【完結】BARナザリックへようこそ (taisa01)
しおりを挟む

本編
ここはBARナザリック


 酒飲みだった。

 日本酒では純米。ワインでは甘めのスパークリング。ラムなら辛めで香りが高いもの。挙げれば切りがない。幸い仕事は出張が多く、日本全国の酒と食を楽しめたのは良い事だった。定年してからは、妻に教わり料理を覚えた。しょせん家庭料理。されど家庭料理。美味しい酒とつまみのために運動し健康になり料理を作る。世界各地の酒を楽しむ。

 そんな日々。十二分に長生きできたと考える。だからこそ祖父や父親と同じ様にガンになっても、まだいろんなモノを食べてみたい飲んでみたいと思うも後悔はなかった。子供は独り立ちし孫までいる。両親や妻より長生きできたのだ。

 遺言には、寝室の本を一緒に焼いて欲しいとした。まあ、生前整理して本棚二つ分。迷惑かもしれないが燃えないものでないし、そこは最後の我儘と許してもらおう。

 例えば指輪物語。

 例えば海底2万マイル。

 例えば世界の酒の紹介本。

 例えば有名な料理人のレシピ集。

 

 

 その中に若い頃読んだ黒い本が含まれてたことを本人も忘れていたのだが……。

 

 

 

******

 

 気が付けば地獄にいた。

 

 周りには骸骨や悪魔、中には名状しがたいものまで、多種多様の存在に驚いた。自分は生前の行ないを気を付けていたわけでもなく、神も信仰していなった。しかし地獄に落ちるとは思っていなかったので、地獄のような場所と認識したときはとても驚いたものだ。

 あと地獄といえば閻魔大王や鬼灯様には会えると密かに思っていたが、見たこともない悪魔?のようなものにあっただけだった。自分はインキュバスとして生み出されたが、人間としての記憶があるから死んだ魂でも再利用された……と考えることにした。

 今では地獄の酒場で仕事をしている。上司は地獄の副料理長。キノコだけどダンディでいいひと?だ。

 

 ここ、BARナザリックはなかなか面白い職場。

 

 

 

******

 

 酒場は夜開くもの。

 では常に闇に包まれた地獄ではいつ営業するのか。

 

 答えは、休憩や仕込みなどで閉める時間はあるものの、ほぼ24時間営業である。時計があるので24時間の感覚は存在するのだが、地下のため日の光が無く正直いつ仕事していつ休むのか決まっていない。なによりブラック企業真っ青な24時間労働が当たり前。

 夜の飲みといえば、眠りの前、一日を疲れを癒やすためのひとときである。しかし地獄ではある意味休憩・食事の一環でしかないのだ。そもそも「酔」が状態異常扱いなので、わざわざ状態異常対策装備を外されて来店されたり、中には状態異常を強引に引き起こすために呪い系アイテムまで利用されるお客様もいるから業が深い。

 

 そんなある日コキュートス様が来店された。

 地獄にはいろんな種族の方がいらっしゃる。コキュートス様も虫系種族とのことで表情こそ分からないが、守護者つまり地獄の高官としてご多忙でお疲れなのだろう。さらに思い悩むような雰囲気を醸しだされている。

 

「これはコキュートス様、ようこそいらっしゃいました」

「ウム。ナニカ適当ニ頼ム」

 

 コキュートス様は、何でも食されるのですが、好みは大きな体に似合わず甘いもの。そこでお体のサイズに合わせて大きめのジョッキを準備し、林檎を絞ったものに色合いの違うシロップを二種、ピリスナービールを合わせて軽くステアする。ビールのカクテルとしては珍しく甘さを全面にだしたものだが、疲れている時にはこのようなものも良いだろう。そして新鮮な野菜スティックにオリーブオイルと岩塩をだす。

 

「お疲れのようですので、ビールのカクテルに新鮮野菜のスティックにございます。お好みでオリーブオイルと岩塩をつけてお召し上がりください」

 

 コキュートス様は静かにビールを飲む。

 この御方は武人ということで戦闘に関することは雄弁だが、ソレ以外については寡黙であられる。しかし、その内にはしっかりとした意見を持たれている方だ。そんな方が悩まれ、わざわざ気分転換に酒まで飲まれるなら、一歩踏み出すのもバーテンの仕事。

 

「なにか気がかりでもございますか?幸いここは酒場。ここで見聞きしたことは外に持ち出さないのがルール。いかがでしょう言葉にされるだけでも、状況の整理のお助けになるかと」

「フム。ソウダナ……」

 

 どうやらコキュートス様は、新しい任務に携わっているが、与えられた権限では、達成は難しいということらしい。地獄の高官が悩む任務など想像もできないが、しかしものごとは視点を変えるだけで解決することも多々ある。もっとも得てして視点というのは、変えようと思っても変えることは難しい。ならば……

 

「そうですね、少々お待ちいただけますか」

 

 そういうと準備をはじめる。といってもすでに冷まして準備ができている野菜のテリーヌに、特性のソースをかけるだけなのだが。

 

「こちらは、野菜を中心とした3色のテリーヌになります。まずお召し上がり下さい」

「ワカッタ」

 

 そういうとコキュートス様は、最初は一色、次は二色、最後は三色と器用に食べられる。

 

「1ツ1ツ、別ノ旨味ガアル。アワセレバ更ニ複雑デ奥深イ味ワイトナル。ナカナカスバラシイゾ」

「こちらは、以前、肉・魚などのバリエーションで作った際、コキュートス様が野菜が好みと言われたので、新たに考えた一品です。物事は1人では限界があります。料理人ならば他の料理人やお客様と対話します。そして気が付いた点を改善するのです。コキュートス様のお悩みも、私では推し量ることは叶いませんが、他の守護者の方々と対話されることで解決の糸口を見つけることができるかもしれません」

「ソウダナ」

 

 そういうとコキュートス様は、静かにビールを飲み始める。その後何度かおかわりされたので、ビール・カクテルはお口に合ったのだろう。

 よかった。

 

 

 

******

 

 コキュートス様がおかえりになられたあと、数名のお客様を迎える。

 あのヴァンパイアとワーウルフの組み合わせは、お客様とはいえやめて欲しい。酔っ払うと口論はじめるのがわかってるなら、毎度いっしょに店に来るなと。バーテンダーの格好で近接格闘スキルを使い叩き出す。夜の飲み屋では酔っぱらいや無法者対策は必須なのだと思い知らされる。近接格闘スキルを授けてくださりありがとうございます。碌でもない理由で、しみじみ創造主に感謝する。

 しばらくすると……

 

 

「開いてますか?」

「これはデミウルゴス様。ちょうど準備が整ったところです」

 

 23:00

 

 デミウルゴス様。この方もお疲れなのだろう。聞けば不眠不休で仕事をされているらしい。しかし数日に一度決まった時間に来店される。本日も、いつも通り正面のカウンター席にご案内する。

 姿勢正しいダンディな悪魔のデミウルゴス様は、カウンターでグラスを傾けるだけで絵になる。男である自分ですら見惚れるほどに。

 

「本日は副料理長がいらっしゃらないので、私が担当させていただきます。ご注文はいかがなさいますか」

 

 このBARのオーナーは地獄の副料理長である。しかし、その役職通りの仕事もあるため、こちらに顔を出すのは思いの他少ない。そんなときお客様のお相手をするのは自分である。

 

「先日いただいた日本酒の亀の尾と、それに合わせたものを適当に」

「かしこまりました」

 

 このナザリックという地獄は、名前から西洋かとおもっていたが、そんな事はなく和洋なんでもござれ。中には巫女や鬼などもいたのだから、地獄は繋がってたのねと変な感心をしたものだ。もっとも男性のアレのような姿やブレインイーターを見た時、クトゥルフ系かと驚いたものだが。

 さてデミウルゴス様は西洋系悪魔に見えるのだが、先日日本酒を試していただいたところ、大層気に入っていただけた。副料理長にも許可をいただけたので、裏メニューとして常連様にのみ提供している。

 

「お通しをどうぞ」

 

 最初が日本酒ということでカウンターに小鉢を一つお出しする。

 

「葉野菜と胡麻の和え物となります」

 

 デミウルゴス様が小鉢を食されている間に急ぎ準備する。

 面取りした大根と茄子を出汁で煮て、一度冷まして味を吸わせたものを取り出す。そして軽く火をかけ温め器に盛る。そして日本酒はガラスの徳利に入れ一緒にお出しする。

 

「大根と茄子の煮ひたし。それと亀の尾になります」

 

 店の柔らかい光に反射し、透明な酒が七色に輝く。デミウルゴス様にガラスのお猪口をお渡しし、最初の一杯をお注ぎする。

 お酒を一口。

 大根を一口。

 

「ふむ。厚みのある芳醇な味わいに、出汁の旨味を凝縮した大根。なかなか合うものですね。先ほどのお通しも合わせると味の変化が楽しめます」

「ありがとうございます。では次の一品は同じ出汁から、まったく別の味わいを表現させていただきたいのですがよろしいでしょうか」

「では、酒といっしょに任せましょうか」

 

 まず大根をおろし、水にさらす。次に出汁に醤油、砂糖、そして卵を準備し適量を合わせ、ゆっくりと火をかける。半熟になったら形を整えながらひっくり返す。最後に食べやすいサイズに切り器に盛り、固めかつ潰さないようにしぼり、水気を切った大根おろしを添える。

 

「だし巻き卵にございます。お好みで醤油と大根おろしをどうぞ」

 

 そして新しい徳利に酒を注ぎ、おなじく新しいお猪口をおだしする。

 

「南部美人の濁りとなります」

 

 すでに開いていた器をさげる。デミウルゴス様は静かに味わっておられるようだ。

 

「先ほどとは違い、飲み口が軽くフルーティーな味わい。すこし甘めだが温もりを感じさせる卵料理。ここは毎回新しい驚きがありますね」

 

 お客様に評価を頂ける。それが地獄の高官ともなれば嬉しい限りだ。

 

「そんな事はございません。たとえば新鮮な食材の多くはダグザの大釜のおかげ。酒も魔法で生み出す能力を授けていただいた至高の方々のお陰にございます」

 

 そう。料理スキルも含めて与えられたものなのだ。自分は記憶も含めてうまく利用しているに過ぎない。それでも嬉しいことにはかわらないが。

 

「謙遜することはありません。本当に同じなら、同じ料理スキルを持つ料理長や副料理長と同じ結果となるはずです。しかし、まったく違う結果が生まれる。ふむ、その違いは何故なのでしょうか」

 

 そう言うと、酒を口に運びつつ静かに思考の海におちられたようだ。しばし待ち、お酒が切れたところ重厚な味わいに定評がある真澄の辛口大吟醸と、炙りサーモンをお出ししつつ声を掛ける。

 

「私見でございますがよろしいでしょうか」

「ええ」

「想いや目的の違いかと思います。料理長とは面識があまりないのでわかりかねますが、BARのマスターでもある副料理長は料理をもってお客様に楽しんでもらいたい。そして新しい味を探したいという紳士的でありながら好奇心に満ち溢れた御方です。そのため、お客様が笑顔になる料理をお作りになられ、そこで満足せず新しい味を探求されてます」

 

 そこまで言うと一区切りを入れ、空いた器を下げる。

 

「私は酒でひとときの癒やしを得てもらいたい。そのため、お客様の気分に合ったお酒と、それにあわせた肴を用意します。同じ料理スキルでも考え方1つで違う結果が生まれるのは、そのためではないでしょうか」

「なるほど。なかなかおもしろい考えですね」

 

 デミウルゴス様も満足されたご様子。静かにお酒を楽しまれている。

 これ以上のお声がけは無粋というもの。他のお客様がいらっしゃった時のために準備をすすめましょう。

 

 

 

******

 

 

 03:00

 

 客が入れ替わり立ち代わり入店するBARナザリック。しかしこの時間となるとその足は途絶える。

 洗い物を終え、そろそろ明日の分の下ごしらえをと準備をはじめると扉が開く。

 

「ほ~らマーレ。早く入る」

「待ってよ。おねえちゃん」

 

 来店されたのは、守護者のアウラ様とマーレ様。お名前とお顔は拝見しているものの、来店された回数は少なく、お二人で来られたのは初めてかもしれない。

 

「ようこそいらっしゃいました。アウラ様、マーレ様。カウンター席にどうぞ」

「うん。ご飯たべそこねちゃってね。なにかある?」

「ご要望はございますか」

 

 可愛らしいお二人が席に座られる。その姿はやはり姉妹(・・)とても似ていらっしゃる。

 

「お肉がたべたいな」

「ん~おねえちゃんといっしょので」

「お酒はいかがなさいますか?」

「少しお願い。このあと軽く寝てから仕事に入るから」

「畏まりました」

 

 活発そうなアウラ様がお肉ですか。乾モノ・アイスバインや生ハムでは物足りないでしょう。フム。たしか仕込みが終わっているモノにアレの種がありましたね。アレを活用しましょうか。

 

 まず、食前酒としてお出しするのは甘いスパークリングワインのピンク。飲み口も軽く後に惹かないため、どの料理にも合わせることができる。前菜としてマグロとオリーブのアンチョビに、シーザーサラダを盛りつける。

 フランスパンをカットし、バスケットに入れお出しする。合わせはバター。そして具は少なめだが、透き通るコンソメのスープを温めてお出しする。

 

「スパークリングは久しぶりに飲んだけど、ジュースみたいでおいしいね」

「……」

 

 マーレ様はサラダとスパークリングを楽しまれているようだ。アウラ様はすごい勢いでパンやアンチョビ・スープを食べ始めている。これは急がないといけなさそうです。

 

 合言葉を唱えると、カウンターの内側が入れ替えられ、普段はコンロが3枚とオーブンのブロックだが鉄板に変わる。もともとパーティー用の設備だがこんな時はこれにかぎる。

 

「へ~鉄板か」

「はい、どうせなら目で楽しんでいただきたいと思います」

 

 寝かせておいた種を取り出す。もう少し寝かせたいところだが、十分だせるレベルなのでそのまま使う。

 そして鉄板に油を引き、野菜を火にかける。少々柔らかくなった辺りで端の弱火のところに避ける。ここからが本番であるハンバーグを焼き始める。

 

 じゅわっという、肉汁が弾ける音。

 肉が焼ける特有の香り。

 

 同じハンバーグでも目の前で焼くというパフォーマンスは、視覚・聴覚と嗅覚にダイレクトに味わいを届けることができる。徐々に音が代わり、肉の色が変わり始める。アウラ様の顔を見ればすでによだれが出そうなほど楽しまれているようだ。マーレ様も、興味深いのだろう目を輝かせていらっしゃる。

 このパフォーマンスもそろそろ大詰め。肉汁は半分をソースに、半分を玉ねぎやコーンと軽く炒め、最初に火を通しておいた付け合せの野菜と皿に盛りつけお出しする。

 量こそ少なめだが、こんな時間だ。食べたいという感覚だけなら、いまのパフォーマンスで十分に満足していただける……とおもっていたが。

 

「うん。すごくおいしい。もう少しある?」

 

 どうやらマーレ様は満足されているのだろう。美味しそうに召し上がっておられる。しかしアウラ様にはボリュームが少々足りなかったようだ。

 そこで新鮮なアスパラを数本まとめてベーコンで巻き、先ほどの肉汁の上で焼く。あとクラッシュトマトをベースに塩・胡椒で味を整えたトマトソースを作る。それと、付け合せに、いつでも出せる作りおきマッシュポテトを少々。

 お出しするとアウラ様がすごい勢いで食べだす。

 その姿を眺め、タイミングをみてお声を掛ける。

 

「最後にデザートのアイスがございますがいかがでしょうか」

「デザートがあるなら、これでいいや」

「畏まりました」

 

 桃の果肉を加えたアイスをグラスに盛り付ける。肉を食べた後なので、ミネラルウォーターに炭酸のみを加えたクラブソーダも合わせてお出しする。

 

「いかがでしたでしょうか」

「うん。なかなか美味しかった。次はもう少し量と種類を多く食べたいな」

「事前にご連絡いただければ、ご要望に合ったものを準備させていただきます」

「そっか。じゃあ、次来るときは事前に連絡いれるね」

「うん。おいしかった」

 

 2人のベクトルの違う笑顔に癒やされつつ、お礼を申し上げる。

 

「お褒めいただきありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」

 

 お二人がお帰りになられ、静かになった店内を見回す。得も言われぬ寂しさを感じつつも、適当な残り物の賄いを食べて次の仕込みをはじめるのだった。

 

 

 

 

******

 

 今日はお客様が珍しく来ない。

 掃除も終わり、下ごしらえも終わり、グラスを磨くも人が来ない。

 こんな日もあるので、副料理長には本日上がっていただき自分が留守番と相成った。

 

 シックにまとめられたマホガニー製のカウンター席。6人かけのテーブル席が少々。けして広くはない店内だが、1人でいると恐ろしく広く感じゆっくりした時間が流れる。

 幸いこの体になって肉体的・精神的な疲れから解放されたので眠いということはないのだが、暇なのはかわらない。

 こんな時には決まってやることは、料理の研究である。日本酒や関連料理もこんな時にできたのだ。

 

 今日は、日本の食卓を再現してみようかと考える。

 

 米、鮭、鰹節、味噌、豆腐、わかめ、ほうれん草、なめこ、にんじん、醤油、みりん、塩

 

 炊飯器がないので、米は小ぶりの土鍋で炊く。鮭は切り身にして塩を振って焼く。豆腐とわかめは鰹節で出汁をとった味噌汁に入れて軽くひと煮立ち。なめことにんじんは醤油とみりんを1対1にして炒める。ほうれん草はおひたしにする。

 そんな料理を二人前作る。食べてみて美味しければ、冷める前に常連を1人呼び出したべてもらうつもりだった。

 しかし、そんな時にはじめてのお客様が来店される。

 

「開いているか」

「はい、いらっしゃいませアインズ様」

 

 威厳のあるアンデットの姿に黒いローブ。この地獄の支配者であるアインズ様がお越しになったのだ。

 しかし、自分もバーテンダーとなって数十年。一流であろうと心がける。慌てず騒がず対応する。

 

「お忍びでしたら、奥の席がございます。視線の関係で、目立ちませんのでこちらにどうぞ」

「ああ頼む」

 

 アインズ様が悠然と店内に入り歩いているが、自分の目の前で急に立ち止まる。その視線の先には、先ほど作った日本食があった。

 

「うま………いや、その食事はどうしたのだ」

「はい。こちらは研鑽のために調理した日本食にございます。素材はしっかりしたもので作りましたが、食べ合わせのバランスをこれから確認するところにございます」

「その味見に参加してもよいか。いや是非参加させよ」

 

 アインズ様がかなり強い言葉で依頼される。というよりほぼ命令である。デミウルゴス様やコキュートス様から慈悲深い方とうかがっているも、同時に苛烈な方とも聞いている。先日、地獄に賊が侵入したときも凄まじかった。

 しかし、同時に地獄のトップに自分の味をみてもらいたいと思うのも確か。

 

「どうぞ。ご批評の程よろしくお願いいたします」

 

 アインズ様を奥の席にご案内し、食事を配膳する。

 

「いただきます」

 

 アインズ様は手を合わせ、食事をされる。その姿に、「ああスケルトンも食事ができるのか」と間抜けなことを考える。※口唇虫が無いと食べられません

 

「うまい。天然素材の日本食などはじめて食べた」

「ありがとうございます。ダグザの大釜の食材ですが、新鮮な食材の味を引き立てられるよう調理しました」

「そうか」

 

 アインズ様の食が進み、そろそろ終わりが見えたころ次の準備をはじめる。玉楼の茶葉に急須。すなわり緑茶の一杯である。

 

「お茶をどうぞ」

「緑茶か。ああ旨い」

 

 湯呑みを両手に持ちホッと一息するアインズ様の姿に、日本人の姿を幻視する。もしかしたら自分と同じように元日本人なのかもしれない。自分のような存在がいるのだから、それもありえるのかなと漠然と考える。もっとも、限りなく正解とは思いもしないのだが。

 

 今日もBARナザリックには誰かが訪れる。

 

 アインズ様が定期的に食事に来るようになるのは数日後。

 それを見つけた守護者も、同じように食事にくるまで数週間後。

 可愛らしいマーレ様が実は男と知るのは当分先。

 

 

 

------了

 

 

 

 

 




「来月は忘年会だな」という会社での会話から思いついたネタ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人の宴

 暦

 

 私の感覚であれば365日。

 春は柔らかい日差しに朝露に濡れた花々。

 夏は夜の落ち着いた月明かり。蛍舞うきらびやかな夜。

 秋は(きた)る冬を感じさせる風と夕暮れ。

 冬は早朝の寒さ。火の暖かさを感じながら見る雪。

 

 四季の美しさを感じ、さらにその時期に合った酒と肴があれば幸せだ。

 

 しかし、非常に残念なことに地獄。いやナザリックは地下のためそれら四季を感じることができない。そして疑問に思うのは、時計があるように暦がどのような経緯で生まれたのか不思議でならない。

 

 

 

 12月。

 師走と呼ばれるように、守護者の方々を含め多くの方が忙しそうに仕事をされている。その意味では、バーテンダーの仕事は後方の兵站であり数少ない娯楽の1つにあたる。けして疎かにはできないものだ。古来より兵站や士気の管理を疎かにした国や組織の末路など、わざわざ語る必要も無いほどの常識である。

 

 そんなある日、デミウルゴス様がコキュートス様を連れ立って来店された。

 

「いらっしゃいませ。デミウルゴス様。コキュートス様」

「いつもと違う時間ですが、席は開いていますか」

「はい。カウンター席が開いております」

 

 今日は、常連のヴァンパイアとワーウルフ、サキュバスと鬼女の二組がテーブル席に居るぐらいだ。いつもは酔って暴れて叩きだされる奴らも、直属ではないが上役があれば自重してくれると……思いたい。

 さて、お二人をカウンター席にご案内し、いつもの一言からはじまる。

 

「本日はいかがなさいますか」

「最初は軽めで」

「マカセル」

 

 お二人の姿・雰囲気から今日の気分を考える。テーブル席で飲んでいる常連のように表情だけで読み取れる程、簡単ではない方々だ。声のトーン、歩き方、席に座るときのタイミングから普段との違いを読み取る。

 まず、背の高いグラスとシャンパンを準備する。シャンパンといってもグレードはほどほどのものをチョイス。そして100%オレンジジュースと1対1で割り、軽くステアする。酒が甘めなので、肴は塩を振ったナッツとクルミを小皿に盛る。

 

「ミモザでございます」

 

 チン

 

 お二人のグラスを合わせる音が響く。

 言葉なく静かにグラスを傾けるお二人の姿には、長い付き合いから生まれる阿吽の呼吸を感じさせる物がある。

 邪魔にならぬよう、手の進みを見ながら次の準備をすすめる。無論テーブル席で管を巻く者達にも目を配る。パプニカやカブ、人参、きゅうりなどピクルスの盛り合わせ。イベリコ豚の生ハム。林檎・オレンジ・キウイフルーツなどカットフルーツの盛り合わせをお出しする。

 

「どうですか?リザードマンの集落を組み込んでしばらく経ちますが」

「フム。アノ者達ヲ見テイルト、自分ノ考エ方ガイカニ硬直シテイルカヲ反省サセラレル」

「それは良かった。私も勉強させてもらっています」

「ホー。ナザリック1ノ知恵者ガ、更ニ学ブカ」

「ナザリック1と言われましても未だアインズ様のような深謀遠慮には程遠い。それに私は対外的な統治を、恐怖を軸に行うべきと考えていました」

 

 そこまで言うと、デミウルゴス様はシャンパンを飲み干しグラスを置く。

 

「しかし、アインズ・ウール・ゴウンの威光を理解し恩寵を受けるに値する者達であれば、我々と同じように信奉による統治を検討しても良いのではないか。そのように考えるようになりました」

「ナルホド」

 

 なかなか重い話となっているようだ。普段に比べデミウルゴス様の飲むペースが遅い。ならば、ゆっくり飲むものに変える。木の香りが鼻腔をくすぐるスコッチ・ウィスキーをロック。合わせてミネラルウォーターをチェイサーとしてお出しする。ついでに後ろの飲兵衛共には、静かに飲むように言い含めビールをピッチャーで出す。

 

「それに育ててみれば成長という驚きを見せるものもいます」

「ソウダナ、アインズ様ノ下僕(ペット)モ魔獣デアリナガラ、新タニ武技ヲ身ニ付ケタナ」

 

 デミウルゴス様は、静かにグラスを傾ける。コキュートス様のグラスも空いたようなので、クラッシュアイスをグラスに入れ、カルーアとミルクを3対7で合わせる。そしてよくステアし、ココアパウダーで味をととのえる。

 

「カルーア・ミルクにございます」

「この店のように、いつも驚きを提供してくれる場所が外にでもあるならば、ぜひとも加えたいところですね」

「ソウダナ」

「お褒めいただき、光栄にございます。次はどのようなものをお出しいたしましょうか」

 

 急なお褒めの言葉にも、一礼をもって対応する。今日のお二人は長くお話されるようなので、お酒や肴を少しづつ変化をつけてお出しする必要があるようだ。

 

 

 

 

 

******

 

 

 最近アインズ様がお忍びでよく来店される。

 地獄の最高権力者。ふと1人になりたい時があるのかもしれない。そのようなことを考え、アインズ様が来る時間は準備中の札を扉に掛けておく。これで入ってくるのは、どうにでもなる常連ぐらいなものだ。一度いつものヴァンパイアとワーウルフが無視して入ってきて蹴りだしたことがあった……。

 

 さて、暦の上では冬。

 そこで、いわゆる「お一人様鍋」を準備してみた。昆布だしに日本酒、魚のアラ。白菜、舞茸、しいたけ、ネギ。これを火の通りにくい順に鍋に入れていく。そしてポン酢といっしょにお出しする。それと先日、アインズ様でも「酔」を受けるバッドステータスアイテムを復数下賜されたので、日本酒の八海山を熱燗にする。

 

「いかがでしょうか」

「ああ、温まるな」

 

 日本酒を飲みつつネギ、舞茸などをゆっくりと食される。気がつけば箸で器用に食されているあたり日本文化もご存知なのかもしれない。またアインズ様の食事に対する感想は、言葉を重ねない率直なものが多い。しかしその一言はとても的確で支配者のカリスマを感じさせる。

 

「最後は雑炊にしますので、スープと具を少々残してください」

「わかった」

 

 アインズ様はオーバーロードということで骸骨のお顔である。随分長い間食事を取られておらず、ごく最近になり口唇虫を利用することで味を楽しむことができるようになった。だからこそ、格式など関係なく様々な食事を楽しみたいとおっしゃっていた。その考えに、不敬にも昔の自分を重ねてしまう。だからこそ……。

 

「一点ご質問してもよろしいでしょうか」

「なんだ」

 

 鍋が空き一度さげさせていただき、固めに炊いたご飯と追加の出汁を入れ一煮立ち。とき卵を螺旋を描くように落とし雑炊を作りお出しする。

 

「アインズ様はいつも美味しそうに食されておりますが、ときどきふと冷静というか覚める瞬間があるように感じます。なにか粗相でもございましたでしょうか」

 

 アインズ様が雑炊を食べつつ、すこし考えられる。

 

「そうだな。よく気が付いたと褒めるべきなのかもな。アンデッドの種族スキルに、精神作用無効がある。本来はテラーなど精神攻撃を無効化するものなのだが、普段の生活の中では一定以上の感情に抑制がかかり冷静になってしまうのだよ。その意味では抑制がかかるほど、ここの料理は旨いという証左でもあるのだがな」

 

 食事が終わるころ、アインズ様はすこし自嘲されるようにお答えいただけた。

 

「それは、光栄であると同時に残念に感じますね」

 

 そう残念なのだ。せっかくの美味しいという感情が途中で強制的に抑制されているというのだ。料理人としては残念としかいいようがない。

 

「たしかに残念だ。心ゆくまで味わいたいと思うこともある。その枷を無くすことができるアイテムもあるが、効果時間が半日ほどだ。そうそう利用できん」

 

 半日。

 地獄の支配者が半日冷静でいられなくなる。とてもではないが、毎日の利用など不可能だと予想できる。

 

「厳しいですね。年に1・2回。なにかお祭りのような日ぐらいは……しか思いつきません」

「良い。そなたの料理は十分に私を楽しませている。それに祭りか。すこし考えてみようか」

「はい。ありがとうございます」

 

 アインズ様はそういうと両手をあわせ、席を立つのであった。しかし扉に手を掛けた時。

 

「ああ、そうだアルベドを誘いたいのだが良いか」

「いつでも最優先でご対応させていただきます」

 

 そう言うと満足そうに、アインズ様は外に出られたのだった。

 

 

 

******

 

 アインズ様からアルベド様のことを聞いてから、厨房の者や副料理長に話を聞くなど調べて幾つかのことが判った。アルベド様は、本当に少し前まで全くというほど休まず、食事もとらず、お仕事に邁進されていたようだ。最近になり紅茶やクッキー、ケーキ、サンドイッチなどを取られているようだが……。

 

 妙齢の女性。

 アインズ様の后候補。

 お酒などはほぼ初めて。

 アインズ様が招待する方。

 

 初デートのラスト直前の飲み。その認識で良いのだろうか。

 人間の感覚であれば、多少下心もあり酔ってから……などと考えられるが、地獄ではそれこそ状態異常から回復した瞬間に「酔」はさめる。むしろアルベド様はサキュバスと伺っているから逆か?

