞳は美琴を真っ直ぐ見据えていて―――いつか、ミサカ(じぶん)と出会った時のことを思い出す

あの時も、猫がきっかけだった

 

〝さようなら。お姉さま〟

 

夜、彼女は無機質な声で短い別れの言葉を発した

そして、神那賀と共に向かったが、間に合わず殺されてしまった

怒りと共に立ち向かったが、全く敵うことなく、文字通り一蹴された

 

―――改めましてェ、一方通行だ。―――よろしくなァ?

 

思い出すだけで身体が僅かに震えだす

 

―――なんでよ…!? 生きてるんでしょ!? アナタたちにも! 命があるんでしょう!? なのに―――! なのにッ!!

―――ミサカは、単価十八万円の模造品です。作られた身体に、作られた心。スイッチ一つで出来る、実験動物ですから

 

その子達は、迷うことなくそう言いきった

 

過去は、戻らない

起こってしまった事実を覆すことなんで出来はしない

当然、自分にはやらないといけないことがたくさんある

だけど、それでも今言えることは一つ―――

 

「実験を…止めることが出来た…!」

 

美琴は空を見上げた

照り輝く太陽の光が、眩しい

失った命は戻らないけど…あの子達は、もう死ななくていいんだ…!

 

 

妙な解放感と一緒に、何となく歩いていた美琴は、ふと喉の渇きを覚えた

そういえばこの近くに自販機があったはずだ

確かいつもちぇいさーしている自販機が

とりあえずそこに向かっていつもどおり飲み物を買おう(?)とした時だ

不意に耳に、見知った声が聞こえてきた

 

「な、なぁ。今、俺の目の前で何が起きているんでせうか?」

「さぁな。…ってか、わかってんだろう?」

 

その自動販売機には、知人がいた

一人は上条当麻

そしてもうひとりは―――鏡祢アラタ

 

当麻は自販機のつり銭レバーやら何やらをガチャガチャといじり、それを隣でアラタが眺めているなんの変哲もない日常だった

そんなどこにでもあるような風景に、御坂美琴は思わず笑みを零す

そのまま笑みを浮かべたまま、美琴は二人に話しかけるべくそっと足を踏み出した

 

 

 

何もかもが終わったと、思い込んだままで




仮面ライダークロニクル(仮名称)

少なくとも原点よりはクッソ弱体化してます
ポーズにも時間制限あり


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#32 自動販売機

あくる日の夏の一日

 

今自動販売機の前に、二人の男が立っている

一人は鏡祢アラタ

もうひとりは自販機のつり銭レバーをがっちゃんがっちゃん動かして奮闘している上条当麻である

 

「なぁ、今も俺の目の前で、一体何が起こってるんでせうか?」

「さぁな。ってかわかってるだろう?」

 

アラタの言葉に当麻はうぅ、と短く声を発する

そう、現状はわかっている

問いかけたのは目の前の不幸(げんじつ)から逃れたいだけである

単純に、喉が渇いたから自販機で飲み物でも買おうぜ、という話になり、先にアラタが小銭を入れて缶ジュースを購入したあと、当麻も便乗して購入しようとした

しかし財布を開けたとき、当麻には小銭がなかった

結果持っていた二千円札を投入して、ついでに小銭にでも両替しようとしたことが事件の始まりだった

 

 

 

ういーん、と自販機はお金を飲み込んで、そのままうんともすんとも言わなくなった

 

 

 

「―――は、あの!? ちょっと!?」

 

動かなくなって数秒後、当麻はそんなことを言いながらガチャガチャとつり銭レバーを動かし始めた

彼の右手には、どんな異能も打ち消せる幻想殺し(イマジンブレイカー)なる力が宿っているのだが、当然だが発動しない

当たり前である、目の前の自販機は能力など使っていないからだ

 

「な、なぁ。思いっきりぶん殴れば出てきたりとかしないかな?」

「出てくるだろうな。警備ロボットが」

 

 

だよなぁ! とがっくりとさらに項垂れるのはツンツン頭の男、上条当麻

そんな彼を見てやれやれといった様子で苦笑いを浮かべるのが我が知人、鏡祢アラタ

歩いて近づいていく最中、不意に、美琴は鏡祢アラタと初めて出会った時のことを思い返す

 

思えばどこかの公園で飲み物を買おうとしたとき、どこぞのスキルアウトに絡まれたことが始まりなのだ

在り来たりな言葉とともに、ナンパを仕掛けてくる見た目高校生前後のチンピラたち

そもそもこちとら中学生だというのになんでナンパなんぞできるのだろうか

面倒くさいからとりあえず適当に能力使って再起不能にしようとしていたところに現れたのがあの男―――鏡祢アラタだったのだ

 

その時は腕章とかしておらず、単なるお人好しかと思ったが、後に黒子の紹介で彼が風紀委員(ジャッジメント)だということを知った

そこから少しづつ交流を持つようになり、気心知れた友達として現在(いま)に至る

 

(しっかし、なんだかんだそこそこな付き合いになってきたわねぇ…)

 

美琴自身もそこそこ無茶してると思うがおんなじくらいアイツも無茶してると近づきながら思う

 

「ちょろっとー。そんなとこで二人してつったってないで、買わないならどいたどいたー」

 

なるべくいつもの感じを出しつつも、明るい雰囲気を纏いながら美琴は二人に声をかける

先に気づいたのはアラタの方だった

 

「んあ。なんだ、美琴か。悪い悪い、いま俺のダチが、トラぶっててな。頑張って奮闘してる様を内心で微笑みながら応援しているところだ」

「どんな神経してやがりますかアナタは!?」

 

うがーっと怒声を発する当麻にはははと笑って流すアラタ

そんな二人の光景を見ているとあぁ、戻ってこれたんだなぁと美琴は実感する

 

「あぁ、なるほど。相変わらずアンタの友達は不幸に見舞われてるってわけね。まぁそれはともかく、先に私に買わせてくれない? もう喉渇いちゃって」

「…あー。その自販機な、金を飲むっぽいぞ」

「え? あぁ、知ってるわよ。…あれ、アンタ知ってんじゃないの?」

 

美琴の視線がアラタを見据える

それに釣られるように当麻が「え!?」というような表情で勢いよくアラタの方へと向き直った

アラタは空の方を見上げながらへったクソな口笛を吹き始めた

当麻はがばぁと彼に掴みかかりながら

 

「お、お前ぇぇぇぇぇ!? 知ってるならなんで言ってくんないの!?」

「いやぁ…。面白そうだったからつい」

 

そして同時にアラタにしか聞こえないくらいの小さい声で、当麻は気になっていたことを問いかける

 

「(…なぁ、あと誰なんだこの人。ノリで会話しちまってるけど)」

「(御坂美琴つってな、俺の友達だ。お前とも割とフランクな関係だから、そこんとこ臨機応変にな)」

「(マジでか。上条さんとしては、お前に女の子の友達がいたことに驚きを禁じえない)」

「(張っ倒すぞお前)」

 

そんな内緒話をしてるとは露知らず、美琴は? と首を一人かしげる

 

「ちょっと。二人でなにヒソヒソ話してるのよ」

「え!? あ、あぁ! 悪い悪い!」

 

すかさず当麻が離れ、美琴に向き直って頭を右手でかき始める

まったくもう、と美琴は改めて自販機に向き直って視線だけを当麻たちの方へと向けて問いかけてみた

 

「それで、いくら飲まれたの?」

「は?」

「だから。いくら飲まれたって聞いてるのよ。できるかわかんないけど、お金戻してみるから」

 

それを聞いて、一瞬当麻は何を言ってるのか理解するのに数十秒かかった

たっぷり二十秒くらい時間を空けて当麻はゆっくりと口を開く

 

「ま、マジで?」

「期待はしないでよね。流石にそんなことやったことないんだから」

「い、いや、でも流石に悪いっていうか、金額は微妙に言いたくないっていうか―――」

「二千円だ」

 

いつまでも渋る当麻の代わりにアラタが飲まれた金額を口にする

何かを言いたそうな当麻の表情が視界に入ってくるが、これ以上待っててもジリ貧だと思ったのだ

二千円、という単語を聞いた美琴は? と頭に疑問符を浮かべるが、僅かに思考したあと、閃いたように口に出す

 

「―――ま、まさか、二千円札?」

 

これ以上は逃れらねぇ、そう判断した当麻はバツが悪そうに表情を曇らせながらゆっくりと首を下に動かす

 

「―――ぷ、あっはははははっ! まだあったんだ二千円札なんて! あんまり中途半端な金額だったから、一瞬考えちゃった! そりゃそんなレアなお札来たら自販機だって飲み込むわよ!」

 

思わず笑い始めた美琴を尻目に当麻はぎゃー! と言いたげに頭を抱えて疼きだす

そうですともだからあんまり言いたくなかったのだ二千円札が飲まれたなんて

実際最初入れようとしてアラタに見られた時もアイツ変な笑い出てたし

 

「さって! それじゃあ二千円札が戻ってくることを願いながら。あ、だけど千円札が二枚出てきても、文句言わないでよ」

 

ひとしきり笑ってすっきりしたのか、美琴は自販機へと手を伸ばす

しょぼーんとしている当麻は脇目に、アラタはひとつ、疑問を抱いた

 

―――コイツ、どうやってお札出すのだろうか

 

いや、自販機に手を添えている時点で正直察するにあまりあるのだが、念のためアラタは聞いておくことにする

 

「…なぁ、一応聞くけど、どうやって金出すんだ?」

「そりゃあもちろんこうやって―――」

 

刹那、笑顔を見せたあと、美琴は添えた掌からバリバリっ! と雷をひとつぶっ放した

まるで携帯のマナーモードみたいにブルブルと震えた後、いかにも壊れてますと言わんばかりにモクモクと煙を出してきた

 

「あ。あれ? 威力は抑えたはずなんだけど…あ、なんかいっぱいジュース出てきた。すごい、これ二千円以上じゃないの?」

 

当麻は顔面が真っ青になった

アラタはやっぱりと苦笑いした

 

「美琴、とりあえずジュース持ってここ離れるぞ」

「え?」

「え、じゃない、もうわかるだろオチが!」

 

アラタにそう言われ、モクモク煙を吐き出している自販機を見る

そして悟る、あ、これアカンやつや

 

三人はたくさん出てきたジュースを三人で適当に分配すると、一目散にその場から走り出す

彼らが走って数秒後、自販機は今までの恨みを晴らすようにやかましく警報を鳴り響かせるのだった

 

◇◇◇

 

神那賀雫は一人病院へと足を運ぶ

今や日課となっているトレーニングをするためだ

トレーニングといっても、一人でそれをやってるわけじゃない

ここでドクターとして働いている伊達明にコーチしてもらっている

経緯は不明だが、彼もまた自分と同じ仮面ライダーバースらしく、バースの先輩として、色々教えてもらってるのだ

 

「よう。今日もか? 精がでるな」

 

通りすがった男性がそんな事を言ってくる

雫は歩きながらゆっくりと止まり、声の方へ振り向いて

 

「いいじゃないですか。そういう門矢さんこそ、サボりですか?」

「今日の仕事は終わらせたよ。…ったく、こんな仕事慣れてねーっつーのに」

 

後半はボソボソと小さい声量で聞こえなかったが、どうやら本日の分は終わってるみたいだ

こちらに話しかけてきたのは、少し前に学園都市外部から補充要員? としてこの病院に赴任してきた門矢士という医者だ

医者のくせに白衣しか着てないし白衣の下は思いっきり私服っぽいし首から変な二眼レフカメラかけてるしはっきり言って奇抜だし変ではあるがこれでもなかなか出来る男らしいのだ

曖昧なのは彼の仕事している風景を雫が全く見ていないからなのだけど

 

「そんなわけなので、伊達さんがどこにいるかわかります?」

「さぁな。仮にいたとしても、まだ仕事してんじゃねーのか」

「問題ないです。約束出来ればいいんですから」

 

それまでこっちは自主トレをしていればいいことだ

時間は無限ではないのだし、有意義に用いていかねば

 

 

どこまで走ったかは正直覚えていない

時間にしてはおおよそ十分くらいは走った記憶はあるのだが、ぶっちゃけ体内時計なので正確ではない

ふと気付いたときには繁華街のベンチへとたどり着いていた

何となしに空を見上げてみる

夕焼けのオレンジ色に染まりつつある空には、大きめの飛行船が飛んでいた

その飛行船に付けられている大画面には、筋ジストロフィーの病理研究を行っていた水穂機構が業務撤退を表明しました、なんかニュースを垂れ流している

 

「ちょっと、いい加減ジュース受け取りなさいな、元々アンタの取り分でしょ?」

「いや、運ぶときは仕方ないとはいえ、改めてこのジュースを受け取ったらついぞ共犯者にクラスアップしてしまいそうでな…」

「共犯どころか金はお前のだから主犯だろうが」

「確かに入れたのは俺だけどこんな量のジュースは望んでないッ! ―――ってかなんで〝ほっとおしるこ〟とか混じってんの!?」

「あれ誤作動狙いだから種類までは選べないのよね」

「黒豆サイダーとかショウガ豆乳とか悪意しか見えないんだけど!?」

「いやいや、いちごおでんとかガラナ青汁とか来ないだけでもマシだぜ当麻。ここらは美琴の強運に感謝だな」

 

学園都市

それは言い換えると実験都市でもある

大多数に存在する大学や研究所で制作された商品の実地テストということで、街の至る所には生ゴミを回収して自立走行するロボットとか警備ロボなどの実験品で溢れている

コンビニの棚や自動販売機に並んでいるラインナップも普通の街とは異なるのだ

 

「あ、ヤシの実サイダー飲まないなら貰っていい?」

「…美味いのか? それ」

「えぇ、なかなか美味しいわよ?」

 

当麻の言葉に頷きつつ、美琴はかきょとプルタブを開けてゴクゴクとそれを飲んでいく

美琴が飲み物を飲んでいるのを見て、そういえば自分も喉渇いてたわと思い出したアラタも先ほど美琴が吐き出させた缶ジュースの大群を見やる

 

「せっかくだから、目ぇ瞑って取ってみるか」

 

ランダムに出てきたその缶ジュースを適当に触れていき、そしてまた適当に一本セレクトして手に取った

 

「…なんだ? 青汁スパークリング?」

「うわ、いかにもエグそうなの引いたわね…」

 

なんで青汁に炭酸を加えたのか

新たな刺激を模索した結果なのだろうか

っていうかなんで青汁? 他にもっとあるだろう

 

「はははっ、諦めなさいって、運に任せた結果それ取ったんだから」

「いや、手に取った以上飲むけどさぁ…飲みたくねぇなぁ…」

 

そんな風に気さくに会話を進めていく我が友人鏡祢アラタと、その友達、御坂美琴

アラタと美琴は友達らしいが、その距離感はどう見ても友達以上な感じがする

今も仲睦まじく(少なくとも当麻からはそう見える)雑談をしている二人を見て、当麻はハッとする

もしかしたら、これは俗に言う〝友達以上恋人未満〟という奴なのでは

仮にそうじゃないとしても―――アラタと会話している美琴の顔は、本当に楽しそうだ

これは変に茶化すとたぶん先ほどの電撃が飛んできそうなので、当麻は心の中にその疑問を隠すことにした

 

 

 

「―――お姉さま?」

 

 

 

そんな時だ

自分たち以外の第三者の声が聞こえたのは

声がしたのは、ベンチの後ろ

皆が振り向くと―――そこに〝御坂美琴が立っていたのだ〟

 

「―――え?」

 

呟いたのは鏡祢アラタである

少なくとも当麻よりは美琴との付き合いは長いわけだし、ある程度彼女の事情も把握しているのだろう

肩まである茶色の髪

白い半袖のブラウス、サマーセーターにプリーツスカートで合っているだろうか

そこにいたのは紛れもない〝御坂美琴〟だ

隣に美琴との違いは、ベンチの後ろの方の美琴はなんかよくわからないゴーグルのようなものをつけている、ということだ

チラリ、と先にいた方の美琴を見やる

彼女は驚いた様子でもあり、少しだが震えているようにも見えた

 

「…え、っと…? どちらさま?」

「妹です、と、ミサカは素早く即答します」

 

妹? はて、美琴に妹なんていただろうか、と当麻と自称御坂妹のやり取りを聞いてアラタは考える

ご両親のことは流石にアラタもよく知らないが、少なくとも妹さんの話なんて聞いたことがない

とりあえず何かを聞いてみようと美琴へと視線を向けた時だった

 

 

 

「なんでアンタが、こんなとこ歩いてるのよッ!!」

 

 

 

不意をつくように放たれた美琴の怒声

今まで聞いたことないくらいの感情の爆発が、アラタの耳を貫いていた

一度叫んで落ち着いたのか、美琴は僅かに俯きながらフラフラと妹の方へと歩いていき、その肩に触れる

 

「…なんでッ…こんなとこふらついてる訳…?」

 

今度は一転、静かに、それでいて僅かに震えるような声色で問いただす

 

「なんで、と問われれば、研修です、とミサカは正直に答えます」

「―――研修―――ッ!?」

 

驚きを含んだような美琴の声

しかし後ろの方にいる当麻とアラタは全くと言っていい程に状況がわからない

一度顔を見合わせる

疑問符を浮かべながらも、当麻が最初に口を開いた

 

「研修って事は、あれか? 御坂の妹さん、風紀委員にでも入ったのか?」

「えぇ? けどそんな情報は―――」

 

「アラタッ!!」

 

会話を遮るように叫んだ美琴の声

唐突な怒声に、思わずアラタと当麻はビクリと身体を震わせる

その後、「ごめん」と美琴はいつものような笑顔を浮かべて短く謝罪したあと、妹さんの手を掴みながら

 

「アラタ、私ちょっとこの子と話さないといけないこと出来たから、その…またね」

「? ですけど、ミサカにもスケジュールが―――」

「―――いいから。〝来なさい〟」

 

驚くほど平坦な声色

そして同時に、断ることを許さないその声色

最後にまた美琴はこちらを向いて―――正しくはアラタの方を向いて

 

「そんな訳だから…また、後でね」

 

短く別れを告げながら、美琴は妹を連れて歩いていく

この場から離れていく彼女の背中を見つめながら当麻はベンチに座り直した

アラタも当麻の隣に座り直しながら、なんとなく空を仰ぎ見る

 

(…あんなに声荒げる美琴、初めてかもしれない)

 

テレスティーナと戦うときは、あんなふうに声を荒らげてたかもしれないが、今回のはそれとはなんか違う気がする

なんだ? アイツの周りで何が起こっているんだ?

 

「複雑な…ご家庭、なのかなぁ?」

「さぁ、な」

 

離れゆく彼女の背中を見ながら、アラタは当麻の言葉にそんな事しか返せなかった

この時、アラタたちは彼女が背負うモノを知る由もなかった



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#33 マゼンタの男

前回からだいぶ時間を経ていますが、生きています
ちょっとパソコンの方がついに壊れ、新調するのに時間かかってました

今回もまたいつもの出来ではありますが、のんびりとお付き合いくださいませ
また、今回は一部の文章はリメイク前のを引っ張ってきています

よろしかったらどうぞお楽しみくださいな


門矢士がこの世界にやってきたのは、大体一か月くらい前だったか

オーロラに招かれて潜り抜けたその先が、たまたま今いる病院の前だった

そしてさらにたまたま外に出ていた女の看護婦―――浅上藤乃に見つかって外からここに異動してきた先生だと言われ、住む家などもない士はそのまま住み込みで病院に住まわせてもらい、今に至る

 

ちなみになぜ勘違いされたのか、というとこのオーロラを潜り抜けたあと、よく見ると自分の格好がいつもの格好+上に白衣(名札付き)になっていたからだ

役割を与えられたのなんか久しぶりな気がする

普段ならば医者の真似事なんてやる気も起きないし、そもそもできないしなんか理由でもつけて断ろうと思ったわけだが、藤乃と名乗る女性の割と澄んだ目に何も言えず、流されて医者となってしまった

 

まぁ士は割となんでもできると自負しているが、さすがに医者なんてのはやったことがなく、珍しく宛がわれた自室で一日みっちり三時間教本などを読み漁り知識を軽く詰め込んだ

結果軽い診察ならこなせるようになり曲がりなりにも一応医者の仕事はできるようになった

だからといっても手術はさすがに請け負えず、そればかりはカエル医者に頼み込みそういうのは来ないようにしてる

怪人は捌けても人間は捌けないのである

 

「やれやれ。…医者なんて大したこたないと思ってたが…やってみるとシンドイな」

 

書類仕事やら診察やらなんやらかんやエトセトラ

一通りの仕事が終わり、白衣を脱いで軽くたたんで自室のベッドに放るとそのまま士は学園都市を歩いて散策し始める

この学園都市に来ていの一番に分かったことはめちゃくちゃ化学が発達している、ということだ

以前パソコンを用いて軽く調べたときに、都市伝説として〝仮面ライダー〟が紹介されていた時は多少驚いたがとりあえずこの世界にも仮面ライダーがいるということが分かっただけでも士は少し安心した

 

「…いちごおでんとかこの都市のやつらどんな味覚してんだよ。飲むやついんのかこんなの」

 

とりあえず無難な天然水のボタンをおして、自販機から出てきたそれを掴むと蓋を開けてそれを飲む

飲み物も買ったし、適当にこれを飲みながらその周辺でもぶらついてみようかな、と歩き出した時だ

 

 

「―――お姉さま。どこに向かわれるのでしょう。すでにミサカのスケジュールは、三十八秒ほどの―――」

 

 

「…?」

 

変な会話が聞こえてきた

スケジュール? それにしたって秒刻みで管理されてるもいるのかこの都市の連中は

ちょっと気になってしまった士は少し息を潜めて様子を伺ってみることにした

視線の先に見えたのは二人の女の子

見た感じは背格好はまるで同じ、着てる服も同じと来た

ペアルックか何か? と思った感想を心の中にしまいこむ

 

◇◇◇

 

人気のないところに美琴は彼女を連れてきた

周囲を見渡す限り、ここに誰かがいる気配はない

震わす声を我慢しながら、美琴は聞かねばならないことを聞きだすべく言葉を紡ぐ

 

「…実験は。計画は中止されたんじゃないの!?」

「―――その計画が、絶対能力進化計画(レベル6シフト)なら、予定通り進行中です」

「ッ!!?」

 

息を飲む

予定通り?

進行中?

なんで、どうして!?

 

「先ほど、一万二十次実験が行われたばかりです」

「…いち、まん…!?」

 

何を言っているのだろうか

だって、研究に携わってた機関は全部撤退したはずじゃなかったのか

どうやって…何がどうなっているのだ

あまりの衝撃にぐらりと美琴は足元をふらつかせた

思考がまとまらない

考えが追い付かない

頭が理解を拒んでいる

ただはっきりとわかるのは

 

 

また、された

 

 

(―――違うッ…!!)

 

殺されたんじゃない

幼いときの自分の浅はかなあの行動が…彼女たちを死に追いやった!

つまりは―――自分がしたも同然だっ…!

だから、目の前の…この子だって―――

 

「ッ!!」

 

最悪な想像をしたとき、吐き気がこみ上げてきた

何とか口を押さえ逆流してきた胃液を何とか飲み込み、吐かないように美琴は耐える

そんな美琴の内心を知らず、単に気分が悪くなったと判断したミサカは首を傾げつつもなんて言葉をかけようかと頭の中で思考する

 

「なー」

 

がさり、と近くの茂みから小さい子猫が這い出てきた

そういえば自分とは違う個体が猫と遭遇していたことを思い出すとミサカは子猫を指さしながら

 

「〝お姉さま〟、子猫が―――」

 

きっとミサカが呟いたその言葉は、何気ないものだっただろう

だが、今の御坂美琴にとってその何気ない言葉は、心を抉り尽くす凶器となって美琴の耳に入ってくる

 

お姉さま おねえサマ オネエサマ おねエサマ 御姉様 オネえさま お姉様

 

 

 

お姉様

 

 

 

「やめてぇぇぇぇぇっ!!」

 

叫ばれた絶叫

つんざくようにこだまする彼女の叫びに、ミサカは目を丸くした

美琴は両手で自分を抱くように動かすと、震える声で言葉を続ける

 

「もう…! 止めてよ…ッ!!」

 

彼女はそのまま自分を見ることなく、固く目を閉じながら

 

「その声でッ…! その姿で…! 私の前に現れないでッ!!」

 

明確な拒絶

震える彼女に対して返す言葉など、今の彼女には持ち合わせてはおらず、ミサカはおおよそ時間にして十秒前後かけると、ようやく言葉を口にした

 

「…はい」

 

もうこれ以上ここにいてはお姉様を混乱させるだけだろう

だから、もうここにいる意味はない

そう判断して踵を返してミサカはそのまま歩き出す

 

「…あっ…」

 

ミサカの履いている革靴の足音のおかげか、言葉を吐いた後落ち着きを取り戻した美琴は去りゆく背中に手を伸ばそうとする

だが今更なんて言えばいい?

自分の都合で現れるななんて言葉を吐いて、挙句取り繕うとして

やりきれない怒りとか、自分への感情とかを吐き出す、あるいは八つ当たりするように、美琴は近くの街灯を思い切り叩きつけた

叩いた右手がじん、と痛む

そのまま街灯にもたれかかると、はぁ、と冷静に息を吐き出した

 

「―――最低だ、私」

 

◇◇◇

 

そんな話の顛末を隠れながら聞いていた門矢士は少なくなっていたペットボトルの水をいっきに飲み干す

飲み干したボトルのキャップを締めながらふぅ、と一つ士は息を吐いて歩き出す

 

(…どんな世界にも、厄介事はつきものか)

 

そのまま街灯にもたれかかった女の子を横目にしながら、士は顎へと手をやった

 

(レベル6シフト、だったか? 少し調べてみるかな)

 

ハッキングとかできるコンピューターでも探そうか

まぁ当然購入するわけにはいかない

病院に戻ればパソコンはあるにはあるが、ぶっちゃけ戻るのは面倒くさい

なら、その辺の研究所にでも忍び込んでみるか

 

「…どうやらこの世界でも、〝コイツ〟の出番はあるらしい」

 

そう言いながら士は懐から何かを取り出す

〝マゼンタ色〟をした、ナニカを

 

◇◇◇

 

御坂達がどっかに行ってそういやこれどうすんだいとアラタはちらりとそちらに視線を向ける

それはこのベンチの上に積まれている約十九本の缶ジュース

まぁ当然ながら持って運ぶしかないのですけど

流石にかわいそうになったアラタは約半分の九本くらいを持ってあげた

そんな訳で赤い夕暮れの街並みをジュース抱えてのんびり歩く姿は正直シュールである

 

冷たいジュースとは意外にも長時間持っていると体の体温を奪っていく

確かに時期は夏ではあるが、流石に缶ジュースで凍傷とか笑えない

と、いきなり当麻がずっこけた

誰かが遊んでそのまま放置していたテニスボールを運悪く思いっきり踏んづけたのだ

手の中にあるジュース缶をぶちまけダイレクトに背中を打った当麻はゴロゴロとのた打ち回る

こうまで彼が不幸だとさすがにアラタも笑えない

っていうか前より不幸がマッハな気がしている、と思うアラタだ

 

「うー…いってー。俺が何したんだよ…」

 

手伝いたいのも山々だが今アラタの腕もジュースで埋まっている

一人しょぼんとジュースを回収する当麻を見ているとひとりの人影がその二人に近づいた

 

「うん?」

 

とアラタは首を向ける

そこには御坂美琴―――の妹さんが立っていた

一見、見分けがつかないが、妹と美琴の外見的違いは頭につけているヘッドギアだ

割かしカッコいいデザインは見分けるのに十分である 

そんな妹さんはアラタに向かって軽く一礼をして後、当麻に

 

「必要あれば手を貸しますが、とミサカはため息を吐きつつ提案します」

「え? あ、妹か。…にしてもお前ホントにアイツに似てるのな」

 

当麻の言葉に妹は首をかしげつつ

 

「アイツ…あぁ、お姉様の事ですね? とミサカは確認を取ります」

「いや、他にいないでしょう」

 

そんなマイペースな妹にアラタは面食らいながらふと気になったことを妹にぶつけてみる

 

「あれ、けどさっき美琴に連れてかれなかった?」

「ミサカはあちらから来ましたけれど? と来た方向を指差します」

 

そう言って妹は通りの向こうを指差した

見当違いの方向だった

 

当麻とアラタは顔を見合わせながら頭に疑問符を浮かべる

 

「それで散らばった缶ジュースはどうするのです? とミサカは問いかけます。必要なら手も貸しますが、とも付け加えます」

「え? いいよ、流石に。半分はアラタが持ってくれてるし大体お前が手伝う必要性なんてないだろ?」

 

その時運悪く軽トラックが走ってきた

軽トラは当麻たちの前で止まると乱暴にクラクションを鳴らす

そのクラクションを聞いて妹は無言で缶ジュースを拾い始めた

一瞬何か言いたげな当麻だったがクラクションがうるさいからかそれを喉の奥にしまい込む

平等に二人で半分づつ缶ジュースを持つことにした

 

「…あれ?」

 

いつの間にか缶ジュースを多く持っているのはアラタになってしまった

いや、別にいいんだけど

 

缶ジュースを回収し終えると軽トラは怒ってる様子を隠さずに乱雑に発進した

 

「それで、このジュースはどこまで運ぶのでしょう、とミサカはジュースを抱えて問います」

「あぁ、だからいいってば。お前が運ぶ義理とか―――」

「早くしなさい」

 

言葉が鋭くなった

思わず助け船を期待して当麻はアラタを見る、が彼もやれやれと言った感じで首を振った

ハァ、と諦めて御坂妹に荷物を持ってもらうことにした

 

◇◇◇

 

「ひゃく…はちじゅうさん…!?」

 

一体実験はどうなっているのか

本当に続行されているのか

本当に中止になっていないのか

気になって居ても立っても居られない美琴はかつてそうしたように公衆電話で再度ハッキングを試みていた

 

簡潔に述べよう

実験は継続されていた

携わっている機関を、〝百八十三〟へと増やし、何事もなかったように

なんでこんな短期間にこれだけの数を増やすことができたのか

こんなのはもう一企業にできることでは―――

 

「―――あ、…そっか…」

 

なんて、愚か

どうしてこんな簡単なことに気づくことができなかったのか

学園都市内部は常に衛星とカメラで監視されている

そして都市内部で行われている非人道的な実験も、都市の上層部は承知していないはずはない

 

つまり

 

都市のすべてが、〝敵〟なんだ

 

 

侵入者が来た

そんな知らせを受けて、芝浦淳は耳を疑った

現在、関連施設は百を超えて邪魔される心配はないだろうと思っていた

だがそれでも、いくつかの企業からはこんな風に念のためとして浅倉を介して護衛依頼が来ていたのだ

とはいっても、流石に百を超える企業すべてを守ることなど不可能

だからこんな依頼はっきり言って杞憂でしかない

仮に襲撃が来なくても報酬は出す、ということだから小遣い稼ぎ感覚で芝浦一人でこの依頼を引き受けたのだが

 

「―――へへっ、しかし暇な一日になりそうだと思ったけど、こいつはラッキーだ。いい暇潰しになればいいなー」

 

驚きはしたが、同時に嬉しくもあったその知らせ

正直今の今まで何にもやることがなかった

携帯ゲーム機と何冊かマンガを持ち込んで暇を潰していたのだが、それらが飽きると携帯でのネットサーフィンしかなかった

今日一日これで終わるかな、と思いきやこの知らせ

神は自分に味方していると初めて思った

どんな馬鹿が侵入してきたのか、前みたいなガシャポンカプセルみたいなライダーに変身する雑魚か、あるいはオリジナルと呼ばれるあの常盤台の女か

まぁどっちでも構わない、前は浅倉や手塚がいた手前何もしなかったが今は一人

せいぜいそれらのどっちかだったら楽しませてもらおうじゃないか

 

意気揚々と、かつ気配を殺して事前に監視カメラの映像から捉えていたそいつが今いる部屋へと侵入する

視界に映っているのは緑色で、かつなんか首元にタイヤみたいのが巻き付いて…いや、かぶっている? ともかく、珍妙としか言えない後ろ姿だ

想像や期待と違った、おまけに対して強くもなさそうだ

この程度ならもう気配を消す必要もなさそうだ

 

「———あーあ。侵入者だって聞いたからさ、どんな奴かと思ったら雑魚みてぇなのが来てんなぁ、おい」

 

煽る意味合いも含めて芝浦は嫌味たっぷりに言葉を紡ぐ

しかし緑色のアイツは全く意に介した様子はなく、無言でカタカタとキーボードを叩き続けている

ノーリアクションに腹が立った芝浦は無防備なその背中に一発蹴りでも打ち込んでやろうとして、軽く助走をつけて右足を繰り出す

 

「…無視すんじゃぁ―――!?」

 

言葉は最後まで続かなかった

何故なら当たる寸前にすらりとそいつは立ち上がり、ごく普通に避けたからだ

結果、芝浦の体はそのまま緑色のヤツが叩いていたキーボードへとぶち当たり、盛大に文字キーをぶちまける

 

「ってぇ…聞こえたのかよこの野郎…!」

「当たり前だ。あんな分かりやすい煽りまで言ってくるとは思わなかったが」

 

そう言って緑色のヤツは手に持ったUSBを弄びながらこちらへと向き直る

見た感じは仮面ライダーみたいだ

特徴的なのは複眼か? まるで車のライトみたいだ

 

「クソが…もう容赦しねぇぞ! 変身!」

 

苛立ちを隠さず、芝浦はサイのカードデッキを取り出すと目の前に掲げ、現れ出でたVバックルに装填し、ガイへの変身を敢行する

幾重の残像が彼の体に重なり、鏡の割れるような音の後でガイへなった芝浦はそのままの勢いで緑色のヤツに向かって殴り掛かる

 

繰り出されたガイの拳は容易く受け止められ、カウンター気味に腹にケンカキックを繰り出し、そのまま吹っ飛ばされた

壁に激突するガイを見据えながら緑色のヤツは両手でパンパンと手を叩きながら

 

「生憎お前と遊んでる暇はない、知りたいことは知れたからな」

「はぁ!? 何言ってんだお前!」

 

激昂するガイを尻目に、緑色のライダーは徐に腰にあるベルトを開いて一枚のカードを取り出した

そのまま開いたバックル部分にそのカードをセットして、開いた部分を閉じる

 

<ATTACK RIDE INVISIBLE>

 

そんな電子音声と共に緑色のライダーの姿は風景と混ざるように消えていき、この場からいなくなってしまった

目の前で起きた余りの出来事にガイは周囲を見渡す

気配すら感じることができず、意味が分からないといった具合に地面を殴りつけた

 

「クソが…! なんなんだよアイツは…!!」

 

拳をぎりり、と握り締めるが、すぐに力を緩めた

まぁこんな一施設のデータ盗んだくらいじゃあ今後の実験などに支障は出ないだろう

…任務事態は失敗だから、この後めちゃくちゃ浅倉や手塚に怒られるんだろうなぁ

などと、もう先の男については頭から消し去り、今後のお仕置きにどう言い訳しようかを考えだしていた

 

◇◇◇

 

人気のないところで、緑色のライダー―――ディケイドドライブタイプテクニックはバックルを開いて変身を解除した

そのまま門矢士は手の中に収めていたUSBメモリを一瞥する

 

「…まぁ、概要は大体わかった」

 

念のためコピーしておいたものだが、正直必要なさそうだ

士はそれを地面に落とすと何度かそれを踏み抜いて、二度と利用できないように破壊する

もっとも、関連施設は百を超えているみたいだから、一企業襲撃された程度で実験は止まらない

 

現状自分にできる事はなにもない、様子見が一番だろう

 

あるいは、こんな状況を覆してくれる、ヒーローでも現れない限り、は

 

◇◇◇

 

あくる日の夜

特にこれといった仕事もなく、のんびり夕食を済ませて適当にゲームとかでもして時間でも潰していた

時間はもう十一時過ぎ、さぁ自分も寝るかと布団に潜り込もうとした時、携帯が鳴った

 

こんな時間に誰だろうと思いながら携帯の画面を見るとそこには御坂美琴の文字が表示されていた

 

「美琴から? なんだろ一体」

 

気になったアラタは通話ボタンを押して電話を耳に押し当てる

 

「もしもし?」

 

帰ってきたのは僅かな息遣い

吐息にも似たそれのあと、美琴は言葉を発した

 

<―――もしもし? もう寝てたかしら。…だとしたら、ごめんね?>

「いや、問題ない。それで、こんな時間に何の用だ? なんか相談事か?」

<相談事って、いうか、さ。…ねぇ、アラタ>

 

不意に改まって名前を言われ、アラタは首をかしげる

 

「…どうした?」

<もし、もしもよ? アタシが、学園都市に、災厄をもたらすようなことしたら、どうする?>

「はぁ? なんだそれ、自販機からジュースパクってることなら、早いとこやめた方がいいぞ」

<アンタもか! 黒子にも聞いたら同じこと言われたわ! そうじゃなくて!>

 

個人的には茶化したようにしら感じだが、美琴のある言葉にうん? と首を捻る

〝黒子にも〟? 自分に聞く前に黒子にも似たようなこと聞いたのだろうか

 

<もっと、学園都市全体の根幹に関わること…それこそ、色んな人の笑顔を奪うようなことよ…>

 

こんな夜更けに何を聞いてくるのかと思ったら

しかし美琴がもしそんな悪事に手を染めようなどという姿は想像もできない

できないが、万が一、そんなことがあったなら

 

「…まぁ、そん時はお前を止めるために立ちふさがるさ」

<…それは、風紀委員として?>

「馬鹿。友達としてに決まってんだろうが」

 

割と真剣に答えてしまった

電話越しで助かった、今間違いなく自分の顔は赤くなっているだろう

だって自分でもわかるくらいなのだから

 

<―――ふふっ、アンタらしい答えね>

「は、はぁ? それ喜んでいいのか?」

<当然じゃない。それじゃあお休み、〝また明日〟ね>

 

そう短く答えて電話は切れた

思わずアラタはそのまま画面を見つめる

黒い画面に映っているのは反射されている自分の顔しかない

どうしてあんな質問をしたのか、アラタにはわからない

わからないけど…なんだろう、この妙な胸騒ぎは

 

「…俺の知らないところで、何かが起きてる…?」

 

しかし考えたところで答えなど出てこず

これ以上考えても無駄と判断したところで思考を放棄しアラタはベッドへと身体を投げた

だが頭の中で、いつまでも美琴の顔がチラついていた

 

 

―――よかった

 

ベッドに眠る黒子をちらりと見ながら、美琴は携帯の画面へと見やった

電話の画面に映るのは、先ほど電話した鏡祢アラタの名前が表示されている

 

―――計画の中止と引き換えに、黒子やアラタに捕まるのなら、それも、いいかな



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#34  樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)

まだ小さい頃、御坂美琴が泣くと、母―――御坂美鈴がなんでも解決してくれた

だけど、それはあくまでまだ自分が何も知らなかった子供のころの話だ

最も今もまだ十分子供だが―――それでも自分で考え、どうにかしようとする意志はある

 

母はここにはおらず、自分を助けてくれるような〝ヒーロー〟も存在しない

神頼みなんてことはできない

だから、全部自分で終わらせる

 

―――これは、私が引き起こしたことなのだから

 

◇◇◇

 

一人、御坂美琴は飛空艇のよく見える場所で、黄昏ながら時間を潰していた

 

「そろそろ、時間ね」

 

言いながら何とはなしに携帯をのぞき込む

映っている画像には、友達が映っていた

白井黒子

初春飾利

佐天涙子

春上衿衣

そして…鏡祢アラタ

これは春上衿衣がここに来て、みんなで歓迎するときにゲームセンターで撮った写真だ

 

「…私の友達ってだけで、変な目で見られないといいな…」

 

呟いた言葉を飲み込みながら、涙が零れそうになる

だがなんとかそれを我慢して、美琴はキッと、今ものんびり飛んでいる飛空艇をにらみつけた

空をゆっくり飛んでいる飛空艇のモニター画面には、明日の天気が表示されていた

その天気画面の結果には、一つのスーパーコンピューターが関わっている

 

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)…」

 

美琴はその向こうにいるコンピューターの名前を呟く

樹形図の設計者

気象データ解析という建前の元、学園都市が打ち上げた、人工衛星おりひめ一号に搭載された、世界最高のスーパーコンピューター

月に一回、地球上全ての空気の粒子を予測して、一月分の天気をまとめて演算して、その一回以外はこの学園都市に数多ある研究機関の予測演算として使用されている

それにはもちろん、二万人の妹達の製造と殺害の演算にも関わっている、アブソリュートシミュレーター

 

「よ」

 

不意に、聞き慣れた声が聞こえてきた

足音が徐々に近づいてくるのを感じながら、美琴は後ろを振り向いた

そこにいたのは、鏡祢アラタだった

美琴はすぐに思考を放り捨て、なるべくいつもの自分を出せるように笑みを浮かべながら

 

「あら。アラタじゃない。どうしたの?」

「どうしたの、はこっちのセリフだ。何してんだお前こそこんなところで」

「別にどうもないわよ。私だって、センチメンタルな気分に浸りたいときとかあんの」

「ふーん? …お、飛空艇だ」

 

何気なくアラタが視線を上にあげ、そんな言葉を呟いた

美琴もつられて、彼の視線を追いかける

そこには先ほど睨みつけていた飛空艇がのんびりと飛んでいた

 

「…私、あの飛空艇嫌いなのよね」

「? 唐突だな。理由は?」

「―――機械が決めた政策に、人が従ってるから、かな」

 

だから―――二度とこんなイカれた指示を出さないように、計画を改竄した上で…ブッ壊すッ!!

 

「それじゃあ、私そろそろ行くね」

「お、おう? またな」

 

踵を返して美琴は彼に背を向ける

背後から聞こえてくる彼の声に少しだけ耳を傾けた後、美琴は目的のために足に力を入れて歩き出した

 

◇◇◇

 

なんか美琴が変な感じだ

急にあんなわけわかんない言葉言ってくるようなやつだっただろうか

とりあえず訳も分からずのんびりと歩いていると一つの自販機が目に入ってきた

それは美琴と出会うきっかけにもなった自販機だ

 

まあきっかけと言っても、スキルアウトか命知らずか知らんけど、絡まれていた美琴を助けたのが始まりだった

 

 

「…助けてくれって、頼んだ覚えないんだけど?」

「そうかい。そいつは余計なお世話したな、けど性格上そういうの見過ごせなくってな」

 

その日は風紀委員の腕章はうっかり忘れており、腕にそれをつけていなかった

恐らく美琴も初めて会った時はその辺にいるチンピラの一人にでも見えただろう

 

「…だけど、一応礼は言っておくわよ。その、ありがとう」

「どういたしまして。まぁ分かってるとは思うけどさ、案外学園都市ってこういうの多いから、気を付けた方がいいぜ。君みたいな可愛い子は特にな」

「―――! か、可愛いって、誰のこと言ってんのよ!?」

「いや貴女以外誰がいるの。…え、まずいこと言った?」

 

お世辞抜きで褒めたつもりなのだけど

別にアラタは体形や年齢とかで人を判断したりしないし、実際目の前の常盤台の女の子は普通に可愛いと思ってあんな言葉が出たのだが

 

「…」

「? ど、どったの?」

「その、アンタは、馬鹿にしたりしないの? アタシのことガキとかガサツだとか」

「別に? 見方を変えればそれは個性だし、言葉遣いなんてのは後からでも矯正できる。…大事なのは、今をどう過ごすかだよ、お嬢さん」

「―――美琴」

「え?」

「御坂美琴よ。…私の名前」

「―――アラタ。鏡祢アラタだ」

 

向こうから名乗ってきたのだからこっちからも名乗らねばなるまい

しかし名前を聞いてびっくりした

この子後輩の黒子が敬愛してる人と同じ名前じゃないか、もしかして本人?

あかん、確かにこれは余計なお世話だったかもしれない

もうやっちゃったからいいけど

 

「アンタって、さっき性格上見過ごせないって言ってたわよね」

「あぁ、言ったけど?」

「…お人好しって、言われない?」

「よくわかったな、言われてる言われてる」

 

微笑んでそんな言葉を返すと、アラタの笑顔に釣られたのか美琴もくすりと笑顔になる

美琴はアラタの隣を過ぎるともう一度アラタの方を振り向いて

 

「ねぇ、そっちの都合が良ければだけど、ちょっと付き合ってくれない?」

「おいおい、初対面で告白かよ。出来ればお友達からで―――」

「違うわよ! ちょっとゲームセンター行きたいから、相手してくれって言ってんの! 一人でやるとつまんないゲームとかあるじゃない? 格ゲーとか」

「なるほど。まぁ俺でいいのなら相手になるが」

「決まりっ。それじゃあ行きましょう、時間なくなっちゃう」

 

そう言って小走りで駆けていく彼女の背中を、同じように小走りで追いかけた

 

 

その後は何となく想像つくだろう

門限が近づいて彼女を迎えに来た黒子と遭遇することで、美琴との関係はより強固なものへとなった

強固と言っても知り合いから友人に変わっただけではあるが、気兼ねなく話せる友人は大切だし、有難いものだった

最も、向こうが自分のことをどう思ってるかはわからないけど

せめてそこそこ仲いい知人クラスになってればいいんだけどな、なんて考えながら鏡祢アラタは足を運ばせた

 

くるくると、歯車が回っていることに、気が付かないままで

 

◇◇◇

 

たまたまか、偶然か

〝目的地〟への近道として、路地裏を選んだが、シンプルなカツアゲの現場を目撃してしまった浅倉涼ははぁ、とため息をつく

別段、カツアゲされている方を助けようなどという気はない

そんなもんされる方が悪いんだし、助けなくても別に自分の人生になんも支障はない

 

「あ、何見てんだテメェ?」

 

が、そういう時に限ってうっとうしい三下は絡んでくる

己の力量も分からずに、図に乗ってくる

 

「何シカトこいてんだあぁ!?」

 

ありきたりなセリフを叫びながらカツアゲしていた学生をこっちに向かって拳を突き出してきた

浅倉涼はあえて最初の一発を顔面で受け止める

 

(…痛ぇ)

 

多少鍛えてはあるが、やっぱり殴られるのは痛い

痛いけど―――これで〝正当防衛〟だ

浅倉涼は殴られたまま歪な笑みを浮かべながら、お返しと言わんばかりにその男の腹に拳を突き入れた

 

「ごっっふっ!!!?」

 

そのまま右手で右腕を掴み、その二の腕をへし折るように膝で叩きつけた

 

ボギリ、と硬い板を割ったような感覚

 

完全にぶっ壊れるように二度三度とそれを繰り返して、ついでに地面にその男を叩きつけてトドメと言わんばかりに全力でジャンプしてから両足で踏みつけた

 

「あぎゃああぁぁぁぁ!?」

「て、テメェ!!?」

「テメェらから吹っ掛けたんだ、殺さねぇだけマシだと思いなぁぁぁ!!」

 

倒れた男の仲間がこっちに向かってくる

丁度狙いやすい位置でもあったから、つい好奇心から二本の指を突っ込んだ

 

相手の〝眼球〟に

 

ぐぢゅり、と硬いゼラチンに指を突っ込んだみたいな感覚の後、絶叫しようとした男の顎を砕いて地面に倒れさせる

 

「…やりすぎたかなぁ、ま、どうでもいいか」

 

さすがにその光景を見て恐怖のあまり逃げようとする男をとっ捕まえて、壁に顔面を叩きつけた

壁に男の唾液や血が付着する

ふと、視線の先にとある人物が目に入る

それはバイザーをかけている妹達の一体だ

ガンガンと男を壁に叩きつけつつ、携帯を取り出しながら浅倉は時間を確認した

 

「もう時間か。ま、いい退屈凌ぎにはなったかな」

 

最後にもう一回全力でガツン、と壁に叩きつけて手を放す

ひゅーひゅーと息を吐きながら仰向けに倒れたその男の顔に最後に蹴りを叩き込みながら、浅倉涼はその場を後にした

絡んできた連中はスキルアウトみたいな容姿だし、カツアゲされてた男はいつの間にかいなくなってた

ま、この学園都市には生きてさえいれば治すような医者がいるみたいだし、大丈夫だろう

 

◇◇◇

 

御坂美琴は、現在樹形図の設計者情報送受信センター、という場所にいる

なぜその場所にいるか、というのははっきり言えば樹形図の設計者をハッキングするためだ

もちろん、樹形図の設計者を直接ハッキングするなんてことはできない

だから、学園都市で唯一樹形図の設計者と送受信するこのセンターで、樹形図の設計者に偽の予言を吐かせようというのが美琴の計画だ

 

もちろん、送受信センターの機密レベルはトップクラス

万が一バレてしまえば、自分は暗部コース一直線だろう

だから見つからないように細心の注意を図ってきていたのだが―――

 

「…人の気配が全くない…なんで?」

 

ここに至るまで、警備ロボが外にあっただけで、警備員や科学者などが全く持っていないのだ

どういうことだ? 罠か、それともまた別の作戦か何かか?

あるいはハッキングなんてできないものだと、これを裏で見て笑っている?

 

そんな美琴の警戒心を他所に、ついに美琴は通信室まで足を踏み込んだ

しかし、モニターとかの電源はついたままで、ここにもやはり人の気配は全くない

ふと、指でキーボード近くのデスクをなぞってみる

指の先には、びっしりと放置された埃が溜まっていた

昨日今日どころじゃない、かなり前に放棄されたみたいかのような埃の溜まり方だ

 

(…今それを考えても時間の無駄ね、とにかく、早いとこやんないと)

 

いったん思考を振り払い、美琴は携帯デバイスを取り出し、ハッキングを敢行する

初めてすぐ、とりあえず最近の更新履歴でも確認しようとして―――

 

「…更新件数、ゼロ件!?」

 

どういうことだ

樹形図の設計者の更新は、一日に数百件はあるはずだ

それなのに、なんでゼロだなんて

美琴は再度確認するべく、デバイスを操作する

 

(いや、申請自体は来てる…処理されてないんだ)

 

確認していくうちに、パスワードを要求するような文が表示された

美琴は能力でパスワードをハッキングして、それに打ち込む

次の画面に出てきたのは、報告書がズラッと並んだ画面だった

 

「…報告書…?」

 

第二十三次報告、二十四次報告…と番号順に見ていった矢先、一番最後の文字列に息を飲んだ

 

「―――最終報告書…!?」

 

消息不明の樹形図の設計者に関する最終報告

零時二十二分、衛星軌道上より、樹形図の設計者の姿が消失

同日一時十五分、第一次捜索隊を派遣…発見された残骸(レムナント)の一部を回収

分析の結果―――

 

 

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)は…存在、しない?」

 

御坂美琴は立ち尽くす

藁にも縋る思いでこの考えを実行したのに

暗部に落ちる覚悟をもってここにきたのに

友達を捨てる決意を抱いてここに来たのにッ!!

 

ぎりり、と握る拳からは、僅かに血が垂れてきた

今この場で、美琴に話しかけるものは―――存在しない



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#35 そうして、彼ら彼女らは立ち上がる

今回もリメイク前から一部文章を変えて流用しています
楽しんでもらえれば幸いです

ではどうぞ


夕焼けの下、一人の女生徒がゆっくりと歩いていた

前髪に隠れたその目は、何を見ているかはわからない

ここまではっきりと意気消沈という言葉が合う状態は、女生徒―――御坂美琴自身初めてである

 

樹形図の設計者が、大破している

 

その事実は、美琴を消沈させるのに十分な事実だった

 

なんで大破しているのかはわからない

敵対勢力にでも落とされたのか、はたまた別の理由なのか

 

―――違う、そんな今はどうでもいい

 

問題なのは、計画をひっくり返す、最後の手段がなくなってしまったというシンプルな事実

 

それに加えて、樹形図の設計者がなくっても、実験は計画通りに続いている、ということ

 

「あ、そうだ」

 

本当に唐突に、美琴は思い出した

そういえばこの区画に、引継ぎ先の一つであった研究所があった

改めて携帯でその場所を確認すると、美琴は歪に笑みを浮かべた

 

「―――あはっ」

 

もうなんかどうでもいいや

とりあえず、このイライラを、叩きつけることができるのなら

 

 

警備ロボを能力で瞬殺すると、美琴はゆっくりと歩を進める

鬱陶しい、小賢しい煩わしいッ!

 

苛立ちをぶつけるように警備ロボをその辺に磁力を使って投げ飛ばす

悲鳴を上げながらこの施設の研究員たちが逃げていくのが見えた

見えたが…もうどうでもいい

 

あぁ、そうだ

まだ終わったわけじゃない

数が増えても、結局全部ぶっ潰せばそれで終わるじゃないか

今あるものも、引き継ぐモノも…何もかもッ!!

 

そうだ、全部ぶち壊せばいい

 

施設も、資材も、欲も、何もかも壊し尽くせば、いつか…

 

―――いつか? そんなに都合のいい日が、本当に訪れると思ってるの?

 

聞こえてきたその幻聴にハッとする

 

―――そのいつかが来るまで…あと何人の妹達がぬのかしら?

 

 

 

「―――五月蠅いっっっっっ!!!!!」

 

 

 

叫びと共に放たれた雷撃

美琴の声に呼応するかのように雷は威力を増して、周囲のモノを壊し尽くす

 

「じゃあどうすりゃいいのよッ!! 計画を! 中止に! 追い込む方法が! 他にどこにあるってんのよ!!」

 

辺りに美琴は子供のように喚き散らす

だが喚き散らしても、帰ってくる声は何もない

空しい静寂が、美琴を包み込む

ふと、その時まだ生きているモニター画面が視界に入ってきた

どうやらいつの間にかモニタールームみたいなところに入ってしまっていたようだ

 

「…あ?」

 

モニターの向こうには、怪我をして倒れている御坂妹

そして、それに歩み寄っていく、一方通行(アクセラレータ)の姿がいる

画面の右上に、LIVE配信という文字…つまり、今これは起きている実験の様子

それが何を意味しているのか、美琴は理解した

 

「あ、やだ…待って! まってよ…!」

 

思わず画面に縋りつく

だが、そんなことをしても手は届くことはなく、声もまた届かない

 

「やだ! 待って、まってよ! まっ―――」

 

刹那、モニター画面は赤に染まった

何が起こったかは、容易に想像ができる

こびりついた朱色に、僅かに付着した茶色い毛髪

 

「あ、あ…l

 

嗚咽と共に、ゆっくりと美琴は膝をつく

あぁ―――私は…なんでこうも無力なんだろう

 

―――なんて…無様…

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…」

「おっす。お疲れ様、ナガちゃん」

 

公園にて、神那賀雫は伊達明の本日の特訓から解放された

 

「お疲れ様です、伊達、さん…ですけど、これでホントに、いいんですか?」

「うん? 何が?」

「バースデイを使いこなすためとはいえ、連日基礎訓練のやり直しばっかり。正直、強くなってる実感なくって」

 

コンビニで買った水を呷りながら、神那賀の言葉に伊達はうーんと考える

伊達明に特訓を指示してもらっているとはいえ、正直やってることは走り込みや腹筋、背筋とかの基礎的な訓練ばかり

戦闘技術とかそういうのはからっきしである

時間をかけてたっぷり十秒くらい経ってから、伊達はにかっと笑いながら

 

「わかんない」

 

めちゃくちゃいい笑顔なのが余計腹立った

 

「いいんですかこんなんで! 私ホントにバースデイ使いこなせるんですよね!?」

「あー、それは大丈夫よ。大事なのは、結局のところ、ここなんだから」

 

言いながら伊達は自分の胸をドンと叩く

その後、伊達は真剣なまなざしで神那賀を見つめて

 

「正直、ナガちゃんのセンスはピカイチだと俺は思ってる。後は基礎をしっかりやれば、絶対にナガちゃんは強くなるって」

「…本心で言ってます?」

「もちのろんよ。安心しなさいな、絶対にバースは、君の想いに答えてくれるって」

 

言いながら伊達はコンビニ袋から一つのカッププリンを取り出すと、それを神那賀に手渡して、ついでにスプーンも渡しながら

 

「こいつは差し入れだ。それじゃあな、ナガちゃん」

 

言いながら伊達はベンチに置いてあったミルク缶をよっこいせ、と担ぎながら、公園を後にした

小さくなっていく伊達の背中を見つめながら、神那賀は手に持っているプリンに視線を落とす

とりあえず食べようか、と思った時、カップの底に違和感を感じて、神那賀は底を覗いてみた

 

「…これ、スプーンついてる奴じゃないですか…」

 

忘れてたのかうっかりなのか

とりあえずプリンでも食べて一服して、沢白博士の所にでも行こう

カップの下についてあるプラスチックのスプーンを取ると、蓋の部分を引っぺがしてスプーンを突き刺して一口ぱくりと食べてみる

 

「…美味しい」

 

◇◇◇

 

 

アラタは当麻から連絡を受け、道を走っている

内容は信じられないものだった

 

簡潔に、延べよう

 

それは御坂妹が死亡した、というあまりにもあっけないものだった

 

アラタが駆け付けると、そこに当麻はいた

当麻は両手に黒猫を抱えていた

何故、そういった状況になったのか、それをアラタは聞かなかった

聞いたらまた、思い出してしまいそうだから

彼はひどく落ち着いていた

それでもそこから離れなかったのは、彼なりの意地だったのか

当麻はアラタに気づくと声を出す

僅かに震えた声色で

 

「あ、アラタ…」

「当麻、その、状況は」

 

仮にもアラタは風紀委員だ

それでも殺害現場に遭遇するとは思わなかったが

とりあえず、警備員には後で連絡をするとしよう

 

「そこの、路地裏だ。…うん」

 

その言葉でアラタはだいたい察した

 

「なぁ、友達が死んだのに! なんで俺はこんな冷静なんだ!? もっと取り乱してもおかしくないのに、なんで…なぁ、なんでっ!」

「落ち着け、当麻」

 

ずい、と手を顔の前に出され当麻は言葉を止める

 

「何もできないわけはない。少なくともそれを探しにその現場に行く。お前はどうする、残るか」

 

少し経って、当麻はアラタの顔を見て言った

 

「俺も行く。理由なんてわかんないけど…もう逃げたくないんだ」

 

◇◇◇

 

「…む」

 

その路地裏に赴くと、どういう訳だか件の遺体はなかった

しかし当麻の言っていることが嘘だとも思えないアラタは周辺を操作しようと辺りを見回す

確かに血痕とかは見つけることは出来なかった、しかし壁の傷の違和感に気づくことが出来た

しかしその壁の傷は何でついたのか、それだけが分からない

 

ふと、どこかでもぞりと動く影があった

それに気づいた当麻がその影に向かって叫んだ

 

「誰だ!」

 

釣られてアラタもその方向を見る

その人影は意外にも小柄だった

体格から察するに、その子は女子だろうか

しかしその肩に担がれている寝袋のようなものが何よりも怪しかった

 

やがて二人はそれを見た

 

あきらかに怪しい寝袋が入ったそれを持っていた人物の正体、それは―――

 

 

他ならぬ御坂妹だったのだ

 

 

目の前で起きていることが理解できなかった

 

あまりにも奇怪な光景に二人は凍りついた

見間違えるはずはない、それ以前に二人の本能が言っている

目の前にいるのは、御坂妹だと告げている

 

肩まである茶髪に半袖のブラウス、サマーセーターにスカート…

なじみのある姿がそこに立っていた

 

「申し訳ありません。作業が終了したら戻る予定だったのですが、とミサカは最初に謝罪を述べます」

 

視線に仕草、雰囲気に何よりもその口調

間違いない、彼女は御坂妹だ

 

「なぁ、お前は御坂妹で間違いないのか?」

 

そうアラタは問うた

念のため、という意味もあったがそうであると当麻が見たのは幻覚とかそういうものなのだろうか

仮にそうだとしたら、蜃気楼もいいとこだ

当麻はへなへなと言った様子で膝を付く

 

「くっそ…なんだったんだ結局…」

「さぁな…けど、お前の見た光景は夢とかの類になっちまったが」

「? お二人が何のことを話しているかは存じませんが―――」

 

当然だ

ついさっきここらへんにお前の遺体があったんだ、などとは死んでも言えない

いずれにせよ、妹が無事ならそれで問題はないと思っていたその時

 

 

 

「―――ミサカはちゃんと死亡しましたよ、と簡潔にミサカは述べます」

 

 

 

は、と当麻が声をあげ、アラタは眉間にしわを寄せる

そこまで聞いてふと、彼女が担いでいる寝袋に視線がいった

人ひとりがずっぽりと収まるであろうサイズであろうその寝袋

アラタは注意深く観察し―――気づいた

彼は当麻の肩を叩き、その視線を促す

 

「…おい当麻、見ろ、あの寝袋」

「え…?」

 

アラタに促されて改めて当麻はその寝袋に視線を移した

壊れたマネキンでも入っていそうな、造形のおかしい関節の向きが変なその異様なシルエット

そこで当麻も気づいてしまった

ファスナーからはみ出している―――茶色の髪の毛に

 

「―――っ!!」

 

当麻は絶句し、アラタは冷や汗を流す

この短い時間帯で様々な事が起こりすぎている

偽物か、もしくは人形かとも考えた

しかしその艶や質感と言った何もかも、担いでいる御坂妹に酷似していた

 

「おい、その寝袋…一体何が入ってんだよ…!?」

「そもそも、お前はここで何やってる?」

「分からないのですか? とミサカは問い返します。…しかし、そうですね、確かに貴方方は〝実験〟との関係性はなさそうです、とミサカは直感で答えてみます」

 

御坂妹は続ける

 

「念のために確認を取ります、ミサカは有言実行します。―――」

 

そう言ったのち、御坂妹は何かを呟いた

しかし言っていることは全く理解できない

 

「は、ちょ、おま…何を言ってるんだ?」

 

と、当麻は戸惑った

当麻が分からないなら、当然だがアラタにだって分からない

 

「分からない時点で、関係者ではなさそうですね、とミサカは確信します」

 

一体、何を言ってるんだ、と思う

話している言葉は日本語なのに、まったく理解できなかった

 

「寝袋に入っているのは、妹達ですよ、とミサカは答えます」

 

疑問に答えたのは確かに御坂妹の声だった

しかしその声はその寝袋を抱えている御坂妹の背後から聞こえたもので

感覚に間違いはない、だからこそそれが誰か分からなかった

 

「黒猫を置き去りにしたのは謝ります、とミサカは謝辞を告げます」

 

彼女の背後から顔を出したのは、御坂妹だった

 

「しかし無用な争いに動物を巻き込むのは気が引けました、とミサカは弁解の言を言います」

 

顔を出したのは一つではなかった

どんどんとその顔は増えていく

マンガみたいな、分身でもしているように増えていく

ふと、気が付いたら

 

二人は大多数の御坂妹に囲まれていた

 

「…なんだ、これ?」

 

当麻は口に出すがアラタも同様に混乱していた

つまりさっき当麻が見た遺体はこの中の一人が殺された、という解釈でいいのだろうか

そしてそれの隠ぺいにもこの大多数の妹たちがやったのだろうか

 

確かに人間の血など凝固剤やドライヤーの熱風でも使えばすぐに固まる

指紋とかルミノールも専用の薬でも使えば消せるだろう

 

いや、違う、そうではない

双子―――俗に言う一卵性双生児は確かに遺伝子レベルでの同じ骨格を持った兄弟だ

 

だが、どうして目の前の彼女たちはこうも彼女(みこと)に似すぎているのだ

普通兄弟と言ってもずっと同じ体格を維持できるなどあり得ない

十年、二十年と時を重ねれば当然生活リズムは変わり、自分に影響を及ぼすだろう

しかし妹はあまりにも似ている

 

まるで、彼女に合わせるような

まるで、作られたような

 

ふと、アラタは当麻の持っている黒猫へと視線を移した

囲んでいる御坂妹たちはどうも自分たちの事を知っているようで、さらに黒猫の事も知っている

アラタは御坂妹と当麻、そして黒猫にあった出来事は知らないが、同じような疑問を恐らく当麻は感じているハズだ

もしかして、今寝袋に入れられている人物こそが

 

「心配はいりません、とミサカは答えます」

 

寝袋を抱えた御坂妹は答える

 

「貴方方が今日まで接してきたのは検体番号10032号、つまり私です、とミサカは自分を指差しながら答えます」

 

ピ、と開いた手で自分を指し言葉を続ける

 

「ミサカは電気を操る能力を用いて互いの脳波をリンクさせています。他のミサカは単に10032号の記憶を共有させているにすぎません」

 

脳波リンク

信じられない事ではあるが双子ならあるいは、とも思う

遺伝子レベルで同じならば

 

そこまで考えて首を振る

この際、そんな事はどうでもいい

二人を代表し、上条当麻は問いかける

 

「…お前は、誰なんだ」

 

「学園都市で七人しかいない超能力者、御坂美琴(おねえさま)の体細胞クローン…妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます」

 

息を飲むような音が聞こえる

当麻を追いかけるように、今度はアラタが問いかけた

 

「じゃあ、そこで何をしている」

 

「実験ですよ、とミサカは言います。無関係な貴方たちを巻き込んでしまったことを重ねて詫びましょう、とミサカは頭を下げて謝罪します」

 

去っていく彼女たちにかける言葉が消え失せた二人はその場で立ち尽くしてしまった

もう何が何だかわからないくらいに、彼女の背中は違っていた

違い過ぎていた

 

◇◇◇

 

「…」

 

その辺の公園にて

上条当麻と鏡祢アラタは互いに隣り合って座っていた

当麻は膝に肘を付けながら両手で猫を抱きかかえながら、アラタは大きく背もたれに寄りかかって夕闇色へと変わっていく空を見上げる

 

―――実験ですよ、とミサカは言います。無関係な貴方たちを巻き込んでしまったことを重ねて詫びましょう、とミサカは頭を下げて謝罪します

 

頭の中で思い出させるのは、先ほどの言葉の羅列

 

―――学園都市で七人しかいない超能力者、御坂美琴(おねえさま)の体細胞クローン…妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます

 

やがて思考が合致したのか、男二人は徐に立ち上がる

アラタはちらりと当麻へと視線を移して

 

「お前も行くのか?」

「そっちこそ。行くのかよ」

「あぁ。美琴に会って、確かめないといけないことがあるからな。それに、お前もだろう?」

「…あぁ、正直一人で行くことも覚悟したけど…お前が一緒なら心強いよ」

「これから行く場所を考えると、そりゃあね。…よし、行くぞ」

 

互いにそんな会話を挟みながら、二人は歩き出していく

巻き込んでしまって、申し訳ない、だぁ?

上等だ、だったらこっちも、巻き込まれに行ってやる

 

 

「あれ。門矢先生」

 

沢白博士の所にたどり着いた時、どういうわけか部屋には門矢士が座って寛いでいた

奥の部屋では誰かが寝てるっぽいし、肝心の沢白博士本人は見当たらない

 

「んー? なんだ、お前か」

「開口一番なんだってなんですかなんだって。沢白博士は?」

「コンビニだと。あとそこ、お前が来たら渡してくれってさ」

 

そう言って士はテーブルの上に置いてある少し大きめなアタッシュケースを指さした

神那賀は頭に疑問符を浮かべながらそのケースを開けると、まるで新品同然のような輝きを放つバースドライバーがあったのだ

 

「おー…!」

「アップデートやら改修が終わったってよ」

「さっすが沢白博士、いい仕事するっ」

 

テンション上がっている神那賀はケースからバースドライバーを取り出すと、勢いよく腰に巻き付けて調子を確かめるように、軽く体を動かしてみる

うん、つけた感覚も前以上に体にフィットする感じがする

 

「…ところで、門矢先生はどうしてここに?」

「あぁ、あの博士なら知ってると思ってな」

「知ってる? 何を?」

 

神那賀が聞くと、士はゆっくりと椅子から立ち上がって

 

「それは…いや、沢白が来たら言うとしよう」

「…えー?」

 

勿体ぶる門矢士に、神那賀雫は不満を漏らした

 

◇◇◇

 

二人は常盤台女子寮へと上がり込んでいた

さすがに当麻一人の場合はここに来るのに少し勇気がいるが、常盤台の女子と知り合いであるアラタがいるので大分当麻の余裕が違う

 

アラタは手慣れた様子で部屋番号を入力し、部屋へと繋がるインターホンを押す

 

「美琴、あるいは黒子、いるか? 俺だ」

<―――へあ!? な、なんでお兄様がこちらにっ!?>

 

向こうから黒子の声が聞こえてくる

勉強か、あるいは風紀委員の仕事でもしてたのか、向こうからどたどたと片づけたりなんかしてるような音が聞こえてくる

時間にして大体十五秒くらいして、もう一回黒子の声が聞こえてきた

 

「いや、美琴に話があってな、今いるか?」

<? いいえ、お姉さまは出かけておりますわ>

「え? まだ帰ってないのか?」

<えぇ。御用がおありなら、ぜひ上がって待っててくださいな>

 

そう声が聞こえたと思うと、中へと続く玄関の鍵のロックが解除された

何はともあれ、向こうの許可が下りたということだ

 

「よし、行くぜ当麻」

「え? あんなんでいいの? っていうかあれでいいの?」

「あぁ。黒子が言うんだ、問題ないだろう」

 

その黒子というのがわたくしはわからないのでせうが

思った疑問を言葉にすることなく、とりあえずアラタの後ろをついていく

 

「…なぁ、アラタって、頻繁にここ出入りしてんの?」

「頻繁ではないがな。たまにここの寮監さんに差し入れ持ってったりしてるの」

 

そうなのか、と当麻は頷く

冷静に考えるとアラタってわりかし勝ち組なのではないだろうか

…風紀委員って、出会いとかあるのかな、諸々落ち着いたらなってみようかな、風紀委員

と、一瞬考えたけどすぐにその思考を振り払う

多分、似合わないと本能的に察してしまった

 

 

「黒子?」

 

こんこん、と扉の前でノックすると部屋の向こうからとてとてと足音が聞こえて、ガチャリとドアが開け放たれる

 

「ようこそおいでくださいましたお兄様。…はて? そちらの殿方は?」

「あぁ、こいつは俺の学友だ。色々あってな」

「はぁ。まあお兄様がそういうなら」

 

黒子に案内されて室内へと赴く二人

ドアの外見もホテルみたいだと思っていたが、部屋の中もホテルみたいな感じだった

奥のベッド二つとサイドテーブル、小さい冷蔵庫だけ

クローゼットはなく私物は全部ベッド横の大き目なスーツケースに収めているようだ

 

「申し訳ございません、もともと寝て起きるための部屋なので、客人をもてなす用意はあまりないんです」

「気にしないでくれ、押しかけたのはこっちだからな。贅沢は言わないよ」

「…お気遣い感謝しますわ、お兄様。とりあえず、お姉さまを待つなら、そちらのベッドに腰かけといてくださいな」

「え、いや、座らせてくれるのは有難いんだけど、勝手に座って大丈夫なのか?」

「ご心配なく。そちらがわたくしのベッドです」

 

・・・

 

当麻は一瞬何かを言いたそうな顔をしたが、言葉を飲み込んでゆっくりと黒子のベッドに座った

対してアラタはやれやれといった様子で同じように黒子のベッドに腰を掛けた

とりあえず部屋の空気を変えるべく、当麻が口を開いた

 

「し、しかし意外だな。お姉さまって言ってるもんだから、てっきり、御坂の後輩かと思ってたんだけど」

「あら。私はれっきとした後輩ですわよ? ただ前の同居人の方には合法的に出ていってもらっただけで」

 

こえぇよ、と内心呟きながら、当麻は体を震わせる

彼の両手に抱かれた猫が彼の気持ちを代弁するかのようになーと短く声をあげた

 

「それにしても、どうしてお部屋を直接お尋ねに? お兄様アドレス知ってるじゃありませんか」

「え、あ、あぁ。…ちょっとな」

 

例の事を電話越しで聞こうとは思わなかった

どうしても、アイツ本人の口から聞きたかったから

口ごもる彼を見てはぁ、と黒子はため息を吐きながら

 

「まぁいいですけども。それにしてもお姉さまったら無自覚なのが困りものですわ。お食事中も入浴中もお兄様のことばっかり。思わず嫉妬してしまいます」

「え? 初耳だぞそれ」

「そりゃあ本人前にしてこんなこと言えないでしょう」

 

それもそうだ

面くらって黙ってしまったアラタをフォローするかのように黒猫を抱きかかえた当麻が

 

「け、けど、アイツっていっつもリーダーシップ発揮して、グループの真ん中に居そうだけどな」

「だからこそ、ですの。お姉さまは輪を作ることはできても、混ざることはできない、敵を作ることは避けられないんです。そんなあの人に必要なのは、対等に向き合ってくれる、お兄様みたいな方なのです」

 

黒子の言葉を受けて、当麻とアラタは押し黙った

いいや、それ以上に深く考え込んだのはアラタの方だ

 

きっと、自分とくだらない話をしていたあの時間は、アイツにとって一番安心できる時間だったんだろう

 

「…俺が知らない絆ってのが、きっとあんだな」

 

ポン、と当麻に肩を叩かれて、ふふ、と短くアラタは笑みを返した

なんだか気恥ずかしい

今回の騒動終わったらもう少し優しくしてみようかな、と思った時、部屋の外から足音が聞こえてきた

 

すかさず黒子が扉の前にテレポートして耳を澄ましてみる

 

「―――まずい、寮監ですわ」

「! マジでか」

 

黒子の言葉にアラタも声を潜めながら立ち上がった

二人の剣幕に釣られて、当麻も意味が分からないといった様子でベッドから立ち上がる

 

「や、やばい人なのか!?」

「普段は優しいんだがな。…ああ仕方ない、当麻、ベッドの下に隠れろ」

 

そう言っていそいそとアラタは黒子のベッドの下に隠れてしまった

 

「何してますの! 貴方も早く!」

 

小声で促す黒子に頷きながら当麻も美琴の方のベッドの下に隠れていく

彼が隠れた直後バン! といきなりドアを開いて中の様子を覗いてくる寮監に黒子は応対し始めた

 

「? 物音がしていたみたいだが?」

「確かにしていましたわね? 隣でしょうか…?」

「ん? 御坂は寝てるのか」

「はい、このところ深夜寝付けないとおっしゃっておられまして…ちょっとクレームを言わせていただきますわ」

 

そう言って、黒子は寮監と一緒にこの部屋から出ていった

ひとまず、当面の危機は去ったか

ゆっくりとアラタがベッドの下から這い出てくると、当麻が何やら紙束を持っていた

 

「? なんだそら」

「俺にもいまいちわからねぇ。…けど、もしかしたら…」

 

そう言って当麻はその紙をめくりだす

アラタも彼の隣に行って、その内容を確認し始めた

 

 

量産異能者、妹達(シスターズ)運用における超能力者〝一方通行(アクセラレータ)〟の絶対能力への進化法

 

学園都市には七人の超能力者が存在する

その中で樹形図の設計者の演算によって絶対能力に辿り着けるものは一方通行のみ

 

彼は事実上、最強の超能力者である

演算によるとそれを素体として用いれば通常カリキュラムを二百五十年組み込めば絶対能力へとたどり着くとされた

 

我々は二百五十年法としそれを保留、別の道を探してみた

そして樹形図の設計者を使用して演算した結果百二十八種類の戦場を用意し超電磁砲を百二十八回殺害すれば可能である、と判明

しかしながら超電磁砲を百二十八人を用意することなど不可能、そこで我々は同時に行われていた超電磁砲量産計画〝妹達(シスターズ)〟に注目した

当然だが量産型の妹達(シスターズ)では性能が違う、多く見積もってもせいぜい強能力者(レベル3)程度だ

これらを用いて樹形図の設計者に再演算させた結果二万の戦場を用意し、二万の妹達(シスターズ)を用意すれば先ほどと同じ効果を発揮することが判明した

 

妹達(シスターズ)はの製造方法はそのまま転用、超電磁砲の毛髪から摘出した体細胞を用いて受精卵を用意Mこれに薬物を投与して成長速度を加速させる

 

その結果約十四日で超電磁砲と同様、十四歳の肉体を手に出来る

もともとが劣化品であるため、寿命が減じている可能性があるが実験を実行することには問題ない

 

 

レポートを読み終えてアラタは手を握りしめた

そして口の中でふざけるな、と呟く

あの少女たちは殺されるためだけに作られたとでも言うのか

そんな事が、許される世界になってしまったというのか

違う、そんな事があっていいはずがない

 

「アラタ、気持ちはわかっけど、もう一個見てほしいとこがあるんだ」

 

レポートを睨んでいるとふと当麻から声が聞こえた

そして当麻はす、とある一点を指差した

なんだろう、と思い当麻が指差した場所を見つめてみる

そこで気づいた

そのレポートの上右側と下左側にあるバーコード

 

このレポート自体はデータ上に印刷物だ、別にそれは構わない

問題はそれと一緒になっているバーコード

 

唐突だが学園都市の端末にはランクがある

携帯がD、一般端末はC、学校の教師が使う端末はB、研究機関の端末はA、理事会の専用端末はSというようなものだ

アラタはバーコードをよく観察する

確か上のバーコードは端末のランクで、下がそのデータのランクだったはずだ

 

上の端末のコードは、C

下の情報のコードは、A

 

これはCの端末でAランクの情報を引き出した、という事になる

それはつまりどういう事か

 

 

 

アイツはきっと、ずっと一人で戦っていたんだ

 

 

 

二人は互いに頷きあい、改めてそのレポートに目を通す

そこでふとがさり、と地面に落ちた紙が一枚

当麻はそれを拾い上げてばさばさ、と広げた

それは一枚の学園都市の地図だった

結構折りたたまれて全部広げてみると本棚くらいの大きさだ

その地図は路地裏など細かく記載されており、その地図のあちこちに赤いバツ印が書かれている

それは地図のあちこちにあった

 

気になった二人は当麻の携帯を用いてその座標を調べてみた

すると一件の建物の名前が表示される

 

〝金崎付属大学 筋ジストロフィー研究センター〟

 

筋ジストロフィー

その単語を聞いていつの日か飛空艇でやっていたニュースに、その研究センターが撤退だのなんだの表示されていた

その証拠に調べた建物全てがその筋ジストロフィーに関する建物だったのだ

そしてその場所全てに、バツ印がついている

 

そこである疑問に思い至った

 

ふと窓の外を見る

もう夜は更けていた

なのになんで御坂美琴は帰ってきていないのか、という疑問

このバツ印はなんだ、という疑問

研究所は撤退を表明した、という意味、いや、それ以前に―――美琴は今どこで何をしているのか

 

このレポートは正規に入手したもではない

となると美琴は実験の協力者でもない

もし、美琴の意に反して実験が進められているとしたら

美琴(かのじょ)はどんな行動に出るだろうか

 

「…そうか。そうなんだな」

「あぁ。俺たちは、アイツの味方でいられる」

 

それさえわかれば十分だ

居てもたってもいられなくなり、そのまま窓を開け放ち、当麻を抱えてアラタは外へ飛び出した

たしかレポートに書いてあった

一万三十二次実験、時間は二十時三十分

現在時刻は十九時半、場所は書かれてなかったが、知ってそうな人に一人、心当たりがいる

 

 

「お、神那賀くん来てたんだね」

「は、博士」

 

ふと、コンビニ袋片手に沢白凛音が帰ってきていた

彼女は袋の中身を机の上にぶちまけながら

 

「あ、もしかしたらもう渡ってるかもだけど、バースドライバーの調整とか終わってるからね」

「はい、ありがとうございます。これでいつでも、リベンジに行けます…!」

 

会話をしながら、沢白は最後にコンビニ弁当を取り出し、それをレンジに入れながら門矢士の方へと視線を向けて

 

「それで。士はどうしてここに?」

「あぁ、聞きたいことがあってきた。アンタなら知ってると思ってな」

「? 何を聞きに」

「レベル6シフト、今日行われる実験場の場所だ」

 

士がすらりと言ったその言葉に、沢白も神那賀も押し黙る

 

「…門矢先生も知ってるんですか? その悍ましい実験を」

「あぁ。概要調べたら、ちょっと腹立ったからな。嫌がらせでもしてやろうと思ってな。っていうか、やっぱりお前も知ってたか」

「当然です。私はその戦いで、敗北を体験しました。…だから、今度は負けたくないんです。そして、御坂さんを助けたいんです。きっと彼女は、今も苦しんでる」

 

神那賀の言葉を聞いて、士はふぅん、と短く息を吐いた

コテンパンにされてもなお、友達の為に戦う、か

立派な心掛けだ

 

「まぁいいよ、教えても。私もああいう実験は見ててむかっ腹が立ってくるんだよネぇ」

「…俺が言えた義理じゃないかもしれないが、自分でやろうとは思わなかったのか?」

「やろうとしたけど、流石に一人じゃあ無謀だし、一方通行を攻略できる術がなくってサ。士なら何とかできそうだと思ってね」

「なるほどな。まぁ、確かに俺ならできなくはなさそうだ」

「けど、それで君が実験を止めたとして、果たして実験が止まるかどうか」

「うん? どういう意味だ」

 

士の言葉に、沢白はレンジの弁当を取り出し、机の上に置いて蓋を開けながら

 

「あぁ、確実にあのバカげた実験を止めるには―――」

 

その時だった

沢白のポケットに入れてある携帯が鳴り始めたのは

彼女は徐に手を突っ込んでポケットから携帯を取り出す

 

「…アラタ?」

「え? アラタさん?」

 

沢白は何となく通話ボタンを押した後、スピーカーをオンにする

すると電話の向こうから彼の声が聞こえてきた

 

<博士ぇ! 唐突で悪いんだけど、場所聞きたいんだけど!?>

「場所? どこのだい?」

 

沢白が聞き返すと、走りながらでもしゃべってるのか、息を吸うような声の後、言葉が紡がれる

 

<レベル6シフト! 超電磁砲! 妹達! 一方通行! これで察してくんないか! わりぃけど急いでんだ!>

 

沢白の表情が驚きに染まり、思わず神那賀は口元を手で覆ってしまった

そして士はふふ、と小さく笑みを浮かべてしまった

沢白は答える

 

「あぁ、だがちょっと待っててくれ、私も君らに合流する」

<え? なんで!?>

「いいから! では後で!」

<あ、ちょ!?>

 

向こうの声を無視し、沢白は通話を切る

そしてポケットに携帯を戻すとにぃっと笑みを浮かべながら

 

「…役者はそろった、って感じか?」

「あぁ。電話にはアラタの声しか聞こえなかったけど、横に彼の友人の声も入ってた」

「上条当麻、だな?」

「知ってるのかい?」

「よぉく知ってる。退院してすぐ入院しに戻ってきたウニ頭だ」

「はっはっは、酷い言われようだ。だけど、彼がいるならきっとなんとかなる…。神那賀くん、準備はいいかナ?」

 

神那賀へ聞くと、彼女は決意を込めた表情で頷き

 

「問題ないです」

「オッケー。士は?」

「いつでもいい、時間ないんだろ? さっさと合流しようぜ」

 

士の言葉に頷くと、沢白は新しい白衣を羽織り、それに袖を通す

ばさぁ、とという言葉が似合うくらいにそれを着こなすと沢白は歩き出す

 

「さぁ、嫌がらせ(反撃開始)と行こうじゃないカ!」



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#36 誰が為に

ちょっと無理やり感があるあもしれない
今回もちょこっと流用していますよリメイク前のを

ではどうぞ

多分次回で終わるかなー(希望的観測


はぁはぁと息を吐きながら鏡祢アラタと上条当麻は道を走っていた

目的地は今もなお行われようとしている御坂妹の実験場所

場所は曖昧だが、人目に付くような場所でだけは行われないはず

それだけを頼りにしてして色々そんな場所を携帯のマップで探しながら走っていたが、流石にそれも限界だ

途中、一度走りを止めてぜぇはぁと大きく息をして軽く呼吸を整えながら、アラタと当麻は顔をあげる

このままでは埒が明かない、と思ったのか、息をしながら当麻はアラタに言った

 

「アラタ! お前は、御坂を探してこい!」

「はぁ、はぁ…! あ!? なんつった当麻!」

「お前は先に御坂を探してこいって言ったんだ! アイツが何しでかすか、想像できねぇお前じゃねぇだろ!」

 

当麻に言われて、う、とアラタは考え込む

確かに、今美琴は追い詰められているだろう

とは言ってもどこまで追い詰められてるかはわからないが…無茶をしでかすとも限らない

それに沢白も合流するとは言ってたが、それもいつになるかはわからない

となると、ここは当麻の提案を飲んだ方がいいか

 

「わかった。当麻、お前は?」

「俺はこのまま、御坂妹の場所を探す!」

「―――わかった。その代わり、その猫は俺に渡しとけ」

「え?」

「お前は戦場に猫持ってく気か? 巻き込んだら危ないだろ、なら、俺の方がギリ安全だ」

「そ、それもそうか。よし、渡すぞ」

 

そう言ってゆっくりと当麻から猫を受け取ると、落とさないように両手で抱える

…この可愛らしい猫の毛並みを存分に撫で回したいところだが、残念ながらそんな時間はない

時は一刻を争うのだ

 

「じゃあ、こっちも俺の携帯渡しとく」

「え? なんで?」

「さっき電話してた時、誰かが来るって言ったろ? そしたら多分こっちにかかってくる。その人たちと合流できなきゃまずいからな、事情を話せば、多分大丈夫だ」

「お、おう。よくわかんないけど、お前の知り合いから電話かメールがくる感じだな?」

「そんなところだ。っと、これ以上は不味いか…じゃあ当麻、また後で!」

 

そうアラタが言うともう一度猫を抱えなおすと勢いよく走り出した

彼の背中を見えなくなるまで見送ると、当麻も自分の携帯を使い地図を開くと、周辺で実験に使えそうな場所を探そうとした、その時だ

 

「―――? バイブレーション?」

 

ついさっき受け取ったアラタの携帯が震えだした

危ない、素早く気づけて良かった

走っていたら気づけなかったかもしれない

携帯のマナーモード…即ち、着信を知らせるバイブレーションは、案外懐とかに忍ばせていると気づきにくい時があるのだ

当麻は自分の携帯を仕舞うと、今度はアラタの携帯を取り出し、通話のボタンを押す

 

「あの、もしもし?」

<…うん? アラタじゃない声がした。―――もしかして、君が上条当麻?>

「! 俺のこと知ってるんですか!?」

<あぁ、たまにアラタから聞くし、士からも聞いてるよ、不幸体質の少年>

 

いらんとこまで伝わっている事実にびっくりしつつ、当麻は言葉を発する

 

「それで、えっと…」

<あ、名乗ってなかった、沢白だよ、沢白凛音>

「あ、どうもです! それで、沢白さんは今どちらに…?」

<いやね、あの電話の後、気を利かせてGPS機能を起動させたアイツの携帯を追っかけてて、近くなったから連絡入れたんだよ。今も話の最中だけど―――>

 

言葉の途中で、いきなり向こうの声がぶつりと途切れる

いや、正確には向こうから切ったのか?

頭に疑問符を浮かべながらどうしたんだろうと首を傾げていたら、背後から声が聞こえてきた

 

「やぁ、上条当麻くん」

 

不意に聞こえてきた女性の声

その声色は少し前までアラタの携帯から聞こえてきた女性の声と同一だ

当麻はゆっくりと振り返ると、そこには背中まで届く黒髪ロングの、白衣を着た女性と、同じように黒髪ロング(こちらは肩まで)女子生徒…そして、なんでか知らんが、行きつけ(?)の病院の先生であるはずの、門矢士までもいた

 

「こうして出会えて嬉しいよ。改めて、私が沢白だ」

 

◇◇◇

 

研究所から抜け出した御坂美琴は一人、フラフラと街の中を歩いていた

このイカれた実験を止めるのはどうしたらいいのか

考えに考え抜いて、美琴は一つの結論を導き出す

ハッキングしたレベル6シフトに関する資料の中に、超電磁砲は逃げに徹したところで、百八十五手で敗走し、殺されると演算結果が出ている

 

なら、この私にそんな価値なんてないと、学者連中に思わせればいい

 

逃げに徹したところで、最初の一手で無様に頭を垂れて、みじめに泣いて命乞いした上で死んでしまえば、もしかしたら

 

「…ッ」

 

ゾクリと体が震える

身体は今も恐怖で怯えている

美琴は自分の両手で己を抱くように動かすと、震える自分を抑えつける

妹達(シスターズ)の面々は恐れず淡々と向かっていったんだ、なら自分もそれに倣わなければならない

ならないのだが―――

 

「どうして、こんなことになっちゃったのかな」

 

いつしか美琴は、大きめな橋の所までやってきていた

彼女は橋の手すりに両手をかけて、闇夜に光っている星空をなんとなしに眺めてみる

 

ふと、子供のころを思い出した

 

幼いころ、初めて能力が使えるようになった、あの日のこと

パチパチと両の手のひらから迸る青白い閃光の輝きがとても綺麗で、布団の中でずっとそれを眺めていたくらいだ

もっと成長すれば、あの夜空の星みたいに大きな光にも似たそれができるのかな、なんて思っていたものだ

 

今となっては、そんな幻想(ゆめ)語る資格なんかないって言うのに

 

「…筋ジストロフィー、か」

 

筋ジストロフィー

それはいわば不治の病の一つであり、筋肉が少しづつ動かなくなっていく病気だ

当然自分は筋ジストロフィーではないし、友達にそんな病気になっている人はいない

 

現代の医学では治せない、その病をキミの力なら治せるかもしれないんだ

 

そんな甘い言葉に乗せられて、幼い自分はDNAマップを提供した

 

だが待っていた結末がこの()惨状()

 

あの研究者の言葉は嘘だったのか、あるいは本当だとして途中で歪んでしまったのか、それはわからないし、興味も沸かなかった

だけど、大勢の人を助けたいと思った気持ちは、紛れもなく本物だった

 

沢山の人たちを助けたいと思った善意は

二万人もの妹達をただ殺していく悪意となった

悪意となって、しまった

 

だから何としても、この実験を止めないといけない

たとえ自分が死んだとしても、この狂気を止めなきゃならない

 

別に、自己犠牲が尊いものだなんて思ってない

実際今だって体は僅かに震えているし、指先だって血の気が引いてて冷たかった

できる事なら―――できる事なら大声で助けたいって叫びたいッ

 

だけどそんな…そんな自分だけ助かりたいなんてこと言えない

 

もう既に一万人の妹達が犠牲となっているのに、自分だけそんな甘いユメを見るだなんて許されない

 

不意に、脳裏にある人物の顔が浮かんできた

 

笑顔を重んじ、人知れず誰かの笑顔を守るために戦っている、アイツ

知らない所で傷ついて、それを私たちに隠して笑っている、大切な友達

 

きっと彼に全てを打ち明けて、助けてって叫べば、きっとアイツは助けてくれる

 

だけど、先も言ったようにそれはできない

もう既にこの手は血で汚れているからだ

だからもう、美琴は己の命を投げ出すほかにない

 

でも―――それでも、止まらなかったら?

