十次元ガンナートライユ+ネプテューヌ (鞍月しめじ)
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十次元編
空から落ちてきたのは紛れもなくヤツさ


 ここは、とある“超次元”に存在する国『プラネテューヌ』。

 とはいえ、そこはそのプラネテューヌ市街からは幾分か離れた平原であるが、そこに大量の異形が蠢いていた。見覚えのありそうな真っ青ゼラチンの玉ねぎ頭に、強引にくっ付けたような犬耳。

 可愛らしいのかそうでないのか――いや、どちらかと言えば“まだ”可愛らしい部類に入るのだろう。

 

 数百匹という大群が群れを成していなければ、だが。

 

「クエストなのは分かるし、難易度的には多目に見てすらEくらいなんだけど~……。これ、数が多すぎないかな……」

「うう……トラウマが……!」

 

 あまりの敵の数に頭を抱える薄紫髪の少女が二人、ゼラチン――スライヌに囲まれていた。

 どうやらこのゼラチンの異形を討伐に来たようだが、あまりの戦力差に唖然とするしかないらしい。しかしこの異形、弱い。苦戦する敵ではないので、普通に戦えば無双でランク上げ余裕なのだが、やはり面倒。

 そこで、パーカーワンピの少女は提案する。

 

「もういっそ、女神化して片付けちゃおうっと! もうきっとプリンも冷えてるし~!」

 

 右手に携えた刀を天へ掲げ、如何にもな雰囲気を醸す少女。

 少女の名はネプテューヌ――このプラネテューヌを治める、守護女神と呼ばれるれっきとした女神様だ。見た目や言動からは想像も出来ないが。

 

 

 そんなネプテューヌが刀を掲げる数秒前、ネプテューヌとその妹、ネプギアが気付かぬ内に晴天の雲に小さな切れ間が走り、淡い光が空に煌めいた。

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 

 身の丈に合わぬ軽機関銃を抱え、紐無しバンジージャンプを決めているのはこれまた少女。

 というか、これでは紐無しバンジージャンプというよりただ落下しているだけだろう。茶色のロングヘアを派手にはためかせ、少女は叫ぶ。

 

「きゃあぁぁぁぁぁ――って何あれぇ!?」

 

 目眩くような高さ落下し続ける少女の眼下には、一面に広がる青、青、青。無論、この青は全てスライヌ。少女がスライヌという存在を知るわけもないのだが、とにかく彼女は落下死するよりも、何故か大群のスライヌに対して強い危機感を抱く。

 少女の名はトライユ。だが、本来はプラネテューヌの住人ではない。決して紐無しバンジージャンプ――最早フリーフォールなのは置いておいて――するような、イカれたメンバーではないのだ。

 

「な、なんだか良く判らないけど、戦った方がいいよね……。よし、体勢整え――!」

 

 くん、と少女は空中で一回転し足下に魔方陣を呼び出す。それを足場に落下スピードを弱め、魔方陣から飛び降りるのと同時に頭からミサイルが如く落下する形へ体勢を変えた。

 眼下の青には、何故か紫が二つ。トライユはそれがスライヌとは別だと知る。完全に囲まれている中で、一人は刀を天へ掲げていて何をしたいのか理解しがたかったが、とにかく突っ込む。

 

「トリガー――」

 

 トライユが何かを呟いて、固まった。目を真ん丸に見開く様子から見て、完全にアクシデントの様子。

 

「う、嘘ッ!? “トリガー”出来ない!? あっ、ダメ! 落下ダメージ不可避――ぐほぉ!」

 

 トライユは落下衛星よろしく、刀を掲げるネプテューヌの眼前で、派手に土煙を上げて墜落した。

 

「ねぷっ!? これ何のイベント!? 親方ー! 空から何かがー!」

「お、お姉ちゃん……今、それどころじゃないよ……」

 

 墜落したトライユはネプテューヌ達に見守られながら、視界を得ることすら難しい筈の濃い土煙の中、ゆらりと立ち上がる。凄まじい生命力だ。

 

「り、リスポーン完了……。でもこれじゃリスキル待った無し――戦場に、慈悲はない! 飛び交う『noob』! 私は、そんなの嫌!」

「ちょ、ちょっと待ってー! わたしに気付いてよー!」

 

 じゃきり。

 トライユは抱え上げた軽機関銃のレバーを引き、戦闘体制へ突入。トリガーへ指を掛けると、そのままスライヌ達へ乱射する。勿論、ネプテューヌ達にも気付いていない。

 腰だめに軽機関銃を乱射するその様はまるで『トライユ/怒りのリスキルストップ』。全く狙いは付けていないが、スライヌの数が数だ。数撃ちゃ当たるではなく、数撃ったら当たる。出るわ出るわのドロップアイテムフィーバー状態だ。

 

「でぇぇぇりゃあぁぁぁ!」

 

 銃身は熱で赤熱化し、煙を上げ始める。機関部に接続されていた物々しい弾帯も、とうとう無くなってしまった。

 トライユはそれを確認して軽機関銃に見切りを付け、脇のホルスターから拳銃を引き抜いてひたすらに撃った。

 

「馬鹿野郎、お前! 私は生きるぞお前!」

「ねえ、ネプギア……これってもしかしなくても――」

「完全に、出番取られたね……」

 

 止むことの無い銃声と共に、次々とスライヌ達はその姿を消していく。ネプテューヌ達は完全に出番を食われた。そして、面倒ごとばかりが重なっていくのだ。

 

「はぁ……はぁ……ふう……。粗方片付いたかな」

 

 漸く止んだ銃声。その間、弾倉交換数回。幾らなんでも荒ぶりすぎである。

 

「あ、あのー? そろそろ、わたしを認識出来るかなー?」

「――ハッ! 忘れてました!」

「ずこーっ! 聞いたネプギア!? 今、わたし純粋に忘れ去られてたよ!? 女神様なのに!」

「そ、それよりも――貴方は、何者なんですか? 空から降ってきて、しかも無傷だなんて……。それに、お会いしたことの無い方ですよね?」

「なんかネプギアも冷たい!?」

 

 鋭く、かつ単刀直入にネプギアは目の前で銃を片付けるトライユへ訊ねた。

 拳銃をホルスターへ仕舞い、弾の切れた軽機関銃を少し重そうに抱え上げたトライユはネプギアを見つめ、応えた。

 

「ヴァル・ヴェルデ王国の女神、トライユです!」

「何その筋肉ムキムキマッチョマンの変態が大暴れしそうな国!? ――って、女神? あなたも女神なの?」

 

 無視されていたショックから立ち直ったネプテューヌが問うと、トライユはこくりと頷いた。

 

「書物での銘記では『十次元』――というところに存在する国です。そして私は、そこの国王様や国民の皆様に信仰される女神なんです。サバイバルゲームやそういったゲームが盛んなんですよ!」

「ユニちゃんと話が合いそう……。あれ? えっと、トライユさんには教祖様は――?」

「教祖様なら、国王様が直々に。スゴいんですよ! 溶鉱炉に沈んでもまた戻ってきたり!」

 

 目を輝かせて語るトライユ。ネプテューヌとネプギアが彼女から引き出した情報を簡潔に纏めるとするなら、トライユは十次元と呼ばれる次元から、何らかの影響を受けてネプテューヌ達の居る超次元へ飛ばされ、その理由は当人も知らないらしい。

 女神であり、ネプテューヌ達と似たような存在であるようだが別次元の女神だ。恐らく、女神化能力は失われているのだろう、と似たような体験をしたネプテューヌは察した。

 

「いやぁー! それにしても広いですねぇ。ここが戦場ならスナイパーのポイント稼ぎに使われちゃいますよ」

 

 トライユが見渡す限り、広がるのは遮蔽物など見当たらぬ草原。

 

「ど、どうしよう? お姉ちゃん?」

「うーん……」

『どうしよう、こうしようじゃないでしょ? ねぷ子。こういう時は、まず連れていって事情を聞く!』

 

 突然響いた強気な声。ネプテューヌ達が振り返ると、トライユに似た茶髪の少女が三人へ向けて歩み寄ってきていた。

 

「あ、あいちゃん! やっぱり、連れてった方がいい?」

「当然。事情をもっと訊いて、その十次元とやらについてもイストワール様に調べてもらいましょう」

 

 トライユを見つめ、語る少女はアイエフという。プラネテューヌの諜報部に所属するという職業柄からか、突然何の前触れもなく現れた、トライユという少女を野放しにするという手は無かった。

 そのまま、流れに身を任せたトライユはプラネテューヌの教会――ネプテューヌ達の家へと連行された。

 

「ふわぁ……。すっごいいい景色。スナイパーなら、いいスポットになりますよ!」

 

 プラネテューヌの街並みを一望するネプテューヌの部屋から外を眺め、トライユはそのテンションをマックスまで引き上げた。

 

「でっしょー? わたしも、ここから見る景色は好きなんだー! あ、そうだ! 一緒にゲームやらない? わたしはネプテューヌ! この国、プラネテューヌの女神なんだよ~! 凄いでしょー」

「ね……ねぷ――ねぷて……?」

(あ、これはまたダメなパターン入ったかなぁ)

 

 ネプテューヌ、という名前は呼びづらいことから初対面からはろくに普通に呼ばれた事がないのがネプテューヌの悩みの一つ。

 名前を聞いて、ねぷて、までを反芻し続けるトライユを見てネプテューヌは深いため息をつこうとした。

 

「ネプテューヌさん、ですね。よろしくお願いいたします!」

「ねぷっ!? い、今……なんと……?」

「よろしくお願いいたし――」

「その十三文字前で!」

「ネプテューヌさん、ですね。ですけど? ていうか、なんともメタい……」

 

 少し呆れたように目を細めたトライユを他所に、ネプテューヌは両手を天へ突き上げ膝をついた。

 

「ひ、久し振りに初対面の人からちゃんと名前呼ばれたよー! これは嬉しすぎて狂っちゃいそうだよ!」

「そ、そんなに喜ぶような……」

「ねぷ子、名前呼びづらいからね。それより貴方、もう少し詳しい話を訊きたいわ。こっちに来てくれる? ほら、ねぷ子も」

「はーい! 今ならわたし、なんでも出来そうだよ!」

 

 再びプラネテューヌ教会、別所へ連行されていくトライユ。自身の立場をわかってはいるが、なんとも忙しい。あっちに行ったり、こっちに行ったり。

 

 

 そして、アイエフに案内されるままやってきた部屋に居たのは本に座る小さな少女。――少女というよりは、妖精の類いと例えるべきかもしれない少女の名はイストワール。

 プラネテューヌの教祖にして、過去のプラネテューヌ守護女神達が造り出した『人工生命体』である。一時期は封印されていたが、ネプテューヌの活躍により復活。以後は教祖にしてデータバンクとして、ネプテューヌを補佐している。

 ――実際はぐうたら女神であるネプテューヌにお母さんよろしく説教する、心労お察しな教祖でもあるが。

 アイエフが事情をイストワールに説明すると、本の上のイストワールは暫し悩む。

 

「うーん、十次元という言葉は記憶に無いですね。調べてみましょう」

「イストワール様、でしたっけ? それ、調べ終わるまでどのくらい……?」

「三日ほど掛かります。その間は、監視も含めてネプテューヌさんと一緒に居ては如何でしょう? 戻る方法も、今は見当がつきませんし」

 

 さらりと当たり前のようにイストワールは検索に三日、と語ったが、それを不審に思ったのはトライユだけだったらしい。他は全員が受け流している。

 

「でも、ねぷ子に預けるのも少し不安ね。言うなら、信用度が低いわ。――少し、私の下についてみない? その間に、イストワール様の調べ物も終わるでしょうし」

「えー? わたしとしては、ゲームの相手が増えた方が楽しいよ?」

「ねぷ子……一応言っておくけど、これは貴方の安全のためでもあるのよ? ――もしトライユが、貴方の命を狙ったらどうするのよ。下手に追い出したら手懸かりを失うけど、置いておくのも今は危ないわ。だったら、私の下に置いて様子を見る。いい?」

「はーい。まあ、とらちゃんが信用度をカンストさせてくれればいいんだもんね!」

 

 アイエフとネプテューヌが話す中で、トライユは自身の“分神”であるM249軽機関銃から銃身を外し、新たに召喚。交換しながら、各部を点検していた。

 拳銃や、軽機関銃の銃身下に備えられた散弾銃も全て、手早くバラしては組み直していく。ネプギアはそれを近くで眺め、目を輝かせていた。

 

 突如やってきた十次元の女神、トライユ。

 彼女の超次元生活は、まだ始まったばかりだ。





「でっしょー? わたしも、ここから見る景色は好きなんだー! あ、そうだ! 一緒にゲームやらない? わたしはネプテューヌ! この国、プラネテューヌの女神なんだよ~! 凄いでしょー」
「ね……ねぷ――ねぷて……?」
(あ、これはまたダメなパターン入ったかなぁ)

 ネプテューヌ、という名前は呼びづらいことから初対面からはろくに普通に呼ばれた事がないのがネプテューヌの悩みの一つ。
 名前を聞いて、ねぷて、までを反芻し続けるトライユを見てネプテューヌは深いため息をつこうとした。

「ネプ注入!」
「うん、知ってた」


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まあ、やっぱりそういう要素もあるわけで

 アイエフの下で暫く動く事を条件に、プラネテューヌ教会への出入りを許されたトライユは早速、アイエフと共に仕事へ出ていた。

 とは言うものの、普段は目につかないような場所で不穏分子が動いていないか――といったような、ありがちなものだ。大抵、こういうものはフラグだったりする。

 

「そうね……トライユ、一階の廊下奥まで見て回って。これ、渡しておくわね」

 

 トライユがアイエフに渡されたのは、一台の携帯電話。自分のものではなく、別な個体であるらしい。アイエフ自身は九つの携帯電話を持ち歩いているが、これが無くなろうものなら大変な事になる。何が大変なのかは本人の名誉のため、伏せておくが。

 

「その携帯で、行動は筒抜けよ。位置も把握できる。妙な動きをしたら、覚悟しなさい」

「イエスマム!」

 

 びしっ!

 綺麗な敬礼を見せたトライユ。スリングで吊った軽機関銃が、激しい動きに付き合うのは気だるいと言いたげにゆらりと揺れた。

 それから二人は分かれ、トライユは指示の通りプラネテューヌにひっそりと存在していた廃ビルを見て歩く。拳銃を手に、ゆっくりと辺りを探索する姿は、流石『銃の国の女神』というべきなのか、様になっている。仮に映画であったなら、すぐにアンチが苦言を呈して問題になりそうでもあったが。

 

「んー。何もありませんね……。そろそろ戻っても――」

 

 仕舞った携帯電話には盗聴器と位置追跡が搭載されている。それはタイムラグも無くアイエフの耳に嵌めたインカムに届き、行動は監視される。

 そろそろ集合地点に戻っても良いか、とトライユが踵を返そうとした時、突然脇を赤い服の少女が駆け抜けていった。

 

「ちょっと……!」

 

 あんまり奥に行ってはいけない。しかし、ここでトライユの中で今までの行動が映写機のように再生された。

 アイエフから仕事を分担され、歩き回って踵を返す。その時間は様々な部屋を見歩いた事もあって、ざっと三十分か。その間に、少女を見掛けた記憶がない。

 大体の場合、ホラーな展開が待っている。もしくは主人公にまつわる何かのイベントか。

 

「……行ってみるしかない、か」

 

 どうやらトライユは、それを承知の上で少女の後を追うことに決めたようだ。再び拳銃を構え、少女が歩いていったルートを迷い無く進む。

 本人は無自覚だったが、どういうことかトライユの足はあらゆる分岐を無視して少女を追っていた。

 

 トライユが迷い込んだのは、廃ビルの中にあった広いホールのような空間。そこに、黒い散弾銃を掲げた男がいた。

 男が掲げる散弾銃に、トライユの視線は釘付けになった。トライユは女神だ。この次元の女神のように、一種の『シェアエナジー』ともいうべきエネルギーが彼女を女神たらしめている。

 そしてそのエネルギーは、彼女に対して奉られた『武器』にも宿るのだ。男が持つ散弾銃からは、どういう訳かトライユが持つべきエネルギーの奔流を感じられた。まだトライユがこの次元に来てから数時間しか経っていない。彼女の『残り香』が、不穏分子の武器に宿ったとは考えにくい。

 つまり、簡単に説明してしまえば何故か男は十次元の散弾銃を持ち、トライユの前に立ち塞がっている、ということ。

 

「貴方は何者ですか? そのショットガンは、国王様が私に下さったもの。返してもらいますよ」

 

 男は一切の言葉を発さず、突如ショットガンのトリガーをトライユへ向けて引いた。

 側転で弾丸を回避したトライユだが、その背後には大きく抉られた壁がある。これが、トライユの力を得たショットガンだ。スライヌ程度なら、一射で纏めて追い返せるだろう。

 無論、まともに食らえば女神と言えど無事では済まない。だが、トライユは拳銃を構えてもトリガーを引けずにいた。

 

(撃てない! どうして!? あのショットガン、あの男性――ここに居ちゃいけない。でもダメ……撃てない)

 

 トリガーを引きあぐねていると、ショットガンからの一撃がトライユの体を軽々吹き飛ばす。

 トライユはある程度まで察していた。何故十次元にある筈のショットガンがあり、謎の男がそれを持つのか。

 

(許しては、もらえませんよね。やっぱり……)

 

 トライユは男の姿に、空間の歪みを見る。拳銃を再び構え、今度は撃った。

 二発、三発――撃つ度にスライドは激しく後退し、細身の空薬莢を宙へ舞わせた。廃墟にむなしく響く銃声が途切れる頃、男の姿はそこに無く、代わりに異常を察知したのか紫の光が飛び込んだ。

 やけに露出の激しい服装に、何かを思わせる独特な雰囲気はそれが何なのか、トライユにも迅速に理解が出来た。

 

「ネプテューヌさん、ですね」

「ええ。この時は“パープルハート”と呼んでちょうだい――まあ、ネプテューヌでも良いけれど」

 

 ネプテューヌ=パープルハートのそのあまりの変わり様は、本来ならば集中線入りで驚くべきイベント。

 しかし、トライユは現場に残された散弾銃を拾い上げて涙を浮かべた。

 

「――? どうしたの? とらちゃん」

「少し、昔話をしますね――ヴァル・ヴェルデ王国は私を信仰する、王国です。ですが、決して毎日が平和ではなかった。内乱はよく起こりましたし、明らかに地球外生命体の住み処にされかけた事もあった」

 

 ショットガンをぶら下げ、斜を向くトライユは更に言葉を続ける。

 

「勿論、血は流しませんでした。そういう国ですから。ですが一度だけ――私は、この手を血に染めたことがある」

「……え?」

「ヴァル・ヴェルデで、ゲリラグループが外国から連れ去った子供達を売り払おうとしたことがあったんです。私は、その時に――」

 

 トライユの脳裏に、その時の記憶が蘇る。

 

“やめなさい! この国はそんな事をするためにある国じゃない! 子供達は預かる。即刻、立ち去りなさい!”

 

 警告をしたが、ゲリラは止まらなかった。小さな少年を一人撃ち殺し、ボロ雑巾をそうするように女神化したトライユの足下へ放った。

 何の罪もない少年が、命を絶たれた。怒りがトライユを支配した。ゲリラにではない、この国を守護する等という大義名分を立てておきながら、それが出来なかった自分に怒った。

 刹那、二挺の拳銃が火を吹いた。次にトライユが正気に戻った時、彼女の手は返り血で真っ赤に染まっていた。

 

「とらちゃん……」

「もしかしたら、私がここに来た理由も――その罰なのかもしれません。あの国に、私はいらな――」

「ちがうわ。確かに、赦されないかもしれない。でも、そうする以外に方法がなかった。――綺麗事なのは判っているわ。けれど、仮に私が貴方なら……もしかすると、同じことをしてしまっていたかもしれない。国民を守れなかったんだもの……」

 

 ふわりと優しくトライユを抱き締めるパープルハート。パープルハート――ネプテューヌも、一国を統べる女神だ。トライユがその罪に苦しむなら、分け合いたかった。

 周りから甘いと罵られても、ネプテューヌ――パープルハートは、そんなトライユを苦しみから出来るだけ解放してやりたかった。

 

「……ありがとうございます。少しだけ、楽になりました」

「そう。なら良かったわ。あいちゃんは今、教会に戻ってるから私達も戻りましょう。ところで、その武器は使えそう?」

 

 パープルハートはトライユの手元に戻ったショットガンを指して問う。

 トライユがショットガンの残弾を確認するが、弾はない。軽機関銃に取り付けたショットガンの弾も、実は入っていない。

 武器ボックスでもあれば自動回復するだろうが、都合良くそんな物がここにある筈もなく。

 

「まあ定番と言えば定番ですけど、弾は切れてますね」

「そうよね。こういうことなら、ユニちゃんが詳しそうね……。ラステイションに行きましょうか。その前に、教会へ戻りましょう」

 

 パープルハートが女神化を解き、いつもの姿(ネプテューヌ)へ戻る。

 二人は並び立って教会へ向かった。途中、ネプテューヌは五歩ほど先へ走り、トライユへ振り返って言った。

 

「わたしは、トライユを信じてるよ。きっと、ううん――必ず、わたし達が王国へ戻してあげる! だからさ、トライユはこの次元では息抜きしようよ! まだいーすんも原因掴めてないしね!」

「ネプテューヌさん……。はい! ありがとうございます!」

 

 次の行き先はラステイション。トライユは当然、初めて踏み入る場所だ。ユニ、という新しい名前も出てきた。

 どうやらまだまだ、トライユの冒険は続くらしい。当然だ、まだ二話なのだから終わられても困る。





「ちがうわ。確かに、赦されないかもしれない。でも、そうする以外に方法がなかった。――綺麗事なのは判っているわ。けれど、仮に私が貴方なら……もしかすると、同じことをしてしまっていたかもしれない。国民を守れなかったんだもの……」

 ふわりと優しくトライユを抱き締めるパープルハート。パープルハート――ネプテューヌも、一国を統べる女神だ。トライユがその罪に苦しむなら、分け合いたかった。
 周りから甘いと罵られても、ネプテューヌ――パープルハートは、そんなトライユを苦しみから出来るだけ解放してやりたかった。

(……ありがとうございます。楽になりました)
「あら? とらちゃん? ――脈がっ!?」


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空輸される兵器の気分が味わえるアクティビティ的なアレ

 プラネテューヌ教会に戻ったトライユとネプテューヌ。ラステイションに行く、とネプテューヌ=パープルハートが語った通り、トライユの次の目的地は女神『ノワール』が守護するラステイション。

 しかし、陸路では時間が掛かるという理由でネプギア=パープルシスターと共にパープルハートがトライユをぶら下げて空輸する、という割りととんでもない手段が提案された。

 トライユが女神化出来ず飛行能力を持たない以上は、それしか手がない。当然のごとく命綱の類いは用意されていない。

 

「私も後を追いかけるわ、ねぷ子」

「いいのよ、あいちゃん。貴方ももう判っている筈――彼女に害はないわ。シロもシロ、真っ白よ」

「ねぷ子が言うなら……。まあ、スマートフォンも渡してあるし、それがあればすぐに場所を特定できるから手放さないでね、トライユ」

「はい!」

 

 元気なトライユの返事と共に、右腕をパープルハートが、左腕をパープルシスターが吊り上げ、プラネテューヌ教会から音もなく離陸した。

 すぐに足場はなくなり、ぶらんぶらんとトライユの身体は地上何十メートルかも分からない高さで揺れる。その恐怖たるや、どんな絶叫マシンも敵わないレベル。意気込んでいたトライユも、思わず悲鳴を上げる。

 

「ひぃえぇぇぇ!? 空輸される兵器ってこんな気分なんでしょうかぁぁッ!?」

 

 高所特有の強風と二人が空を移動する事による風切り音がもれなく恐怖を倍増させてくる。単なる移動手段だというのに、身体を張ったお笑い芸人並みの罰ゲームにすら思えた。

 

「ちょっと!? 暴れないで! ただでさえ貴方、見た目より遥かに重いのよ!?」

「ま、まあ軽機関銃が8kgにアンダーバレルが約2kg、合計10kg。先に入手したショットガンが3kg、しかもそれが固定無しで振り子みたいに私の首を軸に揺れるんだから――キャアァァァァ!」

「あ、暴れないでくださーい! 落としちゃいますからぁ!」

 

 四苦八苦しながらプラネテューヌ教会から離れていく三人を見送るアイエフ、そしてその幼馴染みのコンパ、イストワール。

 イストワールはまだ聴こえてくる三人の悲鳴を聴きながら、残ったアイエフ達に語った。

 

「実は、トライユさんの次元については三時間で調べがつきました。まだ本格的な確証には至っていませんが、十次元は高確率で存在。そして、こちらの次元で言う彼女の『シェアエナジー』は、この次元でも確認されています。――本当の女神なら、恐らくはとっくに変身できるだけの力が……」

「では、彼女が身分を偽っている可能性が?」

「いいえ、それはあり得ません。彼女が十次元から来た“普通の人間”なら、彼女を取り巻く力――シェアエナジー的な何かを観測できる筈はありませんから」

「じゃあ、『変身したくない』って思ってるです?」

 

 コンパの一言で、アイエフの脳裏にスマートフォンで盗聴してしまったトライユのトラウマの叫びが蘇った。

 

“私は一度だけ、この手を血に染めたことがある”

 

 ――“あの国に、私は……”

 

(自分で変身を封じてるって事か……。多分、過去にトライユがいたっていう次元で起きた事件が発端で……)

「とはいってもこれが封印でないのなら、個人で何とかしてもらう以外にありませんが……」

 

 女神不在となったプラネテューヌで、イストワールの声は風に流れて消えた。

 

 

 ラステイション教会。ラステイションを守護する女神、ノワールの治める国にある城だ。

 宙吊りのまま真っ白に燃え尽きたトライユをバルコニーに下ろし、ネプテューヌとネプギアは女神化を解いて一息。

 するとやってくるのは当然、この建物の主。バタバタと駆け込んできては、ネプテューヌを見るなり黒髪の少女、女神ノワールは叫んだ。

 

「ちょっと!? アナタね、他国を当たり前のように領空侵犯しないでくれるかしらっ!? 対空ミサイルあったら撃ち落としてるわよっ!?」

「えー? いいじゃーん、わたし達友達でしょー? 堅いことは言いっこ無しで~――」

「ダメよ! それに、こんな干からびたもの連れてきて……。なんなのよ、コレ」

「まあまあ、あまり細かいこと気にするからぼっちなんだよ? ノワール」

「う、ううううるっさいわよ! 余計なお世話よっ! 誰がぼっちよ、友達くらい居るってのよ! ――で、何の用事なの?」

 

 粗方文句も噴出させ終わったのか、ノワールはツインテールを翻してネプテューヌ達に背を向けると、ちらりと後目に見て問う。

 

「あ、そうそう! トライユが暴れるからすっかり忘れてた……あははー。あのねー、ここにショットガンの弾ってある?」

「――へ?」

 