 そのようなことを、つらつらと考えながら数日が経過した。

 

 アインズ様より本日夜にと連絡があったので準備をすすめる。

 

 準備が万端に整ったころ、扉が開かれる。そこには威厳の象徴ともいえるアインズ様がアルベド様を連れて来店された。美しい黒髪、大きく肩を出し、腰や足のラインが見えるものの下品にならないドレスと装飾の数々。一歩引きアインズ様に手を引かれる姿に、私はバーテンダーにあるまじきことに一瞬見惚れてしまった。

 

「ようこそいらっしゃいました。アインズ様。アルベド様」

「今日は頼む」

 

 アインズ様はアルベド様をエスコートし、カウンター席に座られる。

 

「本日はいかがなさいますか」

 

 私が声をかけると、アインズ様はアルベド様に顔を向けられる。それを受けてアルベド様は何も言わず小さくうなずかれる。この二人の間には言葉は不要なのだろうか。

 

「まかせる。いろいろ趣向を凝らしているのだろう」

「かしこまりました」

 

 アインズ様はやはり部下を使うのが上手い。このように期待されては、応えざるを得ないではないか。

 背の高い冷やしたコリンズ・グラスにクラッシュアイスをいれる。そしてドライ・ジン、ウオッカ、ホワイトラム、テキーラ、ホワイト・キュラソーなど多数の酒・ジュースを組み合わせステア。最後に薄くスライスしたレモンとチェリーをカクテル・ピンで差し飾る。

 

「ロング・アイランド・アイスティーにございます。紅茶を最近楽しまれていると伺いましたので、紅茶を使わずにアイスティーの風味が楽しめる魔法のカクテルにございます」

 

 お二人は静かにグラスを手にする。

 

「乾杯」

「乾杯」

 

 ガラスの音とともに、二人だけの宴がはじまる。

 

 

 

「あら、本当にアイスティーのような風味なのね、でも不思議な味わいだわ」

「ああ、紅茶を使っていないのは見ていたが……。まさに魔法のようなカクテルだな」

 

 カクテルを飲みながらお話が進む。

 次の準備に入る。薄くスライスしたヒラメとタコに塩を振りしばらく冷やしたものを取り出す。そしてレモンを絞りホワイトバルサミコ、オリーブオイルをからめる。色合いにバジルとトマトをあわせ胡椒を振る。

 そしてもう一品、新鮮な野菜スティックにバーニャカウダソースと岩塩を合わせて出す。

 

「ヒラメとタコの冷製カルパッチョと野菜スティックにございます。スティックはお好みでバーニャカウダソースか岩塩を付けてお召し上がりください」

 

 アルベド様はヒラメのカルパッチョを一切れを口にはこぶ。その濡れた唇はどこか艶めかしく、アインズ様も食事よりもアルベド様を見られているようだ。その姿はまさしく恋人の姿を心に止めようとする大人の男の姿であった。

 

「さっぱりとした味わいね。あまり食べたことが無かったけど美味しいわ」

「そうか。私も1ついただくとするか」

「でしたら」

 

 アルベド様は、自然な動きでカルパッチョの一切れをフォークに差し、アインズ様の口元にはこぶ。

 

「どうぞ」

「あ……」

 

 アインズ様も一瞬呆けられる。私は、後ろの冷蔵庫からワインを取るべくお二人に背を向ける。

 取り出したワインはコルトン・シャルルマーニュの白。そしてカシスリキュール。

 気がつけばアインズ様はすでにカルパッチョを食され、カクテルも開いていた。

 そこでフルート型のワイングラスを出し、白ワインとカシスを5対1で絡めるように注ぐ。

 

「キールにございます」

「あら、赤が綺麗ね」

「甘めの飲み口は女性の優しさ、その色は女性の唇。そんなカクテルにございます」

 

 キールをアインズ様にお渡しする。グラスをかたむけるその動きは先ほどのダメージがあるのか、どこかぎこちない。

 

「アインズ様も、アルベド様という女性がいるからこそ、そのカクテルを甘くおいしく感じるのかもしれませんね」

「そ……そうかな」

「男として羨ましいかぎりです」

 

 そして静かに笑みを浮かべながら、シェイカーにウオッカ、ピーチ・リキュール、ブルーキュラソー、グレープフルーツジュース。そしてパイナップルジュースを入れシェイクする。小気味良い音が静かな店内に響く。そのパフォーマンスはアルベド様もアインズ様も珍しそうに見られている。そしてオールド・ファッショングラスに大きめの氷を入れシェイクした酒を入れる。

 

「青か」

「はい、古き海の色を題材にしたカクテル。ガルフストリームにございます」

 

 美しい青は海を白い泡は波を感じさせるカクテルをアルベド様にお渡しする。

 

「グレープフルーツかしら、あとほのかな甘味があって飲みやすいわね」

「パイナップルの甘味かと。海は男のものと古来より言われておりますが、その海を行く船は女性の名前を冠します。男はいつまでたっても女性が近くにいないとダメな存在なのかもしれませんね」

「あら、私の隣の方はそんなダメな男ではないわよ」

 

 そういうとアルベド様は、口元を隠し静かに微笑まれる。

 

「どんなに素晴らしい方でも男。美しい女性には勝てないことがあるものです。それが意中の方であればなおさら。ですよねアインズ様」

「ああ、そうだな」

 

 アインズ様も、少し落ち着かれ波を掴まれたのだろう。

 話題が弾む。

 ここまでくればバーテンダーは静かに給仕に徹するのが常。

  

 ああ、素敵な女性と男性の幸せそうに酒を飲み言葉を交わす姿。その一瞬を切り取り、永遠に残したいものだ。

 お二人だけの宴は夜遅くまで続くのだった。

 

 

 




私はアルベド派。

うちのアルベドは、以下の仕様です。
http://novel.syosetu.org/64400/4.html


>「たしかに残念だ。心ゆくまで味わいたいと思うこともある。その枷を無くすことができるアイテムもあるが、効果時間が半日ほどだ。そうそう利用できん」

プレプレプレアデスを見ると、完全なる狂騒は約1時間で効果が切れたようなのですが、うちでは半日扱い。もし1時間ではそれこそ食事の度に使いかねないな~と思い捏造してしまいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キティ

セバスがさり気なくイタリア系紳士になっているのは、うちの仕様です。


 そろそろ年の瀬が見えてくる時期。

 もっとも地下に存在するここでは、外の陽気はあまり関係ない。フロアごとに設定された一定の温度であるため、冬だから寒いということもない。湿度も一定なので雨は降らず、ともかく埃がたまるため時々ウォーターの魔法で水を撒いて洗い流す必要があるぐらい変化が無い。

 

 そんなある日、アインズ様がお昼過ぎにお越しになった後、珍しくシャルティア様がご来店された。

 

「あら、副料理長は?」

「本日は食堂の方を担当されております。いかがなさいますか」

「そうでありんすか」

 

 そういえば、シャルティア様がはじめてご来店されて以来、決まって副料理長がいらっしゃる日だったのを思い出す。

 

「せっかく来たのだし、一杯だけ頂きましょうかえ」

「畏まりました。こちらにどうぞ」

 

 そういうとシャルティア様をカウンター席にご案内する。

 シャルティア様はどこかつまらなそうに肘をカウンターに突き、その白い指を口元にやり、静かに唇に触れている。

 

「一杯だけとのことですので、珍しいお酒を準備させていただきます」

「ん」

 

 まずはマンゴージュースにヴィル・ヴァルゲ・ウォッカクラシックを取り出す。ミキサーにジュースとウォッカを2対1で入れ、氷とフレッシュマンゴーをいれ混ぜる。氷が砕け10秒程でスムージー状になったら、よく冷やしたソーサー型のシャンパングラスに注ぐ。上にミントを添えて、ティースプーンと一緒におだしする。

 

「マンゴーフローズンにございます」

「まるでお菓子みたいでありんすね」

 

 シャルティア様はオレンジ色に輝くフローズンに口をつける。

 

「シャーベットのような甘さと口当たりなのに、どこか懐かしい風味がありんす」

「ヴィル・ヴァルゲ・ウォッカクラシックは、ウォッカの故郷といわれる地方で作られた世界最高峰のウォッカです。いわばウォッカの祖。真祖(トゥルーヴァンパイア)たるシャルティア様にふさわしい一杯かと」

「ふん」

 

 シャルティア様は、軽くそっぽを向かれつつもグラスを傾けられる。

 一杯だけということで、これ以上は私がおもてなしすることはできないが、いつかその横顔に似合うお酒をお出ししたいと感じるのだった。

 

 

 

 

 

******

 

 シャルティア様が来られた夜。

 めずらしく常連が来ない夜だったのだが、ふと扉が開く。

 

「いらっしゃいませ。セバス様。ツアレ様。カウンター席にどうぞ」

 

 この店に来店されること自体が珍しいセバス様が、ツアレ様をエスコートしてあらわれた。お二人は自然な雰囲気で手を繋ぎ席につかれる。

 

「いかがなさいますか」

「ツアレ、なにが良いかな」

「セバス様と同じものが良いです」

「では、甘く軽めの酒と合わせてつまみを頼む」

「かしこまりました」

 

 セバス様は当たり前のように女性の意見を訪ね、任されると女性の好みのお酒を注文する。ああ紳士とはかくあるべきということだろうか。

 まずワイングラスに特製の丸い氷を数個入れる。そしてボルドーワインのラトゥールをグラスの3割。その上からジンジャーエールをグラスの6割。ツアレ様にはワインを少なめに。そして軽くステアしたあと飲み口にレモンを添える。

 

「キティになります。子猫でも楽しめるワインという意味にございます。ご賞味ください」

 

 セバス様とツアレ様は赤く透き通るグラスを合わせる。

 

「甘くて美味しいです」

「ああ、甘いのにさっぱりした味わいですね」

 

 つまみにブリー、カマンベール、グラナパダーノ、そしてミモレットをカットしチーズの盛り合わせをつくる。そして三種類のドライサラミにオリーブも合わせてお出しする。

 

「仕事には大分慣れてきたようですね」

「はい。皆様よくしていただいております。最近は空いた時間に料理も教えていただいているんですよ」

「それは良かった」

「一度、料理を召し上がっていただきたいのですが……よろしいでしょうか」

「ぜひ」

 

 女性をリードしつつ話題を引き出す。そのテクニックは一歩間違えるとイタリア男だが……。  

 

「ああ、グラスが空いてますね。甘口で別のものを」

「かしこまりました」

 

 この気配りである。

 シェーカーを出し、ドライジンにウオッカ。そしてクレーム・ド・カカオのブラウンを1対1対1で入れ、リズミカルにシェイクする。その音は独特の音楽となり見るものを引き寄せる。最後にアクセントにシェイカーを一回し、カクテルグラスに注ぐ。

 

「ルシアンになります。カカオの甘さとお酒の香りをお楽しみください」

 

 ブラウンの液体が照明の光を吸い込み独特の色を醸し出す。飲み口が軽い割にはアルコールが高めなのが玉にキズだが、そのへんも含めてセバス様が対応されるだろう。

 みればセバス様のグラスも空いていたので、ナポレオンをブランデーグラスに少量注ぐ。そのあとグラスを回し内側を薄く濡らしマッチの火でアルコールを飛ばす。香りを立ち上らせたあと、再度注ぐ。

 

「ナポレオンのストレートになります」

 

 セバス様はグラスを受け取ると香りを楽しみ、一口だけ含まれる。そしてほっと静かに息を吐く姿は、壮年の男性だけが醸し出す色気がある。言葉などなくとも、その仕草が私の評価となる。嬉しいかぎりだ。

 

 その後も二人の逢瀬は続き、ツアレ様がほろ酔いになったころ、静かに退店されるのだった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 最近、アインズ様の食事に1人守護者が付き添いするパターンが増えてきた。

 ローテーションなのだろうか。

 

 そんなある日。アインズ様がひさしぶりにお一人で来店された。

  

「ようこそいらっしゃいました。アインズ様」

「うむ。今日もたのむ」

 

 奥のカウンター席にご案内する。すでに奥のカウンター席はアインズ様専用となっており、普段は予約プレートを置くようになった。

 

 さて今回は事前に日本の家庭料理とご指定いただいていた。

 

 ------家庭料理

 

 普通のご飯にお味噌汁などもあるが、ふと自分がはじめて覚えた料理はなんだったのかを思い出す。たしか学生の頃、共働きの両親に代わり自分と妹の分を用意したとき……。

 

 レタスにトマト、生ハム、コーンをあしらい胡麻ドレッシングをかけたサラダ。そして毎度おなじみの土鍋で炊いたご飯。今回は固めに炊く。そして奥のキッチンから持ってきたのは十分に煮込んだビーフカレーのルー。このルーは昨日から下ごしらえをはじめたもの。クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス、ターメリック、チリペッパーなど数種類のスパイスとヨーグルトにビーフ、クラッシュトマトを煮込み一晩ゆっくりと冷ます。そして再度煮込んだため、スパイスの角の強さは抜け、複雑な旨味に変える。

 鍋を開けた瞬間、なんともいえないスパイスの香りが店内を覆う。固めに炊いたご飯にかけると、素早くルーを吸い込む。付け合せには小皿に福神漬けとらっきょを出す。

 そして飲み物は黒ビールのシュバルツとミネラルウォーター。

 

 

「カレーライスに和風グリーンサラダ。それとシュバルツにございます」

「ああ、香りだけで旨いと感じられる」

「ありがとうございます。今回はそれほど辛くはしておりませんので、ぜひご感想をお聞かせください」

 

 どうやら気に入っていただけたようだ。

 アインズ様は器用にスプーンを持たれ一口。そしてまた一口。

 

 途中でスパイスの辛さが舌に来た頃、よく冷えた黒ビールが癒やす。そしてサラダが柔らかく味を変える。

 

「カレーとはこんなにも複雑な味だったのだな」

「カレーライスは、インド料理を本にイギリスで生まれ日本で進化したもの。ラーメンと並んで日本の国民食と親しまれ、逆に輸出されるようになった料理です。歴史の分だけ、味の深みが生まれたのでしょう」

「この一皿にも歴史があるのだな」

 

 感慨深いのだろう、そのあと静かに完食されたのだった。

 

「そういえば、今度ここで忘年会をと考えているのだが可能か」

「お任せください。人数は?」

「ここなら、そうだな私と階層守護者にセバスぐらいだろうか」

「アインズ様の他に10名様ですね。机を片付けビュッフェ形式なら可能かと」

「いや9名だ。細かいことはあとで伝えるが基本は任せる」

「かしこまりました」

 

 そういわれるとアインズ様は執務に戻られるのだった。

 アインズ様と守護者の方の忘年会ですか。思わぬ大役に身が引き締まるとはこの事なのだろう。

 

 問題はアインズ様が帰られた後もカレーの匂いが残ってしまい、気が付けばいつものヴァンパイアとワーウルフに、残り物のカレーを使ったドライカレーを食べさせることとなってしまったことだろうか。

 

 

 




カレー食べたくなった……

ちなみに、この時点で恐怖公(黒い留学生)とガルガンチュア(ゴーレム)がカウント外です。しかしパンドラズ・アクターがカウントに入っている謎。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エビスビール

もともと忘年会というキーワードから始まったネタなので、忘年会で一区切りつける予定でした。

しかし、オネエ言葉の男らしいニューロニスト様と、酔っぱらいユリ姉さんが脳内で出来上がったので投稿します。
けして忘年会が書くのが辛いわけでは……。

※注意事項:いつも通り捏造過多です。ご容赦ください。



 アインズ様から忘年会の注文を頂いた翌日。

 まず副料理長に事の顛末を報告し、今後について相談をする。副料理長はいつも通りダンディな仕草で、君が受けた仕事なのだからそのまま完遂しなさいと言われた。無論当日や準備の手伝いはするがメインを張れということだ。

 普段から1人で切り盛りする事もあり、責任ある行動は求められていた。しかし、今回は普段と比較にならない大役。不安になると同時にチャレンジ精神が胸の奥から湧き上がるのを感じるのだった。

 

 そんな日の夕方、常連のヴァンパイアとワーウルフが本当の意味で山盛りのポテトを貪り食いながらビールを飲んでいる傍ら、忘年会のフロアレイアウトや出す料理を3パターン程作る。

 検討が一段落ついたところ、珍しいお客様が来店される。

 

「いらっしゃいませ。ニューロニスト様」

「あ~ら。私の名前をちゃぁんと覚えてるなんて、いい子ねん」

「お好きな席にお座り下さい」

 

 ブレインイーターのニューロニスト・ペインキル様は、見た目こそクトゥルフ系マインドフレイヤーだが、話せる御方である。ただ、どうも一部の方とは相性が悪いらしくなかなか大変だが。

 

「本日はいかがなさいますか」

「今日は愛しのアインズ様とお話出来てちょ~っと機嫌がいいから、美味しいものをおねがいするわん」

「かしこまりました」

 

 ニューロニスト様をカウンター席にご案内する。

 まずは、黒ビールのシュバルツ。そしてアイスバインとマッシュポテトをお出しする。

 

「シュバルツにございます。先日アインズ様もお飲みになられ、美味しいとおっしゃられておりましたので」

「あら、よくわかってるじゃない。そんな気配りは素敵よん」

 

 そういうと、ニューロニスト様はジョッキを持ちあげ飲み始める。よく見れば爪にネイルアートが施されており、その1つはアインズ様のようにも見える。なにげに器用だ。

 

「あら、ネイルアートが気になるのん?」

「なかなかセンスの良いデザインですね。アインズ様でしょうか」

「うふふ、そうよん」

 

 女性というものは、今日は髪型を少し変えた、すこし痩せたなどなど、世の男どもにはなかなか気が付くことが難しいところを褒めて欲しい生き物である。生前の妻もそうだった。普段は何も気にしないおおらかな性格のくせに、こだわりを変に刺激すると大変なのだ。まさしく気分屋の大きな猫のような一面がある。

 

「ほんとに、アインズ様も貴方ぐらい細かいところに気が付いてくださると嬉しいのよねん。ああ、でも今のストイックなお姿も素敵よん」

「アインズ様は至高を冠するにふさわしい御方。ストイックさはその魅力の現れかと」

 

 この方のアインズ様愛はなかなかのもの。女性的なしゃべり方だが、聞けば性別は無いとか。なかなか業が深い。

 そして気がつけばシュバルツがなくなっているため、次のお酒を出す。

 しかし、気が付けばテーブル席の常連の声が次第に大きくなっていく。ビールの追加を持っていき少し静かにするよう2人に話をするも、しばらくすると元に戻る。普段なら二回目で終わるか、三回目に蹴り出すかなのだが、今日はいつもと違った。

 

「あ〜ら、私が楽しく飲んでるのを邪魔しちゃってん。お部屋に招待しちゃうわよん」

 

 それを聞くと二人は、残り物を掻っ込み追い立てられる羊のように退散したのだった。

 

「お手数をお掛けしました」

「気にしないのん。私も静かに飲みたかっただけだからん」

「かしこまりました」

 

 そんなニューロニスト様のために、チェリソーの盛り合わせを作る。

 ソルティドックから始まり10数杯、アインズ様について熱く語りつつ飲まれた後、楽しそうにスキップしながら店を出られるのだった。

 

 

 

 

 

******

 

 時間にすれば朝方。

 下ごしらえは終わり、店を閉めた後は奥の小部屋で3時間ほど眠ろうかと考えていたところ、お客様が来店される。

 

「ようこそいらっしゃいました。ユリ・アルファ様」

 

 ユリ様が、中に入られるのと合わせて準備中の札を下げる。この対応は何もアインズ様が初めてではない。むしろ最初はユリ様向けの対応だったのだ。

 カウンターにスラリと背筋を伸ばし座るお姿は、まさしくプレアデスの副リーダー。気の強そうな瞳と眼鏡はその容姿と相まって、知的な出来る女性を感じさせる。

 

「いかがなさいますか」

「いつものを」

「かしこまりました」

 

 氷結させた大ジョッキを取り出す。そしてエビスビールを並々と注ぎ、最後に泡を作る。お通しとしてザワークラウトをお出しする。

 

「どうぞ」

 

 ユリ様は、ジョッキを無言で煽り半分程度まで一気飲みされる。

 

「ぷは〜。あ〜この1杯のために生きてる」

「なにかご希望はございますか、ユリ様」

「ユリ姉さん!」

「ユリ姉さん。なにかご希望はございますか」

「口調かた~い」

「ユリ姉さん。なにか食べるかい」

「この間つくってくれた、煮物とかある?」

「冷蔵庫に保存したのがあるよ。すこし待ってて」

 

 これである。

 ユリ・アルファ様はけして私の姉ではない。しかしお酒を飲んで気が抜けると、こうなるのである。私もバーテンダーとしての意地があり、基本どのような方でも仕事中は様付けで対応する。ヴァンパイアとワーウルフ以外……。そのため頑なに拒否させて頂いたこともあったが、駄々をこね、最後にはむくれて泣き出してしまったので諦めることにした。

 さて、冷蔵庫と呼んでいるが、どうみても中に入れたものは時間が止まっている無駄に高性能なコレから、一度冷やした煮物を取り出す。ちなみに熟成させたいときは、別の本当に冷やすだけの冷蔵庫を使う。

 さて煮物は里芋、れんこん、人参、こんにゃく、豚肉、昆布巻き。これらを甘辛く煮て一度冷まして味をすわせたものである。温めるのには時間がそこそこ掛かるため、その間に、下味をつけた大根をレンジで温める。

 

「ユリ姉さん。煮物にはちょっと時間がかかるから、その間に即席のふろふき大根でもどうぞ」

 

 そう言うとユリ姉さんは、ふろふき大根を食べ始める。

 

「ん~おいしい」

 

 蕩けそうな笑顔で、おいしそうに大根を食べビールを飲む。うん。先程までのできる女の面影はどこに行った。まあ、こんな笑顔も可愛いのだが。

 さてユリ姉さんが食べている間に煮物が温まったので、器に盛りお出しする。

 

「はい。煮物だよ。味が濃いから一気に食べないようにね」

「は~い」

 

 煮物を食べつつ、可愛く返事をする。気がつけばジョッキが開いているので、ビールを追加する。ユリ姉さんは、ひたすらビールの人である。最後に別のを少し飲むこともあるが、基本飽きずにビールである。

 

「ねえさん。めざしとか、イカ炙ったら食べる?」

「あ、おねがい」

 

 そんなわけで、小さな七輪を出し、炭を炊く。魔法で種火を起こすのですぐに火がまわり、熱を生み出す。そこに日干ししたイカを食べやすいサイズに切ったものと、めざしを乗せる。煙は風の魔法で外に。いい感じに火が通り焼き目がついたら、ひっくり返してまた焼く。その間に小皿にマヨネーズを盛り七味をふる。

 

「はい、イカとめざしの炙り。お好みで七味マヨネーズね」

 

 ビール片手にめざしを食べるユリ姉さんだが、「酔」の状態異常を受ける呪アイテムを装備した状態であっても、“ざる”を通り越して“枠”であるため酔わない。ちなみに“枠”とは「ざるでも水滴はひっかかるが、枠ならそんな箇所さえ存在しない」という意味である。だから、このビールを飲んでデレデレな姿も、酔っているからでなく、普段の緊張から解放されているから……なのだそうな。

 

「どう?お仕事の方は」

「ん~。妹達は可愛いのはいいけど、もうちょっとまじめに仕事してほしいのよね」

「ユリ姉さんが頑張りすぎているんじゃない?」

「そんな事ないわよ。アインズ様にお仕えするプレアデスは、このぐらい当然のことよ」

「まあ、今はプライベート。ゆっくり休憩していってね」

「は~い。あっビールもう一杯」

「はい」

 

 そう言ってビールを追加する。このゆったりとした空間は約2時間ほど続いた。ユリ様は最後にキリッとした姿になり、仕事に戻られるのだった。そして私は睡眠0で仕事を再開することとなった。

 

 ここはBARナザリック。こんな日もあるのだ。

 

 

 

 

 




ユリ姉さんの声を演じる五十嵐 裕美さんは、アイマスシンデレラの双葉杏も演じていらっしゃいます。
うん働いたら負けな娘。

そんな二人を悪魔合体したら、こんな感じになりました。
ユリ姉ファンの皆さんゴメンナサイ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【本編完結】人外の楽園

BD3巻の特典CDに収録されていた、酒を飲んで管を巻くシャルティアが可愛かった。
さて、本作はこれをもって完結です。

とは言え、まだ取り上げていないキャラやネタもあるので、それについては後日談としてかけたらと考えております。



 アインズ様からいつものように予約のご連絡が来た。

 よくよく考えれば、守護者統括のアルベド様やメイドの方々から連絡がくるなら分かるが、アインズ様は基本自分でご連絡される。なにか意味があるのだろうか。

 さて今回もお1人で、可能なら1・2時間ゆっくりすごしたいとのこと。そこで夜の少し遅い時間を調整させていただく。アインズ様も仕事が一段落つき、店の方もその時間までに他のお客様が退店するように段取りすることとなった。丁度忘年会のプランも何パターンかできたのでご相談もさせていただくことをご了承いただく。

 

 その夜。

 いつも通り威厳あるローブ姿で来店されるアインズ様をお迎えする。しかし、若干普段と雰囲気が違う。固い。疑惑。思い悩む。結論はわからないが、そうであることを頭の片隅に置く。

 

「ようこそいらっしゃいました。アインズ様」

「うむ。あとエイトエッジ・アサシン。今日だけは店の外の表・裏口で待機せよ」

 

 普段は来店されるとすぐに奥のカウンター席に座られるのだが、だれも居ない虚空に声を掛けられるのだった。そして驚くことに、その方向から声が帰ってきたのである。

 

「しかし……」

「これは命令である。店の出入り口を押さえればよかろう」

 

 しばらくすると姿は見えない存在が出て行ったのだろう。扉が締り店内に静けさが戻ってくる。

 

「あの、大変申し訳ありませんが、先ほどの方々は……」

「ああ、あの者達は護衛である。普段は1人で来ているようでも、最低限の護衛がついていたのだ」

「お答えいただき、ありがとうございます」

 

 考えれば地獄の最高権力者。

 透明になることができる護衛が居ても不思議ではない……と納得することにした。むしろ普段、護衛に食事も出さず、目の前でお預け状態の飯テロをしていた事実のほうが私には問題だったのだが。

 

「さて、一杯貰おうか。焼酎はなにかあるかな。カクテルなどでなく水割りで」

「かしこまりました」

 

 アインズ様のオーダーに対し、まず千年の孤独を取り出し、氷を少々、グラスに3割。そして水を6割いれてステアしお出しする。

 アインズ様は受け取られると、グラスを傾けられる。しかし、焼酎など自分は一度も出したことがないのに指定される。はて……。

 

「今日、ここで話すことは私以外に漏らすことは許さん。良いな」

「かしこまりました」

 

 お客様との会話は基本外に出さないのは鉄則。その上でアインズ様が言明されるのだから、それは墓まで持ってゆけということなのだろう。

 

「あと、支配者にふさわしくなく、滑稽な話をするだろうがそのことも……」

「胸の内に秘めさせていただきます」

 

 たぶん、護衛を外させたことにも関係するのだろう。

 

「お前の能力は近接格闘スキルや料理スキル、バーテンダーなど接客スキルあと魔法による水や酒、スープなど液体を作る能力。インキュバスとしての申し訳程度の能力だけだな」

「はい、その通りにございます」

 

 手を止め、アインズ様の正面に背筋を伸ばし立つ。世界征服宣言をされた時のような強烈なオーラこそ発しておられていないが、やはり強い畏怖の念を感じさせるお姿に職務を忘れ跪きたい衝動にかられる。

 

「質問だが、なぜ日本料理をはじめ、それほどまでに酒や料理を再現できるか」

「この仕事を専任させていただいているため、スキマ時間をつかって研鑽をさせていただいているからにございます」

「では先ほど焼酎といったが、すぐ対応できた。すくなくともナザリックで焼酎を知る者は居ないはずだが」

 

 なるほど。この質問が本命の1つですか。無論誤魔化す事もできる。しかし、嘘を付くということはばれないことが前提である。この仕事をする以上、言わないという選択肢はあるものの、嘘は全てを狂わせる。なにより、最高権力者に嘘を付くことなど出来はしない。

 

「滑稽なお話かもしれませんが、私がインキュバスとして創造された時から、各種料理やお酒などの知識を持っておりました」

「では、日本などリアルの世界のことをそれほど詳しく知っているのはなぜだ?」

「リアルでございますか?ここは死後の世界の地獄ですよね?リアルの世界の情報というのは、あくまで生前の記憶が残っていたということかと思っていたのですが」

「え?」

「はい?」

 

 情報の行き違いがあることが分かる。しかし、どんなことが間違っているのかが分からない。

 気がつけば焼酎がなくなっているので、同じものをお出しする。合わせて、ミックスナッツをお出しする。

 

「私の認識をお話してもよろしいでしょうか」

「ああ」

 

 若干生返事のアインズ様に、私は嘘偽りなくお伝えする。

 私が日本で生き2060年頃死んだこと。その後インキュバスとして創造され体感で約数十年程この店で働いていること。創造された時から、生前の経験や記憶があるため料理やお酒を知っているし作ることができること。アインズ様がおっしゃる日本のこともそのため知っていることなどを、掻い摘んでお話した。

 アインズ様は静かに耳を傾けられ、時折驚かれるような仕草をされる。

 

「本当に死後の魂が異世界転移の時にNPCに入り込んだのか。設定に転生者として書かれていたのかはわからないか。管理画面に名前が表示されていたから、NPCであることは事実か」

 

 NPC?異世界転移?