 

「ッ! ―――…う、ぐぅ…!」

 

身体の内から感情がこみ上げてくる

これで止まらなかったらもう打てる手立てなんかない

残りの一万人、殺されておしまいだ

 

「…た、す、けて…」

 

小さい声で、消え入りそうな声量で言葉を発する

ついさっき自分にこんな資格ないだとか、そんなことを言い聞かせてたけど、それでも言いたかった

良いじゃないか! 言うだけならタダなんだ! 弱音くらい吐いたって罰なんか当たらないだろう

どうせこれから―――命を散らすのだから

 

「助けてよ…!」

 

もう疲れたんだ、誰でもいいから私をこの暗闇から連れ出してほしい

私一人じゃあこれが限界なんだッ

だけど、現実はそう甘くなんかない

どんな絶望の淵にいても、都合よく〝英雄(ヒーロー)〟なんて来てくれるわけが―――

 

「なー」

 

ふと、耳に入ってきた猫の鳴き声が美琴を我に返らせた

鳴き声のした方を見てみると、そこには一匹の黒猫がてけてけと歩いてきていた

黒猫はこちらの近くまで歩み寄るともう一度「なー」と鳴いて首を上げてくる

 

「…黒猫?」

 

どうしてこんなところにいるのだろう、そう思いながら美琴はじっとその黒猫をのぞき込む

刹那、もう一つこちらに向かってくる足音が聞こえてきた

誰だろう、と思って美琴は顔を上げて近づいてくる足音の方へと視線を向ける

 

「―――…ッ!!」

 

視線の先にいたのは、見慣れた一人の男性だった

制服の夏服を着て、ここまで走ってきてのか肩で息をしながら、ゆっくりと近づいてくる

空の月がその人物を照らし出し、闇に隠れていたその顔が明らかになる

 

「…こんなところにいたのか、美琴」

 

暗闇で包まれるこの鉄橋に、一人彼は―――鏡祢アラタは現れた

絶望を切り裂く光のように

心の底から待ち焦がれた、それこそ―――英雄(ヒーロー)のように

 

◇◇◇

 

「俺の力が必要って、どういうことですか、沢白さん」

「そのままの意味さ。アラタから聞いたよ、その右手、なんでもあらゆる異能を打ち消してしまうすごい右手だって」

 

沢白たちと合流した当麻は、実験場へと向かう道すがら、沢白からそんな言葉を聞かされた

この実験を確実に止めるには、君の力が必要なんだ、と

 

「多分ここにいる士が全力で一方通行に向かったら多分勝てるだろう、でもそれじゃあ意味がない。士は超能力者でも、無能力者でもない、仮面ライダーなのだから」

「…え!?」

「そうなんですか門矢先生!?」

 

どうやら言っていなかったらしく当麻どころか神那賀も心の底から驚いていた

士は頭をカリカリと掻きながら

 

「確実じゃない、倒せるかもってだけだ」

「そう。でも、そんなイレギュラーな戦闘では恐らく実験にはあまり支障がない。一方通行の傷が癒えたら、きっとまた再開される。かと言って殺すのもさすがに穏やかじゃない。意味なんてないしね」

 

沢白は「そこで!」と言葉を区切って当麻の方へと視線を向ける

顔が急接近し、思わず当麻は顔を赤らめる

この人めっちゃ美人なのだ、いい匂いするし

 

「君の出番ってわけだよ、上条当麻くンっ!」

「お、俺の…?」

「あぁ、君のその右手で、一発、一方通行に渾身の拳を打ち込んでほしいのさ」

 

そう言われて、当麻は思わず自分の右手を見つめる

外見上は何の変哲もない、ただの右手だが、この右手の先は、触れるとどんな異能も打ち消すことが出来る、幻想殺し(イマジンブレイカー)という力が宿っている

無論万能というわけでもない

効果範囲は右手の手首から手のひらまでだし、相手の能力によって起きた二次災害などは防げない

 

相手の炎自体は防げても、炎によって倒壊するビルとかは防げないように

 

「でも、俺にできるんですか? 一方通行に一発って…」

「大丈夫、相手は〝最強〟なだけで、〝無敵〟じゃないんだ。その境目に、勝機は必ずある」

「〝最強〟なだけで、〝無敵〟じゃない…?」

 

一体どういう違いがあるのだろうか

最強っていうのは、文字通りめちゃくちゃ強いのだろう

しかし無敵はこっちの攻撃すら通さないとかそういう…

 

「っ!」

 

改めてゆっくり思考して、当麻はハッと気が付いた

その結論にたどり着いたのだ

 

「気が付いたかナ? その小さな境目に」

「はい、けど、実行できるかは…」

「大丈夫、根拠なんかないけど、君が普段見舞われる〝不幸〟よりは楽だって」

 

そう言ってはははと笑い飛ばす沢白に、当麻は若干ジト目となって反撃する

簡単に言ってくれちゃって、と文句を言いそうになるがやらないという選択肢など最初(はな)からないのでその言葉を引っ込める

 

「まぁ途中、この実験を円滑に進めるためのボディーガード? みたいなやつが出てくるだろうから、そいつらは俺と神那賀の二人で相手してやる。存分に拳を震え、上条。けどできれば入院はすんなよ」

「ぜ、善処シマス…」

 

相手が相手だからはっきりとは頷けない

若干不安で汗が出てきた当麻の肩に、ポンと誰かが優しく手を置いた

それは先ほど士に神那賀と呼ばれた女生徒だ

そういえば軽く彼女についてもアラタから聞いたことがある

と言っても知り合いの仮面ライダーくらいしか情報知らないけど

 

「みんな色々言ってるけど、無茶だけはしないでね?」

「…あぁ、わかってるよ」

 

神那賀の励ましを受けて、当麻は息を吐き出す

そうだ、これ以上泣き言は言っていられない

どっちにしても、御坂妹を助けて、この下らない実験を終わらせる

 

それだけだ

 

◇◇◇

 

シリアルナンバー10032号、御坂妹は繁華街を抜けて工業地帯にある一角を目指し歩いていた

ゆっくりと街灯が並んでいる通りを歩きながら実験内容を頭の中で思い出していた

 

別に恐怖なんてない

憎悪もないし、あきらめもない

彼女の顔にあるのはただ本当に無表情

他人が見ればそれはぜんまい人形がテクテク崖に歩いているように見えるだろう

 

別段、御坂妹は命の大切さが分からない人種ではない

目前で死にかけの人がいれば自分の取りえる行動を選択し適切な判断をする行動力はある

 

ただ、それを自分に向ける、当てはめることが出来ないだけ

 

材料や機材があればボタン一個で作られる身体に洗脳装置(テスタメント)を使ってデータに上書きするように強制入力される無の心

彼女の単価は金にして十八万円

多少性能の高いパソコンだ

製造技術が向上されれば早々にワゴンセールに放り込まれるくらいに

 

だからこそ、理解できないことが御坂妹には一つだけあった

 

夜道を歩きながらふと思う

路地裏で複数のミサカと遭遇した二人の少年は驚いて息を止めていた

 

二人の言葉を思い出す

 

―――お前は、誰なんだ

その言葉はまるで御坂妹に対しての言葉ではなく

 

―――じゃあ、そこで何をしている

まるで何かを否定して欲しくて投げかけた言葉のような感じがした

 

それほどまでに認めたくなかっただろうか

二万人の妹達(シスターズ)が、心臓を止めていく作業が

 

分からない、理解できない

一体何を言っていたんだろう、あの二人は

 

理解できないものを考えても仕方ない、と御坂妹は結論付ける

 

 

 

だけど、どうして、今あの二人の顔を思い出したんだろうか

 

 

 

本当に価値などないなら思い出す必要もない

読み終えた本を本棚に戻すように

昨日食べた夕食の内容なんて覚える必要のないくらいに

 

今これから行われる実験について考えていたはずなのに、どうして自分は脱線してしまったのか

 

「…、」

 

御坂妹には、分からなかった

たったそれだけのことなのに

 

◇◇◇

 

「…あら。アラタじゃない。どうしたのよ、こんな時間に」

 

青の姿で一番高いところに飛び、そのまま緑となって全力で美琴の姿を追った

緑の姿は感覚がかなり鋭敏になる分、身体にかかる負担がかなり大きく、戦闘では〝目の前の相手〟にのみ集中することで、その負担を誤魔化してきた

 

だが人を探すとなるとそうは言っていられなくなる

あらゆる声に耳を傾けないといけないし、実際頭がパンクしそうだった

だがその声の中に、アラタは確かに聞いたのだ

 

―――助けてっていう、彼女の声を

 

そしてそのまま駆け付けて、橋の手すりに肘をかけて体を預けている彼女の後姿を見つけた

彼女の背中は、すぐ一歩踏み出して身を投げ出してしまいそうな、そんな感じがするくらいに弱弱しく見えた

そして今もまた、彼女は強がっていつも通りに振舞おうとしている

演技なんて下手なくせに、彼女はいっちょ前にこちらに心配などさせまいと、いつもの自分を演じようとしている

 

「どうもこうもない、何、お互いに偶には話し合おうぜってわけよ」

「話し合う? アタシとアンタで、今更何を話し合うって―――」

 

そういう美琴の目に見えるように、ポケットから折りたたんでいたそれを取り出し、それを開いて見せた

これは妹達と、レベル6シフトに関連する資料だということに気が付くのに、時間はかからないだろう

事実、紙を見せたその瞬間、絶句したかのような表情を彼女は見せた

 

「〝全部〟知ってる。だから、無駄なことは省こうぜ」

 

 

―――

御坂美琴の頭の中は、もう真っ白になっていた

一番知られたくない人に、実験のことを知られてしまった

…いや、遅かれ早かれこうなっていたのかもしれない

 

「…あーあ。全く、どうしてそんなことしちゃうかな。それ持ってるってことは、私の部屋に入ったってことでしょう? 侵害よ? プライバシーの侵害」

 

アラタの性格上、きっとこういうのは許せないはずだ

そして自分は、その実験に手を貸した協力者

早い話、糾弾しに来たのだろう

 

―――そんなネガティブな発想しか、今の美琴には思いつかなかった

 

「それ、ぬいぐるみの中に隠してたと思うんだけど? わざわざまさぐったってこと? もう、死刑よ死刑」

 

けど、それでもいいや

過程は違えど、結果は同じ

いっそのこと誰かが責めてくれた方が幾分か気が楽だ

ましてや、それが鏡祢アラタなら

 

「それで。結局、アンタは私が許せないと思ってるのかしら」

 

僅かに笑みを浮かべてアラタの言葉を待つ

 

「…本気で言ってるのか」

「え…?」

「心配したよ。…心の底から」

 

真っ直ぐ、それでいて真剣な眼差しが、今の美琴には眩しかった

直視して絆されてしまったら、助けを求めてしまいそうな気がしたから、思わず美琴は顔をそらし、手すりに置いた自分の手に力を入れながら

 

「…う、嘘でも、心配してくれたことは、嬉しい、かな―――」

 

 

「嘘な訳ねぇだろうがッ!!」

 

 

響き渡る、アラタの怒鳴り声

思わずびくりと美琴は体を震わせる

反射的に、アラタの顔を見た

見てしまった

 

真剣すぎる、戦う時にいつもする、あの顔つきだ

ダメだ、揺らぐ、揺らいでしまう

求める資格なんてないはずなのに、自分の覚悟が鈍ってしまう

ギリ、と歯を嚙み締めて、己の感情を押し殺す

 

「…あの子たちね、平気で自分のこと実験動物って言うのよ。平気で身体弄られて、用が済んだら焼却炉…あの子たちは、モルモットがどんなものなのかを、正しく理解してる。分かっていながら自分たりをそう呼んでるの。…だから、私の手で、助けないといけないの…!」

 

美琴の言葉を、アラタは黙って聞いていた

軽く吐き出して落ち着いたのか、一つ息を吐いてゆっくりと美琴は歩き始める

 

「どこに行くんだ」

「今夜も実験は行われる。 その前に、私が出来うる最後の手段で、一方通行とケリをつけるわ」

「できるのか。あの資料には真っ向からは即死、逃げに徹しても百八十五手で詰むと書かれてる、お前はアイツに勝てるのか」

「えぇ、勝てないでしょうね。…でも、もしも、私にそれだけの価値がなかったら?」

「…なに…?」

 

アラタの顔が一度疑問符を浮かべる

そして瞬時に美琴の行動を理解した彼は今度は表情を驚愕に染めて

 

「…お前、死ぬ気か!」

 

アラタの問いに、美琴は答えなかった

代わりに返ってきたのは、いつもよく見る御坂美琴の微笑だ

 

「仮にそう行動して、自分に価値がないって研究者に示せても、演算しなおされたら…」

「ううん、それは大丈夫。樹形図の設計者は、ちょっと前に何者かの攻撃を受けて破壊されてるの。だからもう再演算はできない」

「! お前、そんなことまで…!」

 

なんだか、今日はこいつ、驚いてばっかりだな、と内心で美琴はちょっと笑った

普段と違う彼の一面を見れて、少しだけ心の中で笑顔になる

最期に彼のそんな姿を見ることができて、ちょっとだけ得したかな

 

「さ、わかったなら、そこをどいて」

 

そう言って美琴は、彼の横を通り過ぎようとした

だが出来なかった

す、と自分の前に彼の手が伸ばされたからだ

 

「…お前の考えはわかった」

「? …わかったならなによ、そこどいてって」

 

 

「けど俺は、まだお前の本心を聞いてない」

 

 

「…え?」

 

不意に告げられた彼の言葉に、思わず目が点になる

本心? いったい何を言ってるんだろう

 

「確かに今言ったお前の言葉も、噓偽りのない、紛れもない本心だろう、でも俺は、お前の本当の言葉をまだ聞いてない!」

「ほ、本当の言葉って何よ、言ってる意味がわかんない―――」

「わかってんだろ!! お前だって本当はッ!!」

 

叫ばれた彼の声に、思わずどくんと心臓が高鳴る

本当の、言葉…私、は

す、と目の前に彼の手が差し出された

 

「どんな雨だって、絶対に止む。俺は! お前を助けたいッ! お前の力になりたいんだよ!」

 

叫ばれた言葉が心に刺さる

思わず美琴は両耳を塞いで、言葉を聞かないようにしながら

 

「やめて! やめてよっ! やっと全部諦められそうだったのに、なんでそんなこと言うの!? 何もかもを全部諦めて一方通行の所に行けそうだったのに!!」

「諦める必要なんかない! 今ここでお前を行かせてしまったら、絶対に俺は後悔する! だから何度でも手を伸ばす! 頼むよ美琴!」

 

 

―――俺の手を、取ってくれッ!!

 

 

塞いでいても、その言葉ははっきりと聞こえてきた

同時に、自分を抑えていた覚悟が崩れていくのが分かる

あぁ、もう、限界だ

 

きっと無意識に、美琴はその手を握ったのだろう

きっと無意識に、美琴は目から涙を流したのだろう

きっと無意識に、美琴は―――助けてほしかったんだ

 

彼の手に触れた手が、力強く握り返される

彼の手は、暖かった

くん、と彼の手に引っ張られ、いつの間にか美琴は彼の胸に飛び込んでしまった

そのまま優しく抱きしめられる

触れる体の温もりを感じながら、美琴ははっきりと、本当の言葉を口にした

 

 

 

 

「―――お願い…。…助けて…っ!!」

 

 

 

「あぁ、任せろッ!」

 

彼女の願いを聞き届ける彼の言葉に呼応するかのように、アラタの背後にゴウラムが飛来する

ゴウラムは二人の周りを軽く一周しながら乗りやすいように地面に不時着してくれた

顔なんてないのに、アラタの方を見てる気がする

 

<行こう、アラタ。多分あの人たちもついてる>

「あぁ」

「あの人たち…?」

 

言葉を聞いて美琴は首を傾げる

その疑問に答えるように、アラタは彼女の方を向き、笑みを浮かべて

 

「お前を助けたいって思ってる奴は、俺以外にもいるってことさ」

 

そう言ってアラタは先にゴウラムの背に乗った

そしてその後、美琴に手を差し出してくる

美琴はちょっと遠慮がちに彼の手を握ると、そのままさっきと同じように引っ張って落ちないように支えてくれた

 

「美琴、場所はわかるか? 可能なら案内を頼みたい」

「えぇ、任せて」

「サンキュー。行くぞゴウラム、もう悲劇はおしまいだ」

 

アラタの言葉に答えるように、ゴウラムは羽を動かした

そしてそのまま一直線へと飛び始める

こんなバカげた実験は―――今日限りだ



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#37 ヒーロー

終わりませんでした(かなしみ
ていうかこのままだと長くなりそうなのでキリのいいところで区切りました
楽しんでもらえたら幸い


「ぁうっ!」

 

繰り返されるのは、いつもと変わらない蹂躙劇

なんど挑んだところで、代わり映えのない殺戮ショー

ゴロゴロと地面を転がりながら、ミサカ10032号は一方通行を見やる

 

「おいおい、お前ら全員繋がってンだろ? いい加減対策とか考えろよなァ?」

 

ポケットに手を突っ込んで歩いてくるのは一方通行

またこれまでと同じように、雑草でも引き抜くかのように伸ばされようとしたその手は、途中で止まった

一方通行はある一点をじろりと見つめたままで、倒れ伏しているミサカ10032号を見た

そして問う

 

「…おい、この場合、実験ってェのはどうなっちまうンだ」

「…え?」

 

釣られて彼女も一方通行の視線を追う

その視線の先には、いるはずのない人物がいた

詰まれたコンテナに手をかけて、ぜぇはぁと息をしている、あのツンツン頭の少年が

いや、よく見れば彼だけじゃない

彼を含めて合計四人、トイカメラの男性と白衣の女性は知らないが、あの黒髪の女性は、美琴―――お姉様の友人だったはずだ

 

「…どうして、ここにいるのですか…?」

「ちっ。関係ねェ一般人どもなンざ連れ込ンでンじゃねェぞ。それともあれかァ? 浅倉たちの目を掻い潜って来たやつらかァ? どっちにしろ、秘密を知っちまった連中は、口封じとか言うお決まりかァ?」

 

そう言いながら、一方通行は10032号の顔を足蹴にした

その気になれば、その状態でいとも容易くその命を積むことができただろう

だがそれをしなかったのは、一般人がいる、というこの状態をどうすべきか迷ったゆえに、だ

 

 

「…離れろよ」

 

 

ぼそりと、しかし、はっきりと

あの一般人はそう告げた

 

「とっととその子から離れろって言ってんだ! 聞こえてねぇのか三下ぁぁぁっ!!」

 

 

「―――何か言ったか」

 

一方通行がぐるりとこちらに視線を向けながら、そんなことを呟いた

目の前の敵に一瞬目を背けそうになるが、負けじと睨み返しながら、上条当麻は沢白の言葉を思い出す

 

―――いいかい、最強と無敵の紙一重…君の右手なら、アイツの能力を打ち消して攻撃が届くかもしれない

 

視線を右手に見やる

幻想殺しを宿したこの右手が通用するかわからないが、もう沢白の言葉を信じて突っ切るしかない

そうやって睨み返していると、不意に空中から羽根が羽ばたくような音が聞こえてきた

 

「…やっと来たか」

 

士の言葉と同時、地面に一人の男が着地する

アラタだ

となると、美琴を止めることに成功したのか

ちらりと上を見ると、そこに美琴が乗っていた

美琴は何かを言いだそうとしていたが、乗ってるクワガタの意思なのか、ゆっくりと地上に降り、アラタの隣に歩いてく

アラタは一方通行が10032号を足蹴にしていることを確認すると、ぎり、と拳に力を込めた

 

「おいおい、なんだ今日は。一足早めのハロウィンパーティーかなんかか」

 

コンテナの陰から、誰かの声が聞こえてくる

瞬間、ギリッと神那賀の拳が力強く握られた

影から出てきて一方通行の隣に歩いてくるのは、三人の男たちだ

 

「…よほど命が惜しいと見えるな」

「おりょ? よく見れば前来た雑魚までいんじゃん? 今日は選り取り見取りだねぇ」

「面倒な仕事増やすんじゃないよ。…イライラしてくるぜ…」

 

三人は口々にそう呟いてくる

するとリーダー格の男…浅倉が一方通行に視線を向けて

 

「…離れろってよ。離してやったらどうだ? 〝上〟にでもよ」

「…! あァ、なァるほどねェ…そら、ちゃンと受け止めろよ?」

 

そう言って彼は10032号へと足を付けたまま、反射を発動させて上空へと吹っ飛ばした

このまま何もしなければゆっくりと弧を描いて、真っ逆さまに落下してしまうだろう

だが、そのまま見ているものなどいないのだ

 

「!!」

 

アラタは足に力を込めそのまま一度青のクウガへと変身、そして大きく跳躍し、落ちつつある彼女の体を受け止めると、再度その変身を解除した

衣服に、10032号の血が染み込み、己の手を汚す

アラタは拭き取ろうとはせず、そのまま手を握りこんだ

 

「…どうして」

「うん?」

「どうして、ここに来てしまったのですか、とミサカは問いかけます。関係ない人も巻き込んで、とも、ミサカは、付け加えます…」

 

か細いようで、それでいてはっきりとした声だった

10032号は彼の腕の中で言葉を続ける

 

「あなたたちの行動は理解しかねます…ミサカは、必要な機材、および薬品と、資金さえあれば何度でも作り出せる消耗品…作り物の体に、借り物の心…定価にして約十八万に、在庫にして九千九百六十八体が余りある…そんなモノ何かの為に…」

 

「戦うのは、間違ってるってか?」

 

10032号の言葉に返したのは、士だった

 

「確かに、お前は作り物かもしれない、心は借り物、傍から見れば人形にしか見えないかもな。…だけどな、少なくともここにいる馬鹿野郎たちは、お前のことをそうは思ってないらしい」

「…え?」

「えぇ、門矢さんの言う通りよ。私たちは、貴方を含めた妹達を人形だなんて思ってない」

「この世界に、たった一人しかいないお前を助けるために、みんなここに来たんだ」

 

士の言葉に、神那賀と当麻が続いていく

アラタは血に濡れていない方の手で、10032号の頭を軽くなでると、付近にいる沢白の方へと歩いていって、彼女を預ける

 

「博士、この子を頼んだ。美琴も博士と一緒に離れててくれ。巻き込まないとは言い切れないから」

「了解したよ。あんまり無理しないようにネ」

「さぁ、そいつはできない相談だな」

「だと思った。…行くよ、御坂くん」

「わかったわ」

 

そう言って沢白は10032号を抱えると、美琴と共にこの場から去っていく

こうして、この場には戦士しかいなくなったわけだ

一方通行はうんざりと言った様子で首を回しながら

 

「おいおい、団体戦でもやるつもりかよ? 今日は退屈しねェなおい?」

「ホントにな。…やるぞお前ら」

「あぁ。残念だ、こんなことに絡むことがなければ、長生きできただろうに」

「俺は別に残念だなんて思わねぇ―けどね。自業自得ってやつよ」

 

言いながら一方通行の隣にいる三人は徐にデッキを前に突き出した

すると三人の腰にバックルのようなものが巻かれて、浅倉は右手をゆっくりと動かしながら半月を作るように動かし、芝浦はガッツポーズをするかのようなポーズを取り、手塚は右手を突き出して、各々が叫んだ

 

『変身!』

 

叫んでそのまま、デッキを三人がバックルにセットする

そうすると鏡の割れるような音と共に残像が三人に重なり、その姿を変える

王蛇、ライア、ガイ

それがその三人のライダーの名前だ

 

「…行くぞ。用意はいいか」

「私はいつでも」

「同じく」

 

士の言葉にアラタと神那賀が同意し、最後に士は当麻へと問う

 

「それじゃあ、一方通行とやらは任せたぞ」

「あぁ…任された!」

 

当麻の覚悟の言葉を聞いた士は、懐からマゼンタ色のドライバー…ネオディケイドライバーを取り出すとそれを腰に押し当ててベルトを巻き付けて、ドライバーを開いた

それに合わせて神那賀がバースドライバーを巻き付けて、アラタが腰に手を翳しアークルを顕現させた

 

そして士はカードを取り出して、神那賀はメダルを弾き軽く中空へと飛ばす

二人がそんな動作をしてる傍ら、アラタは右手を斜め前に突き出し、左手をアークル右側上部に添えて、ゆっくりと開くような動く

 

それと同時に、士はカードをドライバーにいれてドライバーを閉じ、神那賀がメダルを投入しカプセルレバーを回転させながら、皆が叫んだ

 

『変身!』

 

<KAMEN RIDE DECADE>

 

そんな電子音声が鳴り響く中、三人がその姿を変えていく

士はディケイドへ、神那賀がバースへ、そしてアラタがクウガへと変身を完了させた

クウガは王蛇へ視線を向けて、バースはライアとガイに睨むように見つめる

ディケイドはライドブッカーをガンモードに切り替えて、軽くソイツを叩きながら、牽制目的でひとまず向こうの三ライダーの足元に向けて軽く撃った

当てる気などない威嚇射撃

ガイは多少ビクついていたが、ライアと王蛇はディケイドらへと視線を向ける

すると指でくいくい、と挑発するように動かしていたのが見えた

 

「…舐められてるな」

「みたいだな…。じゃあアクセラ、アイツは任せる」

「あァ。とっとと愉快なオブジェにでもしてやンよ」

 

一方通行にそう言って、王蛇は駆け出した

ベノバイザーを取り出して、手始めに挑発なんぞかましてくれたあのバーコード野郎をぶん殴ろうとした時、割り込んできたクウガがそれを迎えうつ

 

「テメェの相手は俺だ」

「…面白い、せいぜい退屈させるなよ!」

 

そのまま二人はまた別の場へと戦いながら離れていく

そんな光景を見ながら、バースも同様に駆け出して、メダルを一枚ドライバーに入れるとレバーを回した

 

<ドリルアーム>

 

その電子音の後ドリルアームがバースの右手に装着される

とりあえず真っ先に狙いをつけるのは、言動がムカつくサイ野郎だ

突き出されたドリルの攻撃を回避しながら、ガイは煽るように口を口を開く

 

「おいおい、いきなり熱烈だねぇ!」

「ぬかしなさい! アンタらには、ここで前の借りを返す!」

 

そのまま戦闘を始める二人を尻目に、ディケイドとライアはゆっくりと互いを目の前に捉えながら歩いて距離を詰めていく

 

「やれやれ。血気盛んなやつらが仲間だと、色々大変だな」

「同感だ」

 

言いながらライアはデッキから一枚のカードを取り出すと、それを左腕につけてあるエビルバイザーにセットする

 

<スイングベント>

 

するとどこからともなく鞭のような武装がライアの手元に現れた

ライアがそれを構えながら、ディケイドもライドブッカーをソードモードに切り替えて身構える

 

「…こちらに言葉はいらないな?」

「あぁ。俺もそっちの事情に興味はない」

 

短く言葉を交わしたのち、エビルウィップとライドブッカーが交差した

 

◇◇◇

 

一方通行が軽く地面とトン、と蹴る

刹那地面から砂が爆発し、当麻に襲い掛かってきた

たとえるなら、まるでそれはショットガンだ

反応が僅かに遅れ顔を手で覆うが、大小さまざまな小石が当麻を襲う

 

「どうしたァ! そんな速度じゃ百年遅ェぞおらァ!!」

 

痛みに耐えながら、一方通行は次の攻撃行動へ移る

地面に設置されてある鉄道のレールを反射して強引に引っぺがすと、それを適当に捻じ曲げ放り投げてくる

あんなのを食らっては流石にひとたまりもない

 

地面にレールが突き刺さり、その衝撃で砂塵が巻きあがる

視線の先で懸命に動いて躱していた辺り、アイツはまだ生きているだろう

 

(…気に入らねェ)

 

弱いくせに一丁前にほざきやがる、目の前の男に苛立ちが募っていく

なんなんだ、なんでこいつはここにいる

いきなり人の実験を邪魔しに来て、デカい口叩いて何をしてくるかと思えば、能力を使うそぶりも見せることはない

もしかして、こいつは…?

 

砂塵を吸い込んでむせている目の前の男はゴホゴホと呼吸を整えながら、視線だけは一方通行の方を向いている

その視線が気に食わなかった

 

「おいおい、お前。もしかして無能力者(レベルゼロ)ってやつか?」

 

今までもこういう馬鹿はよくやってきた

だがそういう愚か者は適当にあしらい、手か足のどちらかを吹っ飛ばしてやれば、己の無力さを思い知り、後悔と絶望の命乞いとかをしてきたものだ

 

「お前、自分が〝最弱〟ってことを理解してねェみてェだな? そんなに死に急ぎたきゃァよォ…望み通りにしてやンよ…」

 

一方通行がだらりと両腕を下げ、その手を開き、歩いてくる

 

「死に方ぐれェ選ばせてやる。…右か? 左か? それとも…両方か?」

 

刹那、一方通行が飛びかかってくる

ここしかない、と当麻は判断した

今までは間接的に周囲の何かを吹っ飛ばしてくるという攻撃方法ゆえに、当麻は攻勢に出れなかった

だが、直接殺しに来る今みたいな状況なら、届くはずだ

 

「う、おおぉぉぉぉぉっ!!」

 

当麻は叫びながら、己の右手を固く握り、真っ直ぐ、ただがむしゃらに突き出した

 

◇◇◇

 

この戦闘の意味が、いくら考えても分からない

御坂妹10032号は、目の前で起こるそれぞれの戦いだどうしても理解できなかった

 

「…なんで、こんな…」

「意味わからない、と言った顔だネ?」

 

どうやら無意識に声を発していたようだ

横にいる白衣の女性…沢白が御坂妹を覗き込んでいた

 

「自分に価値がない、そうさっき君はいった。けどね、それは間違いだよ。誰かをそんな風に思える時点で、君は立派な、この世界に命を貰った人間だ」

「けど、私は機材を用いて作られた、お姉様の劣化コピーです、とミサカは―――」

「だからなんだ!」

 

言葉の途中で、不意に彼女が大声を発して御坂妹の言葉を遮った

 

「コピーだかなんだか知らないが、君は! 今を〝生きて〟いるだろう! 君を守るために立ち上がって戦う理由なんてのは、そんなもので十分なんだ! 確かに君は何万と作られているだろう、だけど、今ここにいる〝君〟は一人しかいないだろうが! どうしてそんな単純なことがわからないッ!!」

 

きっとここに神那賀がいれば、驚いたかもしれない

基本彼女はあまり感情を表すことはない

だいたいアラタや神那賀と一緒にいるときに出る感情は喜怒哀楽の喜と楽の二つだ

めったに表さない、怒と哀の感情を爆発させている

 

沢白凛音は許せなかった

人間のクローンを生み出すという禁忌も、そして生まれた命を理不尽に殺すようなこんな実験も

 

「…沢白、さん…?」

「あぁ、ごめんごめん。ついカっとなってしまった。…外野の私たちは信じるのみだからネ、みんなを」

 

軽く咳をして調子を整えると、沢白はまた変わらない笑みを浮かべてくる

釣られて美琴も小さく微笑むと、ちらりと、王蛇と戦闘しているクウガを見た

互角の殴り合いを繰り広げるクウガに向かって、美琴は小さく呟く

 

「…信じてるからね。…アラタ」



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#38 決着とエピローグと

妹達編はこれにて
またもや一部リメイク前のを流用しました(甘え

たのしんでいただけたら幸いです


ぶん、と振るわれたドリルアームが空を切り、反撃として突き出されたガイの拳を避けながらバースは再度ドリルアームを振りぬいた

ガキン、とガイの胸部にドリルが当たり、ガイは少しよろけて後ずさる

すかさずバースはその腹に蹴りを打ち込んで、もう一枚のメダルを入れて再度カプセルレバーを回した

 

 

<クレーンアーム>

 

右腕のドリルアームにクレーンの要素を付けたし、離れた距離からでも疑似的な遠隔攻撃を可能とするこの組み合わせ

個人的に神那賀がよく用いる組み合わせだ

けどやっぱりそろそろシンプルな射撃武器が欲しいとも思う今日この頃

ブレストキャノンは少々かさばるし、何よりデカくて動きづらい

破壊力抜群なのは好みなのだが

 

「くっそ…! 調子に乗んなよこの女!」

 

思考にふけっているとガイはデッキから一枚のカードを取り出し、左肩前面にあるメタルバイザーにカードを投げ入れると、バイザーを閉じる

 

<ストライクベント>

 

そんな電子音声と共に、ガイの右手にメタルホーンが出現し、クレーンドリルアームの攻撃を防ぎつつ、バースへと接近していった

振るわれるメタルホーンの一撃をドリルアームで防ぎながらバースはガイに向かって

 

「答えなさい、なんでこんなことに手を貸すの!」

「あ!? 理由なんかねぇよ!」

 

面倒くさそうに反撃とばかりにバースの腹に蹴りを打ち込み、大きく仰け反らせるとデッキからもう一枚アドベントカードを取り出すと、肩のバイザーに投げ入れる

 

<アドベント>

 

直後、どこからともなくバースに突進してくるいつぞやのサイの化け物、メタルゲラス

不意打ちに近いタックルを貰い、もう一度吹っ飛ばされてしまった

ゴロゴロと転がりながら、また一枚のメダルを取り出し、仮面の下でギリリと歯を食いしばる

 

ふざけるな

 

そんな理由もなく、理不尽にあの子たちは今の今まで殺されてきたっていうのか

心の奥底で、静かに、しかし激しく怒りが神那賀の中で渦巻いてくる

 

「こいつはね、ゲームなんだよ。一方通行(アクセラレータ)にとっての、ね。あの人形たちは言わば雑魚敵、スライムみたいなもんんだよ。俺たちは部外者とかが邪魔しないようにしてるだけ。…ま、眺めてるだけでも楽しいっちゃ楽しいんだけどねぇ」

「―――アンタはぁっ…!!」

 

これ以上話していても、きっと埒が明かない

ガイの方も会話に飽きてきたのか、短くため息をしながら、デッキからもう一枚カードを取り出す

デッキに書かれている紋章が刻まれた、そのカードだ

 

「ま、これでゲームオーバーってことで」

 

<ファイナルベント>

 

バイザーにそのカードを入れて、ゆっくりとメタルゲラスの突進に自身がゲラスの肩に飛び乗って繰り出すヘビープレッシャーが迫りくる中、バースは取り出したメダルをドライバーに装填してレバーを回していく

 

<ショベルアーム>

<キャタピラレッグ>

<カッターウィング>

<ブレストキャノン>

 

各部のリセクタプルオーブから展開されていくアームズが、バースの各所に装着されていく

ヘビープレッシャーを繰り出して突っ込んでくるガイのメタルホーンを、ショベルアームで強引に掴んだ

 

「!! なんだと!? ってか、嘘だろ!?」

 

まさか止められると思ってなかったガイは仮面の下で驚愕の表情を浮かべる

そのままバースのキャタピラが激しく走らせ今もなお走っているメタルゲラスをついに跳ね除けて吹っ飛ばした

メタルホーンが消えうせ、メタルゲラスとガイはゴロゴロと地面を転がり、体勢を立て直す暇もなく、次の攻撃がガイを襲う

 

「ぐあっ!?」

 

カッターウィングの鋭利な刃で切り裂いたのち、飛行して飛び回るバースがショベルアームとクレーンドリルアームによる複合攻撃で、さらにガイに追い打ちを仕掛けていく

 

「もうアンタには何言ったって無駄ね! 言った通り、アンタに借りを返してやるわ!」

 

ゆっくりと地上に降りたち、胸部のブレストキャノンにエネルギーを収束させていく

本当はこいつだって改心できる余地があるのかもしれない

だが、今だけはとりあえず、ぶっ飛ばす!

 

「ブレストキャノン…セルバーストォォォっ!!」

<セル・バースト>

 

ブレストキャノンから放たれたエネルギーがガイに直撃し、叫び声をあげながら大きくガイが爆炎と煙に包まれてる

どさりとその場に変身が解除された芝浦の姿があった

 

それを見届けると、バースも変身を解除して倒れる芝浦の横を通り過ぎる

 

「…トドメは、刺さないのかよ」

「必要ないわ。意味がないもの。アンタも一度、誰かの為に戦ってみたら?」

「…は?」

「それじゃあね」

 

短く会話を斬り捨てて、神那賀はその場から離れるべく足を動かす

士やアラタは無事だろうか…

 

◇◇◇

 

「ふん!」

 

振るわれる鞭をライドブッカーソードで斬りはらいつつ、咄嗟にブッカーをガンモードに切り替えてライアに向かって銃撃を行う

ライアはその場から跳躍を行い、ディケイドの背後を取った

背を取られたディケイドはすかさずライアを撃とうとガンモードを向けるが、その手がライアの持つエビルウィップに弾かれる

 

「っ!」

 

その隙を逃さずライアはさらに連続攻撃を仕掛ける

丸腰となったディケイドは数発貰ったが、すぐに後ろに飛んで距離を取る

 

「…ったく…やるじゃねぇか」

「貴様もな」

 

ライアはそう言いながら一枚のカードを取り出した

一本の剣と、鏡に映されたような剣が書かれたカードだ

再度ライアはエビルバイザーを開くと、そのカードをセットする

 

<コピーベント>

 

するとディケイドの持っているライドブッカーが一瞬輝いたと思うと、その幻影のようなものがライアの手元に飛んでいく

次の瞬間ちゃきり、とウィップを持っていない反対の手にディケイドが持っていたライドブッカーがコピーされていた

 

「はぁ!? マジかよ!?」

「あいにくマジだ」

 

そう言いながらライアはコピーしたライドブッカーをディケイドに向かって発砲した

撃ち出された弾丸は真っ直ぐディケイドにぶち当たり、吹っ飛び地面を転がっていく

体験して思う、自分の武器案外痛い

 

「ってぇ…! なろぉ…! だったら、俺も使わしてもらうぜ!」

 

そのまま立ち上がりながら、同じようにライドブッカーからカードを一枚取り出す

それは三日月のような装飾が顔についている、オレンジ色の複眼のあるライダーが描かれたカードだ

ディケイドはバックルを開きながらそのカードを突き出して

 

「変身」

 

そう短く言いながらバックルにカードをセットし、閉じた

 

<KAMEN RIDE GAIM>

<オレンジアームズ! 花道 オン ステージ!>

 

突如として上空に現れたミカンのようなものがディケイドに被さると、ミカンが展開されて鎧を形作っていく

完全に鎧となったと同時、何やら液体のようなものが弾けて、そこには全く違う仮面ライダーがそこにいた

 

「! 別のライダーになっただと!?」

「さぁて。ここからは、この俺のステージだ」

 

大橙丸と無双セイバーを構えると、セイバーのブライトリガーを引いて弾丸を装填し、接近しながらそれをライアに発砲した

ズガガガガ、とライアは直撃を貰い、僅かによろけてしまうものの、すかさずこちらも反撃とばかりにライドブッカーを構えるが、すでにその時にはディケイド鎧武の接近を許しており大橙丸でライドブッカーを持っていた手を弾かれてしまい落としてしまった

 

そこからは一方的にライアがラッシュを受けて、受け身となる

無双セイバーと大橙丸の二本から繰り出されるシンプルながらも強力な斬撃の連撃はかなり手強いものだ

二刀流の同時攻撃を体に受け、吹き飛ばされたライアは何とか踏ん張りながら、デッキから一枚のカードを取り出した

エイの紋様が描かれた、ファイナルベントのカード

 

「なるほど。次でケリをつけに来たか。いいぜ、乗ってやる」

 

同じようにディケイド鎧武もライドブッカーから鎧武のライダーズクレストの入ったカードを取り出した

互いに一触即発の状態の中でにらみ合う中、不意に一陣の風が巻き起こる

それが合図となった

 

<ファイナルベント> <FINAL ATTACK RIDE G・G・G・GAIM>

 

現れたエビルダイバーに乗って繰り出すハイドべノンと、オレンジ色のエネルギーと共に繰り出す無頼キックが激突し、直後、大きく爆発が巻き起こった

モクモクと煙が消えていき、その場で悠然と立ち上がったのはディケイド鎧武だった

残像が離れるようにディケイド鎧武はディケイドへと戻ったあと、バックルを開いてさらに変身を解除する

 

「う、ぐ…」

 

どうやらまだ生きているみたいだ

殺す理由などもないから、ここはこの場で放置でいいだろう

士は踵を返して、その場を去った

ここにいて自分ができる事など、なにもない

 

◇◇◇

 

王蛇の攻撃を捌きながら、クウガは反撃として拳を王蛇の胸部に叩きつける

「ぐっ!」と短い嗚咽を漏らしながら王蛇は一度大きく後退し、手に持っていたベノバイザーの展開すると、デッキからカードを取り出す

金色の突撃剣のようなものが描かれたカードだ

王蛇は先ほど開いたスロットにカードをセットすると、それをそのまま押し込みベントイン

 

<ソードベント>

 

すると王蛇の手元に描かれていた突撃剣―――ベノサーベルが現れた

そのままベノバイザーとの二刀流で、王蛇はクウガに攻撃を仕掛けてくる

流石に素手でこのまま戦うのはじり貧だ

青も緑も紫も、その辺で武器にできそうなものはない

なら…あの姿しかない

最もテレスティーナの時になれただけで、今回もなれるとは限らない

それでも、やる価値はあるはずだ

 

大きく息を吸って―――呟く

 

「―――超変身」

 

アークルの上部右側に手を添えて、そのまま右手を左斜めへと突き出した

瞬間、彼の覚悟に呼応するかのようにアマダムが金色に輝き、アークルに金色の装飾が装着される

紅い装甲が黒くなっていき、鎧の縁が金色に染まっていく

両足にはマイティアンクレットなる装甲が追加されて、もう一度赤い複眼が発光した

 

「…できた」

 

色の変わった己の体を改めて見やる

身体から雷のような力が迸るのを感じる

王蛇はそれを見るとイライラを隠す様子もなく首を動かしながら

 

「ほぉ? …色変わんのかお前…がっかりさせんなよぉ!」

 

そのままアメイジングマイティに向かって一気に距離を詰めて、ベノサーベルを振り下ろす

だがベノサーベルは不意に現れた何かによって防がれた

あん? と王蛇は訝しんだ

こいつは何も持っていなかったはずだ

この感触は素手での防御ではないはず…そう思っていると、アメイジングマイティが持っている何かに気が付いた

 

それは黒をメインカラーとした剣だった

いつの間にか、それがアメイジングマイティの手に握られていた

 

「…テメェ、いつの間にそんなもん出しやがった」

「悪いな。…俺もよくわからねぇ!」

 

そのままベノサーベルを弾き飛ばし王蛇に向かって持っている黒い剣…タイタンソードで斬りつけた

二度、三度と何度か斬りさくと今度は蹴って相手を吹き飛ばし、タイタンソードをその辺に放った

放ったタイタンソードは虚空へと消え、今度はアメイジングマイティの手に同じく黒い棒―――ドラゴンロッドが現れた

 

「! お前、どこから!?」

「わかんねぇって言ってんだろ!」

 

そこからはもう王蛇の防戦一方だった

振るわれるドラゴンロッドの戦いに翻弄され、いつの間にまた片手に出現させたタイタンソードとドラゴンロッドの二刀流で徐々に押し込まれていく

アメイジングマイティはドラゴンロッドを放ると、今度は黒い銃のようなもの―――ペガサスボウガンを生み出すと王蛇に向かって数発撃ち込んだ

 

「ぐ、がぁぁぁっ!!」

 

地面をゴロゴロと転がりながらも王蛇はベノバイザーを取り出してそこにデッキから取ったカードをセットする

 

<ファイナルベント>

 

直後現れたベノスネーカーが王蛇の周りを這いまわり、ゆっくりと王蛇は構えを取った

それに対してアメイジングマイティも持っていた武器をその辺に放ると両手を広げて身構えた

そのまま互いをにらみ合うことおおよそ数十秒、動きだしたのは同時だ

 

王蛇は両手を開きながらそのままの姿勢で飛び上がり、クウガに向かってバタ足の要領で蹴りの連撃を繰り出し

アメイジングマイティも助走をつけてそのまま空中に飛び上がり一回転し両足を突き出した

王蛇のベノクラッシュをクウガのアメイジングマイティキックがぶつかり合い、大きな爆発が巻き起こる

爆発の後、互いが互いの技に吹っ飛ばされ同じように地面を転がっていく

最初に起き上がったのは、王蛇だった

 

「が、っはぁぁ…! やるじゃ、ねぇか…」

 

満身創痍になりながらも、同じようにゆっくりと立ち上がったクウガに向かって歩き出す

既に金色の縁取りもなく、色も赤に戻っているみたいだ

もう少しだ、もう少しで俺が勝つ―――そんな思考を最後に、王蛇の変身は解かれ、浅倉はそのまま前のめりに倒れ伏した

 

「…ふぅ…」

 

そのまま同じように地面に尻もちをつきながら、クウガもその変身を解除する

体力的にもギリギリだった

まぁ、勝てただけでもよしとしよう

 

◇◇◇

 

幻想殺しを宿した右手は躊躇なく一方通行(アクセラレータ)の顔面に突き刺さった

 

ぐしゃり、と彼の顔に当たった当麻のパンチは一方通行(アクセラレータ)を吹っ飛ばし彼を砂利の上へと倒れさせた

 

「あ…は?」

 

一方通行(アクセラレータ)本人も理解していなかっただろう

恐らくなんで自分が空を見ているのかも

もそり、と一方通行(アクセラレータ)は起き上がり殴られたところに振れて粘つく赤い液体を見た

 

「―――な、ンじゃこりゃァァァ!?」

 

殴られた!? 

この俺が―――!?

 

否、あり得ないと一方通行(アクセラレータ)は心の中で自問自答する

第一自分に振れる全てのもののベクトルを一方通行(アクセラレータ)は操作できるはずだ

ならなんで殴られた?

 

(…ハイになりすぎて無意識に全身の反射を切っちまったのか?)

 

そう自分に結論付けて再び彼は当麻へと向き直る

 

「はっ、はは! イイねェ! 愉快に素敵に決まっちまったぜオイオイヨォ!」

 

いいながら一方通行(アクセラレータ)は再び当麻を破壊しようと手を伸ばす

そうだ、さっきのは何かの間違いだ

テンションが高すぎたせいで引き越したアクシデントだ

このまま手が相手に触れればその時は今度こそアイツの身体は粉微塵に吹き飛ぶはずだ

 

当麻はゆっくりと右手を動かす

その右手は一方通行(アクセラレータ)の手に触れた

 

パン、と緩やかに一方通行(アクセラレータ)の手が弾かれた

 

「―――!?」

 

今度こそ一方通行(アクセラレータ)は確信する

しかし確信したときにはもう上条当麻の右手は目前にまで迫っており

 

バガン、と再び一方通行(アクセラレータ)の顔面にぶち当たる

 

それでも彼は目の前の男を殺そうと両手の毒手を伸ばす

しかしその手は触れる事かなわず、いとも簡単に避けられる

身体を大きく動かして、或いはその右手で弾かれて

 

「っくそ! なンなンだよその右手は!!」

 

能力に頼っているか、否か

 

結局はそれが二人の明確な違い

 

一方通行(アクセラレータ)は戦っているわけではなくただひたすらに殺しているだけの、いわば蹂躙

見についた能力があまりにも一方的なばかりで、彼は戦い方を覚えようとはしなかったのだ

 

だってそれは、戦いですらないのだから

 

事実、よく見ると彼の構えは適当で足の運びもめちゃくちゃだ

しかし、それすらも気にする必要もないくらい彼のチカラは強すぎた

技術や努力は言えば足りない人間が己を補うためのものに過ぎない

 

しかしそんなものを必要としないくらい、一方通行(アクセラレータ)という能力は圧倒的だった

上条当麻という、イレギュラーが現れるまでは

 

一方通行(アクセラレータ)は最強なだけで、無敵ではない

 

その針の穴のような隙間に勝機は見える

 

「三下がァァァッ!」

 

咆哮と共に一方通行(アクセラレータ)の足は地面を踏む

巻き上がる砂利の向きを変え放たれた砂利のショットガンは今度はいともたやすく避けられた

顔面を狙ったその攻撃は低く身を屈めただけで避けられてしまった

そしてその身を屈めた状態で当麻は拳を強く握り、渾身のアッパーカットを一方通行(アクセラレータ)の顎へと突き刺さる

 

「つまんねぇことに手ぇ貸しやがって」

 

当麻は紡ぐ

 

「な―――に!?」

 

慣れない足に力を込めながら一方通行(アクセラレータ)は言葉を聞いた

 

妹達(シスターズ)だって生きてんだぞ。毎日毎日…必死になって走ってんのに…なんでお前みてぇなヤツに喰われ続けなきゃいけねぇんだ…!」

 

生き、てる?

 

(あいつらは―――人形だって―――)

 

そう科学者は言った

だから何も気に病むことはないとも

 

けれど―――この男は―――浅倉とも対峙しているあの男も―――この人形を助けるために立ち塞がって…

 

絶対的な力が欲しかった

最強の座を狙う馬鹿どもが、挑む気すら起こさなくなるような存在になれば、また、あの輪の中に―――戻れると思ったから

 

ふと、脳裏にアイツらの顔が思い浮かんだ

同時に、今さらながらに理解した

いつか世界全てを、敵に回すかもしれないこの力のことを知っていながらも、友と呼んでくれるあいつらがいることに

 

「歯ぁ食いしばれよ最強…!」

 

繰り出される、上条当麻の右拳

襲い来るその拳に対して、一方通行(アクセラレータ)は特に何もしなかった

 

「俺の最弱は、ちっと響くぞ…!」

 

―――あァ。何やってンだァ…俺

 

バキィ! と音を立てて一方通行は吹っ飛ばされた

彼はその一撃で気を失い、立ち上がることはなかった

 

◇◇◇

 

ふと、目が覚めた

ツンと鼻にくる独特な匂いが鼻腔をくすぐる

 

「…てかここどこだっけ」

 

見慣れない場所に戸惑いつつ、何があったかなと思い出す

そうだ、思い出した

 

確か昨日当麻は一方通行(アクセラレータ)と、自分は紫色の仮面ライダーと戦ったのだ

そしてそれぞれの戦いが終わった後に、御坂美琴や雫から念のために病院に行った方がいいと言われたのだが、それを断ろうとして半ば連行されるように美琴に二人は連れられて―――検査入院という形で今に至る

 

「起きたか、アラタ」

 

ふと視界に入ってきたのは蒼崎橙子だった

彼女は病室であるにも関わらず、窓を開けて堂々と煙草を吸っていた

 

「…あの、ここ室内なんですけど」

「細かい事は気にするな。ちゃんと窓を開けてるだろうが」

「いえ、そういう事でなく。…まぁいいや」

 

この人がこんななのは今に変わったことではない

それに今は、何となく煙草を吸う橙子を見てどこか安心している自分がいる

 

「それで、何の用さ」

「何。一応見舞いに来たんだよ。と言っても、杞憂だったがな」

 

橙子は煙草を携帯灰皿に入れてそれを懐にしまうと改めてアラタに向き直った

眼鏡のない裸眼瞳がアラタを見据える

 

「それとなアラタ。お前無茶しすぎだぞ」

「え?」

「昨日は無茶しすぎと言ったんだ。とにかく、今日一日は変身するな。ゆっくりアマダムを休ませてやれ」

 

そう言って橙子は懐から缶ジュースを取り出し、それをアラタに向かって投げ渡す

唐突に投げられたものの、それを何とか受け取り、その缶ジュースを適当に置く

 

「…まぁ、そうさせてもらうよ」

「分かればよろしい。後で未那や黒桐夫妻に会いに行ってやれ。心配してたぞ。鮮花も込みでな」

「おっけー。…いろいろとありがとう」

 

そう言うと橙子は短く手を振って出口へと向かっていく

そして橙子が扉を開けた時、一人の女の子とぽすんとぶつかった

常盤台の制服を着た女生徒だ

 

「あっと…、すいません」

 

それは御坂美琴だった

同様に橙子もそれが美琴だと確信するのに時間はかからなかった

 

「いや、こちらこそすまない。…これからも、あのバカを支えてやってくれ」

「え?」

 

美琴にそう言って橙子は彼女の隣を歩き過ぎる

そんな橙子の背中を、美琴は戸惑った表情で見つめていたが、すぐに意識を切り替えて室内に入っていく

 

「…お見舞いにきたよ」

 

そう言って小さく笑みを浮かべる

その笑顔は若干疲れたような感じがしたが、それでも本当に笑っていた

 

「はいこれ。お見舞いのクッキー。一応、デパ地下とかで高そうなの選んできたから美味しいと思うけど」

「そっか。…ありがとう」

「あぁ、それから。アンタの友達だけど」

「ん? 当麻がどうしたって?」

 

美琴は花瓶の花を整えつつ、アラタに言葉を紡いでいく

 

「ついさっき退院したわ。怪我少なかったみたいだしってあの医者が言ってたわ」

「そうか」

 

アラタはそれを受け取りながら言葉に頷き、先ほど橙子にもらったジュースの隣にクッキーは入った袋を置いた

 

「そだ、さっきの人ってだれ? 知り合い?」

「そんなところだ。俺の恩人」

 

短くアラタはそう答えると大きく背を伸ばした

その時思い出したように、美琴が口を開いた

 

「実験」

「ん?」

「中止になったってさ。あの子から聞いた。…それでさ、少しの間研究所の厄介になるって」

 

後から当麻に聞いた話によると、もともとのクローン体に薬物投与して急成長させた彼女たちはもともと短命だった彼女たちの寿命はさらに短くなってしまったらしい

そう言った状態を治すべく、研究施設の世話になって寿命を回復させる、とのこと

 

「そうか。…なら、守れたんだ」

「…うん」

 

けど…、と美琴はスカートの裾をぎゅ、と握る

 

「…それ以外の妹達(シスターズ)は…救えなかった」

 

自分が不用意にDNAマップを提供したせいで、二万もの妹達(シスターズ)を死すべくしてこの世に生んでしまった

その重荷は、これからも背負って行かないといけない

世界が許しても、それだけは永遠に背負って生きていかないといけないのだ

 

「けどさ、お前が提供しないと…妹達(シスターズ)は生まれる事すらなかった。その実験は間違ってはいたが、彼女たちが生まれた事だけは誇っていい」

 

「…私のせいで、一万人以上の妹達(シスターズ)が殺されたのに?」

 

「それでもだ。辛いことに辛いって言って、そんな当たり前の事も生きてないとできない。生まれてこないとできないんだよ。…だからきっと妹達(シスターズ)は恨んではいない。あの実験は歪んでたが、それでもこの世に生を受けた事だけはきっと、感謝してると思う」

 

アラタの言葉に美琴は顔をあげた

彼は少しだけ美琴に向かって笑いかける

 

「だからお前は笑っていい。あの子たちはお前が一人で塞ぎこむことを望んじゃいない。妹達(シスターズ)は他人の痛みを笑ったりなすりつけるような子たちじゃないと思うし…何より、お前は笑った方が可愛いしね」

 

その言葉で、トマトみたいに顔を赤くした美琴がうっかり電撃を打ち出してしまい、駆けつけた藤乃と士に怒られたりとかあるのだが、それはまた別の話だ

 

◇◇◇

 

とある病院の出入り口にて

御坂妹は黒猫を抱えながら沢白凛音、神那賀雫と話をしていた

内容は実験が中止になったことと、自らの身体の調整のために一度研究所に身を置く、という事だ

 

「そうか。よかった。これでひとまず一件落着だ」

「うん。ようやく一息ついたね」

「…いろいろとご迷惑をおかけしました、とミサカは礼をしながら謝罪の言葉を述べます」

 

そう言ってお辞儀する御坂妹を凛音は手で制す

 

「気にしないでいいよ。好きでやったことだし、ネ」

「ですが…」

「ホントに気にしなくていいって。ね?」

 

そう言って笑みを浮かべる凛音と雫

彼女らに釣られて小さく、本当に小さく御坂妹は笑った―――そんな気がした

 

「それでは、とミサカは小さく手を振りながら踵を返します」

「もう行くのかい?」

「えぇ、とミサカは答えます。これからあのツンツンの人たちに礼を述べたあと、研究所に向かうつもりです」

「そっか。じゃあね、妹さん。機会があったらまた会いましょう」

「―――えぇ、とミサカは力強く頷きます」

 

そう言って黒猫を抱え直した御坂妹は手ってと走って行く

そんな背中を見ながら凛音は背伸びしつつ、雫も彼女の背中を見送ってから

 

「…じゃあ、帰ろうか。こっちも」

「そうですね。行きますか」

 

そうして二人も帰路につく

またこれから、何でもない日々が始まるのだ

 

 



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風斬氷華
#39 始業式


今回から全力で昔のヤツを手直しして投稿するリサイクル投稿に戻ります
手抜きじゃねぇかとか言わないで(土下座
せめて有効利用と言って(言い訳


前日にそれは起こった

ゆっくりと部屋でくつろいでいたアラタの部屋を開け放ち、いきなり上条当麻が入ってきたのである

顔色を見ればそれがどういったものであるか等はすぐわかった

しかし問題はそれじゃない

内容は学園都市の外の行こうとしていることで

 

なんでも、インデックスの十万三千冊の魔導書を狙い、一人の魔術師は襲撃してきた

その名を闇咲逢魔(やみさかおうま)

実際には知り合いである大切な人の為に、インデックスの持つその十万三千冊の一つの魔導書を狙って襲撃したらしいのだ

そしてその魔導書をコピーしようとするものの、魔導書の毒に身体が耐えることが出来ず、あえなく断念

そこに当麻の説得もあり、彼は当麻と共にその呪いの呪術師と一線交えるべく外に行こう、という話になったらしいのだ

 

それでもしよかったら…という事で鏡祢アラタも援軍を頼まれた

実際、そんな事情があるのなら断る理由もなく、アラタはそれを快諾、共に学園都市の外に出かけることとなった

 

しかし問題も多かった

 

そもそも学園都市の外に出かけるのにはちゃんとした許可証とかいうのがないといけない

とはいえ馬鹿正直にそんなもん申請していては時間がかかる

それを乗り切れたのが闇咲の持つ魔術のおかげである

なんでも彼の持つ魔術の一つにそれを持っているように見せかける術式があるのだ

それを用いてどうにかその堅牢な警備隊を突破

そして当麻を援護しつつ闇咲の知り合いを助けて、もう一度彼の魔術の力を借りて本日二度目の強行突破を敢行、成功し帰路についているわけだが

 

「…明日から学校だというに、お前は厄介事を運んでくる天才か」

「言わないでくれアラタ…」

 

まぁ助けられてよかったと思っているのだが

本日は始業式、いわば始まりの日である

アラタは割と暇を見つけて夏休みの課題(しゅくてき)を終わらせてきたのだが、友人である当麻は自分以上に厄介事に巻き込まれすっかりやっていなかったのだ

 

「…ハァ…結局終わらなかった。マジどうしよう」

「俺のを写せる範囲で写せよ。登校にはまだ時間があるからな」

「ホントに!? 助かるぜアラタ! 持つべきものは友達だよなぁ!」

「調子いいなおい」

 

そんな当麻を尻目に、学生寮に到着し各々の部屋の前に到着

 

「そいじゃちょっととってくるから、お前は朝飯の準備とかしとけよ」

「おう、ホント悪いな」

「気にすんなっての。困ったときはお互い様だ」

 

そう言って二人は自分の部屋へ入っていく

そう言えばインデックスは当麻の部屋に留守番してた記憶がある

危ない場所に連れてくのは危険だ、という当麻の判断で彼女を縄で縛り(これも闇咲の魔術の助力で縛った)、そのまま当麻の部屋で放置プレイされていたのだ

 

「…まぁ、それは俺の知るところじゃないよね」

 

被害を受けるのは当麻である

可愛そうな気もするが、そこら辺のフォローは出来ない

とりあえず課題のプリントを探すべく靴を脱いで居間に行こうとしたとき、居間でテレビを見ていた女の子がこちらを向いた

 

「あ、おかえりなさい」

 

ゴウラム

正式名称 装甲機ゴウラム

いつの間にかは知らないが、人の形を取れるようになっていたアラタの相棒みたいなものだ

 

急に学園都市の外に出かけることになったので、何となく彼女に留守番を任せることになったのだ

別に寮の部屋には自分一人しかいないのでカギでもかければ問題はないのだが、最近この子にかまっていないということを橙子に電話で指摘された

そんな訳でしばらくお前の部屋で面倒見てあげろということで人間体のゴウラムを伽藍の堂から引っ張ってきたのだ

 

とりあえず宿題を当麻に渡して自室に戻る

手渡した時、なぜか当麻には歯形があったが、アラタは一切触れないことにした

 

居間でのんびりとテレビ観賞を再開したゴウラムを見ながら、ふと思う

 

そういえばこの子に名前ってつけてなかったなぁ、と

 

基本ゴウラム呼びだし、何の違和感も抱いてなかったが、なんだかあくまでもゴウラムとはあのクワガタ状態での名前だ

なんだかそれは可哀そうな感じが唐突にした

いや、ゴウラムも一応本名ではあるのだが! なんだか個体名みたいな感じがして嫌なのだ

 

まぁそれはそれとして

 

流石に学校にまで一緒に行くことはできない

とりあえず戻ってきたらなんか遊びにでも連れていってあげよう

 

「なぁ、ゴウラム。悪いんだけどまだ留守番任せていいかな」

「うん? いいけど?」

「ありがとう。これから学校なんだ。戻ってきて風紀委員の仕事とかこなけりゃ…そうだな。当麻やインデックスたちと出かけるか。あそうだ、もしよかったら隣の部屋にいるインデックスのことも頼んでいいか?」

「うん、いいよ。あと、お出かけも楽しみにしてる。…ねぇ」

 

不意にゴウラムがアラタに向かって声をあげる

何だろう、と思いながらアラタは彼女の顔を見やると

 

「行ってらっしゃい」

 

そう言って小さい笑みを浮かべながら、ゴウラムがそんなことを言ってきた

どこか背中のあたりがかゆくなるのを感じながら、アラタは

 

「…行って来ます」

 

少しだけ頬を赤くしながらそう返答して、部屋を後にするのだった

 

 

部屋を出ると同じタイミングで当麻も部屋から出てきていた

顔を合わせるとよぉ、なんて言葉を言いながら挨拶をしつつ、当麻は課題をアラタに返す

 

「サンキュ、とりあえず出来る所だけはやった。…あとは祈るばかりだ」

 

これは後で聞いた話だが彼の課題は闇咲逢魔の襲撃に伴いほとんどが紛失してしまってるらしい

おかげで残っているのは普通授業分だけの課題だけとかなんとか

 

「流石にインデックスは留守番か」

「そりゃあな。色々考えないといけないからよ…。とりあえず、帰ったらどっか遊びに行くってインデックスと約束したんだけど…お前も行くか?」

「そん時までなんもなかったら行く。風紀委員の仕事とかが入らないことを祈るばかりだ」

 

そんな言葉を交わしつつ、二人は学校への道を急いだ

 

…しかし線路上にカラスが小石を置いた、なんてしょうもない理由で学校へと走る電車が止まっていたらしく、アラタのビートチェイサーで学校に走って行ったのは別の話

 

 

当麻が部屋を出て早五分

インデックスは速攻で暇になっていた

つけっぱなしのテレビには目もくれず三毛猫のスフィンクスを弄っていたインデックスはやがてその動きを止めて

 

(…暇かも。追いかけたいかも)

 

そんな欲求に駆られるが、それで自分の都合を押し付けては当麻やアラタに迷惑をかけてしまうだろう

立場が逆なら分かり易い

たとえば自分が聖ジョージ大聖堂から召喚命令を受けたとしよう

そんな中、暇だからー、という理由で当麻が後を追ってきたとしたら

 

それは確かに嬉しい

嬉しいけど―――困る

魔術の専門家としての顔を見知った人間に見られるのは割と恥ずかしいものだ

それと同じで今彼の後を追って行ったら困るかもしれない

そう思うと無邪気に追うのも気が引ける

 

そうだ、ここは大人しくお留守番してよう

帰ってきたら遊びに連れて行ってくれるって言っていたんだし

再び決意を新たにし、スフィンクスをいじくってゴロゴロしようとしたところで

 

「…あれ、そう言えばお昼ご飯は?」

 

呟いて彼女の動きがフリーズする

インデックスに料理を作るスキルはない

スナック菓子の類も完全に三毛猫が食い散らかしてしまっているために買い置きはもうない

 

「…こ、これは単純明快大ピンチかも」

 

そう言ってインデックスは今しがた当麻が出ていった扉にちらりと視線を見やるとまたいきなりその扉が開いた

思わず身構えるがそこに立っていたのは黒い髪に角みたいなカチューシャを付けた黒いワンピースを着た女の子がいた

 

「あ、インデックス。久しぶり」

 

女の子はどうやら自分の事を知っているらしい

しかしインデックスとしては目の前の少女とは初対面のはずなのだが

そこでふと、インデックスは彼女の首にかけてあるペンダントに気が付いた

それはいつぞや背中に乗った背中に合った宝石と酷似していた

 

「…あーっ!? 貴女、いつかの自動人形(オートマトン)!?」

「うん、元気そうで何よりだな。改めて初めまして、私はゴウラム」

 

 

見た目の年齢が近いこともあってか二人はすぐに仲良くなった

ほどなくしてインデックスは当初の目的を思い出す

 

「そうだ、当麻にお昼ご飯貰わないと!」

「あれ、インデックスも学校に用があるんだ?」

 

彼女の口ぶりから察するとゴウラムもようがあるのだろうか

インデックスのそんな視線に気づいたのか、ゴウラムはすっと手に持っていたコンビニ袋を見せると

 

「アラタがお昼忘れてさ、届けようと思ったんだけど…そうだ、よかったら一緒に行く?」

「え? い、いいの?」

「うん。一緒に行こう、あの人たちに会いに」

 

ゴウラムはインデックスの手を取り、扉を開け放つ

眼前に広がっていたのは―――上条当麻と鏡祢アラタの待つ、外の世界



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#40 学生生活

その辺にバイクを隠して当麻と二人、学校の校門前に来ていた

道を歩きながら、アラタは当麻に確認を取るように言葉を言う

 

「いいか当麻、念のために確認するぞ」

「おう。バッチ来い」

「ようし。…問題!」

 

当麻の了承を得て、アラタは質問を開始する

 

「校舎は二つ、奥が旧校舎で手前は?」

「新校舎。俺たちが向かうのは新校舎の三階の教室」

「正解、では、その教室の場所は?」

「右から二つ目の教室」

「正解。じゃあ俺らが利用する下駄箱の位置は?」

「昇降口の右手側!」

「オッケー! …ここまでは問題ないな」

 

小さくガッツポーズを取る当麻に、アラタはふぅと息を吐いて安堵する

記憶を失った当麻にとって本日から初めての学校となる

そこで挙動不審にならないようにアラタが補佐をすることとなったのだ

と言っても当麻自身も補習で高校には来ていたようで、あまり補佐するようなことはなかった

確認も取れたし、問題はなさそうだ

 

アラタや当麻の通う高校は都内では珍しく、土の校庭を持ついわゆるよくある学校だ

二つの校舎を渡り廊下でつないで〝工〟の字になっていたり、それこそ定番の蒲鉾みたいな形をした体育館だって完備している

 

ここまでいろいろとそれっぽく言っては来たが早い話この高校には個性がない

まぁそれでも屋上がプールな学校とか体育館の地下が大倉庫みたいな学校と並べられても困るのだが

シンプルイズベストという言葉もあるし、慣れてくるとこのシンプルさも癖になってくるものだ

 

「けど、やっぱ常盤台とかすげぇんだろうな」

「さぁな。案外普通かも知んないぜ?」

 

自分たちの高校を見つつ、二人はそんな事を言い合う

そんな時、横合いからクラクションのような音が聞こえた

いつの間にか職員用の駐車場を通り過ぎようとしていたようだ

そのクラクションを鳴らしていたのは丸っこい軽自動車だった、がよく見ると助手席がない

一人用に設計された車のようだ

 

「…いいなぁ、スクーターみたいな車だなあれ。俺も自転車くらい買ってみようかな」

「やめとけやめとけ。駅あたりにでも停めたらお前のだけピンポイントでパクられるぞ」

 

アラタに指摘されう、と当麻は言葉を詰まらせた

恐らくそのような光景が頭に思い浮かんだのだろう

正直パクられて「不幸だぁぁぁぁぁ!」って叫んでる当麻の姿が容易に想像できる

 

「あとあれ小萌先生の車だから」

「うそ!? ブレーキに足届くのか!?」

「とっ! 届かないでも運転は出来ますー!!」

 

アラタの言葉に反応した当麻の声に、小萌先生はわざわざ車のドアを開けて言い返してきた

よくよく見てみると彼女の車のハンドルは少々特殊で左右にボタンがあった

ゲームセンターにあるレーシングゲームみたいにボタンでアクセルとブレーキを操作しているのだろう

手慣れた感じで小萌先生は車を駐車し、仕事用であろう分厚いクリアファイル片手に降りてきた

 

「まったく、上条ちゃんたらまったく。夏休み終わっての第一声がそれですか? それとも鏡祢ちゃんがなんか吹き込んだとか」

「なんですかその責任転嫁。俺はあの車の所持者が小萌先生だっていっただけです」

「そ、そうですよ! うん!」

 

アラタの言葉に同意するように当麻が大きく頷く

そんな二人をじとー、と見つつ

 

「…そんなこと言って実は後ろから先生を高い高いしようとか考えてませんか!?」

「してねぇよ!? 疑心暗鬼になりすぎでしょうがっ!!」

「むしろそれは高い高いしてほしいってフラグですか?」

「違いますですよー!!」

 

そんな事を言い合いながら三人は校舎への道を歩いてく

因みに小萌先生はやけに小走りだったが他の生徒に声をかけられるたんびに立ち止って挨拶をするため、ちょっと早めに歩いている二人にすぐ追い抜かれてる

いい意味で律儀な先生なのだ

いや、世話好きと言った方がいいのだろうか

ふと、手に持っているクリアファイルが気になったのか当麻がなんとなく問いかけた

 

「先生、ところでそのクリアファイルってなんです? …まさかいきなり抜き打ちですか?」

「先生は学生時代やられて嫌だったことはやりませんよ。ほら急いで急いで」

 

小萌は当麻とアラタを急かすように

 

「これは学校とは別件です。大学の頃の友人から資料集めをお願いされましてですねー。論文で使うようで、それのお手伝いなのです」

 

それを聞いたアラタは考えるように顎に手を添えながら

 

「…そうか。先生にも学生時代はあったのよね」

「なんででしょう。鏡祢ちゃんからそこはかとない悪意みたいなのを感じるんですけど」

「気のせいです先生。ところでその論文ってどんなのなんですか?」

 

強引に話を変えるべくアラタは小萌の持っているクリアファイルに視線を移しながら問いかけた

しばし小萌はジト目でアラタを見ていたがやがてふぅ、と一息をついて

 

「難しいことじゃないですよ。AIM拡散力場のお話ですし、上条ちゃんにも鏡祢ちゃんにもなじみ深いものだと思いますよ」

 

そう小萌は言うが、アラタはまだしも当麻にとってそんな言葉馴染んですらいない

恐らく、たった今初めて聞いた言葉だろう

 

「まぁ、あれだ。一言で言うなら〝無自覚〟って奴さ。能力者が体温みたいに無意識に発してるあれみたいな」

「へぇ? たとえばあれか、御坂から微弱な磁場が漏れてるみたいな?」

 

そうそう、とアラタは頷く

そんなアラタの説明を補足するように小萌が付け足した

 

「AIM拡散力場は能力者が持つ能力によっていろいろあってですね? 発火能力(パイロキネシス)なら熱、念動力(サイコキネシス)なら圧力を周りに展開してしまう、といった具合にですね。まぁ言ってもどれも微弱なものですから精密機器を使わないと計測もできないんですけど」

 

小萌の説明でなんとなく理解したのかほえー、と頷きつつ当麻は

 

「それだとあれですか? もしそのAIMなんとかって奴を読み取る能力者がいれば〝むむ、この気配は〟みたいなことが出来るんですか?」

「あはは、そうかもしれませんねー」

「〝戦闘力たったの五か、ゴミめ…〟みたいなやり取りもあるかもな」

 

ともかくとして、世の中にはそんな物好きもいるようだ

そんな話をして三人は校舎に向かって行ったがすぐに別れる

職員用の昇降口は別にあるのだ

 

当麻はアラタの隣で小萌の姿が見えなくなるとふぅ、と息を吐いた

 

「…大丈夫か、当麻」

「あぁ。問題ない」

 

短く返答すると彼は小さく笑った

彼の生活は、ここから改めて始まる

記憶のない、騙し合う学園生活が

 

◇◇◇

 

以前補習できていたから下駄箱の位置、教室については特に問題はない

問題は上条当麻の座席位置だ

彼が補習の時は小萌と二人きりで教卓付近の席に座っていたらしいが今回はそうはいかない

とはいっても、その辺はアラタも考えてあった

 

(いいか当麻。俺は教室に入って真っ直ぐオレの席に向かう。そんでもってお前の席の机を軽く叩くから―――)

(わかった。お前から目を離さなきゃいいんだな)

 

そう耳で確認を取ると意を決したようにアラタが教室のドアを開けた

中に入って大きく視界を見回す

まだ教室の生徒総数は半分にも満たず、しかも誰も席に座っていない

しかし想定していなかった訳ではない

 

歩きつつウィース、などと付近のあいさつをしながら窓際の席へ歩いていく

そしてある一つの席の机を指先でトン、と叩いた

 

(…おっけー、そこが俺の席なわけね)

 

彼の行動をしっかりと見届けた当麻は己の席の場所を確認する

そしてアラタを追うように歩いて行って机に座って荷物を置き

 

「…ふぅ…」

 

と安堵のため息を漏らす

そんなため息を見た青髪ピアスが歩いてきながら

 

「どないしたんかみやん。まさかここまで来て宿題忘れてもうたー、なんて素敵で不幸な真実に気付いてしもた感じかいな?」

 

青髪がそんな事を言うとクラスにいる男女の視線が一斉に当麻の方に振り向いた

 

「え、上条もしかして…忘れた?」

「上条君…本当に忘れちゃったの?」

「よっしゃー! 仲間はいたー!!」

「どうせ注目浴びんのは上条だけだし俺らの不幸は軽くなるぞー! ばんざーいっ!!」

 

そして始めるコミカルな日常の一ページ

うんざりしつつも当麻はアラタへと一度表情を移し苦笑いを浮かべながら小さく口の中で〝さんきゅ〟と口にした

それにアラタも答えるようにサムズアップで応え改めてアラタも自分の机に荷物を置く

そしてギャーギャーとざわめく当麻たちの喧噪をBGMに、一度教室を出た

 

 

適当に自販機でボトル飲料を買ってきて教室に戻ってくるとすっかり当麻はクラスの皆と打ち解けていた

彼が昔の記憶を失って早ひと月

いまあそこにいる自分の友人はもう真っ白なキャンバスではない

 

だがそれは、インデックスにとっては解決にもなっていない

つい最近知り合って、ある出来事で彼女は当麻を信頼している

インデックスにとってその短い期間で培ったのは、確かな思い出なのだ

だけど、インデックスは知らない

 

上条当麻が記憶を失い、それを覚えていないという事実を

 

アラタはそのボトル飲料を飲み干してそれをゴミ箱にブチ込んでなんとなく窓を開け放った

九月の初め、少しづつ秋に染まりつつある風が髪を撫でる

 

「…なんで、俺はあの時」

 

もっと早く気付いていなかったのだろうか

あの時、気づけていれば

アイツは―――もっと自然な笑顔でいられたはずなのに

 

「…黄昏てるの。鏡祢アラタ」

 

不意に背後から声が聞こえた

振り向くとそこに長い黒髪の女の子が立っていた

その女の子の名前を、アラタは知っている

 

「吹寄」

 

吹寄制理

美人ではあるが色っぽくなく、男子からは鉄壁の女、などと言われてる鏡祢アラタの同級生

肩から鞄をぶら下げた吹寄が何か珍しいものを見るようにアラタを見ていた

 

「おはよう、吹寄」

「えぇ、おはよう鏡祢アラタ。…それで、珍しく黄昏てる理由を聞いていいかしら? 普段のお前からは想像つかないわ」

「俺だって悩むときはあるっての。お前だって悩むときあるだろう? 健康器具買うときとか」

「ぬが! …ひ、人が心配してやってるって時に…!」

 

ギリギリ、と拳を握りながらこめかみをひくつかせる吹寄にアラタは思わず苦笑いする

思えばコンビニとかで偶然会った時もこんな感じな会話繰り広げたりしたっけな、と何となく思い出す

 

「悪い悪い。別に理由なんてないよ、ただそうしたかっただけだ」

「…そう? ならいいけど」

 

心配して損した、というような彼女はふと何かを考えるような仕草をして

 

「…ねぇ、鏡祢。運営委員って興味ない?」

「? 運営委員って…」

「大覇星祭よ。今月にある学園都市のイベント」

 

大覇星祭

学園都市全体で行われる大規模な運動会みたいなものだ

 

「…えっと、何故、俺に」

「なんだかんだで気配り上手だからよ、鏡祢は。お前とだったら、きっとみんなの思い出になるような大覇星祭が出来ると思うんだ」

 

そう言って彼女からは想像もつかないようなキラキラが吹寄の周囲に現れる

 

「返事は今じゃなくてもいいわ。のんびり考えてくれればいいから」

「お、おう…」

 

アラタからその返事を聞くとうん、と頷きながら

 

「それじゃそろそろ私は教室にいくわ。またあとで」

 

短く手を振って教室に入っていく彼女の背中を見て、またアラタは笑う

…少しだけ、彼女に救われたみたいだ

 

「―――考えておこうかな」

 

可愛くないなどと言われてるが、それはきっと違う

アイツは十分可愛いじゃないかと、心の中で彼は言った

 

 

「はいはーい。それじゃあちゃちゃっとホームルームはじめまーす。始業式まで時間押してるのでサクサク進めますよー」

 

月詠小萌が入ってきたころにはもう他の生徒全員が着席していた

 

「あれ? そういや土御門は?」

「さぁ? 俺は何も聞いてないが」

 

当麻の問いにアラタは小首をかしげつつ答える

 

「出席を取る前に皆さんにビッグニュースです。なんとこのクラスに転入生が来ますー」

 

むむ、やおや? と言った様子でクラスの面々が彼女の方に向いた

 

「ちなみに転校生は女の子でーす。おめでとう野郎どもー。残念でした子猫ちゃんたちー」

 

おおおお!とクラスの男子が色めきだつ

しかしこのご時世に転校生か

それでいて女の子か、なんだろう、少しばかり心が躍る

ちらりと当麻の方を見てみると何か頭を抱えてブツブツ言ってる

 

「まぁとりあえず顔見せだけでーす。転校生どーぞー」

 

再びそんな事を言うと、教室の扉がガラガラと音を立てて開かれる

さぁどんなのが入ってくるんだと当麻と二人そっちへと視線を向けると

 

三毛猫を抱えたシスターとクワガタのような角のカチューシャをした女の子が立っていた

 

「―――」

 

思考停止

あまりにも予想外すぎてアラタも当麻も完全に固まってしまったのだ

当然ながらクラスメイト一同テンパっている

まず何しろ服装が異常だ

 

「あ、見て見てあそこあそこ! いたよ!」

「ホントだ、とうまにあらただ。これは案内してくれたまいかにお礼を言わないとだね」

「うん!」

 

彼女たちの短い会話を聞いた後、クラスの視線が一気にこちらに振り向いた

ま た お 前 ら か、と言いたげな視線が突き刺さる

 

「…あ、あれー? なのですよ…?」

 

あろうことか呼び込んだ本人もテンパっていた

 

「あ、あの先生…一体これは―――」

「てゆうか転校生って…」

「違いますよ! てかシスターちゃん! どこから入ってきたんですか! てゆうか隣の子は誰ですかーっ!」

「え? でもでも私はとうまにお昼ご飯の事を―――」

「あ、私はアラタにお弁当を届けに―――」

 

インデックスとゴウラムは何かを訴えているが小萌はぐいぐいと彼女たちの背中を追い出そうとする

まるでいつ泣き出すか分からない表情をする小萌はそのまま教室の外に出て行ってしまった

思わず追っかけようと思ったが完全にそのタイミングを失ってしまい思わず二人は届くことない手を伸ばしてしまった

 

やがて入れ替わりで黒い髪の女の子が入ってくる

 

「本物の転入生は私。姫神秋沙」

「…よ、よかった…! 姫神でよかった…! 服装も普通な制服でホントによかった…!」

 

黒い髪の女の子―――姫神秋沙を見て当麻は、はっふぅと息を吐く

同じようにアラタも安堵の息を吐く

 

そんな安心をしている最中むぅ、とアラタは改めて頭を掻いた

…いや、転校生が姫神で安堵したのも事実だが、まさか学校に来るとは思わなかった

 

大丈夫かなぁ…なんて思いながら時間は過ぎていく―――



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#41 侵入者

コードイエローの詳細がわからないので想像しました


月詠小萌に追い出され、インデックスとゴウラムの二人はとぼとぼと廊下を歩いていた

二人の手にはそれぞれ二千円ずつお札を持っていた

小萌から貰ったものだ

これでタクシーをつかまえて帰ってくださいね、とのことだが止め方なんて分からない

それ以前にゴウラムが本気出せばすぐに帰れるのだが

ゴウラムはちらりと隣のインデックスを見やった

彼女はちょっとムッとした、それでいてどこか寂しそうな表情をのぞかせている

それもそうだ、慕っている相手にあからさまな拒絶の色の表情を見てしまっては

一方でアラタもどこか苦笑いだったのをゴウラムは鮮明に覚えている

 

ふと、二人は食堂へと差し掛かった

厨房付近から聞こえてくる炒め物のような音や、鼻に来る美味しそうな香りにインデックスの腕の中にいる三毛猫が鳴き、二人の足が止まる

 

「…お腹減った」

 

ふとインデックスが呟いた

朝、あまり食べていなかったのか彼女はまるでゾンビみたいな歩き方で食堂へと進んでいく

慌ててゴウラムも彼女の後を追った

 

食堂は広く、内装はだいぶおざなりだった

丸いテーブルに椅子四脚のワンセット、それが百個ほど並べてある

部屋の隅には食券販売機が三つほどおいてあった

 

「むむ。あれ確か漫画で読んだんだよ。確かお金入れてボタン押すと食べ物引換券みたいなものが出てくる奴だ」

「そうなの?」

 

正直言ってゴウラムはそう言った知識についてはあまり乏しくない

インデックスはゴウラムの声にウンと頷くと胸を張って

 

「任せて。とうまは私の事時代遅れだとかなんとかいうけど私にだって出来ることを証明してみせるんだよ。このお金を…入れて」

 

しわを伸ばしてお札を自販機に飲み込ませる

 

「そしてボタンを―――あれ」

 

そしていざ、と自販機のボタンを押そうとして、彼女の指が止まった

何故ならその販売機にはボタンが一つもなかったから

 

「…、」

 

インデックスはフリーズしている

実際はモニターがタッチパネルになっているのだがそんな事はインデックスにもゴウラムにも分からない

 

インデックスはお金を取り出そうとしているのか取り出し口を見てあたふたしている

因みにやっぱり液晶には〝取り出し〟ボタンがあるのだがそのボタンは完全に心理的に死角に回り込んでいる

単純にインデックスは〝画面に触れると何かが起きる〟なんてありえないと考えているのだ

 

「…大丈夫? インデックス」

「う、うー。…とうまの事言えないかも」

 

途方に暮れた彼女はそのまま床に四つん這いに崩れ落ちた

三毛猫は呑気に欠伸しているし、ゴウラムもインデックスを見てあたふたしている

そんな彼女たちの背後からかつん、という誰かの足音が聞こえた

 

その足音に気づいたゴウラムはふと、背後を振り向いた

そんなゴウラムに釣られてインデックスも視線を動かした

 

立っていたのは見慣れていない女の子だった

背丈は当麻やアラタより低く、それでいてインデックスやゴウラムよりは上か

それでいて茶色っぽい黒髪が太腿まで伸び、またそれとは別にゴムで束ねた髪が一房伸びている

おまけに眼鏡もかけていて、知的な感じが出ていた

そして何となく、胸元を見た

 

(…鮮花よりは大きいかも。いや、同じくらい…?)

 

そのふくらみを見てゴウラムはそんな事を考える

それでいて多分、橙子よりは小さいかもしれない

いや、そんな事はどうでもいい

問題なのはこの女の子が誰かという事だ

ちらりとインデックスに視線を移してみるとどうやら彼女も知らないようで首を振る

 

見た感じでは個々の女生徒は白い半そでのセーラー服と紺色のスカートを着込んでいる

しかし目の前の女の子は半袖ブラウスに青色スカートなのだ

その雰囲気からここの生徒ではなさそうなのだが

 

「その…ボタンをね? 押さないと」

「え?」

「だから…モニターの、ね? ボタンを…」

 

おずおずと、小さい声で彼女は言いながら彼女は販売機を指差した

インデックスは起き上がり迷子になったような顔をして

 

「ボタンって、この自販機にはボタンなんてないんだよ」

「え、っと。モニターに直接触ればいいの。し、知らなかった? あ、だ、だからそんな泣きそうな顔しないで…」

「嘘だよ。私知ってるよ、テレビにさわったって何にも起きないんだよ」

 

そんなインデックスの声を聞きつつ、女の子は自販機の前に立ち、モニターの端にある〝取り消し〟ボタンに手を振れた

するとうぃーん、とモーターの音が聞こえ取り出し口からにょーん、とお金が吐き出された

インデックスは目を丸くし、ゴウラムもおー、と声をあげた

 

「な、なにこれ?」

「え、っと…モニターに触れればいいんだけれど…」

「びっくり」

 

盛り上がる二人を見て女の子は苦笑いをした

そして一通り落ち着くとインデックスとゴウラムは女の子へと視線をやり

 

「ありがとう、貴女、名前は?」

 

インデックスの言葉に女の子は答えた

 

「…ん。風斬氷華」

 

そう言って目の前の女の子―――風斬氷華は笑った

 

 

三人はとくに注文をせずにそのまま食堂の席の一つを勝手に陣取って世間話を開始した

世間話というよりはインデックスの愚痴を風斬とゴウラムが聞く、と言った感じになっている

会話にすっかり夢中になっているのか空腹という事は完全に忘れているようだ

 

「でね、とうまの事よんだのに答えないばっかりか目を逸らしたんだよ。お昼用意してくれなかったのはとうまの方なのに」

「まぁ、勝手に来ちゃった私らも悪いんだけど」

「そ、それも…そうだけど」

 

ゴウラムにそう言われしゅん、とするインデックス

そんなインデックスに風斬はあはは、と笑いかけて

 

「まぁ学校は部外者が入ってきちゃいけないし…先生に見つかったら大変なことになっちゃうよ」

「あれ? でもひょうかも入ってきてるよ?」

「カザキリも転校生なの?」

「う、うん。正確には転入生だけど。制服持ってないだけだし」

「じゃあじゃあ私たちもその転入生になろう! ね!」

 

そう言ってインデックスはゴウラムの手を掴む

そんなインデックスにゴウラムは

 

「けどどうするの? この格好じゃ流石に目立つよ」

「ふぇ?」

 

インデックスは自分の恰好を見る

日常的に着こなしている本人に自覚はないが金糸の刺繍が入った修道服は流石に場違い感が否めない

まぁそれは黒いワンピースを着たゴウラムにも言えることだが

 

「あの、保健室に行けばきっと予備の服があるかも。…多分体操服だと思うけど」

 

「たいそうふく? それ着れば大丈夫かな」

 

無邪気なインデックスの問いかけ

普通に考えれば恐らく修道服とかよりは目立たなくなるだろう

しかしそれでも始業式の日に体操服はやはり目立つような気がするし

それ以前に猫連れてきちゃいけないという原則事項もあるわけで

とはいってもこれ以上名案も浮かばない

しばらく考えて風斬は

 

「うん。きっと大丈夫だよ。…たぶん」

 

そんな曖昧に答えてしまった

風斬が答えた時、横合いからまた別の声が聞こえた

 

「ゴウラム、ここにいたのか…、うん?」

 

少しだけ息を切らせた鏡祢アラタがこちらに向かって走ってきたのだ

 

「あ、あらた」

 

インデックスは知人を見つけまた笑顔を作る

しかしアラタの視線はインデックスの隣にいる見慣れない女生徒へと向けられる

 

「…えっと。こちらの方は?」

「ひょうかって言うんだよ。私たちのともだち」

「友達? …まぁいいや、俺は鏡祢アラタだ。よろしく」

 

今度は風斬に笑いかける

それに対して風斬も笑って返し「よ、よろしく…」と答えてくれた

そんな挨拶を交わした後、ゴウラムはアラタに向かって口を開く

 

「ところでアラタ。私を探してた様子だったけど、どうしたの?」

「あぁ、そうだった。今大丈夫か?」

「大丈夫と言われれば大丈夫だけど…。何かあったの?」

「まぁ何かあったと言われればそうなんだが。いや、今回は俺が悪いんだが」

 

何だか妙に歯切れが悪い

しかし深く追求はせず、ゴウラムは肯定する

 

「分かった。私の力が必要なら」

「助かる。ともかく、インデックスに風斬さん、また後で!」

 

アラタはインデックスと風斬の二人にそう告げて走って行く

ゴウラムも二人に「また」と言って彼の後を追っていく

そんな二人の背中を見て風斬は

 

「…いろいろ大変なんだね?」

「うん。とうま以上に大変かも」

 

二人してそんな事を呟きつつ、彼らの背中が見えなくなるまで見送っていた

 

◇◇◇

 

警備強度(セキュリティコード)

それは文字通り学園都市の警備体制の事を指す

それらのレベルには複数段階あり、大雑把に言うなれば

 

第一級警報(コードレッド) ・・・特別警戒宣言。テロリストの侵入が完全に確定した状態を指す

第二級警報(コードオレンジ) ・・・テロリストの侵入の可能性がある状態を指す

第三級警報(コードイエロー)・・・何らかの異常が起きた状態を指す

コードグリーン ・・・第三級警報より一段階低い警報で正常を表している事を指す

 

このような四つに分けられる

今現在学園都市に発せられている警報は第一級警報…コードレッドである

コードレッドが発令された時点で学園都市は完全に封鎖され、風紀委員には公欠と共に侵入者の捜索、及び索敵の命令が下された

…下されたのだが、アラタがそれに気づいたのは自分が学校に登校してからだ

何故か

 

そもそも昨日、アラタは当麻と一緒に闇咲の知人を助けるために外に行っていたのだ

その際、携帯は電源を切って自宅に置きっぱなしであり、帰ってきてからも携帯は持ったが電源をつけたのはつい先ほど

アラタはコードレッドを発令されたことを直前まで知らなかった

それ故に、かかってきた固法の電話になんとなしに耳を付けたら彼女の怒号が耳を貫いたわけで

 

それでいて小萌先生に事情を説明し、彼は始業式を欠席し、辺りを調べて回る事としたのだが

 

「<どう? 何か見つかった?>」

「いや。この辺には何も。…次は―――」

 

ちまちまと地面を歩いて探すより、上空から見た方が早いと考えたアラタはゴウラムに頼んで今現在、空から散策しているわけなのだが

 

「<ねぇ、アラタ>」

「うん? どうした」

 

紅い複眼を発光させて、躊躇うようにゴウラムは聞いてくる

 

「<その…私たちが学校に来たこと、迷惑だった?>」

「迷惑? なんでさ」

 

ゴウラムの気持ちとは裏腹に返ってきたのはそんな軽い言葉

思わず呆けてしまいそうなゴウラムにアラタは続ける

 

「まぁ驚きはしたけれど、別に迷惑だなんて思ってないよ。一方的に留守番しててって言った俺も悪いし。一段落したら当麻とインデックスとで遊びに行こうぜ」

「<…、>」

 

思わずゴウラムは押し黙る

そして思い出す

あぁ、この人はそう言った細かい事は気にしない人だった、と

 

「<…フフ>」

「? どうした」

「<なんでもない。さぁ、次はどこを―――>」

 

ゴウラムが行き先を確認したその直後だった

不意にゴウラムが口を閉ざしたのである

何らかの異常を感じ取ったのか、アラタも顔つきも真剣なものになっていく

 

「<…魔力の流れ>」

「侵入者は魔術師か。…ゴウラム、急いでくれ」

「<わかった>」

 

短く返事して、ゴウラムは加速する

そんな彼女の背中の上で、アラタは臨戦態勢を取った

 

◇◇◇

 

白井黒子は窮地に陥ってた

白井黒子は鏡祢アラタと同様に風紀委員の一人だ

よければ不審者の探索もアラタがいてくれれば心強かったが、どういう訳だか連絡が取れず、仕方なく黒子は一人で何時間かかけて街中を歩き回って探していたのだが、つい先ほどその人物を見つけた

 

見た目はゴシックのようなドレスを着込んだ見るからに異様と言える女だった

黒を基調とし色々な所に白いレースやリボンがあしらわれた、金髪碧眼の少女が着れば似合いそうな服だった

しかし着ている女は長い金髪ではあるがボロボロで肌もガサガサで、何というかゴシックロリータに抱く幻想を完膚なきまでにぶち壊したような女だった

 

黒子はその女を拘束しようとした

しかし、女が使用してくるわけの分からない〝超能力〟に圧倒され、今まさに、絶体絶命の危機にあった

空間移動で難を逃れようとしても、足は得体の知れない何かに噛まれ拘束され、その痛みが邪魔し、うまく演算できない

地面から生えてくるその腕を、黒子は睨む

よく見るとその腕はガードレールやら何やらを一つに纏め粘土細工のようにこねくり回して作ったような感じだ

ぐ、と足を噛む何かが食い込み、思わず彼女は眼を瞑る

瞬間、彼女の耳に何か別の音が聞こえた

 

それは何かが地面から生えていた腕を斬り裂いた音

 

「…え?」

 

突然の事に白井黒子は驚いていた

 

腕の手首に当たる部分が水平に切断されていたのだ

それと同時に自分の足を拘束していた何かも薙ぎ払われる

枷が外れ、黒子は距離を取るべく後ろへと地面を転がった

切断されたその場所は支えを失ったようにばらばらと元の部品へと戻り四方へ散っていく

 

ブゥン、とハチの羽音を大きくしたような音が黒子の耳に届く

よく見るとそれの正体は砂鉄だった

その砂鉄は磁力か何かに操られレイピアのように宙を泳いでいた

 

「磁力で…操る? もしや―――」

 

黒子はげほげほとせき込みつつ、視線を向ける

その先に、御坂美琴が立っていたのだ

 

彼女は一枚のコインを弾く

弾かれたコインはゆっくりと彼女の頭上を舞う

 

美琴は言った

 

「なんだかわかんないけど―――私の知り合いに手ぇ出してんじゃないわよっ!!」

 

叫びと共に放たれたのは彼女の異名の所以となる、超電磁砲を撃ち出した

撃ち出されたオレンジ色の閃光はまさに攻撃しようとしていた腕の半分を貫き、吹き飛ばす

ゴウ、という轟音は少し遅れてやってきた

立ち込める粉塵の先を美琴は睨む

 

<Herakusu>

 

僅かに聞こえてきたそんな電子音声

そこから、一体の人影が飛び出してきた

 

思わず美琴はその場から一歩後ずさった

瞬間、自分がいた場所にブンと斧のようなものが振り下ろされた

 

瞬間美琴は眼を見開く

そこに立っていたのは、天道が変身するような仮面ライダーがいたのだ

しかしカラーは赤ではなく銀色で、右肩に何やら変な突起物がある

そのライダーの名前はヘラクスという事を、美琴と黒子は知る由もない

 

「お姉様!」

「黒子! アンタはそこで休んでなさいっ!」

 

自分を呼ぶ黒子に向かい、美琴はそう言ってヘラクスに向かって電撃を放った

しかしその電撃は容易にに避けられ、容易く接近を許してしまう

 

(―――早い!)

