生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。 (キャラメルマキアート)
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番外章 閑話休題 Another Chapter.
#? バレンタインの一コマ


Alles Gute zum Valentinstag! (ハッピーバレンタイン!)






注意。
この話しは多少(?)のネタバレ要素、キャラ崩壊、メタ要素等様々含まれております。
更にはお蔵入りにする予定のものでした。
こんな未来が訪れるかどうかも分かりません。
閲覧の際には、ご一考お願い致します。



















それでは短いですが、どうぞ!


「ああ! 湯煎とは鍋にそのまま入れることではないのですよ!」

「違うのですか?」

「ふふふ、私のを見て。ちゃんと溶けてるでしょうって、焦げてる!?」

「お姉様。これくらいの甘さはどうでしょう?」

「......ん。うん、良いと思います。あ、私のも味見してくれますか?」

「やっぱり、インパクトが大事だから、身体に塗って私を食べてっていうのはどうかなー?」

「そ、それはちょっと......火傷じゃ済まないと思うのですが」

「ねぇ、これで良いの?」

「ああ、大丈夫だろう。後は焼き上げるだけだ」

「お前! それはボクが使おうとしていたものだぞ!」

「あ? 何や、ドチビ。小さくて気付かんかったわ」

「......一々喧嘩するなよ」

「あら、意外と難しいわね......」

「テンパリングは、きちんとやらないといけませんからね」

「うふふふ......団長に食べて貰う。私の______を」

「お前も難儀だのう......」

 

 

 姦しい。

 

 

 ひたすらにそう言える、この空間は、酷く甘ったるい匂いに包まれていた。

 今日は世に言うバレンタインデー......の前日、バレンタインイブと呼ばれる(?)日であった。

 女性が意中の男性に自身の気持ちを伝えようと、それをチョコに乗せて届けるという二つの意味でも"甘い"日だ。

 元々これは某お菓子メーカーの策略だと言われていることだが、浸透してしまえばそれが正しいことになってしまう。

 嘘も最後まで通せば本当になるのだ。

 ちなみに最近では義理チョコだったり、友人同士で交換する友チョコだったり、男性が女性へあげる逆チョコだったり等、色々な種類がある。

 まあ、チョコに縁の無い者には全くもって関係の無い話ではあるが。

「取り合えず、お二方はきちんとチョコを溶かしてから、型に嵌めて固めるところから始めてましょう」

「それは最早、意味があるのですか?」

「溶かしたチョコをまた固めて、手作りって凄く痛いというか、残念というか......」

「何を言っておられるのですか! 基礎が出来ていないのに、応用に向かおうとするなど、言語道断です! あらゆる技術はそれの土台となる基礎があるからこそ確立されているのです!」

「確かにそうですね......」

「それにもし、この腕でチョコをどうにか作れたとして、果たしてあなた方の意中の男性は心の底から美味しいと言ってくれるのか!? 断じて否です! 貴方達はそれに甘えても良いんですか!」

「......私が間違っていました。認識を改めます」

「......うん。私、料理が出来ないことを言い訳にしていたのかもしれない。これからはもっと頑張ってみますね!」

 和装のヒューマンの少女が、緑を基調とした服にエプロンを着けた格好のエルフとヒューマンの女性に説教をし、それに二人が応え、熱い少年漫画のような展開になっていた。

 何が違う気がするが、まあ、ヒューマンの少女の言うことは正論なので、何も間違ってはいない。

「出来ました! ミルクチョコクッキー!」

「うん、良く出来てると思います。私のはビターにしてみたんですけど、多分今まで一番の出来です!」

「ふふ、お姉様との連係プレーで、甘いのと少し苦いのを両方楽しむことが出来、更には飽きずに食べることが出来る。正に完璧ですね!」

「もう、そんなに褒めないで下さい! でも、これならあの人も......」

 えへへと何かを妄想して、ニヤニヤしている小人族(パルゥム)とエルフの少女。

 種族は違うものの、姉妹と言われても違和感が無いほどにその表情は一致していた。

「身体にチョコを塗るのは駄目か~」

「塗っても塗らなくても肌色的に変わらないと思うんですけれど......」

「うわー何気に酷いこと言うなぁ。まあ良いけど。あ、それならチョコの口移しなんてどうかな? 生チョコ辺りで」

「く、く口移しですか......!? ......あ、止めてくださいご主人様。焦らさないで下さい。欲しいのです、ご主人様の唾液と混ざったそのチョコがぁ......」

「何時もの妄想モード入っちゃったなぁ。でも、キスかぁ......えへへ、激しいのが良いなぁ......」

 アマゾネスの少女とメイド服を着た狐人(ルナール)の少女も妄想というダンジョンを突き進んでいた。

 途中あげるのではなく、貰ってしまっていることにどちらも気付いていなかったが。

 まあ、乙女の妄想に余計なことを口出しするのは、不粋だろう。

「出来た......うん、良い感じ。これなら喜んでくれる」

「初めてにしては、中々のものじゃないか。ああ、安心しろ。お前から貰って嬉しくないやつはいない」

「......そっちこそ。流石お母さん。料理が出来るって、初めて知った......そうかな......ふふっ......」

「まあ、まだ弱小だった頃は私が作っていたからな。まあ、今はそんな機会はないが。あと、お前もそう呼ぶのか......」

「今度、別の料理食べてみたい......ママの方が良かった?」

「呼び方の問題じゃないのだがな......まあ、考えなくもないがな」

 金髪のヒューマンの美少女と、同じく金髪のハイエルフの美女は仲睦まじげに、会話を繰り広げていた。

 ハイエルフの美女は、ヒューマンの美少女にお母さんと呼ばれたことに対して満更でもない表情を浮かべており、更に言えば二人の容姿から親子にも見えなくもない。

 しかし、二人の意中のお相手は同一人物で、ある意味親子間闘争もありえるのだった。

「出来たで! このアルコールたっぷりというか、最早アルコールのボンボン・ショコラであいつもイチコロな筈や。そして、その後は......ぐへへへ」

「あー! お前、あの子に何てものあげようとしてるんだ!」

「うっさいわ! ドチビ! 手段なんて選んどる場合とちゃうんやで、今は!」

「た、確かにそうだけど! それって、只の既成じじry」

「ストップ。あんた、それでも一応三大処女神でしょうが。てか、あの子はこれくらいの酒じゃ酔わないってことくらい知ってるでしょ?」

「た、確かに。酔わせてやろうと思ったら逆に酔わされてるなんて、ボクらの間じゃざらだもんね......」

「あいつ、前一緒に飲みに行ったときに、五時間くらいぶっ続けで飲み合いしたんやけど、結局うちが面倒見てもらうはめになったんよなぁ......」

「私も、酔わせて一回くらいぶち込んで貰おうと思ったんだけど、いつの間にかあの子の膝の上だったわ」

「今、不穏なワードが聞こえたんだけど! あと、膝枕すごい羨ましいんだけど!!」

 三柱の神達は、かなり残念なトークを繰り広げていた。

 一部ではロリ神様と呼ばれている髪型をツインテールにした女神は、エプロンからその豊満な双丘がはみ出しそうになっており、それに対して無乳と呼ばれる赤髪細目の神は、平原、平野、ステップという文字列が浮かぶ程に何もなかった。

 更に言えば、もう一人の赤髪の鍛冶神は、無乳と違いかなりの巨乳であり、圧倒的格差社会が展開されていた。

「これで、良いのかしら?」

「はい、上出来です! これなら作る際にチョコにツヤが出て綺麗に見えますし、味も良くなります」

「ふふっ。たまにはこういうことに手を出してみるものも、良いものね」

「やっぱり、料理とかそういうのはされないんですよね?」

「そうね、お付きの者が全てやってくれるから。でも、これを機に始めてみようかと思ったわ」

「それなら、嬉しいです! もし良かったら今度一緒に料理やってみませんか? 私もそこまで、上手なわけではないですけど......」

「ありがとう。貴方に教えられるのはその、嫌ではないわ」

 ハーフエルフの美女と美の女神は、意外にも意外に仲良さげな雰囲気を醸し出していた。

 普段料理を行わない女神をハーフエルフの美女がサポートする形だ。

 全くもって、逆の性質を持つ彼女達ではあったが、それが逆に良かったのかもしれない。

 無論、二人の意中のお相手は同一人物であるのだが。

 その先にある未来は誰も知らないだろう。

 いや、知りたくもない。

「仕上げに、____を入れてって、完成! 私の団長への愛が籠った、《血酊股隷賭刑鬼》!!」

「......流石の手前も、何も言えぬ。何が入っているのかもな......」

「ふひひひひ......団長、私。私、団長。合体接続結合融合癒着接着密着連結接合結魂!!」

「突っ込みどころしかないが、最早お主は誰なのだ......」

 狂乱に陥るアマゾネスの少女と、それを悲しそうな表情で見つめるハーフドワーフの美女。

 何がそこまでさせるのかと、彼女の思い人へ合掌するハーフドワーフの美女は、今ここにいる面子でもトップクラスな豊満な双丘を揺らしながら、自身の作ったチョコを眺めていた。

 武器や防具を造るのにかけては、彼女は達人とも言える腕であったが、菓子を作ることに関してはてんで素人で、出来たものもトリュフチョコであった。

 実は意外に簡単に作れてしまうのがこれで、素人の方にもおすすめ出来たりする。

 ハーフドワーフの美女は、このチョコを渡すある人物の顔を想像して、すぐに顔を横に振って、雑念を消し去ると、ラッピングに取り掛かることにした。

 どうせ、あれは大量にチョコを貰うのだろうなという、少し諦めの入った表情をしていたが、同時にうっすらと微笑みが見えた。

 意中の男性がモテるのは、全くもって気が気ではないのだが、それと同時に嬉しいものがあるのだ。

 色んな人達に魅力的だと思われているということが。

 故にハーフドワーフの美女は、渡す際には思い切り気持ちと皮肉を込めてぶつけようと決心したのだった。

 

 

 これが彼女達のバレンタイン前夜。

 

 

 一人一人が思い思いに気持ちを込めたチョコレートを作り、翌日の決戦へ向けての準備の日。

 恐らく当日は、どんちゃん騒ぎで酷く大変なことになるのだろう。

 渡される当人が(死人が出るかもしれない)。

 しかし、きっとそれらは笑顔に溢れていて。

 きっと、皆が幸せな日になるのだろう。

 

 

 チョコレートの甘い香りは漂わせながら、この時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

「......こんなところで、何をしている?」

「うわあっ!? って、君か......驚かせないでくれよ」

「......それはこちらの台詞だ。何故、こそこそと隠れているのだ」

「ああ、うん。何か凄く嫌な予感がするんだよ。親指が酷く疼くんだ」

「......そうか。では、俺はここで退散するとしよう」

「ちょっと、待ってよ! お願いだから、一人にしないでくれ!」

「人の、恋路に、関わると、録なことに、ならないからな......!」

 お願いだからと、小柄な金髪の美少年が、2mを越える身長の大男の腰に掴まりながら、ずるずると引きずられていく。

 しかし、それでも大男が中々進めていないのを見ると、美少年の筋力は相当なものと言える。

 まあ、両者は身体スペック的にはほぼ互角であるので、こうなっても仕方がないことではあるが。

 ちなみに金髪の美少年は、親指の疼きの通り、困難に立ち向かうことになったらしい。

 

 

 

 

 

「あ"ぁ? 今なんつった糞猿!!」

「うっせぇなぁ。キャンキャンと。だから、てめぇじゃチョコ貰えねえつったんだよ、駄犬」

「んだとゴラァ!!」

「そういう態度がモテねぇんだよ。てめぇが旦那に勝ろうと思うなんて1000年早ぇ。犬は犬らしく、しっぽ振っておねだりしてれば良いんだよ。そうすればお零れで貰えるかもしんねぇけどな! ふははははっ!!」

「ブチ殺す!!」

 白犬と赤猿が喧嘩をしているだけなので、特筆することはなかった。

 しかし、喧嘩の規模が規模(地形が変わる程の)だったので、後に双首領に粛清される嵌めになるのは決定事項ではあったが。

 ちなみに両者、バレンタインは収穫は"0"だったとかじゃないとか。

 それを知るのは当の本人達だけであった。




さあ、今日は念願のバレンタインデー。
恋人や奥さん、旦那さんや仲の良い友達、職場の方達から、チョコは貰えましたでしょうか?
街の中が少し浮わついているように感じますが、この独特の雰囲気は嫌いでは無いです。
恐らく今日は、たくさんの愛が生まれる日なのでしょう。
それを考えるととても幸せな日だと思いませんか?

ですから、作者から皆様の幸せを祈って、この言葉を送らせていただきます。
















リア充、絶滅しry(掠れてしまって読めない)






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#?? 迷宮神話英雄譚ダンジョン・オラリオ

作者のFGO熱が科学反応を起こしました。
本編には何も関係ないので見ないで大丈夫です。


「先輩! 起きてください! 立花先輩!」

 ゆさゆさと、身体を揺さぶられている。

 恐らく、傍らにいるのだろう、此方を心配するような少女の声が頭上から降ってくる。

 ......頭上?

「......っ、マ、シュ?」

「はい、そうです! 貴方のサーヴァントのマシュです。ご気分はいかがですか?」

 まあ、デミ・サーヴァントですけど、と続いて。

 目を開けると、そこにはよく知る少女、マシュ・キリエライトがこちらの顔を見下ろしていた。

 どうやら、彼女に膝枕をしてもらっているらしい。

 道理で後頭部に柔らかい感触があったと、当人である藤丸立花は納得した。

「ああ、うん。心配しないで。少し頭が痛いくらいだから」

 気分、そう言われると何故か頭痛がすると、立花は頭を抑えるが、あまり酷いものではなく、すぐに治まる程度のものだ。

 立花はマシュの膝枕から、惜しみつつも起き上がると、状況把握と周囲を見渡した。

「......ここは?」

 そこは薄暗い洞窟のような空間で、自分達がいるのは、突き抜けた広い場所であった。

 体感、少し肌寒く感じ、誰かがいるという気配も感じられない。 

「分かりません。気付いたらこの場所にいました。ドクターとも連絡を取ろうとしたのですが、通信が不安定で繋がりませんでした......」

 しょんぼりと言った表情で言う、マシュに気にしないでと立花は言った。

 ドクターの間が悪いのはいつものことだからと、何気に毒を吐きながら。

 取り合えず、棚に隠してあったお饅頭は自分とマシュで頂こうとそんなことを考えていた。

「まあ、通信は何れ復旧するとして、ここが何処なのかを把握しないとね」

「はい、そうですね。明らかにカルデアはないので、恐らく何処かにレイシフトしてしまったのかもしれませんが......」

 現実的ではありません、とマシュは続けた。

 立花にレイシフトマシンに乗った記憶はない。

 恐らくマシュも同じであり、この表情を見る限り本当に突然、ここにいたのだろう。

 それに彼女の格好も戦闘服ではなく、いつもの格好に眼鏡という装いであったため、尚更レイシフトしたならば、そんな格好でいることがおかしい。

「いや、でも、割りとそういうことはあったりしたり......」

 つい最近では、謎のブラックサンタと共にクリスマスプレゼントを配りに、高度数千メートルを高速で飛行しつつ、色々回ったりしていた。

 その時と状況が似ているので、今回もそれと同じような事象なのだろう。

 故に立花はやけに冷静であったのだ。

 ちなみにクリスマスに関してだが、近いうちにまた同じようなことに巻き込まれそうだと、変な予感が脳内をぐるぐると回っていたが。

 何かこう、オルレアンで出会った救国の聖処女がオルタ化してそこから若返りサンタ化して、クラスがランサーに変わったような、そんなサーヴァントと出会いそうである。

「ここに居るのってマシュ以外には......」

「私と先輩だけです。こういう時にクー・フーリンさんが居てくれたら心強かったんですけど......あ、ランサーの方ですよ」

 クー・フーリン。

 カルデアの古参メンバーの一人であるランサーのサーヴァントである。

 アルスター最強の戦士として名高い彼は、カルデア内でも最強クラスの実力の持ち主であった。

 そんな彼は、サバイバルが得意という一面があり、こういう状況ならば大変心強いものではあったのだが。

「うん、まあ、流石に兄貴の方だと思ってたから......」

 当カルデアには、諸事情により、同名のサーヴァントが複数人いる。

 クー・フーリンはランサーとバーサーカーの二人が在籍しており、前者が兄貴で、後者がクーちゃんである。

 まあ、後者に関しては呼ぶと確実に殺されるので、決して呼ばないが。

『も......もーし......! 二人とも......えて......い......?』

 ふと、ノイズがかった音声が脳内に木霊する。

 ノイズが酷すぎて聞き取り辛いが、間違いなく彼、ロマニ・アーキマン、通称ドクターロマンである。

「先輩! 通信が繋がりました!」

「うん! ドクター! 聞こえてるよ! もしもーし!」

『......った......生きて......だね......』

 しかし、その声を聞き取ることは出来なかった。

 余程の通信障害が発生しているのだろうか。

 響くのはノイズのみである。

『......こか......げて......』

「ドクター!? ノイズが酷くて何言ってるの分かりません!」

 マシュの必死の呼び掛けも、相手に届いてるのだろうか。

 この分だと届いてる可能性は低いかもしれない。

 通信が出来ることが分かっただけ、マシではあるが。

「ドクター! ねえ、聞こえてる!?」

『げて......はや......て!』

 先程からドクターが此方に何を伝えようとしているのか。

 微かに分かる声色からは何か切羽詰まっているようなそんな感じを窺えた。

「ドクター!? 何を言ってるのか______」

 マシュの声が止まった。

 一体どうしたのだろうか、そう問おうとするが、その理由はすぐに分かることになった。

「先輩!! 何かがこちらに近付いてきます!」

 マシュの言葉により、立花の脳内には緊張が走った。

 いくら色々な特異点を回り、救ってきたとは言え、戦闘前のこの緊張だけは慣れないものであった。

「あれは......?」

 地鳴りとも言える、振動が二人を襲う。

 間違いなくその気配は人ではなく、此方に友好的だとも判断することはできなかった。

『ブモオォォォォォォ!!!』

 そして、目の前に現れたのは3メートル程の体躯のやけに傷だらけな(・・・・・)半身半獣の怪物、ミノタウロスであった。

「ミノタウロス!? でも、あれは......!」

 瞬時に戦闘服へと換装したマシュは立花の前へ、立ち身の丈以上の巨大な盾を構えた。

 そう、あれはよく知る彼、アステリオスではない。

 アステリオスはその事実を言われるのを嫌ってはいるが、彼は神話に登場するミノタウロスと同義と言える存在である。

 しかし、今目の前に迫っているのはアステリオスではなく、本当に(・・・)怪物であるミノタウロスであった。

 そこには理性の一欠片も存在しているようには見えなかった。

 ただあるのは此方を殺そうとする敵意だけである。

「これは、逃げられないみたいだね」

 立花は手刀を作るようにして右手を構え突き出し、左手をそこへ添えた。

「取り合えず、先手を取ろうか......」

 立花はそこに魔力を込めると、それをミノタウロスへと向け、念じた。

 飛べ、と。

『ブモオォォォォォォ!!!』

 それは寸分違わずに胴体へと命中し、ミノタウロスはその場へと崩れ落ちる。

 ガンド。

 北欧のルーン魔術、その中で呪いの一種である。

 本来、放った相手の体調を崩すというのが、この魔術であるのだが、魔術師として日々鍛練を積み、カルデアから支給された礼装が重なり、物理的威力を発揮することが出来ていた。

 並みの人間なら吹き飛び、あのサーヴァントにすら効くこの魔術である。

 連発が出来ないことが難点であるのだが。

「マシュ!」

「はいっ!」

 マシュは盾を構えると、そのままミノタウロスへと突貫する。

 シールドバッシュとよばれる盾を利用し、対象をよろめかせたりする技術である。

 しかし、マシュはサーヴァントである。

 身体能力も腕力も並みの成人男性よりも遥かに強い彼女がそれをすれば、絶大な破壊力を生み出すことになる。

『ブモオォォォォォォ!!!』

 ガンドで一瞬怯んだミノタウロスであったが、すぐに立て直そうとする。

 しかし、既に目の前にはマシュのシールドが迫っていた。

「やああっ!」

 渾身の一撃が炸裂し、ミノタウロスは外壁へと轟音を立て吹き飛ばされる。

 流石、サーヴァントの力であると、立花は改めて感心していた。

「マシュ! 今のうちに逃げよう!」

「はい、先輩!」

 別に倒す必要はない。

 すべきなのは、現状の把握である。

 ここが一体どこであるのか、それが一番重要なことであった。

 二人はミノタウロスへ背を向けると、急いで走り出した。

『ブモオォォォォォォ!!!』

 しかし、ミノタウロスの回復は早かった。

 その場からすぐに立ち上がると、二人を追うべく、全力で走り出す。

 その巨体故に、地面は大きく揺れ、洞窟内へと響き渡る。

「先輩! 予想以上に敵が速いです! このままだと_______」

 追い付かれてしまう。

 それは立花自身、大いに分かっていた。

 この状況で足手まといになっているのは間違いなく自分であり、もしマシュだけであれば逃げることは可能であろう。

 しかし、それを彼女は許さないであろうし、何よりマスターである自分が死ねば、全て終わり(・・・・・)である。

 この状況で、取れるのは迎撃しかなかった。

「マシュ、迎え撃とう!」

「了解です! マスター(・・・・)!」

 走る足を止め、マシュは振り返ると、盾を構え、ミノタウロスへと立ち向かう。

 既にミノタウロスは、すぐ後ろまで迫っており、両者はすぐに交戦した。

『ブモオォォォォォォ!!!』

「くっ......!」

 ミノタウロスの突進をマシュは苦悶の表情を浮かべながら、抑え込んでいる。

 マシュはこれまでの戦闘経験により、サーヴァントとしての力を着実につけてきており、並みのモンスター程度であれば、余裕で倒せるくらいに成長している。

 しかし、このミノタウロスは明らかに並みといえる力ではなかった(・・・・・・・・・・・・)

 抑え込んでいるマシュがどんどん押されてきているのだ。

「マシュ!」

 立花は、マシュへ向け、強化魔術をかけるべく、術式を発動する。

 瞬間的ではあるが、力をかなり引き上げることのできるこの魔術は、サーヴァントの奥の手である宝具に合わせて使われることが多い。

 その分、魔力消費もすごく、これまた連続では使用できないという欠点がある。

 しかし、現在、マシュが押されており、彼女以外に仲間がいないという状況である以上、使わざるを得ず、立花もひとつの迷いなく発動させた。

「......はああああ!!」

 瞬間的な強化がかかったマシュは先とは比べ物にならないほどの力を発揮する。

 押されていたはずのミノタウロスの突進を押し返し始めたのだ。

「よし、このままなら_______」

 いけると、そう呟いた瞬間であった。

「先輩!!! きゃっ!?」

 戦闘中であるはずのマシュは此方に目を向ける余裕はないはずの彼女からは悲痛な叫びが木霊する。

 その結果、彼女はミノタウロスにその隙を突かれ大きく吹き飛ばされてしまうことになった。

「え......」

 そして、立花は気付いた。

 自身のすぐ横に、もう一頭のミノタウロスが立っており、既に戦闘体勢に入っていることを。

 先のミノタウロスと同じ、敵意の視線が立花へと突き刺さる。

『ブモオォォォォォォ!!!』

 

 

 

 殺される。

 

 

 

 立花の脳裏には、走馬灯のように今までの記憶が流れ始めた。

 サーヴァントが苦戦するようなモンスターに、ただの人間である立花が敵う可能性はゼロに等しい。

 さらに言えば、その突進を無防備な身体に喰らえばどうなってしまうかなど言わずもがなである。

 緊急回避するための魔術もあるが、それも間に合わない距離だ。

 死にたくない。

 まだ、自分にはやるべきことがあるのに。

 後悔の念とともに、立花はマシュの方を見る。

 彼女の必死な表情が見えた。

 ごめんね、とそんな言葉が自然と出てしまった。

 自分が不甲斐ないばかりに。

 もし、自分が死んでしまえば、カルデアはどうなってしまうのだろうか。

 人類の未来が潰えてしまう。

 そして、マシュも______

 立花は自身を襲う衝撃に備えるべく、その目を瞑った。

 

 

 

「つくづく僕は、ミノタウロスと縁があるんだなぁ」

 

 

 

 そんな呑気な声と共に、ミノタウロスは四散した(・・・・)

 いや、四散していた。

 怪物ではない、人の声に思わず目を開けた立花の目の前には肉片と化したミノタウロスの姿があった。

「お前も、さっさと消えなよ」

 そして、マシュと交戦していたミノタウロスも、その者の一閃により一撃で絶命させられていた。

 僅か数秒にも満たずに、この戦況はひっくり返ってしまっていた。

「先輩!!」

 マシュの声が響き渡る。

 ミノタウロスという敵が現れたと思ったら、今度は謎の第三者である。

 それが自身のマスターのすぐ側にいるのだ。

 心配せざるを得なかった。

「......あ、なた、は?」

 そこにいたのは雪のように純白の髪に、血の如き深紅の眼を持った少年であった。

 容姿も中性的であるが、感覚的に男性だと、そう自身の勘が告げていた。

 身長はラーマや牛若丸と同じくらいであり、男性としては平均より少し低いくらいだろうか。

 彼の右手にはミノタウロスを倒した得物と思われる一本のとても簡素な短刀(ナイフ)が握られていた。

 これで、あのミノタウロスを倒したというのだろうか。

 一撃で倒す瞬間を見たとは言え、その現実を信じることが出来ない。

 そして、何より。

 

 

 

「大丈夫ですか? お嬢さん達。見たところ、冒険者ではないようですが。こんなところを女性の二人歩きは危ないですよ?」

 

 

 

 差し出される左手と、少し苦笑いしているその表情。

 そこから、どこか魔性とも言える色気を感じてしまう。

 何故だか、分からないがこの少年に、藤丸立花という女は酷く心を乱されてしまっていた。

 

 

 

 まあ、詰まるところ、一目惚れという奴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/Grand Order風ステータス

 

サーヴァント

クラス アサシン

真名 ベル・クラネル

属性 中立・中庸

時代 不明

出典 不明

地域 オラリオ

 

ステータス

筋力 C

耐久 C

敏捷 A+

魔力 B

幸運 A

宝具 EX

 

レア度 星4

Cost 12

 

能力値(初期値/最大値)

HP 1768/11055 +990

ATK 1568/9408 +990

 

所有カード

Quick×2

Arts×2

Buster×1

 

保有スキル

■死■■■ EX (7T)

・自身に無敵貫通状態を付与(1T)

・自身のArtsカード性能をアップ(3T)

・敵単体の即死耐性をダウン(1T)

千里眼 A+ (8T)

・自身のスター発生率をアップ(3T)

・自身のクリティカル威力をアップ(3T)

・自身に回避状態を付与(1T)

女神の恩恵 EX (8T)

・自身のNPを増やす

・自身のHPを回復

・スターを大量獲得

・スター集中状態を付与(1T)

・1ターン後に自身にスタン状態を付与(1T)【デメリット】

 

クラススキル

気配遮断 B

・自身のスター発生率をアップ

単独行動 A

・自身のクリティカル威力をアップ

神性 E-

・自身に与ダメージプラス状態を付与

 

宝具 『魔閃・死兎開眼』

ランク EX

種類 Arts

種別 対人宝具

効果

自身のアーツ性能をアップ&確率で即死(オーバーチャージで効果アップ)+敵単体に超強力な防御力無視攻撃+自身のHPを減少【デメリット】

 

 

 

 ステータス表記をFGO風にやってみた。

 全く後悔はしていない!

 今後のネタバレ的なものも、もしかしたらあるかもしれないけど気にしないで!

 ちなみに全盛期ではない頃の現界という設定。

 ラーマくん的な感じ?

 FGO的に言えば、イベント配布鯖なので、交換アイテムを集めれば宝具レベル5に出来るという有り難さ。

 再臨アイテムは、《銀縁の眼鏡》か《激辛麻婆豆腐》。

 決して、作者に強いアサシンがいないわけではない(式は結局一枚しか手に入らず、再臨アイテムも集まらなかった......)!!

 

 

 

 取り合えず、クリスマスイベントを全力で頑張ります!!



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第一章 死兎降誕 The Birth of Death Rabbit.
#0 プロローグ


※注意
今作のベル・クラネルは、タグの通り、性格ががかなり変わっています。
その為、原作とはかなり違う流れになってしまうことがありますので、それが嫌だと思われる方にはお奨めできません。
それが大丈夫という方はどうぞ、ご覧下さい。


 ダンジョン内、第五階層。

 洞窟のようなその空間に、コボルトの悲鳴が木霊する。

「...やっぱり、小さいなぁ」

 そう、ふうと息を吐いて、短剣を革の鞘に納めて、呟いたのは、白髪紅眼の少年で、その手には小さな魔石が握られていた。

「多分、合わせれば2000ヴァリスくらいにはなるかな...」

 腰にぶら下げていた巾着の中には沢山の小さな魔石が入っていた。

 ダンジョンに潜ってまだ半月程しかたっていないが、既に目測で換金額を算出することくらいは余裕で出来ていた。

「さて、そろそろ戻るか」

 少年はアルバイトの休日を利用して、こうしてダンジョンに潜っては、ゴブリンやコボルトを倒して、お小遣いを稼ぐと同時に運動の代わりにしていた。

「でも、やっぱり歯応えないよなぁ」

 また今度行くときはもう少し下の階層に行ってみるか、そう思いながら、来た道を歩いていく。

 実際、今の少年からすれば、ゴブリンもコボルトもはっきり言って物足りなかった。

 だから、もっと強いモンスターでも現れれば________

 

 

『ブモォォォォォ!!』

 

 

_________いた。

 雄叫びをあげ、目を血走しらせ、涎を垂らしている、ミノタウロスが。

「えー...なんでこんな所にミノタウロスが...」

 少年は冒険者ではないので、あまり詳しくは分からないが、確か十階層過ぎた辺りじゃないと出てこないんじゃなかっけ、とか考えていたが、既にこちらに狙いを定めているミノタウロスは、止まらず爆走中だ。

「...取り敢えず逃げよ」

 はっきり言って、キモかった。

何というかこう、近付きたくないキモさというか、触りたくないキモさというか、とにかくキモかった。

 故に少年、ベル・クラネルは、先程のもう少し強いモンスターと戦いたいという願望をいきなり捨てて、ダンジョンを走り出した。

 

 

『ブモォォォォォォ!!』

 

「最悪だぁぁぁ!!」

 

 こんなはずでは無かったのに。

 ただ、お小遣いを稼ぐのと、身体を動かしに来ただけなのに、どうしてこんなことに。

 

 

 ベル・クラネルはミノタウロスが嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 

「って、行き止まり!?」

 場面転換して、助かったとかそんな甘いことは無く、ベルはいきなり壁にぶちあっていた。

 比喩ではなく物理的に。

『ブモォォォォォ!!』

 既に後ろには雄叫びをあげている筋骨隆々の鼻息を荒くしたミノタウロスが迫っていた。

 なんか色々やばい光景だった。

 なんとか同人みたいに!

「...こうなったら、あれをやるしかないか」

 ベルは覚悟を決めると、腰に差している革の鞘から短剣を引き抜いた。

 刃渡り20c程のその短剣は、別に業物でもなんでもなく、どこかの店で3000ヴァリスで買った安物だ。

 しかし、目の前の敵、ミノタウロスに対しては絶対的に釣り合わない 武器で、恐らくその刃が皮膚に触れた瞬間に砕け散ってしまうだろう。

 それほどこのミノタウロスは強いのだ。

 しかし、ベルにとって、獲物の良し悪しは関係のないことだった。

 

 

「...斬る」

 

 

 そう呟いた瞬間、ベルの左目が赤色から青色へと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ...」

 彼女は今の状況を理解できないでいた。

 遠征を終えて、帰宅中の彼女のパーティは、十七階層でミノタウロスの群れに遭遇した。

 しかし、彼女とそのパーティメンバーからすればミノタウロス程度は、そこら辺の雑魚と対しては変わりはなかった。少し強い雑魚程度だ。

 それらを圧倒していたのだが、その内の一体が下級階層へ逃走してしまったのだ。

 彼女等なら問題ないが、下級階層にはレベルの低い冒険者がいる。 lv:1の冒険者ではミノタウロスを倒すことは出来ない。

 もし、下級階層を散策中の低級冒険者がミノタウロスに見つかったのなら、間違いなく殺されてしまう。

 故に、彼女とそのパーティは急いでミノタウロスを追い掛けて来たのである。

 この場に彼女しかいないのは、彼女が一番速かったのと、他のメンバーが割りとゆっくりめで来ていたことが理由だろう。

 しかし、いざ来てみれば、これは一体どういうことなのか。

 目の前には、右腕を失った(・・・・・・)ミノタウロスに立ち向かうようにしている白髪の少年がいる。

 お世辞にも強そうには見えないし、装備品も間違いなく低級冒険者のものだ。

 

 

 しかし、どういうことなのか。

 

 

「"死兎・十七分割"」

 

 

 少年が呟くと、一瞬で姿が消え、ミノタウロスを一閃した。

 そして、次の瞬間には言葉通り、ミノタウロスが十七の肉片と化していた。

 

 

「見えない...」

 彼女は過去何度もダンジョンを潜り、その中で色々な強いモンスターと戦ってきた。

 勿論、素早いモンスターもいたし、彼女はそれに臆することなく挑み勝利した。

 故に彼女より速い冒険者など片手で数えられるくらいしかいないだろう。

 それなのに、彼女ですら捉えきれない速さとはどういうことなのか。

 

 

 彼女には疑問しか浮かばなかった。

 

 

 唯一捉えきれたのは、一閃し、短剣を鞘に納めるところだけだった。

 しかし、一回の斬撃で十七に分割することなど出来るのだろうか?

「まさか...」

 彼女はある考えにたどり着いた。

 あの一撃にしか見えなかった一閃は_______

 

 

_______十六回の斬撃の集合体なのでは、と。

 

 

 十七に分割するには最高でも十六回、最低でもそれ以下の回数斬らなければならない。

 それをあの一瞬で行うためには、一瞬の内に最高十六回斬るという、 人智を越えた技を行わなければならない。

 例えそれ以下の回数だとしても等しく困難なものであろう。

 それは、オラリオ最強の剣士と呼ばれる彼女でさえ無理な話だった。

 理由はもう一つあった。

 あの得物では、あんな芸当は絶対に無理だということだ。

 見たところ、業物でもなんでもなくただの安物の短剣で、持ち主の技量が例え最高峰の剣士だとしても、恐らく剣の方が先に壊れてしまうだろう。

 使い手と得物、両者の"力"が拮抗し、初めて武器を振るう行為は"技"へと昇華する。

 しかし、少年には一切そのきらいが見られなかった。

 一体、彼は何者なのだろうか?

「ふぅ...最初からこうしておけば良かった...」

 少年は勝利したことを喜びもせず、一安心と息を吐くと、ミノタウロスの居た場所に小走りで向かう。

「これは...角?」

 少年が拾い上げたのはミノタウロスの角だった。

 モンスターを倒すと、稀に魔石だけではなく、こうやってドロップアイテムが出現することがある。

 こういうドロップしたアイテムは武器や防具の素材になるため、高い価値で取り引きされるのである。

「やったぁ! 今日はついてるのかも!」

 彼女は知る由もないが、先程最悪と言って逃げていたときとはうって 変わっていた。

 ヒューマンというのはとても現金な生き物なのである。

 しかし、ふふふと笑いが出ている少年は本当に嬉しそうだった。

「...可愛い」

 兎みたいで。

 彼女が思わず声に出してしまう程には可愛いかったのだろう。

「...!? え、えっと、ど、どちら様でしょうか...?」

 すると少年は彼女の存在に気が付いたのか、小動物のように怯えた様子で聞いてくる。

 恐らくダンジョンの中でいきなり人に会ったから驚いているのだろうが、彼女からしてみれば、その反応がひどく悲しい。

「...私は、ロキ・ファミリア所属、アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン。...君は?」

「あ、はい。僕はベル・クラネルと言います」

 取り敢えず簡単に自己紹介を済ませる二人だったが、彼女、アイズ・ヴァレンシュタインが聞きたいのは別のことだった。

「...ねぇ、ベル。さっきのミノタウロスを倒したの。...あれは何かな?」

 いきなり名前を呼び捨てで呼ばれ、少し驚いたベルだったが、アイズにそう言われ、気付いてしまった。

「...も、もしかして、見てました?」

「...うん。ばっちり」

 アイズは首を縦に振りながらそう言った。

 それを聞いて、ベルの顔は「やってしまった...!?」と、目に見えて分かる表情になった。

 

 

「...それで、ベル。...さっきのあれについて教えて欲しい」

 

 

 アイズはベルに近付き、彼の手首を掴むと、ジーッと視線を向ける。

 

(近い。滅茶苦茶近い。鼻と鼻がくっつきそうなくらいに近い...!)

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは美少女だ。

 それはもう、その辺にいる可愛い(笑)女の子等よりも圧倒的に可愛い。

 本来なら、今の状況は「え、ここは天国ですか?」とか反応してしまうくらいには嬉しい状況だ。

 ベル・クラネルは男の子だ。

 故に、可愛い女の子や綺麗な女性が好きだ。

 至極当然、当たり前のことだろう。

 しかし、歴戦の冒険者である彼女から出るオーラにより、見事それを打ち消し、ただただプレッシャーをかけるだけの行為に変わっていた。

「ジー...」

「え、えっと______」

 

 

 

 

 そんなこんなで、物語は始まりを告げる。

 これは、オラリオに出会いを求めにやって来た少年と、彼を取り巻く者達の英雄譚である。

 

 

 

 

(...助けて、祖父ちゃん! 可愛い女の子には会ったけどなんか怖いよ!!)

 

 

 ベルは少し彼女のことが苦手になったらしい。



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#1

お気に入り数が思った以上に増えてびっくりしています。
なるべく面白い作品が書けるよう頑張りますが、どうかよろしくお願いいたします。


「あー大変だった...」

 ダンジョン入り口の前で肩で息をしながら、ベル・クラネルは近くの柱の影に移動して座り込んだ。

「何だったんだろう...あの人...」

 ベルは先程、五階層で出会った美少女、アイズ・ヴァレンシュタインを思い出していた。

 彼女からの詰問から解放されたのは、ベルがある行動を取ったからだった。

「"バイトに遅れてしまうから"...咄嗟に嘘をついたのは悪かったよなぁ...」

 しかもかなり強引だったなと、少し後悔もしていた。

 あの時の彼女の表情は、無表情ながらも残念そうにしているのは分かったし、何より、掴んできた彼女の腕を振り払ってしまったのは、それもそれで罪悪感だった。

 しかし、それよりもだ。

「あれ、見られちゃったなぁ...」

 他人にあれを見られてしまった。

 誰にもバレないようにして生きてきたのに、まさかこんなことでバレてしまうなんてと、ベルはひどく落ち込んでいた。

「...でも完全にバレたわけじゃないし、うん、大丈夫だよね」

 アイズ・ヴァレンシュタインという人物に会わなければ。

 溜め息をつきながら、左目を抑えた。

「取り敢えず、バイトも無いし...どうしようかなぁ」

 ベルがダンジョンに潜り込むときは、アルバイトが一日休みの時だけだった。

アルバイトがある日にはそもそもダンジョンには行かないし、半日休みの時など中途半端な休みの時もやはり行かない。

 潜る際には一日中潜り込み、モンスターと戦い、魔石を集め、そして帰ってくる。

 ベルのダンジョンに行く日はいつもそんな感じだった。

「取り敢えず、換金に行こう...」

 寄りかかっていた柱からゆっくりと立ち上がり、換金所へと足を進める。

 ひたすらに疲れた。

 それが今日のダンジョン探索の感想だった。

 

 

 

 

 

「2500ヴァリス...想像してたより少し多かったな」

 早速、魔石を換金してもらうと、予想していた金額よりも少しだけ多く、ベルはラッキーと心の中で呟いた。

「後は、このミノタウロスの角の処遇だなぁ...」

 その手にはドロップしたミノタウロスの角が握られていた。

「武器も防具もあんまり興味がないからなぁ...」

 ふと、腰に差している短剣に目を向ける。

 ベルにとって武器は軽くて振りやすければいいし、防具も重たいものや、ゴツいのも邪魔にしかならないし、軽くて防御性に優れるものは、まず高いので手が出せないし、そもそもお金をかける気にもなれない。

 しかし、殊更、刃物に関しては一切興味が無いというわけではない。

________短剣、ナイフ。

 この場合は包丁等も含まれるか。

 ベルは昔から、そういう小型の刃物に関しては何故か反応してしまう。

 と言っても、反応してしまうのは、彼の何か(・・)に触れたごく一部のものだけだが。

 この短剣も、ただの安物だが、手に馴染むからという理由だけで選んだ_______筈だが、実際の所、それすら分からない。 その何か(・・)に触れたのかもしれない。

「まあ、これも換金すればいいか」

 結局の所、ベルはこのミノタウロスの角を換金することに決定したらしい。

自分が持っているよりも冒険者の武器や防具に加工された方が、角にも冒険者の為にもなるだろう。

 取り敢えず、この素材を高めで買い取ってくれそうな店を探すことにした。

 折角売るのだから、こちらにもその分の見返りが欲しいものだ。

 お金はあって困るものでもない。

「でも、当てがないな...」

 ベルはオラリオに来て半月程経過しているが、こちらに来てしたことと言えば、アルバイトとダンジョンをループしているだけだ。

 ダンジョンも、冒険者のように本格的なものではないので、あまり刺激もない。

 まあ、今日のことは無しにしても。

 とにかく、ベルが行く店は極々普通の店だ。

 食料品を買ったり、服を買ったり、そういうものだった。

 故にそういう店の当てがないのである。

「あれ...? ベルくん?」

 考え込んでいると、ベルの後方から声をかけられた。

「あ、エイナさん」

 そちらを振り向けば、眼鏡をかけたハーフエルフの美女がいた。

 名前はエイナ・チュール。

 ギルドの受付嬢兼冒険者アドバイザーを仕事にしている。

 アルバイトで、よくギルドに行くので、そこから始まった関係だ。

 こうやって時折話す程度だったで、特に甘酸っぱい展開があったというわけではないが、美女と知り合いになれただけでも幸運と言えるだろう。

 ちなみに彼女にはダンジョンに潜っていることは言っていない。

 何故ならとても世話好きかつ心配性な人で、冒険者でもない彼がダンジョンに行っているなんて知ったら卒倒しかねないからだ。

「あ、って酷いなぁ。こんにちは、でしょ?」

 エイナは少しムスッとした表情を浮かべると、メッとベルの額を指で軽く突いた。

「...こんにちは、エイナさん」

 改めて言い直すと、エイナは「はい、こんにちは」と言って笑顔を浮かべる。

「でも、珍しいですね。エイナさんの私服姿」

 いつもギルドの受付で見る彼女は制服を着ているため、私服を見るのは新鮮、というより初めてだった。

「私だって、休日はこうやって外出してるんだよ」

「仕事が趣味の人に言われても____痛っ...」

 またもや額を指で突かれる。

 彼女の顔を見れば、少しだけ怒っているようだった。

 流石に失礼過ぎたかと、ベルはすぐに謝罪体勢に入った。

「すみません、エイナさん。お詫びにじゃが丸くんでも奢りますよ?」

 ちょうど収入も入った所だしと、余計なことは言わないでおく。

「そうやって、物で釣ろうとするところは減点だけど、まあ良いでしょう」

 何故か嬉しそうにしているエイナだったが、ベルにその真意は掴めない。

 まあ、じゃが丸くん程度ならいいかとか考えていると、エイナに声をかけられる。

「あと、じゃが丸くんじゃなくて、クレープね」

 とても良い笑顔でそう告げるエイナ。

 取り敢えず思ったのは、クレープっていくらくらいなんだろうということだった。

 

 

 

 

 

「うん、美味しい」

「じゃが丸くんも美味しいですよ」

 売店が立ち並ぶ所から離れて、噴水のある広場。

 そこの近くのベンチで軽食を取っていた。

 ベルがエイナに買ったクレープの値段は150ヴァリス、対してじゃが丸くんは30ヴァリス。

 価格差、五倍である。

 しかし、彼は祖父に基本的に女性には優しくしろと教え込まれた為、お金が減ったことに関しては何も気にしていない。

 寧ろ、これで機嫌が直るのなら安上がりだろう。

 ベルはそう考えた。

 まあ、アイズ・ヴァレンシュタインのことは置いておいて。

「そういえば今日はヘスティア様いなかったね」

「...そういえばそうですね」

 じゃが丸くんのお店には、高い確率で黒髪ツインテールの僕っ子ロリ巨乳な神様がアルバイトしている。

 頑張り屋で、買い物に来た人にとても可愛がられている店のマスコットみたいな存在だ。

 ベルは神様なのに働いていてすごいなと素直に尊敬していた。

「あ、ベルくん。一口食べる?」

 すると、エイナは自身の食べていたクレープをこちらに差し出してくる。

「え、えっと...少し恥ずかしいと言いますか...」

 改めて言うが、ここは広場だ。

 必然的に、人もたくさん集まっている。

 故に、この中で目立つことをすれば、視線が集中してしまうわけで。

 現に男性陣の嫉妬の視線がベルに集中していた。

「もう、そんなの気にしないの」

 エイナはクレープをベルの口元に運ぶと少しだけ押し付けてくる。

 こうなってしまえば最早食べることしか選択肢にしかなく、ベルはパクリと一口クレープをかじった。

「美味しいよね?」

「えぇ、とても美味しいです」

 食べさせてもらったというシチュエーションのことだが。

「あ、口にクリームついてるよ」

 すると、エイナはベルの口元についていたクリームを指で取る。

「エイナさんが押しつけたからでしょう?」

「女の子のせいにしちゃいけないんだよ?」

 そう言うと、エイナはそのクリームの着いた指を口にくわえてしまった。

「......♪」

 女性って、恐ろしい...

 ベルはつくづくそう思った。

 というか何だろうか、この異常な恥ずかしさは。

 周りの視線もかなり鋭いものになっており、間違いなく串刺しになっている自身の身体を想像したらベルは寒気がした。

 こうなったら、じゃが丸くんで仕返しだ、そう思った矢先に、ベルはじゃが丸くんを完食していたことに気付いた。

 仕返しはまた今度になりそうだと、ベルは取り敢えず心を落ち着かせた。

 その後、適当な会話をしつつも、時間が経過していく。

「あ、そうだ。エイナさん。一つ聞いていいですか?」

「うん? どうしたの?」

 クレープの袋を折り畳みながら、そう応えた。

「モンスターの素材を高値で買ってくれる所とか知りませんかね」

「モンスターの素材って、まさかダンジョンに行ってきたの!?」

 何気なく切り出したのだが、エイナはやはり反応してしまう。

「違います違います! バイト先で貰ったんですよ」

 考えておいた嘘を撒く。

心苦しいが、面倒なことにはなりたくない。

「...本当?」

「本当です」

「それなら良いんだけど...」

 あまり納得していないように見えるが、エイナは取り敢えずは呑み込んでくれたようだ。

 本当に心配性な人だと、ベルは思ったが、それが彼女の美点でもあるのだろうと、考えた。

 彼の祖父曰く、『女は肯定することから始まり、肯定することに終わる』らしい。

「そうだねぇ...ヘファイストス・ファミリアか、ゴブニュ・ファミリアのお店なんてどうかな?」

 エイナはうーん、と考えると、ピンと指を立ててそう言った。

「ヘファイストス・ファミリアに、ゴブニュ・ファミリア、ですか?」

 ベルはあまり武器や防具の店に詳しくはないが、その二つのファミリアくらいは知っていた。

 というより、最初にこの街に来て、武器を買おうとしたとき、ベルは両者に行ってみたのだ。

 しかし、かなりの値段で(0が二つ三つ多かった)、諦めて結局別の店で買ったという経緯があったりする。

 つまり、お金のない彼にとっては縁の無い場所なのだ。

「うん。どちらも鍛冶系のファミリアとしては最高峰のファミリアで、かなりの冒険者が利用しているね」

「なるほど。...確かに沢山人が居たもんな」

 ベルは最後の方、最早消え入るように呟いた。

 初めて行った際に、どちらも冒険者でごった返していたのは記憶に新しい。

「まあ、どっちも結構値が張っちゃうんだけど、その分、質としては文句なしの武器や防具が揃うからね」

 内心、それはもう既に知っていますとは言えなかったが、相槌を打つ。

 下手なことを言うと、冒険者でも無いのに、どうして行ったのかと、聞かれて面倒になりかねない。

 まあ、それくらいでバレるとはベルも思ってはいなかったが、念には念を入れてだ。

「あ、でもね。どちらもちゃんと安いところがあるから、冒険初心者の人でも大丈夫なんだよ」

 そう付け足すエイナ。

 なるほど、今度は少し良い情報が聞けたかもしれないとベルは思った。

 今度、短剣やナイフを見に行ってみようかと、少しわくわくさせて。

「ありがとうございます。じゃあ、そのどちらかに行ってみますね」

「えっと、良いの? どちらかに絞らなくて」

 アドバイザーとしては、きちんと面倒を見たいというのがあるのだろうか、そう聞いてくる。

「ええ、色々見て回りたいですしね」

 ベルはそう言うと、ベンチから立ち上がると、ぐっと伸びをする。

「あ、それなら私も一緒に付いて行こうか______」

 

 

「あー!! エイナ!」

 

 

 と、その時。

 横から声がかかった。

 呼ばれたのはベルではなく、エイナの方であったが。

「み、ミィシャ...!」

「やっほー! 何やってるの、こんなとこ_____っ!?」

 ミィシャと呼ばれた結構可愛い女性____恐らくヒューマンだと思われる____はベルの方に視線を向けると固まってしまった。

「えっと...どうしたんでしょうか?」

 恐る恐るベルが声をかける。

「.........イナに」

「へっ?」

 顔を下へ向けている為表情は見えなかったが、プルプルと震わせているのでもしかしたら怒らせたかもしれないと、ベルは思った。

 やはり女性の扱いはとても難しいのか、そんなことを考えていると。

 

 

「エイナに春がきたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ミノタウロスの咆哮も何のその。

 ミィシャのとてつもない叫びがその場に木霊した。

「えっと...」

「ちょ、ちょっと! み、ミィシャ!! 何意味分からないこと言ってるの!?」

 ベルの言葉をかき消すように、顔を赤くしたエイナが声をあげた。

「ふっふっふー。いやーあの仕事一筋のエイナにも、遂にねー。しかも見たところ年下で、可愛い系が好みだったのかー」

 ニヤニヤしながらミィシャはベルとエイナを交互に見ている。

「ち、違くて! これはたまたま会って......それで......」

 顔が真っ赤なエイナは消え入りそうな声で何かを伝えようとしていたが、その言葉は届かない。

「ねぇねぇ、君。名前何て言うの?」

「あ、ベル・クラネルと言います」

 突然、声をかけられたベルは少しビックリしつつもそう答えた。

「ほうほう、君が噂のベル・クラネルくんか! って、えええ!! マジ?...マジなの!?」

「どう噂になっているか分からないですけど、そのベル・クラネルだと思いますよ」

 同じ名前なんていないだろうし。

 いや、それよりもだ。

 このミィシャの反応は何なのか?

 うるさ___騒が___賑やかな人だとベルの第一印象が決まったところだが、ミィシャが何を言っているのかよく分からない。

「ていうか! エイナ、ガチなやつ___ムグッ!?」

 すると、何かを言いかけたミィシャの顔面が握り潰される。

 エイナのアイアンクローによって。

「ミィシャ...」

「痛い痛い痛い!!」

 底冷えするかのようなエイナの声と、ミィシャの悲鳴がその場に響く。

 既に周りに居た人達は、場の空気を察知して退避していた。

 素晴らしいな、オラリオ市民。

「...ごめんね。ベルくん。私、この子に用が出来ちゃって。また今度一緒に出掛けましょう」

「えっ、あ、はい」

 エイナから放たれる暗黒オーラに威圧され、返事がおかしくなってしまうベル。

 何だろうか。

 今日はやけに女性が怖い。

 ベルの女性に対しての認識が変わりかけていた。

「さあ、行きましょうか。ミィシャ...」

「痛い、痛いよ! ごめん! 謝るから、謝るから! 顔を握りながら、引きずらないで~!」

 ミィシャは、暗黒微笑を浮かべるエイナに引きずられながら、自身の悲鳴をBGMにして、ドナドナされていく。

「...何だったんだろう?」

 ベルは何も理解出来ないでいた。

 嵐のように掻き回しては、嵐のように去っていく。

 全くもって意味が分からなかった。

「まあ、取り敢えず。ヘファイストス・ファミリアから行ってみるか...」

 ベルは先程エイナに教えてもらった通りに、この街に来て二度目になる、ヘファイストス・ファミリアに行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと! アイズっ! 少し待ってってば!」

 

「何か歩きのはずなのに、滅茶苦茶速いんだけど! 私達疲れてるんだけど!」

 

「...ベルとは、どこに行けば会えるんだろう?」

 

 

 その頃のアイズ・ヴァレンシュタインは、仲間のアマゾネスの姉妹とその他大勢のメンバーを振り回しながら、ダンジョンから帰投していた。

 

 



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#2

ヒロインどうしよう...


「と、言っても。じゃが丸くん一個じゃ、足りないな...」

 既にお昼過ぎ、ベルが食べたのは、じゃが丸くん一個だけ。

 健全な男子としては、全くもってエネルギー源として足りない。

 もっとたくさん食べたいのである。

「本当なら作るところなんだけど...」

 ベルは貧乏だ。

 きちんとお金は節制している。

 故に、なるべく安く済ませるために食事は自炊で、殆ど家で取る。

 先程みたいな場合を除いてだが。

「ま、我慢すればいいか」

 一食くらいなら取らなくても大丈夫だろうし、それにこの角を換金してからでも良いだろう。

 きっと良い値段になるはずだ。

 そうすれば、今晩は外食してもいいかもしれない。

 少しベルの期待は膨らんだ。

「しかし、大きいな...」

 歩きながら、ベルは空を見上げた。

 最初から向かう場所は見えていた。

 摩天楼(バベル)

 ダンジョンの真上にそびえ立っているギルド保有の超高層施設。

 50階立てであり、見上げる首が少し痛い。

「......!?」

 瞬間、ベルの背筋に寒気が発した。

 

 

 誰かに見られている(・・・・・・・・・)

 

 

 この恐ろしい感覚は何なのだろうか。

 思わず、腰に差していた短剣を抜きかける程に。

 すると、先程と同じく、突然その感覚は消えた。

 スッと軽くなった感覚。  先程までは、まるで巨大な岩の塊を背負っているようだったのに、今はまるでない。

「...取り敢えず、行こう」

 早くその場から離れたかった。

 ベルは早歩きで、バベルの中へ入っていった。

 

 

 

 

 

「やっぱり、人多いなぁ」

 ベルは入ってすぐ、エレベーターを利用し、目的の場所に直行した。

 ヘファイストス・ファミリアの店が立ち並ぶ階層だ。

「確か四階分はヘファイストス・ファミリアの店だけなんだよね」

 流石、大規模ファミリア。

 複数階層を独占しているのはそれ相応の力があるからだろう。

「そう言えば、ヘファイストス様って、どんな神様なんだろう?」

 ベルは筋骨隆々で髭を生やした鋭い眼光のお爺さんを想像した。

「滅茶苦茶強そうだ...」

 検討違いなことを考えつつも、店のある通りを歩いていく。

「やっぱり、すごい値段だなぁ...」

 改めてベルはそう思った。

 ヘファイストスと刻まれた数々の武器や防具。

 どれも0が多すぎる。

「うわぁ...」

 ベルが思わずそう声をあげてしまったのは、ある武器を見たからだった。

「これが、神造兵装...」

 この通りにある店の中でも、一際格の違う店があった。

 その店にあるのは、鍛冶神ヘファイストスが直々に造り出した、正しく"神の武装"と言えるものだ。

 値段も数える気になれない程だ。

「すごいな...」

 ベルは昔からある特技を持っていた。

 それは、武器の鑑定だった。

 ベルは見ただけで、その武器の価値や性能をとても大雑把にだが、理解出来る。

 例えば、すごい切れ味が良いとか、これはすごい人物が作ったとか、そんな漠然としたものだが。

 見たところ値段も相応のものになっているようだ。

 かと言って、手が出せる代物ではないが。

「...でも」

 ベルの何か(・・)には触れなかった。

 確かにすごいとは思うが、心惹かれるわけではなかった。

「...せめて、このナイフくらい違和感を感じないのが良いんだけど」

 ベルは自身の持つナイフに触れた。

 別段このナイフは鑑定して、良い切れ味だとか、頑丈だとか、そういう理由で選んだのではなく、ただ安かったというのと、手に馴染んだという理由で選んだのものだ。

 恐らく根っ子から貧乏症なのだろう。

 安物の方が安心して、使えるというのもあるのかもしれない。

 身の丈にあった武器だからこそ、違和感を感じずに使える、そうベルは思っていた。

 着ている防具___最早、ただの服だが、これも安物だ。

 違和感は感じない、つまりそういうことなんだろう。

「...ここにある武器じゃ満足しないのかしら?」

 すると、そう言いながら店内から女性が出てくる。

 ベルが目を向けた先に居たのは、右目に黒い眼帯を着けた赤髪の美女いや、この人物こそが______

「ヘファイストス様...」

「あれ、私の顔を知っているのね」

 ヘファイストスは驚いたようにそう言った。

「いえ、そういうわけじゃないんですけど...」

 一目で彼女がヘファイストスだと分かったのは、彼の能力の産物のお陰だ。

 昔から、彼には色々なものが見えていた(・・・・・・・・・・・)

 まあ、女性だったとは思ってもいなかったことなので、驚いてしまったのだ。

「へぇ...まあ、いいけど。それより、さっきの質問なんだけど...」

 ヘファイストスは、適当に流すと、ジッとベルを見つめた。

「...ああ、違いますよ。ただ僕の手じゃ届かないものばかりだったので。こういう武器も持ってはみたいんですけどね」

 ハハハと笑いながらベルは嘘をついた。

 神の造り出した武器に満足出来ないなど、逆にどういう武器なら満足出来るのかという話になってしまう。

 それはあまりにも失礼だからだ。

「流れるように嘘をつけるのね、君は」

 少しムッとしたようにヘファイストスは睨んできた。

「へっ...?」

「...知らないみたいね。神に人のつく嘘は通じないのよ」

 ヘファイストスはそう言うと、徐に近くにあった剣を掴み、差し出してくる。

「あの...これは?」

「ちょっと、振ってみなさい。一応鍛冶の神様やってるからね。悔しいのよ」

 ヘファイストスはニヤリと笑って、こちらを見る。

「はぁ...まあ、いいですけど...」

 ベルはそう言うと、ヘファイストスから剣を受けとる。

 刃渡り60c程の剣で、刀身にはヒエログリフが刻まれていた。

「......ふっ! ......はっ!」

 なるほど、これは素晴らしい剣だ、ベルは確信した。

 軽く振っただけだが、これは一握りの高位冒険者が使うような代物で、自身のような、冒険者でもない者が使う武器ではない。

 見た瞬間に相当の業物だと直感したが、それでも、これだと感じはしなかった。

「次はこっち」

 すると、ヘファイストスは今度はナイフを差し出してくる。

 これも同じく最上の大業物だ。

 その後も次々と武器を試させられたベル。

 十本目の剣を振り終えた時に、徐にヘファイストスは告げた。

「...やっぱり。君って見たところ獲物は短剣やナイフをみたいだけれど、剣や刀も使えるでしょう?」

 顎に手を当てながら、ヘファイストスはそう言った。

「...えぇ、まあ。でも僕はナイフや短剣の方が好きなので」

「"弱くなる"のに?」

 そう言われた瞬間に、ベルの動きは止まる。

「...図星みたいね。まあ、君が何を思ってそんなことしてるかは私は知らないけど、何れ死ぬよ?」

 何れ死ぬ。

 そんな事、当たり前のことだ。

 人は生きていれば、何処かのタイミングで絶対に死ぬ。

 それは神すら覆せない決定事項だ。

 "死は決まっている"のだ。

「...そうですね。でもそんなの当たり前ですよ。僕達はあなたみたいな超越存在(デウス・デア)ではないので、生きていれば必ず死にます。だから、僕がその時、何の武器を使って死のうが、結果は変わりませんよ」

 "武器の良し悪しはベルにとって関係のない"ことだ。

 故に何も変わりはしない(・・・・・・・・・)のだ。

「ふうん。随分な考えをお持ちようで...でもね、私達鍛冶師はね、そうさせないためにいるのよ? 寿命とか、そういうのを除いても、死なせないためにいるの」

 だから、そう続けると、ベルの額を小突いて、こう言った。

君は死なせない(・・・・・・・)。使い手の命を守る、それが鍛冶師の役目だからね」

 そう言って、微笑を浮かべるヘファイストスは、とても綺麗だったとベルは素直に思った。

 そして、それと同時に彼女に対して、罪悪感が生じた。

「...そうですね。すみません。あなたの気持ちを考えていませんでした」

 意図を掴めていなかった。

 彼女は()であるのだ。

 親が()を心配するのは当然で、目の前でこんなことを言えば、それは説教になっても仕方のないことだった。

「いや、いいよ。謝らなくて。多分君が言いたいことと、私が言いたいことで齟齬がある(・・・・・)と思うしね」

 片手をヒラヒラと振ると、ヘファイストスはそう言い放った。

「...すみません」

「だから、謝らなくていいって...」

 お節介が過ぎたかしら、とヘファイストスは小さな声で呟いた。

「そうだ。君、ここに来たってことは、何か用があるんだろ?」

 ヘファイストスにそう言われ、ベルはここに来た目的を思い出した。

「実はこれを買い取って欲しいと思いまして...」

 腰に巻いているポーチから、ミノタウロスの角を出し、ヘファイストスに見せた。

「へぇ、ミノタウロスの角ねぇ。まあ、分かってはいたけど、見た目に反して結構強いのね」

 角を受け取ると、感心したようにそう言った。

「...それって暗に、貶されてますよね!?」

 地味に傷付く、ベルは少し凹んだ。

 というより、男は弱そうとか、見た目に反してとか、そういう風に言われるのはかなりキツイものがあるのだ。

 特に女性にそれを言われるのは。

「あ、そうだ。君の名前、聞いてなかった」

 しかし、ヘファイストスはそれを無視して、そう言った。

 酷い、とベルは思ったが、神は理不尽であり、気分屋であるということを思いだし我慢した。

「ベル・クラネルと言います」

「私はヘファイストス。知ってるとは思うけど、ここを仕切っている者よ」

 よろしくと両者は握手を交わした。

 鍛冶師である彼女の手はとても柔らかく女性らしい手で、鍛冶をしている手とは感じないと、ベルは思った。

「そうね。12000ヴァリスで買い取るけど? もしくはこれで武器や防具を造ってもいいわよ」

 勿論、料金は発生するけどと釘を刺される。

「いえ、今回は買い取りでお願いします」

「了解。ちょっと待っててね」

 するとヘファイストスは店の中へ入っていった。

 恐らく換金の準備をするのだろう。

「でも、話しやすい神様で良かったなぁ」

 想像していたのとは、真逆で、とても美人だったのは嬉しい誤算だった。

 やはり、美少女や美人は男にとって、とても嬉しいものであると再確認した。

 

 中々に良い出会いをした。

 ベル・クラネルはとても満足していた。

 

 

 

 

 

 

「何で、ヘファイストス様が直々に対応してるんだ?」

 

「あの小僧何者だよ?」

 

「高位冒険者には見えねぇけど...」

 

 

 周りでは少しだけ騒ぎになっていたようだったが、ベルは知らない。



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#3

お気に入りが1000を越えているのに驚きの作者です。
あと、ランキングに載って驚きの作者です。
...計算通りです(白目)。



「そういえば、ベル。君はどこのファミリアに所属しているの?」

 ヴァリスを数えているヘファイストスがふと、思い付いたようにそう言った。

「ははは、実は僕、冒険者じゃないので...普通にアルバイト生活ですよ」

 そう笑いながら答えるベル。

 しかし、その返答に対してヘファイストスの表情は石のように固まってしまっていた。

「えっと、どうしました...?」

 ヘファイストスはヴァリスを数えていた手を止めて、額に手を当てて、片手を此方にむけながらこう言った。

「...あぁ、ちょっと待って。...今、頭の中を整理しているから。えっと、もう一回言ってくれる?」

「だから、僕は冒険者じゃありませんって」

 実際問題、さっきのを聞き逃していることなどはありえないとは思うがベルは律儀に答えた。

 恐らく、ヘファイストスがわざと聞いているのだと、そう思って。

「それならこの角はどうやって手に入れたの? まさか、他の冒険者から盗んだってとかは...」

 ヘファイストスは先程ベルに対して「分かってはいたけど、見た目に反して結構強いのね」、そう言った。

 見た目に反して、その部分の所はベルにとっては要らないところではあるが、それでもヘファイストスが、超越存在(デウス・デア)が、神がそれを認めたのだ。

 彼の実力を。

 しかし、聞いてみれば、ファミリアに属していないとベルは言った。

 まさか、実力を量り損ねたとは思えなかった。

 本来、地上の人々は神と契約し、ファミリアに属することでその恩恵を受けることができる。

 恩恵を受けているのと受けていないのとでは、その力に天と地の差がある。

 恩恵を受けたばかりの冒険初心者でも、一階層のゴブリンをいきなり倒せるようになるくらいだ。

 尚且つ、戦ってステイタスやレベルを上げることで遥か高みに登る事さえ可能だ。

 超人の如き力を発揮できるのだ。

 それなのにこの少年は、その恩恵を受けずにミノタウロスを倒したとでもいうのだろうか。

 更に言えば、ベルは『見た目に反して』のところには反応したが、『強いのね』のところには反応していなかった。

 素の反応だとすれば、ベル自身強いということを否定はしていないということになる。

 この時点で一体どちらなのかは、ヘファイストスには判断出来ない。

「盗んだなんて酷いですね...バイト先で貰ったんですよ。よく分からないからやるよって。それで、調べてみたらミノタウロスの角だったんで、ここに来たんですよ」

 ベルはそう言って、手を横に振りながら(・・・・・・・・・)、それを否定した。

「確かにそこら辺の人達よりかは腕っぷしはあるとは思いますけど、それでもミノタウロスなんて倒せませんよ」

 それこそ殺されちゃいますよ、そう言いきるベル。

「...そうね。確かに嘘はついてない(・・・・・・・・・)みたいね。悪かったわ。疑ってしまって...」

 ベルを見て、違和感はある(・・・・・・)が、嘘をついてないことを確信したヘファイストスは、そう言って、頭を下げた。

「ちょっ、止めて下さい! 神様にって言うか、女性に

頭を下げさせてしまうなんて、逆にこっちが悪いというか...」

 ベルは焦りながらもすぐさまヘファイストスの頭を上げさせた。

 周りの視線が殺到してしまう前に。

「...君はもしかしてあれなの? フェミニストとかだっりするの?」

 少し呆れたようにヘファイストスは聞いてくる。

「...じいちゃんに昔から女性は大切にしろって教わってきましたからね」

「随分と良いお祖父様じゃない」

 そう言ってヘファイストスが褒めると、まるで自分の事のように喜び、顔を輝かせるベル。

 お祖父様のことを随分と慕っているみたいと、ヘファイストスは感心していた。

「はい、だからさっきのだって、『女に対して"誤ってはいい"が、決して"謝らせてはいけない"』っていう教えをですね...」

「...やっぱり、君のお祖父様は悪い人だよ」

「どうしてですか!?」

 急に評価を逆転させたヘファイストスに対して、驚くベル。

「いや、その言葉...字面というか、多分意味合いが違うんだろうけど、うーん...」

 恐らく、"ヤってしまうのはいいが、それなら責任を取れ"とれとか、そういう意味合いなのだろうと、ヘファイストスは神の理解力で判断した。

 邪推とか、そういう風に思われるかもしれないが、そうとしかヘファイストスは聞こえなかった。

 決してヘファイストスはむっつりではない。

 目の前の少年は捉え方が違うらしい。

 というか、一体子供に何を教えているのか、ただの好色翁ではないか、憤慨するヘファイストスであった。

「うん、取り敢えずベルにはまだ早いことね」

「えー何ですか、それー」

 ベルは見るからにテンションが下がっていた。

 相当慕っているだろう、そう思うと、少しだけ可愛そうになってくるヘファイストス。

 二重の意味で。

「いいから! ...はい、これ。一応数えてちょうだいね」

 いつの間にか、勘定を終えていたヘファイストスは、そう言ってミノタウロスの角の買い取り料金である12000ヴァリスを、差し出した。

「ありがとうございます!」

 そう言って、ベルは一応確認をする。

 彼女のことだから、ちょろまかすことなど絶対にあり得ないとは思うが、それは形式上の行為であった。

「ねぇ、ベル。君は...」

 大金を前にして、目を輝かせているベルに微笑ましいものを感じつつ、ヘファイストスは声をかけようとした。

「はい? 何でしょう?」

「...ううん、何でもないわ。...取り敢えず、無茶はしないようにね」

 ヘファイストスは一瞬何かを考えるも、すぐに呑み込んでそう言った。

「...あ、はい、気をつけます。って言ってもそんなことないとは思いますけどね」

 ハハハと笑いつつ、ベルはヴァリスを皮袋に入れて、腰のベルトにくくりつけた。

「...そうね、またここに来なさい。武器を買いに来るとか、そういう理由が無くても。今度はお茶でもご馳走するわ」

「えっと...はい、分かりました」

 すると、突然のヘファイストスのお誘いにベルは驚くも、それに対しすぐに頷いた。

「...神様にお茶に誘われるなんて、光栄ですね」

「そう、光栄なことなんだから、ちゃんと顔出しなさいよ」

 ヘファイストスが冗談めかして言うと、ベルはプッと吹き出した。

 その反応に少し安心しつつ、ベルの額にデコピンをする。

「痛っ!? いきなり何するんですか...」

「そうやって、私のことを笑うからよ」

 ヘファイストスは少し微笑みながらそう言うと、ベルは素直に謝った。

 と言っても、かなり軽いものではあったが。

「それにしても、今日は額に集中砲火だなぁ」

「どういうことよ...」

「知り合いにも同じように額を突つかれたりしたから、そうだなって思いまして」

 ヘファイストスはその知り合いのことは全く知らないが、この少年ならそういうことをやられてもおかしくはないと、失礼ながら思ってしまっていた。

「あ、そろそろ行きますね。長居するのもお邪魔だと思いますし」

「別に気にしなくても、そう人は来ないんだけどね」

 実際、ヘファイストスの武具に手を出せる輩など、そう多くはない。

 一部の大規模ファミリアや、金持ちの連中くらいだ。

 故に、工房を兼ね備えたこの店にベル以外の人は居ない。

「いやー実はちょっとというか、かなりお腹が減ってましてね。今もお腹が鳴らないように頑張ってるんですよね」

 そう後頭部を掻きながら、少し照れたようにベルは言った。

 不覚にも照れたベルを可愛いなと、ヘファイストスは思ってしまったが、それは完全に我が子を見る母の感情であった。

「あら、そうなの。それなら、そのお腹が鳴らないようにするのが、先決ね」

「あ、それならこの後一緒にどうですか? 凄い美味しいお店知ってますよ」

 先程、長居すると邪魔になるから、と言った人物とは思えないほどに真逆のことを言うベル。

「...そうね。それは今度にしましょう」

 それに対し、完全に苦笑いでヘファイストスは応えた。

「ははは、楽しみにしてますね」

 ベルはニコニコと嬉しそうにしながらそう言った。

「はぁ...はいはい、私も楽しみよ」

 それに対して、ヘファイストスは溜め息をつくも、口元は笑っていた。

「じゃあ、今度こそ、行きますね」

「お腹減りすぎて、変なもの拾って食べないのよ」

 いくら何でも食べませんよ、とベルは苦笑して背を向けて歩き出した。

「ほんと、何なのよ、あの子は...」

 最初、ヘファイストスは彼のことは気弱そうな普通の子供に見えたのだが、実際のところは掴み所がない、どこか物事を達観しているようで、そう思っていれば、やはり子供のような。

 一体どちらが本当の彼なのか?

 まだ会って間もない彼女ではそれを判断することは出来なかった。

「あ、そうだ...」

 すると、ベルは突然、その歩みを止めて振り返った。

 

 

「______その目、早く治るといいな(・・・・・・)。」

 そう言い放ったベルは、果たしてどちらなのだろうか。

 ヘファイストスはその眼帯を抑え、唖然としつつも、やはり何も分かることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃませにゃーって!! ベル坊にゃー!!」

「その呼び方は止めて下さいって何度も言ってるんですけどね...」

 店の扉を開けて、第一声は猫人の女性の騒がしい声だった。

 お昼、と言ってももう既に夜になっていた。

 あの後、ベルは店へ向かう途中で、バイトの先輩に出くわし、そのまま仕事を手伝うはめになってしまったのだ。

 勿論、昼食とバイト代はきちんと出たので、何も文句はなかったが。

 強いて言うならば、奢ってもらった昼食が美味しくなかったことだろうか。

「ベル坊はベル坊にゃ。てか、何しに来たにゃ」

「いや、どう考えても、ご飯を食べに来る以外ないと思うんですけど...」

「何にゃ! その馬鹿にした態度は! 失礼にゃろうが!」

「はぁぁ...すいませ____」

「ほら、さっさと席着けにゃ。そこは邪魔ににゃるにゃ」

「...あなたのその客に対しての、態度もどうなんですかね...!」

 何とも理不尽というか、自由奔放というか。

 前々からこの猫人(キャットピープル)マジでファッキューとか、一回くらいぶん殴っても誰も文句は言わないなとか、割りとベルは思っていた。

 初めて会った時から、ベルに対して当たりが強いというか、失礼というか、うざいというか。

 ベルも余り顔には出さないのようにしてはいるが限度だってあるのだ。

 まあ、決して実行はしないが。

 女性に対して、基本的には優しくするのが、ベルのモットーだったが、なぜかこの猫人に限っては、こんな感じであった。

「はぁぁ...」

 そんな、行き場のない気持ちが渦巻く中、溜め息をつきながら着いた席は、カウンターの端の席で、ベルは来る度にいつもそこに座っていた。

「決まったら呼べにゃ」

 そう言って、別の所へオーダーを取りに行ってしまった。

「...申し訳ありません。クラネルさん」

 すると、横から申し訳なさそうな声で謝ってくる女性の声がする。

「あ、リューさん! そんな気にしないでください。てか、謝らないでくださいよ」

 ベルはそう言って、頭を上げさせた。

 今日は女性に頭を下げさせてしまう日だなと、ベルは自身の不幸を呪っていた。

「いいえ。あの子には後程、徹底して、身の程を教えますので、お任せください」

 少し怖いことを言うこの女性はリュー・リオン。

 この酒場《豊穣の女主人》の従業員の一人である。

 金髪と長い耳が特徴の美女エルフだ。

 あと、さっきの猫はアーニャ・フローメル。

 お馬鹿猫、以上だ。

「ははは...ほどほどにお願いしますね」

 そう、苦笑しながらベルは答えた。

 リューのほどほどとは、翌日アーニャがガクブル状態になる程度のものだ。

 まあ、その更に翌日にはすっかり元通りなので、意味はないのだが。

 しかし、そういう自分を貫き通そうとするところが良いところかもしれない。

 ベル自身、彼女のことは好きな方であり、決して嫌いではない。

 見た目は可愛いので、ベル的にはそれだけでプラスポイントだった。

 それに現に彼女は、この店では結構人気だったりする。

「あ、そうだ。麻婆豆腐をお願いします」

 ベルは早速というか、まあ、ここに来たときに頼むいつものメニューを頼んだ。

 かしこまりました、とリューが一礼して、オーダーを告げに向かった。

 それから約数分、目の前にドッと麻婆豆腐(例によって特盛)が置かれた。

「はいよ。麻婆豆腐お待ち!」

 置いたのは、ここの女主人であるミア・グランドだ。

 ドワーフの女性で、ベルを上回る身長と倍の恰幅さを誇り、神をも恐れぬその肝っ玉ぷりと豪快さを持つ歴戦の女主人だ。

 故に彼女に逆らおうとする者はこの店では出ない。

 もし、ここで彼女の怒りに触れるようなことをすれば、どうなるかは分かるだろう。

 しかし、ここで働いている店員からは母のように慕われていた。

 まあ、節々にお金を使わせようとしてくるのは止めて欲しいと、ベルは常々思っていたが。

「いただきます」

 ベルは両手を合わせ、そう言うと、レンゲで掬い、口に入れた。

 

 

________美味しい。

 

 

 やはり、この店の麻婆豆腐は最高だと、ベルは思った。

 口に含んだ瞬間に、焼ける舌、次に口内、そして喉、食道、そして胃を焼けば、まるで焼け石を食べているかのようだった。

 

 

________だが、それがいい。

 

 辛くない麻婆豆腐など、麻婆豆腐と言えるのだろうか?

 否、そんなものは麻婆豆腐などとは認めない。

 それは麻婆豆腐の姿を模した偽物にすぎない。

 それを考えれば、この店の出す、麻婆豆腐は紛れもない本物だ。

 いい仕事をすると、ベルは作った人物、ミアに心の中で、称賛を送った。

 声に出さないのは、仕事の邪魔になるからだと思ったからであった。

「しかし、繁盛してるなぁ」

 この店はかなりの人気店で、色々なファミリアが御用達にしているほどだ。

 その中でも大規模ファミリアがいるとかいないとか。

 しかし、ベルにはファミリアに関しての知識はあまり無いので、『~ファミリア』と、言われても、それが有名なファミリアだと判断することが出来なかった。

「やっと来てくれたんですね...」

 すると、横から少し不機嫌そうな声がする。

「あ、シルさん」

 お盆で口元を隠しながらジト目でこちらを睨んできたのは、ここの従業員である、ヒューマンの女性、シル・フローヴァであった。

 もちろん、美少女だ。

「あ、じゃないですよ。また来るって言って、三日も経ってるじゃないですかぁ」

「いや、あの時はたまたま、家計簿の計算で余ってしまったお金があったからというか...てか、"も"って..."しか"の間違いじゃないですか?」

「私にとっては、とても長い時間だったんです!」

 シルは更にムッとした表情で睨んできた。

 流石、男を勘違いさせることにおいて、彼女の右に出るものいないなと、ベルは思った。

 何故かは知らないが、こういう"あざとい"言動を彼女は取るのである。

 恐らく、これにやられた男性客は少なくないだろう。

 女は魔性とは、彼の祖父の言葉ではあるが、それを実感してしまった。

「...やっぱり、それ頼むんですね」

 そう言うと、シルは呆れた目で、食べている麻婆豆腐を指差した。

「とっても美味しいじゃないですか」

「それをこの店で頼むのは、ベルさんと教会の神父さんくらいですよ...」

 やるな、その神父とベルは親近感を感じていた。

 実際、周りにはこの美味しさを理解してくれる人がいないので、ベルにはそれが嬉しかったのである。

 前にこれを頼んだ勇者が居たのだが、口に入れた瞬間に奇声をあげながらダウンしていたのはこの店の伝説の一つだったりする。

「シルさんもどうですか?」

 そう言って、レンゲをシルの方へ向けるベル。

「...くっ、その麻婆豆腐じゃなければ、遠慮なく行っていたのに!」

 何故か悔しそうにして断るシルに、ベルはクエスチョンを浮かべた。

「シル、その辺にしておかないと雷が落ちますよ」

 その声がして、背後を見れば、お盆の上に何か飲み物を乗せたリューが立っていた。

「えっ...?」

「シル、男といちゃつくのはいいけど、やるなら、仕事片付けてからにしなぁ!」

 その直後、シルに落ちる雷。

 発生源はもちろんミアである。

「ごめんなさい!...あっ、ベルさん。またゆっくり話しましょうね?」

 そう言ってあざとくベルにウィンクすると、軽く手を振りながら駆け足で仕事へ戻るシル。

 取り敢えず、ベルは苦笑いしながら手を振り返した。

「ったく...おい、坊主。うちの娘を誑すってなら、相応の覚悟ってのが必要なんだけどねぇ...」

「ちょっと待ってください! 何でそうなるんですか!?」

 どうして、この状況でそんな風に見えたのか。

 ベルは甚だ疑問だった。

 じいちゃんじゃあるまいし、なんて考えていた。

 しかし、ミアはそれに答えることもなく、忙しくなった厨房へ戻っていく。

 一体何だったなんだろうか。

「...お疲れさまです。クラネルさん」

 そう慰めるようにして、横からスッと飲み物を置くリュー。

「えっ...別に僕、頼んでないですよ?」

 頼んだのは麻婆豆腐だけだったはずだ。

「これは先程アーニャが失礼した分です。勿論、アーニャの自腹ですので」

 表情を変えずにそう言うリュー。

 ふと、当のアーニャを見れば、給仕する脚がガタガタ震えていた。

 一体、彼女に何があったのか?

 ベルは深く考えないことにした。

「それなら、有り難く戴かせてもらいます」

 あの猫人の懐からなら、あまり良心の呵責もなかったため、本来なら断る筈の施しもベルは受けることにした。

 寧ろ、ザマァとかそんなことを考えていそうだ。

「では、私もご一緒させて頂きます」

 そして、流れるようにリューはベルの隣の席に座ると、もう一つの飲み物を自分の前に置いた。

「あれ? リューさん、休憩ですか?」

「はい、ミアお母さんから、休めと言われたので」

 そうだったんですかと、相槌を打つと、ベルは飲み物のグラスを持つとリューに向けた。

「乾杯しましょう?」

「はい、喜んで」

 乾杯、二人でそう言うと、チンッとグラスとグラスの衝突音が響いた。

「...美味しいですね、このお酒。果実酒みたいですけど」

 飲んでみれば、フルーティーな薫りが鼻腔を突き抜けていく。

 味わいも、少し酸味はあるが、強くなくとても飲みやすいものだった。

「はい、ミアお母さんの取って置きです。普通に頼むと少々高いので、ぜひこの際に味わってください」

 ご馳走様です、とベルは内心でアーニャに言った。

「てか、これ麻婆豆腐に合いますね」

 酒が入ってから、ベルの麻婆豆腐を掬う速度が上昇している。

 リュー曰く、ミアが自身の料理に合う最高の酒を見つけた結果がこれらしい。

 他にも、この料理にはこの酒など、バラエティにも優れており、流石としか言い様がなかった。

「本当、美味しそうに食べますね」

「だって、美味しいですし」

 その後、適当な他愛のない話をしながら時間が経過していく。

 その途中で、休憩に入ったシルが、自身の酒を持って乱入してきたりと色々あったのだが、それもまだ平和だったと、ベルは改めて思った。

「ぶはっ!?」

「大丈夫ですか!?」

「クラネルさん。布巾です。お使い下さい」

 突如、吹き出したベルを心配する二人。

 ベルは大丈夫だと言ってリューから布巾を受け取った。

 ベルが見てしまったのは、店の入り口だ。

 結構な人数で入ってきている声がしたので、思わず見てしまったのだ。

 すぐに見たことを後悔するベル。

 何故ならば_______

 

 

 

「よーし! 今日は飲むでぇ!」

 

「いつも飲んでいるだろうが...」

 

「ガハハッ! 負けていられんなぁ! 醸造酒(エール)を貰えるか!」

 

「ははは...あまり羽目を外しすぎないようにね」

 

「苦笑いする団長も素敵です!」

 

「ティオネってば、相変わらずだなー」

 

「チッ...うっせぇな」

 

「あ、アイズさん。一緒の席に座りましょう」

 

「うん、いいよ」

 

 

 

 その集団の中に、今日ダンジョンで出会った美少女、アイズ・ヴァレンシュタインが居たのだから。

 

 

 



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#4

まさかのお気に入り2000越えに作者の蚤の心臓はバクバクです。



「ベルさん? どうしたんですか...?」

 急に吹き出したベルに対し、シルは心配そうに声をかけ、リューも同じように見つめていた。

「いや...今店に入ってきた方達って...」

「あぁ、ロキ・ファミリアの方達ですね」

「今あるファミリアの中でも、最大勢力の一つと言えるファミリアですね」

 代わる代わる答えるシルとリュー。

 最大勢力、そう聞いてベルは内心で少し驚いていた。

 ロキ・ファミリアという名前は、あのときにアイズ・ヴァレンシュタインという少女から聞いたが、まさかそんな規模のファミリアだったとは思わなかった。

「...確かに、強い感じだったしなぁ」

 ベルは誰にも聞こえない、消えてしまいそうな声で呟いた。

「でも、ロキ・ファミリアの方達がどうなされたのですか?」

「あ、えっと...有名人に会ったから驚いちゃって...」

 咄嗟にそんなことを言って誤魔化すベルだったが、すぐにそれが、悪手だと気付いた。

 

(あの中に、有名な冒険者が居るとは限らないじゃないか!)

 

 例え、大規模ファミリアでも、今いる面子の中に有名な冒険者がいるなんて判断することは出来ない。

 せめて、有名なファミリアとか言っておけば、そう後悔するベル。

「あぁ、確かにそうですね。あそこにいる方達は数いる冒険者の中でもトップクラスの実力を持っていますから」

 リューの言葉から察するに、どうやら有名人が多数いたようだった。

 ラッキーと、内心で呟くベル。

「まず、あの小柄な方ですが、名前はフィン・ディムナ。ロキ・ファミリアの団長で、二つ名は《勇者(ブレイバー)》。あらゆる物事に対して、冷静沈着で思慮深く、容姿も端麗な為か、女性冒険者の中では一、二を争うほどに人気です。あ、私は違いますけどね!」

何故か、最後にそんなことを付け加えてきたシルだったが、ベルはへぇ、と納得した。

 小人族(パルゥム)という種族は、他の種族と違い、成人しても子供程の大きさにしか成長はしない。

 しかし、他の種族よりも"勇気"というのに優れているらしい。

 つまり、彼はその勇気でその座に登り詰めたということなのか。

「あの綺麗な女性は、リヴェリア・リヨス・アールヴ。実は王族エルフの出身で、オラリオ最強の魔法使いと呼ばれている方で、二つ名は《九魔姫(ナイン・ヘル)》。あの美貌から、女性冒険者からも憧れられて、勿論男性冒険者からも人気ですね」

 確かに、そうベルは思った。

 リューと同じエルフではあるものの、王族出身と聞けば、少し萎縮してしまうところはあるが、文句無しのその美貌は、上品で、そして理知的雰囲気を醸し出していた。

 ちなみにベル的にも、かなり好みであった。

「大柄で、お酒を豪快に飲んでいるあの方は、ガレス・ランドロック。ロキ・ファミリア最古参のメンバーの一人で、二つ名は《重傑(エルガルム)》。見た通り、とても豪胆な性格の方ですが、彼を慕う冒険者はたくさんいるとか」

 パッと見、気の良い近所のおっさんにしか見えなかったベルだったが、その逞しい体躯と丸太の様な腕から、殴られたら間違いなく死ぬなと直感した。

 やはりミアと同じドワーフであると、ここまで膂力に差が出るのかと。

「あそこのスタイル抜群のアマゾネスの方はティオネ・ヒリュテ。そして、隣にいらっしゃる、その...胸が控えめの方がティオナ・ヒリュテ。二人は姉妹で、ティオネさんの二つ名は《怒蛇(ヨルムガンド)》、ティオナさんの二つ名は《大切断(アマゾン)》。性格も真逆で、ティオネさんがクールで、ティオナさんがパッション的な感じですかね」

 割りと酷い説明をするシルにベルは苦笑していた。

 スタイルにかなり違いはあるはあると言えど、どちらも可愛いのだから、問題は無い。

「あそこにいらっしゃる狼人(ウェアウルフ)の方は、ベート・ローガ。二つ名は《凶狼(ヴァナルガンド)》。とてもお強い方なんですが、その...周りの人達を見下す、というか、少し誤解されやすい方と言いますか...でも、悪い人ではないのは確かです」

 あのシルが、こういう言い方をするということは、かなり性格面に問題があるのだろう。

 確かに見た目少しヤンキーっぽいところがあるなとベルは思っていた。

「あそこにいるエルフの方は、レフィーヤ・ウィリディス。二つ名は《千の妖精(サウザンド・エルフ)》。今まで紹介してきた方達と比べると少し、実力は下がりますが、それでも他の冒険者に比べればかなりの実力の持ち主です」

 リューの説明で、実力が少し劣っていると言われたベルだったが、そういう風には別に感じられなかった。

 もしかしたら、それに匹敵する能力があるのかもしれない。

 あと、普通に可愛かった。

「あそこにいるヒューマンの女性は、アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ最強の剣士であり、二つ名も《剣姫》。他の種族の方と比べて劣っている言われるヒューマンの、いや皆の憧れと言われている方ですね」

 問題の少女だ。

 アイズ・ヴァレンシュタインはあの時ダンジョンでたまたま出会ってしまっただけであり、他に接点があるわけではなかった。

 寧ろ美少女と接点が出来ただけ、かなりラッキーと言える。

 しかし、あれ(・・)を見られてしまった。

 それが問題だ。

 それさえなければ、手放しに喜べたのにと、ベルは心中で落胆する。

「そして、皆さんの中央にいるお方はロキ様。ロキ・ファミリアの主神である方です。でも、少しセクハラをしてくると言いますか...」

 ベルは彼女がロキであるということは、すぐに分かっていた。

 しかし、セクハラをしてくると言われ、疑問を感じていると、タイムリーだったのか、ロキがアイズ・ヴァレンシュタインの胸を触ろうとして裏拳を喰らって、吹き飛んでいた。

 なるほどと、理解したベルであった。

「うん?」

 ふと、見渡すと、周りの冒険者が少しざわついているのに気付いた。

「ロキ・ファミリアは他の冒険者にとっても憧れの存在です。それ故にこういう反応をしてしまうのです」

 リューは持っていた酒を一口飲むとそう言った。

 憧れ、というのはよく分からないが、ベルはそうなんですかと、返事をした。

「...っ!」

 危なくアイズ・ヴァレンシュタインと目が合うところで、一瞬で顔をカウンターに伏せた。

 ゴツンという豪快な音をたてて。

「何してるんですか...?」

 少し引いている様子のシルに、ベルは泣きそうになりなっていた。

「...ごめんなさい、少し匿って下さい」

 理由は聞かないで下さいと、目で訴えるベル。

 それに対して、シルとリューは顔を見合わし、首を傾げるが、すぐに納得してくれたのか、頷いた。

「それじゃあ、私が_______」

「クラネルさん」

 シルが何か言いかけるが、リューの言葉に、というか行動に掻き消された。

「ちょっ...」

 リューがやった行動とは、自身の膝にベルの頭を乗せる、つまりは膝枕を実行したことにある。

 急に引っ張られ、膝に吸い込まれたベルは驚いていた。

 そして、シルも別の意味で驚いていた。

「りゅ、リュー!? 何やってるの!? それは、私が...!」

 シルは慌てながら、リューを問い質した。

 ちなみに席は、シルが乱入してきたことにより、席順を端だったベルを真ん中に、左側にリューが、右側にシルが座っていた。

「いえ、こうすればあちらからはクラネルさんが見えないと思ったので」

 至極当然のように言うリュー。

 その手はベルの頭の上にあり、ゆっくりと撫でていた。

「それなら私がやるから! って、ベルさんも、何安らいでるんですか!」

「え、だって、落ち着きますし...」

 ベルはリューの太股の上でひどくリラックスしていた。

 それを見て、珍しくリューが少し微笑んでいた。

 普段のリューを知る人達からすれば、それは驚くほどに珍しいことであった。

 アーニャが見ていれば、馬鹿騒ぎを起こし、リューに制裁を喰らっていただろう。

 それほどに珍しいことであった。

「うぅっ...エルフって、自分が認めた以外の異性との触れあいを嫌うんですよね...つまり、そういうことなんですよね...!」

「...? どうしたんですか? シル」

 不思議そうな顔をしているリューだったが、その間もベルの頭を撫でるペースは変わらなかった。

 そして、その当の本人であるベルは、膝枕しているリューの太股を触るという、本来なら殺されてもおかしくないという冒険をしていた。

 仕方がない、ベルは男なのだ。

 しかし、ベルにリューからの制裁が飛んでこないということは、リューにバレていないか、もしくは気付いていて容認しているかのどちらかだろう。

 それをベルに判断することは出来なかったが。

「ベルさん! 私がしてあげますから...! さあ、こちらに!」

 シルは自身の膝をポンッと叩いて、かむひあーとベルを見る。

 どんだけ余裕がないんだと、同じ従業員のルノア・ファウストは後に語った。

「...ふぁ~」

「ベルさん! 寝ないで下さい! リューも、何嬉しそうにしてるんですか!」

 既にリューの膝上でお眠のベルを起こそうと無理矢理身体を揺する。

 しかし、ここで一つ、忘れていることがあるのに三人は気が付いた。

 ベルは匿ってと、二人に頼んだのにこれでは本末転倒ではないのか。

 いくら賑やかな店内でも、これだけ大騒ぎしていれば、周りの人達の視線は間違いなく集中してしまう。

 現に男性客はベルに殺意を向けていた。

 そして...

 

「あ、ベル...」

 

 遂にベルはアイズ・ヴァレンシュタインに見つかってしまったのだった。

 ベルは膝枕状態から一変して、ピンと立ち上がり、ギギギと振り向いて冷静に言った。

「ア、ドウモ」

 すごく片言ではあったが。

「何や? アイズたんの知り合いなん? その子」

 アイズが反応したのを見て、ロキが飲んでいた酒を一旦止めてそう言った。

 その瞬間、あ、終わった、間違いなく他の面々にも色々突っ込まれると、絶望していたベルであった。

「うん、さっきダン____」

「あ"ぁ! てことはテメェか!? アイズが言ってた野郎ってのは!?」

 突如、アイズの言葉を遮り、キレるベート。

 どうやら、相当酔っているらしい。

「君君~。ちょっと、こっち来てお話ししようよ~」

 そう言って手招きしたのはティオナだった。

 見る限りロキ・ファミリアの打ち上げなのに、他者を引き込むのはどうかと思ったが、それは構わないらしく、他のメンバーは誰も止めなかった。

 いや、居た。

 一人、めらめらと嫉妬の炎を燃やす少女が。

 

(何アイツ!? アイズさんの知り合い!? 女を二人侍らしているような奴が!?)

 

 名をレフィーヤ・ウィリデス。

 アイズを敬愛するエルフの少女だ。

「...ごめんなさい。シルさん、リューさん。また今度に。ちょっとあっち行ってきますね」

 何か覚悟を決めたような、表情でそう言うと、ベルはロキ・ファミリアのいるテーブルへ足を運んだ。

「...はじめまして。ベル・クラネルです」

 テーブルに行くと、ティオナが自身の隣の席に椅子を出して、ちょいちょいと手招きされたので、そこに座った。

 ロキ・ファミリアの視線が突き刺さり、ベルは苦笑いしながら、挨拶した。

「さっきぶりだね。ベル...」

 アイズは表情を変えずに、そう言った。

 そして、その発言に対して反応したものが二人。

「あなた...! アイズさんの何なんですか! 知り合いみたいですけど!」

「おい! ヒョロもやし! 雑魚のくせに調子にのってんじゃねぇぞ!」

 二人の口撃は激しいものだったが、ベルはこの時、ヴァレンシュタインさんってこんなに好かれてるんだなと、暢気に考えていた。

 レフィーヤは、憧れとか、そういうのだと分かったが、ベートのは完全に恋愛感情から来るものであった。

 そういう純粋な感情はベルにとって、とても綺麗に映った。

 故にベルは、二人のことを好意的に見ていた。

 だが、ベートのヒョロもやし発言にはイラッときていたが。

「ねぇねぇ! 白ウサギ君! アイズと知り合いって、どこで知り合ったの?」

 すると、ベルの右隣からティオナが、聞いてきた。

「し、白ウサギ...?」

 なぜ、白ウサギとベルは思ったが、ティオナがすぐに答えた。

「うん! だって目も赤いし、髪も白いからウサギかなって思って!」

 そんなキラキラした顔で言われてもと思ってしまったが、この表情を曇らせるのも嫌であったので、ベルは笑っておいた。

「ごめんね。この馬鹿の言うことは気にしないでいいからね」

 ティオナの隣に座るティオネがそう言ったが、その後に「でも、確かに...」と小声で言っていたので、これに対しても、ベルはただ笑っておいた。

「まあまあ、落ち着いて、皆。クラネル君が困っているじゃないか」

 そう言って場を納めたのが、団長であるフィンだ。

「はい! 団長、私、落ち着きました!」

「ちょっと待ちやが____ぶふぉっ!?」

 フィンに言われて、レフィーヤは渋々ながら黙ったものの、それでも尚引き下がらなかったベート。

 しかし、それもティオネの腹部打撃により、黙ることになったが。

 それと同時にベルは、ティオネの変わりようにも驚いていた。

「...なぁ、自分。うちのアイズたんとはどんな関係なのか、ちょっと教えてくれへん?」

 そう、変わった訛りで喋ったのはロキだった。

 先程まで、酒をあおっていたときとは、うって変わって真面目な表情、というより目が据わっていた。

 酔っているのか少し顔が赤くなってはいるが、真面目な表情だろう。

 本当に好かれているな、再確認したベルは、ロキの彼女に対する感情を察するに、「アイズたんに近付くヤツはぶち殺すぞ、あ"?」とか、そんな感じだろうかと考察した。

 怖い怖いと思いつつ、ベルは答えた。

「...そう、ですね。たまたま出会っただけで、特に何かあるわけではないですけど」

「なら、どうしてアイズたんが名前を呼んでるんか? 会っただけなら、普通呼ばへんやろ?」

「それはヴァレンシュタインさんに聞いてください。確かに自己紹介はしましたが、名前を呼んだのは彼女の方ですよ」

 ロキはアイズの方を見て、本当かと訴えると、アイズは首を縦に振った。

「私が呼んだ」

 瞬間、ロキとレフィーヤ、ベートの三人はグフッと何かを吐いた。

 血に見えたが、気のせいだろう。

「あ、あの...アイズたんが...初対面の相手をいきなり名前呼びするなんて...」

「クソがっ...俺はまださん付けで、それでも名前で呼ばれるのに、どれだけかかったと思ってんだ...!」

「わ、私だって、初めて会ったときには苗字呼びで、私から名前で呼んで下さいって頼んでからだったんですよ...!」

 三人の魂の叫びだったが、アイズは首を傾げるだけだった。

 特にベートは長年の苦労が垣間見えたものであった。

 それに対して、リヴェリアは溜め息を着くと、ベルの方を向いた。

「すまないな。うちのものが煩くて」

「いえいえ、そんなことはないです。皆さん正直(・・)で良い人じゃないですか」

 本当に馬鹿正直なくらい好意が分かる、とても良いことだとベルは思った。

「ガッハッハッハ!! 子供にしては随分と、落ち着いている奴じゃのう!」

 ジョッキで酒をあおり、豪快に笑いながらガレスは言った。

「ほら、飲め飲め! お主もイケる口だろう?」

「はい、それじゃあ遠慮なく」

 ガレスから渡されたジョッキをベルは一気にあおり、嚥下した。

「...美味しいですけど、これっていきなり飲ませるものじゃないですよね?」

「おっ! やるな、お主。それを飲めるとはな!」

 酔っているのか、かなり騒がしいガレス。

 ベルが飲んだのは、この店にある酒の中で、最も度数の高い《フォッコ・バッカス》というものだ。

 名前の通り、火気に近付ければ着火する。

 常人なら一口でぶっ倒れる代物だ。

「うわぁ...あれを一気するって、あんた凄いわね...」

 ティオネが、驚いたように言った。

「私でも、あれは一気出来へんよ。君、もしかして酒、結構飲むんかいな」

 先程、ベルに対し、敵意を向けていたロキだったが、同じ酒飲みだと知ると普通に話し掛けてきた。

 仲間が出来て嬉しいのだろうか。

「そういうわけじゃないですけど、昔からじいちゃんの晩酌に付き合ってたんで...」

「つまり、君は小さい時から飲んでいたというわけか...」

 リヴェリアは今度はベルに対して溜め息をついていた。

「......」

「......」

 そして、相変わらず、ベートとレフィーヤはベルを睨んでいたが。

「白ウサギくん。ここの店員さんと仲良いみたいだけど、もしかして、プレイボーイ?」

 イタズラする子供のような表情で、そう言うティオナ。

「違いますよ。彼女達とは友人なだけですよ。特に色っぽい話があるわけじゃないですよ?」

「えーっ! 嘘だー! だって膝枕されてたじゃん」

「あれは眠いって言ったら、どうぞって言ってくれたので遠慮なくいかせてもらっただけです」

 本当の事は言えないので、ベルは適当な嘘を吐いた。

「白ウサギ君って、結構欲望に忠実なんだねー」

「はい。可愛い女の子は好きですよ」

「ぷっ...本当に素直だね。それじゃあ、私とかは?」

「ええ、勿論。好きですよ」

「えっ...」

「何、あんた照れてるのよ」

 顔を赤くしているティオナに対して、呆れながらそう言うティオネ。

 からかったなぁ!とティオナはベルの背中を殴打する。

 流石に高位冒険者、一撃一撃が骨に響く。

 中々に痛い。

 その後、ベル達は適当に話をし続けた。

 一部を除いて、ほんの少しだが仲良くはなった、そう思いたいベルではあった。

 しかし、意図的にベルがあまり話をしなかったものもいたが。

 アイズ・ヴァレンシュタインである。

 彼女には、一部ではあるがあれを見られたのだ。

 今回に限ってはあまり話をしない方が得策だろうと思ったのだ。

 幸運なことにも彼女はあまり喋る人物でもなさそうだった。

「あ、そうだ! ねぇねぇ、白ウサギ君! アイズから聞いたんだけど、凄いことしたんだって! 聞いても教えてくれないからさ!」

 ティオナはそうだと言って、ベルの方を向く。

 考えていた傍から、ベルはそう思ったが、アイズが、自身がミノタウロスを殺した(・・・)ことを言っていないのかと少し意外に思った。

 まあ、どっちにしろ変わらないかと、ベルはその思考を捨てた。

「...ベルがミノタウロスを一瞬で倒した」

 アイズがふと、その一言を言い放った瞬間、時間が停まったかのように、ロキ・ファミリアは静まり返った。

「...ねぇ、クラネル君。それは本当かい?」

 その停止した時間を動き始めさせたのは、フィンであった。

「えぇ、本当です」

 ベルは正直にそう答えた。

「だとすると、君のレベルは幾つなんだい? 失礼なんだけど、あまりそういう風(・・・・・)にはみえないんだけどね」

 本当に失礼だと、ベルは笑ってしまった。

 しかし、周りのメンバーは笑えなかった。

「僕のレベルは1(・・・・・)ですよ。あなた達と比べたら天と地の差ですけどね」

「ちょっと待ってください! lv:1でミノタウロスを倒すだなんて、そんなのありえませんよ!?」

 そう声を荒げたのは、レフィーヤだった。

 このメンバーの中で、レベルが一番低い彼女だから分かることだった。

 ミノタウロスはlv:1の冒険者では絶対に倒せない(・・・・・・・)

 実際、彼女は当時、倒すことなど出来なかったのだ。

「いやーラッキーというか、ミノタウロスが滅茶苦茶というか尋常ないくらいに弱ってましてね(・・・・・・・)

 もしかして、あなた達が弱らせてくれたんですかね、そう言った。

「弱ってたって...! だとしても...!」

「僕がミノタウロスに遭遇した時には、既に腕が切り落とされていましたし、瀕死の状態でしたよ」

 

 

_______ナイフで一回切る程度で倒せる程に。

 

 

「...でも、ベル、あれは_____」

「いやぁ、びっくりしましたよ。いきなりミノタウロスが出てくるし、やられる覚悟で切りかかったら、一瞬でバラバラになったんで、ちょっとゾッとしましたよ」

 アイズの発言を遮って、ベルはそう言ってのけた。

 しかし、ゾッとしているのはベル自身(・・・・)にだったが。

 こんな簡単に嘘を吐ける自分にだ。

「だから、もしあなた達が弱らせてくれたのなら、僕はお礼を言いたいんです」

 命を助けてくれてありがとうって、ベルがそう言うと、周りの面々は静まり返った。

 賑やかな酒場の中でこのテーブルだけ、ポッカリと穴が空いたような、そんな感じだった。

「...すまない、そのミノタウロスは僕達が取り逃がした奴みたいだ。仲間を代表して、深く謝罪をさせてもらう」

 フィンはそう言って、頭を下げる。

 他のメンバーは唖然としていたが、それに続いてリヴェリアが頭を下げ、何人かのメンバーも頭を下げた。

「謝るのは止めて下さいよ。頭を下げられるようなことはされてませんし。それに女性に頭を下げさせるのは、辛い(・・)んですよ...」

 本当に今日は厄日だ、ベルはそう思った。

「はははっ、そうかい。クラネル君は面白い人だ。フェミニストなんだね。モテるでしょ?」

「いえいえ、ここで一番モテている人に言われたくないですよっていうか、それ、嫌味に聞こえますよ」

 そう言って、ベルとフィンは笑い合った。

「でも、残念だけどそのミノタウロスを弱らせたのは僕らじゃないよ。きっと、他の冒険者だろうね」

「そうなんですか。それなら、その冒険者に会った時にはきちんとお礼を言いたいと思いますね」

 周りから見ても異常と思える程の光景だった。

 ベルとフィン以外のメンバーが、引いてしまう程に、彼等は笑っていた(・・・・・)

「...嘘は、ついてへんみたいやね...」

 ロキは明らかに納得はしていなかったが、それ以上聞いてくることはなかった。

「...ベル。あれは絶対に...」

「あ、すいません、そろそろ帰らないといけない時間みたいです」

 ベルは時計を指して、そう言った。

 アイズには、これ以上何も言って欲しくなかった。

 ベルにとって、それは心が痛むことであったが、あれ(・・)を知られるよりかはマシだ。

 そう自身に言い聞かせ、ベルは席から立ち上がった。

「え、もう帰っちゃうの?」

 この中で一番仲良くなったであろうティオナが、残念そうに声をかけた。

「ちょっと、用事がありまして。急がないといけないんですよ」

 申し訳なさそうに言うベル。

「そっかぁ...残念...」

ショボくれた様子のティオナ。

 その姿は捨てられた子犬を彷彿とさせるもので、保護欲を掻き立てられた。

「てめぇは絶対認めねぇ...!」

「...こんな、軽そうな奴にアイズさんは渡さない!」

 どうやら二人からは一方的に嫌われてしまったようだったが。

「あははは...それでは失礼しますね」

 ベルは苦笑しながら、そう言って、店員を呼ぶ。

 来たのはアーニャだった。

「これ、今日の分のお金です」

「...ベル坊のせいで、どんだけ大変だったと思ってるにゃ!」

 それは自業自得だろうとベルは思ったが、はいはいとおざなりに返事をすると、店の入口に向かう。

 その途中で振り向き、ロキ・ファミリア、そしてシルとリューを見て、礼をしてから、ベルは店を後にした。

 アイズ・ヴァレンシュタインのすがるような顔を無視して。

 

「ほんと、嫌になる...」

 

 

 ベルの声は誰にも届くことはなかった。



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#5

増えていくお気に入り数を見て、書くのが怖くなってきました。
あと、眼鏡のお節介やきなハーフお姉さん可愛いです。


 ベル・クラネルはアルバイターである。

 何故と言えば、生きるためにはお金を稼がなくてはいけないからだ。

 当たり前のことである。

 オラリオに来て、ベルは最初に住居を探したのだが、地理が全くわからない状況での探索は大変だった。

 一日中歩き回り、漸く見つけ、どうにか契約をつけれた。

 まあ、すぐには住むことは出来なかったので、たまたま出会ったシルやリューにお世話になることになったのだが、それはまた別の話だ。

 そして、次に問題になったのが、仕事であった。

 ベルはすぐに仕事に就こうと、求人広告を見に行ったり、ハローワークに行ったが、中々決まらなかった。

 ベル、14歳にして社会の荒波を味わうことになった。

 しかし、苦労すること漸く、仕事が決まったのだ。

 アルバイトではあったが、この際職に就ければ何でもいいと半ばヤケクソ気味にそこにしたのである。

 その仕事とというのは...

 

 

「あと一件、と...」

 

 

 ベルは片手に荷物を抱えながら、もう片方の手で配送先を確認する。

「って、ギルドじゃないか」

 持っていた紙に書いていた宛先には、見覚えのある住所があった。

 ベル・クラネルは郵便屋である。

 運び屋、トランスポーター等、様々な呼称はあるが、そういう仕事をしていた。

 広いオラリオの配達をするのは、かなり大変である。

 自身の担当する箇所は一部ではあるが、それでも十二分に広い。

 配達を終えるだけで、その日に必要な運動量を補えてしまうほどに。

 その分、給料もそれなりに高いのではあるが。

 ちなみにベルはこれを半日でこなしているため、同僚と比べると一番早く仕事が終わっているのであった。

「しかし、どうしよう...」

 ベルは今日最後の配送というのと、場所もかなり近いのもあって、歩くことにした。

 そして、そのまま考えに耽り始める。

「どうするかな...」

 昨夜の豊穣の女主人での一件で、ロキ・ファミリアの面子に自身のレベルは1と面倒な嘘を吐いてしまった。

 この嘘はどう考えても後々に面倒なことになりかねなかった。

 何故なら、彼は冒険者でもなければ、恩恵すら受けてないのだから。

「...これは本格的に、どこかのファミリアに入って恩恵を受けないといけないのかな」

 ロキ・ファミリアの面子は明らかに渋々納得していた感があった。

 ロキが嘘を吐いていないと判断すれば、他のメンバーはそれに従い、納得しなくてはいけない。

 しかし、少しでもこの嘘が瓦解すれば、間違いなく目を付けられる。

 いや、この嘘だってかなり適当なものでもあるし、もう目を付けられているかもしれないが。

 とにかく、ベル・クラネルの日常は変わりつつあった。

「お疲れ様でーす! 郵便でーす!」

「お、ご苦労さん。いつも助かってるよ」

 到着し、ギルドの裏口から入ると、 いつも会う男性職員に挨拶をして、荷物を渡した。

「ここにサインお願いします」

「はいはいっと。あ、そうだ。またなんだけどいいかな?」

 男性職員はサインすると、はははと気まずそうに笑いながら、そう言った。

「はい、大丈夫ですよ」

 ありがとう、そう言って職員はベルを倉庫に案内する。

「これですね」

 案内された倉庫で、ベルが指差したのは鍵の付いた大きな古い箱だ。

 恐らく過去の書類などが入っているのだろう。

 見るからに重そうであった。

「ここも、最近整理してて、鍵も新しいのにしてるんだけど、これが開かなくてさ」

 困ったように言う男性職員。

 確かに鍵穴は完全に錆びていてボロボロで、これなら鍵が入らなくてもおかしくない。

「これ、壊れても大丈夫ですよね」

「あぁ、どうせ取り替えて捨てるから、全然構わないよ」

「了解です」

 破壊許可を無事に貰ったベルは、そう言って鍵に触れた。

「あ、針金とかありますかね」

「針金かい? ちょっと待っててくれよ」

 男性職員はあったかなーと言いながら倉庫を出ていった。

「...よし」

 ベルは出ていったことを確認すると、鍵穴の部分を指でなぞるように縦に切った(・・・)

 カチャリと鍵が開いた音が響く。

「おーい、針金持ってきたよ。でもこんなんで開くのかい?」

 少し小走りで来た男性職員が、倉庫に入ってくる。

 額には少し汗が見えたので、相当急いでくれたのだろう。

少し悪いことをしたなとベルは思った。

「すいません、鍵開いちゃったんで大丈夫でした」

 ベルはあははと笑って、そう言った。

「あ、何だ、開いたのか。いや、全然良いっていうか、寧ろありがとうだからさ」

 助かったと男性職員はお礼を言ってきた。

「いえいえ、これくらい。困ったらいつでも呼んでください」

 それは助かるよ、そう言って男性職員は嬉しそうにする。

「あ、そうだ。エイナちゃんに会っていくといいよ。もうすぐ休憩入るところだと思うし」

 さあて仕事仕事と、男性職員は腕をグルグル回してから、その箱を持ち上げどこかに持っていった。

「折角だから挨拶してくるか」

 ベルは倉庫を出ると、裏口から一旦でて、表から入り直した。

 受付を見ると、ちょうど資料を纏めているであろうエイナがいた。

「こんにちは、エイナさん」

「あ、ベルくん!? こんにちは。もしかして、配達?」

 エイナは少し驚いたようにそう言った。

「はい。今日はもう終わりだったんですけれど、ついでにエイナさんに挨拶していこうかと思いまして」

「それなら、私今からお昼休憩だから、一緒にご飯食べに行こう?」

 エイナの思わぬお誘いに、ベルは驚いたものの、すぐに嬉しそうな表情になった。

「喜んでお受けしますよ。どこに行きます?」

「あ、これだけ片付けるから外で待っててくれる?」

 分かりました、そうベルは返事をすると、受付を後にして、外の広場に出た。

 外に出ると、冒険者や、それの補佐をするサポーターがたくさん居た。

 ベルからしてみれば、ダンジョンへ潜るのに複数人数で行く利点はあまり感じられなかった。

 しかし、常識的に(・・・)考えるとそちらの方が正しいかとすぐに考えを改めることになったが。

「っと...すいません、大丈夫ですか?」

 考え事をしていると、誰かと軽くぶつかったらしい。

 ベルはすぐにぶつかった方向を向いて謝罪した。

「いえいえ、気にしないで下さい」

 そう言ったのは、フードで顔を隠し、身の丈以上の巨大なリュックを背負った小柄な少女であった。

 推測するに小人族(パルゥム)の少女のようであった。

「...もしかして、お兄さんは冒険者の方ですか?」

 すると、少女はそんな質問をベルにしてきた。

「いや、違いますよ。僕は只の(・・)アルバイターです」

 ベルは即答した。

 そう、自分はアルバイターであり、冒険者ではない。

 ダンジョンなどたまに潜る程度でいいのだ。

「...おかしいですね。リリの勘は結構当たるんですけどね」

 何かぶつぶつと呟く少女。

 その声はベルの耳に言葉として届くことはなく、意味のない言葉の羅列にしか聞こえなかった。

「もし、冒険者になったのなら、このリリルカ・アーデを御贔屓にしてくださいね」

 笑顔で少女、リリルカ・アーデはそう言うと、ダンジョンの入り口へと、走っていた。

「サポーターか...」

 つまり、さっきのはキャッチだったのかと、変に感心するベルであった。

「...ふーん」

 背後から、ふと気配を感じ、振り向いた。

「え、エイナさん...」

 そこには、少し頬を膨らませたエイナが立っていた。

 私、不機嫌ですよと言わんばかりの顔である。

「ベルくんって、すぐ女の子と仲良くなるよね~」

「そんなことはないですよ」

 現に一人に滅茶苦茶嫌われてしまっているのでそれは当てはまらないと、ベルは言おうと思ったが、それも言ったら言ったで問題だったので口を閉じた。

「...別にいいんだけどね~。私には関係ないし~」

 エイナはそう言うとプイッと顔を背けて、歩き始めた。

「ちょっと待ってくださいよ。どこ行くんですか?」

「知らない!」

 エイナはベルに顔を背けて向けずにそう言い放った。

 この質問に対して、その答えはどうなのかと思ってしまったが、祖父曰く"女はどんな難しいパズルや問題よりも難解である"と言っていたことを思い出し、納得していた。

 なるほど、確かに難しいと。

 ぷりぷりと怒るエイナをすぐに追い掛け、横に並ぼうとするも、足を早めて置いていこうとするため、ベルはひたすら謝り続けることになったのだった。

 

 

 

 

 入ったのは近くにある、喫茶店であった。

 内装、外装共に"木"の素材をベースにしているためか、木目調の暖かい雰囲気を醸し出している。

 外にはカフェテラスがあり、仕事の合間を縫ってのアイドルタイムを過ごしている人や、夫婦や恋人同士など様々な客が連ねていた。

「私はAセットにするね。ベル君は?」

「えーっと、じゃあBセットで」

 すいません、そう店員に声をかけてオーダーするエイナ。

 ここには初めて来たので、完全に任せているベルであった。

 先程の不機嫌ですよという表情は消え、いつものエイナに戻っている。

 ベルはどうにか機嫌を取ることに成功し、今はこうして普通に会話出来るようになっていた。

 今度から言動には少し気を付けようと、ベルは思っていた。

「お洒落なお店ですね」

「何? 私にはこういうお店は似合わないって言いたいの?」

「逆ですよ、逆。寧ろ似合ってますしね」

 カフェテラスで読書しながら紅茶とか飲んでたら様になって綺麗ですよね、そうベルは言った。

「...一応、ありがとうって言っておくね」

 頬を赤くして目をそらすエイナ。

 こういうのをギャップ萌えというのか、とても可愛く思えたベルであった。

「...本当質が悪いよね。もしかしてわざとやってる?」

「どういう意味です?」

 要領を得ないエイナの言葉に、ベルは疑問を感じていた。

「...女の子に対して基本的に優しいところとか、そうやって褒めたりするところとか」

「別に女性に優しくするっていうのは、じいちゃんからの教えなので、染み付いちゃったんでしょうね。あと、褒めるって言っても僕は本当のことしか言いませんよ」

 ベルは酷く真面目にそう言った。

 それに対し、本当質が悪い、そう小声で呟くエイナであった。

「ベルくんってさ、女の子に告白とかされたことない?」

「え、いきなり何ですか?」

 突然、エイナの口からそんな問いを投げ掛けられ、ベルは戸惑った。

「いいから答えなさい」

「...うーん、そうですね。故郷にいた子にならありますね」

「...ちなみに何人くらい?」

「えっと、5人...いや6人かな...うーん...」

 ベルは思い出しながら、指を一本一本折り曲げていくが、途中でそれを繰り返し、結局止めてそう言った。

「自覚あるのか、無いのか分からないよ...」

 頭に手を当てて、深く溜め息をついたエイナであった。

「あ、もしかして、そういう話ですか?」

 ベルは漸く気付いたのか、そう言葉にした。

 エイナは内心で、鈍すぎでしょと毒づいたが、ベルにはそれは通じなかった。

「確かに告白されたとき、優しいからとかそういう理由でしたけど。でも、僕からしたら別にいつも通りにしてるだけなんですけどね」

 つまり、彼は全ての行動を無意識に行っているということなのかと戦慄するエイナ。

 彼の故郷のことは分からないが、この毒牙にかかってしまった被害者(女の子)は何人いるのだろうか。

 恐らく、彼の預かり知らないところでも被害者はいることを考えると、その人数は計り知れないかもしれない。

 寧ろ、その告白した女の子は凄いなと思ってしまうエイナであった。

 ナチュラルキラー(・・・・・・・・)とでも言うべきか。

 エイナはベルに、本人にとっては不名誉極まりない称号を勝手に付けていた。

 そんな風に会話をしていると、店員がランチセット二つを運んで来た。

 エイナの元に置かれたのは、海鮮パスタとサラダのセットで、メニューを見ると日によってパスタの内容が変わるらしい。

 ベルの元に置かれたのはハンバーグのセットであった。

「美味しそうですね」

「ううん、違うよ。美味しいんだよ」

 そう訂正してくるエイナに、そうですねと笑って、ベルは返した。

「確かに美味しいですね」

「だよね」

 そんなまったりとした時間を過ごしていくベルとエイナ。

 時間の経過がゆっくりに感じるのも、この喫茶店の特色なのだろうか。

「エイナさん、一つ聞いていいですか?」

「うん? どうしたの?」

 途中、二人は食べさせ合いっこをしていたのだが、その途中でベルがふと、そう投げ掛けた。

「仮に冒険者になる場合は、どうすればいいですかね?」

 ベルがそう口にした瞬間、あーんしようとしていたエイナのフォークがテーブルクロスに落下し、そのまま床へと落ちた。

 お客様!と、とそれを見たのであろう店員が代わりのフォークを持ってきて、交換する。

「すいません、ありがとうございます。...エイナさん、どうしたんですか? いきなり固まって」

 ベルは微動だにしないエイナの代わりに店員へ礼を言うと、心配そうに声をかけた。

「べ、ベルくん!? それ、どういうことかな!?」

 突如、覚醒したエイナは声をあげて、立ち上がりテーブルをバンッと叩く。

「ちょっ、エイナさん。周り周り!」

 こんなことを静かな喫茶店の中でしてしまえば、考えなくとも、注目を浴びてしまう。

 現に、ひそひそと「痴話喧嘩...?」などという会話が聞こえてきた。

「...あっ...すいません...」

 周りの様子に気付いたのか、顔を羞恥で真っ赤にして、ペコペコと謝りながら席に着いた。

「エイナさん、いきなりどうしたんですか? らしくもない」

「ベル君のせいでしょ...! って、さっきの一体どういうことなの...!?」

 エイナは小声で声を張るという器用なことをしていた。

 先程のが恥ずかしかったのか、まだ顔は赤かった。

「いや、だから。仮に冒険者になる場合はどうしたらいいんですかって...」

「ベル君、冒険者になるつもりなの...!?」

 少し話を聞いてないエイナに少し溜め息をつくベル。

 何をそこまで彼女は慌てているのだろうか。

「仮にですよ、仮に。その場合って、ファミリアに入ったり、手続きしたりって色々あるじゃないですか」

 ギルドで働いているエイナさんなら詳しいと思って、そうベルは付け足した。

「何だ、びっくりした...てっきり、冒険者になりたいとか言うのかと思った」

 エイナは何故か安堵の表情を浮かべていた。

 しかし、びっくりしたのはこっちだとは、ベルは言えなかったが。

「そう、だね。まずファミリアに入って神様から恩恵を貰って、そこからギルドで冒険者登録をして、漸く冒険者だね」

 恩恵については聞く?と、エイナに言われたが、その辺りはある程度知っているので大丈夫と断った。

「そういうのって、神様に普通に話し掛けるんですかね」

「うーん、そうだね。話し掛けて、ファミリアに入れてくださいっていうのも手だし、もしくはそのファミリアの冒険者から紹介してもらうとか、直接ファミリアを訪れるとか、そんな感じだね」

 なるほど、そうベルは頷くと何かを考え始めた。

「どうしたの?」

「いや、何でもないです...」

 実際問題、大規模ファミリアにもなると、人数が多いだろうから、更にそこに冒険者を新しく迎えるとなると、かなり大変だろう。

 恐らく、入団テストのようなものもやっているのであろうか。

 そんなことをベルは考えていた。

「ねぇ、ベル君...」

「はい、何でしょうか」

 ベルは返事をして、エイナの顔を見ると、心配そうな表情をしていることに気付いた。

「私は、ベル君が冒険者になるのは反対だよ」

 そうはっきりと、エイナは告げた。

 おふざけなど一切無い真面目な表情だ。

「...どうしてですか?」

「だって、ベル君みたいな子がダンジョンに潜ったらすぐに死んじゃいそうだし」

 酷いなと、ベルは苦笑いしたが、エイナは止まらない。

「それに、ベル君はお人好しだから、他の冒険者に騙されたり、アイテムを買うときにぼったくられそうだし...」

 それからそれからと、エイナは次々とベルが冒険者になるべきでない理由を告げていく。

 そこまで、僕は冒険者に向いていないのかと、少し落ち込んでしまうベルであった。

「...だから、ベル君は地上に居るべきなんだよ。頼りなくていいんだよ。危険な目に遇わなくても十分生活出来てるよね。私が出来ることなら面倒も見るし、もし、ちゃんとした仕事に就きたいなら私が探してあげるし、ベル君が良いのなら私が養って_______」

「ちょっと、待ってください。だんだん話が変な方向に行ってますよ」

 話の雲行きが不安になってきたベルはエイナにストップをかけた。

「だって、ベル君。たまに別の何かを見ている(・・・・・・・・・)時があるし、それにどこか遠くへも行きそうな気がして...」

 エイナは声を萎ませて言った。

「確かに、もし冒険者になったら遠く、というかダンジョンの奥には行きますね」

「そういうこと言ってるんじゃなくて...!」

「分かってますよ。別に冒険者になったところで、何処にも行きませんし。それに、今の状況ってかなり居心地良いんですよ」

 だから、何処にも行かない、ベルはエイナにそうはっきりと言った。

 真っ直ぐにエイナの瞳を見つめて。

「それに僕は今、エイナさんを見ているじゃないですか。それじゃ駄目ですか?」

「っ...!?」

 途端に顔を赤くしてそっぽを向くエイナ。

 流石に気障すぎて引かれたかと、後悔するベル。

「...ベル君って、本当、質悪いよね」

「また、それですか...?」

 そう言うと、ベルとエイナはプッと吹き出し笑った。

「...ベルくん。もし、冒険者になるのなら、絶対私がアドバイザーとして担当に付くから、覚悟しておいてね」

「なるとはまだ言ってないですけど...でも、それは良いですね。前向きに検討しますよ」

 絶対だからね、そうエイナが念押しし、ベルが曖昧に、しかし楽しそうに答える。

「でも、あの台詞は無いと思うよ? 似合わないし」

「ですよねー。自分で言ってて凄い後悔してますもん」

 ベルは恥ずかしさを隠すようにテーブルへ突っ伏した。

 所謂、黒歴史というやつだろうか。

 当分ネタにされそうだと、億劫になっていた。

「...だから、言うのは私だけにしてね」

「...まあ、そうしておいた方が黒歴史分散しないで済みますもんね」

 エイナはそれを聞くと、また吹き出して、そうだねと頷いた。

 今日は踏んだり蹴ったりだなとベルは最近の不幸にぼやいた。

(まあ、でも...)