 なかなかファンタジーな単語が。

 

「お前の主観では、日本人として一度死んだ。復活したらインキュバスであった。そして割り当てられた仕事がバーテンダーであり、生前の知識を活用しつつ生活をしている。ということか」

「はい」

「次の質問を答えよ。最悪回答次第ではお前の記憶を操作する」

「かしこまりました」

「もともとこのナザリック地下大墳墓はユグドラシルというゲームのギルドであった。私はそのギルドのプレイヤーでありギルマスだった。お前はギルドメンバーであるプレイヤーによって、ギルド内のNPCとして作成された。しかし今年の夏。ユグドラシルのサービス終了のタイミングで発生した異世界転移の後、私も含めてお前も今の存在となった。そのように言われて納得できるか」

「若干現実感はありませんが、納得できます」

「なっ……」

 

 よく考えても問題がない。

 しかしアインズ様はその回答が意外だったのだろう。すごく驚かれているのがわかる。

 

「お前は少し前まで、命のないゲーム内のデータの固まり。人形のような存在だったのだと言われているのと同じなのだぞ」

「納得できます。私の主観としては一度死んでいるのです。それこそ、死後の夢なのか胡蝶の夢なのか、正直いえばわかりません」

 

 カウンターの裏においた水を一口。

 やけに冷たく喉を流れる。

 

「至高の御方、いやプレイヤーへの忠誠は定められた思い。しかし皆様に、酒と料理でひとときの癒やしを得て欲しいという望みは私の発露。であるならばその願いが叶えられる今こそが全て。一日一日を精一杯生きましょう。それがたとえ仮初の命であったとしても」

「お前は……」

 

 ここまで話せばわかる。以前感じたアインズ様の仕草に日本人を感じたのは、まさしくそのままの意味だったのだろう。なにが理由で今のアインズ様になったのかはわからないが、しかし根底に日本人としてのナニカが今でも息づいているのだろう。

 

「もし、アインズ様のことをお話しいただけるならば、受け止めさせていただきます。それがアインズ様の癒やしとなるならば本望にございます」

「……そうか」

「はい」

 

 そういうと私はアインズ様に一礼する。

 その後アインズ様はいろいろお話しいただけた。まさか年下でさらに未来の青年だったとは……。

 

 

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 12月31日

 

 ナザリック地下大墳墓でも、特別な日となる。

 

 18:00

 

 店にはアインズ様をはじめ、アルベド様、シャルティア様、コキュートス様、アウラ様、マーレ様、デミウルゴス様、ヴィクティム様、セバス様、パンドラズ様をお迎えする。

 

 店の配置を大きく変え、9名が座るロングテーブルを準備する。机は美しいテーブルクロスで飾られ、その上には花を模した氷細工が置かれる。無論溶けるなどと無粋なことはなく、そのあり方は不変。ナザリックの華やかな席を飾るにふさわしいものであった。

 

 また店内はいつも通りジャジーなBGMが流れる。先日アインズ様より教えられたことだが、どうやらユグドラシルのBGMのJAZZアレンジだったそうな。

 

「ようこそいらっしゃいました皆様」

「うむ。今日はたのむぞ」

「かしこまりました」

 

 アインズ様よりお言葉を賜り深く頭をさげる。

 アインズ様が上座となり守護者の皆様は席次に従い席につく。見るものが見れば、その様相は不吉なたとえであるが、神の子を囲む最後の晩餐のような荘厳さがあった。

 

「皆様。本日の会をはじめるにあたり、このアイテムを使わせていただきます」

 

 取り出したのは完全なる狂騒。もともとステータス異常無効対策アイテムなのだが、今回は別の意味合いで使わせていただく。

 

「アインズ様より事前にお話があったと伺っておりますが、ステータス異常無効は、精神的高揚さえ抑え込む状態にございます。それは常に冷静沈着であることを示しますが、同時にあらゆる楽しみも奪い去ることとなります。そこで本日はアインズ様に心ゆくまで楽しんでいただくため、このアイテムを利用させていただくこととなりました」

「許す。本日は無礼講である。私も多少の醜態は晒すだろうからな。皆のもの許せ」

 

 アインズ様が厳かに宣言する。守護者の皆様もすでにご納得なのだろう。静かにうなずかれる。

 私を含む、無冠のメイドと副料理長が皆様の机にルイ・ロデレールクリスタル・ロゼのシャンパンを配る。その後、メイドたちは完全なる狂騒をもち待機。

 

「では、これよりナザリックの忘年会を開催させていただきます。乾杯の音頭を我らが至高なる最高権力者のアインズ様にお願いいたします。アインズ様どうぞ」

「うむ。ではナザリックに栄光を。乾杯」

「「「乾杯」」」

 

 皆様の乾杯の声に合わせて、一斉に、パン。パン。と完全なる狂騒がどうみてもクラッカーのような音をたてて引かれる。

 

「ああ、なんと美味いのだ。感情の抑制がなければ、ここまで味を楽しむことができたのだな」

「口に含んだ瞬間に広がる強い香り。しかし舌と喉のなめらかに流れる甘美な風味。しかし口あたりが軽い」

 

 アインズ様とデミウルゴス様が味の感想を語られる。クリスタルはシャンパンとして出されているが、実態はピノ・ノワールとシャルドネのセパージュされたもの。いわば、完成されたカクテルの1つとも言えるのだ。

 さて、今回はカットフルーツの盛り合わせ。磨いた苺や林檎、オレンジ、ぶどうを中心に冬が旬のものをお出しする。とくに林檎やオレンジは飾り切りをして、華やかさを演出する。

 

「イツニモマシテ、美シイフルーツダ。食ベルノヲ戸惑ッテシマウナ」

 

 コキュートス様とヴィクティム様がフルーツに手を伸ばされる。ちなみにヴィクティム様にはメイドが一名専任でフォローしている。

 サラダだが、エビとクルトン、レタスに玉ねぎ。チーズを多めにかけたシーザーサラダをお出しする。そして鴨の燻製のスライスにオリーブの付け合わせ。サーモンと玉ねぎにバジルのアンチョビ。

 

「アインズ様。この鴨とてもおいしいですよ」

 

 アルベド様は自然な動きで、鴨の一切れをアインズ様の口元に運ぶ。アインズ様もシャンパングラスを置き最近なれたのか素直に食べる。

 

「ああ、たしかに旨いな」

 

 アインズ様の言葉に、アルベド様もニッコリを微笑まれ隣に座るマーレ様との会話に戻られる。しかし、その姿をみていたのは私だけではなかった。

 

「あ……あ……アインズ様ァァァ何を」

 

 シャルティア様が金切り声をあげ、席を立たれる。しかしアインズ様は何も無かったと言わんばかりに静かに回答する。

 

「どうした。シャルティア。酔うには少々早くないか」

「先ほどのはいったい」

「ああ、鴨だな。深い味わいなのにサッパリとしてうまかったぞ。ああシャルティアに鴨の追加を」

「かしこまりました」

「いえ……そんなことでは」

 

 どんどん小声になるシャルティア様。アインズ様は気付かず美味しそうにオリーブとアンチョビを召し上がりつつ、隣のデミウルゴス様と日本酒について語られているようだ。最近はお二人共日本料理を楽しまれているからだろうか。

 私は鴨をシャルティア様の近くに置くきつつ小声で話しかける。

 

「騒がれては心証がよろしくないかと。そこで……です。いかがでしょうか」

「わかったでありんす」

 

 だされた鴨を食べずに小声で話しているシャルティア様を目ざとく見つけたアウラ様が

 

「シャルティア。食べないなら私が食べてあげるよ」

「ちょっ。その鴨は、わざわざアインズ様が私のために」

 

 さてメインが始まる。まずはバケットをスライスしたものに、数種類のハーブをまぜたミートパテ。柔らかく煮たあと出汁を染み込ませた大根に火を軽くとおしたフォアグラをのせ、同じく出汁で煮たアスパラを添える最後にフォアグラに火を通した際にでた油と醤油、塩、日本酒で味を整えたソースをかける。そして日本酒の黒龍をお出しする。

 

「メインは世界三大珍味といわれるフォアグラを、最近アインズ様がお気にめされている日本食風にした料理にございます」

 

 皆様はさすがに見たことない料理に驚かれているようだ。メイドたちが、おちょこを皆様の席にお届けする。そしてお酒をそそぐ。そしていつのまにか席を立ったシャルティア様はアインズ様にお酌をする。

 

「こちらの日本酒は、千年以上もの長きにわたり続く尊き家に奉じられたというお酒にございます。ナザリックの新たな時代の幕開けにふさわしい一品かと」

 

 皆様、日本酒を飲みつつフォアグラを楽しまれる。

 いつも新たな味に、敏感に反応されるデミウルゴス様さえ静かに食される。その気持ちはわかる。創造主よこの能力を授けていただきありがとうございます。

 

 メインが終わり、デザートや飲み足りない方向けの時間となる。先ほどテキーラにジンを加えライムをしぼったものを持ち、デミウルゴス様とセバス様が乾杯されていた。けして相性がよろしくない二人だが、楽しい場のために一時休戦でしょうか。

 

「このシャトーブリアンはこのワインに合うな。アルベドもどうだ」

 

 アインズ様は、先ほどから凄いペースで飲まれている。酔っているのかもしれない。自分のフォークで一切れをアルベドに。

 

「あ〜ん。あら美味しいですね」

 

 そういうと過剰反応せず、小さく微笑まれる。あ、アルベド様酔ってませんね。

 対抗馬のシャルティア様はと言うと。

 

「やっぱり私なんて、ダメ守護者なんだわ〜」

「あーほら、シャルティア。涙拭く。このモンブランケーキもおいしいよ」

 

 なぜか泣き上戸状態。それを必死になだめるアウラ様。マーレ様というと。

 

「これも美味しいよ」

 

 ヴィクティム様にひたすらご飯やらつまみを食べさせまくってる。といかヴィクティム様の体積越えてそうで、すでに無言なんですが。マーレ様酔ってます?

 パンドラズ様はスタートからひたすら無言で飲み続けてますよね。えっ次はジントニックを大ジョッキでですか。かしこまりました。

 そしてコキュートス様は、

 

「サスガ恐怖公。素晴ラシイ飲ミップリダ」

「ここの酒は毎度すばらしいですね」

 

 なぜいる恐怖公様。最初いませんでしたよね。アインズ様は気にされてないようなので、私も気にしません。普通に注文対応にまわりましょう。

 因みに恐怖公様は常連です。眷属が近づかないようにさり気なく対応していただいております。さらに残飯も含め定期的に運んでもらってます。もっとも常連と知っているのは、私とヴァンパイアとワーウルフだけですが。副料理長は見て見ぬふりをされておいでです。

 

「アインズ様。いかがでしょうか」

「ああ、素晴らしい一時だ。仲間がいた時のような、心の何かが溢れるような」

「ようなではございません。ここの方々は皆様家族ではございませんか」

「家族……か」

「はい。家族です。仲間と同じように掛け替えのないものを手に入れられたのです」

 

 アインズ様は静かに飲んでいたワインを置き、騒がしいが温かい喧騒をながめる。

 

「私は家族を手に入れられたのだな」

 

 隣で微笑むアルベド様は静かに頷かれる。

 

「はい。アインズ様」

 

 

 

 

 

******

 

 1月1日

 準備中の札をかけ店で一人、酒を飲んでいる。

 

 泡盛の瑞泉30年古酒。重厚な味わいに対しツマミはマグロとカンパチの刺し身。

 忘年会もおわり年は明けた。ふと一人になるとアインズ様との問答をおもいだす。あのように答えたものの、自分がプレイヤー作のNPCだったとは。

 自分の記憶とは?

 存在とは?

 なかなか哲学的な問いになりそうだ。

 

 そんなとき、常連のヴァンパイアとワーウルフが、看板を無視して入ってくる。

 

 本来であれば、飲むのを中断し対応しなければいけないのだが、この2人は何も言わず、適当なビールをカウンターの内側から勝手に取り出しグラスに注ぐ。そして、なぜか私も交えて乾杯するのだった。

 昨日はどうだった。誰々がここに居た。やはりアルベド様はうつくしい。などなど私の考えなどを無視して、いつも通りに騒ぐ。

 とりあえず山盛りのソーセージを作り食べさせる。ついでにとっておきのA5ランクの肉を取り出し、ステーキにして食わせる。

 

 気がつけば、自分が何を考えていたのかわからなくなる。

 それに気が付いた時、二人肩を組んだヴァンパイアとワーウルフがドヤ顔で親指をあげてきた。なんとなくムカついたが、今日だけは蹴りださずに即興のカクテルを作って飲ませるのだった。

 

 ここはBARナザリック。

 人外の者共の楽園である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント
サプリメント0 TRICK or TREAT


本編が速攻12月に入ってしまったため、書くことができなかったネタ。

******

 

 15:00

 

 昼食を取る方々が仕事にお戻りになり、片付け一段落ついた頃。

 店の扉が勢い良く開け放たれた。

 

「TRICK or TREAT オヤツくれないと、いたずらしちゃうぞ~」

「ようこそ居らっしゃいましたエントマ様。お菓子でしたら、食堂の方に向かわれたほうがよろしいかと。この時間でしたら副料理長もあちらに居らっしゃいますし」

 

 扉を開け放ち両手を上げアピールされているのは、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ様。

 ここにもハロウィンの文化があったのね。長く仕事をしていましたが、初めて聞きました。

 

「おやつくれないの?」

 

 小首を傾げられながら、こちらを見るエントマ様。蜘蛛人のため顔は擬態ですから表情こそ変わりませんが、その残念そうなお声を聞くと、どうも生前の孫を思い出し甘やかしたくなってしまいます。

 

「では、今からお作りします。席について少々お待ち下さい」

「うん」

 

 エントマ様は店に入るとちょこんとカウンター席に座られる。ただ待たせるのはアレなので、氷を入れたオレンジジュースをお出しする。

 

「エントマ様はお酒とか大丈夫ですか」

「うん。なんでも食べるよ~」

 

 デザート用に準備した素材があるので、今回はそれを使いましょう。

 

 卵にグラニュー糖を加え泡だてたものを、ココアに薄力粉、ベーキングパウダーを振るったボールに混ぜる。そしてラム酒、溶かしたバターに塩を加えてペースト状にしたものを、いつもの時間の止まった冷蔵庫から取り出す。

 

「エントマ様。クルミやアーモンドはお好きですか」

「うん。味もいいけど、あのカリっとした歯ごたえも好き」

 

 エントマ様もジュースを飲みながら珍しそうに見られている。

 さて取り出したペーストに軽く煎ったクルミを混ぜる。そして型に流し込み、アーモンドスライスを表面にならべる。それをオーブンにいれ180度で25分程。

 

「さて、あと25分程焼けば、ラム酒とクルミをつかった美味しいブラウニーができます」

「そんなに簡単にできるんだ~」

「ご同僚やお友達をなどをお呼びすることもできますが?」

「うん。……メッセージで呼んだよ。すぐ来るって」

「かしこまりました」

 

 ということは、結構甘いお菓子ですので、紅茶の準備でもしましょうか。

 ああ、それと

 

「そういえば、どうしてこちらにいらっしゃったのですか?」

 

 私の記憶ではエントマ様がこちらに来られたのは初めてかと……。

 

「アインズ様がここのご飯おいしいっておっしゃってたし、ユリ姉も同じこと言ってたからぁ」

「そうでございますか。それは光栄なことです」

 

 アインズ様も最近良くご来店くださるようになった。ユリ姉はもともと常連です。しかしあの酒を飲んだ時の状態は、あの性格なら隠しているだろう。あの姿を知っているのは、私と副料理長ぐらいですし。

 

 さて、とりとめのない話をしていると、オーブンから芳ばしい香りが漂いはじめる。

 

「あと少しで焼けますね」

「う~ん。美味しそうな匂い」

「ブラウニーは冷めてからでも美味しいですが、焼きたては、それはそれで別の風味を楽しめますから」

 

 そして皿の準備などをはじめる。

 しばらくすると騒がしい声とともに、メイドの方々がいらっしゃる。

 

 ユリ様にシズ様、ソリュシャン様にペストーニャ様がいらっしゃった。シズ様用に急遽特製のドリンクを準備をすることとなったが、皆様美味しそうにブラウニーと紅茶を楽しんでいただけたようで何より。

 

 それ以降、エントマ様がたびたびお菓子をねだりに来るようになったのはご勘弁ください。ここはBARであってスイーツ自慢のCafeではないので。

 あしからず。

 

 しかしなぜ、ヴァンパイアとワーウルフが紅茶を優雅に飲みながらテーブル席でブラウニーを食っている。いつの間にきた。

 

 

 




閑話なので短いです。

あと活動報告に「BARナザリックへようこそ」のあとがき?を書きましたので、もしよろしければそちらもどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント1 お刺身定食?

今回はアルベド回。
スキルの解釈に独自解釈(捏造?)があります。



 忘年会後、めっきりアインズ様の訪問率が上がった。

 いや、この言葉は正確ではない。8割は守護者の方と同伴だが、ほぼ毎日来店されるようになった。

 

 理由の予想は付く。地獄いやナザリックのトップとして幹部とのコミュニケーションを図る。という名目で日本食が恋しいのだろう。特に日本食OKで、ついに箸まで使いこなすに至ったデミウルゴス様とアルベド様の日は、小躍りしている姿が幻視できるぐらい楽しそうに食事をされている。

 

「アインズ様。そろそろレパートリーが尽きて、同じものをお出しすることになりそうです」

「えっ」

 

 そんなある日、アインズ様は、美味しそうにかつ丼とほうれん草のお浸しにお吸い物の後、焼酎の玉露わりをたのしまれている。静岡の新茶を使った玉露わりが美味しかったので、再現してみたがお口に合ったようだ。

 

「ここ1ヶ月、出来る限り被らないようにしてますが、アインズ様の要求は思った以上に偏っておりまして、バリエーションが出しにくくそろそろ同じものを出してしまいそうです」

「そうか?」

「はい。具体的に申し上げますと、1人で来店される時は丼ものやラーメン、カレーなどの一皿・一碗モノばかりです」

「それは気がつかなかった」

 

 聞けば元独身サラリーマン。その選択も理解してしまう。私も生前会社に勤めていた時、遅くなり1人の食事を取る時はついついそんな選択をしたものだ。

 

「図書館の利用のご許可をいただけますか?レシピ本などでもあれば、いろいろ研鑽してみますが」

「わかった。図書館の利用を許可しよう。たしか、やまいこさんあたりがその辺の本を入れてたはずだから」

「ありがとうございます」

「無論同じ食事がでても問題はない。しかし新しいものも楽しみだからな、うまく対応してくれ。あとほかに困ったことはないか」

「そうですね。外の食材や料理、お酒にも興味があるのですが」

 

 そう。現在のナザリックの外には広大な世界があるらしい。人間以外もいるというが、どのような食材があり、どのような料理があるのか。なによりどのような酒があるのか気になるのだ。

 

「そうか。しかし正直ここの料理のほうが圧倒的に旨いぞ」

「どのようなレア食材であっても大釜のおかげで入手可能ですし、お酒や汁物も私が一度経験さえしていれば再現可能ですからね」

「生前の知識も再現できるのが助かる。私の時代はもう天然モノが入手困難になって一部の富裕層しか食べることができなかったからな」

「私は食道楽でしたし、会社に勤めていた時も、上司や部下との食事でいろいろ美味しいご飯やお酒をいただきましたから」

 

 アインズ様の生きた時代は、聞けば聞くほど庶民には地獄だとおもう。その時代に生きているかもしれない、自分のひ孫など血縁者がどうなったか、気にならないわけではないが。

 

「そう考えると、農業などに加えて加工業も重要か。ワインに日本酒なども研鑽には時間がかかると聞くからな」

「そうですね。私の料理で使う食材は、味にしろ品質にしろ 、2000年代の人間の叡智の固まりですから。多少は保護してでも研鑽することで、今と違う味が表現できるかもしれません」

「なるほど。……ん?」

 

 アインズ様がなにか気が付かれたようだ。手を顎に置きしばし考る。

 

「料理の研鑽だが、いっそ助手をつけて研鑽させてみるか」

「助手ですか?」

「ああ、以前料理スキルの確認をしたことがあるのだが…」

 

 その後アインズ様から料理スキルの不思議をご教授いただく。なるほど。この世界では料理スキルがないと料理ができない……ですか 。

 

「なるほど、プレイヤーやNPCでは料理スキルがないと料理ができないということでしょうか」

「うむ、外のモノは新たにスキルを習得できるようだが。プレイヤーは現状私しかいないから論外として、NPC1人と、外のモノ1人を修行させるのはどうか。本人の才覚もあるが、どのぐらいで習得するか見てみたい」

「1つ質問ですが、外世界の子供は料理を手伝わないのですか?その話ですと大人は、ほぼ全てが料理スキル持ちということになると思うのですが」

「ふむ、気が付いていないだけで最低限のスキルを身に着けているのかもしれないな。逆にプレイヤーやNPCはスキルと言う形で先鋭化しているので、スキルが無いことはイコール下手以下という扱いか。考察は後にするとして、まあ助手の件は追々考えていくとしよう」

「かしこまりました」

 

 なかなかおもしろい。自分以外が育てば新しい味が広がり楽しめるかもしれない。純粋に気が付いていなかったのか、無意識に避けてきたのかわかりませんが面白い着想です。むしろ私の技術もレシピとして可能なモノは残すことを検討したほうが良いかもしれない。

 そんな風に考えながら、後片付けをすすめるのであった。

 

******

 

 レシピ本を見る。

 正直言えば参考になるものと、そうでないものの落差が酷かった。

 

 アインズ様や他プレイヤーが生きる時代は、本当に食事の事情が酷かったようだ。合成食材をいかにおいしく食べるかといったレシピがいちばん多いのだ。合成食材とはいえ食材であり、下ごしらえや料理法など、勉強になる箇所はある。しかし見る限り一般家庭レベルのいわゆる家庭の味といったものは、かなりのレベルで失われてしまったのかもしれない。

 逆に一部の富裕層向けの研鑽の結果、高級料理の分野はかなり発達したようだ。もともと日本食は、日本人の繊細な舌に合わせて素材の味を活かす料理が多い。それは狭い国土と豊富な水資源などが背景なのだが、各種食材が時期を関係なく供給可能な、生産・運送・冷蔵・冷凍技術の進歩が後押しし花開く。逆に欧州はその広大な土地のため、どうしても旬のものを食すことは難しく、保存、加工技術が進歩した。そのためか、料理も下ごしらえがかなりのウェイトを占める。では、アインズ様の世界の高級料理というと、高級レストランがひたすらしのぎを削る状態のように思える。和洋関係なく新たな技法が考案され、融合し組み合わせの考察し、それこそ美食の限りをつくす。

 とはいえ、自然環境が壊滅しており、天然物といっても養殖ばかり。その意味では、高いお金をはらっても養殖しか食べれない富裕層というのも、滑稽なのかもしれない。

 

 さて、そのような背景を学びながら利用できるレシピや技法を写していると、妙齢の女性が1人こちらに近づいてきた。この時点でどなたがいらっしゃったか分かってしまう女性に対する感知能力の高さは、インキュバスゆえと思いたい。

 さて、一度手を止め顔を向ける。

 

「これはアルベド様。このようなところでお会いするとは」

「そうね。会いに来たというほうが正しいのだけど」

「お茶でも準備いたします。談話室でよろしいでしょうか」

「いえ、このままで」

 

 ここは図書館でもかなり奥まったところである。朝から調べ物をしているが、司書の方々も気をきかせ、近づかないようにされているので本当にだれにも見られたり聞かれたりしない静かな場所だ。

 

「椅子と小さな机しかございませんが、どうぞ」

 

 閲覧用の椅子を、奥からもう一脚持ちアルベド様にお声をかける。

 

「ありがとう」

 

 そういって静かに座られるアルベド様の姿と声を観察する。心拍数は若干上がっているが、表情も含めて変化は無い。しかし若干羽が動いている。アルベド様はアインズ様絡みだと羽に感情が乗るので、その辺のご用だろうか。

 

「最近アインズ様の関心が貴方にかなり集中しているわ。切欠は貴方の料理のようだけど原因がわからない。そして単刀直入に言うわ。私はその状況に嫉妬している」

「私は1人の臣下であり、また1人の料理人です。アインズ様は故郷の味を再現できるお店を懇意にしているにすぎないとおもいますが」

「故郷の味ということは、貴方はモモンガ様……いえ、アインズ様の故郷であるリアルについて知っているのですか」

 

 故郷というキーワードに反応したのだろう。一瞬とはいえアルベド様は声を荒らげるも、すぐにいつものトーンに抑える。

 

「私の作る料理がアインズ様の故郷の味に近いのは事実のようです。あとアインズ様のリアルについては、お伺いしたことはございますが、あくまで酒の席でのお話ですのでご容赦ください」

「そう。たしかにその守秘義務だけは貴方の絶対だったわね」

「はい。たとえ拷問されようとも、口にすることはないでしょう」

 

 ナザリックには拷問技術や魔法で自白させる技術があることは知っている。というよりあの方からお話を聞いているので具体的に知っていたりする。しかしこれで解放してくれるようなら、アルベド様もわざわざ人目を忍んで来訪されることもないだろう。恋する女性というのは、いつの時代も強いのだ。ちょっとやそっとでは納得してくれない。

 

「アルベド様。実験が必要ですが、アインズ様に喜んでいただける方法が1つございます。酒の場でのお話はできませんが、結果的にアインズ様に喜んでいただき、さらにアルベド様の評価を上げる方法でご容赦いただけませんでしょうか」

 

******

 

 あれから数日。準備万端に整えアインズ様をお迎えする。

 

「ようこそいらっしゃいました。アインズ様」

「ア……アルベド?」

 

 そう、店に入られたアインズ様を迎えたのは、少々フリルが過剰に付いているが、白いエプロンに身を包んだアルベド様。私は礼をとった後は、定位置でグラスを磨いております。

 

「さあ、アインズ様こちらにどうぞ。お食事の準備は出来ております」

「あ……ああ」

 

 アルベド様は、口元に笑みを浮かべながらアインズ様を奥のカウンター席にご案内する。逆にアインズ様はアルベド様のお姿にかなり動揺されているご様子。アインズ様の時代でも新妻エプロンは存在していたのね。効果は上々のようだ。

 

「本日は、寒ブリとホタテのお刺身、かぶの味噌汁と五穀のご飯。きゅうりとなすの浅漬になります」

「ああ、うまそうだ」

 

 アインズ様の前にはアルベド様が配膳した食事が並ぶ。ご飯とお味噌汁は湯気はその暖かさを表現し、寒ブリはその身を油を蓄えつつも引き締めた味わい。アクセントであるホタテは特有の甘みと独特の歯ごたえがある。桂剥きをした大根など一切添えず、一般家庭の食事に見えるように工夫をした。

 アインズ様は静かに箸をとると味噌汁を一口。そしてかぶを一切れ。そのあとご飯と寒ブリを一口づつ。

 

「ああ、いつも通り旨いぞ」

 

 アインズ様は私の方を見ながらお褒めを言葉を口にされる。しかし

 

「本日の食事のほとんどはアルベド様が準備されました。私は味付けなどごく一部のことしか手をつけておりません。そのご評価はアルベド様にこそふさわしいかと」

「な……」

「料理としての味付けなどはすべておまかせしています。私は本当にお手伝いをしただけですわ」

 

 私の言葉にアルベド様は軽く口元を手で隠しつつ微笑みを浮かべ謙遜なさる。うん。日本人的感性とは思うが、やはり大和撫子的謙虚さというものは良いものだ。アインズ様も驚かれているがけして悪感情はない。むしろアルベド様の姿に見惚れつつも料理スキルの件で頭がいっぱいなのだろう。

 

「せっかくアルベド様のお作りになられた温かいお食事です。食べ終わったあとにゆっくりとお話されてはいかがでしょうか」

「そうだな。ああ、本当にうまい」

 

 アインズ様が美味しそうに食事をされるのを、楽しそうにみるエプロンドレスのアルベド様。

 その姿を見て私は感傷を覚える。妻に子供。幸せは一杯あった。しかし楽しく食事をしていた時こそ一番幸せだったのかもしれない。

 

 

 

******

 

 

 アインズ様が食事を終えられた後、アルベド様もエプロンを取りアインズ様の隣の席に座る。

 食後ということで、いも焼酎の黒霧島をお出しする。けして高いお酒ではないが、食後にほんのり甘く後味がすっきりしているのでなかなか良い。これをおちょこ2つに徳利を1つ。おのずとアルベド様のお酌で一杯。

 

「さて、先ほどの料理をアルベドが作ったと言っていたが。アルベドには料理スキルは無かったと記憶している。さらに言えば食べた限りいつも通り旨かった。これはどんな絡繰があるんだ」

「絡繰という程のものではありません。実際にあの寒ブリを捌き、そして切ったのはアルベド様です」

 

 私の言葉にアインズ様は、確認の意味をこめてアルベド様を見ると、アルベド様も静かに頷かれる。そしてアルベド様は今回の核心について述べられる。

 

「アインズ様。設問のようで恐縮ではございますが、魚を切ることと、戦闘における切断との違いはなにがあるのでしょうか」

「ふむ。切るという事象は変わらずということか」

「はい。たしかにまな板の上で切る行為と、敵相手に切るは意味合いは違うかもしれませんが、少なくとも切ることができました」

 

 アルベド様の言葉に、アインズ様は納得されたご様子。さすがはアインズ様ということか。スキルに対する深い知識があるからこそ、1の言葉から言わんとすることを把握される。

 

「今回アルベド様のご協力でわかったのは、料理を料理たらしめるのはなにか?というポイントで料理スキルがないと失敗したものを作ってしまうということです。例えば、刺し身を均等に切ることはできましたが、盛り付けようとすると、とたんに汚く並べてしまったり食材を潰してしまったりされました」

「なるほど。スキルは代用が利く範囲があるということか」

「幸い、包丁とは武器として使うこともできる刃物。クラス制限も受けなかったご様子。さらに言えば、美味しいお刺身の要素はどのようなものがあるかご存知でしょうか」

「食材の鮮度などはわかるが、そのようなことを言っているわけではないのだな。あいにく料理をしたことが無くな」

「食材の状態は重要事項ですが、刺し身の場合は切り方にございます。よく切れる包丁で熟練した技術をもって素材を切れば、素材の状態を保つことができます。その意味では、私以上にアルベド様の切るという技術は素晴らしいものであったといえます」

「ありがとう。でも料理として完成させたのは、貴方の技術あってのことよ」

 

 アルベド様から評価。いや美しい女性から評価されるというのは、男としても料理を作るものとしても嬉しい限り。

 

「魚をさばくこと。各材料を切ること。食材を洗うこと。調味料など事前に計量すること。そして皿などを準備をすることまではできました。逆に、計量されている調味料を鍋に入れるだけなのに、なぜか追加で別のものを入れてしまうなど、このあたりは料理スキルの範囲とわかりました」

「まさか食事からこんな面白い話を聞けるとはおもわなかった。すばらしいぞ」

 

 アインズ様のお褒めの言葉に礼を以て応える。しかし、今回はアルベド様の評価を上げるという側面もあるので、一言だけ付け加えさせていただく。

 

「今回の取り組みは、アルベド様の膨大ともいえる試行錯誤によるもの。いくら肉体的な疲れが無いとはいえ、やはりアインズ様への愛なくしてはなし得ることはできなかったでしょう」

