ルパン四世と学園モノ! (早乙女 涼)
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峰紬・ルパン四世

初の投稿となります、早乙女涼と申します。
ルパン三世、放送されていますね。今回は三世ならぬ『ルパン四世』を書いてみようと思い立ちました。
ネットで調べてみるもルパン小僧と呼ばれる作品もあったため、設定もかなりあやふやになってしまうとは思いますが、どうかご容赦をいただければと思います。
遅筆かつ拙い文ではございますが、読んでいただける皆様にとって楽しい作品にしていきたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。


 ――イタリアが愛の国であるならば、全ての愛は俺の手中(しゅちゅう)にある。

 お父様がそう言うのだったら、(ボク)はこう言おう。

 日本が慈愛の国であるならば、全ての愛は私の手中にある、と。

 

 

 

「――おい、ちょいと話が違うじゃねーか」

 場所はイタリア某所。とある街にある宝石店向かいに聳え立つ高級ホテルの一室で、相棒の次元玄哉(クロヤ)は唸るようにそう訊ねる。

「おっかしいなぁ……どーしてとっつぁんがいるんだろ?」

 ボク――峰(ツムギ)は喘ぐように呟いて答えた。

 

 双眼鏡を携えた二人組。黒髪で長身といった次元は黒いスーツにソフト帽を被り、白い髪に、パッチリとした黒い瞳を備える峰は、赤い上着のスーツに白いスラックス、上着の中は紺色のシャツに黄色いネクタイという姿で、その向こうの様子を眺めている。

 そこに居るのは、ベージュ色のトレンチコートにこげ茶色のスーツに白ワイシャツを着込み、臙脂色のネクタイを締めた、コートと同色のソフト帽を被った大人が、レストラン始め様々な店で聞き込みをしていた。

 次元と峰はそれに畏怖の念を抱く。彼にとっては自分たちの行動などお見通しなのだろう。二人のうち峰は特に内心で舌を巻く。

 彼の名前は銭形幸一。ICPOに所属する銭形は、峰の父の古き好敵手(ライバル)であり、それでいてこの二人の()指導役(センセイ)でもあった。

 

「とっつぁんが居るんだったらまあ……引き上げるっきゃねーか」

「いンやあ~? そうでもないさー。とっつぁんが相手だったらやり様はい~くらでもあるのだよん」

 半ば諦めムードの相棒に、ボクは希望を見せておく。自分でも自覚できるほどボクの顔はお母様似で、美少女顔負けの美貌なんだ。

 そんな顔で片目をパチリとウィンクすると、相棒はふーっと呆れ混じりの息を吐く。よかった、どうやらやる気になってくれたみたいだね。

「それじゃあ、行動開始といきますかねー」

 軽く舌で唇を舐め、袖を捲ったボクは、ポケットからあるモノ(・・・・)を取り出した……。

 

 

       * * *

 

 

『――見つけたぞルパーン!!』

「げえっ! とっつぁん!?」

「あっちゃあ~もう気付かれちゃったか!」

 玄哉の悲鳴にも似た声が、透明の催眠ガス(無機質)が充満した宝石店内に響き渡る。

 ボクはボストンバッグひとつ、玄哉はまん丸になった風呂敷袋二つを肩に提げて、ズカズカと店内へ足を踏み入れたとっつぁんから逃走を図った。

 ショーケース越しにフェイントを掛けながらうまく店外へ出て、裏路地へと入れば――ボク達の車が置いてある。

 催眠ガスだってかなり強力だったはずだ。だとしたら、お父様との掛けっこで耐性が付いているのかもしれない。本当にトンデモナイ人だ。人間なのあの人!?

(アシ)がなきゃ逃げ切れねぇぞっ!」

「とっつぁん、ひょっとして薬物に耐性でも持ってんのかなっ!?」

 ボクは速攻で車――赤い塗装のされたプリムス・ロードランナーへと飛び込み、差したままのキーを捻った。ワンテンポ遅れてゴトンッ! と車の上へと覆いかぶさった玄哉はバンバン! と真下に居るボクへ合図を出して、思い切りアクセルを踏み込んだ。

 だが、――ガシッ!! ずるずるずる……!!

「えっ……えェェ―――ッ!!?」

 とっつぁんはそれを許してくれない。車のお尻のあたりに手を掛けたままひっついている。

『逃がさんぞルパンッ! 今日こそ逮捕だ!!』

「うわぁ~お……本気(マジ)の顔だよとっつぁんったらまぁ」

 ボクは苦笑いを浮かべ背中で冷や汗を流しながらも、タイミング良く地面とタイヤの摩擦がかみ合った事を感じ取り、なんとかとっつぁんを振り切る事に成功する。

「ふぃ~っ。毎度ながらあっぶなっ!」

 そこでガスマスクを取り去り、後部座席へと放り投げてから、前後部座席の窓を全開にした。

 広い道へ出てから、その窓から器用に風呂敷二つとボストンバッグを後部座席へ投げ入れ、助手席へとガスマスクを付けた玄哉が飛び込んでくる。

「やあ、お疲れー」

「はぁ~ったく、簡便してほしいぜ。毎度こんなんじゃあ心臓が持ちやしねぇ」

 スーツの懐からマルボロを取り出してライターで火を付ける玄哉はうんざりしたように言うけれど、口の端っこ、上がってるよ。

「まっ、今後もよろしくね」

 一服する相棒と拳を突き合わせると、ボクらはそのまま拠点へ帰るのだった……。

 

 ――さて、ここでご紹介しよう。

 彼……もとい彼女(・・)の名前は峰紬・ルパン四世。

 世界に名の知れ渡っているルパン三世の隠し子であり、峰不二子の娘である。

 彼女にはひとり兄がいるが、彼について語るのは野暮というもの。よってこのお話は、不遇の子供、峰紬とその愉快な仲間達によって語られる――いうなればそう、珍道中だ。

 




次元「いや、待て作者。珍道中ってのはおかしい」
峰「チンドウチュウ……なんかの虫かな?」
?「俺の辞書にはどこにもないのだが……」
銭さん「バッカモーン! そういう時はネットを使うんだ!!」
三人『それだっ! ってどうしてとっつぁんが!?』


ここまで読んでいただきまして、有難うございます。
今後も投稿してまいりますので、どうかよろしくお願い申し上げますm(_ _)m


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少女の過去とこの先

 

 

 ――幼いころの話をしよう。

 ボクは幼少期、イタリアで活動していた両親や兄と離れてひとり、マンチェスターへ行った事がある。

 当時確か八つだったボクへ下った命。自分の体よりも大きなキャリーを転がして、フランス国籍だったボクは単身で帰国した。

 行き先はブルゴーニュワインの産地として知られるボーヌ。主な内容は中規模のワイナリーの管理、清掃など。

 なぜそんな仕事をやらされたのか、現地で別宅を任せられていた血縁者の方へ訊ねてみた所、ボクが女であるからだと灰皿で身体中を殴られながら教えられた。

 それから満身創痍の中で、漁師上がりの厳しい現場監督のもと、多国籍の労働者さん達と共に早朝から深夜まで汗を流す日々を送る。

 ハウススクリーニングの時間だけは肉体労働から解放されたけど、その授業内容にしても年齢に従って次第に難しくなっていったから、休める所はどこにもなかった。

 ワイナリーでは、地下のほこり臭い貯蔵庫がボクにあてがわれた寝食の場だった。

 管理している物が物だけに、冷暖房については快適だったけど、それでも……生活には色々な弊害があった。ネズミの伝染病や、ワインの匂いで慢性的なめまいを催す事もあった。

 働く事と学ぶこと。そして生き抜く事で精いっぱいだった。

 張りつめて張りつめて……女性として意識して生きる事もなく、五年くらいした十三の頃。ボクはようやくそのワイナリーからフランスの本宅へと通された。

 その頃には、元の黒髪ではなく……真っ白になっていた。

 原因は心因性のストレスだという。抜けなかったのは幸いだったが、たった五年の生活で変貌してしまうとは情けないと、親族の何人かに罵られたのを覚えている。

 ボクの身柄が本宅へ戻された事を知り、夜遅くにやってきた両親と兄は、変貌したボクの姿を見て大層悲しんだという。

 朝起きた時には両親が両隣りで眠っていたけれど、その時のボクは夢でも見ているのではないかという錯覚に囚われた。

 でも、それは現実だった。

 それからはめまぐるしい勢いでお仕事へ向かわれるお父様やお母様達に付き添い、家事全般を任せられる日々が続いた。それは今でも変わらない。

 ようやく手に入れる事の出来た幸せ。家族と共に居る事のできる喜びを、ボクはおよそ五年ぶりに自覚した。その幸せと喜びが、いつまでも変わることなく自分の傍に在る。

 その存在を大切にしながら、ボクはここ四年間ほどを過ごしている――。

 

       *1月*

 

「ニッポン……ですか?」

「そうよ。日本」

 ところ変わってフランスの本宅。そしていつものティータイム。大好きなお母様の傍で紅茶を注いでいたボクは、彼女の言葉を訊ね返していた。

 彼女はボクの母である、不二子お母様。その美貌は今も昔もお変わりになる事無く、ボクは世界で一番美しい人は誰かと尋ねられたら、お母様だと胸を張って即答できるほどのお人だ。

「あなたの成績も知っているけれど、やっぱり女性なのだから青春も恋愛も知らないと。ね?」

 ねっという部分にきゅんと来てしまうのはボクだけかもしれない。なぜかって? お父様はきゅんじゃなくてずきゅーんだと思うから。打ち抜かれちゃうんじゃないかな、きっと。

 ボクは微笑を保ったまま「はいっ」と弾んだ声で返してしまうと、お母様は「よかったわ」と美しいさを保ったまま満面の笑みで頷いた。

「それじゃあ、編入手続きは私がしておくから、あなたも準備なさい」

「え? 編入……ですか?」

「そうよ?」

 二度訊ね返したボクに、お母様はキョトンとした様子で疑問符を浮かべられる。……なんだろう、おかしいな。ひょっとして話がかみ合っていない?

 いや、違う。お母様は先ほども「成績」と仰っていたはず。だとすれば学業面で語られていた事をボクは悟るべきだったのではないか?

「も、申し訳ありません……。このあとすぐ準備に入らせていただきます」

「ふふっ、ゆっくりでいいのよ。女の子なんだもの、準備に時間はかかるのは当然だわ」

 深く頭をさげると、お母様はボクの頭をそっと撫でてくれた。

「ありがとうございます、優しいお母様」

「さて、それなら私も準備しないとね。ありがとう紬。紅茶、美味しかったわ」

 席を御立ちになったお母様は、最後にぎゅっとボクを抱擁してくれた後、ご自身の書斎へと足を運ばれる。

 ボクはお母様へ一礼して、ティータイムの御片づけをした後に、自室へと戻り、日本へ渡る準備を始める。

 

 

「へえ、日本に?」

「うん。だから玄哉も一緒にどうかなと思ってさ。どうかな?」

 窓縁に寄りかかりながら、帽子をとった無精ひげの目立つ玄哉は驚いた様に目を丸くした。ボクは頷きながらも、自分の衣類……殆どがメンズだけど……をキャリーへと詰め込みながら訊ねた。

「……仕事とはまた違うんだな」

「どうだろうね。ボクはお父様やお兄様と肩を並べて歩けるような人間じゃあないから」

 自嘲気に玄哉へと笑いかけると、彼はハァ、と深いため息をつく。

「……アニキは、今どこに居るんだっけか?」

「お父様と一緒にスイスへ行っているみたいだけど? もちろん、おじさまも一緒にね」

 正ルパン四世――もといボクのお兄様は、お父様やこの玄哉の父、次元大介(おじさま)と共に世界を股にかけて行動されている。

 お兄様と違い、ボクはあくまでお家からしたら日蔭者(・・・)の四世だ。イタリアの宝石店泥棒についても、お父様から課せられたひとつの試練でもあったのである。それを断る理由もないし、むしろお父様やお母様、お兄様のためにも、アルセーヌ家で虐げられているボク自身の存在意義を確立させたいという想いもあった。

「久々の帰郷じゃないか。どうかな、一緒に?」

「お前にとっちゃ二度目の来日って事になるわけか。まぁいいだろ。ついて行ってやるよ」

「ありがとう。玄哉が居てくれれば安心だ」

 ボクはほっとして胸を撫でおろすと、玄哉も安堵したようにマルボロに火を点けた。

 ボクは覚えていないけど、三歳の時に一度日本を訪れている。それ以来、日本へは行った事がない。

 色々な国を転々としたけれど、やはりフランスに住まいは落ち着いている。日本にも別宅はあるそうだけれど、別段これといって誰かが面倒を見ているわけでもないらしい。

「そういやあ、日本にはアイツも居るか」

「伊右衛門のこと?」

「……まあ、それもあるな」

 石川伊右衛門。彼は石川五右衛門の子孫であり、石川五ェ門おじさまのお子さんだ。

 ボクは苦笑いを浮かべながら頷き返す玄哉を見上げた。彼と伊右衛門はいわゆる()ンエンの仲という奴なのだ。

「今頃何してるかなあ」

「さてな。武者修行とか言って他国にでも行ってんじゃねえか?」

 機嫌が悪くなってしまった様だ。玄哉はそっぽを向いてふーっとタバコをふかしてしまう。

「まあ、伊右衛門についてはともかく。一番警戒しないといけないのは――」

「……とっつぁんの息子、だろうな。会いたくないねぇ、こりゃ」

「御用沙汰にならなきゃいいけどね」

 銭形平治。彼はとっつぁん……もとい銭形さんのお子さんだ。とし子さんというお姉さんも居るけれど、すでに成人している彼女は警察とは無関係。

 平治くんはぶっちゃけて言えばボク達と小さい頃何度か遊んだ事があるという。お父様も結構怖いもの知らずだけど頭のいい人だから、お兄様とボクが捕まるなんて事は想定していたんだろうけど。

 逆に言ってしまえば、ボクはその小さい頃に出会って以来彼とは会った事がない。髪の色も変わっているし……まあ、身体的な意味でも成長はしているはず。ばれる心配は名前くらいだろう。

「玄哉は今年でいくつなんだっけ」

「俺は十九だ」

「ボクはひとつ違いだし……。あっそうだ。玄哉が留年したってことにすれば」

「馬鹿野郎」

 がつん、と革靴の履かれたままの玄哉の踵がボクの頭へと飛んできた。

 あまりに唐突な痛みに、ボクはうめき声をあげてその場にうずくまる。

「いひぅっ」

「まあ、それについては考え様もあるだろ。大学付属の高校にしときゃ、立地条件も合えば同じ敷地で落ち合うことだって出来る」

「そうなんだけどね。ボクとしては玄哉が居ないとコミュニケーションが成立するか不安でね……」

 小さい悲鳴をあげて痛む頭をさすりながら苦笑いを浮かべると、玄哉はまたもそっぽを向く。それくらい自分でやれってことでしょ、分かってるさそのくらい。

「まあ卒業さえ出来りゃどうとでもなる。一年の我慢ってとこだ」

「……そうだね」

 少しだけ不安になったボクははあ、とため息をついて準備を終えたキャリーを立てると、玄哉は窓縁から降り立つ。

「そんじゃま、行きますかねえ」

「はいはい」

 そこでさりげなくドアマンをしてくれるあたり、玄哉も紳士なんだなあと自覚させられる。まあ、彼よりボクの方が紳士力には自信があるけどね。

 ベッドの端にキャリーの置かれた自室のドアを閉めたあと、ボクは玄哉の名前を呼んだ。

「どうした。忘れ物でもあったか?」

「ううん。日本へ行く前にシェーピングした方がいいんじゃないかな?」

「余計なお世話だ。……剃刀は途中で買う」

「それでよし」

 こんな会話が、ボクらのいつも通りの風景である。

 

       * * *

 

 ところ変わり、お母様の書斎。

 普通父の書斎なのでは? と思われる人もいるだろうけれど、もちろんお父様用の書斎もある。でも、お父様は基本的にそこへ入る事はない。基本的にリビングなどで仲間達とお話しをされている事が多いのだ。

 執務机で書類作業をされていたお母様は、ボクと玄哉が入った事によってその作業を一度止められた。申し訳なく思いながらも、ボクは口を開く。

「お母様、準備ができました」

「そう? ずいぶんと早かったわね。こっちももう少しで手続きが終わるから。……玄哉も一緒に来るのね?」

「奥様がそう仰るなら」

 帽子をとった玄哉は不承不承といった様子で頷くと、お母様は小さく吹き出す。「次元を見ているようだわ」と小さい呟きも漏らしていた。本当はもとより付いて行く気だと分かってらっしゃるのだ。

「そう、それなら紬も安心ね」

「はい。大変心強く思います」

 ボクも彼の思い遣りに心からの笑顔で応える。向ける方はお母様でも、玄哉ならきっと感じ取ってくれると信じているからだ。

「分かったわ。それじゃあ出立は明日のお昼にでもしましょうか」

「わかりました、それではお母様、お夕飯のリクエストなどはありませんか? 本日は腕によりを振るいたいと思います」

「そうね……だったら久しぶりに和食をお願いしようかしら」

「はい、お任せください。それでは早速お食事の準備をさせていただきますね」

「ええ。ありがとう、紬」

 ボクは微笑みながら目を伏せて一礼すると、玄哉と共にお母様の書斎から出るのだった。

「和食ってお前……作れんのかよ。俺は見た事ねえぞ」

「失礼だね玄哉。ボクの中で一番好きな食べ物はポトフと和食なんだよ」

「そりゃ意外だ。他にもうまいもんはたくさんあるだろうに」

 それもそうだ。でも、ポトフはお父様がボクのために作ってくれた料理で、和食はお母様がよく腕を振るわれていた料理だ。ボクはその仕込みから何までを、機会があればずっと見て覚えてきた。レシピの仕方だってそう、国によって入手の難しい食材だって、代用出来るものを用意することだって可能さ。それだけ思い入れが強い料理なんだよ。

「さ、そうと決まったら買い物だ。玄哉、悪いけど付き合ってくれるかな?」

「ああ。途中で髭剃りを買わせてくれ」

 自分の象徴であるおヒゲをさすりながら言う玄哉。どうやらついて来てくれるようだった。

 



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日本、到着。

 

 ……翌日。

 お昼頃、ボク達は昼食を済ませた後、雇っていた使用人が運転するリムジンへと乗り込み、空港へと向かっていた。

 お母様は変わらず御自身のノートPCを打ちながら携帯やPCのテレビ通話を含めて様々な商談などを進められている。ボクとおヒゲを玄哉はL字座席の横座りの部分で、お仕事をされているお母様を眺めながら、車内に用意されていたフルーツなどを食べている。

「(それで、お前さんの通う学園とやらの情報はどうなってるんだ?)」

 流石の玄哉も、お仕事をされているお母様の邪魔にはなりたくないのか、配慮としてかなりの小声でボクへ話しかけてくれる。ありがたい。ボクも彼と同じくらいの声量で答えよう。

 ボクは軽く頷いて自分のタブレット端末を開き、資料用アプリを展開。そして昨晩の内から用意していた、これから通う学園についての資料をメモリから引き出した。

「(これがボク達の通う学園、都立東峰(トウホウ)学園。所在地は東京らしいけど、場所はどうやら東京湾にある巨大な人口浮遊島のようだね。カジノ特区としても有名らしいけど、そこはまた別としてその島内で犯罪等の取り締まりがされているみたいだけど、本島の警察も介入出来るみたいだし、それと連携しているんじゃないかな)」

「(恐らくそうだろうな。……となれば、俺達の住まいはどこになるんだ? 確か、別宅は島根と茨城にしかなかったろう)」

「(それなんだよね。お母様も何か考えがあるみたいだけれど、まだ住む場所は教えられていないよ。サプライズでもあるんじゃないかな?)」

 玄哉は半信半疑というように半眼で小さく唸ると、マルボロに火を点けようとして――やめた。視線がお母様へ行ったからだ。

(ありがとう玄哉。ボクは君のそういう気の利くところが大好きだ)

 心の内で感謝しつつ、そうこうしている内に空港へと到着した。

「お母様、空港へ到着いたしました」

「あら、もうそんな時間? ……ええ、追って連絡するわ」

 ボクが恐る恐るお母様へ目的地へ到着した旨を伝えると、お母様はタッチ式携帯から耳を放して左手でオーケーサインを出した。会話も切り上げるみたいだ。恐らく、先方の配慮だろう。話の分かる相手で良かったとほっとする。

 運転手がドアを開く。お母様から玄哉、ボクの順番で外へ出ると、そのままターミナルを通過していく。

「このまま自家用(ウチ)の機に乗るわ。行きましょう」

「はい。お母様」

 お母様の荷物を肩に提げ、自分のキャリーを引きながら荷物検査等をこなして行く。

 そして自家用ジェットに乗り込むと、お母様はすぐさまご自分のお部屋へと入ってしまった。恐らく、先ほどのお話の続きだろう。

 ボクは細心の注意を払ってお母様のお荷物を部屋の固定場へ設置すると、一礼して部屋を後にした。

「紬、先に入ってるぞ」

「ああ、うん。今行くよ」

 ボクは自分の部屋へ入ろうとお母様のお部屋から踵を返した所で、すでに入室しドアから顔を出していた玄哉へと頷く。ボクは彼の後を追うように入室すると、すでに機は動き出していた。

「離陸準備だ。ああ、あと入国手続きはやってくれたみたいだな」

「ああ、それは助かる。ボクはどうしたって女性に見られる可能性は低いからね」

 玄哉の隣のシートへ座ると、そのままベルトを着用する。彼も同じようにベルトを締めると、ふーっとひとつ息を吐いて、その黒いソフト帽を自分の顔に被せた。

「玄哉、寝るんだったら離陸した後にベッドで眠りなよ」

 幸いボクの部屋にはベッドが二つある。どうしてかって? それはお兄様の分だからだ。この部屋は兄妹供用なのである。まあ、その人も今はいないのだが。

「あぁ、悪い……そうするか」

 くぁ、というあくびをする声が聞こえた。よほど眠いと見える。

 そして五分ほどしてから、徐々にGがかかっていき――ふわり、と機体が浮いた。

 ボクは窓の外を見る。遠くなっていくフランスを見て、ボクは何を思ったのか……

「(さようなら)」

 そんな事を呟いていた。

 