 目の前の女性が笑ってくれるのなら、それもまた良いかと、ベルはその不幸に納得していた。

 

 

 

 

 

「本当、最低ですね」

「いきなり酷いですね...」

 喫茶店を出て、エイナをギルドに見送り、振り返るとそこにはこちらに軽蔑した視線を送っている、眼鏡をかけた女性がいた。

「あなたは毎度毎度そうやって、女性をたらしこんでいるんですか?」

 感心しますねと、絶対零度の声色で言った。

「別にそんなつもりはないですよ」

「あなたにそのつもりは無くとも、女性の方は勘違いしてしまうんです」

 はぁ、と深く溜め息を吐く女性。

 最近、溜め息を吐かれることが多いなと思ってしまうベル。

 また何かやらかしてしまったのだろうか。

「まあ、そんなことはどうでもいいんです。これを渡しに来たんです」

 そう言って、女性はどこからか出したのか、四角いケースを差し出してくる。

「あ、本当に作ってくれたんですか」

「っ...! あなたが必要だからと言ったから作ったのに...! 態々、材料を集めるのがどれだけ大変だったと思ってるんですか...!」

 キッと睨み付けてくる女性。

 その目には少し涙が浮かんでいた。

「ハハハッ、冗談ですよ冗談。ありがとうございます」

「あなたって人は...!」

 ベルの態度に怒りを露にする女性。

 少しからかい過ぎたなとベルは思ったが、まあ可愛いからいいかと完結した。

「...これは」

 ベルは取り合えず、渡された箱を開けてみる。

 すると、中には銀縁の眼鏡が入っていた。

「...それは、あなたのその力(・・・)を抑えるためのものです」

 女性のその言葉を聞いて、ベルは少し安堵した。

 実際、ベルにとって、もう慣れているとは言え、普段からあれ(・・)は少し辛いものではあったのだ。

「...この眼鏡って、名前とかあるんですかね?」

 ベルがふとそんな質問をした。

 それに対し、女性はそうですねと、一瞬考えてから口を開いた。

 

 

 

「_______"魔眼殺し"、と呼ぶべきでしょうね」

 



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#6

駆け足気味です...


「いやー安かったー」

 パンや野菜、果物が入った茶色い紙袋を抱えながら、メインストリートを、ベルは歩いていた。

 今日はベルがよく足を運ぶ店で、週に一度ある特売の日であった。

 最近は、ミノタウロスの角の売却だったり、バイト代で手当てが入ったりで、お金に余裕が出来ていた。

しかし、基本的には節制を心掛けているベルにとって安い店というのはとても重要で、尚且つ特売日ともなれば、行かないわけにはいかなかった。

「これって...」

 帰路の途中で、街中の至るところに貼ってあるポスターを見て、ベルはそう呟いた。

怪物祭(モンスター・フィリア)、ね...」

 思わず立ち止まり、ポスターの詳細を覗き込んだ。

「闘技場でモンスターの公開調教(テイム)を行うのか...主催者はガネーシャ・ファミリアって、開催日、明日じゃないか」

 昨日まで、バイトを週6で入れていた(16時間労働)ベル。

 労働基準法、何それ? そんなものはありません、である。

 その配達の際に怪物祭のポスターを至るところで見たので、存在は一応知っていた。

しかし、あまりに忙しく、きちんと内容を確認していなかったため、明日であることを知らなかったのであった。

「うーん、行ってみようかなぁ」

 一応、今週はバイトを全て休みにはしているため、特にスケジュールの点では問題なかった。

 自分が休んでいる間、同僚が働いているのを想像すると、それだけで勝ち組な気がしてくる、ベルはそんなことを考えていた。

 途中、顔見知りの人に会ったりして、挨拶をしていたベル。

 よく配達に向かう店の人達や、普通の家の人達。

 挨拶を交わすと、持ってけと色々なものをくれた。

 例えば、食べ物だったり、花だったりポーションだったりと。

 何であれ、何かを貰えるというのは、条件反射的に嬉しくなってしまうのであった。

 そして、出会った人数が三十を越えたところで、ベルは、掛けていた眼鏡に触れながら少しだけ口角を上げて笑ってしまった。

「...ちゃんと見えるってこういうことなのか」

 ベルは誰にも聞こえない声でそう呟くと、人々の雑踏の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 某工房内にて。

「ヘファイストス~」

「あーもう、鬱陶しいからまとわりつかないでくれる?」

 ヘファイストスは、溜め息を吐きながら、腰にまとわりついてくるツインテールの少女の頭を犇々と突く。

「だって~。ボクのファミリアに誰も入ってくれないんだよ~」

「ヘスティア...そんなの私の知ったことじゃないんだけど...」

 ヘスティアと呼ばれた少女、いや女神は、目に涙を浮かべながら、腰に抱きつく力を強めた。

 その結果、彼女の身長に合わぬ豊満な双丘が押し潰される。

 所謂、トランジスタグラマーという奴である。

 恐らく抱きついている相手が男であったら一撃で吹き飛んでいたであろう。

 何がとは言わないが。

 しかし、ヘファイストスは女であるため、反応はせず、寧ろ嫌そうな顔をしていた。

「ねぇ、誰かボクの所で冒険者になってくれそうな人知らないかな...」

「そんなの知らな______あ、いたかも...」

 ヘファイストスは知らないと言い掛けて、一つ心当たりがあることに気付いた。

「それは本当かい!? ヘファイストス!」

 その反応を見て、ヘスティアは目をきらきらと輝かせて、ガバッとヘファイストスの顔を見上げた。

「最近、知り合った子なんだけど、今あんたと同じでアルバイト生活送ってるって言ってたし。それに腕っぷしもある感じだったから、ちょうど良いんじゃないかしら」

 それを聞いて、本当かい!?とさらに顔をきらきらさせるヘスティア。

「性格的にも、まぁ、問題は無いと思うし...」

 そう言って、ヘファイストスは眼帯に覆われている右目を軽く抑えていた。

「...どうしたんだい?」

「...いや、何でもないわよ。そうだ、あと、本人が了承してくれるとは限らないから、そこは私に言われても困るからね」

 ヘファイストスは一瞬頭に過った少年とのあのやり取りを思い出したものの、すぐにそれは掻き消された。

 未だにあの時、少年に言われたことを忘れられないでいたヘファイストスであった。

 眼帯を付けていれば、何かの病気だと勘違いしてしまう者もいるかもしれないが、少年は何か違かった。

 見透かしている(・・・・・・・)、そういう感じであったのだ。

 "魔性"という言葉が彼の少年には当てはまった。

 ヘファイストスはあの妖しげな雰囲気に魅せられてしまっていたのだった。

 しかし、それ以降少年からそういう変な感覚を感じることはなかったが。

 その少年から眼鏡を付けて、「イメチェンしてみたんですけど、似合いますか?」と、笑顔で言われたとき不覚にもときめいていたヘファイストスだが、これは誰にも聞こえない話さないと決めたことであった。

 というより、あんな笑顔を浮かべる少年が、危険な人物であるわけがないと思っていた。

 いや、そう信じたいだけかもしれないが。

 とにかく、ヘファイストスは、あの雰囲気の彼のことを何故か気に入っていたのだった。

「分かってるよ、それくらい! ねぇ、ところで。その子はどんな人なんだい?」

「そうねぇ...一言で言うと、不思議な子なんだけど...さっきも言った通り性格的には問題ないから安心しなさい」

「答えになってないじゃないか~!」

 ヘスティアはぶーぶー膨れているが、ヘファイストスからしてみれば、そう答えることしか出来なかったのだ。

 飄々としているだとか、達観しているだとか、子どもっぽいだとか、無自覚に口説いてくるとか、言うだけなら簡単なのだ。

 しかし、零細通り越して、ファミリアとして成立していないのがヘスティアの状況だ。

 性格を話して、もしヘスティアがそれだけで、彼のことを嫌ってしまえば、一つチャンスが失われてしまうのだ。

 嫌うことなどは絶対にありえないとは思うが、一応の保険だ。

 それに会ってしまえば嫌でも、ヘスティアは自身の状況を省みて誘わなくてはいけなくなるだろう。

 ヘファイストスもヘファイストスで、ヘスティアのことを心配してのことだった。

 いつまで経ってもファミリアを形成せず、ヘファイストスが面倒を見てきたのだが、流石に自立しろと、追い出したのは記憶に新しいことであった。

 そんなヘスティアのファミリアに入ってくれる冒険者も、変な輩が入っては困るし、だからと言って文句ばかりは言ってられない。

 そこで、あの少年だ。

 彼なら、まだ会って間もないが悪い人ではないのは分かっているし、ヘスティアとの関係も上手くやれるだろう、そう思っての選択であった。

 まあ、ファミリアに入ってくれる保証など、どこにもないのだが。

「取り合えず、あの子なら大丈夫よ。それに性格なんて(ヒト)に聞くより自分で確かめた方がちゃんと分かるわよ」

 ムムムッとヘスティアは頬を膨らませて唸るも、すぐに口内から空気が排出された。

「分かったよ。ヘファイストスを信じるよ」

「そうそう、私を信じなさい」

 そうヘファイストスはおざなりに答えた。

 しかし、それは二人の信頼関係だからこそ出来るものであった。

 故にヘスティアはヘファイストスのことを信頼しているし、ヘファイストも、こと金銭面を除けばヘスティアのことをとても信頼しているのである。

「じゃあ、早速その子のスカウトに行ってくるよ!」

「あ、ちょっと!」

「待ってろよ~ボクのファミリア第一号君~!」

 物凄いスピードでヘファイストスのもとを後にするヘスティア。

「はぁ...名前も特徴も聞かないでどうやって探すつもりなんだろう、あの子は...」

 思わず深い溜め息をついてしまう。

 まだまだ彼女の面倒を見なくてはいけないのか、そう思ってしまうヘファイストスであった。

「ベル、ごめんなさい...」

 そして、この場にいない件の少年へ、一言謝るのであった。

 

 

 

 

 

「すごいな...」

 当日、街はとても活気に溢れており、いつも以上に人々の歓声も大きくなっていた。

 風船を手に持った子ども達が駆け抜けていく。

 恋人達が仲睦まじく腕を組んで歩いていく。

 祭りにはしゃぐ我が子を愛おしげに見詰めながらも、両親はその子を追いかけていく。

 オラリオに何十年も住んでいるであろう老夫婦が、ゆっくりと街の風景を眺めていた。

 今のオラリオには、多種多様の人々の姿が一挙に現れていた。

「取り合えず、適当にお洒落はしてきたけど...」

 まだあまり掛け慣れていない眼鏡を弄りながらベルはそう言った。

 誰と行くわけでもないのだが、もし知り合いに会った際にダサい格好をしていたら、笑われてしまうだろう。

 特に女性に対しては、気を遣っているベルだ。

 彼の祖父曰く、"服装にも気を遣わなきゃ今の女は振り向いてくれない"らしい。

 今のところ、ベルはそこまで、女性と付き合いたいだとかは考えてはいないが、服装に気を遣うというのは納得出来たため、常日頃気を付けていたのだった。

「...確か、闘技場でイベントが見られるんだよね」

 宣伝ポスターには、闘技場でモンスターの公開調教(テイム)を行うと書いていた。

 結構大々的に書いていたので、目玉イベントなのだろう。

 怪物祭(モンスター・フィリア)という名前からも、それが容易に想像出来た。

「あ、ベル坊にゃ」

 ふと後方から声を掛けられる。

「...だから、その呼び名は止めてくださいって言ってるんですけどね、アーニャさん」

 相も変わらず、その呼び方で読んでくる猫人(キャットピープル)に、ベルは深いため息を吐いた。

「そんなことはどうでもいいにゃ。それより、シルとリューを見なかったかにゃ?」

「いや、見てないですけど。どうかしたんですか?」

 どうでもいいと言ったことに対して、少し問い詰めたい所ではあったが、取り合えず後回しにすることにした。

「________て、わけにゃ」

「なるほど...」

 話を聞くに、シルは今日は調度休みらしく、それで怪物祭を見に行こうとしていたらしい。そこで、アーニャと他数名がお土産をに頼み、それをシルも了承したのだが、肝心の財布を忘れてしまったらしい。

 そこでリューがシルを探しに行ったらしく、そのリューも捜索中ということだ。

「全く、お金が無かったら折角の祭りも楽しめないのにゃ」

「...でも、お土産が欲しかったからですよね。財布持ってきたの」

「当たり前にゃ。でなかったらこうやって持ってこないにゃ」

 当然のような顔で言うアーニャ。

 やはり、いつもの彼女であった。

「...取り合えず了解しました。会ったら、探してたって言っておきます」

「頼むにゃ。ベル坊なら安心して任せられるにゃ」

 それはありがとうございますと、ベルが適当にお礼を言うと、アーニャは早々に走って消えていった。

 一体どれだけお土産が欲しいのだろうか。

 いや、きっとシルが楽しめるように探しているのも理由なのだろう。

 そう信じたいベルであった。

「...探すか」

 ベルはそう呟くと、シルとリューを探すミッションに取り掛かることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 某時間帯闘技場の地下。

 そこには大広間があり、幾つもの檻が置かれている。

 檻の中には、今日調教(ティム)される様々なモンスターが身を潜めていた。

 時折その中から、地鳴りのような声と檻が軋む音、鎖のジャラジャラとした耳障りな音が響いており、その空間は酷く不気味であった。

 しかし、そんな空間に不釣り合いな存在がいた。

 この世の美をかき集め、詰め込んでも尚足りない、美の極致、天界の女神。

 名をフレイヤと言うその神は檻に閉じ込められているモンスター達を愛おしげに見ていた。

「ふふっ...あの子(・・・)にとってみたら、この子達も軽く一蹴してしまうのでしょうね」

 いや、彼女が愛おしげに見ていたのは目の前のモンスターではなく、脳裏に映る誰かであった。

 そもそも眼中になどなかったのだ。

「でも、先ずは小手調べ。これくらいの相手、簡単に圧勝するところを私に見せてちょうだい」

 そう言って、フレイヤは鍵を取りだし、檻に付いてある鍵穴に差し込み、扉を解錠した。

『グオォォォォォォ!!』

 一気に自由の身となったモンスター達は、凄まじい咆哮をあげながら、地下部から解放されていく。

「ふふふふふっ...喜んでくれるかしら、あの子は(・・・・)...」

 この世の誰もが見惚れるような笑みを浮かべるフレイヤ。

 その後ろでは、解き放たれたモンスター達が地上へ向けて大行進しており、まさに怪物祭(モンスター・フィリア)であった。

「あぁ...また、私にあの姿を見せてちょうだい。私を震わせてちょうだい。愛しい愛しいあなたを抱き締めさせてちょうだい。私はあなたを愛している。例え、あなたが死のうともどこまでも追い掛けて、その魂を抱いてあげる。もし、あなたが私を殺すというのなら、喜んで死んであげる。あなたが望むなら、私は私の全てをあなたにあげたっていい。だから、お願い...私を________

 

 

 

________失望させないでちょうだい」

 

 

 

 

 

「ちゃんと、ヘファイストスに聞けばよかったよ...」

 トボトボとごった返す東のメインストリートを歩くのはヘスティアであった。

 その顔には少し疲労が見えていた。

 後悔しているのは勿論、件の冒険者候補の特徴を聞き忘れたことである。

「こうなったら自棄食いだい...! へい、おじさん! そのクレープ二つ下さい!」

 勢いよくクレープを2つ頼むヘスティアを、その店の店員は少し悲しそうな目で見ていた。

 周りにはカップルがたくさんいるのに、一人で歩いて、しかもクレープを二つ頼むというのは、何というか別の意味で自棄になっているように見えたからだ。

「はむっ...はむっ...! どうしてこうなるんだい...!」

 ヘスティアはお金を店員に渡すと、クレープを二刀流にして、自身のイライラをぶつけるように食べ始める。

 まあ、自業自得といえば自業自得であったが。

「あ、ヘスティア様」

「ムグッ...ひひは(きみは)」

 ヘスティアが後ろを振り向くと、そこには割りとじゃが丸くんの店にくる白髪紅眼の少年がいた。

「飲み込んでから喋りましょう。はしたないですよ」

 少年が少し笑いながらそう言うと、ヘスティアは顔を赤くして急いでクレープを飲み込んだ。

「笑うなんて失礼じゃないか」

「ごめんなさい。いや、余りにも無心でクレープ食べてたものですから、つい...」

 未だに笑い続ける少年に、ヘスティアはムッとしつつ、ジト目を向けた。

 一頻り笑うと、ベルは改めてヘスティアに謝って、場所を移すことにした。

「そういえば、まだ僕の方がちゃんと自己紹介してませんでしたね」

「そういえばそうだね」

 場所は移って、メインストリートから少し外れた、公園。

 今日が祭りなだけあって、いつもなら結構いる

人も、かなり疎らになっていた。

「僕の名前はベル・クラネルと言います」

「ボクはヘスティア。これでも神様なんだよ!」

 エッヘンとドヤ顔をかますヘスティアに、ベルはまた吹き出しかけたが、どうにか我慢することが出来た。

 流石にまた笑ってしまったら、本気で怒ってしまうかもしれない。

 まあ、そんなことは無いとは思うが。

「ところでヘスティア様は何をあんなに不機嫌そうだったんですか?」

「うっ...それは...」

 何故か、黙り込んでしまうヘスティアにベルはクエスチョンマークを浮かべた。

「...言いづらいなら、聞きはしませんけど。イライラは溜め込むと身体に毒ですから気をつけてくださいね」

「う、うん...分かってるよ...」

 普通に心配されてしまい、ヘスティアは泣きそうであった。

 人探しをしているのに、その人物の特徴を聞かなかったがために、見つけられず、今の状況に至ったなどとは言えなかった。

 ヘスティアの神としてのなけなしのプライドが、彼女を追い込んでいたのだった。

「あ、そうだ。今、人探ししてるんですけど、この辺で鈍色の髪をしたヒューマンの女性と金髪のエルフの女性を見掛けたりとかしてませんか?」

「...うーん、特に見掛けてはいないけど」

 顎に手を当てて、思案するも、今日それに該当する人物には会っていないとヘスティアは言う。

「そうですか...ありがとうございます。助かりました」

「いや、こっちこそ、見掛けていたら良かったんだけど」

 そう言うと、ヘスティアは閃いたと、頭上にランプを光らせた。

「そうだ、ボクも君の人探しを手伝ってあげるよ!」

「いやいや、悪いですって。ヘスティア様も用事があったりするんでしょう?」

 その用事も先程、続行不可能だと判断してしまったため、現在彼女は暇であったのだ。

「気にすることはないよ。こうやって人助けするのも(ボク)の仕事だよ」

 純粋に尊敬の眼差しを向けるベルに、ヘスティアは罪悪感でいっぱいだった。

 本当はやることがないから、この持て余している時間を消費したいだけなんて。

「それじゃあ、行こうか! ベル君! あ、このクレープ、一つ君にあげよう!」

「えっと...ありがとうございます」

 間接キス云々は気にしないベルであったが、ヘスティアも気にしていないのを見て、遠慮なく頂くことにした。

 

 

________甘い。

 

 

 それはクレープ自体のことなのか、それとも美少女の食べ掛けを食べたことなのか。

 取り敢えず、ベルは、今日は良いことがありそうだと心を踊らせるのだった。



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#7

貧乳アマゾネス可愛い。



 女の子というのは何というか、とにかく甘いものが好きなようだ。

 食べ物に限らずとも、それに準ずるもの、甘い言葉や、甘い恋愛などもそうだ。

「このタイヤキのアンコっていうの凄く美味しいね!」

 今隣にいる女神様は食べ物の方であるみたいだが。

「東洋の方から伝わった食べ物みたいですね」

 現在、人探しをしつつも、出店で食べ物を買って食べ歩いていた。

 勿論、ベルが全額出している。

 最初は、早く見付けようとベルはスタスタと歩いていたが、ヘスティアの方から、食べながら探しても良いじゃないかという提案を受けたのだ。

 ヘスティア曰く、「このお祭りは年に一度しか無いんだから、君も楽しまなきゃ損だぜ」ということらしい。

 渾身の決め顔で言われたが、目茶苦茶可愛かったのでベルはそのまま流されてしまったのだ。

「あ、見たまえよ! 大道芸をやってるよ!」

 そう言って、ピエロの仮装をした人物を中心に出来ている人だかりを指差した。

「でも、二人を探さないといけないので、後でですね」

「分かっているよ!」

 ヘスティアという女神(女性)は表情豊かな美少女である、というのが、ベルの抱いている印象である。

 じゃが丸くんの店には割りと行く方であり、店員をしているヘスティアにもよく会う。

 彼女の人懐っこい性格や容姿、コロコロと変わる表情も相まって、来る人来る人に好かれていたのは、見ているだけで分かった。

「そういえば、君って、眼鏡なんて掛けてたかい?」

 ふと、ヘスティアが指でベルの掛けている眼鏡を指した。

「掛け始めたのはつい最近ですからね」

 まあ、貰い物なんですけどねと付け足すベル。

 別に嘘を吐く必要も無いので、正直にそう言った。

「似合ってると思うよ」

「...ありがとうございます」

 屈託の無い笑顔でそう言われ、ベルは正直眩しいなと思いつつも、素直に喜んだ。

 お世辞かもという可能性は無きにしも有らずではあるが、彼女に限ってそんなことはないだろう。

「しかし、君の探し人も見つからないねぇ」

「そうですね。せめて、何処に行きそうなのか、聞いておけば良かったですね」

 失敗したと、ベルは思った。

 こんなに広く、かつ人も大勢いるオラリオ内での、人探しは困難を極めるだろう。

 どうしようかと、ベルは唸っていると、ヘスティアがそうだと、言い出した。

「きっと、闘技場じゃないかな」

「闘技場って、調教(テイム)を行ってる場所ですよね...」

 正直、シルのような女性が見に行くようなものではないとベルは思っていた。

 荒々しい、悪く言えば野蛮な闘技場での催し物は、シルが興味を持つとは思えなかったのだ。

「うん、あれはこの祭り一番の目玉イベントだからね。街中の人達が、挙って闘技場に行くんだよ。老若男女関係無くね」

 そう説明してくれるヘスティアに、ベルはなるほどと頷いた。

 オラリオに来て、まだそんなに経ってはいないので、その情報は助かると素直に思った。

「それじゃあ、闘技場の方に行ってみますか」

「うん、そうしよう!」

 ヘスティアは元気にそう言うと、ベルの腕を引っ張って歩き出す。

 どうやら、彼女自身、その催し物を見たいらしい。

 子どものようにウキウキとしているヘスティアを見ていると、本当にこの子が神様なのかと疑ってしまいそうだった。

「ヘスティア様は、見たことあるんですか?」

「ううん、初めてだよ」

 腕を引っ張りながらそう答えるヘスティアに、どうしてと、ベルは疑問に思った。

 てっきり、行ったことがあるのかと、先の会話で思っていたからだ。

「毎年、この時期はアルバイトがすごく忙しくなってね」

 あははと笑いながら言うヘスティアに、ベルは少しだけ悲しい気持ちになってしまった。

 同じくアルバイト生活を送っている身としては、他人事ではないからだ。

 いくら女神と言えど、地上ではただの女の子に過ぎない。

 女性を大事にしろと育てられたベルにとっては、何分どうにかしてやりたい気持ちはあったものの、何をすれば彼女の為になるのか分からなかった。

 故に、ベルは今打てる自身の最善手を打つことにした。

 

 

「...ヘスティア様、じゃが丸くん奢りますよ」

 

「それをこのボクに言うのかい!?」

 

 

 どうやら、この選択は間違いであったらしい。

 

 

 

 

 

「やっぱり凄いねー。あんな風に簡単に出来ちゃうなんて」

「流石、ガネーシャ・ファミリア...調教(テイム)の技術じゃ追随を許さないわね」

「これだけの大舞台で、あんなに堂々と...本当に凄いですね...」

 現在、闘技場内観客席にて、一際目立っている箇所があった。

 ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテ、レフィーヤ・ウィリディスの三名のいる席だ。

 三人の美少女と言える容姿、さらにロキ・ファミリアという、トップのファミリアに所属しており、知名度においても群を抜いていた。

「アイズも一緒に来れたら良かったのにねぇ」

「...本当ですね」

「レフィーヤ、表情がガチ過ぎ」

 ティオナの一言で、レフィーヤの顔がまるで幽鬼のようになり、それをティオネが見て軽く引いていた。

 どんだけ、この子はアイズのことが好きなのかと。

 ティオネはたまに本気でレフィーヤにはそっちの気があるのではないかと思う時がある。

 完全に憧れのそれというのは分かってはいるのだが、これを見てしまうと、であった。

「そろそろ出ない?」

「そうね、団長へのお土産も買わないといけないし...」

「ティオネさん、表情がマジ過ぎです...」

 今度はレフィーヤがドン引きする番であった。

 ティオネの今日この祭に来た理由の九割九分が、団長____フィン・ディムナ____へのお土産を買うことであった。

 勿論、好感度を上げるためである。

 他の団員からは、ティオネさんマジ肉食獣や、愛に生きる女と書いて、《ラブビースト》とまで噂されている。

 所謂、恋愛ガチ勢であった。

 そのガチッぷりは、当の本人であるフィンに対して、良い方向へ向かっているのか、悪い方向へ向かっているのかは、それは誰も知らない。

 強いて言えることとすれば、そのアプローチに対して、フィンが苦笑している点であるが。

「...私からすればどっちもどっちなんだけどなぁ」

 そんな二人に、消えいるような声で、そう呟くティオナ。

 彼女からしてみれば、二人のようにそうやって好意を全開に出来るような人物はいないので、ある意味羨ましくも思ってはいた。

 元気っ子や明るい、能天気など様々言われるティオナではあったが、実はとても繊細というのは本人の談である。

 アマゾネスである彼女は、その生まれ故に強い者に惹かれる。

 強い子供を残そうとする、本能から来ているものであった。

 しかし、強ければ良いのではなく、その中でも性格や容姿等も勿論熟考されるのだ。

 もし、強さだけで良いのなら、別に同じ団員のガレス・ランドロックやベート・ローガでも良いことになってしまう。

(うわぁ、ありえない...)

 絶対に論外だと想像して、首を強く横に振った。

(でも、あの子は...)

 次に想像したのは、いつぞやの、豊穣の女主人で会った白髪紅眼の少年であった。

 彼はlv:1でありながら、ミノタウロスを撃破したと、そう彼女は認識している。

 最初からミノタウロスが弱っていたとは言っていたが、それを信じる者はあの場面にいたメンバーで誰一人としていなかった。

 ロキが嘘を吐いていないとは言ったものの、とてつもない違和感があったのだ。

 何かを隠している、そんな違和感が。

 しかし、あれ以降、それを言及するのは控えるようにと言われてしまったのだ。

 言ったのはロキとフィンであった。

 ファミリアのトップ二人にそう言われてしまえば、他の団員は渋々ながらもそれに納得するしかなかったのだ。

 少年を探して、問い詰めるという人が現れないのはその為であった。

(見た目はまあ、可愛い系で良い感じだし、性格も問題無い...)

 どんどんティオナの思考はおかしな方向へ進んでいたが、それに彼女自身が気づくことはなかった。

 まるで、少年を自身の伴侶候補に入れようとしていることに。

「何やってるのよ、早く行くわよ」

 すると、その場面を見られたのか、怪訝そうな表情で見てくるティオネ。

 レフィーヤは不思議そうに首を傾げていた。

「...うん、今行くよ」

 ティオナは、その思考を一端放棄して、二人に続き闘技場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

「モンスターだあぁぁぁぁぁ!!!!」

 闘技場の外、その場には人々の悲鳴と絶叫が響き渡っていた。

「グオォォォォォォ!!」

 怪物達の咆哮が、それに続き響き渡る。

 トロールや、うねる角の生えた巨大な蝙蝠、銀の甲殻を持つ巨大な蟹など、どのモンスターも10M(メドル)を越えていた。

 これらのモンスターはダンジョンの上層の中でも、下の方にいる存在だ。

 故に、オラリオに住む一般市民には恐怖の対象でしなかなく、そこらにいる冒険者にとっても脅威の存在であった。

 

 

「リル・ラファーガ」

 

 

 瞬間、人々を襲おうとしたモンスター達が爆散した。

 

 

 爆風と轟音により、逃げ惑う人々の足は止まる、というより止まらざるを得なかった。

「三体、撃破...」

 その場に立っていたのは金の髪を靡かせた女剣士だ。

「け、剣姫...」

 誰が呟いたのか、彼女を表す二つ名を口にした。

「...そこ」

 彼女は直ぐ様、剣を構え、モンスターの元へ突貫し、高速で斬り伏せていく。

 アイズ・ヴァレンシュタイン。

 オラリオ最強の剣士にして、《剣姫》の異名を持つ美少女であった。

 彼女の舞うような剣撃に、恐怖に震えていた人々は一転して見惚れていた。

 それほどまでに、彼女の剣技は美しかったのだ。

「次は、どこ...?」

 アイズの目は、斬り伏せたモンスターに見向きもせず、既に別の標的へと向かっていた。

 

 

 

 

 

「この状況は一体...」

 闘技場に着いたベルは、阿鼻叫喚の絵図になっている、この場を見て、唖然としていた。

「何があったんだろう...」

 ヘスティアは不安そうな表情を浮かべ、ベルの服の裾をギュッと掴んだ。

「ベルくん!? それにヘスティア様!?」

 慌てた様子で走ってきたのはギルドの制服姿をしたエイナであった。

「エイナさん、どうしたんですか、一体...」

「実は、闘技場内からモンスターが逃げ出したらしくて、それで大騒ぎなの。今、避難誘導をギルド職員でやっているところなんだけど...」

 なるほど、現状がこれかとベルは理解する。

 モンスターが逃げ出したとなれば、慣れていない一般市民達はパニック状態になってもおかしくはないからだ。

「それより、ベル君達も早く逃げて! ここは凄く危ないから!」

「...君はどうするんだい、ハーフエルフくん」

 隣にいるヘスティアが、口を開いた。

 純粋に彼女を心配している目であった。

 エイナもベルと一緒にではあるが、割りとお店には来る。

 もし女神と言えど、初対面の相手に対して、そこまで思えないが、顔見知りであるが故に彼女は心配していたのだ。

「私は、ここに残って逃げ遅れていない人がいないか、確認しなければいけませんので」

「ちょっと待ってください。それじゃあ、エイナさんも危ないじゃないですか」

 それに反論したのはベルであった。

 エイナとは仲が良いため、彼女がここに残るなど、絶対にさせたくないと、ベルは思っていた。

「...でも、私はギルドの職員なの。こういう時に街の人達を助けなくちゃいけないの」

 エイナの表情はとても真剣で、覚悟というのが垣間見えた。

 私だけ逃げるつもりはない、そういう表情だ。

「...それなら、僕も手伝いますよ」

「それはダメ! ベル君に何かあったら私...」

「それはこっちの台詞です。エイナさんに何かあったら、それこそ僕はじいちゃんに殺されちゃいますよ」

 比喩ではなく、本気で、ベルはそう言った。

 彼の祖父は、女性を大事にしろという教えの中で、一番やってはいけないということを念入りに教えていた。

 

 

『女を見捨てて逃げる男なんぞ、死んでもいいだろ?』

 

 

 というか死ねと、そう言っていたのだ。

 故に彼は、この状況において、エイナを置いて自分だけ逃げるなどという考えは端から無かったのだ。

「だから、僕も手伝いますよ」

「でも...!」

「それに、今人探しをしている最中なので、元から逃げるつもりはないですよ?」

 そう笑って言うベルに、エイナはどう反応していいのか分からなくなった。

 ギルド職員として、一般市民であるベルには早く逃げて欲しいというのがある。

 しかし、彼女個人としては一緒に居てくれた方が心強いなとも思ってしまっていたのだ。

 戦闘力を一切持たないギルド職員、しかも女性にとって、今の状況はとてつもなく不安になってしまうのは当然であった。

 自分は歳上、故に年下の彼を引っ張っていかなければいけない。

 心の中でそう誓っていた彼女は、現在それが壊れそうになっていた。

「...取り敢えず、まだ人が居ないか、こっちの方見てきますね」

 二人はあっちをお願いしますと言って、ベルは走っていってしまった。

「あっ、ちょっと待ってって_____」

 エイナの声は届かず、既にベルの姿は見えなくなっていた。

「ハーフエルフ君。ベル君の言う通り、あっちを見に行こうじゃないか」

「ヘスティア様!? ベル君もですけれど、あなたもこんなことする必要なんて...」

 無いんですよ、そうエイナは口にしようとしたが、すぐに阻まれてしまう。

「ボクはね、これでも神様なんだ。"子供たち"が困っているのなら、手を差しのべなくちゃいけないんだ。それに、こういうときは数は多い方が良いと思うんだよ」

「ヘスティア様...」

 真っ直ぐとそう言ってくるヘスティアに、エイナは何も言えなくなってしまった。

 全くどうして、彼も彼女もこうなんだと、思わざるを得なかった。

「よし、ハーフエルフ君。そうなれば早く行こうじゃないか。モンスターに襲われたら一溜まりもないからね」

「...はいっ!」

 二人は、取り残されている人達がいないか、確認しつつ、ベルとは逆の方向へ走っていった。

 

 

 

 

 

「シルさーん! リューさーん!」

 ベルは東のメインストリートを走っていた。

 勿論、二人を(・・・)探すためであった。

「リューさんならともかく、シルさんは早く見つけないと...」

 リューのことを、只のウェイトレスにしては、強すぎないかと、ベルは常々思っていたのだ。

 ミアが元冒険者だったという話を聞いたことがあったので、もしかしたらリューも元冒険者なのかもしれない。

 故にリューなら逃げ出したモンスターに遭遇しても問題なく対処出来るだろう。

 しかし、シルは本当に只のウェイトレス。

 しかも、種族的にも何の補正もないヒューマンだ。

 もし、モンスターと遭遇なんてしてしまえば、それは考えるまでもないことだった。

「もう避難してくれてたら良いんだけど...」

 そう呟きながら、ベルは速度をあげて、ストリートを走り抜けていく。

 途中、何かによって破壊された形跡のある建物や道路などを見かけ、ベルは更に速度をあげていった。

 最悪の想像というのは、したくなくても勝手にしてしまうのは、人としては普通のことだろう。

 ベルにとって、気兼ねなく付き合える数少ない友人だ。

 失ってしまえば、それは悲しいはずだ(・・・・・・)

「居ないな...もしかしてもう...」

 数分程走り続け、誰も居ないストリートの中央で足を止めるベル。

 疲労の色は一切見えないが、精神的にはそうでもないようだ。

「いや、もう避難しているかもしれないな」

 これだけ探して見つからないのなら、既に避難している可能性は高いはずだ。

 一端合流するかと、来た道を引き返そうと、身体をそちらに向けたその時だった。

 

 

『グオォォォォォォ!!』

 

 

 突如、空から巨大な白い毛並みの猿が襲来したのだ。

 着地の衝撃で、舗装されていた道も、その轟音と共に破壊されていた。

 シルバーバック、十一階層に出現する大型モンスターだ。

 ミノタウロスに比べれば、力は劣るが、それでも下位の冒険者にとってはかなりの脅威になる存在であった。

「邪魔」

 ベルは掛けていた眼鏡を外すと、シルバーバックの胴体の部分を肩から腰にかけて、素手で(・・・)袈裟斬りにした。

 斜めから両断されたその身体は、ずり落ちるようにして、地面へと落下する。

 邂逅して僅か数秒。

 シルバーバックは断末魔の悲鳴をあげる間もなく、この世から消滅したのだった。

「ナイフ持ってくれば良かったな...」

 眼鏡を掛け直し、シルバーバックを切り捨てた右手を軽く振りながらぼやくベル。

 まさか、こんな風にモンスターと出会うことなんて誰が予想出来たか。

「急ごう...」

 ベルはシルバーバックから排出された魔石を無視するように踏み砕き、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「すげぇ...すげぇよ! あれを一撃で、しかも素手でやりやがった!」

 ベルが過ぎ去ったストリート、その路地からそんな声をあげて、出てきた男がいた。

「あいつなら、俺の武器を...ははははっ! これは、楽しみだぜ...!」

 中々に高い身長と、赤髪が特長の青年で、その顔は喜色に溢れ、今から小躍りでもするんじゃないかというくらいである。

「最高だ、はっはっはっは...!!」

 誰もいないストリートの真ん中で、青年の笑い声が響き渡っていた。

『シャァァァ!!』

 すると、その笑い声に反応したのか、大きな蛇のようなモンスターが、その青年の前に出現した。

「おいおい...こちとら本業は鍛冶師なんだけどなぁ」

 やれやれと、後頭部を掻きながら、背中から大剣を引き抜いた。

 

 

「今、俺は最高に気分が良いからな。手加減なんて出来ねぇぞ、蛇野郎!!」

 

 

 青年は下から振り上げるようにして、その蛇を頭から両断した。

 

 

 

 



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#8

意外と怪物祭編が終わらない...



「あの、小娘...!」

 オラリオ市内バベル最上階。

 街全体を見渡せるその部屋の主、フレイヤは苛立ちを隠せないでいた。

「......」

 彼女の傍に遣えているのは、身長が2m(メドル)を越える猪人(ボアズ)の男だ。

 彼は機嫌の悪い主に特に反応もせず、黙ってその傍に立っていた。

「...剣姫。たしかロキの所の子よね」

「はい。アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ最強の剣士と呼ばれております」

 フレイヤは只、視線を外の風景へ向けていた。

 それに対し、遣えている男は、表情変えずに答えた。

 フレイヤが怒っている理由は、アイズ・ヴァレンシュタインが、彼が倒すべきモンスター達を並々倒してしまったことにあった。

 故に彼女が見たかったものが、見れなかったのだ。

「最強の剣士、ね...ふふふふっ。面白いわね...あの程度(・・・・)でそう呼ばれているなんて...」

 それを聞くと、先程とうって変わって、フレイヤは上機嫌で笑いだした。

 それに対し、やはり男は眉一つも動かさない。

「...そうね。このままじゃ面白くないわ。更にもう一手打ちましょうか」

 不適な笑みを浮かべるフレイヤ。

 男は表情一つ変えずに彼女の言葉をただじっと待った。

 

 

 

 

 

「はっ!」

 ティオナは突然地中から現れた蛇のようなモンスターへ、渾身の拳打を放った。

「かったっ...!? 何なの、こいつ!?」

 現在、オラリオ市街で、戦闘行動が行われていた。

 ティオナの右手は皮が破れている有り様で、その痛みを紛らわすように振っていた。

 本来なら武器を使って戦うのが、彼女のスタイルではある。

 しかし、今の今まで怪物祭という祭りが開かれていたのだ。

 そんなイベント中に武器を持ってくる者など、よっぽどのことが無い限り、居ないであろう。

 そして、問題なのは彼女程の実力者が素手とは言え、ダメージを与えるどころか、ダメージを負ってしまったことにあった。

 第一級冒険者であるティオナの拳は、並みのモンスターを容易に粉砕することが出来る。

 それなのに、眼前のモンスターはそれを許さない程に強固であったのだ。

「新種、かしら...」

 同じく渾身の蹴りを叩き込んだティオネがそう呟いた。

 彼女も、蹴りを放った右足を痛みを誤魔化すようにぷらぷらと振っていた。

「打撃じゃ、埒があかない

わね...!」

 ティオネは続いて拳打を繰り出すものの、モンスターの強固な皮膚に、弾き返されてしまう。

『________!』

 モンスターはその攻撃で堪えかねたのか、ティオナとティオネの両者へ向けて、鞭のように身体をうねらせた。

「ちょっ!?」

「ティオナっ!」

 ティオネはすぐに攻撃に反応し、回避した。

 しかし、ティオナはその攻撃への反応が少し遅れてしまった。

「危なかったぁ...」

 寸でのところで、ティオナはその攻撃を、横に跳ぶことで、回避することに成功した。

 攻撃が放たれた場所を見てみれば、まるで岩石が落下したかのような、傷痕が残っていた。

 もし、間に合っていなかったと思うとティオナは少しゾッとした。

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 そして、レフィーヤは、二人が稼いでくれている時間を使い、魔法詠唱を試みていた。

 速さに重きを置いた短文速詠唱だ。

 これにより、威力は大分落ちてしまうものの、直ぐに放てるのが利点であった。

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】」

 魔力収束は既に完了し、後は放つだけ、そうなった時であった。

 急激に身体の向きをティオナ達から、今まで歯牙にも掛けていなかったレフィーヤへ向けたのだ。

「レフィーヤ!!」

 ティオナが叫ぶ。

 それと同時にレフィーヤは脳裏に走った直感に従い、回避体勢を取ろうとしたが、間に合う筈もない。

 地面から生え出でた触手に、レフィーヤは腹部を打ち抜かれたのだった。

 

 

 

 

 

「ハーフエルフ君! こっちに人はいないみたいだよ!」

「はい、こっちも大丈夫です!」

 ベルの向かった方とは逆のストリートで、ヘスティアとエイナは、逃げ遅れている人達がいないかの確認作業を終えていた。

 流石にあれだけ騒ぎになっていれば、自ずと安全圏へ逃げ出してしまうだろう、人は藻抜けの殻であった。

「あとはベル君と合流して、私達も逃げましょう」

 エイナの心配は、既にベルの方へと向かっていた。

 逃げ遅れている人達を探す中で、エイナの頭の片隅には常にベルのことがあった。

 もしかしたら、誰よりも心配していたかもしれない。

 それ程までにエイナはベルのことを思っていたのだ。

「そうだね。取り敢えず、さっきの場所に向かおうか」

 もしかしたら見終わって引き返してるかもしれないし、ヘスティアはそう言うとエイナと共に来た道を戻り始める。

「...あれ?」

 歩き始めて十数分、ヘスティアは足を止め、首を傾げた。

「どうしたんですか? って...えっ?」

 すると、エイナはヘスティアが首を傾げてしまった理由に気付いた。

 いや、この場合はヘスティアが気付いたことにより、気付けるようになったというのが正しいのか。

「...ここ、また通ってますね」

 この騒ぎで、人々で賑わうストリートも全く人の気配はない。

 

 

 しかし、この光景を見たのは一体何度目なのか。

 

 

 本来ならヘスティア達がいた場所から歩けば、ストリート自体から出るのには数分も掛からない距離なのだが、一向にその風景が変わることはなかった。

「何なんでしょう...?」

「...魔法? でも、これは...」

 ヘスティアは超越存在(デウス・デア)、所謂、神である。

 力の大半を失ってしまっているとはいえ、地上の人々では感じられない微細な()の変化は感じ取ることが出来るのだ。

 故にヘスティアは今起きている現象と、この場所の異変に気付けたのであった。

「ベル君...」

 エイナは心配そうに呟くと、何か決めたように歩き始めた。

「ハーフエルフ君!? ちょっと待ってくれって!」

 スタスタと歩き始めたエイナを、ヘスティアは急いで追い掛けた。

「今は動かない方が得策だと思うんだよ!」

「でも、ベル君が...!」

 エイナがここまで取り乱しているのは珍しいことであった。

 現状を省みれば、動かない方が良いと言うのは、当たり前だろう。

 それこそ、エイナのような冷静な女性が、分からないはずではなかった。

「落ち着きたまえ、ハーフエルフ君! ベル君ならきっと大丈夫だ! 彼は君が思っているよりも強い(・・)はずだよ!」

 ヘスティアはエイナを腕を掴み、その歩みを強制的に止めた。

 ヘスティアがベルときちんと関わったのは、今日が初めてではあるが、それとなく理解していた。

 ベル・クラネルという少年が只の一般市民ではないということに。

 違和感を感じていた。

 理由は分からないが、とにかく彼が簡単に死ぬような存在ではないと、ヘスティアは思っていたのだ。

「放して下さい! 私はベル君を探しに行くんです!」

「ちょっと! ...話を聞いてないね、ハーフエルフ君!」

 ヘスティアの言葉を無視して、エイナは走り出した。

 ベルと関わった時間的に言えば、エイナが圧倒的に上であった。

 この街に来たときから面倒を見ていたのだ。

 エイナからしてみれば、ヘスティアに、ベルは大丈夫などという不確定的な言葉は言って欲しくなかったのだ。

 

 

(ベル君のことは私が一番分かっている...!)

 

 

 それがエイナの思いであった。

 エイナからしてみれば、少し頼りないところもあるが、とても優しい良い子というのが印象だ。

 故に、冒険者でもないベルが強い(・・)などということは思ってもいないことだった。

 それに対し、ヘスティアは、どんだけ好かれてるんだベル君はと、心の中で呟きながら、エイナを急いで追い掛け始めた。

 

 

 

 

 

「何なんだろう、一体...」

 ベルは足を止め、そう呟いていた。

「ループしてるな、これ」

 現在、ベルがこの壊れた街並みを見るのは五回目であった。

「...結界、か」

 恐らくこの辺一体に張っているであろう、誰か(・・)が仕掛けたものだ。

「...やろうと思えば(・・・・・・・)出来るけど」

 問題なのは、結界を破壊した瞬間に何が起きるかだ。

 この手の輩の手法はかなり厭らしいのだ。

 解除されたとしても、只では起きない。

 それをスイッチに都市が消滅することだって、有り得るかもしれないのだ。

「下手にするのは不味いかな...」

 まずは術者を見つけないと、ベルはそう呟いて向かっていた道とは逆方向へ向かおうとする。

 

 

「...見つけたぞ」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、ベルが行ったのは身体を横に反らしたことだった。

 ブンッという空気を切る音と共に、ベルの背後には直剣が突き刺さっていた。

「...あなたですか? これを発動させたのは」

 ベルは極めて冷静に、剣を投擲した人物が居る家の屋根の上を見据えた。

「...さあな。俺かもしれないし、他の者かもしれないな」

 答える気がないのか、そう言い放ったのは異色な存在であった。

 全身を黒いコートで身を包み、背中には先程投擲されたものと同じ直剣が。

 顔には骸の仮面をつけ、声も曇っており、明らかに正体を隠していた。

 骨格や身長で男だと判断しかけたが、相手はそういう輩(・・・・・)だ、全て偽りだってありえてしまうのだ。

 しかし、ベルは直感的に目の前の人物が男だと理解していた。

「...僕を殺しに来たんですか?」

「いや、違う...」

 シュンッという空気を切る音と、建物の屋根が砕け散る音と共に黒いコートの人物が姿を消した。

 

 

「..."殺し合い"をしに来たんだ」

 

 

 ゾクリという悪寒と共に、ベルは背後に突き刺さっていた直剣を引き抜き、そのまま黒いコートの人物の横薙ぎの一閃を迎撃した。

「っ...!」

 しかし、圧倒的なまでの膂力の違いか、ベルはその攻撃を受けた次の瞬間には、既に真横に吹き飛ばされてしまっていた。

「ぐっ...!」 

 ベルはそのままストリートを転がるようにしていったが、すぐさま直剣を地面へ突き刺し、止まることに成功する。

 そして、男は、剣を握り締め、地面を陥没させながら一歩を踏み出すと、体勢を建て直し切れていないベルの所へ向かう。

 縮地、というべきか。

 踏み出した瞬間には、既にベルの眼前に男は現れていた。

「つっ...!」

 最早声をあげる暇もない。

 ベルは喘ぎながら、只々直剣で男の攻撃を受け止めることしか出来なかった。

「軽すぎる...」

 その呟きと共にベルは真後ろへ吹き飛ばされ、それと同時に直剣は折れてしまっていた。

 例え、相手の攻撃に反応し、剣で迎えたとしても、膂力がここまで違えば受け止めることは不可能だ。

 更に言えば、受け流すということも許してくれそうにない。

 ベルより力の強い者は五万といる。

 ベルはそれらの者に対抗するために受け流すということを覚えていた。

 受け流すことに力は要らず、只反らせばいい(・・・・・ )だけだ。

 ベルは相手の攻撃を反らし続けることで、打ち合いに似たようなことは出来てしまうのだ。

 しかし、今の相手にはそれすら通じない程に剛力で、尚且つ剣技も研ぎ澄まされている。

 剣には多少の自信を持っているベルではあったが、その剣も相手の方が上であった。

 つまり、まともな打ち合いは出来ないということなる。

「はははっ、ここまで差があるなんて...!」

 今度はどうにか受け身を取ることに成功し、ベルは先程よりも早く立て直した。

 しかし、ベルの顔は笑っていた。

「...俺の剣を二度も受けて、生きていたのは、お前で二人目だ」

 男は、驚いたように声をあげていた。

「それはどうも、光栄ですね...」

 相手を見る限り全くの本気ではないということは一目瞭然であった。

「反応速度と体術が桁違いらしいな。出なければお前の首は今頃その辺に転がっていたところだ...」

 面白い、男の呟きはベルの耳には届かなかった。

「本気を出せ。出なければ俺が出向いた意味がない」

 男は剣をこちらへ向けて、そう言い放つ。

「おかしなことを言いますね。僕は本気ですよ...」

 そう、ベルは本気で戦っている(・・・・・・・・)のだ。

 その上でのこの実力差、最早笑いしかでない。

 ベル・クラネルはこの人物には勝てない。

「そうか...本気を出す理由が無いのなら、出させるしかないようだな」

 そう言うと、男はコートの袖から何かを取り出した。

「っ...!?」

「見覚えはあるみたいだな」

 ベルが目にしたのは血の着いた鈍色の髪の束であった。

 そう、彼がよく行っている店の従業員のものと同じだ。

「...それが、本物という可能性は低いんじゃないですかね」

「そうか? 殺す際にベルという名前を叫んでいたが、それはお前のことではないのか?」

 そう平然と言ってのける男に、ベルに苛立ちを隠せない。

「証拠が無いですよ...それが彼女のものっていうね」

「そうだな。これ以外は微塵も残さず消し去ってしまってな。お前の言う証拠はない」

 男はそう言って、持っていた髪の束を捨て、足で踏み潰した。

「..."女を見捨てて逃げる男など死んでもいい"か...全く持ってその通りだ、お前の祖父の言うことは」

 それを聞いた瞬間、ベルは目を見開き、固まった。

 なぜ、その言葉を知っている、ベルはそう思っていた。

「今のお前のしている行動は何だ? 予期せね形だとしても、お前は彼女を救えなかった。見捨てたと言っても同じことだろう?」

 

 

_______そんなお前は、死ぬべきだ。

 

 

 男の口は、はっきりとベルへそう告げた。

「...人間相手にこれは使いたくなかったんですけど。仕方ないですね」

 ベルは俯いていて表情を見せない。

 しかし、それでもベルの逆鱗に触れていたことは分かった。

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらいますよ」

 ベルは眼鏡を外すと、胸元のポケットに入れ、男を睨み付けた。

「_______あなたが死ね」

 ベルの瞳の虹彩が、蒼に染まった。

 折れた直剣を逆手(リバースハンド)に持ち変えると、そのまま疾走を開始する。

 いや、既に終わっていた(・・・・・・・・)

「____ほう」

「...これでお仕舞い」

 ベルは男の喉元に折れた直剣の刃を当て、そのまま振り抜いた。

 足元には男の首が転がっており、主を失った胴体からは大量の鮮血が噴き出していた。

「...だから使いたくなかったんですよ」

 簡単に終わってしまうから、ベルはそう呟いた。

「本当、つまらない...」

 そう言って、ベルは背後を確認した。

「えっ...」

 そこにあるはずの死体がなかった。

 飛び散った鮮血も綺麗に消えていた。

「_______はははっ、距離すら"殺す"か...」

 横を見れば、10M程離れた場所に男は立っていた。

 全くの無傷であった。

「まさか、殺されるとは思わなかった(・・・・・・・・・・・・)

「...化け物ですか、貴方は」

 確かに見えづらかった(・・・・・・・)が、それでも間違いなく殺したはずだ。

 それなのに、何故生きている?

「化け物はお互い様だろう?」

 男はそう言うと、背中に剣を納刀した。

 もう戦う意思はないのだろうか、ベルは折れた直剣を下ろした。

「...貴方は命をたくさんストックでもしているんですか?」

「お前こそ、モノの死が見えているみたいだが」

 両者は睨み合った。

 例え戦意が無くなろうとも、敵であることに変わりはない。

 戦場において、一時の油断もならないのだ。

「正体は明かしてくれないんですかね」

 でないと次会ったときに殺せないから、ベルの目は男へそう語っていた。

「悪いな。俺もそうしてやりたいところだが、此方にも色々あるのだ」

 それに用件は済んだところだ、男はそう言うと懐から何かを取り出し、ベルへ投げた。

「これは?」

 受け取ったのは何かの液体が入った黄金色の瓶。

 ベルには高そうということ以外何も分からなかったが。

「エリクサーだ。この先で、お前の知り合いがモンスターと交戦中だ。その中に重症を負っている者がいる」

 助けたいのなら使えと、ぶっきらぼうに男はそう言った。

「はぁ...意味を理解しかねますけど。まあ、取り敢えず貰っておきますね」

 この男は一体何が目的なのかは分からないが、そんな事はどうでもよかった。

 殺しがいのある人が漸く現れてくれた、それが一番ベルにとっては重要なことであった。

「次会ったら貴方は必ず殺します」

「やってみろ、小僧。俺もお前を殺してやる」

 歩いてきたベルと男が交差する瞬間、両者は互いを一瞥すると、そのまま歩き去っていく。

 そして、男は次の瞬間にはいなくなっていた。

「...そうだ」

 ベルは歩きながら、持っていた折れた直剣を真上に投げた。

 すると、パリンッという硝子が割れるような音とともに結界が砕け散った。




直死の魔眼の設定って、やっぱ色々言われるんですね。
魔眼や魔眼以外の他の設定も、まだ始まったばかりなので、そこら辺は気長に待ってくれたら嬉しいです。


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#9

年内に一巻の内容終わるかな。


『オオオオオオオオオ!!』

 凄まじい咆哮が、この場全員の耳をつんざいた。

 蛇のようなモンスターは顔のないのっぺらぼうのような、どちらかと言えばミミズのような見た目をしていた。

 しかし、先のレフィーヤの魔法攻撃に反応した直後、このモンスターは変化をいや、本来の姿へ戻っていた。

「まさか、花!?」

 ティオナはその姿を見て、驚愕していた。

 顔だと思われていた部分は、真ん中から割れ、そこからは多数の花弁。

 そして、ギザギザと並ぶ鋭い牙からは、紫色の粘液が滴り落ちており、その液体が垂れた地面は蒸気をあげて融解していた。

「レフィーヤ!」

「あぁ!! もう邪魔!!」

 ティオナとティオネは、倒れ伏すレフィーヤの元へ駆けようとする。

 しかし、地面から突如生えたモンスターの触手に阻まれ、進むことが出来ないでいた。

「っ...!」

 レフィーヤの右側腹部は触手の鋭い一撃により、完全に抉られていた。

 出血量もかなり多く、それを押さえる手は血の色一色に染まっていた。

 蛇のようなモンスター_______食人花は、先程レフィーヤが放とうとした魔法に反応した。

 そして現在、標的を絞った食人花は、地中から更に触手を出して、レフィーヤへと向かわせていたのだ。

「立ちなさい! レフィーヤ!」

 ティオネはぐったりと倒れているレフィーヤへ声をあげた。

 間違いなく、このまま動かないでいたら、レフィーヤは死んでしまう。

 眼前には、食人花の攻撃が迫っている。

 直撃すれば、無惨な肉片と化すか、粘液にドロドロに溶かされてしまうか、もしくは捕食されてしまうだろう。

 何にせよ、レフィーヤは死の一歩手前まで足を伸ばしていたのだ。

「...っっっ!」

 しかし、レフィーヤの身体は動かなかった。

 右腹部を抉られるという重傷だ。

 そこから動ける方がおかしいのだ。

 回復系の魔法も、これ程の重傷に果たしてどれ程効果があると言えるか。

 それに回復している間に食人花の攻撃は、間違いなくレフィーヤを襲うだろう。

 最早、レフィーヤに助かる術はなかった。

 

 

 

 

 

 どうして、こうなってしまうのか。

 レフィーヤの脳内はそれで埋め尽くされていた。

 レフィーヤには目指すべき存在がいた。

 ヒューマンでありながら、オラリオ最強と呼ばれるまでになった女性冒険者を、彼女は目指していた。

 自分はまだ彼女に比べたらとても弱い。

 故に、レフィーヤは強くなろうと、彼女を目指そうと必死に努力していた。

 それが今、ここで潰えようとしている。

 

 

(死にたく、ない...!)

 

 

 まだ、レフィーヤは彼女の足元にも及んでいない。

 それなのに、こんなところで死んでしまってもいいのか。

 

 

(それだけは、絶対に嫌...!)

 

 

 レフィーヤは、必死に身体を動かそうとした。

 しかし、無常にもそれは叶わない。

 常人ならショック死してもおかしくない怪我だ。

 まだ生きているのはレフィーヤの精神力の高さが要因だろう。

 それほどまでにレフィーヤは今ここで、こんなところで、死ぬわけにはいかなかったのだ。

『オオオオオオオオオ!!!』

 眼前には食人花の触手が、レフィーヤへ迫っていた。

 

 

(お願い、誰か、助けて...!)

 

 

 死を目前にレフィーヤは只の少女になる。

 誰かへ助けを求めようとするごく普通の少女にだ。

 

 

「洒落になってないですね...」

 

 

 そして、それに応えたのもごく普通の(・・・)少年であった。

 

 

 

 

 

「洒落になってないですね...」

 思わずベルの口から出たのはその一言だった。

 目の前には巨大な食人花のモンスター、そのモンスターと戦っているティオネとティオナ、そして瀕死の重傷を負っているレフィーヤ。

 あの男の言葉は本当だったのかと、ベルは納得した。

「取り敢えず、失せろ」

 ベルはそう言うと、ポケットから果物ナイフを取り出した。

 ここに来る前に、人の居なくなった果物屋から拝借させてもらったものだ。

 勿論、後でこっそり返しにいく予定である。

 ベルは果物ナイフを順手(ハンマーグリップ)で構えると、迫る触手をただ横に斬り払った。

 瞬間、ぶつ切りにされた肉の如く、ごとごとと、触手の破片が地面へ落ちていく。

「意識はありますか、ウィリデスさん」

 果物ナイフをしまうと、そう言って、レフィーヤの元へ寄り、肩を本当に軽く叩いた。

 確かエルフは認めた異姓以外に触れられるのを酷く嫌がるというのを、聞いたのを思い出した。

 しかし、今はそんなことを言ってられない事態だから見逃してもらおうとベルは思っていた。

「っ...」

 喋ろうとするものの、声に出ないレフィーヤを見て、良かった、意識はあると少しだけ安堵した。

「ごめんなさい、ちょっと失礼します」

 ベルはそう言って、レフィーヤへ謝ると、顎を上げ、口を手で少し開けた。

「エリクサーっていう薬だそうです」

 そう言うと、レフィーヤが一瞬目を見開いて驚いた様子だったが、ベルは無視して、口の中に、エリクサーをゆっくりと流し込んだ。

 エリクサーはどんな重傷だろうと死ぬ前であれば、治せてしまう程の効果がある薬だ。

 勿論、ベルはそんな効力などあるのは知らない。

 しかし、現状レフィーヤを助ける手段が無いのを考えれば、手元にあるこれを飲ませるしかベルには選択肢が無かったのだ。

「うわ、凄い...」

 抉られていた右腹部が完全に再生していた。

 ベルの使い方が良かったのだろう。

 エリクサーは外傷に関してはそこにかけるだけで、作用する。

 しかし、今回レフィーヤの傷は内側もかなり損傷していた。

 ベルがエリクサーを飲み薬だと判断し、飲ませたことにより、内側の傷もほとんど完治し、生命維持に支障はまったく出なくなっていた。

「ウィリデスさん...って、気絶してますね...」

 薬の効能か、疲労なのか、精神的に安心したのか、レフィーヤは目を瞑って気絶していた。

「まあ、こっちの方が都合がいいか」

 そう言うと、ベルは気絶したレフィーヤを抱き上げる、所謂お姫様だっこを実行した。

『オオオオオオオオオ!!』

 すると、背後には触手を切断されたことに激怒している食人花が、先程の倍の数の触手を地面から出して、こちらへ向かわせていた。

「取り敢えずウィリデスさんを安全な場所に移動させないと」

 そう言った瞬間、食人花の触手が、ベルとレフィーヤの元へ殺到し、容赦なく串刺しにしようとする。

「よっと...」

 しかし、ベルはそれを危なげなく、横にジャンプすることで回避した。

「何本あるんだよ、この触手...」

 そう言いながら、涼しい顔で、絶え間無い触手の連撃を、軽やかに避け続けるベル。

 勿論、この間、レフィーヤには一切負担が掛からないように配慮をしていた。

「白うさぎ君!?」

 すると、こちらの姿を確認したティオナが、驚いたように声をあげた。

 傍にいたティオネも同じ表情でこちらを見ていた。

 妨害していた触手が、全てベル達への攻撃に回ったためティオナとティオネは、不思議に思っていたのである。

「あ、ティオナさんにティオネさん。どうもです」

 暢気に挨拶をするベルであったが、食人花の猛攻を受けながらのそれであったので、端から見たらかなり異常な光景であった。

 全く掠りもしていないのである。

「うざったいな...」

 流石にこのままでは埒が明かない、ベルはそう思い始めていた。

 避けることは簡単だが、早くレフィーヤを安全圏に移動させたかった。

 故に、そろそろどうにかしなければ、そう思った時であった。

 

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】」

 

 

 瞬間、とてつもない暴風がベル達を襲っていた触手をズタズタに切り裂いていった。

「...大丈夫?」

 暴風の発生源、つまり放たれた方向の建物の屋根の上を見てみると、金髪を靡かせた女剣士、アイズ・ヴァレンシュタインであった。

「...助かりました。ヴァレンシュタインさん」

 触手の連撃が止まり、ベルはふうと一息吐いて、アイズへそう言った。

「アイズ!」

 ティオナが声をあげ、ティオネと共にやってくる。

「レフィーヤは無事なの!?」

 ティオネがまず最初にそれを確認してきた。

 当たり前だろう、目の前で貫かれるところを見たのだから。

 ティオナも同じように心配そうな表情をしていた。

「はい、エリクサーっていう薬を飲ませましたので、もう大丈夫だと思います」

『エリクサー!?』

 ベルがそう言った瞬間、ティオナとティオネが声を出して驚いていた。

 アイズも、二人に比べれば本当に少しの変化ではあるが驚いている様子であった。

「えっと...何で、驚いているか知りませんけど、ウィリデスさんを安全な場所に連れてかないと」

 ベルは不思議そうな表情を浮かべるが、驚いてしまうのは当たり前であって。

 エリクサーは現在存在する回復アイテムの中で最高峰のものだ。

 その回復力から分かるように他の回復アイテムとは隔絶した差がある。

 そして、圧倒的なのは回復力だけではない。

 価格も圧倒的である500000ヴァリス。

 何とじゃが丸くんの店で最も高い、ゴールデンゴージャスじゃが丸くん(略してGGJ)の5000倍である。

 それをベルに説明したら、恐らく白目を剥いて卒倒するだろう。

 それくらいにエリクサーは高価なのである。

『オオオオオオオオオ!!!』

 アイズの魔法による暴風で、大分ダメージを受けていた食人花が、怯み状態から回復した。

 そのまま狙いをアイズに定め、触手を叩き込んできた。

 アイズと近くにいた気絶したレフィーヤを含めた三人は、横に跳ぶことでそれを回避した。

「エアリアル」

 アイズは魔法により、風を身に纏うと、食人花へ疾風の如く剣閃を放とうとする。

 

 

______ピキッ。

 

 

 何かが罅割れる音がすると、次の瞬間には、アイズの持っていたレイピアの刀身が粉砕してしまったのであった。

「_____」

「アイズ!」

 咄嗟にティオナは叫ぶが、アイズは壊れたレイピアの柄の部分で、そのまま攻撃を叩き込んだ。

 しかし、それではいくら魔法を使っていたとしても威力が大きく減衰してしまうのは当然で、食人花には一切の傷を負わせられないでいた。

「このっ!」

 ティオナが渾身の蹴りを放つ。

 食人花の皮膚が僅かばかりに凹むだけで効果は殆どなかったが、ティオナの狙いはダメージを与えることではない。

 狙いを分散させることにあった。

 今のアイズは武器を失ってしまっている。

 その状態で、あの多数の触手に襲われてしまえば、lv:5であるアイズと言えど人溜まりもないだろう。

『オオオオオオオオオ!!』

 しかし、その狙いは外れしまう。

 食人花は一行に狙いをアイズに絞ったまま、攻撃を続けていた。

 まるで路傍の石ころのように見向きもしないのである。

「どうして!?」

「まさか...アイズ! 魔法を解除しなさい! 多分こいつは魔法に反応してる!」

 ティオネはそう考察して、アイズへ叫んだ。

 先程、全く目向きもされないでいたレフィーヤが、攻撃をしようとしたら突然狙いを変更し、襲われた。

 それと今のアイズの現状を読んでの判断であった。

「...!」

 ふと、アイズは食人花の攻撃を避け続ける中で気付いてしまった。

 倒壊した屋台の陰に怯えるように隠れている獣人の女の子がいたのだ。

 もし、このままこの方向へ回避し続ければ、間違いなく子供の隠れている屋台へ食人花の攻撃が届いてしまう。

 故に、アイズは連撃の最中、攻撃の向きを変えようと一か八か、食人花へ突撃を敢行しようとした。

「ヴァレンシュタインさん! 馬鹿なことはしないでください!」

 そうアイズへ呼び掛ける声がする。

 食人花の猛攻の最中、一瞬だけ、その声のした方向へ目を向けた。

 

 

「ちょっと揺れるけど我慢してね」

 

「うっ、ぐすっ...!」

 

 

 そこにはいつの間にか子供を助けに入っているベルの姿があった。

 

 

 

 

 

「なるほど、魔法に反応してるのか...」

 ティオネの言葉に納得しているベル。

 腕の中には気絶しているレフィーヤの姿がある。

「安全な場所って言ってもなぁ...」

 既にここら一体が食人花の戦闘領域になっている可能性がある。

 下手にそこら辺の陰に移動させて、触手の猛攻にでも巻き込まれたら意味がない。

「って、ちょっと待ってよ...!」

 ベルは気付いてしまった。

 倒壊した屋台の陰に隠れている獣人の女の子がいることに。

 この騒ぎで親とはぐれてしまったのだろうか。

 その身体は不安と恐怖で震えていた。

「ベル君!」

 すると、こんな戦場で自身を呼ぶ声がする。

 そちらを見れば、走ってくるエイナとそれを追い掛けているヘスティアがいた。

「エイナさんに、ヘスティア様?」

 何故、ここに来ている、そう問い掛けたかったベルであったが、一刻の猶予もない。

「ベル君、心配し_____」

「すいません、この人をお願いします」

 心配そうに駆け寄るエイナの言葉を遮り、ベルは抱えているレフィーヤをゆっくりと地面へ下ろした。

「ちょっと、ベル君!?」

「一体どこに行くんだい!?」

 驚いたように声をあげるエイナとヘスティアに、ベルは人助けですと、言ってそのまま走り出す。

 エイナ達も追いかけようとしたが、半ば強引に任された気絶しているエルフの少女がいるので、それも出来ないでいた。

「君、大丈夫?」

「うぅっ...ぐすっ...」

 最短ルートを見出だして、それを疾走し、ものの数秒で着くと、ベルは子供の所へ駆け寄った。

 怖がらせないように、しゃがんで、目線をきちんと合わせての対応だ。

「お、お父さんと、お母さんが...ぐすっ...」

 女の子の顔は、涙でくしゃくしゃになっており、目元も真っ赤になっていた。

「もう大丈夫だから安心して、ね?」

 目から涙を拭ってあげると、女の子をそのまま抱き上げ、立ち上がるベル。

「...? ヴァレンシュタインさん?」

 ふと、向こうで、食人花の攻撃を避け続けているアイズに目を向けた。

 よく見れば、持っている剣が完全に折れてしまっていた。

 更にその回避の動きもどこかぎこちない。

 まるで、何かを決めかねているような、そんな言動だ。

「まさか...」

 あの状態で突っ込もうとしているのではないか、ベルはそう思った。

 現状、あの食人花の猛攻を止めるにはあれの撃破しかない。

 しかし、冒険者の中でもトップクラスの三人の攻撃を受けても、全くやられる気配ない。

 このままではじり貧だ。

 あれを止めなければ、被害は更に大きくなってしまう。

 故に、アイズは決着を着けようと、武器が損傷状態のまま食人花へ突貫という無謀なことをしようとしているのか。

「ヴァレンシュタインさん! 馬鹿なことはしないでください!」

 ベルは自殺行為とも言えるそれを止めるべく声をあげた。

 それに対しアイズは、目を見開いて驚いた様子であった。

「ちょっと揺れるけど我慢してね」

 取り敢えず、アイズを止めることに成功したベルは、抱き抱えている少女に優しい声色でそう言うと、すぐに走り出した。

「エイナさん! ヘスティア様!」

「ベル君って、その子どうしたの!?」

 泣いている子供を抱き抱え走ってきたベルにエイナは驚くも、すぐに状況を察知した。 

「怪我はないのかい? その子」

「はい、怪我は無いみたいです。只、親御さんとはぐれてしまったみたいで...」

 ベルはそう言いながら、子供を下ろした。

 しかし、その女の子はすぐにベルの腰に抱き付いて離れなくなってしまった。

「...もう大丈夫だから。すぐにお父さんお母さんに会わせてあげるから」

 ベルは女の子の頭を優しく撫でながらそう言った。

 女の子は撫でられると少しビクッとした後に、ベルへ顔を見上げた。

「...ほ、本当?」

「うん、本当だよ。きっとお父さんとお母さんも君のことを必死に探しているだろうしね」

 子供というのは人の感情に敏感だ。

 故にベルは微笑みかけながら、安心させるようにそう言った。

「すいません、この子を頼みます」

「頼みますって、ベル君はどうするの...?」

「あそこで戦っている三人を助けに行きます」

「助けに行くって、何を行ってるの!? ベル君は冒険者じゃないんだよ!?」

 当たり前のエイナの反応に、ベルは苦笑いする。

「でも、あのままだと三人は押し負けます。間違いなく」

 はっきりとベルはそう告げた。

 向こうでは、アイズとティオナとティオネが、食人花の攻撃を避けながらも反撃を試みていた。

 しかし、状況は芳しくなく、いつあの猛攻に三人が耐えきれなくなってもおかしくはなかった。

「...ヘスティア様。あなたのファミリアに、まだ空きはありますかね」

「ちょっと待って、ベル君、まさか...!」

「...うん、ちょうど募集していたところなんだ」

「ヘスティア様!?」

 ベルはこの状況を、不謹慎ではあるが、利用出来ると思っていた。

 冒険者ではない自分が、lv:1という嘘をついた辻褄を合わせるのに。

 そして、自身の力を更に高めるために。

 先程の戦いで、今のままでは、あの男には叶わないというのは嫌でも実感してしまった。

 例え能力を使ったとしても、あの男は対応してくるだろう。

 あの男の膂力は、常人のそれを遥かに越えており、間違いなく冒険者のそれであった。

 殺すためには同じく冒険者にならなければ、いけない。

 そもそもの土台が違うのである。

 しかし、その土台をしっかりと固めれば、あの男は間違いなく殺せるとベルは確信していた。

 故に、ベルは選択をした。

 

 

「ヘスティア様、僕を冒険者にしてください」

 

 

 冒険者になるという道を。

 




アイマスマストソングス楽しいです。


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#10 エピローグ

Frohe Weihnachten! (メリークリスマス!)



 目の前のこの光景は一体何なのだろうか。

 ティオナ・ヒリュテは只々そう思っていた。

 

 

「やっぱり、呆気ないなぁ...」

 

 

 食人花、いや食人花だったものの上で、少年は一人立っていた。

 既にバラバラに解体され、只の不細工な肉塊と化したそれは、死んで間もないためか、まだ血肉がどくどくと流動していた。

「一体何者なのよ、あの子は...」

 ティオネは先程まで繰り広げられていた圧倒的な蹂躙虐殺を思い出し寒気を感じていた。

 その光景は気弱そうな見た目をしているあの少年からは到底考えられないようなものであった。

「ベル...」

 アイズは一人残骸の上に立つベルを、ただじっと見つめていた。

 その内に複雑な心情を生じさせて。 

「えっ...」

 ふと、ティオナは自身の身体が酷く高揚しているのに気付いた。

「どうして...?」

 熱い、ひたすらに熱い。

 まるで何かに体内を焼かれているかのようだ。

 頭や胸、子宮の奥から焦がれるように熱かった。

「ベル・クラネル...」

 頬を赤く蒸気させながら、ティオナは虚ろな目でそう呟いた。

「えっ...嘘...」

 気が付けば下腹部が我慢出来ない程に熱い。

 ティオナは自身のそこを見てみると、胎内から蜜が零れそうにになっており、咄嗟にしゃがみこんでしまった。

「なんなの...?」

 頭がくらくらする。

 酒を飲んでもここまで、なったことはない。

 不快感の無い、寧ろ逆の感情ばかりが溢れていた。

「これが、そうなの...?」

 ティオナは気付いてしまった。

 目の前で只の死骸に成り下がった、それを冷酷な目で見下ろす彼、ベル・クラネルのことを_______いや。

 

 

「君が、欲しい...」

 

 

 女としての欲として、彼女は純粋に彼を欲した。

 恋愛感情や一目惚れ、そんな甘いものではなかった。

 圧倒的に蹂躙し、虐殺を彷彿とさせる容赦の無さ。

 無慈悲とも言える程のそれは、ティオナのアマゾネスとしての本能、強い者に惹かれるというそれに酷く合致していた。

 只、強い者ならたくさんいる。

 しかし、ベル・クラネルはそれ以外にも何か魔性とも言える何かを内包していた。

 故に、ティオナはその毒牙にすっかり掛かってしまっていたのだ。

 今のティオナは、ベルが求めるのなら、何だってするだろう。

 子供が欲しいと言えば、その行為だって、何ら抵抗はない。

 それほどまでの強烈な感情をベルに感じていたのだ。

「皆さん、無事ですか?」

 無邪気そうな笑顔でその場で固まっている三人へ声をかけるベル。

 しかし、その表情はまるで仮面を被っているかの如く、冷たかった。

 ゾクゾクとティオナの中で、何かが震えた気がした。

 彼に見られているだけで、おかしくなってしまう。

 いや、それよりも彼にこんな姿、こんなおかしい、弱い自分(・・・・)を見られたくなかった。

「...君は、本当に冒険者なの?」

 アイズは、意を決したように恐る恐るそう、投げ掛けた。

 それはまるで、神経質な獣の気に触れないような、デリケートなものであった。

「はい、そうですよ。______あ、そう言えば、僕の所属しているファミリアをまだ言っていませんでしたね」

 ベルはそう言うと、持っていた大剣(・・・・・・・)を足下の残骸に突き刺して、一息吐くと、口を開いた。

 

 

「______ヘスティア・ファミリア所属、ベル・クラネルです。改めてよろしくお願いしますね。ロキ・ファミリアの皆さん」

 

 

 ヘスティア・ファミリア総長ベル・クラネルが、ここに君臨した。

 

 

 

 

 

「...これは」

 ヘスティアは契約を終えて、ベルの背中を見ると、酷く驚いていた。

 

 

ベル・クラネル

Lv:1

力: I 0 耐久: I 0 器用: I 0 敏捷: I 0 魔力: I 0

《魔法》【】

《スキル》【求道錬心(ズーヘン・ゼーレ)

・早熟する。

・自身の追い求めるものがある限り効果持続。

・自身の追い求めるものの大きさにより効果向上。

《※※※》【※※※】

 

 

「どうかしました?」

 後ろで、ヘスティアが唸っているのを感じたのか、ベルは振り向いてクエスチョンを浮かべる。

「いや、なんでないよ...」

 ヘスティアはベルの疑念には応えられず、曖昧にそう言うだけであった。

「...け、結構鍛えてるんだね」

 エイナが顔を赤くして、半裸となったベルの上半身を見ていた。

 顔を反らしてはいるのだが、チラチラと目線を向けては反らすの繰り返しをしていた。

「はい。僕のアルバイトって体力勝負ですから」

 重い荷物を長い距離移動して運ぶのだ。

 鍛えなければ、途中でダウンしてしまうだろう。

「...うん、これで君も立派な冒険者だよ」

 何やら少し気難しそうな顔をしていたヘスティアだったが、それに対しベルが質問しても何でもないと答えるばかりであった。

「...ベル君。本当に行くの? 君が行っても_______」

「Lv:1の成り立てじゃ、戦力にもならないって言いたいんですよね」

 ベルがエイナの言葉を遮ってそう言うと、エイナは気まずそうな表情を浮かべた。

 確かに、まだなったばかりの新米冒険者が、Lv:5の冒険者が苦戦するような、モンスターに立ち向かうのは自殺行為だ。

 加勢に入っても足手纏いにしかならないだろう。

 しかし、それは只の新米冒険者に限ることだ。

「それが分かってるなら...!」

「ですけど。目の前で戦っている女の子が居るのに男がそれを放って逃げたら駄目でしょう?」

 ベル・クラネルは、祖父から"女を見捨てて逃げる男なんぞ、死んでもいいだろ?"、そう教わっている。

 故に逃げることなど彼にとっては論外だ。

 これはベルにとっては鉄則のようなものだった。

「死んでしまうのは生きていれば仕方がないことですが、"男"として死ぬのだけは絶対に嫌ですから」

 そう言いながら、ベルは上の服を着ると、歩き始める。

「ベル君...」

 エイナはそう名前を呼ぶことしか出来なかった。

 追い掛けて腕を掴み、引き留めることは可能だろう。

 しかし、既にエイナはもうそれが出来なくなっていた。

 ベルの背中は、エイナの知っている頼りない少年のそれではなかったのだ。

 エイナの知らない"男"の背中、それを見せられてしまったら彼女には只見送ることしか出来ない。

「ベル君!」

 そう呼ばれ、ベルは後ろを振り返ると、ヘスティアがこちらを見ていた。

 先程から唸って何かを考えていたが、既にその表情は無くなっていた。

「ベル君、ちゃんと帰ってくるんだよ。やっとファミリアが出来たんだ。いきなり失うだなんて、ボクは絶対に嫌だからね!」

 その顔は、子を心配する親の表情であった。

 神は地上の人々を自身の子供のように見ているのだろう。

 神からしてみれば、人はとても弱い存在だ。

 心配するのは当然だった。

「...大丈夫ですよ。そんなことはさせません」

 ベルはそんなヘスティアを見て、少しだけ嬉しそうに笑った。

 ヘファイストス様にも同じ事を言われたなと、呟くとまた歩き出す。

 未だ猛威を振るっている食人花の元へ。

「それに、何事にも例外はあります」

 

 

『オオオオオオオ!!!』

 

 

 ズドンッと、突如地面が砕け散る。

 そこから現れたのは食人花の分体であった。

 恐らく此方にも狙いを定めに来たのだろう。

 花弁が開くと、そこから鋭利な牙、そして強酸性の溶解液が流れ出していた。

『ベル君!』

 ヘスティアとエイナの叫びがシンクロする。

 食人花は、ベルを補食しようとその首を伸ばして襲い掛かった。

 

 

「...僕みたいに、殺すことしか能の無い存在も居るってことですよ」

 

 

 ベルは持っていた果物ナイフを食人花の口腔内へ投擲した。

「これは純粋な僕の実力」

 そう言った瞬間、食人花は核である魔石を破壊され、無残に砕け散った。

「これからは、雑魚相手に()は使ってられないんだよ」

 直後、ベルは食人花の本体へ疾走した。

 眼鏡を掛けた、その状態で。

 

 

 

 

 

 

 そして、冒頭。

 ベル・クラネルが行ったのは、とるに足らない只の蹂躙行為だ。

 アイズやティオナ、ティオネが武器無しとは言え苦戦していたモンスターを圧倒的に殺戮しただけだ。

 都合良く近くに刺さっていた大剣(・・・・・・・・・・・・・・)を手に取った彼は、容赦無く食人花を斬り刻んでいったのだ。

 誰も入らせる余地はない。

 もし、その中へ入っていけば間違いなくベルの殺戮対象として抹殺されるからだ。

 それほどにベルは滾っていたのだった。

「じゃあ、帰りましょうか」

 故に、この戦いは呆気なく終わってしまった。

 特筆することなど何もなく、ベル・クラネルが本来遥か格上のモンスターを単独で殺した、それだけのことだ。

「...そうだ。シルさんを探さないと」

 ベルは本来の目的を思い出すと、大剣を背中に差し、残骸の上から降り、何処かを目指して走り出して行った。

 残された少女達は、只彼が去っていく姿を呆然と見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 結論から言えば、シル・フローヴァは生きていた。

 それこそ、あの男が言っていた形とは真逆で、人の形をしていたし、いつものあざと可愛いシルはいた。

 会ってみれば、逆に「探したんですよー! ぷんぷん!」と言われ、それを口に出して言う人は本当いるんだなとベルはある意味感心していた。

 まあ、取り敢えず。

 シルが生きていて良かったと、ベルは心からそう思っていた。

 

 

 

 

 

「どうだったかしら。あの子は?」

 オラリオ市内、バベル最上階。

 そこは美の女神フレイヤが座する、ある種の居城であった。

 只、少しだけ違うのが、フレイヤの髪が少しだけ短くなっているところだ。

「はい。想像以上でした。まさか一回でも殺されるとは思ってもいませんでした」

 それに答えたのは、いつの間にか現れていた2mを超す巨体を誇る猪人、オッタルであった。

 彼はフレイヤ・ファミリアの首領にして、都市最強であるLv:7の冒険者である。

 故に、オッタルの名を知らぬ者はこの町には存在しないし、二つ名である《猛者(おうじゃ)》を知らない者もまた存在しなかった。

「ふふふ...あなたが殺されるなんて、あの小さな勇者様以来じゃないかしらねぇ」

 そうフレイヤに言われ、オッタルが思い浮かべたのは、自身に唯一傷をつけたある男だ。

 その男は、オッタルが知る限り最強格の冒険者と言えた。

「申し訳ございません、フレイヤ様。私はベル・クラネルという男を殺さなくてはいけなくなってしまいました。どうかお許しを」

 そう言って、オッタルはフレイヤの足元に膝まずき、深く頭を下げた。

「いいわ。本来なら許さないことだけれども、それであの子の魂が更に輝くのなら私は構わないわ」

 恍惚とした表情を浮かべ、フレイヤは笑っていた。

 それに対しオッタルは石のように何も反応はしなかった。

「でも、そうね...オッタル。殺すのなら貴方も全力を出して殺しにいきなさい。そうすれば、あの子も_______」

 それに応えて、全力で殺しにかかってくるだろうしねと、フレイヤはまるで悪魔のような表情でそう言った。

「承知致しました。しかし、あの男はまだ冒険者になったばかり。恐らくこれから私達の想像を遥かに越える勢いで強くなるでしょう。それこそ_______」

 

 

 

_______神すら殺す怪物(そんざい)に。

 

 

 

 

 

 

 

 第一章『死兎降誕』完




というわけで、一巻分はこれにて完結です。
短いですが、ここまで読んで頂き有り難うございました。
作者はまだまだ未熟でありますので、平にご容赦お願い致します。













クリスマスなんて無くなってしまえばいいのに...


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第二章 少女落土(前) Rising Girl.
#11 プロローグ


クリスマスが終わった...!


 迷宮都市オラリオ。

 その街の外れには、かなり老朽化した教会があった。

「ここに正座するんだ!」

「何でですか...」

 その教会の中の一室、そこにはベッドが置かれており、二人の男女が腰を下ろしていた。

 まるで、情事の後のような状況ではあったが、一切そんなことはなかった。

「いいから! 早く!」

「分かりましたから、そんなに動かないで下さい。ベッドが軋みます」

 白髪の少年は、言われるがままにベッドの上に正座した。

 目の前には、黒髪ツインテールの少女いや、女神が座っている。

「取り敢えず、これを見たまえ」

 その女神は仏頂面で、明らかに機嫌が悪そうに、羊皮紙を渡してきた。

「これって、僕のステイタスですよね。これがどうかしたんですか?」

「どうしたもこうしたもないよ!」

 この女神は何をそんなに憤っているのだろうか、少年は羊皮紙の中身を覗いた。

 

 

ベル・クラネル

Lv:1

力:A 876 耐久:I 0 器用:S 974 敏捷:S 961 魔力:I 0

《魔法》【】

《スキル》【       】

 

 

 少年ベル・クラネルは改めて自身のステイタスを確認したが、これを見たから何なのだというわけで、目の前の女神様の意図は掴めなかった。

「これを見て、何か思うことはないのかい...?」

「いや、別に。強いて言うなら最初より上がったなとは...」

「その最初が、一週間前だとしてもを言ってるのかい!?」

 女神ヘスティアは、ベッドにボスッと手を置くと、鼻と鼻が付くのではと思うくらいに顔を近付けてきた。

 ベルが食人花を殺戮して、今日で丁度一週間が経過しようとしていた。

 一部の壊れた街並みもまだ全然復旧出来ていない状況だ。

 ベルはあの後、シルが生きているのを確認し、一安心したのであったが、追いかけてきたエイナとヘスティアに滅茶苦茶怒られたのは言うまでもない。

 戦いが終わった瞬間、いきなり走り出して行ったのだ、それは当然であった。

 ちなみにベルが助けた少女は無事に両親と再会することが出来た。

 その際に、「お兄ちゃん、ありがと!」と頬にキスをされてしまったベルであったが、それで女性陣から更に冷たい目線を喰らったのは言うまでもない。

「割りとダンジョンにも潜ってますし、妥当じゃないんですかね...」

「そんなわけないだろ!」

 適当に返答したのがバレたのか、バレてないのか、ヘスティアは案の定ツインテールを逆立たせて声をあげた。

「それに、この変な上がり方は一体何なんだい?」

 変な上がり方、つまりはベルのステイタスで耐久が上昇していないことを言っているのだろう。

 魔力は魔法を使わなければそもそも上がらないので、ここでは省かれるが。

「いや、ステイタスって、それに関することを何度もやらなきゃいけないんですよね?」

 例え、力だった場合はとにかく重いものを振るったり、敏捷だったら速く動いたりと、根気強くやっていかなければならない。

 そして、耐久は攻撃を受けることで、上昇するステイタスだ。

 

 

「当たらなければ、どうということもないでしょう?」

 

「そんな馬鹿なことあってたまるもんかい!」

 

 

 馬鹿なことと言われ、ベルは少しだけしょぼんとしてしまうが、仕方がないだろう、本当のことなのだから。

「...というかベル君は、どれくらい潜ってるんだい? 低階層を往復したところで、流石にここまで伸びないと思うんだけど」

「15階層ですね」

「■○□△◎$♪¢~!!」

 最早、言葉ではない何か叫んでいるヘスティアを目の前に、ベルは軽く引いていた。

「まあ、もっと行けそうでしたけど、何か区切りが良かったので...」

「ダンジョンに潜るのを、区切りが良いからとかで考えるな~!」

 ゼーハーと肩を揺らして、荒く息をするヘスティア。

 顔もその影響か、真っ赤になっていた。

「ヘスティア様。怒るのは身体に良くないですよ。深呼吸しましょう?」

「誰のせいでこうなってると思ってるんだ!」

 まあ、自分のせいなのだろうとベルは納得した。

 わざと分かってないふりをしていたのかもしれない。

 確かにこんなペースで上がれば、冒険者は皆レベルがとんでもないことになっているはずだ。

 故に、ベルは自身の異質さ(・・・・・・)に気付いていた。

「大体、そんなのハーフエルフ君が黙ってないだろ!」

 あのエイナのことだ。

 間違いなくヘスティアの比ではないくらいに怒るだろう。

 もしくは卒倒してしまうかもしれないが。

「はい、それはもう尋常じゃないくらいに怒られました。すごく怖かったです」

 未だにあの時の恐怖を忘れられないベルは、肩が震えていた。

 ハーフエルフ、つまりはエルフなのに、あの時はまるで鬼のようだった。

 一瞬だが、死を覚悟してしまった。

 そんな姿を見たヘスティアは、流石に可哀想だなと、ベルの頭を撫でていた。

 悪くない、寧ろ良いとベルは内心今の状況を喜んでいた。

「...ところで、ヘスティア様。あなたは僕に隠し事してないですよね」

「うぇ! い、いきなりどうしたんだい、ベル君!?」

 タイミングは今しかないとベルはぶっこんだ。

 ヘスティアの反応から察し、これは黒だなと、ベルは確信し、今度はこちらの番だと、行動した。

「ステイタス欄のスキルのところ、わざと消してるような跡があったんですけど、あれ何ですかね?」

 グイッとベルはヘスティアの顔に、先程と同じくらい近付けてそう言った。

「べ、ベル君! 顔が近いよ、顔が!」

 ヘスティアは顔を赤くしてパニクっていた。

 先程、同じ事を自分にやって来たのに何を言っているんだと、ベルは思わなくもなかったが。

「ヘスティア様。どういうことなんですかね。ねー」

 ベルはヘスティアの目を逃さないと言わんばかりにジッと見詰めた。

「ぼ、ボクは何も知らないよ! ベル君の勘違いじゃないかな!」

 必死にベルから目をそらして、誤魔化そうとするヘスティア。

 もう完全にバレているのだから、言ってしまった方が楽なのに、ベルはそう思っていた。

「ふーん、そうですか。それなら...」

 ベルはそう言うと、ヘスティアへ近付けていた顔を離した。

 ヘスティアは解放された、そう思い、少しだけ安堵していた。

 

 

_______のは一瞬だった。

 

 

 ヘスティアはベルに肩を掴まれると、そのまま押し倒されてしまったのだ。

「べべべべべベル君!!?」

 突然の出来事に、ヘスティアは先程よりもパニック状態に陥っていた。

「いや、ヘスティア様がどうしても言ってくれないなら僕にも考えがありましてね...」

 ベルの両手はヘスティアの顔のすぐ側に置かれており、見下ろす形になっていた。

 つまり、完全ロックオン状態である。

「力付くで聞き出そうかなと思いまして」

 まあ、身も心も解き放てば、ヘスティア様も喋ってくれますよね、そう言うとベルはジッとヘスティアを見詰めた。

 先程よりも更にだ。

「ままままま待ってくれ! べ、ベル君! ま、まだ心のじゅ、準備が...!」

「はぁ...準備とか、そんなこと言える余裕があるのならさっさと喋っちゃって下さいよ...」

 ヘスティアは、「余裕なんてないよ! どこからそんなことが言えるんだよ!」と心の中で思っていたが、ベルには通じない。

「...まあ、良いです。ヘスティア様が僕に教えてくれないのは何か理由があってのことでしょうし」

 ベルはそう言うと、ヘスティアからどいた。

 ヘスティアは、顔を赤くしたまま、起き上がると、ジト目でベルを睨んでいた。

「ヘスティア様、謝りますから、そんなに睨まないで下さいよ」

 元々そういうこと(・・・・・・)をするつもりは全く無かったのだが、流石に悪いことをしたなとベルは思っていた。

「君は酷いよね! というかファミリアに入ってから何時もからかわれてるような気がするんだけど気のせいだよね!」

 ごめんなさい、わざとです等とは言えないベルであった。

 何というか、ついやってしまうのだ。

 からかったときの反応も面白可愛いし、何より見た目が美少女なので、ベルにとっては最高であった。

「全く...! ボクじゃなかったら許されないことなんだから気をつけるんだよ!」

 こんな風に甘い神様はきっといないだろう。

 ぷんぷんと怒りながらも、最後にはこうやって許してくれるのだ。

「ありがとうございます、ヘスティア様。大好きです」

「ふぇあっ!!?」

 だから、ついやってしまうのである。

 

 

 

 

 

「ギルド登録に引っ越しも終わったな...」

 ヘスティアを性懲りもなくからかってまた怒られたベルはどうにか機嫌を復活させ、終わっていなかった持ってきた荷物を出す作業を終了させていた。

 ベルはファミリアとして同じ所に住んだ方がいいのか、ヘスティアにどこに住んでいるのか尋ねたら、外れの教会で一人暮らししていると言われ、説教したのは記憶に新しい。

 女性の一人暮らしは危険が多い。

 ヘスティアは神様と言えど大半の力を失っている。

 そんな状態で、一人であんな場所に住んでいるなどと言われたら、怒るのも当然だ。

 故にベルはすぐに今住んでいるアパートメントの契約を解除したのだ。

 そして、家具などは全て自分で運ぶことにより、引っ越し運賃を無料(タダ)にした。

 節制を心掛けているベルにとっては、それは由々しき事態であったのだ。

 まあ、運ぶのに丸一日掛かってしまったが、別に良いだろうと割りきっていたベルであった。

「...来た。エイナさーん! こっちでーす!」

 ベルが居たのはバベル近くの広場、そこの噴水前だ。

 服装もいつも以上に気合いを入れていた。

「ごめんね、少し遅くなっちゃって...」

「いえ、時間的には約束の時間よりまだ早いですし、早く来たのはこっちですから」

 駆け足で此方に来たのはエイナ・チュール。

 現在、ベル専属の冒険アドバイザーを担当しているハーフエルフの美女だ。

「服、とってもお似合いですよ」

「あ、ありがとう...ベル君も、その...かっこいいよ」

 エイナの着てきた気合いの入っている服装を褒めると、エイナは顔を赤くしてぼそぼそっとそう言った。

「眼鏡、今日は外してるんですね」

「...ベル君こそ、眼鏡かけてるんだね」

 お互いよく知っているのは今日とは真逆の姿なのだ。

 

 

『そっちも良いですね(良いと思うよ)』

 

 

 思わず笑ってしまうベルとエイナ。

 まさか、言うことが被るとは思ってもいなかった。

 一頻り笑うと、二人は顔を見合わせて、手を差し出した。

「じゃあ、行きましょうか」

「うん、時間も勿体無いしね」

 二人は手を繋ぐと、歩き出した。

 目指すは、バベル内部の鍛冶エリア、ヘファイストス・ファミリアの店だ。

 

 

 

 

 

「主神様。最近、茶にでも嵌まっておるのか?」

「えぇ。最近、弟みたいな子が出来て、ここに結構来るようになったからお茶くらい美味しいのをって思ってね」

「主神様、それはタヂマバナ・ファミリアの最高級和菓子ではないか?」

「その子が、前に"アンコ"っていう甘味を食べて美味しかったって言ったから用意したのよ」

「主神様、その赤い石の腕飾り、よく似合っておるの」

「あら、ありがとう。これ、あの子が手作りで作ってくれたものらしくてね、世界に一つしかないのよ」

「主神様...」

「どうしたのよ、そんな顔して」

「何でもない...」

 

 

 その頃、ヘファイストス・ファミリアの某店では、そんな会話が繰り広げられていたらしい。




どうせ、やることの無い作者は頑張りました...