 ネプテューヌが返した問いを理解するのには、聡明なノワールと言えど時間が掛かった。

 目を真ん丸にしてすっとんきょうな声をあげた彼女は、そのまま三十秒ほど凍りついていた。

 

「う、うう……。死ぬかと思いました……」

「大丈夫ですか? トライユさん」

「なんとか……ウッ!」

 

 ネプギアの問いに応えながら、咄嗟に込み上げた何かに口を押さえるトライユ。直ぐ様反応したのはノワールだ。自分のテリトリーで大変なものをぶちまけられては堪らない。

 

「ひゃあああ! 吐かないでぇぇ! お願いだからぁぁぁ!」

「あれだけ揺れたからね~……。やっぱ酔っちゃったかぁ」

「だったらそんな事しなくても、陸路で来れば良かったでしょ!? プラネテューヌとラステイションは近いんだから!」

「そう……だったんですか……がくり」

 

 トライユ・イズ・ダウン。

 言うならば自滅なのだが、ネプテューヌのちょっと自堕落な性格が裏目に出たらしい。

 プラネテューヌからラステイションは、決して歩けない距離ではない。近くもないが、遠くもない。だが歩くのが面倒、という理由からネプテューヌは空路を選んだ。

 トライユを揺らし、飛んだ結果がこれである。パープルハートとなっても中身はやはりネプテューヌか、気付かない辺り少し抜けているらしい。

 

「仕方ないわね……。そこの人間――」

「人間じゃないよ? わたし達と同じ、女神だって!」

「――人間について……って、ハァァッ!? 女神なの!? あれが!? だったら、尚更アナタに訊くことが増えたわ! 取り調べよ! ちなみに、カツ丼は出ないわよ。違法だから」

「どうせならカツ丼よりプリンがいいなぁ~」

「違、法、だ、か、ら!」

 

 トライユは医務室へ、ネプテューヌ達はノワールの部屋へそれぞれ別に連れていかれる。

 それを見ていたノワールの妹で、女神候補生のユニはトライユの『君どこの戦地から帰ってきたの』と云わんばかりのフル武装を見て、医務室警護をノワールへ申し出た。

 ユニの主武装はライフルだ。というより、本人が割りとガンマニア。トライユの武装を見ては、心がぴょんぴょんしない訳がない。

 

 

「軽機関銃にショットガン、更に拳銃……! ごくり……」

 

 医務室では、武装解除され眠るトライユの横で、銃器見本市状態となったテーブルを見てユニが目を輝かせる。

 銃達の危なげで物々しいその見た目すら、ユニを魅了した。思わず手が伸びそうになるが、それを突然の声が制止した。

 

「気になりますか?」

「ひゃあ!? お、起きてたんですか?」

「つい十秒程前に目が醒めました……。ただ、まだ酔っぱらったような……」

 

 ベッドから起き上がったトライユは頭を抱える。まだずきずきと痛む頭が、なんとも言えない具合の悪さを胃に運んでいるようだった。

 

「まだ、横になっててください。お姉ちゃん呼んできますから」

「はい。あと、ユニさん……という方はどちらに?」

「あたしですけど……。それが?」

「ネプテューヌさんが、ユニさんなら弾切れのショットガンの弾薬をなんとか出来そうと言っていたんです。――シェル一発と、適当な箱があれば良いので頂けませんか?」

 

 たったの弾薬一発に適当な箱。いったいそれで何をしようと言うのか。とはいえ、用意できない物でもない。

 ちょうどコレクションの整理に迷っていたユニは、ノワールを呼んだ帰りに自室から弾薬と菓子箱を持って医務室を訪れた。

 

「どうぞ。適当に選んじゃったんですけど……」

「大丈夫です! 弾は箱に入れて、蓋を閉めます――」

「一体何をするって言うのよ。マジックショーなら間に合ってるわよ」

 

 蓋を押さえ、目を閉じたトライユは医務室で小さく呟いた。

 

『無限の弾薬箱』

 

 小さく光を放った菓子箱は姿を変え、大型の金属製弾薬箱となる。その様に、ユニもノワールも姉妹揃って目を丸くする。

 何せただの菓子箱が軍隊よろしくな弾薬箱へ姿を変えたのだから、大小なりとも驚くだろう。

 蓋を開ければあらゆる弾薬が溢れんばかりに詰まっている。おかしいな、与えたのはショットガンの弾だけだった筈なのに、とはユニの談。

 

「あとはこれさえ持ち運べば、いつでもどこでも弾薬補充が出来ます!」

「バンダナとかじゃダメなの~? あっちの方が便利じゃない?」

「バンダナは私には似合いませんから……」

 

 ネプテューヌの問いに対して小さく笑ったトライユ。確かに、彼女の姿ではバンダナは似合わない。

 あまりミリタリーせず、どちらかといえばカジュアルな服装をする彼女がバンダナを巻けば、あべこべになってしまうかもしれなかった。

 

「問題は解決した? なら出てってもらう――と、言いたいところだけどトライユ……よね? せっかく来たんだし、この私が直々にラステイションを案内してあげるわ。プラネテューヌよりずっと凄いんだから!」

「あー! そうやって何も知らない人を洗脳するのは卑怯者のすることなんだー!」

「洗脳じゃないわ、単なる観光案内よ。じゃ、行きましょトライユ」

「は、はぁ……」

 

 ノワールに案内されるがまま、教会を後にするトライユ。後に続くはネプテューヌ、ネプギアにユニ。

 騒がしい観光案内が始まろうとしていた。そして、トライユは感じる。

 

 ――自身に、何か温かいものが込み上げてくるのを。





「あ、そうそう! トライユが暴れるからすっかり忘れてた……あははー。あのねー、ここにショットガンの弾ってある?」
「――へ?」

 ネプテューヌが返した問いを理解するのには、聡明なノワールと言えど時間が掛かった。
 目を真ん丸にしてすっとんきょうな声をあげた彼女は、そのまま三十秒ほど凍りついていた。

「う、うう……。死ぬかと思いました……」
「大丈夫ですか? トライユさん」
「なんとか……ウッ!」

「ま、また死んでる……!」
「また!? またってどういうこと!? お姉ちゃん!」


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超次元的軍事お仕置き

 ラステイション市街地では、女神様直々の有り難い観光案内が繰り広げられていた。

 勿論ノワールを一目見ようと、市民達でごった返すのだが彼女はそれを無理に退かそうとせず、上手くかわしていく。

 

「す……すごい人だかりですね――」

「まあ、女神様が街中歩いてるんだしねー。むぅ、やはりぼっちではなかったのかー」

「お姉ちゃん……」

 

 あまりの人だかりに、これでは観光案内どころではない。押し合い圧し合い、ノワールに付いていくネプテューヌ達三人は気付くと一軒のバイク屋へ迷い込んでいた。

 原付からどう考えても普通に走るバイクではないようなものまで、幅広いラインナップだ。とはいえバイクなどを見ている場合ではない。

 ノワールが三人に合流し、別所へ案内しようとした時だ。

 

「ブラックハート様! あぁ、女神様……! お願いします、私の娘を――!」

 

 突然一人の市民がノワールの前へ跪いて、助けを乞うた。

 

「どうかしたの? 迷子とかかしら……?」

「いえ、それが……モンスターに連れていかれて……! 見たこともないモンスターに――」

 

 市民の言葉に、全員の目付きが変わった。モンスターは本来然程の害はない筈だが、人間を連れ去ったとあっては話が別になる。

 しかし、場所はネプテューヌ達の現在地からは遠く離れていた。またトライユを空輸しようかと悩むネプテューヌ達に、バイク屋の店員が助け船を出す。

 

「そこのお嬢さんは、バイクに乗れますかい?」

「え? まあ、一応……」

「それなら、女神様方を先行させてお嬢さんはバイクで後衛につけばいい。最近売れなくてね、店仕舞いも考えてたんだ。使ってくだせぇ」

 

 運ばれてきた一台のフルカウル中型バイクに、店主が渡したキーを差し込むトライユ。

 なんとも超展開にも程があるが、現在シナリオ進行スピードを四倍速にしてお送りしている次第である。

 

「……行きます!」

 

 スロットルを捻れば、バイクは歓喜の咆哮を上げトライユに応える。彼女に応えたのは無機物であるバイクだけではない、女神化したネプテューヌ達も同じだ。

 パープルハート、パープルシスター。そしてノワール=ブラックハート――彼女達も揃って頷き、トライユより一足先に空へ飛び立つ。

 ほぼ同時にバイクを発進させたトライユは、人の波を掻き分けてひたすらに女神達の後を追う。

 

(うー……。バイクなんて久し振りだなぁ。でも、迷ってなんかいられない。フルスロットル!)

 

 左右に車体を傾け、とても“久し振り”とは思えないスピードでラステイション市街地を走り抜けていく。

 しかし目的地は市街地ではなく、郊外の小さな村。パープルハート達は明らかにそちらへ向けて飛んでいた。このままでは彼女達を見失ってしまう。

 

「――ッ!」

 

 街にある壁さえ越えれば、目的地への近道になる。トライユが見つけたのは、荷下ろしを終えたトラックだった。荷台はお誂え向きに斜めに下ろされている。

 バイクに乗れる箱庭ゲームなら、間違いなく飛びたくなるスポットの一つだろう。トライユの考えも似たようなものだった。

 

「退いてくださぁぁぁいッ!」

 

 クラクションを鳴らしながら、側にいた一般人達を退かし、ギアを上げて加速したトライユのバイクは荷台を駆け上がり、翔んだ。

 月でも出ていれば地球外生命体とのワンシーンにでも見えただろうが、今は生憎と昼も昼。真っ昼間である。厳ついサソリを模したデザインが描かれたロゴマークの貼られた排気管が、陽の光を受けて煌めくだけだった。

 がこん、と滑らかにギアペダルを蹴り落として変速したトライユ。彼女とバイクは回転数計を振り切らせながら着地し、未舗装地帯へ消えていった。

 お前は何処のスパイだ。と、突っ込みたくもなる。

 

「へえ、なかなか根性あるじゃない。アナタが拾った、あの女神」

 

 全速で空を飛んでいるにも関わらず、下を走り続けるトライユを見てブラックハートは彼女の根性を認めた。

 

「そうね……。ここまで万能キャラだとは思わなかったわ――定番と言えば定番だけれど」

「お姉ちゃん、メタいよ……」

 

 得意気に語るパープルハートと、苦笑するパープルシスター。

 暫くすると、村も見えてきた。そこで暴れているのは、巨大なドラゴン。

 

「エンシェントドラゴン? ――違う? 私の知ってるエンシェントドラゴンじゃないわ。かといって、他のドラゴンでもない!」

「私も同じ考えよ! 子供は――アイツの右手か……! これじゃ、私達斬るに斬れないわよ!」

 

 連れ去られた子供はドラゴンの右手に握られている。下手に攻撃を加えれば、子供まで巻き添えを食ってしまうのは明白だ。

 バイクをスライドさせてパープルハート達に並んだトライユは、その光景に過去の悲劇が重なって見えた。見殺しにしてしまった子供――今回も、まさかそうなるのか? いや、絶対にさせない。

 

「私があの子を助けて引き返します。それまで、攻撃は待機してもらえませんか?」

「なっ――何言ってるのよアナタ!? ろくにこの世界も知らないのに、私達ですら分からない敵に挑むっていうの!?」

「もう――誰も私の無力で救えないなんて、ごめんなんです。そんなの、死んでもごめんですッ!」

 

 トライユが叫ぶと、彼女からまばゆい光が散り始める。心に感じる温もりは、十次元で感じていたものと同じ。

 彼女は確信する。今なら、女神化出来ると。

 

「トリガァァッ!」

 

 トライユから放たれた、いっそうまばゆい光が女神達の視界を一時的に奪った。

 光が収束したその中でバイクに跨がっていたのは、カジュアルな服装に身を包みロングヘアだったトライユではない。軽装ながらもミリタリーな服装を意識したような“レシーバー”と、背中に背負った大型の軽機関銃。

 髪はロングからミドル程度まで短くなっている。

 

「さぁ、一丁おっ始めましょうか。まあ、ドラゴン相手なんてしたことないんですけど――ねッ!」

 

 砂を巻き上げ、ドラゴンへと向かっていったトライユ――否、女神『エルスタトリガー』。

 振り上げられるドラゴンの腕をライディングの技術で見事に回避し、脇から太股に移されたホルスター状のケースから拳銃を取り出し、ドラゴンの右肩へ女神の力を籠めた弾丸を連射する。

 強固な外皮を持っていそうなドラゴンではあったが、あまりの衝撃に子供を取り落とした。

 

「ふッ――!」

 

 土という地形を活かし、一度速度を落としてからのフルスロットルで一気に180度ターン。土を巻き上げ、左腕で少女を受け止めた。

 あとはドラゴンの追撃を回避しつつ、ブラックハートへ少女を渡す。

 

「ノワールさんはその子をお願いします。ネプテューヌさん、ネプギアさんはあのドラゴンを極力、その場に縛り付けてもらえますか?」

「貴方、とらちゃんよね? 女神化出来たの!?」

「……“振り切りました”。それで――」

 

 ドラゴンを縛り付けてほしい、とパープルハートに頼ろうとしたエルスタトリガー。

 

「あらぁ? 縛るなら、あたしに頼ってくれても良いんじゃないかしら? まあ、あの怪物をいたぶっても大した反応はしてくれなさそうだ、け、ど」

 

 突然の声に、パープルハート達は揃って空を見上げた。そこに居たのは、空中に足場を作り腰を下ろす別な女性だった。

 ボンテージ風のコスチュームに、色々と“ヤバそう”な雰囲気のある声色、色遣い、艶かしい目付き。

 

「ぷるるん!? 貴方、どうして……」

「あら、次元は繋がったままなのよ? こうして、いつでも遊びに来られる――ってねぷちゃんも言ったじゃない。で、来てみたら面白いことになってたからぁ……まずは、そこのドラゴンちゃんからねぇ?」

 

 足場から飛び降りた女性はアイリスハート。無論、女神化した時の名前で普段はプルルートと名乗る、正真正銘の“ドS”。

 別次元にあるプラネテューヌの女神だが、その変貌ぶりはネプテューヌがパープルハートへ女神化した時以上である。

 武器である蛇腹剣を振るったアイリスハートは、文字通りにドラゴンの身体の自由を奪う。

 

「それでぇ? 縛ったこの子にどんなお仕置き、するのかしらぁ? 新入りちゃん? 何もしないなら、遠慮なくあたしがお仕置きするけど。譲るのは今回だけよぉ?」

「す、スゴい戸惑ってますが――まずは……」

 

 左腕に装着された火器管制コンピュータを操作するエルスタトリガー。

 

『U.C.A.V.! デスストリークッ!』

 

 スキルを発動し、エルスタトリガーはすぐにアイリスハートへドラゴンから離れるように指示。

 指示を受けたアイリスハートは渋々といった様子で蛇腹剣の拘束を解き、パープルハート達三人の元へ滑り込む。

 しかし、スキルを使った割には何も起きない。あまりに何も起きない事を不安に感じたパープルシスターがエルスタトリガーへ問おうとすると、突如エルスタトリガーの勇ましい声が響いた。

 

『ヘル――ファイヤァァァッ!』

 

 パープルハート達は、ドラゴンの頭上に落ちる何かを見た。金だらいではない。

 一瞬音が消え、次の瞬間目も眩むような爆発が周囲を包む。一応居住エリア付近ではあるが、彼女の武器は一部を除いて全て非殺傷である為心配はない。

 ただ、こういったモンスターなどを倒すには充分すぎるエネルギーは持っている。

 

「ぽかーん……」

「何よあれ……」

「あっはは! 何よアレ、ふざけすぎじゃないかしら!? あれじゃあ悲鳴も聞けないわよ」

 

 開いた口が塞がらないパープルシスター、唖然とするパープルハート、そして笑いつつ呆れるアイリスハート。

 女神化を解いたトライユは、久し振りの女神化に眩暈を覚える。それを同じく変身を解いたプルルートがやんわりと支えた。

 

「おぉ~? 大丈夫~?」

 

 アイリスハートとは思えないまったり口調なプルルートに、大丈夫と一言告げて、トライユは何とか体勢を立て直す。

 

「何あれー……。ちょっと洒落になってないよー! とらちゃん!」

「だ、大丈夫ですよ。非殺傷ですから……」

「それ、信じて大丈夫なんですかっ!?」

 

 その後、街へ戻ったネプテューヌ達は待っていたノワールと共に、改めてラステイション住人から深い感謝の意を伝えられる。

 これで大団円。――とは、いかなかった。

 

「ちょっとー!? あたしの出番は何処に行ったのよ!? 前の話の最後、ちゃんとあたし居たわよね!? なんで忘れ去られてるのよー!」

 

 ――ユニの悲痛な心の叫びは、喜びに湧くラステイションによって儚く掻き消されていった。





「さぁ、一丁おっ始めましょうか。まあ、ドラゴン相手なんてしたことないんですけど――ねッ!」

 砂を巻き上げ、ドラゴンへと向かっていったトライユ――否、女神『エルスタトリガー』。
 振り上げられるドラゴンの腕をライディングの技術で見事に回避し、脇から太股に移されたホルスター状のケースから拳銃を取り出し、ドラゴンの右肩へ女神の力を籠めた弾丸を連射する。
 強固な外皮を持っていそうなドラゴンではあったが、あまりの衝撃に子供を取り落とした。

「ふッ――!」

 土という地形を活かし、一度速度を落としてからのフルスロットルで一気に180度ターン。土を巻き上げ、左腕で少女を受け止めた。
 あとはドラゴンの追撃を回避しつつ、ブラックハートへ少女を渡す。

「ノワールさんはその子をお願いします。ネプテューヌさん、ネプギアさんはあのドラゴンを極力、その場に縛り付けてもらえますか?」
「貴方、とらちゃんよね? 女神化出来たの!?」
「……これ、女神化って呼んでいいんですかね……」
「メタい、メタいわ! とらちゃん!」


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同性だったんだから、別に良かったんじゃない?

 プラネテューヌ教会、深夜。ゲーマーのネプテューヌ達も寝静まった頃、トライユは一人見廻りを行っていた。

 

「特に異状は無し……と。ふう、結構広いですねぇ。教会って――私の居たところとは大違いです」

 

 ホルスターに納めていた拳銃に安全装置を掛け、見廻りを終えたトライユは大きなため息を吐いた。

 幸せが逃げるだとか言われているが、突然『次元を越える』なんて不幸に遭遇した今より不幸なことなど、死くらいなものだろう。トライユも一応は女神、信仰の力が次元を越えていると観測されている。それが彼女を守る限りは、死はあり得ないと言ってもいい。よって、逃げる幸せはない。ため息吐き放題、もう一回吐き出すドン。

 

「お疲れさまです、トライユさん」

「イストワール様。ありがとうございます」

 

 やってきたのは本で空飛ぶ史書イストワール……通称『いーすん』――因みに言語の違う信仰者からは『イスティ』と呼ばれているらしい――だった。

 

「貴方がこちらに来て、一日目が終わりましたが馴れましたか? プラネテューヌには」

「まあ、ある程度は……」

「ネプテューヌさんのお相手は大変でしょう?」

 

 呆れたように腕組みするイストワール。ネプテューヌの女神らしからぬ行動には、生真面目なイストワールも手を焼いているのだ。

 愚痴る相手も居らず、ストレスは溜まる一方。その内爆発して、次元の法則が乱れない事を祈るばかりである。

 だが、トライユはそんなイストワールの言葉に苦笑いしつつも、それを否定した。

 

「まあ、確かに大変かもしれませんけど……騒がしいことは好きですから。そういう次元に居たので」

「例えば? 私としても、十次元では何をしていたのか興味があります」

「島をドンパチ、賑やかにしたりですかねぇ……。楽しかったなぁ、ヴァル・ヴェルデ全域サバイバルゲーム」

「貴方、誰かに野蛮だって言われたことはありませんか?」

「ないです」

 

 にっこりさわやか、清々しい笑顔でイストワールへ返した。ぼんやりとした灯りを受けて、トライユの背中に背負われた軽機関銃が煌めく。とてもこわい。

 

「あ、そうでした。女神化した、とネプテューヌさんから伺っていますが……」

 

 何かを思い出したようなイストワールが手を叩き、話を切り替えた。

 

「はい……とはいっても、何だかイメージと違って――十次元に居たときは、それこそパープルハートさんみたいに変わったんですが中途半端で……」

「なるほど……。女神化の兆候はあるのに、不完全ですか。次元の影響でしょうか」

「多分、そうだと思います。十次元にいる、皆さんの気持ちは不思議とこちらにも届いていて、力は頂けていますから」

「なるほど……。その事も踏まえて、もう少し調べてみます。トライユさんもお休みになってください、明日もまた騒がしくなりますから」

「はい! お疲れ様です」

 

 イストワールと別れたトライユは見廻りの交替を申請し、用意された自室へと戻る。

 ネプテューヌが自らトライユの為に用意した部屋は、一人では持て余すほどに広く、ゲームにも困らないプラネテューヌ流スイートルームだ。

 

「あ、あれ? プルルートさん……?」

 

 そんなスイートルームで、何故か部屋の主を差し置いて眠っているのはプルルート。

 先の戦いで女神アイリスハートとして参戦し、その後『折角だから』という理由でしばらくこの次元に居ることに決まったのだ。

 部屋は別々の筈だが、どういう訳かプルルートはぬいぐるみを胸にすやすやと寝息を立てている。

 

「あのー……。ダメだ、起きないか……」

 

 流石はプラネテューヌの女神か、欲望に忠実である。プルルートもまた、トライユの声に貸す耳など無いと云わんばかりに寝返りを打って、背を向けた。

 

「か……かくなる上は――ソファ、だよね。はぁ……」

 

 ガックリと肩を落として、部屋に置かれたブランケットを掴んでソファに身を横たえたトライユ。疲れが取れる気がしない。やはりベッドで寝ようか、と一度プルルートの背中を見遣るが、寝惚けたプルルートが抱いたぬいぐるみにボディブローをくわえたのを見て、トライユは全てを諦めた。

 次元を飛び越え、モンスターを駆逐し、アイエフの元で仕事をしてラステイションまで観光に行ったかと思えば、またモンスター退治……。トライユがいくら女神と言えど、筋肉痛待った無しのハードスケジュールだった。

 明日はきっと、更に忙しくなるのだろう。少しだけ憂鬱になりながら、目を瞑る。

 

 

『……ん。トライユちゃん。起きようよ~』

「ん……。もう少しだけ……」

 

 プラネテューヌの朝。プルルートはソファで眠るトライユを揺すって起こそうとするが、疲れに疲れた彼女は一向に起きようとしない。

 何度揺すってもダメだった。というより、プルルートがベッドを占領していなければまた違ったろうに。少し理不尽な気もするが、揺する力は次第に強くなっていく。

 

「ねぇ~? なんで~……起きてくれないの~……?」

 

 目元に影を落とし、声を低めるプルルート。明らかに入ってはいけないスイッチが入った音が、どこからかしたような気がした。

 ぬいぐるみをゆっくりと振り上げ、寝転けるトライユの腹部目掛けて――一気に振り下ろす。

 

「ねぷぎゃっ!?」 

 

 明らかにキャラが違うだろ、と言わんばかりの声を上げたトライユの身体は衝撃でくの字に曲がった。

 ずごっ、と的確に腹部を捉えたプルルートのショボーンぬいぐるみ。その音は明らかにぬいぐるみのそれではない。中に金属でも突っ込んでいそうな重さだった。

 

「おはよ~、トライユちゃん」

「女神じゃなかったら間違いなく死んでましたよ、私……。流石にNGシーン行きにはしませんが」

「何のこと~?」

「い、いえ。それより、プルルートさんはどうしてここに? プルルートさん、一応別な部屋用意されてましたよね」

 

 トライユが問うと、プルルートは少し悩むような仕種を見せてから答えた。

 

「お話したかったんだけど~、トライユちゃんの帰りが遅いから~……眠っちゃった~」

 

 プルルート特有のまったりボイスにミクロン程度だがイラっとするトライユ。しかしまあ、聞いていけばクセになるもので……。

 

「じゃあ、また今日の夜に――」

「今日は~あたしもお仕事に付いていきたいな~」

「――は?」

 

 目を丸くするトライユ。本当に連れていって大丈夫か不安にもなったが、アイエフが云うに『私のスマートフォンを持っている限りは自由にしていいから、今日はギルドでクエストを受けてきて』とのこと。

 恐らく、連れていかないとまたぬいぐるみと言う名の鈍器が出るか、下手をすれば神様女王様女神様のアイリスハートが出かねない。

 

「わかりました。でも、私はここに来てから一日しか経ってませんから、簡単なクエストだけ――」

「それなら大丈夫だよ~。いざとなったらぁ、変身しちゃうから~」

「すいませんごめんなさいやめてください。本能が告げてるんです」

「えぇ~?」

 

 良く判らない懇願に、小首をかしげるプルルート。

 しかし、これでトライユのパーティにプルルートが加わった。本日の予定に、他国への出国予定もない。クエストをこなして、自らの女神化の謎も解かなければならない。

 今日もまた、超次元的に忙しい一日が始まった。





「ねぇ~? なんで~……起きてくれないの~……?」

 目元に影を落とし、声を低めるプルルート。明らかに入ってはいけないスイッチが入った音が、どこからかしたような気がした。
 ぬいぐるみをゆっくりと振り上げ、寝転けるトライユの腹部目掛けて――一気に振り下ろす。

「ネプギャァァァァァ!」 

 明らかにキャラが違うだろ、と言わんばかりの声を上げたトライユの身体は衝撃でくの字に曲がった。
 ずごっ、と的確に腹部を捉えたプルルートのショボーンぬいぐるみ。その音は明らかにぬいぐるみのそれではない。中に金属でも突っ込んでいそうな重さだった。

「おはよ~、トライユちゃん」
「女神じゃなかったら間違いなく死んでましたよ、私……。流石にNGシーン行きにはしませんが」
「って、言ったよねぇ。あれは嘘だよ~」
「ウワァァァァァァ!」


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意外と単純に復活できたりする

 バーチャフォレスト保護地区入口前に、プルルートを乗せたバイクを停車させたトライユ。

 彼女が譲り受けたバイクは決して乗り心地の良いものではない筈なのだが、プルルートはどういう訳かトライユをキツく後ろから抱き締めて寝息を立てていた。喧しい排気管が足元に在るというのに、その昼寝精神には恐れ入る。

 

「プルルートさーん? 着いちゃいましたよー。起きてくださーい」

「うぅん……あと24時間――」

「それもう昼寝の範疇超えてますよ!? 起きてくださぁい!」

 

 半ば強引にプルルートの小さな身体を持ち上げ、バイクから下ろしたトライユだったが、その軽さに驚いた。同時に、少しだけ羨ましくも思う。

 トライユも全く目立たないが、元の“国が国”。少なからず筋肉もついて、女神とはいえ体重計に乗るという行為が怖い。まぁ、些末な悩みではあるが。

 