 

それでもカブトほどではないが、十分な速度を誇るものだ

雷と共に美琴はヘラクスの腹部に蹴りを打って、その反動で距離を取る

だがそれでも大した一撃にはならなかった

 

ち、と美琴は歯噛みする

そして美琴はヘラクスを睨んだ―――その時だ

 

上空からそのヘラクスの顔面に誰かが蹴りを叩きこんだ

割と勢いのある一撃だったらしく大きく吹き飛び地面を転がった

蹴りを打ったその人物はスタリ、と美琴の前に着地した

その男を、美琴は知っている

 

「ったく。…遅いわよ、アラタ」

 

「あぁ、遅くなった」

 

そんなアラタの周囲にはゴウラムも飛び交っている

美琴は飛び交うゴウラムを撫でつつ、美琴はアラタを見て

 

「ごめん、任せていいかしら」

「あぁ、任せときな」

 

目の前のライダー、ヘラクスを睨みアラタはアークルを顕現させる

そして構えを取って叫んだ

 

「変身!」

 

徐々に彼の身体を変化させ、美琴と黒子の前には赤い戦士、仮面ライダークウガの姿があった

その戦士の背中を見て、今度は黒子の方に美琴は駆け寄った

 

「大丈夫? 黒子」

「え、えぇ…大丈夫ですわ」

 

未だ地面に膝を付いたままの黒子を支えつつ、美琴はアラタの戦いに視線をやった

 

 

手に持ったハンドアックスみたいな一撃をクウガは避けつつ、カウンターで蹴りを打ったり、拳を放つ

ヘラクスの持つクナイガンアックスでの攻撃は細かい動作に見えて少しばかり大振りなのだ

落ち着けばその攻撃を見切るのは簡単だった

 

そんな攻防を何度か繰り返し、再びヘラクスが後退した時だ

ふと、ヘラクスが自分の右腰に手をやり、何かを捻るように動かした

 

<clock up>

 

そんな電子音声が聞こえたその瞬間、ヘラクスの姿が消えた

否、消えたのではない、超高速で動いているのだ

 

「―――これはっ!?」

 

クロックアップ、と口にする前にガツン、と一撃を貰う

その隙を逃がすまいと二撃、三撃とクウガは攻撃を受けていく

ドサリ、と地面に倒れながら、クウガは叫んだ

 

「―――く、超、変身っ!」

 

攻撃を受けつつも、その姿を赤から緑―――ペガサスフォームへとその身を変えた

姿を変えたその直後でもまた一撃を貰う、が今度は立ち上がり、精神を集中させる

意識を研ぎ澄まし、〝音〟を探る

―――僅かに、前方から走るような足音が聞こえた

 

クウガはカッと目を見開き、繰り出されるであろうその一撃を受け止める

 

<clock over>

 

そんな音が鳴った時、クウガの目の前にはヘラクスがいた

振り下ろしたクナイガンアックスを受け止められた状態で

僅かに動揺したその隙を、クウガは見逃さなかった

そのまま緑から赤へと姿を変え、腹部に一撃を打ち込み、そのまま足を払うように蹴りつけてダウンを奪う

そして足に力を込め、倒れ伏したヘラクスの胸部にその紅蓮の蹴りを叩きこんだ

その態勢のまま―――さらに力を入れて踏み砕く

 

直後、ヘラクスは爆散し、そこにはクウガしかいなかった

クウガが足を退けるとヘラクスが倒れていた場所には一本のメモリ

 

「…ガイアメモリか…」

 

とりあえずそのメモリ踏み砕き、クウガは変身を解いた

 

そして二人の友人の近くへと歩き出す

 

「怪我は…なさそうだな」

「えぇ、おかげ様でね。―――所で黒子、聞くの遅れたけど、さっきの女が件の侵入者でいいのかしら?」

 

そう美琴が聞くと黒子は頷いて

 

「間違いないですわ。何とも珍妙な能力でしたが…」

 

…どうやらあのライダーは本人が逃げるための囮に過ぎなかったようだ

しかし事情を知らない二人に魔術の事を言ってしまえば変に混乱させてしまうだろう

故に魔術関連の事は伏せておく

 

「ところでお兄様、今までどこにいたんですの? わたくし電話も致しましたのに」

「え、あ…その…ははは」

 

言い淀むアラタをゴウラムは中空から眺めていた

がやがやと言い合うその三人の姿を、楽しそうに



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#42 放課後

天道総司は廊下を歩いていた

歩く理由は始業式をぶっちぎった上条当麻を探している最中だ

教室にいた時にはみんなと談笑していた時は普通だったが、教室にあのシスターとワンピースの女の子が訪問してきた時は珍しく狼狽えていた

 

そして始業式の時間になっても姿を現さない彼が気になって探している、という訳だ

そんなもんだから天道も堂々と始業式をぶっちぎっている

それでいいのか、というツッコミはスルーで

 

ふと食堂に差し掛かると変な争いの声を聞いた

 

「今日は始業式なんだから昼までには帰るっての!」

「そ、そんなの言ってくれないと分からないかも!」

「分かれよ! 常識だろうがこんなもんはっ!」

「とうまの常識を押し付けないでほしいかもっ! ならとうまは分かる!? イギリス仕込みの十字架に天使の力を込める偶像作りの為に、儀式上における術の行う際の方角や術者の立ち位置の関係とか! 実際メインの術の余波から身を守るための防護陣を置く場所は決められてて、そこからちょっとでもずれるとサブがメインに喰われてうまく機能しなかったり! そう言った黄金比とか、とうまはわかる!? こんなの常識なんだよほらほらっ!」

「ま、まーまー…」

 

…なんだこのカオス

思わずそんな事を呟いてしまうくらいその光景は自然だった

会話をしているのは上条当麻でその相手は件のシスター

そしてそんな言い争っている二人を宥めようとしている女の子

 

そんな天道の後ろでふと、また気配がした

それは一瞬ではあるものの天道をゾワッとさせたほどだ

恐る恐る振り返るとそこにはすごくいい笑顔な小萌の姿が

実際向けるべき矛先はその付近の天の道も入っているのだが、完全に小萌の視線は当麻とシスターらを捉えている

 

彼女はありったけの空気を吸い込んで、叫んだ

 

「何やっとるですか上条ちゃーんっ!!」

 

きっとこの日一番の叫びだったと思う

 

◇◇◇

 

結果、インデックスは学校の敷地の外に追い出された

ゴウラムも今はいないし、とりあえず学校の金網に寄りかかって待っていることにした

 

「…その、すごかったね。少し、驚いたかも」

 

か細い声にインデックスが振り返る

そこには風斬氷華が立っていた

インデックスはちょっとだけ俯いて、口を開く

 

「とうま。怒ってた」

「え…?」

「今までだって何回もケンカしたことあった。…あったけど、今回のはなんか違う気がする。全然私の言う事聞いてくれないし、笑ってくれないし…」

 

自分で言いながら、彼女の顔は悲しみに歪む

恐らくあの言い争いの中では内面、沈んでいたのか

 

「…もしかしたら、私の事嫌いになっちゃったのかな―――」

 

「それは違うぞ」

 

呟いたその時、校門から出てくる人の声を聞いた

その男は天に指を翳し

 

「おばあちゃんが言っていた。ケンカをするのは仲が良い証拠、そこには見えない絆がある、ってな」

 

「えっと、誰?」

 

「俺は天の道を往き総てを司る男、天道総司。上条当麻の友人だ」

「とうまの? …っていう事はあらたとも?」

「アラタとも知り合いなのか、なら話は早いな。安心しろ、当麻がお前を嫌う事はない」

「え?」

「…そうだよ」

 

天道の言葉に続くように風斬も口を開く

 

「ケンカが出来るって言うのはね、それだけでもちゃんと仲直りできるって言う証拠なの。それだけじゃ終わらないの。あの人はね、貴女とケンカをしても縁が切れないって信じてたから、安心してケンカが出来たんだよ」

「…ホント?」

「その女の子の言うとおりだ。ならお前は、ケンカなんかしない方がいいか? 確かにそれはそれでいいのかもしれないな。だがそれではずっと自分の気持ちを押し殺し、言いたいことは黙ったままで。そんな偽りの生活をしたいのか?」

「それは…いやだ。ずっと…ずっととうまと一緒にいたい」

 

インデックスは言う

 

「うん。そう思えるならきっと大丈夫。少なくとも上条当麻(あのひと)は貴女の為に怒ってくれる人だから…きっと大丈夫」

 

風斬はそう言ってインデックスに言った後、小さくこう付け足した

 

「…人の裸見ても普通に話しかけてくるけど」

 

そんな言葉を聞いて天道は笑った

そして思う

いつも通りの日常だな、と

 

◇◇◇

 

地下街にて

紅葉ワタルはある人物と二人で遊びに来ていた

いや、遊びに来ているというよりは日頃頑張っている仲間を労おうという優しさもあった

それはアームズモンスター、という自分の大切な友である

 

そんな訳でガルルにはコーヒーメーカーをあげドッガには人間体に合いそうなスーツをあげたのだが、バッシャーから提示されたのは、ゲームセンターで遊んでみたいとのことだった

それで今、ゲームセンターに二人はいるのだが

 

「…ここがゲームセンター! 略してゲーセンかー!」

 

それで今現在、いろいろな所を珍しそうに見て回るバッシャーの後ろでそれを見守る紅葉ワタル

 

「…あんまりはしゃがないでよ。問題はないと思うけど」

「わかってるってー! それにしても外の世界とかすごい久しぶりでテンション上がるのも止む無しだよ!」

 

そう言ってきているくるりと回るバッシャー人間体ラモン

…ところでバッシャーは一応男のはずなのになんでセーラー服着てるんだろう

違和感ないくらい似合っているのがまた妙な感じなのだが

 

◇◇◇

 

インデックスの目の前に広がる、別世界

 

「…これがかの地下世界なんだねとうま」

「地下街だからな、地下街」

 

はしゃぐ彼女に突っ込みを入れる当麻

小萌のお説教から解放され、そして始業式の後で遊びに行く約束だった二人に天道と風斬はそのまま誘われて、今ここにいるというわけだ

先ほど当麻はアラタにも連絡を入れたようで、彼とは現地で合流の予定だ

 

因みに当麻がここを遊び場に選んだ理由は別になく、ただインデックスがここの地下街の存在を知らなかっただけのことだ

 

「ま、とりあえず昼にするか。なぁインデックス、なんか希望とかあるか? あ、高いとことか行列のある店とかはナシな」

「大丈夫だよ。美味しくて安くて量もそれなりで。なおかつ隠れた名店みたいなところが良いな」

「それはそれで難しい条件を。…風斬は?」

 

当麻はそう言って風斬の方を向く

しかし風斬はビクン、と肩を震わせてインデックスの陰に隠れるように移動する

 

「…あー」

 

何かやったのかと心の中でおそらく呟いているのだろう

そんな当麻を風斬は彼女の陰から伺うように

 

「べ、別に怖いとかそう言うんじゃないの。え、っと…裸、も見られたし」

 

最後部分がよく聞き取れなかった当麻は「え?」と聞き返した

その傍らで天道がはぁ、と息を吐き、風斬は「見られたのに…反応薄いのは…」なんて呟いている

そんな空気を壊すようにパンパンと手を叩きながら天道は言った

 

「まずは食事だ。行くぞ当麻、おススメを知っている」

 

そう言って先を行く天道の背中を三人は追っていく

歩いてる時も、風斬はインデックスの近くにいたままだった

 

 

あの後支部に顔を出してアラタはこってり絞られた

まぁ何回も電話をしていたのに連絡がなかったらそりゃ怒るだろう

おまけに状況も完全に理解していないならなおさらだ

 

その後で初春が一通りまとめた資料にアラタはちらりと目を通す

どうやら侵入者は女性らしく、戦った黒子によると何やら珍妙な能力を使うらしい

支部の人らは知らないが、十中八九魔術で間違いないだろう

しかし魔術師がここに来る理由が分からなかった

…いや、何となくだが見当はつく、インデックスだ

 

彼女の持つ十万三千冊を狙っての事か、もしくはまた別の事か

いずれにしても、ここはインデックスたちの近くにいた方が万が一が起きても対応できるだろう

 

幸いにもさっき当麻からこのまま地下街に行く、という感じのメールが携帯に届いた

固法からも見回りを続けててと言われたのでアラタとしてはありがたい

風紀委員としてはどうなのか、と問われればぶっちゃけダメかもしれないが

 

 

「アラタ」

 

支部から出て自分に向かって声をかけられた

その正体は人間となったゴウラムだ

 

「おお、待たせて悪かった。このまま俺たちも地下街に向かうぞ」

「チカガイ? なにそれ」

「その名の通り地下の街だよ。そこで当麻やインデックス、風斬さんと合流予定だ」

「そうなんだ? …けど何だか楽しそう」

 

そう言ってゴウラムは笑顔を作る

その表情を見て、アラタはむぅ、と考えた

人間と同じいろいろな顔を見せる彼女には、ゴウラムと呼ぶのはなんだか彼女に悪い気がしたからだ

それに何より、他の人の前でゴウラムだなんて流石に呼べない

何か…ゴウラムとは違うピッタリな名前はないものか

 

そんな事を考えながら人間体となったゴウラムと共に、アラタは地下街へと足を運んだ

 

 

そしてその二人を少し離れた位置で見る人影があった

その人影はお店の看板とかに身を隠しながら、その二人をスニーキング、もとい尾行している

 

「…あれ、なんで私こんなことしてんの」

 

ふと、御坂美琴は我に返った

思えばなんでことしているのだろうか

そもそも彼女は支部に忘れ物をしたアラタに忘れ物を届けようと外に出たのだ

因みに忘れ物とは風紀委員の腕章である

その程度ならと自分がやると黒子が言ったが美琴はそれを断って彼の元へ届けようとしたのだが

 

なんかとても仲良さげな二人の姿をうっかり目撃してしまったのだ

もう片方は鏡祢アラタだ、間違いない

しかしもう一方の女の子を美琴は知らない

長い黒髪に、角みたいなカチューシャ、それでいて黒いワンピースを着込んだその女子

なんかどこかで会ったことあるっぽい違和感があるその女子と楽しく談笑しているアラタを目撃してしまったのだ

 

その時の美琴はなんかわからないが迅速だった

というか、美琴としても本能みたいなものだった

気づいていたら隠れてしまっていたのだ

 

それでも美琴の視線は歩くアラタとその少女を捉えて外さない

己の中で芽生えつつあるその感情に、彼女は気づいていない

 

 

「頼まれたものを。持ってきた」

「あっ、ご苦労様ですー」

 

人がまばらにしかいない職員室で、椅子に座ったままの月詠小萌がパタパタと手を振った

本日は始業式にて半日授業、現段階では部活の顧問を請け負っている先生や生徒以外に人はいない

しかし小萌は例外で、友人のレポート作成を手伝うべく、彼女は残ったままなのだ

 

「すみませんねー、本当は学生さんにお手伝い頼むのはいけないんですけど、どうしても手が離せなくて…」

「大丈夫。それより。この専門書で合ってる? アパートに合った本が。全部同じに見えてしまったから。少し不安」

「うん、これで合っていますよ。ありがとうです姫神ちゃん」

 

そう笑みを浮かべて返答する小萌に、姫神は内心で胸をなでおろした

小萌は椅子の背もたれに身体を預けて

 

「今日は本当にごめんなさいです姫神ちゃん。いきなり知らない人たちの所に投げ込まれて不安とかにはならなかったですか?」

「その点は。問題なかった。そんな事より。上条当麻は。何をやらかしたの?」

「そうでした! 聞いてください姫神ちゃん! シスターちゃんたちを追いかけたのならまだ許せたのですけどね、なのにあろうことかシスターちゃん以外にも女の子を連れてお喋りしてたんですよー!」

 

女の子、というフレーズを聞いて姫神の眼が鋭くなる

上条当麻がそんな名前を言っていた

そして校門前でインデックスや天道と話をしていた女の子

 

「…それ。どんな感じの人?」

「え? えっとですねー…眼鏡で頭の横から出た髪の毛が印象的で…制服はうちのとは違ってて、半袖のブラウスに赤いネクタイで、青いスカートで…なんというか、周りに気を使うというか、そんな感じですかねー」

 

小萌の言葉に、姫神は一度視線を外す

なんという、名前をしていたか

 

「…先生」

「はい?」

 

「風斬氷華って生徒。この学校にいる?」



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#43 閉鎖空間

天道の案内してくれたレストラン〝学食レストラン〟でひとまず昼食を食べたあと、当麻たちはゲームセンターへと足を運んだ

 

因みにその学食レストランではあろうことかインデックスが四万もする常盤台給食セットを頼んだ時はどうしたものかと思ったがなんとその金額を誘ったのは自分だ、と天道が言って奢ってくれたのだ

払った後、天道は当麻に向かって

 

「金を返す必要はないぞ」

 

と今まさに危惧していたことを言ってくれた

…当然ながら、払える分は払ったのだが如何せん四万が大きすぎるのだ

 

そんな事が起こった学食レストランでの思い出を早速回想して、今度は自分の財布を当麻は見る

つい先ほどまでそこには千円札が九~十枚くらいあったのに、もう一~二枚になっている

…ゲームセンターでも大雑把に一周くらいはすればそんなに減るんだ、と痛感した

 

「…相変わらず不幸フルスロットルだな当麻」

 

そんな彼の耳に聞こえてくるのは聞き慣れた親友の声

鏡祢アラタだ

その傍らには見慣れない女の子もいる

 

「ははは…しばらくは一日三食パンの耳だな」

「切実すぎるだな…」

 

一方、人となったゴウラムを見かけたインデックスはさらにぱぁっと笑顔になり彼女の付近へ駆け寄った

同様にインデックスを見たゴウラムも小さくはあるが微笑み、インデックスの手を取る

 

「楽しそうだね、インデックス」

「うんっ、そして貴女が来てくれたからもっと楽しくなるよっ!」

「ははっ。ありがとうインデックス」

 

短い期間ながらインデックスとゴウラムは本当に仲が良くなった

見た目は流石に全然違うが、それでも姉妹のようでもある

一方でちらりとクレーンゲームの方へと視線をやると天道がいそいそとクレーンゲームに興じていた

何故だろう、すごくシュールである

それでいてワンコインで目的のブツを入手するあたり凄い

そんな時、タイミングを計ったように当麻の携帯の着メロが鳴り響いた

当麻は携帯を取って画面を見る

どうやらメールではなく通話らしい

そんな当麻から何かを感じ取ったのか、風斬が動いた

 

「ねぇ、飲み物買ってこない?」

「え? それならとうまたちも一緒に―――」

「皆の分も買ってくるの…」

 

風斬はそう言いながらゴウラムとインデックスの手を掴み、そんな風斬たちに当麻は申し訳ない、とジェスチャーで謝りながら彼は財布を取り出してそれを風斬に放る

あたふたとしながら彼女は一度手を離して財布を受け取ると改めて手を掴み、自販機へと走って行く

そんな三人の背を見送ってから当麻は携帯に耳を当てた

アラタも三人を追いかけようとしたが、きっと女子三人の方が気楽だろう、と判断してその場に留まった

 

「…なんだったんだ一体?」

 

通話が終わったであろう当麻が携帯の画面を見ながら頭にハテナマークを浮かべている

気になったアラタは

 

「どうした?」

「いや…繋がったは繋がったんだけどさ…ほら、ここ地下街じゃん?」

 

当麻の言葉にアラタはあー…、と声を詰まらせる

地下街にいる自分たちの携帯は地上とは電波が繋がりにくい

それを改善するために携帯用の設置アンテナがあるのだが、そこから離れてしまうと途端に携帯は繋がらなくなる

 

「…まぁ、とりあえず大丈夫か」

 

そう言って当麻は携帯を折りたたみそれをポケットに突っ込む

それを見届けたアラタは今度は反対に向き直り

 

「…天道、いい加減クレーンやめないか」

「ははは。のめり込むとつい、な」

 

いつの間にか袋を調達したのか数体の人形がその袋に突っ込まれていた

どうでもいいが犬さんや猫さんが多めだった

 

 

そんな三人をやっぱり見ている人影が一人

御坂美琴である

 

「…ゲーム、センター…」

 

今現在アラタの付近にいる人は彼の友人である上条当麻と天道総司だ

それ以外にもあの女の子とは別に二人くらいまた見知らぬ女の子がいた

 

…意外にも女子の友人がいることに驚きつつ、美琴はゲーム筐体に身を隠しそのまま様子を伺っていると

 

「…あれ。御坂さん」

 

不意に背中からかけられた声に驚く

一瞬声が出そうになったがなんとか抑え、後ろを向いた

そこには紅葉ワタルとまた見知らぬ人が立っていた

…歳はアラタやその友人の当麻と同じくらいだろうか

 

「? ワタル知り合い?」

「うん。たまに常盤台で音楽講師やってるから…教え子かな」

 

ほぇー、と言いながら感心したようにその子は首を動かした

その後で美琴へと手を差し出し

 

「ボクはラモン! よろしくね!」

「え、えぇ。私は御坂美琴。こちらこそよろしく」

 

握手を交わし握り合う

テンションが少々高いラモンに、美琴はちょっと気おされる

 

「所でなにを見てたの? 隠れてたみたいだったけど…」

「え!? な、何でもないですよ!? は、はは…」

 

とてもじゃないが、尾行してましたなんて言えなかった

 

 

「とうまは、そんなに怖い人じゃないんだよ」

 

ゲームセンターのその奥にある自動販売機コーナーにて

インデックスは風斬に向かってそう言った

続けてゴウラムが

 

「そうだね、当麻もだけど、天道もアラタもみんないい人だから大丈夫」

「あ…うん。え、ッと…怖いとかそうじゃなくて…なんだろう。男の人と話すのが初めてだから…かな?」

 

そんな声を聞きながらゴウラムは風斬から受け取った小銭を自販機に入れていく

チャリン、と小気味よい音が聞こえる中、風斬は言った

 

「その…私どれが美味しいか分かんないから、その…貴女たちのおススメを、教えて?」

「? ひょうか、ジュース飲んだことないの?」

 

普通ならばどこかに引っかかりを覚える筈のその言葉に何の疑問を抱かなかったのはインデックスとゴウラムの二人がまだ現代知識が欠如しているからだった

その言葉に対し、風斬はインデックスとゴウラムの顔を見て口を開く

 

「うん。…〝今日が、はじめて〟」

 

 

いつまで経っても戻ってこない三人を心配し、探しにいった上条当麻が戻ってこない

そんなミイラ取りがミイラな状況にどうなってんだいと戸惑いながら天道とアラタの二人は三人+当麻を探して歩いて回る

 

ぐるりとあたりを見回してみるとバニーコスをした女子高生を何人か見かけた

恐らくはそう言う服の貸し出しコーナーでもあるのだろう

少し歩いて二人は目的の三人を見つけた

同じようになんかのアニメのコスプレをしている三人は今現在プリクラの操作に夢中になっており、アラタらの存在に気づいていない

因みに風斬はなんだか戸惑いつつ、インデックスに振り回されて、それにゴウラムが上手く合わせているようだ

 

目的の三人は確認した、じゃあ今度はあのウニ頭だ、となって天道とアラタはもう一度周囲を見渡した

そして見つけた

筐体の陰に隠れるように放置された、まるでゴミのような上条当麻を

 

「…、」

「…。」

 

あぁ、恐らくなんかハプニング(ラッキースケベ)な事態にでも直面してしまったのだろう

二人は両手を合わせ合掌して、未だ放置プレイを受けている当麻を起こすべく足を動かした

 

◇◇◇

 

そのドレスの女は歩いていた

名をシェリー・クロムウェル、イギリス清教の対魔術組織、必要悪の協会(ネセサリウス)のメンバー

同時にカバラの石像使いでもある彼女は笑みを浮かべてただ歩く

 

「まずは原初に土」

 

歩きながら歌うように彼女は紡ぐ

ドレスの破れた袖から彼女は魔術に使用する白いオイルパステルを取り出し、近くにある自動販売機やガードレール等に何かを書き殴っていく

 

「神は土で形作りそれに命を拭きこみ。人と名づけた―――しかしその御業は人の手で成せるものに在らず…また堕天の口で説明出来るものにもならず」

 

印を刻み、それを数えるほど七十二

そして空中にパステルを走らせて―――

 

「かくして、人の手で生まれた命は腐った泥人形止まり。…さぁて、ゴーレム=エリス。私の為に、使って笑って潰されろ」

 

最後に、パン、と手を打った

刹那、膿を潰すような音が響いた

一つや二つではなく、幾重もの

しかしその音は小さいものであったために、街を歩く人たちの耳に届くことはなかった

それ以前に、その音は人の喧噪に飲まれて消える

 

変化が起きた

 

自販機、ガードレール…書き殴った様々なものがピンポン玉サイズの大きさに盛り上がる

シェリー・クロムウェルの魔術は材料を問わない

その場にある、あらゆるものが彼女の武器だ

 

やがてその玉は横一線の亀裂が入り、それが瞼みたいに動きだし濁った白い眼球が姿を現した

彼女はハガキくらいの大きさの黒い紙を取り

 

「自動書記。標的はこいつでいいか。…? なんだこりゃ、この国も標準表記は象形文字なのか」

 

その紙に殴り書きのような文字でパステルを一閃する

そしてピン、と指で弾いて地面へと放った

 

〝風斬氷華〟と書かれたその紙が地面へと着地したその直後、何十体もの泥の眼球がその紙に押し寄せる

紙を千切り食い破り、その紙片を取り込んだ眼球はゴキブリのように四散していく

一つは地面を泳ぎ、また一つはぎょろり、と視線を動かして

 

「ここにいたか」

 

不意に聞こえた声

その主は唐突に現れる

ぐおん、と現れたその魔法陣の中から一人の男が現れる

シェリーはその男を知っている

 

「…ソウマ・マギーア」

 

同じく必要悪の協会(ネセサリウス)に属している魔術師…

ソウマは言う

 

「…何のようだ」

「別に。お前がやろうとしてることなんざ興味ないさ…俺は所用で来たんだよ」

 

ソウマは小さく笑みを浮かべる

対してシェリーはち、と心底鬱陶しそうに舌を打つ

 

「あぁそうかい。じゃあ私は行くぞ。いちいちお前になんて付き合っていられるか」

 

吐き捨てて彼女は彼の隣を通り過ぎた

そんな彼女の背中をちらりと見てソウマはなんとなく天井を見る

再び前を向いて

 

「…よし、まずはドーナツ屋だ。シュガーを買わないと」

 

呑気にそんな言葉を呟いた

 

◇◇◇

 

ゲームセンターにいると恐ろしい速度で金が減る、という事から一行は外に出た

割かし時間が立った気がするがそれでもこの地下街の喧噪が衰えることはない

しかし小さな変化と言えば学生の服装が制服から私服に変わっているところか

地下街、という場所は蛍光灯などで一定の明るさを保っているため、こう言う些細な変化で時間の変化をなんとなく読まなければならない

 

そんな訳で通行人の邪魔にならないように談笑していると、ふと風紀委員の腕章をつけた女の子が彼らの横を通り過ぎた

 

アラタはすぐに視線を外そうとしたが、その女の子がどういう訳かアラタたちを睨んでいることに気が付いた

その女の子はつかつかとこちらに向かって歩いていき、近くまで来ると

 

「ちょっとあなたたち、これだけ注意しているのになんでのんびりしてるんですか!」

 

凄い勢いで怒鳴られた

いきなり怒鳴られたことで当麻やインデックス、ゴウラムと風斬もきょとんとしてしまった

同様にアラタも驚いていたが天道は特に顔には出さず涼しげな顔でその女の子を見ていた

 

しかし目の前の少女は別に何か言っていたとは思えない…と考えて頭に直接語り掛けるように声が聞こえた

そしてこの目の前の女の子は念話能力(テレパス)の能力者なのだと悟る

同様に不意に頭の中に直接語りかけられたことで、ゴウラムとインデックス、風斬が驚いた表情をしていた

 

「了解です。こちらで誘導しておきますので貴女は職務の続行を」

「ご理解頂けて感謝します。なるべく急いでくださいね」

 

そう言ってその風紀委員の女の子は急いでまた走り出した

何が何だか分からない当麻はアラタに向かって口を開く

 

「どういう事だ? アラタ」

「すごく簡単に言うとだ。この地下街にテロリストが紛れ込んでるからシャッターを閉めるから巻き込まれないうちに早く逃げてくださいって事だ」

 

その声に当麻はギョッとした

アラタに付け足すようにテレパスの言葉を聞いていた天道が

 

「無用な混乱を避けるために、そしてそのテロリストに情報が洩れるとまずいから彼女のような念話能力(テレパス)が入り用になったらしい。幸いにも、シャッターを閉めるまでには十分ある」

「マジでか。…じゃあ急いで逃げないとな」

 

そんな訳で一行はさっさと地下街から離れよう、という事で出口に向かって小走りで移動し始めた

しかし、そこである一つの問題が浮上する

 

出口の階段付近には武装した警備員(アンチスキル)の姿が約五名ほど

皆黒いボディアーマーを着込んでおり、完全武装である

インデックスはこの街の住人ではないし、ゴウラムに至っては人へと姿を変えた存在だ

それでもゲストIDを持っているインデックスはまだいいが、ゴウラムはそんなものを発行している暇がなかったのだ

 

非常事態であるこの時では少しでも不審な人物は調べられるだろう

 

「…どうするアラタ」

「このまま行こう。…クソ、あそこに矢車さんとか立花さんとかがいれば誤魔化せたんだけどな…」

 

しかし無いものねだりをしても仕方がない

このままテロリストとの戦闘に巻き込まれるか、検問か

どちらが楽かと言われれば圧倒的に後者だ

しかしそんな考えは、いとも簡単に打ち消された

 

非日常の来訪によって

 

 

<見いつけた>

 

 

不意に、女の声がした

どこから、とアラタと当麻は周囲を見回し、天道はインデックスやゴウラム、風斬の前に立つ

そして、彼らは壁を見た

そして、見た

 

その壁の視線の先―――まるでガムのようにこびりついたその泥の中央に、眼球があったのだ

ぎょろり、ぎょろりとせわしなく動くその眼

 

風斬はきょとんとしたままだった

当麻は何が何だかまだ理解できていないでいた

天道はほぅ、と言葉を紡いだ

ゴウラムはその眼を逆に睨み返していた

アラタはその眼を見て、一瞬ではあるが思考が止まった

そしてインデックスは、冷静のその眼を見ていた

 

眼は呟く

 

<ふふ。ふっふふ…。うふふふふ。禁書目録に幻想殺し、虚数学区のカギに…おまけにクウガまでよりどりみどり。何人かわかんねぇのがいるけど、それでも困っちゃうわぁ、迷っちゃう…ほんとぉに>

 

その声は妖艶ではあったが妙に錆びていた

声は続ける

 

<ま。全員殺せば問題ねぇか>

 

粗暴な声へと切り替わる

この闖入者が誰か、正直今は分からなかった

しかしインデックスは切り捨てる

 

「土よりで出でし人の巨像…。その術式、アレンジがイギリス正教に似てるね。ユダヤの守護者たるゴーレムを強引に英国の守護天使にしてるところなんてとくに」

「…ゴーレム?」

 

当麻は思った疑問を口にする

ゴーレム…パッと思い浮かぶのは日本で有名な某RPGにでも出てくるようなあの岩の巨体だ

インデックスはその眼球を睨み

 

「神は土から人を創り出したって言う伝承があるの。ゴーレムはそれの亜種、恐らくこの魔術師は探索、および監視用に視覚の特化したこの土人形を作ったんだよ。本当は一体しか作れないけど、そのコストを小さくしてたくさんの個体を操ってるんだよ」

 

その声に、眼から聞こえる声はまた笑う

正直、理屈は全く分からなかったが、簡単に言うならば

 

「こいつがそのテロリストってことか」

「あぁ…たぶん間違いないな」

 

当麻の言葉にアラタは同意する

対して声は

 

<テロリスト。…テロリストってのは、こういうことする人らの事かしら>

 

ばしゃ、と音を立て眼球が弾けた

 

瞬間、ガゴンっ! と地下街全体が揺れた

 

その振動に、当麻は大きくよろめいた

天道はしゃがんで態勢を整えて、風斬はインデックスを支え、アラタは思わず転びそうになったゴウラムを抱き留める

 

そしてもう一度、まるで砲弾でもぶち当たったような振動が地下街全体を襲っていく

爆心地は遠い、しかしその余波は一瞬で地価全体に広まっているような感じだ

パラパラ、と天井から粉塵が零れてくる

そして蛍光灯が数回ちらついたのち、一気に全部の光が消えた

少し遅れて非常灯の光が薄暗くあたりを照らしていく

 

それまでゆっくりと出口に向かっていた人垣が雪崩のように出口に向かって突き進む

 

そして今度は足音とは別の重い音が鳴り響く

それは障壁が閉まる音だった

警備員(アンチスキル)が予定より早く障壁を下ろし始めたのだ

 

それが意味することは一つ

 

閉じ込められた

人垣が殺到した出口には近づけない

もし相手がこの事を予期していたのなら、この建物の構造、位置関係…人の流れを呼んだのだろうか

インデックスの言葉を思い出す

コストを下げてたくさんの個体を創り出す…もしかして地下街中に放ったというのか

 

<さぁ、パーティーを時間だ―――泥臭ぇ墓穴で、存分に鳴いて喚け>

 

そしてもう一度、大きな振動が地下街を揺らした―――



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#44 ゴーレム

前々から言ってるかもしれませんが私の作品の美琴は大分丸いです(性格的な意味で


あれから他の出口を探そうと思ったが結局は全部無駄骨に終わった

一応、ダクトも念のために調べてみたが当然ながら人ひとり入れるスペースではないので諦めた

空調が切られたのかは不明だが地下の温度が上がっているような気もして、おまけに変に非常灯が赤いためにオーブントースターに放り込まれた気分だ

 

どうも居心地が悪い

 

薄暗い道の先を見て当麻が呟く

 

「…クソ、迎え撃つしかなさそうだ、あっちは顔確かめて襲ってきたみたいだし。インデックス、お前は風斬たちと一緒に隠れてろ」

 

相手はこっちの位置を把握している

いくら広いと言えど、見つかるのも時間の問題だろう

そんな事を考えつつアラタは己の顎へと手をやる

 

「せめて人数でも分かれば、策は練れそうなんだがな」

「あぁ。けどわからない以上、先手を取らないと」

 

天道の言葉にアラタは同意する

相手がどこから来るか分からない上に、その人数も不明な今、後手に回るのは避けたい

そんな中、三毛猫(スフィンクス)を抱えたインデックスが頬を膨らませつつ

 

「とうまの方こそひょうかたちと隠れててほしいかも。あらたみたいな力を持ってるならともかく、敵が魔術師なら私の仕事なんだから」

「アホか。お前の手で殴ってなんか見ろ、逆にお前の手が痛んじまうだろうが。いいからお前は隠れてろ」

「むむむ。もしかして今までの幸運(ラッキー)が全部実力だって勘違いしてない? その右手があっても所詮とうまは素人なんだから一緒に隠れててって言ってるの」

 

何やら当麻とインデックスが言い合っている

そんな光景を見ながらおろおろしつつ、氷華はアラタに向かって

 

「あ、あの。こういう時、私が何か手伝うってことは…、ないの?」

「ないだろうな。申し訳ないけど」

 

そんなアラタの言葉に天道は頷く

そうはっきり断言されてしょぼん、と風斬は項垂れた

 

◇◇◇

 

「…また大きな揺れだね。テロリスト…だっけ」

 

ゲームセンターから出て、ワタル達は周囲を見渡す

どうやら先ほどの大きな揺れで障壁が閉まってしまったらしく、軽く騒ぎになっているらしい

完全に逃げ遅れた美琴とラモン、そしてワタルはとりあえず道を歩いていた

 

「…どうする?」

「まぁ仕方ないね。いろいろ歩いて道を探してみよう」

「ですねぇ」

 

三人は頷き合って再び道を歩く

それにしても学園都市に侵攻してくるとはそれはそれですごいなぁ、なんてワタルは思う

念のために、キバットもコートのポケットに待機させてはいるのだが

 

警備もしっかりしているこの都市に真正面から突っ込んできたのだろうか

一行が歩いていると、不意に後ろからかつかつ、と誰かが走ってくるような音が聞こえたあと、声をかけられた

 

「そこの方々! 風紀委員―――て、お姉様!?」

「えっ? …あ、黒子」

「黒子ちゃん?」

 

声にワタルと美琴は振り向き、ただ一人ラモンは怪訝な顔をする

美琴を見たあと、さらにワタルの顔を見た黒子はまた驚いたような顔を浮かべ

 

「紅葉先生まで! どうしてここに」

「どうしてって言われても。…その、友達にゲーセン行こうって誘われて」

 

そう言いながらワタルはラモンの頭をぽふん、と叩く

なんかラモンの口からはぎゅ、なんて声が聞こえたが気にしない

その言葉を信じてくれたのか黒子ははぁ、と息を吐きながら

 

「…お姉様は?」

「へ!? わ、私は―――その」

 

尾行してました、とは口が裂けても言えない

言ってたまるか

 

◇◇◇

 

その時、付近の曲がり角から足音が聞こえた

一瞬驚くがすぐに当麻は風斬とインデックスを、インデックスは風斬を庇おうとして―――結果、二人はぶつかって勢いよく転んでしまった

天道とアラタ、そしてゴウラムは僅かに身構えるだけだったが、その光景に若干ではあるが苦笑いをしてしまう

インデックスの腕に潰されそうになっているスフィンクスがみゃー、と鳴きながら前足をばたつかせた

 

「…はて。猫の声が聞こえますわね」

「それも結構近い感じだね」

「あれ? 黒子、アンタ動物興味ないんじゃなかったっけ」

「お姉様は興味がございましたね」

「べっ、別に私は、そんな事―――」

「別に隠す必要ないじゃありませんか。わたくし、存じております。寮の裏にたむろっている猫達にご飯をあげる日課を。でも体から発する微弱な電磁波でいつも逃げられて一人ぽつんとなっていることも」

「なんで知ってんのよ!?」

「…はは、意外だな、御坂さん動物好きなんだ?」

「ちょ!?」

 

曲がり角から二人の青年と少女が現れた

歩いていた彼らは床に転がっているインデックスと当麻を見て足を止め、今度は視線をアラタたちに向けてまた驚いた

同時に身構えていたアラタらは敵でない彼らが出てきて内心ホッとしている

落ち着いた様子で美琴は当麻をちらりと見やって

 

「…え、と、なにしてんの?」

「お兄様のお友達は大胆ですのね?」

「いや別に。転んだだけさ、うん」

 

とりあえずそう言い訳しておく

そんな中インデックスはそのままの態勢で 

 

「だれ? この人たち、とうまの知り合い? 短髪の人はこの前のクールビューティーに似てるけど…」

 

そんな事を言いつつインデックスは彼から身を起こす

対する美琴は戸惑いつつ

 

「え、っと…私はどちらかというとアラタの方…かな?」

 

実際二人とは面識はあるが交流が長いのはアラタだ

インデックスはふぅん、と短く声を出し美琴の前に出て

 

「私はインデックスって言うんだよ。よろしくね」

「い、いんでっくす? すごい名前ね。…私は御坂美琴、こちらこそよろしく」

 

そう言って軽く握手を交わす

結構この二人…悪くはないのかな? なんてそんな事を思いながら当麻はアラタの手を借りつつ身体を起こした

黒子やワタルらと軽い自己紹介が終わると当麻はアラタと共に軽い状況説明を行う

当然ながら魔術関連の話は省いておくこととする

 

「ふぅん? やっぱりあのゴスロリとなんか関係があるのかしら」

「可能性は高いですわね。貴方がたが聞いたとされる声の特徴を重ねても、関与してると考えた方がよろしいかと」

 

黒子は腕につけた風紀委員の腕章を改めて付け直しつつ

 

「全く。テロの侵入を許すだなんて、わたくし達風紀委員も気を入れ直す必要がありますわねぇ。報告では二組あったと聞いてましたし」

「? …二組?」

「…お兄様、侵入を許したのは二組だと申したはずですが?」

 

そう言ってじとー、と見てくる黒子

 

「…そうだっけ?」

 

そして冷静に考える

同じように彼の横では当麻がだらだらと冷や汗をかいており、インデックスに不思議がられている

 

「そうですわよ。侵入方法は全く違うとの事ではありますけど、まだ断定はできないですわ」

 

そんな冷や汗をかく当麻にインデックスは服の袖を引っ張りつつ

 

「どうしたのとうま。なんだかあらたもちょっと苦笑いしてるけど」

「や…言うの忘れてたんだけど、その侵入者の一組は俺らだ」

 

アラタは当麻の肩に手を置きながらそう言った

そんな言葉にその場の全員はは? と頭に疑問符を作り、それらを代表するようにワタルが問う

 

「…どういうこと?」

「えっと…あれですよ。なぁアラタ」

「そこで俺に振るの!? …その、なんだ? すごく簡単に言えば〝人助け〟…みたいな」

 

アラタがそう言うと一同はどういう訳か「あぁ、なるほど」みたいに首を頷かせて納得したような仕草をする

…それはそれでなんか嫌だがこの際は気にしないことにした

とりあえず空気を変えようとアラタはワタルに向かって一個聞いた

 

「ていうかワタルさんなんでここにいるんですか?」

「まぁ分かり易く言うと逃げ遅れた」

 

本当に分かり易かった

あまりにも会話が早く終わってしまったために、今度は当麻が言葉を紡ぐ

 

「え、えっと! し、白井はなんでここに?」

「はい? あぁ、わたくしは風紀委員ですので、閉じ込められた方々の救出しにきたのです。これでも空間移動(テレポート)の使い手ですので」

「なるほど。じゃあ御坂は?」

「え!? わ、私はそのっ、あ、アラタに忘れ物届けにきたの! ほら、腕章!」

 

唐突に話を振られて驚いたのか、顔を赤くしながらずい、と美琴はアラタに向かって風紀委員の腕章を差し出す

 

「あぁ、悪い美琴。なんかないなー、なんて思ってたらやっぱ忘れてたのか」

「そ、そうよ。全く」

 

アラタは美琴から受け取って改めてその腕章を腕につける

別にこの腕章がなくても問題は特にないが、それでも何かしっくりくるものがある

 

「よっし、黒子。人命優先だ、早いとこ救出作業を」

「了解ですの。お兄様は」

「敵さんを食い止める。時間を稼いだ方が救出も捗るだろう」

 

そう言いながら少し前に出て軽く屈伸をする

準備運動するアラタの隣に並ぶように当麻も歩き

 

「手を貸すぜアラタ」

「…ホントは駄目だって言いたいけど。…しゃあないか」

 

本来なら黒子の能力で真っ先に外に出て待っててもらいたいが、彼の持つ右手がそれを邪魔をする

幸いにもここはワタルに天道と戦力はそれなりだ、なら変に外に出てもらうよりここで共に戦った方が被害は少なそうだな、とアラタは考えた

そうな訳で

 

「黒子、まずは美琴とインデックスから外に」

「え!?」

「ちょっと!?」

 

当然ながらそんな声が二人から聞こえた

驚くインデックスに当麻は

 

「いいかインデックス。敵はお前を確実に狙ってきてんだ、ここにいるよりも外の方が安全なんだって」

「とはいってもそれが確実とは言えない、だからその護衛を美琴、頼めるか」

 

最もらしい理由を言われ、インデックスと美琴は言葉を詰まらせる

少し時間があって

 

「…わかった。けど当麻、無茶しちゃダメだよ?」

「アラタもだかんね。ほんっとに」

 

しぶしぶと言った感じで承諾してくれた

そんな二人を見届けて黒子は二人の肩に手を置いて

 

「では―――行きますわ」

 

そう言ってヒュン、と目の前から消える

黒子の能力〝空間移動(テレポート)〟が発動したのだ

 

「…ほう。初めて見るが、今のが空間移動(テレポート)という奴か」

「常盤台はレベル高いからねぇ。…僕も見るのは初めてだけど」

 

天道とワタルはそんな事を言いながらふと天井を見る

それに釣られて当麻とアラタ、風斬も天井を見上げた

無事にたどり着けただろうか

なんてことを考えながら当麻は風斬に向かって口を開く

 

「…悪いな、お前を残しちまって」

「い、いえ、別に私は最後でも…。それより、皆さんたちの方こそ―――」

 

風斬の言葉はゴガンっ! と聞こえてきた大きな音に遮られた

これまでと違い、爆心地が近い

通路の先から銃声の音と、怒号や悲鳴が聞こえてくる

 

「…ちっ。もう来やがったか」

「そう…みたいだな」

 

当麻の言葉に応えながら天道と当麻はその通路を睨む

先ほどまで障壁に集まっていた生徒たちは再びパニックとなっていた

一斉に離れようと走り出す…がすぐに何かにつまづき転んで将棋倒しを起こしてしまう

 

「考えている時間はなさそうだな」

「うん。バ…違う、ラモン、風斬さんの近くにいて」

「オッケー!」

「ゴウラムも。頼んでいいか?」

「うん。カザキリは守る」

 

ワタルは隣にいるラモンと呼ばれた青年にそう言って、同様にアラタもゴウラムに言い残し当麻らが睨んだ通路を見た

数十人と人がいるこの場所で戦ってしまえば必ず犠牲者が出てくる

避けられない戦いなら―――

 

「行こう、当麻、天道、ワタルさん」

「あぁ」

「任せろ」

「うん」

 

決断は早かった

 

「風斬さんはここで二人と一緒に黒子を待っててくれ」

「は、はいっ」

 

風斬が返事をした直後、四人は一斉に走り出す

正直敵の正体も、強さもわかったものではない

しかし、この戦いに巻き込んでしまえば間違いなくいくつもの命が巻き込まれる

その中には風斬だっている

 

それだけは、させちゃいけない

 

◇◇◇

 

魔術師、シェリー・クロムウェルは銃声渦巻くその戦場を歩いていた

その顔には特に何も色はなく、無表情

シェリーの前方には巨大な盾のように、石像が立っている

身長はだいたい四メートルと言った所か

彼女は空にパステルを振るい、命令を下し、ゴーレムの歩を進めた

 

それに立ち向かっているのは漆黒の装備に身を包んだ警備員(アンチスキル)

彼らは喫茶店などのテーブルを集めバリケードを形作り、そこに身を隠しながら三人セットでローテーションを組んでいる

一人が撃っている間にメンバーは装填をし、弾幕を途切れさせないように一定間隔で放ち続ける

 

(…品がないわね)

 

適当に評価を下して、さらにゴーレムを盾にし歩を進める

そんな時、カチンと何かの金属音が聞こえた

誰かが手榴弾のピンを抜いたのだ

彼はゴーレムの股下をくぐらすように投げようと―――

 

「エリス」

 

それより先に彼女のパステルが宙を切る

ゴーレムが大地を踏み鳴らし、床が波のように振動する

タイミングを奪われた男の手から手榴弾が滑り落ち―――爆発した

 

赤が見えた

 

その手榴弾はどうやら破片で傷をつけるようなものらしく、バリケードには一切被害がなかった

バリケードの奥から鉄の匂いがシェリーの鼻に届く

 

(…使う必要は…なさそうね)

 

ちらり、と彼女は手元にある数枚のメダルとメモリに目をやった

メモリは二本合ったが一本は逃走に使う際に使用して消失している

…興味本位で購入してみたが、案外役に立つものだ

そしてメダル

こちらは信号機のような奴三枚と黄色いのが三枚ほど

一つ一つに膨大な魔力が内包されており、この三枚を凝縮させるとオーズという自動人形が生成される…と聞いたことがある

しかしこのメダルは斎堵からくすねたもので、レプリカモデルらしく本来の強さはないようだ

まぁそれでも…目の前の奴らを蹴散らすには十分なはずだ

 

それらを改めて仕舞い、再びパステルを彼女は振るった

 

石の化け物を相手にするのに、彼らでは脆弱すぎる



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#45 風斬氷華(カザキリヒョウカ)

とある魔術の禁書目録 幻想収束(イマジナリーフェスト)
七月に正式サービス開始!

みんなも事前登録しような(露骨な宣伝


戦場

 

その場を一言で表すならそうだろう

視線の先に広がっているこの光景は、本当に戦場という名が相応しい

傷ついたり心折られた人達が、壁に寄りかかって、傷の治療を受けている

いわば野戦病院と言った所だ

その数、おおよそ二十数人

一体何度立ち向かったのか、彼らの傷は尋常でなく、絆創膏を貼るなどと言うレベルを超えている

 

「…ここまで警備員(アンチスキル)を圧倒するとはな。想像以上だ」

 

天道の言葉に思わずうなずく

魔術師とは何度か戦闘してきたが、それでも多少どんな感じかは理解しているつもりだった

しかし現実はこのザマだ

 

学園都市の治安を守る人たちが、わき役のような扱いだ

それでも、彼らは退かなかった

身体の動く人たちは付近の店から椅子やらテーブルやらを引っ張り出しバリケードを作ろうとする

否、動く動かないの問いかけなどとうの昔に終わっている

死ぬ気で、じゃない

死んでもそれを成そうとしているのだ

 

ここにいる人…警備員(アンチスキル)の大半は教師だ

誰かに強制されているわけではないし、そこまで命を張る理由なんてない

それなのに、どうして彼らは

 

「ちょっとそこの少年たち!? 何してんじゃん!」

 

そんな呆然としていた彼らを見て驚いた警備員(アンチスキル)の女性―――黄泉川愛穂はそう声を荒げた

彼女の怒号にその場の警備員(アンチスキル)らは一斉に振り向いて、アラタや当麻たちを見た

思わず戸惑って声を返せずにいると

 

「ちっ! 月詠んとこの悪ガキじゃん、そっちは連れ添い? 閉じ込められたのか? ったく! だから閉鎖を早めるなって言ったのに! 少年たち! 逃げんなら方向が逆じゃん! A03ゲートまで行けば後続の風紀委員がいるから、ひとまずはそこに退避! 鉄装! ちょっとメット渡してきて! なんもないよりマシじゃん!」

 

指示を飛ばしながら付近の警備員(アンチスキル)は人数分のメットを持ってきてそれを四人に手渡す

そして何となく、辺りを見回してみた

 

「…やはり、大人は偉大だな」

 

天道が口を開く

現実に彼らのような大人など、なかなかいない

 

「そうだね。見習わないと、僕たちも」

 

そう言ってワタルのポケットからコウモリのような生き物が這い出て来て、彼の周囲を飛び回る

その生き物に届けに来た警備員(アンチスキル)がびっくりするが、気にしないことにした

 

彼らの言葉に、当麻とアラタは頷き合う

そして悟ったのだ

彼ら彼女らが、退かないその理由(ワケ)

 

天道はどこからか飛来した赤いカブトムシを掴み、ワタルも右手をバッと翳す

 

「待ってたぜーワタルーっ!」

 

そう言いながらコウモリは彼の手に収まった

そしてその四人はメットを再び押し付けて

押し付けられた警備員(アンチスキル)はあたふたしながら困った様子だった

 

「おい!? どこに行こうとしてるじゃん!? くそ…、誰でもいいからそこの民間人を取り押さえてッ!」

 

叫び、その手を伸ばすが彼らには届くことはなかった

すでにぼろぼろの彼らは、そんな力も残っていないのに、まだ戦う意思を秘めている

言えば、警備員(アンチスキル)は通学路の見回りなどの延長線上でしかない

しかしそれゆえに、心の弱さに負けてしまえば簡単にぽっきりと折れてしまう

 

思えば、風紀委員や警備員(アンチスキル)は立候補によって成立するのだ

そう、考えてしまえば簡単な事

 

彼らは誰に頼まれたわけでなく、己の意思にここにいる

 

警備員(アンチスキル)の制止を振り切って、当麻の隣でアラタはアークルを顕現させる

 

そのまま、その道に向かって一行は走り出し、警備員(アンチスキル)その姿が見えなくなると、当麻らの隣で天道はその手を動かし、ワタルはキバットにガブッ! とその手を噛ませ、アラタは右手を斜め左に突き出し、三人は叫んだ

 

『変身!』

 

言葉と同時、天道はゼクターをベルトにセットし、ワタルは現れた止まり木にキバットを装着し、アラタは己のアークルの左側へと両手を動かす

 

<HENSIN>

 

電子音声の後、天道の身体はヒヒイロカネの鎧を纏ったマスクドカブトへとなり、ワタルの身体が透明になったと思った瞬間弾け飛び、キバへと姿を変え、アマダムが輝き、アラタの身体は赤い姿と複眼をもつ、赤のクウガ、マイティフォームへと身を包む

 

変身を終え、当麻と共に頷き合いさらに彼らは奥へと進む

 

さらに進むと一つ、変化があった

 

「…物音がしなくなったな」

 

呟くようにマスクドカブトが口にしたのち、さらに意識を集中させる

通路の奥では銃撃戦が繰り広げられているハズだ

しかしいくらなんでも静かすぎる、まったくもって何も聞こえないのだ

 

「―――急ごう」

 

ワタルの声に頷いて一行はさらに通路の奥へ足を進ませる

薄暗く、赤色の証明に照らされたその通路の先に―――

 

 

 

「…あら。ふふふ、こんにちは」

 

 

 

女の声が反響する

黒いドレスを着込んだ金髪にチョコのような肌色をしたその女がそこに立っていた

そしてその女の盾になるように、大きな石の像がいた

鉄パイプやタイルといったあらゆるものを無理やりに潰し織り交ぜ整えたようなデカい人形

同時に周囲を見渡す

四方にバリケードの破片が散らばっており、その破片を浴びたのであろう八~九人の警備員(アンチスキル)が倒れていた

まだ息があるようで、その手が震えるように動いている

 

「…お前」

 

なんでこんなことを、と言いかけてアラタは言葉を飲む

しかしそんな意図を組んだのか金髪の女は

 

「…おや、お前は確か…幻想殺し、か。おまけに古代の戦士まで一緒とは。うん? あのカザなんとかはいないのか。…いや、まぁいんだよ誰だって。殺すのはあのガキでなくともさ」

 

なに? と思わずクウガは聞き返す

目の前の女が当麻や自分、風斬を狙っているところはなんとなく分かっていた

しかしこの女はどうも調子が分からない

狙っているわけではないのだろうか

 

「そのままの意味よ。…テメェらを消したって構わねぇってわけさ!」

「! 屈めっ!」

 

相手の行動を察知したのかマスクドカブトが声を張り上げる

その声に反応してキバとクウガ、そして当麻が思わず屈むのと、女がパステルを空中で一閃するのは同時だった

 

瞬間、女の動きに連動するようにゴーレムが大きく地面を踏みつける

ドォンッ! と大きな震動が走り、大地を揺らす

事前に屈んではいたからあまり害は受けなかったが、それでも不利なのに変わりはない

 

しかしその震動の中であの女だけは悠然と立っていた

あのゴーレムのマスターだからか、それとも何かの術式を地面に施しているのか

 

「地は私の力。エリスを前にしたら、誰も立つことはかなわない。…おら、無様に這え、そして噛み付いてみろ負け犬ども」

 

勝ち誇った表情を浮かべる女を態勢を整えながら睨みつける

だがしかし相手の指摘も間違ってはいない

この振動の中下手に攻撃してしまえば最悪同士討ちを巻き起こしかねない

悔しいがこの戦い方は理にかなっているといえよう

 

「…っち!」

 

少しでもダメージを与えようとマスクドカブトがクナイガンを構える

そして揺れを抑えるようにキバが彼の肩に手を置いて、安定させた

しかし僅かながらの震動が邪魔をして、上手く狙いを定められない

 

「て、めぇっ!」

「てめぇでなくてシェリー・クロムウェルって名前あんだけど。…これから死ぬ奴らにイギリス清教名乗っても意味ねぇか」

 

イギリス清教、と聞いて当麻の顔が一瞬変わる

そして

 

「い、イギリスって、インデックスと同じところのやつか!?」

「な、んだと!?」

 

イギリス清教

分かり易く言えばそれはインデックスが所属している魔術組織のはずだ

もっと言ってしまえば同僚に近い存在のはずなのに

そんな思考を巡らせる中シェリーは小さく笑み

 

「戦争を起こしたいんだよ。それの火種が欲しいの。だから…出来る限りの大勢の人間に私がイギリス清教の手下だと認識させなきゃな」

 

言いながら彼女はまたパステルを一閃する

そんな動きに引かれるようにエリスと呼ばれるゴーレムが大地を踏みしめ、その大きな拳を振り上げる

急造と言えどバリケードを一撃で破壊したあの拳だ、直撃を貰えばただでは済まない

しかし踏みしめたおかげで、僅かではあるが震動が止まった

 

「はっ!」

 

そのままクナイガンのトリガーを引き弾丸を発射した

数発ではあるが放たれたその弾丸はゴーレムエリスの足にヒットする

しかしいくら動きを止めているからと言っても、ただのハンドガンのようなものではあまり決定打には至らない

おまけに何発か跳ね返って跳弾さえしているのだ

 

「くそ…少しでも接近できれば!」

「あぁ、お前の右手なら…!」

 

恐らくあのゴーレムは魔術で作られたものだ

故に異能を打ち消す当麻の右手に触れれば勝機はあるはず

しかし迂闊に接近は出来ない、不用意に攻めればあのゴーレムの拳の餌食になりかねないからだ

ぎり、と歯を食いしばり当麻はクウガと共に相手を睨む―――

 

 

一方で白井黒子の帰りを待っている三人組

風斬を背にし、バッシャーとゴウラムは警戒を怠らない

少し時間が立ってから、バッシャーがゴウラムに問いかけた

 

「…ねぇねぇ、君も人間に変化してるひと?」

「…まぁ、そんな感じ。そう言う貴方も」

 

ゴウラムが聞き返すとバッシャーは小さく笑みを浮かべて

 

「あはっ、まぁ分かる人にはわかるよねぇ」

「大丈夫。その分かる人も限られてるし、まず気づかれない」

 

正直ゴウラムもバッシャーの正体にはなんとなく程度しか分かっていなかった

そして先ほどの言葉を聞いてその僅かな疑念が確信へと変わったのだ

 

「ていうか、カザキリの前でそんな話しないで。変な感じに―――」

 

そこまで言いながらゴウラムがなんとなく風斬がいるであろう背後を見て、言葉が止まる

 

「? どうかしたの―――って」

 

同じように振り向いたその瞬間、バッシャーも息を呑んだ

それもそのはずだ

 

つい先ほどまでいたその場所から、風斬氷華がいなくなっていたことに

 

「な、なんで!?」

「わ、わかんないよ!? だ、だけど、気配は―――あれ!? どうして!?」

 

どうしてだろうか、確実に己らの後ろにいたと感じていたのだが

というか、いつからいなくなっていた? 

足音は聞こえたか? 動くような物音は

 

「い、いや、考えるのは後にしよう! 彼女が行くとしたらワタルたちのとこしかないよ!」

「うんっ!」

 

お互いに頷き合って一斉に二人は走り出す

過程がどうであれ、眼を離してしまっていたのは事実だ

不安に思いながらも、二人は速度を落とすことなく走り続ける

 

 

不意にかつん、と聞こえたその靴の音は妙に耳に残った

定期的に聞こえる銃声に、そんなマスクドカブトを援護すべく態勢を整え、傷の応急処置を施した警備員の放つライフル音が響く中、その足音は本当に耳に残った

 

アラタは当麻を地面に伏せさせつつ、ゆっくりと顔をあげ首だけを後ろに動かしてその音の正体を探る

内心、いやな予感はしていたのだ

だがそれを素直に認めてしまったら、当たってしまうような気がして認めたくなかったのだ

しかしこういう時に、その嫌な予感は当たってしまうわけで

 

恐る恐る首を向けたその先には

 

「あ、あのっ」

 

風斬氷華がそこにいた

あろうことか、通路のど真ん中に

 

「馬鹿っ!! なんで黒子待ってなかったんだよ! ていうか、どうやってここに来た!? あの二人は!?」

 

あの二人の眼を掻い潜ってきたのか、一体どういう手段を使用したのかは不明だ

しかしあのままあそこにいては確実に何らかの被害をこうむってしまうだろう

だが迂闊に立って駆け寄ろうものなら飛び回る跳弾の餌食となり、その隙をあのゴーレムは狙わないはずがないだろう

 

発砲音に負けないよう、クウガは声を張り上げた

しかし風斬本人はまだ状況を掴めていないのか

 

「だ、だって―――」

「だってじゃないっ! くそっ! とにかく早く伏せろ!」

 

そんなクウガの叫びに風斬はきょとんとした後

 

ゴッ!! と彼女の身体が大きく後ろへ飛んだ

 

「っ!?」

 

クウガは思わず息を呑んだ

そしてその隣で伏せていた当麻も、彼の反応を見て何が起きたかを察した

当然、人間の眼は飛び交う弾丸を視認できるほど高性能ではない

しかし、今回はどうなったかは一目瞭然

 

ゴーレムの身体に当たり、跳弾した弾丸が風斬氷華の顔面に当たった、という事

肌色が飛び散って、眼鏡のフレームごと千切れ、飛ぶ

銃声はいつの間にか止んでおり、警備員(アンチスキル)が呆然と倒れる彼女を見て、マスクドカブトは急いで彼女を支えようと駆けるが間に合わず、風斬は地面に倒れた

 

逆にシェリーは目標がいきなり現れ、予想できない形で自滅したことに僅かではあるが眉をひそめていた

 

駆け付けるカブトを追うようにクウガと当麻、そしてキバの三人は風斬の所へと走り出し―――また息を呑んだ

その目の前の惨状に、〝ではなく〟

 

確かに、風斬氷華の傷は酷かった

しかし問題はそこではない

そんな問題は些細な事だ切り捨てれるレベルの、もう一つの問題がある

 

「…ねぇ、僕は夢でも見ているのかな」

「残念だけど、現実だよワタルさん…でも、夢の方がよかったな」

 

呟くキバに応えるようにクウガは口を開く

改めて、風斬の傷口を見た

 

頭の半分を吹き飛ばすほどの傷なのに―――中身は、空洞(から)だった

人間を生成する筈の中身が、何もない

 

それ以前に、血液が流れていなかった

吹き飛ばされた時、これほどの大怪我なら赤い鮮血が飛び散るはずなのに、散ったのは肌色だったのだ

空洞の頭の中―――中心部には五センチ弱のくるくる回る正三角形が見える

その側面にはキーボードみたいなのがあった

 

思考が追いついていかない

今眼の前で何がおこっているのかも分からない

 

「―――う」

 

戸惑う四人を尻目に、風斬がうめき声をあげる

意識を取り戻したことに反応してその三角形は動きを加速させる

カタカタ、と見えざる指がタイプするように、三角形の動きに合わせ、彼女は動く

 

本来敵であるシェリーでさえ、攻撃を忘れギョッとしていた

 

やがて、片方しかない眼は四人を捉えた

 

「…あ、れ? め、眼鏡は…」

 

痛がっている様子はなく、むしろ寝起きのような仕草で彼女は手を動かして―――何かに気づいた

自分の状態に、今彼女は〝気づいてしまった〟

 

「…え?」

 

空洞の淵を、彼女の指がなぞっていく

そして徐に―――たまたま近くにあった喫茶店のガラスを見た

そして―――知る

 

「―――な、にこれ!? や、いやぁっ!!?」

 

感情が爆発したように、彼女は髪を振り乱して、鏡に映った自分から逃げるように走り出した

あろうことか、ゴーレム―――エリスがいる方向へ

我に帰ったシェリーはパステルを横に一閃する

同じように我に帰ったクウガも慌てて飛び出し―――振るわれるゴーレムの一撃にクウガも拳を突き出して風斬を庇った

ドゴォ! と音が響き風斬は一瞬身体をびくつかせたが、それでも足を止めることはなかった

 

「…エリス」

 

小さく笑いながら彼女はパチンと指を鳴らす

するとエリスと呼ばれたゴーレムは近くにあった支柱を殴る

地下全体が揺れて天井がミシリ、と音を立ててライフルを構える警備員(アンチスキル)に降り注ぐ

 

「行くぞエリス。―――狩りの時間よ」

 

当麻やキバ、カブト、膝を付いているクウガや生き埋めになっている警備員(アンチスキル)には目もくれず彼女は風斬を追うために歩き出す

 

何とも言えない空気が、四人を包む

今しがた見た光景が、あまりにも鮮烈で―――

 

 

一方でソウマ・マギーアもあるデパートから出て来ていた

手にはビニール袋を携えて、その袋の中には温泉の元が入れられていた

 

「…ったく。最大主教(アークビショップ)のヤツ、入浴剤くらい本国にもあんだろうが」

 

そう、今回ソウマは本当に所用で来たのである

組織のトップの風呂好きにも困ったものだ

このまま〝テレポート〟で帰ってもいいのだが、ここではあまりにも人の目が多い

なので歩いて適当に人気のない場所を探していく

 

それと同時に、学園都市の街並みも視界に入れ、記憶に収めていく

最先端科学なこの都市に、色々な人たちが様々な夢を持って来訪するこの都市

生憎ソウマにそんな願望などないが、それでも能力を発現できたものにとっては楽園になるだろう

逆に、発現できなければ地獄と化してしまうが

 

「…面倒くせェ都市だ」

 

どうしてわざわざ頭の中弄ってまで力なんて欲しがるのだろうか

そう言った憧れを否定するわけではないのだが、別になくても困るわけでもないし

そんな事を考えているうちにだいぶ人気のない場所にふと立っていた

 

「…こんな所、かな」

 

徐に彼はがさごそと指輪を取ろうとポケットに手を入れようとして―――気づく

どういう訳だか何人か、ガラの悪い連中に囲まれていたことに

夢を見て学園都市に来て、そして夢に破れやさぐれた連中だろう

というかそれ以前にいつ尾行された

そこまで思考に埋没していたのだろうか

 

「よぉ、にいちゃん。ずいぶん高そうな指輪持ってんじゃなねぇか。一個俺らに恵んでくんない?」

 

そんな一人の男の言葉を無視しはぁ、とソウマは息を吐く

夢に破れたショックで、ここまでやさぐれるものだろうか

まぁ、何らかの力はあるはずだ、と希望にすがってやってきて〝あなたには何もありません〟なんて言われた日にゃやさぐれもするか

 

「何シカトしてんだ…おらぁっ!」

 

気に障ったのかどこから調達したのか警棒を展開し、ソウマに向かって振りかぶった

その攻撃をあっさりと躱し、ソウマは距離を取る

 

「…やれやれ」

 

コンビニ袋を肩にかけ、面倒くさそうにソウマは息を吐いた

 

「帰ったらあとでプレーンシュガーを最大主教(アークビショップ)名義で買い占めてやる…!」

 

小さい野望を芽生えさせつつ、自分を取り囲んでいた連中がそれぞれ調達した武器を取り出した

それぞれ警棒やスタンガンと言った、護身用的なものから、ナイフやドスといった割とガチな物まで様々である

そして別に一人、USBメモリを取り出した男もいる

男はメモリを起動し、それを腕に突き刺した

 

<MONEY>

 

電子音声が鳴ると同時、ずんぐりむっくりとした怪人へと姿を変える

マネードーパントだ

 

「…ガイアメモリ、って奴か」

 

…本当に面倒くさい

心から鬱陶しそうに息を吐いて彼は指輪を嵌めて自分の腰へと手をやった

 

<ドライバーオン プリーズ>

 

そして彼はそのドライバーの左右のレバーを操作して、待機状態に移行させる

 

<シャバドゥビタッチヘンシーン―――>

 

直後、ドライバーから歌のような詠唱文が再生される

何度聞いても耳に残る、ソウマはすっかり慣れてしまったが

そのドライバーに、彼は赤い指輪を嵌めて、ゴーグルのようなパーツを降ろし、ある言葉を口にしつつ再び翳す

 

「変身」

 

<フレイム プリーズ> <ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!>

 

現れた魔法陣をが通り抜けた時、ソウマの姿はどこにもなかった

代わりにいたのは、宝石のような仮面をした、魔法使い―――

 

「―――さぁ、ショータイムと行きますか」



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#46 ともだち

降ってきた建材は意外に軽く、どかすのに時間はかからなかった

それをどかしている最中、バッシャーとゴウラムの二人が血相を変えてこちらに走ってくるのが見えた

彼らがアラタの近くへ走ってきて息を整えながらバッシャーは言った

 

「ごめんよ! ボクらがいたのに…!」

「気にしないで、バッシャー。…けど、どうして? 君がこんなミスをするなんて思えない」

 

そうワタルが聞き返すとゴウラムが

 

「うん。…だけど、急にいなくなったんだ。うっかりバッシャーさんと話してた私も悪いけど…、それでも後ろにいたハズなのに」

 

ゴウラムの話を聞いてアラタは僅かに首をひねる

…急にいなくなった? それは一体どういうことだろうか

それを考えようとして、首を振った

その事以前に気になることが多すぎる

確かに襲撃してきたシェリーも気掛かりだが、それ以上に気掛かりなのが風斬氷華の事だ

 

彼女は自分自身の異常に気づいていないようだった

だからガラスに映り込んだ自分の姿を見て悲鳴を上げ、逃げるように走り出した

彼女のリアクションを見る限り、その真実に彼女自身、今日初めて気づいたようだった

つまり自覚していない能力なのか、それとも風斬自身の能力ではないのか…?

 

当麻と二人、考え、悩んだ末に当麻が携帯を取り出す

いくらなんでも不可解な事がありすぎる

携帯を取り出したタイミングでアラタは天道に向かって

 

「なぁ、天道。この付近でアンテナないか?」

「あぁ、それなら…あそこのスポーツ店の近くにあるのがいいんじゃないか?」

 

そう言ってす、と彼はある一点を指差した

場所は少し離れてはいるが、特に問題はなさそうだ

一行はそのアンテナ付近まで駆け寄って、当麻が携帯を操作し始めた

携帯を弄る当麻を尻目に、改めてアラタは思考を巡らせた

 

…そもそもあの風斬氷華はいつこの学校に来ていたのか

出会ったのはインデックスとゴウラムらしいし、その顛末を聞いてはいなかった

 

「…なぁ、お前が初めて風斬さんと出会ったとき、何か感じたりはしなかったか?」

「うぅん。何にも感じなかったよ? …ちょっと変わった人だなぁ、とは思ったけど」

 

恐らく彼女が言うならそうなのだろう

…だがそれでも謎が深まっていく

そんな中ワタルがバッシャーに一つ問いかける

 

「ねぇ、バッシャー。風斬さんが消えた時、何か感じた?」

「そう言われても…わかんないんだよ、その…いきなり消えた、というか…」

「消えた?」

 

どういう事だろうか

風斬氷華はテレポートの能力者なのか?

いや、そんな事は聞いてはいないし…そう考えたところで当麻の声が響き渡った

 

「せ、先生、ちょっと待ってくれ! 今スピーカーにするから…」

 

そう言いながら当麻は携帯のスピーカーをオンにし連絡先の声が聞こえるようにする

彼の携帯から聞こえてきたのはとても見知った声色だった

 

<あ、あー。聞こえてますですかー?>

「こ、小萌先生?」

<あら? その声は鏡祢ちゃんですかー? 上条ちゃんと一緒なら安心ですねぇ>

 

いつも通りの声色に、アラタは少しだけ安堵する

しかし状況は何ら変わらない

 

<えっとですね? さっき上条ちゃんからカザキリヒョウカさんの事について聞いたのですけど…>

 

どうやら当麻は〝こんな能力があるのだが〟みたいに風斬の事を隠したうえで小萌に聞いてみたのだが、どういう訳か小萌はそれを聞いただけで風斬氷華の事を言い当ててしまったようだ

 

<上条ちゃんの質問…肉体変化(メタモルフォーゼ)についてですけどね? 確かにこの都市にもそう言った能力の類はあります。学園都市にもわずか三人しかいませんが、その中に風斬氷華さんという名前の方は存在しません>

 

その声色に、僅かに緊張が走る

 

<知っての通り、学校にもセキュリティがあるのは知ってますよね? 先ほど警備員(アンチスキル)の方に連絡して衛星写真を見せていただいたんですけど、どこにも怪しい影はありませんでした。…その、風斬氷華さんも>

 

月詠小萌は、映っていない、と言った

なら、つい先ほどまで自分たちと話していたあの氷華は一体なんなんだろうか

 

「…小萌先生は、どのように考えているんですか」

 

張り詰めた空気に天道の問いかけが響き渡る

電話の向こうで少しだけ息を吐いて調子を整えるような吐息が聞こえた

一瞬間を開けて小萌は続ける

 

<AIM拡散力場。先生はこれが深く関わっていると思いますね>

 

AIM拡散力場

その単語にアラタと当麻は互いの眼を見やる

 

<人様の論文内容を口外するのはやっちゃいけないんですけど…先生は上条ちゃんたちの口が堅いのを信じてます。今朝、先生は言いましたね? 友達に付き合ってAIM拡散力場について調べてるって>

 

電話の向こうで何かパラパラと紙をめくるような音が聞こえ

 

<その研究内容は、複数のAIM拡散力場がぶつかった際に生まれる余波の事なんですけど>

 

ますます何が言いたいのか分からなくなる

本当にそれらは風斬と何か関係があるのだろうか、と首をひねっていると

 

<上条ちゃん、鏡祢ちゃん、人間って、機械で測ったいろんなデータが取れますよね? 熱の生成やら放出やらその他諸々。扱う機械に応じて何万通りのデータが取れると思うのです>

 

「え、えぇ」

「…それが一体?」

 

そう周囲に気を気張りながら彼らは先を促した

 

<これは推測なんですけど…逆に、それらのヒトらしいデータがあったらそこに人がいるという事になると思いません?>

 

息が詰まる

小萌はさらに続けて

 

<この都市にはいろいろな能力者がいるのは知っていますよね、そして同時に彼らは無意識に微弱な力を放出してしまう。一人一人が小さい力でもそれらが重なり合って一つの意味を成すとしたら? たとえば、あ、とかいって言う意味のない文字でも、いろいろ並べるとおはよう、とかありがとうみたいな意味のある言葉になるじゃないですか>

 

「つまり、風斬氷華という人物はたくさんの命令文が集まったプログラム…みたいなものなのか」

<簡単に言うとそうですね。天道ちゃんは頭の回転が早いです>

 

思えば先ほどバッシャーはワタルに何と言ったのか

いきなり消えた、と言っていた

そうじゃなく、最初から風斬氷華なんて人物がいなかったらとしたら

その実、プロセスは全くの逆だとしたら

 

そこに人がいたから体温を感じた、ではない

体温が感じたからそこに人がいるのだ、と勘違いしたのだとしたら

 

能力者が体温を作り、また別の能力者が肌の感触を形作り、また別の能力者が声を作り

それら様々な能力のAIM拡散力場がいくつもの数字やアルファベットを創り出し、それを組み合わせて入力するプログラムみたいに、人を、人間を作っているのだとしたら

 

<学園都市には二百三十万人の能力者がいます。体温は発火能力者(パイロキネシス)が、生体電気は発電能力者(エレクトロマスター)が無意識のうちに担当してしまって、カザキリヒョウカというアプリを作ってしまっているのです>

 

今いるこの場所さえも、戦場という実感すらなくなってしまいそうになる

それに裏付けるようにワタルが

 

「けど、確かに念動力者が上手い事能力を駆使して指を押せば人肌を感じるし、空気の振動を操れば声も出せる…」

「光もその屈折操れば姿を見ることもできるしな。…ワタル、学園都市ってすっげーな」

 

ワタルのすぐ近くでパタパタと飛んでいるキバットにワタルは頷く

 

小萌が言うには何度か不完全なカザキリの目撃談はあったらしい

恐らく当時のカザキリは曖昧な幽霊みたいな存在だったに違いない

そこで不意にアラタは思い出した

 

「けど、彼女自身は自分の事に気づいていなかったみたいだけど。あくまで自分は普通の人間だって」

「そ、そうだよ。アラタの言ってる通りその自分の異常に怯えたから逃げ出した、本当にそんな、生まれた時から人間以外のモノだとしたら、おかしいじゃないですか―――」

 

そんな二人の声を斬り裂いたのは近くに見知った声色

 

「いや、何もおかしいことはない」

「事はないって…」

 

口を開いた―――天道は当麻の声を遮り言葉を続ける

 

「生まれた時からずっと自分が人間だと思い込んでいれば、何の疑問も抱かないだろう」

「なっ…!?」

 

言葉を聞いた時、当麻は絶句した

その隣で、妙に納得してしまうアラタもいた

同時に、そんな感情を抱いた自分に嫌悪感を覚えた

 

「…つまり、結論言っちゃえば、カザキリは…人間じゃないってこと?」

<そうなりますね。AIM拡散力場が生み出した物理現象の一つです>

 

ゴウラムの言葉に、小萌は淡々と返す

そんな言葉に反論するかのように当麻は口を開いた

 

「…そんなのって! そんなのってアリかよ! 酷過ぎる…! そこにいるアイツの思いも、感情も全部作られたものなのか…!」

「…酷い、か。間違ってるぞ当麻」

 

嘆く当麻に反応したのは、天道総司だった

その言葉に腹が立ったのか、ギリ、と当麻は天道を睨みながら

 

「…なんだよ、まさか単なる自然現象に感情移入するのは馬鹿馬鹿しいって! そう言いたいのかテメェッ!!」

「話は最後まで聞け当麻。…それに、そんな分かりきったことを聞くなら、俺はお前と友達をやめなくてはならないぞ」

 

電話の向こうで小萌の息を吐きつつも、苦笑いするような声が聞こえる

そんな中、天道は続けた

 

「確かに言ってしまえば彼女は幻想だ。ヒト足り得る要素をすべて満たしていようが、彼女は人間じゃない。…しかしだ当麻、お前の眼から見た風斬(あいつ)は、儚い幻想だったのか」

 

「―――!」

 

そうだ、と思い返す

アラタは彼女と触れ合った期間は短かったが、それでも、記憶に焼きついた彼女の笑顔は決して偽物なんかじゃない

 

「―――幻想なんかじゃないよ」

 

その場にいた一行を代表するように、ゴウラムが口を開く

 

「作り物だなんだって言われても、カザキリはカザキリだよ! …私や、インデックスの…友達なんだ…!」

 

泣きそうになるのを堪えながら、ゴウラムは告げる

そんなゴウラムの頭を撫でながらアラタは

 

「あぁ、少なくとも、本物だとか偽物だとか…そんな〝小せぇ〟事で仲間外れに出来る存在じゃねぇよな」

 

「…あぁ」

 

当麻は頷く

あぁ、そうだ

幻想なんかであるはずがない

以前に、彼女は苦しそうだった、自分も知らない現実を突きつけられて、そして受け入れることが出来なくて、右も左も分からない、訳の分からない状況で、闇へ逃げるしかなかった、ただ一人の女の子

見殺しにされていいわけがない

 

「…けど先生、ふと思い出したんですけど、先生の友達ってAIM拡散力場の事を調べてたんじゃ?」

<大丈夫ですよ、その論文の中にカザキリヒョウカさんの事はなかったですから。もちろん、この事は伏せておきますから心配しないでも大丈夫なのですよー>

 

アラタの問いに小萌は変わらずほんわかした様子で応えていく

 

<それに小萌先生は先生なのです。単純ですけど、それが一番の強力な心の柱なのです。そしてわたしのお仕事は生徒の大切なお友達を売りとばして名声を得る事は含まれてないのです>

 

「…ありがとう先生」

 

アラタがそう感謝を伝えると電話の向こうでふふん、という声が聞こえたのち

 

<くれぐれも、その人を泣かしちゃダメですよー>

 

そう聞こえたのち、それではなのですーと言って電話は切れた

その電話を見たワタルは

 

「…いい先生だね」

 

そんなワタルにアラタは小さい笑みを作りながら頷く

そしてアラタは当麻を見た

視線の先には、決意のこもった瞳があった

その隣には、同じよう笑みを浮かべる天道の顔が見えた

やるべきことも、行くべきかも理解した

 

しかし問題は別にある

 

「とりあえずは、あの石像をどうするか、だな」

 

あの女の傍らの石像…

変身すればいくらか太刀打ちは出来そうではあるが、それでも一抹の不安はある

どうするか、と悩んだときふとガラスのウィンドウを見て、自分たちの後ろに誰かが立っていたことに気が付いた

 

「―――ふふ」

 

当麻の小さい笑い声が聞こえる

本当は息を吐いたらなんとなく無意識に笑っていただけなのだが

同じように天道も、ワタルもそれらに釣られて笑みを浮かべる

ゴウラムは頭に疑問符を浮かべてアラタを見たが、それに対してアラタは彼女の頭を撫でて応えた

 

案外近くに、切り札はあったのだ

 

◇◇◇

 

今になり、焼けるようなその痛みに気が付いた

 

「あ、うううっ…!」

 

顔の半分―――砕けたその断面に灼熱で溶けた熱でも流し込まれたような激痛が彼女を襲い、立っていられずに地面に倒れ込む

それでもその痛みを紛らわせるように両手両足を振り乱して地面の上を転げまわった

普通なら死んでいるハズなのに

むしろ死んでなきゃおかしいのに

生き地獄とはまさにこの事だ

死ぬほどの痛みに苛まれていながら、死ぬことも許されないのだから

 

「―――あっ!?」

 

しかしそれも長くは続かない

変化が、あった

 

ぐじゅ、とゼリーが崩れるような音と共に傷口が塞がり始めた

ビデオの早送りのようにあり得ない速度で瞬く間に空洞が修復されて、痛みも引いていく

致命傷なのに

死んでてもおかしくないはずなのに

 

「―――あ」

 

痛みが引くと同時、考える余裕すらなかった思考が高速で展開していく

己の中は、空だという真実

普通と思い込んでいた己の正体は、異常だという事実

 

言葉を組み立てる余裕もなく、叫ばずにはいられない重圧が彼女の心を蝕んでいく

そんな彼女の絶望に引き寄せられて、もう一つ深い絶望が現れる

ズゥン、と深い音と共に、佇んでいる遺物な化け物

その傍らには、金髪の女が立って、そして嗤っていた

 

「―――ひ!?」

 

反射的に逃げようとした―――が思うように足が動かなかった

それに対して、女はただパステルを振り抜くだけ

パステルに応えるように石像が風斬に向かって拳を繰り出す

咄嗟に風斬は地面に伏せようとした、が少し遅れてなびいた髪に拳が引っかかりそのまま頭皮ごと剥がさんとばかりにそのまま拳を振り抜き、それに釣られて彼女の身体が大きく飛ばされる

 

「あがっ!!?」

 

恐るべき勢いで地面を滑った彼女は、まるでヤスリに削られたような痛みに襲われた

その地面には何メートルにわたり、剥がされた皮膚や髪の毛がこびりついていた

しかし、またぐずぐずと彼女の顔が波打っていく

剥がされた顔のパーツが、元に戻ろうとしているのだ

 

「…なんなのかしらねぇ。これ」

 

女がようやく口を開いた

目の前の光景に、笑いながら

 

「っは。虚数学区の鍵がどんなものかと思って来てみればこんなもんかよ! ったく、こんなんを後生大事に抱え込むなんて。…ホント狂ってるよな科学ってのは」

 

けらけらと笑う女の前で風斬の修復が始まった

べちゃりと湿った音を立て、数秒もしない内に風斬の修復は完了する

怯える彼女を見て、女は言う

 

「…なんだよその面構えは。お前、まさか自分が死ぬのが怖いってほざくようなやつかしら?」

「え…?」

「はっ。何当然ですって顔してンだよ。気づきなさいな、自分がクソ気持ち悪ぃ化け物だってことをよぉ」

 

化け、物

 

「お前が消えたくらいじゃ世界は何も変わらない。化け物が死んでお涙ちょうだいなんてありえないから。何、着せ替え人形の服ひん剥いて興奮するような性癖なんざないんだよ」

 

絶望に絶望を塗り重ねるように、女はさらに真実を突きつけてくる

 

「この際だからはっきり言ってやるよ化け物。逃げる以前に、どこに逃げんのよ? 居場所なんかないくせに」

 

パステルがふらりと揺れる

だけど風斬は動けない

身体の傷はもう治った、心に恐怖はない、今も逃げろと叫んでる

 

 

 

逃げる? いったいどこに?