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#12

二章はオリジナル展開たくさんでお送りいたします。


「ところで、エイナさん。本当に良かったんですか? せっかくの休日なのに」

 オラリオ市内バベルの場内エレベーターの中、二人しかいないその空間で、ベルはそう聞いた。

 ちなみに繋がれていた手は、バベルに入る前に既に解かれている。

 手を繋いだのはいいが、周りに見られる気恥ずかしさを感じ、互いに互いを不快にさせないようなタイミングで同時に離したのだった。

 今更とも言える話ではあるのだが、二人らしいと言えばらしいのかもしれない。

「もう、気にしないの。私が好きでやってることだから。それにベル君冒険者になっちゃったし、装備とかはしっかりしたものを着けて貰わないとね......」

 エイナは後半、少し含んだ言い方をして、ベルを見た。

 冒険者になったあの日から、エイナは更にベルの面倒をこと細かく見るようになったのだ。

 ダンジョンに潜る際に気を付けることや、モンスターの習性、武器や防具の重要性、冒険者としての心構え等、徹底的にベルへ教え込んだのだが、その時のエイナは誰から見ても鬼だったらしい。

 まあ、ベルが無断で15階層まで進んだ結果、エイナが更に鬼神へと進化を遂げてしまったのだが、死人は出ていないので安心してもらいたい。

 死にかけた人物はいたが。

「はははは......」

 エイナにはどうしてか、頭が上がらないベルは、誤魔化すように苦笑する。

 それを見たエイナはもうと、少しだけ頬を膨らますとプイッと顔を背けてしまった。

「もう、エイナさん。そんな簡単に機嫌悪くならないでくださいよ」

「別に悪くなってません!」

 それを悪くなってると言わず何というかと、ベルは思ったが、それを口にすると更に悪くなるので何も言わないことにした。

「あ、着きましたよ」

「......分かってるよ」

 ポーンという高い音と共に、エレベーターのドアが開かれる。

 ベルはエレベーター内にある開錠ボタンを押しながら、エイナを先に出させ、その後自身も出た。

「まず、何処行くんでしたっけ?」

「......そうだね、先ずは防具のお店かな」

 戦って勝つよりも生きることを優先しなさいと、鬼のように厳しく教えて貰ったのを思い出したベル。

 モンスターに攻撃を加える武器よりも、自身を守るための防具を先に選ぶのは、何ともエイナらしい考えだ。

「確か安いお店あるんですよね」

「うん、そうだよ。大丈夫、そこも全部考えて来てるから」

 歩きながら、エイナは任せなさいと控えめではない胸をポンと叩いた。

 その際、少し揺れたのだが、頼もしいなと思うと同時に、得したなという感情がベルを襲った。

「さあ、こっちだよ」

 エイナに呼ばれるがまま、ベルはその後を付いていった。

 

 

 

 

 

「本当に安いですね......」

 ベルは手に取った兜を見ると、その安さに驚いていた。

「でしょ? ここはまだ新米の鍛冶師達が、自分の力試しをするための場所なの」

 エイナの説明をさらに聞いてみれば、掘り出し物が見つかるかもしれないということらしい。

 性能の良い武具を安い価格で手に入れられればそれはラッキーだろう。

 まあ、ベルにとってはあまり武器や防具に拘りはないのではあるが、エイナの気遣いは無駄には出来なかった。

「僕、あっちの見てきてもいいですか?」

「そうだね。私も別のところ見てくるね」

 そう言って、二人は一度別れて見ることにした。

「8600ヴァリスに、11000ヴァリス......全然余裕で買えるなぁ」

 ベルは置いてあった兜や、プレートアーマーに付いている値札を見ながら、自身の手持ち金額を確認した。

 最近は冒険者になり、更には15階層まで潜ったため、金銭面的にかなり余裕が出来ている。

 72000ヴァリス、貯金している額を抜いた、今現在ベルが使っても問題無いと判断したお金である。

「これは......」

 ふとベルは、たまたま目についた胸当てを手に取った。

 いや、正確にはライトアーマーの一部だ。

 白銀の色をした胸部装甲で、手に取って分かったのはその軽さであった。

 防御力を得るには、それに比例して質量も増えることになる。

 最上級の超稀少金属や、鍛冶師の腕が高くなければ、かなり調整の難しい所でもある。

 重すぎて動けなくなってしまえば、それこそ意味が無い。

 しかし、この防具は軽くもあり、更に言えば硬さに置いてもそれなりのものであった。

「えーと、"試作品377"? 製作者は、ヴェルフ・クロッゾ......」

 防具の名前、そして彫られている製作者の名前を確認したベル。

 防具の名前から察するにこれで、恐らく最良のものではないだろう。

 この"試作"という段階でもかなりの出来だとベルは思っていた。

「ヴェルフ・クロッゾ、ね......」

 もう一度その名前を呟くと、なるほどと納得して胸当てを元の場所へ戻すベル。

 その後も、結構な時間ベルは色々な防具を見たが、ピンと来るものはなかった。

「どう? 見つかった?」

「そう、ですね。中々これっていうものが......」

 合流してすぐにエイナに聞かれ、ベルは曖昧にそう答えた。

「うーん、そっかぁ。でもベル君、防具はちゃんとしたものを身に付けて置かないと、もしもの時大変なことになっちゃうんだから、絶対に選ぶこと」

 でないとダンジョンに潜る許可は与えられませんと、きっぱり言うエイナ。

 まあ、普通はそうだ。

 まともな防具無しでダンジョンに潜る、更に言えば15階層まで行くなど、新米冒険者にとっては、態々死にに行くことに等しい。

 ベルが今持っているのは、レザー素材の安物の防具だ。

 防御力はゴブリンやコボルトからの攻撃を多少軽減出来る程度のもので、間違いなく現状に適していない。

「別のお店行ってみようか? ゴブニュ・ファミリアの店も分店がここの中にあったはずだから」

「そう、ですね。それも良いかもしれませんね。......あ、でもその前に少し顔を出して行きたいところがあるんですけど良いですか?」

 ベルがそう言うと、エイナは少し首を傾げてしまったが、良いけどとすぐに了承した。

「じゃあ、行きましょう」

 歩き出すベルに、何処に行くんだろうとおもいつつもエイナはその後ろを追いかけていった。

 

 

 

 

 

「神様、それに団長よぉ。いい加減聞き飽きたぜ、それは」

 バベル内ヘファイストス・ファミリアの鍛冶場において、三人の人物がそこにはいた。

 一人は右目に眼帯を着けた赤髪の美女もといヘファイストスで、その表情は呆れていた。

 もう一人は、同じく左目に眼帯を着け、上半身はサラシで隠しているだけのかなり露出度の高い格好をしたハーフドワーフの美女で、同じくあまり良いとは言えない表情をしていた。

 そして、もう一人は180Cを越える長身の赤髪のヒューマンの青年で、少し面倒くさそうに答えていた。

「俺は認めた奴以外には絶対武器や防具は作らないって」

「あんた、そう言って頼みに来た冒険者と喧嘩になってたでしょう」

 溜め息を着くヘファイストス。

 その顔には少し疲労が見えていた。

「認めた奴以外と言うがのう、そもそも専属になるまでにも技量を磨かねばならぬのに、それでは磨く機会も減るだろうに?」

 腕を豊満な胸の下で組みつつハーフドワーフの美女、椿・コルブランドはそう言った。

「団長。それ、俺の腕を分かってて言ってるだろ?」

 赤髪の男はそう言うと、椿は頭を手で押さえながら溜め息を吐いた。

「......分かっておるよ。なぁ、主神様よ」

「そうね。うちの鍛冶師達の中で、椿と張れるのはあんたしかいないものね。ヴェルフ」

 赤髪の青年、ヴェルフ・クロッゾはヘファイストスの言葉を聞くと、少しだけムッとしていた。

「別に負けてるつもりはないんだがな......」

「......あぁ、もう。不貞腐れるな、面倒くさい」

 ヘファイストスはまた溜め息を吐いた。

 それを見た椿はやれやれとその間に入っていった。

「ヴェルフよ。主神様も手前も、お主の実力はよく分かっておる。だがの、その腕もきちんと振るわなければ腐ってしまうものなのだ」

「......だから、妥協して俺の作った試作品を売りに出してんだろ? それじゃ駄目なのかよ」

「試作品じゃなくて、あんたが本気で作った奴を出せって言ってるの。試作品を使わせるとか、完全に買い手を馬鹿にしてるようなものでしょうが」

 ヘファイストスとヴェルフの間に剣呑な雰囲気が流れる。

「本気って、神様よ。それは俺にあれを作れ(・・・・・)って言ってるのか?」

「そんなことは言ってないでしょ? 私が言ってるのはちゃんとしたもの作れってことなの......」

 互いに口論は止まらない。

 どちらも鍛冶師としての高いプライドがある。

 買い手、使い手に対して最高の力を振るって作るというものと、自身の最高の力を自身の認めた最高の相手に振るうというもの。

 互いに認められないものがあるのだろう。

 故に、この場ではそれらが衝突してしまっているのだった。

「......なぁ、ヴェルフよ。それなら、お主の言う認めた相手というのはおるのか?」

 椿はそんな単純な疑問をヴェルフへぶつける。

 この質問は過去に数度なされているもので、その都度ヴェルフはまだ見つかっていないと言うばかりであったのだ。

 恐らく今回も同じように返すのだろうと、半ば答えが分かっている状態でかくしたのだが、返って来たのは予想外のものであった。

「あぁ、見つかったよ」 

 ヴェルフの返答に、驚きを隠せないヘファイストスと椿。

 過去の事例から考えても、ヴェルフが誰かを認めることなど滅多にないことで、どれだけ高位の冒険者であろうとも、ヴェルフは武器を作ろうとしなかった。

 現状、彼が認めている人物が目の前にいるこの二人とゴブニュという鍛冶神だけなのだ。

 そのヴェルフが認めたとあれば、どれ程の者なのか、二人は気になって仕方がなかった。

「あんたがそう言うなんて、一体何処の誰よ?」 

「あぁ。名前は________」 

 

 

「お邪魔しまーす」 

 

 

 ヴェルフの声は突然の来訪者によって掻き消されてしまった。

 三人は一斉に入り口を見た。

「あ、ヘファイストス様。こんにちは」 

「お、お邪魔します......」 

 そこに居たのは白髪紅眼の少年とハーフエルフの美女だ。

 二人とも私服姿で、端から見たらデートをしているカップルにも見えなくはなかった。

「べ、ベル? 何でこのタイミングで......」 

 ヘファイストスとしては出来ればもっと落ち着いた状態で、会いたかったのだが、何分状況が状況だ。

 タイミングが悪すぎる。

 それに一緒にいるハーフエルフは一体と、ヘファイストスは疑問に思っていたが、それを口に出すことは出来なかった。

 

 

「おぉ! 遂に来てくれたか、旦那(・・)」 

 

 

 




今年最後の投稿になるかもしれません。
皆様、来年も良いお年を送れることを作者も祈っております。








※リア充は除きます。


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#13

今年最後と言ったな、あれは嘘だ。



「おぉ! 遂に来てくれたか、旦那(・・)

 目の前の赤髪の青年はベルに対し、まるで旧知の仲のような気安さでそう言った。

「......旦那、ですか? すいません、人違いじゃないですかね」

 全くもってこの青年のことを知らないベルは素でこのような反応をしてしまった。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! まさか、あんたが言ってる相手って......」

 ヘファイストスが慌てたようにそう言った。

 いつも落ち着いている彼女を知るベルにとっては珍しい光景であった。

「おう。旦那、つまりはこの人、ベル・クラネルさんだ」

 青年はそう言って、ベルの顔を見てニヤリと笑う。

 いや、本当に誰? というのが、ベルの思いではあったが、一応笑い返しておいた。

「......この小僧が主神様の言っていた弟分か。男にしては随分と可愛いらしい顔している奴だのう」

 興味ありげにベルのことを覗く黒髪の女性。

 上半身はその豊満な胸をサラシで巻いているだけという何とも目のやり場に困る格好をしていたが、ベル的には最高にありだった。

 男にしては可愛いと言ったのは許そうではないか、そう思った瞬間、隣に居たエイナに足を踏み抜かれたが、まあ役得だったのだから良しとしよう。

「なあ、旦那。ここに来たってことはあれ(・・)を読んで来てくれたってことだよな!」

 すると、青年は距離を詰めて、ベルの両肩に手を置くと、前後に揺らしながらそう言った。

 止めて欲しい、くらくらする、と思っていたベルであったが、ふと気付いたことがあった。

「あ......もしかして、あなたがヴェルフ・クロッゾさん、ですか?」

 脳裏に唐突に出てきたその名前。

 あの大剣に長々と刻まれていたメッセージを思い出したのだ。

 

 

『私の名前はヴェルフ・クロッゾと申します。この度は折り入って話をしたいことがございまして_______』

 

 

 あの堅苦しい文面を書いていた人物とは到底思えなかった。

 要はこの青年、ヴェルフ・クロッゾが一度会って話をしたいのだが、あなたの家を知らないので、大変失礼ではあるが、ヘファイストス・ファミリアの工房に来てくれないかということである。

 本来なら先方に態々出向かせる時点で、かなり失礼で、尚且つ顔も全く知らない人物からの誘いだ、ベルも行く気などなかった。

 しかし、あの大剣を使わせて貰ったという貸しと、未だに返せていないことを考えると、会わないわけにはいかなかったのだ。

 まあ、ヘファイストスに会いに行くついでに、この人物を知らないかと聞くつもりではあったため、その手間も省けたようだが。

「そうそうそう! 俺がヴェルフ・クロッゾ! いやぁ、流石旦那、ちゃんと名前覚えててくれるなんて!」

 笑いながら、バシバシとベルの背中を叩くヴェルフ。

 背骨がミシミシいっていたが、そんなことよりも確認しなくてはいけないことがあった。

「ちょ、ちょっと良いですか? 話をしたいことがあるってありましたけど、それに旦那って_______」

「あぁ、それはな_______おっと、旦那。この話は後だ。お隣を見てみな」

 いきなりどうしたと、ベルは言われた通りに周りを確認した。

「......」

 エイナが不機嫌そうに頬を小さく膨らませていた。

「え、エイナさん......?」

 恐る恐る声をかけるベル。

 それは腫れ物に触るように慎重なものであった。

「.....放っておかれるのは、ちょっと辛いんだけどな。後ちゃんと挨拶はさせて欲しいんだけど」

 少し半面で睨み付けるように言ってくるエイナに、ベルはタジタジになってしまう。

 確かに友人と遊びに来たら、友人の友人と出くわしてそれで話が盛り上がって着いていけないというそんな状況にも似ていなくはない。

 確かにそうなれば自分も嫌だなと思いつつ、ベルは謝った。

「ごめんなさい、エイナさん。こちらヘファイストス様とヴェルフ・クロッゾ、さん。そして、えっと......すいません、貴方は......?」

 ベルが先程から気になっていた黒髪の美女は、悪い悪いと言って、前に出てくる。

「手前はヘファイストス・ファミリア団長、椿・コルブランド。お主のことは主神様からよく聞いておる(・・・・・・・)。よろしく頼む」

 そう言って、手を差し出して来たのでベルは躊躇いなく握手に応じた。

 ミシッ。

「ちょっ、コルブランドさん......?」

「何、椿で良い。手前もお主のことはベルと呼ばせて貰うからのう」

 そう言って笑顔で応じる椿ではあったが、明らかにその色は黒かった。

 まるで、聞きたくもない惚気を聞かされまくった恨みを晴らしているかのような感じだ。

 現にベルの右手は先程から本来鳴ってはいけない音が鳴っていた。

「は・じ・め・ま・し・て! エイナ・チュールです! 」

 すると、その握手を妨害するようにエイナが間に割って入ってくれた。

 助かったと、ベルは内心でエイナに感謝しつつ、右手を擦っていた。

「おう。さっきも言ったが手前は椿・コルブランド。よろしく頼むエイナよ」

 しかし、割って入って来られたのも何処吹く風と、椿はエイナへ普通に挨拶していた。

 握手をしていたようだが、ミシミシいってないということはごく普通の握手らしい。

 それならこちらも普通の握手が良かったと、ベルは心の中で嘆いていた。

「よろしく、エイナ嬢。俺のことはヴェルフでいいぜ」

「よ、よろしくお願いします、ヴェルフさん......」

 ヴェルフのエイナ嬢呼びにエイナは少し困惑していたが、流石ギルドの受付嬢、笑顔は崩さなかった。

 苦笑ではあったが。

「私はヘファイストス。まあ、分かるとは思うけど。よろしく、チュール」

「はい、此方こそよろしくお願いいたします、神ヘファイストス。何時もうちのベル君がお世話になっています」

 ヘファイストスとエイナは笑顔で対面しているが、その実、全くもって笑っていない。

 体感温度も急激に低下し、まるで深淵世界(ニブルヘイム)にいるかのようであった。

「うちの、ベルねぇ......あ、そうだ、ベル。前"一緒に"お茶した時に言ってたお菓子、用意してるんだけど、食べるわよね?」

「え? あ、はい。っていうか、用意してくれてたんですか? そんな態々......」

「_______ベル君! "また一緒に"あそこのカフェに行こうね。あーんだって何回もしたもんね」

 エイナは何故かヘファイストスに対抗するように前に出てきてそう言った。

 止めてくださいそんな恥ずかしいことを暴露するのはと、ベルは思ったが今の空気的に言い出すことは出来なかった。

「_______別に良いのよ、ベルのためだもの。それにこの前"貰ったプレゼント"のお返しよ。気にしなくていいわ」

 そう言ってヘファイストスは、左腕に付けている赤いビーズと銀のビーズ交互を繋げたブレスレットを然り気無く見せ付ける。

 エイナへ。

「っ......! へ、へぇ。ヘファイストス様にそんなプレゼントしたんだ......?」

 エイナの表情が焦りと動揺に染まり、その視線はベルを射抜いていた。

「はい、そうですけど。それがどうかしましたか?」

 ベルはその視線をまるで無視するかの如く、そう答えた。

「えっ......」

「ふっ......」

 泣きそうな表情をするエイナとは真逆で、勝ち誇った顔をするヘファイストス。

 何なんだ、この空気は。何故こんなにも重いんだ。

 ヴェルフと椿も、同じ事を思っていたのか、ベルのことを見ていた。

 どうにかしてくれ、そう目で伝えて。

「というか、エイナさんにも今日あげようと思ってたんですよ」

 悲しみに包まれていたエイナは、ガバッと顔をあげてベルを見る。

 逆にヘファイストスは、先程のエイナのような表情をしていた。

「本当は、帰る時に渡そうと思ってたんですけど、今渡しちゃいますね」

 そう言ってベルはポケットから、赤いリボンとピンク色の包装紙でラッピングされた箱を取り出した。

「はい、エイナさん。いつもありがとうございます。これからも色々迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」

 そう言って、ベルはエイナへその箱を手渡した。

「あ、ありがとう。......これって、開けていいの?」

「どうぞ。そんな高いものではないですが」

 エイナは包装を丁寧に剥がし、箱を開ける。

 中には、緑のスエード紐とチェーンで編み込まれたブレスレットが入っていた。

「これって......」

「すいません、お店で買うとちょっと高いので、材料だけ買って手作りしたんですよ」

 すいませんと、申し訳なさそうにそう言った。

「ううん! そんなことない! すっごく嬉しいよ!」

 最早先程までのエイナは何処にもいない。

 幸せ全開の表情で、ベルの言葉を否定するとさっそくとブレスレットを着けていた。

「どう、かな......? 似合う......?」

 少し恥ずかしそうに右腕に着けたブレスレットを見せるエイナ。

「とてもお似合いですよ。喜んでくれて、良かった」

 安心したように言うベル。

 安い材料で作ったもので、ここまで喜んでくれるのなら、作って良かった素直に思えた。

「本当にありがとう! 大事にするね!」

 ムードのへったくれも無くなってしまったが、先程のような変な空気も無くなったのだから良しとしよう。

「......ベル? これって、私だけじゃなかったの?」

「はい? えぇ、まぁ。お世話になっている人全員にあげました」

 リューさんやシルさん達にもあげてますねと、指折りで数えながらそう言った。

「......そう」

 目に見えてしょんぼりしているヘファイストス。

 そのリューやシルという人物が誰かは知らないが、少しだけ恨みたくなってしまっていたのだ。

 それを聞いていたはずのエイナも、少しは思うことはあったが、取り敢えず、今は喜びを心の中で爆発させていた。

「こりゃあ、旦那。すげぇな......あんな神様見たことねぇぜ」

「無自覚でやっているのか、分かってやっているのかは分からんが、きっとそういう素質があるのだろう。末恐ろしい小僧だのう......」

 ヴェルフと椿は恐々とした表情でベルを見ていた。

 それに対し、ベルは何ですかとクエスチョンを浮かべるのみであったが。

「あ、そうだ。ヴェルフさん。さっきの話の続き」

「......お、おう! 悪い悪い。すっかり、旦那に圧倒されちまってよ」

 今の光景に圧倒されることなど無かったと思うがと、ベルは言いたかったが、そんなことよりも聞いてしまいたかった。

 更に他にもベルには聞きたいことがたくさんあったのだ。

 ヴェルフはゴホンと咳をして喉を整えると、ベルをしっかりと見据えてこう言った。

 

 

「_______俺、ヴェルフ・クロッゾは、旦那、ベル・クラネルに専属契約を結んで欲しいと思っている」

 

 




今回の話、前話と一緒で良かったかもしれない......
申し訳ございません、もしかしたら編集するかもしれません。





来年も、稚拙なこの作品ではありますが、どうか宜しくお願い致します。

そして、改めて皆様にどうか幸がありますことを祈っております。








※但しリア充はry


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#14

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。





「青いなぁ......」

 ダンジョン入り口前の広場、そこでベルは空を見上げながら、腰を下ろしていた。

 空が青く見えるのは太陽光の反射で青色が一番反射されるというのが、大雑把な理由ではあるが、今はそんなことはどうでも良いことだろう。

「一週間、ね......」

 ベルが呟いたその言葉の意味は、先日のヘファイストス・ファミリアの店でのやり取りの中にあった。

 

 

『俺を旦那の専属鍛冶師として契約して欲しい』

 

 

 ヴェルフから真剣な表情でそう言われ、ベルは酷く戸惑った。

 いきなり過ぎて意味がよく分からなかったのだ。

 現にベルは固まってしまっていたし、他の面子も同じくであった。

 その沈黙の中で最初に起動したのはヘファイストスで、すぐにヴェルフへ、その理由を尋ねていた。

 ヴェルフの言ったことを簡単に説明すると、どうやら"あの時から"ベルのことをずっと見ていたらしい。

 確かに、変な視線(・・・・)は感じていたが、流石にストーカー行為はいけないとベルはしっかり釘を刺しておいた。

 そして、そんなストーカー気味のヴェルフ曰く。

 

 

『旦那(の力)に惚れた』

 

『旦那の力になりたい』

 

『旦那の歩む道を一緒に歩ませて欲しい』

 

『だから、俺を旦那の専属(鍛冶師)にして欲しい』

 

 

 等々、少し意味深にも聞こえなくもないフレーズをベルに語りかけてきたのだ。

 流石にベルもどうしたら良いのか分からずに、エイナや事を知っていそうなヘファイストスに助けを求めようとしたが、エイナは顔を赤くしていた。

 ベルにしてみれば、何故顔を赤くしているかなど分からなかったが、特に言及することもなかった。

 取り敢えず、フリーズしているエイナを起動させ、現状どうすれば良いのかを尋ねた。

 すごい目が泳いでいたエイナをベルは不審には思ったが、これも特に言及することはなく、返ってくる言葉を待った。

 すると、返ってきた言葉は酷く短いものであった。

 

 

『良いと思うよ』

 

 

 それが、彼女の返答であった。

 《赤色の剣造者(ウルカヌス)》、それがヴェルフ・クロッゾの二つ名である。

 オラリオ内で、神を除けば中で最高峰の鍛冶師らしい。

 しかし、彼は武器を作ろうとしないことでも有名であった。

 理由は定かではないが、そういうことらしい。

 しかし、そんな彼がベルに武器を作らせて欲しいと言ったのだ。

 事情を良く知っているであろうヘファイストスや椿からしてみれば、驚くに決まっていた。

 そして、ベルはそんなヴェルフの申し出に、少し考えるとこう返答した。

 

 

『でも、僕はそんな器じゃありませんし。それに僕は貴方の本気(・・)武器(もの)を知らないですしね』

 

 

 そう、いくら有名な鍛冶師とは言え、その現物を見なければ何も判断することは出来ない。

 故にベルはそう返したのだ。

 その返答に、ヴェルフは一瞬だけ固まると、いきなり笑い出して、周りを引かせていた。

 しかし、ヴェルフはそんな視線を一切無視して、ベルの瞳をジッと見詰め、ニカッと笑ったのだ。

 

 

『一週間待ってくれ。旦那にとって、最高の得物(・・・・・)を作ってくる』

 

 

 そう言って、ヴェルフは早々にその場から立ち去ってしまった。

 恐らく自身の工房に向かったと思われるのだが。

 まあ、これが先日のヴェルフとのやり取りであるが、それから今日で二日目。

 期限は後、五日であった。

「まあ、僕にとって何のデメリットも無いし......」

 これで、どんな武器(もの)が出来たとしても、特にベルにダメージはない。

 金を掛けているわけでもないので、ベルは特に期待しているわけでもなかった。

 未だにベルは、ヴェルフという男を信用出来ずにいたのだ。

 故に今回、ヴェルフから近付いてきたのも、実は何かあるのではないかと、常に考えていた。

 普通、こんなに美味しい話はないはずだからだ。

 そんなことを考えながら青い空の下、ベルはただ浮かぶ白い雲を眺めていた。

「お兄さんお兄さん。そこの空を見上げているお兄さん」

 多種多様、変幻自在というべき雲の動きに、あれはドラゴンに見えるなと思っていたときだ。

 横から少女の声がした。

「えっと、君は......?」

 そこに居たのはボロのコートに身を包み、体躯の倍以上の大きさのリュックサックを背負った少女であった。

 表情はフードに隠れてよく見えなかったが。

「もしかして、忘れちゃいましたか? リリルカ・アーデですよ。ほら、あの時ぶつかった」

 少女、リリルカはフードを外してそう言った。

 すぐさまベルは脳内に検索をかけて、リリルカのこと思い出そうとする。

「あぁ、あの時のサポーターさんか......」

 思い出せたのは割りとラッキーだったのかもしれない。

 脳内検索に一件ヒットしたベルは内心でホッとしていた。

「はい、そうです。思い出して頂いて幸いです」

 リリルカはそう言って笑みを浮かべた。

 ベルの彼女に対する第一印象は、栗鼠のような雰囲気を持っているというものである。

 まあ、見た目の印象だけのようなものではあったが。

「それで、お兄さん。もしかして冒険者になられましたか?」

「うん、十日くらい前にね」

 まだまだ冒険初心者だよと、笑うベル。

 現に、知識量の少なさをエイナにかなり怒られてしまっているので、間違いではなかった(・・・・・・・・・)

「それなら丁度良かったです! お兄さん、今サポーターを探していませんか?」

「......サポーター、ねぇ。でも、僕みたいな新米に着いていくより、もっとベテランの冒険者に着いていった方が良いと思うんだけど」

 名前の通りサポーターは冒険者の補助をして、その働きに応じて、稼ぎの一部を貰っているのだ。

 新米冒険者では、行けるところ限られてしまうので、稼ぎは少なくなるだろう。

 逆にベテランの冒険者に着いていけば、更に深い階層まで行けるので、稼ぎも大きくなる。

 その分、危険度はかなり上がってしまうのだが。

「リリ程度のサポーターですと、ベテラン冒険者様の足を引っ張ってしまいますので......ですから、お兄さんのような成り立ての冒険者様にお声を掛けてるんです」

 へぇと、ベルは納得すると顎に手をあて、考える素振りを見せる。

「うーん。そうだなぁ......」

 実際のところ、ベルはダンジョン探索で、サポーターが必要だなとは考えてもいなかった。

 一人でダンジョンに潜っても何も問題は無く、更に言えば一人の方がやりやすい(・・・・・)のだ。

 ここでサポーターを雇えば費用もかかり、ダンジョン探索もしづらくなってしまうだろう。

 しかし、ベルには目の前の少女の提案を即座に突っぱねることなどは出来なかった。

「絶対に一人よりも二人の方が探索はしやすいですよ。それにアイテム収集はリリに任せていただければ、お兄さんは戦いに集中して臨むことが出来ますし」

 どうですかと、少しドヤ顔で言われて、ベルは苦笑してしまうものの、戦いに集中出来るというのは悪くないと思っていた。

 アイテム集めは割りと面倒なことではあるので、それは有難いことだ。

 それに、誰かを守りながら戦うというのも良い経験になるなと、ベルは思考してリリルカの方を見た。

「うん、そういうことなら君を雇わせてもらうよ」

「ありがとうございます! リリはとっても感激しています!」

 そんなに喜ばれてしまうと、それはそれで困ってしまうベル。

 しかし、これくらいでこの少女が喜んでくれるのなら、嬉しいことはないだろう。

 可愛い少女の笑顔は、男(一部女性も)を幸せに出来るのだ。

 これはベルの持論ではあるが、概ねその通りだろう。

 どの世界にも美少女が嫌いな人間はいないのである。

「あ、そうだ。まだ、僕が自己紹介してなかったね。僕はベル・クラネル。これから宜しくね、えーと......リリルカさんで良いかな?」

「はい、こちらこそ宜しくお願いいたします。"ベル様"」

 飛びっ切りの笑顔を浮かべるリリルカ。

 明らかに営業スマイル然としていたが、そんなことよりも、こんな少女に様付けで呼ばれることになるとはと、少しだけ胸を高鳴らせていた。

 背徳感などは気にしない。

 可愛いは大正義なのだ。

「じゃあ、ダンジョン行こうか」

「はい。足を引っ張らないよう、精一杯頑張らせていただきます!」

 リリルカの元気の良い返事に、ベルは気持ちよさを覚え、つい微笑んでしまった。

 妹がいたらこんな感じなのだろうかと想像するベル。

 この子がちょこちょこと後ろを、「お兄ちゃん」と言いながら着いてきたら滅茶苦茶可愛いなと、内心でにやけてしまう。

「何処のファミリア所属なの?」

「リリはソーマファミリアに所属しています」

 その後、ベルとリリルカは、ダンジョン入り口まで談笑しながら、割りとゆっくりめに足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。ちなみにリリルカさんって、何歳なの?」

 

「15歳ですよ」

 

「......!?」

 

 

 まさかの歳上であったことに驚きを隠せないベルであった。




投稿が遅くなったのは、Fate/Grand Orderを始めたからです。
無課金で、ギル様と青セイバーと師匠を早々に当ててしまったので、多分作者は今年死にます。


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#15

どーもです。
仕事と学校は辛いけど、今年も書くのを頑張ります。


「ところでベル様?」

「ん? どうしたの、リリルカさん」

 現在、ダンジョン内第7階層。

 ベルとリリルカは、危なげなくダンジョン探索を進めていた。

「ベル様は本当にLv:1の冒険者様なのでしょうか?」

「さっきからそう言ってるんだけどなぁ......」

 都合五度目のやりとりである。

 ゴブリンやコボルトなどの雑魚モンスターや、ダンジョンリザードのようなほんの少し強い程度のモンスターをベルが瞬殺しながら、リリルカが魔石やドロップアイテムを回収するというのを続けていた結果、目測で既に10000ヴァリス以上は稼いでいた。

 ベルにとってみれば、造作の無い当たり前のことではあったが、リリルカからしてみればかなり衝撃的なことであり、目を見開いて驚いていたのはベルの記憶に新しい。

 というより、今の今までではあるが。

「......ベル様のそのナイフ、もしかしてかなりの業物だったりするんですか?」

「いいや、適当な店で買った安物だよ」

 でも手によく馴染むから使いやすくてと、ベルは付け足した。

 そんなベルに対し、リリルカは「またまたご冗談を」と笑っていた。

 どうやらベルの言ったことは冗談だと思われているらしい。

「......本当のことなんだけどなぁ」

 ベルはそう呟くが、別に良いかと、この件を有耶無耶のままにしておくことにした。

 これを本当だと伝えても、それを相手が信じなければ意味がないし、何より面倒くさかったのだ。

 リリルカとは会って間もない上に、またパーティを組むかも分からない。

 もしかしたら、もう二度と会うことは無いかもしれない。

 故にこのままでも問題は無いのである。

「あ、リリルカさん。モンスターが来るから、僕の後ろに下がってて」

「え? 一体どこから......」

 瞬間、壁からグチャグチャと耳に嫌悪感を抱かせる音が響き渡る。

 モンスターの孵化、であった。

 ダンジョン内のモンスターは、親となるモンスターから生まれるのではない。

 ダンジョンから(・・・・・・・)直接生まれるのである。

「ウォーシャドー!? それにキラーアントまで!?」

 現れたのは"黒い人"と"赤い虫"であった。

 身長160C程、全身黒い影の人型モンスターで、6階層では、純粋な戦闘力では随一と言われるモンスター、ウォーシャドー。

 四本の足に二本の細い腕、全身は赤く染まっており、身体を覆う外皮は鎧の如き強度を誇るモンスター、キラーアント。

 どちらも新米冒険者にとっては、かなりの障害となりうるモンスターである。

 しかし、それらのモンスターも一体ずつであれば強敵には違いはないが、対処は可能だ。

 問題なのはその数であった。

「うじゃうじゃ出てきたなぁ......」

 ベルは嫌そうな顔でそう呟いた。

 ウォーシャドーとキラーアント、どちらも合わせれば数は20体以上はいたのだ。

「ベル様!? 囲まれてますよ!!」

 リリルカの言う通り、ベル達は包囲されていた。

 モンスター達は殺気立っており、完全にその狙いはベル達の方へと向かっている。

「リリルカさん、落ち着いて。これくらいなら問題ないから。それよりも、リリルカさんはアイテム回収に専念しておいて」

「これくらいって、そんなの無理に決まって_______」

 リリルカの言葉は続かなかった。

 モンスター達が一斉にベル達へ飛び掛かってきたのである。

「_______"死兎・旋廻牙"」

 瞬間、リリルカの目には何が起こったか理解出来ないでいた。

 突然、ベルが消えたと同時に、迫っていたモンスター達の頭部と胴体が別れたのだ。

「......使わなくても(・・・・・・)大分近付いてきてるな」

 ベルの呟きの意味をリリルカは理解出来ないでいたが、ただ分かったのは目の前の冒険者が、モンスターを圧倒したということだけであった。

「ほら、リリルカさん。早く集めちゃおう。これを回収すれば大分額は行くはずだから」

「......」

「リリルカさん?」

「......は、はい! 只今やります!」

 いきなり固まってしまっていたリリルカにクエスチョンを浮かべたベルであったが、すぐに了承したので、回収作業にまわることが出来た。

 リリルカが理解出来なかったベルの戦闘の流れ、いや戦闘というものでも無かったが、説明すればこうなる。

 

 

_______リリルカを軸に走りながら、襲い来るモンスター達の首を狙って斬り落とした。

 

 

 そう、それだけなのである。

 ベルの技(・・・・)として存在するかと言えば存在はしないのだが、名前は便宜上付けているだけなので、実際、これは技ですらなく、技術として当たり前のもの(・・・・・・・・・・・・)であった。

 生物の弱点は基本的には頭部である。

 それを落とせば大体は死ぬ、それと同じようにベルからしてみれば当たり前のことであるのだ。

「......ベル様、とてもお強いんですね!」

「ははは、そんなことないよ。まだまだだよ」

 リリルカの純粋な目にタジタジになるベル。

 流石に本意かどうかまでは見抜けはしないが、そうだとしてもベルにとってその視線は恥ずかしいものであった。

「いえいえ、そんなことありませんよ。ベル様はリリが今まで見てきた冒険者様の中でも一番だと思います」

「それは言い過ぎじゃないかなぁ......」

 べた褒めされ、後頭部を掻きながら照れるベル。

 可愛い少女に褒められるのは悪い気がしなかった。

「でも、そのナイフ(・・・・・)もかなりのものですよねぇ。Lv:1であるベル様をあそこまで高められるなんて」

 しかし、いきなり方向性がベルからナイフへと移り、内心少しだけムッとしてしまうベル。

 その言い方だとベルがモンスターを倒せたのはこのナイフのお陰と言われているようなものであった。

 まあ、Lv:1の冒険者では到底出来ない芸当ではあるので、リリルカが勘違いするのは仕方の無いことではあったが。

「あ、申し訳ありません。失礼な物言いになってしまいまして......」

「あぁ、そんな謝らなくていいよ。リリルカさんの言ってることは間違いじゃないから(・・・・・・・・・)

 確かにこのナイフはとても手に馴染み、ベルにとってはかなり使いやすいものであった。

 そう、強ち間違いではないのかもしれない。

「やっぱり業物だったんですねぇ。ベル様ったら安物だなんて言って」

「......いやぁ、それは本当なんだけど。うん、まあそういうことにしておいて」

 やはり疑われているなと、ベルは自身の異常さを恨みつつもナイフを腰に差し納刀した。

「ところで、ベル様。今日はもうこの辺りにしておきましょうか」

「え、どうして? まだ全然余裕だと思うんだけど」

 そう提案してきたリリルカにベルはそう問い掛けた。

「はい、実は今日ベル様がたくさん倒されたパープル・モスというモンスターは、毒の鱗粉を撒き散らしているのです。速効性はないですが、蓄積すれば後から毒の症状が発生してしまいます」

「......つまり、僕は今もしかしたら危ないってこと?」

「はい、すぐに帰還して解毒薬を処方するのをお勧めいたします」

 生憎、解毒薬を切らしておりましてとリリルカは申し訳無さそうにそう言った。

「そっか......まぁ、それなら戻るか」 

 これは帰ったらエイナに聞くことが増えたなと思いつつ、ベルはリリルカの提案を承諾する。

 まぁ、どうにかしようと思えばどうとでもなるのだが、不足の事態には陥りたくはないというのが理由であった。

 このダンジョンでは何が起きるかは分からないのだから。

「あ、ベル様すいません。あそこのキラーアントの魔石なんですけど、高いところにいてリリじゃ届かないので、お手数ですが回収して頂けませんか?」

 そう言ってリリルカが指差した方を見ると、壁に埋もれているキラーアントの死骸があり、その下には首も落ちていた。

 恐らく斬った衝撃で吹き飛んでいったのであろう。

 大分軽かったから仕方の無いことではあったが。

「あの胴体の首元の所にあると思うので、こちらをお使い下さい」

 そう言って、リリルカは手元から剥ぎ取り用のナイフを取り出して、ベルへ渡した。

 まあ、持っているナイフを使っても良かったのだが、厚意は無駄には出来ない。

「うん、分かった。リリルカさんは下に落ちてるのをお願いね」

「はい、残さず集めさせて頂きます」

 そう笑顔で言うとリリルカは回収作業へ移った。

 その小柄な身体でせっせと集めているのを見るとなんとも微笑ましくも見えたので、顔が緩んでしまう。

「......よし、さっさと回収しちゃおう」

 緩んだ方を片手で叩き、ベルは壁に埋もれているキラーアントの元へ向かう。

「えっと、何処だろう? ここかな......」

 死骸をナイフで弄っているので、グチャグチャとまた嫌な音がベルを襲ったが、もう慣れているので特に反応はしなかったが。

 その後、リリルカの案内する絶対にモンスターに遭遇しないという最短安全ルートを教えてもらった。

 曰く、安全なルートとは他の冒険者が通った道のことで、そこを逆戻りすればモンスターに遭遇しづらいということらしい。

 冒険者はダンジョンに魔石やドロップアイテムを目当てに来ている。

 故に、その道は冒険者がモンスターを倒すことにより必然的にいないということになる。

 そして、例え居たとしてもそのモンスターを他の冒険者に押し付けてしまえば、これもまた戦わなくて済むということらしい。

 極めて効率的な方法と言える。

 更に言えば今いる階層は上層。

 モンスターもかなり弱く、例え他の冒険者に押し付けても危険性は少ないのであった。

 自身の力量を省みらない冒険者でなければの話ではあるのだが。

 まあ、とにかく。

 ベル達は特にアクシデントもモンスターと戦闘をすることもなく、安全にダンジョンから帰還したのであった。

 

 

 

 

 

「今日はお疲れさまでした」

 ダンジョンから出て直ぐの入り口前広場で、リリルカはそう言ってベルに労いの言葉をかけた。

「いいや、そっちこそお疲れさま。リリルカさんのお蔭で、今日は大分楽だったよ」

 今日は本当に助かったとベルは思っていた。

 モンスターを倒すことなら楽なのだが、魔石やドロップアイテムの回収ははっきり言って面倒であったので、リリルカには感謝の念しかない。

 流石、ベルよりも冒険慣れをしているというか、アイテムの効率的な回収方法や魔石は何処にあるのかなどをリリルカは熟知していた。

 一朝一夕では絶対に身に付かないものである。

 エイナにみっちりと叩き込まれているとはいえ、ベルはまだ日もかなり浅いので、そこら辺の所はまだまだであった。

「あ、そうだ。今日の報酬なんだけど......」

「ベル様その事なんですけれど......」

 リリルカはそう言うと、今日回収した魔石の入った袋と、アイテムの入った袋の二つを渡してきた。

「今日回収した分は、全てベル様がお納めください」 

「え、何で? 普通山分けするんじゃないの?」 

「いえ、今日はベル様から信用を頂くためのものですので。しがないサポーターとしては、こうやって信用を勝ち取っていかないと、やっていけないんですよ」 

 リリルカは苦笑しながらそう言った。

 なるほど、サポーターも色々大変なんだなと、素直に思うベル。

 サポーターは確か、力の弱い者がなると、ベルはエイナから聞いたことがある。 

 他の冒険者に頼らなければ、満足に金を稼ぐことは出来ないのだ。

 それ故に、冒険者からは少し疎まれている部分があるともベルは聞いていた。

「でも、別に僕はそんなことは______」 

「ベル様、これは所謂通過儀礼というもので、他の冒険者様の方達も、皆さんやっています」 

 何もおかしくはないのです、そうリリルカは続けた。

「そっか......なら、分かったよ。今回は全て僕が貰うね」 

「はい、分かってくれたようで何よりです。......まぁ、もう会うことはないのでしょうからね」

 ぼそぼそっと、リリルカは最後に言った気がするが、ベルには聞き取ることは出来なかった。

「それでは、ベル様。今日はありがとうございました。よろしければ今後ともリリのことをご贔屓にして頂ければ」 

「こちらこそありがとう。ちゃんと考えておくよ」 

 ありがとうございます、そう礼を言って、リリルカは走り出した。

「......さて、早速これを見てもらうか」

 リリルカが見えなくなるまで見送ってから、ベルはそう言って、リリルカとは逆の方向、つまりギルドの換金所の方へと歩き出した。

「うん、今日はまあまあ良い経験になったな」

 誰か護りながら戦うというのは一人では絶対に経験出来ないので、そこは有り難かったのだ。

「エイナさん。只今戻りました」

「あ、ベル君。お帰りなさい。怪我とかしてないよね」

 ギルドに入るとまず、最初にエイナへ声をかけるベル。

 それに対して、エイナが怪我をしてないかしっかり確認するのはお決まりの流れであった。

「今日は結構稼げましたよ。15000は多分いってると思います」

「へぇ、どうしたの? まさか、また深くまで潜ったんじゃ......」

「違いますよ。今日は色々あったんです」

 エイナの機嫌が悪くなる前に否定するベル。

 怒ったエイナは本気で怖いのである。

「色々って、何があったの?」

「えっとですね、サポーターを雇ってみたんですよ」

 そう言うと、エイナは少しだけ驚いた表情をした後に嬉しそうな顔をした。

「ベル君も漸く誰かと一緒にダンジョンに潜るようになったんだ。うん、偉い偉い」

「エイナさん、頭を撫でないでくれませんかね? 恥ずかしいんですけど」

 エイナはベルの頭をよしよしとまるで弟のような、息子のような、そんな表情で撫でていた。

 男としては止めて貰いたいところがあるのだが、エイナはそれを無視して撫で続けていた。

「って、あれ? ベル君。ナイフはどうしたの?」

 撫でる手がストップし、助かったと思ったベルだったが、はい? とエイナへ首を傾げた。

「いや、ナイフ。ベル君持ってなかったから」

 エイナにそう言われ、ベルは自身の腰を確認すると、あぁと言って少し笑った。

「ちょっと、知り合いに今預けてるんですよ」

「預けてるって......あぁ、手入れして貰ってるんだね」

 エイナはベルの返答の意味を理解し、納得していた。

「はい、そういうことなんです。だから、きっと(・・・)すぐ戻ってきますよ」 

「......?」

 エイナはベルの含んだような言い方にクエスチョンマークを浮かべたが、ベルは曖昧に笑っているだけで、何も言うことはなかった。




ギル様は最強のはずだろ!
それがなんであんなことに......
俺のアーチャーは最強なんだ!












あ、絵本幼女が召喚に応じてくれました。
とても嬉しかったです。


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#16

お気に入り数が6000件を突破しました。
とても嬉しかったです(小並感)。


 オラリオ市街メインストリートから外れた路地を行くと、そこにはスラムのような場所が続いている。

 ゴミを漁る野良犬や俯いて座り込んだまま動かない人達など、見るからに荒んでいた。

 世界で一番発展しているのはオラリオだと皆悉く言うが、実際にはこういう風な貧困も大きな問題になっている。

 富裕層と貧困層の格差は神だけでなく人だって例外ではない。

「......500ヴァリスじゃの」

「どうして!?」

 そんな路地裏の奥にひっそりとあるノームの経営する万屋で、一人の少女が老人へ食って掛かっていた。

「どうしても何も、これは只の(・・)ナイフじゃよ。そこら辺の店にも売っておる」

「でも、これであの人は、ウォーシャドーとキラーアントの群れを一瞬で倒したんですよ!? Lv:1のあの人が!?」

「あの人と言われても儂は知らんよ。そのあの人やらの技量が飛び抜けていただけじゃろう。まあ、Lv:1でそんな芸当出来るとは思えんがの」

 レベルを詐称してたんじゃなかろうかと、ノームの翁はそう言った。

 このノーム、ボケてしまったのかと、一瞬だけ少女____リリルカ・アーデは思ったが、この店に来たのはつい最近のことである。

 その際には満足のいく査定をしっかりと行っていた。

 そんな短いスパンで、いきなりボケてしまうものなのだろうか。

 少なくとも、両者間できちんと会話が出来ている時点でその可能性は皆無となった。

「さて、どうする? お前さんに免じて買い取ってはやるぞ」

「......また来ます!」

 リリルカは勢いよく扉を閉め、出ていった。

 閉まった後もボロくなっていた扉が軋み、ギィギィと耳障りな音が響いた。

「しかし、あのナイフでウォーシャドーとキラーアントの群れを一瞬で倒した、かのう。一体どんなLv:1なのじゃ......」

 ノームの翁は先程リリルカが言った人物のことを疑問に思っていた。

 しかし、その思考は次の客が来たことにより中断され、ノームの翁は二度と考えることはなかった。

「......そんなわけない!」

 リリルカはギュッとナイフの柄を握り締める。

 確かにあの人_____ベル・クラネルは、Lv:1だと言った。

 しかも10日程前になったばかりだと。

 ノーム翁はレベルを詐称したと言ったが、リリルカにはベルがそれをする理由は無いと判断していた。

 レベルの低いものが、高いと嘘を吐くのなら分かる。

 虚無の栄光が欲しい故にだ。

 しかし、リリルカは実際にそれで酷い目にあっている冒険者を見てきた。

 更に言えばリリルカ自身も巻き込まれるという形で酷い目にあったのだ。

 嘘は直ぐにバレるのである。

 特にレベルに関してはギルドに登録されているので、調べようと思えばすぐにそれが嘘だと発覚する。

 それらの点からリリルカはベルに嘘を吐く利点が無いと考えたのである。

「とにかく、別の店にも見てもらおう」

 リリルカの知りうる店はあと複数店あったので、そこを訪ねようと早歩きで路地を歩いていく。

 確かに見た目は何の変哲もないナイフではあるが、成り立て(・・・・)のLv:1の冒険者が只のナイフで、あのモンスターの群れを瞬殺することは絶対に出来ないのだ。

 故にリリルカはあのナイフに何か秘密があると思い盗ったのだが、結果はこれである。

「もし、これが只のナイフなら、あの人は何者なの......?」

 それ故に到達したある考え。

 そんな安物のナイフであれをやってのけたベルという冒険者は一体何者なのだろうか。

 少なくともまともな部類(・・・・・・)の人間ではない。

「取り合えず、早く売らないと......」

 リリルカの予想では、ベルは既に気付いているはずだった。

 恐らくベルは直前まで一緒にいたリリルカを探しているだろう。

 一番疑いの深い人物は間違いなくリリルカだ。

 もし遭遇したとしてもシラを切るつもりではいるが、不安要素はいち早く取り除きたいものだった。

「リューはいつもこんな所を通ってるんですか?」

「えぇ、近道ですので」

「でも、ここって危なくないですか......?」

「そうですね。たまに破落戸(ゴロツキ)が襲ってくることはありますが、取るに足りません」

「うん、世間一般的にはそれを危ないって言うんだけれど......」

 すると、前からヒューマンとエルフの女性二人が買い物袋を持ちながら歩いてきた。

 この路地裏を歩くには二人はあまりにも不釣り合いな存在だった。

 リリルカは少し驚いていたが、フードを深く被り、ナイフを袖に忍ばせ、そのまま横を通り過ぎていく。

「......待ちなさい、そこの小人族(パルゥム)

 ビクッとリリルカは思わず立ち止まってしまった。

 振り向けば、先のエルフがリリルカを無表情で見つめていた。

「今、袖にしまったナイフを見せて欲しい」

 冷や汗がリリルカの全身を駆け巡った。

「リュー、どうしたの......?」

「いえ、そこの小人族(パルゥム)が持っていたナイフが、クラネルさんのものに似ていたもので」

 クラネル、その名前に該当する人物をリリルカは一人しか知らなかった。

「......勘違いじゃないですか。これは私のものですけど」

 そう言って、リリルカは再度歩き出す。

 この暗い路地裏で、しかもあの通り過ぎた一瞬でこのナイフを捉えるなんて一体どんな視力をしているんだと、リリルカは心の中で悪態を吐いた。

 それに先のエルフがまさかベルの知り合いだとは思わなかった。

 あの様子だとヒューマンの女性も同じく知り合いだろう。

  こんなところで遭遇してしまうなんて何て不幸かと、リリルカは嘆いた。

 しかし、危機は何とか乗り越えた。

 後はさっさと此処を離れ、このナイフを売ってしまうだけだ。

 リリルカはなるべくバレないように足を速めていく。

 

 

「______戯け」

 

 

 飛んできたのは冷たく鋭利な、たったその一言。

 しかし、リリルカの足を止めるには充分過ぎるものであった。

「私がクラネルさんのものを見間違えるはずがないだろう」

 ナイフ一本に対し何を言っているんだこのエルフはと、リリルカは思わなくもなかったが、それどころではなかった。

 右頬のすぐ横を何かが高速で通り過ぎていったのだ。

 そして、後ろからは何かが爆散する音が聞こえる。

「動くな。撃ち抜くぞ」

 もう撃ってますよね、等とは言えなかった。

 目の前のエルフは明らかに剣呑な雰囲気を纏っている。

 その体勢を見るからに、何かを投擲した後のようだ。

「ちょっと、リュー!? 林檎っていうか、食べ物を粗末にしたらミアお母さんに怒られますよ!」

「......それは困りますね」

 ヒューマンの女性はそう言うが、下手をしていたらリリルカの顔は間違いなく後方へ飛んでいった林檎のようになってしまうところだったのだ。

 心配すべきはそこではないと思ったが、全面的にリリルカに非があるので、ヒューマンの女性の言葉は否定できない。

「......っ!」

 リリルカは二人のその会話の一瞬の隙を突き、走り出した。

 全身全霊全力全開で走った。

 そうしなければ、あのエルフに本気でやられてしまうと。

 愉快な林檎爆散アートにはなりたくないのである。

「逃がすと思っているのか?」

 瞬間、二個目の林檎が爆散した。

「いぎぃっ......!?」

 エルフの放った林檎が、的確に背中を撃ち抜いたことにより、尋常ではない痛みがリリルカを襲っていた。

 現にリリルカは路上をのたうち回っており、その痛みが何れ程のものかを物語っていた。

「......そのナイフ、見せて貰おうか」

 ゆっくりとエルフは近付いてくる。

 まるで死刑を下しに来た処刑人のようだ。

 リリルカは何故こんな目にと、悪態を吐きそうになったが、そんなことよりもやるべきことがあった。

 如何にこの状況を打破することであった。

「だから、食べ物を粗末にしちゃ駄目だってば!」

 相も変わらず、後ろのヒューマンはリリルカのことを何とも思っていないようだった。

 まあ、当たり前ではあるが。

 取り合えず、リリルカは痛みを堪え立ち上がり、大きく息を吐いて指を指しながらこう叫んだ。

 

 

「あ! ベル・クラネル様!!」

 

 

 その瞬間、目の前のエルフとヒューマンは後方へ凄い勢いで顔を向けていた。

 ベル様効果凄すぎですと、内心リリルカは思っていたが、この時ばかりはそれに感謝であった。

 先程よりも、かなり大きな隙が出来たため、リリルカは今度こそ逃走を図ることに成功した。

 

 

 

 

 

「今日の晩御飯は何にしようかなぁ......」

 ベル・クラネルは鼻歌を歌いながら街を歩いていた。

 時間帯が夕刻ということもあり、子供連れの母親が買い物籠を提げながら歩いているのを結構な頻度で見かける。

「魚介系か、いや肉系かな......」

 現在ベルは、夕食のおかずについて思案中であり、更に言えば財布の中身とも相談中でもあった。

 今までは一人暮らしだったため、料理を作る際も滅多に凝ることはなかったが、今はヘスティアと一緒に暮らしている。

 自分一人なら適当なものでも良いが、誰か一緒となるとそんなわけにもいかず、きちんと考えなくてはならない。

 まあ、あの女神様のことだからきっと何でも喜んで食べてくれるのだろうとはと思ってはいたが。 

「すいません、このヤクーのカタ肉を0.3Kg下さい」

「あいよ。ちょいと待っとってねぇ」

 どうやらベルの狙いは肉に定まったらしい。

 肉屋の店主から茶色い紙に包まれた肉を受け取ると、ベルは持っていたバッグにそれを詰め込んだ。

「はい、お代です」

「まいどありぃ」

 お金を渡し、ベルは軽く会釈をすると、次は足りない調味料かなと呟いた。

「ん? 何だあれ?」

 ふと、少し騒がしいことに気付き、ベルはその方向を見る。

 そこは路地裏へ続く細い道だった。

 何故かは分からないが、そこから野良犬や野良猫が凄い勢いで駆けていったのだ。

 まるで、何か恐ろしいものから逃げるかのように。

「ちょっと見てみるか......」

 厄介事は好まないベルではあったが、珍しく興味を抱いてしまったので、買い物袋を提げながら、その場所に向かった。

「って、えーっと、リリルカさん?」

「ベル様!?」

 路地裏を覗こうとすると、そこからどこか見覚えのある小柄な少女が走ってきたのだ。

 最初その姿に違和感を覚えたベルであったが、眼鏡を軽くずらしたことによりその違和感をなるほどと理解した。

「やあ、さっきぶり。ところでどうしたの? 随分騒がしかったみたいだけど」

「え、えっとですね......」 

 ベルがそう問い掛けると、リリルカは目を泳がせながら口ごもってしまう。

 どうしたのだろうかと、ベルが首を傾げていると、更に路地裏から出てくる者がいた。

「クラネルさん......!?」 

「ちょっと、リュー速いってば......って、ベルさん!?」 

「リューさんにシルさんもどうしたんですか......」 

 知り合いが一気に流れ込んできたベルは酷く困惑していた。

「クラネルさん、退いてください」 

 リューはベルのすぐ横にいたリリルカのフードを無理矢理剥いだ。

 突然のことに驚くベルであったが、リューの行動はとにかく早かった。

 露になる少しボサボサの茶髪と獣耳(・・)、そしてその目は酷く不安そうな色をしていた。

「......すいません、人違いでした」

 しかし、何故かリューはリリルカの顔を見てすぐに謝ると、フードを元に戻したのだった。

 状況を理解できないベルは取り合えず把握はしようと彼女達に問い掛けた。

「あの、一体何があったんですか?」 

「その前に一つ聞かせて頂きたいのですが、クラネルさんはナイフを持っていますか?」

 質問を質問で返されてしまい、あれれと苦笑するもベルはそれに答えることにした。

「今は無いですね。丁度知り合いに預けている所なんですけど、それがどうかしました?」

「はい。実は先程、クラネルさんのナイフらしきものを持った小人族(パルゥム)()を見かけたので、追跡をしていたのですが逃げられてしまったみたいです。そこの彼女は犬人(シアンスロープ)のようですし」 

 そして預けているとはと、リューは更に質問を重ねた。

「ナイフの調子がいまいちだったので、知り合いの鍛冶師に預けてるんですよ」 

 最近はダンジョンに潜る機会が増えましたからと、ベルはそう続けた。

「ベルさん、冒険者になったんですよね......」 

 シルが頬を膨らましてそう言った。

 どうやら拗ねているようであった。

「冒険者なんて、危ない仕事に就いて。私とっても心配なんですよ」

 少し上目遣いでそういうシルはやはりあざとい。

 自身を一番可愛く魅せる方法を熟知している。

 これは恐ろしいと、ベルは戦慄していた。

「まあ、でも。その分収入も増えましたし、ね?」 

「もう、そういうことを言ってるんじゃないんです!」

 収入が増えた分、《豊饒の女主人》に行ける機会も増える、そういう意味で言ったのだがどうやら違うらしい。

「まあ、多分リューさんの見間違いだと思いますよ」

「......分かりました。ありがとうございます」

 そう言うとリューはリリルカを一瞥すると、そういうことですかと呟いて視線を戻した。

「あ、それよりも。良いんですか? 見たところお使いの最中みたいですけど」

 ベルは二人の持つ買い物袋を指してそう言った。

「あ、そうでした。リュー、早く帰らないとミアお母さんに叱られちゃう」

「そうですね。いや、その前に林檎二つを買いに行かなければ......」

 二人はそんな会話をした後に、ベルに挨拶をするとまた路地に戻ろうとした。

 確か路地を通っていけば近道になるとはバイトの先輩から聞いたことはあったが、女性二人だけで歩かせるのは心配だった。

 しかし、それは普通の場合であって、今この場にはリューという手練れがいるためその心配はない。

 寧ろ襲った側が心配になるレベルだ。

「______あんまりおいたはしちゃだめよ。小人族(パルゥム)のお嬢さん」

「......っ!?」

 去り際にリリルカはシルから耳打ちをされていた。

 何を言ったのかは分からないが、表情から察するにあまり良いことではないようだ。

 詮索はしないでおこうと、ベルは判断する。

「取り合えず、リリルカさん。大丈夫? 怪我はない?」

「は、はい。少し背中が痛いくらいです」

 リリルカはそう言うが、明らかに震えていたので、恐らく普通に痛いのだろう。

「......まあでも、リリルカさんもいけないんだよ。僕のナイフを盗っちゃうんだから」

「_______!?」

 リリルカの表情は、類を見ないくらいの驚愕の色を浮かべていた。

「でも、これで分かったと思うけど。ね、只の(・・)ナイフだったでしょ?」

 笑顔でそう言うベルにリリルカは、驚きで動けない。

 そんなバレないように細心の注意を払ったのにと、思考するが、それを塗り潰すかのように、リリルカの頭は真っ白になり始めていた。

「売りに行ってみたんだよね? 確かこの路地裏を行くとノームの万屋があったはずだから」

 バイトの時に何回か行ったことがあるからと、ベルは言う。

「......何を言ってるんですか? リリがベル様のナイフを持ってるわけがないじゃないですか」

 リリルカは震えそうな声を必死に抑えながら何とか口に出した。

 しかし、抑えているとは言え、微かに震えているのをベルは気付いていた。

「......ふぅん。まぁ、リリルカさんがそう言うのならそうなんだね。_______ごめんね、とても失礼なことを言って」

 ベルは申し訳なさそうにそう言って頭を下げるが、リリルカにはその声が酷く冷たく聞こえた。

「あ、そうだ。リリルカさん。明日もダンジョンに潜るから、朝の9時に広場に集合ね。今度こそ、お金は払わせてもらうからね」

 端から見たらベルは頼む側ではあるのだが、実際のところリリルカにはそれを断る術がなかった。

 断ろうと思えば断ることも可能なのだろうが、微笑みを浮かべているベルから放たれている重圧(プレッシャー)がリリルカを押し潰そうとしていた。

 拒むことは許されない、肯定のみが今のリリルカに許されている唯一の選択肢であった。

 故にリリルカは首を縦に振るしかなかったのだ。

「またね、リリルカさん。明日ちゃんと来てよ。僕はまだ買い物があるから、寄り道しないで気を付けて帰ってね」

 ベルはそう言うと、踵を返して歩き出した。

 ヒューマンとしては普通の背丈の筈のベルが、この時リリルカには異常に大きく見えていた。

 リリルカはどくどくと動悸が止まない。

 

 

_______一体何なんだ、あの人は。

 

 

 リリルカの真っ白になりつつなる脳内では、ひたすらその言葉がリフレインしている。

 恐怖や畏怖、そんなものを越えた感情がリリルカを支配していた。

「あ、そうそう」

 何かを思い出したかのように、ベルは足を止めてリリルカの方へ振り向いた。

 

 

「_______次は無いから気をつけてね?」

 

 

 次の瞬間、リリルカの下半身の筋肉は一気に弛緩し、失禁という形になってそれは現れていた。



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#17

どうもです。
今日も一日頑張ります! by笑顔の素敵なキュートアイドル。


 最近、妹の様子がおかしい。

 アマゾネスの少女ティオネ・ヒリュテは、フォークでトマトソースのパスタをくるくると巻きながらそんなことを考えていた。

 現在時間はお昼で、彼女が所属しているロキ・ファミリアのホーム《黄昏の館》の食堂は人でごった返している。

 ダンジョンに潜っている者達を抜いても、人がこれだけいるのはオラリア最大規模の勢力を誇るロキ・ファミリアだからこそであろうが。

「はぁ......やっぱり一人でランチは寂しいわね......」

 彼女は深く溜め息を吐きながらそう言った。

 現在、彼女はお一人様。

 決して、ティオネがぼっちだとか嫌われているだとか、そういうことではない。

 いつも一緒に食べているメンバーが軒並み(・・・)ダンジョンに潜っているのだ。

「私もダンジョン行こうかしら......」

 また深い溜め息を吐いて、パスタを巻いていたフォークを音を立てずに置いた。

 彼女の妹の名前はティオナ・ヒリュテという。

 姉とは対照的なとても明るい少女で、それと同時に身体の一部分も対照的でもあった。

 そんな彼女の様子が最近おかしいのである。

 ダンジョン探索に以前より積極的に参加するようになったのだ。

 そのペースは《戦姫》とも呼ばれるアイズ・ヴァレンシュタインと並び始めるのではないかと言われる程だ。

 何故なら、あの日から今日までティオナは毎日ダンジョンに潜っているからだ。

 朝から晩までである。

 勿論、それを知った周りの者達は心配し、理由を尋ねた。

 どうして、そんなにハイペースでダンジョンに潜るのかと。

 そして、ティオナはそんな皆に只一言。

 

 

『欲しいものが出来たんだー』

 

 

 笑顔でそう告げたのである。

 欲しいものと言われ、何かのモンスターのレアドロップか、はたまたお金を稼いで何かを買うのか。

 しかし、それは尋ねても答えることはなかった。

 只笑顔で内緒と、そう言ったのだ。

 その時の表情は、普段の元気っ娘なティオナを知る者達からすれば酷く大人びたもので、色気すら感じられたという。

 それが、周りの者達の抱いた感想だ。

「原因はあれしかないわよね......」

 "あれ"とは、約十日程前の怪物祭り(モンスター・フィリア)で起きた、モンスター脱走事件のことだ。

 あの事件以降、ティオナの様子は激変した。

 その内容は、先程の周りの者達の抱いた感想とほぼ同じだったが、一つ付け足せば、夜な夜なティオナの部屋から艶やかな喘ぎ声が聞こえてくるのをティオネは知っていた。

 それは本当に自分の妹なのかと一瞬思うくらいで、少しだけショックを覚えたのは記憶に新しい。

 まあ、ティオネも(ひと)のことは言えないのではあるが。

 そして、もう一つだけティオネは彼らが知らないことを知っていた。

「まさか、ティオナが男を欲しがるだなんてねぇ......」

 ティオナの言う欲しいもの、それは件の事件で彼女達(・・・)に鮮烈な情景を叩き込んだある少年のことだった。

 名前をベル・クラネル。

 ヘスティア・ファミリアというファミリアに所属している現在Lv:1の冒険者だ。

 Lv:1とは言わずもがな、冒険者としては最弱だ。

 例えLv:1の冒険者が逆立ちしたって、Lv:5の冒険者には勝てない。

 それこそ、アマゾネスという種族であるティオナが欲しがるような段階ではない。

 しかし、ベル・クラネルはどうだったか。

 Lv:1でありながら、Lv:5のティオネ達が、武器無しとは言え苦戦するようなモンスターを、大剣で圧倒的に切り刻み、虐殺したのだ。

 そんな存在をLv:1と判断することなど出来るはずがない。

 ティオネは今でもあの光景を思い出すと、身体が震えてしまうのを抑えられなかった。

 それ程までに、ベル・クラネルの存在があの時は恐ろしかったのだ。

 そして、それ故にティオナはベル・クラネルという圧倒的強さを持った少年を欲しているのだった。

「でも、ティオナだけじゃないのよね......」

 また溜め息を吐いて、ティオネは俯いた。

 彼女の言う通り、変わったのはティオナだけではなかった。

 《剣姫》であり、《戦姫》であるアイズ・ヴァレンシュタインと、《千の妖精》ことレフィーヤ・ウィリディスの二人だ。

 あの事件に関わったもう二人の当事者である。

 彼女達も、ティオナと同じくダンジョンへ潜っている。

 アイズは元からハイペースでダンジョンに潜っていたので、そこは変わりはなかったが、今までよりも更に気合いが入っていた。

 まるで、誰かを目指しているかのようなそんな感じであった。

 そして、レフィーヤはティオナやアイズとは少し方向性は違うのだが、まあ変わったのだ。

 ティオナとアイズは目の前で圧倒的な"力"を見せつけられたので、それに影響を受けてしまうの仕方の無いことだ。

 しかし、レフィーヤはそれを見ていない。

 それなのにどうして変わってしまったのか、それは敗北をしたという悔しさから来ているものであった。

 いや、それよりも自分が慕う存在に興味を持たれていた忌々しい男に命を救われたという悔しさの方が大きいはずだ。

 しかも、エルフであるが故に異性に関しては潔癖で、それも理由に入っているだろう。

 これらの理由から、ティオネといつも一緒にいるメンバーは、ダンジョンに潜っているのだった。

「はぁ......本当に私もダンジョン行こうかしら......」

 また深く溜め息を吐いて、ティオネは置いたフォークを手に取ると、くるくると巻く作業を再開する。

 しかし、その作業は中止せざるを得なくなってしまう。

「嘘でしょ......?」

 ティオネの持つ、フォークが突然折れてしまったのである。

 いくらLv:5の冒険者とは言え、力の制御はきちんとしているのだから、こんなことは起こり得ることはない。

 それこそ、感情が高ぶり、自分では抑えきれないときなど、そういう時だけだろう。

 しかし、周りの者達からは、「やべぇ、ティオネ姉さんマジおこだよマジおこ......」「団長絡みで何か嫌なことでも、あったんだろ?」「もしかして、私が道を歩いているときにコケちゃって、それを通り掛かった団長に助けてもらったことかな......手もしっかり握っちゃったし......」「うわぁ......それだわ」等という会話が繰り広げられていた。

 取り合えずティオネは既にフィンに助けて貰ったという女性冒険者へロックオンしつつ、キッとその集団を睨むとそのざわつきを止めさせた。

 ちなみにロックオンとはどういう意味かと言えば、その女性冒険者が後で酷い目に遇うことが確定したということだ。

 具体的には訓練メニューが倍増するくらい程度ではあるが。

 そこは普通の冒険者にしてみればとても辛いことではあるが、決して死にはしないので、大丈夫だろうとは勿論ティオネの談だ。

「何か悪いことでも起きる前兆かしらね......」

 ティオネは折れたフォークを忌々しげに見ながら、そんなことを呟いた。

 フォークが折れたということもあるが、アマゾネスとしての勘と、女の勘が両方合わさり、最強に見える勘が働いたのだ。

「まぁ、気にしても仕方ないわよね......」

 それよりも、目の前にあるパスタを早く処理して、ダンジョンへ向かおうと決心するティオネ。

 それにはまず、折れたフォークを持って厨房に謝りに行くことから始めることにした。

 

 

 

 

 

「リリルカさん、そろそろお昼にしようか」

「......」

 モンスターを大剣で、斬り払い、落ちた魔石を拾うと、ベルは後ろでアイテムを回収し終えたリリルカへそう言った。

 第九階層のルームと呼ばれる大部屋で、モンスターが大量発生するというアクシデントにベル達は遭遇していた。

 しかし、それもベルの活躍により、ものの数秒で肩はついてしまったのだが。

 まあ、魔石やアイテムを結構な数量回収出来たので、ベルにしてみれば、ラッキーとも言える現象だ。

「ちゃんと、地面に敷くシートを持ってきたから安心してね」

「......」

 背負っているリュックからから折り畳んでいたシートを取り出すと、バッと広げ、ルームのど真ん中に敷く。

 ベルは周りを見渡して、重石になりそうな手頃な石を見つけると、それをシートの隅に置き、しっかりと固定する。

「リリルカさん、どうぞ。座っていいよ」

「......」

 リリルカが座るのを見てから、ベルもシートに腰を下ろすと、バッグからバスケットを取り出した。

「今日はサンドイッチを持ってたんだ。まあ、貰い物なんだけどね」

「......」

 バスケットを開けると、色とりどりのサンドイッチが姿を現した。

 オーソドックスな野菜とハムのサンドイッチや、人気の高い玉子のサンドイッチなどぎっしりと詰め込まれている。

「どれにしようかなぁ。うーん、じゃあ、野菜のにしようっと。リリルカさんは?」

「......」

「分かった、玉子サンドだね。はい、どうぞ」

 リリルカが指差したのを見て、ベルは玉子サンドを取って、はいと渡した。

「うん、美味しい。流石、ミアさん。リリルカさんも美味しい?」

「......」

「なら、良かった」

 ベルはサンドイッチを再度頬張り始めた。

 今、ベルとリリルカが繰り広げている会話は、果たして会話と言えるのだろうか。

 間違いなくベルが一方的に話しているだけにしか見えないだろう。

 実際、それは正しかった。

 朝の9時にダンジョン前広場に集合という約束の通り、二人はそこに集まった。

 ベルはきちんと5分前にきていたのだが、それよりも早く来ていたのか、リリルカは既にいた。

 勿論、ベルは謝ったのだが、リリルカは頷くだけで、喋ろうとしなかったのだ。

 意志疎通は取れているようで、頼めばその指示通り動いてくれるし、きちんと仕事はしてくれたのでそこは問題はなかった。

 しかし、喋ってくれない。

 内心でそろそろどうにしかしないとな、というか腹が立って来はじめたので、ベルは食事を中断し、すぐ行動に移った。

「_______リリルカさん、朝からどうしたのかな? そんな反応され続けると流石の僕も怒らないといけなくなるんだけど」

「っ!?」

 ベルの少し声色を変えた発言に、リリルカは身体をビクッと震わせると、涙目で首を大きく横に振っていた。

「あぁ、昨日のこと引き摺ってるのか......いや、本当ごめんね。あんなこと(・・・・・)になっちゃって」

 それを言われ、リリルカは顔を真っ赤にし、涙目でベルを睨んだ。

 怖い怖いと、ベルは苦笑して、サンドイッチを頬張る。

「......まぁ、凄い精神力だとは思うけど」

 ベルは消え入るような声でそう呟いた。

 昨日の注意(・・)を受け、更に人としてかなりの辱しめを受けたのに、それでも尚、約束をきちんと守るのは、素直に凄いことだとベルは称賛していた。

 約束など破ろうと思えば破れるものではあるのだが、それを破らなかったのは、リリルカのプライドだろう。

 ベルはリリルカをある意味で尊敬していた。

「それはそれとして、ちゃんと話をしよう? 食事は楽しく美味しく、ね?」

 スマイルを心掛けながらベルはそう言った。

 実際、ベルは皆で美味しいご飯を食べることも好きだ。

 一人で食べるのも悪くはないが、皆で何気ない会話をしながら進める食事も中々に素晴らしいことだと、ベルは常々考えていた。

 故に目の前の不機嫌栗鼠娘にそう提案したのだ。

「......そんなの無理に決まってるじゃないですか」

 今日初めて口を開いたリリルカははっきりと否定を意味する言葉を告げた。

「どうして?」

「ど、どうしてって、リリは昨日、あ、貴方のせいで、お、お、おも......」

「おも? って、あぁ、お漏ら_______」

 うにゃあああと、リリルカは声をあげて耳を塞ぐ。

 リリルカにとって、いや人類においてもかなり嫌なことだろう、それを口に出されるのは。

 この時ベルは、故郷でたまに面倒を見ていた赤ん坊のことを思い出していた。

「ふぅん......リリルカさんって、僕より年上なのにお漏らしとかしちゃうなんて、恥ずかしくないの?」

 はっきり言ってドン引きだねと、ベルは告げる。

 それを言われた瞬間、リリルカの表情はひきつり、頬を紅潮させ、目が潤んでくる。

「というか、あの状況で漏らすとか意味がよく分からないんだけどさ、僕別に何もしてないよね? リリルカさんが勝手にやらかしたことだよね?」

 容赦なく叩きつけられるベルの言葉にリリルカは先よりも更に顔を紅潮させ、目も潤み、身体もプルプルと震え始めていた。

 実際、ベルは悪いことは何一つしていないだろう。

 只、リリルカへ注意(・・)をしただけだ。

 それに彼のナイフは未だ戻ってきていない。

 現状から見て悪いのは間違いなく_______。

「もうリリルカさんっていう呼び方もあれだね。さん付けなんてする必要ないよね」

 だから、リリルカってこれからは呼ばせてもらってもいいよね、ベルはそう言った。

 年上は基本的には敬うべき存在ではあるのだが、それを今のリリルカに適用するのはどうかと、ベルは判断したのだ。

「ねえ、公衆の面前で無様に失禁してしまった15歳のリリルカ?」

 全くの無表情で、ベルはそうリリルカへ言った。

 言葉の棘は、最早言葉の鉄槍となってリリルカへ突き刺さる。

 既にリリルカの顔面は涙で決壊寸前状態だった。

 寸前、だったのはリリルカの精神力が人並外れていたからだろう。

「_______さあ、早くお昼を食べて探索に戻ろう! って言っても、今日はもうちょっと行ったら一旦帰ろうとは思ってるんだけどねー」

 無表情から一変して、あははと笑みを浮かべるベルにリリルカは恐怖を抱いた。

 この際、リリルカの実情(・・)は棚に上げておく。

 目の前で泣く寸前の女の子がいるのに、いつもと変わらない表情でもう元通りみたいな会話をするなんて、なんて優しくない(・・・・・)人なんだと。

 リリルカは必死に泣くのを堪えながら、ベルを睨み付ける。

 ここで泣いてしまったらいよいよリリルカは終わりである。

 人間として。

「そうだ、リリルカ。これから最低でも一週間は僕と契約結んでもらうからよろしくね」

 ベルは魚肉を挟んだサンドイッチを手に取りながら、ふと何気なくそう言った。

 無論、リリルカはそんなことを聞いてもいないし、するつもりもなかった。

「あぁ、大丈夫。ナイフが見つかればすぐにでも契約は切ってあげるし、勿論その分のお金だって払うよ」

 見つかればの話だけどと、ベルは再度それを口にする。

 あぁ、この人はリリを完全に見下している、そうリリルカは思った。

 いや、もしかしたら人としても見られていないのかもしれないと。

 最初出会った時の優しそうで気の弱そうな雰囲気は一切霧散していた。

 瞳はとても冷たく、放つ言葉も暖かみがない鋭いものだ。

 リリルカ・アーデは間違えたのだ。

 あのナイフに手を掛けてしまったことを。

 このベル・クラネルという少年に関わってしまったことを。

 

 

 リリルカ・アーデは完全に間違えてしまったのだと。

 

 

「だから、良いよね? リリルカ?」

 笑顔でそう告げるベル。

 その表情からは、断るのは許さないというものが読み取れた。

 故に今のリリルカに言えることは只一つ。

「......は、はい。わ、わわかりました。べ、ベル、さ様」

 震える声は全く抑えられない。

 既に膝に置かれているリリルカの手の甲には、涙が零れ落ちていた。

 誰か助けてと、リリルカは心の中でそう願った。

 この男はどうすることも出来ない存在だと。

 リリルカでは、只蹂躙されるしかないそんな化物みたい存在だと。

 故に助けて欲しいとリリルカは必死に願ったのだ。

 

 

「ベル......?」

 

 

 そんな声が、後方から聞こえた。

 リリルカは最早誰でもいい助けて欲しいと、振り返った。

 そこにいたのは_______

 

 

「......ヴァレンシュタインさんに、ティオナさん、ウィリディスさんじゃないですか」

 

 

 一人は《剣姫》、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 もう一人は《大切断》、ティオナ・ヒリュテ。

 最後は《千の妖精》、レフィーヤ・ウィリディス。

 オラリオでも最大最強を誇るロキ・ファミリアの主力とも言える冒険者達がそこにはいた。




リリィが可愛すぎて作者はどうにかなってしまいそうです。
あぁ、リリィが欲しい......

そんな作者が当てたのは男であり女である両刀使い、シュヴァリエちゃんです。
うん、忠義可愛い。
マタハリもエロ可愛い。
結論、みんな可愛い!






あと次回修羅場(嘘)です。


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#18

筆が乗ったので、投稿です。


「......ヴァレンシュタインさんに、ティオナさん、ウィリディスさんじゃないですか」

 少し驚いた表情で、ベルはそちらを向いた。

 方角からして、十階層。

 恐らくもっと下の階層に行っていたのだろう三人の身体には傷があり、かなりの激戦だったことを容易に想像させた。

「ベル、こんなところで......お昼?」

 アイズは広げられているお弁当を見ると、小首を傾げていた。

「......えぇ、そうなんですよ。時間的にも頃合いだと思いまして」

 ベルは食べていたサンドイッチを見せながら、そう言った。

「......ベル・クラネル」

 すると、アイズの後ろで苦虫を潰したかのような声をあげたのはレフィーヤ・ウィリディスだった。

 レフィーヤはベルを仇のように睨み付けていた。

「あははは、完全に嫌われちゃったみたいですね」

 ベルは苦笑しながらそう言うと、ふともう一人に気付いた。

 アイズの後ろにいたアマゾネスの少女、ティオナだ。

 《豊穣の女主人》で初めて会ったときはかなり明るく賑やかな人だとは思っていたが、今回はどうやら様子がおかしい。

「白うさぎ君♡ 元気にしてた?」

 何故だか知らないが、頬を上気させており、言葉の一つ一つに熱が籠っているようにも感じた。

 良く見ればその目も、トロンと今にでも溶けてしまいそうな、そんな感じであった。

「え、えぇ、まあ。それなりに。ティオナさんも元気にしてました?」

「うん! すごく元気だよ♡」

 そう言って、持っていた両端に丸い刃が付いた武器《大双刃(ウルガ)》を振ってアピールするティオナ。

 はっきり言ってかなり危ないから止めた方がいいと言いたいベルであったが、あまりに嬉しそうな顔をしているので、言うに言えなかった。

「ねぇ、白うさぎ君。これからベル君って、呼んでもいい?」

 ティオナはベルの隣に座り込むと、腕を絡めるようにして取り、甘えるような声でそう言った。

「それは構いませんけど、というかそっちの方が僕としても良いですけど。......少し近くないですかね」

 実際、少しどころではなく、完全に密着しており、隙間が全く無い。

 ティオナは軽装で、ほぼ衣服と変わらない。

 故に控え目ではあるが、胸の感触がベルの腕へダイレクトに伝わるのであった。

「ううん。全然近くなんかないよ。......これでもまだまだ遠い(・・・・・・)しね」

 最後の部分は小声ではあったが、ベルにも聞き取ることが出来た。

 これで遠いのなら、一体何が近いという概念なのか、ベルには分からない。

「えへへ、ぎゅーってしちゃうね♡」

 そう言うと、ティオナは自分の顔をベルの肩に預けるようにして、もたれ掛かかると、組んでいた腕を更に絡ませてくっついた。

「ティオナ、凄い......」

「ははは破廉恥です......! そ、そんな、お、男に......」

 それを見ていたアイズは只単純に凄いというのと、驚きというので、表情は変わっていた。

 レフィーヤは顔を紅潮させながら、その光景を見まいと手で隠してはいるが、その指の隙間からチラチラと覗いているのはバレバレであった。

「むっ......破廉恥なんて酷いなぁ。ていうか、レフィーヤ。あの時のお礼は言ったの?」

 失礼じゃないのと、ティオナはレフィーヤへ言った。

「うっ......分かってますよ......」

 レフィーヤは露骨に嫌そうな顔をすると、ベルの一歩前へ出て、視線を泳がせながら唸る。

 その後ろでは、アイズが頑張れと無表情ながら応援していた。

「あ、あの......! え、えっと......! その、あ、あの時は......あ、ありがとう、ございました!」

 アイズの応援の効果もあったのか、かなり継ぎ接ぎではあったものの、言いたいことは言えたようで、ふぅと一安心するレフィーヤ。

 まあ、かなり早口で聞き取りづらかったのだが。

「あ、はい。どういたいしまして。いやぁ、良かったです。エリクサーって薬が無かったらどうなってたことやら」

 あの時ばかりはあの男に感謝せざるを得なかったと、ベルは思っていた。

 実際、エリクサーをベルが貰っていなかったらレフィーヤは間違いなくあの世へと逝ってしまっていただろう。

 ふと、ベルへ向けられている視線がおかしいことに気付く。

 レフィーヤの表情が青くなっているのだ。

 アイズとティオナは、そういえばと言っているようなそんな表情だ。

「顔色が悪いですよ。ウィリディスさん? ......どうしたんですかね? ティオナさん」

「うーんとね。原因はベル君が違うファミリアのレフィーヤにエリクサーを何の躊躇いもなく使ったことかなぁ。......あと、私のことはティオナで良いよ♡ ていうか、そっちで呼んで欲しいなぁ♡」

 隣で密着しているティオナに聞くと、耳元で囁くように言ってくる。

 後半はかなり猫撫で声で、ベルは頭がジリジリと熱された気がした。

「えっと、それで良いと言うのなら......というか、それが何で問題なんですかね」

 ベルからしてみれば、エリクサーが何れ程価値のあるものかは分からない。

 故に疑問符を投げ掛けてしまう。

 あの時は結局エリクサーと聞いて何故あんなに驚いていたのかを聞きそびれてしまったのだった。

「うんとね。エリクサーってすごい回復薬でね、普通に買うと一つ500000ヴァリスくらいするんだよ」

「ゴホッ!?」

 その金額を聞いた瞬間、ベルは思い切り噴き出してしまった。

 その隣ではティオナが大丈夫と、心配そうに背中を擦っていた。

 ベルは大丈夫ですと、全く大丈夫ではない体で言うと、頭の中ではそれだけあれば一体どれくらい贅沢が出来るのかを計算するのに集中していた。

「まさか、知らないで使ってたの?」

 ティオナは少し呆れた表情でそう言った。

 アイズは、そういえば、昔ちょっとした怪我でリヴェリアがエリクサーを持ってきてたなと思い出していた。

「いやぁ、あははは」

 ベルは只曖昧に笑っていた。

 これは本当にきちんと勉強しないと駄目だなと、またエイナに教わることが増えてしまった。

「......こんな知識の無い男に助けられたなんて!」

 レフィーヤは身体をプルプルと震わせながら、ベルへの怒りとそんな男に助けられた自分への怒りを抑えるのに精一杯だった。

「......成る程、だから驚いてたんですか」

 ベルは改めて納得したように頷いていた。

 それだけの金額なら躊躇う気持ちもあるのかもしれないと。

「いやぁ、もしウィリディスさん以外にも怪我してたらヤバかったですね」

 流石にもう一個用意するのは貯金を切り崩さなきゃいけないしと、ベルは言った。

 すると、その言葉に対して三人は呆気に取られたような顔をしていた。

「ベル君? そんな反応なの......?」

 ティオナがベルへそう聞いた。

「はい? ああ、そうですね、貯金を下ろしに行ってる時間なんて無いですもんね」

「違います!! そういう問題ではなくて、どうして使うのを躊躇わないのかってことです!!」

 レフィーヤが声を荒げて、ベルへ言った。

 ベルの言葉から察するに自腹を切ってでも助けるつもりなのは察することが出来た。

「え、躊躇うって......逆にどうして躊躇うんですか?」

 ベルは本当に意味が分からないという表情でそう聞き返した。

「だって! 私と貴方はファミリアも違いますし、別に仲が良いわけでもない。貴方に助けられる理由なんてないじゃないですか!?」

 レフィーヤは先程よりも更に感情を昂らせてそう言った。

 冒険者はいつ死んでもおかしくない。

 それこそ昨日笑っていた友人が目の前で重傷を負い死んでしまうことだって有り得るのだ。

 それを考えれば、全くの他人のためにエリクサーを使うよりも、友人が死にそうになってしまった時の為に残しておいた方がよっぽど良いのだ。

 もし、使って友人がその状態になったときにエリクサーが無かったら深い絶望に叩きつけられるだろう。

「理由って......ウィリディスさん、貴方はそれを本気で言っているんですか?」

 ベルは呆れた表情でレフィーヤを見た。

「ウィリディスさん、一つ質問しますけど。もし、この場で子供が迷子になって泣いていたらどうしますか?」

「そんなの助けるに決まって......!」

「どうしてですか?」

 ベルの声がダンジョンに響いた。

「どうしてって......それは子供が可哀想だから......」

「ほら、そういうのです。理由なんて簡単に出来るでしょう?」

 そう笑顔を浮かべ、言うベル。

 レフィーヤは呆気に取られるも、すぐに切り返した。

「それとこれとは別問題で......!」

「......うーん、だからですね」

 少し面倒くさいなと、ベルはレフィーヤに対して思っていた。

 ベルはそんな彼女のために、唸りながら適切な表現を見出だそうと、頭を捻った。

「あれです、ウィリディスさんを助けたかったからでは駄目ですか?」

 結局のところ、ベルには適切な表現が思い付かず、言った言葉は酷く気障なものだった。

 ベルにとってみれば、迷子になっている子供を助けるのも、エリクサーという破格の値段の回復薬を使わなくては対処出来ない傷を負ったレフィーヤを助けるの、どちらも同じであるのだ。

 そこに大きな差は無い。

「な、何を突然言ってるんですか! 貴方は!」

 顔を真っ赤にしたレフィーヤは、そう言って声をあげた。

「......じゃあ、何なら納得してくれるんですか」

 疲れたようにベルはそう言うと、眼鏡の鼻の部分をクイッと動かす。

「そ、それは......その......」 

 レフィーヤもレフィーヤでその辺りは何も考えて無かったのか、口ごもってしまっていた。

「もう、レフィーヤもいいじゃん。ベル君がそう言ってるんだから」

 見兼ねたティオナが間に入り緩衝材となって、この場を納めてくれた。

 レフィーヤはまたうーんと唸ると、分かりましたと言って納得していた。

 助かったと、ベルは安心し、隣にいるティオナを見る。

 すると、視線があってしまい、ティオナは笑顔を浮かべた。

「......ベル君、お疲れ様。レフィーヤも少し頑固だから。別に悪い子じゃないんだよ」 

「......それは分かってますよ。只嫌われちゃったなって」 

 それはそうかもねとティオナは苦笑して答えると、またベルの方を向いた。

「......ねぇ、ベル君。もし、私がレフィーヤと同じ目に遭ってたら助けてくれる?」

 上目遣いと甘い声で言ってくるティオナをベルはとても魅力的に感じていた。

「......そんなの助けるに決まってますよ。って、ティオナも同じことを言わせるんですか?」

 彼女から放たれる色香を振り払うようにして、そう言った。

 すると、ティオナは嬉しそうな顔で、それならいいんだとベルの言葉を受け取った。

「ねぇ、ベル。そう言えば、そこにいる子は誰なの?」

 ふと、黙っていたアイズがそう口に出した。

 そこにいる子、そう言われベルはアイズの差す方向、つまりは自身の目の前を見る。

 リリルカ・アーデ、現在のベルのサポーターである。

 すっかり空気と一体化しているらしく、俯いてピクリとも動きもしなかった。

「あぁ、すいません。彼女はリリルカ・アーデ。僕のサポーターをしてくれているんですよ。リリルカ、彼女達はロキ・ファミリアの人達で、僕の友人(?) かなぁ。隣に座っているがティオナ・ヒリュテ、そこの方がレフィーヤ・ウィリディスさん、そちらの方はアイズ・ヴァレンシュタインさんだよ」

 僕の友人(?)発言に隣にいたティオナが不満そうな顔をして、腕に込める力を強くする。

 ミシミシと骨が軋むが、前回と違い、冒険者になったので、耐久力も本当に微量ではあるが向上していたので、痛みは多少軽減されていた。

「は、初めまして......リリルカ・アーデです。どうぞよろしくお願いいたします」

 おどおどとリリルカは挨拶をすると、軽く頭を下げ、一礼する。

「よろしくね!」

「......よろしく」

「よろしくお願いします」

 ロキ・ファミリアの三人もそれに対して、差異はあるがフレンドリーにそう返した。

「ふーん、ベル君女の子のサポーターを雇ったんだ~」

 ティオナの少し含んだような言い方にベルは首を傾げるが、そうですよと肯定した。

「どうです、可愛いでしょう?」

 ベルはそう言うと、ティオナがムッとした表情に変化した。

「ベル君、可愛いからその子を選んだの?」

「さあ、どうでしょう?」

 曖昧にベルは微笑んだ。

 初めて出会った当初、ベルは可愛い女の子は好きだと言った。

 つまりはこれは是ということになるのかと、ティオナは悩ませていた。

「あの......アーデさん、どうなされましたか? ご気分でも悪いんですか?」

 ふと、先程からフードを深く被り俯いているリリルカの様子がおかしく思ったのか、レフィーヤは心配そうに隣に座った。

 レフィーヤは基本的にある一定の人物と、男性との接触が無ければとても優しい性格の女の子だ。

 故に目の前で同じ女の子の様子がおかしかったら心配してしまうのは当然のことだった。

「......大丈夫です。特に何もしてませんから」

 しかし、リリルカは心配するレフィーヤを尻目に、大丈夫だと返すだけだった。

「......ごめんなさい、ちょっと失礼しますね」

 レフィーヤはそう言って、リリルカのフードに手を掛けて優しく外した。

「アーデさん!? どうしたんですか!」

 正確には泣き腫らした痕がリリルカの顔に残っていた。

 しかし、リリルカはひたすら何でもないと返すだけで意味のある回答は無かった。

「ちょっと、ベル・クラネル! なんでアーデさんは泣いているんですか!?」

 レフィーヤはリリルカを抱き締めるようにして、ベルを睨んだ。

 それはもう鋭い鋭い眼光で。

「......実はですね、お説教(・・・)をしまして。少し言い過ぎたかもしれません」

「お説教って......アーデさん、それは本当なんですか?」

 レフィーヤは抱き締めているリリルカの顔を伺うようにそう確かめた。

「......はい、本当です。リリが悪いこと(・・・・)をしました」

 リリルカはそう言うと、また俯いてしまった。

「ベル・クラネル。一体何があったんですか?」

 こんなになる説教もとい原因はと、レフィーヤは再度ベルの方を向いて訪ねた。

「それは、すいません。リリルカのためにも言うことは出来ません」

 ベルは申し訳なさそうにそう言うと、目を横に伏せた。

「アーデさんのためって......! ベル・クラネ______」

「はいはい、レフィーヤ。熱くなりすぎだよ。ていうか、ベル君目の敵にし過ぎ」

 また二人を止めたのはティオナであった。

 ティオナは流石にと、ベルの腕からは既に離れており、仲裁するべく間に入った。

「レフィーヤもお説教させられた理由を他の人に聞かれたくなんかないでしょ? 無理矢理聞くのは良くないよ?」

  ティオナにそう言われ、レフィーヤは口ごもり、またベルをキッと睨んだ。

「こらっ! ......もう、ごめんね、ベル君」

「あ、いえ、大丈夫です。こっちが全部悪いので......」

 ベルはそう言うと、また曖昧に笑う。

 もう既に二人の女の子に嫌われてしまったなと、ベルは少しだけ自己嫌悪に陥る。

「......ティオナがリヴェリアみたい」

 アイズは驚いた表情で、ティオナを見ていた。

 いつもの知っているティオナは、あの十日程前の事件ですっかり身を潜めてしまったのか、大人の余裕のようなものが、溢れていた。

「でも、ティオナ。初めて会ったときとは印象が違いますね。何かこう、大人っぽくなったっていうか_______」

「もう! そんなこと言っても何も出ないよー!」

 照れたようにバンバンベルの背中を叩いてくるティオナ。

 やはり、本質的には何も変わっていないようだと、ベルとアイズの思いはシンクロしていた。

 但し、ベルの背中には断続的にかなりの痛みが発生していたが。

「アーデさん、大丈夫です。もう泣かないでいいですよ」

 レフィーヤはリリルカを抱き締めながら姉のような表情で、安心させるようにそう言った。

 リリルカもレフィーヤへ抱き締められると安心感を得るように身を任せていた。

「......レフィーヤもお姉さんしてる」

 今日二度目の身内の代わりぶりに、アイズはまた驚いていた。

 何だろうか、ベルに関わったことで、身内がどんどん変わってきているとアイズは思っていた。

 現にファミリア内でも 、アイズが知る限り様子が変わった人は他にもいた(・・・・・)

「あ、アイズさん! や、止めてくださいよ! 別にそんなんじゃ......」

 顔を真っ赤にしてレフィーヤはそう言うが、満更でもないのか少し嬉しそうな顔をしていた。

「......お姉さま」

「はうっ......!」

 どうやら二人は本当に仲良くなったみたいだ。

 うん、良いことだとベルは頷いていたが、その二人が自身のことを嫌っていると考えると少しだけ悲しくなってしまった。

「ん? どうしたのベル君?」

「......いえ、只、不器用だな(・・・・・)って......」

「あ、レフィーヤ? 確かにそうかもしれないねぇ」

 ティオナは納得したようにそう言ってレフィーヤの方を見たが、ベルはそれに対しては苦笑することで返答した。

「あ、そうだ。皆さん、お腹減ってませんか? サンドイッチならたくさんあるので良かったら一緒に_______」

 ベルは折角だからと、ロキ・ファミリアの三人にそう提案しようとした時だった。

 

 

「ブモォォォォォォ!!」

 

 

 響き渡る咆哮。

 感じるは大きな気配。

 大きく揺れ動く地面。

 その場にいた全員はその音源を一斉に見た。

「あれって......」

「まさか......」

「うん......」

「ひっ......!」

「久し振りだなぁ......」

 上からティオナ、レフィーヤ、アイズ、リリルカ、ベルの順番だ。

 眼前に迫るそのモンスターを見て、皆はそれぞれの反応をしていた。

 

 

「ブモォォォォォォ!!!」

 

 

 ミノタウロス。

 本来なら15階層に出現する大型モンスターで、現階層には出現はしない。

 並の冒険者、つまりはLv:1の冒険者や、並のLv:2の冒険者程度なら一瞬で殺されてしまう程の力を持っている。

 しかも数は一体ではない。

 視認出来る限り、数は十数体。

 もし、この場にいるのが駆け出しの冒険者だったのなら死を覚悟するだろう。

 しかし、今ここにいる面子はどうだろうか?

 

 

「取り合えず、あれを片付けないといけないねー」

 

「......私は右側をやる」

 

「では、私は皆さんの援護を。......リリルカさん、私の後ろに隠れていてくださいね」

 

「は、はいっ......!」

 

「本当、ミノタウロスに縁でもあるのかな......まあ、食事を邪魔されたのだから容赦はしませんが」

 

 

 最大最強と呼ばれるロキ・ファミリアの主力メンバーで、その内Lv:5が二人、Lv:3が一人。

 もう一人は、ヘスティア・ファミリアに加入してまだ十日程しか経っていないが、先のメンバーが苦戦したモンスターを一人で圧倒したLv:1の冒険者。

 

 

 はっきり言って、死を覚悟するのは、ミノタウロス達の方だった。

 

 

「それじゃあ、一瞬で終わらせましょうか」

 

「了解、ベル君。すぐに蹴散らしてあげる!」

 

「うん......分かった。殲滅する」

 

「貴方に指揮られるのは本当に嫌なんですが、まあ、いいです......了解しました」

 

「......わ、私は皆さんの倒されたモンスターのアイテム回収をしますね!」

 

 

 ここに即席ではあるが、パーティが結成された。

 そして、それと同時に、ミノタウロス達の全滅が確定された瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

「何のようかしら、ヘルメス。旅はもういいの?」

「いやー、少し子供達の様子を見にね」

 バベル最上階、女神フレイヤの部屋に、小さな羽の装飾がついた帽子を被った金髪の青年がいた。

 名をヘルメス。

 神々の伝令者とも呼ばれ、多方面において優れた能力を発揮する神の一柱である。

「様子を見に、ねぇ。貴方、あの子の面倒を見てたのよね? その役目は私が引き継ぐからもういいわよ」

「面倒見てたって言っても雇い主と雇われみたいなものだしね。それに、僕はあの子の歩む道を観察したいだけなんだ。少し細工をしてあげただけで、これ以上は何かをする気はないから、安心して君が手を出す(・・・・)といいよ」

 そう含んだ笑みを浮かべてフレイヤを窺うヘルメス。

 そんなヘルメスに対して、フレイヤは酷く苛立ちを感じていた。

「その下賤な眼で私を見ないでくれるかしら。不愉快なんだけれど」

「これは、厳しいねぇ。傷付くなぁ」

 そんなこと全く思ってないような態度で、ヘルメスは言う。

「......それで、ここに来たようは何かしら? さっさと用件を言って私の目の前から消えなさい」

 フレイヤは殺気すら籠っている視線をヘルメスへ叩き込んだ。

「はいはい、さっさと言いますよ。これを渡しに来たんだ」

 そう言ってヘルメスは一冊の本を取り出して放り投げた。

 放物線を描きながら飛んでいく本。

 しかし、それはフレイヤの眼前で止められた。

「......」

 知らぬ間にそこに立っていたのは、屈強な男であった。

 オッタル。

 フレイヤ・ファミリア首領にして、《猛者》の二つ名を持つ、名実共に世界最強の冒険者である。

「ふぅん。これは......」

 フレイヤはオッタルから手渡された本を受け取り、それをパラパラと捲ると、口角を少し上げた。

「......面白いわね。礼を言うわ、ヘルメス」

「女性は怖いなぁ。さっきと反応が違い過ぎ......」

 ヘルメスはやだやだと言って、背中を預けていた壁から離れ、出口へと向かい始めた。

「......そう言えば、貴方の経営しているあの店、何て言ったかしら?」

 ふと、フレイヤはヘルメスへそう投げ掛けた。

 取るに足らない世間話のような意味のないものである。

 フレイヤからの珍しい問い掛けに、ヘルメスは少し驚きながらも、こう答えた。

「オラリオ市内だったら何処へでも、運送屋《タラリア》って言うんだ。良かったらご贔屓に、どうぞ?」

 ヘルメスはそう言って、ニカッと笑った。




残念! 修羅場が起きる程、好感度は上がっていませんでした。
好感度を数値で表すと、ティオナは120くらいですね(基準値不明)
あと、レフィ×リリという新ジャンル開拓!?
アニメのリリが可愛すぎて死ねる。


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#19

ガルパンはいいぞ


「ソーマ・ファミリアについて?」

 ギルドの個人相談室にて、エイナ・チュールは首を傾げながら疑問符を浮かべていた。

「はい、どういうファミリアなのか少し気になりまして......」

 そう投げ掛けたのは、ベルであった。

 既に謎のミノタウロスの群れを一掃して帰ってきており、ロキ・ファミリアの三人やリリルカとは別れていた。

 あの後に更に下まで進む気にはなれず、というよりリリルカの方が限界そうだったため、切り上げることになったのである。

 そこで、今日の報酬金をリリルカに渡したのだが、すこし(・・・)色目を付けていたので、かなり驚いていた。

 今回の稼ぎの6割程である。

 ベル自身、少し言い過ぎたかもしれないと思っていた部分もあり、それのお詫びを含めての金額だった。

 流石に甘過ぎる(・・・・)とは思っていたが、これは根っ子に染み付いているものなので、治ることはないだろうと内心諦めていた。

 その証拠にベルのナイフはまだ戻ってきていない。

 報酬を貰ったリリルカは怪訝そうな、しかし大金を貰って嬉しそうな、そんな表情が入り交じった顔をしていた。

 ロキ・ファミリアの面々とは、ティオナとアイズには、またねと挨拶されたが、レフィーヤからは、さようならと、大分冷たいもので、同じエルフであるリューやエイナと比べると色々気難しいなとベルは思っていた。

 ちなみにレフィーヤはリリルカにはきちんと、また会いましょうと笑顔で挨拶していた。

 やはりベルは苦笑するしかなかった。

「......実はね、私も少し気になって調べてみたんだよね」

 すると、エイナは考える素振りを見せるとそう言って、棚から何かの資料を取り出し、ベルにも見えるようにそれを広げた。

「......酒、ですか?」

 そこに写っていたのは、ある酒についての情報だった。

「うん、《神酒(ソーマ)》っていうお酒。神と同じ名前を冠する、ね」

 エイナは少し含んだような、そんな言い方をした。

 神と同じ名前、つまりはそれに値するほどの美酒ということになるだろう。

「60000ヴァリスって......酒がですか?」

「それは私も思った......」

 節約を心掛けているベルからしてみれば、この金額ははっきり言って恐ろしいものでしかない。

 二月は余裕で暮らせる自信があると、ベルは思っていた。

「あれ、同じ名前ってことは......」

「......そう、このお酒はファミリアの主神であるソーマが作っているらしいの」

 随分とまあ自分が大好きな神様だという感想は、恐らく今は不適当なので口には出さなかったが、それを読み取ったのか、エイナは更に続ける。

「《神酒》はね、神ソーマが神の力(アルカナム)を使わずに技術のみで造り出した究極のお酒で、あまりの美味しさから、名前も畏敬を込めてこう呼ぶようになった......っていう説があるの」

 なるほどと、ベルは口に出す。

 自身が作った酒に自分の名前を付けるなどとは思ったが、こういうことかと納得していた。

 まあ、説とは言ってはいるが。

「でも、美味しいってどれだけなんでしょうね」

 まさか、止められなくなってしまうとかではないでしょうと、ベルは笑いながら言った。

 美味しいと言っても味覚は個人によって差が存在する。

 どれだけ美味しいと言われようとも、万人に受けるものなどは存在しないのだ。

「......それがね、強ち間違いじゃないかもしれないの」

 エイナは深刻そうな表情で言うと、また別の資料を取り出した。

「......換金所を利用した冒険者の記録(・・・・・・)なんだけど」

 そう小声で言って頁を捲り、お目当ての部分を見つけるとこちらに向きを変えてエイナは提示した。

「これは......」

 見てみると、どうやらファミリア毎で分けられているらしく、そこは件のソーマ・ファミリアの頁であった。

「......私がギルドに就職する前からも、常に換金所ではトラブルがあったみたい」

 そこにはこと細かく、どういうやり取りがあったのかが書かれており、暴言を吐かれたや、暴力を振るわれたなどの記録が残っていた。

「......実はギルドではこういうものとか(・・)でブラックリストとかを作ったりしてるんだけど」

 先程からエイナの声の音量はとても小さくなっており、これが本来なら公開してはいけない情報というのを理解できた。

 これが露見してしまえば、エイナは間違いなく危ない立場になってしまうし、懲戒免職だって有り得てしまうかもしれないのだ。

「......ソーマ・ファミリアの人達は何かこう、切羽詰まってるというか、追い込まれているというか、とにかく常により多くのお金を必要としているの」

 だから、査定額が望んだものではないとその職員に言い掛かりをつけて暴言を吐いたり、暴力を振るったりするんだとエイナは続けた。

「......もしかして、その《神酒》っていう酒を買うためにってことですかね」

「......そこまでは私も分からないな。でも、少なからずこのお酒が関わっていることは確かだと思う」

 エイナはそう言って、資料を閉じた。

 その動作はエイナが分かるのはここまでということを表していた。

「......ありがとうございます。でも、こんな危ない橋を渡るようなことはもう止めてくださいね」

 心配ですと、ベルは続けてエイナの手を両手で優しく握るように取った。

「ちょ、ちょっと、ベル君......」

 途端にエイナは顔を紅潮させるも、握られた手を振りほどこうとはしなかった。

「止めてくださいね? 僕、エイナさん以外に担当して貰うのは嫌ですから」

 ベルはしっかりとエイナを目を見詰めてそう言った。

 エイナ以外に担当して貰いたくないというのは間違いなくベルの本心であるし、何よりエイナに不幸が訪れるのを見たくなかったのだ。

「ベル君......」

 しっかりと見詰められたエイナは、ベルの目をぼーっと見返しながら、そう譫言のように呟いた。

「絶対に約束ですよ?」

 手を握る力をほんの少しだけ強めて、ベルはそう言った。

「うん......」

 エイナは自身の手を包んでいたベルの手を軽く握り返すと、汐らしく返事をする。

 柔らかな女性らしい掌がベルの手を包み込んだ。

「あ、それ、付けてるんですね」

 ふとベルは、長袖で隠れていたエイナの左腕に緑のスエードとチェーンで編み込まれたブレスレットを見た。

 前にベルがプレゼントした手作りのブレスレットである。

「うん、ベル君が作ってくれたものだし。ちゃんと大事にしてるからね」

 そう言って、ベルから貰ったブレスレットを愛おしそうに見るエイナ。

 本当に大事にしてくれているんだと、ベルは嬉しく思っていた。

「......あのね、ベル君」

 はい、とベルは返事をして、意識をエイナへ向けると、何故か顔を紅潮させ、目を泳がせながらもじもじしていた。

 ふと、手に断続的に続く柔らかな感触。

 ベルの手を、エイナが何度も何度も握ったりは離してを繰り返していたのだ。

 まるで、何かの不安を和らげるような、そんなものであるようにベルは思えた。

「えっと......その、ね......」

 割りと物事をはっきりと告げるエイナが、これ程までに詰まるのは珍しかった。

 余程、言いづらいことなのだろうかと、ベルは考えた。

「今日仕事終わっ_______」

「エイナー! 担当の人が待ってる_______あ"っ......」

 バンッと個室の扉を開けて、エイナを呼んだのはミイシャだった。

 しかし、その表情は優れず、真っ青になっていた。

 エイナもエイナでミイシャを見て固まってしまっていた。

「......あ、すいません。手握りっぱなしでしたね」

 ベルはそういえばと、言って握っていた手を離してしまう。

「_______ごめんね......! ごめんね......! 私、相変わらず空気の読めない馬鹿女で......!!」

 だから、あの時みたいにアイアンクローだけは止めてね!! と続けると、颯爽と姿を消すミイシャ。

 うわぁぁぁぁ!! というミイシャの叫びが、バタンッと勢いよく閉じられたドアの向こうから聞こえた。

「......相変わらずよく分からない人ですね。あ、エイナさん、呼んでるって言ってたみたいですし、そろそろ御暇(おいとま)しますね」

 そう言って、ベルはソファから立ち上がると、どうもありがとうございましたと礼をする。

「......うん......はははは」

 少し俯いて返事をすると何故か自棄にでもなったのかのように笑いだすエイナ。

 その哀愁すら漂うエイナの表情に、あの一瞬で何があったのかと思ったベルであったが、それは問うことすら阻まれてしまう。

 それほどまでに今のエイナは怖かった。

 纏っている雰囲気(オーラ)が。

「そ、それじゃあ、エイナさん、お疲れ様です。また明日もダンジョンに行くので、よろしくお願いしますね......」

 ベルはなるべく笑みを浮かべつつ、当たり障りのない口上を述べる。

 下手に刺激をすれば何が起こるか分かったものではないからだ。

「......またね、ベル君」

 力なくエイナはその言葉に返した。

 光彩のないその瞳で。

 ベルは知らぬ間に地雷を踏み抜いたかと考えるも、結局答えは出ず、取り合えず今は、ここから素直に退散しようという思考に落ち着き、そそくさとその部屋から退室した。

 

 

 

 

「うわぁ、本当に60000ヴァリスだ......」

 ベルは棚の上に並んでいる《神酒》を眺めながらそう呟いた。

 ちなみに取って見ないのは、落とすのが怖いからであった。

 現在、オラリオ市内にある道具屋(アイテムショップ)にベルはいた。

 正確には食品雑貨(グロサリー)のコーナーではあるが。

 名前を《リーテイル》という店で、多種多様な商品を取り扱っている。

 その中には各商業系ファミリアから輸入したアイテム、例えばエリクサーなども扱っており、冒険者からはかなりの評判だ。

「あ、これ......」

 ふと、取ったのは、かなり安い金額が書かれた札が付いている酒だ。

 ベルはこれを見て感じたのは第一に懐かしいという郷愁であった。

「お祖父ちゃんがよく飲んでたなぁ......」

 《マイホーム》というとてもとても安価な酒だ。

 知名度も全くと言っていいほど低い。

 味も安いだけに、それなりの味だ。

 しかし、ベルはこのドマイナーな安物の酒が一番好きだった。

「買ってこうかな......」

 ベルはそう言って、酒瓶に手を掛けようとした。

「......普段から酒は飲むのだな」

 すると、横から少し呆れたような声がする。

 振り向けば、そこには長身のエルフの女性がいた。

「......確か、アールヴさんですよね?」

 ベルは脳内からどうにか名前を捻り出し、確認した。

「あぁ、そう言えば、あの時はきちんと自己紹介をしていなかったな。私はロキ・ファミリア副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴだ。君のことはよく聞いている(・・・・・・・)ぞ。クラネル」

 少し含んだような顔をしてリヴェリアはそう言った。

「ああ、ティオナですね。変なこと言ってませんか?」

 恐らくティオナ辺りだろうかと、ベルは軽い憶測を立ててみた。

 ロキ・ファミリアのあの三人で自身のことを話すのはティオナしかいないと、判断したからだ。

「そうだな。Lv:1で中層に匹敵するモンスターを圧倒したことが変なことではないのなら、きっとそうなのだろうな」

 筒抜けですねと、ベルは曖昧に笑った。

 まあ、あの時のことが自然とファミリア内に広まるのは可能性としてはかなり高い。

 更に言えば、ファミリア内の幹部クラスにはそういう報告などは行くのは恐らく当たり前であるはずだ

 故に、この時点で間違いなくロキ・ファミリアの幹部達はベルのことを知っていると判断出来る。

「......まあ、変な詮索はしないさ。あの子達が世話になったみたいだからな。礼を言わせて貰いたい」

 ありがとうと、リヴェリアは頭を下げた。

 エルフは色々な種族の中でも容姿はトップクラスに良い。

 リューやレフィーヤ、ハーフエルフであるエイナも共通して皆美人なのだ。

 今目の前にいるリヴェリアはハイエルフで、生まれも正しい王族だ。

 故に姿勢や雰囲気も、とても高貴に感じられ、ベルは酷く居心地の悪さを感じていた。

「いえいえ、気にしないで下さい。男として当然ですから。......あと、頭は上げてくださいね」

 案の上、ベルはリヴェリアの頭を上げさせた。

 ベルとしてはそちらの方が重要(・・・・・・・・)であった。

「だがな、レフィーヤの命を救ってくれたそうじゃないか。礼はしなくてはいけないだろう」

 リヴェリアは真面目な表情でそう言った。

 仲間の命を助けてくれた恩人に礼の一つをしないようでは、ロキ・ファミリアとしても個人としても傷がつくと、更に続けた。

「いや、しかし......」

「何でも言ってくれていい。私が出来ることなら応えよう」

 まかせろと、自信満々そうな顔で言うリヴェリアにベルは苦笑してしまう。

「女性が何でもするなんて言ったら駄目なんですよ?」

「ほう、クラネルは私に何か良からぬことでも言うのか?」

 少しにやにやした表情でリヴェリアはベルを見た。

「そうですね、場合によってはするかもしれませんよ? アールヴさん、綺麗ですし」

 そんな両者の会話。

 色気付くなと、リヴェリアにベルは叱られるが、その表情をよく見れば満更でもないようだった。

「......まあ、冗談はさておき、だ。流石に何もしないのは私も許せないのでな。何かないか?」

 やはり、話は流すことは出来なかったかと、ベルは心中で舌打ちをする。

 はっきり言って、礼など貰わなくてもベルは良いのだ。

 余計な貸し借りはしたくないというのが一番の理由だが。

「......そうですね」

 恐らく断ろうとしても、リヴェリアはそれを断ってくるだろう。

 最早、ベルにリヴェリアの申し出を断る術はなかった。

「......ソーマ・ファミリアの件について何かご存知ではありませんか?」

「......ソーマ・ファミリア? それを聞いてどうするつもりだ?」

 怪訝そうな表情で、リヴェリアはベルを見た。

「......変な詮索はしないんじゃないんでしたっけ?」

「ああ、だから答えなくていい。君が答える気なら言ってもいいがな。一応の確認だよ」

 最近、ソーマ・ファミリアの噂はよく耳にするからなと、リヴェリアは続けた。

 やはり、ソーマ・ファミリアはどうもきな臭い集団であることは、ベルの中で確定していた。

「......知り合いがソーマ・ファミリアの人に武器を盗まれましてね。まあ、安物だったから良かったんですけど、そこまでしなくてはいけない理由が個人的に気になりましてね」

 ベルは軽く溜め息を吐いてからそう言った。

 言わなくていいと言われてしまえば、言わないに越したことはないだろうが、ここで敢えて理由を言ってしまえば信用、とまではいかないが箔はつく。

 相手は最大最強を誇るロキ・ファミリアの副団長だ。

 この程度の余計な隠し事もする必要もないだろう。

 それにティオナ達との関係を見れば、ますますその必要はなくなった。

 少なくとも利点はあるはずだと、ベルは判断していた。

 まあ、ベルが言ったその理由は嘘ではあったのだが。

「......そうだったのか。だが、すまないな。私もソーマ・ファミリアについては、噂程度しか知らないんだ。恐らく私が言う情報も、君は既に知っている(・・・・・・・・・)ことだと思う」

 申し訳なさそうに言うリヴェリアに、ベルは逆に此方が申し訳ない気持ちになってしまった。

「いや、良いんですよ、別に。只の興味本意なだけですから」

 此方こそすいませんと、ベルは謝りを入れた。

 まあ、知っていたらラッキー程度で考えていたのだ、別段問題はない。

「_______しかし、だな。心当たりがある奴なら知っているぞ」

「......心当たり、ですか?」

 首を傾げ、疑問符を浮かべているとリヴェリアは片目を瞑ってベルを見た。

「ああ、そうだ。恐らく知っているはずだ。何せ無類の酒好きだからな......」

 リヴェリアは後半、少し呆れたような口調でそう言った。

 酒好き? とベルは更に首を傾げた。

「取り合えず、これを買っていくか......そうだ、君のそれも買っていこう」

 リヴェリアはそう言うと、棚から《神酒》と、ベルが取ろうとした酒《マイホーム》を手に取り、会計へと向かった。

「......あ、ありがとうございます?」

 ベルはいきなり過ぎて話に着いていけないと、既に歩き出しているリヴェリアを見ながら、取り合えず礼を述べていた。




うさぎさんチーム全員集合のフィルムゲットだぜ。













ちなみにベル君、非童貞です。


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#20

今回は長くなりました!


