妖精世界の憑依者 (慧春)
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憑依者の始まり

 

 

 

突然だが、オレは転生者だ――何言ってんのか解らないと思うが、事実だ。

 

 オレは死んだ――しかも、どうやら『神様』に殺されたらしい。

 オレが死んだ原因は交通事故だったのだが、事実は神様のミスによる結果らしいのだ。

 オレは自分の死んだ瞬間のことをハッキリと覚えている。

 あの時、オレは自分に迫り来る死を感じ取ったのか頭の中で今までの人生で経験したことがやけに鮮明に、そして高速で流れていき、最終的には恐怖を感じるよりも、現実逃避の方に思考が傾いた。

 死ぬ直前、オレは「オレって死ぬと天国行けんのかな? それとも案外地獄かな?」と死後の世界なんて曖昧なものは信じてもいないくせにそう考えていた。

 そして、次の瞬間・・・青信号の横断歩道を堂々と中型車が信号無視して――歩いていたオレめがけて突っ込んで来た・・・そして、車に撥ね飛ばされ、体が宙を舞ったのを覚えてる。だが、痛みを感じる間もなく次の瞬間には、全てが真っ白な謎空間に居たのだ――

 

 そして、そこでオレは神の使いを名乗る背中に翼を生やした退廃的な雰囲気を醸し出す、キツい顔立ちの美人と出会い、彼女から、事情の説明を受けたのだ。

 それによると、オレは彼女の上司的な存在のミスによって寿命を大幅に削られ、その結果先程経験した死に繋がったらしいのだ。

 

 その事について彼女はオレに頭を下げて謝罪してきた。だが、どうもオレはその謝罪が嘘臭く感じて仕方なかった。

 なんつーか・・・目が完全に笑ってるんだよな。しかも、嘲笑う感じだ。

 その他にも、口調や態度から全く誠意が感じられず、むしろ心底見下しているような気すらする。

 まるで虫ケラでも見るような・・・いや、良いかどうでも。

 

 とにかくオレは、彼女――いや、あんなの『アイツ』で良いか。アイツから全ての説明を受けた後、どこか別の世界に転生するか、このまま輪廻に帰るか好きに選べと言われたので、当然オレは『転生』を選択――因みにテンプレみたいな展開だが、特典は貰ってない。

 むしろ、二回目の人生を生きることになる分、体は全く別物になるので、下手したら前よりも低スペックになる可能性もあると言われた。

 

 そして、オレはその事を承諾し転生した――転生直前、アイツが「あー、ムカつく。なんで人間ごときに高位天使のあたしが・・・そうだ、因果イジって能力値を最低にまで落とそうかしら。その分の能力値を次に転生させる奴に渡しちゃえ♪」と呟くのが『耳の良い』オレにはハッキリ聞こえた――『あの糞女がッ!』と思いながらも何も出来ず、オレの意識は飛んでいった・・・

 

 そして、この世界に転生してからざっと十六年が経った・・・

 現在オレに解っていることをざっと纏めると、この世界が【FAIRY TAIL】の世界であること、そして、この世界が既にオレが前世で愛読していた漫画の世界とは乖離(・・・・)していることだ。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 ・・・

 

 

 

 

『魔導士ギルド「フェアリーテイル」今度はコスモスの街で大暴れ!』

 

『フェアリーテイルのS級魔導士『絶拳』の一撃により、コスモスの街の名物観光名所である花の塔が壊滅・・・』

 

『これにより、評議会はギルドに対して警告を発令――』

 

 

 手に持った新聞の記事を読みながら、はぁ~と溜め息を吐く。

 

「また、やりやがったか『イレギュラー』――これじゃあ只の無差別破壊じゃねーか。ちょっとは自重しろっての・・・」

 

 オレが転生してから十六年が経つが、その間オレはこの世界が【FAIRY TAIL】の世界であると知りながらも、なるべく息を潜めて、原作に関わる事をせず、出来る限り目立つことを避けて生きてきた。

 

 理由は簡単だ。オレという『イレギュラー』な存在が下手に関わって、大体がハッピーエンドで終わる筈の原作の物語が変わってしまう可能性を恐れてだ。

 特に『ニルヴァーナ編』『大魔闘演武編』辺りは、原作通りにいかないとまじでヤバい。

 『ニルヴァーナ編』は、主人公を含めた『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の主要メンバー四人を筆頭に「青い天馬(ブルーペガサス)」「蛇姫の鱗(ラミアスケイル)」「化猫の宿(ケット・シェルター)」の四つの正規ギルドが「バラム同盟」と呼ばれる闇ギルド最大勢力の一角である「六魔将軍(オラシオンセイス)」を討伐するために連合を組んで、六魔将軍(オラシオンセイス)の巨大な力を持った六人の魔導士と激突し、やがて彼等の目的が【善悪反転魔法――ニルヴァーナ】による正規ギルドの壊滅であることを知り、四つのギルドのメンバーの力を会わせてニルヴァーナを巡る戦いに勝利する。

 しかし、もしこれで正規ギルドの面子が負けていれば善悪反転魔法によって、この大陸は正規ギルドの同士討ちによって滅茶苦茶にされていただろう。

 

 『大魔闘演武編』なんかは、原作通りに終わってくれないと、七匹の竜を操る『ローグ』に世界を滅ぼされかねない。

 いや、ドラゴンがいかに強かろうとたった七匹で太古のドラゴンをほぼ単独で殲滅した原作最強の竜で最強の竜殺しとして黙示録にその名を刻まれた黒い竜――『アクロノギア』や不老不死で最強最悪の黒魔導士として名高い『ゼレフ』に勝てるのか? なんか微妙な気がするな。

 

 いや、竜が七匹も居れば大抵のことは出来るだろうけど、その二つの存在を両方ともこの目で見た感想を言わせてもらうと、アイツらにその程度で勝てる筈がないと思えてしまうのだ。

 

 特にアクロノギアは【占い】で特定した場所に直接張り込んで遠目に視ただけなのに震えが止まらないほど圧倒的な力を感じた。向こうはただ歩いているだけなのに、動いているところを視ただけで、最強の存在を見てみたいなどという軽い考えで来たことを心底後悔した。

 

 ゼレフの方は偶然会っただけなので、その本領は一切見ていない。パッと見は、善良で臆病な少年といった感じだったので良く解らないが・・・何か得たいのしれない不気味なものを感覚で感じ取った。

 

 と言う訳で、オレとしては原作通りに進んで欲しいのだが、残念ながらそうもいかないだろうという確信がある。

 

 その確信のもとはオレと同じような存在――そう、原作には登場しない『転生者』というイレギュラーな存在だ。

 現在、オレが把握している転生者は十六人――これは多分だがもっと居るんじゃねーか?とも思ってる。

 

 そいつらのせいか知らんが、他にもオレの記憶の原作とは違う部分は多数存在する・・・

 取り敢えず挙げると――妖精の尻尾にオレの知らない奴が数人居る――これは、例に挙げると現在妖精の尻尾の『S級魔導士』は七人。

 『ギルダーツ・クライブ』

 『ラクサス・ドレアー』

 『エルザ・スカーレット』

 『ミストガン』

 『ミラジェーン』

 ここまでは原作と同じだ。この時点でミラジェーンが現役なのは原作とは違うと言えばそうだが、それはハッキリ言って誤差の範囲内なので今さら気にはしない。

 本来なら現在の時点でS級魔導士に認定されているのはこの五人だけの筈だが、他にも後二人ほど原作には存在しない者達が居るのだ・・・

 その二人のイレギュラーがこの二人だ。

 『ケン・ホクト』

 『ジェラール・フェルナンデス』

 

 何でやねん――そう初めて知ったときに突っ込んだオレは悪くないと思う。

 因みに今オレの手元にある新聞で一面を飾っている【絶拳】とはこいつの事だ。容姿は【北斗の拳】という漫画の主人公である【ケンシロウ】にそっくりで、格好もまだ十代なのであそこまでの迫力はないが、同じ世紀末スタイルだ。

 うん、意味が解らないな。この世界は王道ファンタジーな真島ワールドだよな?

 なんで世紀末救世主が居るんだよ。訳がわからん。

 

 しかし、更に意味不明なのは――『ジェラール』なんでお前がそこに居るんだよ!?

 

 こいつが妖精の尻尾の連中と一緒に居る以上は原作はもはや跡形もなくなったと思う。

 まず、前提として『楽園の塔編』は発生しなくなるし、その後のニルヴァーナ編でも記憶を失ったジェラールが重要な役割を果たすことでようやく主人公達は勝てたのだ。

 

 特にナツとゼロの戦いはジェラールが全魔力をナツに食わせることで【滅竜魔法】の最終形態にして最強の力である【ドラゴンフォース】の発動を促す役割は、ナツが勝つ上では絶対に欠かせない。あれがなければ以下に主人公と言えどバラム同盟の一角を担う闇ギルドのマスターを一対一で倒す事なんぞ出来なかっただろう。

 立場的には『悪魔の心臓(グリモアハート)』のマスターである『ハデス』と同等なんだぞ? そういえば以下にデタラメか解るだろ?

 

 もちろん、ハデスがあそこまで強かったのは戦艦に積まれた悪魔の心臓のお陰という部分はあったろう。あれがなければ妖精の尻尾の主要メンバー全員と闘って尚も有り余るほどの大魔力はつかえないのだからな。

 それに幾らなんでもゼロがハデスと対等の実力が有るわけではないだろう。

 しかし、それを差し引いても『聖十大魔導』の現在の序列が第五位の三代目妖精の尻尾マスターである『マカロフ』を歯牙にも欠けないほどに強いハデスと同等の立場に居るゼロに対して、ドラゴンフォース無しの状態で闘ってもナツに勝ち目など存在しない。

 

 そんな訳で、ニルヴァーナ編でジェラールは必要不可欠な存在だし、彼がそこに存在しない以上はその後の予定も大分狂うことは間違いない。

 

 ・・・なんでこうなった?

 

 ジェラールが妖精の尻尾に居ると知ったその時から、このジェラールとオレと同じ存在と思われるイレギュラーのことを真剣に時間を費やして調べた。

 その経過で妖精の尻尾には、他にも転生者らしき魔導士が四人ほど居る事が判明したが、それは置いといて、最後の望みを懸けて、楽園の塔が建設されていた島にまでわざわざ足を運んだが、結局はそこには建設途中で破棄されたと思われる塔と、人っ子一人いない島があっただけだった。

 それを見たときに、オレはもはや確信せざるを得なかった。この世界はもはやオレの知っている【FAIRY TAIL】の世界とは全く違うストーリーを歩んでいることを――そして、否応なしに『原作通りに進んで行けば大丈夫』等という甘い考えは捨てなければいけないと悟ったのだ。

 

 一体何があって原作がここまで歪んだのかは解らない。いや、イレギュラー共が何かをやったのは確実だろうが、その原作を致命的にまで変えた「何か」が解らない。

 しかし、解っていることもある。

 

 ジェラールについては――少なくとも、自分の身代わりに拷問を受けていた彼を救うためにエルザが魔法に目覚め、同じ立場の捕らえられ、無理矢理連れてこられて【Rシステム】を造るために働かされていた者達と共にゼレフ教の狂信者共に反逆し、ジェラールがウルティアに騙されて闇落ちした所までは原作通りだった。

 |俺もその場に居て、聴いていたので間違いない。

 そこまでを確認した後は、原作通りに事が運んでいることに満足して、『相棒』と一緒に楽園の塔を離れたので、そこから先に何があったのかが、解らない。しかし、このあと――オレがその場を離れた後に「何か」あったのは確実だろう。

 一体何があったのか・・・それが気にならない訳ではないが、まぁ、良いさ・・・今更、それを知ったところで過去を変えるなんぞ出来はしないのだからな。

 

「変えることのできない事に思いを馳せるよりも、これからどうするか考えた方が幾らか建設的だ。アンタらもそう思わねーか?」

 

 オレはそう言って、手元の新聞を横に放り捨て、オレの目の前でボロボロになって、地面に片膝をついている男に問い掛ける。

 

「なぁ、ヒュドラさんよ?」

 

 オレの目の前に居る男――暗殺ギルド【混沌の毒蛇(カオス・ヒュドラ)】のマスターである男に問い掛ける。

 

「ハァ・・ハァ・・テメェ何者だ?」

 

 息も絶え絶えながらも、こちらを射殺さんばかりの眼光を向けながら、オレに対して問い掛けてくる。

 流石そこそこ有名な暗殺ギルドを束ねるだけあって大した殺気だ。だが、この程度の殺気などこの世界に来てから出会った本物の化物共に比べたら可愛いものである。

 

「何って・・・ただの『宅配屋』だが?」

 

 特に隠すこともないので、事実をそのまま口にしたのだが、どうもこの返答はお気に召さなかったらしい。

 血相を更に歪めながら――「俺のギルドを一人で潰しといて、何が運び屋だッ! ふざけんな!?」と捲し立ててきた。

 確かにな――そう思って回りを見渡せば、闇ギルドの他の面子が倒れている。その数ざっと四十人以上――これをやらかしたのが宅配業者だなんてアホな話しは、前世のオレでも聞いたら信じないわ。

 だが、残念ながら事実は事実――オレは正真正銘、本物の一介の宅配業者に過ぎない。少なくとも身分上はな――と言うか「運び屋」と呼ぶのはやめてほしいんだがな。それじゃあなんか「いかがわしい商売」をしてるみたいじゃねぇか・・・

 まぁ、オレ自身、自分の商売が百パーセント真っ当だなんて思っちゃいない――実際、運ぶ品はまちまちだが、場合によってはたまに非合法な事もするが、それをこいつらに言う必要はない。

 

「別に、これは本当だぜ――と言っても、今回アンタらを潰したのは、仕事の事は関係無ぇがな・・・」

 

「・・・何? じゃあ、一体何の用があって俺達に攻撃してきやがった?」

 

 オレの話が気になったのか、オレの目的を尋ねてくるオッサン。顔も一気に先程までの激昂していたものから、冷静に人の話を聞く風にしている。

 しかし――

 

「おいおい、質問してオレに隙が出来たら一気に仕掛けてくるつもりなんだろ? それならもう少し捻った質問の方が良いんじゃねぇか?」

 

「――ッ!?」

 

(――考えが読まれた!? 表情に出すようなマヌケな真似は・・・)

 

「安心しろよ。お前はそんなヘマはしてねぇ」

 

 そう、こいつは隙有らばオレを殺そうと、魔法で毒を密かに作り出している。

 さっき新聞に目を通してた時も隙を探っていたし、どうやら、オレが会話に乗ってきたので、話が通じると思ったのか、それを利用してオレを殺そうと虎視眈々と隙を伺っていたのだ。

 

 と言っても、オレはそんな隙なんぞ作らないし、不意討ちは通じない――オレには聴こえるんだよ。

 お前の汚い『心の声』がな。

 

 

 転生する直前に『アイツ』がオレに施した何かのせいで、オレは才能やあらゆる能力値が軒並み最底辺だった。

 しかし、この世界が【FAIRY TAIL】の世界と知った時点で、オレの中で『前世と同様に平凡に生きるという』選択肢を諦めた。

 諦めた理由は色々あるが・・・まぁ、それは今は良いか・・・能力値が色々最底辺なだけあって、当然オレには『魔法』を覚える才能は無い。

 オレにとって魔法を「覚える」のは凄まじく大変だ。魔法を覚えるのに必要なのはその魔法との適性なので、適性が合ってないと死ぬほど努力してもそこそこまでしか覚えられないし、そもそも全く使えないという場合も珍しくない。

 オレの場合、どうも一部を除いてその才能や適性と言ったものが圧倒的に欠けているらしい。

 だが、才能が無い=魔導士に成れないという訳でもない。エルザの弟分も言っていただろう?「魔法は誰でも覚えられる」とな。

 この魔法――【聴力付加(イヤリング)】は現在オレの使える最強の手札であり、最高の魔法だ。

 某運命の正義の味方が如く、どの魔法にも適性がほとんど無いオレだが、この魔法だけは話が違う。ある程度使えるだけの他の魔法とは違い、この一点のみなら誰にも負けない――並ぶ者など誰一人として居ないとさえ自負している。

 他の才能が無いにも関わらず、これだけは突き抜けて高い適性が在るのは単に、オレが前世の頃から「異常ほど耳が良かった」こと――そして、この体の本来の適性(・・・・・・・・・・・・・・・・・)が混ざりあった結果だろう。

 

「まあ、ツマンネェ質問だが、一応答えてやるか・・・オレの狙いはアンタだよ」

 

「俺だと? まさか、テメェ!! どごぞの闇ギルドの鉄砲玉かッ!?」

 

 そこで、評議院や正規ギルドが出てこない辺り、オレの事を完全に闇の人間と信じ込んでやがるな。

 確かに、周囲で転がっているこいつと同じギルドの奴等は確実に大半が『死んでいる(・・・・・・・・・)』のだからな。

 正規ギルドの魔導士は基本的に、人殺しはしない。その辺からそう判断しているんだろうな。

 残念ながら、屑を殺すのになんの躊躇いも覚えない程度にはオレも逝かれてるが、流石にそこまで堕ちるつもりはない。

 オレとコイツらは同じ人殺しではあっても、コイツら闇ギルドの中でも最悪の暗殺ギルドだ。こういった奴等は基本的に殺しを楽しんでいる奴等が多い。

 実際、オレはコイツらを襲撃するに当たって万全の体制を整えた上で、集められるだけの情報も集めた――結果判明したが、コイツらもその例に漏れず大した趣味をお持ちだ。

 特に暗殺対象が若い女子供だったりした場合は・・・止めよう。胸糞悪くなってきた。

 兎に角、オレはオレの信条に従って動いている。こんな塵共と同じだ等と思いたくはない。

 

「オレが何者かなんてどうでもいいだろ? それよりも、自分の心配でもしたらどうだ? 暗殺ギルド混沌の毒蛇(カオス・ヒュドラ)のマスター・・・いや――」

 

 どうもらしくないな。オレはオレで、血の匂いにでも酔ってるのか?

 自分でも驚くほど冷たい声がでた。

 

「【毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】ヒュドラのイチさんよ?」

 

「!?」

 

(馬鹿な!? 何でその事を――オレの魔法の事は誰にも――)

 

 なるほどねぇ。やっぱり誰にも言ってなかったのか。

 最もオレも正直、戦うまでは確信を持てなかったが、これで完全に確信した。

 やっぱり、こいつがオレの『探していた物』を持っていたか・・・

 

「貰うぜ。その体に埋め込んだ『滅竜魔法のラクリマ』を」

 

 この言葉を聞いて、オレの目的を察したのだろう。顔付きが変わった―― 

 

「糞がッ! この力はオレが手に入れた力だ! 誰にも渡さねぇ!!」

 

 言葉と共に、奴の腕が紫の鱗の生えた蜥蜴のような物に変わり、その鋭い爪を持って、決死の形相で、オレに対して攻撃を仕掛けてくる――しかし・・・

 

「聴こえてるんだよ――」

 

 オレはその動きを耳で察知して対応し、完全に回避する。

 そう、オレには聴こえている。

 目の前の相手の緊張による心臓の鼓動、骨、関節の駆動音、筋肉の収縮まで・・・そして、何よりも『心の声』が――な。

 

 この魔法を発動した状態での接近戦は、負ける気がしない。

 

 オレは、こっちの世界に転生してから長年の修行によってそれなりの量の魔法を会得しているが、そのほとんどが精々が「並」の域を出ない程度でしかない。【聴力付加】以外は、はっきり言って使えるレベルに達しているがそれだけなのだ。

 なので基本的にはオレは器用貧乏を地で行く形で、オレの戦闘スタイルは、【聴力付加(イヤリング)】が基本に、そこから様々な魔法を使い分けて戦う。

 

 奴の攻撃が次々と迫りくるが、オレはそれらを全て余裕を持って回避しつつ、こちらからの攻撃を仕掛ける隙を探す――声を聴く限り、かなり焦っているらしいな。どうやら、オレの魔法がどんなものなのか大体は感付いているっぽいが、それ故に攻撃に焦りが見える。

 そんな、雑な攻撃がオレに当たる訳もない。

 

 【硬化】でオレは右腕を硬くする――この【硬化】は極めた者ならば、全身を鉄以上の硬度にすることも可能だが、残念ながらオレはそこまでの域には達していない。この魔法は硬くする範囲によって魔力量や硬度が違ってくるが、オレが全身を硬化させても精々が全身を厚手の布で覆っている位の硬度しか引き出せない。そんなものは何の役にも立たない。

 だから、右腕の肘から先に力を集中することで、その場所だけをより硬くし、更に同じように右腕にだけ【強化】の魔法を掛けて力を強化する――

 

 流石に魔導士四十人以上を殺った後に、滅竜魔導士の相手は少々リスクが高い。魔力も残り半分を切ってる事だし・・・何よりアンタみたいな奴には一切手加減するつもりはねぇ。

 

(なんだ? この悪寒は・・・!?)

 

 おっと、殺気が漏れたか? 心に怯えが読み取れる。逃げる算段を考え始めたな。オレの魔法については完全に意識から外れてる。

 

「――逃がすかよ」

 

 次の瞬間には、オレの魔法によって硬化・強化された右腕が、奴の肉体を貫いていた――

 

「こ・・の――ばけものおんな(・・・・・・)が・・・」

 

「うるせーよ。とっととその汚い口を閉じてろ。一生な・・・」

 

 奴の体を貫いた腕を抜き取り、その右手の掌で掴みとった物に視線を落とす・・・驚いたな、こんなに小さな物なのか――ってなんかどごぞのヨン様風のラスボスみたいだ。

 しっかし、ほんとにこれであってるのか? 

 確かに握ってると凄まじい魔力を感じるが、なんかパッと見はビー玉みたいなんだが・・・

 

「まぁ、良いか・・・」

 

 こいつをオレの体に埋め込めば、ようやく念願の滅竜魔導士になれる。

 本来の【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】は、本物の竜に【滅竜魔法】を教えられた者を指すが、このような体に埋め込めば滅竜魔法を使えるようになれるラクリマも存在するのだ。

 その方法で滅竜魔導士になった存在を「第二世代」と呼ぶが、原作を見る限りでは、第二世代の力は別に本来のそれとは覚える経緯が違うと言うだけで、決して劣る物ではない。「滅竜奥義」も使える・・・

 

 これでオレも原作通り(・・・・・・・・)【毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】になれる。

 

 

 オレの名は『エリック・ノア』――コードネームは『コブラ』

 

 『神』と名乗るクソ野郎に殺され、天使を名乗るゲス女に体を弄られて能力を落とされた上に嫌がらせのように性別まで変えられた・・・だが、オレは諦めない。

 どんな手を使ってでもオレはオレのやり方で足掻き続けてやる――

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 




 多分、続きません


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憑依者の苦悩

なんか、思った以上に感想をくれた人がいてびっくりしました。
気が付いたら、短編から連載に――そして、知らない間に二話目の以降の構想を仕事中頭で考えている自分にびっくりです。

あっ、駄文です。それから矛盾、誤字脱字などがあったら教えていただけると幸いです。




 

 

 

 湖の浅瀬に足首までを浸からせた状態で、彼女――エリック・ノアは立ち止まる。

 彼女の格好は、体のラインがピッタリ浮き出る薄手のTシャツに太股の中間りまでしか生地の無い短パンという出で立ちだ。

 魅力的な脚線美を描く長い脚に、豊満な胸、少し日に焼けたような健康的な肌――顔も野性的ではあるが整っている。全体的な印象としてはワイルドな美人といった評価が相応しいが、現在彼女は目を瞑り、全く表情を動かしていない。それが、野性的な風貌とは少し欠け離れたクールな印象を見るものに与えるだろう。

 

「スー、ハァ~~」

 

 ゆっくり息吸い込み、それよりも更にゆっくり息を吐き、肺に溜まった空気を体外に放出する。

 そして、精神を集中し、体の中にある魔力を感じ取ると同時に、更に体の奥深くにまで埋め込んだ『ラクリマ』に意識を集中する――そして、一通り確認したいことを確認したら、意識を少しずつ表面に浮上させていく。

 

「まだ、完全には馴染んでねぇが――それでも魔力も身体能力もアホみたいに強くなってやがるな」

 

 彼女の魔力量は、以前も才能は無いなりに長年訓練していたので、ようやくそれなりの量になってきたと思っていたが、それよりも明らかに大きくなっている。

 魔力量が、彼女の主観でラクリマ埋め込む前の三倍近くまで増えてるのだ。

 

 体はどちらかというと反射神経に重きを置いて鍛えていた。それでも前世で読んだ専門書を思い出しながらアホみたいに鍛えまくっていたので、身体能力は一般人よりも遥かに高かった。

 それこそ、それだけなら格闘家ギルドの連中にもそうそう遅れをとらない程度にはな・・・しかし、悲しいことに才能はないので接近戦では、魔法なしではきついのが現状だったはず。しかし、今は魔法も技術も無しの状態でそこらの格闘家なら殴り殺せそうだと彼女は思った・・・

 

 しかも、まだラクリマが完全に馴染んでいない今でさえこれなのだ・・・完全に馴染んだら、それこそどうなるか――それを想像して、エリックはつい思わず笑みを漏らしてしまう。頬が緩むのが抑えられない。

 ようやく――ようやく、今までにやって来たことが無駄ではなかったのだと、報われた気がしたのだ。

 だが、次の瞬間には、どこか微妙そうな表情をする。

 

「でも、これだと今までにやった修行はなんだったんだって思うぜ・・」

 

 ラクリマを体に埋めるだけで、今までにやって来た血ヘドを吐くような修行よりも遥かに効率的に自分の強さが上がったという事実にどこか納得いかないような気になるが、結局は自力が上がったのだから喜ぶべきだと思い直す。

 彼女が最も得意とする魔法は聴力を強化し、一定範囲の人間の心の声が聴こえるようになる【聴力付加(イヤリング)】だが、相手を倒すときに使うメインは【強化】【硬化】の魔法を使用しての接近戦はがほとんどだ。勿論、他にも数種類魔法を使えるが、主体となるのはその二つ――そして、それらの魔法は自前の身体能力が高ければ高い程に効率的だ。

 魔力も高ければ高いほどに、その辺りに融通が利くようになる。

 なので、彼女の現在の状態は願ったり叶ったりな筈だ。

 しかし――彼女の顔色が少し曇る。

 

「・・・まだ、滅竜魔法は使えねぇのか・・・」

 

 今日でもう二ヶ月だ。

 ラクリマを埋め込んで二ヶ月が経つが、未だに彼女は完全な【毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】には成れていない。それどころか、滅竜魔法すらも満足には使えない状態だ。

 

 魔力は凄く増えた――

 身体能力も眼に見えて上がった――

 体はより頑丈になった――

 

「だが、オレはまだ【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】じゃない・・・」

 

 その言葉をまるで絞り出すように、そして、何かに耐えるように呟くと彼女はぐっと拳を握り込んだ。

 

(多分、ラクリマが完全にオレの肉体に馴染んでいないから滅竜魔法を使えないだけだと思うんだが・・・な)

 

 彼女は、転生時に天使を名乗る女に才能を最底辺にまで下げられた状態でこの世界に送られた。

 ゲーム風に言うならば「弱くてニューゲーム」状態で転生した者――魔法に関する才能や適性も、一部を除いて壊滅的だ。

 それ故に彼女は、もしかしたら自分に適性が無いから【滅竜魔法】が使えないのではないか? と最近、懸念し始めたのだ。

 

 彼女――『エリック・ノア』は警戒心が強い。

 この世界には、自分よりも強いものなど幾らでも居ると知っているが故に――そして、彼女がこれほどまでに滅竜魔法を欲している理由は強くなる為というのが大きいが、一番の理由は最強の竜にして最強の竜殺し【暗黒の翼】――アクロノギアへの対策の為だ。

 彼女はなまじ、実物を見たことがあるので、もしも敵対した時に何の対抗手段もない状態では、逃げることすらも出来はしないだろう事を正確に理解しているのだ。

 

 他の転生者にしてもそうだ。

 いつ敵対するかどうか解らないのだから、自力を付けておくに越したことはない。

 

 この世界には、彼女が把握する限りでは自分以外にも十六人転生者が存在する。

 

 そして、その中で彼女は一番弱い――それもダントツにだ。

 

 そもそも、最初のスタートラインの時点で他の転生者とでは全然違うのだ。

 その上、転生者はそのほとんどが恐らくあの『駄天使』に幾らかの特典を貰っている。なんせ、大抵が前世の漫画などで見たことがあるような力を魔法として使えるのだ。しかも身体能力もアホみたいに高い。

 中には、反則的な力を使える転生者も居る――彼女の表情が焦燥に歪む。

 彼女は最早、進んで原作に関わるつもりはない。というか、原作の流れそのものが大幅に歪んでしまっていて、もはやどうなるか読めない部分が多すぎるのだ。

 そんな状態で介入するなど、ある意味自殺行為にも等しいと彼女は思っている。

 何よりも、彼女にとって【FAIRY TAIL】は確かに好きな漫画ではあるが、別にその世界に行きたいとか、原作キャラと仲良くなりたいとかそんな風に思ったことなど一度としてない。ただ読者として漫画が好きなだけだったのだ。

 

「――クソッたれ!」

 

 ――モヤモヤする。何でオレが――

 