 

 

 

そこで風斬はふと思い出した

 

初めて、学校に通った

同じように、食事を取るのも初めてだった

あれだけの男の人と話したのも初めてで

自動販売機を使うのも初めてだった

 

買い方は知っているのに、どうして飲んだことがないなんてわけの分からない異常にどうやって納得していたのだろうか

今日、何もかもが初めてだった

それこそ本当に初めてだらけで、目に映るものが全て新鮮に見えた

 

―――あぁ、なんで気づかなかったんだろうか

 

ただ私は、目を逸らしていただけじゃないか

思ったところでもう遅いのだ、この世界に、自分を受け入れてくる場所など存在しない

ふと、ポケットの中に、あの少女たちと撮った写真のシールに目がいった

それを取り出し、見た

 

映っている少女たちは、写真の中で笑っているインデックスとゴウラムは知らない

 

己の正体を知らない

それを知ったら、もう笑ってはくれない

瞼が、熱くなる

 

 

なんて―――ザンコク

 

 

暖かい世界に、いたかった

もっと笑っていたかった

いいや、違う、結局の所誰かと笑って過ごせるのなら死にもの狂いで縋りたかった

 

「泣くなよ化け物」

 

女が嗤う

 

 

 

「お前が泣いても気味が悪いだけなんだよ」

 

 

 

ゴーレムの腕が迫りくる

絶望の中で彼女は思った

 

そうだ、確かに私は死にたくない

だけどいっそ化け物として扱われるくらいなら、死んだ方がマシなんだ

 

襲い来る衝撃に耐えるように、風斬は目をギュッと閉じた

 

 

だけど衝撃は来なかった

 

 

いつまで経っても何も衝撃は襲ってこなかった

不気味なはずのその沈黙は、何故だか優しく風斬の身体を包んでいるように感じた

ポン、と誰かの手が風斬の肩に置かれた

 

彼女は恐る恐る目を開ける

まず視界に広がったのは、ゴウラムの顔だった

 

「―――え?」

「…大丈夫だよ、カザキリ」

 

言って彼女は微笑んだ

彼女の後ろでは、少年がいた

一人の少年がゴーレムの拳を受け止めて、その近くにいる三人の人影が同時にその拳を蹴り返す

その蹴りは―――ゴーレムの拳を容易く砕いた

 

「―――待たせちまったみたいだな」

 

聞き覚えのある声がした

 

その声は、力強かった

 

「せっかくの美人が台無しだ。おばあちゃんがいっていたぞ、全ての女性は、等しく美しいってな」

 

その声は、暖かった

 

「キミと触れ合った時間は短いけれど、それでも友達であることは変わんないからね」

 

その声は、頼もしかった

 

「ほら、涙を拭きな。もう、安心していいからさ」

 

その声は、優しかった

 

風斬氷華は子供みたいに涙をぐしぐしと拭う

涙の膜が晴れ、その視線の先に彼らはいた

 

上条当麻が、鏡祢アラタが、紅葉ワタルが、天道総司がそこにいた

向けられたその笑顔は、自分自身に向けられたものだと気づくのに少し、時間がかかった

そして気づく

その笑顔は、友達に向けるような笑顔だという事に



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#47 守るは居場所(げんそう)

そういえば新約編がもうじき完結するととあるの生放送で知って驚いてます
こちとら旧約も終わってへんのに新約に行けるのかね
のんびりやります_(:3」z)_


「―――呆けるな…! エリスっ!」

 

怒りを孕んだその絶叫

女はパステルを握ると抜刀術と見間違うほどの速度で壁に何かを書きなぐった

同時、彼女は何かを詠唱する

するとそのコンクリートの壁が崩れ、何かにこねられるような動きの後、砕かれた石像が再生する

女の顔には焦りはあったがまだ冷静だった

 

そんな歪な石像に立ち塞がるように、上条当麻たちは振り返る

その光景に風斬は驚き、女はまた嗤う

 

「は! 喜べ化け物。世の中にはこういう馬鹿がいるってことにさぁ!」

 

「―――生憎」

 

そんな女の言葉を斬り裂くように、鏡祢アラタは口を開く

 

「俺らだけじゃねぇんだぜ」

 

目の前の石像に動じた様子はなく、凛とした様子で言い放った

は? と女が変な声をあげそうになったその瞬間

 

カッ! と眩いばかりの光が女を襲う

 

思わず女は両手で自分の顔を覆う

風斬は十字路の真ん中に座り込んで、そして光は金髪の女がいる通路以外の三方向から向けられたものだ

眩い光に耐えながら、風斬は見渡した

 

そこにいたのは、警備員(アンチスキル)の人たちだ

持っている光の正体は銃に取り付けられたフラッシュライト

加えて、警備員(アンチスキル)の人たちは無傷ではなかった

それこそ、病院のベッドで寝ていなければおかしいのに

 

「…な、んで?」

 

不思議そうに、風斬は問いかける

 

「お前は、友達を助けるのに理由を求めるのか?」

 

その問いに、天道が答える

 

「…え?」

 

「俺の友人が言っていてな。友情は富にも勝る宝だ、てな。友達を助けるのに、見返りなど求めない」

「そうだよ。僕たちは警備員(アンチスキル)の人たちに、友達を助けてほしいって言っただけなんだから」

 

理解、出来なかった

 

「…とも、だち?」

「そうだよ。カザキリはもう友達なんだよ。…だから、そんな泣きそうな顔しないで」

 

ゴウラムは目尻にたまった風斬の瞳からそっと涙を指で拭った

晴れた視界は、温かい世界を捉える

あれだけ恐ろしく見えた世界はもう見えない

 

「行くぜ。天道、ワタルさん。当麻も準備はいいか」

「あぁ、いつでもいいぜアラタ」

「愚問だな」

「いいよ、行こう!」

 

風斬の隣を歩き、前に出るのは三人の少年と一人の青年

一人は拳を握り、一人は赤いカブトムシを掴み、一人はコウモリに己の手を噛みつかせ、一人は腰にその手を翳す

 

そして三人は叫んだ

 

『変身!』

 

ワタルは透明になったと思ったとたん弾け飛び、天道の身体はヒヒイロカネの鎧に包まれていき、アラタは赤い姿に身を包む

 

「風斬、今からお前に見せてやる。この世界には、まだ救いがあるってことを」

 

闇からはい出るために、立ち上がったのは少年たちだ

上条当麻は続ける

 

「そんでもって教えてやるよ。お前の居場所は―――そう簡単に崩れやしないってことをな!」

 

◇◇◇

 

「殺せ! 一人残らずっ! 肉片をかき集めて、お前を作ってやるわ!」

 

怒りに震えた声でシェリーはパステルで宙を切る

重ねた線が、ゴーレムを操っていく

 

「配置B! 民間人の保護を最優先とせよ!!」

 

一人の怒号を皮切りに銃口が一斉に火を噴いた

警備員(アンチスキル)らは盾を持つ前衛組とライフルを放つ後衛組の二人組で動いている

シールドはゴーレムエリスの攻撃から身を守るのでなく、その身体に当たって跳ね返る跳弾を防ぐためのものである

 

キバとクウガ、マスクドカブトは咄嗟に当麻や風斬の近くに移動し、キバは風斬の前に立ち、マスクドカブトとクウガは当麻の近くで身を屈めた

 

直後、別の警備員(アンチスキル)が透明な盾を構え、身を屈める三人の前に立った

 

瞬間、ガガガ! とその盾に跳弾した弾丸が当たり悲鳴を上げる

その音に、思わず驚き、身を震わせた

 

「乱反射しただけでこれか。侮れないな」

 

マスクドカブトの言葉にクウガは思わず同意しふと、風斬を見た

 

一度その身で味わっているせいか雷に怯える子供みたいに震えている

そんな彼女の頭を優しく撫でるゴウラムを見て改めて、クウガらは石像へと視界を移す

 

「ちっ! 四界を示す四天の象徴! 正しき力を正しき方向へ、配置し、導けっ!」

 

パステルによって歪な十字架が宙に書かれていく

するとエリスからぎぢ、と軋むような音が聞こえてきた

それはゴーレムエリスの悲鳴にも似た声だ

 

実際それは声ではなく、石像の間接から漏れる音

強引な命令ではあるが、それでもゴーレムエリスは応えた

不気味な音を立てながらではあるが、確実に動いてくる

 

「そ、んな―――」

 

風斬は思わず声を洩らす、が

 

間一髪盾を持った別の警備員(アンチスキル)が入れ替わる形でマスクドカブトとクウガが移動し、当麻と共に身を屈めた

 

「ここまでは、予想通りってとこか」

「あぁ、おおよそ、な」

 

クウガと当麻のやり取りに風斬は思わず耳を疑った

さらに今度は女の警備員(アンチスキル)

 

「けど、ホントにやる気なの? 怖気づいても誰も責めたりしないじゃん?」

「そ、そうですよ…。ですからやっぱり…」

 

「違いますよ黄泉川さん、やんなきゃいけないんです。それに、当麻の右手はああいう異能を打ち消す力があんです。サポートも俺らがやりますし大丈夫ですって」

「あぁ、だから俺たちを信じてくれよ」

「―――もう、ていうか見知った人間が仮面ライダーってだけで驚いてんのに…」

 

頭を掻きながら黄泉川と呼ばれた警備員(アンチスキル)ははぁ、と息を吐いた

 

「どのみちこのままならあの木偶人形が接近してくる。やるやらないなら、やるしかないとやはり思うが」

 

マスクドカブトの言葉に黄泉川は反応する

その眼に僅かながら力を込めて

 

「一回こっきりじゃん? ミスしても、うちらは君らを回収できない。その時は―――君らごと撃つことになるけど?」

 

その言葉に、風斬は愕然とする

そんな、あっていいはずがない

 

「待ってください…! な、何をしようと―――」

「あれを止めてくる」

 

間髪入れずに、当麻が答えた

耳にゴーレムエリスの足音が響き渡る

 

「ダメです! そんなの、危険すぎます!」

「大丈夫だよ、カザキリ」

 

声を張り上げる彼女に、ふと傍らのゴウラムが答える

 

「皆を信じてあげて」

 

ゴン、とさらに距離を詰められる

おおよその距離は、約二十メートル前後と言った所か

 

「指示を出すけど、構わないの?」

「あぁ、頼んだ」

 

何をするか

それはここに来る前に打ち合わせた

だから答えはそれでいい

自分たちは、当麻を全力で援護すればいいだけだ

 

「…かー! ホントカッコいいじゃん、少年に仮面ライダー! ったく。…センセは生徒に恵まれてんじゃんよ。いいよ、付き合う。その代り何があっても成功させるじゃんよ」

 

「あぁ、任せてくれ!」

 

その言葉に当麻が答える

そしてアラタ―――クウガへと視線をやってお互いに頷いてさらに決意を固めたようだった

 

「鉄装、カウント! ―――スリー」

 

黄泉川は無線機に向かって何か命令を下した

 

怖くないはずはない

軌道すらも読めない、あの弾丸の雨の中にこれから突っ込んでいくのだ

 

床に伏せている当麻が僅かに身体を起こす

 

「待って、やっぱりダメ! 死んじゃうに決まってます! そんなの―――そんなのいや―――」

「止めるな。風斬」

 

その言葉に応えたのは天道―――マスクドカブトだった

 

「お前がなんとなく当麻を避けていた理由…たぶんだが、その右手に原因があるのだろう」

「かもな。オレの右手は異能の力なら善悪問わず打ち消しちまうから。きっと、風斬の事も例外じゃない」

 

その言葉に、風斬はただ黙って、そして衝撃を受けたように息を詰まらせる

 

「―――ツー」

 

どうやらシェリーもこちらが何か仕掛けてくることに気が付いたのか、さらにパステルを中空に書き殴りまくる

その直後、ゴーレムエリスの足が力強くまた踏み出される

しかし、今この瞬間だけは、その女を視界に捉えてはいなかった

 

「―――ワン」

 

当麻とクウガは風斬の顔を見る

彼らはただ、笑みを浮かべて

 

「気にすんなって。俺たちが友達ってことにかわりはないからさ。俺たちは必ず帰ってくる。絶対だ」

「帰って、来る?」

「あぁ、今度はさ、俺の友達も誘っていいか? もっと楽しくなるからさ」

 

言って、笑う

仮面に覆われているハズなのに、その奥の顔はとても優しく見えた

 

そして黄泉川は告げる

風斬との繋がりを断ち切るように

 

「―――ゼロッ!」

 

 

 

刹那、ゴーレムエリスに向かって弾丸をばら撒いていた警備員(アンチスキル)が、〝撃つのをやめた〟

 

 

 

真っ先に疑問に思ったのはシェリー本人だ

弾幕は自分たちを守る、いわば鎧のようなもの

それを取り払えば、待っているのはゴーレムエリスの拳

自らその身体を死に晒すような真似をするはずがないと考えていたからだ

 

だが効果はあった

ゴーレムエリスのその鈍重な身体が前のめりにつんのめったのだ

強い北風に向かって全力で足を進めていたおかげで不意に風が止んだとき、自分が生んだ余力な力で、大きくバランスを崩したのだ

 

そしてそれを待ち構えていたと言わんばかりに、三人の人影がまず飛び出てくる

その人影は一気に走り、バランスを崩したその巨体に向かって三者三様に一撃を叩きこむ

 

クウガは赤の力を込めた拳撃でゴーレムエリスのバランスを崩すように放ち、キバはその身軽さを最大限に活用して、跳躍し頭を地面に叩きつけるように蹴撃、そしてマスクドカブトはクナイガンアックスでの斬撃

立て続けに攻撃を加えたが、それらは転倒させる為でもあったがもう一つ、あの女―――シェリーの気を一瞬であるが引くためだ

そして案の定、その三人に気を取られたシェリーは一直線に接近してくる一人の少年に気づくのが遅れる

その少年は―――上条当麻だ

 

「! しまっ―――」

「寝てろ! このヤロウっ!」

 

一切の加減なく放たれたその拳はシェリーをぶん殴る

その細い体は、まるで風にふわりと流れる紙みたいに地面を転がった

 

 

警備員(アンチスキル)の銃声が再開された

幸いにも妙にバランスを保ったゴーレムエリスを盾にしてひとまず安堵の息を吐く

我々は操っている根源をぶん殴ったが、警備員(アンチスキル)からはまだそのゴーレムは健在なのだ

 

「…ひとまずは一件落着…か」

 

変身を解除しつつ、アラタは一息をして何となく呟いてみる

 

「そのよう…だといいのだが」

 

その声に変身を解除しつつもどこか周囲を警戒している天道が答えた

 

「そうであることを願いたいね…、!? 当麻くん」

 

同じように周囲を見渡していたワタルが殴り飛ばしたシェリーを指差し身構えた

 

「―――ふっ、ふふ」

 

笑っている

倒れたまま、笑っているのだ

おまけにその手には、パステルが握られており、ビュン、と高速で何かを地面に書き殴った

 

「なっ! まさか、二体目…!?」

「いや、それは有り得ない。停止しているとはいえ、ここにある以上、二体目の生成は出来ないはずだ」

 

当麻の言葉に冷静に天道は答えていく

その言葉に反応するように

 

「えぇ、そうよ。そこのガキが言っているように、二体同時に作って操ることは出来ない。そんなことが出来るなら最初からやってるわ。無理やり二体目を作ろうものなら泥みてーに崩れちまうからな。…けどよぉ」

 

獰猛に彼女は言った

 

「それを利用すりゃ〝こんな事も出来んのさ〟」

 

その瞬間、シェリーが書いた字を中心としてその半径おおよそ二メートル前後、彼女が倒れている地面が崩れ落ちる

彼女はそのまま崩落に巻き込まれ、地面に呑まれるように闇の中へと消えていく

それと同時にこちらにあるゴーレムエリスが音を立て崩れていき、それに合わせて銃声もやむ

 

「…やられた」

 

頭を掻きながらアラタが呟いた

当麻もその穴に近寄り、その空洞を覗き込む

よく耳を澄ますとその穴からは何か空気の流れのようなものを感じた

 

「どうやら下には地下鉄が走っているみたいだな」

「…みたいだな」

 

アラタの言葉に同意しつつ、当麻は顎に手を乗せ考えた

あの女―――シェリー・クロムウェルは目標に対しての執着心が薄いと思うのだ

そこまで考えて―――ある言葉を思い出す

 

―――…おや、お前は確か…幻想殺し、か。おまけに古代の戦士まで一緒とは。うん? あのカザなんとかはいないのか。…いや、まぁいいんだよ誰だって。殺すのはあのガキでなくともさ―――

 

そう言えばアイツは最初からそこまで風斬に固執していなかったと思う

 

―――戦争を起こしたいんだよ。それの火種が欲しいの。だから…出来る限りの大勢の人間に私がイギリス清教の手下だと認識させなきゃな―――

 

アイツは恐らく目的があってここに来た

風斬氷華は恐らくその手段の一つでしかないのだろう

その風斬の代わりを誰が代用できるだろうか

 

そこまで考えて、当麻はハッとする

 

そうだ、一人、いた

当麻とアラタ、風斬はここにいる

唯一ここにいない、あのシスター

 

―――インデックスだ

 

 

地下の中をズゥン、と重い足音が響く

それはコンクリートや線路で作り上げた二体目のゴーレムエリスだ

シェリーはゴーレムエリスの腕に抱かれつつパステルでゴーレムを操っている

二体目を生成する前に目を放ち目標の居場所は掴んである

生成の都合上、邪魔となるので全ての目玉は潰したが

 

ぶん殴られた頬が痛む

本来彼女は長いスカートに隠しつつ、地面から数センチ足を浮かせ震動から逃れていたが、殴られた衝撃を受け流したのを最後にその術式は完全に崩壊してしまっていた

 

「…忌々しい」

 

周囲を見渡しながら彼女はそう口にする

あぁ、全部忌々しい

この視界に映る科学の何もかもが

 

シェリー・クロムウェルはこの都市が嫌いだった

比喩でなく、本心からこの都市全てを嫌っていた

 

「…エリス」

 

シェリーは呟く

 

本来エリスという名前はこのゴーレムにつけられた名前じゃなかった

 

それはもう二十年も前に亡くなった、超能力者の名前―――

 

 

薄暗い地下とは異なって地上は目がくらむほどの炎天下

 

その街中で二人はポツンと立っていた

恐らく今も黒子は閉じ込められた学生を運んでいることだろう

二人の間には会話はない

しかしそれは熱さを身体に受けているダルさからであり別に話をしていないわけじゃない

 

「あついね」

「そうねぇ…」

 

インデックスに同意する形で頷いた

その後で、聞くに聞けなかったことについて美琴は聞いてみることにする

 

「…ていうかすごい服ね? この暑さの中で長袖ってかなりしんどいと思うけど…。あ、ひょっとして日焼けに弱い肌…とか?」

「うーん。別に気にしたことはないかも。今となってはこの服も風通しがよくなったし」

「? …うわ、よく見たらこれ布地を安全ピンで留めてるだけじゃない。なんでこんなことになっちゃてるのよ」

「う。…それはちょっと、深く追求しないでくれると嬉しいかも」

 

そう言うとインデックスはちょっぴり苦い顔をする

美琴としては気にはなったが本人がそう言うので追及するのをそこでやめ、また別の話題を美琴は探した

 

「それにしても、遅いわね。アラタたち」

「うん。…どうしよう、アイツはなんだかひょうかを狙ってたみたいだし…本当、何にもないといいけど…」

 

彼女から聞こえた聞き慣れない単語に美琴は首をかしげた

思えばここに来た時も黒子に感謝の言葉を述べてはいたが、だいぶソワソワしていた気がする

 

「ところで、ひょうか…ていうのは一緒にいた女の子?」

「そうだよ。あ、でも今回はとうまが引っ張ってきたんじゃなく、先に私たちが会ったんだから」

「今回はって。…え? たちって」

「私のほかに…えっと、そう言えば名前聞いてなかったかも。とにかく私たちなのっ」

 

そう言って僅かに頬を膨らませる

その仕草は、どうしてかハムスターみたいなげっ歯類を連想してしまった

 

「そう言えば、貴女はその…上条さん、だっけ。その人の心配してないの?」

「とうまの事? とうまなら心配ないよ。とうまは何があっても必ず帰ってきてくれるもん」

 

帰ってきてくれる

その言葉に少しだけ彼女に嫉妬した

誰の下に帰ってくる、などわかりきっている

 

彼らにとっては、それが共通の認識になっているのだ

 

「みことだって」

「え?」

「みことだってそうでしょ? あらたの事」

 

そう言われ、僅かながら頬が紅潮するのを感じた

もちろん、心配していないと聞かれたら嘘になる

そして同時に、心のどこかで帰ってきてくれるとなんとなく信じていることも

ただそれをはっきり言葉に出来ないだけで

 

「…アンタがうらやましいわ」

「ふぇ?」

 

唐突にぽむ、と頭に手を置かれインデックスは疑問符を浮かべた

 

彼女のような純真さがあれば、もっと素直に自分も日頃の感謝を伝えられただろうに

と、その時だった

 

みぎゃあ、なんて声をあげながら三毛猫がインデックスの腕から抜け出したのだ

 

「あ!?」

 

思わずインデックスが叫ぶがもう遅い

すでに地面へと着地した三毛猫(スフィンクス)は猛烈な勢いで走り去ってしまう

思わず猫を追いかけようとして―――その足が止まる

彼女はおろおろと美琴と猫の走り去った方向を交互に見た

そんなインデックスに美琴は小さく微笑みを作りながら

 

「いいよ。ここには私が残ってるからさっさと猫つかまえてきなさい」

「あ、ありがとう、みこと。…こらー! スフィンクスーっ!」

 

インデックスは頭を下げて礼を言うと逃げ込んだ猫を追いかけるべく走り出した

スフィンクスて、と思わずそのネーミングに苦笑いしていたがふと、足元のマンホールのふたがカタカタと揺れていることに気が付いた

 

「…?」

 

疑問に思った直後、今度は自動販売機の取り出し口が小刻みに揺れ始める

木々の葉が、風もないのに揺れる

 

「…地震…じゃあないわよね?」

 

その様はどこかで怪獣だか巨人だかが歩いているような、そんな妙な震動だ

もしかしたらあの猫は、本能で逃げたのかもしれない

 

「…いや、けどまっさか―――」

 

そう考えて、黒子を襲ったあの妙ちくりんな手を思い出す

ふと、インデックスが走り去った方向を見る

すでにその姿はコンビニの裏手に消えており、彼女の様子から察すると猫と追いかけっこになっているかもしれない

 

けど、何かあってからでは遅いのだ

 

「それに―――任されたしね」

 

良し、と軽く拳を握るとインデックスが走り去った方向に向かって彼女も走り出した

大丈夫だよね…、と己に言い聞かせながら



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#48 それぞれの戦い

ペタンと、地面に座り込んでいる風斬氷華はふと自分の近くで誰かが言い争っていることに気が付いた

いや、言い争っているのは実質、当麻一人だけだ

彼だけが女性の警備員(アンチスキル)―――黄泉川愛穂に掴みかからん勢いで口を荒げている

 

「なぁ! もうさっきの奴はいないんだろう!? なんでシャッターが開かないんだよ!」

「何度も言うけど、地下の管轄とうちらの管轄じゃ異なってるんじゃん。こっちからも連絡してるけど、封鎖を解くのにはもうすこしかかるじゃんよ」

「―――くそっ」

 

そう当麻は毒づいた

同じように苦い顔をしてアラタも頭を掻いている

それに釣られて、天道も、ワタルも何かを考えるような仕草を取っているのが視界に入ってきた

冷静になってみるとその四人を彼女は疑問に思った

 

黄泉川の無線に連絡が入る

彼女は少年たちの元を離れると何か専門用語のような言葉を言いながらまた口論を交わしている

黄泉川が離れると同じく、ゴウラムの支えを受けながら風斬はふらふらとその四人の元へ歩いて行った

 

「あ、あの。先ほどは、ありがとうございました」

「うん? あぁ、別に気にすることじゃないよ」

 

風斬の言葉にアラタが笑顔と共に答えてくれる

アラタの言葉に続くように当麻も

 

「それより、お前身体大丈夫なのか?」

「え、えぇ。平気…だと思います。そ、そんな事より、何かあったんですか?」

 

その言葉に、一瞬重い空気があたりを包んだ

当麻は相談するように天道へと視線をやった後、天道はゆっくり頷いた

それに頷き返したのち、やがて言葉を選ぶように当麻が言葉を紡ぐ

 

「あの女…シェリー・クロムウェルは逃げたんじゃない。目標をインデックスに変えただけなんだ」

「―――えっ?」

「どうやら特定条件下に合えば誰でもいいらしくてさ。そのうちの一人がインデックスという事なんだ」

 

当麻、そしてアラタの言葉に風斬は息を呑む

そうだ、守られている私たちはまだいいが、外のインデックスはほぼ無防備に近いじゃないか

 

「…美琴もいるにはいるが、不安な事に代わりはないな」

「そ、それなら外の―――警備員(アンチスキル)の人たちに保護してもらうとか―――」

「それは出来ない相談だ」

 

最もな意見に、天道総司が反論する

 

「な、なんで!?」

「話を聞くにインデックスという子はこの街の住人ではないらしい。…はっきり言えば部外者も同然だ。運が悪ければ保護どころか逮捕だな」

「そ、そんな…」

 

風斬氷華とインデックス

この二人とでは少しばかり事情が違うのだ

風斬氷華もこの街のID登録をしてはいないが、それだけだ

確かに彼女の正体は普通じゃない、がそれだけで危険と判断はされない

しかしインデックスは違う

彼女は、学園都市とは違う、魔術という組織に属している

そして、属していると言うだけで危険と判断されてしまうかもしれないのだ

 

「…やっぱりこの穴から行くしかないか」

「状況を考えるとね。後手に回るのはちょっと癪だけど」

 

当麻の言葉にワタルが答える

その穴とはついさっきシェリーが逃走する際に空けた穴だ

 

その穴を風斬は覗き込んだ明かりはなく、真っ暗だ

底は見えず、何メートルあるかもわからない

その中に、彼らは飛び込むというのだろうか

学園都市の敵、という少女をかくまって、かつそれに手を貸しているという時点でおそらく彼らの心は揺るがない

 

少し、考えて風斬は口を発した

 

「大丈夫です」

 

その言葉に、四人の男性は訝しんだ

 

「…カザキリ?」

 

ポン、とゴウラムの肩を叩いて風斬は一つ前に出る

そして言った

 

「化け物の相手は、化け物がすればいいだけの話です」

 

空気が、凍る

 

「勝てるかは分かんないけど、せめて囮くらいは果たして見せます。…それぐらいしか、出来ないから」

「―――俺たちがそんな事されて嬉しい人種に見えるのか。インデックスが、美琴が。そんな胸糞悪いことされて笑うような人種だと思ってるのか」

「それに俺たちが誰のために、何のためにここに来たと思ってんだ! お前は、化け物なんかじゃねぇんだよ!」

 

当麻とアラタの言葉は偽らざる本心だろう

しかし、恐らく彼らは気づいていない

彼らが挑んだものも、〝化け物〟という事実に

 

「良いんです。私は化け物で」

 

彼女は笑う

友達に見せるようなその笑顔で

 

「だから―――私の力で、大事な人を守ります。私は化け物で―――幸せでした」

 

そのままの笑顔で彼女はシェリーの空けた穴に身を投げた

一瞬遅く、反射的にゴウラムが彼女の手を掴もうと手を伸ばしたが、届かなかった

そして、ゴウラムは見た

 

自分に向けて微笑んでくれる、風斬氷華の笑顔

大丈夫だよ、と言っているような、そんな彼女の笑顔(かお)

 

 

「あぁ、もう。どこ行ったのよ…」

 

急いでインデックスを追っては来たものの、思いのほか彼女のスピードが速くついに見失ってしまった

それでも少し前はそんな彼女の後姿を捉えることは出来たのだが

美琴は一つ息を吐きながら辺りを見回した

 

どうやら考えなしに彼女を追っかけていたらなんだかよくわからない廃墟のような場所に来てしまったようだ

周囲のビルのガラスは割れ、或いは外されて、内装もむき出しのコンクリが見えるなど、まさに廃墟だ

 

「だけどこの辺かなー…とは思うんだけどな」

 

呟きつつ、もう一度美琴はこの廃墟街を見回した

そしてちらりと、とことこと全力で走るあのシスターを見つける

 

「あ、いた…!」

 

口にしながら今度こそ逃がすまいと美琴は後を追いかけはじめた

 

 

「はぁ…やっと捕まえたんだよ」

 

三毛猫が逃げてインデックスが追っかける

そんな不毛な鬼ごっこも終わり、ふぅとインデックスは息を吐いた

自分がいた場所は一言で言えば廃墟だった

その光景にほぇぇ…なんて言葉をあげた隙にスフィンクスが足をパタつかせる

 

「こらスフィンクス。あんまりわがまま言ってると、流石の私も怒るんだよ?」

 

そう言ってインデックスはお仕置きと題してスフィンクスの耳に息を吹きかけようとして―――

自分に向かってくる足音を聞いた

ふとその音の方に視線を向けると、御坂美琴がこちらに向かって走ってきていたのが見えた

彼女はインデックスの前に立ち止まると大きく息を吸い込んで調子を整えた

 

「ようやく追いついたぁ…」

「みこと。あのまま待っててもよかったのに」

 

インデックスがそう言うと調子が戻ったのか

 

「そうもいかないの。一応アラタから貴女の護衛…でいいのかな。とにかくそれっぽいの任されてんだから」

「え? けどくろこって言う人は…」

「いざとなったら連絡するから大丈夫よ。…猫は捕まえたの?」

「うん。スフィンクスってば逃げすぎなんだよ、ホントに」

 

そう言って彼女は手の中のスフィンクスと呼ばれる三毛猫を美琴に向かって見せる

スフィンクスは小さくみゃあ、とだけ一回鳴いた

 

「よかった。それじゃ戻りましょ」

「うん」

 

頷いてさぁ、戻ろうとしたとき

 

ぴくん、とスフィンクスが顔をあげる

そして今度はインデックスの腕から逃れようと大きく抵抗を始めた

その今までないほど強く暴れたインデックスは慌て、美琴も少しおろおろしている

インデックスがスフィンクスを落ちつけようとあれこれ試している間、ふと頭に何かかかっているのを感じた

美琴が手を伸ばし、確かめてみる

 

それはコンクリートの粉だった

 

同じようにインデックスも気づいたのかお互い顔を見合して空を見上げた

どうやらこの粉は廃ビルの壁から降っているようだ

 

そしてカタカタ、という音に釣られ今度は地面も見てみる

マンホールの蓋が、震えていた

 

「…足元が揺れてる?」

「地震かしらね?」

 

怪訝な顔をしたのも束の間―――インデックスは思い出す

 

敵の魔術師は、地下に、つまり足元に潜んでいるという事実に

 

彼女たちが踏んでいる地面が、一瞬蛇のようにうごめいた気がした

 

「っ!」

 

本能が理解したのか、美琴はスフィンクスごとインデックスを抱えて大きく後ろに飛んだ

 

瞬間、先ほどまで経っていた地面が爆発する

その爆心地からはい出るように、巨大な石像が姿を現す

術者である魔術師の姿はない、ならばおそらくこれは遠隔操作か

 

地面に立たせたインデックスの眼が無意識に細くなる

 

「―――基礎理論はカバラ、主な用途は防衛と敵の排除、本質は無形と不安定…」

 

ぶつぶつ、と呟く言葉を美琴はあまり理解できていない

しかし、何かをやろうとしているのはなんとなく理解できた

 

それを察してか、美琴は彼女の隣で防御態勢を取る

下手に能力を行使しては彼女を巻き込んでしまう恐れもあるかもしれないと踏んだからだ

 

その時、石像の拳が美琴ごと潰さんとインデックスに襲い掛かる

 

「―――右方へ歪曲せよっ」

 

彼女は一言告げる

それだけでストレートを放った石像の拳は急に左にそれる

その光景に驚きながらも余波から吹き飛んできた破片から微弱な電磁波を繰り出し、美琴はインデックスを守る

 

インデックスが行っているのは、強制詠唱(スペルインターセプト)と呼ばれるものだ

 

〝ノタリコン〟という暗号を用いて術式を操る敵の頭に割り込みを掛け、

暴走や発動のキャンセルなどの誤作動を起こさせるという〝魔力を必要としない魔術〟

順番に数を数えている人のそばで出鱈目な数を言って混乱させるように

 

インデックスに魔術は確かに使えない

しかし、逆に暴走させることなら可能なのだ

石像を操る術者は確かにここにいない

しかしこれが遠隔操作なら、この石像を介してあの術者はこちらの状況を見ているという事でもある

ならこっちにもつけ入るすきはあるはずだ

 

「右方へ変更、両足を交差、首と腰を逆方向に回転っ!」

 

インデックスが叫び、美琴がその石像の攻撃の空振りから来る小さい破片からインデックスを守る

 

「…捌くだけじゃ足らない」

 

インデックスは修道服のスカート部分を繋いである安全ピンを一気に引き抜き、美琴にいった

 

「みこと、これをアイツの足元付近に、私が合図したときに撃って!」

「任せなさい、その程度なら―――」

 

インデックスから安全ピンを受け取ると超電磁砲の要領で構え、インデックスの指示を待つ

 

(自己修復を逆演算、周期はおおよそ三秒ごと―――逆手に取るなら―――)

「今!」

「おっけぇいっ!」

 

彼女の指示を聞き、美琴はその石像の足に安全ピンを撃ち放った

それはゴーレムの足に当たり、ゆっくりと磁石に呑まれるように吸い込まれていく

 

刹那、まるで楔でも打たれたかのようにゴーレムの右足の動きが阻害される

 

これも先ほどの強制詠唱(スペルインターセプト)と原理は同じだ

このゴーレムは周囲のものを利用して自動で身体を創り出したり、または修復する機能を有している

反対に構成に不必要な―――言ってしまえば身体の生成を邪魔するようなものを投げ込めばそれを逆手にだってとれるのだ

 

「…いけるかも」

「えぇ、正直何が起きてるか分かんないけど、全力でサポートするわ」

「そうしてくれると嬉しいかも―――」

 

互いに頷いたその瞬間

 

ドォン、とゴーレムが地面をその場で踏みつけた

 

「きゃ!?」

「っと!?」

 

転びそうになるインデックスを美琴が受け止める

態勢を崩す二人にゴーレムは右足を引きずりながら接近してくる

 

「っ、右方―――」

 

言葉にしようとし、それより先にゴーレムが地を叩きつけた

ドォン、という衝撃波がインデックスの耳を叩き、美琴の耳を襲う

そして同時に、ゆっくりとゴーレムは頭を揺さぶった

 

(まずい、かも!? 自動制御に―――!?)

 

強制詠唱(スペルインターセプト)は術者を対象としたものだ

インデックスの言葉が騙すのはあくまで人間であって、心無い無機物を騙すことなどできない

 

ゴーレムが拳を振りかざす

その光景に思わず美琴はインデックスを抱きしめ己の身を盾にした―――

 

 

一行はようやく地下鉄の構内に辿り着いた

最後の笑顔を至近距離で見たゴウラムは追いかけるようにその身を同じように大穴に投げ出してしまうし

そしてそれを止められなかった自分自身にも罪悪感を覚える

 

「体の調子は大丈夫か、当麻」

「あぁ、悪いな天道」

 

先ほどまで上条当麻を抱えていたマスクドカブトは変身を解き、問題ないと言わんばかりに軽く笑みを見せる

本来なら何かロープの代わりになるもの探してそれをつたって降りようとしていたのだがそれでは時間がもったいないとのことで、変身し、一人は当麻を担ぎ、そのまま自分たちも飛び降りたのだ

 

その辺のアトラクションよりも当麻は恐怖を感じたのは内緒だ

調子を整えてよし、と当麻は拳を叩く

 

彼女の幻想は、こんな結末で終わらせてはならない

コンクリートの地面を睨むと点々とゴーレムの足跡があった

しかしすでに先をいったのか足音はない

一行が地面に気を取られていると、ふとまた別の足音が耳に入ってくる

 

「っ!?」

 

一足先にマスクドカブトは気づいた

それは上空から奇襲をかけるように跳躍していた

―――仮面ライダーだ

 

気配を消していたのか、その姿を顕現させた黄色いライダー、ラトラーターはトラクローを振りかざす

その一撃を前にでて、マスクドの鎧で受け止め、後ろへ投げつけて距離を取る

 

「こいつは…!」

「恐らく、あの女の―――」

 

そう言ってふとクウガは自分の前を見る

そこにもう一人、かつてステイルが召喚してきた信号機のようなライダー―――タトバコンボがこちらにゆっくりと歩いてきていた

 

「…どうあがいても通さないつもりかよ」

「だけど、やるしかない―――」

 

そう言いながらクウガは構えようとして、キバに肩を叩かれ止められる

疑問符を浮かべたクウガはキバに視線を向ける

 

「…ワタルさん?」

「行って、アラタ、当麻くん。ここは僕たちが食い止める」

「えっ!? で、でも―――」

「こうやっている時間が惜しい、急げアラタ、当麻」

 

一瞬、クウガは逡巡する

だが、天道もワタルも、この程度でどうにかなる人ではない

そう信じて、改めてクウガは前を向く

 

「―――行こう、当麻」

「あぁ!」

 

そう当麻に告げて一気に全速力でタトバの横を通り過ぎる

彼らの背中を見届けて、キバはタトバに向かい、マスクドカブトはラトラーターに向かってそれぞれ構えた

 

「片方、任せていい?」

「無論。そのつもりだ」

 

 

不意に、一本の柱が揺れと共に倒れてきた

自分たちに向かってくる柱に当麻と自分の身を守るため思わず裏拳を叩きこんで壊してしまったが、こんな非常時だ、きっと大人も許してくれるはず

 

「流石に…そう簡単には潰れないか」

 

闇の向こうに聞こえてくるその向こうに視線を凝らす

そこにはシェリーが立っていた

汚れたドレスを引きずるように

 

「ふふっ、エリスなら先に行かせたわ。今頃もう標的に辿り着いてくる頃よ。もしくは、もうゴマみてぇにすり減らしたかもな」

「て、めぇ…!」

 

当麻が拳を握る

どうやら、遠隔操作する術があったようだ

 

「―――当麻、お前は先に行け」

「なっ、けど」

「早く!」

 

クウガの声に当麻は思わず身を震わせる

しかし、あの女もおいそれと通してくれないだろう

だが、こちらにだって意地がある

 

当麻が走り出すその瞬間、クウガも彼の後ろを追従するように追いかける

その瞬間に狙ってか、闇にまぎれていたもう一人の人影が姿を現す

 

ケタロスだ

事前に彼女がメモリから顕現させていたものを、背後に忍ばせていたものが―――当麻を止めるべくクナイガンを振り上げる

だが予期していなかった訳ではない

すかさず当麻の背後から飛び出し、そのクナイガンの刃を受け止める

白刃取りの要領だが、多分こればかりは偶然だ

 

さらに当麻が走る

そしてそれを止めようとパステルを振るわんとする彼女に向かってクウガはケタロスを蹴り飛ばした

 

「がっ!?」

 

真っ直ぐ飛んだケタロスが当たり、シェリーを少し後ろへ仰け反らす

それが決定的な隙となり、当麻の後姿は完全に見えなくなった

 

「―――ち、まぁいい。テメェの方がまだアイツよりは楽そうだ」

「見くびっても貰っちゃ困るぜ、俺だってそれなりに場数はふんでる」

 

立ちあがるケタロスを前に、シェリーは一つ息を吐き、クウガもそれに合わせて身構える

それぞれの戦場で、それぞれの戦いが、始まる―――



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#49 終止符

ちょっと初めてアンケート機能などを使ってみました
劇場版は書き直す予定なので時間があれば是非


じり、とマスクドカブトはすり足をしつつラトラーターと距離を取る

パッと見た感じでは恐らく、スピードタイプ

俊敏な速度で相手を翻弄し、両手の爪で一閃する…というのがおおよその戦い方だろう

そう考えた時、ラトラーターが動いた

 

ヒュン、と凄まじき速さで接近してきたと思ったらその鋭利な両爪で先制攻撃を仕掛けてくる

すかさず両腕で防御を試みるがやはり素早さでは相手が勝っているようでその一撃を貰ってしまう

その隙を逃さんと地上に着地した刹那、腹部に向かって蹴りを撃ちこんできた

今度は防御する暇もなく大きく後ろへ仰け反らされ蹴られた箇所を抑えながらマスクドカブトはクナイガンをラトラーターに向けて引き金を引く

しかし放たれた弾丸は当たることなく空を過ぎる

そして再びラトラーターは接近し、先ほどと同じようにクローを振りかぶった

だがそう何度も喰らう訳には行かないと思ったマスクドカブトはクナイガンをアックスモードへ切り替えてそのクローの攻撃を受け止める

それでもやはり両手と片手のアドバンテージはやはり両手に軍配が上がるらしく、しばらくは切り結べたが次第に押されそのままクローに吹き飛ばされてしまった

 

地面をゴロゴロと転がりながら体制を立て直したマスクドカブトは地面に膝を付けたままゆっくりと立ち上がり

 

(…やはり、このままでは分が悪いか)

 

素早さに圧倒的に劣っているマスクドフォームのままではとてもじゃないがあの速度の対応できない

そう判断したマスクドカブトはすっ、と手をカブトゼクターに手をやり、ゼクターホーンを起こす

 

するとマスクドアーマーが浮き上がり、パージの準備が整っていく

そのままマスクドカブトはゼクターホーンを右側に倒した

 

「―――キャストオフ」

 

その言葉と共に

 

<Cast off>

 

直後、変化が起きた

浮き上がっていたマスクドアーマーが弾け飛んだのだ

思わずラトラーターは身構える

事実、いくつかの吹き飛んだアーマーがこちらに飛んできた

幸い、そんなに被害はなかったが

 

そしてラトラーターの視界の前に、先ほどとは違う姿のライダーが立っていた

 

<Change Beetle>

 

顎を基点に、角のような装飾が張り付き、水色の複眼が発光する

そこにいたのは少し前の重鈍そうなライダーでなく、赤い輝きを放つスマートなライダーだ

 

「―――行くぞ」

 

カブトはそう言いクナイガンを逆手に持ち、一気に接近する

負けじとラトラーターも両手にトラクローを再度展開させて迎え撃つように走り出した

ガキン、と火花を散らしクナイとクローがぶつかり合う

だが先ほどの遅かった動きとは段違いで、両手と片手というハンデも容易に乗り越えている

いつしか押されているのはラトラーターとなっていた

ブンッ! と振るわれたクナイガンの一撃に両手は大きく弾かれて防御を崩される

そして先のお返しと言わんばかりにカブトはクナイガンで数度斬りつけ、回し蹴りで吹き飛ばした

 

今度は逆に地面を転がったラトラーターはすかさず、態勢を立て直し、再びカブトへ向かって跳躍をした

その様を見ながらカブトは再びゼクターへと手をやり、上部のスイッチを押していき、ホーンを左側へと戻した

 

<one two three>

「―――ライダーキック」

 

そしてもう一度ホーンを右側へ

 

<Rider kick>

 

エネルギーが右足に蓄積されていく感覚を感じながらカブトは待つ

ラトラーターが己の攻撃範囲に来るのを

そして数秒の後、ラトラーターが範囲内に飛び込んできた

相手は空中にいる、故に、逃げられない

 

「―――ハァッ!!」

 

その掛け声と共に繰り出される上段回し蹴り

足の残像は綺麗な弧を描き、宙にいるラトラーターに直撃する

ライダーキックを喰らい吹き飛ばされたラトラーターはそのまま壁に激突し、その姿を消した

チャリン、と何かが落ちたような音がしたが、カブトはそれに気づかなかった

 

「…ふぅ」

 

一息をついてカブトは変身を解除し、一つ深呼吸した

 

「…あいつらは間に合っただろうか」

 

 

ガガガッ! と地上でタトバと肉弾戦をしているのはキバだ

キバが今なっているフォームは基本体―――というか力を抑え込んでいるキバフォームだ

力を解放すれば人形に近いこの敵を簡単に倒せそうではあるが、今回その必要はなさそうだ

 

キバはそんな事を考えつつ、タトバの胸部に連続でパンチを繰り出す

その拳撃を受けたタトバは大きく仰け反って、また態勢を整えた

そしてどこからか、タトバは剣のような獲物―――メダジャリバーを取り出し、それをキバに向かって突きつけた

 

唐突に構えた武器に、キバは警戒する

相手はそれなりのリーチを持った剣に対し、こちらは素手だ

バッシャーを呼ぶ、というのも手だがフエッスルを使用する隙をつかれる可能性も否定はできない

…こんな事ならバッシャーを置いて警備員(アンチスキル)の手伝いをさせるのではなかった

タイミングが悪い

 

構えながら、相手の出方を伺う

痺れを切らしたのか先に動いてきたのはタトバだ

それを迎え撃つようにキバも駆ける

袈裟に振るわれた斬撃を躱し、足を払うように蹴りを放つ

しかしその蹴りは軽く跳躍されることで躱され、逆に斬撃を貰ってしまう

 

「ぐわっ!」

 

その一撃で立場は反転した

先ほどは与える側だったキバがダメージを追い、逆に先ほどまで劣勢だったタトバが傷を与える側となる

ブン、と振るわれたジャリバーはキバを捉え、火花を散らす

一撃を貰うたびに、大きくキバは仰け反り態勢を崩す

その隙を逃さんと、タトバは真っ直ぐ、ジャリバーを突き出し、キバを貫いた―――かに見えた

 

よく見てみる

メダジャリバーの剣先―――確かに刃はベルトを捉えている

捉えているのだが―――

 

「―――残念れひは(でした)っ!」

 

なんと、ベルトの止まり木にとまっているキバットがその剣先を口で受け止めていたのだ

一瞬ではあるが動きが止まる

その隙を、キバは逃さなかった

 

「ハッ!」

 

その隙をついて剣を手刀で叩き落としがら空きになった胸部に再び拳の連打を叩きこむ

ガクンと態勢を崩しながらも反撃を試みるタトバに、キバはサマーソルトを打ちこみ、壊れて突き出ていたパイプに足を引っ掛けぶら下がる

それこそ、さながらコウモリのように

逆さ吊りの状態で変わらぬ威力の連打を再度叩きこみ、ぶら下がるのをやめて地面に着地をしたと同時にしゃがんだままの体制でタトバを蹴り飛ばした

 

ゴロゴロと地面を転がるタトバに向かい、悠然と歩きながら、キバは一つのフエッスルを取り出した

そしてそのフエッスルをちゃきり、と水平に持ちそれをキバットの口へと持っていく

 

「よし行くぜ…! ウェイクッ! アーップッ!!」

 

止まり木からキバットが離れ、キバの周囲を飛び交う

そしてキバは一歩、その場から足を踏み出し、両腕を交差させる

 

変化が訪れた

 

自分たちを包み込むように、静寂と共に夜が訪れる

暗雲が立ち込め、雲から満月が顔を出す

三日月を背に、キバは大きく右足を振り上げる

直後その右足付近をキバットが飛び交い、封印のカテナを解放する

バギン、と音を立て、ヘルズゲートを解き放つ

 

そのままの姿勢でキバは大きく飛び上がる

空中にいるにも拘らず、とんぼ返りの要領で態勢を整えて―――そのまま右足を突き出した

 

「ハァァァァァッ!!」

 

月夜をバックに繰り出した―――ダークネスムーンブレイクは真っ直ぐ、タトバに直撃し、地面のキバの紋章が地面に刻まれ―――そして大きく爆発した

 

その爆発の中から歩いて出てくるのはキバだ

同時に夜が終わり、周囲はまた地下鉄の風景へと切り替わる

 

そして、アラタたちが走った方向を見た―――

 

◇◇◇

 

「…お前は、何を考えてんだ」

「―――うん?」

 

首をかしげる目の前のゴスロリを着込んだ、シェリーに向かってクウガはそんな事を聞いた

目の前の女はどうやら戦争を欲してるようだ

しかし―――

 

「裏の事情なんて俺はわかんないけど、それでも今はまだ魔術も科学もバランスは取れてるはずだろう、なのになんで」

「―――超能力者が魔術を使うと、身体が破壊される、なんて話を聞いたことはないかしら」

「…は?」

 

質問と違う答えが返ってきて、クウガは首をかしげる

 

「そもそもさ、おかしいと思わない? 〝なんでそんなこと〟が分かってるのか」

 

言葉が僅かに、少しづつ思考を巡らしていく

 

「試したのよ。だいたい二十年くらい前に、イギリス清教と学園都市が手を繋ごうって動きがあってな。それぞれの技術や知識を持ち寄って一つの施設に訪れた。そして能力と魔術を組み合わせた新たな術者を生み出そうとした。…あとは、分かるだろ?」

 

クウガはそれに頷いた

そして恐る恐る、クウガは問う

 

「…その施設はどうなった」

「潰れたというかなんというか。科学側に接触してたそいつらは同じイギリスの連中に狩られたわ。互いの知識が流れるのは、それだけで攻められる口実になりかねねぇからな」

 

クウガは口をつぐむ

互いの手を結ぼうとしたのも、そしてそれを止めようとしたのも、傷つけようと思ったものじゃなかった

 

「エリスは、私の友達だった」

「…エリス? あのゴーレムの事か」

 

…そうなると、この女はどんな思いであのゴーレムの事を呼んでいたのだろうか

そう考えたところで、目の前のシェリー以外にその感情は理解できるはずもない

 

「私が教えた術式のせいで彼は血まみれになった。施設を潰すべくやってきた連中から私を逃そうとして、エリスは死んだの」

 

彼女は落ち着いた口調で告げていく

 

「だから、私たちは住み分けるべきなのよ。いがみ合ってばかりで、そして分かり合おうとしてもそれが牙になり、返ってくる。科学は化学、魔術は魔術と、それぞれ領分を定めとかないと何度だって繰り返されちまうからな」

「そのための戦争ってか。…だけど互いを守るために戦ってどうする。お前の目的果たすためなら戦争が起きそうになったら、で済むじゃねぇか」

「買い被んなクソガキ。何憐みの目で人を見てやがんだ」

 

本当に、メンドクサイ奴だ

魔術と科学は住み分けるべき―――彼女の言葉には確かに一理あるのかも知れない

しかし、それでもクウガには―――アラタには彼女の意見には賛成できない

 

戦争が起きる、という事はそれだけ誰かが傷つくかもしれないからだ

そして、たくさんの笑顔が失われてしまうだろう

アラタには彼女の事情なんて分からない

しかしそれでも、戦争なんて馬鹿げたことをさせるわけにはいかないのだ

 

「―――行け!」

 

彼女の咆哮と共に、ケタロスが駆けた

天道が変身するカブトと同じようなクナイガンをクナイモードに切り替え、それをカブトと同じように逆手に持つ

 

クウガもケタロスを見据えて構え、相手に向かって駆けだす

一定の距離を走り、交差したのは互いの足

繰り出されたケタロスの蹴りを、クウガの蹴りが迎え撃つ

その後でお互い一歩引き下がるが、すぐに再び接近しお互いの攻撃が飛び交う

すんでの所でクナイによる斬撃を回避しながらカウンターをお見舞いする

 

しかしケタロスも負けてはおらず、一瞬の隙を見て、振るわれたクナイガンはクウガを斬りつけ仰け反らせた

 

「―――なんで」

 

そこでふと、シェリーは呟いた

 

「なんでお前は邪魔をする! 止めるな! 現状が一番危ういことになんで気づかないの! 学園都市は今ガードが緩い、あの禁書目録を余所に預けるほどに甘くなっている! エリスの時と同じよ、私たちの時でさえ、あんな悲劇を招いたのに! 不用意に踏み込めば、何が起きるかなど分かるはずなのに!」

 

彼女は暗い地下を反響し、クウガの耳に届いていく

そんな一瞬をついて、ケタロスの膝蹴りがクウガを捉えた

ゴロゴロと地面を転がりながら、シェリーに向かい、言葉をぶつける

 

「そんな言葉で、正当化できると思うな! 風斬やインデックス、当麻が何をしたって言うんだ! 争いたくないなんて言ってるけど、それ以前に、お前は誰を殺そうとしている!」

 

納得できない

納得できないから声を荒げる

 

「怒りも、悲しみも別に良いさ、人間だからね。だけど向かうべき矛先はそこじゃない。そしてその感情は誰かに向けるべきものじゃない! 辛いだろうし、俺だって理解できないだろう!」

 

ケタロスの攻撃を受け止め、「だけど!」と言いながらケタロスを殴り付けて言葉を続けた

 

「その矛先を誰かに向けてしまったら、それこそアンタが嫌う争いが起きるんだ!」

 

エリスが死んだのは、一部の学者や魔術師が手を取ろうとしたり、それを危険視したイギリス清教のせいらしい

それを知った時、彼女は何を思ったのだろうか

友人を殺した者への復讐か、こんな悲劇は繰り返さないという誓いか

 

「―――わかんねぇよ」

 

ケタロスの行動を停止させ、彼女は歯を噛みしめた

 

「あぁ、確かに憎いよ、けど本当に争いなんて起きてほしくないとも思ってる! 頭ん中なんざ最初(ハナ)っからぐちゃぐちゃなのよ!」

 

矛盾を孕んだ絶叫が響く

自分を引き裂くのではないかと、勘違いしてしまいそうな、声色で

 

「信念なんか一つじゃない、いろいろな考えがあって、そしてそれも納得できるから苦しいの! 人形みたいな生き方なんてできない! 笑いたけりゃ笑え、どうせ信念なんざ星の数ほどある、一つ二つ消えたところで―――!」

「そこまでわかっているのになんで気づかないんだ!」

 

シェリーの言葉を、クウガは遮った

その言葉に、隣のケタロスが身構える

そしてシェリーがクウガを見た

 

「…なんですって?」

「そこまで理解して、たくさんある信念の奥底にあるたった一つの信念に、お前はなんで気づいていない」

「たった、一つの、だと」

 

あぁ、と頷いて、彼は言う

恐らく、自分でさえ気づいていないその事実

 

「…結局の所、アンタはその大切な友達を失いたくなかっただけなんだ」

 

そうだった

いくら信念を数多く生み出しても、その根底にあるものは変わらない

生まれた信念だってそこから分岐して、さらに派生しただけで

 

「アンタには俺たちが嫌々インデックスに付き合わされたように見えたのか。その泥の目を使って見た時、争いを呼ぶような連中に見えたのか。住み分けなんかしなくていい、俺たちは、手を取り合って生きていける」

 

頭に思い描く、上条当麻とインデックスの関係はまさしくシェリーが願っていた姿のハズだ

アラタだって、他の誰かを代わりにしろなんて誰かに言われたらためらいもなくそいつを殴る

だから、告げる

 

「アンタの手なんか借りたくない。オレの友達を奪わないでくれ」

 

彼女の肩が震える

表情は、何かに耐えるように歪んでいた

彼女が分からない訳ない

それはかつて、彼女も口にした言葉だから

 

「―――我が身の全ては亡き友のために(Intimus115)!」

 

放たれた言葉は魔法名

シェリーはクウガの―――アラタの思いも分かっている一方で、〝それが分からない〟感情も理解できる

彼の気持ちが納得できるから、今はもう自分にない持ってる人を、己の手で

無数の信念の中にそんなのがあってもいいだろう

 

シェリーは自分の近くにある壁にパステルで何かを走らせる

途端、壁が崩れ落ち、二人の視界を遮断した

瞬間、迫った粉塵を突っ切ってケタロスが駆けて来ていた

クナイガンを手に、弾丸みたいに突っ込んでくる

 

「殺せ! その男をっ!!」

 

叫ぶ彼女の目尻には、僅かながらに涙があった

そこで、理解した

 

(…あぁ、アンタは)

 

彼女の信念は、星の数ほどあるらしい

たくさんの考えがあり、それが納得できるから彼女は苦しんでいる

だから

 

 

自分を止めてほしいという感情も、理解できるんだ

 

 

ブン、と振るわれたクウガの紅蓮の拳はケタロスに直撃する

ケタロスは地面をバウンドし、ゴロゴロと転がってシェリーの足元へと

その一撃が決め手だったのか、ケタロスはそのまま力尽き、メモリへと戻った

 

◇◇◇

 

いつまで経っても、衝撃は襲ってこなかった

恐る恐る、美琴は目を開けて―――そして驚愕する

釣られて目を開けたインデックスも同じように表情を驚きに染めた

 

風斬氷華

 

二人の後ろから跳躍した彼女が、ゴーレムに蹴りを打ちこんだからだ

蹴り飛ばされたゴーレムは縦に三回も回転しながら吹っ飛んだ

それに対し風斬は宙で制止しながらふわり、と地に足を付けた―――瞬間彼女を中心に半径二メートルほどのクレーターが浮き上がる

 

「ひょ、うか…?」

 

息が詰まる

 

よく見ると蹴りを放った方の足が膝から全部吹っ飛んでいる

当然だ、あんな巨体蹴り飛ばして生身がその反動に耐えられない―――そう思っていた

 

けど、彼女の足の断面は空洞、つまりは空っぽだった

傷口も、まるで卵を割ったみたいに不自然だった

 

「逃げて」

 

風斬氷華は振り返らなかった

 

「ここは―――私が食い止めるから」

 

彼女の声は確かに風斬氷華だった

けど、本能が警戒を解くべきか否かを、迷わせてしまった

 

そんな時、吹っ飛ばされたゴーレムが起き上がる

そして何か、羽虫を見るような感覚で、ゴーレムは風斬を睨んだ―――気がした

 

「何やってんの貴女! 早くここから離れるわよ!」

 

美琴が風斬に向かって叫んだ

 

「私は大丈夫です。―――貴女は、彼女を連れて早く逃げて」

 

それに対して、落ち着いた様子で美琴に返す風斬

風斬は振り返ることなく、ただ口を開く

 

「ひょうかは―――ひょうかはどうするの!?」

「私は―――あの化け物を止めないと」

 

彼女が答えた時、それに応えるようにゴーレムが拳を振り上げた

動きは遅かったが、人ひとりを破壊するには十分な威力を持っているハズだろう

 

「何馬鹿な事言ってるのよ! あれは人間がまともに戦っちゃいけないの!」

「そんなことしたら、ひょうかが―――!」

 

二人の言葉に、やっと氷華は振り返る

その顔は―――泣きそうになりながらも、笑んでいた

 

「大丈夫だよ」

 

彼女は言った

 

「私も、人間じゃないから」

 

え、とインデックスは息を呑み

な…と美琴は言葉を失った

 

迫りくる拳に、風斬は振り返る

彼女は両手を広げ、二人を守る壁のように立ち塞がった

そして―――

 

ドォンッ!! と、風斬の腕はその拳を受け止める

体中が痛い

その痛みに耐え、彼女はもう一つ、言葉を告げる

 

「騙してて、ごめんね…」

 

そんな彼女を押し潰さんとさらにゴーレムが力を込める

そしてそれを返さんと風斬も力を込める

その分、痛みも跳ね上がる

もう、喋る力も残ってない

このままじゃ―――そう思った時だった

 

背後から、何かが飛翔してくるような音が聞こえそれがゴーレムにぶち当たり、僅かにのけぞらせる

体当たりを繰り出したソレはクワガタの形をしていた

その正体を、美琴とインデックスは知っている

 

「ご、ゴウラム!?」

 

言葉を発したのは美琴だった

共に戦ったとき、名前が記憶にあったから

その言葉に反応するように人の形へと戻り、風斬の隣に降り立った

 

「あ、貴女―――」

「関係ないよ」

 

呟く風斬に向かって彼女は言う

 

「カザキリがなんであれ、友達ってことには変わりはないから」

「―――え」

 

風斬は思わずそんな事を言っていた

その言葉に続くように

 

「そうだよ…!」

 

インデックスが

 

「ごうらむの言うとおりなんだよ…! 確かに、私はひょうかの事知っちゃった…、だけど、それだけで関係が変わるなんてないんだから!」

 

言う彼女の目尻には僅かながら涙があった

その隣にいる美琴も

 

「―――私は、貴女の事知んないけどさ。…見くびってもらっちゃ困るわね」

 

そう言って笑顔を作る

その純真な笑みに、思わず顔を逸らそうとしてしまう

そんな彼女の耳に、また声が響き渡る

 

 

 

「―――かざ―――風斬ぃぃぃぃぃっ!!」

 

 

 

心からの絶叫

それは最も聞き慣れた少年の声色

上条当麻は―――否、上条当麻らは、こんな化け物になってしまった自分の事をまだ風斬って言ってくれる

 

ゴーレムが振り上げたその拳に、一人の男が立ち向かう

ゴーレムの拳に、当麻の右手が直撃する

 

彼の右手から血が噴き出した

だが、それは相手の力から来るものではない

単純に、岩盤を殴ったからのようなものだ

 

瞬間、ゴーレムの身体が崩れだす

そして派手に灰色の粉塵が舞い上がり、皆の視界を奪っていく

何はともあれ、危機は去ったのだ

 

ふと風斬は視線をあげた

彼女の視界にいるのは、インデックスだ

その隣には、人となったゴウラムもいる

 

インデックスは、優しく彼女に向かって手を差し伸べた

そして、笑顔を浮かべる

その手を見て、思わず風斬は泣きそうになってしまった

違う、泣きそうではない、実際もう泣いている

大粒の涙が風斬の頬を濡らしている

 

あぁ―――ここにいても、いいんだ―――

 

 

シェリー・クロムウェルはその場に佇んでいた

ケタロスを倒した後クウガはその変身を解き、メモリを砕いて上条当麻を追いかけて走って行った

走り去るとき、シェリーは聞いた

 

殺さないの? と

 

自分は殺されても文句は言えないという感情も理解できたから、彼女は無謀にとも取れる特攻を仕掛けたのに

それに対してアラタは逆に聞き返す

 

殺してどうなる? と

 

自分たちの気持ちを理解してくれたからこそ、これ以上戦ってなんになるのか、と

そう言って走るその男の背中をシェリーはどこか苦いような表情で見つめていた

 

「どうしたのさ」

 

不意に背後から聞こえてきた声にシェリーは振り返る

そこには呑気にプレーンシュガーを頬張りながらこちらに向かって歩いてくるソウマの姿があった

 

「―――ソウマ・マギーア」

「忘れ物だぜ」

 

彼はシェリーの近くまで歩み寄ると彼女の手に数枚のメダルを手渡した

それはタトバとラトラーター召喚に用いたメダルだ

それを受け取ってシェリーは仕舞いながら

 

「…何やってたんだお前は」

「いやー、夢を失った若者にちょっと絡まれてさ。そいつらに、希望を提示してきたとこよ」

「―――はっ、相変わらずだな、お前は」

 

そう言うとソウマははっ、といつもと変わらない笑顔を浮かべた

ソウマは指についたシュガーを舐めながら

 

「お前の方は。…終わったのか」

「あぁ。…終わったよ」

 

そう言って彼女は天井を仰ぎ見た

彼女の表情は読めなかったが、声色から幾分の余裕が聞いてとれる

 

「そうか。…じゃあとっとと帰るぞ、面倒事はごめんだからな」

 

そう言ってソウマは一つの指輪と取りだし、それを腰に翳した

 

<テレポート> <プリーズ>

 

二人の頭上に、大き目の魔法陣が現れる

その魔法陣が二人を通り抜けた時、二人はもう、そこにいなかった

 

 

そこにアラタたちが駆け寄るともうすでに決着がついていた

どうやら当麻が間に合ったようだ

 

現在は日も暮れて、病院の中

上条当麻は診察室の中で小萌と姫神に挟まれている

アラタは今、その病院の外で風を浴びている

因みに天道は当麻が病院に入っていくのを見届けたあと、すでに自宅へと帰っており、ワタルもいつの間にか友人と合流して彼らも帰路についたようだ

 

身体検査を終えて、現在は友人である当麻を待っている最中なのだ

そして彼の背後では、ゴウラムがどこか浮かない顔して立っている

 

「…ねぇ、アラタ」

「うん?」

「その…怒ってない?」

 

疑問符を頭の中に浮かべる

何を怒るというのだろうか

 

「カザキリがあのゴーレム止めにいった時…私も衝動的に飛び出したこと」

「…なんだ、そんな事か」

 

負い目に感じていたのは割と小さい事だった

 

「別に気にしてないよ。こんな事で怒るような俺じゃないさ」

「で、でも…」

「むしろあれで正しいよ。…友達があんなこと言ったら、身体が動くよな」

 

そう言ってアラタはわしゃわしゃとゴウラムの頭を撫でた

ふと、思い出す

 

「そうだ、ゴウラム。…お前に名前を付けたいんだ」

「…名前?」

「あぁ、ゴウラムもお前の名前だけど、人間の姿を取った時の、お前の名前」

 

ゴウラムの目が見開く

アラタは腰を落としてゴウラムの視線に合わせそして、その名を告げる

 

「―――お前の名前は、みのり。鏡祢みのりだ」

「みの…り?」

 

アラタは頷いた

 

「その…なんだ。お前と触れ合う人たちが、みんな笑顔を実らせてほしいなー…なんて意味合いで考えてみたんだけど。…悪いな、名前なんて考えるの初めてで、気に入るような名前じゃ―――」

 

ぼふ、と腹部辺りに衝撃が走る

しかしそれは別に痛いとかではなく、抱き着かれたような衝撃だった

 

「えっと…、どうした?」

「…なんでもない」

 

ゴウラムはアラタの胸に顔をうずめており、表情はわからない

けれどうっすら涙声になっているのだけはわかった

 

「その、気に入らなかったか? 名前」

「…違うよ。…ばか」

 

どうやら名前に関しては問題ないらしい

じゃあどうして若干涙声なのだろう

目尻から頬にかけて薄っすら流れるその雫に、アラタは気づくことはなかった

 

 

すっかりゴウラム―――否、みのりも泣き止んだ

ふと気になったアラタは口を開く

 

「そう言えば、風斬と会わなくていいのか?」

「大丈夫。アラタが検査してる間にインデックスと一緒に〝約束〟したから」

「そっか。…ならいいんだ」

 

どうやら無用な心配だったようだ

そう言うのなら、いずれまた会えるだろう

 

「あ、ここにいたんだ」

 

病院の入り口から御坂美琴が歩いてきた

彼女も同様に身体検査を受けており、どうやら今終わったのだろう

 

「ういー、お疲れ」

「うん、お疲れさま。…でも、まさかこの子がゴウラムとはねー」

 

そう言って美琴は頭を撫でる

頭を撫でる美琴に向かい、みのりは

 

「ミコト、今はゴウラムじゃないよ。私はみのり」

 

そう言ってむん、と胸を張る

一瞬キョトン、とした顔を見せたが美琴はすぐに笑顔を作り

 

「そっか。それじゃよろしくね、みのりちゃん」

「みのりで大丈夫だよ、ミコト」

「そう? じゃあみのりって呼ばせてもらうわ」

 

人間体になる前から多少交流していたからか、この二人は比較的早く打ち解けられそうだ

そこでふと思い出したように美琴はアラタに向かって

 

「そうだ、伝言預かってるのよ、アンタの友達…上条から」

「当麻から?」

「うん。もう少しかかるかもだから、先に帰っててくれって」

「マジか。…そんならお言葉に甘えて帰るかな」

 

出てくるまで待ってようかな、とは思っていたが本人から帰っていいと言われたなら帰ろうか、とアラタは思う

せめてアイツの分でも食事を作っておいてやろうか

 

「…よし、じゃあ帰るか」

「ねぇ、どうせなら晩御飯でも作って待ってない? もっとインデックスやみのりと話したいし」

「え? けどお前門限は…」

「大丈夫よ。…不可抗力とはいえ、もう過ぎちゃってるしね」

 

現在時刻は八時三十分

それに対して常盤台の門限は八時二十分なので十分過ぎてしまっている

…帰る際は送って、無駄かもしれないが寮監さんに話をしてみよう、と思いながらいるとみのりがアラタの左手を掴んで、そして反対の手で美琴の右手を掴んだ

 

間にみのり、両側にアラタと美琴という図になる

 

「おっけー、ならどっかで材料でも買うか。念のために当麻にもメールで知らせとこう」

「アラタ、私シチューっていうの食べたい」

「シチューか。いいな、保存も効くし」

「賛成、ビーフにする? それともホワイト?」

 

そんな会話をしながら、三人は夜の都市を歩いていく

間にいるみのりの顔は、終始笑顔だった

そして、思い出す

 

―――カザキリ、約束だよ。ずっと、私たちは友達だから―――

 

それは消えゆく彼女と、そしてインデックスと交わした、色褪せることない、たった一つのやくそく―――



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神に代わって剣を振るう男
#50 第七学区にて


常盤台中学のある学舎の園と同じ学区にありながら、いかんせん華やかさが足りないその一角に、上条当麻と鏡祢アラタの学生寮がある

当然ながらここは男子寮だ

しかしとある一室と一室は例外がまかり通っている

そのある一室のうちの片方で、ゴウラム―――人間名〝鏡祢みのり〟は厨房に立って、鏡祢アラタの手伝いをしていた

 

「アラタ、コロッケ出来たよ」

「おっけー、皿に乗せておいてくれ」

 

言われた通り、みのりは適当に切ったキャベツと一緒にお皿につい先ほど出来たコロッケを盛り付ける

一通り皿に乗せて、ふと思った疑問をみのりはぶつけた

 

「ソースは?」

「あぁ、それもかけといて」

「はーい」

 

アラタからの返事を聞いてみのりは冷蔵庫に歩いていきそこからソースを取り出した

ほどほどに冷えており、出来立てのコロッケに掛ければちょうどいい感じになりそうだ

 

「さて、そろそろ食べようか」

 

みのりと自分、二人分用意してアラタは今のテーブルへと歩いていく

すでに料理はみのりが運んでおり、今ではすっかり生活に溶け込みテレビを見ている

現在映っているのは天気予報だ

大きめの日本地図を背後に、女性キャスターがスマイルで何事かを喋っている

 

「…ねぇアラタ、どうしてこれで天気が分かるの?」

「うん? んっとな…その地図に書き込まれてる年輪みたいなのが等圧線って言ってさ、気圧の谷やら山やらを見て大雑把だけど雲が出来るかどうかを調べてるんだよ。…まぁあんまりあてになんないけどな」

「ふぅん…。最近のカガクってすごいね」

「ちょっと前までは天気〝予報〟じゃなくて〝予言〟みたいなものだったからなぁ」

 

樹形図の設計図(ツリーダイアグラム)

学園都市が打ち上げた三基の人工衛星のうちの一つは、もう存在していない

…まぁそんなものがなくなった所で、アラタがやる事は変わらない

数日前、彼女の笑顔を守ると改めて誓ったのだ

とある魔術師と街中で出会い、彼との会話で、むしろ任せていいか、と言われた

正直、その男の事をアラタは知らない

それでも、胸を張って任せろとアラタは答えた

だから、守るんだ

 

この日常を

 

「アラタ、おかわり」

「はいはいっと」

 

 

現在時刻午後七時三十分

そんな時刻、神代ツルギはいつものように一七七支部に足を踏み入れた

 

「親友の俺が遊びに来たぞカ・ガーミン―――…て、なんだ。ウィ・ハール一人か」

「私見て落胆するのやめてくださいよー」

 

ふぇぇ、なんて擬音が似合いそうなくらい座っている少女が抗議する

対してツルギは

 

「いや、すまない。ついうっかりいつものテンションで入ってきてしまった。許してくれウィ・ハール。ところでサ・テーンはいないのか」

「いつもいつもいませんよ。今日は固法先輩いなかったからいいものの…」

「ふふふ。甘いなウィ・ハール。俺はクォ・ノーリがいてもこの調子だぞ」

 

ですよねー、と言いながら再び初春は目の前の作業を再開した

 

「スィ・ラインもいないのか?」

「白井さんはさっき電話で呼んでおきましたよ。もうそろそろ来ると思いますけど」

 

そう彼女が答えた直後、バァンと勢いよくドアが開け放たれた

そして部屋の中に不機嫌ですよと言わんばかりに白井黒子が入ってくる

 

「…何の用ですの? 山ほどいる風紀委員の中からわざわざわたくしを呼ぶなんて」

「冷静に考えると別段白井さんである理由もないような」

「―――ほっほぉう。わたくしがお姉様と買い物中であることを理解したうえでそう思うのならもうちょっと違う態度をとってもいいんじゃないですの?」

「やったー! うわーいっ!!」

「なんで大感激ですの!?」

「ははは。ウィ・ハールもスィ・ラインも仲が良いなー」

 

外野は黙りますの! なんて言葉をしながら黒子は初春にぐりぐり攻撃を叩きこむ

 

一七七支部はオフィスの一室のようなものだ

役所にあるようなデスクが並べられ、そこにパソコンが何台か置かれている

初春はダリの時計みたいな〝科学的に疲れにくい〟椅子に座っており、ぐりぐりを受けながらもパソコンを操作した

 

バツ印が描かれ何かが表示されている

気になったツルギも彼女の後ろに歩いてそれを覗き込んだ

映ってるのはGPS上の地図みたいなものだ

何か事件でも発生しているのか、赤いバツ印が書かれている

バツ印の他にも何点かポイントされて別ウィンドウに写真やらデータやらが表示されている

 

「校内でのもめごとではないのですのね」

 

学校問題ならGPSなんか使わない

基本的に風紀委員はその名の通り校内での治安維持を行うための組織であり、支部は各学校に一つずつ設置されており、交番等と違って最終下校時刻になったら鍵を閉めて無人となる…と言っても今は例外だが

非常事態にでもならない限り基本学外の治安維持は警備員(アンチスキル)の仕事だ

 

やがてぐりぐりから解放された初春が

 

「一応警備員(アンチスキル)の方に連絡はしたんですけど、なんだか妙なんですよ。じきに警備員(アンチスキル)から、情報の提供を求められるのは必至な感じだったんで。それで、白井さんの方が答えられそうだなーって、アラタさんが言っていたので」

「お、お兄様ったら…」

 

やれやれ、と言った様子で黒子は自分の頭に手をやった

 

「それで。これはどういった事件なのだ?」

「ちょっと神代さん。部外者がツッコまないでくださいな」

 

そんな黒子の言葉にツルギはまぁまぁ、と返すのみでどうも話にならない

それに初春は苦笑いしながら

 

「えっと、強盗というか、ひったくりというか。だけど十人がかりで実行してますからスマートなやり方とは言えませんね」

「ふむ。となるとこの色つきの矢印は逃走経路か。…しかし十人がかりでひったくりか。それは本当にひったくりと言えるのか」

「私に言われてもそれは流石に…あ、でもここからが問題なんです。何でも、盗まれたのはキャリーケースなんだとか」

 

「…キャリーケース?」

 

黒子は頭にキャリーケースを思い浮かべる

恐らく、底に車輪がついている運びやすいあれだろうか

 

「このキャリーケースに荷札がついてたという事で、目撃情報があって…えっと、見てもらった方が早いかな。ちょっと確かめてみてください」

 

彼女がキーを叩くとまた別のウィンドウが開く

そこには荷札の番号と荷主の送り先が書かれてあった

 

「…常盤台中学付属演算補助施設? …スィ・ライン、聞いたことあるか?」

「ありませんわね。…ていうかナチュラルに会話に混ざらないでください」

「あ、ないんですか。…一応、荷札の番号も照介してみましたけど、おかしいんです。ちゃんとこの番号で登録されてはいますけど、モノは熱暴走を防ぐための大規模な冷却装置なんですよ。どう考えたってキャリーケースなんかに収まるはずないんです」

「…学舎の園でも、金属部品ならまだしも、機材の搬入は聞いたことありませんわよ」

「ウィ・ハール、元はと言えば強盗に襲われたのだろう。つまりは当人がいると思うのだが―――」

「いいえ、当人はいないんです」

 

そのあっさりした答えに黒子は驚いて目を開いた

それに対してツルギは

 

「いないってどういうことだ」

「私らとは別に被害者の方も独自に追跡したみたいなんです。見ますか? 直前の映像。強盗は十人くらいいるのに、たった一人で誰かと連絡を取りながら追っかけていってますよ」

 

初春がコンピュータを操作する

するとまた別ウィンドウで鮮明なビデオ映像が映し出された

駅前の大通りらしき場所で、スーツを着た男が周囲を警戒しつつも、無線機で連絡をどこかと取っている

 

「あ、ここです」

 

そう言いながら初春は映像を止めた

 

「ここ、被害者のスーツがめくれて何か少し見えてませんか?」

 

そう言われてよく覗き込むとなんだか脇腹のあたりに黒いサスペンダーのようなものが見えた

 

「…ホルスター、かこれは」

「はい。大手機銃メーカー公式のショルダーホルスターです。ほら、刑事ドラマとかでよく見かけるような、ハンドガンを仕舞うやつ」

 

初春はそのホルスターを拡大させる

黒子は小さく苦笑って

 

「実は飾りかもしれませんわよ?」

「えぇ、かもしれません。こちらも」

 

そう言って初春はまたパソコンを操作する

スーツの胸のあたりに拡大し、いくつもの細かい矢印が出現する

それらは服の細かい凹凸(おうとつ)を検証してるのだ

矢印は、ハンドガンの形を作っている

 

「映像はこれだけです。もっと他に映ってても良さげですけどね」

 

それらの映像を見て、ツルギは口を開いた

 

「カメラを避けるように行動しているのか、それとも純粋にカメラを避けて移動した結果、その男の姿を見失ったのか。…よくわからんな」

「それでも、物騒なことになりそうな予感だけはしますけどね」

 

同感だな、とツルギは答える

先ほどの映像を見た黒子は少し思考を走らせる

拳銃はまだ何とも言えないが、男が使用していた無線機は風紀委員の訓練で見たプロ仕様のものと酷似している

こちらに通報してこないという点もおかしいし

 

独自に動く被害者と、常盤台が絡んだキャリーケース

不自然なまでに揃っている装備品

 

普通の事件とはどこか違う

 

「スィ・ライン。犯人と被害者、どちらを追うか」

「本来なら両方…というべきでしょうけど、今回はやはり犯人ですわね。ケースを回収すれば被害者もこちらに接触をせざるを得ないでしょうし」

 

なるほど、と黒子にツルギは同意する

黒子は一つ息を吐いて初春に

 

「犯人の逃走経路は? と言っても、わたくしがここに来るまでに三十分程かかってますから、正確な位置はまだ分からないでしょうけど」

「ところがどっこい、そうでもないんです」

 

初春は告げる

 

「彼らはケースを盗んだ後、徒歩で地下街へ入ったみたいなんです。おそらく人工衛星から隠れるためでしょう。地下にもカメラ等はあるにはありますが、地上よりは逃げやすいはずです。上空からの撮影を封じれますし、カメラも人混みをうまく使えば死角を作れます。車での移動なんてもう絶望ですよ、信号機の配電ミスで、主要道路は混雑してますし」

 

ふむ…、と黒子は顎に手をやる

恐らく初春から通報を受けているから警備員(アンチスキル)も動いているハズだ

しかし渋滞に巻き込まれればそれだけで動きが制限されるし、ヘリの申請も面倒くさい

こう言う迅速な行動を求めているときに限って、組織というのが弊害を生む

 

「…わたくしが向かった方が早いですわね」

「えー。つまりそれって私だけで警備員(アンチスキル)と受け答えしないといけないってことですかー?」

 

そんな初春に向かって得意げな顔したツルギが口を開く

 

「安心しろ。これからその面倒を片付けにいくのだ」

 

ツルギはすっくと座っていた椅子から降りて―――

 

「いや、貴方は連れて行きませんわよ?」

「―――なん、だと!?」

 

変な沈黙

 

「頼むスィ・ライン! 俺を同行させくれ! 安心しろ、オレはサポートに置いても頂点に立つ男だ!」

「あぁ、もう…仕方ありませんわね…」

 

その後、何とか頼み込んで同行を許可してもらいました



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#51 座標移動(ムーブポイント)

そのあと、黒子はツルギと共に現場へと駆けつける

 

白井黒子の能力は大能力者(レベル4)空間移動(テレポート)

だからと言って万能ではなく移動させられる質量は約百三十キログラムが限界だし、最大飛距離は約八十一キロだし、そもそも〝手で触れたもの〟しかその力を行使できない

だが逆に言えば基準点である自分の身体を飛ばすのには苦労しない

現在はその隣にツルギがいるだけだが、それだけだ

 

「見えましたわ」

「おぉ、流石はスィ・ライン」

 

地下鉄の出入り口のような建物の近く

煉瓦みたいに敷き詰められた隙間を縫うように走る姿が見えた

やかましくクラクションが鳴り響く中、走るスーツの男たちの一人はキャリーケースの車輪を転がしているのが見えた

やがてその男たちは路地の細い道へと足を運んでいく

 

ダン、と彼女は地面を蹴る

刹那、その男たちの真ん中へ黒子は移動していた

笑みを浮かべ、ケースをなぞり―――また消える

傍らのツルギと共に、男たちの行く手を遮るように立ち塞がる

 

「失礼―――風紀委員です」

「我々がここに来たのを、説明するか」

 

黒子は言葉を取られ少しだけむっとする、がすぐに視線を切り替える

それらに対して男たちは迅速な行動だった

すぐさまに拳銃を取り出してそれらを黒子とツルギに突きつけた

図ったかのように同じデザインだ

 

黒子は一瞬舌を打ち―――そして驚いた

ふと気づいた時には、ツルギが動いていたのだ

持っている剣みたいな何かを峰にし、撃たれるより早く彼は斬っていた

黒子はあまり神代ツルギに好印象は持ってはいなかった

とは言っても悪印象、という訳でもなく、親しみやすかったのは事実だ

せいぜい、会えばそれなりに話す程度の…友達みたいなものだ

 

「女に銃を向けるとは。なっていない…なっ!」

 

最後の一人を蹴り飛ばし、意識を刈り取る

その手際の良さに、思わず小さめだが拍手を送っていた

 

「…思った以上にやりますのね。侮っていましたわ」

「当然だ。俺は神に代わって剣を振るう男だからな」

 

血なんてついていないのにまるでその血を払うように彼はヤイバーを振るう

 

「しかし、思った以上にあっさりだ。逆に疑念がわいたぞ」

「そうですわね。それは私も思っていましたの」

 

ツルギに答えながら黒子はその男たちを軽く小突いて意識の有無を確認しつつ手錠をかけていく

四人目にかけたところで手錠がなくなり、その辺に落ちていたケーブルで代用する

黒子がその作業をしている最中、ツルギは警備員(アンチスキル)に連絡を済ませる

手錠をかけ終えて、改めて黒子はその男たちの装備を見た

特に身分証のようなものは見当たらず、逆に意図的に削除しているようにも見えて、ふと気づいた

 

「…金歯」

 

口を開けて気絶している男の口内を見て、黒子は疑問に思う

学園都市は曲がりなりにも最先端科学が結集している都市だ、今時この街で金歯を使うような輩はいない

彼らが使っていたと思われる携帯を見ても新しいとは思えない

銃の構えはそれなりに訓練した様子が見え隠れしたが、黒子の空間移動を見て驚いたり、ツルギの剣技に圧倒されている所を見るとこの街とは無関係の、〝外〟のプロだろうか

 

「…」

 

黒子はケースに目を向ける

彼女はそれを開けようとするが―――鍵があった

 

「まぁ、当然ですわね」

 

よく観察しているとアナログなカギに、電子錠一つ、おまけに組合せ無限大という磁力錠までついている

本来なら、このケースを開けるのは不可能だ

 

「―――わたくしの力なら、問題はないのですけど」

 

彼女の力は空間移動(テレポート)

触れたものしか移動できないが―――それを利用し、〝外側の箱〟移動させることで中身を取り出すことは可能なのだ

流石に金庫みたいな大きい箱は動かせないが、キャリーケース程度の箱なら問題ない

さっそく実行に移そうとケースに手をやって、うん? と気づく

 

どうやらこのケースには極端に隙間がない

防水加工するようにゴムパッキンみたいなものが敷き詰められている

黒子は気にはなったが、深追いは禁物と詮索するのをやめた

 

「…むむ、この荷札はウィ・ハールに見せてもらったものと同じだな」

 

ツルギに指摘され視線を巡らす

恐らく機械に通さなければ判別は出来ないだろうが、少なくともおかしな点も見当たらない

と、それとは別に変なマークを見つけた

丸い縁の中に四角を重ねただけの簡単なモノ

どこかで見たような気がするが、どうも記憶は曖昧だ

 

「分からない事は聞いてみるに限りますわね」

 

結果、黒子は考えるのをやめた

黒子はポケットから携帯を取り出し、初春に連絡すべく準備する

 

「…スィ・ラインの携帯はずいぶんコンパクトだな」

 

今はじめてツルギは黒子の携帯を目の当たりにした

 

「ふふふ。コンパクトだけならよかったのですけどね」

 

力のない笑みと共に黒子は携帯を操作する

携帯、と言っても一般的な携帯とは違い、黒子の携帯は口紅みたいな形をしている

彼女は巻物みたいな本体を取り出しカメラを起動させ、そのマークを撮影し〝要調査〟の一言と一緒に初春へ送信した

約二分で帰ってきた

着メロが鳴ったとたんに黒子は通話ボタンを押して通話を開始する

 

通話を開始した黒子を見ながら、改めてツルギは初春の調査スピードに感心した

書庫へのアクセス権限を持っていながらわずか数分だ

 

「…」

 

黒子が電話している中、ツルギは改めてキャリーケースに目をやった

そしてふと気づく

ケースの荷札の右端に、赤い四角があったことに

これはもしかしたらなんか初春の助けになるかもしれないと判断し、ツルギは携帯をRWSモードに切り替えそれを撮影した

因みにRWSモードとはICチップなどの電波情報などを読み取るためのモードであり、風紀委員の携帯品として義務付けられている

で、なんでそれがツルギの携帯に搭載されているのかというと、アラタに無理言って搭載してもらったものだ

自分ももしかしたらそういったときに手助けできるかもしれない、という要求をアラタは吞んでくれたのだ

…あの時の固法に怒られているアラタの苦笑いは今でも忘れられない

 

<―――と。もう、白井さんがマニュアル読んでなかったからツルギさんが送ってくれました>

「へ? なんでそこに神代さんが出てきますの」

<気にしないで下さーい。…それで、ですけど、やっぱりこの荷札自体は学園都市発行の本物ですね>

「本物。…送り先は〝学舎の園〟ですの?」

 

その言葉に電話の向こうの初春はえぇ、と頷いた

会話を聞いて、ツルギはふむ、と考えてみた

 

本来、神代ツルギはこういった推理を考える人物ではない

しかし、今回は奮闘している黒子の為に何かできることは出来ないか、と考えた結果、〝考える〟事だったのだ

で、考えた結果―――

 

(さっぱりわからん)

 

それに至る

今も黒子は電話で初春と会話しているのであろうが、何を言っているのか理解できない

時折、何か舌を打つような音まで聞こえる(思考での事だろうが)

 

「ありがとうですの。後はキャリーケースとこの男たちを送る道すがらにでも考えてみますわ」

 

そう言って黒子は初春との通話を切った

切る寸前に初春が何事か言っていたが、特に気にしないことにした

 

「相談は終わったのか?」

「えぇ、一応は。これ以上考えるのは、わたくしの仕事ではないですの」

 

そう言って彼女はキャリーケースに腰を下ろした

このスーツの男たちも謎ではあるが、もともとこのキャリーケースを持っていた人間も謎だ

…それにしても警備員(アンチスキル)の人たちがなかなか来ない

道路状況の影響だろうか

その時、また黒子の携帯が鳴る

確認すると、そこには御坂美琴の名前があった

 

「―――っ! …神代さん、男たちは気を失っていますの?」

「あぁ、今の所目を覚ます気配はない。急用か?」

「似たようなものですわ。…少し失礼…」

 

言って黒子は口元を抑えながら通話を開始した

恐らく、ミサカトリーヌか、カ・ガーミンかのどちらか、か

お姉様、という単語が聞こえるので多分きっと前者だ

会話している様を微笑ましく見守っていると、ふと妙な足音が遠方から聞こえた…気がした

そこで会話を終えて―――なんだかゴーン、としている黒子に向かって

 

「スィ・ライン、足音が聞こえたような気がしたが」

「あー…そう言えばテープ張り忘れてましたわね」

 

黒子はそう言いながらぼんやりと思考を開始しようとし

 

ふと、黒子の乗っていたケースが消えて、背中から地面に倒れた

否、落ちたという表現の方が正しいか

 

「…スィ・ライン?」

 

ツルギの声が耳に入るが、一番混乱しているのは黒子本人だ

何がおこったのか、その一瞬の後ケースが消えたことを悟り―――

 

―――地面に倒れ伏す彼女の右肩に何かが突き刺さった

 

「っ!!?」

「なっ!?」

 

あまりにも突然の出来事にツルギも目を丸くした

ふと突き刺さったものは何か、見てみるとそれはワインのふたを開けるコルク抜きだった

一瞬、黒子はそれを引き抜こうと思ったがそう考えて思いとどまる

コルク抜きの形状を考えろ、あれは螺旋を描いてなかったか?

そんなもんを一気に引き抜いてみろ、肉ごとそれを引き抜くことになる

それを実行した際の、黒子に受けるダメージは尋常でないものとなる

 

そう思考を巡らせた際に、ツルギの顔面に誰かの蹴りが叩きこまれた

 

「うぐっ!?」

 

完全に油断していた

直撃を貰ったツルギは地面を転がり、黒子とは少し離れた位置に倒れる

それでもツルギは持ち前の根性で立ち上がった

ふと黒子の方へと視線をやると、彼女も同様に立ち上がっている

恐らくは自分を空間移動させ、無理やり立ったのだろう

 

血を流す黒子と、地面を転がったツルギを楽しげに眺める視線が二つほど

 

路地の入口―――そこに一組の男女の姿が見える

 

一人はブレザーを袖に通さず肩にかけ、胸にはサラシ、腰には飾りみたいなベルト、金属板をいくつもつないで作ったタイプのベルトにはホルダーがあり、直径三センチ、長さ四十センチ弱の軍用懐中電灯が収められている

もう一人は先ほどの男たちと同じようにスーツ姿だ、しかし纏っている空気は全く違い、あんまり隙というものがない

目元にはサングラスをかけており、そこから伺える表情はわからない

 

そんな二人の傍らに、白いキャリーケースの存在を確認する

さっきまで黒子が座っていたものだ

 

「アイツも空間移動(テレポート)の能力者か!」

「いえ、ですが触れられては―――」

 

確かに大雑把に言うならば空間移動(テレポート)だろう

しかし、決定的な何かが違う

 

「流石に同系統の能力者だと理解が早いわね。けど、私は貴女とは少々違うの」

「―――同系統、だと」

 

ツルギの言葉に少女は答える

 

「私のは…座標移動(ムーブポイント)と言った所かしら。出来の悪い貴女と違ってね、いちいち触る必要がないの。どう? 素敵でしょう」

 

淡々と少女は答えていく

 

「…それはそうと、使えない連中だな。だからケースの回収という雑務を任せたのだが…それすらもできないとはな。ゴミ以下だ。…いや、捨てるという道が残ってる以上ゴミの方がまだ優秀か」

 

サングラスをかけた男が答える

となるとこの寝ている男たちは関係者だと考えていいだろう

 

「―――わたくしを誰と心得ておりますの?」

「もちろん。分かってるから安心して仕掛けたのよ? 風紀委員の白井黒子さん。でないと自分の手札を晒したりしないわ。…そっちの男性はわかんないけど」

 

ケースの中身は不明、この女と男の意図も分からない

それでも、一つ分かっているのは

 

目の前の奴らは敵という事実

 

「―――ちっ!」

 

黒子は両足を広げる

その反動でスカートが舞うが、気にしてなどいられない

太腿にはガンマンみたいに革製のベルトが巻かれており、そこには金属矢が仕込まれている

空間移動を用いて相手の座標に矢を飛ばし、貫く矢

それより先の少女が動く

 

ブレザーの内側の細い手が、軍用の懐中電灯を引き抜きバトンのように手の中でくるりと回し、それを黒子とツルギに向ける

そして誘うように、ひょい、と先端を動かした

 

瞬間、拘束していた男たちが消え、その少女たちの目の前に移動した

意識のない男たちはまるで盾のように展開された

 

<SCRPIO>

 

そんな電子音声が聞こえたのち、その盾を飛び越えるように銀色の怪人が現れる

その怪人は一直線にツルギへと向かっていき、ツルギは繰り出される攻撃をヤイバーで防いだ

一瞬、ツルギの事が気になったがもう一人いるであろう女性に向かって金属矢を飛ばす

しかし、その矢は当たる事はなかった

 

男たちが地面に落ち、確認しようとしたとき、矢は少女がいたであろう中空にただ浮いていて、すぐに地面にポトリと落ちる

本来、空間移動は点と点の移動

座標から少しでもずれれば、黒子の攻撃は当たらない―――

 

一方で、隙を付かれた神代ツルギも同様に防戦一方だった

完全に変身するタイミングを逃し、カウンターを試みてはいるが掠りもしない

それと同様に、相手の―――銀色の怪人の実力も高いのだろう

一瞬の思考の隙を付かれツルギは腹部に蹴りを貰う

 

「がはっ!!」

 

肺から空気を漏らし、地面をゴロゴロと転がった

ふと、黒子を視界に収める

彼女もダメージを追っているのか、わき腹を抑えて、地面に倒れているのを見た

 

「残念ね。貴方」

 

少女の声が聞こえる

 

「常盤台の人間でしょう? 御坂美琴が、後輩を巻き込むように思えないんだけど」

「実験阻止にしたって、一人で片付けたわけでもないし、どうでもよくなっているのではないか」

 

男の言葉に「かもね」と同意する

そして、ある言葉に白井黒子は反応した

 

「なんで、お姉様の名前が、ここで…!?」

 

「―――あら。知らなかったの。…まぁ、常盤台の超電磁砲が知らないまま使用するような人じゃないし…その感じじゃ本当に知らないのね」

 

黒子の疑問に、その女は答えない

 

「都合がいいって思わなかった? こいつを盗んだうちの使えない連中がタイミングを計ったように渋滞に巻き込まれたり。信号の配電ミスって何が原因かを予想できなかった? 御坂美琴が何を司る能力者なのかも知らないわけないわよね?」

 

「っさっき、から、何を…」

 

血反吐を吐きそうになりながら、黒子は言葉を続ける

腹部を抑えながら、ツルギも耳を傾けていた

 

「レムナント…って言っても分かんないか。―――樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)残骸(レムナント)と言えば分るかしら?」

 

「な…!? そんな! あれは今なお衛星軌道上に浮かんでいるハズでは―――!?」

 

黒子が驚いているように、ツルギも驚いていた

樹形図の設計者とはこの学園都市が誇るスーパーコンピューターだ

そんなもんが故障とか破壊とかされた日には報道されなければおかしいのに

 

ふと、茫然としてる黒子の視界に一枚の写真がひらりと舞い落ちる

その写真は黒い宇宙空間に大きい地球が写っているものだった

そしてその青い星を背に、ある残骸が散らばっている

 

「―――嘘」

 

黒子が呟いた

その呟きが、敵の少女の言葉が嘘ではないという事を物語っていた

 

「樹形図の設計者はもう壊れているの。だからみんな、残骸を欲しているの。…御坂美琴も大変でしょうね、あれが壊れてくれたから悪夢がなくなったというのに。それが修復されそうになっているんだもの。それが治されれば、またあの悲劇が繰り返されるのだから、足掻いて当然か」

 

まただ

またこの女は御坂美琴と名をいった

なんで、ここで敬愛する人の名前が出てくるのだ

 

「―――まだ分かっていないの? ならとっておきのヒントをあげる。―――先月のある一日、何か変わったことはない?」

 

ある一日、と言われてもピンとこない

先月は何か、あっただろうか

 

「…そうね。貴女がここまで来れたのなら、友達になってもよかったのだけどね」

 

その言葉を皮切りに銀色怪人は黒子の方へツルギを吹っ飛ばした

声を上げながらゴロゴロと転がるツルギを見て思わず駆け寄ろうとしたが、右肩と腹部の痛みが邪魔をする

 

そんな中、笑いを浮かべてる彼女と、いつの間にか変身を解除していたサングラスの男

 

現状、分かるのは二つ

 

この女たちを、ここで止めないといけない事

そしてケースの中身を誰かに渡してはならないという事

 

―――…一瞬のうちの、僅かな静寂

 

出口に車のエンジンが響いた時、少女と、黒子が同時に動く

 

◇◇◇

 

結果は一瞬だった

少女は黒子が外した金属矢をいつの間にか回収しそれを使用し、同じく黒子はまだ持っていた数本の金属矢を放つ

互いに飛び交い、朱が飛び散る

 

白井黒子は、負けた

 

「スィ、ライン…!」

 

地面を転がっているツルギは悔しさから己の手で地面を叩きつける

ツルギと黒子を残して少女とサングラスの男キャリーケースと共に去っていく

 

なんて様だ

 

あれだけ大口を叩いておきながらこの様だ

神代ツルギは、地面に倒れ伏す彼女の表情を見た

前髪に僅かに隠れてその真意は窺い知れない、しかし、噛みしめているのはよくわかる

 

同じように、ツルギも歯を噛みしめる

 

何の手助けもできなかった、自分を呪うように



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#52 神に代わって―――

幸い、黒子よりも傷が少なく済んだツルギは黒子をおんぶして、彼女を常盤台女子寮に送って行った

おんぶしている際に耳元に聞こえる彼女の吐息が生々しく、彼女の傷の度合いを改めて知る

 

「…すまない」

「…なんで、神代さんが謝りますの」

 

震える声で黒子は言い返す

こんな時、何かうまい言葉でも言えればいいと思ったが、悲しいかな、何も思い浮かばない

 

「貴方は、巻き込まれただけですわ。何も…悪くない」

「それでもだ。…大口を叩いて、この様だ」

 

もう、と黒子は息を吐く

真っ直ぐな人だ

 

「―――あ、ここまでで結構ですの」

 

流石にこの傷のままで正面から入るわけにはいかない

 

「そうか」

 

ツルギはそう言って黒子を地面へと下ろしてくれる

彼の支えを借りながら黒子はどうにか足を付け、改めてふと、自分の部屋を確認する

なんとか計算式を繋ぎ、彼女は自分の部屋へ空間移動した

 

 

無事部屋に空間転移した彼女は部屋の中をうろついて応急セットや替えの下着、制服を探し出す

それらを手にするとユニットバスのドアを開けて中に入って明かりをつける

 

壁に背を預けながら黒子は、あの女が言っていたある一日を思い出す

そうだ、先月―――ある日だけ変な日があった

 

「…お姉様は夜遅くまで帰らず…、お兄様がご学友と来訪してきて…」

 

考えれば考えるほど、頭の中に考えが浮かんでは消えていく

そうだ、あの後戻ってきたらアラタとその友人はどこかへと消えていて、美琴のベッドの下からクマのぬいぐるみが引っ張り出されたまんまで、しかもその後学園都市の外れの工業地帯にある操車場で爆発や閃光が目撃されたという噂が広まったことも

 

そしてその日を境に、とある噂が広まり始めたのだ

 

「…学園都市最強が、誰かによって倒された…」

 

そんな未確認の情報を、どこかからか聞いた

その〝誰か〟の事は黒子の耳には入ってこなかった

爆発、閃光、そして暴風…それを巻き起こしたのは間違いなくそれは学園都市の超能力者だ

その惨事の中、そいつに挑んだのはどんな力を秘めているのか

 

「もしかしたら…その決闘にお姉様が立ち会っている可能性がある」

 

そして確率は低いが、恐らくそれにアラタも関わっているかもしれない

思い返してみれば、見たんだ

 

その操車場でいろいろな残骸が散らばっている中、黒子はそれを拾った

そのコインは、御坂美琴がよく使っているゲームセンターのコインだ

そこまで考えて、黒子は思考を切り替える

 

確かに先月のある一日は特別だ、しかしそれがこの一件とどこまで関わっているかは分からない

ひとまず、傷の手当だ

その後で、初春に情報を聞かなければならない

因みに初春には寮に帰る前に一度、連絡を取っていた

ツルギの背中に揺られながら、そこで負けた事、ケースを奪われたこと、樹形図の設計者の情報の収集、相手の空間移動能力者の素性、そしてその相手の逃走ルートを可能な限りの追跡…それを頼んでいた

ついでに、自分らが負傷したことも出来うる限り伏せておくことも

この事が警備員(アンチスキル)らに知られれば、黒子の活動が制限される

おまけにこの事が美琴やアラタにバレたら確実に動けなくなる

今、ここでリタイアをするわけにはいかないのだ

 

 

白井黒子が空間移動しそれを見届けてツルギも行動を開始する

恐らくは、彼女も似たような行動に移るだろう

 

「…俺も、出来ることをやらねばな」

 

恐らく、黒子に何か言われてしまうかもしれない

しかし、ツルギもこのままやられたまま終わるつもりもないのだ

同様にツルギも携帯を取り出し、初春に向かってメールを送る

もしかしたら電話は使用中かもしれない、だから彼女が調べたことを簡潔に纏めて返信してくれるようにと軽く一文を添えて彼女に送ったのだ

ほどなくして、了解しましたとの一文が帰ってきた

本当に、初春の手際に驚かされる

とりあえず、体力を回復させるべくツルギは一度、腰を落ち着ける所…ひとまず、公園を探す

リタイアできないのは、ツルギも同じなのだから

 

 

「―――し!」

 

初春との情報交換している最中、人の気配を感じた白井黒子は慌てて通話を切った

そしてふと、ユニットバスの出入り口のカギをかけ忘れてて急いでカギを閉める

ガチン、と結構な音が響きわたり、内心穏やかじゃなかった

 

「…黒子?」

 

薄い板一枚通して、聞き慣れたその声を耳に黒子は聞き間違える筈がなかった

 

「何よ、風呂入ってるの? 帰ってきたなら明かりぐらいつけなさいよ、真っ暗で何してんの?」

 

ドアの外から聞こえる声に黒子は冷や汗を流す

今現在のこの傷ついた姿を美琴に見せるわけにはいかない

そしてこの姿を連想させるような言葉もアウトだろう

 

「省エネですわよお姉様。さ、昨今の温暖化に対するわたくしの小さいばかりではありますが、配慮ですわ」

「へぇ。だけど学園都市って風力メインだからあんまり二酸化炭素って関係なさそうだけどな?」

「あら、そうでしたっけ。これを機にうす暗いムーディーな世界にお誘いしようとしてましたのに」

 

その言葉を聞いてか美琴は大きく息をがいたように声がした

そうして徐に、思い出す

 

―――あら。知らなかったの。…まぁ、常盤台の超電磁砲が知らないまま使用するような人じゃないし…その感じじゃ本当に知らないのね―――

 

何かが起きているのは、何となく分かる

それに美琴が関わっていることも

だけどそれが分かっても、彼女は周囲に対してそう言った素振りを見せない、いや、見せたくないのだろう

誰にだって悩みはある、それは当然美琴にだって

けれど、それは美琴には打ち明けられなくて、その代わりに誰か―――アラタ(お兄様)がその悩みに答えているのだろう

 

だけど、それでも、その二人の為に何かしたいんだ

影から、二人を援護するように

黒子が身体をがっても意味はないのかもしれない

 

(…えぇ、わたくしには詳しい事情なんてわかりませんわ)

 

けど、もう終わりにする

何もかも終わらせて、また笑顔になれるなら

その為なら、他ならぬ貴女の為なら。今一度本気で貴女を欺こう

 

「お姉様はこれまでどちらにいたのですの?」

「ん? いえ、ちょっと〝アクセサリー〟を買いそびれてさ、それを集めてたってとこかしら。ここんとこ探してるんだけどね。今は忘れ物取りに来たってとこかしら。これからまた出かけるけど。あ、土産とかは期待しないでね」

 

もし、自分がいつもみたいについていくなんて言ったら。なんて顔するのか

一瞬考えて、思考を開始する

ここのところ、という事は美琴はまた何かをしていたというのか

精密機械(アクセ)の補助部品(サリー)とは、言ってくれる

その心中を察し、黒子は言葉を投げかけた

 

「天気、崩れないといいですわね。最近は、〝天気予報〟も当てになりませんし」

 

「―――ッ」

 

彼女は一瞬だけ、驚いたように息を呑んだ

それからまた少しの沈黙があった

 

「―――心配してくれてありがとう。早く帰るようにするわ」

 

彼女の声色は少し柔らかくなった

その声の後、ふと扉の前から気配が消える

どうやら部屋から離れ、外へと行ったようだ

 

「―――さ、て」

 

黒子は漸く息を吐くと、替えの制服を掴み、また初春に電話をかける

聞かないといけないことがあるのだ

 

「えぇ。そいつの予想ルートを、早く教えてくれません?」

 

 

しばらくして、ツルギの携帯にメールが届く

内容は自分が聞きたいことをだいぶ簡潔させた文だった

 

まず交戦した女の名前は結標(むすじめ)淡希(あわき)

黒子と同じ空間移動の使い手だが、やはり別系統なのだろう

一応、結標に関する情報もあったが正直ツルギは興味がなかったために軽く見て流した

 

次に樹形図の設計者についてだ

どうやらそいつは、未だに衛星軌道上に浮かんでいることになっているらしい

それに合わせて先月打ち上げた学園都市のシャトルの船外活動スケジュールもそれとは無関係のものだった、という事になっているようだ

因みに別のチームがケースの盗難被害者を確保したらしいが、何も知らなかったらしい

他にも何か書かれていたが…結標が外部組織と手を組んで事件を起こした、と強引に考える

 

そして最後に彼女の用心棒みたいな男についてだ

軽く調査を依頼したが、どうやら彼女とは単に依頼相手だけのようだ

もし自分と同じ家柄なら、己の手でけじめをつけるとつもりでいたが

 

…神代ツルギの家柄は、それなりに名門ではある

しかし、本人の強い意志もあり、彼は学園都市に足を踏み入れた

結果は無能力者だったがそのおかげで、天道やアラタ、当麻と言った、掛け替えない友人を手に入れた

 

そうだ、じいやが言っていた

 

「―――友情に勝る財産はない。一生の宝にしろ」

 

口の中で小さく呟いて、ツルギはすっくと立ち上がった

戦いは、ここからだ

 

 

バスルームから手当てをした痕跡を隠蔽し、裂けて汚れた衣服を処分すると彼女は再び空間移動で外に出る

現在時刻は、八時二十分弱

この時間帯ではこの都市の交通機関はだいたい眠りについている

夜遊びの防止も兼ねて、バスも電車も最終下校時刻に合わせているからだ

もう渋滞は解消されているだろう

黒子は大きく深呼吸をする

 

<有力情報ですよ、白井さん>

 

繋げていた携帯から初春の声がする

 

「どんな情報ですの?」

<件の結標淡希なんですけど、どうも自分の身体を連続移動させる術はないみたいなんです、書庫(バンク)に記録がありました。どうやら、二年くらい前に暴走事故を起こしたみたいですね>

「それがどうしたんですの?」

 

電話の向こうでカタカタとキーを叩く音が聞こえる

少しして、また声が聞こえた

 

<なんでもその後で、校内カウンセラーを頻繁に使用してるんです。もしかしたら、一種のトラウマになっているのではないのでしょうか。自分を移動させる実験ではいい結果を出せず、無理して体調崩したことも少なくないようです。肉体移動一回につき、決死の覚悟一回って感じですよ。漫画やゲームのラスボス戦くらいの>

「つまり、連続で移動などすれば、それだけで精神が擦り切れてしまう…そんな感じですわね」

 

正直、初春のたとえは分からなかったがきっとこんなんであってるだろう

 

確かにあの時戦ったとき、自分を飛ばしたところは見てないし、第一そんな事出来るならさっさと逃げてるはずだろう

壁も道路も無視して移動できるなら普通の追跡方法では捕まえることはできないのだから

 

黒子だって精神状態で強さが揺らぐ

そのトラウマを掘り起こすことが出来れば、勝利に近づけるかもしれない

 

(…それにしても、あれだけの能力者が、わたくしと同じレベルどまりなのは…やはりそのトラウマのせい…?)