 _______《黄昏の館》。

 オラリオ最大最強勢力を誇るロキ・ファミリアのホームである。

 オラリオの最北端に在る赤銅色のその館は、高層の搭がいくつも重なり、まるで剣山のようになっていた。

 その高さは、バベルには及ばないものの、見上げるだけで首が痛くなってしまう程だ。

 最も高い中央に座す搭は、空の闇に侵されており、全体が炎のように揺らいでいる。

 そう感じさせてしまう程に《黄昏の館》は荘厳な雰囲気を醸し出していたのだ。

「凄い大きいですね......」

 ベルは只一言、口をポカンとさせてそう言った。

 自身の住んでいる廃教会と比べるのは烏滸がましいにも程があったが、あれはあれで良い味を出しており、慣れれば結構住みやすいのである。

 ベルはそう自身を納得させながら、いつかきちんとしたホームに住もうと、あるロリ巨乳の女神様を心に浮かべながら誓っていた。

「そうだな。確かに他と比べても大きいとは思うが、最初は此処もとても小さかったのだぞ?」

 口を半開きにしているベルを見て、苦笑しながらリヴェリアは、懐かしむようにそう言った。

「最初、ですか......」

 どんな英雄も生まれたばかりの時はとても弱い存在だ。

 それと同じようにこの最大最強とも呼ばれるようになったロキ・ファミリアにもそういう長い歴史があるのだと、ベルは感心していた。

「あれ? でも......」

 ロキ・ファミリアがいくら最大最強と呼ばれていたとしても、すぐにここまでの規模になった程歴史は浅くはない(・・・・・・)はずだ。

 それは、ロキ・ファミリアがかなり昔(・・・・)から活動していたことを示していた。

 そして、リヴェリアはこのホームの過去、最初を知っている。

 つまり、リヴェリアの年齢は見た目よりも_______

 

 

「......クラネル? 何か余計なことを考えてはいないか?」

 

 

「......いえ、何も」

 隣から恐ろしいまでの殺気を感じ、ベルは思考を完全に停止し、それを放棄した。

 もう少し止めるのが遅かったら手遅れになっていただろう。

 何がとは言わないが。

 女性に対して、その辺の話は酷くデリケートな問題なのだ。

 ベルは二度とそんな愚考はしないと誓ったのだった。

「......全く。ほらこっちだ、着いてこい」

 リヴェリアは軽く溜め息を吐くと、ベルを導くように歩を進めていった。

 そんなリヴェリアを、ベルは少し駆け足で追いかけた。

『お帰りなさいませ、リヴェリア様』

 門の前に辿り着くと、そこには門番らしき男女が立っており、リヴェリアの顔が見えた瞬間には、寸分狂わぬ息の合い具合で挨拶をしていた。

「ああ、今戻った。二人ともご苦労」

『はっ!』

 まるで、どこかの軍隊みたいだと、ベルはリヴェリアの後ろでそんなことを思っていた。

 やはり、大規模ファミリアにでもなると、ここまで規律が取られるのだろうか。

「すいません、リヴェリア様。後ろの者は一体......?」

 すると、男の方の門番がリヴェリアの後ろにいたベルを指し、怪訝そうな表情でそう言った。

「ああ、彼は私の知り合いだ。通して構わない」

「あははは、どうも......」

 ベルは苦笑しながら、軽く頭を下げる。

 何故、苦笑しているのかと言えば、門番二人の視線が痛いからであった。

 察するに、「誰だ、こいつ?」「リヴェリア様に近付くなんて......」等というものを想像できた。

 まあ、尊敬する副団長が素性も知れぬ男と一緒にいたら、こんな反応してしまってもおかしくないだろう。

 しかし、門番の二人はリヴェリアの許しを得ているのを確認すると、すぐに門を解錠した。

 そして、二人は(ベルは歓迎されている感は全く無かったが)門を通り、《黄昏の館》へと入ったのだった。

「......流石に超リッチですね」

「何だそれは......?」

 ベルが入ってそうそう、思ったのは自身のファミリアとの貧富の差であった。

 案内された部屋は橙色を基調とした落ち着いた装飾が施されている。

 置かれているソファやテーブルなどの家具は皆、ベルでは到底手が出せない程の額だろう。

 ベルはなるべく部屋のものには触れないようにしようと心に決めていた。

「......ところで、本当に良かったんですかね。部外者が入っても」

 適当に座ってくれと、リヴェリアに言われ、ベルは遠慮がちにその高級そうなソファに座ると、同じく遠慮がちにリヴェリアへそう聞いた。

 やはり、初めての場所というのは今一勝手が分からない。

「良いに決まっている。私が許可を出している時点で、君は私達(・・)の客人だ。変に言われる筋合いは無いから、安心して居るといい」 

 リヴェリアはそう言いながら、持っていた手提げの袋をテーブルに置くと、中から二本の酒を取り出した。

「ほら、これは君のだ」

「あ、ありがとうございます」

 リヴェリアから、《マイホーム》と袋を受け取り、礼を言うベル。

 それを確認すると、リヴェリアはもう一つの酒、《神酒》を手に取り、蓋を開封した。

「これは、良い香りですね......」

 開けた瞬間に漂ってくるのは、果物系とも、穀物系とも言えない、そんな良い香り(・・・・)だった。

 今まで見てきた、飲んできた酒の中で間違いなく一番と言える代物だろう。

「飲んでみるか?」

 すると、ベルの隣に座ったリヴェリアが注いでくれたのか、グラスを渡された。

「いや、でも......」

「気にするな。それにこうしていれば、もう少しで誘き寄せるだろう」

 後半意味深なことを言うリヴェリアに疑問符を浮かべつつ、ベルはそれでは遠慮なくと、《神酒》を口に含もうとした、その時だった。

 

 

「この匂い、《神酒》やなっ!?」

 

 

 バンッと部屋の扉が荒々しく開かれ登場したのは、綺麗な赤髪と細目がちの双眸をした美女だ。

 まるで、職人に造り込まれたようなその肉体の造形は間違いなく神のそれであった。

 _______ロキ。

 最大最強と呼ばれるロキ・ファミリアの主神である。

「思ったよりも早かったな......」

 リヴェリアの発言に、ベルは誘き寄せるとはこういうことなのかと、納得していた。

 まあ、自分のファミリアの主神に対して結構酷いとは思っていたが。

「それを、よこせや!」

 すると、ベルの持っていたグラスを横からかっさらうようにして、ロキは奪うと、それを一気に嚥下する。

 素直に良い飲みっぷりだと、ベルは思っていた。

「ぷっ、はぁ!! くぅ......やっぱ《神酒》は最高やなぁ!!」

 ロキは焼けた息を吐くと、グラスをテーブルへ叩き付けるようにして置いた。

 その姿は完全におっさんと化しており、間違いなく見るものをドン引きさせるだろう。

「......ふんっ」

「痛っ!?」

 リヴェリアはそんなロキの頭部にに拳骨を振り下ろした。

 ゴツンという音ともロキの悲鳴が木霊する。

「いきなり、何するんねん、リヴェリア~。めっちゃ痛いんやけど......」

「それはこっちの台詞だ。失礼にも程があるだろう」

 はぁと、頭を抑えながら溜め息を吐くリヴェリア。

 もしかしたら、何時ものことなのかもしれないとベルは予測を立てていた。

「って、うん? あんた、もしかして......」

「あ、どうも。お久しぶりです。ロキ様。ベル・クラネルです」

 漸く意識がベルへと向いたロキ。

 ベルは挨拶をすると、軽く会釈をした。

「あの時の礼をしたいと、私が呼んだんだ。別に構わないだろう?」

「......あ、なるほどな。それなら問題ないわ。歓迎するで、《化物兎(モンステル)》」

 ようこそ、ロキ・ファミリアへとロキは腕を広げてそう言った。

 しかし、最後の言葉のニュアンスを聞く限り、あまり歓迎はされていないようにベルは思えていた。

「てか、それよりも! 何で《神酒》があるんや? まさか、リヴェリアが、うちの為に買うて来てくれたんか? 流石、ママやなぁ」

「確かに買ったのは私だが、お前の為ではない。あと、ママ言うな」

「何や、ツンデレやなぁ。でも、うちはそんなママもウェルカムや!」

 とても良い笑顔でサムズアップするロキ。

 リヴェリアは深い深い溜め息を吐いて、申し訳なさそうな顔をしてベルを見た。

 これが平常運転なんだと言わんばかりの表情だった。

「ママ、僕もありがとうございます」

「......クラネル、君もか」

 取り合えず、ベルは流れに乗っておくことにした。

 リヴェリアに買って貰った《マイホーム》を挙げながら、ベルはそう礼を言ったのだ。

 リヴェリアは溜め息をまた吐くと、もういいと諦めたような表情をした。

『イエーイ!』

 パンッと、ベルとロキはハイタッチをしていた。

「なんや、自分。あの時もそうやったけど、結構ノリいいんやな」

「そうでもないですよ。ただ空気を読んだだけで」

 そんな風に会話をし始めるベルとロキ。

 元々、少々挑発ごしだったロキではあったが、《神酒》が入っているわけか、ノリが合わせやすくなっていたのだ。

 酒に酔っているもののノリ程面倒くさいものはないが、分かりやすいものもない。

 情報源(ソース)はベルの祖父であった。

 まあ、酔った祖父に付き合っていたら慣れただけではあるが。

「よーし! 特別にこの《神酒》を飲ませてやる!」

 返杯や返杯と、ロキは強引に自身の使っていたグラスをベルに渡してくる。

 まあ、実は結構飲んでみたいという気持ちはあったのと、これを断ったら色々面倒だというので、ベルは受け取ることにした。

「......美味しい」

 口に含んだ瞬間に、訪れる何とも形容し難い涼やかな香りと、濃厚で甘い、しかししつこくない味わいがベルの鼻孔と喉を突き抜けていく。

 酒として最上級の代物だと確信するのにそう時間はかからなかった。

「やろ? ごっつ旨いんや、《神酒》って酒は」

 にひひと、笑うロキはまるでいたずら好きの子供のような表情をしていた。

「......ロキ」

 リヴェリアはコホンと咳込むと、ロキへ視線を流す。

 それを感じたのか、ロキは悪い悪いと言って、またベルへ視線を移した。

「さて、《化物兎(モンステル)》_______やなくて、ベル・クラネル。うちの子達を助けてくれてありがとな。ここにいない(もん)を代表させて礼を言わせてもらう」

 そう言うと、ロキは表情を引き締め、頭を深く下げた。

 酒に酔っていたとは思えない豹変っぷりだった。

 リヴェリアもロキに続き、頭を下げていた。

「......気にしないで下さい、と言っても無理ですよね?」

「ああ、それは無理や。仲間を助けられて、それに恩を返さないなんてことは出きひんよ」

 おちゃらけている印象が先行しがちのロキではあるが、彼女はオラリオ最大最強のファミリアのトップである。

 故にファミリアを束ねるリーダーとしての気質は持ち合わせているし、そういうところはきちんとしていた。

「......そこでだ、ロキ。クラネルはお前に聞きたいことがあるらしい」

「聞きたいこと? なんや、うちの3サイズか? それともリヴェリ______」

 響いたのは拳骨が炸裂した音だった。

 ロキは頭部に発生している激痛で、身悶えていた。

「うーん、ロキ様のではなくて、アールヴさんので」

「......クラネルも大概だな」

 流石に客人、というより男だからか、拳骨を振り下ろされることはなかったが、流石にこれ以上言うとやばそうだったので、ベルは慎むことにした。

「うちのには興味無いんか! ってとこは置いとくとして。本当に聞きたいことってなんや?」

 復活したロキも気を取り直してと、表情をキリッとさせて言ってくるが、先の醜態を知っている分、あまり気を取り直し切れてないようにベルは見えていた。

「実はですね_______」

 ベルは聞きたいこと、つまりはソーマ・ファミリアの件について、リヴェリアにしたものと同じ質問をする。

 その中で、ベルはエイナから聞いたことも交えながらロキへと話した。

「......そーやな。まずは《神酒》についての認識なんやけどな」

 ロキはうーんと考える素振りを見せると、瓶に入っている《神酒》をグラスへ注ぐと、それをベルの前へ見せるようにして持ち、こう言った。

 

 

「今、飲んだこれは、所謂"失敗作"っていうやつなんよ」

 

 

 ロキはそのまま、《神酒》_______"失敗作"を飲み干し、グラスをテーブルへと置いた。

「"失敗作"って、これがですか?」

 この極上の旨さを誇る酒が失敗作だとすれば、一体何が"完成品"なのか、ベルには分からない。

「そう、失敗作。まあ、製造過程で出来た"残り滓"みたいなもんやな」

 意味が分からんやろと、ロキは言いながら同意を求めるような視線をぶつけてくる。

 失敗作ですら、これほど美味な酒になってしまう《神酒》とは一体と、ベルは思考を回転させた。

「で、や。完成品がどんだけ美味いのか気になってな、ある日な、うちが態々ソーマんところに出向いてやって、玄関前でこう言ったんや、『ソーマ! 結婚してくれー!』って」

 リヴェリアの溜め息が聞こえる。

 現にベルも少し頭が痛くなってしまった。

 本来なら情報漏洩を防ぐためにも、他ファミリアの面子を自身のファミリアには入れないのが普通だ。

 ベルはこうやって理由があって招かれている所謂特別(・・)扱いではあるのだが、本来ならこんなオラリオで一位、二位を争うファミリアに招かれるなど有り得ないことなのである。

「でもな、全く反応がなくてな。私、めっちゃ恥ずかしくて、ムカついたから入口の扉思いっ切り蹴ってやったんよ」

 やっている行動は明らかに他の人からしてみれば、ドン引きも良いところであったし、実際ベルは少し引いていた。

 いくら美人とは言え、ここまで残念だと補正も掛かりきらない。

 しかし、そこまで騒がれているのにも関わらず反応が無いというのは、ベルも疑問に思っていた。

「んでな、反応無いから変やな思うて、針金をちょちょーって使って、鍵開けて入ってみたんよ」

「......ロキ。これ以上、身内の恥を晒すのは止めてくれ」

 リヴェリアは我慢出来なくなったのか、そう提案するがロキの口は止まらない。

 もしヘスティアがロキのような性格だったらと考えると、流石に同情してしまうベルであった。

「そしたら、人っ子一人居らへんのよ。閑古鳥が鳴いてるっていうか、とにかく気味悪くてな、流石にうちも引き返_______さずに物色してみたんよ、ホーム中」

「どうして、そこで引き返さなかったんだ......」

 リヴェリアのストレスが既に限界に達しそうで、顔色が悪い。

 ヘスティアの所で良かったと、確信するベルであった。

「でも、なーにんも見つかんなくて、うちも帰ろうかなと思うた時や。居たんや、ソーマが」

 《神酒》をグラスに注いでは、それを煽り嚥下するのを繰り返すロキ。

 完全に出来上がっている状態だった。

「......ソーマ様は何をしてたんですか?」

「裏庭で畑を耕してたんよ。なんか《神酒》の材料は自家製の秘伝のものらしくてな。あ、別に《アーヘン》や《レッド・チップ》みたいにヤバいもんちゃうからそこは安心しときな」

 店に普通に売っているのと、既に飲んだ時点でそこは気付いてはいたが、まさかそんな"薬"と比べられるとは思わなかった。

 まあ、もしそれが本当ならば、ソーマは地上に居られなくなってしまうのだが。

「そんで、うちはソーマに色々話を振るわけや。『最近、どうや?』とか、まあ色々言ったんよ。でも、ソーマの奴は『うん』とか『あぁ』とかそんな空返事ばっかで、あぁぁぁ、もうアホちゃうか! 思い出しただけで腹立ってきた!」

 かなりご立腹の様子のロキ。

 どうやら、相当無下にされていたのだろう。

 ベルはほんの少しだけ同情した。

 ソーマに。

「でもな、うちはあの見るからにヘタレ臭漂う優柔不断、糞童貞(仮)のその態度を見逃してな、誠心誠意を込めて極東に伝わる最終奥義、《土下座》を敢行したんよ!」

 その"ドゲザ"が何の事かベルには分からなかったが、取り合えず、ボロクソ言い過ぎだろうと、ベルは思っていた。

 しかし、それを言ったところでロキが止まるわけでもないし、更に言えばソーマなど、どうでも良かった(・・・・・・・・)ので、擁護する理由もない。

「そしたら、あのアホは『だが断る』って、オタク臭丸出しの言葉返してきよってな、あぁぁぁ......! マジでふざけんな! お前みたいな奴に言われるのが一番腹立つねん! しばき倒してやろうかと思うたわ!!」

「......ふざけているのはお前だ、ロキ。もう少し真面目に話せ」

 話がどんどん脱線し続けるロキに、リヴェリアが痛い頭を抑えながら釘を刺す。

 ご苦労様と、後でリヴェリアに言ってあげようとベルは思っていた。

「......あぁ、つまりな。あのアホは自分の趣味にしか興味が無いんよ。オタクって、居るやろ? この分野だけは異常に詳しくて、周りを引かせてしまう奴。あれの究極形がソーマなんよ。趣味の極致に至った完全な趣味神って奴」

「趣味にしか、興味がないって......」

「そうや。あいつは自分のファミリアすら興味がない。ただ、ファミリアの団員はあいつの趣味の為の金を稼ぐ道具に過ぎないんよ」

 ああいう趣味ってのは偉い金がかかるからなと、ロキは続けた。

 しかし、ベルはそこである答えに辿り着いていた。

「......そこで、その"完成品"の《神酒》が出てくるんですね」

「正解や。なんや、自分頭もキレるんかいの? やるやないかい。その通り、団員に金を稼がせる為に完成品の《神酒》をちらつかせるんや。失敗作(あれ)より、美味いもんを飲んでみたくないかってな。勿論、相応の働きをすれば宣言通り完成品の《神酒》を与える。な? ある種のシステムの完成やろ?」

 確かに《神酒》を起爆剤にするのは理解できた。

 しかし、いくら完成品の《神酒》とは言え、たかが(・・・)酒の為にそこまでになるのだろうかと。

「失敗作の《神酒》、美味かったやろ? 本物は比べ物にならないほどに美味い。そして、酔うんよ。酒自体にな」

「酒、自体にですか?」

「そう、所謂、心酔って奴や。ソーマ・ファミリアの連中は皆、ソーマやのうて、《神酒(ソーマ)》を崇めておるんや」

 めっちゃ、気持ち悪いやろ? と、《神酒》を更に煽りながらそう笑うロキ。

「一種の宗教みたいですね。ソーマ教、とでも言うべきでしょうか」

「確かに、気味の悪い宗教団体と言ってもいいかもしれへんな。でも、あいつは自分の趣味さえ全う出来れば、周りがどうなろうとどうでもいい奴やから、人心掌握みたいなのは起きないやろうけど」

 でも、とロキは突如表情を真面目なものに変えそう言った。

「もし、あいつに支配欲なんてもんが出てきたら、めっちゃ怖いよなぁ。酒だけで、自分の思うがままに動く人形が出きるんやで。多分、オラリオ以外の街とかなら余裕やと思うで」

 流石にオラリオはうちらが居るから無理やけどと、ロキは言う。

 確かに最上級の冒険者達が集うオラリオで、そのようなことを行うのは難しいだろう。

 しかし、オラリオ以外の町なら余裕という言葉にベルは戦慄を隠せなかった。

「まあ、とにかく。そうやって団員達は、《神酒》の為ならどんな汚いことでもやるアホに成り下がったっ中わけや。な、胸糞悪いやろ?」

 そう言うロキの目は、本当に少しだけ悲しそうにも見えた。

 地上の人達は皆、神の子供と言える。

 そんな子供達が、こんなことになっていると知れば、そんな表情になる気持ちも分からなくもなかった。

「......ありがとうございました。すいません、只の興味本意なだけだったのに」

「ええよええよ。うちも子供等を助けて貰っとるし。それにあんたがいなかったら、レフィーヤは間違いなく死んでしもうてたからな」

 ほんまにありがとうと、ロキはそう言った。

「......大切になされてるですね。ファミリアの人達を」

「当たり前や。うちの子供達や、家族も同然。愛さないわけがないやろ?」

 カッカッカッと、笑いながら酒を飲むロキ。

 おちゃらけてはいるが、彼女からは母性というのが流れ出ているようにベルは思えた。

「......ふっ、全く」

 リヴェリアも、何処と無く嬉しそうな表情を浮かべていた。

 こんなにも愛してくれる神様はそうはいないだろう。

 恐らく、この関係性故にロキ・ファミリアは、この規模までに成長したのだろう。

「ま、完成品の《神酒》を飲んでみたいっていう時点で、うちも人のことは言えんのやけれどな」

 ロキはそう言って、《神酒》の最後の一滴を飲み干した。

 そうですかと、ベルは言うことしか出来なかった。

 そして、それと同時にやるべきこと(・・・・・・)を見つけた瞬間でもあったが。

「何か湿っぽくなってしもうたな。いや~、こういうのは苦手なんやけどな~」

「いえ、そんなことはありませんよ。子供達への愛、深く心に染みました。貴方は素晴らしい方です。神ロキ」

 照れたように笑うロキへ、ベルは笑顔で称賛を送った。

 人である身で、神へこのようなことを言うのは烏滸がましいと思ってしまったが、言わずにはいられなかったのだ。

「ちょ、やめーな。照れるやろ? そういうの言われ慣れてへんのやて......」

 顔を赤くして動揺するロキ。

「......私も日頃、お前には感謝している。ありがとう」

「り、リヴェリアまでか!?」

 どうやらリヴェリアもこの流れに乗ったのか、追い討ちをかけるようにそう言ったのだ。

 しかし、その感謝の気持ちは間違いなく本物で、リヴェリアからはそれが溢れ出ていた。

「あーもう! 調子狂うなぁ!」

 うにゃあああと、ロキは頭を掻いている。

 それを見て、ベルとリヴェリアは吹き出してしまった。

「......それじゃあ、時間もあれですし、そろそろ」

 ベルは立て掛けられている時計に目をやると、そう言って立ち上がった。

「なんや? もう少しゆっくりしてってええのに」

「いえ、晩御飯の準備がありますので」

 家事出来るんかいな、優良物件やなと、ロキは言うとベルはそこまでではと謙遜する。

 まあ、ベルにも苦手なことはあった。

 例えば、洗濯は主に面倒だという理由で。

 しかし、それを伝える必要があるか無いかを考える労力も惜しかったので、取り合えず流すことにした。

「それなら、私が入口まで送って行こう」

 そう言うと、リヴェリアも同じようにソファから立ち上がった。

「大丈夫ですよ? 通路は覚えましたし」

「気にするな。招いておいて、見送りもないのはな」

 それに一杯とは言え、酒を飲んでいるのだしなと、リヴェリアに言われ、耳が痛くなるベルであった。

 まあ、酒程度で酔うことはないのだが、お言葉に甘えることにした。

「......あ、そうや」

 すると、ロキが思い出したかのように声を上げた。

「今回は助けて貰ったから、多目に見るんやけど。うちの子達があんたのこと気になってるのは知っとると思うけどな、手を出したらマジで殺すから覚えといてな? 特にアイズたんは!!」

「はははは......分かりました。記憶に留めておきますよ」

 最後の最後で親馬鹿が炸裂するロキに、やはり苦笑してしまうベル。

 まあ、可愛い子や綺麗な子が好きなのは自分も同じなので、もし自分が同じ立場(・・・・・・・)だとしたら、その気持ちは分からないわけでもなかった。

「あ、今度、一緒に飲みにでも行きましょう? ロキ様」

「はっはっはっ......! 随分と生意気やね。それなら、うちの行き着け連れてってやるから覚悟しとけな? ベル(・・)

 そう言って、笑い合うベルとロキにリヴェリアはやれやれと頭を抑えるが、口許は笑っているように見えた。

「それじゃあ、失礼します」

「気を付けてな~。ま、そんな万が一なんてないやろうけどな」

 ソファ越しに手を振って、言うロキ。

 それを見たリヴェリアが見送りの挨拶くらいちゃんとしろと、注意しようとするが、ベルが良いですよとそれを制した。

 その後、ベルはリヴェリアの見送りのもと、《黄昏の舘》から出たのだった。

 

 

 

 

 

「随分と気に入ったみたいだね。ロキ」

 

「まあ、付き合っていくのは楽しそうやな。まだ信頼までは出来ひんけど」

 

「まだ会って二回目だしね。それで信頼出来るなら誰も苦労はしないよ」

 

「......あの子は、あんたと同じ匂いがするわ」

 

化物兎(モンステル)だっけ? 随分と酷いよねぇ、その渾名。同じ匂いなら僕も同類になっちゃうんだけど」

 

「あんたも大概同じやろ。 なあ、大英雄(マックール)?」




みんなベルの童貞に興味ありすぎです!
感想全部それに関することって......
まさか、ホモですか!(確信)


fgoにフィンが実装されたのは嬉しいんですが、神殺しの逸話が分からないのは私だけですかね。


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#21

嫁セイバー可愛いよ。


「ベル君、ちょっと良いかい?」

「はい? 何でしょう」

 朝、ホームにて。

 フライパンの上にバターを落としながら、ベルはヘスティアからの呼び掛けに振り向かず、そう応えた。

「ベル君が雇っているサポーター君の事なんだけれど......」

 顔は見れないので分からないが、その声色から何故か言いにくそうにしているヘスティアを想像できた。

 ヘスティアにはサポーター、つまりはリリルカを雇ったその日に、既に契約をしたと報告してある。

 まあ、一時的であり、きちんと契約した(・・・・・・・・)

のも最近のことではあるが、時間的に大差は無いので問題はない。

 問題だったのは、その日(・・・)、リリルカについて聞かれた際に、彼女が何処のファミリアに所属しているかを答えた時に起きた。

 ソーマ・ファミリア。

 その言葉を聞いた瞬間、ヘスティアの表情が一変したのである。

 いつも見せる、ころころと変わる愛らしいヘスティアの表情とはうって変わって、眉間には少しシワが寄っていた。

 勿論、ベルはどうしたのかと質問した。

 すると、ヘスティアは少し考え込むようにしてから、表情をいつもの笑顔に戻し、何でもないと答えたのだ。

 この瞬間、ベルはリリルカ・アーデ、強いてはソーマ・ファミリアには何か怪しいところがあると確信した。

 リリルカがベルの所持していた安物のナイフを盗んだ理由も、恐らくその何かであることも。

 しかし、それに関してベルが問い質しても、ヘスティアは何でもないと言って、結局答えることはなかった。

 その表情からして、あまり言いたくないことなのか、それとも不確定要素があって話す段階ではなかったのかは分からない。

 今、思えばヘスティアはソーマ・ファミリアに関する噂を知っていたのだろうと、ベルは判断していた。

 それを言わなかったのは、ベルを信じたいという気持ちがあったのだろうか。

 そして、今。

 ヘスティアとの、リリルカの件での二度目の会話であった。

「リリルカがどうかされました?」

 ベルはバターを溶かしたフライパンの上に、ミルクと塩少々と混ぜておいた卵を流し入れながらそう聞いた。

「......ベル君は言ったよね? そのサポーター君の所属がソーマ・ファミリアだって」

「はい、言いましたね」

 卵をフライパン全体へ広げるように入れた後、少しの間放置する。

 その間、近くの棚から皿を二枚取り出しておく。

 更に魔石が動力源のオーブントースターに、パンを二枚入れ、セットした。

「実は君のアドバイザー君から、相談を受けたんだけど......」

「ああ、そういうことですか......」

 ふつふつと良い感じになってきた卵を、木ベラで中心に寄せながら纏めていく。

 それを用意していた皿に乗せ、付け合わせに水にさらしておいた葉物野菜を添える。

 すると、丁度焼き上がったのか、トースターからチンという音が響いた。

「よし、出来た......」

「ちょっと、ベル君! さっきからボクの話しちゃんと聞いてるのか______」

「ヘスティア様、出来ましたよ」

「うん! ベル君の作るふわふわとろとろのスクランブルエッグ大好き!」

 皿に乗ったベル特製のスクランブルエッグを見ると、ヘスティアは子供のように喜んでいた。

 

 

 

 

 

「......って、ベル君! 違う! 全然違うよ!」

「ヘスティア様、フォークを此方に向けないでください。危ないです」

 ソファに隣り合って座りながら、朝食を取っていたのだが、ヘスティアがフォークを向けながら声をあげる。

 先程まで、幸せそうにモグモグとスクランブルエッグを頬張っていたのにどうしたのだろうと、ベルは疑問符を浮かべた。

 ちなみにメニューは、スクランブルエッグとトースト、"ニンジン"で作ったポタージュで、ポタージュは昨夜、ベルが作ったのを温めたものだ。

「美味しくなかったですか?」

「ううん、凄く美味しかったよ。ベル君良いお嫁さんになると思うよって、だから違うよ!」

「お嫁さんって何ですか、お嫁さんって......」

 華麗なノリツッコミを決めるヘスティアに、おぉと心の中で称賛をあげつつも、嫁発言に納得のいかないベル。

 確かに家事に関しては他の一般男性に比べればかなり出来る方だと自負はしている。

 しかし、それは故郷で一人暮らしをしていた為に身に付いた、ある種仕方のないことであったので、良い嫁発言をされても特にピンと来るものがない。

 出来て当然。

 それがベルの認識であったのだ。

「君のサポーター君のことだよ!」

 ヘスティアはガッと顔を近付けて、ベルにそう言った。

「......ちっ、やっぱり流せないか」

「聞こえてるよ! ベル君!」

 むぅぅぅぅと、頬を膨らませながら、バシバシとベルの肩を叩くヘスティア。

 まあ、この距離で聞こえない方がおかしいので、ベルの言動は確信犯的なものであったが。

 後、スクランブルエッグを食べているから、叩くのは止めて欲しいと、ベルは思っていた。

「もう! 君のサポーター君のことだよ!」

 この時点で、ゼェハァと息を荒くしているヘスティア。

 流石に悪いことをしたとベルは少し反省する。

「______はい。リリルカがどうしました?」

「君のアドバイザー君から、昨日相談を受けたんだよ。契約を解除して、新しいサポーターを雇った方が良いって......」

 真剣な眼差しで、ヘスティアはベルを見る。

 純粋に心配している、そんな表情だ。

 ヘスティアにとっては初めての、只一人のファミリアの一員で、そして何処かズレている存在(・・・・・・・)だった。

「エイナさんったら、心配性だなぁ。別にソーマ・ファミリアの人だからって大丈夫ですよ。遅れは取りません」

「違う! ボクが心配してるのはそういうことじゃない(・・・・・・・・・・)んだよ!」

 論点が違うと言わんばかりのヘスティアに、ベルははいはいとおざなりに返した。

「ちょっと、ベル君! 本当に分かってるのかい!?」

「......分かってますよ(・・・・・・・)、ヘスティア様」

 ベルはスープを飲むのを止めてそう言った。

 そう、ベルはヘスティアが何を言わんとしているかを理解していた(・・・・・・)

 だからといって、ベルがヘスティアの忠告(・・)を聴くかどうかは別であったが。

「まあ、あの子を見てると少し思うところ(・・・・・・・)がありましてね。それに布石、というかそれに近いもの(・・・・・・・)も打ってますので」

 最善は尽くしますよと、ベルは笑顔でそう言った。

「......ベル君」

 最早、両者に会話が成り立っているのか、それすらも怪しかった。

 いや、成り立たせるつもりが端からなかったのだ、ベルには。

「さ、ポタージュのおかわりはどうですか? 結構、上出来だと思うんですよ、今日のは」

「......うん、頂くよ」

 ヘスティアは、只そう言うことしか出来なかった。

 たまにベルは全く別の表情を見せる。

 酷く冷たい笑みを浮かべるのだ。

 その表情を見ると、ヘスティアはベルに対し、何も言えなくなってしまうのだった。

 本来、超越存在(デウス・デア)である神が地上の人に覚える筈のない感情が沸き上がって。

 

 

 その後、両者に会話は無く、酷く静寂に包まれた朝食となった。

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 朝食と片付け、冒険の準備を終え、ベルが向かったのは《豊穣の女主人》だった。

 時間はまだ9時前。

 店の開店時間より、約一時間程早い。

 しかし、ベルは普通に店の扉を開けて入店していた。

「あ、ベルさん! おはようございます!」

「おはようございます、シルさん」

 最初に迎えてくれたのは鈍色の髪が特徴的なシル・フローヴァで、相変わらず笑顔が素敵であるとベルは思っている。

「あ、いつものですよね」

 そう言って、シルはキッチンの方へ向かうと、バスケットを持ってきた。

「はい、どうぞ」

 笑顔でシルはベルへそのバスケットを手渡ししてくる。

 受け取ると、バスケットは結構重かった。

「いつもありがとうございます。今日のメニューは......」

「いえいえ! 好きでやってることですし! あ、ちなみに今日は極東の"コメ"っていう植物を使った"オニギリ"っていうものなんですよ」

 そう言われ、ベルはバスケットの中身を確認すると、そこには白い球状のものに黒い何かが巻かれたものがズラッと並んでいた。

「"コメ"を炊いて、それを握ったものに"ノリ"という海草を乾燥させたものを巻いたものなんですよ。すっごく簡単なので、私でも作れます!」

 ちなみに中には色んな具が入っていますと、シルは教えてくれた。

 シルの料理の腕は、はっきり言って、お世辞にも上手とは言えない。

 悪く言えば"下手"なのだ、純粋に。

 味付けの際に味見をしなかったり、調味料をぶちまけたり、茹で時間や焼き時間を誤ったりと、そういう凡ミスが重なりまくった結果に生じるものである。

 しかし、純粋であるが故に改善の余地はあるので、まだ救いがあった。

 

 

 だがしかし。

 

 

 シルよりも料理が苦手な人物は、ベルが知っている限り一人だけ存在した。

「クラネルさん、おはようございます」

「おはようございます、リューさん。相変わらずお綺麗ですね」

 や、止めてくださいと、頬をほんの少しだけ赤らめたのはリュー・リオンだ。

 滅多に笑わない、表情を変えないで有名なリューが、ベルにだけ対し、こういう態度を見せるのはお察しの通りだろう。

「ちょっと、ベルさん! リューにだけ、そういうこと言うんですか!」

 メラメラと嫉妬の炎を燃やすシルであったが、それにベルが気付くことはなかった。

「そうですね......シルさんは綺麗っていうより可愛い系ですよね」

「もうっ、 そんなこと言われて喜ぶほど私は単純じゃないんですからね!」

 そう言う割には、身体をクネクネさせ、顔も口元が緩んでいた。

「......クラネルさん。今日もダンジョンに行かれるのですね」

 その装備とバスケットを見る限りと、リューは先程のベルの口撃から復活したのか、冷静さを取り戻してそう言った。

 まだ少し顔は赤かったが。

「はい、まあ、時間がないので、こんなハイペースですけど、もう少し経ったら、少しだけ中休みを置こうかとは思っていますが」

「時間がない、ですか......」

 リューはそう呟くと、その事に関して特にベルへ聞くことは無かった。

「......私も料理が出来たら良かったのですけど」

「はははは、そうですね。......気持ちだけ受け取ってきます」

 ベルは誰にも聞こえないような小声で後半、そう呟いた。

 そう、ベルの知る料理が苦手な人物というのが、彼女リューであった。

 リューの料理の腕は、常軌を逸しており、何故かサンドイッチを炭化させてしまうのだ。

 更には甘い筈のクッキーも何故か"辛く"なるという魔法を見せつけてもらった。

 材料に辛くなるものは使っていないというのにだ。

 サンドイッチの調理行程を最初から見ていたのだが、失敗している様子はなかった。

 しかし、突如料理が炭素の塊に変化したのだ。

 理解に及ばない、そんなレベルの変化で、ベルは目を疑った。

 これにより一度ベルは地獄を見ているため、少々トラウマになっている。

 まあ、全部食べたのだが。

 それ以降、リューも自身の料理の腕を感じて自重したのか、料理をしなくなった。

 人には得意不得意があるので、仕方がないのではあるが、些かこの次元違いの腕は是正するのは厳しいとベルは判断していた。

「でぇぇぇぇぇいにぁぁぁぁぁぁ!!!」

「よっと」

 横から奇声をあげながら突撃してきた猫人(キャット・ピープル)を後ろに反れる形で回避するベル。

 勿論そんなことをすれば、そのまま壁に衝突してしまうので、きちんとフォローをする。

「......いきなりどうしたんですか? アーニャさん」

「お前が目の前でシル達を口説こうとするからだろうにゃ!」

 シャアアアアと猫のように(猫であるのだが)威嚇してくるのはアーニャ・フローメル。

 彼女はシルやリューと同じく《豊穣の女主人》のウェイトレスであるのだが、少々いや、かなり破天荒な部分があるのがたまに傷だ。

 あと、クソ生意気なところが。

「というか、抱き抱えられている状態で言われても、格好つかないですよ?」

「お・ろ・せ・にゃ!!」

 あのままでは壁に衝突しそうであったので、瞬時に抱き抱えたのだが、この状態がおきに召さないらしい。

 じたばたと、腕の中で暴れるアーニャに、ベルは溜め息を吐く。

 純粋な腕力では意外ではあるが、彼女の方が勝っている。

 レベル差というやつだ。

 本来なら、その筋力差では彼女を抱き抱えてもすぐに振り払われてしまうかもしれない。

 しかし、ベルがそのバタバタと動くアーニャに合わせて、動くことにより、力を拡散させるという妙技を行っているが為に、振り払われていないのである。

 その上、例えアーニャが本気で殺しに掛かってきたとしても、ベルなら返り討ちにすることが出来る。

 まあ、そんなことはしないが。

 兎に角、今のアーニャが滅茶苦茶面白かったので、もう少しこのまま観察しようとベルは思っていた。

「ちょっと、ベルさん! 何でアーニャをお姫様抱っこ_______」

「あんたら......さっきから何をやってんだい!!」

 落ちたのは《豊穣の女主人》_______の女主人、ミア・グラントの怒りの雷だった。

 開店前とは言え、これだけ騒いでいたら外の人達に丸聞こえであるだろうし、開店前の忙しい時間帯にこんなことをやっていたらキレるのは当然のことだろう。

「さっさと、準備に戻りなぁ!」

『は、はい(にゃ)!』

「了解しました。ミアお母さん」

 シルとアーニャは揃って返事をすると、厨房の方へ走っていった。

 勿論、シルは笑顔でベルにまた来てくださいと言いながら。

 リューは冷静に返事をした後に、自身の持ち場へ戻っていった。

 勿論、厨房ではないが。

「はぁ......ったく。あんたが来ると、あの子達が煩くなるんだよ。どうしてくれるんだい?」

「そんなこと言われましても、知らないですね」

 そう言うベルへ、恐ろしく早い手刀を落としてくるミア。

「......すっごい、痛いんですけど」

「男なら、これくらい我慢し。うちの子達をたぶらかして生きていられるだけ、マシだと思いな」

 明らかに目がマジなミアに、ベルは苦笑するしかない。

 手刀も滅茶苦茶痛いだけで、別に問題はなかった。

 ミアが本気を出せば、ベルの頭は間違いなく、"ザクロ"と化していただろう。

「ほら、こっちも忙しいんだ。さっさとそれ持ってダンジョンに行ってきな」

 シッシッと手を振ってくるミア。

 ベルは分かりましたよと、少し笑いながら出口へ向かう。

 全くもって、いつものことであった。

「あ、そうだ。坊主」

「はい? 何でしょう」

 ちょうど扉に手を掛けようとしたとき、ミアがベルの足を止めた。

「これ、捨てといてくれ」

「おっとっと......これは?」

 ベルは危なげなく、それをキャッチする。

 投擲されたのは一冊の本であった。

 かなり古ぼけており、タイトルも読めないほどに傷んでいた。

「いつからあるのかは分からないけど、どっかの客が忘れたもんみたいでね。いい加減邪魔だから、捨てといてくれ。別に坊主が欲しいって言うのなら、くれてやってもいいさ」

 そう言って、ミアはずんずんと厨房へ戻っていった。

「やっぱり返答は聞かないんですね......」

 本当に相変わらずだと、ベルは少し溜め息を吐きながら、受け取った古本をチラリと眺めたのだった。




今回はあまり話が進みませんでしたね。
書いててふと思ったのは、今作の"ベル"は間違いなく主人公の器では無いなということ。
それを考えると、やっぱり原作"ベル君"は主人公兼ヒロイン(えっ?)としてとても良いですね!
すごいピュアで、女性にはすごく弱いけど、漢を見せてもくれるそんなベル君は最高です。




あと、最近SAOを見たので、今作のベルを裏ボス的な感じでキリト達と戦わせるのを思い付いたので、気が向いたら書こうと思います。(書くとは言っていない)



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#22

バレンタインはキットカット。


 結局のところ、ベルはミアから託されたあの古い本の処遇に手に余らせてしまっていた。

 まだ中身は覗いてはいないが、何か嫌な予感(・・・・)がして堪らないのだ。

 しかし、捨てようにも捨てられず、ベルはその本をリュックの中にしまいこんだまま、待ち合わせ場所へ来ることにしたのだ。

「さあて、もう来てるかなぁ」

 場所はいつもの中央広場。

 来てる、というのは勿論リリルカのことである。

 リリルカはベルに対して、酷い恐怖と嫌悪感を抱いているはずだ。

 故に本来なら、ベルと交わされた一方的な契約を破棄してもいいのだ。

 しかし、それでも律儀に契約を履行するのは彼女のプライドか、それとも逃げた後のベルからの報復を恐れているのか。

 どちらなのかはベルには分からないが、別に報復などするつもりはない。

 只、ベルとしてはナイフが返ってくるまでの契約なのだ。

 それをリリルカが理解しているかと言えば、微妙なところではあるが、今さら私が盗みましたと自供すれば、普通の人ならば激怒するのは必然なので、恐らく自供する可能性は低い。

 まあ、目的は別にあるので、今さらナイフの行方はどうだっていいというのが、ベルの気持ちではあったが。

「...もう......てくださ......!」

「......やく、出せ......!」

 すると、公園の端の方にある茂みから男女の言い争う声が聞こえてきてた。

 痴話喧嘩かと思ったが、声を聞く限り、そういうものではないらしい。

「あれって......」

 茂みの向こう側を覗けば、見覚えのある巨大なリュックが見えた。

 間違いなくリリルカのものである。

 リリルカと言い争っている男は誰得と言わんばかりの犬耳搭載のおっさんで、装備品を見る限り冒険者であった。

 いや、他にも人がいる。

 二人程、犬耳の男と一緒にリリルカを囲んでいた。

「ソーマ・ファミリアの団員か......」

 ベルはすぐにそう推察すると、小走りでリリルカの元へ向かおうとする。

「おい、お前」

 ふと、リリルカのところへ向かおうとするのを遮るように、後方から誰かにベルは肩を掴まれた。

 振り向くとそこには黒髪の人相の悪いヒューマンがいた。

「......何ですか? 僕ちょっと用事があるんですけど」

「お前、あのガキとパーティ組んでんだろ?」

 それがどうかしたかと、ベルは思ったが、取り合えず早くリリルカのところへ向かわなければと、適当にそうですけど、と返事をした。

「なら、俺らに手を貸せ。あいつを嵌めるぞ」

「......は?」

 何を言っているんだ、この男はと、ベルは理解出来ないでいた。

 仮に初対面の人物に、こういう話を吹っ掛けるこの男の気が知れない。

「だから、あいつを嵌めようって言ってんだよ。何、タダとは言わねえ。ちゃんと報酬もくれてやるし、あいつを嵌めれば、その分の分け前だってくれてやる」

 悪くない話だろうと、男はそう言った。

 どうやら、本気でこう言っているようだと、ベルは判断した。

「お前はいつも通りあいつとダンジョンに行け。そんで、途中で適当に別れてあれを孤立されりゃ、後はこっちに任せろ。な、簡単な話だろ?」

 下卑た笑みを浮かべるヒューマンの男。

 ベルはひたすらにこれ(・・)の言っている意味が分からなかった。

「......彼女はそんなにお金を持っているんですか?」

「あ? あぁ、そうだぜ。あいつ、俺らのファミリア抜ける為に金稼いでるんだけどよぉ。そんなの嘘に決まってんのに、それを信じて貯めててさ。こっちとしては勝手に金を稼いでくれるから最高なんだけどな。勿論、ファミリアを抜けさせるわけもねぇし」

 本当、良い金づるだよな、そう言って汚く笑うと、ベルの肩へ組むようにして腕を置いてくる。

「あいつが前、俺らから逃げた時もよ。あいつのいる場所を見つけて、無茶苦茶にしてやったんだよ。金を稼ぐ道具が何勝手に逃げてんだよって。花屋だったかな? ぶち壊してやったよ」

 汚物にまみれたような、そんな顔で、畜生は何か笑いながら言ってくる。

「なあ、良いだろ? こんな簡単なビジネスはねえって。俺ら(・・)もお前も懐が温まる? 万々歳だろ?」

 なるほどと、ベルは遂にこの畜生が何を言っているのかを理解出来た。

 この塵芥(・・)は自分と同じファミリアのリリルカを騙し金を搾取していたということか。

「なあ、お前。聞いてんのかよ? さっさとはいって頷きゃ良いんだよ。あんな役に立たねえサポーターなんざ、別に捨てたってどうでもいいだろ? これはお前にとってもメリットしかな_______」

 

 

「......触るな」

 

 

 瞬間、濃密な殺気が男を襲った。

 塵芥は何かに(・・・)突き飛ばされたように地べたに尻餅を着くと、ガタガタと震えている。

 その震える身体を抑えようとするので精一杯のようで、塵芥は声が出ていなかった。

「ああ、汚い。汚いなぁ。塵に触られるとか。帰ってよく洗わないといけなくなっちゃったな......」

 ベルはそう言って、触られた肩の部分を念入りに払っていた。

 身体のどこかが汚れてしまえば、そこを綺麗にしたくなるのは、人として当然のことだろう。

「......何やってるの? 目障りだから、早く僕の目の前から消えてくれないかな?」

「......っ、ひぃ......!」

 塵芥はベルの方を、ガタガタ震えながら、声にならない声で何かを言おうとしていた。

「早く消えろ、(ゴミ)

 ベルがそう言うと、塵芥は力を振り絞ったのか、どうにか立ち上がり、泣きながら走って逃げていった。

 気持ち悪いなぁと、ベルは呟くと塵芥を無視して、リリルカのところへ向かう。 

 ベルは平等主義者などではないし、それを唱える気にもなれない。

 無論のこと、差別はする。

 それの最たるが、男女の違いだ。

 不細工な男よりも、容姿の良い女の方が誰だって良いに決まっている。

 どちらかを選べと言われたら後者を選択するのは必然だ。

 簡単に言えば(・・・・・・)そうだ。

 まあ、例外は存在するのだが。

 とにかく、今のベルは苛ついていた。

 しかし、それと同時に大分事情は掴めた(・・・・・・・・)のだが。

「べ、ベル様......?」

 背後から、恐る恐ると言った声が聞こえ、ベルは振り向いた。

 そこに居たのは勿論、リリルカだった。

「リリルカ? いつからそこに?」

「......ちょうど、今ですけど。ベル様が他の冒険者様と何か話されているようでしたので」

 どうやら、リリルカはベルとあの塵芥の会話を見ていたようだ。

 しかし、この反応を見る限り、塵が泣いて逃げていったのは見ていないらしい。

 まあ、ある意味好都合ではあったが。

「いや、良い金の稼ぎ方を教えてやるとか、無理矢理言ってきたんだよね。絡んできて断るのが面倒だったけど。そっちは大丈夫だった? 何か絡まれてたみたいだけど」

「はい、大丈夫です。リリも大体ベル様と内容は同じです......」

 リリルカの大丈夫ですという発言に、一先ず安心するベル。

 格好にも乱れは無く、傷も無い。

 特に乱暴された痕は確認出来ないため、本当に無事なようで、ベルが危惧している胸糞の悪い展開(・・・・・・・)にはなってはいないようだ。

「......本当、だから嫌いなんです。冒険者は」

 リリルカの消え入るような発言を、ベルは聞き逃さなかった。

「......じゃあ、行こうか。取り合えず今日は、昨日よりも少しだけ進む程度で考えよう」

 またあの変なミノタウロスの群れに遭うのはごめんだからねと、ベルは少し笑いながらそう言った。

「......はい、分かりました」

 しかし、リリルカはベルが笑ったのに特に反応もすることもなく只首を縦に振るだけであった。

 リリルカはベルとの必要以上の会話をしようとしない。

 いや、しなくなった。

 勿論、原因はあの時の(・・・・)会話だが。

 もし、ここにレフィーヤが居ればリリルカも、話は変わってくるのだろうが、生憎ベルは二人から嫌われてしまっている。

 本当にやりづらいなぁと、ベルは心の中で呟いた。

「......ああ、そうそう。リリルカ。君との契約だけど、明日で終わりにしようと思っている」

「......っ!?」

 バベルへと歩き出し、ベルはすぐにリリルカへそう告げた。

 リリルカの表情はフードで隠れてはいるが、驚いているというのは分かった。

「......まあ、一方的な契約ではあったしね。あと、ナイフは君にあげるよ」

 リリルカからしてみれば、今更何を言っているのかと思われても仕方がないことではあるが、あの塵のお陰で色々なことが分かったのだ。

 頃合い(・・・)だと、ベルは思っていた。

 まあ、あの塵芥が此方に対して深い憎悪を抱いてくれれば尚更都合が良い(・・・・・)

 直ぐにでも復讐してやるというレベルの憎悪が。

「......リリは、盗んでません」

 頑なにそれだけは否定するリリルカ。

 ここまで来ると逆に感心してしまうまである。

 別にナイフに関しては、もうどうでも良く、代わりに未だ返せていないヴェルフからのメッセージ付き大剣と、ギルド支給のナイフがある。

 まあ、大剣というジャンルはベルにとってあまり使い勝手の良い武器ではないのだが。

「......ま、いいさ。早く行こう」

 そう言って、止まっていた足を再度動かし始め、バベルへと向かう、ベルとリリルカ。

 ベルの後ろを一定の距離でリリルカが付いていく形だ。

 本当に嫌われたものだと、ベルは少しだけ悲しんでいた。

 ベルはリリルカのことは嫌いではない。

 寧ろ可愛いから好きな方である。

 しかし、それと同時にベルはリリルカのことが嫌いでもあった。

 理由としては、本当に下らないのもので、ベルもこのことを恥ずかしいとさえ思っていた。

 でも、まあ、それも。

 

 

_______早ければ明日で決着が着きそうだ。

 

 

 この微妙な関係に終止符を。

 ベルはふと、青い空を見上げ、息を吐いた。

 

 

 

 

 

「クソッ!!」

 オラリオ市内のある工房。

 そこには赤髪で長身の男が造り出した剣を床に思い切り叩きつけていた。

 男の身体は、数千度を越える火に当てられ、玉のような汗を流していた。

「この希少金属(アダマンタイト)も駄目か......」

 彼が造り出したその剣は、ダンジョン内でも下層辺りでしか採掘出来ない希少金属が素材となっている。

 更に言えば、《赤色の剣造者(ウルカヌス)》と呼ばれる彼が造り出した第一等級武装だ。

 もし、この剣を売り出したら優に売値は八桁を越えていただろう。

 しかし、そんなレベルの武器ですら、彼には納得の行く出来ではなかったのだ。

「製法は間違っちゃあいない。なら後は素材だけだ」

 そう、彼は今、全身全霊の全力で鍛っているのだ(・・・・・・・・・)

 それは彼の本領を発揮する領域(・・・・・・・・・)にまで達している。

 現に、叩きつけられていた剣からは炎が溢れ出ていた。

 問題だったのは、彼の技量に金属が付いていけていないということにあったのだ。

「試せる素材はもう、あれ(・・)しか残ってないか......」

 そう言うと、彼はふうと息を吐く。

 彼の家に伝わる究極の素材(・・・・・)

 もう、それを使うしか納得のいくものは造れないことに彼は行き着いたのだった。

「ははっ......ここまで昂るのは初めて鎚を握った時以来だな」

 初めて造ったのは只の直剣だ。

 それこそ、そこらで売っているような程度のものだ。

 しかし、それでも初めて武器を作ったというあの時の感動を彼は忘れられないでいた。

 そして、今ならこそ。

 その感動を再び味わえる時なのかもしれないと、直感が告げていた。

「やってやるぜ......! なあ、旦那!!」

 そして、彼は決めたのだ。

 自身のある領域に達している証である最高の腕と、自身の一族に伝わる究極の素材を使った至高の武器を。

 以降、それに勝る武器が生まれない、その次元のものを。

 こうして、彼は持てる限りのものを振るい、鍛ったのだ。

 

 

 そう、自身さえも(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

「ふぅ......」

 ホーム内ソファの上に、衣服の洗濯を終えたベルは寝転がっていた。

 探索は午後を少し過ぎた程度で終了した。

 稼ぎはまあまあ。

 10階層を少し進んだ程度で引き返したのだ。

 あそこは全体的に霧が酷く、ベルが前に15階層まで進んだ時も、少し鬱陶しいと思ったくらいだ。

 まあ、振り払おうと思えばベルは振り払えたのだが。

 ちなみにお弁当の"オニギリ"は大変美味しく、リリルカの反応もサンドイッチよりも良かった。

 今度、その"コメ"というものを探してみようとベルは思っていた。

「あ、そうだ。あれ忘れてた......」

 ベルは寝転がっていたソファから起き上がると、リュックの中に入れっぱなしだった古本を取り出した。

「......何の本なんだろう?」

 表紙の劣化が激しく、タイトルが読めず、中身の推察も不可能であった。

「読んでみるかな......」

 嫌な予感がしてたまらない。

 この本を受け取った時から、何か嫌な感じが犇々とベルを襲っていたのだ。

 別に内容が気になるのなら、中身を確認すればいいだけだ。

 しかし、この古本に関してはそれを躊躇わさせる何かがあった。

「......よし」

 少し自身に気合いを入れると、ベルはその表紙を捲ることにした。

 何が書いているかは分からない。

 しかし、開けば分かるのだ。

 ベルは襲い来る不安の中、その内容に目を向けた。

 

 

 

 

 

 そして、同時刻の某ファミリアホームにて。

 

 

「......おい、こっから抜けたいんだろ? だったら、明日、あの白髪のガキをダンジョンで孤立させろ。そうしたら、抜けさせてやるよ」

 

 

「......分かりました」

 

 

 黒髪の塵芥と、小人族(パルゥム)の少女の間では、そのようなやり取りが行われていた。




もうヒロインが要らないとさえ思えてくる今日この頃。
ベルは更にチート化します。
目指すは裏ボス。
主人公っぽくなくて良いじゃない。






そろそろ、相対できる奴らを出さないとな......


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#23

次のFGOイベント、本気を出さざるを得なくなってしまったな......


 リリルカ・アーデは冒険者が嫌いだ。

 彼女は、ソーマ・ファミリアの冒険者夫婦から生まれた子供で、この世に生誕した瞬間から、このファミリアに加わることが決定されていたのだ。

 両親は、年端もいかないリリルカに金を稼いでくるように何度も何度も言っていた。

 無論、そんな彼女では満足に金を稼ぐことなど出来る筈もなく、待っていたのは暴力という名の虐待であった。

 親らしいことを何一つせず、されたことと言えば、金の稼ぎ方を教わった程度だ。

 そんな彼女はある日、その両親が死んだことを知った。

 両親が金を求めていた理由は《神酒》であり、その金を稼ぐために、自分の身に合わない階層まで潜り、呆気なくモンスターに殺されたらしい。

 特にリリルカは何も思うことはなく、それどころか、死んだのかと、只漠然とまるで他人事のように思えてしまっていた。

 そして、身寄りを失ったリリルカは《神酒》を奪い合うファミリア内で孤立する。

 誰からも気に留められることもなかった。

 彼らの頭の中にあるのは《神酒》だけで、まだ小さかったリリルカは邪魔者でしかなかったのだ。

 満足に金を稼ぐことが出来ないものなど、このファミリアの中で最も要らない存在であり、この瞬間からリリルカにとって酷く辛い時間の始まりでもあった。

 それから、彼女はある機会に《神酒》を口にすることになる。

 

 

 そして、彼女も《神酒》に飲まれてしまった。

 

 

 《神酒》に飲まれた彼女は金を稼ごうと躍起になった。

 しかし、味方は誰一人としておらず、彼女は自分なりの方法で稼ぐことにした。

 が、それも早々に挫折することになってしまう。

 彼女には冒険者としての適性がほぼ無かったのだ。

 故に彼女は、冒険者ではなく、サポーターという職に就くことになった。

 サポーターは冒険者と違って軽視されがちな存在だ。

 リリルカは徹底的なまでに冒険者によって搾取された。

 魔石をくすねたなどという言い掛かりを付けられ、挙げ句報酬は貰えない。

 少し何か不手際があると暴力ばかり。

 例え報酬が貰えたとしても、本当に少しだけであった。

 そんな彼女は《神酒》からの酔い(・・)に醒め、この生活を脱却すべく、出ていったことがあった。

 あの頃は楽しかったと、リリルカは素直に思えていた。

 花屋を営む優しい老夫婦が、ボロボロだったリリルカを暖かく出迎えてくれたのだ。

 目からは涙が溢れたのが、今でも覚えていた。

 その後、2ヶ月程、平穏な日々は続いたが、それも呆気なく終わりを告げることとなったのだ。

 お使いを頼まれ帰ると、最初に目に映ったのは無惨にも破壊された花屋と怪我を負っている老夫婦。

 直ぐ様、リリルカは老夫婦の下へ駆け寄ったが、彼女を待っていたのは残酷な仕打ちだった。

 

 

_______お前のせいで。

 

 

 あの時の老夫婦の顔は、楽しかった2ヶ月間と同じくらいによく覚えていた。

 優しかった老夫婦が一変して、まるで塵を見るような蔑む目になっていたのは。

 リリルカはまた、泣いてしまった。

 結局、リリルカには何処にも居場所は無かったのだ。

 ソーマ・ファミリアのサポーターとして、最底辺の人生を歩むことしか出来ない。

 

 

 死にたい。

 

 生きたい。

 

 死にたい。

 

 生きたい。

 

 

 何度その相反する矛盾したものを願っただろうか。

 

 

 死ね。

 

 死ね。

 

 死ね。

 

 死ね。

 

 

 そして、何度それを他の冒険者に対して願っただろうか。

 あんな薄汚い連中さえ、居なければこんなことにならないで済んだのに。

 

 

 ソーマ。

 

 

 あの一柱の神さえ居なければ、あの連中(ソーマ・ファミリア)はあそこまで落ちないで済んだのではないか。

 ソーマに故意はない。

 只、酒造りにしか興味がない神だ。

 あの杜撰なファミリア運営は、それの弊害で、オラリオでも有数の(・・・)塵のようなファミリアと化してしまった。

 リリルカは従順な振りをして、他の冒険者に使われる都合の良い道具(サポーター)として、使われるしか道がない。

 リリルカに本当に優しくしてくれる人など誰一人としていなかった。

 冒険者は最初から、あの老夫婦は最後には。

 結局皆リリルカを見る目は変わらない。

 塵を見るような、汚物を見るような、無機物を見るような、人として見てくれなかった。

 あのレフィーヤという少女も、最終的にはきっと同じなのだろう。

 

 

「そして、ベル様も......」

 

 

 リリルカはあの少年を思い出す。

 最初見たときは優しそうな、頼りなさそうな、中性的な容姿を持つ少年だとリリルカは思った。

 同時に、騙しやすそうな少年だとも思っていた。

 しかし、その時は冒険者ではなかったので勧誘には失敗した。

 二度目の出会いで、彼は冒険者になったと言った。

 リリルカは自身を売り込み、サポーターとして買って貰えた。

 ダンジョン内で見せた圧倒的な強さは本当にLv:1かと目を疑ったが、彼はそうだとしか言わなかった。

 リリルカはその強さの秘密はあの見た目は何のへんてつもない、ナイフにあると確信していた。

 

 

 そして、リリルカは彼のナイフを盗んだ。

 

 

 これでおさらばと、そんな気持ちで万屋へ換金に向かったが、只のナイフだと言われ、途方に暮れた。

 そこから、リリルカは失敗したのだと悟った。

 彼に既に見抜かれていたのだ。

 自身がナイフを盗んだことを。

 以降、彼の表情は全て冷たく見えた。

 当たり前だ。

 自分の武器を盗まれたのだ、怒らない方がおかしい。

 彼の威圧で思わず漏らしてしまったのも、誰も責めはしないだろう。

 それほどまでにあの少年が恐ろしかったのだ。

 しかし、あの少年はリリルカに何か暴力を振るうわけではなかった。

 確かに、プライドを踏みにじるような罵倒のようなものを受けたが、リリルカにとって今まで受けてきた仕打ち(・・・・・・・・・・・)に比べれば酷く軽いものだった。

 そして、リリルカはサポーターとして無理矢理契約させられた。

 またぼろ雑巾のように扱われるのか、リリルカは絶望したが、待っていたのは酷く真逆のものであった。

 昼食もつけば、報酬もしっかりつく。

 前者は美味しく、後者はかなり多目に。

 全く以て、あの少年の意図が掴めない。

 ベル・クラネルは何を考えているのか。

 リリルカには、それが分からなかった。

 

 

「でも、それも終わりです......」

 

 

 自室で、リリルカは薬品を調合しながら、そう呟いた。

 そう、今日で全てが終わる。

 この悲惨な人生に終わりを告げ、リリルカは新たな人生を歩めるのだ。

 

 

「空が、青いです......」

 

 

 部屋の窓からふと、青空を見た。

 嫌になるほどの快晴だ。

 自身の心中とは真逆な程の清々しさだ。

 きっと、今日ダンジョンから帰って来れれば、そんな気分を味わえる。

 これからずっと。

 

 

 だから、リリの為に_______。

 

 

 リリルカ・アーデは冒険者が嫌いだ。

 

 

 本当に、嫌いだ。

 

 

 

 

 

 《迷宮の武器庫(ランドフォーム)》。

 ダンジョン10階層以降に出現する天然武器(ネイチャー・ウェポン)を排出する地形効果を指す。

 地中から映えた大木や岩石が、モンスターの武器として機能しており、それにより、モンスター達は普段よりも一癖も二癖も強化される。

 基本的に冒険者達はその天然武器を破壊して、ダンジョンを攻略していくのである。

「鬱陶しい......」

『ブゴオォォォォォォ!!』

 ベルは大剣を軽く横薙ぎに払うと、絶叫するオークの首を切断する。

『ブゴオォォォォォォ!!』

 更に背後から、大木を引き抜いたオークがベルを撲殺しようと振りかぶってきた。

「ベル様!」

 リリルカは思わず声をあげた。

 彼女はベルから大分離れた場所で、ボウガンによる援護射撃をしていたが、腕前は中々のもので、着実にモンスター達へ攻撃を当てていた。

「......分かってるよ」

 瞬間、左手で腰からギルド支給のナイフを引き抜くと、そのまま背後にいるオークへ突き刺す。

 急所(ウィークポイント)である魔石のある部分をピンポイントで突いたのだ。

 そのまま、オークは断末魔の悲鳴をあげながら倒れ伏した。

「次から次へと......」

 ベルは右手の大剣で、今度は正面から襲ってくるオークの首を一閃した。

 

 

 一刀多殺。

 

 

 一振りで、数体のオークが斬り殺されている。

 斬撃の衝撃波による、剣圧でベルは目の前のモンスター達を圧倒していた。

「流石に面倒だな......」

 ベルはナイフを腰に戻すと、そのまま掛けている眼鏡を中指でクイッとあげた。

 先程から既にオークを15体以上撃破しているが、一方にその猛威は収まらない。

「しっかし、きもいなぁ......」

 ベルは眼前に迫ってくるオークの群れを見た。

 茶色い肌に豚頭。

 ずるずると剥けた古い体皮が腰の周りを覆っており、まるでボロ衣のスカートを履いてるようであった。

 醜悪と言えるその容姿ははっきり言って、長い間見ていたくはないだろう。

「リリルカ! 生きてる?」

「はい! 大丈夫です!」

 ベルは声をあげ、リリルカの生存確認を行う。

 しっかりと返事が聞こえ、取り敢えずベルは安堵する。

 見てみれば、オークと距離を取りながらボウガンで射撃していた。

 オークの動きは愚鈍で、あまり速くはなく、リリルカでも十分逃げられるものだった。

 まあ、ほとんどのオークは自分が請け負っていたので、リリルカは大丈夫だろうと、ベルは判断していたが。

「......取り合えず、失せろよ」

 ベルは大剣を担ぎ、地面を蹴り上げると疾走を開始する。

 そのままオークの群れの中へ大剣を突き立てて吶喊すると、まず突きで四体を同時に撃滅し、その後の振り払いで七体を斬滅した。

 はっきり言って、ベルにとってこの程度のモンスターなど敵ではなかった。

 例え、《迷宮の武器庫(ランドフォーム)》で武器を得ようが、ベルにとっては意味がない。

 弱いのであるのなら、それなりの数(・・・・・・)がいなければ、ベルは満足出来ない(・・・・・・)のだ。

「でも、流石におかしいよね、これ......」

 ベルは単独でここまで来たことが何回かあった。

 しかし、これ程の数のオークが出現したことは一度もなかった。

「何て言うか、作為的だな......」

 あのミノタウロスの群れ程ではないが、きな臭い。

 ここまでの数のモンスターが出るなど、誰かが故意にそう仕向けたとしか思えなかった。

「......リリルカ?」

 ふと、リリルカがいた方を見ると、その姿が確認出来ないことに気づいた。

 見渡してもどこにもいない。

 まさか、モンスターにやられたのかと、一瞬思ったが、襲われたら流石に声をあげるだろう。

 その可能性はすぐになくなった。

「......まあ、分かってるんだけどね」

 ベルはそう呟くと、何か異臭がすることに気付いた。

「これか......」

 臭いの原因である場所を見ると何かの大きな肉塊が転がっていた。

 見れば、何かの薬品に浸けられているようで、肉の匂いとは別の臭いを感じた。

「おっと......」

 眼前に、突如ボウガンの矢が飛んで来たのを摘まむようにしてキャッチする。

 飛来してきた金属製の矢は、見る限り毒は塗っていないようだったが、人に向けて撃ってくるなどそれ以前の問題だ。

 ベルは矢が飛んできた方向と角度を計算し、見上げた。

「......すいません、ベル様」

 案の上(・・・)、そこ_____崖の上には、リリルカがボウガンをベルへ向けて立っていた。

 フードに隠れ、その表情はあまり見えない。

「お別れです。短い間でしたが、お世話になりました」

 そう言って、リリルカはペコリとお辞儀をした。

「貴方は、今までの冒険者の方で(・・・・・・・・・・)一番優しいお方でした」

「......まるで、死に逝く人に手向けてる言葉みたいだね」

 ベルはハハハと笑うと、リリルカはそれに対し、恐らく無表情でこう答えた。

「ええ、その通りです。

 

 

_______リリの為にここで死んで下さい」

 

 

「ふうん......」

 放たれる言葉に思わずベルの声は低くなる。

「罵ってくれて構いません。憎んでくれて構いません。どうぞ、好きなだけ怨んで下さい」

 リリルカは酷く平坦な声色でそう言うと、ベルに背中を向けようとした。

「そうだ、これをどうぞ」

 リリルカは更に懐から何か取り出すと、ベルへ放り投げてくる。

 見えたのはガラスの反射光。

 瓶、そうベルは判断した。

「これは......」

 パリンッというガラス瓶が割れる音が響くと、そこから、ピンク色の煙が噴き出してきた。

「これは、モンスターを更に(・・)誘き寄せるための薬品です」

 気付けば、既にベルの周りをオークの群れが包囲していた。

 数は少なくとも40体以上はいるだろう。

 イカれているとしか思えない状況だ。

「......では、ベル様。さようなら」

 リリルカはそう言うと、今度こそ、その場から姿を消した。

 間違いなく、今の状況は世間一般的に言う、嵌められたという事実が如実に表れていた。

 常人なら、絶望の淵に落とされたようなものだ。

 ベルは周囲を囲むオークの大群を見て、溜め息を吐いた。

「......まったく、本気だなぁ。リリルカも」

 そう言って、右手で左手首を軽く握るベル。

 

 

_______今ならあれ(・・)を試せる。

 

 

 眼前のオークへ向けて左腕を突き出すと、ベルはニヤリと笑う。

 全く以て、都合が良いとベルは笑いを止められない。

「_______お前らには悪いけど、全員早速これ(・・)の実験台になって貰うよ」

 

 

 ベルのその左腕からは、青白い魔力が溢れ出ていた。

 

 




作者的にリリ程の可愛い容姿をしている子が、あの男しか居ないファミリアで胸糞展開に恐らくなっていないのは、神酒によって欲の方面が金を稼ぐことへしか向かっていないというのが一つ。
ファミリア外の冒険者からは、魔法によって容姿を変えてどうにかしていたというのが、二つだと思っています。
これじゃないなら、男連中は最早不能としか......











次回、能力お披露目と鬼畜ベル、デュエル・スタンバイ!


あと、もうすぐ第二章も終わりです。


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#24

彼女が欲しい。


「退いて、下さい!」

 リリルカの持つボウガンから放たれた矢が、迫り来るゴブリンの頭を正確に撃ち抜き粉砕する。

 現在、第8階層。

 リリルカは順調にダンジョンを登っていっていた。

 ベルを第10階層に置いていき、更には数十体のオークを誘き寄せた。

 いくらあの強さのベルでも、あの数は無理だろう。

 何たって、あの薬品の効果によって、モンスターは更に増え続けるのだから。

 もしかしたら、下の階層のモンスターも誘き寄せてしまうかもしれない。

 調合の際に、本来よりも遥かに多い量の薬品をリリルカは投与していたのだ。

 確実にベル・クラネルは死ぬだろう。

 彼女にとって、冒険者とは塵のような存在だ。

 他の冒険者がリリルカを見るのと同じように、リリルカも冒険者へ対して常にそう思っていたのだ。

「次はこっちですね」

 そう呟いて、走っていた道を右折し、突き進んでいく。

 リリルカの頭の中には、第1階層から第10階層までのルートが全て叩き込まれていた。

 これも彼女の生きる術である。

 彼女には冒険者としての力はない。

 故に、他の冒険者に寄生していかなければその日の食事にありつけるかも怪しい。

 しかし、冒険者は残酷な生き物で、そんなリリルカに満足に報酬を与えることはなかった。

 更に言えば、身内も友人もいないひとりぼっちのリリルカには頼れる人物もいなかった。

 そこでリリルカは、貰えないのなら、奪えば良いという考えに辿り着いた。

 冒険者の装備やアイテムを奪取し、逃走する。

 これは意趣返しでもあり、復讐でもあった。

 冒険者がそういう風に自分を搾取するのなら、此方も搾取してやると。

 リリルカに罪悪感はなかった。

 当然の報い、権利だと思っていた。

 《シンダー・エラ》。

 それが彼女の使う魔法だ。

 効果は、他者から見た自分の姿形を思いのままに変えることが出来る。

 全くの別人への変身や、種族間を超えた変身も可能で、これによりリリルカは、今まで悪事を行ってきたのだ。

 しかし、同じファミリアである、ヒューマンの冒険者にはバレてしまっていた。

 変身を解除するところをうっかり見られてしまったのだ。

 そこから弱味を握って、他の冒険者達と手を組み、金を搾取し続けてきたのだった。

 運が良かったのか、そのヒューマンの冒険者はそれを周りには言っていないらしい。

 恐らく、それを言ってしまえばリリルカに金を稼ぐことが難しくなってしまうからであろう。

 兎に角、リリルカは縛られ続けているのだ。

 塵のような冒険者達に。

 そして、ソーマ・ファミリアという糞のような組織に。

「でも、それも今日で終わりなんです......!」

 そう、今日で終わる。

 この最底辺の人生に終止符を打つのだ。

 リリルカは走り続けた。

『ギギャアアアアア!!』

「邪魔っ、です!」

 ボウガンを再度、ゴブリンへ向けて発射する。

 放たれた鉄の矢はゴブリンの眼球を貫いた。

 残弾数は残り十二発。

 リリルカは、弱い。

 素手であればゴブリン一体すら倒すのも難しい。

 それも武器やアイテムなどを駆使すればその差をどうにか埋めることは出来るが、費用が割りに合わない。

 ゴブリン数体を倒したところで、消費した矢やアイテムを補充する分の魔石やドロップアイテムを回収出来ないのだ。

「......なんで、リリには冒険者としての才能がなかったんでしょう」

 冒険者はモンスター達と戦わなくてはいけない。

 リリルカは冒険者ではなくサポーターだ。

 何度その無力さを嘆き、冒険者に嫉妬しただろうか。

 しかし、今ここでそれを嘆いても意味はない。

 リリルカは早くダンジョン(ここ)から出なければいけなかった。

「7階層......! ここさえ抜ければ......!」

 8階層を抜け、7階層。

 モンスターの強さが変わるのがこの7階層。

 つまり、ここを抜ければ遥かに楽になるということだ。

 

 

「よくやった。糞小人(パルゥム)

 

 

 通路からルームへ出た瞬間、横から何者かに強烈な衝撃が走る。

 横腹部への蹴りがリリルカに炸裂したのだった。

 リリルカは地面へ転がると、その蹴った主であろう人物が近付いてくる。

「よおぉ......お勤めご苦労だった。いやぁ、本当によくやった!」

 汚い笑みを浮かべながら、近付いてきたのは顔以外を鎧に包まれた同じファミリアのヒューマンだった。

 その背後を見れば、二人程居るのがリリルカには確認出来た。

「あの糞餓鬼を嵌めてやったのは褒めてやるよ。今頃、モンスターの群れに嬲り殺されてると思うと、最高に気分が良いぜ......!」

 男の大笑いが、ダンジョン内に響き渡った。

 それに釣られたのか、後ろにいる男達も笑い出した。

「ど、どういう、こと、ですか......?」

「あ? わかんねえのかよ? 全部嘘(・・・)に決まってんだろうが!」

 もう一発、リリルカの腹部へ蹴りが炸裂する。

「......くはっ!」

 肺から空気が一気に排出され、リリルカは呼吸困難に陥る。

「......お前も馬鹿だよなぁ。良い金づるを逃すわけねぇだろうが! 忘れたのかよ? あの花屋をぶち壊してやったことをよぉ!」

 三度目の蹴りを喰らい、リリルカは吹き飛んでいく。

 転がった先で、リリルカはその痛みにもがき苦しむ。

「良い様じゃねえかよ! はっははははははっ!!」

 男はリリルカの腹部に足を置くと、ぐりぐりと体重を掛けてきた。

「ぐっ......!」

「俺は! 只あの糞餓鬼をブチ殺せれば良かったんだよ! あそこのあの地形なら、強いモンスターを大量に誘き寄せられるからなぁ! 薬の効果(・・・・)は凄かっただろうよぉ!」

 更に腹部へ圧が加わり、リリルカは呻き声をあげる。

「おい! お前ら!」

「......へいへい」

「分かってますよ」

 男がそう言うと、後方の二人が下卑た笑みを浮かべながら近付いてくると、リリルカのローブを剥ぎ取り、装備品を奪い取る。

 リリルカは既に腹部へ数度の打撃を喰らい、抵抗らしい抵抗も出来ないでいた。

「おいおい、こいつ、魔剣(・・)なんて持ってやがるぜぇ!」

「魔石に金時計、それにドロップアイテムもこんなに!」

 男達の目には"金"のことしか映っていない。

 酷く醜い姿と言えるだろう、その光景は間違いなくそこらの畜生の部類だろう。

「おい、出すもん他にあんだろう?」

 リリルカの見下ろしているヒューマンの男は血走った目でそう言った。

 出すもの。

 装備品を取られたリリルカに出すものはあるのだろうか。

 いや、一つだけあった。

「金庫の鍵、それを寄越せ。なぁ、糞小人(パルゥム)

「わかってんだよ。お前が金を大量に溜め込んでるのはよぉ」

「そうそう、最初からそれが目的ぃ」

「そんな......!」

 リリルカは声をあげようとするも、腹部へ力を込められすぐに黙らされる。

「いいから、早く鍵を寄越せ......さっさと寄越せ!!! 糞小人(・・・)!!!」

 男は声を張り上げてそう言った。

 リリルカはその声に縮こまり、一瞬、身体が震えた。

 自身より格上の存在に、凄まれれば誰だってこうなってしまうだろう。

 しかし、この時、リリルカはこうとも思っていた。

 

 

_______ベル様程ではない。

 

 

 あの恐ろしいまでの殺気を浴びせられたのだ。

 これくらいの怒気、最早恐怖はなかった。

 だからといって、今のリリルカに何か抵抗らしい抵抗が出来るというわけでもなかった。

 

 

 しかし、リリルカはここより先へ進むことにしたのだった。

 

 

「......です」

「あ? 聞こえねぇよ」

「嫌です!!」

 リリルカの叫びがダンジョンに響き渡った。

 男達も、このようなリリルカを見たのは初めてなのか、驚いた表情をしていた。

 

 

「もう、お前達に良いようにされるのは、絶対に嫌なんです!!」

 

 

 リリルカのそれは正しく魂からの叫びだった。

 己が人生を滅茶苦茶にされたリリルカにとっての。

 そして、この叫びは、リリルカが人生で初めて変革(・・)をもたらそうとした始まりの号砲でもあった。

「糞小人が......調子に乗ってんじゃ______」

 その瞬間、声をあげ、リリルカを踏み潰そうとした男の足に、隠し持っていたナイフ(・・・・・・・・)を思い切り突き刺したのだ。

「ぎゃあああああ!!!」

 足にナイフを刺された男は転倒し、患部を抑えながら地面に踞る。

「てめぇ!!」

 激情に駈られた犬人(シアンスロープ)の男が持っていた剣を引き抜き、どうにか立ち上がったリリルカに斬り掛かってくる。

「くっ......!」

 本来なら防ぐことすら出来ないそれを、奇跡的にナイフで防ぐリリルカ。

 しかし、その衝撃はリリルカにとっては重く、更に遠くへ吹き飛ばされた。

「お前、俺らにこんなことやって、只で済むと思うなよ!」

「ぶっ殺してやる......!」

 既に二人の男は武器を構えており、はっきり言ってリリルカには勝ち目はなかった。

 この時、リリルカは、遂に終わってしまう(・・・・・・・)のだと理解した。

 

 

_______結局、何をしようとリリはこうなる運命なんですね。

 

 

 《神酒》に妄信的な、この男達には何を言っても通じない。

 いや、そんなことは最初からわかっている。

 この世界は強いものが幸せになり、弱いものが不幸になる。

 そんなこと間違っている(・・・・・・)

 何故、そんな理不尽が許されてしまうのだろうか。

 何故、もっとこの世界は優しくないのだろうか。

 

 

(私が、何をしたっていうんですか......)

 

 

 彼女は生まれたときから、ずっと、必死に必死に生きてきた。

 何も知らないリリルカにとって、この世界は酷く残酷で、敵しかいなかった。

 汚いことにも手を出したし、間接的に人だって殺したこともある。

 それは間違いなく犯罪行為で、決して許されることではない。

 しかし、そんなことはリリルカが一番分かっている。

 自分がどれだけ最低で屑で、愚かな行為をしてきたか。

 

 

(でも、リリは......!)

 

 

 今まで歩んできたリリルカの人生を何も知らないものが、幾ら自身を罵ろうとも関係ない。

 結局、このリリルカの気持ちを分かってくれるものなど、存在はしないのだ。

 逆に言えばこの気持ちはリリルカだけのものだ。

 誰が生まれたときから、地獄のような生活を送ってきたリリルカの人生を分かってくれるというのだろうか。

 いや、分かってくれなくていい。

 どうせ、この命はもうじきに終わるのだから。

 

 

(リリはきっと、地獄に落ちてしまうのでしょう......)

 

 

 自分が此れまで行ってきたことを省みれば、間違いなく地獄へ落ちると、リリルカはそう思っていた。

 天国なんかへ行けるなどと最初から思ってはいない。

 もっと小さい頃からずっとずっと、そう思っていたのだ。

 

 

(でも、もし、生まれ変わることが出来るのだとしたら_______)

 

 

 最高の幸せとはいかなくてもいいから、もっとまともな人生を送りたいと。

 リリルカはそう願い、迫り来る凶刃を前に目を瞑った。

 

 

「リリルカ、ナイスガッツだよ」

 

 

 キィンという甲高い音______剣とナイフがぶつかる音______が響いた。

「てめえは......!」

 割って入ってきた人物は白髪紅眼の眼鏡をかけた少年で、背中には大剣が納刀されており、右手にあるナイフで、男の攻撃を軽く受け止めていた。

「喋るなよ」

 少年は酷く冷たい声色でそう言うと、犬人の男を蹴り飛ばした。

「死ねや!!」

 もう一人の男が斬り掛かってくる。

 しかし、今度はそれをさせる前に、男の腹部へ掌底を打ち込むと、男は吐瀉物を吐き出しながら気絶した。

「お、お前は、糞餓鬼っ!! 何でここに居やがる!! モンスターの群れに殺されたんじゃ......!」

 リリルカに足を刺された男は、持っていた外傷系の回復薬(ポーション)を使ったのか、既に傷は回復していた。

 しかし、その顔は青ざめている。

 あのオークの大群をLv:1の冒険者がどうにか出来るわけがないと、そう言いたげな表情だ。

 先日、男からこの少年がLv:1ということをリリルカから教えて貰っていた。

 それならと、最大の苦痛でもって殺してやろうと、そう意気込んだわけなのだが。

 何故、生きているのか。

 男は現状を理解出来ないでいた。

「誰も殺されたなんて言ってないだろう? なあ、(ゴミ)

 あの時とは、比べ物にならない程の濃密な殺気が少年から男_____塵芥へ放たれる。

「ひ、ひぃ......!」

 塵芥は自身と少年との間にある隔絶された実力差を前に何も出来ないでいた。

 ガタガタと身体が震えるその姿は、リリルカを罵っていた時の姿と比べると酷く滑稽で不様だった。

「お、おい! こいつがどうなっても良いのかよ!?」

 犬人の塵芥は、リリルカの首元に剣を当ててそう言った。

 リリルカは刃物を当てられているという恐怖よりもどうして、彼がここに居るのかというのこの状況の方が気になって仕方なかった。

 もしかしたら、リリルカは刃物を当てられているという事実に気付いていないのかもしれない。

 それほどまでに驚いていたのだ。

「......とことん、下衆だなぁ」

 少年は溜め息を吐くと、ナイフを持っていた右腕を下ろす。

「へっ......そうだ。大人しく言うことを聞けば______」

 少年は徐に、左腕を向けると、何かを掴んだ(・・・・・・)

 

 

 瞬間、犬人の塵芥は目を見開き、涎を流し、苦しみながら、空中へ浮いた(・・・・・・)

 

 

「......ご、はっ......かっ......」

 もがき苦しみながら、犬人の塵芥は喉元を抑えていた。

 まるで、何かに首を絞められている(・・・・・・・・・)かのようだった。

「......な、何が起きてるんですか」

 既に当てられていた剣は地面へ落ち、リリルカは拘束から解放されている。

 そんなリリルカが最初に放った言葉は現在の状況を尋ねるというものであった。

「取り敢えず、飛んでおいて」

 少年は、掴んでいた何かをそのまま思い切り左方へ投げ飛ばした。

「ぐはっ!?」

 犬人の塵芥はその動きにシンクロするように、外壁へ叩きつけられていた。

 衝突の衝撃で、壁には多数の皹が入っており、どれ程の威力かを物語っていた。

 現に犬人の塵芥は、壁にめり込み、鼻血と吐血を同時にしながら失神している。

 まあ、これでもかなり加減はしているのだが。

「......さあて、次はお前の番だね」

 少年は絶対零度の眼差しを向けながら、ヒューマンの塵芥を見ると、歩き近付いていく。

「ま、まままま待ってくれ!! か、金なら幾らだってやる! そ、そうだ何なら《神酒》だって......!!」

 ヒューマンの塵芥は腰が抜けたのか、尻餅をつくようにして、後ろへ下がっていた。

 滑稽の極みとしか言えないその光景に少年は鼻で笑う。

「どうしようかなぁ。生温い方法じゃ、僕も納得出来ないし」

 少年はうーんと考えながら、塵芥へゆっくりと距離を縮めていく。

「わ、分かった! そこの小人(パルゥム)だろ!? あんたが欲しいのは! ! く、くれてやるよ! そいつ金稼ぎの道具として便利だからあんたも気に入るだろうよ! そうだ! 性処理の人形にしたっていい! 安心しろ、そいつは処じ_______」

 

 

 次の瞬間、塵芥の両足は膝下から切断されていた。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 凄まじいまでの絶叫がダンジョン内に木霊する。

 塵芥がのたうち回ることによって、大量の血がまるで独楽のように回転しながら流れていく。

「あ、ごめん。思わず手が出ちゃったよ。煩い雑音が聞こえたものだからね」

 少年は仕方ないよねと笑顔を浮かべながらうんうんと頷いている。

「まあ、ここで死ぬんだし、足なんていらないよね?」

 まるで冗談を言うようなノリで少年は言った。

 しかし、その顔は本気であると告げている。

 流血しながらのたうち回る塵芥の元へ少年はゆっくりと近付いていく。

「じゃあ、まずは。はい」

 少年はかけていた眼鏡を外すと、瞳が青へと変化する。

 すると、少年はのたうち回っていた塵芥の背中を撫でるようにナイフで斬った(・・・)

「あ"っ、な、な......で......?」

 のたうち回っていた塵芥の動きは突如、止まった。

 いや、止まらざるを得なかった。

「動けないのは当然だよ。お前の着てる防具は冒険者だったとき(・・・・・・・・)のお前に合わせてるものなんだよね。それなら今のお前じゃ着こなせない(・・・・・・)よ」

 そう、塵芥は今付けている装備の重さで動けなくなっているのだ。

 塵芥の冒険者としてのレベルは腐っても"2"だ。

 装着もレベルに合ったものを装着している。

 つまり、レベルに合わない重量の装備を纏えばどうなるかは、明白であった。

 

 

「______お前の"ステイタス"を殺させてもらった(・・・・・・・・)

 

 

 この少年が何を言っているのか、ここにいる全員が理解出来ていないだろう。

「あ、そうだ」

 気付いたように、少年は左腕を外壁へ向けると、めり込んでいた犬人の塵芥を掴み(・・)、引寄せ、ヒューマンの塵芥の隣に乱暴に置いた。

「......ぐはっ!? ど、どうなっ、て......ひっ!」

 犬人の塵芥は、仲間の変わり果てた姿を見て、パニックを起こしていた。

 まあ、目が覚めたら隣で仲間が両足を切断されて血塗れになっていたら、誰だってそうなってしまうだろう。

「あとは、そこのお前も」

 吐瀉物を吐き出していた塵芥を再度、左腕を伸ばし掴むと同じように近くへ投げる。

「さてと......」

 少年は先程と同じように、塵芥達の背中を斬った。

 瞬間、塵芥達の表情は苦悶に変わる。

 理由は全く同じであった。

「......あとはこれ。見覚えあるよね?」

 少年が懐から取り出したのは一つの小瓶だった。

 中にはピンク色の液体が微量だが入っている。

「そ、れは......」

 リリルカが口を開いた。

 少年の手にあったのは、リリルカが使ったあの薬と同じものだったからだ。

「あの後、気化したあれを回収するのに(・・・・・・)は少し苦労したけど、まあちょうど空の瓶があったからラッキーだったね」

 少年はそう言うと、塵芥達に直接、小瓶の中身をぶちまけた。

「効果はモンスターを誘き寄せる。勿論、知ってるよね?」

 まあ、量が少ないから多分効果もあまり出ないんだろうけどと、少年は呟いた。

「あ、お出でなすったみたいだね」

 少年が眼鏡をかけ直しながらそう言って、横を見た。

 そこには大量のキラーアントがうじゃうじゃと集まっていた。

「多分、お前達を脇目も振らずに狙ってくると思うから頑張って対処してね」

 少年、ベル・クラネルは凍りつくような笑顔でそう告げた。

『シャアアアアアアアア!!!』

『うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

 

 

 グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ。

 

 

 多数の蟲達が、塵芥という肉塊に群がり、それを咀嚼する音だけが響いていた。

 

 

「うわぁ。キモいなぁ。やっぱり」

 ベルはその光景を見て、一言そう言うと、先程のオーク戦を思い出してしまっていた。

「......ふふ」

「うん?」

 ふと、ペタリと座り込んでいるリリルカを見ると、俯いているのが分かった。

 しかし、その口角は上へ上がっており、小さく声が聞こえた。

「......ふふ、ふふふふふ。......あははは、ははは。......あははははははははははっ!!!」

 突如、リリルカは声をあげて笑い出した。

 流石にベルも少し驚いてしまう。

「あははははははははははっ!! もっと、もっと、喰ってください! そいつらを!! ははははは......良い様です、リリをこんな風にした罰です! あははははははははははっ!!!」

 音の出る壊れた人形のように笑いが止まらないリリルカ。

 そうだろう、憎しみの対象が苦しみながら惨たらしく死んでいるのだ。

 気分が良いに決まっている(・・・・・・・・・・・・)

「......ああ、そろそろ食べ終わっちゃうなぁ」

 見てみればキラーアントの群れが、塵芥達を捕食し終えそうになっていた。

 終わってしまえば、次に狙われるのは間違いなくベルとリリルカであった。

「......ほら、取り敢えず行くよ。君の処遇はそれからだ」

「あはははははっ!」

 これは駄目だなと、ベルは溜め息を吐くと、壊れているリリルカの首裏に当て身を入れ、意識を奪った。

「......ずっと、握ってるな」

 ベルはリリルカの手にしっかりと握られているナイフを優しく抜き取ると、本来の場所(・・・・・)へ納刀した。

「よいしょっと......軽いなぁ。ちゃんと食べてるのかなぁ」

 ベルは近くに落ちていたリリルカの装備品を拾うと、そのまま彼女を抱き上げ、今とは検討違いのことを心配していた。

「さて、帰りますか......」

 穏やかにそう言うと、ベルはてくてくと、通路を歩いていく。

『キシャアアアアアア!!!』

 どうやら、塵芥を食べ終えてしまったらしい。

 キラーアントの大群はベルとリリルカへ向けて猛スピードで迫って来た。

「......今日はよく大量の敵を相手にするなぁ」

 また溜め息を吐くと、ベルはリリルカを肩で担ぎ上げ、左腕をその大群へ向けた。

「全く、面倒だなぁ!」

 そう言った瞬間、ベルの左腕から顕現したのは、巨大な青白い左腕(・・・・・・・・)であった。

「______万物を掴み取る(・・・・・・・)

 その巨大な左腕は、蟲の大群を覆いつくす程に大きく、次の瞬間には全ての蟲が握り込まれていた。

「......潰れて消えろ」

 グシャリという音ともに、蟲の大群はいとも簡単に全滅した。

 五秒もかからずに、だ

 文字通りの秒殺劇だった。

「あ、そういえばキラーアントの体液って、仲間を呼び寄せるんだよね......」

 巨大な左腕が消えると、ベルは蟲だったものを見る。

 握り潰した蟲の大群の下には大量の体液が流れ出ていた。

「......走るかぁ」

 ベルはリリルカをしっかりと抱え直すと、走り出した。

 背中には大剣、腰にはナイフやウェストポーチ、リリルカの装備品も含め、かなりの重量になっているはずだ。

 しかし、それを感じさせないほどに軽やかに、ベルはダンジョンを駆け抜け、地上へと向かっていった。




というわけで、ベルの鬼畜回でした。
まあ、こんだけ容赦の無いベルがいても良いでしょう。
今作のベルは「目指せ、裏ボス系主人公」ですからね!


あと、作者的に言えばリリは、彼女の立場になれば仕方がないのかなとは思っています。
彼女の気持ちは彼女にしか分からないのでしょうけど。
かと言ってその行為が許されることではないのでしょうが。
ですが、リリは好きなキャラクターではあります、はい。


能力について詳しくは後程。


取り敢えず、それではまた次回!





次回で恐らく第二章は最終回です。


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#25 エピローグ

式が欲しいんだ......


 夢を見ていた。

 自分が殺される夢を。

 ある時は、首を絞められて、またある時は、心臓に剣を突き立てられ、そしてまたある時は、モンスターに喰い殺された。

 自分が陥れた冒険者に犯され、 嬲り殺しにされたこともあった。

 とてもとても苦しいものではあったが、同時に安心したのだ。

 自分のようが存在が死ぬには丁度良い末路だと。

 

 

______________寒い。

 

 

 次第に身体が冷たくなっていくのが分かった。

 この感覚だけはいつまでも経っても慣れない。

 毎日毎日、それを繰り返す。

 目が覚めると、身体が酷く震え、何時誰かに殺されてしまうのではないかという恐怖に追いたてられた。

 死の渇望と生の渇望。

 相反する二つのそれは、彼女の感情をぐちゃぐちゃに乱していた。

 

 

______________暖かい。

 

 

 ふと、全身に感じたのは何時もと違う真逆の感覚。

 先程まで、自分が陥れた冒険者に剣で切り刻まれ、冷たくなっていくはずだった彼女の身体は、その恐怖から遠ざかっていくように温度を取り戻していた。

 

 

______________明るい?

 

 橙色の光が彼女を照らした。

 こんなことは初めてであった。

 彼女は必死にその光に手を伸ばす。

 唯一この世界に現れた、彼女にとっての希望に。

 

 

______________あと、ちょっと。

 

 

 もう少しで、手が届く。

 そうすれば、もしかしたら救われるのかもしれない。

 いや、何かが変わるのかもしれない。

 そう、彼女は確信していた。

 いつも夢見るのは救えない程の絶望。

 こんなことは絶対に起こり得ない。

 故に、あと数Cで届く、そんな距離まで手を伸ばした、その時だった。

 

 

 "死"。

 

 

 突如、希望の光は反転し、彼女を襲ったのは圧倒的な"死"であった。

 今までの"死"が陳腐に感じてしまう程の。

 そんな"死"の光。

 

 

 ______________助け、て。

 

 

 そして、同時に彼女を襲ったのは今までに感じたことのない恐怖。

 呑まれれば、迎えてしまう絶対の"死"への。

 彼女の身体は、指先から徐々に死が侵食しており、既に半分程、呑み込まれていた。

 彼女は伸ばす手を止め、必死にもがいた。

 この絶対に逃れられない死(・・・・・・・・・・)から逃れるために。

 しかし、それも無駄な足掻きであり、彼女程度が抗えるものではない。

 "死"は着々と彼女の身体を呑み込み、蝕んでいく。

 

 

 そして、遂に彼女は"死"に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこはどこかの部屋の中であった。

 ベットの上で寝かされていたらしく、上に毛布が掛けられている。

「うっ......」

 腹部に感じる微かに鈍い痛み。

 しかし、痛みはほんの僅かであったため、あまり問題はなかった。

 それよりも、だ。

「こ、此処は......?」

 部屋を見渡すと、机や本棚や薬品の入った棚などが置かれているのが分かり、ここの主は何かの研究をしている人物なのかと予想出来た。

「......あ、起きたんだ」

 すると、ガチャリと部屋の扉が開く音がし、そこから犬人(シアンスロープ)の女性が顔を出した。

「......大丈夫? 具合悪くない?」

 あまり抑揚のない、眠たげな表情でそう聞いてくる女性。

 左腕は半袖、右腕は長袖という変わった上着を着ており、右手には更に手袋を嵌めており、まるで、右腕を隠すため(・・・・・・・)のような格好であった。

「こ、此処は......一体......? 貴方は......?」

 回らない頭をどうにか無理矢理起動させ、彼女______リリルカは言葉を絞り出した。

「......ここは、ミアハ・ファミリアのホームで、私の部屋。あと、私はナァーザ・エリスイス」

 そう言うと、女性______ナァーザは部屋を出ていってしまった。

 そんな彼女に、少しポカンとしてしまうリリルカではあったが、すぐに再起動する。

 それよりも今の状況だ。

 何故、自分は此処にいるのか、リリルカは必死に思い出そうとした。

「ああ、目を覚ましたんだ。良かった」

 またガチャリと、扉の開く音がして、そちらを見ると、先程の女性と一緒に白髪紅眼の眼鏡をかけた少年______ベルが入ってきた。

「あっ......」

 思い出した。

 自分がここに来る前に何があったのか。

 それを理解すると、身体がまた微かに震え始める。

「......最初、すごくびっくりした。いきなり気絶した女の子を抱えて来るから」

 ベットの近くに置いてあった椅子に二人は掛けると、そんな風にナァーザが切り出した。

「あははは、緊急でしたしね。それにうちに連れてくと少し面倒(・・・・)なんで」

 笑いながら、何の悪びれもなく言うベルに、ナァーザは少しムッとした表情になった。

 初めてナァーザと知り合った人には、あまり表情の変化を感じ取ることは出来ないかもしれないが、よく知る人からしてみれば、それは間違いなく不機嫌と言える表情だった。

「......ねぇ、ベル。全然、顔も出さないから心配してたのに、出したと思えば、女の子を寝かせるところがないかって。ねぇ、馬鹿なの? ふざけてるの?」

「......あれ、ナァーザさん。少し怒ってませんか?」

 ナァーザが割りとお怒りだということに気付いたベルは、少し焦りながら謝り始める。

 ベルはよく知っていた。

 彼の知り合いで一番怒らせると大変(・・)なのが、ナァーザであることを。

「......そうやって、謝れば許して貰えると思ってるのが腹立つ。ベルのお友達(・・・)は皆そうすれば許してくれるのかもしれないけど......」

 よっぽど優しい女の子達に囲まれているんだねと、ナァーザは恐ろしいまでに平坦な声で言ってくる。

 流石にこれは、彼女を初めて知ったリリルカでさえ、キレているというのが理解出来た。

「......あの、ナァーザさん?」

「......ミアハ様もベルも皆そう。目を離すと、すぐ女の子と仲良くなって。ミアハ様は、優しいからお店の回復薬(ポーション)とかタダ同然でばら蒔いちゃうし。ベルは前まではアルバイトの休憩中とか結構寄ってくれてたのに、急に来なくなったと思ったら冒険者になってるし。それなら何で私達のファミリアに入らないの? ミアハ様も私も大歓迎なのに、じゃが丸くんのお店のマスコットのファミリアって......本当何なの? 私のこと嫌いなのかな。二人とも...... 」

 今ここでは関係のないものも含め、溜まっていた鬱憤を晴らすように、毒を吐き出すナァーザ。

 目が死んでいた。

 いつも眠そうに半目な、彼女が今は見開いている。

 これは本格的に不味いと感じたベルは、打開策を出すべく高速で思考する。

「......あ、そうだ! ナァーザさん! 今度一緒に買い物に行きませんか! 話したいことたくさんありますし!」

 考えた案とは、買い物に誘うという彼の常套手段であった。

 これにより、悪くなったエイナの機嫌が治ったため、困ったらこれを言っていたのだ。

 まあ、人としてかなり最低の部類ではあったが。

 自覚はしていたが、形振り構っていられないのだった。

「イヤ」

 冷徹に真正面からばっさりと切り捨てられ、ベルは一瞬本気で倒れそうになった。

 しかし、そんなことをしている暇はない。

 一刻も早く、機嫌を直さないと命に支障がでる。

 主にミアハに。

「......取り敢えず、そこの子と話すことがあるんでしょ? 私のことは後でいい。私は空気の読める良い女だから」

 ナァーザは溜め息を吐くと、席から立ち上がり、扉の方へ歩いていくと、一瞬ベルの方を振り返って。

「......後で、ミアハ様と一緒にお説教だから。......絶対に今日は寝かせない」

 どうやら、ベルの運命は決まってしまったらしい。

 そして、ここでは全く関係のないミアハまで。

 思わず呻きそうになってしまったが、それをすれば更に説教が長くなってしまうので、何とか堪えた。

「本当、良い女ですね......」

 絞り出したのは、ナァーザのそれを肯定する、皮肉にも聞こえなくもない言葉だった。

 無論、ナァーザは既に部屋を出ていっており、ここにはベルとリリルカしかいない。

 リリルカは二人のやり取りを見て、目が点になっていた。

「......ああ、これは面倒なことになったなぁ。ミアハ様には謝っとかないと」

 ベルは頭の後ろを掻きながら、参ったなぁと声に出した。

「あー、ごめんね。変なところ見せちゃって」

 あははは、と笑うベルはリリルカのよく知る、いつものベルであった。

 ベルはいつもにこにこと笑っている。

 その笑顔の裏には何か、歪んだものが見え隠れしていて、リリルカにはその一端を見てしまったのだ。

 彼の本質の一部(・・・・・)を。

「さて、ここに来る前に何があったか、覚えてるかい?」

 そんなこと覚えているに決まっていると、リリルカは言いたくなった。

 あれほどの鮮烈な光景を叩き込まれたのだ。

 混乱こそあれど、忘れるわけがない。

「......あれは、本当に起きたことなんですよね? あいつらは______」

「うん、死んだよ。キラーアントにムシャムシャと、ね」 

 あっけらかんとした表情で、そう言うベルに、リリルカは少し怖くなってしまった。

 確かに彼らを捕食したのはキラーアントだが、そこまで持っていったのは間違いなくベルであったからだ。

「......抵抗は無かったんですか? いくらあいつらでも、相手は人間なんですよ?」 

 殺人と呼ばれるその行為は、この世界でも罪になる。

 しかし、それ以前に本能的に殺人という行為を人は皆忌避しているのだ。

 それを何の容赦も無く行うベルをリリルカは不思議に思っていたのだ。

「......抵抗は無かったか、ね。......うん、別に無かったよ。あの状況で、悪い奴らは明らかにあの連中だったし。それに女性に手をあげるような奴は殺されても良いって思ってるからね」

 少し考える素振りを見せて、ベルは笑顔でそう答えた。

「......そんなの、絶対におかしいです! 貴方は罪悪感ってものは無いんですか!? 確かにあいつらは、人間の屑です......! でも、それならリリだって同じで......! リリは悪い奴なんです......!」 

 リリルカは復讐をするために、何度も他の冒険者を陥れたことがあった。

 死の間際まで追い込んだことも、それこそ死に追いやったこともあった。

 ベルは言った。

 あの状況下で悪いのは屑連中であると。

 しかし、それは只あの場面ではという話であって、本質的にはリリルカも、あいつらと同類で屑なのだ。

 やっていることに大差は無い。

 只、理由に誤差があるだけだ。

 彼らは《神酒》を求めるが故に、リリルカはファミリアから解放されたいのと自身を陥れた冒険者に復讐をするが故に。

 しかし、どんな理由があれこそ、殺人はしてはいけない。

 至極当たり前のことであった。

「うーん、そうだね......確かに罪悪感っていうものはあるんだろう。君はしてはいけないことをしてきたんだろう。それこそ、僕がさっきやったみたいに殺人に近いことをやったのかもしれない。でもさ______」 

 ベルはそう言うと、一度句切ってから、リリルカの瞳をしっかりと覗き込んだ。

 

 

「そんなのどうでもいいんだよ。僕は」

 

 

「どうでも良いって......」

 思いもよらないベルの言葉にリリルカは呆然としていた。

「......それは君の、強いてはこの世界の倫理観の問題だ。人殺しがいけないのは確かに当たり前なんだろう。罪を犯せば罪悪感が生じてしまうのだろう。でもね、今の僕(・・・)には一切それがないんだ。こと殺人において(・・・・・・)はね」 

 何も感じないんだ、とベルはそう言うとリリルカの元へ近付くと、ギュッと抱き締めた。

「えっ......」 

「君は昔の僕に似ている(・・・・・・・・)んだ。僕も昔は君と同じように、罪を犯して、苦しんだことがあったんだ」

 ベルはまるで子供に絵本でも読み聞かせるように、語りかけていた。

 耳許で、囁くように。

「でも、ある時、殺人を犯した瞬間にそれが全部吹き飛んだんだ。何だ、こんなに簡単なことなのかって」

「......ぁ」 

 背中に腕を回され、抱き締められたリリルカの体躯は、今にも壊れそうな程に細かった。

「僕は屑だ。君やあの連中よりも、多くの人を殺してきてる。それに比べたら君は屑なんかじゃない。少なくとも、君はこの世界で生きるべき人間だ」

 そこはあの連中とは違うと思っている、ベルはそう言った。

「僕にとっての、殺人対象は、僕が死ぬべきだと思った奴だけなんだよ」

 僕みたいな屑にそこまで思われる奴はこの世界は存在しない方がいいだろうからね、そう続けると、抱擁を緩め、リリルカの顔を見詰めた。

「君は悪いことをしたと言ったよね? 確かに君は悪い(・・・・)。でも、世界も悪い(・・・・・)んだ」

 

 

_______只、間が悪かっただけなんだ。

 

 

 ベルの一言、それを聞いてリリルカは言葉を失っていた。

「君の生まれも、君を取り巻く環境も、君の選んだ選択も、君が望んだ未来。その全てが、たまたま噛み合わなかっただけなんだ」

 リリルカの歩んできた人生。

 それを考えれば、何一つ幸せという思い出はなかった。

 あったのは苦痛と絶望、憎しみと悲しみ、それらの負の概念ばかりだ。

 噛み合わなかった、自身の人生全てが果たしてそうだったのだろうかと、リリルカは思考する。

「僕も今まで噛み合わなかったそれが、殺人をすること(・・・・・・・)でたまたま噛み合っただけなんだよ。人生なんてそんなものだよ。悪いときはとことん悪いけど、良いときはとことん良いからね人生って。だから、あまり考えちゃ駄目なんだ。どんどん深みに嵌まって抜け出せなくなる。底無し沼みたいなものだよ。確かに今の君は絶望には立たされてはいるけれど、まだ落ちてはいない。つまりそれはまだ君に可能性があるってことなんだ」

 希望を掴み取るっていうね、とベルはそう言うと、リリルカの頭を優しく撫でた。

 人生など、所詮幸福と不幸の繰り返しを続けるだけのもので、リリルカは偶々、その不幸が長かっただけなのだ。

 幸福と不幸の大きさには差異はあれど、絶対にどちらかが欠けることなどはない。

「......君はとても大きな爆弾をたくさん抱えていたみたいだね。あの時、僕は君の為に、連中を殺すことしか出来なかったけど、良かったら聞かせてくれないかい? 君の歩んできた人生を」

「り、リリ、は......」

 すると、リリルカの目に涙が零れると、声も震え始める。

 リリルカはベルの胸元に顔を押し付け、腕をしっかりとベルの背中に回し、泣いていた。

 そんなリリルカに、ベルはよしよしと宥めることしか出来なかった。

「大丈夫。君はもう苦しむ必要なんて無いから......」

 もう一度ギュッと抱き締めながら、ベルはそう口に出した。

「うっ......ぐすっ......うわあぁぁぁぁん!!」

 遂には声をあげて泣き出してしまうリリルカを、泣き止むまで、ベルはずっと抱き締めていた。

 

 

 

 

 

「......どうして、ベル様は最初からずっと(・・・・・・・)リリに優しくしてくださるんですか?」

 リリルカは泣き止んだ後も、ベルの胸から離れずに抱き着いたままポツポツと自分の過去を話し始めた。 

 それに対し、ベルはそれを只、頷きながら聞いていた。

 そして、話し終わった後、またリリルカは泣いた。

 それを繰り返し、今に落ち着いた。

 リリルカがベルに抱き着いたままだったのは安心出来る、自分を守ってくれる、唯一の場所だと、そう認識し始めたからであった。

「どうして、ねぇ......」

 そう言って、考え込むと、ベルは徐に話し出しす。

「僕って、こう見えても人の好き嫌いが激しい方なんだよね」

「......意外ですね」

「うん。でも、それ以前に一緒に居て良い人かっていうのを先に決めるんだ。それからその中で好きか嫌いに分けてるんだよ」

 内緒だよ、ベルはリリルカへ笑いながらそう言った。

「一緒に居て良い人、ですか......?」

「うん、そう。この人なら一生付き合っていけるなって人。あぁ、安心して。君は一緒に居て良い人で、好きな人でもあるから」

「......」

 屈託の無い笑顔でそう言われ、リリルカは顔を真っ赤に染める。

 今までの人生で、自分を好きになってくれる人など一人としていなかったからだ。

 それ故に、正面から来る全開の好意に、リリルカは戸惑わざるを得なかった。

「あと、僕って。可愛い子が好きなんだよね。その点、君は凄く可愛いから、そこも魅力なのかな」

 ベルがそう言うと、リリルカは可愛いと言われたことにより更に顔を赤く摩るのだが、ここで一つ疑問が生じていた。

「も、もし......り、リリが、その、か、か可愛いくなかったら、どうしてたんですか......?」

「あ、まさか可愛くなかったら僕が君を殺してたんじゃないかって、そう思ってるんでしょ? 最初に言ったけど、まず一緒に居て良いっていう分類に分けられている時点で、君は大丈夫だよ」

 只、あの連中は当てはまらなかった、それだけなんだよ、ベルはそう続けた。

 リリルカは、ベルのそれが一体どのような分け方で行われているのか分からなかったが、自分がそちらの方に入っていたという事実が酷く嬉しく思っていたのと、安心したのがあった。

 彼に殺されるということは、少なくともまともな死に方をしないことと同義であったのだ。

「ところで、君は倒れる直前(・・・・・)のことを覚えてるかい?」

「はい? 覚えてますけど......ベル様があいつらに襲われていたのを助けてくれた(・・・・・・・・・・・・・・)んですよね?」

 リリルカはベルのその質問に、違和感を覚えたが、普通に覚えていると返答した。

「......なるほど。それじゃあ、あいつらのことは今どう思ってる?」

「......殺したいほど憎かったですけれど、いざ死んでしまうとこうも呆気ないものなんだとは思っています」

 リリルカは確かに冒険者、強いてはソーマ・ファミリアの連中が嫌いだ。

 しかし、目の前で死ぬところを目撃してしまえば、何とも言えない後味の悪さがあった。

 人は誰の死であろうと大なり小なりの拒否反応を示す。

 それは本能レベルでの反応であり、死という概念を好む生物はこの世界には存在しないからだ。

 まあ、ある特殊な輩(・・・・)を除けばの話ではあるが。

「......うん、なるほどね。ありがとう」

 それに対し、ベルは何かを納得したように礼を言うと、リリルカの頭を撫でた。

「それじゃあ、取り敢えず君のことだけど、僕の専属サポーターをやりなよ。何かあったら僕が守ってあげるし、僕も君みたいな優秀なサポーターが居てくれたら助かるしね」

 どうかなと、ベルは問う。

 リリルカは、どうして良いか分からないという表情をしていて、中々返事をしない。

「......あと。はい、これ。君にあげるよ」

 ベルは腰からナイフを抜き取ると、それをリリルカへ差し出した。

「それは......?」

「僕の使ってるナイフなんだけど。まあ、お守りみたいなものだよ」

「で、でも......!」

 良いからと、ベルは無理矢理リリルカに押し付けるようにして渡した。

 リリルカからしてみれば、半身とも言えるベルの武器を貰うことなど出来なかった(・・・・・

・・・・・・・・・・)のだ。

「これは僕とパーティを組んで欲しいっていうことが本気だっていう証明なんだ。僕とパーティを組んで欲しい。勿論、君だからこそ(・・・・・・)だよ」

 君だからこそ。

 つまりはリリルカが良いと思ってくれている。

 初めて自分を必要としてくれた、初めて自分が良いと言ってくれた、それだけで今のリリルカは歓喜にうち震えそうになった。

「......僕は、君が欲しいんだ」

 だから、僕のものになれ(・・・・・・・)、ベルがそう言うと、リリルカの瞳は酷く灰色に濁った(・・・・・・・)気がした。

「......はい。ベル様。リリは、貴方のものになります」

 リリルカはそう返事をして、再度ベルの胸元に顔を埋めると、まるでマーキングをするかのように身体をくっ付ける。

 ベルはありがとうと、笑顔で言うと、リリルカの包み込むようにして、抱擁した。

 

 

 

 

 

「ベル......君は多分、世界で一番最低な嘘つき男だよね」

「......随分と酷いことを言いますね、ナァーザさん」

 前もこんなことを言われたなと、ベルは思い返していた。

 リリルカがあの後、死んだように眠ってしまったので、部屋から出てきたのだった。

 すると、部屋を出て、すぐ横にナァーザが腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 まあ、最初から気付いてはいたのだが。

「あと、僕は嘘なんてついてませんよ」

 只、言っていないことが多いだけで。

 その一言に、ナァーザは深い溜め息を吐いた。

「......ベル、一回もあの子のこと、名前で呼ばなかった(・・・・・・・・・)ね? だから、私あの子の名前分からないんだよ......」

「え、そうでしたっけ? 気付かなかったなあ」

 にこにこと後頭部に手を当てて笑うベル。

 ナァーザはまた深く溜め息を吐く。

「でも、ナァーザさん。空気の読める良い女、ではなかったですかね? 盗み聞きとは大分趣味が悪いですよ」

「......空気の読める良い女は、いたいけな女の子が最低男の毒牙に掛かるのを見過ごすものなのかな? そっちの方が趣味が悪いと思う」

「その割りには、止めに入って来なかったですよね? 入ってくれば良かったのに」

「......あの子には悪いけど、あの状態のベルには近付きたくないから。だから、その分のアフターケアをしにね」

 そう言うナァーザの手には、何かの薬品が入った試験管が数本あった。

「......あ、そうだ。あれ、多分記憶が一部消えてます(・・・・・)ね。まあ、支障は無さそうなんで放っておいても大丈夫でしょうけど」

「......ふーん、そう。あんな風に洗脳まがいのこと出来たのはそういうことなのね。まあ、それには同情はしちゃうけど、別に義理立てする理由も無いし、起きたらさっさと連れてってね。あの子を此処に泊めるのは流石に許さないから」

 あと下で店番しておいて、そう言って、ナァーザはリリルカの寝る部屋に入っていった。

 扉の閉まる音が響くと、ベルは一息吐いて、歩き出した。

「結局、罵倒した意味があったのか......」

 リリルカが失禁した翌日のダンジョンで、ベルが放った言葉。

 あれはリリルカのプライドを傷付けるのと、敵意を持たせるためのものであり、そうすれば本心を聞けると思ったからだ。

 そして、案の上、罵倒の効果があったのかなかったのか、リリルカは容赦無くベルを殺そうとした。

 もし、最初から最後まで優しくしていれば、変な迷いが生まれてしまうからだ。

 しかし、いくら新しい力を試せたとは言え、オークの大群を相手にするのは少し面倒であり、リリルカに対し苛立ちを覚えた時もあった。

 殺してやろうと思った時もあった。

 しかし、その感情は一瞬で消え去った。

 ベルはリリルカが連中にしたあの行動を見ていたのだ。

 反逆による自己改革。

 それに至るには並大抵のことでは決して出来ない。

 しかし、リリルカはそれをやってのけた。

 面白いなと、ベルはあの一部始終を見ていたのだ。

 流石に、途中危なくなったので横槍は入れたが。

 もし、リリルカがあの3人をあの場で殺すことが出来ていたのなら、恐らくベルは本気で惚れていたかもしれない。

 ベルがリリルカを欲した理由はそれだ。

 何か面白いものを見せてくれそうだったからだ。

 そして、だからこそ惜しいなと、ベルは思っていた。

「都合の良いように記憶を無くしちゃってるのは頂けないけど、そこはまあ、及第点」

 徐々に治していけばいいか、ベルはそう呟くと、店のカウンターに出た。

 棚にはたくさんの試験管がところ狭しに並んでおり、緑や赤、青などのコントラストが意外と目を楽しませる。 

「......取り敢えず、後腐れの無いように(・・・・・・・・・)してあげないとね」

 カランカランと入り口の扉に付いている鈴が鳴る。 ベルは入り口へ向け、最高の笑顔を浮かべ、こう言った。

 

 

 

「いらっしゃいませ。《青の薬舗》へ。お探し物は何でいらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

第二章『少女落土(前)』完




はい、取り敢えず第二章は此れにて終わりです。
色々、言いたいことはあると思いますが、此れで第二章は終わry


ベルのステイタスは次回になるのかな。


それではまた次章で!


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第三章 魔眷隷属 Blood Sword Relations.
#26 プロローグ


式(アサシン)ゲットだぜ!
セイバー? それは知らないですね......


 オラリオ市街、そこの南東のメインストリートを行くと、そこには『歓楽街』が続いている。

 世界中の珍しい様式の建物が密集しており、どこか妖しげな雰囲気を醸し出している。

「ねぇ、そこの貴方。随分と可愛い顔してるわね。私と良いこと(・・・・)していかない? 貴方なら安くしてあげてもいいわよ?」

 かなり露出度の高い服を来たアマゾネスは、目の前を通り掛かった自身より少し背の低い少年に、そう声をかけていた。

「あはは、ごめんなさい。知人と約束してるものですから......」

 声をかけられた少年は愛想笑いを浮かべながら、その申し出を断った。

 彼女は世間一般的に言うと、所謂娼婦と呼ばれる存在だ。

 そう、ここは娼館が建ち並ぶ、所謂"風俗街"と呼ばれるところであった。

 娼婦は、その職に就いているだけで、周りからの評判はかなり微妙になところになってしまうのだろうが、彼女達は生きる為に自身の身体を対価に金を貰っているのだ。

 少年______ベルにとってそれを否定することは出来ないし、する権利もない。

「あら、残念......それなら今度、遊びましょう? そうだ ......貴方だけの特別よ? ここに来たらそこの店の人に渡して。そうしたら、すぐ相手してあげるから......お金は要らないから」

 女性はベルの耳許に囁くようにして、そういうと何かを手渡した。

 渡されたのは、一枚の木製の札で、そこには店の名前のロゴマークと彼女の名前であろう文字が刻まれていた。

「あははは、機会があったら是非......」

 ベルは少し苦笑してそう応えた。

 すると、女性は特別サービスと言って、ベルにだけ見せるように胸元をはだけさせ、膨満な双丘とその頂上の桃色の花を見せてきた。

「......綺麗ですね」

「ふふ、そうでしょう? どう? 今からでも楽しんでいかない? 私、純粋に貴方と気持ちいいことしてみたいの」

 駄目かしらと、ベルに急接近するとその手を掴み、その双丘に触れさせると、上から握るようにして丹念に触らせた。

 桃色の花に指が触れると、ほんの微かに息を荒げたのが分かった。

「......そうですね。でも、やっぱり今日は止めておきますよ。知り合いが待ってますので」

 そう言うと、ベルは女性の"花"をピンと軽く弾いた。

 んっと、艶やかな声を出すと女性はベルを包み込むようにして、体勢を崩す。

「......誘うのなら僕みたいな人じゃなくて、もっとお金を持ってそうな人にしてくださいね?」

 女性の耳許にそう囁くと、ベルは服の乱れを直し、しっかりと立たせた。

「じゃあ、また。縁がありましたら」

 そう言って手を振ると、そのまま歩いていくベル。

 女性もそれに対し、楽しそうな笑みを浮かべながら熱い投げキッスでそれに返した。

 その姿は限りなく扇情的で、近くを歩いていた男性冒険者は、何故か股間を抑え俯いていた。

「これで、十一枚目っと......」

 ベルは手持ちの特別優待券を見ながらそう呟いた。

 この通りを歩いていると、やたら娼婦に絡まれたのだ。

 しかも皆かなりの美人で、恐らくその店の一番人気と言える女性ばかりであった。

 本来、道行く男性に声を掛けるのは、所謂その店の中でも人気が下位の者達で、上位の者達は声を掛けずとも客は入ってくる。

 更に、来た客にはとんでもない金額を請求するのだ。

 そんな彼女達が自分から声を掛け、更にはタダでいいというのは、それほどまでにベルを気に入ってしまっているということになる。

 今まで声を掛けられた娼婦達は皆同じ言葉をベルへ囁いていたのだ。

 故にベルはこれが商売の世界なのかと、偉く感心してしまっていた。

 もし、この特別優待券を他の客に見せたら、とてつもなく羨ましがられることだろう。

 何たって、それは彼女達がお気に入りの客、もしくは気に入った客にしか渡さないものであるのだから。

「あ、いたいた」

 歓楽街を歩いて更に数分。

 5人程にまた声を掛けられ、流石に鬱陶しいなと思い始めてきた頃、目的の人物を発見した。

 その人物は全身をブラウンカラーのコートに身を包み、フードを深く被っており、見ただけでは男か女かも判断することは出来ない。

 しかし、その人物はベルに気付いたのか、小走りで近付いてくる。

「_______ごめんなさい。すっかり待たせちゃいましたね」

「......本当です。この場所にいるのがどれ程辛いか分かってるんですか......!」

 フードの中を覗くと、そこには理知的な美貌を持つ、銀縁の眼鏡と綺麗な水色の髪が特徴的な女性の顔が確認出来た。

 彼女は、少し頬を赤らめ、涙目になりながら、ベルを睨み付けていた。

「確かに女性は場違いですよね。下手したら間違われる(・・・・・)かもしれないですしね」

「だから、これを着て来たんです! ......まあ、見るからに怪しい人物ですけど」

 彼女は拗ねたように、目を反らしてそう言った。

 そんな彼女にベルは少し笑うことで応えた。

「でもここって、そういう人も少なくはないので、大丈夫だと思いますよ」

 ほらと、どこかの店の前へ指を差してそう言った。

 彼女と同じように全身コートの人物ではあったが、十中八九男性であることはわかってしまう。

 何故なら、その体躯と周りをキョロキョロと見渡しながら入り口の男性に話し掛け、娼館に入っていったからだ。

「此処に来るのに、顔を隠さないと来れないような人達は結構いると思うんですよね。だから、他の人達も特に反応してないんじゃないですか」

 少なくとも、後ろめたい理由(・・・・・・・)があるものはそうだろう。

 妻や恋人に内緒で来たりとか、その逆で恋人や夫に黙ってここで働いているもの達などだ。

 それがパートナーにバレた時のことを考えるだけでも、心は重くなってくるのだが。

「......まあ、取り敢えず行きましょう。案内しますね」

 ベルは女性の手を掴むと導くようにして、歩き始める。

「......いきなり、手を握らないで下さい」

 相変わらず女性はムッとはしているが、別に手は離そうとしなかった。

「手、握りますね。これでいいですか?」

 笑顔でそう告げるベルに女性は何も言えなかった。

 事後承諾にも程があったが、女性からしてみればいつもベルは大体こんな感じであったのだ。

「......もぅ」

 消え入りそうな声でそう呻く女性の顔は、赤らんでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 《ラ・スクゥレ》という名前のバーに二人は入った。

 店内は最低限の明かりしかなく、ちらほらといる客も我関せずと言わんばかりに自身だけの世界にいる、そんな内閉的な空間が広がっている。

 ベルは入ってすぐに、マスターらしき初老の人物に声を掛け、二三会話すると奥の個室に案内された。

「ごゆっくり」

 マスターは深く一礼すると、二人の前から音を立てずにその場を去った。

「もう、そのコート脱いでも大丈夫ですよ。アスフィ」

 アスフィと呼ばれた女性______アスフィ・アル・アンドロメダ_______は、ベルに言われた通り、そのコートを脱ぎ、隣に畳んで置いた。

 隠れていた綺麗な水色の髪が現れ、アスフィはフードを被っていたことにより少し乱れたその髪を手串で直していく。

「......ここって、VIP席じゃないですか? というか、いつも来ているみたいな感じでしたけど」

「いや、そういうわけじゃないですよ。バイト先の社長が前に連れてきてくれたんですよ。僕の奢りだーって。それで少し顔見知りになったのと、その社長のツテのおかげですよ」

 にこやかに笑うベルに、内心、あの駄神めと、ある人物に怨嗟の念を送るアスフィ。

 ベルが、そっち方面(・・・・・)の知識をどんどん蓄えていくのを危惧していたアスフィであったが、既に手遅れなのかもしれないと溜め息を吐いた。

「はい、メニューです。ちなみにおすすめは白身魚のカルパッチョです」

 ベルは完全に慣れている手つきで、メニューを取り出し、ページを開いて、アスフィに差し出す。

 ありがとうございますと礼を言うと、アスフィはメニューに目を通し始めた。

 その後、気に入った料理と酒を注文し、それが運ばれてくると、二人はそれを食べながら今日の本題に移ることにした。

「______で、そろそろ聞かせて貰っていいですか? こんなところに呼んだ理由を」

 酒が入り、少しだけ頬が上気しているアスフィは、魚介のフライに手をつけようとしているベルへそう言った。

「えっとですね______うん、美味しい______えっと、ソーマ・ファミリアの冒険者を3人程殺したんですよ」

「......は?」

 その一言を聞いて、アスフィは完全に固まってしまっていた。

 当たり前だろう、殺人を犯したとカミングアウトされれば。

「だから、ソーマ・ファミリアの冒険者を3人程殺したんですよ」

 この肉も美味しいなと、幸せそうな顔をするベル。

「......はぁ、また(・・)ですか。というか......勿論、バレてないですよね?」

「ええ、そこは大丈夫ですよ。死体も残さず処理しましたし、目撃者も一人だけで、その一人も僕の味方になってくれましたしね」

「死体処理はともかく、味方って......信頼に足る人物なんですか? その人は」

 ベルの今までの前科(・・)を知っているアスフィからしてみれば、この質問の意味は至極単純で簡単だ。

 殺人において、それを目撃者に見られるというのは必然的に不味い。

 そして、見られた場合に殺人者がやることは______

「何を言ってるんですか。そうじゃなかったら既に僕が殺してます(・・・・・・・)って」

 当たり前のことを聞かないで下さいよと、ベルはそう言った。

 そんなベルにアスフィは只一言。

「ですよね......」

 簡潔に只、そう返しただけであった。

「まあ、話したいことはそれだけです。一応、アスフィには報告しておこうと思いまして」

 食事をしながら、こんな話ですいませんと、ベルは少し笑いながら謝った。

 まあ、いつものことであるので、アスフィはそこは全く気にしていなかった。

 それよりも、気になっていたことがあったのだ。

「......ベル。その味方になってくれた人は女ですよね?」

「はい、そうですけど?」

 やはり女かと、アスフィは心の中で舌打ちをする。

 いや、直感的に既に嫌な予感はしていたのだ。

 女の勘というのは恐ろしいものである。

「......一体どうしたんですか? まさか口説いたとか、言うんですか? それとも無理矢理、て、手込めにしたとか......」

 後半、アスフィは顔を赤くしながらそう言った。

「口説くわけないじゃないですか。それに手込めだなんて、僕を何だと思ってるんですか?」

 無自覚天然タラシの鬼畜ドS野郎と、思い切り罵ってやりたいアスフィではあったが、それを言ってもこの男には通用しないのは分かっていたので、何も言わなかった。

「......じゃあ、どうやって味方にしたんですか。貴方の本質を知ってそれでも味方になってくれるなんて......」

「その子色々抱えてたみたいで、慰めてあげたんですよ。それで、僕のサポーターにならないって言ったらって感じですね」

「それ、絶対に肝心なところすっ飛ばしてますよね? それだけ聞いたらやっぱり口説いたとしか思えないんですけど......」

 適当に言うベルに、アスフィは少し苦言を述べた。

 嘘では無いのだろうが、余りにも言葉足らずであった。

「......なんか、ナァーザさんには洗脳してるとか言われましたけど、酷いですよねぇ」

 ベルは酒を煽りながらそう言うと、出汁巻玉子を一口かじる。

「......ナァーザも知ってるんですか。私、あの女嫌いなんですよね」

 なんと言うか、本能的に相容れないのだ。

 前、話した際も少し(・・)大変なことになったのは記憶に新しい。

「ナァーザさんも、それと全く同じこと言ってましたよ」

 ベルは苦笑しながらアスフィに対し、普通にそう言ってきた。

「......もう、知ってますよ。というか、本人から直接言われましたから。まあ、言い返してやったんですけど」

「もう少し仲良く出来たら、僕も嬉しいんですけどね......」

「それはベルの頼みでも聞けません。あの女だけは絶対に無理です。いや、そもそもの原因は......」

 そう言うと、アスフィはベルを見て黙り込んでしまった。

 どうしたんですかと、ベルは聞くが、アスフィは何でもないと答えるだけであった。

 どうやら、ベルの預かり知らないところでアスフィとナァーザにの間に色々あったみたいだ。

 ベルはそれ以上聞かないことにした。

「......まあ、ベルがどんな女と仲良くなろうが、どうでもいいんですけど。......ちなみにどんな人なんですか?」

「えっ。あぁ、えぇとですね。小人族(パルゥム)の子で、凄くちっちゃいんですよ。歳は一つ上で、性格も頑張り屋で。あ、あと見た目も可愛くて僕好みの良い子なんですよ」

「......ふぅん、そうなんですか。まあ、どうでもいいんですけど......合法ロリというやつですね。これは要チェック、と」

 何やらメモをしながら呟いているアスフィ。

 何か閃いたのだろうか。

 やはり、研究者は真面目だなと、ベルは感心していた。

 アスフィは冒険者ではあるが、それよりも研究者としての方が色が強い。

 更に言えば、彼女のスキル(・・・・・・)にもそれは関係してきており、それにベルはお世話になっているのだった。

「......あ、そうだ。アスフィ。この後どうします(・・・・・・・)?」

「え、どうしますって......まさか!? だ、だ駄目です......! 今日は不味い(・・・・・・)です!」

 アスフィは顔を真っ赤にしてそう言った。

 勿論、酒によるものではない。

「そんな今更、過剰に反応することでも無いでしょうに」

 初心だなぁと、ベルは笑っていた。

「......っ! 何で貴方はいつもそんなに余裕なんですか......! ホームに帰らなくて大丈夫なんですか!? というか、やっぱりじゃないですか!!」

 やはり、無自覚天然タラシの鬼畜ドSエロ野郎じゃないですか、と心の中で思ったが、口には出せなかった。

 そして、当然のように何がやっぱりなんですかと、ベルは苦笑いしていたが。

「そうですね。嫌がってるのを無理矢理っていうのは、あんまりですしね。まあ、ホームには一日くらい戻らなくても大丈夫でしょう。......ついでに明日は済ませておきたいこと(・・・・・・・・・・)もありますし」

 大して残念そうにも見えない表情で言うベルに対し、それはそれで納得のいかないアスフィ。

 複雑過ぎる心情であった。

「......そろそろ出ますか」

 ベルはそう言ってアスフィを促した。

「......お代、半分払います」

「払うから良いですよ。ここに連れてきたのは僕ですし。それに、拗ねてるお姫様(・・・)にそんなことをさせたら、じいちゃんに怒られますしね」

 態とらしく言うベルに更にムッとするアスフィ。

 いつもそう言って、からかってくるのだ。

 言えば、アスフィが不機嫌になるのを分かっていて。

 本当に嫌な人と、アスフィは呟いた。

「じゃあ、出ますか」

 そう言って、席からベルは立ち上がると、ポケットからゴトッと、何かが落ちた。

「うん? それは......」

 音から察するに硬い木製の板かと、推測するが、それだけでは何かは分からない。

 アスフィは思わず覗いてしまった。

「《ネイキッド・アモーレ》......?」

 その板には、何かの店の名前と女性らしき名前が刻まれていた。

 間違いなくそれは、そういう店(・・・・・)そういうもの(・・・・・・)であった。

「ベル、これは......?」

「あぁ、それですか。此処に来るまでに色んな女性に声を掛けられてですね、遊ばないか(・・・・・)って。特別優待券らしいんですけど......」

 只、行く機会がですねと、ベルは少し困った表情をしている。

 無論、誰かに譲るというのは出来なかった。

 例え、譲ったとしても本人でなければ意味がなく、娼婦が断ってしまえばそれまでなのだ。

 互いの見解があって、初めて効力を発揮するのである。

 更に言えば、無理矢理しようとすると、返り討ちにされたり、店の者に排斥される可能性がある。

 戦闘娼婦と呼ばれる、娼婦兼冒険者の存在。

 大概にはアマゾネスに多く、店には戦闘娼婦が常に在中しており、そんなことをしようと思えばかなり酷い目に遭うだろう。

 故に誰かに渡すということは出来なかったのだ。

「......やっぱり、今夜大丈夫です」

「え?」

 突然の言葉にベルは固まってしまった。

「だから、大丈夫って言ったんです! ほら、早く行きますよ!」

 顔を尋常でない位に真っ赤にしているアスフィ。

 初心な彼女なら、当たり前だろう。

 これから、そういうこと(・・・・・・)をしに行くのだから。

「いきなり、どうしたんですか? さっきまで乗り気じゃなかったのに......」

「良いんです! ......どこぞの女とされてもムカつきますし」

 後半ゴニョゴニョと、何を言ってるのか分からなかったが、アスフィが良いというならば良いのだろう。

 お言葉に甘えさせてもらうことにした。

 まあ、甘える(・・・)のは逆になってしまうのだろうが。

「じゃあ、行きましょうか。アスフィ」

「は、はぃ......」

 にこやかに笑顔を浮かべるベルに、アスフィは顔を真っ赤に染めて、そう返すことしか出来なかった。

 

 

 その後、ベルとアスフィは近くにあった宿で熱い一晩を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

「ベル君が......帰ってこな~い! うわぁぁぁん! お腹減ったよ~!!」

 その頃、オラリオ市内の某ホームでは、ロリ巨乳女神の声が響き渡っていたが、無害なので恐らく大丈夫だろう。




お気に入り数7000突破、誠にありがとうございます。
これからも、この拙い作品をどうかよろしくお願いいたします。












ベルのステイタスはまた今度になりそうですね......