 これまで押さえ込んでいた感情が次々と頭に浮かんでくる。

 良くない傾向だ・・・そう、彼女は理解している。しかし、それでも焦りが募っていくのを押さえることができない・・・理不尽の全てを受け止めることが出来るほど彼女は強くないし、吹っ切れるほどクールでもない。

 

 一体どうすれば――どうすればオレは奴等に対抗出来る?――

 

 その時、彼女の敏感な耳に何かが地面を這うような小さな音を拾った。

 それまでの葛藤を全て頭の中から追い出し、直ぐ様に意識を切り替える。

 動きにくい水の中から出て、思考する――まっすぐ自分の元に向かってきているので確実に彼女を補足しているだろう。

 

「それに速い・・・」

 

 呟くと冷静に手早く考えをまとめる。相手の速度から考えて、この距離では逃げ切るのは困難と判断すると、戦闘に意識を集中し、臨戦態勢を整える。

 

 しかし、目標が近づくにつれてそれが、自分がいつもの聞き慣れた音であることを確信すると、それまでの警戒を解き、それまで纏っていた濃厚な殺気を霧散させた。

 この音を――欠け換えのない「相棒」である存在の「音」を聞き間違えよう筈もない。

 

「シュ~シュ~~」

 

 木々の間から、全長三十メートル以上で一メートル近い太さの胴体を誇る巨大な大蛇が姿を表す。

 そして、その蛇はエリックに向かい、真っ直ぐに突き進んでいく。普通の人間ならばそれだけで文字通り蛇に睨まれたが如く余りの恐怖で動けなくなるだろうがら彼女は全く動じず、むしろ腕を広げて受け止める構えを見せる・・・

 

「はっは! 久し振りだな。どうした『キュベリオス』?」

 

「~~♪」

 

 その蛇――キュベリオスと呼ばれた大蛇はその巨大な頭部を甘えるように彼女の体に擦り寄せる。エリックもキュベリオスの頭部の顎辺りを優しく撫でている。

 

「というか、お前またでかくなったか?」

 

「~♪」

 

 彼女は己の記憶を探るように、頭に手を当てて、最後に会った二週間前よりも少し大きくなっている気がしたので、蛇に対して問い掛け、キュベリオスも器用に頭部をコクコクと頷くように動かして見せる。

 

(改めて見ると、本当にでかくなったなこいつも・・・)

 

 初めて会ったときは、本当に掌サイズだったのになと感慨深げに呟く・・・

 正直、ただの蛇がここまでの大きさになっているのは明らかにおかしいのだが、彼女はその異常を余り気にした雰囲気はない。

 この世界には人語を話す動物は珍しくないし、ファンタジーらしく不思議な生物も沢山存在するので、キュベリオスもその一種だろうと思っているのだ。

 しかし、地球に存在する種とは若干色彩が異なってるが、キュベリオスは正真正銘「ハブ」の一種である。当然サイズも地球のそれと大して変わらない筈である――では、何故そのキュベリオスが年々大きくなり続け、現在のサイズに至ったのか――それは、誰にも今は解らない・・・

 

「それで? 一体どうしたんだ?」

 

 普段、キュベリオスは拠点で行儀良く主人であるエリックの帰りを待っているのだが、彼女はここしばらく拠点には帰っていない。

 滅竜魔法のラクリマを体に埋めこんで以来、彼女は徐々に、そして確実に変わりつつある。

 身体能力の向上も普段の筋トレと平行しているからか、凄まじいが、それ以上にとてつもないのは魔力量の増加だ。

 これもたった僅か二ヶ月で元の量の三倍にまで増えたのだから、上手く制御しなければならないのだ。

 ここまで量が違うと魔法を使うときにコントロールを誤り、魔法が暴走しかねない。

 なので、彼女はもしもの場合に備えて一人、拠点から二十㎞以上も離れた森の中でひたすらに修行しているのだ。

 それに、彼女には折角湧いた機会だから、これを気に出来る限り魔力増やそうという魂胆もある。元々普通の魔導士に比べればそれなりに多い方だが、それでも一流クラスの魔導士に比べれば一歩及ばない程度の量でしかない。それがたったの二ヶ月で「一流」を通り越し「超一流」クラスの魔力を手に入れたのだ。この成長期がいつまで続くか解らないが、出来る限り増やしたいというのが本音だ。

 この世界に生まれ落ちて既に十六年――馬鹿みたいな量の修行をほぼ毎日している彼女は既に自分の成長加減というものを完璧に把握している。

 原作の妖精の尻尾の主要メンバーは、大魔闘演武編の修行パートで三日で目に見えて魔力が増加していたらしいが、実際はあんな風には上がらない。

 少なくとも才能に乏しい『エリック・ノア』の肉体では、丸一年修行を積んで、ようやく「1.5倍」といったところだ。しかもこれはかなり厳しい修行をやることが前提になる。

 彼女の最初の魔力量は非魔導士の一般人の中でもかなり少なかった。このアースランドにいる人間は多かれ少なかれ魔力を持っているので、この世界に生まれた以上は魔力量が全くの0というのは有り得ないと何度も自分に言い聞かせてようやく感知できたが、その感知した自分の魔力量の余りの微弱さに絶望した事が彼女の魔導士人生の始まりだったのだ。

 それでも、才能が無いなりにも幼少の成長期の絶頂時代は少ない魔力はぐんぐん延びていったのが救いだ。それがあったから曲がりなりにも一流に食い下がれるぐらいには魔力量を伸ばすことが出来たのだ。

 

「シュ~」

 

 彼女の質問にキュベリオスは、その巨大な頭を地面から五メートルほどの高さに維持し、巨大な尾先を彼女の前にまで持ってくる・・・

 

「・・・手紙――依頼か?」

 

 彼女は、尻尾の先に紐でくくりつけられた便箋を見て、そう聞くと、その通りと言わんばかりに大蛇はまた首を縦に動かす。

 その様子は完璧に人語を理解しているようにしか見えない――このヘビ賢すぎである。

 だが、エリックは人語を理解するどころか、人語を話す猫の存在を知っているので、こういう物だと思いこんでいて気にしない。例えそれがどれだけ異常なことでもファンタジーだからという理由で納得しているのだ。いや、突っ込むを諦めたとも言える・・・

 

「これは・・・」

 

 紐を解いて、便箋を開く前に便箋の裏側を見て、顔を強張らせる。

 そこに浮かんでいたのは・・・バラム同盟の一角である闇ギルド【悪魔の心臓(グリモア・ハート)】の紋章だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 不定期です


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憑依者の憂鬱

 

 

 

 

 

 今、オレの視界は『白』に支配されている。

 こういう景色は、転生する前に『駄天使』と話した白い謎空間を思い出すから、正直好きじゃない。

 

 だが、まぁ座標的にもう少しで目的の場所にまで着く筈だから、それまでの辛抱である。

 

 気温的な意味でここはかなり寒いので、オレは自分の周囲一メートルに簡易な【結界】の魔法を張ってあるのだが、それでもなんか肌寒い気がする。

 

 ふと、出発する前に拠点の郵便受けに貯まっていた新聞の中で一番新しいのから順々に何日分かを魔力で作り出してある空間に放り込んでいたのを思いだし、暇潰しも兼ねて適当なものを取り出すと、両手に持って広げる――ちなみにこの魔法で空間を造り出す魔法は【空間系】の魔法の初歩だ。

 初歩の初歩故にオレでも使える。もちろん例に漏れず何日も掛けてようやくコツを掴んだのだが、今ではそれなりに使用頻度が高いので呼吸をするように自然に出来るが、最初の方は物を仕舞うときも取り出すときも全然思い通りにいかなかったな・・・

 これに、武器をしまって高速で出し入れしたり、取り換えたりするのが俗に言う【換装】である。魔法道具を使って闘うホルダー系魔導士にはこれを使えるやつが多い。

 

 ふん、日付は三日前か・・・まぁ、比較的最近だな。

 バッと新聞を広げて、一面に目を通す――

 

『「幽鬼の支配者(ファントム・ロード)」の活動に多数の不正が発覚!! マスターであり、『聖十大魔導』序列第八位である『ジョゼ氏』に対しての責任の追求を求める声が――』

 

『評議員は、幽鬼の支配者はギルド解散及び、ジョゼ氏の聖十の称号を剥奪を発令――』

 

「これによって、幽鬼の支配者の支部も一斉に閉鎖――フィオーレ王国で一二を争う巨大ギルドの消滅により生じた経済効果の余波は各国に波紋を呼び――」

 

 手に持った新聞の一面を見て、思わず閉じたくなった。

 

「あー、ツッコミどころが満載な訳だが――何がどうなってんだよ?」

 

 頭に手を当てて、呆然と呟く――

 

 え、何で『ファントム』潰れてんの?

 まだ、原作開始まで一年以上あるぞ?

 

「不正が発覚ねぇ・・・誰かのタレコミか?」

 

 だとしたら犯人はイレギュラー共の誰かと見るべきか・・・いや、あそこはフィオーレ一二の実力を謳い文句に、かなり強引な手法で色々やってたからな・・・他の魔導士ギルドの仕事横取りや妨害なんぞは当たり前。そりゃ、恨まれて当然だわな。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)転生者(イレギュラー)じゃなくても買ってる怨み辛みが多すぎて特定は出来なさそうだな。

 

 だが、もしこれが転生者の仕業だとしたら――そいつの目的はなんだ?

 単純に正義感からか? それなら、良いが・・・もし、そうじゃなくて何らかの目的があるとすれば――それは一体・・・

 

「何にせよ荒れるな――」

 

 腐っても、そこは国で妖精の尻尾(フェアリーテイル)と並んで一二を争ってた巨大ギルドだ。当然、そこには優秀な人材――特に魔導士が多数所属していた。そして、ギルドの突然の崩壊でそれらの人材は行き場を無くした。

 不正を起こしたのは、あくまでもギルドの運営に携わっていた上の方だけであり、大多数のギルドの構成員には罪はない。

 それに、強引に幅を聞かせていたのはジョゼが身を置いていたギルドの本部と、その周りの支部だけであり、他の――特に都会から離れた場所にある支部はそのほとんどが真面目に仕事に励む者達だ。

 王国の中でも中心から離れた田舎と呼ばれる場所では、魔法を使える者が希少だ。なので報酬を取るとは言え、自分達には解決出来ない問題を魔法で片付けてくれる魔導士ギルドはとても重宝される。田舎には金持ちも多いし、そう言ったもの達から得られる金は経済的な意味で決してバカには出来ない。

 王国のあちこちに支部を抱える『幽鬼の支配者』程に巨大なギルドは、潰れた時の経済効果は決して小さいものではない。

 それに、今回の事で処罰を受けた者達を除いて、軽く見積もって数百人――下手したら千に届く数の魔導士が未所属(フリー)になる。

 

 とりあえず、当分はそういった人材のギルド同士の取り合いかね?

 そんだけの数の魔導士が未所属のままというのも国的には美味しくないので、評議員も積極的にそういった魔導士達の再就職口に世話をやくだろうし・・・

 特に『S級魔導士』として名の通った【エレメント4】や【鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】である『ガシル・レッドフォックス』なんかはそれこそ引く手数多だろうな。

 

 原作通り『ジュビア』と『ガジル』の二人は妖精の尻尾に加入するんだろうか?

 ギルド同士の抗争というイベントがなくなった以上は、果たしてどうなるのか・・・くそ、マジで読めねぇ。

 

 そう思ったとき、ようやく()を抜け出して、オレの視界が晴れ渡る大空を映し出す――

 

 現在、オレは相棒の背に乗って空を飛んでいる。

 【(エーラ)】――原作の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)達の相棒であるエクシード達の得意魔法であるこの魔法をキュベリオスも使えるのだ。

 その他にも【縮小(スモール)】や【伸縮】という体を小さくしたり、伸ばしたり縮めたりする魔法など少なくとも三つ「ぐらい」の魔法が使えるのだ。

 なぜ「ぐらい」なのかは、キュベリオスの使える魔法はオレも正確には把握していないからだ。

 と言っても、何となくそれ以外にも使えるんじゃないか? とは思ってはいるが、オレはキュベリオスの事を信頼しているので、別にその辺りを深く追求はしていない。

 

 以前好奇心に負けて聞いたことはあるが、結局教えてくれなかった。その時は、ずっと一緒に生きてきた間柄故にどこか裏切られた気がして、初めてキュベリオスとケンカした――といっても、オレが何となく避けてただけだが・・・結局気まずい雰囲気に耐えられずに、オレの方から謝ったが・・・

 それ以来、何となく聞くのが憚れる気がして、今に至る。

 

 その時に、オレとキュベリオスは「友達」で「仲間」で「相棒」であるが、それ以上に「人間」と「蛇」なのだと言うことが解ってしまった。

 キュベリオスは頭が良いので、オレの言葉をほぼ完璧に理解している。しかし、オレの方は何と無くにしかキュベリオスの意思を理解できない。

 オレ達は、お互いに意思を通わせることはできても、心を通わせることは出来ない。

 そして、他者の心を聴くことの出来るオレの魔法でも、蛇の心を聴くことは出来ない・・・

 

 そういや、原作の『コブラ』はたった一人の友であるキュベリオスの声が聴きたいが為に魔法を覚えた――オレはどうなんだろうか? オレはキュベリオスの為に何かをそこまで出来たのか?

 キュベリオスは常にオレと一緒に居てくれた友達だ。そこに種族の差など関係無い・・・しかし、オレ達は肝心な所で通じ会えているのか?

 

「いや、関係ねぇか――なぁ?」

 

「?」

 

 オレの呟きが気になったのか、キュベリオスは顔をぐるんとオレが乗っている背に向けて来る。

 その姿に苦笑して「何でもねぇ」と答えると、首を傾げながらも正面に戻した。

 三〇メートル級の巨大な蛇が羽を生やして、空を飛んでるだけでも端から見ると怪獣のような迫力だろうが、それにしてはイチイチ行動がコミカルに見えて仕方ない。

 

「そうだよな・・お前は――だよな」

 

 今度の声はぼそりと小さい声量だったのでどうやら聞こえなかったらしい――

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

「――来たか」

 

 手紙に書かれていた座標で待つこと数分――指定された時間ピッタリになった頃、雲の上で相棒の背中に乗り待機していた彼女の眼前の雲から一隻の巨大な戦艦が浮き上がってきた。

 

 あれこそが、闇ギルド『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』の動く本拠地にして、魔力を動力に動く『魔導艦艇』――今回の彼女の依頼主が指定した商談場所だ――

 

 

「ん、入って来いってか?」

 

 この場からどうやって、対話するのか彼女が考えていると、艦艇の上部の出入り口と思わしき部分が稼働し、徐々に開いていく。

 まさか、自分達のテリトリーに入れてくれるとは思わなかったので、少々意外な感情を顔に出す。

 

(入るべきか、否か――)

 

 てっきり、ここで落ち合ってから別の場所に移動するか、又は【念話】か何かで話すと思っていたが、まさか相手の懐で話すことになるとは――罠か? と彼女は勘繰るが、それも一瞬、直ぐに自分を乗せて飛んでいる相棒に、そこに行くように指示する――

 

 

 主人から指示を受けたキュベリオスは、その巨体をうねらせ、翼をそちらに向けて翻す。

 主人であるエリックに危険がないように、周囲を警戒しながら空を悠々と泳ぐように飛ぶ・・・蛇には『ビット器官』と呼ばれる器官があり、それを使って蛇は人間には見えないものを見て、感じ取ることが出来る。

 キュベリオスのそれは普通の蛇のそれを遥かに凌駕するほど鋭く、また数も多い。

 その精度たるや、微かな熱や僅かな空気の振動――果ては空気中の微少な魔力の流れすらも正確に感知する。

 それらを最大限に使ってキュベリオスは、自身の背中に居る彼女を危険から護る為に、警戒を怠らない。

 いや、いつもに増して緊張を張り詰めている・・・あの船から感じる巨大で不気味な――邪悪な魔力が否応なしに、それをさせるのだ。

 更にそれよりも遥かに劣るが、同じ様な質の魔力を『8つ』――その内1つは明らかに主人であるエリックよりも大きい。残りの七つも2ヶ月前の彼女に比べれば充分脅威となる大魔力だ。

 

 キュベリオスは考える・・・この2ヶ月で主は圧倒的に強くなった――、一対一ならば、この七つの魔力の持ち主には相性が余程悪くない限りは決して負けないだろう。いや、相性が良ければ三人ぐらいまでならば一人で勝てるかもしれない。しかし、七人同時に相手取っては勝ち目は無い。

 ましてや、あの船には彼女よりも強い者が二人――、真っ先に感じ取った一人は『人間かどうかも疑う程』に桁違いだ。対峙する場合は、『()』も全力を出さねばなるまい。そうでなければ、主を逃がすことも出来ない――蛇は覚悟を決める。

 全ては、敬愛し、尊敬する主である少女の為に――いざとなれば身を投げ出す覚悟で――

 

 かくして、一人の少女と一匹の蛇は悪魔の根城へ身を投じる。

 この邂逅が、彼女を否応なしに望まない未来に向けて歩み出す切っ掛けとなることをこの時は、蛇すらも知り得なかった――

 

 

 

 

 

 

 

 




今日で休暇は終わりなので次回から遅れそうです。

因みに、キュベリオスが感じ取った魔力は――

 一番でかい――『ハデス』
 8つの魔力――『ブルーノート』と『煉獄の七眷属』

つまり、強さ的には――

ハデス>>>>ブルーノート>>コブラちゃん>煉獄の七眷属

やっぱハデス半端ねぇッス


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憑依者の受難

 今回も戦闘はありません。


 

 

 

 魔導戦艦の上部の出入り口と思わしき部分から艦の中に入ったオレは、キュベリオスから降りて通路に降り立つ。

 そして、キュベリオスに小さくなってくれるように頼む。

 

 直ぐに相棒はそれに応じて【縮小(スモール)】で巨体を縮め、【伸縮】の魔法で三〇メートル近い長さから一メートル以下の短い姿になる。

 今のキュベリオスは、その本来の大きさとは比べようもなく小さい。その姿はもう一見するとそこら辺にいるただの蛇のようだ。

 

 姿を縮めると、キュベリオスはオレの右腕から器用に体を登っていき、最終的には胸回りに巻き付く。

 なんか知らんが、こいつはここがお気に入りなのか、隠れるように指示すると大概ここに来る。

 この体勢だと、胸を挟んで上下に巻き付いているので、普段よりも若干だが、胸が強調される形になる。

 と言っても、今のオレの格好は下着の直ぐ上に肩とヘソが丸見えなキャミソールに革製の長ズボン、シックなベルトに黒のロングコートという見た目的にはワイルドさを意識した格好だ。

 

 上半身に少々露出が多いような気もするが、原作キャラにはもっと際どい服を着てる奴も居るので、その辺は気にしない。

 まともな感性なら、女でもこういう格好をすると恥ずかしいとか思うかもしれないが、生憎そういう感情は、六年前に初潮が来たときに吹き飛んでる。

 いまさら、服の露出がどうこう気にしない。それに、この程度ならば、前世の高校で陸上部だった時に着ていたランニングシャツの方が露出が多い。あれ背中丸出しだしな。

 

「さてと・・・入ったは良いが――」

 

 ――場所がわからん。

 

 取り合えずは、ここで待って向こうが案内を寄越すのを待つか?

 適当に通路を進んで行くのも言いかもしれないが、幾ら依頼人とは言えここは『闇ギルド』の拠点――それも、「バラム同盟」の一角である『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』だ。

 

 『バラム同盟』とは、幾つもある俗に言う闇ギルド――普通の魔導士ギルドと違い、犯罪や法に接触する仕事を報酬と引き換えに引き受ける魔導士達による集団――の盟主的な存在だ。

 全ての闇ギルドは基本的にバラム同盟の傘下に治まっている。例外は闇ギルドとしてありながら、独立を掲げている『大鴉の尻尾(レイブンテイル)』だけだ。あいつらはバラム同盟と直接交渉して独立権を勝ち取ったからこそ出来ているが、普通は闇の世界で勝手な真似をしたら、バラム同盟傘下のギルドに集中砲火を受けて早々に消される。

 バラム同盟とその傘下のギルドを全て合わせた戦力は強大だ。正直そこらの正規ギルドが束になったところで決して勝てはしない程大きい。

 なんせ、戦力としてみるなら評議院が保有している戦力を全て合わせても届かないのだから。だからこそ『ギルド間抗争禁止条約』という法の『ギルド』に闇ギルドを含めて、正規ギルドに闇ギルドとの勝手な戦いを禁止しているのも闇ギルドを刺激しないようにしているという事情があるのだ。

 

 今、フィオーレ王国に存在する全ての正規ギルドの主力を結集してギリギリ戦力的には互角と言ったところか。

 正直な話、バラム同盟を本気で潰したいのなら、それこそ『聖十大魔導』でも引っ張ってこないと難しいと言わざるをえない。

 いや、仮にそれが実現しても序列第五位の『マカロフ』がハデス相手に傷一つ負わせることなく敗北した事を鑑みると、それ以下序列の者達では、やはりハデスには勝てないと見て間違いない。

 しかし、第五位以上の序列と言えば『イシュガルの四天王』だが――それにしてもどうだろうか・・・他の三人は知らないが、第四位の『ウォーロッド・シーケン』は、ハデス――『プレヒト』と同じく最初期の『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の魔導士だ。

 魔力も身体能力と同じで、年を重ねることによって次第に減衰する物だ。ウォーロッドが全盛期に比べて、どの程度衰えているのか解らないが、それに比べてハデスはこの戦艦の中にある『悪魔の心臓』という外部装置に頼っているとは言え『プレヒト』だった頃に比べたら『魔力』が増大しているのだ。

 どちらも巨大過ぎて正面から戦った場合どうなるのか予測がつかないが、楽観的に考えて互角と言ったところだろうか・・・

 

 バラム同盟に属している三つの闇ギルド――

 『悪魔の心臓(グリモア・ハート)

 『冥府の門(タルタロス)

 『六魔将軍(オラシオンセイス)

 

 闇ギルドの中心的な立ち位置にあり、この三つの闇ギルドの同盟によって裏の世界のバランスが取れているみたいに正規ギルドには思われているようだが、ぶっちゃけバラム同盟などと一括りにされてはいるが、その戦力には差がある。

 まず、ぶっちぎりで最下位が『六魔将軍(オラシオンセイス)』、その次が『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』、最強が『冥府の門(タルタロス)』である。

 ただ、これはギルド同士の戦力を比べた場合だ。

 『煉獄の七眷属』は兎も角、ブルーノートとハデスは恐らく冥府の門(タルタロス)の主力である『九鬼門』の誰よりも強いだろうし、ハデスに至ってはマスターの代行である『マルドギール・タルタロス』とも互角以上に戦えるだろう。

 懸念で言えば、悪魔の力を少なからず使うハデスに【氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)】である『シルバー』の魔法がどの程度通じるか――だろうか?

 

 しかし、煉獄の七眷属ははっきり言って実力的には、2ヶ月前のオレと変わらないか、少し上といったところだろう。そして、それは『ゼロ』を除いた六魔将軍(オラシオンセイス)も同じだ。今のこいつらでは間違っても『九鬼門』には勝てない。

 その辺が冥府の門(タルタロス)がバラム同盟最強たる由縁だろう。

 組織の戦力を比べるなら、幾ら頭が強くても組織力で劣っているならそれは敗けだ。組織の強さとはあくまでも『個』ではなく『群』に在るのだからな。

 その辺、実質的なメンバーが六人しか居ない六魔が最弱なのは当たり前と言える。

 

 

 おっと、ようやく迎えが来たのか?

 かなり小さいが足音が聴こえてくる――足音の大きさから考えて、距離的には二、三〇メートルってところか。

 幾ら魔法を『使って無い』とは言え、このオレの耳に悟らさずにここまで近付くとはな。

 近寄ってくるのが、相当な手練れ――恐らくは七眷属の誰かと判断し、警戒レベルを二段階上げる。

 この戦艦の中から感じられる邪悪で馬鹿でかい魔力のせいでオレの魔力探知が妨害され、上手く魔力の感知が出来ない。しかし、何と無くだが、オレはこいつを知っている気がする。

 

 その予感は、足音が近づいてくる事に徐々に確信へと変わっていき、やがて薄暗い通路でお互いに向かい合う形で、顔を確認できる位に近寄ってくるまでにはオレの中でそれは確定していた。 

 

「よう、アンタか――『ウルティオ』さんよ」

 

「その下品な言い回し――君は相変わらずだな」

 

 続けて「女性であるならば、もう少しおしとやかに出来ないのかい? 品性が疑われるぞ」と聞いてくる。

 クールなイケメンフェイスに醒めた色を浮かべた男の言葉にげんなりしながら「ほっとけ」と返す。

 

「おしとやかねぇ・・・オレがそんな風にしてる所なんぞ見てぇのか?」

 

「いや、まったく――ただの社交辞令だよ」

 

 間髪入れずに返ってきた即答に、そんな社交辞令あってたまるかと思った。と言うか、こいつはなんで毎回オレに対して喧嘩腰なんだ?

 

「言ってくれるじゃねぇか。一応こっちは客人だぜ?」

 

 何と無く、このままというのも癪なので反撃してみるが――

 

「別に僕の客人という訳ではないだろう? 不服なら帰りたまえ。マスターには、気分が悪いので帰ったと伝えておこう」

 

 という言葉が返ってきた。

 くっそ、冗談じゃねぇ――このまま依頼の内容を聞くこともなくスゴスゴ帰ったらバラム同盟を敵に回しちまうじゃねえか・・・オレに自殺願望なんぞねぇよ。

 

「・・・冗談だよ。早くマスターハデスの所に案内してくれ」

 

 結局、目を逸らしてそう言うしか無かった。

 

「最初から素直にそう言いたまえ」

 

 あれ、おかしくね? 何でオレが悪いみたいな雰囲気な訳?

 絡んできたのそっちだよね?

 まぁ、大人なオレはそんな事で意地になったりはしないがな。それ故に大人しく流す――決して、口では勝てそうにないからとかではない。本当だぞ?

 

 

「おい」

 

 蛍光灯替わりのラクリマに照らされている薄暗い通路をウルティオの案内の元に進む道中、気になったことを聞いてみることにした。

 

「・・なにか?」

 

「今回、あんたらのマスターは何でオレを呼んだんだ?」

 

 ずっと気になっていたこと――そう、あのマスターハデスがオレをここに呼んだ理由だ。

 

「いや。生憎とマスターからは何も――手紙に書かれていなかったのか?」

 

「ああ。知らされてねぇのか? あの内容でオレをここに呼ぶ必要はねぇだろ」

 

 その返答に興味を持ったのか、瞳にどこか好奇心を宿して、こちらに顔を向ける。

 オレは僅かに歩みを速めて、ウルティオの隣に並ぶ――こうして並ぶとこいつ中々でかいのな。オレの身長は165㎝と女の平均よりは頭一つでかいんだが、こいつはどう見ても180近くはあるな。オレよりも更に頭一つでかい。イケメンな上に身長も高い――なんか、色々負けた気分だ。まぁ、今はオレ女だしな。気にしない方向でいこう。そうじゃないと劣等感でこいつに襲い掛かってしまいそうだ。流石に七眷属の長を癇癪で襲い掛かったらオレがハデスに殺される。

 

「それで、あの内容――とは?」

 

 オレが脳内で物騒なことを考えているとは知らないウルティオは、相も変わらない澄ました顔でオレに問いかける――

 

「ああ――」

 

 あの日、キュベリオスがオレの元に運んできたあの手紙には、オレが個人で営む配達屋「鋭蛇の運び手(デリバリーコブラ)」への依頼の内容とその依頼主であるギルド悪魔の心臓のマスターであるハデスとの交渉場所の座標が書かれていた。

 その依頼の内容は――

 

「遺跡で発掘された【集団呪殺魔法 呪歌(ララバイ)】の奪取、及びそれの引き渡し・・・」

 

 そう、本来であるならば、今から約一年の歳月を得て、『六魔将軍(オラシオンセイス)』傘下の『鉄の森(アイゼンヴァルト)』の手に渡り、原作に絡んでくる予定のあの【呪歌(ララバイ)】である。

 どうやら、この世界では何らかの要因があって、ハデスが先に見つけたらしい。

 

「まぁ、あんたらのマスターは大した『ゼレフマニア』だからな。【呪歌(ララバイ)】を欲しがる理由は解るぜ」

 

 なんせ、あれはゼレフの残した魔法から派生し、劣化した有象無象の【黒魔術】ではない。

 正真正銘【ゼレフの残した魔法】であり、格こそ低いが『ゼレフ書の悪魔』でもある。

 

「だが、それでオレを呼ぶ必要は無いだろ?」 

 

 そう、その依頼内容ならば、別に奪取した後にそれを指定された場所に持っていけばそれで事足りるはずなんだ。どう考えても、別に仕事の前にオレを呼ぶ必要はない。

 

「ふん・・・なるほどな」

 

 オレの意見を聞いた後に、納得の表情を浮かべるウルティオ――そして、その後に「よく、それでここに来る気になったな」と続ける。

 

 確かにな・・・まかり間違ったら、この依頼がフェイクでここに呼び出したのがオレを消すためという可能性もなくはない。

 しかし――

 

「オレ一人を殺すのにあのじいさんがそこまでするか?」

 

「確かに――君は強いが、マスターや副司令の『ブルーノート』程ではないし、秘密裏に消す方法など幾らでもあるだろうな」

 

 わざわざ、本拠地であるこの船に呼ぶ必要など無い――むしろここでオレと戦うほうが面倒が多いだろ。

 オレと同じ結論に至ったのか、微かに頷くとオレに向き直る。

 

「だが、マスターの事だ。何かを企んでいることは間違いないぞ?」

 

 ――は?

