厨二なボーダー隊員 (龍流)
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番外編 BBF厨二版(キャラクター紹介)☆

タイトル通りのBBF。
カバー裏風キャラ紹介は後書きへ。更新に伴ってキャラや項目、ステータスを随時追加予定。
なので、最新話までのネタバレをかなり含みます。最新話まで読了後に閲覧推奨です。

※7/23 甘口ポン酢様からいただいたカバー裏風イラストをあとがきに追加



ボーダー本部所属 B級22位(暫定)

 

【如月隊】

〔MEMBER〕

・AT 如月龍神

・SH 甲田照輝

・SH 早乙女文史

・AT 丙秀英

・OP 江渡上紗矢

〔UNIFORM〕

白地に黒のアクセントが入ったロングコート。太刀川隊が着用しているものをベースに、原型を留めない程度の改修が施されている。日浦茜が張り切ってデザインした指ぬきグローブも完備。実用性を度外視して外見のかっこよさに全振りした厨二仕様だが、弧月を装備するアタッチメントや袖周りの細かい調整など、実戦に耐えうる仕様にきっちりと仕上げられている。全体のデザイン監修は龍神と紗矢が、実際の設計は寺島雷蔵が担当した。

〔PARAMETER〕

近……???

中……???

遠……???

〔FORMATION&TACTICS〕

???

 

 

【如月龍神】

〔PROFILE〕

ポジション:アタッカー

年齢:17歳

誕生日:10月5日

身長:178cm

血液型:O型

星座:みかづき座

職業:高校生

好きなもの:かっこいいもの全般、ランク戦、コーヒー、寿司

〔FAMILY〕

父、母、姉

〔RELATION〕

三雲修←弟子(メガネ)

木虎藍←生意気な後輩

黒江双葉←かわいい後輩

太刀川慶←宿命のライバル

迅悠一←師匠(スコーピオン)

出水公平←友達

米屋陽介←修行仲間

熊谷友子←修行仲間

鬼怒田さん←神

〔PARAMETR〕

トリオン 7

攻撃 10

防御・援護 7

機動 9

技術 8

射程 2

指揮 6

特殊戦術 5

TOTAL 54

〔TRIGGERSET〕

主(メイン)トリガー

弧月

旋空

シールド

バッグワーム

副(サブ)トリガー

スコーピオン

テレポーター(試作)

シールド

グラスホッパー

〔SPECIAL〕

『旋空壱式・虎杖(イタドリ)』

旋空弧月を用いた正眼からの振り下ろし。それなりのスピードとキレはあるが、要するにただの旋空弧月。

 

『旋空弐式・地縛(ジシバリ)』

グラスホッパーなどで空中に飛び上がった状態から放つ旋空弧月の連撃。空対地攻撃として龍神は度々用いるが、やはり基本的にはただの旋空弧月。

 

『旋空参式・姫萩(ヒメハギ)』

飛ぶ斬撃と見紛うほどの旋空の伸縮スピードを利用した、左手一本突き。ただの旋空弧月とは違い、刃の"先端"をピンポイントで当てる必要がある為、緻密なコントロールを要する。強力な技だが、『旋空』を起動した瞬間に全身を使って踏み込まなければならないので、構えなどの予備動作から攻撃を看破されやすい。また、斬る攻撃ではなく突く攻撃であるが故に、急所に当てられなければトリオン体に致命傷を与えられないなど、弱点や隙は多い。

 

『旋空死式・赤花(アカバナ)』

旋空とテレポーターの合わせ技。旋空弧月による先制攻撃で敵の注意を逸らし、移動先を視線で読まれてしまうテレポーターの隙をカバー。相手の死角にテレポートし、一撃で確実に仕留める。先に打ち込む旋空弧月は相手の頭部を横薙ぎに狙いにいくので、トップクラスの攻撃手でも視線を読むのは難しく、対処は困難。事実、この技に初見で反応できたのは太刀川、風間、影浦の3名だけである。

 

『旋空伍式・野薊(ノアザミ)』

連続で打ち込む旋空弧月。どう考えても普通の旋空弧月。しかし、旋空を使用する遠隔斬撃の連射は相当の技量がなければ不可能であり、龍神が旋空というオプショントリガーを使いこなしている証明でもある。

 

『旋空六式・鳶尾(イチハツ)』

旋空とグラスホッパーの合わせ技。旋空弧月を振り下ろした瞬間に、グラスホッパーを起動。手首に反発させることで、二連撃を浴びせかける。振り下ろした状態からグラスホッパーの反発で強引に持ち上げるため、二撃目は弧月の峰で打ちつける形になるのが難点。トリオン体に対して致命傷は与えられないが、衝撃で意表は突ける。

 

『旋空七式・浦菊(ウラギク)』

居合いを応用し、横なぎに旋空弧月を放つ。最もはやく、最も威力が高い斬撃を突き詰めた、龍神の技の中で最も純粋な旋空弧月である。もはやただの旋空弧月。

 

『旋空八式・捻花(ネジバナ)』

空中で崩れた態勢から反撃することを想定した技。グラスホッパーを足で踏み込まず、体と反発させることで全身をロール。その勢いと遠心力を活かした旋空弧月を放つ。ロールする方向や角度の調節でトリッキーな攻撃が可能であり、敵から見て逆方向に体を回して下方からの切り上げたり、地面と水平にコマのように回転することで全方囲攻撃を繰り出したりと、様々に応用が利く。

 

 

 ボーダー内でも変わり者として知られる変則攻撃手。入隊してから1年近く個人(ソロ)のB級隊員として過ごしていたので他の隊と防衛任務に就くことも多く、顔は広い。ランク戦個人総合1位、及び攻撃手ランキング1位の太刀川慶に頻繁に挑んでいる為に個人ポイントは低いが、攻撃手界隈ではかなりの実力者として認知されている。

 持ち味はオプショントリガー『旋空』を活かした独創的な大技、『テレポーター』や『グラスホッパー』を併用した高速戦闘。距離をとれば『旋空』を、安易に近づけば『弧月』と『スコーピオン』の近接両攻撃(クロスレンジフルアタック)を容赦なく打ち込む、攻撃重視の戦闘スタイルをとる。

 どこからどう見ても変人な生粋の厨二病であり、トリオン体への換装時には変身ポーズを、攻撃時には技名を欠かさない。独自の価値観(かっこよさ)を大切にし、それを磨きあげる為に日々努力している。目標は打倒太刀川。

 

 

【甲田照輝】

〔PROFILE〕

ポジション:シューター

年齢:14歳

誕生日:7月13日

身長:169cm

血液型:O型

星座:つるぎ座

職業:中学生

好きなもの:漫画、チームワーク、普通の炒飯、おしるこ缶

〔FAMILY〕

父、母

〔RELATION〕

如月龍神←隊長(最大限のリスペクト)

江渡上紗矢←頼れる先輩(ちょっとこわい)

三雲修←兄弟弟子(と勝手に思っている)

空閑遊真←白い悪魔

雨取千佳←かわいい

加古望←師匠(炒飯)

堤大地←戦友のような何か

 

〔PARAMETR〕

トリオン 6→6

攻撃 6→7

防御・援護 5→5

機動 5→8

技術 5→7

射程 4→4

指揮 5→5

特殊戦術 3→4

TOTAL 39→46

〔TRIGGERSET〕

主(メイン)トリガー

ハウンド

アステロイド

シールド

グラスホッパー

副(サブ)トリガー

ハウンド

スコーピオン

シールド

バッグワーム

 

 

 三馬鹿一号にして、リーダー。如月隊の中距離火力担当兼切り込み役。元々3人の中で最も初期ポイントが高かったこともあってか、B級中~下位までならエースを張れるレベルのポテンシャルを持つ。加古望の指導を受けて、実力を大幅に向上させた。

 メイントリガーはハウンド。グラスホッパーを活かして有利な位置と距離を取り、中~近距離から攻め立てるのが基本戦法。しかし師匠が生粋の自由人であるが故に、射手の基本から外れた搦手をいくつか持っている。スコーピオンを使用した近接戦闘や龍神との連携も器用にこなす。如月隊におけるもう一つの攻撃の要。

 

 

【早乙女文史】

〔PROFILE〕

ポジション:シューター

年齢:14歳

誕生日:6月9日

身長:167cm

血液型:O型

星座:うさぎ座

職業:中学生

好きなもの:小説、チームワーク、ゲーム、ポタージュ缶

〔FAMILY〕

父、母、妹

〔RELATION〕

如月龍神←隊長(最大限のリスペクト)

江渡上紗矢←頼れる先輩(ちょっとこわい)

三雲修←兄弟弟子(と勝手に思っている)

空閑遊真←白い悪魔

出水公平←頼れる師匠

国近柚宇←胸がデカいゲーマーお姉さん

唯我尊←ザコい先輩

太刀川慶←単位と餅がヤバい人

 

〔PARAMETR〕

トリオン 6→7

攻撃 6→6

防御・援護 4→7

機動 5→6

技術 5→6

射程 4→4

指揮 3→3

特殊戦術 3→4

TOTAL 36→43

〔TRIGGERSET〕

主(メイン)トリガー

メテオラ

アステロイド

シールド

カメレオン

副(サブ)トリガー

メテオラ

ハウンド

シールド

バッグワーム

 

 

 三馬鹿二号にして、一番の常識人。如月隊の中距離支援担当であり、射撃戦の要。元々攻撃に関しては甲田と同等のセンスを持っていたが、No.1射手である出水公平に師事した結果、射手のお手本ともいえるオーソドックスな支援タイプに落ち着いた。だが、援護用に『炸裂弾(メテオラ)』をメインに据えた独特な戦闘スタイルは他に類を見ず、射手としての特性を普通とは違う形で発揮している。

 三人の中では、最も小器用。そのため、作戦に応じてセットするトリガーをいくつか入れ替えている。メイントリガーのカメレオンはあくまでも基本装備としてセットしている。

 

 

 

【丙秀英】

〔PROFILE〕

ポジション:アタッカー

年齢:14歳

誕生日:9月8日

身長:167cm

血液型:A型

星座:おおかみ座

職業:中学生

好きなもの:ゲーム、チームワーク、ボウリング、おでん缶

〔FAMILY〕

祖母、父、母、弟

〔RELATION〕

如月龍神←隊長(最大限のリスペクト)

江渡上紗矢←頼れる先輩(ちょっとこわい)

三雲修←兄弟弟子(と勝手に思っている)

空閑遊真←白い悪魔

黒江双葉←師匠(ロリ)

熊谷友子←師匠(おっぱい)

那須玲←尊敬と興奮

小南桐絵←斧

 

〔PARAMETR〕

トリオン 5→6

攻撃 4→5

防御・援護 5→7

機動 5→6

技術 5→7

射程 1→3

指揮 4→4

特殊戦術 3→4

TOTAL 34→41

〔TRIGGERSET〕

主(メイン)トリガー

弧月

FREE

シールド

FREE

副(サブ)トリガー

???

バッグワーム

シールド

エスクード

 

 

 三馬鹿三号にして、如月隊の防御担当。ちょいワル風の口調から放つ的確なフォローにより、近接援護全般を担う守備寄りの攻撃手。指導面においては黒江双葉と熊谷友子に師事し、前者からはスピードタイプの攻撃手対策。後者からは弧月メインの切り返しや防御などを学んだ。

 三人の中で最も口が悪いが『待って堪える』ことを誰よりもわかっている。自分の力量を深く理解し、その上で役目を全うする、という意味では、よく『己の分を弁えている』と言える。旋空の取扱いが苦手なので、オプショントリガーから外し、その分エスクードなどを加えてより防御重視のトリガー構成に寄せた。本人としてはまだ加えたいトリガーがいくつかあるらしいが、龍神から使用許可が下りておらず、現在はこのトリガーセットで落ち着いている。

 

 

【江渡上紗矢】

〔PROFILE〕

ポジション:オペレーター

年齢:17歳

誕生日:11月22日

身長:161cm

血液型:B型

星座:とけい座

職業:高校生

好きなもの:防衛任務、尊敬されること、紅茶、アイスクリーム

〔FAMILY〕

祖母、父、母、

〔RELATION〕

如月龍神←隊長

沢村響子←指導者

月見蓮←尊敬

小南桐絵←好き

〔PARAMETR〕

トリオン 1

機器操作 7

情報分析 8

並列処理 7

戦術 8

指揮 7

TOTAL 37

 

 小南桐絵の紹介で如月隊所属になった新人オペレーター。背中の中ほどまで伸びる艶やかな黒髪と白い肌が特徴的な、小南桐絵も認めるほどの美少女。性格や言動にやや難があるものの、情報分析やそれを踏まえた指示能力は経験豊富なオペレーターと比較しても高水準。かなりの短期間で中央オペレーターの研修を終え、部隊オペレーターに転属となった。

 実家はボーダーのスポンサーでもある江渡上グループ。第一次大規模侵攻の被害者であり、肘から袖口まで残る傷痕があるが、近界民に対する復讐心は薄く、純粋に三門市を守るボーダーでの活動を誇らしく思っている。お嬢様学校である星倫女学院に通っており、小南桐絵や那須玲と同じクラス。紗矢本人は小南が自分を助けてくれた憧れの隊員と知り、仲良くなりたいとスキンシップを図っているが、小南からは相変わらず逃げられている。

 




考える厨二
『たつみ』
ボーダー内外で変人として知られる、既に手遅れな純粋培養厨二病系攻撃手。本来なら大人になるにつれ忘れてしまう子供の心を鋼の意志で守り通し、黒き刃をその手に戦う防人(さきもり)として覚醒を果たした。わりと社交性がある性格のせいでボーダー内の多くの人間が影響を受けており、アクション派狙撃手や槍バカ、迅バカや忍者ガールなどに彼の持つ病原菌の感染が確認されている。尚、黒コートの二刀流には元々素養があった為、更なる活性化という深刻な事態を招いた。

めんどくさい女
『さや』
人に褒められるのが大好きな気高きワンコ系オペレーター。称賛されれば胸を張り、非難されれば噛みつき、放っておかれると拗ねる。めんどくさい。近界民に対してトラウマや恐怖はないと言い張ったので、龍神と宇佐美がいたずらを画策。女子受けがいいやしゃまるハニーブラウンと訓練室に2人きりにしたところ、やはり半泣きになった。めんどくさい。胸を張ってもBカップ。


【挿絵表示】


胃袋炒飯耐性A級
『こうだ』
てるてると書くと王子が照屋につけたあだ名とごっちゃになるややこしい下の名前の持ち主。加古を師と仰いだ結果、最強の胃袋を手に入れることに成功した逸材。堤大地が死ぬ炒飯でも、一皿までなら耐えられる脅威の耐久力を誇る。二皿なら死ぬ。しかし堤大地が二皿で二回死ぬことを考えれば、充分であろう。

二代目そばかす苦労人(巨乳好き)
『さおとめ』
特に乙女でもなんでもない三馬鹿の常識人ポジション。そばかす系男子として先輩にあたる笹森とは特に何の関係もない。甲田が恋するラブコメ系男子として、丙がJCやJKにぶった斬られて喜ぶMド変態としての立ち位置を確立してきたために、キャラの薄さが危ぶまれている。知らない内に笹森と入れ替わっていても不思議ではない。なお、丁寧でやわらかな口調で紳士ぶっているが、太刀川隊作戦室に入り浸ってゲームをしながら国近の巨乳をガン見していたことからも分かるように、きちんと思春期してる。

この痛みを力に変えて
『ひのえ』
JCとJKに理不尽にぶった斬られ続けた結果、歪んだ性癖を力に変えることを知った覚醒系名脇役。なお、当然トリオン体に痛覚はない。またの名をドM。お気に入りのニット帽はかっこいいと思って被っているが、双葉に「それかっこいいと思ってるんですか?」と面と向かって言われた結果、過去最大級のダメージを受けた。最近はイメチェンを狙って、鈴鳴の真の悪から帽子を奪うことを画策しているらしい。


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玉狛支部へ遊びに行こう:前編

11/18 会話部分を加筆修正

ここ最近はシリアスと戦闘描写まみれだったので、一休み。時系列的には紗矢が龍神とチームを組んだ後、大規模侵攻前になります。『厨二と生意気オペレーター その参』までの読了をおすすめします。



今回の主な登場人物

『如月龍神(きさらぎたつみ)』
厨二。ポジションは攻撃手。迅悠一からスコーピオンの手解きを受けている際に「旋空の扱いも生駒っちから習ったらどうだ?」とすすめられたが、「スポーツものをはじめとして、関西弁の強キャラ率は確かに高い。しかし同時に最終的なかませ率も高い」という理由から指導を頼むことを見送ったアホな厨二。

『江渡上紗矢(えとがみさや)』
如月隊オペレーター。小南桐絵と親睦を深めようとしては逃げられている。箱入りのお嬢様だが、富山弁では「正座する」を「おちんちんかく」と言うことをネットサーフィンで知り、モニター前で笑いが止まらなくなるくらいには下ネタに対して耐性がある。めんどくさいBカップ。

『佐鳥賢(さとりけん)』
言わずと知れたが大して尊敬もされていないボーダー唯一のツイン狙撃手。業務で忙しい嵐山隊作戦室の空気を明るくする為に土佐弁だけで喋ってみたものの、木虎には無視され、綾辻さんからは生暖かい笑顔を向けられ、嵐山さんに「賢、真面目に仕事をするんだ」と諭されてわりと本気で泣きそうになった。そのあと時枝に慰められた。

『夏目出穂(なつめいずほ)』
雨取千佳と同期入隊のC級隊員。狙撃手志望。佐鳥には「土下座先輩」。当真には「リーゼント先輩」。修には「メガネ先輩」。そして龍神には「厨二先輩」と、色々と遠慮がないが、呼ばれる先輩の方が気にしていない為特に問題はない。

『雨取千佳(あまとりちか)』
玉狛支部所属のC級隊員。ポジションは狙撃手。龍神のことは特に苦手ではなく、先輩として尊敬しているが、事あるごとに「敵に背後を取られたら、こう言ってやれ。私のうしろに立つな……とな」と、よく分からないセリフを仕込もうとしてくるのでちょっと困っている。

『木崎レイジ(きざきれいじ)』
筋肉。

『小南桐絵(こなみきりえ)』
玉狛第一所属の攻撃手。烏丸に「雷神丸は関西弁で喋っているんですよ。小南先輩知らなかったんですか?」と言われて以降、雷神丸は関西弁で喋ると思い込んでいる。勿論ウソである。尚、今回は登場しない。ちょろかわいいBカップ。

『生駒達人(いこまたつひと)』
関西弁。ナスカレー。今回は登場しない。


「距離が全然縮まらないの」

 

 江渡上紗矢がそんなことを言い出したのは、如月龍神がA級定食の海鮮丼に手をつけようとした時だった。

 

「……何の話だ?」

「小南の話よ」

 

 休日のお昼時である。学生が多いボーダーの食堂は、防衛任務やランク戦に精を出す隊員達で賑わっていた。

 そんな中で今日も隙無く美少女な江渡上紗矢は、ボーダーのオペレーター制服ではなく、完全オフの私服姿。白のニットに黒のワンピースを合わせたフェミニンな服装。今日は艶やかな黒髪を纏めず、背中に流している。休日でも服装を整えるのは大変そうだと龍神は思うのだが、なんでもトリオン体で食事を摂るのは満腹感が得られにくい上に太りやすいのでオペレーターの間では要注意なのだとか。そんなわけで正面に座る紗矢は小さな口でパクパクと、サンドイッチと紅茶のセットに手をつけていた。いかにもお嬢様といったその姿に、周囲の隊員達から注目の目が集まるのはもういい加減に慣れたから良いとして……

 

「小南が何だって?」

「だから距離が縮まらないの」

 

 距離、というのはこの場合、小南と紗矢の間柄のことだろう。つい先日まで様々な勘違いが重なって互いにいがみ合っていた2人だが、龍神が紗矢とチームを組む過程でそのいざこざもめでたく解消。晴れて仲が良い『友達』になったはずの2人だが……

 

「何かあったのか?」

「逆よ」

「ん?」

「何もないの」

 

 紗矢の返答に、龍神は首を傾げる。なんというかさっきから、彼女の言葉はいまいち要領を得ない。

 

「何もないならいいことじゃないか。那須からは今まで毎日のようにいがみ合っていたと聞いているぞ? 平和になって良いことだ」

「全ッ然、よくないの!」

 

 バァン!と白く細い指がテーブルが打ちつけられる。衝撃でひっくり返そうになった丼の器を、龍神は慌てて両手で保持した。

 

「お互いの正体を知らないまま反目する2人! 数年越しに互いの真意を知る再会! こんな劇的なイベントがあったのに、私と小南の仲が一向に深まらないのはどういうことなの!?」

 

 深まってるじゃん。『小南さん』じゃなくて『小南』になってるじゃん、と指摘しようと思ったが、これ以上海鮮丼が危険に晒されても困るので龍神は黙って箸を動かす。

 

「那須さんは自分の部隊のみんなとお泊まり会をしていると聞いたわ! 夜まで女子トークを楽しみながらキャッキャウフフしてるって。私も小南とそういう間柄になりたいの! 枕投げしたいの! 好きな男子トークで盛り上がりたいの! キャッキャウフフしたいの!」

 

 腕を振りながら力説する紗矢には先ほど以上に周囲からの視線が集まってくる。が、龍神は明鏡止水の心で海鮮丼(大盛り)の攻略に集中した。この程度で動じていては、この残念美人オペレーター(小)と付き合っていくことなど到底できないからだ。

 紗矢は胸に手を当てながら力説を続ける。

 

「そりゃ、いきなりは無理だっていうことくらい私にも分かるわ! だから最初からお泊まりは早いと思って、お昼にお弁当を作っていったのよ。お手製のお弁当を囲みながら、楽しくお喋りしようと思って……でも、でも……なぜか逃げられたの!」

 

 お泊まりは早い、というワードに周囲の健全な男性隊員の肩が揺れる。ああ、まあそう聞こえるだろうな……と、龍神は頷きながら水を飲んだ。

 実のところ。

 龍神は小南と紗矢の学校での様子を那須から聞いており、最近は紗矢の積極的な……もとい過剰なスキンシップから小南が逃げ回っているということまで知っている。

 なので、ここは話を聞きつつもそれとなくたしなめるのがベターだろう。

 

「今まで仲が悪かった分、はやく仲良くなりたいと思う気持ちは分かる。でも、いきなり手作り弁当は重いだろう」

「……やっぱりそうなんだ。いきなり手作りは重いんだ……」

 

 しゅん、と小さくなる紗矢。同時に周囲の隊員達から、刺すような視線が龍神に突き刺さる。完全にあらぬ誤解を招いているらしい。解せぬ。

 A級定食(海鮮丼と麻婆豆腐)を腹に収めた龍神は口元を布巾で拭いながら、

 

「……もしくは、お前の弁当があまり美味そうじゃなかったんじゃないか? どうせ、普段料理もあまりしないんだろう? いきなり気張って作っても、はたから見てうまそうな弁当なんて早々できないぞ」

 

 別の可能性も思いついたので、言ってみる。

 紗矢がわりと箱入りなお嬢様だということは既に分かっている。小南の為に頑張って慣れない料理をして空回り、失敗……なんて、いかにも有りそうなパターンである。ボーダーには好意で作った炒飯で同期を(精神的に)殺す人間もいるので、それよりはマシかもしれないが。

 わりと失礼なことを言った自覚はあったので噛みつかれる覚悟もしていたのだが、意外にも紗矢はその言葉には食ってかからず。彼女の手は洒落たデザインのバッグへと伸びて、そこからかわいらしいデザインのタッパーを取り出した。

 

「ん」

「……なんだこれは?」

「食べて」

 

 促されるまま、パカッと小気味いい音と一緒にタッパーを開ける。中に入っていたのは手作りお菓子の定番とも言える、実にオーソドックスなクッキーだった。

 どうせはじめて作ってみたとか、そんな感じだろう……と思いつつ、龍神は指先でそれを口に運んだ。

 

 

「ッ……!?」

 

 

 だが、次の瞬間。

 龍神は己の考えが、いかに愚かであったかを痛感する。

 

「これ……は」

 

 サクサクと口の中で広がる食感は、どこまでも軽やかで。しかし同時に、確かな満足感を与えてくれる優しい甘さが、舌一杯に広がっていく。極上の品質の素材を丁寧に焼き上げたことが分かる、作った人間の愛情と財力が垣間見えるような深い味わい。

 たった一口。たった一枚で、けれど間違いないと龍神は確信した。このクッキーは、一朝一夕で作り上げられるような代物ではない。

 

「江渡上、お前……」

「ふふっ……料理は女のたしなみよ。この私がクッキーひとつも満足に作れないような安い女だとでも思っていたのかしら?」

 

 これ以上ないほどのドヤ顔で、紗矢は相変わらず薄い胸を張る。

 

「意中の相手の心を掴むには、まずは胃袋から。小南の為ならホールケーキだろうがビーフストロガノフだろうが、どんな手の込んだ一品でも完璧に作り上げてみせるわ!」

「でも食べて貰えないんだろう?」

 

 突き刺した一言に、またもや紗矢が撃沈する。かわいそうだが、事実を言っているだけなのでどうしょうもない。ここまで来ると完全に重症である。

 龍神はもう1枚クッキーを貰おうと、タッパーに手を伸ばしたが……

 

「そんなわけで頼れる隊長にお願いがあるの」

 

 すっ。ひょいっ、と。

 伸ばした手はタッパーが移動したことにより、あえなく空を切る。

 

「萎れてから復活するまでがはやいな」

「切り替えがはやいのが私の長所だから」

 

 すっ。ひょい。

 

「私を玉狛支部に連れていってくれない?」

「なんでまた?」

 

 がっ。ぐいっ。

 

「愚問ね。学校では逃げられる以上、本丸を直接落とすしかないと判断するのは当然でしょう?」

「小南は城じゃないぞ」

 

 ぐっ。ぷるぷる。

 

「これまでのアプローチは悉く阻まれてきたわ。私は城を落とすくらいの気概を持って、事に望む必要があるの。その為の用意にも抜かりはない。まさに準備万端!」

「お前は小南をどうしたいんだ?」

「そりゃもう……骨抜きに?」

「分かった。そりゃもうご自由にしてくれ。分かったから、とりあえずクッキーもう1枚貰っていいか?」

「それはダメ」

「どうして?」

「私の役に立たない男にこれ以上食わせるクッキーはびた1枚もないわ」

「俺も午後は個人戦の予定があるんだが」

「キャンセルしなさい」

 

 タッパーに入ったクッキーを巡って激しく手を戦わせながら、同時に口も動かして舌戦を繰り広げる。龍神も紗矢も口は減らない方なので、こうなると完全に泥沼である。

 

 

「あー!? 如月先輩!?」

 

 

 と。そんな終わりのない戦いに水を差したのは、1人のA級隊員の間の抜けた声だった。

 

「ちょっとちょっとなにやってるんすか!? そんなかわいい子と取っ組み合いなんてして! 喧嘩はやめてください!」

「…………佐鳥」

 

 大人気ない先輩の喧嘩を仲裁するオレかっこいい、みたいなドヤ顔で飲み物片手に割り込んできたのは、嵐山隊狙撃手の佐鳥賢。美男美女が揃う嵐山隊の中でどうしてもちゃらけた三枚目の雰囲気を拭い去ることができない、残念なイケメンである。

 龍神の両手をホールドしていた紗矢が、パッと顔を明るくして言う。

 

「ああ、ちょうどよかった。そこの優しい三枚目さん! この分らず屋の厨二隊長になんとか言ってくれない?」

「三枚目に用はない。失せろ」

「通りがかっただけなのにひどい言われ様だねオレ!?」

 

 自分でツッコミを入れながら勝手に崩れ落ちていくあたり、コメディリリーフとしては中々ハイスペックな能力の持ち主ではある。

 

「ちょっとちょっと土下座返し先輩~。飲み物奢ってくれるんじゃなかったんすか~?」

 

 と。そんな風に撃沈した佐鳥はどうやら佐鳥のくせに女子をつれ歩いていたらしく、彼の後ろから小柄な影が顔を出した。

 

「夏目?」

「あ、厨二先輩」

「……ということは」

「あの……如月先輩。どうかしたんですか?」

 

 ひょっこりと。

 困ったような笑顔で顔を出した雨取千佳を見て、江渡上紗矢は誰もが見惚れる満面の笑みになった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 三門市内の中央、門(ゲート)発生の中心地点に位置するのがボーダー本部。そして本部からはカバーできない範囲を覆うように設置されているのが、ボーダー支部である。

 必然、各支部は三門市中央の本部からはやや離れた場所に立地することになり、本部から各支部へ徒歩で向かうのは不可能ではないが、やはり少々距離がある。

 

「すまないな、レイジさん。いきなり乗っけて貰うことになってしまって」

「気にするな。どうせ千佳を拾っていくついでだ。1人や2人増えたところで何も変わらない」

「急にお願いして申し訳ありません。恥ずかしい話ですが、はじめて訪れるのに道も分からず不安だったので……雨取さんのご厚意に甘えさせて頂きました」

「いや、そんなにかしこまらなくていい。小南と同じクラスの友達なんだろう? 楽にしてくれ」

「はい。ありがとうございます」

 

 そんなわけで、龍神と紗矢は木崎レイジが運転する車に揺られて玉狛支部へと向かっていた。

 雨取千佳を目ざとく見つけた紗矢はさっさと自己紹介を済ませると、外面用の笑顔であれやこれやと千佳に接近し、玉狛支部を訪問したい旨を伝えた。大人しい性格の千佳は特に断る理由もなかったせいか、あっさりとこれを了承。それどころか「車で支部の人が迎えに来てくれるんですけど、一緒に乗って行きますか?」と、優しすぎる提案までしてくれた。当然、紗矢はこれに飛びつき、状況の変化についていけていない佐鳥から「雨取さんをお借りしますね!」と美少女スマイルの力で強引に千佳を奪い、現在に至る。

 

「そういえば会うのははじめてか。レイジさん、彼女は江渡上紗矢。俺の部隊のオペレーターだ」

「江渡上です。よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしく」

「江渡上。この人は小南と同じ部隊の……」

「ボーダー唯一の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)。木崎レイジさんでしょう? もちろん存じ上げています」

 

 紗矢の言葉に、ハンドルを握るレイジは驚いた様子で片眉を吊り上げた。

 

「意外だな。本部所属のオペレーターなのに俺のことを知っているのか」

「勿論です。防衛任務や模擬戦の映像を拝見しただけですが、遠中近距離をお一人でカバーする技量には感服しました」

「……わざわざ記録に目を通しているのか。熱心でいいオペレーターを見つけたな、龍神」

「ふっ……まあな」

 

 龍神は頷いた。熱心でいいオペレーターなのは事実なので肯定するが、それ以外は問題ありありである。

 

「……それにしても、たしかによくそこまで目を通していたな」

 

 レイジや、助手席に座っている千佳に聞こえないように小声で囁くと、紗矢は得意げに笑った。

 

「準備万端と言ったはずよ。玉狛支部に関連する情報の下調べに抜かりはないわ。いきなり本丸は落とせないでしょう? だからまずは、外堀から確実に埋めていくの」

「本当に城でも落とすつもりかお前は」

「というか、なんでついてきてくれたの? 如月くんも約束があったんでしょう?」

「俺に予定をキャンセルしろと言った口が言うか……」

「あれは玉狛支部まで行く当てがなかったから。木崎さんに連れて行って貰うなら、べつに私1人でもよかったのに」

 

 本人はそう言うが、紗矢を1人で玉狛支部に向かわせるのはどうにも不安だった。最終的にはこちらが折れて紗矢の提案を飲む形になってしまったのだから、やはりこのワガママオペレーターに龍神は振り回されっぱなしである。

 一応、約束の相手には謝罪の旨をメールで送り、さらに念を入れて伝言も頼んでおいたのだが……

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「オイ佐鳥テメー、龍神が来れねぇっていうのはどういうことだ!?」

「ひぇええええぇえ!? 違うんですよ影浦先輩!? オレは如月先輩から伝言を預かっただけっていうか、ていうかオレも飲み物奢ってスキンシップをはかるはずだった後輩女子を連れていかれた被害者っていうか!?」

「チッ……仕方ねぇ。オイ佐鳥。お前ブース入れ」

「まってまって影浦先輩!? オレ狙撃手ですから! 個人戦できないですからー!? いくらボーダー唯一のツイン狙撃手たるオレでも無理なものは無理ですからー!?」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 佐鳥をリリースして影浦雅人の怒りを沈静化できるなら安いものである。今度会った時は飲み物くらいは奢ってやるとしよう。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 玉狛支部は、元々川の水質調査を行っていた施設をボーダーが買い取って拠点とした場所である。建物自体は川の中心に位置し、剥げた外壁のタイルや壁面に自生する苔が、ちょっとした秘密基地らしさを漂わせている。

 

「……まあ! とっても趣のある建物ね!」

「……汚いと思ったら汚いと言っていいんだぞ?」

「趣のある建物ね!」

「…………」

 

 車からおりた紗矢は興味深げに、玉狛支部の全体像を捉えようと周囲を見回す。頭の揺れに合わせて、絹のような黒髪が左右に揺れた。

 

「俺は車を入れてくる。お前達は先に中に入っていてくれ」

「了解だ」

 

 レイジとは一旦分かれて、玄関に向かって歩く。

 

「今日は小南とレイジさん以外は誰がいるんだ?」

「えっと……多分迅さん以外は全員いると思います。修くんも遊真くんも今日は玉狛で訓練するって言っていたので」

 

 千佳の返答に龍神は手を叩いた。それなら好都合。紗矢のお目当てはあくまでも小南だが、ちょうどいい機会である。他のメンバーへの紹介も済ませてしまえる。

 

「おい、江渡上。べつに小南目当てにここに来たことを咎める気はないが、他の人達への挨拶も忘れるなよ」

「言われなくても分かってるわよ。如月くんも迅さんから『スコーピオン』の手解きを受けたり、よくお世話になっているんでしょう? 心配しなくても、失礼になるような真似はしないわ」

「ならいいんだが……」

 

 隣を歩く紗矢はいつにも増して自信満々といった様子で言い切る。腐ってもお嬢様ではあるので礼儀や挨拶に関しては何の心配もいらないと思うのだが、それでも心配になってしまうのが江渡上紗矢の不思議な……というかめんどくさいところである。だからこそ、龍神はここまでついてきているわけだが。

 微妙に不安な気持ちを拭えないまま、龍神は玄関の扉を開けた。

 

「おお! たつみ! ひさしぶりだな!」

「陽太郎、しばらくぶりだな。元気だったか?」

「うむ。おれも雷神丸もそうけんだったぞ」

 

 最初に出迎えてくれたのは、玉狛支部の中でも随一の古株である5歳児、林藤陽太郎。そんなお子さまを背中に乗せて移動するカピパラ、雷神丸である。いつもは週一くらいのペースで玉狛支部を訪れてはレイジ飯を堪能し、迅や小南と模擬戦に励み、陽太郎と遊んでいくのだが、ここ最近は龍神も色々と忙しかったせいですっかりご無沙汰になってしまっていた。

 

「お……うしろにいるかわいい子は誰だ? 新入りか?」

「紹介しよう。彼女はこの度、俺が新設する部隊のオペレーターを務めてくれることになった……」

「きゃあああああああああ!?」

 

 突然、甲高い悲鳴が轟いた。

 

「……江渡上?」

「江渡上先輩?」

 

 雪のような白い肌をより一層白くして、先ほどまでの意気揚々とした様子はどこへやら。江渡上紗矢は何か見てはいけないものでも見てしまったかのように、顔を強張らせて後退していた。

 

「……おい、どうした?」

「……ねぇ、如月くん。アレなに?」

「なにと聞かれれば、まあ、動物だが」

 

 やたらあわあわとしているのが実におもしろいので、龍神はあえて物凄く大雑把なカテゴライズで返答した。

 

「……聞いてない」

「ん?」

「聞いてない……聞いてない……支部の中で動物を放し飼いにしているなんて……私全然聞いてない!」

 

 ぷるぷると震える紗矢の様子に、顔を見合わせる龍神と千佳。

 この反応。考えられる可能性はひとつしかない。

 

「もしかしてお前……動物が苦手なのか?」

「私が愛でられるのはチワワみたいな小型犬まで。それ以上のサイズはちょっと許容範囲外な……って、ちょっとこっち来るんだけど!?」

 

 のしのし、と。

 陽太郎を背中に乗せた雷神丸がはじめて訪れた客人に挨拶しようと迫り来る。紗矢はまるで『テレポーター』でも使ったかのように龍神の背後へ回り込み、震える手で背中をひっつかんだ。

 

「無理無理無理! そもそもどうして!? おかしいでしょう!? なんでこんなところにカピバラがいるの!?」

「ほう。雷神丸を一目でカピバラと見抜くとは中々やるな。小南は未だに雷神丸を犬だと勘違いしたままなのに」

「……小南かわいい……っけど、そうじゃなくて!」

 

 頬が赤くなっているのは、恐がっているのか照れているのか。

 いずれにせよ、ここを突破しなければ江渡上紗矢は小南桐絵に会うことができない。

 

「そっちから来ないなら、こっちからいくぞ。龍神とかわい子ちゃんに向けて前進だ。雷神丸」

「ひっ……」

 

 彼女の玉狛訪問は、玄関先で最大の難敵を迎えようとしていた。

 



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玉狛支部へ遊びに行こう:後編

今回の主な登場人物

『如月龍神(きさらぎたつみ)』
厨二。小南や陽太郎と一緒に川へカッパを探しに行ったが「そもそもカッパを捕まえるのってかっこいいのか?」という根源的な疑問に突き当たり、陽太郎を連れて途中で帰った。小南は置いてきた。

『江渡上紗矢(えとがみさや)』
如月隊オペレーター。龍神と共に加古隊へ挨拶に行った時は加古さんに炒飯をつくってもらい、見事に絶品炒飯を引き当ててその味を堪能した。運はいい模様。ちなみに厨二は彼女が当たりを引いたの見て大いに悔しがり、それを見た加古さんが腕によりをかけてつくった『ネギプリン炒飯』で三度目の死を迎えた。現在死亡率100%。

『空閑遊真(くがゆうま)』
玉狛支部所属。好物は小南がつくったチキンカレー。それを聞いた小南が舞い上がり、一時期の玉狛支部は朝昼夕三食カレーの危機に陥った。そこで実力派エリートがぼんち揚げにカレーをつけるという画期的解決策を打ち出し、結果、作りすぎたカレーはいろんな部隊にお裾分けして残さず処理された。

『烏丸京介(からすまきょうすけ)』
もさもさしたイケメン。宇佐美から彼のこの通称を教えて貰った二宮隊オペレーターは、そのなんとも言えないゆるい響きに悶えたりしている。略してもさイケと呼ぶか検討中。

『小南桐絵(こなみきりえ)』
玉狛支部所属のNo.3攻撃手。自分から積極的に攻めていくその戦闘スタイルから勘違いされがちだが、川にカッパが出たと言われたらカメラ片手に1日張り込むほどの強固な忍耐力を持つ。忍耐力のない厨二には置いていかれた。

『王子一影(おうじかずあき)』
B級上位王子隊の隊長。その名の通り烏丸と同等レベルの爽やかイケメンだが、他の隊員達に変なあだ名をつけまくる残念さで爽やかさが相殺されている。龍神のことは親しみを込めて「たっつー」と呼んでいるが、海でゲットできるどこぞのモンスターのようなニックネームを厨二は嫌がっている。厨二的には横文字のかっこいいあだ名をつけて欲しかった。尚、今回は登場しない。


 動物嫌い、という人間は一定数存在する。

 臭いがダメ。アレルギーがある。犬に噛まれたことがあるから。単純に恐いから……等々。人によって理由は様々だが、動物を飼っている家や場所を訪問する場合には、そうした人達への配慮が必要である。なので龍神も「玉狛支部にはカピバラがいるけど大丈夫か?」とかそういう確認をしておくべきだった、と。自分の考えの甘さに、後悔と反省をしていた。

 しかし、である。

 

「…………うぅ…………ふ、ひっぐ……」

「…………泣くなよ」

 

 この反応は、少々斜め上だった。

 如月龍神の隣では、江渡上紗矢が大絶賛すすり泣き中である。

 

「な、泣いてないわよ……べつに、カピバラが恐かったわけじゃないし……ちょっと、思ったより速かったからびっくりしただけなんだから……」

 

 目元を拭いながらそう語る紗矢。本人は泣いてないと言い張っているが、360度どの角度から見ても泣いているようにしか思えない。

 陽太郎を乗せてのしのし歩いていた雷神丸は紗矢が持つバッグ(の中に入ったクッキー)に目を付けたのか、突然移動をウォークからダッシュに切り替え、突進。雷神丸を見ただけでびびっていた紗矢は、結果としてこんな有り様になってしまった次第である。たしかに雷神丸はカピバラってこんなに速い生き物だったんだ……と認識を改める程度には素早く動くので、びっくりしたのも分からないでもない。ちなみに本気を出したカピバラの全速力は車並みの時速50キロを誇る。雷神丸すごい。

 

「如月先輩?」

「お、たつみ先輩だ」

 

「む……」

 

 廊下の奥から、聞きなれた声が2人分。龍神は片手をあげた。

 

「烏丸と空閑か」

「ひさしぶりですね。最近こっちに来てなかったですけど、何かあったんすか?」

「部隊を組むにあたって、色々と雑務が多くてな。しばらくずっと本部通いだったんだ。ちょうどレイジさんが雨取を迎えに来ていたから、一緒に拾って貰った」

「なるほど」

「あれ? でも千佳は?」

「雨取は外で陽太郎と遊んでいるぞ。まあ、ちょっと色々あってな……」

 

 首を傾げる遊真に、龍神は外を指し示した。千佳が龍神達と一緒に中に入らなかった理由は単純明快。紗矢が雷神丸を怖がるのを見かねて「わたし、陽太郎くんと外で遊んでいますね」と、陽太郎と雷神丸の相手を買って出てくれたのだ。いい子である。超いい子である。支部に来るまでの送迎に引き続き、龍神はその好意に甘えさせて貰った。気を遣わせてしまったので、あとでお礼を言う必要があるだろう。

 

「ところで如月先輩。うしろにいるのはもしかして……?」

「ふむ。おれも気になる。はじめてみる人だな」

 

 いかにも興味津々、といった様子で聞いてくる烏丸と遊真。

 龍神がちらりと後ろを見れば、同じく後ろを向いていた紗矢は全力で目元を拭っているところだった。これは果たして、そのまま紹介に移っても良いものか?

 が、紗矢は龍神の心配をどこかへ蹴っ飛ばすような勢いで振り返り、烏丸と遊真の2人にそのまま頭を下げた。

 

「はじめまして。この度、如月隊のオペレーターを勤めることになった江渡上紗矢と申します。以後、よろしくお願い致します」

 

 流石、自称切り替えがはやい女。

 初対面の相手に向ける対し、いかにもお嬢様らしい、品のある所作で挨拶をしてみせた。あまり会ったことがないタイプだからなのか、遊真などは目を白黒させて「これはこれはごていねいに……」と過剰なまでに頭を下げ返している。

 いつもクールな無表情で人を騙してからかう側(主に小南のみ)である烏丸も、ちょっと驚いたような珍しい表情を浮かべていた。紗矢は傍目から見ればかなりかわいい部類に入るので、みとれるのも分からないでもない。普段いくらクールでも、烏丸京介もやはり男子高校生なのである。

 

「如月先輩……ほんとにオペレーターを見つけられたんすね。正直、信じられません」

「そっちか」

 

 違った。

 

「はっきり言って、鬼怒田さんが作った人型トリオンアンドロイドとかの方がまだ信じられます」

「お前は俺を何だと思っているんだ」

「まあまあ。とりあえずこっちも自己紹介を」

 

 やはり筋肉な師匠からクールさまで学んだ男は格が違う。先輩の追求をさらりとスルーして、烏丸は一歩前に出た。

 

「玉狛支部所属、烏丸京介です」

「同じく、空閑遊真だよ。えっと……」

「江渡上でも下の名前でも、好きな方で呼んでくれていいわよ、空閑くん?」

「ふむふむ。じゃ、さや先輩で」

「ええ、よろしくね」

 

 遊真と握手をする紗矢は、ようやく雷神丸ショックから回復したらしい。表情と態度にいくらか余裕が戻っていた。

 そんな紗矢をしげしげと見詰めていた烏丸は、感心したように口を開く。

 

「いやでも、ほんとにびっくりしましたよ。如月先輩がこんなにかわいいオペレーターを連れてくるなんて」

 

 本人は事も無げに言ったが、ボーダーイケメンランキングの中でもほぼトップの座に位置する烏丸からの発言だ。大抵の女子なら一撃で落ちる殺し文句なのだが……

 

「あら、お上手。貴方みたいな美男子にそう言って貰えると、私も嬉しいわ」

「…………」

 

 だがしかし。江渡上紗矢は褒められた途端にドヤ顔で黒髪を揺らすだけ。照れも恥じらいも微塵も見せないその姿に、烏丸は困ったような視線を龍神に向けてきた。

 多分烏丸としては、「か、かわいい……? やだもうっ! そんなこと真正面から言わないでよ! ほんとのことだけど!」的などこぞの先輩攻撃手みたいな反応が欲しかったのだろう。残念ながらそういった類いの反応をこの高飛車自信家お嬢様に望むのは、完璧にお門違いだ。木虎あたりに言ってやれば、ゆでタコのように真っ赤になって気絶するかもしれないが。

 好かれるかどうかはまた別として、この女は基本的に会話でボロを出すような真似はしまい……と龍神は呑気に考えていたが、そんな彼女を動揺させる質問は意外な方向から飛んできた。

 

「ところで、さや先輩。なんで泣いてるの?」

「え?」

 

 不意打ちじみた遊真の質問に、今度は紗矢が小さく息を詰まらせる。心なしか、頬が赤く染まった。

 

「べ、べつに泣いてなんか……」

「ウソだね」

 

 はっきりと遊真が言い切る。困惑している紗矢に、龍神は助言に入った。

 

「隠そうとしても無駄だぞ、江渡上。空閑に嘘は通用しない」

「それってどういう……?」

「遊真は『ウソを見抜ける』サイドエフェクトを持ってるんです」

「サイドエフェクト!? うそ!?」

「ウソじゃないよ」

 

 半信半疑、といった様子の紗矢に遊真はニヤリと笑みを向ける。

 

「でも、サイドエフェクト使わなくても分かったかな。目とか赤いし。とりまる先輩も気付いてたでしょ?」

「……ッ!?」

「まあ、たしかに」

「……ッッ!?」

 

 烏丸は相変わらずクールな表情のまま、けれどちょっとおもしろくなってきた、と言いたげに。遊真もあごに手を当てて、狼狽する先輩の姿を楽しそうに眺めていた。

 最初のお嬢様らしい態度はどこへやら。初対面の印象を取り繕うとしていた紗矢は、もはやタジタジのヘナヘナだった。脆い。小南といい紗矢といい、どうしてこう見せかけだけの『お嬢様』という人種はこうも脆いのか。

 しかし、遊真の追撃は続く。

 

「それで、どうして泣いてたの?」

「うっ……」

「念のためにもう一度言っておくが、嘘は通用しないぞ。正直に話せ」

「で、でも……」

 

 カピパラがこわくて泣きました。

 プライドが高い彼女からしてみれば、絶対に口にしたくないセリフだろう。しかも相手は初対面の、印象を良くしておきたい小南の同僚達である。

 言葉に詰まった紗矢の頬に冷や汗が流れる。

 

「ちょ、ちょっとびっくりしちゃったことがあって……」

「……ふむ。ウソは言ってないね。で、なににびっくりしたの?」

「えっ!?」

 

 遊真の質問は止まらない。初対面の相手であるにも関わらず、ぐいぐい押していく。

 

「か……」

 

 紗矢が下がる。

 

「か?」

 

 遊真は一歩前に出る。

 

「かぴ……」

「かび?」

 

 紗矢が呻く。遊真は首を傾げる。

 向き合うこと、数秒。

 遂に、観念したように、

 

 

「……カピパラが急に飛び出してきたから、びっくりして泣きました……」

 

 

 聞き取れないほどの小声で、紗矢は呟いた。

 龍神の隣で烏丸が口元を押さえ、うしろを向いて笑いを堪えた。実に珍しい。写メを撮って木虎あたりに送ってやりたいレアシーンだ。

 一方、答えを追求していた遊真は心底不思議そうに首を捻って、

 

 

「……ウソついてないのは分かるけど……雷神丸がそんなにこわかったの?」

 

 

 羞恥心という弾丸にプライドを撃ち抜かれ、江渡上紗矢は撃沈した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「で、小南はどこにいるの?」

「復活はやいな」

「だから私は切り替えがはやい女なの」

 

 しばらくは廊下の隅っこでしゃがみこみ、プルプル震えていた紗矢だったが、それはそれ。羞恥心を振り切ったのか、はたまた当初の目的を思い出したのか、遊真達に問いを投げられる程度にはすぐ回復した。

 

「こなみ先輩? さや先輩はこなみ先輩に用事があるの?」

「私は小南と同じ学校に通っていて、しかもクラスメイトなのよ」

「ほう、クラスメイト。なるほど……それにしても、うまいねこれ」

 

 頷く遊真は、紗矢から渡された手作りクッキーをもしゃもしゃと頬張っている。要するに「これをあげるからさっきのことは黙っててね!」という口止め料である。

 

「そういえば、遊真はいつもなら小南と模擬戦をしているはずじゃないのか?」

「え? そうなの空閑くん?」

「こなみ先輩はおれの師匠だからね」

「成る程……小南の愛弟子ということね。はい、クッキーまだ食べる?」

「いただきます」

 

 

 よほどお気に召したのか、遊真は遠慮なくタッパーに手を伸ばす。なんとなく、龍神の脳裏には犬の餌付けが思い浮かんだ。さっきひどい目に遭わされたので、多分紗矢はここで遊真を手懐ける気満々なのだろう。ついでに龍神も手を伸ばしたが、それは紗矢に容赦なくはたかれた。差別である。

 

「小南先輩なら今はキッチンにいるはずですよ」

「キッチンに? 今日は小南が料理当番なのか」

「はい。だから俺が遊真の模擬戦の相手をしていました」

「とりまる先輩もなかなかに手強かったぜ」

「ちなみに修はモールモッド相手の自主練中です。宇佐美先輩がみてくれています」

 

 最近は遊真とセットで一緒にいることが多い小南だが、そういう理由があるならこの場にいないのも納得できる。

 ただ、まだひとつ疑問があるとすれば、

 

「作りはじめるには早すぎじゃないか? まだ3時にもなっていないぞ?」

「そうなんすよね。いつもよりちょっと高い材料買ってましたし」

「そうなのか?」

「間違いありません」

 

 飲食店やスーパーでバイトしているだけあって、烏丸はそういうところに目がきく。遊真もクッキーを頬張りながら頷いた。

 

「俺との勝負もはやめに切り上げてとりまる先輩とチェンジしたし」

「ほほう……『いつも』とは違うものを作る、とか?」

「いや、それはないですね」

「……なんか私を置いて話が進んでいるみたいだけど、つまり小南は料理中なんでしょう? なら、はやくキッチンに行きましょうよ。もしよかったら、手伝いたいし」

 

 うずうずしているのが丸分かりな紗矢がそう言う。たしかに、ここでいつまでも立ち話しているわけにもいかない。ぞろぞろと連れだって、龍神達はダイニングキッチンに向かった。

 扉の前で立ち止まると、やはりトントントンとリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。龍神は振り返って聞いてみた。

 

「……どうする?」

「江渡上先輩は小南先輩に、今日来ることは伝えてないんすよね?」

「え? あ、うん。急に来ちゃったから」

「……じゃあ如月先輩。ここはサプライズで驚かせる方向でいきましょう。とりあえず中の様子を」

「ふっ……了解だ」

 

 口に出す必要はない。その方がなんかおもしろそうだし、というシンパシーを龍神は烏丸から感じ取った。全く以て同意見である。

 小南に気づかれないように、ゆっくりドアを開く。遊真、紗矢、烏丸、龍神の4人は、だるま落としの如く頭を並べて部屋の中を覗き込んだ。全員が中の様子を見るにはこうするしかないのだが、体勢としては中々に苦しい。誰か1人がバランスを崩したら倒れそうだった。

 

「ここからだとキッチンは微妙に死角なんだな。だが、何を作っているのかは丸分かりだ」

「そうすね。この匂い……間違いなくカレーです」

 

 鼻孔を刺激するスパイスの匂いを確かめて、烏丸がおもむろに頷く。

 

「まあ、そもそも小南先輩はカレーしか作れないので、当然と言えば当然ですけど」

「え? そうなの?」

「そうです。江渡上先輩、いい反応ですね」

 

 素で驚いた様子の紗矢に、烏丸は無表情のままサムズアップした。小南的な反応がよかったのだろう。

 ちなみに補足しておくと、龍神達の会話は超小声である。

 

「お。ちらっと見えたぞ」

「ほんと?」

「ところでさや先輩、おもいよ」

「な……っ!? そんなことは……」

「えぇい、静かにしろ」

 

 どうやら、冷蔵庫から食材を取り出すつもりらしい。ようやく小南の姿が、ドアの隙間からちらりと覗いた。

 

「~♪」

 

 赤いエプロンに長い髪をポニーテールでまとめている姿は、いつもとは印象ががらりと違って見える。しかも鼻歌のオマケつき。明らかに上機嫌だった。

 

「すごい……小南が料理してる。おしとやかに見せかけようとして見せかけることすらできていない、あのがさつな小南が……」

 

 やたら感動したように紗矢が呟いたが、その反応はあんまりだと龍神は思った。小南だって女子高生(斧)なのだ。料理くらいは作れるのである(ただしカレーのみ)。

 しかし事実として、小南の料理の手際はドアの隙間から観察していても中々に手早かった。既にスパイスの香りが漂っているのはルウ以外に何種類かのスパイスを用意しているからだろうし、鶏肉の下ごしらえも入念に行っているように見える。

 

「高級な食材、と聞いた時はもしやと思ったがやはりカレーだったな」

「当たり前っすよ。小南先輩にはカレーしかありませんから」

 

 しれっと、本人に聞かれたらヘッドロック確定なことを烏丸は言う。

 

「でもおれ、こっちに来てから食べたもので一番うまかったのはこなみ先輩のカレーだよ?」

「意外な高評価ね。カレーしか作れない代わりにカレーに特化している、と……ていうか空閑くん。こっちに来てから、ということは、もしかして今まで外国に住んでたの?」

「そうだよ。さっきもらったさや先輩のクッキーもうまかったし、こっちの食べものはおいしいものばっかりでびびるね。『近界』とは大違いだ」

「ふふっ……冗談言っちゃって。そんな風に言うとまるで『近界民』みたい」

「ん? おれ『近界民』だよ?」

「……え?」

「あ」

 

 止める間もなく。

 本当にさらりと。玉狛支部と本部上層部、それに三輪隊や龍神しか知らない事実を、遊真が口にした。

 数瞬、空気が固まって、

 

 

「えぇえええええ!?」

 

 

 絶叫とともに、紗矢の体勢が大きく崩れた。当然、下から二段目の彼女がぐらつけば、その上の烏丸と龍神にも影響が出る。

 結果。薄く開いていたドアを突き破り、4人は部屋の中に雪崩れ込んだ。

 床に倒れたまま、龍神はやれやれと溜め息をひとつ。

 

「……これは思わぬところで意外な事実が発覚してしまったな」

「あまりにも自然に言いましたからね」

「どういうこと!? ねぇどういうこと、如月くん!? 説明して!」

「めんどくさいな。どこから説明すればいいんだ」

「如月先輩が三輪先輩に『鉛弾』撃ち込まれたとこからでいいんじゃないすか?」

「おいやめろ」

「……おもい。とりあえずみんな下りて欲しいんだけど」

 

 3人の先輩の下敷きになっている遊真が、唇を尖らせて文句を言う。

 とりあえず起き上がって上を向いた龍神は、目の前に1人の少女が仁王立ちしていることに、ようやく気がついた。

 

 

「……あんた達、なにしてるの?」

 

 

 小南桐絵はお玉を持ったまま。なんとも言えない表情でこちらを見下ろしていた。

 

「ていうか、とりまると遊真はともかく。なんで龍神と……紗矢までいるわけ?」

 

 どうやら、状況に理解が追いついていない様子である。小南の顔には困惑が満ちみちていた。

 なんでいるの?と聞かれれば、答えはもう決まっている。

 龍神と紗矢は顔を見合せると、きれいに声を重ねて答えた。

 

 

「「きちゃった」」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……つまり要約すると、サプライズ感覚でいきなり遊びにきたってわけ?」

「まあ、そういうことだな」

 

 龍神と紗矢が軽い感じで小南を誤魔化そうとした、およそ5分後。

 呆れたような小南の言葉に、龍神は首を縦に振った。こうなった経緯はひとしきり説明し終えたわけだが、どうにもこのエプロン姿の女子高生は納得していない様子だった。

 半眼を作りながら、小南は正座して小さくなっている紗矢の方へ目をやる。

 

「で、わざわざ休日に、こんなところまでなにしにきたの?」

 

 いかにもツンツンした小南の質問に、紗矢は躊躇いがちに答えた。

 

「あ、遊びに来ました……」

「いきなり押しかけられても、いい迷惑なんだけど?」

「う……」

 

 冷たい言葉を浴びせかけられて、紗矢がますます縮こまる。

 と、そこで烏丸が紗矢の助けに入った。

 

「まあ待ってください、小南先輩。急に江渡上先輩がウチに来たのには、ちゃんとした訳があるんです」

「訳ぇ? なによそれ?」

 

 明らかな喧嘩腰で小南が問うが、烏丸は憶さず。むしろ彼女に向かってゆっくり言い聞かせるように、悲しげに口を開いた。

 

 

「実は江渡上先輩は……もうすぐ転校してしまうんです」

 

 

「……えっ?」

 

 思わぬ発言だった。龍神だけでなく、張本人のはずの紗矢までもがぎょっとして顔を強張らせた。

 そしてなによりも、小南桐絵の変化が劇的だった。

 つり上がっていた目尻は力なく下がり、逆立っているように見えたくせっ毛も萎み。あまりの衝撃に理解が追いつかないのか、小南は急に落ち着きをなくして紗矢の方へと向き直り、そして華奢な肩をガシッと掴んで揺さぶった。

 

 ――はい、騙された。

 

「うそ……転校って……ほんとなの紗矢!? どうしてそんな急に!?」

「え、うん? いや、ちが……」

「いつ? いつ転校しちゃうの? なんで!? もしかして、あたしが最近冷たかったから!? わりと冷たくあしらってたから? そうなの!?」

「ええと、小南。少し落ち着いて……」

「あれは違うの! ほら、あたし性格こんなだから、学校で演技するの色々大変だし! べつにあんたのことが嫌いとかそういうわけじゃなくて、ちょっと戸惑っていただけっていうか……」

「小南先輩、少し落ち着いてください。江渡上先輩が困ってます」

「とりまる! あんた、紗矢のこと知っていたなら、なんでもっとはやくこの事を言わないのよ!?」

「この事って、なんですか?」

「紗矢が転校することよ!」

 

 半分涙眼になりながら、小南が吠える。対し、烏丸はいつものように答えた。

 

「すいません、ウソです」

「…………え?」

「だからそれ、ウソです」

 

 すとん、と。紗矢の肩を掴む小南の手のひらから、力が抜ける。

 

「う、そ……?」

「はい。ウソです」

「ついでに言うと、烏丸と江渡上はさっき会ったばかり。ほぼ初対面だ」

「…………」

 

 一拍、間を置いて。

 

 

「だましたなぁああああああああぁああ!!」

 

 

 部屋を震わす絶叫とともに、小南は紗矢の首をがっしりホールドした。玉狛支部ではお馴染みの、小南ヘッドロックである。

 

「よくも騙してくれたわね!?」

「こ、小南!? ちがっ……ウソついたのは烏丸くんだから!」

「あんたも共犯よ!」

 

 嬉しいのか苦しいのか、顔を赤らめながら紗矢が小南の手をタップする。思いっきり胸が当たっているが、それもいつものこと。本人が気にしていないので特に問題はない。元々薄いから問題ないのかもしれない。口に出したら殺されるだろうが。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて、龍神も小南いじりに参戦する。

 

「ほほう。そんなにムキになるということは、それだけ江渡上のことを心配したということか?」

「はあ? なに言ってるのよ! このバカ厨二! あたしがそんな心配するわけないでしょ!?」

「うん、ウソだね」

「遊真ぁああ!?」

 

 弟子の奇襲に、さらに小南の顔が赤くなった。鼻の真ん中から耳の端までが朱に染まり、まるで茹でダコのようだ。

 せっかくおもしろいことになってきたので、龍神はさらに追い討ちを掛けることにした。

 

「ん? なんでこんなところにフードポットが2つもあるんだ?」

「あ!? ちょっとそれは……」

 

 作りかけのカレーの材料が並ぶキッチンには、出来上がりもまだだというのに2人分のフードポットが置いてあった。キッチンを覗き込んだ龍神は、それらを手にとってわざとらしく首を傾げてみせた。

 

「たつみ先輩、そのフードポットっていうのは何?」

「一言で言えばちょっと魔法瓶と弁当箱を掛け合わせたようなものだ。保温が効くから、汁物などを運ぶのに適している」

「ほうほう……2人分のぽっと……そしていつもより気合いを入れて作られていたカレー……ふむふむ」

 

 名探偵空閑遊真は数秒間だけ考え込むと、ぽんと腕を叩いた。謎が解けたらしい。

 

「そうか。こなみ先輩はさや先輩のためにカレーを作っていたのか」

「なっ……そんなわけないでしょ!? どうしてあたしがこいつのためにお弁当なんて作らなきゃいけないのよ?」

 

 遊真の名推理に、小南が慌てて反論する。見事なツンデレである。

 

「これはたまたま偶然、今日が料理当番だったから明日のお昼にちょうどいいと思って……そしたらまあまあいい感じのフードポットがちょうど2つあったから買ってきただけよ!」

 

 苦しい言い訳だった。

 小南を見詰める全員の視線は、それはもう生暖かいものだった。

 そんな中で1人、感極まった紗矢は優しく小南の手を両手で包む。

 

「……ありがとう、小南」

「あ、あたしはただ貰いっぱなしになるのも嫌だったから……これで今度のお昼にでも、お互い弁当を交換しあえば貸し借りなしのウィンウィンでしょ? だ、だからべつに、あんたの為なんかじゃないんだからね!」

 

 重ね重ねになるが、あえて言おう。ツンデレである。

 ここまで来てしまえばもう女子特有のノリで、「それならせっかくだし那須さんも誘ってみる?」「照屋ちゃんにも声かけてみよっか?」と乙女2人は勝手に盛り上がりはじめた。

 最初から、江渡上紗矢の心配は杞憂だったのだ。

 自分で淹れたお茶をすすりながら、烏丸がいつもの無表情で言う。

 

「仲良さそうっすね」

「いいことだ。こうなるまでがめんどくさかったし、多分これからもめんどくさいと思うが」

「頑張ってください」

「他人事みたいに言うな。小南はお前の担当だ」

「からかいネタのレパートリーが増えそうで、俺的にはなによりです」

 

 流石に最後は聞こえないように小声だった。

 結局、小南と紗矢は一緒にカレーを作るということで合意したらしい。

 まあ、お嬢様がお昼のお弁当に『カレー』というのはどうかと思うのだが、小南桐絵はそれしか作れないのだから仕方がない。

 それに。

 

「紗矢ー、とりあえずご飯の準備とかしてくれる? 炊飯器がそっちにあるから。使い方分かる?」

「私を馬鹿にしないでくれる? カレーしか作れない小南と違って色々作れるのよ? お米を炊くくらい朝飯前だわ」

「言ってくれるじゃない……まあ、あたしの超おいしいカレーを食べればその失礼な認識も一瞬で改めるに決まっているけど」

 

 本人達があれだけ楽しく作っているなら、できあがるカレーはとてもおいしいに違いない。

 

「……ねえ小南。この炊飯器、スイッチ類がどこにも見当たらないんだけど?」

「なに? お米炊くのなんて朝飯前だとか言ってた癖に、ご飯のセットもできないわけ? ていうか、スイッチが見当たらないわけないじゃない。どうやって操作するのよ?」

「で、でも本当にこの黒い炊飯器、うんともすんとも言わないわよ?」 

 

『申し訳ないが、わたしは炊飯器ではない』

 

「…………へ?」

 

 紗矢の口から漏れ出た呟きは、今日の反応の中で最も間抜けなものだった。

 スイッチを探してぺたぺた触っていた『黒い炊飯器』から、不意に声が響いた。

 否。それはそもそも『炊飯器』ではない。

 手を離して呆然とする紗矢の前で、その黒い炊飯器のような物体は重力を無視して空中に浮き上がる。

 

『はじめまして、サヤ。わたしはレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

 

「………………」

 

 炊飯器からのご挨拶。

 完全に固まったまま、紗矢は突然自己紹介をはじめたレプリカを見上げる。

 先ほどの『遊真が近界民』という件についての説明が、まだだったせいもあるだろう。カピパラに突進されたり、ウソを見破られたり、炊飯器だと思っていたものに挨拶されたり、今日の彼女はエキサイティングな出来事を体験しすぎた。

 故に。

 

「………………ゅう」

 

 江渡上紗矢は小南にもたれかかるようにして、その場で倒れ込んだ。

 脳のキャパシティが処理限界を超えたのだ。

 

「えっ! ええっ!? ちょっとウソ!? 紗矢!? 紗矢ー!?」

『これはいかん。驚かせてしまったか』

「レプリカがいきなり出てきたら、普通はびっくりして当然かもな」

『……ふむ。脈拍を測ってみたが特に問題はなさそうだ。すぐに目を覚ますだろう』

「まったく、この程度のことで意識を失ってしまうとは……我が隊のオペレーターとして情けない」

「そんなこと言ってないではやく運ぶの手伝いなさいよ!?」

「……あれ? なんか焦げてないすか?」

「ほんとだ。煙でてるね」

「なにっ!? それはいかん! 俺の晩御飯が!?」

「あんたはオペレーターとカレーとどっちが大事なのよ!? このバカッ!」

 

 ちょうどその時。

 リビングダイニングのドアが開いた。

 

 

「これは……?」

 

 

 メガネを持ち上げながら、彼は呟いた。

 鍋からうっすらと上がっている煙。普段は絶対に見せない焦った様子で木べらを握り締め、一心不乱にその鍋の中をかき混ぜる師匠。小南に支えられた見知らぬ人物。そして、やたら騒がしい室内。

 

 

「…………いったい、なにが?」

 

 あまりにも混沌としたその有り様に、部屋の入口に立つ三雲修は冷や汗を浮かべた。

 




なんか予想以上に長くなった(白目)
文量が膨らむのが、自分の悪い癖だと思っています。そして調子に乗って頻発する誤字……誤字報告を送ってくださる皆さん、いつもありがとうございます。
それと、大変有難いことに推薦をいただきました。紹介文が短くクールにまとまっていて素敵!(厨二とは言わない。失礼で言えない) 本当に嬉しいです。ありがとうございます!


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クリスマス(炒飯) 前編

恥ずかしながら、帰ってきました。
久々の更新が番外編。申し訳ない気持ちで一杯ですが、このネタは投稿するなら今日しかない、と思ったので。


 12月25日、クリスマス。

 世界一有名な聖人の誕生日を世界中の人々が祝う、おめでたい日。本来は仏教の国である日本も例外ではなく、街にはイルミネーションが灯り、子供にはプレゼントが渡され、食卓にはチキンとケーキが並ぶ。とはいえ、日本の人々が盛り上がるのはどちらかと言えば前日の24日、クリスマスイヴの方だろう。25日になってしまえば浮かれた空気はあっという間に切り替わり、大掃除、年賀状、おせちにお雑煮といった年を越す為の準備に忙しくなる。特に最近は『イヴイヴ』なんていう言葉も出てくるほどで、12月25日はわりと蔑ろにされてしまっている。日本人の年末は忙しいのだ。

 そんなわけでクリスマス(イヴ)も終わって、いよいよ迫ってきた年の瀬を感じながら――

 

 

「……遂にこの日が、来てしまったか……」

 

 

 ――如月龍神は絶望に染まった表情で、とある部隊の作戦室の前にいた。

 無機質で近代的な扉はファンシーに飾り付けられており、分かりやすく大きな文字で書かれた張り紙も張ってある。そこには、こう記されていた。

 

 『加古望主催! スペシャルチャーハンパーティー会場』

 

 12月25日は、ボーダー隊員にとって世間一般とは違う意味を持つ。

 今日は、世界で一番有名な聖人が生まれた日。

 そして、A級6位加古隊隊長。加古望の誕生日である。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 約1ヶ月前。

 その招待状が届いた時、龍神は冗談抜きにわりと本気で死にたくなった。

 やたらかわいいピンクの便箋には、やたら達筆に『如月龍神様』と記されており、やたら丁寧に記されたパーティーの詳細が同封されていた。差出人は言うまでもなく、加古望。その内容を簡潔にまとめれば「12月25日は、私の誕生日! みんなへの感謝を込めて、張り切って炒飯を作っちゃいます! 必ず参加してね♪」というものだった。

 加古望の炒飯(チャーハン)は、10分の2の確率で劇物が含まれる、危険物質である。

 それをパーティー形式で、しかも"張り切って作って"振る舞ってくれるというのだ。比喩でもなんでもなく、龍神は世界の終わりだと思った。そう、セカイノオワリだ。何の対策もなしに参加すれば、胃袋がファイヤーとフォレストのカーニバルになってしまう。要するに死ぬ。

 だからといって、行かないという選択肢はなかった。加古からの招待状が届いた以上、この死のパーティーには必ず参加しなければならない。断ったら何をされるか分からないからだ。「年上お姉さんに何をされるか分からないとか、なんかエロくないっすか?」と人事のように笑っていた佐鳥賢を、龍神はぶん殴った。

 それでも一応、断る方法は模索した。招待状を受け取った直後、偶然通りかかった香取葉子に「女子の誘いを断る、何かいい理由はないだろうか?」と、聞いてみたのである。女子のことは女子に聞いた方がはやい。当然の思考だ。女子という年齢に加古が当てはまるのかは、とりあえず置いておく。

 藁にもすがりつく思いで、龍神は返答を待った。しかし香取は、さも面倒そうに整った顔立ちを歪めただけで、

 

「は? なにそれ? そのパーティーに誘われなかったアタシに対する嫌み? うざっ……」

 

 と、取り付く島もなくそう言い捨てただけだった。

 龍神は激怒した。

 本気で悩んで本気で相談したのに、なんと無責任な発言だろうか。龍神は決意した。必ず、かの邪智暴虐な香取葉子を除かねばならぬと決意した。不幸なことに、その場には「まあまあ」と言って場を取りなしてくれる三浦雄太はいなかった。

 

「香取」

「なに?」

「ブースに入れ。先輩への口のきき方を教えてやる」

「……ふーん。やれるもんならやってみれば?」

 

 その後。かつてない怒りに身も心も支配された龍神は、個人戦で香取をボコボコにして、ポイントをむしり取れるだけむしり取った。怒りの力(パワー)は強かった。危うく暗黒面(ダークサイド)的な何かに落ちかけるところだったと思う。

 ちなみに負けまくった香取は「もぎゃあああ!」と泣きながらどこかへ走り去ってしまった。正直、反省はしている。しかし後悔はしていない。

 回想終了。

 そんなことより問題は、炒飯パーティーをどう乗り切るか、である。だがそもそも、龍神の取れる選択肢は限られている。

 行くも地獄、帰るも地獄。逃げ場はどこにもない。ならば、前に進むしかあるまい。前進あるのみ、だ。目の前に立ちはだかる巨大な敵(炒飯)に己の力(舌と胃袋)で挑み、粉砕玉砕大喝采……はやっぱり嫌だ。絶対に避けたい。

 やはり、生き残る方法はたったひとつ。

 当たりの炒飯を引く、それだけだ。

 

「やあ、如月くん」

 

 ふと背後からかけられた声に、龍神はゆっくりと振り返った。

 

「……堤さん」

「きみも、呼ばれてしまったんだね」

「……はい」

 

 諏訪隊銃手、堤大地。いつもは柔和で優しげな印象の彼だが……その表情は今、永遠の地獄に落ちる罪人のように絶望に染まっていた。

 例えるなら、娘から送られて来た手紙の中に「最近好きな男の子ができました!」という一文を見つけてしまった鬼怒田さん。

 例えるなら、烏丸京介に「ゆりさん、彼氏できたらしいっすよ」とウソを言われて愕然と崩れ落ちた木崎レイジ。

 例えるなら、烏丸京介に「宇佐美先輩が、お前のメガネのフレームはあんまり好きじゃないって言っていたぞ」とウソを言われてメガネ屋へダッシュした古寺章平。

 例えるなら、まだヤンチャだった頃の忍田に、旋空弧月の試し斬りで愛車を一刀両断された城戸正宗。これは龍神が実際に見たわけではなく、林藤からその時の話を聞いただけなのだが、今の城戸からは想像もできない表情をしていたとかなんとか。

 それはともかく。

 

「堤さん……大丈夫か?」

「はは……後輩に心配されるなんて、先輩失格だなあ」

「そんなことは……」

「大丈夫だよ、如月くん」

 

 悟りを開いたような優しい声で、堤は言う。もしかしたらこの頼れる先輩は、状況を打破する何か有効な手立てを……

 

「死ぬ時は、2人一緒だ」

 

 死ぬ前提だった。

 

「堤さん!だめだ堤さん!諦めるな!希望を持つんだ!何か……きっと何か手があるはずだ!」

 

 諦観と絶望の表情に染まった堤の肩を掴み、龍神はその体をこれでもかと前後に揺さぶる。しかし、いくらシェイクしても反応は変わらなかった。

 

「はは……無駄だよ如月くん。加古ちゃんのチャーハンに小細工なんて通用しない。俺は……俺は死ぬんだ」

 

 気の抜けたように言葉を吐きながら。物理的な限界まで力無く後ろに折れた首が……

 

 

「そして、キミも死ぬ」

 

 

 グキリと持ち上がって、残酷な事実を告げる。

 

 

「やめろおおおおおおおおおあああああ!!」

 

 

 生物という種が逃れ得ぬ、根源的な恐怖。それを肌に感じとった龍神は、堤を突き飛ばして思わず叫んだ。おそらく、ボーダーの誰も聞いたことがない、如月龍神の心からの絶叫。押し倒された堤は、起き上がろうともせず。力無く唇を吊り上げて、にひゃりと笑う。

 

「最初は……チョコレートクリームだった」

 

 普段は閉じられている細目の奥に、絶望の闇が浮かび上がる。

 

「デザートチャーハンみたいなもんだって……ほんとうに、最初は笑っていたんだ……でも、加古ちゃんの調理はどんどん加速していって……」

 

 何もない天井を、虚ろな瞳は見つめ続ける。

 

「どうして……どうして止められなかったんだ!? 最初に……こんな風になる前に止めていれば……ッ」

「できなかった……できなかったんだよ。如月くん。あんなに笑顔で、おれ達にチャーハンを振る舞ってくれる加古ちゃんを……俺や太刀川は、止めることができなかった……」

「堤さん……」

「だって、きみもそうだろう? 如月くん」

「……は、い」

 

 もう本当にどうしてアンタそんなに嬉しそうなんだっ……という表情で、自分達に料理を振る舞ってくれる加古。そんな彼女の期待を、龍神と堤は裏切ることができなかった。

 

 

「あと、加古ちゃん、基本的に人の言うこと全然聞かないし」

「たしかに」

 

 

 というか、こっちの方があのゲテモノ料理を止められないメインの理由な気がするが。

 堤は廊下の床に寝そべったまま。龍神は廊下の隅に頭を抱えて縮こまったまま。数秒間沈黙を保ち、頭を冷やし、ようやく落ち着いてきた2人は、よろよろと重い腰をあげる。

 

「……行きたくないな」

「……でも、行くしかないしなあ」

「……行かなかったら行かなかったで、かなり厄介なことになるのは目に見えているしな」

「そうだよなあ」

 

「「はあああああ……」」

 

 見事なまでにシンクロするため息。

 

「だめだ堤さん。思考を切り替えよう。『俺は死ぬ』と考えるから、死ぬんだ。『俺は死なない』思っていれば、きっとこわくないし死なない」

「なんだその根性論」

「しかし事実として、最近の俺達は『一皿』では死ななくなっている。もしかしたら、加古さんの炒飯に対して耐性ができているのかもしれない」

「……前向きな考えだ。さっきまで取り乱してたのに」

「べつに取り乱してなんていない。加古さんの炒飯なんて全然こわくない。ほんとにこわくない。こわくないったらない」

 

 まるで自己暗示のように、龍神はぶつぶつとくり返す。

 幸い、廊下の隅に縮こまって頭を抱えて震える如月龍神という有り得ない状況を目撃する人間は堤以外にはいなかった。故に、龍神はべつに廊下の隅に縮こまって頭を抱えて震えてなどいない。いないったらない。

 

「あとは、ハズレを引かないようにすることだけど」

「それは加古さんの調理次第……つまり、純粋に運の問題だ」

 

 結局のところ。

 龍神達に残された選択肢は、二つしかない。

 炒飯を食べて、生きるか、死ぬか。デッド・オア・アライブ。それだけである。

 

「ここで悩んでいても、仕方ない……入ろうか」

「堤さん……」

「大丈夫だよ、如月くん。覚悟はもう決まった。どうせ逃げられないのなら、俺はどこまでも足搔いてみせる。足搔いて、足搔いて、最後の最後まで足搔ききって、生き残ってみせる」

 

 数分前まで「だめだあ……もうおしまいだぁ」的な発言をしていた男は、もういなかった。

 龍神の目の前にいるのは、胸に小さな希望を抱いて『死』に立ち向かう、1人の漢だった。

 

「じゃあ、いこうか」

「はい」

 

 龍神と堤は信念と覚悟を持って、地獄の門を開く。

 言葉を交わさなくても、分かる。通じあえる。2人の決意は、全く同じだった。

 俺達は死なない。絶対に生き残るのだ、と――

 

 

 

 

 

 

 

「柿崎ッ! 柿崎ッ! しっかりしろ! 柿崎ィイイイイイイ!」

 

 

 ――もう死んでた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……状況を説明しろ、太刀川」

 

 ソファーの上でぐったりと動かなくなった柿崎国治を見詰めながら、龍神は苦々しげにそう聞いた。

 対する太刀川慶は、頭を抱えながら低い声で呻く。

 

「見ての通りだ……ちょっとはやくここに着いた俺達は、先に部屋に入って……柿崎が前菜の炒飯を食べて……この有り様だ」

「どうして俺達の到着を待たなかったんだ!?」

「仕方ないだろ! 扉の前で待っていたのを加古に引きずりこまれたんだから!」

 

 そもそも前菜の炒飯、という時点で軽く意味不明ではあるが、加古は暇さえあれば炒飯を作っている。おそらく作り置きを温めたものを柿崎は食して、そのまま死んだのだろう。

 しかし、柿崎を物言わぬ屍にしてしまった張本人の姿はどこにもなかった。

 

「……加古さんはどこに行ったんだ?」

「加古さんは車の中に食材を置き忘れたので、取りに戻りました」

 

 疑問に答えてくれたのは太刀川ではなく、龍神がよく知る後輩だった。

 

「双葉」

「如月先輩、今日は来てくれてありがとうございます。堤さんも、どうぞ」

 

 黒江双葉はお盆の上に乗せたお茶を龍神と堤に出して、ぺこりと頭を下げた。トレードマークのツインテールが、頭の動きに合わせて揺れる。

 龍神はコップを受け取りながら礼を言った。

 

「すまんな、双葉」

「ありがとう、双葉ちゃん。いただくよ」

「はい。加古さんはすぐに戻ってくると思うので、しばらく待っていてください。今回は材料をたくさん買い込んでいたので、1人で持って来れるかちょっと心配なんですが……」

 

 たくさん材料を買い込んでいた。

 その言葉だけで、龍神と堤はお茶を噴き出しそうになった。材料……一体どんな材料なのだろうか。加古の好奇心を満たす、危険な食材が含まれている気がしてならない。

 叶うことなら、このまま加古が戻って来なければいいのに……と、2人は切に願った。

 

「ハーイ! みんなお待たせ!」

「加古さん!」

 

 そして死神は、願ってる側から速攻で戻ってくる。

 運命は残酷である。神は龍神達に、心の準備をする暇すら与えてくれないようだ。

 両手一杯に様々な食事を抱えた加古望は、お茶のコップを持ったまま固まっている龍神と堤を見て、にっこりと笑った。

 

「2人とも時間通りに来てくれたのね。感心感心……あれ? 柿崎くんはなんで寝てるの?」

「柿崎はもう疲れたらしくてな。そっとしておいてくれ」

 

 死んだ目で太刀川が言うと、加古は小首を傾げて眉を潜めた。

 

「ええ? パーティーはこれからなのに? もう柿崎くんったら……」

「年末で色々と疲れも溜まっていたんだろう。太刀川の言う通りだ。休ませてやれ」

 

 聞こえてきたのは、意外な声。

 女性にしては長身の加古の後ろから。男性にしては小柄なその人物は、にゅっと顔を出した。

 

「風間さん!?」

「どうして……」

「なんで風間さんがここに……?」

「……なんだその口ぶりは。俺がここに来るのがそんなに意外か?」

 

 やや不満そうに、彼は元々鋭い目付きをさらに細める。言わずと知れたボーダー屈指の隠密戦闘チーム、A級3位風間隊隊長、風間蒼也がそこにいた。

 龍神はもちろん、太刀川や堤も信じられない面持ちで、小さな先輩を凝視する。

 

「いや……まさか風間さんが来るとは……」

「折角のクリスマスだ。たまには羽を伸ばすのも悪くないだろう。それに、招待状も貰ったしな」

 

 言いながら、ファンシーなピンクの便箋をヒラヒラさせる風間。正直、子どもにしか見えない。

 

「はいはい。それじゃあみんな揃ったことだし……」

 

 ボーダー内屈指のクールな美女は、そのイメージとは真逆の、まるで太陽のような朗らかな笑顔を咲かせて……

 

「パーティーをはじめましょうか」

 

 彼らに、死刑宣告を突きつける。

 

 

 




好きなバルキリーはYF19です


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炒飯(クリスマス)後編

クリスマス(正月)後編だよ!!
……えぇ、結局間に合いませんでした、年内には。その代わり一万字ほどのボリュームになったので、許していただきたく。



「みんな、今日は私のために集まってくれてどうもありがとう」

 

 にこやかな笑みを見せる加古の前で、風間を除く男達は既にガクガクと震えていた。生物は己の体に危機が迫った時、本能的にそれを察知するという。龍神達が恐怖を押さえ込もうとしても、彼らの舌と胃袋が全力で警告を発していた。

 ちなみに柿崎はまだ目を覚まさない。この戦いにはついてこれそうにないので、隣の緊急脱出ルームに放りこんである。意識と胃袋が緊急脱出している彼を、これ以上戦わせるわけにはいかない。

 

「加古さん。麻衣先輩達はちょっと遅れるみたいです」

「あら、そう? じゃあ、先に始めていましょうか?」

 

 頷いた加古は、懐からカードの束を取り出した。それこそクリスマスプレゼントを待ちかねた子どものように、やたらそわそわしているのが伝わってくる。

 なんかもう、嫌な予感しかしなかった。

 

「それではこれより……第1回、神経衰弱チャーハン大会を開催します!」

 

 ドン!という擬音が聞こえてきそうなほど、元気一杯に宣言する20歳女子。しかし、「イェーイ!」というパーティーっぽい歓声は巻き起こらない。龍神達3人は、顔をひきつらせながら拍手をするので精一杯だ。風間は元々「イェーイ!」とか言うタイプではないので、興味深そうに「ほう……」と目を細めていた。その余裕を少しでいいから分けて欲しいと、龍神は思う。

 

「双葉。例のアレを」

「はい、加古さん」

 

 加古が軽やかに指を鳴らすと、それに合わせて双葉がホワイトボードをささっと滑らせて、ちょうど見やすい位置に持ってくる。無駄に無駄のない流れである。きっと練習したのだろう。

 

「ルールは簡単よ! 今から私が並べるカードには、それぞれチャーハンの具になる食材が記されているわ! みんなにはこれを1枚ずつめくってもらって、食材を決めてもらいます。そしてその食材を具に使って、私が炒飯を作るってわけ!」

 

 いや、何のバラエティー企画だよ?というか、神経衰弱要素どこ? そう呟きそうになるのを、龍神はぐっと堪えた。

 深く考えるまでもなく『炒飯の具になる食材』というのは、加古の基準で選ばれているはずだ。間違いない。佐鳥の首を懸けてもいいくらいに、龍神は確信した。

 

「どう? おもしろいでしょう!?」

 

 ウキウキと加古が聞いてくる。なるほど、確かに作る方はおもしろいだろう。そして食べる方は恐怖するだろう。龍神はもう胃が痛くなってきた。事実、隣の堤は既にお腹のあたりを抑えている。

 考えなければ……思考しなければ、生き残れない。龍神の脳細胞はかつてない勢いで、フル回転を始める。

 加古が机の上に並べたカードは20枚。加古のチャーハンの平均死亡確率は約10分の2。つまり、あの20枚の中には少なくとも4枚以上、『普通の人なら絶対にチャーハンに入れない人を殺せる食材』が含まれているはずだ。

 

「でも柿崎くんが起きないし……折角だから、2枚ずつじゃなくて3枚ずつにしましょうか! 具はたくさん入ってた方がおいしいわ」

「柿崎ッ! 起きろ柿崎ッ! 加古がお前のためにチャーハン作ってくれるぞ! 起きろ! 今すぐ起きろ!」

 

 叫びながら隣の部屋へ駆け込もうとする太刀川を、龍神と堤が押さえる。

 

「やめろ太刀川! 柿崎さんはもう眠っているんだ! ……これ以上は無理だ。そっとしておいてやろう」

「そうだぞ太刀川! 柿崎くんは疲れているんだ! ……はじめて加古ちゃんの炒飯を食べた柿崎くんに、もう1皿を強いるのは酷過ぎる。堪えるんだ」

 

 龍神も堤も、後半部分はかなり小声で太刀川に呟いた。

 

「…………ッ」

 

 個人総合1位、No.1攻撃手であるはずの男は、今にも泣き出しそうだった。

 

「じゃあ、はじめましょうか」

 

 手を叩き、小気味良い音を響かせて。加古がゲームの開始を宣言する。

 テーブルの上にずらりと並べられた20枚のカード。それらを見詰めて、龍神はごくりと生唾を飲み込んだ。堤や太刀川と、互いに視線を交差させる。口に出さなくても、言いたいことは分かった。

 

 ――おい、誰から逝く?

 

「ふっ……後輩が一番最初にご馳走をいただくわけにはいかないからな。まずは風間さん達から引いてくれ」

「おいおい。せっかくのクリスマスなんだぞ。かたくるしいのはなしだ。むしろ、こういうイベントは後輩からいくのが筋だろ」

 

 ――お前が先に死ね。

 ――いいや、お前が死ね。

 

 にこやかな笑みを浮かべながら、龍神と太刀川は視線をぶつけ合う。その瞳から放たれる殺気の鋭さは、普段行われるランク戦のそれをはるかに凌駕していた。

 そんな2人を横目で見ながら、

 

「ははっ! 2人は相変わらず仲がいいなあ! どうだろう? 最初は2人同時にカードを引くっていうのは?」

 

 堤が横から刺してくる。

 

((この糸目野郎っ……!))