「そんなことはございません」

「しかしアインズ様、美しい女性が自分のために料理を作るというシチュエーションは、いかがでしたでしょうか」

「まあ……う……うれしいものがあるな」

 

 アルベド様はそう言うと顔を赤らめながらも謙遜し、僅かに下を向く。

 アインズ様もその仕草が気になるご様子。以前お酒を飲まれながら、肉食系女子だとついつい引いてしまうと言っていたので、程よく押して波のように引く案をお伝えしたかいがありました。

 その後、アルベド様は定期的とは言わないが料理に参加されるようになった。アインズ様も喜ばれているようで何より。

 ちなみに、アルベド様が量産したダークマターは全て、スタッフ(常連のヴァンパイアとワーウルフ、消費しきれなかったものは恐怖公の眷属)が涙を流しながらおいしく(?)頂きました。

 




今後のアナウンスも含め活動報告を追加しました。
もしよろしければご参照ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント2 クリスマス

メリークリスマス(遅刻)

時系列は忘年会からたぶん約1年後?。
まあギャグ時空なので、深く考えないでください。


 12月25日。

 ここナザリックでは何もない、ただの冬の日。

 しかし、リアルを知る者にとってはクリスマスの日。

 

 西洋では宗教的な意味合いの日だが、お祭り好きな日本では家族や恋人と過ごす日であった。ふとすると生前のいろいろな思い出が浮かんでくる。仕事を必死に終わらせ家族と過ごす束の間の幸せを噛みしめたり、子供にばれないように欲しいものを聞き出そうと苦慮したり。ここぞとばかりに良い食材を買いあさったり。

 そんなクリスマスの日のBARナザリックは、いつもと変わらずお客様をお迎えする。

 

「アインズ様」

「ん?どうした」

「そのマスクはどんな意味があるのですか?」

 

 昼過ぎに来店されたアインズ様は、なぜか赤い仮面を装備して酒を飲み続けているのだ。この赤い仮面は無駄に造形が凝っており、まがまがしい雰囲気であるものの、見方を変えると模様のためか泣いているようにも見える不思議な仮面だ。

 

「うむ。リア充には関係のないアイテムだ」

「いえ、気が付けば常連の二人も同じマスクを装備して腕を組んで仁王立ちしているのは、営業妨害以外の何物でもないのでどうしようか苦慮しているのですが」

 

 そう、なぜか常連のヴァンパイアとワーウルフがアインズ様と同じ赤いマスクを被り、入口の脇に腕を組んで仁王立ちしているのだ。正直うざい。無駄に筋肉質なワーウルフは特にうざい。

 

「なに、こんな時間は哀れな独り者しか店にはこないさ。いや、むしろここでカップルが来た場合は全力で戦いを挑まざるをえない」

「ここはBARですので、カップルが来たとしても、お酒を飲むためなら間違いではございませんが」

 

 現在のナザリックにカップルや夫婦はそれなりの数存在する。最初はセバス様とツアレ様ぐらいしかいなかったのだが、リザードマンの夫婦にはじまり、少しづつだが夫婦やカップルが増えてきているのだ。

 とはいえ、アインズ様が言いたいこともわかったので、酒のお供にお話をふることにする。

 赤ワインとレモネードを準備し、冷やしたワイングラスにレモネード。そして赤ワインを静かにそそぐ。比重が違うため下は透明、上は赤。そして最後に緑が映えるミントを1枚。

 

「アメリカンレモネードのクリスマススタイルです」

「ほう。心のオーフェンたる私に、クリスマスカクテルを出すのか。良い度胸だ」

 

 アインズ様はそう言いながらも、酒を受け取り口をつける。たとえ嫉妬に狂っていようと美味しいものはしっかり楽しむ。まあ支配者に対する言葉ではないが、可愛らしい側面である。ついでに常連2人にも同じものを出しておく。

 

「こう言っては何ですが、私も似たようなものですが。主観時間で数十年ひとり者ですし」

「しかし、貴様は元とはいえ妻帯者ではないか。それこそクリスマスというイベントを楽しんだのであろう」

「まあ、人並みには」

「私には人並みどころか、1度もなかったのだぞ!神は平等と言っていたがなぜ格差が存在するのだ。なぜ我々は1夜の愛さえないのだ」

 

 アインズ様は飲み終わったグラスを置くと、こぶしを握り力説されている。ある意味骸骨がクリスマスの過ごし方に熱弁を奮うというのは、シュールを通り越してコメディなのだが。そして常連2人もアインズ様の熱弁に感じ入るようにうなずいている。というかお前ら2人はNPCだからクリスマスの風習自体知らないはずだろう。

 

「そう。その格差こそ、その現実こそが私を嫉妬に狂わせるのだ」

 

 マントを翻し、まるで演説するように両手を大きく広げ高らかに宣言する。ただしBARには私を含めても観客は3名しかいないが。

 

「ゆえに、われらは嫉妬マスクをかぶるのだ!」

「然り!然り!然り!」

「然り!然り!然りぃぃぃいい !」

 

 完結して、さらにおまけまで続いて初めてのセリフがこれとは、どこの王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なのだろうこの常連二人は。

しかし、そろそろ……。

 

「普段からお仕事詰めですので、今日一日でお休みされたとしても問題になるとは思いませんが、そろそろアルベド様の準備が整うころかと」

「アルベド?」

 

 アインズ様は、なにを言っているかわからないという風に聞き返してくる。

 

「はい。先日御2人で来店された際、クリスマスの話をされてアルベド様が手料理を用意してお部屋で待ってますねとお約束されていたではありませんか」

「あ」

 

 アインズ様。その反応は忘れておられましたね。まあ直接非難することはしませんが、今ごろ準備をされ、まだかまだかと待っているであろうアルベド様が少々不憫なので、誘導することといたしましょう。

 

「アルベド様は午前中こちらにおいでになり、アインズ様のお好きな料理をたくさん準備されてましたよ。もちろんまごころを込めて」

「そ、それは」

 

 気が付けば扉の脇で立っていたはずの常連二人が、アインズ様の背後に立っている。いつの間に移動したのだろう。しかも雰囲気は同志に裏切られた30代独身男性のような謎の雰囲気を発している。

 

「たしかに隙あらば押してくるアルベド様の愛は、なかなか受け止める側も大変でしょうが、かいがいしく料理を準備して、お部屋で待っていらっしゃる方を放置するのはどうかと……」

「わ……わかった。私は用事を思い出したので、もう行くとしよう」

「はい。ああそういえば、店用で準備していたもので申し訳ございませんが、ここにフラワーバケットがございます。ご用事にはこのようなものも必要かと」

「ああ、ありがたく貰おう。では行くとしよう」

「はい。またのご来店をお待ちしております」

 

 アインズ様に、数種の赤い花に緑の葉をあしらったプリザーブドフラワーの小さなバケットをお渡ししお店から送り出す。

 そしてのこったヴァンパイアとワーウルフがなぜか壁を叩いている。

 

 しょうがないので、まず昨晩から準備していたローストチキンをオーブンから出す。ローズマリーのほのかな香りを楽しみつつグレイビーソースをかける。続いて玉ねぎ、にんにくと洗った米をオリーブオイルで炒める。そしてオリーブオイルとオイスターソースに塩コショウで味を調え、 殻付きのエビにアサリ、パプリカ、トマトを順にのせて弱火で炒めたパエリアを作る。飲み物はボルドーワイン。重い味わいだが、ローストチキンやパエリアなどにはよく合う。

 

「そんなところで壁を叩いていないで、さっさと食べますよ」

 

 そういって私は料理の前でワイングラスを掲げるのだった。

 

 




完全な時事ネタのショートショートでした。
コミケの準備中なのに……。

そういえばボッチ疑惑のある子供(10歳)がクリスマスというかリア充についてグチグチいっていた。

その時
嫁 「パパとママもリア充だよ」
子供「衰退系リア充のことはどうでもいいの!自分は現在進行形リア充じゃないのが嫌なの」

ちなみに私と嫁は死ぬほど笑うど同時に感心してしまったのでここにメモ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント3 2月のイベント前編

先日、出張先で雪に足を取られ左肩の骨を折りました。
おかげで起き上がることすら激痛が走る状況。嫁さんや子供に介護してもらいなんとか仕事をする日々。
皆様も雪道はお気を付けください。

あと、飯テロ成分が低い。なぜだ!


 二月三日

 

 日本の文化で言えば節分。季節を分ける日だが、一般的には豆まきや恵方巻き、そして柊鰯をはじめとした厄払いのイメージが強い。

 しかし異世界、それもナザリックでそんな風習を知るものはいない。このナザリックに転生し、地下第9層のBARでバーテンダーとして働く私以外は……。

 そんな節分の日のお通しは、甘めのカクテルを注文されないかぎり、決まって炒った豆をお出ししていた。もちろん理由を聞かれれば節分と言えるわけもなく、なんとなくと回答するしかないのだが。

 

「アインズ様?突然アイテムを広げて何をなさるのですか?」

 

 今年の2月3日。

 ナザリック最高支配者であらせられるアインズ様が来店された際、昼食とのことでイワシの煮物定食といっしょに、炒り豆とビールを一杯お出しした。

 定食に炒り豆、そしてビールを食されたアインズ様は、おもむろにアイテムボックスに手を入れ、様々なアイテムを取り出されたのだ。

 豆のようなのものに、色とりどりのおもちゃの銃。それに柊鰯のようなもの。

 

「ああ、ユグドラシル時代の節分イベントアイテムだよ」

「なるほど。クリスマスやハロウィンがあるのですから節分も、実装されていたのですね」

 

 アインズ様は炒り豆のようなものを取り、1つを私に手渡される。

 

「食べてみるか」

 

 そう言うとアインズ様は、一粒口に入れられる。

 私もならい口に入れると、独特の歯ごたえと香り、まさしく炒り豆の味がした。

 

「なかなか美味しいですね。アインズ様」

「これは節分の日に配られた豆まき用アイテムで、実際に投げることもできるが、このように食べることもできる。こんな形だが、異形種特効が付与されているのだぞ」

 

 私は豆を眺めてみるも、自分がお通し用に準備したものと差を見つけることはできなかった。

 

「この豆を鬼は外という風に投げるのですか」

「所詮は豆だからHPは殆ど減らないのだがな。どこかのギルドが赤鬼と青鬼キャラを準備して、プレイヤー総出で豆まきで討伐なんてユーザーイベントもあったな」

「それはなかなか楽しそうで」

「その後に実装されたのがこれだ」

 

 アインズ様が取り出されたのは、様々な銃に炒り豆が入ったタンクがついたもの。生前の100円均一のショップで売られていた水鉄砲、その水タンクの代わりに豆が入ったタンクが付いているような、チープなデザインだ。

 アインズ様はその銃を手に持ち、懐かしそうに構える。

 

「こいつは、炒り豆を打ち出す銃で名前は豆鉄砲。デザインはいろいろ有るが性能に差はない。面白いのは、ガンナースキルLv1が付与される。逆にガンナースキルを持っていても、この銃を扱うときはLv1になってしまう呪いアイテムでもあるがな」

 

 私も1つ受け取り構えてみると、撃てばそこそこ当たるような感覚が脳裏をよぎる。これがレベル1の恩恵なのだろうか。

 

「ということは、この銃でサバゲー大会のような感じになったのですか?」

 

 もし全員がガンナーLv1でなら、他スキルやステータスのハンディはあるだろうが、そこそこ楽しく遊ぶことができるだろう。もっとも骸骨やブレインイーター、へたすると肉棒や触手が100均で売っている水鉄砲で全力サバゲー。すごくシュールな絵面が浮かび上がる。

 

「ああ、この銃が実装されたころにはアインズウールゴウンも結成されていて、6層の森を使ったサバゲー大会もあったな。遠距離無双だったペロロンチーノさんを、みんなで撃ち殺したり」

「撃ち殺しですか」

「まあ、フレンドリーファイアの規制が緩和された限定PVPのようなものでだがな。無駄に熱くなったものだよ」

 

 銃を構えた異形の軍隊が、森に展開しゲリラ戦。

 無線通信やデータリンクはメッセージや魔法で代用するとして、結構戦術練習にはもってこいでは?まあ、話に聞く外界との実力差では、力押しでも結構いけてしまうようなきがするし、玉というか豆は補充も出来そうにないアイテムではあるが。

 そういえばまだ説明されていないアイテムがある。

 

「アインズ様。その柊鰯に似たアイテムは?」

「ああ、まさしく柊鰯なんだがな、対異形種の結界アイテムだ」

 

 そう言われて使用方法を考える。しかしろくな使用方法が浮かばない。

 

「もしかして、ダンジョンとか狩場もそいつで隔離できたり……」

「ああ可能だ。そして予想通りに使われたよ」

 

 つまり、狩場や美味しい採掘地点から一時的に異形種排除できるのだ。そんな利用方法が最初に思いつくぐらい単純な機能なのだろうが、それはそれで利用範囲は広そうだ。

 

「とはいっても2月3日の0時から24時までの時間限定だから、目くじら立てるものは居なかったな。むしろるし★ふぁーさんは、 隔離された優良狩場の隣にトレインで集めたモンスターを封印し、24時になった瞬間に狩場を専有していたプレイヤーにモンスターが襲いかかる時限爆弾を作って笑ってたが」

 

 状況を予想してみる。

 24時間美味しい狩場を専有しホクホクのプレイヤー達が、結界がとけた瞬間大量のモンスターに囲まれる。

 

「鬼ですか」

「まあ、愉快犯ではあったな」

 

 至高の方の所業なのですが、つい素でツッコミをいれてしまった。そんなツッコミも楽しそうに返すアインズ様。

 

「まあ、節分も仲間との思い出があるのだよ」

「とはいっても、サバゲー大会をやるわけにはいきませんね」

「まあ、少なくとも私に銃を向けるものは居ないのが寂しいかぎりだ」

 

 たとえレクリエーションでも、至高の主に銃を向けるのは不敬にあたるだろう。アインズ様はそういうと少々残念そうな雰囲気になる。

 

「ではどうでしょう、本日いらっしゃる守護者の方をあつめて、恵方巻きを振る舞われるのは」

「ああ、あれなら皆で一緒に楽しむことができるな」

「もっとも方角はわかりませんが、好きな方向を向いて食べるだけでも楽しむことができるでしょう」

 

 そんなこんなで夜は恵方巻きの食事&その後の飲み会が急遽決まっただった。

 

 アインズ様が招集した結果、予想通り全守護者が集合し忘年会のような雰囲気を呈していた。

 珍しい料理でしたが、アインズ様の故郷にあたるリアルの風習と説明し、恵方巻きは好きな方向を向いて齧り付けと指示を出されていた。

 

 男性陣とアウラ様はなんの躊躇もなく、アインズ様を向いて恵方巻きをいっきにかぶりついていた。しかしアルベド様とシャルティア様、マーレ様は恥ずかしがって違う方向を向いしまった。まあ好きな異性に大口を開けて食べるのは、なかなか勇気がいることだから理解はできるが。

 

 和食もOKなデミウルゴス様とアルベド様はお気に召されたようで、その後、日本酒といっしょに楽しまれていた。コキュートス様は意外にもイマイチだったようだ。アウラ様はもう最近なんでも良く食べられるので見ていてこちらも楽しくなる。マーレ様は、あえて細巻きで準備させていただいたのですが、最後までたべれなかったようで残念がってました。まあ、そのような姿も愛らしいのですが。

 

 さて恵方巻きから始まった飲み会も終わり、アインズ様や守護者の方々が帰られ、残ったのは作りすぎた恵方巻き十数本のみ。

 明日一日の食事はすべて恵方巻きかと考えていると、不意に「バンッ!」と大きな音を上げて店の扉が開く。

 転がり込んできた二つの影は、SWAT?のような完全武装に豆鉄砲を持ったヴァンパイアとワーウルフであった。

 

「おや、あ……」

 

 二人は、無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きでカウンターに置かれた恵方巻きの山を、皿ごと強奪すると素早く店の外に消えていった。所要時間は十秒も掛かっていない。

 

「まあ、皿は明日には洗って帰ってくるでしょう」

 

 そう考えを切り替え、翌日の仕込みをはじめるのだった。

 なにより節分のようなイベントが実装されていたのだ。きっと2月14日は忙しくなるだろう。さて誰が最初にここに来るか。だれも来なければあの方にお声がけでもしようか。

 ああ楽しみだ。

 

 

 




次はバレンタイン。
諏訪部順一が歌うバレンタイン・キッスを課題曲に頑張ります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント3 2月のイベント後編

骨折した肩の療養中に諏訪部順一氏のバレンタイン・キッスをエンドレスリピートすることで、完成することができました。

さすが嫁から課題曲をいわれただけある(ぉ



 節分から数日。

 ここナザリック地下大墳墓で、少しずつだがバレンタインの話が聞こえるようになった。

 

 

--2月14日は女性から日頃からお世話になっている方や友人。恋人や家族にチョコレートなどの贈り物をする日。ただしアインズ様へのプレゼントは自重すべし。なぜならナザリックの全員が贈り物をしては、受け取るアインズ様を困らせるため。よって身近な人を選ぶべし。

 

 

 ナザリック風にアレンジされた内容ではあるが、至高の方々が生きたリアル世界の風習の一つとしてまたたく間に広まっている。なによりアインズ様にご許可をいただき広めたのも大きい。

 もっとも私一人で広めることはできないので、何名かの方にご協力いただいている。たとえば食堂を預かる料理長と副料理長は、事前予約したナザリックの住人に一人あたり二個ずつお菓子を渡すという企画を準備しているようだ。二個の理由は、相手といっしょに自分も食べたいだろうということらしい。

 そんな中、私のところにも依頼が舞い込んできた。そこでBARを一時的に貸し切りにして対応することとなった。

 

 

 

******テイク1

 

 

 バレンタイン前日の午前中。茶髪のメイドがBARの扉を静かに押し開けた。

 

「ようこそツアレ様」

「今日は、よろしくお願いします」

 

 バレンタインの話が広がると真っ先に連絡をしてきたのはツアレ様だったので、本日のBAR貸し切りトップバッターとなった。

 

「作るものは以前お話されたもので良いでしょうか」

「はい。アップルパイを作ろうと思います。」

 

 聞けば外の世界でもバレンタインそのものはあるそうだが、チョコレートが高級嗜好品のため貴族の風習だと。逆に庶民はパイなどを家族や恋人に振舞う日だそうな。特に果物のパイは甘味が少ない庶民にはごちそうだとか。

 そんなことを話していると、ツアレ様の準備がととのったようだ。リラックスを目的にもう少し話題を振るつもりで、目に付いたやけに綺麗なエプロンのことを質問してみる。

 

「とても素敵なエプロンですね。わざわざ準備されたのですか?」

「いえ、今日こちらに来ることのご許可をいただきに伺った際、セバス様に必要でしょうからと渡されたものです。きっと私の浅はかな想いなどお見通しなのでしょうね」

「きっとツアレ様だからこその気遣いですよ」

 

 恥ずかしそうに小さく微笑むツアレ様を見ながら、セバス様の行動を一人の男として絶賛する。

 さすがはセバス様。さりげない気遣いながらも相手に印象付けるテクニック。きっと必要以上の言葉は無く、しかし必要なコミュニケーションをこなし、今回のようなときは余裕を見せ準備などを手伝っているのでしょう。

 

「さて材料は準備できております。お手伝いは必要でしょうか」

 

「オーブンで焼くところだけお願いできないでしょうか。ここのオーブンは貴族様の家にもないような素晴らしいものなので、私には……」

「かしこまりました」

 

 そう言うとツアレ様は、料理を始めるのだった。

 パイ生地の準備からはじめる。全てが目分量。しかし私の目からみてもほぼ適量。パイのさくさく感を出すために混ぜるショートニングなども用意していたが、無塩バターを選択して混ぜられるあたり手馴れている。

 

「手慣れていらっしゃいますね」

「ええ、昔妹や両親のために良く作っていたので。私の村では娘が最初に覚える料理の一つですし」

「そうですか。芯抜きと皮むきが済んでいるりんごがありますが、いかがでしょうか」

「ありがとうございます」

 

 軽く会話しながらも手は止まらずパイ生地を寝かせている間に、りんごを受け取ると少し厚めに切り、砂糖とバター、レモン果汁をまぶし柔らかくなるまで中火で煮る。その後粗熱をとってナツメグやシナモン、ラム酒と混ぜあわせ冷ます。

 すべての準備が整うと、寝かせたパイ生地をパイ皿に敷き詰め、すこし間をおき具を敷き詰め最後にあまったパイ生地を網目の蓋のように組む。

 

「オーブンで220℃20分から25分ぐらいでよろしいでしょうか」

「はい。あ、色味と匂いをみていますので」

「わかりました」

 

 しばらくすると香りがかわり、生地がきつね色に変わる頃焼き上がる。最後にラム酒とアップルジャムを1:1でまぜたソースを表面に塗り、美味しそうなアップルパイができあがった。

 

「こちらは時間停止の冷蔵庫にいれておきますので、明日取り出したときも温かいままですよ」

「ありがとうございます。明日取りに伺いますね」

「はい、かしこまりました」

 

 そういうとツアレ様は、まだ仕事があるというのでメイド服を直し、急ぎ仕事にもどられるのだった。

 それにしても外の料理ということで、観察させてもらったのですが、素材の違いはあるものの工程はほとんど同じ。ある意味クラシックなパイが、外の世界にもあるとわかったのは僥倖。では、どんなアレンジされた料理があるのか、楽しみになったのは別の話である。

 

 

******テイク2

 

 

「やっと時代が私に追いついたということでありんすね」

「いらっしゃいませ、シャルティア様」

 

 BARの扉を勢い良く開け放ち、シャルティア様が入店された。

 そう、二人目はシャルティア様である。

 

「事前にお伺いした際、材料だけ指示をいただきましたが……」

「料理スキルがなくとも、ペロロンチーノ様が私のために残していただいた知識が……ね」

「かしこまりました」

 

 アインズ様に聞く限り、NPCには設定を書き込むことができたという。その設定は基本創造者が自由にしてよく、NPCの知識や経験の元になったという。特に守護者を担当した至高の方々はかなり設定を書き込むタイプだったらしく、シャルティア様の創造主のペロロンチーノ様も設定にいろいろ書き込んだ結果、今回のレシピとなったのだろう。しかしどんな設定を書き込んだのか……。

 さて話は戻し、準備したのは生クリーム。チョコレートをお出しする。

 

「アインズ様から教えていただいた料理の方法は、切断・粉砕・解体は可能で、分量を測って混ぜるや盛り付けはダメという認識でよいでありんすか」

「はい。その通りでございます」

「では、まずチョコを粉砕するでありんす。これはわらわでもできること」

「はい可能です」

 

 そういうとシャルティア様は準備された包丁を持ちチョコレートを粉砕しはじめた。そう、削るのではなく粉砕というあたりがなんとも豪快である。

 

「できるだけ、均一であるほうが溶かすときに楽になりますし、味も均一になりますので、ご注意を」

「なかなか面倒でありんすね」

 

 といいつつも、手を抜かないのは贈る相手がアインズ様だからだろう。

 あのバレンタインルールは、アインズ様に一定以上親しくないと贈り物はかえってお邪魔になるという論法。しかし守護者であれば、その「一定以上」に該当するのだ。

 気がつけば、シャルティア様の豪快な粉砕がおわったようだ。まな板は破壊されていないが、結構傷が酷いことになっている。これは交換でしょうか?

 

「このチョコを湯煎で溶かしつつ、すこしづつ混ぜながら生クリームを追加するでありんす」

「それは料理スキルが必要そうですね。私が」

 

 湯煎しながら粉砕したチョコを溶かし、少しずつ生クリームを加えて混ぜる。急げば固まってしまい、機械の泡立て機を使っていないので少々時間がかかる。

 シャルティア様もの珍しそうに見られているので、少し話題を振ってみる。

 

「チョコレートのホイップクリームでしょうか?」

「その認識で間違いないけど、終盤は氷水を当てながら泡立てるとき、この液体を追加するのがペロロンチーノ様レシピでありんす」

 

 シャルティア様が取り出したのは、綺麗なガラスの小瓶に入った赤い液体。以前見せていただいた、ポーションのように見えるも粘りや色味が若干違うように見える。

 

「その赤い液体は」

「わらわの血液」

 

 リズミカルに混ぜていた手が一瞬固まる。もっともよく考えれば真祖のシャルティア様が、血液を利用した料理を知っていてもおかしくはない。実際、客に訪れるヴァンパイアの中には血液とワインを混ぜて飲む人もいないわけではない。しかし元日本人と思われる至高の方々はどうだろうか……。

 一抹の不安を飲み込み、何事もなかったように返答する。

 

「かしこまりました」

 

 それ以上突っ込まず、指示されたように血液が固まらないように注意しながら混ぜる。

 

「このクリームを体に塗り、リボンを結べばアインズ様に食べていただけるはず。ふふふ、ああ、ペロロンチーノ様。時代を先取りした叡智を残していただけるなんて、さすがは私の創造主」

 

 うん。何も聞かなかったことにしましょう。

 そんなこんなでシャルティア様血液入チョコレートホイップクリームが完成した。

 

「あ、もう出来上がったでありんすか。それは重畳」

「はい、 デコレーション用の容器にいれておきます」

 

 そういうと、シャルティア様は上機嫌にお店を出られるのだった。

 しかし、自分にリボンとホイップクリームはいいのですが、アインズ様を私室に連れこむ算段は付いているのでしょうか?

 それにしても血液料理ですか。この辺はほとんど料理長の独占技術でしたから、私も研鑽したほうがよいのでしょうか。たしか、エスキモーはあざらしの血液をビタミン源として飲んだという。ほかにもブラッドソーセージというのもあったような。

 そんなことを考えながら、次の準備をすすめるのだった。

 

 

 

******テイク3

 

 

 バレンタイン当日朝、エントマ様がBARを襲撃し20食以上のお菓子の作成を要求。無論予約なんてことはない。しょうがないので、手軽に作れるココアパウダーをかけた生チョコを作りお渡しする。

 どうやらお世話になっているプレアデスの面々や、守護者の方々に配って回るとのこと。

 あ、1ついただけるのですね。ありがとうございます。まるで孫娘が、チョコをくれた時のように、少しうれしいですね。自分が作ったものですが……。

 

 

 さて、お昼が近づくころ妙齢の女性がBARの扉を開ける。

 

「ようこそいらっしゃいました。アルベド様」

「ええ、お願いしていたものはできているかしら」

「はい」

 

 そういうと、冷蔵庫から小さなガラス製の美しい容器を取り出す。中には一口サイズのハート形ビターチョコレートが数個おさめられていた。

 

「ご注文通りのハート型で一口サイズ。ビターチョコレートに中にブランデーに漬け数日寝かしたナッツが入っております」

「ありがとう。飲み物の方は」

「こちらに」

 

 取り出したのは、茶色がかった乳白色の液体が入った瓶。

 

「チョコレートリキュールに、ダージリンセカンドフラッシュのアイスティーを加えたものです。試飲されますか」

「ええ、一口もらえるかしら」

 

 小さなグラスにそそぐと、まるで白く輝く砂丘に薄い茶色の複雑な模様が広がるような、立体的な美しさが描かれる。

 アルベド様は、グラスを受け取ると軽く眺めたあと口をつける。

 

「チョコレートのほのかな甘みにアイスティーの爽やかさ。味の濃いチョコには合いそうね」

「はい。良い選択かと」

「きっとバレンタインを楽しむナザリックの下々の姿をみて、アインズ様もお心を慰めることでしょう。とはいえ仰々しくプレゼントをお渡ししてはお邪魔かもしれませんから、政務の休憩時間にでもお渡しさせていただくわ」

「それがよろしいかと」

 

 

 実際、アインズ様がバレンタインを許可したのは、ナザリック内の交流のため。上司部下の垣根を越えた交流から、心の豊かさが生まれることを期待しているのだ。でも、自分が貰うということは、話しを聞く限り想定していないようなので、アルベド様のお気づかいはきっとうまくいくことでしょう。

 

 シャルティア様?頑張って寝室か私室までアインズ様をお呼び出しできれば、ワンチャン?