       * * *

 

 およそ半日のフライトが無事に終わりを告げ、がこんっという機体が着陸した感覚を身に感じながら、ボクはむくりとベッドから起き上がった。

「………」

 お母様やお父様、お兄様ほど完璧ではないボクでも、弱いものはある。それは寝起きだ。

 しっかりと脳や身体が起きるまでかなりの時間を要する。その理由は低血圧からのもの。

「――おえっ」

 そして無理に身体を起こそうとして身体に負荷がかかり、軽くえづいてしまう。これは胃などが弱いから。また、ワイナリー時代の酔い対策でもあった。

 寝起きで戻しておけば、その鼻にこびり付いたきついアルコールのかおりは酸性のものによって少しだけ緩和される。それを毎日行っていたから、身体が覚えてしまっているのもある。

 次に、鼻水。これもワイナリー時代からのもの。鼻を詰まらせておけば口呼吸でなんとかなる。嘔吐と鼻水を併用することで自分を守っていたのだ。

 すんすんと鼻を鳴らしていると、どうやら玄哉も起きたらしい。むくりと隣のベッドの布団が盛り上がった。

「ん……玄哉……おはよう」

「……おう……」

 くぁあ、と大きなあくびをして伸びをする玄哉。ボクもそれにならって伸びをした。……うん、少しすっきりした。

「あー……頭痛い」

 そして慢性的な頭痛に顔をしかめながら、ベッド端に座るようにして脚をぷらぷらさせる。これは全身に血液を送るためのもの。

 あ~とこめかみのあたりをグリグリと抑えるが、それもあまり効果がない。

 寝覚めというより、起きてすぐ行動する事ができる玄哉が羨ましい。彼はそそくさとベッドから這い出てコーヒーを作っていた。

「玄哉~ボクのもー」

「わーってるよ。とりあえずお前は下くらい穿け、ったく」

 ああ、そういえばそうだった。

 寝る時のボクの服装は決まってパジャマ用のワイシャツ一枚と下着くらいだ。長年一緒にいる玄哉も慣れたもので、こんなんじゃまったく興奮もしないんだそうな。

 コーヒー作りに熱中(というより気を遣って背中を向けてくれている)玄哉に背を向けて、ボクは外出用のスーツへとサッと着替えた。もちろん下はパンツスーツだけど。だって寒いじゃないか。

 それは勿論そうだけれど、一番の理由はやはりワイナリーの仕事時代に付けられた傷跡なども多く残っているため、それを隠すという理由が一番しっくりくるのかもしれないが。ボクはそんなものは気にしない。

 髪型も整えた。よし、これでいい。

「ほれ」

「ああ、ありがとう」

 紙コップのインスタントコーヒーが渡され、シートへ着いたボクはありがたくそれをいただいた。

 外を見れば朝日が。それはそうだろう、日本時間で言えば午前9時前後なのだから。

「あー、時計変えないと」

 二人揃って腕時計やケータイの時間を直していると、コンコンとドアがノックされる音がした。

「俺が出る」

「よろしく」

 ぽいっとボクへ腕時計が投げられ、ボクは玄哉の時計の調節をする。

「あら、二人とも起きていたのね。よかった」

 そこへ現れたのはお母様だった。ボクは飛び上がるようにして立ち上がると、「おはようございます、お母様っ」と深いお辞儀をしながら挨拶をした。

「おはよう、紬。よく眠れたかしら?」

「はい、お陰さまで。……ところでお母様、本日はどのように行動されますか?」

「うーんそうね、とりあえず午前中は東京でも見て回りましょうか。十六時からは学園の理事長と会談する予定よ。貴女達はそれに同席しなさい」

「午前中は東京散策、午後十六時からは学園理事との会談、ですね。かしこまりました」

 ボクは簡単なメモを内ポケットの手帳へと書き記すと、お母様はふふっと微笑みながら自室へと戻られた。

「さて、俺達も下りる準備をするか」

「そうしようか」

 それからボクは、玄哉に荷物を任せ、お母様の足元を注意しながら階段をエスコート。そのまま空港の中へと入っていく。

 

 

「ああ……ようやく着いた。ここが日本なんだね」

「まあな」

 ターミナルへ出た所で、お母様は早速件の学園理事とのアポイントを取りに通話可能区域へと歩いていかれた。お母様を待つ中、玄哉は懐からマルボロのケースをくしゃりと握りしめ、近くにあったゴミ箱へと投げ入れてしまった。

「いいの? 結構本数が残っていたと思うけど」

「良いも何も、この国じゃあ二十にならなきゃタバコ酒はダメなんだよ」

「そうなんだ。ごめん、覚えていなかったよ」

「郷に入れば郷に従え。まっ、お前の場合酒も煙草も点でダメだからな。関係ねーだろう」

「でも、玄哉は少し辛そうじゃないか。おじさまも大概だけど、君も喫煙家だよね?」

「ンなの来年になりゃ認められる。暫くの我慢だ」

「どうやら学校には『春休み』というものがあるらしいよ。長期休暇にはフランスに戻ろう。それなら玄哉だって気負うことなく吸えるでしょう?」

「ありがてえ申し出だが……学校ってのには必ず宿題ってのが付いてくるもんだ。日本の学生は特にそれが多い。まあ、お前の頭なら全く問題はないだろうけどな」

「ホームスタディが必要なんだね。日本の若者は真面目な人が多いのかな」

「さてな。俺達みたいに適当やりつつ過ごしてる奴も少なからずいるだろう」

 そこで玄哉がライターを取り出しながら内ポケットに手を突っ込もうとする。そこにあるべきものを今しがた捨てたばかりだというのに。それに気付いた彼ははあ、と大きなため息をついた。ちょっと可愛いじゃないか。

「ボクは学校という所へ行くのは初めてだよ。だからほんのちょっとだけ不安なんだ。できれば、小学校とやらを経験した玄哉にいくつかアドバイスが欲しい」

「目立つな、邪魔をするな、寝るな……くらいか?」

「ごめん、それを禁じられたらボクはもう何も出来そうにないよ。学校っていうのは難しいんだね。まず一つ目からアウトだ」

「まあそりゃそうだろう。冗談だからな」

「………」

「す、すまん。気を悪くしなたら謝る」

 ボクは無言の笑みを浮かべつつ拳を作り、パキパキと間接を鳴らした。玄哉は昔からこの間接のなる音が嫌いなのだ。青ざめた様子で降参のポーズを取る。

「ま、まぁお前は自然体でもうまくやっていけるだろ。俺が保障してやる」

「だと良いんだけど」

 そんな一抹の不安は、この先出会う一人の男子によってかき消される事になるのは、日が半分ほど傾いてからの話だった。

 

 




次回はいよいよ伊右衛門が出ます! お茶じゃないよとだけ!


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東峰学園

私のやっているオンラインゲームの二児小説を書こうと企画中……。
SAO、軌跡シリーズ、精霊使いの剣舞etc...色々と混ざりそうです(;´д`)


 

 ――午後四時ごろ。

 ところ変わり、東京湾――私立東峰学園。

 そこへ通っているであろう学生達とすれ違う様にして、ボク達三人は学園敷地内の応接室へ訪れていた。

 その場で数分待たされると、灰色のスーツを着込んだ、初老の男性が入室される。恐らく、彼がこの学園の理事なのだろう。

 応接室のソファへお掛けになったお母様の後ろへ、ボクと玄哉は立ってついていたので、そのまま立礼を交わす。

「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした、峰様」

「いいえ、とんでもないわ。こちらこそ急なアポイントでごめんなさいね」

「いえいえ。書類の件につきましては滞りなく進んでおります」

「そう。わざわざありがとう」

 最初はお母様と理事長らしき男性とのお話ばかりだったが、それから数分ほど打ち合わせをした後、その話題の矛先はボクへと向けられた。

「そして、彼女がかの……」

「私の自慢の娘よ。紬、御挨拶なさい」

「はい、お母様。――お初にお目にかかります。峰紬と申します。どうかお見知りおきを」

 ボクは礼儀正しくお辞儀をすると、顔をあげた時には男性は優しく微笑んでいた。

「ふふ、あの黒髪の令嬢が、ここまでお綺麗になっているとは思いませんでしたな」

「以前にお会いした事がありましたか。それは大変失礼いたしました……」

「いやいやとんでもない。覚えていなくても当然ですよ。なんせこの学園の創立初期にいらしたのですから……そうですね、十五年ほど前、ですか。貴女もお兄様も大変可愛らしいご年齢だったはず」

「恐れ入ります」

「紬、彼は私の古い友人でね。当時はいいビジネスパートナーだったの」

「そうなのですか?」

「峰様には当学園の創立にも大変なご助力を頂きました。この学園も十五年。ここまで学園が成長できましたのも、峰様のお陰です。改めてお礼を言わせてください」

「そんな事ないわ。この学園を引いてきたのは全てあなたなのだから、胸を張って」

「恐れ入ります」

 ……どうやら話を聞く限り、ボクはこの方と面識があるらしい。覚えていないけれど。

「改めまして、わたくしが当学園の理事を務めさせていただいております。東方(ヒガシカタ)哲司と申します。どうか、よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願い申し上げます」

 ボクと玄哉は丁寧に一礼すると、男性はまたも嬉しそうに微笑んでくれた。なんて良い人なんだろう。ボクの心もほんわかと温まっていくかのような笑みだ。凄く安心できた。

 ボクはそれから、東方理事のお話を数十分ほどお聞きして、空が暗くなってきた所でお暇する事となった。

 ……良い国だなあ、日本。なんて素敵なんだろう。それに少なからずボクにも色々な縁がありそうだ。凄く楽しみ。

 これからどんな人と会えるんだろう。なんて、学園の校舎を出た時のボクはそんな事を思っていた。

 

       * * *

 

 ――目の前にあったのは、大きなお屋敷。

 正門から中へ入ってみると、桜の木が多く植えられているのが分かった。あと二カ月ほどすれば、塀の外からでも花見が出来そうなほどだ。

 しかしいずれにしても敷地面積はフランスの本宅と同じくらいの規模。これは一体……。

「紬、入るわよ」

「あ、はい。失礼いたしました」

 お母様は戸惑う事無く、屋敷の入り口までの長い道を歩いてたどり着くと、何もしなくてもドアが勝手に開いた。操作しているのか、それともここへ人が立つと自動的に開く仕組みになっているのか、よくわからない。いずれにしてもボクとしては新感覚だ。自動ドアの屋敷だなんて初めてだから。

「う~い……にしても(さみ)ぃな」

 さっきまで空気と化していた玄哉は身体をすくませている。流石の彼もコートなしでは厳しいだろうに。

「風邪を引かない様にね」

「わーってるよ……」

 屋敷の中へ入ると、ふわっと暖かい空気がボク達を包んでくれた。

「わ、あったかい……」

 半身で振り向いたお母様は、ふふっと微笑んだ。

「ここが私達の新しい住まいよ。屋敷の管理は業者に任せていたけれど、紬が居てくれるるのなら十数人も必要なさそうね」

「光栄でございます、お優しいお母様。その様な貴重なお言葉をいただけるとは思ってもおりませんでした」

「あら、本宅でも一番頑張って家事をしてくれているのは貴女じゃない。当然の事だと思うわよ?」

 そう言ってウィンクされるお母様。ああ、相も変わらずお美しいうえにお優しい。

 ボクはつい目頭が熱くなってしまう。

「やだ、貴女ひょっとして泣いているの? ダメよ、女が涙を見せる時はプロポーズの時くらいで良いのだから」

「も、申し訳ありません……感激のあまり、つい……」

 ボクは懐からハンカチを取り出し、そっと目元を拭う。そしていつもの笑みに戻れた。

 その間、お母様はずっとボクの頭を撫でてくれていた。

「今後は貴女も学業が入ってくるのだし、一日中家事をしているわけにもいかないでしょう? 何人かのメイドと、庭師などの従業員も雇っておいたわ」

 聞いてみれば、メイドは五人、庭などの管理業者を含めると合わせて七人ほどになるそうだ。

 そこでいよいよ、ボクも学校へ通う事になるんだと自覚する。

「学園へ通うのは今月末だから……そうね、あと一週間はあるわ。それまでに、屋敷にも、この島にも慣れておかないとね」

「はい、かしこまりました」

「私はもう仕事で発ってしまうけれど、何かあったら必ず呼びなさい。いつでも駆け付けるわ」

 お母様は最後にボクをぎゅっと抱きしめると、またもウィンクしてそのまま去っていってしまう。

「お母様、行ってらっしゃいませ」

「ええ。行ってきます。――ああ、それと紬。ここの所有者は貴女ということにしてあるわ。主として相応の振る舞いをしてね」

 そう言って、お母様はお屋敷から出て行ってしまう。

 玄関フロアに、ボクと玄哉だけが取り残されてしまう様な形となった。

「……それで、俺の部屋はどこなんだ?」

「さ、さぁ……。というか、ここの主がボク!?」

 ここ一番の疑問と、トンデモナイ事を言い残して。

 お母様の笑い声が、頭の中で反芻するように響き渡った。

 

       * * *

 

 ……それで、どうしてこんなことになっているんだろう。

「「………」」

 一人は玄哉。もう一人は和服の袴を着込んだ高校生くらいの少年。

 その二人が、ボクの注いだ紅茶を飲みながらテーブル越しににらみ合っている。

「……あの、二人とも。そろそろこの痛々しい沈黙を止めてくれないかな。メイド達も怖がっているんだけど」

 ここはあくまで公平的に、紳士的に応対するべきだ。この豪華な談話室のドア近くに立っているメイドさん五名が、びくびくと肩を震わせている。かわいそうでいたたまれないよ。

「まあよい……。――それより、久しいな紬。また髪が伸びたか」

「まあ、お陰さまでね」

 玄哉とは違う和服の少年……石川伊右衛門は、話題を変えようと、ネタをボクの髪に持ってきた。良い判断だろう。

 彼と玄哉は所謂()ンエンの仲。故に合う毎にこんな空気が必ず訪れる。二人とももういい歳なのだから、そろそろやめてもらいたいものなのだけれど。

「君達、すまないね。ボクが今日からこのお屋敷の主人になる、峰紬だ。これからよろしく頼むよ」

 美少年顔負けの微笑みかつ自分の中でもっとも男性らしい低い声を出して自己紹介すると、メイド達は揃って一礼した。うん、良い子たちが揃っているみたいだ。

 ボクが自分の紅茶を淹れ、二人の間の一人掛けソファへと座り、一口。ようやく二人も落ち着いたのか、それぞれボクの淹れた紅茶へと少しずつ手にする頻度が増える。

「すまないけれど、ここはボク達三人にしてくれないかな? 君達はーそうだね、できれば夕食の準備を」

「畏まりました、お嬢様」

「うん、素直な人は大好きだよ。何かあったらすぐにボクを呼んでね」

「はい。それでは、失礼いたします」

 五人並ぶ若いメイドの一人が、ボクと言葉のキャッチボールをしてくれた。言語はフランス語。彼女はいい話相手になってくれそうだ。

 そしてゾロゾロとではなく、ササッとその場から出ていくメイド達。所作も何もかも洗練されているのが分かる。初々しさは残るけれど、みんな優秀なんだろう。

「……さて、第三者の目はなくなったワケだけど。ふたりとも、せめてその険悪なムードだけでも取っ払ってくれないかな? でないと外へ放り出すよ?」

「「………」」

 それだけはまずい、といった顔を二人とも一斉に出し合った。そして頷き、はあ、ふうと息を吐く。いつもの事だ。ボクが仲裁に入らないと、この二人はいつまでも無言で険悪ムードなままなのだから。

 慣れ親しんだ友人……というよりかは、幼馴染の関係だからこそ耐性のつくこの空気。メイドさん達然り、第三者としては近寄りがたい雰囲気なのだろう。今後も注意しなければ。

「伊右衛門はいつからこの屋敷に?」

「二年ほど前の事だ。この屋敷の管理を、そなたの母君より賜った」

「そうなんだ」

 となると、伊右衛門は庭師という扱いになるのかな? 小さい頃からフランスの本宅へ盆栽を持ってきていたし。

「とにかく久しぶりに伊右衛門の顔が見れてよかったよ。元気そうで安心した」

「それはこちらのセリフだ。……お前も元気で何よりだったが」

「……まあな」

 玄哉はむすっとした表情でそっぽを向いた。これは彼なりの挨拶だ。伊右衛門だってそれくらいじゃ怒らない。

「伊右衛門は背も伸びたね。いくつになったの?」

「175ほどになる」

「うわ、本当に大きくなったね……ボクなんかまだ160もいかないよ」

 まあ、それはあまり日に当たらないところで生活していたからなんだけど。それでも高身長の人は憧れる。

「よいのではないか。日本の女子(おなご)は大体そんなところだ」

「そういうものかな。お父様の血も継いでいるんだし、お兄様のようにもう少し伸びてくれてもいいんじゃないかと思うんだけど」

 んーっと自分の頭を軽くぽんぽん叩いて唸ると、伊右衛門はフフッと目を伏せて笑う。

「拙者はその様な紬がよいのだがな」

「おー嬉しい事言ってくれるね。ありがとう伊右衛門」

 ボクは安心したように微笑むと、伊右衛門は少し顔を赤くして紅茶を飲んだ。うん、やっぱりまだ女の子には耐性付いてないのかな。

 伊右衛門は小さいころから()っつり――じゃなくて、女性が苦手なのだ。会話するだけでも少しだけ頬が赤くなるから、あまり話せない。ボクはこの通り男装だから、彼はかろうじて会話が出来るレベルなのだ。

 いっそ世界中の女性が男装すればいいのではないかって? それは駄目だよ、お母様の美しさは男装でもにじみ出るほどだけれど、やっぱり女性モノの服の方が映えるんだから。

 とまあ、この二人がボクにとっての仕事仲間かつ相棒であり、幼馴染。小さい頃はお兄様がボク達を引っ張ってくれていたけれど、流石にお仕事が忙しいみたいで、ボクがフランスへ戻って来た時にはもう一緒に遊ばなくなってしまっていた。

「そういえば、(キラ)殿は今、何処(いずこ)へ?」

「うん。お父様と一緒に世界中を飛び回っているよ」

 峰煌・ルパン四世。それがボクのお兄様の名前。基本的に四世と呼ばれているけれど、ちゃんとお名前もあるのだ。

「そうか……。紬も心労が絶えぬな」

「まあね」

 それから暫く談笑した後、玄哉が自室へ行きたいという事で席を立ったため、ボク達もそれに合わせてティータイムを切り上げることにした。

 



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想う心

 こちらと並行して、新しい小説を書き始めました。
 そうですね……あちらがハーレムだというのなら、こちらは家族愛かつ純愛ものでしょうか。
 今回はついに、あのお兄様が登場します!
 短い文ですが、どうかお許しくださいorz



 とりあえず、先ほどフランス語で言葉のキャッチボールをしてくれたメイド――八十島(ヤソシマ)さんというらしい。そのうえメイド長なのだとか――に屋敷を案内してもらった後、家具の揃えられた自室へと入って、高級なソファに腰掛けてからひとつ息をついた。

(さて……。まずはお母様から言われた課題についてかな)

 このお屋敷の主人を、ボクが務めなければならないということ。それはつまり、ボーヌの別宅にいらっしゃった血縁者の方と同じ役割を担った、ということなのではないだろうか。

 ただひとつ違う点があるとすれば、この人工浮遊島の所有権はボクの家にはないということ。あそこは領地そのものがお家のものだったから、それくらいなんじゃないだろうか。

 メイドに自室へ案内してもらった際に聞いてみたところ、金銭関係はお母様が管理されているらしい。つまり、ボクはただ、ここでお客様をお出迎えするなどの来客応対をすればいい、ということだ。

 流石にVIPなどは早々に来ないとは思うけれど、当面の間はお母様との商談相手がメインになるだろう。

 幸い敷地も多く部屋も多い。来賓用の寝室なども用意されているようで、玄哉や伊右衛門はその部屋だそうな。

 とりあえず、こんなところかな? なんて思っていると、部屋のドアがノックされた。

『お嬢様。八十島でございます。お飲み物をご用意いたしました』

「ふえ?」

 そこでボクはしまったな、と感じてしまう。これまでボクは使用人の様に、キッチンなどで飲み物を飲んでいたものだから、自室に運んでこられるのがとても新鮮に思える。

「いやごめんよ、鍵は空いているから、入っておくれ」

 ひとつ素っ頓狂な声をあげてしまったけれど、軽く咳払いして誤魔化した。

『はい。……失礼いたします」

 八十島さんは入室してひとつお辞儀をすると、ソファに掛けていたボクの目の前にあるテーブルへとティーセットを広げてくれる。

「ありがとう。今まではボクがする側だったから、なんだか気恥ずかしいね」

「お嬢様には、今後はこちらに慣れていただけるよう努力いたしますね」

「うん。ボクも頑張るから、遠慮なくよろしくね」

「畏まりました」

 八十島さんは微笑む様に頷くと、ボクはさっそくだけど、と話を切り出した。

「できれば今後は極力日本語で会話をして欲しいんだ。ここは日本なんだし、大好きなお母様の故郷であるこの国の事や言葉をもっと知っておきたい。次にお父様やお兄様、そしてなによりお母様とお会いした時に、今以上に自然な日本語で会話してみたいんだ。お願いできるかな?」

 ボクにはそれが、お母様から与えられたもう一つの課題だと思っている。――いや、言い訳をするのはよそう。ボク自身がそうしたいと望んでいる。

 この国を知って、好きになりたい。大好きなお母様が過ごされたこの国の事を愛したい。

 そんな思いを込めて、ボクは八十島さんへうち明けると、彼女は目を見開かせて、これ以上ないほどの微笑みを浮かべて大きく頷いてくれた。

「勿論でございます、紬お嬢様。それでは、今後は日本語で会話する様にしましょう」

「本当!? 凄く助かるよ、ありがとう!」

 今にもその場から飛び上がりそうな勢いで、ボクはぱあっと表情を明るくした。

 彼女もどこか嬉しそうで、頬が少しだけ赤くなっている。

「とんでもございません。他のメイド達にも、そう伝えておきます」

「うんっ、そうしてくれると嬉しい。……ああ、楽しみだなあ……」

 ボクは胸に手を当てると、自分でも気持が高揚しているのが分かった。少し身体が熱い。その熱を逃がしたくないけれど、ボク自身が熱くなってしまったら、せっかく八十島さんが淹れてくれた紅茶がぬるく感じてしまう。ボクは口からほうっと息を吐いて、排熱した。これでちょっとは落ち着いたかな?