「あたしぃ、寝ちゃってたんだぁ~」

「バッチリ寝てました。というか、眠いんだったら無理に付いてこなくても良かったのに――どうして付いてきたんです?」

 

 拳銃、軽機関銃、そして散弾銃を準備しながら片手間にトライユはプルルートへ訊ねる。

 

「だってぇ、ねぷちゃんのお友だちだもん~。あたしだって、お友だちになりたいし~お話もたくさんききたいから~」

「は、はぁ……。でも、ありがとうございます。では、道すがらお話ししますね。あと、モンスターとエンカウントしたら是非手伝ってください」

「はぁ~い」

 

 てこてこと足音を立てながら、トライユに並び立ったプルルート。そうして二人は、バーチャフォレストへと消えていった。

 道中、敵を倒しながらトライユは様々な事を話した。自身のいた次元、国、思い出――だが、“あの思い出”だけは話さなかった。結局、現時点で『エルスタトリガーの過ち』を知るのはパープルハート――ネプテューヌだけだ。

 辛い思い出は自分の中にあるだけで良い。笑顔で語るトライユはそう考えながら、プルルートに楽しい思い出だけを話していた。

 

「ふう……。クエストの進捗はこれ以上無しっと……」

 

 ギルドでクエストを受ける前に、ネプギアに渡された三台目の『Nギア』でクエストの進捗を確かめ、終了した事を確信したトライユはプルルートを引き連れ、来た道を戻る。

 

「あうぅ、歩きつかれた~」

「え、えぇー……? あと少しですから、もう少し待てませんか?」

「むーりぃー……。もう足が動かないよぉ~」

 

 何処ぞのアイドルのような台詞を吐きながら、完全に歩みを止めたプルルート。やはり連れてくるべきではなかったか――トライユの後悔も、既に遅い。

 

「どーしても、歩けない感じですか」

「足が棒だよぉ……。おぶって~」

「おぶっ!? あの……体格的には、プルルートさんより私少し大きいくらいで――」

「おぶってよぉ~」

「こ、困った……」

 

 ここでトライユは思案に入る。プルルートは幸い、健康を疑いたくなるほどトライユにとっては軽いためおぶる事は簡単だ。しかし、背中には軽機関銃に散弾銃。とてもではないが、人をおぶるような状態ではない。

 かといって武器を破棄する訳にはいかないし、プルルートは完全に座り込んで駄々をこねている。バイク移動をするにも、どちらにせよ森林から出なくてはならない。ただ、一つだけプルルートを移動させる方法はある。多少疲れさせてしまうだろうが――勿論“お互いに”。

 

「わかりました。プルルートさん、女神化する余力はありますか?」

「えぇ~? 変身していいのぉ~?」

「かくなる上は、です。森林出口まで、飛んでいけば良いんです!」

「おぉ~! めーあんだ~」

 

 プルルートの言葉から間を置かず、辺りをまばゆい光が包んだ。勿論現れるのは女神、アイリスハート。

 

「ふわぁ……。それにしても、トライユちゃんってばぁ――わざわざこっちのあたしをご指名だなんて、とんだ変態さんねぇ……」

 

 全てを蔑むようなアイリスハートの視線に、トライユは慌てて首を振る。

 

「いやいやいやいや、貴方が歩きたくないって言ったんじゃないですかぁーやだぁー!」

「そうねぇ、確かにこの姿なら飛んでいけるのよねぇ。少し疲れるけど、良い判断だわ。ご褒美は何が欲しいのかしらぁ?」

 

 アイリスハートの“ご褒美”――相手がマトモな人格者ならともかく、アイリスハートはドのつくサディスト。

 余計なことを口走ろうものなら、腰が立たなくなるまで攻め続けられるのだろう。

 

「い、いきますよ! モンスターと戦う必要がない以上、早くダンジョンから出てクエストを報告しないと」

「あぁん、つれないわねぇ。ま、その方が虐め甲斐も――あるんだけ、どッ!」

 

 アイリスハートに背を向けてしまったのが、トライユの運の尽きだった。アイリスハートは自分の嗜虐心を満足させるためなら何でもする――と、いうより普段なにも言えないでいるプルルートの全てを発散させるかのように、人を廃人にしていくのだ。『神次元』のノワール達がそうされたように……。

 

「ふえっ!?」

 

 トライユの足首に絡み付く、アイリスハートの蛇腹剣。流石に刃は反してくれたようで、この物語がR-18G指定になるような事態は避けられた。

 しかし、盛大にズッ転けたトライユの足首に絡まった蛇腹剣は、アイリスハートによってじりじりと引き寄せられていく。

 

「あたしってぇ、抵抗されればされるほど燃えちゃうのよぉ。トライユちゃんは軍人気質だし、良い声で鳴いてくれそうだし……虐めちゃうしかないわよねぇ!?」

「眠気! 眠気はどうしたんですか!? ていうか、目が恐い!」

「眠気なんて失せたわよ。これからトライユちゃんにあぁんなこととか、こぉんなこととかしちゃうのを想像したらぁ――眠るよりトライユちゃんの泣き顔が見たくなっちゃったんだもの!」

 

 非常にまずい状況だ。トライユは思う。

 このままではR-18タグ待った無しか、放送事故で安全ヘルメットを被ったネプテューヌが頭を下げているイラストを用意しなくてはならなくなる。

 どれだけもがいても、流石は女神。トライユを絡め取ったまま平気な顔で引き寄せていく。

 

「う……撃ちますよ!?」

 

 辛うじて取り出した拳銃を見せつけて、アイリスハートを威嚇する作戦に出たトライユ。

 ――その筈だったのだが……。

 

「あらぁ、そんな事言うのぉ? 別次元から来て帰り方も分からないで彷徨いてるノロマのあなたが」

「来たくて来た訳じゃないです!」

「冷たいのねぇ。あたしたち、もうお友だちでしょぉ? だから、かわいく鳴いてね」

「確かに、皆さんはお友だちですが――ここで貴方に良いようにされる訳にはいかないんです……ッ!」

 

 突然、トライユの身体を光が包んだ。前回の女神化と似た感覚だが、ずっと温かい。

 というよりなにより、ここから抜け出さないと精神的に殺される。ある意味、この光はトライユの生存本能によるものだった。

 

「あら、またまた別なトライユちゃんはっけ~ん。今度はあたし達みたいになったわねぇ? 良い身体だわ、なぶり甲斐がありそうね」

 

 アイリスハートの前に現れたのは、エルスタトリガー。だが前回のそれとは明らかに違う。

 ネプテューヌ達と似たような露出の激しいコスチュームに、背中には戦闘機のような後退翼を模した淡い青に輝く『レシーバ』。これが、トライユの真女神化だった。

 つまり、アイリスハートによる貞操の危機が、過去のトラウマすら乗り越えてトライユを本格的に目覚めさせたのだ。なんというか、すさまじく下らない理由である。

 

「ふッ!」

 

 パァン!

 花火が弾けるような音と、金属が打ち合う音。エルスタトリガーが足に絡んだ蛇腹剣を撃ったのだ。

 衝撃は刀身を走り、アイリスハートの手首を軋ませる。女神とはいえ、エルスタトリガーも女神。その全エネルギーを解放できるようになった彼女の銃弾は、アイリスハートを怯ませるには充分だった。

 

「もう、つれないわねぇ。まぁいいわ、寝かせれば寝かせるほど――待てば待つほど、イイもの。ねぇ?」

「……もう、早く帰るぞ。任務が終わったんだ、報告しなければ」

「あら、あたしに命令するの? 良い度胸じゃなぁい? 変わったのはやっぱり、見た目だけじゃないみたいねぇ。あたしとしては、どっちのトライユちゃんもイケるけ、ど」

 

 舌舐めずりして獲物を見定めるような眼光を放つアイリスハート。どうやら、そう簡単には逃がしてもらえなさそうだ。

 仕方なく、スマートフォンの電源を確認してトライユは機関銃を構えた。





「ふえっ!?」

 トライユの足首に絡み付く、アイリスハートの蛇腹剣。流石に刃は反してくれたようで、この物語がR-18G指定になるような事態は避けられた。
 しかし、盛大にズッ転けたトライユの足首に絡まった蛇腹剣は、アイリスハートによってじりじりと引き寄せられていく。

「あたしってぇ、抵抗されればされるほど燃えちゃうのよぉ。トライユちゃんは軍人気質だし、良い声で鳴いてくれそうだし……虐めちゃうしかないわよねぇ!?」
「ふえぇぇぇぇん! 顔ぶつけましたぁぁぁぁッ!」
「あ、あら? 少し、力加減間違えたかしらぁ? ほら、泣き止みなさい? 謝るからぁ」


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まだ二日目ということを忘れていないか

 プラネテューヌでは、アイエフが突然掛かってきたトライユからの電話にかかりきりだった。

 

「ねーあいちゃん、どうしちゃったのさー?」

「ちょっと静かにして、ねぷ子」

「ぶー! ちょっとくらいいいじゃーん。けちだなー、あいちゃんはー」

 

 ぶーぶーと文句を垂れるネプテューヌを無視して、ひたすら電話に集中するアイエフ。

 聴こえてくるのは銃声、金属音、そして――艶かしいアイリスハートの笑い声だった。

 

「プルルート様? どうして――ねぷ子! 手伝って!」

「何を? 新作ゲーム? 一狩りいこーぜ! って、あれはルウィーのハードだし……」

「違うわよ! プルルート様とトライユが、どういうわけか戦ってるみたいなの。止めないと!」

 

 通話は切らずに、スピーカーに切り替えてホルダーに戻しながら、アイエフは手早く出掛ける準備を済ませる。

 ネプテューヌは“あの”アイリスハートを相手にするのか、と考えると逃げ出したくて仕方なかった。何しろ彼女自身もターゲットなのだから。

 

「ホント言うと、スゴく嫌なんだけど……。えーい! ままよー!」

 

 女神化したネプテューヌ。彼女はバルコニーから飛び立つと、真っ直ぐにバーチャフォレストへと向かっていった。

 アイエフも用意を終え、バイクを走らせるがパープルハートには追い付けそうにもない。しかし、それは計画通り。パープルハートならば、プルルートを止められる――最悪犠牲になっても、仲間同士の争いは止むと確信していた。

 

(もしそうなったらごめんね、ねぷ子)

 

 いつのにか一話程度の腹黒属性が付加されるアイエフである。

 

 

「いいわ! 刺激的じゃなぁい! それでこそ、いじめがいもあるってものよ?」

「拷問できるものならしてみるが良い! 私は貴様の思い通りの声は上げんぞ!」

「フラグ立てられちゃ……本気で泣かせなきゃいけなさそう――ファイティングヴァイパー!」

 

 銃撃をひらりひらりとかわしていたアイリスハートが、女神化したエルスタトリガーへ雷撃を纏った蛇腹剣で斬り込む。

 突然の素早い踏み込みに、エルスタトリガーの判断が一瞬鈍った。刹那、彼女に走る電流と痛み。

 

「グッ――あぁぁぁぁッ!?」

 

 エルスタトリガーの苦しげな声が、アイリスハートを更に刺激する。このままではR-18待った無しだ。

 だが、それはやはり破られる。エルスタトリガーの前へパープルハートが立ちはだかったのだ。紳士な方への残念なお知らせである。

 

「とらちゃん、どうして彼女に変身を許したのよ。結果は分かっていたはずよ?」

 

 膝をつき、肩で息をするエルスタトリガーを後目にパープルハートは問う。

 呼吸を整え、なんとか復帰したエルスタトリガーはゆっくりと立ち上がり、返した。

 

「私のミスだ。自分のことをこういうのもなんだが、普段の私は抜けているからな」

「そこは耳が痛いわね。クエストは?」

「完了している。あとは報告だけだ」

「そう。なら、追加でぷるるんを止めるわよ!」

 

 まさかのアイリスハート、ボス化である。とはいってもアイリスハート自体、敵のような風格を漂わせているので違和感は無いのだが。

 追加クエスト、サブ目標はアイリスハートを止めろ、だ。メイン目標より難易度が高いのはどういうことか。訴訟も辞さない。

 

「あらぁ? ねぷちゃんも参加してくれるのね。複数人も全然イケるから、まとめてサービスしてあげちゃう」

「サービスって、相手が喜んでこそのサービスよ!」

「一部の業界では御褒美というが、あいにく我々にその趣味はないのでなッ!」

 

 女神同士の戦いは長いので割愛すると、アイリスハートは無事に停止した。というのも、遅れて現場に到着したアイエフに見られたことが、どうもアイリスハートの中で引っ掛かったらしく、渋々といった感じではあったものの変身を解いたのだ。

 もっとも、その頃にはパープルハートもエルスタトリガーもボロボロだったわけだが。周囲も保護地区だというのに、弾痕やら切り倒された樹木やらで戦場跡地状態だった。

 

「うぅ……なんでわたしがこんな目にぃ……」

「すいません……軽率すぎました」

「ほんとだよ! これはゾンビ映画で自宅に立て籠っちゃうくらい有り得ないことだよ!」

「ねぷ子、細かすぎて伝わらないわよ」

 

 ギルドで報告を終えたトライユ達は、再び教会へと戻って行く。

 その後ろをひっそりとついて行くナイスバディな美(?)少(?)女。金色の髪を優雅に揺らし、そして豊満な胸も揺らし歩く彼女はリーンボックスと呼ばれる国の女神、ベール。

 おしとやかな印象を抱くが、その実は廃人ゲーマーだ。一度火が着くと一週間教会から出ないなど、当たり前である。

 

「なるほど……あの方が噂のガンナー。FPSやシューティングなら、わたくしの国が一番ですわ。是非、次のゲームソフト制作に彼女の力を借りたいですわね」

 

 一応は友人の国なのだからこそこそする必要もないのだが、プラネテューヌとリーンボックス――いや、リーンボックスに限らずラステイションやルウィーといった国々も、シェア争いのライバルである事に変わりはない。

 出来るならば、新作ソフトの根幹システム開発には他国を入れたくはないものだ。ベータテストならばともかく。

 

「行きましょう。少し、ネプテューヌから借りるだけなのだから大丈夫大丈夫……ですわー」

 

 スニーキング状態から素早く変わり身。友人モードで、ベールはプラネテューヌ教会の扉を叩いた。

 その頃、トライユは自室でぐったりとしていた。その様足るや、垂れてるパンダのよう。

 

「なんか……三日って、スゴく長く感じる……。まだ二日目だよね。明日には帰れるのかな……」

 

 この発言は帰れないフラグである。折れれば可能性もあるが、ごくごく低確率。ゼロと表示されても小数点以下といったレベルで、彼女は帰れない。大体察されているだろう。

 

「このままだと身が持たないよ……。皆さんには良くしてもらってるし、女神化も復活したけどさ~。少し休もう――」

「ガラッ! ですわ! ――なるほど、こうすれば横開きになるのですね。爽快です」

 

 突如、トライユの部屋の扉が横にスライドして開いた。そこにいるのは無論、ベール。ネプテューヌに話を通したのか、特に彼女の見張り役は居ないらしい。

 アブネス流ドア横開き術を勝手にマスターしつつ、ベールはベッドで項垂れるトライユへ歩み寄った。

 

「トライユさん、ですわね? わたくし、リーンボックスという国を治めるベールと申します。今回は、お願いがあって来たのです」

「なんでしょう……」

 

 もはやトライユに、ベールが何者かなどという考えは浮かばなかった。

 考えるだけ無駄。トライユはなんとなくだが、超次元の生き方を学んだ気がしていた。

 

「わたくしの国へ、是非一度いらして欲しいのです。是非トライユさんのお力をお貸しくださいな」

「いいんですけど……休んでからでいいですか」

「ああ! 失礼致しました……。ごゆっくり、休んでくださいまし。申し訳ありません、気が回らなくて……」

「いえ……では……」

(計画通り……ですわ)

 

 リーンボックス行き、決定。

 トライユに本調子が戻れば彼女も気に入る国なのは間違いないが、なにぶん濃密な二日間のせいでヒットポイントは限界だ。

 明日を待ち、イストワールの話を聞いてからでも遅くはないだろう。ネプテューヌとゲームをやるため、部屋を出ていったベールを見送って、トライユは少し早い眠りについた。





「なんか……三日って、スゴく長く感じる……。まだ二日目だよね。明日には帰れるのかな……」

 この発言は帰れないフラグである。折れれば可能性もあるが、ごくごく低確率。ゼロと表示されても小数点以下といったレベルで、彼女は帰れない。大体察されているだろう。

「このままだと身が持たないよ……。皆さんには良くしてもらってるし、女神化も復活したけどさ~。少し休もう――」
『ガラッ! ですわ! ――あら? 開きませんわね……んっ! おかしいですわ……アブネスさんはいとも容易く開けているのに! すみません、開けてくださいましー!』

 結局開きませんでした。


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大事なのは雰囲気作りってばっちゃが言ってた気がする

 トライユが超次元に来てから三日目。イストワールの予告通りならば、今日この日がトライユの次元超越の理由が判る日になる。

 例によってイストワールの電脳世界に呼び出されたネプテューヌ達プラスベールは、得も知れぬ緊張感に呑まれそうになっていた。

 

「検索した結果、十次元の存在を確認しました。今度は『高確率』ではなく、確実ですね。トライユさんの国は、確かに存在していました。プルルートさんの居た次元は別なわたしが居ましたから、簡単に見つけられたのですが……十次元は平行世界では無いので」

 

 イストワールが話を切り出すが、その面持ちはあまり芳しいものではなかった。

 

「平行世界じゃない、ということは――完全に別世界の住人ということになるわ。そしてイストワール様が連絡を試みようにも、十次元にはプルルート様のいらっしゃる次元と違って別なイストワール様が居ない。――要するに、専用回線が敷けないのよ」

 

 アイエフが若干の説明を補足すると、トライユが問いを投げる。

 

「私は、帰れるんですか? 今、ヴァル・ヴェルデは!?」

「つ、掴まないでくださーい! ――とにかく、連絡先にすべき座標は捉えたのであとは向こうと通信出来るように、相手を検索するだけですが……」

「なーんか嫌な予感がするなーわたし。いーすん、それ三日で終わる?」

 

 ネプテューヌが問うと、イストワールはふるふるとかぶりを振った。やはり、その面持ちは宜しくない。

 

「じゃあ、三時間くらいです?」

「あ、いえ。――まことに申し上げにくいのですが、三週間です」

 

 三週間。イストワールの言葉に、空気が凍りついた。

 帰れるわけでもなく、トライユの次元を確認するのに三日。更に、トライユの国と連絡を取るのには三週間を要するだろう、と――これには、当事者であるトライユはショックのあまりにめまいを起こした。

 

「そんな……いーすんさん、なんとかならないんですか?」

「こればかりはどうにも……。十次元にもイストワールが確認できれば、わたしたちの機能で通信が可能ですが――存在は確認できません」

「確かに。イストワール様のおっしゃる通り、私の国にはそういった人工生命体は居ません。――ただ、国王様であれば或いは……」

「では、ヴァル・ヴェルデ国王様を中心に連絡先の検索にあたってみますが、三週間はみてください。早まるようであれば、改めて集まりましょう」

 

 結局、トライユの次元超越の理由は解らずじまいだった。

 しかし、まだ完全に帰れないと決まったわけではない。サバゲーの女神たるもの、いつまでもウジウジしている訳にもいかない。

 幸いにもベールがネプテューヌに話を通してくれていたお陰で、リーンボックス旅行へは滞りなく進んだ。陸路をバイクで、空を飛ぶベール=グリーンハートによる案内で行くトライユ。

 その姿を遠目で眺める幼女が一人。

 

「あれが最近各国を回ってるっていう幼女ね。幼女かどうか微妙なラインだけど、リーンボックスの女神と比べたら全然幼女だわ! 消去法幼女でも、わたしは幼年幼女の味方なんだから!」

 

 

 都市リーンボックス。いろいろとサイズの大きい懐の広い国。

 しかし、今回は観光ではない。ベールから道中聞かされたのは、新作ソフトの意見を第三者で且つ、FPSなどのミリタリーな方面に強い者から意見を聞きたいというもの。

 つまりは、これも立派な仕事。意気込んで教会へ足を踏み入れたトライユではあったが、見た目の豪華さに反するBL系ポスターやら、フィギュアやら大量のゲームソフトやら――ベールのイメージにそぐわないオタクっぷりに、すっかり肩透かしを食らう。

 

「今から準備を致しますので、どうぞ――紅茶とお茶菓子を召し上がってお待ちくださいませ」

「あ、あぁどうも……」

 

 出された紅茶の湯気をくゆらせて、トライユは静かに紅茶を一口啜った。

 ベールは準備とやらで去っていったが、案内されたのは明らかに客間だ。まさかここでゲーム開発の話をしようというのか……あまりにも不用心な気がしてならない。

 

「ガラッ! みーつけた!」

 

 案の定、侵入されている。それも幼女に。どうやって開けたのか、扉は勢い良く横にスライドしていた。

 びしり、とトライユを指差したピンクのワンピースに身を包む少女は、強気な視線でトライユを頭のてっぺんから爪先までなめ回すように眺め、納得したように頷いた。

 

「消去法だけど、あなたは幼女ね! かわいそう……銃を持たされるなんて、これは国際社会にも通用する事態だわ!」

「えっと……どちら様でしょう? 私、ここは詳しくなくて」

「わたし? なら、アブネスちゃんって呼んで! ささ、さっきの年増女神が戻ってくる前に、リーンボックスから抜け出すわよ!」

「と、年増女神って……」

 

 アブネスと名乗った幼女が消去法幼女という謎のカテゴライズを受けたトライユの手を引こうとする。しかし、トライユがアブネスから目を少し上に向けると、そこには何と目元に影を落としつつもにっこり微笑むベールの姿が。

 

「侵入者、ですわね。全くあなたもまた、懲りませんこと……」

 

 ベールがアブネスとトライユの手をぺしりと払い、アブネスの首根っこを子猫のように掴んでポイ。

 

『わたしは諦めないわよー! 必ずそこの消去法幼女を助け出すんだからー!』

「消去法にするくらいなら構わなくていいんですけどね……」

「ふむ――ああ見えて、あの方は少々悪知恵が働くのです。このまま新作ゲームの話をするのは、得策ではありませんわね。有らぬ悪評を吹いて回るかもしれない……」

 

 ベールが顎に指を当て、暫し悩む。アブネスとは、それほどまでに厄介らしい。

 トライユが困り気味に部屋へ視線を泳がせると、そこにはとある物が飾ってあった。

 

「ベールさん、提案が一つあります。かなり強引な手ですが――」

 

 トライユは壁を眺め、ベールへとある提案を出した。

 

 

 リーンボックス、夜。アブネスは言葉の通り諦めること無く、トライユを再びベールから引き離すタイミングをうかがうため国に残っていた。

 彼女に幼年幼女を置いて逃げる、という選択肢はないのである。ただし、トライユは消去法。

 

「むむぅ……。このままじゃ、幼女を救うなんて出来ないわ。なんとかしてあの女神から離さないと――ん?」

 

 街を歩くアブネスが見つけたのは、人混みの中を歩くトライユの後ろ姿だった。

 無論、それをアブネスが逃がす筈もない。すぐさま追跡を開始するが、人混みによって思うように先へ進まない。

 それでも見失うまいと追い掛けるうちに、アブネスは市街を大きく外れた森の中へ迷い込んでしまっていた。辺りは真っ暗で、当然灯りの一つもあるわけが無い。

 

「な、なんだってこんな所に来ちゃったのかしら……。でもあの消去法幼女はここに来たはず――」

 

 バサバササササ!

 

「ひゃあっ!?」

 

 鳥の羽ばたく音に、飛び上がって驚くアブネス。

 不吉にカァカァと鳴くカラス達が、アブネスの見上げる月を不気味に隠す。まるでホラーゲームの中にいるかのような恐怖を、アブネスは感じていた。アブネスはゲームなどやったことはないが。

 

「も、もう! 単なる鳥なら鳥って言いなさいよね! ビックリして損したわよ――」

 

 鳥たちに悪態をつくアブネスは、気付けば森の深くに足を踏み入れていた。鬱蒼と生い茂る木々の下には、月の灯りすら届かない。

 辺りを見回しながら歩くアブネス。その時だった。

 

 ジャキンッ!

 アブネスの後頭部辺りに、何かの違和感と人の気配。そして、奇妙なメカノイズ。

 彼女の背後で、黒い何かが微かな月明かりに煌めいた。アブネスが思わずその場で固まると、背後から声が聴こえてくる。

 

「昔、とある女が作戦行動中にコブラに噛まれた……」

 

 バサバサ! ギャアギャア!

 カラス達はより一層、騒ぎ出す。アブネスは身の危険を感じながら、逃げ出す事が出来なくなってしまっていた。

 代わりに、アブネスは背後の声へ問う。

 

「そ、その女はどうしたの……?」

 

 ガサガサガサ……。

 生い茂る木々が、より一層不気味に擦れ合い、冷たい風がアブネスの頬を打っていく。

 アブネスの問いに、声は静かに応えた。

 

「女は三日三晩……噛み付いたコブラと格闘し、そして最後には――」

「最後には……?」

 

 カラスがかぁと一つ鳴くと、声はトーンを一つ落とし返す。

 

「――コブラが死んだ」

「ヒェッ……」

 

 ばちんっ!

 アブネスの背後で、硬い金属音が鳴り響く。

 彼女は驚いた猫のように飛び上がり、その場で腰を抜かしてしまった。こうなると、アブネスも可哀想に見えてしまう。

 

「全く、こう――ゲーム参加者以外に銃口を向けるのは避けたかったのだがな」

「ですが、これはあなたの言い出した作戦でしてよ?」

「ああ、そうだったな。返すぞ、これ」

 

 アブネスの前に居たのはエルスタトリガー、そしてベール。エルスタトリガーは手に持ったレバーアクション銃をベールへ手渡し、アブネスへ視線を遣る。

 

「驚いたか? あんまり人をつけ回すから天罰が下るんだ」

「は……え? えっ? あの幼女は!?」

 

 目の前にいるエルスタトリガーこそ、アブネスが探している消去法幼女本人なのだが、見た目の変化はネプテューヌの変身並みに激しいものだ。性格も別物。到底、同一人物だとは思わないだろう。

 

「失望させたか……まあ、諦めるんだな。『セイフティ』」

 

 エルスタトリガーが唱えると、アブネスの目の前には目的のトライユが現れる。

 

「コブラに噛まれたっていう話は、私の姿の方なんですよ。だから、私は大丈夫です。もしまだ付きまとわれるようなら、我々で強硬手段に――」

「い、一旦退くだけよ! 必ずまた助けにくるんだから! おぼえてなさい!」

 

 足早に立ち去っていくアブネス。その文句はとても安っぽいものであったが、これもトライユには貴重な経験か。

 いや、消去法幼女というカテゴライズは素直に喜ぶべきものではないのだが……。

 

「はあ……思わぬ珍客のお陰で、お話が先延ばしですわ。今日は是非、リーンボックスでお休みになられてくださいな。まずは教会で、晩餐会に致しましょう!」

「そ、そうですね。少し疲れましたし……。でも、本当に弾を込める訳無いんですけどねー。そんなに恐いんでしょうか、やっぱり」

(絶対、雰囲気の方で圧倒していましたわ。間違いない……!)