 オレはその言葉に一瞬だが、思考が停止してた。そして、次の瞬間には、ハッハッハと声を上げて笑ってしまった。

 

「・・・何がおかしい?」

 

 不機嫌そうな表情でオレに問いかけてくるウルティオの顔を見て、オレは更に笑いを深める――こうしてみると、こいつはこいつで割りと顔に出るんだなと、何と無く初めて会った時の事を思い出しながら、更に笑っていると奴の表情に氷のような冷たさが浮かぶのを見て、これ以上は流石に不味いと笑い声を収める。

 しかし、未だに顔は緩んだままだ。

 

「わりーわりー。でもよ、それじゃあお前――オレの事を心配してるみたいだなって思ってよ」

 

「――なッ!?」

 

「いや――心配してくれて嬉しいぜ? ウルティオ君よ」

 

「だ、黙れ! 僕は別に君の事など――って、肩を組むな! 馴れ馴れしいぞ!!」

 

「解ってる。解ってるぜ? 皆まで言うなよ・・・」

 

 普段の冷徹ぶりをかなぐり捨てて、顔を真っ赤にして否定するこいつが、どこかかわいく見えてからかってみるが、更に顔を赤くして、組んだ肩を振り払う姿が照れてるようにしか見えない。

 は~こういうやり取りってなんか新鮮だわ。オレって今世では友達少ないんだよな。

 いや、何人かは居るんだが、親友と呼べるほどの存在はキュベリオスだけだ。

 あれ、親友が蛇だけってやばくないか?

 い、いや、キュベリオスは良い蛇だし?

 そ、そもそも、親友なんてキュベリオスだけで十分だし!

 

「・・・何でそんな切ない顔をしているんだ?」

 

「すまん。ほっといてくれ」

 

 

 そんな、やり取りの内に、通路を抜け出して、広い場所に出た。

 ざっと歩き始めてから十七、八分は経っているが、この戦艦が見た目通りの広さならとっくに端から端まで歩き切ってる筈だ。

 さっきから歩いていて思ったんだが、この船は、どうも内部が外観よりも広いらしいな。

 大方【空間系】の魔法で内部を広げているんだろうか?

 だとすれば魔法道具の一種だろうか?

 最近、拠点兼仕事の事務所が狭くなってきたんだよな。頼んだら一個くらい貰えねーかな?

 

 そんな他愛もない考えは、広場を抜けて、その部屋に入った瞬間に一切が吹き飛んだ――

 

 その部屋は、あちこちに魔方陣が書かれ、禍々しい雰囲気の魔導具が置かれていた。

 邪悪な空気が全体に漂うその部屋の奥――これまた禍々しいシルエットの玉座に眼帯を着けた老人が腰掛けていた。

 

「ふむ、久しいな『コブラ』よ――」

 

 そこにいたのは絶望を具現したかのような邪悪な魔力を放っていた。

 膨大な魔力に、圧倒的な威圧感、それに絶大な存在感をもってそこに――超越者がいた――

 

「・・・久し振りだな。じいさん――」

 

 相変わらず、超絶元気そうだなという軽口を呑み込み、威圧感に圧倒され首の裏に冷や汗を掻くが、それを表には出さず、表情を無表情に固定する――

 

 はてはて、いったいどんな難題押し付けられるんだ?

 ここまで来てしまった以上は後にはもう退けない。それをしたら最後、目の前の老人の姿をした化け物は一切の躊躇いもなく自分を殺しに来る。

 他のバラム同盟――『冥府の門(タルタロス)』『六魔将軍(オラシオンセイス)』が依頼主であるなら、依頼など無視してトンズラこくことも出来たが、ハデスには昔一度接触しているので逃げたところで魔力を追ってどこまでも追いかけてくるだろう。

 なので、最初からオレにこの依頼を断るという選択肢は存在しない。

 ならば、せめて厄介事が無いと良いなと祈る気持ちで正面を見据える――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 主人公に続いてのTS キャラ二人目。
 ウルティア(♀)➡ウルティオ(♂)

 魔法等は原作そのままだが――?


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憑依者の告白

 他の視点は難しいですね。
 そのキャラが何を考えているのかを書かないといけないので、上手くいってないかもしれません。
 急いで仕上げたので誤字脱字があったら指摘お願いします!


 

 

 

 

 久し振りに会った僕にとって旧友とも呼べる存在をマスターハデスの研究室に案内し、一先ずは何が起こっても大丈夫なようにそこから近い部屋で待機する。まぁ、大丈夫だとは思うが、いざという時に即応出来るようにする必要があるからだ。

 正直、彼女にマスターハデスをどうこうできるとは思えないので、あくまでも一応だ。

 

 部屋に入ると、既に現在この船に居る僕以外の七眷属で動ける者は全員が揃っていた。その数は僕を除いて三人――他は仕事で船の各地に散っている。

 どうやら、僕が一番最後だったらしい。

 

 『煉獄の七眷属』――僕らのギルド『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』の幹部であり、実動部隊の主力である七人の魔導士。

 僕らはそれぞれマスターハデスから、適正に合った『失われた魔法(ロストマジック)』を授けられた――言わば、マスターの弟子のような存在で構成されている。

 その戦闘力故にギルドの戦闘員達に恐れられているのだが、コイツらは基本的には性格に問題のある奴等ばかりだ。そのせいでリーダーである僕はその尻拭いが割りと大変だったりする。

 

「ウルティオ、客人の案内は終わったのかね?」

 

「ええ、問題ありません」

 

 特徴的に逆立った髪型に、何処かの部族のような戦闘装束に身を包んだ男――『アズマ』が話し掛けてきたので、返事を返す。

 アズマは、年齢は僕と変わらないのに異様に顔付きが大人びている。老けているのとは違うんだが、一体どうやったら十代でこんなに迫力のある顔付きになるんだ?

 態度も落ち着いていて、喋り方も堅苦しい。そのせいでこの人と話していると、どうも歳上と話しているように錯覚してしまう。

 

 この人は、七眷属の中では比較的マトモな性格をしており、その上実力も僕と並んでトップクラスだ。

 ただ一つ――「戦闘狂」である点を除いたら人格者といっても良い。

 だが、しかし、このアズマという男・・・自分と実力の伯仲する相手と闘うためならば手段を選ばない。それこそ人質をとって闘わざるを得ない状況を作るぐらいならやってのける戦狂いの戦闘狂だ。

 

「で、ウルティオさん。あの女ってば一体何処の誰なんだ?」

 

 腰から右肩までを完全に曝してる半裸の変態ロン毛――『ザンクロウ』が僕に対して問いかけてくる。

 因みにこのザンクロウは常に肩を出すことをフアッションか何かと勘違いしていのか、基本的にこれと似たような格好しかしない変態であり、それでいて自分よりも弱い者を痛め付ける癖があるサディストだ。

 しかも、それでいて炎を使う魔導士を自分の【滅神魔法】で焼き殺すのが趣味という異常者でもある。

 

 僕は、こういった「ゲス」が大嫌いなので、アズマは兎も角ザンクロウとは会話すらしたくないのだが、流石にそれは七眷属の長としての仕事に支障を来してしまうので、込み上げる嫌悪感と拒否反応を押し留めて、努めて冷たさを意識した笑顔を顔に浮かべる。

 

「フィオーレ王国の首都であるクロッカスで運送屋をやってる魔導士だよ――『鋭蛇の運び手(デリバリーコブラ)』と言えば、その業界ではそこそこ名前が通ってるよ」

 

「ふむ、『運び屋』かね?」

 

「それ本人の前では言わない方が良いですよ。そう呼ばれるの嫌いらしいので」

 

 アズマの問い掛けに、前にそう呼ばれた時に相手を半殺しにして訂正を求めていたエリックの姿が脳裏に浮かび、何と無く忠告する。

 すると、アズマは少々意外そうな顔をした。

 

「なんです?」

 

「いや、君は彼女と何か個人的に付き合いが在るのかね?」

 

「あ――まぁ、そこそこ古い付き合いですね」

 

 そう、僕と彼女との出会いは今から数年前――『楽園の塔』にまで遡るのだが、それ以来何だかんだで腐れ縁が続き、今では一緒にバーに行って、お互いの苦労話で盛り上がったり愚痴を言い合ったりと気楽な仲だ。

 しかし、それを別に全て言う必要はない。

 

「友人関係を築いていると? なるほど、これは少々意外だな・・・」

 

「意外・・・ですか?」

 

 本当に意外そうに目を丸くしているアズマに、何やら気になったので聞いてみると「うむ」と言って続けた。

 

「君は自分が『闇』に居るという事実を強く認識しているからな。『表』に友人など作らないと思っていたのだがね」

 

「・・・別に古い付き合いであることは認めますけど、別に友人という程付き合いが深い訳でもありませんよ」

 

「――そうかね?」

 

 そうとも、僕と彼女はそれほど深い仲ではない・・・筈だ。

 そう。その筈だが――何だ? この違和感は?

 彼女の事を思い出そうとすればするほど何処か頭に違和感が浮かんでくる――

 

 

 

 

『お前って、何で「ウルティオ」って名乗ってんだ?』

 

 先程、自分が案内した少女が自分に問いかけてくる光景が頭に浮かぶが――こんな光景が僕は知らないぞ?

 

『ああ――そうだな。本当は僕は――』

 

 記憶の中の僕が彼女に向かって答えを返す・・・だが、イマイチはっきり聞き取れない。

 

『すまない。お前に危険な役割を押し付けることになる――』

 

 右目の上下に入れ墨を持つ青い髪の男が僕に後悔の滲んだ声を掛けてくる――この男は・・・知っている。だが、こんな場面は知らない。そもそも、僕と奴はこんな近い距離で言葉を交わし会うような仲ではない――顔があった瞬間に殺し会うような血生臭い関係だ。

 

『まだ君は若い・・・それに最後の一線も越えていない。罪を犯したことを悔やんでいるなら――己が不幸にした数以上に、人を幸せにする事を考えてみんか?』

 

 背の低い老人がどこか憐憫の色を瞳に乗せて、諭すように厳しい口調で僕に道を示す――この人は――知っている。だが、話したことなど無い筈だ。

 

『安心してくれ――全てが終わったら必ず記憶は元に戻す・・・だが、それまで俺も含めて全員の記憶からこれらに関することを可能な限り消去する――』

 

 顎に傷のある坊主頭の青年が、僕達を見渡しながらそう言う場面が浮かんだ。誰だこれは? こいつは知らないぞ?

 よく見ると、その場に居るのは自分だけではない。右には『顔見知りの少女』が、左には因縁深い『青い髪の青年』が――いや、それだけじゃない。他にも誰か居る。

 

 近くに立っているのは――

 

『――この事は俺達「五人だけ」の秘密だ――』

 

 

 

 

「ウルティオさん?」

 

 ――!?

 ザンクロウの呼び掛けにようやく我に帰る。

 俯いていた顔を上げると、そこには訝しげな表情で自分を見るアズマとザンクロウの姿が見えた。

 

「何だぁ? らしくねぇな。ボォーとしてよお」

 

「――いや、何でもない。少し、昔の事を思い出していてな・・」

 

 そういうと、そんなこともあるかと今のは気にしないようにしてくれたらしい。態度がいつものそれに戻った。

 それにしても、何だ? 今のは?

 

 確か記憶が――ウッ!? 今の光景を思い出すと頭がッ!

 一体何だって言うんだ!?

 

「それで、ウルティオ?」

 

「――? それでとは?」

 

「いや、だから彼女はどの程度の実力なのかね? と聞いたのだが・・・」

 

 強さって・・・もっと聞くことがあるだろ?

 例えば信用できるかどうかとか・・・まぁ、それらをブッちぎって強さに目が行く辺りアズマらしいと言えばそうなんだが・・・

 

「お、そりゃオレっちも気になるってよ。ウルティオさん付き合い長いんだろ?」

 

 君もか――それにしても強さねぇ・・・弱ったな。

 僕も魔導士としては超一流に位置すると自負はある。なので、対峙すれば相手の力量は多かれ少なかれ本能で理解できるんですが、彼女のそれに関しては読めない。

 一見すると、ただの凡人のように見える――いや、実際彼女に魔導士としての才能は無さそうだし、そう言う意味では正真正銘凡人なのだろう。

 ですが、彼女は――どこか普通の凡人とは違う・・・何かが『異質』なんだが、それが何かがイマイチ掴めないというかなんというか・・・

 それに、『エリック・ノア』という魔導士は強い。つい三ヶ月前に会ったときはその時の僕達よりも若干強いかどうかといったところだった筈だ。

 少なくとも純粋な魔力の量では僕の方が上だった。しかし、彼女は多数の魔法を実践レベルで使いこなし、尚且つ戦闘経験も僕より遥かに多いので、同格か少し上という評価を下していた。

 なのに、今やその魔力量でも上を行かれ、肩を組んだときに感じた力強さから、体も相当変化している。

 今の彼女は、既に僕よりも明確に上に居る――或いはマスターには届かずとも、ブルーノートとは正面から闘えるぐらいには強いのではないか?

 

 いや――駄目だ。

 やはり、読めない。本当に不思議な少女だ。

 

「・・・とりあえず、強いかどうかは僕にも量りきれません。何と無く僕よりも強いとは思うんですが・・・」

 

「――ほう」

 

 僕の返答にアズマは興味深げに呟く。

 その瞳には、隠し様の無い闘争心と感心、そして高揚が見てとれる。

 相変わらずだな。この人は――呆れながらも、どこか自分の欲求に素直なアズマが眩しく感じる自分が居る。この辺りはこの人の人柄なんだろうな。

 実際この人は、自分よりも弱い人間に関しては無闇に殺生はしないので、その事で度々他の七眷属や副指令に文句や苦言を言われることもしばしばあるのだが、それを曲げるつもりは更々無いのは明らかである。

 

 それ故に僕はこの人を嫌いにはなれない。

 本当にこの人はなんで闇ギルドに所属しているんでしょうか?

 

「まぁ、彼女に関することで僕が知っていることで一つ――マスターハデスは、今から数年前に彼女にこのギルドの「副指令」になってくれないか誘いを掛けたことがあるらしい」

 

 僕の言葉に、アズマもザンクロウも、ずっと会話に入らずに意味の解らんポエムを壁に向かって詠んでいた『ラスティ・ローズ(ナルシスト)』も絶句した。

 

 本当になんでこいつらが幹部なんだ?

 他の奴等も性格に一癖も二癖もある変人ばかりだし・・・マスターハデスは何を思って、現在の七眷属を育てようなんて血迷った考えを――絶対もっとマシな人材居たでしょうに。

 

 はぁ、癒しが欲しいな。

 早く『メルディ』任務終えて帰ってこないかな? 

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 

「くっそ!? あのクソジジイ!! 人が断れないことを良いことに滅茶苦茶な仕事押し付けやがって!」

 

 ハデスとの任務交渉を終えて、戦艦の通路を早歩きでズカズカ進みながら彼女――『エリック・ノア』は口汚く吐き捨てた。

 

「何だよ! あの内容は――手紙に書いてあったやつと違いすぎんだろ!」

 

 そう、彼女は今まで今回の仕事の依頼人――闇ギルド最強の一角『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』のギルドマスターであるハデスから仕事の内容の詳しい説明を受けていたのだが、その内容は手紙に書いてあった内容と解離していた・・・

 いや、大まかには同じだが、そこ難易度には凄まじい違いが生じていたのだ――

 

(――ここかッ!)

 

 ある扉の前に立ち止まると、その部屋の中から彼女の探していた人物の声が聴こえてきているのを確信するや否や【強化】の魔法で両手を強化して、全力で左右に引き裂くかのように抉じ開ける――

 

 鋼鉄製のドアが力付くで無理矢理に抉じ開けられたからだろう。メキャッという耳障りな音が室内に響き渡り、中に居た四人の人間は何事かと一斉に彼女の方を向く――

 

 彼女は、それを一切気にせずに、目当ての人物の前にまで何の迷いもなく大股で進んでいく。

 

 そして、目当ての人物にして酒飲み仲間兼腐れ縁の旧友――『ウルティオ』の前にまで行くとその前で止まり、両手を彼の肩に置くとこう切り出す――

 

「おい、オレと付き合いやがれ!」

 

「――へ?」

 

 決死の形相と共に告白された「(ヒロイン)」は、理解が追い付かないのか、間の抜けた言葉を返したが、理解が追い付いた次の瞬間「ハァアア!!?」と悲鳴を上げた。

 

 

 

 



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憑依者の仕事①

 

 

 

 

「お、見えたぜ・・・あの村だ」

 

「・・・そうか」

 

 グリモアの『魔導戦艦』から『魔導列車』に乗れる駅のある町まで送ってもらい、更にそこから『帆船』で海を渡り、目的の港町から『馬車』に揺られること三時間・・・トータルで一週間以上の片道を通り過ぎ、ようやく目的地の手前にある村にまで来たので、それを告げると、返ってきたのは素っ気ない言葉だった。

 

「オイオイ、まだ怒ってんのか? 良い加減さぁ、機嫌直せって・・・もう、一週間だぞ?」

 

「別に――お前の無茶振りで突然、何の前触れもなく、こんな田舎にまで足を運ぶことになった事など、何とも思ってないぞ? ああ――全然! 何ともな!!」

 

「いや、どう見ても不満タラタラだろ」

 

 どう見てもそうとしか見えん。

 いや、悪かったけどさ・・・でも、この仕事は難易度的にオレ一人じゃ手に余るんだよ。

 なので、ハデスから許可をもらってこいつに同行してもらうことになったんだが――正直本人の許可無く半ば無理矢理連れてきたのは悪かったと思ってるぜ?

 でも、お前もオレの『仕事に付き合え』って言葉に最初は悲鳴みたいな声上げたけど、最終的にはOKしたじゃねぇか――まぁ、返事がイマイチ要領得ない内容だったけど、噛み砕くと返事としてはOKだったのだから問題ないだろ。

 

「いや、まぁオレがどう考えても悪いんだが、もとはと言えばお前らのマスターが無駄な『マニア精神』を拗らせた結果だぜ? ちょっとは手伝ってくれても良いじゃねぇか・・・」

 

 確かに悪いのはオレだが、こっちにも言い分はあるんだと訴える――そうすると、旧友はようやく不機嫌そうな表情を変えて、フゥ~ッと溜め息を吐いた。

 

「まぁ――不満は確かにあるけどな、その事に関してではない。これは本当だ」

 

「は? じゃあ何でだよ?」

 

 急に発生した、魔導士ギルドの基準で『SSランク』はあるであろう難易度のめんどくさい仕事以外の何に不満なんて覚えるんだ?

 

「はぁ~、確実に分かってなさそうなので言わせて貰うが――もっと『別の誘い方』があっただろうがッ!!」

 

「うぉッ!?」

 

 突然の怒号に、驚き両手で耳を塞ぐ――急に大声で怒鳴られたので、耳がキーンときたぞ!?

 

「手伝って欲しいなら最初からそう言え! あんな言葉使うな、紛らわしいんだよッ!」

 

「ちょっ、解ったよ! 解ったから少し声落とせ!! オレの耳のこと知ってんだろ?」

 

 必死なオレの言葉が届いたのか、ようやく「む・・・」と怒号を止めてくれた。

 オレはそれを見て、安心して息を吐きながら両手を耳から離す――

 

「・・・そうだったな。すまん――だが、二度とあんな変な誘いを僕に掛けるな・・・良いか?」  

 

「解ったよ――つーか、なんか不味いことしたかオレ?」

 

「不味いことって――まぁ良い、兎に角するなよ!」

 

 最後に念を押すように語気を強めに言うと、そっぽ向いたように馬車から降りていく・・・

 その背中を見ながら何と無く、変な奴だなと思いながら馬車を降りようとすると「すまんねウチのが」と、ウルティオ以外の同行者が声を掛けてきた――

 

「しかし、ウルティオの態度にも問題あるが、あれは君も悪いぞ?」

 

「あん? 一体何だってんだよ?」

 

 馬車の中で席に座りながら、こちらに話し掛けてくる今回の同行者の一人にして依頼主であるハデスのギルド『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』の幹部である『煉獄の七眷属』の一人――『アズマ』は、どこか微笑ましい物を見るような顔で「クック」と小さく笑いながら此方を見てくる。

 

「いや、何・・・ようは言い方の問題だ――アレは『オレと付き合え』等と突然告白されたら反応に困ってしまう程度にはピュアだからな」

 

「? 何が言いたいんだよ?」

 

 ピュア? いや、オレと肩組んだぐらいで赤面するぐらいなのでそれは否定しないけどよ――それが何の関係があんのかさっぱり解らん。

 

 ついつい首を傾げて考えるがそれでも解らんので、アズマの方を見ると「はぁ・・・これは天然か? それとも脈が無いと見るべきか――ウルティオも苦労しているようだね」等と勝手に納得した空気を出している。

 こちらによく解らん事を言って惑わせといて、勝手に納得するとは――なんか納得がいかねぇ。

 

「いつまで馬車を停まらせておくつもりだい?」

 

 おっと、アズマと話していると馬車を降りたウルティオが不機嫌そうな声で嫌味な言葉を投げ掛けてくる。

 そんなに遅れてないってのに相変わらず、へんな所で神経質だな。そんなんじゃ苦労すると思うんだがな。

 まぁ、でもようやく「らしく」なってきたな。

 あいつは大体いつもオレの前ではこんな感じだしな。

 

 

 オレが馬車から降りると、ウルティオが微妙そうな顔で、一緒に降りて来たオレとアズマを見ていた。「何だよ」と聞くと「別に何も」という短い返事が返ってきた・・・やっぱまだ怒ってんのか?

 

「フム、この村が例の遺跡が見つかったという『ブルーム村』かね?」

 

「ああ、正確にはこの村を北東に進むと大森林があってな。その森で今から二年前に遺跡が見つかった」

 

 アズマの問い掛けにオレが答える。

 

「それが『アポス遺跡』――そこに【呪歌(ララバイ)】が・・・」

 

「ああ、調べた限りその遺跡は風化具合から見て、造られて四百年近い歳月が経っている事が解ってる。だから年代的にも『黒魔導士ゼレフ』が精力的に活動してた時期と重なるし、もしかしたらあの遺跡その物がゼレフの造った物なのかもな・・・そこで、評議院の派遣した調査隊が【呪歌(ララバイ)】を見つけたらしい」

 

「ん? 少し待ってくれないか?」

 

 調べた限りの情報を二人に説明していると、ウルティオが、オレの説明を遮ったので、そちらに顔を向ければ、疑問を顔に浮かべていた。

 

「評議院の奴等が先に【呪歌(ララバイ)】を見つけたのなら、とっくに回収されて遺跡の中には何も無いんじゃないか?」

 

 ウルティオの言葉にアズマも頷く――どうやら同意見らしい。

 オレはそれに首を軽く振り、否と答える。

 

「評議院の派遣した部隊は言った通り、見つけただけだ(・・・・・・・・・・・・)。中に入った部隊は何らかの形で全滅――中からの最後の通信でそこにゼレフが書いたと思われる壁画と禍々しい『ドクロを模した笛』を見つけたらしい事を伝えた数分後、中の連中と『生体リンク』していた魔導具が壊れて全滅を外に伝えた・・・という訳だ」

 

 【生体リンク魔法】は程度が低ければ魔導具で充分再現できるので、トレジャーハンター等の連中が仲間の安否を確認するために使ったりする事が多い。

 危険な遺跡などに潜る時に、自分自身と人形等に【生体リンク魔法】を掛けておく――そして、本人が怪我を負ったらそれに合わせてリンクしている物も破損する――そして、それを預けられた仲間が救助に向かう。

 言わば危険な場所に身を置く際の保険だ。

 通信用のラクリマは高いし希少だ。かといって【念話】等の魔法は覚えるのにそれなりの歳月と才能がいるので使える魔導士は更に希少だ。いや、他人が行っている【念話】に思念で割り込むのはある程度の実力があれば難しくはないんだがな。自分の力だけで他人との間にチャンネルを構築するのが大変なのだ。専門でもないと難しい。

 

「それが、今から約一ヶ月前だ。アポス遺跡が『ゼレフ関連』って事は最初(・・・・)に全滅した調査隊が潜る前から解ってたからな。二回目の前回は『トレジャーハンターギルド』からも精鋭を引っ張ってきて、全体的に万全の態勢を整えて挑んだらしいが――」

 

「――結果は全滅。なるほど、確かに君が自分一人の手には余ると判断した訳が解ったよ」

 

「うむ、我々とて気を引き締めなければ危ない――という事だね」

 

「ああ・・・そう言うこった」

 

 今回の仕事は戦いがメインではない。

 しかし、実力派の魔導士が二人も力を貸してくれるのは有難い。

 今のオレは魔力量が増えて、身体能力も底上げされているが【滅竜魔法】が使えない等の懸念事項も多い。

 

 恐らく『ウルティオ』は原作の『ウルティア』よりも強い。

 そして、原作のウルティアは評議院に潜入し、『聖十大魔導』にも在籍していた。

 そのウルティオに聞いたところ、アズマとはよく共に魔法の修行をしている仲らしく、実力的にはウルティオと変わらないらしい。

 聖十クラスの魔導士が二人も居るのだ。これなら多分なんとかなるだろう。

 

 正直、『聖十大魔導』の実力の基準については解らない部分が多い。そもそも、聖十大魔導とは、評議院が定めたこの大陸で最も優れた大魔導士という設定だが、絶対原作の『ウルティア』や『ジェラール』よりも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の『ギルダーツ』の方が確実に強いだろう。

 確かにウルティアもジェラールも超一流の大魔導士という肩書きに相応しい実力はあったろうが、それが本当にこの大陸で十番以内かと言われれば疑問がある。純粋に強さを比べるなら絶対に彼等よりも上の人間は居る筈だ。だから、基準が曖昧なのだ。

 しかし、心強い事は間違いない。

 

 ウルティオの実力はオレも知っているので、信用できるし、こいつは頭もそれなりに良い。その辺りは流石は七眷属の長と言うべきだろう。こと、戦術眼はオレよりも確実に優れている。

 アズマも実力には文句の付け所がないし、戦闘凶という点を除けば性格、頭脳共に中々信用出来そうだ。

 

 更に、この面子に三日後『ザンクロウ』と『ラスティ』も合流する。

 こいつら『悪魔の心臓』の魔導士は闇ギルドという特性上余り表立って動けば足が着いてしまう可能性がある。その事を懸念して、人数をばらして別のルートで今オレ達が居る村を目指している。

 この間会ったのが初めてだったんだが、物凄く性格に癖がある二人だったので、一緒に行動するとオレの頭が痛くなりそうだったのでこの二人は意図的に別のチームにしたんだが、上手く辿り着けるんだろうか?

 今更ながら不安になってきた・・・アイツら頭悪そうだし――

 

「コブラ。良いかね?」

 

「・・・なんだ?」

 

「評議院が調査に失敗したことは解ったのだが、それは一月も前の話だろう? 新しいチームが編成されている可能性はあるのかね? だとすればザンクロウ達を待っていると手遅れにならないか?」

 

 あー、なるほどな。

 その辺は説明不足だったか。

 

「いや、評議院の調査隊は今はまだ再編成の最中だ――だから当分は大丈夫だよ」

 

「なぜそう言える? 既に一月が経っているのに、何時までも向こうがおとなしくしているとでも?」

 

「そいつは逆だ――まだ一月しか経ってねぇんだよ。一月前に評議院は注ぎ込める限りの金を使って、集められる限りの人材と最高の準備を整えた上で挑んだが、結果は失敗――しかも中に入った調査隊の全滅という最悪な形でな」

 

 調査隊の面々は、トレジャーハンターギルドの精鋭に評議院の調査探索を専門とする部隊に、魔導士ギルドからも何人か戦闘を専門とする魔導士を依頼という形で借りていた。

 任意の依頼でとは言えミスミス精鋭を失ったトレジャーハンターギルド及び魔導士ギルドと評議院との間に気不味くなったとしてもおかしくない。

 何より、それだけの手間暇をかけて失敗した以上は、少なくとも前回以上の規模の調査隊を編成しなければならないが、今失敗したばかりの評議院は信用がガタ落ちしているので簡単には人材を貸してくれる所は現れないだろうというのがオレの見解だ。

 

「つーか、このままじゃ調査隊の編成自体が『御蔵入り』して、遺跡その物を閉鎖するか、或いは破壊する方向に切り替える可能性の方が高いな・・・」

 

「それは不味いな・・・」

 

「うむ――我々に残された時間は多くないということだね? だが、それなら尚更、増援を待つ余裕など無いのではないかね?」

 

「ああ、だからな――明日の朝、オレ達で遺跡の下見に行くぞ」

 

 アズマの言葉にオレは、下から二人の顔を覗きこむ形で見渡し、そう告げた。

 そう、本格的な攻略は三日後で良いが、それまで何もしないのは時間を無駄にする行為だ。

 オレはこんな物騒な依頼は早いとこ終わらして、さっさと帰りたい。ついでにハデスとも縁を切りたいのだが、それはやはりまだ無理だろう。

 今はまだ、あいつに従っておき、有用である事と判断させておかなければ・・・そうじゃねぇと後々面倒になってくる。

 少なくとも、まだ(・・・)『バラム同盟』を敵に回すわけにはいかないのだ――

 

 

 

 その後、ブルーム村に入り、辺りを見て回るとやはり田舎らしく魔法がほとんど普及していないであろう事が見て解る。

 魔力の豊かなこのアースランドでは、空気中の魔力を使い、水や炎、電気等あらゆる物を生み出す魔導具が一般に広く普及しているが、ここにはそういった物がほとんど無い。

 恐らくは生活のほとんどを自力で賄う昔ながらの営みを村全体で行っているのだろうな。

 こう言うところを見ると、前世のじいちゃんばあちゃんが暮らしていた田舎を思い出す。

 はぁ、そういや『向こうの世界』に居る家族って今何やってんだろうね・・・元気にしてくれてたら良いけどな――親父はオレが死んだ時点で五十近い歳だったくせに、あちらこちらで女作ってお盛んだったし、お袋はお袋で、とっくに親父を見限ってさっさと男作って出ていったし・・・こうして考えると前世の親は録なもんじゃねぇな。いや、この世界の親も相当だがな。

 なんせ、オレが幼少気にエルザやジェラールと一緒の時期に『楽園の塔』に居た理由は、この世界のオレの親が金でオレをあの逝かれ狂信者共に売り渡したからなのだ。どっちの方がマシかと言われれば、半ば育児放棄に近い境遇だったとは言え、親権を手放すことなく金は出してくれた前世の親だろう。オレはこっちの親はヘドが出るほど嫌悪しているが、前世の親には無関心と若干の嫌悪、それと同じぐらいの感謝というバランスの心境だ。それにどちらも結局のところは『人の親としては失格』という点は同じなのだ。

 ・・・こうして、考えるとオレって運がねぇな。まさか二回連続で録でもねぇ親の元に生まれるとか・・・いや、感傷的になってる場合じゃねぇな。

 

 らしくねぇな――やっぱり、ゼレフ関連の仕事って事で多少は緊張してんのか?