 とにかく、今後は機会を見て、みんなと積極的に会話してみよう。若い子達ばかりだし、今日本で流行っているものなんかを聞いてみるのもいいかもしれない。

 そう考えると、とめどなくこれから先の、このお屋敷での日々が楽しみになってきた。

 紅茶をひと口いただくと、さっき玄哉や伊右衛門達と一緒に飲んだ紅茶よりも、甘く感じた。

 

       * * *

 

 夕食の場で、改めてボクはメイド長の八十島さんから、他のメイドの四人を紹介された。

 その中の一人――楯山(タテヤマ)みぞれという、十六歳の女の子が、ボクの側付きということで、すでに学園には編入手続きを出しているらしい。

 その黒髪に藍色の彼女は、まるで子犬の様な雰囲気を出していた。メイドの中でも一番年下(まあ、当たり前だけれども)で、この職へ着いて間もないという。

 あの談話室の身のこなしから見ても、研修期間でどれだけしごかれたか計り知れない。

 食事の場でありながらも、ボクはつい彼女の苦労をねぎらってしまうのだった。……まあ、八十島さんには軽く叱られちゃったけどね。

 現在食卓へついているのはボクと玄哉だけ。伊右衛門はもとよりこのお屋敷の従業員という形で入ってきたために、一緒出来ないらしい。そんな事は気にしなくてもいいのに。相変わらず、律義だなあ。

「紬」

「うん? どうかしたの?」

 しばらく無言での食事が続いていたけれど、先に口を割ったのは玄哉の方だった。

 まあ、彼もメイドや伊右衛門に囲まれて、無言で食事するのは少し抵抗があったんだろう。

 ステーキを食べ終えた彼は口元を拭いつつ、続ける。

「明日、市街地へ出たい。お前も来るか?」

「そうだね」

 お母様からせっかくいただいた一週間というお休みだ。これを利用しておかない手はない。

 ボクはみぞれの方を向くと、「みぞれは行けそう?」と彼女の予定を聞いておく。

「はい。紬様がそう仰るのでしたら、わたくしも御一緒させていただきます」

 うん、とても嬉しそうかつ可愛らしい。子犬に例えれば目をキラキラとさせて尻尾を振っているかのような感じだ。

「伊右衛門は?」

「む……。拙者は庭の手入れと学業がある故、行く事が出来ん……」

「ああ、そっか。伊右衛門はもう入学してるんだもんね。ごめん」

「気にしないでくれ」

「ありがとう。それじゃあ、明日はボク達三人で出かけるとしようか」

 ボクの言葉に、玄哉とみぞれは頷き、明日の予定が決まったのだった。

 

       * * *

 

 ――夜。

 お風呂からあがり、自室へと戻ったボクは、自分のケータイに着信が入っている事に気付いた。

 相手は――お兄様だった。

 ボクはすぐさま返信をしようと、ケータイを手にお兄様へ通話を掛ける。

 ()はたったのワンコールで出た。

『もしもし、紬か?』

 聞きなれた青年の声。低すぎるほどではないけれど、安心できる声音だった。ボクはお兄様の声を聞いて、はあと安堵したように息を吐いてしまった。

「こんばんは、お兄様。はい、お兄様の妹の、紬です」

『そうか。日本(そっち)は……夜中だったな。すまない、配慮が足りなかった』

「いえ、とんでもありません。お気になさらないでください」

『そう言ってくれると助かる。……母上から聞いたぞ。日本の学園へ通うと』

「はい……。あまりに唐突でしたので、お兄様やお父様へ報告する事も叶いませんでした。どうかお許しください」

『なに、気にするな。俺は何度も日本を訪れた事があるが、お前は一度しかなかっただろう。……日本(そこ)はとても優しい国だ。存分に学業に励むといい。頭の良いお前の事だ、うまくやれるだろうよ』

「ありがとうございます、お優しい煌お兄様。お兄様の妹の名に恥じぬよう、精いっぱい努めてまいります」

家業(・・)の方は任せておけ。――ああ、それとひとつ、付け加えておこう。想い人が出来たらすぐに俺へ報告するように。あの父の事だ、可愛い娘についた男は八つ裂きにしかねん。代わりといっては何だが、俺が見定めてやろう』

「……ふふっ」

 ボクはそこでつい笑いが零れてしまった。相変わらず、お兄様はボクの事を大好きでいてくれているみたいだ。ボクもお兄様の事が大好きだけれど。

 それが確認できただけで、とても嬉しく思える。今ここに居ないお兄様の事を思いつつ、ボクはほうっと息を吐いて、言葉を紡いだ。

「承知いたしました。異性間につきましては、お父様ではなく、お兄様へご相談させていただきたいと思います。ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

『それでいい。任せておけ。……さて、お前は明日も早いのだろう? であれば、今日はもう休め。また、改めて連絡する』

「ありがとうございます。おやすみなさい、大好きな煌お兄様」

『ああ。おやすみ』

 そこで通話が切れる。ボクは火照った頬を冷やすように三度息をはきながら、通話履歴に乗ったお兄様の名前を見て、ふふっと微笑みながら床へついたのだった……。

 




 煌お兄様がマジでイケメンな件について。
 男ながらに惚れそうなんですがそれは……!!


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紬とみぞれ

 

 ――外出用のカジュアル系の私服へと着替え、部屋で待っていると、ノックが三回鳴った。

『俺だ。メイドちゃんも居る』

「玄哉か、どうぞ。空いているよ」

 そしてボクは二人を迎え入れる。

 玄哉は相変わらずの黒スーツだったけれど、みぞれは外出という事で私服を着込んでいる。

 黒いダッフルコートを着たみぞれ。低身長な彼女だからこそ映えるというもの。とても可愛らしい。

「お待たせいたしました、紬様」

「構わないよ。みぞれのコーデはとてもいいね。すごく可愛らしい。玄哉はー……うん、いつも通りだ。生地は厚いものにしたのかな?」

「ふふっ、ありがとうございます。紬様もとても似合っていらっしゃいますよ」

「どうして俺のスーツのレパートリーを知ってやがる……」

 頬を少し赤くしたみぞれと、ぎょっとして前髪をいじっている玄哉。ボクはソファの背もたれに掛けておいた黒いコートを手に取ると、屋敷の玄関口まで二人と共に歩いて行く。

 その途中で、八十島さんが花瓶にさしている華の手入れをしていた。

「八十島さん、予定通り出て来るよ。お昼は外で食べて来るから、夕飯だけお願いしてもらっても構わないかな?」

「承知いたしました、紬お嬢様。お気を付けていってらっしゃいませ」

「うん。でも大丈夫、みぞれも玄哉も居てくれるから、安全は確保されている様なものさ。それじゃあ、行ってくるよ」

「はい」

「行こう、二人とも」

「ああ」

「行って参ります、八十島さん」

「はい、行ってらっしゃい」

 玄哉は頷きながらボクと共に歩みを進めるけれど、みぞれは八十島さんへぺこりと一礼してからボク達に続いた。ああ、健気なところがとても可愛らしい。

 

       * * *

 

 ボク達の屋敷から歩いて十数分。目的の市街地……というより、ショッピングモールなどが集合する歓楽街へと到着した。

「さて、玄哉の買い物はなんだい?」

「いやな、俺は大学部だから私服を買おうと思ってな……」

「なるほどね」

 ボクもあまり彼の私服姿は見た事がない。それほど彼は基本的にスーツを着込んでいて、あったとしてもアロハシャツくらいだろう。つまり、レアなんだ。

 洋服を売っているお店へと入りながら、ボクは玄哉を見上げる。

「玄哉の私服はあまり見た事がないから、君がどんな服が好みなのか見てみたいな」

「野郎の買い物に付き合ったって楽しかねーだろうに……」

「興味本位さ」

 彼はその言葉に嘆息して、みぞれはくすくすと笑う。

「それじゃあボクもみぞれと一緒に服を選ぼうかな」

「はい。是非ご一緒させてください、紬様」

「んじゃ、俺は適当に行くな」

「うん。それじゃあまたあとで」

「おう」

「紬様も、次元様の私服は見たことがないんですか?」

「そうなんだよ。見たとしても小さい頃なものだからね。あまり覚えていないんだ」

「なるほどー……」

「むしろ、今の彼がスーツ以外のものを着る事が想像できないんだよね」

 メンズ売り場へと自然に足を運びつつ、ボクは苦笑いを浮かべていると、みぞれはきょろきょろとあたりを気にし始める。

「えっと、みぞれ? 君も欲しい服があったら見に行ってもかまわないよ。こういう時くらい遠慮しないで、友達と一緒に居る感覚で接して欲しいな」

「つ、紬様……ですが……」

「うーん……。それじゃあ今だけ『さん』付けで行こう。これから学校生活も始まるわけだし、校内で様付けもおかしいからね」

「わ、分かりました。それでは紬さん、と……」

 今度は完璧の頬を赤らめながら、指を絡めながらボクを見上げて来るみぞれ。何この子とてもかわいい。天使? 天使なの? ボクに舞い降りた天使様? おっと、逆に様つけちゃった。

 ボクは頬を緩ませながら、頭の上を優しくぽんぽんっと撫でると、みぞれはふにゃあと顔を綻ばせてくれる。ああ、やっぱり天使だ。間違いない。

「うん。ボクは少しだけメンズを見て来るから、みぞれはレディースを見て来るといい。基本的にこのあたりに居るはずだから」

 流石にボクだって男性物の下着を付ける性癖はないしね。

「はい、分かりました。それではお言葉に甘えて少しだけ見てきます」

「よし、行っておいで」

 ボクの言葉にみぞれは頷くと、八十島さんの時の様にペコリと頭を下げて女の子物の洋服売り場へと歩いて行く。

 よし、早いところボクも自分の服買っちゃおう。

 

 

「ん」

「お」

 レジカウンターの所で、驚いた事にカゴを提げた玄哉と出くわした。

 ボクは結構見に付ける物は少し時間をかけて選ぶタイプだったと思っていたんだけれど……。

 まさか男性と同じレベルだったとは。

 このままでは負けた気がするので、ボクは普段はあまり着ない女性物売り場へと足を向ける。

「おい、そっちは女モンだぞ」

「……君にはッ、デリカシーというものがッ、ないのかッ!!」

 ああ、顔が熱い。そのままボクを制止した玄哉へと振り向いて、軽くジ()ンダを踏む。

「わ、悪ぃ……。でもお前、あまり女らしいモンは着ないだろ」

「うぐっ……!」

 玄哉のドストレートな言葉に打ちのめされる。

 いや、それでもボクだってパーティドレスくらいは女性物を着ていたさ。十五歳まで(つまり二年弱)は。

「今日はたまたまだからね……たまたまいい洋服がすぐ近くにあっただけだからね……」

「なんて顔してんだよ……」

 うつろな目をしながら、ボクは玄哉の後ろに並ぶ。ここが漫画世界(コミックワールド)なら血涙モノだ。玄哉は半笑いで流しているし。やっぱり悔しいなぁ。

「そういえば、メイドちゃんはどうした?」

「みぞれ? みぞれは女の子だもの。少し時間がかかるんじゃないかな?」

「いや、みぞれは、って。お前も女だろ……」

「?」

 ん、何か変な事を言ってしまっただろうか? 玄哉は呆れ気味にため息をつく。

 それから会計を済ませたボク達は、お店の中にある休憩室のベンチへ腰掛けて、彼女を待つ事にした。

「そういやあ、昨日伊右衛門からとっつぁんの息子について情報をもらったんだけどな」

「うん。どうだった?」

「お前と同級生らしい。現在は伊右衛門のクラスメイトだそうだ」

「……伊右衛門と?」

「そうだ」

 大丈夫なのだろうか、そのクラスは。

 いや、伊右衛門はボク達よりかは段違いの常識人だし、問題が起きる事なんて女性絡みくらいしか想像できないけれど。

「性格とか、他に特徴か何かないの?」

「まあそう焦るなよ。性格はとっつぁんみたいに正義感の強い奴らしいが、常識もわきまえてるようだ。大人しいとっつぁんを想像してくれりゃ一発だろう」

「大人しい銭形さん……。なんだかちょっと可愛いかもしれない」

「目覚めるなよ、ソッチに」

「どういうことかなそれは」

「……言葉通りの意味だ」

 玄哉はそっと帽子の角度をさげて、ボクの視線から逸した。便利すぎでしょその帽子。表情が見えなくなるんだもん。

 なんだか今日の玄哉は機嫌が悪い? いちいち言葉が刺さるんだよなあ。

「他に聞きたい事はあるか?」

「んー。玄哉はどんな服を買ったのか気になるっていうのと、お兄様から電話を貰えたよ」

「へえ、アニキからか」

「相変わらず元気そうだったよ。お話が出来たのは三分くらいだけだったけど」

 ボクはそう言いつつ表情を綻ばせると、不意に玄哉はふっと笑った。

「笑う事ないんじゃないかなあ」

「悪い悪い。お前は相変わらずアニキが好きだな」

「そりゃあそうだよ。みんな大好きなんだもん」

「そうやって真顔で言える当たり、本物だよ。お前は」

 玄哉はそう言うと、ベンチから立ちあがって、自動販売機へと歩いて行くのだった。

「あ、ボク紅茶がいいな」

「………」

 

       * * *

 

 それからみぞれと合流して、暫くショッピングを楽しんでいたのだけれど。

「やっぱりねー」

「まあな」

 目の前に大量に現れるのは、ひと、ヒト、人。

 テレビ局の人だったり、アイドル業界の人だったり。あとは近くを散歩していた人達がこぞってケータイやカメラを手にボクへ群がっている。

 玄哉はそんなボクと人々の間へ立ち、盾役を担いながら苦笑いを浮かべていた。

「みぞれ、普通の撮影の人はオーケーだから、テレビとかスカウトの人はお断りして貰って構わないかな?」

「はい、分かりました」

 ボクの後ろへついておどおどしていたみぞれへとお願いすると、彼女はハッと我を取り戻して頷き、玄哉の隣へと立つ。

「記念撮影の方は是非ご一緒に。他のみなさんは申し訳ありませんがお引き取りください」

 なるほど、丁寧なお断りの仕方だ。

 彼女がペコリと一礼し、ボクも目を伏せて会釈をすると、しぶしぶとスカウト目的の人々は退散してくれた。

 でも……まぁ、なんというか。

 一度離れたけどサッと懐からケータイを取り出して列へ並び直す人が大半だ。やっぱり、手ぶらで帰るのはまずいのかな。流石は日本人。仕事熱心でとても素敵だよ。

「あの、外国人モデルの方ですか!?」

「いえ。(わたくし)は通りすがりの一般市民ですよ」

 やや外国訛りが出てしまったけれど、トップバッターを切った大学生ほどの女性とツーショット撮影。彼女は顔を真っ赤にしてお礼を言うと、ほくほく顔で帰っていった。

 それから三十分ほどを撮影の時間に回しつつ、切りのいいところで退散する事に。

 ボクとしても目立つのは嫌いじゃない。ただ、この髪色はあまり好かなかったりする。

 家族はみんなボクとは正反対の色合いなので、ちょっとだけ負い目を感じるんだ。子供っぽいよね。自分でもそう思うよ。

 ただこれで髪を染め直すというのも負けた気がしてならない。なのでボクはこの髪色でつき通す事にしたんだ。

 

       * * *

 

 午後四時頃。

 ボク達は屋敷へと戻り、メイド服へ着替えたみぞれに紅茶を淹れてもらいながら自室で寛いでいた。

「そういえばみぞれ」

「はい?」

「君はあまり、ボクの容姿を気にしていないね? 昨日初めて会った時もそうだ」

 そう。昨日の談話室でメイドさん五人と会ったけれど、八十島さんを含むみぞれ以外のメイドさん四人が、ボクの容姿に大層驚いていた。

 それはそうだろう。髪は真っ白で、その割には瞳の色は黒いんだ。病気とも思われても仕方がない。

 だというのに。他のメイドさん達は驚きに目を見開く中で、目の合ったみぞれはただひとり、微笑み返してくれた。

 ボクが彼女に強い好感を抱いたのはそこからだ。

「以前に、ボクの様な人に出会った事が?」

「いえ、ありません。わたくしは海外へは数えるほどしか行った事がないので……」

「それじゃあ、別段見慣れていた、というわけじゃあないんだね」

「はい。昨日紬様と初めてお会いした時……あ」

「ん? どうしたんだい?」

 みぞれはそこまで言ってから口をつぐむものだから、ボクは気になって顔を上げてしまった。

 すると、彼女は頬を朱色に染めてもじもじとしている。どうしたんだろう、会話からは伺えなかったけれど、お手洗いでも我慢しているのだろうか。

「い、いえ。なんでもございません」

「ちょっと待って。ボクは言う事はしっかりと言い切ってもらわないと、気になって夜も眠れない性分なんだ。だから、話して?」

 そんなボクの真剣な眼差しを汲んでくれたのか、みぞれは顔を真っ赤にして「あうぅぅ……」と唸ってから、俯きがちに、

「お……お綺麗だと思いました……」

 そう言った。

「そ、そっか……う、うん。ありがとうもういい。紅茶も美味しかった、そろそろ一人になりたいから下がってもらってもいいかな」

 やや早口でそう言うと、みぞれは「わかりました」と言ってそそくさとティーセットを片づけて部屋から出て行く。

「……あー……」

 やばい、やっぱりみぞれ天使。天使ちゃんマジ天使。顔赤くなってたのバレなかったかな。

 ボクは人生で初めて、自分の容姿を褒められて照れてしまったのだった。

 




 遅ればせながらUA500が一気に超えました! 本当にありがとうございます!
 これからもがんばって執筆してまいりますので、どうかよろしくお願いします!

 みぞれちゃんと紬様の関係にフラグが立ちそうな件について。(※ただしGLではない!!)

 次お兄様いつ出そうか考え中……(作者としてはお兄様×紬様の絡みが大好き)


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編入初日

 それから、およそ一週間後。

 登校前日に制服が届き、試着も滞りなく済んで今日を迎えた。

 制服は学ランとブレザーどちらかを選べるらしく、ボクは袖口や生地の端の赤い黒いブレザーを選んだ。そして下は同じ色の黒いスラックス。ただ、学年毎に色が違うらしい濃緑のネクタイを通している。

 うん、どこからどう見ても男子。

 みぞれに届いた制服はセーラーだったけれど、色合いは同じだった。

 やはり着る人とかみ合えばとても可愛らしい。なんだ、やっぱり天使か。

「――よし、大丈夫だね」

 ボクは呟いて、姿見から離れソファに立てかけておいた皮鞄を手に取り、玄関へと向かう。

 ……そして玄関へ到着すると、いつもの三人が待っていた。

「お待たせ、みんな」

 伊右衛門は同色の学ラン詰襟の部分に濃緑のバッチが付けられ、そしてみぞれは先ほど言った通りの学園の制服。

 一方で玄哉は、先日買っていた私服を着こんでいる。

 赤いフード付きパーカーに白を基調として、青のラインが入ったジャケット。下は青いジーンズといったものだ。

「サマになってるじゃねーか」

「まあね」

 玄哉の言葉にボクは頷きつつネクタイを再度締め直すと、一歩前へと進んだ。

 みぞれが扉を開き、ボクはメイドさん達へと半身で振り返りながら、

「――行ってきます」

 そう言った。

 さあ――ボク達の青春を始めよう。

 

       * * *

 

 ――東峰学園校舎。

 ショッピングモールを改築したこの校舎は長方形型で、その左右を体育館、グラウンドで挟まれている。

 隣接した大学は新しく校舎が建設されたものの、ボク達がこれから通う事になる校舎については、初等部、中等部、高等部が合併されており、学園祭などの行事については高等部のみ出店が許されるのだとか。

「紬、こっちだ」

「あ、うん」

 ちなみに土足オーケー。ただし体育館を使用する際は運動靴へと履き替えるのだとか。うん、とても楽でいいじゃないか。

 伊右衛門の後ろへついて、職員室へと案内されながらも廊下の窓からグラウンドの方を見てみれば、早朝練習、というのだろうか。サッカー部や野球部の人々が練習に励んでおり、そこから離れた一角では小学生児童が遊んでいる。

「前に来た時は気付かなかったけれど、ストリートバスケが出来るんだね」

「ああ。基本的には初等部の児童が使っているがな。中庭にももう一つあるからか、中等部や高等部の連中は中庭の方を使っている」

「そうなんだ」

 どうやら場所取りでのいざこざなどはなさそうだ。

「紬さんはバスケが得意なんですか?」

「ん? うーん、どちらかというと球技はサッカーかなあ……。他にもゴルフとかも色々するよ」

「紬はこう見えて運動神経がいい。スカウトには気を付けねばならぬ」

「そうだね」

 ボクは頷きながら答えると、伊右衛門が唐突に歩みをとめた。

「ここだ。入るぞ」

「りょーかい」

 再度身だしなみをチェックし、オーケーサインを出すと伊右衛門が頷き、そのドアをノックした。

「失礼します。二年の石川ですが」

 伊右衛門は職員室へと入室するなり一礼すると、自分の名前を名乗り、要件を述べた。

「紬、みぞれ」

「うん」

「はい」

 彼に促され、ボクらも職員室へ入室し、彼と同じように名乗った。

 すると綺麗な(お母様ほどではない)女教師がボク達へと歩み寄り、伊右衛門は表情は変えなかったものの、やや後ずさりながらボクの後ろへとつく。ああ、やっぱり苦手なんだ。

「初めまして、楯山みぞれさん、峰紬さん。今日から貴女達の担任になります、白鷺姫乃です、これからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