 

 市街へ戻る道中、ベールはトライユの見方を少し改めることにした。

 ちなみに説明を加えると、トライユがベールから借りたレバーアクション銃は無論本物ではない。遊戯銃である。

 そして、リーンボックスでの夜は更けていく……。





 ジャキンッ!
 アブネスの後頭部辺りに、何かの違和感と人の気配。そして、奇妙なメカノイズ。
 彼女の背後で、黒い何かが微かな月明かりに煌めいた。アブネスが思わずその場で固まると、背後から声が聴こえてくる。

「昔、とある女が作戦行動中にコブラに噛まれた……」

 バサバサ! ギャアギャア!
 カラス達はより一層、騒ぎ出す。アブネスは身の危険を感じながら、逃げ出す事が出来なくなってしまっていた。
 代わりに、アブネスは背後の声へ問う。

「そ、その女はどうしたの……?」

 ガサガサガサ……。
 生い茂る木々が、より一層不気味に擦れ合い、冷たい風がアブネスの頬を打っていく。
 アブネスの問いに、声は静かに応えた。

「女は三日三晩……噛み付いたコブラと格闘し、そして最後には――」
「最後には……?」

 カラスがかぁと一つ鳴くと、声はトーンを一つ落とし返す。

「…………どうだったかな。コブラが先だったか、私が先だったか……」
「あんた、何回死ぬ気よ!?」


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夢のゲームっていうけど、万人に受けるとは限らない

 リーンボックスで過ごした夜は、トライユにとってアブネスと出会ってしまった事とは別な、良い意味での思い出となった。

 そして夜は明け、改めてベールはトライユへ新作ゲームの制作に彼女の力を借りたいという旨を説明する。

 

「わたくしの国、リーンボックスは主に一人称視点シューティング――いわゆる、FPSなどが得意分野ですわ。そして新作は本格的なミリタリーをベースに作る事に決めていますの」

「それで私の力を借りたいというのはわかりましたけど、決して万人にウケるジャンルじゃないと思いますが……」

「承知の上ですわ。ですから、ミリタリーの中にアクションを加える……。『まるで映画の中』――それが、メインテーマになっていますわ。トライユさんには、是非銃器監修などを――」

 

 ベールの話はトライユにもなんとなく理解は出来た。しかし、こういった物は『制作側が理解している』のと、していないのでは出来が大きく異なるであろう、という懸念も生まれた。

 ベールはゲームに精通はしているだろう。だが、『サバゲーはどうだろうか?』――そう考えるとクエスチョンマークが浮かび上がる。

 ここは“ゲイムギョウ界”。サバイバルゲームが盛んだ、という話はやはり聞かない。あくまでもバーチャルなゲームに限っている。

 

「あの、ベールさん」

「はい? なんでしょう?」

 

 トライユは思い切って、ベールへ自身の考えを打ち明ける事に決めた。

 

「ベールさんは、サバイバルゲームなどのご経験はありますか?」

「いえ……自分でクエストをこなす以外はバーチャルですし、わたくしの武器は槍ですので――銃を使ったサバイバルゲームというのは……」

「なら、サバゲーしましょう! 自分で撃ってみて、それをより活かせるようにすればきっと説得力が増すと思うんです! ネプテューヌさんから聞いたんですが、ここには体感型のゲームがあるとか……」

「マネクトですわね。――なるほど、マネクトのVR空間を利用すれば、確かにサバイバルゲームも室内で可能になりますわ! そうと決まれば、早速準備あるのみです!」

 

 部屋から飛び出したベールを目で追って、トライユは静かに紅茶を啜る。今回は久し振りの教官役――といっても、小難しくしてはかえって混乱させてしまう。

 万人に極力受け入れられるカジュアルさ、そしてミリタリー系FPSとしての説得力を説明する上では、トライユのままでは難しいかもしれない。

 ここは、女神として教えた方がプラスは大きいだろうか。トライユは少し悩んでから、女神化を決めた。

 

「マネクトをお持ちしましたわ――って、どうして女神化を?」

「いや、説明に関しては此方の方がやりやすくてな。それに、どこぞの旅人が教えた、というより女神が教えた、と言う方が箔も付くだろう?」

「どうなのか解りかねますが……それでトライユさんが満足出来るのであれば、わたくしはそれでも構いません。さ、起動しますわよ!」

 

 マネクトの電源を入れると、部屋の中に広大な草原のフィールドが投影される。もちろん単なるマッピングではなく、足を踏み入れることも可能だ。

 

「では、まずは銃の扱いからだな……」

 

 エルスタトリガーが拳銃を取り出し、スライドを勢い良く引き下げる。映画では良く見かけるシーンだが、なかなか現実でやることはない。

 レクチャーシーンは割愛してしまうが、一時間も説明や実射を交えると、流石ベールというべきか、女神というべきか――瞬く間に吸収し、戦えるようになっていく。

 普段のドレスを交えて銃を持たせると、ベールが美しい女スパイのように見映えした。

 

「なんだか、ゲームとはやはり違いますわね。この、腕に走る衝撃も硝煙の香りも。すべてが、現実なのだと教えてくれていますわ」

「それが大事だな。だがいい筋だ――さて、次はカジュアル路線向けにモンスターを討伐しよう。出来るか?」

「勿論ですわ。そうですわね……あまり強くし過ぎず、数を多く設定しましょう」

 

 VR空間から設定を変え、モンスターを呼び出したベール。いくらバーチャルとはいえ、一瞬にして多数のモンスターに囲まれるのはあまり心臓に宜しくない。

 エルスタトリガーとベールは互いに銃を構え、駆け出した。

 

「久し振りに駆け回った感じだ! いいぞ、冴えてきたッ!」

 

 二挺のファイブセブン自動拳銃が、エルスタトリガーによって左右交互に火を吹く。

 傍らではベールも教えた通りより、遥かにアグレッシブな動きで敵を殲滅していく。

 広い草原に響く銃声はVR空間を通り越して教会中に喧しく反響するのだが、そんなものはどこ吹く風。知ったこっちゃねぇと言わんばかりに、二人は銃を振り回していた。

 

「ふう。久し振りに運動したな。平和にこしたことはないが、たまには撃たなければ鈍ってしまう。――少し休憩したら、要素について話し合おう」

「はい。ここからは、ゲイムギョウ界きっての懐の広さを持つ我がリーンボックスの本領ですわね。では、紅茶のおかわりを用意してきますので、漠然とで構いません。良い案があれば、用意しておいてくださいな」

 

 ベールはそう言うが、実のところエルスタトリガーには既に意見はあった。どのようなゲームがこれまでリーンボックスで販売されたか分かりはしないが、トライユ=エルスタトリガーの目指すところはただ一つ。

 

(やはり、カジュアルに且つマニアにも受けるような要素――だろうな。操作が複雑化するのは避けたい……)

 

 色々と思い浮かべることはあるが、今回はエルスタトリガーの欲張りセットでもある程度は話が通りそうである。

 無論、販売に関わる以上は自分の欲望だけを突っ込むわけにはいかないが。

 

「失礼致しますわ。紅茶とお茶菓子です、ここでこのまま草案を練っていきましょう」

 

 ベールが新しいティーカップとクッキーをトレーに載せて部屋へ戻ってきた。

 エルスタトリガーの言うことは決まっている。

 

「私から何かあるとすれば、銃器のカスタムは多数に。オンラインで差が付かないように、オフラインはシナリオを敷きながらオンラインでの動きを練習させつつ、カスタムパーツのアンロックは共通にする。そのままオフライン勢がオンラインに行っても通用するほうが、差は生まれないだろう」

「確かにそうですわね。あとは銃器のバランスですわ。爆発物無双になったゲームもありますし……いわゆる厨武器は無くしたいですわね」

「その辺りは結局腕だろう。実戦で活躍する特殊部隊の教官も、ゲームにいけばゲーマーにやられたしな」

 

 その後、話は数時間に及び――

 

「これであらかた終わりですわね。出来上がりのテストプレイは、初心者から上級者まで幅広くさせていただきます」

「それがいい。武器のアンロックがランク制じゃないのがいいな。使い込めば、拳銃も戦力になるものがある……」

 

 もはや単なるゲーム開発ではないような気もするが、一応の仕事は終わりである。

 ゲームの発売を見ることなくトライユがこの世界を去ってしまうか――それはわからない。だが、彼女がいた証はどんなクソゲーと評される事となっても、残るのだ。良しとするのが、それはまた良し。

 

「ところで、トライユさん?」

「はい?」

 

 女神化はとっくに解いている。仕事が終わり、バイクにまたがったトライユへ不意にベールは問い掛けた。

 

「十次元の女神、というお話はうかがっていますが、実際にはどういった女神なのですか?」

「銃の女神です。文字通りに」

 

 エンジンをかけつつ語ったトライユは、ベールへちらりと視線を向ける。

 

「では、お疲れさまでしたベールさん」

「はい。プラネテューヌに居られるのであれば、今度は遊びに行きますわ」

 

 トライユを半ば無理矢理誘った時もしっかり遊んで帰った、というのは秘密である。前々話で漏れてしまったが気のせいだ。

 すっかり夕陽の色に染まったリーンボックスから、プラネテューヌへ向けてトライユはバイクを発進させる。

 まだイストワールが連絡をつけるには早い。少し気を落としつつ、それでも超次元での生活に楽しさを見出だしていくトライユ。

 

「ねぷてぬ! あそぼっ!」

「おー! 来い、ピー子!」

 

 教会に戻ると、小さな子供が増えていた。

 なにこれ意味わかんない、とはその時のトライユの談だ。

 まだまだ、濃密な日々は過ぎ去っていきそうだ。夜のプラネテューヌで、トライユは夜景を見下ろしながら思う。

 

『おぐぉっ!? み、みぞおちは殴ったら……ダメって言ったよね……?』

『ネプギアが例の顔に……! 今のはがっつり入っちゃってたねー』

 

 黄昏るトライユの後ろが修羅場だが、大丈夫だ。問題ない。






「ところで、トライユさん?」
「はい?」

 女神化はとっくに解いている。仕事が終わり、バイクにまたがったトライユへ不意にベールは問い掛けた。

「十次元の女神、というお話はうかがっていますが、実際にはどういった女神なのですか?」
「えっ?」
「えっ?」


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受け継がれし破壊銃(ブラッドトリガー)

『トライユ! 犯人は右に曲がったわ!』

 

 プラネテューヌ市街地では、たまに街を騒がせる悪人との追跡劇が繰り広げられていた。

 リーンボックスでの仕事の成果は、まだ上がっていない。イストワールもまた、ヴァル・ヴェルデへの連絡手段を検索中だ。

 その間、トライユに課せられたのは広大なプラネテューヌの警備手伝い。もちろん真っ白ホワイト、笑顔の絶えない勤務シフトなのでご安心。

 

「了解しました!」

 

 足を止め、姿勢を低くして路地へ滑り込むトライユ。片手にはいつか手に入れた自身のショットガンを手にしている。弾数は無限、弾薬ボックスの効果である。便利。

 走りながらショットガンを構え、トリガーを迷うことなく引いた。暴徒鎮圧用のゴム弾は逃走犯の背中へ直撃し、そのままつんのめって転ぶ。

 

「捕まえましたよ!」

 

 犯人逮捕プラス1。報酬は特に無し。

 しかし、超次元を楽しみ始めるトライユにとってはそんなものどうでも良かった。

 逃走犯を然るべき機関へ突き出し、アイエフとトライユが市街で合流する。

 

「だいぶ馴染んできたわね。私としても、すごく助かってるわ。仕事がすごい勢いで減っていくから、楽なのよ」

「あははは……。こういう仕事は、私の生まれがそうである以上得意分野ですから。また何かあれば、連絡してください。もう暫く市街を警備してますから!」

 

 軍人よろしくな敬礼をアイエフへ向け、トライユは市街へ消えて行く。プラネテューヌの警備兵の一部も、そんなトライユに影響されつつあるのは秘密である。

 

「それにしても……うーん。少しお腹すいたなぁ」

 

 ちらりと目を遣れば、映るのはクレープ屋台。ちょうど悪党との追跡劇で小腹も空いていたし、糖分も欲しかったところだ。

 ちょうど良し、と向かっていくと背後からラグビー選手よろしくなタックルを加えられ、派手に吹き飛ぶ。

 

「とらいゆー!」

「へ……ふえ?」

 

 ずこーっな姿勢のまま動けずにいるトライユの背中に感じる、心地よい程度の重さ。耳にした声も、教会で聞き覚えがあった。

 

「ピーシェちゃん……だったかな?」

「うん! ぴぃだよ!」

 

 トライユがリーンボックスから帰ってきたら増えていた謎の幼女、ピーシェ。トライユも一応、教会でピーシェの名はイストワールから聞いていた。舌足らずな喋りに、その小柄な身体はいったい何処の幼稚園に通っているのか、と訊ねたくなるものだが、彼女のパワーはネプテューヌを一撃轟沈させる程である。

 油断していればトライユでさえ、街中で盛大に吹き飛ばされるほどに。お前のような幼女がいるか。

 

「ピーシェちゃん、一人?」

「ぷるるともいっしょ!」

 

 プルルートがいっしょだ、とピーシェは語るが肝心のプルルートは見当たらない。

 まったりタイプなプルルートに、元気一杯なピーシェではまるっきり逆だ。恐らくプルルートがもたもたとしているうちに、はぐれてしまったのだろう。

 とはいえ、プラネテューヌは広い。あまり動き回ると余計に合流できない可能性もある。トライユは半ば仕方なく、ピーシェにクレープを買って渡す。

 

「おいしー!」

 

 やんちゃそうな印象を与える八重歯を見せながら、ピーシェはクレープを嬉しそうに頬張る。

 対するトライユは、そろそろ腰の痛みが限界だった。

 

「あははは、良かったね。ところで、プルルートさんは?」

「うーん……まいご?」

 

 悲報。プルルート、迷子に迷子扱いされる。

 しかし、やはりどん詰まりらしい。ピーシェをこのまま教会に届けても良いのだが、プルルートが探し続けた挙げ句に女神化して暴れても困る。彼女の心は爆弾のように危なっかしいのである。

 

「ピーシェちゃん、いっしょにプルルートさん探そっか?」

「うん! ぷるるとさがして、とらいゆと三人であそぶ!」

「あ……遊べるかな――」

 

 この先の苦行を考えると、自身のヒットポイントを不安視せざるを得ないトライユだった。

 

 

 幸いトライユは軽武装。加えてピーシェは体躯が小さく、肩車も簡単だった。

 わいわいと騒ぐピーシェを支えるのは大変だったが、それが逆に良かったのかプルルートを発見。

 

「ふえ~……。ぴーしぇちゃん~、置いてっちゃダメだよぅ~……」

「あぅ、ごめんなさい……」

「ほ、ホントにお互い迷子さんだったんだー……。スゴい偶然だわー」

 

 迷子に迷子扱いされた迷子、プルルートが弱々しく叱るとピーシェはちゃんと反省したようで、謝罪の言葉を口にする。素直な子供は好かれるのでプラス点だろうか。

 一方のトライユは完全に置いてきぼり。遠い目で何処かへ呟いていた。と、思っていればプルルートは何かを思い出したかのように声を上げる。

 

「あ~! そうだったぁ。いーすんに~これを渡すようにおねがいされてたんだぁ~。トライユちゃん~、はい~」

 

 プルルートが差し出したのは、いびつとも言える形状をした深紅の自動拳銃。武器は既に間に合っているのだが、どうも事情が異なるらしい。

 トライユが拳銃を受けとると、プルルートは続けた。

 

「なんかね~、前にあたし達が行った島に落ちてたんだって~。よくわからないし、危ないかもしれないってしまってたらしいんだけど~……。トライユちゃんならわかるかな~って」

「拳銃が落ちてるって、いつからここはそんな物騒に……。うーん、マウザーみたいだけど違うし――可動部は動く、作りからしてオモチャじゃない……? よくわかりませんね」

 

 スライドを引いたり、撃鉄を起こしたりと試してみるが異状はない。形が少しおかしく、不気味な深紅の自動拳銃というだけ。ただし、弾はもちろん入っていない。

 しかし、使えないとわかってしまうと返していいのかどうか分からなくなってしまう。トライユが唸っているとプルルートは追い討ちを掛けるように言い放つ。

 

「それはぁ、あげる~っていーすんがいってたよ~」

「危険物処理係ですか私は……。まあ、拳銃一挺くらいいいですけど」

「むー! ぴぃもあそびたい! あそぼあそぼー! ぷるるとととらいゆばっかりずるい!」

 

 とうとう蚊帳の外になっていたピーシェが大噴火。全員KOされる前に止めなくてはもれなくデッドエンド。

 

「じゃあ、プルルートさんも付き合ってくださいね?」

「うん~! みんなでおでかけおでかけ~」

「おでかけ!」

 

 仕事終わりのトライユ。プルルート達と共に、彼女は公園へと向かっていった。

 その時トライユの持つ自動拳銃が微かにシェアエナジーを帯びたが、気付くものはいない。





 迷子に迷子扱いされた迷子、プルルートが弱々しく叱るとピーシェはちゃんと反省したようで、謝罪の言葉を口にする。素直な子供は好かれるのでプラス点だろうか。
 一方のトライユは完全に置いてきぼり。遠い目で何処かへ呟いていた。と、思っていればプルルートは何かを思い出したかのように声を上げる。

「あ~! そうだったぁ。いーすんに~これを渡すようにおねがいされてたんだぁ~。トライユちゃん~、はい~」

 差し出されたのはねぷぎゃーぬいぐるみ。例の顔がトライユを睨む。

「あ、あれ? この展開見たことある!」


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ドキッ!水着だらけのR18アイランド!ポロリはねーよ?

「あーるじゅうはちアイランド?」

 

 とある日のプラネテューヌ。まだ十次元との連絡はつかないが、ネプテューヌが暇潰しにと、トライユをとあるリゾート地へと誘った。

 

「うん! R18アイランドっていって、入島審査は厳しいけどすっごく楽しいんだー。海あり、サービスあり、だよ!」

「いや、どう考えても不健全な匂いしかしないんですが……」

 

 誘われたのはドレスコードが水着、もしくはオールヌードという極端なリゾート地『R18アイランド』。普通のリゾート地ならともかく、何故そんな際どいところに行かねばならぬのか?

 トライユは困惑するばかりだったが、イストワールの言葉で理解する。

 

「プルルートさんに預けた拳銃は受け取りましたよね? その拳銃があった島が、そのR18アイランドなんです」

「そういえば、『前に行った島』って言ってたような……」

「プルルートさんがそう仰有ったのなら、そこです。そして現在、そのR18アイランドに妙な箱が置いてあるそうなんです。一部屋分を囲ったような、奇妙な大きい箱が」

 

 イストワールの言葉を要約すれば、『事件っぽいから念のために見てきてください』といったところか。

 ネプテューヌ、ネプギア、プルルートは既に準備万端。あいにく刺激の強い島故、ピーシェはお留守番である。

 もちろんタダで留守番を引き受けた訳はなく、『ねぷのプリン』と、更に加えて『一日中遊ぶ』という交換条件のもと成り立った。

 

 

 集合したのはプラネテューヌ組、ノワール、ベール、そしてトライユは初対面となるルウィーの守護女神、ブランだ。

 ネプテューヌより更に小さいブラン。何が小さいって、背丈にバストである。ただ、トライユがブランへ――

 

「えっと、女神様……ですよね?」

 

 ――だなんて胸元を主に見ながら問おうものなら、『どこ見てモノ訊いてんだてめぇ』なんてドスの利いた返答が返ってきたので、勝手に察する事にした。

 それからブランはこほん、と咳払いして改めて自己紹介を始める。

 

「ルウィーの守護女神、ブランよ。正直あの島には行く気なんてなかったんだけど、話の概要を聞く限りだとこっちの国にも関係がありそうだから……」

「と、言うと?」

「似たような箱の報告が、こっちの国でもあるの。単なる箱ならいいんだけど、『ヘリコプターみたいに飛んだ』――なんてトンチンカンな報告まで幾つも挙がって、私も国の代表として調べざるを得なくなったのよ」

 

 うってかわって落ち着き払ったように語るブラン。要するに、彼女も事件調査のためにやむ無く――ということらしい。

 しかし、ネプテューヌは違っていた。

 

「えー!? 折角の海だよ? リゾートだよ? 遊ばないなんて損だよ! わたしを海につれてって!」

「その海にはこれから行くんでしょ。どうせアナタは遊ぶんだから、自由にしなさいよ」

「おー、ノワールは言うことがキツいー……。さては遊ぶ相手がいないなー!?」

「ハァ!? 誰がぼっちよ!」

 

 誰もぼっちとは言っていないのだが、ネプテューヌの“口撃”の前ではノワールにとって似たようなものか。

 しかし、確かに遊ぶわけではないのだからノワールの意識は高い。ネプテューヌはやはり、いつも通りらしい。

 話はそこそこに、R18アイランドは陸路で行くには少し遠い。よって、プルルート以外は女神化によって移動する。プルルートは吊り下げ貨物扱いである。仮に変身させようものなら、事態は拗れに拗れ、アイランド偵察どころでは済まなくなってしまう。

 

「暴れるなよ、プルルート……」

「変身したいよ~――」

「ダメだ。許可できん」

 

 引き上げはトライユこと、エルスタトリガーの役目だった。

 吊り上げられながらぐちぐちと文句を滝のように垂れ流すプルルートを、エルスタトリガーは適当な受け答えで受け流していた。

 

 

 それから暫く飛行し、R18アイランドへ到着。ネプテューヌ達のそのままでは通過が難しいためノワール、ネプテューヌ、ネプギアは全員女神化した上で水着。勿論トライユもミリタリーチックな水着で、エルスタトリガーとしてゲート前に集まった。

 ベールが女神化している意味は良く分からないが、何か彼女なりに思うところがあるのだろう。さて、問題はやはり変身させられないプルルートと小柄なブラン。

 

「チクショー……またこんなザマ晒すとは思わなかったぜ」

 

 毒づくブラン=ホワイトハート。ブラン時と違って容赦無く毒を吐くスタイルは変わったが、根本的な体格は然して変わらない。

 実際、エルスタトリガーへベール=グリーンハートが語るに、やはりブランはゲートを通過できずに破壊して押し通る――という手段を取ったらしい。

 

「ま、これも宿命ですわね。――入島チェックをお願い致しますわ!」

 

 高らかに宣言する一番、グリーンハート。

 現れるポップアップにすぐさま『はい』と答え、審査はパスだ。もっとも、ベールのままでも問題はなかったと思うのだが……。

 ブラックハート、更に続いてパープルハートとパープルシスターも無事通過。やはり残されるのはプルルート、ホワイトハートそしてアイランド初見のエルスタトリガーである。

 

「なに見てんだよ。先に行けよ」

「いや、勝手が判らなくてな……。先に行ってくれ」

「ねぇ~あたしぃ、変身していい~?」

『ダメだ!』

「ぷる~ん……」

 

 確かにプルルートがアイリスハートとなれば、少なくとも通過は出来る。しかし、その後の被害を鑑みるとやはり変身させるわけにはいかない。

 

「しょうがねえ、また余計な事言いやがったら叩き潰すだけだ」

 

 入島審査に挑むホワイトハート、そしてプルルート。

 まあ当然というか、残念ながら当然なのだが審査は通過できない。ホワイトハートの怒りもマックスなハートだ。

 

「なるほど、押し通ればいいんだったな。下がれ、二人とも」

 

 並ぶ二人の間からぬっと現れたのは、大型自動拳銃所謂『デザートイーグル』。二人が身を引いたのを確認し、一射、二射。雷の轟音めいた銃声と共に、巨大なスライドは激しく前後する。

 銃弾はモニターを粉々に破壊。それからノールックで警報器に一発ぶちこむと、くるりとデザートイーグルを一回転させて太股のホルスターに押し込んで消した。

 

「これでスッキリしたろ」

「くっ、耳鳴りが……」

「うえ~耳がキンキンするぅ~」

 

 あまりスッキリはしていないようだが、これで全員無事通過だ。苦い顔をするグリーンハートにも、エルスタトリガーは知らぬ顔。

 こうして、R18アイランド潜入視察がスタートした。





 入島審査に挑むホワイトハート、そしてプルルート。
 まあ当然というか、残念ながら当然なのだが審査は通過できない。ホワイトハートの怒りもマックスなハートだ。

「なるほど、押し通ればいいんだったな。下がれ、二人とも」

 並ぶ二人の間からぬっと現れたのは、大型自動拳銃所謂『デザートイーグル』。二人が身を引いたのを確認し、一射、二射。雷の轟音めいた銃声と共に、巨大なスライドは激しく前後する。
 銃弾はモニターを粉々に破壊。それからノールックで警報器に一発ぶちこむと、くるりとデザートイーグルを一回転させようとしたのはいいが、軸にしていた人差し指から抜け落ちてエルスタトリガーの右足を直撃する。

「おうっ!?」
「ド、ドンマイ」
「いたそ~……」


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燃え盛る破壊神器(エヌラスギア)

「ひゃっほーい! 海だー!」

「うわ、みんな裸だけど……何あれ。光?」

 

 浜辺に出たとたん、ネプテューヌが駆け出す。トライユが周囲へ目を配らせるが、同性でも目のやり場に困るような刺激の強い場所だった。

 それがR18アイランドイチオシの施設。ここ、『ヒワイキキビーチ』。嘘のようだが、実際にこんな名前なんだから仕方ない。

 水着もオーケー、全裸もオーケー。一種のヌーディストビーチのようでもあるが、遊ぶ観光客の身体には光線のような謎の光がまとわりついていた。

 

「ナゾノヒカリ草、というそうですわ。女性のきわどーい部分がお好きなんだとか」

「イラつきが止まらねぇ……」

「ブラン、どうどう」

「私は馬じゃねーぞ! 平均胸!」

 

 苛立ちに限界の来たブラン、とうとうノワールに対してまでブチ切れる。普段の落ち着きは何処へやら、急いで探索しなければ彼女は高血圧で倒れかねない。

 しかし、そう歩くまでもなく目的らしい箱は見つかった。それはとにかく巨大な箱というべき四角いもので、原理は判らないが海に浮かんでいた。

 

「あれが、ルウィーにもあったっていう謎の箱?」

「ええ。気付いたら居なくなるから、全員目を離さないで」

「見た限りは単なる箱ですが……うーん?」

「あれってぇ、壊せないの~?」

 

 箱から視線を外すことなく考える皆。プルルートの言うことが合っていれば苦労する事も無いだろうが、試した事実はない。

 トライユがM249LMGを召喚し、箱へ向けて構える。射撃準備の間、ネプギアたちは他の観光客の避難誘導だ。

 