 

苦い感想と共に、黒子は空間移動をし―――ようと思ったとき、視線の先に誰かがいるのに気が付いた

その男の名前は、神代ツルギだ

 

「初春、ちょっと失礼」

 

黒子は初春に断りを入れて携帯を切った

 

そして改めて彼の姿を見て黒子は息を吐いた

これ以上、彼を巻き込むわけにはいかない

 

「なんでここにいらしたんですの、ここから先はわたくしの戦いですのよ?」

「いいや、俺たちの戦いだぞ、〝白井〟」

 

黒子は一瞬、彼の言動に違和感を覚えた

そう感じた思考を振り払い、改めて黒子はツルギに向きなおる

 

「貴方は一般人ですのよ、それに貴方は巻き込まれただけなんですから、これ以上首を突っ込んでこないでください」

「―――御坂もそうだが、白井よ、お前も人を頼る事を覚えた方がいいぞ」

 

小さい笑み交じりでツルギはそんな事を呟いた

彼はゆっくりと黒子の前に歩いていき―――真っ直ぐに彼女を見る

 

「それに、お前ひとりで行っても、結標は何とかなるだろう。しかし、その近くにいるメモリ使用者はどうするつもりだ」

「そ、それは―――」

 

いけない、全く考えてなかった

そうだ、仮に結標淡希を倒せても、ガイアメモリを使うあの男は太刀打ちできない

 

「て、ていうか、なんで貴女があの女の名前を知ってますの? もしかして―――」

「あぁ、初春の力を借りた。最も、彼女にも無理をさせてしまったが」

 

言葉と共に黒子は頭に手をやる

そして初春…なんて毒づくともう一度ため息をついた

 

「…けれど、どうして貴方はここまでわたくしを助けますの。言ってしまえば、わたくしと貴方はただの友達―――」

「それ以上に理由などいらないだろう。俺たちは、友達だ白井」

 

友達、ですか

彼の言葉にそう返しながら黒子は今度は苦笑いをした

 

「貴方はぶれませんわねぇ、神代さん」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている」

 

ふふん、とツルギは胸を張る

黒子はなんとなく、帰ってくる言葉は分かってるけど、それをあえて口にした

 

「誰、と申されましても」

「ならば仕方ない、今一度、記憶してもらうぞ」

 

彼は笑みを浮かべると、想像通りの台詞を口にした

 

 

「―――俺の名前は神代ツルギ。その名の通り俺は神に代わって、剣を振るう男だ」



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#53 各々がすべきことを

結局、ツルギも一緒に行動することになった

やれやれと言った顔つきで黒子は彼の手を取り、空間移動で開始した

おおよそ八十メートルほど進んで、地面に足をつけて、また目的地を定めて連続的に移動する

今、黒子の身体は全快とは言えない

だからこういったときに自在に自分の身体を連続で高速移動できるこの能力が頼もしい

 

(結標の場合は、わたくしと違って〝遠く離れたもの〟を転移できる反面、その分計算式が複雑で面倒ですのね。わたくしは〝手元にあるもの〟しか転移できませんけど、その代わり移動前の座標を計算する必要がないですし)

 

そんな事を考えながら連続的に彼女は空間移動をしている―――そんな時、より明確な指針を得る

 

ドォン! とどこかで、落雷みたいな音が耳に届いたのだ

 

黒子は止まって、夜空を見る

それに釣られツルギも空を仰ぎ見た

 

「白井、これはまさか」

「えぇ…そのまさかですわ」

 

空は美しい星々があり、別段濁ってなどいなかった

都心に比べると基本時刻が学校に合わせているこの学園都市は日が落ちるとさっさと表から明かりが消えていく

故に、この澄んだ空から落雷なんてありえない

 

<白井さん、第七学区の一地区で能力者による大規模な戦闘が発生しました、結標の予想ルート上です!>

 

その予感を裏付けるようにもう一度雷が迸る

断言していい

 

「―――お姉様!」

 

そう叫んで進路を変える

不用意に美琴の前に己の姿を晒すのは気が引けるが彼女が何者かに襲われている所を想像すると居ても立ってもいられない

 

途中、人の目が気にはなったがそれらを一切無視し、とにかくツルギと共に先へと進む

その雷撃の音源からちょうど死角になるビルの角から顔を出し、向こうを窺った

同様にツルギも彼女の隣に行き、僅かに顔を覗かせる

 

 

一言で表すなら、戦場と言った所だろうか

たった一人の女の子が作り出す、戦場

―――違う、その女の子の隣に、一人の少年もいる

 

場所は建設途中の廃ビルだ

何日か前に鉄骨が崩れて事故が起きた場所でもある

壊れて邪魔になった鉄骨を除いて残った部分の強度を検査し、再び組み上げた所…と記憶している

 

そのビルの入り口にマイクロバスが横倒しになっている

ガラスは割れて内装は舞い飛んでいるが、その中には誰もいない

 

乗っていたであろう人々はみんな建設途中のビルの中にいる

そこらにある鉄骨が盾になってくれるように願いながら

潜んでいるのは大小合わせ約三十人弱、武装しているものもいれば、能力者もいた

 

(…白井、見えるか、あの銃を)

(えぇ、覚えていますわ、確か貴方がド突きまわした連中が持っていたのと同じですの)

 

デザインはもちろんの事、構え方まで完全に一致だ

対する美琴はそのバスの横にただ立っており、その傍に鏡祢アラタもバスに背を預けていた

彼は腕を組んではいるものの、いつでも動き出せるように視線は一点に向いている

 

その構図を見れば件の〝残骸(レムナント)〟を外部組織に引き渡そうとしているヤツらなのだと推測できる

どう言った経緯を持って能力者が離反したかはわからないが

そしてそこには見知った顔もある

 

結標淡希と、サングラスの男だ

美琴らの前には特に遮蔽物も何もない

飛び道具を持つ連中を相手に、近くのバスを盾にしようともしていない

―――否、必要がないからだ

常識を考えれば、それはあまりにも無防備な状況だろう

 

しかし、超電磁砲(レールガン)―――御坂美琴はその常識さえも吹き飛ばす

 

彼女の指から、閃光が疾った

 

音速の三倍の速度で放たれたコインは柱になっている鉄骨を貫き、銃を構えた男たちは弾け飛ぶ破片で薙ぎ払われ、上階で美琴らの頭上を狙っていた連中は支えを失い真下へと飲まれていく

運よく彼女の雷撃から逃れた残り物能力者たちが一斉に美琴に襲い掛かり、巻き返しを図ろうとした、が連中が動くより先に隣の男が動いていた

 

鏡祢アラタ

 

相手が能力を発動するより早く腹部に拳を叩きこみ、風力使いらにはその男を盾代わりにし攻撃を封じた隙に顔面に蹴りを叩きこむ

そして彼を狙って放たれた念力使いの木の杭は護身用として持っていた警棒―――トライアクセラ―によって叩き落とされがら空きとなった身体に飛び蹴りを叩きこまれた

 

そして一言

 

「出てきやがれ、この卑怯者」

 

彼の言葉に続くように美琴もアラタの隣に歩いてくる

 

「仲間をクッションにするなんて、関心できないわね」

 

ある一点を見据え、侮蔑を孕んだ言葉をぶつける

 

「仲間の死は無駄にはしない、なんて美談はどうかしら」

 

答える声は、まだ余裕を保っていた

白いキャリーケースを片手に口元に笑みを浮かべ、結標淡希は鉄骨を組んだ足場の三階部分に現れる

結標の周囲には美琴の電流を浴びて気を失ってる男たちが転がっている

恐らく、美琴の攻撃の際に自分の付近へと転送し、そのまま〝盾〟にしたのだろう

そして無造作に盾としていた一人を適当に蹴っ飛ばし、サングラスの男が出てくる

 

「…まったく、悪党は言う事も小さいわね。何、この程度で逃げ延びたと思い込んでるの?」

「まさか。貴女が本気を出していたらここら一体は壊滅してるでしょうし、そこの連れの男性にも殲滅されているでしょう。…まあ、だから何なのか、と言った所だけど」

 

結標はケースを固定して、それに腰掛ける

そしてそのまま

 

「…それはそうと、随分焦ってるのね。そんなに残骸(レムナント)を組み直されるのが怖いのかしら。それとも復元された樹形図の設計者を世界中に量産、流通化される事? もしくは、その内の数基かで実験が再開される事かしら」

 

美琴の前髪あたりで火花がバヂリと迸る

そんな彼女を抑えるようにアラタがジロリ、と彼女を睨み―――

 

「黙ってろ」

 

明らかに怒気を孕んだ声色でそう一喝する

それに対して結標は座ったまま、軍用ライトを下から振るうだけだ

 

(―――)

 

黒子は様子を伺い、二人が対峙している相手が結標とサングラスの男なのだと悟る

彼らの因縁がどうあるかは分からないが、敵対しているのかは間違いなさそうだ

 

「弱いものなのど放っておけばいいのに。そもそも、貴女たちが大切にしてるあれらは〝実験〟の為に作られたんでしょう? なら本来通りに壊してあげればいいのに」

「―――本気で言ってんの」

「本気も何も、貴女たちは自分の為に戦っているのでしょう。私と同じように、自分の為に力を振るい、他の人を傷つける。別にそれが悪いことだなんて言わないわ。自分の中にあるものに対して、自分が我慢する方がおかしいのよ。違うかしら」

 

仲間を盾にする目の前の女は嘲るようにそう言った

結局の所、私利私欲のためにその力を行使しているのだと

私たちは同類なんだから、どちらかが一方的に憤るのはおかしいのだ、と

 

「―――そうね」

 

それに対して、御坂美琴は小さく呟いた

 

「えぇ、確かに私は怒ってる。頭の血管が切れそうなくらい怒ってるわ。例の残骸掘り起こそうとしたり、自分の為にそれを強奪しようとするやつが現れたり、またこんな事にアラタを巻きこんだり、やっとの思いで治めた実験をまた蒸し返されそうとされたり。確かにそれは頭にくるわ。―――でもね」

 

少し間をおいて、御坂美琴は口にする

自分が一体、何のために怒っているのかを

 

「一番頭にきてるのは、この件に私の後輩を巻き込んでしまった事。その後輩が医者にも行かないで自分で下手な手当てをして、なおかつまだ諦めていない事! あまつさえ自分の身を差し置いて私を案ずるような言葉吐いて!!」

 

黒子の胸が詰まる

今ここに黒子がいることに、御坂美琴は知らないハズだ

なら、その声は誰に言っているのか

今、彼女は

 

何のために動いているのか

 

「えぇ! 私は怒ってる! 完璧すぎて馬鹿馬鹿しい後輩と! その後輩を傷つけた目の前の女と! この状況を作り上げた自分自身に!!」

 

美琴は睨む

 

「この一件が実験の発端だというのなら責任は私にある、後輩が傷ついたのも、あんたが後輩を傷つけてしまったことも、全部私のせいだというのなら。私は、全力でアンタを止める!」

 

そう言いつつ、彼女は横目でちらりとアラタを見て

 

「…本当は一人で行こうと思ってたんだけどね」

「…ん? どうした?」

 

いつも通りのやり取りに美琴はなんでもない、とため息を吐きながらも、少しではあるが安堵している

底抜けに優しい男の善意に今回は肖ろう

理由も聞かずにそばにいてくれる、この人の善意を

 

そして改めて結標と、サングラスの男を視界に入れた

そんな二人の視線を前に、まだ結標は笑っている

 

「本当に優しいわね。素直に自分も被害者だと嘆いていれば、戦わずに済んだのに」

「けど、アンタが戦うきっかけになったのが実験のせいなら。絶対能力進化実験(レベル6シフト)や、量産能力者実験にしても」

「やはり、倒された仲間から私の理由を聞いていたのね。ならわかるでしょう? 私はここで捕まるわけにはいかない。―――意地でも逃げ延びさせていただくわ」

 

最後の言葉だけ、声のトーンが本気だった

対するアラタは

 

「お前の力で、美琴から逃げ延びれるかな」

「あら。確かに雷撃の速度は目に止められないけど、それだけよ。前触れを読み、それに合わせて―――」

「無理ね」

 

その問いに美琴は一言で切り捨てる

 

「アラタは初めてかもしんないけど、〝私はアンタとぶつかるのは初めてじゃないでしょうが〟気づいてるくせに。アンタの能力にはクセがあるのよ、何でもかんでも飛ばせるくせに、自分の身体だけは移動させない。まぁそうよね、ビルの壁の中や道路の真ん中にでも移動してしまったらお終いだもの。誰かを犠牲にしてでも救われたいアンタにとっては、万が一でも自滅する可能性は廃したいって所かしら」

 

「―――」

 

結標淡希は答えない

 

「…もしかして、私が今まで気づいていないと思っていたの? 散々周りの奴や看板飛ばして利用しておいて自分だけ飛ばないなんて状況、違和感持って当然じゃない。…ていうか、これだけ不利な状況になればふつうなら逃げに徹するでしょう。出し惜しみなんかじゃない、アンタに余裕がないことくらい誰だってわかるわ」

 

結標は薄く笑う

しかし、その指先は僅かばかりに震えている

幸いにも、本当に凝らさないと分からないほど微弱だが

 

「他人を飛ばすのは躊躇わない。けど自分を飛ばすのなら話が違うんじゃない? 計算式に間違いがないかを確かめるのに、少し時間がかかるとか。二~三秒ほどね」

 

それで、と美琴は言葉を区切る

 

「そのくらいの時間で、何発撃てると思う?」

「―――書庫にそこまで情報が記載されていたかしら」

「同じ答えを二度言わせるな。アンタのツラと戦い方見てたら予想できるわ」

 

その問いに結標淡希は笑みを作る

揺れる足が鉄骨の足場に届く、ケースから身体を離し、優雅に彼女が立った

 

「―――ですけど」

 

自分以外なら、その女は飛ばすことを躊躇わない

 

その一言と共に結標淡希の眼前に十人前後の人間が飛ばされる

美琴やアラタの攻撃を受けて気を失った人たちだ

それはいわば、人を用いた盾

 

「盾にしては―――穴だらけね!」

 

しかし美琴は止まらない

人の身体というのは、そこまで平じゃない、どうあがいても僅かばかりの隙間が生まれる

彼女はその間を貫こうとしている

美琴が掌で高圧電流を生み出す傍ら―――

 

「問題」

 

結標の声が響く

 

「この中に、〝私たちとは関係ない人間〟は何人混じっているかしら?」

 

な、と美琴は一瞬のその動きにブレーキをかける

そのためらいは結標にとってのチャンスであった―――が

一人、迅速に動く影があった

 

すでに目星をつけていたのか、彼は気を失っている男のホルスターから瞬時に銃を引き抜き、それを構えた

走りながらにして、男はその姿を二本角の緑の姿へと変わっている

結標はギョッ、とした

しかしここで躊躇えば、せっかく時間を稼いだ意味がなくなる

幸いに件のサングラスの男はあえて盾に使用し、気を失っている奴らの一人だ、と思いこんでいるはずだ

 

だから、結標はそれを実行する

 

刹那、風の一撃が彼女の頬を横切るのと、彼女が飛んだタイミングはほぼ同時

 

それを見届けて鏡祢アラタ―――緑のクウガは膝を付く

珍しく超感覚をフルで使った

普段は抑えているせいで僅かばかりに時間が伸びてはいるのだが、本気になると五十秒弱持つかどうか

 

「悪い、美琴。間に合わなかった」

 

彼は変身を解きながら美琴にそう謝罪する

美琴は彼の元へ駆け寄りながら申し訳なさそうに

 

「ううん。…ごめん、私があんな下らない言葉遊び見抜けていれば」

 

先ほどの人の盾に、関係ない人達なんていなかった

結標の言葉遊びに騙されたのだ

 

「気にするな。―――まだ負けてない」

 

そう言いながら、彼は少しだけちらりと、ある所を見た

そして―――ばっちりと黒子と目が合う

 

白井黒子は一瞬声が出そうになった

どういう事だ、と考える

まだ自分たちはここにいることを知られてはいないはずだ

 

黒子が狼狽えるのも無理はない

緑のクウガによる超感覚―――それにより、アラタはおおよその位置はつかめていたのだ

確認がてら、ちらりと視線をやったら案の定居ただけの事

彼女の後ろにいるツルギに向かって、彼は少しだけ指を動かす

 

それに釣られて、ツルギはその指の先を見る

そこに気を失っているふりをしている、件のサングラスの男

ツルギは黒子に悟られないよう感謝の念を込めて両手を合わせた

一方で、ようやく落ち着いた黒子は先ほどのを多分偶然だと強引に納得させる

 

「…ここからは、わたくしたちの出番ですわ、神代さん」

「あぁ。白井は結標を追ってくれ。俺はここにいるサングラスとケリを付ける」

「? その男がこちらに? …いいえ、聞くだけ野暮ですわね、とにかく、任せましたわ」

 

一つ、決意を込めるように黒子は息を吐く

そして、

 

「ご武運を」

「お前もな」

 

最後に一つ、お互いの拳を軽くぶつけると、黒子は虚空へと消えた

そしてツルギはヤイバーを手にし、アラタと美琴がそこから結標を探しに歩き去った時、声を響かせる

 

「―――いつまで、寝ているつもりだ」

 

今もなお、気を失ったフリをするサングラスの男に向かってそう言い放った

一瞬訪れる静寂

やがてゆっくりと気を失っている男たちの中から一人の男が立ち上がる

男は気怠そうにサングラスをかけ直した

 

「…いつ、気づいた」

「それをお前に言う義理はない。いつぞやの借りを返しにきたぞ」

 

その言葉をあざ笑うようにサングラスの男は声を出す

 

「はっ、勇ましいことだ。この件に、全く他人の分際でよくもまぁ…」

「他人ではない」

 

男の言葉をツルギは遮る

 

「あぁ、確かにオレと白井は全く別々の道を立っている。おそらく、今後それが交わる事はないだろう」

 

しかしな、とツルギは言葉を区切り

 

「オレの友がよく言っていてな、別々の道を歩いていけるのが友達だ、と。友を助けるのは、人として当然だ」

「―――おうおう、言うねぇ」

 

<SCRPIO>

 

その言葉を聞いた男はゆったりとメモリを取り出し、それを起動させ自身の姿をスコルピオドーパントへと変化させた

同じように、ツルギはそれを見届けてヤイバーを逆手に持ち、す、と前に突き出す

 

<Standby>

 

そんな音声と共に地面から一匹のサソリのようなロボットが飛び出してきた

自分の所に飛んでくるそのサソリ―――サソードゼクターが飛んでくるのを確認しながら、ヤイバーでそれをキャッチする要領でセットする

 

「変身!」

 

その一言と共に、ヤイバーにセットしたサソードゼクターのゼクターニードルを押し込みマスクドの過程を省略する

 

<HENSIN>

<CHANGE SCORPION>

 

そんな電子音声が響き、ツルギの身体を鎧が包み込んでいく

やがて全身を包み込み、暗闇に緑色の複眼が発光する

 

「お前には名乗っていなかった。故に、名乗りを上げよう」

 

サソードは持っているサソードヤイバーを突きつけ

 

「オレの名前は神代ツルギ。…貴様に敗北を刻みつける、男の名前だ―――!」

 

そう言葉を吐き、真っ直ぐサソードはスコルピオに向かって駆けだした



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#54 決着

急がないと

 

真っ暗になっている病室の中、御坂妹は起き上がる

彼女は平たく言えば電気を扱える能力者であり、同時に同じ波長の脳波を持つものなら電気的な通信を行える

他の妹達(シスターズ)の多くは学園都市の外の施設を利用しており、学園都市に残っているのはごく少数だ

 

(―――では、再確認します、とミサカ10032号はネットワークを介してみんなの記憶情報の最適化を実行します)

 

彼女はベッドの近くの棚に置いてある特殊ゴーグルを掴む

 

(現状、世界八か国と十九の組織が宇宙開発という名目でシャトルの打ち上げを実行、もしくは計画しているのは衛星軌道上に浮かんでいるであろう樹形図の設計者の残骸を入手するためである、という事で間違いありませんか、とミサカ10032号は確信を得るために質問します)

 

それが事実ならば、その樹形図の設計者が組み直されようとしていて、そしてそれをするために必要な残骸を巡ってトラブルが発生している

世界で最も優れている演算装置の修復は、ある〝実験〟の再開を意味している

 

とある少年たちと少女と、青年たちが必死になって止めてくれた〝実験〟の

 

―――セビリアで同様の動きを確認、とミサカ10884号は肯定します

―――シュレスウィヒで確認、とミサカ16770号も報告します

 

ベッドから足を下ろした御坂妹の脳内に様々な声が響き渡る

世界各地の研究機関に預けられ、治療を受けている同型の妹達(シスターズ)

様々な情報や無数の意見に御坂妹は奥歯を噛む、どれもよくない情報ばっかりだ

もう答えを得た情報を何度も確認するその作業は冗談であってほしいという願望が含まれてはいるのだが

 

(…すでに外出禁止時間ではありますが、そうも言っていられません、ともミサカは自分に言い聞かせます)

 

御坂妹は寝間着に手をかけ、それをストン、と地面に落としタオルを用いて自分の身体を拭いていく

タオルから伝わる自分の体温が平常より少し高い

体調不良で若干ながら微熱を伴っているのだ

少しふらつきながらも普段着ている常盤台の制服へと袖を通す

そして軽く準備運動を済まして出口をちらりと見つめる―――しかし首を振って窓の方へ駆け寄った

 

 

「ふぃー」

 

夕食を食べ終えてインデックスと入れ替わる形でお風呂にも入り終えた当麻は後はゆっくりのんびりしていようと考えていた

しかし唐突になったチャイム音でその平和は終わる

 

扉の前に立っていたのは黒い長髪の女の子だった

首には何かネックレス的なのをかけており、頭にはなんか角みたいなカチューシャをしている

そして極め付けにはその服装だ

上から下まで黒いワンピースと真っ黒づくめだったのだ

そしてそんな彼女を知っていたのかパジャマを着たインデックスが彼女を見つけた瞬間に笑顔になったのだ

 

「みのりー!」

「あ、インデックス。やほー」

 

お互いに名前を呼び合って駆け寄ってくるインデックスと抱き合う二人

そんな仲睦まじい様子を茫然と見ながら当麻はインデックスに向かって口を開く

 

「えっと。知り合い?」

「うん。ともだちなんだよ」

 

さいですか、と当麻は答える

それと同時にどこか当麻は安堵していた

自分を経由しない、友達が出来ていることに

もしかしたら彼女はアラタ経由なのかもしれないが、それでもだいぶ進歩したと思う

 

「ねぇとうま」

「うん? なんだインデックス」

「みのりと一緒にげーむやっていい? 二人でできるのあったよね?」

「おお、いいぞ。待ってろ、今テレビと繋げるから…」

 

快く了承しながら当麻は居間へと戻り、ゲーム機とテレビを繋げる

その間もインデックスとそのみのりは楽しそうに話を続ける二人に思わず小さく微笑む

やがてつつがなく接続は終わり、楽しそうにインデックスとみのりはゲームを開始した

 

「―――えっと、みのり、さんだっけ」

「うん。あとみのりでいい。私もトウマって呼ぶ」

「ん、そうか。じゃあみのり、そう言えばなんで俺の部屋に?」

「アラタに言われた。今日はちょっと出かけるからその間、俺の友達の部屋にいなよって」

 

と、なると今現在アラタは部屋にいないのだろうか

自分も結構アラタの知らない所でいろいろ巻き込まれてるが同様にアラタも何かに巻き込まれているのだろうか

 

「ちなみに割と不幸ってことも聞いてます」

「…余計な事を」

 

しょうもない事を教えた親友を軽く恨みつつ小さく当麻は溜め息をした

と、そこで一つ疑問を覚えた

…あれ、アイツはいつこの子と交流を持ったんだろうか

 

「…ごめん、念のためにフルネーム教えてもらえる?」

「え? 鏡祢みのりだけど…それがどうかしたの?」

「…いや、その…妹さん」

「違うよ? なんて言うかな…戦友? それでいて義妹みたいな」

 

…まぁ、アイツもいろいろあったのだろう

深く聞くのもアレなのでそう納得することにした

 

と、そんな時インターホンの音が鳴った、と思ったら即座に部屋のドアが開く

玄関にいたのはミコトによく似た女の子だった

しかし普段の彼女がつけているはずがないヘッドギアを頭に装着しておりその顔はどこか赤い

息を切らした彼女は、真っ直ぐ上条当麻を見た

そして口を開く

 

「お願いがあります、とミサカは、貴方を見て心中を吐露します」

 

言葉の通り、彼女は告げる

 

「ミサカと、ミサカの妹達の命を助けてください、とミサカは貴方に向かって、頭を下げます」

 

当麻は、特に疑問を抱かない

故に、彼は一言

 

「―――あぁ、分かった。話を聞かせてくれ」

 

そう言って先を促した

 

 

ガキン! と何もない闇に響くのは鉄と鉄がぶつかり合うような音

一人は素手で、一人は刃を振るっている

素手の方の名前はスコルピオ、刃を持つのは、仮面ライダーサソード

 

互いの力をぶつけている中で、スコルピオは目の前の男のこの戦闘力に内心驚いていた

 

(―――何がどうなってやがる!? こいつ、ここまで手強かったか!?)

 

そんな思考の傍らで、スコルピオは胸部を斬りつけられ、大きく後ろに仰け反った

自分が作り出したその隙を逃すはずもなく、サソードはさらに大きくその場で軽く跳躍し、さらに胸部へドロップキックを叩きこんだ

 

「―――どうした、その程度か」

 

余裕を見せたのか、サソードは地面に着地をしながら左手で軽くちょいちょい、と手を動かして見せた

その行動がスコルピオの逆鱗に触れたのかは分からない、がいずれにしても逆上するのには十分だったようだ

 

「調子に―――乗ってんじゃねぇぞクソガキがァァァァァッ!!」

 

激昂し、スコルピオは自分の頭にある弁髪状の鞭を展開させサソードを拘束しようと伸びてくる

それに一度驚いたサソードはすかさずにサソードヤイバーを持ち直し、その鞭を斬り捌く

その鞭に気を取られ、足を絡め取られた

 

「しまっ、のわっ!?」

 

そのまま勢いよく引っ張られ、地面を引きずられる

がりがりと、背を削るような音と共にスコルピオの足元に来た瞬間に先ほどの礼だと言わんばかり胸部を踏み抜かれる

 

「あっ、ぐぅぅっ…!!」

「おら、どうだクソガキ…! あんまり調子乗ってると、このままぶち殺すぞ、あぁ!?」

「―――ハッ、想像以上に、短気だなお前は」

「…は?」

 

ぐ、と足に力を入れながらスコルピオはイライラを隠さず口にする

対してサソードは乗っけられているその足を掴む

 

「そんな短気では、任務や、依頼に支障をきたすのではないか?」

「テメェに言われる筋合いなんざねぇんだよ!!」

 

さらに強く踏みつけるべく、乗せられた足の力が一瞬、緩くなる

その一瞬、僅かではあるがその一瞬をサソードは逃さない

掴んでいた手に力を込め、バランスを崩すようにその足を自分の右側へと引っ張った

タイミングを崩されたスコルピオは態勢を崩し、地面を転がる

同じようにサソードも地面を転がって逆に態勢を持ち直した

一つ、息を吐いて調子を整える

 

「この…ガキィ…!」

 

完全に相手は怒っている

コレだ、冷静さを欠いたものは、攻撃が単調になる

スコルピオは咆哮しもう一度サソードを捉えようと弁髪状の鞭を伸ばしてきた

しかしサソードもそう何回も喰らうほど馬鹿ではない

自分に向かってきたその鞭を、サソードは手で逆に絡め取る

 

そしてそのまま、思いっきり自分の所に向かって引っ張った

 

「な!? がぁぁぁっ!?」

 

中空を舞い、スコルピオはもう一度地面を転がった

 

「借りは―――返す」

 

サソードはスコルピオを見つめ改めてヤイバーを持ち直し、ゼクターニードルを操作した

 

「―――ライダースラッシュ」

<Rider slash>

 

サソードヤイバーにエネルギーが込められる

纏われた血を払うようにヤイバーを構え―――スコルピオに向かって駆けだした

同時にそれに気づいたスコルピオも身構えたが―――サソードの刃が早かった

 

 

 

一閃

 

 

 

真っ直ぐ横一線に振るわれた剣はスコルピオを斬り裂き、確実なダメージを与える

同じようにサソードの背後で爆発が起きているのを感じていた

 

しかしもうすでに意識はそこになかった

神代ツルギは空間を移動する術を持たない

故に、今は死力を尽くして戦っている彼女を信じて待つだけだ

無事でいてくれ、と口の中で小さく呟きながらサソードは辺りを見回して、それを見つけた

落ちているメモリを拾い上げながら、それを上に放り投げてヤイバーで叩き斬る

 

俺の戦いは、ひとまず終わりだ

 

 

結果を言ってしまえば、白井黒子は負けはした

負けはしたが、過去のトラウマをついて結標に精神的にダメージを負わせることには成功した

それで同等、かは分からないが

 

しかしそれでも、結標が所持していた拳銃に撃たれ、黒子は地面に倒れ伏してしまった

その後、結標は幾度か絶叫しその顔色を憤怒に変えはっきりとわかる殺意をぶつけた後、黒子に歩み寄ろうとした、がパトカーのサイレンに結標はその行動をやめた

 

「―――助かったなどと思わない事ね、何があっても私は貴女を殺す。千キログラム以上は身体に障ると止められているけど、私の座標移動の最大重量は四千五百二十グラム…、逃げながらでも叩きこめるわ、このビルごと巻き込んで、貴女を破壊してあげる―――!」

 

そう言い残し、取っ手の壊れたキャリーケースを掴んで虚空へと消えた

 

ここにいれば、結標の攻撃が襲い来る

自分の身体に支障をきたしてまで、自分を殺そうというのだ

逃げないといけないのに

 

「…おねえ、さま…おにい、さ、ま…」

 

小さく呟いたその言葉は闇の中に消えていく

それでも

 

「…」

 

ぐ、と黒子は指先に力を込めた

僅かに動いたがそれだけだ、腕も、足も動かない

ここから逃げることはままならない、完全に詰みだ

結標の攻撃がいつ来るかは、分からない

彼女の力は壁などの障害物を無視できる代わり、自分の足を残さないようにしなければならず、移動先にはとても慎重になっているだろう

それでも、五分後か、或いは五十分後か

 

(情けない、ですわね。一体わたくしはどれだけの方々に頭を下げれば済みますの)

 

その相手として、黒子は一人、御坂美琴の姿を思い浮かべる

風紀委員の同僚としてある事件以降慕っていた鏡祢アラタと違い、彼女と知り合ったのは本当に、常盤台に入学してからだ

その時は、ただ学校の中で合わせる顔を合わせる間柄

それだけで思い知らされた

 

礼儀、作法、教養、誇り

 

そのすべてを、日常で思い知らされた

上っ面を真似ていた自分とは大違いだと、今でも思う

 

ぴしり、と空間が音を立てた

恐らく、後数十秒もしない内にこの空間は潰されるだろう

 

(…死にたく、はないですわねぇ)

 

ぼんやりと、彼女は思う

同時に、届かないと分かりながらも彼女たちに強く願う

 

(…どうか)

 

黒子は今動けない

けれど、誰かの支えがあれば動くことが出来る

そう、誰かが来れば

 

(…どうか)

 

彼女は祈る

最後の最後まで

 

(少しでも、ここから離れて―――巻き込まれないで…)

 

そう、切に願った

 

願った、はずなのに

 

カンカン、カンカンと聞こえてくる

 

「っ!?」

 

その足音は非常階段を駆け上がってくるものだ

足音だけでない、電気の火花を鳴らすような音さえも

 

(…いけない…!)

 

動けない黒子は、彼らを止めることは出来ない

だから、代わりにその口を動かした

 

「いけません! ここに来てはいけません! これからここに特殊な攻撃が来ますの! このフロアから、いいえこのビルから急いで離れてください!」

 

血まみれの床の上で黒子は叫んだ

この完璧すぎるタイミングに涙を零しそうになりながら

ミシリ、ギシリと黒子の周りの空間がきしんでいく

予兆か、合図か

いいや、この際そんなのどちらでもいい

 

(…マズ…!?)

 

内心、焦りながら黒子は思う

彼女は空間転移を用いてこのフロアに来たが少なくとも彼らの足音は残り数十秒じゃたどり着けない

結標淡希がどんなものをここに転移させてくるか分からないが、四千五百二十キログラムがここに襲い来ればこの建物を完全に破壊させかねない

 

それだけは絶対にダメだ

 

ほとんど泣きそうな顔で、黒子は声を張ろうとする

瞬間、グワ、と部屋中の空気が歪んだ

攻撃が、始まる

 

「―――!!」

 

黒子は歯を食いしばり、力を込めた

だけれど、力は入らない

悔しい、なんでもっと力がないのだ、と黒子は自らを悔いた

そもそも結標に敗走しなければこんな事にはならなかった

 

それでも黒子は祈るのをやめなかった

こんな時、奇跡が起こって大切な少女たちが助かって―――

 

刹那、祈りが通じたように、ある黒色の弾丸が床から天井へと突き抜けた

その一撃が、あるものを用いて放たれた弾丸とは黒子は知らない

建物全体が振動する

床には穴が開き、直線状の全てを凪ぐその一撃

 

「美琴! 足場を!」

「えぇ、お願い! アイツを連れ戻してちょうだい!」

 

聞き慣れたその声色

何を弾にしたかは分からないが、御坂美琴が開けた風穴から、青い人影が一人の少年を担いで跳躍して着地する

その風穴をなぞるように、彼が飛びやすいように小さい足場を作り、それを蹴って青い人影―――青のクウガは上条当麻を抱えて現れた

そう、普通に階段を使っても間に合わなければ普通に登らなければいい

 

無茶苦茶すぎるショートカットをして、地面に立った一人の男は静かに右手を握りしめる

そして目の前の異常に己が幻想殺し(こぶし)を打ち付けた

 

不思議なことが起こった

たわんでいた空間自体を平らに治すように

普段計算式を意識してる黒子だからこそ、目の前の異常がよくわかる

茫然としている黒子に向かって、ふと上条当麻は

 

「あー悪い。今回は事情がよく吞めないまま突き進んじまったから。途中でアラタと御坂に合流してなかったらヤバかったし。―――つうか、お前大丈夫か!? アラタ、白井が!」

「あぁ、今確認した。…ったく、無茶しやがって。―――いや、押し付けたオレも悪いな。…本当にごめんな、黒子」

 

そ、と頭を撫でられて僅かに目尻が熱くなる

違う、別に貴方は悪くなんてないんだ―――

ふと、先ほどの風穴を見た

そこには美琴が走る姿が見えた

その後ろには、神代ツルギもいる

美琴は傷だらけの自分へと、泣くのを堪えながら

ツルギは生きている自分を見つけ、安堵したように微笑んだ

 

「―――さって。…お前の治療も先だけど、お前にこんな怪我を負わせたヤツをとっちめないといけないな」

 

そうだ、と黒子は思い出す

今現在ケースを持って逃亡している結標淡希の事を

黒子はアラタの顔を見た

彼は笑みを浮かべて

 

「あとは、任せろよ」

 

◇◇◇

 

浅倉涼はコンビニで軽くお惣菜を購入していた

長らく病院での生活を余儀なくしている知人に食事を届けるためだ

そんな一方通行(アクセラレータ)はある事情で少々出かけている

念のために彼の好物である缶コーヒーを購入するのも忘れない

最近のアイツは微糖だったかな、と意味のない確認を取りながらかごに入れていく

 

あの日以降

 

自分を含めた三人の生活は多少なりとも変わっていった

なんか、憑き物が取れたような、そんな感じに平和を謳歌するようになったのだ

中でも芝浦は

 

―――案外、悪くないかもね。ありがとうって言われるの

 

これには最初聞いた時、手塚も一方通行(アクセラレータ)も、当然自分も引いた

黄泉川愛穂なんか絶句していたほどだ

それほどにまであの戦いは彼の心境に変化をもたらしたのか

そして、彼はよく笑うようになった

 

それは自分も同じだった

手塚や芝浦と談笑したり、一方通行(アクセラレータ)と共に打ち止め(ラストオーダー)に世話を焼いたりと、少なくとも少なくともあの実験が終わってからはずっと笑うようになっていた

まぁ、一方通行(アクセラレータ)はいつも通りあんな感じだが

 

一通りおかずを購入して会計を済ませた浅倉は所用をしてるであろう一方通行(アクセラレータ)の所へとのんびり歩いていく

しばらくしてゴォンッ! とやけに大きい轟音が聞こえた

その音の方を見てみると中空から一方通行(アクセラレータ)が下りてくるのが見えた

やがて彼が地上に着地したタイミングを見計らって浅倉は声をかけた

 

「終わったのか」

「あァ、つつがなく終わったぜ」

 

気怠そうに首を鳴らす一方通行(アクセラレータ)

そんな様子を見て浅倉はそうか、と短く答えた

 

「んじゃ、さっさと帰ろうぜ。飯が冷える…いや、もともと冷えてるか」

「コーヒーはあるか。久々に動いたら喉渇いちまった」

 

そんな他愛のない会話をしながら、二人は病院に向かって歩いていく

その後ろ姿はどこか、温かさを帯びていた

 

◇◇◇

 

後日譚

 

あの後黒子に予想ルートを教えてもらって行ってみたところ、ほとんどが終わっていた

そこにはすでにキャリーケースのような残骸が散らばっておりその中身であろうものが木っ端微塵に粉砕されていた

そしてその屋上には結標淡希であろう女がフルボッコされた状態で引っかかっていた

おかげでぶん殴る手間が省けたが、今回はその誰かに感謝をするとしよう

 

 

「さぁさお姉様、わたくしにうさぎさんカットのリンゴを食べさせる至福の時間がやってきましたのようふうふふふ!」

「気力だけでベッドからはい出ようとしないでよ黒子。アンタ絶対安静って意味わかってるの?」

 

満面笑顔の黒子をどうにかベッドに押さえつけ、改めて布団をかけ直す

それでも彼女はめっさ笑顔だ

 

「あーもうわかったから。あとで食べさせたげるわよ全く」

「マコトですのねお姉様! 黒子その言葉を確かに記憶しましたわー!」

 

これだけの怪我を負っておきながらなんでこの後輩はこんなに元気なんだ、と思う

件の結標淡希は母校である霧が丘では留学扱いになったという情報もどうでもよさそうである

 

そこで不意に会話のリズムが途切れた

静寂が病室を支配する

空気の熱が冷え、口を開くのもためらうほどに

 

その原因を御坂美琴はしっている

自分はまた、巻き込んだのだ

 

「―――なんとなくですけど、気づきましたわ。あの時、お兄様と共に立っていたあの場所が、お二方の戦場ですのね。訳分らなくてさっぱりでしたわ」

 

小さく彼女は笑う

そうして少し力を抜いて

 

「…今のわたくしでは、そこに立つことも、追いつくこともままなりませんの。…縋ろうとした結果がこの様ですわ」

「…黒子」

 

美琴の顔が曇る

だが、それはすぐに別の表情に隠された

 

「もし、お姉様のせいでわたくしが巻き込まれた、というのなら、それは間違いですわよ、お姉様」

「…え?」

「わたくしが弱いのは、わたくしのせい。そこにはお姉様など関係ないですわ。馬鹿にしないでください、わたくしは自分の追った責くらいは自分で果たせる人間ですのよ? それなのにお姉様やお兄様が背負ってしまっては、わたくしの誇りはボロボロですの」

 

黒子はつまらなそうに

 

「だから、お姉様は笑っていてください。ミスしても無事帰ってきた後輩を見て、ヘタクソと言いながら指をさして笑えばいいのですの。その楽しい思い出を糧とすれば、わたくしはもう一度立ち上がろうと思えますから」

 

そこまで言ったとき、不意に病室のドアが開け放たれる

顔を向けた時、その場に立っていたのは神代ツルギだったのだ

 

「―――邪魔だったか? 見舞いに来たぞ〝スィ・ライン〟」

 

いつも通りなツルギに、美琴と黒子は思わず笑い出す

完全に真面目な空気が壊れてしまった、無論、いい意味でだが

ツルギはデパートかどこかで購入したであろう果物盛り合わせをどこか適当な場所に置くと、改めて黒子に向き直る

 

「お前にも、いろいろ思うところがあるだろう。何もかもひっくるめて、俺は言いたい」

 

そこで少し言葉を区切り、いつものような不敵な笑みを浮かべる

 

「共に強くなろう、〝白井〟。敬愛する御坂が驚いてしまうくらい強く、な」

「―――えぇ、もちろんですの」

 

ツルギの笑顔に黒子は自然な笑顔でそう言い返す

その光景を見て美琴も思わず釣られて笑った

 

(―――ですから、お姉様。…もうしばらくお待ちを。宣言した通り、強くなりますわ、それこそお兄様やお姉様が驚愕するくらいに。目的地を知った黒子は、早いですわよ?)

 

この場所の居心地の良さを知るから戦いの場に戻る決意を固める

御坂美琴には決して悟られぬように

 

こうして、彼女は己の身の程を知り、自分の手の届かない世界がある事を痛感した

だからこそ、彼女は諦めることはなく、より上に手を伸ばす

 

今、この変わらない日常を、たった一つのここにある場所を守りたいから―――



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それはエンデュミオンの奇蹟
#55 もう一つのプロローグ


劇場版始動
まぁ出来はいつも通りだと思いますのでのんびり読んでくだされば


女の話をしよう

 

些細な要因から死ぬことができなくなった、哀れな女の、奇跡の話を

 

◇◇◇

 

三年ほど、前の話である

学園都市の航空事業系企業の中に、オービットポータル社というものが存在する

この企業は世界初のスペースプレーンでの宇宙旅行を実現させたとして、周囲から大変注目を浴びていた

 

そして開業試験飛行を計画、一般からの観客を募り実際にオリオン号で宇宙旅行を実行してみせるなどで、それは大いに盛り上がった

だが、その事件は起きてしまった

 

帰還する直前の出来事だ

幸か不幸か、オリオン号は宙域を漂っているスペースデブリに接触、翼が破損し、エンジンブロックに損傷を受けてしまった

 

乗客は不安に包まれ、恐怖に支配されている中、コクピットではこの状況を何とかしようと奮闘している二人のパイロットがいた

 

「左翼エンジン脱落…もうダメです!!」

「諦めるな! まだ…まだ何か方法があるはずだ…!」

 

機長の顔には、まだ絶望は見られない

彼はこの状況であろうとも、まだ乗客全員を無傷で何とかしようと奮闘している

その甲斐あってか、オリオン号は不安定ながらも飛行を続けていた

 

◇◇

 

「学園都市、第二十三学区に〝スペースプレーン〟オリオン号が不時着。オリオン号は帰還する直前に成層圏にてデブリと接触、エンジンのトラブルに至って、不時着した模様です。幸い乗っていた乗客、乗員八十八名は、全員の無事が確認されました。繰り返します、全員の無事が確認されました―――」

 

機長の奮闘により、オリオン号は無事に不時着した

しかしオリオン号事態は完全に半壊しており、修復は不可能なくらいにボロボロだった

一見、流石に何名かの犠牲者が出てしまったのでは、と思わせる

しかしレポーターが先述した通り、この事故で犠牲者は一人も現れることはなかったそうだ

 

乗客、乗員…のべ八十八名全員が無事、地球に帰還を果たしたのだ

 

 

 

―――コクピットのシートに残る、血痕と、血に塗れたパイロット帽には、触れられないままで

 

 

 

◇◇◇

 

 

三年後

とある研究所が襲われたとの通報を受けて、立花眞人、矢車ソウ、影山シュンの三名はその研究所に足を運んでいた

しかし建物に入るや否や、待っていたのはアリのような怪人からの襲撃だった

 

「クソッ…! こいつらがここの人たちを!」

「考えるのは後だ、まずはこいつらを殲滅させる。準備はいいか、影山、立花!」

「はいっ!」「了解ッ!」

 

矢車の言葉に立花と影山は返事をすると、立花は持っていたカバン型のG3ユニットを操作し、影山と矢車はそれぞれベルトのバックルを展開しながら飛んできたホッパーゼクターを掴む

 

『変身!』

「G3ユニット、着装!」

 

<HENSHIN><HENSHIN>

<CHANGE KICK HOPPER><CHANGE PUNCH HOPPER>

 

そんなゼクターの電子音声を背景に、立花もその身にG3ユニットを身に纏い、仮面ライダーG3としてその姿を現す

そしてキックホッパー、パンチホッパーとなった二人の横に並び立つと、待っていたかのように目の前でアリ怪人が集団を作ってこちらを威嚇するように叫んできた

 

「―――行くぞ!」

 

キックホッパーの叫び、駆け出していく

パンチホッパーとG3もその背を追いかけて、駆け出していった

 

◇◇◇

 

その戦いの光景を、見ているひとりの人間がいた

名前は水城マリア…ここの警備員を務めていた女性である

彼女は最初に吹き飛ばされて、幸運にも気を失い、仲間の亡骸が彼女に覆いかぶさったおかげで偶然にも生き残ることができたのだ

そしてふと意識が戻ったその時には―――辺りはこんな惨状だった

 

今も目の前で三人の仮面ライダーとやらがアリ怪人と戦っている

自分たちが手も足も出なかったアリの怪人を容易く蹴散らしているその姿に、僅かながら嫉妬心を覚えた

 

生き残り、守るために戦った結果がこれだというのか

 

―――いいや、むしろ逆なのかもしれない

 

生きるため、なんてありふれた理由で戦っていては、きっと自分はこのまま前に進めないのではないだろうか

そうだ…だから、死に場所を求めて、戦うことができたなら…

 

何となく、変われそうな気がする

根拠など何もないが…不思議と強く、そう思った

 

◇◇◇

 

「ライダーパンチ!」

 

<RIDER PUNCH>

 

「ライダーキック…!」

 

<RIDER KICK>

 

「GX03、アクティブ!」

 

三者三様の技が、残り三体のアリ怪人に叩き込まれていく

パンチホッパーのライダーパンチ、キックホッパーのライダーキック、そしてG3の高周波振動ブレード、サラマンダーが目の前の相手を撃破していく

爆発を背に受けて、ふとG3が視線を感じて振り返る

 

「…どうした、立花」

「何か見つけたか?」

「…いいえ、何でもありません」

 

気のせいだったのだろうか

あれから少し周囲を見渡してもその原因を発見することはできなかった

G3は首を振って迷いを払い、改めて生存者を探すことに集中した

 

しかし、必死の捜索も空しく、生存者は一人も発見できぬまま―――この任務は終わりを告げた

 

◇◇◇

 

九月の某日、なんてことのない昼下がりにて

 

その日、特にやることもなかった鏡祢アラタは、御坂美琴、そして食蜂操祈の三人でのんびりと歩いていた

別にデートだとかそういう話ではない、っていうか食蜂に至っては勝手についてきたのである

美琴は苦い顔をしていたが、断る理由も特にないので、割と珍しい組み合わせで適当に街を歩くこととなった

 

「…しっかし、私の近くに食蜂さんいるのって冷静に見ればエライことよねぇ」

「そうねぇ。いつの間にかそこそこ仲良くなっちゃったし」

「絶対に仲良くなんかなれない、なんて思ってたけど、人生ってわっかんないわよね…」

「中学生とは程遠い話すんなお前ら」

 

先を歩く二人の常盤台生に向かってアラタはそう呟いた

御坂美琴と食蜂操祈―――二人とも学園都市の誇る超能力者(レベル5)の七人のうちの二人で、美琴は第三位の超電磁砲(レールガン)、操祈は第五位の心理掌握(メンタルアウト)ともいう常盤台のツートップなのである

…なんでこんな二人と俺交流持ててんだろう、とたまに冷静になることもあるが、巡り合わせには感謝せねばなるまい

 

「んー、それはそうと、ちょっと空腹力がしてきたわねぇ」

「あれ。もうそんな時間…あ、ホントだ、どうする? コンビニとかでなんか買う?」

「俺は別にいいけど…操祈は?」

「私も大丈夫よぉ。友達と一緒にいるときまで、自分の食の好みを押し付ける気はないわぁ」

 

割と早めに話が決まり、じゃあその辺のコンビニとかでなんか買うか、という結論になった

そんな訳で早速レッツゴー、としたところでふと、三人の耳に声が聞こえてきて、足を止める

 

―――歌だ

 

三人して視線を見ると、そこには一人の女の子が歌を奏でていた

俗にいうストリートライブ、という奴だろう

 

「…へぇ。結構上手じゃない」

「ホントねぇ、中々の歌唱力だわぁ」

「確かにな。アカペラであそこまで人を惹きつけるって相当だぜ?」

 

すっかり空腹も忘れ、三人して彼女の歌に聞き入っていた

なんだろう、聞いてるだけで心が癒される、というのはこの事なのだろうか

と、気分よく聞いていた時に、〝雑音〟が混じってきた

 

「あのよぉ? 困るわけ。こんなところで勝手に弾き語り? とかしてくれるとさぁ」

「わかる? 場所代ってのがね? 発生しちゃうのよ。マネーよ? わかる?」

 

スキルアウトである

彼らは数人で徒党を組み、その女の子に詰め寄っていた

 

「あ、あの…」

「なんだなんだ? 俺たちみたいなのとはお話もできないってか?」

「い、いえっ、そんなことは…」

「それじゃああっちでマネーの話しようか? ねっとり、じっくりと…ねぇ」

 

全く持って度し難い連中だ

ちらりと美琴と顔を合わすと彼女は頷いて、食蜂もやれやれといった様子で苦笑いを浮かべる

ともかく、お仕事の時間のようだ

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

凛とした美琴の声が場に響く

スキルアウトの一人が不機嫌な様子を隠す気もなく、こちらに向かって振り向いた

 

「ああ? んだテメェら。ガキはすっこんでな」

「そう言われてすっこめんタイプの人種なんでな。このまま引き下がるならよし、引き下がらないなら―――」

「ちょおっと、不幸力発揮しちゃうわよ? 貴方たちがぁ」

 

美琴の言葉に続き、アラタや食蜂の言葉がスキルアウトに突き刺さる

おまけに冷静に鑑みればその男は極上の美女を連れている野郎にも見え、ついでに嫉妬心を沸き上がらせる

 

「へへっ…ちょうどいいや、よく見りゃあお前が侍らせてる女どもも中々じゃねぇか」

「誰が侍らせてるだ! 誤解を招くような言い方やめろぉ!?」

「そ、そうよ!? アタシら友達よ友達!?」

「私は別にそっちの意味でも全然オッケーなんだけどぉ?」

 

何気ない突っ込みの羅列

しかしぶっちゃけスキルアウトの面々からしてみればイチャついているようにしか見えない

いい加減スキルアウトの連中はキレた

 

「イチャイチャしてんじゃねーぞコノ野郎!!」

「イチャイチャなんかしてねーよ眼科行けやコラァ!!」

 

◇◇◇

 

あの後激情して襲い掛かってきたスキルアウトの方々をアラタの拳や美琴の雷撃などであっさりと終わらせると、反省の意味合いも込めて食蜂が能力で軽く洗脳し小一時間正座をさせた

 

「ったく…ほんと名前負けしてるわよねこの都市」

「そうかしらぁ? 刺激力満載で楽しいとは思うけどぉ」

「いつもの事だ。…あと、アンタ怪我はないか?」

 

二人の言葉に短く返し、アラタは歌っていた女の子ぬ声をかける

女の子は安堵したように息を吐くと笑みを浮かべて

 

「ありがとうございます。その、皆さんもお怪我はないですか?」

「大丈夫だよ。この程度は日常的に―――」

 

そう言おうした直後であった

人垣を掻き分けながら、大人の声が耳に届いてきた

 

「すいません! 道を空けてください!」

 

警備員―――アンチスキルだ

 

「うげ、ヤベェぞ警備員だ」

「え、本当!?」

「さ、流石に職質力とか勘弁したいわねぇ…という訳だから、私たちはお暇するわぁ」

 

三人は口々にそう呟いて、最後に食蜂が女の子にそう断ると駆け足でこの場を去っていく

だんだん小さくなっていく三人の背中を見ながら、女の子―――鳴護アリサは呟いた

 

「また、会えるかな…?」

 

 

 

 

歌と奇跡

化学と魔術

そして、生きるか、死すか

 

それぞれの思惑や想いが絡み合い―――物語が綴られる



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#56 出会い/再会

おっす。おらアジフライ
おおよそ三ヶ月ぶりくらいでしょうか

生きてます

のんびーり書いていってますので今後ともヨロシク…

果たして新約まで行くのは何時になるのか(はるか未来


学園都市

人口のほとんどが学生であるこの都市の通路を、三人の人影が歩いていく

ツンツン頭が特徴的な少年と、大きめな安全ピンでつなぎ止めた異様なシスター服を着込んだ少女、そして最後の一人が乱雑に切りそろえた髪を掻いている少年だ

 

名前はそれぞれに、上条当麻、インデックス、そして鏡祢アラタという

当麻はその右手に神の奇跡でさえも打ち消してしまうという特殊な力、〝幻想殺し(イマジンブレイカー)〟という力を宿しており、インデックスは一度見たものを二度と忘れない完全記憶能力というものを保持しており、更にはその頭の中に十万三千冊の魔導書を秘めている女の子だ

そして三人目である鏡祢アラタも体内にアマダムという霊石を宿し、その身を仮面ライダークウガと呼ばれる姿へと変身する能力を持っている

 

道を歩くインデックスを見ながら、不意に当麻が口を開く

 

「…なぁインデックス。ハンバーガーじゃあダメなのか?」

「ダメだよとーま! 昨日はとーってもひもじいおもいをしそうになったんだから! そうじがきてくれなかったらえらいことになってたかも!」

「してないんだからいいじゃねぇか」

「いいとーま。晩御飯を忘れるとね、存在を忘れられたかのような気持ちになるんだよ! ね、スフィンクス」

 

インデックスがそう言葉を紡ぐと、彼女の胸元から飛び出した三毛猫〝スフィンクス〟がなー、と鳴く

そしてその後でスフィンクスの頭を撫でつつも、彼女はアラタの方に視線を向けて

 

「ね? あらた」

「同意を求められても頷きづらいぞ、俺は」

 

インデックスが撫で終わるのを待ってから、今度はアラタがスフィンクスの首筋をごろごろと軽く指先で撫でまわす

するとスフィンクスが気持ちよさそうに目を細めた

その姿に軽く心を癒されていると、やがて当麻が観念したように

 

「…わぁったわかりましたよ。…好きなだけ食え、全く」

「!! ホント!?」

「!! マジで!?」

 

インデックスとアラタの声が重なる

インデックスは歓喜の意味で

鏡祢アラタは別の意味で(主に金銭的な)

 

大きく目を輝かせたインデックスを尻目に、鏡祢アラタは当麻に詰め寄って耳打ちする

 

「おいおい、大丈夫か? そんなこと言って」

「ふふふ。上条さんにそんな余裕があるとお思いで?」

 

ふふふと笑う当麻の顔には笑顔がなかった

それもそうだ、万年金欠の苦学生にそんな金などないことなど少し考えれば秒でわかることだった

 

「…しゃあねぇな。俺もちょっと出すから」

「マジでか! はは、やっぱり持つべきは仮面ライダーだよなぁ!」

「関係ないだろがこのド阿呆」

 

そんな会話を小さい声でしているとはつゆ知らず、ご機嫌なインデックスは周囲に視線を巡らせる

すると、ふととあるビルに設置してあるモニターの映像が視界の中に入ってきた

オービットポータル、宇宙エレベーター…レディリー・タングルロード…

とりあえず気になった単語をインデックスは当麻にぶつけてみることにした

 

「ねぇねぇふたりとも。宇宙エレベーターって―――わぷ」

 

言葉の途中で急に止まった当麻の背中にインデックスはぶつかってしまう

何事、とも思ったが、ぎぎぎ、とロボットみたいにこっちを向いてくる当麻に怪訝な顔をしつつインデックスは当麻の言葉を待つ

 

「い、インデックスサン? 貴方、完全記憶能力を保持してらっしゃるくせになにを言ってるの?」

「ふぇ?」

「あれだよインデックス」

 

不意にアラタが指をさした

その方向にインデックスも目を向けると、天にもそびえ立つかのような大きな建物が見えた

 

「…ねぇとうま、今までもあの建物なんてあった?」

「な! あ、あったよありましたよ! いつ何時も、どんな時もあの場所に! 堂々とあったでしょうが!!」

 

力説する上条当麻

でも実際そう言われると本当にあったっけ? と自分の中で思えてしまうくらいアラタは疑問には思っていた

まぁ口に出すとややこしくなりそうだから、黙っておくとして

 

「発表は最近だけど、学園都市じゃなきゃ、不可能とまで言われてるスピードだったんだ」

「ふーん…、でさでさ。結局宇宙エレベーターってなに?」

「まぁ、早い話ロケットとかそういうの用いないで、直接宇宙に行くことができるようにしたのが、宇宙エレベーターってわけさ」

 

インデックスの疑問にアラタがそう答える

そしてもう一回ちらりとアラタは宇宙エレベーターを見やる

既に開発はほぼほぼ終わり、あの建物のてっぺんはもう宇宙にまで行っているのだろうが…なんだろう、妙に胡散臭いというかなんというか

光学迷彩かなんかで存在を隠してでもいたのだろうか

 

「おぉ…科学サイドバベルの塔さえも現実のものにしようとしてるんだねぇ…」

 

ほぇー、なんて言葉を紡ぎながらインデックスはその建物を見つめる

当麻もアラタもそれに釣られて、しばらく宇宙エレベーターを見ていたが、不意に曲のイントロが耳に届いてきた

 

三人は一斉にそちらを見やる

 

それは、路上ライブ、というものだろうか

人垣を潜り抜けていった先には、一人の女の子が電子ピアノの演奏しながら、美しい歌声を披露している

 

その一人の女の子が紡ぎ出す美しい歌声とメロディの旋律に、インデックスは一瞬で虜になった

 

「路上ライブってやつか? うまいもんだな」

「あぁ。前聞いた時よりも格段に上手になってる」

「え? お前、あの子と知り合いなのか?」

「知り合いってほどじゃない。以前ちょっとしたトラブルに巻き込まれたあの子を助けただけさ」

 

 

 

 

<♪グローリア>

 

 

 

 

◇◇◇

 

「八十八の奇跡ぃ? …そういえば、そんな事件もあったわねぇ」

 

常盤台のカフェテラスで優雅に紅茶を楽しんでいた食蜂操祈は、取り巻きの女の子からそんな話を聞いた

 

「三年ほど前の話なんです。あのオリオン号の事故でスペースプレーン計画が凍結されて、あの宇宙エレベーターの建設が始まったらしいんです」

「へえぇ?」

 

話を聞きつつも、相槌を入れて食蜂はカップに口をつける

取り巻きの女生徒は話を続けた

 

「なんといっても、世界初の宇宙エレベーターですから。しかも、この学園都市に建設する苦労と困難は並大抵ではありません、そんな苦難を乗り越えて、ついに完成させたのが、あのエンデュミオンなんです」

 

そう言って取り巻きの女生徒は天にそびえ立つあの宇宙エレベーターを手で指した

確か最近そんな発表なんてものがあったなぁ、と食蜂は紅茶を嗜みながら思う

 

「けど、確かに夢のある話といえば、話よねぇ」

「そういえば女王、話を断ち切ってすいませんが、今話題沸騰のアーティストをご存知ですか?」

 

不意にこちらに話を切り出してきた縦ロールの女生徒―――帆風潤子へと食蜂は視線を見やる

 

「アーティストぉ? …うーん、私そっち方面は疎いから、あんまり知らないわねぇ」

「ARISAと言うのですが、私も興味本位で聞いてみたものの、これが中々。宜しかったら女王もどうですか?」

「へぇ? 帆風さんが言うんなら間違いはなさそうね…っと…」

 

彼女から渡されたイヤホンを食蜂は耳に付けてみる

 

「…うん?」

 

なんでだろう、初めて聞くはずなのに初めて聞いた感じがしない

具体的には割と最近聞いた記憶があるような、ないような

 

「…ねぇ、帆風さん。良かったら、このアーティストの画像ってないかしらぁ?」

「? 少々お待ちください…、確か普通に顔を出していたから…ネットを探せばあるかと…。あ、見つけました、この人です」

 

そう言って帆風の携帯に映し出された画像を覗き込む食蜂

携帯の画面に映っていたのは、以前美琴とアラタと一緒に出掛けていた際に遭遇したあの女の子だった

 

「あらぁ。やっぱりあの子だわぁ」

「え? 女王ARISAと知り合いなのですか?」

「知り合いっていうかぁ…ちょっと知人と出かけてる時に色々合ったっていうかぁ…」

「さすがは女王、既にARISAとお知り合いだったとは」

 

あれを知り合いというカテゴリにいれても良いのだろうか

触れ合った時間があまりにも短すぎる

とりあえずテーブルに置いてあった紅茶を改めて口に付けて何となく空を見上げる

なんでだろう、自分にそんな能力なんてないはずなのに、変な胸騒ぎがする

そんなことを思いながらまぁなんか起こっても自分にはどうにもできないと斬り捨てると、紅茶の味を堪能するのだった

 

◇◇◇

 

やがて目の前の女の子の演奏は終了する

曲を最後まで引き終えて、歌い終わった彼女は座っていた席から立ちあがって、聞いてくれたギャラリーに向かってぺこりと一度お辞儀をして

 

「ありがとうございました!!」

 

と元気よく返事をするとパチパチと大きな拍手が巻きおこる

やがて人垣たちは散っていき、その場にはインデックスと上条当麻、そして鏡祢アラタの三人とライブをしていた女の子が残る

インデックスはまだ興奮が冷めやらないのか、大きく拍手をしながら小さく飛び跳ねているほどだ

彼女はそれに気が付いた後、アラタの顔を見て

 

「あ! 貴方は何時ぞやの! 私は鳴護アリサ―――」

 

自己紹介をしながら歩み出した彼女の足は、地面を張っていた機材のケーブルに引っかかる

ぐい、といきなり足を取られたアリサは勢いよくバランスを崩してしまう

 

「わぁぁぁぁ!?」

 

すかさず当麻が動き、彼女を支えようと抱き止める

しかし思いのほか勢いが強かった彼女の転倒は当麻は受け止めきれず、彼自身もバランスを崩し後ろに倒れこんでしまった

 

「い、いでで…! ―――はっ!」

 

そして当麻は気づく

今の自分の状況がどうなっているのか

外見的には女の子が押し倒した感じにはなってるだろうが、確実に当麻はその体に彼女の胸の感触も伝わっているはずだ

 

「おー当麻。相変わらずのラッキースケベだな」

「ご、ごめんなさい…」

「アラタサン!? て、あの、俺もごめん…!」

 

顔を赤らめるアリサと、その光景を見て茶化すアラタ

同じように当麻も顔を赤らめるが、彼はとあるあくまのことを忘れていた

ゆっくりと近づいて、影が当麻の顔を覆う

それが誰なのかは一発で察した

 

「とぉまぁ…!!!」

 

激おこぷんぷん丸なインデックスがそこにいた

そうだ、当麻は慣れている、そしてアラタも分かっている

こうなった当麻に何が待っているのか

当麻はダメもとでアラタに視線で助けを求めたが、彼はめちゃくちゃいい笑顔でサムズアップをしていた

 

助ける気ゼロ

 

 

 

 

「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

拝啓、お父様

本日も上条当麻は不幸でありました

 

◇◇◇

 

「本当にすごかったんだよ! 感動したんだよ! ね!? とうま、あらた!」

 

片付けを手伝い、四人は陽を避けるべく影のある場所まで軽く移動していた

当麻は手すりによっかかりながら空を見上げつつ、インデックスの方へと振り返る

彼の顔にはインデックスによる歯形が結構ついているが―――まぁいつものことだ

 

「あぁ…俺は、あんまり歌とか聞かないけど、それでも、すごかったっていうのは、わかったよ」

「同意だ。俺は作業とかする時にたまに音楽を聴くけど、聞いててとても気持ちが良かったよ」

「うんうん!」

 

嬉しそうに頷くインデックスを尻目に、当麻は携帯を取り出しながら

 

「お前の曲、携帯に全部落としたんだぜ」

「速いな当麻。ま、俺もCD買ったんだがな」

 

実はこっそり買っていたのである

具体的には当麻が噛まれている時に、割と普通に(ちなみにそこで二度目の邂逅だったアラタとアリサはそこで名前も好感している)

褒められることになれていないのか、アリサは顔を赤くしながら軽く俯きつつ

 

「き、気に入ってくれたのなら、嬉しいな…」

 

少し恥ずかしそうにそう答えた

 

「ふっふーん。私は歌にはちょっとうるさいんだよ。でもでも、ありさのはほんものだね! 詩にスペルを乗せたりとかしていないのに、あんなに大勢の人を魅了してるんだもん!」

「? すぺる?」

 

いやな単語が聞こえたときの当麻の行動は早かった

すかさず彼女の口元を押さえて余計なことを言わないようにした後で、アラタがそれをフォローする

 

「い、いやぁ、とても綺麗な歌声でさぁ! 一瞬、テレパスななにかと思ったぐらいさ!」

「! あはは。それはないかな。私無能力者(レベルゼロ)だし」

「? そうなんだ?」

 

何やら後ろの方でがぶがぶという咀嚼音が聞こえてきたがするが、アラタは一切気にしないことにする

気にしたら負けでござる

 

「うん。前は悩んだこともあったけど、今は感謝してる」

 

ゆっくりと彼女は語りだす

その真剣な面持ちに、先ほどまでがぶがぶしていたインデックスも彼女の言葉に聞き入っていた

アリサの言葉に、アラタが聞き返す

 

「…感謝してる? どうして」

「だって、能力があったら、きっとそっちの方に頼ってたと思うし、何より歌っていなかったと思う」

「…そんなもんか?」

 

インデックスに噛みつかれたままの当麻もそう問いかけた

っていうかもう完全にインデックスに噛みつかれているのは日常になりつつあるのでスルーしてる感じが凄まじい

というかよく見たら聞いてるインデックスもまだかじっていた

 

「うん!」

 

元気に返事をしながら彼女は軽く前に出て、くるりと身を翻すとこちらに向き直る

 

「私、勉強とかもダメで、唯一できたことが、歌を歌うこと。なら歌おう…そのためなら、何だってして見せようって!」

 

迷いなく言い切る彼女の姿に、いつしか三人は聞き入っていた

どこまでも明るい笑顔で、鳴護アリサは続ける

 

「いつかね、大きな舞台で、大勢の人の前で歌えたらいいなって。―――それが、今の私の夢かなって!」

 

そうしてもう一度笑顔を作り出す鳴護アリサ

どういうことだろう、今いる場所は陽が当たらない日陰なのに彼女から後光がさしている気がする

自分たちが普段やってることが小さく見えるくらいに彼女を花道でオンパレードしているっ

それぐらい純粋に自分の夢を語る彼女の姿は、今の三人には眩しすぎた

 

「あう! とうま! なんだかありさがきらきらしてまぶしいよ!」

「ぐ! 普段の俺たちの日常が荒んで見えるっ…!」

「めちゃくちゃいい子じゃねぇかコノヤローッ!」

 

無意識にそう叫んでしまうくらい彼女は光り輝いていた

そんな彼女の輝きから手で覆いガードしていた時に、不意にアリサの携帯から着信音が鳴った

 

「!」

 

アリサはすかさずいったん後ろを向いて携帯を開き、その画面を見る

そのあとで一瞬驚いたように目を見開くと、もう一度首だけを動かしてこっちを見ると

 

「あ、あの…。いいかな?」

 

本当にいい子である

もちろん断る理由なんかないので、三人は手で〝どうぞ〟というジェスチャーをする

「ありがとう」と短く言葉をかけたのち、アリサは携帯に耳を当てて話し始めた

 

「は、はいっ。えぇ、そうです。………はい………えぇ!? 本当ですか!! はいっ…はいっ! ありがとうございます!」

 

何やらお仕事の話かなんかだろうか

あるいはどこかの大学やら学校やらでライブでもしてほしいという依頼の電話か何かだろうか

電話の内容が予想できないインデックスと当麻、アラタの三人は顔を見合わせて首を傾げる

やがて電話を終えた彼女がゆっくりとこっちを向いた

 

「…オーディション、受かっちゃった」

 

オーディション

言っている本人も思考が追い付いていない感じでそう呟いた

待って欲しい、オーディションというのは、あのオーディションだろうか

具体的にはCDとか自費とかで販売とかするのではなく、ちゃんとしたレーベルかなんかで発表できるあれとかだろうか*1

 

「私、デビューできるんだって!!」

 

やったー!! と全力で喜びを体現する彼女を見て、ようやく当麻達も理解に追いついた

 

「ってことは! プロじゃん! テレビに出られるのか!」

「それだけじゃねぇ、正式にCⅮとかも出るってことじゃん! エイベ〇クスとか!」

「え? てれび? …えぇ!?」

 

当麻とアラタの言葉にインデックスは反応し、目を星みたいに輝かせてアリサの方に少し食い気味に歩み寄った

あまりの勢いに少しアリサも戸惑いつつも彼女に笑みを向ける

 

「すごいよありさ! カナミン*2と同じになれるんだよね!」

「か、カナミン?」

「これは絶対お祝いしないとだね!」

「う? うん」

「私たちこれからごはん食べに行くところだったんだ! 〝とっても豪華〟なごはんを!」

 

なんか知らん間にハードルがバリクソ上がっていた

とっても豪華、な部分を聞いた当麻は冷や汗を流し始める

 

「え、でも―――」

「いいよね!! とうま!!」

 

そう言ってじろりと当麻を見やるインデックス

その眼光は言っている―――拒否ったらかじるぞ

これはもう断れない…そう思った当麻はがっくりと肩を落としたのだった

そんな当麻にアラタも苦笑いをしつつ

 

「…ほら、俺も金出すからさ」

「すまねぇ…」

 

◇◇◇

 

唐突ではあるが、場所は移り変わる

そこは黒鴉部隊と呼ばれる部隊の訓練施設だ

その訓練の教官*3をしているのは、名護啓介と呼ばれる人物である

 

「それにしても、最初に彼が自分を売り込んできたときは驚いたわね」

 

そんな訓練光景を高台の方から見守っているのは、ゴスロリ服を着た少女である

彼女の名前は、レディリー・タングルロード

外見はまさしく少女にしか見えないが、倒産寸前のオービットポータル社を買い取って、宇宙エレベーターの開発までこじつけた天才社長なのである

そんな彼女の左右には、二人の人間がいた

 

「それで、面白半分で採用したら思いの外いい指導するのですもの」

 

そんな彼女の隣にいる二人のうちの一人―――水城マリアはそう呟いた

生き長らえた彼女はレディリーに拾われて、社長秘書という役職を与えられたのだ

 

「貴女も大事ないかしら? 例の彼女の保護任務、貴女にも出てもらうけど」

「問題はありません。試運転にも名護さんに付き合っていただきましたし…後は私次第」

「そう。なら問題ないわ。期待してるわね」

 

そして今度はもう片方の人間にレディリーは視線を向ける

 

「貴方にも期待してるのよ。イーサー」

「わかっているさ。俺たちを招き入れてくれたこと、感謝しているぞ、タングルロード」

 

イーサーと呼ばれた男性は笑みを浮かべながらレディリーに返答する

イーサー…突如として彼もレディリーの前に現れ、自身が率いている組織ごと売り込んできたのだ

戦力は必要だったからというのもあるが、理由の大半は面白そうと判断したからだ

きっとイーサーはイーサーで何かを企んでいるのかもしれないが、それはそれで問題ない

レディリーの目的が達したときは、もう関係などないはずだから

 

 

 

 

 

 

「シャットアウラくん」

 

訓練を一通り終えた黒鴉部隊のうち、一人を名護は呼び止めた

黒い美しい長髪をたなびかせ、その少女がこちらを振り向く

彼女の名前はシャットアウラ・セクウェンツィア

この黒鴉部隊の指揮官…リーダーである

 

「名護さん、何か」

「君用に調整されたイクサナックルが完成した。それを渡そうと思ってね」

「! 完成したのですか!」

 

驚く彼女に名護は懐から黒いイクサナックルとベルトを取り出し、それを直接手渡した

本来イクサナックルは白と赤がベースカラーであるが、彼女に渡したナックルは白い部分が黒鴉部隊をイメージした黒色へと変わっており、シャットアウラ用にいろいろと調整を加え完成したのがこのイクサナックル(ブラック)なのだ

 

「君の能力に合わせてイクサカリバ―にはパレットを打ち出す機構を組み込んである。正直能力とかは俺はわからないが、君なら使いこなすことができるだろう」

「…本当にありがとうございます。わざわざこのようなものを用意していただいて、感謝しかありません」

 

シャットアウラは少し融通の利かないところがある

しかしそれを差し引いてもこの部隊は彼女を信頼しており、彼女もまた部下たちを信頼している

実に〝最高〟な部隊だ

 

「今日の任務で試運転を兼ねるかもしれない。構わないか」

「望むところです」

 

そう言って彼女は受け取ったベルトとナックルを見つめ、ナックルを持つ手に力を入れる

 

「わかった。ではそれまで身体を休めておきなさい」

「了解です。では失礼します」

 

そう言って彼女は黒髪を翻し、その場を後にした

名護はそんな彼女の背中を見送ったのち、ちらりとレディリーらの方へ視線を向ける

 

(…レディリー・タングルロード。事前情報では魔術師の疑いありとのことだったが…。それに隣の男、イーサーと言ったか。アイツに関しては何も得られなかったが…さて)

 

思考しながら、名護は視線を険しくする

そんな視線を知ってか知らずか、レディリー・タングルロードは口元を小さく歪に歪ませた―――

*1
なおここら辺は想像の域を出ないので実際はどうなってるかは知らない

*2
インデックスが好んで見ているテレビアニメ

*3
本人はコーチと言い張って譲らない




イーサーという名前に勘の鋭い方は誰か気づくと思います


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#57 歯車は回っていく

以前のはもうちょっと長かったですが、今回はこの辺で



そんなこんなでアラタと当麻、インデックスにアリサはとあるレストランへと足を運んだ

レストラン〝AGITO〟

アラタもよく美琴たちと来る場所だ

 

テーブル席に座るとバイトしている天道ひよりがこちらに気づいてメニューを取りにこちらに歩いてくる

 

「いらっしゃい。今日はいつもの女の子たちじゃないんだ」

「開口一番誤解を招く言い方やめてくれる? あの子たち仕事仲間だって知ってんだろお前」

「少なくともボクには女の子侍らせてるようにしか見えないな? それで、注文は―――」

「はいっ! これとこれとこれとこれを持ってきてほしいんだよ!」

 

席についたインデックスがメニューを持って食べたいものを指さしていく

油断していたひよりは改めてそれらをメモに取り足早に裏へと引っ込んでいった

ちょっとかわいそうな気もしたがお仕事なので何も言わないことにする

 

そしてインデックスの前にずらりと並ぶ数々の料理

それらを見てインデックスは目を輝かせてフォークやナイフを器用に使いこなしステーキやハンバーグを喰らい美味しそうに舌鼓を打っていく

初めて見るアリサは彼女の大食いを目の当たりにして言葉を失い、見慣れている当麻とアラタは苦笑いをする

 

とりあえずこっちも適当に何かを頼み、それらを食べながらアリサと言葉を交わしていく

 

「え? オーディションってあのエンデュミオンに関係したものなのか?」

 

当麻の言葉に、「そうなんだ」と言いながらフォークに巻いたパスタを口に入れて咀嚼していく

 

「キャンペーンのイメージソングに、私の歌が選ばれたの」

「イメージソングかぁ…すごいな、やっぱり宇宙で歌うのか?」

「それはまだわかんないけど…オープニングセレモニーがあるみたいだから、まずはそっちかな」

 

アラタの言葉にフォークにパスタを絡めながらアリサが答える

ちなみにそんな日常会話の中でもインデックスの注文は苛烈さを増していき、どんどん料理が運ばれては空の食器が持ってかれる

 

「…やれやれ。ヘルプを頼まれた時は何事かと思ったが。あの子が来ていたのか」

 

エプロンを着ながらテーブルの様子を覗きに来た天道総司は軽く息を吐きながらそんなことを呟いた

その隣でこの店の店長である立神翔一が苦笑いをしながら

 

「いやー急に呼んでごめんね、天道くん。どんどん注文増してくもんだから、人手が足りなくなってさ…」

「ボクも話だけは聞いてたんだけどね。…あんなに食べるとは思わなかった」

 

翔一の隣で壁にもたれかかって一息ついてるひよりがそう呟いた

インデックスの食欲を知っている天道はあまり驚きはなかったが、初めて目にする翔一とひよりは流石に面食らっていた

テーブルの方で当麻が伝票を握り締めて「もう勘弁してください!!」と叫ぶのが聞こえてきた

 

もう色々ゼロだったのだろう

 

 

すっかり食べ尽くしてお腹が膨れたインデックスは自分のお腹を軽く撫でながらご満悦のご様子

対する上条当麻はアラタも多少払ってくれたとはいえ、財布のほとんどを持ってかれてしまい、すっかり元気が失せ机に涙目で突っ伏していた

 

合掌

 

「アリサの思いが神様に届いたんだね」

 

少し前にサービスで提供されたアイスティーで一息つきながらインデックスがアリサに向けてそう言った

 

「うん。…私ね、運がいいんだ」

 

少し気になる言い方をした彼女の言葉に、当麻は少し身を起こし、アラタも彼女の言葉に耳を傾けた

 

「今度の話もね、本当に運がいいって―――」

「おばあちゃんが言っていた」

 

不意にアリサの言葉を遮って店の奥の方から小さいチョコパイを乗せたお皿をおぼんに乗せた天道が歩いてきていた

彼はテーブルの上にことりと一皿ずつ彼らの目の前にそれを置いていきながら、徐に天を指差し

 

「実力で掴んだ成功は、運ではない。紛れもない、自分の力だ、…てな」

「…天道、俺たち頼んでないぜ?」

「俺のサービスだ。遠慮なく喰え」

「ほんとに! さっすがそうじなんだよ!」

 

天道に粋な計らいで目を輝かせるインデックス

あれだけ食べておいてまだ食えるのか、と思われるかもしれないが、いつも通りなので問題はないのである

せっかくサービスでくれたのだからありがたく貰うとしよう

 

「でも、天道の言う通りだぜ、アリサ」

 

さらに置かれたチョコパイを一口かじった当麻が不意にアリサに向かって声を上げる

そんな当麻の言葉に意味が分からず、アリサは疑問符を浮かべて当麻を見た

 

「ふぇ?」

「さっき天道が言ってただろ? お前が選ばれたのは、紛れもない実力なんだ。誇ってもいいと思うぜ?」

「そうそう。それを運っていう言葉だけで片付けるのはもったいないよ」

「…二人とも」

 

きっとここまで来るのに、ずっと努力をしてきたはずだ

ようやくそれが実って、彼女の夢がかないそうだというのに、それを運と決めつけるのはあまりにも酷である

 

「ねぇ、ひと段落したから…聞いちゃうけど、貴女、ARISA、さんだよね?」

「え? う、うんっ」

 

不意にショートカットの女の子のバイト―――ひよりがアリサに向かっておずおずといった様子で聞いてきた

彼女は持っているシルバートレイを抱きしめつつ、そこからひょっこりと顔を出しつつ

 

「その、ボクアナタのファンなんだ。ARISAが歌う歌に、ボクはいつも勇気を貰ってるから…」

 

口元を隠しながらのぞかせる彼女の瞳が可愛らしい

 

「あ、そういえばボク名前言ってなかったね…その、ボクはひよりって言うんだ。天道ひより。…その、よ、よろしく」

「―――、うん、よろしくね、ひよりちゃんっ」

 

そう言って彼女の手を少し強引に握って握手を交わすアリサ

突然の行動にひよりは少し驚きながらも、その握手を受け入れて僅かに笑みを浮かべた

 

「…なんだひよりぃ、顔が赤いぞ?」

 

そんな光景をニヤニヤと笑いながら見つめる視線が一つ

アラタはチョコパイをかじりながら面白そうに笑みを浮かべながらひよりを見ていた

そのことに気が付いたひよりはアラタの方へ振り向きつつ

 

「う、うっさい馬鹿アラタ!」

 

反射的に手に持っていたシルバートレイをぶん投げてしまった

平らな面がアラタの顔面にぶち当たり彼が悲痛なうめき声を上げた

横じゃないだけマシだろう

 

「ふんだ」

 

言いながら彼女は着替えるべくいったん裏に引っ込んでいった

だがアラタと話していた僅かな時間、少し嬉しそうに微笑んでいた事実は、ひよりしか知らない

 

◇◇◇

 

陽が落ちて、夕焼け空となっている学園都市

その学園都市のどこかにある、建物の屋上にて

 

そこには三人の女の子がいた

否、女の子と表現するには格好があまりにも変だ

彼女たちの格好はまるで絵本にでも出てきそうな魔女と呼べる格好をしている

事情を何も知らない人が彼女たちを見れば、ただのコスプレとしか思えないだろう

 

そんな彼女たちの目の前には、宙に浮いている一つのディスプレイのようなものがある

そのディスプレイには映像が映し出されていた

 

映像には、AGITO店内で談笑しているアリサの顔が映し出されている

 

映像に映っている彼女は、インデックスたちと共にひよりと天道が着替え終わるのを待ちながら、その後で遊びに行こうとしていた

 

三人の魔女は、じっとその映像を眺めていた

暗い闇の中で、彼女たちの髪が風に揺れている―――

 

◇◇◇

 

遊び歩いていたらすっかり陽も暮れて夜になってしまっていた

街灯もぽつぽつと点灯し始めて、夜の暗闇を彩っていく

 

「こんなに楽しかったのなんて初めて! …本当にありがとう、みんな」

 

そう本心からの感謝をアリサは呟き、隣にいるインデックスとひよりに笑顔を受けた

彼女の笑顔に二人も笑顔で返すと、ごとん、と何かを置く音が聞こえた

 

それはアリサの機材を持っていた当麻がその荷物を置いた音だ

 

彼の傍らには念のためとしてアラタと天道が付き添っていた

せっかくだから男子連中でじゃんけんで負けた人が持ってこうぜ、みたいな話になりなぜか当麻が連敗した

不幸炸裂である

ゆえに、アラタと天道はあまりに疲れていない

 

「お、俺も無能力者(レベルゼロ)だからさ。夢かなえようって頑張ってる人見るとさ、励まされるんだよ」

「…当麻くん」

 

彼の名前を呟くアリサの頬は、朱色に染まっていた

その光景を見てひとり、アラタはハッとする

そしてアラタの内心に同調したであろう天道もアラタの方へ歩み寄り

 

「…相変わらず、フラグを立てるのは早いな」

「天道も思ったか。…全くだよ、流石我が友人」

 

小さい声でそんなことを天道と言い合うアラタ

 

「明日や未来に向かって頑張ってる姿を見ると、元気や勇気を貰えるんだよ!」

「うん。…ボクには、その勇気が少し羨ましいかな」

 

インデックスの言葉に頷きながらひよりはちらりとアラタの方へと視線を移した

当の本人は天道と話しているために、ひよりの視線に気が付くことはなかった

その事実にひよりは周囲に悟られないように小さい声で「…ばか」と呟く

 

「こりゃあ、インデックスさんも頑張らないといけないな」

「むむ。それは失礼なんだよ! っていうか、私は既にシスターっていう立派な職業についているんだよ!」

 

そんな二人の言葉を皮切りに、インデックスと当麻のいつもの言い合いが始まった

最早これは様式美のようなものになっているのでひよりもアラタも天道も笑ってそれを流している

アリサもまた笑顔を浮かべながらそれを少し眺めたあと、徐に空を見上げた

 

そしてすくっと立ち上がるとらら、と言葉を紡いで、歌を歌い始めた

否、歌う、というよりはそれは奏でている、表現した方がいいかもしれない

あるいはまだ、製作途中なのか、単純に今思い浮かんだ曲調を奏でているのかもしれない

 

「…綺麗な旋律、だね」

「あぁ…」

 

無意識にひよりもアラタの隣に歩いてきて、そんな言葉を呟くと、アラタもそれに頷く

さっきまで言い合っていた当麻とインデックスも言い合いをやめてアリサの歌に聞き入っていた

アリサは歌を奏でながら、ゆっくりと歩き始める

他の四人も彼女の声を聞きながら後ろをついていく

 

ちなみに荷物は今度は男子全員で分配したので全員が一個ずつ持っている感じである

 

やがてたどり着いたのは中央にある水が溜まっている大き目な広場へとたどり着いた

彼女はやがてひとしきり歌い終えると、くるりと振り向いて

 

「これね、今作ってる歌なんだ。本当に今日はありがとう。…デビューライブには絶対に招待するからね」

 

言ってアリサは笑顔になる

それに応えるように一行も笑顔を浮かべて

 

「ああ。楽しみにしてるぜ、なぁ? インデックス」

「うん! ぜったい聞きに行くんだよっ!」

「音楽というのも、案外悪くはないかもしれないな」

「これからもファンの一人として応援してるよ。頑張ってアリサ」

「…さて、時間も遅いし、今日はもうお開きか?」

 

一通りの言葉を述べて、アラタが携帯の画面を確認して時間を確認する

すっかり遅くなってしまった、これが常盤台だったら門限ぶっちぎっているためエライことになるだろうが、そんな名門校に通ってる奴はこの場にはいない

男子連中が持っている機材をアリサに手渡して、途中まで送っていこう―――その矢先

 

 

変化が起きる

 

 

 

広場の中央―――水が貼られている貯水池の真ん中が渦を巻き、そこから一人の魔女が浮き上がってくる

ほうきを構え、金髪の魔女―――メアリエ・スピアヘッドは魔術を行使する

 

「ウンディーネ―――。逆月の象徴により―――万物から抽出されしものよ…!」

 

言葉と同時、足元の水が渦がさらに激しさを増していき、やがてそれは一本の龍のようなものを作り上げる

それに一番最初に気が付いたのは、そういうものに敏感なインデックスだった

 

「―――!」

 

そのインデックスの様子、そして周囲に異常に気が付いた当麻、天道、アラタ、アリサ、ひよりも状況の異常さに目を向けた

目の前に竜巻のように渦巻く水―――その水がうねりと共にこちらに襲い掛かる

 

すかさず当麻はアリサを、アラタはひよりを庇い、天道はインデックスの隣へと移動する

 

「当麻、こいつは―――」

「間違いねぇ、魔術師だ…!」

「お前の近くにいると、退屈しないな…!」

「気を付けて! 水のエレメントを使役する術式だよ!」

 

インデックスの言葉に三人は警戒を強くする

そんな中目の前の水の龍は形を整え、こちらを喰らわんとタイミングを伺っているように見える

 

「インデックス! お前はひよりとアリサを連れて隠れてろ!」

 

当麻の声に頷くと、インデックスはアリサとひよりと一緒にこの場を下がる

アラタと天道は当麻の隣に立つとまず天道は天へと手を翳す

それをきっかけにして、天道の手元に赤いカブトムシのようなものが飛来し、それをキャッチすると腰に巻いてあるベルトへとそのままセットしゼクターホーンを反対側に倒す

 

「変身」

<HENSHIN>

 

マスクドフォームの過程をすっ飛ばし、ヒヒイロカネの鎧を纏った仮面ライダー、カブトへと天道は姿を変える

最後の顎のローテールを起点にカブトホーンが定位置に収まり青い複眼が発光する

 

<CHANGE BEETLE>

 

同様にその横で、アラタも腰に手を翳す

すると彼の腰にアークルと呼ばれるベルトが現れ、右手を左斜めへと伸ばし、左手をアークル右側上部へ添えて、ゆっくりと開くような動作をしつつ彼も叫んだ

 

「変身…!」

 

そして右手を左手の所へ持っていき、両腕を開いて仁王立ちする

ぎぃん、と暗かったアークルの霊石―――アマダムが赤く輝き彼の身体がクウガへと変質し、変身を完了させる

 

それに呼応するかのように、水の龍が落ち着いたかと思うとそこから金髪の女の子が現れる

魔女みたい格好で、少々際どい格好をしている

神裂といい魔術師はなんか格好に意味合いでも持たせているのか

そして目の前の金髪の魔女だけではない、確認できる気配だけでおおよそ後二人…合計三人だ

 

当麻の右手があるといえども、あまり無茶はさせられない

 

「行くぞ天道」

「わかっている」

「当麻も無理すんなよ」

「あぁ!」

 

クウガが呟くと同時、カブトはクナイガンをクナイモードにし、共に駆け出し、二人を追うように当麻も走り出す

 

「マリーベート! 足止めしてっ!」

 

目の前の金髪の魔女―――メアリエは周囲の水を用いて、こちらに水の槍を放ってくる

かかってくるいくつかの水の槍をクナイガンで叩き落とし、クウガの拳で破壊し、当麻の右手で打ち消しながら接近を試みるが、不意にくんと、足が動かなくなる感覚が襲う

 

「―――土!?」

 

当麻が叫ぶ

よく見ると自分たちの足元に土が絡みついて動きを奪っているのだ

 

「ジェーン!」

 

土を操る女魔術師―――マリーベートが風を操る女魔術師―――ジェーンの名前を呼ぶ

ジェーンが一度扇子を仰ぐと、強い突風が吹き荒れ、先ほどいくつか回避したはずの槍がこっちに向かって戻ってくる

 

「くそっ!」

 

当麻がまず自分の足元に絡みついている土を殴りつけてその魔術を無効化すると、それに連鎖してクウガとカブトの足元の土も消し飛び、術者のところまで繋がっていたその土が、マリーベートを吹き飛ばす

しかし水の槍はそうは言っていられない、クウガとカブトは当麻を庇うように前に出ると

 

「超変身!」

「プットオン」

<Put ON>

 

カブトはマスクドの鎧を身に纏い、クウガは紫色の姿となることでその槍の凌いでいく

それを見たメアリエは再度箒を突き付け、魔術を行使しようとするが…不意にバランスを崩したように水の中に落ちてしまった

 

「! 強制詠唱(スペルインターセプト)!?」

 

ジェーンがインデックスの方へと視界を見ながらそう叫ぶ

 

強制詠唱(スペルインターセプト)

〝ノタリコン*1〟という暗号を用いて術式を操る敵の頭に割り込みを掛け、

暴走や発動のキャンセルなどの誤作動を起こさせるという魔力を必要としない魔術だ

 

無効化にかけては当麻とインデックスの右に並ぶものはいないだろう

再度身構えたクウガとカブトマスクドフォーム、そして当麻は残る一人をとっちめるべく走り出そうとした、その時

 

通せんぼするように、紅い炎が吹き荒れた

 

<タカ!><トラ!><チーター!>

 

そしてそんなテンション高い声が聞こえてきたと思った瞬間、カブトマスクドとクウガに向かって何者かが攻撃を仕掛け二人の体制を崩していく

攻撃していった人影は、その炎を操っているであろう人物の所へと移動する

 

その人物を、当麻とアラタはよく知っている

ステイル・マグヌス…必要悪の教会(ネセサリウス)という組織に属している魔術師だ

だが横にいる仮面ライダーについては何も知り得ない…いや、かつて敵対していたころに、ステイルが用いていたあの人形とかかわりがあるのだろうか

ステイルは抱えているマリーベートとメアリエに視線を移す

 

「…なぜ勝手に動いた。僕か斎堵を待てと言ったはずだ」

「し、師匠…」

 

どうやらあの三人の女魔術師はステイルの身内のようだ

だったら話は早い、なんでこんなことをしてきたのか問いただせば答えて…くれるだろうか

だが聞かない以外に道はない

三人はステイルから少し距離を取りつつも、互いの声が聞こえるだろう位置に行くと

 

「おいステイル! こいつは一体どういうことだ!」

「事と次第じゃあ、流石に許さねぇぞ!」

 

当麻とクウガの声がステイルの耳に届く

ステイルは女魔術師たちから手を離すと、目をつむったまま動かない

そして隣の仮面ライダーも徐に一枚ベルトからメダルを抜くと一枚、新しいメダルをベルトにセットした

それをベルトのスキャナーのようなものでスキャンをし―――それを合図にするかのように、ステイルが叫ぶ

 

「Fortis931*2!!」

<タカ!><トラ!><バッタ!> <タトバ! タトバ タ・ト・バ!>

 

黄色かった下半身が緑色に変わり、ステイルの周囲に炎が吹き荒れる

 

「本気か!」

 

クウガとカブトもステイルに対し身構えようとしたが、バッタのごとき跳躍力で一気に三色の仮面ライダー…オーズが腕の爪を展開し襲い掛かる

その攻撃を回避しつつ、カブトマスクドとクウガはそれぞれ身構えた

 

「実力を見せてもらうぜ。クウガ殿!」

「こなくそっ!」

 

オーズは腕の爪でクウガの拳とカブトのクナイガンを器用にいなしながら小さい隙を見つけては二人のライダーに攻撃を仕掛けていく

オマケに今のクウガとカブトはマスクドフォームと紫色のタイタンでもあるので、どうにもスピードが著しく追い付けていない

クウガとカブトは後ろへと転がって体制を整えながら

 

「天道、姿を戻すぞ! ―――超変身!」

「わかった。―――キャストオフ!」

 

<CAST OFF><CHANGE BEETLE>

 

マスクドフォームの鎧がはじけ飛び、ライダーフォームへとまた姿を変えて、クウガも色を再度赤へと戻して、目の前のオーズに向けて立ち向かっていく

 

そんな光景を少し離れたところで、インデックスたちが見守っていた

インデックスは目を逸らすことなくその戦いを見つめており、その隣のひよりは不安そうに彼らの戦いを見守っていた

それはアリサも同じだった

 

キュイン、と当麻の幻想殺しがステイルの炎を打ち消す

それでもまた新たな炎を生み出しながら、ステイルは弟子であろう三人の魔女に向けて言葉を発した

 

「何を呆けている、確保しろっ!」

 

その言葉を聞いて、メアリエ、マリーベート、ジェーンの三人が立ち上がり、動きだす

三色ライダーと戦っていたカブトとクウガは相手の蹴りや爪を防御しつつも、アリサへと視線を向けて

 

「やばい、やっぱ狙いはアリサか!」

「向かいたいところではあるが…!」

 

だがそんな隙を目の前のオーズは見逃すはずもないだろう

後ろを見せてしまえば、それで終いだ

 

「アリサぁ! ―――!」

 

ごぉ! と当麻の近くにあった柱へとステイルの炎が燃え移る

柱はメキメキと音を立てて、今にも崩れ落ちようと姿形を変形させていく

 

「君の右手じゃあ、質量までは消せないだろう」

 

ステイルの言葉に、上条当麻は歯を食いしばる

そう、上条当麻の幻想殺しには致命的な弱点がある

彼の幻想殺しには、あくまでも〝異能〟の力しか防げないのだ

たとえ相手の炎自体を防ぐことができても、その炎で倒れてきた瓦礫や木などは防げない

 

今にも消えようとしている彼の姿を、鳴護アリサは確かに視界に捉えた

捉えてしまった

 

いやだ、そんなのいやだ…!