「お願いします」

 ボクとみぞれは二人で会釈すると、白鷺先生は小さく微笑んだ。

「石川くんは朝練中だったのかしら?」

「いえ、今日は休みの連絡をしました」

「そう。まあ当然よね、幼馴染の初登校日なんだもの。仕方ないわ」

 白鷺先生は軽く肩をすくめながら苦笑すると、伊右衛門は目を伏せて頷く。

「では、自分はこれにて」

「ええ。案内ありがとう、石川くん」

「はい。――またあとでな、二人とも」

「うん。またあとで」

「はい」

 失礼しました、と言って伊右衛門は職員室から出て行った。

「さて、と。それじゃあ、貴女達には先に教科書へ名前を書いてもらいましょうか。HR(ホームルーム)まで、ちょっと時間もあるしね」

 それから、ボク達はHRとやらまで、職員室で教科書へ名前を書いて待つことになった。

 

       * * *

 

 教室へ入るなり、ボクとみぞれは揃って黒板(ブラックボード)へと自分の名前を記した。

 そして振り向く。

「それじゃあ、二人に自己紹介をしてもらおうかな?」

「みぞれ、五十音だし、お先にどうぞ?」

「は、はい」

 ボクは微笑みながら彼女の肩へそっと手を置くと、彼女は頷く。うーん、順番としては先にやってあげたかったんだけれどね。

「初めまして、楯山みぞれです。こちらの紬さんの付き人として、こちらにお世話になる事になりました。どうかよろしくお願いします」

 みぞれの言葉に、クラスメイト達がざわざわと騒がしくなる。白鷺先生は「はーい」と言ってそれを沈めた。

「楯山さんはみんなよりひとつ下だけど、勉強はかなり出来るらしいから、負けない様にね? それじゃ、峰さんお願い」

「はい」

 ボクはみぞれの隣へ行くように、前へ一歩踏み出し、クラス内を一つ見回した。

 廊下側に二つ空席がある。恐らくあそこがボクとみぞれの席だろう。伊右衛門もいる。でも……。

 ボク達の席の、そのまた隣も、空席だった。欠席者だろうか? ――まあ、今はそんな事はどうでもいいか。まずは皆さんへ挨拶をしなければ。

「みなさん、初めまして。(わたくし)は峰紬と申します。この学び舎でみなさんにお会いできる日を心待ちにしておりました。拙い日本語ではありますが、あまり気にする事無く、気軽にお声をかけていただければと思います。こちらのみぞれ共々、どうかよろしくお願い致します」

 慎ましい微笑みを浮かべつつ一礼。顔を上げてからの全力の微笑。

「峰さんはフランスからの留学生よ。みんな、仲良くしてね」

 すると、大きな歓声と拍手が教室を包みこんだ。あまりの出来事に、ボクは目を見開いて驚いてしまう。

「紬さん、お応えしなければ」

「うん、そうだね。――みんなありがとう。歓迎の拍手がとても心に沁みたよ」

「それじゃ、二人の席は壁際の一番後ろね。位置は任せるから」

「分かりました」

 ボクとみぞれは頷き、自分に与えられた席へと移動を始める。すると、通路側の女子や男子だけでは収まらず、内側のクラスメイト達にも握手を求められてしまった。ははっ、少しだけれど有名俳優の気持ちが分かった気がするよ。

 ボクは一人ひとりにお礼を言いながら席へ着くと、前の席の男子二人――というより、片方が伊右衛門だけれど――が振り返る。

「二人とも、改めてよろしくね」

「よろしくお願いします」

「うむ」

「ええ、よろしくお願いします」

 伊右衛門と同じ学ランでメガネの黒髪男子は礼儀正しかった。伊右衛門と仲も良いんだろうか。ちょっとだけジェラシー。

「それじゃあ、色々と二人に聞きたい事もあるだろうけれど、一限は簡便してね。それ以降はLHR(ロングホームルーム)になってるから、覚えておくようにー。以上」

 白鷺先生はそう言って教室から出て行くと、クラスメイトみんなの視線がボク達の方へと向いた。

 そしてHRの終わりを告げるチャイムが鳴ったと同時に一斉に起立。波の様にやってくる。

「つ、紬さぁん……」

「大丈夫、平気だよみぞれ。昨日もなんとかなったんだから」

 涙目でボクを見上げてきたみぞれの頭をそっと撫でながら、ボクは冷や汗を流しながらごくりと喉を鳴らしたのだった。

 

       *???*

 

「……随分と、ユニークな人物が入って来たみたいじゃないか」

 高等部、中等部、初等部と分割された校舎内。その中の中等部へ在する一室。

 茶髪で癖っ毛の目立つ少年は、その翡翠色の瞳を手元の資料へ向けながら、ニヤリと不敵に微笑んでいた。

 その瞳には貪欲に染まっており、ぱさり、と手元の資料を目の前の広いテーブルへと放り投げる。

「――峰紬――」

 きしっ、と高質な椅子の背もたれに身体を預け、天井を向いた。

「――ルパン四世、か」

 くくくっと喉を鳴らし、目を伏せ、思い出したように立ち上がる。

「さて、《畜生(イヌ)》の様子でも見に行くか」

 身に纏っているのは、中等部、三年生の制服。そしてその手には何故か袋に入ったコッペパン。

 その少年は、学園内の『地下』――。現在は封鎖されているはず(・・)の区域へと歩いて行く。

 鍵を開け、真暗なその中へと入り、電気を点ける。

 

『………誰だ………』

 

 ジャラ、という金属がコンクリートに引き摺られる音が、奥の個室から鳴り響いた。

 同時に聞きとれた、かすれ気味の低い声に、少年はビクッと肩を震わせ、真冬だというのに背と頬に冷や汗が伝う。

 彼はゴクリと喉を鳴らしつつ、一番奥に在る反省室まで歩みを進める。

 

『……その足音……お前か……』

 

 少年は声の主へ答えない。

 ただ少年の履いていた革靴の音が鳴り止むと、その反省室の鍵を解錠し、扉を開く。

「――貴様に質問する権利などない」

 そう言った少年の前には、

「……そうかい……」

 所々にほつれが出来、それでいて黒く汚れた夏服(・・)を着こんでいる、高等部の青少年が収容されていた。

 目隠しによって視界は隠され、両腕は拘束され、右足には砲丸状の重りが取り付けられている。

 まさに囚人だ。

 やややつれ気味の青少年は、軽く項垂れる。声にも元気がなく、今にも体力を温存するため眠ってしまいそうなほどだ。

「お前が心待ちにしていた《ルパン》がやって来た」

「………」

「その《眼》の事を伝える気があるのなら釈放しよう。話す気はあるか?」

 少年は扉の縁に寄りかかり、コッペパンを弄びながら、そう訊ねた。

「……伝える気は、無い」

 青少年の答えはノーだった。

「そうか……」

 少年は嘆息し、扉の取っ手へ腕を伸ばした所で、

「……だが――」

 バツンッ。

 布が切れる音が鳴り響いた。

「ッ! しまッ――!?」

 声を上げる少年。その顔が驚きと恐怖に染まる。

 

「もう――遅い」

 

 少年の先――青少年の目を覆っていた目隠しが外れ――黒い瞳が露わになる。

 右目に傷跡を残した青少年は両目を見開き、ただまっすぐに少年を見た。

 次の瞬間、ドサッという音を立てながら、少年はその場に倒れ込んだ。

(やれやれ……)

 青少年は少年が完全に沈黙した事を確認すると、少年を睨み見て、ポケットから拘束具を解く鍵が浮遊(・・)し、青少年の元へ達する。そしてそのままジャラジャラと両手、足の拘束を解いた。

「……ふー……」

 ようやくその重みから解放された彼は立ちあがり、全身の間接を鳴らした。

(まずは家、帰らないとな……)

 黒い運動靴を履いていた彼は、そのまま反省室から出て行き、一階へと戻る。

 幸い現在は授業中の様で、廊下には人っ子一人居なかった。

 彼は近場にあった学園校舎の案内図へと、そっと手を添える。

 すると、二階の高等部生徒会室に、赤い光点が明滅していた。

「そこか……」

 青少年は歩みを進めつつ、高等部生徒会室の前へとやってくると、扉の取っ手を握って前後してみる。やはり鍵は開いていない。

「……面倒だなぁー……」

 ぼりぼりと脂の乗った長い髪の後ろ頭を掻くと、一度目を伏せた。

 そして――すうっ。

 彼の姿が、まるで壁を通り抜けたかのように、生徒会室の中へと入っていく。

「あぁ、そこね」

 そして青少年は、棚に置かれた自分のバッグを取り、ドンと会議机へと乗せて中を見る。

 どうやら没収された物はなさそうだった。自分の住まいである寮の鍵とケータイ、財布、そしてその中身がある事を確認して、彼は安堵の息を吐いた。

(……帰ったら風呂入るかー)

 全身がかゆくてたまらない青少年。自分を抱きしめるようにして身体を掻き毟る。

 そして内側から鍵を開けて、生徒会室から出る青少年。

 流石に開けっぱなしはまずいと思ったのか、外側から鍵穴をチラ見して、カチャリという施錠された音を聞いてから、彼はその場を後にする。

 ――歩くのではなく、その場から消えた(・・・)のだ。

 そして消えた彼の行きつく先は、寮。

 自分と同居人のネームプレートが差し込まれたその部屋の鍵穴へと、彼は鍵を差し込んで入室する。

「……はー……」

 綺麗に掃除された共有スペースがあり、自分の部屋へと入ってみれば、同じ様に整理整頓された自分の部屋があった。

 どうやら寝具や、押入れに入れていた冬物まで替えてくれていたらしい。

(ホント、頭が上がらないな……)

 五年来の親友に青少年は苦笑しつつ、タオルと着替えを手に取りながら、風呂場へと入った。

 

 

「………」

 右目の傷跡が綺麗に無くなった(・・・・・)青少年は、唸るような声をあげながらもシャンプーとコンディショナーを乱用してツルツルになった髪に触れてため息をつく。

(床屋行くか……)

 そう思い、充電が完了した携帯電話と部屋の鍵、財布をポケットへと突っ込んで自室を出て、またも寮から姿を消す。

 次に到着したのは、付き合いの長い床屋。

 中へ入れば平日だからか客の居ない、閑散とした店内が広がっており、奥から理容師の中年男性が出て来る。

「! 悠斗(ユウト)!? 悠斗じゃないか!!」

 男性は驚きに目を見開きながら、悠斗と呼ばれた青少年を抱きしめた。

「久しぶりだなあ! また監禁されてたのか?」

「ご無沙汰してます、増形さん。まぁそんな感じです」

「まあ立ち話もなんだな、そこ座りな、俺が切ってやるよ。いつものカットでいいか?」

「ええ。お願いします」

「よしよし。いやあ、でも今回は結構長かったな……。どのくらいだ?」

「そッスね……」

 首にタオルを巻かれながら悠斗は懐からケータイを取り出し、月日を確認する。

「半年かな……。反省室に突っ込まれたのは八月だったし」

「なんてこった……。そんなんで出席日数大丈夫かよ?」

「いつも通りだと思いますよ。出席日数については常に出席してるようなもんなんで大丈夫だろうけど」

 そう。彼にとってあれ(収容)は初めての事じゃない。

 別段悪い事もしていたわけじゃないが、彼を危険視する生徒達が大半で、悪い噂に流された教師陣がほぼ強制的に彼を反省室へと収容するのである。

 今回の事例はまた別だが、普段では始業から放課後まで反省室に収容されていた。

「面倒な学園に入っちまったなあ、お前さんも」

「まあ、あと一年で大学部なんで。それまで我慢しますよ」

 この体勢は流石に大学部までは続かないだろうという彼の読みは正しかった。大学部は校舎が異なっているうえ、教師陣も登ってくる事はないからである。

 苦笑しながら答えた悠斗に、理容師の増形は辛そうに頷いて答えた。

「まっ、何かあったらいつでも来いよ。待ってるぜ」

「はは、それは助かります」

 少年の様に微笑んだ悠斗は、カットしている最中に、疲れていたのかそのまま眠ってしまった。

 

       * * *

 

 ――午後。

 高等部の制服である学ランに白いパーカーを内側へ着込んだ悠斗は、昼休み中の学園校舎へと戻り、教室へと入る。

 すると、悠斗の顔を見た生徒達の会話が、一瞬止まった。

 そして、ひそひそ声へと変わる。

 だが。

「――悠斗!?」

 その中にも一人、驚きと、元気な彼の姿に安堵した表情を浮かべた、眼鏡をかけた青少年は、その場から立ち上がり、悠斗の名前を呼んだ。

「――平治。久しぶり」

 親友かつ同居人の、銭形平治。そしてその隣に座るのは、彼のクラスメイトである石川伊右衛門。その後ろに座っている小さい女子と白髪の男子は……見覚えがない。

「俺の席は?」

「そこですよ」

 平治によって示された先は、その小さい黒髪少女の、隣の席。

「そか。サンキュ」

 悠斗は軽く手を振りながら自分の席の上へとバッグを置いて、隣に座る少女へと声をかける。

「えーっと、君転入生?」

「はい。今日から転入してきました。楯山みぞれです」

「そして、彼女が峰紬だ。自分の幼馴染でもある」

「初めまして、峰紬です」

「ども。二人ともよろしく」

 みぞれ、そして伊右衛門の仲介により紬と挨拶を交わす悠斗。彼も自己紹介を始めた。

 

 




 UA900突破、ありがとうございます!
 今回はレギュラー枠に二人ほど新キャラが登場しましたが……(白鷺先生とは一体)。
 ようやく銭形君登場しましたね! かなり影薄かったけど!!
 これからは銭形君もバリバリ登場させますぞ!

 さて、ここで一度レギュラーメンバー紹介を!
 ※色々と印象がカオスになっていらっしゃる方必見ですっ!

 *人物紹介*

 峰紬・ルパン四世
 主人公。十七歳女性。白髪黒眼、容姿端麗。だがしかし男装という女の子。れっきとした女の子。
 可愛い、綺麗な人、ものが大好きで、やや女性との絡みが多く、男装しているからか、それとも性格上か。紳士的な言葉やしぐさが多いが故に女性キャラとのフラグが立ちそうな……。
 海外での暮らしが長いため、各国の言語を誤って覚える事がある。
 実家では使用人の様な仕事(家事全般)を受け持っていたため、女子力がとてつもなく高い。
 現在は日本の屋敷の党首という立場に慣れるべく、日本語を含めて練習中。


 次元玄哉
 十八歳男性。黒髪黒眼。普段着はスーツにソフト帽というテンプレートな人物だが、大学部へと編入した事によって私服を購入した。若者らしいコーデではなく少しオッサン臭い所は御愛嬌。
 紬とは幼馴染であり、相棒。信頼関係とあってか恋愛感情は一切ない。

 石川伊右衛門
 十七歳男性。黒髪黒眼。今回は制服姿で登場。普段学園内でも剣道部へ所属しているため常に胴着(半着は白で袴は紺)を見に付けているが髪はリトバスの謙吾さんみたいなツンツンではない。
 女性が苦手なムッツリであり、一人称は学園内では「自分」、知人友人の前では「拙者」と使い分けている。


 銭形平治
 十七歳男性。黒髪黒眼(メガネはシルバー)。かなり影の薄いタイプ。エンジェルビーツの高松さんの様なインテリ系の皮を被った筋肉バカ。一人称は「私」で、作者としてはそのうち「実は、着痩せするタイプなんです」と言わせてみたい人物でもある。
 悠斗の親友であり同居人。※だがしかしホモではない

 悠斗
 十七歳男性。黒髪黒眼。姓名は未登場。中肉中背の青少年で、親友は大切にするタイプ。
 イメージとしてはやはりシャーロット最終話の綺麗な乙坂さん。豆腐メンタルも付属してみようかと思います……!


 リトルバスターズ、Angel Beats!、Charltte、アンチ・ヘイト、残酷な描写タグを追加しました。
 なんだか楽しくなってきた……!
 どうかこれからもよろしくお願い致します!


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東間悠斗という人物

 

「俺の名前は東間(アズマ)悠斗。そこの平治の同居人だよ」

「そこのとはなんですか。そこのとは」

「悪い悪い。なんだか久々に外へ出てこれたからテンション高いんだ」

 悠斗はんーっと伸びをしながら言うと、平治は嘆息しながらも微笑んでいた。

「そういえば峰さ、海外訛りだよな。どこから来たんだ?」

「フランスから。よく分かったね」

『それじゃあ、母国語(こっち)の方が話し易い?』

「!」

 紬は驚いた様に、流暢な母国語を話した悠斗を見ると、平治は小さく笑う。

「彼は64カ国語……所謂世界中の言葉が話せるんです」

「そんな、凄い……」

「へえ……海外旅行が趣味なんだ?」

 みぞれの声と、関心した様な紬の言葉に悠斗は苦笑を浮かべた。

「趣味というか、色々なところを転々としてたからな……。自然と身についたよ」

 そこで予鈴が鳴った。

「悠斗、昼食はとりましたか?」

「ああ大丈夫、途中のコンビニでおにぎりを二つほど食べてきた」

「そうですか」

 平治はほうっと胸を撫で下ろすと、悠斗は「お前は俺の母さんかよ」と更に苦笑の層を深める。

「石川、五限なんだっけ」

「今日はLHRだ」

「そっか、了解」

 バッグから筆記用具を取り出して机の上に置く悠斗。

「ところで、東間さんは何故午後からいらしたんです?」

「ん、登校はしてたんだけどな。ちょっと呼ばれちゃって」

 無論、悠斗が反省室へ収容されている事は周知だったが、本日転入したばかりのみぞれや紬はそれに疑問を覚えた様だ。軽く小首をかしげている。

「さすが、人気者は辛いですね」

 どうやら話を誤魔化すのに平治は加担してくれる様だ。彼は眼鏡のブリッジを持ち上げながら言う。悠斗は照れ臭げに微笑んで流した。

「結構いろんな事に手を出してたからさ、頼まれ事も増える一方でな」

「ノートはちゃんと取ってありますから、復習は欠かさないように頼みますよ」

「分かってる」

(でもコイツ、字は上手いけど小問題とかの間違え多いんだよなぁ……)

 外見はインテリ系で通している親友だが、根はバカでテスト結果は学年で中の下ほどなのである。

 しかしそれでもノートは綺麗にまとめ、復習するという本人なりの努力はしている。その点は他のクラスメイトからも認められているのだ。

 一方で悠斗はそれなりに頭はキレる。……わけもなく、成績は上の上だが、普段反省室に入っているために、授業内容は平治のノート頼りになっているのである。いうところ吸収力が強いというくらいだろう。

 そんなこんなで本鈴と同時に担任である白鷺が教室へと入って来た。

 途端、クラスの雰囲気が重苦しいものへと切り替わっている事に気付き、生徒の面々を見渡して――ひとりの生徒、もとい悠斗へと視線が行く。

 悠斗は平然と自分の席に腰掛け、クラス代表の号令を待っていた。だが、白鷺は彼が居る事に驚き、足を止め、そして――きつい視線を送った。

 その視線に気付いた彼は軽く会釈をすると、白鷺は嘆息しながら教壇へと立つ。

「起立、礼」

 代表が号令を終えた後、白鷺は「それじゃ、午後のLHR始める前に出席採るよ」といつも通り確認を開始する。

「――石川」

「…………はい」

「「(……えっ?)」」

 真っ先に飛ばされた悠斗の名前。そして返事をする伊右衛門。紬とみぞれは驚いた様に小さく声をあげながら、二人して悠斗を見た。

「(しー)」

 悠斗は苦笑交じりに、「言っちゃダメ」という、口の前に人差し指を立ててジェスチャーをとっていた。

(……どういうこと?)

 訝しげな視線を紬は悠斗へと送るのだった。

 

 

 休憩時間。

「悠斗くん、ちょっと」

「ん?」

 重苦しい空気はなんとか取り払えた教室は、普段の喧騒を取り戻していた。

 その中で、紬は悠斗へと声をかけ、階段の踊り場までやってくる。

「なんだなんだ、愛の告白か?」

「そんなのじゃないから。だいいち告白なんかしたくないよ」

(酷い返され方だ……)

 ぐさりと音を立てて悠斗は心に傷を負う。若干胸が痛い。彼はそっとそこに手を当てていると、紬は軽く腕を組みながら辺りを気にし始める。

「どうして名前、呼ばれなかったんだい? 白鷺先生気付いていたよね?」

「あー……それはだな……」

『――彼が、《化物》だからですよ』

 どう誤魔化したものかと思案していた悠斗の頭上から、その言葉は突き刺さった。

「下手に口外すんなよ、平治……。俺の考えがパーじゃないか」

 悠斗は頭を掻き毟りながら嘆息する。紬はその頭上から言葉を放った青少年……平治を見上げた。その隣にはみぞれが、気まずそうな面持ちで立っている。

「……化物(バケモノ)? どういうこと……?」

「………」

 眼を伏せた悠斗は、おもむろに右手を上げた。

「まぁ、これ見たら一目瞭然だろうし……」

 ――ボウッ!!