「準備できましたけど、撃って大丈夫ですかね……」

「だいじょーぶだいじょーぶ! このネプテューヌが言うんだから問題ない!」

 

 ネプテューヌの言葉に、ノワールたち三女神は口を揃えて言った。

 

『あなただから不安なのよ』

 

 ともあれ、銃撃を開始するとヒワイキキビーチ等というリゾートビーチは瞬く間に上陸作戦の最中にいるかのような銃声に覆われる。

 人が死ぬ仕様ではないとはいえ、100発以上の銃弾を受ければ貫通は免れない。と、思いきや箱は全ての銃弾を弾いた上、突如大量のモンスターを放ってきた。これには驚きを隠せないメガミーズ。

 

「ちッ! やっぱロクなシロモンじゃなかったか。お前ら、やるぞッ!」

 

 真っ先に女神化したブラン。ホワイトハートに続き、次々に女神化し残されたのはトライユだけだ。

 しかし、どういうことかトライユは女神化しようとしない――

 

「なんで……?」

「とらちゃん!? 何やってるの、変身しなさい!」

「なんで、トリガーが――」

 

 ――女神化(トリガー)が、出来ない。

 女神化しようとしないのではない、女神化()()()()()()のだ。襲い来るビット達は四女神、そしてパープルシスターをかわし一斉にトライユへ射撃攻撃を行う。

 どうやら、箱のモンスターは通常とは違っているようだ。集中攻撃をかわす暇無く浴びたトライユは砂浜を滑り、横たわる。

 

「トライユさん! くっ――」

 

 パープルシスターが駆け寄ろうとしても、強化ビットがそれをさせない。

 全員が、トライユに気を配らせる暇もない程の猛攻。その最中、彼女が持っていた紅の自動拳銃がまるで炎のように魔力染みたシェアエナジーを放つ。

 シェアエナジーは横たわるトライユを瞬く間に呑み込み、襲い掛かるビットたちを文字通り一瞬にして吹き飛ばした。

 

「アナタ……なによ、それ」

 

 ブラックハートが驚くのも当然だった。エルスタトリガーになる筈だったトライユは、紅い拳銃を二挺に不気味な雰囲気を放つ太刀を背負うという、彼女には不釣り合いな姿。

 なにより、エルスタトリガーとおぼしきそれから立ち込めるような禍々しいシェアエナジーの奔流は不吉以外の何を感じさせようか。

 

「不思議だ。力が湧いてくる――そうか、この拳銃……いくぞ、やられたらやり返すまでだッ!」

 

 エルスタトリガーが、全員の視界から消えた。唯一確認できるのは、彼女が滑ることにより巻き上がる砂埃だけ。

 刹那、まるでバルカン砲のような凄まじい銃声の後に次々とビットが墜落していった。しかし、敵はまだまだ諦めていない。箱には逃げられたが、追うどころでもない。

 

「ブッ壊れろッ!」

 

 空中前転で両足に拳銃を取り付け、背中の太刀を抜いてビットを次々切り裂いていく。途中、無実のナゾノヒカリ草を巻き込んだが破壊衝動ともいうべき意識に呑まれたエルスタトリガーには、道を蟻が這うのと同じくらいどうでも良い些末なことだった。

 次々に飛び出す罵詈は、四女神達も同一人物かと疑う程。

 

「邪魔だァッ!」

 

 脚に取り付けた拳銃と共にビットに飛び蹴りを加え、撃ち抜く。その戦いは、長いようであまりにも一瞬。

 ビットはもういない。だがエルスタトリガーは止まらない。あろうことか、次は四女神へ狙いを変え駆け出した。

 そんな彼女と真正面から対峙したのは、ホワイトハートだった。

 

「こういうのはな……叩けば、直るんだよッ!」

 

 ほんの一瞬、ホワイトハートが戦斧を振るタイミングを誤ればビット達と同じ目に遭わされていただろう。

 だが、ホワイトハートの一撃は痛烈に暴走するエルスタトリガーの脇腹を捉え、吹き飛ばす。再び砂浜に転がったエルスタトリガーの女神化は解け、シェアエナジーのオーラも消えた。

 どうやら、なんとか暴走は止まったらしい。そうと決まれば、大至急教会へ運ぶ以外彼女達に手は無い。

 箱に関しては、一旦後回し。トライユを元に戻さなければ、箱の調査どころではないのだから。

 紅の拳銃からは、再びシェアエナジーが失われていた。まるでエルスタトリガーが、暴走の燃料にしたかのように綺麗さっぱりと。




スペシャルサンクス
アメリカ兎さん(紅い自動拳銃の元ネタ、エヌラス)
┗超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽-(R-18作品)


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夜闇の次元閉鎖(サーバークローズド)

「トライユさんが、女神化出来なかった……ですか。それどころか何かを依り代に凶暴化したと」

「そうなんだよー……。まあ、原因はどう見てもあの銃だったから、今はまたわたしが厳重に封印し直したけどね~」

「珍しくねぷ子が優秀だったわよね。普段なら面倒なことはしないのに」

 

 各国女神は一度自国へ戻り、箱についての情報を集めると共に体勢を整える事となった。

 R18アイランドでの一件以来意識を失ったトライユは、プラネテューヌへ運ばれ時計が日を跨ごうとする今も目を醒まさないでいる。

 ネプテューヌ達が集まったのはいつもの電脳世界。深紅の自動拳銃は再び封印されたが、トライユが女神化出来なかった原因がそこだけにあるとは皆も考えていない。

 

「えっと~……普段は十次元? から、シェアエナジーはもらえてたんだよね~?」

「はい。いつものエルスタトリガーさん――トライユさんでしたし、何より――」

「――入島チェックまでは、女神化してたんだよね。それを解いて、その後に箱がぶわぁ! っとビットを吐き出してからがもう大変で……疲れたよぉ、もう!」

 

 ネプテューヌがごちるも、トライユの問題がまず優先。プルルートが語ったように、入島チェックまでは女神化していたトライユ。

 入ってから女神化を解き、再び戦闘で女神化しようとしたら出来なかったという、いざというときに突然接続が切れる無線通信特有のエラーとも言える事態だったのは言うまでもない。

 

「トライユさんのシェアエナジーは、十次元から無線通信で届いているようなものですから、いつラグが発生してもおかしくはなかったのですが……」

「うーん……光な環境が欲しい話だね」

 

 まことに珍しいながら、ネプテューヌさえ腕を組んで難しい顔をする。超次元は明日にでも槍が降るのではないか、と誰もが考えるが口には出さない。

 ネプテューヌはネプテューヌなりに、友人を救いたいだけなのだから。

 

「イストワール様、十次元との連絡はやはりまだ……」

「はい。通信先は突き止めたので、リダイヤルし続けていましたがやはり電波が安定しないのか、それとも“受け手”がいないのか、今のところ応答はありません」

「せめて十次元と連絡だけでも取れれば、とらちゃんも少しは元気になってくれると思ったんだけど、まだ掛かりそうかぁ……」

 

 今回はあまりにもイレギュラーな案件故、イストワールをポンコツ呼ばわりはしないネプテューヌ。そもそも色々と古いのはプルルートの次元にいるという、別なイストワールだが。

 解決案も見つからぬまま、悩み続けるプラネテューヌ組。そこへ、ネプテューヌの端末へ連絡が入った。

 

「おっとっと……あれ、ノワール? どったのー?」

『どったのー? じゃないわよ! 今、ラステイションが襲撃されてるのよ! 同時にリーンボックスもよ。今無事なのは、プラネテューヌとルウィー――』

 

 ザザッ!

 意味深に走ったノイズと共に、ブラックハートのものとおぼしき声は空間から消え去った。

 それが更に周囲を困惑の波に陥れる。当然、端末は既に応答しない。

 

「返事がない。ただの端末のようだー――って、どえぇぇぇぇ!? こ、こんな時に各国同時襲撃ぃぃ!?」

「どうやら事実のようです。ラステイション、リーンボックスでの戦闘を確認出来ます。ニュースになってますね」

「トライユでこっちもいっぱいなのに、どうしてこんな時に……」

 

 その時だった。ぴーん、とプルルートが何かを察した。実際にそんな音まで響かせて。

 

「いま~、ノワールちゃん……無事なのはプラネテューヌとルウィーでぇ、ラステイションとリーンボックスは襲われてるって言ったよねぇ?」

「待ってくださいプルルート様、その先を言ったら絶対――」

 

 アイエフが止める。しかしプルルートには効果がなかった。

 

「順番に襲われたって考えたらぁ、次に来るのはルウィーかぁ……」

 

 ――『ここ』だよねぇ?

 

 手遅れだった。

 電脳世界にも響くほどの轟音、教会に響く非常用サイレン。

 襲われたのは、よりにもよってプラネテューヌの教会だった。必死に応戦する戦闘員の声も聴こえる。

 

「イストワール様、話は一旦あとに! 今は侵入者を撃退しないと!」

「わたしの家がぁぁぁ!? このままじゃゲームがジャンクに変えられるぅぅ! いざ、ネプテューヌ全力出撃ー!」

 

 太刀を呼び出して駆け出していったネプテューヌ。ネプギアもビームサーベルを片手に追い掛けていく。

 会議は中断、一旦侵入者の撃破に集中する事となった。

 

「あたしはぁ、ぴーしぇちゃんとトライユちゃんのところに行くね~?」

「コンパは負傷した人員の手当てを、私は援護に入るから!」

「はいです!」

 

 電脳世界から次々と退出していく中で、残されたイストワールが十次元観測に違和感を覚えた。

 

「これは……まさか――」

 

 

 それは、本人が自覚できるほど現実離れしていた。

 エルスタトリガーの前には、ヴァル・ヴェルデを襲撃したゲリラたち。外国から連れてこられた子供達へ本物の拳銃を突きつけ、脅しをかける。

 

「やめなさい! この国はそんなことをするためにある国じゃない! 子供たちは預かる。即刻、立ち去りなさい!」

 

 エルスタトリガーが構えた二挺のファイブセブンは、暴徒鎮圧用弾だった。彼女の国は殺しはしない、本当なら実銃すら持たない国だ。

 エルスタトリガーがこうして実包を込められる銃を持つのは、あくまでも威嚇用でしかない。あとは軍部の人間か。

 女神の言葉へ意地の悪い笑みを見せた男の一人は、拳銃のトリガーを躊躇いもなく引いた。

 

「貴様……」

 

 彼女が小さく呟いたあと、再び正気を取り戻した時辺りに転がっていたのは死体だった。

 怯える自国民達、泣きわめく子供達、そして血塗れになりながら唖然とする自分自身。

 

『あ……私は――』

 

 そこで、トライユは目覚めた。サイレンが鳴り響き、周囲は激しい戦闘を感じさせる騒音に包まれている。

 ベッドから上半身を起こすと、ピーシェが横にいるのがわかった。この状況で、じっとトライユを見守るように座っている。

 

「ピーシェちゃん、居てくれたの……?」

「うん。ぴぃ、ずっととらいゆがおきるのまってた。とらいゆ、ないてたもん」

「……ご、ごめんね。大丈夫だから、ね? それより、これはどういう状況?」

 

 ピーシェに言われて初めて気付いたトライユは、服の袖で頬を伝う涙を拭った。

 そうして笑顔を見せた彼女は、この騒がしい状況に備えて拳銃を呼び出そうとする。

 

「……? あれ、もう一回」

 

 一瞬時空に歪みが生じただけで、拳銃は手元に無かった。

 愛銃ファイブセブンは自身のM249ほどではないが、女神の力を強く持つ。仮にシェアエナジーが無くなれば使えなくなるのだが、二回目のトライでは呼び出しに成功した。

 

「とらいゆ……」

「大丈夫。私は、大丈夫だよ。それより、ピーシェちゃんは隠れてて。様子を見てくるから」

「ううん、ぴぃもたたかう! ぴぃもすっごいよ!」

 

 ぐるぐると腕を回して力を誇示するピーシェ。ダメだといっても、無理矢理についてきそうな雰囲気すらあった。

 それならば付いてきてもらう方が、守る側としてはやりやすい。

 

「よし、じゃあ行こう。ピーシェちゃん」

 

 いつかラステイションで作った弾薬クレートのお陰で、弾切れは無い。

 ネプテューヌの部屋から飛び出したトライユは、すぐにヒワイキキビーチで戦った改造ビットに遭遇、二挺を構えてトリガーを引いた。

 照明が落ちて暗闇に染まった部屋を、オレンジ色の光が明滅する。今回込められているのはトライユのトラウマでもある、実弾。だが、狼狽えている暇などありはしない。

 

「とらいゆー! こっちもおわったー!」

 

 ねこグローブをはめたピーシェはひらひらと手を振るが、その足元では彼女の倍はある大きさのビットが粉々に砕け散っている。

 笑いながらそれをやってのけたらしいピーシェへ冷や汗を流しつつ、トライユはピーシェを連れて戦闘が集中しているとおぼしき一階層入口へ向けて走った。襲い来るビットを撃ち落としながら。

 これくらいなら容易い作業な筈だった。不意に、ファイブセブンのスライドが後退したままロックして弾切れを告げるまでは。

 

「――!? バカな、弾切れ!?」

「とらいゆあぶない!」

 

 一瞬の焦りが、トライユに隙を生んだ。ピーシェがビットを粉砕してくれなければ、今ごろトライユは蜂の巣だ。

 幸い、現在のエリアはピーシェが粉砕したビットで最後だったらしく敵の姿はない。

 弾の切れたファイブセブンを眺めて、トライユは改めて自身に起こる異変が何なのかを察した。シェアエナジーが無くなれば無限に撃つ事の叶わない愛銃、シェアエナジーで作った弾薬クレートも無意味、更にR18アイランドでのトリガーエラーという名の、女神化不発。

 

「十次元からのシェアエナジーが――」

 

 電脳世界で、イストワールも漸く理解していた。

 

「十次元から辛うじて供給されていたシェアエナジーが、やはり観測できませんね……」

 

 トライユとイストワールは、同時に同じ答えへ帰結する。

 

『十次元からのシェアが、無くなった……』

 

 トライユが女神として超次元に居られた源が、とうとう費えてしまったと。





 解決案も見つからぬまま、悩み続けるプラネテューヌ組。そこへ、ネプテューヌの端末へ連絡が入った。

「おっとっと……あれ、ノワール? どったのー?」
『どったのー? じゃないわよ! 今、ラステイションが襲撃されてるのよ! 同時にリーンボックスもよ。今無事なのは、プラネテューヌとルウィー――』

 ザザッ!
 意味深に走ったノイズと共に、ブラックハートのものとおぼしき声は空間から消え去った。
 それが更に周囲を困惑の波に陥れる。当然、端末は既に応答しない。

 ――一方その頃ラステイションでは。

「ちょっとぉ!? 私の出番これだけなの!? せめてもっとなんかあるでしょ!?」


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使えるものは見聞者でも監視カメラでも調理器具でも使え

「銃が使えない……」

 

 今まで無尽蔵に供給されていた弾薬が、シェアの消失により突然消え去ってしまった。

 トライユの手元に残ったのは、もはや単なる重りにしかならないハンドガン二挺と超次元で取り返したショットガンだけ。ショットガンの弾も、もちろん切れている。撃てる代物ではない。

 

「とらいゆ……」

「ピーシェちゃん――悩んでたってダメだ! ピーシェちゃん、厨房……ご飯作る場所はどこか判る!?」

「うん! こっち! とらいゆはぴぃがまもる!」

 

 勇ましい台詞と共に駆け出したピーシェ。すぐにトライユもあとへ続き、道すがら銃を身に付けたホルスターへと戻した。

 普段なら――シェアエナジーがあれば、ホルスターに入る銃は次元間に収納される。エルスタトリガーや、トライユが普段のファイブセブンのみならず、デザートイーグルやら諸々を引っ張り出せるのはそのお陰。しかし、今はすっぽりと銃が納まってしまっている。他の銃を呼び出す事も出来ない。

 結局、今彼女の武器は十次元での取り締まりに使っていた体術、それからピーシェによる援護のみ。ただの少女と変わらなくなってしまったトライユにとって、ピーシェの援護は特に重要だ。バイオなハザードが起きた街を、ナイフ一本どころか素手で切り抜けなくてはならないような状況なのだから。

 

「てぇい!」

 

 ピーシェによってバラバラに砕かれるビット。その最中、トライユに預けられている携帯電話が振動した。

 すっかり存在は忘れ去られていたが、今になってようやく重要な役割を果たすときが来たということか。

 

『トライユ、無事!?』

「アイエフさん? 私は無事です。これから厨房に向かいます! 女神化が出来なくなって、代わりに何かしら手を考えます!」

『いやいや、なんでそれで発想が厨房にいくのよ!? っていうのは一先ず良いにして、今そっちにプルルート様が向かったの。見掛けなかった!?』

 

 アイエフの声は殆ど叫んでるに等しく、電話の声はピーシェにも漏れ聴こえていた。

 それを察するトライユは、辺りを警戒するピーシェへ視線を投げる。ふと視線が結ばれて、トライユの意図を汲んだピーシェは静かにかぶりを振る。

 同時に、嫌な予感がしないでもない気がしたトライユ。

 

「アイエフさん、もしかすると教会……崩壊するかもしれません」

『冗談言ってる場合じゃないわ……って、どういうことよ?』

「プルルートさんはまだ見掛けていませんし、私たちも結構フロアを下りましたけどすごい敵で――もしかすると……」

 

 トライユの言葉を遮るように、侵入してきたビットが通路に飛び込んで盛大に大破した。

 こつり、こつりとヒールの音を立てて現れたのは予想通りと言うべきかなんというべきか、アイリスハートだ。蛇腹剣を片手に、不満げに眉を潜めながらバラバラの破片を踏みつける。

 

「機械相手じゃ面白くもなんともないわよ。だって、鳴いてくれないんだもの。ねえ、トライユちゃん、ピーシェちゃん?」

『察したわ。でもプルルート様が居るなら、大丈夫そうね。行ける?』

「武器がありません。とにかく、私は厨房に。プルルートさん、ピーシェちゃんをお願いします!」

「はぁい。ホントのところ、トライユちゃんで我慢しようとしたけど――まあ、それは後に先延ばしするほど良いわよねぇ? 行きなさい、ここはあたしが上手くやっておくから」

 

 アイリスハートの言葉を聞いて即座に頷いて駆け出したトライユは、アイエフとの通話で厨房の場所を聞き出す。

 あとは、ひたすら駆けるだけ。とにかく急ぎ、急ぎ、息が切れて倒れそうになってもトライユは足を止めない。戦場に於いて、動きを止めることはイコール死を意味する。

 平和な超次元で、人死になど出したくはない。その“人死に”がトライユ自身だと言うならば尚更だ。短い期間ではあるが、確実に彼女の死を悲しむ者はいるのだから死ぬわけにはいかない。

 

(でも、どうして突然こんなことに……。あの箱から出てきたモンスター? と同じものが、幾ら数を集めても国を襲撃しようなんて考えるかな)

 

 厨房へ駆け込むトライユは、押し掛けてきた機械仕掛けのビット達の動向を考察し始める。

 武器としては機械相手には心許ないが、各種包丁やフライパン、食事用ナイフやフォークなど、女神化出来ず、人間とほぼ変わらなくなったとはいえ普通の人間よりは圧倒的に優れた身体能力を持ったトライユにとっては、充分武器になりそうな物は揃っていた。

 すぐさま位置を察知されたトライユをビットの銃撃が襲ったが、完全業務用とも言うべき巨大なキッチンを盾にしながらフライパン、ナイフ、包丁を纏めてゲット。

 前転回避から素早く立ち上がったトライユは振り向き様に、ナイフを振りかぶってビットへ突き刺す。装甲に負けてナイフが折れるかと思いきや、いとも容易く突き刺さってビットは地面へ崩れる。

 だが、仕留めたのは一体に過ぎない。すぐさま別なビットに発見され、トライユは慌ててキッチンへ隠れざるを得なくなった。

 

「くそぅ、銃撃が激しいなあ。これ、身を出したら蜂の巣になっちゃうタイプだ――」

 

 ホルスターに収まったファイブセブンから、馴れた手付きでマガジンを抜き取るが、やはり弾は入っていない。補充もない。

 少なからず持っていた希望は、容易く打ち破られる。超次元チートモードからの、突然のナイトメアモード転落はトライユの心を折りに来るには充分すぎる要素である。

 だが、忘れてはならない。彼女は、一人で戦っている訳ではないのだと。

 

「トライユ! 使って!」

「――!」

 

 突如として厨房に響いたのは、紛れもなくアイエフの声だった。一瞬金属を叩いたような音がしたかと思えば、銃撃は一時的に止む。

 その隙にトライユは立ち上がり、飛んできた自動拳銃をキャッチする。

 

「私のなんだから、後できっちり返しなさい! ――ったく、どれだけ居るのよ!? また来たわ!」

「アイエフさん、キッチンに隠れてください! 仕留めます!」

 

 銃撃の中聴こえた風切りの音で、アイエフが動いたと察知したトライユは受け取った拳銃の装填を確かめて、手元のフライパンを真っ直ぐ上へ放り投げる。

 くるくるとバランスを崩したフライパンの面を狙い、トライユはアイエフの拳銃を発砲した。

 フライパンが弾丸を受けて弾け飛び、更に銃弾はフライパンで跳弾。弾道を変えた銃弾はトライユを狙っていたビットを、正確に撃ち抜いた。これにはアイエフもビックリ。

 

「何やったのよ、アレ……」

「困った時の手、ですかね」

 

 ゆっくりとキッチン台の陰から立ち上がった二人は、そんな風に余裕のやり取りを始める。

 余裕を見せた理由は無論ある。アイエフが繋げたままにしていた携帯から、敵勢力排除確認の報告が届いたのだ。

 戦闘は終了、損害こそ小さくはないがネプテューヌのゲームがジャンクになったり、プラネテューヌ市民への損害は無かった。あくまでも教会だけが襲撃され、警備兵や女神たちがそれを撃退したに過ぎない。

 その後、拳銃を返したトライユは自室へ戻り暫しの休息。ピーシェたちも同じだ。だが、イストワール、アイエフ、ネプギア、当然のようにネプテューヌはそう簡単には休めなかった。

 

 

 再び電脳世界に呼び出された超次元プラネテューヌ組は、アイエフとイストワールの取り仕切る会議を開始していた。

 だが、今回の襲撃事件は後。最初の議題は、トライユだった。

 

「十次元と、連絡出来たの?」

「いえ、十次元とは変わらず連絡は取れません。それどころか、トライユさんへ送られていたシェアエナジーが観測出来なくなりました」

「それって……トライユさんを信仰していた方が、居なくなったってことですか?」

 

 ネプギアの発言には、全員が言葉を濁す。イストワールは、そうではないとかぶりを振るが十次元観測が上手く行かなくなってはそれが事実か否かも確かめようがない。

 しかし議題はそこではなかった。アイエフが、素早く話を切り替える。

 

「それは一旦置いておきましょう。それより、この映像を見てほしいの」

 

 アイエフが表示したのは、プラネテューヌ中心街の監視カメラ。映っているのは雑踏に紛れるトライユだ。皆が見ても、特段不自然な点は見当たらなかった。

 

「なにー? あいちゃん。とらちゃん画像フォルダ開示? 開示しちゃうのー?」

「違うわよ! いいから、今回は茶化さないで聞いて。もしかしたら、トライユからも詳しい話を訊かなきゃならなくなるわ。――最初に、ねぷ子に確認したいんだけど、トライユは“空から降ってきた”のよね?」

「そうだよー。危うくわたしが下敷きにされるところだったんだからねー! 下敷きはノワールの専売特許なのに!」

 

 アイエフはさらりとネプテューヌの言葉を受け流し、続けた。

 

「結論から言うわ。この監視カメラの映像、トライユがねぷ子と出会う前の映像なの」

「またまたー! とらちゃんのそっくりさんがいたー、とかって話じゃないのー?」

「それなら良いんだけどね。ズームしてみると、今いるトライユと特徴は完全に一致してるの」

「つまり、トライユさんは十次元の住人じゃない……? ですか?」

「実は、三日ほど前に同じ映像を見せてトライユさんに見せました。ですが、答えは『私は十次元の女神』と。その眼に偽りは見えませんでした」

 

 混沌を極める超次元情勢。目的地はルウィーになるのだろうが、トライユの正体に更なる謎が生まれた。

 十次元から来たトライユ。更に、それより前に超次元で発見されたトライユらしき人物。だが、今のトライユは十次元の女神だと語り、偽りはない。

 戦いを終え、すぐに集まったプラネテューヌ組の間には、長い長い沈黙だけが流れていた。



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十の次元、告げられる事実

「ぅいたたた! はわー!」

 

 あざといにも程があると言わんばかりの悲鳴が、プラネテューヌ教会のネプテューヌ部屋に轟いた。

 

「うあー! 暴れないでぇ、トライユちゃん~。湿布が貼れないからぁ」

「うー……これでも一応女神なんです! なのになんで――筋肉痛なんですかぁ! まだブランさんの国の問題を解決しないといけな――ぴぎゃー!」

 

 トライユは生身のままの無茶が祟り、筋肉痛になっていた。よって、現在プルルートの手によって湿布貼りの最中である。

 ぐい、と脚を曲げられて伸縮した筋肉の痛みに負けて悲鳴を上げるトライユ。今までの活躍が嘘のようなへっぽこっぷり。

 同時襲撃されたラステイション、リーンボックスはプラネテューヌ防衛完了と共に、ノワールたちもなんとか終わらせていた。だが唯一、ルウィーからのみ連絡がない状況だ。

 こちら側からの呼び掛けにも応えず、いっそ様子を見に殴り込もうと計画を立てているところ。少し時間は掛かっているが、各国の被害は決して軽微ではない。復興の合間をみて、全員でルウィーへ向かう算段だった。その間にブランからの連絡が入れば、それでも良い。

 

「ふー! ふー!」

「終わったよぉ、お疲れさま~」

 

 トライユも見てくれは太陽を思わせるような明るく、快活な少女。それでいて作り物のように整った顔立ちの綺麗な女性なのだが、湿布を貼るだけでそんなイメージをイマジンブレイクするような過呼吸を起こしている。

 救急箱をにこにこ笑顔で仕舞うプルルートに対して、この世の終わりを見たかのようなトライユ。

 そこへネプギアが二人をイストワールの元へ導くべく、やってきた。

 

 

 電脳世界に辿り着くまで、ひぃひぃと事あるごとに声を上げていたトライユだったが、電脳世界にはネプテューヌだけならずラステイション組、そしてリーンボックスからそれぞれの女神が難しい顔をして揃っている。

 トライユを含めた全員が揃ったのを確認したイストワールは空間にモニターを表示し、語る。モニターには何も映っていない。『SOUND ONLY』と定番の文字が並んでいるだけだ。

 

「実は、ごく短時間ですがブランさんから連絡がありました。すぐに切れてしまって、こちらからは応答できなかったのですが……」

「それで、ブランの方は大丈夫なの? すごく意味深な表示があるんだけど……」

 