 

 

 

 

バレンタイン当日夜

 

 

「いかがでしたかバレンタインは」

「まさか、君からこんな提案があるとは思っていなかったが、終わってみればなかなか楽しむことができたよ」

「ありがとうございます。デミウルゴス様」

 

 カウンターに座るのは守護者のデミウルゴス様。

 今回バレンタインをナザリックに広める際にご協力をいただいた一人。無論、ただの娯楽と最初は取られたようですが、リアルの風習ということでアインズ様の御心を慰める、そして飴とムチではないが、心理面の効果をお話して納得いただくことができた。

 

「それにしても至高の方々の住まうリアル世界の風習ですか。なかなか興味深い」

「至高の方々も、このようなイベントを楽しむことで、普段の仕事を効率的にこなしていたことでしょう。メリハリともうしますか」

「そうですね。私も効率ばかり求めていましたが、なかなかどうして娯楽を挟むことで、相対的には効率があがるようだ」

 

 実際、恐怖で心を押さえつけることはできるだろうが、そこに一条の光を当てることで、そこに依存してしまう。きっと悪魔であるデミウルゴス様は洗脳的手法の有効性を、今回のことで見て取ったことでしょう。

 さて、私はシェイカーにチョコレートリキュールとウォッカ。そして少量の生クリームを加え、軽くシェイクする。そしてカクテル・グラスに注ぐ

 

「トリュフティーニにございます」

 

 デミウルゴス様は軽くグラスを傾ける

 

「今日は甘めのものが多いね」

「恋人が愛を囁く日であり、家族の情を確かめ合う日でもありますので。甘いものですよ」

「甘いものは嫌いではありませんが、今日に限っていえばもう結構かと」

「なるほど、多く頂いたのですね」

 

 この悪魔の紳士は何も答えないが、きっと一年分のお菓子を食べたのだろう。アインズ様へのプレゼントが規制されれば、自然と守護者にプレゼントは集まる。無駄と断じてプレゼントを捨てないあたり、この御方なりにナザリックを愛されているのでしょう。

 

「そういうバーテンダーはどうだったのだい」

 

 デミウルゴス様が何気なく水を向ける。そうすると奥のテーブル席で小さな可愛い包を一つ机に置きふんぞり返るヴァンパイアと、机の上に何もなく、泣きながらひたすら酒を飲み続けるワーウルフがこちらに顔を向ける。

 表情に変化がなく、ただ首だけが90度回転する様はホラーであるが、ナザリック地下大墳墓でホラー体験など普通のことなので気にならない。

 

「私ですか?配ってばかりで、試食のようなタイミングで一つ頂いただけですね」

 

 そんな私の言葉に、ヴァンパイアからもワーウルフからも仲間判定が出なかったのだろう。巻き戻るように90度首が回り、会話が再開される。

 

「であれば、次回は種類を増やして欲しいというのが要望かな。同じプレゼントを食べ続けるのは辛いものが有る。たとえナザリックの同胞からのプレゼントとはいえね」

「了解いたしました。料理長などにもお伝えしておきますね」

 

 たしかに、数種類のお菓子では、プレゼントをはじめると集まるところには同じようなものばかり集まることになる。料理スキルがないから尚更。来年の改良点といったところだろうか。

 

「アウラのように、もらったお菓子を片端から食べるわけではないのだからね」

「アウラ様……」

「彼女はなんだかんだと面倒見が良いからね。守護者の中では一番もらっているのではないかな」

 

 アウラ様は性別女性だったはず。どこの宝塚だろう。

 でも、実際外に中にといろんな場所に顔を出し、明朗快活を絵に描いたような方だ。人気が高いのも頷ける。

 

「また、今回のようなイベントがあればおしえてくれたまえ」

「かしこまりました」

「なにより、このようなイベントはアインズ様の御心を慰めることにもつながるだろう」

 

 そういうと、いつものようにブランデーのロックなどを楽しまれ、デミウルゴス様は退店された。

 その後、勝ち誇るヴァンパイアとひたすら壁を殴るワーウルフを叩き出し、しばらくすると日が変わっていた。

 いつものように、フロアを掃除し明日の準備をはじめたところ、ユリ・アルファ様が来店されたので、いつも通り準備中の札にする

 

「いらっしゃいませ。いつものビールでよろしいでしょうか」

「ええ」

 

 ユリ・アルファ様がカウンターに座り、氷結したジョッキにビールを注ぐ。

 そしていつものように一気飲み。その姿は女性に言うには失礼になるが、あまりにも男らしい。飲み終わった後に、続く一杯をすぐさま準備する。

 

「ぷは~。この一杯のために生きている」

「ユリ姉さん。ビターチョコのスティックとかもあるけど、どうだい?」

「うん頂戴」

 

 お通しとして、ビターチョコを薄く引き伸ばし、スティック状に丸めたものをお出しする。

 美味しそうにチョコを食べつつビールを飲んでいると、ふと何か思い出したように荷物をあさり出す。

 

「そうだ、これあげる」

「これ……ですか?」

 

 手渡されたものは、上質な布のリボンでくるまれた四角い陶器の器。

 

「うん。日が変わっちゃったけど。手作り……よ。ひさしぶりだったけど」

 

 丁寧にリボンを取り、陶器の器を開けると、そこには若干形がいびつなハート型のチョコレートクッキーが入っていた。

 私は、クッキーを一つつまみ口に入れる。

 ふんわりと香るバターの味に、甘すぎないチョコレートの風味。しかし、後味が強く残らないさっぱりとした口当たりは私の好みである。そんな絶妙な加減が嬉しく、どこか懐かしい。

 

「ありがとう。ユリ姉さん。うれしいよ」

「うん。よかった」

 

 ユリ姉さんが、照れくさそうに微笑む。

 そんな姿に惹かれつつ、料理の準備をすすめるのだった。

 

 その後、結局朝までユリ姉は飲み続けたが、途中うとうとされていたので厨房の奥にある休憩室兼仮眠室に寝かせる。きっと状態異常対策のアイテムと一緒に睡眠不要のアイテムも外されたのだろうか。

 

 静かに寝息を立てるユリ姉に薄手の布団を掛けながら、

 

「手を出すには、好感度がまだ足りないよ」

 

 と、そっと囁く。

 一瞬その長いまつげが動いたような気がしたが、気のせいということにしておこう。

 

 

 BARナザリック。ナザリック地下大墳墓第九層で営業する人外たちの楽園。お酒以外も注文次第では作りますが、お菓子だけのための来店はイベント以外ではご遠慮ください。ここはスイーツ自慢のCAFEでも、定食自慢の居酒屋でもないので……あしからず。

 

 

 

 

 

 




リザルト
※各守護者は部下から大量にもらっているので、その分は除外


1.アウラ
 受け取り最多。マーレや一般メイドからも貰う。

2.マーレ
 受け取り多数、同時に配布多数。一般メイドからはアウラの次にもらっている。ただしエントマからはもらっていない。男カウントされていない可能性あり。

3.コキュートス
 エントマ。リザードマンからも貰う。なにげに慕われている。

4.プレアデス
 ほぼプレアデス内で交換。ただしエントマとユリ・ナーベは別にも配っている。

5.アインズ
 アルベド、ナーベ
 ※シャルティアは渡すのを失敗したためカウント外

5.セバス
 ツアレ、エントマ

5.バーテンダー
 ユリ、エントマ

8.恐怖公
 エントマ

8デミウルゴス
 エントマ、ただし部下の三魔将の一人から本命をもらっている……

8.料理長    エントマ

8.副料理長   エントマ

8.常連のヴァンパイア 一般メイド

無情.常連のワーウルフ  0
無情.パンドラズ・アクター 0



エントマはご飯をくれる人とプレアデス、そして男性守護者に配った模様。ええ子だ~

私はけしてシャルティアが嫌いなわけではありません。ただ、空回りする様がとても愛らしいとおもっていますが(愉快)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント4 3月前編

今回はいつもより短めです。
まあ、その分後編にいくのですが。



ナザリック地下大墳墓 第九層 BAR

 

3月3日

 

 私の主観では、ひな祭りや桃の節句などなど。言葉はいろいろあれど、3月3日は女性のための日と言えば良いのだろうか。

 

 先日、バレンタインデーが外の世界である程度定着している文化と判ったので、ひな祭りも同様に存在しているのかをツアレ様に聞いてみた。

 

 結果はNO。

 

 5月のこどもの日は、子供の健康を祈ってということで残っているが、ひな祭りは無いとのこと。文明レベルを見ると、男尊女卑というか男子優先の文化ということで消えてしまったのだろうか?

 

 とはいえ、ナザリックにもひな祭りに類する文化は無かった。バレンタインデーみたいに文化を流布するのも手ではあるが、ホワイトデーを控えているため、無理にすすめることはできない。変に混ざっても面白くはないからだ。

 

「というわけで、本日はひな祭りをイメージした飲み物とお料理を優先してご提供させていただいております」

「なにが“というわけ”なのか分からないが、ひな祭りだったか。すっかり忘れていたよ」

 

 と、アルベド様を伴って来店されたアインズ様にお話をする。

 最近では息抜きがてらご利用いただいているので、守護者の方々も含めて利用率がうなぎのぼりである。私としては、日中の休憩なら同じ九層にある喫茶店の方をおすすめするのだが。なぜか?理由はBARは夜の店ですからね。

 

「アインズ様。ひな祭りというのは、どのような風習だったのでしょうか」

 

 今の話で“ひな祭り”がリアルの風習であることを察したアルベド様が、話題に食いついたようにアインズ様に質問をする。

 

 アルベド様の中では、バーテンダーの私はリアルの情報を知るアインズ様以外では唯一の存在と分類されているようだ。そのため事ある毎に情報を引き出そうとしてくる。とはいえ、権力などを振りかざして無理に聞いてこない辺りは、信条というものを心得ていらっしゃるのでありがたい。なにより今回のように、アインズ様を前にして酒の席で話す分には、隠し事をする必要さえないのだから。

 

「ああ、私の時代ではだいぶ寂れてしまった風習なのだがな、女児がいる家ではこのように雛人形……って、えっ?」

 

 アインズ様はいままで気が付いていなかったのか、あえて記憶の外に追いやっていたのかわからないが、BARの片隅を占拠する八段の無駄に豪華な雛人形に気が付かれたようだ。

 ちなみに雛あられは、昼間に襲撃してきたエントマ様に総て食べられてしまった。

 

「ああ、この雛人形は、常連のヴァンパイアとワーウルフが設置していきました。雛人形の長置きは良くないので、明日回収に来るそうですよ。でも、この雛人形はどこの備品だったんでしょうか?やたらと綺麗ですし、しっかりメンテナンスされているようですが」

「いや……ユグドラシルにも雛人形は無かったはず。捕まえた年少プレイヤーをひな壇の上にコスプレして捧げる奇祭しかなかったはず」

「そんな奇祭の情報など知りたくありませんでした。アインズ様」

 

 ユグドラシルというゲームは、GMもだがプレイヤーも結構な変人ばかりだったのではないだろうか?最近はそんな誤解をしてしまいそうで困る。

 

「ごほん。女児がいる家では、このような雛人形を飾り成長を喜び無病息災を祈るのだよ。もっとも桃の節句ともいうので、女性のための日とも言われていたが」

「では、私とアインズ様の御子が生まれて女の子であれば、このような人形も準備しないといけないのですね」

「あ~~。うん。そうだな」

 

 最近では、攻めるアルベド様を半分程スルーする方向で対処しているアインズ様。

 

 でも、明確に否定していないことが、すでに僅かながらでもYESであると認識されている事実をアインズ様にお伝えすべきか否か……。

 

「とはいえ、年齢を重ねられても、女性はいつまでも女の子といいます。アルベド様の最初の一杯に、このようなものをご用意いたしました」

 

 そういって盃をお渡しし、白いお酒を注ぐ。

 

「これは?」

「白酒といいます。元は焼酎や日本酒をベースに熟成させた、甘くとろみがあるお酒です」

「そうね、程よい甘さが美味しいわ」

「アインズ様もいかがですか?」

「では、一杯もらおうか」

 

 そういうと、アインズ様にも一杯手渡す。

 残りの白酒は、朱の器に入れアルベド様の手の届くところに置く。

 

「では、つまみですが、このようなものを用意いたしました」

 

 取り出したのは一口サイズの小さな丸いお寿司。サーモンやマグロ・イクラで赤を、薄切りのきゅうりで緑を、卵で黄色を表現し、色とりどりのデザインで8種ほど用意させていただいた。

 

「手まり寿司といいます。本職の寿司屋にはあまり好まれないものではございますが、やはり見た目も華やかですので女性には喜ばれますね。本日も様々な方にお出しさせていただきましたが、ご好評でした」

 

 アウラ様は無心に食べ、マーレ様はニコニコ美味しそうに食べていらっしゃしました。ニューロニストさまは、サーモンの手まり寿司がお気に入りだったようですが、エントマ様は食感から雛あられ一択でした。

 

 さてアルベド様は、サーモンにきゅうりをあしらった手まり寿司を箸でつまみ、小さく口を開け、2回に分け咀嚼する。その唇と舌の動きは艶めかしく、それは隣で見ているアインズ様の視線を意識したものだろう。

 さすがはサキュバス。

 

「甘いふわふわしたお酒に対して、見た目は可愛いけど酢でしっかり引き締めた味わい。対比も含めて目と舌で楽しめるのね」

「はい、お気に召していただけましたでしょうか」

「ええ、とてもおいしかったわ。アインズ様もいかがですか?」

 

 アルベド様は、マグロで小さな華をつくり真ん中にイクラ、回りに薄切りのきゅうりで葉をあしらった手まり寿司を、アインズ様の口もとに運ぶ。

 

 餌付けされた小鳥。

 

 そんな状況が正しいのかもしれませんが、自然とアインズ様が食べる。

 

「ああ、たしかに味の対比も含めてうまいな」

 

 最初はドギマギしていたアインズ様も、まるで自然のことのように対応されるようになる。うん。夫婦か恋人かといったところでしょうか。

 

 いまだにこの手の対応すら赤面してしまい実現できないシャルティア様は、本当にシャルティア様です。

 

 アインズ様とアルベド様の恋愛は、30歳間近で若干あせるアルベド様が新人エリート(立場上)のアインズ様に迫るオフィスラブ?。対するシャルティア様との恋愛は、中学生初恋のシャルティア様(ただし耳年増)が部活の先輩であるアインズ様に迫る学園ラブコメ。さらに、主とメイドの冒険系恋愛も……。

 

 まったくジャンル違いの恋愛を3つ楽しんでいる状態のアインズ様。

 

 うん、ちょっとだけバレンタインデーの時に、暴動を起こそうとしていた人たちのことを思い出してしまいました。

 

 気がつけば寿司はなくなり、白酒も最後の一杯を楽しまれているようだ。

 

 そこで次はジューサーを出し氷と桃の果肉、そして白酒を加えてクラッシュする。桃色のスムージーになったら、背の高いカクテル・グラスに赤ワインと、桃のスムージーを入れ、軽くステアし最後にミントを一枚乗せる。

 

「家庭料理からの派生ですので、名前はございませんが、桃と赤ワインのスムージーにございます」

「赤と桃のグラディエーションが美しいな」

 

 そして合わせて二種類のつまみをお出しする。

 

 一つ目は、手まり寿司の延長で、白いかまぼこを真ん中で切り、イクラの粒を壊さぬように挟んだもの。わさび醤油をつける。

 

 二つ目は、はまぐりにおろしたガーリックとバター、少々のジェノベーゼをまぶし、オーブンで焼いたもの。

 

 飲み物をワインとして楽しむなら後者、白酒の延長として楽しむなら前者。そんな楽しみ方のつまみである。

 

「ああ、どちらも合うな」

 

 美味しそうに召し上がるお二人に、小さなサプライズを。

 

「こちらの桃ですが、先日第六層で収穫したものです。林檎などと合わせてですが、試験的に副料理長が栽培を依頼し、やっと形になったものです」

「なんと」

 

 純粋に味のみを楽しまれていたアインズさまの表情がかわる。

 

「まだ、外では難しいですが、少しずつ成長しているのです」

「まさかこんな所で部下の成長を感じ。いや味わうことが出来るとはおもわなかった」

 

 骸骨に表情があるかといえば難しいところであるが、言葉の端々から喜びが感じ取れる。そしてそんな喜ぶアインズ様を見るアルベド様の笑顔も、まるで慈愛の女神のようなであった。

 

 正直いえば、アルベド様は時折、アインズ様と自分以外いらない。いや、アインズ様さえ存在すれば自分さえもいらないという、大欲界天狗道の亜種のような雰囲気を醸しだされている。

 

 逆に言えば、アインズ様一人が犠牲になれば、総てが丸くおさまるんだ。男一人の苦労と女一人の破滅を天秤にかけるなら、迷わず男の苦労を選択する。そんなわけで、一つカンフル剤を投げ込むとしよう。これもバーテンダーの努め。お客様に楽しんでいただくための余興である。

 

「アインズ様。そういえばそろそろホワイトデーですが、ご準備はいかがですか?」

 

 アインズ様は顎が落ち、時間が停止している。

 アルベド様はただただ微笑み、アインズ様を見ている。

 さて楽しそうなイベントがもうすぐはじまる。

 

 

 




次回はホワイトデー。

アインズ様は、アルベドの魔の手から逃げ切れるのか。
しっと団を突破し、プレゼントを届けることができるのだろうか。

それにしても、もう一つの連載よりこっちのほうが書くペースが早い。
やはりキャラが固まっているからなのだろうか。
すでに後編の前半は書けてるし。

ま、儂自身が食道楽だからな!
先週末食べたうどん棒と日本酒の組み合わせはよかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント4 3月後編

いつもと違い、若干しもネタが入ります


 シックな趣のBARカウンターに少々のテーブル席。比較的小ぶりとも言える、ナザリック地下大墳墓 第九層にあるBAR。明確な店名はないのだが、来る人々からはBARナザリックと呼ばれている。

 

 本日、ナザリックの最高支配者であらせられるアインズ様が、ごく少数の方を呼んで貸し切りにすると連絡を受けたので、いつものように対応していた。フロアを掃除し、参加者から予想される料理の下ごしらえ。時間までに、前のお客を調整し退店いただく。そんないつもと変わらない一日であるはずだった。

 

「では、これより会議をはじめる」

 

 アインズ様がなぜか机を会議卓風に並べ直し、上座に座ると両肘を机に付き組んだ手で口元をさり気なく隠す。いつからか胡散臭い司令官はこんな格好をしなくてはいけない!と言われるようになったポーズでこう宣言したのだ。

 

「アインズ様。ナザリックの今後のためにも重要な会議と伺っておりますが、このメンバーでよろしいのでしょうか?普段であればアルベドあたりも参加するかとおもうのですが」

 

 会議卓に座るデミウルゴスが、軽く片手を上げて確認を取る。会議の姿すら背筋を程よく伸ばし出来る男の雰囲気を遺憾なく漂わせるあたり、さすがですデミウルゴス様。

 

「私の調査の結果、必要なメンバーはここに居るものだけだからな」

 

 そういうとアインズ様は視線を上げる。

 会議の参加者はアインズ様、デミウルゴス様。セバス様。の3人ですか。

 

「あ~そこのバーテンダー。貴様も今回はこっちのカウントだからな。そこから出てくると、アイデンティティーに影響しそうだからカウンター内でいいが、会議には参加するように」

「はい。畏まりました」

 

 自分がナザリックの行く末を左右する会議に参加?ますますわかりません。

 とりあえず、会議なので個人的なお気に入りであるフォションのダージリンを入れ、会議の参加者の方に給仕する。

 あ、セバス様も会議参加者なので今回は私が給仕をします。そのままお座り下さい。

 

「では、会議をはじめる。議題はホワイトデーのお返しだ!」

 

 あ、デミウルゴス様でも固まる時はあるんですね。セバス様は優雅にお茶を一口。あえて空気を読まないことで、場の維持に尽力されるのですね。

 もし私一人なら普通にツッコミを入れてしまいましたね。

 

「アインズ様。バレンタインのお返しがどれほど重要な内容か、リアルの風習の模倣から入っている浅学非才の身。どうかご教授いただけませんでしょうか」

「ふむ、そうであったな。たしかにそれでは事の重大性を理解できずとも仕方がない」

「はっ。察することができず申し訳ございません」

 

 いえ、デミウルゴス様。普通察することはできません。

 

「では、デミウルゴス。嫉妬に対し何を渡すつもりだ?」

「そうですね。以前伺ったホワイトデーの慣習から、バーテンダーに頼んだクッキーの詰め合わせを渡すつもりでした。ああ、バーテンダー。数と種類は出来る範囲でかまいませんよ。グループ内で同じパターンが無いように組み合わせて配るのは、私のほうでやりますので」

「かしこまりました」

 

 大量にホワイトデーにもらったデミウルゴス様。渡した相手のグループ内で同じパターンが無いようにする心遣い、さすがですね。さらに量産する私の手間もある程度考慮いただくのは助かります。

 しかし……。

 

「違う。間違っているぞ!デミウルゴス!」

「なっ?!」

「それでは、せっかく本命を贈った嫉妬に対し、その他大勢の義理チョコと同じ対応と成ってしまう。それでは、今後のコミュニケーションに支障をきたし、ひいてはナザリックの生産性や組織力の低下に繋がるのだ!」

「なんと!」

 

 いいえデミウルゴス様。本命の方にクッキーを贈っても。せいぜい気持ちに気が付いてくれなかった、ぐらいにしか感じませんよ。多少がっかりされるかもしれませんが。少なくとも、デミウルゴス様と嫉妬様の間で何があっても、お二人ならナザリックに影響させることなど考えられません。

 

「では率直に聞こう。デミウルゴスは嫉妬のことをどう思っている?」

「非常に優秀な部下ですね。判断力や補佐という点では、欠かすことのできない存在かと」

「いや、好きか嫌いかというレベルでの質問だ」

「あれだけ優秀でナザリックに尽くすものを嫌う理由がありません」

「そうか。では好きということでいいのだな」

「まあ、どちらかといえば」

 

 アインズ様が、興奮したようにまくし立てる。デミウルゴス様も理性的に返答されておりますが、雰囲気にどんどん押し流されているようですね。

 

「ならばこそ、他と一緒ではいけないのだ。本命を贈ってきた相手を軽く扱っては、その評判が女性コミュニティに流れ、ひいてはナザリックの多くのモノに知れ渡ることだろう。そのように成ってからでは遅いのだ」

「アインズ様。昔リアルで似た経験でも?やけに実感がこもっているようですが」

「ああ、あの頃は若かったよ……」

「はあ……」

 

 ついついツッコミをいれてしまいましたが、合点がいきました。

 

「そうですね。期待に応えるのも上に立つものの努め。それを実体験と合わせてご教授いただいたアインズ様に、なんとお礼を申し上げれば良いか」

「そうか。わかってくれたか」

 

 デミウルゴス様は真面目に答え、自分の意見が理解されたと感じたアインズ様は嬉しそうに頷くのだった。

 

「とはいえ初めてのこと。バーテンダー。一人分別のものを用意してもらってかまわないかな」

「畏まりました。では合わせてメッセージカードも準備いたしましょうか?」

「それでお願いしましょう」

 

 どうやらデミウルゴス様の件は決まったようですね。

 

「では、セバス。ツアレに何を贈るつもりだ」

「そうですね。教えていただきましたホワイトデーの内容を考えれば、部屋に彼女の故郷の華を飾り招待します」

「えっ」

 

 アインズ様はセバス様の回答に一瞬たじろぐ。

 

「それだけでは味気ないので、外で手に入れたネックレスと合わせて贈り、部屋でゆっくり時を過ごし、最後には……」

「すまぬ。R18設定でないので、そこまで具体的でなくて良いぞ」

 

 アインズ様が狼狽えるのも分かります。

 予想しておりましたが、セバス様はこのぐらいやってのけるでしょう。まさしく恋人とのホワイトデー成功パターンの一つというかなんというか。

 

「セバスについては、問題はなかろう」

「むしろ、どこでその手管を学んだのか、一人のバーテンダーとして知りとうございます」

「創造主たるたっち・みー様に施していただいた教育の賜物かと」

「たっちさん。あんた設定に何書いてるんですか」

 

 アインズ様が頭を抱えてうめきはじめる。

 アインズ様。貴方の書いた設定でパンドラズ・アクター様がすごいことに成ってるんですが、貴方も人のこと言えませんよ。

 この間、黒軍服で統一した騎士団を設立されてましたよ。

 

「では気をとりなおして、バーテンダー。お前はどうなのだ?」

「ん?私は本命をもらって居ませんが」

「ユリからもらったのは調査済だ」

 

 あ、やっぱり調査済ですか。

 

「まあ、それなりに対応するつもりですが」

「お前に限って言えば、それでは困るのだよ」

「と、申しますと?」

 

 先ほどまでの、微妙なテンションから一転、真面目な雰囲気に戻ったアインズ様は他の方々にない問題点を指摘する。

 

「すでに守護者クラスには知られていることだが、私以外でリアルを知る唯一の存在。今後外でプレイヤーが見つかったとしても、身内でその情報を知るものは増えることはない。なによりお前という存在はNPCなのかプレイヤーなのか酷く曖昧だ」

「はあ」

「外で確認されているが、プレイヤーやNPCは子孫を残せる。お前の子孫はどんな存在となる?可能性でいえばNPCでありながらプレイヤーと同等の資質を持つかもしれないのだ」

「あ、なるほど」

 

 自分では意識していなかったが、他と違う記憶構造を持っている以上、ほかのNPCと同じような子孫を残すとは限らないのだ。

 

「一応、セバスはほっておいても良いだろうが、デミウルゴスにも言っておくぞ。子孫を残すという点を軽視する必要はない。それはナザリックの戦力強化にも繋がるし、生きるという点では正しいことだからな」

「私がユリ様にそうなるかどうかは別として、認識だけはしておきますね」

 

 まあ、聞けばナザリックの支配構造は着実に広がり、外でも魔導国という国の形式として認められたと聞く。つまり今は富国強兵の時代とも言えるのだろう。

 

「で、アインズ様一つよろしいでしょうか?」

「なんだ?バーテンダー」

「アルベド様とナーベ様とシャルティア様はどのようになさるので?立場上3人を娶る方向で、進むというのも良いでしょうし、一人を選ぶというのならそれも支配者の判断なのでしょう。それこそ、私達の対応以上にナザリックの今後を左右するような」

「ああ……それなんだがな」

 

 アインズ様の声がどんどん小さくなっていく。

 つまり……。

 

「……」

 

 場が沈黙する。いままでの会話は全て余興。本命はこれということだ。そしてその状況をデミウルゴス様も、セバス様も気が付いた様子。ただし上司であり絶対支配者に対しどのように切り返せば良いか迷っているようだ。

 

「デミウルゴス様。下世話な話となりますが。サキュバスはインキュバスと同様で、まあヤレば子供ができるでしょうけど、アンデッドはどうなのでしょう?」

「一応文献を見る限りヴァンパイアはダンピールという存在もありますので、可能でしょう。人とオーク、人とゴブリンの混血も可能でした。生殖器の構造さえ一緒なら生まれやすいか生まれにくいかの差はありますが、問題無いでしょう」

 

 デミウルゴス様。最後の2つは断定してますよね。実験でもしました?

 

「ではドッペルゲンガーは?」

「ドッペルゲンガーも人の姿を取っていれば、人間と同じ構造をしております」

「セバス様。なぜ知っているか聞かないこととさせてください」

 

 どなたか手を出しましたか?

 

「問題はオーバーロードですか」

「そもそもスケルトン系のアンデッドは、人間をはじめとした他の生物の死や階位が上がることで生まれますから。そもそも生殖行為自体しないのでは?」

「ですよね」

 

 部下たちの下ネタトークに若干恥ずかしそうにしているアインズ様。まあ、恥ずかしいのはわかりますが、大のオトナの表情じゃないですよ。どうみても。

 

「人の姿を取り戻すマジックアイテムを探すか、それこそアインズ様の遺伝子情報を乗っけた口唇蟲のようなものを開発しないと、アインズ様のお世継ぎは生まれないということですね」

「ふむ。それはそれで重要な問題ですね」

「精神的な意味で娶るというのが、どうでも良い話題ですがね」

 

 あ~アインズ様。真面目に会話している私が言うのも何ですが、両手で顔を隠しても、骸骨ですから可愛くありませんよ?

 

「ということは、今回のホワイトデーはある程度までは良いけど、線引があるということですね」

「そうなりますね。まあ、来年以降のイベントに先送りできるようなプレゼントをお返しするしかありませんね」

「おお!そうか」

 

 なんか方針が決まった途端元気になりましたね。アインズ様。

 

「では…… 

 

******  

 

ホワイトデー当日 ナザリック 第九層BAR

 

 いつも通り、BARを営業している。

 しいて言えば、午前中にエントマ様をお呼びしたぐらいだろうか。

 

「今日はお呼ばれしてきましたわ~」

 

 そんな第一声で、甘い声で可愛く宣言されるエントマ様に、普段では出さない高級店のお菓子(贋)に始まり、以前ツアレ様が再現された外の世界のパイまで。約20種類ほどをお出しする。

 

 食べきれないとのことで、プレアデスの方々やアウラなどを呼び出し強制女子会が急遽スタート。

 ついてきたユリ様には、目配せ一つ。意図は通じたようですね。

 

 それよりも先ほどからテーブル席で、常連のヴァンパイアがしくしく泣いている。どうやら本命と思って貰ったチョコレートだが、義理チョコだったらしい。バラの花束にどこで見つけたのか不明な美しいアミュレットを添えて、なぜかタキシード装備で突撃したそうな。しかし「お友達チョコにそこまで気合いれなくても大丈夫よ~」と言われたそうな。

 

 それを見て愉悦の笑を浮かべるワーウルフが、高らかにビールを飲んでいる。

 

 あ~うん。ある意味予想通りですね。

 

 最近、お約束っぽいことが少なくなってきて気にしていたのですがよかった。とりあえず、マシュマロの山を出してあげましょう。 

 

 さて、夜がふけるころにアインズ様とアルベド様が訪れる。

 

「いらっしゃいませ。アインズ様、アルベド様」

「ああ、頼んでいたものは準備できているか」

「はい。こちらになります」

 

 美しいバラの花束。最初アインズ様が花束なら100本のバラだろうと言ってましたが、貰う側は大変なんですよアレ。ということで、手頃なサイズの花束に。メッセージカードを添えて。

 アインズ様は花束を受け取ると、アルベド様に手渡しをする。どこかそっけなく、不格好だが、アインズ様なりの誠意がこめられたものである。

 

「いつも感謝している。しかし改まって言葉にしようとすると、何と言えばよいか分からないものだな」

 

 花束を受け取ったアルベド様は恥ずかしそうに微笑む。美女に花束はそれだけで絵になる。アインズ様も一瞬見とれながらも言葉を重ねる。

 

「今宵は、将来のことを語ろうか」

「はい」

 

 そこから先は、野暮というもの。

 

 大の男が一世一代の話をしたのだ。

 

 

 ただ、帰り際アルベド様がこちらを見ていった一言が怖かった。

 

「これは、貴方の案ですか?」

「ですが研究次第で御子を授かる可能性が生まれただけ、良しとしていただけませんか?」

「その点は評価しましょう。今後もアインズ様のご意思を優先するように」

 

 美女に凄まれるのは、なかなかクルものがある。デミウルゴス様と組んで若干アインズ様を乗せたのは事実だが、こんなことはバーテンダーの分を超えているので基本しません。

 もっともその辺も含めてお見通しのようで、ほんとうに女性は怖い。

 

 

******  

 

 アインズ様、アルベド様が帰られ、常連たちも帰った頃。

 

 日付が変わる間際、ユリ様が一人訪れる。ほのかに香るラベンダー。毛先が若干濡れている髪。いつものように扉を閉める間際に貸し切りの札を降ろす。

 

「ようこそ、ユリ様。本日は何になさいますか」

「あら呼んでおいて、その対応は無いのじゃないかしら」

「そうですね。ではこちらへどうぞ」

 

 いつものようにカウンターに通す。

 

「そうですね。今日はいつもの違うものを出させていただきましょう」

 

 真澄の辛口を、ガラスの徳利に入れて出す。

 

 おちょこは2つ。つまみはに里芋、れんこん、大根、人参、うずらの卵を醤油と味醂、日本酒で煮て、いちどゆっくり冷ましたものを、再度温めた煮しめ。

 

 私はいつものようにおちょこに酒を注ぐ。ユリは注がれたおちょこを置き、徳利を私から受け取ると、私のおちょこに注ぐ。そして二人は何も言わずにおちょこで乾杯をするのだ。

 

 ほのかな米の香りを感じ、日本酒独自の風味を舌で味わい、程よい辛さを感じるころ喉を流れる。

 

「久しぶりに自分で飲んだよ。出すことはあったけどね」

「そう。じゃあ教えてくれるの?」

「これは無き妻の好きだったお酒だ。そしてこのつまみは得意料理」

 

 バーテンダーは話し相手としても成立する職業である。BARに来る人は得てして自分のことを聞いて欲しい人。だからこそ、聞かれないかぎりバーテンダーは自分のことを話さない。

 

「そう」

 

 ユリのおちょこが空いたので、おかわりを注ぐ。

 表情なんか見なくても分かる。そのぐらい一緒に過ごしてきたのだから。

 

「今日はホワイトデーだ。だからユリ姉さんにいろいろお返しをしようと思った。でも今の私は、過去にいる妻や子供がいたからこその私。主観時間でもう数十年以上過去の話だけどね」

 

 そう言って私はユリの瞳をみる。

 

 ユリも視線を感じたのだろう。ゆっくりを顔を上げ私の目をみる。

 

 私は自分のおちょこを持ち上げる。

 

「もし、どうしても気になる。自分だけの存在で居て欲しいというなら、今日のことはこのままお酒といっしょに飲み干してしまおう。そのまま腹のそこに納め、二度と出すことはないよ」

 

 そういうと。私はゆっくりおちょこに口を近づける。

 

 しかし、そのおちょこは綺麗な指で取り上げられる。そして取り上げたおちょこをユリは飲み干してしまうのだ。

 

「歴史の無い浅い男と飲む気はないわよ。さあ、今日はゆっくり話を聞かせてちょうだい。大丈夫。明日は妹達が頑張ってくれるって言ってたわ」

 

 

 そういうと、ユリはいつものペースで酒を飲み始めるのだった。ああ、いつものペースなので、ビールでないと追いつかないですね。

 

 いつも通り凍らせたジョッキを出し、いつも通りビールを注ぐ。

 

 ただ今日だけは、自分の分もジョッキを用意し飲むのだった。

 

******

 




【さすがです。デミウルゴス様 略して「さすデミ」】
 WEB版ではアルベドがおらず、実質ナザリックの管理に策謀などの多くを実行していると考えられる。その手腕から着いた呼び名。
 類似誤:もうデミえもんだけでいいのでは?