あの人には…死んでなんかほしくないっ!!

 

 

 

「やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 

 

刹那、鳴護アリサは叫んでいた

そしてそれと同時に、ステイルが生み出していたはずの炎が消え去り、当麻を押しつぶすはずだった柱が二本に割れて、当麻を避けるように地面に突き刺さった

 

何が起こった?

 

それはこの場にいる皆が思ったことだ

そんな光景を見ていたステイルは憎々し気に舌を打った―――

 

 

◇◇◇

 

「保護対象確認。…いつでも行けます、名護さん」

「構わない。以降、私は君に従おう」

 

シャットアウラの言葉にそう言葉を返しながら名護と彼女はイクサベルトを巻き付ける

そして同時にナックルを手のひらで叩きつける

 

<レ・ディ・イ>

 

「…変身」「―――変身!」

 

<フィ・スト・オン>

 

二人のベルトから音声が鳴り、残像が二人に重なると、その場には白い仮面ライダーと黒い仮面ライダーが爆現する

十字のフェイスがオープンし、この場に仮面ライダーイクサが二人、現れた

 

「マリア、貴女はどうか」

「問題なし、感度良好ですわ」

 

水色の複眼を発行させ、G4システムを纏った彼女がそう短く答える

 

「…貴方は? ブラック・リューランド」

「こっちもいつでも行けますよ…ってなわけで」

 

言いながらブラックと呼ばれた彼は時計のカバーのようなものを軽く動かし、ライダーの顔に合わせると、スイッチを押す

 

<―――ザモナス>

 

それを腰に巻いてあるベルトの右側に付けて、気だるそうに上のロック解除ボタンを押しながら、呟いた

 

「変身」

 

<ライダータイム! ―――仮面ライダー ザモナス!>

 

ゴウッ! と炎のようなものが巻き起こったと思うと、彼の体を赤と青の鎧が包んでいく

金色のような、それでいてライダーとも見える複眼が発光し、妙な輝きが、ステイルたちを捉えていた

 

「狩り、開始。…なんてね」

 

 

―――ゆっくりと、歯車は回っていく

*1
単語の頭文字のみ発音することで、詠唱の暗号化と高速化を同時に行う発音方法

*2
我が名が最強である理由をここに証明する



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#58 黒鴉部隊

あんまり長くてもあれですので区切りのいいとこで切りました
今回はちょっち短め


舌を打ったステイルは、ふと別の気配に気が付いた

炎で燃えた柱とは別の柱に、光学迷彩か何かかわからないが、多脚の奇妙な機械が見える

まるで蜘蛛みたいなその機械は射出口みたいなのを展開させると、バシュバシュ! とアンカークローみたいなものを撃ち込んできた

 

ステイルはその場から動くことでそれを回避すると、その手に炎を生み出して、牽制の意味合いも込めてその炎を機械に向かって放った

 

「…なんだあれは」

 

新手の化学兵器か?

少なくとも今まではあんなのはまだなかったはずだ

飛んでいったステイルの炎は真っ直ぐ光学迷彩している機械へと飛んでいき、ゴォ! っと燃える炎に包まれるが…これと言って効果はなさそうだ

 

炎が晴れるとその機械は光学迷彩を解きながら、ゆっくりとこちらを補足するかのように周囲を動き回る

それを皮切りにビルの壁を駆け抜けながら、また何機かの機械がこちらに接近してきていた

そして地上―――そちらに視線を向けると、また新たな仮面ライダーが四人、こっちにゆっくり歩いてきている

 

戦闘は避けられそうにない、だったら迎え撃つまで

マリーベート、ジェーン、メアリエの三人もこちらに合流し、オーズもステイルの隣へと戻ってくる

アリサの元へと戻っている当麻やアラタたちも状況に戸惑っている

彼らが呼んだわけでもなさそうだ

 

そうこうしているうちに四人のうちの一人―――ブラックイクサがこちらに向けて銃のようなものを撃ってきた

オーズが前に出てトラクローで弾丸を弾いた

ブラックイクサが攻撃をしたのを合図に、周囲を走っていた機動兵器がこちらに向かってディスクのようなものを射出してきた

放たれたそれは地面に設置されていった

地雷、というわけでもなさそうだが…

 

 

ブラックイクサの仮面の下で、放たれたディスクを視認し、アイツ等の近くにセットされたそれを確認する

ブラックイクサはそちらに向けて右手を向けると、その手首からバシュン、とワイヤーが出て地面にセットされたそのディスクを射抜いた

 

「! 散れ!」

 

ステイルはそう叫び、一斉にその場から五人の敵は散らばった

直後、レアアースを媒介にエネルギーを解放されたディスクが連鎖し、周囲に大爆発を引き起こした

当麻らも巻き込んでしまいかねないその爆発ではあるが、気にしている余裕なんかない

動かなければ、こっちが潰されかねない

 

というかアイツ等ならば自衛なんて訳ないだろう、気にするだけ時間の無駄だ

 

一行は相手の攻撃を避けながら見晴らしのいい場所へと移動すると、同じように機動兵器らも壁などを飛び回り、次々と妙なディスクを打ち出していく

周辺にばら撒かれるはずだったそのディスクをステイルの炎が焼き払い、撃ち漏らしをオーズのクローが斬り裂いていく

 

やがて一機の機動兵器の着地した、黒い仮面ライダー―――ブラックイクサがステイルたちにイクサカリバーを突き付けながら

 

「我々は学園都市統括理事会に認可を得た、民事解決用干渉部隊である。―――これより、特別介入を開始する」

 

毅然とした様子で言い放つブラックイクサの言葉と共に、機動兵器が駆けまわり、同じようにまた仮面ライダーたちが姿を現していく

白い仮面ライダー―――イクサに、青い複眼の仮面ライダー…G4、そして頭のライダーという文字が特徴的なザモナスがそれぞれこちらに向かってかけてくる

 

それらを迎え撃つべく、オーズはメダジャリバーを構えると後ろにいるメアリエの水の魔術を援護にライダーらへと駆け出していった

最初に撃ってきたのはイクサとG4である

イクサカリバ―とハンドガンのようなもので牽制するようにこちらに放ってくるその弾丸をジャリバーうやトラクローで切り落としつつ、距離を縮めていく

向こうも同じようにイクサとG4の援護を受けつつ、ザモナスがボウガンを片手に同じように駆け出してくる

 

やがて距離が近くなり、先に攻撃を繰り出したのはザモナスだ

彼はそのまま真っ直ぐパンチを繰り出す、がシンプルなその一撃は容易く捌かれるも、向こうはそれを当然予期していたであろう

すかさず軽く後退すると上空からのブラックイクサの襲撃を受け、オーズは一撃を貰ってしまい、メダジャリバーを弾かれてしまった

 

「人の利は我らにありってねぇ」

 

そう呟きながら、ザモナスは軽く指示を飛ばすと、機動兵器が再度動き出す

約四機ほどのそれらは後ろに控えているステイルたちの方へ向かっていき、彼ら彼女らはそれらの対応で手いっぱいとなってしまった

この状況は流石に不味いか―――そう思った矢先である

 

紫色の炎弾が突如としてザモナスに降り注いだ

ザモナスはその炎弾の接近に気が付くと即座に後ろへと飛びのくと、オーズの前に一人の仮面ライダーが現れる

紫色の姿をして、その両手には太鼓のバチを思い起こすような得物をもっているその男はちらりとオーズへ視線を移す

 

「響鬼…」

「これ以上は迷惑かかっちゃうよ。撤収撤収。―――神裂ちゃん!!」

 

そう言って響鬼はとあるビルの屋上へと視線を移す

視線の先には、七天七刀を携えた神裂火織の姿もあった

彼女はその場からステイル等の方を見やると

 

「彼の言う通りです、ステイル、撤退を!」

「ち…仕方ないか。―――メアリエ、ジェーン、マリーベート、斎堵!」

 

ステイルの言葉を聞くと響鬼の近くのオーズは立ちあがって体制を立て直す

 

「それもそうか。潔く退くとしようか」

「それがいい。―――そんな訳で失礼!」

 

響鬼はそう言ってザモナスに向けて鬼火を吐き出して牽制すると、その場から跳躍して撤退していく

一目散に奔っていく彼らをブラックイクサは少し離れたところで見つめるが、追いかけるようなことはしなかった

向こうから引いてくれるのなら、それに越したことはない

ちらりと、ブラックイクサは視界の端に、紅い髪の男―――ステイルを追いかける二人の男を見つけた

鳴護アリサの友人か

彼らはステイルと軽く言葉を交わしたのち、二人してアリサがいるであろう方向を振り向く

その刹那の一瞬で、ステイルはもう視界から消えていた

 

(…よくわからない奇妙の能力を使う。私も早くこの装備に慣れなくては)

 

まだまだ使いこなせていないところもある

そこら辺は精進あるのみだ

ちらりと変身を解除した名護の方へ視線を向けると、こちらの意図を察してくれたのか、頷いて部下を引き連れて彼らもこの場から撤収を始めた

G4やザモナスもそっちに行ってる辺り、後は名護に任せて問題ないだろう

最後に、ブラックイクサは先ほどの男二人―――上条当麻と鏡祢アラタの方へと足を運ぶと、変身を解除しながら己の姿を晒した

 

 

言いたいことだけ言って消えたステイルたちを探していると、不意に当麻とアラタの前に、黒い仮面ライダーがゆっくりと歩いてくる

そいつはベルトに取り付けてあるナックルのようなデバイスを外すと、変身を解除して人間としての姿を二人の目の前に見せてくる

ぴっちりしたボディスーツに、長い黒髪をたなびかせ、真っ直ぐ射抜いてくる瞳

真面目な風紀委員長みたいな感じだな、とアラタは内心で思う

あとどことなく吹寄に似てる

 

「…アンタたちは何者なんだ」

 

黙ったままのアラタに代わり、当麻が女に向かってそう言葉を呟いた

彼女は表情を変えることなく、まるで作業のように淡々と言葉を告げていく

 

「我々は 学園都市内の秩序を維持すべく、特殊活動に従事している」

「そんなんじゃあわかんねぇよ! アリサの敵か!? それとも味方なのか!?」

「先の戦闘は、依頼にあった任務の一環だ」

「―――おい、答えになってねぇぞ」

 

女の言葉に、アラタもやっと口を開く

だが彼女はキッと強くこちらを睨みつけると

 

「警告する。これ以上あの女に関わるな。迂闊に関われば―――死ぬことになる」

 

そう迷いなく言い切ってきた

 

 

 

その日、運命は動き始める

 

化学と魔術―――二つの勢力が奪い合う一人の少女―――鳴護アリサ

彼女が幻想殺し―――上条当麻と、仮面ライダークウガ―――鏡祢アラタと出会ったことで

 

運命は―――動き始める



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#59 幕開け

生きてます(報告


伽藍の堂、と呼ばれる場所がある

正しくはそう呼んでいるのは数人のほとんどの人間には認識されていない、一見廃墟のような場所なのだが

 

そんな伽藍の堂の所長―――蒼崎橙子が机の上にある紙と珍しく格闘していた

そしてそんな彼女の隣で、一人の少女が橙子を助けるように思考を巡らせていた

アリステラである

 

「…橙子さん、やっぱりここの所をこんな感じにして…」

「そうか? 私はここをだな…」

 

アリステラの相棒である翔は今、大きめな共同ソファの方で座りながら本を読んでいる

ああ言った仕事では、翔の出番はないゆえに、手伝えることがせいぜいコーヒーを淹れるぐらいしかないのだ

今現在、アリスとが橙子がしている仕事、というのは、アイドル物の衣装のデザインである

 

「しっかし、橙子さんがアイドルの衣装手掛けるって状況が想像できないわねぇ」

 

そんな事を呟く翔の対面に座っている一人の女性

名前を黒桐鮮花という

なんでも橙子の昔馴染みだったり、弟子だったりとそんな断片的な事しか翔はよくは知らない

 

「けど、なんでいきなりこんな話来たんでしょうね。わざわざ伽藍の堂に」

「さぁ? まぁ橙子さんの古い知り合いじゃない? そこのところよくわからないけど…」

 

橙子が経営している伽藍の堂とは、一応は建築デザイン事務所であるが、橙子の気分で受けれるものは何でも受けている

今回のアイドル衣装を手掛けるのもまた、橙子の気分で請け負ったのだろう

 

「あ、橙子さんこんな感じでどうですか!? 今びびっと来ました!」

「おぉ。悪くなさそうだ…これで行こうか!」

 

―――まぁ、当人たちが楽しそうなんだから、それでいいか

 

 

夢を見た

 

崩壊している飛行機の中を、歩いている夢だ

どうして自分がここにいるかはわからない

だけど、自分は歌を口ずさんでいた

ららら、とそれを歌と表現するのは少し違うかもしれないけど、それでもその言葉を口ずさむのをやめなかった

 

右手に何らかのアクセサリを持っていたような感触がある

それを持ったまま、口ずさみながら歩いている時―――

 

 

「はっ…!」

 

不意に目が覚めた

ゆっくりと上半身を動かすと、知らない部屋に鳴護アリサはいた

自分のいる場所はベッドの上…誰かが寝かせてくれたのだろう

不意に視線を向けると二人の女の子がテレビ画面を見ながらゲームをプレイしていた

―――片方はインデックスだ…けどもう片方の女の子は見覚えがない

 

「あ、やられちゃった」

「むむむ。ここ、中々難関ステージかも」

 

静かに起きたおかげか、そのインデックスと女の子はまだこっちに気づく様子はなかった

 

「お、目が覚めたみたいだな」

「本当か?」

 

不意にこっちに向かって声が聞こえた

ちらりと視線を向けると、そっちにいるのは上条当麻と鏡祢アラタの二人だった

何かを作っていたのか、アラタの方は手にフライ返しを持っている

 

「待ってな、もう少しでホットケーキ焼き終わるから、焼き終わったら一緒に食べよう」

「ほっとけーき! あらたが作ってるの?」

「市販のだけどね。言っとくけど数ないからあんまりおかわりしちゃダメだよインデックス」

 

アラタとインデックスがそんな会話をしてるなか、落ち着いてきたアリサはちらりと当麻の方を向きながら

 

「…ここは…?」

「あぁ、俺が今住んでる学生寮だよ。とりあえず今のところ安全だから、安心していいぜ」

 

そう言って小さく微笑む上条当麻

そんな彼の笑顔に、アリサは少しだけ安堵する

ホッとしたアリサの視界に、クワガタのようなカチューシャをつけた黒い長髪の女の子がひょっこりと顔を出した

 

「わわっ」

「びっくりさせちゃった? ごめんなさい。…私はみのり。アラタやトウマを助けてくれてありがとう。…そのお礼だけ言いたかった」

「た、助けるだなんて…あの時は、正直無我夢中で…何が何なのかわかんなくて…あ、そういえば、天道さんとひよりちゃんは…」

「あの二人ならもう家だと思うぜ。流石に遅い時間だからな」

「…そんで、その様子だと、連中のことはやっぱ知らなそうだな…」

 

彼女の言葉にアラタが短く返し、当麻が腕を組んで考える

動揺している彼女の姿を演技だとも思えない

なんでこの子が狙われたのかいまいちピンと来ない…

 

「ふっふーん。知らなくてとーぜんだよっ。だってあれは魔―――」

「ストップインデックス」

 

何かを口走ろうとしたインデックスの口をみのりの手が塞いだ

危うくいらんことを口走るところだった

みのりの行動に感謝をしつつ

 

「ま、まぁ化学だけじゃあ説明できないことって色々あるよなぁ? なぁ当麻!」

「お、おう! いやー、世界って広いんだなーって!」

「! ―――当麻くんも、アラタくんも信じてるの?」

 

不意にぐ、と身を乗り出して聞き返してくるアリサに当麻とアラタは疑問符を浮かべる

その後で当麻が代表して

 

「…信じてるって?」

「その…化学だけじゃあ解明できない…不思議なチカラ」

「…まぁ、言ってしまえば超能力もまた、説明できない力ではあるけど…そういうの、あってほしいのか?」

「…私がそうなんだ」

 

アリサの告白にえ、とアラタは首を傾げる

一体どういうことだろうと思ってそのまま言葉を待っているとゆっくりと彼女は続きを話し出した

 

「…歌を歌ったりするときだけなんだけどね。なんだか、計測できない力みたいなのがあるみたいで。今も、霧ヶ丘で定期的に検査を受けてるんだけど…結局、よくわかってなくて」

 

霧ヶ丘…おそらく霧ヶ丘女学院のことだろう

ざっくり言ってしまえばお嬢さま学校の一つで、能力開発のエキスパートらしいが詳しい詳細はよく知らない

 

「…私ね、時々思うんだ。…もしかしたらみんなが歌を聞いてくれてるのって、その力のおかげなんじゃないかなって…」

「違うっ!」

 

ネガティブなことを呟いたアリサを、当麻の言葉がかき消した

 

「そんなんなら、俺の右手が―――あっと…」

「そうだよ! ありさの歌は本物だよ!」

 

右手…幻想殺し

そうだ、もし彼女の歌声が何かしらの能力なんだとしたら、きっと当麻の右手が反応するはずだ

だから絶対に、彼女の歌は、彼女自身の力に間違いないはずだ

 

「わたしは聞いたことないからわからないけど…インデックスが言うんなら、間違いないよ」

「あぁ。君の歌は確かに心に染み渡った。…だからそんなネガティブなこと言わないで」

 

みのりとアラタもインデックスに便乗し短い言葉をかけていく

それでアリサも少しだけ安堵したのか、小さく微笑んだ

そんなアリサの膝に、一匹の猫がやってくる―――スフィンクスである

スフィンクスは「なー」と短く鳴き声を発する

まるでスフィンクスも励ましてくれてるみたいだ

 

「…ありがとう」

 

笑んだままスフィンクスを抱き上げると、徐に窓を開けて、ベランダへと足を運ぶ

そのまま手すりに寄りかかって、夜風を見に受けながらぽつりと言葉を発し始めた

 

「…歌でみんなを幸せにしたかった。歌っていれば、私も幸せになれる気がしてた。…だけど、それでもし、誰かが傷つくのなら…もう―――」

「! おい、もしかして、オーディションに受かったのに、辞退しようっていうんじゃ」

「だって、〝歌いたい〟って、結局は私のわがままだもん。…またさっきみたいなことが起こって…そのせいで、大勢の人が怪我とかしたら…」

 

「…本音は?」

 

「…え?」

 

アラタの言葉に、アリサがハッとする

 

「君の本音はどうなんだ。…歌いたいのか? 歌いたくないのか?」

「…歌いたいよ。…私には、それしかないんだもん…っ!」

 

そう呟いた彼女の頬を、目から流れた雫が伝う

そんな彼女の涙を、抱き抱えたスフィンクスが慰めるようにぺろぺろと舐めた

彼女の本心を聞き届けた当麻が、アリサに言葉を投げかける

 

「なら、歌えよ。やりたいことと、やれる力があるんなら、やんなきゃだめだ」

 

四人もベランダへと近づいて、アリサを見据える

涙にぬれた彼女は、そのまま目元を指で拭いながら当麻の言葉を聞いていた

 

「そのために、安全に歌える方法を探そうぜ。俺たちも協力するからさ」

「…うんっ!」

 

そう満面の笑顔でアリサは頷いてくれた

その笑顔に思わずインデックスも、みのりもアラタも釣られて微笑を作り

 

「それじゃあ、ありさはしばらくここにいるといいよ!」

「え?」「え!?」

「ふむ。確かに敵さんは人目があるところなら迂闊に手を出してこないだろうし…この場所なら俺たちもフォローしやすいし、色々とベストマッチじゃん」

「…いいの?」

「―――どうやらそれが最善っぽいなぁ…―――よーしっ! この上条さんに任せなさいっ! どーんと面倒見てやりますとも!!」

 

そう高らかに宣言してくれる当麻を見て、インデックスとアリサもまた、笑みを作る

アラタも内心で安堵する、彼がいるのなら大体は大丈夫だろう

そんな中、一人みのりはすんすんと鼻を動かして

 

「…アラタ、ホットケーキは?」

「え? ―――あ、やっべぇ!? 焼きっぱなしだぁ!?」

 

そう言ってどたどたと慌ててキッチンに戻るも―――時すでに遅く

 

「あぁぁぁぁ!? 焦げちまってるぅぅ!?」

 

普段の彼からしたら珍しい叫びが、学生寮に響き渡った

そんな彼を見て、インデックスも当麻も、アリサもみのりも笑いだしたのだった

 

◇◇◇

 

「はい。…連中は分類不明の能力を用いていました」

<能力ねぇ。…でも、今どきはどんな能力だって生み出せるものでしょう? ましてや、この学園都市では>

 

シャットアウラ・セクウェンツィアは一人、自身の部屋で上司であるレディリーへと報告を行っていた

シャワーでも浴びた後なのか、彼女は下着姿のままで、片手に通信機器を持ち、それを耳に当てながらもう片方の手はタンスの上にある端末を操作し、窓のシャッターを開けて、外の夜景を映させる

 

「…今回の敵は、相当に珍しい部類の力だと思います」

<レアアースを自在に操る貴女の能力も、かなり珍しいと思うのだけど? シャットアウラ>

「希少価値という意味での珍しい、という意味ではありません。…貴方の仰った通り、鳴護アリサは襲われた。…一体あの女は、何者なのですか」

<あら? 知らないと戦えないかしら?>

 

報告の途中で、シャットアウラの顔は不意に歪みだす

〝ノイズ〟が聞こえてくる

耳障りな、〝ノイズ〟が、通信の向こうから耳に入ってシャットアウラの思考を乱してくる

苦痛に顔を歪めながら、シャットアウラは問いかけた

 

「…ところで、この通信は本当に安全なのでしょうか」

 

 

<先ほどから、ノイズを感じるのですが>

「…ノイズ?」

 

そんなものあっただろうか、あるいはこういった通信に干渉してしまうような何か―――と周囲を見渡してレディリーは思い出した

蓄音機である

 

「あぁ。そうだったわね」

 

レディリーは思い出したように、横に控えているマリアに指示し、蓄音機の再生を止めさせた

 

 

<どう? これでノイズは消えたかしら?>

「! …はい」

 

不意に消えたノイズに、思わずシャットアウラは通信機から耳を話す

 

<それじゃあ、明日もあの子の警護よろしくね?>

「はい。それでは」

 

短くレディリーへの了承の返事をした後で、シャットアウラは通信機を切った

そしてベッドの上に置かれているものをシャットアウラは確認する

ブラックイクサナックル

試運転も兼ねて使用してみたが、意外に着心地が悪くない

しかしまだこいつの性能を生かし切れてはいない気がするのだ

 

「…軽く体を動かしてから、寝るとするか」

 

 

「…こんな深夜に人を呼び出しといて何の用だよ博士」

「まーまー、そう固いこと言わないでー。コーヒー飲む?」

 

十二時を少し過ぎた辺り

鏡祢アラタは沢白凛音の研究所へと足を運んでいた

正確に言えば呼び出されたといっていいか

ご飯も食べ終わり(黒こげのホットケーキは責任もって自分が食べて、余ってた材料で再度焼いた)さぁ部屋戻って寝るかー、としていたころに電話で呼び出されたのである

 

「で。要件はなんなの」

「あぁそれね? いや実はさ、神那賀くんのベルト、ちょっと調整が終わったから、それの試運転お願いしたくてさ?」

「そんなんアンタがやりゃあいいだろ。っていうか日を改めろよ! なんでこんな真夜中なの?」

「科学者としての欲が抑えきれなくなったんだ。君ならやってくれると思ってネ?」

 

はた迷惑である

 

「…あぁもうわかったよ! とっととバースドライバー寄越せ! 軽く動かしてくるから!」

「そう言ってくれると思った! そんな訳で、これがメダルだ、ウェポンとか使わなくていいから、軽く動かした感想を聞かせてくれ」

 

 

面倒な頼みごとを引き受けてしまった

っていうかそもそもこのベルトは神那賀雫のモノなのになんで自分が試運転しなければならないのか

沢白は「色々な人のデータが発展につながるのだヨ」とか言っていたが、どこまで信じていいのだろう

まぁ引き受けてしまったものは仕方ない、とっとと使って報告して寝よう…そう思って公園にやってきたとき、先客を見つけた

 

「…んあ?」

「―――ん?」

 

それは先日自分たちに忠告をしてきたあの黒い長髪の女だったのだ

昨日の今日で。なんちゅうタイミングで再会しやがる、っていうか気まずい

なんて言葉をかけるか迷っていたところ、先に向こうの女―――シャットアウラが口を開いた

 

「…そのベルト、お前も戦士なのか」

「え? え、えぇまぁそうなのかな?」

 

あれ、そういえばこの人自分がクウガとなっている時の姿見ていなかったっけ

アリサが気を失ったタイミングで解除したから、自分がクウガだと気づいていないっぽい

まぁそっちの方がいいや、説明面倒くさいし

 

「ちょうどいい。少し体を動かすところでな。相手が欲しいと思っていたところだ」

「あ、相手?」

「模擬戦の相手として付き合え。拒否は許さん」

「横暴だな!?」

 

しかしこっちも似た理由で公園にやってきた身、模擬戦といえど実戦に勝るデータはないだろうし、ここは受けるべきだろう

正直、一人寂しく動かすよりは、多少有意義だ

 

「…まぁいいよ。付き合ってやる」

「…私が言うのもなんだが、ゴネると思っていたぞ。物分かりがいいんだな」

「どうせ断っても襲ってくるんだろう? なら最初から付き合ってやるさ」

「ふん―――いい心がけだ。…変身」

 

<フィ・ス・ト・オン>

 

電子音声の後で、彼女の身体に幻影が重なり、ブラックイクサとしての姿がその場に現れる

アラタも同じようにバースドライバーを巻き付けると、ポケットに突っこんでいたメダルをセットして、呟いた

 

「変身」

 

レバーを回し、カポンという小気味よい音を聞きながら、その身をバースの鎧が包む

…アイツはいつもこんな視界で戦っていたのか、と軽く新発見をしながらも、バースは身構えた

 

「―――行くぞ」

 

徒手空拳のバースに合わせたのか、ブラックイクサもカリバーを用いることなく向かってくる

向かってくるタイミングに合わせて、バースもまたブラックイクサへと走り出した―――

 

 

 

 

 

…家に戻れたのは、深夜二時を回ったころだった



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#60 平和な時間

あけましておめでとうございます(令和二年二月)

クッソマイペースではありますが今年もよろしくお願いしますね(。-`ω-)


上条当麻はがん、と壁に頭をぶつけてその衝撃で目が覚めた

同時に意識がはっきりしてきて―――体がずきりと痛む

理由は今の自分の体制にある

 

バスタブに体育座り―――こんな体制で寝ればそりゃあ身体も痛む

 

なんで今上条当麻はバスタブ、もとい浴槽で寝ているのか

 

それは本来自分が使っているベッドをインデックスとアリサに譲っているためだ

 

「…やっぱり床で寝ればよかったかな」

 

最初はインデックスが三人で寝ようよと誘ってきたのだがとんでもない

健全な青少年である当麻にとってあそこで三人で寝ようものなら色々問題があるのです

だから断固辞退させてもらった

 

ゆっくり体を動かしながら体制を整えて、洗面所で軽く顔を洗い眠気を吹っ飛ばして居間に歩いていく

そこにはアリサとインデックスが気持ちよさそうに寝息を立ててまだ眠っていた

そんな二人を確認して小さく当麻は微笑むと朝ごはんを用意するべくキッチンへと歩いてくのだった

 

◇◇◇

 

一方でアラタの自室にて

先日バースの機能テストという面倒くさい沢白からの仕事に加え、特に詳しい事情も知らされぬままあの黒髪の女―――シャットアウラだったか―――に模擬戦を(半ば強制的に)挑まされ疲れがダイマックスな状態で家に帰ってきた

特に着替えることもなくそのまま倒れるようにベッドに倒れこんでぐっすりと眠っていた

 

「…気持ちよさそうにねむってる…」

 

ぐっすり眠っている彼を起こさないように同居人であるゴウラムことみのりはいそいそとベッドから抜け出した

せっかくだから今日くらいは彼の代わりに朝ごはんでも用意して待っていようか

とは言っても自分に料理なんてできないから買い置きしていある総菜パンとかを用意するくらいしかできないが、なにもないよりはマシであろう

 

◇◇◇

 

「そいじゃあ今日はとりあえずアリサと留守番しててくれ。後でアラタの部屋からみのりって子もくるだろうから、三人で仲良くな」

「うん。とうまもはやく帰ってこないとダメだよ! いつ敵が襲ってくるかわかんないんだから!」

 

玄関でぴょんぴょん跳ねるインデックス

現在アリサの方は洗面所にて食器洗いをしてくれている

本当は帰ってきたら洗うから寛いでくれていい、といったのだが、アリサの方が折れてくれず、結局当麻が折れることとなった

 

「当麻ー、そろそろ行こうぜ」

「おっとわかった。それじゃあ二人とも、行ってくるから」

「うん、いってらっしゃい! とうま!」

「いってらっしゃい! 当麻くんッ!」

 

ひょっこり顔を出したアリサと、玄関のインデックスがそう当麻を送り出す

二人の言葉にちょっぴり顔を赤くしつつ、当麻も微笑を浮かべながら「いってきます…」と少し照れながら答えるのだった

 

 

「ええかかがみん! かみやんっ!!」

 

学校にて

何やら青髪ピアスが当麻の机で力説している

そんな力説をアラタは携帯をいじりながら聞いていた

 

「アイドルを応援する醍醐味っちゅんはなぁ!? 見守るっちゅうことにあんねん!」

 

どういうことなんだろう

まぁ最近は会いに行けるアイドルとかもメジャーになりつつはあるのだろうが

 

「特にこのご時世、アリサちゃんみたいにな! あっという間に火がついてメジャーになってしまうんやっ!!」

「そーですかー」

 

あんまり気のない返事をする当麻に対し、土御門が軽くグラサンを掛けなおしつつ

 

「にゃー? どうしたかみやん、なんだかお疲れモードだにゃー?」

「ちょっと寝不足なだけだよ。…枕もベッドもなくってな」

「だから床で寝ろって言ったのに」

 

ぐだーっと机に突っ伏す当麻を尻目にアラタがツッコむ

そんな彼を教室の入り口でじーっと見詰める人影が一人

名前は姫神秋沙

彼女がここの高校に来るまでの経緯は割愛させていただく

 

「睡眠不足…。まくら。…全部奪われた」

「? どうしたの姫神さん」

 

これまたたまたま登校してきた吹寄に姫神は声を掛けられる

姫神は彼女の方を見て「なんでもない。おはよう」と声をかけると二人一緒に教室に入ってきた

そうして二人がそれぞれの席に着いたころに我がクラスのちびっこ担任月詠小萌が「はーい! そろそろ席に着くですよー!」と大きな声と一緒に入ってきた

小さい体格だがはっきりと通るその声は瞬く間に教室中に響き渡りその辺で雑談していた生徒たちも自分の席へと戻っていく

 

「授業が始まるのですよー…? 上条ちゃん、なんだかすごく顔色がひどいのですね?」

「あぁ、まぁ色々合って寝不足なんですよ先生」

「まぁ! 本当ですか鏡祢ちゃん! ダメですよ上条ちゃん! 寝不足はダメダメなのですよー!」

 

当麻は突っ伏している状態から僅かに顔を上げて小萌の方へと視線を飛ばしながら訴えかけた

 

「…じゃあ寝てていいですか」

「そんなこと言う子は早速今日から補修なのですよー」

「! えぇ!?」

 

眠気が吹っ飛んだのかガタっと言う擬音が似合うくらいに当麻が上半身を起こした

まぁ冷静に考えて教師に眠いから今日寝てていいですかとかいう奴基本いないしある意味当然ともいえば当然なのかもしれない

ちっちゃい先生だがペナルティは大きかった

 

「一緒に頑張りましょうね! 上条ちゃん!」

「あ、あはは…」

「やれやれだ…」

 

変な笑いを上げる当麻に対してアラタはそう呟くことしかできなかった

だって仕方がないではないか、完全に自分の失言のせいなのだから

 

「はぁ…不幸だ…」

 

最早お約束の流れなのである

 

◇◇◇

 

夕飯の買い出しに来ていた

ここは学園都市でも一般的なスーパーマーケットに足を運んでいた

今回は作りやすくて美味しいカレーライスでも作ろうかと思いアラタは一人食材を吟味していた

 

「…具材はシンプルにじゃがいもと玉葱、ニンジンでいいか。変に凝っても仕方ないし」

 

シンプルイズベスト

拘ったりする人はいるのではあろうがアラタ自身はそこまで料理が得意でもない

変にこだわって失敗しては元も子もないのだ

そんなわけで適当に野菜コーナーで食材をかごに入れながらついでに何か小腹が空いた時にでも食べる菓子でも買っていこうと思い立ちお菓子コーナーまで歩いていく

 

「…あぁ、これもかわいいっ」

「た、確かにこれも捨てがたいですね…むむ…」

 

食玩コーナーに立ち寄ったとき、聞き慣れた声色をアラタは聞いた

うん? と気になって足を戻してそっちを見ると常盤台の制服を着た女生徒が二人、食玩コーナーの一部で話し込んでいた

めっちゃ知り合いである

 

「…美琴?」

「ひゃうっ!?」

 

声をかけると驚いたように身体をびくぅと震わせた

その拍子に手に持っていた箱を落としそうになるもギリギリセーフでキャッチする

彼女は若干涙目になりながらもこっちを見てくるがそれは一旦スルーしつつ、もう一人の方へ言葉をかける

 

「そんで…帆風さん?」

「まぁ。女王のお知り合いの殿方ではないですか」

 

彼女も手に持っていた箱を一度コーナーに戻して軽くお辞儀をすると短く自己紹介を始めていく

思えばちゃんと話すのは初めてかもしれない

 

「改めまして、常盤台中学三年の帆風潤子と申します。お話は女王から伺ってますよ」

「鏡祢アラタだ。こっちも帆風さんの話は聞いてるよ。もっとも、名前くらいしか知らないけどな」

 

帆風潤子

食蜂操祈の派閥のナンバー2であり、奔放な彼女を補佐し、実質的な運営の管理をしている子だとかなんとか

まぁトップの食蜂操祈が放任主義なこともあり色々苦労してそうではあるが

 

「…なぁ、トップがあんなんで苦労してない?」

「いえいえ全然。女王に尽くすのが私の生き甲斐ですもの。大変と思ったことあれど、苦と感じたことはありませんよ」

「…いい子だなぁ…」

 

思わず口に出た疑問に彼女はそう笑顔で答えた

今度食蜂操祈に会ったときもっと彼女を労うように言わないといけない

 

「そんで、何してたの?」

「ようやくそれを聞く?」

 

話の流れを一度切って改めて美琴へと視線を送り言葉を発した

美琴は箱をアラタに向かって見せながら

 

「スーパーマーケット限定の食玩ゲコ太コレクション! これを買うために帆風さんと来てたのよね」

「帆風さんと? …となると、彼女もゲコ太好きなの?」

「はいっ」

 

そう言って彼女は緑色の美琴と同じモデルの携帯を取り出してアラタに見せてくる

まさか常盤台にゲコ太好きがいるとは思わなかった

…正直美琴しかいないんじゃないかとさえ思っていたが、わからないもんである

 

「まさか常盤台の同志がいただなんて思わなかったわ」

「ふふ、このめぐり逢いはきっと運命ですね」

 

しかしなんだかんだ仲は良好なようだ

最近は美琴自身も操祈と仲は悪くはないが、派閥というのにはたまにそれをよく思わない女生徒もいると聞く

そんな中同じゲコ太好き…ゲコラーというべきか…がいるのは彼女にとってありがたい話だろう

 

「ところでアンタは何してんの?」

「あぁ、俺は晩御飯の買い出し。食材買いに来てたらたまたま二人を見かけたってわけ」

「まぁ。鏡祢さんは自炊をなさるのですか?」

「多少はね。あんまり上手くはないけど、それなりにできるつもりだよ」

 

流石に天道には敵わないのだが

 

「それでも素晴らしいことですよ。…女王も少しは自炊などに興味を持ってくだされば…」

「キャラじゃないもんなアイツ。らしいといえばらしいけど」

「むしろ帆風さんが食蜂さんにご飯作ってるのが想像できるもんね」

「あら。…それはそれで…」

 

そう言って帆風は「ほぅ…」と目を閉じる

自分が操祈に対して食事を振舞うさまを想像でもしているのだろうか

確かに正直想像が容易だ

それだけ、帆風が操祈を慕っているということなのだろうが

 

「…いいですね。それ」

 

筋金入りだなこの子

そう思わずにはいられない

本当に一回操祈は彼女を心から労った方がいいと思う

心の中でそう思ったアラタなのであった

 

◇◇◇

 

そんな訳であの後二人と別れた後、アラタは真っ直ぐ学生寮へと帰ってきた

まだ当麻は帰ってきていないようでそれなら先にご飯を作って待っていようということになりカレー作りをスタートする

 

大人はこれに加えて美味いビールでも付け足すのだろうがあいにく学生である自分はそんなものはない

適当に買ってきた野菜を水で洗って皮をむき、適当な大きさにカットする

鍋をコンロに置いて火をかけて水とか色々ぶち込んで煮込み始めていい感じになったら中辛のカレーのルーを潜影蛇手…もとい、投入してさらに煮込んでいく

 

なんかとなりの部屋で当麻の叫び声とか聞こえてきた気がするけどそんなもんは一切気にしないでカレーを作っていく

白飯は当麻の部屋にもあるだろうしここは冷凍しておいた白飯を解凍すれば足しになるだろう

…一応ないことも想定して念のためご飯も炊いておこう

 

そんなこんなでカレーも出来上がり炊飯器をみのりに持たせてアラタと二人当麻の部屋の前に移動してインターホンを一回

ピンポンと呼び鈴が鳴って数秒、上条当麻が顔を出した

なぜかインデックスが噛んだであろう歯形とか包帯ががんじがらーめとなっているが無視する方向で

 

 

「明日?」

「うん。オービットポータルの人と、契約の話とか色々」

 

夕食も食べ終えて今現在は三人で食器を洗っている最中に、アリサが話を切り出した

それに当麻がうーんと皿を洗いながら

 

「マジかー。明日俺、補修受けなくちゃいけなくってさ」

「余計なこと言わなきゃよかったのにな」

「う…さらっと傷抉るのやめてアラタさん…。ってか、お前明日は? アリサについてけんの?」

「行きたい、んだけど明日橙子んとこに顔出さんといかなくてさ。俺は早めに終わるだろうから、向かうのは途中からになりそうだけど」

「お前もか。…代わりにインデックスやみのりちゃんに任せる…てのは?」

 

そう言って当麻は居間の方でスヤスヤと食後の睡眠をしているみのりとインデックスに目を見やる

アラタも釣られて二人を見るが首を振って

 

「いや。逆に不安になるよ」

「だよなぁ…。うーん…どうすっかなぁ…」

 

当麻が唸った刹那、アラタが「あ」と短く声を発した

 

「? どうした」

「いたぜ、アリサに同行してくれそうな、頼り甲斐のある友人が!」

 

我ながら妙案だ

アイツ等なら問題なくアリサを預けることができる

 

「…あ! アラタくんもしかして」

「あぁ。もしかして、さ」

 

アリサの問いにアラタは小さく笑んで答える

きっと引き受けてくれるだろう、常盤台の超電磁砲と、その仲間たちなら



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#61 オービットポータル社

どうもです

せめて月一で更新していきたいと思ってます(ミカヅキ
けどあんまり期待しないでね(土下座


待ち合わせ場所にて、鳴護アリサは雲を見ながらアラタが同行を頼んだ子たちを待っていた

空の景色を楽しみながらのんびり待っていると、アリサの耳に声が届く

 

「やっほー! お待たせー!」

 

聞いたことがある声だ

声の方へ振り向くと、そこには見知った女性が一人に彼女の友人であろう女性たちが四名ほど

会ったことはないが、大丈夫だろうか

 

「待たせてごめんね。とりあえず改めて自己紹介するわね。私は御坂美琴。こっちは友人の佐天さんに初春さん」

「は、始めましてアリサさんっ! 初春飾利ともおします!」

「同じく佐天涙子です! …その、えっと、ファンです!」

 

ネットで活躍している本物のアリサを見て、思わず語彙力が低下している柵川中学の二人

まぁ芸能人に近いしそうなるのも無理はないのかもしれない

 

「んで、車椅子に乗ってるのが私の後輩の白井黒子に、そんな彼女を押してるのが友人の神那賀雫さん」

「ご紹介に預かりました、白井黒子といいますの」

「今日はよろしくね、鳴護さん」

「ありがとうございます。同い年っぽそうだから、アリサでいいよ、神那賀さん」

「それじゃあ私も雫でいいよ、アリサさんっ」

 

早くも打ち解け始める神那賀や黒子たち

と、思ったところでアリサは少し周囲を見回してみる

はて、アラタから聞いた話ではあともう一人いるって話なのだが

 

「あの、美琴ちゃん、確かあと一人くるんじゃなかった?」

「あぁ…食蜂さんね。…いえ、誘いはしたんだけど―――」

 

 

―――あら、いつぞやの女の子とぉ? 喜んで―――

―――女王、申し訳ないのですがその日は派閥の定例会議があります

―――そんなのいつも通り貴女に任せるわ帆風

―――いいえ。たまには女王本人も出席していただかいないと。派閥の沽券に関わるかと。

―――沽券って言ってもぉ…

―――アラタさんにも言いつけますよ

―――…そこで彼の名前出すのズルくなぁい…? もう、わかったわよぅ…そんなわけで行けそうにないわぁ…

 

 

「と、まぁ。そんな感じでこれなくなっちゃって」

「あはは…それなら仕方ないね」

 

都合があるのなら仕方ない

もちろん彼女が来れなかったのは残念だが、それでも今日だけでこんなに友達が増えたのだ

これ以上望んではバチが当たりそうである

 

「それじゃあ行こうか、歩きながらお話しよっ」

「えぇ。私も色々話したかったし

 

アリサの笑顔に釣られて美琴も笑顔になる

オービットポータル社への道すがら、彼女たちは楽しそうにおしゃべりをするのだった

 

◇◇◇

 

「お邪魔しまーす」

「しまーす」

 

一方で鏡祢アラタ

彼は一緒に来たみのりと一緒に〝伽藍の堂〟の扉を開ける

彼の来訪にいち早く気が付いたのは翔だった

 

「お、いらっしゃい。やっと来たか」

「呼ばれてたからな。…あれ、アリスは?」

「アリスなら今寝てるんだ。最近色々あって夜遅くまで起きてたから」

「そうなんだ? じゃあ橙子は…」

 

そう言いながらアラタはきょろきょろと見回すと窓側で窓を開けながら煙草を吸っている蒼崎橙子の姿を見つけた

その近くではソファに腰を下ろしている黒桐鮮花の姿も見える

メガネを外している彼女はアラタの視線に気づくと笑みを浮かべて

 

「来たみたいだな、アラタ」

 

灰皿に煙草を押し付けて火を消すとこっちに向かって歩いてくる

 

「早速で悪いが準備をしろ。今からオービットポータル社に向かう」

「いきなりだな。っていうかなんでよ?」

「いや何。向こうから衣装デザインを頼まれてな。挨拶に赴くのさ」

「衣装? …もしかしてアリサの?」

「なんだ、知っていたのか。流石大人気アーティスト」

 

まさか衣装を手掛けていたのか、とアラタは内心びっくりする

何でも屋という話は軽く聞いていたがそんなものまで請け負っていたとは思わなんだ

 

「デザインしてるときの橙子さん、結構楽しそうだったよ?」

「鮮花、余計なことは言わなくていい。お前も同行しろ、暇なんだろ」

「はーい」

 

そう言ってソファから腰を上げてその場を歩いていく鮮花

今度は燈子は翔へと視線をやると

 

「翔、お前は留守番だ。アリスの隣にいてやってくれ」

「わかりました。お気を付けて」

「じゃあみのりもお留守番だな。アリスが起きたら話し相手になってあげてくれ」

「おっけー」

 

そんな訳で翔とみのりの見送りを受けながら鮮花とアラタの二人は橙子は運転する車で件のオービットポータル社へとむかうことになった

車の中で適当に駄弁りながら向かうこと数十分、駐車場に車を停めて降りた後アラタはおっ、と見知った顔を発見する

 

「アリサ―っ」

「―――! アラタくんっ」

 

たまたま駐車場付近を通っていた鳴護アリサご一行だ

アリサは彼の姿を発見すると手を振りながら笑顔を振りまく

それに釣られて美琴や佐天、初春、黒子、神那賀といったおなじみのメンツがアラタに向かって手を振ってくる

 

「よかった。ここに来るまで何もなかったか?」

「うん、美琴ちゃんたちも一緒だったし、何にもなかったよ」

「本当か。安心した…あれ、美琴、操祈は?」

「あぁ、食蜂さんならね―――」

 

アリサからその報告を受けてアラタはほっと胸を撫でおろし、美琴から食蜂の事情を聞き頷いた

そんなタイミングでアラタの後ろから二人の女性が顔を出してくる

琥珀色のコートを着込んだ女性と、タイトスカートを着たキャリアウーマン風な女性だ

まず琥珀色のコートの女性―――蒼崎橙子は鳴護アリサの前へと一歩出て

 

「君が鳴護アリサだな? 少々早いが、君の着る衣装をデザインさせてもらった蒼崎橙子という。よろしく頼むよ」

「―――! で、デザイナーの方だったんですか!? こ、こちらこそよろしくお願いしますっ」

 

アーティストとデザイナーが握手を交わしてる中、もう一つの出会いが進行していた

 

「なになに? アラタってばこんなかわいい子たちと知り合いになってたの? 隅に置けないなぁこのこの」

 

にんまりとしたような笑顔を浮かべるのは黒桐鮮花その人だ

ちょっぴりウザい絡み方をしてくる鮮花にアラタは若干引きながらも

 

風紀委員(ジャッジメント)の同僚と友達だよ。前に話したでしょう」

「そうなんだ。初めまして、私は黒桐鮮花、アラタの…んー…姉みたいなもんかな? 義理だけど」

 

そう言って美琴たちに向かって鮮花は笑みを交えて自己紹介をする

美琴たちもそれに倣い自己紹介を返しているとすすっと初春と佐天がアラタの近くに来て

 

「…アラタさんお姉さんいたんですか?」

「それもこんなにきれいな人だなんて…ちょっと女としての自信なくします」

 

なんか初春や佐天がちょっと沈んでいる

そこまでなのか

 

「いや、涙子も飾利もまだ中学生じゃん、これからだよこれから」

「そ…そうですよね! 育ち盛りですし!」

「そうそう。鮮花さんなんてもう大人だし? もう以降は下がるだけあだだだだ!?」

「聞こえてるのよこの馬鹿義弟がぁぁぁオラオラオラ…!」

 

本人としてもちょっとした励ましと冗談のつもりで言ったのだがばっちり鮮花本人には聞こえていたようで速攻で鮮花に間接を決められた

躊躇なくこんな技を決めれるくらいには仲がいいようで、思わず佐天は笑ってしまった

 

◇◇◇

 

「え? オービットポータル社って、そのオリオン号の事件を起こした会社なの?」

 

所変わって現在エレベーター内

上昇していく感覚を身体で感じながらアリサら一行は他愛もない話をしていた

 

「そうなんですよ御坂さん、社運を賭けたスペースプレーンが墜ちたことでほぼ倒産状態になっていたところを買収されて、奇跡の復活。 今回のエンデュミオンを実現させたんですよ」

 

窓の景色を楽しみながら、初春がスラスラと言葉を並べていく

事前に調べていたのか、あるいは前から興味があったのかその言葉に迷いはなく、言っている初春の顔は楽しそうだ

 

「へぇ」

「ちなみに、今度の社長は女の子なんです! たしか、十歳くらいでしたかね」

「え? それじゃあ買収した当時七歳だったこと!?」

 

美琴の声がエレベーターに響き渡る

七歳で起業を買収し、そこから三年掛けて会社を立て直しエンデュミオンを実現させる…敏腕どころの話ではない

 

「そんなのただのお飾りではありませんの?」

「ま、黒子の言うこともわからんでもない。十歳の社長なんて若手すぎるからな」

 

黒子の言葉にアラタも同意する

裏でその社長を操って私服を肥やす…そんな話はよくあるパターンだ

 

「お兄様の言う通りですわ。ましてやゴスロリ美少女社長だなんて盛りすぎて逆に胡散臭いですわ」

「そんなぁ。包帯ツインテ車いすほどじゃあないですって」

「!! うぅいぃはぁるぅ…!(濁声)」

「はっ! …あ、あはは…」

 

時折初春は黒子に対してだけ発言が黒くなる

まぁ幼いころからの付き合いとかそういう所もあるのかもしれないが見てる分には面白いので特に何も言わないことにする

 

「…ねぇ」

「うん? なんです?」

 

不意に鮮花が耳打ちでアラタに話しかけてきた

アラタは視線だけ彼女の方に動かすと鮮花の言葉を待った

 

「…あの車いすの女の子、君の事〝お兄様〟って言ってたけど…アンタそんな趣味が?」

「ハッ倒すぞコノヤロウ」

 

そんなやり取りを尻目に、蒼崎橙子はくくっと声を抑えて笑うのだった

 

◇◇◇

 

「これはあくまでも都市伝説なんですけど、彼女実はホログラムなんじゃないか、とかロボットなんじゃないかって噂なんです!」

 

道中で興奮したように佐天涙子がそんな話を切り出した

ホログラム、ロボット…どれもあり得そうではある

なんて言ったって十歳とゴスロリ美少女社長なのだ

昨今噂のブイチューバ―だとか、そんな噂に縋りたくもなる

 

「そんな眉唾な。根も葉もない噂をどう信じろと?」

「えー? でも実際そんな感じしません? たまにテレビとかに出てますけど、なんか雰囲気が人形っぽいっていうか」

 

現実主義者(リアリスト)である黒子はそんな佐天の都市伝説をばっさりとカットする

しかし佐天の言葉も正直否定はできない

確かに何度かテレビでインタビューなんかを受けている様子を見たことはあるが、どうも反応が薄いというかなんというか

無論本人を見たことがないからそうだと断言できるはずもないのだが

 

そんな話をしていると一行は小物などが置かれてある通路まで差し掛かった

小物というかこれは小道具といった所か? 数が多いのかあるいは入りきらないのかわからないが子の通路にはそんな小道具がいくつか置かれているみたいだ

そんな小道具の椅子にぽつんと座っている〝人形〟のようなツインテールの女の子が目に入る

なんだか格好がテレビに出てたオービットポータル社の社長に似ているがその時は大して気にはならなかった

 

そんな〝人形〟の横を通り過ぎようとした時、不意に美琴と橙子が足を止めてその〝人形〟を見た

 

「橙子さん?」

「美琴も。どうした?」

 

「あ、あぁ」

「い、いや。なんかこの人形―――」

 

声を掛けられた美琴と橙子はそんな曖昧な返事をしながら座っている〝人形〟を見やる

見やっていると唐突にすっくとその人形が立ち上がるとくりんとアリサの方へと視線を向けた

 

人形だと思ってたやつが急に動き出しあまつさえ視線を変えてきたことにその場にいた一行は流石に驚きの声を上げる

そんな周囲のリアクションを無視して、その女の子は

 

「貴方の歌声、好きよ」

 

透き通った声色が耳に聞こえてくる

 

「こんなに気に入ったのは本当に久しぶり。ジェニー・リンド以来かしら? それじゃあ頑張ってね」

 

一方的に言いたいことだけを彼女に言っていくと女の子はくるりと踵を返して歩いていったしまった

辺りはシンと静まり返る

一体彼女はなんだったのか、一行の頭の中に巻き起こった共通の疑問に初春がぼそりと答えを出す

 

「…例の社長、さっきの方です」

『えぇぇぇぇ!?』

 

橙子以外のメンバーが驚きの声を上げる中、橙子が考え込んだように顎に手をやるのがアラタは気になった

そんな彼女の近くに歩み寄ると素直に橙子に問いをかけてみる

 

「…どうしたの、橙子」

「…一瞬ではあるんだが、気づけなかった」

「! …嘘でしょ?」

 

何気ない橙子の言葉に、アラタは顔を驚きに染める

普段から人形を作っている橙子の目を、一瞬ではあろうが欺いたというのか、あの子は

 

「…警戒はしておいた方がいいかな」

「あぁ。…けど、ひとまず今は、目の前のことに集中しよう」

 

そういえば、とアラタは考え込む

あの社長の名前…なんて言ったっけ

 

確か―――レディリー・タングルロード、だったか



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#62 暗躍する影

今回初の試みで歌詞使用というものを使ってみました


途中、噂の社長〝レディリー・タングルロード〟に遭遇するなどというアクシデント(?)があったものの、一行は無事、ライブを準備している裏方の場所へとたどり着いた

スタッフであろう人たちがせわしなく準備している中、鳴護アリサの挨拶が響く

 

「鳴護アリサです。よろしくお願いしますっ!」

 

彼女がそう挨拶すると準備しているスタッフの方々も一度手を止めて、アリサに向かって「おねがいしまーす」などの短い挨拶を返してくる

 

「よろしくね、アリサさん」

「はい、お世話になります」

 

アリサの方へと歩いてくるプロデューサーであろう女性が手を差し伸べてきて、アリサはそれに握手で返した

握手を交わすと今度はプロデューサーの女性は橙子の方へと歩み寄り

 

「貴女も来ていただいて、ありがとうございます」

「こちらこそ。お招きいただき光栄ですわ」

 

眼鏡をかけて女性的な人格へとスイッチした蒼崎橙子がそれに応対する

アラタはそんな光景を少し離れた後ろで見ていたのだが、不意に佐天涙子がすいっとアラタの方へと近寄りつつ、少し声を抑えながら

 

「…アラタさん、何だか橙子さんのキャラガラッと変わってるような感じがするんですけど…」

「あぁ、眼鏡かけるとああなるんだよ、あの人」

「あんなにガラッと変わるもんなんです?」

「まぁ初めて見るとちょっと驚くよな」

 

すっかり慣れたものだが、まぁ一般人からしたら当然の疑問だろう

恐らく初春の方も顔には出てないが胸中で混乱していると思われるが、説明すると面倒くさいので割愛させてもらう

 

「あら、そちらの方々は…」

「こちらの方たちは、彼女のマネージャーさんです。可愛らしいでしょう?」

 

美琴たちの事を問われたとき、橙子は笑みを浮かべてそんなことを言った

マネージャーとかよく出てきたなとアラタは内心でツッコみながら苦笑いをしている美琴たちを見た

今美琴たちが着ているのはどう見ても制服なのでマネージャーではないということは察するまでもないだろう

 

「あら。本当に。…そうだ、橙子さん、ご提案があるんですけど」

「?」

 

不意に思い付いたかのようにプロデューサーの女性が橙子の耳に顔を近づけて何かを言っていく

ふんふん、と頷きながらそれを聞いていた橙子も徐々に笑みを浮かべて

 

「まぁ、それはいいですね!」

「でしょう! …ふふふ」

 

プロデューサーの女性と橙子の目線が美琴たちへと注がれる

視線を向けられた美琴たちはただ疑問符を浮かべるしかできなかった

 

◇◇◇

 

~アタリマエの距離~

 

つつがなく準備は終わり、一般客も交えたライブが開催された

ステージに立つアリサは衣装に身を包み、前列のスタッフのカメラの光が彼女を出迎える

かしゃりかしゃりとカメラの光がアリサを包み込んでいる中、そのカメラの光が別の人物を捉えた

 

それはアリサと同じような服を着た美琴と初春だった

 

 

 

宙に浮かんだ君の言葉はいつも、当たり前に僕を救ってくれた…

 

 

 

「あはは…ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって」

 

苦笑いと共に隣の初春に美琴がそう言った

橙子とプロデューサーの女性の視線が光ってたのだから何かあるのかなとは思っていたがまさかこんなことになるとは

ステージ端にいるアラタや橙子たちに視線を向けてみる

橙子は微笑んでステージを見ていて、アラタと鮮花はは同じような苦笑いを浮かべてステージの模様を見守ってくれていた

 

「えへへ…ちょっと不安ですし、緊張しますけど…なんだか楽しくなってきちゃいましたよ!」

 

そう言って初春はぐっと拳を握り締めてケツイを決めたような表情を作り出す

本人がそう言ってくれているのなら大丈夫かな、と美琴は笑みを浮かべた時ステージの端からまた声が聞こえてきた

 

「ほら。早く前に行きなさいな」

「で、でもぉ…」

 

そこには衣装に身を包んだ佐天涙子と、それを見て早くステージに立つよう促す白井黒子の姿が見えた

佐天涙子が衣装のスカートのすそが短いことを気にしているようで、なかなかステージに向かっていない

車いす状態の黒子は着れないから仕方がないのである

 

「ほらほら、行こうよ佐天さん」

「あ、待って待って! 行くからぁ!」

 

そんなことを言いながら佐天は同じ衣装を着た神那賀にステージに連れていかれる

普段初春のスカート捲っているのにいざ自分となるとやっぱり恥ずかしいものがあるのだろう

 

「鮮花さんは着ませんの?」

「いやいや。…興味はないでもないけど、流石にあんなかわいいの着れる歳じゃないし…」

「あら。可愛いと思うけど?」

「橙子さんもからかわないでください!! もう!」

 

話を振られて鮮花は顔を赤くしながらそう返事した

まぁもう少し年齢が戻ればあの衣装を着れたとも思うだろうが―――なんて思った時にぐわし、と頭を鮮花に掴まれた

アイアンクローの体制である

 

「なぁんか失礼なこと考えてない?」

「いいえ滅相もなアダダダ!?」

「バレてんのよぉ!この愚弟がぁ…!」

 

ステージの端っこで行われるそんな些細な出来事の中、不意にアラタは痛みに耐えながら、ふと気になる人物を見つけた

黒いローブかマントかで身体を隠していたが、間違いない

あれはいつぞやの黒髪ロングの女性だ

 

「ちょ、ちょちょちょ鮮花さん!?」

「? 何よ」

 

アラタの叫びに鮮花はアイアンクローを解除して肩で息をするアラタの事を見やる

痛みが引いてきたアラタはちらりと視線を動かして、まだあの女性がいるのを確認すると視線をそのままに

 

「ごめん、鮮花さん、ちょっとここ任せていいですか?」

「え? いいけど…トイレ?」

「似たようなもんです」

 

鮮花への返事もそこそこにアラタはゆっくりとその場から動き出す

視界にいるあの女性はゆっくりとその場を動き出した

 

 

 

並んで歩く いつもの道も君が隣にいてくれるから輝くの…

 

 

 

◇◇◇

 

階段を降りた辺りで見知ったツンツン頭が見えた

間違いない、上条当麻だ

アラタは軽く小走りで駆け寄りながら小さい声量で当麻の名を呼ぶ

 

「当麻」

「! アラタ…、お前も来てたのか」

「それは俺のセリフだ。補修終わったのか?」

「あぁ。そんでもって、やっぱりアリサが心配だからちょっと様子見に来てみたら…あいつと見かけたって訳だ」

 

当麻の言葉になるほどね、と頷く

まぁ一般人の観客の中にいきなり黒ローブの奴なんかいたらいやでも目に付く

最も、客の人たちはアリサの歌に夢中だったから見向きもしていなかったが

会話もそこそこに二人は息を殺してローブの女性を追っていく

やがて二人は地下通路、とでもいうべき場所にたどり着いていた

あまり明るい場ではなく、要所要所にある赤いランプが照らしている

距離を離れすぎたのか、ローブの女性は見えなくなっていた

しかし道の先にはドアが一つあるだけ、見回してみると他に出入りできそうな場所は特にない

恐らくはこの先に行っているはずだろう

確かこのドアの先は地下駐車場だったような気がする

 

アラタは先行しそのドアの近くへと歩み寄る

耳を澄ましてアラタはドアに対して耳を押し付けて聞き耳を立てようとしたところで―――扉越しに大きな爆発音が聞こえてきた

 

 

変化が起きた

不意にライブ会場を照らしていた照明が落ちたのだ

がしゃん、と言うような音と共に明かりを無くした会場は不安な空気に包まれる

 

「あら、停電かしら」

「…どう、なんでしょう」

 

蒼崎橙子と黒桐鮮花も周囲を見渡しながらそんなことを呟く

…ここを離れたアラタにも、関係していることなのだろうか

 

 

一方でまた地下駐車場

そこに女性二人が相対していた

一人はシャットアウラ

そしてもう一人は金髪碧眼の女性だった

 

「鳴護アリサは、我々黒鴉部隊の庇護下にある!」

「あら。真面目ねぇ。嫌いじゃないけど?」

「ぬかせ!!」

 

挑発じみた金髪の女性の言葉にシャットアウラは叫びながら接近する

繰り出す鉄拳と蹴撃、だが相手の女性も実力は高いようでその攻撃をいなされてしまい、上空へと跳躍する

そのまま天井を蹴りつけて素早く地上に戻るとシャットアウラの足を払うように下段蹴りを繰り出す

シャットアウラはそれをバク転で回避して距離を取るとシャットアウラはあの女の付近にレアアースペレットをばらまき、スーツの手首部分から射出されるワイヤーを突き刺し、自身の能力で爆発を引き起こす

 

「けほっ、なるほど。これが超能力ねぇ…舐めてかかるとマズいかも」

 

爆発を掻い潜って出てきた女の言葉はそれだった

またも挑発じみた言葉ではあるが、いちいち気になどしていられない

もう一度ペレットをばらまき、一つのペレットを起爆させて誘爆を発生させる

自身は移動と回避の為に、ワイヤーで天井のパイプなどを掴んで空中に飛んでいたが、その判断が悪手だった

 

「残念」

 

女性は容易くその爆破を掻い潜ると中空にいるシャットアウラに向かって拳を突き出した

咄嗟に反撃などが出来ず、もろにその一撃を腹に貰ってしまったシャットアウラは吹き飛ばされて柱の一つの背中からぶつかってしまった

 

「がっ! ぐぅ…!」

「さぁて。それじゃあ―――…!」

「はぁぁぁっ!」

 

不意に聞こえてきた第三者の声

その声の主は一直線に走ってきてその女性に向かって飛び蹴りを叩き込んだ

同時に彼の後ろからもう一人走ってきてシャットアウラの近くに寄ってくる

 

「おい、大丈夫か!」

「き、貴様たち…!」

 

声の正体はいつぞやの特訓に付き合わせたあの男と、その友人だった

 

「問題ない…!」

 

シャットアウラはその友人…上条当麻に短く返答するとゆっくりと身体を起こす

視線は今、金髪の女性と対峙しているあの男―――鏡祢アラタへ注がれた

 

「あら。貴方は報告にあったクウガの坊や…それじゃあ、ちょっと遊んであげようかしら」

 

そう言いながら女性はおもむろに白いドライバーを取り出す

両側に何かをつけるような部分がある、どこかで見たことのあるようなベルトだ

女性はそれを腰に押し付けるとベルトが巻かれ、彼女の腰に装着された

そして今度は懐から一つの時計のようなアイテムを取り出すと、ウェイクベゼル*1を動かし、ライダーの顔を形作る

 

<ゾンジス!>

 

その電子音声のあと、ドライバーにそのアイテムを装填させて、ドライバー上部のボタンを押すと

 

「―――変身!」

 

右手でJの文字を作ったのち、ドライバーを一回転させた

 

<ライダー タイム>

仮面(カァメーン)ライダー(ラーイダァー) ゾンジス!(ゾォンジスー!)

 

眩い光と共に目の前の女性が生物的な黄緑の仮面ライダーが現れる

少し生々しい外見に赤いライダーの複眼が発光しこちらを見据えてきた

 

「さぁて…どっちが来るのかしら?」

 

「ぐ…離れろ…!」

「お、おい!」

 

シャットアウラは当麻を振り払うと対峙しているアラタの隣に立った

相手は仮面ライダーだ

当麻の右手は頼りになるが、流石にライダーが相手だと分が悪いか

 

「当麻、お前は一旦アリサの所に戻ってくれ!」

「! け、けどよ!」

「何かあってからじゃ遅いかもしれない、コイツは俺と…えっと?」

「シャットアウラだ、シャットアウラ・セクウェンツィア」

「俺とシャットアウラで何とかする! だから当麻、お前はアリサのそばにいてあげてくれ!」

「―――わかった!」

 

少し考えて当麻はアラタの決断を選択する

踵を返してさっき来た道を走っていく当麻を軽く視界に収めながらもう一度目の前ライダー―――ゾンジスへと視界を向けた

 

「…行けるのか?」

「無論だ。あの程度怪我にも入らん。貴様こそ足を引っ張るなよ」

「上等」

 

シャットアウラに言われてアラタは笑みを浮かべると腰に手を翳し、アークルを顕現させ身構える

それと同時シャットアウラもブラックイクサベルトを腰に巻き付けるとナックルを手のひらに押し付けた

 

<レ・ディ・イ>

 

「変身…!」「変身!」

 

<フィ・ス・ト・オン>

 

アラタが変身の動作を終えて、シャットアウラがナックルをベルトに装填する

光と共にアラタの身体が変質しクウガとなり、光の残像が重なりシャットアウラの姿をブラックイクサへと顕現させた

クウガが拳を構え、ブラックイクサがカリバーを構えたとき、ふと隣のクウガに気づく

 

「…貴様、前と姿が違うんじゃないか?」

「あれは俺のじゃなくってね。こっちが本当」

「そうか。ならば近いうちに改めてお前と模擬戦しなくてはな!」

 

言いながらブラックイクサはイクサカリバーをガンモードにしてゾンジスへと駆け出しながら発砲する

それを追いながらクウガもブラックイクサの後ろを追従するように走り出した

 

発砲された弾丸をゾンジスは両腕でガードしながら、ブラックイクサの攻撃を受け止める

ブラックイクサはそのままガンモードにしたイクサカリバーをカリバーモードに切り替えて二度、三度斬りつけるが、相手の装甲が厚いのか決定打にはなり得ない

ゾンジスから何度か反撃を受けて体制を立て直すように、一度ブラックイクサは後方へとステップして距離を取った

その隙を縫うようにジャンプしてきたクウガが割り込み、ゾンジスに鉄拳を喰らわせる

胸部へとその一撃を喰らったゾンジスは僅かに後方へと体制を崩し、「うっ…!?」とゾンジスから僅かに苦悶の声が聞こえてきた

そのまま何度か連撃を撃ち込んで、最後にゾンジスの腹部へと鉄拳を叩き込んだ

 

「おぉぉっと!? なかなかやるわね、流石クウガの坊や!」

「貴様の相手はアイツだけではない!」

 

クウガが作り出した隙を埋めるように今度はブラックイクサがナックルを構えて攻撃を繰り出してきた

なんとかゾンジスは防御に成功したが、流石に二対一ではこちらが劣勢か

初めて組んだはずなのに、なかなかどうしてこの二人は連携が取れている

―――この辺が引き時、か

 

「…頃合いね」

 

ブラックイクサの一撃を防御しながら、ゾンジスはベルトを操作する

 

<ゾンジス タイム ブレーク!>

 

繰り出されるブラックイクサの拳を左手で受け止めて、空いている右手に、ゾンジスは力を込めてライダーパンチを叩き込んだ

拳を止められたことに気を取られた彼女はその一撃を防げずに貰ってしまい、後方へと大きく吹っ飛ばされてしまい変身を強制解除されてしまった

 

「おっと!!」

 

なんとか後方へと飛んできた彼女をクウガは受け止める

彼に支えられながらゾンジスへと視線を向けるが、その時耳に仕込んでいた無線機から連絡が入った

 

<シャットアウラくん、聞こえるか、名護だ! D区画に複数の爆弾アリとの報告だ!>

 

突然の報告にシャットアウラは背筋をゾッとさせる

 

「すぐにそこから退避を! 他のものたちは、―――!?」

 

指示を飛ばそうとした時、不意にゾンジスが何かのスイッチのようなものを取り出した

何かのスイッチかはわからない―――だが想像はつく―――!!

 

「またね♪」

 

そんな軽やかな言葉と共にゾンジスは手元のスイッチを躊躇なく押し込む

刹那、周囲から爆発と思われる大きな音が響いてきた

地下駐車場も崩壊に襲われ、パイプやらが落ちてくる中、クウガはハッとシャットアウラの方へと振り向く

彼女は現在生身の状態、あんな状態では大怪我だって免れない

判断したクウガの行動が早かった

一度無動作で青へと色を変えると一飛びで彼女の近くへと跳躍すると、そのまま自分の身体を紫へと色を変えながら盾になるように覆いかぶさった

 

◇◇◇

 

当然ながらライブ会場の方も騒ぎになっていた

爆発と共に観客の悲鳴が起こり地震かの如く全体が震えている

 

「黒子!」

 

美琴は素早く後輩である白井黒子へと声を呼びかける

「はいですの!」と彼女の声が聞こえ、車いす状態の彼女がライブ会場へと空間移動で駆け付ける

そのまま美琴の隣に神那賀へとドライバーを投げ渡し、うずくまる初春と佐天の服を掴むと安全な場所へと黒子ごと空間移動する

 

「変身!」

 

神那賀もためらうことなくドライバーを巻いてそこにメダルを装填し、バースへと変身を完了させて、周りの瓦礫などの除去や人命救助へと駆けていった

美琴はこの場に残ったアリサを守るべく歩み寄ろうとした時、またひと際大きい爆発が起こり、大きな鉄骨がこちらに向かって倒れてきた

 

「!」

 

美琴は自身の力でこちらに倒れ込んでくる鉄骨を大きく歪めながら自分たちのスペースを作り出すことでなんとかこの場を凌ぐ

だが倒れてくる鉄骨はこれだけではない

 

「! 全部は無理…!!」

 

苦渋の決断だがいくら美琴でも不可能なことはある

今は自分の友達を守ることだけが精一杯だ

 

瓦礫や鉄骨、ガラスなどありとあらゆるものがライブ会場を襲い、地上へと落下してくる

しばらくして騒ぎが収まり、煙が収まってくる

美琴は立ち上がって辺りを見回してみるが、状況は酷いものだ

 

「ビリビリ! アリサ!!」

 

その時聞こえてきた男性の声

そちらへと振り向くとそこには上条当麻がこちらに向かって走ってきていた

 

「アンタは…、どうしてここに?」

「と、当麻くん…」

「良かった…二人は無事みたいだな」

 

そういえば途中からアラタもいなくなっていたし、もしかしたらそれと関係して当麻もここにいるのだろうか

そうこうしているうちに、初春や佐天、橙子や鮮花たちを安全圏へと送り届けた黒子が再度美琴の隣に戻ってくる

腕には風紀委員の腕章をしており、仕事モードだ

 

「皆さん! 風紀委員(ジャッジメント)ですの! 怪我をした方はいませんか!!」

 

黒子が大声でそう叫ぶ

彼女の声を耳にしながらバースは周囲を駆けながら負傷者などを探しているが、驚くべきことに負傷した人が見られないのだ

それどころか、軽傷すら負ったものはいない

 

「…嘘…なんでこんな…」

 

はっきり言えばもはや大事故レベルの損害である

なのにどうしてこうも怪我人がいないんだ…?

そうバースが考えた時、不意に観客の一人がある単語を漏らす

 

 

「―――奇跡だ」

 

 

奇跡

 

だけど、本当に?

 

口々にそう言って喜びを分かち合う観客たちを、鳴護アリサはどこか苦い顔で眺めていた

*1
スライドさせているアレ



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#63 奇跡の価値は

あの人は今回名前ないけど登場しています


ふと、シャットアウラは目が覚めた

どうやら自分は壁際へ身体を預けているような状態だった

周囲にアイツの姿は見えなかった

 

「…」

 

ちらりと周囲をもう一度見渡す

土砂に塗れ、コンクリートはへし折れ、地面はもうズタボロ

ここは地下駐車場だと、言われなければ誰も気づかないだろう

 

「…?」

 

不意に自分の近くに落ちていた落石の一部であろう石を見つける

僅かばかりに血に濡れたその欠片を見たシャットアウラは、アイツは―――鏡祢アラタは怪我を負った状態でここを離れたのか―――

 

「お。起きた?」

 

不意に聞こえてきた声色にシャットアウラは振り返る

そちらにはどこからか買ってきたのかペットボトルに入った水を手にこちらに向かって歩いてきている鏡祢アラタの姿があった

頭から流れる血液が彼の右目を潰しており、片目だけで景色を見ているようだ

 

「き、貴様…! 頭の怪我は大丈夫なのか!?」

 

すごい普通に歩いているように見える

対してアラタはあー、などと声を上げながら

 

「確かに痛かったけど、今んとこは大丈夫だよ。それよりほら、生きてた自販機があったからそこで水買ってきた。ほら」

 

そう言ってアラタはシャットアウラに向かってペットボトルを放り投げてきた

反射的にそれを受け取り、思わずラベルを見てみる

どこにでもある天然水を謳ったペットボトルウォーターだ

シャットアウラははぁ、とタメ息を吐きながら、隣に腰掛けたアラタに向かって

 

「…おい、顔をこっちに向けろ。顔の血くらいは拭いてやる」

「え? いや、悪いし…」

「いいからこっちに顔を向けろ! 拒否は許さんっ!」

 

半ば強制的に彼をこっちに向かせると、持っていたハンカチを取り出すとそれに受け取ったペットボトル水を染み込ませ、彼の顔の血を拭う

恐らく血液自体は固まっているだろうから流れてくることはないだろうが、それでも病院の世話にはなった方がいいだろう

 

「…ほら。わかってるとは思うが、ちゃんと病院には行けよ」

「わかってるよ。とりあえず、一息ついたら出口探して俺達も―――」

 

そう言った刹那、ピリリ、と通信機が鳴る音が聞こえた

どうやらシャットアウラが持っている通信機から聞こえているようだ

シャットアウラはアラタに確認を取るように視線を向けると、それにアラタが頷く

 

「私だ。…そうか、鳴護アリサは無事なんだな。死傷者は? …ゼロ!?」

 

何やら驚いているような声をしたシャットアウラに水を飲みながら視線を向ける

死傷者と彼女が聞いてゼロ、と彼女が返しているとなると…この事故での怪我人とかはゼロなのだろうか

 

「…そうか、わかった」

 

そう言って通信機を切ったタイミングでアラタがシャットアウラに話しかける

 

「なぁ、さっき死傷者とかゼロって言ってたのって…」

「あぁ。察しの通り、この事故での死傷者はゼロだ。鳴護アリサも無事だ、安心しろ」

「お前の仲間もか?」

「あぁ、私の部隊も全員無事だ」

「マジかよ、ラッキーも重なると変な声が出てくるな」

 

素直にそれはびっくりである

強いて言えば自分が軽く汚してしまったが、その幸運の代償とでも思えばまだいい方だろう

そう自分に結論付けてアラタは再度水を飲む

偶然にも自販機が生きていて助かった、冷たい水が今の自分に心地いい

 

「…、」

 

そんなアラタを、シャットアウラは同じようにペットボトルを口に付けながら眺めていた

彼女の視線を知ってか知らずか、半分くらいまで飲み干すとそれをポケットに入れて

 

「さて、お前さんが落ち着いたら俺達も外に出よう、君の部下も心配してるだろうしな」

「あ、あぁ。…そうだな」

 

そう言って小さく微笑む彼に面食らったように、もう一度シャットアウラは水を飲もうとして、ずきり、と頭に頭痛が走る

その原因はアラタの持っている携帯の着信を知らせる音楽だった

 

「…シャットアウラ…?」

 

様子のおかしいシャットアウラに対して、どうしたものかと考える

少し思考して原因が自分の携帯の着メロにあると判断したアラタは彼女から少し離れて携帯の通話ボタンをオンにした

 

「…もしもし?」

<もしもし、じゃないわよ。アンタ今どこにいるの?>

 

返ってきたのは鮮花の言葉だった

 

<こっちは色々大変だったんだから。元気なら早く美琴ちゃんとかに顔見せなさいよね>

「あ、あぁ。ごめん鮮花さん。わざわざありがとう」

<美味しいご飯で許してあげる。それじゃあね>

そう言って通話は切れた

携帯を閉じてシャットアウラの所に戻るとそこには落ち着きを取り戻した彼女の姿があった

 

「…音楽、ダメなのか?」

「あぁ…気を遣わせたな。…私の脳は、以前の事故で音楽を認識する機能を失ってしまってな。…私にとって、音楽とは耳を煩わせるノイズでしかないんだ」

「…そうか、悪かった。知らないこととはいえ、不快な思いさせたみたいだ」

「いいや。お前は悪くない。変に気を遣わせたこちらの落ち度だ」

「それでもだ。…悪かった」

 

真っ直ぐ頭を下げてくる彼に対してシャットアウラはバツが悪そうな顔をして

 

「なぜ謝る。…私は今の自分に満足している。おかげで、歌や奇跡などというものに、惑わされなくて済むのだからな」

 

 

出口へと向かっている最中、ふとシャットアウラは自身が気になったことを聞いてみることにした

 

「…聞いていいか」

「? 何を?」

「お前は死傷者がゼロだと聞いた時、ラッキーだなんだと言っていたな。…なぜだ」

「なんでって…上の状況はわかんないけど、きっとエグイ被害は出てると思ってたからさ。それなのに死傷者はおろか誰も怪我してないだなんてラッキー以外ないだろう」

 

その言葉を聞いてシャットアウラは心の中で驚きを禁じ得なかった

大衆というものは総じて奇跡など目に見えない蒙昧なものに縋るきらいがあると自身は考えている

歪な欲望は見えないなにかを求め、偶然の連鎖に奇跡という名前をつける

 

「そりゃあ奇跡とか言いたい気持ちもわからんでもないけどな」

 

ははは、と笑うアラタに向かってシャットアウラはふん、と短く息を吐いて歩き進める

やがて光が見えてきた

どうやら出口が近いみたいだ

通信機で連絡を入れ最寄りの部下に迎えを来させると、シャットアウラとアラタはその場で別れるのだった

 

「…あいつもあいつで、複雑なの背負ってんだなぁ…」

 

そう言ってアラタは携帯を取り出すと少し操作する

とりあえず今度彼女と会った時の為に負担にならないよう着メロを単調なものに設定し直しておこう

だけど、と一人思ってしまう

娯楽であるはずの音楽を認識できないって…結構辛いことなんじゃないかなって

もしかしたら…もう一度音楽を楽しみたいと、心のどこかで願っているんじゃないかって

 

◇◇◇

 

先の爆発事故の出来事を、街の連中はみんな奇跡だとしきりに言う

今見えている建物に貼りつけられた大画面からも、その爆発事故の光景は放送されていた

 

「…奇跡、か」

 

言葉にすれば簡単だ

だがもし本当に奇跡というものがあるのなら、そもそもあんな事故は起きるものではない

…ワンチャン止められたかもしれないのに、止めることが出来なかった自分にそんなこと言えた義理じゃあないかもしればいが

 

「どうしたんだい、そんなところで」

 

不意に自分に向かってかけられてくる声にびくりとする

そちらに視線を向けるととても渋い感じの男性が笑顔でこちらを見つめながら歩いてきていた

 

「あ、ああ。いいや、大したことじゃあないんです。…ちょっと俺でも珍しく考え事しちゃいまして…」

「そうか。だが悩むことは悪いことじゃあないぞ。それも人生において大切な経験だからね」

 

そう言って彼はアラタの隣に歩いてきて、そのまま足を止める

 

「…失礼ですが、貴方は…?」

「おっとすまない。俺は名乗るほどのものじゃないさ。…そうだな、橙子くんの友人とだけ、伝えておこう」

 

そう言って男性はアラタの肩に手を置いて、笑みを浮かべた後また歩きだした

アラタはその背中を見ながらじっと彼を見送りつつ

 

「…橙子の、知り合い…? アイツあんな渋めな人と友達だったのかな…」

 

まぁ可能性はなくはないか

そう結論づけてアラタもまた彼とは反対方向に歩いていくのだった

 

◇◇◇

 

数日後にはまた、鳴護アリサのライブ活動が始まる

立花眞人はその中で、警備員としてそのライブで不審者や怪しい人物がいないかなどの見回りを黄泉川から頼まれて、周辺を歩いてるところだった

傍らにはもちろん、いつでも装着できるようにG3ユニットを所持している

今の所そのような人物も見かけないし、怪しい行動をしている者もいない

恙なく聞こえてくるライブの楽曲と観客の熱狂的な声色を耳にして、眞人は安堵する

 

(…今回は特に問題なく終わりそうだな…)

 

とりあえず自分も一度一息入れようとして、振り向いたとき、自分の後ろに女性が立っていた

真っ直ぐ向けられたその瞳は自分を捉えている

ふいに向けられたその視線に眞人は少しドギマギしていると、女性の方から声がかかった

 

「貴方が、立花眞人さん、ですか。G3の装着員…」

「え、えぇ…そうですけど…―――!?」

 

綺麗な女性に言葉をかけられたことなどあんまりない眞人は緊張からか視線を下に動かして、気が付いた

彼女の手には、G3と同じようなユニットバッグを持っている…黒い色をしているそのユニットバッグには眞人は見覚えがあった

 

「…G4システム…! どうして貴女がそれを…!?」

「…。」

 

女性はそれに応えることなく、眞人を真っ直ぐ見つめたまままた別の言葉を発する

 

「ねぇ、貴方はどうして戦っているの?」

 

不意に投げかけられたその言葉

あまりにも唐突に投げられた言葉に咄嗟に反応できず、ただ戸惑いを見せたまま何も言えなかった

 

「私は、私を救ってくれた〝あの方〟の為に戦います。その先に死という明確な終わりが待っていようとも」

 

言いたいことを言い切ったのか女性はそれを言い終わるとくるりと踵を返しそのまま歩き去っていく

思わず手を伸ばしてしまうが、果たしてあの人を止める資格が自分にあるのか

なんで戦っているのか

大雑把に言えば子供たちを守るため…でもあるのだろうが

いつかあの言葉に、自分が答えることができる日が来るのだろうか

 

◇◇◇

 

<いよいよ明後日は、エンデュミオンの完成披露式典ですね>

 

テレビからそんなアナウンサーの声が聞こえる

いくつものカメラのフラッシュが画面に映っているオービットポータル社の社長であるレディリー・タングルロードを捉えている

レディリーはそれらを受けながらも、堂々とした声色で宣言していく

 

<はい。当日はわが社の総力を結集して、皆様に〝奇跡とはなんたるものか〟というのをお見せできると思います>

<そんなレディリー社長の輝きは…我がザイアコーポレーションも100…いえ、1000パーセントのご助力を添えさせていただきます>

 

そんな彼女の隣に立つ高身長の男性は〝天津垓〟である

ザイアコーポレーションとは学園都市で若者が遊べるであろう玩具製品を取り扱っている会社であり、チャイルドエラーの子たちには評判が高い

 

<鳴護アリサさんは、今をときめくアイドル…そんな彼女の歌声を色々な方に知ってもらいたいと考え、今回レディリー社長とご相談の上―――>

 

「はぁ…色々と展開していってんだねぇ」

 

ぱきり、とおせんべいを齧りながらふぅ、と息を吐くのはアリステラ

対面には両儀式も座っていて、コーヒーを飲みながらそのテレビを見つめていた

 

「実際、鳴護アリサさんの音楽は親しみやすいからね。ほら、僕の携帯にもいくつか落としたんだ」

「ふぅん、幹也もねぇ。本当に人気なんだな、アイツ」

 

少し式が詰まらなそうにふんとしながら再度コーヒーを飲む

今もテレビの前で言葉を話すレディリーのことを、蒼崎橙子はじっと眺めていた

 

◇◇◇

 

 

 

―――Brand New Bright Step さぁ 今 動き出す 新しい世界 かけがえのない楽園へと…

 

 

 

「奇跡の歌声…平凡ではあるけれど、実効性が伴えば、これほど強いキャッチコピーはないわ。…そうは思わない?」

 

ライブを中継しているレディリーのとある部屋

開城の熱狂とアリサの歌声を耳にしながら彼女は後ろへ控えているシャットアウラに視線を向ける

しかしシャットアウラにとっては音楽は耐え難いノイズであり、とてもいい顔はしていない

 

「―――ッ! い、いえ。私は奇跡など信じてはいませんので」

「本当につまらない子ねぇ。失墜するはずだったオービットポータルの命脈を保ったのは八十八の奇跡のイメージよ? ある種、〝奇跡〟というのは我が社最大の〝売り物〟なの」

「オリオン号の事件は、決して奇跡なんかでは―――」

「乗客の八十八人全員が助かっているのに? あれが奇跡でないならなんだというの?」

 

レディリーの言葉に反論ができず、シャットアウラは口を紡ぐ

黙ったシャットアウラを視界に収め、水城マリアから紅茶を受け取った彼女は一口それを味わった後、おもむろに上を見上げた

 

「―――さぁ、ようやくこれで…すべての準備が整ったわ…」

 

小さく歪に笑みを浮かべる彼女の真意を、わかるものは誰もいない―――




ここの天津は着ている衣装と同じで真っ白の予定です(色々


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#64 少しずつ、明らかに

サブタイトル難民


それはあくる日の沢白の研究室にて、不意に沢白が布束に問いかけた

 

「そういえば、最近鷹山くんは来てるのかナ?」

「…What? なんで急に彼の名前が出てくるの?」

 

布束砥信は直球な疑問を沢白凛音に投げかけた

今自分がいる場所は先述した通り沢白凛音の研究室だ

問いかけられた沢白は「いやいやいや」と手を振りながら視線をこちらに向けた後

 

「一応アイツのドライバー*1を作ったの私だからさー、気にはなったんだよ」

「…ま、定期的に邪魔しには来てるわね。really いい迷惑だわ」

 

沢白が言っている鷹山くんとは、恐らく鷹山ジンの事だろう

自分が悠を生み出す前に、チャイルドエラー上がりのスキルアウトを一人拉致して連れてこられて、アマゾン細胞を移植された人間がいたと聞いている

しかし実験は失敗し、あろうことか被検体である鷹山はアマゾン細胞をあっさりと順応してみせて脱走、行方をくらましたそうだ

その後、自分の家にいた時は度肝を抜かれたが

 

どうしているのか、と聞いたらあっけらかんと調べたと答え、なんでここなのかと聞くとアンタが一番優しそうだったと答えられた

これは褒められているのだろうか、と流石にその時は脳が理解を示さなかった

もっとも彼をあの研究所に言いふらすつもりなどなかったし、放っておいたら定期的に食事と睡眠しに来るようになったし、何なら悠と時たまトレーニングしてる時もある

 

いい迷惑だ、と言葉の中で入っているが、そう言っている砥信の顔は僅かに笑っていたのを沢白は見逃さなかった

 

と、そんな時なんとなしにつけていたラジオから音楽が流れてきた

今話題沸騰中の鳴護アリサの楽曲だ

それに気づいた沢白がラジオのほうを見ながら

 

「お。ARISAの楽曲だ。最近人気だネェ彼女。砥信は何か音楽とか聞くの?」

「Apart 興味ないわ。テレビやラジオで流れてきたら聞く程度ね」

 

そう言って彼女はコーヒーを淹れ始める

砂糖を大目に用意しているので、それは今ソファで眠っている悠の分だろう

 

「ふーん。気分転換にはもってこいだと思うけどナァ」

 

そんなことを呟きながら、沢白は目の前の作業に戻っていく

その研究室には、のんびりと音楽が流れていた

 

 

「いよいよだねありさっ!」

 

とあるレストランにて

そこにはインデックスと伊達メガネをかけてプチ変装をしている鳴護アリサがご飯を食べに来ていた

インデックスは大きめのハンバーグやエビフライを突き刺しながら笑顔を振りまいている

それに対してアリサも「うん」と頷きながら

 

「インデックスちゃんたちが助けてくれたおかげだよ。今日は私が奢るから何でも食べてね」

「いいの!? ウェイトレスさーんっ!!」

 

許可をくれたのでインデックスは遠慮なく喰らい尽くす姿勢に入る

大きな声で彼女はウェイトレスを呼ぶとそれにはーいと〝金髪〟のウェイトレスがオーダーをとるべく歩いていくのだった

 

 

「いやー。よりにもよってあの子とは。さっすがかみやんたちぜよ」

「…ってことは知ってるんだな、元春。どうしてアリサが狙われるかを」

 

一方で人気のない広場にて

そこには土御門元春と上条当麻、そして鏡祢アラタの三人が集まっていた

土御門はベンチに座りながらそんな二人に受け答えしている

 

「教えてくれ土御門、どうしてアリサが狙われ―――」

「あの子は、聖人。あるいは、それに匹敵する力を持ってるとみなされてるからです」

 

その言葉に返してきたのは、女性の声だった

こちらにカツカツと歩いてくるエキセントリックな服装の女性―――神裂火織である

そしてその隣にいるのは、ヒビキと呼ばれていた男性だ

 

「神裂…」

「…それに、アンタは」

「よっ。直接会うのは初めましてかな。ヒビキってんだ。よろしく」

 

そしてそのまま彼はシュッ、と挨拶なんだかよくわからない仕草をするとこほんと、咳払いして話を戻す

 

「えっと。何の話だっけ」

「鳴護アリサの話です」

「ああそうだった。…完全に覚醒すれば、この神裂ちゃんをも上回る可能性まであるんだよ」

「神裂さんを…?」

 

強さを目の当たりにしている当麻とアラタはヒビキの言葉に驚きを隠せない

正直アリサにはそういった戦闘力がありそうには思えないが

それとも聖人というくくりにはまだわからない何かがあるのだろうか

 

「ま、コイツはあくまで推測、証明も何もないにゃー」

「土御門、貴方の見解は?」

「どーだかにゃー。ぶっちゃけ聖人の定義ってのも曖昧だし」

「…ヒビキ、貴方は?」

「俺に聞かれてもわかんないぜ? その辺は詳しくないし」

 

話を降られたヒビキは両手を上げてやれやれといったような仕草をする

するとベンチに座っていた土御門が立ち上がりきらりとサングラスを光らせながら

 

「ねーちんが隅から隅までずずぃーっと調べさせてくれれば―――」

「じょ、冗談じゃありませんっ!」

 

土御門の邪な視線から身を守るように自分の身体をかき抱いて一歩下がる神裂

その光景を見てははは、と笑いながらヒビキがアラタや当麻の方を見て

 

「ともかく、学園都市はその資質や才能を、解剖学的に解明して、利用したいんだよ。あの見た目幼い社長さんはね」

 

 

「はい、これ」

「ほえ?」

 

お腹も膨れてデザートを食べていたインデックスに向けて、アリサは一枚の封筒を差し出していた

 

「あの歌の歌詞。一緒に歌おうって、約束したでしょ?」

 

先日、インデックスとアリサが一緒にお風呂に入っていたとき、思い浮かんだフレーズを紙に纏めていた時だ

この歌ができたら、一緒に歌おう、と二人はそんな約束を交わしていたのだ

そんな時うっかり当麻が戻ってきてしまった不幸(ラッキースケベ)なことをしてしまったのだが、制裁は加えたので気にしないことにした

 

インデックスはそれを受け取って

 

「ありがとうありさ! いっぱいおめでとう! だねっ」

 

満面の笑顔を作りながら水の入ったコップを持ちあげる

 

「うん。ありがとう、インデックスちゃん!」

 

そのままお互いに水の入ったコップをかちんとぶつける

 

『かんぱーいっ!』

 

すっかり幸せムードなその光景を、金髪のウェイトレスに扮した魔術師―――メアリエ・スピアヘッドが小さく微笑んだ

 

 

「あぁ…今日も一日お疲れ様ねぇ…」

「ありがとうございます女王。わざわざこんな私の趣味に付き合っていただくなんて…」

 

のんびりと街を歩いてたのは食蜂操祈とその従者、帆風潤子の二人である

日頃頑張ってるお礼として一日帆風の趣味(ゲコ太)に付き合っていた食蜂はまさかここまで時間がかかるとは思わなかった

そもそも食蜂の派閥の女性からすると一日食蜂をほぼ独占できるだけでもえらいこっちゃなのだが、今回それはスルーする方向で

 

「気にしないでいいのよぉ。アラタからも偶には労ってあげろって言われてるしぃ…けど、自分で言うのもなんだけど、これ労えてるのかしらぁ?」

「全然労えています! はいっ!」

 

そう言って満面の笑顔を作る帆風

まぁ本人が言うのなら大丈夫なんだろうと食蜂は思うことにした

と、そんな時だ

 

パリーン!! と横を通り過ぎようとしていたファミレスのガラスが砕ける音がした

 

「! 女王!」

 

いち早く反応したのは帆風である

彼女は素早く彼女の前に出ると守るようにその身を盾にした

ファミレスから出てきたのは奇想天外な服装―――魔女の格好をした三人の女性だった

その中で一人、金髪の魔女は一人の女の子を抱えているのが視界に入ってくる

その中で一人―――扇子のようなものを持った女性がぶん、と一つ仰ぐと風が巻き起こりそれらが渦を巻き三人を包み込むと、その場から誰もいなくなっていた

 

そしてそんな三人を追っかけるように、拘束されたシスターの格好をした女の子が一人

何やら口元には薄い氷のような何かが引っ付いており、それが彼女を喋れなくしているようだ

 

「んーっ! んーっ!!」

 

そのシスターは身体をジタバタと動かし地上に流れ着いた魚のようにその場を跳ねて回る

何が何だかわからない食蜂と帆風はとりあえずお互いの顔を見合わせながら、ひとまずその口の周りの氷を剥がしてみようとする

その氷の何かは思いの外簡単に剥がれた

そしてそのまま両手を拘束を解くとシスターはこちらを振り向いて

 

「ありがとう!」

 

と言うやいなや服の中に忍ばせていた携帯を取り出すとどこかに電話を掛け出した

その光景を見ながら食蜂と帆風は困ったようにお互いに顔を見合わせるのだった

 

 