 オレが自分の中にある一種の不安に対して、そう結論付けた時――オレ達が歩いている道の先から何やら人の話す声が聴こえてきた。

 

「ん? あれは・・・」

 

「――ッ! 隠れろ!」

 

 一瞬後に【聴力付加(イヤリング)】と【強化】を発動したオレは、アズマとウルティオの腕を掴み物陰まで力ずくで引っ張る。

 その際にウルティオが『痛いぞ!』と小声でオレに訴えかけてきたが、そんな場合ではないので努めて冷静に無視する。

 そもそも、同じような力で引っ張ってるアズマの方は顔を不審そうな表情にしているが、悲鳴など挙げていない。こいつは大袈裟なのだ。

 

 

「おい! 一体――」

 

「黙れ」

 

 尚も良い募ろうとするウルティオと何か言いたげな顔のアズマに短くそう言うと、目を閉じて『耳』に感覚を集中して、声を拾う――

 

 

「では、この近くに――」

 

「ええ、確かに奴等の目撃証言が上がっています」

 

「一体何処から情報を嗅ぎ付けたんだ「闇ギルド』めっ!」

 

「伝説の黒魔導士ゼレフが残した『負の遺産』の一つ――何としても、我々の手で見つけ出し破棄するのだ!! それが叶わん時は、遺跡ごと破壊するぞ! あれが奴等の手に渡れば最悪は多くの罪無き人々がそれによって死に至る・・・」

 

「ええ、絶対に闇ギルドの手などに渡してはなりません」

 

「我等『評議院直轄部隊』がこの大陸の平和を守護するのだ・・・!!」

 

 

 あっれぇえ・・・なんでこの段階で評議院の直轄部隊が動いてんの?

 もしかしなくても読み違えたか?

 

 どうも会話を聞く限りでは、アイツらは闇ギルドが情報を掴んで動いていることを察して、そいつらの手に渡る前に【呪歌(ララバイ)】を――又はそれが無理なら遺跡ごと破壊するつもりのようだ・・・いや、待てそりゃ不味いだろ!

 

 今、遺跡ごと【呪歌(ララバイ)】を破壊されたら、ハデスからの依頼を完遂できねぇじゃねぇか・・・!!

 バラム同盟からの依頼に失敗する――それは、オレにとっては死に直結しかねない問題だ。

 つーか、話を聞く限りじゃその闇ギルドの奴等が人目憚らずに動いて、評議院に見つかったからこんな面倒な事態になったんじゃねぇか!!

 

 くそ、マジで勘弁してくれよ。この調子じゃ確実に遺跡の周りは封鎖されてて近づく事も難しくなってそうだな。

 

 全く、どこのどいつだよッ!

 こんな面倒な――ん?『闇ギルド?』

 

「なんだね?」

 

「どうした?」

 

 ギギギとでも擬音が付きそうな感じに首を同行者共に向けると、今のオレは余程珍妙な表情をしていたのだろう・・・どこか、気まずそうな表情でオレを見てくる闇ギルド『悪魔の心臓』の幹部二人――

 

「こいつらの事か――ッ!!」

 

 

 つい、声を大にして叫んだオレは悪くないと思う――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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憑依者の仕事②

なんか、半分以上が妄想みたいです。
急いで仕上げたので、雑かもしれません。申し訳ありません!!


 

 

 

 

 『煉獄の七眷属』――

 それは、大陸の裏世界の頂点に君臨する三つの闇ギルドが一つ――『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』の幹部である七人の大魔導士の事を指す通り名だ。

 闇ギルドと言う物は、その特性上、表の人間達には知り得ない多くの謎や秘密が存在するものである。

 当然、彼等のギルドである『悪魔の心臓(グリモア・ハート)』もその例に漏れず、色々と秘密主義であり、ギルドの拠点を評議院が長年探しているが全く尻尾を掴めず、ギルドマスターである『ハデス』こと先代『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のマスターだった『プレヒト』の事も『ハデス』という名前以外は評議院ですら知らないほどに謎に包まれている。その秘匿性たるや、流石は裏の頂点と言うしかない。

 だが、そんな中で『煉獄の七眷属』は正に別格の知名度を誇っている。理由は簡単・・・ゼレフの復活に必要とされる『アイテム』――『鍵』を手に入れる為に数年前から派手に暴れまわっているからだ。

 町や村を壊滅させるなど日常茶飯事・・・少しでも情報が入り、そこが『鍵』のある場所の候補に上がれば、それだけで『それ』を手に入れるために破壊の限りを尽くし、力ずくて強奪する・・・中には、その地域の住民を皆殺しにする等という暴挙にすら手を染める程に彼等は鍵を求めている。

 全ては『黒魔導士ゼレフ』を完全な形でこの世に復活させるため――ひいては「眠って」いるゼレフを「起こし」、『大魔法世界』を創り上げるためだ・・・

 

 まぁ、実際にはゼレフは眠ってなどいなくて、彼等のその行動ははっきり言って無駄でしかないのだが・・・

 遥か太古の昔――黒魔導士ゼレフを信奉する狂信者達が、ゼレフに対しての信仰を拗らせて、ゼレフの残した多くの伝説を基に後付けされた物が『ゼレフ復活の鍵』という設定である。

 

 なので、彼等が人殺しを厭わずに、その手を鮮血に染め、屍の足場を築いてまで求める『鍵』は、ただのガラクタなのだが、それを知った彼等がどういった反応をするのか・・・正に知らぬが仏だ。

 それに、鍵の設定が偽物であることを彼等がマスターハデスが知れば、鍵を集める事をあっさりと放棄して、直ぐにでもゼレフ確保に向かうだろう。

 闇ギルドの頂点に位置する『悪魔の心臓』が伝説の黒魔導士を求めて動き出す・・・そうなれば、表と裏――『正規ギルド』と『評議院』、そして『バラム同盟』――これら各勢力の影響によって曲がりなりにも均衡を保たれている今の世界の状況が嫌でも動く。

 それにつられて大陸を揺るがしかねない程の騒動が巻き起こる確率も無きにしもあらず。

 

 そんな状況をいくつか頭に浮かべてしまい彼女は顔をしかめながら――そんな面倒事はごめんだ――と切実に思った。

 

 それは、さておき『煉獄の七眷属』とは、その謎の多い『悪魔の心臓(グリモアハート)』の活動と実態に置いて、高い知名度を誇っているが、そのメンバーについてはあまり知られていない。

 原作に置いても、精々が評議員に潜入していた『ウルティア・ミルコビッチ』の名前が知られていたぐらいであろう。

 

 しかし、名前が知られていないのは、決して彼等が弱いからではない。寧ろその逆――彼等が強すぎるからだ。

 全員が、マスターハデス自らが魔法を授けた弟子のような者であり、七人全員が【失われた魔法(ロストマジック)】の使い手達・・・それ故に彼女は彼等ならば連れてきてもなんの問題もないと油断していたのだが、どうやら彼女の預かり知らぬところで彼らの顔は割れていたらしい。まさか、それが原因で評議院から直轄の部隊が派遣され、遺跡が封鎖されているなど予想外も良いところだ。

 

 【失われた魔法(ロストマジック)】は、その強大な力故に、魔導の歴史から消された魔法であり、分類的には原作主人公が使う【滅竜魔法】もこれに該当する。

 とは言え、現代世界の核ミサイルの様に、強大な力にはそれに相応しい代償(リスク)が付いて回る。これはこちらの世界でも同じであり、多くの【失われた魔法(ロストマジック)】は使い手に相応の副作用をもたらすものが大半だ。

 竜を追う者は竜になるとばかりに、原作主人公の使用する【滅竜魔法】は使い続けると、肉体が竜に変化し、人間をやめるはめになる。

 それを防ぐには竜が【魂竜の術】で滅竜魔導士の体内に数年間居なければならない。

 

 ――しかしだ。「代償(リスク)」が存在するが故にやはり【失われた魔法(ロストマジック)】の効果は凄まじい――目の前で行使された魔法の効果を見て、彼女はしみじみそう思った・・・

 

 今、彼女の眼前には、まるで建築されたばかりのように真新しい『橋』が架かっていた。

 それは、全体的に芸術的な造りをしていて、造った者のセンスがタダ者ではない事を容易に想像させる程の出来映えであった。

 汚れひとつない綺麗な橋が彼女達一行の立つ崖とその向こう側にある崖との間を繋ぐように架かっているのだ――

 

 

 彼女達が目指す遺跡までの道程ははっきり言って前途多難であった。

 何故なら、遺跡に向かう為の最も危険の少ない正規のルートは、評議院から派遣された部隊によって固められていて、とてもではないが通ることが出来ない。

 しかも、評議院の部隊は闇ギルドの魔導士がここに居ると言うことに明らかに知っていて警戒体制を取っているのだ。

 無論、彼女と『悪魔の心臓(グリモアハート)』からの助っ人である『アズマ』『ウルティオ』を含めた三人は魔導士としては、評議院の魔導士達よりも遥か格上だ。

 それこそ、部隊を全滅させるだけなら、誰か一人でも事足りる。

 しかし、闇ギルドの二人は兎も角、彼女――『エリック・ノア』は一体何の因果があるのか、今はマスターハデスからの依頼と言う形でここに居るが、別に裏の人間ではない。評議院と敵対して犯罪者になるなど御免なのだ。

 

 なので、彼女達は安全が保証されている正規のルートではなく、非効率的かつ、危険性が高い非正規ルートでアポス遺跡を目指すこととなったのだ。

 

 森の整備されていない道は天然の障害物となり、お世辞にも歩き易いとは言えない。その上、魔獣や野性動物も立ち塞がってくる為、正規ルートに比べてやはり、危険が付きまとう――だが、危険と言っても、所詮は一般人や有象無象の魔導士達ではの話だ。

 聖十大魔導にも匹敵する七眷属の上位二名と、エリックの前では、森の天然の障害物も魔獣も大した障害には成り得ない。

 なので、それらの障害をモノともせずに彼等はテキパキと前に進んでいった。

 

 だが、森の中に入ってから数十分――普通では考えられない早さで遺跡に向かい、その道程の大半を消化した頃――彼女達の前に強さだけではどうしようもない障害が目の前に立ち塞がった。

 遺跡の目前まで迫ったエリックの眼前に、険しい崖と壊れた大橋が映った。

 

「はぁ・・・」

 

 溜め息を吐くと無言でエリックが崖の下を覗く・・・凄まじい勢いで流れる川の渓流が目に映った。

 

 それを見た彼女は、次に自分達がとるべき行動を思考する――いかに魔導士という枠組みの中では上位に位置する三人とは言えど、道が無ければ進みようがない。

 此方側の崖から、向こうの方までの距離はざっと五十m足らず――【強化魔法】で脚力を強化すれば、彼女にとっては跳べない距離ではない。

 しかし、残りの二人には、この距離をどうにかして向こう岸に渡る方法を持ち合わせているだろうか? とエリックの脳裏に疑問が過り、アズマの【大樹のアーク】で橋を架けてもらうか、それが無理ならば、最悪は別の道を行くしかないかと思考した。

 彼女の相棒であるキュベリオスがいれば【(エーラ)】を使ってもらい、三人全員を運んでもらえばそれで解決なのだが、生憎とこの場に普段の頼りに成りすぎる相棒は居ない。

 とある理由で彼女達とは別行動中なのだ。

 

 かと言って、二人の男――しかも、両方が平均以上にガタイが良い――をそれぞれ小脇に抱えてジャンプと言う訳にも行かない。【強化】を魔力に物を言わせて限界以上まで行使すれば可能かもしれないが、支えのない空中では男を二人も抱えていればまず間違いなくバランスが崩れて崖の下の渓流に向けて真っ逆さまだ。

 しょうがないので、別の手を考えようと後ろの二人に対して振り返ろうとした彼女だが――

 

「【時のアーク――復元(レストア)】」

 

 後ろに居た同行者の使った魔法の発動と共に、その行動を中断した。

 そして、瞬く間に無惨なまでに壊れていた橋が、まるで過ぎ去った時間を巻き戻るかのように、元の姿に復元されていく――そして、魔法の効果が終わると同時に表れた純白の橋は、造られたばかりの頃のような外観を取り戻した。

 まるで、これまでに過ぎ去った過去の時間など全て無かったかのように――

 

「これで良いのか?」

 

「あ、ああ・・・」

 

 彼女は曖昧に返事を返すと、心底思った――『デタラメ』だ・・・と。

 火や水、風等を発生させて操る自然系の魔法などこの世界には幾らでも存在するし、空間に作用する魔法も程度が低ければ誰でも比較的簡単に使用できる。

 しかし、効果を物体と植物等に限定されるにしても『時間』という概念に干渉出来る魔法など【時のアーク】位なモノだろう。

 完全に造られた当初にまで時間を巻き戻された崖に架かる橋を見て、その魔法の異常さを改めて理解した。

 これまで彼女は彼の魔法を直接は見たことはなかった。

 彼と彼女の仲は良いが、それはエリックからしたら『良い友人』位の仲である。ウルティオが闇ギルドに所属しているという事もあり、それほど踏み込んだ関係ではなかったのだ。

 無論、二人はお互いに理由は違えど『強くなる』という目的は一致していたので、時には自分達の魔法についての考察、使い方等を共に意見を出しあったりして、共に追究していた。

 しかし、お互いに手の内の全てを曝した訳ではない。

 例えば、エリックは自分の魔法の中で最も得意とする【聴力付加】の魔法については一定範囲内に居る人間の『心の声』を聞くことが出来ることを彼に伝えていないし、ウルティオも彼の『母』から受け継いだ『真の魔法』――【氷の造形魔法】の事を意図的に隠している。

 ――最も、後者の方はエリックの持つ『原作知識』という理不尽な知識によって既に使えることが知られているのだが、彼はその事を知らないので隠しきれていると思っている。

 なので、エリックは初めて【時のアーク】をその目にし、知識によって知っていた以上の衝撃を受けた。

 

 魔法には犯してはいけない禁忌が存在するものがあり【時のアーク】の禁忌は『世界』その物に対して使用してはいけないという物だと、以前に彼女はウルティオ本人から聞いたことがある。

 ――世界に対して【時のアーク】を使用した場合、使用者はその代償として己の時間を失う――

 これが、どういった意味なのか本人は解っていなかったが、原作を知る彼女はその言葉の意味を正確に理解した。

 『ウルティア』はたった一分の時間を巻き戻すのと引き換えに、若い姿から老婆にまで成り果てた。

 寿命が削れるというのならまだ救いが有ったろう。しかし、自分自身の肉体が老いて衰えた言うのに、そこに辿り着くまでの過程を――時間の全てを失ってしまったとなれば――それは、術者はどうしようもない程の苦痛を負う事となるだろう・・・たとえ、それが己の選択であったとしてもだ。

 『己の時間を失う』とはつまりはそう言うことだ。

 

「ウルティオ」

 

「・・・なんだ?」

 

 ふと『その魔法って、本当に副作用は無いのか?』と言いかけて口をつぐむ。その問い掛けは、彼女が意図して行ったものではなかった。本当に、偶々思ったことが口に出ただけだった。

 その証拠に、次の瞬間にはハッとした表情を浮かべて「悪い・・・忘れてくれ」と口にした。

 その魔法に副作用は無いというのは、前に聞いたことだ。

 事実、【時のアーク】には多くの【失われた魔法(ロストマジック)】に存在する副作用らしき副作用等はなく、強いて言うならば魔力の消費が激しいこと位だが、彼は生まれつき膨大な魔力を持って生まれ、現在は若くして超一流の域にまで至った天才だ。使いすぎなければ何も問題はない。

 だが、どうにも心配でならなかった。

 彼女にとって彼は友人以上の仲ではないが、その友人すら少ないエリックにとっては欠け代えの無い存在である事は間違いない。

 彼が闇ギルドに所属していて、いつかは対立すると決めてはいても、それまでは――

 

「――ッ!」

 

 その時――彼女の頭に鋭い痛みが走った。

 まるで、映画を見て居るかの様に、彼女の知らない記憶が痛みと共に脳裏を過ぎる――

 

(これは・・・ジェラール? なんでコイツが? いや、それだけじゃねぇな――)

 

 早送りの映像のように過ぎ去っていく記憶の中に映し出された青い髪の青年を見て、彼女は知っている人間の名前を頭に挙げる。

 更に映像はそれだけではない――青い髪の青年の他にも、自分とウルティオ・・・その他にも二人――合計で五人の人間がそこには居た。

 

(コイツ等は――ッ!)

 

 自分とウルティオとジェラール、その他の二人も――その場に居る人間を皆彼女が知っている者達だった。

 その二人はどちらも顔に切り傷らしきものが在った。左の頬に十字傷が二つある男と、長身の顎に斜めの傷がある男――その二人を彼女は知っている。

 しかし『記憶』が確かならば、彼女と彼等に繋がりは無かった筈だ。

 

(いや、本当にそうか?)

 

 彼女は自分の記憶にどうしようもない違和感を感じた。

 どこか間違っている・・・いや、忘れている気がしてなら無い。

 そう思ったときには、既にエリックは、己の記憶を何者かによって改竄されていることに確信を持っていた。

 

(記憶――やったのは『あいつ』か・・・)

 

 彼女の脳裏に浮かんだのは、左の頬に二つの十字傷がついた男だ。

 しかし、何のために――

 

「ノア、どうかしたのか?」

 

「――ッ! いや、何でもねぇ」

 

 前に居る記憶の中に居た男――ウルティオから問い掛けられ、慌てて答えると、復元された橋を進み始めている二人の背中を小走りで追い掛ける――

 

「・・・おい、ウルティオ」

 

 前に進む二人の男――ウルティオとアズマに追い付き、彼女は橋を歩いて渡りながら、その背中に対して声を掛け――

 

「なんだ?」

 

「自分の記憶に違和感を感じたことはあるか?」

 

 ――気になったことを直球で聞いた。

 

「・・・なんの話だ?」

 

(何故――僕のあの記憶について何か知っている? と言う事は僕の記憶に『何か』細工したのはエリックなのか?)

 

 魔法を発動して彼の心を聞き取り、決定だな――と、彼女はウルティオも自身と同様に『記憶の処置』をされていることを確信した。

 

「いや、最近どうも物覚えがな――こりゃ年かね?」

 

「何を言っている。君はまだ十七だろ?」

 

 彼は彼女のはぐらかした答えに、呆れながら返すが、彼女に対しての警戒を解かない。

 その様子を魔法で『聴いて』彼女は相手が自分に対しての不信感を抱いた様子を聴いて『少し、早まったか』と反省した。

 これから、恐らくは命懸けの共同作業を共にこなさなければいけないので、出来る限りはお互いの間に信頼関係を築かなければいけないというのに、わざわざ不信感を煽るような真似をしてしまった事は反省すべき点だと彼女は思った。

 

 そんなことを考えている内に、彼女達の一行は橋を完全に渡りきった。

 そして、数分後――三人の魔導士の前に地面に空いた巨大な『穴』が現れた。

 

 

「フム、これが――」

 

「ああ、黒魔導士ゼレフの遺した遺産――アポス遺跡への入り口だ。思ったより簡単に見付けられたな」

 

「この穴が・・・なんだ? 奥から妙な魔力が漏れてるぞ」

 

 ウルティアの言う通り、その直径五メートル足らずの穴からは、まるで蒸気が立ち上るように不気味な魔力が漏れ出していた。

 その禍々しさは、穴を異界への入口であることを示しているかのようだ。

 

「場所は【占い】の通りだったか――相変わらず、君の占いは凄いな」

 

「それでも精度は四割弱って所だぜ?」

 

「いや、謙遜することは無い。そもそも、占い等と言った運任せな代物を四割成功まで持っていけるだけでも大したものだと思うがね」

 

 ウルティオに続いて、アズマもまた彼女の【占い】を賞賛し、エリックは少し困ったように頬を指で掻いた。

 彼女にとって、純粋に魔法を褒められた経験は少ない。

 どこかの魔導士に弟子入りして、才能の無さが原因で、散々罵倒されて追い出された経験は沢山ある。だが、それで終わらずに基礎だけでも身に付けようと彼女はひたむきに、そしてひたすらに努力してきた。

 それ故に、こうして誰かに称賛されると言うのは存外に気持ちの良いものだ。自分の努力がほんの少しでも報われたという気がするから――

 

「――ありがとよ」

 

「?」

 

「!?」

 

 なので、ついつい微笑みながら礼を言ってしまったとしてもそれはしょうがない。

 そして、その言葉に込められた感情を理解できず首をかしげるアズマと、何時ものような男らしい笑みではなく、柔らかく、どこか女性らしい微笑みを見て、目の前の人間が『女性』である事を意識してしまったウルティオはお互いに顔を見合わせる。

 

 だが、彼女は直ぐに顔を引き締めると、真面目な表情で奈落の底――遺跡へと通じる穴を見据える。

 

「それじゃあ、まぁ・・・いくか」

 

「うむ」

 

「ああ」

 

 そう言って、空間魔法で手元に先端に鉤が付いたロープを取り出し、近くにある頑丈そうな木に括り付けて、紐の部分の先をバッと穴に放り投げた。

 

「んじゃ、行くぜ!」

 

「ちょ、まて!」

 

 ロープを掴んだ状態で穴にその身を投げ出し、クライミングの要領で徐々に降りていく彼女の後を慌ててウルティオとアズマが追う――

 

 この時、彼女はゼレフに関連する危険な遺跡に潜るというのに、その心に恐怖は無かった。

 在るのは未知の場所に対しての警戒、そして僅かな期待と好奇心。

 

 

「待ってろよ【呪歌(ララバイ)】!」

 

 

 その数時間後には、遺跡に入ってしまったことを死ぬほど後悔する嵌めになるが、この時はまだ彼女は状況を楽しむ程度の余裕はあったのだ。

 その余裕が無くなるのもそう遠い事ではなかったが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 




あ――今回も戦闘無かったなぁ。
誤字脱字があれば報告していただければ有り難いです。
その他にも、不自然な点などがあればお教え下さい。


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憑依者の仕事③

 明けましておめでとうございます。
 初の一万文字越えです。


 

 

 

 

 

 迫り来る『石の拳』をギリギリでかわし、体を捻って後ろに跳ぶ――『ドゴンッ』という音が響き渡り、耳に障る。

 音の発生源を見ると、不気味な魔力で覆われて、余程の力を加えなければ一切傷が付かない筈の床が粉砕されている。

 

「一体どんな力加えれば、あんな芸当が出来るんだよ? クソッタレ!!」

 

 思わず毒づくと【強化魔法】で筋力を底上げし【硬化魔法】で固めた拳を思いきり振りかぶり、目の前で拳を降り下ろした姿勢で固まっている石で構成された『魔導人形(ゴーレム)』の胸にアッパーを打ち込む――

 

「・・・いや、馬鹿力はお互い様だと思うぞ? 【フラッシュフォワード】!」

 

「同感だね――【ブレビー】」

 

「うるせぇよ! 乙女に対して馬鹿力とか言う暇があるならとっとと数減らせ!!」

 

 オレに殴られ、十メートル以上の高さまで宙を舞い、空中分解してバラバラになった石のゴーレムを見ながら、ボソリと呟く声を聴き、デリカシーの無さすぎる発言をした馬鹿共に怒鳴り付ける。

 

 その場に目を向けると、ウルティオの【時のアーク】によって多重に分身した水晶玉が、高速で石のゴーレムを次々に粉砕し、アズマの【爆発魔法】がゴーレムを爆散させていた。

 

「いや、三メートルの魔導人形(ゴーレム)を殴り飛ばす様な女を『乙女』とは言わないだろう」

 

(下手をしなくてもゴリラ以上だろ。何を言ってるんだ? しかし、なんて身体能力に魔力だ――やはり、前までとは別人のように強くなっている。単純な修行の成果・・・というだけじゃ説明がつかないな。何があったんだ?)

 

「これまた同感だね・・・君が乙女なら、大抵の女は乙女だろう」

 

(ふむ、やはり強い・・・ウルティオよりも強いと言うのもあながち誇張ではないな。いつか手合わせ願いたいものだね)

 

 うん、確かに自分で言ってて「ないわー」と思った。

 だけど、自分でもそう思ってても他人から言われると凄い腹立つことってあるだろ? 

 つーか、ウルティオは兎も角としてアズマの野郎もさらっと酷いことを――幾らなんでもそこまで言われる謂れはないぞ。煉獄の七眷属には毒舌しか居ないのか? そもそも、ギルドマスターからして面倒事をオレに押し付けてくるわで、何ともオレ個人に対して優しくない組織だ。

 

 オレは腹立ち紛れに、魔法で強化した足で先程と同じ様に、近くに居た石の魔導人形(ゴーレム)を蹴り飛ばす――「魔導人形(ゴーレム)」の中には体に埋め込まれた『核』とも呼ばれる部分を破壊しなければ何度でも再生するような高性能な物も在るが、コイツらは核と呼ばれる部分は無い。壊せばそれまでで、大量生産が容易い、言わば量産型だ。

 その割りには一体一体に込められた魔力の量がちょっと尋常じゃない気がするがな・・・

 いや、本当に・・・これってオレ達だから簡単に破壊できてるけど、普通の魔導士じゃ歯が立たないぞ?

 というか――

 

「これで何体目だよッ! クソッタレ!?」

 

 更に通路の奥から次々と湧いてくる『魔導人形(ゴーレム)』にへきへきとし、苛立たしい声を上げる。

 マジで何なの、コイツら? 超湧いてくるんですけど?