 

 一緒に生き残ろう、という誓いを早速かなぐり捨ててきた糸目ボーズクソ野郎堤大地。しかし龍神は、それも仕方がないことだと思った。誰だって、一番最初に死にたくはない。当然のことである。自分に先に炒飯を食わせようとしてくる堤や太刀川が悪いわけではない。全ての元凶は、食べたら死ぬ炒飯にあるのだ。人の優しさ、人の思いやり、人の善性を、龍神はまだ信じていた。

 無論。それはそれとして、堤と太刀川には先に死んでもらう。

 

「ふむ……しかしこういうイベントごとを一気に終わらせてしまうのは、やはりもったいない。どうだろう。ここは、年長者である風間さんの指名で最初の挑戦者を決めるというのは」

「あら、いいわね。風間さん、お願いできる?」

「ああ、わかった」

 

 ほぼノータイムで、風間は答えた。

 

「太刀川、いけ」

「なんでっ!?」

「なんとなくだ」

 

 にべもない風間の返答に、太刀川は絶句する。この場で最もちっちゃくっても、この場で最も年長者なのは彼である。指名には、従わざるを得ない。

 

「よかったな太刀川。トップバッターだぞ」

「いいなあ太刀川。最初に加古ちゃんの炒飯が食べられるなんて」

「……覚えてろよ、お前ら」

「? 太刀川くん何か言った?」

「なんでもないぞ加古!さあ引こうか!」

 

 苦虫をまとめて500匹くらい噛み潰した顔を瞬時に切り替えて、満面の笑顔を加古に見せつける太刀川。しかし、ボーダーNo.1攻撃手であるはずの彼の手は、カードの前でピタリと止まった。

 伏せられた20枚のカード。そこから感じる、果てしなく禍々しいプレッシャーに。

 

「どうした、太刀川」

「……」

「まさかとは思うが……」

 

 押し黙った太刀川に向けて、龍神の唇が弧を描いて吊り上がる。

 

「カードを引くのが、こわいのか?」

 

 先ほど廊下で晒していた自身の醜態は彼方へと放り捨て、龍神は彼のプライドを逆なでする一言を、全力で投げつけた。

 

「はあ!? こわいわけがないだろが!」

 

 カッチーン、という擬音が聞こえそうな分かりやすい反応である。しかし、その一言がよほど効いたのか、太刀川はもう躊躇わなかった。

 ボーダー正隊員最強の弧月使い。いつもなら二刀流を振るうその両腕が、2枚のカードに手をかける。

 そうして、同時に2枚。さらに、目にも止まらぬ速さで1枚。

 

「なっ……!」

「は、はやい!?」

 

 躊躇など一切ない選択。そのあまりにも潔い思い切りの良さに、龍神と堤は目を見開いた。

 

「はっ……こういうのはな、迷った方が負けなんだよ」

 

 これ以上ないほどのドヤ顔で、太刀川は言う。ただし、引いたカードは見ようともしない。多分、見るのがこわいのだろう。

 

「もう!太刀川くんったら……こういうのはゆっくり引いた方がおもしろいのに」

「悪いな、加古。それでその、えっと……中身の方は……?」

 

 両頬をぷっくりと膨らませた加古が、太刀川からカードを受け取る。

 

「えーと……あら?」

 

 形のいい眉が、きゅっと眉間に皺を寄せた。

 

「ちょっと、太刀川くん。なぁに、このチョイスは?」

 

 机の上に広げられたカードは、当然3種類。

 

 いくら。

 たまご。

 

 そして、

 

「これじゃあ、前に太刀川くんにご馳走した『いくらカスタード炒飯』とほとんど同じになっちゃうじゃない!」

 

 

 ――カスタード。

 

 

「まあ、いいわ。ある意味、私の腕が上がってることを確かめるいい機会かも。ちゃんと前よりもおいしいのを作ってあげるから、ちょっと待っててね」

 

 ひゅっ、と。太刀川の喉から変な音が漏れ出るのを、龍神は確かに聞いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「はぁい、お待たせ」

 

 もうちょっと心の準備の時間を作ってあげればいいのに……と思うほどの瞬速で、炒飯はお出しされた。

 

「『いくらカスタード炒飯・クリスマススペシャル』よ」

 

 どこら辺が『クリスマススペシャル』なのかは一切不明だが、加古が『スペシャル』と言うからには『スペシャル』なのだろう、多分。見た目的にはたまごとカスタードの黄色に、うっすらといくらの赤が彩りを添える、美しい炒飯である。味の方は、これから太刀川が身をもって証明する。

 

「さあ、召し上がれ!」

「い、いただきます」

 

 恐る恐る、といった様子で太刀川は一口目を口に入れた。

 

「……ッ!?」

 

 そして一瞬だけ目と顔を白黒させると、そのまま残りを一気にかきこむ。

 

「た、太刀川……?」

 

 反応はない。カラン、とスプーンを置く音だけが響いた。

 戦いを終えた1人の男は丁寧に手を合わせる。

 

「ごちそう、さまでした……」

 

 何かをやり遂げたような、すがすがしい表情で、

 

「なあ、加古。腹いっぱいになったから、俺もちょっと横になっていいか?」

「太刀川くんもお疲れなの? しょうがないわね……どうぞ」

「ああ……ありがとう」

 

 ――横になった太刀川は、そのまま動かなくなった。

 

「太刀川、オイ! 太刀川!」

 

 小声で呼び掛けてみても、返事はない。ただの屍のようだ。

 

「すまん、加古さん。ちょっと太刀川を隣の部屋に放りこんできていいか?」

「太刀川くん、ほんとにおねむだったのね……お願いするわ」

 

 

 龍神と堤は2人で協力して太刀川を隣の部屋に運び込み、緊急脱出用ベッドの上に寝かせた。そして、2人揃って深い深いため息を吐く。

 

「やはり、一撃か……」

 

 相変わらずな威力に、堤が声を震わせる。

 

「ふん……太刀川は我々の中でも最弱。たった一皿で沈むとは、四天王の面汚しよ……」

「いや四天王誰だよ」

「今度もう1人募集しよう」

「誰も来ないよ」

 

 太刀川を馬鹿にしながら馬鹿なやりとりをしつつ、それでも龍神は顔を伏せた。どんな形であれ、炒飯の元に召された魂は尊い犠牲だ。

 

「お前はよく戦った……」

「太刀川、安らかに眠れ……」

 

 2人は手を合わせて合唱し、加古が待つ部屋に戻る。

 

「太刀川くん、大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だ」

「あいつも色々疲れていたんだよ。気にしないで、次に行こう、加古ちゃん」

「なら、次は俺がいかせて貰おう」

「風間さん!?」

 

 やはり同じA級部隊の隊長同士。太刀川がやられたことに何かを感じ取ったのか。

 A級3位風間隊、隊長。風間蒼也が遂に動く。

 

「なかなかおもしろい食材が入っているようだ。たまにはこういうパーティーも悪くない。考えたな、加古」

「風間さんに褒めてもらえるなんて、とっても光栄だわ。はやくめくってめくって」

「そうだな……では」

 

(どれをめくる気だ……)

(流石の風間さんでも、ここは慎重にならざるを得ないはず……)

 

 選択肢を間違えば、それは死に直結する。これはゲームであってゲームではなく、出てくるのは炒飯であって炒飯と呼ぶには烏滸がましいナニカ。まさにデスゲームとダークマター。いかに風間蒼也といえども、相応のプレッシャーを感じているはず。しかも太刀川は己の直感を信じてカードを選び、爆死した。あの見事な爆死っぷりを見て、躊躇わないわけがない。

 しかし。龍神と堤が固唾を飲んで見守る中で、

 

「これとこれとこれだ」

 

 風間はあまりにもあっさりとカードを選び、そして捲った。

 

 トンカツ。

 カレー粉。

 チーズ。

 

「……普通すぎておもしろみに欠けるな」

 

((なんでだぁあああああああ!?))

 

 龍神と堤の心の絶叫が、見事に同調する。

 信じられない神業であった。風間はこの地雷源の中で、完璧に当たり食材を引き当ててみせたのだ。しかも、自分の好物であるカツカレーを中心にしたラインナップを。

 風間から3枚のカードを受け取り、加古は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「また前に作ったような……でも、いい組み合わせね。普通すぎて創作意欲に欠けるけど、ランダムだから仕方ないわ。ちょっと待ってて、風間さん。まずはカツを揚げてくるから」

(そこから!?)

 

 ジュージューと揚げ油が弾ける音と、カレーのいい匂いが作戦室に満ちる。十数分後。太刀川の時より少々時間をかけて、加古は完成した炒飯を風間の前に置いた。

 

「はい、どうぞ。『チーズカツカレー炒飯・クリスマス風』です。熱いから、気をつけて食べてね?」

 

 その一皿を見て、龍神と堤は絶句する。絶句せざるを、得ない。

 全体がカレー粉の色に染まった米には満遍なく火が通り、パラパラに仕上げられていた。揚げたてのカツは一口大にカットされ、衣が水分を吸わないように脇に添えられている。なによりも、スパイスからこだわったことが一瞬で分る、刺激的で食欲をそそる香り……

 

(な……)

(なんてうまそうな……)

 

 ごくり、と。龍神と堤は生唾を飲み込む。

 これが、加古の炒飯の残酷な一面である。ハズレの炒飯は金を貰っても食べたくないが、アタリの炒飯は金を払ってでも食べたくなるほどにおいしそうなのだ。

 

「いい香りだ。いただこう」

 

 アツアツのカツとチーズと米を、風間は一気に頬張った。普段は小揺らぎもしない鉄面皮が、たった一口で幸せそうにほころぶ。

 

「うまい」

((そりゃそうだろうなあ!))

 

 ハフハフと、もぐもぐと、黙々と。炒飯を幸せそうに食べる風間の横顔を存分に眺めた加古は、堤の方に向き直った。

 

「じゃあ、次は堤くんの番よ」

「……ふーっ」

 

 遂に、この時がやってきた。

 ソファーから立ち上がった堤は頭をわしわしと……いや、わっしわっしとかきむしりながら、大きく息を吐いて呼吸を整える。

 

「ふふっ……そんなに気合を入れなくてもいいのに」

「せっかく加古ちゃんの炒飯を食べるんだ。気合を入れるのは当然さ」

 

 残りのカードは14枚。

 だがしかし。堤の表情は今、悟りを開いた菩薩のように穏やかだった。この世全ての煩悩から解脱したような……それでいて、戦う意思は決して捨てていない。静かで穏やかな闘志を、龍神は感じ取った。

 

(まさか、堤さん……何も考えていない、のか……!?)

 

 聞いたことがある。

 明鏡止水。曇りのない鏡、あるいは澄み切った水面のように、波風を立てぬ心の持ちよう。その在り方は、人間の精神の一種の完成形だという。

 

(この土壇場で、その境地に至るとは……)

 

 堤大地。炒飯を食べることに関しては、太刀川慶など足元にも及ばない。

 

 ――やはり天才か。

 

「俺が選ぶカードは」

 

 最早、迷いなどあるはずもない。恐怖も躊躇も、決断を鈍らせる全ての感情は不要。

 堤の手のひらは、引くべきカードを真っ直ぐに掴み取る。

 

「これだ」

 

 

 そして、彼が引いたカードは――

 

 

「……いちごジャム、だと?」

 

 

 ――いちごジャム。

 そもそもジャムとは果実の果肉を潰し、砂糖を加えて加熱濃縮することでゼリー化させた製品である。砂糖の添加量は原料の種類、熟度に応じて調整されるが、割合的にはほぼ等量ぐらいが適当。ちなみにジャム製品がゼリー化するのは有機酸の量が一定の場合だが、特にいちごジャムを製造する場合はペクチンを補うことが多い。朝食がパン派の人々には欠かせない……逆に言えば、ご飯とは逆立ちしてもマッチしない食品である。

 

「どうして……いちごジャムが……?」

「前に如月くんに『納豆いちごジャム炒飯』をご馳走した時、けっこう好評だったのよ。それで今回も入れてみようと思って」

(如月ぃ!)

(俺は悪くない。勝手にいちごジャムを引いた堤さんが悪い)

 

 目線だけでキレている堤をガン無視する龍神。そんな2人のやりとりに加古が気づくわけもなく、わくわくと次のカードを引くのを催促する。

 

「それじゃあ堤くん! 2枚目いってみましょうか!」

「あ、ああ……」

 

 すでに明鏡止水的なスーパーモードが終了した堤は、額に大粒の汗を浮かべながら視線を泳がせる。

 もうミスは許されない。これ以上のゲテモノ食材の投入は、イコールで即死に繋がりかねない。しかも、今日は炒飯パーティー。2皿目が出てくることまで考慮して、1皿目の胃袋への負担は最低限に留めたいところ。

 

(ハム、ネギ、焼豚……そのあたりを引きたい! 来い!)

 

 藁にもすがるような思いで、堤は2枚目のカードをめくる。

 

「な……」

「こ、これは……」

 

 またしても。

 あまりにも予想外の食材……否、『お菓子』の登場に、堤と龍神は揃って絶句する。

 

「サルミアッキ……だと」

 

 

 ――サルミアッキ。

 別名『世界一まずい飴』。

 北欧5カ国およびバルト三国、北ドイツ、オランダで伝統的に食されている、まさに北部欧州を代表する菓子である。特にフィンランドでは、キャンディの形である菱形そのものが『サルミアッキ』と呼ばれるほどの国民的商品……なのだが。

 色は、まるで悪魔のような漆黒。塩化アンモニウムとリコリスを用いて完成するそのフレーバーは、まさしく悪魔の所業。口に入れた瞬間に、塩化アンモニウムが発する強い塩味、アンモニア臭とゴムの味に加えて、生薬特有の薬臭さと強烈な苦味が口の中で踊り狂う。外国人に口を揃えて「人の食べ物じゃない」と言わしめる、まさに正しく最凶最悪の飴玉。

 

「な、なんでこんなものが……」

「え? 入れたらおもしろそうだったから」

 

 炒飯の具に、飴玉を?

 

「そもそも、炒められなくないか?」

「そこはほら。砕いたり、すりつぶしたり、粉末状にしてふりかけるとか。やりようはいくらでもあるでしょ? 大事なのはアイディアよ、アイディア!」

 

 ここにきて、龍神は加古の炒飯へのスタンスを改めて痛感する。

 

 ――なにも成長していない。

 

 と、

 

「……ははっ」

 

 サルミアッキを引いてから沈黙していた堤が、乾いた笑い声をあげた。

 

「つ、堤さん?」

「なにがいちごジャムだ……なにがサルミアッキだ」

 

 背けられた顔を覗きこんで、龍神は絶句する。ひどい。顔が完全に、凄まじい別の貌になっている。

 

「如月くん……もう俺は、なにもこわくない」

 

 本当に、これはひどい。

 

「そうだ!もはや、俺にこわいものはない!全て食らってやる!うおおおおおおおおおおお!」

 

 死亡フラグをこれでもかと満載したセリフを吐きながら、堤は最後の1枚を乱雑に引き切る。

 そして。この日、はじめて。

 

「あー。それ引いちゃったのね」

 

 終始笑顔だった加古の表情が、なにかまずいものを見たような曖昧なものに変わった。

 

「こ、これは……って、ほんとになんだ、コレ?」

「どうした、堤さん?」

「いや、この食材。よく知らなくて……シュール……ストレミング?」

「…………………………………………は?」

 

 今度こそ。

 龍神は、言葉を失って固まった。

 

 

 ――シュールストレミング。

 別名『世界一臭い食べ物』。

 一般的に臭い食べ物として認知されている『くさや』や『ドリアン』をぶっちぎる異臭を誇る、ニシンを塩漬けして発酵させ、缶詰にしたナニカである。

 

「ば、馬鹿な……なんでこんなものを用意してるんだ!?」

「友達が旅行のお土産にくれたのよ。せっかくだから、今日使おうと思って」

 

 そう言いながら加古は、どこからか取り出したあやしい缶詰を持って立ち上がった。

 

「双葉。打ち合わせ通り、キッチンの封鎖処理をお願い。私は『コレ』の開封作業に移るから」

「了解です」

 

 ゴム手袋やらマスクやらをいそいそと身につける加古。双葉もキッチンとリビングスペースの間にクリア素材のカーテンを引き、入念に臭いの遮断処理を進めていく。

 

「え……か、加古ちゃん。ソレ、ただの缶詰だろ? 缶詰だよね? なんでこんな……」

「なに言ってるの堤くん。これは『シュールストレミング』よ? いくら臭い対策してもしたりないくらいだわ。私も前に食べてみたけど……ええ、うん」

「なんで黙るんだよ!?」

「大丈夫よ、堤くん。今回はちゃんと入念に水洗いしてから調理に入るから」

「入念に水洗いしないと食えないモノのか、ソレ!? おい如月くん! アレなんだ! なんなんだ、あの缶詰!? 教えてくれ、頼む!」

 

 もはや軽くパニックに陥っている堤は、すがるように龍神の両肩を掴む。龍神は、思わず顔を背けた。

 

「……自分でググってくれ」

「なんでそんな悲痛な顔してるんだよ!?」

 

 懐からスマホを取り出した堤は検索エンジンを起動し、凄まじいスピードでネットの海から情報を拾い集めていく。そして、凄まじいスピードで彼の顔は青ざめていく。

 無理もない。そもそも、あの食品は缶詰であって缶詰でないのだから。

 納豆に代表される発酵食品は、総じてクセが強く、好き嫌いが分かれやすい。ましてや、長時間の発酵によってもたらされる風味は、腐敗と紙一重。そして当然、シュールストレミングはそのあまりに進みすぎた発酵により、腐敗臭といっても過言ではない凄まじい臭気を発する。しかもこの食品はあろうことか、殺菌せず缶詰にされ、販売されている。日本には缶詰の定義(JAS法)があるので、殺菌されていないものは缶詰と表記できないのだ。

 

「なんか、発酵で膨らみすぎて爆発物処理班が出動したとか書いてあるんだけど……」

「なんせ、殺菌されてないからな。放置していたら膨らみ続けるし、爆発するのは当然だ」

「詳しいですね、如月先輩」

「以前、うちの姉がなにをとち狂ったのか、家に持ち込んだことがあってな」

「食べたんですか?」

「ああ。鼻がもげるかと思った」

 

 とりあえず、龍神は二度と食べたくない。

 

「しかし加古さん……いくらなんでもシュールストレミングを炒飯の具にするのは……」

「そうだぞ加古ちゃん! しかもさっきの発言から察するに、自分で食べてもあまりおいしくなかったんだろう? そんなモノを加古ちゃんが愛する炒飯に入れてもいいのか?」

 

 その悪臭・刺激臭の強さにおいて、世界の食べ物の頂点に立つと言われる代物である。食べたら死ぬのは想像に難くない。

 

「……ええ。たしかに。味はともかく、鼻が異臭で溶け落ちるかと思ったわ」

「だったら!」

「でもね、堤くん」

 

 なんか微妙に膨らんでいる気がする缶詰に、加古は果敢に挑みかかる。

 

「どんなに臭くても、どんなにまずそうでも……炒飯にいれたらおいしくなるかもしれない。もしかしたら、あり得ない奇抜な組み合わせから、至高の一皿が生まれるかもしれない」

 

 冷蔵庫の残りモノでも、最高級の焼豚でも、米と卵で等しく優しく包み込む……それが『炒飯(チャーハン)』だ。

 

「そんな一皿を、みんなにおいしく食べてもらう瞬間が、私は最高に大好きなの」

 

 マスクをつけて口元を完全ガードした加古の目元が、きゅっと吊り上がる。

 

「だから、私の炒飯作りの辞書に『不可能』の三文字はないわ」

 

 じゃあこんな食材と呼べるかどうかも分からないゲテモノ用意するなよ、と龍神は思った。

 

「まあでも……火を通せばなんとかなるかもしれないしな」

 

 大抵のものは、火を通せば食えるものである。炒められても死ぬのが加古の炒飯なので、所詮は気休めかもしれないが……それでも、生で食べるよりは幾分かマシなはず。

 

「……生で添えてみようかしら」

「頼むから火は通してくれ加古ちゃん!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 結局、堤大地は一皿で死んだ。

 出来上がった炒飯は加古の歴代炒飯と比較してもあまりにもアレなアレだったので、描写は割愛するが……ひとつだけ、言うとすれば。

 

 ――如月龍神は堤大地という漢を、心の底から尊敬する。

 

 ゲテモノ三点盛りの炒飯を作って、流石に疲れたのだろう。加古と風間は休憩がてら外に出ており、部屋の中には龍神と双葉だけが残っていた。

 

「双葉」

「なんですか? 如月先輩」

「人は……なぜ死ぬと思う?」

 

 尊敬する先輩から急に繰り出された哲学的な質問に、黒江双葉は首を傾げた。ボーダー隊員とはいっても、双葉はまだ中学。そんな小難しい問いに即答できるほどの、経験も知識も持ち合わせていない。しかし、尊敬する先輩の質問にはちゃんと答えたい。

 悩みぬいた末に、双葉は言った。

 

「心臓が止まったり、脳が機能を失ったりした時でしょうか」

「ふっ……生物学的な意味で『死』を定義するなら、確かにその通りだろう。だがな、双葉。俺は今日、このパーティーで散っていった仲間達を見て、改めて確信した」

 

 腕を組み、目を閉じ

 

「人は……炒飯でも死ぬ」

 

 ひさしぶりに「なに言ってるんだろうこの人」と、双葉は思った。

 

「もう残っているのは、俺だけだ」

「そうですね。まだ引いていないのは如月先輩だけです」

「そうだ。しかし、残り物には福がある、という言葉があるように……」

「加古さんはまだまだおもしろ食材を用意してある、と言っていました」

「……とにかく、だ。結局、俺を残してみんなはいってしまった」

 

 言い訳や理由をつけて自分を勇気づけることは、いくらでもできる。だが、龍神はもうそんなことはしない。

 己を信じると、決めたからだ。

 

「だが、俺は諦めない」

 

 そう。如月龍神は決して諦めない。

 希望の光が見えないのなら、取り囲む闇を切り開けばいい。ゴールが見えないのなら、どこまでも走り続ければいい。

 柿崎が始まる前に死に、太刀川も一瞬で死に、あの堤ですらも志半ばで倒れた。

 希望はなく、絶望が満ち満ちたこの部屋の中に、残っているのは自分一人だけ。

 しかし、それが一体なんだといういうのか?

 

「お待たせー、如月くん。準備はいい?」

 

 魑魅魍魎(炒飯)跋扈する、この地獄変。

 数多の希望が潰え、あらゆる光が吞まれたとしても、

 

 

(俺の胃袋は、炒飯になんて絶対負けない)

 

 

 如月龍神はここにいる。

 

「いくぞ! 俺のターン!」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 日本ではきちんとした食事のイメージが強い炒飯だが、本場中国の一部地域では小さな器に盛られ、軽いおやつの『飲茶(ヤムチャ)』として振る舞われることもあるという。

 体を丸め、ソファーの上でピクリとも動かない如月龍神の姿は、まさしくヤムチャしていた。

 

「如月先輩……おやすみなさい」

 

 双葉はもう何も言わなくなった先輩に、そっと毛布をかける。

 

「うーん。みんなお疲れだったみたいね」

「そうですね」

「ほんとはおかわりいっぱい食べてほしかったんだけど……無理に起こすのは悪いし」

「はい。如月先輩達は寝かせておいてあげましょう」

 

 最初の賑やかさはどこへやら。

 室内は、すっかり静かになってしまった。

 

「どうしようかしら……誰か、他の人を呼んでみるとか? 佐鳥くんあたりは今から呼んでも来そうよね。あとはいっそ、城戸司令あたりに声をかけてみるとか……」

 

 加古の不穏な呟きも、静寂の中ではよりいっそう響く。

 だが、

 

「加古」

 

 最初から変わらずに、そこに在る者(モノ)もいる。

 

「なに? 風間さん」

「おかわりだ」

 




シュールストレミング・サルミアッキ・いちごジャム炒飯・クリスマス仕様については、ほんとに作ったら死ぬと思うのでやめましょう。サルミアッキしか食べたことはありませんが、あれはマジでおかしい。
ちなみに、堤さんは加古さんに「まずかったら、残してもいいからね?」と、はじめて上目遣いで見られ、当然死にました。

そろそろ本編も更新します。


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厨二と熊谷友子 小南桐絵を添えて

2連続短編でごめんなさい
以前、イラストを書いてくださった方にお礼として書き下ろさせてもらった短編を、修整したものになります。厨ニの出番はナッシング……熊谷友子と、モテかわだまされガールのお話


 ある日。玉狛支部にて。

 地下の訓練ルームでは、2人の女子高生が戦闘訓練に興じており……一段落がついたので、小休止を取っていた。

 

「そういえば、くまちゃんって龍神のことどう思ってるの?」

「ぶほっ!?」

 

 いきなり投げられた予想外の質問に、熊谷友子は口に含んでいたスポーツドリンクを噴き出した。

 

「ぐほっゴホッ……」

「ちょ、大丈夫!? むせた?」

 

 思わず、乙女にあるまじき咳き込み方をしてしまう。ゲホゴホと呼吸困難に陥る熊谷の背中を、小南桐絵はあわててさすってくれた。数秒間背中を丸めながらさらにゴホゴホして、ようやく息が整ってくる。一度ゆっくりと深呼吸して、それから熊谷は顔をあげた。

 

「はぁ……あー、うん。大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけから」

「びっくりしたって……あたしなんか変なこと言った?」

「変なことっていうか、クリティカルヒットっていうか……」

 

 まさか桐絵ちゃんからそんな質問が飛んでくるなんてね、と。呟きかけた本音は胸の内にしまって、熊谷はきょとんとしている小南の顔を盗み見た。数分前まで活動的なショートヘアだった髪型は、今は綺麗な長髪に変化しており、彼女が首を傾げる動作に合わせて左右に揺れている。

 ボーダーでの所属も、そもそも通う学校すら違う小南と熊谷。そんな2人が知り合ったのは、まず第一に熊谷が所属する部隊の隊長……那須玲のおかげだ。小南と那須が通っているのは、三門市でも有名なお嬢様学校の星倫女学院。同じクラス、同じ組織で活動している2人は、元々それなりに親しい間柄だった。その関係の延長で熊谷は那須から小南を紹介して貰い、本部の廊下ですれ違った時には軽くおしゃべりをするくらいの友達になったのである。まあ、玉狛支部所属の小南が本部に来ることはめったになかったので、実際はそんな風におしゃべりを楽しむ機会は本当にたまにしかなかったのだが。

 それがどうして、今日、今現在のように、わざわざ熊谷の方から玉狛支部を訪ねて模擬戦をする間柄になったのかと言えば……原因は、まさしく小南が名前を口にした男にある。

 

 ――如月龍神。

 

 ボーダー随一の変人にして、ボーダーNo.1厨二病にして、ボーダーの中でも実はかなりの実力を誇る攻撃手(アタッカー)。龍神の特徴を語るなら、大体これで充分だ。しかしそこにひとつ付け加えるとすれば、龍神はその変人っぷりに反して――いや、変人だからこそなのか――無駄に顔が広い。常日頃から『最強』を目指し、「太刀川慶はこの俺が倒す!」と公言して憚らない彼は己の力を磨くための練習相手として、玉狛支部所属の小南とも頻繁に模擬戦を重ねていた。一時期は「もうお前本部所属じゃなくて玉狛支部所属なんじゃねぇの?」(byとある槍使い)という頻度で玉狛支部を訪問していたくらいである。その原因は小南との模擬戦だけでなく、木崎レイジが作るおいしいご飯のせいでもあることを熊谷は最近知ったわけだが、今は関係ないのでとりあえず置いておく。龍神が玉狛に入り浸っていた時期の緑川駿がちょっと荒れて、龍神にケンカをふっかけためんどくさい事件も、とりあえず置いておく。

 重要なのは、小南と那須が友達であったように、小南と龍神は互いを認めあうライバルであったということ。そして龍神が熊谷に、模擬戦の練習相手として小南を紹介した……ということだ。

 

 ――あたしが桐絵ちゃんと!? 無理無理! 実力差ありすぎでしょ!?

 

 小南桐絵が、迅悠一(セクハラエリート)より前からボーダーに所属していた最古参のメンバーであることは熊谷も知っていたし、しかも彼女はランク戦に参加していない現在でも、No.3攻撃手の肩書きを有している。自分とは格が違いすぎると、熊谷は思っていた。

 だが。

 

 ――俺はそうは思わない。

 

 龍神はあっさりと言い切った。

 

 ――くま。お前は自分の能力を過小評価し過ぎる嫌いがある。お前の防御……特に切り返しや崩しの『巧さ』は、攻撃手の中でも一目置かれているんだ。謙遜する必要はない。

 

 龍神は熊谷の長所を客観的に、けれど力強く語った。

 その上で。

 

 ――しかし、今のスタイルのままでは限界があるのも事実だ。

 

 龍神の指摘は、まさしく図星だった。

 那須の動きをフォローするための防御寄りのスタイル。それを確立させたのは他ならぬ熊谷自身だったが、最近は「このままでいいのか」と思うことも増えていた。間違ってはいない。けれど、正しくもない。心の奥に何かがつっかえたような、そんな違和感。

 

 ――どうだ? やってみないか?

 

 結局のところ。

 いつも強引な彼の提案を断ることができず、熊谷は格上攻撃手との模擬戦に精を出すことになり……今日に至るというわけだ。

 

「どうしたの? なんかボーっとして」

「ああ……ううん。そういう質問ってさ……普通、恋バナとかはじめる時の常套句じゃない? だから、ちょっとびっくりしちゃった」

「え、そうなの!?」

 

 騙された時によく出てくる口癖を条件反射で叫びながら、顔を赤くする小南。星倫女学院は女子高なので、もしかしたら彼女はこの手のトークに慣れていないのかもしれない。第一印象はプライドが高くて気が強そう、みたいな表現がぴったり当てはまる小南だが、少し話して仲良くなってくると、不器用に優しく、どこまでも素直で人を疑うことを知らない純粋な面が見え隠れしてくる。見も蓋もない言い方をすれば、人が好すぎるのだ。あまりにも簡単に人の言うことを信じすぎて、ハラハラするくらいである。

 にも拘わらず、周りに悪い男が寄ってこないのは、ボーダーの男子が基本的に大人びていることと、女子高という彼女が通う学校の特性。ついでに言えば普段から「弱いやつに興味はない」と公言し続け、なおかつ小南本人より強い人間がボーダーには数えるほどしかいないことが原因だろう。こういうところを見れば、彼女に対して抱く『気が強そう』という印象が決して間違っていないことを再認識できる。

 が、それでも外見的にかわいく、性格的にもかわいい面がたくさんあるのは事実なわけで。

 

(こんな表情とか反応見せられたら、ほとんどの男はコロッといくんだろうなぁ……)

「ちょっとくまちゃん! 黙ってないでなんか言ってよ!」

「あー、はいはい。ごめんねー」

「なによそのテキトーな返事は!」

 

 両手を振ってバシバシと体を叩いてくる小南を、熊谷は軽く受け流す。熊谷にとって、このモテかわだまされガールと仲良くなれたのは非常に楽しく嬉しいことなのだが、距離感が縮まってくると無性にからかいたくなるのが、小南がモテかわガールではなくモテかわだまされガールな所以である。要するに、からかい甲斐があるのだ、この少女は。

 

(あたしも烏丸くんや如月のこと言えないかも……)

 

 感覚的には、茜をいじる時に近いものがある。

 

「もーっ! 絶対あたしのことバカにしてるでしょ!」

「してないしてない」

「絶対してるわよ!」

 

 ふんす!と頬を膨らませた小南は「……話を戻すけど」と、会話の流れを軌道修正して、

 

「で、結局龍神のことはどう思ってるの?」

 

 再びその問いをぶつけてきた。

 

(あちゃあ……そっちに戻るのかぁ)

 

 小南にバレないように、熊谷は内心で溜め息を吐く。できれば、うやむやにしておきたかったのだが。

 

「……逆に聞くけど、桐絵ちゃんは龍神のことどう思ってるの?」

「え、あたし?」

 

 そんな風に質問を切り返されるとは思っていなかったのだろう。小南は腕を組み、形のいい唇を尖らせて十数秒沈黙し、そうしてやっと答えを捻り出した。

 

「……『バカ』ね」

「……それだけ悩んで出てくる答えが二文字ってどうなの?」

「だって『バカ』でしょ? アイツ」

「いやまぁ、そうだけど……」

 

 さばさばしているというかなんというか。如何にも小南らしい、それでいて彼の人間性を簡潔に表現した解答に、熊谷は苦笑いを浮かべた。

 

「だって龍神のヤツ、ウチに来て迅がいる度に『風刃を起動できるか試させてくれ』とか言うのよ? いい加減諦めろって言わない迅も迅だけど、何回弾かれても諦めないし! それどころか変なセリフ考えて意気揚々と再挑戦しに来るし! これをバカと言わずになんて言うの?」

「あはは……そうだね」

「で、くまちゃんは!? くまちゃん的にはどうなのあのバカは!?」

 

 目を輝かせながら迫ってくる小南。熊谷はそんな彼女から顔をそらして、時計に目を向けた。

 

「……桐絵ちゃん」

「ん?」

「もう結構遅い時間じゃない?」

「そうね」

「だからさ」

「うん」

「次の……今日最後の勝負であたしに『全勝』したら、さっきの質問に答えてあげてもいいよ?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 身体能力が大幅に強化される『トリオン体』への換装は、ある意味では『変身』と呼べる代物である。が、肉体の操作感などに違和感を生じさせないために、一部の例外を除いて身長や顔などの容姿はほとんど変化しない場合が多い。

 小南桐絵は、その数少ない例外の1人だった。

 

「くっ……」

「どうしたの? さっきから動きが遅いんじゃない!?」

 

 まるで羽のような特徴的なクセっ毛はそのままに。ロングヘアからショートヘアに変化した髪が、風を受けて細かく揺れる。

 そして、それに合わせるかのように、小南の両手の手斧がリズミカルに舞う。右、左左、右右、正面、左左左……多方向から振りかかる斬撃を、熊谷は弧月でなんとかいなしていた。

 10本全部取られたら、さっきの質問にきちんと答える。

 我ながら情けない条件だとは思うが――

 

「足元甘いわ!」

「ッ……!」

 

 ――今の熊谷と小南の力量差は、実際これでちょうどいいくらいだった。

 がくん、と体を沈み込ませた小南が、熊谷の足を払う。体勢が崩され、視界が揺らぐ。熊谷はそのまま体を転がし、なんとか立て直そうとしたが、そこに追撃の一発が入った。

 右腕が両断され、だめ押しとばかりに胸を袈裟斬りにされる。

 

『トリオン供給器官破損。熊谷ダウン』

 

「これで、あと1本ね!」

 

 機嫌よさげに小南が言う。模擬戦を開始して、あっという間に9本が終わった。

 現在のスコアは、9対0。

 

「さっすがくまちゃん。だいぶ粘るようになったわね」

「……粘っても勝てなきゃ意味ないんだけど」

「そりゃあ、あたし強いから!」

 

 傲岸不遜にそう言い切る小南だが、嫌みには感じない。発言に実力が伴っている上に、裏表のない笑顔までついてくるのだ。これでは、その強さに嫉妬する気にすらなれない。

 

「じゃ、ラスト1本いきましょうか!」

「……ええ」

 

 破壊されたトリオン体の修復が終了する。熊谷は立ち上がった。気持ちを落ち着けるために、深呼吸をひとつ。

 自分には、小南桐絵と真正面から戦って勝てるだけの実力はまだない。攻撃を防ぐだけならなんとかなるが、それでは結局ジリ貧だ。だから、考えなければならない。小南の攻撃をどう凌ぐか、ではなく。小南にどう勝つか、を。

 

「……」

 

 10本目の最終戦。熊谷友子は、初手から打って出た。

 

 

「――メテオラ!」

 

 

 熊谷が現在進行形で小南から教わっている、射撃用の『トリガー』。それを、師匠に向けてお見舞いする。

 アスファルトの破片が弾け飛び、爆発と噴煙が小南の視界を奪った。だが、所詮はそれだけ。

 

「こんなもんでやられるわけないでしょ!」

 

 勢いよく煙の中から飛び出してくる小南。もちろん熊谷も、この程度の攻撃で彼女を倒せるとは思っていなかった。かすり傷を与えられれば御の字のレベル。それくらいにしか考えていない。

 だから、すぐさま次の行動に移る。

 

「えっ……はぁ!?」

 

 小南の驚きの声が、背中に響いた。熊谷はそれを無視して、一番近い距離にあるビルに向かって全力疾走する。

 見る人によっては……というか、誰がどう見ても熊谷の行動は、敵に背を向けて『逃げている』ようにしか見えないだろう。

 

「このっ……逃がすか!」

 

 悪態を吐く小南は熊谷と同じ『炸裂弾(メテオラ)』を展開し、一気に撃ち放った。それらの弾丸と、着弾に伴う爆発をギリギリでかわして、熊谷はビルのドアに頭から転がり込む。

 自分の考えた作戦を実行するには、まずこの場所までたどり着くのが最低条件。

 

(よっし……ここまでは予定通り)

 

 と、心の中で一息吐いた瞬間。

 

 

「『接続器(コネクター)』オン!」

 

 

 熊谷の目の前の壁が、まるでバターか何かのように切り落とされた。

 ドアも窓も一切を無視して、自分自身が破断した入り口から、小南桐絵はビルの中に足を踏み入れる。

 

「悪いけど、逃がさないわよ」

 

 手斧から身の丈を超える大きさに変化した得物を、『ボーダーNo.3攻撃手』は自慢気に構えていた。

 双月と接続器。A級番外という特別な立場にいる玉狛第二にのみ許された、本部規格を超えたトリガー。

 

「……いっつも思うんだけど、そういう専用武器って反則じゃない?」

「そうね。専用トリガーなんてあったら、それこそ龍神あたりは目を輝かせて食いつくだろうし」

「え? あたし、如月から『斧はかませ』って聞いたんだけど?」

 

 プッツン、と。小南の中で何かが切れた音を、熊谷は確かに聞いた。

 あまりにもわざとらしい挑発。けれど、効果はてきめんだったらしい。

 

「あのバカっ……くまちゃんにまでそんな馬鹿な知識を吹き込んで……」

「え? 事実じゃないの?」

「……むっがぁあああ!」

 

 怒りのボルテージがマックスに達した小南は、かませ扱いされた己の専用トリガーを勢い良く振り上げようとして、

 

 

「……あ?」

 

 

 それを振り下ろす"空間"すらないことに、ようやく気がついた。

 『接続器(コネクター)』で連結した『双月』の攻撃力は、確かにボーダー最高レベルだ。両手のトリガー出力を集中した刃に切れないものなど、ほとんど存在しない。だが、どんなに鋭い刃物であろうと、振るえなければ意味はない。

 

「しまっ……」

「建物の中で使うには――」

 

 ほんの一瞬、生じた隙を、

 

「――デカすぎるでしょ、その得物」

 

 熊谷友子は逃さなかった。

 先ほどまでの逃げ腰が嘘だったかのように――実際嘘なのだが――自分から一気に距離を詰めて、弧月を一閃。

 結果として、緑の隊服に包まれた小南の右腕が宙を舞う。

 

(ヤッバイ……)

 

 ようやく通った一撃。しかし熊谷は、悔しげに唇を噛んだ。

 

(仕留めきれなかった……ッ)

 

 挑発を重ねることで、連結状態の双月を持ったままの小南をこちらに誘導。身動きが取れなくなっているところを、一撃でやる。熊谷が考えていた作戦は、概ねそんな形だった。そしてその作戦は、ほぼ考え通りにうまくいった。

 

「あっぶな……!?」

 

 ただ、小南桐絵の動物的な反射と素の実力が、その場限りの策略を超えてきた。それだけの話である。

 身をよじって熊谷の斬撃をかわした小南は、使い物にならなくなった右腕の代わりに、右脚で熊谷の顎を蹴り上げた。

 

「ぐっ……」

「『接続器』オフ!」

 

 同時に、まだ繋がっている左腕で連結状態の『双月』を掴み、形態変化(モードチェンジ)。取り回しに優れる手斧に戻った双月を、小南は無造作に振るう。腹部を真一文字に割かれ、熊谷はたまらず後退した。

 

(まっずい……トリオンの残りが)

 

 熊谷のトリオン量はボーダー基準の数値に照らし合わせると『5』。飛び抜けて低いわけではないが、高くもない。平均よりやや下、という表現が一番しっくりくる数字だ。

 これ以上攻撃を受ければ、戦闘体の維持に関わる。熊谷はすぐに踵を返して走り出した。

 

「あっ! また逃げる気!?」

「逃げるが勝ちって言うでしょ!?」

 

 戦闘体の強化された脚力で文字通り階段を"駆け上がり"、屋上に出る。扉を閉めて、周囲を確認。

 近くのビルに飛び移れそうな高さなものはない。出てきた扉の近くには、はしごと給水塔。バッグワームを着てこの裏に隠れる……いや、それも論外だろう。

 やはり、ここで勝負をつけるしかない。熊谷は覚悟を決めた。

 

 

「逃げるのはおしまい?」

 

 閉めた扉はきちんと開かれず、蹴り破られて吹き飛んだ。ゆっくりと、しかし確実に、小南は熊谷の方へ歩み寄ってくる。片腕だけで『双月』を持つ彼女の顔には、焦燥の色は微塵もない。たとえ片腕だけであろうとも、自分は勝てる。そんな自信が透けて見えた。

 生唾を飲み込んで、熊谷は屋上の縁のギリギリまで後退した。

 

「じゃ、そろそろいただくわ!」

 

 前傾姿勢から、一瞬で小南が踏み込んでくる。刃が、振り上げられる。

 1回、2回、3回。手斧と斬り結んだ熊谷は、受け太刀から鍔迫り合いに持ち込み、可能な限りの力で小南を押し込んだ。

 

「くっ……」

 

 小南の攻撃がいくら素早く、鋭かろうと、刃を噛み合わせた状態で押しあえば、熊谷の方に分がある。

 

「こんのッ……」

 

(仕掛けるなら……ここか!)

 

 ムキになって押し返してくる小南。熊谷はそれに対して張り合うようなことはせず……むしろ逆に、力を抜いて身を引いた。

 

「……ぇ!?」

 

 小南の体勢が、大きく崩れる。つんのめるように、前に倒れる。それと同時に熊谷は大きく前に体を転がして、小南との距離を取った。

 

「メテオラぁ!!」

 

 これが、最後のチャンスだと思った。

 間髪入れずに射撃トリガーを展開、全力掃射。目標は小南……ではない。屋上の縁、彼女が立つ足場の方だ。

 

「しまっ……!?」

 

 小南はやはり動物的反射でシールドを張り、メテオラの爆風から身を守っていた。しかし1人分のシールドで、自身が立つ足場までカバーすることはできない。

 崩れる足場。落下する体。バランスを崩された状態からそんなシチュエーションに持ち込まれては、もはや小南はビルの屋上から自由落下するしかない。

 そして、落下する彼女を追って、熊谷も跳ぶ。

 

 

「旋空――」

 

 

 小南桐絵は『グラスホッパー』を使わない。

 

 だから、

 

「――弧月!」

 

 

 空中で、熊谷が繰り出すその斬撃を回避する術はなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 最終スコア、1対9。

 小南桐絵の勝利である。

 

「ぬぁああああああ! 負けたぁああああああ!」

「いや、総合したら圧倒的にそっちが勝ってるからね?」

 

 対戦後。

 ソファーに突っ伏して盛大に悔しがる小南を見、熊谷は呆れた声で呟いた。

 

「だってだってだって! あとちょっとでくまちゃんの気持ち聞き出せたのに! 玲ちゃんも気になるって言ってたし!」

「……玲のヤツ」

 

 今日の小南は妙にしつこいと思っていたが、そういうことなら合点がいく。熊谷達の隊長は育ちが良くおしとやかなように見えて、あれで案外いたずら好きなところもあるのだ。

 それ以上のため息は飲み込んで、熊谷は再び口を開いた。

 

「ていうかそもそも……べつにあたし、如月のことなんとも思ってないわよ」

「え? そうなの!?」

「そりゃあ、桐絵ちゃんの言う通り強いことは強いし、それなりに世話にもなってるけど……そういうのって、恋愛感情とかとは別問題でしょ?」

「んー、そういうもんかしら……」

「逆に聞くけど、桐絵ちゃん。今好きな人いる?」

「……特にいないわね。女子高だし」

「ね? 意外とそういうもんなのよ。大体、こんなバリバリ戦ってる女子に男共は寄り付かないでしょ?」

「あー、うん。たしかに……?」

 

 なるほどねー、まぁ、くまちゃんはモテるタイプだし……と素直に頷く小南桐絵は、やっぱり"騙されやすい"。

 熊谷は心の中で手を合わせて、目の前のモテかわだまされガールに深く深く謝罪した。とはいえ、全負けしたら喋る、というルールで戦っていたのだから、別に約束をやぶっているわけではない。

 それに、正直に言えば嘘をついているわけでもないのだ。

 

 あの馬鹿のアホ面を、こっそりと思い浮かべる。

 

 胸の中に抱いた、この気持ちの正体が何なのか。

 まだ少し……よくわからない。

 



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もしもボーダー隊員がTSしたら その壱

※改題しました。

4月1日。すごい短いですが、夕方七時に閃いたので投稿します。


 珍しく、居眠りをしてしまっていたらしい。

 如月龍神はソファーから起き上がって、ぐるりと周囲を見回した。薄暗い室内には、人の気配が一切感じられない。作戦室にいるのは、どうやら自分一人だけらしい。チーム結成からしばらく、特に忙しい時間が続いていた。なので、居眠りくらいはしても仕方がないとは思うが……

 

「いや、やはり弛んでいるな」

 

 緩みかけた自己評価に、独り言で喝を入れる。こういう時に仕方がない、と理由付けして自分に甘えてしまうと、ずるずると自堕落の沼にはまってしまう。休める時に休むことはとても大切だが、それはそれ。これはこれ。体に力を入れて、龍神は立ち上がった。

 元々、今日の午後はランク戦ブースに籠って調整に使うつもりだった。しかし、現在の時刻は三時半。昼食すら取らずにうつらうつらと眠くなり、完全に寝過ごした形である。まずは顔でも洗って、少し遅くなったがランク戦ブースに赴くべきだろう。午後から入っている人間はちょうど休憩を取りたい時間だろうし、もしかしたら顔見知りの隊員がラウンジにいるかもしれない。

 だが、頭の中でまとめ終えた予定は、唐突に響いたインターホンの音にかき消された。

 

「ん?」

 

 紗矢か甲田か。それとも丙か早乙女か。誰か帰ってきたのだろうか?

 やや首を傾げながら、龍神は扉を開いた。

 

「……なんだ、やはり作戦室にいたのか」

 

 扉の先にいたのは、小さな……本当に小さな少女だった。

 身長はギリギリ150センチに満たないくらいだろうか。少しクセの強い髪はボブヘアに切り揃えられており、ボーイッシュな印象を受ける。が、しかし、目元がややきついことを除けば顔立ちは整っており、年相応にかわいらしい。サイズが大きめの青いジャージを首元まできっちりと締めているその姿は、正しく健康的なスポーツ少女といった風貌だ。

 

「どうした? 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして。わたしの顔に何かついているのか?」

「いや……その」

 

 予想以上に男らしいぶっきらぼうな口調に驚いて、龍神は言葉を詰まらせた。それに加えて、この少女はまるで自分と面識があるような口ぶりだが……正直に言って記憶にない。

 

「なんというか……きみは正隊員か? すまない。俺が忘れているだけかもしれないが、どこかで会ったか?」

「……なに?」

 

 ぴくり、と細い眉が釣り上がる。ただでさえクールな雰囲気の少女はますます表情を険しくすると、ぐっと背伸びをして……足りない身長を補うためにぷるぷるとつま先立ちをしながら腕を目いっぱい伸ばして、龍神の顔をむんんずと掴んだ。

 

「ぶふぉ!?」

「……いい度胸だな、如月。先輩に向かって『きみ』とは。冗談にしても少し笑えんぞ。馬鹿者め」

 

 小さな手のひらで、ぐりぐりと頬を引っ張られる。龍神は意味が分からなかった。このクールロリにしか見えない少女が、先輩?

 

「この前、機会があれば個人戦をやりたいと言っていたからわざわざ探していたのに……さては貴様、寝ぼけているな?」

 

 やはり、見た目にふさわしくない尊大でぶっきらぼうな口調。なるほど、見かけによらずこの少女は、スポーティクールロリっぽい見た目をしつつも、龍神より年上なのかもしれない。しかし、だとしても、龍神はこの少女の顔にまったく見覚えがなかった。少なくとも、ランク戦の約束をした記憶などまったく……

 

 ―――いや、待て。

 

 小さな背丈。ぶっきらぼうな口調。鋭い目元。これらの要素だけを抜き出せば……該当する人物は、いるにはいる。だが、それだけはありえない。ありえない……はずだ。

 唇が震えているのを自覚しながら。それでも龍神は―――可能なら彼女が否定してくれることを願いつつ―――そのありえない可能性を口にした。

 

「……風間さん?」

「なぜ語尾に疑問符をつける? そうに決まっているだろう」

 

 四月一日。

 尊敬しているA級3位部隊の隊長が、ロリになっていた。

 




まだ続きます。

エイプリルフールスペシャルということで、もう一作品、別に投げさせていただきました。そちらもいろいろとおもしろい作品になっているのでぜひ読んでみてください。


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もしもボーダー隊員がTSしたら その弐

なかなか本編が進められず、かといってエイプリルネタをいつまでも放置していてもアレなので、番外編更新。


 如月龍神は、カツカレーを凝視していた。

 ボーダーの食堂で提供されるカツカレーは、その値段の安さに見合わないライスのボリューム、コストパフォーマンスの良さもさることながら、なにより揚げたてサクサクのカツのうまさで知られている。龍神の目の前で湯気をたてているトンカツも香ばしい匂いをホカホカと立ち上らせており、カレー特有のスパイスの香りと相まって、強烈に食欲を煽ってくる。昼食を抜いていた故に、龍神の胃袋は強烈にそれを欲していた。

 

「どうした? 食べないのか?」

 

 だが、手をつけられない。

 目の前の席に座り、頬をリスのように膨らませながらカツカレーを頬張っているクールロリ美少女が気になって、龍神は自分のカツカレーに手をつける気にまったくなれなかった。

 

 落ち着け。

 

 龍神は心の中で素数を数えながら、大きく深呼吸した。パニックに陥った時、大切なのは落ち着いて自分が置かれている状況を整理することである。まずは、これまでの経緯を思い返してみよう。

 第一に、龍神は居眠りをしてしまった。

 第二に、龍神の部屋に人が訪ねてきた。

 第三に、それはクールロリな年上美少女だった。

 第四に、彼女の名前は『風間』というらしい。

 第五に、今、龍神は彼女にカツカレーを奢られている。

 

 ダメだ。意味わかんねぇ。

 

 龍神は状況整理を放り投げた。

 

「如月、冷めるぞ」

「……」

「おい、如月」

 

 そもそも、だ。

 目の前でカツカレーを食っている美少女は、本当に自分が知っている風間なのだろうか?

 確かに龍神が知っている風間蒼也は、カツカレーが大好きで年がら年中カツカレーを食っている。一度だけ、修と一緒にパスタを食べているところを見たことがあるが、本当にそれだけである。風間の主食はカツカレーといっても過言ではない、というか、実際に風間隊オペレーターの三上は「風間さんってカツカレーしか食べないんだよ~」と、冗談めかして語っていた。イメージカラーは青のくせに、彼は体が黄ばみそうなくらいカツカレーを愛している。戦隊ポジションでいえば確実にブルーの立ち位置のくせに、食べ物だけでコメディリリーフの黄色ポジションに落ち着きそうなほどにカレーとスプーンを携えている。それほどまでに、風間蒼也という男は常日頃からカツカレーを食していた。

 つまり、今目の前にいる美少女はただ単にカツカレーが好きなだけの、偶然名字が『風間』な美少女かもしれないのだ。決して、決して『風間蒼也』と同一人物というわけでは……

 

「……いい加減にしろ、如月」

 

 ずいっと。

 机に乗り出した風間(仮)は机の上に身を乗り出し、肌と肌が触れ合いそうな勢いで龍神に顔を近づけた。あまりの近さに、龍神は思わずのけぞって顔をそむける。

 

「最初からそうだったが、今日のお前は本当におかしいぞ? どうしてカツカレーに手をつけようとしない? カツカレーが嫌いになったのか? わたしが奢ったカツカレーを食べられないとでもいうのか?」

「い、いや、断じてそういうわけでは……」

 

 あんたが気になってカツカレーが喉を通りません、なんて言えるわけもなく。龍神は適当に言葉を重ねてお茶を濁した。

 

「……そうか。なら、いい」

 

 納得したように、風間(仮)は体を引いて、

 

 

 

 

「あーん」

 

 

 

 

 龍神の皿からスプーンを奪い取り、そのまま口に向かって突き出してきた。

 

「……は?」

「見て分からんか? 『あーん』だ」

 

 それは見れば分かる。大抵の男なら一度は夢見るシチュエーション。女の子にお箸やスプーンを持ってもらい、食べさせてもらうアレである。

 

「どうした如月? まさか、わたしの『あーん』が受けつけられないというわけではないだろう?」

「……そういう問題ではない。どうして、風間さんが俺に『あーん』する必要があるんだ?」

「愚問だな。お前にカツカレーを食べさせるために決まっているだろう」

 

 真顔で言い切る風間(仮)。見た目がクールロリなせいで騙されそうになるが、その独特な押しの強さは紛れもなく風間蒼也のそのものであった。

 突き出されるスプーンにはご丁寧にホカホカのカツまで乗っており、カツカレーはカレーとカツを一緒に食べるべきだという彼女の熱い拘りを感じさせる。

 

「さあ、食べろ」

「いや……その、ここは人目があるだろう? こんなことをしていると、あらぬ誤解を招く可能性も……」

「わたしは一向に気にしない。言いたいヤツには言わせておけ」

「……」

「食え」

 

 万事休すか。

 全てを諦め、龍神が『あーん』を受け入れようとしたその時、

 

 

 

 

「……なにやってるんですか、風間さん」

 

 

 不意に響いた声は、またしても女性のものだった。龍神が慌てて振り返ると……いつからそこにいたのか。実に分かりやすい不機嫌な表情で、1人の少女が立っていた。

 白のブラウスに、風間隊のイメージカラーである青のカーディガン。ちょうど肩にかかるくらいの茶髪は、耳元をすっぽりと覆い隠してしている。かわいらしい猫目は普通にしていれば愛嬌があっただろうが、彼女は目を細めて龍神を睨みつけていたので印象としては逆効果だった。

 

「あのさ。ウチの風間さんと食堂の真ん中でいちゃいちゃしないでくれる? 見ててすごくウザイんだけど」

「やめろ菊池原。如月はわたしが誘ったんだ」

「え」

 

 さらり、と。本当にさらりと少女の名前を口にした風間(仮)。龍神は、凍り付いた体を強引に動かして少女をまじまじと見た。

 

「なに見てるの? ボクの顔に何かついてる? キモチワルイから、こっち見るやめてくれない?」

 

 カーディガンの袖先からちらりと覗く指先で髪をいじりつつ、容赦なく毒を吐いてくる少女。人を小馬鹿にしたこの言動と、思わずぶん殴りたくなる生意気な雰囲気を龍神はよく知っている。知っているがしかし、認めたくはなかった。

 

「菊池原……?」

「そうに決まってるじゃん。頭おかしくなったの?」

 

 龍神は椅子から飛びあがるように立ち上がり、全力疾走でその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 おかしい、おかしい、おかしい……

 これはおかしい。本当におかしい。両腕を振りあげ、大きく広く脚を動かすお手本のようなフォームで廊下を駆け抜けながら、如月龍神は考える。

 風間がクールロリになっていただけでなく、菊池原まで毒舌ボクっ娘になっていた……などと。こんな事態を、一体誰が予想できようか? 予想できるわけがないだろいい加減にしろ、と龍神は叫びたかった。しかも、両方とも特徴を残したまま微妙にかわいいのが、また絶妙に腹がたつ。

 

「くそっ……どうなっているんだ」

 

 まさか、開発部が妙な悪知恵を働かせて、風間と菊池原の性別をトランスフォーメーションさせたのだろうか?

 ……いや、ありえない。他の人間ならともかく、風間がそんな悪ふざけに協力するわけがない。万が一、百歩、ではなく万歩譲って風間が馬鹿な企画に手を貸したとしても、菊池原までそれに便乗することは絶対にありえない。本当に有り得ないのだ。

 

 ならば、考えられる可能性は、たったひとつ。この世界では、龍神が知っている人物の性別が、反転している……?

 

「そんなバカなっ!」

 

 居眠りしている間に、別の世界線に迷い込んでしまったのか。それとも、パラレルワールドに異世界転生してしまったのか。

 普段から馬鹿だのバカだのと言われている厨二馬鹿でも、さすがにこの現実は受け入れられなかった。現実を受け入れることを脳が拒否しているために、ただただ足を動かして走り続けるしかなかった。だからこそ、前方の注意を怠っていた龍神が、廊下の曲がり角で龍神が人とぶつかるのは必然だった。

 

「ぬお!?」

「きゃっ!」

 

 そこそこのスピードで疾駆していた龍神はそれなりの勢いで曲がり角から出てきた人影と正面衝突……する前にギリギリで身をよじり、もんどりうって廊下に倒れこんだ。顔面をヘッドバットするような衝撃に悶えていると、悲鳴をあげた相手が慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「……あ、ああ。大丈夫だ、すまない。怪我はないか?」

「あ、あたしは大丈夫ですけど……って、あれ!? 如月先輩?」

「……ん?」

 

 ヒリヒリする顔面をさすりながら、龍神はこちらを見下ろしている少女が『赤いジャージ』を着ていることをようやく認識した。

 

「なんだぁ、如月先輩かぁ! すっごい勢いで飛び出してきたから、びっくりしちゃいましたよ! あ、でも惜しかったですね! あたしが食パンくわえてぶつかってたら、まさに運命の相手って感じだったのに! アハハ!」

 

 

 嵐山隊のトレードマークである赤いジャージの胸元を、やや緩めた状態で着こなし、濃い茶色の髪をサイドテールにまとめている彼女は、ニコニコと龍神に話しかけてくる。微妙にかわいいと言えるレベルの顔の造作に、女性にしてはやや締まりが足りないだらしのない笑顔。かわいくないとは言わないが、なんというか全体的な雰囲気が『クラスに1人はいる、笑いのネタにしてもいい、いじられ愛され系女子』を醸し出していた。

 

「さ、佐鳥……?」

「はいはーい! ボーダーの顔! 嵐山隊が誇る美少女ツインスナイパー! 佐鳥とはあたしのことですよー!」

 

 

 ご丁寧にウインクとピースまでつけて、キメポーズを取る三枚目女子。自称佐鳥。

 ぶちり、と。

 龍神の脳のキャパシティーは、限界を迎えた。

 

「……」

 

 どん、ばたり。

 

「ああ!? 如月先輩!? どうしたんですか先輩!? せんぱーい!?」

 

 龍神は意識を手放した。

 




こんかいのとうじょうじんぶつ


『如月龍神』
めずらしく混乱している。

『かざま』
年上系クールロリ。大人の魅力と子どもっぽい愛らしさを兼ね備えつつ、「わたしのチームに来い」とボクっ娘後輩を勧誘したり、先走るそばかすワンコ系女子に「なら、勝手に突っ込んで死ね」と、Sっ気溢れる助言を授けることができるスーパーちびっ子隊長。カツカレーが大好きというギャップ萌えまで完備。しかも、メガネ三つ編みの地味な主人公の前に「お前の力を見せてみろ」的なムーブで立ちはだかることも可能。あまりにもあざとさがカメレオンできていないため、仮に人気投票を行った場合、ロリコン枠と先輩大好き枠の読者から熱い支持を受けられると思われる。
余談ではあるが、最近のジャンプは、鬼滅の蜜璃さんやしのぶさん、ぼくべんの真冬先生やあしゅみー先輩など、お姉さん系年上ヒロインが熱い。

『きくちはら』
・茶髪のセミロング
・ボクっ娘
・萌え袖カーディガン
・特殊能力持ち
・能力使用時に髪型をチェンジ
等々、隊長以上にあざとさを盛り込んだ怪物。なんだコイツ。

『うたがわ』
カメレオン。

『さとり』
多分、CV東〇奈央。


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もしもボーダー隊員がTSしたら その参

エイプリルフールネタに収まらないと確信したので、タイトル変えました。べ、べつに楽しくなってきたわけじゃないんだからね!

言い訳として、次回は本編を更新することを確約いたします。


 目を開けると、頭の裏には柔らかい感触があった。

 

「お、気がついたか如月くん」

 

 まるで、昼寝させていた子供が起きたのを確認したような。そんな気安さで、頭上から声がかかる。龍神の顔を見下ろしていたのは、羽のようなクセっ毛と明るく快活な雰囲気の顔立ちが特徴的な女性だった。

 

 ――――もう、いい加減に慣れてきた。

 

「……嵐山さん?」

「よかった。私の顔が分かるということは、頭を打った心配はなさそうだな」

 

 にっこり、というよりは、にしゃり、と。破顔した嵐山は……というより嵐山も、どこからどう見ても女性だった。元がイケメンだったせいか、完璧な黒髪美人に変貌を遂げている。流石イケメンという他ないだろう。

 

「大丈夫かい? 起き上がれるかな」

「……まあ、はい」

 

 生返事を返しながら、龍神はゆっくりと体を起こした。佐鳥の美少女化というショッキングな事態に脳の処理が追いつかず、気を失っただけなので、特に体に支障はない。

 龍神が目を覚ましたことに気がついたのだろうか。気絶の原因を作った張本人が、慌ただしく部屋に入ってきた。 

 

「あ、如月せんぱーい! よかったです! 気がついたんですねー!」

「……佐鳥」

「いきなり目の前で倒れちゃったから、もうどうしようかと思いましたよー! なんともなさそうでよかったです。でも、どうしていきなりふらついちゃったんですか? 寝不足? ランク戦のし過ぎ? あ、もしかしてあたしの魅力にコロっとやられちゃったとかー!?」

 

 ――――コイツ、やっぱうぜぇ。

 

 龍神はくねくねと気持ち悪い動作で体を揺らしている佐鳥の顔面を殴り抜きたい気持ちを、ぐっと堪えた。いくらなんでも、いきなり女子の顔面にアッパーを直撃させるわけにはいかない。これが元の性別だったら、まず間違いなくぶん殴っていたはずなので、やはり女性は得だと龍神は思った。

 

「うるさいですよ佐鳥先輩」

 

 と、龍神の「佐鳥ぶん殴りてぇ」という切なる願いを汲み取ったかのようなタイミングで、サイドテールの頭に垂直チョップが炸裂する。

 

「おぶっ!?」

「如月先輩が困っているでしょう。馬鹿言ってないで、お水でも渡してあげてください」

 

 そう言いながら、水が入ったコップ片手に現れたのは、木虎藍。龍神の天敵といってもいい、生意気系意地っ張り後輩である。だが龍神は、木虎の顔を見て、今までとは違う意味で驚いた。

 

「……木虎?」

「なんで疑問形なんですか? 本当に大丈夫ですか如月先輩?」

 

 はい、お水です、と。差し出されたコップを呆然と受け取る。

 

「……よかった」

「はい?」

「お前は、お前だけはそのままでいてくれたんだな……」

「……はい?」

 

 そう。木虎の顔は、龍神の記憶そのままで、何も変わっていなかった。中学生にしては大人びているくっきりとした鼻筋も、優等生然としたショートヘアも、全ていつも通り。その事実に、龍神は何故か心から安堵し、胸が熱くなった。

 

「まさか、お前に心救われる日が来ようとはな……」

「さっきからなに言ってるんですか。頭大丈夫ですか?」

 

 もはや、きつく生意気な物言いすら愛おしい。

 龍神は木虎に微笑みかけながら、差し出されたコップを受け取り、

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 下げた視線の先、木虎の胸部を食い入るように凝視した。

 龍神の記憶が正しければ。木虎藍という少女は、中学生にしては結構『ある方』だったはずだ。少なくとも、龍神の部隊のオペレーターが「べ、べつにうらやましくないわ。全然、これっぽちも。ちょっと大きいからって、何がいいっていうの? どうして男はあんな脂肪の塊に魅力を感じるのか、本当に理解に苦しむわ。そもそも(以下略)」と、聞いてもいないのに長々と負け惜しみを述べる程度には『ある方』だった。

 それが、どうしたことだろう。上までファスナーをきっちりと閉めた赤いジャージの胸元。こんもりと双丘を形作っているはずのその場所が、

 

 

 

 

 

 ――――ぺったんこ、だと?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に大丈夫ですか? 如月先輩」

 

 顔を覗き込むようにして、木虎は一言。

 

「ぼくの顔に何かついてますか?」

 

 ああ、このパターン二度目だなと思いつつ。

 

 龍神はその場から、脱兎の如く逃げ出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「おかしい、おかしい、おかしい……」

 

 

 これは、ぜったいに、おかしい。

 片方だけなら、まだ分かる。いや、何も分からないが、とにかく男から女になっているだけなら、まだ心の持ち様もある。だが、逆パターンがあるなんて、龍神は聞いていない。全然聞いていない。

 まだ出会っていないが、木虎の例がそのまま他の人物にも当てはまるなら、主にオペレーター女子達がエラいことになっている可能性がある。ボーダーの花が、ラグビー部も真っ青のむさ苦しい何かに成り果てているかもしれないのだ。みんなで梃子の原理を使ってくるむさ苦しい集団になっているかもしれないのだ。ぶっちゃけ見たくない。

 龍神は廊下を駆け抜け、階段を使って下の階に降りる。足は自然と、開発室の方へ向かっていた。開発部が今回の騒動の原因であり元凶かもしれない……という疑念ももちろんあったが、なによりも龍神の心がこの状況に対応するために鬼怒田の存在を求めていた。

 

「鬼怒田さんなら……鬼怒田さんならきっとなんとかしてくれる」

 

 多分、鬼怒田もちびデブでヒョウ柄が似合いそうな近所のおばちゃん風になっているのだろうが、それはそれ。ある意味姿が予想できる分、対面した時のショックは少ないと言える。

 

「ねえ、ちょっと待ってよ!」

「うるせーな!」

 

 ふと聞こえてきた言い争いの声に、龍神は思わず足を止めた。廊下の角からちらりと奧を覗いてみると、通路のど真ん中でやりあっている男女が一組。

 

「いい加減にしなさいよ葉太! あんた、いっつもそうやっていやなことから逃げて! 一体いつになったら本気出すのよ!」

「はぁ……うっぜえな」

「なんですって!?」

「上級者の壁ってのがあるんだよ。マスタークラスに一度もなったことがないお前には分からないだろうけどな」

「っ……あなたはいつもそうやって……」

 

 ややSFチックなデザインの隊服を着用しているメガネ女子や、おかっぱ頭だが整った顔立ちの自己中系イケメン男子に、見覚えはない。しかし、この雰囲気と言い合いに、龍神は強烈な既視感を覚えた。

 

 ――――ていうか、葉太ってなんやねん?

 

 心の中だけ口調を生駒達人にして、龍神はツッコんだ。そんなノリでないと、心が折れそうだった。

 

「待ちなさいよ!」

「うるさい! チームのことなんてもう知るか!」

「葉太、見つけた」

「葉太くん! 探したよ!」

 

 追加で2人がやって来る。今度は、冴えない印象の女子が1人に、メガネに手袋をつけた神経質そうな男子が1人だ。男子が1人だ。男子が1人だ。大事なことなので3回言いました。

 

 ――――やっぱりオペレーターも入れ替わってるじゃん。

 

 龍神は心が折れそうになった。

 

「葉太、作戦室に戻ろう」

「そうだよ葉太くん!」

「花さん! でもコイツ……」

「ちょっと落ち着こう。ちゃんと話せば、葉太も分かるよ」

「ちっ……」

 

 怒りのボルテージがマックス近くまで上がっていたはずのメガネ女子はメガネ男子の一言で大人しくなり、冴えない印象だが実に尽くすタイプっぽい女子の方は葉太(仮称)に熱い視線を送っている。どうやら、いろいろな立場が逆転しても、関係性はそのままらしい。 

 相変わらずアイツら青春してるな……などと思いつつ、龍神は抜き足差し足でそっと後退した。そもそも、元から龍神は香取とは折り合いが悪い。故に、あんな修羅場に突っ込む気は毛頭ない。香取隊(と思わしき面々)から距離を取って、離脱するべく、

 

「覗き見とは、いい趣味じゃねーなー、如月」

 

 後退したら、肩が誰かにぶつかった。

 

「っ……!?」

「おいおい! そんなに身構えるなよ! アタシだよアタシ!」

 

 気配もなく龍神の背後をとっていたのは、1人の女だった。やや長めの黒髪に、おでこ丸出しの白のカチューシャ。一瞬、警戒態勢を取った龍神はその顔を見てすぐに緊張を解いた。これは分かりやすい。

 

「なんだ米屋か……」

「なんだとはなんだ! 失礼なヤツだなー」

 

 ニカっと笑いながら肩を組んでくる米屋の距離感は相変わらずであり、龍神は彼女(過去形で彼)がまるで変わっていないことを確認した。とはいえ、先ほど木虎と違って、何故かそこそこ大きいモノを押し当てられて、女子っぽいフレグランスを近くでふり撒かれると、こう、男としてはくるものがあるわけで……龍神はさりげなく米屋の肩を外して問いかけた。

 

「任務上がりか?」

「おー、そうだよー。ついさっき終わった」

 

 米屋の服装は龍神の記憶にあるものと、ほぼ同じであった。隊長の生真面目な性格故か、実用性を重視した戦闘ジャケットは濃紺で飾り気がない。ただし彼女の場合、ジャケットを半袖にして缶バッジなどを胸元にあしらっているので、少しだけだが硬い印象が緩和されている。加えて、ボトムスがショートパンツに変化しているので、男だった時よりも活動的なイメージがアップしていた。野暮ったい服装でもアレンジ次第で華やかに映えるのは、女子の役得と言えるだろう。

 

「おっ……香取くん達が、またなんかやりあってるなー」

「…………香取くん、か」

「どした龍神? そんな加古さんの外れ炒飯をまとめて3杯かきこんだみたいな顔して。気分でも悪いのか? なんなら、アタシが看病してやろうか?」

 

 ふっふーん、と米屋が笑う。彼女が何気なく口にした『加古さん』というワードに龍神は寒気を覚えた。

 

「……いや、そんなことはない。ところで米屋、加古さんの話なんだが……」

「ん? 加古さんがどうかしたのか?」

「いや、その……なんて言えばいいのか……アレだな! 加古さんは美人だが、時々本当にエキセントリックな炒飯を出してくるのが玉にキズだな!」

「美人? イケメンの間違いじゃなくて?」

 

 

 ――――マジかよ。

 

 

 金髪の俺様系自信家イケメンが満面の笑みでフライパンを振っている姿を思い浮かべて、龍神は本当に気分が悪くなってきた。

 

「いやー、あの人、お料理男子なのはいいんだけど、食材で冒険するのやめてほしいわー。しかも、ヤバい炒飯引いて食べられずに固まってたら、やたらいい声と顔で「俺が作った炒飯が食べられないのか? しょーがねーな。口開けろよ」って言いながら、あーんって食べさせてくるし……加古さんにアレやられたら、女子は逆らえないなぁ」

 

 やだ、こわい。なんかべつの方向に進化してる。

 

 加古さんとは絶対に会わないようにしよう……と、龍神は頭の中の優先順位の第1位を『この謎の現象の解明』から、『加古さんとの接触の回避』に書き換えた。謎を解明する前に死んでしまっては、元も子もない。

 そんな決心を心の中で固めていると、背後から人の気配がもう1人分。近づいてきた。

 

 

「おい、『ようこ』。いつまで油を売っているつもりだ。はやくいくぞ」

 

 

 後ろからかかった声に、龍神は思わず香取隊の方を見る。見た後で、すぐにそれが間違いであることに気がついた。何故なら、龍神の知る香取隊の『葉子(ヨーコ)』は、今は『葉太(ヨータ)』であり『ようこ』ではないからだ。そもそも、声をかけるには彼らの距離は離れ過ぎている。

 つまり、今の発言は香取隊ではなく、龍神の隣にいる……

 

「……お前か。『ようこ』は」

「え? アタシの名前がどうかしたのか?」

「べつに。ややこしいと思っただけだ」

「いやなんで!? むしろ『陽子(ようこ)』って、すっごいよくある単純な名前でしょ!」

「……ふむ。米屋陽子か。意外と語感がいいな」

「ありがとう……じゃなくて! お前はさっきからアタシの名前を褒めたいのかけなしたいのかどっちだ!」

「強いて言うなら、両方だ」

「両方かい!」

 

 

「――――おい、いい加減にしろ、陽子」

 

 

 いつものノリでテンポのいいやりとりを米屋(陽子)と重ねていた龍神は、不意に後ろから肩を掴まれ。振り向かされた。

 そして、思わず息を飲む。

 やはり、龍神を振り向かせたのは少年ではなく、少女だった。米屋と同じ隊服を崩さず丁寧に着込んでいるために、肌の露出は一切ない。にも関わらず、いやだからこそと言うべきか。はっきり恵まれていると断言できる女性的な体のラインが、淑やかに美しさを主張している。艶のあるストレートロングヘアの黒髪は、戦闘に対応するためかポニーテールで括られており、全身が紺色の中で唯一鮮やかな色合いが目立つ、白のリボンでまとめられていた。鼻は高く、顎のラインは細く、眉尻は鋭く。かわいい、というよりも、綺麗という言葉がパズルのピースを当てはめたかのようにしっくりくる顔の造形は、間違いなく大人になりかけの少女のモノで。大粒の真珠を連想させる黒の瞳は、長めに整えられた前髪の間から、龍神を食い入るように見詰めていた。

 

 まるで、親の仇をみるような……激情の熱がこもった上目遣いで。

 

 

 

「こんなヤツと、関わるな」

 

 

 

 ――――勘弁してくれ。

 

 この夢、はやく覚めないかな、と。龍神は切に願った。




こんかいのとうじょうじんぶつ


『如月龍神』
なにがなんだかわからねぇ。


『あらしやま』
頼れるおねーさん。イケメンであったころの唯一の弱点であった『ブラコンにしてシスコン』という弱点を、おにーさんからおねーさんになることによって、萌えポイントに変換。見事克服した。嵐山さんに「よかったー無事だったかー!」と泣きながらほっぺすりすりされたい男子諸君は少ないと思うが、小南似の黒髪アホ毛おねーさんに「ほんとうによかった無事で!」と抱きしめられながらほっぺすりすりされたい男子はそうですわたしです。巨乳。

『さとり』
ワールドトリガービッ〇ぽい女子ランキングで栄光の一位を勝ち取れそうな逸材。べつにウザかわいいわけではなく、見る人によっては単純にウザい。アホサイドテール、バカツイン狙撃手、小悪魔になりきれない女、アイツ友達なら楽しいけど付き合うのはちょっと……など、数々の異名を持つ。普乳。

『木虎』
ざーさんは少年役もいけるからきっと大丈夫だよ。もちろん、ない。

『香取葉太』
上記の木虎の「この子読者に嫌われるタイプやから巨乳にしたろ」という判断が本当に英断だったと思い知る存在。多分、みんなヨーコちゃんは好きになってもコイツは好きにならない。もぎゃあああとも言わない。意外と胸板は厚そう。

『その他、香取隊の面々』
とくに変化なし

『よねやようこ』
親友枠ヒロイン。近接担当としてある程度の実力を持ちつつ、決め台詞の「と、思うじゃん?」も当然完備。バトルジャンキーな女キャラの人気が出やすい傾向に加えて、カチューシャの脱着による髪型変化までもっている。と、思ったがコイツ、エブリデイカチューシャだから意味なかった。くさってもジャンプヒロインなので、「と、思うじゃん?」からの「腕一本もーらった」のコンボを決めれば、かなり強そう。誰かメガネ持ってこい。巨乳より普乳。

『みわ』
どうしてこうなった枠。
さて、それでは冷静に三輪秀次の特徴を思い出してみよう。

・姉(兄)を敵に殺された。
・復讐を誓っている。
・原作主人公勢と最初に戦闘。
・自分の鉛弾をくらって、くっころ状態から離脱。
・ハンドガンに日本刀という、刀剣、銃持ちヒロイン欲張りセット。
・整った容姿に無骨な戦闘ジャケット。
・黒髪。
・普段着にマフラー。
・思い悩んで、目元にクマとか作っちゃう。
・冴えないメガネの腹に、容赦なくキックをかませる。
・ボスキャラとタイマンで戦闘。
・かませ犬にならず、ボスキャラを圧倒。
・口元を釣り上げて、悪い笑みを浮かべながら「馬鹿が!」とか言っちゃう。
・風刃、起動!
・敵の位置を教えろ!


上述の要素に、ロングヘアを。加えて、普段はストレート、戦闘時はポニーテールのエッセンスを加えてみましょう。なんということでしょう。TSという匠の技により、完璧なメインヒロインが完成しました。びふぉーあふたー。隠れ巨乳。




こういう女キャラヒロインで一本書きたい……


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もしもボーダー隊員がTSしたら そのよん

「何度でも言ってやる……わたしは前から、お前が気に入らなかったんだ!」

 

 眼前を割く一閃は、受け止めずに躱し。しかしその回避すらまるで予想通りだと言うように、拳銃から飛び出した弾丸が数発、追い縋ってくる。展開したシールドで防御。弾をはじく硬質な音が、やけに耳に響いた。

 

 いや……本当に耳に響いているのは、彼女の声か。

 

「いつもいつも、へらへらと! 何の覚悟も持たないお前の戦いを、わたしは絶対に認めないっ!」

 

 それなりの距離を取ったつもりだったが、敵の踏み込みは予想以上に速い。

 

「……くっ!」

 

 横薙ぎに振るった弧月は、あっさりと空を切る。

 大きく上体を沈み込ませ、左足を踏み込み。斬撃をくぐり抜けるように接近する彼女が斬り上げるように放った再びの一閃は、龍神の腕を容易く奪い去った。

 

「ちぃ……」

 

 再びの後退。今度はグラスホッパーを起動し、大きく飛んだ龍神を見て彼女は口元を歪める。

 

 

 

「逃がすか」

 

 

 

 女子高生が浮かべるにはあまりにも凶悪なその表情を見て、龍神は改めて思う。

 

 

 ―――どうしてこうなった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 時間はそこまで巻き戻らず、数分前。

 

「こんなヤツと関わるな」

 

 米屋(カチューシャガール)と龍神が話しているところに、唐突に現れた三輪(美少女)。彼女は心底不快だという気持ちを隠そうともせず、こちらを睨んできた。龍神が知っている彼と変わらず、濃厚な敵意が剥き出しに叩き付けられる。

 故に、そんな彼女のきつい言動に対して龍神が最初に感じたのは、違和感や動揺ではなく……「テメェなんだやんのかこの野郎」という種別の苛立ちだった。いい加減、風間から始まった性別逆転現象のインパクトには、もう慣れた。元々、仲がいい米屋(カチューシャガール)と普通に会話ができたので、気が緩んでいたのかもしれない。だからこそ、彼女……三輪(美少女)に対して、龍神は元の世界と同じ調子で反論してしまった。

 

「ほう。随分な言いようだな、三輪。俺に何か言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ?」

「……べつに。お前に言うことなど何もない。行くぞ、陽子」

 

 葉子ではない陽子(カチューシャガール)に声をかけ、立ち去ろうとする三輪。マフラーに顔をうずめ、視線を伏せたまま歩き出そうと踵を返した彼女の手を、

 

「待て」

 

 龍神は掴んだ。

 セーラー服の袖口から覗く華奢な手のひら。その感触に少し怯みつつも、龍神は語気を強めた。

 

「話は終わっていないぞ」

「っ……離せ! わたしに触れるな!」

 

 強引に手を振りほどいて、三輪が叫ぶ。マフラーがなびいて、視界の端を踊った。きっと鋭くなった目元は、まるで何日も眠っていないかのように黒く縁どられている。よくよく見れば、彼女は全体的にどこかやつれた様子だった。

 まるで、自分がよく知っている"一時期の三輪秀次"のような彼女の様子に。龍神の中で言葉にできない苛立ちがさらに加速する。

 

「寝てないのか?」

「……お前には関係ない」

「関係ないが、それを気遣うかどうかは俺の勝手だ。出合い頭に暴言を吐いてくる相手でも、急に倒れられたら寝覚めが悪いからな」

 

 龍神の言葉が予想外だったのか。今までとは少し違う様子で三輪が怯む。2人の応酬をニヤニヤと眺めていた米屋が、楽し気に口を挟んだ。

 

「ひゅーひゅー。龍神くんやっさしぃ~」

「うるさいぞ米屋」

「黙ってろ陽子」

「あ、はい。すいません」

 

 すっと後ろに下がる米屋を押し退けて、三輪が前に出る。

 

「そこまで聞きたいなら、はっきり言ってやる。如月……わたしは、お前が嫌いだ」

「そうか」

「っ……いつもヘラヘラしながら戦っているお前が嫌いだ」

「そうか」

「そうやって、玉狛支部の連中のように……自分は近界民に理解があると気取っている、お前のスタンスが嫌いだ!」

「そうか」

「……そういえば、あの近界民の"少女"のことも、お前は庇っていたな。ふん……身の上に同情でもしたか? それとも、アイツに惚れたとか?」

 

 きっと、会話のペースを握りたかったのだろう。あげつらうように、馬鹿にするように三輪は笑ってみせたが、龍神はその挑発に対しても無反応だった。

 というか、

 

 ―――近界民の少女……あぁ、やっぱり少女かぁ……

 

 と、一周回ってどこか諦めにも似た感情を抱いていた。そして、少なくとも龍神は目の前の三輪に真摯に応えようとしていた。そのため、龍神は特に何も考えず、素直に答えた。

 

「いや、よくわからん」

 

 だって、女の子になった遊真とか知らないし。

 しかし、龍神の適当極まる返事(勘違い)に、三輪はとうとうブチ切れた。

 

 

「っ……ぅ……いい加減にしろ!」

 

 

 容赦なく胸元を掴み、龍神を引き寄せる三輪。彼女の身長は160と少しといったところだろうか。JKにキレられながら胸倉を掴まれるという貴重な経験に、龍神は思わずまた深いため息を吐いた。

 

「さっきからなんなんだお前は!? わたしを呼び止めたかと思えば、生返事ばかり返して何か反論するわけでもない! 馬鹿にしているのか? おちょくっているのか!?」

「面と向かって嫌いだ、と言われても生返事を返すしかないだろう。お前は「俺もお前が嫌いだ」とでも言ってほしかったのか? だが生憎、お前が俺を嫌っても、俺はお前のことを嫌いにはならない。いや、単純な好悪で言うのなら、俺はお前の(ストイックなところとか、きちんと隊長を務めているところとか、拳銃と弧月の戦闘スタイルの)ことが」

 

 胸倉を掴みながら、上目遣いにこちらを見上げる彼女に向けて、龍神ははっきりと告げた。

 

 

 

「むしろ好きだ」

 

 

 

 隣で、米屋が飲んでいたジュースを思い切り噴き出した。

 

 




こんかいのとうじょうじんぶつ


『如月龍神』
鈍感無意識ハーレム系主人公の才能が開花しつつある……かもしれない。


『みわ』
最新刊で普通校組の女子制服が紺のセーラー服であることが判明したために、マフラー+セーラーという最強装備を手に入れた女。多分そろそろあざとすぎて死ぬ。

「よねや」
親友枠。負けヒロイン……と、思うじゃん?

「くが」
白くてもさもさしてる小動物系常識知らず少女。黒くてかわいいマスコット、本体の体が死にかけているとかいう重い過去、相手のウソを見抜く「キミ、つまんないウソつくね」という決めセリフ付きのサイドエフェクト、戦闘時のクレバーな一面、自転車の練習をして川に落ちる……と、コイツも大概要素の塊。今回は登場しない。

「しのださん」
多分出す機会がないから一応書いておくが、強くて美人でかっこいい日本刀使いの司令官とか普通に人気出るに決まっている。どや顔で「わたしが出る」とかかっこいいに決まっている。若いころはやんちゃで城戸司令の車をぶった斬ってたとかかわいいに決まっている。今回もこれからも多分登場しない。

「さわむらさん」
本部オペレーターの冴えないお兄さん。多分しのださんのケツを追っかけてる。がんばれ。今回もこれからも多分登場しないけどがんばれ。





来年もよろしくお願いします。よいお年を!


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もしもボーダー隊員がTSしたら その伍

 好きだ。

 男性が女性に対して、その言葉を用いる場面は限られる。

 だからこそ、如月龍神の発した「好きだ」という言葉を聞いた、彼女の反応は劇的だった。

 

「す……っ!?」

 

 三輪の表情が固まる。数秒の間を置いて、血色が薄かった白い肌に朱色が差す。

 

「き、貴様っ……なにを馬鹿なことを……いや、お前は元々馬鹿だったな! どうせ、わたしをからかって……」

「勘違いするな」

 

 バァン!

 龍神の右腕が、三輪の背後の壁を叩く。まるでグラスホッパーで間合いを詰めてくるスピード型攻撃手のように。一瞬で詰まったその距離に、三輪の瞳は一杯に見開かれた。

 

 

「俺は……嘘は言わない」

 

 

 ―――壁ドン。

 

 それは、恋愛におけるリーサルウェポン。女性に対して男性(ただしイケメンに限る)が使用できる、禁断の最終兵器。一瞬で詰まる距離感、鏡のように己が写る瞳、かかる吐息、囁く声。それら諸要素によって、女性を一瞬で胸キュンさせる、まあ、要するにイケメンにしか使いこなすことができないアレである。

 如月龍神の顔面偏差値は、小南桐絵風に言えば『そこそこまあまあ』の部類に入る。小南の顔面基準が従兄弟である嵐山の『全力でまあまあ』であることを鑑みれば、B級中位のエースを張れる程度には優秀であると言えよう。

 そんな龍神が、無意識の内に三輪に対して放った全力の『壁ドン』。その不意を突く奇襲性と瞬間の身のこなしは、三輪の敵意を一瞬で削ぐのに充分過ぎるものだった。

 

「……っ!」

 

 が、それはそれ。

 近界民絶対許さない系JKである彼女にとって、龍神の行動はたしかに虚を突かれるものではあったが……それでも、目の前の厨二に壁ドン一発で落とされるほど、三輪の心のシールドは薄くなかった。

 

「ふざけるな! わたしをからかって、そんなにおもしろいか!? いい加減に……」

「本気だと、言っている」

 

 が、龍神も伊達に攻撃手としての経験を積んできたわけではない。

 左手が動いたのは、思考ではなく本能だった。龍神の左手が、三輪の背後の壁を叩く。完全に、退路を封じる。

 

 

 

 

 

 ―――ツイン壁ダァン。

 

 それは、恋愛におけるアルティメットリーサルウェポン。片手で行う通常の『壁ドン』に対し、さらにもう片方の手を用いることによって両手で壁をドンする、言うなれば『壁ドン』の両攻撃。それが『ツイン壁ダァン』である。

 通常の『壁ドン』がイーグレット一発程度の破壊力を有するのに対し、この『ツイン壁ダァン』は佐鳥のツイン狙撃並みの攻撃力を有する。要するに、威力的にそこまでの変化はなく、つまりあんまり変わらない。しかし、相手の退路を完全に断つ『ツイン壁ダァン』は、見方を変えれば自身の退路をも絶っていることと同義である。撃つからには必ず当ててやる。使用者には、そんな覚悟が求められる。

 

「き、如月……お前……」

 

 マフラーにうずもれていても明らかに分かるほどに、朱色が頬から耳の先まで広がっていく。セーラー服のカーディガン。その袖先から覗く細い指先が、困ったように宙をかき、真珠を落とし込んだような黒の瞳も、やはり助けを求めて宙を泳ぐ。

 

「三輪。復讐に囚われたお前の気持ちを、俺は理解することができない」

「と、当然だ……貴様などに、貴様などにっ、わたしの何がわかる!?」

「わからないさ。俺は家族を近界民に殺されたわけじゃない。住む場所を奪われたわけじゃない。お前のように、何か特別な過去を背負っているわけじゃない」

 

 だから、と。繋げて紡がれた、

 

 

「わかりたい。知りたいんだ。お前のことが」

 

 

 その真摯な一言は、三輪の胸を力強く打った。

 胸の中の心臓が、今にも飛び出してきそうなほどに波打っていることを自覚する。

 顔を伏せ、マフラーの中に赤くなった顔をうずめた三輪は、龍神の胸にそっと手のひらを添え、そして優しく押した。龍神の体が軽く揺らぎ……『ツイン壁ダァン』の状態が解かれる。

 

 

 

「…………バカ」

 

 

 

 長い前髪のせいで、龍神は三輪の表情をきちんと見ることはできない。しかし、その間からうっすらと覗く眼光に、もう先ほどまでの剣呑な光は宿っていない気がした。

 

「……お前は、本当に、バカだ」

 

 ふっと。三輪の口の端が軽く持ち上がる。

 はにかむような、控えめな笑み。目元に深い影が落ち込んでいてなお、その笑顔が美しい、と。龍神は心の底から思った。

 

 ……ていうか、コイツ俺の前で笑ったのはじめてじゃないか?