ふと、ピリリと当麻の電話が鳴る

何事かと思い当麻が携帯を取り出し画面を見るとそこにはインデックスの文字があった

 

「…インデックス?」

 

なんだろう、と思いながら電話に出る当麻に、それを見守るアラタ

 

「もしもし? インデックス…なんだって!? アリサが!?」

 

電話の声を聞いた当麻の顔が急変し、アリサという単語にアラタも身構える

そういえば今日は二人で食事に行っているはずだが…

同じタイミングで、今度はアラタの携帯も鳴り出した

携帯を取り出してアラタが画面を見てみると、そこには食蜂操祈の名前がある

 

「…なんでこんな時に操祈から…」

 

疑問はあったがとりあえず出てみることにする

 

「もしもし? 悪いけど今―――」

<アラタぁ? 今目の前でシスターちゃんが電話してるんだけど、何か知ってたりするかしらぁ>

「! …お前、現場にいるのか!?」

<現場って…そこのところよくわからないけどぉ…>

 

電話の向こうの操祈は明らかに混乱している

しかし今は彼女の言葉に情報があるやもしれないのも事実だ

 

「なぁ、その辺でなんか変わったの見かけなかったか?」

<変わったものぉ? …あぁ、そういえばシスターちゃんが出てくる前に、変な魔女っ子みたいな人達が誰か抱えてたわねぇ…」

「それだ! ありがとう操祈、今度なんか奢る!」

<え? ちょ、ちょっとぉ!?>

 

一方的にお礼をぶつけてアラタは電話を切る

ちらりと当麻を見るとどうやら彼も電話を終えたみたいだ

 

「魔女っ子って言ってた、多分アイツらだ」

「魔女…となると、ステイルたちでしょう。行ってください二人とも」

「あぁ、今からなら間に合うかもだぜぇい」

「あー…行動が早いなぁあの少年は」

 

話を聞いて察した神裂と土御門は二人して促し、ヒビキはステイルに対して軽い溜息を漏らしている

しかしこうしている場合じゃない、急がないと間に合わない可能性がある

 

「そうする! 行くぞ、当麻!」

「わかった!」

 

アラタは無言で青い姿のクウガ―――ドラゴンフォームへ姿を変えると当麻を抱えて跳躍する

途中ゴウラムを呼んで、緑の姿で行方を追えば、行けるかもしれない

 

 

「状況はどうなっている」

 

シャットアウラの自宅にて

緊急の連絡を受けた彼女は通信機を片手に、部下からの言葉を待つ

 

<目標は高速道路に入りました>

「わかった。そのまま見失うな」

<了解>

 

短く指示を出してシャットアウラは通信を切る

ふと、シャットアウラの視線は棚に飾ってある父の遺品に目がいった

それはボロボロの、飛行機の操縦士などが付けている機長帽子だ

 

「…奇跡などありはしない。―――在ってたまるものか…!!」

 

自分に言い聞かせるようにそう呟くとシャットアウラはブラックイクサナックルを持ち、自宅を後にした

 

 

一方でメアリエが運転する車内にて

運転席には上述の通りメアリエが座り、車を運転しその助手席ではステイルがたばこを吹かしている

後部座席にはマリーベートとジェーンがアリサを囲むように座り、ジェーンの隣に斎堵が座っている

どういうわけかジェーンはたばこを吸っているステイルを見てあわあわとしている

 

「…どうした、ジェーン」

「い、いえ…その…車内でたばこを吸われると…身長が伸びなく…」

「大丈夫だよ、僕は十分伸びたから」

「違うのです! 私が伸びなくなりますのっ!」

 

あっけらかんと言い話つステイル(十四歳)に抗議するジェーン

やれやれと思いながら霧島斎堵は何となしにバックミラーを確認したとき、違和感を感じる

 

「…うん?」

 

―――一瞬ではあったが、透明な何かが後ろを横切った気がする

もしかすると

 

「ステイル!」

「あぁ、来るぞっ!!」

 

ステイルが言葉を発したのと、相手の駆動メカが光学迷彩を解除したのは同時だった

それらはステイルたちが乗っている車を包囲するように今もなお動いている

 

「メアリエ、前に出すな!」

「がってんっ!」

 

ステイルの指示に了承するとメアリエは速度をアップさせる

前に出られては速度を落とさざるを得なくなる

何が何でも前方を死守しなくては

 

「ステイル、出るぞ!」

 

言いながら斎堵はオーズドライバーを取り出すと、先にそこに三枚のメダルを装填し、腰に押し付けてベルを装着する

そのままスキャナーを取り外しメダルをセットしたスレイターを傾けてスキャンした

 

「変身」

<タカ!><ウナギ!><チーター!>

 

車内での変身を終えるとそのままドアを開けたタカウーターは道路へと飛び出し、チーターの力で駆けながらウナギウィップで駆動メカに対して攻撃を仕掛けて妨害を開始する

その間ステイルも窓を開けて車の上によじ登り、ルーンのカードを準備して、いつでも戦えるように戦闘態勢をとった

 

一番奥の方からこちらに向かってくるのは唯一迷彩されていないバイクに乗った仮面ライダー…ブラックイクサだ

ブラックイクサは高速で走り回るタカウーターに向かってガンモードにしたカリバーを発砲するが、そう易々とは当たらない

また、別の駆動メカがアースパレットを車に対して発射するがステイルの炎がそれを防ぐ

 

「はぁっ!」

 

振るわれるウナギウィップ

それは一機の駆動メカを絡めとり、電気を流して機器系統にトラブルを与え戦闘不能にさせた

いつしか一行のデッドヒートはトンネルへと向かっていく

 

 

「ゴウラム、もっと速度上げれるか!」

<わかってる!>

 

一方で空から追いかけている当麻とアラタ

クウガであるアラタの命を受けて駆け付けたゴウラムの上に当麻を抱えて飛び乗ったクウガは緑の姿となってステイルたちを見つけるとそのまま空中を移動している

 

「もう少しだ…! しっかり捕まってろよ当麻!」

「あぁ!」

 

刹那、ドゴォンと大きな爆発音が耳に届く

それを見たクウガたちは一直線にその場へと向かうのだった

 

 

時間は少し戻る

メアリエの車がトンネルへと差し掛かり、ブラックイクサ率いる黒鴉部隊もそれを追って当然トンネルへと入っていく

 

「師匠っ!!」

 

そんな時ジェーンが窓ガラスから顔を出し、一斉に何かをばらまいた

それはステイルのルーンカード

トンネルという状況は限定されるが、今なら多少は顕現できるはず

車の上に乗っている以上、ばらまかれたルーンカードとの距離は離れていってしまうが、それでもこいつらを蹴散らすくらいならば―――

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)ッ!!」

 

言葉と共に繰り出されるステイル最大の必殺魔術

ごぅ! と地面に顕現するは大きな上半身の炎の化け物

それらは大きく腕を振るいブラックイクサ以外の駆動メカを行動不能へと追い込んでいく

 

「―――ちっ!」

 

仮面の下で舌を打ちながらブラックイクサは一度フエッスルを取り出すとそれをベルトにセットしてナックルを押し込む

 

<イ・ク・ナ・ッ・ク・ル ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ>

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

そのままバイクをUターンさせながら、イノケンティウスに向かってブロウクンファングを解き放った

刹那、ズドォン! という大きな爆発音が鳴り響き、周辺を火の海を変えていく

車の上で風を感じていたステイルはやったか、と内心思いながらじっとそれを見つめていた

 

「なにっ…!?」

 

しかし想像とは裏腹に、煙の中からブラックイクサが五体満足の状態で現れる

ブラックイクサはガンモードのカリバーを構えてメアリエの車のタイヤを正確に撃ち抜いた

タイヤを撃たれてバランスを崩した車からステイルは飛び降り、車はそのまま横転してしまう

遠目から見るとあの三人は目を回して気を失ったみたいだ

となると鳴護アリサも無事だろう

 

じろり、とバイクから降りてこちらに構えながら歩いてくるブラックイクサ

そして他の駆動メカを撒いてきたのか、オーズもステイルの隣に立ち並ぶ

 

一触即発

 

どちらかが先に動いてもおかしくない、そんな時だ

 

「やめろぉぉ!!」

 

上空から声が聞こえた

そちらへ視線を向けるとゴウラムに乗ったクウガと当麻が駆け付ける

降りれるようにゴウラムが低空へ移動すると当麻とクウガが飛び降りてゴウラムも少女の姿へと戻る

 

「何先走ってんだよステイル! まだアリサが聖人だって決まったわけじゃないだろう!!」

「…神裂たちか」

 

やれやれといった様子でタバコに火をつけて吹かしはじめる

ステイルは短く一服するとじっと当麻とクウガを見やり

 

「先ほど新たな命令が下った。…あそこに見えるのが何か、わかるか」

 

ステイルは視線をそれに向ける

その視線の先には、天高くそびえ立つ宇宙エレベーターが見える

 

「…宇宙エレベーターがどうかしたのか」

「いいや。シュメールのジグラッド、バベルの塔。…合理性を超えた規模を持った建築物は、〝そこに在るだけ〟で魔術的な意味合いを帯びてしまうんだよ」

 

クウガの問いに返したのがオーズだった

 

「問題はそこに、〝聖人〟を組み込んでかなり大規模な魔術装置にしようとした人間がいるってことでね」

「…つまり、学園都市に魔術を利用してる奴がいるってことか!?」

 

そんなアイツ等の会話を、ブラックイクサはマスク越しに聞いていた

魔術? バベルの塔? 一体全体何の話をしているのかさっぱりだ

 

<私よ>

 

そんな時、耳に仕込んでいた通信機からレディリーの声が聞こえる

 

警備員(アンチスキル)が動き出したわ。そこからすぐに撤収して>

「了解」

 

ブラックイクサはバイクをそのまま運転し、横転している車の方へ移動する

そのまま気を失っているアリサを取り出しやすいようにカリバーで軽く車を切り裂いていく

からん、とアリサから袋のようなものが零れたことに気が付いた

 

「…? !?」

 

視線を向けた時、目を疑った

それは自分が持っている、欠けたアクセサリーの半分が入っていたからだ

別にアクセサリーを持っていること自体に違和感はない

だが、問題は〝そのアクセサリーは自分しか持っていないはず〟のものだからで

 

<あら。見てしまったの?>

 

そんな自分の心境を見透かすように、レディリーの言葉が流れてくる

 

<いいわ、その子を私の元まで連れてきて>

「っ…!」

 

今は従うほかない

ブラックイクサは車から鳴護アリサを引っ張り出すと彼女を抱える

 

「まずい!」

「ちっ…!」

「来るな!!」

 

オーズとステイルが駆けようとした時、ブラックイクサはガンモードのカリバーを突き付けて威嚇する

しかし一人、ブラックイクサの元へ駆け寄っていく人物がいた

 

「待てシャットアウラ! その子を離せ!! ―――おいアウラぁ!!」

 

駆け寄りながら、変身を解いて近寄ってきた鏡祢アラタだ

すぐ後ろには、彼の友人である上条当麻の姿も、アラタを追ってきたゴウラムの少女…みのりの見える

ブラックイクサはぎり、と仮面の下で歯を食いしばった

 

「―――関係などないくせに! これ以上私に、歩み寄るなぁぁぁぁぁ!!」

 

叫びながらブラックイクサは上空にいくつかのレアアースパレットをカリバーから撃ち出した

少なくとも五個以上は射出したはずだ、上空に撃ったといえど衝撃は計り知れない

ステイルは伸びている三魔女、オーズはそのステイルを守らんとそれぞれ移動し、せめてと思いオーズはアラタたちに向かって叫ぶ

 

「離れろ!! 三人ともォォ!!」

 

オーズの叫びと、ブラックイクサが能力を解放したのはほぼほぼ同時

 

直後、大きな爆発音が夜の街にこだましたのだった

*1
逃亡してる鷹山を沢白が見かけたのが縁となった



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#65 決戦の幕は上がる

どうにか月一の更新は間に合った
楽しんでいただける人がいるかわかりませんがいてくれたのなら嬉しいです
(。-`ω-)


最近マキブオン動物園を購入しました
以上報告でした


少しだけ時間は戻る

具体的には、シャットアウラに鳴護アリサの保護を依頼する少し前

 

「…これは?」

 

不意に渡された時計のようなものをレディリーは訝し気に見ながら、目の前の男―――イーサーへと視線を向ける

向けられた視線を軽く躱しながらイーサーは

 

「万が一の保険のようなものさ。そいつはちょっと別の世界から奪ってきた力だ」

「保険…。そうね、何事も上手く行くとは限らないものね。保険というのは大事だわ」

「そうだろう? 備えあればってやつだ」

 

その言葉を聞いて、レディリー・タングルロードは受け取った時計のようなものに改めて視線を落とした

そこには、歪ませたような〝黄色い化け物〟のような絵が描かれてあった

 

 

そして時は戻って現在

シャットアウラは目の前に寝かされている鳴護アリサを見つめる

命令のままにここに連れてきたはいいが、シャットアウラは一つだけ、確かめないといけないことがあった

 

傍らに置いてあるアリサのアクセサリーを持つと、自分の持っている欠けたアクセサリーを掛け合わせる

すると欠けていた部分がきっちり埋まり、本来のアクセサリーの姿になった

なんなのだ、この女は…

 

「…どうしてこのブレスレットを」

 

誰にでもシャットアウラは呟く

思考すればするほど意味が分からなくなり、考えが纏まらなくなってくる

 

「やっぱり。あなたたちは惹かれ合ってしまうのね」

 

そんな時自分を見透かすかのような調子で入ってきたのはレディリー・タングルロードだ

彼女はいつもと変わらない様子でつかつかと歩きながらシャットアウラの隣に立つ

 

「あの日オリオン号に乗っていたのは、乗客乗員合わせて八十八人。そして事故の直後、生存者八十八人の無事が確認された…」

 

口元に小さく笑みを浮かべたレディリーは続ける

 

「誰もが、〝奇跡〟と呼んだわ。―――だけど、本当は一人死亡者がいた」

 

レディリーはさらに続ける

そしてそれはシャットアウラも知っている事実だ

 

「オリオン号のパイロット。〝ディダロス・セクウェンツィア〟…貴女の父親。だけど、その事実に気が付いた時にはもはや手遅れ。世界は〝奇跡〟に湧き、八十九人目の存在はなかったことにされて…〝奇跡〟だけが残った」

 

レディリーは横たわるアリサを見つめながら

 

「八十八人しかいないあの場で突如現れて…奇跡を演出した少女―――それがアリサよ」

「…貴女はあくまでも奇跡と言い張るのか」

「だって本当は誰も助かるはずなかったのよ。あの事故は」

 

ぴくり、とこめかみが反応する

 

「…なんだと」

「ソラならうまく行くかと思ったのよ? だけど貴女の父親以外みんな助かるなんて、これが奇跡でなくて何だというの?。まぁ、思わぬ副産物が手に入ったのだから、結果オーライ、と言えるのかしらね」

「―――お前、なのか」

 

小さく呟くとレディリーは挑発的な視線をこちらに向けたまま笑みを浮かべている

目の前のこの女が―――元凶…!

 

「お前が…!!」

 

行動に迷いはなかった

彼女は仕込んでるスーツに取り付けてあったユニットからナイフを抜き取ると一直線にレディリーの胸元へとそのナイフを突き立てた

ずぶり、と確かにナイフは心臓を貫き、瞬く間にその活動を停止させ絶命させる

 

しかし妙な違和感が拭えない

 

確かに心臓を貫いて殺したはずなのに、なんなんだこの感覚は

 

「おいおい。ずいぶんなことをするじゃないか、黒鴉の隊長どのは」

 

癪に障る声色がシャットアウラの耳に入ってくる

そちらの方へ振り向くと、イーサーが不敵な笑みを浮かべながらこちらに向かって歩いてきていた

 

「…っ」

 

どう見ても友好的な雰囲気ではない

だがどうでもいい、こいつも確かレディリーに与していたはずだ

そう考えてシャットアウラはナイフを構えながら

 

「―――ウフフフッ…」

 

その時、倒れ伏したレディリーの方から確かに声が聞こえた

もしやと思い彼女の方を見ると今さっき突き刺したレディリーがゆっくりと上半身を起こしていたのだ

 

「…馬鹿なっ!」

「アッハハッ!」

 

上空からの声が聞こえる

すかさずそちらへ視線を向くと、いつか地下駐車場で交戦したあの金髪の女がシャットアウラに向かって急襲を仕掛けてきていた

 

「お前はっ!」

 

あの時の、と声を出す暇もなく、シャットアウラは相手の攻撃の対応に追われる

二撃、三撃と攻撃をいなし距離を開けるとイクサナックルを取り出そうとして―――背後に移動してきたイーサーによって組み付かれた

 

「ぐっ!」

 

ぎりぎり、と力を入れられてナックルを地面に落としてしまった

そして地面のナックルをイーサーはさらに蹴っ飛ばし容易に回収できないようにされてしまう

 

「ナイフで刺されるのはもう何度めかしら? 十六か、十七回目くらいかしらね?」

「…化け物め!!」

 

憎悪を募らせた目で、シャットアウラは罵倒する

しかしレディリーはそんなことなどどこ吹く風といった感じで横たわっているアリサの近くへと歩み寄った

 

「そうかしら? 私もたいがいだけど…あなたたちも十分化け物だと―――」

 

 

「シャットアウラくんから離れなさい」

 

 

また別の声が聞こえる

声の方へと振り向くと、そこにはイクサへと姿を変えた名護の姿がいた

彼はガンモードにしたイクサカリバーを構えながらゆっくりと歩み寄ってくる

 

「名護さん…!」

「…あら。いたわね。貴方も」

「シャットアウラくんを解放してもらおうか。手荒な真似をする気はない」

 

じりじりと詰め寄るイクサを、レディリーはただ見つめる

しかしこのとき、イクサ…名護の方にも失念していたことがあった

相手にはもう一人いたということに

 

ズドン、という背後からの衝撃が突然イクサを襲う

 

「ぐっ!?」

 

すかさず振り向くとそこにはボウガンのような武器を構えた歩いてくるザモナスだ

ちっ、と仮面の下で舌を打つ

そういえばアイツの存在を忘れていた…!

 

「オイタはダメだなぁ…ねぇ? 名護さん」

 

そのまま何発かボウガンの一撃を貰い、イクサは体制を崩す

体制が崩れている間にザモナスは接近し今度は腹に何度かパンチを叩き込み、最後に蹴っ飛ばすことで距離を開けた

そしてそのままザモナスはウォッチのボタンを押してドライバーを回転させる

 

<ザモナス タイムブレーク!>

 

電子音声を受けながらザモナスはそのまま跳躍してライダーキックを放つ

体制を崩しながら、それを見たイクサはナックルを操作し何とか受け止めるべくブロウクンファングを放った

 

<イ・ク・サ・ナ・ッ・ク・ル ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ>

「はぁぁぁぁ!!」

 

繰り出されるザモナスのザモナスタイムブレークとイクサのブロウクンファング

互いの技がそれぞれ激突し、火花を散らしたが、競り勝ったのザモナスの方だった

ブロウクンファングを突破してイクサにタイムブレークを直撃させてザモナスは地面に着地する

 

「ぐあぁぁぁぁっ!?」

 

一方で直撃を受けたイクサは地面を転がりながら変身を解除させられると同時、そのままぐったりと倒れ伏した

どうやら今の一撃で気を失ってしまったみたいだ

 

「ふふ。愚かな人。関わろうとしなければ何もしなかったのに」

 

くすくす、と笑いながらレディリーはイーサーたちへと指示を飛ばした

 

「彼女たちは生かしたまま拘束してあげて。…本当の〝奇跡〟が起こる瞬間を、楽しみにしていなさい?」

「―――お前が何を企んでいようとも、必ず潰してやるッ! 必ずだっ!!」

「ふふ。せいぜい期待してるわ」

 

最後にシャットアウラはそう吠えるとベルウッドにそのまま連れていかれた

そんな彼女を追うようにザモナスは名護を背負うと歩いていく

それを見届けるとレディリーは鳴護アリサの方へと向き直る

 

「さて。あとはアナタね」

 

そういうとレディリーはアリサの顔のすぐ上をなでるようにゆっくりと動かした

するとそれを合図にするかのようにぴくり、と彼女の身体が震え瞼を開く

僅かに戸惑いを見せるアリサの目に、レディリーの顔が映る

 

「おはよう。貴女にお願いがあるの―――」

 

 

―――鳴護アリサさん?

 

 

◇◇◇

 

宇宙エレベーター近辺には、大勢の人がにぎわっていた

理由は言わずもがな、鳴護アリサのライブを見るために他ならない

エンデュミオン警備にあたる立花眞人も、当然その場にいた

傍らにはG3ユニットを携えている彼は、どこか鎮痛な面持ちだ

 

頭の中でリフレインするのは、G4を携えたあの女性との会話

 

 

―――ねぇ、貴方はどうして戦っているの?

 

 

それに明確な答えも出せないままに、ズルズルと引きずっていたらこの様だ

 

「いいや。今は目の前の仕事に集中しないと…!」

 

パンパン、と自分の顔を両手で叩きながら気分を入れ替える

そうだ、今このことについて悩んでいても仕方がない

まずは自分の職務を優先しなければ

 

「あの、すいません」

「! あ、はいっ!」

 

背後から声を掛けられる

思考に埋没していたおかげで一瞬反応が遅れてしまったが、問題なく返答ができた

声のした方へ振り向くとそこには一組の男女だった

二人ともスーツを着こなしていて、女性の方が言葉を続ける

 

「すいませんが、もしかして…立花眞人、どのではないですか?」

「え? は、はい。確かに自分は立花眞人ですが…」

「やっぱり。初めまして、私はザイアコーポレーションの(やいば)ユアと申します。こっちは―――」

「不破伊武だ。今回共同で仕事をすることになっているエイムズの隊長をしている」

 

そういえばそんな話を黄泉川から聞いていた気がする

自分のことばっかりでそう言った重要なことを完全に忘れていた

すかさず眞人はG3ユニットを置いて

 

「失礼しました! 自分は警備員所属の立花眞人と申します」

 

気を付けの姿勢を取り、姿勢を正す眞人

それを見たユアは微笑み

 

「お会いできて光栄です。黄泉川さんからお話は伺ってます」

「! 黄泉川さんをご存じなんですか?」

「えぇ、もっとも、偶にお酒飲むくらいですけど、ね」

 

そう言ってユアは小さく笑みを浮かべる

その隣の不破伊武とやらは時計を見ながら

 

「こちらから言っといてなんだが、時間が惜しい。仕事の内容を確認したい」

「わかりました。では黄泉川さんたちの方に向かいながら…」

 

そう言って三人は歩いて行った

そうだ、悩むのは後でもできる

今はただ、目の前の仕事に全力を捧げよう

 

◇◇◇

 

「…アリサはやっぱり…」

「えぇ、インデックスにも聞いたんだけど、帰ってないって」

「…まぁた変なことに巻き込まれるのねぇ、アナタは」

 

とある病院にて

爆風に巻き込まれて多少なりともケガを負ったアラタは検査入院という名目で病院のベッドの上にいた

隣の病室では当麻も入院しておりそっちにはインデックスもいるだろう

こっちの病室には美琴と操祈の二人がやってきている

ちなみにあの場にいたみのりは大した怪我もなく今は一度燈子の所へと戻っているということを聞いている

そんな時、ガラガラと扉を開けて入ってくる人物が一人

 

「…おいおい、お前ら何回入退院記録増やす気だ」

「このままだと、ギネスに登録できてしまうかもしれませんよ」

 

入ってくるのは門矢士と浅上藤乃の二人

士はやれやれといった顔であり、藤乃は笑ってはいるが同時に困りもしているような顔だ

 

「へーい、かがみん?」

 

そうしてると不意に扉から同じように入ってきた土御門が入ってくる

グラサンをきらりと光らせた彼は軽く手を上げながら

 

「悪い、ちょっといいかにゃー?」

 

 

「決着は僕たちでつける」

 

土御門に呼ばれ当麻の病室に入る

そこには既にステイルと霧島斎堵がおり、開口一番ステイルがそう口を開いた

 

「決着?」

「レディリーは魔術側…こちら側の存在だ。彼女は、 鳴護アリサを核にして術式を構築しようとしている」

「術式? どんな」

「エンデュミオンを用いたかなり大きなやつだぜぇい。使われたら北半球が全滅するくらいのな」

 

アラタの言葉に土御門が返答する

北半球全滅、という言葉に戦慄する

そんな大規模な大型魔術を、あの社長は仕事の裏側で進めていたのか

 

「ともかく、これは僕たち魔術師の仕事だ。君たちは引っ込んでいろ」

「けど、相手は宇宙にいるんだ。そこらへんはどうするつもり?」

「…いざとなれば、核を始末する。それでもダメなら、あの塔ごと破壊する」

 

核を始末する、という言葉を当麻とアラタは聞き逃さなかった

 

「…それはつまり、アリサを殺すって意味かよ」

「…まぁ、そうなるな」

 

当麻は拳を握りしめる

彼の中で燃えている感情は、アラタも同様だ

 

「アリサは…アリサは夢に向かって一生懸命な女の子なんだっ…! どうしてそんな彼女が、北半球をぶっ壊す悪者にされないといけねぇんだ!」

「…なら、やることは一つだな、当麻」

 

お互いに顔を見合わせて頷き合う

そして当麻はベッドから立ち上がって、アラタもまた自分の病室へと戻っていった

 

「わわ!? と、とうま、今あらたがスゴイ勢いで…ってとうま!? まだ寝てないとダメなんだよ!?」

 

いそいそと着替え始める当麻を見ながら、ステイルははあ、と大きい息を吐きながら

 

「相変わらず、馬鹿な奴らだ」

「ま。それがあの子らのいいとこじゃない」

「はは。だにゃー」

 

そんなステイルのつぶやきに、斎堵と土御門が笑み交じりでそう返す

正直、そう返すのはわかりきっていたのだから

 

 

がらりと自分の病室の扉を開ける

開ける前病室から出てきた士と藤乃はとすれ違う

藤乃は怪訝な顔をしていたが、士はなぜか笑んでいた気がしていた

まぁそんなことはどうでもいい

今は時間がないのだ

 

「あ、戻ってきた―――って、何してんのよ!?」

「? 戻ったのぉ―――うぇ!?」

 

部屋にいた美琴と食蜂が顔を赤くして驚きの声を上げる

何故ならば今しがた入ってきたアラタは上半身の服を脱いでいたからだ

二人の戸惑いを無視して、アラタは着替えへと手を伸ばす

 

「ちょ、ちょっとちょっと! いくら何でもまだ寝てないと―――」

「悪いけどそんな悠長なこと言ってらんない、急がないとアリサが死ぬ…!」

「え!? ちょ、意味わかんないんだけど!?」

 

そのまま着替え終わりアラタはそのまま部屋を出ていこうとする

 

「ちょ、アラタっ!」

 

戸惑いを隠せないまま彼を追いかける美琴とそれを少し後ろから眺める食蜂

そもそも食蜂にとっては展開についていけないレベルである

とりあえず廊下で当麻らと合流するとお互いに頷いて―――

 

「かみやんたちならそういうと思って、もう用意してあるぜぇい」

 

土御門の言葉に当麻とアラタが振り向いて首をかしげる

表情を見ると土御門は笑顔を浮かべていた

教室で見るような、そんないつもの笑顔

 

そんな彼らをこっそりと、御坂美琴によく似た女の子たちが眺めていた

 

 

「さて。こいつは、俺も仕事しないといけなくなるかもな…」

 

通路の壁に背中を預け、当麻らの話をこっそり聞いていた門矢士はそう呟く

彼は壁から離れると歩き始める

刹那、目の前に現れるオーロラカーテンをくぐると、彼の姿はなくなっていた

 

 

「ふむふむ。なーるほどー?」

 

ぴこぴこと女の子が頷くとアホ毛が揺れる

今いる場所はとある病院の中のまた別の病室

アホ毛を揺らしていた女の子―――打ち止め(ラストオーダー)はベッドの上で寝っ転がっている人物に向けて言葉を発した

 

「なんか大変なことになってるっぽい? って、ミサカはミサカは大きな声で呟いてみたり!」

 

そんな打ち止め(ラストオーダー)の言葉をベッドに寝っ転がっている男―――一方通行(アクセラレータ)は心底鬱陶しそうに舌を打ちながら

 

「ちっ…せェなァ…独り言ってレベルじゃねェぞ…たく」

 

そう言ってごろんと一人寝返りを打つ

それに対して打ち止め(ラストオーダー)はくるくるとその場に回りながらふふーんと微笑みを作る

 

「おーい、アクセラレーター。缶コーヒー買ってきたぞー」

 

ちょうどその時、ガラガラと病室の扉を開けて入ってくる人物が一人

浅倉涼だ

 

「あ! ちょうどいいところにアサクラも帰ってきた! ってミサカはミサカは喜んでみたり!」

「? …どうしたの打ち止め(ラストオーダー)

 

それを聞かれると、彼女は天使のようににっこりと笑顔を作るのだった

 

◇◇◇

 

独房に一人の男女がいた

一人は名護慶介、もう一人はシャットアウラだ

 

特に会話などはない

変に喋ると逆に消耗してしまうからだという事を、二人は理解していたからだ

シャットアウラの脳裏には、レディリーから言われた言葉が再生される

 

―――貴女の父親以外みんな助かるなんて、これが奇跡でなくて何だというの?―――

 

ギリ、と歯を食いしばる

そんな時、独房の外で何かが殴られる音がした

数秒の後、扉が開かれる

 

「…名護さんがこんなミスするなんて珍しいですね」

 

入ってきた人影は一瞬透明になったと思ったらそれが割れるように弾け飛び、そこに一人の青年が姿を現す

見覚えのない男性に、シャットアウラは疑問符を浮かべた

 

「すまない、迷惑をかけたな、ワタルくん」

 

その青年の名はワタル、という名前らしい

ワタルはシャットアウラと名護の拘束を解くと、シャットアウラの方に何かを差し出してくる

それは掴まる際に落としたイクサナックルだ

 

「それは―――」

「君のでしょ? 黒鴉の人たちが予備を持ってきてくれたんだ」

 

渡されたナックルを受け取りながら調子を確かめる

問題はない、独房の中で体力の回復に努めていたから体力も万全だ

ふと、シャットアウラは名護の方を見る

 

「…そういえば、いつ仲間を呼んだんですか?」

「靴に仕込みがあってね。万が一と思っていた仕掛けが、功を奏したみたいだ」

 

…この人は無駄に用意周到だ

思わず、本当に思わず小さく苦笑いをしてしまった

 

「黒鴉の人たちの助力もあってこそですよ。今も外で待機してます。シャットアウラさん」

「あぁ。助かる」

 

ワタルにそう短く返答してシャットアウラは外で待機している部下と合流する

後ろにワタルと名護がいるのを確認すると会話を切りだした

 

「状況は」

「レディリー達はすでに宇宙に発ったようです。作戦は第四フェーズへ移行…警備員(アンチスキル)の一部隊が向かってます」

「…宇宙(うえ)に行く準備は」

「できてます」

 

 

彼女たちの後をついていき、たどり着いたのはポッドのある部屋だった

中心にある天高くそびえる塔を奔るように、ポッドがいつでも発射できるように準備されている

いつものスーツの上から宇宙服を着込んだシャットアウラはそれに乗り込むと、ちらりと己の部下を見やった

 

「私はこれから決着をつけに行く。…誰も上にあげるな」

 

言いつつ、彼女は部下の後ろにいる名護へと視線を向ける

そんな事を言われると予想していたのか、名護は頷いて

 

「…無茶はしないようにな、シャットアウラくん」

「…ありがとうございます。では、行きます」

 

そう短く会話をなした後、ポッドはまっすぐ上に向かって射出された

射出されたポッドはすぐに見えなくなり、レールを駆け抜けていた音も聞こえなくなっていく

彼女を見送った名護はワタルへと視線を移し

 

「ではワタルくん、我々も我々の戦いをしよう」

「分かっています、名護さん」

 

頷いて二人は外へと歩く

彼女が彼女の戦いをするのなら、自分たちは自分たちの戦いをするまでだ―――

 

◇◇◇

 

宇宙エレベーター

すでに建設された内部では大勢の観客で賑わっている

その観客の大勢は、鳴護アリサのコンサートを楽しみにしているのが大半だ

老若男女問わず、鳴護アリサの歌を聴くためだけに、ここに集った人たち

 

そんなある一室にて

鳴護アリサは宙空にふわりと浮きながら、体育座りのポーズをしていた

現在いる場所は宇宙、故に自分の身体は無重力だ

 

「…奇跡」

 

何の気なしにアリサはその言葉を口にする

あの時、あの場所で目を覚ました時、レディリーから言われた言葉

 

―――私の為に歌ってくれない? 貴女の奇跡の歌を―――

 

ぎゅ、と拳を握りしめる

そして彼女は、呟いた

どこまでも自分に優しくしてくれた、大好きなツンツン頭が特徴な一人の少年の名前

 

「当麻くん…」

 

…どうしてこうなってしまったのだろう

ただ自分は歌が好きだったから、それを聞いて人たちが喜んでいるのならばそれだけでいいと思っていたのに

 

「まだ悩んでいるの?」

 

その時扉が開かれて。そこからレディリーはこちらに向かって宙を移動してきた

彼女の表情には、僅かなながら歪み(えみ)が見える

 

「道端で歌っていた貴女に、こんなに大きな舞台を提供してあげたというのに。嫌ならそれでも構わないわ。ただそうなった時、この会場に来てる客は全員死ぬことになるけど」

 

アリサの表情は見えない

しかしある決意をした彼女はかつ、とガラスに足をつけレディリーを見る

真っ直ぐと彼女の眼を見て、アリサは己を鼓舞するように宣言した

 

「歌います。けどそれは自分の為でも、ましてや貴女の為でもない…!」

 

覚悟を持った瞳を、アリサは向ける

 

「私の歌を楽しみにしてくれている皆の為です…!」

 

その言葉を聞いたレディリーはまた小さく微笑む

構わずに、アリサは続けた

 

「あの人たちのために、私は歌います。…貴女が何を企んでようと、…その企みを上回る、奇跡の歌を―――!」

 

ハッキリとした自分の意志を、鳴護アリサはレディリーに向かって叩きつける

奇跡だなんだなんて関係ない

 

自分の歌を楽しみにしているあの人たちに報いるために、歌うだけだ―――!

 

◇◇◇

 

「…まさかそんなことが裏で起こっていたとはね」

<あぁ。先日誘拐された子があのエレベーターにいるみたいでね。なんでもその子を核とした大型の魔術とやらを実行しようとしてるみたいだ>

 

ちらり、と天へとそびえる宇宙エレベーターを男は見やって、電話相手に男性が受け答えする

彼の持っている携帯からは女性の声が聞こえていた

 

<とりあえず宇宙には私んとこの奴が連れと一緒に止めに行く。すまないが、貴方には地上の方を手助けしてほしい。何か用意していないとは言い切れないからね>

「分かった。地上の援護は引き受けよう」

<助かる。それではまた後で>

 

そう言って電話は切れた

男性は携帯をしまうと停めてあった〝サイクロン〟へと向かおうとしたところで―――

 

「…お前が本郷猛、だな」

 

ふと呼び止められる

声のした方へと振り向くと、妙な恰好をした男性が一人ゆっくりと歩いてきていた

その男はサングラスのようなものをしており、その男がどこを見ているのかはわからない

 

「―――いかにも。俺は本郷猛だ。…そういうお前は何者だ」

 

じりじりと身構えながら、男性―――本郷猛は問いかける

だが男は懐から一つのドライバー…ジクウドライバーを取り出してそれを腰に押し当てて装着する

その後でまた懐から時計のようなアイテムを取り出してウェイクベゼルを動かして、ライダーの顔を形作りながら

 

「言う必要はない。…これから消える奴にはな」

 

<ジオウ!>

 

そのままライドオンスターターを押してウォッチを起動させてドライバーに装填して、上のライドオンリューザーを押したのち、ドライバーを回転させた

 

<仮面ライダー ジオウ!*1

 

そんな電子音声とともに、男の姿がライダーの姿へと変える

顔にあるわかりやすいライダーの文字の複眼、まるで時計の留め具のような恰好をした仮面ライダー…ジオウの姿が現れる

だが〝本来のジオウ〟とはわずかながらに差異がある

〝本来〟ならピンク色である各所のカラーリングが、灰色となっているのだ

さしずめ、量産型ジオウといったものか

 

「…問答無用というわけか。ならばこちらも容赦はしない」

 

言葉ともに、先手を仕掛けたのは量産型ジオウの方だ

鋭く突き出された鉄拳をいなし、本郷はその腹部に膝蹴りを打ち込んでその背中に肘を叩き込む

そのまま回し蹴りを繰り出して距離をとり、本郷は右手を腰に添え、左手を斜め右に突き出す

 

「―――ライダー…!」

 

そのまま円を描くように左手を動かしつつ、最初の構えを入れ替えるように右手を斜め左に突き出し本郷猛が叫ぶは原初の叫び

 

「―――変身!」

 

刹那、風が吹き荒れる

その男に寄り添うように風が学園都市に巻き起こる

地面に落ちる葉が舞い起こり、のぼりにつけてある旗はパタパタと勢いよく揺れる

タイフーンが回転し、まばゆい輝きとともに本郷猛は〝変身〟する

現れたその〝仮面〟は一瞬暗い色をしたのちに、明るい彩色へと変化し、深紅の複眼が発光し、目の前の敵を見据えた

 

それは、全ての始まり

それは、永遠に終わることのない、〝正義の系譜〟

 

その名は―――

 

 

 

()くぞ!」

 

 

 

―――仮面ライダー

*1
ザモナス、ゾンジスと同じ音程




今回の1号の変身は昭和対平成をモチーフにしてます


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#66 宇宙(そら)

お疲れ様です

なるべく月一で投稿したかったなぁとか思ってましたがリアルがいろいろでしたので先月はできませんでした(かなしみ

いつも通りあれな出来かもしれませんが楽しんでもらえたら幸いです

今回は一名、ちょっと自作品の方からゲスト出演してます


土御門に連れられて当麻とインデックス、アラタと美琴の四名はとある飛行機の前に連れてこられた

ちなみに食蜂操祈にはお留守番をしてもらうことにしている

身体能力絶望的な彼女ではこういう場では動けなさそうなのと、超展開すぎてついていけていないだろう、という事情もあった

 

「…なにこれ」

 

つぶやきは美琴のものだった

そして同時にそれは、この場にいる四人全員が思っていることでもある

 

「バリスティックスライダー。学園都市の次期主力旅客機のコンペで、惜しくも敗北した、不遇の新機体ぜよ。…かみやんたちにはこれで行ってもらうぜよ!!」

 

そう言ってずびし、と土御門は空を指さす

正直行先は見当がついている

それでもなお、言葉に出さずにはいられない

代表してアラタが聞いた

 

「…どこに行くの?」

「そんなのもちろん―――宇宙(ソラ)に決まってるぜぇい!!」

 

ですよね

 

 

「黄泉川さん」

 

刃と不破の二人を連れて立花眞人は黄泉川や鉄装のいる場所へと戻ってくる

黄泉川は彼の声を耳にして、そちらに振り向いた後

 

「戻ったか眞人…? そっちは…刃、と…」

「今回応援のエイムズの隊長を務めさせてもらってる、不破ってもんだ。こんな状況だが、よろしく頼むぜ」

「なるほど、アンタが刃が言ってた…」

「愛穂、来て早々だが状況が知りたい。どんな感じなんだ?」

 

刃の問いに黄泉川がちらりと通路の方を見る

そこには一体大きめな警備ロボットのようなものが鎮座しており、侵入者の行く手を阻むようにそこにいる

そして周辺には人型のような機械が何体も

 

「…気づいてるか。不破」

「あぁ。やっぱりあれは〝バトルレイダー〟だ」

 

刃と不破が頷き合う

その発言が気になったのか鉄装が彼らに向かって代表して問いかけた

 

「ば、ばとるれいだー…?」

「あぁ。本来あれはザイアの装備でな。ちょっと前にザイアのコンピュータからデータが盗まれた痕跡があったんだ。それも、あのレディリーから仕事を貰って、アイツの会社の奴が出入りした後でな」

「だが迂闊にこちらからそれらを問いかけてしまえば、勘ぐられる可能性もある。だから社長である天津の指示で、慎重に動いていたんだが…どうやら遅かったみたいだ」

 

となると、レディリーは裏でザイアからあのバトルレイダーというやつのデータを盗んで、それを盗用し、この場で使用しているということだ

 

「愛穂、道はここ以外にはあるのか」

「いんや。全部塞がれてるじゃん。ここしかないじゃんよ」

「はっ。いいじゃねぇか。その方が分かりやすい、一点突破だ」

「…不破。なんでこんな時までゴリラなんだ」

「ゴリラじゃねぇ! せめてウルフって呼べよ」

「ウルフはそんな脳筋な考えしない。…まぁ、一点突破しかないのも事実だが」

 

やれやれといった様子でベルトを巻き付ける刃に、なぜか得意げな不破もそれに倣いベルトを巻き付ける

立花眞人もまた、ユニットの側面にある穴に手を突っ込んで起動させた

 

「黄泉川さん、鉄装さん…援護をお願いします」

「あいよ」

 

三人が少し、前に出る

 

<バレット!><ダッシュ!>

 

そして刃と不破がそれぞれプログライズキーと呼ばれるモノのスイッチを押して起動させると、二人はまたそれぞれショットライザーと呼ばれる銃型のデバイスにキーを差し込んで、閉じてあったキーを開いた

 

<Kamen Rider…Kamen Rider…>

 

ショットライザーから電子音が聞こえ始め、刃はベルトにライザーをつけたままトリガーに指をかけ、不破はライザーを構えて正面の敵へと狙いを定める

 

『―――変身!!』

 

引き金を引く

 

<ショット ライズ!>

 

音声とともに放たれた二つの弾丸が飛び交う

刃の放った弾丸は彼女の周りを飛翔し、彼女の肩に当たった途端弾け飛び、刃の体に鎧として装着されていく

 

<ラッシングチーター!>

―――Try to outrun this demon to get left in the dust

 

こうして刃ユアは、バルキリーと呼ばれる仮面ライダーへと姿を変える

 

そしてもう一人の放った弾丸は、一度敵の方へと向かい当たる寸前に巻き戻って不破の方へと戻っていく

不破はそれを左手で正拳突きで弾丸を展開させ、ユアと同様に鎧を纏っていった

 

<シューティング ウルフ!>

―――The elevation increases as the bullet is fired

 

バルカン

それが今の不破の名前だ

 

「G3ユニット、着装!」

 

そしてそんな二人の真ん中で、眞人もG3の鎧を身にまとい、仮面ライダーG3としての姿を現す

バルカンはそんなG3とバルキリーを見て、改めて目の前の大多数の敵にショットライザーを構えた

 

 

「よし、いつでもいいぜ!」

「オッケーじゃんよ…! ―――突撃っ!」

 

黄泉川の言葉と同時、三人の仮面ライダーが駆け出していく

そんな三人を援護するかのように、警備員のメンバーは手にもつアサルトライフルの引き金を引いていった

 

 

 

――――――今夜は星がきれいね だからきっと …届く…!

 

 

 

同時刻

アリサのライブがスタートする

 

飛び交う警備員(アンチスキル)の弾丸

彼らを背後に突進する三人の仮面ライダー

それに対するのは、かなりの数のバトルレイダーと、四足の無人警備ロボットだ

 

 

宇宙へと向かうバリスティックスライダーを視界に収め、土御門元春はそのまま心の中で呟いた

 

(頼むぜ…! かみやん、かがみん!)

 

自分たちは信じることしかできない

宇宙でのことは彼らに託すしかないのだ

 

同時刻

 

土御門とはまた違う場所にて

ステイルは宇宙へと向かうバリスティックスライダーを視界に入れていた

その傍らにはマリーベートにジェーン、メアリエの三魔女と、霧島斎堵、そしてヒビキもいた

 

「さって。それじゃあ俺たちも行きますか、少年」

「少年って言うな。…わかっている、行くぞ」

『はーいっ』

 

ステイルの言葉に三魔女がそれぞれ返事をして彼についていく

歩いていくステイルを小さく微笑みながら斎堵もヒビキも彼についていくのだった

 

 

―――中央寄せ眠れぬ夜 見上げれば星達が いつだって 聞いてくれた

「信じてるの。でも本当は怖くて…」

 涙を つたう頬に舞い降りた

  my shooting star

 

 

 

鳴護アリサの歌が聞こえる

いつ何時も、いい歌だと思えるものだ

イーサーはふん、と内心で満足そうな笑みを浮かべてさてと息を吐くと

 

「お前たち。…始めるぞ」

「ようやくだね、イーサー」

「待ちに待った、ってやつだねぇ」

 

イーサーの言葉にベルウッドとリューランドが反応する

 

「あぁ、〝エンターテイナー〟の作った物語に、〝セカンドテイナー〟の不純物はいらない…!」

 

見えない何者かへイーサーはその敵意をぶつける

彼の言葉を理解しているのは、彼の仲間たちだけだ

 

希望の粒を指で弾く

(The stars twinkle in the sky)

この瞬きを 光に変え

1つ 願いよ 高空を突き抜けて!

 

 

「生と死…有限と無限…」

 

レディリーは目の前で動いているホログラムの宇宙エレベーターを見やっている

それは宇宙エレベーター全てを投影しているような、かなり大きなホログラムだ

 

「すべてが交差するこの空間では、地上とは異なる法則が働く…彼らの血と熱狂は、言わば神への供物―――。その息吹は…エンデュミオンの永久の呪いを打ち破る―――!」

 

今もなお、観客の熱狂と鳴護アリサの歌声が耳に入ってくる

そうだ、これならきっと成功するはずだ

これで―――終わりにできるはずなんだ―――

 

募る想い この空 高く積み上げたなら

届くかな?…きっと届く!

to wish your happiness

 

 

バリスティックスライダー内部

目の前のモニターが宇宙エレベーター全体をとらえた

しかしその宇宙エレベーター―――エンデュミオンははっきり言って異様だった

全体におびただしい魔法陣のようなものがあり、それらはゆっくりと動いてる

アラタや当麻でも、〝ヤバイ〟と直感で判断できるものだ

 

「見たことのない巨大な魔法陣なんだよ…! 地球そのものを術式の一部に取り込んでる…!」

「ね、ねぇ! あれが起動とかしたらどうなるの…!?」

「俺もよくわかんねぇけど―――ヤバイってことだけは確かだな!」

 

そんな時、スライダー内部の警報が鳴り響く

ビー! ビー! とやかましくなる音をBGMに土御門の声が聞こえてきた

 

<はーい! かみやん、かがみん! 早速だけど残念なお知らせだにゃー>

「ざ、残念なお知らせ?」

 

当麻の問いかけに土御門は<おう>と応えてから

 

<エンデュミオンに搭載された迎撃用デブリミサイルにロックオンされたぜよ>

「はぁ!? おいどうすんだよ! こっちに武器とか―――」

 

<その心配は無用だぜぇい! 一応助っ人を呼んどいたにゃー!>

「す、助っ人!?」

 

焦った当麻の言葉を遮るように、土御門が言った

 

その時、変化が現れる

土御門の言葉と同時、魔法陣のようなものが横に動いたと思ったらバリスティックスライダーのコクピットの上部に人影が現れた

土御門の予定ではここは神裂に頼みたかったのだが、諸々の事情でお蔵入りとなり、ダメもとでお願いしてみたら彼が承諾してくれたのだ

 

「…だ、誰!?」

 

当然ながら会ったことのない当麻やアラタは困惑の声を上げている

それに対して〝宝石〟のような光沢をした仮面の戦士は手に持っている銃を構えながら

 

「俺は〝ウィザード〟。まぁいつか会うこともあるだろうさ。とりあえず、あのミサイルの迎撃は任せてくれ」

 

コクピットの彼らにそう言い放ち、ウィザード*1は手に持っている銃―――ウィザーソードガンの引き金を何度か引く

ダダダダダンっ! と銃声が鳴り響き弾丸が飛び交って放たれてくるデブリミサイルを撃ち落とし爆散させていく

 

ミサイルに着弾し、いくつか誘爆もできたがやはり数は多い

とっとと蹴散らすか、と判断すると手の指輪を緑色の指輪へと交換しウィザードライバーを操作してその緑の指輪を読み込ませる

 

<ハリケーン プリーズ>

<フー フー フーフーフーフー!>

 

頭上に現れた緑色の魔法陣がウィザードを潜り抜けると、ウィザードの姿は風を司るハリケーンスタイルへと変化していた

そのまま立て続けにソードガンの手のひらを開閉させるとそれに触れる

 

<ハリケーン シューティング ストライク! フーフーフー!…>

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ウィザーソードガンから放たれる強い魔力を帯びた風の弾丸

幾度も放ったウィザードの風の弾丸はデブリミサイルを打ち砕き、砕かれたミサイルの爆発がさらに誘爆を引き起こす

 

「おぉ…」

 

その呟きはいったい誰のものだったか

そんな光景をコクピットの一行はじっと見守っていた

っていうか見守る以外できないのだから仕方がないのだが

そうこうしていると通信機のようなものが鳴り響き、おぼつかない操作でどうにかアラタがその通信を繋ぐ

 

<そんじゃ、あとは任せたぜ>

 

声の主はウィザードからだ

彼は一言そういってそのまま地球へと落下していくようである

大気圏とかで燃えないかな、と一瞬思ったが土御門の仲間なのだ、そんなのはきっと魔術で何とかしてるだろうと考えて、一行の乗せたバリスティックスライダーはさらに先に進んでいく

 

君の笑顔で また one step

だから 受け止めて

夜空に飛び交う 星屑に願い 閉じ込める

 

 

バルカンやバルキリー、そしてG3の奮闘でどうにか戦えてはいるが、やはりあのサイズの大きい警備ロボットの火力は頭一つ抜けている

バルキリーは目の前のバトルレイダーを蹴り飛ばすと

 

「愛穂、援軍はまだか!」

「ちっ…このレイダー、出力でも強化されてんのか!? 俺のパワーと拮抗するとはな!」

 

近くでバルカンがまた別のバトルレイダーを吹っ飛ばし、G3がそれを援護する

このままではジリ貧ではあるが、どうしたものか―――そう思った矢先だ

 

ふと、何かが駆け抜けた

それは車椅子だった

 

「…子供?」

 

バルキリーは訝しむ

なんでこんなところに子供が?

 

「…神那賀くん…?」

 

G3がそれに気づいて小さく名前を漏らす

 

「ありがとう白井さん! 白井さんは初春さんたちのとこに!」

「了解ですの! 神那賀さんもお気をつけて!」

 

そう言って黒子の乗った車椅子は一度空間移動でその場から姿を消す

その後で神那賀は徐に一枚のメダルを取り出して、すでに巻き付けてあるバースドライバーへとメダルをセットすると勢いよくカプセルレバーを勢いよく回した

 

「―――変身!」

 

カポンと小気味よい音とともに神那賀雫の体に鎧が展開され仮面ライダーバースとしての姿を形作る

そのまま彼女はメダルをまたドライバーにセットしてレバーを回した

 

<ブレスト キャノン>

 

「続けて!」

 

胸部に展開された砲撃ユニットを展開し、それを構えながらもう二枚、セルメダルをドライバーに投入

 

<セル バースト>

 

ドライバーからそんな電子音声が聞こえ、ブレストキャノンにエネルギーがチャージされていく

もう少しメダルを入れれば威力を上げられるだろうが―――あのデカブツにはこの程度で十分だろう

 

「吹っ飛べ!!」

 

神那賀バースの掛け声とともに、ブレストキャノンが発射され大型の警備ロボットに直撃、同時に破壊され大きく爆発する

爆風を受けた多数のレイダーが吹き飛ぶ

バースはそのあとでブレストキャノンを解除し、ふぅ、と一息をつく

 

「あ、あの子って小萌せんせのとこの生徒の友達…?」

「よう。まだ生きてるか?」

 

黄泉川の背後から声が聞こえた

振り向くと時たまおでんの屋台とかでたまにで一緒になる門矢士の姿があった

彼の後ろには何人かついてきており、その中には小萌のところの生徒の姿もある

 

「援軍ってわけじゃないが、応援は連れてきた」

「応援って」

「皆まで言うなヨミカーワ。聞けば我が親友カ・ガーミンは宇宙にいると聞く。ならば地上を守るのは、親友である俺の務めだ!」

「ツルギの言葉は置いといて。事情はだいたい門矢さんから聞いた。俺たちも手伝わせてもらう」

「そのために一度お店閉めてきたからね。ね、風間くん」

「まぁね。友達が奮闘しているのなら、俺たちも力を振るわねば」

 

ツルギの言葉に天道が応え、翔一の呟きに大介が返事をする

 

「まぁそんなわけだ。俺たちも行くぞ」

 

黄泉川の肩に手を置いて士は前へと歩いていく

そして腰にネオディケイドライバーを押し当てるとベルトが巻かれそのままバックルを開く

士の言葉を皮切りに彼の後ろにいた天道たちも各々のデバイスや構えを取ってその身を変える構えを取り、叫んだ

 

『変身!』

 

あらゆる電子音声が響く中、バルキリーは呟いた

 

「…あれもみんなライダーなのか」

「俺たち以外にもいたんだな、あんな子供なのに」

 

目の前の敵に対してショットライザーを撃ちながら、バルキリーの言葉にバルカンは返す

その発言に反応したのか、バースがバトルレイダーを蹴散らしながらバルキリーに歩み寄る

 

「子供でも、選んだのは自分たちだから。…みんなと一緒に戦ってくれますか?」

「もちろんだ。…君は?」

「神那賀雫。仮面ライダーバースです」

「刃ユアだ。仮面ライダーバルキリー。…女性のライダー同士、力を合わせよう」

「俺は不破伊武だ。同じくバルカン。…当てにさせてもらうぜ」

「もちろんです! 相応の活躍を約束しますよ!」

 

<ドリルアーム>

 

メダルを再度入れてレバーを回しバースはドリルアームを展開させると再び敵へと向かっていった

そんな彼女の背中を見て、バルカンとバルキリーもG3と二人で戦っているバースの元へ加勢せんと走り出す

 

そして少し後ろにいた士たちもその変身を終えて、ネオディケイドの姿へとなっていた

隣にはカブト、サソード、ドレイク、アギトといった面々もいる

 

「警備員を援護するぞ」

 

ネオディケイドの言葉を皮切りに、駆け付けた仮面ライダーたちも戦列へと加わっていく―――

 

 

「うふふっ…地上(した)は大騒ぎみたいね。でも残念―――もう間に合わな」

 

「それはどうかな」

 

地上の様子を覗き見ていたレディリーの耳に、一人の女の声が入ってくる

ちらりとそちらを見ると、そこにはこちらにハンドガンを突き付けた、シャットアウラの姿があった

 

 

バリスティックスライダーは無事到着し、そのまま一行はスライダーを降りて走っていた

広い場所に出たとき、道を塞ぐように一人の男が立っているのが視界に入ってきた

 

「! 誰だ!」

 

アラタが先に言葉を言う

道を塞いでいた男がふん、とゆっくり目を開きながら腰に白いドライバーを押し当てた

 

「誰、か。敵だよ」

 

ベルトが巻かれると同時、男―――イーサーは一つのライドウォッチを取り出して、顔を形作るとボタンを押して起動させる

 

<バールクス>

 

そのままドライバーの右側にセットし、ドライバーの上部のボタンを押してロックを解除するとドライバーを百八十度回転させた

 

<ライダー タイム!>

仮面(カメェン) ラァイダー バールクース!>

 

バールクスへと姿を変えたイーサーはゆっくりと歩み始める

 

「ここでお前らを足止めすれば、何もかも間に合わない…。ここで諸共に消えてもらうぞ」

「…クソ、時間がねぇってのに!」

 

当麻とアラタは身構えて、美琴はインデックスを守るように彼女の前に立つ

そのままアラタはアークルを顕現させようと腰に手をかざそうとした

 

「…?」

 

バールクスは一瞬、違和感を感じた

刹那、不意に当麻たちの背後の方から、オーロラのようなカーテンが現れ出でたのだ

そしてそのオーロラから〝誰か〟が跳躍しながら現れて、バールクスに向かって強襲を仕掛けたのは

 

「ぐお!?」

 

突然現れた青年はそのままバールクスを蹴っ飛ばす

唐突な展開に、アラタや当麻はついていけてない

美琴やインデックスなんかパニック状態ではあるが―――

 

「おい、行かなくていいのか?」

「! そ、そうだった! 誰かはわかんないけどありがとう! 行こう、当麻、美琴、インデックス!」

 

現れた青年の言葉にアラタはハッとする

名前も聞かないまま、四人はそのまま駆け出していく

バールクスは立ち上がりながら追おうとするが、目の前にはまたその青年が立ちはだかる

 

「…貴様、何者だ!」

「何者、か、か。いいよ、応えてあげる。―――俺は〝梓馬浩太郎〟 またの名を―――」

 

口を開きながら浩太郎と名乗った青年は一度右手を腰に、左腕の肘を曲げ構えた後右手を天高く掲げ、小指のほうを正面に持っていき、ゆっくりとおろしていく

 

「―――変身!」

 

その言葉を叫びながらおろした右手を振り払うように動かして、左手で拳を握る

眩い光が彼を包み込み、全身を変える

黒いボディに、RXとも読めるような紋様、そして真っ赤な目がバールクスを捉える

 

「俺は太陽の子! 仮面ライダー! BLACK! アール、エックス!!」

 

その両腕で、RとXを作るように動かしたのち、再度アールエックスはバールクスを睨む

バールクスはその仮面の下で驚きうろたえていた

 

「馬鹿な! なぜこの世界にお前がいるんだ!?」

「門矢士って人に頼まれたのさ。俺もあの人に、写真撮ってくれた恩があるからな!」

 

そのままアールエックスは地面を勢いよくたたくと、バールクスに向かって跳躍する

 

地上と宇宙

それぞれがそれぞれの戦場で、戦いが始まる―――

*1
宇宙適応の魔術付与済み




梓馬浩太郎  

詳細は僕の別作品の〝その身に宿すはキングストーン〟をみて(丸投げ


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#67 開戦

お待たせしました
恐らく投稿納めになるかな?

今回は一人、自作品からゲストが
もう一人はある作者さんから許可をいただいたゲスト出演がございます

よいお年を


ゾンジスは手下に何人か量産型ジオウを引き連れてとある場所に訪れていた

それは伽藍の堂と呼ばれる一般人には見えない特殊な結界が貼られている、特異な場所だ

ゾンジスの仕事は、手っ取り早くこの場の破壊―――なのだが

 

「…本当に来た。士さんの言ってた通りだね」

 

すでに入り口にあたる部分には何人か人影がいた

名前は確か右京翔に、アリステラだったか

右京はゾンジスの存在を改めて認識するとその腰にダブルドライバーを押し当てて自身の身体に巻き付ける

 

「悪いけどここはやらせない。…とっととお帰り願いたいんだけど」

「そう言われて、素直には帰れないのよねぇ…」

 

ゾンジスはそう返答して、後ろにいる手下たちがぞくぞくと量産型ジオウへと変身していく

最もこうなることは右京は想定内だった

 

「行こうか、アリス」

「うん。―――鮮花さん、私の身体お願いしますっ」

「わかったわ。…わかったけど、戦うのは翔の身体なんだから別に貴方は外に出なくたって―――」

「いいんです! こういうのは気分と雰囲気なんですから!」

 

鮮花の言葉に返しながら、アリステラは懐から取り出した一本の緑色のメモリを取り出してから、起動ボタンをかちりと押した

 

<CYCLONE>

 

そう音声が鳴り響き、同じように隣の右京も一本の黒いメモリを取り出して、彼女と同じように起動ボタンを押す

 

<JOKER>

 

そして二人は、ローマ字のWを作るように互いの腕を動かして

 

『変身!』

 

そう同時に言葉を紡いだ

そのまま最初にアリステラがメモリをドライバーに装填し、サイクロンのメモリが右京のドライバーに転送されていく

今度は右京が転送されたサイクロンのメモリを押し込んでしっかりと差し直し反対側のスロットにジョーカーのメモリを装填すると、勢いよくダブルドライバーを開いた

 

<CYCLONE JOKER>

 

二つのメモリの音声がつながり、アリステラの精神は右京へと移動していく

風が吹き荒れて、右京の身体を仮面ライダーダブルへと変身させる傍らで、意識がダブルに入っていったことで気を失ったアリステラ本体を鮮花が受け止める

 

「そんじゃあ、一回アリスちゃん置いてくるわね」

<はい、お願いします!>

 

右の複眼が発光して、鮮花にそう返答した

 

「さて。それじゃあ行こうか」

<えぇ。都市(まち)を泣かそうとする不届きな輩に、風の一撃を叩き込んでやりましょう!>

 

そう言ってダブルが身構えようとした、その直後だった

不意にダブルの目の前に灰色のオーロラが現れる

勢いよく駆け出そうとした矢先そんなのが出てきたために、ダブルは勢いを殺し止まってしまった

 

「な、なんだ!?」

 

やがてオーロラの中から一人の女性が現れる

見たことのない、黒髪のショートヘアの女の子だ

当然、ゾンジスもその姿は知らない

 

「…何者よ、アンタ」

「何者、ね。…この子達の助っ人よ」

「…なんですって?」

 

助っ人、という言葉にゾンジスは仮面の下で怪訝な顔をする

そんなゾンジスを尻目に、その女の子は両手を開いたのち、己の顔の前で交差させて、叫んだ

 

「変身!」

 

言葉と同時、彼女の身体が光り輝く

一瞬のうちに輝きは収まり、そこには一人の〝仮面ライダー〟が現れていた

深い緑をベースに、金色のようなラインが入ったその身体

しゃきん! と口元のブレイクトゥーサーが展開し、頭部の部分から蒸気のようなエネルギーを一通り噴出するとブレイクトゥーサーが元に戻る

 

「私の名前は望月翔子。そんで、仮面ライダーゼットオー! そこの半分こなライダー、行くわよ!」

「え、あ、あぁ!」

<なんかよくわかんないけど、味方って認識でいいんだよね!?>

 

唐突な来客に混乱しがちだが、ひとまず味方ということがわかってれば十分だ

そんな訳で、ダブルはゾンジスに向かって指をさし、いつもの様子であの言葉を問いかける

 

『さぁ、お前の罪を数えろ!!』

 

◇◇◇

 

同時刻、ザモナスが部下の量産型ジオウを数人引き連れて向かったのはとある研究室の入り口の前だった

そこは沢白凛音の研究室の入り口だ

だがこちらにも、何人かの人影が見えている

 

「お。ホントに来たねぇ、布束さん」

「Let's see。警戒はしておいて損はなかったわね」

「…よくわかんないけど、アイツらが悪い奴らだってことはわかる」

 

その入り口の前でこちらを待っていたのは、布束砥信、そして彼女に付き従う悠と―――鷹山ジンだ

彼はポケットからラップで包まれたゆで卵に食らいつきながら

 

「いきなり電話で呼び出すんだもん、何事かと思ったぜ」

「Sorry ほかに頼れる人がいなかったのでね。ともかく、早く準備なさい」

 

そう言って布束は白衣を脱ぎだし、その辺に放ると左腕につけてあるレジスターへと手を伸ばす

鷹山もゆで卵を食い終えると地面に置いてたドライバーを腰に巻き付けた

 

「悠、お前も一個喰っとけ」

「え? ―――わっ、ありがとう、ジン」

 

唐突に投げられたゆで卵を悠は一口で平らげると包んでいたラップをポケットへしまうと手に持っていたドライバーを鷹山と同じように腰に巻き付ける

 

「…面倒臭そうだなぁ」

 

心底いやそうにザモナスは仮面の下で舌を打つ

この研究室は本来〝この世界〟に存在しない、セカンドテイナーの生み出した異物

同じように目の前にいる連中もそうだ、いや一人は違うが

ともかく、さっさとケリをつけようとザモナスが一歩踏み出したその時、目の前に灰色のオーロラが現れる

 

「!?」

「なんだ?」

「…門矢士の?」

「…?」

 

四者四様の反応の後、ザモナスの目の前に一人の青年が現れる

少々厚着の、赤いマフラーを首に巻いている青年だ

 

「…誰だ、お前は」

 

どうしてか、寒気がする

こちらの自信に揺らぎはないはずなのに

なぜだか目の前の男から目が話せられない

 

「…どうして将也でもパラドでもなく俺なのか、アンタを見てなんとなくわかった」

 

言いながら彼は爬虫類の目のようなドライバーを腰に巻き付けると、ベルトの中央部にあるスロットに注射器のようなデバイスを差し込んで、倒れていたスロットを上げた

そして最後に、先ほど差し込んだデバイス―――インジェクター内の薬液を押し込んで注入していく

 

<NEO>

 

「―――アマゾンっ!!!!」

 

巻き起こる爆風、燃ゆる炎と共に、青年はその身を変える

青い姿をして、全身に赤いラインが施されており、要所要所に金属のような装甲

発光する黄色い複眼は、確かにザモナスを捉えていた

 

「―――お前は誰だ!?」

 

ザモナスが叫ぶ

それに対して、青いライダーが応える

 

「―――俺は千翼…! 〝仮面ライダーアマゾンネオ〟だっ!!」

 

高らかに宣言し、アマゾンネオと名乗ったライダーはザモナスたちへと向かっていく

その光景を見ていた布束たちも改めてレジスターやドライバーへと手をやった

 

「私たちも行くわ」

「オッケー、行くぜ悠」

「うん。みんな、僕が守る…!」

 

『アマゾンっ!!』

 

爆風と電子音をBGMに、三体のアマゾンもその戦列に向かっていった

 

◇◇◇

 

バルカン、バルキリー、バースの射撃や砲撃がバトルレイダーを撃破していき、カブトやサソード、ドレイクたちが襲い掛かるバトルレイダーを蹴散らし、ディケイドネオやアギトの一撃がバトルレイダーをさらに吹き飛ばしていく

 

この場にいるのはきっと数々の戦いを潜り抜けてきた戦士たちなのだろう

G3も負けじとバトルレイダーを殴りつけて気合を入れたその時だ

ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる一人の女性の姿が見える

スーツの姿のその女性を、立花眞人は覚えていた

彼女は傍らのG4ユニットを起動させながらその女性は眞人の前で止まる

 

「そういえば、こちらの名前をあの時名乗っていませんでしたね」

「貴女は…!」

「私の名前は水城マリア。見ての通り、G4システムの装着員です」

 

言葉と同時、マリアと名乗った女性はG3と同じようにG4システムを胸に押し当ててG4ユニットを着装する

 

「死を背負った私と、生を背負った貴方…答えを出すのにはちょうどいいころ合いでしょう」

「水城さん、貴女は!」

「さぁ! 今この場で、答えを出しましょう!!」

 

向かってくるG4に応えるように、G3も拳を握って駆け出した

正直、彼女のあの時の問いかけに明確な答えなど出せる気がしない

だけど、少なくとも死ぬためになんて戦えない

誰かを守るために、自分の出せる全てを出す

未来に向かって生きることを、自分は素晴らしいと思いたいから

 

◇◇◇

 

通路にて、シャットアウラとレディリーの二人は対峙していた

シャットアウラはハンドガンを構え、しっかりとレディリーに対して狙いをつけていた

対するレディリーは小さく笑んで

 

「馬鹿な子。来てしまったの―――」

 

最後まで言葉が続くことはなかった

シャットアウラがハンドガンの引き金を引き、躊躇なくレディリーを撃ちぬいたからだ

がふっ、と息を吐きながらその場に倒れるレディリー

ゆっくりと身体を起こし、けほっ、と口から血液を吐きだすとゆっくりとレディリーはシャットアウラへ視線を移した

きひ、と歪な笑いを浮かべて

 

「―――言ったはずだ。…絶対に許さないと…!!」

 

言い終わるや否や、ダァン! と銃声が鳴り響きレディリーの身体を再度貫く

今度は一発じゃ終わらない、それこそ常人なら間違いなく即死してるレベルの弾丸をレディリーに撃ち込む

この程度では死なないとはっきり理解しているからだ

 

銃弾に身体を貫かれ、地面を転がりながらレディリーは過去の記憶を思い出す

もう何百年も前のことになるか、忘れてしまったがそれでもこの身体が変質してしまったときのことを思い出す

 

十字軍の遠征で、負傷した兵士を助けたのが始まりだった

今際の際にもらった、袋の中に入ったあの実を食べたことで、この地獄は始まったのだ

仲のいい友人は死に絶え、大切な家族も先に逝った

恋なんてする余裕もなかった

 

「―――がっ、っフ…」

 

咳と共に血を吐きだす

地面に横たわりながら、レディリーの身体はまだ呼吸している

化け物め、と心の中で罵りながら弾切れとなったマガジンを抜くと新しいマガジンをハンドガンにセットして再度ハンドガンを突き付けた

 

「もう千年は生きたかしら…オリオン号の実験は失敗したけれど、その代わりに、思わぬ副産物が誕生したわ…」

「…何?」

「そう…それが〝鳴護アリサ〟よ…あの、〝奇跡〟の力で…私は死ぬことが…っ、できる…! ―――さぁ!! 一緒に終わりましょうぉっ!!」

 

そう言って彼女は起き上がると、右手の腕輪が輝きだす

それを皮切りにここから見える宇宙空間に展開している魔法陣のようなものの光が一層強くなっていく

 

「させるか―――!」

 

すかさずレディリーに向かって引き金を引こうとするが背後から聞こえてくる足音にシャットアウラは気が付いた

そちらへ振り向くと仮面をかぶった一人の男がこちらに向かって走ってくるのが見えた

狙いをつけて何度か引き金を引くが思った以上に動きが素早く掠りすらしない

無言で男はシャットアウラに向かって蹴りを繰り出すと彼女はそれに応戦する

何度か格闘を繰り広げ、一瞬のスキをついて顔面に向かって弾丸を叩き込んだ

しかしマスクが砕けただけで決定打にはならない

シャットアウラはハンドガンを投げ捨てるとイクサカリバーを構え何発かレアアースペレットを撃ちだし、シャットアウラの能力でペレットを爆発させる

 

爆発は思った以上に巨大で、その爆発でガラスが砕け、大きな穴が開いてしまった

まずい、と本能的に察したシャットアウラはすかさずその場か離れることで真空に晒されるを回避する

しかし空気の吸引、と表現すべきかはわからないが、とにかく引っ張られる力は思いのほか強い

先ほどの男やレディリーは真空に投げ出されたみたいだが、男はともかくレディリーの方はこれでも怪しい

 

「ぐ…!」

 

ザスン、とカリバーを地面に突き刺し、それを軸に是が非でも進む

終わってたまるか

こんなところで―――終わってたまるか…!!

 

◇◇◇

 

「おい、なんだ今のは」

 

適当にバトルレイダーを蹴っ飛ばし、ディケイドネオが初春の近くに歩み寄る

それに対して初春はパソコンのキーボードを叩きながら情報を確認や閲覧、間違いがないかを確かめていく

 

「はい、どうやら先ほど宇宙エレベーターの中継ステーション付近で、爆発があったみたいなんです」

「爆発だと?」

「そのせいで、応力バランスが崩壊して…! このままだと、エレベーターは倒壊してそのまま地上に倒れます!!」

 

◇◇◇

 

ふと、目が覚めた

鳴護アリサはぼんやりとする意識の傍らで倒れていた身体を起こす

何があったのかアリサはゆっくり思い出す―――そうだ、確か大きな爆発音が聞こえて、全体が揺れてそのまま…

 

そうだ、と思い返し周りを見回す

ここにいるのが自分だけならまだいい、だがこの場には自分の歌を聞きに来てくれた大勢の人たちがいる

その表情には恐怖の色がうかがえる

当然だ、いきなりの爆発事故に加えて今いる場所は宇宙、逃れる術が限定的すぎるのだ

 

そしてまた、建物の一部が崩落し瓦礫が落ちる

阿鼻叫喚

地獄絵図と言ってもいいくらいの場所にアリサのステージはあっという間になり替わってしまった

 

だけど、鳴護アリサはこの光景に言いようのできない既視感を感じていた

 

 

そうだ―――あの時も―――私は

 

 

 

明日晴れるかな 空を見る

 

 

 

不意に聞こえてきたアリサの歌声に、怯えていた人たちはそっちに視線を向ける

先ほどまで係員に開閉を促して怒号を飛ばしていた人も、泣いていた人も、皆が彼女の歌を見る

 

 

 

 

満天の星たち煌く

手を伸ばしたら届きそうだね と

笑い合ったら ふたり

また歩き出す

 

 

 

透き通った声だった

元気の出る声だった

奇跡のような声だった

 

こんなわけのわからない状況でも、彼女がきっと、〝奇跡〟というのを信じているのかもしれない

そんな彼女の歌声が、人の心を変えていく

 

「あの」

 

一人の女子学生が呟いた

 

「こちらからどうぞ」

 

だって人は―――こんなにも簡単なのだから

 

 

 

本当はね ひとりの夜が

不安でメールをしたの

たくさんの夢とか 理想の中に

自分が埋もれそうで

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

いつかは この街を出て

大人になってくことを

想像してみたら 心細くて

君の顔浮かんだ

 

 

 

「エンデュミオンが崩壊する!?」

 

通路を四人走りながら、ふとやってきた土御門からの電話に、当麻はそう聞き返す

エンデュミオンの崩壊…かなり物騒で危険な単語に、インデックスと美琴、アラタの三人は一度足を止めた

 

<あぁ、どうやら避けられん状況らしい。こっちでも、なんとかやってみるぜよ…!>

 

電話はその言葉を最後に、ザザ、ザザッとノイズが走って聞こえなくなってしまった

なんてタイミングだ

だが地上でも土御門たちが奔走していることは間違いない

ならこっちでも、できることはやらなければ

 

「とうま…」

「インデックス、御坂、アラタ、二手に分かれよう!」

 

当麻は提案する

 

「俺とアラタは、アリサの所へ。インデックスは魔術の発動を止めるのと、御坂はインデックスを守ってやってくれ」

「えぇ、わかったわ」

「わかった。そっちの方が効率いいもんな」

 

崩壊、という危機が迫っている以上、のんびりはしてられない

そこで、ふとインデックスは周りの皆を見回して言葉を発する

 

「ねぇとうま、あらた、みこと。絶対に助けようね! …約束したんだよ…! あの歌ができたら、一緒に歌おうって!」

「ちょ、いつのまにそんな約束してたのよ」

「えへへ…ごめんねみこと」

 

インデックスの言葉に美琴は笑みを返して、改めて当麻とアラタを見やる

 

「インデックスは絶対に守り抜いて見せるわ。だから、アラタたちも絶対にアリサさんを助けてあげて。…全部終わったら、みんなでカラオケにでも行きましょう!」

「―――だな! っよし、行こう、当麻!」

「あぁ! それじゃあまた後で!」

 

短い言葉を交わして、四人はお互いを背にして駆け出していく

振り向くことはない

そんな必要なんてないくらいに、お互いを信頼しているのだから

 

 

 

 

いつも何気ないことで

気持ち分け合えるふたり

今から迎えに行くよ と 君の声

 

明日晴れるかな 空を見る

満天の星たち煌く

手を伸ばしたら届きそうだね と

笑い合ったら ふたり

また歩き出す

 

 

 

 

エンデュミオン崩壊の刻は、確実に迫っていた―――




今回、狼牙竜さんの〝戦姫絶唱シンフォギアEX-AID 運命を変える戦士〟よりアマゾンネオ/千翼がゲスト出演いただきました

快諾してくれた狼牙竜さんありがとうございます


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#68 各々の戦場

あけましておめでとうございます(四月

なんかてつをが色々なことになってますが作品や演じたときの演技とかに罪はないと思ってます(語彙力

正直いつも通りの出来ではありますがたぶん今回は以前の時よりもだいぶ変化がつけれたかなと感じます
いや、流れはおんなじだけどね(

楽しんでもらえたらいいな

ちぇるーん


ズガガガッ、と放たれた弾丸が目の前のバトルレイダーにヒットし、体制が崩れる

すかさずバルカンはショットライザーを操作し、構えをとった

 

<バレット!>

 

電子音の後にバルカンは駆け出しながらショットライザーを敵に向けて引き金を引き、弾丸を放つ

弾丸をもらったバトルレイダーは光のリングで拘束され、身動きができなくなる

約三体ほど動きを止めるとそのままショットライザーをベルトに戻して、再度その引き金を引く

 

<シューティング ブラスト フィーバー!>

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

その勢いのまま飛び上がりエネルギーの籠ったライダーキックをバトルレイダーたちに叩き込む

蹴りを撃ちこんだバルカンの背後で爆発が起きる中、バルキリーもショットライザーのキーを操作してベルトに戻すと再度引き金を引く

 

<ダッシュ!><ラッシング ブラスト フィーバー!>

 

「はぁっ!」

 

バルキリーもバルカンと同様に勢いをつけると右足を突き出してライダーキックをバトルレイダーの群れへと叩き込んだ

同様に背後で爆発が起こるなか、そのバトルレイダーの残骸であろうパーツが転がってくる

それを手に取って眺めてみると機械のような配線のようなものが垂れているのが見えた

 

「…機械だったのか。かなりの技術力みたいだな、相手は」

「どうだっていいぜ。向かってくるのなら全部ぶっ潰すだけだ」

 

背後からの声に振り向く

歩いてくるバルカンの言葉にバルキリーははぁ、と短くため息を吐く

まぁ今この場で考えたところで答えなども出ない、頷きたくはないが頷くしかないのも事実だ

とりあえず―――事態が変わるまで自分たちは戦う以外ない

 

そんな思考にふけっていると、ふと前方からバトルレイダーが向かってきていることに気づく

すかさずバルカンとバルキリーもショットライザーを構えるが、引き金を引くにはならなかった

なぜならそのバトルレイダーを飛び越えてきたバースがドリルアームを用いて一気に撃破したからだ

 

「ふぅ…」

 

そのまま調子を整えるように肩で息をするバースは、ちらりとバルキリーたちを見て駆け寄った

 

「刃さん、不破さん、そっちは」

「いや、私たちも一息ついたところだ。さっきは助かった」

「いえいえ。困った時はお互い様、ライダーは助け合いですから」

「―――へ、違いないな。そんじゃあもういっちょ暴れるとするか、神那賀」

「合点!」

 

バルカンの言葉にうなずくと、バースは二人で再度戦闘へと駆け出していく

思わず言葉をかけようと思ったが、仮面の下でやれやれといった笑みを浮かべるとバルキリーも彼らを援護するべく二人を追いかけていくのだった

 

 

「うぐっ!」

 

腹部に打撃をもらい、立て続けに追撃としてキックをもらいG3は大きく地面を転がってしまう

なんとか体制を整えながらG3はG4を見やるが、そこを追い打ちするようにG4は右の太腿にセットしてあるG3のスコーピオンと同型のハンドガンを引き抜くと何度か引き金を引いてG3へと発砲する

そのままマスクにヒビが入り、眞人の素肌が露出する

 

「ぐぁ、あぁっ!!」

 

そのまま近くまで歩みよられ、路傍の石でも蹴飛ばす感覚でG4は蹴りを放ちG3はそれを受けさらに地面をゴロゴロと転がっていく

 

「その程度ですか。…だとするのならとんだ期待外れです。私が知ってるアナタはこんなものではないはずです」

 

言われなくてもわかっている

仮面の下で歯を食いしばりながらG3は何とか立ち上がろうと全身に力を込める

一瞬自分のことを知っているような口ぶりに気を取られてしまったが、そんなことを考えている場合ではないとその思考を放棄する

 

悔しいがG4の力は強大だ

 

全力を振り絞っても勝てるかどうかわからない

そんな弱気なことを考えたが瞬時に頭を振ってその思考を吹き飛ばす

生だとか死だとか、そんな面倒なことを考えるから変に悩んでしまうんだ

おまけに中途半端にマスクが壊れたせいで正直視界が見えにくい

これじゃあ見えるものも見えなくなる

 

ゆっくりとG3は立ち上がった

その行動にG4はスコーピオンを構えて相手の様子を伺う

G3はその仮面へと手を伸ばすと、ゆっくりとパージし、仮面をその辺に放り投げた

視界が広がり、クリアになる

 

「…正気ですか」

「正気です…! 僕は負けません…! 絶対に!」

 

G3、否、立花眞人は拳を握りしめてこちらに向かっていく

それは第二ラウンド開始の合図だ

 

 

魔法陣のようなものが展開されたとある場所に、レディリーはどうにか這いつくばって戻ってきた

死にはしないがそれでも無傷とまでは流石にいかないか、それでもなんとか戻ってこれた

 

「爆発は三十三回目くらいかしら…、真空に晒されたのは流石に初めてだけど…!」

 

ともあれ戻ってこれてよかった

下手すればあのまま永遠に宇宙遊泳なんてこともありえたわけだ

そんなのは流石にレディリーの求めるものじゃない

 

「今度こそ…今度こそ私は…絶対に死んでやるんだ…!!」

 

目の前の魔法陣を彩る結晶のような何かをつかむ素振りをレディリーは行う

その行動に反応するかのように結晶と魔法陣が輝きだした

 

 

「やっぱり、崩壊は避けられないみたいです!」

「落ち着け、なんかないのか!」

 

適当にバトルレイダーを蹴っ飛ばすとテンパっている初春にディケイドネオは歩み寄った

威圧しないようにバックルを開いて変身を解除すると彼女の操作しているパソコン画面をのぞき込む

 

「えーっと…、あ、緊急用のパージシステムがあります、本当ならリモートで点火できるんですけど、今はシステム自体が凍結されてます。この五か所にある爆砕ボルトを、手動で点火させることができれば…!」

 

「話は聞かせてもらったぜー!」

 

不意に割り込んでくる、聞きなれない声色

どこから? と探す暇もなくその聞こえてきた声は続ける

 

「一か所は何とかできるぜ! ほかは頼んだぜーっ!」

 

そのままパタパタという翼がはためくような音と共にその声は遠ざかっていった

他の連中は怪訝な顔をしていたが、その声に士は覚えがあった

 

「その話、俺も手伝わせてもらっていいかい?」

 

直後にまた聞こえてきた声

今度はさっきの声よりはとても渋く、そして低くとても威厳のある声だった

歩いてきた男性は黒いジャケットを着込んだ、男性だった

 

「…アンタは」

 

唯一士だけは彼を知っているような素振りを見せる

それに対して男性は笑みを浮かべる

 

「―――わかった、頼んでいいか」

「無論だとも」

「初春、通信機はまだあるよな、最悪電話でもいい」

「え、ありますけど…いいんですか?」

「大丈夫だ」

 

初春は一瞬不安げな顔を見せる

たった今この場で出会っただけの、それでいて実力は全く持ってわからないこの男性の協力を仰いでもいいものか

しかし士の表情を見て、初春は余っていた通信機を男性に手渡す

 

「ありがとう。…ありがとう」

「い、いえ。あ、お名前は―――」

「名乗るほどのモノではない、が、そうも言っていられないか。俺は本郷猛。…こんな見ず知らずの男を信じてくれて、ありがとう」

 

男性は再度心を込めた声色でそう言うと士の隣に立ち耳にその通信機を取り付ける

士も同じように通信機を耳につけると二人はそのまま頷き合うと一直線に走り出した

その後ろ姿を見送ると、付近にいた黄泉川も初春へと視線を向けて

 

「一か所は、こっちで引き受けるじゃんよ」

 

ともかく、これで四か所の点火の目途はたった

残るは最後の五か所目だが―――

 

<もっしもーし!>

 

本日三回目ともなると、唐突なその声色

今度は警備員の暗号通信に割り込んでの介入だった

 

<ペンネーム〝人生とかいて妹と読む〟さんからだにゃー!>

 

全く知らない誰かの声

聞き覚えのないその声色に誰も彼もが驚いた

 

「だ、誰ですか!?」

「わ、わかりませんっ」

 

思わず鉄装が近くに隊員に聞いてみる

しかし当然わかるはずもない

確実にこんな奇想天外なことするやつはいるはずがないのだから

 

<話は聞かせてもらったぜぇい、最後の一つが何とかなる方法があるんだにゃー!>

 

確かに身元は知れないが、少なくとも警備員の暗号通信に介入できるほどの腕前を持っている時点で、ハッタリやほら吹きの可能性は低いだろう

何はともあれ、何とかなるかもしれない―――

 

◇◇◇

 

<そんなわけでステイル、みんな。一つお願いするぜぇい>

 

所変わってステイルたちの所に、土御門からの電話が来ていた

内容は当然、先ほど土御門が警備員の暗号通信に割り込んでいた例の件である

 

「やれやれ。仕方ない…使われてやるとするか」

「オッケー、最後に一仕事しようじゃないの」

「ですね。このまま裏方に徹しますか」

 

ステイル、ヒビキ、斎堵の三人が口々に呟き歩き出す

そして彼らの周りにメアリエ、ジェーン、マリーベートの三人もそんな彼らを追いかけるのだった

 

◇◇◇

 

「エンデュミオンの倒壊…!?」

「結構ヤバい状況らしいぜ、ワタル!」

「やれやれ、ここでのんびりシャットアウラ君を待っている予定だったが、そうもいかなくなったな」

 

一方で黒烏部隊のメンバーと共に、事態を見守っていたワタルと名護両名は暇だからという名目で外を飛び回って情報収集していたキバットから事の詳細を知らされた

知らない間にえらいことになってるではないか

 

 

「行きましょう、名護さん」

「あぁ!」

 

名護とワタルは頷き合ってキバットの後ろを追いかけるように駆け出した

こちらはこちらで、少しでもできることをしなければ

 

◇◇◇

 

耳障りな〝ノイズ〟が聞こえてくる

確かに頭の中に入ってくる雑音に耐えながらシャットアウラはひたすらに歩みを進めた

ふとしたら、とある開けた場所に辿り着いた

そこは言うのならステージと呼べる場所だ

 

そしてノイズの元凶は半壊したステージで今もノイズを生み出し続けている

 

―――不愉快だ

 

ズキズキと頭の痛みに耐えながらシャットアウラは今もなお雑音を生んでいるあの女(鳴護アリサ)を睨みつける

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

「え?」

 

ついに我慢の限界を迎えた彼女はアースパレットを打ち出してステージを支える鉄柱を破壊する

ズドォン、と大きな爆発を起こしあっけなくアリサが立っていたステージは破壊されアリサは中空へと放り出される

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 

重力の流れに従い、鳴護アリサは地面へと落ちていく

そんな彼女に何とかして駆け寄っていくのが一人

―――上条当麻だ

 

「ぐっ…届けっ…!!」

 

全力で当麻は駆けて、地面を蹴る

何とかその両手に彼女を受け止めて自分の背を地面側にして衝撃がアリサにいかないようにする

そのまま彼女を抱きしめてゴロゴロと当麻は転がって衝撃を緩和させた

 

「ぐっ…!!」

 

ギリ、と憎々し気にシャットアウラは歯を噛みしめる

忌々しい、と嫌悪感を隠す間もなくその場にもう一つ、駆け付けてくる人影が一つ

鑑祢アラタである

 

「当麻!」

 

本来彼も同じタイミングでこの場に駆け付けるはずだった

しかし道中にも邪魔な敵がいて、アラタはそれを退けることを引き受けて当麻を先に行かせていたのだ

ゆっくりとアリサを抱え当麻は起き上がり、シャットアウラの方へと視線を向ける

 

「当麻くんっ…!」

「へ、へへ…間一髪だな…! ぐっ!」

 

そう言って当麻は笑みを見せた後苦痛に表情を歪める

背中にはいつの間にか血が滲み、生々しい傷の痕が見えるようだ

 

「! お前、背中を!」

 

地上で受けた傷口が開いたのか、あるいは打ち所が悪かったのか、なんにせよ状況がまずいのは変わりない

元々そうするつもりではあったので、アラタはシャットアウラを迎え撃つように当麻とアリサの前に立つ

 

◇◇◇

 

「こんな無茶苦茶な術式は見たことがないんだよ」

 

全て万事うまくいっている

そう思っていたレディリー・タングルロードの耳に、誰かの声が聞こえてきた

振り返るとそこには特徴的なシスター服を着込んだ、一人の女性―――インデックス

その傍らには、いつか見かけた常盤台の女生徒も立っていた

 

「魔力を生成するところの回路が乱れてるなんてものじゃないよ。地球を壊す気?」

「―――禁書目録、ね。聞いたことがあるわ。…十万三千冊もの魔導書を記憶させられた…人間図書館…」

 

インデックスはその言葉に答えない

傍らの常盤台の女生徒…御坂美琴もそこらへんの知識はないので口を挟むこともない

レディリーは続ける

 

「アナタならわかるでしょう? 魔術によって呪われた人たちの気持ちが…! ようやく私は抜け出せるの、この地獄という枷から…!」

「無理だよ」

 

レディリーの言葉をばっさりとインデックスは両断した

 

「それをやっても死ねない。私にはわかる」

 

まっすぐ言い放つインデックスにレディリーは唇をかんでにらみつける

 

 

目の前に湧き出てくるバトルレイダーやら機動兵器やらエトセトラ

走りながらワタルと名護はその身を変える

 

「キバット!」

「あいよ! タッちゃぁん!」

 

ガブリと噛みついた後に続けてキバットが別のフエッスルを吹き鳴らし、この場に一匹の竜を召喚する

ワタルはその後キバットを掴み取り腰に現れた止まり木―――キバックルにキバットをつけてキバットベルトへとさせ、左手に先ほどのフエッスルで召喚されたタツロットがセットされる

 

「変身!」

「テンションフォルッテシモ!」

 

一瞬の輝きの後でワタルはキバエンペラーへとその身を変えて、立ちはだかる邪魔ものを蹴散らしていき先に進んでいく

 

「イクサ、爆現!」

 

<レ・ディ・イ> <フィ・ス・ト・オン><ラ・イ・ジ・ン・グ>

 

一息にライジングイクサまで駆け足で姿を変えるとエンペラーの後ろを追いかけるようにライジングイクサもイクサライザーの引き金を引き、撃ち漏らしをイクサカリバーで切り倒しながら進んでいく

 

 

先へ進んでいくと防衛兵器の他に刃のようなものが付いた妙なトラップも動き出しこちらに向かって襲い掛かってくる

 

「大盤振る舞いだねぇ」

「無駄口を叩くな、来るぞ」

「りょーかいっ!」

 

ステイルは炎を生み出しながら身構えて、ヒビキと斎堵はその身を仮面ライダーへと変える

そんな三人をメアリエ、ジェーン、マリーベートの三人は自身に対応するエレメント魔術で援護を開始するのだった

 

 

一方警備員グループ

特別な力を持たない警備員たちは、相手の防衛兵器に対して圧倒することができず、その歩みをストップさせていた

柱に身を隠しながら黄泉川は歯を食いしばる

 

「くそっ…! 時間がないってのに…!」

 

 

本郷と途中で別れた門矢士も同様に走っていた

一刻も早く爆砕ボルトを点火させなければ、まずいことになってしまう

だというのに門矢士はその足を止めてしまった

理由は明白―――外と同じようにバトルレイダーの量産モデルや大型機動兵器などの防衛兵器が目の前にいるからだ

 

「…めんどくせぇな、ここは一気に行くか」

 

そう言って徐に士はネオディケイドライバーを取り出し、まずそれを腰に装着する

タッチパネルのような、画面の両端に2と1があるそのデバイスを

 

<ケータッチ! 21(トゥエンティワン)!>

 

そのデバイスを取り出した後一枚のカードを士はそのデバイスにセットして、タッチパネルを操作していく

 

<W OOO FOURZE WIZARD GAIM DRIVE GHOST EX-AID BUILD ZI-O ZERO-ONE>

<FINAL KAMEN RIDE>

 

電子音が鳴り響く中、士はネオディケイドライバー本体をベルト横に移動させて、先ほどまでセットされていた場所にケータッチ21をセットする

 

「―――変身!」

<COMPLETE 21>

 

門矢士が叫ぶと同時、二十の残像が士に重なり、まずその姿をディケイドネオへと変化させる

そしてその後現れた何十枚ものカードがディケイドネオへと重なり、さらに彼をコンプリートフォーム21へと強化変身させた

 

「さて。突っ切るか」

 

両手をパンパンといつもと同じ調子で叩きながら、コンプリート21は一枚のカードを取り出すと、横に移動させたドライバー部分にそのカードをセットして、タップする

 

<ATTACK RIDE BANASPEAR>

 

電子音声と共に手元に現れたバナスピアーを構えながら、再度走り出す

邪魔する敵はバナスピアーで適当に蹴散らしながら、コンプリート21は先へと進んでいった

 

 

本郷猛はただならぬ敵の気配に足を止めた

耳に聞こえてくる初春という少女の言葉に大丈夫だ、言葉を返しながら身構える

 

「―――本郷猛だな」

 

闇の中から聞こえてきたのは一人の声

だが敵の数は一人ではないことは本郷にもわかっている

姿を見せた男は、腰に以前自分を襲ってきた男が三名ほど立っていた

それぞれ、自分を襲撃してきた男と同じベルトを巻いているのがわかる

恐らくは同じ組織の男と見て間違いないだろう

 

「…む」

 

身構えていると背後からも足音が聞こえてきた

どうやら背後からも敵襲が来ていたようだ

目の前のリーダー格の男が勝ち誇ったような顔をして、懐から時計のようなデバイス…ライドウォッチを取り出す

それに習い背後の部下二人もライドウォッチを取り出した

 

「卑怯とは、思うなよ」

 

下卑た笑みが本郷猛の視界に移る

そんな男に対して、本郷猛もまた、不敵に笑みを返してやった

 

「…何がおかしい、この絶望的な状況で頭がおかしくなったか」

「いやなに。こちらも一言言わせてもらおうと思ってな」

「―――なんだと?」

 

男が聞き返す

 

「卑怯とは思うなよ」

 

本郷猛の口から出たのは先ほど男が言ったのと全く同じ言だった

だが直後、本郷猛の背後を抑えていた男の仲間が突然と倒れ伏した

闇を突き抜けて、本郷の隣にその男は着地する

 

「間に合ったか、〝本郷〟」

「あぁ、手間をかけさせた、〝隼人〟」

「―――隼人、だと!? まさか、貴様ぁ…〝一文字隼人〟か!!」

 

男が忌々し気にその名を確認するかのように叫んだ

叫びに対し一文字隼人はフッ、とニヒルに笑みを返すと

 

「悪いな。俺と本郷はたとえ何キロ離れていてもテレパシーで繋がっている」

「俺は燈子くんから連絡を受けたとき、万が一の時に備えて、隼人にテレパシーを送っていたのさ」

 