 

「僕は40――いや、46体だ」

 

 ウルティオの奴が魔法で、この場に居る『魔導人形(ゴーレム)』の数を一気に数を減らし、その分を加えた数を言う。

 

「こっちはこれで28体だね」

 

 そして、アズマの方も【大樹のアーク】で一体一体を確実に破壊していた。

 ちなみに、オレも細かい数は数えてないが、30体以上と言ったところ・・・

 

「三人合わせりゃ、ざっと100体以上かよ・・・」

 

「その割りには、減ってる気配が無いな――今はまだ大丈夫だが、このままこれが続くと確実にバテるぞ」

 

「解ってはいるが・・・それでも進み続けるしかない――何ともやりづらいね」

 

 オレの言葉に、ウルティオが冷静な指摘が続き、アズマは短的に現在のオレ達の状況を告げた。

 そうだ。オレ達は今、この遺跡を戦いながら先へ先へと進んでいる。

 確かに、こういった風に罠を警戒し、尚且つ迫り来る敵を相手しながら進むのはアズマの言う通り、やりづらいだろうな。

 オレは仕事で危険物を守りながら運ぶなんてのは、やったことあるけど、なんつーか、こう言うのって戦闘系の魔導士の仕事じゃねぇんだよな。実際にやってみると、戦闘能力とは別の力が必要になってくるのだ。

 ましてや冷静な頭脳と汎用性の高い魔法が売りのウルティオは兎も角、アズマは完全に戦闘特化型の魔導士だからな。

 

「マジで、コイツら何体居るんだよ」

 

 また一体を破壊しながら、底をつく気配が全く無いゴーレムに溜め息を吐きながら呟く。

 魔法で聴力を強化しているオレは、この中では一番罠の感知に長けている。なので先頭を進んでいる。

 オレ達の進んでいる通路の奥から次々と現れては、こちらに襲いかかってくる魔導人形(ゴーレム)の群れ・・・その数は前を見渡せばそいつらで視界がいっぱいなるぐらいに多くて、数えるのも億劫なレベルだ。本当にいい加減にしてほしいぜ。

 

「もう、1時間は走りっぱなしだ。余りよくないな・・・」

 

(魔力はまだまだ余裕がある・・・しかし、体力的に持つのか? 先に何が在るかも解らない状況でこれは・・・)

 

「ああ、このままではジリ貧でしかないが・・・イチイチ迎撃していては、魔力と体力の消耗が激しいね」

 

(ふむ、つまらんね。性能はそこそこではあるが、こうも動きが単調では訓練にもならん、が・・・このままこれが続くようであれば何かしら手段が必要になってくるか・・・)

 

「けど、こうも際限なく奥の通路をから湧いて出てこられたら絶対に避けるのは無理だぜ?」

 

 二人の会話と内心の心の声を聞いて、オレも自分の意見を述べる・・・そう、オレ達が遺跡に潜り始めてから、程なく現れた魔導人形(ゴーレム)は、休む間もなくオレ達の前に立ち塞がり続けている。もう既に遺跡に潜ってから1時間以上経過しているにも関わらず途絶える気配はない。

 

 会話をしている間も、オレ達は誰一人として休むことなく、石の人形相手に無双している。

 オレの今使っている魔法はどれも魔力の燃費が良くて、長時間の戦闘も普段ならば問題ないが、さっきから二つ三つの魔法を常に重複して使用しているから、魔力の消耗が中々激しい。体力も走り通しなので、少しずつではあるが、確実に減ってきている。

 と言っても、滅竜魔法のラクリマを体に埋め込んで以来、オレの魔力は驚異の上昇を続けているので、この程度ならば未だ全然余裕だ・・・だが、終わりの見えない中でこれは流石に精神的にくるものがある。

 何と言うか・・・ひたっすらに体力気力の続く限り耐久で同じ作業を延々と遣り続けるみたいな感じだ。

 体力的にはまだ全然余裕なのに、スゲェ疲れる。なんだ? この無情感は・・・

 

 なんか、オレの想像してたトレジャーハンティングと違う・・・もっとこう――冒険の末にお宝を手に入れるみたいなのを想像してたんだがなぁ。何でオレ、石で出来た人形を殴りながら耐久障害物マラソンしてんだ?

 

 いや、まぁ今潜ってるのは黒魔導士ゼレフが関連してて、お宝は聞いた人間を皆殺しにするという物騒極まりない笛型の【集団呪殺魔法】なんて呼ばれてる悪魔な訳だが・・・ロマンって大切だろ? マジで逃げりゃ良かったって後悔しつつあるけどな。

 こういう場所には便利なアイテムとかありそうだし、そういうのを見つけたらこっそりオレの物にしようかなぁ~とか言う不純な動機もあったんだが、良く考えてみたら、ここにあるとしたら黒魔術か呪いの産物みたいな奴しか無さそうな気がする。

 どうしようかな。マジで帰りたくなってきた。

 

 それになんか、嫌な予感がする・・・割りと修羅場を潜って来てるから元々勘は鋭い方だが、【占い】の魔法を身に付けてから更に『こういう勘』が当たるようになったんだよな。

 しかも、深刻にオレの『命』に関わってくるような仕事の最中となると神経が研ぎ澄まされる影響か、この『勘』は余計に当たる傾向にあるのだ。

 

「嫌な予感しかしねぇんだが・・・」

 

「それはそうだ。こんな状況で良い予感がするなら、それはそれで問題だろう。主に君の精神面が・・・」

 

「いや、そうだけどよ・・・」

 

「ところでコブラ――ここはどの辺りか解るかね?」

 

「多分、地下三階ぐらいだろう・・・なッ!」

 

 掌に魔力を集めて、それを一気に魔力砲として放出し、前方の敵を六体ほど纏めて吹き飛ばしながらアズマの質問に答える。

 うん、今までに通った階段の数からして、そのぐらいだな。

 

 魔力砲は魔力を放出するだけなので、ある程度の魔導士ならば誰でも出来る――何故か、原作では使っている者がほとんど居なかったが――ので、オレの基本的な戦術の一つだ。

 ちなみにイメージは、『ドラゴンボール』の気弾みたいな感じだ。『かめはめ波』は出来ない。それっぽい模倣なら可能なのだが、別に溜めを大きくしたところで威力がでかくなったりはしないから、やる意味がないのだ。

 それでもオレの手札の中では数少ない遠距離を攻撃出来る手段だし中々重宝はしている。

 ちなみに、何でイメージが『ドラゴンボール』なのかというと、主に前世で見たアニメを中心に色々と試した結果、これに落ち着いたからだ。何と無くオレに合うのだ。

 

「『お宝』が在るのは地下八階。あと五階層だな・・・つーか、お前ら意外に余裕そうだな」

 

「意外か?」

 

「仮にもギルドの幹部なのだからな――この程度は出来て当然だ。侮ってもらっては困るね」

 

「・・・そうかよ」

 

 なるほどねぇ、考えてみれば『あの』マスターハデスがその才能を見極めて、魔法を授けるほどだ。

 コイツらが並みではないことは既に解っていたが、思った以上にやるな。

 オレは内心で、煉獄の七眷属の実力を上方修正しつつ、油断なく前を見据える。

 

 コイツらも、恐らくは原作主要メンバーや転生者程ではないだろうが、潜在能力はかなり高そうだ。

 ウルティオに至っては『天才』という言葉すら生温いほどの素質を生まれながらにして備えているわけだしな。

 ウルティオの奴は強くなりたいと思う気持ちが強い。普通はあれだけの才能があれば多少なりとも慢心しそうなものだが、それもなく、こいつ才能にかまけて努力を怠ら無い・・・つまりは努力の出来る天才という珍しいタイプだ。

 しかし、ウルティオは自分が『天才』であることを自覚し、それを客観的に見れている――故に「過剰な努力」はしない。

 勿論、あいつが努力を怠っているという訳ではない。ウルティオは自分に出来る範囲内で最大限の努力をしている。だが、限界を越えて(・・・・・・・・・・・・)修行したりはしないのだ。

 

 オレみたいに、一歩間違えれば体に致命的な後遺症が残るような激しい修行などしないし、魔力量を増やすために限界を越えて魔力を絞り出すような無茶なこともしない。

 あいつの場合は、普通に鍛えていれば(・・・・・・・・・・・・・・)、それで十分にオレが死ぬ気の努力する以上の成果が付いてくる・・・なので、こう言っては何だが、ウルティオはオレよりも遥かに「努力」をしていない。

 

 それにも関わらず、あいつは十代後半で超一流クラスの実力を持っているのだ。マジで才能という一点に置いては、恐らくは原作主要メンバー並みか、それ以上だ。

 恐らくは、将来的には『ハデス』や『イシュガルの四天王』とすら並ぶほどの大魔導士に成るだろう。

 

 正直、こいつの才能に嫉妬したことは一度や二度では利かない。

 いや、才能だけじゃねぇな・・・ウルティオ・ミルコビッチという男を見ていると、どうしてもかつての――『前世のオレ』と比べてしまう。

 なんつーかな、コンプレックスを刺激されると言うか・・・とにかく、何とも言い難い気持ちになり、複雑なのだ。

 こういう完璧な資質を持つ男を目の前にすると、既に『男の象徴』を失ってしまったオレでも色々とかんじいるものがある。

 

 それに、ウルティオは兎も角、アズマの方もウルティオと本当に同格の実力があるらしい。

 ウルティオ並の天才がゴロゴロ居る訳がないので、こちらは並み並みならぬ努力の賜物だろう。何と無くだが、厳しい修行を積む事で堅実に自分を高めている者特有の感じがする。

 オレと同じように修行を日常の一部にしている修行者の様な・・・そんな感じだ。

 勿論、才能もあるだろうが、こう言う奴には好感が持てるな。

 

 この二人が居てくれて、今のところは物凄く助かっている。

 評議院の部隊は一体どうやってこんな障害を潜り抜けたんだ?

 多分、同行したトレジャーハンターギルドの精鋭のお陰かね? あいつらはオレ達と違って、遺跡発掘のプロだしな。罠を潜り抜ける専用の技術や魔法の一つや二つ持ってるんだろうな。

 まぁ、オレ達はそういう経験がなく、技術もないので力押しで行くしかないんだが・・・

 

 このままの調子なら・・・力押しで行けそうか?

 

 それにしても・・・本当に何なんだ?

 この嫌な胸騒ぎは――この先で『何か』が起きようとしている。

 しかも、それはオレにとってはよろしくない『何か』だろう。それは間違いなさそうだ。

 

「気合い入れるしかねぇか・・・」

 

 ポツリと呟いた声はオレの後ろに居る二人の耳には入らなかった。

 この先に何が待ち受けているのかは解らんが、コイツらも居るし、大丈夫だろ・・・

 そう考えながら、先に進む毎に強くなる予感を振り払う様に目の前のゴーレムに拳を振るう――あ、強く打ち過ぎたか? 後ろに控えている他のゴーレムを巻き込みながら、凄い勢いでブッ飛んでいった。

 いや、粉々にするよりこっちの方が効率良いか・・・ありゃ? 今度は上半身だけがバラバラになったぞ?

 力加減が難しい――どうも、ラクリマを埋め込んでからというもの、その辺の匙加減が大雑把になっちまったな。これも急激に魔力が増えた弊害か・・・

 折角だし、こいつらで練習しながら先に進むかね。

 そうでもしないと、嫌な予感を忘れられそうにないしな――

 

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 

「うぉぉお、らあッ!!!」

 

 雄叫びをあげながら振るわれる『彼女』の右拳が眼前の魔導人形を粉々に打ち砕く――その様を見て、やはり化け物だなと率直な感想が胸を過る。

 

「ハア・・・ハァ・・・こいつで、最後か?」

 

 荒い息を整えながら、彼女が僕達に問い掛けてくる。

 僕も効率の良い呼吸で息を整え、額の汗を拭いながら返事を返すべく、口を開く

 

「ああ、そして――」

 

「ここが、最後の階層へ降りる為の階段だね」

 

 僕の言葉をアズマが引き継いで答える。見れば、アズマは汗一つ掻いておらず、呼吸も最初と変わっていない。僕らの遺跡攻略は基本的は戦闘しながら走り通しだった。それは全員同じなのに、僕はここまで疲弊し、アズマは未だ未だ余裕綽々・・・悔しいが、やはり肉体面の性能はアズマの方が僕よりも上の様だ。

 ノアの方は、ひたすらに一番前を走っていたから、場所的に一番疲労しやすいので当たり前だが・・・それでも僕よりは体力は多い事は間違いない。

 

 正直、男の僕がアズマは兎も角、女に――それもノアに負けているのは余り面白くない。

 此が片付いたら、身体をもっと鍛えようと決意し、階段に視線をぶつけた。

 さしずめ、地獄への入口――と言ったところか。

 

「間違いないねぇ・・・ここに入ってからずっと感じてた不気味な魔力はここから――」

 

「ここまで来れば、僕でも解る」

 

 ああ、解る・・・この階段の奥から漂ってくる不気味な魔力を――ここまで来れば魔導士なら誰でも感じられるだろう。

 

「しかし、この遺跡自体に魔導人形(ゴーレム)の製造ラインが有るとは・・・どうりで次から次へ現れる筈だね」

 

「ああ、全くだぜ」

 

 アズマの言葉にノアは肯定を示す。

 そして、僕はすぐ横にある魔導人形を製造する魔方陣の残骸に視線を向ける。

 驚いたことに、僕たちが入口からずっと戦い続けていた魔導人形は、全てこの魔方陣から生み出された物なのだ。

 既にアズマが破壊したので、そこには魔方陣の名残が残っているだけなのだが、その魔方陣を見たときは正直、息を呑んだ・・・

 

 恐らくは、侵入者の反応を感知すると、自動で動く代物だったんだろうが、驚くべきは『そこ』ではない。

 あれは、所謂【黒魔術】に属する魔法で、周囲の魔力を吸い上げ魔導人形を作り上げる魔法だが、恐ろしいことに精製に『上限が無い』――つまり、あの程度の魔導人形ならば大気中の魔力の元――エーテルナノさえ続く限り、幾らでも造れる。それもそれさえあるなら材料も無しに・・・だ。

 そして、無限にも等しい魔力が存在するこの世界において、それは無限に稼働し続けることが出来る――つまり、これがあればそれだけで無限の数の兵力を手に入れたも同然なのだ。

 あのレベルの魔導人形(ゴーレム)を無限に造り出せるならば、それは国の一つや二つ簡単に滅ぼせる。

 いや、それどころか、使いようによっては大陸すらも――こんな魔方陣は視たことが無かった。

 だが、一旦発動さえしてしまえば大気中のエーテルナノで賄えても、その起動時には――多くの魔法がそうであるように、この魔方陣の魔法も、発動する際は起動者の魔力を消費しなければならない筈だ。

 

 こんな魔法――起動する際に消費する魔力がどれ程のモノになるというのか――僕がやれば、間違いなく死ぬ。しかも、僕が死んだとしても――死ぬほどの魔力を注ぎ込んでも、これは起動さえしないだろう。

 ああ、見ただけで解る。これが――【黒魔術】。【失われた魔法(ロストマジック)】すらも越える程の凄まじい犠牲を伴う禁忌の魔法・・・ゼレフ信奉者や裏の魔導士の使う有象無象の魔法とは比べ物にならない。これが本物の【黒魔術】――マスターが【魔の深淵】とは「闇の中」・・・【黒魔術】にあると常々言っているが、そんな『戯言』も信じられるほどだ。

 

 これは――この魔方陣の魔法は、僕ごときでは理解できない程の叡智が惜しみ無く使われ、これだけでも下手をすると一国以上の価値がある。

 しかし、同時に何と無く確信出来ることが一つ――これを創った者は『異常者』だ。それも明らかに人間として『破綻』している。

 

 魔方陣の造形から創った者が明らかにまともではなく、僕などその足下にも及ばないほどの天才ではあるだろう。しかし、どうしようもなく狂っていることが解る。いや、解ってしまう――これを創ったのはあの『ゼレフ』・・・なのか?

 伝説の黒魔導士の力の一端・・・マスターの話では、今現在彼は眠っていて、本来の彼ではないらしいが、本来は一体何れ程なのか・・・

 

 正直、仮にゼレフを起こしたとしても、魔導士以外の人間が生きられない、生きられたとしても地獄の世界。そして、魔法が本来の輝きを取り戻す『大魔法世界』を創造することは、はっきり言って不可能だと思っていた。

 なんせ、それは言ってしまえば「世界の改変」だ――そんなことは何れ程の魔力と力が有っても不可能だ。

 だが、僕はゼレフを甘く見ていたというのか・・・たった一つの魔法でこれ程の狂気を感じさせるなど尋常ではないぞ。

 これは、少々『不味い』か?

 

 そこまで考えたところで、己の思考に何処か違和感を覚えた。

 なんだ?

 

「一体何が「不味い」というんだ?」

 

 大魔法世界の創造は僕の悲願の筈だ――なのに何故だ?

 その言葉に何も心引かれない・・・どころか、何か――

 

「おいッ!」

 

「・・・なんだ?」

 

 急にノアが肩を掴んで、僕を無理矢理、己の方に向かせた。

 

「今は――余計なこと考えるな」

 

「ッ!?」

 

 何故だ――と口を開きかけたところで、顔に出しすぎだと指摘してきた。

 

「お前もあの魔力を感じてるなら、あれが脅威だって解んだろうが・・・つーかよ、このタイミングで余計なことでうじうじ悩むなってんだよ。悩むなら、全部終わってからにしてくれよ」

 

 ――ッ! 全くこの女は無茶をいってくれる。

 だが、言っていることは正論だ。

 心に取っ掛かりのある状態で、この先に進むのはダメだ。確実にこの先には「何かが居る」――もしくは「在る」のだ。

 

「コブラ――これまでの道程で何が気になった?」

 

「・・・罠が一切無かったな」

 

「そうだな。僕は古代遺跡を他に知らないが、普通はもっと『何か』あるものじゃないのか?」

 

「・・・そうだな。不自然すぎる」

 

 本当にこの先に何があるんだ?

 出発の前に聞いた話では確か、この先で評議院の部隊が全滅したんだった。

 

「しっかし、マジでこの先に何があんのかね・・・呪歌(ララバイ)が罠で発動でもしたのか?」 

 

「考えられるな・・・では、いざというときは耳を塞ぐ必要がある。それを念頭に置いておいてくれ」

 

 僕が二人の顔を見てから告げると、二人が首を縦に振る。

 特にノアは、耳が異常なほど良いので、魔法で聴力を強化していたら、耳を塞いでいても聴いてしまうかもしれないので、魔法を切っておくように伝えると、これにも彼女は素直に頷いてくれた。

 

 今まで罠が無かったからと言って、これからも無いとは限らない。

 というか、確実に在るんだろう――でなければ、評議院の部隊が二度に渡って全滅したことに説明がつかない。

 特に、二度目の部隊はここまでは確実に来た筈だ。現にここに来るまでに彼らが残したと思われる痕跡が山ほどあったのだから・・・間違いなく、彼等はここまではたどり着き、この先で全滅したのだ。

 

「さてと――行くか」

 

 その後、十分ほどの時間を懸けて、必要な準備を整えて立ち上がる。本来ならばもう少し魔力が回復するまで待ちたいのが本音だが、そうグズグズもしてられない。

 僕達が破壊した魔導人形(ゴーレム)を造る魔方陣は時間を懸ければ自動修復するタイプの物だと考えられるからだ。

 でなければ、僕達が入ってきたときに起動した事に説明がつかない。僕達よりも前に潜った評議院の部隊はここまで来ているのだとすれば、まず間違いなく、彼等もあの魔方陣を破壊した筈なのだから・・・にもかかわらず動いていた事実を鑑みて、自動修復機能がついていると考えるのが妥当だからな。

 

「ハァ~、疲れるな。ウルティオこれ終わったら呑みに行こうぜ・・・勿論お前の奢りで」

 

「いや、呑みに行くのは構わないが、酒は無しにしてくれよ? というか、そこは割り勘じゃないのか?」

 

 いや、というか君と呑みに行くときは大抵は僕の奢りな気が・・・それに、君と酒の席に同席するのは正直遠慮したいんだが――多少のアルコールなら問題ないが、ノアは酔うと面倒だ。

 

「いやいや、未来の大魔導士様が細かいこと気にすんなよ」

 

「ふむ、ウルティオの奢りだと言うなら俺も付き合おう」

 

「アズマ!?」

 

 ちなみにアズマはかなり食べるし、酒乱だ。こちらも酔うとかなり面倒臭い。

 何て事だ――僕に味方は居ないのか・・・そんな風に黄昏ている体を見せると、彼女は笑いながら先に進んで行き、僕とアズマもその後に続いて階段を降りていく。

 

 これらの会話は間違いなく、彼女なりに気を効かせた結果なのだろう。

 彼女の気遣いは不器用だが、それでも何処か暖かいと感じる・・・

 

 

 

 慎重に警戒しながらに階段を降りていくが、僕達が感じている不気味な魔力の波動は、下に降りるとどんどん強くなっていった。

 まるで、階段を一つ一つ降りる度に自分が死に向かっているみたいだ。

 正直、僕は今ここに来たことを僅かながらも後悔し始めている・・・ザンクロウやラスティに押し付けてしまえば良かったと・・・だがその場合、僕は『友』を見捨てる事になっただろう。

 予感がある――これから先に在るものは『彼女』一人では乗り越えることは出来ないだろうという予感――いや、確信がある。

 彼女がこの先に待ち受ける何かを乗り越えるのには僕とアズマの力が絶対に必要だ。

 それは出発する前――ノアが、僕に紛らわしい誘いをかけてきた後には、既に僕の中にあった。

 君を守る――その為に、態々彼女を誘導して僕とアズマの二人が同行するように仕向けたのだ。

 

 安心してくれ。

 この先に何があるのかは解らないが、それでも『僕ら』が――『僕』が居る限り、君を決して死なせはしない・・・何故かさっきまで忘れていた『あの日』に僕は君に救われた。

 

 いや、それだけじゃない。今までに僕は何度も救われてきたのだ。

 これらの記憶は、恐らくは何者かの手によって封印されていた・・・未だに全てを思い出したわけではないが、やったのは僕とノアの共通の知り合い――それもそれなりに親しい人間だと想像できる。

 だが、今の僕にはそれが一体誰なのか解らない。

 そして、時間を置けば、恐らくは今思い出した記憶も再度忘れてしまうだろう。これ程強固な記憶操作は、掛かり手――つまりは僕がその魔法を自分から受け入れない限りは不可能な筈だ。だからこそ、これをかけた人物を以前の僕はかなり信用していた筈だ。

 

 多分、僕がこれらの記憶を保持したままで居られるのは、そう長い時間じゃない。このマスターからの依頼の間だけでも持てば上等だろう。

 だから、今『借り』を今返そう・・・僕がこれらの記憶を認識している内に――そう決意を固めて、震えそうになる身体をそう見せないように堂々と見える様に取り繕い足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




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憑依者の仕事④

 

 

 

 そこはとある遺跡の奥深く――かつて伝説の黒魔導士と呼ばれた呪われた男が作り上げた遺跡の最下層。

 

 『それ』は何者かの侵入を感知した――

 『それ』は直ぐに遺跡に組み込まれた防衛システムを動かし、自身の手駒を向かわせた――

 

 侵入者は凡そ『30』・・・魔力の量からして魔導人形(ゴーレム)二十体も送れば簡単に殲滅できる。

 

 しかし、それらの侵入者は、なんと魔法と技巧を駆使し、向かわせた魔導人形(ゴーレム)を掻い潜り、そこの一つ上の層にまで時間を懸けて辿り着いた。

 そして、魔導人形(てごま)を生み出すための装置の役割を果たす魔方陣を壊してくれた。

 これによって『それ』は自身に組み込まれたシステムに従い己を『使う』ことを決定した。

 魔方陣が壊されてしまったら、そこから産み出された『魔導人形(にんぎょう)』は使えなくなるからだ。

 むろん、それまでに産み出された魔導人形(ゴーレム)が消えるわけではないが、魔方陣が破壊された以上、自動修復するまでは魔導人形は停止してしまう。

 この遺跡を創った魔導士は、何故か『魔方陣』と『それ』以外の防衛手段を造らなかった。

 もはや、残された手は己を使うしかない。

 

 故に『それ』は起動した――そして、その僅か数分後、その場に三十人ばかりの人間がそこで一人残らず絶命した。

 そこに踏み込んだ者達は、魔導評議院が『とあるアイテム』の回収のために送り込んだ魔導士達と精鋭のトレジャーハンターであったが、それらの死体は全て絶望の色が濃く残っていた。

 そしてまるで、有り得ないものでも見たかの様な――そんな驚愕が浮かんでいた。

 

 

 それから、幾ばくかの時間が過ぎ去った――

 

 

 『それ』は再び侵入者を感知した――

 『それ』は組み込まれたシステムを使い、自身の手駒を向かわせた――そこまでは前回と同じ。

 しかし、今度の侵入者は以前とは遥かに格が違った。

 なんと、魔導人形(ゴーレム)達を正面から破壊しながらとんでもないスピードでこちらへ向かってくる・・・前回の侵入者は魔導人形(ゴーレム)を一体も相手にすることなく、すり抜けるようにこちらへ向かって来た為、時間もそれなりに掛かっていたが、今度の敵は正面から堂々と障害を力で粉砕し、恐ろしい速度でここへ来つつある――

 以前の者達が『盗人(ぬすっと)』であるなら、此度の者達は『強盗』だ。それもかなりの腕前を持っていて、こちらの防衛システムを強引に破壊しながら奥へ奥へと侵入してくる。

 被害を被る『それ』からしたら理不尽きわまりない状況だが、『それ』はただのシステムに過ぎない。

 ただ、決められたルールに従い、使命を守るだけの存在であるがゆえに、その様な思考をしていない。

 在るのはどう侵入者を叩き潰すか合理的に計算するだけの機能のみだ。

 

 このままでは自身を起動する前にそこへ来かねないと判断した『それ』は魔導人形(ゴーレム)の数を増やして、出来たものから順次投入し、なるべく時間を稼ぐ――

 

 

 その数分後、それの全ての準備が整った時――三人の魔導士と『それ』は相対した。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 エリック、ウルティオ、アズマの三人は慎重な足取りで周囲を警戒しながら、その階に辿り着いた。

 これまでの道程は決して、並の魔導士に通れるような楽な道取りではなく、厳しいものだったが、普通の範疇に留まらない三人の魔導士は、僅か三人でその実力を持ってここまで辿り着いたのだ。

 

 ここに至って彼等には細かい傷や服の解れ等を除いて、ほとんど無傷と言って良い格好であり、前の階層でひとまずの準備と小休止を取ったので、体力的な疲れはほぼ解消され、魔力量も未だに三分の二以上残っている。

 体力的にも、魔力的にも余裕があり、気力も決して衰えてはいない。

 しかし、彼等の表情は一様に冴えない――何故なら、彼等は既に感じ取っているからだ。

 

 この『アポス遺跡』に潜った時から感じていた不気味な魔力――それは、下に降りれば降りるほどにより濃厚になり、邪悪さを増していき、現在彼等の居る最下層と思われる場所からは、それが当然の様に今までに無いぐらいに感じ取れる。

 その魔力の凶悪さ足るや、魔導士である以前に優れた戦闘者である彼等に自身に迫る死の気配を連想させる程だ。

 

 何が起こっても素早く反応できる様に心掛けながら、周りを見渡していたウルティオが何かを発見し、続いてアズマも同じ方向で視線を固定し固まった。

 そして、エリックは彼等とは別の方向を注視し――『目当ての物』を発見し、その顔に喜色を浮かべた。

 

「こいつがそうか――」

 

 彼女は『それ』こそが目当ての物であることを確めるべく、それに近づいていく――当然その際に焦って不用意な行動を取らず、これまで通り慎重に警戒を怠らずにそれに近づく・・・

 

 そして、それに近づいていくにつれて罠の類いはなさそうだと判断し、恐る恐るそれに手を伸ばす。

 念のために音の反響で物理的な罠の有無と、感性を最大限に高めて魔力についても調べる――やがて魔法的な罠もないと判断し、ゆっくりと『それ』を持ち上げる――

 

「これが――【呪歌(ララバイ)】」

 

 エリックの手に収まったそれは『笛』だった――但し、断じて普通の『笛』などではない。

 ドクロを模した形の不気味な造詣もそうだが、これは歴とした魔法だ。

 その音色を聞いた人間を全て呪いによって殺すという凶悪な性質を持った魔笛――そう、これこそが【集団呪殺魔法――呪歌(ララバイ)】――かの伝説の黒魔導士が『自身を殺す』・・・その為に創り上げた悪魔の一体にして、最悪の魔法。

 それこそ、今彼女の手に在る笛の正体だ。

 

 

 彼女は、それを手に取って喜んだのも束の間・・・己の手中にある筈の【呪歌(ララバイ)】の余りの脆弱さに気が付いた。

 まるで、魔力を感じられない・・・その事に果てしない違和感を感じたのだ。何せ、あのゼレフが創ったものだ。この程度なのかと疑問に思うも、【呪歌(ララバイ)】本体をよく目を凝らして見てみれば、極々微細な魔力の流れが、まるで帯のように巻き付いていることが彼女にも解った――そして、納得した。

 

「なるほどな。確か封印されてたな」

 

 彼女の中にある原作知識で【呪歌(ララバイ)】は、闇ギルド『鉄の森(アイゼンヴァルト)』に所属する『カゲ?』と呼ばれていた【解除魔導士(ディスペラー)】に封印を解除されるまでは、厳重な封印が掛けられていた筈だ。

 

 そして、【呪歌(ララバイ)】が載っていた台座から、少し離れた場所の壁に壁画が刻まれているのを見つけると、そこに向かっていく。

 

「これは――フィオーレの王城に在るのと同じ物なのか? 何でこんな所に・・・」

 

 それは、以前彼女がフィオーレ王国の首都――クロッカスの街に寄ったときの事だ。

 ついでに原作にあった場所を回ってみようと思い至り、王城の地下に潜り込んだときの事だ――そこで彼女は、これと同じものを見た。

 火を吹いている竜とその炎を何らかの手段で防いでいる人間の魔導士を描いた絵・・・最も王城の地下にあったのは石板に掘られたものだったのに対して、これは壁に直接掘られている等の違いはあるが・・・何と無くだが、彼女はこれらの絵が同じ人物に描かれた物ではないかと思った。

 

(だとするなら・・・・これを書いたのはゼレフか? けど何のために『竜王祭』についてあちこちに残す必要が在るんだ?)