 

 今さらながら、自分が結構三輪に嫌われていた、という事実に打ちのめされる厨二。しかし、なんかもうよくわからない、夢か幻かもあやしい謎の世界とはいえ。たとえ三輪(JK)だったとしても、悪かった関係性が改善されるのは有り難いし、うれしい。誰も、好き好んで人に嫌われたいわけではないのである。

 なんかやけに三輪の顔が赤い気がしたが、それはそれ。もう一歩、彼女への距離を詰めようとした龍神は、

 

 

 

 

 

「きっさらぎせんぱーい!」

 

 

 

 

 横から飛びついてきた赤い影によって、真横へと吹っ飛んだ。

 

「もー、急に作戦室を飛び出して行っちゃったから、一体どうしたのかと思いましたよ! 嵐山さんに探してこいって言われたんで、正直う~ん、ちょーっとメンドクサイナーなんて? 思ったりしなかったりもなかったわけですけど……さっさと見つかってよかったですよほんとにもぅ!」

 

 まるで忠犬の尻尾ように揺れる茶髪のサイドテール。あまりにウザ過ぎてウザさが一周してさらにウザい口調。トリオン体とはいえ唐突に横からふってきた体重と衝撃と早口に頭がくらくらする。龍神はその二ヤっ……とした笑顔を片手で押し退けながら体を起こした。

 

「佐鳥ぃ……」

「いやいやいや、ちょっと脅かしただけじゃないですかぁ。そんなに怒らないでくださいよー。あ、お詫びにあたしのツイン狙撃見ます?」

 

 ウインクと一緒にキラーンと星を出す佐鳥。龍神への絡み方はいつもの佐鳥と全く同じだというのに、ちょっと見た目が女になった程度で実にやりづらい。

 

「えぇい、鬱陶しい……はやく離れろ」

「あれ? なんですかー、如月せんぱい? もしかして、照れてるんですか。かっわいいー!」

 

 それ故に、佐鳥に気を取られていた龍神は、静かに青筋を浮かべて打ち震える、先ほどまで壁ドンされていた黒髪マフラー美少女の変化に気がつくことができなかった。

 

「うせろ、佐鳥」

 

 瞬間。ニヤニヤと龍神の顔を覗いていた佐鳥の体は、まるで一瞬前の巻き戻しのように横へと吹っ飛んだ。

 

 とりあえず、佐鳥うざいから黙れ孤月キック。

 

 三輪が得意とする格闘技能、孤月キックの改良版であり、うざい佐鳥を吹っ飛ばすことに特化した改良版である。いつものように特に孤月は使用せず、相手がトリオン体であることをきちんと計算に入れた上で横っ腹を蹴り飛ばすことにより、佐鳥をぶっ飛ばす程度の高い威力を誇る。

 スカートであることを気にもせず、容赦の欠片もないキックで佐鳥を龍神の上から排除した三輪は、ふんと鼻を鳴らした。というか、生身でこの威力という事実に龍神は静かに震えた。

 

「いった……くないけど! いきなりなにするんですか三輪せんぱーい!?」

「だまれ。消えろ」

「あ、ハイ。すいません」

 

 イタズラをし過ぎて捨てられそうになっている子犬の如く、すごすごと引き下がり恥も外聞もなく土下座する佐鳥。その見事な土下座謝罪に、やっぱコイツ佐鳥だな、と龍神は妙な確信を得た。

 

「……如月、なにを他人事のように呆けている?」

「ん?」

「貴様にも、問題があるぞ」

「え?」

「佐鳥如きに言い寄られた程度で鼻の下を伸ばして……情けないヤツめ」

「んん?」

 

 ちょっと、なにを言っているのかよくわからなかった。

 

「トリガーオン」

 

 冬服のセーラーが、一瞬で無骨な戦闘服に書き換わる。濃紺の戦闘ジャケットに、黒のベースにしたインナー。通信用ヘッドセットの邪魔にならないよう、艶やかな黒髪はポニーテールの形に括られ、腰の後ろには、拳銃(ハンドガン)。左には孤月を差し、完全に臨戦態勢だ。

 

「こい。その腐った性根を叩き直してやる」

 

 見下ろす眼光は、何故か先ほどよりも一層冷たい。

 龍神は思った。

 

 

 

 どうしてこうなる?

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 三輪の気が済むまでたっぷりと模擬戦を行ったあと、しつこくからかってくる米屋を振り切って、龍神は肩を落としながらとぼとぼと廊下を歩いていた。普段から己のかっこよさを追求する求道者である龍神は、基本的にだらしない歩き方などは絶対にしない。しかし、度重なるイレギュラーとJKになっても充分過ぎるほどに手練れだった三輪を相手に模擬戦を行ったせいで、龍神のMP(メンタルポイント)はかつてないほどにごっそりと削れていた。

 が、疲れるばかりではなく、得るものはあった。寝不足JK三輪の戦法は、至近距離で孤月をぶん回しながら鉛弾(レッドバレット)をバシバシと当ててくる、龍神が知っているそのままに近いものだった。つまり、見た目が美少女になっていたり、胸の起伏が生まれたりしていても、中身はそこまで変わっていないということである。

 

「如月、か」

 

 だからこそ、龍神はその人物の登場に虚を突かれた。

 彼女は、今日出会ってきた隊員達の中で、一二を争うほどに整った顔立ちをしていた。綺麗に切り揃えられた茶髪のボブカット。高く通った鼻筋。眼差しは鋭かったが、不思議と彼女の雰囲気には合っており……三輪の剥き出しの敵意とはまた違う、一種の威圧感のようなものを伴っていた。

 しかし……なにより目を引くのは、

 

 

(なぜ……ゴスロリなんだ?)

 

 

 そう。ゴスロリだ。ゴスロリである。ゴシック・ロリータである。非常に大事なことなので、三回言った。

 全体的に「え、お前その格好で戦闘するつもりなのウソでしょ?」と言わんばかりに盛られたフリル。腰のくびれを強調するコルセットに、豪奢でクラシカルな造りのゴシックスタイルのブラウス。やはりフリルを段上に重ねたティアードスカートも凝った仕様であり、実にロリータファッションらしい、上は細く、下はボリュームのあるコーディネートを忠実に意識していた。ボレロまで羽織っているので、これで小物の傘でも持っていれば、本当に完璧だっただろう。

 姉がそっち方面のファッションに傾倒していたせいもあって、少しばかり詳しく服装を観察してしまったが……しかし龍神にとってなによりも問題なのは『目の前のゴスロリが誰かわからない』ということだった。

 これまではいくらかの差はあれど、元の特徴が残っていた節があったので、まだ誰が誰だか予想ができた。しかしこれは、本格的にわからない。ゴスロリを隊服にするチームなど、全く想像がつかない。わからないなら、聞くしかない。失礼を承知で、龍神は口を開いた。

 

「申し訳ないが……どちら様だろうか?」

「…………如月、お前。ふざけているのか?」

 

 ちっ、と。薄く紅色を引いた唇から、露骨な舌打ちが漏れる。

 

「私だ。二宮だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 今度こそ。

 脳の思考が完璧な意味でフリーズした。

 そんな、バカな。あり得ない。

 

「二宮さんが、コスプレ……だと?」

 

 ぴくり、と。

 思わず漏れ出た呟きを後悔する前に、ゴスロリクイーンの整った眉尻が動いた。

 




こんかいの登場人物


『たつみ』
姉が一時期どハマりしていたせいで、ロリータファッションに一定の理解を持つ厨二。十字架付きの軍服ワンピースとかわいい、などと心の中で思っている。

『みわ』
これ以上は危険だ。ヒロイン力がカンストする。

『さとり』
何故か出しゃばってくる女。重ねて言うが、CV東山〇央。

『にのみや』
射手の女王。キングではなくクイーン。

『ゆば』
!? 当然ながら今回は登場しない。



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厨二と勘違い系エリート その壱

どこかの世界の、もしもなお話。


今回の登場人物

『最上秀一』
ボッチ

『如月龍神』
厨二

『三輪秀次』


『太刀川慶』



 厨二病患者は、大抵の場合コミュニケーション能力が低い。それは、厨二病を発症している大抵の人間が、己の価値観を他人に押し付けているからに他ならない。そういう意味では、生粋の厨二病患者でありながら無駄に高いコミュニケーション能力を誇る如月龍神が、彼をみつけてしまったのは不幸な偶然と言えた。

 

「……む」

 

 ボーダー本部、ランク戦ラウンジ。今日の相手を探して特に当てもなくふらふらと歩き回っていた龍神の視界に入ったのは、もはやボーダー内でその名を知らない者などいない、1人の隊員だった。

 

 

 最上秀一。

 

 

 入隊当初から恵まれたセンスと特殊なサイドエフェクトで、メキメキと実力を伸ばしているスーパールーキー。正隊員の間でも、話題になることが少なくない有名人である。彼に関する噂は、枚挙に暇がない。

 曰わく、近界民を恨む、バリバリの城戸派。

 曰わく、他者に興味が無く、彼の瞳に映るのは復讐対象である敵だけ。

 曰わく、その瞳に映り込んだ近界民が、彼の手から逃れたことはない。

 

 なんか瞳関連の噂が被っている気がするが、それはともかく。

 如月龍神は、うらやましかった。

 固有の特殊能力である『サイドエフェクト』を持ち、周りの隊員からは一目も二目も置かれ。かっこいい噂を囁かれながら、遠巻きに眺められ、注目され、ヒソヒソと噂される彼の立ち位置は、龍神の厨二的センスをくすぐる非常においしいものであった。

 

 なので。

 

「失礼する。最上秀一だな?」

 

 思い立ったら即行動。興味があったら即接触する行動力を持つ龍神は、足取り早く彼に近づき、一方的に声をかけにいった。

 

「――!?」

 

 さて。

 今さら説明するまでもないが、彼……最上秀一のコミュニケーション能力はクソ雑魚である。その雑魚っぷりは、太刀川隊のお荷物銃手に匹敵するレベル。名誉毀損でもなんでもなく、それが間違いのない事実だった。彼がボーダーでボッチなのは、その生い立ちや高い実力に起因するところももちろんあるが、基本的に自分自身のせいなのである。弁護士を呼ぶ必要は全くない。

 

「ふっ……きみの噂は俺も聞き及んでいる」

 

 なんでも知っているようなドヤ顔で笑みを浮かべながら、突然ぬるりと接近してきた厨二病男子。

 生粋のボッチである彼にとっては、厳しすぎる難敵であった。

 

「希少なサイドエフェクトと高い実力……成る程、確かにその胸の奥底に秘めた目的を果たすために、このボーダーという組織はうってつけの場所だろう」

 

 ほら。なんか語り出した。

 

「だが……不躾であることを承知で、あえて言わせてもらおう。最上秀一。きみは本当に、このままでいいのか?」

 

 しかもなんか、疑問提起された。

 彼の困惑は止まらず、厨二の語りも止まらない。

 

「きみのその瞳は、復讐の炎に囚われていると噂で聞いていた。そして、今日。誰とも関わりを持とうとしないきみの態度と、その表情を直接この目で確かめて、俺の中の疑念は確信に変わった」

 

 ちがいます。それボッチなだけです。

 ツッコむだけなら簡単だが、彼はそれができないからこそボッチのコミュ障なのであった。それでもなんとか、ボッチのコミュ障なりに否定の言葉を捻りだそうとしたが、口を開けようとした矢先に手で制される。厨二は、したり顔で言った。

 

「皆まで言うな。口に出さずとも、分かる」

 

 なんか、勝手に分かられた。

 

「言葉とは、人の心を代弁する、人のみが持つ知恵の結晶。相手に気持ちを伝えることは、刃にも薬にも成り得る。その危うい二面性こそが、言葉が持つ厄介な本質だ。コミュニケーションという行為の中で、言葉にしなければ分からないことは、数え切れないほどある。しかし同時に、だからこそ……時に言葉は、本当の心を覆い隠してしまう。そう、まるで輝く月に影を被せる流れ雲のように」

 

 これくらい滑らかに初対面の人と喋れればなぁ……と、彼は思った。

 

「故に」

 

 ふっと。龍神の表情が深く沈む。

 

「きみの心の奥底に至るまで膨れ上がったその闇……この俺の刃で推し量らせてもらおう」

 

 片手を大きく掲げ、掌を突き出した龍神は、いつの間にか手にしていた『それ』を彼に突きつけた。

 

 あ、そういう流れなんだ、と彼は思った。

 

「その様子を見るに、きみもちょうど今日の相手を探していたんだろう? だが、きみが胸に抱く闘志の炎は、この場にいる隊員達が受け止めるには少々熱すぎる」

 

 妙にかっこいいポーズを決めながら、

 

「その復讐の炎。この俺が飲み込んでみせ……」

 

 

 

 

 

「秀一から離れろ如月ぃいいいいいいい!」

 

 

 

 

 

「……よ、ぅうううぼぁあああああああ!?」

 

 

 彼にじりじりと迫っていた龍神の横っ腹に、情け容赦の欠片もない強烈な飛び膝蹴りが直撃した。

 

 腰をくの字に曲げながら、吹き飛ばされる厨二。

 唖然としてそれをみる彼。

 そして、華麗に着地を決める三輪秀次。

 

 

 ――フライング・ウチの弟に手を出すな・弧月キック。

 

 

 三輪秀次が、主にすがりついてくる三雲修をしばき倒すために使用している固有格闘技術『弧月キック』。それを、弟に寄り付こうとしている質の悪い厨二野郎をぶっとばすために発展させたのが、この『フライング・ウチの弟に手を出すな・弧月キック』である。特にトリオンなどの特殊なエネルギーを用いていない三輪の純粋な脚力と、弟分への熱い思いやりが力となり、如月龍神を軽く吹き飛ばす程度の威力を誇る。なお、弧月は一切使用しない。

 

「無事か!? 秀一! そこの馬鹿に何もされていないか!?」

 

 肩をひっつかんでそう問うてくる三輪に対して、彼は首をぶんぶんと横に振った。彼はむしろ、もろに蹴りをくらって吹っ飛んだ厨二の方が心配だった。

 

「……なに? 如月は大丈夫か、だと? あの馬鹿がこの程度でどうにかなるわけがないだろう」

 

 言いながら、三輪は自分が蹴り飛ばした厨二に目をやる。

 

 

 ――――床にうずくまったまま、厨二は動かなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 十数分が経過した後。

 フライング・ウチの弟に手を出すな・弧月キックにて沈んだ龍神の復帰には、多大なる時間を要した。トリガーを起動する前に喰らったのが、やはり不味かった。声にならない呻き声を上げながら、下手人である三輪秀次に抗議の視線を送っていた。

 そんな彼を最上秀一が介抱し、椅子へと座らせる。近くの席が空いていたのが幸いだった。……もっとも。秀一が無意識に周囲との距離を空け、龍神が勢いよく場を捻じ曲げ、三輪が壁を作り上げたからだが。

 そして暫く間が空き、ようやく龍神が話せるレベルまで回復した。

 秀一に一言礼を言うと、三輪を強く見据えて当然ながら抗議する。

 

「何をする三輪」

 

 元々三輪と龍神の仲は良くない。というよりも、三輪のほうが龍神を一方的に嫌っている。

 故に顔を合わせればどうなるかは、火を見るよりも明らかなわけだが……

 

「黙れ殺すぞ」

「殺意高すぎないか……?」

 

 どうも今回の三輪は余裕が無いらしい。いつにも増して龍神に対する態度が辛辣だ。

 その横では無表情で成り行きを見守る秀一。実際は言い争う先輩たちに内心オロオロしてフリーズしているだけである。流石としか言いようがないボッチ力。正しくキング・オブ・ボッチと言えよう。

 対して、ボッチとは程遠い存在であるこの男は、やれやれと頭を振ると呆れたように言った。

 

「三輪、過保護も程々にした方が良いぞ。弟分を可愛がるのも良いが、あまり過干渉すぎると鬱陶しいだけだ。あとさっき蹴った事は謝れ」

「貴様に関わると妙な病気が移されると米屋や出水から聞いている。その前に根元を断ち切るのは当然の事だ。あと絶対に謝らん」

「……」

「……」

 

 お互いに一歩も退かず、二対の眼光が相手へと突き刺さる。

 龍神はともかく、三輪の醸し出す雰囲気がまたかなり刺々しい。弧月キックで腹部に大ダメージを受けた龍神も最初は若干……否、それなり以上にイラっと来ていたが、自分よりも苛立っている相手を見ると一周回って冷静になるのが不思議なところである。

 弟分である秀一に龍神が近づいた事に苛立っているにしては、怒気を撒き散らしすぎというか。

 龍神の中で疑問の方が徐々に大きくなる中、三輪は視線を龍神から秀一へと向ける。当然、蚊帳の外にいたボッチはビクついたが、偽装がうまくいっているので気づかれない。

 

「お前も、何故乗り気だったんだ最上。以前にも、この男とは関わるなと忠告した筈だが……?」

「本人の前でよく言えるな、そんな事」

 

 あまりにもあんまりな言いように、思わず口出しする龍神。

 しかし龍神もまた、三輪の言葉を聞いて不思議に思う。先ほどは自分の情熱の赴くままに彼にトリガーを突き付けたが、もし噂通りの存在なら、一瞥されることなく無視されていただろう。秀一ともっとも近い存在である三輪がそうなのだから、龍神の前評判を聞いていたのなら猶更だ。

 三輪の厳しい視線と龍神の好奇心にあふれた視線が秀一に集中する。

 それに対して秀一は瞠目する。答えあぐねているようで、三輪の機嫌は悪くなる一方だ。

 

 ……実際は、ただ単にハイブリット厨二攻撃手の勢いに流されただけなのだが。

 つまり初めから三輪や龍神を納得させる答えなどもっておらず、かと言って場に流されただけですと正直に言える度胸もない。

 

 嫌な沈黙が場を支配する。しかし、それは唐突に破られた。

 遠巻きに眺めていたギャラリーがざわっと騒ぎ立つと同時に、トリオン兵も逃げ出すこの異空間に一人の男が現れた。

 

「なんだ、珍しい組み合わせだな」

「……なっ!? き、貴様は──」

 

 

 

「──太刀川慶!!!」

「いや、そんな大声出さなくても分かるだろう、てか『さん』を付けろバカ」

 

 条件反射で噛みつくのは、もはやお約束。いつも通りとも言える反応に対して、太刀川は特にリアクションを返すこともなく、ただ面倒そうに片手を振った。実際、間違いなくめんどくさかった。

 三輪や秀一と相手をしていた際は、厨二らしく余裕を持った態度で接していた龍神だが、太刀川に対しては譲れないものが色々とある。自分に正直と言うべきだろうか。厨二、という意味では常に自分に正直である龍神は、宿命のライバルの登場を嬉しさ半分、忌々しさ半分という彼女になる前のめんどくさい距離感の女子のようなテンションで迎え入れた。要するに、かなりめんどくさい。

 

「貴様、此処に何をしに来た……まさか、俺の後を尾けてっ!?」

「なんでそーなるんだよ。俺が用があるのは最上だ」

 

 その言葉に三輪があからさまに表情を歪め、秀一はドギマギしつつ静観する。

 

「この前は結局逃げられたからな。だから今日はその埋め合わせだ」

「ふざけるな太刀川慶! さきにこいつを見出したのはこの俺だ! お前は大学のレポートでも書いていろ」

「残念だったな如月。俺は既に今週分の大学の課題は諏訪さんと堤と蓮と……あと何人かの力を借りて、余裕をもって終わらせてんだ。今日の俺は風間さんを呼ばれようが、忍田さんに呼び出されようが、何もこわくない」

「なにぃ……太刀川の分際で! お前は帰って餅でも焼いて食ってろ! 最上と戦うのはこの俺だ!」

「おい如月。誰がお前とこいつを戦わせると言った。太刀川さんも、今日は帰ってください。ウチの作戦室にきな粉がありますから」

「お? なんだなんだ? このバカはともかく、三輪も機嫌が悪いな」

 

 太刀川が加わったことにより、場がさらに混沌と化す。

 受け身だった龍神が攻め側に回ったのが原因だろうか。もうどうしようもないな、と秀一が半ば諦めていると……

 

「ん~この際だ。元々そのつもりは無かったし、バカが居るのも気に食わないが……それなら、二対二でランク戦するってのはどうだ?」

「は?」

「組み合わせは俺と三輪。んでバカと最上な」

「な!?」

 

 その場に居た全員が素っ頓狂な声を上げる。

 しかし、太刀川は反論の隙を与えないために、まず三輪へと耳打ちした。

 

「お前が、あのバカと最上を引き合わせたくない事は分かっている」

「だったら……!」

「でもあのバカを諦めさせるのは正直無理だぞ? だったら、お前がさっさとあのバカを倒してしまえ」

 

 そうすれば、最小限の接触で事が済むだろう。そう続けると、思わず三輪は押し黙った。

 本来なら、自分が秀一と組んで龍神をボコボコにする方が溜飲が下がるだろう。しかし、それだと当初の龍神の目的通りになってしまう。

 ならば、太刀川の言う通りに動けば……。

 

 

「……わかりました」

「おっ、流石に話が分かるな。しっかりとあのバカの相手をしてくれよ? 俺はべつにあのバカとやり合いたいわけじゃない。俺が斬り合いたいのは最上となんだからな」

「……」

 

 そして、ちゃっかり自分の目的を達成させる為に事を運ばせていた。その手腕に三輪は、やはりこの人は苦手だ、と思った。

 

 三輪の説得は終了した。次は龍神だ。

 

「おい太刀川! 何を考えているんだ貴様! 俺が先に最上とやると決めたんだぞ。彼の復讐の炎をこの手で──」

「わかってないな、如月」

「……なに?」

「一緒に戦ってこそ、わかることもあるだろ? それに、最上と組めば……もしかしたら万が一にも、俺に勝てるかもしれないぞ?」

「──ふっ。安い挑発だな。しかし、ここはノッてやろう。今日こそ貴様を俺の『弧月・黒刃』の錆に変えてやる」

 

 

 本来なら、太刀川と真っ向から一対一で斬り結び、そして勝利する事に拘る龍神だが……。

 その当の本人から挑発されてしまい、やる気が爆発的に上がる。タッグマッチだと本当に分かっているのだろうか。多分わかってない。秀一は不安だった。

 

「さて、決まりだな。最上も良いか?」

「……」

「じゃあ、行くぞお前ら」

 

 事が上手く進んだ太刀川は、三輪たちにそう伝えると先頭に立ってランク戦室へと向かう。

 その後を龍神が騒がしく着いていき、三輪は無言で続く。

 そして、終始無言だった秀一は……。

 

「……」

 

 腹の虫を鳴らせながら、食堂へと続く通路を名残惜しそうに見て。

 しかし、先輩たちを待たせる方が怖いため、早歩きで彼らの後を追った。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「さて、ランク戦の前に改めて自己紹介しよう。

 俺の名は天に浮かぶ月の如く、この世の闇を照らし出し、龍と神すら斬る男だ」

 

 太刀川関係となると自制が効かない龍神だが、他人への気遣いができる男。それが如月龍神である。

 そんなわけで、なりゆきでチームを組むことになった秀一とまずは交流を図っていた。……だいぶ個性的な交流の入り方だが。

 龍? 天? と処理が追い付かず固まる秀一に、龍神は特段気にすることなく差し出していた手を下した。噂通り、抜身の刀のような男だ、と。

 

「さて、最上。太刀川に乗せられ、当初望んでいた形とは大分違うものになったが……この戦いでお前の心の奥底にある闇、確かめさせて貰おう」

 

 またなんか語り出した。

 

「三輪の相手をお前に任せ、俺が太刀川を斬るというのも悪くないが……それだと互いにいつも通りだ」

 

 しかし、その語り出した内容は意外なものだった。

 てっきり、太刀川との斬り合いを求めるものだと思っていたからだ。

 目の前の男に詳しくない秀一でも察せる程に、龍神の太刀川への執念は深い。ゆえに疑問に思い、その考えが視線となって龍神へと刺さる。

 それに気づいた龍神が、何でもないかのように答えた。

 

「……いや、なに。お互い、大変だと思っただけだ」

 

 普段の三輪の態度と先ほどの光景を見れば、おのずと想像できる。三輪と秀一が普段どのように過ごしているのか。そして、秀一がどう思っているのか。

 そして、それと同時に先ほどの自分とかつての記憶を思い浮かべる。

 関係も、経緯も、立場も。何一つ違うし、もしかしたら理解し切れていない事もあるだろう。

 しかし、憧れている相手がこうして自分たちの前に立ち塞がっているのだ。

 秀一がどういう意味だと問いかけると、龍神は何でもないと首を振る、そして──。

 

「奴らの鼻を明かしてやるのも一興だと思ってな」

 

 これからの戦いが楽しみで楽しみで仕方ないと言わんばかりに、良い笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 互いに互いを嫌いあっている龍神と三輪だが、それは決して両者が正反対だから、というわけではなく。意外にも似通った部分があるからでもある。

 己の鍛錬を常に怠らず、新しいトリガーや戦術を取り込むことに貪欲。そして、いざ戦闘となれば、

 

「如月ぃ!」

「ふっ……くるか、三輪」

 

 先陣を切って、相手へと斬りこんでいく。

 ステージは市街地A。何の変哲もない住宅街の中心で、非日常という要素を凝縮した戦闘音が鳴り渡る。戦闘の口火を切ったのは、やはり龍神と三輪だった。三輪の通常弾が龍神の機動を正確に捉え、しかしそれらは的確にシールドで阻まれて、互いにブレードが届く距離で遠慮も容赦もなく削りあう。

 

「いくぞっ! 最上、援護は任せる! フォーメーション『ツヴァイウィング』だ!」

 

 秀一は焦った。援護は任せる、とそれっぽいことを言ってはいるが。龍神の意味不明な自己紹介にミーティングの時間の大半を割いてしまったために、大まかな作戦を決めただけで、実際はノープランである。そもそも、フォーメーション『ツヴァイウィング』とか、彼は一言も聞いていない。ボッチ、マジ片翼の鳥。

 

「っ……!」

 

 一方で、三輪秀次は静かに、しかし確実に動揺していた。

 この短時間で、援護を任せるというだけの信頼関係を築き。あろうことか複数の戦術的フォーメーションを名称指定で指示するだけの作戦の練り具合。あの男が外面だけ人当たりがよく、他人を自分のペースに巻き込むクソ厨二であることは理解していたが、まさかここまでとは。かわいい弟分が厨二の毒牙にかかろうとしている。そんなことを許していいだろうか? 否、許していいわけがない。

 

「太刀川さん! この馬鹿はっ!」

「おう。任せた。俺は最上だ」

 

 向かってくるコワイ顔の兄貴分。とても楽しそうなNo.1攻撃手。これがこわくないわけがない。秀一は恐怖した。

 しかし、彼にとって幸いだったのは。太刀川と三輪が共に格闘戦をメインに据えた装備であり……彼の方が射程の上では一手先のアドバンテージを持っていたことだ。トリオンキューブを生成、最近では彼にとって一つの代名詞染みてきたその弾丸を一斉に撃ち放つ。

 

「はっ……いつものバイパーか」

「……鬱陶しい!」

 

 が、相手は共にA級の化け物。太刀川は弧月で弾丸を斬り裂くという芸当を。三輪はその熟達したシールド展開技術で全ての弾丸を受け止めた。牽制にすらなっていない。

 

「最上!」

 

 正直泣きそうになっている彼の耳に、厨二の声が響く。

 

「今だっ! 『双天旋空』を!」

 

 

 ……なんて?

 

 

「なっ……双天旋空だとっ……!?」

 

 龍神の勝手な命名に、三輪が勝手に驚愕する。

 最上秀一のサイドエフェクトは『体感速度操作』である。べつに思考が高速化するわけではないが、しかしそれはそれとして、彼の脳は厨二の独特な言語センスを理解するためにフル回転を開始した。

 そうてん……今までの龍神の言葉の好みから察するに、そうは『双』。てんは『天』。双天……最初に龍神が口走ったフォーメーション『ツヴァイウィング』と似たような響きだ。きっと、翼とか好きなのだろう。ついでに『二』とか『双』とかそういう感じの単語を入れることによって、協力して戦おう、という意思を多分に表現してくれている気がした。

 秀一がこの結論に至るまでに要した時間は、コンマ1.7秒。恐るべき思考力である。

 故に、彼が導き出した結論は──

 

「……」

 

 ──なんかよくわからないけど『旋空』って言ってるからとりあえず旋空打っておこう、だった。

 

 トリオンの光が収束し、彼が弧月を振るうと同時、その刀身が大きく伸びる。ただの旋空弧月ではない。ボーダー隊員の中でも使い手が極めて少ない『生駒旋空』と呼ばれる特殊技術。常識をはるかに上回るリーチが、牙を剥く。

 横薙ぎの一閃。それは三輪と斬りあっている龍神をも巻き込んでしまう軌道だったが、不敵な笑みだけをその場に残し、龍神の姿がかき消える。テレポーター。物理法則を無視した瞬間移動を可能にするオプショントリガーである。

 

「しまっ……!?」

 

 それでも、迫りくるブレードに対して防御という選択肢を取ることができたのは、三輪だからこそだった。弟分が最近習得したと聞き及んでいた『旋空』。その痛烈な一撃を受け止め、しかし勢いまでは殺しきれずに体がはじきとばされる。

 当然、テレポーターで上空へと跳んだ龍神は、眼下の無防備な獲物に弧月の切っ先を向けた。

 

「パーフェクトだ。最上」

 

 だが、しかし、

 

「なんでてめーが偉そうなんだ、この馬鹿」

 

 攻撃手ランキング1位の男が、そんな味方の隙を突かせることを、みすみす許すわけがない。

 グラスホッパーによる跳躍。そして抜刀。奇しくも龍神が得意とする攻撃パターンとほぼ同じ流れを踏み。最強の斬撃が閃いた。

 

「旋空弧月」

 

 生駒旋空のように規格外の射程を誇るわけではない……けれど、ボーダーの中で最も多くの隊員達を狩ってきた旋空弧月が、龍神に襲いかかる。

 

「ちっ……!」

 

 舌打ちを鳴らしながらも、誰よりもその斬撃の威力を知っている龍神は決して深追いせず。起動したグラスホッパーを踏み込み、旋空の射程圏内から脱した。

 片膝をつく三輪の傍らに、太刀川が着地する。

 

「おー、三輪。大丈夫か?」

「……フォローありがとうございます。助かりました」

「ああ、それは気にすんな。けど、意識は切り替えた方がいいかもな」

 

 自然体で弧月の峰を肩に置きながらも、しかし太刀川はゆったりとした口調で釘を差した。

 

「油断はするなよ。どうやら俺達が思っていた以上にあの2人……『相性』がいいらしい」

 

 その一言は。

 三輪の精神の最も深い部分に絶大なダメージを与える爆弾だった。

 

「っ……はい。わかりました」

 

 爆弾は当然、爆発するもの。爆発すれば、火が灯る。

 

 

 

 

「……太刀川さん。全力であの2人を叩き潰しましょう」

 

 

 

 否、燃え上がる。

 三輪の中で、何かが切り替わる。それは、彼のポテンシャルを最大限以上に発揮させる……『嫉妬』という名の、どす黒い炎だった。

 

「おう。せっかくのタッグなんだ。楽しまないとな」

 

 そして、太刀川はブレーキが効かない感情のアクセルをベタ踏みしていることに、まったく気がつく気配がなかった。

 

 

 

 

 

「ふっ……いい援護だったぞ、最上。太刀川のフォローが早かったのは、俺の誤算だった。三輪を仕留めきれなくてすまない」

 

 龍神の謝罪に、秀一はふるふると首を振った。

 ノリと勢いでフォーメーションと援護を指示してきたのは龍神だが、彼もまたノリと勢いで援護を行ったので似たようなものである。むしろ、覚えたての『生駒旋空』が龍神に当たらなくて本当によかったと思う。

 

「しかしどうやら……俺とお前の相性は、思っていた以上にいいらしい」

 

 思っていた以上にとか言うわりには「いや、しかしそれも当然だな」と言わんばかりに胸を張りつつ、龍神は言葉を続ける。

 

「最上。俺がお前に、最初に言ったこと……覚えているか?」

 

 正直、最初からべらべら喋りまくられたせいで全く覚えていない。

 

「俺は言ったな? お前のその復讐の炎を、この俺が飲み込んでみせる、と」

 

 それ言ってたの最後の方な気がする。

 

「だが……光あるところに闇があるように、闇は光に呑まれるだけの存在ではない。いや、むしろ……正しき闇の力。それを振るう術を、俺は学ぶべきなのかもしれない」

 

 飲み込んだり学んだり、本当に忙しい人だな、と彼は思った。

 

「さて、では作戦を変えよう。基本的に、俺が前衛を張って攪乱に専念して崩していく。最上には援護とトドメを任せたい。旋空でも変化弾でも、遠慮なく撃ちこんでくれ」

 

 大丈夫?と彼が聞くと、龍神はまた笑った。

 

「最上。共に背中を預け合う以上……俺達は『戦友(とも)』だ。遠慮はいらない」

 

 なんか、違う漢字を当てて読んでいる気がするのは、きっと気のせいではない。

 

 

 

 

「よし……いくぞ、相棒」

 

 

 

 

 ほんとにいけるかな?と彼は思った。




ただの番外編……と、思うじゃん?
そんなわけで、以前から交流のあった『勘違い系エリート秀一!!』の作者様からお話を頂き、コラボ回をやらせてもらいました。今回のお話だけでも、自分が書いたパートと秀一の作者様に書いて頂いたパートに分かれているので、そのあたりの違いも楽しんでもらえれば幸いです。それにしてもこのボッチ書いてて楽しいな!
また、秀一の作者様は、今回私が「匿名投稿やめましょうよー!」と、東さんの脚にすがりつく小荒井並みにすがりついた結果、匿名解除して仮面を取ってくださいました。やったぜ。この前完結したワンパンマンのあれとか、ワンピースのあれとかも書いているすげー作者様なので、興味がある方はぜひ活動報告を覗いてみてください。おもしろい話が読めると思います


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厨二と勘違い系エリート その弐

今回の登場人物


『最上秀一』
あれは誰だ?力の権化か?復讐の鬼か?否……ボッチだ。コミュニケーション能力を捨て、戦闘能力に全振りする尖りきった設計によって爆誕した、モンスターボッチ。彼の弧月は悪を断ち、彼の変化弾は侵略者を穿つ。彼の目線は常に話しかける人を求め彷徨い、彼の一言は常に虚空のソラへ消える。誰か耳傾けろ、耳。必殺技は叫ばずに無言でなんかデカいの撃って敵を震わせるタイプ。


『如月龍神』
厨二。常に己を高め続けている孤高のB級隊員。しかし一部隊員からはある病気の感染源として警戒されている。後輩の黒江双葉に慕われていたり、同僚の熊谷友子といい雰囲気だったりと厨二にも関わらず女性隊員にモテる。これがコミュニケーション能力の差か。太刀川を見つけると歓喜から鳴き声を出す習性がある。勝つまでランク戦を挑むが、一度も勝った事が無い。太刀川に対して中々にめんどくさい感情を抱いている。例えば弧月二刀流は被るからスコーピオンを選んだとか。デザインした隊服がロングコートの白だとか。


『三輪秀次』
シスコンにブラコン属性を付与することによって、A級5位の広報部隊の座を狙っているとしか思えない、A級7位隊長。面倒見は悪くないタイプだが、弟に泣きながら顔をすりすりする素直さと暑苦しさを持っていないため、おそらく嵐山になることはできない。ストームマウンテンへの道は、長く険しい。とりあえず前髪を切って上げてデコを丸出しにし、寝癖をつけるところから始める必要があるだろう。


『太刀川慶』
ダンガー。強さだけでは無く、考える頭も持っている。しかし学力面では全く発揮されない。それを補う為に複数人の隊員達に餅を捧げ、その報酬に勉学の時間をランク戦の時間へと不・等価交換した。腕は持って行かれていない。最近は最上と斬り合うのが趣味。龍神には興味なし。ボッチの成長二期待している。厨二には興味ないって。だから龍神には興味無いつってんだろ!


 意外に思われるかもしれないが、如月龍神は直感よりも理屈を重んじる攻撃手である。

 だから、自分が使わないトリガーでも一通りの運用は確認するし、話題になっている隊員の戦闘記録には必ず目を通す。一時期、那須玲が変化弾の『鳥籠』で話題をさらっていた時期には、わざわざ彼女に頭まで下げに行き、変化弾の取り扱いを学んだくらいである。しかし、厨二に弾丸を扱う才能は欠片もなかった。故に挫折した。結局、そこには那須とそこそこ仲良くなったという結果だけが残った。当然、他の隊員からは大いに嫉妬された。厨二には敵だけが残った。解せぬ。

 それはともかく。記録にこまめに目を通す癖を付けている龍神は、当然最上秀一の戦闘記録も確認している。弧月とスコーピオンを併用するスタイルを取るのは、自分を除けば王子一影と彼くらいのものである。それに加えて、彼はサイドエフェクトを最大限利用することにより、下手をすれば那須や出水以上の複雑な変化弾のコントロールをものにしている。変化弾を少しも有効活用できなかった龍神としては、彼の戦い方は正直喉から手が出るほどに羨ましいものだった。

 そういう意味では……最上秀一の記録を確認している、という表現には語弊があった。より正しく、具体的に表現するのであれば、如月龍神は最上秀一の戦闘記録を穴が空くほどに見返していた。メイン、サブトリガーの構成。個人戦における立ち回り、相手の仕留め方。それらを踏まえて考えられる弱点に至るまで。龍神が彼に声をかけたのは、もちろん彼の精神的な問題を解決したかったからであるが……同時に、彼を相手に自分の実力がどの程度通用するのか? それを試してみたいという気持ちも多分にあった。だからこそ、割り込んできた太刀川に模擬戦を邪魔されてしまったのが、本当に腹が立つ。あの餅野郎は、作戦室で餅を食っていればよかったのだ。

 

 前置きが長くなったが。

 龍神は最上秀一の実力を、正しく把握しているつもりでいた。しかしこうして、共に方を並べて戦ってみれば、どうだ?

 

 

(まさか、ここまでとはな)

 

 

 まるで敵に対して抱くような感情が、自然と浮かんでくる。

 三輪に対して真正面から突っ込む龍神は、ちらりと背後を見た。平均と比較すればやはり大きいサイズのトリオンキューブから、弾丸がまとめて射出される。固まって突き進むそれらの弾丸は、そのままいけば間違いなく龍神の背中に直撃する軌道だ。しかし、龍神は回避行動を取ることなど欠片も考えなかった。むしろ、下手に回避行動を取った方が危険だろうとすら思った。

 刹那、先行する龍神に追いつくギリギリにまで近づいた弾丸が、花開くようにはじけ、散る。龍神の体によって覆い隠された射線。そこから喰らいつくように飛び出してきた弾丸の雨に、三輪の表情が露骨に歪んだ。

 

「ちぃ……厄介な!」

「だろうな」

 

 変化弾を受け止めるために広げざるをえなかった、薄いシールド。ブレードに対してはあまりに心もとないそれを、龍神は弧月の一閃で粉々に砕く。再び漏れる舌打ち。それをかき消すブレードの風切り音が、三輪の首元に迫る。

 

「おい三輪、頭下げろ」

 

 あまりにも自然な動作で下げられた頭。その空いた隙間を縫うように、太刀川の旋空弧月が伸びる。が、その程度での連携でやられるほど、龍神も甘くはない。咄嗟に掲げた弧月で旋空を受け止め、しかし勢いまでは殺しきれずに体勢が崩れた。攻撃のために刻んでいたテンポが、太刀川の一手で乱される。

 攻守交代。お返しとばかりに三輪は弧月を振り上げたが、

 

 

 

「最上、頼む」

 

 

 

 その一瞬の攻防の間に……否、変化弾を発射した瞬間から動き出していたのだろう。距離を詰めてきた秀一が、三輪の頭部に目掛けて弧月を振るう。知っている太刀筋とはいえ、ほとんど反射で三輪はその斬撃に反応し、受け止めた。突進の勢いを伴った剣は重く、その手応えに三輪は堪らず歯ぎしりする。

 そうして、ほんの一瞬。三輪の龍神への注意が逸れた。

 

「捕まえたぞ」

 

 一呼吸。あるいはワンテンポ。その乱れを見逃さず、龍神の『もぐら爪』が三輪の右足の甲を地面の下から刺し貫く。

 

「ぐっ……如月ぃ!」

 

 体をギリギリまで地面に添わせるような、崩れた体勢のまま、龍神は下から弧月で。秀一は二の太刀のスコーピオンで。息を合わせた完璧なタイミングで、三輪を仕留めにかかる。二振りの弧月、二振りのスコーピオンというブレードの過剰火力は、正しく攻撃手の全攻撃であり……如何に三輪秀次といえども、一人で捌ききれるものではなかった。

 

「お前ら、三輪ばっかいじめんなよ」

 

 故に、太刀川が踏み込む。

 先ほどの『旋空』とは異なり、腰の弧月を同時抜刀。弧月の刀身にトリオンが満ち、発光。

 

 

 

「旋空弧月」

 

 

 

 ただでさえ扱いが難しい旋空弧月。その同時攻撃。オプションを含め、合計四つ。全トリガースロットの半分を使用した斬撃が、それぞれ別の軌道、別の角度で龍神と秀一を襲う。三輪とほとんど重なるような体勢だった秀一は余裕を持って回避できたが、もとより崩れた姿勢、地面を通したスコーピオンで回避という選択肢を失っていた龍神はまずかった。

 あまりにもあっさりと。三輪の脇腹を割くはずだった弧月。それを握る左手首が両断される。

 

「……ちっ」

 

 今度は、龍神が舌打ちを漏らす番だった。

 スコーピオンを解除。グラスホッパーを起動し、踏み込んで後退。同時に秀一も龍神が自分の足元に張ってくれたグラスホッパーを蹴って飛び上がり、置き土産とばかりに三輪と太刀川へ変化弾の雨をお見舞いする。しかし、所詮は距離を稼ぐための時間稼ぎ。三輪も太刀川も、苦も無くシールドで対応し、全ての弾丸を防ぎきった。

 立て続けにグラスホッパーを踏み、おおよそ50メートル。距離を稼いだ龍神と秀一は、そのまま手近な民家に飛び込んだ。いくつかの部屋のドアを蹴り破り、路地を抜けて身を隠す。もちろん、首元に手を当ててバッグワームを展開することも忘れない。太刀川と三輪が追ってくる気配はなかった。どうやら、あちらも立て直す時間が欲しいらしい。

 

「しくじったな……すまん。最上」

 

 トリオンが漏れ出る手首を忌々し気に見ながら、龍神が謝罪する。まさか謝られるとは思っていなかったので、バッグワームから手を出し、首と合わせて秀一はぶんぶんと振った。ボッチは会話に慣れていない。会話に慣れていないので、予想外の台詞には対応できない。哀れボッチ、がんばれボッチ。

 そんなボッチとは対照的に、厨二にしては何故かコミュ力高めな龍神は「自分がミスをしたと思ったら素直に謝罪する」という基本をよく心得ていた。

 

「あそこで最上と同時に圧力をかければ、三輪は確実に落とせると思ったんだが……太刀川のフォローが思っていたより巧かった。あまり、認めたくはないがな」

 

 それに関しては同意見なので、強く頷く。急ごしらえとはいえそこそこ上手くいった近接連携を凌いだ三輪も大概だが、そこに的確に援護を差し込む太刀川は、やはり頭がおかしいと言わざるを得ない。あの戦闘能力の一割でもいいので、大学のレポートに回して欲しい。そうすれば、普段からポイントをむしり取られ、レポートの処理に借り出されている隊員達も少しは助かるだろう。

 

「さて……しかしどうしたものか。俺も片腕を取られてしまった。このまま正面からいくのは少々厳しいか」

 

 珍しく後ろ向きな龍神の発言に、ボッチは肩を落とした。もっとうまく援護と連携ができていれば……と。試合の途中から反省モードに入り始めた彼の頭を、

 

「おい、最上」

 

 てい、と。龍神は残っている左手でチョップする。

 トリオン体であることに加えて、龍神も軽くチョップしたので痛みは少しもなかった。ただ、少しびっくりした。

 頭を抱える秀一に対して、なくなった右手首を器用に腰に当ててため息を吐きながら。龍神は呆れを少しも隠さずに言う。

 

「さっきも言っただろう。あの攻防で太刀川に腕を取られたのは俺の責任だ。お前は悪くない。むしろ俺は、お前の素晴らしい変化弾の扱いに畏敬の念を覚えたほどだぞ」

 

 ボッチは面と向かって褒められることにも慣れていない。照れてバッグワームのフードを被り始めたボッチは顔を背けたが、龍神はその肩をがっしりと掴んだ。顔を背けることは許さない、と真剣そのものの表情で、龍神は彼の顔を覗き込む。対人能力が三雲修のトリオン(つまりスズメの涙)程度しかない彼にとって、その距離感はあまりにも近すぎた。龍神が女の子だったら、多分速攻で緊急脱出していただろう。

 

「だから、最上。お前に頼みがある」

 

 やはり真剣そのものといった表情のまま、龍神が言葉を続ける。

 試合を始める前、龍神は彼の復讐の感情について触れていた。それはもうくどいくらいに、飲みたがりの大学生のように、復讐の黒い炎を飲み込みたがっていた。おそらく「もう復讐に囚われて戦うのはやめろ」だとか、そういったことを言われるのだろうと身構えた秀一は、

 

 

 

「この戦いが終わったら……俺に変化弾と生駒旋空教えてくれ」

 

 

 

 

 ずっこけそうになった。

 

「ん? どうした? 何か変なことを言ったか? 俺は」

 

 むしろ、変なことしか言っていない。

 

「そうか? 特に文脈はおかしくなかったと思うが。お前はすごい、だからお前の技を教えてほしい。べつに普通だろう?」

 

 今、それを頼むのが普通じゃない気がする。

 それに、

 

 

 

 

「……なに? 今このタイミングで『この戦いが終わったら』とか言うと死亡フラグみたいだ、だと?」

 

 

 

 

 オウム返しにされた自分の発言にコクコクと頷く。すると龍神は何故か腹を抱え、くつくつと笑い声を漏らした。今度は彼の方が「え? 俺何か言っちゃいました?」と首を傾げる番だった。

 

「くっくく……いや、すまない。そうだな。お前の言う通りだ、最上」

 

 ゆっくりと、龍神は立ち上がる。

 

「言ってしまった責任もある……その死亡フラグは、俺がへし折りに行くとしよう」

 

 手伝います、と彼も立ち上がると。

 厨二は、嬉しそうに笑った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……ったく如月のやつ。バッグワームを着て家の中に隠れるとかつまらんことしやがって」

 

 文句を言いながらも、首元に手を当ててバッグワームを起動するあたり、やはり太刀川慶という男は抜け目ない。三輪もそれに倣って濃紺の外套を羽織った。

 

「三輪、お前足は大丈夫か?」

「はい。なんとか」

 

 ブーツの先で地面を叩いて、三輪は貫かれた足の感覚を確認する。全力で走ることは難しいし、踏み込みもやや浅くなるかもしれないが、普通に移動する分には支障はなかった。

 

「これからどうします?」

「んー? どうせあっちから仕掛けてくるだろ。生駒の旋空なら多少の建造物は切り崩せるし、アイツには合成弾もある。こっちを攻撃する手段には事欠かない」

 

 単純な話。単体の火力で言えば最上秀一は如月龍神をはるかに上回る。生駒旋空にしろ、合成弾にしろ、射程の面でも秀一は龍神の上だ。

 

「だから、基本的に如月の攻撃は無視していい」

「無視、ですか?」

「ああ。黙って如月にやられろって意味じゃないぞ? さっきの攻撃パターンを見てればわかるだろ。援護とトドメは最上。こっちをかき乱して攪乱するのは如月。アホみたいにわかりやすい役割分担だ」

 

 急造チームで戦ってんだから、それはある意味当然なんだけどな、と。肩を竦めて呟く太刀川は、やはり戦闘に関して言えば……というより、戦闘に関してだけは頭がよく回る。

 

「如月の攻撃は片手間にいなせ。本命はあくまで最上だ。お前は最上の攻撃に全力で対処しろ。できれば、最上の動きを一瞬でも止めてくれると助かる。そうすれば……」

「そうすれば?」

 

 にぃ、と。獰猛な笑みが満ちる。

 

 

「まとめて、俺が斬って終わりだ」

 

 

 やはりこの人は苦手だ。

 三輪がそう思うのも、仕方がないことだった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 戦況が動く。

 最後の攻防が始まる。

 最初にバッグワームを脱ぎ捨てたのは、最上秀一だった。三階建ての比較的背が高い家屋の上から周囲を見回していた彼は、住宅の森の中を動く影を視認した。こういう時、狙撃を気にしなくていいのは本当に楽だ……と思いつつ、メインの炸裂弾(メテオラ)、サブの変化弾(バイパー)を起動。そして、サイドエフェクトを使用する。

 

 瞬間、世界から色が抜け落ちた。

 

 鮮やかな赤い屋根も、深い緑色の街路樹も。目に見える全てから色彩が消え失せ、白と黒だけのモノクロに染まっていく。静寂に満ちた世界の中で、彼の思考だけが時間の檻から解き放たれて、回る。

 

 ――体感時間操作。

 それが、最上秀一の『副作用(サイドエフェクト)』である。迅悠一の未来視と同等の『Sランク』に分類されるこの『副作用(サイドエフェクト)』は、自身の体感速度を自在に操作することができる。1秒を1分に、あるいは1秒を1時間にまで引き伸ばすことすら可能な、唯一無二の力。彼はこの能力を、格闘ゲームでコンボをキメる時に用いたり、ジャンケンの見極めに使用したりと、ボーダーに入るまでは下らない目的で使い倒していたが、しかし。

 

 この力が最大の効力を発揮するのは、やはり戦闘……特に、射手系の弾丸。変化弾を扱うにあたって、彼に圧倒的なアドバンテージをもたらす。

 

 炸裂弾、変化弾のトリオンコントロールを開始。合成、成功。分割数を設定。弾道、諸元入力スタート。距離と障害物を鑑みて、一つ一つの弾丸の細かい軌道を丁寧に設定していく。

 

 入力、完了。

 

 そして、世界に色彩が蘇る。

 彼の手元から、圧縮された時間の中で凝縮された殺意の塊が解き放たれる。

 その名は『変化炸裂弾(トマホーク)』。

 本来なら、独特の弾道と広範囲に及ぶ大雑把な火力で相手を圧殺する合成弾。しかし、彼の場合は異なる。弾道の一筋、全てが当たれば致命。障害物を縫う複雑極まりない軌道で、太刀川と三輪に弾丸が殺到する。

 並の隊員ならば、それだけで仕留めきれる大技。が、彼が狙うのは並の隊員ではなく。ボーダートップクラスの実力を誇る2人である。三輪は迫りくる弾丸を見て表情を大きく歪めたが、けれどもこの程度の芸当を最上秀一が平気でやってのけるということは、よく知っている。

 

「太刀川さん!」

「おう」

 

 着弾。爆発。

 しかし変化炸裂弾(トマホーク)はローンを組んだサラリーマンが泣き出しそうな勢いで数々の住宅を粉々にしただけで、それらを巧みに盾にした三輪と太刀川には届かなかった。爆散した家屋の破片が舞い散り、降り注ぐ。生身なら直撃するだけで致命傷になるそれらは、トリオン体に当たったところで大したダメージにはならないが……

 

「ちっ……邪魔くさいな」

 

 足止めくらいには、なる。

 いくらトリオン体といえども、瓦礫に埋まることを避けるのは当然だ。太刀川は旋空を起動した。両手に握る弧月を無造作に、けれど正確に振るって。縦横無尽に空を駆ける斬撃が、降ってくる瓦礫を確実に迎撃する。

 

「っ……! 太刀川さん!」

 

 そして、その『旋空』の無駄撃ちこそが、龍神と秀一の欲しかった隙だった。

 三輪の警告。顔を上げた太刀川の視線の先には、再生成を終えた弧月を構える龍神の姿があった。爆発の隙に紛れて取った背後。欠けた左手の代わりに、いつもとは異なる右手一本の構え。

 

「旋空参式――」

 

 黒の刃の切っ先が、

 

 

「――――姫萩」

 

 

 太刀川の喉元に、喰らいつく。

 いつもとは逆の腕で。いつもと変わらぬ精度と速度を出すのは大したものだ、と。太刀川は内心で舌を巻いたが、

 

「けど、所詮は『いつも通り』だな」

 

 狙いが正確ならば。それを受け止めることは造作もない。

 龍神の持ち得る技術を最大に活かした必殺の『突き』を、太刀川は幾度となく受けてきた。そして、その『技』に膝を屈したことは一度たりともない。これまでの一騎打ちで経験してきた通りの、単純な繰り返し。今更、ただの『姫萩』を繰り出したところで、太刀川慶にその刃が届くはずもない。

 

 そんなことは、百も承知だ。

 

 太刀川の次に、誰よりも。龍神自身が、攻撃を止められることを、理解していないわけがない。

 

「そうだろうな」

 

 はっ、と。太刀川の両の目が見開かれる。

 そう。これは個人戦ではない。チーム戦だ。龍神の『旋空』だけで仕留められないのなら、もう一手。さらに『旋空』を重ねればいいだけのこと。

 

 彼は、技の名前を叫ばない。

 彼は、そもそも『それ』を必殺だとは思わない。

 

 ただ、静かに。

 

 

 ――――生駒旋空

 

 

 背後から迫るは、高速の刺突。

 正面から襲うは、神速の斬撃。

 龍神の『姫萩』と秀一の『生駒旋空』。一流の攻撃手同士でも決して容易くはない。それは言うなれば『旋空弧月』の十字砲火(クロスファイヤ)

 個人に向けられるには、あまりにも過剰。あまりにも過密と言える、重なる刃閃を前にして、

 

 

「……はっ!」

 

 

 されども『1位』は揺らがず。

 耳を裂くような、激しい音と火花が散った。180を優に超える太刀川の長身が、旋空を受けた勢いをそのままに宙を舞う。インパクトの瞬間、軽く飛び上がったNo.1攻撃手はそれぞれの斬撃を両手のそれぞれの孤月で受けきり、通常の旋空とは比較にならないその衝撃を

 

「あっぶね」

 

 あっさりと、流した。

 さらにあろうことか。宙を舞うその体勢をコントロールし、右手の孤月が無造作に振るわれる。ロールを伴ったその斬撃は、本来なら龍神が得意とするトリッキーな離れ技だ。

 

「なっ……!?」

 

 が、龍神にできることならば。

 太刀川慶に、出来ぬ道理はない。瞬間、放たれた旋空を、龍神は『テレポーター』を使って回避する。回避せざるを得なかった。

 攻撃と防御。仕掛ける側と受ける側。その関係性が、コンマ数秒で入れ替わる。

 

(テレポーターの移動先は)

 

 龍神達が、太刀川の隙を求めたように。太刀川が欲しかったのは、

 

(視線の先、数十メートル、だ)

 

 この隙だ。

 テレポーターによる転移が完了し、崩れかけた壁面に脚を付けた龍神は、絶句する。

 眼前に迫るのは、白銀の刃。なによりも鋭い、自身の転移先を完璧に読み切った太刀川が放った旋空孤月。シールドでは破られる。テレポーターの連続使用は不可能。グラスホッパーの展開も間に合わず、そもそも孤月を構えるのが間に合わない。

 このままでは、やられる、と。

 旋空の射程内に転移してしまった己の迂闊さを、龍神が呪った、その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相棒を救うために。

 最上秀一の世界は、再びモノクロに染まる。

 龍神に迫る孤月の切っ先が、地面を踏みしめ突進する彼の足が、思考以外の全てが壊れたビデオテープのように、動きを止める。

 止まった世界で、彼は考える。

 変化弾は既に展開を終えている。弾道設定さえしてしまえば、いつでも太刀川に向けて放つことができる、が。止まった時間の中でどれだけ精密な弾道を描き、少しでも多くのトリオンを弾速に割り振ったとしても、太刀川にそれが届くより、旋空孤月が龍神の首を刎ねる方が早い。

 ならばシールドは? それも展開の距離限界、25メートルより先にいる龍神をカバーするには届かない。

 思考以外は止まったままの、その孤高の中で。けれど彼は、たしかに歯噛みした。

 

 考えろ。

 考えろ。

 考えろ。

 

 自分一人で、勝つためではなく。

 自分だけの世界の中で、自分以外の誰かを助けるために、彼は思考を回す。

 そうして気がついた。

 

 目の前に刃が迫っているにも関わらず、少しも諦めの色が見えない龍神の表情に。

 

 もう回避も防御も間に合わない、と。理解しているはずだった。龍神は、彼のように止まった時間の中で思考しているわけではない。彼がこの瞬間の龍神の表情を見ているのは、彼の副作用の恩恵に他ならない。本来ならば見ることすら叶わない、死に際のコンマ1秒を切り取った、その表情は。

 

 けれど、どこまでも雄弁に、不敵に、大胆に。まだ諦めない、と言っていた。

 

 そうだ。

 

 ――――援護は任せる。

 

 かっこつけの厨二病は、たしかにそう言っていた。

 

 考えて。

 考えて。

 考えて。

 

 彼はその信頼に応えるために、思考を回す。

 そうして選択肢を取捨選択した末に。彼が『それ』に至るのは、やはり必然だった。一度でだめなら、もう一度。シールドは届かない。変化弾が間に合わないのなら、届いて間に合う攻撃を。

 叫びはない。そもそも口は動かない。それでも彼はたしかに、モノクロの中で『それ』を叫んだ。

 

 

 ――――旋空孤月

 

 

 

 と。

 

 行動を選び取った瞬間。色を取り戻した世界の中で、刃が輝く。

 

「っ……!」

 

 戦闘を開始して、はじめて。太刀川慶が、驚愕に言葉を失った。

 龍神の首を刈り取るはずだった自身の『旋空』が、最上秀一の『生駒旋空』にはじかれた。その信じ難い曲芸に、体だけでなく、心までもが硬直する。

 

 

「流石だ。最上」

 

 

 間に合わないのなら、刺し違えてでも、と思っていたが。

 完璧に期待に応じてくれた相棒の援護に、

 

 

 

「もう一度、だな」

 

 

 

 龍神も、自身の全霊をもって応えた。

 再び放たれた『姫萩』が、太刀川の膝を食い破り。

 膝をついたNo.1攻撃手に、無数の変化弾が直撃した。



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厨二と勘違い系エリート その参

 結論から言えば。

 龍神への攻撃に集中していた太刀川は、最上秀一の放った変化弾を回避することができなかった。弾速重視で調整されたそれら全てが、膝を潰された太刀川に着弾する。龍神への攻撃の直後、という絶妙なタイミング。孤月からシールドへの切り替えが間に合うわけもなく、No.1攻撃手に、もはや抗う術は残されていなかった。

 

 

 

 

 だからこそ。

 絶対絶命の窮地で試されるのは、個人の実力だけではなく……『チーム』としての総合力である。

 

 

 

 

 

 秀一の放った変化弾は、その全てが狙い違わず着弾し……そして、半透明の盾に受け止められた。

 

「なっ……!?」

 

 絶句する龍神。目を見開く秀一。対して、

 

「ナイス」

 

 三輪秀次の的確な両防御(フルガード)によるフォローに対し、太刀川はただ一言。それが当然であるかのように呟いた。

 

 ──お前は最上の攻撃に全力で対処しろ。

 

 そう伝えたからには、仕事を果たすのは当たり前だ。でなければ、背中を任せようとは思わない。

 窮地でも何でもなく。仕掛けられた攻撃を想定していた味方のフォローで切り抜けた太刀川に対し。その見事な連携に、決め手を崩された龍神は焦った。

 

「……ちぃ!」

 

 秀一からこれだけの援護を受けておきながら、結局潰せたのは足一本。その事実に軽い自己嫌悪を覚えながらも、龍神はグラスホッパーを起動して、一気に距離を詰めにかかる。九死に一生を得たとはいえ、地面に孤月を突き立て、立ち上がろうとする太刀川の動きはやはり鈍い。今、獲らなければこれ以上の好機はもうないだろう。

 当然、それを理解している秀一も太刀川に向かって突貫し、

 

「やらせるか」

 

 死角から飛び出してきた三輪に、彼もまた龍神同様、らしからぬ舌打ちを漏らしそうになった。『体感時間操作』による過度の集中で視野が狭くなるのは、彼の悪癖の一つだ。もう少し注意を払っていれば、太刀川をフォローする三輪に気がつけたはず……否、こればかりは彼と付き合いの最も深い三輪が、その副作用の特性をよく理解していた、というべきか。

 右手に孤月。左手には拳銃。攻撃はどちらからくる?と身構えるまでもなく、銃口が突きつけられ、弾丸が解き放たれる。いつの間に『弾倉』を入れ替えたのか。漆黒の弾丸を見て、秀一の思考が硬直する。

 

 サイドエフェクトを使って戦う彼は、相手の攻撃を見てから避けてしまうクセがある。

 

 トリオン量が多いからこそ、シールドの強度には余裕があり。副作用があるからこそ、近接戦の駆け引きでは攻撃を見てから行動を選び取ってしまう。が、いくら静止した時間の中で思考を重ねようとも、彼の体が高速で動いてくれるわけではない。間に合わないものは、間に合わないのだ。

 このシチュエーションで、これを食らえばイコールで敗北に直結する。苦渋の選択。迫り来る弾丸を、秀一は弧月で叩き落した。

 瞬間、その刀身に『錘』が喰らいつく。

 汎用射撃オプション『鉛弾(レッドバレット)』。近距離(クロスレンジ)で三輪が敵を仕留める際に多用する、彼の代名詞とも言えるトリガーである。弾丸から攻撃力を排除することと引き換えに、シールドを貫通する特殊な特性を付与。着弾箇所に約100キロの『錘』を縫い付ける。消費トリオンも馬鹿にならず、弾速も低下するためただ使うだけでは敵に掠りもしないが、弧月を用いた近接戦もこなす三輪が使用することによって、絶大な威力を発揮する。

 もはやまともに振るうことすらできない弧月を、彼は放り捨てた。片方のブレードを奪われ、龍神と同様に弧月にスコーピオンを絡めた変則攻撃を持ち味とする彼の強みが、その瞬間だけ失われてしまう。

 

「グラスホッパー」

 

 そうして晒されたその隙に、太刀川の瞳が爛と光る。

 立ち上がるために突き刺した弧月はそのまま。右手にグラスホッパーの起動を示す光を浮かべ、太刀川は跳躍した。片脚が潰されていても、跳ぶだけなら問題はない。目標はもちろん、秀一だ。太刀川に対して距離を詰めていた彼の攻めの姿勢が、三輪の介入によって最悪の形で裏目に出る。

 瞬間、秀一のフォローのために弧月へトリオンを回そうとした龍神は、しかし『旋空弧月』を放つ前に硬直した。

 

(くそっ……最上の位置が悪すぎる)

 

 龍神から見て、秀一の体が三輪に被り過ぎている。そもそも『鉛弾(レッドバレット)』が直撃するほどに、彼と三輪の距離が近いのだ。横薙ぎに『旋空』を打っても、縦に断ち切っても、一点を突いたとしても、確実に秀一に当たってしまう。ならば、残された選択肢は。

 

「っ……天舞!」

 

 太刀川を追うように、龍神は跳躍した。三輪へ攻撃を加えることができないなら、せめて太刀川だけでも抑えなければ、落とされる。

 空中。太刀川に弧月のブレードが届く距離まで追い縋った龍神は、黒い刃を力任せに叩きつけた。が、まるで予想していたかのようにそれを受け止めた太刀川は、低い声で言う。

 

「助かる」

 

 弧月対弧月。互いに一振り。限りなく対等に近いシンプルなシチュエーションの中で、濃厚な殺意が溢れ出る。

 

「空中なら、踏ん張りが効かなくても関係ない」

 

 

 

 

 

 ────釣られた。

 

 

 

 

 その自覚が間に合う前に、一瞬の交差を経て。龍神の胸元に深々と弧月が突き刺さる。

 明らかな致命傷。トリオン体の崩壊を示す罅が、頬にまで広がっていく。

 だが、秀一もまた龍神に気を回す余裕はなかった。この間合いでは、サブの変化弾を起動する余裕はなく。メインの弧月の再生成は間に合わない。かといって、スコーピオンだけでは、三輪の斬撃を全て受けきることもできない。

 しかし、回避という選択肢は既に潰されており。踏み込み、抉り抜くような三輪の斬撃を、彼はスコーピオンで受けるしかなかった。彼のトリオン量は数字にすれば12。ボーダーの中でも指折りのトリオン量を誇るが、しかし弧月とスコーピオンのスペック差は如何とも埋めがたい。結果、三輪の斬撃を受けたスコーピオンは一撃で叩き折れた。

 落とせる、と三輪は思った。落とされる、と秀一は思った。

 そんな、2人の思考の間に、

 

 

「最上っ!」

 

 

 龍神の怒声が、割って入る。

 瞬間、彼は思考ではなく本能で副作用を発動させた。

 視界に入ってきたのは、ブーメランのように回転するスコーピオン。片刃とはいえ、剥き身の刃。しかも、高速で回転しながら自分に向かってくるそれをキャッチする。そんな曲芸じみた芸当は、普通の人間には絶対に不可能だ。

 

 だが、最上秀一なら?

 

 彼のサイドエフェクトを持ってすれば、回転するブレードの柄を掴むことなど、あまりに容易い。

 伸ばした右腕、手のひらの先に、予定調和のようにスコーピオンが収まる。そして、振るう。予想外の反撃。二の太刀はないはずの秀一の斬撃を、三輪は弧月で受け返す。耳障りな高い音と、火花が飛び散り、

 

 

「がっ……!?」

 

 

 彼は、折れたスコーピオンを強引に三輪の心臓に捻じ込んだ。

 

『トリオン供給器官、破損』

 

 無慈悲な機械音声が、覆しようのないトリオン体の損傷を告げる。奇しくも同時に、

 

 

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 龍神と三輪が、落ちる。

 過度な集中。息もつかせぬ攻防の連続に、呼吸が乱れた。副作用が解除され、時間が巻き戻る。だが、ここで倒れるわけにはいかない。龍神が己を犠牲にして作り出した刃。その結果得た得点を無駄にはできない。これで残りは太刀川のみ。万全の状態ならともかく、片足を失った今なら……

 

 

「いい連携だったが……」

 

 

 そんな、希望的観測が。

 あまりにも浅い思考が。

 

 

 

「一手、遅いな」

 

 

 一刀の元に断ち切られる。

 視界が歪む。頭の先から股の下まで。まるで体の半分で区切ったように、見える景色がズレていく。

 副作用による思考の加速を、差し込む余裕すらない。

 

 

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 

 これが『1位』。

 深い後悔をその場に残して、彼の意識はその場から離脱した。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「ぬぐおおおおお!? 太刀川! 太刀川ぁ! よくもっ……よくも、やってくれたな!? この俺と最上の最強連携を……まさか、あんなにあっさりと打ち破ってくるとは……くそ!」

「あっさりじゃねぇよ。そこそこ苦戦したからな? ま、逆に言えばそこそこ楽しめたってことだ。それでも、お前らはまだまだ俺に勝てないってこった。はっはは」

「くっ……今日ほど己の不甲斐なさを嘆いた日はない……」

 

 太刀川に纏めて斬られ試合が終了し、龍神は心底悔しそうに地団駄を踏んだ。太刀川に対する台詞には己のライバルに対する賞賛と勝てなかった悔しさが妙実に現れている。

 それを横で見ていた秀一は思わず謝罪の言葉が出た。敗因が明らかに自分のせいだからだ。

 

「ん……?」

 

 あくまでも仮定の話ではあるが。彼が太刀川の旋空弧月を自身の生駒旋空で相殺しようとせず……太刀川を直接狙ったならば。結果はまた違ったものになったかもしれない。もちろん、あの時あのタイミングで彼の位置から太刀川を狙おうにも、届かなかった可能性はある。加えて言えば、太刀川を直接狙った場合、龍神へのフォローは完全に捨てるしかなかった。が、こうして結果を見てみれば、あの時「龍神を見捨てる」という選択肢を取った方が、結果的に勝利に繋がったのではないか、と。そう考えてしまう。

 いつもなら、またあのヒゲにポイント取られるのかとため息が出るだけだ。しかし今回は相棒が居て、足を引っ張ってしまい──

 

「ああ、そうだな。あそこで最上自身の最大のキレが出せれば、あるいは我々の双牙が奴の喉元に辿り着いたのかもしれない」

 

 思考の渦に沈みかけた秀一を、龍神の率直な言葉が引き上げる。慰めの言葉ではなく、無慈悲とも取れる叱咤の言葉。しかし、その言葉に秀一は気分を落とす事が無かった。

 

「だがな。自分を庇ってくれた仲間を責めるアホが、どこにいる? 少なくとも、俺はそこまで馬鹿ではないつもりだぞ」

 

 視界をあげる。そこには、今まで通りに厨二らしくニヒルな笑みを浮かべる龍神が居た。

 

「それに、だ。反省ができるのなら、俺たちはもっと強くなれる。そうだろう?」

 

 肩を並べてみて、龍神はよく分かった。最上秀一の力は、紛れも無く本物である。或いは、直接刃を交えるよりも、タッグを組んで太刀川達と戦ったことは……自分にとって、何物にも代えがたい貴重な経験になった、と。龍神は心からそう思う。

 

「ありがとう、最上。機会があれば、また組んでやろう」

 

 龍神の笑みに、秀一も彼の真似をしてニヒルな笑みを返す……が流石はグランドボッチ。慣れない事をして思いっきり引きつっており、しかも途中で顔を逸らしてしまう。

 結果……

 

(惜しいな……このままだといつか彼は己の復讐の炎で身を焦がす)

 

 やはり秀一の全てを理解できたわけではなく。むしろ少し仲良くなったせいで、微妙に勘違いをしたまま、ますますその修羅っ気を内心心配する龍神だったが、

 

「それはそうと──太刀川ぁぁああああ!!」

 

 後輩の前で自制していた我慢が吹っ切れる。自分が伝える事ができることは全て伝えた。ならば次に炎で身を焦がすのは己の番だ。

 そう言わんばかりに太刀川へ猛ダッシュを決めた龍神に、

 

「如月ぃぃいいいいい!!」

 

 

「ぬおおおおおおああああ!?」

 

 グラスホッパーを使ったのかと見間違える程のスピードで、三輪が飛び蹴りをぶちかまして来た。

 

 ──ダイナミック・俺の弟に何しやがった・飛び蹴りキック。

 

 三輪秀次が如月龍神に試合前から募らせて来た怒り、嫉妬、苛立ち、嫉妬、嫉妬、嫉妬、嫉妬……とりあえず嫉妬が解放された弧月キックシリーズの集大成である。もはや三雲は関係ない。蹴りとキックが被っているのも関係ない。

 地獄の底から響いているかのように、深く、重く、そして黒い怨嗟の声が龍神に向けて放たれる。前髪で目元がよく見えず、男版貞子のように不気味だ。あまりの恐怖に、何がとは言わないが秀一は漏らしそうだった。三輪は殺気がだだ漏れだった。

 流石の龍神も額から冷や汗を流しながら、しかし強く抗議する。

 

「三輪! いい加減にしろ! 今回はトリオン体故に怪我はないが、一歩間違えば隊務規定違反だ! というかしてるだろう!?」

「うるさい黙れ! 貴様よくも秀一を……秀一をぉおおお!」

「うお!? 何を……って、強っ!? 力強っ!?」

 

 空閑のブラックトリガーでも無いのに、妙な力でブーストしている三輪。そんな彼に絡まれている龍神を見て、秀一はどうしたものかとオロオロしていた(内心)。

 

「いやー。最後の最後でやらかしたなー最上」

 

 そこに見事三輪を囮にして秀一に近づく事に成功した太刀川が、ポンっと彼の頭に手を置く。

 このヒゲ面No.1攻撃手も彼と同じ光景を見ている筈だが、ハハハと軽く笑い飛ばすだけである。

 

「でも、やっぱりお前とやってると面白い」

 

 太刀川はかつてのライバルとバタバタやり合っていた時の事を思い出した。いつも飽きずに勝った負けたを繰り返していたが、総じて太刀川が勝っていた時は相手が先を見過ぎて今に対する集中力を落とした時。

 剣の使い方もそうだが、その辺りの癖があの男と似ている。だから太刀川は無意識に最上との模擬戦を望んでいるのかもしれない。

 まぁ……仲間に対するフォローで頭が一杯になるあたり。この後輩の方が、あのいけ好かない実力派エリートより可愛げがある、と言えるが。

 

「それはそうと今度はもう一回やろうぜ。今度はサシで」

 

 ウザ絡みする太刀川に秀一は鬱陶しそうに、しかしうまく偽装しながら言った。

 貴方と戦いがっている人ならあそこに居ますよ、と。

 

「あぁん? あの馬鹿は放っておいてもアイツの方から斬られにくるからいいんだよ」

 

 だから、俺はお前と斬り合いたいの。そう続けて秀一の頭をグリグリと締め付ける太刀川。

 そんな彼の言動を秀一は素直じゃないなぁと、思い。さてどうしたものかと悩んでいると……救いの手は意外な所から出てきた。

 

「太刀川」

「ん? 風間さん?」

 

 いつのまにか小柄かつ高性能な男、風間蒼也がすぐ近くに居た。

 そして、ガシリと強く太刀川の腕を掴むと彼に言い放つ。

 

「忍田本部長がお呼びだ。大人しく来い」

「おっと風間さん。それは後にしてくれ。今日はこいつと斬り合いたい気分なんだ。それに今日は防衛任務無いし、レポートも課題も前もって済ませてある。だから──」

「そのレポートの事なんだがな、太刀川。不正が見つかった」

「……え?」

「と言うよりも告発があった」

 

 タラリ、と。イヤな汗が太刀川の頬に垂れる。

 

「妙に出来のいいレポートを忍田本部長が疑問に思ってな。俺が直々に聞き込み調査を行った結果……全員がしっかりと報告してくれた」

 

 尚、その報告者達は「自分たちは疲れているのに、当の本人が元気なのが腹立った」と述べている。

 

「えっと……」

「太刀川。手伝って貰うのと、全てぶん投げてやって貰うのは違うぞ。

 

 ──今から一人でやり直しだ。俺と忍田本部長の監視付きで、な」

 

 絶対絶命のピンチに太刀川は……

 

「べ、ベイル──」

「しても良いぞ。忍田本部長もそこにいる。かえって連れて行く手間が省ける」

「──」

「ではな最上。このバカは連れて行くとしよう」

 

 ズルズルと太刀川を引き摺って行く風間。しかし途中立ち止まると。

 

「……連携に興味があれば、うちの隊室に来ると良い。興味があれば、な」

 

 それだけを伝えると風間は太刀川と共にランク戦室ラウンジを立ち去る。

 

「あっ! 待て太刀川! 勝ち逃げする気か貴様! 許さんぞ!」

「如月ィ! まだ話は終わっていないぞっ!」

 

 太刀川に反応する如月を、三輪が無理矢理押し留め、それを眺めるギャラリーが増えさらに騒がしくなっていく。このままだと二人だけでもう一戦始めそうだ。

 

 

『では、三つ巴でやろう。最上も入れてな』

 

 

 しかし、もしそうなると。

 三輪に絡まれてる厨二がニヒルな笑みを浮かべてそう言いそうで。

 そして、周りの隊員達を巻き込んでさらに大騒ぎになる。

 その光景が容易に想像でき──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──おれのサイドエフェクト通り、いい笑顔だ」

 

 思わず秀一は笑みを浮かべていた。




コラボ短編、これにて終了となります。今回のお話を提案して頂き、執筆に協力してくださったカンさんに心からの感謝を。


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厨二のボーダーライフ 厨二と木虎藍

今回の登場人物

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
主人公。厨二。名前から厨二。

《木虎藍(きとらあい)》
デレないツンツン。

《嵐山潤(あらしやまじゅん)》
シスコンとブラコンとイケメンと熱血を兼ね合わせる脅威のイケメン。今回は登場しない。

《時枝充(ときえだみつる)》
デキるキノコ。今回は登場しない。

《綾辻遥(あやつじはるか)》
初登場数コマでワートリファンを虜にしたスペシャルなオペレーター。最近は好物がグミなのに大福を食いまくっており、舌を出したり大福食ってる場面しかなかった。でもかわいい。すごくかわいい。大変残念ながら今回は登場しない。

《根付栄造(ねつきえいぞう)》
メディア対策室長。ボーダーのデキる大人の1人。特に残念ではないが、今回は登場しない。 


 木虎藍は溜め息を吐いた。

 

「どうして私がこんな目に……」

 

 考えれば考えるほど、嫌気がさしてくる。とにかく木虎は憂鬱だった。

 

「文句を垂れるな。これが『嵐山隊』の仕事の一つだろう?」

 

 仕事。そう、これは仕事なのだ。木虎は自分にそう言い聞かせて、なんとか前を向いた。

 木虎は現在中学生3年生。そんな彼女が『仕事』というのもおかしな話だが、木虎はとある組織に所属している。

 界境防衛機関『ボーダー』

 4年前にこの『三門市』に開いた『門(ゲート)』からやってきた、異世界からの侵略者『近界民(ネイバー)』に対抗する為に結成された組織。自衛隊でも倒せなかった『近界民』を倒す技術力を持つ『ボーダー』は、今や名実共に三門市の守護者となっていた。『トリガー』と呼ばれる武器を用いて三門市に襲来する『近界民』を撃退する――それが『ボーダー』に所属する木虎に課せられた最も大事な使命だ。なぜ『最も大事な』などという余計な一文がくっつくのかというと、木虎が所属している部隊に理由がある。

 『ボーダー』に所属する隊員は通常、隊員同士でチームを組み、いくつかの部隊に分かれる。木虎が所属しているのは、先ほど隣の男が言った『嵐山隊』という部隊。ボーダーの中でも優秀な隊員だけが所属できる『A級5位』のトップチームだ。

 

「日頃からこうした広報活動を行いながらも、A級5位……嵐山隊は流石だな」

「そ、そうですね! あなたにしては珍しく分かってるじゃないですか!」

 

 ちょっとだけいい気分になって、胸を張る木虎。そう、木虎が所属する『嵐山隊』は『ボーダー』の宣伝活動を担う広報部隊なのだ。

 今日の活動は教育機関への訪問。隊長の『嵐山准』とオペレーターの『綾辻遥』は中学校へ。何事もそつなくこなす『時枝充』と狙撃馬鹿の『佐鳥賢』は小学校へ。そして、厳正なクジ引きの結果1人だけあぶれてしまった木虎は、隣の男と『無理矢理』組まされて、幼稚園を訪問することになってしまったのだ。

 

「嵐山さんや綾辻がいなくて不安だろうが、安心しろ、木虎。今日のお前の隣にはこの俺がいる」

「……私はそれが嫌なんです」

「なぜだ?」

「私はA級。あなたはB級。私があなたと組まされて広報活動をする理由がありません」

 

 木虎は隣を歩く、2歳年上の先輩隊員をジロリと睨み返した。

 

「ふっ……手厳しいな。だがな、木虎。目に見える数字だけが、人間の実力とは限らない。A級であるという慢心は、いつかお前の足元をすくうかもしれんぞ?」

「ほっといてください」

 

 木虎がいくらツンツンした態度で言葉を返しても、彼は口元に浮かべた余裕たっぷりの笑みを決して崩さなかった。言っていることがいちいち正論のような感じがするのも、また腹が立つ。

 ぼさぼさの黒髪に、嵐山と同じくらいの長身。ポケットに両手を突っ込み、常に格好をつけた喋り方をするこの男。

 その名も『如月龍神』

 ボーダー屈指の変人。17歳、高校2年生になっても格好つけることから抜け出せない、重度の厨二病患者である。

 

「いいですか、如月先輩。あなたは黙って立っていれば、みてくれはそこまで悪くありません」

「よせ。誉めても奢れるのはブラックコーヒーくらいだぞ」

「いりません」

 

 すばやく切り返して、木虎はさらに言う。

 

「今回の幼稚園訪問には、大変ラッキーなことにテレビや雑誌の取材は来ないことになっています。ですがあなたは、なるべく私の隣で黙って立っていてください」

「この俺に何も喋るな、と? 沈黙は金、というわけか。成る程、お前の言いたいことも分かる。だがな、木虎。俺は今日、嵐山さんからお前のことを任されているんだ。せっかく子供達に俺達の日頃の活動を分かってもら」

「すいません。なるべくではなく、一言も喋らないでください」

 

 木虎は心の底から泣きたくなった。もしも隣にいるのが嵐山だったら、戦隊ヒーローのリーダーのようなアツさで子供達を盛り上げてくれただろうし、綾辻であれば子供番組のお姉さんのような安心感で子供達に接したハズだ。時枝だって、あの抜群のフォロー力で木虎をたてて、場を盛り上げるのに貢献してくれるだろう。

 どうして幼稚園に行くのに、精神が子供のまま止まった男を連れていかなきゃいけないのか?