「っ!?」

 唐突に、彼の掌の上から火が灯される。紬はあまりに唐突な出来事に目を白黒させ、息を飲む。

 だが、彼がそれを包み込むように握りしめると、火の粉が軽く舞ったが、開いた時にその火は消えて無くなっていた。

手品(マジック)……。とは立証し難いね、それは」

「ああ。一切の工程(プロセス)なしに、結果だけを引き出す――。俺は常人が出来ない事を可能にしちまう化け物……。だからそう呼ばれてる」

「或いは、《死神》とも」

「その呼び方やめーや」

 シリアス顔で恥ずかしい二つ名を言ってのけた平治に、悠斗は頬を赤くしながら抗議する。

「?」

 その意図を理解できなかった紬とみぞれは小首を傾げていたが、悠斗ははあ、と大きなため息をつく。

「とまあ、そんなわけで、俺はこの学園の生徒達からはマジで一線引かれて外人(ガイジン)扱いされてるんだよ。ああ、外国人ってわけじゃないぞ。純粋な差別用語だな、こっちは」

「それくらいは分かったけど、でも、それだと何故君がそんな特殊能力を持っているのかが気になってくる」

「……その話は長くなる。まぁどうしても気になるんだったら、また声をかけてくれ。ちょっとトイレ行ってくるわ」

 ぽんっと悠斗は紬の肩に軽く手を置いてから、階段を上って男子トイレへと駆けこむ悠斗。

(あー、腹下したかな……。さっき鳴らなくてよかったわ……。シリアスブレイクする所だった……)

 その実、彼は自分の事より周りを気にする人物であった。

 余談だが当然のごとく六限は遅刻した。

 

       *Yuto*

 

 放課後になり、俺達は早々に学園を後にして……。

「――美味しい……」

 熱した鉄板を挟んだ向こうへ座り、熱々のお好み焼きを口にして驚いた峰に、返し金(ヘラ)を手にした俺は「そうだろー」と笑う。

 二畳半ほどの小さな個室には、ソースの香りが充満している。

「悠斗、もんじゃはまだですか。もんじゃを」

「拙者は明太子が欲しい」

「……お前らリクエストするくらいなら焼けよ!?」

 次を急かす平治と石川に、俺は半ばキレ気味に答えた。

 事実、俺以外の四名――石川、平治、みぞれちゃん、峰は先に焼けたお好み焼きを食べており、俺の分は皿に取られているものの口にする暇がない。

「あの、悠斗さん食べてますか……?」

「食べてない」

「あの、よろしければわたしが代わりますよ?」

「いやいや、歓迎される側がそんな役引き受けちゃだめだろ。代わるんだったらそこの二人にやらせるよ」

 おら、と俺は平治へとヘラを渡すと、彼は「仕方ありませんね」と言って焼き役を代わる。

 そこでようやくお好み焼きを口にする事が出来たんだが、一番最初に焼いた方はなんとも言えないぬるさになっていた。

 それをもそもそと食べていると、峰と視線が合う。

「ところで、どうしてまたお好み焼き屋に?」

「いや、久々に外へ出られたし、お前らも転入してきたから、復帰祝いと転入祝いにな。嫌だったか?」

 俺は申し訳なさげに峰へと訊ねると、峰は「いやいやとんでもない」と首を横に振る。

「むしろこんなに雰囲気にいいお店を知っているだなんて思わなかったんだよ。美味しいし、安い。これほどいいお店はなかなかないね。お好み焼きも初めて食べたけれども凄く美味しい」

「喜んでもらえたみたいで良かった。俺の行き付けの店だからさ、これからも機会があったら行こうぜ」

「それは魅力的なお誘いだね」

 二人して笑い合うと、スッと俺の皿へお好み焼きが載る。

「はい、明太子お待たせしました」

「うむ、美味い」

「次麻婆頼もうぜ。みぞれちゃんと峰は何か食べたいものないか?」

「うーん、申し訳ないんだけど今のところもう一杯で。この後夕飯もあるし」

「すみません……わたしもそろそろ……」

「あーそっか。二人とも寮じゃないんだもんな。確か石川の家だっけ?」

「正確には拙者の家ではなく、紬の家だ。あくまで拙者は庭の手入れをしている従業員に過ぎん」

「へぇ」

 お金持ちのお坊ちゃんか。まぁみぞれちゃんっていう付き人を連れている時点で察しておくべきだったんだろうけど、流石に俺もそこまで思考は回せない。

「んじゃ、もんじゃ食って本題入るかー」

 俺の言葉に異論はなかったようで、石川と平治の二人も頷いてくれていた。

 

 

 食器なども片付けてもらい、それぞれがジュースをチョイスした中で、俺は口を開いた。

「まぁ、とても食後に話す様な内容じゃあないんだけどな」

「それは致し方あるまい」

 石川は目を伏せて顔を横に振る。俺は「そうだな」と言って頷く。

「まあ、なんつーんだろう。俺の持つ特殊能力の始まりは、自分の性格からだったんだ。普通人は自分を起点に物事を考える事が多い。でも俺の場合、他人を起点に考えていたんだよ。それで一番最初に身に着いた能力が、《強奪》だったんだ」

「強奪……?」

 頭上に疑問符を浮かべたみぞれちゃん。俺は抽象的だったか、と思い頷いて説明を続ける。

「そう。相手に乗り移る――つまり相手の自由を奪う事が出来た。でも、当時の俺はその能力を自覚しておらずに、ただ《憑依》する力だと勘違いをしていた。力に目覚めたのは去年の春頃だったんだけども」

 そこで、峰が手を挙げる。

「……大体その先は読めた。君は自分と同じ能力を持つ人々の力を奪ったんだね?」

「察しが早くて助かるな、その通りだ」

 俺は肩を竦め、あっさりと肯定する。

「俺と同じ特殊能力を持つ人々は世界中に散らばっていた。だからこそ、俺はその能力者達からそれを奪うために世界を飛び回ったんだ。さっきの火や、平治の言う言語の自動翻訳だってそうだ。外国語の本とかも買って行ったんだけど、それでパーになっちゃったけどな」

「………」

 峰はくすりと笑ったものの、みぞれちゃんは真剣に聞いているのか、まじまじと俺を見ている。

「実質、能力は半年ちょっとで収集する事ができた。そのあとは帰国して、東峰学園(ココ)に戻って来たってわけさ」

「そこで待っていたのが、さっきの《化物》という渾名と校内での一斉無視、そして反省室への監禁という扱いです」

『……………』

 最後の最後で平治に言われてしまった。

 その場が重苦しい空気に包まれてしまう。

「まぁ、考えてみればこんな外人は居ない方がいいっていうのは分かる。本気を出してしまえば世界の半分は一瞬で消し飛ぶだろうしな。元から反省室へは何度も入れられてはいたんだけど、身体まで拘束されたのは今回が初めてだったし」

「むしろ、それ以上の対処もされずに、五体満足で生きていられるのは凄いと思うんだけど……」

 峰の言葉に俺は軽く吹き出してカラカラと笑う。

「峰の言いたい事は分かるよ。俺だってただ監禁されていたわけじゃない。色々実験もされたしなあ」

「……ごめん」

「気にすんなよ。まあ、そんなこんなで。俺にはぶっちゃけあの学園に居場所はないわけさ。俺を認めてくれる人は学園長と、ほんのちょっとの生徒くらいだ」

 それでも、信頼できる人ばかりだった。

「とりあえず、俺の危険性は二人もよく分かってくれたと思う」

 それと同時に、離れて行く人も少なくはなかったのである。

 だから俺は。

「ぶっちゃけ俺としては、無視する方がいいと思う。転入したばかりのお前らの印象を下げたくないし、株も下げて欲しくない。綺麗事と言われてもしかたないけどな」

 苦笑交じりで、話を聞いてくれた感謝の念を送る半面、二人が離れて行くかもしれないという恐怖感を胸の内に押し込んだ。

「………」

 ふーっと息を吐く峰。そんな彼を不安げに見つめるみぞれちゃん。

「紬さん……」

「うん?」

「わたしは無視したくないです」

「うん、それは良かった。ボクも同じ気持ちだよ」

 話は決まったようだ。俺の忠告すら受け付けないこの二人は、恐らく現状を維持する事を目的ともしてない。まさに俺の隣に座っている石川や平治と同じ人間だ。

 峰は一度すっと目を閉じたかと思うと、ゆっくりとその瞳を開き、俺を見つめる。

「――悠斗くん。結論から言おう。ボク達は……いや、ボクはもう、君から目を逸らす事はないよ。みんなが君の存在を否定するのなら、ボクが君という存在を肯定しよう。そしてそれを証明する」

「……そうか。ありがとう」

「それと、ひとつだけ」

「ん?」

 頭をさげかけたところで、峰が俺の行動を止める。

「もう、さっきみたいな自己保身にもならない様なものは言わないで欲しい。相手を思いやる気持ちや自分を貶める気持ちが中途半端過ぎてイライラする」

「お、おう……。分かった」

「ならよし」

 峰はふふっと微笑むと、俺の方へと腕を伸ばしてきた。

「これからよろしくね、悠斗(・・)

「ああ、こちらこそ」

 俺は峰の……紬の手を取る。

 その手は少し冷えていて、下の鉄板はいつの間にかぬるくなっていた。




 (;゚д゚)ふぉおおおおお!! 昨日からUAがすごく伸びているぅぅぅ!!
 UA1000突破、ありがとうございます! 凄く嬉しいです(´;ω;`)!!
 ようやく序章が抜けた様な感じです、次回以降学園パートはこの面子(伊右衛門、紬、平治、みぞれ、悠斗)の五人で回して行こうと思います!
 ここ最近次元さん要素がなさすぎてやばい……。放課後くらい出しておくべきだったぁ……!!


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失意の果てに

 

 初日を終え、屋敷の自室へと戻り、ボクは一息ついた。

 すると、ドアがノックなく開かれ、スーツを着込んだ玄哉が入ってくる。

「……っと、帰って来てたか」

「うん。さっきね」

 どうやら玄哉はボクの様子の変化に気付いたらしい。ソファに寄りかかっていたボクの側へやってくると、心配気な表情で、ソフト帽を軽く持ち上げ覗き込むようにして見てきた。

「どうした、元気がねぇな」

「ちょっとね……」

 そんな彼の視線から逃げようと、ボクはソファに頭をのせて天井を仰ぎ見た。自分の目の上に腕をおく。

「玄哉はさ、周りの人からずっと無視されるなんてこと、あると思う?」

「……どの程度のモンか分からないんだが」

「そうだね……。クラスメイトや担任……いや、学校に居る人みんなから、かな」

 ふむ、と玄哉は少しだけ考え込む様に唸る。ごめんね、困らせたくないんだけれどボクも今は一杯一杯なんだ。

「流石に平静を保ってはいられないだろうな。お互い、絶対にどこかでボロが出る」

「だよねえ……」

 ため息交じりにそう言って、お互い黙り込んでしまう。

 少しだけ重々しい空気が漂ったけれど、やがてボクはポツリと口に出してしまった。

「クラスメイトが……伊右衛門の友達がそうなんだ」

「そりゃ……」

 大変だな、とは言えなかったんだろう。玄哉はソフト帽を深く被る。

 そう。この問題は彼だけの問題ではない。伊右衛門や銭形くんだけで解決できるほどのものでも、かといってボク達が無視する事も出来ないもの。

「……とんでもない学園に入っちまったな」

「本当にその通りだね」

 今朝この屋敷から出る時に抱いていた明るい期待は、見事に砕け散っていた。どころか、その正反対である失望の念さえ禁じえない。

 一人の《生徒》を犠牲にする事で、平穏な生活を送って良いなんて話は物語(ストーリー)だけの話だ。だからこそ、この学園に居る人々はその事実を知られない様に、見て見ぬフリをして、(ユート)を遠ざけている。

 姿形は捉えられている。けれどその中身を見ない様にしている人々が殆どで、同時にその中身を認めようともしない人々の集まり。それがこの学園の本性なんだろう。

 悔しい。どうしようもないほどに憤りを覚える。昔の自分を、第三者の観点からみている様な感覚がして、居ても立っても居られない。

 何とかしたい。でもどうする? どうやって彼を周囲に認めさせる? その後はどうしたい?

 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。……駄目だ、イライラしすぎて冷静に解決する事が出来ない。

「紬」

「――ん。なに?」

 ちょん、とボクのこめかみに玄哉の人差し指が押し付けられた。腕を退けて彼を見上げると、彼に真剣な瞳を向けられている。

「イライラすんな。お前が腹立てたって仕方ないだろう」

「……ごめん。分かっては居るのだけれど、こればかりはボクも似たものを経験しているから」

 流石はボクの相棒だ。イライラしすぎるといつもこうやって窘めてくれる。凄くありがたい。

「まあ、そうだろうな」

 ふーっと彼は息をついて脱力し、次に飛んできたのは今後の方針だ。

「で、お前はどうしたいんだ」

「そうだね……」

 ボクは少しだけ考え込むと、目先の目標を口にする。

「まずは彼の存在を認めさせる事からだと思う」

「すでにやる気では居るんだな」

「当たり前だよ。伊右衛門の友達だし、なにより……約束したから」

 彼の存在を肯定すると。

「……どんな約束をしたのかは知らないが、まあ頑張れよ。俺に出来る事があったらいくらでも手を貸すぜ」

「うん、ありがとう。玄哉」

「ひとまず、息の詰まる話はこのくらいにしようや。来客だぞ。メイドちゃんが応接間に案内してた」

「分かった、直ぐに向かう。相手は?」

 ボクは脱いでいた制服のブレザーに再び袖を通し、玄哉と共に部屋を出る。

 流石に、沈んだ気分のままお客様との応対はさせられなかったんだろう。悪いね玄哉。でも、その心遣いがとてもありがたい。

「それがな……」

「うん?」

 珍しく言い淀んだ玄哉に、ボクは小首を傾げた。

 

 

 ……一体どういう事だろう。

 みぞれに通されて入室した瞬間、ジトっとした重い空気が応接間に充満しており、それでいて、中学生ほどの男子と、小学生ほどの女の子が応接用のソファに腰掛けて紅茶とお菓子を口にしていた。兄妹だろうか。二人ともくりくりとした目が特徴的な黒髪黒眼の美少年と美少女だ。

 癖っ毛の男子からは好意的な視線を受け取れたものの、セミロングの女の子の方からは敵意むき出しの視線を受けてしまう。やめて欲しい、君みたいな可愛らしい女の子には笑顔が似合う。そんな顔をボクに向けないでおくれ。

「大変お待たせしてしまい申し訳ございません。(わたくし)が本屋敷の亭主、峰紬と申します。どうかお見知りおきを」

 イヤな汗が背中を伝ったけれど、かまわず自己紹介からの一礼をすると、男子はすっくとその場に立ち上がり、礼を返してくれる。

「唐突にお邪魔してしまってごめんなさい。オレ、東間悠二(ユウジ)っていいます。こっちは妹の咲悠里(サユリ)。……ほら、お前も挨拶しないと」

「………妹の咲悠里です」

「よ、よろしく……」

 うわあ、敵意丸出しだよ咲悠里ちゃん。とりあえずボクは席の方へと手を差し出し、「どうぞお掛けください」という。

「東間、というと、ユートさんの身内の方でしょうか?」

 ボクも対面のソファへと掛けると、直ぐにみぞれがボクの紅茶を注いでくれ、ありがたく頂きながら訊ねる。

「はい、悠斗はうちの兄です」

「そうでしたか」

 まあ、そうだろうとは思ったけれど。

「似てないですよね。母親似なんです」

「なるほど、素敵なお母様なんですね。通りでお二人とも可愛らしいわけだ」

 そこで、悠二くんは顔を赤くして俯いてしまった。咲悠里ちゃんからの視線が更に痛くなる。もうやめて、お姉ちゃん泣いちゃいそう。

「さて、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「はい。兄ちゃ……すみません。兄から峰さんと楯山さんのお話を聞いたもので」

「家も近所だったもので、初日で大変恐縮ですがお邪魔させてもらいました」

 おっと。お兄ちゃんである悠二くんの話を切って、咲悠里ちゃんから話してくれた。

 それにしても……。ユート、君って『兄ちゃん』なんて呼ばれ方してるんだ。意外。てっきり『アニキ!』みたいな感じで呼ばれてると思ったよ。まず弟さんと妹さんが居たなんて全く知らなかったけれども。

「ご近所様でしたか。それは奇遇ですね。わざわざお越し頂いて、本当にありがとうございます。私は先日こちらへ越してきたばかりなので、どうか仲よくしていただけると嬉しいです」

「念のために言っておきますが、上の兄は別居中です。学園の寮で生活してます」

 残念でしたね、と悪戯気な笑みを浮かべ、半眼で言いながら紅茶を口にする咲悠里ちゃん。やばい。敵意がむき出しだ。悠二くんはすみませんと平謝りしてくる。そんなに気にしなくていいんだよ。ボクこれでもメンタルはそこそこ強い方だから安心して。でも後で泣いてもいいよね。

 ちょっとだけ彼を宥めると、ようやく落ち着いてくれた。

「すみません……」

「構いませんよ」

 申し訳なさそうな悠二くんにそう返すと、話を切り替えるようにして、彼は姿勢をただした。

「話は変わるんですが、兄の事は……?」

「……うん。すでに聞いているよ」

 幸いこの場にはユートの事情を知っている四人しかいない。ゆっくりと言葉を崩していきつつ、悠二くんは現在のユートが置かれている状況を事細かに伝えてくれた。

 話の半分はほぼ本人と銭形くんから訊いた通りだ。ただ、悠二くんが語ってくれたものによれば、身体的な虐待や差別もされてきたらしい。

 そして、何故彼がひとり家を離れ寮で生活しているのか。それは同じ高等部へ通う悠二くん、中等部へ通う咲悠里ちゃんの身を案じての事で、学園内では二人はユートとの接触を、ユート本人から禁じられているらしい。

 ……良い判断だろう。虐げられている人物の身内であれば、その身内すらも同じ扱いを受ける可能性は高い。聞けば彼は初等部を修了してからすぐに入寮したという。幼いながらもよくその決断が出来たと思う。

「……本当にとんでもないね。東方理事長はその事を知っているのかな?」

「聞き及んではいないかと」

 咲悠里ちゃんは視線をそらすようにして顔を横に振った。

「なるほど。つまり先生達だけでユートさんの情報はストップされていると」

「そう言う事になるかと」

 悔しいだろう。事実無根の噂に生徒だけではなく教職員が踊らされ、挙句彼は反省室へ送られてしまうのだから。

 今回の監禁でさえ理事長の知らない所で行われていたという話だったし、何より学園の反省室は数年前に封鎖されているようだ。

 犯罪の臭いさえ漂わせる、この学園の裏事情に、ボクは怒りを通り越して呆れてしまう。

「それで、二人はどうしたいのかな?」

「オレ達は、兄が普通の学園生活を送れるようにしたいんです」

「上の兄が誤解をされたまま、高等部を終えて欲しくありません。なによりわたしが納得しません」

「……そうか、なるほど」

 考える事は同じだったようだ。それはそうだろう。一日しか付き合いのないクラスメイトと、十数年間共に過ごしてきた家族であれば、その想いはボクなんかよりもずっと強いはず。

「二人の言いたい事は分かった。それなら、どう解決したいか、何か提案はある?」

 すでに二人がその道筋を見つけているのであれば、ボクはそれに全力で手を貸すつもりだ。でも、決まっていなかったとしたら。ボク自身がその道筋を見つける必要がある。

「それは……」

「大変遺憾ですが、まだ見つかっていません」

 言い渋った悠二くんに変わり、咲悠里ちゃんが結論を口にした。けれど、その視線はボクへまっすぐ伸びていて、それは敵意ではなく、ボクを試す様な視線に切り替わっていた。

「ですから、峰さんも力をかしてください」

「ちょ、咲悠里……」

 そこでまた慌て始めた悠二くんに、ボクはくすりと笑いながら、咲悠里ちゃんとしっかり視線を合わせて、大きく頷いた。

「もちろん。他でもない大切な友人の兄妹からの頼みだ。いくらでも力を貸すよ。――一緒に助けよう、ユートさんを」

「……ありがとうございます。話はこれで終わりなので、わたし達は帰ります」

 お邪魔しました、とソファから立ち上がってぺこりと一礼する咲悠里ちゃん。悠二くんは涙目でボクへ同じ様に一礼し、「お邪魔しましたっ」と言ってから彼女の後ろへとつく。

「みぞれ、お見送りを」

「はい、かしこまりました」

「ああ、あと」

 扉を開いたみぞれに会釈しつつ、咲悠里ちゃんは半身で振り返る。

「わたしはまだ、貴女を『義姉(ギシ)』とは認めていませんので。あしからず」

 その言葉に、みぞれと悠二んくんだけが固まっていた。ボクは小首を傾げつつ「うん、分かったよ」と応えておく。

「それでは」

 咲悠里ちゃんは最後にぺこりと一礼すると、すたすたと応接間から出て行ってしまうのだった。

 

       *その夜*

 

「ねえ八十島さん、ギシってなんだろう?」

「ギシ、ですか? 色々と意味はありますが……。例えばどのように?」

「今日、あなたをギシとは認めていない、なんて言われちゃってね」

「そうですか……。紬お嬢様は技術者になりたいのですか?」

「いやあ、そんな専門技術は持っていないから、そんな気はないんだけど……」

(ギシ……。まさか義姉ではないでしょうし……。ですが紬お嬢様ほどの美人ともなれば……)

「やっぱり日本語って難しいね」

「はい、そうですね……。私も勉強不足でした」

 

       * * *

 

『兄ちゃん、峰さんと会って来たよ』

『お、そうか。どうだった?』

『いい人だよね』

『だろ? 結構いい奴なんだよなあ、これが』

『うん、兄ちゃんが好きそうなタイプだなって思った』

『あぁ確かに。絡みやすいし、平治より全然いいや』

『気が合いそうだし、いいんじゃない?』

『まぁな。咲悠里はどんな調子だった?』

『ん、なんだったら代わるよ?』

『そこに居たんかい。分かった、代わってくれよ』

『うん』

『――はい、お電話代わりました』

『おう。咲悠里、峰はどうだった?』

『人間性としてはかなりの好印象かと』

『そっか』

『ですが、まだ上の兄には早いかと。あの人はレベルが高すぎます』

『どういうこっちゃ、そりゃ』

『そうですね……。いうなれば「高嶺の花」でしょうか』

『まぁどうとでもなるだろ。近所なんだし、お前も仲良くしろよ』

『仕方ないですね。上の兄からの頼みとあれば考えなくもありません』

『おいおい……』

『それでは、この後夕飯なので』

『そっか。おやすみ』

『はい、おやすみなさい』

 プツッ。

「中学生で高嶺の花とか……。あいつ難しい言葉知ってんなあ……」

「背伸びをしたい年頃なのではないでしょうか? こちらも夕食にしますか」

「おう」

 




 ありがとうございました。
 今回はかなりグダってますね……。あとネガすみません……。
 紬様は明るいのにスイッチ入るとどこぞの青ガエル兵長の様な感じになります。そして女の子に弱い(これはガールズラブ入れたほうがいいのかな……)。
 次回以降はようやく前へ進み始める! ……かもしれません。
 ちなみに悠斗君は紬様の事を男子と勘違いしてます(朝のHR不参加のため)! そこだけ注意!!