【今回のリザルト(本命のみ)】
アインズ
→シャルティア(中学生の恋愛。恋の勉強中)
 ・朝1で打ち合わせを入れる。仕事の話の後にバラの花束とメッセージカード。
  そして謎の交換日記スタート
  「お前の気持ちは分かっている。だが同時に私はお前と、少しづつ時間を重ねる
   楽しみを味わいたいのだよ」

→ナーベ(メイドとの逃避行)
 ・昼食に誘う。その時、ユグドラシル時代につかっていた防御系強化のスタッフ(レジェンド級)を与える。
  「外ではお前に頼ってばかりだな。昔私が使っていたもので悪いが、
   是非使って欲しい。この装備が私となってお前を守ってくれるだろう」
 
→アルベド(どうみても正妻フラグ)
 ・夜にBARで。
  「今宵、将来のことを語ろうか」

デミウルゴス
→嫉妬(できる男系、もしくはお前はオレのモノ宣言)
 ・タイミングを見計らいさり気なく渡す。
  「私は主にその全てを捧げた身。今しばらくは忙しいだろう。
   だからこそ貴方は、私の隣にいなさい。未来永劫。良いですね」

セバス
→ツアレ(だれがセバスをこんな設定にした!言え!)
 ・R18

バーテンダー
→ユリ
 ・書かせんな恥ずかしい。


次回あたりは、普通のBARの話をいれる予定。桜の咲く頃だから春がテーマかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント5 沖縄料理

 ナザリック地下大墳墓

 

 聞けばプレイヤー41人による合作作品。白亜の城を思わせる第十層に、洗練された管理都市を感じさせる第九層。各階層ごとに趣向を凝らし、というか凝りすぎた場所である。

 

 そのデキの良さから、ここがてっきり地獄と勘違いして数十年。アインズ様にここがユグドラシルというゲームから派生した異世界のような場所と言われても、やはり私の中ではいまいちピンときていないのかもしれない。主観時間の思い込みとは、それほどまで自我の形成と根付くとはおもっていなかった。

 そう。私は人間ではなく地獄の住人と、心の何処かで今も思っているのかもしれない。

 

 いつものように第九層のBARで、試行錯誤に明け暮れる。

 

 私の能力は、生前も含めて過去に一度でも飲んだり触れたりした液体を生成するもの。さらにある程度内容が分かっていてれば、まるで逆算のように原材料の液体を生成できる。たとえばあるカクテルを生み出し、その原料となる酒も生み出すことができるのだ。あとは適量をまぜる技術次第で、同じカクテルを再現することができる。

 

 しかし、料理はそうはいかない。材料もある程度加工品もダグザの大釜を使って生み出せるが、完成品は出てこない。スープやだし汁などは私の能力で生み出せるが、どうしても料理の腕が必要となる。数十年の研鑽のおかげで、そこそこの料理をそこそこのクオリティで作れるように成った。

 だかしかし、まだまだ食べてみたい。味わいたい。

 私はインキュバスなのに、性欲の代わりに間違って暴食でも植え付けられたのだろうか?

 

 さて、今日も過去の料理の再現および技量向上のために一品作る。

 

― ― ゴーヤチャンプルー

 

 ご飯と食べても美味しいが、酒飲みには極上のつまみ。ゴーヤは夏の食べ物だが、ふとしたとき食べたくなる。

 

 ゴーヤ、豆腐、豚バラに卵。

 ゴーヤはワタをとり、若干厚めに切って塩と砂糖をまぜあわせて数分寝かせる。薄すぎては苦味と歯ごたえがたりず、塩と砂糖がないと味がぼやけたり苦味がキツすぎたりする。程よい苦味には一手間かかる。

 

 あとは水切りした豆腐を炒め、ゴーヤを油で炒める。最後に油が少々多めの豚バラを炒め、卵やほかの食材を混ぜあわせる。豚の油の味、豆腐の甘さ、そしてゴーヤの苦味。これらのハーモニーはビールにも日本酒にも、はたまたワインのようなものにも合う。

 

 さて試食と思った時、BARの扉が開く。

 

「いらっしゃいませ、アウラ様。お一人でいらっしゃいますか」

「うん。この後外に出るからその前にご飯と思ってね」

「一応、うちはBARですので、お酒がメインですが」

「わかってるって。でも、食堂に行くと下の子たちがね~」

 

 言わんとすることは、バーテンダーの私でもわかる。部下が普段利用する食堂に顔を出しては、部下も食事を楽しめず、自分も食事を楽しめない。たまになら良いが毎日ではということなのだろう。

 

「その辺の気配りは、皆様と同じでいらっしゃいますね。アインズ様も食堂から執務室に届けさせたり、こちらにお見えになったりしていらっしゃいますし」

「うん」

 

 アインズ様と同じという辺りがよかったのだろう。向日葵のような笑顔で、アウラ様が答えられる。

 

「カウンターにどうぞ」

「うん、っていい匂いがする。なにか作ってたの」

「はい。ゴーヤチャンプルーという料理を作っておりました」

「それ食べてもいい?」

「どうぞ。感想をいただけましたら幸いです」

 

 そう言うと、皿にもりナイフとフォークをお出しする。箸をマスターされているのは、アインズ様とアルベド様、デミウルゴス様だけなので、他の御方にこの手の料理を出すときは、このようになる。

 

 アウラ様は豆腐を一つをフォークですくい、口に運び咀嚼する。しかし思ったほど味が無かったのか不思議な顔をされる。

 

「今食されましたのは豆腐になります。単品では甘さや食感となりますが、ほかのものとご一緒にお食べ下さい」

「わかった」

 

 そういうと、ゴーヤと豆腐、豆腐と豚バラ、豚バラとゴーヤ。組み合わせて食べる。

 

「いろんな味が合って美味しいけど、緑のが苦くて苦手かな」

「なるほど。ではこちらのお酒といっしょにお飲み下さい」

 

 そういうと、今では当店基本装備となっている、一時的な酔いを楽しめる呪いの指輪と一緒に、泡盛の琉球王朝の古酒(クース)をお出しする。ガラス細工のグラスに氷を多めに入れ、泡盛を注ぐ。

 氷を流れる泡盛は光を反射し、ガラス細工の器にきらびやかで柔らかい光を映し出す。

 

「琉球王朝の古酒(クース)。ロックにございます」

 

 アウラ様は、グラスを受け取り口に運ぶ。

 コクコクと喉がなる。

 

「うん。すごく飲み口が軽いけど香りがいいね。でも飲んでからふわっと熱が来る感じかな?」

「はい。飲み口が軽いのですが、アルコール度が高いので、ロックではあまり量を飲めないのですよ」

「そっか~。でも指輪を外すとその辺が総て吹っ飛ばせるから、おいしく飲めてお得かな?」

 

 まさしくお得かもしれない。私が生きていた頃の飲兵衛共に羨ましがられる能力だろう。きっと……

 

「では、そのお飲み物といっしょに、お料理をどうぞ」

「うん」

 

 そういうと、アウラ様は飲みながらゴーヤを咀嚼される。

 

「さっきまで苦味だけだったけど、このお酒とだとアクセントっていうのかな?お酒がどんどん飲めるような気がする」

「程よい苦味が、舌を刺激してお酒の風味を引き立てますので」

 

 とはいえ、普段のアウラ様はどちらかと言えば健啖家でいらっしゃる。これだけでは足りないでしょう。そこでいつもの冷蔵庫(時間停止)から取り出すのは、今晩用に準備していたラフティである。

 作り方は簡単で、豚バラ肉にかつおのだし汁、泡盛、黒糖、醤油で煮るだけ。ただし約1時間ほど煮るため、時間だけがかかる。いまももう1鍋を後ろの厨房スペースで煮ている。

 もっとも今回は無駄に凝って、大釜に沖縄産黒豚の豚バラ肉かたまりと指定したので、結構良い肉が出てきた。このダグザの大釜の謎の性能には、脱帽するばかりである。そして煮るのに泡盛の古酒”久遠”を使ったのだから味は……。

 

「ラフティにございます」

「豚の角煮かな?」

「はい、おこのみで生姜とからしをどうぞ」

 

 そういうとアウラ様は、ラフティを一つ口に入れる。

 ああ、美味しいという言葉を表情にするなら、こんな表情になるのでしょう。アウラ様は頬張りながら、ゆっくりと泡盛を飲まれる。見るものを楽しませるような明るい笑顔で。

 

「これ、すっごくおいしいね」

「ありがとうございます」

「そうだ、今度ユリやペスも連れて来ていい?」

「ええ、お待ちしております」

 

 以前ユリ様から、女子会を開いていると聞いていますので、きっとそれでしょう。しかしユリ様については好みを把握しているのでよいのですが、ペスト-ニャ様はこの店にお越しになったことがないので、好みがわからないのは少々問題ですね。

 

「もしよろしければ、3名で来られるときは、食べたいものなどのリクエストを、事前にいただいても良いでしょうか?」

「うん判った。そろそろ外の花も綺麗な時期だし、近いうちにお願いしようかな」

「花見ですか。それも良いですね」

 

 そう。時期は3月。

 

 日本人の血の欲求。桜を見たい。

 

 その気持ちに誘われて、あそこに行ったのはいつだろうか。それから毎年会いに行っているから……。

 

「ほかにどのようなものを作りましょうか」

「そうだね……」

 

 アウラ様はそのあと、ラフティを一塊、たぶん1k以上を食べ、大量のお酒を楽しまれ任務に向かわれた。

 

 花見か。

 

 そんな風に思っていると、声をかけられる。

 

「いつからそこにいました?」

 

 気が付くと常連のヴァンパイアと、ワーウルフがいつものテーブル席に座っている。なんでもアウラ様が入っていくのが見えたので、息を潜めていっしょに入店し、食べ終わるまで静かに待っていたそうだ。

 

 まず、この二人の気遣いが間違っているように想うのですが、まあアインズ様や守護者の方々に敬意を払ってしまうのはしょうがないことです。右斜め上ではありますが。

 

「はいはい、アウラ様が美味しそうに食べてたもの全部ですね」

 

 そんな二人は、ゴーヤチャンプルやラフティ、泡盛などを注文した。結構な時間、飲まず食わずでアウラ様の美味しそうに食べる笑顔を見ていたということは、つまり美食番組を見た後の食事ですか。その気持はわかります。

 

 そこで、料理を出すと美味しそうに()で食べ始める。まあ、こいつらがどんな存在かは今更気にしませんが、BARにマイ箸持参はどうかと。

 

「で、なんで二人はわざわざいっしょに入って息を潜めてたんですか?例えば邪魔にならないように、店に入らず時間をずらすとかできたでしょうに」

「「YES! ロリータ! NO!タッチ!」」

「アウラ様に殺されますよ」

 

 いや、たとえこのタイミングでアウラがこの二人をムチで叩きふっ飛ばしても、こいつらならご褒美ですと言って即復活しそうで怖い。

 

 そんなことを考えていると、アインズ様からメッセージが飛んでくる。普段の予約であれば、アルベド様からなのだが直接ということは思いつきか何かの案か……。

 

「(はい、アインズ様いかがなさいましたでしょうか)」

「(あ~、いまアウラが出立前の挨拶に来たのだが、なぜかゴーヤチャンプルとラフティを肴に泡盛を飲んだと言い残して出て行ったのだが……)」

「(美味しそうに食べていらっしゃいましたので、きっとその喜びをお伝えしたかったのかもしれませんね)」

「(……残っているか?)」

 

 私は鍋を確認すると、中身はほぼなくなっていた。見ればワーウルフが楊枝を咥えている。すでに蹂躙された後のようだ。

 

「(作り直しますので、1時間以上いただく必要があるかと)」

「(そうか……)」

 

 アインズ様が残念そうな声をだす。声だけで残念そうに感じさせるとは……。もし隣にアルベド様がいれば……。

 

「(バーテンダー。今アインズ様がすごく気落ちされたお顔で、無いかぁとつぶやいておられたけど、貴方のところでしょ?対応なさい)」

「(急いで準備します。夕飯のタイミングにお二人でどうぞ)」

「(分かりました。いつも通り貸し切りでおねがいね)」

「(かしこまりました)」

 

 さて、急いで仕込みにはいりますか。

 

「あ~そっちのお二人は、あと30分で退店お願いしますね。アインズ様のお時間になります。下手をするとアルベド様に折檻されますよ。マジの」

 

 そういうと、二人が忽然と店から消えるのだった。

 

 ここはBARナザリックこんな風に予約が入る日もある。




今年度は沖縄に6・7回出張したのですが、先日 珍しく時間が取れたので、現地の担当などとゆっくり飲むことが出来ました。

で、翌日に空港ラウンジでこの作品を書きました。

ゴーヤと泡盛ウマ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント6 4月の花見

桜花聖域の情報はほとんど無いので、多くが妄想の産物です。



 4月になると無性に桜を見たくなる。

 

 理由は?と問われれば、特に無い。

 

 ただ、あの白く赤い花びらの舞う姿が見たいから。酒があれば、なおすばらしい。

 

 そんな時、店の常連の一人であるヴァンパイアから面白い話を聞いた。至高の方々に立ち入りを

禁止された八層に、この世のモノとは思えない美しく咲き誇る桜があるという。

 

 だが、私は諦めることができなかった。

 

 毎年、四月になると一度だけ階層ゲートの前に行く。そして八層に移動出来ないことを確認し、仕事場に戻る。そんな過ごし方をしていた。

 

 しかし、一度だけ。

 

 そう、一度だけ八層に移動することができた。その時のことを私は忘れない。あの時数十年ぶりにみた桜の美しさ。あの時、交わした言葉。あの時、飲んだ酒の味。

 

 モモンガ様がアインズ様になった今でも、忘れていない。

 

 

******

第九層 BAR

 

 ナザリック地下大墳墓。

 第九層のBARは、今日も客をもてなす。けして広い店ではないが、客は種類に富んだ酒と食事、そして会話を楽しむ。

 

「バーテンダー。先日、エ・ランテルで花見に誘われたのだが、どのようなものか知っているか?」

「花見ですか?生前は毎年のように楽しんでおりました。どのようなことをお知りになりたいので?」

 

 ほぼ日参といっても良いほど、ご来店いただいているアインズ様。

 

 本日は、新鮮で若く柔らかいタケノコをスライスし氷水にさらしたタケノコの刺し身。彩りを重視した春野菜のサラダ。そして梅酒のロック。追加でローストしたチキンのハーブ和えを準備中。

 これらを肴に、このような言葉から会話がはじまった。

 

「エ・ランテルの誘い自体は、宗教上の理由ということで断った。しかしリアルはあんな状態だったから、実際の花見というものをしたことが無くてな。ふと気になったのだよ」

 

 アインズ様は、たけのこの刺し身を咀嚼し、過去を振り返られる。

 

 アインズ様が生きたの(リアル)は、大気汚染と土壌汚染により植物が正常に育たない時代。まして野外で宴会など、自殺行為に他ならないという。

 

 今の話ぶりからも花見も上流階級の行事で残っているかもしれないが、市井の文化である花見はほぼ壊滅してしまったのかもしれない。

 

 とはいえ、いきなり2000年代の花見の経験談をしたところで、見たことも聞いたことの無い話題に、共感は生まれないだろう。そこで、アインズ様の引き出しを開けるところから、会話をはじめてみましょう。

 

「比較対象というわけではありませんが、ユグドラシル時代はどうでしたか?さまざまな風習が、イベントになっていたようですが?」

 

 ユグドラシル。今の私たちの元となったゲーム。そのゲームは無駄に自由度が高かったらしく、かなりの風習もイベントとして取り込まれていたそうだ。もっとも、3月のひな祭りもあったそうだが、とんでもない奇祭としてイベント化されていたようだ……。

 

「ユグドラシル時代の花見は、全国の桜の名所で陣取り合戦だったな。うまく桜の下を二十四時間確保すると、この争奪戦限定で残るプレイヤーの死体を桜に捧げることができる。そして捧げた死体の数やレベルに応じて、レアなデータクリスタルを入手できるというイベントだ」

「血生臭いイベントということがわかりました」

「アレはアレで楽しかったぞ。あと少しで最上級のデータクリスタルが排出されるのに死体が足りないといって、ぶくぶく茶釜さんがペロロンチーノさんに、他の争奪戦に突撃して死体奪取を命令したとか」

 

 アインズ様は、昔を懐かしむように梅酒を傾ける。

 

 たしかぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様は、ご姉弟であったか。姉に逆らえない弟というのは、ある意味テンプレですね。しかし、聞く限り結構な規模のお祭りだったのでしょう。血なまぐさいが同時に祭りの高揚感も合って、楽しい思い出のようです。

 

「日本における花見は、古く万葉集にも詠まれていたように平安時代の頃からある文化です。最初は庭の花を愛でながら弁当を食べたり酒を呑んだり、貴族の風習だったようです。しかし時代が移り変わり貴族から武士へ、そして民へ。春の風物詩として桜の下で宴会など、祭り好きの気質ともあいまって日本中に広まったようです」

「桜の下という点は、正しかったのか」

「はい。どうせ花を見るなら、美しい桜を見たい。しかし桜の見頃は短いこともあり、桜の名所と言われるところでは、宴会をするための場所取りも結構大変でした。例えば職場の花見で、新人が場所取りみたいな話もありました。その意味では陣取り合戦も、その辺をネタにしたのかもしれませんね」

 

 ちょうどローストチキンのハーブ和えが出来たので、新しいお酒を準備する。冷蔵庫で冷やした背の高いグラスに氷を一杯に入れる。そしてヴィクトリアン・ヴァット・ジンとトニックウォーターを注ぎ、ライムを搾る。最後に軽くステアし、モモンガ様にお渡しする。

 

「ジン・トニックです」

 

 アインズ様はほのかなジュニバ・ベリーの香りを楽しみながら、軽くグラスを回し、氷をカラカラと回転させる。

 

「あの糞運営は、それはそれで良く考えていたのだな……」

「とはいえ、花見の醍醐味は人それぞれ。花より団子というように、桜にちなんだ食事を楽しむ人もいます。どちらにしても、家族や友人と桜を愛でながらの宴は、何物にも代えがたいものですね」

「桜か……」

「桜がどうされました?」

「そういえば八層にも、桜が咲いていたことを思い出してな。無駄に凝った作りで、この時期しか花を付けない。ユグドラシル時代なら、ずっと花を咲かせることもできたのだがな」

「きっと、その設定を考えた至高の方は、日本人の気質である諸行無常を理解されてこだわった結果かもしれませんね」

「諸行無常か……。アンデッドの私には似つかわしくないものだな」

 

 アインズ様はそういうとグラスを煽る。そしてカランと氷が涼やかな音を奏でる。骸骨に表情は浮かばない。しかしその声には友への評価に対する喜び、そして自分との対比など複雑な感情が乗る。 

 

「美しく咲き誇り、散りゆく桜を見て美しいと感じるのであれば、アインズ様も日本人ということかと。そこに種族は関係ありません」

「そうだといいのだがな。バーテンダーはどうだ?」

「私ですか?私は今でも桜を見たいと思っておりますよ」

「ふむ」

 

 アインズ様は、ふと酒を片手に考えこまれる。

 

 最近では慣れたもので、ほかの常連もアインズ様が急に来店された時は、静かにテーブル席で飲むようになった。また、アインズ様の護衛の方々のために、誰もいないテーブル席に食事やソフトドリンクを置くと、いつの間にか消えるようになったのもごく最近。

 

 そんなことを徒然なるままに考えながら、アインズ様のお考えをお邪魔をしないように、静かにグラスを磨く。

 

 しばらくするとアインズ様は、こんな提案をなさった。

 

「今度、守護者とプレアデスと八層で花見をしようと思う。その時に花見用の食事や酒の準備を頼む。参加者が多いので料理長や副料理長と協力せよ。バーテンダーも参加して酒の準備などを頼む。また当日終わった後は、おまえたちも八層でゆっくり楽しむと良い」

 

 なかなかおかしな依頼である。これもアインズ様なりの気遣いなのだろう。八層の花見に、バーテンダーを呼ぶ理由はまったくない。酒が必要なら事前(・・)に作れば良いのだから。

 この依頼ということは、先ほどの私の要望を汲みとっていただけたのだろう。

 

「畏まりました。しかし八層は出入り禁止と聞いておりましたが?」

「ああ、そうだな。当日はトラップを停止させ、九層から桜の場所への直通になるようにゲート設定も変えよう。そのほうが荷物を運びこむときも便利だろう?」

「はい。皆様と協力して準備させていただきます」

「日取りは追って連絡するが、来週の後半で準備をすすめるように」

 

 こうして、急な花見が決まった。

 

 アインズ様のご命令ということで、その後すぐにはじまった料理長と副料理長と打ち合わせは混迷を極めた。理由は単純で、私以外花見というものを知らなかったからだ。

 

 大人数の花見であれば、私のイメージは重箱のようなものを用意し、色とりどりの食事を楽しみながら酒を飲むものだった。しかし、料理長と副料理長の場合、宴会=屋内パーティーとなってしまい、会場イメージからてんでばらばらだったのだ。

 

 その後の意識あわせで現物を作ることで弁当箱というか重箱までは理解してもらえたが、ござを敷いて座る文化がなかったのでこちらは断念した。結果、ナザリック初の花見は、桜の下に机と休憩用の椅子を持ち込んだ立食パーティー形式となった。

 

******

 

ナザリック地下大墳墓 八層 桜花聖域

 

 

 美しく散る桜

 

 その下に設けられたガーデンテーブルに、多数の料理と酒が並ぶ。

 

 鳥の唐揚げには塩とレモンを添えて。ローストビーフにはジェノベーゼのソース。サーモンとオリーブのアンチョビなどの洋食を料理長が用意した。どれもボリュームがあるため、アウラ様やルプスレギナ様が飛び付く。

 

 甘いバターの香りをたたえるマドレーヌに、ハムやレタス、苺クリームなど種類も色合いも豊富なサンドイッチ。主食とお菓子は、副料理長が用意した。そして私は三色だんごやタケノコや人参、里芋などの煮物、紅白かまぼこ、鯛の造りなど和食というかアインズ様ご要望の品を準備した。

 

 準備も整い、アインズ様の乾杯の音頭とともに花見をはじめる。しかし守護者達は何をしていいか分からず、仕事の話半分、飲み食い半分という感じだった。

 

 アインズ様は何も言わず、静かに守護者の皆様からの酌を受け、ゆっくり酒を楽しんでおられる。

 

 食も進み酒も一巡した頃、コキュートス様の一言で流れが変わる。

 

「ソレニシテモ、コノ花ハ美シイナ」

「どの辺が美しいのだい?コキュートス」

「アア、コノ散リユク花ビラガ舞ウ様。生ノ終ル様トイウカ。良イ言葉ガ浮カバンナ」

「鮮やかに散る。いや命燃え尽きる最後の美しさというべきかな」

 

 コキュートス様とデミウルゴス様の桜の話題に、アインズ様も参加される。

 

「そうだな。この花は美しい。もしこの花が常に咲き続けていたら、そうは思わなかっただろう。美しく咲き誇り、儚く散る。しかし散ったあとも、また次に向けた成長を続ける。不死者の私には似つかわしくないが、やはり命の移り変わりは美しい」

 

 そういうとアインズ様は飲み終わった杯を置き、右手をそっと散りゆく花びらに添える。

 しかし花びらはフワリと、指の隙間からこぼれ落ちる。

 

「不死者に似つかわしくないなど、とんでもございません。もし生が短いものが見れば、自分の生を重ねるでしょうが。死を超越されたアインズ様であれば、命の価値を客観的に見て美しいと評されたのでしょう」

 

 だが、こぼれ落ちる花びらは、白磁のような美しい手のひらにおさまる。アルベド様は、その手をそっとアインズ様に差し出される。

 

「そういうものか。アルベド」

「はい」

「では、アルベドはどう評す?この花を」

「花は、愛する方に散らされてこそ本望。誰にも愛されず消え行くのは寂しいことです。ゆえに、この桜の散り際を私達が楽しむことこそ……」

 

 アルベド様の手のひらから、花びらは舞い上がりどこかに飛んでいく。

 

「そうか。ではこの地を危険だからと封鎖し、その散り際を長い間一人にしか見せなかったのは、この桜にとっては残念なことをしていたのかもな」

「そうかもしれませんね」

 

 アインズ様の言葉に、アルベド様も同意される。気が付けば参加者全員が耳を傾けている。

 

「今回は良い風習と出会えた。来年も、その次も、また皆でここで楽しみたいものだな」

「アインズ様がお望みとあらば」

「それでは、お前たちは望んでいないともとれるぞ」

「異なことを。私達守護者、いえナザリックのモノ総ては、アインズ様と時間を同じくできることこそ最上の喜びです」

 

 アルベド様は微笑みながら、アインズ様に新しい杯を渡しお酒を注ぐ。

 銘柄は千年の孤独。

 

「そう言ってくれると嬉しいものだ。私はお前たちを家族のよう……。ちがうな家族と思っている。そんな者達が一緒にいるだけ喜んでくれるというなら、私は本当に果報者だ」

「アインズ様」

「少し雰囲気に酔ったかな?まあ、この言葉に嘘偽りはない。思えば私は過去に縛られていたのかもな。リアルのこと、かつての仲間たちのこと。しかし、今お前たちがいることが総てなのだから。来年もこの花が咲くころに、だれも欠けることなく酒を飲めることを楽しみにしている」

「はい」

 

 その時、アインズがもつ杯に一枚の桜の花びらが舞い降りる。

 

「お取り替えしますね」

 

 

「いや、これも風情があって良い」

 

そういうと、アインズ様はその酒を一気にあおるのだった。

 

*******

 

 花見も終わり、アインズ様や守護者の方々がお戻りになられた後、

 

 後片付けのほとんどは、プレアデスの方々がなされた。セバス様に片付けもこちらで行うと伝える。しかし、同じ主に仕える身、少しは手伝わせてほしいと言って、あっという間に片付けてしまった。

 

 気が付けば周りが暗くなりはじめる。六層のような人工太陽ではないが、気にならぬほどに自然な調光と時折そよ風を感じさせる空調。

 

 ここが地下であることを忘れさせてくれる。

 

 しばらく何もせずに、静かに散る桜を眺めていると、気が付けば隣に巫女が佇んでいた。なにから話せば良いかわからない。しかし、昔のように持っていた盃を一つ渡し酒を注ぐ。

 

「酒の名は深山桜(みやまざくら)。この日本酒は、ほのかな甘みとフルーティーな香り。ゆえに大吟醸に限る」

 

 そういうと、自分の盃にも注ぎ静かに盃をあわせる。

 

「青葉まじりにみずみずしく咲く深山桜(みやまざくら)

 

 自然と口にでる。

 

 誰の歌かと?