 

「……ほら、到着です。行きますよ」

「ああ」

 

 私がしっかりしなきゃ、と暗示のように自分に言い聞かせて、木虎は幼稚園に足を踏み入れた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「みんなー! こんにちはー!」

 

 営業スマイル全開の木虎の挨拶に、無垢で純真な幼稚園の子供達は元気よくこんにちはー!と、返してくれた。

 いける、と木虎は内心でガッツポーズ。よりにこやかなお姉さんスマイルを浮かべて、一気に畳み掛ける。

 

「今日はA級5位、嵐山隊のこの私、木虎藍がみんなにボーダーのお仕事を教えにきました! みんな、ボーダーのお仕事は何か分かるかなー?」

「悪いネイバーをやっつけること!」

「そう! 私達はみんなが住む三門市の平和を守る為に、いつも戦っているの」

 

 いい調子、と木虎は内心でほくそ笑んだ。隣で腕を組んで黙っている龍神は放っておいて、早速、次のステップに移る。

 

「では、今日はB級隊員のこのお兄さんと一緒に、ボーダーの活動を見ていきたいと思います!」

 

 子供達に見えない角度で隣の馬鹿先輩に肘を突き当てつつ、木虎は紙芝居風になっている『ボーダーのお仕事(根付メディア対策室長の自信作)』を取り出した。視線で「はやくめくってください」と合図すると、龍神はようやく組んでいた腕をほどいて、紙芝居を捲った。

 

「それじゃあ……」

「ねーねー! 隣のお兄ちゃんは『びーきゅう』ってことは『えーきゅう』の木虎お姉ちゃんより弱いの?」

 

 木虎は凍りついた。

 見れば、いかにも悪ガキ……元気そうな男の子が、目をキラキラさせている。せっかく順調に進んでいたというのに、何をしてくれちゃっているのか、このガキは。

 

「あ、あはは……えーと、あのね」

「少年」

 

 木虎が止める間もなく、龍神は前に出ていた。自分の顔が青くなっていくのを、木虎は自覚した。

 なんてことだ。この精神性が子供の塊のような男には、口を開く機会を与えてはならなかったというのに。

 

「少年、強さとは何だと思う?」

 

 しかも、幼稚園児には難し過ぎるようなことを聞いている。

 

「強さ? もちろん戦って強い人だよ!」

「なるほど。シンプルでいい答えだ。だがな、少年。強さというのは一種類だけであるとは限らない」

「そうなの?」

「ああ。まだ小さいきみには、よく分からないかもしれない。だが、人には人それぞれの強さがある。その強さは、決して一つの物差しで計れるものではない」

 

 木虎は驚愕した。相変わらず小難しい喋り方をしているが、わりといいことを言っている気がする。後ろで聞いている幼稚園の先生達も、興味深そうに聞き込んでいた。

 なんだ、やればできるじゃない、と。木虎の中の龍神の評価が、ほんの少しだけつり上がる。

 

「強さとはな、他人の評価で決まるものではない。己の心の内に問うものだ。故に、強さの在り方は決して一種類ではない」

 

 龍神の話を聞く悪ガキ……もとい男の子は、うーん、と首を傾げた。

 

「なんだかお兄さんのお話って難しいね」

「そうだな。確かにきみ達に話すには、俺の言葉は少々真理を突きすぎているのかもしれん。分かった。シンプルで好感の持てるきみの解答のように、俺もなるべく簡潔に事実だけを述べよう」

 

 そう勿体つけて、如月龍神はこの日一番のキメ顔で言った。

 

 

「俺は木虎よりも強い」

 

 

 やっぱコイツバカだ。

 木虎の龍神への評価ゲージは、つり上がった分よりも一気に低く、急落した。

 

「お兄さんA級よりも強いの!?」

「それはもちろん人による。だが、少なくとも木虎よりは強い」

「どうして木虎お姉ちゃんよりも強いのにB級なの!?」

「能ある鷹は爪を隠す。有名な諺だ。覚えておいた方がいい」

「じゃあじゃあ、木虎と戦ってみてよ!」

「少年、男は女には手をあげないものだ」

 

 子供のテンションの乱高下ほど恐ろしいものはない。龍神の余計な一言で、スイッチが入ってしまったのだろう。ぼくが私がと、子供達は好き勝手に騒ぎはじめた。

 ガシィ!と木虎は龍神の肩を掴み、怒りの形相で揺さぶる。

 

「どーしてそういう余計なことを言うんですかっ!?」

「事実だ」

「事実じゃありません!」

 

 それこそ虎のような木虎の剣幕に対しても、龍神はまったく動じなかった。むしろ、飄々とした様子で言葉を返す。

 

「まあ、待て。落ち着け、木虎。お前が少年少女達にちやほやされたい気持ちも分かる」

「私の気持ちを勝手に理解しないでください」

「だがな、木虎。俺は嘘が吐けん体質なんだ」

「ちゃんと私の言葉を耳に入れて脳味噌で理解してから返してください」

「これからの未来を担う子供達に、嘘を言うわけにはいかん。仕方がないだろう?」

「しかたなくないです。むしろ、あなたの言葉の方が嘘です」

「ほう? この俺に勝てると。そう言いたいのか? お前は」

「証明して差し上げましょうか?」

「とりまるの後ろをくっついていたツン虎が、ずいぶんと大きくなったものだな」

「ツン虎って言うな!」

 

 突如はじまった2人の舌戦は、子供達にとっては先ほどの紙芝居よりもよほどを興味を引くものだったらしく、全員が揃って珍しいものでも見るように木虎と龍神に注目していた。完全に蚊帳の外の幼稚園の先生方も、生暖かい視線でそれを見守っている。

 

「だから私は如月先輩とは嫌だったんです」

「俺もお前よりは綾辻と一緒の方がマシだったと思っている」

「綾辻さんとの方が? マシ? 言葉は選んで使ってください。何様ですか? あなたは」

「聞きたいか? 俺は――」

「すいません、やっぱりいいです。お願いですからその余計な口を閉じて頂けませんか、如月先輩」

「やれやれ。相変わらず礼節を弁えない後輩だ。先達に敬意を払わないから、後に続く緑川や双葉にも慕われないんだぞ?」

「まるであなたは慕われているかのような言い草ですが?」

「少なくともお前よりはな」

 

 一触即発。

 完全にここに来た本来の目的を忘れていた木虎と龍神は、しかし突如鳴り響いた音を聞いて、口を開くのをピタリと止めた。

 

 ――――聞き慣れた、サイレン音。

 

『門(ゲート)発生。門(ゲート)発生。発生座標誘導誤差3.2。区域に近い一般市民は待避してください』

 

「…………如月先輩」

「ああ、話は後だ」

 

 馬鹿な先輩と言い争っている場合ではない。木虎は子供達の方へ振り返り、その後ろにいる教師達に向けて言った。

 

「申し訳ありません。『門(ゲート)』が発生したようです。我々も現場に向かいます」

「は、はい!」

 

 そのまま、木虎と龍神は中庭に出る。木虎は、ポケットから細長いスティック状の装置を取り出した。

 

「トリガー、起動(オン)」

 

 体が軽くなるような、独特な感覚。僅か数秒にも満たない時間で、木虎の身体は『トリオン』で構成された『戦闘体』と呼ばれる姿に"換装"される。

 赤を基調とした隊服。胸と肩には星を五つあしらった隊章。そこにあるのは『A級5位』の文字。

 

「すっげー! かっこいいー!」

「本物の『トリガー』だ!」

「腰に銃持ってるよ!」

「『嵐山隊』のマークかっこいい!」

 

 ボーダー隊員は三門市の子供達の憧れだ。間近で『トリガー』を見て、盛り上がらないわけがない。木虎はクールに整った表情の反面、心中では勝ち誇っていた。

 どうだ。見たか馬鹿先輩。やっぱり『A級』の肩書きがある私の方が、子供達には大人気だ、的な。

 

 

「――奮い立て、我が手の中の引き金よ」

 

 

 しかし、聞こえてきた言葉に木虎は耳を疑った。

 

 

「――この身にその力纏いて、侵略者を切り裂く剣と成らん」

 

 

 次の瞬間、龍神の姿も木虎と同じように変化していた。

 白を基調として黒のアレンジが入ったコート。右の腰には、また独特のアレンジが施された日本刀。

 木虎と同じように龍神も『戦闘体』への換装を終えていた。それはいい。それはいいのだが……

 

「先輩……?」

「なんだ?」

「今の……なんですか?」

「今のとはどれだ?」

「わっ……我が手の中で……なんちゃらかんちゃら、ならん、ってやつです」

 

 途中で顔を赤らめる木虎。龍神は涼しげな顔で答えた。

 

「『トリガー』の音声認証コードだ。お前もいつも『トリガー起動(オン)』と言っているだろう?」

 

 龍神はなに食わぬ顔で聞き返したが、木虎は自分の表情が、なんか信じれないものを見た顔になっている自覚があった。というか、ぶっちゃけ、ひいていた。

 

「い……いつもそのセリフを……?」

「いや、さすがにいつもではない」

「そ、そうですよね。いくら如月先輩でも、さすがにいつもは、」

「何パターンか考えて、それをローテーションで使い回しているな」

「…………」

 

 木虎は絶句した。信じられない。

 

「は、恥ずかしくないんですか……?」

「何がだ? 荒船さんにはわりと好評だったし、迅さんは一緒に2パターンほど案を出してくれたぞ? これも、陽太郎と考えたものだしな」

「あなたって人は……」

 

 あきれて物も言えない。いや、言わねばなるまい。自分のような人間がきちんと注意しないと、この人の病気は治らないのだ。

「あのですね、如月先輩……」

 

 意を決した木虎は、口を開きかけたが、

 

「かっこいぃー!」

「びーきゅうのお兄ちゃんの変身めちゃくちゃかっこいい!」

「しかも腰にあるの剣だよ! 剣!」

「おれ、銃より剣が好きー!」

「俺も俺も!」

 

 子供達の大歓声に押し潰された。

 

「ふっ……少年少女の素直な賛辞は心に痒いな。俺には眩し過ぎる」

「…………」

 

 なんだか、すごく納得いかない。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん! 他にも変身パターンないの!?」

「他のフォームとかないの!? 剣以外で!」

「変身ポーズは!? 変身ポーズ!?」

 

 子供達はまさにヒーローでも見るような目で、龍神に飛び付かん勢いだ。

 

「さすがに……困ったな……」

「はぁ……馬鹿もここまでです。はやく行きますよ」

「変身ポーズは3パターンほどあるが……木虎よ、俺は一体どれを披露すれば」

「はやく行きますよ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 警戒区域。

 三門市には日常的に『門(ゲート)』が出現し、そこから『近界民(ネイバー)』が現れる。だが、そんな危険な都市から人がいなくならないのは、その『門(ゲート)』の発生場所を『ボーダー』が誘導しているからだ。

 常日頃から『門』が発生し、日常的に戦闘が繰り広げられる警戒区域は、荒れ果てたゴーストタウンと化している。

 

「……人っ子一人いない街を、異界の敵を狩る為に駆ける、か……ふっ……」

「自分に酔ってないで前を見てください。来ます」

 

 『トリオン』によって構成された木虎と龍神の身体能力は、常人を優に越えている。走りながら、木虎は前方にいる巨大な『トリオン兵』を指差した。

 『バムスター』 図体はデカいが、戦闘能力は大したことはない。比較的"弱い"とも言えるトリオン兵だ。

 

「バムスターか……」

 

 正直言って、木虎は龍神が嫌いである。協力する気などさらさらないし、するまでもない。さっさと自分一人で倒してしまおうと、木虎は腰のホルスターからハンドガン型のトリガーを引き抜いた。

 が、それを龍神は、なにか違う方向に解釈したらしい。

 

「いい心掛けだ。援護は任せる」

「ちょっと!?」

 

 木虎が止める間もなく。龍神は右腕にセットされた『トリガー』を起動した。

 

「翔べ"天舞"」

 

 目前に現れた『半透明の板』 それを躊躇いもなく踏みつけ、次の瞬間には龍神の身体は宙を舞っていた。

 

 

「抜刀――――旋空"弐式"」

 

 

 風がざわめく。目に見える景色は、普段見ているものとは真逆。空中で逆さになった体勢のまま、龍神は右の腰に差した長刀を左手で抜き、そのまま振り払う。

 

 

「――――"地縛"」

 

 

 確認するまでもない。バムスターは龍神が放った『飛ぶ斬撃』によって細切れに切り裂かれ、倒れ込んだ。

 龍神はコートの裾をはためかせながら、民家の屋根に着地。付着した血液(当然なにもついていない)を払うような所作をし、愛刀を鞘に収める。そうして満足気な表情で、道路の真ん中で突っ立っている木虎の元へ飛び降りた。

 

「ふっ……決まったな。我ながら、技の冴えが怖い」

「………………」

 

 そんな一部始終を見届けた木虎は、ぷるぷると震えていた。

 

「……如月先輩」

「なんだ?」

「"天舞"ってなんですか?」

「空中を舞う俺の技だ」

「いや、あれ『グラスホッパー』ですよね?」

 

 木虎が機動戦用オプショントリガーの名を出しても、龍神は頑なにかぶりを振る。

 

「"天舞"だ」

「……じゃあ、いいです。でも、まだ『旋空』は分かります。きちんとした正式名称ですから。"弐式"ってなんですか? "弐式"って?」

「『旋空弐式・地縛(ジシバリ)』 空中からの斬撃で、敵を地面に縫い付ける俺の技の一つだ」

「『グラスホッパー』で飛び上がって『旋空弧月』を使っただけですよね?」

「未熟者にはそう見えるかもしれんな」

 

 木虎は会話を断念した。なんかもう、目の前の男は自分とは別の次元に生きているのだ。そうに違いない。

 

「本当に……なんなんですか、あなたは?」

「聞きたいか? 俺の名は如月龍神――」

 

 腕を組み、彼は口元を歪めて笑う。

 

 

「――龍の如く、月の神をも斬り裂く。太刀川慶を倒し、ボーダー最強になる男だ」

 

 

 木虎は本当に、本当に心の底から願った。

 

 ――嵐山先輩、はやく来てください。

 




Q. 変身する時「トリガー起動」と言わなくても変身はできるのですか?
A. トリガーホルダーに触れていて、起動の意志を明確に発すれば、無言でも、別の言葉でもOKです。
オリジナルの変身用掛け声とかでも換装できます。

公式Q&Aより。最後の一文グッジョブ。


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厨二と太刀川慶

今回の登場人物

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。

《太刀川慶(たちかわけい)》
A級1位太刀川隊隊長、攻撃手個人ランク1位、個人総合1位。黒コート、二刀流。わりと厨二。

《鬼怒田本吉(きぬたもときち)》
48歳、7月14日生まれで身長は161センチ。星座はつるぎ座のB型。家族と仕事とカップ麺と散歩が好きな、本部開発室長。
中年太りで剥げかかっているおっさん。しかし萌えキャラである。アニメ新OPではオシャレな帽子を被っていた。萌えキャラである。ゲート誘導システムの開発、本部基礎システムの構築、ノーマルトリガーの量産、遠征で新しく入手したトリガーの解析、遠征艇開発、本部壁面装甲の強化、トラップシステムの開発、その他色々をこなす、ボーダーには欠かせないお方。
誠に遺憾ながら、今回は登場しない。


 太刀川慶は疲れていた。

 場所は市街地。時刻は昼。正確に言えば、太刀川が見ている景色は実際に存在しているわけではなく『トリオン』と呼ばれる物質で作られたものである。頭上には太陽が光っているが、しようと思えば夜にしたり、雨を降らせたりと、時間や天候は自由に変えられる。いわゆる『仮想空間』というやつだ。

 同様に、彼の身体も『トリオン』で構成されている、『トリオン体』と呼ばれるものだ。生身ではない為、身体的に疲れているわけではない。

 

「ようやくこの俺の刀の錆となる覚悟が決まったようだな。太刀川慶!」

 

 直上から降り掛かる、高圧的かつバカっぽい声。原因はこれだ。この声の主のせいで、太刀川の精神力――太刀川隊のゲーム好きなオペレーター『国近柚宇』風に言えば『MP(メディカルポイント)』的な何かは、ゴリゴリと削られ続けていた。

 視線を上げれば、屋根の上で腕を組み、腰に日本刀を下げた1人の男がいる。ボサボサと尖った感じの黒髪に、太刀川とは真逆の真っ白なコート。裾をはためかせ、片足を乗り出し、明らかに格好を付けている。

 今日も絶好調だ。

 

「今まで散々に逃げ回られたが、もう逃がさん。今日こそは貴様を斬れ、と天上の月も囁いている」

 

 くどいようだが、現在の時刻設定は昼である。月なんて見えない。

 

「ああ、悪かったな。時刻設定、夜にしておけばよかったな。月とか好きそうだもんな、お前」

「笑止。たとえ昼であろうとも、月は常に天に輝いている。貴様のような曇り濁った心では、見えないだろうがな」

 

 太刀川は深い深い溜め息を吐く。

 バカだ。なんかカッコよく台詞を吐いてはいるが、悲しいほどにバカだ。痛々しいバカだ。救いようのないバカだ。太刀川も『DANGER』を『ダンガー』と読んでしまうくらいには残念なお馬鹿さんなのだが、そんな彼からみても屋根の上の男は別次元の馬鹿に見えた。

 ついでに言うなら『孤月』はトリオンで構成された刀なので、絶対に錆びない。

 

「うるさい、黙れ。『旋空孤月』」

 

 先手必勝、死人に口なし、である。

 宣言通りに黙らせるべく、太刀川は屋根の上の男と同じ、近接戦闘用ブレードトリガー『孤月』を抜き放ち、苛立ちの元凶に目掛けて振るった。太刀川と彼の距離は数十メートル離れており、刃が届くわけはない。

 

 ――――しかし。

 

「くっ……」

 

 次の瞬間には男は跳躍し、屋根から飛び降りていた。その数刹那後、一軒家の屋根が凄まじい轟音と共に叩き割られる。

 オプショントリガー『旋空』

 トリオンで構成された刃を瞬間的に拡張するこのトリガーは、扱いが難しい反面、達人が使えば文字通りの『飛ぶ斬撃』となる。

 男は地面に降り立つと、楽しげに笑った。

 

「それでこそ太刀川慶。この俺のライバルに相応しい」

「『さん』をつけろ。バカ野郎」

 

 一撃、二撃、三撃。太刀川は片手で『孤月』を振るい、斬撃を男に向かって浴びせるが、彼はその全てを回避していた。

 いや、正確には回避しているわけではない。太刀川の手には、先ほどはなかった確かな手応えがあった。

 

「この俺に抜かせたな……太刀川ッ!」

 

 見れば男も、太刀川と同じく『孤月』を抜き、攻撃を尽く受け止めていた。ただし、太刀川の『孤月』とは違い、刀に『鍔』が付いている。

 純粋に興味がそそられて、太刀川は攻撃の手を緩めずに男に向かって問いを投げた。

 

「お前、その『孤月』どうした?」

「これか? くまに聞いて『鍔』のカスタマイズをしてもらった。前に見た時から気になっていたからな」

 

 なるほど。それだけならまだいい。それだけなら"まだ"分かる。

 

「なんで刀身が黒い?」

「ふっ……俺の持つ刀はオンリーワンである必要がある。だから刀身を黒くしたのだ」

 

 太刀川は思った。コイツ、やっぱ馬鹿だ。

 

「よくそんなカスタマイズができたな」

「真似はするなよ。俺が考えたんだからな」

 

 正直に言うと少しかっこいいな、と思わないでもなかったので、太刀川の中の苛立ちのボルテージはますます高まった。

 ぶっちゃけ、ウザい。

 そんな太刀川の心中を知ってか知らずか、白いコートの男は勝ち誇るように鼻を鳴らした。

 

「ふん……その渋い面。よほど羨ましいようだな。鬼怒田さんに頼み込み、足蹴にされ、しかしまとわりつき、すがり付き、泣きついた甲斐があったというものだ!」

 

 太刀川は、鬼怒田に心の底から同情した。かわりにその湧き出てきた同情と、さっきから溜まりに溜まった苛立ちを『旋空』の斬撃にのせる。

 

「ぐっ……流石だな」

 

 黒い『孤月』だけでは捌ききれなくなったのか、男は『シールド』も展開して太刀川の斬撃を防ぐ。

 

「だが……お前は今日ここで俺の『孤月・黒刃(コクジン)』に切り裂かれる運命だ」

 

 一度路地に入り、壁を障害物にして、男は太刀川の視界から消えた。ネーミングセンスにツッコむ前に姿を消されたので、ますますイライラしてくる。

 結果、何の警戒もせずに太刀川は住宅街の十字路を曲がってしまった。

 

「うおっ……!?」

 

 ――斬撃。

 

 鼻先を、黒い刃が掠める。すんでのところで、太刀川は攻撃をかわした。

 

「ちっ……」

 

 曲がってくる太刀川をちょうど待ち構える形で、男は孤月を構えていた。

 ボーダー隊員の持つ『トリガー』の中でも『攻撃手』で一番人気を誇るのが『孤月』だ。身体のどこからでも出すことができ、重さもほとんどない『スコーピオン』と比べて『孤月』にはクセがない。その為か、隊員達の間では生身で振るう時と感覚的に差がなく、使いやすいと言う声がよく聞かれる。そのあたりが、一番人気の秘密なのだろう。

 

「この俺の『旋空壱式・虎杖(イタドリ)』を避けるとはな……」

 

 実に恥ずかしい技名を呟きながら、彼は顔を歪めていた。だが、馬鹿みたいな口調とは裏腹に、その構えは意外にも現実的だ。

 彼は足を肩幅に開き、右足を僅かに前に出している。柄は両手で握り、刀身を正眼に構えていた。まさしく、生身で刀を振るう競技――剣道の基本の構えに近い。

 

「もう一度だ……旋空壱式――」

 

 黒い孤月が、大上段に振りかぶられる。

 

「――虎杖ッ!」

 

 その技名、イチイチ叫ばなきゃならんのか、と言う間もなく。太刀川は反撃ではなく、咄嗟に防御を選択した。

 太刀川も先ほど使った『旋空孤月』、それと同じく、黒い斬撃が飛ぶ。太刀川が片手一本で振るっていた『旋空孤月』と比べても、その斬撃は遜色なく『鋭い』と言えよう。

 

 A級1位、太刀川隊隊長。そして『攻撃手』個人ランキング第1位、個人総合1位。名実共に『ボーダー』のトップに立つ男。それが太刀川慶だ。

 

「うおっと……」

 

 そんな太刀川からみても、彼の太刀筋の『キレ』は中々のものだった。素早く、正確に、頭部を狙っている。剣道で言うところの『面打ち』というやつだ。このバカは、そういうところは"かじっていた"だけあって、いいセンスをしている。

 まあ、もっとも……

 

「まったくやられる気はしないけどな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて、太刀川は走り出した。右手に孤月を携えたまま、牽制代わりの『旋空』をお見舞いする。宙を舞う斬撃がコンクリートを削り取り、破片が舞い散った。

 

「舐めるなよ、太刀川!」

 

 一方の男は『シールド』を併用してそれを防御。真正面から突っ込む太刀川を、彼もまた真正面から迎え打つ構えを取った。

 距離にして約十五メートル。『トリオン体』で強化された身体能力なら、数秒で詰まる距離だ。

 

「これで終わりだ――――旋空"参式"」

 

 もう一度、大技を叩き込むべく彼は独特の構えを取った。

 だが、太刀川慶はただの攻撃手ではない。攻撃手の頂点に立つ、ボーダーの中でも最強に近い男だ。

 

「やっぱバカだな、お前」

「なん……だと!?」

 

 数秒ではなく、一瞬。それこそ瞬きをするような刹那。太刀川は、彼の目と鼻の先まで肉薄していた。

 距離を詰められた男は、驚愕で目を見開く。そして、その理由を知る。

 

 

 オプショントリガー『グラスホッパー』

 空中に反発作用のある足場、簡単に言えば『ジャンプできる板』を浮かべるトリガーを太刀川は起動していた。

 それも、地面に対してほぼ垂直に。本来は空中に飛び上がる為の『足場』を、正面への突進に利用していたのだ。

 

「き……さま!」

 

 声を上げた時には、既に遅かった。突然の急接近に反応が間に合うわけもなく、接近に対応する防御を太刀川が許すはずもなかった。

 

 これまで両者が繰り出してきた、どの斬撃よりも鋭い一閃。

 

「太刀川……ッ!?」

「だから何度も言わせんな」

 

 地面に着地し、静かに『孤月』を鞘に納めて、太刀川は不敵に笑う。

 

「『さん』を付けろ。バカ野郎」

 

『トリオン供給機関破壊、如月ダウン』

 

 無味乾燥な機械音声が響き、身体を真っ二つにされた男はそのまま緊急脱出した。

 これにて彼、如月龍神(きさらぎたつみ)の太刀川慶との模擬戦成績は、216戦216敗となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 如月龍神は筋金入りの『厨二病』である。

 龍神はとにかくかっこいいものが好きだった。小さい頃は戦隊ヒーローや仮面ライダーに憧れ、常に彼らの真似をして公園を駆けずり回っていた。三つ子の魂百までとは言うが、龍神の趣味や好みの傾向は成長しても全く変わらなかった。

 

 好きな飲み物、ブラックコーヒー。甘いものなんてかっこ悪い。ジュースとか論外。

 好きな音楽、洋楽。J-POPはクソくらえ。

 しかし好きな食べ物は、日本食。健全な体は健全な食事から。

 好きな言葉、オンリーワン、ナンバーワン。特別な存在でいたかった。

 好きな動物、ドラゴン。自分の名前と同じ生き物が好きで何が悪い?

 と、まあこんな具合に、龍神は人生を謳歌していた。アニメや漫画もとにかく片っ端から読み漁り、伝説の戦闘民族や忍者や死神に憧れた。もちろん『魔○光殺法』の練習はしたし、『千○』と『雷○』の印も覚えた。雨傘を持てば『散れ、千○桜』と呟いて、元新撰組隊長の『牙○』の構えも取った。

 だが、現実は非情である。どんなに『気』を貯めても指先から螺旋状の光線は飛び出してこなかったし、どんなに『チャ○ラ』を練っても千の鳥が鳴くような音色は腕から響いてこなかった。雨傘は千の刃に分裂するわけがないし、どんなに高速で学校の門を突いても傘の方がぶっ壊れるだけだった。

 現実は漫画やアニメのように劇的ではない。道を歩いていたら怪人に襲われるわけでもないし、突然空から女の子も降って来ない。公衆電話に拾ったテレカを差し込んでも異世界には飛べないし、両親が特に不仲になっていない状態で放置された廃ビルに行ってみても、やはり異世界への扉はなかった。オンラインゲームにのめり込んでみても、突然デスゲームに巻き込まれたりはしなかった。龍神はとにかく異世界に行きたかったが、異世界には行けなかった。

 どうやら現実は甘くない、と気づいたのは奇しくも中二になった時だったか。 

 剣士とか剣豪が好きだったので、部活は『剣』を取れる剣道部に所属し、それなりにがんばってもいた。そこそこ強い方だという自負もあった。別に運動が嫌いだったわけではないし、龍神は変わり者扱いされることはあっても苛められることはなかった。友達もちゃんといた。けれども龍神は、常に欲求不満だった。

 

 自分は特別な存在の筈だ。自分には何かできる筈だ。

 

 そんな感情が、常に龍神の中には渦巻いていた。それが思春期特有の一過性のものであることを、龍神は認めたくなかった。

 授業をまともに受ける気も起きず、いつものように『学校がテロリストに襲撃された』際の緊急シミュレーションを頭の中で行っていた、ある日。

 

 その日。

 世界を、侵略者が襲ってきた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 界境防衛機関『ボーダー』が、異世界からの侵略者『近界民(ネイバー)』を撃退してからはや数年。

 龍神は両親の仕事の関係で、『近界民』に襲撃された都市、『三門市』に引っ越すことになった。地元の友達や近所のおばさんからは、そんな危険な場所に行くなんて、と心配されたが、そんなことは関係ない。むしろ龍神はこの引っ越しを両手を挙げて喜び、両親の決断を後押ししたくらいだ。

 引っ越しを告げられた時の龍神の心境を一言で表すなら、こうである。

 

『やはり俺は、選ばれた人間だった』

 

 この時、龍神は中学三年生。悲しいかな、まだ『病』からは脱せずにいた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ここが『警戒区域』か……」

 

 龍神はワクワクが止まらず、引っ越し前夜は寝付けない状態だった。

 この街には、怪獣(ネイバー)が出る。そいつらを倒す組織(ボーダー)がある。そして、異世界への『門(ゲート)』がある。それだけで、今まで燻っていた龍神の心は大いに踊った。

 

「行くか……」

 

 心臓の音は早鐘を打つように高鳴っている。目の前には『立ち入り禁止』と書かれた立て札があったが、龍神は構わず突き進んだ。危険を恐れていても、何も得られないし、何も起こらない。盗んだバイクで走ってみようかな、と考える程度には、龍神は悪ガキだったのだ。

 

 そして、数分後。

 

「うわあああああぁあ!?」

 

 確かにそこには、巨大なバケモノがいた。龍神の想像よりも少しだけ巨大なバケモノだった。

 

「はっはっ……っくそ……はあ」

 

 『近界民(ネイバー)』と出会うことを予想していないわけではなかった。ただ龍神は、もしも『近界民(ネイバー)』が現れても、遠くから観察するくらいの気持ちでいたのだ。

 だが、実際にサイレンの音が鳴り響き、目の前に得体の知れない『門(ゲート)』が開き、そこから写真や映像で何度も見た『近界民(ネイバー)』が這い出てくる。それらの現実を直視して、如月龍神は呆気に取られた。

 そして、身を隠すのを忘れてしまった。

 

「はぁはぁ……」

 

 どんなに逃げても、黄色の目を光らせて、バケモノは追ってきた。大きさが違う。逃げ切れるわけがない。崩れたコンクリートに足を取られ、龍神は思い切り足を挫いた。

 

「あ……あ」

 

 もう走れない。

 倒れた場所は暗く、影になっていた。

 見上げると、『近界民(ネイバー)』の単眼が、凝視するように龍神を見下ろしていた。

 

「ここまで……か」

 

 こんなピンチには、必ずヒーローが駆け付けるはずだと思っていた。

 けれどもそれは、結局バカな妄想でしかなかったのだ。フィクションは所詮フィクションであり、現実はあくまでもリアルだ。

 ゆっくりと、バケモノは迫ってくる。

 

 死にたくないな、と。龍神は心の底からそう思った。

 せめて、痛くなければいい。龍神は目を瞑った。

 

 

「――――旋空弧月」

 

 

 風が吹いた気がした。

 いつまでたっても、バケモノは襲ってこない。体が潰される気配もない。

 龍神は恐る恐る、ゆっくりと閉じた瞼を持ち上げた。

 

「お、無事かボウズ?」

 

 龍神の視線の先には、一人の男が立っていた。

 黒いコートを、風に任せるがままにはためかせ。

 両手に携えるのは、二本の長刀。即ち、二刀流。

 日が落ちる寸前の夕焼けをバックに、彼は笑みを浮かべていた。

 

 そして、信じられないことに。

 

 龍神を襲おうとしていた『近界民(ネイバー)』は、真っ二つに切り裂かれていた。

 

 ――ヒーローは、遅れてやってきたのだ。

 



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厨二と太刀川慶 その弐

今回の登場人物(アニメ未登場のキャラがいるので、原作未読の方は注意)









《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。

《太刀川慶(たちかわけい)》
多分厨二。

《出水公平(いずみこうへい)》
A級1位太刀川隊射手(シューター)。天才。黒コートを着こなすそこそこの厨二。

《唯我尊(ゆいがたける)》
A級1位太刀川隊銃手(ガンナー)。強キャラのガンナー来るか!?という読者の斜め上を行った、ハイテンションミドルレンジロン毛。東さんと比べると、同じロン毛でも格の違いが分かる。前髪をよくファサファサする。修よりは強い。

《国近柚宇(くにちかゆう)》
太刀川隊オペレーター。いかにもJKっぽい見た目とは裏腹に、よく死ぬことで有名なあのゲームをプレイするほどの極度のゲーマー。かわいい。Eカップ。

《嵐山潤(あらしやまじゅん)》
A級5位嵐山隊隊長。熱血イケメン。

《熊谷友子(くまがいゆうこ)》
B級12位那須隊の攻撃手(アタッカー)。迅さんに尻を触られるほどの、健康的ないいお尻をしている。多分胸もでかいが、惜しむらくはオペレーターではない為にサイズが不明である。アニオリの水着回に期待。

《那須玲(なすれい)》
B級12位那須隊隊長。おそらく彼女の登場によって、綾辻さん派、小南派、チカちゃん派に分かれていた男性読者人気は一気に色々分裂した。とてもかわいい。バイパーをふわふわさせた12巻の表紙はふつくしいの一言に尽きる。また、アニオリでの「えいっ!」という枕投げにハートを撃ち抜かれた視聴者は数知れない。多分アニメスタッフのお気に入り。だって作画良いもの。大変申し訳ないが今回は登場しない。


 出水公平はうんざりしていた。

 

「太刀川ぁああああぁあ!?」

 

 ボーダー本部。『模擬戦ブース』へと続くロビーに、1人の男の怒声が轟く。訓練の合間に休憩したり、談笑したりしていた隊員達は何事かと目を止め、そしていつものことだと認識すると、すぐに目を離した。

 

「待て! 太刀川! 逃げるな! 俺と戦え!」

「落ち着けっ! 落ち着けって龍神!」

「離せ出水! 俺はッ……俺は今日こそアイツを倒すんだ!」

 

 猛獣の如く叫びを上げている男を真正面から押さえているのは、A級1位太刀川隊の『射手(シューター)』である『出水公平』

 

「そうよ、如月! ちょっと落ち着きなさい! あ、ほら、さっきのカスタマイズした『弧月』かっこよかったわよ!」

 

 出水と協力して後ろから男を羽交い締めにしているのは、B級12位那須隊の『攻撃手(アタッカー)』である『熊谷友子』

 

「ありがとう! それはくまの協力のおかげだ!」

「どういたしまして! だから一旦落ち着きなさい!」

「無理だッ! 俺はあの男を斬るまで、この心の猛りを抑えることができそうにない!」

「あー、もうっ!」

 

 出水はふと、自分と協力してこのバカを押さえてくれている熊谷の胸のあたりを見た。結構大きいソレは、明らかにこのバカの背中に当たっているように思える。

 

「……なんかイライラしてきたぜ……」

「放っておけばいいんですよ、出水先輩。この男の馬鹿さ加減は今にはじまったことじゃありません」

 

 騒がしい3人とは少し離れてそんなことを言ったのは、出水と同じ太刀川隊の『銃手(ガンナー)』である『唯我尊(ゆいがたける)』だ。ご自慢のサラサラの長髪を手で弄りながら、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どうせ太刀川さんには勝てないのに、懲りもせずに挑み続けるんですから、やれやれ全く、その男の愚かさは度し難い! 太刀川さんにやられるだけやられておけばいいんです」

「いいからテメェも手伝え、唯我! このままじゃ太刀川さんが大学の補講に出られないんだぞ!」

「へっ……?」

 

 髪に触れる唯我の手が、ピタリと止まった。余裕が満ちていた顔に、冷や汗が流れる。

 

「出水先輩、まさか太刀川さん、また単位ヤバいんですか……?」

「またじゃねーよ! 太刀川さんが単位ヤバいのはいつもだろ! 分かったらこの馬鹿止めるの手伝え!」

「了解です、先輩!」

 

 隊長である太刀川が単位を落とせば、太刀川隊の活動に支障が出るのは明白である。唯我は既に二人に羽交い締めにされている馬鹿に向かって突進した。

 

「止まってもらおう、如月龍神! 太刀川さんと戦いたければ、まずはこの唯我尊を倒してから行け!」

 

 ちょうどその時、どうしてかは分からないが、熊谷が羽交い締めにしていたバカの片腕が、すっぽりと抜けた。そのバカが自分を押さえる出水の肩越しに見えたのは、両手を挙げて情けない体勢で突っ込んでくる長髪である。

 

「黙れ、雑魚に用はない!」

 

 如月龍神は容赦も躊躇いもなく、唯我の顔面に拳を叩き込んだ。

 

「ごっふぁ!?」

 

 太刀川隊共通の黒いコートの裾をはためかせて、唯我は思い切り吹っ飛んだ。さすがに周囲の隊員達から、心配そうな悲鳴があがる。

 

 

「かっ……顔がっ……顔がぁあああ!?」

「さっさと立て、唯我! お前トリオン体だから痛いわけねぇだろ!」

「い、いや……な、なんか精神的にっ……」

 

 そんな喧騒に紛れて、こっそり動く影が一つ。

 

「たまにはアイツも役に立つな……唯我、お前の犠牲は無駄にしない」

 

 全ては単位の為である。太刀川は呟きつつ、ロビーから抜け出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 あの日、ボーダー隊員に命を救ってもらった後。如月龍神の行動は迅速だった。

 まずは即行で両親を説得し、即行で『ボーダー』に入隊した。色々と説明が雑に思えるかもしれないが、それほどまでに龍神の行動は迅速だったのである。

 入隊式を経て、龍神は『ボーダー』の『C級隊員』となった。

 この『C級隊員』というのは、俗に言う『訓練生』の立場であるらしく、実戦に出るには『B級隊員』に上がる必要がある、と説明を受けた。

 

 冗談ではない、と龍神は思った。

 自分はあの時助けてくれた、二刀流の男に追い付かなければならないのだ。こんなところで寄り道をする気は毛頭ない。

 龍神の決意は、鉄よりも固く、鋼よりも固かった。とにかく、固かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 歓声が木霊した。

 その場にいた全員の目がスクリーンに写し出された『撃破記録』に釘付けになっていた。

 

『4秒06』

 

 それが、龍神の叩き出したタイムだった。

 

「アイツすげぇ……」

「さっきの木虎ってやつの記録破ったぞ!?」

「何者だ?」

 

 訓練生である『C級隊員』は使用する『トリガー』を一つだけ選ぶことができる。その一つを用いて一体の『トリオン兵』と戦闘を行い、撃破した時間を競うのが、入隊後はじめて行われるこの訓練の主旨である。

 

「すっげーな、マジで」

「アイツ、すぐに『B級』に上がるんじゃないの?」

 

 その光景を目の当たりにした隊員達は騒然となっていた。先ほど『通常弾(アステロイド)』に『ハンドガン』の装備で1人の女子が撃破記録9秒を出したが、それだけでも彼らは相当に盛り上がった。だというのに、直後にその記録を破る猛者が現れたのだ。これで興奮するなという方が無理だ。

 はじめて『トリガー』を使って戦闘を行うこの訓練は、いわば初心者向けのチュートリアル。記録としては1分を切ればいいところである。そんな訓練で10秒台を切る強いヤツが2人もいる。隊員達は競争心やら闘争本能やらを刺激されて、会場のざわめきは中々止まなかった。

 

 しかし、そんな快挙を成し遂げた期待の新人の耳には、ざわつく他の隊員達の声は、一切届いていなかった。

 

「くっ……」

 

 龍神は息を吐き、手に携えたその『トリガー』を訓練室の床に突き刺した。

 

 近接戦闘用ブレードトリガー『弧月』

 

 龍神を助けてくれた、あのボーダー隊員が使っていた『トリガー』である。

 本当は二刀流でいきたかったのだが、赤いジャージにキノコ頭の隊員に「訓練生が使える『トリガー』は一つまでだよ」と言われ、やむなく断念。とりあえずこれ一本で戦っていくことを心に決めた。

 本当は身体のどこからでも出せ、重さもほとんどないブレード型トリガー『スコーピオン』や、キューブを空中に浮かべてそこから弾を撃ち出す『アステロイド』なども龍神の心を大いに誘惑したのだが、それらの迷いを龍神はなんとか断ち切った。

 やはり、漢の武器は『刀』である。SFめいた武器に惑わされてはいけない。

 

 そんなこんなで『弧月』で戦うことを選んだ龍神だったが、その心は寒風吹き荒れる荒野のごとく荒れていた。要するに、とにかく荒れていた。

 

「…………違う」

 

 こんなものではなかった。あの男の、あの二刀流の剣の冴えは、こんなものではなかったのだ。

 龍神は己の心の中で、地に膝をついていた。

 まだだ。まだ、足りない。

 

「きみ、すごいじゃないか。今のところは今回の訓練生の中でも最高記録だ!」

 

 そんな龍神に話し掛けてきたのは、訓練を監督していたさわやかイケメンの赤ジャージ。見覚えがある顔だった。よくテレビでも見る『嵐山隊』の隊長、『嵐山准』だ。

 

「駄目だ……」

「うん?」

「俺の剣は……あの夕暮れの中に閃いた二刀の輝きには及ばない……」

「つまりきみは、まだ自分の実力に満足していないということか! いや、本当にすごいな。まだ入隊したばかりだっていうのに……」

 

 うんうん、と嵐山は感心して頷いた。言っていることはよく分からなかったのだが、とにかく嵐山には龍神の中に眠るアツい『何か』がひしひしと伝わってきたのだ。

 

「……一つ、聞いてもいいだろうか?」

「おお! なんだ? 分からないことがあるなら、なんでも聞いてくれ!」

「では……」

 

 龍神がそれを聞くと、嵐山は「そんなことか」と笑い、とても丁寧に答えてくれた。

 

「助かった……では、失礼する」

「ああ、また何かあったら遠慮なく声をかけてくれ!」

 

 嵐山に頭を下げ、龍神は歩き出した。

 『A級1位太刀川隊』の作戦室へ。

 

 

 ――――ちなみにこの時。

 自分の撃破記録を破られ、隅の方でいつ声をかけるか迷っていた、後にA級5位チームの一員となる女子がいたのだが――もちろん龍神は、そんなことを知る由もなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「なんだ? きみは?」

 

 もしかしたら防衛任務中かもしれないし、作戦会議中かもしれない。自分のようなC級隊員が訪れたところで、会ってくれないかもしれないと龍神は危惧していたが、意外にも作戦室の扉はあっさりと開いた。出てきたのは、黒の長髪でいかにもナルシストっぽい1人の男。彼は龍神の白い隊員服を見ると「フン!」と鼻を鳴らした。

 

「その隊服、C級隊員か。きみはここがどこか分かっているのか? ボーダーのトップチーム! 頂点に輝く最強部隊! 太刀川隊の作戦室だぞ! きみのようなC級隊員が来る場所では……」

「うっせぇぞ! 唯我!」

「ぐぼおぁー!?」

 

 龍神が何か言う前に、部屋の奥から跳び蹴りが炸裂した。結果、唯我と呼ばれた長髪の男は頭から床に突っ込んだ。

 

「いっ……いたい! ひどい! 何をするんですか!? 出水先輩!?」

「お前が新入りをいびってるからだろーが」

「そうそう。イジメはよくないぞ~」 

 

 ぞろぞろと出てきたのは、明らかに私服の男女一組。唯我という男は黒いコートの隊服を着ていて、いつでも出動できそうな雰囲気だった。が、この2人、男の方は長袖Tシャツ、女の方はパーカーと、まるで部屋で休日を過ごしているかのような格好だった。

 

「で、お前はウチに何の用なんだ?」

「アレ? この子、出水くんの知り合いじゃなかったの?」

「違うよ、柚宇さん。ていうか、柚宇さんの知り合いじゃないわけ?」

「知らな~い」

「ほら見てください! やはり部外者じゃないですか!」

 

 我が意を得たり、と言わんばかりに立ち上がった唯我は龍神を指差した。

 

「いや、でも太刀川さんの知り合いってパターンもあるのか……」

「こんなヤツが太刀川さんの知り合いなわけがないでしょう!」

「まあまあ。とりあえず中に入れてあげよう。話はそれからだよ。どうぞ~」

 

 たれ目の、いかにもゆるふわ系といった感じの女子に案内され、龍神はA級1位部隊、太刀川隊の作戦室に足を踏み入れた。

 

 いや、正確には――

 

「なんだこれは……」

 

 ――足の踏み場がなかった、と言う方が正しかったのかもしれない。

 床に散乱していたのは、大量のゲームソフト。新旧問わず、アクション、RPG、シューティング、パズル。ありとあらゆるジャンルのソフトが散らばっていた。『スペ○ンカー』まであるあたり、本物である。中には携帯ゲーム機もちらほらと見える。それだけなら、まだいい。

 

「あー、やっぱりお客さん来る前に一回片付けておけばよかったねー、唯我くん」

「お前がはやく片付けないからこうなるんだぞー、唯我」

「片付けるのはボクだけなんですかっ!?」

 

 お菓子の空き袋。なんかよく分からないオモチャ。大学のものっぽいテキストにノート。シャーペンと消しゴム。隊章があしらわれたワッペン。鍋。じゃがいもが入った段ボール箱。

 とにかく様々なモノが、部屋の至るところに置いてあった。

 部屋のテレビに映っているのは、交戦を記録したビデオ映像でもなければ、ニュース番組でもなく、明らかにゲームのポーズ画面だ。四つのコントローラーが繋がれている。

 

「適当なところに座ってねー」

 

 そう言われても、座れるような場所がない。途方にくれて前を見ると、なぜか壁には蟹の時計が架かっていた。珍妙過ぎる趣味だ。

 というか、この場所は本当に『A級1位部隊』の『作戦室』なのだろうか? とてもじゃないが龍神にはこの部屋が、ボーダーのトップチーム、頂点に輝く最強部隊、太刀川隊の作戦室には思えなかった。 

 

「太刀川さん! ほら起きて! 太刀川さん!」

「太刀川さん途中で寝落ちしちゃったからなー」

 

 柚宇さん、と呼ばれたゆるふわ女子が、部屋のスペースの大部分を占有している布団の塊をゆさゆさと揺らす。出水という男も、げしげしと足で布団を突っついた。

 すると、

 

「うっ……むっ……うぅん」

「あ、起きた」

「起きたな」

「起きましたね」

 

 布団が、ゆっくりと持ち上がる。中から、ゲームのコントローラーがこぼれ落ちる。顔を出したのは、ボサボサ頭のヒゲ面だった。

 

「ふぁあ……ねっむ」

「おはよー、太刀川さん」

「はよっす、太刀川さん」

「おはようございます! 太刀川さん!」

「国近、出水、唯我……お前ら元気だな……やっぱアレだわ。徹夜でゲームは十代までだわ。二十になるとキッツいわ」

「太刀川さんが昨日の夜、テンション上がり過ぎだったんですよ」

「ばか。俺はかわいい後輩に付き合って、頑張ってテンションを上げたんだ。……やべぇ、まだ眠いな。ちょっとコレはダメだ。俺はもう一眠りする。しばらくしたら起こせ」

 

 そう言って、もう一度布団に潜り込もうとする首筋を、

 

「だーめ」

 

 柚宇がゆるふわ系な見た目とは裏腹に、がっちりと掴んだ。

 

「お客さんが来てるんだよ」

「ああ? 客?」

 

 そこまで来てようやく、太刀川慶はいつものメンバーより人数が一人多いことに気が付いた。

 

「ん……? お前は……」

 

 龍神は震えていた。

 まるで覇気のない表情。死んだ魚のような格子状の目。しかし紛れもなく、目の前にいるのはあの日、龍神を救ってくれたあのボーダー隊員だった。

 A級1位、太刀川隊隊長。太刀川慶。

 

「ようやく……ようやく、会うことができた……」

 

 腰を下げ、膝をつき、龍神はそのまま頭すら着きかねない勢いで、太刀川に向かって頭を下げた。

 

「お願いします! 太刀川さん! いや、師匠! どうか、どうかこの俺を、貴方の弟子にしてほしい!」

 

 柚宇も、出水も、唯我も、目を見張って驚いた。

 

「で、弟子入り志望!? 面白い子が来たね……」

「太刀川さんに弟子かぁ……つーか、もう師匠って言っちゃってるし」

「いきなり来て、弟子にしてくれなんて、コイツは何様ですか!?」

 

 床に手を付いたまま、龍神は顔を上げた。

 

「失礼なのは、重々承知しています。ですが、ですがどうか! 考えて頂けないでしょうか!」

 

 再び、頭を下げる。龍神の態度に、3人は困ったように顔を見合わせた。そして結局、全員が同じ人物の顔を伺う。

 

「どうするの、太刀川さん?」

「引き受けるんですか? 太刀川さん」

「自分は反対です! 太刀川さん!」

 

 ただ一人。太刀川だけは、動揺もせず、口も開かず、静かに龍神を見詰めていた。

 

「…………ッ」

 

 目線を合わせていなくても、龍神は背筋が凍る思いだった。これが、太刀川慶の放つプレッシャー。自分が、弟子に相応しい男かを見定めようとしている視線が、ひしひしと感じられた。だが、彼のような強者の道に至れるのなら、龍神はどんな試練でも耐えてみせる自信が――

 

 

「やだ。めんどくさい」

 

 

 ――頭が、真っ白になった。

 

「……へ?」

 

 顔を上げると、布団から顔だけ出した状態で、太刀川は龍神を見下ろしていた。

 

 

「ていうか、お前誰だっけ?」

 

 

 瞬間。

 龍神の中で、何かが砕け散った音がした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「あの時の、あの時の俺の気持ちがッ……出水には分かるかっ!?」

「あー、ハイハイ。分かる、分かるって。お前のあの瞬間の何もかも失ったような顔は知ってるから、俺も見てるから」

 

 ひとしきり語り終えた後輩の肩を叩き、出水は内心やれやれとため息を吐いた。すでに熊谷は面倒臭くなったのか、自分にこの馬鹿を任せて模擬戦ブースへ。何事かと遠巻きに見守っていたC級隊員達も静まった馬鹿に興味を失ったのか、三々五々に散らばっている。

 

「まあ、確かに太刀川さんの強さは本物だからなぁ……」

 

 太刀川慶という男は、筋金入りの天才肌である。出水も自分が天才肌であるという自覚はあったが、あの人には及ばない。『ノーマルトリガー最強の男』である忍田本部長から剣の教えを受けたとはいえ、あの強さはもはやチートの域だ。

 

「出水先輩! コーラ買ってきました!」

 

 なにせ、ぶっちゃけ実力的にはB級下位、半分お荷物と言っても過言ではない、この唯我をチームに抱えた状態でA級1位を維持しているのだ。柚宇はニコニコしながら「縛りプレイも楽しいものだよ!」とか言っていたが、ある意味それでもチームはしっかり回っているのだからおそろしい。

 

「サンキュー、唯我。龍神の分は?」

「くっ……本来ならばこんな男に飲み物を買ってくるのは、大変不本意なのですが……」

 

 言いつつ、唯我は出水にコーラ、龍神にはブラックコーヒーを差し出した。ここで飲み物のチョイスを間違えないあたり、コイツも隣の馬鹿との付き合いをよく分かっている。

 

「ほれ、龍神。買ってきたのは唯我だけど、おれの奢りだ。ありがたく飲め」

「……すまない。一応礼は言っておくぞ、唯我」

「ふん!」

 

 龍神は無言でコーヒーを啜る。その表情は、多分コーヒーよりも苦い。

 

「なあ、龍神。お前の気持ちも分かるし、同じ隊のおれが言うのもおかしいけどな、太刀川さんは攻撃手1位、総合1位のバケモンなんだぜ?」

 

 内心、こういうの苦手だなーと思いつつ、出水はなるべく言い聞かせるように言う。

 

「お前は確かに攻撃手としては優秀だし、そこの唯我と取りかえられるなら取りかえたいくらいだけど」

「えっ!?」

「それでも勝てない相手は勝てない。一度落ち着いて、色々考えてみてもいいんじゃないか? 太刀川さんに勝つことにばっか拘ってると、いつまでも個人(ソロ)のB級隊員からぬけだせないぜ?」

 

 そう。この馬鹿、もとい厨二病の馬鹿は、それなりの実力があるにも関わらず、自分から太刀川に突っ込んでいっては自滅。せっかく稼いだポイントもその度に太刀川に巻き上げられるという、しょーもないサイクルを繰り返しているのだ。

 

「無理ですよ、出水先輩。この男にはチームを組めるような協調性はありません」

「……まるでお前には協調性があるような言い方だな、唯我」

「ははっ! 少なくともあなたよりはマシだ!」

「……いいだろう。どうやら俺に叩き斬られたいようだな? 貴様ごときでは甚だ不足だが、相手になってやる」

「悪いが、こちらが先に風穴を穿つ方がはやいぞ!」

「やめとけ唯我。お前じゃ勝てん」

「出水先輩!?」

 

 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りを繰り返していたせいだろうか。龍神と唯我はもちろん、出水も後ろから近づいて来た1人の男に、気付くことができなかった。

 

「そんなに強い相手と戦いたいのか?」

 

 唯我と龍神はともかく、出水は聞き覚えのある声に反応し、ベンチから転がり落ちそうになった。

 

「んなっ……どうしてここに……?」

 

 その男は両手をポケットに突っ込み、いつもと変わらぬ不機嫌そうな面持ちで立っていた。

 

「さっきから聞いていれば、太刀川以外は眼中にないような口振りだったな」

 

 "元"A級部隊。現B級1位部隊。『二宮隊』の隊長にして、No.1射手(シューター)

 そして、個人総合2位の実力者。

 

 

「一緒に来い。相手をしてやる」

 

 『二宮匡貴』が、そこにいた。

 



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厨二と二宮匡貴

あらすじとタグを少々変更しました。内容に変わりはありません。
タイトル通り二宮さんの戦闘回です。原作未読でネタバレを回避したい方はご注意ください。


今回の登場人物

《二宮匡貴(にのみやまさたか)》
B級1位二宮隊隊長にして、No.1射手(シューター)であり、個人総合2位の実力者。射手の王。
もう何を紹介していいか分からないくらいにネタに溢れた存在であり、隊服がスタイリッシュスーツ、アステロイドのオサレ分割、襟たてバッグワーム着こなし、両手ポケイン、ゾエさんは俺の点なんだからね!なツンデレ発言、一級雪ダルマ造形師、などなどきりがない。アニメでの声でさらにネタ度が増し、二宮王国(ニノミヤキングダム)や無限の諏訪製(アンリミテッドキューブワークス)をやらかしそうだと、各地で話題に。そもそも戦い方がわりとチート染みている。修との差がすごい。

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。

《出水公平(いずみこうへい)》
なんと二宮さんに頭を下げられた経験のある天才。弾バカ。

《米屋陽介(よねやようすけ)》
基本初手で首を狙いにいく、妖怪首おいてけ。首を狩れたことはあまりないが、決め台詞を言ったあとの強さにはかなりの安心感がある。槍バカ。


 二宮匡貴は静かに言い放った。

 

「『アステロイド』」

 

 黒のスーツ姿の二宮の横に、四角形のキューブが出現する。それらは瞬時に4つの三角形に分割され、凄まじいスピードで目標に向かって射ち出された。

 

 ――弾速重視か。

 

 そう判断した龍神は『グラスホッパー』を起動。空中に飛び上がり、ギリギリで射線から外れた。結果として4発の『通常弾(アステロイド)』はそれなりの大きさの一軒家に直撃。並みのサラリーマンなら30年かけてローンを組みそうな家を半壊させて、瓦礫の山に変えた。

 

「『炸裂弾(メテオラ)』や『撤甲弾(ギムレット)』ではなく、ただの『通常弾(アステロイド)』でこの威力か……」

 

 しかも今のが弾速重視だとすれば、通常の『アステロイド』はより威力が高いということになる。背中に冷たいものを感じながら、龍神は『弧月』を構えて二宮に突進した。模擬戦のフィールドは市街地。遮蔽物が多さを考えれば龍神が有利だったが、まずは近づいて距離を詰めなければ話にならない。

 

「旋空"伍式"――野薊(ノアザミ)」

 

 まずは牽制代わり。瞬間的に拡張される『弧月』の刃は、地対地の連続斬撃。攻撃は、距離が離れた二宮を確かに捉えていた。

 

「くだらない技だな」

 

 しかし、展開された『シールド』に刃を易々と阻まれる。『弧月』を通して伝わった手応えに、龍神は歯軋りした。

 

「……流石に"固い"な」

「ただの『旋空』で俺の『シールド』を抜けると思うな」

「ただの『旋空』ではない! これは旋空ご」

「『ハウンド』」

 

 会話を一方的に打ち切って、二宮はトリオンキューブを2つ展開する。一見、先ほど使用した『通常弾(アステロイド)』と差がないように思えるそれは、しかしまるで別物と言える性質を備えた弾丸だ。

 

「くっ……」

 

 龍神は二宮の視界から逃れる為に、民家の窓を突き破って飛び込んだ。『誘導弾(ハウンド)』は"猟犬"の名が示す通り、敵を追尾する性質を持っている。誘導方法は視線による『視線誘導』とトリオンの探知による『探知誘導』に分かれるが、いずれにせよ、とにかく障害物が多い場所に入り込んで弾を避けた方がいい。最悪でも『視線誘導』は切れる。

 案の定、壁や扉に阻害されて『誘導弾(ハウンド)』は龍神に届き切らなかった。

 

「……それで逃れたつもりか」

 

 しかし、龍神の判断がはやかったように、二宮の対応もはやかった。『誘導弾(ハウンド)』による『両攻撃(フルアタック)』を取り止めた二宮は、再び主(メイン)トリガーを『通常弾(アステロイド)』に切り替えた。

 

「『アステロイド』」

 

 弾速を捨て、威力重視にチューニングされた『通常弾(アステロイド)』は、既に穴だらけになっていた家屋を一撃で倒壊させる。

 瓦礫の下敷きになったか、と二宮は冷めた目で立ち込める粉塵を見詰めていたが、

 

「まったく……派手に過ぎるぞ……」

 

 煙の中から、如月龍神は転がり出た。

 ニヤリ、と笑みを溢して、龍神は『弧月』の切っ先を二宮に向ける。

 

「まだまだ……これからだ」

「そう思うなら周りくらいはよく見ておけ。死ぬぞ」

「ッ!?」

 

 反応を返す間もなく、既に放たれていた『誘導弾(ハウンド)』が頭上から龍神に着弾した。まるで雨のように、弾丸が絶え間なく降り注ぐ。

 

「既に『ハウンド』を……!?」

「気づくのが遅い」

 

 頭上からの『誘導弾(ハウンド)』に加え、さらに二宮は追撃として『誘導弾(ハウンド)』の『両攻撃(フルアタック)』を仕掛ける。その猛攻を、龍神は『シールド』の『両防御(フルガード)』で防がざるを得ない。同時に使える『トリガー』が2つまでである以上、龍神の手元の『弧月』はもはや棒きれに等しい。

 そうして相手を防御に追い込み、足を止めさせた時点で、二宮の"狩り"は終わっている。

 

「『アステロイド』」

 

 分割数を2つに抑えたキューブの弾丸は、龍神の『両防御(フルガード)』をたやすく打ち砕いた。阻むものが消え、無数の『ハウンド』達が龍神の体に牙を突き立てる。

 

「がっ……!?」

 

『トリオン供給機関破壊。如月ダウン』

 

 これが、射手の王の実力か。

 いまだにポケットから一度も手を出していない二宮の姿を視界に収めながら、龍神は『緊急脱出(ベイルアウト)』した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ははっ……やっぱニノさんつえーな」

「うっせーぞ、槍バカ」

 

 観戦用モニターを見上げて、出水公平は嘆息した。隣には、唯我と入れ替わりにやって来た、龍神とは別ベクトルのバカがいる。

 米屋陽介。『A級7位』三輪隊の『攻撃手(アタッカー)』であり、龍神と同じ『弧月』の使い手だ。ついでに、特定の師匠を持たずに独学で成り上がった点も共通している。

 

「そういや、さっきまで唯我いたのに、どこ行ったんだ?」

「帰った。これ以上は見るのも時間の無駄です、とか言ってやがった」

 

 さらに付け加えると、嫌みっぽい口調で髪をかきあげながらそう言ったのだが、わりとどうでもいいので割愛する。

 

「じゃあ、太刀川さんは?」

「単位がヤバいから、龍神と一戦交えたあとは、大学に緊急脱出(ベイルアウト)してもらった」

「あー、なるほど」

 

 米屋に、お前のところの隊長も色々大変だなー、的な視線を向けられ、出水は肩を竦めた。本当に、バトル以外になると色々と残念な隊長である。

 

「で、欲求不満になった龍神がニノさんとバトることになった、と」

「欲求不満とか言い方がエロいな」

「うっせーよ、バカ」

 

 男子高校生らしい下らないやりとりをしつつ、2人は再び観戦用モニターに視線を戻した。

 

「……で、同じ『射手(シューター)』として、お前から見てどうなんだよ? この勝負は」

「そりゃ、龍神が圧倒的に不利だろ。格上だからな。けど、そもそも『射手(シューター)』ってのは、基本は"点"が獲りにくいポジションだ。最近は『シールド』が固くなって『通常弾(アステロイド)』数発くらいじゃ抜けなくなったからな」

 

 ボーダーの『戦闘員』のポジションは戦う距離ごとに分けて三つ、細かく言えば五つに分かれる。

 部隊の前面に立ち、近接戦闘用のブレード型トリガーで白兵戦を仕掛ける『攻撃手(アタッカー)』

 近距離、中距離の間合いを保ちつつ銃型トリガーで撃ち合う『銃手(ガンナー)』

 出水や二宮のように『銃手(ガンナー)』と同じ間合いで、トリオンキューブを直接撃ち出して戦う『射手(シューター)』

 遠距離から狙撃用のトリガーを用いて、敵を狙い撃つ『狙撃手(スナイパー)』

 そして『攻撃手』と『銃手』を兼ねた『万能手(オールラウンダー)』 さらに細かく言えば、近距離での戦闘を重視した戦闘員は『近距離万能手(クロスレンジオールラウンダー)』 中距離までの戦闘にも対応した戦闘員を『中距離万能手(ミドルレンジオールラウンダー)』を呼び、狙撃も含めた全距離での戦闘に対応した戦闘員は『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』と呼ばれる。『万能手(オールラウンダー)』は俗に言う"器用貧乏"になりやすいポジションだが、全距離での戦闘に対応するセンスを持つ戦闘員は稀で、今のところは『玉狛支部』に1人しかいない。

 本当はこれに加えてA級2位の『冬島隊』隊長『冬島慎次』や、A級6位の女子(ガールズ)チームである『加古隊』の『喜多川真衣』が属する『特殊工作兵(トラッパー)』と呼ばれるポジションがあるのだが、成り手が少ない特殊な役割を担っている為、除外して考えてもいいだろう。

 さて、出水の言葉通り、列挙した戦闘員のポジションの中でも『射手(シューター)』は基本的に"点"が獲りにくい――即ち"敵"を倒しにくいポジションである。

 

「では、そんな『シューター』の役割は何か? 答えてみろ、槍バカ」

「味方を援護、敵は牽制して、俺ら『アタッカー』が点を獲りやすいようにお膳立てしてくれるポジションだろ?」

「概ねあってるけど言い方がうぜぇな。まあ、いいや。お前んとこの隊には『シューター』がいないからな。もしもお前と組むことがあったら、俺のスペシャルなアシストで敵を獲らせてやるよ」

「そりゃどーも」

 

 で、とそこで出水は一旦言葉を区切った。

 

「『射手(シューター)』が『銃手(ガンナー)』と比べて優れてるのは、弾を撃つ度に速度やら威力やらを弄れるところだ」

 

 『トリオン』で構成される武器は、武器を構成する要素に『トリオン』を割り振っている。例えば『弧月』は刀身の『硬質化』に2割、敵を切断する『威力』に8割。『通常弾(アステロイド)』などは威力を決める『弾体』に加えて『トリオン』が空気に触れて反応することを防ぐ『カバー』や、弾丸自体を飛ばす『噴射材』に『トリオン』が割かれてしまう。また、飛ばす弾丸は使い捨てだ。『硬質化』と『威力』だけに『トリオン』を割り振っている『弧月』の方が威力やコストパフォーマンスに優れるのは、そういった理屈である。

 そんな『トリオン』の割り振りを自由自在に操れるのが『射手(シューター)』の最大の長所と言っていい。

 

「弾をバラけさせて、敵を分断したり、デカい一撃をぶち込んでみたり。待ち伏せ風味に弾を置いてみたり、俺みたいな一流の天才『シューター』になると弾の『合成』までできるってわけだ」

「へいへい」

 

 模擬戦を観戦している隊員達から、歓声が上がる。再び『緊急脱出(ベイルアウト)』した龍神と、モニターの中でも悠然と立っている二宮。スコアは0対3だ。

 出水は渋い顔で、こう続けた。 

 

「二宮さんは、そういうのとはまた別の次元にいる」

「と、いうと?」

「今まで散々言ったけどな。あの人が異常なのは、『射手(シューター)』が点を獲りにくいポジションであるにも関わらず、完全に隊のポイントゲッターとして仕事をこなしているところなんだよ」

 

 出水も並の『攻撃手(アタッカー)』ならタイマンで負ける気はしないが、二宮はとにかく、単体の戦闘力が群を抜いて高い。おそらく『トリオン量』も、出水と同等かそれ以上だ。

 

 

「『誘導弾(ハウンド)』の数の暴力で相手をいぶり出して、威力の高い『通常弾(アステロイド)』で確実に仕留める。シンプルかつベストだ。あの人個人の戦い方は、完璧に確立されてんだよ」

 

 二宮は特別なテクニック――嫌な言い方をすれば小細工は使わない。基本に基づいた戦法、己の地力である『トリオン量』を活かして、相手を圧殺する。それが、二宮匡貴という男だ。

 

「まあだから、俺のところに頭まで下げて戦術教えてくれって頼みに来た時は、正直めちゃくちゃビビったけどな」

「あー、お前は小細工とか弄しまくるタイプだもんな」

「うっせ」

 

 ニヤニヤと笑う米屋は放って置いて、出水は大きく伸びを一つ。ふぅ、と溜め息を吐いてソファーに体を預けた。

 モニターの中では『ハウンド』の爆撃に晒された龍神が、再び緊急脱出(ベイルアウト)していた。これでスコアは0対4だ。

 

「つーか、言葉を重ねて説明する必要もないだろ。風間さんをおさえて『個人総合2位』にいる時点で、あの人の強さは証明されてる。龍神もなんで、ふっかけられた勝負にのっちまうかなぁ……」

「ははーん。お前は龍神がこのまま、何もできずに負けると思ってるわけだ?」

「なんだ? その含みある言い方。実際、龍神はこれで0対4。今回の勝負は5本先取だ。もうリーチじゃねぇか」

 

 二宮さんの勝ちだよ、とぼやく出水に、米屋は実に楽しそうな口調で返答した。

 

「と、思うじゃん?」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 期待外れだった、と二宮は心中で呆れていた。あの太刀川に、性懲りもなく何度も挑み続けている馬鹿がいると聞いて興味が湧いたのだが、所詮は"勝った"ではなく"挑み続けていた"だけに過ぎなかったようだ。

 センスは決して悪くない。扱いの難しい『オプショントリガー』である『旋空』をよく使いこなしているし、『グラスホッパー』による挙動もA級の緑川並みだ。太刀川に挑み続けているせいか『弧月』の個人(ソロ)ポイントは『7220』と低かったが、総合的な実力を鑑みれば8000点越えの『マスタークラス』の実力は持っているように思える。自分の隊の『攻撃手(アタッカー)』である『辻新之助』とやり合ってもいい勝負ができるだろう、と考えるくらいには、二宮は如月龍神の実力を評価していた。

 だが、

 

「それだけ、ではな」

 

 言いつつ、二宮は傍らに出現させた『誘導弾(ハウンド)』を『両攻撃(フルアタック)』で浴びせかける。

 

「くっ……"天舞"」

 

 『グラスホッパー』の連続使用で、龍神は追い縋る『ハウンド』から必死に逃れる。さっきまでとまるで変わらない。繰り返しだ。

 

「舐めるな……旋空弐式、地縛(ジシバリ)」

 

 ほう、と二宮は僅かに片眉を持ち上げた。守勢に回っていては負ける、と判断したのか。龍神が『旋空弧月』の連続斬撃で、追ってくる『ハウンド』を叩き落としたのだ。早々できる芸当ではない。

 

「根性だけはあるか」

 

 呟き、二宮は一旦攻撃の手を止めた。

 

「……なんのつもりだ?」

「いや、ただ一言言いたかっただけだ」

 

 攻撃が止み、地面に降り立った龍神は、いぶかしげな目で二宮を見詰める。二宮もまた、ポケットに手を突っ込んだまま、冷めた声で淡々と言葉を続けた。

 

「そんなぬるい戦い方で、本当に太刀川に勝てると思っているのか?」

 

 それはあからさまに、馬鹿にした口調だった。

 

「"ぬるい"だと……? 俺の戦い方が?」

「そうだ。イチシキ? ニシキ? なんだそれは? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。『ボーダー』の活動は遊びじゃない。いつまでもガキの気分で戦うつもりなら、さっさとやめろ」

 

 二宮の語調は強く、厳しいものだった。少なくとも、観戦している隊員が「それ言っちゃうの?」と思うほどには。

 

「ふっ…………俺の戦い方が"ぬるい"か。そんなことを真正面から言われたのは、あなたがはじめてだ。二宮さん」

 

 しかし、二宮は予想外の反応に目を細めた。

 龍神は怒るわけでもなく、恥じるわけでもなく、口を歪めて笑っていたのだ。

 その眼差しには、爛々と光る闘志。二宮は今、目の前にある事実を認識した。たとえ4対0の状況であろうとも、この男の心はまったく折れていない。

 二宮には理解できない。こいつは、むしろ燃えているのか。

 

「俺の戦いが本当に"ぬるい"かは……俺の全てを見届けてから言ってもらおうか」

 

 大きく、息を吐いて。

 龍神は今まで両手で持っていた『弧月』から、手を離した。二宮は、少々意外な面持ちでそれを見る。龍神が『弧月』を保持する手が、右手ではなく左手だったからだ。

 右手を大きく前に突き出し、左手は携えた『弧月』ごと後ろに引いて、彼は切っ先だけを二宮に向けた。右手が、刀身に添えられる。

 

「旋空――――"参式"」

「……馬鹿が」

 

 二宮は吐き捨てた。つくづく懲りない男だ。自分が技を放つまで、相手が待っていてくれるとでも思っているのだろう。だとしたら、やはりこいつは度し難い馬鹿である。評価できるのは、やる気と根性だけか。

 二宮は龍神が『旋空』で斬り込むよりもはやく、弾速重視の『アステロイド』を―――

 

 

「……なに?」

 

 

 ――放てなかった。

 

 二宮の目に入ってきたのは、漏出した『トリオン』

 切り裂かれたのは、自分の右腕だった。

 

 

「――――"姫萩"」

 

 

 技の名を宣言して、如月龍神は笑う。そうして『弧月』を一振りして、二宮に向かって言った。

 

「ようやく出したな、ポケットから手を」

 



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厨二と二宮匡貴 その弐

今回の登場人物

《二宮匡貴(にのみやまさたか)》
もはや多くは語るまい。ワールドトリガー13巻のカバー裏は、この人だけで埋まるに違いない。

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。

《出水公平(いずみこうへい)》
弾バカ。

《米屋陽介(よねやようすけ)》
槍バカ。

※隊員が使う技術に関して、最新巻未収録の若干のネタバレ要素を含みます。


 出水公平は目を見張っていた。

 

「なんだよ、今のは……?」

「ふふーん。その反応を見るに、どうやらお前もアレは知らねぇみたいだな、弾バカ族」

「ああん? お前は知ってたのかよ?」

「もち」

 

 やたらドヤ顔で、米屋陽介は言った。出水はおでこ全開のバカ面を殴りたくなったが、なんとか抑えて問いかける。

 

「知ってんなら、説明しろ。さっきのアレは何だ?」

 

 動揺しているのは出水だけではない。今までポケットから手を出さず、一太刀も攻撃を浴びなかった二宮にダメージが入ったのだ。二宮の圧勝を信じて疑っていなかった他の隊員達も、モニターを見詰めてざわついていた。

 

「んじゃ、今度は俺が解説する番だな。龍神の『技』について」

「『技』だぁ?」

「ああ。お前も知っていると思うけど、アイツの『旋空』には、いくつかのバリエーションがある。壱式の『虎杖(イタドリ)』をはじめとして、弐式の『地縛(ジシバリ)』や伍式の『野薊(ノアザミ)』と、いった具合にな」

 

 技名がすらすらと出てくるあたり、コイツも相当毒されているんじゃねーのか……という思いは胸の内に閉まって、出水は先を促した。

 

「それで?」

「『虎杖(イタドリ)』は正眼からの上段振り下ろし……まあ、アイツが剣道をかじっていたせいもあんのか、そこそこ鋭くていい感じなんだが、『地縛(ジシバリ)』は空中からの連続斬撃だし、『野薊(ノアザミ)』は地対地の連続斬撃だし……その、なんつーか」

「結論を言え」

「ぶっちゃけ全部、ただの『旋空弧月』だ」

「あー…………」

 

 じゃあもう『旋空弧月』でいいじゃん、とは出水は言えないし、多分米屋も言えない。それが言えない程度には、2人は龍神のことを理解しているし、一応友達である。

 

「ところが、だ」

 

 間延びした空気を絞め直すように、米屋は語調を強くした。

 

「そんなアイツの中二くさ……無駄に拘っている技の中にも、本当の意味で『技』として成り立っているものがある」

 

 わざとらしく、間が溜められる。たっぷり3秒は使って、米屋は口を開いた。

 

「それが、旋空参式『姫萩(ヒメハギ)』だ」

 

 そんなドヤ顔で言われても、正直反応に困る。

 

「参式、ねぇ……あれ、でもそういえば……?」

 

 出水は顎に手を当てて、十数分前の記憶を漁った。

 太刀川と龍神が模擬戦で斬り合っている時、我らが隊長は他の技は軽くいなして遊んでいたが、龍神が"参式"とやらの構えを取った瞬間、懐に飛び込んで倒していなかったか……?

 考え込む出水には構わずに、米屋は話を続けた。

 

「そもそも『旋空』ってのは、わりと扱いがシビアな『オプショントリガー』だ。"斬撃が飛ぶ"って聞けば、とりあえず強力に思えるし、メインのトリガーに『弧月』を選んだヤツは大体1回は試しに使ってみる。けど、実際にはそんなに使い手は多くない。なぜか?」

 

 またもや普段の彼らしからぬ気取った仕草で、米屋は指を2本、ピンと立てた。

 

「俺が考えるに、理由はふたつだ。ひとーつ。やっぱ単純に、扱いが難しい。『旋空』を起動して、瞬間的に『弧月』のブレードを伸ばすタイミング、相手との距離を測って、いつどこで斬り込むか決める判断力、そして実際にそれを相手に当てる技術」

 

 『旋空』はその仕組みだけみれば、あくまでも瞬間的に『弧月』のブレード部分を伸ばしているだけに過ぎない。しかも伸ばされたブレードは『スコーピオン』などとは違い、重さがある。これも、先端にいくほどブレードの威力が増す、という『旋空』の特性ではあるのだが、そんなブレードを自由自在に振り回すのは想像以上に至難の技なのだ、と米屋は語る。

 出水は改めて『旋空弧月』を二刀流で振り回す自分達の隊長が、いかに化け物かを認識した。

 

「で、ふたつ目。これはどっちかつーと、戦術的な話かもしれねぇけど……要は使い所の問題だな」

「使い所?」

「ああ。遠距離や中距離の戦闘に対応したいなら、銃持って『万能手(オールラウンダー)』になった方がいいだろ。ウチの秀次みたいにな」

 

 自分の部隊の隊長である『三輪秀次』の名前を出して、米屋は肩を竦める。

 

「秀次も言ってたぜ? 『旋空』を使うくらいだったら『アステロイド』を使った方が射程も長いし、当てやすい。弾丸は"点"の攻撃だから味方の援護もできるが、『旋空』は斬撃である以上は"線"の攻撃。敵と味方が重なったら援護も出来ねぇし、遠距離攻撃としての利点が死ぬ、ってな」

 

 なるほど、と出水は大きく頷いた。さすがにA級部隊を率いているだけあって、槍バカの言葉とは説得力が違う。まあ、逆に言えば『旋空弧月』を使いまくり、先陣を切って相手に突っ込んでいく自分の部隊の隊長が、いかに異常かも際立った気がしたが、気にしないことにした。三輪も『旋空弧月』は援護には向かないと言ったそうだし。太刀川隊での援護は出水の仕事である。

 

「前置きは分かったぜ。本題に入ってくれよ。結局、龍神は何をしたんだ?」

「簡単に言えば、アイツは"線"の攻撃である『旋空弧月』を"点"の攻撃に応用したんだよ」

 

 米屋はモニターを見上げた。龍神と二宮は、睨み合ったまま一歩たりとも動いていない。

 

「『旋空』によるブレードの延長。"飛ぶ斬撃"と見間違えるほどの伸縮速度を最大限に活かした、左手一本突き。それがあの『姫萩』の正体だ」

 

 米屋と出水。2人の間に、緊迫した空気が張り詰める。

 

「……なあ、槍バカ」

「なんだよ、弾バカ」

「それってさ……」

「おう」

「要するに牙○じゃねぇの?」

「知らん。本人に聞け」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 剣道という競技において、『突き技』の使用は高校の大会になるまで許されていない。なぜか、と問われれば、理由は単純明快である。危険だからだ。

 いかに竹刀といえども、相手の喉元などの急所を狙う『突き技』は、防具だけでは防げない重大な怪我に繋がることもある。故に、中学での部活の指導では『突き技』を習う機会はない。

 しかし、如月龍神は違った。彼は独自に、というか勝手な練習を行って『突き技』を研究し、研鑽していった。なぜか、と問われれば、理由は単純明快である。かっこいいからだ。

 禁じられた術。禁術。禁じられた技。秘奥義。そんな響きに心踊らない男子がいようか。いや、いない。少なくとも龍神は、大いに心踊った。相手に使うのが危険だということは、それだけ"強力"だということであり、使えば"強い"ということだ。しかも『突き技』の強さは、某新撰組隊長の奥義である『○突』によって証明されている。完璧である。『突き技』の存在を知った龍神が、その練習に励むのは必然と言えた。

 しかし、神は無慈悲だった。龍神が生身で励んだ『突き技』は、遂に使う日は訪れなかった。学校にテロリストが来たり、悪い英語教師がいきなり銃を乱射し始めたら、絶対に使ってやろうと心に決めていたのにも関わらずだ。

 それから数年。ボーダーに入隊し『旋空』という自分の心をがっしりと掴むトリガーと出会った後も、龍神は『突き技』の可能性を模索し続けていた。"飛ぶ斬撃"があるなら、別に"飛ぶ突き"があっても何らおかしくはない。同じ『弧月』使いであり、突きを多用する『槍使い』でもあった米屋陽介の協力も得て、龍神は『弧月』で昔以上に突いて、突いて、突き続けた。そうして鬼怒田に「それは本来の使用法じゃない」と怒られながらも驚かれて、その技は完成したのだ。

 ボーダー唯一の『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』である男は、生身でのトレーニングは『トリオン体』での挙動を行う際にプラスに繋がると、常日頃から説いている。彼の筋肉がそれを証明したように、無駄に思われた龍神の生身での研鑽は、奇しくも『トリオン兵』に対して牙を剥く槍となったのだ。

 

 それこそが、旋空参式――"姫萩"である。

 

 

 龍神はいつでも『姫萩』を撃てる体勢を保ったまま、二宮と睨みあっていた。

 

(……米屋のようにいきなり首とは言わないが、『供給器官』が無理でも、腕の1本や2本はもぎ取りたかったな……)

 

 心中で呟いて、龍神は顔を歪める。『トリオン体』の急所は、二箇所存在する。人間の心臓にあたる『トリオン供給器官』と、脳にあたる『トリオン伝達脳』である。そのどちらかに致命的なダメージを与えることができれば『トリオン体』は活動限界に陥り、緊急脱出(ベイルアウト)する。龍神が狙ったのは前者の『供給器官』の方だった。決して二宮の右腕ではない。いや、二宮にポケットから手を出させたかったのも、事実ではある。しかし、意図してやったわけではない。

 

(やはり、狙いがまだ甘いか)

 

 『姫萩』は確かに強力だが、通常の『旋空弧月』が比較にならないほどに攻撃のタイミングが難しい。この技は『旋空』によるブレードの伸縮を"突きの速度"に利用している。それ故に攻撃のスピードは一級品だが、いかんせん伸ばしたブレードには重量がある為に、狙いがどうしても"ブレて"しまうのだ。おそらく、自分以外の人間がこれを真似ても相手には掠りもしないだろう。そんな確信が、龍神にはあった。正直言って、自分でも正確に当てるのが難しいからである。

 

(どうする……牽制代わりにもう一撃、撃ち込むか……?)

 

 『姫萩』の構えを取ったまま、龍神は思案する。二宮は動こうとしない。龍神が何をしたのか、あちらも考えているのだろう。ならば、相手が悩んでいる内に仕掛けた方が、こちらの勝率は上がる。得体の知れない攻撃は、得体の知れないままの方が心理的に有利に働くはずだ。二宮が格上の相手であることを、龍神は認めていた。ようやく得たチャンス、ようやく見出だした活路を、逃すわけにはいかない。

 龍神は、覚悟を決めた。

 

 

 

(あれはおそらく『旋空弧月』を用いた"突き"だ)

 

 一方の二宮は、すでに龍神の『姫萩』のカラクリを見抜いていた。そしてそれが、いまだに未完成であることも。

 

(奴には俺の腕をわざわざ狙う理由はない。技のリーチだけなら影浦の『スコーピオン』よりも長い。だが、狙った場所を突けなければ、致命傷にはならない)

 

 二宮は冷静に分析する。『個人総合2位』の座にいる以上、二宮は個人戦で太刀川と戦うことも多々あった。『旋空弧月』の間合いと速度は、ほぼ把握していると言っても過言ではない。太刀川の『旋空弧月』が少々規格外であることを加味しても、二宮は龍神と向き合った時には充分な距離を保っていた。だからこそ、龍神に斬り込まれる前に防御ではなく『通常弾(アステロイド)』の迎撃で間に合うと判断したのだ。

 

 だが、あの馬鹿は二宮の予想を超えてきた。

 

(伸ばした腕の分、そして全身を使った体の捻りと踏み込んだ一歩……奴はそれで、技のリーチと威力を数段向上させている)

 

 認めざるを得ない。あれは確かに影浦の『マンティス』のような、固有の技術として成り立っている。

 では、どうするか。これはあくまでも推測だが……おそらく前方全体をカバーするような防御では、あの突きに『シールド』を破られるだろう。防御用トリガーである『シールド』は、展開範囲が狭いほど強度が上がり、逆に範囲が広ければ強度は低下する。二宮の『シールド』強度は『トリオン量』の高さも相まってかなり高い部類に入るが、前方全体をカバーするとなると『両防御(フルガード)』でなければ不安が残る。あの突きにはそれほどの威力があるのだ。

 かといって『両防御(フルガード)』をしたままでは、二宮は攻撃を仕掛けられない。

 

「ちっ……」

 

 思わず、舌打ちが漏れる。無理に博打にのせられたようで実に癪だが、致し方ない。切り裂かれたスーツの上着から、傷ついた右腕を抜く。

 二宮も、覚悟を決めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 向かい合っていた時間は永遠のように感じられたが、実際には1分間にも満たなかった。

 誰もが固唾を飲んで見守る中で、先に動いたのはやはり龍神だった。

 

 

「――――姫萩ッ!」

 

 

 構えた状態からの、予備動作なしの打突。

 放った瞬間に、龍神は確信する。

 決まった。

 この一撃は、会心の一撃だ。この突きは、確実に二宮の急所を穿つ。

 

「なっ……?」

 

 が、腕に伝わる手応えは、既に一度経験したものだった。

 

「……大した威力だ。それに、今度は"当てた"な」

 

 顔の前でひび割れた『シールド』を見て、二宮は言う。

 二宮は、既に『シールド』を張っていた。ただのシールドではない。顔と胸。ふたつの大小の円が、まるで雪ダルマのような形で展開され、的確に急所だけがカバーされていた。

 

「惜しかったな」

 

 そして、二宮の右腕に浮かぶ『キューブ』が、あの『シールド』が『両防御(フルガード)』ではないことを示していた。

 

 ――釣られた。

 

 左腕は完全に伸びきって、体勢も左足を前に踏み込んだ状態。これで回避は不可能だ。

 ならば、どうする?

 決まっている。

 残された選択肢は、ひとつしかない。

 

 龍神は左足を踏み締め――右足を前に出し、左腕を後ろに振りかぶり、右腕を前に振って――"それ"を思い切り踏みつけた。

 『グラスホッパー』

 龍神の身体が、大きく跳ねる。前方に向かって、跳躍する。

 

「うおぉおおおぉお!」

 

 突進。

 最後の最後に龍神が選んだその選択に、二宮は失笑する。

 既に『トリオンキューブ』の展開は終わっていた。二宮を相手に『グラスホッパー』で接近する『攻撃手(アタッカー)』は腐るほどいたが、距離を詰められた『射手(シューター)』が意識することは、たったひとつだけだ。

 焦らないこと。

 距離を詰められたのではない。相手が、自分からこちらに飛び込んでくる。それは距離を詰めるように『射手(シューター)』の側が誘導した、と。どうしてそんな風に、猪突猛進の馬鹿共は考えないのだろうか?

 

 あとはこの『通常弾(アステロイド)』を前方に放つだけで、奴の身体には風穴が空く。ひび割れた『シールド』越しに龍神の姿を見て、二宮は勝利を確信した。

 

「…………ッ!?」

 

 ――ハズだった。

 

 『グラスホッパー』は、簡単に言えば『ジャンプできる板』を周囲に配置できる『オプショントリガー』である。主に空中での足場や、移動速度の向上などに用いられるこの機動戦用トリガーは、意外にも様々な形で応用が利く。

 この『板』を出す枚数に、制限はない。当然『トリオン』は消費するが、複数枚を周囲に展開して連続移動する『乱反射(ピンボール)』という技があるほどだ。『グラスホッパー』を起動している間は、『板』を何枚でも設置できる。

 二宮に突進する、直前。龍神は右腕を前方に振っていた。

 それは踏み込みの為だけではなく――二宮の前方に、突進に先駆けて1枚だけ『グラスホッパー』を配置する為の動作だった。

 『アステロイド』の射出設定は終わっていた。コンマ数秒にも満たない間に、弾丸は8発に散らばって、前方に向かって一斉掃射される。もう、変更はできない。

 

 ほんの数秒にすら満たない。

 コンマ何秒という間の、2人の行動。

 

 それは、1秒後の結果を、大きく変えた。

 

「っ……くっ!?」

 

 再び、跳ねる。

 龍神の体が、今度は前方ではなく直上へ。空を切る『アステロイド』はなんとか龍神の右足に食らいつき、膝から下を消し飛ばした。けれどもそれは、龍神が空中に舞うのを止めるまでには至らない。

 前方への『グラスホッパー』を使った突進を終えた時点で、二宮と龍神の距離は5メートルを切っていた。故に、2枚目の『グラスホッパー』で龍神がとったのは、二宮のまさに頭上。無防備な真上だ。

 

 

「――――もらった」

 

 

 『射手(シューター)』の利点は、弾を放つ度にそれを設定できることだ。だが、龍神は逆に考える。

 『射手(シューター)』の最大の欠点は、弾を放つ度にその設定をしなければならないことだ。

 『銃手(ガンナー)』なら、引き金を引くだけで弾を撃てる。遠距離で撃ち合う分には、よほど複雑な設定をしない限り、発射のタイムラグはほとんど意識するような差にはならない。

 

 だが。

 

 1秒にすら満たない。コンマ数秒のやりとりが命取りになる、接近戦では?

 

 その隙は、致命的過ぎる。

 

 『弧月』を、振りかぶる。技の名前などいらない。ただこの一瞬が、このチャンスが惜しい。

 勝つ為に、『旋空弧月』を二宮の頭部に叩き込む。

 

 

「言った筈だ」

 

 

 しかし次の瞬間、龍神は目を疑った。

 『旋空弧月』を、打ち込むべき目標が。

 二宮の急所である、頭部が。

 いや、そもそも二宮の姿が。

 

 

「――――惜しかった、とな」

 

 

 黒いなにかに、遮られていた。

 

「…………う」

 

 それが、二宮が脱ぎ捨てたスーツの『上着』だと認識するのに、一瞬。

 それにより、二宮の急所が見えないという事実を認識するのに、数瞬。

 ここで決めなければ、やられる、と。決断するまでに、また一瞬。

 

 

「おぉおおぉおお!」

 

 

 龍神は力の限り、『弧月』を降り下ろした。

 瞬間的に伸びた刃によって、スーツの上着が真っ二つに切断される。龍神の手には、はじめて感じた確かな手応えがあった。

 

「くっ……」

 

 眼下で、胴体と切り離された右腕が飛んでいく。

 眼下で、シャツにベストの姿となった二宮が、自分に向かって左腕を向けていた。

 そして、わざわざ見るまでもない。数えることすら馬鹿馬鹿しくなるような、大量の『アステロイド』

 

 

「終わりだ」

 

 

 自分の体が跡形もなく消し飛ぶ感覚と、その言葉が耳に届いたのは、果たしてどちらがはやかったのか。

 捨て台詞すら、吐く暇もなく。

 龍神は、緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 最終スコア、5対0。

 振り返ってみれば、当然の結果だった。観戦していた隊員達の、予想通りと言うべきか。

 二宮匡貴の圧勝だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「よお、お疲れ、龍神! 完膚なきまでにフルボッコにされたな!」

「ま、今のお前じゃまだ勝てねぇってことだな」

 

 模擬戦ブースからロビーに戻った龍神を、2人分の快活な声が労った。

 

「出水……それに米屋。お前も来ていたのか」

「ったく、オレがせっかく開発に付き合った必殺奥義を使ったのに、まさか一本も取れないとは思わなかったぜ」

「それだけ二宮さんがつぇえってことだ。いい加減理解しろ、槍バカ」

「うっせー、そんなことは分かってるに決まってんだろ。オレは龍神を慰めてんだよ」

 

 すぐにはじまった騒がしいやりとりに、険しかった龍神の表情も思わず緩んだ。

 

「ふっ……友人として案じてくれるのは嬉しいが、心配は無用だ。この敗北を、俺は必ず次の糧とする」

「いいねぇ、お前のバカみたいなそのヤル気は大好きだぜ。なんなら、今からオレと戦(や)るか? そうすりゃ、負けの気分も少しは晴れるんじゃねーの?」

「いいだろう。だがな、米屋。先ほどの戦い、最後の"姫萩"は会心の一撃だった。今の俺を負けたばかりで心が折れていると思っているなら、大間違いだ。むしろ今、俺は熱く昂っている。舐めてかかってくれば、その首、数秒も掛からずに飛ぶことになるぞ」

「上等、上等。先にぶっ飛ばしてやるよ」

 

 ふふふ、ははは、と笑い合う2人を見て、出水は思った。こいつらは、まとめて近接戦闘バカだ。

 と、呆れて溜め息を吐いた出水は、龍神と同じく模擬戦ブースからこちらに歩いてくる人影を見つけた。両手をポケットに突っ込んで、圧勝したというのに表情はさっきまでとまるで変わらず、不機嫌だ。

 

「……二宮さん」

「うお、ニノさん!?」

 

 米屋が大声をあげて振り返っても、二宮は何の反応も返さなかった。ただ、彼の瞳は龍神だけを見ている。

 

「如月龍神」

「はい」

「お前にひとつ、聞きたいことがある」

「俺は敗者だ。答えられることなら、なんでも答えよう」

「なら、答えろ。どうして、もっとはやくあの『突き』を使わなかった?」

 

 それは、二宮にとって純粋な疑問だった。

 最初から、とは言わない。だが、遅くとも3戦目からあれを使っていれば、勝負はまた違ったものになっていたかもしれない。二宮がそう感じる程度には、あの『突き』は厄介だった。

 何故、龍神は5戦目まであの技を温存していたのか?

 

「……それは、決まっているだろう?」

 

 黒髪の頭を困ったようにかいて、実際に困ったような表情で、龍神は言った。

 

「最初から使っていたら、"必殺技"にならないからだ」

「…………」

 

 言葉が出ない。

 そして、二宮は確信した。

 やはり、コイツは馬鹿だ。

 

「ぷっ……ぐふ……」

「くくっ……二宮さんが……絶句するなんて」

 

 米屋と出水は、必死で笑いを堪えていた。二宮は何か言ってやろうと思ったが、やめた。今さら自分が何を言っても、それが馬鹿馬鹿しい言葉になることは避けられないからだ。

 

「……もういい。これ以上は付き合いきれん」

 

 捨て台詞代わりにそう言い残して、二宮は踵を返した。

 

「二宮さん」

 

 その背中に、声がかかる。龍神は、振り返らない二宮に対して、腰を曲げて頭を下げていた。

 そして、口を開く。

 

「ありがとうございました」

 

 振り返りたくはない。しかし、そうまで言われては、何も言わずに立ち去るわけにもいかなかった。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちを漏らしてから、二宮は言う。

 

「太刀川を倒すのは、俺が先だ」

 

 一歩たりとも、歩みを止めずに。

 

「太刀川ではなく、俺を倒しに来い」

 

 そうしてそのまま、二宮匡貴はロビーを出て行った。

 出て行ったのを確認してから、実に間延びした口調で、ポツリと米屋が一言。

 

「かっけ~」

 

 ふふん、と出水が笑う。

 

「だよな」

 

 最後に、龍神が頭を上げた。

 

「だが、次は必ず倒す」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「あっ、二宮さーん! 午後の防衛任務出る前に飯食いに行きましょーよ!」

 

 犬飼澄晴は、廊下を歩く隊長を見つけて後ろから声を掛けた。両手をポケットに突っ込み、不機嫌そうなオーラを発しているその後ろ姿を、見間違えるはずもない。

 けれども犬飼は、振り返った二宮の顔を見て首を傾げた。

 

「あっれ……? 二宮さん、何かいい事とか、おもしろい事でもあったんですか?」

「…………なぜだ?」

「いつもより、表情ユルいですよ?」

 

 犬飼の指摘に、二宮は自分の手を顔に当てる。それから、いつも通りの表情に戻って、

 

「……馬鹿が」

 

 と、辛辣に吐き捨てた。だが、それは犬飼の指摘が的を射ていたという裏返しの証拠でもある。

 『あの人』がいなくなって以来、久方振りに二宮のそんな表情を見て、犬飼は非常に嬉しくなった。これは、みんなに報告しなくては。

 

「ひゃみちゃん、ひゃみちゃん! それに辻も! はやくこっち来いよ! なんか二宮さんがさー!」

「うるさいですよ、犬飼先輩」

「どうかしたの?」

「それがさー!」

「…………黙れ」

 

 珍しく騒がしい二宮隊の面々を、周囲の隊員達は不思議そうに眺めていた。

 



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厨二と加古望

※飯テロ回です。絶対に炒飯(チャーハン)を食べながら読まないでください。


今回の登場人物


《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。孤高のB級隊員だが、孤高であるが故に色々と気を使っているらしい。

《加古望(かこのぞみ)》
A級6位加古隊隊長。ポジションは射手(シューター)。スタイリッシュな二宮さんに鳥籠な那須さん、天才な出水に持たざるメガネとシューターは激戦区のポジションだが、きっと蝶のように舞い、蜂のように刺す活躍を見せつけてくれるに違いない。彼女が作る炒飯はヤバい。好物はリンゴ。

《黒江双葉(くろえふたば)》
最年少A級隊員の加古隊攻撃手(アタッカー)。『弧月』を背負ったニンジャガール。好物は白玉あんみつとみかん。

《喜多川真衣(きたがわまい)》
加古隊の特殊工作兵(トラッパー)。冬島さんが半袖なので、多分彼女も半袖。好きなものは湯豆腐とこたつ、絵を描くこと。既に出不精の気配プンプンである。原作にも登場していないので、今回は登場しない。

《小早川杏(こばやかわあん)》
加古隊オペレーター。オペ子なので、多分かわいい。好きなものはピオーネと磯部揚げ。読書と犬。磯部揚げ……? 原作にも登場していないので今回は登場しない。

《太刀川慶(たちかわけい)》
加古さんの炒飯の犠牲者。一回死んだ。

《堤大地(つつみだいち)》
加古さんの炒飯の犠牲者。二回死んだ。


 扉を開けた加古望は、首を傾げた。

 

「あら、珍しいわね?」

 

 ボーダー本部には各隊ごとに作戦室が設けられており、防衛任務や訓練などの合間の時間には、正隊員はここにいることが多い。実戦、ランク戦では文字通りの『作戦室』として使われるが、平時は隊員達の憩いの場となっており、わりと各隊それぞれに部屋の特色が出ている。那須隊の作戦室はSF映画のような内装がセンスがいいと評判であり、太刀川隊や諏訪隊の作戦室は、ゲームや麻雀をする隊員の溜まり場である。

 作戦室に他の部隊の隊員が訪ねてくるのは、珍しいことではない。なので、加古が首を傾げた理由は訪ねてきた『人物』の方にあった。

 

「どうしたの? 如月くん。何か用事?」

 

 如月龍神。個人(ソロ)のB級隊員であり、いつの日か必ず『太刀川慶』を倒すと普段から豪語して憚らない筋金入りの変人である。

 

「いや……双葉に用があったんだが……」

「双葉に? 悪いけど、まだ学校から戻ってないわよ。もうすぐ帰るとは思うけど」

 

 再び首を傾げた加古の前で、龍神は困ったように頭をかいた。

 

「そうか……」

「なになに? ようやくウチの隊に入ってくれる気になったと思ったのに、単に双葉に用事があっただけなの?」

 

 ガシッと龍神の肩を掴んで、加古は微笑んだ。色々と……というか、かなり変わった性格の龍神だが、加古はそういう細かいことは気にしないタイプだ。それにイニシャルは『K』だし、実力は中々だし、双葉もなついている、という理由で、加古は結構頻繁に龍神を隊に勧誘している。

 だが、当の龍神の反応はいつも通りだった。

 

「ふっ……『ファントム』の異名をとる加古さんから誘いを受けるのは、俺も嬉しい。だがな、俺にも俺で考えていることがあるんだ。申し訳ないが、その誘いは受けられない」

「あら、いつものことながら残念だわ」

 

 さして残念でもなさそうに加古は言った。この手のやりとりはいい加減二桁くらいになるので、言葉通りの意味である。

 

「お詫びと言ってはあれだが、土産がある。つまらないものだが、よかったらみんなで食べてほしい」

 

 そう言って龍神が差し出した袋には、果物が入っていた。りんごとみかん。加古と双葉の好物だ。さらに別のスーパーの袋にはちょっといいものっぽい『豆腐』と『磯辺揚げ』のパックが入っている。加古は素直に感心した。

 

「真衣や杏の分まであるなんて……空気読めないくせに、こういうところで気がきくから、ますます欲しくなっちゃうのよね」

「やめてくれ。大したものじゃない」

 

 各部隊の作戦室を訪れる際に『お土産』を持参するのは、もはや龍神の癖のようなものだった。

 龍神は個人(ソロ)のB級隊員。防衛任務の際には基本的に他の隊と組む。必然、組んだ隊には迷惑をかける形になるので(特にオペレーターに)、なるべく好きなものを差し入れするようにしているのだ。ボーダーは人格的にいい人が多いので(太刀川と菊地原は除く)、大抵は遠慮されるのだが、個人(ソロ)活動が長かったおかげで全隊員の好みはほぼ把握している。

 この差し入れのおかげで、龍神は他の隊の作戦室に居座っても何も言われずにスルーされる地位を獲得することに成功している。孤高である為にも苦労があるのだ。

 ちなみに基本的に龍神が入り浸っているのは、ゲームができる太刀川隊の作戦室(太刀川がいない時)やマンガや小説が大量にある諏訪隊の作戦室である。だが、その二部屋はゲームの大会や麻雀大会などで混雑する場合も多々あるので、映画が揃っている荒船隊の作戦室と、米屋がいる三輪隊の作戦室(三輪がいない時)にもよく行く。奈良坂がいる時も長居すると嫌な顔をされるのだが、たけのこのチョコ菓子ひとつで解決するので三輪に比べればどうということはない。きのこよりもたけのこである。

 

 さて、というわけで、龍神は加古に捕まることはあっても、加古隊の作戦室を訪れたことはあまりない。

 なので、

 

「せっかくだから、双葉が来るまで中で待っていたら?」

 

 と、言われ、

 

「そうか。なら、お邪魔させてもらおう」

 

 あっさり足を踏み入れたのが、龍神の最初のミスだった。

 加古隊の作戦室は流石女子チームと言うべきか、綺麗に片付いていた。机の上に、加古の読みかけと思われるファッション雑誌が置いてあるくらいだ。

 

「やはり、諏訪隊や荒船隊の作戦室とは違うな……」

「諏訪隊は堤くんが片付けないと、誰も片付けしないものね。冬島さんとか太刀川くんも散らかすだけ散らかして帰って行くし。でも、荒船隊の作戦室って結構キレイだった気がするけど?」

「あそこは今でこそ片付いているが、ちょっと前までは魔窟だったんだ。加賀美さんの創作物に、荒船さんの大型プロジェクター。他にもトレーニング用具やハンモックやらで収拾がつかなくなって、荒船さんが私物の持ち込み制限を徹底して、ようやく今の状態に落ち着いた」

「へぇ、そんなことが……」

「俺もバレないと思って私物を持ち込んでいたが、撤去されてしまった……あの時は荒船さんに怒られたな……」

 

 と、普通に会話を楽しんでいた。そのせいで、加古がフライパンや包丁の準備をしていることに気が付けなかったのが、龍神の第二のミスである。

 

「ねえ、如月くん。お腹空いてない?」

「む……確かに。ちょうど小腹が空く時間帯だ。だが、その土産はあくまで加古さん達へのものだ。俺が手をつけるわけには……」

「その点は大丈夫よ。私が今から作るから」

「作る……?」

 

 第三に、加古の前で空腹を訴えた時点で、龍神の命運はほぼ決定してしまった。

 

「な、にを……?」

 

 加古は持ち前の美貌を最大限に発揮した、素晴らしい笑顔で言った。

 

 

「私が炒飯(チャーハン)を作ってあげるわ♪」

 

 

 ――加古望の炒飯(チャーハン)。

 ボーダー内で知らない者はいない、危険物である。

 

「私は6歳の時からお料理していてね~。特に炒飯が得意料理なのよ。太刀川くんとか堤くんから聞いたことない?」

「あ、ああ、まあ、それは……」

 

 聞いたことあるどころではない。むしろ詳細に知れ渡っている。

 曰く。堤が食べた『チョコミント炒飯』は、チョコの甘さとミントの香りが炒飯とまったくマッチせず、堤は一度死んだ。

 曰く。太刀川が食べた『いくらカスタード炒飯』はいくらのぷちぷち感とカスタードの甘さが絶妙にマッチせず、太刀川ですら死んだ。

 曰く。再び堤が食べた『蜂蜜ししゃも炒飯』は、ししゃもの魚臭さと蜂蜜の優しい甘さがやはり全然マッチせず、堤はもう一度死んだ。

 要するに、食べたら死ぬのが加古の炒飯である。

 龍神は冷や汗を垂らしながら、必死に周囲を見回した。

 

(どうする? どうすれば、この部屋から緊急脱出(ベイルアウト)できる!?)