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#27

今回は短めです。



「......むぅぅぅぅん」

 ヘスティアは一人、唸っていた。

 場所は勿論ホームで、ベッドの上で仰向けになりながら、何かを見ていた。

「ベル君のステイタス。本当に何なんだろう......」

 

 

ベル・クラネル

Lv:1

力:SSS 1293 耐久:I 0 器用:SSS 1485 敏捷:SSS 1457 魔力:I 0

《魔法》【霊障の御手】

・常時発動魔法

《スキル》【求道錬心(ズーヘン・ゼーレ)

・早熟する。

・自身の追い求めるものがある限り効果持続。

・自身の追い求めるものの大きさにより効果向上。

《※※※》【※※※】

 

 

 ヘスティアが見ていたもの、それはベルのステイタスであった。

 四日程前に更新したそれは、見た瞬間に声を上げてしまう程の成長率で、力・器用・敏捷の三つの数値がパラメーターの限界を越えていた。

 更に新たに魔法まで発現している。

 どういう効果なのかは見て分からないが、得たいの知れないことだけは分かった。

「このスキルの効果なんだろうけど......」

 【求道錬心】という謎のスキル。

 これによりベルの成長率は著しいまでに早い。

 そして、更に言えば、このステイタスはヘスティアが知る一番最近(・・・・)のステイタスだ。

 今がどうなっているかは分からないのだ。

 少なくともこのステイタスよりも高くなっていることは間違いなかった。

「自身の追い求めるもの、ねぇ......」

 あのベルにとって、追い求めるものとは一体何なのだろうか。

 彼をここまで早く成長させているのだ、とてつもなく高い目標なのだろう。

 しかし、全く以てどのような存在なのか全く見当がつかない。

「少し_____うんうん! そんなことはない! ベル君は......!」

 言いそうになってしまった言葉を引っ込め、更に別の言葉を繰り出そうとするも、上手く言葉に出来ない。

 ヘスティアにとって、ベルは初めて出来たファミリアのメンバーで家族のような存在だ。

 その言葉の先は口にしてはいけない。

 そんなこと、ヘスティアは認められなかった。

「......はぁ、ベル君のやつ。早く帰って来いよぉ......」

 ヘスティアは、そう言って枕に顔を沈めた。

 

 

 

 

 

 ベル・クラネルは歩いていた。

 北東のメインストリートを抜けて、繁華街からやや離れた場所。

 そこは、工業系ファミリアが軒を連ねるエリアで、様々な作業着を来た男達をよく見掛けた。

 主に往来するのは、ドワーフの男や獣人等の筋力に優れた者達だ。

 煤で全身が汚れていたが、それこそ彼らが職人と呼ばれる証しでもあるのだろうか。

 ベルはあまり"彼ら"に詳しくないので分からないが、"彼ら"がこの街を支えているというのだけは分かった。

 現に、オラリオの公益の大元の魔石関連の製品は皆ここで製造されている。

「へぇ、初めて来たけど、こういうところなのかぁ......」

 街の賑わいとは、別の意味で賑わっているこのエリア。

 職人と呼ばれる者達の、喧騒が耳に届く。

 親方であろう人物の怒号や、それに返事をする弟子の声、金属を加工する独特の高い音が響いていた。

「......これに書いてるのは、この辺りだよね」

 手に持っているのは幅の広い長剣で、刀身には文字が刻まれていた。

 要約すると、明日の午後十二時に此処(・・)に来て欲しいという内容だ。

 《青の薬舗》での耐久説教をミアハと喰らい、その後色々あって(・・・・・)、少し疲れたなと思いながら、そこを出た際、目の前に刺さっていたのだ。

 入り口付近の真ん前にあったので、道行く人々は、訝しげな表情でそれを見ていた。

 誰もそれを処理しなかったのは、面倒事に巻き込まれたくなかったのと、この剣が抜けなかったかのどちらかだろう。

 一定のレベルの冒険者でなければ、抜けないように調整されていたのだ。

 この時ベルは、へぇと少し口角が上がっていた。

 更に驚きだったのは、剣を握った瞬間に、文字が浮き出てきたことだった。

 どういう技術かは分からないが、とにかく凄いものなのだろう。

「普通に知らせればいいのに......」

 このようなメッセージの送り方をするのは、ベルの周りでは一人しかいない。

 ベルからしてみれば、態々武器に文字を刻むのは手間だろうし、更に言えば武器から作るとなると、もっと手間だと思っていた。

 恐らく、彼のこだわりというやつなのだろうか。

「......ここか」

 辿り着いたのは一軒の小屋で、如何にも(・・・・)という感じの外観をしている。

 鍛冶場と呼ばれる場所で、ある種、神聖な領域と言ってもいいかもしれない。

 ベルはこの鍛冶場の前に立った瞬間に空気が変わったのを肌で感じ取ることが出来た。

 ズンと重くなるような感覚がベルを襲ったのだ。

「......ごめんくださーい。ヴェルフさん、居ますかー? ベル・クラネルです」

 扉を三回ノックして、そうベルは呼び掛けた。

 声を掛け、数秒。

 少しドタドタとした足音が扉の向こうから聞こえる。

「おお! 旦那、よく来てくれた! さあ! 早く入ってくれ!」

 扉を開けたのは、勿論この鍛冶場の主であるヴェルフ・クロッゾであった。

 目に見える嬉しそうな表情で、早く早くと、ベルを急かしていた。

「失礼しま_____って、ヴェルフさん、それは......?」

 入ってすぐに目についたのは、そこらに転がっている工具や、燃える炉でもなかった。

 扉から少し顔を出すようにしていたので、最初は見えなかったが、入ってからすぐに気付いた。

「あ? ああ、これ(・・)か。別に気にしないでくれ。それよりこっちだ」

 ヴェルフは、そんなのどうでもいいとベルを片手で(・・・)手招きしていた。

 

 

 そう、今のヴェルフにはあるはずの左腕が存在しなかったのだ。

 

 

「こっちだぜ、旦那」

 少し固まってしまっているベルを尻目に、ヴェルフはズンズン奥______地下へ向かっていく。

「は、はあ......」

 取り敢えず、ベルはヴェルフの後を着いていくことにする。

 しかし、ベルは地下の工房に入った瞬間、更に驚くことになった。

「______何ですか、これは......?」

 部屋に広がっていたのは無数の斬撃痕で、まるで討ち入りでもあったかのような惨状だった。

 よく見れば、血のようなものも飛び散っていた。

「これは......?」

 部屋を更に奥へ。

 するとそこには黒い布を掛けた大きな何かが鎮座していた。

 全長1.5m程の大きさのその何かは、禍々しいまでに存在感を放っており、ベルですら少し気圧されてしまった程だ。

「さあ、旦那。早速ご対面と行こうか」

 ヴェルフはニタニタと笑いながら、掛かっている黒い布に手を掛けた。

「これが俺の人生、最初で最後で最強の最高傑作だ!!」

 思い切り、ヴェルフはその黒い布を剥ぎ取った。

 

 

「これは、一体......」

 

 

 現れたのは、真っ赤な溶液の入った立方体の硝子の箱だった。

 真っ先に脳裏に過ったのは、"血"という単語。

 周りに飛び散って、染みになっているのをみると、益々それにしか見えない。

「これは、あいつ(・・・)を納める鞘みたいなものなんだよ」

 そう言って、コンコンと、手の甲で硝子の箱を叩くヴェルフ。

「鞘って......これがですか......?」

 只の血の入った水槽にしか見えないベルは、首を傾げるだけであった。

 更に言えば、その中に何が入っているのかも、紅い液体のせいで、中身がどうなってるのか分からない。

 この中に入っているのは、果たして本当に武器なのかと。

 ベルは只々そう思っていた。

「言ったろ? 鞘みたいなものなんだって。こうでもしないと納めきれねぇんだよ(・・・・・・・・・)。こいつは」

「納めきれないって......どういうことなんですか? というか、この中には何が入ってるんですか?」

 ヴェルフの言葉に疑問を感じそう言うベル。

 すると、ヴェルフはその辺に転がっていた長剣を拾い上げ、硝子の箱の中に入れた。

「見てろよ」

 瞬間、硝子の箱の中で異変が生じているのにベルは気付いた。

 

 

______長剣が呑まれていく(・・・・・・)

 

 

 グチャグチャと音を立てながら、入れられた長剣は形を失っていく。

 さながら、獲物を喰らう肉食獣のような獰猛さを、その何かにベルは感じ取っていた。

「化物、ですか......」

「そうだな。旦那の言う通りだ。間違っちゃいねぇ。只、こいつは武器なんだ。そこは間違っちゃいけねぇぜ」

 これを見て、どうやって武器と判断しろとと、ベルは思わなくもなかったが、それはすぐに解消されることになる。

「今から、旦那にやって欲しいことがあるんだよ」

「やって欲しいこと?」

 

 

「ああ。旦那には、こいつをこの箱からひっぱり出して貰いたいんだよ」




【悲報】ベル、更にチート化。







あと、メインヒロインが決定しました(まだヒロインするとは言ってない)。


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#28

 

 

魔人の血鉄(メタル・オブ・クロッゾ)》。

 

 

 魔剣鍛造のクロッゾ一族に伝わる、究極の鋼である。

 その性質は、硬く軟らかく、重く軽い(・・・・・・・・・・・)

 この世界に存在するありとあらゆる鉱石の性質を兼ね備えた、正しく究極の鋼だ。

 これを超える性質のものは、恐らく存在しない。

 それこそ神域の物質だった。

 しかし、その物質は出所はどこにあるのか。

 無論、門外不出のもので、これの存在を知るクロッゾも数は少ない。

 いや、そもそもクロッゾ自体数が少なくなってきており、数える程にしかいないだろう。

 

 

魔人の魂血(ブラッド・オブ・クロッゾ)》。

 

 

 クロッゾの一族全員に流れている血の系譜。

 この血が流れているものは皆等しく"魔剣"を鍛てる、そう言われている。

 しかし、この血脈も時が経つにつれ薄れていき、現在、"クロッゾの魔剣"を鍛てるものはいない。

 そう言われていた。

 

 

最後の魔人(ヴェルフ・クロッゾ)》。

 

 

 この世界で只一人、純粋な"クロッゾの魔剣"を鍛てる男だ。

 所属はヘファイストス・ファミリア。

 二つ名は《赤色の剣造者(ウルカヌス)》。

 数少ないLv:5の一人で、鍛冶師としてはオラリオの最高位に君臨する冒険者だ。

 そんな魔人(ヴェルフ)は、決して魔剣を鍛とうとしなかった。

 それどころか、まともな武器すら鍛とうとはしなかったのだ。

 理由は単純で、自身の鍛つ武器に相応しいものが居なかったからだ。

 相応しくないもの程、強い武器を求めようとする。

 身の程を弁えない愚かな選択なのに、それに気付かない。

 有象無象では、"魔剣"どころか、魔人(かれ)の鍛つ通常の(・・・)武器すら使いこなすことは出来ない。

 しかし、ファミリアという集団に属す以上、一定の武装は作成しなければいけない。

 その為、魔人は、適当に造った失敗作を売りに出して金を稼いでいた。

 魔人にとって、武器を造るのが鍛冶師というわけではない。

 自身の認めた存在の為に最強の武器を造ること。

 それが魔人の鍛冶師としての有り様だった。

 故に魔人は、今まで一度も鍛冶師として、武器を鍛ったことがなかった。

 

 

 それが、つい先日までのことであった。

 

 

 

 

 

「魔剣っていうのは、魔法を撃ち出す剣を指すんだよ」

 ヴェルフはふと、そう説明し始めると、硝子の箱を見た。

「魔法を使えない奴でも、魔剣を翳すだけで、並みの術者よりも遥かに強力な魔法を撃てる」

 超便利だろと、ヴェルフはそう言ってきた。

 確かに魔力消費無しで、尚且つ魔法適性が無くとも使えるというのはとてつもなく便利と言えるだろう。

「でもな、魔剣にも限界がある。使えば使うほど脆くなり、最終的には壊れちまう」

 こんな風にな、そう言ってヴェルフは、近くに転がっていた自作の剣をいとも簡単に踏み砕いた(・・・・・)

 パリンという金属の折れる音がその場に響いた。

 余談ではあるが、この時、ヴェルフが砕いたのは第一等級武装と言える武器で、常人では傷一つつけることは出来ないものだ。

「更には撃てる魔法も一種類が限度。一定以上の出力は出ないと来ている」

 安定して高い威力は誇るが、結局の所それが限界(・・)なのだ。

 高いレベルの術者には及ぶことはない。

 定められたことしか出来ない人形のようなものであった。

「耐久性も、その脆さ故に近接戦闘には向かないという、剣としての圧倒的"矛盾"を抱えている」

 魔剣としての特性があるが故に、本来あるべき剣としての機能を失ってしまう。

 そして、それは魔剣としての本質(・・・・・・・・)を失っている他に無いと、ヴェルフは続けた。

「だから、俺は 絶対に壊れることもなく、持ち主の力量に応じて強くなる(・・・・・・・・・・・・・・・)最強の"魔剣"を造った」

 それがこれだ、そう言って紅い液体で満たされている透明な硝子の箱を指した。

 箱の内部では、紅い液体が時折ボコボコと音を立てており、まるで生きているようであった。

 鮮血を掻き立てるその色からして、ますますそう見えてしまう。

「......それで、僕はこれ(・・)をどうしろと? ひっぱり出せと、さっきは言ってましたけど」

「どうするもこうするも、言葉通りだよ。この小さな(部屋)に引き籠ってる魔剣(子供)をひっぱり出してやるんだよ。担い手()みたいにさ」

 親の気持ち。

 そう言われてもベル自身、そういう心情は全く以て理解することが出来ないので、ヴェルフの言葉には半ば適当に頷いているところがあった。

「まあ、俺はこいつの生みの親ではあるが、育てるのは旦那だ。生かすも殺すも、あとは旦那の教育次第ってわけで......」

 そう言って、ヴェルフは硝子の箱から少し距離を置くと、ベルの顔を見てニヤリと笑った。

「さあ、旦那。さっさとこいつを出してやってくれ。旦那なら出来るはずだぜ」

「はあ......」

 ベルは、曖昧な返事をすると、硝子の箱のすぐ前に立った。

 意味ありげにその場所を空けていたのは、恐らくそういうこと(・・・・・・)なのだろうとベルは理解していた。

「......へぇ」

 硝子の箱へと意識を集中させると、ベルは感心したように思わず声に出てしまっていた。

 対峙した瞬間に、ベルへ向けられたのは、極限にまで圧縮され、濃密になった殺気である。

 常人なら、当てられただけで失神、下手をしたらショック死しかねないレベルのもので、まるで上から落ちてくるギロチンを待つ罪人の気分であった。

 しかし、それ以上にベルには分かったことが一つあった。

 それは、放たれた殺気が余りにも純粋無垢なものであったということだ。

 この世界で、まだ右も左も分からない状態で、見たもの全てを敵と認識しているのだろうか。

 

 

______ああ、この"魔剣"はつまり赤ん坊なんだ。

 

 

 誰一人味方が居ないこの状況で、自身を守る手段は全ての抹殺に於いて他無い。

 自分以外居なくなれば、危険という概念は存在しなくなるからだ。

 

 

 無垢なる殺気。

 

 無垢なる殺意。

 

 無垢なる殺戮。

 

 

_______ならば、その塵殺(皆殺し)の理を、全霊を以て殺してやろう(・・・・・・)

 

 

 瞬間、硝子の箱から紅い液体が槍となってベルを襲った。

 

 

 キィンという戟音が響き渡る。

 血槍はベルが所持していた長剣により防がれていた。

 間一髪、と言うべきか。

 ベルが反応出来たのは、超常的直感が働いたのが大きかった。

 この"魔剣"の攻撃速度は元来のベルの反応速度(・・・・・・・・・・)を遥かに上回っている。

 次は反応すら出来ずに串刺しになってしまうことだろう。

「......旦那、こいつは生きている(・・・・・・・ )。俺らと同じように意思を持っている。だから_______」

 

 

___________ちゃんと、好き嫌いもあるんだよ。

 

 

 ヴェルフの言葉と共に"魔剣"の血槍が、ベルの持つ長剣を砕いた。

「......っと!」

 ベルは瞬時に後方へ下がり、壁に背中を付けるようにして"魔剣"と距離を空ける。

 武器を失った状態で、あれに挑むのは自殺行為に他ならないからだ。

「......ヴェルフさん?」

 周りを見渡すと、ヴェルフの様子が見当たらない。

 まるで最初から居なかったかのように、忽然と姿を消している。

「......まあ、いいや。今はこいつだ」

 ベルはそんなことどうでもいいと、意識を"魔剣"へと向けた。

 "魔剣"との距離は約10m程。

 この地下工房がある程度の広さを有してくれていたのが幸いした。

 もし、これよりも狭ければベルは考えに耽ることも出来ないだろう。

「......取り敢えず牽制っと」

 砕かれた長剣の柄をベルは払うようにして投擲する。

 その瞬間、"魔剣"の血槍は剣へと姿を変化させた。

 ベルですら目視で視認出来ない程の速さで、長剣の柄を粉々に切り刻んでしまった。

「3mか......超速迎撃とは恐ろしいね」

 ベルが確認したのは、"魔剣"の反応距離である。

 敵意を込め、どこまで近付けるか、それを測ったのだがベルにとっては問題があった。

 ベルは近接戦闘型であり、基本的にはかなり近付かなければ攻撃することすら出来ない。

 確認したところ、"魔剣"の反応領域である3m内に入った瞬間に超速迎撃が始まり、切り刻まれた。

 安易に近付けばベルも同じことに成りかねない。

 例え、武器を投擲したとしても即座に迎撃されて撃ち落とされるだけだろう。

 故にベルには難敵と言える存在であった。

「じゃあ、これは......」

 どうかなと、ベルは左腕を"魔剣"へと向けると、そのまま握り潰す。

 《霊障の御手(れいしょうのみて)》。

 ベルの会得した、常時発動魔法である。

 パリンと硝子の箱が砕け散り、中の液体が流れ出る。

 しかし、液体は空中でベルの左腕に即座に捕らえられ、塊となって固定されていた。

「......これは、厳しいなぁ」

 そう呟いたベルの額には汗が見えた。

 現状ベルは、"魔剣"を掴むことで精一杯だった。

 特性上、この左腕はあらゆるものを掴み取ることが出来るが、ベルの現在の力では抑えるのがやっとで、まともに攻撃に転じることが出来ない。

「......不味いっ!」

 ついぞ"魔剣"が、ベルの左腕から解放されてしまう。

 左手からは紅い液体が噴き出し、この部屋中に飛び散っていく。

「っと!」

 近くに散乱していた武器_____戦闘斧(バトル・アックス)を蹴り上げ、キャッチすると、飛び散った紅い液体から殺到する血槍を、刃の広い部分でどうにか防御をする。

「......っ!」

 その防御をすり抜け、ベルの肩と脇腹に血槍が浅くではあるが突き刺さり、鮮血が散る。

 "魔剣"の液体なのか、ベルの血液なのか、見ただけで区別はつかないが、状況的にそれは間違いなくベルのものであった。

「っ、痛いなぁ......!」

 苦悶の表情を浮かべながら、多数の血槍をどうにか押し返すベル。

 身体からは少なくはない量の血が流れており、無論放っておいたら不味い。

 助かったのは、すぐ後ろに壁があったことだろう。

 無かったら恐らく紅い液体はベルの後方まで飛び散り、血槍に囲まれるようにして串刺しになっていたはずだ。

 流石にベルも、それを回避することも防御しきることも出来なかった。

 あれを防ぐには第一等級の全身鎧でも持ってこなければいけないだろう。

「......面白い」

 飛び散った紅い液体が前方に集結し、大きな一つの塊となる。

 ベルはそれを見て笑っていた。

 あの男以来の自身が戦える相手だ。

 楽しくないわけがなかった。

「......行くぞ!」

 ベルは持っていた戦闘斧を大振りで投擲すると、直ぐ様体勢を低くし、床を蹴り抜いた。

 "魔剣"は目の前に飛んできた戦闘斧を血刃で粉々に切り裂き、迎撃する。

 その間に、ベルは近くに散乱している二刀一対の黒白の剣を両の手で構え、交差させるようにして斬り掛かった。

 僅か半秒の出来事である。

「何処にこんな膂力があるんだろう、なっ!」

 液体の塊とは思えない程に一撃一撃が重い。

 受ける度、ベルの腕は悲鳴をあげる。

 軸をずらして受け流そうにも、それすら許さない。

 あの男と同じく剛力と言えるレベルのものであった。

 ベルはまだLv:1とは言え、既に力のパラメーターは限界を越えていた。

 その力ですら目の前の"魔剣"には及ばない。

「でも、だからと言って負ける理由にはならないんだよなぁ!」

 キンキンキンキンキンキンという連続した戟音が響き渡る。

 両者の剣戟は既に音を置き去りにしており、常人では捉えきれない速度に達している。

 この時ベルの感覚は研ぎ澄まされ、酷く鋭敏になっていた。

 その証拠に、"魔剣"から放たれる斬突の嵐をどうにか弾き防ぐことが出来ている。

 が、"魔剣"の方が力が上手なのに変わりはなく、打ち合えばベルの方が押されているのではあるが。

「っ......!」

 既に千を越える剣戟で、左手に構えていた黒剣の刀身に罅が入る。

 この双剣は、ヴェルフが造り出した第一等級装備の内の一つで、アンデッド系モンスターに絶大な威力を発揮する代物だ。

 いくらこの"魔剣"がアンデッド系モンスターではないとは言え、普通に武器としての性能は高い。

 しかし、それすら罅が入ってしまうというのは、"魔剣"の絶大な力を物語っているに他ならなかった。

「_______掴み取るっっっ!!」

 ベルは続く剣嵐の中、黒剣が砕け散る瞬間に、《霊障の御手》を伸ばし"魔剣"を掴み、拘束した。

「っ、らあぁぁぁぁ!!!」

 そして、そのままベルは"魔剣"を火の点いていない炉の中へ、思い切り叩きつけた。

「はあっ!!」

 更にベルは《霊障の御手》で、炉の蓋の鍵部分を殴ることで、強引に凹ませ破壊し、解錠不能にする。

 これによる拘束効果などほとんど無いだろうが、数秒でも時間を稼げればと、ベルは思考していた。

 具体的対処法を見つけるための時間を。

「一回、下がるか______」

 

 

 その瞬間、凄まじい爆音を上げて炉が爆発した。

 

 

「っっっっっつ!!!」

 咄嗟に落ちていた大盾を展開し、爆発による爆炎と衝撃波を防ぐことに成功するベル。

 無論、腕にかなりの負担は掛かってしまっているが。

「_______って、マジですか......?」

 盾から顔を覗かせたベルは思わず、そんな声を出してしまった。

 当たり前だろう。

 炉から炎をあげながら(・・・・・・・)出現する約3m程の紅い巨人(・・・・)を見てしまえば。

「グオォォォォォォ!!!」

 

 

 

 血炎の魔神が此処に産声を上げた。




というわけで、第二形態。


ちなみにベルの隠しステイタスで、"直感"や"戦闘続行"とか、あったりします。



アストルフォたん欲しいよぉ......
あ、ダレイオスは帰ってどうぞ。


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#29

待たせたな!


「おいおい、マジかよ......」

 赤髪の青年、ヴェルフ・クロッゾは目の前の光景を見て漠然とそう呟いていた。

 辺りに飛び散るは鮮血を彷彿とさせる紅の液体。

 それに染まっていない所が無い程に、この地下空間は"赤かった"。

「_____10時間。まあ、持った方か......」

 ヴェルフは首に手を当てながらそう呟くと、息を吐いてそこ(・・)を見た。

「しっかし。折角、空気を読んで退散してやったのに。これじゃあ______」

 

 

______期待外れにも程があるよな。

 

 

「グオォォォォォォ!!!」

 燃え盛る炎に包まれ、超高温と化した鋼の如く、魔人は猛っている。

 いや、実際に魔人は爆炎を身に纏っており、近くに転がっている武器がその熱で融解していた。

 ヴェルフというオラリオ最高峰の鍛冶師が造り出した武装は威力、耐久何れを取っても同じく最高峰の代物だ。

 対物理衝撃、対高熱、対凍結、対雷電、対魔力等、全てに於いて高い耐久性を誇り、それこそ破壊出来る者はごく一部の存在(・・・・・・・)だけだろう。

 そんな彼の武装が融解してしまう程の超高熱の炎が地下にはまるで炎熱地獄(インフェルノ)の様に広がっているのだった。

「おーい、大丈夫かー? って、聞こえる筈もないか......」

 ヴェルフが呼び掛けたのは燃え滾る魔人のすぐ足下だった。

 そこにはその灼熱の業火にて、既に黒炭と化した、何か(・・)が転がっていた。

 いや、微かにまだ形を保っている分、それが元々何だったのかは誰であろうとすぐに分かることであった。

「......おっかしいなぁ。旦那の実力ならこいつを御することくらい、簡単では無いにしろ出来た筈なんだがなぁ」

 読み違ったか、そうヴェルフは消え入るような声で呟くと、後頭部を掻いていた。

 過大評価をしていたのだろうか。

 ヴェルフの心眼に叶う存在等、彼が歩んできた人生の中でも片手で数えられる程にしかいない。

 黒炭_____ベル・クラネルはその数えられる程にしかいない存在の中でも一際異彩を放つ逸材であった。

 彼になら自身の造る最強の魔剣を使うのに相応しい。

 そう、確信していた。

 しかし、その結果が目の前の惨状である。

「あーあ。どうすっかなかぁ。俺じゃこいつをどうすることも出来ないし、かと言って放って置いたら、洒落にならないくらいやばいし......」

 自身の仕出かしてしまったことの重大さを本当に理解しているのかと云わんばかりの適当な言葉だった。

 実際、ヴェルフの言う通り、この魔人はやばい。

 もし、この地下から目の前の魔人が地上へ解き放たれれば、少なくとも三日でオラリオは壊滅してしまうだろう。

 いくら第一線級の高位冒険者がこの魔人に挑んだとしても、瞬殺されるのが落ちであるだろうし、そもそも近付いた時点で武具が使用不能になる時点でお手上げだろう。

 遠距離攻撃も届く前に消滅してしまうだろうし、魔法攻撃も唯一効きそうな水系統の魔法も余りの高温で蒸発してしまうのが落ちだ。

 神々が神の力(アルカナム)を解禁すればどうにかなるのかもしれないが、それをする神が果たして何れ程居るのだろうか。

「仕方ねぇ。あれ(・・)をやるか......此くらいなら幸い俺の命一つでどうにかなるだろうし......」

 ヴェルフはそう呟くと、首を抑えながらグリグリと回した。

 燃え盛る紅蓮の業火を目前に、熱いとひたすらに当たり前の事を呟く。

 まさか生涯最初にして最後、最強の"魔剣"を造り出したと思ったらそれを封印する為に最期を迎えるとはヴェルフは思っていなかった。

「まあ、それも仕方のねぇことか」

 仕方の無いこと。

 たった一振りの"魔剣"で、世界の中心と言えるこの大都市を滅亡させるわけにはいかないのである。

 自分以外はどうでもいいという領域には流石に達していないヴェルフは、自己犠牲によるこの解決方法に何の疑問も抱くこともなく(・・・・・・・・・・・・)至ったのであった。

「時間が()え。詠唱破棄(レッシェン・リート)、《犠血の(アインエッシェルング・)_______」

 

 

 瞬間、ヴェルフの眼前の血炎が爆発した。

 

 

「グオォォォォォォォ!!!!!」

 続く絶叫は少年を焼殺した筈の魔人のそれであった。

 地獄の底から響く怪物の咆哮の如く、この地下空間を震わせる。

 ヴェルフは咄嗟に腕で顔を覆い、その爆炎と衝撃波から身を守ったものの、その右腕は酷く焼け爛れてしまっている。

「......ハハッ。マジかよ」

 大火傷をしているのにも関わらず、ヴェルフの意識の矛先は一切そちらに向いていない。

 只、見据えるは燃え盛る紅蓮の業火、その足下の物体に向けられている。

「......訂正させて貰うぜ。やっぱ旦那は最高だ!!」

 そこに転がっていた黒炭は既に存在しない。

 あるのは、純粋な炭素(カーボン)の塊から何事も無かったかのように何もかもが再構成(・・・・・・・)された白髪紅眼の少年の姿だった。

「......あぁ、糞っ。最悪な気分だよ、本当に......!」

 咆哮を上げる魔人を見上げるようにして、少年は苛立たしげにそう言いながら立ち上がる。

 魔人の身体からは常に超高温の炎が放たれており、近付くもの全てを焼き尽くす筈だ。

 その筈なのに、少年はそれに影響されることもなく、只そこに立っているのだ。

あいつがくれた(・・・・・・・)この(チャンス)、無駄に出来ないってのに......」

 

 

 

______調子に乗ってるんじゃねえよ、只の"魔剣"風情が。

 

 

 

 そう吐き捨てた。

 ガジガジと後頭部を掻きながら、彼は不機嫌そうな表情を浮かべている。

「おい、さっきっからチラチラ此方を見やがって。一々苛つくんだよ」

 彼は突っ立っているヴェルフの方をジロリと睨みつけた。

 当たり前だろう。

 誰だって顔の周りを蝿が飛んでいたら鬱陶しいにも程がある。

 それと同じことだった。

「......ハハッ、旦那。飽きねえよな、本当によぉ」

 ネタに尽きないなとヴェルフは只々笑っている。

 灼熱の地獄と化したこの空間で、それは全くもって不釣り合いだった。

 この空間に居るだけで全身の水分を持っていかれてしまうのに、それを促進させるようなことをしてしまっている。

 しかし、ヴェルフは笑わずにはいられなかったのだ。

「チッ......うっせえな、イカレ野郎かよ。......おい、お前。何か得物、()えのかよ。流石に熱いんだが、こいつ」

「ああ、駄目だぜ旦那。そいつは武具の類いを融解しちまう。今ここにある武器であれに耐えられるのは_____いや、違うな。......この世界には存在しねぇんだよ」

 現状、あの炎に対抗出来る武具は何処にも存在しない。

 もし存在するのならばそれこそ天界(・・)だろう。

 最早あの"魔剣"は人類の領域を遥かに凌駕していた。

「......お前、使えねぇな。それでも鍛冶師(スミス)かよ?」

「悪いな。あれが俺の最高傑作だからよ。逆にあれより強い武器があったら、それこそ俺は鍛冶師として終わってるよ」

 悪びれもせずにそう言うヴェルフに、少年は何も言えなくなってしまう。

 こういう純粋な輩(・・・・)にどうも弱いみたいだった。

「......てか、あれ。どう考えても失敗作だろ? 先ずもって見てくれからして武器じゃねえ」

「_______旦那。見た目で判断しちゃいけねえって、教わらなかったのかよ? あれは正真正銘、真に"魔剣"だ。失敗作でもねえし、そこらの鉄屑と一緒にすんじゃねえよ、馬鹿野郎が」

 ヴェルフはうって変わってその顔に激情の色を露にした。

 琴線に掛かってしまったらしい。

 地雷とも言うが。

 鍛冶師にとってデリケートな問題であるのだろう。

 自身が造り出した最高傑作を失敗作と断定されてしまえば、当たり前のこととも言えるが。

「......冗談だよ。それぐらいでキレんじゃねえよ。分かるに決まってんだろ。これが本物の"魔剣"であることぐらい」

 だから職人気質の奴は苦手なんだよと、少年は呟く。

 どうやら彼なりの戯れ言(ジョーク)であったらしいが、通じなかったようだ。

「ならいいけどよ。それよりだ。あいつを早くどうにかしてくれよ。このままだとオラリオが壊滅しちまうぞ」

 炎上都市オラリオとか洒落にならないからなと、ヴェルフは軽口を叩いた。

 本当に洒落になっていなかった。

「......あぁ、もう。考えるのも面倒だな。あれを御するのが目的だったがもう止めだ。あれは殺す(・・・・・)。いいよな? イカレ鍛冶師」

 目の前では未だに苦しんでいる魔人が、咆哮をあげている。

 彼が顕れた際に何か(・・)をした結果らしい。

「おいおい、殺すって。そりゃあいくら旦那でも無理だろ。さっきの魔法(手品)は面白かったが、それでも無理だ。それに旦那はさっきぶち殺されてただろうが。無惨によ」

 先程、少年は魔人の業火に焼かれて、無機物と化した。

 魔人が姿を変えた後、恐ろしいまでの粘りを見せたが、その過程で身体欠損し続け、最後は簡単に燃やされた。

 その間、少年は魔人に一切のダメージを与えられずにいた。

 故にそれを知るヴェルフはそう判断したのだ。

「それにだ。ああは言ったが、魔剣は俺達と違って本当に生きてるわけじゃねぇ(・・・・・・・・・・・・・)。そもそも殺せねぇんだよ」

 殺す、即ち生きているものを終わらせる行為を指す。

 それが適用されるのは文字通り、比喩抜きで生きている存在だけだ。

 それ以外の存在には絶対に適用されないことなのだ。

 それなのにこの少年はそれを殺すと言った。

 何を言っているんだと、(ことわり)から外れているとヴェルフは思っていたのだった。

「馬鹿野郎。お前は何も分かっちゃいない」

 少年はそう言うと、灼熱の業火をものともせずに魔人へと一歩一歩近付いていく。

「万物には遍く綻びが存在する。人間は言うに及ばず、モンスターにも空気にも精神にも時空にもだ。例外は無い」

 少年の両眼が紅から蒼へと変色する。

 既に掛けてあった眼鏡は灰と化しているため、外すという動作も要らない。

 彼が視ている世界に、ある概念が色濃く現出し始める。

「始まりと終わりがあるように、それは万物にも適用される」

 開闢と終焉。

 彼が司るのは、否応無しにも後者であった。

「_______俺にはこの世界全ての"死"が視えている。だからさ......」

 彼は、この世界(・・・・)に対しての"死神"とも言える存在だ。

 全てを終わらせる死神(ジョーカー)

 それが彼であり、彼である証明のようなものだった。

 故に、彼はその腕を振り降ろす。

 

 

 

「_______生きているのなら、神様だって殺してみせる」

 

 

 

 全て終わらせる圧倒的な"死"の一撃が、魔人(・・)を殺した瞬間であった。




クー・フーリンオルタトゲトゲ格好いい。
メイヴビッチ可愛い。
ナイチンゲールクレイジークレイジー。
ラーマ爆発しろ。
エジソン、ビジュアル自分的には滅茶苦茶好き。
エレナUFO可愛い。
李書文っていうか中国拳法強すぎ。
インド勢怖い。
そして、セイバーディルムッドは何処へ?
後、その他諸々凄かった第5章でしたね!


次の章が来る前にクーちゃんを絶対に当ててやる(フラグ)


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#30

就職活動、嫌だ......
今すぐステラァァァァァしたいです。


 空間(・・)が揺らいでいる。

 もし、この場に居合わせていたのなら、誰もがそれを理解するだろう。

 広がるのは一本の草木も無い荒れ果てた大地。

 散在する岩や砂、全てが赤銅色に染まっている。

 この茫然と広がる大空間、通称『大荒野(モイトラ)』は現在、それを上回る程に荒れていた(・・・・・・・・・・)

 衝突したのは二つの"力"。

 血に濡れた赤黒の魔槍と、血に染みた巨大で武骨な鉄塊。

 どちらの武装も神の領域(・・・・)に近付いており、更に言えばそれを使う担い手である両者も同義であった。

 神速で打ち合わされる武器と武器の衝突。

 それだけで空気は振動し、衝撃波で大地は罅割れ、抉られる。

「君、また強くなったんじゃないかい? 本当、底無しだね、『英雄の一(アルケイデス)』」

「それはお前にも言えることだ、『大英雄(マックール)』。槍の一撃一撃が、あの時よりも更に鋭く速くなっている。お前より速い者は私の知る限り存在しない」

 互いに互いを称賛する言葉をぶつけ、両者は睨み合う。

 槍を持つのは美少年と見間違える金髪碧眼の男。

 しかし、彼から放たれるのは圧倒的強者の風格で、並みの者であれば即座に卒倒しかねない。

 相対するは、巨大な鉄塊を握り締めた大男。

 全身隙無く狂い無く余分なものが何一つ無い、それ程までに鍛え抜かれた肉体からは、先の男以上の、丸で目の前に巨大な山が聳え立っているかのような威圧感が醸し出されていた。

「......次で終わりにするか」

「そうだね。君も僕も全力を奮っているわけでもない、只の遊びなわけだし」

 それにと、『大英雄』は続けると天井、つまりは地上の方へ目を向けた。

 それに対し、『英雄の一』はそうだなと一言返すだけだった。

 瞬間、二人が感じたのは、強大な殺意と重圧感であった。

 

 

 ______何者かが、何かを殺戮している。

 

 

 それを確信出来る程の、"死"を二人は感じ取っていた。

「僕達が留守にしている間に地上では、随分面白いことになってるみたいだね。噂の"化物兎"(モンステル)、想像以上だね」

「......そう言えば、お前はあれと()ったことはなかったか。あれは面白いぞ。手加減していたとは言え、私が一度殺されたくらいだ。今の時点で既にあれは私達の、"怪物"の域に達している」

 二人は紛れもない"真の『英雄』"である。

 それこそ、神話に名を残す『英雄』だ。

 彼ら程の()を持つものは、この世界には両の手で数えられる数よりも少ないだろう。

 しかし、だ。

 その"真の『英雄』"足る彼らが"化物"や"怪物"と評すその存在。

 "英雄"と"怪物"の違いは、只の力の方向性だ。

 その力が少なくとも善意に傾けばそれは英雄となり、その力が少なくとも悪意に傾けばそれは怪物となるのだ。

 善と悪という概念により、強大な力を持つものは英雄にも怪物にもなってしまう。

 二人はそれを理解していた。

 それを知っているが故に真の意味で英雄や怪物などと言う言葉は滅多に使わないようにしている。

 そんな二人が揃えて、化物、怪物と評すということは、つまりはそういうこと(・・・・・・)であった。

「......嬉しいね。こうやって僕達に新たな後輩が生まれてくるのは。最近の冒険者達は惜しい所まで来ている人達はいるけど、まだまだだったからね」

「......その誕生が、果たして吉と出るか凶と出るかは未知の領域ではあるがな。......まあ、少なくとも、私達にとっては喜ばしいことではあるがな。怪物寄りではあるが」

 

 

_______あれは"英雄"にも"怪物"にも、その二つを殺す者(・・・・・・・・

)にすらなれる。

 

 

 それが()に対しての、彼らの評価であった。

「それじゃあ、本当に終わりにしようか。早く地上へ戻らないと、また皆にどやされるからね」

「ああ、私もそろそろ次の段階(・・・・)へ進まねばならない。その為のお前との戯れ(・・)だ」

「まあ、君は僕が本気を出した所で殺しきれるかなんて分からないんだけどけね」

「はっ、何を言うか。お前はそれでも私を殺し切る。それが私の認めた最強の英雄足るお前だろう?」

 その後、彼らに会話は無く、起きたのは莫大な魔力の解放と、それに伴う烈風の嵐であった。

 

 

「血を捧げ、狙い穿つはその心臓! 『猛り穿つ凶獣の槍(ヘル・フィネガス)』!!」

 

「撃滅の千光、神造の王剣。斬塵滅消、『英雄大剣・魔獣斬殺(マルミアドワーズ)』......!!」

 

 

 英雄達の放つ至上の一撃、『英雄の一撃(アルゴノゥト・ドライブ)』に、ダンジョンは悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー。ヘスティアさ______」

「ベルくぅぅぅぅぅぅん!!!」

「んぐぁ!?」

 ホームの扉を開け、真っ先にベルの腹部を襲ったのは、ヘスティアの助走込みのタック_____熱い抱擁であった。

 少なくない衝撃がベルの腹部を襲い、思わず変な声をあげてしまう。

 いくら全体的に柔らかい肢体を持つヘスティアと言えど、質量を持っているのには変わり無く、更に不意だったこともあり、ベルは押し倒される形になってしまった。

「この一週間(・・・)、何処に行ってたんだい!? ボクに連絡もしないで!! しかも朝帰りだなんて!!」

「ててて......あぁ、すいません。ちょっと野暮用があって......」

 腹部と背中に軽い痛みを覚えながら、ベルはどうにか返答をする。

 ベルの上には、ヘスティアが抱き付くようにして覆い被さっている。

 それにより、彼女のその豊満な双丘が、ふにゅりと形を変え、押し当てられていた。

「シャラップだよ、ベル君! 君が居ない間、ボクがどんな気持ちでいたか分かってるのかい!?」

 ヘスティアは本当に心配したと、そう読み取れる表情をしており、その目には涙が見えた。

 ああ、これは悪いことをしてしまったと、ベルは罪悪感に苛まれる。

 ヘスティアにとって、ベルは只一人のファミリアである。

 そのベルが何の連絡も無しに突然一週間も顔を出さなければ、心配するのは当然だろう。

「ヘスティア様、すみま_____」

「君が居ない間、美味しいご飯が食べれなかったじゃないか! ボクよりベル君が作る方が美味しいのに、全くもう!」

「あれー? まさかのそっちですか?」

 いや、自分が悪いのは分かってるのだが、納得のいかないこの気持ちは何なんだろうか。

 ぷりぷりと怒るヘスティアは、まるで栗鼠のように頬を膨らませている。

 どうやら、本気のようだ。

 自分なら心配要らないと、信頼されている裏返しなのか。

 いや、それだとしても納得はいかなかった。

「......ヘスティア様、本当にすみませんでした」

「ベルくむぎゅっ!?」

 故にベルはヘスティアを抱き締め返すという方法に出た。

 決して悲しかったわけではない。

 そう、ヘスティア様をモフりたくなったのだと、ベルは言い聞かせていた。

 あと、自分は炊事係りではないぞという意思表示でもある。

「ヘスティア様って、あれですね。マシュマロみたいですよね。......おっぱ」

「それは絶対にセクシャルハラスメントだよって......ベル君?」

 ふと、ヘスティアは不思議そうな表情を浮かべると、ベルの頬を両手で包み込んだ。

「......どう、しました?」

「何かあったのかい? 何かこう、雰囲気というか、その、少し変わった気がしてたんだけど......」

 ヘスティアはそう言うと、うーんと唸りながら、ベルの頬をフニフニと弄り出す。

「あれですよ。男子三日会わざれば刮目して見よって奴ですよ......あと、くすぐったいです」

 止めてくれと、ベルは視線で訴えるが、眼前の女神様はそれを汲み取ってくれることはなく、難しい顔をしながらフニフニと弄るのを続行していた。

 赤子みたいだなと、故郷で面倒を見ていた子を思い出すベル。

 赤子と女神を同列に並べるのはどうかと思ってはいたが。

「というか、いつまで乗っかってるつもりですか......」

 流石にこの体勢はキツいと、ヘスティアを抱き抱え、ガバッと起き上がるベル。

 その際に、いきなりお姫様抱っこをされてびっくりしたヘスティアが、可愛らしい悲鳴をあげていたのは、面白かったというのはベルの談。

「まあ、僕も成長してるんですよ。......そうだ、ステイタス更新して貰っても良いですか?」

「......ベル君が自分から言うなんて珍しいね。やっぱり何かあったのかい?」

 ベルにお姫様抱っこされながら、寝室へと連れて行かれるヘスティア。

 お姫様抱っこされるのに抵抗が無いというのは、それ程までに、今のベルが気になるということだろうか。

 恥ずかしがってくれないのが、少し残念だとベルは思っていた。

「実はこの一週間、少し修行(・・)をしましてね。どれ程効果があったか気になって......」

 その時浮かべたベルの微笑は、ヘスティアには酷く別人(・・)に見えた気がした。

 ヘスティアはベルの胸に顔を押し付けることで、その微笑から目を背け、心を落ち着かせる。

 胸の中で、息を少し荒くするヘスティアに、ベルは疑問符を浮かべると同時に、くすりと笑った。

 その笑みが果たしてどちら(・・・)なのかは、誰も分からない。

「じゃあ、お願いしますね」

「うん、分かったよ」

 ベッドの上で、上着を脱いでうつ伏せになったベル。

 その上に、股がるようにして乗るヘスティアは、何か嫌な予感がして堪らない。

 神の直感というべきか、兎に角嫌な感覚が犇々と彼女を襲っていた。

「......行くよ、ベル君」

「はい、どんと来いです」

 ベルの背中に刻まれている鐘と炎が重なりあったエンブレムに、ヘスティアの神血(イコル)が落とされる。

 これによりステイタス更新は完了する。

 背中には神聖文字(ヒエログリフ)でステイタスが刻まれており、特定の者にしか読めないようになっている。

 無論、ベルは読むことが出来ず、ヘスティアに翻訳してもらわなければならない。

「......え?」

「ヘスティア様......?」

 ヘスティアの様子がおかしい。

 背中の上で、ずっと固まったまま動かない。

 途中、何度も呼び掛けるが、ヘスティアは反応しなかった。

「ちょっと、僕の話し聞いてます?」

 ベルは起き上がり、無理矢理にヘスティアをどかした。

 ヘスティアはそのままベッドへぽふんと仰向けに寝転んでしまった。

「ヘスティア様......? どうしました?」

 おーいと、呼び掛けても依然固まったままで、ピクリともしない。

 流石にこのままでは話が進まないので、ベルは強硬策へ出た。

「えい」

 むにゅり。

「ふにゃあああああ!!?」

 何の色気もない悲鳴に、ベルは少し残念な気持ちになった。

 アスティはもっと可愛い反応してくれるのにと、内心思いながら。

「やっと、反応してくれましたね。もう、びっくりしましたよ。死んじゃったかと思ったじゃないですか」

「それは、こっちの台詞だぁぁぁぁぁ!! い、いなり、処女(レディー)のむ、胸を、わ、鷲掴みするなんて!!」

 ヘスティアは顔を真っ赤にして、ベルへ詰め寄ると襟元を掴んでシェイクする。

 効果は抜群だったらしいが、代償もそれなりのようだ。

 今のベルは首の据わらない赤ん坊のようだった。

「ははははは。酔います、酔いますから」

「笑って誤魔化すな~!」

 こんなやり取りが、約十分程続いて、漸く本題に移るのであった。

「......ヘスティア様、機嫌直して下さいよー」

「......けっ。分かってたさ。ベル君が実は変態入ってたことくらいっ」

 すっかりやさぐれヘスティアと化した女神様を見て、ベルは只々苦笑するばかり。

 いや、過失は完全にベルの方にあるので、何も言えないが。

「仕方ありませんね、こうなったら等価交換です。僕のを揉んでも良いですよ?」

「馬鹿だろ君は!」

「そうですよね。ヘスティア様と僕の胸じゃ等価交換にすら値しませんよね!......失念していました。ベル・クラネル、一生の不覚っ......!」

「そういうことじゃないっ!」

 くっと悔しそうな表情を浮かべるベルに、ヘスティアはチョップを繰り出す。

 通称『女神の手刀(ヘスティア・チョップ)』と呼ばれる、彼女がよく天界で、セクハラをしようとしてくる神友達を成敗する際に使用していた奥義が炸裂した瞬間であった。

「......と、まあ、茶番は置いていて。一体どうしたんです?」

「......茶番って、納得がいかないけども」

 むむむと唸るヘスティアは、はぁと溜め息を吐く。

 そして、意を決したようにベルの方を見据えた。

「取り敢えず、これを見てくれたまえ」

「はい?」

 そう言って、ヘスティアから手渡されたのは、更新の度に渡されるいつもの羊皮紙であった。

 

 

ベル・クラネル

Lv:1

力:SSS 2986 耐久:SSS 3050 器用:SSS 3438 敏捷:SSS 3333 魔力:SSS 2899

《魔法》【霊障の御手】

・常時発動魔法

《スキル》【求道錬心(ズーヘン・ゼーレ)】

・早熟する。

・自身の追い求めるものがある限り効果持続。

・自身の追い求めるものの大きさにより効果向上。

《※※※》【※※※】

 

 

「......ベル君」

 ヘスティアは両手を自身の膝に置き、俯いている。

 しかし、彼女の腕は何故か震えており、ベルを不安にさせた。

「ヘスティア、様......?」

 ベルは震えるヘスティアの肩に手を掛けようと近付づく。

 すると。

 

 

「おめでとおぉぉぉぉ!!! ベル君、ベル君!! レベルアップだ!!!」

 

 

 一転して、破顔させたヘスティアの絶叫が廃教会に響き渡った。




一回死んだから当然だよNE☆


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#31

頭が痛い......



 神会(デナトゥス)

 三ヶ月に一度、定期的に開かれる集会で、ファミリアを持つ神々が集まって様々な議題に取り組む、というのが表向き。

 基本的に神々は適当な所があるので、実際にはお菓子や飲み物を持ち寄って、飲みながらの世間話の場になっているのが現状ではある。

 稀に真面目な会議を行ったりするので、それで釣り合いが取れていると言っているのが、よく騒いでいる男神達(馬鹿達)であるのだから説得力は言うまでもない。

 しかし、今回は珍しくきちんとした目的があっての集会だ。

 騒がしいという点については、いつも通りではあったが、その白熱っぷりと気合いの念、本気というの神々から感じ取れる。

 一体、何についての話し合いなのか。

 それは_______

 

 

「絶対に『最後の襲撃者(ラスト・アサルター)』だろ!!」

 

「最後とか付けちゃうのはぁ。次に付けるときとか凄い付けづらくなるからなぁ......」

 

「じゃあじゃあ! 『忍風丸』は!?」

 

「それ、前に誰かに付けた気がするから駄目」

 

「お願いだから、もう少しまともなのに......」

 

「......『暗器王(アンキング)』、よくね?」

 

『それだ!!』

 

「やめてくれえぇぇぇぇ!!!」

 

 

 一柱の神の悲鳴が会場に木霊する。

 それは絶望を形にしたかのような余りにも悲痛な叫びであったので、周りの神(悪のりしている連中)は爆笑していた。

 逆にそれにあまり関与していない、遠目から見ている神達はそれに同情の念を送っていた。

 

 

 命名式。

 

 

 何を命名するのかと言えば、二つ名である。

 レベルアップした冒険者に最も合うものを付けるのではあるが、神々のセンスや悪のりが酷いと悲惨な二つ名が付いてしまうこともしばしばで、先程のがそれの典型的なものである。

 ちなみにその神は、同じファミリア内のヒューマンの女性冒険者(可愛い)に手を出したのが、運悪く他の神々にも広まってしまったのが原因と言えるだろう。

 男神(おとこ)の嫉妬というのは何とも恐ろしいものであった。

「うぅ......胃が痛くなってきた......」

「大丈夫か、ヘスティア? 胃薬ならあるぞ」

「ああ、ミアハ。良いから良いから。いつものことよ。気にしないで」

 そんな会話をしていた三柱の神。

 一柱は白をベースとしたドレスに身を包んだヘスティア。

 もう一柱は赤のドレスに身を包んだヘファイストス。

 そして、さらにもう一柱が天界でもイケメンと評判のミアハであった。

 この三柱、割りと仲が良く、こうしてつるむことが多々ある。

 ヘスティアがミアハと仲が良く、そこにヘファイストスが入ったという形だ。

 友達の友達は友達じゃない、というのはよく耳にするが、ミアハの誰にでも優しいおおらかな性格とヘファイストスの面倒見の良い性格が合わさり、更に言えば常日頃ヘスティアの面倒を見ていたというのがあってすぐき意気投合したのであった。

 曰く、二人は彼女の保護者らしい。

「ヘファイストスはボクの胃がどうなってもいいかのかい!?」

「あーもう......うるさいわね。胃の一つや二つくらい大丈夫よ」

 先程から妙に機嫌の悪いヘファイストスは、テーブルに肘をおいて、深い溜め息を吐いた。

 今朝からずっとこうなのだ。

 ヘスティアとミアハに会った時も、不機嫌オーラが割りと全開だったので、びびった程だった。

 ミアハが。

 そして、ヘスティアは恐らく気付いていない。

 所謂、鈍感という奴であった。

「まあまあ、二人とも。荒れる気持ちは分からないでもないが、少し落ち着いたらどうだ? ほら、ヘスティアよ。胃薬だ」

「ミアハ~、ありがとう~」

 胃薬に嬉しそうに飛び付くヘスティア。

 どうやら本当に辛かったらしい。

「......別に私は普通だけど?」

 普通、と言いつつもヘファイストスからはピリピリとしたオーラが放たれており、ミアハは苦笑するしかない。

「何があったかは知らないが、話してみると楽になるかもしれないぞ」

 ミアハのモテる理由の一つとして、その圧倒的気遣い力があるだろう。

 誰かが悩みを抱いていたら、それとなく近寄って話を聞いてあげる。

 話すだけでも楽になると、そう言って話しやすくして、聞いてあげた上で更に解決策を提示するのだ。

 彼に助けられた神や人はたくさんおり、皆が彼を慕っている。

 一部ではミアハのお悩み相談室を作って欲しいという声もあったりなかったりらしい。

「......うちの馬鹿(・・)が、怪我して帰ってきたのよ」

「怪我、か......何れくらいの程度だ? 私で力になるのなら今すぐにでも貸すぞ」

 ミアハは医療の神だ。

 現在は零細ファミリアで薬の調合をしているのだが、天界に居た頃、つまりは全盛期ならばどんな怪我、病気も手を翳すだけで治すことが出来る程であった。

 そういう案件に関して彼がいるのは相当に心強いはずだ。

「......ありがとう。怪我はもう大丈夫だから」

 そう言う割りに、ヘファイストスの顔色は優れない。

 かなり深刻なことらしい。

「......何、また話せるようになったら言ってくれ。私は何時でもお前の力になる」

「本当、ありがとう。ミアハ」

 あまり踏み込むべきではなかったなと、少し後悔するミアハ。

 しかし、分かったことがあったのは、ヘファイストスはその子供が怪我をしたことに憂いてるわけではない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということだ。

 何か別の理由がある。

 そう確信したミアハではあったが、口には出さなかった。

「じゃあ、お前んとこのヒューマン、ヤマト・命だが、『絶†影』に決定!」

「よし! よし! 多少あれだが、全然ましだ! よし! よし!」

 もう一人、二つ名が誕生したらしい。

 その冒険者が所属しているファミリアの主神であるタケミカヅチは、狂喜していた。

 まあ、『暗器王(アンキング)』より遥かに良い二つ名だろう。

「タケ、喜んでるなぁ。あんなに喜んでるの久しぶりに見たよ」

 胃薬を飲んで多少胃痛が良くなったのか、ヘスティアは表情を和らげてそう言った。

「まあ、仕方ないわよ。自分の子供達に変な二つ名なんて付けられたくないもの」

 分からなくはないと、ヘファイストスはそう言った。

 実際にそれをやられると思うと寒気がするからだ。

 しかし、ヘファイストスはオラリオどころか世界的にも有名な鍛冶師のファミリアの主神だ。

 彼女の機嫌を損ねれば、自分のファミリアに武器を売って貰えなくなってしまうかもしれず、それをやろうとするものはいなかった。

「っと、そうだ。用事があるんだった」

 すると、ミアハが何か思い出したかのように声をあげた。

「どうしたんだい、ミアハ?」

「いや、ナァーザ_____うちの子と一緒に新製品に使う薬草を買いに行く約束をしていてね」

 いやぁ、危ない危ないと、ミアハは安心したように息を吐いていた。

 良く見れば、額に冷や汗が見える。

 忘れてしまうのがそれ程までに恐ろしいことなのだろうか。

「へぇ......何? ミアハも春が来たの?」

「違う違う。彼女はそんなんじゃないさ。それに私よりも良い者が居るみたいだしな」

「......ふーん。まあ、今日はミアハの所の子の名前が決まるわけでもないしね。出ても問題は無いけど。あ、ちなみにその子、買い物に行く約束したとき何か言ってたかい?」

 この神会であるが、本当に真面目な会議でない限り、途中の欠席も立ち歩きも全く以て問題無かったりする。

 理由としては、神々の適当さだ。

 それだけで片付けてしまうのもあれだが、本当にそうなのである。

 実際、二つ名を付けるなどという行為も神々にとっては遊びのようはもの、つまりは娯楽の種であるのだ。

 神々が地上に降り立って来たのも、娯楽に飢えていていたからというのが真実だ。

 これを地上の人々が知ったら神への尊敬の念はたちまち瓦解してしまうことだろう。

「え? ああ、喜んでいたよ。顔を赤くしていたのは心配だったが。でも、嬉しいよ。そんなにまで研究熱心だと」

 はははと笑うミアハに、ヘスティアとヘファイストスは呆れた視線を送っていた。

「っと、早く行かないと、彼女に殺さ_____怒られてしまう。お先に失礼するよ」

 ミアハは割りと物騒なことを言いかけてから、席を立つと会を抜けて行った。

「......多分、ミアハの奴。勘違いしてるよね」

「当たり前でしょ。あの超鈍感よ超鈍感」

 ミアハは鈍感、しかもかなりの。

 唐変木と言って良いのかもしれない。

 他人の好意には、まるで気付けないのだ。

 他人の機微に関しては鋭いのにである。

「まあ、そこがミアハの悪いところでもあるし、良いところでもあるんじゃないかな」

「......うん、まあ、そうね」

 ヘファイストスは微妙な表情を浮かべ、それに同意した。

 何か自分も痛い目にあっているかのようなそんな表情だ。

「あら、ヘスティア、ヘファイストス。久しぶりね」

 すると、横から妖艶な雰囲気を纏った声が聞こえた。

 二柱はそちらの方を振り向いた。

「げっ、フレイヤ......」

「あら、フレイヤじゃない」

「うふふ。げ、だなんて。女の子が使っちゃ駄目よ? ヘスティア」

 そこには美の女神フレイヤがいた。

 天界でもトップクラスの美貌を誇る彼女は男神達からとても人気があり、それと同時にフレイヤ自身も"奔放"な所があるため、お世話になったことが多い神もいるだろう。

「し、仕方ないじゃないか......ボクは君が苦手なんだよ......」

「それを面と向かって言うだなんて、うふふ。私はそういう正直なところ好きよ?」

 ヘスティアはテーブルに突っ伏すと、まるで溶けたスライムのようにグデェとなった。

 心労が限界を越えたのだろうか。

「フレイヤ。あんまりこの子のこと、からかわないでよね」

 見かねたヘファイストスは、溜め息を吐きながら二柱の間に入った。

 見て分かると思うが、ヘスティアがフレイヤのことを一方的に苦手としているところがあるのだ。

 まあ、あの神(・・・)と対峙したときよりは全然ましであるのだが。

「そんなつもりはないわ。只、ヘスティアとはもっと仲良くしたいだけよ」

 底の見えない何か不気味な笑みを浮かべ、ヘスティアを見るフレイヤ。

 案の定、ヘスティアはテーブルに突っ伏しているため、その視線を見ることはなかった。

「......で、どうしたのよ? まさか、本当に挨拶だけに来たのかしら? というか、神会(デナトゥス)に出るのも珍しいじゃない」

「ええ、そうね。本当は顔を出すつもりはなかったのよ。でもね、久し振りに貴方達に挨拶しようと思ってね。それに、聞いたのよ。ヘスティアの所の坊や______ベル・クラネルの二つ名を決めると聞いてね」

 ベル・クラネル。

 約一ヶ月で、Lv:2に達した期待の新人冒険者である。

 彼の噂は先日から、オラリオ全土に広まっていた。

 何と言って、あの《剣姫》アイズ・ヴァレンシュタインの最速記録を圧倒的に更新したのだ。

 当然の如く、オラリオは騒然となった。

 

 

 曰く、ミノタウロスの大群を皆殺しにした。

 

 曰く、18階層の『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』"ゴライアス"を単独で討伐した。

 

 曰く、最近、ダンジョンに出没する異常な強さを誇る黒いミノタウロスを討伐した。

 

 曰く、《猛者》オッタルが彼に興味を抱いている。

 

 曰く、ロキが彼をスカウトしようとしている。

 

 曰く、ヘファイストスが特別に彼の専用の武装を造った。

 

 曰く、彼は人智を越える力を持っている。

 

 

 そんな出所不明の噂が何故か流れているのだ。

 どれも尾ひれが付きそうな眉唾物で、どれが真実なのかも分からない。

 例え、どれかが真実だとしても到底信じられないことではあるが。

 まあ、とにかく。

 オラリオはベル・クラネルという冒険者の噂で持ちきりなのである。

「......フレイヤ、どういうことだい。それは?」

 突っ伏していたヘスティアは起き上がると、表情を一変させてそう言った。

 フレイヤが興味を抱く。

 その行為だけでも酷く珍しい。

 しかし、それは同時に何か良からぬことが起きることを示していた。

「はぁ......やっぱりあんた。______ベルに手を出す気?」

 深く溜め息を吐いて、一度俯いてから、ヘファイストスはフレイヤを睨み付けた。

 感情には怒気が孕んでいる。

「あらあら、ヘスティアにヘファイストス。顔が怖いわよ? まるで大事なものを取られた子供みたいよ。......もしくは恋する乙女と言ったところかしら?」

「違うっ! ボクとベル君はそんなんじゃない! ......でも、ベル君に何かするつもりならボクは君を許さない」

 下衆の勘繰りというのは誰であろうと鬱陶しいものがある。

 それに、ヘスティアはベルとの関係をそんなもので表して欲しくなかったし、何より彼女自身、彼のことをまだ理解していなかった。

「......あんたが何を企んでるかは知らないけど、それに地上の子を巻き込むのは止めなさい」

 挑発、そう取れるフレイヤの言葉にヘファイストスは苛立ちを隠せなかった。

「ふふふ、本当に大事にされてるのね、そのベルって子は。正しく《神に愛された子(メサイア)》みたいじゃない」

 フレイヤは楽しそうにそう言った。

 彼女達の怒りの感情を歯牙にもかけていない。

 恐らく態と言っているのだろう。

 そして理由は分からないが、フレイヤも同じで、ことこの話題に関しては彼女達に対して良い感情を持っていないということも読み取れた。

 少なくとも、ヘスティアとヘファイストスは頭に血が上っていてそれを理解したかと言えば怪しかったが。

 そして、そんなフレイヤの態度は、更に二柱を神経を逆撫でしていく。

 

 

「そんなお伽噺出すなんて、何やフレイヤも随分メルヘン思考になったなぁ?」

 

 

 更なる神の介入。

 そこに居たのは天界最大のトリックスターであるロキであった。

「あら、女の子はメルヘンが好きなのよ、ロキ。久しぶりね? 元気にしてたかしら?」

「女の子言える歳や無いやろ? 歳考えろ歳を。てか、珍しいやないかい、(こっち)に出てくるなんて。自分、何企んでるん?」

「酷いわねぇ。歳に関しては貴女も同じでしょ? それにヘスティアとヘファイストスにも同じ事を言われたわ、企んでるだなんて。私だって傷付くのよ? 」

「前科があるから仕方ないんとちゃうか?」

 そんな二柱のやり取りは完全に絶対零度の眼差しが交差する恐ろしいものとなっていた。

 彼女達は地上でも最大最強を誇る二大ファミリアの主神であるのだ。

 こと地上に於いて、彼女達を敵に回せるものも、彼女達に逆らおうとするものもそうはいない。

「ロキ......」

 ヘファイストスは割って入ってきたロキに違和感を感じながら、呟いていた。

 普段なら、あの馬鹿騒ぎしている連中の中に混じって、悪のりしていているはずなのだ。

 しかし、今の彼女はどうも違和感があり、不自然であった。

「あぁっ......! もうっ! 今度はお前かよ、ロキっ!」

 ヘスティアは、自身が最も嫌う神であるロキが現れたことにより、視線を送る対象をそちらに変更した。

「あ"? 何やドチビ、ワレ居たんかいな? 全然気付かんかったわ」

「チビ言うな! このまな板! つり目!」

「ぶち殺すぞ!?」

 始まる眼の飛ばし合い。

 それにより霧散した先の空気。

 ある意味救われたのか。

 ヘファイストスは安心していた。

「あらあら、始まっちゃったわね。......うーん、そうね。今日はこの辺で御暇させて貰うわね」

 フレイヤは何かを一考してからそう口に出した。

「......あんた、本当に挨拶しに来ただけなの?」

「ええ、そうよ。久しぶり貴女達に会いたかっただけ。それなのに、貴女達ときたら失礼しちゃうわ」

 その言葉とは裏腹に、フレイヤはニコニコと笑っていた。

 その笑顔はまるで彼を思い出させるような、そんな表情で、ヘファイストスを戸惑わせた。

「......悪かったわ。変に当たって」

「良いわよ、別に。気にしてないもの。それに貴女達の気持ちも分かるわ。大切なものは取られたくないっていうの」

 私も同じよ(・・・・・)、そうフレイヤは続けた。

「......だから、別にそんなんじゃないってば。ベルは弟みたいなものよ」

 少し頬を赤くして、目線を反らすヘファイストス。

 普段の彼女からは想像出来ない態度に、フレイヤは少しだけ驚くも、顔には出さなかった。

「......そう。ごめんなさいね、ヘファイストス。ヘスティアにも謝っておいてくれるかしら」

 そろそろ行かないといけないの、そう彼女は続けると、取っ組み合いになりかけているヘスティア達に目を向けた。

「分かったわ、伝えておく。次会ったときは、一緒にお酒でも呑みましょう?」

「ええ、是非」

 そう言って、フレイヤは優雅に歩き出す。

 美の女神である彼女は、挙動の一つ一つが洗練され美しかった。

 現にそれに見とれている神も少なくない。

 そんな中、フレイヤは途中振り向くと、ヘファイストスの方へ軽く手を振ってきた。

 ヘファイストスはそれに応えるように軽く手を上げ返した。

「......ほら、あんたらもみっともないから止めなさい」

 溜め息を吐きながら、ヘファイストスは未だに眼を飛ばし合っている二柱の神の頭部へ手刀を繰り出し仲裁に入った。

「痛いっ! 何するんだ、ヘファイストス!」

「痛っ! 何するねん、ヘファイストス!」

「黙りなさい、迷惑よ」

 

 

 その後、ヘファイストスに視線に黙殺される二柱の神が居たとか居なかったとか。

 

 

 

 

 そして、何人かの命名が終わり、遂にベルの番へとなった。




二つ名、少し悩み中。

あと、鬼ころし級ムズすぎて鬼やらい級を大人しく回る日々。
力になれずごめんなさい、全国のマスターさん。


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#32

"ごちうさ"の世界に行きたい......


 ベルの命名の番になり、ヘスティアは深呼吸をして、心を落ち着かせていた。

 気分はまるで、裁かれる罪人のような気分であり、とても心臓に悪い。

 まともな二つ名を付けるに当たって、重要なことがある。

 悪のりをする神々を抑えるには、それ相応の力を身に付ける必要があるのだ。

 それをしなければ、変な二つ名を付けられてしまいかねない。

 現状、それが出来るのはロキやフレイヤ、ヘファイストス、ゴブニュ達の地上でも権力があったり、武器生産に携わる等の神々が該当する。

 この辺の神のファミリアに何かしようものなら、地上でのファミリア運営が厳しくなるからだ。

 特にロキとフレイヤは。

 後は、雰囲気的に違うだろう(・・・・・)という神々である。

 例えば、農業系ファミリアを運営する女神様系女神デメテルであったり、三大美女神の一柱であるアフロディテであったり、天界の神々に大人気の、こんなに可愛い子が女の子なわけがない系神様バルドルくんであったりだ。

 この神々に変なことをしようものなら、固有ファンである他の神々に殺られかねない。

 例として、バルドルくんを遊びに誘った(意味深)ある男神は、翌朝言葉にするのも憚られる有り様で発見された。

 ちなみにバルドルくんはお菓子をもぐもぐと食べていただけらしい。

 そして、このどちらにも該当しない、所謂弄っても問題無い神々にヘスティアは該当していた。

 地上でもじゃが丸くんの店ではマスコット的な扱いを受けているが、それは天界でも同じであった。

 かと言って、彼女が他の神々から、良い待遇を受けていたとは言えないが。

 弄りやすい神の一柱であったのだ。

「じゃあ、次は......おおっ! ベル・クラネルじゃん!」

「これが噂の......男だよな? 結構可愛い顔してんな......」

「ベルきゅんハァハァベルきゅんハァハァ......」

「あ、本当だー。可愛いねー」

「兎みたいだね! 小動物系って奴だ!」

 見る限り、他の神々からの第一印象は中々に良い。

 お喋りに徹していた女神達も、噂の彼に興味があったのか、配られた写真付きの用紙をじっくりと見ていた。

 一部様子のおかしい神も居たが。

 そんな中、ヘスティアは内心で納得がいかないと思っていた。

「えーっと。冒険者登録から約一ヶ月って、マジだったのかよ......」

「所属はヘスティアんとこで、種族はヒューマン、武装は短刀(ナイフ)......あ、でも普通の刀剣も使うっぽいな」

「噂によると、ミノタウロスを討伐したらしい。なあ、ロキ! そうだろう? 目撃情報にお前さんとこの冒険者も入ってるし」

 どうして、ベルのことを他のファミリアの主神に聞くのか理解できないが、ヘスティアにとってそれはありがたいことであった。

 ベルについては、主神である自分もよく分かっていないのだ。

 神々の視線は、何故かヘスティアの右隣に陣取っているロキに集中する。

 ヘスティアの左隣にいるヘファイストスは肩肘をついて、ロキを見つめている。

 その視線は他の神々と違い、何かを探るような目であったが。

「______ああ、間違いないで。うちの子達がその現場に居合わせたらしいからな」

 腕と膝を組んでいるロキは片目を瞑りながら、そう告げた。

 ざわざわと、会場がどよめきに包まれる。

 当たり前だろう。

 Lv:1の冒険者がミノタウロスを倒すなど、前例から見ればとても少ない(・・・)事例で、それから見れば、ベル・クラネルという冒険者は酷く異質な存在であるからだった。

「それにや、ベルは中層に匹敵するモンスターも倒しとる。なあ、そうやろ、ドチビ?」

 更にロキはそう言い放つと、その視線を隣に居るヘスティアへ流した。

 神々のざわつきは更に波紋の様に広がっていく。

「......ミノタウロスを倒した、その件については初耳だし、何でお前がベル君のこと名前で呼んでるか気になるけど。......こいつの言ってる通りだよ。ボクが見たのは、怪物祭(モンスター・フィリア)のあの騒動の時。ボクの目の前ででっかい植物型のモンスターを倒してたよ、あっさりとね......」

 ヘスティアにとって、その記憶はあまり思い出したくないものであった。

 ベル・クラネルが神の恩恵(ファルナ)とその証であるシンボルをその背に刻んだあの時。

 探索系ファミリア最高峰であるロキ・ファミリアの第一線級の冒険者が苦戦したモンスターを、成り立ての彼が何処からともなく現れた大剣で以て一方的に虐殺した。

 あの光景は、一緒にいたエイナ・チュールとの間では禁忌(タブー)になっている。

 彼のあの獰猛と言える、殺人鬼(・・・)を彷彿とさせる表情を見て、ヘスティアは神が人に覚えてはいけない感情(・・・・・・・・・・・・・・・)が湧き出てしまったのだ。

 絶対にそんなこと、思ってはいけないのに。

 心の底で、その感情が渦巻いてしまっている。

 ヘスティアはそれを封じ込めるので精一杯だった。

「し、しかしだ。Lv:1で中層クラスのモンスターを倒すなんて......しかも、その冒険者はヒューマンなんだろう? 何かの間違いじゃ......」

 何処かの神の一柱がそう口に出すと、周りの神もそれに同意するように首を縦に振っていた。

「それは無いで。現に私んとこの子供達はそん時に助けて貰っとるし、何よりその光景もばっちし見とる」

 ロキがその言葉を否定すると、神々は黙らざるを得ない。

 今集まっている神の中で、トップクラスの力を持つのが彼女なのだ。

 その彼女が本当だと言っている、しかも珍しく(・・・)真面目な表情で。

 信憑性は大いにあった。

「でも、それは......本当に......」

 

 

______人間なのか。

 

 

 怪物ではないのか。

 それを口に出そうとした神は直ぐに口を閉じた。

 ロキの鋭利な視線が突き刺さったからだ。

 それ以上口に出したら______その神は恐怖で縮み上がっていた。

 その神は、ロキに抱いた恐怖の他にもう一つ別の恐怖を味わっていた。

 神が人に抱いてはいけない感情、それをベルに抱きかけていたのだ。

「それでや。この子に関しては、二つ名の命名も慎重になるべきだと思うんよ」

 ロキのまさかの発言に、会場はまた、どよめきに包まれる。

 あのロキが。

 場を引っ掻き回すことに定評のあるあのロキが。

 慎重を期せと、そう言っているのだ。

 普段の彼女を知る者達からしてみれば、違和感しかなかった。

「うちのアイズを軽々と越える記録や。間違いなく、大成の器を持っとる。言いたくはないんやけど_______アイズを越えると思う、この子は」

 今日のロキは本当におかしい。

 あのアイズが好きすぎて最早アイズ厨と影で言われているロキが、アイズを越える等と口にしているのだ。

 ヘスティアは夢では無いかと頬をつねった。

「そんな大器を持つ子や。下手な二つ名なんか付けてみぃ。大成した時に他の冒険者がこんな二つ名を持つ、持ってた冒険者より下なんて思わせたら可哀想やろ? やる気にも繋がってくるしな」

 確かにLv:7の冒険者の二つ名が、《暗器王(アンキング)》だったら台無しにも程がある。

 それを目指したいとも思わないだろう。

「それなら、目標と成せる、この冒険者みたいに成りたいと思わせられるええ二つ名の方が、これからのことを考えても良いんと思うんよ」

 確かにと、他の神々はロキの熱弁に納得していた。

 上を目指すやる気を持った冒険者が居るから、ダンジョン攻略は進む。

 それを考えれば、ロキの言葉に間違いはないとそう思えたのだ。

「全員賛成、みたいやな。納得して貰えて助かるわぁ」

 おおきになと、ロキは礼を言った。

 会場の神々は既にロキの意見に従う所存だ。

 誰もロキの言葉を否定するものはいない。

 ロキの一人勝ちであった。

「なあ、ええやろ? ヘスティア(・・・・・)

「ああ、うん......」

 ロキの意思確認に、ヘスティアは胡乱気に答えた。

 状況に着いていけない、そんな様子であった。

「それじゃあ、早く決めようやないか。ベルにぴったりな二つ名をな」

 ロキはニヤりと笑みを浮かべ、自身の膝を叩いた。

 何故、ロキはヘスティアのファミリアの団員であるベルの命名に此処まで熱心に関わってくるのだろうか。

 そんなロキの真意を掴めずヘスティアは只唖然とし、固まっていた。

 ヘファイストスは企んでいるのはロキの方であったかと、頭を抱えるのであった。

「あ、あとな。うちのアイズやけど、Lv:6になったから、そこんとこよろしくな」

 そして、ロキの爆弾発言に、会場の神々は更なる喧騒に包まれることになった。

 

 

 

 

 

「レベルアップ、おめでとうございます、ベルさん!」

「おめでとうございます、クラネルさん」

「おめでとうございます、ベル様!」

「ありがとうございます、皆さん」

 時間帯は夜、《豊穣の女主人》にて。

 三人の女性からベルは祝福されていた。

 シル・フローヴァ、リュー・リオンの《豊穣の女主人》の綺麗所と、リリルカ・アーデという妹系年上の三人に囲まれている。

 周りのもの達からの視線が鬱陶しい。

「今日は私達の奢りなので、どんどん食べて飲んでくださいね!」

 シルは笑顔を浮かべそう言った。

 達、というのはリューやリリルカも含まれているのだろうかと、ベルは考えていた。

「はい、頂きますね」

 そう言ってベルは注がれた酒を煽る。

 ショットグラスに入ったその酒は、一気に飲み干され、直ぐに空っぽになった。

「クラネルさん、とても良い飲みっぷりですね。どうぞ」

 リューがそれに気付くと直ぐにグラスに酒を注いでくれた。

 《ヴァダーズ・クリスタル》と呼ばれる透明色の蒸留酒で、度数はかなり高く、値段もそれなりにする。

 ベルはありがとうございますと軽く礼を言うと、グラスを少し煽った。

「ベル様、どうぞ。リリセレクトですが」

 リリルカが、ローストビーフとサラダ等をバランス良く配膳した小皿を差し出してくる。

「ありがと、リリルカ」

 ベルは礼を言うと、確かローストビーフはお薦めの一つだったなと思い出しながら、フォークで刺してパクついた。

 美味しいと、ベルは素直に嬉しそうな表情を浮かべると、三人は嬉しそうに頬を緩ませている。

「そうだ、ベルさんベルさん♪ 二つ名、聞きましたよ!」

 シルは何故かとても嬉しそうにベルへそう言ってきた。

 どうしてそんなに嬉しそうなのだろうか、ベルには分からない。

「ああ、はい。そうですか......」

 かなりグイグイ来ているので、ベルは苦笑してしまった。

 子供のように目を輝かせているのだ、戸惑ってしまうのは仕方がないはずだ。

「......《光を掲げる者(ルキフェル)》。とても美しい二つ名です」

「ベル様、大変お似合いですよ!」

 リューとリリルカのお世辞ではない賛辞の言葉に、ベルは苦笑するしない。

 違和感、ベルにとってそれを感じる二つ名なのである。

 明らかに自分には合っていない。

「いや、でも......何て言うか僕には大それた名前で似合わないと思うんですけど......」

 《神会》から帰って来た、ヘスティアに結果を聞いてみれば、聞かされたのがその名前だったのだ。

 理由を聞いてみても、その通りだよとしか答えてくれず、まともに取り合ってくれなかった。

 しかし、ヘスティアは何故か当のベルよりも納得のいかない表情を浮かべていたが。

 よく分からない、それが今のベルの心境だった。

「そんなことありません! お似合いです! それに格好いいじゃないですか《光を掲げる者(ルキフェル)》って!」

 ブンブンと首を大きく横に振って、シルはそれを否定する。

 彼女のその目はお世辞で言っているとは思えない程に真面目で、どうやら本気で言っているらしい。

「そうです。クラネルさんはもう少し自信を持ちましょう。《光を掲げる者》として」

「ですです! ベル様は神々にその二つ名を冠すべきだと認められたのですから。もっと積極的に名乗って行くべきですよ、《光を掲げる者》って」

 追従するリューとリリルカ。

 同じく彼女達も真面目に言っているらしい。

 流石に冗談だろと、頭を抱えそうになった。

「あの、その二つ名、あんまり連呼しないでくれませんか......」

 恥ずかしいのでと、ベルの言葉は珍しく消える寸前の蝋燭の火の様に小さいものだった。

「それに......」

 先程から周りのもの達の視線が凄いのだ。

 チラチラと何かを伺うように、ベルを見ている。

 大方、史上最速でレベルアップした冒険者に興味があるのだろう。

 関心、嫉妬、畏怖、そんな心象を視線に乗せてベルに集まっていた。

「......はぁ」

 鬱陶しいと思いつつ、視線を三人へ向ける。

 彼女達は姦しく自身を讃える会話で盛り上がっている。

 本当に恥ずかしい。

 更なる羞恥がベルを襲った瞬間であった。

「あ、今日こそ教えてくださいよ! この一週間何処に行ってたんですか!? お店にも顔を出さないで、心配したんですよ......?」

 うるうると目を潤ませ、自身が出来る最高の角度で上目遣いを行った。

 うわ、あざといにゃ。あざとすぎて下吐が出るにゃ、そう口に出した某猫人(キャット・ピープル)二名は同僚のヒューマンのウェイトレスにぶん殴られていた。

 ちなみに、シルにこれ(・・)をされた男性はたちまちノックアウトし、お金が無くなる寸前まで飲まされてしまうらしいが、果たして本当なのか。

 まあ、それはともかくとして、ベルには案の定上目遣いは効かなかった。

「修行ですよ、修行。ちょっと強くなりに」

 ベルは見たこともない何処かの郷土料理を口にしながらそう答えた。

 別に何も間違ってはいないだろう。

「......絶対適当ですよねー、それ」

「......本当ですよ」

「本当に本当ですかー?」

「......本当に本当に本当ですよ」

「本当に本当に本当に本当ですかー?」

 本当に面倒くさいなと、珍しくベルは悪態を吐きそうになった。

 本来女性に対して(一部を除く)はそんな態度は絶対に出さないのではあるが、今回は珍しくほんの少し(・・・・・)顔に出てしまったようだ。

 シルは気付いていないようだったが、リューの方はそれに気付いているようであった。

 リリルカの方はシルと同じであったが。

「あー、もう。またそうやってはぐらかす......本当に心配してたのに......」

 流石に罪悪感がベルを襲い始めたが、敢えて無視することにした。

 これで聞かれたのは三度目。

 中々諦めてくれないシルはとても粘り強い。

 そこは素直に凄いと思うベルであったが、変に言及されると面倒なので無視を決め込んだのだった。

「シル。クラネルさんが言わないのは、何か事情があるのでしょう。あまり深く詮索して欲しくないことは誰にだってある筈です」

 ベルのそれ(・・)を察知したリューが間に割って入ると、そう言って場を治める。

 流石、同僚というべきなのか。

「むぅ......そうですね......ごめんなさい、ベルさん」

 先と一転、反省モードとなったシルは申し訳なさそうにそう謝ってくる。

 ああ、何故だか悪いことをしてしまった感覚に陥るベルは不幸だと、内心で呟いた。

「......僕の方こそすみません。変な態度を取ってしまえばそうなるのは当然ですよね。こんな僕を許してくれますか?」

 ベルはそう言って、シルの手を優しく包み込むと、シルの瞳を見詰めた。

 灰色(アッシュカラー)のその瞳は先程よりも更に潤み、頬がそれに合わせて上気する。

「そ、そんな許すだなんて......ベルさん、その......」

 シルはベルの目力に耐えられなくなったのか、途端に視線をずらした。

 ベルの勝ち。

 別に勝負事ではないが、そう判定出来るだろう。

 まあ、勝ったからといって何があるわけでもないが。

「ゴホンッ、です!」

 そう言って、握っていた手を無理矢理引き離したのはリリルカであった。

 明らかにムッとしているその顔は、栗鼠の様でとても可愛らしい。

「手打ちにしましょうか、シルさん」

「そ、そうですね......」

 顔を反らしたまま答えるシルは当然の如く顔を赤くしていた。

 取り合えず、この状況を打破してくれたリリルカには感謝である。

 ベルは隣に座る彼女のその頭を優しく撫でてあげた。

「にゃっ!? ふにゃぁ......」

 即落ち二コマである。

 リリルカはまるで子猫の様になっている。

 ベルがよく知っている猫人よりも猫らしかった。

 気のせいか、元から小さい等身が更に縮んでいる気もした。

「クラネルさん。今日はお祝いなのですから......その、何か食べましょう」

 リューのそのどこか強引な状況修正発言で、目の前にあったご馳走に目を向けるベル。

 そう、今日はお祝い事なのだ。

 目の前に並んでいるご馳走は滅多にありつけないものばかり。

 遠慮なく頂くことにしようとベルは撫でるのを中止し、料理に手を伸ばす。

 そして、不満げなリリルカの視線がリューへ刺さったが、それを越える冷徹な視線でカウンターをするエルフに、戦慄せざるを得ないシルであった。

「......あれ? そういえば麻婆豆腐は何処ですか?」

「それなら今ミア母さんが作ってる最中みたいですよ。すっごい"殺る気"でしたねぇ」

 シルの発音がとても物騒に聞こえたのは気のせいだと思いたいベル。

 まあ、冗談なのだろうが。

「マーボー?」

 リリルカは未知の単語に小首を傾げている。

「麻婆豆腐。挽き肉と唐辛子から始まる香辛料を炒めて、それに豆腐とスープを入れて煮込んだものだよ」

 ベルは急かさずリリルカへ麻婆豆腐の説明をした。

 とても美味しいんだよと、続けて言うと一瞬驚いていたリリルカは楽しみですと嬉しそうな表情を浮かべる。

 まあ、いきなり饒舌になったら仕方ないのかもしれない。

 こうやって麻婆豆腐の同士が生まれていくのは何とも嬉しいことかとベルは内心咽び泣いていた。

「いやぁ、ベルさん用の麻婆豆腐は少し変わってるていうか......」

「......確かに普通のは美味しいです。至って普通のは」

 ウェイトレスの二人は、微妙そうな表情でそう言った。

 死地へ向かおうとする女の子を、彼女達は見送ることしか出来ない。

 何故なら巻き込まれたくないからだ。

 ベルの麻婆に。

「けっ、女侍らせやがって......今夜は特別、《豊穣の女主人》特製、『外道麻婆、灼熱の生命警鐘篇』、お待ちどうさまにゃ。鉄板が熱いので気をつけるにゃ。あと、滅茶苦茶味わって死ね」

 やさぐれ猫人、アーニャ・フローメルは、ベルの前へウェイトレスとしてあるまじき態度でそう吐き捨てながら、麻婆豆腐を出してきた。

 一体何をしたと、ベルは自身の行動を省みる。

 うん、おおよそ只の八つ当たりだろう。

 ふざけるなという話だった。

「......アーニャ?」

 そして、案の定リューによる制裁が下された。

 アイアンクローでアーニャの顔面は危機に陥っていたが、無視して構わないだろう。

 因果応報である。

「ちょ、ちょっと待ってください! これ本当に食べ物なんですか!? 何か煮えたぎる溶岩みたいになってますけど! あと名前おかしいですよね!?」

 リリルカは目の前にある物体を食べ物と認識していいものか、困惑していた。

「頂きまーす」

 しかし、ベルはそんなリリルカを無視して、早速鉄板の上の麻婆豆腐をレンゲで掬った。

「これですよ、これ! この辛さ! 全く堪らないですね!」

 感動というベルの嬉々とした表情を見て、リリルカは嘘だろという表情になっている。

 シルとリューは相変わらずだなという、少し呆れたような表情を浮かべていたが。

 ちなみにアーニャはぼろ雑巾になりつつも、おかしいにゃ、あれは史上最強の辛さの筈なのにとベルにドン引きしながら仕事へ戻っていった。

「あ、リリルカも食べるよね?」

「け、結構です! 今夜はベル様のお祝いですので、ベル様が全部食べた方が良いです、全部!」

 先程まで楽しみという表情を浮かべていたリリルカの豹変に、ベルは少しショックを覚えていた。

 毎度毎度、麻婆豆腐を食べてみるかと聞いても誰も首を縦に振らないのである。

 麻婆豆腐に何か恨みでもあるのだろうかと、ベルは本気で考えていた。

「そっか......」

 まあ、それなら遠慮なく全部頂いてしまおうと、悲しさを一新して、レンゲで掬う速度を早めた。

「......いつも、こうなんですか?」

「......はい、ここに来たら必ず」

「......あれを食べられるのはベルさんと神父さん以外見たことないんですよね」

 どんな神父だと、リリルカは叫びたくなった。

 何かこう、人の不幸を嘲笑う死んだ目の男のイメージが湧いてしまったが、不愉快なのでリリルカはすぐに頭から掻き消す。

 一体誰なんだろうなんて、リリルカは考えたくもなかった。

「クラネルさん。グラスが空になっています」

「あ、どうもです」

「ベル様、そのマーボー? だけではなくこれもどうでしょう? 食べてみたんですけど美味しかったですよ!」

「うん、ありがと」

「ベルさん! 私も構って下さい!」

「はい......はい?」

 騒がしくなるベル達、四人の宴。

 静かに食べたり飲んだりするのは好きなベルであったが、こういう賑やかなのも悪くはない。

 まあ、一緒にいるのが顔見知りというのが一番の理由なのだろうが。

 今度、ヘスティア様やエイナさん達も誘って飲みに行くものありかなと、ベルは思っていた。

 特にエイナ辺りは何気に酒に強そうなので、結構飲み比べが出来るかもしれない。

 彼女が酔った場合、予想では笑い上戸か説教をかましてくるかのどちらかだろう。

 何となくのイメージではあるが。

 ベル的にヘスティアは泣き上戸、ヘファイストスは説教をしてきそうだ。

 ロキは絡み酒かつ暴れてボディタッチが増える最悪のパターンだろう。

 あの時のを見てそれは確信している。

 まあ、自分の祖父が割りとそれに近かったのでどうということはないが(面倒ではある)。

 他の人達はどうだろうか、そんな下らないことを考えていると、横の方から誰かの影が此方に向かって来るのが見えた。

「よぉ、お前か? 最速記録でLv:2にレベルアップしたっていう野郎は?」

 明らかにガラの悪いヒューマンの男で、後ろには数名の男達がぞろぞろと集まっていた。

 これは嫌な予感しかしない。

「最速云々は知らないですけど、確かに最近レベルは上がりましたよ」

 それがどうかしましたか? そうベルは聞き返すと、男達はにやにやと悪い笑みを浮かべながらこう言った。

「調子に乗ってる糞生意気な新人に、俺達先輩がこの場の礼儀作法ってのを教えにやって来たんだよ!」

 ドンッと、威嚇するようにテーブルを叩く男。

 どうやら嫌な予感は的中してしまったらしい。

 ベルは心の中で深く溜め息を吐いた。




二つ名に関して、迷っていた二つの候補のうちの一つを採用しました。
違和感があるかもしれませんが、これで良いのです。
きちんとこの二つ名になった理由は色々あるので、その一部は何れロキ辺りに語って貰いましょう。
ちなみにナァーザには《銀腕の薬師(シルバーアーム・ディスペンサー)》とかついてます。

あとベル君のステイタスに関しては、きちんと更新されてレベルアップしています。
発展アビリティとか色々、ベル君には変化が起きているのでお楽しみに。


次回、ある意味修羅場(?)の筈です!


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#33

マーボー!!(挨拶)
お気に入り8000件突破ありがとうございます!!


「......あー、その。ごめんなさい。どういうことでしょうか?」

 ベルが絞り出したのはその言葉であった。

 その表情は困惑の極みと言ったら正しい。

 当たり前だろう。

 いきなり、礼儀作法を教えてやると言われても意味が分からない。

「あのよ、俺らはお前より先にレベル2に上がった所謂先輩なんだよ。ってことはお前は俺らの下(・・・・)ってわけだろ。分かるか?」

 男はそれが至極当然のようにそう言った。

 後ろにいる連中もその考えと同じらしく、リーダー格である男と同じ表情でベルを見ている。

「......つまり、何が言いたいんですか?」

「はっ、分かんねのかよ。馬鹿か、お前は。下ってことは、お前は俺らを立てなきゃいけねぇ。上である俺らをな」

 つまりは、男はそう前置くとベルの周り______シルとリュー、リリルカの三人を見た。

「俺らにも良い思いさせろって、言ってんだよ。______そこの嬢ちゃん達を俺らに貸せ」

 命令だ、そう言わんばかりの表情でそう告げる男。

 汚ならしい、そう言い表せる顔を男達はしていた。

「貴様ら......!」

 静かに激情を燃やすリューの腕は震えており、抑えるのも厳しそうだ。

 シルは不安げな表情、リリルカは塵をみるような目で男達を見ている。

「......リューさん、抑えて下さい。此処で貴方は力を振るうべきではない筈です」

 ベルはリューへ、まるで子供に言い聞かせるようにそう言って腕を出して制した。

 途端に驚いた表情を浮かべるリューの顔は珍しい様子で、中々に面白い。

「一つ聞きたいんですけど、上とか下って何ですかね。さっきの説明じゃいまいち分からなかったんですけど」

 苦笑しながら、ベルはそう聞いた。

 すると、男達は大きく笑い始めた。

「お前、本当馬鹿なのな! だからよ、お前みたいな雑魚(・・・・・・・)は、俺らみたいな強者(ベテラン)の言うこと聞いてりゃ良いんだよ!」

 また、ドンッとベル達のテーブルに拳を叩き付ける。

 既に周りの客達の視線は此方に集中しており、針のむしろような感覚であった。

「......マジですか」

 ベルは考え込むようにして、俯くとうーんと何かを考え始めた。

 話の通じない動物にどうやって意思を伝えるのか、難しい問題だと頭を捻っている。

 それに一瞬、厨房の方へ目を向け、ミアの方を見たのだが、お前がどうにかしろと視線で言われてしまったらどうすることも出来ない。

 本当に面倒なことになったなとベルは溜め息を吐きたくなる。

「ほら、嬢ちゃん達。そこの新入り(雑魚)よりも、俺らみたいなベテラン組に酌しな。金だってあるぜ」

 そう言って、男の手が、リューの肩に伸ばされる。

「っ! 触れる______」

 瞬間、パンッという高い音がその場に響いた。

 リューが伸ばされた男の腕を払う寸前、ベルが横から入り、それを弾いたのだ。

「駄目ですよ、触っちゃ」

 そう言うベルの顔は不気味な程に笑顔だ。

 一瞬、男達がビビる程のそんな笑顔だった。

「て、てめえ!! 何しやがる!」

 しかし男は、すぐに気を取り直すと、ベルの胸ぐらを掴み上げた。

「エルフの方は異姓の方に触れられるのを嫌がるんですよ。聞いたことくらいはあるでしょう?」

「ああ!? てめえ、うるせえよ! !」

 どうやら男もその話を聞いたことがあるみたいだ。

 しかし、それに関しての返答が思い付かなかったのか、それともそもそも考える頭が無いのか、返ってきたのは吠えるという酷く杜撰なもので会話として成り立っていなかった。

「それに、彼女達は今は僕のですよ(・・・・・)。不粋な貴方方には貸せませんし、貸しません」

 どうかお引き取りを、ベルはそう言った。

 僕の、というまるで所有者のようなベルの発言に、三人は顔を赤くしている。

 周りで見ていたもの達も驚愕という表情でそれを見ていた。

「ざけんな! 調子に乗るんじゃ______」

 

 

「あー! ベル君だー!」

 

 

 今の空気を破壊するような能天気な声。

 女性の声だ。

 視線はその声のした方、つまりは入り口付近に集中した。

「......ティオナ?」

 ベルは思わずその女性の名前を呟いていた。

 ティオナ・ヒリュテ、ロキ・ファミリア所属のアマゾネスの第一線級の冒険者だ。

 その後ろにはベルが見覚えのある女性達がいる。

「やっほー! ベル君って______どういうことなのかな? この状況?」

 明るい声から一変、急に目が据わったティオナに、体感温度の低下を感じるこの場全員。

 それにより、ベルの胸ぐらを掴んでいた男はすぐに手を離すことになった。

「......どうしたのティオナ?」

「ティオナー、前突っ掛かってるんだけどー」

「どうしたんですかね......」

 アイズ・ヴァレンシュタイン、ティオネ・ヒリュテ、レフィーヤ・ウィリディスの三人が、ティオナの後ろからそう言っている。

 急に立ち止まられたら、どうしたのかと思うのは当然のことであるだろう。

「《大切断》......!? 《怒蛇》に《剣姫》、《千の妖精》まで!?》」

 ロキ・ファミリアの主要メンバーが来ることにより、周りはは騒然としている。

 どうしてこんなタイミングでロキ・ファミリアの主要メンバーが来るのか、ベルに絡んだ男達は冷や汗を掻いていた。

「ベル君、大丈夫?......あんたベル君の胸ぐら掴んでたけど、何してたのかな?」

 駆け寄ったティオナは、ベルを守るようにして男達の前に立ち塞がる。

 その表情は完全に、キレる寸前、自分達を敵だと認識している様子であった。

 男達に対する不信感と、ベルが胸ぐらを捕まれていたことによる不機嫌度、どちらもMAXギリギリまで上昇しているようだ。

「ちょっと、何揉め事? てか、いっつも面倒だから関わってないのに......って、白ウサギ君?」

 ティオネが珍しく渦中に突っ込んでいたのを不思議に思っていると、その視線はベルを穿った。

 そんな彼女にベルは苦笑しながら手を上げて軽く挨拶していたが。

「ベル......? どうしたの?」

「っ! また貴方ですか......!」

 アイズとレフィーヤもベルが居ることに気付いたのか視線を向けてくる。

 但し、レフィーヤの視線はかなり微妙なものであったが。

「......ねーどういうことなのかなー? 説明してもらえるかなー? ねー?」

 感情が籠っていないティオナの声は酷く平坦で、目が据わっていることもありその怖さを助長していた。

 姉であるティオネですら、こんな光景初めて見たというくらいに珍しいものだった。

「い、いや。ちょっとよ、こいつが調子に乗りやがってたから、少し注意をしに......」

 男は汗をだらだらと掻きながらそう弁明に近い言葉をティオナへ投げ掛けた。

「調子に乗る? 注意? 何? 意味分からないんだけど。......ねえ、ベル君、何があったの?」

 男に対する声色とはうって変わって心配そうな表情で優しく問い掛けるティオナ。

 その温度差に周りの人達は「......女こえー」「......アマゾネスやべーな。俺チビりそうだもん」「......てか、ロキ・ファミリアと知り合いなのかよ、あの坊主」等と言いながら驚いていた。

「あーえっとですね......」

「この方達は、クラネルさんより先にレベルアップしたから自分達の方が上だと、そう仰っているんです」

 ベルが何て説明しようと少し言いかねていると、それを説明したのはリューであった。

「だから、自分達の言うことを聞かないといけない、と。それで、自分達の所でリリ達にお酒の酌をしろと言ってきたんです。ベル様の所ではなく......ちょっと気持ち悪いです」

「今日はベルさんのお祝い会なので、ちょっと勘弁して貰いたいなぁって......いや、明日も明後日も勘弁して欲しいんですけどね......」

 続いたのはリリルカとシルで、二人はサラッと毒を吐いていた。

 シルはここの店員であるので、最初控えめに言っていたのだか、最後にボソッと言ったのは彼女にしてみればかなりの毒であった。

「......本当、ベル君?」

「えっと、はい。まぁ......」

 ティオナが怖い。

 ベルは素直に、というかそれしか今は思えなかった。

 溢れ出る殺気が充満しているのが分かった。

「......何それ? 上とか下とか、馬鹿じゃないの」

 様子がおかしいとベル達の元へやって来ていたティオネは、三人の言葉を聞いて吐き捨てるようにそう言った。

 レベルアップしたのが先だからと言って、そこに上や下という概念は存在しない。

 例えレベルアップしたのが先でも追い抜かれることだってあり、そもそもそんな古臭い考えを持っているのがおかしいのである。

「ねえ、そんな下らないことでベル君に絡んで迷惑かけたの? 胸ぐらを掴んでまで」

 冷酷なまでに男達を見据えるティオナは、まるで修羅を彷彿とさせた。

「ち、ちげぇって! 只こいつが生意気なことを言ったから......」

 状況は完全に自分が不利だと分かった男は、どうにか逃れようと言い訳をしようとする。

 しかし、それは既に無意味で今更どう弁解しようとも覆すことは出来ない。

「生意気って、何? ベル君、全然悪くないじゃん。あたしからしたらあんたらの方が生意気なんだけど。だって、そうだよね。そっちの言い分が正しいならあたしの方があんたらより上ってことになるし」

 本当に珍しいティオナの怒りに、ロキ・ファミリアの三人は唖然としている。

 ダンジョンでモンスターに攻撃を喰らってもここまでキレたりはしないからだ。

「ねえ、何か言ってよ。喋れないの?」

 問い詰めるティオナに男は圧され、後ずさっている。

 額からはダラダラと汗が流れており、後ろの連中も同じであった。

「......うるせえよ!!」

 そして、男が出たのは逆ギレというものであった。

「......《光を掲げる者(ルキフェル)》なんて言われて調子乗ってんじゃねぞ! どうせお前、イカサマでもして、ランクアップしたんだろうが! 女に守られてるだけの腰抜けが!!」

 男は全くベルにとって謂れの無い言葉を言い放った。

「イカサマに腰抜けですねぇ......」

 ベルはそう呟くと少し笑ってしまった。

 確かに今の自分の状況はそうなのだろう。

 成長速度は他の冒険者に比べて速いのだろうし、ティオナにも守られてる。

 それを考えると、この男がそんな感情を持ってしまうのは仕方ないことなのかもしれない。

「ベル君は腰抜けじゃ______」

 

 

「......それってつまりは只の嫉妬ですよね。良い大人なのに恥ずかしくないんですか」

 

 

 ティオナの言葉を遮って、それを言ったのは意外なことにレフィーヤであった。

「な、なんだとてめえ!!」

「......そうやって、大きな声を出せばビビるとでも思っているんですか? 小さいですね、本当に。嫉妬するくらいならその時間を鍛練に注ぎ込めば良いじゃないですか。お酒なんて飲んでいないで。勿体ないですよね? そんなんだから約一ヶ月の新米冒険者に抜かされるんですよ。つまりは______」

 努力をしなさい、そうレフィーヤは言葉を締めた。

 彼女は、ある人物への憧れから必死に鍛練をしている。

 それこそ死の直前まで追い込まれたこともあった。

 全て、その人物の隣に立つために。

 故に、目の前で下らない嫉妬で駄々を捏ねている見苦しい男達が許せなかったのだ。

「......カッコ悪い」

 止めにアイズの容赦ない、単純かつ短いものではあるも、中々にダメージの大きな台詞が炸裂することになった。

「ぐっ......っ、て、てめえええええ!!」

 男にとって、恐らくもっとも言ってはいけない禁句だったらしい。

 男は隔絶した実力差も忘れて、レフィーヤへ襲いかかろうとする。

 

 

「それは駄目でしょう」

 

 

 その言葉と共に、男の視覚は床を捉えていた。

 簡単なことである。

 ベルが男に足払いを掛け、転倒させたのだ。

「......女性に手を出すのは頂けません。というか、それは許しません」

 底冷えするような声に男、いや周囲の人間全てが寒気を覚えていた。

 それは第一級冒険者であるティオナ達でもだ。

「いや、僕もこんな乱暴なことしたくないんですよ。本当は。でも、それは駄目です、本当に。思わず______」

 手が滑りそうになりました、そうベルは酷く冷たい笑みで男達へ告げた。

「く、糞がああああ!!」

 立ち上がると、やけくそと言わんばかりにベルへ突撃してくる。

 男には最早、プライドなど何も残ってはいなかった。

 あるのは、このどうしようもない感情をぶつけたいという願望だけである。

 それは酷く不様で滑稽で、本当に見るに堪えないものであった。

「......吠えるなよ。煩いな」

 瞬間、ベルは姿が消えた。

 男の背後に回ったのだ。

「......寝てろ」

 ストンと、首筋に手刀が振り下ろされる。

 男は一撃で意識を刈り取られ、声もなく床に臥した。

 僅か一瞬のことに、驚きを隠せない周り。

「早く、この人連れてって下さい。そして______」

 

 

_______二度と此処に来るな。

 

 

 ベルの全力を込めた殺気を後ろにいた連中に叩き込んだ。

 連中は脅え、恐怖しながらもう二度と来ないと宣言すると、男を背負ってその場を走り去っていった。

「ふぅ......」

 ベルは軽く息を吐いた。

 静まり返る店内。

 全員の視線は全てベルへと注がれており、皆がベルの挙動を待っているような状況であった。

「アーニャさん」

「にゃ、にゃい!」

 いきなり声を掛けられたアーニャは吃驚して声が裏返っていた。

 いや、もしかしたらベルを恐れているのかもしれない。

「あの人達のお代払いますね。幾らですか?」

「にゃ、にゃ!?」

 アーニャはまた驚いた表情を浮かべている。

 それは周囲の人間も同じ様子であった。

「何でベル君が払うの......? 何にもしてないじゃん」

 ティオナは理解出来ないと言った表情で、ベルへそう言った。

「どうしてって......僕のせいみたいなものじゃないですか。お代を貰えてないの......あ、大丈夫ですよ。冒険者になってから収入は増えましたから、これくらい問題無しです」

 ポケットに入れていた財布を取り出しながらそう答えるベル。

 違う、違うのだ。

 彼女がベルに対して驚いていたのはそういうことではない。

 少なくとも、いや寧ろベルは完全に被害者なのだ。

 ベルがあの連中のお代を払う必要性は何処にもない。

 しかし、問題だったのはベルが連中に金を払わせる前に此処から追い出してしまったことにある。

 今から追いかけてもあの連中を探し出すのは難しいだろうし、態々指名手配するのも面倒なことなのだ。

 故に、誰かがこれの落とし前をつけないといけない。

 それでベルは連中の分のお代を払おうとしているのだろう。

「べ、ベル様! それならリリが払いますから!」

 しかし、それはベルを崇拝するリリルカにとって許せないものであった。

 冒険者の理不尽さは彼女が一番知っている。

 良い冒険者がいることも分かったが、先程の連中は明らかにそういう(・・・・)冒険者であった。

 リリルカはそんな塵みたいな連中の後始末をベルがする姿は見たくなかった。

 いや、させたくなかったのだ。

「大丈夫だよ、リリルカ。僕が原因みたいなものだし。お金ならあるから。それに女の子に払わせるなんて僕が僕を許せないからね」

 そして、彼にもプライドがあった。

 女性を大事にするという教えを幼少から叩き込まれたベルにとって、それは絶対に許せないことなのだ。

「で、アーニャさん。幾らですか?」

「え、えっと......にゃあああ!! ミア母ちゃーん!!」

 あのベルに対して割りと容赦のないアーニャですら、反応に困りミアに助けを求めている。

 先程の状況を見ていて、ベルに落ち度が無いのは明らかで、そんな彼が代金を払うからと言ってはい分かりましたとは、流石に言えなかったのだろう。

 《豊穣の女主人》は実際、金額が高めに設定されているのだ。

 その分、味も店員のレベルも高いのではあるが。

 珍しくそこも心配してくれているのだろうか。

「あんた、やってくれたね......」

「あははは......ごめんなさい」

 半目で睨み付けてくるミアに、ベルは苦笑いするしかない。

 あの時、お前がどうにかしろと、ベルは確かに視線で伝えられた。

 但し、もっと穏便に片付ける筈だと、ミアは思っていた。

 子供とは思えない程に冷静である彼なら、と。

 丁度良いとも思っていた。

 しかし、結果は彼は怒っていた。

 少なくとも、ミアを含める此処に勤める店員全員と、客で来ている一部の客が即座に臨戦体勢に入る程の濃密な殺気を放っていた。

 あれを当てられてしまえば、そこらの冒険者は逃げるか失神するかのどちらかだろう。

「......ま、いいさ。今回は特別だ。あの客にもそろそろ限界だったんだ。......何れ叩きだそう思っていたところだし」

 はぁと溜め息を吐くと、ミアは一瞬考えてから店内を見渡す。

「クロエ! この坊主んとこに酒、持っていってやんな、奥にある23番」

「にゃ!? 23番!? あ、あれって......」

 戸惑いながらも黒髪の猫人、クロエ・ロロは厨房の奥に向かっていく。

 あのまま、変にもたついていたら、ミアの雷が落ちかねない。

 しかし、なんでみゃーがと、愚痴っていたために、結局雷は落ちてしまったのだが。

「え、どういう......」

「礼と、金はいいってことだよ。あの客にはうんざりしてたんだ。お前が追い出してくれたお陰で手間が省けた」

 だから、もういいさと、ミアはそう言った。

 ベルはでもと、言い掛けたが、ミアが恐ろしいくらいの眼力で睨み付けて来たので、大人しく退くことにした。

 これ以上言ったら本気で殺られかねない。

「あ、ありがとうございます」

「いいさ。......ほら、さっさと仕事に戻りな!」

 ミアはそう言って、立ち止まっていた店員達を再起動させた。

 それに合わせ、店の客達も賑やかさを取り戻していく。

 漸く《豊穣の女主人》はいつもの様子を取り戻していった。

「ごめんなさい、皆さんに迷惑掛けてしまって」

 取り合えず、シルとリュー、リリルカの三人と、ロキ・ファミリアの四人に謝罪の言葉を掛けるベル。

「あ、謝らないで下さいよ! ベルさんは何も悪くないじゃないですか!」

「そうです。クラネルさん、私達が感謝はすれど謝られることはありません」

 シルとリューは逆に申し訳なさそうな表情でそう言ってくる。

 後からベルが聞いた話ではあるが、彼らはこの店の所謂、要注意人物らしくいつもあんな態度で他の客と店員にも迷惑を掛けていたらしい。

 それでそろそろミアがその客をどうにかしようとしていた所だったらしい。

 あの男達もある意味、助かったのかもしれない。

 ミアだったら一体何をしていたか分からない。

 少なくともベルがしたことよりも酷い目にはあっている筈だ。

「......ベル様は、優しすぎです」

 不満全開といった表情を浮かべるリリルカ。

 そんなリリルカに、ベルは苦笑で返しておいた。

 まあ、自分でもどうかとは心の底で思っていた部分もある。

 しかし、それはすぐにどうにか出来るものでもないので、ひとまず置いておくことにした。

「もう! 心配したんだよ、ベル君!」

 ティオナはそう言うと、少しムスッとした表情でベルの腕に抱きついてきた。

 相変わらずの距離感である。

 ちなみに、ティオナがベルの腕に抱きついた瞬間、シルとリュー、リリルカの三人は途端に不機嫌そうになってしまった。

 リューは顔にあまり出ないので、それが分かったのは同僚のルノア・ファウストだけであったが。

「......うわ、本当に本当なんだ」

 そんな妹の姿を見て、ティオネは目をパチクリとさせていた。

 恋する女の子している妹の姿が予想以上に恋していたので、驚いていたのだ。

 まあ、ティオネ自身人のことは言えないのではあるが。

「そういえば、ヴァレンシュタインさん。Lv:6へのレベルアップ、おめでとうございます」

 ふと、風の噂で聞いたそれを思い出し、ベルはアイズへその言葉を掛けた。

「......ベルこそ。最速記録(ニューレコード)でのレベルアップ、おめでとう」

 ますます気になると、アイズはベルをじっと見詰めていた。

 追い抜かれたという皮肉にも聞こえなくはないが、アイズに限ってそれはないだろう。

 ただ純粋に興味があるというだけだ。

 これはまた面倒ごとになるかもしれないなと、ベルは溜め息を吐きそうになった。

「リリルカさん、お久しぶりです。元気でしたか?」

「はい、お姉様! リリは元気にしてましたよ!」

「お姉様っ......」

 そういえば、二人は仲良くなっていたことを思い出した。

 ベルはレフィーヤに一方的に嫌われてしまっているので、素直にリリルカが羨ましいと思っていた。

 まあ、そのレフィーヤはリリルカにお姉様と呼ばれ、身悶えていたが。

 百合の花が見えたような気がするベルであった。

「あ、ウィリディスさん。さっきはありがとうございました」

「......べ、別に貴方の為ではありません! ただ私があの連中を許せなかっただけで! 他意はありませんからね!」

 早口でそう言うと、ふんっとそっぽを向くレフィーヤ。

 いや、それは分かっているとベルは思ったが、それを言ったら更に怒りそうだったので黙っておいた。

 というか、何故怒っているのだろうか。

「......あ、あと。その、私も......さっきは、あ、ありがとうございます」

 すると、レフィーヤはベルをちらちらと見ながら、片言ではあるが礼を言ってきた。

 彼女からしてみれば、自発的にベルにこういう言葉を掛けるのは、凄い進歩であるのだ。

「いえ、ああいう風に女性に手を出そうとする輩が許せないだけなんで。あ、別に他意はありませんよ?」

「そんなの分かっています!」

 ベルのからかい混じりの言葉にレフィーヤは声をあげた。

 それを聞いていた周りの面子は思わず吹き出してしまっていたが。

 レフィーヤはやっぱりこんな人と、ぶつぶつ文句を言っている。

 またやってしまったなと、ベルはほんの少し後悔していた。

 彼女はからかうと輝く、そう予測を立てているのだが、更に嫌われてしまうことを考えれば代償は大きかったのかもしれない。

「あ、そうだ。今からファミリア内でやるのに先駆けて、アイズの『祝! Lv:6、おめでとう会』をやるんだけど、混ざってもいいかな? ベル君もお祝いしたいし!」

 駄目、かな? と、ベルの腕に抱きついているティオナは、上目遣いでそうベルへ訴え掛けた。

 これには勝てないと、ベルはすぐに白旗をあげることになった。

「ええ、良いですよ。って言ってもこれを企画してくれたのはシルさん達なので、どうですかね?」

 ベルはシル達三人にそう目を向けると、反応を窺った。

「良いと思いますよ! アイズさんのお祝いもしたいです、私!」

「はい、問題ありません。偉業を達成したのなら祝うことは当然でしょう」

「リリも賛成です! ......お姉様ともお話したいですし」

 三人は特に反対もせず、寧ろ賛成のようだ。

 まあ、ベルに対する感情が危ない人物が居るので、それの見極めを兼ねているのだろう。

 そしてリリルカはアイズを祝うよりも、レフィーヤと話をしたいらしい。

 ちなみに今のままではテーブルが小さいので、近くのテーブルと合体させて座ることになった。

「お待たせにゃ。......《サン・クリ・ディアーブル》、マジで大事に飲むにゃ。超高いから」

 すると、クロエが一本のボトルと人数分のワイングラスを持って来た。

「うわ、本当だったんですか。ありがとうございます、クロエさん。って、高いってどれくらいなんです......?」

「それはみゃーの口からは言えないのにゃ。あー怖い怖い」

 よく見れば手足が微かに震えている。

 このアーニャと並ぶ《豊穣の女主人》の問題児が震え上がるということは、きっとえげつない値段なのだろう。

 それ以上は聞かないことにした。

「こんだけ、肝が冷える思いをしたにゃ。ベル、後で尻を触らせるにゃ。いや、なんならそれ以上______」

「クロエ?」

 客にセクハラ発言をかますクロエに、ルノアがすぐに反応し、アイアンクローで引っ張っていく。

 今日もお疲れさまです、ルノアさんと、内心彼女に対する好感度が上昇しているベルであった。

「シルさん、リューさん、どうしたんですか」

 さっきから、シルとリューがワインを見て固まっていたので、ベルは不思議に思い声をかけた。

「い、いえ。このワインを拝めるとはと思いまして......」

「はい、ミア母さんの持つ最高のワインの一つです」

 どうやら、このワインは洒落にならないほどにレア物らしい。

 飲みづらいにも程があった。

「......取り合えず、注文しようかしらって、もうあんな所に行ってるし」

 ティオネは何か注文しようと思っていたのだが、肝心の店員はしばかれている。

「それなら、私が持ってきますね。何が良いですか?」

「私も手伝います」

 シルとリューは此処の店員であるため、すぐに自分達がと名乗り出た。

 それを聞いて、ティオネは何品か注文を言っていくと、二人はかしこまりましたと言って厨房へ向かった。

「そういえば、お酒駄目な人っていますか? これ、結構度数高いと思うので」

 ベルは栓抜き(オープナー)を持って、ワインに手を掛けようとしていた。

「あー、そうね。アイズ以外は大丈夫よ」

「うん、そこまで強いわけじゃないけど普通に飲めるよ」

「わ、私は少しなら......」

「リリは平気ですね」

 四人の返答を聞く限り飲めるということらしいが、一つ気になることがあった。

「ヴァレンシュタインさんはお酒、駄目なんですか?」

「......何故か皆飲ませてくれないの。酷いよね」

 アイズは少しシュンとした表情で、そう言った。

 ロキ・ファミリアの三人はそんなアイズから目を反らしていた。

 一体何があったのだろうか。

 こっそりとベルがティオナから聞いたのは、アイズは酒を飲むと一瞬で酔ってしまい、更にロキ以上に暴走を始めるらしく、誰も手がつけられなくなるらしい。

 ロキはそんなアイズにちょっかいを掛けようとして、結果小一時間程マウントを取られ殴られ続けることになったようで、それ以降、ファミリア内でアイズに飲酒をさせるのは禁忌(タブー)になったらしい。

 それを聞いたベルも絶対にそういう機会があろうともアイズに飲酒だけはさせないと誓ったのだった。

「皆さーん! お待たせしましたー!」

 シルとリューが厨房から戻ってきたらしく、トレーには料理と飲み物が載っていた。

 それを配膳し、全員がきちんと席についたのを確認するとティオナは声をあげた。

「よーし、皆飲み物持ったー?」

 準備は良い? と、ティオナが飲み物を持って周りを見渡すと皆、準備完了のようである。

 ちなみに先程のワインを飲むのは先送りになった。

 万が一、アイズに酒が入って暴走しワインが台無しにされるようなことがあってはたまらないというベルの考えだ。

 この事は、此処にいるアイズ以外の全員の秘密協定になっている。

 あのアイズ大好きレフィーヤも、ワインに興味があるのかこの協定に乗った程だ。

 酒の魔力は計り知れない。

「それじゃあ、アイズとベル君、二人のレベルアップを祝って......」

 

 

『乾杯!』

 

 

 こうして、色々トラブルがあったものの、楽しい宴は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中、ベルの前に置かれている麻婆豆腐を見て、四人が驚愕したのは言うまでもない。




うちの黒ベル君は麻婆豆腐をそんな風に扱いません。
寧ろそんなことをしたら、麻婆を台無しにされたことで"凄い"怒ります(笑)

あと、どうでもいいことですが、作中のワインの価格は"ロ◯ネ・コ◯ティ"を想像してくれると分かりやすいです。
......なんか、本物の《神酒》より高そうですね。


それでは次回をお楽しみに!