 

 この壁画は『竜』と戦う『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』を描いており、その意味の指し示す所は確か――

 

「ノア――それが間違いなく本物の【呪歌(ララバイ)】だというなら、早くここを出よう。これ以上ここに留まる理由はないだろう?」

 

 最近、どうも存外に当てにならない記憶を掘り起こそうとしたところで、彼女の意識にウルティオの声が割り込んできた。

 

「そう・・だね。どうにも嫌な気配がする――このままここに居たら不味いことになる気がしてならない」

 

 ウルティオに続いてアズマもまた、撤退を促す。

 その声を聞き、彼女は二人の声が少し震えている事に気が付き、身体を反転させて二人の方に向いた――そして、彼等の背中と「それ」を視界に捉えた。

 

「こいつは――」

 

 呟かれた言葉は少し上擦っていた。

 彼女は目を見開き、刮目した――

 

 それは『骨』だった――

 

 『人』の物ではない――骨格や骨の数がまるで違う。

 何よりも『それ』は人間のものでは有り得ないほどに巨大だった。

 

「『ドラゴン』の――骨?」

 

 そう、それは巨大な『竜』の骨格だった――それも、全身がほほ残っていて、非常に保存状態が良いと判断できる物で、生物学者なら眉唾ものだ。

 彼女の知る限り、これ程の物は、フィオーレ王国の王城の地下にも無かった。あそこに在ったものは全て、何かしらの損傷があり、恐らくは生きている頃にとてつもない『何か』――恐らくはアクノロギア――に致命傷を与えられた事が見てとれたが、これはまるで無傷の様に見えるのだ。

 

(病気か何かで死んだのか? それにしては――この骨は『綺麗(・・・・)』過ぎるぞ!)

 

 とてつもなく嫌な予感がする――まるでかつてのアクノロギアが少しずつ自分に近づいてくるごとに己が死に近づいているように感じたあの時のような――まるで生きた心地のしなかった絶望の数分間に匹敵する程に、煩く彼女の勘は煩く警鐘を鳴らしているのだ。

 

 そして――

 

【ハイ・・ジョ・・・・スル】

 

 ――全身に悪寒が走り抜け、一気に冷や汗が身体中に流れた。

 それは、彼女だけではなく他の二人も同じだ

 

「――撤退だ!!」

 

 エリックが全力で叫ぶように指示を出す。

 それからは一瞬だった――エリック、ウルティオ、アズマは己が出せる最高速度で瞬時に出口に向かって駆け出した。

 三人が共通して感じた恐怖の故か、普段以上の速度を出して出口に殺到する。

 

 しかし――先頭を走っていたウルティオ――位置的に一番近かった――がそこにたどり着くよりも早く、そこは壁が盛り上がり塞がってしまった。

 

【ニガサ・・・ナイ】

 

「クソッタレ!?」

 

 エリックは、吐き出すように叫びながら、後ろに居る『それ』に対応するために勢い良く振り返る。

 そして見た――先程見た骨の中心部から、まるでこの遺跡の中にある魔力が全て結集しているかのように集まっている所を見てしまった。

 

「【枝の剣(ラームスシーカ)】!」

 

「食らえッ!」

 

 アズマの【大樹のアーク】で作り出された剣を思わせる形をした枝が、ウルティオの魔力弾がそれぞれ『それ』にぶつかった――

 このままでは不味いと判断した二人は、何かが起こる前にそれを破壊するべく渾身の力を持って攻撃したのだ。

 

「・・・これは――」

 

「夢でも見ているのかの様だよ――」

 

 攻撃を当てた二人の顔色は決して芳しいものではない。

 解ってしまったからだ・・・『それ』が無傷であることを――そして、理解した。

 目の前のそれが自分達の手に負える類いの物ではないと――

 

 二人の攻撃によって、辺り砂が舞い上がり、着弾点であるそこは砂煙で見えない。

 そして、ゆっくりと砂が晴れていく――そこには、既に『骨は』無かった・・・そこに居た(・・・)のは、完全な姿を取り戻した『一頭』の『(ドラゴン)』が居た――

 

「おい・・・何だよアレッ!?」

 

「竜・・に見えるな」

 

「んなことは解ってるよッ! 問題は何で骨がああなったんだよッ!?」

 

「どうやら、先程の亡骸に何らかの【魔法】が作用して、生前の姿を取り戻した・・としか考えられんね」

 

 震える声で絞り出されるエリックの声に答えながら、ウルティオは彼女の声に恐怖が混ざっている事が気になった。

 いや、恐怖事態は彼も、そして、アズマも感じているが、それでも彼女のそれは彼等の比ではない様に感じるのだ。

 

(どうにも、必要以上に怖がっている様に見えるが・・・何故だ?)

 

 それはほんの些細な表情の変化だったが、曲がりなりにも、付き合いの長い彼から見たら一目瞭然だった。

 一体何が彼女をそこまで怖がらせているのか――恐怖を与えているというのか・・・しかし、彼のその思考も長くは続かなかった――眼前の敵が動いたからだ。

 

闇竜(アンリュウ)ノ――咆哮(ホウコウ)

 

 次の瞬間――闇の属性の魔力の奔流が彼等の立つ場所に殺到した――

 

 

 

 

 

 




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毒竜の目覚め①

2月は忙しく、3月に入っても暫くは忙しそうなので、今の内に中途半端ではありますが、書き上げて投稿させて頂きます。



 

 

 

 

 『絶望』――それが、初めて『本物の竜』を見た時に抱いたオレの感情だ。

 

 【FAIRY TAIL】の世界に転生したオレは、一度死んでいる・・・前世において、オレはトラックに正面から激突するという有りがちでありながらも、中々にスプラッタな死にかたをした。そして、不本意ながらもその時のことと、その「後の事」も鮮明に覚えている。

 自分が死んだ記憶を持っているというのは結構クルものが有るわけで・・・正直、それらのことは、オレが二度と死にたくないと魂にまで刻み付けられるには十分すぎる理由だと個人的には思ってる。

 

 それからオレは自分が死ぬぐらいなら、他人を害し、或いは『殺してでも生き残る』という考えを持つようになった。

 良心の呵責? そんなもんは知らん。いっぺん死んだら、そんな価値観ぐらい簡単に引っくり返るわ。

 勿論、それはオレ自身も、間違っていることが解る――いや、どうしようもなく歪んでいると理解している。

 だが、オレの中の『死に対する恐怖』がそうさせる・・・しかし、オレはそれを言い訳にするつもりはない。どんな理由があるにしろ、それは人を殺す理由にはならないのだから・・・それに、オレが初めて人を殺した時――オレはこの世界の人間を同じ人間であるとは思っていなかった。心の何処かで『ここ』は創作物の世界であり、現実ではない。そんな認識が少なからずオレの中にあったのだ。

 

 今では、オレはこの世界もかつていた世界と同様に現実として認識を改めてはいるが、それでオレが今までに犯してきた罪を帳消しになど出来る筈がない。

 何よりもオレ自身がそれを絶対に許せねぇ。

 

 オレは自分自身、死に対しての恐怖が尋常ではない事を理解している――それ故にその竜を見た時に感じたのは、絶望だった。

 オレはあの『黒竜(アクノロギア)』を前にして、己の死を確信したのだ。

 

 だが、アイツはオレに気付く事無く、震えて蹲るオレの前を悠々と通り過ぎて行った。

 その時、オレは好奇心でアクノロギアに近づいたことを心底後悔し、同時に生き残れた事に心底安堵していた。

 

 

 本当は解ってる。

 オレに【滅竜魔法】が使えない理由を――【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】に成れない理由をオレは理解している。

 ただ、認めたくないから『滅竜の魔水晶(ラクリマ)』を身体に埋め込んでから二ヶ月以上もその理由から目を背けていたのだ。

 

 【滅竜魔法】とは、究極的には『人間が竜を倒すための魔法』だ。その力の源泉は竜という存在に対しての闘争心・・・だが、オレと原作の『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』達とでは条件が違う。

 原作主人公の『ナツ・ドラグニル』を含む第一世代、第三世代の『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』は竜に育てられたので、彼らにとって竜とは親であり、身近な存在だった。

 『ラクサス』に『原作コブラ』という第二世代の『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』は逆に竜を全く見たことがなく、その圧倒的な力を知らなかった。

 それらが全てという訳ではないだろうが、彼等は竜に対して、そこまでの脅威を感じる事無かったが故に竜を滅ぼすという異常な魔法を使えた。

 

 そしてオレは――竜を『倒せる存在』だとは思っていない。

 何故なら知っているから――あの黒いドラゴンが一体どれだけ出鱈目な存在なのかを・・・

 

 滅竜魔法は、竜と戦う為の魔法だが――オレの中の竜に対しての闘争心はあの時・・・アクノロギアに完膚なきなまでにへし折られている。

 

 恐らくは原作の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)達もオレと同じく、初めて会った竜がアクノロギアであったなら――いや、そうでなくとも自分に敵対的であったならば、その圧倒的な力を肌で感じ取ってしまい【滅竜魔法】など使えないはずだ――ああ、そうだ。その筈なんだ。

 だから、オレが悪い訳じゃないはずだ。

 

 オレにとって竜は恐怖の象徴だ。

 だから、滅竜魔法が使えない。

 竜を倒せるなんてこれっぽっちも思えないから――使えるわけがない。

 オレの心は――既に折れているから。

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

 

「――クソッ!」

 

 途切れた意識が一瞬で回復し、それと同時に口から悪態を吐く。

 どうやら、オレは一瞬気絶しちまったらしい。

 

「ウル! アズマ!」

 

 今この場においての、仲間二人の名前を呼び、無事を確認するように先程まで居た場所に慌てて目を向ける――

 

 そこには、何も無かった。

 この遺跡全体を覆っている魔力のせいで、恐ろしく頑丈な筈の床がそこだけ消滅していた・・・まるでそこには、何もなかったかのように――だ。

 

 クソッ! もう、罠とか警戒してる場合じゃねぇ!

 オレは今まで【呪歌】を警戒して使って無かった【聴力付加(イヤリング)】を発動した。

 

 当然、それは普段視覚よりも頼りにしている聴覚によって仲間の安否を確認するためだ。

 しかし――二人の仲間の無事を音で確認するよりも早く、オレの鋭すぎる聴力は別の存在(・・・・・・・・)が発する音を聴いてしまった・・・

 

「ぁ、あぁ――」

 

 音の発生源に目を向けたとき、オレの身体は恐怖によって固まった。

 足がすくんで震える――オレの心が恐怖で塗り潰されていく・・・

 

 そこに居た「それ」は黒い鱗を持った「黒い竜」だった・・・ソイツは光を灯さない無機質な瞳でオレを見ている。

 「黒い竜」――鱗の形も体のシルエットもまるで違う。

 『アイツ』はもっと全体的に丸い形状をしていたし、鱗の色もまるで全てを飲み込むような光沢を放つ漆黒だった。

 『コイツ』は頭部も含めて全体的に鋭い形状だし、鱗も同じ黒系統でも、影を連想させる薄い黒だ。

 

 違う――全く違う筈だ。

 『コイツ』は『アイツ』ではない。

 なのに、何でだ――なんで目の前の『コイツ』が『アクノロギア』に重なるんだよッ!!

 

【ハイジョスル】

 

 黒い竜は、足が震えて動けないオレに向けて、その巨大な腕を降り下ろしてきた――

 

 まるで、前世の死ぬ直前みたいに、オレに対して落ちてくる竜の腕が――いや、時間が流れるのが酷く遅く感じる・・・だが、オレの身体はその時間の流れに対応出来ていないし、何より、身体が全く言うことを聞かない。

 

 オレの二度目の人生はここで――

 

「ノア!!」

 

 ここで終わりかと諦めて、オレは両目蓋を閉じてしまった。

 しかし、竜の巨大な腕が降り下ろされるよりも早く、オレの身体は横からの衝撃を受けて、ぶつかって来た物と共に勢い良く床を転がる――

 

「おい、無事か!?」

 

「ウル・・ティオ?」

 

 体の勢いが止まると、オレは仰向けの姿勢で床に転がったまま、自分に覆い被さるウルティオの姿を呆然と見つめる。

 

「何をしているんだ!? 何故避けない!」

 

「オレ、は――すまねぇ」

 

 真剣にオレを見つめてくる視線に耐えられず、顔を背けて謝罪を口にしてしまう。

 ウルティオの奴は、オレの顔を見つめたまま、何かを考えこむような思い詰めた顔のままオレから身体を離して立ち上がった。

 

「・・・無事なら良い。なら早く、立ち上がれ――死にたいの訳じゃないだろう? 流石にアズマ一人では荷が重い」

 

 その言葉に、顔を先程まで自分達が居た場所に向けると、アズマが一人で、黒竜を相手に孤軍奮闘していた。

 アズマは自身の魔法を巧みに使い、何とか攻撃をかわしてるようだが、既に全身に傷がある。

 その様子を見て、アズマが一人でかなり危険な状況にあることを認識し――

 

暗竜の散爪(アンリュウノザンソウ)

 

「ハハハ! これがかつて最強と謳われたドラゴンか!! 流石に手強いね!!」

 

 ――訂正。割りと余裕そうだった。

 良く視ると、身体は傷だらけのように見えるが、どれも軽症の掠り傷・・・動きにも影響は視られない。

 

 あれ? なんかアイツ原作に比べて強すぎないか?

 ウルティアがウルティオで、性別の変化に伴って強くなったように、アズマも原作に比べたら強化されているように感じてはいたが、まさかここまで強いとは・・・

 

 だが――

 

「やはり、攻撃が――」

 

「一切通ってねぇ」

 

 竜を倒せるのは【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】だけなのは、【滅竜魔法】以外の魔法では奴等にまともなダメージ一つ与えることが出来ないからだ。

 他の魔法では、竜に対して一切のダメージが通らない。いや、もしかしたら余程の攻撃力があれば或いは通るかもしれないが、少なくとも、オレの知る限りでは、聖十大魔導の「ジュラ」ですら竜に対してはほぼ無力だった。

 いかにアズマやウルティオが強いといっても、現時点でジュラよりも強いと言うことはまず無い筈。

 

 ――そして、攻撃が通らない以上、オレらに勝ち目など無い――

 

「おい、何とかここから・・・」

 

 『出られないか――』その言葉は、最後まで口から漏れることはなかった。

 方法が思い付かないからだ。

 ただ一つの出口は防がれた――壊すことは出来なくはないだろうが、どうやっても時間が懸かる。

 壊すまでの間に皆殺しにされて終わりだ。

 

 かといって、他の出口を探すのも壊すのと同じく、それをやるまでの間に殺されるだろう。

 

 かくれるか? いや、ここは向こうのテリトリーだぞ。直ぐに見つかるに決まってる。

 

 どうする?

 一体どうすれば――

 

「ノア・・・君は諦めているのか?」

 

「ッ!?」 

 

 驚愕した――まるで心を見透かされたかのように錯覚するほど、コイツはオレの心境を読み取っていたから――だから、ウルティオのその言葉は、真っ直ぐにオレの心に突き刺さった。

 

 頭がカッと沸騰しかけているのが解る・・・それが、見透かされた羞恥によるものなのか、それとも無神経な言葉に対しての怒りによるものなのか――正直、オレにも良く解らない。

 

 だが、次の瞬間にはオレの中から、そんな感情は消え去り、代わりに心を支配していたのは別の感情だった。

 

「・・・悪いかよ?」

 

「なんだと?」

 

「――あんなもんに勝てるわけねぇだろ? そうじゃねぇのかよッ!」

 

 眉をピクリとしかめたウルティオに叫ぶ――

 

「アイツはドラゴンなんだぞ!」

 

「それが一体どうした?」

 

「人間が勝てる相手じゃない!! 解らないのか!!」

 

 そうだ。勝てるわけがない。

 ならば、戦うべきじゃない――お前程の力があれば解る筈だろ。

 勝ち目など無い事を理解できない筈はないということを。

 

「だから、だからオレは――ッ!?」

 

 思わず口を閉じてしまった。

 こちらを見るウルティオの目が余りにも悲しげだったから・・・

 

暗竜の咆哮(アンリュウノホウコウ)

 

 ウルティオの表情に絶句した次の瞬間、またも俺達に向かって暗黒の魔力を宿した息吹(ブレス)が飛んでくる――

 

 オレは、ハッと意識を向けた頃には既に遅く、避けることは不可能な間合いまでそれは迫っていた。

 眼を瞑り、身体を守るように両腕を自分の前で交差させるが、こんなもので竜の息吹(ブレス)から身を護れる訳がない。

 

 そして、オレ達の元にそれは殺到した――が、どういうことだ? 何時まで経っても予想した痛みがやってこない。

 

 何故だ――そう思って、恐る恐る眼を開いていくと、オレの視界には大きな友人(ウルティオ)の背中が映った・・・

 

「ウル!?」

 

「ノア・・無事か?」

 

 ウルティオの全身は傷だらけだった。

 間違いなくオレを庇って、息吹(ブレス)の直撃を受けたのだろう。

 

「お前――何で!?」

 

 その様を見て、オレの中に後悔が過る――自分が足手まといになっているという現実にどうしようもない悔しさが沸々と湧いてくる。

 

 何よりも情けないのは、この期に及んで尚もオレの中に戦おうという気持ちが生まれない事だ。

 

 情けない。一体何のために滅竜の魔水晶を体に取り込んだんだよ。

 

 一体オレはどれだけ――ッ!!

 

「ノア・・・君、は・・強い」

 

 息も絶え絶えに、こちらを向くことなく掛けられる言葉にオレは「そんなわけねぇだろ」と小さな声で反論する。

 口から漏れたその声は余りに小さく、恐らくは聴こえなかったのだろう。

 眼を伏せて、考える。

 強い人間には基本的に二つ種類がある。

 単純に「強い奴」と――如何なる状況でも「折れない奴」だ。

 物語における主人公達は、そのほとんどが後者の折れない奴か、その二つを両方兼ね揃えている奴だ。

 そして、オレにはどちらも当て嵌まらない。

 オレ程度の魔導士、この世界には掃いて捨てるほど存在するし、オレ以上の実力者も沢山居る。

 何よりも、オレは既に折れているのだ――

 

「君は、常に前を向いてきた。どんな逆境にも負けず、ただ前に向かって突き進んでいった――たとえその道が『正しいものではない』と解っていても、間違っていようとも・・・その様が僕には眩しかった」

 

 ――買い被りだ。

 オレが進み続けてきたのは、眼を背けるためだ。

 初めて人を殺したあの日から、オレは沸き上がる罪悪感から眼を逸らすために、正義でも悪でもない中途半端な道をひたすらに駆けてきた。

 そうしなければ押し潰されそうな気がしたから――

 

「たとえ、闇を、罪を纏っていても――君は僕の『光』だった――」

 

 やめてくれ・・・オレごときに光を見いだすな!

 お前に『光』を与えるのは『グレイ・フルバスター』・・・今は亡き、お前の母の弟子の筈だ。

 

 

「何故、君の輝きが色褪せてしまうのか・・・その原因は、僕には解らない。辛うじて解るのは――今、君がそうなっているのは|『あいつ』のせいであることだけだ!!」

 

「ウル! 止めろ!!」

 

 力強いその声は、オレの耳に心地好くスルりと入ってくる一方で、コイツが何を考えているのか簡単に察してしまえる。

 制止の声を投げ掛けるが、その程度ではコイツは止まらない――長い付き合いであるが故にそれを理解してしまう。

 

「ならば、僕のやるべきことは・・君の中の光を遮る物をどうにかする事だろう。僕はその為にここに来た!」

 

 オレは動かない体を必死に叱咤し、ウルティオの背中に手を伸ばす――

 

「君の中の恐怖は――」

 

 だが、その手は止まってしまった。こちらを振り向いたその顔が、決意を決めたであろう男の顔がオレの行動を止めた。

 

「僕が・・・封じよう――」

 

 ウルティオが、片手を開き、その開かれた掌の上に握りこんだもう片方の腕を重ねた状態で構える。

 オレはそれに眼を見張った。

 その構えは、コイツの実の母が得意とし、後に二人の弟子にそれを教えた【造形魔法】であり、ウルティオが先天的に扱える魔法だったからだ。

 

「【アイスメイク――】」

 

 ウルティオの肉体から、力強い魔力の波動がこちらにまで伝わってくる。

 この遺跡から、或いはあのドラゴンから感じるようなおぞましい物ではない。

 温かく、包み込むような安心感に満ちた魔力――これこそがウルティオの本来の魔力の質なのだと理解できる。

 

「【薔薇の王冠(ローゼンクローネ)】!」

 

 ウルティオの声に反応して、黒いドラゴンはこちらにその無機質な視線を向けるが、遅い。

 高速で生成される氷のイバラが黒竜の身体に巻き付き、拘束するように締め上げた。

 

「早い!」

 

 原作の通り、造形魔法にあるまじき生成速度だ――これが【氷の造形魔法】か!?

 

 だが、氷の荊は黒竜の肉体には一切の傷を付けていない。いや、それどころか竜は完全にこちらを意識したのか、自身の肉体が拘束されていることを構わず、こちらに向かって動き始めた。

 その動きに応じて、氷の荊は簡単にひび割れ、壊れていく。

 

「グッ!?」

 

 微かな苦悶の声がオレの前から聞こえてきた――それは、オレでなければ聴き逃してしまうようなちいさな声だが、確かにオレには聴こえた。

 しかし、ウルティオは構えを崩すことなく、更に魔力を高める。

 

「させるか――ッ!」

 

 こちらに向かって悠々と歩を進める竜の身体に新たに生成された荊が絡み付き、ひび割れた荊もその部分を修復され、より強固に竜の動きを封じた。

 

 一秒毎に次々と複数の氷の荊が竜の身体を覆い、黒い鱗に氷の薔薇が咲いていく――そして、ついに竜の前進が止まった。

 

 だが――黒竜は、拘束の薄い右腕を振り上げてそこから攻撃を放とうとしている。

 しかし、その腕に木の蔦が絡み付き、動きを封じた。

 その光景を見て、オレとウルティオはバッと首を魔力の感じる方へ向けた――

 

「アズマ!? 無事でしたか」

 

「まぁ、無事ではないが・・・流石にこの状況で寝てるわけにもいかないからね」

 

 そこには地面に片膝を着きながらも、両腕を前に突き出す格好でアズマが居た。

 本人の言う通り、その全身はボロボロでとても無事なようには見えない。

 多分アイツもさっきの息吹を直接受けたのだろう。

 

「僕と違って防御してたようにも見えなかったのですが・・・良く生きてますね」

 

「鍛え方が違うからな。何とか生きているよ」

 

 二人の男は互いの生存を喜びながらも、決して全霊の力を込めた束縛を解くことはない。アズマもウルティオも次にあの息吹を受ければ――いや、あと一撃でも攻撃を受ければ命が危ないと理解しているから。

 それぐらい今の二人はボロボロだ。

 直撃を受けたアズマと、魔法で防御していても素の肉体の防御力がそれほど高くないウルティオ・・・だが、二人の魔導士は決して諦めてはいなかった。

 

 オレは前の二つの背中を唖然と見る・・・『アレ』――竜に何で立ち向かえる? 何で絶望しない?

 それどころか二人は勝つ気で居る――二人の目はそれを物語っている。

 

「さてと、このまま倒すなり封印するなりしたいところだがね――「二人とも」手が塞がっていてはどうにもならんね」

 

「アズマはこのまま拘束を続けてください」

 

「何か手があるのか?」

 

 どうやら、アズマは完全にオレの事を『戦力外』と判断したらしい。

 ウルティオの方はオレの方をチラリと見た後で、再び決意を秘めた表情で拘束された黒竜を睨み付ける――

 

「僕の全魔力を奴にぶつけます」

 

「とっておきと思って、期待していいのかね?」

 

「これが無理なら、もう残された手は『一つ』しかないです」

 

 とっておき――あの【造形魔法】を見た後ならそれは容易に想像できる。

 

 【絶対氷結(アイスドシェル)】――氷系統の魔法では【スレイヤー系魔法】を除いたら文句無しに最強の魔法。だが――

 

「ウル! てめぇ!!」

 

 ――それは、術者本人の肉体そのものを絶対に融けない氷に変える禁術だ。

 それを理解しているオレは制止の声を掛ける。

 気が付けば、さっきまで重くて仕方のなかった体が普通に動くようになっていた。

 

「僕を『ウル』と呼ぶな・・・」

 

 淡々とした小さな声がオレの鼓膜に響いた――

 

「僕はまだ、そう呼ばれるに相応しい人間ではない――それに心配しなくても『それ』は本当に最後の手段だ。まだ(・・・)使う気はない」

 

 それを聞いて、オレは一応ではあるが安堵する。

 だが、同時にいよいよとなればそれを躊躇わずに実行するだろう覚悟が今のウルティオからは感じられる。

 

「何で・・・オレの為にそこまでするんだよ」

 

 本当に、何でお前はそこまで・・・

 オレなんぞ見捨てちまえば、そこまで深手を負うことなんて無かった。

 最初からアズマと二人でなら、何らかの手段でこの場から逃れるぐらい出来た筈だ。

 にも拘らず、足手まといも良いところのオレを庇って逃げるチャンスを見いだせず、更には傷も負った。

 今のオレに価値なんざ――

 

「それは――僕が君に救われたから」

 

「?」

 

「そして何よりも――『初めての友人』の為だから・・それでは理由にはならないか?」

 

 オレがその言葉に絶句し、言葉では表せない激情が胸に込み上げてくるのを感じた。

 決して嫌な感情ではない。これは――そう、一番近いのは歓喜だろうか?

 オレの事をこれほどまで思ってくれている者なキュベリオス以外には居ないと――そう思っていた。

 けど、それと同じくらいウルティオに対して『オレにそんな価値など無い』と叫びたい気持ちがある。

 

 ウルティオは左右の掌の人差し指と中指の二本の指を立てた状態で腕を宙に走らせる――あれは、指に魔力を込めて陣を描いてるのか?

 

高魔力(コウマリョク)感知(カンチ)――ハイジョスル】

 

 どうやら、ウルティオを本格的に自らの敵であると見定めたのか、その全身から黒い魔力を放出し、これまでとは一線を画する力強さで暴れ始める――

 

「ウル!」

 

「ウルティオ!!」

 

「解ってる!! もう少しだ」

 

 全力を持って暴れ狂う黒竜に、ついに奴の体を縛っている氷の荊と木の蔦が音を発てて壊れていく。

 オレとアズマの叫びに、ウルティオも最大の一撃を放つための準備を進めていくが、相当な大魔法なのだろうか? 氷の荊で奴を縛りながらの並行では、幾らウルティオが天才であっても直ぐには終わらない。

 

 オレは直ぐにウルティオの前に移動し、全身を魔法で強化しながら【空間魔法】でオレが普段別空間にしまってある『専用武器』を取り出す――

 

「【換装――竜撃手甲】」

 

 コイツは前に暗殺ギルドの『混沌の毒竜』の馬鹿共を潰したときに、【毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】だった『ヒュドラのイチ』が実戦用に取っておいた特別な物で、オレは奴と戦うとき、奇襲で先ずはこいつを使えないような状況に追い込んでから戦ったという経緯がある。

 それは、腐っても相手が滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なので、この武器を持たれたらオレでは負ける可能性があると認めたが故にそうした。

 この手甲は、イチを始末したあとに使えるかもしれないと回収し、後は『知り合い』にオレ用に仕立て直して貰い、ほんの少しの改良も施された上で今回の依頼の前に取りに行っておいた。

 コイツに籠められた魔法が必要だ。

 

 そして、とうとう拘束を力業で無理矢理外し黒竜は俺たちの方へ全力で駆けてくる――

 オレ達よりも明らかに近い位置に居るアズマをガン無視し、オレ達――というよりウルティオのもとへと翼を広げながら駆けてくる。

 

 竜が――絶対的な恐怖が迫ってくる――その様を見てまたオレの足は一瞬震えるが、直ぐ後ろには(ウルティオ)が居る・・・そう考えると、不思議なことに恐怖が消えたわけではないのに、足の震えは止まった。

 

「ノア!」

 

「行ける! 心配すんな!!」

 

 ああ、行ける!

 オレは今は『女』だけど、友達にこんなに『男』を魅せられて黙ってられるかよ!!

 

「行くぞ! 黒蜥蜴!!」

 

 沸き上がる恐怖を押さえ込むように大声を張り上げて、竜に向かって地面を蹴る。

 

 不思議な気分だ――体が熱い。今なら何でも出来そうな気がするほどの高揚感に身を包まれながらも、その反面、冷静に自分自身と周りの状況が良く解る。

 恐怖が在るのに、それ以上に強い衝動がオレの身体を突き動かす。

 そう、オレは『ウルティオを護りたい』・・・それが、その思いがオレに恐怖を乗り越えさせてくれる。

 

「やってやる! てめぇを先に行かせねぇ」

 

 決意を胸に秘めて、前を見据えながら魔力を集中させる。

 その時、オレの中の『何か』が微かに震えた気がした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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毒竜の目覚め②

 難産でしたが、投稿します。少し、短いかもしれません。
 遅くなってしまい、申し訳ありません。
 今回の話は、ちょっとご都合主義かな? と自分でも書いていて思いました。


 

 

 

 

「落ち着け、大丈夫だ……」

 

 翼を動かしながらこちらに向かってくる黒いドラゴンを前に見据えながら、オレは自分自身に暗示をかけるように小声でそう口にする。

 

 自分自身に【強化魔法】と【加速魔法】を使用し、筋力と速力を底上げしつつ、ウルティオに向かってくる黒竜のもとへ突撃する――考えるな。コイツは『アクノロギア』なんかじゃねぇ・・・ただの『黒い蜥蜴』だ!!

 

 脳裏に過る黒いドラゴンの残像を振り払い、全速を越えた全速で奴に近付くと、まるで鬱陶しい者を振り払うような動作で、腕をオレに向けて振るって来る――ビビんな!! 確かに早いけど、避けられない早さじゃねぇだろ!!

 

 上体を地面すれすれにまで落とすことで避ける――よし! 成功!!