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『紬』の意味

 明けましておめでとうございます!
 今年もどうかよろしくお願い致しますっ!
 お正月の短編集でも書いてみようかと思いましたが、間に合いませんでした……ホントすみません……。
 あと三話か四話ほどで悠斗くん編(語呂悪いな)が終わります。
 今回は東間ブラザーズとの絡みもあるので、そろそろGLタグをつけようか考え中……。

 そしてそして!
 お気に入り登録11名様、そしてUA1400突破、ありがとうございます!
 これからも頑張って書いて行きますので、どうかよろしくお願い致します!
 はぁ、はぁ……(いつもより「!」多めのため疲労中)。
 おっともうこんな時間ですね、それではお待たせしました本編をどうぞっ!


 

「あー……」

 ……しまった。朝だ。今日も学校なのに……

 貫徹してしまった。

 なんとかユートのためにならないかと思考錯誤を重ね、学園の概要やパンフレットなどを漁っていた。夜も更けていたために、あと一時間、あと一時間と進めている内に、気付けば取り返しのつかない時間にまで達していた。

 とうとう朝日が……。目に沁みる。

 時計を見れば午前六時半。今から眠ってしまったら昼まで起きられない気がする。

 とりあえず顔を洗って……。でもこのままだと、くたびれた顔を晒してしまうことに……。いつもより多めに化粧をしようか。

 メイク技術を始めとした身だしなみについてはお母様から学んで身に付けている。

 冷水で洗顔したことで、かなり目が覚めた。これなら大丈夫だと思う。外も寒いだろうし、あまり暖かくしなければ。

「紬様、おはようございま――どうしたんですか!? 目にクマが……!」

 部屋から出たところで、起こしに来てくれたであろう我が天使みぞれと出くわしてしまう。悲鳴のような声を軽く上げてしまうほどひどいのだろうか。

「ごめんごめん、昨日ちょっと調べ物をしていたら、結局徹夜しちゃったんだ。軽くシャワーを浴びたい。いいかな?」

「それはかまいませんが、ご入浴されますか?」

「湯船はいいや。シャワーだけでいい。できれば上がったあとに暖かいタオルか何かを。目に当てて休ませたいから」

「かしこまりました。それでは浴室へ」

「うん、頼むよ」

 こうして、二人で浴室へと向かう。

「もしかして、東間さんの事ですか?」

「うん……。東間兄妹のお願いもあるし、ボク自身なんとかしたいとも思っているからね。だというのに、早速みぞれに迷惑をかけちゃったんだけど」

 自嘲気に苦笑いを浮かべると、みぞれは太陽の様な微笑みを浮かべる。

「わたくしはそんな紬様の付き人であれる事を、大変光栄に思います。わたくしに手伝える事がございましたら、なんなりと仰ってください」

「ありがとう、みぞれ」

 ああ、流石は天使みぞれ。もういっそメイド業やめて峰家専門の守護天使になってくれないかな。

 ボクは緩んだ頬をそのままに、彼女の頭をそっと撫でるのだった。

 

 

「む」

「おや」

「あ、みなさん。おはようございます。今から登校……って、当たり前ですよね」

 あれからシャワーを浴びて、冷水を手先から二の腕まで掛けるという眠気防止の対策をしたおかげか、眠気はさほど起きる事はなかった。

 そしてなんとか準備を終えて、みぞれと共に通学路を歩いていると、東間兄妹が家の玄関から姿を現した。

 咲悠里ちゃんはボクと視線が合うと、唐突にむすっとした顔付きに変化したものの、悠二くんは満面の笑みで挨拶してくれる。

「おはよう、二人とも。ここが君達のお家なんだね」

 自分の屋敷とは比べるほどでもないけれど、その大きさから見ただけで裕福なお家だと分かる。

「あはは……。峰さんのお屋敷ほどじゃないです」

 そこでその言葉を先に言ってくれるんだもの、悠二くんはとても優しいね。それにこの容姿だ。クラスの女の子も放っておかないんじゃないかな。

 ボクは大仰に「ううん、とても綺麗だよ」と伝えると、咲悠里ちゃんはため息をついた。

「あの、世間話もそれくらいにしないと。下の兄、部活に遅れますよ」

「えっ」

 ツッコミを入れた咲悠里ちゃんに指摘されて、ケータイを見た悠二くんは「あっ」と声をあげる。

「すみません、みなさん! オレ一足先に向かいます! 咲悠里、失礼のない様にね」

「えっ。ちょっと待ってください下の兄。可愛い妹をこの場に残して一人だけ先に行く気ですか!?」

「咲悠里なら大丈夫でしょ! それじゃあまた、学園でっ!」

「下の兄ェ……」

「行ってらっしゃいませ」

「行ってらっしゃーい、気をつけてねー」

 全速力で飛ばしていく悠二くんを、咲悠里ちゃんは呆然と見送ってしまう。ボクとみぞれは彼女に代わって手を振りながら送り出した。

 ……まあ、確かに構図を見れば男の子は悠二くん一人だったし、気まずさはあったんだろう。でも……

「………」

 この世の終わりみたいな顔をした咲悠里ちゃんは、それを好くは思わなかったみたいで、今にも泣き出しそうだった。

「咲悠里ちゃん、飴食べる? りんご味だけど」

「あの、そういう気遣いは結構です。妹、餌付けには屈しません。あと個人的にみかん味が好きです」

 今サラリと本心が出たね。若干拗ね気味な所が可愛い。

「そっか。それじゃあ次は準備しておくね」

「あの、紬さん、わたしみかん味持ってます」

「――それは本当ですか!?」

「はい。ノンシュガーですけど……どうぞ」

「……あっ」

 みぞれに振り向いてさっと両手を出す所までがワンセットだったのか、咲悠里ちゃんはみぞれへと両手を出す形でストップした。軽く声をあげちゃうあたりがすごく可愛い。まさか……新手の天使か。

 顔を真っ赤にして俯く咲悠里ちゃん。みぞれは優しく微笑みながら袋を切って、ぽいっと咲悠里ちゃんの口へ放り込む。なにその天使のやりとり。ボクもやりたい。それかしてほしい。

「……なぜそんな目でわたしを見るんですか。え、なに。ひょっとして妹、保護対象指定されてます?」

 うんと即答してしまいそうになったのを自制しつつ、ボクは「そんなことないよ」と言って、新たに天使となった咲悠里ちゃんの頭をぽんぽんっと撫でた。

「ふぁっ……。――いえなんでもないです」

 一瞬気持ちよさそうに目を細めてくれたのだけれど、次には半眼でつーんとした態度を取られてしまう。うーん、悲しいなぁ。

「とりあえず、行こうか」

「はい」

「……むう……」

 こうして、学園二日目が始まる。

 

 

『きゃーっ!』

 うわあ、やっぱり。

『えっ、なになにあの人っ外国人!? 綺麗……っ! 髪の毛真っ白で肌も真っ白、それなのに親近感を覚えさせるパッチリとしたあの黒い瞳! なにあれ天使?』

 それは違うよお嬢さん。ボクの傍に居る二人をよくごらん。ボク以上に天使してる。天使ちゃんマジ天使。……今日は何回『天使』と言ったかカウントしてみようかな。今のところ八回。言い過ぎかも。

『綺麗なのは顔だけじゃないよっ! 見て、あの小さな顔! それでいて均整のとれた身体にあの腰の高さっ! とどめに文句のつけようがないあの美人……! 凄い、誰なのあの人……本当にうちの学生?』

『日本人じゃない、よな……? 髪は染めてないよな……』

 ……あ、やばい。ちょっと――いやかなり恥ずかしくなってきた。

「つ、紬さん。大丈夫ですか?」

「大丈夫もなにも。この顔色はちょっとまずいですよ。保健室へ行かせましょう、保健室へ」

 顔が一気に赤くなっていたのかもしれない。みぞれと咲悠里ちゃんに手を引かれながら、ボクは保健室へと向かう。

 手袋を外し、両頬に手を当てる。ひんやりとした掌が、あっという間に頬の温度を吸収していく。でもまだ火照りはおさまらない。

「……あつい、かお……」

 思考までもがオーバーヒートしそうだった。綺麗と言われた事は何度もあるけれども、あそこまで褒めちぎられるとは思いもよらなかった。

「ああああ紬さんっ! どうか落ち着いてくださいっ! お顔がっ、お顔が真っ赤です!」

「あの、お姉さんも落ち着いてください……」

 みぞれが慌てるほどボクの顔は赤いんだろうか。咲悠里ちゃんの視線も縦横無尽に大暴れしている。ああ、ボクの愛する二人の天使達。どうか落ち着いて欲しい。いや、その原因はボクなんだけれど。

「……おや? 峰さんではありませんか」

 ああ、平治くんが来てくれた。

「銭形さん、おはようございます」

 みぞれが挨拶してくれる。……これなら大丈夫かもしれない。

「おはようございます」

「ええ。おはようございます。……それで、彼女はどうされたんですか?」

「――あぅ……」

「つ、紬さん――!?」

 ああ、体力的に限界だったのかも。

 ボクの意識は、まるで糸が切れたかのようにプツリとブラックアウトした。

 

       * * *

 

 ……あれ。

 今何時だろう。

 アルコールの香りがする。病院……?

 まとまらない思考が脳内で混じり合いながら、徐々に消化していく。

『紬様……?』

 その声は……。

「……みぞれ……?」

 ああ、なんて事だろう。自分でもビックリするほど、弱々しい声が出た。

 手を上げようとするけれど、少し重みのある何かが邪魔をする。ボクはすぐにそれがシーツだと判った。

「大丈夫ですか、紬様」

「大丈夫だよ……」

 ボクはゆっくりと瞼をあげると、心配気に自分の顔をのぞいているみぞれの顔があった。

 今にも泣き出してしまいそうなその顔。

「……泣かないで。みぞれ」

 思っていた事が、言葉となって放たれる。

「っ……はい」

 よほど心配をかけてしまったんだろう。彼女は目を伏せて、息を飲むようにして頷いてくれた。視界から彼女の顔が外れると、真っ白な天井が目に入る。

「ところで、ここは……?」

「学園の保健室です。お顔が真っ赤になられていたので、保健室へ連れて行こうと思ったのですが、その途中で気を失われてしまいました」

「……なるほど。どのくらい眠っていたのかな?」

「現在は二限を終えて、休憩時間です」

 ということは、二時間くらい眠ってしまったという事になる。

「分かった。ボクも次の授業には参加する」

「大丈夫ですか? お医者様によりますと、本日は念のため学園をお休みされた方がよいと……」

「流石に二日目でお休みだなんて情けないしね。出来る所までは参加しておきたいんだ」

「……かしこまりました。紬様が無理をされないよう、わたくしも細心の注意を払います」

「……ありがとう。みぞれ」

 今、感謝の言葉ではなく迷惑を掛ける、と口に出しそうになった。

 いつも迷惑を掛けている。それは判り切っていた。けれど、出かけた途端にそれは弱音だと思って言い直した。

 どうやらこれから先の事を思って、一瞬でも心が弱っていたみたいだ。気合を入れ直さないと。

 ぱちん、ときつく目を(つむ)りながら音を立てて両頬を叩き、自分を叱咤する。そしてふーっと深呼吸をして、ゆっくりと目を開いた。

「もう大丈夫。行こう」

「はい、紬さん」

 時計を見れば、休憩時間はあと六分ほどある。移動するには充分すぎる時間だった。

 保険医に礼を言いつつ、保健室を出ると、そこにはユートと平治くん、そして胴着姿の伊右衛門の姿があった。

「大事ないか、紬?」

「みんな来てくれたんだ。ごめんよ心配かけて。もう大丈夫だから」

 心配気な伊右衛門にボクは頷きながら返すと、三人ともほっとして胸をなでおろした。

「まあ体調が良くなったならいいさ。教室戻るぞ」

「そうですね」

 平治くんは眼鏡のブリッジを持ち上げると、ユートと共に踵を返す。

「ところで伊右衛門、その格好怒られないの?」

「学園指定の胴着ゆえ、指摘される事はない」

「そ、そうなんだ……」

 袖口を見ると、確かに学園の名前が刺繍されていた。

「紬さん、連絡事項ですが、本日の四限の科学は移動教室だそうです」

「うん、分かった」

 そう言って、ボク達は先に歩いていたユート達へ追い付くのだった。

 

       * * *

 

 ……お昼休み。

 ボク達は体育館裏で昼食を取っていた。

 ここからはフェンス越しだけれど人工浮遊島の外縁部である港を眺める事が出来るため、漫画の様な苛めっ子など一人もいない。

 そして、どうしてこんな寒い所で食事を取っているのかというと、これからについて話し合うためだ。

 そこでボクが彼らへ提示したのが――

「……生徒会、ですか?」

「うん」

 この学園の生徒会――そのうえ高等部とあれば、生徒達への影響力等は大きなものになるだろう。

 更に、生徒会の会長指名は来月――二月上旬に行われる。

 ギリギリという形だけれど、指名の立候補者の受付は明後日だった。

 何故選挙ではないのか。そこについても調べてきた。

 学園内に公平性をもたらす為に、学園理事が独自の判断で立候補者の中から指名する、というものだ。

 ――よりにもよって、不平等である(ユート)を救うための手段が、公平性だなんてばからしいものを利用してでなければならない。皮肉な話だ。

 そして、生徒会の役員は指名された新生徒会長が後日選任するというシステムになっている。

「ユートには迷惑な話だろうけれど、ボクと一緒に一年間、生徒会をやらない?」

 彼は一瞬逡巡するようにボクをじっと見つめた。そして数十秒が立ったあと、

「……それで悠二と咲悠里が救えるのなら」

 ボクの提案に乗ってくれた。

「しかし、なぜ生徒会なんです? そもそも、峰さんはこの学園の生徒会についてどの程度知識があるというんですか」

 平治くんの言う事はもっともだ。ユートも「それは俺も気になる」と口にする。

 ボクはそこで苦笑いを浮かべてしまった。

 なんて返せばいいんだろう。一晩中この学園の生徒会について調べていた、だなんて言えない。自分が情けないし、ユートにも罪悪感を与えたくない。

 それに、どうして生徒会なんて不確定な要素に行きついたのか。それは東方理事とボクのお母様、そしてボク自身の関係性を吐露するという事になる。ひょっとしたら最悪、家の事も話さなければいけないだろう。

 流石にその説明はデメリットが多すぎる。かといってしっかりと理由をつけなければ、かえってユート達を不安にさせてしまう事は間違いない。

「実は、この学園へ来た理由は、学校生活や生徒会に興味があったからなんだ。事前から調べていたのだけれど、他の高校は去年の十月や十一月に生徒会の選挙も終わっているし、流石に入って一カ月も経たない生徒が生徒会長になるだなんて難しいと思ったから。それにこの学園の指名という制度にもとても興味があった。一度きりの青春。できれば素敵なもので終わらせてみたい。ユートのためでもあるし、ボク自身の自己満足でもあるんだ」

 我儘でごめんね、と謝ると、ユートは「いや……」と顔を横に振ってくれた。平治くんも納得したように眼鏡のブリッジを持ち上げながら口を開く。

「まあ、他校はすでに生徒会選挙は終えていますしね。この時期に生徒会を発足するというのも珍しいというのは分かりました。ですが、一番不安なのは……」

「……指名されなかった時、だよね」

「その通りです。例年通りですと、翌月の期末テストの結果から選出される事が多いです」

「来月テストなんだ」

「ええ。それも二週間後になります」

「となると、その日までの授業が範囲になるんだよね?」

「はい。ですから峰さんにとってはかなり苦しいものになるのではないかと」

 なるほど、どうしたものか。

 事前に東方理事にはアポイントを取って事情を話しておくとして、勉強面でもしっかり後付けをしなければ生徒達には不自然がられるのは間違いない。

 各教科の教師にも出題範囲を訊ねておくのもありかもしれない。その程度であれば答えてくれるだろう。

「――それについては俺が面倒みるよ」

「悠斗?」

 そこで、彼が一歩前へ出た。平治くんが驚きの声をあげた。

「まあ、流石に頼ってる側として何もしないってのはおかしな話だしな。そのくらいさせてくれよ」

「……ありがとうユート。凄く助かる」

「これからよろしくな」

 ユートはそっとボクの方へ手を差し伸べ、ボクはその手を取って握手を交わす。

「……話は決まった様だな」

「うん」

 伊右衛門はボクの隣へと歩み寄ると、頷きながら彼を見上げた。

「無論、微力ながら拙者も力を貸そう」

「悪いな、伊右衛門」

「私も頑張りますよ」

「わ、わたしもお手伝いします!」

「うん。みんなよろしく。それじゃあ戻ろうか」

 その場の全員が頷いて、校舎へと戻っていく。

 ……話は決まった。あとは準備をして行動あるのみ。

 ボク自身も色々な人とコミュニケーションを取っていかなければ、みんなに納得される生徒会長にはなれない。

 ――けれど、理想像は決まっている。

 ボクの大好きな家族達だ。

 お兄様とお母様は、二人とも毅然とされていて、仲間を率いて行く力がある。

 お父様もそうだけれど、お父様はそれに深い優しさを持っている。

 そして実行するための下準備も欠かさない。失敗を許されないからこそ、踏み込むだけの力が必要なんだ。

 ボクはまだ、その力はお父様達には到底敵わない。

 けれど。そんなボクを支えてくれる人達(チカラ)が、ここに在る。

 だから、挑んでいける。

 どんなに絶望的な状況に陥ったとしても、希望の光が見出せずに居るのなら、ボクがその光になろう。

 その絶望を肯定して、それでも光を与え続けよう。

 絶望から希望へつなぐための、強い糸になろう。

 それが、ボクの名前である『紬』という意味そのものなのだから。

 



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行動開始

 UA1700、お気に入り16到達、ありがとうございます!
 これからもどうかよろしくお願いします!


 こうして五限、六限と授業を終え、掃除のあとHRを行い、放課。

(つ、疲れた……)

 今朝の疲労がまたも襲って来る。意識は保っていられるけれど、どこか現実味がない。簡単に言うならぼーっとする感覚だ。

 このまま机に突っ伏してしまいほど辛い。でも流石にそれはだらしがないと思ったので、今日はまっすぐ屋敷へ帰ろう。

 そう思い、席から立ってベージュ色のコートを着ると、黒いウィンドブレーカーを着たユートが、ネックウォーマーを頭からかぶりながら歩み寄ってきた。

「峰、放課後どうする? 早速勉強でもするか?」

 その言葉に、ボクは一瞬考えた。

 どうしよう。身体的な辛さもあるし、眠ってしまったらユートにも申し訳がない。しかし、初日から誘いを断るのもどうかと思う。これはやる気の姿勢にもかかわる。

(誰かに見られながら勉強をした方が眠らないと思うし……。東方理事には、帰ったらすぐに連絡を取っておこう)

「うん、ボクは大丈夫。場所はどうする?」

「んー、そうだな……。俺達の寮でもいいんだけど、流石に楯山もいるしな」

 みぞれを見て後ろ頭を掻くユート。そしてみぞれはボクを見上げる。……うん、そのうるうるした瞳はとても魅力的だけれど、今はやめて欲しい。抱きつきたくなる衝動に刈られる。

「みぞれ、大丈夫そうかな?」

「はい。問題ないと思いますよ」

 それだけでボクの考えを察してくれたのか、彼女は満面の笑みで頷いてくれた。

 よし、と頷き返して、ユートへと提案する。

「ユート達がよければ、ボクの家はどうかな?」

「まあ、峰がそれでいいなら俺は全然構わないけどな。……平治は?」

「私も大丈夫ですよ」

「それじゃあ、一度解散で。二人ともどこに住んでるんだっけ?」

「ああ、第三学生寮。だから歩いても普通に行けるわ」

「分かった。待ってるね」

「おう」

「はい」

 そう言って、ボク達は一度別れ、部活動のある伊右衛門は学園へ残り、みぞれと共に帰宅する事となった。

 

       * * *

 

 屋敷へ戻り、自室で私服へと着替えてから、東方理事へのアポイントを取り付けると、彼はすんなりと許可してくれた。

 みぞれにはユート達が到着するまで、私服姿で家事をしてもらう様に言いながら、八十島さんへも友人が来るという旨を伝えておく。

 幸いにも客間も解放したということだったけれど、今日は談話室で勉強をする事にして、鞄と自室の勉強机の中から教科書とノート、電子辞書を手に準備へ取りかかった。

 菓子類や飲み物類も今日中に新しく補充されたみたいで、メイドさん達の配慮には痛み入る。

 そうして、一時間ほどした後……。

 一足先に談話室でノートと教科書を広げていたボクのもとへ、みぞれがやって来た。

「紬様、東間様と銭形様がお見えになりました」

「分かった、ありがとう」

 ボクは席を立ち、みぞれと共に玄関ホールへと向かい、八十島さんとみぞれ、そしてもう一人のメイドである渡辺さんと共に、彼らが扉を開けるのを待つ。

「昨日は間に合わなかったし、本格的に玄関(ここ)でお出迎えするのは初めてになるね」

「そうですね。紬様、頑張ってくださいっ」

 ああ、みぞれにガッツポーズまでされちゃった。これは本気を出さないといけないな。八十島さんも微笑んでいる分、頑張らないと。

 やがて扉が開かれ、ユート、そして平治くん、さらにその後ろには天使咲悠里ちゃんの姿があった。

「――東間様、銭形様。本日は寒い中ようこそお越しくださいました。改めまして、(わたくし)は当屋敷の主、峰紬と申します。どうぞお見知りおきを」

 ボクは一礼して丁重にお迎えすると、ユートと平治くんは目を白黒させている。ボクの態度に驚いたのかな? それともこの素敵な屋敷の内装に驚いているのかもしれない。咲悠里ちゃんは一人、ボクへとぺこりと礼を返してくれる。