あの時の電話…青崎燈子から連絡を受けて詳細を聞いた時、ただならない予感を本郷猛は感じた

杞憂で終われば、それでよし

だがもしかしたら…そう考えた本郷は先の通りテレパシーを用いて一文字隼人に合流を頼んでいたのだ

 

「―――馬鹿め!! 一人増えたところで同じことだ! 変身!」

<ジオウ!><仮面ライダー ジオウ!>

 

三つの電子音がやかましいくらい重なり、量産型ジオウ三人の変身が完了する

それと同時に背後で待機していた防衛兵器や大型機動兵器などが動き出し侵入者を害そうと攻撃を開始した

本郷と一文字は最初に繰り出された攻撃を二手に分かれて回避して、その後でそれぞれにくる攻撃を手慣れた様子で捌き改めて距離を取る

 

「隼人! 変身だ!」

「おう!―――変身!」

 

本郷の言葉に一文字は短く返すと大きく両手を右へと突き出すと円を描くように大きく動かして顔の近くで拳を作りつつその言葉を口にする

刹那、同じように屋内にも関わらず風が巻き起こり一文字の腰に現れていたタイフーンのシャッターが展開しベルトの風車が勢いよく回転する

一瞬頭部に現れた仮面は淡い緑色の後、明るい色へと変色し、一文字隼人は〝変身〟した

 

「ライダー…! 変身!」

 

同様に本郷も身を変えるポーズを取り、一文字隼人と同じように風と共にその姿を仮面ライダーとしての姿に変えた

剣を構えて襲ってくる量産型ジオウの攻撃を対処しつつ、2号ライダーは1号ライダーへ向かって叫んだ

 

「本郷! ここは俺に任せて先に行くんだ!」

「! いいのか、隼人!」

 

彼の言葉に2号ライダーは量産型ジオウの一体を背負い投げの要領で投げ飛ばすと

 

「問題ない! こいつら相手に、遅れは取らないさ。それよりも時間がないんだろう?」

「―――すまない!」

 

1号ライダーは2号ライダーにそう言うと迫ってくる防衛兵器を迎撃しながら先へと進んでいった

2号ライダーは彼が先に向かうのを確認するとライダージャンプで道を塞ぐように移動すると身構える

 

「ここから先は通さないぜ。―――お前たちの相手は…力の2号が引き受けよう」

 

再度両手を2号ライダーは伸ばし、ライダーファイトの構えを取る

 

今ここに立ちふさがるは、かつて1号の後を継ぎ日本をショッカーの魔の手から守り抜いた英雄の一人

機械の身体なれど、その胸に秘めたる熱き闘志は本郷にも引けを取らない

 

男の名前は一文字隼人

 

―――またの名を

 

()くぞ!」

 

仮面ライダー2号




一文字隼人/仮面ライダー2号


説明不要のレジェンドライダー
ショッカー壊滅後はフリーカメラマンとして本郷と同じように世界を回りながら悪の気配を察知したとき、その力を正義のために振るい続ける


また今回互い呼び合う時どうしようか考えましたが隼人が「猛」って名前で呼ぶイメージはあんまりないので今回は本郷呼びにしてます
本郷さんの方は「一文字」とも「隼人」とも言ってますが今回は名前の方で


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#69 助っ人たちの戦い 

繰り出されるゾンジスの攻撃をいなして、ゼットオーは反撃の一撃を叩き込む

そこを起点に更にゼットオーはキック、そしてパンチと連続して攻撃を打ち込んでいく

その華麗な戦いを横で量産型ジオウと戦闘していたダブルもちらりと彼女の方を確認しながら

 

<…あの人、なかなか強いね>

「あぁ、結構な場数踏んでると思う」

 

右目が発光して語り掛けてくるアリスの言葉に翔が返答する

無駄のない動きに的確な反撃、それでいて余裕を損なわない落ち着いた雰囲気

仮面の下で少し小さめに笑みを浮かべている姿さえ想像できる

 

「ぐ…! バカにして!」

 

いい加減イラついたゾンジスは徐に腕にセットしてある時計のようなデバイスを取り外し、再び顔を形作る

突き出したその手に持っているものは一見化け物にしか見えないような出で立ちだ

ゾンジスはそのデバイス―――ライドウォッチを起動させる

 

<シン>

 

その電子音声が響いた後、ゾンジスはまず手刀を形作る

そしてそのまま一直線にゼットオーへと接近し〝刃のような〟切れ味の手刀を叩きつけた

 

「いったぁ!?」

 

思わぬ反撃にゼットオーはそんな情けない声をあげながらゴロゴロと転がりつつも体制を立て直し反撃を試みる

ただの手刀にしては恐ろしいくらい威力が跳ね上がっていた

もしかしたらさっき起動させた時計型のデバイスが関係しているのかもしれない

これは少し骨が折れるかな、と思ったその時だ

 

<LUNA TRIGGER>

 

電子音声と共にダブルルナトリガーのマグナムから放たれる光の弾丸がゾンジスを射抜く

自由自在に動き回る光り輝く弾丸がゾンジスの動きを封じるように降り注いだ

弾丸の跳んできた方向を見ると量産型ジオウを蹴散らしたダブルがゼットオーの隣に馳せ参じていた

 

「貴方…」

「さ、こっから共同戦線と行こうぜ」

<残るは一人だからね、一気に決めちゃおう>

 

翔の言葉の後に、右目が点滅してアリスの声が聞こえてくる

ゼットオーは仮面の下で笑みを浮かべながら「うん」とそれに頷いて再度ゾンジスへと身構える

先に動きだしたのはゼットオー

そしてそれを援護するようにルナトリガーがトリガーマグナムの引き金を引いて光の弾丸を繰り出す

ゾンジスは手刀で光の弾丸を何とか迎撃しようと試みるが継続的に降り注いでくる弾丸全てには対応できず何発かもらってしまう

そこにゼットオーからの追撃がやってくる

跳躍からの跳び蹴り、からの腹部への拳撃によろめいてしまう

 

<HEAT METAL>

 

そこに今度はヒートメタルへとメモリチェンジしたダブルのメタルシャフトの追い打ちが続く

長物に対して素手というのはこちらが圧倒的に不利でもあり、何度か迎撃できたものの最終的にシャフトを腹に叩きつけられ吹き飛ばされ地面をゴロゴロと転がった

 

<CYCLONE JOKER>

 

再度サイクロンジョーカーへと戻ったダブルとゼットオーが並び立つ

互いが顔を見合わせて無言で頷き合うとそれぞれが必殺の構えを取る

ダブルがジョーカーのメモリを抜き取るとそれをマキシマムスロットにセットして軽くたたいた

 

<JOKER MAXIMAMDRIVE>

 

そのまま巻き起こる風と共に、ダブルは空中へと浮かび上がる

ゼットオーはそのダブルの動きに合わせるように軽く体制と整えて、繰り出せる準備をし―――

 

「<ジョーカーエクストリーム!>」

「ライダーキックッ!!」

 

二つの一撃が同時にゾンジスに襲い来る

ゾンジスが体勢を立て直したときは、その攻撃はもう眼前に迫っており、防ぐ手立ては存在していなかった

 

「―――きゃあぁぁぁぁぁっ!!!」

 

そんな短い断末魔と共に蹴り抜けたゼットオーとダブルの背後で大きく爆発が巻き起こる

ゼットオーとダブルは互いの顔をもう一度見合わせると軽くその場でハイタッチを交わした

 

「やるじゃんっ」

 

変身を解いたゼットオーが屈託のない笑みをと共にそう言った

ダブルもそれに答えるように変身を解除しながら

 

「…だろ?」

 

と返した

 

「彼女さんと仲良くね。…それじゃ」

 

最後に望月は窓からこちらに向かって手を振っている女の子―――アリステラへと視線を向けるとそんな言葉を呟いた

彼女の隣にいる女性たち―――両儀式や黒桐鮮花らへと視線を向けるとその人たちにも手を振って、オーロラと共に消えていった

 

「…結局なんだったんだろ、あの人」

 

謎は深まるばかり

けどまぁ、この謎は別に解けなくてもいいかもしれない

そんな感じさえしたのだった

 

◇◇◇

 

襲撃してくる量産型ジオウの攻撃を捌いて、アマゾンネオは反撃の蹴りを叩き込む

そのまま身構えながら量産型ジオウの間を通ってザモナスがボウガン片手に襲撃してきた

繰り出されるキックを数発防御するが至近距離からアマゾンネオ目掛けて発射されるボウガンに思わず防御しつつ後方へ押し出される

 

そんな時、ドライバーの目が不意に青く変色し、アマゾンネオにとっては慣れた声色が聞こえてきた

 

<ちょっとちょっとぉ。あんなのに手こずるだなんて。腕が鈍ったんじゃありませぇん?>

「! ガリィ!?」

 

不意にベルトから聞こえた、彼にとっては懐かしい声

同時に後ろの三人からしたら誰? というような具合だ

 

<仕方ないから手伝ったげますよ。スロット下げてインジェクターを押し込んで戻しなさい>

 

量産型ジオウの攻撃を掻い潜りながら、言われた通りにアマゾンネオはドライバーのスロットを一度下げてからインジェクターを押し込んだのち、再度スロットを戻す

 

<スコアラー ワン ガリィ=トゥマーン>

「<りょうかーい! ガリィ、頑張りまーす!>」

 

声色と共に現れた彼女の幻影がアマゾンネオに重なる

刹那頭に入ってきたイメージに導かれるまま、アマゾンネオは走っていた

否、走るではない―――地上を高速で移動している

瞬時に地面が凍り、そこを滑るようにアマゾンネオが移動しているのだ

 

「はぁっ!」

 

すれ違いざまに量産型ジオウへ一撃

そのまま移動を繰り返しながらもう一人の量産型ジオウ、そしてザモナスへと攻撃を叩き込んでいった

 

<このまま連撃、行きますよ! 行程は同じ、違うのはインジェクターを二度押すこと!>

「わかったっ!」

 

ベルトから聞こえるガリィの声に合わせるようにさっきと同じようにスロットを倒してインジェクターを二度押し込み戻す

 

<スコアラー ツー レイア=ダラーヒム>

「<私に地味は似合わない…>」

 

先ほどのガリィと同じようにアマゾンネオの隣にレイアの幻影が現れ、それが重なる

すでにさっきのガリィで理解していたアマゾンネオは今度は迷うことなく右腕を突き出し、そこから形成された発射口からコインに似た散弾が吹き荒れた

 

スドドドド、と弾丸の雨に晒され量産型ジオウたちはそのまま吹き飛びながら爆散していった

仲間を失い徐々に苛立ち始めてきたゾンジスは「ちっ!」とその様子を隠すこともなく舌を打つと手から一つのライドウォッチを取り外した

 

<アマゾン ネオ>

 

「! 俺!?」

 

自分と同じ電子音が鳴り響くと同時、ザモナスの手からネオブレードのようなものが生成され、一気に走り込むとこちらを斬りつけてくる

時折こちらもコインを放ち牽制を試みるが思いのほか決定打にはなり得ない

 

<剣が相手? なら私の出番ね>

「あぁ!」

 

聞こえてきた声に答えると同じようにインジェクターを動かして、今度は三回押すとそれを戻す

 

<スコアラー スリー ファラ=スユーフ>

 

「<フフ…思っていたよりもショボい相手ね>」

 

隣に並び出た幻影にアマゾンネオが重なり、アマゾンネオブレードと同等な〝ソードブレイカー〟が形成された

アマゾンネオはそれを構え、相手が振るってくるネオブレードに一撃を叩き込む

するとあっという間にネオブレードは粉砕し、地面にはブレードの残骸がパラパラと零れ落ちた

 

「バカな!? ぐぅあっ!」

 

驚きに浸る間もなくザモナスはアマゾンネオの一撃を食らい大きく吹っ飛ばされる

どうにか両腕を使い起き上がると恨めしそうにザモナスはアマゾンネオを睨みつけた

 

「…はえーすっごい。俺たち出番ないんじゃないの?」

「バカなこと言ってないで。行くわよ、二人とも」

「うんっ!」

 

ここで傍観…というか入る余地のなかった三人のアマゾたちが動く

カラスアマゾンの布束が先陣を切り、彼女を追うように赤と緑のアマゾンが追いかけた

構えなおすアマゾンネオの横を通りすがり、ザモナスへと攻撃を仕掛ける三人を見て、アマゾンネオは一瞬動きを止めた、がすぐに後に続くようにアマゾンネオも攻撃にかかる

 

<出番がないと寂しいんだゾ?>

「わかってる!」

 

走りながらアマゾンネオはインジェクターを操作し、今度は四度押すとそれを戻した

 

<スコアラー フォー ミカ=ジャウカーン>

「<解剖の時間なんだゾ!>」

 

同じように幻影が重なると、アマゾンネオは三人の連携の合間を縫うようにザモナスへ飛び蹴りを打ち込み、距離を開かせる

そのあとで周囲に赤いクリスタルのような結晶を生み出すとそれをザモナスへと叩き込んだ

 

「ぐぉぉっ!?」

 

体勢を整えていなかったおかげでザモナスはそれらをまともに喰らった

どうにか踏ん張ってダウンは耐えたみたいだが、もう長くはないだろう

 

「equal これでおしまい」

「おい青いの、フィニッシュは譲るぜ」

「え?」

「僕たちから先に行く!」

 

アマゾンネオの言葉を待たず、先に動いたのはカラスアマゾン

即座にザモナスへと駆け寄るとシンプルなあびせ蹴りを叩き込み、ザモナスから体力を奪う

 

<Violent Strike>

<Violent Strike>

 

そんな電子音が鳴り響くと共にアマゾンアルファとアマゾンオメガが跳躍し、ライダーキックの同時攻撃で追撃

当然避ける暇などなかったザモナスはどうにか防御したものの、そのまま更に後方へと吹き飛ばされる

 

アマゾンネオはインジェクターを倒したあと五回以上押し込み、それを戻し、再度インジェクターを操作すた

<オートスコアラー アルケミスト>

<Amazon Strike>

 

彼の周囲に現れる、四人の影

いつかの仲間たちは思い思いのポーズのまま、そのままアマゾンネオへと重なる

そしてアマゾンネオは空高く跳躍すると真っ直ぐに右足を突き出してアルケミストアマゾンストライクを放つ

 

「クソッタレがぁぁぁぁぁっ!!」

<ザモナス タイムブレーク!>

 

それは気力を振り絞った最後の抵抗だったのだろう

力を込めたその拳を打ち出して、アルケミストアマゾンストライクに太刀打ちしようとしたが、目論みは叶わず、そのままタイムブレークごと貫通されザモナスを撃ち抜いた

 

「そんな…! バカなぁぁぁぁぁっ!!」

 

あっけない慟哭

射抜かれたザモナスは威力を殺しながら着地しているアマゾンネオの背後でドォン、と大きな爆発音と共にその場から消滅した

 

戦いはこうして終わりを告げる

アルファはネオの近くに歩み寄るとその背中を軽く叩いて

 

「おっす。おつかれ」

「え? あ、は、はいっ…おつかれ、さまです」

「なんだなんだ、戦ってた時の勢いはどこ行っちまったんだよ〝千翼〟ぉ。…あれ? なんで俺名前知ってんだ?」

 

アマゾンアルファは困惑し始める

そんなアルファに向かってオメガも歩み寄りながら

 

「…どうしてだろう、なんでか僕も名前が思い浮かぶよ、千翼」

「奇遇ね。meto 不思議なこともあるものね」

 

カラスアマゾンもオメガの言葉に同意する

ここの三人は知らないが、オメガ、アルファ、カラスアマゾンとは別の存在だがアマゾンネオ―――千翼に多大な影響を及ぼした人たちだ

 

アマゾンネオがどう答えようか迷っているとき、不意に強風が吹き荒れる

突然の強風にアマゾンネオは思わず顔を手で覆った

手を顔から戻したとき、不意にぽん、と頭に手を置かれたような感覚があった

 

「…え?」

 

きっとそれは幻覚だったのかもしれない

多分そうなのだろう

どういうわけか、目の前に自分の父親である〝鷹山仁〟がいたのだから

いや、仁だけではない

その後ろには〝水澤(ミズサワ)(ハルカ)〟と〝イユ〟といった、かつて自分と敵対したものと、守りたかった人がいた

仁はゆっくりと口を開く

 

―――悪いな、お前には父親らしいことなーんにも出来なかった。…今度はしっかり生きてくれよ、…俺の分まで

 

水澤悠も続く

 

―――君ならできる。…君にはもう、仲間がいるから

 

イユは何も言ってくれなかった

ただその代わりに、笑顔を見せてくれた

心の底からの、太陽みたいな、笑顔

仮面の下で、千翼は思わず涙が出そうになった

その涙をこらえ、アマゾンネオは言葉を綴る

 

「―――うんっ…!! 俺…生きるよ。―――今度こそ、〝生きる〟よッ!!」

 

それがアマゾンネオの言葉だった

その言葉を皮切りに、出現したときと同じようなオーロラが出現しアマゾンネオを覆いこむ

気づいた時には、アマゾンネオの姿はもう消えていた

 

「…何だったんだろうな、アイツ」

「…最後、誰かと話していたみたいだけど」

「…わかんない。…けどあの青いアマゾン、嬉しそうだった」

 

(ユウ)の言葉に布束はそうね、と肯定する

自分たちはちっとも意味は分からなかったが、あの青いアマゾンには意味はあった

なら、それでいいじゃないか

 

どういうわけか、不思議とそう思えたのだ

 

◇◇◇

 

振るわれた黒い拳をアールエックスは目の前のバールクスに攻撃を仕掛ける

バールクスもその拳を受け止めながら、押し返して反撃とばかりにケンカキックを繰り出した

腹部に軽い一発をアールエックスはもらったがその程度で怯みはしない、お返しと言わんばかりにアールエックスはシンプルなストレートパンチをバールクスの胸部に叩き込んだ

 

「ぐぉッ!!」

 

思いがけない力のこもった一発に吹っ飛ばされバールクスはゴロゴロと地面を転がる

そんなバールクスに対して、アールエックスは一つ問いかけた

 

「…答えろ、なんでこの世界に来た、お前の目的は」

 

ゆっくりと立ち上がりながら、仮面の下でニヤリと笑みを浮かべながらバールクスは「ふん…」と適当に息を吐きながらアールエックスを見やると

 

「いいだろう、冥土の土産に話してやる。どうせ理解できないと思うからな」

 

くくく、と嘲るような小さい笑いと共に、バールクスはその質問に答え始める

 

「…俺たちの目的は、〝セカンドテイナー〟の作り出した、世界の排除だ」

「…〝セカンドテイナー〟?」

「知らないのも無理はない、〝知るはずのない〟言葉だからなぁ…。この世には、〝エンターテイナー〟と呼ばれる、素晴らしい世界と、物語を紡ぐ創造神のような存在がいる…俺はそんなエンターテイナーの生み出した物語が大好きでなぁ…」

 

? とアールエックスは首を傾げる

何を言っているんだ、目の前のこいつは

言葉が何一つ理解できない―――それどころか、理解してはいけないような、そんな気さえする

 

「だがある日、そんな素晴らしい物語を捻じ曲げ、ありえない〝もしも〟のようなありえないイフのような世界を生み出す、愚かな連中が現れた。―――それが〝セカンドテイナー〟だ」

「…なんだと?」

「エンターテイナーの生み出した、素晴らしい物語に泥を塗りたくるようなその愚行を、俺は許せない。そんな創造神の真似事をするような、愚かしいセカンドテイナー共も! そのセカンドテイナーによって生み出された、下らない世界も!! だからすべてぶっ壊すと誓ったのさ、下らない願いを振りかざす、セカンドテイナーの世界をなぁ!! ―――リボルケイン!!」

 

叫びながらベルトから一本の剣を取り出すと、アールエックスに向かって攻撃を仕掛けてきた

アールエックスはすかさずその攻撃を防御して接近戦へと持ち込む

 

「これまで幾度もセカンドテイナーの世界を滅ぼしてきた!! 奴らはその世界には存在しえない力を介入させることで、本来ある物語の道筋を捻じ曲げる!! 死すべき人間が生きていてほしい! あの時もしあんなのがあれば!! そんなつまらない理由で! 素晴らしいエンターテイナーの物語を汚した!! それだけで許されざる罪だ!!」

 

ギリギリとバールクスは少しづつアールエックスを追い詰める

気迫はどうやら本物のようだ

それに〝物語〟という言葉

 

あの時ああしていれば

もしもアイツを救えていれば

 

そういった世界は、その〝セカンドテイナー〟が願った世界だろう

いいや―――そういった世界を、もしかしたら誰もが願ったから、セカンドテイナーが生まれたのかもしれない

そんな〝もしも〟を、少しでいいから夢に見たいから

アールエックスは拳を握り、足に力を籠める

 

「つまらない理由なんかじゃない…!」

「なに…!?」

「あの時ああしていればなんて、人間誰もが考えることだ、ましてやそれが大好きな物語なら尚更! そんな〝もしも〟を、みんな思い描いているから、セカンドテイナーってやつは生まれたんじゃないのか!! 誰かの願いを、カタチにするために!!」

「願いだと…!?」

「あぁそうだ!! 誰かがそんな優しい世界を願ったから! みんな笑ってほしいって祈ったから! そういう世界が生まれたんだ! …正直俺には、そこにどんな意図があるのかとか想像もつかない…だけど、その願いの否定はさせない…!! お前の個人的な癇癪で! この世界は奪わせない!!」

 

そのままアールエックスは軽く地を蹴って勢いをつけるとバールクスの顔面に飛び蹴りを叩き込んだ

「ぐあ!?」と不意打ちに反応できず後ろへ下がったバールクスに向かって、アールエックスはあの剣の名前を叫ぶ

 

「〝サタンサーベル〟!」

 

叫びと共に、アールエックスの手に現れる一本の赤い刀身の剣

アールエックスはそれを構えるとバールクスに向かって斬りつけた

 

「ぐっ! なぜおまえがそれを!?」

「答える必要なんかねぇ! ―――ライダーパンチッ!!」

 

そのまま力を込めた拳をバールクスに叩き込む

大きく吹っ飛ばすバールクスに対して、アールエックスはサタンサーベルを仕舞うと地面を叩いて跳躍した

 

「RXキック!!」

 

突き出される両足から繰り出されるドロップキック

バールクスは自身が生んだリボルケインでそれを防ごうとするが相手の力が強かったのか、リボルケインが弾かれて大きく体制を崩してしまった

 

「リボルケイン!!」

 

すかさずアールエックスは先のバールクスと同じようにベルトのサンライザーから一本のソレを引き抜き、その勢いのままにバールクスにリボルクラッシュを突き刺した

そのまま両手にリボルケインを握りしめて、エネルギーを流し込む

 

「ぐ! ぉぉぉぉぉ…!?」

「これからも、そんな願いは続いていく…! だが、誰かの願いを認められない、お前はここで終わりだ!」

 

アールエックスはリボルケインを引き抜いた

そのままRを描くように動かすと、Xを描くように頭の上で両手をクロスさせると左手をベルト付近に、リボルケインを持った手をベルトの真横に構えると火花がほとばしるバールクスを背にする

 

「ば、かな…! 俺が…! このおれがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そんな断末魔を最後に、バールクスは大きな爆発と共に消えていった

振り返ることなく、アールエックスはリボルケインをしまうと、ふぅ、と息を吐きだす

 

「…さて。俺の役目は、ここまでかな」

 

ふと目の前に、来た時と同じようなオーロラが広がっている

変身を解除した浩太郎はそのオーロラへと歩きながら、先へ進んだアラタたちの方を見て

 

「あとは頑張ってくれよ。この世界の仮面ライダー」

 

短く激励の言葉を投げると浩太郎はオーロラへと歩いて行った

オーロラが消えたとき、もうその場には誰も残っていない

ただ、静寂だけだった




エンターテイナーとかは〝電撃学園RPG〟で出てきた単語です
多分もう出てきません
あ、セカンドテイナーはこっちで作った言葉なので電撃学園の単語じゃありませんよ
ありそうだなって思ったんで作りました


狼牙竜さんの千翼についてはああいった裏設定があるんだよーというお話をいただいたのでそれだったらこういう能力ありそうだなーという風に自分なりに想像を膨らませてああいった感じになりました
狼牙竜さん、今回は本当にありがとうございました


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#70 それはエンデュミオンの軌跡

各々での戦いに決着がついていく最中、ある男の戦いも決着がつこうとしていた

 

「ぐっ!!」

 

立花眞人の戦いである

G4の鋭く重い一撃が腹部に当たり、頭部を取っ払ったG3こと、眞人はゴロゴロと地面を転がった

しかし根性から食いしばり、眞人は目の前のG4へと再度視線を向ける

こちらに向かってゆっくりと歩いてくるG4こと水城マリア

よく見ると肩で大きく息をしているように見える

彼女の方も限界なのだろうか

 

「―――ぐっ!!」

 

不意にG4の身体から煙が噴き出し、大きく苦しみ始める

やっぱり限界なのだ、彼女も

これ以上G4のスーツを使用しては本当に命に関わる

 

「水城さん!! やっぱりもう限界なんですよ!! これ以上は本当に死んでしまいます!!」

 

眞人は接近して何とか外部から干渉できないかと試みる

G3と一応は同じシステムなのだから、緊急解除ユニットがあってもおかしくないはずだ

確かG3にはGバックルにそのシステムが内臓されていたはず

もみ合いになりながらも、どうにかしてバックルに触れるが―――

 

「! 解除されない!?」

 

あるいは予めオミットされてあるのか

このままでは本当に水城マリアが死んでしまう

どうにかできないか、と考えている矢先、こちらに向かって不意にバトルレイダーが投げ飛ばされてきた

その後そのレイダーを追いかけてバルカンがショットライザーを連射しながら駆けてくる

弾丸の連射を受けてそのままバトルレイダーは機能停止し、ゆっくりと倒れると同時、爆散した

 

「不破さん!」

「悪ぃ、邪魔しちまったな! …っていうか、なんか様子がおかしいが」

「すいません、実は―――」

 

どうにか説明しつつ、襲い来るG4の攻撃を受けながら、要点をかいつまんで眞人はバルカンに説明した

敵と認識してバルカンにも攻撃してきたG4の攻撃をさばきつつ、バルカンは大まかな概要を知る

G4を蹴っ飛ばして軽く距離を取ったバルカンはふぅ、と息を吐きながら

 

「よし分かったっ! 早い話、引っぺがせばいいってことだろ!」

「えぇ! ―――え?」

 

不意にバルカンはそう言った後、ショットライザーをベルトに戻すとG4に突っ込んでいく

そのまま掴み合いに発展しながらも、バルカンは胴体のアーマーの隙間に指を突っ込もうとするが、G4の反撃に合い吹っ飛ばされた

 

「くっそ! なかなかやるじゃねぇか! 刃! ちょっと手伝え!」

 

バルカンは転がって体制を立て直すとすぐ近くで戦闘しているバルキリーへと言葉を投げた

その声を聴いたバルキリーは共闘していたバースにその場を任せるとバルカンの方へ走っていき

 

「お前な、こんな状況じゃなかったらセクハラだぞ」

「人命救助の一環だろうが! 立花、三人ならいけるはずだ!」

「は、はいっ!」

 

そんなゴリ押しな救助方法でいいのだろうかとも一瞬思ってしまったが、この際なんだっていい

バルキリーはその身のこなしを生かしてG4の背中に回り両手を拘束したのち、その隙にバルカンが胴体のアーマーを引っぺがしにかかる

その際、眞人もGバックルの内臓されてるはずの強制解除ユニットが何とか起動しないかと粘った

 

「ぐぅぅぅぅ…!! おぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

雄叫びと共に、バルカンがその両手に力を籠める

ぎぎぎ! と嫌な音をたて胴体のアーマーが引っぺがされた

着装すると同時に装着される身体にフィットする黒いボディスーツがあらわになり、アーマーが剝がされたショックに連動したのかは不明だが、バックルに内臓されてある緊急解除ユニットが作動し他のアーマーが外されていく

G4ユニットが外され、マリアの姿と戻ると同時、気を失って倒れようとしたときにバルキリーが彼女を支えた

 

「…ひどく衰弱してるな、立花さん、早く彼女を病院に」

「わかりました!」

 

バルキリーから気を失っているマリアを預かると、そのまま眞人はG3ユニットを装着したままその場を後にする

ユニットの損傷も多かったし、この選択に間違ってないだろう

 

「…で、この残ったユニットはどうすんだ?」

「破壊以外ないだろう、こんな命を部品としか見ていない兵器なんて、不要なんだからな」

 

バルカンの問いかけに、中身のないG4ユニットにショットライザーを突き付けてバルキリーが応える

そしてすぐに、バルキリーはショットライザーの引き金を引いてG4ユニットを破壊した

 

◇◇◇

 

目の前の機動兵器やら蹴散らして、一番最初に爆砕ボルトへとたどり着いたのはキバエンペラーとライジングイクサの二人である

爆砕ボルト近辺にも小型の機動兵器がわらわらといるが、ここまで来たら些事だ

 

 

次にたどり着いたのは、ステイルたちだ

 

「さ、もうひと踏ん張りだぜ少年。行けるかい?」

 

響鬼に言われ、ステイルはふん、と短く答える

ここに向かう道中うっかり脇腹にかすり傷を受けてしまい、それを彼は片手で押さえていたのだ

そんなステイルをマリーベート、メアリエ、ジェーンの三人が心配そうに見つめている

 

「馬鹿をいうな。頼まれた仕事は果たすさ」

「そう来なくっちゃあね」

 

ステイルは手に炎を生み出し、オーズこと斎堵もメダジャリバーを構えた

それを見た響鬼もニヒルな笑みを浮かべると同時、音撃棒を構えたのだった

 

 

バナスピアーを振り回し、自分に接近してくるバトルレイダーや自立兵装などを蹴散らしながら、ディケイドコンプリート21は爆砕ボルトの一つに到着する

ディケイドネオ21は通信機を起動させた

 

「こちら門矢士、ボルト前についた。他は!」

<はいよー、こっちもついてるぜー!>

<同じく本郷、俺もまもなく到着する>

<こっちも問題なく到着したぜぇーい!>

 

どうやら自分以外の三ヶ所もたどり着いたようだ

後は警備員である黄泉川たちが間に合ってくれればだが…

 

<すまない、こちら黄泉川…! 申し訳ないが、このままではたどり着けそうもないじゃん…!>

 

報告される彼女の言葉

通信越しに銃の音がとめどなく聞こえるところから苦戦を強いられているのが容易に想像できる

 

<―――大丈夫です>

 

そんな中、ふいにまた別の声が通信に割り込んできた

 

<構わず、5カウントで点火してくださいと、ミサカはお願いします>

<…お姉さま…!?>

 

通信から戸惑ったような黒子の声が漏れてくる

むろん、この声は御坂美琴ではない―――

 

(あいつらか!)

 

仮面の下で士は笑みを浮かべる

アイツらが言うのなら、問題はないのだろう

 

 

「ったく。なンでこの俺がァ、こンなことしなきゃなンねンだァ?」

 

二人の男と、一人の幼い女の子がかつかつと一つの爆砕ボルトの前に歩いてくる

一人は杖をつきながら頭を掻いてそんな言葉を口にした

それを聞いて女の子―――打ち止め(ラストオーダー)が杖をついている男―――一方通行の周りをくるくると走りながら

 

「でもでも、このエンデュミオンが壊れたら、地球が壊れちゃうーって! みんながとっても困っちゃうんだって、ミサカはミサカは当たり前の正論を口にしてみたり!」

 

にかっと笑みを浮かべる打ち止め(ラストオーダー)

け、と悪態をつく一方通行に向かって隣の男―――浅倉涼が一つのデッキを取り出しながら

 

「けどま、リハビリにはもってこいだろ。こういうのは」

「はっ、違ェねェ…」

 

一方通行(アクセラレータ)は浅倉の言葉にそう返すとだらんと手を下げて爆砕ボルトの方を見やる

同じくして浅倉は左手に持ったデッキを前に突き出した

同時にバックルが彼の腰に現れる、半月を描くように右手を動かし

 

「変身!」

 

言葉の後にデッキをバックルにセットする

鏡の割れるような音と共に残像が重なり、浅倉の姿を仮面ライダー王蛇へと変化させた

調子を確かめるように軽く首を回すと、王蛇も爆砕ボルトの方へ視線を向ける

 

 

 

「ワタルくん、迷ってる暇はなさそうだ!」

「うん! 僕たちから行こう!」

「わかったぜー! ―――バッシャーマグナム!!」

 

キバエンペラーは緑色のフエッスルをキバットに嚙ませると、キバットがそれを勢いよく吹き鳴らす

ラッパのような音が鳴ると同時に、バッシャーマグナムが呼び出され、エンペラーがそれを手に持ち、腕のタツロットを操作した

 

<バッシャーフィーバー!!>

 

緑色の絵柄でタツロットのスロットは止まり、キバエンペラーはタツロットを取り外すと銃口にタツロットをセットした

 

<ガチャ!>

 

その後ろで、ライジングイクサとなった名護も残っている警備ロボットを殲滅させるべく、一つのフエッスルをベルトにセットして認証させる

 

<イ・ク・サ・カ・リ・バ・ア ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ>

 

迫ってくる警備ロボットたちに向かって、ライジングイクサはイクサカリバーを振り回し、イクサジャッジメントを叩きつける

爆発と共に警備ロボットが爆散していき、同じタイミングでキバエンペラーもバッシャーマグナムの引き金を引いた

 

「エンペラー、アクアトルネード!」

 

迸る水の弾丸がボルトに向かって突き進んでいく

連なる水の弾丸は容易にボルトを貫いて爆散した

 

 

 

爆砕ボルト前に到達したネオディケイド21は改めて目標を視認する

後ろを見て追手が来ていないことを確認するとライドブッカーから一枚のカードを取り出す

そのまま持っていたバナスピアーを放り投げると横のドライバーへとそのカードを装填した

 

<FINAL ATTACKRIDE DE DE DE DECADE>

 

「はぁぁぁぁぁ…!」

 

そのままゆっくりと空中を浮かぶと、ディケイドの前にエネルギーで出てきた筒のようなものが現れた

そしてディケイドは片足を突き出すとそのエネルギーを通り抜け、ライダーキックを叩き込む

 

「どりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

真っ直ぐ放たれた超強化ディメンションキックは容易く爆砕ボルトを貫き、爆散させたのだった

 

 

 

同じようにボルト前に到達したステイル達御一行

そんな爆砕ボルトを守るかのように、数体のレイダーが現れる

だが今更あんな程度は、障害にもなり得ない

 

「波状攻撃で破壊しよう、俺から行く」

 

最初に前に出たのは斎堵ことオーズ

彼はメダジャリバーに三枚のセルメダルを入れるとスキャナーを刀身に当ててスライドさせた

 

<トリプル! スキャニングチャージ!>

 

そのままスキャナーを戻すとメダジャリバーを構えて、横に一閃

繰り出されるオーズバッシュは空間ごとレイダーの壁を斬り裂いた

そしてすぐに斬られた空間は修復され、何事もなかったかのような状態に戻る

 

「二人とも!」

「オッケー! てなわけで、今度は俺たちだ!」

 

すかさず響鬼が言葉を返し、音撃棒烈火を構え、同じようにステイルもルーンカードと炎を顕現させる

ステイルの周りには燃え盛る炎と共に、魔女狩りの王(イノケンティウス)が顕現し、目の前の破壊すべきものを睨んだ

 

「音撃棒、烈火弾!」

「イノケンティウスッ!!」

 

響鬼の繰り出した烈火弾を取り込みながら、魔女狩りの王は爆砕ボルトへと向かっていく

道中警備ロボットなどもいたが、そんなのは障害にもならずもろとも焼き尽くしてボルトも破壊したのだった

 

 

 

「シャアッ!!」

 

アクセラレータは自身の能力を発動させながら手を地面に突っ込んでベクトルを操作し、ボルトの破壊を試みた

しかしボルト本体には多少大き目なヒビが入った程度であり破壊には至らなかった

 

「ち、まだ本調子じゃねェか」

「問題ねぇ」

 

そう言って王蛇は牙召杖ベノバイザーを取り出すと先端部のコブラの頭を模倣した場所からカードスロットを展開させた

そのまま一枚のカードをブイバックルにセットされたデッキから一枚のカードを取り出す

王蛇のクレストが描かれたそのカードを、スロットにセットしてベノバイザーに読み込ませる

 

<ファイナルベント>

 

電子音声と共に王蛇の近くにベノスネーカーが現れる

王蛇はベノバイザーを打ち止めに預けると同時はボルトに向かって走り出す

そのまま一定の距離を走り助走をつけた状態で今度は大きく後方へと飛び上がり宙を返るとベノスネーカーの放つ毒液と共に、ボルトへ〝ベノクラッシュ〟を叩き込んだ

 

「デェェェヤァァァッ!!」

 

ヒビ割れたボルトは王蛇のベノクラッシュを受けてトドメを刺されたのか、今度こそ完全に破壊されたのだった

 

 

 

駆け付けた1号はボルト本体を前にして身構える

コイツを破壊すればいい、そう思い返したとき、背後から声が聞こえた

 

「本郷!」

「! 隼人、間に合ったか!」

「あぁ、状況は大体把握している、行くぞ!」

「おう!」

 

短く受け答えすると二人の仮面ライダーはそれぞれライダーファイトの構えを取り、戦意を向上させる

ほどなくして、二人はそのまま同時に跳躍した

空中で一回転し、互いの足を、そのままボルトに叩きつける

 

「ライダー!」「ダブル!」

『キィィック!!』

 

同時に繰り出されたライダーキック

放たれた技を食らって、爆砕ボルトはそのまま破壊し点火されたのだった

 

 

エンデュミオンの外

急造されたテントの下で、初春たちはその揺れを感じていた

 

「なんですの!?」

「退避―ッ!」

 

警備員の声が聞こえる

同時にバラバラとエンデュミオンの上の方からガラス片のようなものが降ってきた

状況を考えると、ボルトを何とかしてくれたと考えるのが自然だが、果たして

 

 

不意に起こった揺れに、まずレディリーが気が付いた

 

「───まさか、解体(パージ)する気!? このエンデュミオンを!?」

 

同時にインデックスは周囲に視線を巡らせて、思考を走らせる

今ならいける

 

(折り重なった術式を解いて、崩す方法を見つける…!)

「───みこと、お願いしていい?」

「えぇ、きっちり守ってみせるわ」

 

美琴から心強い返事をもらうと笑みを浮かべ、インデックスは頭の中の魔導書へ意識を送る

何としてでも、助けるんだ

 

 

「基盤をパージしただと!?」

 

不意に通信が来たシャットアウラはその報告を聞いて驚きの顔を浮かべた

地上のみんながなんとかしてくれたのだ

 

「これで、わかったろ…! できないことなんかないって…!」

 

苦悶の表情を浮かべながら、アリサに支えられている当麻はシャットアウラに向かってそう言い放つ

それでもなお、シャットアウラはガンモードのカリバーを構えたまま

 

「…オリオン号の機長だった私の父は、あの事故でただ一人犠牲になった。私を含め、ほかの乗客は助かったのに…! だから、私は〝奇跡〟を否定するッ! 奇跡なんかに頼らず、自分の力で戦った父の遺志を継ぐためにもッ!!」

「…お前のお父さんは、限りなく可能性が低くてもみんなを助けようとした…」

 

構える彼女に向かって、アラタが少しづつ歩み寄る

 

「ギリギリまで頑張れば。最後の最後まで諦めなければって思いで、戦ったはずだ。だから君が───アウラがここにいるんじゃないのか!」

「ッ!!」

「奇跡は起きたんだ! お前のお父さんは、確かに奇跡を起こしたッ! それを否定するんなら、君を君の父親を、もう一度殺すことになる!」

「───うるさいっ!!」

 

不意にシャットアウラはイクサカリバーをカリバーモードに変形させて、アラタに向かって振り下ろす

済んでのところでそれを回避し、アラタは身構えた

 

「…、」

<レ・ディ・イ><フィ・ス・ト・オン>

 

彼女は無言でイクサナックルを掌に叩きつけると、そのままベルトに装着し、その身をブラックイクサへと変化させた

それを見て、アラタも覚悟を決める

だが戦うのではない、彼女を受け止めないといけないんだ

 

「…変身」

 

呟くと同時、アークルが腰に現れ、霊石が赤く輝き彼の身体を赤いクウガへと変える

拳は握らずに開いたまま、彼女の出方を待つ

ブラックイクサはイクサカリバーを再度振り下ろしてきた

クウガはそのままカリバーを受け止めて、互いの仮面をぶつけ合わせる

 

「やはり落ちるぞ、エンデュミオンはッ!」

「! 何!?」

「はっ! 何が八十八の奇跡だ、何が奇跡の歌だっ! 何が奇跡だぁっ!!」

 

ブラックイクサは頭突きを繰り出しクウガの態勢を崩すとタックルをかましそのままクウガの身体に馬乗りとなる

彼女はイクサカリバーを放ると何度となく、クウガへと拳を叩き込んだ

 

「奇跡なら、奇跡なら救ってみせろよ!! このまま地上に落ちるエンデュミオンからすべての人を救ってみせろ!! お前も、そこの二人もッ!! 奇跡を肯定し、秩序を乱すものはすべて───」

 

その時だった

らら、と歌が響いた

音楽がノイズとなるブラックイクサには、それは苦痛となって彼女に届く

発信源は上条当麻の携帯電話だ

着信音にでも設定していたのか、音量は小さいけれど静かなこの場には響き渡る

クウガは苦しむ彼女をできるだけ優しく放り投げる

ゴロゴロと転がりながら、ブラックイクサはそれでもカリバーのガンモードをクウガに向けて構えていた

 

「…君のやり方じゃあ秩序なんて生まれない。そんなやり方で奇跡を否定しても、何も生まれはしないんだ」

 

ゆっくりとクウガは彼女に向かって歩き出す

 

「ほんの小さな可能性でも何かが手に入るって、そう思って最後まで諦めなかったから! それこそがきっと、〝奇跡〟ってもんなんだと思う。───俺は、君にもう一度親父さんを殺してほしくない」

 

近づいたクウガは、イクサカリバーを持っている彼女の手に触れる

一瞬びくりとなったが、抵抗はなかった

充電が切れたのか、いつしか音楽は聞こえなくなっていた

 

「…音楽ってさ、割と悪くないもんだよ。…お前に言うのも、酷かもしれないけど」

「───はっ。…本当だな」

 

彼女は変身を解除して苦笑いを浮かべながらそんなことをアラタに返す

目尻に僅かに涙を浮かべていた彼女の顔は、どことなく何かを吹っ切ったように感じる

とりあえずシャットアウラはもう大丈夫だろう

問題は───この状況をどうするか

 

「…アウラ?」

 

不意にシャットアウラが数歩進んで、アラタの方へ顔を向ける

彼女は笑みを浮かべると意を決したように、言葉を紡いだ

 

「───らら」

 

それは旋律

わかりやすく言えば、〝音楽〟だ

けど、彼女にとって音楽は毒だったはずじゃ、とアラタの考えを他所に旋律は続く

その旋律を聞いて、同じように旋律を奏でたのは、当麻を支えていた鳴護アリサ

 

「らら…───」

 

当麻に笑みを浮かべて彼から離れると、シャットアウラの声に自分の声を重ねていく

 

◇◇◇

 

シャットアウラは思い出した

オリオン号のあの日、あの時───大事なものをすべて捧げてもいいから、奇跡が欲しいと、あの時願った

 

そして、鳴護アリサ(かのじょ)は生まれたのだ

 

アリサはゆっくりとシャットアウラへ歩いていく

同じように、シャットアウラも歩み寄り、二人はその手を握る

刹那、握られた手のひらから───暖かな光が漏れ出した───

 

◇◇◇

 

 

 

 

聞こえてきた歌声に、レディリーはハッとする

想像と違うこの歌に、動揺する

 

「な、なに、この歌…? ち、ちがうっ! この歌じゃ、私の魔法陣は───」

 

うろたえるレディリーを尻目に、インデックスの隣の美琴は思わずその歌に聞き入っていた

相変わらず、いい歌だと心の中で思いながら、御坂美琴は笑みを浮かべるんだ

 

「崩れていく───私の希望…私の夢がっ!!」

 

何やらレディリーが悲痛な顔を浮かべている

しかし美琴には何の関係もないことだ

周囲を見渡しても邪魔してくる存在はいなさそうではあるし、インデックスも問題はなさそうだ

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ごうごうと崩れ落ちていくエレベーター内部にて

 

1号たちやディケイドネオ、そしてステイルらはシンプルに走って脱出を目指し、別ルートからやってきた一方通行たちは王蛇が呼び出したベノスネーカーに乗って離脱を図り、キバやイクサたちも黒鴉部隊の手助けを借りて内部からの脱出を敢行していた

 

同時刻、エンデュミオン外部

 

宇宙には眩い光のような、それでいて渦のようなきれいな何かが現れていた

それがなんなのかは常人にはわからないだろう

 

「…隊長」

 

その呟きは黒鴉部隊の一人の呟きだった

何かがあったのかはわかるが、何があったのかはわからない

 

そしてその景色を見ていたのは黒鴉部隊だけではない

地上にいた初春や佐天たちもその光景を見ていたわけで

ハッと気づいたように初春がパソコンへと視線を落とす

 

「! エンデュミオンが落下コースから外れていってる…! 地上への落下は、回避されましたッ!」

 

 

やがて歌が終わる

当麻を支えながら、アラタは〝二人〟の元へと歩みだす

アリサは地面に落ちていたアクセサリーを拾い上げた

いつの間にか、二つに欠けていたそのアクセサリーはひとつの形へと戻っていた

彼女は拾ったアクセサリーをシャットアウラの方に差し出す

シャットアウラは一瞬驚いたような表情をして、アリサの顔を見たが彼女の笑顔に後押しされるとそのアクセサリーを懐にしまった

 

「おつかれ」

 

アラタの声

その声色に二人は振り返る

やり切った歌姫たちに、当麻とアラタは手を差し伸べた

 

 

当麻はアリサへ、そしてアラタはシャットアウラへと

 

「帰ろう」

「俺たちの都市(まち)に」

 

 

その後インデックスたちと滞りなく合流できた当麻とアラタたち

シャットアウラもいたことに一瞬怪訝な顔をされたがなんとなく察してくれたのか苦笑いと共に何も聞かないでくれた

とりあえず帰るときもバリスティックスライダーに乗って戻ればいいのだろう

っていうかこれが動かないとマジで帰れない

行きも帰りも設定してあるからボタン押すだけで大丈夫とは土御門も行っていたし、いざとなれば携帯で土御門に聞けばいい

 

「とりあえず当麻から先に乗ってくれ。ボロボロだろお前。あ、あと発射まで時間かかるだろうからボタンも押しといて」

「わかった。───いてて…」

「だ、大丈夫? 当麻くん」

「だいじょうぶだよありさ。いっつも無茶して心配かけてくるんだからむしろこれくらいは良い薬かもなんだよ」

「なんてこと言いやがるんですかこのインデックスさんは!」

「…いつもこんななのか?」

「んー…どうなの? アラタ」

「いつもこんなんだよ」

 

すっかりいつもの調子を取り戻し朗らかな空気の中、一番最後にアラタが乗り込むとして、皆をスライダーに乗せていく

ボタンも押されたのかスライダーにもエンジン音のようなものが聞こえガタガタと特有の揺れのようなものが発生する

問題なく発射できそうだな───そう思った矢先、足音のようなものがかすかに耳に聞こえてきた

 

視線を向ける───そこにいたのは、レディリー・タングルロードだった

 

「…レディリー・タングルロード…?」

「…───そうね、保険というものは、大事だわ」

 

そう言って徐に取り出した丸い時計のようなデバイスのような、〝ナニカ〟

彼女はそのままボタンであるライドオンスターターを押し込んでそれを起動させる

 

<ゼロワン>

 

発光したと同時、そのデバイスをレディリーは自身の身体に押し当てる

そのデバイスはレディリーの身体の中に取り込まれ、一瞬の後にその姿を異形の怪人へと変質させた

 

「───マジかよ」

 

予想外の出来事が起こった

コイツをあのままにしておけば、バリスティックスライダーに攻撃されてしまうかもしれない

必然的に、誰かが残らねばならない

考える必要なんてなかった

アラタは扉を閉めるボタンを押すと、閉まりきる前にスライダーから飛び降りた

 

「おい、お前いつまでそこに───!!?」

 

いつになっても来ないアラタの様子を見に来たのかシャットアウラの声が最後に聞こえてきた

思わずシャットアウラが追いかけるが、間に合わず扉が閉まりきる

閉まりきる直前に見えた黄色い怪人の存在を視認したことにより、アラタが飛び降りた理由も理解できた

 

スライダーの内部からシャットアウラの声が聞こえるが、分厚い装甲に覆われてなんて言っているか分からない

 

「いいの? アナタだけが残っても」

「問題ねぇ。残らなきゃあ、スライダー(こいつ)が発進できないんでね」

 

近づいてくる怪人───アナザーゼロワンに対し、アラタは身を変える動作をする

 

「変身」

 

赤きクウガへと変身すると、そのまま身構え臨戦態勢を取った

発射してこの場を後にするバリスティックスライダーを背景に、もう一つの戦いが始まろうとしていた───



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#71 ソラでの決戦

バリスティックスライダー内部

 

「おい、何とか戻せないのか!」

「無茶言うなよ! 動かし方だって行きと帰りのやり方しか教わってないんだ!」

 

基本的に動いているときは何もせず座っていただけだ

専門的な知識もあるわけもないし、セッティングとかその他もろもろは全部土御門任せだったのがこんなところで仇となるとは思わなかった

ごうごうと機体は揺れ、無情にもバリスティックスライダーは地球へ向けて発進している

頼みの綱だった携帯での連絡も電波が悪いのかすぐには繋がりそうにない様子だ

 

「インデックス、設定してた土御門見てた、とかないよな」

「…ごめんとうま、流石に見てなかった」

 

こんな状況に陥るなど想像もできるはずもない、もし見ていたのならワンチャンあったかもしれないのだが

 

「…ねぇ、ここはあえて一度このまま地球に戻りましょう」

「あえて?」

 

不意に美琴が呟いた

その言葉にアリサが首を傾げながら問いかえす

 

「うん。私は───アラタを信じてる。ここは逆に戻って、地球にいるアラタの知り合いたちを連れてもう一回戻るの。アラタなら、───アラタなら大丈夫って信じてるから」

 

美琴は、あえての言葉を口にした

そうだ、仮にもアラタは結構な実力者、そう簡単には倒されないはずだ

だから一度戻った上でしっかり準備したうえで彼を助けにもう一回戻るのだ

 

「…歯痒いが、急がば回れという言葉もある。もしかしたらそれが一番早いのかもしれない」

 

シャットアウラが応えた

当麻もまた顎に手をやりつつ、他に考えうる手段もない

やはりこれが今できることの最適解だろう

 

はやる気持ちを抑えるように、一行はそのまま地球へと戻っていく

 

◇◇◇

 

残されたエンデュミオン内部にて

そこに二人の戦士が戦いを繰り広げていた

 

「でぇりゃ!」

 

クウガの拳が顔面へと叩き込まれ───る前にアナザーゼロワンがその拳を捕える

そのままアナザーゼロワンはクウガの腹部へと蹴りを叩き込み、地面を転がる彼に対して、バッタのようなエネルギー弾を形成させ追撃を図る

まともに食らうとマズいと判断したクウガは転がりながらもその形態を紫色のタイタンへと変化させ両腕も使い防御の構えを取った

 

「───アハハッ! 思いのほか、身体を動かすのは案外気分がいいものね!」

 

バッタのエネルギー弾を大量に生成しながら、アナザーゼロワンは楽しそうに声を張り上げる

どうにか防御をしてはいるが、正直言ってジリ貧だ

ここには武器になりそうなものなんてないから、紫色の本領を発揮できない

本領…と考えたところで頭の中にそういえばまだ試したことなかったような、というある方法が浮かび上がった

 

「どうしたのっ! 抵抗はおしまいかしらっ!」

「誰が!」

 

ぶん、と両腕を振り払って改めて敵であるアナザーゼロワンを見据えようとしたとき、視界にそいつがいないことに気が付いた

右、左…と視界を動かし───そして気づく

 

「───上!?」

 

だが気づくのが僅かに遅かった

羽を展開し中空へ飛んでいたアナザーゼロワンはこちらに向けて蹴りの体制を取っていたのである

分かりやすく言えば、〝ライダーキック〟だ

なんとか片手だけでも防御しようと手を動かし、相手の一撃をどうにか防ごうとする

しかしいくら何でも片手だけでは防ぎきれず押し負けてしまい背後の壁に叩きつけられた

 

「ぐあぁっ!!」

 

そのまま床に身体が投げ出され、色も赤のマイティへと戻っていた

だがそれでも地面に手を付けながらアナザーゼロワンを…レディリー・タングルロードを見やる

 

「…まだやるの?」

「あぁ、俺は諦めが悪いからな」

 

ゆっくりと立ち上がるとアークルへ一度手をかざし、再度右手を斜めに突き出し、左手をアークルに添える

 

「───超変身」

 

アークルに金色の装飾が現れて中央の霊石が金色に輝き、赤色の装甲が黒く変わる

両足にアンクレットが顕現し、その身をアラタの切り札の一つ、赤の金の黒…アメイジングマイティへとその身を変質させた

 

「───どんな色になったって!」

 

アナザーゼロワンは怯むことなくアメイジングマイティへと再度無数のバッタのエネルギー弾を展開し、攻撃を開始した

 

(…よし、これにはなれた。あとはここからもう一つ───!)

「───超変身!!」

 

放たれてきた最初の初弾を受け止めるように右手を突き出してもう一度その言葉を言い放つ

ドォォン、という轟音とともにクウガの身体を煙が包むと、アナザーゼロワンは小さく笑みを浮かべた───その後煙の中から現れた彼の姿に首を傾げた

 

「…まだあるの? その色変え」

「たぶんまだあるよ。…これは俺も初めてだけどね。けど、いけた!」

 

煙から現れた姿は確かにクウガであった

だがその姿は先ほど変化したいわゆる赤の金の黒(アメイジングマイティ)、というようなものでなく言うなれば紫の金の黒(アメイジングタイタン)というような姿であった

クウガはそのまま黒いライジングタイタンソードを形成すると真っ直ぐアナザーゼロワンへと向かっていく

 

「ぐっ!」

 

一太刀目をどうにか両腕で受け止める

しかしこういう実戦になれていないのか、半ば強引に防御を崩されるとそのまま斬撃を叩き込まれる

二度、三度と斬りつけると少し腰を落としたパンチがアナザーゼロワンの腹部へと放たれて大きくアナザーゼロワンは吹っ飛んだ

どうにか体制を構えなおすとお返しと言わんばかりに周囲に小型のバッタ型のエネルギー弾を作り出すとアメイジングタイタンへと繰り出した

 

「あぶなっ!」

 

アメイジングタイタンはソードを盾のようにして防ぎつついくつかのエネルギー弾を斬り裂きながら、もう一度クウガはあの言葉を言い放つ

 

「超変身!」

 

言葉と共に鎧の形が変わる

左右非対称の肩のアーマーが特徴的なその姿はいわゆる緑のクウガ───ペガサスフォームと呼ばれるものだ

しかし本来緑色であるそのアーマーは先ほどのタイタンと同じように黒がメインとなっている

これもまた言うなれば…緑の金の黒(アメイジングペガサス)

ソードを形成したときと同じようにライジングペガサスボウガンを生み出すとアナザーゼロワン目掛けてその引き金を引いた

連射された風の弾丸はそのままアナザーゼロワンへと着弾しダメージを与えていく

 

「ぐぉ…! ぐ、超変身!!」

 

元々緑色は感覚が鋭敏になり神経が研ぎ澄まされ極限状態になる

頭の中にもえらい情報が入ってくるがそれまでは目の前の相手に集中することで誤魔化してきたがさらに黒の金となるとなんかもう情報がヤバいことになっている

地球は離れているはずなのにその地球の情報さえ入ってくるのは流石に持たないと判断したアラタはすぐさまに色を変える

次の色は速さに特化した青い色、しかしこれもメインは黒へと変わり金色の縁取りがある、青の金の黒(アメイジングドラゴン)ともいうべき姿へと変化していた

 

「おぅりゃぁっ!!」

 

跳躍しながらその手に黒い色のライジングドラゴンロッドを形成すると剣先が付加されたそのロッドをもってアナザーゼロワンをさらに追い打ち、斬りつけた

元々身体を動かすことに慣れていないのか、アナザーゼロワンはよくよく見てみると動きが少し単調だ、ここまで連撃を叩き込んだ今なら、倒せる

 

すかさず再度アメイジングマイティの姿へと立ち戻ると両足に力を籠めた

そのまま右足で腹部に蹴りこむ

そして勢いのままにもう片方の足で再度蹴りを今度は顔面へと浴びせた

 

「うああぁっ!」

 

顔を押さえながらアナザーゼロワンはうめき声をあげながら大きく後ろへのけ反った

 

「───うふふ…慣れないことは…するもんじゃないわね…」

 

一瞬の後、アナザーゼロワンは元のレディリーの姿へと戻っていく

身体から変身に使用した時計のようなものが排出されるとすかさずクウガはその時計をその辺へと蹴っ飛ばした

どこか見えないところへ行ってしまったがもうこんなところ戻るとは思えないので問題ないだろう

 

「…、」

 

残ったのは変身が解け、腹を片手で押さえるレディリーと同じく変身を解除したアラタの二人のみ

気まずいような、そうでもないような、なんとも言えない沈黙が流れる

 

「…お前、なんでそうまでして死にたいのさ」

「…わかんないでしょう、〝生き続ける〟地獄。…親しい人はもういない…私だけ。───私だけが、生き残った…生き残ってしまった」

 

レディリーは腹を押さえながら適当な壁のとこまで言って盛られかかり、座り込んだ

 

「…死を渇望してここまで来たけれど、もう無理ね。私は捕まって、体のいいモルモットにされるでしょう。…けど、お似合いかもね、私には」

 

どこか遠い表情をしながら、レディリーはそんなことを呟いた

見た目からはそうは思えないが、口ぶりから察するに永い時間を生きたものなのだろう

とはいえ敵と言えどそんな末路は流石にかわいそうとは思ってしまう

 

「…死を渇望しすぎてるんだよ、お前さんは」

「…え?」

「お前、せっかく今の今まで長生きしてんのに頭ン中〝死にたい〟ばっかでつまらなくない? …まぁ難しいかもしれないし、アンタからしたら若造の俺に言われたらムカつくかもしれないけど…少し前向きに生きてみない?」

「…前向き?」

 

アラタはレディリーの隣に腰掛けて彼女を目を見る

薄く、碧い色の瞳がアラタをまっすぐ見返した

 

「もうちょっと楽しんでみたら? お前が何年生きたかはわかんないけど、現代と昔を比べてみる意味でもさ、新しい楽しみ方を見出したら、もうちょっと楽しめると思うんだ」

「…あ、新しい楽しみ方って…」

「そんで、お前がもうこれ以上いい、飽きたってなったらさ」

 

アラタはそこで一度言葉を切り、深く深呼吸をする

そのあとでもう一度彼女の方へ向き直ると

 

「───俺がお前を殺してやる」

「───ッ!!」

 

レディリーの目が見開かれた

心底驚いた様子で、彼女はアラタを見つめ返す

何を言ってるんだろう? とはきっと彼女の心中だ

 

(…式、頼んだらやってくれるかなぁ…やだなぁ…こんなことお願いするの)

 

頭の中では思いっきり知り合いに頼んでもらう予定のガバガバな計画だが

とりあえずアラタは考えることをいったん放棄し首を左右に振ると改めてレディリーを見やる

 

「だからさ、もうちょっとだけ生きてみようよ。人に迷惑かけて死ぬよりさ、そっちの方が少しは楽しいよ、きっと」

 

そういうアラタの顔は笑顔だった

レディリーは彼の顔を見つめ返すと、ふぅ、と小さくため息をつく

 

───まさかこんな自分にまで、救いの手を差し伸べてくれるだなんて

 

「…優しいのね。貴方」

「甘いとも言われる」

「違いないわ。まるでミルクキャンディみたいに甘いもの、貴方」

 

そう言ってレディリーは笑った

それは今までの打算的な作り笑いじゃあなくて、自然な感じな笑顔だったとアラタは感じる

───なんだ、普通に笑えば可愛いじゃないか

 

「…さて。こっからどうやって帰ろうかな」

 

不意に呟いてふぅ、とため息を吐く

ここに来るために乗ってきたあのスライダーは今は当麻たちを乗せて地球に向かっているころだろう

そもそもこのエンデュミオン自体も地上への衝突は免れただろうが…

 

あれ、冷静に考えれば結構大ピンチじゃない? と今更ながら思う

 

「来なさい」

「え?」

 

不意に立ち上がり歩き出したレディリーについていく

 

「もしかしたら地上に送ってあげれるかもしれないわ。もしかしたら、だけどね」

「え? 何か地上への生き方に策がある感じ?」

「一応、私はオービットポータル社の社長よ。万が一に備えて小型のシャトルを用意してあるのよ」

「マジかよ、さっすが社長用意周到!」

 

まあそれもそうかと頭の中で思う

何かが起こってからでは遅いのだし、そういう備えは当然部下たちも用意しているか

そのままレディリーの案内に導かれるままに、アラタと二人もう一つの格納庫っぽい場所にたどり着いた

 

「…喜びなさい、まだ機能は生きてる、帰れるわ」

 

レディリーの言葉にアラタはふぅ、と今度は安堵のため息を漏らした

今日だけで何回ため息ついてるんだろうと自分に文句を言いたくなるが今となっては些事である

 

「それじゃあ、お前も帰るぞ」

「え…?」

「いやここまで来て何言ってんだ。ほら」

 

多少強引にアラタは彼女の手を掴み一緒にシャトルへと乗り込んだ

手を握ってみると柔らかく、今にも折れてしまいそうだ

 

「っていうか、操縦の仕方わかんないからお前がいないと帰れないんだよ。最後まで付き合ってもらうぜ、手伝えるとこは手伝うから」

「───しょうがないわねぇ」

 

やれやれと言ってアラタと二人シャトルの操縦席へと向かっていく

…彼女と一緒に帰ったとき、なんて言われるか分かんないけど…それはその時考えよう

帰りながら電話が繋がれば、真っ先に誰でもいいから連絡を入れねば

 

「セミオートパイロットを設定したわ、あとは何事もなければ、本社のビルの屋上に到着するはず。あとはその都度指示するわ」

「了解。…そいじゃあ俺たちも改めて帰るとするか」

 

アラタの言葉と共にその小型シャトルはブースターを吹かし発進していく

宇宙も巻き込んだ壮大な彼女の自殺計画は、もう間もなく終わろうとしていた───



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#72 各々のエピローグ

───ある教会にて

 

 

 

椅子に座りながら渡された紙を見つつ、最大主教アークビショップ、ローラ・スチュアートはテーブルに置いてあるパソコンに視線を向けた

 

 

「…結局、あの女子はなんだったんでありけるか?」

<そうだね…>

 

 

彼女の問いに答えるのはアレイスター・クロウリーと呼ばれる男

学園都市の最大権力者にして、学園都市総括理事長

 

<例えるなら、〝願い〟と言ったところだろう>

「…願い?」

<あぁ。…能力者でなくとも、人の願いは主観を歪める。複数の願いが同じ思考を与えられれば、それは因果律にすら干渉する力となるだろう。結果、それは一人の少女を分け―――多くの人の運命を変えた>

 

ぱさり、とローラは目の前の男に紙を手渡し

 

「…そして二人が歌った歌の歪曲が、また奇跡を起こした、と」

 

<レディリーは興味深いことをしてくれた。けれど、死ねないというのも不幸だね>

 

 

「…あの女子たちは一つには戻らなかったりけるね?」

「そうみたいだなぁ。恐らく、それもまた何かの奇跡か…付近にいた古代の少年の身に宿す霊石が、彼女たちの歌に共鳴を起こし、二人をそれぞれ独立した存在として定着させたのか…そればっかりはわかんないね」

 

そう言って青年は紙を折りたたみ、す、と自分の前に手を翳し呟く

 

「コネクト」

 

そう呟くと彼の手の先に赤い魔方陣のようなものが現れ、青年はそれに紙を持った手を突っ込んだ

魔方陣から手を引き抜くともうその手に紙が握られていなかった

代わりに握られていたのはドーナツの袋だ

 

「あ、ずるーいソウマ。一人だけおやつタイムとは許し難し。私にもあげたるのよ」

「いやだ。一仕事終えた後のスイートタイムだこいつは」

 

がさがさと袋に手を突っ込んで彼はドーナツを取り出す

シンプルな輪っかに、シュガーを振りまいたプレーンシュガーという奴だ

 

「一つだけ…一つだけで良しとするから!」

「やだよ。なんで店長が丹精込めて作ってくれた至高の一品をやらねばならん」

 

バッサリ言うとローラが分かり易く嘘泣きをしてよよよ、と手で口元を抑えた

そんなローラを完全に無視し、もくもくとソウマはドーナツを食べ進める

 

(それにしても…学園都市…か)

 

一つ目のプレーンシュガーを胃にいれたソウマはそう独白する

シュガーのついた指を舐めながら

 

(何も起きなきゃいいんだけど)

 

適当に思考を切り捨てて、ソウマ・マギーアは二つ目のプレーンシュガーに手を付けた

 

 

<───以上、唐突だけどメッセージとして送りました。オービットポータルをよろしくね、天津社長>

 

ザイアコーポレーション社長、天津垓の元にいきなり送られてきたメッセージ

送り主は〝レディリー・タングルロード〟であり、内容は早い話オービットポータル社をほぼ無償に近い形で譲渡する、というぶっ飛んだ内容だった

従業員の中でザイアでそのまま働きたい、という人がいればそのまま雇用してもいいし、離れて別の場所で働きたいと希望する人がいればそうしてほしい、とのこと

そして無許可でこちらのレイダーの技術を盗用したことについての謝罪も簡素ながら語っていた

 

「───いきなりメールが来たと思ったら、どういうことだ」

「わからないな。…内心の変化はあったみたいだが、唐突がすぎる」

 

社長室に天津と共にユアと二人怪訝な顔

やることが増えるのはありがたいといえばありがたいのだがいきなり過ぎて追いつかない

 

「で、どうすんだ社長。宇宙進出でもすんのかい」

「普段ならばおうともと行きたいが、エンデュミオンの件(あんなこと)があったあとだからな。しばらくオービットポータル社はザイアの子会社として運用させてもらおう」

 

不破の言葉に天津は応えた

宇宙開発から遠のくのは仕方のないことだ

だから、これからは学園都市のためになるような事業でもオービットポータル社でやってみるのも面白いかもしれない

 

とりあえず当面は…転職したい元オービットポータル社員の手続き諸々エトセトラ、だ

 

 

水城マリアは病院のベッドの上で目を覚ました

視界にまず一番に入ってきたのは見慣れない天井、そして自分がベッドの上にいるという感覚

ゆっくりと身体を起こしてみるとずきり、と身体の節々が痛むが、動かせないほどじゃあない

 

「───水城さん、気づいたんですか?」

 

がらり、と病室のドアを開けたあと声が聞こえた

それは自分と戦っていた立花眞人その人だ

そこまで来て戦いの時の記憶が蘇ってくる

そうだ、確か暴走しつつあるG4を他の仮面ライダーたちと協力してこの人はG4を引っ剥がしたのだった

 

「…私は、生き延びてしまったわけですね」

「…すみません。でも、やっぱり僕は貴女を救えてよかったって思ってます」

 

苦い顔をしながら、眞人はそうマリアに返す

それに対してマリアはじっと眞人を見つめる

眞人はその視線に、同じように見つめ返し応えた

 

「…僕は、〝生きる〟ことを素晴らしいと思いたい。…だから、マリアさんを助けたことに後悔はありません」

 

そう小さく笑みを浮かべて最後に眞人は「では」とお見舞いの品を机に置いて病室を後にした

この場に残ったのはきょとんとした顔をしたマリアだけ

やがてマリアは小さく、本当に小さく口元に笑みを作ると

 

「───そうですね。…それじゃあ私も…少しだけ。前向きに生きてみようと思います」

 

その小さな返答は眞人に届くことはない

でも、それでも

 

届くものはあったのだ

 

 

「やだよ」

 

伽藍の堂にて

幹也と一緒にいた式に対して件の相談をしたら当然の反応を返された

両手を合わせて頭を下に向けていたアラタはちらっと頭を起こし視線を彼女に合わせると

 

「…どうしても?」

「どうしてもこうしてもあるか。お前だって能力開発の産物かなんかで〝持ってる〟だろ、自分でなんとかしろよ」

「いやいや、俺のは弱視っていうの? あんまこう、アレするのには向かないっていうか」

「頑張れよ。男が自分で言ったことを反故にするのか」

「そう言われるとなぁ…!」

 

まぁあの時に思いっきり他人任せにしようとした自分が百パーセント悪いわけで

そして断れることも何となくわかっていたわけで

しょうがないかあ、とがっくりしながらふと思い出したことをアラタは橙子に向かって声をかけた

 

「そういえばレディリーはどうなったの?」

「ん? あぁあの子か。まぁお前と帰ってきてからのゴタゴタが落ち着いた後、イギリスの赤い髪の神父が身柄を引き取ろうとしたらしいが、〝この都市の知り合いの家に監視されるって名目で厄介になるわ、そこで大人しくするから〟って言って聞かなかったみたいでな。今はその知り合いの家にでもいるんじゃないか?」

 

眼鏡を外した橙子が珈琲片手にそんなことを返してきた

知り合いの家? そんなのあったんだとアラタは〝その時〟は大して何も思わなかった

 

「それよりお前いいのか、そろそろだろ」

「おっと、そうだった。それじゃあちょっと空港言ってあのひと見送ってこないと。…そういえば名前聞いてないや」

「あぁ、そういえば紹介していなかったな、本郷くんのこと。よろしく言っておいてくれ」

「わかったよ」

 

橙子に指摘され時間を確認したアラタはそんなことを呟いた

雑誌を読んでのんびりしていたゴウラムことみのりに声をかけると、ゴウラムと一緒に窓から飛び降りる

そしてゴウラムにそのまま飛び乗ったアラタは空へと消えていった

 

 

鳴護アリサとシャットアウラ

二人が独立するという奇跡の代償として、アリサの歌に宿っていた力は消え、シャットアウラの能力も消失してしまったらしい

それの代わりかは分からないが、アリサは普通の人間として、シャットアウラは脳の障害も治っており普通に音楽も認識できるようだ

 

そしてその力を失ったと判定された彼女は霧が丘を追い出され、橙子の手引きで当麻やアラタの通う高校に転校という形で移動したらしい

そしてシャットアウラは―――

 

「…高校…ですか?」

 

黒鴉の訓練施設

そこで名護に言われた言葉をシャットアウラは聞き返す

 

「あぁ。キミはこれまでにいろいろと失い、得てきた。そんな君に、長めの休暇みたいなものだ。そこで卒業してきなさい」

「で、ですがその間この黒鴉はどうなるんですか。リーダーは───」

「私がいる。君が帰ってくるまでは、俺がコーチとなり黒鴉を纏めよう」

 

どうでもいいが名護はよくコーチという言葉に拘っている

…コーチという立場が好きなのだろうか

よくわからない

 

「しかし…私はそう言った触れ合いには慣れてません。それに…今更学校なんて」

「そこまで深く考えることはない。その高校は、キミの知り合いもいる高校だ」

「…知り合い?」

 

そう考えてふと頭に一人の男が浮かんだ

いつの間にか自分をアウラと呼んでいたあの男

 

「…、」

 

いや、なんで真っ先にあの男を思い浮かべた

ともかく、考えるのは後にしよう

 

「…分かりました。言われたからには、果たしてきます」

 

そんな訳でシャットアウラもその高校へと通う運びとなったのだ

 

 

大覇星祭が翌日に迫った本日

色々───文字通りマジで色々あった前日の疲労も相まって上条当麻は自分の机で突っ伏していた

マジで疲れた

こんなんで明日からの大覇星祭を乗り切れるだろうか

そういえばアラタは今日遅れるみたいなこと言ってたけど何かやること残ってたりしてるんだろうか

 

「そいや聞いたかかみやん、なんでも近々転入生来るんやて」

「転入生ぃ? こんな時期に?」

 

青髪の言葉に軽く顔をあげながらそう聞き返した

先も言ったが本日は大覇星祭前日、翌日からドデカイ運動会が開催されるのである

かなり急に決まったな、と思う

 

「おまけに二人来るんやて! これはもうテンションがフォルティシモやでぇ!」

「二人も?」

「本格的に登校するのは大覇星祭が終わって落ち着いた後になるみたいだぜぇい? まぁ色々手続き諸々があるんだろうにゃー」

 

そんな話に混ざってきた土御門

…なんだろう、もしかしたらその二人自分たちの知り合いかもしれない可能性が出てきた

そうしているとガラガラと教室の扉が開き担任である月詠小萌が入ってきた

 

「はいはーい、皆さん席に着くですよー。早速出席を取るのですー…っと、その前に鏡祢ちゃんは午前おやすみーっと」

 

テキパキと言葉を述べていくと出席を取り出す

やがて皆の出席を取り終わると本題と言わんばかりに手を叩いて

 

「さぁ、もしかしたら知ってる人もいるかもしれませんが、近々このクラスに転入生が来まーす。女の子が二人なのですよー」

 

そう小萌が言うとクラスの男子が騒ぎ出す

なんだかんだテンション上がるものではある

 

「まぁ今回は顔見せみたいなものですが。紹介だけはしておくのですー、入ってきてくださーい」

 

小萌がそう言うと数秒後に教室のドアがガラガラと開け放たれる

 

「…ほら、一緒に行こう?」

「わ、わかっているっ!」

 

そう言って二人そろってこの教室に入ってきた

そして入ってきたその二人を見てみんな息を飲む

それもそうだ───つい先日アイドルとして歌っていた女の子…鳴護アリサが入ってきたのだから

さらにその隣には、シャットアウラ・セクウェンツィアの姿もある

 

アリサは当麻の顔を見つけると二コリと微笑みを作ったのだった

 

当麻がそれに手をあげて返事をすると…クラスの男子が当麻を見た(土御門以外)

え、と当麻は変な声をあげる

 

クラスの男子の目が語る───〝まぁたおめぇか〟

 

「いい加減にしろよマジで!!」

「いつどこでARISAと知り合ったんだお前!!」

「情報吐くまで返さへんでぇ!!」

「いやぁぁぁ!? 勘弁してください!? ───あぁもぉ不幸だぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

学園都市第二十三学区

唯一国際空港が建設されているその場所に、二人の男がいた

一人は本郷猛

もう一人は鏡祢アラタである

余談だが改めて自己紹介を交わし、お互いの名前も交換している

 

「わざわざすまないね。見送りに来てもらって」

「気にしないでください。その…いろいろお手を煩わせてしまったみたいで」

 

そうアラタが言うとははは、と本郷は笑う

 

「それこそ気にする必要はない。手伝ったのは私の意思だ。それに───」

 

本郷はポン、とアラタの肩にその手を置いた

 

「キミみたいな後輩が、この都市にたくさんいると思うと安心して任せられる」

 

肩に置かれたその手は、大きくて暖かいものだった

それでいて、どこか寂しさを漂わせているような気がした

 

「アラタくん」

「は、はい」

 

「───この都市は、キミとその仲間たちに託す。そしていつか、また会ったら───その時は共に戦おう」

 

そう言って本郷の姿が少しだけ変わる

仮面ライダー1号へ

 

「―――はい」

 

頷いて、同じようにアラタの姿も変わる

仮面ライダークウガへ

 

どちらともなく差し出したお互いのその手をしっかりと握り、固い握手を交わす

ふと二人の姿は戻っており、本郷も改めて荷物を持ち直す

すると本郷の後ろの方で一人の男が彼に向かって声をかけた

 

「本郷、そろそろだ」

「隼人、わかった。───では、また会おう」

「…あれ? 貴方って…」

「ん? お、君もいたのか」

「知り合いなのか、隼人」

「ちょっと秋葉原でな。おっと、それはそうと時間が迫ってる、行こうぜ本郷。それじゃあ、またな」

「えぇ、ありがとうございました」

 

そう短く挨拶して歩いていく本郷らの背中を、アラタは礼をして見送る

やがて彼は顔をあげて、大きく背伸びをした

先生に午前は休むと言ったし、あとは学校に登校するだけだ

 

「さて、と。そろそろ行くか」

 

携帯を見て時間を確認しつつアラタは歩き出す

託された想いを胸に、アラタはその場を後にした

本当ならこのまま学校へと向かう予定だったのだが、色々を自宅である学生寮に置いたままなので、一旦ゴウラムにお願いし学生寮まで行ってもらう

適当に鼻歌でも歌いながらいつもと同じ調子でドアノブに手をかけて、これまたいつも通りにドアを開けた

 

「───あら、お帰りなさい。これから学校なの? 重役出勤ならぬ重役登校ね───」

 

バタン、とドアを閉じた

なんだろう? 今この場にいないレディリーの幻覚が見えたような気がした

…知り合いの家に行くって言っていたような?

もう一度ドアを開ける

もしかしたら間違いかもしれない、そんな一縷の望みを持って扉を開けた

 

「ちょっと、なんで閉めるのよ。貴方の部屋で間違いないわよ?」

「やっぱり間違ってなかった! なんでいんだよお前!? ていうかよく見たら俺の服着てんじゃん!?」

「ずーっとあの服だったから洗ってないことに気づいたのよ。事後承諾になるけど洗濯機使ってるわね?」

 

さっきは分からなかったが改めてよく見ると、レディリーはアラタの服を着込んでいた

しかもワイシャツ一枚というぶっ飛んだ姿で

 

「知り合いの家行くって言ってなかったっけ!?」

「あら、だから知り合いの家に来たのよ?」

「俺のことかーい!!」

 

知り合いの家とはまさか自分の寮だとは思わなんだ

ていうか想像つくかこんなもん()

 

「───それに」

 

不意にぽふ、とレディリーがアラタのお腹に抱きつく

そしてそのままくるーりくるーりと人差し指でアラタの胸当たりをくるくるとさすりながら上目遣いで

 

「…私を殺してくれるんでしょ?」

 

僅かに頬を朱に染めて、そんなことを言うのだった

…拝啓、ご両親

またいろいろ大変な毎日がやってきそうです



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大覇星祭
#73 開催、大覇星祭


大覇星祭

 

それは九日間にわたり開催される学園都市のイベントであり、分かりやすく言うのならかなり大規模な運動会といったようなもの

街に存在するすべての学校が合同で行う運動会であり、しかもこの街に存在しているのはほぼほぼ学生、つまりスケールも半端ないのである

 

平日の早朝…開催日である今日も朝早くだというのに参加生徒の父兄たちで溢れている

混雑を見越してか、統括理事会は一般車の乗り入れを禁止にしている

そうしなければ街中が渋滞に陥るし、なんだかんだこんな時は歩いたほうが早いのだ

対応として学園都市では列車や地下鉄とかの臨時便が増えて、無人の自立バスも用意されていたりする

過密ダイヤに運転手が足りないありさまなのだというから驚きだ

 

そんな街中に男性が一人、佇んでいる

今いる場所は伽藍の堂、橙子らがいる場所だ

 

「待たせたな、アラタ」

 

そう言って伽藍の堂から出てきたのは蒼崎橙子

そしてその隣には…シャットアウラの姿もある

彼女は自分たちが通う高校の制服を着込んでいて、見てて新鮮だ

 

「似合うじゃん」

「うるさいっ。…けど、礼は言っておく」

 

ぷいっ、という擬音が似合いそうなくらいに視線を逸らすシャットアウラ

シャットアウラ・セクウェンツィア

色々あったが彼女は大覇星祭終了後にアラタと同じ高校に通うことになっている

ただ時期が時期なため、諸々の手続きは大覇星祭中に行うらしい

 

「あれ、そういえばアリサは?」

「アリサなら幹也や式らと一緒に先に行ってる。彼らと一緒なら心配あるまい」

 

橙子からその言葉が聞けて安心する

前線から退いているとはいえ式の近くなら早々トラブルには巻き込まれないだろう

 

「お前はこれから競技か?」

「あぁ。そんでもって運営委員の手伝いも引き受けたからさ、わりかし忙しくなりそうだなって」

 

アラタが今羽織っているパーカーを橙子に見せる

以前吹寄から誘われていたし、せっかくだから彼女を補佐できればいいかなと思い風紀委員と兼任ではあるがお手伝いとして彼女から少し前にこのパーカーを渡されたのだ

運営を手伝うといった時の吹寄の笑った顔が眩しかった

 

「さて。そんなわけでそろそろ行くよ、アウラも楽しんでけな」

「あぁ、ほどほどに遊ばせてもらう」

 

シャットアウラにそう断るとアラタは橙子に声をかけて踵を返し歩き始める

アラタにはもう一人会っておかないといけない人物がいるのだ

そいつは最近できた居候ではあるが、なんだかんだこういうのに一般人として参加するのは初めてらしい

懐から携帯を取り出すとある番号へとかけて向こうが出るのを待つ

スリーコールの後、がちゃりと通話が繋がった

 

<もしもし?>

「レディリー? お前は今どこにいる?」

<あなたの寮の前にいるわ。一応待っててって言われたしね>

「りょーかい、向かうからそのまま待ってろ」

 

そう返事をすると向こうから<なるべく早く来てよね>と帰ってきて電話は切れた

アラタは携帯をしまうと改めて小走りで学生寮の方へと向かいだす

 

───レディリー・タングルロード

 

少し前に起こしたとある事件の首謀者であり、色々あって現在学生寮のアラタの部屋に住み着いた居候だ

住み着いたその日、女性ものの衣服なんてみのりの分しかないので着回せるようにセブンスミストで下着や衣服を買い足したのは記憶に新しい

めちゃくちゃ恥ずかしかった

 

「遅いわよ」

 

そんなこんなでアラタは寮前に到着して、開口一番言われたのがそんな言葉だ

アラタは適当に「悪い悪い」と言い返しつつ、そのまま彼女と一緒に歩き出す

現在の彼女の服装は紙をポニーテールに纏め上げ、動きやすいジーンズにワイシャツ、という非常にシンプルなものである

流石に普段着ていたあれは街中ではもう着れないので部屋着にするらしい

 

「そういえば、オートマトンの女の子はどうしているの?」

「ひよりか? あの子は今日はインデックスと一緒にいるよ、流石に学生にはインデックスもろとも混ざれないからな」

 

レディリーの言葉にアラタは歩きながらそう返事する

一応休憩時間とかといった隙間な時間に一緒に回ることを約束している

 

「おまえはどうする? 俺たちと回るか?」

「まあいいの? 〝色々〟あったからむしろ私がいると純粋に楽しめないんじゃないかしら」

「自覚はしてるのね」

「まぁね」

「けどいいんじゃない? もうそんな気はないんだろ?」

「えぇ。少なくとも、貴方と一緒にいる間はね」

「俺から離れたらやらかすような言い方だな」

「どっちにしろもうそんな気はないわよ」

 

そんな適当なことを話しながら歩いていく

今向かっている場所は自分の高校である

これから始まる第一競技は自分たちの高校で行われるからだ

彼女を応援席に送り届けると改めて選手用の入口へ向かっていった

 

「…そういえばうちの連中準備中バカに騒いでたな。学校全体がそんな感じだったけど」

 

ふとアラタはそんなことを思い出した

まぁこういった催しにクラス全体の士気が高いのはありがたいことだ

流石に総合優勝とかは難しいだろうが、思いっきり楽しめればそれでよし

 

「おーっす、アラタ―」

 

のんびり向かっていると後ろの方から聞き慣れた声が耳に入ってきた

声の方に振り向くとそこにはツンツン頭の我が友人、上条当麻が近寄ってきていた

 

「よ。お前も今来たか」

「あぁ。今インデックスたちを応援席に送ってったとこだ。いやー、ひよりがいてくれると安心だぜ」

「そう言ってくれると、アイツも喜ぶ」

 

近くに気のいい友達がいてくれるとインデックスも安心するだろう

 

「お前はどうだ? 一応初めての大覇星祭になんだけど」

「問題はないぜ、むしろ楽しみな上条さんがいますよ? ワクワクしてるって言ってもいい」

 

へへへ、と当麻は笑みを浮かべて拳を叩く

やる気十分、といった感じだ

その後は他愛ない話でもしつつ選手控えエリアに二人は足を踏み込んだ

踏み込んだはいいんのだが

 

「───うっだあー。やる気なぁーい」

 

どういうわけかテンション逆マックスな状態のクラスメイトたちに当麻は思わずすっ転んだ

アラタも頭を抱えた

どこの誰だ士気が高いとか言ってたやつは

全然高くねーよむしろ下がってるよ下がりきってるよ

 

「なんで始まる前なのに最終日のテンションなんだテメーら。まさか前日に作戦会議で盛り上がりすぎて体力がもうないとか抜かすんじゃないだろうな」

「おー、さっすがカガミン、大当たりやでぇー。どんな作戦で行けば勝てるかとかでみんなでモメまくったら残り少ない体力が見事にマイナスにまで落ち込んじまったわい」

「バーカ!」

「でも、姫神は馴染めてるようで上条さん安心だよ…」

 

白状した青髪に容赦ない罵声を浴びせるアラタ

ちなみに当麻が言及した姫神とは少し前に転入してきた、自分たちとは少々離れた位置に座っている黒髪ロングの女の子のことだ

アラタが知らないところで当麻が助けた女の子であり、吸血殺し(ディープブラッド)と呼ばれる特異な能力を身に宿している女の子らしい

現在はその能力を封印するべく首から十字架を掲げており、それは体操服に隠れて見えない

 

「学生の競技なんて。所詮こんなもの。トレーナーとかいるわけでもないし」

「うぅ! 姫神に所詮なんていわれたーっ!」

「にゃー、でも二人とも。このテンションダウンは致し方ないことですたい、何しろ開会式で待っていたのは校長先生のお話十五人ぶっつづけに加えてお喜び電報五十発のフルコンボ。むしろよくカミやんとカガミンは耐えれたにゃー?」

 

当麻を労ったのは土御門元春だ

…あるときいきなり当麻を交えて呼び出されたと思ったら実は彼は魔術にも科学にも精通している多角スパイだと聞かされた時は流石に変な声が出た

 

まぁそれはそれとして

 

「た、体力バカのこの二人ですらこのありさま…!? わ、ワンチャン相手もぐったりしてる可能性はっ!」

「私立のエリートスポーツ校みたいだからそういうのはないだろうな」

「マジかよ!!」

 

天道の呟きに当麻がマジかよと頭を抱える

スポーツ校な上にエリートときた

シンプルにこういう長丁場には慣れているのだろう

と、当麻がぎゃーっと頭を抱えていた時一人の女子生徒がやってきた

 

「───な、なによこの無気力感はっ!」

 

大覇星祭運営委員のパーカーを来た女性生徒

その下には他のクラスメイトと同じように半そで短パンを着込んだロングの子

名前は吹寄制理

クラスの中ではスタイルも良く、今もなお半そでの上から胸の大きさがわかるくらいのボリュームであるし、正直普通に美人のレベルである

何でか知らないがクラスではちっとも色っぽくない鉄の女とか言われているが

 

「上条当麻っ! まさか貴様がそんな風に項垂れてるからそれがみんなに伝染したのねッ!?」

「言いがかりだよ! っていうか俺も今来たばっかなんだから!」

「つまり貴様が遅刻したからみんなのやる気がなくなったのね?」

「いや遅刻なら俺もしたからそれはないよ」

「…それもそうか」

「扱いの違い! 俺とアラタで扱いが全然違う気がするのですが!?」

 

うがーっと当麻がこっちを見やる

割と普段から吹寄とは話すからその差もあるのかもしれない

 

「運営委員の手伝いは大丈夫か?」

「えぇ。お前は風紀委員に入ってるから基本的にはそっちでも大丈夫よ、もしかしたらたまに呼ばれるかもしれないけど、普段は純粋に大覇星祭を楽しみなさい」

「わかった。まぁなんかあったら頼ってくれ、パーカーも渡されたからさ」

 

そう何気なく普通に会話をしているアラタと吹寄

っていうかなんか距離感近くない? え、俺とこんなに変わるの? と当麻は頭の中でツッコんだ

 

「うぅ、なんだかみじめだ。我が親友はラブコメってるしクラスのみんなはこのありさまだし、不幸な現実に直面した上条さんはなんだか立ち上がれる気がしないっ!」

「まったくもう、それは心因性でなく、朝食を抜いたことによる軽度な貧血状態よ、ほらスポドリを飲めば問題ないわ立ち上がるのよ上条当麻!」

 

思わず現状に対して弱音と文句を愚痴ったらぐいっと強引に立たされるとそんな健康マニアが喜びそうな説と共にどこからか取り出したスポーツドリンクを手渡してくる

 

「私は不幸とか不運だとかそう言う理由を付けて手を抜く輩が大っ嫌いなの! 一人がだらけると、それがみんなに伝染する、ほらシャンとなさいみんなのためにも!」

 

まくし立てる吹寄に思わず当麻はたじろいで後ろに下がっていった

背後にあるのは花壇と壁であり、これ以上は下がれないだろう

その光景を見ていたクラスメイトたちはなんでか歓喜の声をあげる

 

「す、すげぇよ吹寄! 流石カミジョー属性完全ガードの女! 鉄の女はひと味違うぜ!」

「いつもなら〝だ、大丈夫? 上条くん〟ってなってフォローに入られ、一番いいポジションを占有するあの男を!! 何が不幸だバーカ!」

「人類の希望やね。彼女を研究することでカミやんを克服できるかもしれへん!!」

「何言ってんだお前ら」

 

テンションが上がるクラスメイト+青髪に辛辣な言葉を飛ばすアラタ

思わず天道やツルギに視線を向けても彼らはやれやれなジェスチャーをするだけである

やれやれだぜ

と、そんな時当麻の足元にアラタは視線が行った

散水用のゴムホースである

土の校庭が砂埃を起こすのをある程度防ぐために競技前に撒くやつである

アラタはまずそのホースの先を追った

水が出なくなったホースの口を眺める男性教諭の姿が見える

そして今度はホースが繋がっている蛇口を見て───アラタは反射的に動いた

 

一番蛇口の近くにいるのは何の偶然か吹寄である

とりあえず彼女の近くに行って両肩に触れるとよいしょと彼女を少し遠くに半ば強引に移動させた

当の本人は「え? え? な、なに?」となっていたが次の瞬間当麻が踏んずけていたことによりホースの中でせき止められていた水が暴発し蛇口に繋げられたホースが勢いよく外れた

丁度さっき吹寄がいたあたりをピンポイントに水がぶちまけられ、地面を濡らす

それを見ていてなんで移動させてくれたのかを大体理解した吹寄はアラタに向かって

 

「…あ、ありがとう」

「どういたまして。濡れてない? 大丈夫か制理」

「えぇ。お前のおかげでね。…れ、礼は言っておくわ」

「どういたまして」

 

短くそう答えるととりあえず二次災害が起きずほっと胸を撫でおろすアラタ

いくら体操着とはいえ身体を濡らしてしまっては風邪もひいてしまうかもしれない

そんな吹寄とアラタを見ていたクラスメイト+青髪は

 

「ち、チクショォォ! 失念していた! カガミネ属性の存在をッ!」

「アイツ誰に等しくあんな感じだから校内にこっそりアイツを慕う子たちがいるのを忘れてた!!」

「我々人類はまた壁にぶつかってしもうたね。ってか吹寄ですらあんなんならあとは誰が残ってんねんボケ!!」

「本当に何を言ってるんだお前たち」

 

今度はそんな連中に天道が割と無慈悲に言い放つ

とりあえずホースとか戻しとくかー、とアラタと当麻がそれぞれ歩みだしたその時、どこからか男女の言い争う声が聞こえてきた

体育館の陰に隠れていたようで、そこで誰かと誰かが言い争っていた

 

「…なんだ?」

 

アラタと二人ひょっこり顔を覗かして聞き耳を立てることにした当麻

視線の先にはチアの恰好をした我がロリ担任こと月詠小萌と、このクソアツい中ぴっちりスーツを着込んだ見知らぬ男性だった

恐らく他校の先生であろう

そしてよく話の内容を聞けば言い争うというよりは嘲る男に小萌が小萌が食い下がっている感じだ

 

「ですから! こちらの設備や授業の内容に不備があるのは認めるのです! ですから生徒たちに不備があるってことにはなり得ないでしょう!?」

「設備の不足はお宅らの生徒の質が悪いからでしょう? 結果を残せば統括理事会空追加の資金がおりるはずなのですからねぇ。失敗作ばかりだと苦労しますねよねぇ」

「せ、生徒たちに成功も失敗もないのです!! あるのはそれぞれ個性だけなのですよ!! みんながみんな一生懸命頑張ってるのに、それを自分たちの都合で切り捨てるだなんて!」

「おっと。力量不足を隠すためのいいわけですかぁ? なかなか夢はありますがこれは現実。私が担当したエリートクラスでお宅の落ちこぼれたちを徹底的に撃破してあげますよ。くれぐれも怪我人の出ないよう、ちゃあんと準備運動をしておくことを対戦校代表として忠告しておいてあげます」

「なっ…」

「アナタには前回の学会で恥をかかされていますからねぇ、その時の借りはきっちりここで返させてもらいます。全世界に放映されるこの競技場でね。まぁ一応手加減はしてあげるつもりですが? そちらの愚図で間抜けな失敗作の落ちこぼれどもが弱すぎたのならどうなってしまうかは知りませんけどねぇー。はーっはっはー」

 

言いたい放題言った後そのスーツの男は去っていった

正直そんな落ちこぼれ云々なのは今更すぎるから、大したダメージではないのだが

 

───ないのだが

 

「…違い、ますよね」

 

ぽつりと小萌が呟いた

誰に言うでもない、うつむいたままで、震える声で彼女は言った

 

「…みんなは、落ちこぼれなんかじゃないのです…」

 

先の言葉は、全部自分のせいで降りかかったものだと言い聞かせるように

涙を堪えてその小さな肩をより小さくしながらも、彼女はそっとを空を見上げてジッと動きを止めていた

 

当麻とアラタは少しだけ押し黙り、そして振り返る

そこにはクラスメイトのみんなが無言で立っていた

そしてその目に、怒りがあることも当麻とアラタは分かっていた

正直、聞かなくてもいいだろう

だけどあえて、二人はこの言葉を投げかけるのだ

 

 

「───聞かれなくてもわかってるかもしれねぇが、もう一度だけ聞く」

「テメェら、本当にやる気がねぇのか───?」

 

 

凡骨の意地を見せてやれ



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