 けど、攻撃の風圧で若干だが、体がブレた。

 

 今度はもう片方の手で止めを刺さんと降り下ろしてくる――あえて、風圧の衝撃に身を任せて身体を地面に倒す……

 

「コブラ!!」

 

「ノア――ッ!」

 

 心配すんなって言っただろうがッ!

 強化の魔法を右手に集中し、それで思いっきり地面を叩く――殴るではなく、柔道の受け身のように叩くというのがポイントだ――オレの肉体は地面に打ち付けた衝撃によって浮き上がり、すかさず起き上がる。

 そこから地面に足をつけた状態で攻撃を回避する――よし!

 ここ数日の筋トレによって凄まじい上昇を見せたオレの肉体と【強化魔法】によって得られた身体能力は、見事、オレの期待通りの結果を発揮してくれた。

 

 これまでのたゆまぬ修行の成果が辛うじて、オレを生かしている。

 こうしてる間にも、黒蜥蜴はオレに対して構って居られるかとばかりに攻撃を放ってくるが、全てギリギリで回避しつつ隙を探す――駄目だ!

 攻撃は大振りで動きもオレより早い訳じゃ無いのに、攻撃一発一発の威力が半端無い。まともに当たったら最後、オレの防御力じゃ致命傷に成りかねない。

 

 けど、このまま回避し続ければ、『時間を稼ぐ』という目的は果たせそうなもんだが……オレの予想が正しければ、もう少しで『隙』が出来る筈だ――その時までなんとか持たせりゃオレの勝ちだ!!

 

「ノア! 準備が出来たぞ、早くそいつから離れろ!!」

 

「了解だッ――!?」

 

 そこで、規格外の魔力をオレの研ぎ澄まされた神経は捉えた。どうやら、オレが余りにも煩わしいと思ってくれたのか、黒蜥蜴の口に魔力が収束されていくのを感じた――どうやら、先程と同じように、邪魔なオレとウルティオを同時に『咆哮(ブレス)』で吹き飛ばすつもりらしい。

 

「――来たぜッ!」

 

 だが――それこそ、オレの望んだ通りの展開だぜッ!!

 オレは膝を曲げて地面にしゃがむと、足に力を込めて、息吹の予備動作の為に一瞬身体を硬直させた黒蜥蜴目掛けて真っ直ぐに、全力かつ全速で跳んだ――そして、息吹を吐き出すために開かれていた巨大な顎に向けて全力で拳をぶち当てたが、微かに首から上が揺れた程度で全然効いてる感じはしない……だが、ここまでは予想通り――問題ない。

 

暗竜(アンリュウ)ノ――】

 

 ――させるか!!

 

「【竜撃(インパクト)!!】」

 

 奴の胸が膨らみ、凄まじい魔力が吐き出されようとした瞬間――それに負けないように全力で魔法を発動させるための『キーワード』を叫んだ――オレの右腕に装着された手甲から、カートリッジが煙と共に吐き出され――次の瞬間、轟音と一緒にオレの右腕から、魔力による衝撃が放出された!!

 

 

 『竜撃手甲』――こいつの中には、魔力を溜め込むための魔水晶(ラクリマ)がカートリッジとして内蔵されており、その魔水晶の中に所持者の魔力を溜め込んで、使い手がキーワードを口にすることで、その魔力を物理的な衝撃に『変換』して『放つ』という魔法が組み込まれている。

 こいつは本来ならば、遠距離の敵に対して衝撃波で攻撃するのが用途だが、オレはこいつに対して、ゼロ距離で使用が可能なようにフレームを強化する改造を知り合いに頼み、遠近のどちらでも使えるようにしたのだ。

 

 オレは肉体的にも魔力的にも平均よりも大分上なうえに魔法も複数使える所謂『バランス型』の魔導師だ。

 あらゆる状況に対応できる汎用性がオレの強みだが、同時に『これ』という必殺を持たない『器用貧乏』でもある。

 なので、オレは自身の素の攻撃力では通らない防御を持った敵に対しては決定打がない。そういう敵と遭遇した場合オレは基本的に逃げる事を第一に考えるが、そうもいかない場合は、足りない攻撃力は道具や状況で補って戦うしかない。

 

 そんな訳で今回こいつを使った訳だけど、伊達にこの数日間の間魔力を込め続けてはいない。こいつの中に溜め込んであった魔力量は、万全の状態のオレの魔力を優に越えるほどだった。

 

 これが、オレが今出せる最強の攻撃――だが、1つ問題がある。

 この攻撃は、『衝撃波(・・・・・)』なのだ。遠距離に飛ばすのなら何ら問題は無いのだが、それだと目標に着弾するまでの間に大きく威力が減衰してしまう。

 それを克服する為に、今回は零距離でぶっ放した訳だが、それでは威力を100%伝えられる分、反動もほぼ100%こちらに来る訳で………

 つまり何が言いたいのかと言うと………

 

「――右腕が潰れるように痛てぇ!?」

 

 反動で後方へ吹っ飛んだオレの肉体は無様に地面を転がり、全身に傷を創っていく。

 しかし、オレはそんなことを気にする事無く、絶え間無く押し寄せてくる壮絶な右手の痛みに脂汗を掻きながら、奥歯を噛み締めて堪えながら黒蜥蜴を見るとその巨大な頭部が天を向いていた。

 そして、オレの【竜撃(インパクト)】を顎で受けたが故に衝撃で顎がかちあげられ、ブレスを吐き出すために開かれていた口は閉じられた――よし、こっちの狙い通り!

 

「てめぇのブレスで吹っ飛びやがれ!」

 

 次の瞬間、オレの狙った通り、肺に貯められた魔力が吐き出される直前に口を閉じたことで、口内で轟音と共に爆発した。

 竜の鱗は自身と同族性の攻撃を一切通さないが、さすがに内部は別だろう。現に黒蜥蜴の頭部は形こそ健在だが、所々に骨が見えるぐらいに傷付いている。

 

「やれぇッ! ウル!!」

 

「ああ!」

 

 頼もしい返事と共に、ウルティオは空に指を走らせてで陣を描く――ウルティオの正面に球体形のかなり複雑な魔法陣が構築されていく。

 

「なんだありゃ?」

 

 魔法陣が構築されていく度に、ウルティオの魔力どころか、周囲に漂う魔力すら取り込んで急激に完成して行く。

 まるで某魔王少女のピンクの光線みたいだ。

 

「あれは――【天照式】か!?」

 

「ぐぅ! 天照つーと……」

 

 オレは気を抜けば気絶しそうな程の激痛に耐えながら、記憶を漁る。

 天照――確かハデスが原作で使ってたアレか……マカロフを一撃で瀕死にまで追い込んだ魔法だったな。

 こっちの世界に来てからというものオレは自分で魔法を開発することに憧れて(結局、才能が無いので挫折した)魔法の知識だけは勉強して蓄えていたので、天照についても多少の知識はある。

 でも、あれにあんなどこぞの魔王の魔力収束みたいな効果は無かった筈だぞ。あくまでも全ての魔力を使用者が全て賄い、それによって威力が増減するっていう良くあるタイプの魔法の筈だ。

 

「マスターハデスが独自に進化させたという【天照式魔法】の発展系……本来であるならば『二十八式』までしかない筈だが、それを大幅に強化したのがアレだ――最もアレもかなりマスターの物と違う術式が使われているね。恐らくはマスターのそれを土台にしてウルティオが自分に合うように手を加えたのだろう……」

 

 マジかよ……いや、ウルティオが天才ということは知ってるけど、まさかそっち方面にも才覚が在るとは……やっぱ天は二物を与えずって嘘じゃねーか!!

 人によっちゃ二物も三物も与えるってか?

 くそ! 差別だ差別!

 

「食らえ――【天照百式“改”】」

 

 オレの内心の葛藤は別にウルティオの魔法は発動し、辺りは目も眩むような魔力光で覆い尽くされる。

 そして、膨大な量の魔力がオレ達からたった数mの距離で爆発した――あんな量の魔力が爆発なんぞしたら、普通はオレ達所か、この部屋その物が吹き飛びそうなものだが、流石はウルティオ……キチンと範囲を絞ってある。しかも、その分攻撃力も上昇させてる……

 オレが今までに見た中でもトップクラスにヤバイ威力だ。これなら行けるか?

 

 そう思い、ウルティオの桁違いの威力の魔法により、舞い上がる粉塵の方を見る――そして、オレの性能の良すぎる聴覚は、その音を拾った。

 

「まだた――ッ!!」

 

 オレは咄嗟に叫んだ。

 

【ハイ、ジョ……ハイ…ジョ……スル――】

 

「な……に………!?」

 

「まい…ったね……あれ…でも、無理なのか!」

 

 

 粉塵の中から現れた、黒竜の姿を見たオレ達は今度こそ、足元から崩れ落ちそうな無力感を味わう……だが、次の瞬間――オレの中に僅かだが、光が見えた気がした。

 

 姿を表した、黒竜の姿は――ボロボロだった。

 鋭利で頑強そうな鱗は所々が砕け、巨大な翼は片翼が消失し、頭部の半分が崩れ落ちており、無機質な眼光が右目だけになっていた――

 

 明らかな満身創痍と言った風体……ウルティオとアズマは、その傷で尚もこちらに迫り来る黒竜の姿に戦意が消失しかけている。

 なるほどな……確かにこれは恐い……出来るのなら今すぐにでも逃げ去りたいぐらいだ。オレも恐怖を拭い去ることが出来ない。

 

 だが、沸き上がる恐怖とは裏腹に、オレの頭の中は別の事に思考を走らせた――『竜って……滅竜魔法でしか傷つけられない筈なんじゃ……』というのがオレの考える疑問――

 

『もしかして――あれは竜じゃないのか?』

 

 オレは、アレが――骨から再生する光景を見ている。なので、これは一種の自己暗示だ。

 未だにオレは竜に対する恐れを『克服』はできてない。さっきまでの立ち回りは、竜に対するものとは別種の『恐怖』……仲間を失うかもしれないという『恐怖』が竜に対する恐怖を一時的に塗り潰しただけなのだ。

 だから、竜に立ち向かうことは出来ない――そんなことは考えただけで足が竦み上がる。

 

 

 だが――もし、アレが竜じゃないなら?

 

 

「カッコ悪すぎだろ!」

 

 屈して堪るか!

 もう、あんなにボロボロの黒蜥蜴なんぞに――

 

「舐められて……堪るかよッ!!」

 

 クソッタレ、今でもオレはアクノロギアが恐い…目の前にしたら、多分漏らすか、そうでなくても泣きながら無様に背を向けるだろう。

 だが――似てるってだけで『竜』ですらないゾンビごときに負けて堪るかよッ!

 

「ウル……ティオ、あとどれくらい余力があるよ?」

 

 ウルティオに尋ねる、驚くような表情を見せる――そして、その後で清々しい笑顔でこう言い放った――「あと一撃だ」――と。

 

「ウルティオ……お前を『信じる』。お前のタイミングで、その最後の力を使って死ぬ気で攻撃しろ!」

 

 こうなりゃ、オレの中に在るのは反骨心だけだ。

 最後まで足掻いてやる。

 

 そう、思ったとき――自分の中で『何か』の歯車がカッチリ嵌まったような感覚がした。

 

「あ、がっ!?」

 

 何だ――? なんか、胸が熱い……この感覚はさっきの……いや、胸だけじゃねぇ……これは――

 

「ノア!? なんだ、その『腕』は――?」

 

「――は?」

 

 いや、ちょっと待ってくれウルティオ……オレにも状況が良く解らん。

 気が付くと、オレの両腕の肘から先が、毒々しい爬虫類を連想させる『鱗』で覆われていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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毒竜の目覚め③

 

 

 

「なん…だ……?」

 

 体を迸る熱さが治まった時――オレの両腕には、爬虫類みたいな毒々しい鱗に覆われていた。

 

 それに、体もおかしい……さっきまでの内側から熱せられる様な熱や胸の動悸は治まってはいるが、それでも、肉体全体の温度が上がっているような気がする。

 まるで、全力で走った後みたいな疲労感と心地良さがある――そして、今まで以上の『力』が、『魔力』がオレの中から溢れんばかりに沸き上がるのを感じる。

 

「ノア……それは――」

 

 オレの後ろで、ウルティオが驚いているのが分かる。そりゃ、一緒に戦ってる相手に何かしら変調があれば、気にはなるだろう……

 

 だが、今オレの心には『何故今になって?』という疑問の気持ちと『ようやくか』という歓喜の気持ちが攻めぎ合っていた――

 

(そうだ――ようやくオレは――)

 

【ドラゴ…スレ…ヤー……ヲ、カクニ――サイユウセン……イジョタイショウ……ヘンコウ】

 

 オレが感慨に浸る間も無く、ウルティオの魔法によって朽ちる寸前にまでボロボロと成った『黒蜥蜴』は、その半壊している口を開き、息吹(ブレス)を放つ動作をする――

 

「――ウルティオ!!」

 

 オレは、駆け出すと同時に、ウルティオに向かって叫んだ――

 

「やってやんぜッ! 黒蜥蜴!!」

 

 そうだ。やってやる……今ならオレはお前を恐れない――もう、お前はオレの恐怖じゃねぇ!

 

 自分自身に激動を送りながら、オレは全力疾走で黒蜥蜴に向かって駆ける――そうすると、今までの速度が『歩いていた』と思えるような圧倒的な早さが出た。それも【加速(ソニック)】の魔法も、【強化(ドーピング)】の魔法も使わないで(・・・・・・・・・・・・)だ。

 

 それだけじゃねぇ……今オレはその圧倒的な速度を簡単に使いこなしている。修行も無しにいきなり大幅に上昇した身体能力の使い方を完璧に掌握している。

 普通ならば、手に入れたばかりの【魔法】をここまで使いこなすことは絶対にできない。少なくとも、才能に乏しいオレは、今まで如何なる魔法も例外無く、血ヘドを吐くような壮絶な修行を経て、今の様に部分的に魔法を掛けて使うなどの事が可能に成った。

 だが、この【魔法】は、今の今まで手に入れてから三ヶ月の間、発現することの無いままだった。

 それが、唐突に発現し――しかも、それでいてそれを完璧に使いこなしている自分に、どうしようもない違和感を感じる。

 

 ――だが、事実として、まるで産まれ時から無意識に自分の手足の動かし方を知っている様に、本当にオレは『無意識』に、『自然』に、それでいて『完璧』にオレは【この魔法】によって上がった『能力』の使い方を理解しているのだ。

 

 こんなことは、今まで無かった――

 いつだってオレは、才能が、適性が無かったから――

 一番、使いこなせる【聴力付加(イヤリング)】ですらも、最初は耳が良くなりすぎて、よく暴走して倒れてた位だし。

 

「けど――使える!」

 

 今だって、オレはアクノロギアは怖い。

 あんな強烈な存在を忘れることなどできない……でも、オレは――

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として――お前を殺す!」

 

 自分の為に、そして何よりも仲間の為に――

 今だけは、ちっぽけな自分自身を信じて前に進む――想いの力を糧に『魔力』を操る。

 

「【毒竜の――】」

 

 距離を詰める――前へ、もっと先へ……

 

 魔力を操る――拳へ、もっと多く……

 

 力を込める――足から腕へ、もっと練り上げろ!

 

「【――毒侵拳】!!」

 

 右腕を基点にして【毒の滅竜魔法】を使えるようになった時の為に、オレが頭の中でイメージしていた技の1つが、竜に似た『黒蜥蜴』に炸裂した――

 

 だが、次の瞬間には、飛び上がって黒蜥蜴の胸に打ち付けられたオレの拳は、魔法の不可に耐えられず、ブジュ!という裂けるような音と共に血が噴き出す。

 そして、黒蜥蜴はその巨大な頭部を振るい、オレを弾き飛ばした――当然、全ての力を込めて攻撃したオレに、それに抗う術など存在しない……呆気なく、地面に叩きつけられた。

 

「ノア――ッ!」

 

「コブラッ!?」

 

 あ――意識がスゲー曖昧だ。

 オレを心配しているであろう二人の声が遠くに聞こえる。何時もならば、この程度の距離なら耳元で騒がれるのと大差無いぐらいには聞き取れる筈なのに……

 

 あぁ……自分が本当に限界なんだってことが良く解る……今までも戦いで死にかけたことはあっても、こんなにも全力を振り絞って戦ったことはなかったなぁ……

 

【ハイ……ジョ……ス――】

 

「ノア、避けろ!!」

 

 未だに聴こえてくる無機質な音声と慌てたような仲間の声――大丈夫だ。

 

「だい…丈夫だ……」

 

 だから、聞こえるように――安心できるように、オレは聞こえるように声を紡ぐ――

 

「毒竜の毒は、万物を侵し――」

 

 口から息吹(ブレス)を放とうとしている黒蜥蜴に視線を向けながら力強く――宣言する。

 

「――破壊する――」

 

 ピシリッ――と、砕けるような音が空間に響いた。

 

 そして、その音の共に肉体全体がひび割れていき――とうとう、黒蜥蜴の肉体はバラバラに砕け散った――

 

 

 

 【滅竜魔法】とは何か――オレはかなり前に、それを考えたことがある。

 【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】とは、竜を倒すために、竜と同じ力を得た魔導士の事を差す――要するに、竜は人間の手には負えない存在。つまりは竜を倒せるのは竜だけなので、人間が(それ)になりましょうというのが【滅竜魔法】なのだ。

 ならば、人間に竜の力を付与する一種の【付与魔法(エンチャント)】なのかと言うと、それは違うだろう。

 竜を追う者は竜となる――つまりは、属性や力を付与するのではない。『人間の体』を『竜の肉体』へと『変化』させるというのが滅竜魔法だ。

 しかし、それだけではない。ただ竜と同じ力を持ったところで、人間と竜とでは、そもそも基礎能力が圧倒的なまでに違う――体格から、体重、身体能力から魔力量まで違う。比べることすらも烏滸がましい差がそこには広がっているのだ。

 本来であるなら、そこまで力の差がある以上は、例え竜と同じ力と魔力を持ってしても、あの頑強な鱗を壊すことなどできない――

 

 では何故――滅竜魔法は、竜に対して有効な攻撃手段と成りうるのか……

 それはやはり、滅竜魔法が肉体を竜に変化させる魔法であると同時に、竜と言う存在に対しての弱点をつく、或いは何らかの理屈で必殺と成りうる力を秘めている魔法であるからだろうと推測される……

 

 それは、一体何なのかと考えたときに、パッと思い付くのは、竜と言う種族に対しての専用の特化魔法であるということ――けどオレは、これの矛盾に気がついた。

 

 こんな、話がある――【氷の滅悪魔法】を使う【滅悪魔導士(デビルスレイヤー)のシルバー】と、そいつから魔法を受け継いだ息子の『グレイ』の氷の魔法は、『タルタロス』の悪魔達に対して凄まじい効果を発揮した。

 それこそ、竜に対する滅竜魔法と同等の働きを見せた……この事から推測するに、恐らくは【スレイヤー系魔法】は、何に対しての効果が特化しているのかという違いこそあれど、理屈の上では似たような魔法であると考えられる……であるならば、滅悪魔法はその名の通り『悪魔』という種族に対しての特化魔法であるはずだ。

 なら、何故――【滅悪魔法】はタルタロスの悪魔に対して有効に働く?

 

 色々とファンタジー要素が溢れるこの世界には、悪魔という生き物も種族として普通に存在している。原作の四巻から六巻に掲載された『ガルナ島編』で、ガルナ島に住む固有の種族として悪魔が出てきたのだ。

 もちろん、この世界に存在する悪魔は彼等だけじゃない。オレもそれを思い至るに当たって、色々と調べた結果では、この世界には多種多様な悪魔達が世界中に散らばって生息している。

 滅悪魔法が、悪魔という種族に対しての専用魔法であるというならば、その効果の対象は、これらの悪魔種族であるべきなのだ。

 

 そもそも、タルタロスの悪魔の正式名称は『エーテリアス』……『黒魔導士ゼレフ』が、不老不死である自らを呪い、己を殺すために創造された人工生命体だ。

 それが、その姿の恐ろしさや残虐性、更にはゼレフが創ったという事実から、エーテリアス達は時代が過ぎると共に『ゼレフ書の悪魔』と呼ばれるようになり、本人達もそれを肯定し、自らを悪魔と名乗った――そういう経緯があってあいつらは悪魔って呼ばれてるけど、種族的な悪魔では断じてないのだ。

 滅悪魔法が対悪魔種族専用の魔法なら、エーテリアスであるあいつらには有効には働かないはずなんだ。

 

 もうひとつ、疑問はある……原作の『エドラス編』で登場したエドラス王が操る【ドロマ=アニム】という魔法と、主人公である『ナツ・ドラグニル』を含めた三人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が戦った時の事だ。

 あの戦いで、三人の【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】達の魔法は『対魔無効魔水晶(ウィザード・キャンセラー)』によって魔法が一切効かない筈の【ドロマ=アニム】に対して有効に働いていた。

 『対魔無効魔水晶(ウィザード・キャンセラー)』を使用しているのならば、それがどの様な魔法であれ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、魔力を使用している以上は、絶対に効かない筈なのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)である。

 

 この事から、オレは無い頭を捻って、ある一つの考えに至った――【スレイヤー系魔法】とは『概念』に対して攻撃する魔法なのではないか――と。

 滅竜魔法なら『(ドラゴン)』という概念に対して、滅悪魔法なら『悪魔(デビル)』、滅神魔法なら『(ゴッド)』――それぞれの対象の概念に対して、魔法で干渉する……

 もちろん、推測にすぎない……でも、これはそんなに外れてねぇと個人的に思ってる。

 何故なら、それなら一応は説明が付くからだ。

 

 ドロマ=アニムとは、エドラスの言葉で『竜騎士』を差す言葉であり、竜の姿を模した魔導兵器だ。竜の形を真似た『竜騎士(ドロマ=アニム)』という兵器であったからこそ、滅竜魔法はその真価を発揮し、本来魔法が効かない筈の【ドロマ=アニム】にダメージを与えた。

 滅悪魔法に関しても『エーテリアス』達が、自分達を悪魔と認識し、アースランドの人間からも『ゼレフ書の悪魔』と認識されていたからこそ、滅悪魔法の適用範囲(・・・・・・・・)に入るのだとしたら……スレイヤー系魔法は、単純に竜や神といった人間の手に余る巨大な存在に、対抗する為の魔法ってだけじゃねぇのかもと当時は思ったもんだが……本物じゃなくても『似てる』や『真似てる』といった相手にまで、その効果を及ぼすなら、正しく『失われた魔法(ロストマジック)』『古代魔法(エンシェントマジック)』という言葉に相応しい力だ。

 

 【スレイヤー系魔法】ってのは、もしかしたらオレが思ってる以上に――

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

「ノア! おい、無事か!?」

 

「見たところは、落ちているだけだな――ウルティオ……直ぐにこの場を離れるぞ」

 

「アズマ?」

 

 僕は、力尽きたかのように崩れ落ちた彼女――エリックの無事を確認し安堵したが、アズマの言葉を聞いて振り向き――絶句した。

 

「アズマ!? その身体は――ッ!?」

 

「やれやれ……少し、無茶をし過ぎたかね……」

 

 そこには、一目で限界と解る風体のアズマが、その死に体の身体を引き摺りながら立っていた……

 

「無茶って……」

 

 何故、その身体で立っていられる――いや、意識を保っていられるのか……アズマの頑強さは、やはり僕の理解を越えている。

 

「俺や彼女の身体を労ると言うのならば、直ぐにでもこの遺跡を離れて――って、言っている側から……」

 

「これは――ッ!?」

 

 足元が――否、遺跡その物が揺れている!?

 

「恐らくは、先程の奴がこの遺跡の中枢部と繋がっていたのだろうな――」

 

「【生体リンク】――いや、生き物ではなく『システム』と『遺跡その物』を……」

 

「このままでは生き埋めだね……」

 

 術式その物の構造は単純だが……クソッ!?

 アズマの落ち着きっぷりが腹立たしい……!!

 

「アズマ! 僕に掴まってください!!」

 

 僕は、念のために仕掛けておいた『保険(・・・)』を使うべく、魔力を振り絞る――

 

「何か手があるのかね? 俺は正直手詰まりだが……」

 

「ええ、一応は保険は掛けて――って、手詰まりなのに、そんなに落ち着いてたんですか!?」

 

 余りに冷静に見えるんで、てっきり、この状況をどうにかできる切り札でもあるのかと思ってたんだが……本当になんでそんなに冷静で居られるんだ?

 

「いや、ドラゴンという強者と死力を尽くして戦った後だからか……自分自身、ここで仲間と共に果てるのも悪くないなと」

 

「駄目に決まってるでしょう!? 何で、そんな『覚り』を開いたみたいな清々しい雰囲気なんですか!?」

 

「まぁ、一時の気の迷いというやつだ……助かるというのなら、それに越したことはない――で、保険とは?」

 

 一応は助かる気は有るのか、大人しく僕の近くに寄ってくるアズマを見て安心する。

 

「【転移】の魔方陣を遺跡の入り口付近に仕掛けて敷いておいた……と言っても、アレの邪悪な魔力のせいで使えませんでしたけどね――ノア…コブラがアレを倒したお陰で、あの魔力は薄れていってます――」

 

 恐らくは、今ならば自由に転移の魔法を使える……

 

「転移……ね。先程の【天照百式】といい……君は多芸だね。だが、魔力は持つのかね?」

 

「ああ……それなら大丈夫です」

 

 ノアの肉体を抱き抱えながら、アズマの疑問に答える。

 そう――大丈夫なのだ。

 魔力量の問題なら、ハッキリ言って全く問題無い(・・・・・・・・・・・・)

 

「大丈夫……だと? 君は我々の中で一番魔力を使っている筈だが?」

 

「ええ……つい昨日までの僕なら、とっくに魔力切れになっていてもおかしくない…でも――何故か、魔力が内から溢れんばかりに湧いて出てくるんです」

 

 自分でも、おかしいと思っている……でも、これは――まるで魔力を貯めていた『器』その物がもう一つ出来たみたいだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……自分自身の魔力量が、散々使った今でさえ、普段の僕よりも断然上だ。

 間違いなく、魔力量が倍以上に膨れ上がっている。それだけではなく、魔法の発動効率も断然――いや、それよりも今は――

 

「兎に角、魔力の方は問題ありません……少なくとも、転移の発動には何の不足も――」

 

 その時、遺跡の崩壊による振動で、僕の足元に『黒い何か』が転がってきた……普段なら気にも止めない。ましてや、今は非常事態だ。

 一刻も早く、この場を離れなければ命が危ない――なのに、僕はその微量な魔力を宿した『黒い何か』を拾い上げた。

 何故か、そうしなければいけない気がした――

 

「黒い……魔水晶(ラクリマ)?」

 

「ウルティオ――そろそろ不味いぞ?」

 

「――転移します! 僕の身体のどこでも良いので掴まって!」

 

 黒い魔水晶(ラクリマ)を懐に仕舞い、それとは別に僕が普段【時のアーク】を使用するときに好んで使用する魔水晶(ラクリマ)を取り出す。

 魔法を発動する触媒としては、これが一番やり易い……

 

「【転移魔方陣――発動】!」

 

 

 転移する直前、崩れ行くその場で――ノアの魔法によって崩れ落ちた黒いドラゴンの亡骸が、どうにも印象に残った。

 

 



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時魔導士の思い

 

 

「転移――成功」

 

 辺りの景色が、切り替わる――それまでの味気の無い石造りの遺跡から、僕らの侵入した穴の付近に――辺りを見回し、鬱蒼と茂る木々を見て、僕は【転移魔法(テレポート)】の成功を確信した。

 

「いや、まだだ」

 

「!?」

 

 アズマの警告を聞き、僕はまだ終わっていないのかと僕の肩に触れるアズマの腕を振り替える――

 

「ウルティオ急いでここを離れるぞ。遺跡の崩壊でこの辺りの土地が陥没するやも知れん」

 

 その言葉で、僕は先程までいた場所が地下であることを思い出した――

 

「行きましょう――」

 

「うむ」

 

 そう言うや否や、僕とアズマは走り出す――僕らがその場を離れた数秒後、後ろを振り替えると地面に亀裂が入り、侵入口の穴が崩れていく――危ないな。けっこうギリギリの判断だったんだな……

 

 そのまま、僕達が来たときに通った場所を戻っていく――やがて、僕が【時のアーク】で朽ちた橋の時間を巻き戻し、渡った渓谷にまでたどり着いた。

 因みに橋に関しては、僕達が渡った後に、誰も使えないように元に戻しておいたので、今は元通り朽ちて使い物になら無い『橋の残骸』が渓谷を挟んでこちら側とあちら側の崖にあるだけだ。

 

 僕らは、そこで足を止めた。

 

「アズマ、身体は大丈夫ですか?」

 

「問題ない…と言いたい所だが、流石に限界だね……」

 

 そう言うと、彼は地面に座り込む……改めて見ると、やはり重症だな……

 上半身は、あの黒いドラゴンの魔力で何度も攻撃された為か、所々抉れて血が流れ出ている。

 魔力も、いつも植物を連想させる活力に溢れた彼の魔力とは思えないぐらいに弱々しい。

 

「アズマ……『副作用』は?」

 