 ネプテューヌの問いにイストワールは一度頷いてから、残されたブランのものであるらしい通信を再生する。

 

《これが無事にイストワールへ届いている事を祈るわ。私の国の問題が、大きく広がりすぎたわね。ごめんなさい。結論から言うわ、ルウィーは現在占拠状態にある――国民と私たちはレジスタンスとして抵抗中……》

「あれー? なんだかわたしの想像を斜め上に来る展開だよ? これ。――じゃなくて、ルウィーが占拠!? そんなバカな!」

 

 両頬を手で押さえて叫ぶネプテューヌ。どこぞの天才医者助手のよう。

 しかし、ブランはもちろんルウィーとの連絡すら取れない事実は全員が確認している。そうなれば次にやるべきは決まるのだが、突然イストワールがぶるぶると微振動を始めた。

 

「あばば! そういえばマナーモードに――この連絡先は……!」

 

 慌てたように応答したイストワールは一人、通信相手との会話を行う。もれなく全員がおいてけぼりを食っていたが、それがすぐにルウィー事変に並ぶ大事件であると理解した。イストワールの、ただの一言――それが重々しく響く。

 

「トライユさん。十次元から、連絡です」

 

 ざわつく周囲、トライユの頭は突然の故郷からの連絡で思考すら儘ならない。

 だが、このままではいけない。トライユは思い切ったように強く頷いて、通信先へ呼び掛けた。

 

「もしもし……?」

《エルスタ様……! ――に、してはお声が……そうか、なるほど。時間がありません、貴女が銃の女神、ですね?》

 

 聴こえてきたのは青年のようなハキハキした語調の声。しかし、声を潜めているのか吐息がひどくノイズを生んでいる。

 通信相手へ、トライユは強く肯定した。勿論だ、と。

 

《わかりました、ではそこにいらっしゃる方が()()()()()()()()という形でお話をさせていただきます。結論から言いましょう――我がヴァル・ヴェルデは、クーデターにより国家転覆の状態にあります。国王は幽閉、女神(あなた)を信仰していた首脳部も大半は機能していません》

 

 通信相手の青年はあまりにも酷とも言える十次元の現状を、淡々と告げていく。まるでそれが任務だと言葉の一つ一つに込めるように。

 

《主犯は大臣です。国王は早くからこの謀反に気付き、エルスタ様だけでも安全な場所へ、と次元のゲートを開きました。恐らく、貴女様がそちらの次元に到着してからも、我々の信仰心は届いていたと思います》

「確かに……シェアエナジーは感じました。だから、女神化もして……」

「なるほどね。だからアナタ、次元を超えてもちゃっかり女神化出来たわけね。それで、そっちの大臣が裏切っちゃったものだからゲートを維持する者も、信仰する者も少なくなって、結果シェアエナジーはゲートを抜けられなくなった……違うかしら?」

 

 ノワールが通信相手へ告げると、声の主は彼女の『その通りです』と洞察眼を称え、更に話を続ける。

 

《ゲートの開き方は、イストワール様へお伝えしておきました。しかし、エルスタ様にもそちらでご友人が出来た筈。こちらは既に手遅れですが、同時に事態の進行は緩慢でもあります。最後の時間を過ごす時間位はありましょう……。エルスタ様は今、恐らくお力を発揮できない筈――ですが、こちらの次元から消えたショットガンをもしお持ちであれば、そこに残った力から女神として振る舞う事が出来るでしょう》

「これが、ですか……」

 

 既に弾薬の無くなったショットガンを抱え、トライユは呟く。通信は既に途切れてしまっていた。

 トライユの自国もまた、ルウィーと似た状況に陥っている。帰るルートは確立されているが、彼女はルウィーを見捨てて帰ろう等とは思わなかった。例え、ネプテューヌ達がなんとかしてしまうと判っていても。

 ぎゅ、と抱えるショットガンへ手の力を強めた。目を瞑り祈るように唱える。力を貸してほしい、友人のために――と。

 

「――!」

 

 光輝くトライユ。髪はふわりと浮かんで漂い、何処か幻想的な印象を与える。

 自身の咎だ、と思っていた十次元武装。自身に()()()()()()ショットガンは今、トライユの窮地にその力を解放した。

 

「うそぉ!? シェアエナジー無いのに、女神化しちゃうー!? それは主人公だけに許される特権だよー!?」

「はいはい、ねぷ子は黙ってて」

「あいちゃんがいつも以上に冷たいッ!?」

 

 電脳世界に現れたのは、エルスタトリガー。その姿に変わりはない。弱体は無いようで、いつもの強気な切れ長の眼が全員を見渡す。

 

「すまない、私がこのからくりに早くから気付けば、ブランの国も占拠などさせなかった。――国王め、一人で抱え込みやがって。だが、今私は自国へ戻るわけには行かない! ブランの国を救う、一刻も早くだ!」

「大丈夫? ルウィーへ手を回す分、あなたの国の情勢が悪化する可能性はあまりに高いけれど」

 

 アイエフにそう問われても、エルスタトリガーの答えは変わらなかった。

 まずルウィー、それから国へ帰る――それが、彼女の答えだった。

 

「では、早めに片付けてしまいましょう。わたくしも、このような形でライバルを失うのは惜しいですし」

「それもそうね、さっさとルウィーを解放するわよ!」

 

 全員の意見は纏まった。

 電脳世界から立ち去る女神たち。ルウィー解放戦線が、今まさに幕を開けようとしていた。



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雪の解放戦

「降ってきたな」

 

 上空からルウィーへ向かう女神一行。今回ばかりは、プルルートも女神化済み。ここまで心強い味方が未だかつて居ただろうか。

 山間部の雪国であるルウィーへ近付くにつれて、とうとう雪がちらつき始める。手のひらで解ける雪を掬って見つめたエルスタトリガーは呟いた。

 

「ルウィーは雪国だから、そのせいね。そろそろ国に入るわ、念のため全員一度――」

 

 パープルハートは、一度着地すべきと発言するつもりだった。それを遮るように、突如何かが女神たちの眼前で炸裂する。

 一発、二発――それは次々とまるで花火のように皆を襲った。

 

「対空砲か! ルウィーというのは、超軍事国家かなにかか!?」

 

 ひらりと対空砲の弾着を読み、回避しつつエルスタトリガーは叫ぶ。ルウィーは確かに一国――国である以上、最低限武装はされているだろう。

 しかし、ブランの指示であるならばすぐにネプテューヌたちと気付いて止めさせる筈。仕方なく、全員揃って着地する。対空砲からの攻撃は止んだが、これでは正面から攻撃をせざるを得ない。ブランの下にも勿論兵はいる。それを考えれば正面突破はあまりに無謀。エルスタトリガーは暫し顎に手を当て悩む。

 

「空は対空砲火で近付けない。だからといって正面から突っ込んだとして、当たり負ける可能性が……」

「なに悩む必要があるのよ。私たちは女神よ? あーんな花火みたいな対空砲で落ちるわけ無いじゃない! ほら、空から行ってさっさと片付けるわよッ!」

 

 悩むエルスタトリガーへそう自信満々に言い放ったブラックハートは、地面を一蹴りして生い茂る森の上へ飛び立った。

 

「ちょっと、ノワール!」

 

 パープルハートの制止もむなしく、三秒後にはフラグ回収を完了。見事撃墜され、皆の前で雪に埋もれたブラックハート。

 

「ノワールちゃんがこれじゃあ、ちょっとムリねぇ。あたしとしては正面でも、後ろからでも――まあ、どっちでも良いわ。ブランちゃんの国を乗っ取ろうなんて豚が、どこの銘柄か早く知りたいもの」

「ちょっと、勝手に負けたことにしないでよ! 油断しただけよ。ほんのちょっとね」

「じゃあ、また飛んでいくんですか……?」

 

 アイリスハートの言葉に眉をつり上げ反論するブラックハートだったが、パープルシスターの不安げな問いに口をつぐんだ。

 

「やるしか無さそうだな。ネプテューヌ、この国に地下道みたいなものはないか」

「比較的山あいにある国だし、地下は……。あ、あるわ――オリマー地下坑道。そこからなら、恐らくは――」

「それなら、確か城の近くのマンホールから外へ出られますわ。試す価値はありますわね、封印された国外への出口もここから少し回った先ですし」

 

 オリマー地下坑道――グリーンハート、パープルハートの判断により通過ルートの範囲は拡がった。グリーンハートが語るに、国内外を繋いでいた出口は封印されているらしい。

 エルスタトリガーはそれを含め、提案した。

 

「そこを使おう。だが、敵が集中しては意味がない。誰かがヘイトを受ける必要がある――つまり、正面から誰かが。残りは地下坑道から国内へ入り、合流する」

「それって、正面組はほぼ自殺行為ってことだけれど……」

 

 ブラックシスターの考えは誰もが読めた。現在は森の中から遠くにルウィー入口を望む位置に集まっている。だが、そこから見えるルウィー内はモンスターだらけ。例のビットもいる。

 間違いなく、正面突破で敵を引き受ける者は無傷ではいられないだろう。

 ――だからこそ、そこへ赴こうとする者も一人しかいなかった。

 

「私がやる。発案者だからな」

 

 P90サブマシンガンを召喚して装弾を確かめたエルスタトリガーは、真っ直ぐにルウィーを見据えて発言した。

 

「とらちゃん、ダメよ。あなたは国へ帰らなきゃいけないの、ここは私が――」

「ルウィーという国には初めて来た。裏道の土地勘は無い、ネプテューヌ達が裏から回った方が確実だ」

 

 パープルハートが代役を申し出ても、エルスタトリガーはそれをよしとしない。

 気付けばショットガン、軽機関銃まで背部マウントに召喚している。脚部ホルスターマウントには、一回の射撃継続の長いロングマガジンを装着したファイブセブンまで。

 完全な突撃体制を完成させたエルスタトリガーには、もはや退く気など欠片も無かった。

 

「じゃああたしはトライユちゃんに付き合おうかしら。ねぷちゃんには悪いけど」

「ぷるるん……」

 

 一人離れたエルスタトリガーへ、集団からまた一人女神が動いた。アイリスハートは蛇腹剣を肩に担ぎ、ゆっくりと銃の女神へ歩み寄った。

 

「ずっと後を追ってばかりは性に合わないの。それにぃ、裏からこそこそするより正面から行った方が()()()()()だもの」

「なんだか深い意味がありそうな気がするんだけど、大丈夫なのかな……」

「大丈夫よ、ネプギア。この話は非R18だから」

「ユニちゃん、メタいよ……」

 

 正面組はエルスタトリガー、アイリスハートで決定。地下坑道はルウィーに慣れた超次元の女神達が突破する事となった。

 アイリスハートの圧倒的な実力があれば、エルスタトリガーの負担も小さくなる。普段は“女神様”気質な彼女でも、真面目な時には真面目になる。

 

「じゃあ、正面は任せたわ……。倒れないで、必ずみんなでルウィーを解放するわよ」

「ああ、任せておけ。国内で会おう」

 

 地下坑道へ向けて移動を開始した女神達を見送って、エルスタトリガーはルウィーへと歩む。アイリスハートと共に。

 

「それにしても、とんだ自殺衝動があったものねぇ? トライユちゃん。あなた、意外とドの付くマゾヒストなんじゃないの?」

「少なくとも、痛みに弱ければこんな事はやらんな。――ありがとう、プルルート」

「あら、お礼なら……後できぃっちり受けとるわよ。散々お預けにされたんだもの、最後くらいいいわよね?」

「――――わかった。仕方ない、好きにしろ」

 

 その言葉を皮切りに、エルスタトリガーとアイリスハートはルウィーの入国ゲートへと突入していった。

 通過すれば、すぐさまモンスター達が反応を示す。住民の反応は感じられなかったが、死んでいるということも同時に感じられない。

 

「じゃあ、まずはソフトに!」

 

 蛇腹剣をまるで鞭のように振り回し、リーチの長さで周囲の敵を巻き込むアイリスハートに対し、エルスタトリガーは小刻みなステップで敵の攻撃を回避しつつバースト射撃で確実に打ち倒す。

 広範囲近接型のアイリスハートと一点攻撃遠距離型となるエルスタトリガーの相性は、そこまで悪くないようだ。

 

「プルルート、身体を右に振れ!」

「なら、たまには命令されてあげるわ!」

 

 アイリスハートがあやめ色の長髪を振り乱しつつ身体をスウェイさせてやると、素早くそこへ転回したエルスタトリガーがP90の銃撃を撃ち込む。

 弾丸の飛んだ先で、件のビットが崩れ落ちる。アイリスハートを狙っていたのは一目瞭然の位置だったが、ルウィーもだいぶ進んだ頃二人に妙な違和感が生まれた。

 

「妙だな。ルートが固定されている気がする」

「抜けられそうな裏道は、軒並み危なそうな爆弾が仕掛けられてたわねぇ」

「ああ。そして行く先には山ほど敵がいる、例のロボットの頭も良くなっている気がする」

「あたしを狙撃しようとしたり?」

 

 アイリスハートの問いに、弾薬の切れたP90を投棄しつつ頷いた。背部マウントされたショットガンと軽機関銃を手に取り、エルスタトリガーは悲観的な結論へ辿り着く。

 

「……罠か。どうやら、一方通行の罠だな。行く先には目的地があるだろうが、そこへ行くまでに消耗させる気だ」

「だろうと思ったわぁ。空はあんなにガードが堅いくせに、下からはいとも簡単に入国させるんだもの、罠しかない有り得ないじゃない。――面倒くさいし、そろそろハードにいっても良いわよねぇ?」

「私もそのつもりだ。消耗戦に付き合う気はない、一気に切り抜けて最速ゴールだ。こんな趣味の悪いゲームを、よりにもよって他人の国で開催した阿呆の面を拝みに行くとしよう」

 

 剣の構えを変えたアイリスハートに、エルスタトリガーも二挺持ちで呼応する。二人はルウィー支配者のディフェンスゲームに巻き込まれた。

 罠、モンスター配置や足止め――それに気付いた時には戻れない場所まで来てしまっていた。ならば一息に切り抜けてしまおう、それが二人の考えだ。

 

『ファイティングバイパー!』

 

 電撃を纏うアイリスハートの斬撃の前には、その辺りから集めてきたようなモンスターでは太刀打ち出来ない。

 首謀者は果たして彼女達の戦闘力を予知出来ていただろうか? いや、出来ていればもっと防御力の高い雑魚を置くだろう。

 

「走るぞ、プルルート! このままではネプテューヌ達と合流できない!」

「はぁい。わかったわ――よっ!」

 

 自慢のハイヒールで地面に転がったスライヌを踏み潰し、突撃モードのエルスタトリガーの後にアイリスハートは続く。

 エルスタトリガーの照準は、端から見ても重量感に溢れるショットガンにM249の二挺持ちでも正確だった。近寄るモンスターには散弾を、広範囲にはライフル弾を浴びせかける。

 

「少しは手間も減りそうね。あなた、銃弾は大丈夫なの?」

「まだ何とかなる! ――城が見えてきたな、この辺りが待ち合わせか?」

 

 モンスターを抑えるエルスタトリガーの近くにはルウィーの紋章が描かれたマンホールがあり、二人の視界にはルウィーの教会がみえる。

 未だに他の皆はいないが、必ずやってくると信じ場所をキープし続ける。気付けば銃身が熱で赤く輝いていて、弾切れも近い。

 

「チッ! リロードか!」

「あんまり焦らさないでね――ねぷちゃん?」

 

 迫り来る敵達。どこのダンジョンからやって来たのか分かりはしない。それだけ多種多様な敵がいる。

 弾を切らし、二挺の銃を置いて拳銃を抜いて構えたエルスタトリガーと蛇腹剣を構えるアイリスハート。もはや先には目的地、道を戻る術もまた無い。

 明らかに戦力比は敵の方が上――その筈だった。

 

『ネプテューンブレイクッ!』

 

 マンホールの蓋が飛んだかと思えば、瞬く間に敵の姿が消える。現れたのは、地下坑道組だ。

 

「ずいぶんとお待たせしましたわね、ちょっと道が混んでいたもので」

「やはり下にも敵が?」

「ええ、それはもうごまんと。全員、わたくし達がきっちり蹴散らしましたわ」

 

 グリーンハートの言葉に、エルスタトリガーは小さく笑う。

 残るは首謀者のみ――揃った仲間達が、ルウィーの教会を見据えて並んだ。何が待つかも、まだ判らぬまま。

 

「さあ、これからルウィー解放作戦開始よ! 必ず、全員に勝利を!」

 

 天高く突き上げられたパープルハートの太刀へ、女神達は得物を重ねていく。

 これからが、本当の戦いの始まりだ。



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最後のステップへ

 雪が吹き荒れ始めたルウィー教会近辺。

 集った女神たちの前に立ち塞がったのは、いささか時代遅れな――というより、時代劇からそのまま出てきたような、袴を纏う初老の男性だった。

 

「よくぞ辿り着いた女神共! 褒めて遣わすぞ!」

「貴方がブランの国をッ!?」

 

 太刀を構えたパープルハートが問うと、袴の男は心底愉快そうに大笑いしつつ答える。

 

「その通り。いや、実際には四大陸制覇を狙っとったんだが、上手くいかなくてな! 結局、儂の手の者が造り上げたネプギアンダリウム合金タイルによる完全防護型移動要塞もルウィーからほぼ動けずじまいよ!」

「ちょっ!? そのネタここにも引っ張るんですか!?」

「ネプギア、まさか手を貸したわけじゃないわよね?」

「違うしそもそも知らないから! ユニちゃん、そんな疑惑の目で見ないで!」

 

 袴の男の言葉にしどろもどろするパープルシスター、怪訝な目を向けるブラックシスター。慌てて弁明するも、パープルシスターのペースは完全に乱れていた。

 

「ま、どっちにしたってそこの『アクダイカーン』なヤツを倒しちゃえばいいのよね!? さっさと終わらせるわよ!」

 

 ブレードを薙いで息巻いたブラックハート。だが、袴の男――この際アクダイカーンと呼ぶべき男はそんな彼女の気迫すら一笑の下に切って捨てて見せた。

 

「儂に触れられると思うな! 女神共! みろ、これが大黒屋謹製クォーツドラゴンじゃ! せいぜい儂を楽しませい! ハァーッハッハッハ!」

「とうとう変な組織の名前まで出したわよぉ? あのおじさん。――でも、それも後回しねぇ。それにしたってブランちゃんてば、あの手の年寄りに弱いのかしらぁ?」

 

 蛇腹剣を構えたアイリスハート。そして、下がっていくアクダイカーンの代わりに現れた額と翼に巨大な水晶を埋めた竜が耳鳴りのしそうなほど大きな咆哮を上げて女神達を威嚇する。

 

「チッ、時間が無いってのに……」

 

 ファイブセブンをホルスターマウントへ仕舞ったエルスタトリガーは、右手を空へ掲げ自身の周囲へ次々と対戦車ロケットランチャーを召喚、構え次第発射していく。

 大気を振動させるほどの爆発、衝撃波に襲われながらもクォーツドラゴンは頭を低く下げ翼で女神達を薙ごうと地面を踏み鳴らし駆ける。

 

「甘いわ!」

 

 パープルハートが限界まで身体を屈め、翼に埋められた水晶へ太刀を突き上げて貫いた。

 こういう場合、大体は露出部分が弱点であるパターンが多いこのギョウ界。そして忘れてはならないのが、ボスはこのドラゴンではないということ。

 

「ボスエネミーは目の前――では、この“雑魚”はわたくし達が頂きましょう」

 

 グリーンハートが槍を天高く放り投げると、それは弱点を突かれ怯んでいたドラゴンを貫いて地面へ突き立てられた。

 恐らく時間稼ぎに、と考えられていたであろう仰々しい二つ名でもありそうなドラゴンは、たった数分もしないうちに退場したかに思えた。だが、そのしぶとさは流石RPGゲームでは割りと最強に数えられるドラゴン種。最期の抵抗とばかりに咆哮を上げると、翼を広げ天高く舞い上がろうと羽ばたいた。

 

『ハードブレイクッ!』

 

 ドラゴンが羽ばたこうとしたその刹那、混沌に包まれるルウィーの空に勇ましい声が響く。

 同時に衝撃波が周囲を襲い、ドラゴンは無惨にも粉々に砕け散った。

 消えていく破片の中に居たのは、斧を手に立つホワイトハート。

 

「バカなッ!? ルウィーの女神が使うハードブレイクはしょっぱい威力しかなかった筈ッ!」

「今さら昔の話を引っ張り出すな! テメェも一緒に砕くぞッ!」

 

 どういう経緯で脱出したかとか無事だったのかだとか、そんな事を訊ねる様な雰囲気ではない。ホワイトハートは、完全に激おこを通り越してムカ着火インフェルノ状態。

 そうなってしまえば制止など無駄なのは、長い付き合いである女神達がよく知っている。

 

「こっちが忙しいって時に、よりにもよって四大陸で同時に問題起こしやがって……。わたしは完ッ全ッにキレてんだ、ネプギアンダリウム合金だとか大黒屋だとかなんだか知らねぇが、箱ごと元の場所に返送してやるよ――」

「ま、まて! 儂はただ――」

 

 待て、と言われて待つものがこういう場面にいただろうか? いや、いない。

 

「テェンツェリントロンペッ!」

 

 斧の重さに任せた回転によるフルスイングが、アクダイカーンを襲う。

 

「恨むぞ大黒屋ァ――!」

 

 天高く飛んだのはドラゴンではなく、アクダイカーンだった。ボスエネミーの消失により、配下で動いていたエネミー達も動きを止めていく。

 

「二度と来るな!」

 

 斧を地面に突き立て、空へ叫ぶホワイトハート。実質これでルウィー解放戦は終了。全員女神化を解き、一息入れる。

 

「うぅ~疲れたぁ~……」

「ぷるるんに同意ー! プリンたべたーい!」

 

 どさりと尻餅をついたプラネテューヌ組。全員消耗しているのは当然だ。各国の女神はそれぞれが襲撃を受け、さらにルウィーを解放している。

 本来ならば今すぐ布団へ入って夢の世界へ行くべきなのかもしれない。しかし、一番消耗していたであろうブランは違った。

 

「トライユが十次元へ帰る、という話はここまで来る道すがらに聞いているわ。教会で少し休んだら、すぐにプラネテューヌへ戻りましょう」

「ハッ! そうだった、とらちゃんの国も今大変なんだった! というわけで、十次元に移動する前にブランー! プリンたべたーい!」

「ネプテューヌさん、今さらりと“十次元に移動”って言いませんでした?」

 

 トライユが問うと、ネプテューヌは迷いなく頷いた。

 

「短い間だったけど、少しでも一緒にいたんだから――その、あれよ! 助けないと、寝覚め悪いじゃない」

「ノワールは素直に友達って言えないからねー!」

「わたくしも、共にゲームを作った仲ですもの。是非、助太刀させてくださいな」

「わたしはあまり関わりはないけど――自分の国と同じ……いえ、もっとひどい状況にあると聞いて放っておけるほど残酷じゃないわ」

「皆さん……」

 

 十次元、ヴァル・ヴェルデ救済に四大陸の女神はなんの躊躇もなく名乗りをあげた。

 トライユは斜を向いてコートの袖で目元を拭い、再び顔を上げて笑顔を見せた。

 

「ありがとうございます! 皆さんがいれば、百人力です!」

 

 ――十次元への旅立ちは、もうすぐそこ。

 そしてトライユとの別れもまた、すぐそこまで近付いていた。



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十次元へただいま

 十次元――超次元各国の女神たちは自国を教祖に任せて、この未知の次元へ向け旅立った。イストワールの開いたゲートへゆっくりと吸い込まれ、眩い光を感じたかと思えば皆は森の中にいた。

 舗装されてはいないが、道がしっかり出来ている事を見れば国へ繋がる通路か何か――重要な道なのは一目瞭然。十次元へ無事に到着し、エルスタトリガーは女神たちへ向き直り語りかける。

 

「……こんなことになってすまないと思っているが、一先ずようこそ十次元へ。異国の友よ」

「ありがとう……って、私たちは女神化してここに来たかしら?」

 

 パープルハートは自分の姿を見回して問う。パープルハートだけでなく、他の女神や候補生達も同じように女神化している。

 

「……ここではこの姿がデフォでな。たぶん、それが作用しているのか――しかし、あの時のルウィーは敵だらけで騒がしかったが私の国は人の姿一つない……か」

 

 双眼鏡でエルスタトリガーが見つめる先に、一つ大きな街がある。辺鄙な場所ではあるが、そこだけが綺麗に開拓された近代的な街並み。おおよそは皆が想像していたものとは異なっていた。

 

「もっと密林の中にある集落みたいなのを想像してたけど、何よ案外発展してるじゃない」

「まあ、国王が頑張ってくれたからな――っと、まずは国王を助けなければ。ついてきてくれ、街には地下から入る」

 

 ブラックハートに反応しつつ右腿のマウントからファイブセブンを抜いて、構えながらエルスタトリガーは皆を率いて道から外れていった。

 街へ近付くにつれ見えてきたのは、ルウィーにあったものとはまた異なった地下道入口。名前はなく、侵入者対策の扉も腐食の進んだ木で出来ている。

 

「大臣が何を企んでいるかわからん、静かに行く」

「了解ですわ。ですが、ここから国王様の捕まっている場所へ?」

「ああ。捕縛した者は地下の牢に入れる――他に閉じ込められる場所はないから、恐らくは取り込んだ国民辺りに見張りをさせて国王を閉じ込めている筈。その牢へは、ここから直通で行ける」

「ずいぶんとザルな造りだな。大臣が知ってたら、無駄足だぜ?」

「無いな。ここの入口は国王と、私しか知らない。本来はゲームで使う国内の扉から降りていくからな」

 

 ホワイトハートの問いに応えながら、エルスタトリガーは静かに扉を開く。拳銃は先に突き出すように構え、続いて身体を滑り込ませる。

 地下道は何かの坑道だったのかと思わせるほどに狭く、灯りは申し訳程度に吊り下げられた白熱球の列。灯りはあるが、少々頭上が熱い。

 エルスタトリガーを先行に、慎重に地下道を歩いていたが敵の巡回は無いようだった。国王の監視に回っているのか、それともヴァル・ヴェルデ市街を巡回しているのかは判らない。

 

「よし、敵はいない。地下牢まで一気に進むぞ!」

 

 足場の悪い地下道でありながら、エルスタトリガーは部下であり、友人である国王を幽閉しているてあろう地下牢へ向けて走り出す。

 

 

「全員止まれ」

 

 エルスタトリガーがそう発したのは、地下道を実に三十分以上走ってからのことだった。道中『どれだけ道が長いのか』などなど、不満も噴出したがそれはそれ。

 漸く足を止めた女神たちのすぐ前方に、再び木製の扉がある。その先からは石造りの地下道というよりは、薄暗い洞窟らしい環境に変わっており目的の場所に到着したとエルスタトリガーは判断する。