 

 加古の炒飯の威力は絶大だ。なにせ堤が二度も死ぬほどである。龍神は一度も死にたくはない。

 

「やっぱり炒飯のポイントはパラパラに仕上げることよね。フライパンに油をちゃんと敷くのはもちろんだけど、冷やご飯をレンジでチンしたりすると水分がとんでいいのよ」

「成る程……流石は加古さんだ」

 

 表面上は涼しく応対しつつも、龍神は焦っていた。はやく対応策を練らなければ、このまま成す術なく散る羽目になる。

 

「ちょっと待っててねー。すぐに出来るわ」

 

 しかし、鼻歌混じりにエプロンを着けて、楽しそうに調理(?)を始めた加古に、今さら食べられませんとは言えない。噂を聞いていても犠牲になる隊員が後を絶たないのは、この純粋な笑顔が原因だろう。

 

(いや、待てよ……?)

 

 龍神は加古の手つきを見て、以前聞いた別の話を思い出した。

 曰く。A級3位風間隊の隊長である風間蒼也が食べた『カツカレー炒飯』は、普通においしかったらしいのだ。

 そして龍神は双葉から「加古さんの炒飯の噂は大袈裟過ぎです。ハズレでもそこまで不味くはありません」と聞いている。

 加古の調理の手際は、決して悪くない。むしろ、流石に6歳からやっているだけあって、とても手慣れている。つまり――

 

(ハズレではない炒飯を引き当てれば、俺は生き残れる!)

 

 活路は見いだした。後は往くのみ。

 意を決して、龍神は口を開いた。

 

「加古さん。ひとつ聞いてもいいだろうか?」

「なにかしら?」

「炒飯の『具』には何を入れるんだ? できればリクエストしたいんだが……」

 

 噂を統合し、分析すれば分かる。加古の炒飯の殺傷力の秘密は"具の組み合わせ"にある。チョコミントという前提からヤバい炒飯はさておき、いくらやししゃもは、単体では具として問題なく機能するハズだ。そこにカスタードや蜂蜜といった甘味が投入されるせいで、味が崩壊している。そもそもどうして炒飯に甘味を投入するという発想に至るのか、果てしなく謎ではあるが、とにかく具の投入をコントロールすれば死は回避できる。

 

(風間さんは好物である『カツカレー』をリクエストしたことで、イロモノの具の投入を回避している)

 

 カツカレー炒飯もどうやって作ったのかはわりと謎だが、手堅い具なら問題はないだろう。

 

「いいわよ。冷蔵庫にあるものなら、なるべくリクエストに応えてあげるわ。むしろその程度ならお茶の子さいさいよ!」

 

 エプロン姿で振り返って、加古は言った。

 よし、と心の中でガッツポーズをして、龍神は声が震えないように気をつけながら発言した。

 

「加古さん。俺は加古さんの料理の腕を信用している。故に、シンプルな具でお願いしたい。そうだな……卵とハムがいい」

「卵とハムねぇ……基本中の基本過ぎて味気ないわ」

 

 かたちのいい眉を顰めて、加古は不満そうだった。

 しまった、しくじったか、と龍神は体を強張らせる。

 

「まあ、もちろんOKよ。任せておきなさい」

 

 白く細い指で丸を作って、加古は微笑んだ。セーフ。セーフである。

 龍神はほっと息を吐いた。

 

(これで心配はなさそうだ……これで俺も風間さんと同じように生き残れる)

「でも折角だから余っていた納豆を入れてみましょう!」

(なん……だと……?)

 

 なんということだろう。

 さっきまでは影もかたちもなかったというのに、一瞬で納豆のパックが開けられ、フライパンの中にぶち込まれてしまった。

 

「な、納豆か……」

「あら? もしかして如月くん、納豆嫌いだった?」

「いや、そんなことは……ない」

 

 ぐっちゃぐっちゃと、フライパンの中でライスと納豆が混ざっていく。しかし、納豆は納豆スパゲッティなどもあるし、そこまで異色のチョイスではない。

 

(大丈夫だ……まだ、まだ大したことはない)

 

「加古さん、他には何も入れないのか?」

「そうね。あとは軽い味付けだけよ。塩、胡椒を適量振り掛けて……」

 

 本当に鮮やかに、適量の塩と胡椒がふられていく。

 

(そうだ……そのままだ。そのまま完成しろ!)

 

 

「さらに隠し味のいちごジャムを投入するわ♪」

 

 

(…………バカ、な?)

 

 なんだかわりと高そうな瓶詰めのラベルから、スプーンでごっそりといちごジャムをすくって。

 躊躇いも躊躇もなく、加古はそれをフライパンの中に叩き込んだ。

 

「はい、お待たせ!」

 

 龍神は完全に思い違いをしていた。

 加古望はマイウェイをマイペースでモデルウォークする女――己の道を己の理念に乗っ取って突き進む人間である。つまり、調理に関して人の言うことなんて聞かない。

 

「これ……が」

「ええ。私の新作。名付けて『納豆いちごジャム炒飯』よ!」

 

 そのまんまじゃねぇか、と突っ込む余裕すら龍神にはない。加古は自信満々のドヤ顔で、テーブルの上に皿を置いた。

 

(まずいな……これは……俺の貧弱な想像力を遥かに超えている……)

 

 まず、炒飯はなんかヌラヌラと光り輝いていた。調理の最初の方でパラパラに仕上げるには云々と加古は言っていた気がするが、それは調理という道程をマイペースでウォークする過程でどこかに蹴飛ばされたらしい。

 とりあえず、なんか甘い香りが漂ってくる。さらに、それが納豆の発酵食品特有の匂いと混ざりあって、食欲をまったくそそらない。

 

「さあ、遠慮なく食べて!」

 

 エプロンを脱ぎながら、加古が催促する。

 もはや、どこにも逃げ道はない。かわりに死んでくれる堤大地もいない。

 龍神は、覚悟を決めた。

 

「……いただきます」

 

 スプーンで炒飯をすくう。ぬちゃあ……と納豆が糸を引いた。あんまり火が通っていないのだろうか。豆粒は薄いピンク色に染まっている。

 

(大丈夫だ……大丈夫だ。甘納豆だと思えばッ……)

 

 一口目。

 

「ッ…………」

 

 ただ一口で、龍神は確信した。

 これは、17年の人生の中で、最もまずい炒飯だ、と。

 いや、最もまずい料理、と言った方がいいかもしれない。

 

(いちごジャムの酸味と甘味が別ベクトルに納豆と化学反応を起こし、卵の風味とネギのシャキシャキ感がさらにそれを増長している……ハムはそもそも存在感がない! なんなんだ、これは!?)

 

 頭の中でも自分が何を言っているのか分からないが、とにかく龍神は混乱した。

 これはヤバい。堤が二度死ぬのも当然の破壊力がある。

 

(だが……それよりもさらにまずいのは……)

 

 龍神は知らなかった。加古望が作った炒飯がヤバいのは、味がヤバいだけではない。

 

「どう? おいしい?」

 

 食事をしている間、加古は食べている人間から決して目を離さない。頬杖をついたまま、穢れなき笑顔で食べている人を見詰め続けるのだ。

 これでは――

 

(不味いなんて……言える訳が、ない。言える訳ないだろう!?)

 

 普通、まずい料理は一口食べて不味ければ、食べるのを止めることができる。それに、マンガのように一口食べて気絶するようなことは、現実ではありえない。

 だが、加古の炒飯を前に『いただきます』と宣言した人間は、

 

(ニコニコする加古さんの前で……)

 

「おい……しい、です」

「そう? よかった!」

 

(おいしくない炒飯を食べ続けながら、笑顔で感想を言い続けなければならない……)

 

 なんという苦行。

 なんという地獄。

 

 如月龍神は、ようやく理解できた。

 これが――加古望の炒飯(チャーハン)の全貌。

 

 確かに、

 

「ねえねえ、次はどんな具を入れたらいいと思う?」

「そう……だな」

 

 これを全て食べ切ったあとに、自分が生きているという保証を、龍神は持つことができなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 黒江双葉はボーダー本部への道を急いでいた。加古から龍神が来ているとメールで連絡を受けて、久しぶりに双葉はとても嬉しくなった。しかも、お土産のみかんまであるらしい。

 

 双葉は如月龍神を尊敬している。

 理由は、いつもカッコいいからだ。

 幼馴染みの緑川はいつも玉狛支部所属のS級隊員である『迅悠一』がカッコいいと言うが、双葉は龍神の方がカッコいいと常々思っている。

 双葉が入隊時に『弧月』で出した記録を、龍神は大幅に上回っていた。そしてある時、双葉に声を掛けてくれたのだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そこの女の子。『弧月』の鞘を少し引き摺っているようだが、邪魔じゃないのか?」

「……放っといてください。どうせ私は小さいですから」

 

 なんだかやたらに気取った喋り方だったので、無性に苛立って、双葉はそのまま彼の前を通り過ぎようとした。子供扱いされたことに腹が立ったのかもしれない。

 しかし、

 

「まあ、待て」

 

 ひょい、と彼は双葉の腰から、勝手に弧月を取り上げてしまったのだ。

 

「……なにするんですか? 返してください」

「待てと言っている。そう急くな。この刀は、もっとお前に合った装備の仕方がある」

 

 彼はどこからか黒い紐を取り出して、双葉の『弧月』の鞘に縛り付けた。

 

「よし……これを前で結べば、引き摺らないから邪魔にならないだろう? ニンジャスタイルの完成だ!」

「…………」

 

 確かに。背負えば『弧月』は、そこまで邪魔にならなかった。

 それに『ニンジャスタイル』 悪くない。ちょっとカッコいいかもしれない。

 

「いや……でもただの紐では流石にまずいな……鬼怒田さんに頼んでちゃんとした『トリオン』の紐を……うん、そうするか」

 

 ぶつぶつと呟きながら、彼はそのまま歩き出してしまった。双葉は慌てて、後を追う。

 

「待ってください! お名前、なんて言うんですか?」

 

 彼はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ふっ……俺か? 俺の名は――」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「加古さん! 如月先輩は!?」

 

 作戦室に飛び込んだ双葉は、目の前の光景に目を疑った。

 

「しっー。ダメよ、双葉。如月くんはお腹いっぱいになって寝ているから」

「…………」

 

 如月龍神は、スプーンを握ったまま机に突っ伏していた。

 いつもなら双葉が来たら「ふっ……」と笑いながら腕を組んでいたり、脚を組んで座っていたりするのに、今日はそれがない。

 双葉は、ちょっとがっかりした。

 

「加古さん、炒飯作ったんですか?」

「ええ。まず『納豆いちごジャム炒飯』を作って、如月くんの食べっぷりがあまりにもいいものだから、次に『鯖ブルーベリー炒飯』も作ったのよ。でも、さすがに食べ過ぎて眠くなっちゃったみたいね」

 

 双葉は心の底から龍神のことを尊敬した。加古さんの炒飯を二皿も食べ切るなんて、中々できることじゃない。

 やっぱり、尊敬できる先輩だなぁ……と。双葉は一人で頷いた。

 

「ところで、調子にのって作った炒飯がまだ余ってるんだけど、双葉も食べる?」

「三皿も作ったんですか?」

「なんだか今日はアイディアがどんどん沸いてきたのよ! 如月くんのおかげね。やっぱり彼、うちのチームに欲しいわ」

「……そうですね」

 

 

 結局、最後の『梅干しりんご炒飯』は、双葉がおいしくいただきました。

 



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厨二と玉狛支部

今回の登場人物

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。ランニングは様々なアニメで主人公が行うトレーニングなので、時々レイジさんと一緒にランニングをしている。しかし、あまり筋肉をつけ過ぎるとよくいるパワー系かませキャラになるのでは、と一時は危惧していたが、よくよく考えれば一番身近な筋肉がすごく強かったので筋肉はかませではないという結論に至った。

《小南桐絵(こなみきりえ)》
もてかわだまされガール。「だましたな!」でお馴染み。ショートヘアの戦闘体は読者に衝撃を与えた。ロングもショートも両方楽しめるヒロイン(?)

《烏丸京介(からすまきょうすけ)》
公式イケメン認定を受けている、もさもさしたイケメン。

《木崎レイジ(きざきれいじ)》
筋肉。アニメ最新話では那須隊や小南の水着を心待ちにしていた視聴者だったが、彼の水着のブーメランパンツがインパクトありすぎて、全てをもっていった。佐鳥も水着姿で腹筋が割れていることが判明したが、やはりレイジさんの腹筋には及ばなかった。流石筋肉。

《林藤陽太郎(りんどうようたろう)》
おこさま。

《雷神丸(らいじんまる)》
カピパラ。犬ではないし、オスでもない。ふてぶてしい。

《迅悠一(じんゆういち)》
実力派エリート。


 風が、吹いていた。

 川から吹くこの風は、どこか優しい。凪いでいた、と言う方が、適切なのかもしれない。羽織った黒のパーカーも、空気の流れに合わせて靡いていた。

 その名を冠するこの『刃』を振るうには、ここはうってつけの場所だ。

 如月龍神は、手にした『黒いトリガー』を構えた。

 

「――目覚めろ、風の刃」

 

 足を肩幅に開き、右手を前に突きだし、手のひらを広げる。

 

「――我が手で猛れ、我が手で吠えろ」

 

 左手は腰だめに構え、中腰に。右手は人差し指と中指以外は握りしめ、何もない空間を静かになぞる。

 

「――漆黒の闇を、その緑刃で照らし出せ。天を舞う斬撃で、我らが道を切り開け」

 

 勢いをつけ、溜めたまま構えていた左手を前へ。膝を伸ばし、右手を握りしめて振り払う。

 そうして、声の限り叫ぶ。

 

 

「『風刃』起動!」

 

 

 ――――静寂。

 

 結論を言えば。

 龍神が昨日の睡眠時間を1時間ほど削り、ノートのページを2枚ほどびっしり埋めて考えた起動用の詠唱と。

 さらに出掛ける前に1時間、鏡の前で練りに練ったポージングは、何の意味も為さず。

 黒(ブラック)トリガー『風刃』は、静かに沈黙していた。

 

「くっ……」

 

 がっくりと膝をつき、がっくりと項垂れる。

 また、ダメだったのだ。

 

「まーまー、そうへこむなって」

 

 ボリボリ、と。

 絶え間なく好物の『ぼんち揚』をかじる音をたてながら、1人の男が龍神に歩み寄る。

 迅悠一。玉狛支部所属の『S級隊員』であり、黒(ブラック)トリガー『風刃』の所有者である。

 

「すまない、迅さん。今日も手間を取らせたのに、ダメだった……」

 

 屋上のアスファルトに膝をついたまま、龍神は『風刃』を迅に返却した。受け取った迅は、かわりに龍神の手のひらにぼんち揚を乗せる。

 

「そんなに気にすんな。今日のやつもカッコよかったぜ」

「だが、やはり『風刃』は今日も俺に応えてくれなかった……俺の修行が足りない証拠だ」

「そうだなぁ……」

 

 頭上を見上げて、迅は言う。

 

「おれからひとつ言うなら、この青空の下で『漆黒の闇を照らし出せ』っていう台詞のチョイスは、ちょっと違ったかもな……」

 

 真っ青な空の中に、点々と浮かぶ白い雲。ここ、玉狛支部の屋上から見る今日の天気は、どう見ても晴天である。とりあえず手近な漆黒は、そこら辺の日影くらいしかない。

 

「……成る程。そういうことか」

 

 頷いて膝を叩く龍神。迅は苦笑いを浮かべた。

 間違いなく、手の中にいる『師匠』も困っているに違いない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 時間は少々経過し、お昼。

 

「ほんっとに、あんたは懲りないわね」

 

 茶碗に顔を突っ込んでいた龍神は、その一声に顔を上げた。

 いかにも嫌そうな顔で龍神の目の前の席に座ったのは、小南桐絵、17歳。迅と同じく玉狛支部所属のA級隊員だ。実力は高く、迅よりも前にボーダーに所属していた古株でもある。

 

「『風刃』には適合しなかったんだから、何度試しても同じでしょ? 結果は変わらないわよ」

「そんなことはない。修行を続けていれば、いつか俺も『風刃』に認められる日が来るかもしれんだろう?」

「あのねぇ……」

「たつみはよくやってくれているぞ。きょうもおかしをもってきてくれたしな」

 

 龍神の隣でフォローの言葉をかけてくれたのは、林藤陽太郎。玉狛支部のお子さまだ。

 

「ふっ……流石は陽太郎だ。話が分かる」

「ふっ……とうぜんだ」

「だからあんた達のその相性の良さは何なのよ……?」

「まあまあ、いいじゃないすか、小南先輩。如月先輩がウチの支部で飯を食べていくのは今に始まったことじゃありませんよ」

 

 陽太郎に引き続き、フォローを入れたのは烏丸京介、16歳。1年前までは本部所属だったが、現在は小南と同様に玉狛支部所属のA級隊員であり、もさもさした男前だ。バイトを多数掛け持ちしており、烏丸がレジやホールに入ると客が増える。まさにボーダー内公認のイケメンである。

 

「陽太郎の言う通り、先輩はいつもなんだかんだと差し入れを持って来てくれるじゃないすか。ほら、この前のクッキーの詰め合わせもまだ残ってますよ」

「む、それはほんとうか?」

 

 烏丸が指差した棚を見て、陽太郎はキラーン、と瞳を輝かせた。

 

「よし、いくぞ、らいじん丸」

 

 陽太郎が声をかけると、椅子の下からのそりと何かが這い出した。

 雷神丸。陽太郎のペット兼相棒のカピパラである。相棒なのだが、雷神丸は陽太郎のことを舐めきっており、しかも陽太郎は雷神丸を犬だと思い込んでいる。ついでに小南も信じている。それでいいのか信頼関係は、と龍神は思ったり思わなかったり。

 

「とうっ!」

 

 お子さまにしては不敵な笑みを浮かべ、陽太郎は雷神丸の背にライドオン。雷神丸はゆっくりと進み、棚の前で停止した。

 

「でかしたぞ、らいじん丸」

 

 相棒に労いの言葉をかけつつ、陽太郎は棚の上のクッキー缶に手を伸ばす。珍しく陽太郎の言うことを聞いているのは、自分もお菓子を食べられるかもしれないという打算が雷神丸にあるからだろうか。陽太郎の身長だけでは、棚の上まで手が届かないのだ。

 が、あともう少しというところで、クッキー缶は突如現れた太い腕に上からかっさらわれていった。

 

「お前はお菓子を食べる前に、まず飯を食え。飯を」

「レ、レイジ……」

 

 木崎レイジ。玉狛第一、木崎隊の隊長であり、現在のボーダーで唯一の『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』 料理から戦闘、さらに陽太郎のヘルメットなどの小物作りまでこなす、龍神からみても完璧な筋肉だ。

 

「野菜も食えよ」

「い、いやだ~。おれはクッキーを食べたい~!」

 

 レイジは陽太郎を雷神丸の背から腕一本で引っこ抜いて、食卓の椅子に戻した。悲しいかな、非力な陽太郎ではあの筋肉から逃れることは不可能だ。

 

「うう……クッキー……」

「食後にしろ」

 

 まるで父親のように、陽太郎の頭をぽんぽんと叩いて(実際に父親に見える)、レイジも食卓に腰を落ち着けた。

 それにしても、陽太郎には野菜を食えと言っていたが……

 

「この野菜炒め、肉の方が多くないか?」

「気にするな。それとも味が気に入らないか?」

「いや、相変わらずとても美味い」

 

 小南には文句を言われたが、玉狛支部に来ると大抵食事までご馳走になるのは、基本的にここのご飯が美味しいからだ。龍神は涼しい顔で、食事を再開した。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「で、今日は何しにきたんすか?」

「まさか、またくだらない技の名前を考える、とかじゃないでしょうね?」

「おれはきょうりょくするぞ、たつみ」

 

 食事も一段落。テーブルの上のカップの中身が、食後のコーヒーや紅茶に切り替わると、龍神は質問を浴びせられた。

 

「それとも『風刃』の起動に挑戦しに来ただけ、とかなわけ?」

「ふっ……安心しろ。今日はきちんと別の目的があってきた」

「別の目的?」

「ああ。烏丸、お前に話がある」

「俺に……? まさかアレですか? 如月先輩」

「流石だな。やはりお前は勘がいい。そういうところは嫌いじゃないがな」

「ほほう、あれか……」

 

 なにやらあやしいやりとりをする龍神と烏丸。あごに手を当ててニヤリとする陽太郎。1人だけ話に入れない小南は「なに? なになに?」と3人を見回した。

 

「なんなのよ? 何かあったの? 何かあるの?」

「大ありですよ、小南先輩。なにせ龍神先輩は、今日『新型トリガー』のテストにきたんすから」

「ええっ!? うそ! そうなの?」

「ふっ……」

「ふっ……」

 

 キラーン、と音が鳴りそうな笑みを、龍神と陽太郎は見事にシンクロさせた。慌てた小南は、キッチンにいるレイジの方へ振り向く。

 

「ちょっと、レイジさん! 知ってた? 龍神の新型トリガーの話!?」

「いや、全然」

「…………?」

「はい、ウソですから」

 

 烏丸の言葉に、ピキーンと小南は凍りついた。

 そうして、固まったまま一拍置いて、

 

「だましたなぁ!?」

 

 手元にあったクッションを、思い切り投げつけた。

 

「いつも思うが、投げるなら俺じゃなくて烏丸だろう?」

 

 凄まじいスピードで飛んできたクッションを首だけ曲げてかわしつつ、龍神は溜め息を吐いた。

 小南のだまされやすさは、もはや筋金入りを通り越して殿堂入りレベルだ。どれくらいひどいかというと、『胸が大きくなる』という触れ込みに騙されて、飴を大量に買い込んできた、と言えば大体分かって貰えるだろう。

 ちなみにその飴は諏訪隊のオペレーターの小佐野に譲られ、小佐野は普段からくわえタバコをしている諏訪を真似て、くわえ飴をしている。最近、小佐野の胸が大きくなったと変態な隊員達の間で囁かれているが、真偽のほどは不明である。さらにちなみに、一部の変態な隊員が諏訪に事実を確認しに行ったところ「小さかろうが大きかろうが乳は乳だろ」と、大変有難い格言を頂いたそうだ。

 

「まあ、落ち着け小南。む……じゃない、飴を買い込んで大騒ぎしたこともあったが、お前の美点はそういうところだと思うぞ」

「どういう意味よ?」

「お前は確かに、人の言うことを鵜呑みにして騙されやすい。だがな、人と人との関係が渇ききったこの世の中で、人の言うことを素直に信じる。これは、なかなかできることではない。それはいわば、お前だけの個性。素晴らしい美徳だ」

「び、美徳!?」

「そっすね。小南先輩が俺達を信じてくれるから、今の俺達があるんです」

「ちょ、ちょっとやだ……もう。いきなりそんなにほめないでよね。そんなにほめても、なにも出ないんだから……」

 

 ちょろい。

 圧倒的なちょろさだ。B級とかA級レベルではなく、S級レベルのちょろ具合である。これでよく悪い虫が付かないものだと、龍神はいつも思う。小南が通っているのがお嬢様学校なのが、せめてもの救いだ。

 

 顔を赤らめて1人で盛り上がっている小南は放っておいて、烏丸が龍神に向き直った。

 

「で、結局何の用事なんすか?」

「ああ。米屋から聞いたんだが……烏丸。お前『ガイスト』というトリガーを持っているそうじゃないか」

「それがなにか?」

「ふっ……とぼけるなよ、鳥丸!」

 

 バァン、と龍神は机を叩いた。

 

「『ガイスト』は時間制限付きの強化トリガーだと聞いた」

「はい。使用後200秒で緊急脱出(ベイルアウト)するので、使い所に難が……米屋先輩と模擬戦した時も」

「違う! 俺が聞きたいのはそんな話ではない!」

 

 テンションを一気に釣り上げながら、龍神は言い切った。

 

「時間制限付きでパワーアップ! 実に素晴らしい! ロマンじゃないか! 俺にも使わせてくれ!」

「……なるほど。そういうことすか」

 

 やや冷たい目になりながら、烏丸は頷いた。目の前の変人な先輩の狙いが読めたからだ。

 

「如月先輩も『ガイスト』を使ってみたいと?」

「是非」

「無理です」

「何故だッ!?」

 

 たった四文字の返事で却下され、龍神は目を剥いた。相変わらず無表情のまま、烏丸は言葉を続ける。

 

「だって如月先輩、玉狛支部所属じゃないでしょう?」

「いや……だが、お試しだけでも」

「駄目です」

 

 くっ……と、龍神はわざわざ椅子から立ち上がって、床に膝をついた。

 

「レイジさんの『全武装(フルアームズ)』といい、烏丸の『ガイスト』といい、どうしてこう玉狛支部のトリガーは俺の心を刺激するのだ……」

「諦めろ、如月」

 

 皿を拭いているレイジも、言葉少なにトドメを刺してくる。こういうところは流石師弟というところか。龍神は項垂れた。

 

「めげるな、たつみ。チャンスはきっとくる」

 

 肩を落とす龍神を、陽太郎がよく分からないフォローで慰める。鳥丸は複雑な表情でそれを眺めた。そうは言われても、無理なものは無理なので、どうしようもない。

 と、1人で盛り上がっていた小南が会話に戻ってきた。

 

「まあ、羨ましくても仕方ないわね。私達の『トリガー』は一点物の特注品だもの。量産型とは性能が違うわ」

「小南先輩、ここで煽ってどうするんすか」

「ふふん、いいのよ。龍神があたしの『双月』を羨ましがるのは、当然だもの」

「いや、別にお前の『双月』は羨ましくないぞ」

「え?」

 

 いつの間にか立ち直った龍神は、立ち上がりつつ言った。

 

 

「だって『斧』はかませ犬の武器だろう?」

「とりまる、模擬戦の準備して。このバカ叩き潰すわ」

 

 午後の予定が決まった。

 



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厨二と荒船隊

今回の登場人物


《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。荒船と一緒にかっこいい飛び降り方を模索していたが、そもそも攻撃手はわりと普通に動き回る為、そんなに模索しなくてもいい気がしてきた。

《荒船哲次(あらふねてつじ)》
荒船隊の隊長にして、理論派攻撃手からアクション派狙撃手に転向した異色の経歴の持ち主。木崎レイジ以来の完璧万能手を目指して日々研鑽を積んでいるが、まだちょっと筋肉が足りない気がする。帽子がトレードマークの色男。

《穂刈篤(ほかりあつし)》
荒船隊狙撃手。とにかく喋る、倒置法で。狙撃の腕はもちろん、味方との連携でもとても優秀。メールだとかなり饒舌になる。

《半崎義人(はんざきよしと)》
ダルそうな目をしたダルい狙撃手。狙撃の正確さはあの東も認めるほどで、味方だと心強いが、敵だと多分ダルい。

《加賀美倫(かがみりん)》
美大への進学が決まっている荒船隊オペレーター。芸術的な髪型をしている。ランク戦の勝利の喜びや敗北の悲しみを、カラー粘土をこねて作った創作物で表現する為、実は荒船隊の面々は結構顔色を伺っていたり。


1/21 修正、穂刈の名字が間違っていたので。


「……久しぶりだな、お前と組んでの防衛任務も」

「ふっ……そうだな。まあ、ちょうどよかった。返したいものがあったんだ、荒船さんに」

「ほー、何か借りたのか? 荒船から」

「ああ。三作ほど、アクション映画を。面白かったぞ、どれもアクションが素晴らしくて」

「飽きないのか、アクション映画ばっかで? あいつのチョイスは派手か派手じゃないかだからな、基本的に。しんみりと心に染み入るような映画が観たくなるぜ、たまには」

「いや、しかし――」

 

『おい、お前らの会話はもう少しどうにかできねぇのか』

 

 噂の張本人から通信が入り、如月龍神と穂刈篤は顔を見合わせた。 

 個人(ソロ)のB級隊員である龍神は、防衛任務を他の隊と組んで行っている。今日組んでいるのは、B級11位の荒船隊。隣にいるのは、荒船隊の狙撃手(スナイパー)の穂刈篤。狙撃用トリガー『イーグレット』を構えたまま、彼は自分の部隊の隊長に反論した。

 

「なんだ、荒船? 何か文句があるのか、オレ達の会話に?」

「穂刈さん。さっきのだろう、多分。荒船さんの怒りを買ったのは」

「ああ、趣味が悪いって言われて怒ってんのか、映画の」

『いや、単純にお前らの会話がウザい』

『確かにダルいっす』

 

 荒船に加え、半崎にまで苦言を呈され、ますます2人は首を捻った。

 

「わかんねぇな、なにが不満なのか」

「分からんな、確かに」

 

『『倒置法だよ』』

 

 無線越しだというのに、荒船と半崎の突っ込みは見事に重なった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 B級11位荒船隊は、ボーダーの中でも珍しいコンセプト部隊(チーム)である。

 コンセプト、即ち部隊としての特性を最大限まで突き詰めたチームとして有名なのは、A級3位の風間隊だ。No.2攻撃手(アタッカー)の風間を中心に、全員が『スコーピオン』と『カメレオン』を装備した戦闘スタイルは、まさに隠密近接戦特化。それに加えて『強化聴力』の副作用(サイドエフェクト)を持つ菊地原士郎がいる為、同じ『カメレオン』に対しても優位に戦闘を進めることができる。『カメレオン』開発当時、隠密戦闘が流行する中で風間隊は圧倒的な強さを示し、A級3位の座まで駆け上がった。

 荒船隊もそんな部隊としての特性を"尖らせた"チームであり、隊員3人全員が狙撃手(スナイパー)。ランクこそB級中位だが、遠距離狙撃戦特化の特殊チームとしてボーダー内でも名が知られている。が、そんなスナイパーチームの隊長である荒船哲次は、実はつい数ヶ月前まで『弧月』でポイント8000越え、マスタークラスの攻撃手(アタッカー)だった。攻撃手から狙撃手への転向もまた、ボーダー内では珍しい。

 そんな荒船と龍神の出会いは、荒船がまだ攻撃手だった頃、個人(ソロ)ランク戦まで遡る。

 

「ポイントのわりには、かなりいい腕だな」

 

 一戦を終えてロビーで一息ついていた龍神は、掛けられた声に顔を上げた。お茶のボトルを差し出してきたのは、帽子を被った色男。数分前まで、斬り合っていた相手だった。

 

「さっきはやられたぜ。飲めよ、奢りだ」

「……では、有り難く」

 

 差し出しされたお茶を受け取ると、彼はニヤリと笑った。

 

「荒船隊で隊長をやっている、荒船哲次だ。お前は?」

「如月龍神。フリーのB級隊員をやってる」

「個人(ソロ)か、珍しいな。どうせ暇なんだろ? どうだ? これを飲み終わったらもう一勝負」

「ふっ……そういうことなら、是非。さっきの『弧月』の逆手持ちには、驚かされたしな」

 

 龍神の言葉を聞いてピクリ、と荒船の肩が跳ねた。

 

「お前はあれをどう思った?」

「一見、荒唐無稽な持ち方に思えるが、その実、よく計算された動きだった。偉そうなことを言って恐縮だが、連撃の途中に絡めるなら大いに"あり"だと俺は思う。それに……」

 

 一呼吸分、間を置いて。お返しとばかりに、龍神もニヤリと笑った。

 

「あれはかっこいい。少なくとも、俺は好きだ」

「……なるほど。生意気だが、なかなか話の分かる奴だ。気に入ったぜ」

 

 それ以上、2人の間に言葉は必要なかった。

 詰まるところ、荒船哲次と如月龍神の相性はすこぶる良かったのだ。

 

 

 その日以来、龍神と荒船は気心の知れた先輩、後輩の間柄になった。理論的かつ、かっこいい戦法、戦術、戦闘方法を2人で研究し、研鑽する日々。以来、荒船が理論派攻撃手からアクション派狙撃手に転向したあとも2人の仲はなんら変わらず、良好な関係は続いた。

 防衛任務の後は荒船隊の作戦室に転がり込み、映画鑑賞。荒船隊の他の面々とも友好を深め、時には穂刈と筋トレに励み、時には半崎と昼寝をしてダラけ、時には加賀美の創作活動に協力してカラー粘土をコネコネした。

 そういうわけで、今日の午前中は荒船隊との久々の防衛任務。いつもならいつも通り、お土産と共に作戦室に転がり込んで、午後の時間を目一杯消費して映画鑑賞……なのだが、

 

「つまりアレだ。『弧月』を振る度に、ブォンブォンと効果音が鳴れば、かなりイカす。ついでに、赤、青、緑、紫に発光するとさらにイイな」

「待ってくれ、荒船さん。そうすると、日本刀としてのかっこよさが薄れるが、それについてはどう考える?」

「刀身も円形にすればいい」

「ふむ……それはそれで、そもそもブレードとして機能しなくなる気がするんだが……」

「いや、鬼怒田さんならなんとかしてくれるだろ」

「そうだな。鬼怒田さんならなんとかしてくれそうだ」

「お前、なにかと鬼怒田さんといること多いだろ? 今度頼んでみてくれ」

「分かった。駄目元で頼んでみる」

 

 悲しいかな、2人の会話に突っ込んでくれる人間はこの場にいない。龍神と荒船は馬鹿馬鹿しい会話をしながら、ゆったりと三門市内を歩いていた。

 理由は簡単。本日公開の映画を、劇場の大スクリーン、映画館に赴いて観る為だ。

 

「……それにしても、穂刈のヤツが遅いな。一旦家に帰るとか言っていたが、何をしているんだ?」

 

 防衛任務を終えた後、昼食を食べてから龍神、荒船、穂刈の3人で劇場に向かう予定だったのだが、穂刈はなぜか「すまん。一度帰る、家に」と言い残し、止める間もなく走り去ってしまったのだ。ちなみに半崎はダルいから昼寝をすると言って、すぐに帰った。

 

「穂刈さんは、荷物がどうの、と言っていた気がするが……お、噂をすればか?」

 

 コートのポケットに振動を感じ、龍神はケータイを取り出して開いた。二つ折りケータイを開いたり閉じたりする動作が好き過ぎて、龍神はいまだにスマートフォンデビューを果たせていなかったりする。

 

「…………」

「どうした、如月?」

 

 荒船に問われ、龍神は無言でケータイを突き出した。

 

 

from:穂刈さん

title:ごめんネ!

通販で頼んでおいたトレーニング機器が届くの、今日だったのをすっかり忘れていたぜ☆ 俺ってば、とんだウッカリさんだよな(テヘッ!)。上映時間には間に合うように行くから、もうしばらく待っていてくれよな(*^∇゜)v

 

 

 メールでは饒舌、かつ顔文字を多用し倒置法を多用しない文面になる穂刈に面食らう人間は多い。すごいギャップだが、多分これはギャップ萌えにはならないだろうと、龍神は思う。

 

「……あのトレーニング馬鹿が……」

 

 以前、作戦室が混沌の坩堝と化した際に大量のトレーニング器具を撤去した嫌な思い出がフラッシュバックしたのか、荒船は額を押さえてふらついた。

 

「……しかもあの野郎、俺が怒るのを分かっていて、クッション代わりにお前にメールしてるだろ、絶対に! 大体、またトレーニング器具買ったのか? いくつ買う気だ? あいつは!?」

 

 苛立ちのあまり口調が倒置法になっている。正直に言うと、荒船も大型プロジェクターを持ち込んで室内のスペースをかなり殺していたことを龍神は知っているのだが、そこは口に出さずに黙っておく。余計なことは言わないのが、円滑な人付き合いのコツである。

 まあまあ、と身振りで宥めつつ、龍神は荒船に聞いた。

 

「どう返そうか?」

「一文でいいぞ。『風穴を空けるぞ、遅れたら』ってな。文末には"優秀な隊長より"と添えておけ」

「ぶった斬るぞ、じゃなくていいのか?」

「今の俺の本職は狙撃手(スナイパー)だからな」

「了解した」

 

 ポチポチと打ち込んで、ケータイを畳む。隣の荒船は溜め息を吐いて、帽子のツバを下げた。

 

「仕方がない。適当に時間を潰すか」

「そうだな。穂刈さんは急いで来るとは思うが、それでも少し遅れそうだし」

「どこか店入るか。有り難く思え、先輩が奢ってやる」

「流石、荒船さんだ」

 

 再び2人は歩き出した。

 

「こんなことになるなら、別の奴を誘っておけばよかったな」

「鋼さんは誘わなかったのか?」

 

 村上鋼は鈴鳴支部所属のNo.4攻撃手(アタッカー)だ。荒船が剣の師匠として技術を叩き込み、『強化睡眠記憶』の副作用(サイドエフェクト)も相まって、一気に頭角を表した。その後、荒船が狙撃手に転向した際に多少の擦れ違いがあったものの、鈴鳴第一の隊長である来馬辰也の尽力によって誤解は解け、元の良好な関係に戻っている。

 この話を荒船から聞いた時の龍神の感想は「来馬さんいい人過ぎるだろ」に尽きる。

 

「ああ、鋼は今日は鈴鳴支部にカンヅメのハズだ」

「支部にカンヅメ? 何故?」

「年末の書類に太一がコーヒーをぶちまけて駄目にしたらしい」

「再印刷すればいいんじゃないのか?」

「太一がそれをやろうとして、ファイルのデータを全てぶっとばしたそうだ。今頃、鈴鳴支部のメンバーは書類の作り直しで大忙しだろうな」

「……真の悪め」

 

 来馬隊の狙撃手(スナイパー)、別役太一はやること成すこと全てが裏目に出る純粋培養の悪である。本人には何の悪気もないが、さらりと毒を含んだ発言をしたり、とにかく悪である。龍神も何度か、彼の無自覚の悪意によって辛酸を舐めさせられており、あまりいい思い出がない。

 鈴鳴第一のしっかり者のオペレーター、今結花が太一にぐちぐちと文句を言って、それを来馬と村上がフォローしている様が容易に想像できて、龍神は遠い目になった。

 

「確かに、それでは鋼さんは無理だな……」

「だろ?」

 

 休日の市内は家族連れや学生で、とても賑わっている。かくいう自分達も、これから映画を観に行くところだ。

 龍神は鈴鳴支部の面々に、心の底から同情の念が沸いてきた。無論、悪は除く。

 

「……荒船さん、帰りに鈴鳴支部に寄ろうか。何か差し入れをしよう。鈴鳴第一の皆があまりに気の毒だ」

「……まあ、確かに。休日返上でやっているんだろうしな。分かった。店に入るのは取り止めて、今の内に何か買っておくか」

「そうしよう」

 

 とりあえず目的が出来た龍神と荒船は、商店街の方へ方向転換した。買い物をしていれば、ちょうどよく時間を潰せるだろう。

 大通りは人が多く、本当に活気に満ちている。ボーダー隊員である自分が言うのもおかしな話だが、近界民(ネイバー)という侵略者が襲ってくる都市だとはとても思えない。

 そんなことを考えていたせいだろうか。

 

 

『緊急警報、緊急警報。門(ゲート)が市街地に発生します。門(ゲート)が市街地に発生します。市民の皆様は、直ちに避難してください。繰り返します――』

 

 

 僅か数秒後。

 そんな日常を粉々に破壊する、黒い穴が空に出現した。

 

「な……?」

「おいおい……嘘だろ?」

 

 突如、頭上に現れた門(ゲート)と、鳴り響いたサイレン音。普段から見慣れ、聞き慣れているはずのそれに、龍神と荒船は驚愕した。

 ここは三門"市内"だ。三門市に出現する『門(ゲート)』は、ボーダー基地周辺の『警戒区域』内に全て誘導されている。

 それが、何故?

 日中の、こんな市街地の中心に?

 

「どうして『門(ゲート)』が市内に?」

「……分からない。だが、悩んでいる暇はなさそうだ」

「ちっ……確かにそうだな」

 

 既に黒い穴からは『トリオン兵』が顔を出し、パニックが広がっていた。

 

「我が手の中の引き金よ、侵略者を切り裂く剣と成れ!」

「トリガー起動(オン)!」

 

 龍神と荒船の体が『トリオン体』に換装されるのと、最初の『トリオン兵』が地面に降り立ったのは同時だった。   

 頭を天に向けて高く嘶いたのは『近界民(ネイバー)』として一般市民に認知されている捕獲用トリオン兵『バムスター』ではなく、『バンダー』と呼ばれるタイプ。

 

「まずいな……」

 

 龍神は思わず呻いた。『バンダー』は特に手強い敵ではない。ただ問題なのは、出現した『バンダー』と龍神達の距離が離れていることだ。あのトリオン兵は"砲撃型"であり、ビームで遠距離攻撃を仕掛けてくる。警戒区域内ならいざ知らず、市街地で一発でも砲撃を許せば、大惨事になるのは免れ得ない。

 案の定、頭頂部の"目玉"のような部分に光が閃いた。

 

 ――撃ってくる。

 

 『旋空弧月』の間合いでは、届かない。

 

「くそっ……!?」

 

 次の瞬間。

 独特な射撃音が龍神の鼓膜を震わせた。

 ただし、それは『バンダー』から放たれたものではなかった。

 攻撃を放つ部位であると同時に、急所でもある"目玉"を撃ち抜かれて、巨体がゆっくりと倒れていく。呆気に取られて、龍神は後ろを振り返った。

 

「なにを呆けてやがる? お前には馴染みがないかもしれないが、俺は狙撃手(スナイパー)だぞ?」

 

 狙撃手用トリガー『イーグレット』を構えた荒船は、口元を歪めて笑っていた。

 まさに正確無比。『バンダー』が砲撃するよりもはやく、荒船が急所を撃ち抜いたのだ。

 

「俺が避難誘導をしながら援護する。お前は前に出て斬れるだけ斬ってこい」

「…………了解。任せたぞ、先輩」

「任せとけ、後輩」

 

 心強い。

 あとは荒船に任せて、龍神は『グラスホッパー』を起動。一気に空中に飛び上がった。

 門(ゲート)はまだ開いており、後続のトリオン兵が次々と沸いて出てくる。

 『バムスター』が1体に、戦闘用の『モールモッド』が……2体。

 

「本部へ緊急連絡。こちら、B級の如月。市内にて門(ゲート)が発生。荒船隊の荒船隊長と共に交戦中」

『こちら本部。諏訪隊の小佐野です。たつみん、状況は? 反応はこっちでも確認してるけど、市内って……?』

 

 応答してくれたのは、諏訪隊所属の感覚派オペレーター、小佐野瑠衣だった。午後の防衛任務のシフトに、諏訪隊が入っていたことを思い出す。

 『たつみん』という相変わらずの気の抜けるような呼び名に突っ込みたかったが、今日は口が忙しくて技の名前すら言っている暇がない。

 

「分からん! とにかく市内に門(ゲート)が開いているんだ。諏訪さん達はこっちに来れそうか!?」

 

 龍神は小佐野との会話を交えつつ『旋空弧月』で『モールモッド』の脚部を切断。そのまま自由落下して『弧月』を頭部に突き立てた。1体目、撃破。

 

『それが……たつみん達の場所以外にも警戒区域外で門(ゲート)が開いてるの。諏訪さん達はそっちに行っちゃってる。他の部隊もそう』

「他の場所でも門(ゲート)が?」

 

 背後にもう1体が回り込んでくるが、荒船からの援護狙撃が直撃。体勢が崩れたところに『旋空』を叩き込む。ものの数秒で、2体目が沈黙した。

 

「分かった。こちらはこちらで何とかする。だが、なにせ市内だ。なるべく応援の部隊を回してくれるように忍田本部長に伝えてくれ」

『おっけー。……あ、たつみん気をつけて! まだ来るよ!』

「なに!?」

 

 緊迫した小佐野の声を聞いて、龍神は空を見た。

 これで終わりではなかった。また新しい門(ゲート)が出現し、さらに追加で『バンダー』と『モールモッド』が穴を押し広げて出てくる。

 

「くそっ! キリがないな! 荒船さん、突っ込むから援護を頼む!」

『待て、如月! バムスターの足元に子供がいる! 保護しろ!』

 

 後ろに下がっていた荒船が『イーグレット』を撃ちながら走り出した。

 

「ッ……? あそこか!」

 

 周囲を見回すと、道路の脇に止められた車の陰で、5歳くらいの男の子が泣きじゃくっていた。ちょうど、龍神の位置からはほぼ死角で見逃していたのだ。

 しかし、トリオン反応を検知して捕獲する『バムスター』は男の子を見逃していなかった。"口"に当たる部分を開いて、まだ幼い子供を丸呑みにしようと、

 

「近付くな、バケモノめ」

 

 文字通り、少年の横に瞬間移動した龍神は、間抜けに大口を開けている『バムスター』に『弧月』の刃を食らわせた。

 

「もう大丈夫だ。捕まってろよ」

「う、うん!」

 

 涙を浮かべている少年を抱き上げ、『グラスホッパー』で後ろへ飛ぶ。『モールモッド』が追ってくるが、前に出た荒船が『イーグレット』の射撃で牽制した。

 

「『テレポーター』か。面白いもの使うようになったな」

「だが、今ので長距離を跳んでしまった。すぐに次が使えない。はやくこの子を安全な場所に……」

 

 子供を抱えたままでは戦闘を続行できない。かといって、こんな小さな子をそのあたりに放り出すわけにはいかなかった。

 

「ちっ……ちょいと手が足りないか」

 

 砲撃を一発も撃たせないために、荒船は『イーグレット』の射撃を『バンダー』に集中。だが、その間に『モールモッド』が猛スピードで接近してくる。

 この子を抱えたまま、やるしかないのか。

 龍神が覚悟を決めた時――

 

『間に合ったな、なんとか』

 

 ――別方向からの射撃が『モールモッド』の装甲を穿ち、足を止めた。

 

『遅刻はチャラか? これで』

 

 独特な喋り方が、無線を通じて聞こえてくる。こんな倒置法を多用した口調の人間は、ボーダー広しとは言えども1人しかいない。

 

「穂刈さん!?」

「バカ野郎。遅刻だ」

 

 口では罵りながらも、荒船の顔に笑顔が浮かぶ。彼は着ていた『バッグワーム』と、手に携えた『イーグレット』を放り捨てた。

 

「如月、お前はその子を守れ。穂刈、遅れてきた分はきっちり働け。俺は前に出る」

『了解だ、隊長』

 

 荒船は2体の『モールモッド』に向けて突っ込んだ。腰に下げられた、久しく抜いていない一振りの刀に手を掛ける。

 

「久々だな、抜くのは!」

 

 吠えた荒船はそのまま『弧月』を抜刀。真正面から『モールモッド』のブレードと斬り結んだ。

 斬り結び、斬り上げ、突き刺す。その度に『モールモッド』の手足が胴体と離れ、地面に落ちた。

 十数回に及ぶ打ち合いの末、遂に急所へ深々と刃が突き立てられて、1体目が沈黙する。だが、その間に2体目が、龍神の時と同様に背後に回っていた。

 

「荒船さん!?」

 

 堪らず、叫び声が口から出た。

 荒船は振り返らない。そのまま『モールモッド』のブレードが振り上げられて、

 

『任せたぜ、トドメは』

 

 まるで吸い込まれるように。火線が『モールモッド』目掛けて一直線に伸びる。

 荒船に届く前に、穂刈の狙撃でブレードは付け根から吹き飛んだ。

 当然のように、荒船は振り返っていなかった。そうなることが、分かっていたからか。いや、そうなるように背後を"任せて"いたからか。

 荒船は、不敵な笑みを散らつかせて、

 

「俺の後ろに立つなよ、ゴキブリネイバー」

 

 くるり、と。

 逆手に持ち変えた『弧月』の切っ先を背後に叩き込んだ。

 一撃で急所を砕かれた『モールモッド』は、未練がましく鎌を振り上げたまま、機能を停止した。

 

「……片付いたか」

 

 安心したように息を吐いて、荒船は『弧月』を鞘に納めた。

 

「90点だな」

『いや、完璧だっただろう、今の援護は』

「援護としては100点だ。だが、隊長に援護と言われても自力の狙撃で仕留めるのが本物のスナイパーだろ?」

『それだと、最後のお前の見せ場はなくなるが、いいのか?』

「その場合は、俺の背後は仲間に任せてある、とか言えばいい」

『ずるいな、隊長は。なに言っても格好つくだろ、それなら』

 

 荒船と穂刈は、軽口を叩き合う。

 攻撃手と狙撃手の綿密な連携。チームを組んでいない龍神には、分からない強さだ。個人(ソロ)隊員の身の上に不満はないが、羨ましくないのかと言えば、嘘になる。

 こういう時に、あらためて気づかされる。やはり龍神にとって、荒船哲次は尊敬できる先輩なのだ。

 

「こちら如月。穂刈さんの応援もあって、近界民(ネイバー)は全て片付いた。回収班を頼む」

『了解~たつみんもお疲れー。でも、なんで荒船さん達と一緒にいたの?』

「ああ、映画を観に来ていたんだが……」

 

 男の子を地面におろして、くしゃくしゃと頭を撫でる。あらためて周囲を見渡すと、被害はゼロとは言えない。ごく小さな範囲とはいえ、割れたコンクリートの地面、潰れた車という光景は日常のものではなく"非日常"のそれだ。

 

「ちょっとこれは、無理そうだな」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 結局、本部に戻った荒船、穂刈、龍神の3人が事後処理と雑務を終えたのは、午後の6時を過ぎてからだった。当然、映画は観れていない。

 

「疲れたな、まったく」

「本当だ、まったく」

「言うなよ。余計に疲れを感じる」

 

 そのまま帰るには心身ともに疲れきった3人は、荒船隊の作戦室に転がり込んだ。

 だが、そこには意外な人物が待っていた。

 

「あ、お帰り! お疲れ様!」

「加賀美?」

 

 龍神と穂刈は顔を見合せ、荒船が2人の気持ちを代弁するように間の抜けた声を出した。

 誰もいないと思っていた作戦室に1人残っていたのは、荒船隊のオペレーター、加賀美倫。彼女は午前の防衛任務が終わったあと、帰ったはずなのだが……

 

「色々オペレーター関係の雑務が残っていてね。それで本部に残っていたら、おサノちゃんから荒船くん達と如月くんが急遽出動したって聞いて……大変だったね」

「あ、ああ」

「それはいいんだが、別に……」

 

 労いの言葉自体はとても優しいのだが、荒船と穂刈の顔からは冷や汗が噴き出す。

 その原因は、妙に据わった加賀美の目付きと、彼女の手元にあった。

 

「……加賀美さん。ひとつ聞いてもいいか?」

「なぁに? 如月くん」

「……俺達は、何か加賀美さんが怒るようなことをしただろうか?」

 

 加賀美の手は龍神達と会話している間にも忙しなく動き、カラー粘土をこねて、こねて、こねまくっている。オペレーター用のデスクの上には、なんとも形容し難い前衛的な創作物が完成しつつあった。

 加賀美倫は、作戦室の机の中に美術用のカラー粘土を常備しており、感情が昂るとよく分からん人形をこしらえて喜びや悔しさを表現する癖がある。荒船と穂刈はもちろん、龍神にも"あれ"がどんな感情を表しているのか分かった。

 "あれ"は明らかに、自分は怒っています、という気持ちを全力で主張している。

 

「……映画、行こうとしてたんでしょ」

「え?」

「……3人だけで、映画行こうとしてたんでしょ! どうして私も誘ってくれなかったの?」

 

 中々に凄まじい音をたてて、カラー粘土が机に叩きつけられた。「ひっ……」という悲鳴を呑み込みきれずに、荒船と穂刈が龍神の背後に下がる。

 本当に、こういう時は頼りにならない先輩達である。振り向いて、「なんとかしてくれ、これは荒船隊の問題だろう?」的な視線を送ると、ようやく穂刈から口を開いた。

 

「違うんだ、それは」

「か、加賀美が好きそうなジャンルではないだろうな……と思ってだな」

 

 言い訳をするなら前に出て言えばいいものを、完全に後退りしつつ穂刈と荒船は言う。

 ある意味、この状況で距離を取ろうとするのは、狙撃手(スナイパー)としては正しい判断かもしれない。

 

「それは荒船くん達が決めることじゃないでしょう? 大体、みんなで観に行くならジャンルとかそんなに気にしないし……」

 

 唇を尖らせ、明らかに拗ねた状態で加賀美はカラー粘土をさらにコネコネする。どうやらこれは、完全に機嫌を損ねてしまっているようだ。

 小佐野め、余計なことを……。

 内心で龍神は毒を吐いた。

 と、後ろからコートの裾を引っ張られる。

 

「なんとかしてくれ、この状況」

「こういう時は隊員以外が宥めると効果的なハズだ、如月!」

 

 よくそんな小さな声出せますね、というくらいにボリュームを下げて、穂刈と荒船が囁く。

 

「…………はあ」

 

 一心不乱に粘土と向き合っている加賀美に、龍神は歩み寄った。

 

「加賀美さん」

「…………なに?」

「今はこんなものしかないんだが……とりあえずお詫びに」

 

 龍神がポケットから取り出したのは、まだ開封していないキャラメル。加賀美の好物である。

 

「…………」

 

 上目遣いに睨まれて、内心たじろぐ。しかし、ここで目線を離せば負けだ。

 見詰めあうこと、数秒間。

 

「……なんか安くない? もう……」

 

 観念したようにキャラメルの箱を受け取って、加賀美は封を切った。

 

「……みんなで食べよっか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 その日の晩、龍神は荒船と穂刈に焼肉を奢ってもらった。

 忙しい1日だったが、キャラメル1箱が焼肉になったのだから、総合するとラッキーだったと思う。

 

 



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厨二と那須隊

今回の登場人物

《如月龍神(きさらぎたつみ)》
厨二。

《那須玲(なすれい)》
B級12位、那須隊隊長。ポジションは射手(シューター)。太刀川隊の出水公平と並んで、リアルタイムで変化弾(バイパー)の弾道を引ける弾バカ。ボーダー内にも隠れファンが多い美少女。綾辻さん派と人気を二分していると思われる。

《熊谷友子(くまがいゆうこ)》
那須隊攻撃手(アタッカー)。中二病な同級生の必殺技の練習相手にされ続けたせいで、ただでさえ優れていた返し技の腕がさらに向上した。練習相手としては申し分ないので、龍神のことは嫌っているわけではない。多分バストがデカイ。

《日浦茜(ひうらあかね)》
すごく特徴的な泣き方をする那須隊狙撃手(スナイパー)。龍神に指ぬきグローブを誉められ、一緒にかっこいい指ぬきグローブのデザインを考えたので、そこそこ龍神のことを慕っている。そもそも指ぬきグローブがダサいとは思っていない。

《志岐小夜子(しきさよこ)》
引きこもりの那須隊オペレーター。年上の男性が苦手だが、一度龍神に差し入れしてもらった『塩昆布』がめちゃめちゃおいしかったので、それなりに龍神のことを慕っている。しかし、話したことはない。

《黒江双葉(くろえふたば)》
加古隊攻撃手(アタッカー)。かなり龍神のことを慕っている。

《木虎藍(きとらあい)》
嵐山隊の万能手(オールラウンダー)。とても龍神を嫌っている。とても烏丸を慕っている。


「どぅわわぁああああぁ~!?」

 

 ボーダー本部、那須隊の作戦室に、その日一番の絶叫が轟いた。

 

「い、いい話でしたぁあ~。最後が、最後がもぅ……うわぁああぁん!」

 

 感情を素直に発露させまくっているのは、肩にかかるくらいの長さの髪をふたつにまとめた少女、日浦茜。那須隊の狙撃手(スナイパー)である。

 

「ほれほれ、泣くな泣くな」

 

 そんな茜にティッシュを差し出したのは、那須隊のオペレーター、志岐小夜子。普段は自室に引きこもりっぱなしだが、今日は防衛任務もあったので作戦室にいる。実は、那須隊のメンバーがこうして『生身』で勢揃いするのは、意外と珍しい。

 

「いやー、でも面白かったね。あたし、こんな純愛もののピュアな映画なんて全然観ないからさ。茜ほどじゃないにしろ、ちょっとうるってきちゃったよ……ほら、お前は泣き止め!」

「うぇええん!」

「うん。茜ちゃんもくまちゃんも気に入ってくれたみたいでよかった。小夜ちゃんは?」

「もちろん、面白かったです」

 

 小夜子に引き続いて茜の目元をぐしぐし拭きながら感想を述べたのは、那須隊の攻撃手、熊谷友子。そんな2人を見て和やかな微笑を浮かべているのが、那須隊の隊長、那須玲である。

 B級12位、那須隊はメンバーが全員女子のガールズチームなのだ。

 

「ぐすっ……いいなぁ、私もこんな恋してみたいなぁ……」

 

 ようやく涙が止まってきた茜は、ついさっき見終わったばかりの映画のケースを手に取った。今日は防衛任務が終わったあと、そのまま作戦室で那須お薦めの映画を隊のメンバー全員で観たのだ。

 生まれつき体が弱い那須は、あまり外には出られない。そんな彼女の趣味のひとつが映画だ。おしとやかなイメージのある那須だが意外と映画の好みはバラけていて、ボーダー内で屈指の映画好きとして知られている荒船からも、時々アクション映画を借りたりする。

 しかし、本日の鑑賞作品は荒船からは絶対に借りられないようなタイトル。まるで硝子細工のように繊細で可憐な純愛ものだった。

 

「こんな恋してみたいなぁ……ねぇ。ねえ、茜。あんた、奈良坂くんとかどうなのよ?」

「ど、どうってなんですか? 熊谷先輩? どういう意味ですか!?」

「そのままの意味だけど?」

 

 にひひ、といたずらっぽい笑みを浮かべる熊谷に、茜は両手を振って反論した。

 

「ち、違いますよ! 奈良坂先輩はそんなんじゃないです! モチロン、尊敬してるし、かっこいいなぁ……とは思うけど! 純粋な師匠です!」

「ふーん、やっぱりかっこいいとは思ってるんだ?」

「あー、もうっ! そういうの、揚げ足を取るっていうんですよ! そもそも、那須先輩の前でそんな話をするのはどうなんですか!?」

 

 茜の狙撃の師匠、奈良坂透と那須は、従兄弟なのだ。確かに2人とも美形だし、よく見れば顔の雰囲気が似ているかな、と茜は思う。

 

「ふふっ……私は別に気にしないよ。透くんになら茜ちゃんを任せても大丈夫そうだし」

「な、なな、那須先輩っ!?」

「よかったじゃん、茜。怜の、っていうか、従兄弟様からのお墨付きだよ?」

 

 顔を真っ赤にする茜に、それを囲む3人の笑い声。那須隊ではいつものことなのだが、1人だけやり込められたままなのは面白くない。

 頬を膨らませた茜は、熊谷を指差して反撃に出た。

 

「それを言うなら、熊谷先輩だって如月先輩との関係はどーなんですか!?」

「な、なんでいきなりあいつの名前が出てくるのよ!?」

 

 茜の口から飛び出してきた男の名に、熊谷は目を剥いてたじろいだ。

 

「だって、いっつもなんだかんだ言って個人(ソロ)ランク戦に付き合ったり、最近は個人練習を一緒にやる機会も増えてるじゃないですか!?」

「な……それはあくまでも訓練よ、訓練! 最近個人戦が多いのは、太刀川さん達が遠征に出ているからだし……」

 

 確かに。熊谷がよく他人から評価される『弧月』を用いた切り返しや防御は、如月龍神との個人戦で培われたものだ。射手(シューター)の那須を中心に戦闘を進めるこの部隊では、熊谷は那須の接近戦のカバーに入ることが多い。くどいまでに『必殺技』などの攻撃に拘る馬鹿との斬り合いを凌ぐのは、かなりいい経験値になる。

 さらに、彼の戦闘スタイルは熊谷と同じ『弧月』の両手持ち。実力だけならマスタークラスは確実な龍神との個人戦は、熊谷にとっては自分を磨く大切な時間だ。

 が、そこに茜の勘繰るような特別な感情が絡んでいるのかというと、絶対にそんなわけはないハズだ。多分。

 彼女はショートカットの黒髪をぶんぶんと横に振って、

 

「違う違う! あいつはただの練習相手よ! あんたと同じ、純粋な練習相手!」

「ええー、本当ですかぁー?」

「なにが言いたいのよ! このっ!」

「あっ……先輩、暴力反対です!?」

「うるさい! 生意気な後輩の教育だ!」

 

 途端に騒がしくなる室内。一定のペースで那須の家にて開催されるお泊まり会のような雰囲気に、小夜子はやれやれと首を振った。

 

「本当にもう、あの2人は……」

「くまちゃんも茜ちゃんも、照れちゃってかわいい」

「そう言う那須先輩は、気になる人とかいないんですか?」

「うーん、私はそういう人はいないかな。小夜ちゃんは?」

 

 こういう時にさらりと流せるあたり、さすが隊長の器は違う。小夜子は首を横に振りつつ返答した。

 

「那須先輩。私が年上の男の人、苦手なのは知っているでしょう?」

「あ、そうだよね、ごめん。小夜ちゃんは年下好きだもんね」

「那須先輩、それは天然ですか? わざとですか?」

 

 ちょっとだけ皮肉を込めたその問いにも、那須は柔らかい笑みを崩さなかった。しかし、彼女は何かに気付いたように、唇に人差し指を当てると、

 

「あ、そうだ!」

 

 と、手を叩いて、ソファーに預けていた体を起こした。

 

「くまちゃん! 前、私の家でやった人生ゲームの『罰ゲーム』、まだやってなかったよね?」

「へっ!?」

 

 茜のマウントを取り、ギブアップのカウントをしていた熊谷は、唐突な那須の申し出に目が点になった。

 そういえば。以前、那須の家に泊まった時に「ビリが一番だった人の言うことをなんでも聞く」というルールで人生ゲームをして、見事に隊長である那須が1位に。そして自分がビリの座に輝いたことは記憶している。記憶しているからこそ、このタイミングでその約束が言い出されたことが、なんだか非常にいやな感じがする。

 

「ほほう。それは面白そうですね。それなら、こういうのはどうですか?」

 

 こしょこしょ、と。

 小夜子に耳打ちされて、短めに切り揃えられた那須の綺麗な髪が左右に揺れた。

 

「うん、それいい!」

「でしょう?」

 

 そのまま2人の視線は、熊谷に集中した。

 

「ちょ、ちょっと……なに?」

「茜ちゃん、隊長命令。くまちゃんをそのまま押さえて!」

「は!?」

 

 今まで一度も聞いたことがないような台詞を耳にして、熊谷は思わず手を緩めてしまった。

 

「了解です! 隙ありっ!」

「あっ、しまっ……」

 

 茜がホールドから抜け出し、お返しとばかりに熊谷の体を押さえつける。

 

「離しなさい! 茜!」

「なんかよく分かりませんけど、面白そうだから離しません!」

 

 相変わらず、こいつは何も分かっていない。いや、熊谷も那須に何をされるのか分かっていないのだが、このままおとなしく言いなりになる気にはならなかった。幸い、彼女と茜の体格差なら……少し不本意な気もするが、振りほどくのに何の支障もない。

 が、そんな見通しは甘かった。

 

「トリガー起動(オン)♪」

「えええっ!?」

 

 那須玲は病弱である。だが『トリオン体』になれば、激しい動きには何の支障もない。むしろ『トリオン体』での運動は、彼女の大好きなことだ。

 そして、換装した那須と茜の2人に襲われたら、いくら運動が得意な熊谷でも生身で抵抗するのは不可能である。

 あっという間にターゲットを床に組み伏せ、那須は熊谷の顔を覗き込んだ。

 

「くーまちゃん?」

「ま、待って、怜……?」

 

 那須の表情は、普段ベッドで休んでいる時のそれではなかった。戦闘を行っている時の、少し好戦的な面が表に出ているような……

 

「じゃあ、私のお願い聞いてくれるかな?」

 

 射手(シューター)である那須の変化弾(バイパー)は、リアルタイムで弾道を引くそのスタイルから『鳥籠』の異名で呼ばれている。

 熊谷は今、まさに籠の中に入れられた鳥の気分を味わっていた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「そういえば結局、この前は何の用事で来たんですか?」

 

 ボーダー本部の廊下を、歩く人影が3つ。

 如月龍神の右隣を歩く黒江双葉は、不思議そうな顔でそう聞いた。『この前』とは、龍神が加古の炒飯を2杯食べて撃沈したあの一件である。

 

「ああ、最近戦闘スタイルのマンネリ化に悩んでいてな。俺も『弧月』を背中に背負おうかと考えていたんだ。それで、双葉の意見を請いたくてな」

「さすがに先輩がそれをやると……いえ、先輩は腰に『弧月』を差している方がかっこいいと思います」

「む、そうか? ふっ……面と向かって誉められると、照れるじゃないか」

「如月先輩、双葉ちゃんは誉めているじゃありません。貶しているんです。あなたを軽蔑しているんです。そんなことも分からないんですか?」

 

 さらに、もう1人。左隣を歩く木虎藍は、刺々しい口調を全開にして、龍神の言葉を真っ向から否定した。

 しかし、龍神が何かを言う前に、双葉が木虎をギロリと睨む。

 

「木虎先輩。私は如月先輩と話しているんです。それに私は、如月先輩のことを尊敬しています。勝手に人の気持ちを語らないでください」

「なっ……え、ちょっと待って双葉ちゃん!? そういうつもりじゃ……」

 

 慌てたところでもう遅い。ぷいっ、と双葉はそっぽを向いた。

 ガーン、と。木虎のハートに、ヒビが入る。同年代や年上からの嫌みなどではビクともしないのだが、彼女のハートは後輩の言葉に対しては耐久力が異常に低いのだ。

 

 そもそも気に入らない。木虎は、いつも辛辣な双葉と仲良くなる為に一生懸命話しかけていたのに、そこに龍神がやってきたせいで、双葉はすぐに彼の方へと行ってしまった。

 木虎はそれが、すごく気に入らない。

 今も木虎が尊敬の念を得たい後輩は、龍神の方を見上げている。

 

「先輩、私もそれ持ちましょうか?」

「大丈夫だ、案ずるな。後輩に荷物を持って貰うほど、情けない筋肉はしていない」

 

 流石にレイジさんには劣るけどな、などと呟きながら、龍神は両手で抱えているダンボール箱を振ってみせた。

 

「それ、何がはいっているんですか?」

「鬼怒田さんに頼まれている資料だ。あとは開発室の皆さんの好物だな」

 

 ダンボール箱目一杯に詰め込まれた書類と差し入れの諸々は、かなりの重さになるのだが『トリオン体』で運ぶ分にはなんの問題もない。こういう時に使うと『トリガー』はとても便利だ。

 

「鬼怒田開発室長の使い走りですか……普段から迷惑をかけているんですから、それくらいは当然ですね」

「お前はむしろ先輩を気遣え。『私も持ちましょうか?』くらいは社交辞令で言える可愛いげを見せろ」

「別にかわいいと思われたくないので」

「たしかに木虎先輩って取っ付きにくいですよね」

「ふ、双葉ちゃん!?」

 

 両手に花、と言えば聞こえはいいが花同士の仲が悪いので、真ん中の龍神は堪ったものではない。

 うっすらと涙目になっている木虎がさすがに気の毒になったので、龍神はフォローを入れることにした。

 

「まあ待て、双葉。お前の言う通り、木虎は佐鳥以外の嵐山隊のメンバーと烏丸以外には常にツンツンしているが……」

「なんで烏丸先輩の話が出てくるんですか!?」

「ん? お前は烏丸に、淡い恋慕の念を抱いているんじゃないのか?」

「ち、ちが……違います! い、いや、違わなくはないですけど、烏丸先輩はもちろん、尊敬していますけど……」

 

 顔を真っ赤にした木虎は、後半は消え入りそうな声でぶつぶつと呟いた。そして、ちらりと双葉の方を覗く。

 

「双葉ちゃん……えーと、この話は……」

「大丈夫です。そもそも、興味ないので」

 

 木虎のハートはもはや粉砕寸前である。

 

「あー、ゴホン。その話は置いておくとして、木虎は仮にも嵐山隊の一員だ。広報活動で一般市民との交流する時は、それなりに外面がいいぞ」

「そうなんですか?」

「…………ええ、まあ。この前もハロウィンイベントで仮装して、子供達の相手をしました。那須隊にも手伝ってもらって……」

 

 萎れそうな声音で、木虎が言葉を返す。やや気の毒だが、素直に返事が返ってくるので、これはこれでとても楽だと龍神は思った。今度からは、木虎が近くに来たら双葉を呼べばいいのかもしれない。

 

「あ、如月先輩!」

 

 噂をすれば、なんとやら。手を振ってさらにもう1人、少女がこちらに走ってきた。話にでていた、那須隊の日浦茜だ。普段着ではなく、『トリオン体』の隊服に身を包んでいる。

 ちなみに那須隊の隊服はそのデザインの良さで、男子隊員達から絶大な支持を得ていたりする。実は龍神も、デザインの一部に口出ししており……

 

「どうした、日浦? 今日の指抜きグローブも実にイカしているじゃないか」

「はい! 小夜子ちゃんに前とはちょっとデザインを変えてもらって……じゃなくて、先輩、今お時間ありますか?」

「時間? 鬼怒田さんからの頼まれ事があるが……少しくらいなら大丈夫だ」

「なら、ちょっとウチの作戦室まで来て貰えませんか!?」

 

 なにやら強引に、とんとん拍子で話が進む。とはいえ、那須隊の作戦室は開発室に行く途中にあるので、少し寄り道をするだけで済む。断る理由は特になかった。

 すると隣の双葉が、むすっとした表情で、

 

「私も付いて行っていいですか?」

 

 と言い、それを聞いた木虎も、

 

「あ……じゃあ私も……」

 

 と、手を挙げた。木虎はいい加減諦めた方が精神ダメージが少なくて済むと思うのだが、これも龍神に止める理由はない。

 

「そんなわけで、同行者が2人いても構わないだろうか?」

「あー、うーん、え~と……」

 

 茜は帽子の上から頭をかき、口ごもっていたが、やがて意を決したように両手を合わせた。

 

「多分、大丈夫です! 行きましょう!」

「ああ、分かった」

「それにしても、女子2人といるなんて、如月先輩モテモテですね~」

「ふっ……いい男は辛いな」

 

 どれだけ待っても全然ツッコミがとんでこないので、木虎が立ち直るにはまだ時間がかかるようだと、龍神は認識した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 那須隊の作戦室は、わりと凝ったデザインをしている。室内には用途不明のパイプがはしり、その雰囲気は例えるなら宇宙船の船内。これも、那須隊の隊服をデザインしたオペレーターの趣味だ。もし『作戦室ベストデザインコンテスト』などが開催されれば、間違いなくこの作戦室が金賞を取るだろう。

 なので、訪れることはそう多くないが龍神は那須隊の作戦室を気に入っていた。久しぶりに入るので、ちょっとワクワクもする。

 

「よかった。来てくれたのね、如月くん」

 

 扉を開けると、そこに立っていたのは那須隊の隊長、那須玲。他の隊員達から『鳥籠』と呼ばれる技を持っている射手(シューター)だ。他の隊員達から技名を付けて貰えるなんて、龍神はすごく羨ましい。

 が、とりあえずそんな龍神個人の那須への嫉妬は置いておくとして、彼女はボーダーの中でも屈指の美少女である。その人気は、ボーダーのマドンナとも言われる嵐山隊のオペレーター、綾辻遥にも匹敵する。

 そんな那須玲が、

 

「……どうした、那須?」

「ふふっ、かわいい?」

 

 なぜか、頭に『ネコミミ』をつけていた。

 あの『ネコミミ』である。

 

「な、那須先輩……それ、まだ持ってたんですか?」

 

 ようやく立ち直ったらしい木虎が、今度はびっくりした様子で口を開いた。

 

「あ、木虎ちゃん! みてみて。前のハロウィンイベントの時は茜ちゃんがつけてたんだけど、私もつけてみちゃった」

「やっぱりネコさんのかわいいですよね~! 那須先輩も似合ってます!」

「ありがとう、茜ちゃん」

 

 どうやらこの『ネコミミ』は、木虎がさっき言っていた、ボーダー主催のハロウィンイベントで使った仮装グッズらしい。那須は茜と同様の『トリオン体』の隊服姿で、頭にネコミミ、手にはネコの手、お尻には尻尾までつけている。完全装備だ。

 これを写真に撮れば、かなりの数の男子隊員が飛びつくだろうな……と、龍神は頭の中でそんなことを考えた。

 

「…………勝てない」

 

 

 ぼそっと。双葉がすごく小さな声で呟く。なんだか、とても悔しそうな声音だった。

 そんな双葉は置いておいて、頭の中にとある疑問が浮かんだ龍神は、木虎の方へと振り向いた。

 

「そういえば、木虎はなんの仮装をしたんだ?」

「あなたに言う必要あるんですか、それ?」

 

 すっかり刺々しい口調に戻った木虎が、龍神を睨む。どうやら、完全に復活したらしい。

 だが、意外な方向からの伏兵が、彼女を再び襲った。

 

「木虎ちゃんは、遥ちゃんがデザインして作った仮装を着ていたのよ」

 

 那須の一言に、木虎が完璧に凍りついた。

 

「あ、あれは……あれはあれで、かわいかったですよね!」

 

 慌てた茜が、必死にフォローの言葉を投げる。しかしそのせいで思い出したくない記憶が刺激されたようで、木虎はその場に崩れ落ちた。

 成績優秀、容姿端麗、学校では生徒会の副会長まで務めている完璧超人、綾辻遥の唯一無二の弱点は『芸術』である。絵と歌に関しては、あの鉄面皮の城戸司令を瞠目させ、常に飄々とした態度を崩さない営業部長の唐沢に冷や汗を流させたという。その噂は、加古の炒飯と並んでボーダー内の伝説と化している。

 そんな綾辻が、おそらくノリノリでデザインした『仮装衣装』

 綾辻が木虎に「これ、藍ちゃんのために作ったの! 絶対に似合うと思うの!」と、天使の微笑みで凄まじいナニカを差し出す場面は、容易に想像がつく。

 

「……とりあえず、入っていいか?」

「うん、どうぞ」

 

 これ以上傷口を広げない為に、固まっている木虎を残して一同は作戦室に入った。

 

「……そういえば、俺は結局、どうしてここに呼ばれたんだ?」

 

 前と比べて少しバージョンアップされている室内を見渡しながら、龍神がそう聞くと、那須はネコの手を口元に寄せて笑った。

 

「如月くんに、見せたいものがあるから、かな?」

 

 その那須の声が合図だったかのように、暗い奥の部屋から、なにかがのそりと這い出てきた。

 

「…………くま?」

 

 龍神は驚愕した。

 那須隊の中で最も気心が知れた仲である、熊谷友子。彼女が那須隊の作戦室にいることは、なんら不思議ではないし、室内にいるのだろうとは思っていた。

 問題は、那須と同じようにその格好だ。

 頭には、那須のネコミミよりもさらにモフモフ感がアップされた、茶色いまんまるの耳。

 腕にはもちろん、那須の肉球よりも大きい、ちょっと獣っぽい茶色の手。

 そして、那須の細長い尻尾とは違う、ふわふわの尻尾。

 完全に『もりのくまさん』な格好になった、熊谷友子がそこにいた。

 

「くま、なにをしているんだ……?」

 

 普段なら絶対にこんな格好はしないであろう彼女に、龍神は心の底から当惑した声をかける。

 その瞬間、熊谷の後ろの暗がりから、鋭い声がとんだ。

 

「今です! 熊谷先輩! ここであの『セリフ』を!」

 

 顔を赤らめ、目を泳がせて、それでも熊谷は、罰ゲームとして小夜子に教えられたその『セリフ』を口に出した。

 

 

「く……くまじゃないくま!」

 

 

 しーん、と。

 数秒間。那須隊の作戦室の中は、完全に静まり返った。

 だが、さらに数秒後、

 

「「かわいい~!!」」

 

 女子特有の黄色い声を重ねて、那須と茜は熊谷に飛びついた。

 

「もう! くまちゃんすっごくかわいいよ!」

「くまって……語尾にくまって……先輩っ……」

「う、うるさい! くまって言うな!」

 

 那須と茜にもみくちゃにされながら、熊谷が声を張り上げる。

 そんな彼女達を、呆気にとられて龍神と双葉は見詰めていた。

 

「……那須も、あんな風にはしゃぐことがあるんだな」

「……無理です。あんなにあざといことはできません」

 

 なんだか全然噛み合ってない会話をする2人に、那須が振り返って聞く。

 

「如月くん、どう? くまちゃんかわいいでしょう?」

「ちょ、ちょっとやめて、玲!」

 

 揉み合う那須と熊谷の前で、龍神は笑みを浮かべて肩を竦めてみせた。

 

「ふっ……そうだな。だが……」

 

 極めて余計なことに、そこで一拍置いてから、龍神はこう続けた。

 

「何を着ようと、くまはくまだろう?」

 

 ――瞬間。

 

 龍神の視界の隅にうつったのは、なんか茶色い手だった。

 反転する視界。襲い来る衝撃。舞い散る書類の紙吹雪。

 この日、はじめてその打撃を受けて、龍神は迅悠一が言っていた言葉の意味をようやく理解した。

 

 確かにこれは、健康的ないいパンチである。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 その日の夜、那須邸。

 

「バカっ! バカバカバカ! 玲のばか! どうするのよ、あいつと今度会う時!?」

「ごめんね、くまちゃん。でも、如月くんは怒ってないと思うよ」

「かわいかったですねー、熊谷先輩。まさか本当に、あのセリフを言ってもらえるとは……提案してよかったです」

「たしかに。でも、罰ゲームを受けたのはあくまでも熊谷先輩なんだから、那須先輩はネコミミつける必要なかったですよね?」

「くまちゃんだけに恥ずかしい格好させるのは、かわいそうかなーって」

「じゃあ、最初からこんな罰ゲームにしないでよ!」

「あ、熊谷先輩が泣いた」

「泣きましたね」

「泣かないで、くまちゃん」

「もうっ…………」

「あ、熊谷先輩が拗ねて布団の中に」

「冬眠ですね、くまだけに」

「冬眠だね、くまちゃんだから」

「もうやだ……私この部隊やめる……」

「まあまあ、熊谷先輩。如月先輩も、満更じゃなかったと思いますよ?」

「だからあいつはそういうのじゃないのっ!」

「えー、私の指ぬきグローブも誉めてくれるハイセンスな人なのに……」

「……茜、この際だから言うけど、あんたのそれはさすがにダサいよ」

「えぇ!?」

「如月先輩のセンスは、色々とぶっ飛んでますからねー」

「うーん、でもちょっと残念だったかな。男の人って、絶対ああいうの好きだと思ったんだけどね」

「…………え?」

 



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厨二と近界民とメガネ 厨二と三輪秀次

原作突入。


 A級7位、三輪隊の隊長、三輪秀次は困惑していた。

 三輪の部隊は平均年齢こそ低いが、ボーダー本部の中でもトップクラスの実力を持つA級部隊のひとつだ。遠征任務でボーダートップチーム、A級1位部隊の『太刀川隊』や3位の『風間隊』が不在である以上、城戸司令が今回の任務を彼らに任せたのは、ある意味当然と言えた。

 その任務とは『人型近界民』の討伐。

 事の発端は、数日前まで遡る。ここ最近、三門市では突発的な『門(ゲート)』が多数発生しており、警戒区域外にまで被害が及ぶ事態に陥っていた。幸い、その問題は数日前、正隊員だけではなくC級隊員まで動員して行われた『小型トリオン兵』の一斉駆除によって解決したのだが、それらの出来事に関わっていた『三雲修』という隊員がどうにもきな臭いと、三輪は睨んでいた。

 不自然なほどに手際よく倒された『モールモッド』

 そして、ボーダーのものではないトリガー反応が検出された『バムスター』の残骸。

 結果は、大当たりだった。やはり三雲は、人型近界民と繋がっていたのだ。

 現場を押さえた三輪は、数分前からチームメイトの米屋と共に交戦を開始。初の人型近界民との戦闘、どんな攻撃を繰り出してくるのかと警戒していたが、三輪と米屋の連携を前に、小柄な近界民は反撃すらしてこなかった。さらに、狙撃手(スナイパー)の奈良坂や古寺との連携で、片腕までもぎ取り、もはや勝利は目前だった。トドメを刺すべく、切り札の『弾丸』をハンドガンに装填し……全てが順調に運んでいると、そう思っていた。

 

「そこまでにしておけ、三輪」

 

 その男が、近界民を庇うようにして三輪達の前に立ちはだかるまでは。

 その男が目の前に現れたことに、三輪秀次は心の底から困惑した。

 白いコートの隊服。腰にはB級の権限で可能な限りカスタマイズされた『弧月』を下げ、口元には余裕を含んだ笑みを浮かべている。良い意味でも悪い意味でも、この男を知らない正隊員はいないだろう。

 どうして?

 この馬鹿が?

 こんなところに出てくる?

 

「どういうつもりだ、如月龍神?」

 

 怒気を孕んだ声で、三輪は龍神を問い質した。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

(さて……ここからどうするか)

 

 三輪に問い質された龍神は、内心どう言葉を返すべきか、首を捻っていた。どういうつもりか、と問われても特に何も考えていなかったので答えようがない。

 ただ、なんとなく飛び出したら格好がつくようなタイミングで、飛び出してきてしまっただけである。

 そもそも、龍神がこの場所に居合わせたのは、まったくの偶然なのだ。

 少し話題がそれるが、龍神の多数ある趣味の中に、廃墟巡りというものがある。人気ない工場、ビル。そんな場所を見て回るのが案外楽しくて、警戒区域内の廃墟を散歩するのが龍神の日課になっていた。街なのに人がいない。そんな非日常感が堪らないのだ。

 警戒区域内が無人のゴーストタウンと化している三門市内は、廃墟好きにとってはパラダイスである。一流の廃墟愛好家は一眼レフのカメラなどを持ち込んで、写真を撮ったり寝泊まりしたりするらしいが、さすがに龍神はそこまでではない。精々、デジカメでいいなと思ったアングルの写真を納める程度だ。

 そんなわけで、今日は廃線になった駅を見て回っていたのだが……

 

 

 なんと、そこに人がやって来た。女の子が1人に、男が2人。1人は小柄な白髪で、日本人離れした容姿。もう1人は逆に、何の印象にも残らないような眼鏡を掛けた男子だった。

 が、龍神はメガネの方に見覚えがあった。

 

(あれは……つい先日B級隊員になったとかいう……確か、三雲修だったか?)

 

 とっさに駅の屋根の上によじ上った龍神は、3人から隠れつつ彼らの様子を観察した。

 そこからは、驚きの連続だった。

 

 まず、白髪の少年の指輪から、何か出てきた。

 

(なんだ!? あの空中に浮く黒い炊飯器みたいな物体は!?)

 

 しかも、その黒い炊飯器が、

 

(馬鹿なっ!? 喋り出したぞ!?)

 

 さらに、炊飯器が何か舌のようなものを伸ばして、

 

(トリオンキューブ? トリオンの計測装置か? それにしてもあのメガネ、キューブが小さいな……)

 

 と、一旦落ち着き、

 

(なん……だと……? なんなんだ!? あの少女のトリオンキューブの大きさは!? デカい……出水や二宮さんよりも上じゃないのか!?)

 

 最後に一番びっくりしたりして、屋根の上で1人で興奮していた。

 とはいえ、龍神もそれを見て何も考えなかったわけではない。

 

(さて……ここまで見たからには、このまま帰るわけにはいかないな……)

 

 あの喋る黒い炊飯器は、おそらく『トリオン兵』だろう。ならば、それを持ち歩く白髪の少年は近界民(ネイバー)だということになる。

 

(とはいえ……三雲とも普通に喋っているようだし、まずは話し合いだな)

 

 そこまで考えをまとめた時点で、龍神は彼らのもとに降りて話し掛けるべきだった。それをしなかったのは、単純に龍神の残念な思考が原因である。

 

(さて……どうやって登場するか……とりあえず『戦闘体』には換装するとして、やはり上から飛び降りてくるのがカッコいいか?)

 

 いや、と龍神は首を捻って、

 

(そもそも、飛び降りて登場というのはチープ過ぎるか? 会話は途切れ途切れにしか聞こえなかったが、「今の話は全て聞かせてもらった」と言いながら、柱の影からゆらりと現れるのも悪くないな……くっ、俺はどうすれば!?)

 

 と、勝手に悩んでいるところに、あの2人が現れたのだ。

 

「動くな、ボーダーだ」

 

(な……!?)

 

 彼らの前に現れたのは、龍神もよく知る同級生、三輪秀次と米屋陽介だった。

 

「間違いない、現場を押さえた」

 

 携帯電話を片手に、三輪が言う、悔しいが、様になっていた。

 

「ボーダーの管理下にないトリガー。それに加えて、近界民との接触を確認。処理を開始する」

 

 そうして2人は、龍神も見慣れたデバイスを取り出し、

 

「「トリガー、起動(オン)」」

 

 と、静かに宣言した。

 

(しまった……出て行くタイミングがッ……)

 

 脳内で自分だけの議論を繰り返しながら悶々としていたせいで、龍神は完全に登場のタイミングを逸してしまったのだ。

 しかも、龍神には三輪と米屋の登場が、やたらかっこよく思えた。あの2人のあとにすぐ出ていっても、なんだか微妙な感じになる予感しかしない。

 出ていくべきか、出て行かないべきか。再び悶々と悩み始めた龍神の意識を現実に引き戻したのは、連続して響いた銃声だった。

 

(三輪はなにを……!? 相手は生身だぞ!?)