 僕らの使う【失われた魔法(ロストマジック)】は、その巨大な力に相応しい副作用がある。

 僕の【時のアーク】には、大した副作用はないが、アズマの【大樹のアーク】は――使いようによっては小さい島程度なら、そこにある植物の生命力を根こそぎ奪える強力な力を持つが、それに見合う副作用が存在している。

 

「安心したまえ……そこまで無茶はしていない」

 

「……そうですか――良かった」

 

 その音声から、嘘ではないと判断してホッと息を吐く。僕はこの時、限りなく安心していた。アレほどまでに、強大な敵を前に『三人全員』で生還したという事実に――信じられないような気持ちが湧いてくるが、それ以上に、安心した。

 

「俺のことよりも、君の『お姫様』を心配してはどうかね?」

 

 だから――その、アズマのからかうような言葉には、完全に虚を突かれた――

 

「ブフゥッ!? あ、アズマ!」

 

「まぁ、お姫様というタマでもないか……彼女も彼女で、かなり無茶をしていたからね……と言っても、魔力が完全に切れて寝ているだけかもしれんがな……」

 

 アズマはそう言って、僕の腕の中の彼女――『エリック・ノア』に目を向ける。

 

「な、何度も言っていますが、彼女はあくまで『古い付き合いの友人』であって……」

 

「ククッ…その割には、彼女の事を随分と気に掛けていたではないか……『君は僕の光』――だったか?」

 

「ガハッ!」

 

「中々くさい表現ではあるが、君がどれだけ『彼女を想っているのか』が解る良い台詞だったよ」

 

「グフッ!? す、すいません……もう、勘弁してください」

 

 自分で思い出しても、頭を抱えて悶えたくなる台詞だが、人からそれを指摘されると、もう恥ずかしいなんてレベルじゃない。

 くそ……これから、ノアに対してどんな顔で接すれば良いんだ……

 

 もちろん、それらの言葉に嘘は一切無いが、体面という物がある。それに、彼女の中では、僕は精々『仲の良い友達』位の認識の筈だ。

 仮に、何かの間違いで発展したとしても『そういう関係』には絶対に成らないと断言できる。

 

 価値観や思想じゃない……むしろ、そういうものは割りと近い方だし、話も合う。お互いに一緒にいても苦にはならないし、相性は良いだろうとは思う。

 

 だが、僕達の間に在る『立ち位置』の違いは、決して埋まることはない。

 彼女はどちらかというと『闇側』かも知れないが、少なくとも今は『光』の中に居る――そして、そのまま『そこ』に居るべきだ。

 

「それに――彼女とこれ以上近くなろうとは思っていませんよ」

 

「それは……闇ギルドに所属しているから――か?」

 

 アズマの言葉に、返答に詰まる。

 

「そんな理由ならば、彼女を連れてここから離れたまえ……幸い、ザンクロウとラスティが此処に着くまでに時間の猶予はある」

 

 その様子を見て、何かを悟ったのかアズマは真剣な顔つきで此方を諭すような音声で驚くべき事を話し始めた。

 

「アズマ!?」

 

 それは、アズマの誠実性から出た提案――彼女と共に在りたいならば逃げ出してしまえ――彼は、そう言っていた。

 

「俺は、マスターハデスには恩義がある。だから、命令があれば追わん訳にもいかんが……今ならば、遺跡で死んだことに出来る――彼女のことが大切で、側で守りたいならば、何処かの田舎の片隅で……何だったら別の大陸でも良い――二人で我等の目の届かん所に行くべきだ」

 

 その言葉には、彼の想いが込められていた。

 アズマは、東洋の島国でハデスにその才能を見いだされ、拾われたと前に聞いたことがある。

 元々アズマは、自分の事については多くを語らない。その過去についても、魔導士の高みを目指すために、共に研鑽を積んでいた時に、少しだけ語ってくれただけだ。

 口数は少なかったが、その時の言葉には多くの感情が籠っており、本当にマスターハデスに感謝しているということが良く理解できた。

 

 東の島に住む者達の中には、己が主と認めた者に対して一欠片の不義を働くことなく仕える者達が居るときくが、アズマにとっての『主』とはマスターハデスに他ならない。

 アズマは、誠実な男だ。少なくとも僕は他の七眷属の中では、最も信頼し、頼りにしている。

 だが、彼はマスターの命令には消して逆らわない。マスターの言葉一つで彼は、万人にとっての悪魔になりうる忠誠があるのだ。

 

 だが――彼は、それを曲げて僕に『逃げろ』と言っている。

 僕は、彼の言葉から、忠誠を曲げるほどの『友情』を感じ取り、内心で感謝した。

 しかし――

 

「それでも、僕には僕の叶えたい望みがある――そして、それを叶えるためには、マスターハデスの下に、『闇』の中に居なければ……」

 

「それが答えかね?」

 

「ええ……すみません」

 

 アズマは僕の返答に何も言わなかった……

 しかし、それは、彼が本当に僕の事を理解してくれているからだ。

 だからこそ、僕に曲げる気がない事を解って何も言わないのだ。

 

 僕の決意は固い……思い出したんだ。

 僕の本当の目的を――それを叶えるのには、今はまだ『ハデス』の元に居た方が都合が言い。

 と言っても、この思いも時間が経てば再び封印されるのだが……全く、厄介な魔法だ。

 だが、これで良い……時が来るまでの間は、ノアと僕も含めた『五人』は関わり合わない。

 そういう『計画』だ。

 

「まぁ、良いか……ソレよりも間近にある問題を解決するとするかね」

 

「――そうですね」

 

 僕は、アズマに返答すると直ぐに魔力弾を辺りを囲む茂みに放った。

 

「ぐわぁ!」

 

 僕の魔力弾が命中した辺りから、悲鳴が上がった。

 

「ソレで隠れてるつもりか? 良い加減出てきたらどうだ?」

 

 僕達三人の回りを囲む様に感じられる複数の気配と魔力の持ち主達に、冷たい視線を向ける。

 

「なんだぁ~評議院かと思ったら、正規ギルドの魔導士共か?」

 

 僕達の正面から、鎌を肩に担いだ男が現れる。因みに上半身には複数の刺青が彫られており、服は着ていない。

 ザンクロウと同じタイプの変態か?

 

 死神のような風体の男を視界に捉えながらも、何時でも戦えるように心身の準備を整える――よし、戦闘は十分に可能だ。

 

「そのギルドマーク……確か闇ギルドの『鉄の森(アイゼンヴァルト)』か?」

 

「ほう? 良く勉強してるじゃねぇか…流石は正規ギルドの魔導士様だ。お利口なこった。おい、てめぇら出てきて良いぞ……」

 

 彼のその言葉に続くように、ゾロゾロと回りを囲んでいた魔導士達が出てきた。

 10…25……38――四十人と少しか……部隊として考えるなら随分多いが、中規模のギルドの魔導士全員と考えれば、妥当な数だ。

 しかし、大した魔力は感じられない。コイツらは雑魚だ。

 と言っても、闇ギルドの特性上は仕方がないか……闇ギルドは、一部を除いたら、正規のギルドで落ちぶれた者か、そうでなければ正規ギルドに入るだけの力が無い者が裏で徒党を組んでいると言った例が多い。

 僕ら『悪魔の心臓』や他の『バラム同盟』の様に正規のギルドすら寄せ付けない強力な魔導士が徒党を組んた闇ギルドは本当に極一部でしかない。

 

 だが――目の前の男は別格だ。

 周りの有象無象の中にも四・五人程度だが、油断できない魔力の持ち主はいるが、この鎌を持った男はソレすらも越える力を持っている。

 トップクラスの正規魔導士ギルドに所属していても普通にエースを張れる実力はあるだろう。

 

 恐らくは、この男が『鉄の森』のエース――【死神エリゴール】か。

 

 厄介なことになったな。闇ギルドは大抵がバラム同盟の傘下に入っているのがほとんどだ。

 僕の記憶が確かならば、彼等『鉄の森』は『六魔将軍(オラシオンセイス)』の傘下ギルド――同じバラム同盟と言えども所詮は不可侵条約程度の浅い同盟関係を結んでいるに過ぎないのが現状だ。

 

 だが、幾ら関係性が薄いとは言え、余所の傘下のギルドを潰したとなると流石に外聞が悪い――いや、考えすぎてしまうのは僕の悪い癖だ。

 

 考えても見れば、コイツらは僕達の事を正規ギルドの魔導士と勘違いしている。

 ならば、ここで今から起こる出来事は、闇ギルドの一団と正規ギルドの所属と思われる(・・・・・・・・・・)謎の魔導士の乱闘に過ぎないじゃないか。

 

 うん、『悪魔の心臓(グリモアハート)』なんて名前の闇ギルド僕は知らないな。

 

「アズマ、戦えますか?」

 

「無茶を言うね……君も」

 

 そう、無茶だ――これほどまでに肉体も魔力も消耗しているアズマに対して僕は、無茶と知りながら訪ねた。

 そして、ついでに僕の吹っ切れた考えが伝わったのか、やや呆れた目を向けてくる。

 

「まぁ、限界は近いが戦えんことはないさ」

 

 全てを理解した上でそう言ってくれているアズマには誠意を返さなければいけないな。借りはこの後で纏めて返すとしますか。

 

「なら、ノアの様子を見ておいてください――彼等の相手は僕が一人(・・・・・)でやります」

 

 僕のその言葉に『鉄の森』の連中は少しざわついた様だが、直ぐに怒りの籠った品性の無い言葉が飛んでくる。

 

「おいおい兄ちゃん……俺の耳がおかしくなけりゃ、お前は今、一人で俺等全員の相手をするって言ったか?」

 

 エリゴールは、他の面々と同様に怒りを堪えながら、僕に質問してきた。

 闇ギルドでエースを張れると言うことは、エリゴールとて馬鹿ではない。実力を見極める眼力は持っているだろう。彼は他のギルドメンバー達とは違い、僕とアズマがかなりの実力者であることを察しているはず。

 

 しかし、その二人は明らかに損耗しており、アズマに明らかに満身創痍だ。

 そんなピンチな筈の状況の中で、僕はアズマに「彼女を連れて逃げろ」とは言わなかった。

 

 それはつまり――

 

「お前程度なら僕一人で充分――という事だ」

 

 そう、そういうことなのだ。幾らエース級の実力者であっても、自分から見ればその程度の脅威でしかない。それに相手が【闇ギルド(どうるい)】ならば、遠慮は一切しなくて済む。

 

「――殺せ。全員だ」

 

 エリゴールのその言葉の後に、怒りの咆哮を上げながら僕に迫ってくる【鉄の森】の面々――それに呼応する様に心の心胆が醒めていくの感じる。

 

「これは僕の友の言葉だが――」

 

 ああ――体が軽い。心が軽い。

 心臓は激しく鼓動しているというのに、心は自分でも驚くほど冷静だ。

 何より魔力が――魔力が、体の奥底から沸き上がってくる。

 まるで、体の奥底に何重にも封印されていたそれが、解き放たれたかのようだ――今や肉体すらも煩わしい拘束具の様に、溢れんばかりに魔力が湧き出てくる。

 

 ――危険だ。

 これは可能な限り使って消費してしまった方が良いだろう。

 

「殺して良いのは……殺される覚悟のある奴だけらしい」

 

 ――全くもって同感だ。さて【鉄の森(アイゼンヴァルト)】の諸君――君達には果たして、その殺気に伴う程の殺される覚悟は在るのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっとララバイ編に一区切り


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憑依者の記憶

 

 

 

 

「釈然としねぇ……」

 

 清潔に整えられた病室で、彼女――『エリック・ノア』はポツリと納得がいかないとばかりに憮然と呟いた。

 

 というのも、彼女はつい三日前までとある闇ギルドから依頼を受けて、仕事をしていた。

 そして、その内容とはなんと、かの伝説の黒魔導士の作品である【集団呪殺魔法呪歌(ララバイ)】を評議院ですら全滅した危険極まりない遺跡から見つけて持ち帰れという無茶苦茶な物であったが、彼女は依頼してきた闇ギルドの親玉と交渉し、戦力となる魔導士を向こうからも出させることで辛うじて、任務を達成することができた。

 

 しかし、彼女は最後の最後で、魔力を使い過ぎた為か、或いは初めて使う魔法を酷使したせいか【呪歌(ララバイ)】を守護していた竜を模した【守護者(ガーディアン)】を何とか倒せたと思った所で気絶した。その為、その後の顛末は、あまり詳しく覚えていない。

 任務に最後まで付き添ってくれて、おまけに完全に落ちて気を失っていた彼女を一番近い設備の整った病院に運んでくれた二人の魔導士が残した置き手紙で書かれていることしか知らないのだ。

 

 手紙によれば、あの遺跡から脱出した後に直ぐに『鉄の森(アイゼンヴァルト)』なる闇ギルドの集団と出くわしたので、これをウルティオが一人で瞬殺。

 更に拘束して、あの辺り周辺を隙間無く囲っていた評議院の魔導士部隊から逃れる囮として活用したとのこと――なんでも、評議院の連中が探していた闇ギルドとは彼らとの事だ。

 『鉄の森(アイゼンヴァルト)』が居てくれたお陰で見事に隙を作れたらしいのだが、彼等が下手を打って捕捉され、警備が厳重になった事を思えばウルティオに感謝の気持ちなど欠片も湧かなかった。

 

 その後も、アズマという重傷者と意識の無いエリックを連れて、ウルティオは魔法で周囲を誤魔化し、また自身が使える簡単な【治癒促進(キュア)】の魔法を使いながら、現在エリックが泊まっている病院までエリックを運んだらしい。

 

 らしいというのは、ウルティオとアズマは、医者にエリックを預けるや否や、直ぐに手紙を残して立ち去ったからだ。報酬らしき大量の金と宝石、更には良く解らん謎の黒い魔水晶(ラクリマ)を置いて。

 ここまで後腐れ無く別れられると、却って追うわけにも行かない。

 

 なんせ、依頼は既に果たしたし、一方的とはいえ報酬も貰っているのだ。

 それに、向こうにはこっちを病院にまで運んでくれた恩もある。それ以上彼らが何かをする義理はないし義務もないだろう……だが、心情は別である。

 

 エリックとしては、命を懸けて共に戦った訳だし、もうちょっと…こう、何かあるだろ……という心境だった。

 

 

 ――まだ満足に礼も言えていない。

 

 

 結局のところ、比較的義理堅い彼女からしたら、別れるならば礼の一つでも入れてからにしたかったというのが本音だ。

 

 

「まぁ、もう会えなくなる訳でもねぇし……恩はまた今度あったときにでも返すか……たまには俺が奢ってやるかね」

 

 考えてみれば、普段から彼にはたかってばかりのような気がするしな――と、とりあえず考え事を切り上げた。

 

「金はウルが払ってくれたみたいだしな。完治するまではゆっくり安静するか~~」

 

 そう思ったら、いきなり彼女の意識は眠くなり出した……そして、特にその眠気に抵抗すること無く、エリックは微睡みだし、やがてすぅすぅと寝息をたてながら意識を落とす――

 

 

 

 

 

(やれやれ……やっと眠ってくれたか……)

 

 彼女以外誰も居ない筈の病室に、もう一つの影が現れる。

 彼女の病室の窓の付近に、もたれ掛かるように坊主頭の男が居た。

 

 

(それにしても、結構な量を盛ったってのに、効果が出るまで時間懸かり過ぎだろ……また強くなったか?)

 

 男は、彼女を起こさないように慎重に、彼女に向かって歩を進める。

 木の板を張り合わせるタイプの床は、本来ならば歩く度に体重が沈み込み、無視できない音となる筈だが、彼の歩法からは一切音が鳴らない。

 

 なんの事はない。彼は単にそういう技術を身に付けているだけだ。ましてや、今回の相手は耳が異常(・・・・)なほど優れてる。

 彼のこの歩法ですら、地面に接している以上は完全に音を消しきれてはいないだろう。物凄く小さく調整してはいるが彼女が起きている場合は、間違いなく気付かれる。

 

(……にしてもこいつ、本当に育ちやがったな……色々(・・・)と)

 

 近くにまで来て、改めて見てみると色々とすごい――いや、何がかは本人のために黙秘するが……

 

 その時、男は「ハッ!」とこの状況に気づく――普段は色気皆無のがさつな女だが、顔立ちは美人。スタイルは色々と凄い。

 

 さて、考えてみよう――そんな女が目の前で無防備に寝顔を曝している。しかも、自分は気配を読まれないように魔法で部屋に不法侵入し、今現在はその寝顔を間近で眺めているという状況――

 

(――完璧に犯罪だ。何やってんだよ俺……)

 

 不法侵入者は、頭を抱えるが密室に二人。一度意識すると己の内から溢れでる罪悪感と背徳感が抑えられない。

 

(さっさと記憶の調整だけして帰ろっと……どうせ、直ぐ会うことになるし……)

 

 彼は彼女に、今回のこれとは違う用があるため、近いうちに彼女の所を訪ねる予定だったのだ。

 なので、直ぐに会うことになる相手に対してこのような妙な気持ちは持ち続けるのはよろしくないと解っている。

 なので、彼の出した結論は諸々の感情はすべて脇に置いて、取り合えずこの場でするべき事を手早く済ませることだった。

 

 そっと――彼女の頭に手を伸ばした。すると、その手は別の手に捕まれた。とっさに魔法で逃げようとしたところで、万力のような力で締め上げられる。痛みで彼の魔法の発動が阻害され、彼はベッドの上に一瞬で組伏せられる。

 

「何時から評議員から犯罪者に降格したんだぁ~~? 『ドランバルト』よぉ?」

 

「……起きてたのか」

 

「色々あってな――五感の精度が強化されてね。当然味覚と嗅覚もだ。ほとんど臭いはなかったが、極僅かに薬品の臭いが部屋の水差しの水から匂ってきたら――流石に怪しすぎだぜ」

 

「やれやれ…しばらく見ない間に随分人間離れしたな」

 

「うるせーよ。で、此処に来たのはオレの記憶の事か?」

 

 そのエリックの言葉に瞠目する魔導評議院所属の魔導士であり諜報員――『ドランバルト』。その真の名は『メスト・グライダー』。魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のマスターである『マカロフ』が評議院に潜入させたスパイである。

 

「やっぱ戻ってたか………」

 

「中途半端に、だが……何のためにかは思い出せねーがな。それでもお前の事とウルティオ――そんで、後の二人についてのことも思い出したよ」

 

「はぁ……そうか……」

 

 堪えがたいものを吐き出すかのような彼の溜め息には、様々な感情が込められていた。

 

「わりぃな面倒をかける」

 

「全くだぜ。だから俺としてはお前とウルティオには距離を置いてほしいんだがな…」

 

「それは、オレもあいつと会わない方が良いと思ってるぜ?」

 

 ――多分向こうもな。と、申し訳なさそうに、或いはドランバルトに弁明するように呟く。

 

「まぁ、今回の一件はしょうがない部分も在るけどよ――お前らは結び付きが強いから、ほんの些細な接触で記憶が呼び起こされる。あんま無茶すんなよ?」

 

 ドランバルトは、スパイとして潜入や逃走と言った分野に特化した魔法を使う非戦闘系の魔導士。

 他者の記憶や認識をある程度操る魔法を得意としているが、他者の記憶を完全に自らの思うがままに書き換えるなどという魔法は完全に『失われた魔法(ロスト・マジック)』級。

 それほどまでに強力な魔法なのだ。当然ある程度のリスクはある。魔法そのものが極めて不安定で、かつ解け易いということだ。これは魔法としては致命的と言って良い。エリックにもかつて似た魔法を覚えようとしたが諦めた記憶があった。ある意味当然だ。こんなものは余程、術者の腕前が卓越していない限りは使い物に成らない。

 

 そして、ウルティオとエリックは、深い信頼関係で結ばれており、それぞれがお互いの人生に大きな影響と刺激を与え合っている。

 なので、幾らドランバルトの腕が超一流で、しかも、『本人たちが望んで(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)記憶の封印を受け入れたから』と言っても限度がある。

 

「分かってんよ。因みにウルティオの方は?」

 

 それに既に処置済みだと答えるドランバルト。ウルティオの記憶に関しては、彼がこの場に来る以前に既に仕事を終えていた。

 

「と言っても実質は何にもしてないがな」

 

「はぁ?」

 

「あいつが記憶が直ぐ無くなると、困惑して困るって言ってな。確かにどうしたって違和感が出てしまうからな…あいつは既に掛けてある『魔法』に今の記憶が上書きされるのを待つ方が良いと判断したんだ」

 

「なるほどねぇ……オレは?」

 

「お前は……経過を見るに大丈夫そうではあるがな。一応封印しとくか?」

 

「いや、大丈夫なら良いよ。それに――もう少し、この記憶を覚えていたいしな」

 

「仲が良いのは相変わらずか……妬けるな」

 

 ドランバルトは思う――多分、ウルティオの方も似たような心境だろうと。一流のスパイであるドランバルトの魔法に掛かれば、記憶に違和感を残すことなく封印することなど造作もない。

 そして、ウルティオがその事を知らないはずもない。

 にも関わらず、記憶が緩やかに消えていくことを選んだのは――つまりそういうこと(・・・・・・・・・・・・)なのだろう。

 

 念のため魔法の点検をドランバルトが行ったその後は、少しの間、どうでもいい雑談に二人の魔導士は興じた。

     

 ドランバルトは、何故か最近『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のマスターに呼び出された事と、評議院の上の議員達への愚痴、それから『幽鬼の支配者(ファントムロード)』の壊滅で生じたあらゆる揉め事の対処等々――様々なことをエリックに話し、本題に入る。

 

 

 

「はぁ…行方不明? あの『黒鉄のガジル』が?」

 

「ああ、ついでに言うと、幽鬼の支配者(ファントムロード)本部のS級魔導士『エレメント4』に支部の方に所属していたS級魔導士も何人か消えてるな」

 

「――おい、何があるってんだよ」

 

「解らん。殺されてるのか、それとも拐われてるのかも現状では不明だ――だが、これだけは解る。不自然に幽鬼の支配者(ファントムロード)の優秀な魔導士が消えている」

 

 その時、彼女の脳裏には電流のように嫌な予感が駆け巡った。

 

「そこでお前に依頼を頼みたい――護送任務だ」

 

「いや、ちょっとまて! 俺は今、療養中だ!!」

 

 見りゃわかんだろ!? そう言い募る彼女の言葉を無視して、言葉を続けるドランバルト――

 

「元『聖十大魔導』にして、幽鬼の支配者(ファントムロード)の元マスター『ジョゼ・ポーラ』を監獄まで護送してほしい」

 

 それは、彼女にとって新たなる面倒事の始まりであったという――

 

 



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憑依者の護送

  

 

 ()

 

「はぁ……何だって病み上がりに任務なんぞ受けなきゃならねぇんだよ」

 

 目の前で着々と護送のための準備を始めていく評議院の面子を尻目にうんざりしたように溜め息を吐く。

 

 こちとら、つい数日前に【バラム同盟】の悪魔の心臓(グリモアハート)からの依頼という名の死亡フラグを乗り越えたばかりだというのにである。

 

「結局、アレ(・・・)の試しも出来なかったしな……」

 

 アレというのは、ウルティオがオレの病室に置いていった黒蜥蜴の核に使われていたと思われる黒い魔水晶(ラクリマ)である。

 魔水晶(ラクリマ)の中の魔力がほとんど枯渇していたので最初は良く分からんかったが、あれは、オレが体内に魔法で物理的に埋め込んだ『滅竜魔法の魔水晶(ラクリマ)』と同じものであった。

 

 だが、長年酷使され過ぎた影響か、中に内包されている魔力が、俺の毒竜の魔水晶(ラクリマ)に比べれば遥かに小さかった。それこそほとんど感じ取れないほどに――だから、同じように体に埋め込んでも【闇の滅竜魔法】を使用できるようになるかは確信できなかった。

 

 だが、この時――オレの脳裏にはとある考えが過った――こんだけ魔力が少ないなら、逆に制御が容易なんじゃないか?――とな。

 

 原作において『ナツ・ドラグニル』『ガジル・レッドフォックス』の二名は、自分自身の魔力を極限まで消耗させることにより、自分とは異なる属性の魔力を食らい、自分の魔力と融合させて運用していた。

 ナツは、魔力を空にすることにより、ある意味では上位互換と言って良い『ザンクロウ』の【滅神魔法】の炎を食らい【竜神の煌炎】という技を使い。また、ラクサスの雷を食らって初めて【雷炎竜】になったときも連戦に次ぐ連戦と、マスターハデスに満身創痍まで追い込まれていた。 

 

 ガジルもまた、未来の自分に取り憑かれていた『ローグ』の【影の滅竜魔法】を食って【鉄影竜】になった時は追い込まれて、自らの魔力量が減っていた。

 

 これらは、自分の魔力が減っているからこそ――そこまで追い込まれたからこそ出来たのだとしたら?  

 

 そもそも、自分とは別の魔力を融合させるのは難しい。そうでなければ、【合体魔法(ユニゾンレイド)】が幻の奥義なとは言われない筈だ。

 そこでオレが前から思っていた【二重属性】は言わば、一人でやる【合体魔法(ユニゾンレイド)】なのではないかという仮説を試してみることにした。

 

 自分自身の魔力を空にしなくても、端っから取り込む魔力が少ないなら、失敗してもダメージは少ないと開き直ったオレは試しに――暗竜の魔水晶(ラクリマ)を食った。

 

 結論からいうとオレは『闇属性の魔力』と【闇の滅竜魔法】を手に入れた。

 だが、魔力量は増えるには増えたが、滅竜魔法の魔水晶(ラクリマ)を体内に入れたときに比べたら微々たるもんだし、【毒の滅竜魔法】と違って身に付けると同時に使い方までマスターしているなんてこともなかった。

 つまり、全然使いこなせない。

 それに、毒と闇の二重属性も出来ていない。

 これに関して言えば、オレは魔法の才能が致命的に無いため、下手をしたら爆発して御臨終なんて事もありうるので、怖くて未だ試せていない。

 

 使いこなせない力など、いざという時に何の役にも立たない。そんな訳で、本当なら退院してから暫くは修行と新たに手に入れた力の習熟に時間を使いたかったんだが、現在オレは何故かドランバルトの持ち込んだ新たな厄ネタ――もとい、護送任務に従事している。

 

「はぁ……『モード――毒暗竜!』とかやってみたかったんだがなぁ………」

 

 原作主人公や他の天生者共とかなら、新技なんぞ直ぐに使いこなして見せるだろうに……世知辛い。やはり魔導士の世界とは才能が全てなのかねぇ。

 手に入れた力は習熟していない為、余り当てにはできない。

 なら、まぁ…今ある力と手札で目の前の面倒事(しごと)向き合うしかないだろう。

 

「ま、気ぃ抜いて死んだら元も子もねぇしな……気合いをいれるかね」

 

「別によその魔導士が気負う必要はないぞ」

 

 ようやく、前向きになり始めた思考が、背中の方から聞こえてきた声に、再び後ろ向きになりそうだ。

 振り向くとやはり、面倒臭い奴が居やがった――

 

「えっと……アンタは?」 

 

「私はラハール……今回の護送任務を評議員であるオーグ様から任されている」

 

 目の前の神経質そうな長髪眼鏡は、そう自己紹介をした。

 

「へぇ……アンタが今回の責任者ねぇ……オレは――」

 

「――知っている。『エリック・ノア』。配達ギルドに席を置いているフリーの運び屋。魔導士としてもかなりのやり手らしいな」

 

 陰湿そうなメガネ――ラハールの言葉にオレはブラフではない驚きを覚える。

 それは兎も角、運び屋って呼ぶなよ。如何わしい商売みたいじゃねーか。と言いたくなるのを堪える。曲がりなりにも顧客側だ。

 

「光栄だな――アンタみたいな若くしてこんな計画を任されるような人間に名前を覚えて貰えてるなんて」

 

「ああ、君の事は同僚から聞いているし、個人的にも少し調べさせて貰った」

 

「へぇ……」

 

 同僚ってのはドランバルトだとして……個人的にねぇ。絶対少しどころじゃねぇな。

 オレがそう思っているとラハールは、俺の方に向かって歩いてきて――そして、オレの真横で立ち止まる。

 

同僚(ドランバルト)の紹介であっても、私は君を信用していない。おかしな真似はしないことだ――」

 

 ――なるほどな。こいつ、オレが『黒』――闇側だって確信してるな。

 そういう嗅覚(センサー)が優れてるのか、或いは……どちらにせよ油断はできねぇな……

 

「解った……肝に命じとくぜ」

 

「ふん……」

 

 ラハールの方を向かないまま、口角を皮肉げに歪めながらそう言うと、メガネ野郎も吐き捨てるように鼻を鳴らす。

 

「ラハール隊長! 準備が完了いたしました」

 

「――よし、対象を護送車に運び込め。分かっているとは思うが、警戒を怠るなよ――相手は聖十大魔導だ」

 

「ハッ!」

 

 ラハールのその言葉を聞き、伝令の兵士は走り去っていく。

 

 それを見つつ、今回の依頼の内容について考える……今回の仕事は護送。オレ自身が運ぶんじゃなく、大陸の西側にある重犯罪を犯した魔導士の犯罪者用の監獄に、対象――『()聖十大魔導序列7位』――『ジョゼ・ポーラ』を運ぶこと。

 本来であるなら、相手がどれだけの大物であっても、犯罪者の護送に外部の魔導士を雇い入れることなんぞあり得ねぇ……

 

「」「」「」「」「」「」「」

 

 

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