 

「私の歌かと聞いてくれないのですね。この地ではない、古いある国の皇の歌ですよ」 

 

 巫女は微笑みながら盃に口をつける。その唇はまるで散る桜と同じように桜色。美しいと可愛らしいの、女子が女になる前の不安定な美しさを醸し出す。

 

「そういえば、昔あなたに問われたことがありましたね。桜がなぜ美しいのか」

 

 風が強くなったのだろう、左手で盃を覆いながら巫女がこちらを向く。その表情は無垢。たぶんどのような表情をすれば良いのかもわからぬのだろう。

 

「あの時は時間が無く答えることが出来ませんでしたが、今なら答えることができます。遥か昔の文豪の言葉をかりましょう。この桜の下には屍体が埋まっているからですよ」

 

 ああ、物理的には埋まっていませんよ。でも、この桜が美しいのは多くの命を吸い、そして散らせているからかと。

 

 気が付けば遠くから音が聞こえる。

 なにやら常連のヴァンパイアとワーウルフが、大きなボックスを抱えている。なになにBARの冷蔵庫から適当に持ってきたと。明日作り直しますので問題ありませんよ。まず二人はそこに正座しましょう。なに、私が一杯飲んだら普通にしていいですから。

 

 そんな話を常連としていると、巫女は姿を消していた。

 

「ああ、また名を聞き忘れてしまいましたね」

 

 なに、今後は毎年花見が楽しめるそうだ。ならいつでも機会があるだろう。

 

 私も人ではない。時間だけはいくらでもあるのだから。

 

 

 

 




こぼれ話

 桜の下には~のくだり
 →梶井基次郎氏の短編「桜の樹の下には」から。

 「青葉まじりにみずみずしく咲く深山桜(みやまざくら)
 →明治天皇御製。日本酒もこの言葉から命名。長野のお酒です

 千年の孤独
 →オリジナル。アインズ様のためのお酒
  ネタ元は、「百年の孤独」と「千年の眠り」どちらも美味しいお酒です。
  アインズ様に百年では足りないと思い千年としました
 

どうでもいい話ですがBARの原稿は、毎回出張先の空港ラウンジで書いています。
このお話も那覇空港のラウンジで書いてたし……。
隙間時間を有効活用!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント7 5月の柏餅

 カレンダーは5月になる。

 

 気が付けば年が変わってから結構な時間が経った。

 

 それはさて置き、最近セバス様の外での任務が増えている。日替わり週単位で夜を共にする女性が替わるという噂をアインズ様が耳にして、対策として外の任務を増やしたらしい(・・・)。事実であれば、外でまた女性を増やすだけ。船乗りは港ごとに妻を持つ。そんな状況を後押しするだけかと想いますが。

 

 さて、そんな最近ですが、変わったことと言えば、ツアレ様、いやツアレさんがBARのアシスタントに入ったことでしょうか。

 

 上司のセバス様が外出されている間は、ユリ様などが代行して指示を出していたようです。しかし先ほどの通りセバス様の外出頻度が上がったため、ある程度メイドとしての仕事を割り当て、余った時間はBARに詰めることとなりました。

 

 以前、アインズ様が私に弟子を取っては? と提案されたこともありました。そこまで行かなくても私の酒や料理を誰でも読める(・・・・・・)レシピに書き起こしてもらったり、ツアレさんに外の世界の食文化を聞いていろいろ検討したり、本当に勉強になります。

 

「そういえばツアレさん。外の風習で5月に母の日やこどもの日、端午の節句というものはありましたか?」

「この時期ですと、子供の成長を願うという村々の祭りがありました。ほかの風習とはどんなものですか?」

「母の日は、日常の苦労に感謝を示す日。こどもの日は、子供の健康と幸福を祈る日。端午の節句はこどもの日とリンクしています。起源を遡るといろいろ長いのですが、私の良く知る頃の話では、家の世継ぎとして生まれた男子が無事に成長していくことを祈り、一族繁栄を願う行事の日でしたね。まあ、家という概念がだいぶ変わってしまい、男の子全員を祝うようになってはいましたが」

 

 そういうと、私はちょうど蒸しあがった生地を布巾ごと取り出し、なめらかになるまでよく練りはじめる。人間であれば手を使えない温度も、異形種なら気にせず扱えるのは便利なのだろうか?そんな行動を、ツアレさんはノートを取る。

 

「ああ、熱いので人手なら道具を使って練るほうが良いですね。粗熱が抜ければ手で扱えますが」

「はい。追記します。あと両親や祖父母、年長者を敬うのは当たり前のことではないですか?」

「もっともな指摘ですが、祭り好きな民族の性。そんな当たり前のことも記念日として祭りにしてしまうのですよ」

 

 さらに白玉粉を水でとき、生地を加えてゆっくり練っていく。次第に質感がかわり餅特有の柔らかさと粘りがでてくる。

 

「急ぎ過ぎると、玉になってしまうのであせらずゆっくり作業することがコツでしょうか。さて、準備していた餡をとってください」

「はい。私はまだ甘い豆というのは慣れません」

 

 ツアレさんの言葉は確かにその通りだろう。日本人が米を甘く煮てデザートにするインド方面のデザートに違和感を持つようなものだ。

 さて生地で餡を包み、最後に軽く蒸す。そして水洗いし水切りした柏の葉で包む。

 

「さて、柏餅ができました。葉の香りが移る数時間後が食べごろです」

「手間がかかるのですね」

「何事も、準備をおろそかにして良い物はできませんよ。私は魔法で酒を再現していますが、元は数十年から数百年の研鑽の上で生まれた味もありますから」

「この地の作物でその研鑽を再現できるか、気になるところですね」

 

 ふと見ると、店の入り口には、磨きぬかれた直刀の刃のように美しくもどこか危険な雰囲気を醸し出す紳士、デミウルゴス様が立っていた。

 

「これは申し訳ございません。作業に集中していたようですね」

「いえいえ、料理の研究とそのレシピ化はアインズ様からの指示。それに私も興味があるので問題はありませんよ」

 

 そういうと、自然な身のこなしでカウンター席に軽く足を組み、若干リラックスされた姿で座られる。

 

「本日はお食事ですか?それともお酒をお出ししますか?」

「いえ、今日は一つ相談といったところですよ」

「守護者の方に、いちバーテンダーが貢献できるとは思えないのですが?」

「いえ、この話はあなたを含めて三名しか対応できないものです」

「三人ですか? というと他は料理長に副料理長として、料理スキルをメインで扱うモノということでしょうか?」

「ええ」

 

 大きめのワイングラスに氷を二つ。そしてスパークリングウォーターを注ぎデミウルゴス様にお出しする。

 ツアレさんは、会話の邪魔にならぬようカウンターの奥に移動し、洗い物を始める。

 

「私にお手伝いできることであれば、なんなりと」

「まずはこちらを見てください」

 

 取り出したのは、何種類かの穀物。

 黄金の実をつけた……小麦、ライ麦、大麦でしょうか。他にも多種の野菜があるような。

 

「こちらは?」

「以前、王国首都で大量に入手した物資なのですが、正直いえば使い道がないのですよ。素材としての研究も、ユグドラシル金貨への変換テストも終わったのですが、正直価値がない物資なのです」

「価値が無いというのは、各種マジックアイテムなどの素材に適しておらず、金貨に変換するにもレート的に意味がないということですか?」

「ええ。とは言えこの大量の物資を無駄にするのも良くない。昔と違いナザリックおよび魔導国には、食事をする人員のほうが多い。ならば有効活用を目指すべきかと」

「わかりました。期限などは?」

「特にありません。BARという至高の御方が決められた職務に、アインズ様からの指示もあります。その合間で構いませんよ。もし美味しい料理ができればアインズ様ともども試食させてもらえれば」

「かしこまりました」

 

 用件は終わったのでしょう。グラスを軽くあおると、デミウルゴス様は席を立たれる。しかし何か思い出したように振り返られる。

 

「物資は後ほど届けさせます。あとアインズ様に今日の夕飯はこちらにとお伝えしておきますね。先ほどの餅ですか?たぶん喜ばれると思いますので」

「はい。お待ちしております」

 

 さて、楽しいことになった。しかし麦の利用はパンを専門に学んだ亡き妻の領分。詳しくないのですが……。

 

 ******

 

 デミウルゴス様からの依頼のため、いろいろ試作してみる。料理長に協力を願い、食堂の奥にある各種機材を借り、常連のヴァンパイアとワーウルフにこれでもかというほど試食させ、気が付けば夜となる。

 遅くなったためツアレさんを帰らせた頃、アインズ様がデミウルゴス様を伴って来店された。最近、アインズ様の声や仕草の端々から感情が読めるようになってきました。支配者として振舞う姿を見たことがないのでなんともいえませんが、少なくともお店でリラックスされている時は、だいたい空気を読むことができるようになりました。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。アインズ様。デミウルゴス様」

「デミウルゴスからおもしろい料理を作ったと聞いてな」

「はい。カウンター席にどうぞ」

 

 お二人はカウンターに座られる。

 

 フォークと一品目を置く。

 本日のお通しは、ズッキーニ詰めのゆでたまご。中を繰り抜いたズッキーニにたまご味の具を詰めるものもあるが、これは逆である。ゆでたまごを半分に切り黄身と分ける。そしてズッキーニと玉ねぎをオリーブオイルで炒め、塩こしょうで味付けしたあと黄身とミキサーにかけてピュレ状にする。このズッキーニのピュレを半分に切ったゆでたまごの黄身の入っていた場所に盛ったものである。

 

 付け合せは赤ピーマンとレタスを使ったサラダ。

 

 そして、普段であればグラスを出すところですが、本日は趣向を変え竹のぐい呑みをお出しする。

 

「本日のお通しは、ズッキーニ詰めゆでたまごとサラダ。お酒は菖蒲酒にございます」

 

 わたしはガラスの徳利を取り出しおつぎする。中には日本酒に薄い桜色の菖蒲の根をスライスしたものが浮かんでいる。

 

 モモンガ様とデミウルゴス様は、竹のぐい呑みを掲げ乾杯をすると静かにあおる。

 

「日本酒?銘柄はわからぬが、清々しい、いや爽やかな香りだな」

「はい、モモンガ様。本日の日本酒は加賀鳶。そして、本日は5月ということで菖蒲酒にさせていただきました」

「菖蒲酒とは?」

「はい、デミウルゴス様。菖蒲酒とは菖蒲の根を香り付けに利用したお酒です。厄払いの意味もございます」

「異形種の我らに厄払いとは。しかし、この香りは良いな」

 

 静かに食は進む。

 

 二杯目は、ライウィスキーにスイート・ベルモット、アンゴスチュラ・ビターズを数滴入れ軽くステア。チェリーで飾った、赤褐色透明が特徴的なカクテル。

 

「マンハッタンにございます」

「これも香りがよい。なにより甘めの味はズッキーニともあうな」

「マンハッタンは香りも良く見た目も美しいのですが、やはりさっぱりとした甘さと口あたりの良さが特徴です。カクテルの女王と呼ばれるものですので、本当であればアルベド様のような方にこそお似合いかもしれませんが」

「今日は女性がいないから、カクテルぐらい女性でも良いと思いますよ」

 

 店内はアインズ様にデミウルゴス様。大量に試作料理を食べ、腹が膨れて動けなくなっている常連が二人。そしてバーテンダーの私。まったくもって男ばかりですね。

 

「そういえば、今日デミウルゴスから外の穀物の調査を依頼されたと聞いたがどうだった?お前のことだからもう手をつけたのだろう?」

「はい。まず、こちらをごらんください」

 

 そういうと私はカウンターに小皿に盛った白い粉と黄色い粉をお出しする。

 

「アインズ様。小麦といって予想されるのはどのようなものですか?」

「料理は知らんがイメージなら白い粉だな」

「はい。それは日本における小麦の一般的な認識です。麦といっても種類があるように、小麦にも種類があります。この黄色いものはこちらの地方で採れたもので、デュラム種と思われます」

「デュラム種? 聞いたことが無いが」

「ではこちらをどうぞ」

 

 取り出したのはシンプルなペペロンチーノ。2・3口でなくなるほど少量をお皿に盛る。

 

「オリーブオイルとにんにく、唐辛子の香りが食欲をそそるな」

「先程の甘さとの対比もあり、シンプルながらとても舌を楽しませてくれますね」

「デュラム種は、このようにパスタに適した小麦の品種です」

「そうか。ん? しかし外でパスタ料理を見たことがないぞ」

「それはツアレさんに聞きました。パスタは大量の水を必要とします。貴族の料理にはあるそうですが、このあたりは水が豊富で無いことから、庶民にパスタ文化が根付かなかったのかもしれません」

「なるほど、そんなところに違いがあるのか」

「あと、頂いた穀物には稲種がありませんでした。たとえばカレーやパエリアのようにご飯を使ったものも無いと聞いております」

「言われてみればそうだな」

 

 実際、緯度などを調べていないが、王国の南に位置するこの辺りでも稲は自生しているか微妙というところでしょう。

 

 もっともプレイヤーの話を聞く限りだと、中身は多くは日本人。きっと白米を求めてさまよった人もいることでしょう。

 

 

「では。試作品の二周目としてじゃがいものガトーです。お飲み物はブラウンビールをどうぞ」

 

 じゃがいものガトーは、ゆでたジャガイモを潰し、カットしたボローニャソーセージと卵、バターをチーズ、塩、胡椒をまぜ、軽くオーブンで焼き目をつけたもの。

 

 お二人はビールとともにじゃがいものガトーを口にする。

 

「このような料理であれば、外でも再現可能かと。レシピは後ほど、ツアレさんが書き起こしたものを届けさせます。また先ほどお飲みいただいたマンハッタンのライウィスキーはライ麦、ブラウンビールは大麦が原料となります。こちらは私の能力で再現しておりますが、研鑽次第では外でも作ることが可能かと」

「なるほど、先ほどの飲み物にも意味があったのですね」

「酒については、知識はありますが技術がありません。外の酒職人に研鑽させるのがよろしいかと」

「いっそ冒険者に食材を探させるのも面白いか」

「それは素晴らしいことかと。付け加えるならば、国家運営には食料政策はかかせません。増産に普及など早めに手を付けなくてはならないかと」

「そうだな。っと、仕事の話をしてしまった。せっかくのうまい酒がもったいない」

 

 お二人は、苦笑いをしながら食事を再開される。その間に先ほどつくった柏餅を、小さな紙箱に詰める。

 

「お帰りの際はこちらをお持ちください。柏餅が入っております。甘いお菓子になりますので、アルベド様や嫉妬様と共にお召し上がりください。葉の部分はあくまで香り付けなので、食されないように」

「最近、ここがBARであることを忘れてしまうのだが?」

「エントマも、時々、おやつをここから貰っていると言っているし」

「お酒を楽しむには甘いもの、辛いもの、しょっぱいもの。いろいろな料理と合わせる必要があります。お菓子もその一環です」

 

 と、グラスを磨きながら応える。しかしテーブル席で、ソフトドリンク片手に山盛りの柏餅を食べはじめる常連二人の姿が目に入る。ここがいつからスイーツ店となったのだろうか。まあ、そんな日もあることでしょう。

 

 たとえ後日エントマ様が柏餅を強奪しに来たとしてもここはBARであることは変わらないのだから。




「BARナザリックへようこそ」と「もしパンドラズ・アクターが獣殿だったら」におけるナザリック周辺の食文化(王国含む)は、ドイツおよびイタリア付近と想定して書いております。

考え始めるといろいろおもしろい。まず平原のため川または井戸が主流となり、水が豊富でない。また緯度を考えると、稲系の食材が存在しない(あっても南部の森で自生しているものを利用した地方料理程度?)。
次に穀物のメインは小麦よりも大麦やライ麦かな?しかし水の状況を考えると、パスタもない! 主食はライ麦パンやじゃがいも。川魚料理もカルパッチョのような生は無く肉料理過多かな?ただ、過去のプレイヤーの残滓がどの程度あるかによって……。

なんて、手元のイタリア料理の資料や、歴史系資料を眺めつつ、妻と大激論を交わしながら子供部屋を作るためにGW中は大掃除をしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント8 夏

 ふと気が付くと、結構な時間が経過しているということがある。

 日常の仕事や家事に追われれば尚更だ。

「私も気が付けば夜の3時で、休憩を忘れて仕事をしていたなんてことがよくある」

 アインズ様は、試作品のそうめんと日本酒八海山 純米吟醸を楽しまれながら、わたしの何気ない一言に言葉を返される。そういえば先日ユリ様が、アインズ様がお仕事されているのに下々のものが休むなど言語道断というようなことを言っていた。上司が帰らねば部下が帰りづらいと考える心理はよく分かる。さらに言えば私も含めてNPCは、プレイヤーに奉仕することを是とする存在。

「ホワイト企業を目指すものとして、自分が率先して行動すべきなのは理解するが、精神や肉体の疲労がないからついな」

「特にナザリックは地下ですから、陽の光というわかりやすい目安もありませんので時間を意識するのは難しいかと」

「そうだな」

 そういうと、アインズ様は壁にかけられたアンティークといって差し支えのない、大きな柱時計を見ると、時間は夜の2時を指していた。

「食事をはじめる少し前まで仕事をしていたことを考えると、実践できているとは言いがたいな」

「認識することこそ、成功への第一歩かと」

「NPCたちもお前のように失敗を成長の糧と認識してくれるとたすかるのだが」

 そういうと、アインズ様は二枚目のそうめんに手を付けられる。

 しかし一口入れると若干考えるような素振りを見せる。

「やはり上手くはいかないか」

「はい。図書館の書物などを調べたのですが、この地域の小麦はパンなどに適した強力粉に分類されるもののようです。先日のデュラム小麦以外も見つかりましたが、分類で言えばほぼ強力粉の分類のようです」

 今回、アインズ様が試食されていたのはこの地の小麦粉をつかったそうめん。比較用として大釜を使った私の認識する21世紀日本の小麦で作ったそうめん。製法の関係上、厳密にはモドキになるのだが、それでも実際に作ってみてわかったこともある。

 つまりこの地の小麦の特性というものだ。

「そのためパンやパスタには向きますが、うどんやそうめんなどには向かない品種ということかと」

「そうか。先日再現したパスタの乾麺だが、おもいのほか好調でな」

「食文化や生活習慣を聞く限り、茹でる水の問題が発生するため、一部地域や貴族や豪商などに流通すると想定しておりました。しかし、茹で汁をスープにするアイディアで一緒に広がるとはおもいませんでした」

「ああ、外の料理人達も侮れないと考えさせられたよ」

 デミウルゴス様の依頼で、以前この地の小麦の活用方法を検討したことがある。結果パスタが生まれたのだが、保存を考え乾麺がメインとなったのだが問題点は水だった。この世界の、特に人間が生きる地域は、水が豊富とはいえない。生活に不自由するほどではないが、日本のように使えるかというとそんなことはない。

 しかし、それの対策を生み出したのは、魔導国に所属する料理人達だった。パスタの茹で汁に一手間加えて、スープにしてしまったのだ。よくよく思い返せばそんな料理も存在しているのだが、この地に生きる料理人達は、創意工夫で至ったのである。

「とはいえ、そうめんは今一歩でしたね。けして悪くはないかとおもいますが」

「ああ、美味いものを知っていると外にだすのは憚られるな」

「器具の図面は担当のインプに。レシピはツアレさんにまとめてもらいましたので、もし利用される場合は、どうぞ」

「ああ、もしかしたら外で良い案が浮かぶかもしれないからな」

 アインズ様は、そういうと日本酒を煽られる。

 最後の一口を飲み干されたのだろう。私は、気分を変えるために、背の高いシャンパングラスをだす。そしてシュバルツという黒ビールとシャンパンを1対1で注ぐ。比重の差もあり魅惑的な琥珀色のグラデーションがグラスの中で広がる。

「ブラック・ベルベットにございます」

「ビールもカクテルとして飲むとやはり味わいが変わるな」

「はい。本来はゴブレットなりに注ぐのがポピュラーですが、このグラデーションも美しいので、シャンパングラスを利用させていただきました」

「ああ、ここで酒を飲むと外の酒を飲む気にならんよ」

「なにかありましたか?」

「ビールにしろ、ワインにしろ、外は常温が普通なのだ!」

 そういうとアインズ様はグラスを置き、物思いにふけられる。もし骸骨のお顔でなければ、眉間に皺を寄せ不満をこぼす表情を見て取ることができるだろう。

「アインズ様の時代でもやはりビールは冷やして飲むのが普通でしたか?」

「ああ、そうだな。付き合いの食事で飲むぐらいだったが、ビールといえば冷えたものが出てきたな」

「なるほど。実は私も同じ認識だったのですが、世界ではそうではなかったのですよ」

「ほほう」

 アインズ様は興味をそそられたのだろう。目の輝きが変わられる。

 為政者としての多様な文化への興味というより、食道楽になられた方の目だが……。

「ここに同じ一本の甘口のワインがあります。これを常温のままと、よく冷やしたもの。この二つの香りと味の違いをご確認ください」

「わかった」

 アインズ様はよく冷えたワインの香り確認しクイッと飲み干す。その後に常温のワインを同じようにする。

「たしかに同じ味なのだが、常温のほうは甘すぎるように感じるな。それにいかにも赤ワインという香りが強い」

「はい。その認識で概ね間違いございません。そもそもこのワインはある程度冷やして飲むことを前提としたもの。香りや甘みもその温度で最善となるように調整されております。逆に常温で飲むと香りや甘みが強く出すぎてしまうのです」

「この例を出したということは、常温のビールというのは」

「はい。常温ビールは常温で香りや甘さ、ほろ苦さを少しずつ楽しむためのもの。アインズ様や私の認識するビールは、冷やして飲むことを前提としたビール。その違いにございます」

「冷蔵技術が未熟だからこその知恵、という側面もあるか」

 常温で飲む酒というのは多い。日本酒も常温を推奨する種類も多い。その辺を間違って冷や燗にしてしまうと、香りや味がもったいないことになる。つまりそういうことなのだ。

「その辺の知識がありながら、なぜ酒の作り方がわからない?」

 そう。

 何度目かの質問だが、私の頭には、料理のレシピがしっかりと入っており、さらに忘れる気配もない。しかし酒の作り方はさっぱりだったのだ。

「21世紀日本では酒をつくるのは違法でしたので」

「概略でも分かれば、よかったのだがな」

 実際わかるのは、樽で管理する酒の場合、樽の元となった素材によって香りが変わることや、保管する温度や年数で違いが出るという程度。製造方法がわからない。それこそ歴史書などで読んだわずかな知識が、さらに断片的に残っている程度なのだ。その程度のことであれば、この地の職人たちが等に体系化している。

 むしろ、能力で生み出した各原酒をお手本に、職人が試行錯誤するほうが有意義なのだ。

「さて、何かつくりましょうか? あまり量を食べられては、朝食を楽しみにされているアルベド様が残念がってしまいますよ」

「最近、朝食を運んで一緒に食べようとするのは、お前の差金か?」

 とはいえ、長くこの話をしても結論は変わらないため、今回は早めに別の話題につなげる。

「別に差金ということはございません。家族が朝食を共にするのは当たり前のことと、お話しただけです」

「まあ、その分昼食や夕飯を、コミュニケーションがてら他のものととっても、何も言わなくなったがな」

「女心とは難しいものですが、居場所が定まれば余裕も生まれるというもの。では軽いスープとさせていただきましょうか」

 そう言うと寝かせてあるミネストローネを取り出し、鍋にかけ温める。

 じっくり時間を掛けて6種類の豆にトマト、白菜、カブなど大量の野菜に、カットしたベーコンなど野菜を煮込んだスープを、一度常温になるまでゆっくり冷ます。この工程を経ることで、出汁を十分に具が吸い込み、味わい深いミネストローネが完成する。

 アインズ様はそれに黒胡椒を加えて食べる。

「こんな体だ。食べ物で健康が変わるとも思えないが、このような料理もよいな」

 時間的には少々の酒と主食が入った後に、スープが体を温める。健康的かといえば、健康的といえるだろう。

「うちは食堂ではありませんので量をつくることはありませんが、やはり要望される方もいらっしゃいますので」

「え?」

 なにげないやり取りの途中、アインズ様が、まるで予想外の攻撃でも受けたように食事がとまる。よほど予想外だったのだろう。手に持ったスプーンが机の上に落ち、金属質の音をひびかせる。

「いかがなさいましたか? アインズ様」

「いや、ここ食堂だろう?」

「ここはBARにございますが?」

 扉の外には、BARの看板がしっかりと掛かっている。毎日、店前の掃除もしているから間違いない。

「いやいや。BARのバーテンダーが、料理人顔負け料理をつくれるわけないだろう」

「最初から申し上げている通り、料理は趣味の粋を出ませんが?」

 アインズ様は、何か納得しきれぬ気配を撒き散らす。同じように夜食を取っていた何名かが、静かに退席する。

 そんな中、奥のテーブル席で優雅にビールを飲みながら、報告書らしきものを作成しているヴァンパイアとワーウルフがいる。こいつらはどこまでもマイペースなので、無視することにしよう。

「よし! ここは明日から食堂にしよう」

「至高の方々がお作りになられたルールを変えるのは少々……」

「お前こんな時だけNPCの振りをするとはずるいぞ。そして俺がプレイヤーの一人と分かって言っているだろ」

「食堂に変わってしまったらビール一種類しか出ないので、デミウルゴス様やコキュートス様など、ここでお酒を飲まれる方々に申し訳ない気持ちで一杯になってしまいます」

「さり気なく回りに影響が多いことをアピールしおって」

「そろそろ8月ですので、ここに氷結日本酒 飛良泉の山廃仕込みがございます。そのまま、じっくり氷が溶ける食感を楽しみつつ飲まれるには良い時期になりましたね」

 私はよく冷えた飛良泉を、冷凍庫でうっすら凍らせたグラスに注ぐ。酒がグラスに注がれた瞬間、酒はシャーベット状になる。その複雑な造形は、さながら雪景色の中人がる天然の氷細工のようであった。

「う」

「さらに、ここには-0℃まで冷やしたビールがございます」

「わかった。BARということを理解した」

「相互理解は重要なことにございます。明日の夜は、氷結日本酒とサーモンのカルパッチョあたりからはじめるというのはいかがでしょうか?」

 相互理解は大事ですね。

 認識にズレがあると、せっかくのお酒も違うものとなってしまう。高級店の最初の一杯のつもりで準備したビールが、お客様の認識では下町居酒屋の駆けつけ一杯目ビールでは別のものとなってしまいます。もちろんどちらも美味しいのですが。

「ああ、アルベドも連れてくるか。あいつも最近仕事詰めだし」

「かしこまりました。おまちしております」

 そういうとアインズ様は帰られる。

 そこで後片付けをはじめる。しかし気が付けば常連二人がカウンターに移動し、どこから取り出したのか不明だがマイ箸まで準備して待機しているではないか。

「ああ、氷結日本酒にサーモンのカルパッチョですね。今回のそうめんのように、試作と分かって出すならまだしも、おもてなしとして出す料理。中途半端があってはいけません。作るので、すこし待っていてくれますか」

 明日の夜は、美味しくすばらしい夜となるだろうことと感じながら、私は奥に一度入り準備をはじめるのだった。

 

 





おまたせいたしました。コミケ前ということで校正したり、加筆したり、絵を書いたりとなかなか忙しくこちらを更新できず申し訳ありませんでした。
さて、前回同様、「そうめん」をはじめとした食文化談義と思いきや、ビールなどお酒の温度のお話でした。

日本人の感覚では、「ビール=キンキンに冷えた」というものであり、特に夏のこの時期ですと、オープンテラスのビアガーデンで飲むビールは最高です。

しかし、その文化も裏を返せば冷えたほうがグビグビ飲める=大量に消費できるという企業戦略があってこそ。

いろいろ調べると、常温ビールを飲むイメージのあるイギリスですら、今では冷えたビールの出荷量のほうが多いそうです。とはいえ、常温ビールもかなりの種類が存在するそうです。

この辺は、燗、ぬる、冷が入り乱れる日本酒と同じ感じなのかもしれませんね。


氷結日本酒も美味しいのですが、個人的には観音崎のホテルで海を見ながら飲んだ低温ビールが旨かった。
たった一杯で幸せになれ、その後に続いた夕食のコースは、さらに味わい深いものになりました……。

もっとも我が家の夏は、夏コミだったりします。
夏コミの頒布情報については、PIXIVをご参照ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント9 十五夜

9月15日(木)は、中秋の名月「十五夜」(旧暦8月15日)


十五夜

 

 月の柔らかな光を美しいと感じる。

 

 私が生きた時代、満月時におけるホルモンの動きが、生物の様々な行動に影響を与えていると科学的には言われていた。またこの研究では動物だけでなく人間も同様であるらしい。

 

 私は専門家ではなかったので、詳しいことはわからない。

 

 しかし、月を見て、満月を見て美しいと感じた。

 

 そこにあった思いを、わざわざ科学的に論じたいわけではない。ひどく原始的に、そして感覚的に美しいと感じたのだ。

 

 しかし地下にいては、せっかくの月を見ることは叶わない。

 

 だが、今はこのひととき。この供物にて、今年の稔りに感謝しよう。

 

 それが万物に神を見出(みいだ)した者達の名残なのだから。

 

 そんなことを考えながら私は、バーカウンターの脇に、白い団子を第六層で頂いたススキのような植物とともに飾る。

 

******

 

 本日、お店にはお客様は三名だけ。

 

 常連のヴァンパイアとワーウルフ。そしてシャルティア様である。

 

 シャルティア様は以前、任務中に重大な失敗を犯し、自信を失われる事がございました。話の経緯は、対応に苦慮されたアインズ様から酒の席の戯言としてうかがったことがあります。しかし、それ以来、定期的にシャルティア様は来店され、思いの丈を発露されておいででした。

 

 もっとも最近では一段落ついたのか、物思いに耽ることもしばしば。

 

「シャルティア様。お酒が進んでおられないようですが、なにかございましたか?」

 

 この方はある意味不器用な方で、感情が先を行くタイプ。しかし感情が定まらず揺蕩(たゆた)う時は、決まって物思いにふけってしまい、悪い方へ悪い方へと思考が向かい、やけ酒のような飲み方をはじめてしまうようです。

 

 もっとも、この店に訪れる方々の多くは、酔いというバッドステータスを受け付けない方々ばかり。わざわざバッドステータスを受ける呪系アイテムをご利用にならないかぎり、お酒を飲んでも酔うことはありません。

 

 シャルティア様ももちろん酔うというバッドステータスを受けない御方。それでも酔ったような行動をされるのは、まさしく雰囲気に酔っているのでしょう。

 

 ですので、シャルティア様の場合は、会話で気を散らして差し上げるのが最近のパターンとなっております。

 

「そうね。魔導国が建国されてから、偉大なるナザリックに忍び込もうとする輩も()らず、良いことだけど暇になってしまったでありんす。これではアインズ様への忠義を示すことができんせん」