早く戦争遊戯編をやりたいです。


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#34

五行山・釈迦如来掌!!!(持っているとは言っていない)




「ええええええええっ!?」

 《豊穣の女主人》での小宴より五日前のギルド受付にて。

 エイナ・チュールの眼鏡は、その声が響き渡ると同時に大きくずれた。

 その声は建物の壁に反響し、受け付けエリア内にいる冒険者、サポーター、ギルド役員全員の耳に届くことになってしまった。

「ちょっと、エイナさん。声大きいですって......」

 周囲からの視線を窺いつつ、ベルは人差し指を自身の口の前に立てた。

「あっ......ご、ごめんなさい......」

 我に帰ったエイナはずれた眼鏡がクイと直しながら、コホンと咳き込む。

 冷静さを取り繕っているが、既に手遅れであるように見えた。

 何故なら彼女の背後から、ミイシャ・フロットがにやにやしながら、口パクで「何したの? 後でお姉さんに教えて」と目をきらきらさせながらベルを見ているからだ。

 どうやら、エイナをからかえる話題だと勘違いしているらしい。

 全くもってそんな話題ではないのだが。

 取り合えず、笑顔で無視をすることにした。

「......で、ベル君。それって本当なの?」

 学習したのだろうエイナは先程よりも、遥かに小さい声でベルに聞いた。

「はい、本当ですよ。いやぁ、意外と早かったですよね」

 後頭部に手を当てながら、ベルはにこにこと笑っている。

「......早すぎるにも程があるよ!」

 エイナは受け付け越しに顔を近付け、小声でそう言った。

「いや、それを僕に言われても困るんですけどね......」

 あはははと苦笑いをするベル。

 ベル自身、まさかこんなに早いとは思わなかったのだ。

 エイナから聞いた平均的な時間と比べても遥かにベルの記録は早い。

 彼が成し遂げたそれは、世界最速と呼べる大記録でもあった。

「......ランクアップ。まさか、冒険者になって約一ヶ月でだなんて。信じられない」

 エイナは頭を少し抱えながらそう俯いた。

 ランクアップ。

 そうベル・クラネルはつい先日、Lv:2にランクアップしたのである。

「信じられないと言われても、此処に居ますからね」

 こんな嘘をつく理由ありませんよと、ベルは続けた。

 実際、ランクアップしたなどという嘘をついたところで、神にはバレてしまう上、実力が伴ってなければ意味がない。

 このオラリオに於いて、レベルやステイタスに関することで嘘をついても得することが何一つないのだ。

「何なら、証拠にこれ、見ますか?」

 一応持って来たんですよと、ベルは背負っていた黒いバックパックから羊皮紙を取り出し、エイナに差し出した。

 何故、持ち歩いていたのかと言えば、ランクアップした際にギルドで手続きがあるかもしれないと予測したためである。

 まあ、後に必要無いと判明したのだが。

 更に言えば、ステイタスがバレかねない行為は止めなさいとエイナに釘を刺されることになる。

「......あぁ」

 頭を抱え、くらっと立ち眩むエイナ。

 つい見てしまった、彼のステイタスを。

 エイナは知り合い(・・・・)神聖文字(ヒエログリフ)を読める人物がおり、その関係で彼女自身神聖文字がある程度読める。

 他の冒険者のステイタスを見ることは一般的によろしいことではないが、本人が良いと言っているのでそこは問題なかった。

 いや、ヘスティア辺りにこのことを言ったら確実に怒られるのだろうが、エイナなら良いだろうというベルの独断でもあった。

 

 

 

ベル・クラネル

Lv:2

力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 敏捷: 0 魔力:I 0 千里眼 I 0

《魔法》【    】

《スキル》【    】

     【    】

《※※※》【※※※】

 

 

 

 

 紛れもなく、Lv:2であった。

 更に見れば見たこともない謎のアビリティが出ており、それがエイナの頭痛を更に加速させる。

「......ベル君。こっち来て」

「え?」

 エイナの有無を言わさぬ視線を浴びて、ベルは分かりましたと頷くと、ギルド内にある個人相談室に引っ張られていく。

 想像以上の力に少し驚いたベル。

「......ベル君、君のステイタスのことなんだけど」

「はい。何でしょう?」

 一人用ソファにポンッと座らされ、ベルはエイナを見上げる形になる。

 それは同時にエイナの形の良い豊満な胸を見上げる形にもなり、ベルはしっかりとそちらにも視線を注いだ。

「この"千里眼"ってアビリティなんだけど私、初めて聞いたよ」

「ああ、それですね。何かヘスティア様も初めて聞いたって言ってました。その後、凄い溜め息吐いてましたけど」

 恐らくではあるが、名前からして察するに、遠方を見通すアビリティなのだろうとエイナは推測していた。

 ダンジョン攻略の際に、ベルの手助けになってくれることには違いないと思ってはいたが、問題はこのアビリティが見たことも聞いたこともない(・・・・・・・・・・・・・)という点だ。

 もし、娯楽に飢えた神々にこれがバレてしまえばベルがどうなってしまうかなど、語るに及ばずである。

 故に、エイナはアビリティの秘匿を提案することにした。

 そして、他にも彼のステイタスについても言いたいことはたくさんあった。

「取り合えず、このアビリティは絶対に他の人に言っちゃ駄目だよ。あと、この消えかかってる欄のこともなんだけど......」

「はい、それについてはヘスティア様にも念押しされましたから......」

 そう言うと、ベルは少し考えてからこう口に出した。

「何かヘスティア様が言うには、"ミス"らしいですよ。ステイタス更新の」

「ミス?」

 エイナははてと首を横に傾げた。

 ステイタス更新という基本中の基本を神が果たして失敗するのだろうか。

 《神の御業(プロディキウム)》とも呼べる人智を越えた神力付与の技術を地上の存在が判断していいかは分からないが、エイナはそれを"ミス"するとは思えなかったのだ。

「ええ、何でも更新の際に手元が狂ったとかで」

 はははと笑うベルは何かを知っているような(・・・・・・・・・・・)、そんな笑みを浮かべている。

 ステイタスを閲覧出来るのは、神々か神聖文字(ヒエログリフ)を解読出来る一部のものだけである。

 本来、冒険者は、《神の恩恵(ファルナ)》を刻んだ自らの主神から、自身のステイタスやスキルを読めるよう(・・・・・)翻訳してもらって初めて確認することができるのだ。

 無論、ベルもそれは例外ではない。

 それなのに、エイナはベルを見て不安を覚えてしまった。

 あの時のように(・・・・・・)

「あ......そう、手元が狂った、ね。神様でも間違いはあるもんね!......うん、それなら仕方無いかな!」

 結局、エイナはそれ以上追求することはなかった。

 ベルがこのことに関して何も質問するなと、そう言っているような気がしたのだ。

「ヘスティア様らしいですよね。まあ、そこがまた愛らしくて良いんですけどね」

 そうナチュラルに惚けるベルに、エイナは先程の違和感を忘れ、少しムッとする。

 誰しも意中の人物が自分以外の異性を褒められたりすれば、微妙な感情が湧き出てしまうのは仕方無いことだろう。

「......ベル君。そういえばランクアップしたってことはさ、潜ったんだよね。ダンジョン」

 ヘスティアの話題から話を反らそうと、エイナは流れを変えた。

 しかし、それは同時にエイナが聞きたいことでもあった。

 Lv:2に上がったということは、それ相応の偉業を成し遂げたということだ。

 あのベルにとって(・・・・・・・・)の偉業だ。

 それは相当のものになるのだろうと、エイナは考えていた。

「え......まあ、そうですね。あはははは」

 ベルは一瞬、固まると笑って誤魔化した。

「もうっ! 無茶しないでって何回も言ってるよね!」

「......ご、ごめんなさい、エイナさん」

 エイナは、自分に内緒でダンジョンの下層へ潜ったことがバレて焦っているであろうベルへそう叱りつけた。

 どうしてこんなにベルは、男は無茶をするのかとエイナは頭を抱える。

「大丈夫です、無茶はしませんよ。......無理はするかもですけど」

 舌を出して、テヘッと笑うベルはエイナにとって可愛らしく見えた。

「......もうっ! ベル君っ!」

 懲りないベルを叱りつけるエイナの姿は、やんちゃな弟を叱る世話焼きな姉にも見えた。

 もっとも、そんな関係(・・・・・)をエイナが望んでいるかと言えば、それは肯定することは出来ないが。

 

 

「まあまあ。そんな怒っちゃ駄目だよ。ハーフエルフのお嬢さん」

 

 

 エイナの怒りを遮ったのは、軽そうな優男の声だった。

 いや、それよりもどうしてここに第三者の声がするのだろうか。

「だ、誰ですか......って、ええっ!?」

「あ、社長じゃないですか」

 純白の羽根がついたチロリアンハットを被った金髪の青年が手を上げて微笑んでいた。

 しかし、纏っている雰囲気からは常人の、それも人間とは思えない神聖さを感じる。

 超越存在(デウス・デア)

 そう、彼は一柱の神格であった。

「うんうん、久し振りだねぇ。元気にしてたかい?」

「ええ、元気してましたよ。でも、たまには顔を出さないと。怒ってましたよ、彼女(・・)ヘルメス様(・・・・・)

 ベルは何か含んだ言い方をすると、ヘルメスはぷっと吹き出すと、笑い出した。

「ああ、そうだね。怒りっぽいからね、()のお姫様は。労いの言葉でも掛けてあげないと」

「......それ、逆効果じゃないですかね」

 それもそうだと、ヘルメスは笑った。

 変わらないなと、ベルはヘルメスの飄々っぷりに感心していた。

 初めて会った時からヘルメスはこの態度を崩さない。

 それは本意を隠しているような、そんな挙動にもベルは見えていたが、それに関しては特に何も言っていなかった。

 ベルにとっては自身に害が無ければ問題ないからだ。

 それにヘルメスのこういう性格は割りと好きだった。

「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてヘルメス様がこんなところに居るんですか! というか何時の間に!?」

 そんな中、置いていかれているエイナは間に入ってそう言葉を呈した。

「ああ、ハーフエルフのお嬢さん。実はここのボスに用があってね。それで帰ろうと思ったら、君の可愛らしい声(・・・・・・)が聞こえたもので、気になって。少々立ち寄ってみたんだ」

 ヘルメスはそう言うと一瞬、ベルの方を見た。

 それに対しベルは確かにそうですねと、それを肯定した。

「......っ、恥ずかしい」

 先のあれを思い出して、エイナは顔を真っ赤にしている。

 途中、チラチラと恨めしそうにベルを見ていた。

 僕のせいですかと、ベルは思わなくもなかったが、まあそれは良いだろう。

 可愛いしと、ベルはにこにこ笑っている。

「......あ、そうだ。ごめんなさい、ちょっと用事があったのを思い出しました」

 ベルはパンッと手を叩くとソファから立ち上がった。

「......用事?」

 引かない顔の赤さを、誤魔化すようにして、エイナはベルへ問い掛けた。

「ええ、ヘスティア様と 買い物に行く約束をしているんです」

「......そうなんだ」

 またヘスティアの話題が出て、エイナは少し不機嫌になる。

 まあ、誰にも分からない程度の表情の変化ではあったが。

「......そうか。ヘスティアにも宜しく言っておいてくれ」

「ええ、言っておきますね」

 それではまたと、ベルはエイナもヘルメスにそう言うと、急ぐようにして部屋を出て行った。

「......ベル、冒険者になったんだね」

「え。は、はい。私がベル君のアドバイザーを担当しています。エイナ・チュールです。挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでした」

 ヘルメスの言葉を肯定しながら、そういえば自己紹介していなかったと、自身の非礼を詫びてそう挨拶した。

「ああ、うん。よろしくエイナ・チュールさん。僕はヘルメスって、知ってるよね?」

「はい、承知していますが。よろしくお願いいたします」

 ぺこりと礼をするエイナを見て、ヘルメスは彼女に似ているなと心中で呟いた。

 くそ真面目そうなところが特に、と。

「挨拶早々、悪いんだけど、僕もそろそろ行くね。うちのファミリアの子に早く顔を出さないといけないんだ。......いやぁ、何を言われるか今から不安でいっぱいなんだけどね」

 手を頭の後ろで掻きながら、ヘルメスは言った。

 尻に敷かれているのかなと失礼ながらエイナは思っていた。

 ちなみに彼らを知らない人達からしてみれば、ベルとエイナ、ヘルメスと彼女(・・)はよく似ている。

「じゃあ、お嬢さん。僕はこれで。ベルのこと宜しくね」

「はい、ベル君のことは私がずっと(・・・)見ますから!」

 ずっとというエイナの言葉とその上ずり具合に、ヘルメスは流石ベルと称賛していた。

 やはり彼のそういうところは何も変わらないと。

「あ、そうだ。お嬢さん」

「はい?」

 出口へ向かうヘルメスは立ち止まるとエイナの方を振り向いた。

「男っていうのは君が思っているより遥かにやんちゃな生き物なんだ。それを許すくらいの度量が無くちゃこれからもっと大変になるよ。特にベルはね(・・・・・・)

 それじゃあと、ヘルメスはエイナの言葉を待たずに扉を開けて去っていく。

 エイナは置いていかれ、ただその場に突っ立っているだけであった。

「......そんなの、分かってますよ」

 エイナの吐き出した言葉の意味はそのままで、彼女自身に自覚があるというものを表していた。

 ベル・クラネルという少年の未来を思えば、それは避けようのないものだと。

「......ベル君」

 彼女の今にも泣き出しそうな声は、静かに溶けていった。

 

 

 

 

 

「しかし、面白いステイタスになっていたなぁ」

 

 

「《万象掌握す神の左腕(ゴッド・ハンド)》は当然として、千里眼まで発現しているとはね」

 

 

「そして、あのスキル。......いや全く、ベルには驚かせられる。本当に彼は_______」

 

 

 

________一体、何になるのだろうか。

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

Lv:2

力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 敏捷: 0 魔力:I 0 千里眼 I 0

《魔法》【霊障の御手】

・常時発動魔法。

《スキル》【求道錬心(ズーヘン・ゼーレ)

・早熟する。

・自身の追い求めるものがある限り効果持続。

・自身の追い求めるものの大きさにより効果向上。

     【死想願望(メメント・モリ)

・死に近づけば近づく程、ステイタスにプラス補正。

・死を想えば想う程、あらゆるアクティブアクションにブーストをかける。

《※※※※》【※※※※】




三蔵法師の宝具が真覇剛掌閃にしか見えない件。





多分、あと一、二話で3章も終わりです。


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#35 エピローグ

「結構、詰め込んだな......」

 ふうと一息吐くと、ベルは目の前にある割りとパンパンになった黒のバックパックを見る。

 邪魔にならないよう買った小さめのバックパックには回復薬(ポーション)精神回復薬(マジック・ポーション)二属性回復薬(デュアル・ポーション)、解毒薬等がこれでもかと入っていた。

 はっきり言うと、ベルにとってしてみればこんなに回復アイテムはいらないものであったのだが。

 

 

『中層へ向かうなら絶対に回復アイテムはたくさん持っていきなさい!』

 

 

 ピシッと人指し指を立てて言ったエイナの顔はしっかりと覚えている。

 ランクアップのお祝いで、二人でとあるカフェに食事に行った時だ。

 デニムシャツに淡茶色(フレンチベージュ)の長めのチュールスカートを身に纏い、腰にはメッシュベルトが巻かれ、手首にはプレゼントしたブレスレットを身に付けた彼女はスタイルの良さも合間って、カジュアルでありながらも大人っぽく見えた。

 いや、元より大人っぽい容姿をしているのだが、それを言うとエイナは少し不機嫌になるのだ。

 別に老けて見えるなど言ってはいないのだが、それを言った際にヘッドロックを掛けられたのは記憶に新しい。

 主張が激しくなくない双丘に顔面を強襲され、割りと天国(ヘブン)状態だったので、もう一回くらい言ってみようかとベルは画策している。

 その際、こらっと、怒っているような口振りではあったが、口調はかなり優しかったので問題は無いだろう。

 ちなみに、服装はきちんと毎回褒めるのがベルである。

 無論お世辞ではない、心からの言葉をかけた。

 それに対し、エイナはいつも通り顔を少し赤くしながら、にこりと微笑んでいた。

 僕のアドバイザーが可愛すぎる件という題名(タイトル)で書籍化するのも些かではない。

 

 

 閑話休題。

 

 

 それで、だ。

 食事をしながら会話に花を咲かせていたのだが、その時丁度ダンジョンの話になったのだ。

 今後の方針として、中層へ向かうとベルは言った。

 その瞬間、エイナの表情は一変し、案の定早すぎると勧告した。

 まあ、心配性のエイナのことだから当然の反応と言える。

 しかし、ベルとしては上層をたむろしているのは面白いものではなく、今まで行った中で最高の15階層の先へ向かってみたいと思っていたのだ。

 そこで、自身を含め三人でパーティを組むからと説得し、どうにかエイナからの許可(?)が下りた。

 まあ、それもほぼ形式上はものであるのだが。

 その中で更に一つ条件が下された。

 それは装備とアイテムをしっかりと整えることであった。

 そして、冒頭の大量の回復アイテムがその結果である。

 他にも装備品として《クニークルス》(刀身に青いラインが通った刃渡り25C程の近接戦闘用ナイフ。価格は52000ヴァリス。クーポン込み)や《火精霊の護布(サラマンダー・ウール)》(火耐性、防寒の機能を持ったローブ。価格は87000ヴァリス。クーポン込み)等を買うことになった。

 出費としては中々というかかなりのものではあったが、エイナやリリルカが驚異の値切り力を見せつけてくれたお陰でこれでも最小限に抑えられている。

 しかし、これ程のお金が掛かるのは、まあ仕方の無いだろう。

 冒険者になって約一ヶ月ちょっとの者が中層へ向かうと言っているのだ。

 担当アドバイザーからしてみれば気が気ではないはずだ。

 それに冒険者になったのだから、まともな装備品くらい装着したいものだった。

 流石にほぼ私服の軽装では些か格好がつかない。

 兎に角そういうわけで、ベルの装備は一応の完全装備(フルセット)状態となったのだった。

 

 

 

「_______さて、二人とも、準備は良い?」

 真っ青な晴天の下、バベルのダンジョン入り口にて、ベルとリリルカ、ヴェルフが装備の再確認を終えてそこにいた。

 三人三様の装備品に身を固め、万全といった様子である。

「はい! バッチリです!」

 リリルカはいつもの服の上から《火精霊の護布(サラマンダー・ウール)》を身に纏い、巨大なリュックサックを背負っている。

 左腕には《グリーン・サポータ》という緑玉石色(エメラルドカラー)のプロテクターが、手には《サポーター・グローブ》より強度の高い《ハイ・サポーター・グローブ》が装着されており、腰元には《リトル・バリスタ》という小人族(パルゥム)専用ボウガンが見えた。

「ああ、こっちも問題ない」

 ヴェルフの装備は《着流し》を纏うだけで、背中に巨大な黒い大剣を差しているだけである。

 しかし、彼の中でもっとも異色を放つのはその左腕である。

 鉄腕、そう呼べる金属の義手が装着されていたのだ。

「分かってるとは思うけど、これからダンジョン中層へ向かう。僕とリリルカは初見だから、もしもの時頼りになるのはヴェルフ、君だよ」

「おいおい、止めてくれよ。旦那に頼りにされちゃあ俺も本気で行かざるを得なくなるじゃねえか」

 照れたように言うヴェルフ、いや本当に照れている様子で鼻の下を人指し指で擦っていた。

「......まあ、ベル様にもしものことなんて無いでしょうけどね」

「それは同感だなあ! リリ助!」

「リリ助言うな!」

「ははははは!」

 豪快に笑うヴェルフに、リリルカはチッと舌打ちをする。

 どうやらこの二人、馬がというか、間が合わないらしい。

 まあ、それはリリルカの圧倒的一方通行ではあるのだが。

 お互いのファーストコンタクトは互いに、

 

 

『おお、随分可愛い奴じゃねえか。ミニマムガァル? もしかして旦那の趣味ってこんな感じなのか?』

 

『ぶち殺しますよ、ヒューマン!』

 

 

 などと、終始和やかではあったのだが。

 ちなみにヴェルフの質問に関してはイエスと即答したベル。

 瞬間、先程とは逆の意味で真っ赤になったリリルカ。

 まあ、ベルの好みが割りと広範囲(・・・・・・)なだけであるのだが。

「こら、喧嘩しないの。ヴェルフ、あんまりからかわないであげて。リリルカも一々突っかからないで」

 ベルは二人の間に仲裁に入った。

 喧嘩と呼べるものでもないが、長時間続けていると視線を集めかねない。

「......申し訳ありません、ベル様」

「ったく、旦那に怒られちまったじゃねえかよ。チビ助」

「誰のせいだと......! というかチビ助って何ですか!」

 どうやら、仲裁の効果は一瞬で終わってしまったようだ。

 直ぐにまた言い争い(リリルカが一方的に噛みついている)が始まり、ベルは軽く溜め息を吐く。

 面倒だなと、呟きかけた口は閉じて、ベルは手をパンと叩いた。

「......ほら、本当いい加減にしなよ。流石に僕も怒るよ(・・・)?」

 ベルがそう言った瞬間、リリルカはヴェルフを罵倒すべく開いていた口を閉じる。

 よく見れば少しばかりではあるが怯えているように見え、肩が震えている。

 ヴェルフはそんなリリルカの様子を訝しげに見詰めると、何か納得したように頷くとベルの方を見てにこりと笑う。

「へぇ、調教済み(・・・・)ってわけかい? 流石、旦那。やることなすこと想像を越えていきやがるぜ」

「調教って、何てこと言うんですか......」

 ベルは半目でヴェルフを睨んだ。

 まあ、ある意味(・・・・)調教済みというのに間違いはないが、それをこんなところで言われる身になって欲しい。

 勘違いされては堪らない。

「......調教、ですか。......テイム......ペット......愛玩動物......」

 ぶつぶつと何かを呟くリリルカは、何故か頬を赤らめている。

 それを見たヴェルフはこれまたニヤリと笑ってこう言った。

「何だ、リリ助の奴、満更でもないみたいじゃんか。流石、旦那」

「ヴェルフ、少し煩いよ。......ほらリリルカもいい加減戻って来なさい」

「あうっ」

 取り合えず、手刀を軽くではあるが、リリルカの頭部に降り下ろした。

 可愛らしい声で鳴いたので、もう一度叩いてみたいという願望がベルを襲ったがどうにか我慢する。

 ヴェルフの言っていたことに、本当になりかねない。

「ベル様ぁ、痛いです......」

 涙目で頭部を抑えながら、上目使いで訴えてくるリリルカ。

 そんな強く叩いたつもりはなかったのだが、もしかしたらステイタスが上昇したからかもしれない。

「ああ、ごめんね。リリルカ」

 リリルカの頭を優しく撫でる。

 さらさらとした髪の感触が癖になり、ベルは気が付くと必要以上に撫で回していた。

「ふにゃぁ......」

 昇天状態のリリルカの表情は非常に危ないものになっていた。

「......そうだ。旦那、あんたも人が悪くねぇか? 折角専属になったのに、武具を店で買うなんてよ」

 ヴェルフはベルとリリルカの状態を全く気にせずそう問い掛けてきた。

 単にベルだからそうなのだろうという、ヴェルフの判断である。

 ベルだったら女をこんな風にしてしまってもおかしくないというものだ。

「......既に最高の一振りは貰ってますから。それに、その状態(・・・・)のヴェルフに頼むのも引けますしね」

 リリルカを撫で回しながら、ベルはヴェルフの左腕______義手に視線を促す。

「......ああ、これか? そんなの気にすんなよ。腕の一本義手になったところで、剣が鍛てないわけでもないし。精度の方ももうほぼ(・・)完全に元通りだ」

 ヴェルフは左腕を上げ、開閉を繰り返す。

 微かではあるが、独特な金属の擦れる音が聞こえた。

「確かに俺は旦那に最高の武器を造った。でもな、防具の方(・・・・)はまだだろ? 俺は旦那の専属鍛冶師(スミス)だ。旦那が言うのなら、俺はどんな武器、防具だって造ってみせる。そこらの武具じゃ旦那には不釣り合いだ」

 器が違う(

・・・・)、そう続けるヴェルフの表情は先程のリリルカをからかっている時とうって変わって、真面目なものだった。

「で、だ。俺が旦那に求めるのは只一つ。金でもなければ栄誉でもない。旦那の歩むその道の先(・・・・・・・・・)を俺に見せて欲しい。その為なら、腕の一本や二本屁でもねぇ」

 そう言うヴェルフのその目は痛い程にベルを貫いていた。

 熱い何かが滾っているようにも見えた。

 それ程までにヴェルフはベルに期待(・・)をしているのだろう。

「......そっか。______なら勝手に着いてくればいいよ。僕は僕の決めた道を進むから(・・・・・・・・・・・・・)

 期待に添えられるかは分からないけどね、そう言うとベルは笑った。

「______ああ、地獄の底だろうが、何だろうが着いてってやるさ」

 ヴェルフはその言葉に頷き、満面の笑みを浮かべ応えた。

 

 

 

 ここに真に、ベルとヴェルフの間には契約(テスタメント)が成された。

 

 

 

 それはヴェルフが、これからベルが進むであろう修羅の道を共に歩むということを表している。

 ベルがそれを許したのは、ヴェルフの技量が埒外の領域に踏み込んでいたからだ。

 あの一振りを造り出すヴェルフの力を。

 しかし、それはヴェルフも同じで、既に領域外に立っているであろうベルの器を見て、判断したのだ。

 彼は何れ、人間を越えた存在(・・・・・・・・)になるということを。

 ヴェルフも何故かは分からない。

 只、彼の直感がそう告げたのだ。

 故に彼は鍛つと決めた。

 ベルに為だけに。

「さて、と。......リリルカ」

「......ひゃ、ひゃい!」

 ベルは撫でられて昇天状態に陥っている彼女の額に、手を軽く突くことで覚醒させた。

 目が醒めた彼女は混乱していたようだが、ベルはそれを無視する。

「_______それじゃあ、早く行こうか。ダンジョンの中層へ」

「ああ、行こうぜ旦那」

「は、はい! 精一杯頑張ります!」

 三人の足音はバラバラで

はあるものの、目的は一つとして、只ダンジョンを突き進む。

 その歩みには些かの迷い無し。

 先導者の掲げる(カリスマ)に続く二人の従者。

 二人の道は先導者に託されている。

 故に迷いなどあるはずがないのだ。

 目指すは中層。

 その先に待ち受けるものは、何なのか。

  神か悪魔か怪物か。

 

 

 

 それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

第三章『魔眷隷属』完




これで第三章は終わりです!
駆け足ですが!

いやぁ、まさかここまで書き続けていられるなんて思ってもみませんでしたね!
通算UA900000突破、お気に入り数8000件突破、感想600件突破。
これも読者の皆様のお陰です。
誠にありがとうございます。


これからも拙作をよろしくお願いいたします!


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プロフィール※第三章時点

ここでベルのプロフィールを載せときます。
まあ、読まなくて大丈夫です。



名前

ベル・クラネル

 

種族

ヒューマン

 

性別

 

年齢

14歳

 

身長

166C

 

出身

???

 

所属

ヘスティア・ファミリア

 

好きなもの

麻婆豆腐、女性

 

苦手なもの

頭を下げる女性

 

嫌いなもの

女性を大事にしないもの

 

イメージカラー

 

趣味

料理、読書

 

特技

家事、武器の見聞き(大雑把)

 

二つ名

光を掲げる者(ルキフェル)

 

 

ステイタス

Lv:2

力:H 184

耐久:I 0

器用:G 273

敏捷:G 261

魔力:H 173

 

※隠しパラメータ

力:+2986

耐久:+3050

器用:+3438

敏捷:+3333

魔力:+2899

 

発展アビリティ

千里眼 I 0

 

魔法

【霊障の御手】

・常時発動魔法。

 

スキル

【求道錬心(ズーヘン・ゼーレ)】

・早熟する。

・自身の追い求めるものがある限り効果持続。

・自身の追い求めるものの大きさにより効果向上。

 

【死想願望(メメント・モリ)】

・死に近づけば近づく程、ステイタスにプラス補正。

・死を想えば想う程、あらゆるアクティブアクションにブーストをかける。

 

※※※※

『※※※※』

・???

 

固有能力

『■死■■■』

・???

 

 

武器

《短刀》

・ギルド支給のナイフ。

・刃渡り20C。

・威力は最底辺。

・買うととても安価。

 

《クニークルス》

・刀身に青いラインが入った刃渡り25Cのナイフ。

・中層で採掘される"シアタイト鉱石"を使用している。

・非常に軽く、素早い振りが可能。

・微量ではあるが、死霊系モンスターへの与ダメージがプラスされる。

・価格はクーポン込みで52000ヴァリス。

・ゴブニュ・ファミリア製。

 

《ヴェルフのメッセージ入り大剣》

・名前の通りで、ベルへ向けたメッセージが刻まれている。

・ヴェルフの性格からは考えられない程にド丁寧な言葉遣いで書かれている。

・武器としての性能は上層程度。

・しかし、強度は中層クラスの武器に匹敵する。

・返却のタイミングを失い、未だに返せていなく、部屋に立て掛けられている。

 

《ベルのナイフ》

・ベルがオラリオに来て、初めて手に入れた武器。

・ベルの何らかの琴線に引っ掛かった為、購入に至った。

・性能はギルド支給のものより、ほんの少し良い程度。

・現在はリリルカが所有している。

 

《???》

・???

・???

・作成者はヴェルフ・クロッゾ。

 

防具

《魔眼殺し》

・特殊な眼の能力を抑制する眼鏡。

・カラーリングはシルバー。

・何らかの素材で出来ているらしいが詳しくは不明。

・焼失したことにより、二代目。

・作成者はアスフィ・アル・アンドロメダ。

・ちなみにアスフィは眼鏡を焼失したことを知った際にショックを受け、気絶しかけた。

・その後、ベルに三時間程説教を垂れたらしい。

 

《カジュアルシャツ》

・衣服。

・防御力は皆無。

・ブラックカラー。

・ベルのお気に入り。

・スペアを何着か持っている。

 

《カジュアルジャケット》

・衣服。

・割りと丈夫に出来ている。

・キャメルカラー。

・ベルのお気に入り。

・スペアでもう一着持っている。

 

火精霊の護布(サラマンダー・ウール)

・火精霊が己の魔力を練り込んで造った布で作成されたローブ。

・耐火性、防寒性に優れている。

・価格はクーポン込みで87000ヴァリス。

 

雪甲(ゆきかぶと)

・全身を覆う白のライトアーマー。

・物理衝撃に強い耐性を持つ。

・中層程度のモンスターになら十分な防御力。

・属性攻撃、特に火属性に弱い。

・価格はクーポン込みで118000ヴァリス。

・しかし、金銭面の都合で胸当て部分しか買えていない為、実質28000ヴァリス。

・ゴブニュ・ファミリア製。

 

 

アイテム

回復薬(ポーション)》×10

高等回復薬(ハイ・ポーション)》×5

精神回復薬(マジック・ポーション)》×6

二属性回復薬(デュアル・ポーション)》×2

《解毒薬》×5

《煙玉》×3

《砥石》×2

 

 

備考

・女性の知り合いがたくさんいる。

・というか仲の良い大半の友人が女性。

・出身の村ではかなりモテていた。

・料理が得意なのは、故郷では一人暮らしをしていたから。

・彼の家によく飯を集りに来る金髪の女の子がいた。

・運送屋のバイト代は時給130ヴァリス。

・バイトの先輩に、ヒモでもやって行けると言われたことがある。

・ちなみにベルの装備やアイテムを買う際に、女性陣からプレゼントとして何割か負担して貰っている。

・それでもベルの懐に大打撃なのは変わらない。

・二つ名には未だに慣れていない。




知らないとは思いますが、作者はダンまちヒロインでエイナが一番好きです。

あと、評価感想はきちんと全て作者の心の養分となっていますので、どんどん与えてやってください。




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第四章 巨神殺し The Giant Slayer.
#36 プロローグ


 ダンジョン第13階層。

 そこは所謂中層と呼ばれる(・・・・・・・・)領域で、それと同時に《最初の死線(ファースト・ライン)》とも呼ばれていた。

 中層最初の難関で、数多くの冒険者の命を奪ってきたこの階層。

 天井、床、壁、その全てが岩盤で構成されている天然の洞窟を彷彿とさせる。

 その性質から、そこに反響し、よく音が響き渡った(・・・・・・・・・)

 

 

「くそっ!! 走れ!!!!」

 

 

 複数の足音が乱雑に響き渡る。

 叫んだのは男の声で、つい最近中層に降り立ったばかりの冒険者であった。

 その後ろには仲間であろう十数人の男の冒険者達が息を荒くして走っていた。

 全員の表情は共通して恐怖、焦燥、絶望が垣間見え彼らの状況が如何に切迫しているが分かる。

『グオウッ!』

 更に後ろ。

 黒い犬型のモンスター、"ヘルハウンド"が群れを率いながら追いかけている。

 口腔からは火炎が漏れ出し、今にも獲物(冒険者達)を焼き尽くそうとしていた。

「......ぐあっ!」

 その時だった。

 後ろで逃げていた冒険者達の一人が躓き、転倒してしまったのだ。

「っ! おい! 大丈夫_______」

 リーダーであろう先頭に立つ冒険者の男は、振り向き声をかけようとする。

 

 

 しかし、そこには。

 

 

「......なっ」

 仲間だったもの(・・・・・・・)に無心で食らいついているヘルハウンド達がいた。

 グチャグチャと気味の悪い咀嚼音を立て、血を飛び散らせながら、目の前に一つの光景として現れている。

「......お前ら走れ! 早く! あいつの分の為にも!」

 男は、込み上がるその感情(・・・・)を必死に抑えつけ、他の仲間に声を張り上げた。

 そう、これがダンジョンの現実。

 昨日一緒に酒を呑んだ仲間が、今日モンスターの餌になってしまう。

 少しでも気を抜けば、いとも簡単にそれは現実になるのだ。

 時として、一人の仲間の犠牲によって他全員の命が助かることはある。

 その死んだ仲間の心情は別として、彼らはその仲間の為にもと生きようと足掻く。

 しかし、それすらもダンジョンは許さない時がある。

『グオウッ!』

 ヘルハウンドの口腔から火炎弾が放たれる。

 それは逃げている仲間の背中へまるで吸い込まれるように命中した。

「ぎゃああああああ!!!」

 絶叫を上げながら地面に転げ回る冒険者。

 『放火魔(バスカヴィル)』と呼ばれるヘルハウンドの火力は、防具ごとその身体を焼いていた。

 焦げた肉の臭い、それも不快感のある刺激臭がその辺一体に充満し始める。

「走れ!! 走れ!!」

 リーダーの男はひたすらにそれを叫ぶ。

 この状況下において、彼らに出来るのはそれしかないからである。

 彼らが全力で走っている間にも、その後ろからはヘルハウンドの火炎が砲弾として襲いかかってきた。

 次々と響き渡る仲間の絶叫と、焦げた肉の臭いがリーダーである男の耳と鼻に入ってくる。

「くそっ!! くそっ!!」

 男の目からは涙が流れていた。

 簡単に焼き殺されていく自身の仲間を思いながら、その心中には不甲斐なさと悔しさ、モンスターへの恨みが募っている。

 しかし、自分には今このモンスターの群れに対抗出来るほどの力はない。

 立ち向かえば、仲間達と同じように焼き尽くされてしまうだろう。

 彼は必死に必死に走り続けた。

 振り返らず(・・・・・)、只々必死に。

 走って走って。

 

 

 そして、気が付けば男は13階層の入り口にいた。

 

 

「はぁ......はぁ......」

 体力の限界を越え、男は膝を地に着け、肩を上下させながら息をする。

 ここまで止まらずに男は走り続けた。

 故に、男はもう走ることもまともに歩くことも難しい。

 少なくとも一時間程は休まないと、男は動くことも出来ないだろう。

 踞りながら、男はあることに気付いた。

 そう、仲間だ。

 一体何れ程の仲間の命が失われたのかは分からない。

 その悲しみはとてもとても深いものではある。

 だが、今は生きているであろう仲間と共に生き延びたという喜びを分かち合うべきだ。

 男は後ろを振り返った。

「っ! おい! お前ら、無事_______」

 

 

 

 そこには誰も居なかった。

 

 

 

 男の慟哭がダンジョン内に響き渡る(・・・・)

 その大きな悲しみを内包した絶叫は、体力の限界を越えている筈の男から延々と発せられた。

 その声が枯れるまで、ずっとだ。

 仲間を全て失った男の姿。

 それは余りにも悲壮感に溢れたもので、もしこの場に誰かいたのなら、目を背けてしまう程のものだった。

「_______あ」

 気が付けば、男は何かに囲まれていた。

 ヘルハウンド。

 仲間を殺した憎むべきモンスターだ。

 黒い体毛にはべっとりと赤い血がこびりついてる。

「......て、てめえらが......てめえらが......」

 男は自身の身体に鞭を打ち、立ち上がると、ヘルハウンドの群れをスッと見据えた。

「ぶっ殺してやる......」

 その目には深い憎悪と怒りが垣間見えた。

 それは例え歴戦の冒険者でも反応してしまう程に深い憎悪であった。

 しかし、ヘルハウンドの群れはそれを嘲笑うように唸っている。

「......よくも、俺の仲間をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 男は剣を引き抜き、ヘルハウンドの群れへ飛び込んでいった。

 憎悪と怒りに包まれた、男の決死の一撃がヘルハウンドの群れへ_______

 

 

 

 数分後、そこには赤い鮮血と肉の焦げる臭いしか残らなかった。

 

 

 

 

 

「13階層から中層だったんだね......」

 ベル・クラネルは知らなかったなと、そう呟いた。

「まさか、ベル様が15階層まで来たことがあっただなんて......」

 呆れたような驚いたようなそんな表情を浮かべながらリリルカ・アーデはベルを見た。

「流石だぜ。まあ、旦那なら何もおかしくはないがな」

 腕を組み、首を縦に振りながらヴェルフ・クロッゾは頷いている。

 現在、三人が歩いているのは、ダンジョン第12階層。

 そこの次階層までの入り口に繋がる直線一本道の場所だ。

 先程の会話は、ふとリリルカが、ベルに最高で何れくらいダンジョンの下まで行ったのかというのを確認したためだった。

 それで、ベルは15階層まで行ったことがあると喋り、リリルカとヴェルフが目を見開く程に驚いたのだ。

 まあ、Lv:1で中層に行くものなど、馬鹿しかいないからだろう。

 本来ならば、行けば瞬殺されるのが落ちである。

 そう本来ならば。

「あ、そうだ。荷物大丈夫? 割りとアイテム結構入ってたから......」

 ベルは隣を歩くリリルカへそう言った。

 現在、ベルの背中には背負っている黒いバックパックは、此処に来る前の時よりも軽くなっていた。

 理由は簡単で、リリルカのリュックサックに入れて貰っているのだ。

「いえいえ、心配ご無用です。リリのスキル《縁下力持(アーテル・アシスト)》のお陰で重量自体は軽くなってますし。お望みとあらばもっといけますよ」

 ふんすとドヤ顔を決めてくるリリルカに苦笑いしつつ、ありがとう頭を撫でるベル。

 どうやら、リリルカに対してこれが癖になってしまったようだった。

「えへへ......」

 頬を赤くし、口許を緩めているリリルカを見て、喜んでいるようだしいいかと、ベルは癖の矯正は必要ないと判断した。

 まあ、只単純にベルが撫でたいという願望もあったのだが。

「《縁下力持》って、装備を軽くするスキルなのか? それは便利だな」

 ヴェルフはへぇと感心していた。

 確かに持っている装備を軽くできれば普通に便利だ。

「そうですね。簡単に言えばそんな感じです」

 リリルカの持つ《縁下力持》は、一定以上の装備過重時において補正がかかるというものだ。

 そして、それは重ければ重いほど補正効果も上昇する。

 故にリリルカのような小人(パルゥム)の女の子でも大量の荷物を背負うことが出来るのだ。

 余談ではあるが、リリルカの長年のサポーター生活で培われた収納能力も関係しているらしく、これにより無駄無く物を詰め込めるらしい。

 しかも、物が傷付かないよう配慮もしているということで、ベルとヴェルフは思わず拍手をしてしまったほどだった。

「って、スキルとか言っちゃって良かったの?」

 そういえばと、ベルは思わずリリルカを見た。

 レベルの開示はともかくとして、ステイタスのパラメーターやスキルは言わなくてもいいのだ。

 それはオラリオ市内では周知されている事項であった。

「いいえ、大丈夫です。ベル様になら知られても全然問題ありません! ヴェルフ様は、まあ、ベル様のご友人とのことですので......本当はあれですけど」

「おい、聞こえてんぞ、リリ助」

「だから、リリ助言うなっ!」

 また開始される喧嘩にベルは少し頭をかかえそうにた。

 ダンジョンに来てまで喧嘩しないで欲しいなと思いつつ。

 そんな光景に目を向けつつ、ベルはふと何かの気配を感じた。

「......二人とも」

「ああ、分かってる」

「え、えっ? どうしたんですか?」

 ベルの一言で、ヴェルフは瞬時に察知してくれたらしい。

 リリルカの方は、分からないと疑問符を浮かべているが。

「数はっと......結構いるな。旦那、こりゃあ多分_______」

 

 

『グオウッ!』

 

 

 先の見えない通路の先から何かの鳴き声と共に、明かりのようなものが迫ってくる。

 数は十。

 よく目をこらしてみれば、大きな黒犬が疾走してくる。

 その身体には何やら赤い液体がこびりついてるように見えた。

「ヘルハウンド!?」

 リリルカがその姿を捉え、驚愕している。

 初めて見たモンスターではあるが、聞いたことはあった。

 強力な火炎攻撃を放つモンスターで、更に群れで行動する為、襲われたら一溜まりもない存在である。

「旦那は見たことあるんだよな? ヘルハウンド」

「うん、まあ。数が多いのと火炎攻撃が面倒だなとは思ったけど。結局、それだけ(・・・・)だね」

 全然問題無いよ、そうベルは続けた。

「流石、旦那だ。じゃあ、どうする? 旦那が行くか、俺が行くか?」

「......そう、だね。今回はヴェルフに任せるよ。実力もまだ見せて貰ってないしね」

 そう言ってベルはリリルカを連れ、後ろに下がると、腕を組んで視線をヴェルフへと向ける。

 ヴェルフを見るその目は、期待しているとはっきりと告げていた。

「ははっ、ちゃんと見とけよ!」

 ヴェルフは嬉しそうな笑みを浮かべると、背中に差している黒い大剣の柄に手を掛けた。

 

 

 

「かかってこい、わんころ。俺が遊んでやるよ」

 

 

 

 ヴェルフの鉄塊とも呼べる大剣が、ヘルハウンドの群れに一閃を叩き込んだ。

 剣を振るった際の衝撃波_______"剣圧"が容赦なくヘルハウンドの頭部に炸裂し、弾け飛ぶ(・・・・)

 同じく剣を使う最近Lv:6になった冒険者、そしてオラリオ最強と呼ばれる剣士アイズ・ヴァレンシュタインは、力のパラメーターの関係上、生身で(・・・)この芸当は出来ない。

 彼女は速度特化(・・・・)した剣士なのだ。

 しかし、ヴェルフは彼女とは逆であった。

 筋力特化(・・・・)と言えるステイタスだ。

 故に、ヴェルフは斬撃をまるで魔法のように飛ばせるのである。

『オオォォォォォォッ!!』

 ヘルハウンドの一部がすぐに突撃を中止。

 後方に下がると火炎攻撃を放った。

 数にして五発。

 残り四体はそのまま距離を詰め、飛びかかってくる。

 ヴェルフの力を察知したのだろう。

 近距離攻撃と遠距離攻撃で、各攻撃への対応を遅れさせるのが目的だ。

 モンスター達にも知能はあり、戦いにの中で常に学習していくのである。

 その学習能力に油断して、命を落とす冒険者も少なくない。

「熱い炎は悪くねぇ......だがよ」

 ヴェルフは踏み込むと、ヘルハウンドの群れへ接近する。

 そのまま大剣を横に薙ぎ払い、火炎弾を弾く(・・・・・・)ことで、突撃してきたヘルハウンドに頭部(・・)に跳ね当てると焼き潰す。

 二体のヘルハウンドがこのダンジョンから消滅した。

「火力が足りねえ。そんなんじゃ、俺の剣は潰せねえ!」

 ヴェルフは前方へ走り、火炎弾で死にきれなかったヘルハウンドに鉄拳(・・)を叩き込むと、その頭蓋を粉砕する。

 グシャリという音が響き渡る。

『オオォォォォォォッ!!』

 下がっていたヘルハウンドが、更に火炎弾を撃とうと咆哮をあげる。

「うぜえな......」

 ヴェルフはもがいている一体のヘルハウンドの首を掴み上げ、そのまま火炎弾の盾にする(・・・・)

 仲間から何発もの火炎弾を喰らい、ヘルハウンドは断末魔の悲鳴をあげ、絶命した。

「余計なことすんなよ」

  死骸を放り捨て、ヴェルフは大剣を薙ぐ。

 斬撃は飛翔し、追撃で火炎弾を放とうしたヘルハウンドの頭部(・・)を容赦無く吹き飛ばした。

 数は残り、三体。

 ヴェルフは踏み込み、距離を詰めた。

「おらっ!!」

 天井ギリギリまで跳躍すると、大剣をヘルハウンドへ向け、垂直落下攻撃を放つ。

 頭上から迫る大剣の(きっさき)が一体のヘルハウンドの頭を地面ごと串刺しにした。

『オオォォォォォォッ!!』

 ヘルハウンドは雄叫びをあげると火炎弾を放つべくチャージ行動を開始する。

 時間にして一秒程のチャージ時間。

 まだ中層へ来たばかりの冒険者や並みの冒険者にはとてつもなく早いチャージ速度だった。

 それに加え、群れで襲い掛かられたら間違いなく命は無いだろう。

「燃え尽きろ、外法の業『ウィル・オ・ウィスプ』」

 瞬間、ヘルハウンドの口腔で、炎が爆発する(・・・・)

 まるで、発動中であった火炎弾が急に制御不能になったかのようであった。

「あれは、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)!?」

「魔力暴発?」

 リリルカの驚きに対し、ベルは首を横に傾げる。

「はい、ベル様。魔力暴発とはその名の通り、魔力が暴発する現象で、魔法を使う際にきちんと制御出来ないと体内の魔力が暴走し自爆してしまうのです」

 なるほど、とベルは呟いた。

 何か詠唱をしてからあれが起きたのを見ると、故意に引き起こされたもの、つまりはヴェルフの魔法ということになる。

 魔法暴発という現象は魔力の高く、更に魔法の威力が高いほどその爆発力は増す。

 その為、容易に上層の装備ごと肉体を焼く火炎弾が暴発すれば、それを使うヘルハウンドは只では済まないだろう。

 実際にヘルハウンドの一頭は既に焼かれ、生き絶えていた。

「これで......」

 ヴェルフは熱さで悶えているヘルハウンドへ向け、大剣を構え、身体を大きく横に捻る。

 スッと場の空気が一変し、それは彼が集中状態に入ったということを表していた。

「_______終わりだ!」

 そして、それをヴェルフは一気に振り下ろした。

 

 

 

_______ズドンッ。

 

 

 

『グオオォォォォォォッッッ!!?』

 大地が割れた。

 それを彷彿とさせるとてつもない爆砕音と共に、地面ごとヘルハウンドが叩き潰される。

 原型など保てているはずがない。

 張り詰めていたモンスターの気配が消える。

 つまりは、ここにいた全てのヘルハウンドは絶命したということであった。

「......旦那、一丁上がりだぜ」

 大剣を肩で担ぎながら、ヴェルフは振り向いた。

 息の乱れも、汗の一滴も何一つない。

 只、一つの作業を終えた、そんな表情でベルを見ていた。

「うん、凄いね。流石Lv:5。鍛冶の技量(うで)もさることながら、戦いの技量(うで)も良いなんて。ますます心強い。うん、合格だよ(・・・・)。ヴェルフ」

 ベルはそう言うと、ヴェルフへ視線を向ける。

 その視線に色々な意味を含ませて。

「_______それは、光栄だ。旦那。よろしく頼む(・・・・・・)

 ヴェルフはそれに対し、笑みを浮かべることで応えた。

 それは出発時とはまた違う別の笑みだ。

「......これがLv:5の冒険者、《赤色の剣造者(ウルカヌス)》の実力」

 リリルカは呆然としているようにそう呟いた。

 自身とは比べ物にならない実力者。

 ベルの実力を分かっているからこそ、今、組んでいるパーティに自分は酷く不釣り合いなのではと思ってしまう程にリリルカは少し消沈してしまった。

「ほら、もう片付いたんだ。回収できるもん回収して、さっさと行こうぜ」

 ヴェルフはそう言って二人を促した。

 ベルとリリルカは首を縦に振ると、揃って血の匂いのする砕けた通路を歩き出した。




今章から章タイトルは、最初から公開します。


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#37

 "アルミラージ"。

 彼らは白のもふもふとした毛並みにふさふさの尻尾、真っ赤な瞳に、額には一本の角が生えたとてもあいくるしいモンスターだ。

 オラリオの子供が一度飼ってみたいモンスターランキングトップ10に入っているとかいないとか。

 そんなアルミラージではあるが、その可愛いらしい外見とは裏腹に非常に好戦的なモンスターとしても有名である。

 それにより、何れ程の冒険者が命を落としたのか。

 外見に騙され、近付いた冒険者が頭から喰い殺され、手を差し出したら腕ごと喰い千切られる。

 更に恐ろしいことにそれらは群れで行動する。

 危険度で並ぶヘルハウンドも群れで行動はするが、こちらは数が違かった(・・・・・・・)

 故に下級冒険者が特に恐れるモンスターの一種で、人喰い兎とも呼ばれている、のだが。

「お"らあぁぁぁ!!!」

 ヴェルフの持つ黒の大剣がアルミラージの群れを横から薙ぎ払う。

 上下に分断され、首の方は外壁に吹き飛ばされ、グチャリと音を立てた。

 そこからは血がベットリと流れ落ちている。

「あっちに行ってください!」

 リリルカの《リトルバリスタ》に装填された貫通性に優れた《ピアーズ弾》が、アルミラージ達の額の角の脇を狙って(・・・・・・・・)次々と射出される。

 その矢は頭部に留まらず、そのまま貫通し、外壁へ突き刺さった。

 矢の(シャフト)にはアルミラージのであろう脳味噌の一部が付着している。

『うおぉぉぉぉ!!』

 ヴェルフは大剣で容赦無くアルミラージを斬殺していく。

 場合によっては鉄腕で頭からぐしゃりと粉砕していた。

 リリルカは脳天目掛けて矢を的確に射っては矢を回収し、アルミラージを撃ち貫いていた。

 その途中で、魔石もしっかりと回収しながらである。

 二人とも、鬼神の如き戦いっぷりだった。

「......何か、二人ともテンション高いっていうか、これじゃあ僕の出番無いんだけどな」

 ベルは一人、只突っ立っているだけである。

 右手には新たな武器である短剣、《クニークルス》を持っているも、それは空振るように下を向いていた。

 パーティの士気が高いのは大いに結構で、ステイタス更新時の経験値(エクセリア)稼ぎにもなり、二人は更に強くなることが出来るので寧ろ戦って欲しいくらい。

 しかし、少しくらい此方にも活躍させて貰っても良いじゃないかと思うベルであった。

「......それに何だか凄く複雑な気分」

 次々と魔石に姿を変えていく、アルミラージに何故か同情の念を抱いてしまう。

 まるで自分が同じ目にあっているようなそんな気分だ。

 もしかしたら、ティオナに白ウサギ君などという渾名を付けられていたからだうか。

 そんなことを考えているうちに、アルミラージの群れは着々と数を減らされていき、既に残りは三体になっていた。

「ちょっと、一匹くらい、僕にもやらせてよ!」

 流石に何もしないというのはあれだなと思ったベルは、一体に接近すると、《クニークルス》でアルミラージを斜めに一閃した。

 悲鳴をあげる間もなく、斜めに両断され、肉がずれ落ちる。

 遭遇して、十数分後。

 狂暴な(愛らしい)五十を越える(・・・・・・)兎の群れは、三人(ほぼ二人)の手によって、無惨な肉片と化したのだった。

「......ふぅ。狩った狩った! 雑魚でも多いと面倒だなぁ、やっぱり!」

 肩を回すことで、持っている大剣もぐるんぐるんと回り、非常に危ない。

 しかし、ヴェルフはLv:5の冒険者だ。

 そこのところは気を使っているのだろう。

 恐らくきっと。

「......矢の回収は、二十本使ったうちの十五本。マイナス五本で......新しく購入した《ピアーズ弾》は価格も少し高いくらいで、威力も充分、強度も問題無し。弾も全て回収済み。費用的釣り合いとしては余裕でお釣りが出ますね。うん、これなら......」

 ぶつぶつと呟きながら、リリルカは何かを手帳にメモしている。

 ベルとパーティを組んだことによって、金銭の余裕が出来たリリルカは、恩返しをするべく武装の強化を行った。

 リリルカは非力であるが故に、剣や槍などの近接武器は使うことが出来ず、魔法も変身魔法一つだけである。

 彼女が持っている武器はボウガンである。

 これなら、非力な彼女でも安定した威力を発揮することが可能で、装填する弾の種類を変えれば更なる威力上げも可能だ。

 これ程リリルカに適した武器は無いだろう。

「流石に切れ味が圧倒的に良いね。振りやすさも中々。まあ、一回しか切れてないけど......」

 ベルは右手に持った《クニークルス》を見ると、ふうと溜め息を吐く。

 まあ、一度しか試せていないのだから、この反応は仕方がないことだろう。

 しかし、それでも今まで使った短剣の中では隔絶した性能を持つことは理解した。

 右太股の横には支給品の短剣が差してあるが、もう使うタイミングは魔石の剥ぎ取り時くらいだろうとベルは考えながら、《クニークルス》を納刀する。

「......それにしても、この数は異常ではありませんか。ヴェルフ様が殆ど倒してはくれましたが、少なくともアルミラージが三十体以上はいた気がします」

「ああ、それは俺も思った。幾ら群れだとしても、これは多すぎだ」

 リリルカとヴェルフの発言に、ベルは確かにと、顎に手をやる。

 見ていた感じではあったが、確かにアルミラージの数は異常であった。

 ベルにとって、モンスターが大量に発生するのは見覚えのある(・・・・・・)ことでもり、関係性があるのではないかと頭を捻ることになる。

「もしかして、ダンジョンに何か異変が起きているのかな......」

「異変、ですか......?」

「それってどんなものなんだ?」 

 二人の視線に貫かれ、ベルは今辿り着いた考え(・・・・・・・・)を言おうか言わまいか、思考の海に落ちる。

 少なくとも、これは一つの答え(・・・・・)であるとベルは直感していた。

 いや、答えであると確信していた(・・・・・・・・・・・・)

 ベルは少し逡巡して、その口を徐に開いた。

「......いや、流石にそこまでは分からないよ。只漠然とそう思っただけだからさ」

 結局、ベルは答えないことを選んだ。

 ここでそれを説明したとして、変な混乱や不安を煽りたくないというのが理由である。

 今のパーティのリーダーはベルなのだ。

 気を遣うのは当然のことであった。

「......まあ、だよな。普通に考えて」

「そうですね。というか、それよりも今は中層攻略に集中ですよね!」

 二人はその言葉で納得すると、そう言って特に何も追求はしてこなかった。

 ベルのポーカーフェイスは、過去の経験から言って折り紙付き(・・・・・)である。

 初見で、彼のあからさまなものを除いて、嘘を看破するのは不可能に近い。

 まあ、それも人智を越える存在が相手であれば変わってくるのだが、それもどうとでもなった(・・・・・・・・・・・)

「うん、リリルカの言う通りだ。あ、確か18階層はモンスターの出ない安全階層(セーフティーポイント)なんだよね?」

「別名《迷宮の楽園(アンダーリゾート)》と呼ばれる階層で、噂によると湖や森もあるらしいですよ。あと、ダンジョンなのに昼夜の変化があるとか」

 リリルカが手帳を見ながら、ベルへそう説明する。

 態々調べてくれたのかと、その情報に有り難く思いつつリリルカへお礼を言うと、今度はヴェルフへ視線を向けた。

「おお、リリ助の言う通りだ。あそこはいいぞ。景色も良いし、水も美味い。只、冒険者達が店を開いてるんだがな、物価が糞みたいに高いのが難点だ」

 なるほどと、ベルは頷いた。

 中層にもなれば、道具の消費は多くなってくるだろうし、それを補充するためにもこういう場所での買い物は貴重になるだろう。

 その分、商品の金額が割高になってしまうのは仕方がない。

 彼らもそこに来るのは命がけなのだ。

「あとは......」

 だから、リリ助言うな!というリリルカの叫びを軽く無視して、ヴェルフは後は何かあったかなとぁと頭に手を当てて考えている。

 その間、ヴェルフの膝にはリリルカの蹴りが何度も命中しているが意に介さずであった。

 レベル差というのはこういうところにも出てくるのである。

「......ああ、そうそう。あそこ安全階層なんて呼ばれてるが、モンスターの襲撃は少ない頻度ではあるが普通にあるぞ」

 ヴェルフ曰く、それによって何度もその冒険者達が開いている店は壊滅させられているらしい。

 ダンジョンであるから、例え安全階層でもモンスターは現れるらしい。

 安全というのは他の階層に比べてという意味なのだろう。

 結局、一番安全なのは自分のホームだけなのかもしれない。

 しかし、懲りずに戻ってきては再建をし続けているという話を聞いて、流石冒険者(商人)だと、ベルは呆れながらも感心していた。

「その18階層を目指そうか。《迷宮の楽園》、結構興味があるしね」

「俺は異存はねえ。旦那に着いてくだけだ」

「はい、ベル様が言うのなら。......でも、18階層の前、17階層には《迷宮の孤王(モンスター・レックス)》、"ゴライアス"が門番として待ち受けているかもしれません」 

「かも?」

 かもしれないというリリルカの言い方に疑問を感じ、ベルは思わず聞き返した。

「先日、ロキ・ファミリアがダンジョンに遠征に行ったという情報を手に入れました」

「そういえば、ティオナがそんなことチラッと言ってたような......」

 そう言って、ベルはあのお祝い会を思い出した。

 酒が入り、皆少し酔い始めた頃合い、ティオナはベルの隣に入り込むと垂れ掛かり、ふにゃふにゃと甘え始めた。

 

 

 

『ベール君♡』

 

『何ですか?』

 

『くっついていーい?』

 

『もうかなりくっついてますよ。......ティオナ、もしかして酔ってます?』

 

『酔ってないよー。あ、ベル君、あーん』

 

『酔ってる人は皆そう言うんですよ。あーん......』

 

『どう、美味しい?』

 

『はい、美味しいですよ。流石、ミアさんですね』

 

『もう! あたしが居るのに他の女の名前出さないでよ!』

 

『他の女の名前って......ティオナ、やっぱり酔ってますよね?』

 

『酔ってにゃいもん! もっと甘やかせてにょ!』

 

『......あーはいはい。ごめんなさい。酔ってませんよね。どうぞ、好きなだけ甘えてください』

 

『やったー! えへへ、ベル君の膝枕♡ 暫く遠征に行くからベル君分の補充ー......もぐもぐ』

 

『僕の指は食べ物でもなければおしゃぶりでもないですよ。赤ちゃんですか、全く......はーい、よちよち。ティオナちゃん』

 

『えへへ♡』

 

『ティオナが......女してるっていうか赤ん坊プレイしてる......!? あたしも団長にあれくらい行った方が良いのかしら......』

 

『男にくっつくなんて穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしいティオネさんは逆に控えた方が良いかと思いますマジ過ぎて団長が少し引いてますというかあれやった確実に終わりです穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい......』

 

『......レフィーヤ、どうしたの? 無視した時のロキみたいな目してるよ?』

 

『ねえ、レフィーヤ。今なんか言ったよね? ねえ? アイズにガチでちょっと引くレフィーヤ。ねえ? ねえ?』

 

『ベル様の膝枕、ずるいです! リリもしたいです! ベル様分補充したいです! ベル様の赤ちゃんになりたいです!』

 

『本当です! 私もして欲しいです! 補充したいです! ベルさん、次は私の番ですよね!? 赤ちゃん!?』

 

『私は、どちらかと言えばしてあげる方が......』

 

『リューは駄目! 前にベルさんに膝枕してあげてたんだから、今度は私なの! だーめ!』

 

『シル......貴女、酔ってますよね?』

 

『酔ってないでふよ!』

 

『......そうですね、分かりました。_______アーニャ、今すぐ水を持ってきなさい』

 

『にゃー! 公共の場で変態プレイしてる輩となんて関わりたくないにゃ______すみません、調子こきました。マッハで持ってきます。だからお仕置きは勘弁してください、いやマジで本当に』

 

 

 

 などというやり取りを思い出し、ベルは大変だったなぁと少し苦笑いしそうになる。

 ぶちギレ寸前のティオネと迷走するレフィーヤはアイズが緩衝材かつ清涼剤になったため、大事には至らなかった。

 ティオナとリリルカ、シル、リューは結局交代で膝枕というカオスな状況になった為、周りの男性客が本気で殺しにかかってきそうだったとはベルの談。

 まあ、もしあの場でベルを殺しにかかれば、ティオナやリュー辺りが逆にぶちギレて同じ事をしかねないだろうが。

「ダンジョン遠征の際に、障害となるゴライアスは既に討伐されていると予測出来ますが、《迷走の孤王》は時間で復活します。まだ、正確な復活までのインターバルは判明していませんが、ロキ・ファミリアが遠征に行って既に一週間程が経っています。そろそろ復活していてもおかしくはないです」

 リリルカの言葉を聞いて、ベルはふうんと相槌を打った。

 何か考える様子のベルを見て、ヴェルフが横から口を挟んだ。

「......まあ、問題ねえだろ。ゴライアス程度、旦那が負けるとも思わねえし。それに何かあったとしても俺が片付ければいいだけだしな」

 ヴェルフはオラリオでも数少ないLv:5の冒険者だ。

 それ程の冒険者が中層最初の壁であるゴライアス程度に遅れを取るわけがない。

 逆にゴライアスが可哀想になってしまうだろう。

 故にこの中層攻略については何も問題はない。

「......なるほどね。うん、分かったよ。取り合えず、ゴライアスっていうモンスターを倒せば別に問題はないんだよね。まあ、居たらの話だけど」

「おお、その通り、何も問題はねえ!」

「......まあ、リリもそこは何も心配していません。只、一応お耳に入れておいた方が良いものだと思いまして」

 誰一人、ゴライアスとの戦闘を心配しているものはこの場にはいなかった。

 ベルからしてみれば、ゴライアスがどのようなモンスターかも知りもしないが、自身の障害となる存在だとは到底思えなかった。

 彼の直感が、そう告げていたのだ。

「それならさっさと行っちゃおう。戦わないで済むのなら、それに越したことはないだろうしね」

 ベルのその言葉に二人は頷いた。

 今の二人にとって、ベルの言葉は絶対であった。

 パーティのリーダーであるのも理由ではあるが、一番の理由は、それがベルだから(・・・・・)だろう。

 二人はベル以外のパーティに入る気は欠片もない。

 ベルだから、パーティを組んでいるのだ。

 もしベルが居なければ、リリルカとヴェルフは組むこともなかっただろうし、組む気すらなかっだろう。

 それを考えれば、このパーティは酷く歪なものだと言えた。

「......っと、二人とも。モンスターみたいだよ」

 歩いていると、開けた場所に出た。

 直径数十M(メドル)の空間で、そこに足を踏み入れた瞬間にアルミラージの群れが出現する。

 数は先程よりも少し多い。

「......お前達には悪いけど、試し切りの相手になってくれよ」

 だから二人とも手を出さないで、そう告げるとベルは《クニークルス》を引き抜き、疾走を開始した。

「了解って......」

「もう聞こえてませんね......」

 二人の視線の先には、楽しそうにアルミラージを狩り続ける死兎(ベル)がいた。

 《クニークルス》の高速の刃に、アルミラージは切り刻まれ解体されていく。

 さながら、それは一つの芸術作品のように。

 アルミラージの血がしぶき、死兎の白髪を染めていく。

 《血染髪(レッド・キャップ)》。

 そんな言葉が二人の頭を過った。

 血に染まる戦鬼、それが今の彼にぴったりな言葉だ。

 もし、今の彼を無闇に止めにかかれば、あのアルミラージと同じ運命を辿るだろう。

「......うん?」

 ヴェルフがふと、何かに気付いた。

 向こうから複数の人影が見えたのだ。

「一人怪我をしているみたいですね」

 リリルカが見たのは、肩に粗い造りの斧が突き刺さり、血を流している女性冒険者の姿だった。

 彼女は仲間であろう冒険者達に担がれている。

 武器の形状からして、間違いなく天然武器(ネイチャー・ウェポン)で、アルミラージがそれを使用したのだろう。

 かなり深く斧は突き刺さっており、彼らが通った道には血が、道標のように続いている。

『ギイィィィィ!!』

 背後から、甲高いモンスター達の鳴き声が木霊する。

 それは間違いなくアルミラージのものだった。

 彼らはあのアルミラージの群れに襲われ、怪我を負ったのだろう。

「......」

 その冒険者達はベルが戦っているところを態と突っ切るよう(・・・・・・・・)にして、13階層を抜ける別ルートを走り抜けていく。

 ああ、なるほどと二人は理解した。

 

 

 

 怪物進呈(パスパレード)

 

 

 

 アルミラージの大群は、そのまま無心に戦うベルの元へと押し寄せた。




第四章タイトルを少し変更しました。
あと、ソード・オラトリアの漫画を買ったんですが、キャラがみんな可愛い。
......ヒリュテ姉妹ハァハァ




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#38

 怪物進呈(パス・パレード)

 冒険者がパーティの全滅、もしくは自身の命を守る為に他のパーティもとい冒険者へモンスターを押し付ける行為を指す。

 それは勿論推奨される行為ではなく、あくまで緊急時(例えば重傷を負っているか、仲間がそれと同じ状態であるかなど)にのみ暗黙の了解で行われる。

 やられた側からしてみれば無論たまったものではなく自身の命を危険に晒すものではあるが、それはダンジョンに於いては皆等しく命賭けであり、思うことは同じく死にたくないという感情のみがあった。

 当然、押し付けた側は恨まれることを覚悟しなければならず、殺されたとしても全くおかしくない。

 しかし、そういう案件は意外にも少ない。

 理由としてはそれによって(・・・・・・)命を落とす割合の方が多いからである。

 生きて帰れず、ダンジョンで屍と化す冒険者。

 ゴースト系モンスターはその成れの果てとも言われているが、正しいことは分かっていない。

 只、怨念は残留思念となって留まっていそうではあるが。

 結局のところ、人道的に許されている行為ではないが、生命維持の為には許されている行為、それが怪物進呈なのである。

 

 

 

 

 

「この辺りの階層って、川とか流れてないよね......」

 べっとりと頭に着いた血を手で拭うと、真っ赤になった手のひらを見るベル。

 ベタつきと臭いによる不快感からか、眉間にシワを寄せていた。

「あ、これどうぞ。飲み水でしたが、まだ開けてないので」

 リリルカが懐から水筒を取り出すと、それをベルへサッと取り出した。

 その早さはさながら主へ仕える忠実な従者のようであった。

 ベルは(こうべ)を垂れるようにすると、リリルカがそこに水筒の水をかけ、洗い流す。

「ひーふーみーよー......はははは、すげーな。さっき俺らで倒した数より多いじゃねぇか」

 ヴェルフが指で数えるのを途中で止めた先には、山のようなアルミラージやヘルハウンドの死骸が無惨に転がっていた。

 全て、ベルが殺したモンスター達である。

「......ふぅ。リリルカ、もう大丈夫」

「はい。あ、ベル様。タオルです」

 直ぐ様タオルを取り出し、ベルはそれを受け取ると雑把に髪を拭く。

 そんなリリルカの甲斐甲斐しく世話をする姿を見て、ヴェルフは"流石(さす)ベル"という妙な評価を下していた。

 最近のヴェルフは流行りのようにベルのやること成すこと、"流石ベル"と内心で呟いている。

 主に女性関係や、それに付随することに関してであるが。

「タオルありがとね、リリルカ」

「いえいえ。あ、タオル預かりますね......」

 そう言って、ベルの使用済みタオルを受け取ると、大事そうに(・・・・・)懐にしまうリリルカ。

 その際、彼女の口角が少し上がっていたのをヴェルフは見逃さなかった。

 流石ベル、今度は思わず口に出てしまっていた。

「あ、そうだ。さっき通り過ぎていった冒険者達は? 一人大怪我してたみたいだけど」

「......気付いてたのか。意外だな。てっきりモンスターを殺すのに夢中で気付いてないのかと思ってたぜ」

「むっ......それは失礼ですよ、ヴェルフ様。ベル様はどんな状況下でも冷静に周囲を見られているのです。ヴェルフ様みたいな適当な方と一緒にしないでください」

 リリルカは不機嫌そうな表情を浮かべ、ヴェルフに対し苦言を呈す。

 ヴェルフのその言葉はベルを崇拝するリリルカにとっては、不敬なものであり、許せることではないからであった。

 故にヴェルフは、ベルの苦笑している顔を見てからやれやれと両手を上げた。

「......へいへい、分かったよ。リリ助......ったく、これだから変に色気付いた女は」

 流石に悪態を吐き出すヴェルフ。

 ここまで露骨であれば誰でも同じ反応をしてしまうのは当然であろう。

 面倒くさい。

 そんな評価を彼は彼女に下さるを得なかった。

「だから、リリ助言うなって、何度言ったら_______」

「まあ、それは良いからさ。......あの冒険者達はどうしたのって、僕は聞いてるんだけど」

「あっ、はい......あの冒険者達はベル様にモンスターを押し付けるとともに、リリ達が来た道とは別の経路を渡って逃走した模様です。数は六人で、男女半々のパーティでした」

 少し機嫌の悪くなったベルをリリルカは察知して、すぐに状況の説明をしだした。

 何故かビクビクとしているリリルカは、まるで小動物のようであった。

 それを見ていたヴェルフは、リリルカに対し微妙な表情を浮かべる。

「難儀だよな、本当......」

 惚れてはいるが、畏怖の対象でもあるなど、面倒にも程がある。

 相当な被虐体質でももっているのだろうか。

 まあ、ベルはドSっぽいしと、ヴェルフは的外れな見解を脳内で思考していた。

「......そっか。結構な怪我だったから心配だったんだよね。まだ回復薬も全然余っているから、渡しても良かったんだけど、それなら仕方無いか......」

「......心配、ねぇ。......なあ、旦那。普通、怪物進呈(パス・パレード)なんてされたらキレるもんだと俺は思ってる。さっきのだって、俺はほんの少しだけど怒ってるんだぜ」

 いくら取るに足らない雑魚を押し付けられたとは言え、その行為は余りにも危険な行為だ。

 上層レベルならまだしも中層レベルとなれば、一部を除いて大半の冒険者達にとっては驚異となりうる。

 もし、ベル達でなければ全滅していたことは必至であっただろう。

「うん? ああ、別に怒ってないよ」

 しかし、ベルは呆気なくそう返した。

「......どうしてだ?」

「だって弱いことは悪いことじゃないからね。強くあろうとしていても、強くなれないものだってそれはたくさんいる。それなら仕方の無いことじゃないかな」

 弱い、それは生物的に言えば致命的な欠陥である。

 弱肉強食という言葉が存在しているが、それは正しくその通りであり、強きものが弱きものを喰らうというのは()が決めた自然の摂理なのだ。

 それを責めるというのは御門違いなのだとベルは言った。

「......ベル様」

 弱いこと、その言葉を聞いて胸が締め付けられるような気持ちになるリリルカは不安そうな表情で、ベルの顔を見上げた。

 リリルカは、ベルの言う典型的な弱者であり、どれほど強くあろうとも強くなれない、そんな自分を理解していた。

 それが彼女の人生を形作った根本的な原因にもなっている。

「弱者を挫くのが強者。なら、それらを助けるのも強者だよ。それなら僕が(・・)彼らを守るのは当然のことだと思うんだよね」

 ベルは当然のようにそう言い放つと、ダンジョンの奥へと歩き始めた。

「まあ、それも。僕が助けられる範囲の中だけの話だけどね」

 力とは万能ではない。

 それは神とて同じであり、それが実現可能ならこの世界は何もない(・・・・)はずである。

 それが起きるということは万能という概念が存在しないことを証明していた。

 ベル・クラネルは万能ではない(・・・・・・)

「へぇ、そうかい......」

 今のベルに合う言葉、それは_______考え出して、ヴェルフは止めた。

 彼を裁定出来るほどの器をヴェルフは持っていないからだ。

「......ほら、何ボーッとしてたんだ。さっさと行くぞ。旦那の足は()えぞ」

「......はい。そんなの言われなくとも分かってますよ......」

 消沈しているリリルカを、ヴェルフは不思議に思っていた。

 リリルカはそれに対し、複雑そうな表情を浮かべつつも振り払うようにして歩き出した。

 そして、半日後。

 

 

 

 一行は《嘆きの大壁》へと辿り着いた。

 

 

 

「な、何ですか、これは......?」

 

 

「ああ、(ひで)えな......」

 

 

 

 三人の前にあったのは、頭部を潰され、倒れ伏す巨人(ゴライアス)の死骸であった。

 その場所に足を踏み入れた瞬間に、三人の足下にはおびただしい量の血痕があった。

 鉄臭い血の臭いと、死骸から放たれる特有の悪臭が混ざり合い、鼻を曲げる。

「見た感じ、本当に今さっきみたいだね。これは......」

 ベルは平然とゴライアスの死骸に歩み寄ると、しゃがみこんで検知を始めた。

 悪臭が先の比にならない程になる。

「......直接の死因は間違いなく頭部粉砕による出血死だろうね。でも、身体を見てみれば抉られたような無数の傷がある」

 ゴライアスの身体にはまるで巨大な爪で切り裂かれ抉られたような傷が多数あった。

 それは到底人間______冒険者が付けられるような傷ではなかった。

「モンスター同士で争ったってことですかね......」

「いや、それはねえよ。《迷宮の孤王》がいるエリアには《迷宮の孤王》以外のモンスターはいねえ。それに普通のモンスターは《迷宮の孤王》に対しては絶対に寄り付かねえんだよ」

 あるとしたら、更に下層の(・・・)モンスターが攻め行るくらいしか考えられない、そう続けるヴェルフ。

 基本的に階層をモンスターが移動することは滅多に無い。

 更に言えば、下層のモンスターが上層へ上がってくるくらいで、上層のモンスターが下層へ降りてくることは無いという。

 ふうんと、ベルはその言葉を軽く流すとおもむろに立ち上がった。

「面倒ごとを回避出来たんだ。誰だか分からないけど、こいつを倒してくれたその誰かには感謝しないとね」

「......まあ、そうだな。ゴライアスがいくら雑魚だろうと面倒なことには変わらない。それに、こっちには非戦闘員もいるわけだしな」

「......申し訳ありません」

「何でリリルカが謝るのさ。十分、僕達の力になってるよ」

 だから謝るのは止めてねと、ベルはリリルカの頭を撫でた。

 リリルカは何も言わずに頷いて、返答をした。

「ヴェルフもリリルカを虐めないでよね。女の子はデリケートな生き物なんだから」

「......いやぁ、女の扱いを旦那に言われちゃあ、俺はもうお仕舞いだよなぁ」

 額に手を当てて笑うヴェルフに、ベルは半目を向けた。

 一体どういう意味なのかと。

「......悪い悪い。旦那は旦那だなって思ってさ」

 いや、だからどういう意味なのかと、ベルは問い質したかったが、ヴェルフはそれに答えることはなかった。

 恐らくそれはベルには一生分からない類いの話であろう。

「......まあ、いいや。......この死骸って放っておいても問題は無い?」

「それに関しては問題無いかと。モンスターの死骸は放っておくと、ダンジョンがすぐに吸収してしまうみたいなので」

「モンスターを生み出し、その死骸を養分として再吸収し、新たなモンスターを作り出す。まあ、循環って奴だよ」

 つまりは雨と同じである。

 降った雨は地表に吸収されると、時間経過で蒸発し、また雨となって降り注ぎ、地上に恵みをもたらす。

 ダンジョンもそれと同じのようで、循環がモンスターを作り出し続けているのだ。

「それなら良いんだけど......」

 ベルはそう呟くと、既にゴライアスへと目を向けることはなかった。

 《迷宮の楽園》は目と鼻の先。

 既に意識はそちらに向かっているからだった。

「......でも、嫌な感じがするな」

 しかし、楽しみという感情とは裏腹に、ベルの直感は何か良くないものを感じさせていた。

 今までの比にならない程の脅威を感じて。

 

 

 

「......誰か死ぬかもしれないね」

 

 

 

 ベルのその呟きは、誰にも聞かれることはなく消え去った。




期間が空いてしまい申し訳ありません。

色々忙しかったのです!
鬼退治したり、キャメロットを救ってきたり(三倍太陽が強すぎた)、無人島を開拓したり、金時ライダーをレベル宝具フォウMAXと千里疾走とかスキルレベルMAXを目指したり、ガチャでヴラド三世とダヴィンチちゃん二人、茨木童子三人、静謐ちゃん四人迎えたりと色々あったのです。

うん、今年作者は死にます(確信)

あーそれなら静謐ちゃんにprprして殺されたいですね......(自殺願望)


取り合えず、次話投稿までは生きていたいと思います。




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#39

 オラリオの外れにある古びた教会。

 そこはヘスティア・ファミリアのホームになっている。

 現在、団員は主神であるヘスティアを含め、二人(正しくは一柱と一人)しかおらず、居住スペースとしては地下の一室を利用している状況ではあった。

 過去にはこの教会でも神へ祈りを捧げていた(存在する神ではなく、ある架空の神が信仰対象であったらしい)らしいが、今ではその光景も過去の栄光の如く寂れてしまっている。

 そんな教会の寂れた"聖堂"には、珍しく(・・・)多くのもの達が集まっていた。

「そうか、ベル君が......」

 祭壇の上で脚をぶらぶらさせながら、そう言ったのはヘスティアであった。

 その表情は、ぐぬぬと難しい表情をしており、両腕はしっかりと組まれていた。

『申し訳ありませんでした......!』

 彼女の前には床に頭がつく勢いで、謝罪をする冒険者達がいた。

 全員の表情は見えないが、声から申し訳ないという気持ちが痛い程に伝わってきている。

「......本当にすまない! 俺の判断ミスだった!」

 そして、その後ろから同じく謝罪をするのは髪を角髪(みずら)にした長身の男_______いや神だった。

 彼からも同じく、先程の冒険者達のようにその気持ちが伝わってくる。

「......ヘスティア様。そろそろ良いんじゃないですか?」

 そう横から口に出したのは、ミアハ・ファミリア団長、ナァーザ・エリスィスだった。

 彼女はちょうど(・・・・)薬の調合を頼まれ、あるファミリア(・・・・・)に出向いていた。

 そこで偶々状況(・・)を知り、現在ヘスティア・ファミリアホームにいたのだ。

「......ああっ! そうだった! もう頭あげていいから!」

 長考し、すっかり忘れていたと、ヘスティアは彼らの頭を上げさせる。

「で、ですが......!」

 そう言ったのは髪をポニーテールに纏めたヒューマンの少女で、中々に整った容姿をしていた。

 そして彼女に続くように、ガタイの良いヒューマンの青年、その他冒険者達はヘスティアの顔をジッと見つめた。

 彼らの不安気な顔が一気にヘスティアへと突き刺さる。

「......ヘスティア、責任は許可をした俺に全てある。だから、こいつらを責めないでやってくれ......!」

「タケ......」

 彼の渾名を口にした。

 タケミカヅチ。

 ヘスティアの神友にして、雷神であり剣神である極東の神格、それが彼である。

 昔からの付き合いで仲が良く、ヘスティアが心から親友と呼ぶ一柱だ。

「タケミカヅチ様! 貴方は悪くありません! 悪いのはリーダーである俺です!」

 タケミカヅチの言葉を否定したのは、ガタイの良い長身の男で、タケミカヅチ・ファミリアの団長であった。

「待ってください! 桜花殿一人の責任では......!」

「そうだよ、桜花......!」

 続いたのは先程のポニーテールの少女と、前髪で顔が隠れているヒューマンの少女であった。

「......いや、あれはお前達の体力をきちんと把握していなかった俺に責任がある。命や千草達のせいじゃない」

 ギュッと拳を握り締めるガタイの良い青年_____カシマ・桜花からは後悔の念が溢れていた。

 髪をポニーテールに纏めた少女_____ヤマト・命、前髪で顔が隠れている少女_____ヒタチ・千草はそれをひたすらに否定し続けていた。

「......ねぇ、そんな下らない慰め合いなら後でやってくれない? 今はそんなことしている場合じゃないでしょ?」

 その光景に呆れたナァーザは、鋭い視線とともに彼らへそう言い放つと、タケミカヅチ・ファミリアの団員達は苦々しい顔になった。

 普段表情があまり変わらない彼女ではあったが、その表情は酷く冷たいものであるように思えた。

「......まあ、でも。うちの馬鹿もついて行ってるから、大丈夫だとは思うんだけど」

 冷静にそう言ったのは眼帯をした赤髪の女神、ヘファイストスであった。

 彼女は今回、ベルに同行しているヴェルフの関係者であったために呼ばれたのだが、別段何も心配しているようなことはなさそうだ。

 それほどに彼の実力を信頼しているのだろう。

「......例え、第一級冒険者が居ても、今の(・・)ダンジョンでは何が起こるか分からないんです。もし、ベルに何かあったら......」

 そのまま、ナァーザの視線はタケミカヅチ・ファミリアを貫いた。

 温度を感じさせない絶対零度の視線だ。

 それを向けられた彼らは身震いしていた。

 怒りの感情もあるが

冒険者としての格差(・・・・・・・・・)もその恐怖を助長するものだった。

「......また女......ベルの奴め」

 ヘファイストスは溜め息を吐きながら、今度会ったときにどうしてやろうかと考えていた。

 いつもはいつものようにお茶をしつつ、ベルに膝枕をするというものであったが、今度はその逆(・・・)を敢行してみようなどとも脳内で会議中であった。

「......まあ、ナァーザの心配はともかくとして、ベル達は大丈夫だ。心強い第一級冒険者がパーティにいるのもあるが、ベル自身強い(・・・・)。何も心配はないはずだ」

 ナァーザの隣で、ミアハは彼女達を宥めるようにそう言った。

 何故、ミアハがここにいるかと言えば、帰りがけをナァーザに連行されたというのが正しい。

 最初、何事かと戸惑っていたミアハではあったが、話を聞いてみれば今の事情であったため、立ち寄っている。

 彼にとって、ヘスティアは神友ではあるが、ベルも大切な友人の一人なのだ。

 気にならないわけがなかった。

「ミアハ様!」

「......ナァーザ、落ち着け。お前らしくもない。ベルの実力はお前もよく知っている(・・・・・・・)だろう? 大丈夫だ。ベルは強い」

 珍しく声を荒げるナァーザに、ミアハは語りかけるようにそう言った。

 ナァーザが目に見えて慌てる時は二つしかない。

 ミアハに何かあったとき、もしくはベルに何かあったときだ。

 それらを除けば、彼女は極めて冷静な人物であった。

「......ミアハ達は、ベル君の実力を知ってるのかい? というか、知り合いだっていうのもついさっき知ったばかりなんだけど」

 ヘスティアがふと先程から疑問に思っていたことを口に出した。

 ベルとミアハ・ファミリアの関係である。

「ああ、少し前に色々あって知り合ったのだ。その際、私とナァーザは少し世話になってな(・・・・・・

・・)

 そこからだよと、ミアハは続けた。

 色々とぼかした言い方に、ヘスティアは訝しげな視線を向けるものの、それにミアハは苦笑するだけで答えることはなかった。

 その隣ではナァーザが何故かムッとした表情を浮かべヘスティアを見ている。

 どうしたのだろうかと、ヘスティアは首を傾げた。

「......ヘスティア。この件に関してはしっかりと此方でけじめはつける。そして、お前の判断に全てを委ねる」

 だから煮るなり焼くなりしてくれて構わないと、タケミカヅチは顔を伏せた。

 後ろにいるファミリア団員達も同じ様子で、裁きを待つ罪人のようであった。

 ヘスティアはそんな彼らを見て、はあと息を吐いてこう言った。

「......別に何もしないよ」

 その言葉が耳に届いた瞬間、彼らはざわめいた。

 想像していたものと、声色も内容も違うからだ。

「へ、ヘスティア......?」

「まあ! 確かに! ベル君に怪物進呈なんてして、ボクの前に顔を出すなんて良い度胸だとは思ったけども!」

 先程とうって変わって、ぷんぷんと頬を栗鼠のように膨らませ、ヘスティアはそっぽを向いた。

 やはり怒っているか、いや当たり前だなとタケミカヅチ・ファミリアの団員は次の言葉に備えた。

 自分のファミリアの冒険者が命の危機に瀕し、尚且つその原因が目の前に現れれ自白すれば、思うことなど一つしかない。

 故に、例えどんな罵詈雑言が飛んで来ようと、それはしっかりと受け止めなければならない。

 それがけじめという奴だ。

「......でもね。ベル君のことをちゃんと分かってないボクの責任でもあるんだ。これは」

「......責任?」

 いや責任の有無なら此方にあるはずだと、タケミカヅチは言おうとしたが、ヘスティアは更に続けた。

「うん、責任。分かると思うけど、ボクのファミリアはベル君しかいない。ボク自身、主神としてはあんまり優秀じゃないからね」

 だから、最初ベル君が入ってくれた時凄く嬉しかったんだ、ヘスティアは自嘲するような笑みでそう言った。

 彼女から発せられる雰囲気に、周囲のもの達は皆黙り込む。 

「でもね、ボクは結局それっきりだったんだ。強いベル君に頼りっぱなしで、ボクはただステイタスを更新してその成長に驚くだけ。それならボク以外のファミリアに入った方が断然良いに決まってる。こんなボロボロのホームで、お金も無いのに。なのにベル君は嫌な顔せずにここに居てくれる。......自分が嫌になるんだ」

 あの子にあんな感情(・・・・・)を抱いてしまうなんて、ヘスティアは最後、最早誰にも聞こえない声でそう言った。

 もしそれが露見すれば、自分は何て無様な神だと罵られることになってしまうだろう。

 そして何より、ベルにそれ(・・)がバレてしまうのだけは避けたかったのだ。

「ヘスティア......」

 ヘファイストスはそう名前を呟くが、それ以上言葉が続かない。

 彼女自身、ベルのことを全く理解出来ておらず、少なくとも疑問に感じていることはあり、不確定なことを今のヘファイストスに口に出すのは憚られてしまったのだった。

「っ......! それなら______」

 ナァーザが一体何を言おうとしたのか。

 ミアハにはそれが分かった。

 それを言ってしまえば、先程ナァーザがタケミカヅチ・ファミリアへ言った今は"そんなことをしている場合じゃない"というのに触発してしまう。

 故にミアハはナァーザの前に出て、それを言わせないようにしようとした。

「でも、だからこそ! ボクは理解したい! ベル君のことを!」

 ヘスティアの言葉が叫びとなって、聖堂に響き渡る。

 それは魂からの叫びであり、その声は酷く心に染み込んできた。

 ナァーザはこれによって、言葉を呑み込まざるを得なくなってしまった。

「少し遅いかもしれないけど、ボクは向き合わなければならないんだ、ベル君と」

 ヘスティアはそう言って、タケミカヅチ・ファミリアを見た。

 彼女の目は覚悟を決めたものの目で、一切の曇りがなく、タケミカヅチ・ファミリアを貫いている。

 そして、徐に。

 彼女の口が開かれた。

 

 

 

「だから、ボクをベル君の(・・・・・・・)ところまで連れてって欲しい(・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 

 

 ヘスティアのその言葉に、この場にいる全員の時間が停止した。

 

 

 

 

 

 その頃。

 ダンジョン内第十八階層『迷宮の楽園』、某キャンプ地の某天幕にて。

 

 

「_______やあ、歓迎するよ。クラネル君」

 

「久し振りだな。息災だったか?」

 

「ガハハハハッ! 話しは聞いているぞ! 今話題の《ビッグ・ルーキー》よ!」

 

「あははは......皆さん、お久し振りです」

 

 

 そこでは《勇者(ブレイバー)》、《九魔姫(ナイン・ヘル)》、《重傑(エルガレム)》、《光を掲げる者(ルキフェル)》が一同に会し、挨拶を交わしていた。




すみません、今回話しはあまり進みませんでした!
次回はロキ・ファミリア一同との再会(仮)。
まあ、主神であるロキは居ませんが!

それでは次回、またお会いしましょう!









ちなみに現在のベルに対する好感度(女性から)を数値に表すとこんな感じです。


ヘスティア 80
アイズ 60
エイナ 130
リリルカ 120
シル 120
リュー 110
ティオナ 140
ティオネ 60
レフィーヤ 30
ヘファイストス 110
ナァーザ ?
アスフィ ?
リヴェリア 60
ロキ 50
フレイヤ ?
アーニャ 70
クロエ 70


※並びは適当です。
※数値も適当です。よく分かってないです。
※?はアレです。色々配点し辛いからです。
※あと、150越えると危ないはずです。
※この数値は当てになりません。ガバガバです。
※ステータスみたいに、数値化するのって楽しいですよね。型月ファンの方なら!


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#40

きらきらきらきら、煌めいて♪


「......これは」

 ベルは目の前に広がる光景に驚きを隠すことが出来なかった。

 この場(・・・)に足を踏み入れて僅か。

 ベルの挙動は一時の停止を起こしていた。

「......ここって、本当にダンジョンなの?」

 ダンジョン。

 それを微塵も思わせない程に、今ベルが見ている光景はいつも見ているダンジョンの風景とはかけ離れている。

 森があり、湖があり、空がある。

 そして、その空からは直視してしまえば、眩しいばかりの光があった。

 ダンジョン内には勿論、光______太陽という概念は存在はしない。

 太陽の光とは地上に降り注ぐものであるのは、世界一般の常識であり必然である。

 それなのに、この空間には昼夜という概念が存在しているのだろうか。

 いや、もしかしたらずっとこのままを維持するのかもしれないと、ベルは一考する。

「......《迷宮の楽園》。リリは初めて来ましたけど、噂通りの場所ですね」

 隣にいるリリルカも、同じように驚きを隠せないようでいた。

 被っているフードの中からは、丸い目をさらに丸くした様子が窺える。

「ここにも久し振りに来たな。最近はずっと工房に籠ってたし......」

 ヴェルフは何度も訪れているため大して驚いた様子はなく、只ここまでの道のりを思い出して「疲れた」と心にもないことを呟いている。

 Lv:5の冒険者が高々18階層までの道を進むだけで、疲れることはありえなかった。

「......ところで、水浴びをしたいんだけどそういう施設ってあるのかな?」

 髪に触れると微かな血の臭いと、ベタつきを感じ、ベルはそう言った。

 リリルカがくれた水筒の水量では十分とは言えず、洗い足りなかったのだ。

 故に早くさっぱりしたいというのが、今のベルの願望であった。

「すみません。もっと持ってくれば良かったですね......」

 リリルカは申し訳なさそうな表情を浮かべると、顔を俯かせる。

 しょぼんとしているせいか、何時もよりさらに小柄に見えた。

「もう、何でリリルカが謝るのさ。......僕さ、あの時言ったよね。ありがとうって......」

「え、あ、あの......」

 ベルはフードを捲ると、リリルカの頭_______()を重点的に攻めるように左手で撫で始めた。

 触り心地の良いその感触は頭よりも更に撫でるのを加速させる。

 これは、リリルカがいい加減謝り過ぎるので、お仕置きの意味を込めての行為だった。

 只問題なのは。

 

 

「ふぁぁ......んっ......あっ......っん......」

 

 

 これがお仕置きになっているかは、本人の受け止め方次第だろう。

 というか、感じ過ぎではないだろうか。

 見た目に似合わず、艶やかな声を出すリリルカに、やはり女性なんだなと改めてベルは思っていた。

 まあ、歳はリリルカの方が上なのでそういう時期(・・・・・・)はとうに過ぎているはずなのだが。

 ベルからしてみれば、リリルカは女性ではあるが妹的な部分の方が強い。

 それを考えると、ベルは妙な気分(・・・・)にもなった。

「......いや、まあ。もう何も言わねーけどよ」

 というか言えねーわと、その光景を見ていたヴェルフはやれやれと首を振ると両手をあげて背を向けた。

 ヴェルフ曰くは、ベルのお楽しみの邪魔はしたくないし、リリルカの馬に蹴られて地獄に落ちたくもないらしい。

 実は難儀なのは自分かもしれないと、ヴェルフは思い始めていた。

「リリルカ? 謝るのは......まあ良いけどさ。謝り過ぎるの駄目なんだよ?」

 ベルはリリルカの敏感なその場所を愛撫するようにして、撫でていた。

 リリルカにとって、そこは弱点なのだろう。

 ベルの手が何度も何度もリリルカのそこを行き来する度に、彼女は喘ぎ、震え、顔を上気させた。

「分かった?」

 彼女の瞳はうるうると潤んでおり、遂には涙が溢れた。

「............ひゃ、い......」

 やっとの思いで紡いだその言葉は呂律が回っていなかった。

 口の端からは、ツウと唾液が流れている。

「んんっ......あっっっ.........あ________」

 リリルカの身体が何かに呼応するようにビクンと跳ねた。

「あっ」

 

 

_______ああ、これはやり過ぎた。

 

 

 リリルカの表情は、最早他人に見られるのは不味い感じになっている。

 ヴェルフはそれを察して後ろを向いたのだろうか。

「......ヴェルフ。確認だけど水浴びできるところ知らないかな?」

「......ダンジョン()やる(・・)のは、頂けねえけど、あっちの方、真っ直ぐ行くと人気のない小さな湖があるぞ。まあ、あと馬鹿高いけど宿泊施設もあるな。そっちの方が良いと思うぞ、俺は」

「うーん......只水浴びしたいって言っただけなんだけどなぁ......ヴェルフは僕を何だと思ってるんだい?」

「いや、やっぱスゲーな、旦那って思ってるぜ」

 微妙に答えになってないその回答にベルは溜め息を吐く。

 それではまるで色情魔(インプ)ではないかと、ヴェルフを睨んだ。

「......でも、そうだな。確かに水浴びはした方がいい。......大分汚れちまった(・・・・・・)だろうし」

 ベルの睨みも軽く受け流すヴェルフ。

 彼は一瞬だけ完全に動きの停止したリリルカを見た。

 ......ヴェルフは何も言えなかった。

「さっきも言ったけどよ、あっちに人気のない小さな湖がある。そこ行ってこいよ」

 ついでにリリ助も連れて、そう言うとヴェルフは逆方向へ歩き出した。

「どこ行くの?」

「ああ、『リヴィラの街』に行ってくる。此方に真っ直ぐ歩けばすぐに着く。俺はそこら辺ぶらついてくるわ」

 それに旦那なら護衛も必要なさそうだしな、そう言うとヴェルフはその『リヴィラの街』とやらへ行ってしまった。

 そこがもしかしたら噂の物価超高店が並ぶ場所なのかもしれないと、ベルは予想しながらも、リリルカの方を見た。

「......歩ける?」

「......ごめん、なさい」

「......うん、今回ばかりは本当に僕がごめんなさい」

 何だか微妙な空気が流れ、淀む。

 ベルは顔を真っ赤にして俯くリリルカの手を引きつつ、ゆっくりと湖へ向かった。

 本当に本当にゆっくりと。

 

 

 

 

 

 湖で三十分程水浴びをすると、真っ直ぐと逆方向へベル達は歩いた。

 無論ではあるが、別々に入ったのは言うまでもない。

 流石にこれ以上、リリルカに精神的ダメージを与えるわけにはいかなかった。

「ここがそれか......」

 着いたのは、先程ヴェルフが言っていた『リヴィラの街』。

 見た目は商店を主とした"普通"の街であるのだが、それがダンジョン内に存在することで、逆に特異性を出していた。

「本当に"街"なんだね。リリルカも初めてなんだよね」

「......はい、リリも初めてです」

 フードを深く被り、顔を俯かせたリリルカはベルの言葉に肯定した。

 先程のような醜態を晒すのは、これで二度目のリリルカ。

 まあ、一度目に関して彼女の記憶に残っているかは不明なのであるが。

 何れ思い出すかもしれないと、ベルは考えていたが、思い出したら思い出したで恥ずかしいことになるのは間違いない。

 故にベルは、取り合えずは先程の話を蒸し返さないように心掛けるようにしていた。

「......うわ、本当に高いね。これで売れるんならぼろ儲けだよね」

 店頭に並んだ品物の値段を見ると、小声で隣を歩くリリルカへそう言った。

 砥石が10000ヴァリスという、頭のおかしい金額が目に入ったからだ。

 それを見たリリルカも、案の定目を丸くして驚いていた。

 もし、そんな価格で売れるのならベルの場合、地上で砥石を買ってここで売却すれば小金持ち程度にはなれるだろうと、リリルカは画策していたが、そんなことをするとは考えられなかったので、飲み込んだ。

「ですが、仕方ありませんよね。地上とダンジョンでは危険度に大きく差があります。需要と供給というやつですかね」

 なるほどと、リリルカの言葉に相槌を打つベル。

 戦争が勃発している国と平和な国がある。

 そうした場合、当たり前に武器商人は戦争が勃発している国へと売り込みにいくだろう。

 武器は使っていくうちに消耗してしまう。

 新しい武器は常に必要となってくる。

 逆に言えば平和な国に、武器の類いの需要は少ないからだ。

 まあ、自衛の為にも持っておいた方がいいのかもしれないが、それはそれで要らないものを持っていても維持費で倒れてしまえば元も子もないのだが、今は関係ない。

 とにかく、それと同じように武器を研ぐ砥石の需要は、地上とダンジョンではかなりの差異があるのだ。

 しかし、それに関してはベルも分かっていたことではあるので、相槌は半ば"流れ"で打った物ではあるのだが。

 今のリリルカを無下に扱うことは出来なかった。

「ところで、ヴェルフはどこいるんだろうね。この辺ぶらついてるとは言ってたけど......」

 そう大きくない街ではあるのだが、初めて来た分地理にも疎いため、探すのは大変かもしれない。

 そう思ったベルは軽く溜め息を吐く。

「......全く。ベル様のお手を煩わせるなんて。......やはり《没落貴族(カースス・ノビリス)》は」

 ベルの溜め息に気付いたリリルカは、ヴェルフに対し悪態を吐く。

 後半ぼそりと呟いたその言葉は、ベルにも聞こえていたが意味はよく分からなかった。

 只分かったのは、あまり良い意味で言われたことではないということだ。

 まあ、別に何も言う必要はない(・・・・・・・・・)だろうが。

「取り合えず、色々と回ってみようか。まあ、買えるものはないだろうけどね」

 ほら行くよ、ベルはそう続けると、リリルカの手を引いて歩き出した。

「は、はい! ベル様......!」

 リリルカは頬を紅潮させ、目を輝かせると嬉々として手を引かれて行った。

 その姿は兄に手を引かれる妹のようにも、はたまた主人とペットのようなそんな関係にも見えなくもなかった。

 まあ、後者の方が近いだろうが、そんなこと、今のリリルカには関係のない話であった。

 

 

 

 

 

「______やあ、歓迎するよ。クラネル君」

 そして、現在。

 ベルはロキ・ファミリアがキャンプしている森の中、正確には天幕の中にいた。

「久し振りだな。息災だったか?」

「ガハハハハッ! 話しは聞いているぞ! 今話題の《ビッグ・ルー

キー》よ!」

 そこには、ロキ・ファミリア団長である《勇者》フィン・ディムナと副団長である《九魔姫》リヴェリア・リヨス・アールヴ、老兵《重傑》ガレス・ランドロックが立っている。

 皆、歴戦の強者で相対するだけで飲み込まれるような風格を感じ取れた。

「あははは......皆さん、お久し振りです」

 そんな中、ベルは首に手を当てながら苦笑して返した。

 当たり前だろう。

 歓迎するよとは言ってはいるが、半ば強制的に連れて来られたようなものなのだから。

 ここまでの経緯としては簡単である。

 

 

 

街をリリルカとぶらりしながらヴェルフを捜索。

しかし、中々見つからない。

時間も時間だろうし、ご飯にしよう。

食料、少ししかない。

買って食べよう。

しかし、高すぎる。

とても困る。

そうだ、自分で作ればいいじゃないか。

食料のありそうな森や湖のある方へ向かう。

するとティオナに遭遇し、連行される。←ここ重要。

ロキ・ファミリアのキャンプ地に招かれる。

フィンに呼び出しを喰らう。←今ここ。

 

 

 

 大雑把ではあるが、これで大体合っている。

 いや、全く着いていけないんだけどとベルは内心そう考えていた。

 ティオナと出会った時はまるで嵐のような勢いで、気付いたらロキ・ファミリアのキャンプ地に移動していたくらいだ。

 ちなみにではあるが。

 ティオナに会った瞬間、熱い抱擁(割りと洒落になっていない)がベルを襲った。

 リリルカが唖然として、固まる程には吹き飛んだのだろう。

 恐らく10M以上は飛ばされたような気がする。

 冒険者になっていなければ危なかったかもしれないと軽く冷や汗を掻いたのは秘密だ。

 その後、ティオナは後ろに居たであろうティオネに拳骨を貰っていたが。

 涙目で何するのと訴えるティオナであったが、ティオネのその形相を見てすぐに謝っていた。

 流石にあれは怖いよなと思ったのも秘密である。

 中層程度のモンスターならビビって逃げ出すかもしれないなんて言えないからだ。

 まあ、その後。

 何やかんやで今の状況であるのだが。

「そういえば、ティオナから大分熱い歓迎を受けたみたいだけど、大丈夫かい?」

「ええ、まあ。でも、不意打ちの抱擁(タックル)は出来れば今後控えて貰いたいですけど」

 未だにひりひりする背中に手を当て、ベルはそう返した。

「あんなティオナを見たのは初めてだぞ。まあ、似たようなものなら既に見てはいるのだがな」

 リヴェリアはそう言うと、視線をフィンに移し笑う。

 フィンは参ったなと頭に手を当てて、笑っていた。

 どうやら、フィンとは同じ待遇らしい。

 だから視線が同情的だったのかと、ベルは納得した。

「アマゾネスは強いものに惚れると聞くが、あのじゃじゃ馬が惚れ込むくらいだ。お主はどうなんだろうな、《光を掲げる者》?」

 ガレスは腕を組みながら、視線をベルへと向けた。

 その表情はからかい半分興味半分と言ったところか。

 これは面倒だなと、ベルは悪態をつきかけてしまった。

「止めてくださいよ。それにその二つ名、今でも僕には過ぎた名前だと思ってますし......それなら僕も《重傑》って呼んじゃいますよ?」

「ガハハハハッ! それは儂も勘弁だな! では、ベルよ。儂のことはガレスで頼むぞ!」

 豪快に笑い飛ばすガレス。

 それを見ていたリヴェリアは頭を抱え溜め息を吐いた。

 ロキの時も思ったが、彼女はやはりファミリアの母親もしくは長女ポジションなのだろう。

 出なければこんな苦労に満ちた表情は浮かべないはずだ。

「すまないな、騒がしくて。......前も言った気がするな」

「ええ。確かあの時は《豊穣の女主人》でしたね。皆さん大集合で」

 懐かしむように話すベルであったが、一ヶ月以上も経っていれば仕方のないことかもしれない。

 特にフィンとガレスはその間に会っていないため、尚更それを感じられた。

「そうだったな。......そうだ、私もリヴェリアで構わない。名字で呼ばれるのは少しな......」

 そう言うリヴェリアの表現は、何か事情があることを読み取れた。

 別段、彼女の事情に関われる程、仲が良いというわけでもないので、ベルは素直にその言葉に従った。

「そうだ。それよりも呼び出した理由って何ですか? 僕、実はかなりお腹減ってるんですよ。それに仲間も探しにいかないといけないですし......」

 ベルはさっさと本題に入ろうと、中央に座すフィンへそう言った。

「そうなんだ。それは悪いことをしたね。なら食事はうちでご馳走するし、人探しに関しても手伝えることがあれば力を貸すよ。君には借りがあるしね」

 にこやかにそう言うフィンに、ベルは警戒の念と疑問を抱く。

 借りというのは、レフィーヤを助けたことだろうが、それを抜きにしてフィンからは別の思惑を感じる。

 恐らくフィンは自分と同じタイプの人間であると、ベルは推測した。

 そして、それはフィンも同じようで両者の間には互いを見定めるような視線が交差していた。

「で、まあ。君を呼んだ理由なんだけどね。何、簡単な話だよ」

 そう前置きすると、フィンは何気ない口調でこう言った。

 

 

 

_______ロキ・ファミリアに改宗する気はないかい?

 

 

 

 フィンのその言葉に、天幕の中は静寂に包まれることとなった。




まだ生きていますよ(しつこい)

前話のあとがき? 何のことですかね(すっとぼけ)

ちなみにリリがこんな風なのにはちゃんと理由がありますよ(主にベルに)
言っておかないと、淫乱犬耳小人になってしまいますからね!



まあ、そんなことより!
作者が水着アルトリアと水着マリー呼んだ件について。

あれ、おかしいな。
これ以上作者から現実世界での運気を持っていかないで!
まあ、超可愛いからどうでもいいかという結論に至りましたがね!(命の危機)

あと、前書きに書いたマリーのボイスが可愛すぎて何回も聞いているのは作者だけではないはず......


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#41

プリヤコラボイベ来たぁぁぁぁ!!


「ロキ・ファミリアに改宗する気はないかい?」

 フィンが何気なく言ったその言葉。

 それにより、今この天幕内は酷い静寂に包まれていた。

「......えっと、すみません。理由を聞いてもいいですか?」

 切り出したのはベルであった。

 その表情には若干の戸惑いが見えたものの、すぐにそれは消え、彼の心中には疑念だけが残った。

「理由? そんなの簡単なことさ。よくある話だよ。実力の高いもの、若しくは将来有望なものをスカウトすることなんて」

 フィンは表情を崩さない。

 浮かべるのは笑顔だけだ。

 只、その表情は酷く冷たく且つ恐ろしいものにしかベルには見えなかった。

 実際に、スカウトというのはよくある話であった。

 実力の高いもの、将来有望なものを他のファミリアから引き抜くことで自身のファミリアの力を強固にしていく。

 無論、両者の同意が無ければ成立しないことではあるのだが、成立することは少なくはない。

 ロキ・ファミリアのような大規模ファミリアにスカウトされるようなことがあれば尚更、スカウトされた冒険者はそれを魅力的に感じてしまうだろう。

 自身の経歴に箔が付き、実力を伸ばす機会も大きく増える。

 そうなった場合、主神である自分の神を説得し、成立してしまうことはあるのだ。

 神も地上の人々は自分の子どものようなもので、それを考えると子どものためを思って送り出してくれているのかもしれない。

「......フィン、それは本気で言っているのか?」

 口を出したのはリヴェリアであった。

 少なくとも、この中ではベルと一番関わっており、彼のなりはある程度、分かっているつもりではあるが、フィンの言葉には疑問を生じせざるを得なかった。

 もし、自身がフィンやガレスと同じ程度しか関わっていなく、相手も他の冒険者であれば止めはしなかっただろう。

 しかし、勧誘しているのはあのベル・クラネルだ。

 ミノタウロスを瞬殺し、中層レベルのモンスターを圧倒し、僅か一ヶ月でランクアップを遂げた。

 そんな彼の実力は並みの冒険者ではないということを大いに語っていた。

 更に言えば、フィン自身が直接勧誘するなど前代未聞であった。

 勧誘してくるのは主にロキや他の団員で、フィンが関わるのは最後の段階、そのものがロキ・ファミリアに入っても問題ないかという見定めの時だけだ。

 彼の慧眼に敵えば晴れてロキ・ファミリアの団員と名乗れるのだ。

 その判断には例え主神であるロキも口を挟むことは出来ない。

 フィンが駄目と言えばその話はなかったことになってしまう。

 それはファミリア内における会議の中でも同じである。

 そんなフィンが勧誘しているのだ。

 驚くのは無理のない話であった。

「ああ、本気だよ。それに君達も彼が入団してくれれば心強いとは思わないかい?」

「それは、そうだが......」

 リヴェリアは言葉はフィンの言葉を否定することが出来なかった。

 既に彼は幹部になれるほどの実力を備えている。

 もし、成長すればベルの実力がどうなるかなど言わずもがなであった。

 そんな彼が入団してくれれば確かに心強いのではあるが、心の中では引っ掛かりを覚えてしまっている。

「儂は良いと思うぞ。この小僧っ子なら何も文句はない。力を測る必要も無かろう」

 ガレスは寧ろ賛成と、フィンの提案に乗っていた。

 歴戦の猛者であるガレスは、既にベルの実力を認めていた。

 戦わずとも分かる強者の匂いを感じて。

「それで、クラネル君。どうだい? 今のファミリアよりも待遇は確実に良くするし、悪い話ではないと思うよ。それに君なら僕の後を継げる(・・・・・・・)冒険者になれる筈だ」

 再度、フィンはベルの顔を窺った。

 何一つ悪い条件ではない。

 間違いなくこの選択を受諾した方が、ベルにとって近道(・・)になるだろう。

 故にベルの選択は迷いなく一瞬で決定された。

 

 

 

「勿論、お断りさせていただきます」

 

 

 

 ベルの即答にまた天幕内は静寂に包まれた。

「へぇ......どうしてだい?」

 それでも尚、フィンは表情を崩さなかった。

 変わらぬ笑みを浮かべ続け、そうベルに問うた。

「簡単な話ですよ。恩神(・・)を裏切って他のファミリアに入る馬鹿が何処にいるんですか?」

 ベルも笑みを浮かべていた。

 それもフィンに匹敵するほどの冷たい笑みだ。

「誰も裏切れなんて言ってないよ。僕は君に最良の選択肢を示しただけだ。考えれば分かるだろう? それに君が言うのなら、君のところの神様、えっと確かヘスティア様だよね? 僕らが保護(・・)しようじゃないか」

 平然とそう告げるフィンにリヴェリアは驚きを隠せなかった。

 何時もの彼はこんな態度は絶対に取らない。

 ロキ・ファミリアの団員なら誰しも彼の人格を知っている。

 優しく、強い。

 それがフィンである。

 しかし、それを絶対と言い切れるのは、長い付き合いのリヴェリアだからこそのものだった。

 そんな彼が、お前のところの神を保護してやるからファミリアに入れと言っている。

 ここまで相手を見下した言い方をした姿は見たことがなかった。

 更に言えば、神は地上の人間達より遥かに格上の存在だ。

 力を失っているとは言えそれは常識と言えるものであった。

 神に軽んじた態度を取るものもいるが、それは信頼関係からのもので、名しか知らぬ神にこのような不遜な態度をフィンが取っている。

 異常意外の何物でもなかった。

 それに対し、ガレスは只腕を組んで黙り込んでいるだけだったが、その瞳はフィンを貫いている。

 いや、言葉(・・)を待っていた。

「さあ、どうかな? これで心起きなく改宗出来ると思_______」

 

 

 

「_______あまり舐めたことを言わない方がいいですよ、フィン・ディムナ。ふざけたことを抜かしているとその首、斬り落としますよ?」

 

 

 

 刹那、極限にまで濃密な殺気がこの空間に充満した。

 ガレスは自身の愛斧である第一等級武装《グランドアックス》をベルの首へ(・・・・)、容赦無く繰り出していた。

「......ほう」

 ガレスは思わず、感心の呻きを口にしていた。

 繰り出したその斧は、ベルの短剣《クニークルス》により寸でのところで防がれていたからである。

「ガレスっ!! 貴様、何をしている!?」

 リヴェリアはあまりの事態(・・・・・・)に反応が一歩遅れてしまっていた。

 かける声もガレスの一撃が放たれた後であるのがその証拠で、普段の彼女であれば、事が起きる前に防いでいるはずだ。

「......ふぅん。斬り落とすねぇ。_______それ、君に出来るのかい?」

 フィンの絶対零度の視線をベルへ向けている。

 常人であれば、相対しただけで失神する程の"圧"をフィンから感じる。

 しかし、その"圧"をベルはまるで微風でも浴びているかのように流していた。

「そうですね。やれないことはないですよ。やるとしたらこの場全員一気に落とさないと僕が殺されてしまうので、それより速く殺せばいいだけですしね。まあ、無傷とはいかないでしょうけど......」

 ギギッという武器同士が掠れる音を奏でながら、ベルは普通に(・・・)そう言った。

 オラリオでも最強格の実力を誇る三人に対して。

「......それで、ふざけたことっていうのは何のことかな?」

「ええ、知らないと思いますけど、僕って女性には優しくしろって昔から徹底的に教えられていてですね。そんな僕に女性を裏切れっていうのは、死ねって言っているのと同じなんですよ」

 祖父からの教え、それはベルの心の底に深く根付いている。

 それが彼のポリシーであり、生きる上での基盤となっているのだ。

 それを否定するようなことを言われればベルは反応せざるを得なかった。

「それに、僕はヘスティア様のところで冒険者になったんです。今後も含めて改宗する気は絶対に来ないですよ」

 少なくとも、女性が悲しむ顔は見たくなかったし、そんなことをしてしまえばベルは祖父に殺されてしまうだろう。

 更に相手が神ともなれば尚更だった。

「まあ、そもそも。仲間になるっていう人相手にそんな圧力で強いるなんて、論外じゃないですかね」

 ロキ・ファミリアの品格を落としますよ、そう続けるベル。

 フィンは只黙ってそれを聞いていた。

「_______ははっ」

 すると、不意にフィンが吹き出した。

 その様子に、この場にいた全員の意識はそちらに向かうことになる。

「......うんうん、本当に君は面白いなぁ......うん、正しく聞いた通りだ(・・・・・・)。_______ごめん! 僕が悪かった!」

 フィンは先とは違う暖かな笑みを浮かべ、何かに納得すると、態度を一変させて、頭を垂れるように謝罪体勢に入った。

「......そういうことですか」

 その謝罪に対し、ベルは珍しく不機嫌さを露にしていた。

 不愉快だという表情だ。

「ガレス、武器を下ろすんだ」

 フィンはガレスへそう言うと、《グランドアックス》を下ろさせた。

 ガレスはそういうことかと、納得し笑った。

「悪いな、ベルよ。反射的にお主を殺そうとしてしまった。許せ」

「......ええ、別にいいですよ。僕も悪かったですし」

 ベルも《クニークルス》を下ろすと納刀した。

 そして、豪快に笑うガレスに、リヴェリアは気付いたのか(・・・・・・)深い溜め息を吐く。

「......フィン。心臓に悪いから止めてくれ」

 リヴェリアの心的負担は常に重い。

 それはファミリアの母親、姉、副団長としてのもので、それに加え今のやり取りが重なり、リヴェリアは頭を抱えたくなる。

 そんなリヴェリアにフィンは苦笑を浮かべるだけであった。

「......しかし、いきなり試す(・・)、だなんて酷いですね。あれ流石にイラッと来ましたよ」

 そう、ベルは今フィンに試されていたのだ。

 冒険者としての器が何れ程のものなのかを量るために。

「噂に聞く《光を掲げる者》がどれ程のものか知りたくてね。やはり凄いね。思わず()を抜くところだったよ」

 にこやかに、いや態とらしく(・・・・・)フィンはそう言った。

 よく言いますよ、ベルはそう心の中で呟くと舌打ちをしたくなる。

 フィンの武装が槍というのをこの時始めて知ったベルであったが、その技量は遥か天上のもの、神域のものだろうと予測していた。

 何故ならガレスが首を強襲するより前、更にベルがその攻撃を防ぐ意思を持つ前、既に喉元へは槍の刺突が襲っていた(・・・・・・・・・・)からだ。

 いや、それを感じさせる程の殺気がベルを襲ったのだ。

 極限の殺気は攻撃の意思さえも消し去り、例え高位の冒険者だろうとも読み取ることを不可能にしてしまう。

 それ故にベルは放たれてから槍の到達に気付いたのだ。

 もし、これを彼の持つ真の槍(・・・)で行われていたらと考えると、ベルは少しだけ(・・・・)背筋がゾッとした。

「あと、言わなければいけないことがあるね。_______君の生き方と神ヘスティアへの侮辱をここに謝罪させてもらう。本当にすまなかった」

 一転して、フィンは深く頭を下げた。

 心の底からのその謝罪にベルは少し困惑する。

「......まあ、僕よりもヘスティア様を下に見たこと(・・・・)が許せなかったので、それさえ謝って貰えればいいです」

 実際にベルが怒った理由は、ヘスティアを見下した態度をフィンが取ったからである。

 ヘスティアは神ではあるが、ベルにとってはそんなことは関係なく、恩人(・・)であるのだ。

 その恩人を見下されれば誰だとしても不愉快に思うだろう。

 ごく当たり前のことだ。

「あとで、君のファミリアに何か贈らせてもらうよ。お詫びの気持ちだ」

「......それはありがとうございます。ヘスティア様も喜びますよ。でも、程々なものでお願いしますね」

 霧散。

 空気が元に戻った感覚が浸透する。

 この場に残留していた殺気も消え、天幕内の空間は平常になった。

 あるのは二人の交差する笑み。

 それを眺めていたもう二人は、只々これまでにないフィンの行動に疑問を感じているようであった。

 そして、ベルの異常性にも。

「......面白いのう。全力とは言えんが儂の一撃を防ぐとは。これはフィンが、いやロキが気に入る理由が分かった気がするな」

「......それに関しては私は何も言えん。只、言えるのはフィンとベルは同じ(・・)ということだけだろう」

 目の前にいる二人の冒険者。

 その共通点をどこかで感じ取ったリヴェリアとガレス。

 その二人の呟きは、露となってこの場に消え去った。

「______うん? あ、少しやり過ぎたみたいだね」

「______本当ですね。どうしてくれるんですか?」

 フィンとベルは、天幕の外が少しざわついていることに気がついた。

 その割りには、特に焦ることもなく淡白な反応になっていた。

「......あれだけのものを放っておいてよく言うな。お前らは。......はぁ、後で他の団員のフォローをしなくてはいけなくなってしまった」

「......お主ら、構えておけよ。特にベルよ。受け身はきちんと取っておけ」

 深い溜め息を吐くリヴェリアと、何か物騒なことを言うガレスに首を傾げるベル。

 フィンは分かってるよと言いつつ、苦笑していた。

 

 

 

 そして、その時はすぐに来ることになった。

 

 

 

「ベルくん!! 大丈夫!?」

 

「団長!! お怪我は!?」

 

 

 

 取り合えず言えるのは、ベルはまた背中を中心に大ダメージを負ったということだろう。

 ちなみにフィンは闘牛士(マタドール)のように華麗に避けていたが。

 学んだのは、乙女の突撃とは、ミノタウロスの突撃を遥かに上回る破壊力を出す。

 よく覚えておこうと思ったベルであった。

 

 

 

 

 

 ベルが入っていた天幕の外、そこには少し規模を小さくした天幕が多数展開されていた。

 リリルカは、ベルがフィンに呼ばれていった姿をまるで捨てられた子犬のような瞳で見送っていた。

 ベル様ぁ、と情けない声が出そうになってしまったかもしれない。

 かなりアウェイな環境だ。

 一人は心細い。

 せめてベルが出てくるまで我慢しよう、そう思っていた時だ。

 ティオナ(意識はベルのいる天幕に向かっている)とティオネ(意識はフィンのいる天幕に向かっている)が私達のところにと、自分達が泊まる天幕へ案内してくれた。

 そこは五人以上が広々と寝そべられる程の広さで、既にアイズ、レフィーヤが居り、出迎えてくれた。

 幹部クラスなると、周りと違うものなのかと思ったリリルカであったが、ティオネ曰く、"下の団員が気を使って睡眠が取れなくなるから固められている"らしい。

 それを聞いたレフィーヤは戦々恐々し、アイズは小首を傾げていた。

 序列のようなものはやはりどこのファミリアでもあるのだろう。

 それはオラリオ最大手のファミリアでも例外ではない。

 いや、だからこそなのだろうが。

 ともかくとして、リリルカはへぇと興味深そうに頷いていた。

「......むぅ。ベル君、遅いなぁ。というか、何話してるのかなぁ」

 ふと、体育座りをするティオナは横にぷらぷらと揺れながら、不機嫌そうな顔をしてそう言った。

「......団長、白ウサギ君を呼んで何を話してるのかしら」

 妹と全く同じ体勢、表情でそう言うティオネ。

 只違うのは、大腿部に押し潰されたその胸部の大きさか。

 ちなみにこの事に関して、妹の方に言及すると狂戦士の如く怒り、まあ良くない結果になるのは目に見えているので、誰も触れたりはしない(一部を除いて)。

「......リリルカさん。これ、私が淹れたハーブティーなんだけど飲む?」

 ベルの話をしたくない、聞きたくないレフィーヤは、隣に座るリリルカへこの階層で取れたハーブで淹れたお茶を差し出した。

「わぁ、良い匂いです......ありがとうございます! お姉様!」

「あうっ......」

 リリルカの嬉しそうな笑顔と、その言葉の魅力的な響きにレフィーヤは目眩していた。

 このファミリアでは末っ子的ポジションにいるレフィーヤにとって、"姉"という響きは絶大な威力を発揮する。

 現に、この後レフィーヤはクッキーやら何やらとリリルカに勧め出している。

 無論、全て手作りであり、ロキ・ファミリア随一と言っていい"女子力"が炸裂していた。

「でも、確かに気になる......」

 アイズは珍しく表情を難しくし、考え込んでいた。

 ベルは彼女にとって、興味対象の一人である。

 最近、ランクアップを遂げ、《光を掲げる者》という二つ名を貰ったあの少年に興味津々なのだ。

「ぐぬぬ......! ......お、お説教じゃないですか? 冒険者としての心構えとか、常識の無さとか......?」

 親愛なるアイズが話題を振っている。

 いくらベルのことが嫌いなレフィーヤであってもそれを無下にすることなど出来なかった。

 そう、彼女はロキに匹敵するアイズ好きであるのだ。

「違う気がする......」

 そして、敢えなくレフィーヤの言葉は話を咲かせることもなく撃沈する。

 普段からベルへの興味を反らすために色々手は打っているのだが、それが全て裏目に出てしまい、結果上手くいっていない。

 アイズはむむむと、何かを考えていた。

「むっ......お姉様。ベル様をあまり悪く言わないでください。ベル様は勤勉なのですよ」

 更に"妹"からの擁護の声にレフィーヤは泣きそうになる。

 リリルカもレフィーヤに匹敵する程のベル好きであるのだ。

 好きなものが悪く言われれば、誰だってむっとしてまう。

 その気持ちが分かるレフィーヤは何も言えずに小さくなるだけであった。

 ちなみにティオナは、意識が完全にベルの方へ向かっているので、聞こえていなかった。

「......もしかして、勧誘?」

 アイズがふと考え付いたその言葉を口に出した瞬間、ティオナは目を輝かせ、レフィーヤは目を濁らせた。

「それ本当!? アイズ!! ベル君うちに入るの!?」

「それは駄目です! 断固反対、断固拒否です!! 絶対許しません!」

 全く以て対照的な反応をする二人にアイズは、少し気圧される。

 あの戦闘狂の彼女が気圧されるのだから、かなりのものであったのだろう。

「五月蝿いわよ、馬鹿二人。......まあ、ありえなくないわよね。あのアイズを抜いて最速でランクアップした冒険者、しかも《光を掲げる者》なんて二つ名。団長じゃなくても興味持つわよ」

 でも出来れば私に興味を持って欲しいという、ティオネの乙女の願いは言葉にはならなかった。

『へへへ......』

「何であんたらは嬉しそうなのよ......」

 顔を緩ませているティオナとリリルカに、ティオネは呆れながらそう言った。 好きな人が褒められたら嬉しくなってしまうのは、仕方のない事だと思える。

 無論、こう言っているティオネも例外ではなく、もしフィンが褒められたら当然でしょとドヤ顔を決め込んでくることだろう。

 逆に貶せば、彼女の逆鱗に触れることになってしまう。

「ま、待ってくださいよ! 確定事項ではないとは言え、嫌ですよ! 私、あの男と同じファミリアなんて!」

 しかし、レフィーヤの猛反発は変わらない。

 彼女としては、ベルと一緒のファミリアなど死んでも嫌なのだ。

「こら! レフィーヤ、またベル君を悪く言って!!」

 先程とは違い、きちんと聞いていたティオナはレフィーヤに噛みついた。

 実は、このやり取りは毎度のことで、ベルの話題になると同じことが繰り返される。

 しかし、これで険悪な関係にならないのは普段からの信頼の現れなのか。

 まあ、自分が好きなものが他人も好きかどうかなんて分からないので仕方のないことではあるのだが。

「......ねえ、レフィーヤは何でベルのことそんなに嫌いなの?」

 アイズはずっと疑問に思っていたことを聞いた。

 あの時、助けられて以来、レフィーヤはベルのことをかなり目の敵にしている。

 それは誰が見ても明らかで、隠そうともしていなかった。

 いくら咎められようが、そのことに関しては絶対に認められないものがレフィーヤの中にはどうやらあるらしい。

「そ、それは_______」

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 全身に走る酷い悪寒。

 強烈なまでの殺意の波動。

 それは莫大な"殺気"であり、この場全員を硬直させてしまう程のものであった。

「ベル君!!」

「団長!!」

 アマゾネスの姉妹はどうにか正気を取り戻すと、その殺気の放たれた方向_______ベルとフィンのいる天幕へ瞬時に駆け出した。

 全力疾走。

 それは第一級冒険者の破壊とも言える疾走であり、その余波で彼女達がいた天幕は甚大な被害を受けた。

「......っ! 待って! 二人とも!」

 アイズはその二人を追うべく同じく全力で走り出した。

 ロキ・ファミリアでもトップクラスの実力を誇るアイズの疾走は、アマゾネス姉妹のを優に越える。

 しかし、今の彼女達のそれは火事場の馬鹿力の如く、ステイタスを越えたものとなっており、アイズでさえも追い付けるか分からなかった。

「ちょっ、待って下さい! アイズさん!」

「ああ! リリを置いて行かないで下さい!」

 一番出遅れた二人は、追い付こうと走るものの、気付いたときには既に三人は視界から消え去っており、追い付ける可能性は無いに等しかった。

 更にステイタスの差と適正が後方支援なのがそれを困難にしており、二人と前三人の距離はどんどん開いていく。

 

 

 

 結果、天幕からは誰も居なくなり、その天幕も外から見たら、解放感溢れる趣に仕上がっており、寝るのには大変不便なものと化していた。

 無論、後で説教を喰らう嵌めになったのは言うまでもない。




ちなみにアマゾネス姉妹ですが。
ベルやフィンに傷を負わせたりするのは、大変危険ですので絶対にお止めください。
命の保証は出来ません。

もしそれをやってしまった剛毅な方は、彼女達が全力で殺しにかかってくると思われますので、とにかく逃げてください。

特にベルに何かやらかしてしまった方は要注意。
途中、エルフのウェイトレス達も混じったりして、逃走が更に困難になる可能性があります。

オラリオ外に逃走するのをおすすめします(出れるのなら)。


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#42

プリズマファミリー強かったね。
なんで子ギルがいるのか分からなかったけれども!