「……驚いたな。まさかホントにここのお屋敷の主人だったなんて」

「さっきから言ってるじゃないですか。妹、冗談は言いますが嘘はつきません」

「とても綺麗なお屋敷ですね」

「ありがとう。メイド達も喜ぶよ」

 ボクは八十島さんとアイコンタクトを取ると、彼女はユート達へ一礼して、自己紹介。みぞれ達と共にコートと荷物を預かり、下がってくれた。

 その様子にユートは疑問を持ったのか、下がっていくみぞれを見てボクへ首をかしげながら訊ねて来る。

「楯山はメイドなのか?」

「うん。ボクの傍付きのメイドさんなんだ。年齢も、君の弟さんと同じだよ」

「年下だったのかよ……」

 下がったみぞれはユートへと会釈して、彼は更に驚いた。それはそうだ、誰にも言っていないのだから。

「さて。ここは冷えるし、部屋へ案内するね」

「ああ、頼むよ」

「「お願いします」」

 そうして、ボク達は談話室へと移動する。

「……こうして見ると、本当に峰の家は金持ちなんだな」

「お庭の手入れも行き届いていましたし、相当なものですよ」

「いやあ、そこまで褒めてもらえるなんて思わなかったな」

 これは後で伊右衛門に伝えておこう。きっと喜ぶ。

「ただ、ボクがこんな生活が出来ているのは、お父様とお母様が毎日頑張ってくれているお陰なんだ。だから、ボクはお母様達がくれたこのお屋敷を大切にしたいんだよ」

「いい事じゃないか」

「とても素晴らしいと思いますよ」

 ありがとう、とボクは微笑み返すと、ようやく談話室へ到着した。

 八十島さんがドアを開いてくれて入室し、席を進める。

 彼らが席へ着くと、八十島さん達はコートを部屋の角にあるハンガーラックへ掛け、荷物を座席脇に置いてくれた。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

「うん、ありがとう。二人とも」

「失礼いたします」

 八十島さんと渡辺さんは一礼して退室すると、四人用の卓で、ボクの隣へ座ったユートは早々にふーっと息を吐く。

「あはは、ごめんね。驚いた?」

「いや、昨日悠二と咲悠里から電話でどんな家なのかは聞いてたんだけど、想像以上だった」

 苦笑いを浮かべると、平治くんも談話室の内装を見渡しながら「本当ですね」と答える。

「みなさん、すぐにお飲み物の御用意を致しますので。紅茶が飲めないという方はいらっしゃいませんか?」

「あー、楯山ごめん、俺紅茶苦手なんだ……」

「ああ、それじゃあボクも今日はコーヒーで」

「畏まりました。銭形様と咲悠里様は紅茶でよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「大丈夫です」

「はい、それではすぐにご用意をさせていただきますね」

 みぞれは笑みを浮かべて一礼すると、談話室から出て行く。

「……ホントにメイドなんだなぁ……」

 ユートは小さくそんな事を呟きつつ、バッグから筆記用具と現代文の教科書とノート、参考書を取り出しながら、軽く袖をまくった。

「さて、それじゃあぼちぼち始めるか」

 ボクとしては寒い中来てもらったわけだし、一服して貰おうと思ったけれど、彼は最初からやる気満々だったみたいだ。ササっと準備を始め、教科書とノートを広げる。

「あの、ちょっと待ってください」

「ん、どうした咲悠里?」

「妹、上の兄の用事が分かりません。というかなぜ勉強道具なんか取り出してるんですか!?」

「そりゃお前、勉強会だからに決まってるだろ」

「えっ、えええぇぇぇ――……。妹、普通に挨拶するだけだと思ってました。勉強道具を持たせられた理由はこれだったんですか……」

「ごめんね、咲悠里ちゃん。昨日の今日で」

 ボクが謝罪すると、どこかむすっとし始める咲悠里ちゃん。うーん、相変わらず嫌われてるなぁ。ちょっと悲しい。

「いえ……。まあ上の兄の件で何か事情があるというのは大体察してたので。勉強会になるという結果は理解できませんが」

「あー、そっか。お前には伝えてないんだもんな」

「まあ、今日のお昼休みに話したからね」

「……朝のうちに教てくれたっていいじゃないですか」

「それは、その……。ごめんね」

 申し訳なさげに苦笑を浮かべて、目の前で合掌すると、咲悠里ちゃんははぁとため息ひとつ。

「みなさん、お飲み物の準備が出来ました」

「ありがとう、みぞれ」

 みぞれも来たし、ちょうどいいかもしれない。ボクは咲悠里ちゃんにも今日のお昼休みに話したことを伝えることにした。

 

 

 そして咲悠里ちゃんからの了承を得て、ボク達は晴れて勉強会を行う事になった。

 ユートはボクを見てくれてはいる。いるんだけど……。

「……なあ、峰?」

「なにかな?」

「お前ホントにフランスに居たのか?」

「居たけど……」

 ユートが出してくれた現代文の参考書のテストを、百点でクリアしていた。

 というより、十五歳までに大学卒業程度までの勉強はしていたので、ボクにとっては『復習』そのものなのだ。

「すげえ……。フランス人、すげえ……」

 彼は何度もそのテスト結果を見ながら、ぶるぶると震えている。

「紬様は毎日、日本語の勉強をされています。日々の努力の賜物でしょう」

 一方で、みぞれはどうやら勉強が本当に出来ないらしい平治くんと、咲悠里ちゃんの勉強を一人で教えていた。

 八十島さんに聞いてみたところ、彼女も十五歳までに大学卒業レベルの勉強をしていたらしい。つまり、ボクと同じだ。

 そしてその後一切教科書へ触れていないボクよりも一年違う彼女の方が、よほど勉強が出来るに違いない。頑張らなければ。

「楯山も教え方上手いしなぁ……。俺が教える事無かったんじゃ……」

「そんな事ないよ。ユートの教え方も充分上手だよ?」

「上手というか、俺試験範囲教えただけだぞ……?」

「……あっ」

 そこで察してしまった。まさかのユート不要説。

「なんだその『あっ』て。酷くね?」

「ユートはボクの大事な友人だよ」

「そこはフォローしてくれ……」

 彼は軽く項垂れると、そこで小さな笑いが生まれた。

 ……しかし、みぞれサイドの咲悠里ちゃんと平治くんは無言だった。

「咲悠里ちゃんと平治くん、大人しいけどどうしたの?」

「いえ……。自分の頭の悪さに酔いしれていた所です……」

「どうみても絶望しているようにしか見えないよ……」

 手元のA4用紙を見ればみぞれに書き加えられた赤ペンのチェック印が大量についていて、平治くんの握る手はぶるぶると震えている。

 咲悠里ちゃんを見てみると、目を虚ろにさせながら英単語のスペルをまるでお経の様に口にしていた。

「何をしたのみぞれ……!?」

「咲悠里様には英単語の簡単な覚え方を、銭形様には僭越ながらわたくしが作成した小テストをやっていただきました」

「その結果がそれなの……」

 ボクは彼から用紙を受け取って、ユートと共に内容を見てみる。

 うわ、範囲えぐい!!

「すげえ、参考書より参考になる問題ばかりだ……」

「先生方の出題範囲と、事前に銭形様から見せていただいた過去問題から推測した問題になりますね」

 みぞれ、本当に何者なんだ……。まさに天使。神の使い。

 その顔はまさしくプロだった。

 そっとボクは平治くんへ用紙を返すと、彼はそれをめくった。

 え、裏があるの!?

「凄いな楯山……。俺でもそこまで絞り込めないぞ」

「というか、何者なんですか、貴女は……」

 ユートと平治くんの言葉に、

「あくまで、メイドですから」

 どこかの悪魔系執事さんの様に、唇に人差し指を当ててみぞれは微笑むのだった。

 

       * * *

 

「……んーっ……」

 ……どうしよう。眠くなってきてしまった。

 時刻は午後七時前を示している。勉強を始めて三時間くらいしたところか。

「平気か、峰?」

「うん、大丈夫」

 軽く伸びをした所で、ユートも談話室にある時計を見て、仰け反る様に伸びをした。

 するとみぞれが心配気な表情でボク達を見る。

「お二人とも、少し休憩されてはいかがでしょう? ただいま新しいお飲み物を準備しますね」

「そうですよ。せっかくお菓子もいただいていることですし」

「お前らな……」

 コーヒーを注いでくれるみぞれと代わって、すでに休憩モードに入っていた咲悠里ちゃんと平治くんへと、ユートは睨むようにして唸った。

 すでに先ほど夕食は御馳走するという話は着いているので、ユートもこんな時間まで残って勉強を教えてくれているのである。

「ユート、ボク達もちょっと休憩にしない? そろそろ夕食の準備もできるだろうし」

「……そう、だな。それなら」

 彼は背もたれに身体を預けると、目頭を揉み解す。

「にしても、峰はかなり勉強できるな。これなら普通に上位は取れるよ」

「慢心はできないけどね。みんなどれくらいの点数を取るのかも、ボクは分からないし」

 ボクは新しく注がれたコーヒーを飲みつつ、謙遜する。

「そうだなあ、百点取る奴なんてあまりいないし、今のところはほぼ一位確定じゃないか?」

「ですね。先日の中間テストには、百点獲得者はひとりもいませんでしたから」

「でも、気を抜かずに行くよ」

 それはボクのためにもなるし、何より――ユートのためになるんだから。

「頑張りましょう、紬様」

「うん、みぞれもよろしくね」

「はいっ」

 優しい笑みを浮かべるみぞれの頭を、優しく撫でるボク。ユートはそれに何か思うところがあったのか、その疑問を口に出した。

「なんつーか、()妹みたいだな?」

姉妹(キョウダイ)? んー、そうかもしれないね。こんなに可愛くてなんでも出来る妹がいたのなら、ボクはとても幸せだよ」

 ――でも、それは現在だけの話。彼女を過去へは連れて行きたくないし、出来たとして行かせるわけにはいかない。

 ふとそこで、ボクはそれほどみぞれの事が大切になっていると気付いた。

 それがとても嬉しく思える。気付けた事に幸福すら感じた。

「そうか」

 ユートは咲悠里ちゃんを見ながら、照れ臭げに笑う。ボクは今度こそ、自信を持って頷く事が出来た。



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近づいた終結

 ご無沙汰しております! ようやく実家暮らしに適応してきたので最新話を投稿することができました!
 UA2300、お気に入り18名様、ありがとうございます!
 遅筆ではございますが、これからも頑張って参りますので、どうかよろしくお願い致します……!


 ――その夜。

「紬様。ご入浴の準備が整いました」

「ん、ありがとうみぞれ」

 夕食後にユート達と別れた後、ひとり自室へ籠り彼から借りた参考書の問題を解いていると、みぞれが入って来た。

 ボクはんっと伸びをすると、みぞれがボクの傍まで歩み寄る。

「調子はいかがですか?」

「うん……まずまずといったところかな」

「まだ初日です。昨日の様にあまりご無理をされない様にしてください」

「わかったよ」

 ボクは苦笑を浮かべながら頷いて、ペンを机に置いてから立ち上がった。

「そうだ、君にひとつ伝えておきたいことがあるんだ」

「なんでしょう?」

 みぞれは可愛らしく小首を傾げながらボクへと視線を向けると、ボクは彼女と視線を交わしながら告げる。

「君にも一切手を抜かずにテストへ望んで欲しい。変にボクを気にする必要もない」

「紬様……?」

 みぞれはボクよりも年下の可愛らしい女の子だ。本当なら仕事をしている歳じゃない。普通に青春を謳歌して、たくさんの思い出を胸に詰め込んで社会へ足を踏み入れる。その幸せを、彼女に知って貰いたい。

 これは勝手なボク自身の思いで、彼女にとってはお節介な事かもしれない。

 けれど、青春というものを知らなかったボクにとって、それを今になって知る機会が与えられた事にとても動揺している。

 その動揺が落ち着くには、まだ時間がかかるだろう。

 だからこそ、経歴はどうあれ年下の彼女には、ボクの歩むこの先の数年間よりも一年多い青春を謳歌して欲しい。

 それが今のボクから言える、今自分に一番近い存在の彼女が、この先ボクに連れ添っていくための、彼女へ提示する条件。

 少しだけ不安がった表情をするみぞれ。ボクはゆっくりと目を伏せながら彼女を抱きしめた。できる限り、この上なく優しく。お母様の様に。

 ボーヌへ発つ前の夜。ボクはこの優しさに触れた。この抱擁の温かさと安心感を忘れないように、自分からも必死にしがみついた。

 すると彼女の方からも腕が伸び、ボクの胸に顔をうずめ、背中に手が回される。少しだけくすぐったいけれど、これはたぶん、照れているから。

 ボクは優しく彼女の頭を撫でながら、ゆっくりと語る。

「ボクは今とても楽しいんだ。みぞれが居て、伊右衛門が居て、ユート達もいる。とても素敵な場所で、こうして青春を謳歌する事ができる。ユートの事もあるけれど、まずはその前に、誰かのためよりも、自分のために学生生活を楽しみたい。だからみぞれも、ボクと同じように青春を楽しもう。やりたい事をやればいい。ちょっとくらい我儘になったっていいんだよ」

「紬、さん……」

 みぞれが顔を上げ、潤んだ視線をボクに送る。

「だから、まずは目先のテスト。全力で取り組もう」

 ね、とボクは微笑みかけながら、彼女の頭を撫で続けるのだった。

 ――それから、二週間が経過する。

 

       *2月*

 

(……あっという間だったなぁ)

 握り締めた、濃紺のシャープペンシルを机の上に置く。

 予測問題に近しいものも出た。見直しも充分。

 あとは結果を待つのみ。

 ボクは教室の前に掛けてある時計を見上げると、残り時間はあと数分といったものだった。

 ちらり、と隣を見ると、じっとペンを握って問題に集中し続けるみぞれの姿があり、前には伊右衛門の背中がある。

 その隣で頭を抱えているのは平治くん。少し震えているけれども大丈夫だろうか?

 満足げに息をはくと、――右手にある扉の外に人影が映った。

 東方理事だ。

 ボクは目を伏せてから会釈をすると、彼は微笑みながら頷いてくれる。

 ――どうやら準備は出来たらしい。

 それに小さく微笑んだボクは、教室を通り過ぎた彼から前へ視線を移して、じっとその終わりの時を待つ。

 長い間縛り付けた鎖が解ける瞬間を。

 そっと両手で答案用紙を触れると、チャイムが鳴り響いた。

 

「――そこまで。ペンを置いて答案用紙を後ろから回してください」

 

 試験官の西川教諭が止めをかけ、ボクは前の席に座っている伊右衛門へと答案用紙を渡した。

「(……どうだった?)」

「(まずまず、といったところか)」

「(そっか)」

 どうやらみぞれの張ったヤマも当たったようだ。伊右衛門は頷きながら答案用紙を受け取ると、自分のと重ねて前へ手渡していく。

 ちらり、と隣を見れば、みぞれは満足げな表情でボクへ満面の笑みを浮かべてくれた。なんて可愛らしい笑顔だろう。張りつめていた心が一気に緩んでいくのを感じる。まさに天使の微笑。

 西川教諭が答案用紙の確認を終えると、「それじゃ、テストはこれまで。みんなお疲れさん」といって教室から出て行くと同時、ボクはふうっと息をはいて伸びをする。

「………」

 ユートはいつもの調子で欠伸を噛みしめながら、無言でボクの後ろを通って教室から出て行った。

 すると、彼の退室を見届けたクラスメイト達が、ボクのもとへ押し寄せてきた。

「峰さん、お疲れ様でした! テストはどうでしたか?」

「うん、お疲れ様。現国には悩まされたけれど、なんとか解けたよ」

「なあ峰っち、今の最後の問題どうやって解いた?」

「え? それはこうして――」

 男子生徒に問いかけられ、ボクはそれに応じながら答えを導いていく。

 すると「おー」という声があがり、拍手などがあがった。

「さっすが峰さん! 頭いいー!」

「どうもありがとう。みんなもお疲れ様。結果に善し悪しはあるだろうけれど、次も頑張ろう」

 ボクは席を立ちあがりながらそう言うと、「それじゃ、ボクちょっと先生に呼ばれているから。行ってくるね」と言ってみぞれと共に教室から出る。

「お疲れ様です、紬さん」

「うん、みぞれも本当にお疲れ様」

 お互いに労いの言葉を掛けあいながら、ボク達は理事長室へと向かう。

 ――あのクラスメイト達との接し方も、ようやく慣れて来た。

 ユートを煙たがる人も多いけれど、自分達の非も認めている人も少なからず存在している。

 けれど、それでも。彼に対する態度の変化は見られない。

(……まあ、それを変えるためにやってきたんだけれども)

 これからボク達のする事が成功するかは分からない。そんな不安に苛まれながら、理事長室のドアをノックした。

『入れ』

 聞き慣れた声だ。ボクにとって大切な人の声が、目の前の扉の奥から聞こえる。

 えっと軽く動揺したボクは、一度深呼吸をしてからゆっくりとその扉を開いた。

「煌お兄様っ! お久し振りです!」

「――紬か!」

 スーツを着込んでいた黒髪の男性は、その黒い瞳を見開かせて、ボクの名前を呼んでくれた。

 ――本当に嬉しそうだ。だから、ボクもとても嬉しい。

 お互いに歩み寄り、抱擁を交わす。ああ、お兄様だ。ボクの大好きなお兄様のぬくもり、そして匂いが、ボクを包み込んでくれる。

 彼の大きな手がボクの髪を撫でると、くく、といつも通りの笑い方をしてくれた。

「以前会った時よりも一段と髪が伸びたようだ。まったく、これでは妹には見れまいよ」

「一年ぶりにお会いしたのにその挨拶ですか? 髪だけではなく背も伸びました。むしろ、女らしくなったと言ってください」

「クククッ……日本語はまだまだのようだな」

 小さく唇を尖らせながら抗議するけれど、お兄様は目を閉じながら笑いを堪えていらっしゃる。一体その言葉にどういう意味があるんだろうか。

 この人が分かりやすい喜びの声をあげるだなんて滅多にない。普段の彼を知っている人からすれば、おそらく今のお兄様は他人に見えてもおかしくないのではなかろうか。

 性格は苛烈。個人の能力を重要視し、他人にも厳しく自分にも厳しい。内外から絶対の信頼を受けている我が家二本目の大黒柱。それがボクの兄、煌お兄様なのだ。

 ――だけどそんな大黒柱はボクに甘い。いつも優しく、柔和な態度で接してくれる。怖いだなんて思ったことは一度もない。

 今だってボクの顔を見て、喜びすぎたと反省しているのか、咳払いをして威厳を整えてらっしゃる。ちょっと可愛い。

「いついらっしゃったのです? 仰っていただければ、事前におもてなしの準備をさせていただいたというのに……」

「つい先ほどだ。まさか今日が試験で、おまえが理事長室へ訪れる予定だったとはな」

(またまた。ボクのテストが午前で終わると知っていて、顔を見に来てくれたくせに)

 ふふっと微笑みながら、ボクはお兄様を見上げた。

「ですが、こんなに簡単にお兄様とお会いできるだなんて考えてもおりませんでした。とても嬉しく思います」

「そうか。俺もおまえの顔を見れて嬉しいぞ」

「はいっ」

 もうこれ以上ないほど嬉しい。ボクはもう一度、お兄様の胸元へ顔をうずめた。

「……さて、そろそろよろしいですかな?」

 笑顔を保ったままの東方理事が、ボク達へと語りかけてきた。

 そこでようやく状況を理解したボクは、サッとお兄様から離れる。

 かくいうお兄様も咳払いをしながらボクの頭をひとつ撫で、東方理事の前へ移動する。

 ボクもそれに倣い、後ろで顔を真っ赤にしていたみぞれは入り口で待機していた。

「……失礼、浮かれ過ぎました」

「いやいや、兄妹の久々の再会でしょう。喜んでいただいて大いに結構ですよ」

 ふふふ、と東方理事は上機嫌な様子で、機嫌が損なわれていない事にボクはほっとした。

(わたくし)からも、大変失礼いたしました。どうかお話の続きを」

「わかりました。それでは話を戻しますが……。この度、私から煌様を学園長として推薦させて頂きました」

「はい。そちらについては存じております。理事会の決定はどうなりましたか?」

 言葉をつづけた東方理事にボクは尋ねる。――まあ、答えは決まっている様なものだ。現にお兄様がここにいる時点で、それは確定している。

 東方理事は目を細めながら大きく頷かれた。

「峰煌様は来年度から学園長となる事が決定しました」

「そういう事だ、紬。今後は学園長の妹たる態度で学業に励め」

「もちろんです。お兄様と共に居られるというだけで、更に身の引き締まる思いです」

「クク、ならいい」

 お兄様は目を細めながら愉快そうに笑う。今のはプレッシャーを掛けられたというよりも、ボク達の間では『存分に青春を謳歌しろ』と言っている事と同じだ。だから、ボクもそれに応えたいと思える。

 いつも以上に幸福感を覚えたボクは、ひとつ深呼吸をしたあと、東方理事を見る。

 ――気持ちを切り替えろ。浮かれていた気持ちを抑え込め。ここから先は現状で最も重要な案件なのだから。

「では、残るは……」

「はい。東間悠斗君についてです」

 結果はあまり芳しくなかったのだろうか。いつもは柔和な微笑みを浮かべている印象の強い東方理事が、あからさまに眉根を寄せている。

「……流石に、彼の不当な扱いに心を痛めました」

「それほどまでに酷かったのですか?」

 思い出したくもない、とでも言う様に東方理事は額に手を当てて頷いた。

「まるで彼を……囚人の様に……ッ」

「「………」」

 ボクとお兄様は怒りを露わにした東方理事を見て沈黙する。

「……失礼、取り乱しました」

 彼は長い深呼吸をしながら謝罪し、ボク達はそれに応じながら彼の事を思う。

「当学園は、現理事長を懲戒免職としました。他にも様々な決定を致しましたが……。恐らく、来年度には教師陣の大部分が異動になる事でしょう」

「そうですか……。迅速な対処、有難うございます」

「いえ。むしろ紬様に仰っていただかなければ、私の耳に届く事もなく闇へ葬られていた事でしょう。本当に、有難うございました」

「とんでもございません」

 東方理事は席を立ちあがり、ボクに深く一礼してきた。自分も礼を返すけれど、言葉は短くしておく。

「生徒の印象につきましては、(わたくし)達生徒が解決してみせます。どうかご安心を」

「よろしく、お願いいたします」

「お任せください」

 しっかりと意志を持って頷くと、東方理事も神妙に頷き返してくれた。

「――お話中、失礼いたします」

 すると扉の入り口に立っていたみぞれが、一礼した。

「紬様、そろそろお時間です」

「おや、もうそんなにお時間が経ってしまいましたか」

「紬、悪いが俺はこの後東方理事と話がある。帰る際に改めて連絡しよう」

「畏まりました。それでは、失礼いたします」

 東方理事、そしてお兄様に一礼してから、ボクはみぞれの開けてくれた扉をくぐり、理事長室を後にするのだった。

「あの方が、紬さんのお兄様なんですね」

 扉を閉めたあと、みぞれは赤くしていた頬を冷やすようにぺたぺたと両手で触れる。

「うん。どうだった?」

「とても素敵な方だと思います。紬さんにお似合いのお兄様でした」

「そう言ってくれると嬉しいな。ボクもお兄様に相応しい人間になる事が夢だからさ」

 少し照れくさげに言うけれど、これは本音だ。みぞれは更に頬を赤くする。ああ、相変わらず愛らしい。

 ボクは彼女の頭をそっと撫でると、教室へ向かう。

 移動時間は五分もないけれど、移動するには充分だ。

 ――曲がり角から少しはみ出た制服が見える。誰かは判り切っていた。

 彼が姿を現す。黒い髪に黒い瞳。そして学園指定の学ランに、同じく指定の白いパーカーを中に着込んだ男子生徒。

 ユートだ。

 右手をポケットに突っ込み、やや跳ねた黒髪を左手で抑えている。

 本当にいつも通りな彼と、ボク達はお互いに歩みを進める。

「――必ず、迎えに行くから」

「ああ、――待ってる」

 意志の籠った瞳と、覚悟の決まった瞳が擦れ違い――離れる。

 短い言葉のやりとり。けれどそれだけで伝わった。

 だから、自信を持って歩いていける。

 彼の望んだ明日へ。

 一歩一歩、確実に――。



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誓約

 お待たせいたしました、ルパ学(なにこの略)最新話です!
 これでようやく第一章が終わります……。次回予告は下へ!