 

「先に入る。待っててくれ」

「待って。国民が大臣側なら、あなたも攻撃される筈。一人で入るのは危険だわ」

「――信じてはいるつもりだが……そうだな、全員で入ろう。行くぞ」

 

 ぎぃ、と耳障りに軋みながら開いた扉。拳銃を構えたままエリア移動すると、その先には一人、ライフルを携えたヴァル・ヴェルデ王国軍兵士がいた。

 女神たちが武装を呼び出し構え、エルスタトリガーの拳銃と兵士のライフルが正対する。どちらも撃つ気になれば、容易く撃てる。

 

「エルスタ様……まさか、お戻りになられるとは」

「ああ――アイツが早く私に相談してくれれば、こうする事もなかったんだが……」

「――で、この人間はどうするのかしら? お仕置きするならぁ……あたしに任せてもらえるとありがたいんだけど……」

 

 蛇腹剣を鳴らし、いい加減に飢えたアイリスハートが語る。だが、王国軍兵士はゆっくりとライフルを床に置くと、膝をついて両手を挙げた。

 

「確かに自分は、大臣の決定には逆らえませんでした。国王を幽閉し、国王のお言葉として国を乗っ取った大臣には……。ですが、こうしてあなたが戻ってきてくださった! 大臣はこの国を、隣国と合併させ戦争を起こすつもりです。どうか、その思惑を――」

「長ったらしい口上はもう充分だ。オイ、この国の国王はどこに隠したんだ?」

 

 戦槌を地面に突き立て、ホワイトハートが兵士へ問うとその手は静かに扉へ向けられた。

 牢の扉は格子ではない。国王の姿を見ることはできないが、兵士はそれ以上何も言わず鍵を地面へ置いて再び両手をあげる。

 

「もしかして、大臣さんの思惑以上にトライユさんを支持している人はまだいるのかな……。だとしたら、勝ち目はあるかも」

 

 鍵を開け、重い鉄製の扉を開け放ったエルスタトリガーを見ながらパープルシスターは呟く。

 その次の瞬間、エルスタトリガーは牢の中から飛び出してきた少女によって通路で尻餅をつく。

 

「なんで戻ってきたのよ! エルスタ!?」

「ここは私とお前の国だ、危機とあって不在の女神などどこにいる。逆に、なぜ私を他の次元に飛ばしたのか後でゆっくり訊かせてもらうぞ、シテス」

 

 突如現れた新キャラに、女神たちの頭上には次々とクエスチョンマークが浮かんでいく。

 それを悟って、シテスと呼ばれた少女は静かに立ち上がり女神達へ正対した。

 

「私がヴァル・ヴェルデ王国国王、シテスです。皆さんがエルスタのいた次元のご友人たちですね」

「てっきり筋肉隆々の大男が出てくると思ったのだけれど、意外ね」

「よく言われます。でも、エルスタほどではありませんが力仕事は出来ますよ」

 

 暗い銀色のロングヘアを靡かせてヴァル・ヴェルデ王国国王、シテスはパープルハートへそう話す。降参した兵からベレッタ92Sピストルを受け取って扱う様は、流石十次元にある一国の王を謳うだけはある手慣れたものだった。

 比較的小柄な体躯は女神化解除時のネプテューヌくらいだろうか。それでも、彼女は次々に兵士の持っていた銃を慣れた仕種で観察していく。

 

「やっぱり実銃になってる。大臣め、隣国にウチを売って戦争する気なのね……」

「それは先ほどその兵から聞いたさ。で、大臣と国民については? 何か知ってるか」

「大臣はわからないけど、国民はエルスタ……あなたへの信仰心を封じられながら自宅待機させられてる筈」

「失礼します。大臣であれば、隣国との会談のため本日中は戻らないと仰有っておりました。数日は開くものかと」

 

 エルスタトリガーとシテスの会話に入った兵は、有益な情報をもたらした。もっともそれが嘘でない保証もないのだが、今は他に信じられる者もいないのが実状。

 しかし、それとはもう一つ別に女神たちが気になる事があった。

 

「ねえトライユ、あなた――エルスタトリガーよね?」

 

 ――呼称である。

 ブラックハートも、女神である皆も、その姿で名前を略される事はない。パープルハートが『パープル』と呼ばれるような事はない筈であり、同じ女神ならエルスタトリガーの名がなぜ略されるのか小さい事ながら知的探求心がかき回される。

 

「話してないの?」

 

 と、かるーい調子でシテスはエルスタトリガーへ問う。

 

「ああ、まだだったな。トライユの謎と共に、今話してしまおう。国に上がれば、仕事が多くなる」

 

 そう言って、エルスタトリガーは一拍置いてから語り始めた。

 

「エルスタ“トリガー”は超次元で、その――適当につけた名でな。真名はエルスタという」

「本当の意味での真名なら、ル・エルスタね。トライユっていう子が誰かは判らないけど、私がエルスタを超次元へ転送する際に依り代にさせてもらった子だと思うわ。エルスタ転送に合わせて、その子も同次元内座標移動してると思うから迷惑掛けちゃったけど」

 

 ル・エルスタ――それがエルスタトリガーの本名。そしてトライユとは全くの別人であり、それならばトライユが空から降ってくる三日前に、プラネテューヌでトライユが確認されているという話にも合点がいく。

 

「じゃあ今、超次元のトライユさんはどうなっているんですの? まさか、脱け殻の廃人じゃ――」

 

 グリーンハートの問いには、エルスタもシテスもそろってかぶりを振った。

 

「私が乗り移って、トライユを演じていた間の記憶はなくなるだろうが、トライユ自身を取り戻しているだろう。少し残酷だが……」

「そうね。だから私は、エルスタが戻ってくるなんて思わなかった。トライユちゃんの代わりに、暮らしてくれるものと」

「どっちにせよ、本物のトライユにははた迷惑な話だったってワケか。全く、自分勝手だぜ」

 

 ホワイトハートの言葉には、十次元の二人も『謝罪の言葉もない』としか返しようがなかった。謝罪はここでするものではない。するのならトライユへするべきものだ。

 そのためにも、目前の問題は早急に片付けなくてはならない。

 

「とにかくだ。大臣が数日戻らないのは好機だ。今のうちに、全国民へ放送を流せシテス。私は戻ってきた、国を乗っ取ろうとする悪とは戦わなければならない。相手が好戦的な隣国とあれば、なおさらだ」

「わかったわ。まずは城まで行きましょう。敵はいない筈よ」

 

 そうして、今度はシテスを先頭に女神たちの移動が始まる。

 今度はエルスタがいなかった分を取り返す事になる。ネプテューヌ達超次元メンバーと、十次元メンバーの最後の戦いはほんの手の届く場所にまで迫っていた。






もしかして、大臣さんの思惑以上にトライユさんを支持している人はまだいるのかな……。だとしたら、勝ち目はあるかも」

 鍵を開け、重い鉄製の扉を開け放ったエルスタトリガーを見ながらパープルシスターは呟く。
 その次の瞬間、エルスタトリガーは牢の中から飛び出してきた少女によって通路で尻餅をつく。

「なんで戻ってきたのよ! エルスタ!? ――エルスタ?」
「~~ッ! 場所を考えろッ! 洞窟だぞ! いろいろ刺さった!」
「い、いたそう……」
「あれはなかなか効きそうだわ……」


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戦いへの準備期間(ブリーフィング)

 ヴァル・ヴェルデ王国、宮殿へとエルスタ達はやってきた。

 やはりというべきか、城内へ上がっても人はいなかった。街に人の喧騒も感じない――というよりは、ルウィーの時のように姿を隠していると言うべきか。姿は見えないが、国民の気配は女神たち全員が感じられた。

 

 宮殿は豪華で、まさに王の住処に相応しいものとも言えるものだ。大理石を敷き詰め、天井は目も眩むような高い吹き抜け。

 女神や候補生達の靴音もカツン、カツンと心地よく響き渡った。

 

「まさに、宮殿ですわね……。地下洞窟の複雑さといい、いったいどれ程の歴史があるのか――見当もつきませんわ」

「歴史はそれこそ、私の先代達がエルスタを呼んだときからだからそれなりには長いわ。私が小さいときは、よく彼女にタクトレしてもらってたの」

 

 広間を歩きながら、シテスとグリーンハートは一行を先導するように歩きつつ話に花を咲かせる。

 シリアスムード満載な現状ではあるが、漸く帰ってきた我が家にエルスタもどこか顔が緩んでいるように見えた。

 

「ちょっと、あんたは油断しちゃダメでしょ。エルスタ」

「あ、あぁ。すまない、久し振りに帰ってきた感じがな……」

 

 ブラックハートに指摘されて、慌てたように弁解したエルスタ。あまりに広い空間に、この掛け合いはあまりにも虚しいものがあった。

 

 

 宮殿大広間から上層階へ上がると、プラネタワーを思わせる見晴らしの良いバルコニーが備わった執務室へ辿り着く。辺り一面銃器だらけのこの部屋が、シテスとエルスタの仕事場のようだった。

 

「ここはやっぱり、こんなモンか……」

 

 一度自国を武装国家として乗っ取られてしまったルウィーの女神、ホワイトハートとしては銃器などは見たくないものへと意識が次第に変わりつつあった。表には決して出しはしないが。

 反対に、この部屋に興味を持ったのはやはりというべきかブラックシスターだ。

 

「凄いわ、こんなに……。別なベクトルのベールさんみたい……」

 

 ベールのベクトルは彼女の言う通りに執務室のそれとは違う。しかし興味の無いものからすれば異常、という点では同じだろう。古今東西までかき集めた、とトライユは語る。その全てが、今もすぐに撃てる状態にあるのだとも。

 

「それでぇ? 今は国民の姿が見えないけれど……何か手はあるのよねぇ?」

 

 退屈そうにしていたアイリスハートは執務室の棚にあった『モデルガン。銃口の向きに気を付けてご自由におさわりください』と張り紙のあるケースからピストルを取って弄りつつ、その視線をエルスタに向ける。

 問いにはエルスタの代わりにシテスが答える。

 

「まずは国へラジオを流すわ。家に押し込められていても、その中での行動までには大臣も気を配れない。とにかく、エルスタへシェアエナジーを回さないと戦いは難しいから」

 

 マイク、接続機器のチェックをひっきりなしに繰り返すシテス。途中パープルシスターが加わり、内部メカの修繕も共に行われた。持つべきものはメカに強い友人か。

 

「そっか、エルスタさん今はシェアが無いんだもんね」

「あまり心に来ることは言わないでくれ、えっと――ラム」

 

 ルウィー戦線での事件では、ブランの妹と話す機会はほぼ無かった。エルスタも名前を混同しないよう、ゆっくり言葉を探していた。

 

「エルスタ、こっちはラジオのセット終わったわ。人がどれだけ集まるか判らないけど……三時間後を目処に、広場への集合を呼び掛ける。女神様たちへのブリーフィングがあるなら、それを頭に入れておいて」

「了解だ。すまないが、一度場所を移そう。ここはシテスに任せて大丈夫だ」

 

 エルスタに導かれ、執務室を後にする女神一行。次に連れられたのは小さめの会議室のような部屋だった。

 プロジェクター、ホワイトボードなどは完備済み。エルスタがスイッチを入れれば部屋の照明は落ち、スクリーンが下りてくる。そこへ映し出されたのはヴァル・ヴェルデ国内を示した広域マップだ。

 

「巻き込んで済まないとは思う。だが、どうか国を取り戻すために手伝ってほしい。下りるなら下りても責めはしない。まずは、皆の答えを――」

「何を言っているのよ、エルスタ。私たちはここに来たその時から、あなたを手伝う気でいたわ。そうでしょう? みんな」

「勝手に話を進めないでよ、ネプテューヌ。でもそうね、少し一緒に居ただけでも友達だもの。手伝うわ」

 

 パープルハート、ブラックハートの言葉に他の女神たちも同調する。嘗て無いほどの力強い援軍だ、とエルスタも気持ちを切り替えマップの説明と作戦解説に入る。

 

「我が国は三方を海に囲まれている。敵国の陸上部隊は真正面から乗り込む以外にない」

 

 マップ北側に円を描き、街中へ向けた矢印を複数書き足すトライユ。もちろん、皆がそれだけではないと判っていた。

 

「海から上陸しようとした敵はどうするんだ? まさかがら空きじゃねえだろ」

対物ミサイルランチャー(TOW)を設置して対処する。向こうの国の兵士も、女神の加護があれば死にはしない」

「でも、TOWは流石に危ないと思いますけど……」

 

 ホワイトハートが不安視した、海からの敵の上陸にはエルスタがマップのマークを指して返す。その武器の危険性を知るブラックシスターは、不安げにエルスタへ問う。

 

「今回は私の国と、隣国との戦いになる。あっちの国にも女神は居てな。互いの兵は女神の加護を受け、死ぬことはない。やられれば元の国に戻されるだけだ」

「それって、わたしたちは好きにたたかってもいいってこと?」

「いや、作戦はある程度決めていく。ラムもそうだが、ロムも独断先行はしないようにしてくれ」

 

 エルスタの指示に素直に頷いたホワイトシスター二人。だが、パープルハートが唐突に部屋の隅へエルスタを呼び寄せる。

 

「ねえ、あなた確かこの街で――」

「“あの話”なら事実だ。第三国があることは我々が確認しているが、どうやらそこの連中だったらしい。私たちの加護が届く前に子供は死に、加護など授ける前に私は奴等を殺した。それに身内同士のイベントなら、実銃すら使わないんだがな……」

「なんだか複雑なのね……。でもわかったわ、少なくとも今回の戦い――手を抜く必要はないのね?」

 

 パープルハートの言葉にエルスタはしっかりと頷いて答えを返す。再びマップ前へ戻り、全景を囲んでエルスタはブリーフィングを締める。

 

「想像以上に忙しない戦いになる。それだけは覚悟しておいてくれ。国民との突然の共闘、敵との突然の遭遇、イレギュラー――巻き込んでおいて済まないが、私達のために今一度だけ手伝ってほしい。以上だ」

 

 明るくなっていく部屋の照明。ブリーフィングは一時間もかからずに終了した。シテスが予定した時間まで、まだ余裕が残る。

 一旦執務室へと戻った一行は、執務室で壁に掛けられた銃器類をせっせと下ろしていくシテスに遭遇する。その数や壁にかけられていた時にもすさまじい迫力だったが、改めて自分の目線の下に横並びに広げられるととてつもない迫力だった。

 

「女神様たちには、少し休んでもらわないと――軍部の人たちが戻ってきてくれたから、自室に案内させるけど……」

「手伝いますわ。わたくし達は女神ですもの、このくらいで疲れただなんて文句は言いませんわ」

 

 グリーンハートの言葉に同調する超次元勢。それからすぐに、エルスタたちとの銃器の点検作業が始まった。

 ライフルを手早く分解し、知識のあるものから清掃、パーツ交換を行っていく。初めて銃に触る女神たちは、記念代わりにと武器を組み立てていく。

 

「複雑かと思っていたけれど、組み上がっちゃえば簡単ね」

「あとはちゃんと作動するかのテストですね、貸してください」

 

 ブラックハートから借りたライフルから弾倉を抜き、安全を確かめつつ引き金や遊底の作動を同時に確かめるシテス。結果はパスだ、使えるようになったとして軍部の人間に回される。

 ラジオ放送による集合時間は迫っていた。エルスタが作業の合間にバルコニーから城前広場を見下ろすと、相当数の国民たちがすでに集まっていた。国を守るために、エルスタのために。

 

「よし、終わった! 武器は大丈夫、あとは広場へ出て私たちの仕事をしましょう」

「だな。ネプテューヌたちは休んでいてくれ――といいたいが、国民に紹介したい。付いてきてくれ」

 

 執務室を皆と出たエルスタは、国民の集う広場へと向けて歩きだした。これから始まる戦い、国民とエルスタたち十次元ヴァル・ヴェルデの想いは同じだ。

 国への脅威を排除するための戦いは、間もなく始まる。



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最初で最後の解放戦(リベレーション)

 普段エルスタとシテスはバルコニーから国民を見下ろすように演説をしていた。だが今回は違う。パープルハートたちをバルコニーに残し、二人は宮殿正面――国民と同じ場所に降りた。

 見渡せば広場から国民が溢れるほどに並んでいる。バルコニーから見れば、そのすさまじさはまじまじと理解できただろう。

 エルスタは集った国民たちへ向け叫ぶ。

 

「皆には本当に心配を掛けた! そして何より、我らの国の窮地に不在となったこと――心から皆に詫びたい! すまなかった!」

 

 エルスタはシテスと共に自らを見上げる国民の前で深々と頭を下げた。ゴミを投げ入れられるのも承知だった。だが、そんな物は一つも飛んでこなかった。代わりに返ってきたのは、喜びの歓声だった。

 

『エルスタ様が戻ってきてくださった! これで俺達は戦えるぞっ!』

『隣国の奴等なんて、俺達で押し返しちまおうっ!』

『エルスタ様! ずっとお待ちしておりましたっ!』

 

 こんな都合の良い話があるのか、と頭を上げたエルスタは目を丸くする。だが集まった国民の全員が、真っ直ぐにエルスタへ期待の視線を向けているのだ。彼女の信用は、失われてなどいなかった。むしろ国民に投げ掛けられる言葉の一つ一つが、エルスタの力にすら変わるようだった。

 

「私、勝手な真似したんだね」

 

 シテスがエルスタを逃がすための次元転送を詫びる。しかしエルスタはそんな彼女へかぶりを振って否定した。

 

「私が次元転送されなければ、私たちはもっと辛い戦いを強いられていた。隣国は強力だ、相当な苦戦になっただろうが――」

 

 エルスタは上部バルコニーに集う女神たちを見上げて、叫んだ。

 

「聞いてくれ、我が同志達ッ! 私は、空けている間異国を旅していた。そして、友人が出来た。皆、私が信頼を置ける友人達だッ! 彼女達も、今回の防衛に参戦してくれる! 皆は不安かもしれない。だが、どうか彼女達と共にた戦ってほしい。そして、我が国の勝利で終わるッ! 今宵は祭りだッ! 友人達にも街へ出てもらう。今夜は皆で、戦いの士気を高めようではないかッ!」

 

 より一層の歓声に湧く広場。そこへ、エルスタ達へ並ぶように女神達がゆっくりと降り立った。

 

「大丈夫ですの? お祭りだなんて、悠長なことをしていて」

「問題ない。それが、いつものヴァル・ヴェルデなんだ」

 

 グリーンハートの問いにエルスタは自信満々に答えてみせた。ぞろぞろと帰っていく国民達、しばらくその動きを見ていると一部の国民が資材を抱えて広場へ戻ってくる。

 組み立て始めたのは、出店だった。今夜は街全体が前夜祭となる、とエルスタは女神達へ語る。

 

 

 夜になったヴァル・ヴェルデはきらびやかな灯りに包まれ、街は出店で溢れた。とても明日には銃撃戦になるとは思えない、明るい雰囲気の街中をネプテューヌたちは歩く。

 最初こそ異物を見る様な目を向けられたが、エルスタの知り合いであることを改めて彼女に知らされ次第に馴染んでいった。

 

「まさか他にも女神がいるだなんて、思わなかったですよ……」

「私も同じだよ。なあ、ネプテューヌ?」

「私はたくさん見てきたつもりだけれど、そうね。ここまで異質な次元は見たことがないわ……」

 

 街のビアガーデンでヴァル・ヴェルデ市民とノンアルコールジュースで杯を交わすネプテューヌ。唐突な市民の問いに、エルスタはネプテューヌへ話を振る。

 ネプテューヌなら多数の女神を見てきたが、彼女にも十次元という次元は特異にも思えていた。

 

「どちらにせよ、明日を乗りきれば終わりだな。敵はブッ飛ばして良いんだろ?」

「投降しない者はな。遠慮なくやってくれ」

 

 ホワイトハートもビアガーデンを歩き回る中、エルスタの傍へ寄ると戦斧を肩に担いで問う。

 否定する理由はない。とにかく、戦って勝つのみだ、といった風にエルスタは答える。

 そうして夜は更け、気付けば出店は街に無く嵐の前の静けさだけが国に広がっていた。

 

 

 朝日の昇り始めたヴァル・ヴェルデ市内。街は広いが住民は誰一人として外出していない、そんな静かな朝だった。

 エルスタ達は既に準備を済ませ、城にて待機。ホワイトシスターだけは、作戦準備に向けて外を飛び回っている。

 緊張の高まる街。そこへ、拡声器を用いたような大きな声が響いた。

 

『私は神都カミィリアより参った使いである! カミィリア守護女神エルファ及び国王ルコの命により、ヴァル・ヴェルデの領地を賭けた戦争を申し込む!』

 

 響いたその声に、エルスタは眉をひそめた。シテスもまた同様に、不機嫌そうに床を蹴る。

 二人とも声には覚えがあった。否、今回打倒すべき敵がそれだった。

 

「大臣……すっかり、隣国の人間気取りか」

「ここまで来ると清々しすぎるわね」

 

 国を裏切った大臣が、隣国の使いとして戦場に出張ってきた。神都カミィリア――ヴァル・ヴェルデを遥かに凌ぐ大国、それが今回の相手だ。

 戦争前には必ず、こういった宣言を互いに行う。暗黙のルールであり破ること許されない。大臣もそれには則ったようだった。

 

「エルスタちゃん、終わったよー!」

「ほかの人には、罠に敵を誘うようにお願いしてある……!」

 

 ホワイトシスター二人の帰還を以て、エルスタは静かに立ち上がった。戦争を始める為に、ヴァル・ヴェルデに忍び寄る手を振り払う為に。

 しかしここで疑問を投げ掛けるブラックハート。納得のいかない部分が彼女にはあった。

 

「大臣はこの国を売り渡すために"話をしに"行ってたんでしょ? なんでそれが戦争になるのよ」

「恐らくは、向こうの女神に言われたんだろう。『あくまでも戦争で奪え』とでも――そういうヤツさ、向こうの女神は。大臣も手柄をたてれば、金の他に向こうでの地位まで手に入るかもしれないしな」

 

 手元で返答の信号弾を用意しながら、エルスタは答える。ピストルを上へ向け、トリガーを引こうとしたその時部屋に置かれた無線機がビリビリとした音を上げながら、海岸警戒班の通信を届けた。

 

『こちら南方海岸警備! 相手の宣戦布告より先に、カミィリア所属の上陸船が接近しています! これじゃ相手の違反だ!』

「なんとなく判ってたが、向こうはマトモな戦争する気ねぇぞエルスタ!」

 

 ホワイトハートに言われてか否か、エルスタは無線に答える形で口を開く。

 

「南方の部隊はTOWを放て。相手の生死は報告せよ」

『りょ、了解!』

「本当にあのミサイルを撃つつもりですの? もしあなたの仰った通りに、加護がなければ……」

「死ぬだろうな。だが、向こうが放ったんだ……仕方ない」

 

 女神の加護により、少なくともヴァル・ヴェルデとカミィリア間の戦争には人死にはない。だがそれが無ければ、大臣の勝手な戦争ならば死ぬ可能性もある。

 エルスタはそれを承知で、海岸警備班にTOWを撃たせた。

 

『……敵兵、姿無し。船は大破、飛び込んだ痕跡もありません。加護は掛かっているようです』

「ならばエルファは承知なのか……? 馬鹿な、アイツがこんな姑息な手を――いや、話は後だ。開戦だ皆、行くぞッ!」

 

 シテスは自慢のボルトアクションライフルを抱え城を飛び出し、超次元の守護女神たちはそれぞれの持ち場へと飛び去る。

 エルスタは信号弾を放ち、大臣へ叫んだ。

 

「その戦い、受けて立つぞ! 裏切った報い諸とも受けるがいいッ!」

 

 城のバルコニーを飛び降り、設置兵器を起動したエルスタは街の中へと消えていく。

 居なかった筈の市民たちも建物から飛び出し、街は一瞬にして騒がしく変わった。ヴァル・ヴェルデ防衛戦――最後の戦いが始まった瞬間だった。



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終焉の調停者(フィクサー)

 銃火に晒されるヴァル・ヴェルデ。ホワイトハートは戦斧を手に街を駆け巡る。

 銃声を近くに感じると担いだ得物を肩から下ろし、慎重に進みはじめた。

 

(近いな……。なかなか緊迫感あるじゃねぇか)

 

 ホワイトハートが路地を抜ける。そこへ加えられた不意の銃撃に、彼女は斧を突き立て盾代わりに銃弾を弾き一歩踏みきってカミィリア兵士へ戦斧を振るった。

 重たい一撃に数人のカミィリア兵士が巻き込まれたが、死亡した様子は無く静かにその場から消えていくだけだった。

 

(なるほど、これが『女神の加護』ってヤツか。確かに遠慮は要らなさそうだな)

 

 ホワイトハートが見上げたその空で、ブラックシスターは空中射撃によって敵の注意を引き付ける。X.M.Bによる射撃はカミィリア兵士を驚かせるには充分であるらしく、その着弾の衝撃はほぼ手榴弾のそれに近い。

 

「次!」

 

 ブラックシスターが敵の足止めを終え、次のエリアの警戒に当たろうと姿勢を変えたその時、カミィリア兵士がライフルで上空のブラックシスターを狙った。

 

「しまった……!」

 

 X.M.Bを構え直すには時間がなかった。もちろん銃弾で死なないことは理解していても、ここで撃たれればヴァル・ヴェルデ側への損害になる。なんとしてもかわそうと体勢を変えたが、その刹那狙っていたカミィリア兵士が倒れて消えた。

 遠くからオォン……と風の鳴くような音が聴こえ、ブラックシスターに通信が入る。

 

『大丈夫? スナイパーは私がやってるから、そっちは次のエリアをお願いね!』

 

 声の主はシテスだ。銃弾が先に届くほど離れた位置から、精密にカミィリア兵士を無力化していた。ブラックシスターが少なくとも、心の何処かで彼女を称賛する程度にはシテスの腕は確かだった。

 空中では女神達による防衛が続いており、カミィリアには不利な状況に立たされている。街中に仕掛けられたホワイトシスターの罠も、ヴァル・ヴェルデ住民による巧みなゲリラ戦法によって確実に効果を発揮している。

 このままいけば、エリアを失うこと無くコールドゲームでカミィリア敗北を言い渡せる。住民も、女神もそう思っただろう。しかしパープルシスターが叫ぶ。

 

「みんな! 向こうは対空車両を持ってるみたい、高度を下げて――」

 

 ヴァル・ヴェルデ外部から向けられた対空ミサイル車両が女神たちを狙い、そのミサイルを多数纏めて放ってみせた。

 今さらミサイルに当たるような女神たちではない。軽くかわして反撃のタイミングを探るが、そのミサイルは大きな軌道でUターンすると再び女神たちを追い始める。

 

「今イイところだったのに……とんだジャマねぇ」

 

 蛇腹剣を振り回し、ミサイルを叩き落とすアイリスハート。彼女の眼下には立ち上がれなくなったカミィリア兵士たちが山積みになっていた。向こうへ追い返すほどのダメージを与えず楽しんでいたようだ。