 《迷宮の楽園》に太陽は存在しない。

 その為、昼夜という概念も勿論存在しないはずなのだが。

「本当に日が暮れちゃった......」

 現在、日はしっかりと沈み"夜"へとなっていた。

 あの後、背中に大分ダメージを負ったベルであったが、そんな表情は一切見せない対応を見せた。

 その程度であれば、我慢することなど何でもないし、女性に余計な心配は掛けさせたくなかった。

 まあ、既にかけてしまっているので、少し手遅れではあったが。

 その後、ヴェルフを捜索に向かおうとしたベルであったが、空が暗くなり始めたので中止せざるを得なくなった。

 その為、今ベルは自室と用意されたテントから広場への道を歩きながら上、つまりは天井を見上げていた。

 地上のそれとなんら変わりの無い"空"が展開されている。

 ティオナ曰く、《迷宮の楽園》の天井は全て、魔力を帯びた結晶(クリスタル)で構成されているらしい。

 詳しいことは彼女もよく分かってはいないようではあったが、簡単に言えば昼間に魔力を光として放ち、夜は放った魔力を再び吸収するために光が消えるらしい。

 あまりにもざっくりとした説明ではあったが、取り合えずベルはその言葉に頷いていた。

 結局のところ、この《迷宮の楽園》には昼夜という概念が、偽物ではあるが存在していることになってしまうのだが、もしこの場に学者が居た場合、それは違うとはっきり否定してくるだろう。

 まあ、そんなことどうでもよいことではあるのだが。

「あー! ベル君! こっちこっち!」

 向こうから、ふと声がする。

 そちらの方を見てみれば、ティオナがブンブンと手を大きく振っていた。

 喜色満面と言った、そんな表情である。

 その表情をしっかりと視認出来たのは、その後方にある焚き火のお陰だろう。

 そうでなければ、普通は見えないはずだからだ。

 更に周りを見渡せば、食事の準備をしているのか、ロキ・ファミリアの団員達がせっせと働いていた。

 そんな中、見る限り何もしているようには見えないティオナが何も言われないのは、やはり幹部クラスの実力者だからだろうか。

「あ、ティオ_______」

 ナと片手をあげ、返そうとしたのだが、ベルの視線はティオナの背後の方へ固まってしまう。

「おーい、旦那! こっちだこっち!」

 ベルが探していた彼、ヴェルフは呑気にそんな言葉を投げ掛けて来た。

 

 

 いや、何故ここにいる。

 

 

 というか、何処に行っていたという、疑問がベルの脳内を埋めている。

 割りと頑張って探していたのに、ふざけるなと言いたいベルであった。

「......ヴェルフ。君、どこ行ってたの?」

 歩を進め、中央には焚き火が炊かれている広場へ入ると、ベルは真っ先にティオナとヴェルフ達がいる所へ向かった。

「いやぁ、(わり)(わり)い。街歩いてたら、ロキ・ファミリアの遠征にうちのもんが着いてきてるって知ってな、挨拶に来てたんだよ」

「何で、それをヴェルフは知らないんだよ......」

 一応というか、彼はヘファイストス・ファミリアである。

 大ファミリアの遠征に参加となれば、その情報は否応でも耳に入るはずだ。

 それにヴェルフはLv:5冒険者。

 実力からして、真っ先にメンバー入りしてもおかしくはないのだ。

「もしかして、ヴェルフってハブられてたりするの?」

 ストレートにぶつけるべき言葉ではないことはベル自身理解していたが、言わずにはいられなかった。

 まあ、ヴェルフなら大丈夫だろうという安易な考えではあるのだが。

(ひで)えなぁ、旦那。ちゃんと遠征に参加するのは知ってたさ。けどよ、俺は旦那に着いていくと決めたんだぜ。なら、その遠征に参加する意味は()えだろ」

 当然とばかりに告げるヴェルフに、ベルは何も言えない。

 勝手にしろと言った分、下手なことは言えないのだが、もっと自分の所属するファミリアも優先すべきだと思っていた。

 まあ、少なくともヴェルフにとってファミリアよりもベルの方が大事だということになるのだが。

「もうっ、ベル君っ! 《赤色の剣造者(ウルカヌス)》とじゃなくて私と話そうよー!」

 すると、横からギュッと腕を絡めてきたのは、頬を膨らませたティオナである。

 更にティオナは二人の間に割り込むようにして入ると、ヴェルフのことをジト目で睨み付けた。

「おう、《大切断(アマゾン)》か。......何だ、お前も旦那に惚れ込んでる口か? ......まあ、今更驚きもしねえが。旦那に迷惑かけんじゃねえぞ?」

「迷惑なんてかけてないし!」

 ティオナの視線を無視したヴェルフは気をつけろよと、注意を促していた。

 迷惑云々は別にして、その光景を見たベルは思っていた疑問を口にすることにした。

「あれ? 二人って知り合いだったの?」

「うん! まーねー! 何度か遠征で一緒になったから。......あ、別にそういう仲だったとかじゃないからね!」

「......そんな勘違いしねぇだろ、馬鹿」

 マジで勘弁してくれよとヴェルフは割りと本気で嫌そうな顔をしている。

 何か過去にあったような、そんな顔ぶりだった。

「というか、私もベル君とこいつが知り合いだったのに驚きだったんだけど。それにその旦那って何なの?」

 ちなみにではあるが、未だにティオナはベルの腕に絡み付いて一切離れようとしていない。

 寧ろ、自身の身体を擦り付けるようにしてくっついている。

 マーキングのようなものなのだろうか。

「ああ、それは俺が旦那の専_______」

「あー! ヴェルフ様! どこ行ってたんですか!」

 すると、大きな籠を背負い、その中に薪を入れたリリルカが声をあげると、どんどんと音を立てるようにして歩み寄っていく。

 後ろにはレフィーヤとアイズの姿が見え、彼女達の腕の中には果物や野草があった。

「おう、リリ助。実はな、ここ(・・)に居たんだよ」

「もう! ふざけないで下さい!」

 ふざけてねえんだよなぁというヴェルフの呟きもリリルカには聞こえない。

 その後、くどくどと説教を始める彼女に、ヴェルフは軽くたじたじになっている。

「......ヴェルフ・クロッゾ」

 一緒に来たレフィーヤは何故か、いつもベルが向けられているような視線をヴェルフへと向けている。

 いや、ベルよりかは少しではあるがマシしれない。

 それでもおおよそ、只の嫌いという感情で向けるものではない。

 何故だろうと、ベルは思っていたが、分かるわけもなかった。

「......赤髪の人?」

 そんな中、アイズはポカンと首を傾げていた。

「おいおい、《剣姫》の嬢ちゃん。いい加減俺の名前はヴェルフだって言ってるだろ?」

 リリルカの説教から離脱し、ヴェルフはアイズへそう言った。

 説教回避の好機(チャンス)だと言わんばかりの表情だった。

「......赤髪の人も、私のことを《剣姫》って言ってるよね」

 こりゃ一本取られたなと、ヴェルフは笑う。

 ティオナは呆れ、レフィーヤは苦虫を潰したかのような表情を浮かべ、アイズはまた首を傾げていた。

 取り合えず、ヴェルフはロキ・ファミリアの面々とは顔見知りのようだというのは理解出来た。

 只、仲が良いのか悪いのかというのはあまり判断がつかなかったが。

「あ、そうだ。運ぶの手伝いますよ」

 ベルはそう言って、レフィーヤへ(・・・・・・)手を差し出した。

「な、何ですか......!? わ、私のじゃなくてアイズさんの運んでくださいよ!...... というか、今更手伝うとか遅過ぎるんですよ。役に立たないですね」

 レフィーヤは警戒心全開といった表情でベルを見ている。

 その小声の呟きもしっかりとベルの耳に入っており、苦笑するしかない。

 何というか、とても気難しい子なんだなというのがベルの印象だ。

 いや、ベル以外に対しては普通に良い子なんだろうが、その側面を見たことがないためにそう思うことしか出来なかった。

「そうですか。それなら、ヴァレンシュタインさんのも(・・)運びますね」

 ベルはそう言うと、アイズとレフィーヤから強引にそれらを奪うと腕の中に抱えた。

 レフィーヤに対しては、彼女の肌に触れないよう気をつけてだ。

 もし触れてしまえば、何を言われるかわかったものではないからだった。

「なっ......!」

 苦悶の表情を浮かべるレフィーヤ。

 何故、そんな反応をされなくてはいけないのか。

 少し傷つきそうなベルであった。

「......ありがとう、ベル」

 それとは裏腹にあまり表情は変えないが、感謝の念を込めてくれるアイズに少しだけ癒された。

「いえいえ。リリルカ、薪重くない?」

「はい! 全然大丈夫です!」

 先程よりも元気になっているのは気のせいかと思ったベルであったが、気のせいではないようだ。

 頭を撫でたくなってしまったが、生憎両手が塞がってしまっているためにそれは出来ない。

「あ、ベルくん。私も手伝うね。それ半分ちょうだい」

「いえ、大丈夫ですよ。それにここに泊まらせて頂いてる身ですから、これくらいしないと」

「もうっ! そんなの気にしなくていいの!」

 ティオナは強引にベルの手から篭を奪った。

 恐らく好きな男によく見られたいが為の行為だろう。

 普段であれば、彼女は積極的にこういう仕事をするわけではないからだ。

 無論、言われればするのではあるが。

 そんな複雑な女心を、ベルは微妙に察知していた。

「よし、旦那が働くなら俺も働かないとな! リリ助、それ貸せよ」

「嫌です!」

「何でだよ......」

 そんなやり取りがヴェルフとリリルカの間で行われていた。

 まあ、結局ヴェルフが強引に篭を奪取する形にはなったのだが。

 ムスッとするリリルカの頭をベルが撫でることによって表情が一気に恍惚としたものになったのだが、隣で歩いているティオナが逆にムスッとし始めたので、変な板挟み状態になってしまったベルであった。

「......」

「レフィーヤ? どうしたの? そんな悪乗りし過ぎて手がつけられなくなったロキを見るリヴェリアみたいな顔して......」

「......いえ、別に何でもないです。それより早く私達も行きましょう!」

 胸中、様々なものが蠢いているレフィーヤであったが、それを呑み込むと純度100%の笑顔をアイズへと向けた。

 アイズの為だけに作られた笑顔である。

 こんな笑顔は彼女自身の親にも見せたことはなかった。

「......? うん、行こう」

 アイズは首を傾げていたが、すぐに返事をすると、一緒に準備を手伝いに向かった。

 鈍感と、アイズはリヴェリアによく言われている。

 更に天然とも言われてしまう彼女ではレフィーヤの機微を読み取ることは出来なかった。

 一度戦闘に入れば、彼女の感覚はその真逆を行くのではあるのだが、日常では活かされていないようだ。

 どうやら、レフィーヤの苦難は続くらしい。

 恐らく、永遠に。

 

 

 

 とまあ、とにもかくにも。

 こうして準備は進み、宴は幕を開けることになった。

 

 

 

 

 

 _______のだが。

 

 

 

「よーし! ベル君! 全力で行くからね!!」

 

 

 

 目の前には完全にやる気満々になったティオナが《大双刃(ウルガ)》を構えている。

 そして、周囲からはロキ・ファミリアの好奇の視線が集中していた。

 

 

 

「どうして、こんなことに......」

 ベルは深い深い溜め息を吐きながら、にこりと笑顔を浮かべている黄金の小人族(パルゥム)を睨みつけた。



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#43

遅くなりました!
その代わり過去最長になってます。



 針のむしろ。

 そう形容出来る程に、現在のベルには数多の視線が突き刺さっていた。

 好奇、疑問、嫉妬、羨望、様々な感情が籠ったそれは、ベルの周囲、ロキ・ファミリアや遠征に同行しているヘファイストス・ファミリアの面々から向けられており、酷く居心地が悪いものであった。

 理由は簡単だ。

 ベルがアイズ・ヴァレンシュタインを抜いて、世界最速でランクアップし、尚且つ《光を掲げる者》などという二つ名を授かっているからだ。

 冒険者になって、約一ヶ月の奴にいとも簡単にランクアップされてしまえば、それに対し複雑な心情が発生するのは当然のことである。

 故に今、突き刺さる視線は酷く心を削っていた。

「ベル君、大丈夫?」

「......ベル様?」

 両隣に陣取るティオナとリリルカが心配そうな表情でベルの顔を覗いていた。

 それに対し、何でもない、大丈夫だとベルは言うが、二人とも納得はしていなかった。

「......ごめんね。皆、ベル君に興味津々だから」

 ティオナは軽く周りを見渡してから、少し溜め息を吐いてそう謝ってきた。

 ベルへと放たれる視線に気付いたのだろう。

 興味津々と、軟らかい表現(・・・・・・)をしたのは、その中に混じる悪意ある視線を感じ取ったからだ。

 もし、見知らぬ冒険者であれば、即座にキレかねないが生憎と此処にいるのは全員が見知った冒険者であり、同じファミリアの仲間であった。

 ヘファイストス・ファミリアの冒険者もいたが、何度も遠征に着いてきて貰っているのでもう仲間のようなものだろう。

 流石にそんな彼らに、彼女も何かすることなどは出来なかった。

「いえ、別に。気にしてませんよ。それに謝らないで下さいよ。ティオナのせいじゃないですし」

「でも......」

 不安そうな彼女の表情は、酷くベルの嗜虐心をくすぐったが、すぐに振り払った。

 実際に、謂れの無い謝罪は一番困るのだ。

 まあ、それ程ファミリアを大事に思っているのだろうかと、ベルは推測する。

「......不躾な人達ですね。不快です」

 右隣にいるリリルカは同じように周りを見渡すと、シャーッと今にも猫のように威嚇しそうだった。

 体格的には子猫といったところだろう。

 リリルカにとって、ベルへ失礼な視線を向ける冒険者達が酷く不快だった。

 消えればいいのにと、内心リリルカは思ってはいたが、そんな内心ベルは知る由もなかった。

「______それじゃあ、皆。ここまでの遠征御苦労様。今回も皆素晴らしい動きだったよ」

 そんな中、この宴の上座に座すフィンが今日の総評を話し出した。

 ダンジョン内での立ち回りや連携の練度など、褒めるところは褒め、駄目なところにはしっかりと的確なアドバイスを送っている。

 彼らはその言葉に真剣に耳を傾けていた。

 一番驚いたのは、話し始めた瞬間にベルを襲っていた視線は消え、皆、フィンの元へと集中したことだ。

 彼の圧倒的なカリスマ性は、一時の興味対象などよりも遥かに大きく、この場全員の注目を集めている。

 天性のカリスマと、彼の思慮深く冷静沈着で優しい性格は慕われないはずがなかった。

 まあ、普通に考えてベルのような得体の知れない新参者の冒険者よりも自分達が慕う団長(冒険者)の方が優先度は高いに決まっているが。

「______そして、特にラウル。あの時の君の冷静な判断のお陰で怪我人も最小限に抑えることが出来た。皆、彼に拍手を」

「あ、ありがとうございます!!」

 ラウルと呼ばれた青年が立ち上がると深く礼をした。

 それに合わせ、他の冒険者達は大きな拍手を送った。

「......えっとね。フィンがダンジョンに一緒に来る時はこうやって、皆にアドバイスを送ったり褒めたりするんだ」

 横からティオナが小声でそう教えてくれた。

「......そうなんですか? 流石、団長。広い視野の持ち主ですね」

「......うん。どんなに大変な戦いになっても、フィンは絶対に私たちを見てくれてるんだ。だから、皆もそれに応えてる」

 これがこのファミリア、ロキ・ファミリアの在り方なのだろうか。

 いや、フィンの在り方というべきか。

 良いところはしっかりと褒め、悪いところはしっかりと注意する。

 そんな彼からの言葉をここの冒険者達は受け止め改善している。

 このファミリア、絶対の力を持った彼であるからこそ出来ることである。

 彼の器の片鱗が少し、掴めた気がしたベルであった。

「ラウル......後でホーム裏ね......」

 そして、少し離れた場所(フィンのことを見れるベストポジション、但し隣ではない)では、そんなラウルという青年を色の無い瞳で見つめながら、ティオネは何か言っていた。

 怖い、怖すぎる。

 彼女の周りだけ黒いオーラが出ており、見ているだけで何かに侵食されそうだった。

「まあ、ティオネもいつものことだから......」

 あれがいつものことなのかと、ベルは少し戦慄していた。

 というか、一々そんなことに反応していたら、身が持たないというか切りがないというか。

 妬きもちを妬く女性は愛らしいのではあるが、度を越えた(・・・・・)のは流石に此方の身が持たない。

 まあ、ベルの祖父はそれすらも受け入れていたのであるが。

「______と、この辺にしておくね。流石にこれ以上長いと我慢が出来ないのもいるみたいだしね」

 フィンは気付いたように話を中断すると、どこからともなく腹の鳴る音が響く。

 鳴らしたのは如何にも食べ盛りな、小太りの少年冒険者であった。

 周りから笑いが込み上がる。

 失笑や馬鹿にしているものなどではなく、暖かなものだ。

 笑われた冒険者も仕方ないだろと、隣にいた冒険者に言っており、その表情からは恥ずかしさが読み取れた。

 ロキ・ファミリアの仲間の"絆"というものが垣間見えた瞬間である。

「......まあ、確かにお腹減ってたから幸運(ラッキー)だけど」

 名前も知らない冒険者に感謝をしつつ、ベルは早速食事に手をつけることにした。

 パンを主軸においたメニューで、肉や野草がごろごろと入ったスープや湖で取れた魚を煮込んだもの、獣肉をまるごと焼いた豪快な料理が並んでいる。

「......美味しい」

 スープを一口。

 肉と野菜から出た優しい味わいがベルの口腔に浸透する。

 実に十数時間振りの食事だ。

 昼食も結局、食べる機会がなく、あの後も食べることが出来なかった。

 空腹は最高の調味料とは言うが、それを除いてもこのスープは美味しかった。

 作っているものの腕が良いのだろう。

 こういう環境だと、食糧も不安定になり、質の良い食材を使用することも難しくなる。

 そんな中、こんなにも美味しい料理を作れるのはとても凄いことであった。

 またベルは名前も知らない誰かに感謝をしつつ、その料理に舌鼓をうつ。

 

 

 

 美味しいものを食べることは、とても幸せなことである。

 

 

 

 言い方は違うがベルの祖父がよく言っていた言葉である。

 食欲、睡眠欲、性欲というおおよそ全ての人間が持つ三大欲求を全力で謳歌していたベルの祖父は、それはもう毎日が楽しそうだった。

 そして、そんな姿を見てきた彼は当たり前のように祖父の生き方に影響された。

 食に関してだが、彼の祖父は何処から持ってきたのかも分からない食材を、連れ込んでいた(・・・・・・・)女性に料理させ、何時も美味しそうに食べていた。

 ベルも一緒させて貰っていたのだが、勿論それは美味しいものであった。

 連れ込んでいた女性も日によって違うので、毎度毎度味の違う、風土も違う料理が出てくる。

 彼女達から料理の仕方も教わった。

 それが頻繁に続いた結果、ベルは田舎出身でありながら色々な料理に詳しくなり、舌も肥えていったのだ。

「......ベル。これ」

 ティオナの左隣に座っていたアイズがふと、何かを差し出してきた。

「どうも、ありがとうございます。......これは?」

 渡されたのは表皮が黄色い果実で、大きさはあまり大きくない。

「ダンジョンで取れた果実。......甘くて凄く美味しい」

 表情のあまり変わらないアイズが、思わずドヤ顔をするくらいには美味しいのだろうか。

 しかし、ティオナは何故か苦笑してベルを見ている。

 その隣にいるレフィーヤは断ったら殺すとそう視線で訴えてきている。

 何だろうかと思いつつ、ベルは躊躇いなく、その果実を口に放り込んだ。

「......これは、確かに甘いですね」

 口に広がる暴力的な甘味。

 何というか、歯医者を敵に回すんじゃないかというレベルの甘さだ。

 例えるのなら蜂蜜に砂糖をぶちこみ、さらに追い蜂蜜をこれでもかっていう表現でもまだ足りない、という感じだ。

 果物特有の甘さではあるので、食べられるのではあるが、何個もいけるかと言えば首を縦には振りづらい。

「......どう? 美味しい?」

 乗り出して聞いてくるアイズ。

 珍しく積極的(アグレッシブ)な動きをするアイズに驚きつつ、ベルは即答した。

「......ええ、美味しいです。でもこれならパイとかにした方がもっと美味しくなりますよ」

 アイズの表情を曇らせることなど、ベルに出来なかった。

 女性に不味い料理を出されても、一切の表情を変化させることなく完食出来るベルである。

 無論、改善点はきちんと指摘はするのだが。

 今回食べたこの果実も、調理すればもっと食べやすくなるはずだ。

 それを踏まえてそう言ったのだが。

「......パイ? 美味しいの?」

「ええ、美味しいですよ」

 デザート系も美味しいが、ミートパイのような主菜系でも美味しい。

 それに作るのもそこまで難しくもない。

 ファミリアに所属する前からではあるが、割りと作っており、ヘスティアからはかなり好評だった。

 目を輝かせながら、フルーツパイを食らう女神様はとても可愛らしかった。

「......それって、じゃが丸くんよりも?」

「どうして、比較対象がじゃが丸くんなのか分かりませんけど......僕は美味しいと思いますよ。あ、そうだ。良かったら今度作りましょうか?」

「......いいの? ......うん、楽しみ」

「「「......なっ!!」」」

 この時、この場にいた三人の乙女の脳裏には稲妻が走っていた。

 ティオナとリリルカは、然り気無く料理を作って貰う約束をしているアイズへ尊敬と畏怖、嫉妬を感じていた。

 余りにもスムーズ過ぎて全くの違和感はなかった。

 もし、これを計算で出来るのならアイズはとんでもない小悪魔だ。

 まあ、本人は至って素の状態なのではあるが。

 そして、レフィーヤ。

 彼女はアイズへ料理を作る機会を得たベルに対し、嫉妬しか湧いていなかった。

 いや、得体の知れない人物ではないにしろ、信用のおけない男の料理などアイズの口に入れさせてたまるかと、レフィーヤは思考している。

 以上のことからそこからの三人の動きは必然的に決まっていた。

「ねえ! ベル君! そ、その、私もお菓子食べてみたいなあって......」

「はい! リリも食べたいです!」

「あ、アイズさん! その、パイなら私が作りますから! 絶対そこの男よりも美味しく作れますから!」

 三人の言葉に首を傾げるベルとアイズ。

 そして、何故か息のぴったり合っている二人に、三人は複雑な心情を生じさせていた。

「ええ、構いませんよ。というか、誘うつもりでありましたから。ティオナとリリルカにもご馳走しますね。勿論、ウィリディスさんにも」

 気を取り直し、笑顔を浮かべ、そう言うベル。

 よっしゃとガッツポーズをするティオナとリリルカ。

 乙女らしからぬ喜び方というのは分かっていたので、決して表には出していないが。

 対称的にレフィーヤは、まるで敵の施しは受けないと、断固拒否の体勢に入っている。

 ベルは苦笑いを浮かべた。

「うん。......レフィーヤのも食べてみたい」

「はい! 私超頑張っちゃいます! 楽しみにしていてくださいね。あ、ティオナさんにリリルカさんも! ......貴方はいいですよ。来なくて」

 しっかりと三人には良い笑顔を浮かべるが、ベルに対しては嫌な顔を浮かべている。

 しかも他の人には気付かれないようにだ。

 ここまで露骨だと逆に清々しいとベルは感心していた。

「そうですか。三人とも羨ましいなあ。......リリルカ、後で味の感想教えてね」

 別に大して残念そうにも見えない表情でそう言うベルは、こそりとリリルカに耳打ちをする。

 料理を趣味とするベルにとって、他の人が作った料理の味を知るのは勉強になる。

 まあ、それが出来ないのでリリルカに聞こうとしているのだが。

「え、あ、はい......」

 そんなリリルカは微妙な表情で、ベルとレフィーヤを交互に見遣(みや)った。

リリルカはどうして、この二人が仲が悪い(一方的ではあるが)のかが分からなかった。

 エルフは確かに異性との接触を嫌うが、レフィーヤは男嫌いではなかったはずだ。

 ファミリアの男性冒険者と普通に会話しているところを見たからである。

 つまりは、別の理由があることになるのだが、皆目見当がつかない。

 リリルカとしては、二人とも仲良くして欲しいものではあるのだが、レフィーヤはそれを拒絶することは目に見えていたので何も言えなかった。

 ベルが可哀想だと、少し思ってしまった。

「おーい! 旦那ー! 飲んでるかー?」

「はい?」

 すると、ベルを呼ぶ陽気な声______完全に酔っている______が横から聞こえる。

 間延びしている声から察するに酔いの度合いは結構なものだろう。

「ヴェルフ様! もう、ベロンベロンじゃないですか!」

「おーリリ助かー。相変わらず小せえなー」

 ヴェルフはリリルカの頭をかなり荒く撫でた。

 無論、リリルカはかなり嫌がるのだが、冒険者としてのレベル差的に抗うことが出来ない。

「ちょっと、《赤色の剣造者(ウルカヌス)》。酒臭いから近寄らないでよ」

「うわぁ......それはマジで傷付くわー」

 そう言う割りには全く平気そうなヴェルフに、ティオナはまたかと頭を抱える。

 どうやら、何時ものことらしかった。

「 ヘファイストス・ファミリアの人達とですか?」

「おう、そうなんだよ。いやぁ、あいつらじゃんじゃん注いでくるから止まんなくてなぁ」

 豪快に笑うヴェルフに、ベルはガレスを思い出していた。

 成長したら、ああいう風になるのだろうかと大分失礼なことを考えながら。

「......良いなぁ、赤髪の人。私もお酒飲みたい」

 その瞬間、ヴェルフを除いた面子、特にティオナとリリルカが雷を喰らったかのような反応をする。

 過去の惨劇を省みれば、それは当たり前の反応であった。

「お。《剣姫》も飲みたいのか。なら、ちょうど良い。此処に一本______」

「吹っ飛べ!!」

 ティオナの回し蹴りが、ヴェルフの米神に直撃する。

 Lv:5冒険者であるティオナの蹴りは、岩石をも砕く。

 そんな破壊力の蹴りを喰らえば常人なら一瞬であの世にいきかねないのだが。

「おい、痛えじゃねえか。《大切断》。首がもう一回回ったらどうするんだ」

 即ちそれを死と言うのだが、本当は特に痛そうな素振りを見せなかった。

「相っ変わらず、何なの! 頑丈にも程があるでしょうが!」

 ティオナがキレている。

 分かっていて(・・・・・・)アイズに酒を飲ませようとしたこともそうだが、何より本気ではないとは言え、自身の一撃を喰らって平然としているのに納得がいっていなかった。

 それ程までにヴェルフは頑強だった。

「駄目ですよ、アイズさん! お酒なんて飲んじゃ! それにああいう危ない人と飲んだら何をされるか分からないんですからね!」

「......?」

 レフィーヤはアイズに最早説教をする勢いで、飲酒の危険さを説いていた。

 酒を飲んだアイズがやばいというのもあるが、酔ったヴェルフいや、男に何か良からぬことをされるのではないか、そんな心配をしていた。

 アイズは誰が見ても美少女と言う程の容姿を持つ。

 そんな彼女に劣情を催す男は星の数ほどいる。

 もしも万が一のことがあったらと思うと、レフィーヤはその人物(・・・・)を殺したくなった。

 まあ、そんな万が一など、億が一にもあり得ることではないのだが。

「......おい、猿。アイズに盛ってんじゃねえぞ、殺すぞ」

 チンピラを彷彿とさせるような柄の悪い声が横から入った。

 ベート・ローガという狼人の高位冒険者で、レベルはティオナやティオネに並ぶ存在だ。

 ベルはベートの姿を久し振りに見たのだが、相変わらずな感じだなと思っていた。

 アイズに好意を抱いているのも。

「あ? んだよ、駄犬。これをどう見たらそう見えんだよ。邪推って言葉知ってるか? そう思ってる奴ほど変なこと考えてるって。つまりだ。お前はそこらにいるエロガキと大差無えってことだよ。発情犬(ホット・ドッグ)

「あ"あ"ぁ!!? てめえ、マジで殺すぞ、糞猿!!」

 額を擦りつけるようにして、声をあげる二人。

 いきなりの臨戦体勢にベルとリリルカは驚愕していた。

 会話してすぐに勃発しかけるなど、どれ程仲が悪いのだろうか。

 喧嘩は同レベルでしか起きないというが、そういうことなのだろうか。

「......あーもう。また始まった。ほんっと! 馬・鹿! よね、こいつら」

 呆れた声が聞こえる。

 馬鹿という部分に力を込めて言ったのは、頭を抱えているティオネであった。

「あれー? ティオネ。フィン・ウォッチングはもう良いの?」

「あんた、次団長を鳥扱いしてみなさい。妹であろうと殺すわよ。ティオナ」

 ここにも似たような人種はいたらしい。

 ティオネはとても良い笑顔を浮かべているが、放たれているオーラが邪悪だ。

 子供なら間違いなく泣き叫ぶだろう。

 そして、リリルカは人格豹変し過ぎだろうと、ベルの背中で震えていた。

「もう。只のアマゾネスジョークじゃんかー。ていうか、ティオネって、本当フィンのことになると冗談通じないよね」

「そんなの当たり前でしょ? 私は団長に本気なんだから冗談(・・)なんてあるわけないじゃない」

 清々しい程に気持ち良く、ティオネはそう言い切った。

 ある種、漢らしいその姿に思わずベルは感嘆の息を吐いた。

「ふーん。別に良いもーん。私にはベル君居るし」

 ギュッと腕を組むと、頭をベルの肩の辺りに擦り付けるティオナ。

 むぅと、ティオナに対抗心を燃やすリリルカも同じくベルの腕を取ると、後は全く同じであった。

 しかし、そんな彼女達へ目も向けず、ベルはアイズから先程貰った果物を片付けるべく奮闘している。

 食べ物を粗末にするのは許せないのと女性から貰ったものだ。

 どうにか頑張っているベルであったが、あまり進んでいるようには見えない。

 これはジャムもありだなと、ベルはそんなことを考えていた。

「......白ウサギ君? _______いえ、ベルで良いかしら?」

「ええ、どうぞ。僕も名前で呼ばれる方が嬉しいですし」

 白ウサギ呼びは男して複雑過ぎますからと、ベルは思っていたことを告げる。

 ウサギはあまり強い動物には見られない。

 むしろ逆であり、何よりも格好良くなかった。

 ベルにとっては、それが重要であった。

「そう、ならそう呼ばせて貰うわね。あと、一つ聞きたいことがあるの」

「はい、何でしょう?」

 

 

「あの時、団長に何したの?」

 

 

 

 走ったのは、緊張であった。

 いや、それよりもベルへ向けられていたのは間違いなく殺気と呼べるもので、ベルへ向ける目も凍てつき据わっている。

 ティオネをよく知る者なら分かることである。

 今、彼女はぶちギレ寸前までになっていた。

「ティオネ、さん?」

 レフィーヤは突然の変化に驚き固まっている。

 ティオネが怒るととんでもないことになるのはファミリアの周知事項だ。

 過去に他のファミリアの冒険者がフィンを侮辱したことがあった。

 その翌日、その冒険者は見るも無惨な姿で発見された。

 実に何年も前の話ではあるが、細かいことは伏せられて(・・・・・・・・・・・)密かに語り継がれている為にティオネを本気で怒らせてはいけないという暗黙の了解が生まれている。

 そして、今。

 その暗黙の了解が破られようとしていた。

「ティオネ! 何言って_______」

「黙りなさい、ティオナ。私はベルに話があるの」

 余計な口を挟むなと、ティオネの眼光は告げている。

 ティオナも思わず、黙り込んでしまう程にその威圧感は計り知れないもので、レフィーヤはリリルカは恐怖で震えているように見えた。

 アイズは只、黙ってティオネとベルのことを見ているだけであった。

「何をしたか、ですか。どういう意味ですか、それ」

「そのままの意味よ。何もなかったなんて団長達は言ってたけど、あんな殺気(・・・・・)が放たれておいて何もないわけないでしょ?」

 あの時、フィンが何もないと言った手前、ティオネは納得がいかなかったが、納得せざるを得なかった。

 だが、それでもティオネはフィンが心配だった。

 自分を心配させない為に嘘をついて誤魔化している可能性だってありえるのだ。

 それなら、今目の前にいるベル・クラネルという男に聞けばいいと、そんな考えに至った。

「はぁ......一体どんな説明したんだろ......まあ、そうですね。ディムナさんの戯れに僕が引っ掛かっただけですよ」

「戯れ?」

「ディムナさんの冗談ですよ。それでまあ、僕はその意図に気付かずに、少し感情が昂りましてね」

 思い出したら腹が立って来たと、ベルは悪態を吐きそうになる。

「......それって、フィンがベルを怒らせるようなことを言ったってこと?」

 アイズがポツリとそう言うと、ベルはその質問に首を振った。

「はい。僕の冒険者としての器を試したのでしょうね。まあ、あの時は僕も頭に血が上ってしまったので悪かったとは思っていますが、ディムナさんも中々に悪い人(・・・)だと思いますよ」

 その代わりに、ヘスティア・ファミリアには予想以上の素敵な贈り物が届くことになるのだが、この時ベルは何も知らない。

「フィンが相手をわざと怒らせるようなこと言うなんて珍しいね。というか! ベル君にそんなことするなんて......!」

 ベルの隣では静かに怒りを燃やすティオナと、フィンの知らぬところで好感度が下がっているリリルカがいた。

「......それって本当なのかしら」

「本当ですよ。嘘を吐く理由なんてありませんし。だから何も無かったって言ったのはそういうことだと思いますよ。現に僕やディムナさん達には何もありませんでしたし」

「そう......悪かったわね。疑うようなことを言って」

 すると、意外なことにすんなりとその言葉を受け止めているティオネ。

 ベルの予想だと、納得が行かず少々拗れるはずだったのだが、それは見事に外れてしまった。

「......意外ですね」

「どういう意味よ、それ。......まあ、そうね。納得できた(・・・・・)からよ」

 そう言うティオネの表情は、何処か別の何かを見ているようであった。

 只それに気付いたのはどうやベルだけらしく、ベルも踏み込まない方が良いと判断し何も言わなかった。

「でも、もし団長に何かしてみなさい。私はベルを殺すわよ」

 そう言って、ベルを一瞥すると、ティオネは取っ組み合いになりかけているヴェルフとベートの方を見た。

「ちょっと! そこの馬鹿二人!! 見苦しいから止めなさい!」

「んだよ、怒蛇(ヨルムガンド)! あの人に振られたからってこっちに当たんじゃねえよ!」

「てめえはすっこんでろ、"雌大猩々(メスゴリラ)"!」

「......取り合えず、あんたらは今すぐここで死にたいってことで良いのよね? まあ、絶対に殺すんだけど!」

 更なる火種が放り込まれたことにより、最早収拾がつかなくなりそうになっている。

 それを見ていたティオナは溜め息を吐き、リリルカとレフィーヤはおろおろし、アイズは只無表情でその光景を見ていた。

 恋する乙女が殺す殺すと発言するのはどうかと思うと、ベルは思ってはいたが絶対に口には出さまいと、決めていた。

 キレたティオネに近づくのは愚行の極みだと、付き合いの短いベルでさえ理解出来ている。

 いや、誰しもが分かることではあるだろうが。

「お、何だ何だ。また(・・)戦うのか! よーし、じゃあ俺はヴェルフの兄貴に賭けるぜ!」

「僕はベートさんに賭けます!!」

「俺はティオネの姉御に5000ヴァリス!!」

「皆さーん! 順番に並んでくださーい!」

 すると、戦いの匂い感じ取ったロキ・ファミリアやヘファイストス・ファミリアの冒険者があれよあれよと集まり、懐の金を賭け始めた。

 その動きが余りにもスムーズなので、これも何時ものことなのだろう。

「......はぁ。何故こうなるのだ」

「ガハハハハッ! 血気盛んな奴等だのう!」

 その光景を見ていたリヴェリアは深い溜め息を吐く。

 彼女の周りに集まっているエルフの女性冒険者達は心配そうな表情でリヴェリアを見ている。

 ガレスは既に酒を10本近く空けており、その周りには散乱した酒瓶と飲み比べで負けた倒れ伏す男達がいた。

 まあ、つまりは両者も何時もの状態というわけだが。

「......はははっ。全く仕方がないなぁ」

 フィンはそう言いながらも笑っている。

 血気盛んな彼らを見て、仕方がないと思いつつ、彼らの成長を見るためか。

 いや、笑っている理由は全く別のものであったが。

「......その戦い。少し待ってくれるかい?」

 そして、声をあげたのもフィンであった。

 その言葉に、いがみ合っていた三人は止まらざるを得なかった。

 それ程までにフィンは、絶対上位の存在であるからだ。

 ファミリアが違うヴェルフや、基本誰かに従うというものを嫌うベートも例外ではない。

 勿論、ティオネは当たり前のようにその言葉で止まる。

 暴走したティオネを止められる存在などフィンくらいであろう。

 ちなみにではあるが、もしフィンからの応援があれば彼女は死んでも勝利をもぎ取る所存である。

「君達が戦うのも良いけど、ここには新しい顔もいるんだ。......ねえ、クラネル君。此処で君の実力、見せてくれないかい?」

 瞬間、沸き立っていた彼らのざわめきは、全く別のものになった。

 賭けに水を刺されたのではなく、あの《光を掲げる者》が戦うかもしれないということに、彼らは反応したのだ。

「いやいや、ちょっと待ってくださ_______」

「はいはいはいはーい!! フィン! それなら私がやりたい!!」

 断ろうとしたベルの言葉を遮り、いつの間にか腕から離れ立ち上がっていたのはティオナであった。

 その目は爛々と輝いており、早く早くと訴えているように見える。

「おおっ!! 旦那が戦うなら、邪魔物は下がらねえとな!」

「ちっ......興が冷めたぜ。だが......」

「......興味がある、でしょ? ......まあ、あの時のあれの再確認もあるからちょうど良いわね」

 そして当の本人達はフィンの言葉に納得すると、この機会を二人へ譲った。

 他の面子も既に戦うのは三人ではなく、ベルとティオナという認識に切り替わっている。

 つまりはもう既に手遅れというわけだった。

「よーし! それなら行こうっ! ベル君!」

「あぁ、まだ食べ終わってないのに......」

「ベル様!?」

 ティオナにずるずると引っ張られていくベルを、リリルカは見送ることしか出来なかった。

 何故なら彼女にはベルを連れ戻す術がないからである。

「ふっふっふっ......ティオナさんにボコボコにされれば良いんで______って、アイズさん? どうかしました?」

「......ううん。何でもない」

 女性らしからぬ黒い笑みを浮かべるレフィーヤであったが、隣に座っているアイズの様子がおかしいことに気づいた。

 只無表情でベルとティオナを見つめるアイズは、そう言いつつも視線はしっかり二人へと向いている。

「ルールは簡単だよ。武器は自分の装備一つのみで、どちらかが戦闘不能、もしくはこちらで判断する。そして、勿論殺しは駄目だ」

 フィンのルール説明に、無理矢理中央に引きずり出されたベルはあることに気付いた。

 殺す以外なら何をしてもいいということになるのではないかと。

 まあ、どちらにせよ。

 ベルには構わないことでたるのだが。

「っと、その前に準備をしないとね」

 フィンがパチンと指を鳴らすと、中央で燃えていた焚き火が消え、一瞬暗闇に落ちる。

 しかし、次の瞬間にはここにいる全員を囲むように灯りが展開された。

「これは......」

 周りには多数の火の灯りがあり、この数から察するに既に用意されていたものだ。

「......最初からこのつもりだったんですか」

 その思惑に気付いたベルであったが、既に遅かった。

「よーし! ベル君! 全力で行くからね!」

 《大双刃(ウルガ)》をぶんぶんと振り回し、やる気は既に十分と言わんばかりのティオナ。

 振る度に切れる空気の音がとても物騒であったが。

「どうして、こんなことに......」

 ベルはフィンのことを睨みつけるが、彼は何処吹く風と言わんばかりに笑みを浮かべている。

 素直に殴りたいと思ってしまったベルは悪くないはずだ。

「それでは二人とも_______始め」

 そして、無慈悲にもフィンは笑顔で開戦を告げる。

 ベルは仕方無く、腰に差してある《クニークルス》を引き抜くと、迫り来るティオナの攻撃へ備えた。

「はあ!!」

 ティオナは大双刃を斜めから斬るようにして振るう。

 Lv:5の膂力と、第一等級武装が合わさりそれは驚異的な威力へと変わる。

 《大双刃》による必殺の一撃がベルの構える《クニークルス》目掛けて放たれた。

 

 

 

 ピキリッ。

 

 

 

 そんな音がベルの耳に届いた。




あれ? 全く進んでいない?
次回ですよ次回!







最近までにあった嬉しいこと。
・うちの兄貴がLv:90フォウマ、矢避けLv:10、他Lv:6に出来たこと。
・イリヤがカルデアに来たこと。
・オルタニキも続いてカルデア入り。
・うたわれるもの 二人の白皇を購入。
・感動の余り号泣してしまった。



私のソシャゲ運(fgoにおいて)は止まることを知らんなぁ!!

あと、ネロ祭の高難度クエストが難しいのでどうにかしろ下さい。



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#44

こっそり投稿(バレてない)


 風が通り過ぎた(・・・・・・・)

 いや、風というには余りにも鋭利(・・・・・・)であった。

『グオァァァ!!?』

 ヘルハウンドの群れ。

 その先陣を行く一頭は、断末魔の絶叫をあげると、身体中から大量の血飛沫をあげ、爆裂する。

 

 

 《鎌鼬》。

 

 

 極東の民間伝承で存在する怪物で、何の前触れもなく風が吹き、気づいた時には鋭利な刃物で付けられたかのような傷がついている。

 しかし、それによる痛みはなく、かつ出血もしないというらしい。

 場所によっては、鎌鼬は三種の怪物であり、一体目が人を倒し、二体目が刃で斬りつけ、三体目が傷の治療をしている。

 故に痛みはなく、出血もないと、そう言われている。

 

 

 しかし、それなら今吹いたのは、鎌鼬と言えるのだろうか。

 

 

 鎌鼬であれば、それは傷がつくにしろ、出血はありない。

 それが起きているということは、それよりももっと質の悪い存在であるのだろうか。

 ここはダンジョンの中層第16階層であるのだが、本来そこは風が吹くような場所ではない。

 この階層の性質上、風が自然的に吹くことはありえないのである。

 

 

 《疾風(リオン)》。

 

 

 かつて、その二つ名で呼ばれた冒険者がいた。

 

 

 

「退きなさい!」

 

 

 

 疾風(・・)が洞窟の通路を過ぎていく。

 斬風というべきか、それは多数いるヘルハウンドの群れを容赦なく斬り刻み、殺していく。

 今度は絶叫の暇もなく、である。

 

 

 

「......撃ち抜く!」

 

 

 

 更にその背後から、高速の矢が飛来する。

 一本ではない。

 確認出来るヘルハウンドの群れの数ちょうどの矢が、頭部を正確に撃ち抜いていく。

 貫通し、頭蓋が砕け散ると、その頭部が何かが蒸発する音を立てながら、溶解していく。

 弓を射った女性は《銀腕の薬師(シルバーアーム・ディスペンサー)》と呼ばれる冒険者であり薬師であった。

 彼女は薬品を作り出すことに関してはオラリオ最高峰とされる薬師である。  そんな彼女がモンスターに対し使用したのは、希少金属《アダマンタイト》以外全てを溶かし尽くす《レギア》という劇薬であり、それを特殊な(・・・)矢じりに塗装し放ったのだ。

 過剰攻撃(オーバーキル)とも言えるその威力は、モンスターだけでなく、ダンジョンすらも蝕んでいた。

 

 

 

「爆ぜなさいっ!」

 

 

 

 通路を抜けると、大広間へと出た。

 瞬間、何かの溶液が入った瓶が投げ入れられ、爆炎と爆風がその部屋を包み込んだ。

 最早何のモンスターが居たのからすらも分からない。

 死骸も残らず消滅してしまったからだ。

 それを投げ入れたのは《万能者(ペルセウス)》と呼ばれる女性冒険者であった。

 彼女は魔道具(マジックアイテム)を製作する魔道具制作者(マジックメイカー)であり、その類いに於いて右に出るものはいないとされている。

 今使用されたのは、爆炸火薬(ハイ・バースト・オイル)と呼ばれる薬品で、その効果は分かる通り絶大と言えた。

 

 

 

「......え、えぇぇ」

 

 

 

 そんな光景を、後ろからヘスティアはドン引きと言った表情で見ていた。

 目の前で起きている乙女の大量虐殺劇を見て、血の気が引いていた彼女ではあったが、余りにも早い速度でモンスター達が消えていくので、そんな感情も消え始めていた。

 人間の恐ろしさというものを神が改めて知った瞬間であった。

「はははははっ! いやぁ、殺気立ってるなぁ、彼女達! 流石、ベルだなぁ! はははははっ!」

 ヘスティアの横ではチロリアンハットを被った軽薄そうな優男______ヘルメスが笑っていた。

 目の前の惨状をヘスティアとは対称的に、"最高に面白い"光景と認識している彼は、周囲をドン引きさせるもう一つの要因にもなっていた。

「俺らとは次元が違い過ぎる......」

「私達が入る隙すらありませんね......」

「というか、入ったら、死んじゃいそう......」

 桜花、命、千草の三人は圧倒的畏怖の感情を抱き、その光景を見ていた。

 レベル差もあるが、それだけではこれ程までに彼女達の動きは研ぎ澄まされない。

 彼女達は一切無駄なことをせずに目の前の敵を滅していっている。

 つまりはそれ程に、彼女達はベル・クラネルという冒険者のことを心配し、大事に思っているのだろう。

 現に今のパーティを組む際に、真っ先に《銀腕の薬師》と《万能者》は手を挙げ、参戦すると言った。

 しかし、彼女達は互いに忌々しいものでも見たかのような顔をして睨みあっていたが。

 更にヘルメスが助っ人として連れてきた謎のエルフの女性も、話を聞いた途端、タケミカヅチ・ファミリアの面々に恐ろしいまでの殺気を向け、次の瞬間にはパーティ入りを許諾していた。

 ちなみにであるが、その面々が揃った瞬間、この場にはありえない程の悪寒が走ったという。

 主にヘスティアとタケミカヅチ・ファミリアの面々がそれの被害者である。

 やっぱり女性は怖いなぁと、ヘルメスは笑っていたが。

「......ヘルメス。ありがとう、力を貸してくれて」

「気にしないでくれよ。僕らは神友だろう? なら、助けるのは当然のことさ」

 ヘルメスはいつもにこにこと笑っている。

 何を考えているか、読み取ることの出来ないその表情は、いつもヘスティアを困らせるベルのものとそっくりであった。

 考えれば、ヘルメスが偶々(・・)、ヘスティアの所に挨拶をしに来なければ、これ程までの戦力は揃わなかっただろう。

 ヘスティアはヘルメスに感謝の念をひたすら送ることしか出来なかった。

 故に、常日頃ヘルメスから感じている胡散臭さを彼女は今この時だけは心の奥底にしまって置くことにしたのだ。

 

 

 

『失せなさい(失せて)!』

 

 

 

 只、目の前の怒れる乙女達の蹂躙はやはり恐ろしいものであったが。

 

 

 

 

 

 ピキリッ。

 そう、ベルの耳にその音は届いた。

 明らかにそれは亀裂音であり、勿論ベルの持つ武器、《クニークルス》から聞こえたものであった。

「はあっ!!!」

 ティオナの《大双刃》と斬り結んだ瞬間に、ベルは直ぐ様《クニークルス》での交戦を避け、後方へと下がった。

 しかし、彼女は第一級冒険者である。

 すぐに踏み込むと、ベルとの距離を詰め、斬りかかってきたのだ。

「ちょっと! 一回、落ち着いてくださ______」

「おらーっ!!」

 どうやら彼女の耳には届かないらしい。

 既に彼女はベルを倒すことしか頭に無くなっているのだろう、その瞳はベルしか見ていなかった。

 熱烈な視線にベルは苦笑するしかない。

「(でも、これは間違いなく......)」

 あの時。

 ガレスの攻撃を受け止めた際の付けが今回ってきたのだろう。

 逆にあの攻撃に対し、よく耐えたものだとベルは感心していたのだが、やはり限界は来ていたらしい。

 買ってまだ一週間も経っていないのにと、ベルは少し泣きそうになってしまっていた。

 しかし、そんなことをしている暇もなく、ベルは目の前に殺到するティオナの《大双刃》を避け続ける。

 無論、当たればどうなるかなど言わずもがなである。

 《クニークルス》は既に破損寸前。

 それで迎え撃てば、《クニークルス》は無惨に砕け散ってしまうだろう。

 故に、ベルは短剣(ナイフ)を使用するのを止め、体術で応戦した。

 《大双刃》の横振りをしゃがみこむことで回避すると、ベルはそのまま足払いを実行し、軸となっている右足を払い抜く。

「......甘いっ!」

 そんな行動お見通しだと、ティオナは足払いを右足を上げる(・・・・・・)ことで回避した。

 流石に甘過ぎたかと、ベルは内心反省していた。

 相手はLv:5の冒険者。

 この程度の攻撃が通るようなら、ダンジョンの下層では生き延びることは出来ないだろう。

「......っと!」

 ティオナの縦振りの一撃が振り下ろされ、ベルはそれを危なげなく横へ回避した。

 地面が砕け散る音がし、ベルは先程まで自分が居たところを見ると、そこは巨人が何かを踏み抜いたかのように陥没していた。

 パワーファイターというのは前のミノタウロスの群れを殲滅させた際に分かってはいたことだが、改めてティオナの力を理解出来た。

「......流石の筋力(パワー)ですね。少しヒヤッとしましたよ。ティオナ」

「うぅ......何か全然嬉しくない!」

 凄い力持ちなんですねと言われて嬉しいと思う女性は、果たして何れ程いるのだろうか。

 その中でも異性、更に自分の意中の相手にそれを言われてしまえば、どんな気持ちになるかは言うまでもないだろう。

 今のティオナの心中は酷く複雑であった。

 まあ、今回に関してベルは一欠片の悪意もないのではあるが。

 純度100%の称賛である。

「でも、これは......」

 不味い、そう漏れそうになるベル。

 フィンの掲げたルールによれば、武器は一つというのがあった。

 これにより、必然的に砕けかけている《クニークルス》を使い続けるしかない。

 せめて、予備の短剣(ナイフ)を使えればと思うベルであったが、ルールなのでそれは仕方がないことだった。

 無論、ヴェルフから受け取ったあれ(・・)を使うのは論外ではあるが。

 更にもう一つ、殺しはいけない(・・・・・・・)というのもベルを更なる窮地に追い込むものになっていた。

 ベルが全力を出すには殺す気でいく(・・・・・・)必要がある。

 しかし、ルールにより、してはいけない(・・・・・・・)と縛られているためにその気持ちも失せてしまう(・・・・・・・・・・)

 まあ、今、ベルがティオナを殺すようなことはないのではあるが。

「......純粋な筋力じゃ勝ち目は無い。なら_______」

 ベルは、しゃがみこんだまま、右足で思い切り地面を蹴り、駆った(・・・)

「......っ! 速い!」

 ティオナがそう気付いた時には既にベルは彼女の懐に迫っていた。

 速度(スピード)であれば、今のベルであっても負かすことのできるものはほとんど(・・・・)いなくなる。

 それはLv:5の冒険者であろうと例外ではない。

「......先ずは一撃」

 ベルの右手には《クニークルス》は握られていない。

 掌底。

 それを彼女の左肩へ打ち込んだ。

「ぐっ......!」

 内部浸透する打撃だ。

 例え、ステイタスに差があろうとも少しはダメージは通るだろう。

 故に、ベルはこの好機(チャンス)を見逃さなかった。

 ベルの一撃を受け、一瞬ふらつくティオナ。

 距離を空けてしまえば、攻撃範囲の広い《大双刃》が厄介になってしまう。

 ベルはティオナと密接するように、そのまま前へ踏み込む。

「続いて、弐撃」

 再度、ベルの掌底が今度はティオナの右肩を打ち抜いた。

 ズシリと、ティオナの肩内部に重い衝撃が浸透する。

 それはティオナの想像を越える痛み(・・)であった。

「結び、()撃」

 続く第三の一撃は彼女の腹部へと突き刺さった。

 踏み込みの動作から流れるようにして放たれたベルの掌底。

 一見、そこまで鋭くは見えないベルの一撃であったが、特殊な体重移動(・・・・・・・)により加速度的に破壊力が増しており、見ただけではその威力を測ることは出来ない。

「終いに、()撃」

 ベルの掌底は、ティオナの胸部中央へと炸裂した。

「がはっ......!?」

 おおよそ、女性があげるべき声ではない声をあげ、ティオナは十数M程吹き飛ばされた(・・・・・・・)

 彼女の身体はそのまま周囲の観客目掛けて突っ込もうとするが。

「おっと。......大丈夫か?」

 それを受け止めたのは、ガレスであった。

 完全に酔いが覚めたのだろうか。

 その表情は仲間を純粋に心配していた。

 かなりの衝撃で吹き飛ばされたティオナ、それを受け止める方もかなりの衝撃を受けるはずなのだが、ガレスは1MM足りともその場から動いていなかった。

「っつつ......! 大丈、夫っ!!」

 ティオナは受け止めてくれたガレスを振り払うと、地面を蹴り、ベルの元へ速攻をかける。

 しかし、その動きを見るにまだベルの攻撃の余波が残っているらしく、足運び等に違和感があった。

「......流石、Lv:5冒険者です。あれ(・・)を喰らって立ち上がれるなんて、耐久力も並みではない」

 ベルは笑っていた。

 どうしてこうなってしまったのかという、感情は一切消えてしまっている。

 あるのは戦闘を楽しむこと、それだけであった。

 右腕を前へ突き出し、くの字に曲げると上へ向け、左腕は自身の顔を守るように横に構える。

「......でも、次は立たせません」

 今の自分にとって、最速最強の一撃を叩き込む。

 攻防一体の構え(・・・・・・・)を取りながら、ベルはティオナを見据えた。

 

 

 

 

 

「嘘、でしょ......?」

 レフィーヤは目の前のこの光景に驚きを隠せないでいた。

 いや、驚きを隠せないでいたのは彼女だけではなかったのだが。

 Lv:5冒険者であるティオナとLv:2冒険者であるベルの戦い。

 本来それは、ティオナの只圧倒的な蹂躙に他ならないものになるはずであったのだが。

「何で、ティオナさんを圧してるの......?」

 二人の戦い、それは自身の肉体を武器とした肉体戦と化していた。

 ティオナは途中、《大双刃》では戦いの邪魔になると放り投げ、格闘に移項した。

 アマゾネスは戦闘に特化した種族であり、勿論格闘戦にも優れている。

 それはティオナも例外ではなく、格闘戦のみで言えばファミリア内でも五本の指に入る程だ。

 そんなティオナがだ。

 一方的に攻撃を喰らっているのだ。

 ベルは最速で打撃を入れつつ、攻撃を全て回避するということをやってのけており、その証拠にベルとティオナ、傷があるのは後者だけであった。

 端から見れば、それは間違いなくティオナが圧されていることを示していた。

 ベルのステイタスとティオナのステイタス、それはレベル差から圧倒的な差があるというのは誰にでも分かることだ。

 しかし、そんなステイタス差をものともせず、ベルはティオナを翻弄してるのだ。

 レフィーヤの頭は追い付かない。

「かなり速い(・・)、ね。でも、ベルの動き......」

「そうね。それにティオナの動きも......」

「あの馬鹿ゾネス......」

 アイズ、ティオネ、ベートの三人は彼らの戦いを見て、心中何かを察していた。

 共通しているのは、三人とも表情が少し重いものであったということだ。

 ティオナとベル。

 両者が戦う場合、もし応援するとしたら間違いなく仲間であるティオナなのは間違いない。

 あのベートですら、ティオナの方につくだろう。

 まあ、それに関しては他にも理由はあったりするのだが。

 もう一度言うが、この戦いはそもそも成り立つはずがないものである。

 レベルが一つ違うだけ、ステイタスには大きな差が出来てしまう。

 それはレベルが高くなればなるほど、顕著になる。

 基本的にLv:1がLv:2の冒険者に勝つことは出来ないのが常識なのだ。

 それが、どうだろうか。

 レベル差が"3"もある両者ではあるが、そこに力の差は果たして生まれているだろうか。

「凄いです! 凄いです! 流石、リリのベル様です!」

「はっ! 馬鹿だなぁ、リリ助。旦那ならこのくらい当然だろうが! てか、旦那が負けるところなんざ、想像出来ねえわ!」

 一方、リリルカとヴェルフであったが、その表情は喜色に溢れていた。

 それも当たり前ではあった。

 二人にとってベルは最強(・・・・・・・・・・・)であるのだ。

 そんな存在がこんなところで負けるわけもないと当然のように思っていた。

 そして、ベルならLv:5の冒険者であろうと倒してみせると。

 二人には確信(・・)があったのだ。

「ガハハハハッ!! あの時に既に確信してはいたが、それを遥かに越えていったわ! ベルめ、未来予知(・・・・)でも出来るのではないか?」

 それを見たガレスは笑う。

 それは新たな仲間(・・・・・)が出来たことを喜ぶものであった。

 ガレスだけではない。

 同じくそれを喜ぶものもいた。

「レベル差なんて関係無しか......まあ、それが普通(・・)だ」

 フィン・ディムナ。

 彼はこの中でもっともベルに近い存在である。

 いや、ベルがフィンに近い存在なのかもしれないが。

 だからこそ、理解出来る何かがあるのだろう。

 フィンは笑みを堪えられなかった。

「おい、フィン。あれは......」

「ああ、そうだね。少なくともあれは魔力ではないね」

 まあ、そんなことリヴェリアが分からないはずもないよねと、フィンは続けた。

 都市最強の魔法使いと呼ばれているのがリヴェリアである。

 こと魔法という分野において、彼女を越える力を持つものはいないし、知識においてもそれは同じだ。

 故に今、ベルが行っている技術を魔力由来のものではないと、彼女は一番に理解出来ていた。

「あの体術、この辺では(・・・・・)見たことがないね。それにあの回避。神憑りにも程がある」

 あのティオナを、Lv:2の冒険者が当て身を入れただけで、あんなに吹き飛ばせるわけがない。

 とすれば、それは膂力によるものではなく、技術によるものになる。

 そして、ティオナの攻撃がベルに一切当たらないという有り様。

 これは彼女が手加減をしているというわけではない。

 本当に当たらないのだ。

 無論、彼女は本気で戦っている。

 自身が好意を寄せる相手には傷付いて欲しくないと思うものは殆どだろう。

 それはティオナとて例外ではない。

 だが、好きな相手だからこそ、本気で行くのがティオナだ。

 その本気の攻撃が一切通じない。

 それはレベル差から見れば異常のなにものでもなかった。

 ガレスの言う通り、未来が見えているのではないかと疑ってしまうだろう。

 しかし、この場において、ベルのその力の真意を知るものは誰一人としていなかった。

 深淵の叡智を持つとされるフィンでさえ。

「そろそろ決着も着きそうだ。......ああ、うん。ティオナには(・・)悪いことをしたなとは思ってるさ」

 態とらしくそう言うフィンを、リヴェリアは溜め息を吐くと睨み付けた。

 怖い怖いと、全く思ってなさそうなことを言いながらフィンは笑っている。

 昔から何も変わらないな、そう思いつつ、視線をベル達へ戻すリヴェリア。

 彼曰く、戦いは既に終息へと向かっているらしい。

 そんなこと言われなくとも分かっている。

 

 

 

 この勝負は_______

 

 

 

 リヴェリアは母親のような表情で彼らを見つめていた。

 

 

 

 

 

 どうして。

 

 

 

「はあっ!!!」

 

 

 

 どうして。

 

 

 

「......当たりませんよ」

 

 

 

 どうして。

 

 

 

「っ......! このっ......!」

 

 

「おっと______そこ、がら空きですよ?」

 

 

 

 どうして、当たらない。

 いや、当てられない。

 彼女の思考はそれに全てを埋め尽くされていた。

「ぐっ......!!」

 ベルの右腕鉄槌打ちが炸裂し、崩れるようにその場に片膝をつくティオナ。

 寸でのところで右腕を差し込み、それを防御したものの、ダメージは大きく既に右腕は使い物にならなかった。

「大丈夫ですか? ティオナ。もう止めますか?」

 ベルはティオナを見下ろすようにして、そう言った。

 ロキ・ファミリア内において高レベル同士の模擬戦のルールの一つとして、やり過ぎないことというものがある。

 それは互いに全力を出した結果、周囲に甚大な被害を催す可能性を加味してのことだった。

 しかし、それさえ守れる範囲であれば全力を出してもいいことになる。

 オラリオでも最高峰のファミリアであるロキ・ファミリアは、団員の面でも凄いが金銭の面でも凄い。

 故に、高等回復薬である万能薬(エリクサー)を何本も所持しており、例え大怪我を負ったとしてもさして問題はなかった。

 現在のこの戦闘は、周囲に甚大な被害を及ぼすレベルではない格闘戦であったため、特に戦闘を止められることはなく続けられている。

 今回の遠征においても万能薬は勿論持ってきてあり、それを使う場面もなかったため、ストックも余りがあった。

「ま、だっ......! いけるっ!!」

 そう言って立ち上がろうとするティオナ。

 しかし、それはすぐに崩れ落ちてしまう。

「な、んで......?」

 身体に力が入らず、足がそれ以上上がらない。

 不自然に身体が言うことを聞かないのである。

「簡単なことです。"点穴"を行っただけですよ」

「点、穴......?」

「ええ。先程からティオナの身体の"経穴"の内、身体駆動に関するものを突かせてもらいました。流石にLv:5。中々効果の発動までに時間がかかってしまいましたが。見る限り、その状態を保つのもやっとと言ったところでしょうか」

 聞き慣れない単語を聞いて、ティオナは疑問符を浮かべる______余裕もない。

 全身を襲う麻痺の感覚に、ティオナはベルの話を聞くのもままならなくなってきている。

「純粋な格闘戦になれば、防衛戦に徹すれば負けることはないと思いますが、それでも勝つことは出来ません。だから、このような方法を取らざるを得ませんでした。本当は苦手(・・)なのであまりやりたくはなかったのですが......」

 ベルはそう言って、首に手を当てるとそのまま横に、音を鳴らした。

 骨の音がその場に響く。

「さあ、ティオナ。また同じ質問です。______もう止めますか?」

 はっきりとベルはそう告げた。

 既にベルの目に戦意は見えない。

 いや、興味を失っているのかもしれない。

 優しげな表情を浮かべるベルであったが、その実、何れ程の感情を伏せているのか。

 それはベルしか分からない。

「......ま、だっ」

「無理ですよ。立てません。そう言う風に打ち込みましたから」

 ティオナはその言葉を無視して、必死に立ち上がろうと、全身に力を込める。

「や、れっ______」

「だから、無理だと______」

 

 

 

「______るっっっ!!!」

 

 

 

 瞬間、ティオナの咆哮と共に、魔力(・・)が爆発した。

「......っ!?」

「はあぁぁぁぁっ!!!」

 ティオナは右腕(・・)を振り抜くと、渾身の()を込めた拳を放つ。

 それに対し、咄嗟にベルは両腕を交差させ防御体勢を取るも、完全にその体勢に移項することが出来ない。

 本来より遥かに増幅(ブースト)されたティオナの拳が、剛音と共にベルへ叩き込まれた。

 

 

 

 瞬間、ベルの脳内をある概念(・・・・)が埋め尽くした。

 

 

 

 ザザザザッと、ベルの身体はその場から十数M程、地面を引き摺りながら後退する。

 まるで巨大な獣に引き裂かれたような痕がそこには残っており、その拳が何れ程の威力なのかを想像させた。

「............っ」

 だが、ベルはその一撃で吹き飛ばされてはいなかった。

 決して倒れず、先物いた場所から遥か後方に立っている。

「う、そっ......?」

 あの拳を喰らい、立っていること違いまずおかしい。

 いや、あれを喰らって生きていること自体おかしい(・・・・・・・・・・・・・)ことである。

 ティオナの放った拳はそういうもの(・・・・・・)であった。

「......素晴らしいです」

 ベルの表情はよく見えない。

 うっすら見える口許が、微かに三日月のように開いている。

 笑っている。

 そう、彼は笑っていた。

「久し振りです。死を覚悟したのは。......はははっ」

 遂には笑みが零れ、その感情を隠しきれなくなる。

 相対しているティオナにしか分からない程のものではあったが、ベルからは喜色の感情が溢れていた。

「......最高の一撃でした。これ程のものはそう見れるものではないです。本当に素晴らしいです。だから______返礼をさせて貰いますね」

 ティオナ。

 そう名前を呼ぶと、次の瞬間には彼女の目の前にベルは現れた。

 いや、最初からいたと錯覚させる程に、感知が不可能な速さであった。

 

 

 

「《絶なる拳(ジェ・ツェン・ジン)》」

 

 

 

 そして、今度こそ、ティオナは動かなくなった。




死んでないよ(真顔)


ちなみにベルはYAMA育ちなんで、仕方ないよネ。


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#45

 取り合えず、朝食はもう少し落ち着いて食べたいなと、ベルはそんなことを思っていた。

 

 

 

「どうぞ。焼きたてのパンです」

 

「ありがとうございます。朝からパンを焼くなんて、マメというか。......ところで、ダンジョンなのに窯なんてあるんですね」

 

「えっとですね。そこらにある石を組み合わせて作ったんですよ。結構簡単に作れますし。それにパン生地は昨日予め作ってたのを焼いただけですから」

 

「それでも、手間が掛かってるじゃないですか。凄いと想いますよ。それに......うん、このパンとても美味しいです」

 

「あ......えへへっ。これでもロキ・ファミリアの食事係りですからっ!」

 

「おい、スープもあるぞ! これ、昨日よりも気合い入れて作ったから! めちゃ美味いから!」

 

「ありがとうございます。......あ、もしかして昨日のスープって貴女が作ったんですか? とても美味しくて、ビックリしましたよ。僕も料理はするんですけど、あんなに美味しいスープを飲んだのは初めてですよ」

 

「そ、そんな言われると照れるなぁ......あ、良かったら、こ、今度作り方教えてやるけど......」

 

「え、本当ですか? ありがとうございます。それなら僕も秘蔵レシピを公開しちゃいますね」

 

「おい! ちょっと、待てっ! あれは私達で考えたレシピだろう! それを勝手に教えるなんて......!」

 

「例えばですね、山菜のパスタとか考えたんですけど、結構美味しいんですよ、これが」

 

『何いっ!? パスタだとうっ!?』

 

「うおうっ! すごい食いつき......」

 

「......あはははは。気にしないでくださいね」

 

 

 

 一体どういう状況なのだろうか。

 

 

 

 現在、()は登り、朝食の時間となっていた。

 場所は昨夜と同じあの広場である。

 朝食は一日の活力とも言える重要なものだ。

 近年、朝食を取れない冒険者が増加しており、それによりダンジョンで力が出せずにモンスターにやられてしまうことも増えてきているという。

 そんな問題に対し、ロキ・ファミリアとヘファイフトス・ファミリアはきちんと朝食を取るというのを徹底しているらしく、現在広場には全員が揃っていた。

 そこにはファミリアの一員ではないベルやリリルカも居るのだが、そこで少々問題が起きている。

 

 

 

「あ、あのぉ。べ、ベルさん。私、格闘戦メインで戦っているんですけど、今度戦い方をレクチャーして欲しいっていうか......」

 

「はあ。でも、僕そこまで教えられるわけじゃ......」

 

「いいえ、全然構いません! ......むしろ一緒に居てくれるだけでいいというか」

 

「くっ......魔法メインなのが、ここで仇になるなんて......!」

 

「でもでも、もしもの時の護身用の為に教えて貰いたいって言えば......」

 

「その手があったか......! サポーターの私にもチャンスが!」

 

「......ねえ、ベルさん。今度、どこか遊びに行きませんか? 私達、遊べるところ結構知ってるんですよ?」

 

「へぇ、そうなんですか? 僕、あんまり遊び場を知らなくて。それなら今度、是非」

 

「ええ! 普通に遊べるところや夜の遊び場まで、完全網羅していますので!」

 

 

 

 現在、ベルは多数の女性冒険者に囲まれ______いや、包囲されていた。

 ヒューマンやアマゾネス、ドワーフ、エルフなど様々な人種が入り乱れているが、彼女達の共通点として、皆のベルへ送る視線にはある種の熱(・・・・・)が籠っている。

 無論、その種類も色々あるのであるが、大半が同じものであった。

 

 

 

「......むうぅぅぅぅ!!!」

 

「おい、リリ助。マジで栗鼠みたいになってんぞって、まあ、仕方ねえか......」

 

「ベル、何か凄いね......」

 

「え? 団長の方が格好良いけど」

 

「穢らわしい穢らわしい穢らわしい......」

 

「まあ、当人達が納得しているのなら、問題はないだろう」

 

「ははははっ。モテモテだなあ、クラネル君は」

 

「......うるせぇな」

 

「朝から面白いものが見れたわい!」

 

『リア充死ねっ!!』

 

 

 

 その光景を眺めるベルのパーティメンバーにロキ・ファミリアの幹部達、そしてその他の男性冒険者は思い思いの言葉を投げ掛ける。

 あの戦いから、既に一夜が明けている。

 ベルとティオナの戦いは格下と格上のものとは思えない程のレベルで、見たもの全てを圧倒していた。

 そして、その戦いの結末はまさかの格下(ベル)が勝利を飾るという信じられない結末であった。

 その、本来勝てない筈の格上を格下が倒すという番狂わせに、彼女達は魅せられてしまっていたのだ。

 それ故に、ロキ・ファミリアやヘファイフトス・ファミリアの女性陣達のベルへの感情は大きく変化していた。

 アマゾネスという種族は元来強いものに惹かれるという性質があるのだが、それは冒険者となった女性(・・・・・・・・・)も比較的、同じものと言える。

 その理由としては、ステイタスの付与によって、彼女達自身そこらの男よりも強くなってしまうためである。

 いざ、付き合い始めてみたものの、一緒にダンジョンに潜った際に、逃げ惑う男の姿を見て幻滅したり、結婚してからダンジョンに潜って同じような光景を見て離婚を決意する女性も少なくない。

 相手の想像を越える駄目なところを見て無理と感じることは女性も男性も同じではあるのだが、ダンジョンが原因で別れる離婚する原因になるのは男性の方が多かったりする。

 一般的に《ダンジョン離婚》などと、それは呼ばれているが、現在ではそれは死語になりつつある。

 そんな事例もあってか、柔な男ではなく真に強い男の冒険者が目の前に現れれば魅力的に思うのは当然であった。

 しかも話してみれば、その柔らかい物腰と雰囲気に女性は更に魅せられてしまい、つい最近破局してしまった女性冒険者はかなり強く惹かれてしまっている。

 つまりは、ベル・クラネルという男性冒険者に惚れてしまった女性冒険者が彼に群がっているというのが現在の状況であった。

 その人数は軽く二十人を越えており、未だに増え続けている。

 朝っぱらから積極的にも程があるが、女性冒険者には肉食系が多いと言われているので、そこはあまり疑問はなかった。

 まあ、流石に朝から盛る(・・)のはどうかと思われるが。

「あ、飲み物が無く______」

『はい、どうぞ!』

「ああ、どうも......」

 女性陣に一斉に差し出される大量のフルーツジュースにベルは流石に目が点になってしまっていた。

 ちなみにフルーツジュースはとても美味しいのだが、こんなに飲んでしまえば胃がどうなってしまうかは言わずもがなである。

「......それはリリの役目なのにそれはリリの役目なのにそれはリリの役目なのに」

 虚ろな表情で同じ言葉を繰り返すリリルカの手には、ベルに差し出すはずであったフルーツジュースがあった。

 まあ、群れる女性陣のせいで隣に陣取ることが出来ないでいたので、渡せる可能性はほぼゼロに等しかったが。

「お、おう......リリ助。痛ましいぜ......」

 ヴェルフは流石に可哀想だと思いつつも、慰め言葉をかけようと思ったが、思いつかなったので何も言わなかった。

 まあ、言ったところでその慰めが通用するとは思えなかったが。

 取り合えず、そのフルーツジュースはヴェルフが飲むことになり、ジュースを持って虚ろな表情で同じ言葉を繰り返す少女は居なくなった。

 その代わり何も持たずとも虚ろな表情で同じ言葉を繰り返す少女は居たが。

「ていうか、流石に露骨にも程があるっていうか、ちょろ過ぎるでしょ......」

 あーやだやだと、ティオネは彼女達に少し呆れた視線を送る。

 しかし、逆に現在進行形でフィンに対してちょろインのお前が言うなと、周囲から呆れた視線を送られていた。

 ちなみにフィンは特に反応していない。

「......でも、ベル、本当に強かった」

「ちょっ、アイズさん!?」

 アイズのまるで彼女達に賛同するような言葉に、レフィーヤが即座に反応していた。

 いや、確かにあのティオナを倒したのは彼女自身凄いと思っていたし、戦いにレベル差なんて関係ないということを証明してくれたし、戦いが終わった後に気絶したティオナを抱き上げ、運んで来たときはとても優しげな表情を浮かべており、ちょっと格好いいなと思ってしまいもしたが、別にレフィーヤはベルのことは好きでも何でもない。

 むしろ嫌いであり、彼はアイズに迫る危険な男性冒険者筆頭なのだ。

 故にアイズの発言を見逃せるわけもない。

「ちっ......」

 そして、此処にもアイズの発言を聞き、舌打ちをする狼人が居た。

 彼がアイズに好意を抱いていることはほぼ周知されているのだが、それを指摘するものは僅かしかいない。

 何故なら、殺されかねないからである。

 最近、アイズの興味が噂の《光を掲げる者》へ向かっており、それがかなりベートを苛つかせている原因になっていた。

 まあ、それはアイズだけではないのだが、ベートに他のものの興味対象は全く以てどうでもいいことであった。

 自身の好きな人が、他の相手のことをよく話しているのを聞いたらそれは心中穏やかではなくなってしまうだろう。

 ベート自身、ベル・クラネルという冒険者の実力は昨夜の戦いで否応にも理解出来ていた。

 あのベートが間違いなく強い(・・)と、認めざるを得ない程に。

 それも含めて、ベートの機嫌はかなり悪くなっていた。

「......ところで、その当のティオナさんはどうしたんすかね? こんなの見たらぶちギレそうっすけど」

 恐る恐る、そう口に出したのは、ロキ・ファミリア所属のラウル・ノールドであった。

 昨日、フィンにダンジョンでの功績を褒められ、ティオネに殺られそうになった彼であったが、ベルとティオナの戦いにより、うやむやになったことでベルへの好感度は何気に高かった。

 かなり、一方的ではあったが。

 そんな彼が、この場にティオナの姿がいないことを疑問に思い、恐る恐る口に出したのだが、瞬間ティオネはかなり微妙な表情を浮かべる。

「え、いや。だって、昨日の傷は万能薬(エリクサー)で完治したんすよね......? それなら何で此処にいないのかなって......」

 何か地雷を踏んでしまったのかと焦るラウルであったが、その通りであった。

「......あー、あの娘ね。確かに傷は完治してるわよ。一番酷かった右腕の骨折も問題ないし、もうモンスターと戦っても差し支えない程にね」

 だけどあの馬鹿、そうティオネは続けると深い溜め息を吐いた(・・・・・・・)

 しかし、その表情は同時に明るくも見えた。

「え、え? どういうことっすか?」

 全く理解出来ないと、頭上に疑問符を浮かべるラウル。

 それはこの場にいる他のもの達も同じであった。

「あー、ラウル。女性には色々あるんだよ」

 だからそれ以上は言及しちゃ駄目だと、見かねたフィンがフォローに入る。

 直感で理解したのだろうか。

 益々意味が分からないとラウルは戸惑うことになった。

「......え、ティオナさん。何かあったんですか?」

 レフィーヤはまさかあの男のせいでと、怒りの炎を燃やしそうになるが、すぐにそれは鎮火することになった。

「......あの娘ね」

 ティオネは重くなっているその口をどうにか開き、しかし嬉しそうにこう言った。

 

 

 

「......恋をした(・・・・)みたいなの」

 

 

 

 

「ティオナ、大丈夫?」

 怪我人用のテント。

 そこの簡易ベッドで横たわるティオナに、ティオネはそう呼び掛けた。

 あの戦いの後、気絶したティオナは当のベルによって、ここまで運ばれていたのだ。

「......」

 しかし、その当の彼女からは全く反応がなかった。

 毛布にくるまったまま、まるで冬眠中の動物のようである。

 担ぎ込まれ、直ぐ様万能薬を飲ませたため、既に傷は完治している。

 彼女であれば、もう歩き始め、そこらで三点倒立を決めても全くおかしくはなかった。

 それなのに、今の彼女はそんな様子を全く見せていない。

「......ベルと戦えるからって、気合い入りすぎよ。見てすぐ分かったわ」

 ティオネは軽く溜め息を吐くと、毛布から出てこないティオナへそう諭すように言った。

「まあ、あのベルの体術、あんたが動けなくなる程のものだったんでしょう? そこは初見だから仕方ないってところはあるでしょうけど、油断し過ぎ」

「......」

「それに、最後のあんたの一撃。あれはやり過ぎじゃないかしら。ベルのこと、殺す気だった(・・・・・・)でしょう?」

「......」

「でも、一撃もよく分からない防ぎ方(・・・・・・・・・・)された挙げ句に、無様に負かされて......」

 ティオネの駄目出しは続く。

 アマゾネスである彼女達は戦いにおいて一切の妥協はない。

 こうやって、相手関係なしに敗北してしまった場合、慰めや励ましではなく、来るのは駄目出しや説教であった。

 戦いに生きるアマゾネスという種族であるが故に、敗北とは本来(・・)自身の死を意味しており、それが今、ファミリアに所属しているとあれば、仲間の死も意味してしまうことにもなってしまう。

 例え、それが殺しを禁じた模擬戦形式のものだったとは言え、彼女にとって敗北に変わりはなかった。

「だから、さっさと起きな______」

 

 

 

「......気持ちよかったの」

 

 

 

「はっ......?」

 毛布から顔を半分出すティオナはぽつりとそう呟くように声を出した。

 思わずティオネは、間抜けな表情を浮かべ固まってしまう。

「......ベル君に、触れられた(攻撃された)ところがね、疼くの。熱くて熱くて、苦しいくらいに」

 目がとろんと朧気で、頬も赤く上気しているティオナ。

 息苦しそうに言う彼女に、ティオネはある既知感(・・・・・)を覚えた。

「......私、分かったの。幸せってこういうこと(・・・・・・)を言うんだなぁって」

 

 

 

______好きな人に傷つけられることが、こんなにも幸せなことだなんて。

 

 

 

 今まで生きてきた中で初めて彼女が実感出来た、自身の本性を理解するに至ったという証の言葉。

 《傷つけられたい》という彼女の底にあるもの(・・・・・・)が、溢れていた。

「......ねえ、ティオネ。私どうしよう。ベル君になら殺されてもいい______ううん。ベル君に無茶苦茶にされて死にたいなんて思えるようになっちゃった」

 今にも泣き出しそうな、しかし同時に嬉しそうな、そんな表情を浮かべ、ティオナは乞うようにそう言った。

「ティオナ......」

 どこか沈痛な面持ちのティオネ。

 困惑する妹に、自分はどう答えるべきか迷っているような、そんな表情だ。

 数瞬、考える様子を見せると、ティオネはゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「それはアマゾネス()として当然の感情よ」

 

 

 

「えっ......」

 今度はティオナが間抜けな表情を浮かべることになった。

 まさか、肯定されるとは思ってもみないことだったのだ。

「私もアマゾネス()だもの。その気持ちは分かるわよ」

 彼女にはティオナの気持ちが痛いほどに(・・・・・)理解出来ていた。

 この世界で一番と言える程に好きな男がいる彼女にとって。

「私も団長になら何をされても良いと思ってるし、勿論死ねって言われたなら喜んで死ぬつもりよ。あんたはどう?」

「わ、私もベル君になら何されても良いって思ってるし、死ねって言われたらそりゃあすぐに死ぬけど......でも、出来れば______」

 

 

 

『殺されたいね(わね)』

 

 

 

 姉妹の気持ちは一つだった。

 ただ好きな男の手の中で命を終えたいという願望。

 彼女達の根底にある渇望はよく似ていた(・・・・)

 いや、一緒と言っても過言ではなかった。

「私も昔、ティオナみたいに戦ったことあるけど......」

 そう言うと、ティオネは徐に衣服を脱ぐと、その大きな胸を露出させた。

 たわっと揺れるその胸部に、ティオナは一瞬目が虚ろになるが、すぐに彼女が衣服を脱いだ理由に気付いた。

「この傷は、その時につけてもらった傷」

 ティオネは両手で胸の谷間を開くようにすると、そこには刺突痕のようなものがあった。

 まるで、槍で突かれたような(・・・・・・・・・)傷だ。

「それって......」

「そう。団長が私に()を向けてくれたの......」

 羨ましいと、ティオナは溢れそうになった。

 あのフィンが、槍を抜くようなことは滅多にない。

 それは即ち、彼が全力を出す以外に以て他なかった。

「練習用の木槍だったけど、それでも私は嬉しかったの。団長が私の為に槍を振るってくれたことが」

 ティオネは愛しげにその傷を見つめていた。

 まるで宝物のように、見つめるその姿は妹のティオナから見ても綺麗だった。

「この傷だけは絶対に消したくなかったから、必死に隠したわ。滅茶苦茶痛かったけどね」

 その時のことを思い浮かべるティオネの表情は酷く懐かしそうだった。

 羨ましい。

 そんな暖かい思い出(・・・・・・)があるなんて。

 また、ティオナは溢れそうになった。

「ほら、あんたの傷を見せなさい」

「ちょっ......」

 ティオネは半裸のまま、毛布を剥ぎ取ると、そのまま衣服も強引に剥ぎ取った。

 流石に完全健康状態の姉には敵わないのか、抵抗も意味をなさなかった。

「......なんだ、ちゃんと残してるじゃない」

「もうっ......見ないでよ......」

 晒されたティオナの胸部中央には、何かに打たれたような傷が残っている。

 それは間違いなく、ベルが最後に放った全霊の一撃、"絶紹"によるものだった。

 ティオナは、何故これを残しているのかと問うた。

 まあ、その理由は分かっているようなものであったが。

「......だって、この傷が一番暖かくて、一番気持ち良くて、一番ベル君の側に居れる(・・・・・・・・・)傷だったんだもん」

 全く同じだと、ティオネはやはり姉妹なんだということを実感した。

 人にとって一番重要な部位、心臓。

 そこに最も近いのが、愛するものからの全霊の一撃による傷であれば、まるでいつでも一緒に居れるような気さえなれた。

 当時のティオネは嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのだ。

 今は落ち着いてはいるが、そんなティオネと今のティオナは瓜二つと言って良い程であった。

「......そう。なら、さっさと寝なさい。朝起きたらベルのところに行くんでしょ?」

「......分かってるよ。でも、あれなの。多分、ベル君を見たら抑えきれなくなっちゃうかも......」

「......そこはまあ、耐えるしかないわね。私もキツいけど耐えれてる(・・・・・)し」

 ティオナはこの時、姉の凄さを理解した。

 この理性の枷を破壊しかねない程の本能を、封じ込めて(・・・・・)常日頃、フィンと接しているのだ。

 自分であれば、すぐにでもベルにそれ(・・)をぶつけたいところであると、自身の甘さに気付くティオナ。

 本能に身を任せるのは獣だけだ。

 自分は女であり、人であるのだ。

 そんな醜態を惚れた男に晒すわけにはいかなかい。

「だから、頑張りなさい。ティオナ。ベルが弟っていうのは吝かではないわ」

「うっ......ティオネってば......それはフィンを私のお兄ちゃんにしてから言ってよね」

「......まあ、見てなさい。今にでも団長を私の旦那様に迎えてやるんだから」

 明日への不安を抱える妹と明日への希望を抱える姉。

 そして、決意を固める姉妹。

 その決意の先にいる男をものにする(・・・・・)のは困難を極める道になりそうである。

 しかし、そんなもの彼女達には全く関係のないことで、何時しかきっとその答えに辿り着くことになるだろう。

 どう転んだとしても、それが彼女達にとって、そういうこと(・・・・・・)なのだから。

 

 

 

 故に、ティオナ・ヒリュテとティオネ・ヒリュテは、人生最初で最後の恋をしていた。




ヒリュテ姉妹はクソM(限定対象)。
次回は割りと修羅場予定(仮)。

追記
お気に入り数9000件突破ありがとうございます。


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#46

修羅場なんて書けないよぉ......
&
早く話しを進めたいよぉ......


 ロキ・ファミリアのキャンプ地。

 そこでは、明日の出発へ向けての準備がせっせと行われていた。

 率先して行っているのは新人を主とした所謂下っ端の団員で、こういう雑用をやるのはどこの組織も皆、新入りがやるのが常である。

 その忙しい喧騒の中、明らかに色の違う場所(・・・・)があった。

「しかし、《迷宮の楽園》って本当綺麗なところですよね」

「......」

「初めて来ましたけど、凄くびっくりしましたもん」

「......」

「あと、ダンジョンなのにモンスターがいないっていうのにも驚きましたよ」

「......」

「お店も物価が凄いですよね。あそこで買い物してたら、貯金がなくなっちゃいますよね」

「......」

「ロキ・ファミリアの方々にはお世話になっちゃいましたし。しかも、泊めてくれただけでなく、ご飯までご馳走になっちゃって」

「......」

「いやあ、本当に初めてのことばかりで良い経験になりましたよ」

「......」

「あ、そうそう。あっちにここの階層を一望出来るところがあるんですよ」

 ころころと世間話をするのはベルである。

 彼はとても楽しそうに話している。

 新しいことを体験したら、無償に人に話したくなるのは当然のことと言えるかもしれない。

 一時間程前、甲高い絶叫と共に、《迷宮の楽園》入り口からすごい勢いで現れたある一行。

 その絶叫は最近よく聞く、同居人にそっくりであったため、ベルは食事中ではあったものの、抜け出した。

 実際は、あの状況から解放されたいという理由が九割程ではあったのだが。

 そして、案の定。

 そこにいたのは、自分がよく知る同居人_______の他にも知っている面子がたくさんいた。

 というよりも、大半は知っている面子であった。

 そこにベルの後を追いやってきたリリルカとティオナ。

 それに加えてティオネやアイズ、レフィーヤが更にやってきた。

 前者はベルについてきたというのが理由であるだろうが、後者は単純な興味だろう。

 レフィーヤはアイズが行くからと嫌々ついてきたらしく、滅茶苦茶嫌そうな顔をしていたが。

「それでですね_______」

『......』

 身振り手振りを交えながら、周りにいる六人の女性(・・・・・)に話しかけているベルであったが、一つおかしなことがあった。

 分かると思うが、ベル以外の面子が皆、沈黙しているのだ。

 彼を除いても、六人も人数は居るのに、その誰もが一切ものを喋らない。

 一触即発、臨戦態勢、見敵必殺(?)、そんな言葉が浮かんでくる光景だ。

 

 

 

「何あれ。何であそこ、あんなにも禍々しいの?」

 

 

 

 その光景を遠目で見ている誰かが言った。

 歪んでいる。

 明らかにあの空間だけ、尋常ならざるものと化している。

 モンスターの巣窟と、文字通りのこのダンジョンで、その住人たちよりも恐ろしいというのは一体何なのだろうか。

 あれは直視していいものではない。

 身体にも悪い。

 精神的にも悪い。

「......あんな中で、何故《光を掲げる者》は、あんなに平然としているのか。肝が据わっているのにも程があるだろう......」

「いや、もしくは只の大馬鹿者なのかもしれな______」

 

 

 

 瞬間、男性冒険者の頬を何かが掠めた。

 

 

 

「_______いと思ったが、肝が座ってるんだろうな! 大分! うん! 絶対そうだ!」

 この冒険者はLv:3であり、もう少しでLv:4になるという程の力を持っているのだが、それでも反応出来ない速度での小石の投擲。

 一体、誰が投げたのか。

 候補としては、アマゾネスかエルフ、ヒューマン、犬人(シアンスロープ)の誰かだと思われるが、あの修羅達の中なら誰だとしても、ありえる気がしてならない。

 先程まであんなにベルにお熱だった女性陣もすっかりあの空気に呑まれ、萎縮してしまっている。

 触らぬ神に祟り無しとは極東のある国の言葉ではあるが、正しくその通りだろう。

 まあ、この六人の中には本当に女神がいるのではあるが。

 ちなみに、フィンを含めた幹部達は早々にこの場を去っている。

 揉め事の香りがしたからである。

 大半は苦笑しつつドン引きの退散であったが、一部のものは思うところがある引きであった。

 アイズは興味津々にこの修羅場を観察していたが、目に毒と、レフィーヤに連れていかれていた。

 ベートはクソうぜぇと言いながら、そのまま何処かへ。

 ティオネは一人だけ笑顔で親指を立てて、頑張りなさいと妹へ激励を送っていた。

 例え周りの邪魔者達をぶち殺してでも奪いなさいと、最高の追伸をつけてだ。

「頑張れー!! リリ助ー!! 負けんじゃねえぞ!!」

 そんな中、ヴェルフは酒盛りをしながら、小人族(パルゥム)の少女へ応援を飛ばしていた。

 無論、この応援の最中、ヴェルフの元へは高速で大量の小石が飛来していたのだが、全てを回避もしくは弾いていたために全くの無傷であったが。

 女性陣から舌打ちが聞こえた。

「でも、どうして四人がいるんですか? というかヘスティア様。神様って確かダンジョンに入るの駄目じゃありませんでしたっけ」

「うっ......それは......」

 痛いところを突かれたのか、今まで沈黙していたヘスティアはベルから目を反らしていた。

 額には汗が見える。

「......怪物進呈(パス・パレード)されたって聞いたから」

 沈黙していたナァーザがそう言うと、絶対零度の視線を後方にいる人物達へ向けた。

 そこにはタケミカヅチ・ファミリアの三人、桜花、命、千草がいた。

 三人は気まずそうな表情を浮かべていて、ベルを見ていた。

 ベルはへえと、一瞬だけそちらに目を向けると笑顔で軽く手を振った。

 手を振られた三人は困惑と言った表情で固まってしまっていたが。

 その後、すぐに視線をナァーザに戻したが、その笑顔は一切消えていた。

「......クラネルさん、ご無事で何よりです。安心しました」

「リ......ええ、まあ。無事も何も、別に危険だとも思ってませんでしたしね」

 一人だけ、フードと口許を隠している女性が居り、ベルは口にしかけたその名前を言うのを止めた。

 顔を隠しているのには理由があるのだろうと推測したからである。

 彼女、リュー・リオンは何かを問題を抱えている。

 それを紐解くのは今ではない。

「......その様子を見る限り、怪我はないようですが。一応......大丈夫ですか?」

 アスフィはかけている眼鏡を弄りながら、別に心配などしてないという体を装っているが、明らかにその表情は真逆のものであった。

「ええ、怪我なんて負ってませんよ。全く心配性ですね、アスフィは」

 にこにこ笑いながらそう言うベルに、アスフィは違います! と強めの口調で言い切った。

 その頬は赤く染まっており、図星を突かれたことを証明していた。

 可愛いなぁと思わず口に出した瞬間に、周りから殺気が飛んできた。

 勿論、ベルは無視していたが。

「ねぇ、ベル君。この女た......この人達は誰なのかな?」

 すると、ティオナは閉じていた口を開いた。

 不自然なくらいに笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。

 どうしたのだろうか、別に女性の知り合いがいたところで問題ではないだろうにと、ベルは分かっていて(・・・・・・)そんなことを考えていた。

 というか、自分の交友関係にはあまり口を出さないで欲しいなと。

「ああ、そうですね。彼女達は僕の......友達で_______」

 なるべく言葉は選んだつもりだ。

 いや、それしか言い様がなかった。

 勿論、人によって(・・・・・)は不快感を得るだろうというのは理解していたが、まさかここまでとは。

 ナァーザは弓を構えると劇薬《レギア》が塗布された矢を、アスフィは指の間に挟んだ四本の銀筒(ぎんとう)を、リューは《アルヴス・ルミナ》という聖木の刀をベルの喉元へ突きつけていた。

 次にそんな単語を宣ったらと、そう訴えている気がした。

「ベル君!? 君達は何をしているんだ!」

 彼女達のいきなりの蛮行に、ヘスティアは驚きを隠せないでいた。

 自分の唯一のファミリア団員が命の危機に瀕しているのだから止めずにはいられなかった。

「......気持ちは分かるのでリリは何も言えません」

 そして、リリルカは不機嫌そうな表情でプイッと顔を背けている。

 リリルカからしてみれば、ベルの言うことは絶対であり、彼が言うことは正しいことになる。

 しかし、それでもその括りにされるのは女性としては思うところあった。

 乙女の気持ちというのはこの世の何よりも複雑怪奇であるのだ。

「ふーん。そうなんだ。......ていうか、ベル君にそんなの向けるなんてさ_______ふざけてるの?」

 瞬間、ティオナからとてつもない殺気がベルへ武器を向けた三人へ、叩きつけられる。

 明らかにそれは脅しのものではなく、殺すぞという意思表示であった。

「......は? 何、君は? さっきからずっと気になってたんだけど_______ああ、《大切断》か。ぽっと出の空気の読めないアマゾネスはどこかへ行ってくれるかな」

 ナァーザの目は完全に据わっており、ティオナを害虫程度にしか思っていないだろう。

 向ける視線は同じく殺気に溢れていた。

「そうですね。貴女には全く関係のない話です。引っ込んでいてください。私はベルに話があるんです。貴女に用はありません」

 アスフィの言葉は鋭く冷たく、 もし質量を持っているのならばティオナを串刺しにしていることだろう。

 今、この面子の中で一番、ベルの言葉にキレていたのは間違いなく彼女であり、そういう言葉(・・・・・・)で片付けられるのは例え冗談でも嫌であったのだ。

「......私は只、納得がいかなかったからです。悪いですが(・・・・・・)、邪魔です、《大切断》」

 リューはベルのその言葉を聞いて何故か自分が怒っているということを理解したのだが、何故なのかは分からないでいた。

 友達というのは悪いことではない。

 だが、ベルにそれを言われるのはどうにも癪に障ったのだ。

 故にリューは今、目の前にいるティオナを邪魔者だと判断していた。

「......ぽっと出、引っ込んでろ、邪魔、ねー。あー......本当、そういうのうっざいなー」

 顔を俯かせ、ボソボソと何か呟くティオナ。

 よく見れば肩が震えていた。

「......あー。えっと。皆さん......?」

 どうしてヘスティアがダンジョンに入れているのか甚だ疑問であったのだが、目の前では何故か(・・・)友人の女性達がキレている。

 今、彼女達がキレている理由よりもヘスティアが此処に来た理由を知りたいベルはかなり面倒そうにこの場を静観していた。

 しかし、それはすぐに解消されることになる。

 

 

 

「まあまあ、君達も少し落ち着きなよ」

 

 

 

 如何にも軽薄そうな男の声が木霊する。

 この状況下で、ここに入っていけるなど、余程の強者か豪胆なもののどちらかだろう。

 ベルですら、もし他人事なら絶対に入りたくない状況だ。

 それなのに入っていけるこの男は誰なのだろうか。

「......社長?」

「やあ、ベル。無事で何よりだ。しかし、相も変わらず、全く君は、本当にもうあれだねぇ」

 天界のトリックスター、ヘルメス。

 ベルの元アルバイト先である運送屋《タラリア》の社長であり、ヘルメス・ファミリアの主神である神格だ。

「ヘルメス......」

「ヘルメス様?」

 ヘスティアとアスフィは、此処に来た瞬間に姿を消していたヘルメスを見ると、驚いた表情をしていた。

「さて、君達。こんなところで無益な争いなんて下らないと思わないかい? そんなことよりももっと有益なことをしようじゃないか」

 ヘルメスは両手を左右へ広げるようにして、彼女達を見渡した。

 彼の動作一つ一つが、神に対して敬意を払うべきにも関わらず、彼女達は鬱陶しいと、そう感じてしまっている。

 ヘスティアとアスフィは普通にうざいなと顔に出していたが。

「......ああ、社長が関わってるならなんか納得ですね」

「ははははっ。ベルは僕を何だと思ってるんだい?」

「ええ、勿論、尊敬してますよ?」

「棒読み、ありがとう。まあ、ベルの言う通りで、概ね(・・)その通りだけども、ね」

 ヘルメスはそう言って、ヘスティアの方を見た。

 何やら意味深な視線を向けている。

 向けられたヘスティアは、目を反らしていた。

「......ヘスティア様?」

「......あー! ううん! 何でもないから! ちょっと、ボクもダンジョンに行ってみたいなぁって思っただけだから!」

 へたれたなと、ナァーザはジト目をヘスティアへと向けた。

 確かにあの言葉を本人の前で言うのは恥ずかしいものがあるだろうが、その誤魔かし方はどうかと思う。

「いや、それは流石に自由過ぎませんかね......」

 案の定、ベルは引いていた。

 神様なのだからその辺は守らないと駄目なのではと。

 それを聞いたヘスティアは心中、泣きそうになっており、本当のことを言えない自分が嫌になっていた。

「まあ、いいさ。それよりも、だ! 皆もここまで来るのに疲れたろ? 大分飛ばしてきたから、汗も掻いたろうし」

 だからとヘルメスは続け、この場にいる女性陣を見渡すと、にっこり笑った。

「実は此処には隠れた穴場の温泉があるんだよ」

 瞬間、女性陣の目はキラリといや、ギラリと光った気がした。

 温泉。

 というよりかは、身体を綺麗に出来る入浴施設というのは女性にとってかなり魅力的なものと言えるのではないだろうか。

 ダンジョンに遠征に行くと何日か風呂に入ることが出来なくなってしまうことは多々ある。

 それ故に、体臭などを気にする女性冒険者は香水などを常備するのは嗜みとも言えるようになってきていた。

 冒険者としての格が高ければ高い程、それに比例して高価な香水を持つようになり、香りだけでその冒険者がどれ程のレベルなのか分かってしまうものもいるらしい。

 ピンキリではあるが、家を買えたり、一等級武装よりも高価なものも存在し、ある種女性の憧れにもなっていた。

 ここにいる女性冒険者は勿論、全員が香水を所持しており、サポーターであるリリルカもかなり安価なものではあるが同じく所持していた。

 そこには、例え貧乏であろうとも少しでも切り詰めて香水だけは確保するというリリルカの涙ぐましい女性としての意地があった。

 最近ではベルという異性も現れ、尚且つその努力は研ぎ澄まされている。

 しかし、だ。

 それでも、目の前に入浴出来る環境があるのなら、それに越したことはないだろう。

 それにそのような乙女の事情を知られたくない相手もいるわけで。

 まあ、一つあるのは、ヘルメスが用意したというところに多少、いやかなり心配があるのではあるが。

 乙女達の心は既に決まっていた。

「さあ、どうか_______」

 

 

『行く(行きます)っ!!』

 

 

「_______なって、聞く必要もないみいだね。よし、じゃあ案内するから準備したら教えてね」

 温泉という誘惑にはやはり勝つことが出来なかった乙女達はすぐに入浴具の準備に足を運ばせる。

 瞬きした瞬間には、既にこの場にはいなかった。

 先程までの殺伐としたオーラはどこへ言ったのだろうか。

 まあ、女の子だから仕方ないよねとベルは心中を察していた。

「ん? どうした? こっちを見て。......もしかして、僕に惚れたかい?」

 あぁ、なんて僕は罪作りなんだろうと、陶酔しきった様子で自身を掻き抱き、言うヘルメス。

 かなりうざいものであったし、本音キモくもあった。

 しかし、神に対して流石にそれは言うことは出来なかったベルは心の中に留めて置くとした。

「......社長ほど、善意という言葉をそのまま信用出来ない神はいないなあと思いまして。あと、別に惚れてませんから。僕は女性が好きなので、取り合えず性別を変えてから出直して来い」

「あれ? 最後口調変わってない? まあ、別にいいけどね! というか、性別変えたら良いって、本当に見境ないよね......」

「見境ないはともかくとして、別に良いとは言ってないですけどね」

「そこは否定しないのかい......」

「まあ、否定できませんから」

 ベルは天井(そら)を仰ぎ見る。

 広がるのは偽りの空。

 《偽天(そら)》である。

 偽物とは言え、地上の空と何ら変わりはない。

 見上げた理由などは特にない(・・・・)が、ふと見上げてしまっていた。

 その先には《偽天》の中央、つまりは巨大なクリスタルが天井から生えている場所がある。

 夜間に貯めた魔力を光として放つそれは直視するだけでもかなり眩しいものであった。

「......あーあ。嫌だ嫌だ。ベルがそんな顔するときって大抵悪いことしか起きないんだよね」

「それも否定はできませんが、今回は社長が原因なんじゃありませんか?」

「へぇ、何でそうなるのさ......?」

「勘ですよ、勘。......まあ、余計なことはあまりしない方が良いですよ、ヘルメス(・・・・)。アスフィを悲しませることはしたくないですから」

 ベルの瞳に光彩はなかった。

 そこには明確な殺意が現れており、手を出せば容赦なく殺す、そう訴えていた。

「怖いねぇ、ベル。神に対してそれを言ってのけるのは君くらいだろうね。......安心しなよ。今回、僕は君に手を出していないから。というか出せない(・・・・)からね。保証するよ」

「......保証するなんて言われても、信用できると思ってるんですか?」

「それじゃあ、君のところの神、ヘスティアに誓うよ」

 ベルはその名前を出され、一瞬詰まると、大きく息を吐いた。

「......別にヘスティア様に誓っても意味は無いと思うんですけど」

「いやいや、意味はあるよ。何たって君が一番信用している神だろう?」

 それを言われてしまえば、ベルは何も言うことは出来なかった。

 実際、ヘルメスの言う通りであり、彼女に誓われてしまえば、信用せざるを得ない。

 ただし、そう誓った上で嘘を吐けば、どうなってしまうかは言わずもがなである。

「あー、もういいですよ。分かりました。信じますから。......何か、やりづらいなぁ」

「ありがとう、信用してくれて。そうだベルもどうだい、温泉。あそこには男湯もあるからね。何なら、混浴でも良いんじゃないか? 彼女達なら歓迎しそうだけど」

「それは多分ウィリディスさんに殺されますけど。......男湯の方なら行きますよ」

 ティオナのことだから、レフィーヤ達も誘うだろうという安易な予想ではあるが、間違いなく彼女達も来るだろう。

 風呂とはそれほどに魅力的なものであるからだ。

「了解。一名様ご案内、だね」

 ベルの言葉に、ヘルメスは満面の笑みを浮かべ頷いた。

 まあ、この後どうなるかなど、ベルには完全に予想がついていたので、少し億劫だとまた溜め息を吐くことになった。

 

 

 

 

 

「へ、へへ変態!!!」

「あーあ、やっぱりこうなったかー」

 そして、案の定。

 ベルはヘルメスの策略に引っ掛かってしまい、女湯のど真ん中にいた。

 入り口までは別だったのだ。

 いざ、脱衣スペースを抜けてみれば、柵などはなく、あるのはただ一つの広い温泉と肌色の美しき華々であった。

「あ、アイズさん! わ、私の後ろに隠れてください!! あの男の不埒な目線に汚される前に!」

「......?」

 そう言って、レフィーヤはきょとんとしているアイズを自身の後ろに隠すと、威嚇するようにしてベルを睨み付けた。

 さながら、子供を守る親猫のようだ。

「あのときの模擬戦で少しは見直したと思ったら、やっぱりですか! この変態、ド変態っ!」

 レフィーヤは混乱する頭の中で、ベルへ罵倒を続けている。

 まだ湯に浸かってもいないのに、その顔は真っ赤であった。

 いや、それよりも生まれたままの姿を晒していることはいいのかと、ベルは疑問に思っていた。

 無論、目は既に反らしてはいるのだが、手遅れであり、レフィーヤの裸体が完全に脳裏に焼き付いてしまっている。

 いくらタオルで、隠してはいようとも、それほどきちんと隠しているわけでもなく(女性しかいないだろうという油断だろうか?)、更にベルとの不意の遭遇により、驚いたのだろう、タオルは床に落ちていた。

 不可抗力にも程があるが、こうなった場合、確実に悪いのは男性であるので、その怒りは重んじて受け止める所存であるベルであった。

「べ、べべべべベルくんっっっ!??!? 駄目だよ! いくら君とは言え、こんなところでっ!?」

 呂律が回らず、何かを宣っているのはヘスティアである。

 風呂場だからだろう、いつもはツインテールに結っている髪も下ろし、大人びて見えた。

 そして、そのトランジェスターグラマーと言える、破壊力抜群の凶器(バスト)

 直で見るのは初めてではなかったが、やはり凄かった。

 というか、凄い以外の感想が出てこなかったベルであった。

「ベル様!? ここは女湯のはずでは!?」

 リリルカはタオルで下半身を隠しているとは言え、裸体のベルとの遭遇に、顔を真っ赤にさせている。

 両手で顔を覆ってはいるが、その隙間からはちらちらと視線が流れていた。

 スタイルに関しては、実は小人族(パルゥム)の中では良く、それなりに胸も大きいリリルカ。

 ベルの視線もすっかりそちらに流れている。

「......いや、確かに男湯の入り口から入ったから、元から混浴なんじゃないかなって。あ、多分というか、絶対社長の仕業だと思うよ」

「......ヘルメス様。後で半殺_____」

 レフィーヤやリリルカとは違い、冷静な様子のアスフィは、タオルで最低限隠されてはいるものの、ちらちらと肌色の何かが見えてしまっている。

 何やら後半物騒なことを言ったような気がするアスフィであった。

「......何、見てるんですか」

 タオルを伸ばし、精一杯その肢体を隠すアスフィ。

 その表情は少し赤くなっていた。

 一体、その布の向こうを何度見たかも分からない程に熟知している(・・・・・・)ベルは目を瞑っても、容易に想像することが出来る。

 標準装備は並みではあるが、冒険者であるが故にその肉体は引き締まっており、肌も白百合の如く白く、綺麗である。

 眼鏡も外しており、ギャップを感じ、なおのこと新鮮に感じる。

「うわぁ! ベル君凄い鍛えてるんだね!」

 ほぼ全裸のベルにテンションが振りきれそうになっていたティオナであったが、その鍛え上げた肉体を見て、さらにテンションが上がっているのか、上腕二頭筋や大胸筋、腹筋の辺りを触り出している。

「......ティオナ。すごいくすぐったいんですけど」

「え......こんなに硬い。男の人の、私、初めて......」

 何故か顔を赤らめ驚いているティオナは、大胸筋の辺りを触っている。

 念入りにぺたぺたと。  ちなみに勿論、彼女は全裸である。

 アマゾネス故の奔放さだろうか。

 某所はかなり控えめではあるものの、引き締まった褐色の肉体が温泉の湯気で濡れ、酷く艶かしかった。

「へぇ、本当ねぇ。やっぱり凄い鍛えてるのね。どんなトレーニングしてるのかしら」

 今度は姉の方、つまりはティオネがベルの肉体に触れ始めた。

 そして、勿論。

 彼女も全裸である。

 妹とは対照的なグラマラスなそのスタイルは圧巻である。

 この場で彼女に勝つことが出来るのはヘスティアしかいないだろう。

 ヘスティアのもそうであったが、目に入ってしまったら見てしまう他ないだろう。

「あれ? ナァーザさんと、リュ_______あの女性は?」

 そう言えばと、ベルは辺りを見回すが、二人の様子が見当たらなかった。

 その途中、ばっちりと女性陣の裸体を再記憶するのは忘れていないところ流石ベルである。

「......二人なら水浴びに行きましたよ。まあ、事情が事情(・・・・・)ですし仕方ないですが、残念そうにしていました......色々な意味で」

「あぁ、なるほど」

 何故か微妙な表情を浮かべるアスフィの言葉に納得したベル。

 ナァーザに関しては、左腕(・・)のことがあるから仕方がない。

 あまり人に見せたいものでもないだろうし。

 リューに関しては、ここに来る際に顔を隠していたことを考えると、何か大きな事情があるのだろう。

 それでも自分を心配してここまで来てくれたことには感服する他ない。

 あとで、誰も来させないよう、二人のためにこの温泉をセッティングしてあげようと誓うベルであった。

 その辺に関してはヘルメスを使えばどうとでもなる算段なので問題はない。

「あと、あの二方も見当たりませんね。あの大きな男の人もそういえば居ませんでしたし」

 ベルが言ったのは、タケミカヅチ・ファミリアの三人のことである。

 やたら、自分を見る目がびくついていて、若干鬱陶しいと感じ始めたくらいには、気になっており

「やるべきことをやってないから、入るわけにはいかないとのことでした......まあ、カシマさんに関してはそれで正解でしたね」

 アスフィから溢れ出る黒いオーラに思わず後退るベル。

 もし、彼女達の裸体をベル以外の男、例えばカシマ_______桜花が見た場合、温泉が鮮血で染まることとなっただろう。

 主にティオナやアスフィの手によって。

「......まあ、温泉から上がったら彼らの話、一応聞いて上げてください。ここまで頑張って着いてきましたし」

 反省しているようですとアスフィは続けた。

 全く以て一体何のことかベルには分からなかったが、取り合えず分かりましたと頷いておいた。

 女性との会話(トーク)は肯定で始まり、肯定で終わる、そう祖父から教わっている。

 ちなみに他にも、話に関心を持つことも重要である。

 あと、褒めるのも忘れてはいけない。

 『そうなんだ』、『興味ある』、『凄いね』。

 これを軸に会話を回せば何も問題はない。

 彼の祖父の尊い教えであった。

「と・い・う・か!!! 貴方は何時までここに居る気ですか!?」

 何時までもしれっとここに残っているベルに、遂にレフィーヤの堪忍袋の緒が切れたらしい。

 いや既にキレてはいたが。

 全裸で怒る女の子とはなんとも言えない。

「あーそういえばそうですね。じゃあ、僕一旦上がりますね」

「えー! 一緒に入れば良いじゃん! ねー?」

 ティオナはベルの反応を聞くと、やはりそう提案し、周りに意見を伺った。

 いつの間にか、ある程度は仲良くなってはいるのだろうか。

「別に私は構わないわよ?」

「私も、別に......というか、今さら裸くらいでは」

「......どうしたの? レフィーヤ? 」

「り、リリも大丈夫ですっ! ......ベル様の裸」

「一緒にお風呂くらい家族なら普通だし、ボクは別に ......たまに一緒に入ってるし」

 全員、強心臓というか。

 女性としては、かなり豪快な精神をお持ちらしい。

 ここが開放的な空間だからだろうか。

「何で、私がおかしいみたいになってるんですか!? というか、今、聞き捨てならない発言が聞こえた気がしたんですけど!!」

 ああ、これは面倒くさくなってきたなと、ベルは思い始めた。

 余計な言及をされて、これ以上レフィーヤに何か言われるとまた先のような暗黒空間になりかねない。

 故に勿体無くはあるが、選択肢は一つである。

「いえ、上がりますよ。皆さんで楽しんで下さい。僕はまた今度入りますから」

 ベルはそう言って、踵を返すと、入り口へと足を進めていく。

 後ろからは残念そうにする声が聞こえてくる。

 まあ、嫌がる人がいるというのに、無理に入ることもない。

 その方がお互いのためにもなるだろう。

「......あ、そうそう。一つだけ」

 これだけは言っておきたかったと、ベルは振り向いた。

 無論、眼前に広がるのは肌色の華々。

 その行動に女性陣は全員、首を傾げている。

「実は先程からあそこの木の上に社長いますよ」

「ちょっ!? ベルっ!? 裏切っ_______」

「貴方はいつもいつも......! お仕置きです!!」

 アスフィの手から放たれたのは、どこに隠し持っていたのか、一本の銀針(ぎんしん)