 黒髪の男子生徒、東間悠斗は学園の屋上から空を見上げている。

 ふと視線を下ろした先には体育館があり、学園の生徒達はみなそこへ向かって列を成していた。

(せっかくだし、晴れ間にしてやりたいんだけどな……)

 その日は生憎の曇り空だった。折角の友人の晴れ舞台だというのに、何もしてやれない自分に必要のない罪悪感を感じてしまう。

 まったくもって意味のない自問自答を繰り返しながらぼーっとしていると、唐突に屋上へ出入りするためのドアが開いた。

 

「ユート」

 

 そして、この海外訛り混じった、俺を呼ぶ声が響く。

「峰か」

 まるで外国人……まぁハーフなんだが……白い髪をした男子生徒、峰紬。

 俺は振り返り「お疲れ」と言うと、彼は「まだなにも始まってないよ」と苦笑を浮かべた。

 そりゃそうだ、と俺も苦笑しながらも答える。

 すると峰は俺へ歩み寄り、スッとその真っ白な手を差し出した。

「――お待たせ」

「ああ。待った」

 多分、お互いに優しい笑みを浮かべていたような気がする。

 俺は両目を瞑りながら、峰は微笑を浮かべながら握手を交わす。

「よし……行くか」

 そっとその手を放すと、俺はひとつ深呼吸をしてからそう言った。

 だが、峰はその場で立ち止まる。

「峰? どうし――……た?」

 踵を返した所で、俺は彼の変化(・・)に気付く。

「……ボクは、これを外す事にしたよ」

 弱々しい微笑み。その白く長い睫毛は、桃色と錯覚しそうなほど、瞳の色の影響を受けていた。

 細められた薄い赤紫色(・・・)の瞳は、真っ直ぐに俺を捉えている。俺はその目から一秒たりとも視線を逸らす事ができない。

「お前ッ……! 今までどうして日光の下なんかに!?」

 俺は慌てて学ランの上着を脱ぎ、彼へと駆け寄る。そして峰の頭へ被せる様にしてかけた。

 峰の白い髪、そしてその赤紫色の瞳で、ようやく納得がいった。

 ――アルビノ、と呼ばれる遺伝子疾患。その症状によく似ているのだ。

 メラニンの生成に支障をきたし、色素欠乏などによって紫外線への耐性が極めて低い。

 つまり、全身を焼く様な思いで彼は今まで、陽の下を歩いていたということになる。

「目はっ!? 痛くないのか!?」

 男子にしては小さな顔を掴み、目を詳しく見つめる。

 そんな俺の心配を晴らすように、峰はそっと俺の両手に触れた。

「……やっぱり知ってたんだね。病気(これ)のこと」

 どこか痛みに耐える様に眉根をゆがめた峰は、それでも笑顔を崩さずに俺を見る。

「――中へ入ろう。話はそれからだ」

「いや――それはダメだよ」

 じわりと、曇り空でも届く紫外線に当てられた手は、まるで血がにじむ様に徐々に赤くなってゆく。

「どうしてこんな事を……!?」

 おそらく痛いのだろう。峰は目尻に涙を浮かべながらも真っ直ぐに俺の瞳を見た。

「――ボクは、キミの過去(いままで)を総て肯定するためにここに居る。キミが辿って来たもの、背負ってきたものを総て理解するためにここに居る。それをキミには身を持って知って欲しかった」

 ゆっくりと語られるその言葉に、一秒一秒に胸を掻き毟りたくなるほどの焦燥感に襲われる。

「いいかい、ユート。キミの持っている能力(スキル)は万能じゃない。一長一短の集合体が、相互作用を生みだしてなんとか保って居られる様な状態なんだ」

「そんな事は分かってるさ。いいから早く、中へ――!」

「どうして中へ行く必要があるの?」

 そんな峰の言葉にハッとして彼の顔を見る。その目はすでに充血が始まっており、危険な状態に陥っているという事が目に見えて理解できた。

「お前ッ、今日が何の日か分かって言ってんのか!? 今までの全部が水の泡になるんだぞ!?」

「別に日光に打たれて死ぬわけじゃない。痛いのは死ぬほど嫌いだけれど、ボクの能力(スキル)ならそれをなかったこと(・・・・・・)に出来る」

「なかった、こと……?」

「そう……。キミの辿って来た人生(みちのり)を、なかったことにだって出来る」

「ッ……!」

 峰の言葉に、一気に冷静にさせられた。まるで氷の入った冷水を頭からぶっ掛けられたかのように。

 一瞬で、冷えて行く……。

 その一瞬で、まるで走馬灯の様に、俺の今までの記憶が脳裏を駆け巡った。

 出来る事なら戻りたい、その過去(とき)へ。

 正直やり直したいという気持ちはある。

 ――でも。

「……それはダメだ」

「理由を聞いてもいい?」

「俺だって痛いのが怖くないわけじゃない。――もし過去へ戻ったとして、俺が今の俺にならなかったら。不幸になる人も大勢いるはずだ。もちろん、どっちが多いか少ないかは分からない。でも、今の俺になって不幸にならなかった人も少なくないだろう。だから俺はその責任を背負って、このまま進んで行く。そう決めた」

 峰は優しげに微笑むと、俺の手を握り締めた。

「ならユート。ボクと約束しよう」

「乗りかかった船だ。……全部聞くさ」

「――ボクの能力(スキル)を、キミに譲渡したい」

「もし譲渡したとして、お前にメリットはあるのか?」

「ある」

 おかしな約束だ、と呟いた俺よりも先に、峰は即答している。

「ならどんな」

 

「――キミの能力を、ボクだけに役立ててほしい」

 

「……そいつはとんでもないな」

 突拍子もないことを真顔で言ってのけた峰に、俺は苦笑を浮かべた。

「ボクはキミのためだけに能力を使わせない。もちろんそれはボクの能力も含まれる」

「もし約束したとして、俺がお前に黙って能力を使うことだってできるんだぞ? それはどうするんだ」

「その時は、キミが世界から隔絶されるだけのことさ」

 峰は少し皮肉気な笑みを浮かべると、ゆっくりと目を閉じながら続ける。

「あるいは、世界がキミから隔絶される、と言ってもいいのかもしれないけれどね」

「お前、その言い方はずりぃよ……」

「自覚はしているよ。守ってくれるのならいくらでも謝罪はするつもりさ。……でもひとつ、キミに信じておいて貰いたい事がある」

「それは?」

 少しだけ口角をあげる峰。

「出会ってたったの一カ月。どこまでボク信じていいのか分からないだろうけれど……。ボクはキミを幸せにしてみせるよ。この学園の中だけじゃなく、その先の未来まで――ずっと」

 ゆっくりとその充血した瞳が、俺の目と合った。

「――これはボクからキミへの宣誓だ。キミの答えはどうかな?」

「……幸せとかいきなり言われても、俺はよくわからないが……」

 握られた手を握り返す。すると先に答えを得たかのように、峰は嬉しそうに微笑んだ。

 ほろりと、涙が伝う。

「約束する――俺の能力はお前のものだ。()

「ああ……それはいい」

「っ! ――紬!?」

 唐突に膝からくず折れた紬を、俺は抱えあげる。

「ははっ……いや、ごめん。実はそろそろ限界だったんだ」

「もういいだろ。中へ入ろう」

「ん……頼むよ」

 苦笑を浮かべる紬を支え、俺は持ち前の回復能力を行使しながら、校舎の中へと入っていくのだった。

 

       * * *

 

 会場は喧騒に包まれていた。今か今かとその人物の登場を待っている。

 学園長が自分の来期からの辞職を告げた後、次期学園長についての説明をしていた理事長は、いよいよ生徒会長の名を呼ぶべくして、前生徒会長の話をしている最中だった。

「準備は万端か、紬?」

「うん。問題ない」

 舞台袖にいる俺の目の前に立つ紬は、きゅっと濃緑のネクタイを締め直した。

 回復能力と彼からもらった『回帰』能力によって、先ほどの状態へ戻った紬は、赤紫色の瞳と白い髪を隠す事無く露わにしている。

 紬は舞台に集中されたライトの中では十数秒……演説台に着くくらいまでは目が開けない。

 そこで、彼をそこまで導いてやれる相手は無論楯山がやると思っていたのだが。

 紬本人の願いで、それが俺になったのである。

「東間さん、どうか紬さんのこと、よろしくお願いしますっ」

「しっかり頼みますよ、悠斗」

「観衆に圧されることはない。堂々としていろ」

「ああ、わかった。任せてくれ」

 いつもの面子――楯山、平治、そして伊右衛門の三人から喝を入れられ、俺もいよいよもって気合いを入れる。

 

『――それでは、新生徒会長に登場していただきましょう。二年、峰紬さん』

 

「いま、マンカンの思いを込めて」

万感(ばんかん)、な」

 得意げな表情をした紬へ、俺は軽くツッコムと、唇を少しだけ尖らせたあと、微笑むようにして手を差し伸べる。

 その手を取り、彼が瞳を閉じるのを確認した俺は、ゆっくりと歩き出す。

 次瞬。

 

 ワァッ! という歓声。そしてどよめきが巻き起こった。

 

 それもそうだろう。

 みなが思いを募らせる華の新生徒会長が、学園一嫌われ者の俺に導かれて登壇するのだから。

「どよめきの方が強いね」

 クスリ、と笑う紬。目がまだ開けない分、声で生徒達のリアクションを判断しているんだろう。

「そりゃ、俺なんかがお前を引いているからな」

「謙遜なんか必要ないよ。他でもない、キミが引いてくれている。――ボクはそれだけで安心できるんだ」

「そいつは光栄ですね」

 俺も不意に口角が上がり、お互いに微笑を浮かべたまま演説台へと歩いて行く。

 ……やがて演説台へと到着し、彼の手を台の縁に掴ませる。そこでお互いにふぅ、と安堵の息を吐いた。

 俺はそのまま舞台袖まで下がろうとしたところで、

「ユート、待って」

 紬が俺を引きとめた。

「なんだ?」

 彼はゆっくりと目を開き、俺の顔を見る。

 依然彼の表情は公衆の面前に現れる事無く、後ろを向いた状態だ。

「どうかボクの傍に居て欲しい」

「……分かったよ」

 俺は神妙に頷きながら、彼のすぐ右後ろへ着いた。

 ――そして、いよいよ紬の挨拶が始まる。

 ようやく彼が生徒達の方へと向き、口を開いた所で、どよめく。

 だが、すぐにそれは沈静化した。

 

『――世界は平等だと思いますか?』

 

 その言葉に、誰もが口をつぐみ、壇上の紬を見入り、そして――聞き入った。

 棒読みでもなく、本音を語るトーンで語り出す。

『人々はみな必ずどこかで悪平等を感じています。私の話を聞かれているみなさんも、これまでの人生の中で必ず不平等や理不尽に遭遇してきたのではないでしょうか。

 ――そう。この世界は平等ではありません。そんな世界があるとするのなら、誰もが等しく冷遇された世界です。

 みなさんから見た私は、かなりおかしな存在でしょう。白い髪に赤い瞳。それでいて私は日光に当たってしまえば最後、火傷程度ではすまない被害を被る。……すでにお気付きかと思いますが、本日この体育館を暗幕で締め切らせていただいたのは私の体質からです。

 飽くまで体質。ですが、それをまるで感染症の様に勘違いしている人は少なからずいるのでは? ――或いは、人という存在に当てはまっている存在を、ただ自分に持っていないものを持っているというだけで、外人のような扱いをしていませんか?』

 その言葉一つ一つに想いが込められているのがはっきりと分かった。もう、彼の言葉を聞かない者はいない。

 雑談していた生徒すらも、身体は友人達の方へ向いているが、顔は壇上の紬へと向いていた。

「(紬……)」

 すぐに自分の事だと分かった俺は、そっと目を閉じる。その言葉を、しっかりと胸の内に焼きつける。

『私は幼少期までは皆さんと同じ黒い髪、そして黒い瞳を持っていました。ですがちょっとしたきっかけがあるだけで、このような体質に変化してしまいます。ひょっとしたら皆さんも、ないと思っていた事がいつか自分に起きてしまうかもしれない……。周りから否定を受けてしまうこともあるかもしれない』

 徐々にトーンが落ちて行く紬。ひと拍置く様に、彼はゆっくりと息を吸いながらも生徒達を見渡した。

『――ですから、私はここに宣言します。私はそのような人達を肯定し、この学園に通うすべてのみなさんが、満足の行く青春を謳歌してもらうために、誠心誠意努めて参ります。どんな小さな事でも構いません。悩みがありましたら、是非私までお願いします。

 以上で、新生徒会長の御挨拶とさせていただきます。みなさん、どうかよろしくお願い致します』

 ゆっくりと一礼した紬。

 ――次に起きたのは、歓声と熱狂。そして万雷の拍手だった。

 それを特等席で。それも全てを見渡せる最高の場所で、俺はこの感動を眺める事ができた。

「―――っ……」

 ごくり、と唾を嚥下する。

 するとくるっと俺の方へ振りかえった紬は、興奮しているのか、頬を赤くしながら満足げにはにかんだ。

 思わず動悸がしてしまうほどの笑顔で、俺は気のせいだと自分に言い聞かせながら紬へ手を差し伸べる。

「お疲れ」

「うん。とても気分が良い。今日はこのまま帰ってしまいたいほどだよ」

「その気持ちは分からないでもないが、まずは生徒会役員の選任だろ」

 しっかりやれよ、と俺の手を取った紬に言うと、彼はしっかりと頷くのだった。

 

       * * *

 

「――兄ちゃん!」

 ……総会を終え、舞台上の片付けを終えた俺がようやく舞台袖の出入り口から出てくると、そこには弟の悠二、そして妹の咲悠里が楯山と共に立っていた。

 俺の姿が見えると同時、悠二が俺へと駆け寄って――と思ったら、兄そっちのけで妹の咲悠里が俺の腹部へタックルしてくる。

「ぐっ」

「――にいさんっ」

「っはは……。相変わらずいいタックルだな、咲悠里」

 あまりの衝撃に胃の中のものを吐きだしそうになった俺は、青い顔をしながらも耐えた。

 そして今も尚俺の腹にぐりぐりと顔を押し付けてくる妹の頭を一つ撫でる。

「楯山が迎えに行ってくれたのか」

「はい。お二人ともずっとお兄様をお会いするのを楽しみにされていたようだったので」

 妹の暴走具合に流石に兄貴として理性が働いたのか、悠二は楯山とともに歩み寄って来た。

「咲悠里、そろそろ」

「~~っ」

 甘えてくる咲悠里を窘めていると、唐突に背後からブバッ! という水が噴出したような音が聞こえた。

「つ、紬さんっ!?」

「ぐっ……お兄ちゃんに甘えてる咲悠里ちゃんかわゆい……ッ! 思わず鼻血がっ……」

「相変わらず女の子大好きですね貴女は……」

 だばだばと尋常じゃないレベルで出血している紬。貧血で倒れなければいいんだが。

 そんな紬を俺に隠れて白い目で睨んでいる咲悠里の頭を撫で続けると、ふにゃりと徐々にそのきつい視線が緩んできた。

 そこで更に紬が出血! どさっとその場に紬が倒れる。

「紬さっ……ええー!?」

「ちょっ、峰さん!? 大丈夫ですか!?」

「き、気にしないで……いつものことだよ……」

「いや嘘だろ。そんなん日常茶飯事だったらお前死んでるわ」

 顔を真っ青にしてがくがくと震えている紬に歩み寄り、そっと触れると、彼の持っていた《回帰》能力を発動。途端に体育館床にあった血は消え失せ、紬の顔色も一気に良くなる。

 そしてむくりと立ちあがった紬は、今も尚俺の制服の裾を握り隠れている咲悠里へと歩み寄った。

「……なんですか?」

「んーん。別になにもないよ」

 訝しげに彼を見る咲悠里に、紬はふっと微笑んで腰を折り、咲悠里の頭をそっと撫でる。

「お……」

 なんだろうか、撫で方が俺と似ている。

 咲悠里はむぅ……と唸りながらその行為を甘んじて受けていた。

 それがとても珍しい。基本的に家族にしか頭を撫でさせる事を許さないあの咲悠里が。

「ねえ咲悠里ちゃん。今日の放課後、ボクの家でご飯食べていかない?」

「夕飯ですか……。上の兄も行くんですか?」

「ん? まあ、紬ん家の料理はかなりうまいしな」

「なら行きます」

 そしてこの即答。流石過ぎる。

「決まりだね」

「そうだな」

 俺は頷くと、楯山と話していた悠二の方を見る。

 そういや、楯山はうちの悠二と同い年だったな。お互いまんざらでもなさそうだが――。

 と、そんな事を考えていたら、唐突に制服を握っていた咲悠里から解放される。

「ふう……仕方ないですね。――紬さん」

「え?」

 咲悠里の言葉に紬は大層驚いたようで、目を見開き、軽く口を開けてしまっていた。

「……上の兄を助けていただいて、ありがとうございます。どうしようもない兄達ですが、これからも妹共々よろしくお願いします」

 唐突に出た、咲悠里からの感謝の言葉。そしてぺこりというお礼。

 おい。それはどういうことだとツッコミたくなる気持ちを抑え、紬の反応を見ると――

 ――じわりと、目尻に涙を浮かべていた。

 そしてそのまま彼はその場に膝を付き、咲悠里を優しく抱きしめる。

「もちろん。まだまだこれからだけれど、ボクも頑張るから。こちらこそよろしくね」

「……はい……」

 そんな二人は、とても幸せそうな顔をしていた。

 ……なんというか、兄貴としては友人の男子に妹を取られるという若干ジェラシックな出来事ではあるが。まあ、今回は咲悠里に免じて許そ――

 

「今度からボクをお姉さまと呼ぶといいよ」

「いや……それは簡便してください」

 

「……あるぇー?」

 とても良い表情でとんでもない事を言ってのけた紬。そしてそれを本気で嫌がる様な顔をしている咲悠里を見て、俺は首を傾げながら呟いた。

 お姉さま? おネエ様じゃなく?

「あのさ、紬。変な事を聞くんだがいいか?」

「ん? なんだい?」

「……性別どっち?」

『………』

 ……あれ? なんだろう、ここ一帯の温度が急激に下がった様な気がする。

 楯山は目を丸くして硬直し、咲悠里は信じられないものを見た様に呆れている。そして悠二は顔に右手を当てながら天井を仰ぎ、紬はキョトンとして、納得したように笑った。

「女だよ。気付かなかった?」

 俺の疑問が当然、という様に反応した紬。楯山はそこで合点がいったようで、「ああっ」と小さく声をあげる。

「ユートはボクの自己紹介のときいなかったもんね」

「はい、てっきりわたし、もう東間さんは分かっているんじゃないかと思ってました……」

 ほうっと楯山は胸を撫で下ろす。でも……

「あの、楯山さん」

 悠二はそこで彼女へ声をかけ、自分を指差しながら苦笑を浮かべた。

「オレと咲悠里も、一応東間なんだけど……」

(おっ)

 まさかとは思うが、悠二。お前リアルメイドちゃん好きなんか。

 若干攻めに転じた悠二と挙動不審になり、俺、咲悠里、悠二の順できょろきょろと視線を移す楯山にニヤニヤしていると……となりに紬がやってきた。

「お前、さっきの約束。本気か?」

「ん? ボクは本気だよ。ボクは必ずユートを幸せにしてみせる」

 ……同性であればどんなに良かった事か。

 あれはつまり――プロポーズ、という事なのだろう。いや、つまるも何もない、ドストレートな求婚である。

 隣で思い切り眩しい微笑みをした紬に、俺はやや熱の籠った息で嘆息しつつ、額に手をあてた。

「そういうのはしばらく付き合ってみて決めるもんだと思うんだけどな」

「まあ、確かにね。価値観の違いもあるだろうし、これからゆっくり合わせいきたいかな」

 ちら、と彼()を見やると、少し照れているのか、頬を赤らめている。

「……変なこと聞いて悪かったよ。これからもよろしくな」

「もちろん。よろしくね」

 そう言って、俺達は軽く吹き出すのだった。




次回予告(セリフのみ)

悠斗「俺ここに住むのん?」

悠二「個人的に好きなのはタコ焼きですかね……」

咲悠里「あの、あまりくっつかないでください……。今にも死にたくなります」

玄哉「出番久々じゃねえ?」

煌「まぁそう言うな」

伊右衛門「サブキャラ故、致し方なし」

平治「実は私――」

みぞれ「わたし、今からでもバイクの免許とりますっ! 特殊の方を!」

紬「いやうん。それだけはやめたげてユートほんとに死んじゃうから!」


(例のあの子)「我の名はシャーロック。シャーロック・ホームズ四世だ!」


Comming soon...


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