 

 だが、三輪が撃った白髪の少年は、すぐに生身ではなくなった。黒いスーツを身に纏った、『トリオン体』に変化したのだ。

 

(やはり……あの少年は近界民か。それにしても、黒いスーツか。ああいうデザインも、結構悪くないな。なかなかいい……)

 

 って、そうではない。龍神は頭を強く振って、雑念を打ち払った。

 そして懐からケータイを取り出し、電話帳からある男の番号を呼び出す。

 

『はいはい、もしもし? こちらは実力派エリート。どうした、龍神?』

 

 流石、実力派エリート。ワンコールも経たない間に応答してくれた。

 迅悠一は、龍神が何か言う前に先に質問を投げてきた。

 

『ていうか、お前今どこにいるの? おれも今の戦闘を観察してるんだが、おまえの姿が全然見えないぞ?』

「ああ、駅舎の屋根の上にいるからな。ちょうど、非常階段の影で死角になっているんだろう」

『なるほど……』

「……やはり、その口振り。こうなることが分かっていたんだな?」

 

 ほっとするのと同時に、小声ながらも強い口調で、龍神は迅を問い質す。

 

「どういうことだ、迅さん。数日前、俺と会った時に『こうなる未来』はみえていたハズだろう? 何故、教えてくれなかった?」

『そりゃもちろん、みえてはいたさ。けど、前にも言っただろ? おれが未来を教えたら、必ずしもいい未来になるとは限らない。だから、おまえには教えなかったんだよ』

 

 迅悠一の副作用(サイドエフェクト)は、副作用(サイドエフェクト)の分類の中でも珍しい『未来予知』と言えるような代物だ。ほぼ確定している未来は、年単位でかなり先まで見えており、逆に予知で介入することができる『不確定な未来』は、近い将来までしか見えていないという。未来は不確定で、あくまでも起きる確率が高い予想のようなものだから、変化することもあるらしい。

 だが、迅は龍神に何も言わなかった。つまり、迅がみた未来は、少なくとも彼にとっては『そうなってほしい』と願う未来、介入して変化させたくない未来だということだ。

 

「成る程な。俺は迅さんの手のひらの上で踊らされているというわけだ……で、俺はこれから何をするんだ? いや、違うか。俺は"何をすれば"いいんだ?」

『そんな皮肉っぽい言い方すんなよ。おれがそれを教えちまったら、それこそ意味がない』

 

 電話越しでも、迅が笑った気配が伝わった。

 

『おまえはおまえの好きなようにやれよ、龍神』

 

 そうして、言いたいことだけ言い残されて、電話は切られてしまった。

 

(……俺が、やりたいように……)

 

 人型近界民は、三輪と米屋の連携に確実に追い込まれていた。2人から逃れる為に上に飛び上がったが、狙撃を受けて腕が吹き飛ぶ。

 

(奈良坂と古寺も来ている……当然か)

 

 片腕を失った近界民はさらに追い詰められ、遂に、駅舎の角で三輪と米屋に囲まれた。

 一見すれば、順調に三輪隊が近界民を追い詰めているように見える。

 だが、

 

(…………待て、どうしてあいつは……)

 

 何故、反撃をしない?

 三輪と米屋が繰り広げているのは、完全に近接戦闘だ。2人のコンビネーションはここから見ても見事なものだが、あの近界民は狙撃を受けるまでは致命傷を避けている。そんな余裕があるのなら、牽制の一撃でも放ってしかるべきだ。少なくとも、龍神ならそうする。

 つまり、あの近界民――あの少年は、わざと攻撃をしていないのだ。

 

「…………ふっ」

 

 あの少年に、敵意はない。

 そもそも、生身の相手にいきなり発砲した時点で、三輪の行為は誉められたものではない。

 しかし、そんな諸々の事柄はどうでもいい。

 

 片腕を失い、攻撃を加えるわけにもいかず、絶対絶命の状況で現れる謎の味方。

 

 ――これだ。

 

 今しか、ない。

 

「トリガー、起動(オン)!」

 

 龍神は、伏せていた上体を持ち上げ、立ち上がり、駆け出して、跳んだ。

 そして、三輪と米屋、少年との間に割り込むようにして降り立った。

 

「そこまでにしておけ、三輪」

 

 この瞬間、如月龍神は心の底から確信した。

 

 ――よし、きまった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 三雲修は、困惑していた。

 数日前に修が出会った少年、空閑遊真は近界民(ネイバー)である。彼が近界民であることがバレないように、修は色々と手を尽くしてきたが、遂にボーダーに知られてしまい、しかもそのまま戦闘になってしまった。

 さらに悪いことに、相手はA級のエリート部隊。遊真が成す術なくやられていくのを、修は黙って見ていることしかできなかった。

 遊真は言ったのだ。

 

 ――さがってろ、オサム。こいつらが用があるのはおれだ。

 

(……くそっ)

 

 遊真が迅と知り合いだということを説明しても「裏切り者の玉狛支部が……」と吐き捨てられ、取り合って貰えない。最後の望みを懸けて、迅の携帯電話に連絡してみたのだが、

 

(駄目だ……話し中で繋がらない……)

 

 その望みも潰えてしまった。

 遂に遊真の右腕が吹き飛び、もうだめだ……と。諦めかけたその時、

 

「そこまでにしておけ、三輪」

 

 その男は現れた。

 白いコートのような隊服。三輪隊のような部隊章はないが、肩の部分にあるのは紛れもない『ボーダー』のエンブレムだった。

 

(あの人も、ボーダーの隊員なのか……?)

 

 三輪にキサラギ、と呼ばれた男は、まるで遊真を庇うようなかたちで彼らの前に立ちはだかっている。

 もしかしたら……味方なのかもしれない。

 

「修くん、ケータイ!」

「え……? あ!?」

 

 千佳に言われて、修は携帯電話が手の中で鳴っていることにようやく気がついた。

 

「もしもし!?」

『おー、悪いな、メガネくん。他のヤツから電話が来ていて、出れなかった。実力派エリートは人気者なんでね』

「迅さん、大変なんです! 空閑がボーダーの人達と……」

『バトってんだろ? 知ってるよ。ていうか、今見てるし』

「えっ!?」

 

 修は周囲を見回した。今の迅の口振りだと、彼はどこかでこの戦闘を見守っていることになる。

 

『大丈夫だよ。アイツは強いし、それにもう1人、援軍も来たしな』

「そうなんです! 他のボーダー隊員の人が戦闘に割り込んで……あの人も、迅さんの知り合いなんですか?」

『知り合い……うーん、まあ、知り合いだな』

「味方なんですか!?」

『味方……うーん、まあ、多分。味方はしてくれると思うよ。すごく馬鹿だけど、こういう時の判断はわりとしっかりしてるし。それに、ボーダー内では正隊員同士の戦闘は隊務規定で禁止されている』

「隊務規定……それなら!」

 

 奇しくも。

 修が声を弾ませたのと、連続して銃声が轟いたのは同時だった。

 

「…………迅さん」

 

 修は、呆然とした。

 ついさっきまで、空閑を庇うようにして立っていたあの男が、身体中に『重り』のようなものを付けられ。

 駅のホームに倒れ伏して、一歩も動けなくなっていた。

 

「……迅さん」

『あ、えーと……うん。大丈夫。見えてるから。あれ……?』

 

 いや、大丈夫じゃないでしょう。

 登場後僅か数十秒で動けなくなった援軍を見詰めて、修は冷や汗を垂らした。

 



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厨二と三輪秀次 その弐

 三雲修と迅悠一が会話をしている間に、如月龍神と三輪秀次の間に、何が起こったのか。

 三輪の最初の問いまで、時間は遡る。

 

「どういうつもりだ、如月?」

 

 どう返答するか散々悩み、結局龍神はたっぷり間を空けてから、相も変わらず気取った言葉を投げた。

 

「その言葉、そっくりそのままお前に返させて貰おう。どういうつもりだ、三輪?」

「……どういうつもりだ、だと?」

 

 結果、いつも癪に触るその言動が、今日はさらに三輪の神経を逆撫でした。

 

「ふざけるな! そいつは『近界民(ネイバー)』だ! 『近界民』を排除するのに、どうもこうもない! 俺の部隊は、城戸司令からの命令を受けて動いている。お前に邪魔をする理由も権利もない!」

「確かにその通りだ。お前の言っていることは正しい。これが城戸司令からの命令なのかどうかは、俺の預かり知らぬところだ。だがな、三輪。先ほどからこの『人型』は、お前達に一切の危害を加えていない。少なくとも、この『近界民』とは話し合いの余地があるということだと俺は思うのだが……違うか?」

「ぐっ……」

「おお、なかなか話の分かる人がでてきたな」

 

 今まさに、争いの原因になっている人型近界民が、まるで他人事のように気の抜けた声を出して頷いた。その態度が気に食わないのか、三輪の表情は一層険しくなり、彼の隣の米屋陽介も苦笑いを浮かべる。

 

「おいおい、龍神。なに首突っ込んでんだよ。そんなにオレと殺り合いたいのか?」

「ふっ……相手になっても構わんぞ、米屋。だが、それをすればどうなるか、分かっていないわけではないだろう?」

 

 涼しい顔で、龍神はさらりと返す。米屋は「けっ」と眉を顰めて、手にしている槍の穂先をおろした。

 戦えるわけがないのだ。ボーダーでは、模擬戦以外で隊員同士の『トリガー』を使った戦闘は禁じられている。もしも破れば、隊務規定違反の罰則で、最悪『トリガー』を没収される。その期間戦えなくなってしまうのは、バトルジャンキーである米屋と、近界民の殲滅を生き甲斐にしている三輪にとっては、かなり辛いことだ。そんな事情を理解した上で、このバカは自分達の目の前に立っているのだろうから、相変わらずただのバカではない、と米屋は思う。

 もはやこれは、隊長に指示を仰ぐ他あるまい。

 

「どーする、秀次?」

「ちっ……」

 

 三輪は舌打ちを漏らしながらも、ハンドガンの銃口を、米屋と同様に下ろした。

 

「……ありがとう、三輪。さて、これでもう無駄な戦いをする必要もなくなった。まずは名前を聞こ――」

 

 瞬間、轟いた銃声に、撃った本人以外の全員が驚愕し、目を見開いた。

 

「なっ……に」

 

 一瞬だった。

 龍神が人型近界民の方へ振り向いた、その隙を突いて。三輪は下げていた銃口を滑らかな動作で持ち上げ、一切の躊躇も躊躇いもなく、弾丸を叩き込んだのだ。

 

「三輪……お前!?」

 

 右足首、右膝、左腿、左手首、胸、右肩。銃弾を受けた計六ヵ所から『錘』が生え、そのあまりの重さに龍神は膝をつき、地に伏した。地面に張りついた状態でも、自分を見詰めている三雲が冷や汗を流しているのが見えた。

 『鉛弾(レッドバレット)』

 銃手、射手用の汎用射撃オプションであるこのトリガーは、弾丸の威力をゼロにするかわりに、撃ち込んだ場所に『錘』をつけることができる。その重さは、ひとつにつき100キロ。今の龍神の体は、計600キロの重りを背負わされている計算になる。

 いくら身体能力が強化された『戦闘体』であろうと、これでは一歩たりとも動くことは叶わない。

 

「ありがとう……か。こちらも感謝するぞ、如月。俺達の任務に『協力』してくれたのは有り難かったが、攻撃手(アタッカー)同士の連携はシビアだ。まさか俺の射線に"偶然"入ってしまうとは思わなかった」

 

 三輪の発言に、全員が息を飲んだ。

 

「おいおい、秀次……」

「戦闘を続行するぞ、陽介」

「……へいへい。了解」

 

 米屋は観念したように、槍をくるりと回した。人型近界民は、そんな彼らのやりとりを聞いて、ぽつりと呟く。

 

「あんた、ほんとにつまんないウソつくね」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 三輪隊所属の狙撃手(スナイパー)、奈良坂透は困惑していた。

 

「ど、どうするんですか、奈良坂先輩?」

 

 同じ部隊の狙撃手であり、後輩でもある古寺章平がうわずった声で聞いて来るが、奈良坂は答えない。というか、答えられない。

 なんか見覚えのある馬鹿がいきなり任務に割り込んできたと思ったら、三輪に重りを付けられて一歩も動けなくなった。現在の状況を簡潔にまとめると、そんな感じである。

 

「一応、狙撃して緊急脱出(ベイルアウト)させますか?」

「いや、待て章平」

 

 わりと過激な提案をしてきた古寺に、奈良坂はようやく言葉を返した。

 

「おそらく三輪は、さっきの攻撃を誤射か何かで済ませるつもりだ。動かない的に当てるのは簡単だが、緊急脱出(ベイルアウト)までさせるのはまずい」

 

 そもそも、隊務規定で禁じられているにも関わらず、三輪が龍神に発砲したのも問題だが……幸い、『鉛弾(レッドバレット)』に殺傷能力はない。司令である城戸の口添えがあれば、三輪が処分されることはないだろう。

 そこまで考えをまとめて、奈良坂は口を開いた。

 

「とりあえず、あの馬鹿は放っておけばいい。『鉛弾』を6発も撃ち込まれれば、1歩も動けない。俺達は三輪と陽介の援護に集中するぞ」

「はい、了解です」

 

 一度深呼吸をし、ゆっくりと息を吐いてから、奈良坂は再び狙撃手用トリガー『イーグレット』を――

 

 

「よお、奈良坂」

 

 

 ――突然かけられた声に、ほとんど反射で銃口を向けた。

 

「うおっ!? まてまて! おれはおまえらとやりあう気はないよ」

「…………迅さん」

 

 いつもと変わらぬ、軽薄でヘラヘラとした笑み。手にしているのは、いつもと同じスナック菓子の袋。

 玉狛支部のS級隊員、迅悠一がそこにいた。

 

「なんのつもりだ、迅さん。あんたもあの馬鹿と同じように、俺達の任務を邪魔しに来たのか?」

「いやいや、めっそうもない。そもそも、おれの出る幕はないよ。あの状況を見た時は、この実力派エリートもちょっとばかし焦ったけど……」

 

 暗躍が趣味、と公言して憚らない彼は、それらしい笑みを浮かべて、

 

「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 隊員達の間でも知られている決め台詞を吐いて、奈良坂の隣に座り込んだ。

 

「とりあえず、ぼんち揚食う?」

「……俺はしょっぱいスナックより、甘い菓子の方が好きだ」

 

 にこやかに袋を突き出してきた迅に、奈良坂は仏頂面で答えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 動けない馬鹿の横を通り過ぎ、三輪はゆっくりと人型近界民との距離を詰めていく。人型は壁を背にしており、もう逃げ場はない。高く飛び上がれば、さっきと同じように狙撃の餌食になるだけだ。いっそ嗜虐的に見えるほどに口元を歪めて、三輪は銃口を向けた。

 

「待て、三輪」

 

 背後から聞こえてきた声に、振り返る気はなかった。これ以上、馬鹿に割く時間はない。人型近界民と相対したまま、三輪は答えた。

 

「黙っていろ、如月。"お前はよくやった"。だから、しばらくそこで寝ていろ」

「勘弁してくれ。俺はまだなにもしていない。それに……本気でまだやる気か?」

「当たり前だ。『近界民(ネイバー)』は全て敵だ。全て殺す。だが、安心しろ。"お前の援護"がなくても、この人型は俺達だけで十分に仕留めきれる」

 

 龍神に構わず、三輪は引き金を引いた。銃弾を受けた人型は「うわ、やっぱ重い!?」と、驚きの声を上げて膝をつく。

 これで、チェックメイトだ。

 

「……そうか。だが、待ってくれ、三輪」

 

 この期に及んで、まだ言いたいことがあるのか。やや呆れながら、三輪は聞き返した。

 

「なんだ?」

「勝手に俺を戦力外にしないでほしいな。俺はまだ"戦える"ぞ」

 

 振り向かずとも、龍神が自分を見詰めている気配は伝わった。

 

「旋空――」

「秀次ッ!?」

「ちっ……馬鹿が!」

 

 米屋が叫びをあげ、三輪が銃口を向け、龍神が弧月を引き抜いた。

 ハンドガンの乱射と、刃を延長した斬撃。片手で『弧月』を鞘から抜く必要があった龍神と、対象に銃口を向けるだけで済む三輪では、スタートダッシュに圧倒的な差があった。よって、弾丸が先に相手に届くのは、ある意味当然と言えた。

 

 

「――――死式」

 

 

 が、当然だと思われたその『結果』は、いとも簡単に覆る。

 

「なっ……!?」

 

 龍神が放った『旋空弧月』の斬撃を、三輪は右手の『弧月』で受け止めた。自分の頭を狙った一閃を、よくもあの状態で『打てた』ものだと内心舌を巻いたが、防御できないほどの攻撃ではなかった。問題はそこではない。

 斬撃を放ったはずの龍神の姿が消えていた。三輪が撃った銃弾の全てが、あえなく空を切った。

 

 ――どこへ消えた?

 

 龍神の体には、合計600キロにもなる『鉛弾(レッドバレット)』を撃ち込んである。あの状態で、動けるわけがない。あの状態で動く為には、特別な移動手段を用いるしかない。

 故に、三輪は龍神がどうやって『移動』したのか。その『タネ』を瞬時に理解した。

 

 ――どこだ。

 

 前か、後ろか、右か、左か。

 四方向、どこから来ようと、三輪は反射で対応してみせる自信があった。

 

 そう。『四方向』ならば。

 

「――残念だったな」

 

 身体が、ホームのコンクリートに叩きつけられた。

 

「がっ……!?」

 

 重い。

 それは、当然の感覚だ。

 如月龍神は、三輪秀次の体に馬乗りになるかたちで、彼の胸に『弧月』の刃を突き立てていたのだから。

 

「どう……して?」

 

 

 

 『テレポーター』

 龍神が、瞬間移動を行うそのトリガーを用いたところまでは、三輪も瞬時に"読み切っていた"。『テレポーター』での移動に、体の状態は関係ない。いくら『鉛弾』の『錘』がつけられていようが、瞬間移動で距離は詰まる。だから、龍神があの状態で移動するには『テレポーター』を使うしかない、と。

 

「『テレポーター』は万能のトリガーじゃない。お前くらいのレベルの奴と戦えば、『視線』を読まれて移動先を予想される」

 

 龍神の言う通りだ。『テレポーター』は『視線の数十メートル先』に移動する、という明確な弱点がある。使ってくる相手の『視線』さえ読めれば、対処は難しくない。

 だが、三輪には龍神の『視線』がどこに向いているのか、分からなかった。頭に向けて放たれた『旋空弧月』の斬撃で、『視線』の方向を確認することができなかったからだ。

 

「俺の『視線』を見逃したお前は、自分の周囲四方向を警戒した。右か左か、背後か目の前か。お前なら、ギリギリで避けて腕の一本くらいは犠牲にして致命傷を避けられたかもしれない」

 

 しかし、龍神が『テレポート』したのは、三輪の右でも左でもなく、ましてや背後や目の前でもなかった。

 

「――だから、真上に跳ばせてもらった」

 

 どれだけ気をつけても、人間の警戒が最も薄いのは自身の直上である。

 斬撃によって『テレポーター』の視線を隠し、奇襲による一撃で仕留める。

 それが、如月龍神のとっておきの『切り札』のひとつだった。

 

「『旋空死式・赤花(アカバナ)』 初見でこれを避けたのは、太刀川と風間さん、それにカゲさんだけだ。恥じることじゃない」

「如月……お前、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?」

「思っていないさ。だが、先に撃ってきたのはお前だ。俺がただで済まなければ、当然お前もただでは済まない。それにな……」

 

『トリオン供給機関破損。戦闘体、活動限界』

 

「俺はお前達に『協力』して近界民に立ち向かい、『テレポーター』の移動先をしくじっただけだ。すまんな、三輪。だが、安心してくれ。あとは任せろ」

「ッ……如月ぃ!!」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)と、叫ぶ間もなく。限界を越えた三輪の『戦闘体』は崩壊し、一筋の光となってボーダー本部へ飛ばされた。

 

「…………さて」

 

 なんとか片はついた。

 三輪の緊急脱出(ベイルアウト)を確認し、あとは米屋をどう説得するか、と視線を巡らせた龍神は、信じられない光景を見た。

 

「…………米屋、お前は何をしているんだ」

「……やっべ、超はずかしい……龍神、こっち見んな」

 

 なぜか龍神と同様に、というか龍神以上に『鉛弾(レッドバレット)』と同様の『錘』を体から生やした米屋は、人型近界民に勝ち誇った顔で踏みつけられ、ホームに転がっていた。

 

「おれもやられっぱなしは癪にさわるからな。こっちの人にやりかえしてやったぜ」

「こいつ、お前らがなんかごちゃごちゃやってる間に、秀次の『鉛弾』をコピーして撃ってきやがった……しかもこれ、なんか『鉛弾』よりもおもてーし。反則だろ、反則!」

 

 ギャーギャー騒ぐ米屋と、得意げに唇を尖らせている人型近界民、もとい少年を見て、龍神の心にひとつの疑問が浮かぶ。

 

 ――これ、俺がいなくてもよかったんじゃないか?

 

 

「おーおー、おまえら。色々と派手にやったなー」

 

 新たに飛んできた声に、龍神はようやくか、と顔を上げた。

 

「あ、迅さん」

「げ、迅さん……」

「……遅いぞ、なにをやっていた、迅さん?」

 

 迅悠一はぼんち揚をボリボリと摘まみながら、呑気に答えた。

 

「わるいわるい。でも、狙撃手(スナイパー)をこうして連れてきたんだから、仕事はしただろ?」

「冗談じゃない。そもそも、こいつ1人でどうにかなっただろう?」

 

 相変わらず体が動かない状態なので、龍神は人型近界民をあごでしゃくった。迅の後ろの奈良坂が、呆れたように溜め息を吐く。

 

「……散々にやられたな。撤収するぞ、陽介」

「米屋先輩……なにやってるんですか?」

「あー、ちくしょう! そんな目で見るんじゃねぇ! 不意打ちだったんだよ!」

 

 『トリガー』を切り、通常の肉体に戻った米屋は勢いよく起き上がった。そして、人型近界民に向き直る。

 

「おい! 今度やる時は、真正面から『サシ』の勝負だからな!」

「いいけど、どっちにしろおれが勝つよ?」

「かーっ! 生意気なチビだ!」

「まあまあ、米屋。ぼんち揚食う?」

「……これ、半分も残ってないじゃないすか」

 

 文句を言いながらも、手間賃代わりにぼんち揚を1袋受け取って、米屋達は去って行った。

 彼らを見送りながら、人型近界民はやや不満そうに迅を見る。

 

「迅さんもいたんなら、はやく出てきてくれればよかったのに」

「おれはおれで忙しかったんだよ。それに、こいつもいたしな」

 

 どこからか取り出した2袋目のぼんち揚を開封し、迅はいまだにホームの上でのびている龍神を指さした。「おお!?」と、人型近界民が居住まいを正す。

 

「あぶないあぶない、忘れるところだった。この度は、助けていただいてどうもありがとうございました。おれは空閑遊真。どうぞよろしく」

 

 ぺこり、と意外なほどに丁寧な言葉と物腰で、人型近界民――空閑遊真は頭を下げた。

 

「ふっ……助けた、か。正直言って、助けは必要ないように見えたが?」

「ほほう、なかなか鋭いですな」

「ああ、人を見る目には、長けているつもりだ。名乗られたからには、俺も名乗るのが礼儀だな」

 

 龍神は気障な笑みを浮かべ、遊真に鋭い視線を投げ掛けた。そして、口を開く。

 

「俺の名は、如月龍神。天に浮かぶ月の如く、この世の闇を照らし出し、龍と神すら斬る男だ」

 

 実に滑らかな口振りで、堂に入った物言いだった。

 ただし、駅のホームに張りついて、遊真を見上げながら、と補足しておく。

 遊真はおそらく、今までで最も困惑した表情になり、迅の方を振り返った。

 

「……迅さん」

「なんだ?」

「この人、よくわからんウソつくね」

 



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厨二は巻き込まれる

 三輪隊を撃退した後、ボーダー本部に赴いた修、迅、龍神の3人は、なんとか無事に話し合いを終えた。一時はボーダーの最高司令官である城戸正宗に『黒トリガーの奪取』を命じられた迅だったが、玉狛支部支部長の林藤が機転を利かせた命令でそれを回避。『黒トリガー』の所有者である遊真の取り扱いは迅に一任された形になり、当面の危機は脱したと言ってもいいだろう。

 龍神と三輪の戦闘に関しても、龍神を処分すれば三輪にも同様の処分を下さざるを得ない為、不問となった。さらに言うならば、所属のはっきりしない新たな『黒トリガー』という爆弾を抱え、未だに遠征に出ているトップチームが戻らない中で、三輪隊という貴重な戦力を自ら手放す理由がない。当然、城戸が自分の口からそんなことを言うはずもなく、これはあくまで龍神の勝手な推測なのだが。

 そんなわけで、ボーダー本部をあとにした3人は、外で待たせていた遊真、それに雨取千佳と合流した。

 

「やっと戻ってきた。修と迅さんと……えーと、『ふっ……』と『だがな』の人!」

「如月さんだよ、遊真くん」

「俺の名前を覚えないとは、なかなかいい度胸だ。もう一度自己紹介をしてやろうか?」

「けっこうです」

 

 龍神は既に、修や千佳にも自己紹介(別バージョン)を済ませてある。

 和気あいあいとしている3人の様子をみて、修が険しい顔で釘をさした。

 

「まだ安心はできないぞ、空閑。ボーダーがお前の『トリガー』を狙ってくる可能性があるんだ」

「ほう」

「……迅さん、如月先輩。これからいったいどうすれば……?」

 

 修の問いに、迅と龍神はタイミングを合わせてニヤリと笑った。

 

「ふっ……。いいか、三雲。日本には虎穴に入らずんば虎子を得ず、という諺がある」

「……はあ?」

「つまりだな、メガネくん。こういう時は、シンプルなやり方に限るってことだ」

 

 迅と龍神の発言はまったく噛み合っていなかったが、言わんとしていることは同じだったらしい。

 実力派エリートはいたって軽い調子で、ボーダーから『近界民(ネイバー)』と呼ばれている少年に手を差しのべた。

 

「遊真、おまえボーダーに入んない?」

 

 かくして、迅、修、遊真、千佳、それになぜかついてきた龍神の5人は、玉狛支部へと向かった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 その日の夜。

 

「ぐっ……ふぅ……えっぐ……」

 

 如月龍神は泣いていた。それはもう、周囲の人間が少々引くくらいにむせび泣いていた。

 

「……如月先輩?」

「三雲っ……お前は何故、今の話を聞いて平然としていられるんだ!?」

 

 肩を強く揺さぶられ、修のメガネがずり落ちた。間近に、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった龍神の顔が迫る。すごく汚い。

 

「お、落ち着いてください! 確かに空閑の話には驚きましたけど……」

 

 遊真の相棒である自律型トリオン兵『レプリカ』が語った遊真の過去は、彼らの想像をはるかに超えるほど重く、壮絶なものだった。

 

「まさか……あの黒(ブラック)トリガーが、空閑の親父さんだったとは……うっ、ぐぅう……」

 

 空閑遊真の父、空閑有吾は瀕死に陥った遊真を助けるべく、自らの命を捧げて『黒トリガー』を作り出し、息子の命を繋いだ。そして彼自身は、塵になって死んだ。その後、遊真は『ウソを見抜く』という父の副作用(サイドエフェクト)を受け継ぎ、今までレプリカとともに戦ってきたのだという。

 

 

「あの、如月先輩……ティッシュどうぞ」

「……ああ、すまん。見苦しいところを見せたな」

 

 渡されたティッシュで思い切り鼻をかみ、龍神はレプリカに向き直った。

 

「悪かった。話の腰を折ってしまったな」

『いや。遊真の話にここまで共感してくれた人間は、きみがはじめてだ。タツミは感情の発露が素直な人間なのだな』

「男の涙は人に見せるものではない、とはよく言うが……俺はそうは思わない。何があっても表情のひとつも変えず、涙を流さない男など信用できない。故に、俺自身もそうありたいと思っている」

『なるほど、理解した』

 

 空中に浮遊するレプリカは、修と龍神に顔の部分だけを下げるような仕草を見せた。それがレプリカにとっては『お辞儀』の動作なのだろう。

 

「ユーマには、もう生きる目的がない。この場所に来て、『黒トリガー』からユーゴを生き返らせることができないのも分かってしまった。だから、タツミ、オサム。遊真にどうか、生きる目的を与えてやってほしい」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「迅さんは、こうなる未来が分かっていたの?」

 

 机の上に並べられた3人分の書類を見て、遊真が聞いた。

 

「言ったろ? 楽しいことはたくさんあるって」

 

 いたずらっぽい笑いを洩らして、迅はそう返した。彼の前には、修、千佳、そして遊真の3人が、一列に並んでいる。

 書類をまとめ、彼らを見回した玉狛支部支部長、林藤匠も笑みを浮かべた。

 

「正式な入隊は、保護者の書類が揃ってからになるが……玉狛の支部長として、お前達の入隊を歓迎する。今から、お前達はチームだ」

「そしてこの瞬間から、お前達の戦いは始まる。ボーダーという組織の遥かなる高み、A級への昇格。遠征部隊入りを目指す!」

「……おいこら、龍神。そりゃおれのセリ」

「道程は長い。お前達を待つ世界は広く、果てしない。だが、肩の力は抜いていけ。お前達は今日、隣に立つ仲間という存在を得たのだから!」

 

 部外者に激励の言葉を言い尽くされ、林藤はがっくりと肩を落とした。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 翌日の朝。

 

「さて諸君!」

 

 早朝から元気な声を張り上げ、トレードマークのメガネを持ち上げたのは玉狛支部のオペレーター、宇佐美栞。修の転属による玉狛のメガネ人口増加が嬉しいのか、朝っぱらから非常にテンションが高い。

 

「諸君はこれから、A級を目指す! その為にはまず、遊真くんと千佳ちゃんはB級に上がらなければならない!」

「正式に部隊(チーム)を組めるのは、B級の正隊員からだからな」

 

 宇佐美の隣で、なぜかメガネをかけている龍神が補足する。特に視力は悪くないが、なにかしらの説明をする時はメガネが必須なのは常識だ。龍神は形から入るタイプである。ブリッジに指を当て、くいっと持ち上げれば簡単にカッコつけられるし、宇佐美の機嫌も良くなるというオマケ付き。これを一石二鳥と言わずしてなんと言うか。

 そんなメガネをかけた龍神に向けて、さっそく遊真が手を挙げた。

 

「なんだ、空閑?」

「ふむ、オサムはおれ達とチームを組む予定だけど、タツミ先輩はどうして1人なの? オサムみたいにB級あがりたてでもないみたいだし。いっしょに組む人いないの?」

 

 修は思った。それ聞いちゃうのか。

 しかし、龍神はいたって冷静にメガネをくいっと持ち上げつつ、

 

「俺が孤高のB級隊員だからだ」

 

 と、言い切った。

 

「ここうか……ほほう、なるほどな」

 

 いや、絶対に分かっていないだろ、と修は突っ込みかけたが、わりとデリケートな話題の気がしたので、口をつぐんだ。

 修は駅での戦いで龍神の実力を目の当たりにしている。B級に上がったばかりの自分とは違い、あれだけの実力を持ちながらも個人(ソロ)のB級隊員であることには、なにか重大な理由があるに違いない。

 修のそんな考えを知ってか知らずか、それとも空気を読んだのか、宇佐美が説明を再開する。

 

「じゃあ、千佳ちゃんはどうしよっか? オペレーターか戦闘員か……」

 

 その後、一通りのポジションの解説を行い、千佳のポジションは狙撃手(スナイパー)に決まった。トリオン量が多いなら全身に『スコーピオン』を纏う攻撃手(アタッカー)にならないか、と龍神は提案したのだが、宇佐美に一蹴された。

 あれやこれやと言いつつも、順調に議題を消化していたミーティング。しかし、唐突に部屋の扉が開け放たれて、全員の目がそちらに向いた。

 

「あたしのどら焼きが、ない!」

 

 腰まで届く長髪に、羽根のようなクセッ毛。セーラー服に赤いカーディガンを着た出で立ちは、いかにもな女子高生。

 そんな彼女、小南桐絵は、涙目になりながら叫んだ。

 

「誰が食べたの!?」

 

 小南の視線が、雷神丸の上で眠りこけている、寝坊助なおこさまに向く。

 

「さてはまたおまえか!? おまえが食べたのか!? そうなんでしょ!?」

「むにゃむにゃ……たしかなまんぞく」

「おまえだなー!?」

 

 だが、陽太郎の無実を証明する為、宇佐美が両手を合わせて小南を拝んだ。

 

「ごめーん、小南。昨日お客さん用のお菓子に使っちゃった」

「はあ!? あたしは今食べたいの! いま!」

「騒がしいぞ、小南」

「いつものことっすけどね」

 

 いい加減慣れた、と言いたげに、落ち着いた筋肉である木崎レイジと、もさもさしたイケメンな烏丸京介が入ってくる。

 

「だってレイジさん! あたしのどら焼きが!」

「ふっ……落ち着け、小南。宇佐美は昨日のどら焼きがないと言っただけで、どら焼きがないとは言っていないぞ?」

「えっ?」

 

 片手でメガネを持ち上げつつ、龍神はもう片方の手にどこからか取り出した紙袋を下げていた。

 

「新しいどら焼きを買ってある。いいとこのだ」

 

 そんなわけで、5分後。自己紹介を終えた一同は、テーブルに並べられたどら焼きを囲んでいた。

 

「なるほど、こいつらが新入りってわけね」

 

 どら焼きを頬張りながら、小南は頷いた。わりとナナメだったご機嫌は、すっかりよくなっている。ちょろい。

 

「でも、ウチの支部に弱いやつはいらないわよ?」

「そう言うなよ、小南。こいつら、おれの兄弟なんだ」

「え、そうなの?」

 

 迅の意外な告白に、小南は目を丸くした。ちょろい。

 

「とりまる、あんた知ってた?」

 

 小南に聞かれ、どら焼きをもぐもぐしていた烏丸は、口に含んでいた分を飲み込んでから答える。

 

 

「もちろんですよ。小南先輩知らなかったんすか? 如月先輩は知ってましたよ」

「そうなの、龍神?」

「ふっ……紹介しよう。右から迅遊真、迅千佳、迅修だ。仲良くしてやってくれ」

「……語呂、わるいっすね」

「そりゃそうだろ」

「え!? どういうこと、レイジさん?」

「迅は一人っ子だ」

 

 ピキーン、と。小南が固まる。そして、数秒後に吠えた。

 

「だましたなぁあ!?」

「ふっ……」

「いやあ、やっぱ『迅』っていう名字は、実力派エリートであるおれにしか合わないみたいだな」

「まあまあ、小南先輩。こいつらがウチに入る新人だっていうのは、本当みたいですよ」

 

 むぅ……と小南は唇を引き結んで、

 

「で、こいつらどうすんのよ!?」

「ああ。小南達には、こいつらとマンツーマンで組んで、師匠として指導してもらいたい」

「はあ!? なんであたし達が……」

「そう吠えるなよ、小南」

 

 メガネを外し、龍神は冷ややかな流し目を小南に向けた。こうしてメガネを外すと、かっこよさにメリハリがつく。

 

「これはお前達の支部長からの命令でもある」

「ボスの……?」

「うんうん。そういうことだ」

 

 迅に発言を重ねられ、小南の頬が膨らんだ。しばらく目が泳いだが、結局「しかたないわね」と呟いて、

 

「じゃあこいつはあたしがもらうから」

 

 遊真の首根っこを掴んで、引き上げた。

 

「あたし、弱いやつ嫌いなの。この中じゃ、あんたが一番マシでしょ?」

「ほほう、おれを選ぶとはお目が高い」

 

 小南を見上げて、笑う遊真。1組目が決まったところで、すかさず宇佐美が提案した。

 

「じゃあ、狙撃手(スナイパー)志望の千佳ちゃんはレイジさんだね!」

「そうなるな。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

 

 千佳がちょこんと頭を下げる。

 龍神は挨拶し合う2人を、じっくり見詰めた。すごい体格差である。親子でも通用するんじゃないだろうか。

 

「龍神。お前、今失礼なこと考えなかったか?」

「いいや、なにも?」

 

 筋肉からの追求をするりとかわす横で、烏丸が最後の1人に目を向けた。

 

「と、なると俺は必然的に……」

「……よろしくお願いします」

 

 最後に修と烏丸が挨拶し合って、組み合わせは全て決まった。場をまとめるように、迅が立ち上がって手を叩く。

 

「ようし。それじゃあ3人とも、師匠のもとでしっかり腕をみが」

「待ってくれ、迅さん」

「あらら……?」

 

 林藤同様、見事に話の腰を折られて、迅はずっこけた。

 

「なんだよ、龍神……?」

「俺は何をすればいい?」

「いや、だってお前玉狛支部所属じゃないし」

「ふざけるな。ここまで巻き込んでおいて、俺を今さら部外者扱いするのか!?」

「近い近い、顔が近いよ! 分かった! 分かってるから!」

 

 詰め寄ってくる龍神のプレッシャーに気圧されて、迅が後退する。すると、まったく引き下がる気のない龍神になにか閃いたのか、烏丸が手を挙げた。

 

「じゃあ、俺けっこうバイトとかあるんで、こいつは俺と如月先輩の2人で面倒みるってのはどうでしょう?」

「ええっ!?」

 

 修は思わず大声をあげたが、小南はふーんといった感じで賛成する。

 

「いいんじゃない? そいつ弱そうだし。とりまるがバイトの時間に龍神が来れば効率的だし。とめても龍神は、どうせここに来るしね」

「成る程。それはいい案だな、烏丸」

「でしょう?」

 

 本人の意向などお構い無し。あっという間に話は進んでいく。

 烏丸はおもむろに立ち上がると、

 

「わるいが、俺はさっそくこれからバイトだ。今日は如月先輩と練習してくれ」

「烏丸先輩!?」

「ふっ……任せておけ、烏丸」

「ええ、お願いします」

 

 それだけ言い残して、烏丸は部屋を出て言った。続いて小南と遊真、レイジと千佳、それにぼんち揚をつまみながら迅と宇佐美が続いて行き、龍神と修だけが取り残された。

 

「……」

「では、俺達も行くとするか、三雲」

「よ、よろしくお願いします、如月先輩」

「そう固くなるな。安心しろ。俺がお前を強くしてやる」

 

 修は不安だった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「はいはーい、いつでもオッケーだよー。ガンガン戦ってねー!」

 

 3組のメンバーが移動したのは、玉狛の仮想戦闘ルームである。特に障害物もなにもない、平坦な空間に宇佐美の声が響き渡る。

 

「玉狛の地下に、こんなスペースが……」

「感心ばかりして、呆けるなよ。『トリオン』で構成されたこの空間で重要なことは、たったひとつだけだ」

 

 龍神の体が、仮想戦闘ルームと同じ『トリオン』で構成された『戦闘体』に換装される。

 

「ここで重要なのは、お前が強いか、弱いか。それだけだ」

「っ……はい!」

 

 目の前の先輩にならい、修も『トリガー』をオンする。戦いをはじめる準備は整った。

 

「まずは実力を見せてもらおう……と、言いたいところだが、はじめる前に聞いておきたいことがある」

「は、はい。なんですか?」

 

 コホン、と修の目の前の師匠は咳払いをして、おもむろに訊ねた。

 

「お前、必殺技はどうしたい?」

「…………は?」

 

 修は、やっぱり不安だった。

 



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どうかメガネに必殺技を、と厨二は願った

「ひ、必殺技ってなんですか?」

「必殺技は必殺技だ。男たるもの、こんな必殺技が欲しい、みたいな願望はあるだろう?」

「は、はあ……?」

 

 そう言われても何を言えばいいのか分からず、修は冷や汗を垂らした。

 

『たつみん、いきなり必殺技とか言われても、修くんもパッとすぐには思い付かないと思うよ』

「成る程。確かに一理あるな。具体的なものを見ないと、イメージしにくいのか……」

 

 宇佐美のフォローに、修はほっと息を吐く。

 そう、そうなのだ。いきなりどんな必殺技を使いたいのか、と問われても、すぐに答えを返せるわけがない。修だって中学生である。漫画やアニメに触れてこなかったわけではないし、小さい頃は男の子の常としてヒーローには憧れていたが、もうそんな年ではない。

 必殺技と言われても――

 

 

「旋空壱式――虎杖」

 

 

 思考は中断。

 龍神が唐突に振り下ろした『弧月』によって、修の頭は一撃でかち割られた。

 

「えっ……!?」

 

 体から力が抜け、膝をつく。『仮想戦闘ルーム』は『模擬戦』と違い『緊急脱出(ベイルアウト)』がない為、無惨に切り裂かれた修の頭部はすぐに再生した。

 

『はい、修くん1本ね~』

 

 とてもユルい宇佐美の声でそう告げられて、唖然としていた修はようやく我に返った。

 

「き、如月先輩! いきなりなにを……?」

「ふっ……具体的な必殺技のイメージが浮かばんのだろう?」

 

 黒い『弧月』の峰を肩にのせて、龍神は不敵な笑みを修に向けた。

 

「安心しろ、三雲。今からお手本として、この俺が開発した『必殺技』を全てお前に叩き込んでやる。実戦形式の練習にもなるし、俺の技を全て見れば、お前も具体的なイメージが浮かんでくるだろう」

「い、いや。それは……」

「仮想戦闘ルームは『トリオン』の消費がない。お前も遠慮はせずに、全力で反撃してこい」

「あ、あの……」

「いくぞ!」

『はい、2本目スタート』

 

 だめだ。この人は人の話を全然聞かないタイプだ。

 まともな会話を諦めた修は、突然はじまった模擬戦に対応するべく、シールドモードの『レイガスト』を構えた。

 

(如月先輩は『弧月』メインの攻撃手(アタッカー)だ。まずは『アステロイド』で牽制して距離を……)

 

 が、修がそんなことを考えているうちに、

 

「"天舞"」

 

 馬鹿は空中へと舞い上がっていた。

 

「う、上!?」

 

 『アステロイド』のキューブを右手に出現させていた修は、前方へ向けて放つつもりだったそれを咄嗟に上空へ向けた。

 その反応は残念ながら、龍神の動きと比較すれば遅すぎる。

 

「弍式――地縛」

 

 降り注ぐ連続斬撃に晒され、修は再び倒れ込んだ。

 

『残念! 修くんダウン!』

 

 ブレードが伸びた。つまり、『弧月』使いでもある程度の距離は対応される。ただ距離を取るだけじゃ駄目だ。

 起き上がりながらそう分析した修は、なんとか『レイガスト』を構えなおして、

 

「参式――姫萩」

 

 今度は一撃で、右腕をもっていかれた。準備していた『通常弾(アステロイド)』はあらぬ方向へ放たれ、拡散する。

 速すぎて、見えなかった。

 

「右腕をやられたくらいで動揺するな」

「しまっ……」

 

 呆気に取られていた修は、いつの間にか接近していた龍神に胸を袈裟斬りにされた。

 

『修くん、ダウン! 頑張って!』

「は、はい」

 

 なんとか返事を返すものの、修の心は焦燥感で一杯だった。

 三連続で瞬殺。実力差がありすぎる。

 

(まだ攻撃すらまともに撃たせてもらっていない……せめて、なんとか攻撃を当てて……)

 

「アステロイド!」

 

 キューブ状に分割された弾丸が、棒立ち状態の龍神に一直線に向かう。

 『シールド』すら展開せず、龍神は片手で『弧月』を振るった。

 

(伸びるブレード!?)

 

 咄嗟に『レイガスト』を突きだし、なんとか受け止める。衝撃で目を瞑ってしまった修は、けれどはじめてまともに攻撃を防御できたことに安堵した。

 

「……え?」

 

 が、目を見開いて前方を注視すれば、龍神の姿は忽然と消えており、

 

「死式――赤花」

 

 背後からの一太刀で、修の首は切って落とされた。

 

「がっ……あ」

『修くんダウン!』

 

 数秒の時間をかけて、修の『トリオン体』が再構成される。そしてなんとか、再び立ち上がる。

 

「さて……」

 

 『弧月』を斜めに構え、平時よりもさらにニヒルに笑う龍神は、その表情に見あった台詞を吐いた。

 

「お前はあと、何回死ぬかな?」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 結論から言えば、修はとりあえず27回死んだ。

 宇佐美が途中でストップをかけなければ、30回の大台にのっていただろう。

 

「三雲、お前弱いな」

「っ……はぁ……」

 

 椅子に倒れ込む修を、龍神はなんとも言えない表情で見下ろしていた。

 なんというか、本当に予想以上に弱かったのだ、このメガネは。 

 

「大丈夫、修くん? ほれほれ、水分補給して」

「あ、ありがとうございます」

 

 宇佐美からスポーツドリンクのボトルを受け取り、修はそれに口をつけた。同じように、宇佐美は龍神にもスポーツドリンクを渡しつつ、聞いた。

 

「たつみん、修くんはどうよ?」

「戦闘スタイルは大方把握した。現状では『レイガスト』でガードしながら『アステロイド』を撃ち込む、防御寄りの射手というところだろう。だが……」

 

 ぶっちゃけ弱い、と続けようとしたところで部屋の扉が開いた。おぼつかない足取りで、よろよろと入ってきたのは、小南桐絵だ。顔色がすごく悪い。

 

「…………負けた」

「…………なに?」

 

 何かの聞き間違いかと龍神は思ったが、小南は重ねて同じ言葉を口にした。

 

「あ、あたしが……負けた」

「な!?」

 

 驚愕で目を見開く龍神を他所に、見事なアフロヘアーになった遊真が入ってきて、得意そうに言う。

 

「勝った!」

「なん……だと?」

「か、勘違いしないでよね! あたしが負けたのは1回よ! 1回だけ!」

「だが、1回は負けたんだろう?」

「ぐっ……むぅ」

 

 腕を振り回して反論していた小南は、龍神の一言に押し黙った。しかし納得がいかないのか、また両手をぶんぶんと振って、

 

 

「なによなによ! あんただって遊真とやったら、1本か2本くらいは絶対取られるわよ! 間違いないわ!」

「ほう? こなみ先輩とたつみ先輩だと、どっちが強いの?」

「それはあたしに決まってるでしょ!」

 

 いつの間にか名前呼び、先輩呼びになっている2人は、どうやらお互いのことをなんだかんだと言いつつも認めたらしい。龍神のとなりの宇佐美も、言い合う遊真と小南をニヤニヤと楽しそうに眺めていた。

 それを止めるのも兼ねて、龍神は口を開く。

 

「まあ、俺の方が弱いだろうな」

「どのくらい?」

「お前が今やった10本勝負で、大体3対7か4対6といったところだな。新技が決まれば5本取って延長に持っていけるが……俺ですら、小南に勝つのは難しい。初戦で1本とれたのは大したものだ」

「ふむ……じゃあ、俺もまだたつみ先輩には勝てない感じか」

「ふっ……どうだろうな」

 

 そこで会話を打ち切って、龍神は振り返った。椅子の上では、修が唖然としている。この数日間、遊真の強さを間近で見てきた彼には、今の会話の内容が信じられないのだろう。

 

「空閑でも勝てないのか、と思っただろう?」

「……はい」

 

 図星だったのか、修が視線をそらす。構わずに、龍神はやや強い語調で続けた。

 

「小南や俺だけじゃないぞ。ボーダー本部には、それ以上のバケモノのような強さのヤツもいる」

「まだそんな人が……?」

 

「お前が、お前達が目指す『A級』とはそういう場所だ。改めて聞くが、それでもまだやるか?」

 

 龍神にも厳しいことを言っている自覚はあった。だが、修が『弱い』からこそ、これは確認しておく必要があることだった。

 遊真の実力は高い。修は彼と自分の『差』を既に理解している。才能の有無を如実に感じ、それでもこれからは共に戦っていかなければならない。チームだから、味方だから心強いと言えば聞こえはいいが、それを隣で目の当たりにし続けるのは、かなり辛いことだ。修が遊真に対して引け目を感じるようになっても、なんら不思議ではない。

 追いつくことが難しいのは、修自身が一番よく分かっているのだから。

 しかし、返事は存外にはやかった。

 

「やります」

 

 ほう、と龍神は内心で舌を巻いた。予想よりも修の返答は素早く、力強かった。視線も、しっかりとこちらに向いている。

 このメガネ、根性はあるようだ。

 

「ふっ……いい返事だ。では、続きといこうか、三雲」

「……はい!」

 

 

 

「とはいえ、がむしゃらに練習したところで、すぐに強くなれるわけがない」

「…………はい」

 

 数分後、2人は『仮想戦闘ルーム』には戻らず、宇佐美のいるオペレータールームにそのまま残っていた。

 椅子に腰かける修の前には、どこからか持ち出したホワイトボード。ペンを片手に持ち、龍神はメガネを装着済みである。

 

「さっき戦って、お前が感覚派ではなく、頭で考えるタイプだというのはなんとなく分かった。このままがむしゃらに10本勝負をやっても、俺がお前を斬るだけの単純作業となるのはもはや明白だ」

 

 ペンをくるくると回しながら、小気味よい音を響かせて、龍神はまず2つの『トリガー』の名前をホワイトボードに書き込んだ。

 『レイガスト』と『アステロイド』 修が主に使っている『トリガー』だ。

 

「が、センスやトリオン量の問題はさておき、それ以前にお前はまず、自分が扱う『トリガー』に関しての理解が浅い。『レイガスト』の『シールドモード』についても、B級に上がるまでは知らなかったそうだな」

「はい、そうです……」

「……やれやれ」

 

 龍神心底呆れたと言いたげに、ホワイトボードの上に書かれた『レイガスト』の文字をコンコンと叩いた。

 

「自分が命を預ける武器だぞ? その性質を隅々まで把握しないで、一体全体どうやって戦う気だ?」

「す、すいません!」

「……まったく。まずお前には『オプショントリガー』も含めて、正隊員が使用できる全ての『トリガー』の性質と特徴を教えていく。聞き漏らすなよ」

 

 溜め息を吐きながら、龍神は修の『トリガー』を手に取り、専用の電気ドライバーでホルダーを開いた。中に納められている電子盤には、4つの『チップ』がセットされている。

 この小さなチップが俗に言う『トリガー』であり、使う人間の『トリオン』をどういった形で発現させるかを決める装置である。『トリガー』は合計8種類までセットすることができ、利き手用の主(メイン)トリガーと逆の手の副(サブ)トリガー、つまり2種類を同時に扱うことができる。

 現在、修がセットしている『トリガー』は副(サブ)に『アステロイド』と『シールド』。主(メイン)に『レイガスト』と『スラスター』の計4種類だ。

 

「B級に上がりたてだから、分からんでもないが……いくらなんでもセットしている『トリガー』が4種類というのは少な過ぎやしないか?」

「……すいません。いきなり色々セットしても、扱い切れる気がしなくて……」

 

 予想通りとも言える返事に、龍神は首を振った。

 

「確かに。別に8種類全ての『枠』を無理に埋める必要はない。6種類や7種類しかセットしていない正隊員はざらにいるし、攻撃手(アタッカー)はメインのブレードと『シールド』しか扱わないことも多い」

 

 しかし、と龍神は言葉を区切って、

 

「8種類の選択肢を、自分から半分にしてしまっているのは、やはりいただけない。お前が『考えるタイプ』なら尚更だ」

「おお、たつみんがちゃんと先生してるね!」

「……茶化すなよ、宇佐美」

 

 メガネを指で上げながらそう言った龍神を、修は心底不思議そうにしげしげと眺めた。

 

「……なんだ?」

「いや、すいません。正直、ちょっと意外だなって思って……如月先輩って、なんというか……」

「もっと感覚派だと思ったでしょー?」

 

 修が言いにくかったことを、宇佐美がかわりに遠慮なく言ってのけた。

 

「たつみんはねー、何も考えていないように見えて、意外と色々と考えているのだよ。『トリガー』を組み合わせて作る『技』についてもしょっちゅう頭を悩ませて、いろんなことを試しているしね!」

「そうなんですか?」

「ふっ……当然だ。深い思慮と経験がなければ、自分の思い描く理想の動きはできない。必殺の奥義を身につける為には、がむしゃらに鍛練を積むだけでは意味がない」

「なんだか……本当に意外です」

「……三雲、お前は俺をなんだと思っていたんだ?」

 

 なにも考えていない中二病だと思っていました、とは修は口が裂けても言えなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 修がおそらく使わないであろう『弧月』や『スコーピオン』などの攻撃手(アタッカー)用トリガーの解説から、隠密(ステルス)トリガー『カメレオン』などの変わり種まで、龍神は1時間以上をかけてたっぷりと説明を行った。

 途中、遊真や小南も交えて『授業』とも言える体裁になったそれを終えた2人は、再び『仮想戦闘ルーム』に戻っていた。

 ここからは、再び実技の時間である。

 

「では、三雲。さっき教えたことの復習だ。まず『レイガスト』の利点を挙げてみろ」

「はい。『スコーピオン』のようにブレード部分を変形できる点と、攻撃力を下げて耐久力を上げる『シールドモード』が使えることです」

「逆に弱点はなんだ?」

「重さ……ですよね? 接近戦で振るうには、重量があるのは結構問題だと思います」

「ああ。攻撃手(アタッカー)の間で『レイガスト』に人気がないのも、それが主な理由だ」

 

 龍神はさっきまでは自分の『トリガー』にセットしていなかった『レイガスト』を起動して、何回か振ってみせた。

 

「攻撃のスピードは近接戦闘の勝敗を左右する重要なファクターだ。要は相手よりはやく、ブレードで敵を切り裂けば勝ちなわけだからな。『シールド』で守りに入っている暇があったらブレードで積極的に削りにいくのが攻撃手(アタッカー)の思考だ。副(サブ)トリガーにセットしたあれを起動してみろ」

 

 龍神に促された修は『レイガスト』を切り、左手に現れた透明のブレードを握った。

 

「『スコーピオン』って、こんなに軽いんですね」

「ああ、百聞は一見にしかず、だ。言葉では聞いていても、そこまで軽いとは思わなかっただろう?」

 

 たとえ使わない『トリガー』でも、実際に触れてみればその性質をより深く理解できる。龍神としては修が訓練生時代に『レイガスト』以外の『トリガー』を試していない、という事実が信じられなかったのだが……それについては先ほど言葉を尽くして怒りをぶつけたばかりなので、これ以上非難するのはやめておいた。

 

「でも『レイガスト』で強い攻撃手(アタッカー)の人もいるんですよね?」

「ああ。鈴鳴支部のNo.4攻撃手、村上さんがそうだな。ただ、村上さんは『レイガスト』をシールドとして使って、基本的に『弧月』で攻める。両手で同時にブレードトリガーを扱うスタイルは、お前の参考にはならんだろう。玉狛支部では、レイジさんが使っているが……」

 

 そこで、龍神は言い淀んだ。あの筋肉は『レイガスト』をブレードとしてではなく、握り込んでパンチするというよく分からん使い方をしている為、村上以上に参考にならない。そもそも修が真似をしようとしても、筋肉が足りなくて絶対に無理だろう。

 

「はっきり言って、お前には空閑のような近接戦のセンスはない。トリオン量が少なくても、攻撃手(アタッカー)ではなく射手(シューター)としてやっていくのは、悪くない選択だと俺も思う」

 

 龍神は修に『通常弾(アステロイド)』以外の『炸裂弾(メテオラ)』や『変化弾(バイパー)』についても説明したが、それらの実際の取り扱いまでは教えることができない。

 

「が、俺は攻撃手(アタッカー)だ。射手(シューター)としての立ち回りや戦術は、教えられない。そういった細かいことは、改めて烏丸から教われ。あいつは"お前のような奴"を教えるのが上手いからな」

「はい……でも、ぼくは如月先輩との実戦練習ではなにを?」

「ふっ……決まっているだろう?」

 

 『レイガスト』のブレードを限界の大きさまで変形させ、龍神はその先端を修に突きつけた。

 

 

「俺が教えられるのは『これ』だけだ。俺は今から『レイガスト』のブレードモードと、専用オプショントリガーである『スラスター』しか使わない」

「えっ……?」

「ただし、お前が使うのも『レイガスト』のブレードモードと『スラスター』だけだ。シールドモードは使うなよ。『レイガスト』のシールドは固い分、守りにばかりに入るクセがつく」

 

 射手(シューター)は普通なら、攻撃手(アタッカー)の距離に近づかれれば終わりだ。だが『レイガスト』を持つ修は、接近されてもブレードで迎撃するという選択肢がある。

 その選択肢を、きちんと『選ぶ』ことができる技術として、まずは確立させる。

 

「お前は俺と全く同じ条件で斬り合って、『レイガスト』の取り扱いを体に染み込ませろ。『レイガスト』を『楯』としてだけではなく、『刃』として使えるレベルまでな」

「……でもぼくには、空閑のようなセンスは……」

「当たり前だ」

 

 突き放すようなその発言に、修ははっとした。

 

「あいつも最初から強かったわけじゃない。あいつの強さは、親父さんとレプリカと、何年間も異世界の戦場を駆け巡って得た強さだ。それに簡単に追いつけるわけがない。追いつけると思っていたのなら、そんな自惚れた考えは捨てろ」

 

 だが、と龍神は口元を歪めて、

 

「あいつの背中に、追い縋ろうとする意志は捨てるな。斬って、斬って、斬り合えば、お前が振るう刃の一閃は、必ずお前を強くする。そして、お前だけの『技』を見つけ出せ」

「ッ……はい!」

「ふっ……いい返事だ」

 

 修と龍神は、まったく同様の大剣を構え、向き合った。

 

「では……はじめるとしようか」

 

 最初はどうなるかと思ったが、今こうして相対する先輩に、修は心の底から感謝していた。

 この人について行けば、自分に足りないものを、掴めるかもしれない。もっと、強くなれるかもしれない。そんな予感が、確かにあった。

 これからも、この先輩のアドバイスをよく聞いて――

 

「ブリッツェン・シュナイデン」

「……はい?」

「『スラスター』を使った斬撃の技名だ。悪くないだろう?」

「……何語ですか?」

「ドイツ語だ。技名は迷ったら、とりあえずドイツ語にしておけ」

 

 ――こういうアドバイスも、聞いていかなければいけないんだろうか?

 

 

◇◆◇◆

 

 

 夕焼けの空の向こうで、太陽が沈もうとしていた。

 

「…………来たか」

 

 警戒区域内の崩れかけのビル。そこから、自分が所属する組織の本部を見詰めて、迅悠一は呟いた。

 

『門(ゲート)発生、門(ゲート)発生』

 

 敵の来襲を告げる警報は、ボーダー本部基地の内部から鳴り響いている。しかし、防衛隊員は姿を現さない。

 当然である。あの黒い穴から出てくるのは、迎え撃つべき『敵』ではなく、迎え入れるべき『味方』なのだから。

 

「今頃、城戸さん達が総出でお出迎えかな?」

 

 長旅の疲れを労うべく、迅も彼らを出迎えたいところだが、それはできない。というか、する必要がない。

 迅にはみえている。

 どうせ今晩、嫌でも彼らとは対面することになるのだ。

 彼はスマートフォンを取り出して、滅多にかけない上司の番号をコールした。

 

「あ、もしもし。忍田さん?」

 

 趣味が実益を兼ねるなら、それに越したことはないというのが、迅の考えである。ましてや後輩を助ける為なら、実力派エリートはどんな労力も惜しまない。

 

 暗躍開始だ。

 




次回から黒トリ争奪戦です。


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黒トリガー争奪戦 開戦

「なるほど。玉狛が人型近界民(ネイバー)を匿って、しかもそいつは『黒(ブラック)トリガー』を持っている、と。そりゃ、確かに一大事だ」

「笑い事ではないぞ。太刀川」

「ありゃ、ごめん風間さん。俺、笑ってた?」

「ああ。不快なニヤケ面にな。城戸司令の前だ。控えろ」

「了解、了解」

 

 ボーダー最高司令官、城戸正臣の前には、遠征から戻ったトップチームの主要メンバーが勢揃いしていた。

 No.1攻撃手(アタッカー)、そして個人総合1位でもあり、ボーダー内でも最強に近い実力者。A級1位太刀川隊隊長、太刀川慶。

 A級2位冬島隊所属のNo.1狙撃手(スナイパー)、当真勇。

 No.2攻撃手(アタッカー)であり、個人総合3位。A級3位風間隊の隊長、風間蒼也。

 三輪隊からの状況説明が終わり、城戸は3人を見据えて本題に入った。

 

「このまま玉狛に『黒トリガー』が渡れば、ボーダー内で保たれていたパワーバランスが崩れる。それだけは、なんとしてでも阻止しなければならない」

 

 顔の傷に指を当てながら、命令を告げる。

 

「おまえたちには、なんとしてでも『黒トリガー』を確保してもらう」

 

 その命令が意味するところを察して、当真が大仰に両手を挙げた。

 

「うへぇ。玉狛に殴り込みとか、マジで内部抗争じゃねーの」

「当真」

「分かってるよ、風間さん。任務は任務だ。振られた仕事はちゃんとこなすよ」

 

 と、今度は当真の隣の太刀川が、顎に手を当てながら口を開いた。

 

「で、その『黒トリガー』が玉狛に出入りしている時間帯は?」

「朝の7時には玉狛へ。その後、夜の9時から11時には玉狛を出るようです。うちの隊の米屋と古寺が見張っています」

 

 奈良坂が答えた。

 

「ふんふん……んじゃ、襲撃は今夜だな」

 

 何気ない太刀川の呟きに、室内は水を打ったようにざわついた。当然と言えば当然だ。彼ら遠征部隊は、つい先刻帰還したばかりなのだから。

 

「こ、今夜?」

「いくらなんでもそれは……」

 

 同席していた根付や鬼怒田が難色を示す中で、三輪が口火を切って反論する。

 

「太刀川さん、いくらあんたでも、相手を舐めない方がいい」

「舐める? 三輪、そもそもお前が言う相手ってのは誰のことだ? お前が負けたのは『黒トリガー』じゃなくて、乱入してきたあのバカだろう?」

「なっ……!?」

 

 言外に如月龍神との戦闘のことを言われているのだと分かって、三輪が思わず立ち上がる。悔しさで、無意識に拳は握り締められていた。

 が、そこに風間が割って入る。

 

「太刀川、三輪を挑発してどうする。お前もだ、三輪。落ち着け」

「……すいません」

「いやいや風間さん。俺はむしろ、三輪をフォローしているんだ。あのバカの横槍さえ入らなければ、三輪隊が『黒トリガー』を確保できていたかもしれないんだからな」

「…………太刀川。三輪と如月は、戦闘を行っていない」

「ああ、すいません。『そういうこと』になってましたね。失礼、失礼」

 

 城戸にまで釘を刺され、さすがに太刀川も引き下がった。黒コートの肩が、皮肉気に竦められる。

 傷が刻まれた顔がより一層険しくなり、鋭い視線が太刀川を射抜いた。

 

「指揮はお前に任せる。だが、くれぐれも油断はするな。場合によっては『風刃』を持った迅との戦闘もあり得る」

 

 

 

 城戸が口にしたその可能性に、室内は先ほど以上にざわめいた。

 しかし、ただ1人。太刀川だけは彼の言葉に飄々と笑みを浮かべて、

 

「そいつは願ったり叶ったりですよ。ようやく『風刃』を持ったアイツと戦り合える」

 

 三輪は、こんな笑みを浮かべる男を知っている。

 太刀川慶と迅悠一。この2人は、どこか似ているのだ。

 だから、自分が太刀川も迅も苦手なのは、何らおかしいことではないのだろう。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そして、夜。

 太刀川慶は、闇に包まれた住宅街を疾走していた。

 トリオン体の反応をレーダーから消すマント状のトリガー、『バッグワーム』をはためかせて走る影は、彼だけではない。

 太刀川隊の射手(シューター)、出水公平。

 A級2位冬島隊の狙撃手(スナイパー)、当真勇。

 A級3位風間隊の風間蒼也、歌川遼、菊地原士郎。

 遠征帰りのボーダートップチーム。自惚れるわけではないが、こうして見ると中々すごい面子だと、太刀川は思う。

 

「おい、三輪。そんなにはやく走るなよ。疲れちゃうぜ」

「…………」

 

 加えて、前方を走るのはA級7位三輪隊の三輪秀次と奈良坂透。ここに米屋陽介と古寺章平まで合流するのだから、戦力としてはかなりのものだ。

 

「黒(ブラック)トリガーの奪取ねぇ……こちとら帰ってきたばっかだってのに、ホント忙しいよな」

「なんだ当真? それは襲撃を今夜に決めた、俺と風間さんへの文句か?」

「違うよ、太刀川さん。文句だなんて、とんでもない。お仕事が多くてデキる男は辛いねって話じゃねーの?」

 

 当真と軽口を叩きあっていた太刀川は、しかし前方に見覚えのある人物が立っているのを見つけ、地面を踏み締めた。

 

「とまれ!」

 

 『トリオン体』によって強化された身体能力を存分に活かし、通常ではあり得ないスピードで走っていた8人の隊員の足が止まる。

 やはり、と言うべきか。ただ1人、道路の中央で彼らを待ち構えていたのは、太刀川の予想通りの人物だった。

 

「迅……」

「ひさしぶり、太刀川さん。みんな揃ってどちらまで?」

 

 飄々と、夜の闇の中では不似合いなほど爽やかに。玉狛支部所属の『S級隊員』、迅悠一は言った。

 

「うはっ! 迅さんじゃん!」

「よお、当真。冬島さんはどうした?」

「ウチの隊長なら……」

「余計なことは言うなよ、当真」

 

 口を滑らせかけた当真に、風間が鋭く釘を刺す。ふーん、と迅は周囲を見渡した。

 

「迅、なんの真似だ? 近界民(ネイバー)を庇う気か?」

「悪いね、風間さん。あいつはもう玉狛の隊員なんだ。お疲れのところ足を運んでもらって大変恐縮なんだけど、帰ってもらえないかな?」

「断る、と言ったら?」

「そりゃもちろん、実力派エリートとしてはかわいい後輩を守る為に、涙を偲んで戦うしかないね」

 

 迅は腰に差していた『ソレ』に手を添えて、慣れた様子で引き抜いた。

 漆黒の闇の中で抜き放たれた緑刃が煌めき、周囲を照らし出す。まるで、太刀川達を威圧するかのように、その剣は己の存在を主張していた。

 迅悠一が、S級隊員である理由。それだけで戦局を左右するほどの力を持つ、特別な『トリガー』。

 

 

「黒(ブラック)トリガー『風刃』。それだけで、本当に俺達に勝てると思っているのか?」

「まさか。太刀川さん達を相手にしておれだけじゃ、いいとこ勝負は五分五分だ。だから当然、援軍は呼んである」

 

 嘯く迅の背後に、赤い影が三つ。タイミングを見計らっていたかのように、彼らは夜の戦場へ降り立った。

 赤い隊服に、胸には五つ星のエンブレム。

 

「嵐山隊、現着した」

 

 嵐山准、時枝充、そして木虎藍。A級5位、嵐山隊の面々がそこにいた。

 

「嵐山隊……?」

「嵐山……玉狛と忍田本部長派は手を組んだのか?」

 

 三輪が苦虫を噛み潰したかのような顔で呟き、逆に風間は表情をピクリとも変えず淡々と疑問を述べた。が、2人の心中は共通して穏やかではない。

 迅の隣に彼らがいるということはボーダーの三派閥の内、『忍田本部長派』と『玉狛支部』が手を組んだという事実を意味する。

 

「おう、嵐山。ナイスタイミング」

「いや、ギリギリだったな。遅れてすまん」

「迅さん、中学生に深夜出勤させないでもらえますか?」

 

 謝罪の言葉を発した嵐山とは対照的に、なぜか木虎の機嫌はすこぶる悪い。ツンとした態度の彼女を、迅は片手で拝んだ。

 

「わるいな、木虎。あとでぼんち揚あげるから」

「太るからいりません」

「あらら……冷たい」

 

 迅は苦笑いをこぼしながらも、太刀川達に向き直った。

 彼の表情から、のんきな笑みが削ぎ落ちる。

 

「どうする太刀川さん? 正直、嵐山達がいればこっちが勝つよ?」

 

 あまりにも、あからさまな挑発。太刀川はそれを鼻で笑って、腰の『弧月』に手を掛けた。迅を見詰める瞳は、獣のように爛々と輝いている。

 挑発には挑発を。

 『弧月』を引き抜きながら、太刀川もゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「おもしろい。お前の予知を、覆してみた――」

 

 ただし、開戦の合図となるはずだったその言葉を、残念ながら彼は最後まで言い切ることができなかった。

 

 

「太刀川ぁああああぁ!」

 

 

 馬鹿が乱入してきたからである。

 突如、目の前に現れた見たくもなかった顔。しかも、その男は既に黒い刀身の『弧月』を振りかぶっていた。

 太刀川は唖然としながらも、『弧月』を引き抜いてその一撃を受け止めた。

 

「会いたかった! 会いたかったぞ! 太刀川! 随分と久しぶりじゃないか! 元気だったか!? 太刀川ぁ!?」

「き、如月ッ……てめぇ……」

 

 斬り結び、至近距離で見る見たくもない顔は、満面の笑みに溢れている。

 如月龍神は、太刀川慶にむかって大声でまくし立てた。

 

「まずは、よくぞ戻ったと言っておこうか! 我が終生のライバル! 俺の奇襲に即応できたあたり、腕は鈍っていないようだな!」

「うるせーぞ、このバカ!」

 

 出会って数秒で苛立ちがマックスにまで高まった太刀川は、思い切り力を込めてその馬鹿を斬り飛ばした。

 白いコートの裾が翻る。押し退けられた勢いを殺さぬまま、龍神は迅の隣まで下がった。

 

「おう、龍神。奇襲は失敗だったな」

 

 さして残念でもなさそうな迅の言葉に、やはり落胆した様子など欠片も見せず、龍神は口元を吊り上げながら応じた。

 

「ふっ……この程度で仕留められるとは思っていない。だが、いいぞ太刀川。こうしてお前と相見えるのは、本当に久しぶりだ。俺は今、俺自身の高揚を抑えられそうにない!」

 

 夜の住宅街に、朗々と声が響き渡る。警戒区域内でよかったなあ、と迅は思った。ここが普通の住宅街なら、間違いなく住民達から苦情を寄せられていただろう。

 

「昂る。実に昂るじゃないか! 黒トリガーを賭けたこの一戦。俺とお前の雌雄を決するには最高の舞台だ!」

「嵐山先輩、如月先輩がいつもの倍増しでウザいです。なんとかしてください」

「ははは、まあいいじゃないか。彼がいてくれるのは心強い!」

「……私はあっちに行きたいです……」

 

 本当に、心底嫌そうに木虎は頭を抱えた。

 

「なるほどな。木虎の機嫌が悪いのは、お前がそっち側にいるからか、龍神」

 

 納得がいったというように、一部始終を眺めていた出水が手を打った。ついでにギロリと木虎から睨まれ、「相変わらずかわいくねぇなぁ」と呟く。

 

「おい、出水。隊長命令だ。さっさとあのバカをハチの巣にしろ」

「無茶言わないでくださいよ、太刀川さん。そんな簡単に落とせたら苦労しないですって。どうせ『グラスホッパー』か『テレポーター』で逃げられるのがオチです」

「俺は迅を斬りに来たんだ。いつでも斬れるあのバカに使う時間はない」

「ふっ……そんなに俺に負けるのが怖いのか?」

「……うぜぇ」

 

 心底疲れたようにふらついた太刀川は、びしっと迅を指差した。

 

「つーか、迅! なんでお前、こいつ呼んでんだよ!? 援軍は嵐山達だけで充分だろ!?」

「いやいや、太刀川さん。おれは呼んでないから。なんか龍神が勝手についてきただけだから」

「ふっ……戦いの匂いがした」

「だ、そうです」

「……うぜぇ」

 

 とても戦闘開始直前とは思えない、間の抜けたやりとり。風間ですら生暖かい目で見守っていた会話を、しかし1人の男が剣呑な声で断ち切った。

 

「どういうつもりだ……如月!?」

 

 三輪秀次である。

 なんだか数日前にもまったく同じことを言われた気がする龍神は、いたって平淡な声で言葉を返した。

 

「どういうつもり、とは?」

「お前は何度、俺達の邪魔をする気だ!?」

「わるいな、三輪。だが、俺は一応忍田本部長派だ。こちら側に立つ理由もある。まあ、正直に言うと、太刀川が城戸司令派だったからなんとなくこちらの派閥だったのだが……」

 

 この人ほんとに信じられない、という木虎の厳しい視線は一切無視して、龍神は言葉を続けた。

 

「……ある意味、ちょうどよかったのかもしれない。俺には、お前達の言う黒トリガーを持つ近界民(ネイバー)が、悪いヤツには思えなかったからな」

「なんだとっ……!?」

 

 三輪の表情が、より一層固くなった。

 

「お前は近界民に肉親を奪われたことのない人間だから、そんな無責任なことが言えるんだ! だから、迅もお前ものうのうとそんな世迷い言を吐ける!」

「そうだな。確かに俺はそうだ。だがな、三輪。少なくとも迅さんは、近界民の襲撃で母親を亡くしている」

「っ……!?」

「だから……だからこそ、お前の理屈は、あいつを殺していい理由にはならない。あいつはもう、玉狛支部のボーダー隊員だ」

「そりゃ違うだろ」

 

 押し黙った三輪にかわって、太刀川が会話に入った。『バッグワーム』を解除しながら、彼は先ほどまでとは雰囲気をがらりと変え、不敵に笑う。

 

「1月8日の正式入隊日まで、その近界民は『ボーダー隊員』じゃない。ただの『野良近界民』だ。仕留めるのに、何の問題もない」

「ふっ……揚げ足をとるなよ、太刀川」

 

 黒い『弧月』の切っ先が、ピタリと太刀川へ向けられる。太刀川とは対照的に、龍神の顔からはいつの間にか笑みが消えていた。

 

「俺達は小難しい理屈でこの場に立っているんじゃない。あいつは確かに『門(ゲート)』を通ってこちらの世界にやって来た『近界民(ネイバー)』だ。だがな、『近界民』であると同時に、あいつは『空閑遊真』という1人の人間だ」

 

 艶かしく輝く『弧月』の刃と同等、もしくはそれ以上に、龍神の眼光は鋭かった。

 

「泣いて、笑って、飯を食う。俺達と変わらない人間だ。俺と迅さんは、それを知っている。お前達を止める理由は、それだけで充分だ」

 

 太刀川は眉を顰め、風間は目を細めた。嵐山は頷き、木虎はそっぽを向いた。出水はニヤリと笑い、三輪は忌々しげに龍神を睨みつける。菊地原だけが声を発して「うわ、くっさ……」と呟いた。

 

「そういうことだ、太刀川さん。ここを通りたければこの実力派エリートと孤高のB級隊員。それに嵐山隊の面々を、倒していってもらおうか?」

「なるほど、おもしろい」

 

 迅の宣言を最後まで聞き、太刀川はもう一振りの『弧月』を抜き放った。

 

「お前の予知も、そこのバカも、まとめて斬っていくとしよう」

 

 二刀が、輝く。

 

 

「『旋空弧月』」

 

 

 闇を切り裂く刃の閃きが、開戦の合図となった。

 



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月と蠍☆

7/23 甘口ポン酢様よりいただいた挿絵追加


 集団戦は、個人対個人の戦いのように単純ではない。

 攻撃のタイミング、それによって生じる隙のカバー、敵にプレッシャーをかける立ち回り。個々の戦闘力や特性、陣形や地形、数の優劣。無数の要素が絡み合って、部隊単位の戦闘は進行していく。様々な視点から客観的に考察しても、戦闘の序盤を有利に進められるのは、遠征部隊と三輪隊の合同チームのはずだった。

 そう。はずだったのだ。

 

「おいおいマジかよ。この地形、全然射線が通らねーじゃん」

 

 冬島隊の狙撃手(スナイパー)、当真勇は『イーグレット』のライフルスコープを覗き込みながら、そうぼやいた。この中に敵の頭が映り込めば、一発でズドン、なのだが……あいにく見えるのは味気ない民家の屋根や電柱のみである。

 当真達のチームが迅達に比べて優れているのは、まず単純に人数で勝っていることだ。敵が6人に対して、味方の人数は11人。ほぼ倍に近い。

 

「あーあー、これじゃあおれらは仕事になんねーよ。なあ、奈良坂?」

『ぼやいている暇があったらさっさと狙撃ポイントを確保してくれ、当真さん。完全にこちらが後手に回っているぞ』

 

 へいへい、と当真はやる気のない返事を返した。奈良坂の言葉通り、嵐山隊の狙撃手(スナイパー)の佐鳥はもうとっくに狙撃位置についているだろう。もっとも、あちらもこの乱戦、この障害物の多さでは、まともな援護狙撃はできまい。攻撃手(アタッカー)組が白兵戦を演じているのは、住宅街の真ん中もど真ん中。しかも周囲は一軒家ばかりで、狙撃に必要な高さと角度が確保しにくい。

 当真、奈良坂、古寺の3人が狙撃ポイントを確保するまで、3人分の数の有利が殺されるのだから、これに関しては完全にあちら側の作戦勝ちだ。

 

(ま、迅さんはそれ込みで『勝てる』って踏んでるんだろーが……)

 

 そううまく、"事"を運ばせる気はない。心中でぼやきながらも、当真はやや距離が離れたマンションに向けて走り出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 オプショントリガー『旋空』によって拡張された『弧月』のブレードが、周囲の民家の塀を薙ぎ払った。迅と龍神、嵐山隊は、飛び退いてそれをかわす。

 大振りで、スピードもキレも無い攻撃。ただの牽制のつもりで放った一撃だろう、と龍神は思った。

 

「俺と迅さんで前衛をやる。援護は任せていいか、嵐山さん?」

「ああ、もちろんだ。いいな、充、木虎?」

「了解です、嵐山さん」

「迅さんは援護します。この人は知りません」

 

 三者三様の答えが返ってきたが、最後の1人は聞かなかったことにして、龍神は太刀川に向かって突進する。

 

「さあ、いくぞ! 太刀川っ!」

「うわ、こっち来んなよ、バカ」

 

 突っ込んでくる龍神に対して、太刀川は再び『旋空弧月』を振るった。さっきと変わらず、ぬるい一撃だ。龍神の足が止まったのは一瞬だったが――彼らにとってはそれで充分だったらしい。

 闇の中で、ブレードの光が瞬く。自分に向かって振りかぶられた鋭い一閃を、龍神は『弧月』でなんとか受け止めた。切り結んだのは、刀身の中央が空洞になるように形成された、ナイフ型の『スコーピオン』。

 

「眼中にあるのは太刀川だけか? 随分と余裕だな、如月」

「……これは失礼、風間さん」

「ボク達は相手にする必要もないっていうアピール? なんかウザいんだけど?」

 

 

 

 正面で風間と鍔迫り合いをしている状態で、右からは菊地原が。左からは無言で歌川が迫っていた。2人の手には、風間と同様に『スコーピオン』が握られている。

 

 ――挟まれたか。

 

 両手で握っている『弧月』に力を込め、龍神は風間を斬り払った。体格差と、なにより『スコーピオン』が受け太刀に弱いこともあって、風間は龍神の挙動に合わせるように体を後ろへと流す。風間の攻めは押しが弱いようにも思えるが、もし俯瞰的にこの状況を見ることができたなら、彼が退いたのがいかに完璧なタイミングだったかが分かるだろう。

 龍神は、『弧月』を完全に振りきっている。そこへ菊地原が、遠慮も躊躇もなく、『スコーピオン』を『トリオン体』の急所である頭部目掛けて突き出した。

 

「ちっ!?」

 

 龍神は上体を地面に平行になるほど倒して、紙一重で刃をかわす。仰け反るというよりは、倒れ込んだような、そんな体勢だった。

 ここから立て直すのは、不可能だ。

 

「はい、終わりだよ。かっこつけさん」

 

 菊地原が呟き、絶妙にタイミングをずらした歌川が、両手に『スコーピオン』を携え、体勢を崩している龍神に飛び掛かった。

 確かに、攻撃手(アタッカー)の手本のような連携だ。

 しかし、この瞬間。相変わらず苛立ちを募らせる菊地原の言葉を耳にして、龍神は危機感や焦燥とはまったく別の感情を抱いていた。

 

 ――菊地原うぜぇ。

 

「"天舞"」

 

 呟きとともに、龍神は『テレポーター』でも『シールド』でもなく、『グラスホッパー』を起動した。足元と背中に設置した2枚の『グラスホッパー』は右足と右肩に触れて反発する。

 背中は地面に平行のまま、体が浮き上がった。あえてバランスを片寄らせた反発で、体は勢いよくロールする。

 既に左手だけで保持している『弧月』は、歌川への迎撃に。菊地原には――

 

「……え?」

 

 顔面に向かって、ロールの勢いをフルに活かした握り拳を叩き込んだ。

 仕留めた思ったその瞬間に、菊地原士郎の視界は激しくぶれて、道路の上を二転三転し、転がりながらもなんとか体を起こし、膝をついた。

 

「ぐっ……」

「……思ったより吹っ飛ばんな。レイジさんのようにはいかないか」

「……ほんとむかつくなぁ」

 

 頬を拭う菊地原がもう一度攻撃を仕掛けようとした瞬間、龍神の背後からマズルフラッシュが連続して瞬いた。

 

「油断するなよ、菊地原」

 

 『シールド』、と菊地原が手を前に突き出す前に、いつの間にか彼の背後に立っていた風間が自分の『シールド』で銃弾を受け止めた。立ち上がり、走り出して再び敵との距離を取りながら、風間は会話を『トリオン体』の無線通話に切り替えた。

 

「(嵐山達の援護もある。突出した如月を食おうとして深追いすれば、逆にこちらが食われるぞ)」

「(すいません、風間さん。仕留め切れませんでした)」

 

 歌川の右腕は浅いとはいえ斬りつけられ、漏れだした『トリオン』が尾を引いていた。

 

「(気にするな、歌川。それよりも動けるか?)」

「(大丈夫です。戦闘の続行に支障はありません)」

「(今の連携で殺し切れないとか……ウザいなぁ)」

 

 風間がそれに答える前に、龍神が右拳を開きながら口を開く。

 

「菊地原があまりにもぶうぶうと五月蝿いからな。一発殴らせてもらったぞ」

「『グラスホッパー』で体勢を強引に引き上げ、空中でロール……腕を上げたな、如月」

「風間さんに誉められるとは、光栄だな!」

 

 ガキィン!

 独特な衝突音と共に、再び刃を合わせる龍神と風間。今度こそ、と菊地原と歌川が彼らを取り囲みにかかるが、

 

「『メテオラ』」

 

 嵐山が放った『炸裂弾(メテオラ)』が道路の中央で爆発し、攻撃手達の視界を遮った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「さて、ここからが問題だな。どうする、迅? 龍神くんやお前と、俺達は固まって戦った方がいいか?」

 

 一旦、太刀川達との距離を取り、迅達5人は民家の屋根の上で今後の戦略を練っていた。

 

「いや、どうせあっちはこっちを分断しにくるだろ。風間さんとかがそっち行ってくれるとありがたいけど……まあ、絶対こっちに来るだろうな」

「ウチの隊には三輪先輩達が当たってきそうですね。『鉛弾(レッドバレット)』がありますから、最悪ぼく達の足を鈍らせて、玉狛へ向かうという手もあります」

 

 時枝の分析に、嵐山も賛成した。

 

「そうだな。なら、ウチの隊で三輪達を引き受けることになるが……」

「私もそれがいいと思います。狙撃手(スナイパー)の頭数で負けている以上、まだ位置が知られていない佐鳥先輩と連携した方が有利でしょうし」

『おお!? 木虎ってばオレを頼りにしちゃってる!? いいぜ、いいぜ! オレのツイ』

「それに、この人は止めても迅さんと一緒に太刀川さんのところに行くでしょうし」

『せめて最後まで言わせて!』

 

 佐鳥から入った通信は一切無視し、木虎は龍神をじろりと睨んだ。

 

「ふっ……よく分かってるじゃないか、木虎。お前の言う通り、俺の狙いはただ1人、太刀川慶だけだ!」

「流石だな、如月。熱い闘志に火が点いている!」

「嵐山先輩、この人をおだてないでください。すぐ調子にのります」

「人を素直に尊敬できない人間に言われても、微塵も響かんな」

「あなたはその口を閉じて仕事だけしてください。そうすれば、まだマシに……」

「はいはい、口喧嘩はそこまで。嵐山さん、迅さん。レーダーに感ありです」

 

 フォローの達人である時枝が、木虎と龍神の間に割って入りながら報告する。よし、と迅が手を叩いた。

 

「了解。それじゃ、龍神は借りてくよ、嵐山」

「ああ、やられるなよ、迅」

 

 それを合図に、5人全員が立ち上がった。結局、龍神、迅のペアと嵐山隊という組み合わせになったが、急拵えのチームに分かれるよりはこちらの方が良いだろう。

 と、龍神はあることを思い出して、明らかに不機嫌な背中に声を投げた。

 

「ああ、木虎」

「なんですか? まだ何か?」

「危うく言い忘れるところだった。実は、お前に頼みがある」

「嫌です」

 

 即答だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「風間さん、いました! 迅さんと如月先輩です!」

 

 2人の姿を視認した歌川が、声を張り上げる。それを聞いて、太刀川は顔を綻ばせた。

 

「よしよし、きたきた! 風間さん、手筈通りに!」

「分かっている。お前が迅を止めている間に、俺達で如月を先にやる。狙撃手(スナイパー)組は出来る限り射線を確保しろ。狙えるなら、迅でも如月でもどちらでも構わん。当てられる方に当てていけ」

『奈良坂了解』

『古寺、了解』

 

 風間の指示が終わるのと、馬鹿が再び突っ込んできたのは同時だった。

 

「待たせたな! 太刀川!」

「うっわ。こんなイタイ人の相手とかほんとに嫌なんだけど」

「なら、そこをどけ、菊地原!」

「風間さんの命令だし。しょうがないから、あんたはぼくが落とすよ」

 

 『弧月』と『スコーピオン』が交差し、剣戟が闇の中で火花を散らす。龍神としてはすぐにでも太刀川を斬りに行きたいところだが、風間隊の壁を突破するのは容易ではない。

 

「はしゃぐのはいいけど、あんまり突っ込み過ぎんなよ、龍神。まだやられてもらっちゃ困るからなー」

「ははっ! 他人の心配とは、余裕だな、迅!」

「太刀川さんも遠征帰りなのにテンション高いね。疲れとか溜まってないの?」

「お前とやり合えるんだ! そんなものは置いてきたさ!」

「できれば持ってきてほしかったな、それ!」

 

 龍神が風間隊に囲まれている間に迅と太刀川も交戦を再開し、『風刃』と『弧月』をぶつけ合っていた。龍神の目的は太刀川だというのに、当の太刀川は迅しか眼中にないらしい。

 

「やはり、先にこちらか……旋空伍式――野薊!」

 

 このままでは拉致が明かない。接近してくる風間隊の3人に向けて、龍神は牽制代わりの『旋空弧月』を打ち込んだ。

 

「うわ、技名とかだっさ」

 

 当然、ただの『旋空弧月』で風間隊の面々を倒せるはずもなく、全員が『シールド』すら使わずに飛来した斬撃を回避する。

 

「無駄口を叩くな、菊地原」

 

 後方へ飛び、駐車場の屋根に着地した風間は、『スコーピオン』を構えつつ龍神を見下ろした。

 会話の内容を龍神に聞かれない為に、通信音声に切り換える。

 

「(ヤツの技は確かに下らんように見えるが『姫萩』と『赤花』だけは厄介だ。如月に"突き"の構えはとらせるな。『テレポーター』にも注意しろ。お前達なら1対1でやられることはないだろうが、とにかく何をするか分からんヤツだ。連携で確実に削っていくぞ)」

「(了解です、風間さん)」

「(えー。『テレポーター』からの斬撃なんて、ただの初見殺しですよ。三輪先輩はやられたみたいですけど、ぼくは経験済みだからもう引っ掛かりませんよ)」

「(……それ、結局お前も1回やられてるってことだよな? だから如月先輩に対して当たりが強かったのか?)」

「(……もう、うるさいなぁ。ぼくからいきますよ)」

 

 歌川からの突っ込みは無視して、まずは菊地原が龍神に対して仕掛けた。

 2本の『スコーピオン』を『弧月』で捌きながら、龍神が菊地原に問う。

 

「俺を殺し切る算段はついたか?」

「その『弧月』、刀身黒いとかなにかっこつけてんの? 見えにくいんだけど?」

「それはなによりだなっ!」

 

 皮肉には皮肉で返し、『弧月』を斜め上から振り下ろす。『弧月』使いと『スコーピオン』使いが斬り合う場合、『スコーピオン』を使う側は防御には回れない。受け太刀に弱い『スコーピオン』では、守りにはいった時点で防ぎきれないからだ。故に『スコーピオン』使いは『弧月』使いとの接近戦では手数で勝負する必要がある。

 が、菊地原は口のわりには攻勢には出ず、見にくいと言った『弧月』をあっさり避けて後ろへ下がる。入れ代わりに、風間と歌川が飛び出してきた。

 

 

(やけにプレッシャーが薄いな? 風間隊の連携はこんなものではないし、『カメレオン』を使う様子もない。こちらも、もう少し下がるか……?)

 

 そう考えた瞬間、

 

「龍神っ!」

 

 耳に入ってきたのは、滅多に聞かない迅の叫び声。顔をあげ、右斜め前方の彼方で、一瞬何かが光ったのを龍神は見た。そして、飛び上がる。

 

 ――狙撃。

 

 かすった足から『トリオン』が漏出する。迅が叫ぶのが少しでも遅れていれば、自分はこの一発でリタイアしていただろう。

 肝が冷えた。

 

(だが、奈良坂や当真さんなら片足は確実にもっていかれていたハズ……古寺か?)