 蛇腹剣はミサイルに直撃し、爆風がアイリスハートを明るく照らす。破片程度なんということはない。

 

「せいっ!」

 

 ブラックハートもまた、ミサイルを切り落とした。女神たちに対空ミサイルはまるで意味を為していなかった。

 カミィリア側は痺れを切らせたのか、はたまた女神たちの“弱点”に気付いたのか戦車による進軍を開始。衛星とリンクしているらしい最新鋭の戦車による砲撃は精密かつ爆発的で、ヴァル・ヴェルデの市民たちを城へ押し返すには充分過ぎる力だった。

 

「あれは厄介ね……。攻撃の封じ方は無いのかしら?」

『あるとするなら、砲身を叩き斬るくらいか……。こちらの兵力が一瞬で削られたな』

『この国に戦闘車両は無いんですの?』

『本来必要ないんだ、ウチには過剰戦力は存在してないさ……』

 

 通信が騒がしくなるが、迷えば迷うほどヴァル・ヴェルデ市街への攻撃は続いていく。ビルは壊れ、車は戦車に潰された。

 カミィリアを打倒するはずが、一瞬のうちにそれをひっくり返された。だが妙な引っ掛かりを皆が抱く。

 

「大臣はこの国を売ることが目的の筈。これほど破壊しては、復興だけで膨大な金額になるぞ」

『つまり、大臣には別な思惑が出来たってことね。現場に来てるなら、訊いてみましょ――!?』

 

 シテスからの通信が乱れ、戦車の砲塔が彼女が狙撃地点にする城の屋上を狙う。

 素早く戦車へカルカノライフルを向け、引き金に指を掛けるがシテスより早く戦車が撃った。シテスは床にぺったりと伏せて砲弾を避け、そのまま戦車へカウンター狙撃を試みるもライフルで太刀打ち出来る部分を外してしまった。カンッ、と装甲に弾かれる虚しげな音が響いただけで終わった。

 

『シテス、すぐにそこから逃げろ。――向こうから、降伏勧告だ』

 

 エルスタに言われ、目を丸くするシテス。スコープを使って確認してみれば、女神たちの前に戦車を停め一人の男がその上で何かを話しているのが見える。

 シテスはライフルを置いて、一先ず現場へと向かうことにした。持つのはスペクトラ短機関銃のみだ。

 

 

 女神たちの前に立ち塞がったのは、一人の男だ。カミィリア兵士とは違い、スーツに身を包んで愉快だとでも言わんばかりの笑みを浮かべ、戦車の上から女神たちを見下ろしている。

 彼こそ元ヴァル・ヴェルデ大臣であり、国の裏切り者だった。エルスタが武器を下ろさないのを見てか否か、他の女神たちも得物を手放そうとはしない。

 

「ふん、まだ勝機があるとお思いなのかな? 女神様方」

 

 大臣は不敵にそう語る。目の前には戦車、女神たちの装備でもどうにか出来るかは判らない。

 だが、話くらいは出来る。エルスタは一歩踏み出して語り始めた。

 

「大臣、お前はヴァル・ヴェルデをカミィリアへ売って戦争を起こすつもりじゃなかったのか。先程の破壊行為に意味は無いだろう?」

 

 エルスタが話し終えると、大臣は声を高らかに笑い始める。まるで小馬鹿にするように。

 

「実にめでたいな、女神様。カミィリアへヴァル・ヴェルデを合併させるには、一度更地にしなくては。今ある文化は邪魔なんだよ……私の仕事にはね」

「なんて男……。貴方は仮にもこの国の大臣でしょう!?」

「だからなんだ。別次元の女神に用はない。私はエルスタとシテスに消えてもらえればそれで良い」

 

 パープルハートの言葉を一蹴する大臣。拳銃を取り出し彼はエルスタへその銃口を向けた。

 

「お前に私は殺せない」

「試してみようか、女神? 何の策も無しに私が直接出張るわけなかろうに」

 

 かちり、と音を立てて大臣が拳銃の撃鉄を引き起こす。そこへシテスが駆け付け、スペクトラ短機関銃を構え大臣を制止する。だがそれを待っていたかのように大臣は口角を吊り上げた。

 

「これで役者は揃ったな。では、仕上げに――」

『そこまでよ、ヴァル・ヴェルデ大臣』

 

 空から突如響いた、別な女の声。女神たちは空を見上げて探す。すると、何かが此方へ向けて飛行しているのを見つけることが出来た。

 

「まさか……女神か!?」

 

 近付けば近付くほど、それが何なのか理解できた。ホワイトハートはその姿を見て自らと同じであると叫ぶ。

 女神らしき女は戦車の上へ着地すると、エルスタと良く似たホルスターから拳銃を抜いて大臣へ向けた。躊躇い無く、その後頭部へと。

 

「エルファ……! 貴様は私が抑えていた筈ッ!」

「甘いのよ。そもそもこんな怪しい取引に応じるなんて誰も言ってないわ。こんな茶番に、ウチの兵まで使っちゃって……」

「何……? これはお前の意思ではないのか!?」

 

 エルスタが問うと、エルファは静かに頷いた。

 

「私も、国王のルコもこいつに一杯食わされて軟禁されてたの。戦争仕掛けにいくのを知って、なんとか自分の兵だけは守るように力を送ってたけどね」

 

『意思の無い』戦争――それが、今回の争いの正体のようだった。結局は大臣という黒幕に踊らされただけ。野心の強い男に、振り回されただけだったのだ。

 エルファはカミィリア兵士へ指示を出し、大臣を戦車から蹴り落とす。無用だった戦争は、もう終わりだ。あまりにも呆気ない終わり――それでも互いが被った被害は、計り知れない。無論、このままただで済ませる気などエルファには無かった……。



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今度こそのさようなら

「連れていきなさい」

 

 エルファの声で、兵士達は大臣を連行しようと動き出す。

 

「待て、エルファ!」

 

 それを制するのは、エルスタだった。拳銃を片手に――だがそれを敵であるカミィリアの者達に向けられないまま、声だけを張り上げる。

 

「待たないわよ。こいつにはこっちでの罪状もあるの、悪いけど早く引き上げさせてもらうわ」

「だが……」

「前から、あなたみたいな女神が嫌いだったわ。優しすぎる……だから、大臣を疑いきれなかった。シテスは先に気付いて、あなたを話の外に放った。意味は分かるわよね?」

 

 すべて図星だった。サバゲーの国ヴァル・ヴェルデの女神にしてはエルスタは優しすぎると。軍備をほぼ無くし、戦争よりもゲームとしての『遊びの戦争』を選んだ。

 第三国事件で手を血に染めたあとは、彼女はそれを引き摺り続けた。エルスタはやはり、甘いのだ。女神――否、戦士として。

 

「もういいかしら? いくわよ」

 

 エルファはエルスタの事などまるで気にすることなく、片手で大臣を引き摺ったままカミィリア兵士を先頭に林道を戻ってゆく。

 

「ええい、離せッ! 私はこの程度では終わらん……ッ!」

 

 暴れる大臣を力で捩じ伏せても、大臣は諦めない。痺れを切らせたのかエルファは大臣を道路脇に蹴り飛ばし、うつ伏せの背中を踏みつけて.45口径オートマチックを向けた。

 不気味に輝く.45口径、その先に線で結ぶように大臣の後頭部がある。女神の加護は無い、撃たれれば大臣は死んでしまうだろう。

 呼応するようにエルスタがファイブセブンを構え、女神たちも臨戦態勢に入る。

 

「もう面倒ね。こういう奴って、蛇みたいにしつこいし殺しちゃっても良いのよ」

 

 かきん、とエルファが拳銃の撃鉄を親指で叩き起こす。一方のエルスタは、銃を向けても何を撃つべきか分からないでいた。威嚇射撃に驚くエルファではない。だが体当たりするよりも早く、彼女は引き金を引く。そういう女神なのだ、エルファという女神は。

 

(くっ……)

 

 リスクだらけのターゲット。だが、殺しだけはあってはならない。エルファはもう引き金に指を掛けている。時間はない。

 

「さよなら、愚かな愚かな大臣さん」

 

 ゆっくり引かれてゆく引き金。そして、けたたましい銃声が集まっていた鳥達を逃がしていく。

 ばささ、と羽音が辺りを包んで次第に鳥の鳴き声も遠くへ消えた頃、女神たちそしてカミィリア兵士たちもその目を疑う。

 硝煙を上げていたのはエルスタのファイブセブン。エルファの.45口径は銃撃によって弾き飛ばされ、少し離れた場所に転がっていた。

 手首を押さえ、暫し黙りこむエルファ。ブロンドのツインテールが海際の潮風に揺れ、その目は拳銃を構え続けるエルスタを横目に睨み付けていた。

 

「……エルファ」

「大臣、これで解った? 貴方が裏切った女神が、どれだけ出来ていたか。優しかったのか」

 

 体勢はそのままに、エルファは痛めた手首の調子を確かめながら続ける。

 

「今の状況でエルスタは私の銃を撃った。私を撃つことも、憎むべき貴方を私より先に殺す方が簡単なのに――よ。だから私は、エルスタの国を攻め落とそうとは考えなかった。こういう性格の女神ほど、後が恐いから。わかる? 大臣。貴方はエルスタに助けられたのよ」

「エルファ……お前、まさか」

 

 それだけのために、憎まれ役を演じたのか? だが、エルスタの問いに彼女は答えなかった。

 エルファは返答の代わりに大臣の背中から足をどけ、拳銃を拾い上げると大臣の頭の近くへ一発放つ。土煙を上げて着弾を示すそれは、エルファが間違いなく大臣を殺す気だったということ。フェイクでなく、間違いなくエルスタが大臣を救ったという証だった。

 とはいえそれはエルスタに防がれたが、彼女にはそれも悪い気はしないらしい。.45口径をホルスターに収めると再び大臣を引っ張り上げる。

 

「これで、いいわよね? 傍聴席位は用意してあげるから大臣は一旦借りるわよ」

 

 エルファはそれだけを言うと立ち去ろうとしたが、最後に足を止めて今度は女神たちへ語る。

 

「そうだ。次元跳躍の女神達――早くしないと、帰れなくなるわよ?」

「どう言うこと? 説明してちょうだい」

 

 パープルハートが問うと、エルファは背中を向けたまま語った。

 

「次元跳躍なんて、簡単にするものじゃないわ。特にあなた達は女神でしょう? 世界に及ぼす悪影響は大きい筈よ」

「しまった……! シテス、装置はまだ動くな!?」

「一週間以内ならフルパワーで動くわ。まだギリギリ行ける筈」

「すまない、皆。本来なら祝杯なり休息なりを取って然るべきなのだが……時間はない。皆は、皆の国へ戻るんだ」

 

 カミィリア国が去ったあと、エルスタは女神達の意見も無視して城へと飛び去ってしまった。

 いずれ来る別れが、こんなにも唐突でいいのか。だが、この次元は既に『ゲイムギョウ界』ですらないのだ。これ以上の滞在が、どんな悪影響を及ぼすかは未知数だった。

 

 城では既にシテスが過去に使用した次元跳躍装置が起動している。大理石の床に白い魔方陣が輝いていて、装置と言う割りには魔術のようだった。

 

「本当に急なんですね……こんな、お別れ――」

 

 パープルシスターが斜を向く。皆が皆、珍しく同じ意見だっただろう。本来なら、もっとゆっくり別れを惜しむ時間もあった筈なのだから。

 

「そうだな……。私も、そう思う。あれだけ世話になった超次元に、私は何も返せていない」

「でも、また会えるんでしょう? エルスタ。だったら――」

「すまない、ネプテューヌ。それは無理だ」

 

 ネプテューヌの希望は、エルスタ本人がばっさりと切り捨ててしまった。

 

「ここはゲイムギョウ界じゃない、全く別な世界だ。私たちは私たちの世界がある。私がいた記憶も、無くなる」

「エルスタ! それは言い過ぎよ! 別に今言わなくても……」

「どうせいずれ知るんだ、変わらない」

 

 今別れれば、ゲイムギョウ界の皆がエルスタやシテス達のことを思い出すことはないと彼女は語る。だが、それは送り出す当人にとっても辛いことだった。

 迷惑をかけただけで、自分がいた証は何一つ残せないのだから。だから、記憶が消えても残るものを、エルスタは用意した。

 

「ラステイションの皆、前に来てくれ」

 

 エルスタの言葉で前へ一歩踏み出すブラックハートとブラックシスター。

 

「プラネテューヌの次に世話になったのは、ラステイションだったな。本当にありがとう」

「ほんとよ。もっと感謝しなさい、このブラックハート様の力を借りれた事をね」

「あたしは、銃が好きな人に会えて……少し嬉しかったのかな。迷惑だなんて感情、もう最後には消えてたから」

「ありがとう。二人には、これを託すよ。記憶を無くしても、どうかおぼろ気でも良い……私がいた証にしてくれ」

 

 エルスタがブラックハートに手渡したのは、バリスタと名付けられたボルトアクションスナイパーライフルだった。微かにだが、エルスタのシェアエナジーを帯びているのを二人は感じた。

 エルスタは更に続けていく。

 

「ルウィーの三人は、これを」

「てめぇ……体格見て選ばなかったろうな? ――悪い、冗談だ」

「ルウィーには迷惑を掛けたからな。それに拳銃は最も重要な装備だ、妹達をその拳銃のように守ってあげてほしい」

 

 ホワイトハートに渡されたのはエルスタが愛用していたファイブセブンピストルそのものだった。エルスタの言葉に、ホワイトハートは当然だと返し魔方陣へ入っていく。

 

「ベール、ゲームの売り上げはどうだ?」

「口コミで広がりつつありますわ。ですが、悲しいですわね。記憶がなくなるということは、あなたの協力もなかったことになるということ。ですが安心してくださいまし、必ずやリーンボックスがシェアトップに立って見せますわ」

「頼もしいな。ベールには、これを」

 

 手渡されたのはP-12ショットガン。リーンボックスでの事件でも、この手の銃を手にしている。

 

「必ず、部屋に飾らせていただきますわ。例え忘れてしまおうとも……」

「ああ、頼む」

 

 ベールも魔方陣へ入り、残るはプラネテューヌの三人となった。

 

「プルルート。お前にはなかなか苦しめられたな」

「あらぁ? 望むなら今からでもいいのよ? 最後に一度くらい、苛めてみたかったわぁ……」

 

 エルスタは苦笑を浮かべつつ、手元に異形のサブマシンガンを呼び出す。P90と呼ばれるそれは、アイリスハートには少し不似合いかもしれない。

 だが彼女は満足したように、魔方陣へ足を踏み入れた。

 

「最後だな。ネプテューヌ、ネプギア」

「本当に、急なのね。しかも記憶まで消えるなんて――あんまりだわ、こんなの」

「なんとか消えないようにする方法はないんですか?」

 

 パープルシスターの問いに、エルスタは伏し目がちにかぶりを振る。

 

「プラネテューヌには、本当に世話になった。私は、絶対にあの世界で体験したことを忘れない。ゲームも、空気も、夜の景色も――ネプテューヌ、お前にはこれを渡す。部屋には合わないだろうが……」

 

 パープルハートに手渡されたのは、エルスタの半身ともいえるミニミ軽機関銃。ずしりとした重さがパープルハートの腕にのし掛かった。

 

「確かに、合わないわね。でも、大事にするわ。記憶が消えたとしても、絶対に――絶対に忘れない」

「お姉ちゃんに同じです。絶対に、エルスタさんが居たことは忘れません」

「本当にありがとう、皆……。急に現れて、急にいなくなること……許してほしい。共に国を守ってくれて、本当にありがとう」

 

 シテスがパープルハート達の魔方陣侵入を確認すると、スイッチを跳ね上げる。

 魔方陣を囲うように立ち上った光の柱が、ヴァル・ヴェルデの空を貫く。最早どちらも触れることは叶わない。

 

「さらばだ、異国の友よ。本当に、楽しかった」

 

 エルスタの言葉が届いたのかはわからない。気付いた時には、女神達はそこに居なかったのだから。

 戦争は終わった。日が暮れ始めたヴァル・ヴェルデの空を見上げ、エルスタは遥か異国の友を想う。二度と叶わぬ再会と知りながらも、想わずにはいられなかった。

 

 

 超次元では、だだっ広い草原に皆が寝かされていた。最初に目が覚めたのはノワールだ。

 

「なんか……すごく長い夢を見てたような――って、なんで私こんな場所で寝てるのよー!? え? 私、今まで何してたの!?」

 

 混乱するノワールをよそにベール、ブラン、ロムにラムと次々と目を覚ましていく。

 その女神達の手には、軍が持つような銃火器が握られていて余計な混乱をすら招く。ユニは虜のようだったが。

 

「ですが、良くできていますわね。わたくしの国で、より質の高いアップデートに使えそうですわ」

「たくましいわね……ベール」

「……」

「お姉ちゃん?」

 

 ネプテューヌは手元の軽機関銃をじっと見つめて、珍しく黙りこくっていた。不安に思ったネプギアが顔色を窺うと、ネプテューヌは決心したような顔つきで空を見上げる。

 

「わたしは持って帰る。この銃には、きっとわたしたちが無くしちゃった何かがあると思うんだ。だから、わたしはこれを持って帰るよ! ネプギア、運ぶの手伝ってね」

「あ、うん! じゃあ、私たちは先に……」

 

 超次元、ゲイムギョウ界。夕暮れに染まる中一人、二人――また三人と草原から消えていった。皆、正体不明の銃を握りしめて。

 何があったのか、考えるのはあとだ。とにかく帰って休みたい。その意志だけは、皆合致していそうだった。

 

 繋がっていそうで繋がることの無い空。それでも、きっと奇跡は起こる筈。皆が、そう思わないだけで……。

 

十次元編~おしまい~

 

 

 十次元、ヴァル・ヴェルデ。シテス国王は遥か数ヵ月先の仕事まで仕上げて、武器庫から武器を漁る。拳銃、ライフル、狙撃銃、散弾銃、サブマシンガンと持てるものは全て持って、リュックには魔法の弾薬箱をセットした。

 彼女は個人的に引っ掛かることがあったのだ。依り代にした『トライユ』である。一度、自らの目で見てみなくては安心できない。確かに危険な次元跳躍ではあるが、すぐに戻る。そのつもりで彼女は次元跳躍装置のスイッチを入れた。

 

(きっと、大丈夫だとはおもうけど。でも、他にも気になることはあるし……)

 

 真っ暗な城内を眩い光が照らしたかと思えば、シテスは消えていた。彼女は目指す。納得のいく別れのために、自らの勝手に巻き込んだトライユに会うために。

 目指すは、超次元ゲイムギョウ界だ。

 

セカンドステージ~スタート~



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超次元編
超次元への再接続(ルームオープン)


 超次元ゲイムギョウ界、ルウィー上空。雪国特有の吹雪を突っ切って、一人の少女がフリーフォールしていた。

 

「ひぃ……顔が痛いぃ!」

 

 少女の素性は十次元はヴァル・ヴェルデ王国、国王シテスだ。自分の次元から持ってきた大量の武器と共に、雪まみれになりながら身を切るような寒さに耐える。

 だが眼下に見える街はとてもユニークそうで、見たことの無い光景に胸も高まる。それよりも風切り音と寒さで耳が痛いのだが。

 

「ふっ……」

 

 我慢の限界か、シテスは予定よりも早めにパラシュートを開いた。十次元からやってきた女神、エルスタは依り代に人間を使っても自身の力で着地したが国王は教祖のようなもので、人より身体能力は優れるものの大きな差異はない。よって、パラシュートによる遊覧飛行以外に選択肢がないのである。

 しかしパラシュートを開いたことで吹雪の影響はより大きくなる。風にひどく流されるし、細かい雪は目を開けることすら拒むかのよう。

 

「風強いなぁ……。流されちゃうわ……」

 

 予定進路は眼下に見える街だが、風の向きはそれより若干ずれている。方向を修正しようとしても、流され続ける。

 いたってのんびりしている風に感じる部分があるが、案外危機的状況であったりもする。

 

「おわわっ!? 風! 風がイタズラを!」

 

 突然風力を増す風。スカートが――と、いうことはなく勢いよくパラシュートが流されて高度が下がった。

 慌てて操作するも時既に遅し。ルウィー国内の公園へ墜落する寸でのところで体勢を整え、パラシュートにくるまりながら数度前転の後に停止する。

 

『もがもが……』

 

 端から見れば布にくるまった不審者の状態になりながら、シテスは超次元への上陸を果たす。雪国、ルウィーへと。

 無論不法入国的な部分はあるが、それはそれ。ばっさばっさとパラシュートを払いながら脱け出したシテスが空を見上げると、不穏な空気を全身に纏いながら見下ろす白い少女の姿があった。無論、シテスは正体を知っている。

 

「ブラン――」

 

 ルウィーの守護女神、ブランことホワイトハート。その名を叫ぼうとしてシテスは慌てて口をつぐむ。彼女には、十次元の記憶はない。エルスタが渡した銃もどう扱われているか判らない状況なのだ。

 更に言えばホワイトハートから感じるものは『歓迎』ではなく『敵意』だ。不用意に名前を叫ぶと、話をややこしくする可能性も充分にある。もっと悪かったのは、シテスが『これから戦場でもいくのか』と言わんばかりのフル武装だったこと。

 ゲイムギョウ界とはいえ軍隊はある。銃を知らないほどではない。それがまずかった。

 

「おいお前。私の国にそんな武器持ち込んで、なんの用だ?」

 

 ホワイトハートが“いつも”のように、ドスの利いた声で問いかける。ホワイトハートは真っ黒女神とは、誰かが言っただろうか?

 だがその“いつも”が、シテスへ向けた敵意であるのには変わりない。敵対していない、と証明するのに必要なことは一つしかない。

 弾倉を全ての銃から外し、本体も地面へ投げ棄てて遠くへ足で蹴り飛ばす。要するに武装解除である。

 

「これで脅威無しです」

「はいそうですか、って信じると思ってんのか?」

 

 当然の結果だった。ホワイトハートの怪訝な眼は変わらない。

 

「どうすれば信じてもらえるのよ!?」

「逆ギレかよ!? 質悪いなお前!?」

 

 ホワイトハートは知らないとはいえ、一刻を任される人物がとうとう逆ギレ。腕をぶんぶんと振り回して無実を叫ぶシテス。

 

「仕方ないでしょ!? 私は女神みたいに身体能力あるわけじゃないし、行く宛もないし! もうここで寝るしかないじゃない!」

「落ち着け! 分かったから、一旦落ち着けよ!」

 

 ホワイトハート、根負け。女神化を解いて着地したその姿をシテスが見るのは初めてだ。『ブラン』としてのその姿は、雪国の女神としては少し寒そうにも見える。

 

「事情は判らないけれど、いいわ。敵意はないのね?」

「もちろん! すみません、取り乱しました。でも――」

「あー! もうわかったって言ってんだろーが! 事情は後で訊くから、今は黙って私に――」

 

 ブランが自分についてくるよう言い掛けたところで、突如二人の足元に弾痕が現れた。風に乗って聴こえてくるのは銃声――つまり、狙撃だ。

 反射的にシテスはカルカノ狙撃銃を拾い上げ、抜弾していた状態から弾を籠めてスコープを覗く。風は相変わらず強く、雪の混じった吹雪だ。視界はすぐに真っ白に染まり、レンズにも雪が付着していく。

 

「見えない……!」

「ちっ……こっちは忙しいってのに!」

 

 女神化したブランは斧を携え、銃声のした方角へと飛び去っていく。相手から再狙撃の兆候は無いと判断したシテスはばら蒔いた銃に弾倉を入れ直し、ホワイトハートの後を追った。

 

 

「雪原……!」

 

 狙撃地点を辿り二人が出てきたのは、周りに何もない雪原だった。周囲は森だが、そこだけはぽっかりと何もないエリア。

 

「これじゃ的になっちゃいます、ブランさん」

「じゃあどうすんだよ、このまま黙って引き下がれってのか?」

「そうです。とにかく隠れないと……」

 

 狙撃手にとって、今の二人はかっこうの的だ。撃ってくださいと言わんばかりに雪原のど真ん中に突っ立っているのだから。

 

「……どうやら、相手のほうがバカみたいだぜ」

 

 斧を構え、ホワイトハートは森から出てくる少女に目線を合わせる。シテスが見てみれば、相手は丸腰のようにも見える。

 透けるような綺麗な白髪を靡かせ、紅い瞳はまっすぐ二人を射抜いているが表情がない。喜怒哀楽、いずれもなく少女はそこにいた。

 

「おい! 私を狙撃したのはてめーか!?」

 

 ホワイトハートの問いで、少女は初めて笑みを見せた。だが答えは返ってこない。

 もう限界だった。ホワイトハートが飛び出そうと姿勢を整えたが、別な声がそれを止める。

 

「単騎はダメよ! 危ないじゃない」

 

 いつの間にかいた少女。ツーサイドアップの金髪に、つり目がちな眼。少し厳しい雰囲気の少女が、拳銃片手にそこにいた。

 シテスはその手に握られた、金色の銃身とレバー類を持つカスタムガンに既視感を覚える。

 

「ゴールドカスタム……? カミィリアの神性銃じゃあ……」

 

 神性銃とは、エルスタのM249のような女神に近い銃全般のこと。この言い方は滅多にされないが、表す方法としてはシテスにはこの言葉しか無かった。

 

「そうよ、あたしエルファだもの。次元装置はそちらの専売じゃないの。――それよりアイツ、なんなのよ」

 

 いつの間にかいた少女は十次元の神都カミィリア守護女神、エルファであるらしい。

 自身の銃を構え威嚇に入るエルファが問うても、それはシテスだって知りたい話だ。

 

「――雰囲気はヤバそうね。三人が動きましょう。向こうは一人よ、加えてこの吹雪……向こうだって自由には動けない筈」

「いきなり現れて命令されるのも癪だが、しかたねー……。いくぞ!」

 

 ホワイトハートを先頭にシテス、エルファと続いて少女へ向かう。

 瞬く間に距離は近付いて、ホワイトハートは戦斧を振りかぶる。傍にはシテスが銃を構え、その奥でエルファがトリガーに指を掛ける。ほんの一瞬だった。

 ホワイトハートの長いもみあげを引っ張り、少女はホワイトハートを引き倒す。同時に左手ではシテスの拳銃を掴み自身から逸らして引き、ホワイトハートとぶつけようと腕をクロスさせる。

 

「うあっ!?」

「きゃっ!?」

 

 ごちん、と頭をぶつけ合う二人。その間にエルファがトリガーを引いていた。二射放たれた銃弾を、引き倒した二人を飛び越えるような空中前転で回避しエルファの銃を一瞬にして分解、スライドを放り投げて腹部にフックを入れてダウンを取る。

 ここまでが、ほんの一瞬。数秒足らずの出来事だった。女神と国王の三人がかりを涼しい顔でかわした少女は、そのまま吹雪の雪原に消えて行った。



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