 それは真っ直ぐにヘルメスの首元へと向かい、突き刺さる。

「_______たなガフッ......」

 ドサリと音を立てて、茂みへと落下するヘルメス。

 まるで、南国の島国に自生する熱帯植物の果実のようである。

 結構な高い位置からの落下であり、見たところ受け身も取れていないようなので、割りと洒落になっていないかもしれないが、まあ、ヘルメスなら大丈夫だろう。

「裏切ってませんよ。......ていうか、何を打ったんですか?」

「中層程度のモンスターであれば、瞬時に眠らせられる麻酔です。下層のモンスターも一部であれば、可能です」

「いや、それは人というか神というか......とにかく相手に向けるものじゃ......」

 アスフィの言葉にベルだけではなく、他の面子も戦慄を覚えていた。

 それほどの劇薬を打ち込んだというのだろうか。

 いくら神とは言え、地上に降りたことにより、ほぼ人間と同スペックにまで力は落ちている。

 そんな状態では、流石に危ないのではないか。

「安心してください。これでもかなり希釈していますので。これくらいした方が良い薬になるでしょう」

 アスフィのその目からは苦労が滲み出ている気がした。

 あのヘルメスに、ついているのだ。

 その苦労は並みではないだろう。

 リヴェリア辺りと仲良くなれそうだと、そんなことをベルは思っていた。

「じゃあ、僕は社長の回収行ってきます。あ、ゆっくりしてって下さいね」

 今度こそ、ベルは温泉を後にする。

 全く以て、予想通りの展開になってしまったが、かなり目の保養になったので、まあ良いだろう。

 ベルはそんなことを考えながら、更衣室にて衣服を着ている。

 

 

 

「きゃああぁぁぁぁぁ!!!?!」

 

 

 

「......あ、やっと気付いたみたいだ」

 ふと、風呂場の方から甲高いエルフの悲鳴が木霊している。

 どうやら、漸く嫌いな男の前で全裸を晒していたことに気付いたのだろう。

 いや、遅すぎにもほどがあると思ったが、もしあの場に居たのなら、ビンタの一ついや、三つくらい飛んできてもおかしくはない。

 ホッとするベルであったが、次に会ったときのことを考えると少し鬱になっていた。

 まあ、レフィーヤ以外は全然気にしている様子もないので、その辺りは心配ないだろうが。

 取り合えず、魔法の一つは飛んできてもおかしくないので、構えておくことにしようと誓ったベルであった。

「さて、と。社長は_______あれ? 社長?」

 ヘルメスが撃墜した場所に来てみると、そこには誰の影も見当たらない。

 まるで、最初から何もいなかったかのように。

「......まあ、別にいいか。二人を探してみようかなぁ」

 ヘルメス回収を早速忘れて、ナァーザとリューを探してみようかと思案するベル。

「......流石に見つけるのは至難過ぎるな」

 水浴びをしているから、水辺の側にいるというのは確かだろうが、些か候補がありすぎる。

 18階層は広い。

 一日では到底回り切ることは不可能だ。

 別に、ナァーザとリューを見つけたからどうするというわけではない。

 ただ、その二人以外には遭っているので何となくである。

 まあ、ナァーザはともかくとして、リューは裸を見た瞬間に首を狙って来そうだと、ベルは想像していた。

「......取り合えず、キャンプに戻ろう。暑いし」

 温泉という湿度も温度も高いところにいたために、体内の水分は入っていないのにも関わらず、割りと持ってかれていた。

 その為、少し喉が乾いたのであの美味しいフルーツジュースを頂こうと、そんなことを考えながら、ベルは来た道を戻り始める。

 恐らく頼み込めば、彼女達(朝食時に絡んできた女性冒険者達)は喜んでくれるだろうと、そんな魂胆だ。

 結局、予想通り喜んで彼女達はフルーツジュースをくれたのだが、何人もの女性冒険者が殺到し、尋常ではない量になってしまい、地獄を見るはめになるのだが、それを見ていたヴェルフが見かねたのか、助けに来たりしていた。

 さらに言えば、そこにラウルというやけにベルへ親しげに話しかけてくる男性冒険者も助太刀に入り、胃袋の決壊は免れた。

 

 

 

 そして、色々あり現在。

 ベルにとって、予想外の心的負荷(・・・・)が襲いかかることになる。

 

 

 

 ベルの前_______正確には、ヴェルフとリリルカを含めた三人の目の前には、土下座を決める女性冒険者(・・・・・・・・・・・・)と悲痛な面持ちでその後ろに立つ男女の冒険者がいた。

 

 

 

_______ああ、止めてくれ。

 

 

 

 ベルは最悪だと、そう心の中で呟いた。




お久しぶりです。
EXTELLAやゲーガイル、FGOをやっていて遅くなりました。
アルテラが可愛いのと、ゲームとOVAのいろはすが可愛いくて、どうにかなりそうでした。
あと、兄貴は無事スキルマ出来たので満足です。



と、まあこんなことはどうでもいいのです。



なんと、拙作『生きているのなら、神様だって殺してみせるベル・クラネルくん。』ですが、今日で一周年を迎えていました。

ふと、日付を見たら一年前の今日、これを投稿したことに驚きました。
ここまで書いてこれたのは皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。

これからも、遅筆ではありますが、拙作をよろしくお願いいたします。


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#47

新年明けまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


「本当に申し訳ありませんでしたっ......!!」

 天幕の中、響くのは少女の精一杯の謝罪の声。

 正座し、床に額を擦り付ける所謂、土下座を彼女_______ヤマト・命は先程からずっと行っていた。

 まあ、極東の最大謝罪体勢を知るわけでもなく、ただそれに困惑するばかりであったが。

 しかし、そこから伝わる圧倒的謝意は何事の追従も許さぬ程のものであり、事情を知らないものが見ても、ああこの人は申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろうなと分かる、というのが客観的に見た彼らの土下座(それ)の感想であった。

「......判断はベル様にお任せします」

 リリルカは、少し複雑そうな表情を浮かべそう言うと、ベルの方を見た。

 特に被害があったというわけでもなく、ただモンスターの群れを押し付けられただけだ。

 しかもそれらのモンスターの群れも、ベルにより無傷で全滅させられた。

 文字通り(・・・・)何もなかったのである。

 つまりは、被害を被ったものはこの場に誰一人いないことを証明していた。

「てかよ、女にここまで頭下げさせておいてお前は黙り込んでるだけかよ」

 おい、そこのお前だよとヴェルフは命の後ろに立っている男女の片割れである男、カシマ・桜花を睨み付けた。

 実際、ヴェルフが今、一番気に入らないのはこの桜花であった。

 どうして、一番表に立って謝るべき(・・・・・・・・・・・)お前がそこにいると。

「お前だろう、あの判断を下したのは」

「ああ、その通りだ。俺があの判断を下した。だが、あの時の判断を俺は間違えていたとは思わない」

 格上であるヴェルフの睨みに、桜花は臆すことなく、しっかりと見据え、言い切った。

 その目からは、ある種の信念というものが見受けられた。

 仲間を守るべく(・・・・)、自身がその憎しみを受け持つ盾となっている。

 それを聞いたヴェルフはそういう感じ(・・・・・・)かよと、溜め息を吐くと頭を掻いた。

 その言い方は明らかに誤解を招く上、そもそも彼らはベル達に言うべき言葉(・・・・・・・・・・)を言っていなかった。

 口に出すべきことはきちんと明確に表しておかなければいけない。

 それに自身の立場が低い状態で、その態度を取るのも悪手であり、普通であれば怒りを表してもおかしくない。

 色々と、彼らには欠けている。

「......なあ、旦那。どうするよ? 」

 最早、呆れて言葉も出ないといった様子で、ヴェルフはベルへと視線を移した。

「......はぁ。まあ、取り合えず、頭は上げてください。えっと、ヤマトさん?」

 ベルは溜め息を吐きつつ、今も尚土下座を敢行する命の頭を上げさせようと声をかける。

 目線をなるべく彼女に合わせるべく、ベルは片膝を着いている体勢だ。

「女性がそんな謝り方をするべきじゃないですよ。ほら、顔を上げて」

「し、しかし......っ!」

 それでも尚、命はひたすらに床へ頭を擦り付けている。

「いや、ですから_______」

「納得がいきません! 私達がしたのは他者を死へと追い込む行為! それをどうして、罰をも与えられず、納得出来ましょうか......!」

 話が進まないと思いつつも、素晴らしい程の正義感を持っているなと、内心ベルは驚いていた。

 ヤマト・命は間違いなく正義感の塊である。

 弱きを助け、強きを挫く。

 彼女の芯はそれに尽きた。

 常に善の行いを良しとする正真正銘の善人である。

 故に怪物進呈の際も、一番それを躊躇っていたのは彼女であった。

 確かに仲間は大事であり、助けられたことを後悔しているわけではない。

 むしろ、良かったことと言うべきだ。

 しかし、それとこれとは別の話である。

 仲間を助け、見ず知らずの他人を犠牲にしていい理由はどこにもない。

「命......」

 その様子を見た桜花は、複雑な表情(・・・・・)を浮かべ、彼女の名前を呟く。

 ここまで団長と団員の行動が真逆なものも端から見たら、逆に面白いとまで感じてしまう。

 彼らの心中がどうであるかは知らないが、考え方の違いなんだろう。

 まあ、団長の考えを読めずに、いきなり土下座をかますのはどうかとも思ってはいたし、その団長を肯定するわけでもないが。

 ベルはその様子を見て、もう一度大きな溜め息を吐く。

「_______えっと、ヒタチさん? お怪我はもう大丈夫ですか? 心配していたんですよ」

「......っ! は、はい......その、ありがとうございます(・・・・・・・・・・)

 突然、話し掛けられた少女、ヒタチ・千草はおどおどとしつつも、一言そう返すと、お礼をした(・・・・・)

 もし、あの時ベル達があそこにいなければ間違いなく千草はここにはいなかっただろう。

 今でも千草はそれを考えると、背筋がゾッとしてしまうのを抑えられなかった。

 すると、その様子を見たベルは少しだけ目を丸くして驚いた表情を浮かべ、笑みを浮かべる。

「はい、どういたしまして。でも、気にしないでください。あれは仕方がないことですから」

「仕方が、ない......?」

 ベルが今、見据えているのは千草だけ(・・・・)である。

 千草はベルの吸い込まれそうな深紅の瞳から目を反らせないでいた。

「勝てない相手がいるのは当然です。それに対し逃げるのも当然で、生きたいと思うのも当然で、策を講じるのも当然でしょう。ですから、仕方がないと言ったんです」

「っ! クラネルさん! それは!!」

 遂に顔を上げた命はベルのことを見上げて、反論しようとする。

 しかし、ベルの瞳に彼女は写っていない。

「僕はこう思っています。弱者(力なき者)を挫くのは強者(力ある者)。ならばそれは逆もまた然りでしょう?」

 千草はそれを聞いて、心臓がバクバクと大きく鼓動するのを覚えた。

 無論、それは悪い意味である。

 その言葉の意味は否応なしにも理解出来てしまう。

 しかし、それを理解してしまったら。

 

 

 

「_______貴方達(・・・)はとても弱い。ダンジョンに入ればそれこそ何時死んでしまってもおかしくない程に弱いです。ですから、貴方達は僕に(・・)守られて当然の存在なんですよ」

 

 

 

 その言葉に、タケミカヅチ・ファミリアの三人は言葉を失う。

 それと同時に何も言い返せないことにも気付いた。

「......っ!」

 そして、千草はベルから目を反らしてしまう。

 いや、反らさずを得なかった。

 圧倒的強者からの言葉に、何も言い返すことが出来ず、あのまま彼の瞳を見ていれば、確実に泣いてしまうと。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 そのような不様な姿を晒すわけにはいかなかった。

「だから、僕が欲しかったのは謝罪ではなく、先程ヒタチさんが言ってくれたありがとうの言葉なんです。......あ、もう結構ですよ。これ以降に言われても言わせたみたいですし、それに感謝の言葉は心から言ってもらわないと意味がないですし」

 そう言い切ったベルの表情は酷く冷たいものに見えた。

 ヴェルフが見ても、恐ろしい程に冷え切っており、それを向けられたらと思うと考えたくもない程だった。

「さて、これ以上何か言いたいことはありますか? 僕としてはもう結構なんですが、ヒタチさんに免じてあと一回くらいは受け付けますよ」

 ありませんよね、そう見回すように言うと、彼らが何も言ってこないのを感じ、パッと表情に笑みを灯した。

「_______さて、じゃあこの件はこれで終わりですね。さて、と。温泉でも行こうかな。さっきは入れなかったし。あ、ヴェルフはどうですか?」

「......おう。俺は後で入るわ。場所だけ教えてくれればありがたい」

「了解。リリルカはどうする?」

「そうですね。リリはさっき入りましたので、どうぞベル様はごゆっくりと」

 そうと、ベルは言うと温泉に入る支度をして、さっさと天幕を出て行ってしまった。

 残ったのはただ一つ静寂である。

「......まあ、とにかく。旦那の言った通りだ。お前ら少しは考えろ(・・・)ってことだよ。自分達のことしか考えてねえ」

 リリ助行くぞと、ヴェルフはリリルカへ声を掛けると、ベルへ続くように天幕の外へ出ようとする。

「行き過ぎた謝罪は不愉快になるし、まず最初に言うべきこと(・・・・・・・・・・)はあるだろうってことだよ。常識としてな」

 ヴェルフは入り口付近で、立ち止まると振り返りこう言った。

「特にお前だよ、木偶の坊(・・・・)。お前みたいなのが、リーダーとか笑えねぇよ。他と軋轢を生むような奴じゃあ、この先やってけねえぞ。力がないファミリアは特にな」

 彼から告げられる言葉。

 それは容赦なく桜花の心を抉りつける。

 それは間違いなく確信を突いたものであり、桜花は何も言えず、その場に固まってしまう。

「何れ、お前の大切なものを目の前で失う形になっても文句が言えなくなる」

 

 

 

 _______ダンジョン(ここ)はそう言うところだろう、馬鹿野郎。

 

 

 

 その場に残ったのは失意の中、全く動けないでいるタケミカヅチ・ファミリアの三人だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リヴィラの街、上空50M。

 空の"光"を構成する魔力を産み出す結晶。

 その魔力結晶が不自然に発光を繰り返している。

 まるで、何かをここに誘導しているかのようであった。

 ここより遠い世界、それは誘導装置(ビーコン)と呼ばれている。

 それはある召喚の儀式(・・・・・・・)に於いて、別の名前で使われている。

 

 

 

 

 

 "触媒"と。

 そう呼ばれていた。

 

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!』

 

 

 

_______そして、巨神がこの地下の楽園(アンダー・リゾート)に降臨する。

 

 

 

 最早、この大地、何も残りはしない。



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#48

 巨人ゴライアス。

 《迷宮の楽園》への道を阻む第十七階層を守護する第一の《迷宮の孤王》である。

 冒険者にとって、最初の難関であり強敵であるこのモンスターはある意味において、熟練者と初心者の境界のような役割を果たしていた。

 パーティで倒すことが出来れば一人前、一人で倒すことが出来れば晴れて上級冒険者の仲間入り。

 そういう線引きによくゴライアスは出されている。

 それでも、ゴライアスは《迷宮の孤王》。

 その力はここまでに出てきたどのモンスターよりも強い。

 戦えばミノタウロスの群れさえも一蹴する程の力。

 もし倒すことが出来れば、それは当たり前に賞賛されることであり、冒険者としても一皮剥けた存在になれるだろう。

 

 

 

 だが、今、目の前にいるゴライアスは一体何なのだろうか。

 

 

 

『■■■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 

 

 

 轟音とも呼べる咆哮は、衝撃波を生み、容赦無くリヴィラの町を抉り去っていく。

 ゴライアスは全長7M程であり、モンスターの中でも大型に分類される。

 しかし、現在町を蹂躙しているゴライアスは、その四倍以上の体躯(・・・・・・・)を誇っていた。

 大きさにして約30M。

 体皮も本来の灰褐色ではなく血を彷彿とさせる赤褐色へと変色している。

 あれは本当にゴライアスなのだろうか。

 少なくともこのような個体を確認されたことは一度もなく、情報は何一つない。

 分かるのは、これを放っておけば間違いなく《迷宮の楽園》は崩壊してしまうことだ。

「くそっ! 何だあの化け物! 矢がまるで効かねえ!」

「魔法も弾き返されるぞ......!」

 リヴィラに待機していた、総勢百人を超える冒険者達は必死に自分達の町を守ろうと立ち上がっていた。

 各々が武器を取り、一斉に攻撃を放つが巨人にびくともしない。

 というより、完全に効いていない(・・・・・・)ようであった。

「っ......! 皆、一旦退_______」

 グシャリという音ともに、巨人の剛腕が冒険者を弾き飛ばした。

 十M程、弾丸のように吹き飛んだ彼は建物の壁に衝突し、ただの肉片と化していた。

 無論、原型は留めていない。

「てんめえぇぇぇぇぇ!!!」

 そして、その仲間である冒険者の怒りは、彼が殺されることにより一瞬で沸点を超えた。

 手に持った槍に、殺意と力を込め、巨人へと吶喊する。

 そして、また。

 一人の冒険者が肉塊と化した。

「何なんだよっ!! こいつは!!?」

 突如、上空に出現したその巨人は町の中央へ着地をすると、直ぐ様に咆哮を上げ、暴れ出した。

 巨人は振りかぶった両腕を容赦無く町へと叩き込む。

 最早災害と呼べるそれは、暴嵐の如く破壊を巻き起こし、巨大な爪痕を残している。

「駄目だ!! 逃げ_______」

 

 

 

 また、命が此処に消えた。

 

 

 

 巨人による破壊の嵐は、冒険者という脆弱(・・)な存在を容赦無く消し飛ばしていく。

 この脆弱な存在の中には、Lv:3以上の冒険者が多数いた。

 Lv:4の冒険者もいた。

 それがこれ(・・)である。

 何れ程強靭な人間も、天災級の自然災害には敵わなず、それはごく自然のことである。

 それを出来るのは、それこそ同格の存在(・・・・・)だけであろうが。

 この巨人がそれに匹敵する存在であるかは、少なくとも判断は出来ないが、それでも今この場にいる冒険者達(・・・・・・・・・・・)では到底敵わない存在であるのは証明された。

 雑魚である冒険者は巨人によって、淘汰され始めている。

 この舞台(・・・・)に絶望を待つだけの邪魔者はいらない。

 しかし、これより待つのは、絶望だけなのか。

 いや、違う。

 彼らがいる(・・・・・)

 

 

 

「おいおい、何だよ......随分とぶち殺しがいがありそうな奴がいるじゃねぇかよ。なあ、おい!」

 

「......うるっさいわね。でも、確かに。そうね......あれはやりがいがあるわ」

 

「うわー。あんなでっかいゴライアス初めて見たねぇ。というか、赤いし......新種?」

 

「でも、関係ない。斬る、だけ......」

 

 

 

 そう。

 オラリオ最強格の冒険者達が此処には揃っている。

 反撃は開始された。

 

 

 

 

 

「前線はあの人達が張ってくれてる!! 俺達はひたすら後方支援だ!!」

 

『了解!!!!』

 

 

 リヴィラの町を見渡せる高台。

 そこには遠距離攻撃が可能な冒険者達が集結していた。

 ロキ・ファミリアに所属する選りすぐりの精鋭達だ。

 一軍のメンバーであり、人数は十数名程度。

 各々が魔法や弓を武器とした専門家(スペシャリスト)達である。

「アイズさん......皆さん......」

 その中に、一人、心配そうな表情を浮かべる少女がいる。

 レフィーヤ・ウィリディス。

 Lv:3でありながら、魔法攻撃による単純火力は格上であるアイズ・ヴァレンシュタインを上回る稀代の魔導師である。

 彼女は始め、アイズ達と行動を共にしていたのだが、この緊急事態が発生した後に別れ、ここにいる。

 あの場に向かったのは近接戦闘が出来るものの中でも最強クラスと呼べる四人だけである。

 それ以外のものを向かわせても彼らの戦闘の邪魔にしかならない。

 故に他のメンバーは雑魚処理(・・・・)をしている。

「よし! 狙いが定まったな。_______撃てぇっ!!」

 部隊長の一声と共に、火、氷、雷、風などの魔法攻撃、魔力付与された矢が放たれる。

 高台からの直線距離は約100M。

 十分に射程距離範囲内である。

 飛翔する撃光は、寸分違わずに巨人の背中へと直撃する。

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 巨大な咆哮を上げる巨人。

 しかし、それは痛みによるものではない。

 

 

 

_______________メキッ。

 

 

 

 空気が振動し、何かが割れる。

 その咆哮は音速を超えて、《迷宮の楽園》に響き渡る。

 《覇音咆哮(ルドラ)》。

 モンスターの放つ《咆哮(ハウル)》の中でも最上位に位置するものである、物理衝撃を伴った攻性咆哮(叫び)である。

 先の巨人の咆哮は正しくこれであり、三度目の発動によって、既にリヴィラは壊滅状態になっている。

 これを使えるモンスターは限られており、下層のごく一部(・・・・)のモンスターだけと言われており、そのどれしもが強力な《迷宮の孤王》であったり、強竜カドモスなどがそれに該当する。

 しかし、ここは中層の入り口。

 つまり、それが意味することとは_______

「こいつは、下層域に匹敵するモンスターいや、それ以上かもしれない......!」

 そう、部隊の中の誰かが叫んだ。

 此処にいるのは、選りすぐりの精鋭で間違いない。

 間違いではないのだが、それでも彼らには余りにも荷が重い(・・・・)

 この部隊には古参メンバーであるLv:4の魔導師や弓使いが存在する。

 ロキ・ファミリア全体で見ても二割程度がその域に達しているが、古参メンバーと比較的最近にLv:4になったものとでは同じレベルであろうが、力の差は歴然であり、力の序列も存在している。

 古参メンバーは精神、技術、経験などが段違いであり、普通のLv:4冒険者とはわけが違う。

 そんな彼等すら、下層のモンスターには大いに手こずり、苦戦する。

 天賦の才を持つあの四人(・・・・)は例外として、本来下層のモンスターを単独もしくは少数撃破できるものなど早々いないのだ。

 そんな強力な力を持つモンスターを、更に超える可能性を持つこの巨人に、古参メンバーは微かに震えた。

「もう一撃だ! もう一撃見舞いして_______」

 

 

 

『■■■■■■■■』

 

 

 

 脳内に何かが響く。

 呪詛のような魔性の音響。

 静寂であり、狂騒である、魔の響き。

 それが彼等を容赦無く蝕んでいく(・・・・・)

「......あ、ぁぁ......」

「部隊長! 皆さん! 何をしているんですか!!」

 その中で、唯一無事な(・・・・・)レフィーヤは、目を見開き、震えてしゃがみこむベテランの仲間達に声をあげた。

 彼女にとって、アイズの命(・・・・・)が何よりも大事だ。

 いくら強大なモンスターであろうと、あそこで自分達の仲間が戦っているというのに、怯えすくむとは何事なのか。

「......お、とが......」

「部隊長......? 音って何ですか!? 何も聴こえませんよ!!」

 いや、レフィーヤの様子もどこかおかしかった。

 不安の色を隠せておらず、パニックを引き起こしている。

 彼女はこの魔の響き(・・・・)に対し、ある程度の耐性を持っているようだが、それでも悪影響を与えている。

 よく見れば彼女の手も震えていた。

 今、この場に。

 まともな判断力を持っているものはいない。

 皆が、脳裏に響く魔の音に犯され、恐怖している。

 その時だった。

 

 

 

「あまり、勝手なことはするなよ、巨人」

 

 

 

 美しくも、凛々しい声が、彼等の脳裏を更に塗り潰した。

「......お前達、しっかりしろ。魔響に惑わされるな」

 彼等の背後から現れたのは、ロキ・ファミリア副団長であり、オラリオ最強の魔導師であるリヴェリア・リヨス・アールヴである。

 彼女の手には、第一等級魔導武装である《マグナ・アルヴス》が燦然と存在しており、見るだけで他を圧倒する気品(オーラ)を感じ取れた。

「ふ、副団長......すみません......」

「気にするな。此方も少し準備に手間取ってな。すまなかった。いや、それよりもだ。今はあれをどうにかしないといけないだろう」

 リヴェリアの見据える先。

 赤灰の巨人が暴虐の限りを尽くしており、リヴィアの町は最早見る影もなかった。

「これ以上、被害を広げるわけにもいかない。町は兎も角、《迷宮の楽園》自体を破壊されては不味い」

 リヴィアの町は既に過去何度もモンスターの襲撃により、破壊されているものの、その都度冒険者達は復興し、商いを続けていた。

 しかし、だ。

 この《迷宮の楽園》そのものを破壊されてしまえば、どうなるかは分からない。

 この階層は少なくとも、冒険者達にとっては比較的安全圏内であり、数少ない休める階層でもあるのだ。

 故にここが破壊されてしまうのは、後の冒険者達の活動に支障が出て来くるのは明らかであった。

「では、ならば。前提として此処を戦場と化せばいい(・・・・・・・)だけのことだ」

 一体何を、レフィーヤは思わず声に出しかけたが、それは遮られることになる。

 

 

 

「【座標認識、空間固定、時間停滞。

 

 

 時は(とお)く、空は迫り、緩み、固まり、厄災は歪み、(とこ)しえに排斥される。

 

 

_______此処より先、此の領域を我がモノとせん】

 

 

 

_______【空時簒奪領域固定(クォンタム・タイム・スコープ)》】、承認」

 

 

 

 リヴェリアの高らかな詠唱と共に、その杖は高く掲げられた。

 《マグナ・アルヴス》。

 この世界に存在する《五杖》の一角であり、頂点の内の一つでもある。

 絢爛な装飾のされた杖の先には、九つの《魔法石》が埋め込まれていた。

 本来の杖には《魔法石》は、ついて一つか二つ、多くて三つというものであるのだが、彼女のものにはその三倍もの《魔法石》が施されており、更に言えば、その《魔法石》も只の魔法石ではなく、この世界に存在する中でも最高位の魔法石であり、放つ魔法の出力を限界まで底上げする働きを持っている。

 そして、性能の面でも最強と言えるこの杖であるが、価値の面でも最強と言えた。

 ロキがある魔法大国に頼み込んで作らせたものであるため、約340,000,000ヴァリスという破格の値段を誇る。

 しかも、これはロキが値切りに値切った上、更に魔法石の価値を除いた金額であるのだ。

 魔法石の価値をプラスすれば、その値段は更に跳ね上がることになる。

 故に、だからこそ、《マグナ・アルヴス》は最強の《五杖》と呼ばれるのである。

「凄い......」

 此処にいる誰かが、思わずそう口に出していた。

 それもそのはずだ。

 彼女が行ったのは、半径1KMにも及ぶ巨大な隔離結界(・・・・)を、あの巨人を中心に展開したからである。

 この結界魔法により、これ以上、半径1KM圏内より先に(・・)被害が及ぶことはなくなることが確定した(・・・・)

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!』

 空間の異変に気づいた巨人は、今まで誰にも目もくれず破壊行動を行っていたのにも関わらず、初めて明確に誰かに敵意を表していた。

 無論、それを向けられたのはリヴェリアであり、彼女へ向かって、巨人はすぐ様に疾走を開始する。

「リヴェリアさんっ! 」

 今度こそ、レフィーヤは不味いと声をあげた。

 もし、あの巨人の突撃が此方に及べば間違いなく此処にいるものたちは壊滅してしまう。

 だが、リヴェリアは動じることはなかった。

 

 

 

「分かっている_______【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ」

 

 

 

 リヴェリアは杖を向けると、祈るように瞳を閉じた。

 

 

 

「森の守り手と契を結び、大地の歌をもって我等を包め。

 

 

我等を囲え大いなる森光の障壁となって我等を守れ。

 

 

_______我が名はアールヴ】」

 

 

 

 瞬間、新緑の魔力が爆発し、リヴェリア達の眼前には、物理、魔法攻撃全てを遮断する結界防壁《ヴィア・シルヘイム》が出現し、巨人の侵攻を阻んでいた。

「......やはり、《因子の獣(ファクターズ・ビースト)》。《マグナ・アルヴス(これ)》を準備して正解だったようだ」

 巨人は、その防壁を破壊しようと、尚連続で突撃をしかける。

 嵐の如き一撃を、防壁は完膚なきまでに無力化しており、巨人の突撃による衝撃音が響くのみであった。

「しかし、これは......相性が悪いな(・・・・・・)。防御ならまだ良いが、攻撃となれば、効果は更に薄れそうだ(・・・・・・・)

 この階層ごと消し飛ばすわけにはいかんしな、そうリヴェリアは続けると、惚けているレフィーヤを見た。

「レフィーヤ。皆を連れ、此処から下がれ。これはただのゴライアスではない。お前達には荷が重すぎる」

「そんな! 出来るわけ_______」

「良いから下がれ。これは副団長命令だ」

 きっぱりと告げられた上位命令。

 基本的には、戦場において、上の者からの命令は絶対である。

 規律としてそれは当然のことであるからだ。

 故に、この命令には従わずを得ず、レフィーヤは退散するしかなかった。

「......わかりました。どうかご無事で......!」

 レフィーヤは、憔悴しているベテラン冒険者達を、まだ動けそうな者達と協力し、肩を貸して連れていく。

 去っていくレフィーヤ達が視界から消えるのを待つと、リヴェリアは未だ防壁と拮抗している巨人を見上げた。

「......《神性防御》。これではレフィーヤ達の攻撃が無力化されるのも当然か」

 防壁に歪みが生じる。

 崩されかかっている。

 しかし、それでも彼女は一切、その場を動かない。

 まるで、何かを待っているかのようであった。

「余程、気まぐれな女神の加護、もしくは邪悪な加護(・・・・・)とも言えるか。まあ、兎に角。やることは一つだ

 

 

 

_______ほら、出番だ。ガレス。貴様に相応しい戦場を用意したぞ」

 

 

 

「_______任せておけい。その戦場、蹂躙してくれるわ」

 

 

 

 巨人のその背後、飛び上がるようにして、現れるは、巨大な戦斧を構えた巨漢の勇士。

 響く重低音の声。

 そして。

 

 

 

「この程度の一撃で墜ちるなよな。巨神タイタン(・・・・・・)よ」

 

 

 

 豪傑による破壊の一撃が、巨人の横っ腹を振り抜いた瞬間であった。




今作のリヴェリアとガレスですが、まあ魔改造されてます。
少なくとも、ロキ・ファミリアの若手最強の四人が束になっても一蹴される程には強いですよ。


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#49

『■■■■■■■■ォォォォォォッ!!!?』

 距離にして約200M(・・・・・)ではあるが、この赤灰の巨人は端の岩壁まで吹き飛んだ。

 今まで、どんな攻撃も無力化してきたその鋼鉄の皮膚に、初めて亀裂が入り、そして巨人は"痛み"を覚えた。

 巨人の絶叫が、この『迷宮の楽園』に波紋となって広がる。

 本来、それは破壊の衝撃波となってこの『迷宮の楽園』を襲うはずであったが、リヴェリアの発動した結界により、それも被害は最小限に抑えられていた。

「馬鹿者!! いくら被害は抑えているとは言え、少しは周りを考えろ!!」

「ガハハハハッ!! すまん、すまん! 久方振りに少しは全力を出せそうな相手だったからな! 許せ!」

 豪快に笑いながら謝るも、全く悪びれもしてない様子に見えるガレスは、戦斧を肩に構え、倒れ悶える巨人に突っ込んでいった。

「......大馬鹿者が」

 リヴェリアは、頭を抑えながら溜め息を大きく吐く。

 最近、頭を悩ませることが増えてきたというのに、これ以上は止めてくれと、叫びたくなってしまっていた。

 そう言えば頭痛止めを切らしていたことに気付いたリヴェリアは、帰ったら《青の薬舗》に頭痛止めを買いに行こうと決心していた。

「......あの様子だと、相当鬱憤が溜まっていたようだな」

 リヴェリアがそう判断出来たのは、普段からガレスが本気を出せていないということを知っていたというのもあったが、見ただけでそれがわかる程の判断材料があったからでもある。

 彼の構える武器、それは普段遠征やダンジョンに潜る際に使用する《グランド・アックス》ではなく、全く別のものであった。

 《ミョルニル》。

 全長2M程の巨大な戦槌斧である。

 第一等級武装であり、リヴェリアの持つ《マグナ・アルヴス》と同格(・・)の武器でもある

この戦斧は、両刃形で片側には斧、もう片側には槌の特性を持っており、状況に応じて使い分けることが可能になっている。

 そして、この武器の最も特筆した点がもう一つある。

「がははははははは!!!! 消し飛ぶがいい!! 哀しき巨神よ!」

 高笑いを上げながらガレスは数十M程跳躍し、《ミョルニル》を振り上げた。

 

 

 

「『高き雷神の鉄槌(トール・ハンマー)』!!!!」

 

 

 轟ッッッ!!!!!!

 

 

 

 雷が落ちた。

 そう感じさせる程の凄まじい衝撃波と閃光、轟音が、《迷宮の楽園》に響き渡る。

 先の巨人の《覇音咆哮(ルドラ)》を遥かに上回る三重の衝撃は、痛覚、視覚、聴覚の三感を容赦なく襲った。

『■■■■■■■ォォォォォォッッッッッッ!!!???!!?』

 巨人は更なる絶叫を上げ、大地に沈む。

「砕け散れぇい!!!!」

 その一撃を放った瞬間に、ガレスの全身は雷に包まれていた。

 ガレスは、そのまま叩き付けた戦槌斧を更に押し込むように力を込め、再度攻撃を放つ。

 

 

 

 直後、天上から雷が降り注いだ。

 

 

 

『______________ッッ!?』

 そして、雷撃は巨人の咆哮を上回る轟音を立てて、落ちた。

 閃光と衝撃波も先の比にならず、近くにいれば、余波で確実に死ぬ程のものである。

 それはまるで、神の怒りを示すような破壊の雷であった。

「......《雷纏大壮》。己が肉体に雷を身に纏う、攻防一体の魔力の鎧。そして、それに耐え、雷を内包し発露することが可能(・・・・・・・・・・・・・・・・)な《ミョルニル》。あれの一撃を喰らえば例え神であろうと只では済まない......ガレスめ、何に影響されたか知らないが、貴様はここを消し炭にしたいのか?」

 咄嗟に彼女は、《ヴィア・シルヘイム》の結界防壁に硬度強化の魔法、強力な対音、対閃光防御の魔法を更に上乗せしていた。

 流石にリヴェリアと言えど、この攻撃の余波を防ぐには手を込めなければいけない。

 もし、この時にリヴェリアが強化の魔法をかけていなければ、今頃リヴェリアは目と耳を失っていたところだった。

 そして、それは周囲の者達も同じであった。

 リヴェリアとガレス、巨人の距離は約200Mあるが、それでも安全距離とは言い難い。

 もし、ガレスの全力戦闘に巻き込まれるのなら、少なくとも最低でもその十倍以上は離れなければ、命の保証は出来ない。

 それ程までに、彼の怪力と雷霆は強力無比であった。

「巨神とは言え、少しやり過ぎたか......? 」

 ガレスの足元。

 そこには巨神だったものが転がっており、彼の放った一撃の威力を物語っていた。

 上半身が跡形もなく消滅し、下半身も既にほぼ炭化している。

 それに合わせ、彼の立っている大地も抉られ、約50Mの巨大なクレーターが現れており、正に天災に匹敵する破壊の一撃であったことを証明していた。

「所詮はこの程度か......ぬ?」

 足元に感じた違和感を感じたその瞬間、炭化したはずの下半身から白い細腕が生えてきた。

 それは一気に先の豪腕と呼べるまでの太さに筋肉は膨れ上がり、ガレスを握り潰そうと挟み込むように襲いかかってきたのだ。

「ガハハハハッ!! やはりそうではなくてなぁ!! 戦いというやつは!!!」

 クレーターを越えるよう大きく後方に跳躍し、その挟撃を回避すると、着地を決め、直ぐ様《ミョルニル》を構えるガレス。

 既に再度の雷纏(・・・・・)を完了している。

 それが辺りに放電され、草木や岩、大地を消失させており、彼がその場に立っているだけで、影響を与えていた。

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!』

 超速再生。

 巨人の肉体の再構成も完了していた。

 体皮は純白になり(・・・・・・・・)その体躯も更に巨大化している(・・・・・・・・・・・・・・)

「本性を現したか! 巨神_______いや、お前は!!」

 ガレスは踏み込み、雷速で巨人の元へ向かい、一撃を放つ。

 踏み込みの瞬間、地面は陥没し、砕け散り、雷の加速により、彼の通った所は焼け焦げていた。

「死ぬがいい!『高き雷神の鉄槌』!!!!」

 再度、彼の放つ轟雷の一撃は、巨人目掛けて炸裂した。

 ガレスの今の速度は雷光に匹敵している。

 その上、巨人とガレスの距離も数十Mしかなく、直撃は免れない。

 

 

 

『______________ァァァァァ!!!』

 

 

 

 都合、三度の雷撃の直撃を浴びた巨人。

 本来であれば、一撃で終わるはずのその攻撃を三度も喰らえば、塵一つ残さずに消滅するのは必然の結果であった。

「何......?」

 確かに、ガレスの鉄槌は巨人の前頭部に直撃していた。

 そして、今度は跡形もなく完全に消滅するはずであった。

 

 

 

 しかし、そこにあったのは、全くの無傷である巨人の姿であった。

 

 

 

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 新生した新たなる巨人から放たれる『覇音咆哮』は、ガレスを容易く吹き飛ばした。

 高々モンスターの放つ咆哮程度では、怯みすらしないガレスがである。

 それは、『覇音咆哮』も例外ではない。

 所詮は咆哮、叫んでいるだけだ。

 例え、その咆哮が物理的衝撃となって、破壊を生み出そうとも、ガレスにとってその程度は破壊でも何でない。

 正面から相殺、もしくは叩き潰せばいいだけのことだ。

 そんなガレスが。

 幾ら、攻撃を防がれた驚きで隙が生まれようとも、その程度では彼を上回ることは出来ないそんな存在が、今正面から吹き飛ばされたのだ。

 そして。

「......っ!! 《我等が偉大なる神王よ! 万物万象絶対不可侵の聖域を我等に与えたまえ!》」

 リヴェリアは即座に、《シア・ヴィルヘイム》を超広域防御結界として、この結界内(・・・・・)に急速展開した。

 それは、その領域内にいる全ての生命、物体に適応され、本来消滅、もしくは吹き飛ばされるはずであった冒険者達や森、湖、岩壁、草、大地、動物、モンスター(・・・・・)、存在する全てを護り通した。

 そのお陰で、大地は砕け、草木は吹き荒れ、岩壁には亀裂が入る、そんな程度で済んでいた。

 もし、判断が一歩遅れていれば今頃この結界内は完全に消失し、下の階層への巨大な通過穴と化していたであろう。

 それ程までの威力を持つ破壊の咆哮であった。

「......っ、全く馬鹿げた威力をしている。......おい! ガレス! 生きているか!? 返事をしろ!」

 リヴェリアは額に汗を流しながら、ガレスが吹き飛んでいったであろう岩壁を見た。

 超至近距離で、《覇音咆哮》の直撃を浴びたのだ。

 本来なら生きているはずはない。

「......ガハハハハッ!!!!! 全く以て血気盛んな奴じゃのう。鼓膜が破れると思ったわ!!」

 数百Mは吹き飛ばされ、そのまま岩壁に直撃したガレスではあったが、普通に生きていた。

 彼は笑い声を上げながら、覆い被さってきた崩れた岩石をのけていた。

 様子を見る限り、どうやら無傷のようである。

「貴様はやはり馬鹿なのか。何も考えずに突っ込むなど、馬鹿としか言いようがないぞ!」

「うるさいわい!! 馬鹿馬鹿言うでないわ!! 儂も少しは自覚はしているわ! ボケい!」

 転移魔法の駆使により、ガレスの元へ向かったリヴェリアは、開口早々罵倒から始めた。

 まあ、未知の敵に対して真正面から突っ込んでやられればそう言われても仕方がないだろう。

 ガレス自身、流石にそれは理解出来ているみたいで はあったが。

「いや、そんなことよりだ。おい、お前。あれと戦って分かったか? あれは......」

「......ああ、あれはただの巨人(ゴライアス)でもなければ巨神(タイタス)などでもない。《巨獣》の因子を植え付けられた《因子の獣》。強大なる星の獣の眷属_______《隷獣(スクラヴォス)》に違いない」

 眼前では、巨人いや隷獣が悲鳴を上げている。

 全身を掻き毟るように暴れている。

 身体がまだこの世界に適応出来ていない(・・・・・・・・・・・・・・・)のだろう。

 皮膚がまるで罅割れのようになると、ぱらぱらと砕け落ちていく。

 痛みでそれ以外のことを考えられないようだ。

「やはりか......となると......ああ、これは想像以上に厄介なことになりそうだ。ガレス。お前は先の攻撃で、ゴライアスは(・・・・・・)倒したよな?」

「ああ、勿論。一番最初の一撃で、既に奴は死んでおる。......まあ、思っている通りじゃよ」

 

 

 

______________今の奴は、《巨獣》の因子そのもの(・・・・)というべき存在じゃ。

 

 

 

 続くガレスの言葉に、リヴェリアは痛そうに頭を抑えている。

「......なあ、ガレス。実はもう一ついや、二つ悪い報せがあるのだ」

「......なんじゃ?」

「......奴には《神性防御》の加護がある。それもかなり上位のものだ。見たところでは、一級冒険者の攻撃を無力化する程のもの(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だろう。それに《巨獣》の因子という特性上、魔法もあまり効果を望めんだろう」

「......ああ、それに加えて《巨獣》の再生能力も加えたら完璧じゃな」

 非常に不味い状況。

 そうとしか言うことができない。

 隷獣の戦闘能力は咆哮だけでこの被害を出す時点で言わずもがな。

 そこに高位冒険者からの攻撃を無力化する体皮と、魔法攻撃に至っては天上の実力の持ち主の放つものでさえも効果があまり望めず、そして例え倒してもすぐに再生するその生命力。

 最早、モンスターという括りには収まらない正真正銘の怪物であった。

「やろうと思えば、儂らであれを倒し切ることは可能じゃろう。じゃが......」

「......ああ。色々問題がある。まず私は無理だぞ。流石にあれを完全に消滅させるには攻撃に専念せねばならん。その間、ここの護りは崩れてしまうがな」

 リヴェリアがそれを行う場合、今彼女が行っている結界の維持作業を止めなければならなくなってしまう。

 もし、そうなればこの階層の護りは完全に崩れてしまうことになる。

 あの隷獣の咆哮でここは滅びかけた。

 それならば、あの眷獣を消し飛ばす程の威力の魔法を彼女が行使したらどうなるか。

 間違いなく、この階層にいる生命は消失してしまい、《迷宮の楽園》も無くなることになるだろう。

「儂も、流石に全力で(・・・)殴らねばあれは無理じゃな、あれは」

「ダメだ。流石にお前の全力を防げる程の結界は無理だ。ここでは(・・・・)時間が掛かり過ぎる」

 ガレスの提案を即座に却下するリヴェリア。

 それを実現するのは今の状況ではとても現実的ではない、そう続けた。

「......ここがせめて地上であれば_______いやそれは(・・・)ますます駄目じゃな」

「ああ、寧ろダンジョン内に現れてくれている今の状況が幸いしている部分もあるのだ」

 状況は最悪と言っていい。

 あれを倒し切る手段は、この階層ごと消し飛ばすしかない。

 しかし、ここにはたくさんの冒険者達がいる。

 この状況による混乱で、避難活動もままならない。

 そんな状況で、それを行えば数百を越える冒険者達が命を落とすことになる。

 それだけは絶対に避けなくてはいけなかった。

「......待て、フィンはどうした? あやつならあれを完全に倒し切ることが出来るのではないか。周りに被害を出さずに」

「......フィンなら、今_______」

 

 

 

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 

 

 

 遂に隷獣はこの世界に適応し、形を成した。

 頭部には二本の捻れた角が生え、体勢は四脚歩行になり、左右前脚が肥大し、巨大なブレード状の刃が伸びている。

 尻尾も生え、その先端はとても鋭利になっており、家数件を貫ける程だ。

「《存在証明》が終わったようだな! どうする? 今ならあれを完全に消滅させられるぞ!」

「ええい、待て! フィン達がここに来るまで時間を稼げ! 今の状況を省みてそれが最善解だ!」

 隷獣は真っ直ぐに、ガレスとリヴェリアがいる此方へと向かってくる。

 その疾走は周囲に甚大な被害を及ぼしているが、今はそれは問題ではない。

「分かった! お主は下がれ! 儂が抑える!」

 そして、直後に眷獣とガレスは接敵した。

 隷獣の突撃に、ガレスは己が肉体のみで対抗する。

 その双角を掴み、拮抗するように前へと踏み込むと、その豪腕で以て押し返す。

「ガレス! 力を貸す!」

 リヴェリアは《マグナ・アルヴス》をガレスへ向け、強化の魔法をかけた。

 純粋な筋力強化の魔法であり、リヴェリア程の技量の持ち主であれば対象の筋力を倍以上に引き上げることが可能。

 そして、ガレスという最強クラスの力を持つインファイターがその恩恵を受ければ、どうなるのか。

 答えは簡単である。

「ぬぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉ!!!!」

 身長が2M近いガレス。

 その二十倍以上の体躯を誇る隷獣が地響きの様な音を立て後退し始めた。

 今のガレスの腕力は人の領域を越えている。

 彼の持つ発展アビリティに"怪力"というものがある。

 効果は至って単純で、"力"のアビリティを一時的に増幅させるというものだ。

 しかし、ガレスのそのアビリティは格が違う。

 ランクにしてAランクという破格の値で、現在オラリオで発展アビリティのランクがそれに達しているのは、ごく僅かな冒険者のみ(・・・・・・・・・)である。

 その効果は増幅させるというレベルではない。

 一次元、跳ね上げるのだ。

 今のガレスは、そのアビリティ、"怪力"とリヴェリアの強化魔法により、人智を越えた怪物の領域に達している。

 現在、人界に誰も彼の筋力を越える者は存在しない。

『■■■■■■■■ォォォォォォ!!!!』

 隷獣は力で押し切れないと理解すると、尾を蠢動させ、鞭のようにしならせながらその鋭利な刃をガレスへ突き立てる。

 音速を越え放たれるその刃鞭は、空気を叩き炸裂しようとする。

「......全く、手癖いや、尾癖? というのか? おいたが過ぎるぞ。哀れなる獣よ」

 ガレスに到達する寸前に、深緑の盾が現れ阻害した。

 それはリヴェリアの発動した防御魔法。

 いや、ただ純粋な魔力を盾の形に成型しただけのものであり、防御魔法と呼べる代物でもない。

 しかし、それでもリヴェリアは隷獣の刃鞭程度あれば問題なく防ぐことが出来た。

「ぬぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!」

 ガレスの豪腕には太い血管が浮き出ており、彼がどれ程力を振り絞っているかが理解出来た。

 そのまま、隷獣の双角を捻るように持ち上げ、そして_______

 

 

 

 隷獣は天と地を逆転させ、大地へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 

「おーい、お前ら大丈夫か?」

 倒壊したリヴィラの町。

 既に町の原型を止めておらず、残るのはその残骸のみである。

 その町だったものの中央、以前は広場があったそこに四人の冒険者が倒れていた。

「随分とまあ、ボロボロになってるけどよ。気合い足りねえんじゃねえの?」

「......う、っせえぞ。糞猿。ちょっと黙ってろ、ボケが......!」

 やけに小馬鹿にするような物言いをするのはヴェルフ・クロッゾで、それに噛みついたのはベート・ローガである。

 ただし、ベートはヴェルフの言う通り傷を負っていた。

 全身に目立つ赤い打撲痕がそれを表している。

「......ベートと同じってのは癪に障るけどっ、何もしてないあんたに、言われたくなんかないんだけど」

 それに嫌そうに同意したのはティオネ・ヒリュテである。

 彼女は近くの瓦礫に背中を預け、肩で息をしていた。

 同じく全身にかなりの傷が見えた。

(ひで)えな。俺だって頑張って雑魚処理したり、周りの奴ら避難させてたんだぜ? ......まあ、避難させてたのは主にリリ助なんだが」

 あまりショックを受けてなさそうな表情で言うヴェルフ。

 言葉通り、先程までヴェルフは、突如現れ始めた上層モンスターの群れを叩いていたのだ。

 ゴブリンやキラーアント、ウォーシャドー、トロールなど類を稀に見ないモンスターの大量出現に、ヴェルフだけでなくロキ・ファミリアの冒険者達やこの階層に駐留していた冒険者達の活躍によって殲滅が行われていたのだが、ヴェルフは途中で抜け出してきたのだ。

「いや、まあ何。雑魚処理はぶっちゃけ俺が居なくとも余裕そうだったからな。それならお前らの様子を見に行った方が良いと思ってな」

「......赤髪の人。多分、さっきからずっとそこに居たよね」

 アイズ・ヴァレンシュタインは剣を突き立て、片膝をつきながら、ちらと建物だったものの影を指した。

 彼女レベルの気配察知能力があったからこそ、戦闘中に気がつけたのかもしれない。

「......《赤色の剣造者(ウルカヌス)》。まさか、ずっと、見てただけなの?」

 仰向けになって倒れている少女、ティオナ・ヒリュテは息を荒げながらヴェルフを睨むように見つめた。

 当たり前だろう。

 戦闘に加勢もせず、自分達がやられていくところを見ていたなど、趣味が悪いにも程がある。

「違う違う。俺もちゃんと別でやることやってた(・・・・・・・・・・・)し。お前らも分かるだろうが。あれには勝てないって。本能的危機察知って奴だよ。分かるかよ? なあ」

 そう言ってヴェルフが指し示したのは、突如方向転換し、リヴェリア達のいる方へ向かった巨人だ。

 いや、既に巨人とは思えない姿に変異を遂げていたが。

「咆哮の一つで地形を変えるような化け物んだ。(あね)さんの結界が無かったら今頃俺ら全員あの世に行ってたぞ」

 ヴェルフの言葉を四人は否定出来ず、何も言わない。

 何かを飲み込むようにして目を逸らすだけだ。

「ああいう化け物退治は英雄に任せるってのが王道だろう? なら、あの人達に任せよう(・・・・・・・・・)ぜ。俺らじゃ絶対に無理(・・・・・)だ」

 絶対。

 そう言い切るヴェルフに彼らは苛立ちを隠せない。

 間違いなく彼らは一線を張る冒険者達で、実力も最上位と言えるもの達だ。

 そんな彼らが手も足も出なかった謎のモンスター。

 痛いところを突かれれば誰だってそんな反応をしてしまうだろう。

「......おい、糞猿。誰も負けただなんて、言ってねえだうが」

 そして、案の定。

 彼に真っ先に異を唱えたのはベートであった。

 犬猿の仲と呼べる両者ではあるが、ベートとヴェルフは互いに実力が拮抗している正真正銘の強者達でもあった

 そしてヴェルフは、あのベートが実力を認めざる得ない数少ない男だ。

 そんな男が、戦わずして勝てないなどと言えばそれはベートの琴線に引っ掛かってしまう。

「いや、負けてんだよ。そうやって意地張るのは良いがよ、流石に状況を読め。お前、死にかけて助けられたのが分からねえのか? お前が咆哮中の巨人に飛び込んだ時、姐さんが結界を_______」

「うるせぇよ!!!」

 ベートは怒りで以て立ち上がると、ヴェルフ目掛けて拳を放った。

_______しかし。

 

 

 

「大馬鹿野郎」

 

 

 

 次の瞬間、ベートは10M程後方へ吹き飛ばされ、瓦礫の山に飛び込んでいた。

 それはベートの拳が到達する前に、ヴェルフのカウンターが彼の顔面に直撃していたからである。

「ったく......思わず手が出ちまったな。おい、お宅のワンちゃんの躾はどうなっているんですかねえ、全く」

 完全に気絶しているベートに呆れた視線を送るヴェルフ。

 本来ならば簡単にベートを気絶させることは出来ないのではあるが、流石に満身創痍の身だとこうも簡単に行く。

 あの戦闘狂いなベートも傷と疲労には勝てないらしい。

 彼ははぁと一回深く息を吐くと頭を抑えながら口を回した。

「ともかくだ。さっさと安全圏内に出るぞ。流石に戦闘の余波に巻き込まれるのは御免だろう。おーい、姉御ー。そろそろ来てるだろー? カモーン」

「......ねえ、君。死にたいの?」

 すると、森の方から不機嫌そうな表情をして現れたのは、ナァーザ・エリスィスであった。

 どうやら、彼女とここで合流する予定だったようだ。

「......ふーん。まあ、頑張った方なんじゃない。はい、取り合えず、回復薬(ポーション)。あ、後で代金は請求させて貰うから。ロキ・ファミリア宛で」

「商売根性逞しいわね。......ロキ宛で良いわよ。直接ね、直接」

「まいどありー」

 ティオネは呆れたような表情を浮かべ、ナァーザから回復薬を受け取ると一気に飲み干した。

 ナァーザはティオナとアイズにも同じく回復薬を差し出して、二人は同じくそれを飲み干していた。

 共通しているのはとても、苦そうな顔をしていることである。

 速攻性効能特化型回復薬であるが故の代償であった。

「......あれ? もう一人居なかったっけ?」

「ああ、あいつならあっちで寝てるよ」

 親指でベートの居る場所を指すと、ナァーザは間延びした声で了解と言ってそちらに駆け寄っていき、回復薬を_______ベートの口に突っ込んでいた。

 容赦なく、刺すように。

「さて、姉御の薬も効いたことだろうし、ずらかるぞ。ほら立て立て」

「......ちょっと待ちなさい。副団長達を置いて、そんなの無理に決まって_______」

「お前もあの駄犬と同じ馬鹿なこと言うつもりか?」

 ティオネの言葉により、ヴェルフの表情に殺気が灯る。

「自分の命を最優先しろってのはあの人(・・・)からの命令だろ? 《怒蛇(ヨルムガンド)》、それがどういうことか分かってるのか?」

 あの人、その単語が出た瞬間に、ティオネは黙りこくり、ティオナとアイズも何も言えない。

 ヴェルフの指すあの人がファミリアにとってどれ程の存在なのか。

 それは言うに及ばずであった。

「よーし、分かったみたいだな。キレたあの人なんざ見たくねえだろう? ......まあ、そんなんじゃキレるわけもないんだけどよ」

 ほら、行くぞとヴェルフは無理矢理回復薬を飲まされていたベートの元へ行くと、肩に担ぎ上げて歩き出した。

「......この狼人(ウェアウルフ)からは直接代金を請求する。手にヨダレ付いたから」

 かなり嫌そうな表情で言うナァーザは、持っていたハンカチで手を拭きながら、ヴェルフに続く。

 彼女の仕事は既に終了しており(・・・・・・・・)、後は無事に地上へと帰還するだけであった。

「待って! ベル君は!? 《赤色の剣造者》、ベル君はどうしたの!?」

 ティオナはヴェルフの側に自身の想い人である彼の姿が無いことに気付いた。

 温泉に入って以降、彼の姿を一度も見ておらず、気になるのは当然であった。

「あ? 旦那? 今、準備してる(・・・・・)らしいからな。それにあの人も付き合ってるらしいぜ」

「準備って、何の......?」

 アイズの質問に、ヴェルフはどうということもないようにこう言った。

 

 

 

「あの怪物を殺す準備だよ」

 

 

 

 

 

 

 北東の高台。

 そこはリヴェリア達が立っていた場所だ。

 そこに二人の影があった。

 一人は黄金の小人(パルゥム)

 そして、もう一人は_______

 

 

 

「......さあ、少年。あの哀れなる獣に相応しい絶望を、君が叩き込む時だ」

 

 

 

 その一撃で、()の獣に絶対なる絶望を叩き込めと。

 そして、その少年はそれに対し、こう(・・)応えた。

 

 

 

「_______目覚めろ、『血脈』。漸く君に相応しい舞台が整ったよ」



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#50 エピローグ

 突如リヴィラの街に出現した隷獣と、それと同時に出現したモンスターの群れの対応に追われ、現在人は誰一人としていない、ロキ・ファミリアのキャンプ地。

 静寂と呼べる程に、その場の空気(・・・・・・)は静まり返っている。

 只し、遠方から聞こえる隷獣の咆哮は犇々と伝わって来ており、かなり離れているこの場所も、時折木々が揺れ、落ちている石に亀裂が入っていた。

「......で、僕を此処に呼び出した理由は何ですかね。早く行かないと不味いと思いますよ、フィン・ディムナさん」

 そこはLv:2とLv:5が戦闘を繰り広げ、前者が勝利を収めることになった場所である中央の広場。

 昨夜の焚き火の跡である、黒い焦げ目を挟むように二人の人物が立っていた。

「そうだね。時間も無いし、単刀直入に言わせてもらおうと思うよ。ベル・クラネル君」

 フィン・ディムナ、そう呼ばれた黄金の小人(パルゥム)は対峙する白銀の人間(ヒューマン)、ベル・クラネルへ、こう口を開いた。

「君はあれ(・・)について、どこまで知っているんだい?」

「あれ、とは?」

「決まっているさ。あの出来損ないの巨人_______零落した王の眷属、隸獣(スクラヴォス)のことだよ」

 しらばっくれるなよと、フィンはベルへ視線を送る。

「はぁ、隸獣ですか。それにどこまで......一応、大体は。王だ何だは知りませんし、隸獣だも何も知りませんが、あれがそういう怪物の副産物だっていうのは視えましたから(・・・・・・・)ね」

 ベルは片目を抑えながらそう言う。

 彼の眼は、以前から色々なものが見えてしまっている。

 それは最近になって、更に顕著になっていた。

「へぇ。そうなんだね。それは一体何時から視えていたんだい?」

「そうですね。此処に来る前。十七階層で無惨に虐殺されたゴライアスの死骸を確認する少し前ですかね」

 世間話でもするようにベルはそう答えた。

 つまりは、ベルはこの光景を此処に来る前に既に知っていたということになる。

 あの巨人が此処を蹂躙するのを。

「......知っていて。黙っていたのかい?」

「それは人聞きが悪すぎですよ。不確定事項が多すぎますし、それに言っても誰も信用しないでしょう?」

 それもそうだと、フィンは笑った。

 但し、瞳は笑っていないが。

「まあ、だとしても僕の仲間に犠牲が出たことに変わりはしない。君は然るべき責任を取るべきだ」

 フィンにはどうにも収まらない感情がある。

 彼の仲間である冒険者達が散って逝った。

 もし、ベルが警告をしていれば信用されないにしろ、少しは用心した可能性があり、生存に繋がったかもしれない。

 まあ、それも結局のところはもしもの話であるのだが。

 それでも、である。

「責任、ですか。一体どうすれば? 僕が死ねば良いですか? それとも_______」

 ベルは暴れ狂う巨人に目を向けて、楽しそうに笑った。

 

 

 

_______あれを殺せば良いですか?

 

 

 

 正解だと、フィンは呟いた。

 

 

 

 

 

 天は魔の血に染まり、華と散る。

 《迷宮の楽園》は今、地上の地獄(・・・・・)と化していた。

「はあっ!!」

 木刀の一閃で、シルバーバッグを斬り捨てた深緑のフード目深に被った軽装の女性。

 リュー・リオン。

 かつて、《疾風》と呼ばれた冒険者である。

 彼女は今の今まで、一人で此処で大量発生するモンスター達を迎え撃っていた。

 一人の方が戦いやすいというのもあったが、何より自分が此処にいるというのが露見するのは避けたかったのだ。

 一騎当千とも呼べるその実力は彼女が過去に何れ程の修羅場を乗り越えてきたかを表している。

「これは......」

 彼女は周囲に起きている異変に気づいた。

 空が赤く染まっている。

 文字通りの意味であり、まるで血の如き赤色が空を塗り潰していたのだ。

「この感じは......」

 彼女の培われてきた直感が告げた。

 もうすぐ此処は、嵐の如き暴力で蹂躙されるということを。

「まさか......クラネルさん......」

 どうして、そこでベルの名前が出たかは分からない。

 しかし、彼女の中で告げる勘がこの異変の中心に彼が居るのではないかと、そう予期させていたのだ。

 そして、それは大きく的中していた。

 それを知る由は彼女には無いのだが。

「どうか、ご無事で......」

 その一言も、リューは気付かない内に口に出してしまっていた。

 

 

 

 

 

 《嵐の王(ワイルド・ハント)》。

 オラリオの各地に伝わる、伝承の魔王である。

 ()の存在は突如現れると、大地を蹂躙し、過ぎ去った場所には何も残ることはなく、しかしそこには新たな生命が宿るとも言われている。

 あらゆる破壊の化身であり、生命の親とも呼ばれる彼は(デウス・デア)とも並ぶ存在へとなっていた。

 そして、現在(いま)

 その嵐の王いや。

 嵐の王の如き存在が、迷宮へと顕現し、伝承通りの破壊をもたらそうとしていた。

 

 

 

「_______漸く相応しい舞台が整った」

 ベルは左腕を天上へと伸ばした。

 すると空間は捻れ歪み、ベルの腕はその異空間へとゆっくりと沈んでいき、そこを中心に大きな渦が出現する。

「......なるほどね。万物を掴み取る彼の左腕。それは空間だろうと、その先(・・・・・・・・・)だろうと意味はなさない(・・・・・・・・・・・)、か。なら、あの程度のことは造作もないのか」

 嵐の中心地。

 そのすぐ隣にいるフィンは涼しげな表情で、しかし興味深い対象を見る、そんな表情を浮かべていた。

 常人なら近寄るだけで昏倒してしまう凶悪なまでの殺気を浴びながらも。

「_______さあ、《血脈》。今から此処をお前が殺せ」

 

 

 

 

 何処ともな吹き荒れる風が、草木を、岩石を、大地を大きく揺らし破壊する。

 次元の壁は硝子細工の如く砕け散り、ベルの腕には一振りの刀が握られていた。

 

 

 

 《骨刀・血脈》。

 

 

 

 この世界最後の魔人が自身の片腕を代償に造り出した、唯一無二の"番外等級武装"である。

 刀身は一切の白。

 汚れなき純粋の刃。

 しかし、その実は世界の全事象を喰らう獰猛な狂剣であり、対象を死へと導く架け橋(・・・・・・・・)である。

「_______さて、殺すか」

 

 

 

______________ ■■■■

 

 

 

 ベルはその左腕を真横へと振り払う。

 それと同時に荒れ狂っていた嵐は止むと、辺りには静寂が生まれた。

 そして、ベルは掛けていた眼鏡を外し、握り潰すと、そのまま大地を蹴り抜き、隷獣の元へ疾走を開始した。

 

 

 

 

 

 隷獣の天地が逆転した。 その巨体が大地に翻れば、それが及ぼす被害は酷く単純に分かりやすい。

 大地が陥没し、岩石が飛び散り、至るところに突き刺さる。

 しかし、そんな被害よりも疑問を抱いているものがいた。

「......なんじゃ、この"圧"は?」

 当人であるガレスは、目の前の惨状にも目を向けず、突如顕れた重圧の方に首を傾げていた。

 今までの人生において、これ程の重圧は数える程度しかない。

 ガレスはオラリオでも最高峰の冒険者であり、頂点の一角と言ってもいい存在だ。

 そんな彼が戦くということは、それ程までにその重圧の強さがとてつもないレベルのものだと伺えた。

「......フィンでもなければあの小僧(・・・・)でもない。さすれば_______」

 

 

 

『■■■■■■!!!』

 

 

 

 隷獣の咆哮が木霊すると、それは空気を叩くようにして振動し、波状の衝撃波となって襲いかかる。

「もうそれは通用せん」

 しかし、此処にはリヴェリアがいる。

 彼女の防御結界は既に最硬と呼べるまでに強度を増しており、隷獣の覇音咆哮では破壊することは不可能になっている。

 更に言えば、周囲への被害もただ煩いだけのものと化しており、隷獣の咆哮は完全に無力化されていた。

「_______沈め」

 一閃。

 残光煌めく横薙ぎの一撃が、彼の一言と共に隷獣の両前脚を切断した。

 隷獣は言葉通りに大地へと沈む。

 40M程ある巨大なモンスターの脚を切断しようにも、本来であれば彼の筋力と剣の技量では不可能である。

 魔人が造り出したこの魔剣があるからこそ起こせた奇蹟の一撃であった。

「流石に両脚を斬ったくらいじゃ駄目か。......取り合えず、こいつが何で構成されているのか_______」

 目の前で直ぐ様、超速再生を完了する(・・・・・・・・・)隷獣に彼は冷徹な視線を浴びせ、跳躍した。

 それは隷獣の頭上である。

「少し見てみようか」

 続く一刀両断。

 彼は《血脈》を振り下ろした。

 全長は尾を含め60Mに達するこの隷獣は、今度は頭から尾の先まで、真っ二つに切断された。

「何もない、か......とすれば_______」

 断面は一切の白。

 骨や血液、筋や肉が見えるわけでもない。

 只の白である。

 しかし、その只の白こそがこの隷獣の再生能力の正体であった。

「細胞一つ一つが、こいつ自身ってところか......」

 恐らくではあるが、この隷獣は細胞が一つでも残っていれば、そこから再生が可能なのだろう。

 つまりは、この怪物を倒すには一撃で全細胞を消滅させる、またはそれに該当する攻撃での完全消滅に他ならない。

 現に隷獣は斬られてから僅か数秒で、既に再生が完了していた。

 いや、この場合は再接着と言った方が正しいか。

「......あの一撃(・・・・)はまあ、過剰。ならもっとスマートに、だ。《血脈》のお陰で今ならこいつの"点"が見える。それなら、やるべきことは簡単だ」

 彼は、つまらないと呟いた。

 

 

 

「終わりにしよう。哀れなる星の獣、その眷属よ。此処はお前が居て良い世界じゃない」

 

 

 

 見開くは、世界へと死を与える瞳。

 この世界における死神とも呼べる彼の眼である。

 純白の獣のその額へ、血へと染める真白の剣が突き立てられた。

「さようなら。また会おう」

 音もなく、感触もなく、その刀身は入り込んでいった。

 慣れ親しんだ、何時もの感覚。

 

 

 

_______ああ、つまらない。

 

 

 

 結局、誰も彼も全力を出せば只の一撃の元に沈んでしまう。

 この世界は何て、脆く弱いのか。

 例外もいるが、それも本当に例外で数が少なすぎた。

 脆弱にも程がある。

 

 

 

_______つまらなくなったね、本当。

 

 

 

 彼の意識は、闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「はははははははは!!! 最高だよ、君は!!」

 笑う、一柱の神格。

 その傍らには、二人の男女が立っていた。

「......なるほど、対象の死に干渉し、殺す力か!! ははっ!! 素晴らしい、素晴らすぎるぞ!」

 両手を広げ、喜びを表現する彼は、とても子供のようであった。

 ただし、子供というには余りにも邪悪であったが。

「君達はどう思うかい?」

「......あなたを今ここで、殺してやりたいです。分かりますか、私の気持ち」

 女性は色のない瞳でその神を睨み付けた。

 今の彼女からは怒りと殺気しか感じられない。

 温度すら感じない冷徹な視線は見るものを震え上がらせるだろう。

「_______"直死の魔眼"と言ったところかな。少なくとも視覚による認識干渉という過程を挟むようだし。まあ、名前に関しては本当は微妙なところだけど......そうだ。君は既に彼の力を魔眼と仮定してたよね」

 男は顎に手を当てて少し考えながらそう言うと、彼女の方を見た。

「......えぇ、まあ。聞いた話と実際に見た事実を照らし合わせて推測したものに過ぎませんが。しかし、情報が少なすぎて......」

 彼女の言葉は最後、消えいるように溶けていく。

 研究者である彼女にしてみれば、悔しいことなのだろう。

 その表情からはそういう感情が見て取れた。

「叡知を持つ君達でも、確定したことは分からないなんて、やはり彼は素晴らしい例外(イレギュラー)みたいだ! 全く昔から見守っていた甲斐があるよ!」

 楽しくて、笑うことを止められない神。

 それを見た彼女は神への殺意を高めていた。

「あの魔剣の出所_______は予想はつくし、"格"も"種類"も僕の(・・・・・・・)ものとほぼ同じ(・・・・・・・)と言っていい。興味深いと言えば、そうだね。本音で言うと魔剣よりも、やはりあの眼の方が気になるけど_______」

 いや、それよりも。

 男はそう言うと、軽薄そうに笑う神を見た。

「......あの隷獣(スクラヴォス)、《因子の獣(ファクターズ・ビースト)》をここに呼んだのは貴方ですか?」

「そんなわけないよ。彼とも約束していたんだ。何もしないと。でなきゃ僕が殺されてしまうからね。まあ、でも。これを行った存在は知っている。......本当に不器用な女神だよ......」

 神の浮かべるその表情は、先程の軽薄そうな笑みと比べ、酷く哀しそうなものに二人は見えた。

 

 

 

 

 

 戦いはとても呆気なく幕を閉じ、隷獣は《迷宮の楽園》から消失した。

 死という絶対の概念を叩きつけられ、戻るべき場所へと還っていった。

 今回の戦闘による総被害としては、まずリヴィラの街が全壊した。

 今後少なくとも、数ヵ月の復旧作業が見込まれる、そんな大きな傷跡を残すものになった。

 最も酷かった被害はロキ・ファミリア、ヘファイフトス・ファミリアを合わせて死者23名、重傷者19名、軽傷者68名という数多くの冒険者が犠牲になったことだった。その中には、一線級の冒険者もいたというのにだ。

 

 

 そして、その中に該当しない意識不明者が一人。

 

 ベル・クラネル。

 

 

 今もオラリオの中央病院で、目を覚まさないでいた。

 

 

 

 

 

 

第四章『巨神殺し』完



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第五章 シンの嚇醒 Sinner of Fatal Emotions.
#51 プロローグ


「まさか! ありえん! ダンジョンに《因子の獣》が出現したというのか!?」

 ある男神の叫びが響く。

 オラリオでは緊急の神会が開かれており、そこには一部を覗き、ほぼ全ての神々が集結していた。

 その神々の中で叫びを上げた男神かれの眼球と手足は酷く震え、それ・・が何れ程の脅威で恐怖の存在なのかが分かるだろう。

 その証拠に加え周囲にいる他の神達も同様の反応をしていた。

「そもそもだ! 《巨獣(ベヒーモス)》も《巨蛇(リヴァイアサン)》も《死竜(クロウ・クルワッハ)》も確かに1万5000年前に我々で_____」

「だが、現実問題、ここに現れてしまっているのだろう! まだ《因子の獣》なら良い! 問題なのはそれこそ奴ら自体(・・・・)が現れてしまうことの方が!」

「止めてよ! もうそんなの思い出したくもないのよ! いやぁぁぁぁ!!」

 神会は既に地獄絵図。

 神々は皆怯え、発狂しかけていた。

 いや発狂しているものもいた。

 

「_____黙れ。喚くな。ど阿呆どもが」

 

 ドスの効いたその一言で、神会は一瞬で鎮まり反った。

 赤髪の狐目の女神、ロキである。

 彼女はテーブルを人差し指でひたすら叩いていた。

 怒り、という感情をここにいる全員が感じ取っていた。

「ろ、ロキ......だが、な! あの怪物共だぞ! 我らに反するあの_____」

「ロキの言うとおりよ、落ち着きなさい。貴方達。みっともないわよ」

 その隣に同じく怒りの感情を抑えきれてない赤髪独眼の女神、ヘファイストスが彼等を睨んでいた。

「うちのもんらが殺された。13人や。ヘファイストスのとこも入れたら23人。他に怪我人も何人も。なあ、ほんとなんでやろうなぁ!」

 ロキは思い切りテーブルへ拳を叩きつけた。

 そう彼女は自分自身へ怒っていた。

 自分達の不始末で、子供達に被害が及んだことに。

 それはヘファイストスも同じで拳を握り締めていた。

「《勇者》、《九魔姫》、《重傑》、《光を掲げる者(ルキフェル)》の四人があの場は納めたようやけど。あの子らでこの被害は_____」

 余りに多すぎると、ロキは続けた。

 オラリオの頂点と呼ばれる実力者達で、かつ不意打ちに近い出現で、彼らが本気を出しきれていないとしてもだ。

 この被害はあり得ないものだった。

「ま、待ってくれ。《光を掲げる者》と言ったか? 彼はレベル2だろう!? 他の三人とは実力が違い過ぎる彼もあれ・・を止めたメンバーの一人なのか?」

「正確には止めを刺したのは彼よ。隷獣を完全消滅させ、戦いを終わらせたのは」

 ヘファイストスはそう付け足した。

 その一言に更に神会はざわついた。

 レベルが意味をなさないなどあり得ないことだからだ。

「《光を掲げる者》はうちらにとってはある種の希望の星や。うちの三人や他んとこのレベル7以上(・・・・・・)の子らと既に同格と言ってもええ。それに最近は彼らに近い冒険者も出ていないっていう現実を考えると、今後の前線を行くのはあの子で間違いない」

 ロキの言葉は事実であり、オラリオのトップに近い冒険者はここ何十年も現れていない。

 それこそアイズ・ヴァレンシュタインが最もそれに近い存在だった。

「やから、ここで言っておくわ。あの化物に対抗するための戦力を増やすのが今最優先でうちらが行うべきことや」

 各種ファミリアの訓練の質をあげること、ランクアップを積極的に行っていくこと、各ファミリア同士の連携の強化、彼の化物に関する情報共有の四点だ。

 ここから先ファミリア同士で争うことはなるべく避けていきたいのだ。

「そして、《光を掲げる者》ベル・クラネルに関しては手を出すな。これは絶対や」

「何故だ? そもそも彼は貴様のファミリアではないだろう? それこそ、今ここにはいないがヘスティアが言うのなら分かるが」

 髭の生えた老神がロキへ言葉を投げ掛ける。

 他の神々も同様のようであった。

「そのヘスティアが今居ないから言ってるのよ。彼は希望の星であると同時に、まだわからないところもある。下手に手を出して何かあったら(・・・・・・)それこそ不味いでしょうが」

 ヘファイストスは、そんなことを宣う神へそう言った。

 少なくともヘファイストスには今言ったこと以外にも意図はある。

 ベル・クラネルを個人的に下賎な輩から守りたいと言うのが一番であった。

 決してそれは面には出さないが。

「だ、だがなぁ......」

「それともあの子に何かするつもりなのかしら。貴方達は?」

 ヘファイストスの一言に他の神々は沈黙する。

 勧誘でも行おうとしていたのだろう。

 ベルには少なくとも身内のファミリア・・・・・・・・に所属してもらいたいのがヘファイストスとロキの共通意見である。

 少なくともロキは身内という表現に納得は余りしないだろうが。

「とりあえず、話はこれで終わりや。やらなきゃいけないことが仰山ある。それはここにいるあんたらも一緒やろ?」

 ロキはそう言って席から立つと、他の神々に目もくれず部屋から出ていった。

 ヘファイストスもそれに続いて出ていくと、この場を完全な沈黙が支配していた。

 誰も時間停止をしているかの如く、固まっている。

 彼らがこの場から動き出せるのは当分先のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全面が白の壁に包まれた部屋。ベッドが一つ、椅子が一つの限りなく簡素な作りの部屋には二人の影があった。

「......」

 真白のベッドには白髪の少年が酸素供給用マスクを付け寝ていた。

 その寝顔はとても穏やかで、このまま息を引き取ってもおかしくはない程に起きる気配はない。

 勿論、胸部の上下する動き、酸素供給用マスクが点滅するように曇るのを繰り返しているのを見れば生きていることに間違いはないようではある。それを生きていると言えればの話(・・・・・・・・・・・・・・・)ではあるが。

「......ベルくん」

 ベッドの傍の椅子に腰掛ける黒髪ツインテールの女神は少年______ベルの名前を呆然とした表情で呼ぶ。

 その目元は泣き腫らした後なのか、紅く染まっていた。

 彼女は彼がここへ運ばれてから毎日通っていた。

 ここはオラリオ中央病院と呼ばれる都市最大の医療施設の中の一室であった。

 オラリオは冒険者が多い。その為、戦闘による怪我人や毒や呪詛による疾病等、病院を利用するものも自然と多くなってくる。

 そんな都市の中でも最も設備が整っているのがこのオラリオ中央病院であり、医療系ファミリアの最大手であるアスクレピオス・ファミリアがここの運営を行っている。

「......お願いだよぉ。早く目を覚ましておくれ。ぼく、寂しくて死んじゃいそうだよぉ」

 消え入りそうに弱った声でヘスティアはベルにかかっている布団を握り締め、そう言った。

 枯れたと思っていたラピスラズリの瞳からまた涙が溢れ、横にある机の上の花瓶の花が散った。

「......」

 しかし、その言葉に彼は答えてくれることはなかった。涙を堪えようとはするが、結局は堪えることはできず、ヘスティアの悲しみ呻きがただただ響くのみであった。

 

 

 

 そう、ベル・クラネルが《迷宮の楽園》である怪物を殺し、そこで倒れ、ここに運ばれてから今日で2週間が経過しようとしていた。

 

 

 

 彼は怪物へ絶対の一撃を放った直後に気を失い、多数の怪我人と共に至急地上のここまで搬送されたのだ。

 その際、ベルの深い関係者である者達______主に女性陣の反応は言うに及ばずだろう。

 一つ言えるとすれば、皆絶望と悲しみに染まった顔をし、涙を流していたことだ。

「______失礼致します。って、ヘスティア様......? やっぱりまだいらっしゃったんですね......?」

 トントンとノックする音と共にドアが開かれると、髪をポニーテールに纏めたエルフの少女が入ってきた。

 呆れたような、心配しているような入り交じった感情が交差している顔をしながら、彼女______レフィーヤ・ウィリディスは軽く溜め息を吐いた。

「......れ、レフィーヤくん。放っておいてくれ。ぼ、ボクはベルくんの側に居たいんだよ」

「あのですね。あと30分で面会は終了の時間なんです。色々無理を言っている状態(・・・・・・・・・・・・)で、病院にも彼にも負担はかけたくないですよね?」

 外は既に日が沈みかけている。

 ヘスティアは毎日、面会が始まる時間の最初から最後までベルのもとに居ようとしていた。

 もし何も言わなければ飲まず食わずで24時間ここに居るだろう、そんなレベルだ。

 病院側も肉体的な健康面に特に異常が無いのと多方面からの要請当の理由に、これほど長時間の見舞いを許している部分があったがそれでも限度はある。

 故にレフィーヤが毎日ヘスティアのストッパーとしてここへ来ていたのだ。

「それに、健康面で言ったら寧ろヘスティア様の方が心配です。毎日ここに来て、今日だって何も食べていないでいないですよね?」

「......何も食べたくないんだよ。ベルくんがこんな大変な時に」

 ヘスティアの表情は酷く沈み、無気力状態のようになっていた。言うなればこの地上世界唯一の家族である彼が、目を覚まさずに病院で寝ているのだ。

 その悲しみは計り知れないだろう。

 もしレフィーヤも憧れの人であるアイズ・ヴァレンシュタインが同じ状態になったらどうなるかは分からなかった。

「......気持ちは分かりますが、それで彼が喜ぶとお思いですか? 少なくとも彼はそういうことで喜ぶような人とは思えません」

 少なくともベル・クラネルという人間はお人好しな性格で、特に女性に対して優しい。

 苦しんでいる表情など見たくもないはずで、今の状態のヘスティアを見ればあの手この手で止めに来るはずだ。

「......でも」

「でもではありません。ヘスティア様、貴方は早く何か食事を摂って身体を休めて下さい。でないとヘスティア様が倒れてしまいます」

 無理矢理レフィーヤはヘスティアを立たせると、外にいた彼女の部下であるエルフの女性数人に預け、連れていってもらった。

 最初はかなり抵抗された、冒険者の筋力と力を失った神では力の差は歴然であり、更に言えば2週間も経過すればヘスティア自身その気力すらなくなっており、すんなりと行くようになった。彼女達には《豊穣の女主人》へ、ヘスティアを連行してもらってそこで食事を摂らせている。

 どちらが看病されているのかという感じであるが、ヘスティアの様子は尋常ではなく、あのまま放置すれば消えていなくなりそうであった。

「......早く起きて下さい。貴方が起きないせいで、みんな調子が狂っているんです」

 私もこんなことをさせられていて、と消え入る声でレフィーヤは呟いた。

 勿論、ここにいるのは彼女の本意ではない。ある人物からの絶対の命令であるが故のものだ。

 そうでなければこんなところ来るわけがない______のだが。

「寝顔は可愛いのに......いつもの軽薄な態度はどうしたんですか? いつまでもそんな様子だと私まで______」

 調子が狂ってくる、それは彼女自身絶対認めないであろうが、その表情に現れていた。

 ベル・クラネルが目を覚まさないということが周囲に与えている影響が何れ程のものなのか。

 少なくとも、レフィーヤの知る限り、彼の関係者である面々だけの話だけではなくなってきており、彼女の大切な人達にもそれが現れていた。

 

 

 

 

 そして、その影響は既にこのオラリオ全土へと波及し、この世界に更なる変革をもたらそうとしていた。




3年もお待たせして申し訳ございません。
色々な事情がありまして、漸く帰ってこれました。
これからも細々と執筆させて頂きますので、拙作をよろしくお願いいたします。


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#52

「......私がヘスティア・ファミリアに、ですか?」

 これは《迷宮の楽園》の一件から一週間が経ち、ほんの少し(・・・・・)ではあるが落ち着いた頃。

 ロキ・ファミリアのホームである《黄昏の館》、その団長室にて。

 突然呼び出されたレフィーヤ・ウィリディスは、疑問符を浮かべながらそう言った。

「うん、そうだよ。正確にはクラネル君の看護というより警備と、ヘスティア神の様子見かな」

 執務机に座るフィン・ディムナは両手を組みながら両肘をつけながらそう告げた。

 その顔には少しではあるが疲労が見える。

 あの件の後、ロキとギルドへの報告を纏め、亡くなってしまった冒険者の家族への連絡と弔慰金の準備等を行うなど様々なことを行っていた。

 いくらロキ・ファミリアにいる総務担当や経理担当が居るとは言え、この非常事態に率先してフィンが指示を行わなくてはならず、多少てんてこ舞いであったようだ。

 当分その忙しさが続くと思えば、流石我らが団長だとレフィーヤは尊敬していた。

「どうして、私がベル・クラネルの為にそんなことをしなくちゃいけないんですか!」

 だが、それとこれとは別であり、思わずレフィーヤは叫んでいた。

 ベル・クラネルはレフィーヤが今最も嫌う人物の一人である。

 いくら《迷宮の楽園》の件があるとは言え、レフィーヤはそれでも(・・・・)心の奥底で、ベルを認めることが出来ていなかった。

 彼はアイズの周りを飛ぶ害虫であるからだ。

「まあ、落ち着け。レフィーヤ。ベルは言うなれば、我々を救った英雄だ(・・・・・・・・・)。私たちは彼に大きな借りがあるのだ」

 腕を組んで、その会話を見守っていたリヴェリア・リヨス・アールヴはレフィーヤを宥めるようにそう言った。

 彼女はエルフとしても魔導師としても最も尊敬している人物であり、オラリオ最強の魔導師として頂点に君臨するロキ・ファミリアの副団長である。

 フィンに続いてリヴェリアにまで出てこられると勢いが削られた。

「ここできちんと借りは返さなくては、ファミリアとしての権威にも関わってくる。それは勿論わかっているな?」

 ロキ・ファミリアはオラリオ最高峰のファミリアであるのは周知の事実だ。

 故に少しの悪評でさえ、オラリオ全土にすぐに広がってしまう。

 特に多数の冒険者と《迷宮の楽園》を守った英雄へ借りを返さないとなれば、どうなるかは言わずもがなだった。

「で、ですが! なんで私が!? 私じゃなくても他に良い人だって! それこそティオナさ_____あっ」

 ここでレフィーヤは自身が失言をしてしまったということに気づき口を塞いだ。

 アイズ・ヴァレンシュタインとティオネ・ヒリュテ、ベート・ローガの3人はあの戦いの後、自身への不甲斐なさに打ちひしがれ、以降ダンジョンに再度潜り修行に励んでいた。

 ただその中でティオナ・ヒリュテという少女は少々事情が違っていた。

 彼女はあの戦いの後、ベルが目を覚まさないという事実を知ると、自身の怪我も省みずに病院へ走り出したのだ。

 しかし、病室で本当に目を覚まさないベルを見るとその場で崩れ落ち、泣いたのだった。

 あの天衣無縫、天真爛漫のティオナが涙を見せるということは非常に珍しい。

 それ程までにティオナはベルを愛していたのだ。

 その後ティオナは何かを決意したような表情になると、涙を抑え立ち上がり病室から出ていった。

 そして、一週間経過した今でもホームへ戻ってきていない。

 ティオナが今どこで何をしているかは誰にも分からなかった。

 実力を考えてもフィンを始めとした首脳陣はそこまで心配はしていないようだったが、それでも今のダンジョンは何が起こるか分からない。

 皆、心配はしていた。

 しかし、それと同時にフィンが問題ないと言っているということがティオナの安全性を示していることでもあったのだった。

「彼女の事情は関係ないよ。レフィーヤ、僕は君が一番この役割に相応しく、合っていると思っている。期待してるんだよ」

 フィンの言葉はこのロキ・ファミリアにおいて最も重いものである。

 その言葉は絶対とも言える。

 団長としての彼の言葉は誰にも覆すことはできない。

 それは例え神だとしてもだ。

「私も同意件だ。これは他でもないレフィーヤに頼みたいのだ。他の者では駄目なんだよ」

 そして副団長であるリヴェリアも重ねてその言葉を放つ。

 ファミリアの2トップにそんなことを言われ、レフィーヤの劣勢具合は既に崖の淵であった。

「それにこの任務をしっかりこなしてくれた暁には、ご褒美も用意してあるんだ」

「......ご褒美、ですか?」

 ご褒美という一言にレフィーヤの眉はピクと動いた。

「あ、表情が変わったね。リヴェリア頼むよ」

 笑みを浮かべているフィンにリヴェリアはまったくと溜め息を吐いた。

「君への魔法訓練だが、私が一対一で教えようと思っている」

「ほ、本当ですか!?」

 リヴェリアの提案は、レフィーヤにとって破格のものであった。

 というよりだ、リヴェリアはオラリオ最強の魔導師であり、それは同時に世界最強を意味している。

 故に彼女に魔法の教えを乞うものが後を絶たない。

 しかし、リヴェリアはそれを断っているのだ。

 理由としては切りがないというのと、リヴェリア自身が副団長としての公務で忙しいというのがある。

 時間さえあればファミリアの団員達に教導するのであるが、個人にのみ教えるということはない。

 そんな中のこの提案である。

「ああ、本当だ。約束しよう」

 これは願っても無い機会であるとレフィーヤは確信した。

 レフィーヤにとって、ベル・クラネル(デメリット)を圧倒的なメリットが塗り潰した瞬間であった。

「決まったみたいだね。レフィーヤ、ロキ・ファミリア団長として君へ命令する。ベル・クラネル並びにヘスティア神のことを頼むよ。良いね?」

 

 

 

 フィンのその言葉にレフィーヤは大きく頷き、了解の返事をした。

 

 

 

__________頼むよ、ベル・クラネル。君には期待してるんだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 そして、邪悪とも言える呟きはレフィーヤには聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

「ほら、全然進んでねぇじゃねえか」

 オラリオ中央区の飲食街。

 近くにはギルドがあり冒険者等、中々に栄えている通りだ。

 そのとある飲食店のテーブル席に二人の影があった。

「......食べたくないです」

 小人の少女がそう赤髪の偉丈夫へ返すと、男は食べていた硬い安物のステーキをナイフとフォークで強引に切り分け、食らい咀嚼しながら喋り出した。

「これ、硬っ......お前なぁ、折角奢ってやってるのによ」

 文句を言いつつも噛み締め、ほらと少女の前にあるステーキを指差した。

「......頼んでませんし。ヴェルフさんもしつこいですね。あと食べながら喋らないでください」

 汚いですと目の前の男性、ヴェルフ・クロッゾへそう言った。

「あーあ。そういうことを言うんだなぁ、リリ助。全く、冷たい奴だぜ」

 リリ助と呼ばれた少女、リリルカ・アーデはまた始まったと呆れた表情をしている。

 このやり取りは既に一週間続いているからだ。

「あのなぁ。お前に何かあったら旦那に面目立たないだろ? ガリガリに痩せられても困るわけだ」

 最後の一口を食べ切ると、30点だなこれはと漏らした。

 一体何点中の何点なのかは知らないが、表情等見れば察することができた。

「おーい。リリ助?」

「......ヴェルフさんはベル様のこと心配ではないのですか?」

 ポツリとリリルカは俯きながらそう言った。

 よく見れば、膝に置かれた両手が震えていた。

「心配って......どうしてだよ?」

「どうして、じゃないでしょう! もう一週間も目が覚めてないのですよ! おかしいじゃないですか!?」

 店内にリリルカの絶叫に近い声が響いた。

 客達の視線がリリルカとヴェルフの席に集まる。

「あんな得体の知れない怪物を一瞬で倒した代償が何れ程のものなのか! リリは恐ろしいんです! もしかしたら一生目が覚めないかもしれないと思うと!」

 今のリリルカにとってベルは心の拠り所であり、全てである。

 その彼がもし一生目を覚まさないとなれば、リリルカはこの世界にいる意味がなくなってしまう。

 そのリリルカへ、今そんなことを言う(・・・・・・・・・)ヴェルフを許せなかったのだ。

「おいおい、リリ助。落ち着けよ、店ん中だぞ」

「落ち着けるわけないでしょ!」

 最早リリルカには周囲の目が見えていない。

 軽く錯乱(パニック)状態になっているようだ。

「......あぁ、ったくよぉ。(わり)いな、騒がせちまって。勘定ここに置いとくからよ。ほら行くぞ」

 カウンターにいる店員へ申し訳なさそうにそう言うと、ヴェルフは大きくため息を吐く。

 机の上に勘定を起き、立ち上がると、ステーキが無駄になっちまったなとヴェルフは呟いた。

 そのまま強引にリリルカの腕を掴んで外へ連れていく。

 周囲は痴話喧嘩と思ったのか、すぐに二人がいたことを忘れたのかのように普段の食事に戻っていった。

「おーい、リリ助。お前飯食いそびれてんじゃねーか。ったく、じゃが丸くんで良いよな? あのステーキな、実は大して美味くもなかったし食わなくて正解だったぞ」

「......離してくださいっ!」

 店の前、掴まれていたヴェルフの手を無理矢理離すと、掴まれていた腕を擦りながら睨む。

「おいおい、そんな怒るなって。悪かったよ。つーか、お前マジで落ち着けって。ちょっとヤバイぞ本当に」

 ヴェルフは謝りつつも、リリルカの状態に軽く引いていた。

 いくらなんでもここまでベルに依存しているとは思っていなかった。

 相当なもの(・・・・・)を植え付けられているようだ。

「何なんですか、本当に......人の気も知れないで!迷惑なんですよ! うざったいんです!」

 リリルカの口は止まらない。

 自身を制御出来ておらず、ヴェルフを罵る。

 更に言えば道のど真ん中でこんな大騒ぎをしていればまた自然と注目を集めてしまうのも必然であった。

「あー......だから悪かったって、マジで。頼むから喚かないでくれって_____」

 

 

「うるさい!うるさい! この《没落貴族(カースス・ノビリス)》!」

 

 

 止まらくなったリリルカから放たれた一つの言葉。

 それは言うまでもなく差別用語であり、公共の場で言うような言葉ではなく、何人かの人は大騒ぎではなくその言葉に驚いていた。

「そんな人の心に無神経に入ってきて! そんなだから周りから離れていかれるんですよ! 一族も衰退していくんです! 」

「あー、うん......わかったわ、もう黙れよ、お前。流石に言い過ぎだ」

「元はと言えば無理矢理連れ出したあなたが悪いんでしょう! リリは悪くない! 武器だって、ベル様以外に作っていなかったのも、自分に言い訳していただけですよね!? 本当はまともな武器作れないん_____」

 

 

「......良いから黙れよ、な? それ以上続けるならマジでぶっ殺すぞお前」

 

 

 殺気とともに放たれた言葉にリリルカは固まってしまった。

 レベル差と経験差、体格や顔も相まってリリルカにとっては恐怖の対象でしかない。

 ただ、それ程までにヴェルフをキレさせてしまった事実があるのも事実であった。

「あんな糞野郎共(・・・・)と俺を一緒にすんな。俺の名前はヴェルフ・クロッゾだ。分かったか? 大馬鹿野郎」

 眼光鋭い形相でリリルカを睨み付け、そう吐き捨てると彼女の首根っこを掴んだ。

 怒りというより失望であろうか。

 あのベル・クラネルが側に置いているのだから何かあるのかと思えば、ヴェルフ・クロッゾの実力も見謝り、あろうことかあの糞野郎共と一緒にされては許せるはずがない。

 例えベルが何かを認めていたとしてもだ。

 絶対に曲げられないものがヴェルフにはある。

「あと、大体な! 旦那があれしきのことで一生目が覚めないわけないだろ!? お前は旦那を全く信頼していない!」

 そして、絶対に許せないことがもう一つ。

 ベル・クラネルを侮辱した(・・・・・・・・・・・・)ことである。

「旦那はな! 最強なんだよ! 無敵なんだよ! お前みたいな常人の頭じゃ理解が追い付かないくらいにあの人はすげえんだよ!」

 そして、ヴェルフの口も止まらない。

 完全にぶちギレていた。

「お前の短い物差しで旦那を計るんじゃねえよ! 馬鹿野郎!! お前は信じて旦那の帰りを待てば良い! お前に今できるのはそれだけだろ、このカスが!」

 ヴェルフも口調が大分荒れている。

 それ程までに頭に来ているということではあるが、おおよそ女性に使う言葉遣いではない。

 言いたいことを言い切ったヴェルフはその場に唾を吐き捨てると、呆然としているリリルカを残してその場を去っていった。

 残ったのはざわつく観衆と尻餅をついたリリルカだけであった。

「......全然怖くないですし、ベル様の方が怖いです」

 リリルカが最初に絞り出したのはそんな言葉であった。

 ベルの方が、ベルがいたら、そんなことが彼女の頭の中をループする。

 彼女の頭の中にはベルしかない。

 ヴェルフへの暴言などは欠片も残っていない。

 ただ、ベルを信頼していないという言葉だけがリリルカの心を貫き、脳裏に残っていた。

「......そんなの分かってますよ」

 リリルカは腰に装備しているベルから短刀に触れる。

 それは彼女が最も大切にしているものであった。

 実際彼女がヴェルフの言ったことを理解しているのか、それは彼女しか分からないことではあるが、少なくとも今のリリルカにはベルの言葉以外、真に通じるものはないのだろう。

「......ベル様ぁ。リリはどうすれば」

 その小さな嘆きは観衆の声に掻き消され、彼女の姿は雑踏に消えていった。




大変申し訳ございません、編集前のを投稿していたみたいで、一度削除致しました。
重ねて申し訳ございません。
今後ともよろしくお願いいたします。


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#53 死兎再臨 Rebirth of Death Rabbit.

特殊回


 オラリオのとある地区の賃貸アパルトメント。

 1LDKで中も綺麗と中々に良い物件で、家主である人物の勤務先も徒歩10分程という距離だ。

 その分かなり家賃は高いのだが、彼女の給料も相応なものだった。

 だが、今日は平日であり本来仕事の日であった。

 家主である彼女、エイナ・チュールはここ数日間家に引きこもっていた。

「......だから言ったのに」

 彼女はベッドの上で体育座りをして、俯いていた。

 何の気力も起きないというのが見てとれた。

 譫言(うわごと)のように呟く日々。

「どうして、起きてくれないのよ。私のこと見てくれてるって言ってたじゃない......」

 思い返すは甘い彼の言葉だ。

 彼女の脳裏には今まで行ってきた彼とのやり取りが蘇ってきていた。

「会いたいよ、ベル君。私は世界で一番貴方のことが好きなのに......」

 どうしてこんなに無力なのだろうか。

 アドバイザーという仕事柄、冒険者の力には直接なることが出来ず、その帰りをひたすら待つのみだ。

 いつも彼は呑気に帰ってきていたのに。

 あの日、彼は死んだように眠った姿で帰って来た。

 あの時の感覚をエイナは忘れることが出来ないでいた。

 この世で一番大切な人が居なくなるかもという絶望を。

 もうあれから二週間以上目が覚めていない。

 医者が言うには命に別状はない、後は彼次第と。

「早く起きて欲しいよ。ベル君」

 彼女は仕事も集中出来ない程に精神がやられてしまっており、同僚が見かねて有給を取らせたのだった。

 たまに仲の良い彼女の同僚が来ては、ご飯を食べたり等してはいるが、改善する余地はなかった。

 それでも最初よりは幾分マシになったのではあるが。

 彼女はベルの見舞いにも最初の一回以降行けていない。

 もし目が覚めなかったら、そのまま消えてしまったら、それらを考えるだけでエイナは恐怖に震えていた。

「何処にも行かないって言ったのに......」

 嘘つき。

 嘘つき。

 嘘つき。

 嘘つき。

 嘘つき。

 心の中で反芻するその言葉。

 エイナはそう思い込むようにして、自身の心を守っていた。

 もし、冒険者になるのをきちんと止めていれば等考えれば考えるほどに、エイナの心は蝕まれていく。

 誰も悪くはないが、同時に何かを悪いと思わないと耐えられないのだ。

 エイナの罪悪感や後悔などマイナスの感情が渦巻き続けている。

 

 

 その時だった。

 

 

 ドンドンドンッとドアを勢いよくノックする音が響いた。

 その音にエイナは酷く驚いた。

 ミイシャだろうか、そう考えつつ、エイナはドアの方まで歩いていった。

 休み始めたときと比べれば足は軽くはなかったが、それでもまだ重たい挙動だ。

 最初は誰かが訪ねて来ても出なかったが、ミイシャが大家さんに言ってエイナが心配だということを伝え、無理矢理開けてもらったそうで、流石にそこまで心配をかけるのもあれだったので、誰かが来たら出るようにはなったのだ。

「ミイシャだ」

 ドアの覗き穴から外の様子を確認すると案の定、ミイシャであった。

 何やらソワソワしている様子だ。

 どうしたのだろうという感情と同時に安心したエイナは鍵を解錠し、ドアを開けた。

「ミイシャ、どうし_____」

 

 

「エイナ!! ベル・クラネル君の目が覚めたって!!」

 

 

 

 

 

 虚空の幻界。

 均一の宇宙

 天元の幽世。

 無限の時空。

 

 全能の極地、至限の四界、その全てを内包した歪曲空間に彼ら(・・)はいた。

 

 

「ねぇ、君は今楽しいかい?」

 

 楽しい? お前は何を言っているんだ。

 

「そのままの意味だよ。ずっと楽しいなんてことはないだろうけど、オラリオに来て、色んな人達に会って、色んな経験をして、どこかで楽しいって思ったことあるでしょ?」

 

......意味が分からないな。俺に何かが楽しいなんて感情、あるわけないだろ。

 

「嘘だよそれは。だって君はとても楽しそうだったよ。あの黒いコートを着てた人と戦った時や、褐色の女の子と戦った時。君は少なくとも楽しいという感情が湧いていたはずだよ」

 

......さっきから何が言いたいんだよ。はっきり言えよ。

 

「そんなにカッカしないの。僕が言いたいのはね、君に人生をもっと楽しんで貰いたいってことだよ」

 

 それとこれと、さっきの話と何が繋がってるんだよ。

 

「君にはもっともっと正直に生きて人生を楽しんで欲しいんだ。何の負い目も考えずにね」

 

......黙れよ。

 

「君は何も悪くない。僕が弱かった、それだけなんだよ」

 

 黙れよ。

 

「楽しかったんだよね。殺し合うのが」

 

 黙れって。

 

「それで良いんだよ。君はその天性の殺人願望を、もっと解放して良いんだ」

 

 止めてくれ。

 

「僕自身こんなこと言うのは想像もしてなかったけど。でも殺すべきものは殺すべきだと、今ならそう思える」

 

 そんなことをお前の口から聞きたくない。

 

「大丈夫。君はまだ頑張れるし、まだ戦えるし、まだ殺せるじゃないか。この世界は死に値する存在が山程いるよ」

 

 俺は、俺はどうなんだ? 俺は死に値しないってことなのか?

 

「君は死に値しない。いや、それ程の価値をまだ君は見出だせていないんだよ。君が死ぬのはこの世全ての悪(・・・・・・・)を殺してからだよ」

 

 ふざけてるな、本当に。

 

「ふざけてないよ。僕は大真面目だよ。全て本当のことさ。君には幸せになって貰いたいし、それこそ不幸にもなって貰いたい。二律背反ってやつかな?」

 

......わかった、わかったよ。俺どうにか頑張るよ。

 

「うん、それで良いんだ。君のやるべきことをきちんと行うんだ。そうすれば君も正しく死ぬことが出来る」

 

......ああ、そうだな。

 

「......そろそろ時間だね。君も何時までもこんなところに居ちゃ駄目だよ」

 

 わかってるよ、さっさと行くさ。

 

「さあ、いってらっしゃい。僕の愛しのベル・クラネル(・・・・・・・)

 

 ああ、行ってくるよ。

 

 

 

__________Vell Cranel.

 

 

 

 



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# 54

「何とも言い難いね。君の身体は、何ていうか、うん。神秘そのものなのかもしれないね」

 白衣を着たオレンジ髪を後ろで束ねた青年はクランケを見ながら何か思案するような表情でそう言った。

 彼の名前はロマン・アークスマン。

 アスクレピオス・ファミリア所属の医療冒険者であり、ここ______オラリオ中央病院の院長である。

「神秘、ですか? でも神の前で神秘も何も無いと思うんですけどね」

 そう苦笑しながら応えたのは薄い青の患者着を着た白髪紅眼の少年だ。

「ほら、ヘスティア様。そんな泣かないで下さいよ。先生の前ですし」

 そんな彼、ベル・クラネルの腹部にしっかり離さないように抱きついている黒髪ツインテールの少女からは微かに嗚咽が聞こえる。

「べ、ベルぐぅん……良かったよぉ……」

 その少女はベルの腹部に顔を押しつけているため様子は伺えないが、涙やその他諸々で既にぐずぐずである。

 ベルも腹部の湿り気が腹筋を濡らしているのを理解していた。

 彼女はヘスティア。

 この様子からは想像し難いが、神界に名を連ねる正真正銘の女神である。

 ヘスティアは既に30分以上この体勢で号泣しており、誰の声も届いてはいなかった。

「ごめんなさい、先生」

「いいや、気にしてないよ。ヘスティア神は3週間近く毎日朝から晩まで君が起きるの待っていたんだ。こうなっても仕方ないと思うよ」

 罪な男だね、ロマンはニヤニヤしながらそう言った。

 ロマンはヘスティアが毎日お見舞いに来ていることは勿論知っていた。

 来るたび来るたび涙を浮かべ、痩せていく彼女を見るのは辛いものがあり、途中ベルよりもヘスティアの方が危ないのではないかと思う程であった。

 ベルが目覚めた数時間前、それはもう大騒ぎだった。

 傷や病は無く、全てが原因不明でありいつ目覚めるのかすら分からない、そう診断された時のヘスティアは絶望に落ちたそんな表情をしていた。

 そんなヘスティアが今日も暗い顔しながらお見舞いに来て、いつものように受付表に名前を書き、そしていつものように病室の扉を開けた。

 すると何ということか。

 

 

『あ、ヘスティア様。おはようございます』

 

 

 そのような軽い感じでベルはそう普通に挨拶してきたのだ。

 その時ヘスティアは混乱と歓喜が同時に襲い、そのまま泣き崩れてしまった。

 勿論ベルは困惑してしまったが、その泣き声を聞きつけた看護師が部屋に来て、更に大騒ぎになり、今に至るわけだ。

「ヘスティア様……ありがとうございます」

 ベルはそんなヘスティアの頭を優しく撫でた。

 絹のような滑らかな髪質は撫でていてとても気持ちが良い。

 背中を支えながら彼女を労るように撫で続けた。

「そうだ、クラネル君。君の身体ことなんだけどね。3週間寝たきりだったけど、特に問題は無くてピンピンしてる。医者の僕が言うのもあれだけど、それこそこのままダンジョンに潜っても問題ないくらいにね。でもだからと言ってダンジョンには行かないで。最低でも3日は安静にしてね」

「僕、本当にそんなに寝ちゃってたんですね」

「うん、僕も君が搬送されてきた時、正直どうしようかと思ってさ。病状も無ければ怪我も無かったからね」

 それは余りにも正直過ぎるとはベルも思ったが、自身も同じ立場になれば言わないにしろ、同じことを思う。

 処置のしようのない患者程難しく歯痒いものはないだろう。

「痛い所とか違和感あるところとか無いのかい?」

「いや特にないですね。寧ろ身体が鈍って、運動したいくらいです」

 首を横に動かし、ポキリと音を鳴らす。

 今すぐにでもダンジョンにでも行きたいが、それはロマンもヘスティアも許さないだろう。

「あ、そうだ。一つ聞きたいんですけど、僕の入院費用って……」

 ベルは3週間も入院してしまっていた。

 勿論そこに金銭が発生する。

 しかも彼がいた部屋は個室であった。

 故に入院費も共用部屋よりも割高になっているはずだ。

 入院費は1日辺りの相場が少し設備の良い宿一泊より少し高い程なので、それが3週間となれば金額は馬鹿にならない。

 貯金を崩さないとな、ベルは覚悟を決めた。

「ああ、君の入院費用はロキ・ファミリアが全額払ってくれてるからそこは大丈夫だよ」

「ロキ・ファミリアがですか? それはまた……」

 借りを作ってしまったと、ベルはボヤキそうになる。

 それなら全額貯金から払った方が良いとさえ思う。

 彼らにはあまり借りを作りたくなかった。

「そんな顔しないの。何があったかは話は聞いてるよ。君は本当に英雄だ。あのダンジョンにいた最高位の冒険者達でもどうにもならなかった怪物を倒すんだから。入院費用くらい払って貰って良いじゃないか」

「それはまぁ。でもあれはロキ・ファミリアの方達が居たからあの被害で抑えられたのであって……」

「確かに犠牲は出たかもしれない、けど君のお陰で救われた人は大勢居る。それはとても誇るべきことなんだよ」

 確かにベルはあの怪物を完膚なきまでに撃滅した。

 塵一つ残さずにだ。

 だがそれは、彼自身にとってみれば別に誰かを救う為に行ったものではなかった。

 彼の殺戮願望を叶える為の舞台でしかなかったのだ。

 そんな高尚なものでもないし、誰かを救ったなどそんな気持ちもサラサラない。

 あるのは物足りないという感情、ただそれだけであった。

 結果的に救われたことでしかなかったのだ。

「ま、でも取り敢えずはあまり深く考えないでゆっくり休みなよ。英雄くん」

「……先生はあまり医者らしくないと言うかなんというか」

 医者というよりかは、会社の先輩というか近所のお兄さんというかそんな感じの印象だ。

 ベル的には嫌いではない人種であった。

 そして同時に彼とは初対面とは思えない、謎の既視感があった。

 視覚情報ではなく、頭が彼を彼だと認識していたのだ。

「あははは、よく言われるよ。君は医者らしくないって」

 ロマンは苦笑してそう言った。

「でもね、らしさってのは意味のない押しつけだと思ってる。僕は僕だ。だからこんな僕が出来ることを今ここでしている。こんな僕でも誰かの命を救えるからね」

 だからと、ロマンは続けた。

「ベル・クラネル君。今回君の行ったことは正しいことだ。君の過程や過去は別として誰かの命を救ったのだから」

 ロマンの言葉は偽善的にも聞こえた。

 彼は過去に何かあったのだろう。

 きっとその過去を乗り越えて、今此処にいる。

 だが確かに今の彼は間違ってはいないのだろう。

 こんな間違いだらけの自分を、会ったばかりの自分を、読み取って汲み取って、理解を示した。

 恐らくロマン・アークスマンはベル・クラネルの一端を理解している。

「君のその生き方は何れ君だけでなく周りの人間も不幸にする。君は、それを理解しているのかい?」

「……貴方は何が見えてそれを言っているんですか?」

「全て、とは言わないけどね。僕は医者であって誰かを裁く人間ではないから。だから医者として先輩として、言わせて貰えば君はもう_____」

 

 

「ベル君!!」

 

 

 医務室の扉がバッと開き、視線が其方に集まる。

 あのヘスティアも反応したくらいだ。

「エ、エイナさん?」

「ベル君……本当に、起きて……」

 そこに居たのはエイナであった。

 私服ではあるもののそれは少しよれていて、化粧もはかなり薄く、目の下にも隈があった。

 そして、その彼女の目からは今にも涙が溢れそうになっていた。

「ちょっと、お客様! こちらに入られては!」

 後ろから看護師がエイナを追ってやってきた。

 恐らく看護師の静止を振り切って彼女はやって来たのだ。

 ベルへ会いにくるために。

「本当にベル君……?」

「はい。その……ただいまです」

 その瞬間、エイナの涙は決壊し、彼女はベルの背中を強く抱きしめていた。

 もう二度と離さない、そんな意思を感じる程に強くだ。

 彼女の泣き声と、それに感化されたヘスティアの泣き声が重なり、部屋に響く。

「あー先生、僕行きますね。この子達を連れて行きます。色々すみません」

「……うん、そうだね。僕も次の診察がある。その子達をあまり悲しませないようにね、英雄君」

「本当にありがとうございます。ロマン・アークスマン。貴方はきっと間違えてませんよ」

「……そうだね、君よりかは間違えていないのかもしれないね」

 それがベルとロマンの最後の会話であった。

 もう二度と、彼等は邂逅しない。

 死■と■■■の今生最後の言葉の交わし合いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! ヘスティア様! 着替えた服はちゃんと籠に入れて置いて下さいって言いましたよね!」

「うるさいなぁ、君は。ほら入れたよ」

「一体なぜこんなことに……?」

 現在ヘスティア・ファミリアのホームである町外れの古教会にベルは戻ってきていた。

 あの後、すぐに服を着替えて泣き崩れているヘスティアとエイナを連れ、病気を出て近くにあるベンチに座ってどうにか二人を落ち着かせたベル。

 その際にエイナの体調が良くないことを見抜いたベルは後日また会おうという話をしてエイナを自宅へ送った。

 エイナもヘスティアと同じくらいにベルのことを思って待っていたのだと思うと少し罪悪感が生じた。

 そしてヘスティアと共にホームへ帰ると、聞こえる筈のない女性の声で、

 

 

「おかえりなさい、ヘスティア様。これ終わったらすぐご飯作るので」

 

 

 そこには何故か部屋の掃除をしている髪をポニーテールにしたエルフと目が合った。

 そのエルフはベルの知る限り自分を毛嫌いしている人物の筈で少なくともこんなところにいるわけがないのであるが、彼女はそこにいた。

 エプロンを身に纏い、手には箒が握られている彼女はベルの顔を見てギョッとしている。

 まるで幽霊でも見たかのような表情だ。

 お互い少し固まってしまったのだが、その理由を知らないヘスティアは、

 

 

「レフィーヤ君! ベル君が目覚めたんだよ!」

 

 

 ヘスティアは彼女、レフィーヤ・ウィリディスに飛び付いて喜びを分かち合おうとしていた。

 取り敢えず状況の説明をしてもらうことにしようと、3人で話し合うことになった。

 すると以下のことが分かった。

 

 

・ベルが昏睡状態の間、レフィーヤがヘスティアの身の回りの事情の面倒を見ていた。

 

・食事等最初は外食させたりしていたが、途中からヘスティアのホームへ出向いてレフィーヤが食事を作っていた。

 

・料理以外にも洗濯や家事等もやるようになっていった。

 

 

 その事情にベルは頭を抱えそうになる。

 まさかヘスティアの面倒を他のファミリアの人、しかもレフィーヤに見てもらっていただなんてと。

 ヘスティアの家事能力は無いわけでは無い筈なのだが、ベルが目覚めずそれも手につかなったのかと考えるとレフィーヤにもであったがヘスティアにも更に申し訳ない気持ちが来てしまう。

「ウィリディスさん、本当にありがとうございます。そしてここまでして頂いて申し訳ございません」

 ベルは直ぐ様に深々と頭を下げ、お礼と謝罪をした。

 レフィーヤがここまでしてくれる義理や義務もない筈であるのに。

 脱帽であった。

「き、気にしないでください! 私が、好きでやってるだけなんで……」

 レフィーヤは顔を赤くしてプイッと逸らしている。

 彼女には悪いがますますおかしいとベルは疑ってしまった。

 少なくともベルを嫌う彼女が自発的にこういうことをするのは可能性としては低いので、恐らくフィンの差し金だろうとベルは推理していた。

 そしてその推理は案の定正解であるのだが、それをレフィーヤが伝えることはない。

 彼女も彼女でフィンに余計なことは言わなくて良いと言われていた為だ。

 団長である彼の命令は絶対なのである。

「……本当にありがとうございます。後でお礼はさせていただきますね」

「それも気にしないでください。あ、ヘスティア様、洗濯物のことなんですけど______」

 そして、最初に戻るのであるが。

 何というか。

「……少しやり辛いなぁ」

 レフィーヤのように自身を滅茶苦茶に嫌う子は初めてであったベルが、態々自分に関わるようなこと、彼女からしてみれば拷問のようなことをしているので、フィンには後できちんと伝えようと思っていた。

 年頃の女の子にこんなことをさせるべきではないと。

「ちょっと! 貴方も突っ立ってないで、早くその服着替えて洗濯物に出しといて下さい!」

「え、でもこれさっき病院で着替えたばかりなんですけど」

「良いから着替えて下さい! 部屋着くらいあるでしょ!」

 レフィーヤの気迫に押され、ベルはクローゼットのある部屋へ行くと新品のスウェット一式が置いてあり、サイズを確認すると自身のサイズであったのでそれを着た。

 ヘスティアが用意してくれていたのだろうか。

「ま、まあまあですね! 宜しい! じゃあご飯にするのでヘスティア様もお手伝いお願いします!」

 何がまあまあなのだろうか。

 部屋から戻ってきたベルを確認すると、レフィーヤはヘスティアを向いてそう言った。

「えぇ……ボクもやるのかい?」

「当然です! 働かざるもの食うべからずです!」

「それだったら僕も______」

「貴方は昨日まで病人だったんでしょう! 大人しく座って本でも読んでいてください!」

 ベルはキッチンにすら近づけない。

 これは彼女なりに気を使って居るのかと、そう前向きに考えることにしよう。

 それにこれ以上彼女を刺激しても碌な事にならないだろう。

 ベルは本棚から一冊、読みかけていた小説を取り出すとソファへ座り読み始めた。

 三十分程時間が経過して、良い匂いが立ち込めてくる。

「お待たせ、ベル君! 退院祝いだよ!」

 ヘスティアがそう言って持ってきたのは、熱々のグラタンであった。

「シーフードグラタンですか。凄く美味しそうですね」

 エビや貝などがふんだんに入ったそれは、表面にはしっかりとパン粉で作られた焦げ目があり、大変美味しそうであった。

「サラダもきちんと食べてくださいね。食事はバランス良く、ですから」

 後ろからレフィーヤがサラダやドリンクを持ってきてそう続けた。

 確かに食事のバランスは大事である。

 爺ちゃんも何やかんや好き嫌いなく色々なものを食べていた。

 野菜嫌いのヘスティアに食事を作っていた時も苦労したのを思い出す。

「すみません、ウィリディスさん。ありがとうございます」

「問題ありませんので、冷める前に食べちゃって下さい」

「ちょっと、ベル君! ボクも手伝ったんだよ!」

 こうしてベルとヘスティア、レフィーヤの3人で夕食を摂るという奇妙な食事会が始まった。

 実はベルとレフィーヤは《豊穣の女主人》とダンジョン内、《迷宮の楽園》での合わせて3回程実は食事を共にしたことがあるが、どれもレフィーヤはベルに対して敵対的な視線を送っていたので、一緒に居ただけである。

 それを考えればまさかベルのホームにレフィーヤが居るとは、その時のことを考えれば想像出来ないものであった。

「うん! このグラタン、とても美味しいです! サラダのドレッシングも美味しい……このドレッシングってもしかしてダスチの実を使ってますか?」

「……よく分かりましたね。ダスチの実をほんの少し擦り下ろして入れると酸味が出て良いアクセントになるんですよ」

「いやぁ、僕はいつもドレッシングを作るときはタチバの実を入れているんですが、これも美味しいですね」

「タチバの実、それも美味しいそうです……って、なんで私が貴方と料理に関して会話しないといけないんですか!」

「えぇ……」

「レフィーヤ君、ドレッシングもっと欲しいな」

「ヘスティア様、かけ過ぎはダメです!」

 

 

 そんなこんなで夕食の時間は過ぎていったのだが、更なる事態がベルを襲う事になった。

 

 

「……あの、ウィリディスさん、それ本気ですか?」

 

「本気です! 今日から私もここに住まわせていただきますので! 良いですよね!? クラネルさん!?」

 

 

 レフィーヤ・ウィリディス、まさかの同棲宣言。

 ベルは予想だにできなかった。

 同時にあのベルのことが嫌いである彼女にここまでさせるフィンに後日、話を伺いに行かないといけないとベルは心に決めた。

 

「家主はボクなんだけど……」

 

 そしてここの家主であるヘスティアは全てに置いていかれていた。



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