 

 狙撃手の正体に当たりをつけながら、射線に建物が被るように走る。が、そんな行動を風間隊が許すわけがなかった。

 龍神を追いかける菊地原が、また口を開く。

 

「迅さんと違って、あんたは狙撃を避けられない。このままじゃジリ貧だよ、かっこつけさん?」

「ふっ……煽るなよ。お前から斬りたくなるだろうが」

「やればいいじゃん」

 

 菊地原の挑発は非常に腹ただしいが、事実であることは否定できない。迅は予知の『サイドエフェクト』で狙撃を回避できるが、龍神にはそんな便利な能力はない。

 というか、未来予知とかめちゃくちゃ欲しい、と龍神は思うのだが……

 

「……まあ、無い物ねだりをしても、仕方ないか。旋空――」

 

 立ち止まり、両足を広げ、『弧月』を左手の片手持ちに変える。龍神のその動作だけで、風間は次の行動を看破した。

 

「(『姫萩』だ。仕掛けろ!)」

「やらせるか!」

 

 歌川と風間が『旋空』による刃の延長線上外――即ち、龍神の懐まで一気に飛び込む。

 龍神は堪らず、

 

 

「――――死式」

 

 

 口元を糸で引いたように、吊り上げた。

 

「っ!?」

「菊地原!」

 

 やられた、と。

 歌川はその瞬間の攻撃からは外れていた仲間に向けて、声を張り上げた。

 『旋空弧月』を撃つ、と見せかけた『テレポーター』

 『姫萩』に見せかけた『赤花』

 風間と歌川の前から消え、龍神が狙う目標は1人しかいない。

 

「……だから、分かってるって」

 

 しかし、菊地原は冷静だった。むしろ歌川からの警告は、彼にとっては無用な雑音でしかなかった。

 

 菊地原士郎の『サイドエフェクト』は『強化聴覚』

 

 『テレポーター』を利用した瞬間移動斬撃という技の性質を理解しており、敵の姿を目で捉える必要のない菊地原にとって、龍神の攻撃はタネがわれたマジックも同然だった。

 そして、菊地原の『耳』は、右方向からコンクリートを踏み締める力強い音を確かに捉えた。

 

「よっと」

 

 馬鹿みたいに、鋭い斬撃。一撃で自分を仕留めようとしていたことがありありと分かる、見え透いた攻撃だった。もちろん、菊地原がそれを食らうはずもない。

 『弧月』の一閃は、むなしく宙を切る。

 

 

「…………えっ?」

 

 

 だが、菊地原の視界は、またもや揺らいだ。

 拳を受けた時とは違う。見える景色が、まるで宙返りしたように逆さまになっていた。

 そのまま景色はゆっくりと回って――自分の胴体が逆さまに見えたことで、菊地原は自分が首を斬り飛ばされたのだということに、ようやく気がついた。

 

『戦闘体、活動限界』

 

 最後に見えたのは、いけ好かない笑みを浮かべている先輩の顔と、彼の『右手』で輝く刃だった。

 

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 

 一筋の光が、夜空に向けて舞い上がった。

 

「き……菊地原!?」

「余所見をするな! よけろ、歌川!」

 

 集団戦において、味方がやられた瞬間は、どうしても注意がそちらに向く。

 敵にとっては、最大のチャンスだ。

 

「ほいっと!」

 

 その一瞬に、迅悠一は微塵も躊躇わず、『風刃』の最初の一撃を叩き込んだ。

 しまった、と思った時には、歌川遼の視界は真っ二つに割れていた。それが地面からのびた『斬撃』によるものだと、体の中心を切られたのだと、思い至る暇すらなく、

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 彼の体を構成する『戦闘体』が、限界を迎えた。

 一気に、2人。それも自分の部隊の部下を落とされて、風間は唇を噛み締めた。

 

「……やられたな」

「わりぃ、風間さん。迅を抑え切れなかった」

「いや、こちらのミスだ」

 

 太刀川の謝罪をやんわりと流して、風間は龍神と迅の2人を見据えた。

 歌川を仕留めたのは、迅の黒(ブラック)トリガー『風刃』による遠隔斬撃。その攻撃の強力さは風間も理解していたし、太刀川が彼を抑えているという判断が早計だったとはいえ、『風刃』に1人"食われる"のは、まだ想定内だ。

 

「おいおい、龍神。なにいきなり菊地原の首とばしてんだ? お蔭でこっちもプラン変更せざるを得なくなったじゃないか」

「このままではやられる、と思ったのでな。迅さんも歌川に『風刃』を使っただろう? 悪いがプランは『アイン』から『ズィーベン』に変更だ」

「ごめん。おれのプランは『A』と『B』しかないんだけど……? てゆうか、それ何語?」

「ドイツ語だ」

 

 問題は迅ではなく、もう1人の馬鹿の方だ。

 風間は問い掛けた。

 

「……はじめて見たな。今まで隠していたのか?」

「とっておきの切り札は、最後までとっておくものだろう?」

 

 『弧月』の一撃を避け、勝利を確信した菊地原を風間は責めることができない。龍神が『それ』を使うのを見るのは、風間もはじめてだったからだ。

 

「月並みな台詞で申し訳ないが……ここからは、俺も本気でやらせてもらう」

 

 左手に『弧月』。

 右手に『スコーピオン』。

 太刀川慶と同じ『二刀流』の構えを取り、如月龍神は残る2人へその刃を向けた。

 

 

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撃剣

 如月龍神は、本来右利きである。

 人は物心ついた時には利き腕でスプーンを持って食事をし、ペンを握って文字を書き始める。世の中の大多数が右利きである以上、少数派より多数派を優先するのが、世の常。左利きから右利きに矯正しようとする人間はいても、右利きから左利きに矯正しようとする人間はいないだろう。

 しかし、如月龍神はただの人間ではない。筋金入りの馬鹿である。

 多数よりも少数の方がかっけー、がモットーの龍神は、幼少の頃から左手で食事をし、左手で文字を書いた。『三つ子の魂百まで』と言う。悲しいかな、龍神の精神性はこの頃には既に確立されていたのだ。

 とはいえ左利きだと何かと不便なことがあるらしい、と子供ながらに悟った賢しい馬鹿は、両親の説得もあり、右利きでも問題なく日常生活をおくれるように右手も使った。

 結論を言えば、如月龍神は右手でも左手でも問題なく文字を書けるし、箸も持てる。つまり、両利きである。

 しかし龍神はボーダーでは『弧月』を左手で握り、左手で振るってきた。なんか右手よりも左手の方が強い感じがするし、カッコいいからだ。ボーダーに入隊した頃から、左手を主(メイン)トリガーとして『弧月』を使ってきた為に、練習相手である米屋陽介や熊谷友子からは「まあ、微妙に受けにくいかもしれない」というなんとも言えない有難い評価を頂いている。とはいえ、元々左手で『弧月』を振るうことに、スポーツ選手のサウスポーのような強みを求めているわけではなかったので、龍神はそれで構わなかった。

 要はかっこよければいいのだ。

 基本的には『弧月』の両手持ち。『グラスホッパー』と『テレポーター』の併用で戦場を駆け回り、『旋空』を絡めた大技で仕留める、という戦闘スタイルを龍神は自己流で確立していった。他の攻撃手(アタッカー)達からも一目置かれるようになる中で、しかし龍神は、その闘い方に決して満足したわけではなかった。

 如月龍神には、憧れとする戦闘スタイルがあった。自分を助けてくれた、あの男――太刀川慶の『二刀流』である。が、太刀川の人間性とその他諸々の個人的な意地も相まって、龍神は彼の戦闘スタイルをそのまま真似するのは死んでも嫌だった。

 『二刀流』はやりたい。超やりたい。

 でも、太刀川のパクりにはなりたくない。絶対になりたくない。

 複雑な感情を抱きながら、様々な戦い方を模索していく内に、龍神はようやくひとつの答えを見つけ出した。

 それが――

 

 

◇◆◇◆

 

 

「遂に解禁だな。右手の『スコーピオン』」

 

 そんな状況ではないというのに、隣で迅はどこか楽しげにそう言った。

 

「ああ。出し惜しみしている場合じゃないからな」

「そりゃ確かに」

 

 龍神の右手を見て、知ったように頷く迅。驚かないのは当然だ。

 龍神は特定の師匠を持たず、独力でB級にまで上がってきたが、『スコーピオン』の取り扱いに関してだけは、玉狛支部で迅から教わっていた。そして龍神は『スコーピオン』を、玉狛支部の仮想戦闘ルーム以外で使用したことはない。

 

「なるほど。道理で本部の対戦記録にはデータがないわけだ」

「玉狛支部で秘密の特訓、ってか? 大方俺を倒す目的で練習を積んでいたんだろうが……そりゃ、菊地原がやられるのも仕方ないな」

 

 風間と太刀川が呆れたように言葉を溢す。龍神の本部での個人(ソロ)ポイントは『弧月』のみ。『スコーピオン』を使ってくることは飽きるほど刃を重ねてきた太刀川でさえ、全く予想していなかった。

 

 

「ま、だからどうしたって話だけどな」

 

 太刀川は笑う。確かに『おもしろい』が、それだけだ。

 『旋空』を起動し、両手の『弧月』を振り抜く。勢いもキレも上々の、太刀川としても本気の一閃だった。

 『トリオン』という特殊な物質で形作られた刃によって、塀が切り裂かれ、かすっただけで電柱が揺らぐ。普通なら、飛び上がって回避するところなのだろうが、龍神の選択は違った。

 

(刃の下を潜り抜けて……?)

 

 飛び上がっていれば狙撃で仕留めて終わりだったものを、と内心で愚痴を溢しつつ、太刀川は正面から龍神の『弧月』と打ち合った。

 

「おっ……?」

 

 そして、その勢いの苛烈さに少々面食らう。いつもならすらすらと口から飛び出てくる『無駄口』も、今日に限ってはまったくない。太刀川は、龍神が自分を本気で"獲り"にきていることを理解した。

 

「ふはっ! いいな! 今日はやけに気合いがノッてるじゃないか!」

 

 悪くない。実際、太刀川の二刀流を『弧月』一振りだけで捌く龍神の技量は、かなりのものだ。

 

(ん……? つうかコイツ、さっきは『スコーピオン』出してたくせに、なんで使わないんだ?)

 

 言い知れぬ、違和感。

 判断よりも直感で、太刀川は後ろに飛び退さった。

 

「うおっ!? あっぶね!」

「ちっ……」

 

 直後、コンクリートの地面を突き破り、飛び出してきたのは光り輝くブレード。回避が間に合わなければ、太刀川の足は串刺しになっていただろう。

 ボーダー内でも『もぐら爪(モールクロー)』という名称で知られているこの攻撃は、足から地面を通して『スコーピオン』のブレードを伸ばす。先ほどは見せつけるように『スコーピオン』を右手に握っていたくせに、いきなり『コレ』とは、なかなかいい性格をしている。

 

「旋空――参式」

 

 空中で身動きの取れない太刀川を待っていたのは、さらなる追撃。

 龍神は右足を踏み込み、左手の『弧月』を突き出した。

 

「『姫萩』」

 

 『旋空』の伸縮スピードを活かした、『弧月』による超速の一本突き。『シールド』を突き破る威力を有しており、ガードは不可能。

 確かに悪くない技ではある。だが『スコーピオン』を使った攻撃と違い、太刀川は龍神の『姫萩』をこれまで幾度も受けてきた。回避不能、ガード不能であっても、馬鹿正直に受けてやる必要はない。

 

 逸らしてやればいいのだ。

 

 迫りくる剣先を見極め、右腕の『弧月』を振るう。腕には、それなりの衝撃。突き出された剣先を、太刀川はいとも簡単に受け流してみせた。

 

「はやいだけだろ、これは」

 

 やや失望し、余裕から言葉を紡いだ太刀川は、しかし次の瞬間に目に入ってきた『ソレ』を見て、思考が固まる。

 ナイフの刃渡りをさらに細め、まるでダーツのように形成された『ソレ』は。

 

 ――この野郎、『スコーピオン』を投げやがった。

 

 太刀川が驚愕するのと同時、右手の『スコーピオン』を放った瞬間に、龍神は"獲った"と確信していた。

 1セットの斬り合いの中に2度、見せたことのない攻撃を織り混ぜた。いずれも太刀川は初見の『スコーピオン』を絡めた攻撃。『もぐら爪(モールクロー)』と『姫萩』から、さらにもう一段。二段構えならぬ三段構え。特に最後の『スコーピオン』の投擲は、完全に意表を突いたと言ってもいい。

 龍神がそう確信したのは、決して自惚れではない。

 事実、この一連の攻撃を見切ることができる攻撃手(アタッカー)は、ボーダー内でも数えるほどしかいないだろう。

 

 しかし、

 

「舐めんな、バカ」

 

 龍神が相対している男は、その数えるほどしかいない攻撃手――頂点に位置するNo.1攻撃手(アタッカー)だった。『戦闘体』の急所である頭部を狙った正確な投擲を、正確であるが故に太刀川は首を傾げるだけでかわしてみせる。

 太刀川は、空中で受けた2度の攻撃を苦もなく捌ききったのだ。

 

「調子にのんなよ」

 

 そして、防御に用いられなかった『弧月』が、反撃の牙を剥く。

 

「『旋空弧月』」

 

 闇夜に閃く斬撃は、一撃だけではない。両手のトリガーをフル活用した太刀川の連続斬撃は、周囲のブロック塀や電柱を薄布を裂くように切断し、家屋の一部すら倒壊させた。

 

「っ……?」

「うっわ!?」

「……派手にやり過ぎだ」

 

 切り裂かれた電柱や壁が、雪崩のように次々に崩れ落ちる。その衝撃に、至近距離で鍔迫り合いを演じていた迅と風間も一旦離れ、距離を取った。迅にとってはチャンスだ。『風刃』の攻撃に距離は関係ない。当然、風間もそれを理解しているのか、瞬時に隠密(ステルス)トリガー『カメレオン』を起動し、姿を消した。

 

「ようし、ここら辺も斬りまくったら随分すっきりしたな」

 

 徐々に粉塵が晴れ行く中で、太刀川は刃を振るう時とはまた別の笑みを浮かべていた。

 

「これで『射線』も少しは通るだろ」

 

 『射線』という単語を耳が入った瞬間に、龍神は『テレポーター』で左へ"跳んだ"。直後、コンクリートを飛来した銃弾が穿つ。

 

「くっ……」

 

 まさに、間一髪だった。

 テレポートした龍神は、まだかろうじて残っている民家の塀に沿って、じりじりと後退する。

 

「新しい『スコーピオン』を絡めた攻撃は、まあなかなか悪くない、だが、こっちも仕事なんでな」

 

 だらりと腕を下げた太刀川は、逆にゆっくりと歩を前に進める。

 

「迅と違って、お前には狙撃に対する手段がない。お前はバカだが、無視できない強さを持った駒だ。本当なら、俺が直々に斬ってやりたいところだが……」

 

 太刀川慶は、A級1位部隊の隊長である。黒トリガー奪取の為の、この混成部隊の隊長に任じられたのは風間ではなく太刀川だ。必要な時に必要な判断をすることに、なんの躊躇いもなかった。

 

「(古寺、奈良坂。まずはあのバカから落とす。迅はそのあとだ。狙撃を如月に集中させろ。それでケリはつく)」

『(風間さんの姿が見えませんが……)』

「(俺にかまう必要はない。全力で如月を撃て。当てても文句は言わん。迅にプレッシャーをかける為に、今『カメレオン』を解除するわけにはいかないからな)」

『(奈良坂了解)』

『(古寺、了解)』

 

 相手には聞こえない『トリオン』体を介しての通話を終えて、太刀川は前方の2人を見据える。バカにかまっている暇はない。太刀川達の任務は『黒トリガー』の奪取であり、太刀川個人の目的は『風刃』を持つ迅を倒すことなのだから。

 

「やれやれ……面倒だな。俺も予知能力が欲しい」

「そんないいことばっかじゃないぞ、サイドエフェクトも」

 

 ぼやいた龍神に、迅は軽い調子で応じる。龍神は溜め息を吐きながら口は動かさず、この場にはいない味方の狙撃手(スナイパー)に文句を吐いた。

 

「(というか佐鳥、仕事しろ)」

『勘弁してよ如月先輩! このへん射線通らないし、あっちは狙撃手3人もいるのにこっちは1人だし! おまけに出水先輩のせいで居場所バレて逃亡中だし!』

 

 泣き事を言ってきた嵐山隊狙撃手(スナイパー)、佐鳥賢に龍神は言い返した。

 

「(お前にはツイン狙撃があるだろう? それで2人分だ)」

『あ、そっか……ってそれでも1人分負けてるし! オレのスーパーでスペシャルなツイン狙撃も万能じゃないんすよ!』

「(そうか。俺の買い被りだったな。ツイン狙撃がそんなにショボいとは)」

『ひどいよ如月先輩!?』

 

 いつまでも無駄話を続けているわけにもいかないので、通話を叩き切る。とりあえず、援護は望めないようだ。

 ならば、

 

「自分でなんとかするしかない、か」

 

 太刀川の歩みに合わせて後ろへ下がっていた龍神は、足を止めた。

 

「逃げるのは終わりか?」

「ああ。いつでも来い、太刀川」

「んじゃ、そろそろ"落ちろ"」

 

 それが合図だった。

 太刀川は再び『旋空』を起動。迅の『風刃』の攻撃に留意しながらも、周囲の建造物を延長したブレードで薙ぎ払う。風間は『カメレオン』で姿を消したままだが、間違っても味方の攻撃に当たるような間抜けではない。太刀川は全力で『弧月』を振るった。

 

「(道路の中央にあのバカを縫いつける。仕留めろよ、古寺、奈良坂)」

『(た、太刀川さん! 如月先輩が!?)』

「……なに?」

 

 視界の中央には、『風刃』を構えた迅。しかし、その隣に立っていたあのバカの姿が、ない。

 どこに消えた?

 咄嗟に周囲を見回す太刀川だったが、彼の視界から龍神は完全に姿を消していた。

 

(『テレポーター』じゃない……まさか!?)

「(太刀川、前だ!)」

「っ……!?」

 

 目前に迫るのは、緑に輝く斬撃。それが3本。

 

「ちっ!?」

 

 二振りの『弧月』で咄嗟に防御し、太刀川は前方に突進した。

 お目当ての相手が、ようやく本気になったのだ。

 

「どうした、迅? 下がってばっかだったのが、急にやる気出しやがって!」

「いい加減、手を抜いていられる状況でもなくなったからね。けど、そりゃ間違ってるよ、太刀川さん」

 

 鍔迫り合いで間近に見える迅の目が、薄く細められた。

 

「本気になっているのは、『おれ達』だ」

 

 言葉の意味に気付かないほど、太刀川は愚かではなかった。自分の背後、そこに唐突に現れた人影を、視認する。

 

「如月っ……!?」

 

 龍神は理解していた。

 こちらのチームには狙撃手(スナイパー)が1人しかいない。迅がいくら射線を切る地形を選んでも、敵の狙撃に対してはどうしても不利になる。しかも相手はNo.1狙撃手を擁する遠征チームだ。数の優位で負けている以上、はやい段階で"落とされる"わけにはいかなかった。

 狙撃手への対策は、迅の隣で戦う為には必須事項。

 だからこそ龍神は、普段は使わない隠密(ステルス)トリガーをセットしていた。

 『カメレオン』を使えるのは、風間隊だけではない。

 

 ――やれるか?

 

 挟撃は成功。

 迅の『風刃』と斬り結んでいる太刀川は、受け太刀で龍神の『弧月』と『スコーピオン』を防げない。

 太刀川には攻撃を防ぐことはできなかった。故に、太刀川以外の人間が、その攻撃を受け止めた。

 

「なっ……?」

 

 龍神が失念していたのは『カメレオン』を使っている人間が、自分だけではなかったということである。

 瞬間、閃いた『スコーピオン』の刃は、一つではなく三つ。

 

「油断するなよ、太刀川」

 

 片手の『スコーピオン』を砕きながらも攻撃を受け止めた風間蒼也は、太刀川をカバーするように彼の背後へ着地した。

 

「おー、助かったぜ、風間さん」

 

 返事をしつつ、太刀川も『弧月』を押し込んだ。バックステップで、迅が後退する。

 その間にも、風間に奇襲を防がれた龍神は闇に紛れてかき消えていた。

 

「なるほどな。これでは狙撃は機能しない。菊地原から先に狙ったのも、理由があったということか」

「どうする風間さん?」

 

 背中を合わせながら、太刀川が問う。

 

「組ませると面倒だ。分断して各個撃破する。お前は奈良坂達と組んで迅をやれ。3人では厳しいだろうが……」

「それは任せてくれ。願ったり叶ったりだ。風間さんは?」

「俺が如月をやる。奴を片付け次第、そちらに合流する」

「1人で大丈夫か?」

「誰に言っている?」

 

 互いに背後を預け合った攻撃手の1位と2位は、あえて敵にも聞こえるように会話を続ける。

 

「あの馬鹿には、俺に隠密(ステルス)戦闘を挑んだことを後悔させてやる必要がある」

「……了解、了解」

 

 背中合わせの為、表情は見えなかったが、太刀川は心中で肩を竦めた。

 

 ――こりゃ珍しく、風間さんに火が点いたな。

 

 もちろん、それは自分もなのだが。

 太刀川は『弧月』の切っ先を、自分のライバルだった男に突きつける。

 

「さあ、馬鹿は風間さんに任せた。再開といこうか、迅」

 

 太刀川の背後から、風間が消える。

 

「やれやれ……」

 

 『風刃』を正面に構え、

 

「ここからが正念場だな」

 

 迅もそれに応じた。

 




スコーピオン投げはアニオリで太刀川さんと共闘した時に、迅さんがやっていたアレです。
原作でも4巻で首ちょんぱされた菊地原がスコーピオン落としたり、6巻でラービットにスコーピオンが突き刺さったままの描写があるので、多分できる! 


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隠密戦闘

 隠密(ステルス)トリガー『カメレオン』は、正確に言えば完全に姿を消せるわけではない。

 周囲の風景に溶け込み、いわば透明化する反則的なこの『トリガー』の弱点は、起動中に他の『トリガー』を使えない、という点にある。

 通常なら主(メイン)トリガーと副(サブ)トリガーは同時に使用できるが、『カメレオン』に限ってはセットしたのが主(メイン)であろうと副(サブ)であろうと、『トリガー』を同時起動できない。その為、『カメレオン』を起動している人間のある程度の位置は『戦闘体』に標準装備されている『レーダー』で捕捉できる。が、『レーダー』で分かるのは大まかな位置だけで、高度や細かい距離などは分からない。『カメレオン』を起動したまま攻撃に移ることができない以上、『カメレオン』を解除した瞬間に叩く、というのが対隠密(ステルス)戦闘のセオリーである。

 では、『カメレオン』同士の戦いはどうなるのか?

 

 迅達から離れ、住宅街の中を走っていた龍神は、アスファルトの地面を踏み締めて急停止した。

 姿は見えなくても、風間がこちらを追ってきているのは分かっている。

 

「旋空壱式――虎杖!」

 

 輝きを放つ刀身が、刃鳴りの音を響かせて宙をはしる。コンクリートが抉れ、郵便ポストが弾け飛んだ。龍神は、なにもない空間を凝視する。手応えは、ない。

 そして、立ち止まっている暇もない。姿の見えない『カメレオン』を相手に足を止めるのは、自殺行為にも等しい。龍神も『カメレオン』を起動し、周囲の風景に溶け込み、再び走り出した。

 レーダー上では風間の位置は右斜め前方。とはいえ龍神には、自分と風間の間に正確にはどれだけ距離があるのか分からない。そもそもレーダーで相手の正確な位置が分かるなら、『カメレオン』はとっくの昔にただの役立たずの『トリガー』に成り下がっている。

 

(どうする? もう一度『カメレオン』を解除して『旋空』で炙り出すか?)

 

 『カメレオン』を使う相手との戦闘経験はあっても、『カメレオン』同士の戦闘を龍神は経験したことがない。次にどう動くか。風間の正確な位置をどうやって割り出すか。

 そんなことばかりに注意が向いていたせいで、龍神は足元に転がっていたそれに気が付けなかった。

 カツン、と。

 固い、何かを踏みつけた感触。足の下にあるそれが、『旋空弧月』に破壊された、道路や壁の破片だと分かった――

 

「そこか」

 

 ――その瞬間。

 聞こえてきた声は、予想よりもはるかに近かった。

 

「ぐっ!?」

 

 光刃が闇を裂く。姿を現した風間が突き出した『スコーピオン』を、胸の前でギリギリ受け止める。『カメレオン』の解除が間に合っていなければ、致命傷になっていただろう。

 風間は奇襲の一撃目を防がれたことに一切の動揺も見せず、すぐさま二撃目を繰り出した。龍神も右手に『スコーピオン』を起動し、即座に反撃。2人の『スコーピオン』が、薄暗い闇の中で交差する。

 結論を言えば。

 一瞬の攻防は風間の方に軍配が上がった。

 

「ぐっ……」

 

 当然と言えば当然である。仕掛けたのは風間からであり、龍神はそれになんとか反応しただけに過ぎないのだから。

 咄嗟に身をよじったこともあって、傷は浅かった。しかし袈裟斬りにされた胸から、少なくない量の『トリオン』が溢れ出る。

 

「……"乱空天舞"」

 

 

 ここで引けば、勢いのままにやられる。反撃の糸口を掴む為、龍神は『グラスホッパー』を使用し、飛び上がった。展開した『グラスホッパー』は1枚だけではない。複数枚だ。

 『乱反射(ピンボール)』

 攻撃手(アタッカー)の中では草壁隊の緑川などが得意とするこの技は、周囲に複数枚展開した『グラスホッパー』の反射によって、ターゲットを取り囲むように高速移動する。不規則な移動で相手を撹乱し、

 

「……無駄だ」

 

 斬り込む、ハズだった。強烈な踏み込みと共に放たれた『スコーピオン』の一閃は、あっさりと宙を切る。風間は再び、夜の闇に紛れて姿を眩ましていた。

 

(くそっ……どうする? もう一度『カメレオン』を使うか?)

 

 龍神がそうして悩んでいる間にも、風間は既に次の手を打っていた。

 バラバラと周囲に降り注ぐ、アスファルトの欠片。いつの間に拾い集めたのか。『カメレオン』で透明化した風間が、自分の周りにばら蒔いていることだけは分かった。

 

(俺には『カメレオン』を使わせない気か……)

 

 だが、地面に欠片が散らばっているこの状態では、当然風間も迂闊には動けない。逆に隠密(ステルス)状態の風間の位置を見極めることができれば……

 

 カッ!

 

 研ぎ澄ましていた聴覚が、先ほどと同じ音を捉えた。視界の隅、ひび割れた舗装の上で、不自然に破片が跳ねたのを、龍神は見逃さなかった。

 思慮も思考もかなぐり捨てて、動物的な反射で横薙ぎに『旋空弧月』を叩き込む。ブロック塀が崩れるのを見るのは、今夜で何回目だろうか。そんなことを考えるのも束の間、龍神は背筋を凍らせた。

 何故だ?

 また、手応えがない。

 もしも、ほんの数秒。『テレポーター』で跳ぶのが遅れていれば、龍神の首は音がした方向、破片が跳ねた方向とは、まったくの逆――背後から肉薄していた『スコーピオン』に切り落とされていただろう。

 

「さっきの狙撃といい、良い判断だ。いや、直感か?」

 

 つい数秒前まで龍神が立っていた場所に降り立ちながら、風間は言う。彼は"手のひらに握り込んでいた破片"をこれ見よがしに弄んでいた。

 民家の屋根にテレポートした龍神は、風間の方へ振り返る。

 

「性格が悪いな、風間さん。こちらに『カメレオン』を使わせない為にばら蒔いた欠片を、さらに陽動に使うとは」

 

 今回はアスファルトや塀の残骸を使っただけで、場所によっては落ち葉でも石でもなんでも良いのだろう。そうした細かい物を地面に散乱させれば、たとえ透明化していても足とそれらが触れて音が鳴り、居場所が分かる。相手にはそう思わせておき、自分自身は『カメレオン』を起動。隠密(ステルス)状態で破片を放り投げて注意を向けさせ、完全に逆方向から仕掛ける。

 まるで暗殺者のような、悪辣な戦い方だ。

 

「菊地原がいなければ、『カメレオン』同士の戦闘も五分に持っていけると思っていたのか?」

 

 悪いな、と風間はらしくない笑みを漏らし、

 

「お前とは『これ』を使っている年季が違う」

 

 そうして、また消える。

 普段『カメレオン』を使わない龍神との戦闘で、この対応。部隊の『耳』である菊地原がいない状況でも、対『カメレオン』戦闘を想定していたということか。

 それとも、これまでの経験の積み重ねから練り上げた、即興の戦術か。

 何れにせよこれが、攻撃手(アタッカー)2位であり、個人総合3位の実力。隠密(ステルス)戦闘のプロフェッショナル、風間蒼也。

 彼個人の確立された戦術を、龍神は崩せる気がしなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「どうした迅!? さっきの勢いはどこへいった!?」

「太刀川さんが張り切り過ぎなんでしょ?」

 

 口を利きながらも、腕は決して休めない。太刀川と迅は一進一退の攻防を続けながら、住宅街の中を走り続けていた。

 いや、正確に言えば一進一退の攻防ではないのかもしれない。単純な剣の腕比べならば、太刀川の方が勝る。徐々に押されているのは、迅の方だった。

 

「『風刃』は接近してしまえばただのブレードだ」

「さすが太刀川さん、よく研究してるじゃん」

 

 迅は余裕たっぷりに言い返したが、太刀川の言葉は正しい。『風刃』は接近してしまえば『弧月』と同じただのブレード。そして『弧月』を使った勝負では、迅は太刀川に勝ち越せたことはない。

 さらに厄介なのが……

 

「足を止めるなよ、迅! 狙撃で終わりなんて面白くないからな!」

「ははっ……じゃあ援護はなしでやらない?」

「それは無理だな!」

「だよねぇ……」

 

 迅が太刀川と距離を取れば、間髪入れずに狙撃がとんでくる。サイドエフェクトのお陰で被弾はないが、厄介極まりない。

 

「よっと!」

 

 斬り結んだ状態から、太刀川を蹴り飛ばし、迅は強引に距離を取った。そのまま足下の地面を『風刃』で"斬りつける"。

 瞬間、『風刃』の光の帯が一本消失し、『斬撃』が太刀川に向かって飛んだ。

 黒トリガー『風刃』の能力は一言で言えば『遠隔斬撃』 目の届く範囲ならばどこへでも攻撃が可能であり、刀身から伸びる光の帯は『斬撃』の『弾数』を示している。現在の『残弾』は残り4本。

 斬撃を受け止めた太刀川に対して再び走り込み、このまま斬りつけ――

 

「おっとと」

 

 ――られればいいのだが、迅はすぐさま身をよじる。トリオンの弾丸が空を切り、背後の民家の表札を打ち砕いた。

 やはり狙撃に阻まれる。それだけなら、まだいい。問題はこのあとだ。

 

「おおっ!?」

 

 次いで、さらに2発。

 撃たれた方向からは別方向から、弾丸が飛来する。堪らずしゃがみ込んだが、今度の狙いはさらに正確で、迅の頬を掠めていった。

 狙撃が『別方向』から、次々にこちらを襲ってくる。あり得ない。まるで全方位を狙撃手に取り囲まれているようだった。

 

(やっぱり、こりゃ間違いなく『あの人』が来てるな……)

 

 弾丸の雨に晒され、仕方なく迅は再び太刀川と斬り結んだ。

 

「だめだよ、太刀川さん。体調悪い人を無理矢理連れて来たら。労ってあげないと」

「はて、なんのことだ?」

「つまんないウソつくなあ……ほんとに」

 

 今、この戦いの原因となっている少年の顔を思い浮かべながら、迅は言った。

 はっきり言って、この状況はあまりよろしくない。太刀川との近接戦を嫌って距離を取れば、狙撃に晒される。予知で狙撃はかわせるが、攻撃の密度が濃くなればこちらの『行動』が制限される。なにより、比較的距離を保ちながら戦うべき『風刃』の優位が、完全に殺されていた。

 

(こりゃ、ちょっとばかししんどいかも)

 

 そんな迅の心中を見抜くように、太刀川が薄く笑う。

 

「なんだ? そんなに俺との斬り合いは嫌か?」

「嫌いじゃないけど疲れるね」

「そうか……なら」

 

 太刀川は『風刃』の刃にがっちりと噛ませていた『弧月』を緩め、

 

「お望み通り、ちょいと離れてもいいぞ」

 

 体ごと引いて、迅を受け流した。

 自分から『距離』をとった。

 

(あっと……これは)

 

 太刀川は両腕を胸の前で交差させ、両手の『弧月』を脇に納めるように刃を伏せる。そして、全身全霊の力で再び"引き抜いた"。

 光刃が、唸る。

 まったく同じタイミングで二つの斬撃が、左右同時に、挟み込むようにして迅を襲った。

 自分でも、顔から全ての余裕が消え去ったのが分かった。

 

 読み逃した。

 

 なんとか飛び退き、地面に膝をつく。右腕から漏出する『トリオン』を押さえながら、迅は呻いた。

 

「ちょっと……なに、太刀川さん? 今の攻撃は?」

「はっ……ようやくダメージが入ったな。当然だ。これが、お前を倒す為に俺が編み出した必殺の一撃……」

 

 心底愉快そうに、太刀川は笑って、

 

「『双撃旋空』だ」

 

 はっきりと、宣言した。

 ヤバいな、と迅はあらためて思う。

 本人は絶対に否定するだろうが、自信満々に二振りの刀を握り締める、目の前の20歳の大学生は――

 

 

「さあ、迅。今夜、俺はお前を叩き斬る」

 

 

 ――間違いなくあの馬鹿に毒されている。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 逃げていく龍神をレーダーで追いながら、風間は妙だと思った。

 『カメレオン』は起動中、常に『トリオン』を消費する。風間隊の『戦闘体』の隊服には『カメレオン』による『トリオン』の消費を抑える、独自のカスタムが施されているが、龍神は違う。ただでさえ傷を負い、『トリオン』を失った状態で『カメレオン』を使い続けるのは、無視できないリスクのはずだ。

 

(にも拘わらず、やつは『カメレオン』を使って逃げの一手。嵐山達の方へ向かっているようだが……)

 

 と、風間の予想通りと言うべきか。『トリオン』を温存する為なのか、我慢が利かなくなったのか、『カメレオン』を解除した龍神が、唐突に『旋空弧月』を振るってきた。

 

(勘にしては悪くないが……)

 

 所詮はレーダー頼り。風間は連続して襲いかかってくる斬撃を避けながら、さらに接近する。

 背後からは既に何度も仕掛けている。真横や正面からも、反応次第ではまた防がれるだろう。

 

(真上から殺る)

 

 ブロック塀の上を走っていた風間はそのまま跳躍し、思惑通りに龍神の頭上をとった。

 『カメレオン』を解除。『スコーピオン』を頭部に向けて右腕を全力で振るい、

 

「ッ……!?」

 

 受け止められた。

 

「分かるよ、風間さん」

 

 同意を示す言葉は、しかしこれ以上ないほどに冷たく、

 

「俺も真上からの奇襲は大好きだ」

 

 こちらを見もせずにその一閃を止めた男は顔を上げ、風間に向かって語りかけた。

 驚愕で、思わず目を見開く。

 

(勘だけで……俺がどこから"仕掛ける"のか、読みきったのか?)

 

 受け太刀をした『弧月』を保持しているのは、左手のみ。右手から『スコーピオン』がくる。

 そう判断した風間が、左手の『スコーピオン』を龍神よりもはやく突き立てようとしたのは、決して間違いではない。

 ただ、先ほどの攻防と決定的に違うのは。

 彼の攻撃を受ける側であったはずの如月龍神が、今度は仕掛ける側にまわっていたことだった。

 

「なっ……!?」

 

 風間が見たのは、自分の右手首に深々と突き刺さる、まるで海賊が使う『フック』のように形成された『スコーピオン』

 それは『弧月』を握る龍神の『左手首』から伸びていた。

 『スコーピオン』は軽量かつ出し入れ自由、そして体のどこからでもブレードを『生やす』ことができる特徴を持っている。故に主(メイン)トリガーを扱っている手で、同時に副(サブ)トリガーの『スコーピオン』を使う、という芸当もできる。風間自身もトリッキーな攻撃として使う手のひとつだった。

 まさか、まんまとそれに嵌められるとは。

 

「くっ……!?」

 

 風間の左手の『スコーピオン』が届く前に、龍神は『弧月』を捻り、空中で踏ん張りの効かない彼を斬り払う。その過程でフック状の『スコーピオン』にねじ切られた風間の右手首はかろうじて繋がっていたが、もはや使い物にならないのは明白だった。

 後退し、地面に着地した風間に向けて、龍神は挑発の言葉を重ねて投げる。

 

「頭や急所に伸ばしても、避けられると思ったからな。まずは確実に、右腕を一本もらった」

「……調子に乗るなよ」

 

 腕になんとか皮一枚で張りついているような右手首を、風間は左手の『スコーピオン』で自ら切り落とし、

 

「お前が獲れたのは『右腕』ではなく『右手首』だけだ。半人前め」

 

 その切断面からブレードを伸ばして、龍神に向かって突進した。

 龍神は動かない。『弧月』を構え、風間の接近を待ち構える腹積もりらしかった。舐められたものだ、と思う。

 ――警戒するべきは、三つ。

 『グラスホッパー』による跳躍。

 『テレポーター』による瞬間移動。

 『旋空』を用いた大技。

 

(『テレポーター』の移動先は視界の中のみ。瞬間移動は前方にしかできない)

 

 『グラスホッパー』で後方に跳躍する程度なら、追い縋れる。狙うべきは、もう一度背後からの奇襲。

 あえて姿を晒したまま、真正面から突進した風間は、刃が届くであろうぎりぎりの距離で『カメレオン』を起動した。

 『弧月』を振りかぶっていた龍神の瞳が、驚愕の色に染まる。通常、敵に接近する為に使用する『カメレオン』を、あえて接近してから使用した。敵がこちらの攻撃に慣れてきたのであれば、違う『パターン』を織り混ぜるのは、風間にとっては当然の選択だった。

 隠密(ステルス)モードでは、他のトリガーは使えない。防御も攻撃もできない。そんなセオリーから外れた行動を見て、龍神の剣速は鈍る。

 

「…………チィ!」

 

 風間がいるであろう、ついさっきまではいた空間を、龍神は『弧月』で斬り裂いた。当然のように、手応えは、ない。

 風間は既に龍神の頭上を飛び越え、その背後に着地していた。

 迷う必要はない。龍神の目は、背後の風間を見ることができない。着地と同時に『カメレオン』を解除。振り向き様に、『スコーピオン』を叩き込む。

 熟達し、洗練された、流れるような動作だった。

 

 だからこそ。

 その攻撃がまたしても敵を仕留めるに至らなかったという事実が。

 風間には、信じられなかった。

 腕には、確かな手応えがあった。ただしその手応えは『トリオン体』を突き刺したものではなく、『シールド』を突き破った衝撃だった。

 通常の『シールド』では、ブレードを防ぎきることはできない。ましてや背後全体をカバーするように張った『シールド』は、一撃で砕け散る。が、それでも刃の勢いを、スピードを殺すことはできる。

 

(振り返っての迎撃では、間に合わないと踏んだのかっ……?)

 

 突き出しのスピードが死んだ『スコーピオン』は、龍神の背中には届かず。その背中は刃から逃れる為に、空中に浮き上がっていた。

 『トリオン体』の純粋な脚力で宙返りするようにジャンプした龍神と、それを見上げる風間の視線が、至近距離で交差する。

 そして次の瞬間には、刃も交差していた。

 

「くっ……」

 

 風間が咄嗟に突き上げた『スコーピオン』は、龍神の左肩に食い込み、

 

「ちっ……」

 

 龍神が突き下げた『弧月』は、風間の右目を抉っていた。

 

「……はやいな、反応が」

 

 苦悶の表情を浮かべてそう呟き、龍神は眼下の風間から視線を『外した』

 そして、消える。

 

 ――今度こそ、『テレポーター』か。

 

 距離にして、約30メートル。道路の中央に着地した龍神を片目で見定めた瞬間に、風間は『カメレオン』で姿を消し、突進した。

 ここが、攻め時。

 龍神の左肩に突き刺さったままの『スコーピオン』を見れば、分かる。『弧月』を握る左腕は、あれでは満足に動かない。龍神もそれを理解し、逃れる為に『テレポーター』を使ったのだろう。あの距離を一気に跳べば、次の使用までは時間がかかる。ならば、風間にとっては今が最高のチャンスだ。

 ここで、仕留める。

 

 しかし、そんな思いとは裏腹に。

 

 風間の足は、唐突に止まった。

 自分の意思で止まったのはではない。止められたのだ。

 足首に、膝に、腕に、胴体に。全身に何かが絡みつき、それ以上の前進が、止められた。

 

 ――バカな。

 

 夜の闇に紛れるように、暗い保護色で編まれたそれらは、いわば『トリオン』で作られた『糸』

 

 ――ワイヤー……『スパイダー』だと?

 

 ちょうど、龍神が『テレポーター』で跳んだ20メートルほどの空間に。

 獲物を捕獲するための罠のように、オプショントリガー『スパイダー』が張り巡らされていた。

 風間は驚くよりも、疑問に思った。

 こんなものを。

 こんなものを『仕掛ける』暇が、一体いつあった?

 

「いけ好かない後輩に、頼んでおいた甲斐があった」

 

 視線の先で、疑問に答えるように開かれた口からは、白い歯が覗いていた。

 この先の方角では、嵐山隊が戦っている。そして嵐山隊には『スパイダー』を使う隊員がいる。

 それが答えだ。

 逃げていたのは、風間をこの場所まで誘導する為。

 突進してくる風間を、立ち止まって待ち構えたのは、背後の空間の仕込みを悟らせない為。

 『テレポーター』で遠距離を跳んだのは、『スパイダー』が張り巡らされた空間を、自分だけは通り抜ける為。

 全てが、この一撃の為。

 風間蒼也は、認めざるを得ない。

 このバカは、

 

「…………ふっ」

 

 馬鹿ではない。

 

「そこか」

 

 ギチギチ、と。

 耳障りな音がした場所に向かって。

 糸が軋む音がした場所に向けて。

 『弧月』を右手に持ちかえた龍神は、全身全霊の『旋空弧月』を叩き込んだ。

 延長されたブレードはその切れ味を存分に発揮して地面を叩き割り、粉塵を舞い上げた。張り巡らされていた『スパイダー』も全てが断ち切られ、ほどけて揺れる。

 

 

「…………やったか?」

 

 

 肩で荒く息をしながら、龍神は呟いた。

 




次回、迅さんVSちょっとパワーアップした太刀川さん、決着。


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風の刃

 太刀川慶という男にとって、迅悠一は最大のライバルだった。

 『弧月』を使った勝負で太刀川が負け越すことは最後までなかったが、迅はエンジニアと共に新型ブレードトリガー『スコーピオン』を開発。『弧月』とは違うトリッキーな性質を存分に活かし、太刀川との戦績を五分五分にまで引き上げた。

 『おもしろいやつ』だと思った。『弧月』では勝てないことを認め、自分に合うような新型トリガーまで発案、開発して張り合ってくる。それをズルいと考える人間もいるかもしれないが、勝つ為にできる努力を全てしてくるその姿勢を、太刀川はむしろ好ましく思った。

 おもしろい。とてもおもしろい。

 勝っては負け、負けては勝ち、また勝負する。互いに互いを高め合う。そうして迅と太刀川は、攻撃手(アタッカー)として最高の関係を築いていった。

 迅が黒(ブラック)トリガー『風刃』を、手にするまでは。

 A級隊員から『S級隊員』となった迅はランク戦に参加できなくなり、太刀川は迅と戦えなくなった。

 

 つまらなかった。

 

 そんなもの、手放しちまえよ、とは言えなかった。迅にとって『風刃』は師匠の形見、そして師匠本人であるようなものだ。迅は他の『風刃』の適合者達とは『風刃』に対する気持ちが違う。『風刃』の所有者を決める戦いで迅が圧勝したのは、ある意味当然だ。

 あるいは、太刀川も『風刃』に選ばれていれば、争奪戦の戦いで気持ちの区切りをつけることができていたのかもしれない。だが、太刀川は『風刃』に選ばれなかった。

 仕方ないさ、と諦める自分の裏に、戦い足りない、もっと迅と戦いたい、と我が儘を言う自分もいた。

 贅沢は言わない。

 もう一度、もう一度だけあの熱い勝負を。ひりつくような感覚を。

 迅悠一と、刃を合わせる機会を。

 太刀川は、今回の任務を自分達に命じた城戸に感謝していた。彼の考えと行いが正しいのか、そんなことはどうでもいい。

 『風刃』を持つ迅悠一と戦う機会を与えてくれた。

 その一点に限って、太刀川は城戸に感謝した。

 そして、黒トリガー『風刃』と戦う機会を得た今夜、太刀川は決意した。

 必ずこの手で、迅と『風刃』を叩き斬る、と。

 

「『双撃旋空』はお前を倒すためのとっておきだ」

 

 『風刃』は接近してしまえばただのブレードと同じであり、『遠隔斬撃』という強みは失われる。太刀川が考えたのは『距離』をとられた場合にどう戦うかだった。

 太刀川の遠距離攻撃手段は『弧月』の専用オプショントリガー『旋空』のみ。『風刃』と『旋空』は『斬撃』を飛ばすという攻撃のイメージは似ているかもしれないが、その実態はまったく別物だ。比較してみても、黒トリガーである『風刃』の方が圧倒的に攻撃性能に優れているのは当たり前の話だった。

 だから太刀川は逆に考えた。『スコーピオン』の二刀流を使えば、迅は太刀川を相手にノーマルトリガーでもほぼ互角。だが『風刃』を使っている間は、迅は一振りのブレードしか使えない。

 そして『黒トリガー』を使っている間は、通常の『トリガー』も使えない。迅は『グラスホッパー』で飛びのくことも、『シールド』で防御することもできない。

 つまり『防御』という面に関して『風刃』には大きな穴がある。迅は『未来予知』の副作用(サイドエフェクト)による恩恵で、使用する『トリガー』に関係なく防御についてはかなりのアドバンテージがあるが、太刀川にそれは通用しない。

 たとえ『未来予知』の副作用(サイドエフェクト)があろうとも、太刀川慶は迅悠一を幾度となく斬り捨ててきたのだから。

 ブレード一本だけでは絶対に防げない斬撃を同時に、予知による対処が追い付かないほどのスピードで叩き込めば――

 

「そら、もう一発だ!」

 

 ――迅を倒せる。

 その発想は、太刀川の神業的な技量があってはじめて成立した。

 両手を交差させ、さながら居合いのように、同時に振り抜く。瞬間、延長されたブレードが、両側から挟み込むように敵を切り裂く。

 『双撃旋空』の原理は、説明するならたったこれだけだ。

 

「ぬおっ!?」

 

 繰り出される斬撃。伸びるブレードは2本。だというのに、斬り裂かれた背後の壁を見て、迅は戦慄する。

 切断面が寸分違わず、まるで一振りの刀で一刀両断されたかのように、繋がっていたからだ。

 

「いやいやいや……ちょっとおかしいでしょ、太刀川さん」

 

 なんという技術。なんという執念。

 正面からぶつかっては、圧倒される。狙撃に晒されるのにも構わず、迅は踵を返して太刀川から離れた。

 

(射線を切って……さらに太刀川さんを誘い込むには)

 

 やや焦りながら周囲を見回すと、絶好の場所を発見。太刀川の『旋空弧月』を捌きながら、迅は背後の倉庫へと飛び込んだ。

 対する太刀川は、ニヤリと笑みを漏らす。

 

「逃げ場はないぞ、迅」

 

 余裕が含まれた太刀川の言葉に、迅も笑みを返してみせた。

 そう。太刀川にそう思い込ませるのが、迅の狙いだった。

 ここなら狙撃は届かず、行動を制限されない。さらに壁に……

 

「壁に『斬撃』を仕込めば、俺を全方位から一斉に攻撃できる、だろ?」

 

 考えを言い当てられ、迅は凍りついた。

 

「誰がそんなところに入るか」

 

 太刀川は倉庫には決して踏み込まず、入り口の手前で『弧月』を振るう。

 

「『逃げ場』はないと言っただろう? はやくそこから出ろ」

 

 『旋空弧月』

 太刀川の連続斬撃に老朽化した倉庫が耐えられるわけもなく、数回の攻撃で屋根はあっさりと崩壊した。切り刻まれた鉄柱などの部材が、バラバラと迅の頭上に降り注ぐ。

 

「……こりゃ、洒落になってないな」

 

 下敷きになる前に、迅は道路へと転がり出た。勝負にはアツくなっているくせに、頭はクールなままとは、まったくもって始末に負えない。

 さて、どうするか?

 そうして迅が顔を上げると、真正面に喜色満面の笑みを浮かべた太刀川が、すでにあの『構え』をとっていた。

 太刀川は、迅に考える時間などを与えてやる気は毛頭なかった。

 

「やっ……」

「『双撃旋空』」

 

 地面に膝をついた状態で、両側から超速で迫る刃を避けきれるわけがない。

 回避不可能。

 迅はその攻撃を、受けざるを得なかった。

 

「っ……!?」

 

 右からきた刃は、右腕の『風刃』で受け止めた。

 けれど、左から迫る刃を防御する手段は、何もなかった。

 足元の地面に転がった迅の『左腕』を見て、太刀川は犬歯を剥き出しにする。

 

「まずは、腕一本。誇っていいぞ、迅。今ので終わらなかったのは大したものだ」

 

 血切りをするように『弧月』を振って、太刀川は嘯いた。

 胴体をそのまま断ち切られる愚は避けたが、左腕は犠牲にするしかなかった。『風刃』を片手で持ち、迅は後退する。

 

「逃げるなよ! 迅!」

「いやあ……そう言われてもね」

 

 退がるしか、ない。

 完全に腰が引け始めたライバルに鼻を鳴らし、太刀川は通信を入れた。

 

「(国近、周辺図よこせ)」

『ほいほ~い。それにしても、ノッてるねー、太刀川さん。たつみんみたいだよ?』

「ああ? あのバカと一緒にすんな」

 

 思わず口に出して否定しながら、太刀川は迅を追う。通信越しに、隊のオペレーターである国近柚宇の溜め息が聞こえた。

 

『これはあれかな。同族嫌悪ってやつですかな?』

「何言ってる? (それよりも、この先の地形で迅を追い詰められそうな場所を洗い出してくれ)」

『洗い出すまでもないよー。このまま真っ直ぐ行けばT字路になっていて、太刀川さんから見て右の道が行き止まりだね』

 

 迅に悟られない為、途中から通信音声のみに切り替えた質問に、国近はすぐさま答えた。網膜に周辺の地図が浮かび上がり、ポイントが表示される。さすが、余計なことを言わなければウチのオペレーターは優秀だと、太刀川は思った。

 

『風間さんとたつみんもわりと近いけど、どうする?』

「(それならそれで構わない。こっちで迅を倒して、さっさと風間さんと合流する。あっちもそろそろ決着ついてるだろ)」

『う~ん。たつみんの反応は消えてないから、まだ粘ってるっぽいけどねー』

 

 いつも飽きるほど斬り合っている後輩だが、今夜は一味違うらしい。その返答に太刀川は一瞬悩んだが、すぐに意識を切り替えた。

 龍神の相手を自分から受け持ったのは、他ならぬ風間である。あの馬鹿がいつもより気を引き締めてきているとはいえ、万が一のことがあるとは思えない。そんな心配をするくらいなら、目の前の相手に集中した方が賢明だ。

 

「(聞いたな、奈良坂、古寺。この先のT字路で迅を仕留める。やつを左の道へ行かせるな。狙撃を集中させて右へ誘導しろ)」

『(古寺、了解です。狙撃地点を移動します)』

『(奈良坂、了解。ポイントを確認した。太刀川さん、右へ逃げられると角度と障害物からみて、狙撃でトドメを刺すのは難しいが……)』

 

 異議を唱えた奈良坂に、太刀川はすぐさま返答した。

 

「(構わない。トドメは俺が刺す)」

『(……了解。任せました、太刀川さん)』

「ああ、任せろ」

 

 攻撃を防御しながら下がる必要のある迅に、すぐに太刀川は追いついた。再びブレードを重ね、息がかかるほどの距離で睨み合う。

 

「なにを任されたの? 太刀川さん?」

「きまってるだろ、お前のトドメだ」

「太刀川さんに斬られるなら本望……と言いたいけど、やられる気はないよ」

「そうかい。だが、達者な口に行動が釣り合ってないぞ!」

 

 もはや片手で『風刃』を操るしかない迅は、まともに太刀川とは斬り合えない。鍔迫り合いに押し負け、撥ね飛ばされた迅は道路を転がった。

 それに追いすがる太刀川の両側の視界が、代わり映えしないブロック塀から変化する。両側に、開けた道。

 T字路だ。

 立ち上がる迅の視線が左右に揺れる。流石に判断がはやく、迅はすぐさま左へ行こうとしたが、

 

「うっ……お!?」

 

 その鼻先を、銃弾が掠める。走り込んだ勢いのまま太刀川は斬り込み、迅をじりじりと右側へ押し込んだ。

 

「この先は行き止まりだ。諦めろ、迅」

「あちゃあ……マジか。やられたよ、太刀川さん」

 

 追い詰めた。迅は片腕を失い、まともに鍔迫り合いもできない。あとは正面から斬り捨てるなり、もう一度『双撃旋空』を叩き込むなりしてやれば、太刀川の勝ちで勝負は終わりだ。

 

(…………なんだ?)

 

 だというのに、太刀川はこの状況に強烈な違和感を覚えていた。何故だろうか。

 あまりにも、簡単に追い詰められ過ぎたような。

 

「でも、礼を言っとくよ。ありがとう、太刀川さん。この先が『行き止まり』って教えてくれて」

 

 ブロック塀を背にした迅は、自分の左、つまり太刀川からは右側を見て、くるりと表情を裏返した。

 追い詰められた表情から、なにかを企むいけ好かない表情に。

 

「ッ……おまえ」

 

 違和感の正体に、太刀川はようやく気づく。

 片腕を失い、ダメージも蓄積したこんな状況に陥っておきながら。

 迅は『風刃』の『残弾』をまだ『4発』も残したままだ。

 

 

「はい、予測確定」

 

 

 太刀川が再び距離を詰め、斬り掛かる前に。

 呟きとともに、迅は『風刃』の『残弾』を全て解き放った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 驚きはしなかった。

 やはりか、と思った。

 粉塵の中から尾を引いて、風間は飛び出してきた。

 

「流石は風間さんだ……しぶといな」

 

 だが、風間の右腕は先ほどの攻撃で、肩から完全に斬り落とされていた。

 かくいう龍神の左肩にも『スコーピオン』が突き刺さり、左腕は完全に死んでいるが……

 

「……邪魔だな」

 

 もはやデッドウェイトでしかないその部位(パーツ)を、龍神は『弧月』で肩から斬り落とした。新たに広がった傷口から『トリオン』が噴出する。しかし、構わない。

 風間を相手に動かない腕をぶら下げたまま挑む方が、よほど危険だ。お互い消耗し、戦闘は終盤。『トリオン』をケチっている場合ではない。

 

 もはや小細工もなにもなく、如月龍神と風間蒼也は正面から激突した。

 

 腕一本でブレードを振るう両者の攻防は、しかしこれまでの打ち合いの中で最も苛烈を極めた。風間が突き、龍神が斬り払う。『弧月』が唸り、『スコーピオン』が砕け散る。

 攻撃の手数で勝負するべき『スコーピオン』の使い手にとって、『弧月』との打ち合いで片腕が完全に死んでいるのはかなり厳しい。が、逆に言えばこうしたシチュエーションでこそ、『スコーピオン』の特異な性質は最も発揮される。

 膝から、胸から、時には頭から。様々な体の部位からブレードを生やして、風間は龍神を牽制した。『スコーピオン』の強度が『弧月』に負けているからこそ、砕けた『スコーピオン』は即座に破棄し、形成しなおして、再び『弧月』と鍔迫り合う。

 それでもこのままでは強度で劣る、と判断したのか、風間は手のひらからブレードを『2本』伸ばして切りかかった。

 両手の『スコーピオン』を使ったと思われるその攻撃を『弧月』で受け止め、龍神は刃があまりにも『脆い』ことに気づく。

 

(枝刃(ブランチブレード)か!?)

 

 気づいたと同時に、垂直に飛び上がる。案の定、眼下では『もぐら爪(モールクロー)』がアスファルトを食い破っていた。

 読み切った。

 風間の奇襲を避けた龍神は、そのまま左足からブレードを伸ばし、彼の頭部目掛けて振り抜いた。

 『もぐら爪(モールクロー)』は地中を通してブレードを伸ばす技。奇襲性には優れているが、この瞬間、風間は足を地面に縫い付けられているようなものだ。

 足は動かず、移動はできず、回避は不可能。

 しかし、そう思われた攻撃を、風間は上半身をよじっただけでかわしてみせた。それは小柄な彼だからこその芸当であり、

 

「……キレはいいが、大振り過ぎる」

 

 恐ろしいほどの反射神経が成せる技だった。

 カウンターで突き出された『スコーピオン』に太股が抉られる。

 

「ッ……右目は潰したから死角だろう!?」

 

 悪態を吐きながら龍神も負けじと『弧月』を振るうが、すでに『弧月』の間合いを見切っていた風間は、打ち合いを避けるように距離をとった。『弧月』のブレードは『幻踊』や『旋空』などのオプションを使わなければ変形は不可能。

 間合いを図り、足を削って機動力を奪えば、あとは無理に打ち合う必要はないのだ。攻撃のレンジ外からの『スコーピオン』による急襲で、片がつく。

 だが、

 

「なっ……?」

 

 『弧月』が届かない距離にまで下がったはずの風間を、刃が襲った。

 かすった側頭部から左耳がちぎれ飛び、聴覚情報が一部断絶する。

 

(なにをっ……!?)

 

 この微妙な間合いでは、大振りな斬撃を放つ『旋空』は使えない。ならば、何を使った?

 龍神の『弧月』からは、もともとの黒い刀身に沿うように、輝くブレードが伸びていた。

 

(『弧月』のブレードに……手首から伸ばした『スコーピオン』のブレードを重ねたのか……?)

 

 足にダメージを負い、本来なら一旦下がるべき場面で、龍神は風間に向かって躊躇なく踏み込んだ。

 

「悪いな、風間さん。俺の攻撃は精密さには少々欠けている」

 

 だから、と好戦的な笑みを浮かべて、

 

「どこに当たるかは保証できん」

 

 刃がしなる。変形し、分かれ、不規則に伸びては縮む。

 『弧月』と『スコーピオン』の合わせ技。

 片手に二つのブレードトリガーを集中した、近接両攻撃(クロスレンジフルアタック)。

 

「ちっ!?」

 

 風間は堪らず舌打ちを漏らした。

 間合いを読み切れない。あまりにも不規則に変形するブレードは、打ち合う度に風間の体を少しずつ掠めて、着実にダメージを積み上げていく。

 そしてどれだけ刃と刃を合わせても『弧月』が刀身のベースである以上、『スコーピオン』には決して打ち負けることがない。

 

「これで、終わりだ」

 

 そして龍神は『弧月』と『スコーピオン』を一刀に集約した一閃を、

 

「『シールド』」

「っ!?」

 

 その一閃を受ける前に、風間は読みきれない間合いの内側へと飛び込んだ。

 全力の一撃が、風間の右側に張られた集中シールドに阻まれる。だが、それでもブレードの勢いを殺しきるには至らない。

 とはいえ、次の瞬間に風間が選んだ行動は、だから、と言うにはあまりにも無謀だった。

 

「なっ……?」

 

 風間は自身の左側から迫るそのブレードを、あろうことか左腕で受け止めてみせたのだ。

 否、受け止めた、というのは正確な表現ではないのかもしれない。

 彼は『スコーピオン』を腕に手甲のように纏って、ブレードを受け流していたのだから。

 

「――掴まえたぞ」

 

 ぞっとするような低い呟きを添えて、風間の腕が蛇のように手首に絡みついた。

 まずい。

 龍神は咄嗟に、背後を見る。

 

 ――届くか?

 

「"天舞"」

 

 足元に設置した『グラスホッパー』を思い切り踏み締め、龍神の体は大きく後方へ飛んだ。その腕を掴む風間も、引っ張られるように宙に舞い上がる。

 もつれあうように、空中に2人の体が浮かぶ数秒。互いに密着した状態。

 ならば『スコーピオン』使いが取る選択肢はひとつしかあり得ない。

 風間は掌から。

 龍神は手首から。

 刃が『トリオン体』を切り裂く音は、両者の耳にはっきり届いた。

 

「くそっ……」

 

 片耳を削がれた状態の風間が、その音と龍神の声を聞いてうっすらと口元を歪める。

 はやかったのは、やはり風間の方だった。

 『弧月』を握り、『スコーピオン』を手首から生やした龍神の右腕は、無惨に宙で回転していた。

 そして、掌からブレードを伸ばしている風間の左腕は健在だった。

 どうということはない。風間の判断の方が素早く、優れていた。『スコーピオン』の扱いに長けていた。それだけだ。

 1秒にも満たない一瞬の駆け引きに負け、両腕を失った龍神はバランスを崩し、『グラスホッパー』で飛び上がった勢いのままブロック塀に背を打ち付けた。

 

「……俺の勝ちだ」

 

 完璧に着地を終えた風間は、それだけ言うと間髪入れずに左腕を振り上げる。

 両腕が全損。『スコーピオン』だけならなんとか使えるが、それだけで風間の攻撃を凌ぎきれるわけがない。

 

「……ああ、俺の負けだよ」

 

 口に出して、敗北宣言を述べる。それで風間が止めを刺すのをやめるわけがないが、言わずにはいられなかった。

 実際、完敗だと思ったのだ。

 

「…………だが」

 

 悪足掻きではない。負け惜しみでもない。

 最後に、一言だけ。

 『スコーピオン』が目前に迫る、その刃が首に届くギリギリで、

 

「俺達の勝ちだ、風間さん」

 

 風間から『視線』を外し、左側へと首を曲げて、龍神はそう言った。

 

 ――刃が、空を切る。

 

 この期に及んで、あのダメージで『テレポーター』を?

 逃げたところですぐに追いつく。無駄な悪足掻きだ。

 龍神が視線を向けた先、すなわち風間から見れば右方向へとを目をやって、

 

 

「がっ……!?」

 

 

 風間は『2発分』の『斬撃』を浴びた。

 倒れ込みながら、その方向にいた2人を確認し、言葉を失う。距離にして30メートルほど先、一直線に繋がるこの道で、迅悠一と太刀川慶が刃を交えていた。

 

 ――この場所まで、俺を誘導したのか。

 

 自分の迂闊さに歯噛みしながら、それでも風間は最後の瞬間に、太刀川へ向けて通信音声で呼び掛けた。声の限り叫んだ。

 迅と斬り合っている、彼の背後に、

 

『うしろだっ! 太刀川!』

 

 如月龍神がテレポートしたことを。

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 龍神が右足から出したブレードを太刀川の首筋に叩き込む――その瞬間、その結果までは見届けることができずに、風間の意識は戦場から離脱した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 迅が自分に向けて放った『斬撃』を受け流し、接近し、右手の『弧月』で『風刃』と斬り結ぶ。

 

「なにが予測確定だ!」

 

 生意気な勝利宣言も、所詮は無意味。

 気取った言葉ごと、左手の『弧月』で迅を袈裟斬りにしようとした太刀川は、

 

 

『うしろだっ! 太刀川!』

 

 

 遠征中ですら聞かなかった、切迫した風間の叫び声を聞いた。その瞬間、迅が斬撃を放った方向から、緊急脱出(ベイルアウト)の光を確認する。

 やられた。

 まんまと迅に『状況』を転がされたという事実に、部隊の隊長としてこの上ない敗北感を覚えつつも、

 

『風間さんがやられた!』

『太刀川さん、うしろだよ!』

 

 今ここで、剣を握る1人の戦闘員としての太刀川は、古寺や国近の焦った声に引き摺られることもなく、極めて冷静だった。

 うしろ? 奇襲? 誰が?

 そうか、あのバカか。

 迅と斬り結んだ状態のまま、太刀川はうしろを振り返りもせず、左手の『弧月』を首を守るように背後へまわす。

 そして、そこに吸い込まれるように、龍神の蹴撃が叩き込まれた。

 

「なっ……にぃ?」

「残念だったな、バカ野郎」

 

 ビリビリと腕に伝わる衝撃に笑みを溢し、太刀川は舌舐めずりした。

 風間はやられたが、龍神は両腕を失い、ズタボロの状態。迅も手負いであり、事実、太刀川だけでこの2人を斬り倒すのになんの支障もない。

 2人の作戦に嵌められたのは認めよう。風間隊は全滅。このまま玉狛支部へ向かっても、黒トリガーの奪取という命令は果たせないかもしれない。

 だがそれでも、この勝負は自分の勝ちだ。

 黒トリガー『風刃』を持つ迅悠一に、太刀川慶は勝つ。

 

「終わりだ、迅っ!」

 

 叫びと共に『弧月』に力を込める。密着した状態では『風刃』も――

 

「そうだな、太刀川さん」

 

 あくまでも飄々と、迅は太刀川の発言を肯定した。

 

 

「終わりだよ」

 

 

 迅の言葉にピタリと合わせるかのように、輝く斬撃が背後から太刀川を襲った。

 

「なっ……っ!?」

 

 後ろのバカのブレードは、完全に受け止めていた。龍神にはもう、刃を振るう腕はない。

 ならば、この斬撃は?

 

「俺が『風刃』一振りで斬撃をひとつしか受け止められないように、太刀川さんも『弧月』は二振りしかないからね」

 

 迅の背後のブロック塀には、薄く輝く緑色の『線』

 

「さすがに、三方向からの斬撃は防げないでしょ?」

 

 仕掛けの『タネ』は簡単だ。

 迅が放った斬撃は風間に『2発』と太刀川への牽制に『1発』

 

 そして、背後に『1発』

 

 『風刃』の斬撃は物体を伝播する。

 その一撃は迅の背後から左回りに行き止まりの壁を経由して回り込み――太刀川の背後で炸裂した。

 

「まさか……」

 

 ――ありがとう、太刀川さん。この先が『行き止まり』って教えてくれて。

 

 この場所に"追い詰められる"ことまで、戦術に織り込んでいたのか?

 

「わるいね、太刀川さん」

 

 膝から崩れ落ちた太刀川に向けて、迅は『風刃』を振り上げ、

 

「『風刃』とおれのサイドエフェクトは、相性がよすぎるんだ」

 

 正面からの一閃で、好敵手にトドメを刺した。

 




次回、黒トリガー争奪戦決着。


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決着

「まずいな……」

 

 『イーグレット』のライフルスコープに映る2人の姿を見ながら、奈良坂透は呟いた。思えば、あの馬鹿や迅が出張ってくる時は、いつも自分はこんな役回りな気がする。

 

『た、太刀川さんと風間さんが……一気に』

『落ち着け、章平』

 

 口ではそう言ったものの、奈良坂自身もこの状況には少なからず動揺していた。いくら黒(ブラック)トリガーとはいえ、攻撃手(アタッカー)ランク1位と2位の2人がこうも簡単にやられることを、一体誰が想像できただろうか?

 

『どうしますか、奈良坂先輩?』

『そうだな……』

 

 奈良坂はスコープから目を外し、足元を見た。そこには、チェスの駒がデザインされたエンブレムがある。いざとなれば『これ』があるとはいえ、逆に『これ』だけでどうにかなるとは思えない。援護狙撃を繰り返し続けたせいで、ある程度"仕掛けている"場所は読まれている筈だ。

 

『な、奈良坂先輩!?』

 

 古寺の叫び声で、思考は中断。奈良坂は素早く『イーグレット』を構え直した。

 

「どうした? 章平」

「じ、迅さんが!?」

「……なに?」

 

 再びライフルスコープを覗き込んだ奈良坂は、その光景に絶句した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――数分前。

 迅達と別れた嵐山隊の戦況は、あまり芳しいものではなかった。

 米屋を一対一で仕留めた木虎だったが、そのまま罠に嵌められてしまい、彼女を庇う形でまず時枝が落ちてしまった。木虎自身も足を削られ、隊長の嵐山は三輪の『鉛弾(レッドバレット)』を受けており、2人の機動力は大幅に低下している。

 だからこそ、こんな博打めいた作戦を取る羽目になってしまったのだ。削られた足を『スコーピオン』で義足のように補って、木虎はマンションを駆け上がっていた。眼下の公園からは、絶え間なく爆撃音が聞こえてくる。嵐山がたった1人で囮になって、三輪と出水の攻撃を凌いでいるのだろう。

 

(いくら嵐山先輩でも、出水先輩の火力に真っ向勝負は分が悪すぎる……いそがなきゃ)

 

 あらかじめ射出した『スパイダー』を併用し、マンションの壁面を登っていた木虎は、ベランダでライフルを構えている『敵』の姿を捉えた。今時珍しい特徴的なリーゼントを、見間違えるはずもない。

 No.1狙撃手(スナイパー)、当真勇だ。

 

(……こっちにはまだ気づいてない。いける!)

 

 ベランダとは反対側の通路に着地し、おそらく当真が開けたのであろう開きっ放しのドアから部屋の中へ。今の木虎はレーダーから姿を消すオプショントリガー『バッグワーム』を羽織っている。気付かれずに後ろから接近し、左足の『スコーピオン』を蹴り込めばそれで終わりだ。

 案の定、ベランダから嵐山を狙っている当真は、木虎の方を振り向きもしなかった。

 

(もらった!)

 

 振りかぶった左足の『スコーピオン』は、当真の頭を真っ二つに――

 

「っ!?」

 

 ――するハズだった。

 獣の爪のように形成された『スコーピオン』が届く前に、当真勇は目の前から忽然と姿を消した。

 

「どこっ!?」

 

 木虎は思わず声を出し、周囲を見回した。頭の中には嵐山や龍神が使う『テレポーター』が思い浮かんだが、当真は間違いなく『イーグレット』と『バッグワーム』を使用していた。同時に使える『トリガー』の枠が2つまでである以上、それは絶対に有り得ない。

 そもそも、こちらを振り向きもしなかったのにどうやって接近を察知したというのか?

 ふと足元を見て、木虎はようやく当真が"何を使った"のか理解した。

 当真が狙撃位置にしていたその場所にあったのは、『冬島隊』のエンブレムと――部屋の中から持ち出したらしい壊れかけの『手鏡』だった。

 

(しまった……奇襲を読まれて)

 

 全てを悟った時にはもうすでに遅く、反対側のビルから放たれた弾丸に、木虎の頭部は一撃で貫かれた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ふぃー、あっぶねー、あっぶねー。まさか『スコーピオン』を足代わりにして上ってくるとは思わなかったぜ」

 

 つい数秒前まで自分がいたマンションから一瞬で移動した当真は、木虎を仕留めた直後であるにも関わらず、すぐさま次の目標に狙いをつけた。

 スコープの先には、出水の『メテオラ』を防ぐ為に前面に『シールド』を集中展開した嵐山。

 うしろがお留守だ。

 

「もらった」

 

 狙いをつけて、引き金を引く。狙撃手の仕事はシンプルでいい。

 木虎に引き続き、嵐山にもヘッドショットで引導を渡した当真は、その場に座り込んで一息吐いた。

 先ほどのマンションのベランダと違い、こちらはビルなので窓からの狙撃になるが、その分身は隠しやすかった。

 

「よしよし、これで嵐山隊を3人食ってやったぜ。しっかし、やっぱアレだな。ワープ直後の狙撃はそれなりにしんどいな」

 

 一筋の光が夜空へ伸びていくのを眺めつつ、当真は自慢のリーゼントを手で撫で付けた。

 木虎のアイディアは悪くなかったが、『バッグワーム』と『スコーピオン』を併用するということは『シールド』が使えない丸裸の状態だということだ。No.1狙撃手である当真からしてみれば、的にしてくれと言っているようなものである。

 無論、『バッグワーム』に『イーグレット』を構えた狙撃状態のスナイパーも基本は丸裸なのだが、当真は予め奇襲を警戒し、さらにいざという時のために『仕掛け』があった。

 

「お部屋から手鏡を拝借しておいたのはマジで正解だったなー。バックミラー様々だ。ま、結局は隊長の『ワープ』のおかげなんだけどな。サンキュー、隊長!」

 

 言い方は軽いが、それはいつものこと。当真としては感謝の気持ちを素直に述べたつもりなのだが、なぜか一回り上の隊長からは一向に返事が返ってこない。やられたわけじゃないよな、と首を傾げ、当真は再び呼び掛けた。

 

「おーい、隊長?」

『う……うっぷ……気持ちわりぃ……』

 

 ようやく、とても一回り年上とは思えない情けない返事が返ってきた。やはり、遠征帰りの船酔い状態で無理矢理連れてきたのが祟ったらしい。

 当真の所属するA級2位冬島隊の隊長、冬島慎次は乗り物に弱い。だが、特殊工作兵(トラッパー)である彼は通常のポジションでは出来ないような様々な『仕事』をこなせる為、強引に連れて来られたのだ。

 一番の年長者が強引に連れて来られた、というのもおかしな話だが、帰って早々作戦室で横になり、グロッキーだった冬島を遠征部隊総出で宥めすかして引っ張ってきたのは事実である。

 当真はやれやれと首を振って、

 

「大丈夫かー、隊長? でも『トリオン体』なんだから、吐くものもねーだろ?」

『バカやろう! それでも気持ちわるいものは気持ちわるいんだよ……うぅ。だからおれは、留守番がよかったんだ……』

「いやいや、隊長の『ワープ』のおかげでこっちはすっげー助かってるぜ! さすがは隊長だ!」

 

 欲を言えば『ワープ』以外にも色々と仕掛けて欲しかったのだが、そこは冬島の体調が万全でないのでしょうがない。むしろ当真からしてみれば、今晩はよく頑張っている方だと思う。

 だからこそ当真は、もう少しおだてて仕事をしてもらおうと思ったのだが、

 

『いや、やっぱダメだ……おれはもう限界なんだ。当真、あとは任せた……うぅぷっ……』

 

 そんなことを考えた矢先に、冬島からはギプアップ宣言がきた。しかし、まだ横になってもらうわけにはいかない。

 

「待ってくれ、隊長。最後にもう一仕事頼むぜ。さっきの木虎と嵐山さんへの狙撃でこっちの居場所が割れちまってるからな。もっかい移動をた――」

 

 言い終える前に、耳に飛び込んできたのは壁面を穿つ銃弾の音。

 屈んでいた体制から即座に『イーグレット』を構え、当真は狙撃地点と思わしき場所をスコープで確認した。

 狙撃手(スナイパー)同士の撃ち合いにおいて、先に撃った側は自分の居場所を相手に教えることになる。狙撃手用トリガーは一発の威力が大きい故に『ライトニング』を除いて連射はできない。壁面を撃ち抜けなかった時点で『アイビス』ではなく、着弾音は『ライトニング』にしては重すぎる。だからこそ当真はその一発が『イーグレット』から放たれたものだと看破し、相手が第二射を撃つ前に『反撃』という選択肢を"とってしまった"。

 それは当真勇が狙撃手として一流であったからこそとった行動であり、実際に彼を撃った狙撃手が『イーグレット』を一丁しか使っていなければ、1秒の間もなく当間の反撃で撃ち抜かれていただろう。

 ただし。

 当真がスコープ越しに見た敵スナイパーは、あろうことか二丁の『イーグレット』を同時に構えていた。

 

 ――あ、やっべ。

 

 重ね重ねになるが、当真の行動は経験と熟練した技術に基づく、反射的な行動だった。普通の狙撃手(スナイパー)との撃ち合いなら負けることはなかっただろうが、嵐山隊の狙撃手は普通ではない。

 

 ボーダー内でも……というか全世界を探しても、スナイパーライフルを二丁同時に操る大馬鹿野郎は1人しかいないだろう。

 

 当真が『イーグレット』の引き金を絞る前に、佐鳥賢の二丁目の『イーグレット』が火を吹いた。

 一射ではなく、二射で敵を仕留める。

 外れる弾は撃たないのが信条の当真には理解し難いが、確かにこういった撃ち合いでは、二発を連射する火力は有利に働くのかもしれない。

 

「それでも……オレは絶対に真似しねぇけどな」

 

 まるで先ほどの意趣返しとばかりに頭を撃ち抜かれた当真は、悔し紛れに言い捨てて。

 そのまま彼は、緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「うはっ、マジかよ。一気にうごいたな!」

 

 木虎、嵐山、当真。3人立て続けの緊急脱出(ベイルアウト)を目の当たりにして、出水公平の第一声はそれだった。

 

「当真さんもやられちまったとはいえ、冬島さんを無理に連れてきたのは正解だったな。3人も落としてくれたぜ」

 

 当真への称賛を述べた出水は「おれたちはどうする?」と、隣にいる臨時の指揮官に問いを投げた。

 三輪は当真を撃った狙撃の発射地点を見て、

 

「このまま佐鳥をやりにいくぞ。当真さんが落とされたのは痛いが、おかげでヤツの居場所は掴めた。レーダーに反応もあった。方向さえ分かれば、俺達で問題なく獲りにいける」

「りょーかい」

 

 狙撃は前線で戦う戦闘員にとっては大きな脅威だが、生身の肉体より数段早い『トリオン体』の反応速度を持ってすれば、発射の光点を確認してから『シールド』での防御も可能だ。

 それ故に、位置を知られた狙撃手のリスクはやはり大きい。結果的にやられたとはいえ、木虎と嵐山を仕留め、佐鳥の位置を釣りだした当真がもたらしたアドバンテージは三輪達にとって勝利の決め手と言っても過言ではなかった。

 だが、戦況は一ヶ所が有利なだけでは意味がない。

 

「あれは……?」

 

 北東の方角から舞い上がる2つの光。それを見上げる三輪の表情は、一転して険しくなった。

 

「おいおい……まさか……」

『残念ながら、そのまさかね。太刀川くんと風間さんがやられたわ。あちら側の攻撃手(アタッカー)は全滅よ』

 

 三輪隊オペレーター、月見蓮からの報告に、三輪と出水は一瞬言葉を失った。

 

「いやいや……マジかよ。6対2に冬島さんの『仕掛け』付きだろ!? それで勝つとか、黒(ブラック)トリガー強すぎだろ! つうか、あのバカも落ちてないのか!」

『如月くんは両腕をやられて戦闘不能みたい。迅くんもダメージは負っているけど……こっちは冬島さんもダウンしているし、迅くんを相手に狙撃手だけじゃどうしても不利だわ。奈良坂くんと章平くんは冬島さんを回収して撤収中。三輪くん達も……』

「……まだだ」

『えっ?』

「は?」

 

 三輪の呟きに、月見と出水の当惑の声が重なった。

 

「おい、三輪。まだってどういう……?」

「作戦を続行する」

「待て待て! 太刀川さん達がやられたんだぞ? おれら2人と奈良坂達でどうにかなるわけないだろ!?」

「問題ない。迅は手傷を負っている。如月も両腕がやられているなら、何もできはしない。俺達と狙撃手で連携すれば、充分に仕留められる」

「いや、ここはもう退くべきだろ」

 

 らしくない、と出水は思った。普段の三輪はもっと冷静に状況を見渡し、退くべき時には退く判断もできる人間だ。それが今夜は、妙に熱くなっている。

 

(あのバカといろいろもめたせいかぁ……?)

 

 三輪と龍神の戦闘を開始する前の会話に、思い当たる節があった。出水達が遠征から戻る前にもこの2人はやり合ったというし、それが絡んでいるせいで三輪は感情的になっているに違いない。

 ここは、この場にいない年長者に助けを求めるしかないだろう。

 

「月見さんもなんとか言ってやってよ。いくらなんでも無理だろ?」

 

 月見蓮は太刀川の戦術面の師匠であり、太刀川や三輪のような才能がある駄目男(本人達には絶対に言えないが)を成長させ、面倒をみることに長けている姉御系敏腕オペレーターである。だからこそ、出水は三輪を諌めるような返答を期待していたのだが、

 

「……月見さん?」

 

 そんな返答のかわりに、通信越しに驚いたような、息を飲むような気配がした。

 あの月見蓮が、である。

 直後、それを証明するかのように『緊急脱出(ベイルアウト)』の光が夜空に瞬いた。

 

「うお!? またかよ!?」

「今度は誰だ!?」

『三輪くん、出水くん、上空警戒!』 

 

 え、と間抜けな声を出して出水は夜空を見回し、三輪も同様に上方を仰ぎ見る。

 そして2人は、まったく同様に目を見張った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――数分前。

 

「どこまで俺をこき使う気だ、まったく……」

 

 削られた足を引き摺り、前方を走る迅悠一になんとか追い縋りながら、如月龍神は文句を吐いた。

 太刀川と風間を連携で撃破しても、まだ『勝負』に勝ったわけではないのは理解できたが、それにしても迅の提案は無茶に思えた。

 

「まあまあ、もう一頑張り頼むよ、龍神」

 

 龍神の方を振り返りもせずに、迅は言う。

 

「……あとでぼんち揚げ1袋だ、迅さん」

「2袋やるよ」

「なら、3袋」

「この欲張りめ。1箱送りつけてやる」

「ふっ……」

 

 両腕がなく、足も思うように動かず、走りにくいことこの上なかったが、龍神は迅の気前の良い返事に応えるべく、彼の前方に『グラスホッパー』を設置した。

 1枚、2枚、3枚。

 まるで階段のように、設置距離ぎりぎりまで出現させたそのジャンプ台を駆け上がるのは、龍神ではなく迅だ。

 

「よっ……とっ!」

 

 一歩、二歩、三歩。

 ジャンプ台を連続で踏み込み、迅は一気に空中へと舞い上がった。

 

「……どうだ?」

『ダメです! まだ届きません!』

 

 できればこれで届いて欲しかったが、オペレーターからの返事はノーだ。

 

「なら……もう一踏ん張りだな」

 

 龍神は、遥か上空で上着をはためかせている迅を"見た"。瞬間、龍神の体は迅の隣まで"跳ぶ"。

 眼下の住宅街は想像よりも小さく、『テレポーター』で跳んだ距離は想定よりも長かった。要するに、予想していたよりもずっと高い。

 バランスをとれない両腕、そもそも着地に耐えられるのか分からない削られた足。そんな不安要素は頭から締め出して、龍神は声を張り上げた。

 

「細かい位置は!?」  

『視覚支援を入れます』

 

 嵐山隊オペレーター、綾辻遥は落ち着いた声と共に、龍神の視界にターゲットの詳しい位置と距離を表示してくれた。

 

『方角はそのまま! あのおっきいマンションです! やっちゃってください!』

 

 次いで、いかにも実況してます、といった雰囲気の興奮した声も届く。確かに分かりやすいのだが、お前も何かやれよ、と思わないでもない。

 だが生憎と、突っ込んでいる暇はなかった。龍神の『トリオン』はほぼ限界に近い。加えて今は空中だ。呑気に喋っていれば、そのまま落ちるだけである。

 だから龍神は、必要最小限の言葉しか言わなかった。

 

「あとは任せたぞ、迅さん」

 

 残りの『トリオン』を『戦闘体』の維持すら考えずに全てかき集め、『グラスホッパー』を限界数、限界距離まで最大展開。

 『風刃』は『黒トリガー』である為に、汎用性や防御などには欠けている面がある。が、たとえ『黒トリガー』が攻撃性能にのみ特化していたとしても、仲間と連携すれば、その程度の弱点は簡単に補える。

 

「おう、任せろ」

 

 今度は直上ではなく、斜め前方へ突進するように、迅は龍神の『グラスホッパー』を踏み込んでいった。

 

「……っぐ」

 

 ゆっくりと落下する中で、胴体に二発分の衝撃。体を撃ち抜かれたことを理解しつつも、龍神は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「……バカめ。わざわざ撃たなくても俺の『トリオン』はからっけつだ」

 

 誰も聞いていないというのにそんな捨て台詞を残し、如月龍神は『緊急脱出(ベイルアウト)』した。

 

◇◆◇◆

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 迅悠一はさながら空中を走るように、ひたすらに駆ける。

 ともすればボーダー本部よりも高いのではないかと思えるほどの上空から、龍神が残した『グラスホッパー』で走り抜けて、遂に迅はマンションの屋上に着地した。

 足は止めない。そのままの勢いで走り抜け、飛び降りる。

 眼下の公園には、呆気に取られた様子でこちらを見上げる、三輪と出水がいた。

 

「迅っ!?」

「マジか!?」

 

 驚きの声を上げる彼らが――特に三輪が撤退を認めずに戦闘を続行する未来が、迅には見えていた。故に、とどめは最後まで刺す必要があった。

 表情から驚愕の色は抜けきっていなかったが、三輪は即座にハンドガンを引き抜き、出水はトリオンキューブを展開した。さすがはA級、素早い反応だ。

 

「『風刃』」

 

 だが、それでも遅い。

 迅は落下しながら逆手に持ち替えた『風刃』で、背後のマンションの壁面を斬りつける。

 三輪と出水は、すでに迅の視界の内。ならば彼らの攻撃よりも、

 

「がっ……!?」

「あっ……!?」

 

 風の刃が迅いのは、当然のことだった。

 

『緊急脱出』

 

 機械音声までもがピタリと重なって、2つの光が同時に飛び上がる。

 

「よし、任務完了」

 

 地面に着地した迅は『風刃』を一振りすると、労うようにゆっくりと鞘に納めた。

 今夜の戦果はA級隊員5人。交渉材料につける『箔』としては、申し分ないだろう。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 一方その頃。

 

「嵐山さん、オレだけ生き残りましたよ!」

『ああ、よくやったな、賢』

「見ましたか? オレの必殺ツイン狙撃!」

『私も嵐山先輩も先にやられたんですから、見れるわけないじゃないですか』

「うそ!? 誰も見てないの!? 迅さんは!?」

『見てないと思いますよ。馬鹿言ってないで、はやく帰ってきてください』

「そんなっ!?」

 

 嵐山隊唯一の生き残りは二丁の『イーグレット』を取り落とし、がっくりと膝をついた。

 




《佐鳥のツイン狙撃、ボツネタ》
※当真が冬島さんにもう一回ワープをお願いするところから。



 ――言い訳をするつもりはない。だが、ワープからの狙撃をきめて自分も油断していたのだろう、と。
 胸から噴き出す『トリオン』を他人事のように眺めながら、当真はそう思った。

「あっれ…………?」

 ワープ直後に狙撃をした為、ある程度の位置が知られてしまったのは理解できる。だが、当真はビルの窓から狙撃を行い、壁に張り付いて冬島と交信していたのだ。
 どうして『狙撃』で撃ち抜かれた?
 そこまで考えた当真は、ようやく自分が張り付いていた壁も"撃ち抜かれている"ことを確認し、自身のレーダーにさっきまでは写っていなかった『反応』があるのも確認した。
 第一射で壁を、第一射で空いた穴から第二射を。
 一発ではなく、二発で自分を仕留めた。
 そんな変態染みた射撃を行う狙撃手はボーダーの中でも1人しかいない。
 こんな変態が、2人もいてたまるか。

「壁抜きとか……東さんみたいな真似しやがって、佐鳥のヤロウ」

 つうか、それなら『アイビス』使えよ。
 そんな呆れを含んだ呟きを溢す前に、当真は緊急脱出(ベイルアウト)した。


《ボツになった理由》
1.『イーグレット』をトリオン体以外に撃ち込んだ時の威力がよく分からない。
2.佐鳥が『アイビス』をセットしていないかどうか分からない。その内『アイビス』二丁でヘヴィツイン狙撃とかやるかもしれないし。
3.当真のツッコミが最もすぎる。
4.一射目で空けた穴から二射目をぶち込むとか、ちょっと佐鳥がスペシャルすぎる。
5.ちょっと佐鳥がイケメンすぎる。

以上、5つの理由からボツになったシーンでした。


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後始末

 『緊急脱出(ベイルアウト)』には、一言では言い表せないような独特の浮遊感がある。人によって感じ方は異なるだろうが、少なくともあまり気持ちのいいものではない。

 緊急脱出用の黒いベッドに投げ出されて、如月龍神は深い溜め息を吐いた。

 正直に言って、かなりつかれた。ボーダーのトップチームである遠征部隊を相手にしたのだから、当然と言えば当然なのだろうが、それにしても体を包み込む疲労感は生半可なものではなかった。寝ようと思えばこのまま眠れそうなくらいだ。緊急脱出用の黒いベッドはクッションでふかふかなので、昼寝などに使えると隊員達からは評判だったりする。

 

「お疲れ様です! 龍神先輩!」

 

 だが、そんな龍神の安眠をちょうど妨げるようなタイミングで、ベッドルームに飛び込んできたオペレーターが1人。

 興奮冷めやらぬ、といった様子で目を輝かせている彼女は、B級18位海老名隊オペレーター、武富桜子。

 龍神が緊急脱出した部屋は、彼女が所属する『海老名隊』の作戦室だ。

 

「すごかったですね! あつかったですね! 一大決戦でしたね!」

「えぇい、分かった分かった。頭に響く……」

 

 龍神がこの作戦室を一夜限りの拠点としたのには、様々な理由がある。

 通常、正隊員は自分の部隊の作戦室か、もしくは所属する支部を緊急脱出先に指定している。しかし龍神は個人隊員であるがゆえに、自分の隊の作戦室というものがない。一応、個人隊員用に緊急脱出用のベッドが設けられた部屋はあるのだが、そちらに緊急脱出すると……簡単な話、ついさっきまで戦っていた面々と鉢合わせする可能性が大なのだ。どうせいつかは顔を合わせることになるとはいえ、すぐに会うのは(特に三輪などとは)避けたかった。

 そんなわけで、いざという時には玉狛支部に緊急脱出しようと考えていた龍神だったが「戦闘のことはなるべく伏せておきたい」と、迅に言われてしまい、それができなくなってしまった。修や千佳、特に遊真に余計な心配をかけたくないという迅の気持ちは理解できたし、そういうことなら今回の戦闘を玉狛支部の面々に秘密にすることもやぶさかではなかったのだが……そうなると緊急脱出の場所以前に『オペレーター』の有無が龍神にとっては問題だった。玉狛支部に緊急脱出できないということは、宇佐美の補佐を受けられないということである。迅は元々『黒トリガー』持ちなので緊急脱出(ベイルアウト)機能はなく、『未来視』のサイドエフェクトのおかげでオペレーターからの情報支援を受ける必要もあまりない。だが、龍神にはそんな便利な固有能力はない。迅との連携を前提にした戦闘を行うなら、情報支援を行ってくれるオペレーターは絶対に必要だった。

 嵐山隊のオペレーターである綾辻に自分の分のオペレートを頼むのも、いくらなんでも負担が大き過ぎた。彼女は優秀だが、5人同時のオペレーションはどう考えても不可能である。それでも人数が減った終盤に視覚支援を入れてくれたのは、流石と言うしかないが。

 

「もーっ、私めちゃくちゃ興奮しちゃいましたよ! これぞ激闘って感じでしたね!」

 

 と、いうわけで。

 腕をぶんぶん振り回しながら今夜の戦闘の素晴らしさを力説している彼女が、龍神をサポートしてくれた張本人だったりする。

 

「興奮するのはいいが、最後のあれはなんだ? その方向です!じゃないだろう。実況しているわけではないんだぞ? オペレートをしろ、オペレートを」

「だって、綾辻さんがわたしよりもはやく視覚支援いれちゃったんですもん! それに分かりやすかったでしょう?」

「そういう問題じゃない」

 

 ぽん、とツインテールのように纏められた頭をはたいて、龍神はベッドから立ち上がった。大きく伸びをして体をほぐしつつ、念のために釘をさす。

 

「分かってはいると思うが、今夜の戦闘は……」

「分かっておりますとも! 他言無用なんですよね! 任せてください、わたしは口が固いので! 心配なしのバッチグーです!」

 

 今時バッチグーなんて言う女子は、コイツくらいのものだろう。そんな龍神の冷ややかな視線は一切気にせずに、桜子は自分のオペレーター席に座って意気揚々とキーボードを叩いた。再生されるのは龍神から桜子への、本日の『報酬』だ。

 

 

『お前の予知も、そこのバカも、まとめて斬っていくとしよう』

『眼中にあるのは太刀川だけか? 随分と余裕だな、如月』

『舐めんな、バカ』

『本気になっているのは、おれ達だ』

 

 

 流れ出す、先ほどの戦闘中における数々の発言。これらは全て、龍神の『戦闘体』を通じて録音されたものだ。

 

「いやあ~! これはヤバいですね! きてますね! 迅さんと太刀川さんの宿命のライバル感もさることながら、いつもクールな風間さんのアツい声なんて中々聞けませんよ!」

 

 ぐふふ、と桜子が笑う。

 『実況席の主』の異名をとる本業そっちのけなこのオペレーターは、ランク戦の実況システムを上層部に根気強くプレゼンし、ボーダー全体の戦術レベル向上に多大な貢献を果たした、実はかなりすごい女である。が、その裏では実況の解説音声データを牛耳り、1人で基地の自室で聞き耽ってニヤニヤするという、やや特異なというか変態と言っても過言ではない趣味を持っている。

 今夜の取引は、互いの利益が一致した実にギブアンドテイクなものだったのだ。

 

「……わかった、わかった。俺はこのままコッソリ帰る。お前も羽目を外し過ぎずに家に帰れよ」

「なに言ってるんですか! 今夜泊まり込みでこの音声データをエンドレスリピートですよ!」

「……もういい、好きにしろ」

 

 他人の趣味にとやかく言う権利は誰にもない。桜子が報酬をどう使おうと、それは桜子の自由である。

 1人でウハウハしている桜子は放って置いて、龍神は作戦室の自動ドアを開いた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 心臓が止まるかと思った、という驚きを表現する大げさな比喩があるが、それを使うなら今しかないだろうと、龍神は思った。

 

 

 開いたドアの先には、大小の2人の男。太刀川と風間がいたのだから。

 

 

「…………」

 

 瞬速でボタンを操作し、ドアを閉める。太刀川のものと思わしき片足がねじ込まれたが、思いきり踏みつけて叩き出す。

 ドアがロックされ、外側から開けないことを指差しで3回確認してから、龍神はつとめて冷静な声で桜子に聞いた。

 

「ふっ……まさか待ち伏せを受けているとは思わなかった。桜子、別の出口を教えろ」

「ありませんよそんなもん」

 

 完全にトリップ状態でヘッドフォンまで取り出しはじめた彼女には、もはや何の期待もできない。

 焦る心を必死で押し留めながら、龍神は頭をかきむしった。

 

「くそっ……どこか脱出できる隠し通路はないのか!?」

 

 ヘッドフォンを装着し、自分の世界に入った桜子からは、もはやツッコミすらとんでこない。

 龍神は考えた。

 脱出不能? そんなことはない。何か、何かきっと、方法がある筈――

 

「……上だ」

 

 龍神はハッとして天井を見上げた。

 通気口。

 古今東西の映画やアニメで脱出や侵入の為に使われてきた、歴史ある逃げ道だ。

 これしかない。

 龍神はテーブルの上に(一応、靴は脱いで)飛び乗り、手を掛けて……

 

『武富、ここを開けろ』

 

 身も凍るような、とはこのことか。

 風間の冷たい声が、インターホン越しに室内に響き渡った。

 音声はシャットアウトしていた桜子もこれにはさすがに気がついて、困ったように龍神を見る。

 龍神は無言のまま両手で、大きくバツ印を作った。

 

「……すいません、風間さん。なんか自動ドアの調子が悪いみたいで開かないんですよ。あと、中には私しかいませんし……」

『そうか。なら、これから俺と太刀川はランク戦の実況席に座ることを、少し考えなくてはならんな』

「今開けますね」

「桜子ぉ!?」

 

 所詮はビジネスライクな、ギブアンドテイクな関係であった。風間の恫喝にあっさり屈した桜子は、これまたあっさりドアを開いて、風間と太刀川を室内に招き入れた。

 風間と太刀川はそのまま龍神に一言の発言も許さず部屋から引き摺り出し、立ち去って行った。

 後日、上層部の指示により桜子のデータフォルダからこの日の戦闘記録はきれいさっぱり消去され、彼女と龍神は揉めに揉めることになるのだが、それはまた別の話。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「どうなっとるんだ、いったい!?」

 

 トップチーム壊滅の報告を受け、最初に口火を切ったのは鬼怒田本吉だった。

 

「迅の妨害! 太刀川も敗北し、トップチームは壊走! だがなによりも問題なのは……忍田本部長!」

 

 肉付きのいい腕が、怒声と共に会議室の机に叩きつけられる。

 

「嵐山隊とあのバカまで玉狛側につかせるとは、いったいどういうことだ!? ボーダーを裏切るつもりか!?」

 

 鬼怒田は向かって右側に座るボーダー本部長、忍田真史を思いきり睨みつけた。

 いくら『S級隊員』の迅といえども、1人だけで遠征部隊を相手にして勝利するのは不可能。嵐山隊という増援がなければ、遠征部隊は任務を遂行できた筈だったのだ。だからこそ鬼怒田は、迅に援軍を差し向けた忍田に、その真意を険悪極まりない声で問い質す。

 しかし、ボーダーの軍事指揮官とも言える彼は、小揺るぎもせずに返答の言葉を紡いだ。

 

「裏切る? 悪いがそれを問いたいのはこちらだ、鬼怒田さん。議論を差し置いて強奪を押し進めたのは、そちらが先。ボーダーはいつから下劣な強盗紛いの組織に成り下がった?」

「だが、あの『黒トリガー』は……」

「何度でも言うが、私は強奪には反対だ。形式はどうあれ、問題の『黒トリガー』を持つ彼は玉狛支部で入隊手続きを済ませている。ましてや、彼は有吾さんの息子……」

 

 忍田は『人型近界民』という単語は一切使わず、言外にも怒りを滲ませて、

 

「これ以上強引に『黒トリガー』を入手しようとするのであれば、次は嵐山隊や如月だけでなく、私も相手になるぞ。城戸派一党」

 

 はっきりと宣言した。

 忍田真史は太刀川慶の剣の師匠であり、『ノーマルトリガー』に限ればボーダー本部最強の男。当然、この場にいる全員がそれを知っている。知っているからこそ、忍田以外の面々はこの瞬間に虎の尾を踏んでしまったことを理解した。

 根付はあからさまに動揺し、鬼怒田は苦虫を噛み潰したように押し黙る。営業担当の唐沢だけは飄々として、次のタバコに火を点けていた。

 

(忍田本部長まで完全に敵に回すのは、よろしくない。ここは懐柔策をとった方がいいだろうな)

 

 頭の中で自分なりに損得勘定の算盤をはじきながら、唐沢はボーダー最高司令官の顔色を伺う。

 やはり、と言うべきか。忍田の宣言に対しても、城戸正宗の鉄面皮は全く崩れていなかった。

 

「……なるほど。ならば仕方ない」

 

 低い声で、城戸は泰然と忍田を見据える。

 しかし、彼の次の一言は、唐沢ですら予想外のものだった。

 

「次の刺客には、天羽を使う」

 

「なっ……?」

「天羽くんを……?」

 

 城戸派であるはずの2人からも、当惑の声が漏れ出る。それほどまでに、城戸の発言の意味するところは重い。

 ボーダー本部のもう1人の『S級隊員』 単純な戦闘能力なら迅悠一すら上回る怪物。天羽月彦。

 組織内のパワーバランスの要である『黒トリガー』 ある意味で"ジョーカー"と言っても過言ではないその札を、城戸は切ろうと言っているのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、城戸司令! 天羽くんを使うのは……その、彼の戦う姿は少々人間離れしていますから、万が一市民に目撃された場合、ボーダーのイメージに悪影響が……」

「A級トップチームを退ける迅の『風刃』に忍田くんが加わると言っている。こちらも手段を選んではおれまい」

 

 ボーダーのメディア担当である根付が苦言を呈するが、城戸は取り合おうともしなかった。

 

「……街を破壊するつもりか、城戸さん」

「それはきみの返答次第だ」

 

 険しい視線が交差する。室内の空気がこれ以上ないほどに緊張する中で、唐沢は吸殻を押し潰し、肩を竦めた。

 どうやら城戸は、とことん喧嘩をするつもりらしい。

 城戸と忍田が無言のまま睨み合い、いい加減唐沢が仲裁に入ることを考え始めたその時――

 

「失礼します」

 

 ――張り詰めていた緊張の糸が、開け放たれた扉の音と共にほどけた。

 会議室全員の視線が、声の主に集中する。

 

「な……?」

「どうしてここに……?」

「どうもみなさん、こんばんは。実力派エリートです」

 

 今まさに、問題の原因となっている男は、普段と変わらぬ能天気な声と一緒に片手を挙げた。

 

「…………迅」

 

 おそらく、今夜はじめて。

 苦々しい感情を露わにして、城戸が呟いた。

 

「きっさまぁ……よくものうのうと顔を出せたなっ!?」

「そんなに怒らないでよ、鬼怒田さん。血圧上がっちゃうよ?」

「なにおう!?」

 

 噛みつく鬼怒田を横目で見ながら、迅は城戸と視線を合わせた。

 

「……何の用件だ? 宣戦布告でもしに来たか? 生憎、それなら忍田くんがすでに済ませているが」

「宣戦布告だなんて、滅相もない。オレは交渉しに来たんだよ、城戸さん」

「交渉だとぉ……? トップチームを撤退まで追い込んでおきながら、なぁにをぬけぬけと!?」

 

 迅の忠告などまったく聞かず、さらに血圧を上げてまくしたてる鬼怒田を、今度は唐沢が制した。

 

「いや、だからこそ交渉するなら今だと考えたんでしょう。如何です、城戸司令? 彼の話だけでも聞いてみては? 根付メディア対策室長も天羽くんを使う件に関して反対のようですしね」

「いや……それは」

 

 唐沢の発言に、根付は気まずそうな表情で頬をかく。我が意を得たり、とばかりに迅は城戸に対して要求を述べた。

 

「頼みたいことはひとつだけだよ。うちの後輩、『空閑遊真』のボーダー入隊を本部からも認めて貰いたい。太刀川さん曰く、本部が認めないと入隊したことにならないらしいし……」

 

 やれやれ、と溜め息を吐いて、

 

「そういうルールに則らないと、こっちは安心できないからね」

「なるほど……模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる、か」

「ボーダーの規則を盾にとって『近界民』を庇うつもりかね!?」

 

 隊務規定が組織で定められたルールである以上、上層部はそれを破るような指令を軽々しく命じることはできない。

 迅の要求は根付の言葉通り、ルールに則った『後ろ楯』を得ることだった。

 

「私が、そんな要求を飲むと思うか?」

 

 だが、それが有効に働くのは城戸が迅の要求を受け入れれば、の話である。

 

「もちろん、タダでとは言わないよ」

 

 要求を通す為には、それ相応の代償がいる。

 故に迅は、あっさりとその『トリガー』を机の上に置いた。

 

 

「かわりにこっちは『風刃』を出す」

 

 

 会議室の空気が固まるのは、今夜で何度目だろうか。

 『黒トリガー』である『風刃』を渡す、と。

 迅悠一は、そう言ったのだ。

 

「なんと……」

「本気か、迅!?」

「もちろん。うちの後輩の入隊と引き換えに、『風刃』を本部に渡すよ」

 

 もう一度。

 念押しするように、迅は告げる。

 

「そっちにとっても、悪くない取引だと思うけど?」

 

 確かにこれは、城戸派からしてみれば悪くないどころの話ではなかった。

 使用できるかどうかすら不明な近界民の『黒トリガー』よりも、ボーダー内でも使える人間の多い『風刃』の方がはるかに価値は高い。

 仮に交換条件で入隊させた近界民が問題を起こしたとしても、天羽と『風刃』の2つの『黒トリガー』の前では力の差は歴然。いざという時の対応には何の問題もないだろう。

 迅の提案は城戸派にとっては、実質リスクなしで『風刃』を手に入れるようなものだった。

 

「…………取引だと?」

 

 底冷えするような呟きが、城戸の口からこぼれ落ちる。あまりにも、迅の真意が読めないからだ。

 

「そんなことをせずとも私は、太刀川達との規定外戦闘を理由に、おまえから『トリガー』を取り上げることもできるぞ」

 

 メリットがありすぎる提案に懸念を示し、あえてはね除けてみせる。

 しかし、迅も退かない。

 

「その場合は当然、太刀川さんたちの『トリガー』も没収なんだよね? なら、それはそれで好都合」

「…………なに?」

「こっちは平和に正式入隊日を迎えられるなら、どっちでもいい」

「没収するのはおまえの『トリガー』だけだ、と言ったら?」

「試してみなよ。そんな話が通るかどうか」

 

 一触即発。

 睨み合う城戸と迅。

 忍田は迅を見詰め、鬼怒田と根付は厳戒なままの城戸の表情を伺いながら、取りなすように口を開く。

 

「城戸司令……」

「城戸司令、ここは……」

 

 皆まで言わずとも、2人が何を伝えたいのかは城戸にもよく分かっていた。

 分かっているからこそ、口惜しい。

 迅は両手を広げて、再度聞いてくる。

 

「さあ、どうする? 城戸さん」

「……何を企んでいる、迅? この取引は、我々にとって"有利すぎる"。一体、何が狙いだ?」

 

 遂に城戸は、その疑問を彼に向かって直接問い質した。

 

「別に何も企んでいないよ。かわいい後輩を助けているだけだし。おれはあんたたちに勝ちたいわけじゃないし、ボーダーの主導権争いにも興味はない」

 

 ただ、と迅は表情を変えぬまま、

 

「後輩たちの"戦い"を、あんたたちに邪魔されたくないだけだ」

 

 それに、と。

 迅はさらに付け加える。

 

「もうひとつ言っとくと……うちの後輩たちは城戸さんの『真の目的』のためにも、いつか必ず役に立つ」

 

 よもや、そこまで。

 自分を見据えるこの青年は、そんな『先』までも見据えているのか。

 

 

「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 

 城戸は、迅悠一がどうあっても退くつもりがないことを理解した。

 

「…………いいだろう」

 

 ここが、折れ所なのだろう。

 釈然としない思いを抱きながらも、城戸はとうとう迅の提案を認めた。

 

「取引成立だ。黒トリガー『風刃』と引き換えに、玉狛支部『空閑遊真』のボーダー正式入隊を認める」

 

 迅と忍田、対立していたはずの鬼怒田と根付も、城戸の承認にほっと安堵の息を吐く。

 

「――――ただし」

 

 が、城戸はそんな彼らの意表を突くようにして、

 

「嵐山隊に同行したB級隊員『如月龍神』について、こちらからも話がある」

 

 もうひとつの『条件』を述べた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 城戸との交渉を終え、鼻歌混じりに廊下を歩いていた迅は、自分を待っていたのであろう3人を見つけた。

 

「おやおや、みなさんお揃いで。ぼんち揚食う?」

 

 迅が差し出した袋に、まずは太刀川が手を突っ込んだ。

 

「お前、なにあっさり『風刃』渡してんだよ。このバカ共々、勝ち逃げする気か? 今すぐ取り返せ! それでもっかい勝負しろ! 今度こそ俺の『双撃旋空』が……」

「そこまでにしておけ、太刀川。聞いている俺がつらい」

 

 風間もいつも通りと言えばいつも通りの表情だったが、その上からは不満が上塗りされているようだった。

 

「なに……『双撃旋空』だとっ!? それはどんな技だ、太刀川!?」

「……見ろ。こってり絞ってやったはずの如月が水を得た魚のように息を吹き返しているぞ」

 

 言わんこっちゃない、と今度は分かりやすい面倒そうな感情を表に出して、風間はぼんち揚をボリボリとかじる。

 

「おい、太刀川! 俺にもその『双撃旋空』とやらを見せろ!」

「黙れ、バカ。俺は迅と話しているんだ」

「見せてくれ!」

「うるさい」

「くっ……見せてください!」

「どんだけ見たいんだよ!?」

 

 ギャーギャー騒いでいる厨二病な2人は放っておいて、風間は迅に聞いた。

 

「最初から俺達を派手に蹴散らして、『風刃』を取引材料に使う気だったのか?」

「まあね。風間さん達――トップチームを追い返せば『風刃』にも箔がつくから。船酔いしている人まで連れて来られたのは、なんというかハードだったけど」

 

 冬島さんは大丈夫?と迅が聞くと「今頃は作戦室で胃の中身を出しているだろうな」という、なんとも冷たい答えが返ってきた。

 

「だから如月も増援として呼んだのか?」

「いや、アイツは本当に勝手についてきただけだよ」

「……あのバカのせいで作戦が滅茶苦茶になった。お前は、そこまで"視えて"いたんだろう?」

「なはは……まあ、龍神に助けられたことは否定しないけどね。ただ、こっち側についてくれたのは、本当に龍神の意思だよ。おれが手を回したわけじゃない」

「意思か……その『空閑遊真』という近界民を、お前達はそうまでして守りたいのか? 」

 

 やや困惑したように、風間は言う。

 

「『風刃』はお前の師匠の形見だろう。あれの所有者を決める時、あそこまで執着したお前がこうも簡単に『風刃』を手放したことが、俺には信じられん」

「形見を手放した程度で最上さんは怒らないよ。それに、俺も龍神も守りたいっていうよりは、応援してやりたいって感じ」

 

 口の中にぼんち揚を放り込みつつ、迅はベンチに座り込んだ。

 

「その遊真っていうやつが、なかなかハードな人生を送っていてさ。おれはあいつに、楽しい時間を作ってやりたいんだ」

「楽しい時間?」

「そ、おれは太刀川さんや風間さんとランク戦でバチバチやり合ってる頃が、最高に楽しかったからさ」

 

 昔を懐かしむように、瞳はどこか遠くを見る。

 

「『ボーダー』に入れば、そういう遊び相手がいくらでもいるでしょ? あいつには、そういう経験が必要だと先輩として思ったんだよね」

「……強いのか、そいつは?」

「もちろん。絶対風間さん達のところまであがってくるよ」

「ほう、そんなにデキるヤツなのか!?」

 

 龍神を押し退け、太刀川が迅達の会話に割って入った。

 

「まて、太刀川! まだ話は終わっていないぞ!」

「お前の話は終わっていなくても俺の中でお前は終わっている。いいから黙ってろ」

「ふざけるな! 今からでもいい! 俺と模擬戦を……」

「誰がやるか! さっき散々戦っただろうが!」

「俺が戦ったのは風間さんだけだ!」

 

 現在進行形でバチバチやり合っている2人に、風間は溜め息を吐き、迅は笑う。

 

「いいじゃん、太刀川さん。あの必殺技は読み切れなかったし。龍神にも見せてあげなよ」

「ああ? ふざけんな! その前にお前ともう一度だな……」

「それについては大丈夫だよ。おれ、もうS級じゃなくなったから『ランク戦』に復帰するし」

 

 あっさりと告げられた迅の言葉に、太刀川はぽかんと大口をあけた。

 彼の宿命のライバルとも言える男は、不敵な笑みを浮かべ、

 

「とりあえず、攻撃手(アタッカー)ランキングで1位取るつもりだから、よろしく」

 

 はっきりと宣言した。

 みるみるうちに、太刀川の表情が喜色満面に彩られていく。

 

「そうか! お前もうS級じゃないのか!? 何年振りだよ! 3年振りくらいじゃないのか、おい!」

「ははっ……ちょっと、太刀川さん落ち着いて……」

 

 興奮した太刀川に肩を掴まれ、迅はなされるがままに前後に揺さぶられた。

 

「こいつはおもしろくなってきた! なあ、風間さん!?」

「……おもしろくない。全然、おもしろくない」

 

 太刀川とは対照的に風間はますます仏頂面になって、迅からぼんち揚の袋を奪い取ってボリボリと食べる。

 つい先刻まで対立していたとは思えない、賑やかな様子に、龍神も笑みを漏らしながら腕を組んだ。

 

「ふっ……迅さんがランク戦に参加するとなれば、俺もうかうかしていられないな。これまでよりも、一層精進する必要がありそうだ」

「あ……龍神、それなんだけどな」

 

 太刀川に揺さぶられていた迅は、龍神に向かってなぜか気まずそうに、申し訳なさそうに切り出した。

 

「城戸さんからお前に、いっこだけ命令が出されちゃってさ」

「……命令?」

「うん、そう。なんというか今回の取引の追加条件みたいなもんなんだけど……」

 

 迅は手を合わせながら、言った。

 

「次のランク戦までに個人(ソロ)隊員はやめて、本部で部隊(チーム)を組め、だってさ」

「…………は?」

 



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厨二の仲間探し 厨二と加古望 その弐

「どういうことですか!?」

 

 如月龍神は激怒した。かの邪智暴虐な城戸に……とまでは言わないまでも、そこそこ怒ってはいた。

 遠征トップチームと、玉狛、忍田派混成チームが激戦を繰り広げた翌日。龍神はボーダー本部長、忍田真史の執務室を訪れていた。

 部屋の中は忍田の質実剛健な性格を反映してか、機能性を重視したものでまとめられており、きれいに整理整頓されている。正しく『仕事の部屋』といった雰囲気だ。もちろん忍田も部屋を散らかすようないい加減な執務はしていないのだろうが、これは彼の隣で淡々と書類を片付けている本部長補佐、沢村響子の手腕によるものが大きいだろう。

 

(相変わらず、沢村さんは頑張っているな……)

 

 龍神がそんなことを思う間にも、彼女の手は休みなく動いていた。

 沢村響子は8歳年上のデキる上司である忍田真史に惚れている。それを龍神が知ったのには……まあ色々と複雑な事情があるのだが、とにかく「絶対言わないでよ! 絶対だからね!」と顔を真っ赤に乙女の表情で釘を刺されたのが、今となっては懐かしい。あの時は殺されるかと思った。

 今年中に忍田へ想いを伝えることはできるのだろうか……などと思考が他人の色恋沙汰への関心に傾きかけたので、龍神は慌てて頭を振った。

 今はそれよりも、自分の問題だ。

 

「いきなり部隊(チーム)を組め、と言われても……誰と何人で部隊を組むかは、隊員個人の自由のはずでは?」

「確かに理不尽な命令であるとは、私も思う。しかし、これは城戸さんとの取引条件でもあるんだ。いまさら覆すわけにはいかない」

 

 あの冷血眉なしめ。

 内心で毒を吐きつつ、龍神はさらに聞いた。

 

「『本部で』というのも、そういうことですか?」

「ああ。私が玉狛寄りだと思われている現状、お前が玉狛支部に転属するのを城戸派は避けたいんだろう。これに関しては、あちらから譲歩を引き出せなかった私の手落ちだな。すまない」

 

 30代前半とは思えない精悍な顔つきの忍田が、困ったような表情を見せるのは珍しかった。

 本部長を困らせるんじゃない、的な沢村からの視線が厳しい。が、龍神はめげずに反論した。

 

「いくらなんでも、2月までというのは無茶過ぎます」

 

 今はもう12月中旬。ランク戦は2月1日から始まる。長く見積もっても、年を跨いで1ヶ月と少ししかない。

 

「1月8日には『正式入隊日』だ。C級から有望そうな人間を選んで、風間のように引き抜いてもいい」

「しかし、1ヶ月でB級まで上がるような新人が何人もいるとは限りません」

 

 ボーダーに入隊する隊員は、まず『C級』と呼ばれる訓練生になる。訓練用トリガーには『トリガー』がひとつだけセットされており、その『トリガー』のポイントを『4000』まで上げることが、正隊員である『B級』に昇格する条件だ。ポイントは基本的に『1000』からスタートし、合同訓練や個人ランク戦を通じて稼いでいく。

 例外として、入隊時に高い成績を出した隊員は高ポイントからスタートすることができる。例えば木虎は3600ポイントからスタートしており、すぐに『B級』に上がると嵐山隊の新エースとして名を轟かせた。無論、木虎以外にも緑川や双葉といったスーパールーキーの実例はいるが、それでも1ヶ月で『B級』まで上がる隊員は希である。そんなに都合よく『強いヤツ』が入ってくるとは、龍神には思えなかった。また、仮にそんなルーキーがいたとしても、チーム結成の誘いに乗ってくれるとは限らない。

 やはり、この命令はめちゃくちゃなのだ。

 不満そうに顔をしかめている、木虎と同じ『1ヶ月でB級まで上がった隊員』に対して、そもそも、と忍田は言葉を続けた。

 

「お前ほどの実力があれば、欲しがる部隊はいくらでもいるだろう? 部隊を作るよりも、どこに入るかを考えた方がはやいと私は思うが?」

「それは……そうですが」

 

 途端に歯切れの悪くなった龍神を見詰めて、忍田は大きく溜め息をつく。

 見ていられなくなったのか、彼の背後で事務作業を続けていた沢村も会話の補佐に入ってきた。

 

「いい加減、如月くんもチームを組む時が来たってことよ。むしろ今までずっと『個人(ソロ)』だったのがおかしいくらいなんだから、観念なさい」

「沢村さん……」

「沢村くんの言う通りだぞ。お前もいつまでもふらふらしているわけにはいかんだろう。身を固めることを真剣に考えろ」

「ひゃっ……!?」

 

 響いた声は小さな悲鳴。同時に、纏めかけていたのであろう書類が床に散らばった。やや驚いた様子で、忍田が振り向く。

 

「大丈夫か、沢村くん!?」

「だ、大丈夫です! 失礼しました!」

「ならいいが……拾うのを手伝おう」

「す、すいません!」

 

 あたふたと赤面しながら書類を拾う沢村と、自分からしゃがみ込んでそれを手伝う忍田。流石、年下の部下のハートを掴んで離さない上司は、こういったふとした行動から人間性が滲み出ている。しかし一緒に書類を拾い集めながら、龍神は沢村に対して深く同情した。

 意識して言ったわけではないのだろうが、先ほどの忍田の発言には『いつまでも』だの『ふらふら』だの『身を固める』だの、未婚の女性に対するNGワードが詰め込まれていた。ましてや今は年末。もうすぐお正月。里帰りの時期だ。

 やっぱり、実家に帰ると色々言われるのだろうか……と。肩を震わせている沢村を見ると、考えずにはいられない。

 

「沢村くん、休憩にしよう。お茶を淹れてくれるか?」

「は、はい。すぐに!」

 

 気の毒なことに、声まで震えている。彼女の心中は如何ばかりか。

 

「如月、お前も一度座れ。これからのことを、少しじっくり話そうじゃないか」

 

 当の忍田はといえば、完全に太刀川を叱る時のお説教モードになって龍神を見ていた。これだけ部下を気遣ってくれるのだから、後ろの女性を気遣ってあげてください、と言うのは野暮なのだろうか?

 戦闘でも指揮でもあれだけキレッキレだというのに、どうしてここまでニブいのか。龍神には不思議でしょうがなかった。

 ともあれ、忍田の説教が長いのは太刀川の尊い犠牲によって実証済みであるし(もちろんdangerをダンガーと読むあの大学生に問題があるのだが)、カクカクとした挙動でお茶を淹れている沢村も見ていられないので、龍神はソファーには座らずに言った。

 

「お気遣いは有難いのですが、今日は失礼します。2月1日が期限となれば、はやめに動いた方がいいでしょうし」

「そうか。やる気になってくれたのなら、なによりだ。そういうことなら引き留めはしない。がんばれよ」

「はい。失礼します」

 

 せめて、2人きりでお茶の時間を。

 扉を開け、退室間際にちらりと後ろを見ると、沢村が小さくガッツポーズを取っていた。

 哀愁漂うあの背中を見ると、やはり思わずにはいられない。

 

 ――忍田さん、はやくもらってあげてください。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そんなわけで。

 忍田への直談判が失敗し、龍神はやや気落ちしながら廊下を歩いていた。

 今からでも命令をなかったことにできるかもしれない、と淡い期待を抱いて非番の日に本部まで出向いたというのに、結局は無駄骨だった。相変わらず、沢村の恋路が一向に進んでいないことを確認しただけである。どうせ進展していないのだから、確認するだけ無駄である。

 直属の上司に言って駄目となると、別の方法を模索しなくてはいけないのかもしれない。具体的には、派閥の壁を乗り越える必要がありそうだ。

 

「……最近遊びに行ってないし、頼みに行ってみるか」

 

 考えを呟いて、顔をあげる。目的の場所に行くには、次の曲がり角を右へ行く方が近道だ。ボーダー本部の中は複雑な構造になっており、近未来的、というかSFチックな廊下が長く続いているので、道に迷いやすい。龍神も慣れるまで、随分と時間が掛かった。

 

「…………ん?」

 

 が、廊下が広く長いということは、見晴らしが良いというわけで。

 龍神は正面からずんずんと近づいてくる、2人の人物の姿を捉えた。

 

「あら、奇遇ね。如月くん」

 

 出やがったなファントムばばあ、などと影浦のような恐れ多いことは言えないので、龍神は普通に挨拶した。

 

「どうも、加古さん。双葉も一緒か」

「こんにちは、如月先輩」

 

 加古の隣の双葉も、ペコリと頭を下げた。

 2人は今日は非番らしく、隊服やエンブレム入りのパーカーではなく、私服姿だった。加古はオシャレな女子大生らしい、シャツにカーディガンを合わせたパンツルック。いつも不思議に思うのだが、なぜかセレブオーラが漂っている。別に老けて見えるという意味ではない。

 双葉はハイネックのセーターにチェックのスカートと、こちらの方が女の子らしい服装をしていた。こうして目の前に並んでいるのを見ると、年の離れた姉妹のようだった。

 

「ふっ……こうして見ると姉妹みたいだな」

 

 『年の離れた』という余計な一文をごっそりカットしつつ、龍神は言った。

 

「あらあら。私達姉妹みたいだって、双葉。どうする?」

「私は嬉しいです」

「ふふっ……」

 

 加古と双葉が目を合わせて笑う。仮に「親子に見える」などと口を滑らせたらどうなるのだろうか、と一瞬考えたが、ロクなことにならないのが確実そうだ。

 二、三言、言葉を交わして、龍神は片手を上げた。

 

「では、俺は行くところがあるので失礼する」

「あ、それは駄目よ」

 

 がっしりと。

 加古の細い指が龍神の右腕に食い込んだ。

 

「……は?」

「逃がしません」

 

 双葉も左腕を掴み、龍神を上目遣いに見上げた。

 傍目から見れば、右手に美女、左手に美少女の両手に花状態なのだろうが、しかし龍神の背中には冷たいものが走り抜ける感覚があった。

 何故だろう。嫌な予感がする。

 

「聞いたわよ、如月くん。次のランク戦シーズンまでにチームに入らなくちゃいけないそうじゃない?」

 

 にんまりと笑い、あっさりと加古は言った。

 

「な……? 誰からそれを?」

 

 龍神は驚愕した。あの命令のことは、まだ誰にも話していない。知っているのは自分と迅、上層部の人間、それに……

 

「太刀川くんから聞いたわ」

 

 いた。バカが1人いた。

 龍神の脳裏に、腹を抱えてゲラゲラ笑っているひげ面が浮かび上がる。

 確かに昨日の夜、あの場には太刀川と風間もいた。風間は「お前もチームで戦う時が来たということだ」と真っ当なことを言っていたが、太刀川はニヤニヤしているだけだった。

 まさか、こんなかたちで仕返しを受けるとは。

 

「太刀川くんが散々広めてるわよー。如月龍神は上層部からチームに入るように釘を刺された。引き抜くなら今だ、ってね」

 

 あの野郎、絶対に叩き斬ってやる。

 龍神がそんな決意を新たにする中、加古はさらに両手で腕を掴んできた。

 

「と、いうわけで」

 

 なにが「と、いうわけで」なのか、まったく分からないが、離す気がまったくないのはよく分かった。手を握るわけではなく、腕を掴みにきているのが、またこわい。

 冷や汗が流れはじめた龍神に、加古は微笑みかける。

 

「今までは気楽なソロ生活でよかったかもしれないけど、上から命令じゃ仕方ないわよね。ここはやっぱり、前々から勧誘を続けてきたウチに入るべきじゃないかしら?」

「いや……しかしだな、加古さん。加古隊は女子だけのガールズチームだろう? そこに俺が入るというのは……」

「如月くんの為ならガールズチームの看板を降ろすこともやぶさかではないわ。そもそも特に拘りがあるわけでもないし」

 

 染められたロングの髪が、顔の前で揺れる。

 

「イニシャル『K』縛りは満たしているから、問題なし! むしろ大歓迎よ。ねぇ、双葉?」

「はい、歓迎です」

「いや……それでも男1人というのは……」

 

 なおも拒絶の意思を示す龍神に、加古は形のいい眉を潜めて、

 

「もう、如月くんは一体何が不満なの? こんな美少女2人に勧誘されているのに……」

 

 『美少女』にはツッコむべきなのだろうか。

 

「だからそういう問題ではなく……」

「なるほど。男1人だけでハーレムになるから、他の隊員から嫉妬を受けるのがつらいのね! 大丈夫、私がいくらでも庇ってあげるわ!」

 

 駄目だ。やはりこの人は、人の話を全然聞かない。

 これ以上話しても話にならないと判断し、

 

「すまない、加古さん。俺はチームに入る気はないんだ」

 

 一応、詫びの言葉を入れて、

 

「悪いが、これで失礼する」

 

 龍神は加古の前から、忽然と姿を消した。

 

「へっ……?」  

 

 握り締めていたはずの手のひらを開いて、加古は目を白黒させた。

 隣の双葉が、咄嗟に周囲を見回す。

 

「加古さん! あっちです!」

「え?」

 

 双葉が指差した方向を見ると、廊下を猛ダッシュする龍神の後ろ姿が。

 そのスピードを見て、加古はようやく理解した。

 

「なるほど……『トリオン体』だったのね」

 

 『トリオン体』もとい『戦闘体』は『トリガー』をオンすると、基本的には登録してある隊服に服装が変更される。だが、普段着のままでも換装は可能であり、服装や髪型の設定などは意外と自由に調整できるのだ。玉狛支部の小南などは『戦闘体』を昔の髪型で登録しており、換装するとロングヘアからショートに変わり、がらりと外見のイメージが変化する。

 要するに龍神は、加古と会った時から既に『トリオン体』だったということだ。目の前からいきなり消えたのは『テレポーター』を使ったのだろう。

 

「なんて往生際の悪い……どうやらなんとしてでも、私達から逃げたいようね」

 

 もしかして先約でもあるのかしら、と加古は首を傾げる。

 

「……残念です」

 

 しょぼん、と双葉がツインテールを揺らして肩を落とす。加古は目を細めて、かわいい後輩の頭に手を置いた。

 

「なに言ってるの、双葉? このまま逃がすなんて言語道断。こういう時に諦めがはやいのはダメよ。女はもっと強欲に生きないと」

 

 そう言って、加古は懐から細長い棒状の物体を取り出した。

 

「いくわよ、双葉」

「っ……はい!」

 

「「トリガー、オン!」」

 

 無駄に気合いの入った2人の声は、凛と廊下に響き渡った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 加古達の視界から逃れた段階で『バッグワーム』を起動し、レーダーステルス状態で廊下を疾走していた龍神は、前方に見えた目的地の扉に頭から転がり込んだ。

 もんどりうって体を転がし、どうにか止まったところで『トリガー』をオフ。顔をあげると、ちょうど目の前に龍神がボーダーという組織の中でもっとも敬愛する人物が、呆気にとられた表情で立っていた。

 龍神は言った。

 

「追われている! 匿ってくれ、鬼怒田さん!」

「アホかキサマはぁ!」

 

 返事は、怒声とチョップだった。

 



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厨二と鬼怒田さん

※単行本未収録の設定があります。話の本筋に関わるものではありませんが、ネタバレを避けたい方はご注意ください。


「い、痛い……手加減してくれ、鬼怒田さん! 今の俺は『トリオン体』じゃないんだから!」

「うるさい! そんなことは分かっとるわい! わしは分かってやっとるんだ! 叩けばお前の馬鹿な頭も少しは治るかもしれんからな!」

 

 大袈裟に頭を抱えている龍神に向かって、鬼怒田は唾が飛びそうな勢いでまくし立てた。

 チョップをされても、馬鹿な頭と言われても、龍神は鬼怒田には逆らわない。

 

 如月龍神にとって、鬼怒田本吉は神にも近しい存在だからである。

 

 年は48歳。生まれは7月14日。身長は161センチ。体重は多分重い。星座はつるぎ座のB型。好きなものは家族と仕事とカップ麺と散歩。

 プロフィールを諳じて言えるほど鬼怒田に心酔している龍神ではあるが、確かに彼の外見の印象はお世辞にも良いとは言い難い。一見、冴えないハゲかけのチビでデブの偉そうなおっさんだ。

 しかし逆に言えば、人を見かけで判断してはいけない、という言葉がこれほど似合う人間もいないはずだ。

 ゲート誘導システムの開発、本部基礎システムの構築、ノーマルトリガーの量産、小型トリオン兵『ラッド』の解析とそれを探知するレーダーの開発、遠征で新しく入手したトリガーの解析、遠征艇の開発、トラップシステムの開発……鬼怒田の功績は枚挙にいとまがない。

 ぶっちゃけ、仕事し過ぎなレベルである。

 有能。それも超がつくレベルで有能なボーダーのトリガー技術の第一人者。それが、鬼怒田本吉という男なのだ。

 鬼怒田のことを偉そうで威張っていると言う隊員が時々いるが、龍神はまったくそうは思わない。そんなことを言う連中は馬鹿である。

 彼らは一体、誰のおかげで自分達が戦えると思っているのか?

 鬼怒田がいなければノーマルトリガーの量産は出来ず、通常兵器が通用しない近界民と戦うことすらままならなかったのは、少し考えれば容易に分かることだ。

 偉そうにして当たり前。むしろ偉いのだから、敬うのが当然というもの。

 だから龍神は、鬼怒田への感謝の気持ちを決して忘れない。

 まさしく神様、仏様、狸様……ボーダーは鬼怒田の銅像でも立てて、崇め奉るべきだろう。

 要するに、鬼怒田さん超スゴい。

 そんなわけで、龍神の思考回路は基本的に鬼怒田の行動を好意的に解釈するようになっている。故に龍神は、一瞬考え込むように顎に手を当てると、

 

「成る程……つまりこれは鬼怒田さんから俺への『愛の鞭』ということだな。ならば、甘んじて受けようじゃないか!」

「ならもう一発受けておけぇい!」

 

 まったく反省の色が見えない馬鹿の脳天に向かって、鬼怒田は再びチョップを振り下ろす。

 古いテレビは叩けば直るが、若い馬鹿者は叩いても叩いても、一向に治る気配がなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 思い返してみれば、鬼怒田本吉の如月龍神への第一印象は、決して悪いものではなかった。

 ある日の午後、いつも通りに仕事に励んでいた鬼怒田は自分に会いたいと言う『B級隊員』がいると聞き、面会の時間を作った。

 

「如月龍神? 誰だそいつは?」

 

 鬼怒田の役職は本部開発室長。隊員達の命を預かる『トリガー』開発の、いわば総責任者だ。だからこそ、正隊員である『B級』の名前と顔くらいは一致させて覚えていた鬼怒田は、記憶にない名前に首を傾げた。

 

 

「なんでも最近『B級』に上がった子みたいですよ。最初の対近界民戦闘訓練の記録は木虎ちゃんよりも上で……えーっと『4秒06』みたいですね」

「なにぃ!?」

 

 チーフエンジニアである寺島雷蔵から渡された個人データを見て、鬼怒田は思わず目を剥いた。

 実物よりもやや小型化した『バムスター』が相手とはいえ、入隊したばかりの隊員なら最初の記録は『1分』を切れればいいところ。むしろ『1分』を切れる隊員は、優秀な部類に入る。

 ましてや10秒台を切れる隊員は、即戦力のトップエース。A級入りや個人ランカーになる可能性も充分に有り得るほどだ。

 

「不覚だったわい。そんな優秀な隊員を見逃しておるとは」

「自分もよく知りませんけど、噂だと随分個性的な子らしいですよ」

「個性的?」

「…………室長は、『厨二病』という言葉はご存知ですか?」

 

 雷蔵の口から発せられたそのワードは、鬼怒田にはまったく縁のないものだった。

 

「ちゅ……なんだそれは? 病気か?」

「ええ、まあ。そんなようなものです。精神的な疾患とでも言いますか……」

 

 遠い目で「自分にも覚えがあります」などと語る雷蔵に送り出され、鬼怒田はその隊員が待つ会議室へと向かった。

 思えばこの時、自分とは年が離れたこの部下に『厨二病』とは何か、ということを詳しく聞いておけば、鬼怒田とその隊員の関係はまた違ったものになっていたかもしれない。

 扉を開けると、なぜかブラインドカーテンに指を突っ込み、窓から外の景色を眺めている少年がいた。

 ほどほどの長身にぼさぼさの黒髪。イケメンで通っている嵐山ほどではないにしろ、一般的には"整っている"部類に入るであろう顔立ちだ。

 

(ふん……いけ好かない顔をしとるな)

 

 クール。もしくはすまし顔とも言える表情に、鬼怒田は一瞬嫌悪感を覚えたが、その印象は数秒ももたずに崩れ去った。

 

「もしや……貴方が! ノーマルトリガーの量産に尽力した、鬼怒田本吉さんですか!?」

 

 こちらを振り向いたその少年が、いたく感激した様子で両手を握ってきたからだ。

 開発室の仕事は基本的に裏方である。C級隊員などからは『なんか偉い人』という接し方ばかりされてきた鬼怒田にとって、彼の反応はとても新鮮なものだった。

 

「お、おぅ!? 確かにわしが鬼怒田だが……」

 

 突然の出来事に反応が追い付かず、鬼怒田はなされるがままに握られた手を振っていたが、

 

「む……これは失礼」

 

 一方的に握手をしたことが無礼に当たると考えたのか、少年は慌てて手を引っ込め、一礼する。

 

「お会いできたのがあまりにも光栄でつい……はじめまして、俺は如月龍神といいます」

「あ、ああ。話だけなら聞いておる。撃破記録4秒台を出したそうじゃないか。優秀だな」

 

 本当はついさっき聞いたばかりなのだが、ややリップサービスをきかせてそう言うと、少年――龍神はさらに感激したように身悶えた。

 『変わっている』というのは、こういうところなのだろうか?

 

「そんな! 自分が出した記録など、大したことはありません! 使ったのは鬼怒田さんが量産した『トリガー』です! 鬼怒田さんが『トリガー』を量産してくれなければ、俺は異世界からの侵略者と戦うことができませんでした。本当に鬼怒田さんはすごいと思います! 尊敬しています!」

「お、おう。ありがとう」

 

 あまりの勢いに、鬼怒田は堪らず一歩下がった。が、その分だけ目の前の少年は詰め寄ってくる。

 

「俺は『弧月』を使っているのですが、他の『トリガー』も興味を引かれるものばかりで……特に『旋空』は素晴らしい! 瞬間的にブレードを拡張! 飛ぶ斬撃が撃てるなんて、まるで夢のようで――」

     

 龍神は大袈裟に手を広げながら、早口で鬼怒田が作った『トリガー』を誉め讃えた。

 どうしてここまで称賛されているのか。鬼怒田にはよく分からなかったが、素直に尊敬の気持ちを伝えられて、悪い気分になる人間などいない。

 

「ふ……ふむ。若いくせに、なかなか分かっておるじゃないか。見所がありそうだな、きみは」

「鬼怒田さんにそこまで言って頂けるなんて、感激です!」

 

 ――訂正しよう。

 

「もしも『トリガー』について困ったことがあれば、いつでも開発室を訪ねてきなさい」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 最初は。

 本当に最初は、鬼怒田の如月龍神への印象は、最高に近いものだったのだ。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そもそも、どうしてお前は1週間に1回は開発室にやってくるのだ!?」

「鬼怒田さんに会いたいからに決まっているだろう!」

 

 それが今では、この有り様である。

 龍神の鬼怒田に対する尊敬の念はあの頃から少しも変わっておらず、むしろ日に日に増しているほどなのだが、いかんせん鬼怒田の龍神への態度が、最初に出会った頃とは真逆になっていた。

 

「わしは顔も見たくないわ! 呼びもしないのに来るんじゃない!」

「だが、いつでも来い、と言ってくれたのは鬼怒田さんだろう?」

「お前は社交辞令も分からんのか!?」

「ふっ……俺と鬼怒田さんの仲だ。社交辞令だなんて、そんな水臭いことを言わないでくれ」

「今すぐ帰れ!」

 

 さすがの鬼怒田もタイムマシンは作れないが、もしも過去に行くことができたとしたら、とりあえずこの馬鹿にそんなことを言った自分を一発ぶん殴りたい。

 龍神と関わるようになってからますます薄くなった気がする頭をかきむしり、鬼怒田はドアを指差した。

 

「大体いつもいつも……なぜ飛び込んで入ってくる必要がある!? 普通にドアを開けて入れんのか!?」

「鬼怒田さんに新鮮な驚きを届ける為に、俺は常にダイナミックな入室方法を模索している」

「そんなサプライズはいらん!」

 

 ブレない。というか、この少年は出会った頃から少しも変わっていない。

 逆に、色々と悪化している気がする。

 鬼怒田は再び溜め息を吐いた。

 この馬鹿の性格が『個性的』という言葉で片付けるには少々問題がありすぎることに気がついたのは、いつだったか。

 鬼怒田と会ってから龍神は毎日のように開発室に通うようになり、『トリガー』に関して様々なことを質問してきた。思い返せば、まだこの頃はきちんとドアをノックして入室していたのだ。この時期にしっかり"しつけて"おくべきだったと、今さら悔やんでもあとの祭りである。

 何が悪かったのかと言えば、鬼怒田の対応が悪かった。

 まるで子犬かなにかのように自分になついてきた龍神を、鬼怒田は隊員個人へのえこひいきにならない範囲で、散々に甘やかしてしまった。離婚によって娘と離れていた寂しさもあり、『息子』とまでは言わないまでもそれに近い感覚で可愛がってしまったのは、もはや否定できない事実である。

 

 ――鬼怒田さん、肩を揉みましょうか!?

 ――鬼怒田さん、カップラーメン持ってきましたよ!

 ――鬼怒田さん、たまには運動しましょう! 散歩しましょう、散歩!

 

 仕方なかったのだ。自分の話を常に笑顔で聞き、徹夜明けにはカップメンを差し入れてくれる。そんな息子のような年の隊員に、好感を持つなという方が無理な話だ。

 さらに言うなら、『トリガー』の性質を深く知ろうとする姿勢は技術者から見れば大変好ましいものだったし、龍神は開発室の面々とも個々に親交を深めていった。

 

「あ、そうだ。雷蔵さんに借りていた映画を返さなければ……ありがとう、お借りしました」

「ああ、まだ返さなくてもよかったのに。どうだった? おもしろかったかい?」

「Hasta la vista Baby!」

「「イエーイ!」」

 

 ご機嫌にハイタッチを交わす、龍神と雷蔵。

 今となっては、チーフエンジニアともこの仲である。

 

「えぇい……それで今日は何の用だ? またいつもの下らん『必殺技』の開発か!?」

 

 そのまま映画の品評会をはじめそうな2人の間に割り込んで、鬼怒田は吠えた。

 まるで空気のように開発室に馴染んでいく龍神に対して、鬼怒田が最初に違和感を抱いたのは、彼の口からとある願望を聞いた時である。

 

 ――鬼怒田さん、俺……必殺技が欲しいです。

 

 この発言を「なにを阿呆なことを言っとる!」と、一蹴しておけばよかったのだろうが、まだ龍神に対して甘かった鬼怒田はそのアイディアを真剣に聞き入れ、あろうことか実験につき合ってしまった。

 おそらく、ここが第二のターニングポイントだったのだろう。

 『旋空』を利用した『突き』というオリジナリティー溢れる『必殺技』を会得した龍神は、これに味を占めてしまったのか……元々そういう『かっこいいもの』に憧れる性質ががさらに悪化してしまい、やたらと無茶な提案をすることが増えていった。

 『旋空』で『弧月』を13キロメートル伸ばしてくれだの、『弧月』から『アステロイド』を撃てるようにしてくれだの、その程度はまだ序の口。雷蔵が貸し出したロボットアニメに触発され、「ドリル型の近接戦闘用トリガーを作ってくれ」などと言い出した時は、本当に真正面から張り倒してしまったほどだ。

 が、その馬鹿らしい提案を試す為の実験が、意外にも開発室のデータ蓄積に大いに貢献しているのは、認めるしかない事実である。技術者にとって、モチベーションが高いテスターは得難いもの。独創的な『トリガー』の活用法を提案し(時々本当にバカらしいものが混じるとはいえ)、自分から嬉々として実験に協力する龍神を止める理由はなかった。

 『旋空』による『弧月』の延長の耐久限界や、『スコーピオン』を刀剣以外の武器に成形した際の有用性など、今や開発室の側からしてみても、龍神を便利な実験要員として使ってしまっている節がある。

 要するに、いなくなられると困る人材になりつつあるのだ、この馬鹿は。

 そんなわけで龍神と鬼怒田の関係は、鬼怒田がグチグチと文句を言うようになった以外は特に変わらず、今日に至っている。

 

「いや、今日は『トリガー』関連の相談ではないんだ」

「なにぃ? ならば何の用だ?」

「ああ。昨日の『黒トリガー争奪戦』のせいで、城戸司令にチームを組むことを強要されてしまって……すごく困っている。なんとか鬼怒田さんから城戸司令に、命令を取り下げるように頼んで貰えないだろうか?」

 

 虎の威を借ることに失敗した龍神が、ボーダーの青い狸とも言える鬼怒田に助けを求めるのは必然だった。

 しかし、鬼怒田からしてみればそれは聞けない相談だ。

 

「そうだ! お前が玉狛側についたせいで、こちらの計画はめちゃくちゃになってしまったわい! この裏切り者めが!」

「そんな冷たいことを言わないでくれ! 鬼怒田さんなら城戸司令を説得できるだろう!?」

「バカモンが! わしはそもそも城戸司令の命令には大賛成だ! お前はいい加減にチームを組め!」

「なっ……俺を裏切るのか!?」

 

 ガーン、とやたらショックを受けた様子の龍神に向かって、鬼怒田は指を突き出した。

 

「まったく……いいか!? お前もチームを組んで『A級』に上がれば、自分の『トリガー』を自由にカスタマイズできる! 今のように『弧月』の色を変えるだの、鍔をつけるだの、そんなせせこましいマイナーチェンジではなく、もっとお前に合った改造を開発室でしてやることができるのだ!」

 

 鬼怒田の言葉通り、『A級』に上がった隊員は特典として、『ノーマルトリガー』をより自分好みに改造することができる。玉狛製のようなワンオフ品とまではいかないまでも、隊員の個性をより発揮できる独自のカスタマイズだ。

 

「認めたくはないが、お前の『トリガー』に関する発想や着眼点は、大いに興味深いものがある! それを活かすためにも、とっととチームを組んで『A級』に上がってこい!」

「……鬼怒田さん」

 

 ショックのあまり床に膝と両手をついていた龍神は、呆然と鬼怒田の顔を見上げた。

 

「ふん! もしも『A級』に上がれたら、わし自らお前の『トリガー』のカスタムを手掛けてやる。有り難く思え!」

「鬼怒田さん……ああ、鬼怒田さん!」

 

 龍神はわなわなと震え、それでもゆっくりと立ち上がり、鬼怒田に向けて言った。

 

 

「やっぱり、鬼怒田さんはツンデレだな!」

 

 

 ――ちょうどその時。

 ボーダー外務営業担当である唐沢克己が、開発室のドアを開いたのだが、

 

「失礼。鬼怒田開発室長、来年度の予算の件なんですが……」

 

 

 

「誰がツンデレじゃあ!? このドアホウがぁああああ!」

 

 

 

 部屋に入った彼が最初に耳にしたのは、鬼怒田の口から飛び出したとは思えない単語と、ボーダー本部の全フロアに響き渡るのではないかというレベルの凄まじい怒声だった。

 その声量には、さすがの唐沢も冷や汗を流さずにはいられなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「なるほど、そういうことだったのか」

「はい。鬼怒田さんも『ツンデレ』の意味は知っていたみたいです」

「……はは」

 

 「誉め言葉のつもりだったんですが……」と首を傾げる龍神に、唐沢はやや苦い笑みを浮かべた。

 場所はうって変わって、ボーダー本部内に多数ある会議室のひとつ。文字通り鬼のような怒りが鎮まる気配のない鬼怒田から逃げ出した龍神は、今度は別の上層部の人間に話を聞いて貰っていた。

 

「ブラックでよかったかな? 俺の奢りだ」

「いただきます」

 

 お礼を言いつつ、龍神は唐沢から缶コーヒーを受け取る。龍神がプルタブをあけて口をつける間に、唐沢は懐から取り出した煙草に火を点けた。

 

「まあもちろん、我々『城戸派』としてはきみを戦力として遊ばせておく手はない、と考えているよ」

 

 何の前置きもなく、いきなり本題だった。

 唐沢克己はボーダーの外務営業部長。組織運営の為の資金調達を一手に引き受けている、かなりの『やり手』である。その辣腕ぶりは、5年前まで『悪の組織』で働いていたと噂されるほどだ。

 彼がそういう大人なのは理解しているつもりだったし、覚悟していたつもりだったが、それでもその話の切り出し方には少々面食らってしまう。龍神のそんな気持ちを見透かしてか、唐沢は肩を竦めてみせた。

 

「忍田本部長から聞いているだろうが、『本部で』という条件はそういうことだ。きみに『玉狛』に行かれてしまうのは、やはり困る。汚い大人の思惑と言ってしまえばそれまでだが、まあ当然と言えば当然の条件だな」

 

 煙と一緒に吐き出されたのは、嘘偽りのない本音なのだろう。

 

「だが、さっきの鬼怒田さんの言葉が嘘ってわけじゃない。きみの実力を上層部が高く評価しているのは事実だし、それを今よりも活かしたいと思っている。俺たちの都合に転がされているようで、きみからしてみれば癪に触るのかもしれないが……チームを組むのはそんなに嫌かい?」

「……嫌、というわけではありません」

 

 表情が苦くなってしまったのは、コーヒーの味のせいではない。

 龍神は唐沢を見詰めて、躊躇いがちに言葉を紡いだ。

 

「ただ、俺には目標があります。『太刀川慶』を倒す、という目標が……それを為し遂げるためだけに、俺は今日まで剣を振るってきました」

「……きみはどうして、そこまで太刀川くんに拘るんだ?」

「…………俺は」

 

 椅子から立ち上がり、龍神はブラインドに指を突っ込んで窓の外を見る。

 過去を振り返り、回想するためには必要な動作である。

 

 ――あの日。

 

 太刀川に弟子入りをあっさり断られ、失意の底に沈んでいた龍神は、夕暮れの川原で1人の男と出会った。

 黒いスーツに身を包み、余裕ある大人の雰囲気を醸し出している男だった。川原で体育座りをしていた少年に、どうして彼が興味を示したのかは分からない。ほんの気紛れだったのかもしれない。

 けれども彼は、スーツが汚れるのも構わず、龍神の隣に体育座りで座り込み、悩みを親身になって聞いてくれた。

 そして、彼は言ったのだ。

 

 ――ならばきみは、その男の『ライバル』になりなさい。

 

 彼は粛々と語った。

 ライバルと競い合えば、お互いの技術を高めることができ、毎日の生活にもハリが出る。

 ライバル関係を意識することで『シビアな勝負の世界に生きる男のかっこよさ』が自然に身につき、同性には一目置かれ、女性にはモテる。

 かっこいいことをするたびに「さすがわがライバル……」と言ってもらえたり、さらにはライバルと渋い『ニヤリ』を交換したり、ライバルの危機に高い所から颯爽と現れたりすることもできるのだ、と。

 

「彼の話を聞いて、俺は太刀川の『ライバル』になることを決意しました」

「……ところでつかぬことを聞くけれど、その男は名前は名乗らなかったのかい?」

「はい。ただ『通りすがりの紳士』とだけ言い残して去ってしまいました……名前を聞けなかったのが、今でも心残りです」

 

 何故か、唐沢は軽く頬をひきつらせた。

 

 

「……どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。話を戻させて貰うけど……つまり、きみは目標を達成するまでチームを組む気はない。そういうことかい?」

「……そう思っていました」

 

 過去形の返答に、唐沢は片眉を釣り上げた。

 

「いました、ということは?」

「さっき、鬼怒田さんに言われてしまったんです。チームを組んで『A級』に上がってこい、と」

 

 龍神はブラインドから指を抜き、唐沢の方を振り向いた。

 その表情に、もう迷いはない。

 

「あんなことを言われて、チームを組まないわけにはいきません」

 

 唐沢は思う。

 こいつ、鬼怒田さんのこと好き過ぎだろ、と。

 

 

「唐沢さん。俺、個人(ソロ)隊員は卒業します!」

 

 

 龍神は唐沢の目を見据えて、はっきりと宣言した。

 本人にその意思が芽生えたのなら、これ以上言うことはない。唐沢は静かに頷いた。

 

「……そうか。まあ、なにはともあれ、決断してくれたのならよかったよ」

「はい」

「チームで戦うことは、きみにとっても必ずプラスになる。俺が保証しよう」

「それは経験談ですか?」

「もちろん。俺はラグビーやっていたからね」

 

 タバコを揉み消し、立ち上がりつつ、唐沢は言った。

 心底安心したように。

 

「いや、決断してくれて本当によかった。これで俺の『仕込み』も無駄にならなくて済む」

「…………はい?」

 

 突然出てきた『仕込み』という言葉。

 その意味が分からず首を傾げる龍神に対して、唐沢は薄く笑ってドアを開いた。

 

「あとは隊員同士で、仲良く相談してくれ」

 

 ぞろぞろ、と。

 会議室に入ってきたのは、言うまでもなく見覚えしかない隊員達だ。

 龍神は自分でも、顔の表情が驚きで固まっているのが分かった。

 

「話は聞いたぞ、如月。うちに入れ」

「落ち着け、荒船。はやいぞ、気が」

 

 荒船隊隊長、荒船哲次。倒置法、穂苅篤。

 

「おいコラ荒船! ぬけがけしてんじゃねぇ! 如月をとるのはウチだ!」

「まあまあ。落ち着いてください、諏訪さん。これから、ちゃんと話し合うんですから」

 

 諏訪隊隊長、諏訪洸太郎。同じく諏訪隊銃手、堤大地。

 

「間に合ってよかったね、くまちゃん」

「あ、あたしは別にどうでもいいけど……まあ、確かに戦力としては悪くないし」

 

 那須隊隊長、那須玲。同じく那須隊攻撃手、熊谷友子。

 

「まったくもう……必死に追いかけていた私達が馬鹿みたいね」

「追い付く自信はあったんですけどね」

 

 ファントムばばあと、黒江双葉。

 龍神と面識があり、普段から親しくしている隊員達に加え、

 

「いいや……この場にいる皆さんには悪いが、如月くんはうちが取らせてもらおう!」

「う、うちのチームにも来て欲しいです! 特に、オレ達は2人だから……」

 

 間宮隊隊長、間宮(多分)に、茶野隊隊長、茶野真まで入ってくる。

 会議室の席は、あっという間に埋まってしまった。

 

「か、唐沢さん!? これはどういう……?」

「わるいな、如月くん。俺は何をするにしても『保険』はかけておきたいタイプなんだ。もしかしたら、きみがまた逃げ出してしまうかも、と思ったのでね」

 

 言いつつ唐沢は、スマートフォンの画面を龍神に見せた。

 一斉送信されたと思われるそのメールの文面は、いたって簡素なものだった。

 

 如月龍神と交渉したい部隊の隊員は、第七会議室に集合。

 

 龍神は頭を抱えて天井を仰ぐ。

 やはり、唐沢の方が一枚上手だったということか。

 

「謀ったな……唐沢さん!?」

「ははは……いやでも、個人(ソロ)隊員は卒業するんだろう?」

「ぐっ……」

「ゆっくりじっくり、話し合ってくれ。人気者はつらいな」

「ぐぐっ……」

 

 大人の余裕で龍神をあしらい、部屋から出て行こうとした唐沢だったが、

 

「……おや、きみ達もか」

 

 最後の来訪者に気付き、入り口を譲った。

 

「な……?」

「ああ!?」

「……げ」

 

 荒船は驚き、諏訪は叫び、加古は前者2人よりも露骨に嫌そうな顔をした。

 その人物の登場に、龍神はさらに驚愕する。

 

「おーおー、皆さんお集まりで」

 

 ひょっこりと顔を出したのは、マスタークラスの銃手(ガンナー)、犬飼澄晴。

 

 そして、

 

「に、二宮さん……?」

 

 いつもと変わらぬ仏頂面に、隊服のスーツ姿。

 両手をポケットに突っ込んで立っている、二宮匡貴がそこにいた。

 




今さらな気もしますが、最近戦闘がないのでオマケ。

如月龍神 トリガー構成

主(メイン)
弧月
旋空
シールド
バッグワーム

副(サブ)
スコーピオン
シールド
グラスホッパー
テレポーター

黒トリガー争奪戦時のみ、メインのシールドとカメレオンを入れ換えています。


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厨二の決断

5/3 BBFに沿った内容に修正。


 一言で言うなら、状況は混沌(カオス)だった。

 ボーダー本部、第七会議室は今、異様な雰囲気に包まれていた。

 この部屋の長机は四角形に配置されており、一辺に5人が座れるようになっている。その中央にまるで罰ゲームのように、如月龍神は1人だけで座らされていた。上から見れば四角形の上辺の中心、と言えば分かりやすいだろうか。

 もちろん龍神としてもこの処遇には文句のひとつは言いたいところだったが、少なくとも勝手な発言が許されるような雰囲気ではなかった。

 右側の一列には、加古と双葉、那須と熊谷の女子4人組がずらりと並び。

 真正面では諏訪と荒船が睨みを効かせ、堤と穂刈は彼らの隣で沈黙を保っている。

 左側には気まずそうな茶野と間宮、彼らにフレンドリーに話しかけようとしている犬飼と、その気まずさの原因であろう二宮が仏頂面で腕を組んでいた。

 龍神を起点として席順を時計回りに見れば、加古、双葉……犬飼、二宮と続く。要するに一番近いのが加古と二宮なわけだが、これは万が一、龍神が逃げ出そうとした時に取り押さえる為らしい。もっとも、龍神は現在『トリオン体』に換装しておらず、他の全員は『トリオン体』という状況だ。そもそも逃げ切れる気がしない上に、龍神は『トリガー』に触れることすら禁じられていた。

 

「……仮に俺が『トリガー』を使って逃げ出したらどうなるんだ?」

 

 あまりの警戒のしように疑問が沸いたので、聞いてみる。

 すると、

 

「ぶった斬る」

「ぶっ放す」

「蜂の巣かしら」

 

 物騒な発言しか返ってこなかった。ちなみに上から、荒船、諏訪、加古の順だ。二宮が無言なのが、またこわい。

 

「みなさん、屋内ですから……さすがにそれは控えましょう」

 

 唯一まともにそれを諫めたのが、最も若い隊長の那須なのだから困る。

 柔らかい彼女らしい発言に、ほっとした龍神だったが、

 

「でも、屋内で撃つなら玲ちゃんの『変化弾(バイパー)』が一番向いているわよね?」

「はい。大丈夫ですよ」

 

 前言撤回。

 一体、何が大丈夫なのか。加古に微笑みかける那須の笑顔が、今日はなぜか影を帯びているように見える。龍神は背筋が寒くなった。

 そもそも、だ。

 ボーダーの正隊員は基本的に仲が良い。親しさに差はあれど、ランク戦や合同任務などで大抵の正隊員は互いの顔を見知っている。少なくとも、廊下で会えば挨拶や世間話をする程度の仲ではあるハズだ。

 が、今日は違う。

 笑顔の裏にも何か言い知れぬ思惑があるような。そんな無駄な緊張感が部屋の中には満ちていた。数多の視線と思惑が交差し、無言のまま火花を散らしている。

 なんなんだ、この部屋の雰囲気は。

 そんな嘆きを呟くことすら叶わず、龍神は肩を縮こまらせていた。

 

 

「――無駄に長居をする気はない」

 

 

 沈黙を保っていた人物の発言に、視線が集中する。

 誰もが本題に入ることを躊躇っている中、議論の口火を切ったのは二宮匡貴だった。

 

「そこの馬鹿をうちのチームに入れたい。だから俺はここに来た。諏訪さんも、他の連中も全員がそうなんだろう?」

 

 言葉を濁すことを嫌う、実に彼らしい言葉だ。机の上に腕を組み直し、さらに二宮は続ける。

 

「だったら話は簡単だ。如月龍神、お前はこの中でどのチームに入りたい?」

 

 

 その質問はまさしく直球。はやくもこの議論に決着をつける、爆弾のような一言だった。

 

「それなら話は簡単よ。如月くんはうちのチームに入りたいに決まっているわ」

 

 龍神がどう答えるか迷っている間に、いち早く反応したのは加古だった。

 自信満々な彼女に、ギロリと二宮の視線が向く。

 

「根拠は?」

「うちのチームはそもそもA級。入ればそれだけで、お給料に固定給がプラスされるもの。これは結構重要なポイントじゃないかしら?」

 

 加古が提示したのは金銭的なメリットだ。ボーダーではC級隊員は基本的にボランティア扱いで無給。B級から『トリオン兵』討伐の出来高制になり、A級からは出来高に固定給が上乗せされる。

 将来のことを考えても、お金の問題は馬鹿にはできない。加古隊がこの場で唯一のA級チームであり、A級には固定給がでることをすっかり忘れていた龍神は「成る程……」と、頷いた。

 当然、それを見て慌てるのは他の部隊の隊長である。

 

「おいこら、加古! 健全な高校生を金で釣ろうとしてるんじゃねぇ!」

 

 年下の女子にも容赦なく文句を言う諏訪に、しかし加古は余裕綽々といった様子で微笑んだ。

 

「何を言ってるの、諏訪さん? お金は大事でしょ? それにウチのアピールポイントはこれだけじゃないもの」

「なにぃ?」

 

 長髪をかきあげて、加古はさらに言う。

 

「ウチに入ればA級権限で『トリガー』を自分好みにカスタマイズできるわ。自分"専用"にチューニングした"スペシャル"で"オンリーワン"な『トリガー』で戦える。如月くん的にはお給料よりも、こっちにもっと心牽かれるんじゃない?」

 

 確かに。

 『専用』『スペシャル』『オンリーワン』 加古の提案には龍神の心を刺激するワードがこれでもかと詰め込まれていた。実際、それを聞いてしまうと心が踊る。ましてや龍神はついさっき、A級になったら自分の『トリガー』をカスタムしてやる、と鬼怒田に言われたばかりである。この提案が魅力的でないわけがない。

 

「そしてなによりも……」

 

 加古はおもむろに立ち上がり、龍神を指差した。

 

 

「ウチに入れば美少女4人に男は1人だけ……如月くんはハーレムなボーダー生活を満喫できるわ!」

 

 

 やはり、一番のアピールポイントはそこらしい。

 龍神は美"少女"という点に異議を唱えたかったが、ただでさえ味方がいない状況なので、黙って受け流す。

 

「加古てめぇ! 健全な男子高校生を色恋で誘惑してんじゃねぇ!」

 

 反論するのは、やはり諏訪だ。

 

「あら、健全な男子高校生が色恋沙汰に興味を持つのは当然。むしろ、私は如月くんが諏訪隊に入って、麻雀漬けのダメな大人にならないか心配なんだけど?」

「ぐっ……如月! 今はやめちまったが、ウチのおサノも元読者モデルだから結構カワイイぞ!」

「諏訪さん、ちょっと論点ズレてます」

 

 くわえタバコが落ちそうな勢いで、オペレーターのかわいさアピールをはじめた諏訪に、堤が苦笑いしながらツッコミを入れる。

 と、今度は比較的に静かにしていた那須が片手を挙げた。

 

「如月くん。うちも一応ガールズチームなんだけど……その、ハーレムとかそういうのは期待しないで欲しいかな。やっぱり男の人は、一途な方が素敵だと思うし」

「何の話してるの、玲!?」

「くまちゃんも浮気は困るよね?」

「だから話の前提がおかしくない!?」

 

 龍神をそっちのけにして言い合う那須と熊谷。こうも全員に話を振られると、どこからどうツッコみ、話していけばいいか分からない。

 混乱している龍神に向かって、次に口を開いたのは荒船だ。

 

「なあ、如月。俺達『B級』の部隊に比べて、『A級』の加古隊の条件が魅力的なのは認めるしかない。だが、お前はそれでいいのか?」

「どういう意味だ、荒船さん」

 

 普段よりも真面目な、重々しい語り口に、龍神は聞き返した。

 対する荒船は、あくまでもゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「最初から『A級』のチームに入れば、確かにお前は『トリガー』のカスタマイズをはじめとした様々な恩恵を受けることができる。しかし……それは本当にお前が求め、手にした『強さ』なのか?」

 

 さらに、荒船の隣の穂刈が、フォローするように言葉を重ねる。

 

「そうは思えないな、俺は」

「穂刈さん……」

「そういうことだ。お前は最初から上にいるチームに入って満足する男か? 違うだろ?」

 

 帽子のつばを下げ、口元だけを覗かせて、荒船はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「俺は知ってるぜ? お前が下からでも上に這い上がるヤツだってことをな」

「……荒船さん」

 

 映画鑑賞で培ったセリフ回しに、アクション映画らしいクサイ演出を練り込んだ荒船の説得(演技)は、龍神の心を揺さぶるには十分過ぎる効果があった。

 これはまずいと見て取って、加古が横から口を挟む。

 

「騙されちゃダメよ、如月くん。荒船隊は全員が狙撃手(スナイパー)。1人だけ前衛に駆り立てられるブラックチームに就職するようなものよ」

「言ってくれますね、加古さん。でも、俺は信じていますよ。如月なら、どんな状況でも1人で攻撃を捌ききってくれる、と」

「それやっぱり1人前衛よね?」

「……荒船の言うことは筋が通っている」

「えっ!?」

 

 ここで会話に入ってくるとは思わなかったので、加古は驚いた。

 再び議論に割り込んできたのは、二宮である。

 

「加古、お前はさっきから自分のチームが『A級』であることをさも利点のように語っているが、それは逆だ」

 

 言い争いをしながらもどこか和やかだった雰囲気は、二宮が絡んできた途端に様変わりする。加古は正面から二宮を睨み返した。

 

「どういう意味よ?」

「お前のチームは現在『A級6位』だ。チームとしてのランクは個人とは違い、『ランク戦』で勝ち上がって認定を受ける必要がある」

「それが?」

「昔と変わらないな。一々説明しなければ分からないのか? 部隊としてのランク認定は個人ではなく集団で評価されるものだ。元々『A級』であるチームにそこの馬鹿が入れば、そいつはすぐに『A級隊員』であることになる」

 

 二宮が言いたいのは、要するに過程の問題だ。

 『C級』から『B級』に上がる条件は、使用している『トリガー』のポイントが4000を越えること。端的に言えば、個人の成績である。

 が、『B級』から『A級』に上がる為には、各シーズンごとに本部で行われるB級ランク戦を勝ち抜き、上位2チーム入り。そこからさらに『A級部隊』と戦い、A級認定を勝ち取らなければならない。

 二宮はNo.1射手(シューター)であり、個人総合でも2位に入る実力者だが、現在のランクは『B級』。鈴鳴第一の村上鋼なども『No.4攻撃手』であり、個人としての戦闘能力はかなり高いが、鈴鳴第一自体のランクはB級中位だ。

 ボーダーでは個人の戦闘能力や技術以外にも、部隊単位での戦術や戦法、つまり『部隊』として戦力になるかどうかが評価される。もちろん、上位チームにはそれ相応の実力者が在籍しているが、それだけで勝てるほど『ランク戦』は甘くないということだ。

 だが、

 

「ワンシーズンに1人までなら、A級部隊に新メンバーが加入するのは認められているわ」

「ふん。チームの一員として戦っていたわけでもないのに、入っただけで『A級』になる、か……」

「なによー、その嫌みったらしい言い方」

 

 珍しく饒舌な二宮に、加古は唇を尖らせる。そして龍神も珍しい……というよりは、意外だと思った。

 二宮匡貴という男はもっとスタンドプレイを重視する、チームプレイという言葉から最も遠い人間だと思っていた。しかし、そんなことはないらしい。

 むしろ今の発言からは、チームで"強くなる"という過程を重視するような、そんな意思が感じ取れた。

 

「相変わらずネチネチとうるさいわね。そういう男は女の子から嫌われるわよ?」

 

 加古と二宮は元チームメイト。かつては『A級1位』の東隊のメンバーとして、共に戦った仲だ。だからこそ、2人の舌戦には遠慮というものがなかった。

 

(……誰だ、よりにもよってこの2人を向き合わせて座らせたのは)

 

 龍神は心の中で呟いた。ちなみに言うまでもなく、この席順になったのは龍神の位置が原因である。

 

「別に好かれたいわけじゃない。特にお前のような女に好意を持たれたくない」

「本当にかわいくないわね」

「女からかわいいなんて言われるのは御免だ。気持ちが悪い」

「そんなんだから鳩原ちゃんにも逃げられちゃうのよ」

 

 今までは加古の文句を受け流してきた二宮が、その発言にだけは肩を揺らした。

 

「…………」

 

 が、特になにを言うわけでもなく、そのまま押し黙る。

 二宮から反応が返ってこなくなり、つまらなくなったのか、加古は龍神の方へ顔を向けた。

 

「如月くん、二宮隊に行くのだけはやめておきなさい。手っ取り早く『A級』に上がれるかもしれないけど、絶対につまらないわよ。チームの雰囲気が隊長色に染まっていて、重苦しいに決まっているわ」

「それはひどいなー、加古さん。うちの隊長は確かに滅多に笑わないけど、別に雰囲気悪いわけじゃないですよ?」

 

 隣の茶野と間宮にちょっかいをかけることだけに集中していた犬飼が、ここでようやく会話に入った。

 

「じゃあ聞くけど、犬飼くん。二宮隊はチームのメンバーでどこかに遊びに行ったりするの? そういうの大事よ、如月くん的にも」

 

 さっきからなぜか勝手に気持ちを代弁されている龍神だったが、加古の言うことにも一理ある気がしたので、黙って耳を傾ける。

 犬飼は頬をかきながら、

 

「そうですねぇ……焼肉とかは連れていってくれますよ、二宮さんが」

 

 焼肉。二宮のイメージとは合わないその言葉に、荒船や那須が興味を示した。

 

「意外ですね。二宮さんが焼肉ですか……」

「お好きなんですか?」

「……まあ、それなりにな」

 

 流石に後輩の隊長2人からの質問を睨んで黙らせるようなことはせず、渋々といった様子で二宮は答えた。

 

 

「焼肉……焼肉ねー」

「どうかしたんですか、加古さん?」

 

 双葉が聞くと、加古はさっきよりも柔らかい苦笑いを浮かべた。

 

「東さんもなにか奢る時、大抵焼肉でしょ? ほんっとに二宮くんって、なにかと東さんに影響されてるっていうか……もっと人格的にも影響受ければ良かったのに」

「まあまあ、加古ちゃん。それが二宮の『味』でもあるからさ」

「堤くんは人間ができているからそんなこと言えるのよ」

 

 堤にたしなめられても愚痴を溢す加古。こちらに対しては二宮は睨んだだけで、返事を返さなかった。

 

「私なら焼肉になんて行くまでもなく、チャーハン作ってあげるのに」

「そうですね」

 

 双葉は軽く頷いたが、龍神と堤はその発言に顔を青くする。2人の心情は声に出さずともシンクロしていた。

 それだけは、絶対に食べたくない。

 

(うちに来ないか、如月くん。あのチャーハンは食べたくないだろう?)

(そうですね。あのチャーハンはもう食べたくありません)

 

 今は『トリオン体』ではないので無線会話ができるはずもないが、龍神は確かに堤と言葉を交わせた気がした。

 

「…………ちっ」

 

 さらに龍神にとって意外だったのは、二宮までもが苦渋に満ちた表情になり、顔を背けたことだ。いや、元チームメイトならあのチャーハンに似たナニカを食したことがあるのは当たり前か。

 二宮に対する龍神の親近感が、以前よりもぐっと高まる。あの地獄を共に経験した仲だ。親近感が湧かない方がおかしい。

 

「……とにかく、ぐだくだと話し合っても時間の無駄だ。本人に聞くのが一番はやいだろう」

 

 嫌なものを思い出してしまったせいか、無駄な会話にうんざりしたのか。

 いずれにせよ、最初の質問からかなり逸れてしまった会話を修正するべく、二宮は再び龍神に問い掛けた。

 

「如月、正直に答えろ。お前はどこのチームに入りたい? 消去法でどこのチームには入りたくない、でも構わない」

「いやな言い方ねー」

 

 二宮の質問に加古が文句を言うが、それについては龍神も同感だった。

 この場に集まってくれた各部隊の隊長と隊員達は、龍神をメンバーに迎えようと本気で考えてくれている。龍神はそんな彼らに対して優劣を決めるような発言はしたくなかったし、どこに入りたい、と要望を言うことはあまりにも我が儘な発言に思えた。だが、このままダラダラと解答を先伸ばしにしても、状況が改善しないのは明白である。

 意を決して、龍神は口を開いた。

 

「そうだな……まず、加古隊、荒船隊、諏訪隊――」

 

 三つのチームの名前が、龍神の口からこぼれ出る。

 加古は二宮に向かって勝ち誇ったように笑い、荒船は帽子のつばを上げ、諏訪は分かりやすく期待満ちた表情になって、次の一言を待った。

 

 しかし、

 

 

「――以上の3チームには、入ることを考えていない」

 

 

「え!?」

「な……?」

「あぁ!?」

 

 次の瞬間の龍神の発言に、上記3チームの隊長は表情と態度が完全に裏返った。

 

「え、え……えぇ!?」

 

 普段から漂わせている気品と余裕に満ちたオーラも完全に消し飛び、加古は大きく狼狽した。

 今挙げられた3チームは、普段から龍神と仲が良い。ある意味、加古からみても荒船隊と諏訪隊は勧誘の『ライバル』と目していたチームだ。そんな2チームと一緒に、自分のチームが真っ先に勧誘を蹴られてしまった。

 その事実が、加古には信じられなかった。

 

「……如月先輩」

 

 加古ですら動揺しているのだから、隣の双葉にいたっては今すぐにでも泣き出しそうな勢いである。必死に双葉の頭を撫でて慰めながら、加古は語調を強めて龍神を問い質した。

 

「ちょっと!? どういうことよ、如月くん!?」

「俺達を最初に候補から外すとは、いい根性してるじゃねぇか」

「てめぇ、理由を説明しやがれ!」

 

 3人の隊長から詰問されても龍神は動じなかった。

 

「すまない……加古さん、荒船さん、諏訪さん。だが、俺は――」

 

 苦悶し、体を震わせながらも、正直に解答を吐き出す。

 

 

「――ジャージっぽい隊服は、ちょっと嫌なんだ……」

 

 

 今度こそ。

 今度こそ、先ほどを上回る衝撃の返事を寄越され、3人の隊長は文字通り崩れ落ちた。

 そんな理由かよ、と。

 が、3人の中でも復活がはやかったのは、やはり加古である。

 

「聞き捨てならないわね! ウチのチームはガールズチームよ! ジャージだってジャージに見えないくらいオシャレだわ!」

「加古さん、それだと結局隊服がジャージなことを解決できていません」

 

 候補から外された理由がいかにも龍神らしい下らない理由であることを知った双葉が復活し、的確にツッコミを入れる。

 

「大体、そんなこと言ったら嵐山隊なんて赤いジャージだろうが! あれよりは俺らのチームの緑や、荒船の黒みたいなカラーの方が百倍マシだろ!」

 

 さりげなく嵐山隊のジャージの派手さを貶めながら反論する諏訪。しかし龍神は首を縦に振らず、横に捻った。

 

「……でもなぁ、やっぱりジャージはジャージだしな……」

「……分かった。なら、ウチのチームの隊服は加賀美にデザインし直させてジャージから脱却する。それなら文句はないだろ、如月?」

「いや待て、荒船。まずいだろ、それは逆に。取り返しがつかないことになるぞ、ヤバいデザインになって」

 

 荒船の提案を穂刈が止める。加賀美に聞かれたらただでは済まないだろう。

 何はともあれ、最有力候補である3チームが下らない理由で除外され、水を得た魚のように元気になったのは、存在感が薄かった2チームである。

 

「じゃ、じゃあ如月先輩! オレ達は……」

「茶野隊の隊服はコートっぽくてカッコいいな。あとは裾があれば完璧だ」

「ぼく達の部隊もイケているってことでいいのかな?」

「間宮隊はゴーグルがイイ。隊服も前ボタンのデザインが凝っていて好きだ」

 

 茶野と間宮は「おお!」とガッツポーズを取った。

 次いで那須も、ここがチャンスと見込んで発言する。

 

「うちのチームの隊服は小夜ちゃんがデザインしてくれたから、自信があるわ。男性用も頼めば作ってくれると思うし」

「成る程……それはいいな」

「ちょっと待って、如月くん! じゃあコイツのチームの隊服はどうなのよ!?」

 

 『コイツ』という代名詞と共に、加古に指差されたのは二宮だ。

 

「二宮隊なんて隊服がスーツよ! スーツ! それこそ面白みもなにもないじゃない!」

 

 二宮隊の隊服はボーダー内でも珍しい、ブラックのスーツタイプ。全員がネクタイまで絞め、二宮や辻はベストも着用している。そのまま式典などにも参列できそうな、フォーマルなスタイルだ。

 

「いや、加古さん。スーツはなんか一周回ってカッコいいだろう?」

「な……?」

 

 滅多に流さない冷や汗を浮かべて、加古は驚愕した。

 

「ジャージスタイルが主流のボーダーの中で、逆に黒スーツというのは異彩を放っている。正直言ってかなり好きだ」

 

 スーツのジャケットは前を開ければ靡くので、龍神的にはポイントが高い。なんだかエージェントみたいでカッコいい、というのもある。

 二宮は鼻を鳴らし、ジャケットを羽織りなおした。

 

「ふん……俺はダサいジャージや妙にSFめいた珍妙な服装をする気はないからな」

「なんですって!?」

「もっかい言ってみろ! 二宮ぁ!」

 

 加古と諏訪が噛みつくが、二宮は相手にせずにそれを流す。

 うんうん、と頷きながら龍神は言った。

 

 

「でも、他のチームからは明らかに浮いているから、逆にコスプレみたいではあるな」

 

 

 その一言は、端的に言えば地雷だった。

 仕方がない。龍神は知らなかったのだ。二宮も龍神と同様にジャージスタイルの隊服を嫌い、かといって龍神のように開き直ることもできず、現在の隊服をスーツにしたということを。その結果、逆に二宮隊の隊服が他のチームから浮いている事実を、実は少々天然が入っている二宮は自覚していない。

 なによりも『コスプレ感』が出るのを嫌う二宮が、自分のチームの隊服を『コスプレ』と言われて黙っているわけがなかった。

 

「に、二宮さん……?」

 

 当然、そのあたりの事情を理解している犬飼は、恐る恐る二宮に声を掛けた。正面に座っている加古が腹を抱えて必死に笑いを堪えている現状、プライドの高い二宮をフォローするのは隊員として必然の責務である。

 

「如月は……ほら、俺達の隊服カッコいいって言ってくれてるわけですし! 別に悪気があったわけじゃ……」

「犬飼」

「はい!?」

 

 二宮はちらりと犬飼を見ると、椅子から腰を上げた。

 

 

「帰るぞ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「え、いやちょっとそれ……結局どうなったのよ!」

 

 話を途中のいいところで打ち切られ、小南桐絵はテーブルに乗り出すような勢いで龍神に続きを促した。

 時刻は夜。あの修羅場を潜り抜けた龍神は、せめて胃袋だけでも癒そうと玉狛支部に来ていた。

 

「いや、別にどうにもならなかったぞ」

 

 小南に事情を説明しつつ食べているのは、レイジ特製のオムライスだ。特に高級食材が使われているわけではないが、鶏肉がゴロゴロ入っており、とても食べ応えがある。チキンライスのコクと風味はバターと牛乳で出したものだろうか。くどすぎず、かといって薄いなどという言葉が浮かぶ余地すらない絶妙な味付けは、上に乗せられた半熟の卵と最高にマッチしている。

 相変わらず、上手い料理を作る筋肉である。

 あまりの美味さに脳内食レポを綴っている龍神に痺れを切らし、小南はもう一度質問を繰り返した。

 

「どうにもならなかったってどういうことよ!?」

「言葉通りの意味だ。俺はどこのチームにも入らない」

「はあ!?」

 

 小南が立ち上がった勢いで、ダイニングテーブルが揺れる。

 

「入らない……ってあんた、次のランク戦までにチーム組めって命令されたんじゃなかったの!?」

「ああ、そうだ」

「ああ、そうだ、じゃないわよ! どうすんのよ!? せっかくあんたみたいな変人を受け入れてくれるって、みんな集まってくれたのに! それを自分から蹴るとか……信じられないんだけど!」

「まあまあ、小南。龍神には龍神なりの考えがあるんだよ」

 

 珍しくぼんち揚ではなくオムライスを食べている迅悠一は、相変わらず軽い調子で龍神をフォローした。

 

「考え? そんなもの本当にあるの?」

「……まあな」

 

 ややバツが悪そうに、龍神は言った。

 

「あの状況で俺がどこかのチームに入ることを決めれば、チームの間に何かしらの禍根が残ってしまうかもしれないだろう? そんな原因に俺はなりたくない」

「ま、まあ、それはそうかもしれないけど……」

「かといってA級の加古隊にいきなり入るのも、二宮さんが指摘したように他の隊員から文句が出るかもしれないからな。それに上層部が認めてくれても、なにより俺が納得できない。誘ってくれたのはもちろんありがたいし、感謝しているが、こればっかりは仕方がない」

 

 だから丁重にお断りした、と語る龍神に、小南は呻いた。

 なんだかんだ言って、この馬鹿は色々と気を遣うタイプなのだ。

 ケチャップで汚れた口元をナプキンで拭き、龍神はさらに続ける。

 

「それに、断った理由はもうひとつある」

「もうひとつ? なによ?」

「それは……」

 

 スプーンを置き、龍神は小南を見据えた。その動作と視線だけでも、もうひとつの理由が龍神にとっていかに重要かが分かる。だから小南は口をつぐんで、じっと龍神の言葉を待った。

 

 

「俺は『隊長』って呼ばれてみたい」

 

 

「やっぱりあんたバカよ……」

 

 もはやクッションを投げる気すら起きなかった。そのしょうもない理由には心底呆れるしかなく、小南は目の前でオムライスをきれいに食べ終えた馬鹿に溜め息を吐いた。

 が、馬鹿本人は一向に気にしている様子はない。

 

「レイジさん、ご馳走さまでした。今まで食ったオムライスの中で一番うまかった。最高だ!」

「それはなによりだ。食器はそこに置いておけ。フライパンと一緒に洗う」

「ではお言葉に甘えて……宇佐美! 今日は三雲達は来ていないんだよな?」

「そうだよー。遊真くんもはやめに帰ったし」

「なら、訓練室を使わせてくれ。体を動かしたい。それとできれば『やしゃまるシリーズ』を仮想敵にしたいんだが……」

 

 龍神の要望に、ソファ