「問題がないことを誇ることができないのは、シャルティア様が勤勉であり、任務に忠実な方であるからこそかと」

「聡明な我が君ならば、このような悩みすらお見通し。でも愛する方のためにも汚名挽回の機会を欲するのは、あたりまえのことでありんす」

「愛ゆえにですか」

 

 シャルティア様とアルベド様のアインズ様を間に愛の綱引きは、現状アルベド様が優勢。アルベド様は仕事だけでなく、休憩時間などのプライベートにおいてもアインズ様をお支えしている。最近では、個別にご来店いただき料理スキルが無い範囲でも可能なおもてなしの研究をされているほど。料理スキルの壁もあり、出来ないものは多々有りますが、アインズ様に喜んでいただくために研鑽する姿を見ると応援をしてしまうのは、人情というところでしょうか。

 

 とはいえ、BARのひとときは楽しく有るべき。ゆえに、思い悩まれるシャルティア様に少々肩入れしても、問題はないでしょう。

 

「そうですね。考え方を変えられて、アインズ様に二つご提案されてはいかがでしょうか?」

「ん? なにか良い案でも?」

 

 シャルティア様は持っていたワイングラスを置き、私の方に視線をおくる。

 

 高級アンティークドールのような風貌。可愛らしくもあり、妖艶ささえも醸し出す雰囲気はまさしく妖魔の王たるヴァンパイアのなせるもの。どこか気だるく流す瞳は、魔力を乗せずとも見るものを魅了してやまない。

 

「そうですね。シャルティア様はアインズ様の御趣味についてご存知ですか?」

「アインズ様の御趣味……」

 

 シャルティア様は右手の人差し指を顎に置き、虚空を眺めながらしばし考える。とても愛らしいが普段の生活ではまず見ることのない仕草に、創造主のこだわりがにじみ出る。

 

「たしかアイテムの収集と聞いたことがありんす」

「はい。ですが最近は毎日のように食を楽しまれております」

「そう言われれば、改良した口唇蟲をご利用されるようになってから、食事を楽しみにされていると……」

 

 実際、アインズ様の言うリアルのことも知れば、食道楽の傾向が出るのはあたりまえ。環境汚染により碌な食物が育たず、高額の対価を支払ったとしても手に入れられるのは養殖品。もちろん養殖品といっても質を追求したものであろうが、種類が豊富とはとても考えられない。以前図書館の蔵書を見せていただいたときも、レシピなどから透けて見える食文化は、飽食の時代といわれる2000年代の日本を比較対象にすれば、相当衰退しているようだった。

 

 それに暴食は、悪徳とされる。全てをなげうってしまうほど、食というものは魅力的だからこそ悪徳とされていると私は考える。つまり食とはそれほど魅力的なものの一つであり、アインズ様はまさしく悪徳に身を寄せ始めているのだろう。

 

「ですので、その食の楽しみを演出する一席をご用意され、その場で今後の魔導国についてご提案されてはいかがでしょうか?」

「それは面白そうでありんすね」

 

 どうやら興味を引けたようで、シャルティア様は先程までとは打って変わって、小悪魔のような笑みを浮かべて声を弾ませるのでした。

 

******

 

 シャルティア様とそんな会話をした翌日。

 

「と、いう話をシャルティアがしていたので、出処を訪ねてみることとしてみました」

「アア、アインズ様トノ語ライニハ心ヒカレルガ、配慮モ奉仕スルモノトシテ必要ナコトダ」

 

 デミウルゴス様がコキュートス様を伴って、来店されたのは今さきごろ。

 

 いつものようにお二人はビールで乾杯した後、おもむろにこのような話題を振られました。私は何食わぬ顔で、次の品の準備をすすめる。

 

 それにしても、シャルティア様は昨日話して本日実践ですか。朝にお酒やオツマミ一式を注文されて夕方に取りに来られたのでもしやと思いましたが、どんな根回しをしたか正直気になります。

 

「そうですね。今回ご提案したのはなにも特別なものではございません。古い風習の一つに十五夜というものがございます」

 

 そういうと私は陶器の徳利に獺祭(だっさい)をそそぐ。獺祭は飲み口が軽いが味わい深く、さらに口に含んだ後の香りが楽しめる日本酒です。

 

 徳利とおちょこを二つお出しする。そしてお二人に最初の一杯、その独特の香りを楽しみながら注ぐ。

 そんなカウンターの奥の棚には、第六層でマーレ様からいただいたススキによく似た植物をいけた白い陶器の花瓶。そして同じく白い陶器の皿に盛られた白い団子がある。

 

「もともと十五夜とは季節の節目、美しい月に神秘を感じる心。そしてその年の稔りへの感謝など、様々な思いや文化が重なってできた風習です。地域毎にその祝い方は様々ですが、月に供え物をし、月を()でながら酒を楽しむ。そしてまた来年も同じように楽しむことができることを祈る。そんな風習です」

「ナカナカ面白イ風習ダ。月ノ美シサヲアルガママヲ受ケ入レル。ソノ姿勢ガ良イ」

 

 コキュートス様は日本酒を飲まれながら、自然と向き合う姿に共感されたようだ。このあたりは武士の在り方に近しいものがあるのでしょうか。

 

「そうですね。たしかに面白い風習です。しかし私は月を見るたびに思い出すのは、初めてこの世界でアインズ様と見た満月ですね」

「ホウ。ソレハアノ時ノカ?」

「ええ」

 

 デミウルゴス様は本当に嬉しそうに、そして懐かしい宝を見つけた時のような表情で語るのだ。

 このような時、バーテンダーが掛ける言葉は一つだけ。

 

「もしよろしければ、どのような思い出かお教えいただけますか?」

 

私は次の料理、新鮮なキャベツをざっくりカットしたものに、胡麻油と少々の塩で味をつけたサラダ。軽く炙り塩胡椒で味を整えた合鴨のスライスをお出ししながら話題をつなぐ。

 

「そうですね。ナザリックがこの世界に転移して三日目。アレほどの異変の最中、冷静沈着なアインズ様の指示の下、防衛網構築と情報収集が着々と進められました。ちょうど私も三魔将とともに第一層の防衛網構築状況の確認を行っているとき、アインズ様は普段の神話級装備であるローブではなく、珍しく黒い鎧を身にまといナザリック内の状況を視察においでになったのです」

「なぜアインズ様は変装を?」

「アインズ様のお姿を拝見してしまえば、その威厳の前に誰もが手を止め平伏してしまいます。緊急事態のなか、下々の者達を思わんがばかりに慣れぬお姿で視察をされていたのでしょう」

 

 デミウルゴス様は、もっともその威厳を隠し通すことができず、一目でアインズ様と私も含めて多くの者が分かってしまったのですがと付け加えながら、一切れ合鴨のスライスを口にする。

 

「至高の御方は我々よりも強者。とはいえお世話をさせていただき、必要とあらば盾となる護衛を付けないことなどありえません。そこで私が随伴させていただき、ナザリック表層に上がった時、その光景を目にしたのです」

 

 話術の延長でしか感情を乗せることのないデミウルゴス様が、珍しく情感豊かに当時のアインズ様のお姿を語られる。

 

 普段は我関せずで奥の席で飲んでいる常連のヴァンパイアとワーウルフでさえ、手を止め聞き耳を立てているのだから、話は知っていても情景を知るものは本当にいなかった事なのでしょう。

 

「見渡すかぎりの闇の中をフライで飛び上がる。足元に広がるのはこれから統べる大地。青白く輝く巨大な満月を背に、アインズ様は世界征服の想いを初めて口にされたのです」

 

 珍しく熱く雄弁に語られるデミウルゴス様に対し、ウンウンと頷きながらその情景を思い描かれているであろうコキュートス様。

 

「世界征服なんて面白いかもな、と……。もちろん、アインズ様が冗談で口にされたことなど分かっております。しかし、冗談とはいえその深慮遠望な御方が口にされたならば、臣下はその想いを汲み取り実現することこそ本懐」

「マサシク」

「何よりあの時、私は初めてアインズ様から感情を感じたのです。長くお仕えさせていただいておりますが、威厳や畏怖を感じることはあっても、歓喜の感情を感じることがございませんでした。しかし、あの時アインズ様は世界を見渡しながら、初めて感情を表に出されたのです。ならばこそ……」

「アア。臣下デアル我々ノ行動ハ決マッテイル」

 

 アインズ様のお話を聞く限り、最初は本当に冗談だったのかもしれませんけどね。もっとも今は未知に楽しみを見出し、支配者業に苦労しつつも謳歌されているようですが。

 

 とはいえ、満月を背に世界征服宣言ですか。そんな姿を魅せられては世界征服のために全力を傾けてしまうというのは、しょうがないかもしれません。そしてそう考えると私もデミウルゴス様達と同じ被創造物(NPC)と言えるのでしょう。

 

「なかなか稀有な体験をお話しいただきありがとうございます」

「いえ。この話はあの時玉座の間にいたものは全員知っている話です。なによりナザリックに所属する者達に、アインズ様の勇姿を語ることができるのはとても栄誉なことですから」

「ソノ意味デハ、今日ノ催シモ、アノ者達ニ譲ッタノハ少々勿体無ナカッタカ」

「確か、今日は満月。月を愛でながらアインズ様とともに過ごす時間。勿体無かったかったですね」

「マア、オ世継ギノタメダ」

「そうですね。情勢は安定してきております。課題はあれど悪くないタイミングかと」

 

 しかし私は、そんなお二人に若干の違和感を感じる。

 

 どこか普段と違う何か。

 

 酒の進みは変わらない。つまみも変わらず。話題は……。

 

「ご不快と存じますが、アインズ様が先日お忍びでドワーフの国に赴かれた件を危惧されておいでですか?」

 

 私の質問にお二人は揃ってお酒を飲む手を止められる。

 

「それは……。いえ、そうかもしれませんね。アインズ様は必要とあらば御身自ら行動される即断即決にして、迅速を尊ばれる御方。先日の一件もそうであったように、いつかこの地を去られてしまうか分からない。アインズ様自らそんなことはないとお言葉をいただいておりますが、やはり頭の片隅では……」

「ソウダナ。私モ、ソウ考エテイルノダロウ。主ノ言葉ヲ疑ウトハ何タル不忠」

 

 つまり、今回あえてアインズ様との時間をシャルティア様を含むここに居ない女性陣に譲ったのは、少しでもアインズ様を縛る鎖をと考えたから。そう策謀したわけでなく、心の何処かで己の創造主と同じようにアインズ様もいつか居なくなってしまうのか? という不安の現れなのでしょう。

 

「そんなことはございません。主を想い行動することは、コキュートス様のいう忠義にあたること。古い話ではございますが、真に忠臣と呼ばれた者は、一時の不興で己が斬られることを承知で尚、主に正しき道を示したそうです」

「ナルホド」

「ゆえに疑問に思うのは問題無いかと。その疑問を胸に対策を練るのも忠臣。またその疑問を主にぶつけ、あるべき姿を共に目指すのもまた忠臣。それにアインズ様は臣下の進言に耳を傾けられぬほど小さな器の方でしょうか?」

「そうですね。きっとアインズ様は私達の心配など、ご承知の上でどのように行動するのか評価されていることでしょう」

 

 ご納得いただけたようでなにより。

 

 アインズ様曰く、プレイヤーがリアル世界に帰還できた形跡は今のところなし。むしろ現状を鑑みればリアルに戻る必要さえ薄いと酒を飲みながら評されておいでした。

 

 実際、社畜と言われるほど酷使された会社には、せいぜい同僚に最後のあいさつができなかったという未練程度で、身内もいらっしゃらないというのだから、私も同じ条件であれば戻るという選択肢を捨てて、こちらの世界で楽しむという考えも理解できるもの。

 

 強いて言えば、未知に釣られ外に飛び出す回数が増えるかな?という程度でしょうか。

 

 この辺が酒の席の話でなければ、お二人に説明することもできるのですが、酒の席で知った秘密は極力漏らさないのが心情。なかなか難しい。

 

「もっとも、貴方がシャルティアに提案した案が実施されれば、アインズ様もあまり外に出ることは無くなることでしょう」

「はて、なんのことでしょうか」

 

 先ほどとは違い、本当に思い当たる節がありません。

 

「とぼける必要はありませんよ。商人や冒険者に対し、魔導国から世界の味の探索を恒常的な依頼として発行するという案。シャルティアから出るわけがありません。貴方の提案でしょう?」

 

 ああ、あの案はそのような形になりましたか。とはいえ、ここまでバレているなら隠す必要はありません。

 

「いえいえ。私が提案したのはあくまでアインズ様が最近食にこだわりをもたれていること。ならば、いままで見たこともない食材やレシピ、そして料理にもご興味を持たれるのではないでしょうか? とお伝えしただけです。冒険者や商人を使うなどというのは、シャルティア様の発案かと」

「しかし、この案の良い所は、食材にしろレシピにしろ個々に持ち込めば、大抵が再現可能なものとなることです。つまり貴方とここの施設があるかぎり、アインズ様はその料理を、いつでも楽しむことができるようになるということ」

「ソウダナ。一時的ニ離レルコトガアッテモ、夕食時ニハ戻ッテコラレルトイウコトダナ」

「そんな、お腹を空かせた子供ではないのですから、食事のためにナザリックに帰ってくるなど……」

「そんなことはございません。今年に入ってから、たとえ日中外で行動されていようとも、夜には一度こちらに戻っておいでです。比率で言えば95%以上で」

 

 アインズ様。

 

 どうやらデミウルゴス様に行動パターンが読まれてますよ。というかアルベド様ばりにアインズ様のことを護衛という名のスト……監視されているのでしょうか?

 

「アインズ様の行動をよくご存知で」

「ナニ、アインズ様ノ護衛ハ、私トデミウルゴスノ部下ガ行ッテイルカラナ」

 

 確かにアインズ様を陰ながら護衛される方々はお二人の部下ですものね。アインズ様が夕飯を召し上がる際、交替で賄いのような料理をお出しさせていただいておりますし、交替で対応もされているようです。報告が上がるのは当たり前といえば当たり前ですか。

 

「この店の入り口にも交互に連絡員を置いているから、行動は把握できておりますよ」

 

 気が付けば、この店も監視対象ですか、デミウルゴス様?

 

「この店ではなにもないかと」

「アインズ様がリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移した際、ここにいらっしゃる確率が非常に高いので」

「なるほど」

 

 アインズ様。やっぱり部下に護衛という名のストーキングが……

 

 ちなみに後日、アインズ様より魔導国が食の探求をするという発表があり、その第一号として見たこともない生物の肝? が持ち込まれました。地元民にとって珍味とされ、簡単なレシピも添付されていたので、試作してみたのですが……。

 

「私は肉を食べたはずだ。しかし噛むほど味が変わり、まるで複数の料理を食べたような満足感を得ることが出来た。なんと不思議な肉なのだ……」

 

 本当にこの世界は不思議な食材があるようです。

 

 ある意味ファンタジー世界定番のドラゴンステーキなど、食の入り口でしかないのかもしれませんね。

 

 




大変おまたせいたしました。
コミケ後、仕事が忙しくなる。父親の緊急入院するなど、ちょっとのっぴきならない状況になっておりました。
この原稿も北陸新幹線の長時間移動がなければ書けなかったことでしょう。
※金沢の和菓子美味しいです。日本酒も旨いし楽しい限り。ただし仕事は……

それはさておき、「大釜+バーテンダーの液体生成能力+レシピ」で、どんな料理も対応可能に思えるのは私だけだろうか?
しかも魔導国は国をあげてトリコをやっていくようです。いつか、レア食材をめぐって冒険者達が争うのでしょうかね。そしてグルメ細胞のような才能開花する存在が?

あと今回ご紹介した獺祭(だっさい)ですが、生産量の関係もありまだまだ出回っていないため、知る人ぞ知る美味しいお酒といった感じです。
作中では合鴨の炙りと合わせましたが、味がしっかりしていますので焼き魚などにもよく合います。
ただ飲み口が軽いため、ついつい飲み過ぎてしまうのが難点でしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント10 TRICK or TREAT Take2

 朝五時が過ぎた頃。

 

 二十四時間戦い続けるナザリックで、朝を示す時間です。

 

 この五時という時間に、特に理由があるわけではないようです。アインズ様のお話ではサーバーリフレッシュの時間でログインボーナスなどが更新されるタイミングであったらしい。

 

「TRICK or TREAT オヤツくれないと、いたずらしちゃうぞ~」

「ようこそエントマ様。昨年に続いてこちらにいらっしゃったのですね」

 

 扉を開け放ち両手を上げアピールされているのは、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ様。

 

 昨年に続いていらっしゃいました。とはいえ、それとなく昨日おねだり? のようなお話をされていたので準備は万端です。

 

「いたずらされては、他のお客様の邪魔となってしまいますので、こちらでご勘弁ください」

 

 そういうと私は、大き目の袋をエントマ様にお渡しする。

 

 エントマ様がその小さな手を入れると、そこにはおばけかぼちゃの型で作ったかぼちゃのクッキーが一つ。隠し味にラム酒を少々。目と口はチョコという一品

 

「エントマ様はクッキーなどがお好みということですので、今回はこのようなものにしてみました。いかがでしょうか?」

「うん。ありがとう」

 

 エントマ様は満面の笑みを浮かべる。

 

 私も、年甲斐もなく小さく笑みを浮かべ、小さくお辞儀する。

 

 そう。

 

 今日はハロウィン。

 

 このナザリックにおいて、これ以上無いほど似合い、そして場違いなイベントの日です。

 

******

 

 

 普段、日中は来店するものなど数えるほどのBAR。

 

 しかし、この日ばかりはどこからか評判を聞きつけた一般メイド皆様まで来店されたようで、千客万来という言葉が一番状況を表しています。

 

「でだ。なぜ皆は私のところにお菓子をもらいに来ないのだ? せっかくお前につくらせたものが勿体無いではないか」

「私の口からは何とも……」

 

 そう、夕方になった頃にフラリと来店されたのは、もっともこのお店を利用されている我らが主たるアインズ様。

 

「理由があるなら、ぜひ聞きたいものだなぁ。なに、苦言の一つで罰するなどとは言わんよ」

「支配者の口調で絶望のオーラを出しながら、要求されるほど本気を出されなくとも」

「まあ、冗談として実際のところどうなのだ?」

 

 アインズ様は定位置となっているカウンターの奥の席に座ると、軽口をたたかれる。

 

 このような関係となってしばらく経ちますが、子供のような姿を見せられることもしばしば。大の大人がと受け取ることもできますが、聞けば幼いころに親を亡くされたとのこと。これも歪みの一つなのかもしれません。

 

 幸い、今は十分以上の愛があふれています。

 

「もし、アインズ様に上司がいたとします。アインズ様は上司にお菓子をくれなければ悪戯するぞと言えますか?」

「えっ」

 

 アインズ様は大層驚かれたようだ。どうやら本気で、このイベントで部下たちがお菓子をねだりに来ると考えておられましたね。

 

「まっ……。まあそうだな。そういうことならしょうがない」

「はい。そういうことにございます」

 

 若干、残念さを醸し出しつつもアイテムボックスのお菓子の行き先を考えついたのだろう。でも、その考えはきっとアルベド様に誘導されたもの。今頃お茶の準備などを整え、仕事の合間にさりげなくおねだりをされることでしょう。

 

「では、この時間ですので、夕食と合わせてよろしいでしょうか?」

「ああ。任せる」

 

 さて、アインズ様はいつもの調子に戻られたようなので、始めるとしましょうか。

 

 私は瓶詰にした果物を取り出し、氷ととともにミキサーにかける。カクテルグラスに瓶詰から取り出した液体2、ミキサーからフローズンを1。それに小ぶりのスプーンと合わせてお出しする。

 

「食前酒にございます」

「かき氷ではないが、カクテルグラスのようだな。だが、ステアもされてないようだが?」

「どうぞお楽しみください」

 

 アインズ様はその透明だが、ほのかに黄色を帯びたカクテルを一口。表情こそ読み取れませんが、香りと食感を楽しまれているのでしょう。

 

 ほどなくして空のグラスがカウンターに置かれる。

 

「甘く果物の香りにくわえ、恐ろしく飲みやすい日本酒のようだが度数が低いのか? フローズンの食感もあいまって、まるでジュースのようであったぞ」

「日本酒の亀の尾にカットした梨を1日漬け込んだものです。そして漬け込んだ梨を氷とともにミキサーにかけ、日本酒と合わせたものです」

 

 アインズ様は、手を顎に置きゆっくりと記憶を手繰る。しかしどうも違う結果が導き出されたのだろう。

 

「なるほど。甘さと香りは梨のものだったのか。しかし、亀の尾はこのような軽い酒だったか? 記憶では風味はあるが、深い味わいで、もっと重い酒だったはずだ」

「はい。梨を漬け込むことで日本酒のうまみの一部が梨に吸われ、同時に糖質が染み出すことで、アルコール度数こそ高いですが、甘さの引き立ったお酒となります」

「なるほど。しかし、今日はハロウィンだ。お前が意味もなく薦める酒とは思えないのだが?」

「そうですね。アインズ様はハロウィンについてどの程度の知識がございますでしょうか」

「子供が仮装してお菓子をもらうぐらいか。ユグドラシルでは、異形種プレイヤーのアイテムストレージに大量のお菓子が放りこまれ、人間系プレイヤーが強奪にくるというイベントだった」

「ユグドラシルは、どんなイベントでも血なまぐさくしないといけないというルールがあるのでしょうか?」

「くそ運営の考えることだからな。むしろアインズ・ウール・ゴウンは、人間プレイヤーを襲撃し、奪われたお菓子を大量に集め、イベントレアに交換するという楽しみ方が主流だったな。途中で自治厨が多いセラフのギルドが襲撃を仕掛けてきたのは良い思い出だ」

 

 私は漬け込んだ梨をカットしたものをお出しし、今度は素の亀の尾をお猪口にお注ぎしていると、アインズ様は懐かしそうにゲーム時代の思い出を語られる。

 

 多くの仲間とわいわい楽しまれたのでしょう。途中から言葉少なくなりつつも、その端々に歓喜を感じさせる口ぶりに、私も微笑みながら次の一品を用意します。

 

「なかなか楽しそうなお話をありがとうございます。そうですね、ハロウィンとは収穫祭と、悪霊を追い出す宗教的な意味が混ざり合ったものです。私の感覚でいえば、世界各国独自の味をだしながら広まったお祭りとなります」

 

 そういうと、カウンターの隅の丸い愛嬌のある顔、かぼちゃをくりぬき、目鼻口の穴をあけ、中にろうそくを立てたものに顔を向ける。

 

「これはジャック・オー・ランタンといいまして、ユグドラシルにもいるジャックの原型ですね。脇道にそれてしまいましたが、元は収穫祭。この梨ですが、先日冒険者ギルドから届けられた食材の一つです」

「そういうことか」

 

 そういうと私は黄色い梨 風の果物をお出しする。

 

「冒険者の話ではトブの大森林の一角で群生している以外見たことのない果物ということで、いろいろ試行錯誤していたようですが、一部こちらにまわってきました。梨に近い風味でしたが少々熟しすぎてしまったようなので、日本酒に漬けこみ雑味を取りました」

 

 実際、そのまま食べても食べられなくはないのですが、どうも自然発生のためか日照時間が不足しているようで甘味が足りない。さらに熟しすぎていたので一工夫したというのが真相です。しかしこの世界にも梨があるとは思ってもいませんでした。本当に食の世界の広さを感じずにはいられません。

 

「では、今日は収穫祭としての料理を楽しめるのだな?」

「はい。試作も含めてとなりますがどうかご賞味ください」

 

 こうしてアインズ様の夕餉が始まりました。

 

   ******

 

 

「そういえば一つ伺ってよろしいでしょうか?」

 

 アインズ様が一通り様々な料理や酒を楽しまれた後、ふと気になったことを口にださせていただく。

 

「昨年ですが、エントマ様がTRICK or TREATとお菓子をご所望に来られたのですが、この風習はアインズ様がお広めになったので?」

 

 そう。

 

 気になったのは去年のハロウィン。

 

 エントマ様が、ハロウィンを当然のイベントのように楽しんでおられたこと。

 

「ユグドラシル時代のイベントというならわかるのですが……外部からとなりますとツアレ様でしょうか?」

「10月か。ツアレはナザリックに所属していたはずだが、外でそのような祭りを見た記憶はないぞ?」

 

 アインズ様もご存じない様子。

 ではどなたがハロウィンを広めたのでしょうか?

 

「今年はエントマが広めたとして、ほかに去年のハロウィンを楽しんでいたものの情報はあるか?」

 

 アインズ様の質問で過去の記憶を掘り起こす。バーテンダーという仕事がら、キーワードからエピソード記憶を引っ張ることには自信があり一つのことを思い出すことができました。

 

「そういえば、パンドラズ・アクター様のお噂をメイドから聞いたことがございます」

「どのようなものだ?」

 

 本来であれば酒の席の話をお伝えしないのですが、若干私も口が滑ってしまったようで、この時は何かに後押しされたようにするりと言葉が漏れてしまいました。

 

「はい。なんでもあるメイドがパンドラズ・アクター様のところにお菓子をもらいに行って、悪戯されて帰ってきたと……翌朝に」

「あいつは……。あいつは、女は駄菓子と公言しているからな気にするな」

 

 アインズ様はどこか気まずげに頭を抱えて顔を下げられる。

 

「ということはメイドが犯人か? それともメイドに誰かが吹き込んだのか?」

「かもしれないとしか」

 

 復活されたアインズ様が一つの仮説をあげられる。もちろんそうなのだろうが、今は判断材料がないのも確か。まあ謎というほどではないですが、酒のつまみ代わりの話題として、上々だったのでしょう。

 

「まあ、折を見て聞いてみるか。さて長居をしてしまったな。仕事に戻るとしよう」

「はい。またの起こしを楽しみにしております」

 

 そういうとアインズ様は執務室に戻られた。

 

 それにしても、本当に誰がハロウィンをナザリックに広めたのでしょうか?

 

 そんなことを考えていると、新しい来客を示す扉に付けた鈴の音が響く。

 

「いらっしゃいませ」

 

 私が扉に顔を向け挨拶をすると、そこには常連のヴァンパイアとワーウルフが大量のお菓子を持って入店してきたのだ。

 

 なになに。お菓子を消費するからビールがほしいと。

 

「はい。ではプレミアムモルツをピッチャーでお出ししますね。テーブル席で待っていてください」

 

 こうやってハロウィンの夜が更けていく。

 さて次はどんなお客様が来店されるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 




そんなわけで、梨の日本酒付けに、アインズ様が飲んだフローズン日本酒Verも楽しみながらこの原稿を書きました。

ハロウィンネタは去年書いたので、あえて収穫ネタのほうで書きました。しかし実態は梨の日本酒付けを紹介したかったから……。

実家から梨がこの時期送られてきます。しかし時間がたってしまい熟しすぎると、適当な日本酒に漬けこんで食べます。

24時間以上漬け込むと、バランスが崩れてしまいますので早めに食べるのがおすすめです。梨いがいにもイチジクなどがおいしいらしいので、いろいろチャレンジしてみてください。


超簡単レシピ
1.日本酒にカットした梨を付ける。ポイントは梨が空気に触れないようにする。
2.24時間冷蔵庫に保存
3.梨と氷適量をミキサーにかけフローズンにする。
  ※甘味がほしい人は、このときシロップなど追加
4.漬け込んだ日本酒をグラスに注ぐ
5.「3」のフローズンをグラスに追加

まさしくデザートのような、または食前酒のような軽さ。
しかしアルコール度数は変わらないので、お酒の弱い方には注意。
女性を酔わせる目的に漬けた梨の実を大量に食べさせないでください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サプリメント最終話 終わる年、始まる年

ナザリック地下大墳墓 第九層 BAR

 

 主観時間では数十年。このBARのカウンターでグラスを磨き、様々なお客様をもてなして来た。

 

 お客様の心がすこしでも癒されればと、その日の表情や話題からお酒やおつまみ、お食事をチョイスする。ときには話題を提供したり、お話を聞きしたり。それら行動に疑問は無く、またいつか終わるなどと考えることはなかった。

 

 しかし、あの時からもう一年が経過した。

 

「もうそろそろ忘年会の時期だな」

 

 ナザリックの最高支配者であるアインズ様が、ソルティ・ドッグを片手に言葉をつぶやかれる。私は油の乗った鎌倉サラミ、熟成され十分にやわらかなブリー、そしてイベリコブタをスライスしながら、話題をつなげる。

 

「そうですね。十二月も中頃。年越しを控えた慰労にちょうどよい時期ですね」

「この一年を思い返してみれば、いろいろな事があったな」

「アインズ様がご来店なされるようになって、ちょうど一年でしょうか」

「そうか。もう一年か」

 

 つまみを盛り合わせた皿を出すると、アインズ様はフォークでチーズの一つを口にされる。

 

 表情こそ変わらないが、ゆっくりと咀嚼される雰囲気から、十分に味を楽しまれているのだろう。

 

「最初、この甘さとしょっぱさの相まった酒の味も、蕩ける濃厚なチーズの味も、ただただ感動していた。しかし今では風味や食感、香りの違いを楽しみつつ食すことができるようになった。これも一つの成長というのかな」

「心の経験値が溜まって、また一つ成長できたのではないでしょうか? 昔の食生活もあるかとおもいますが、なにより今を楽しんでいただけるのであれば、バーテンダーとして本望にございます」

 

 アインズ様はグラスを傾ける。

 

 聖書に載る背徳の一つに暴食があるのは、今も昔も変わらぬ極上の娯楽の一つであるから。その意味では、アインズ様は着実に悪に堕ちているのだろう。

 

「次はいかがなさいますか? もう一杯同じものをお出しいたしましょうか?」

「それも良いが、すこし甘いものをもらおうか」

「かしこまりました」

 

 油の味が強いサラミとさっぱりとしているが濃厚なブリー。ならばと、取り出すのは背の高いコリンズグラスに氷を少々。赤く艶のあるルジェ・クレーム・ド・カシスを三。そしてオレンジジュースを七。赤とオレンジのグラデーションを崩さぬように軽くステア。最後にカットしたバレンシアオレンジを添える。

 

「カシスオレンジにございます」

 

 アインズ様はグラスを受け取ると、軽くグラスを振り、氷を回す。そして当たり前のようにゆっくりと口につける。

 

 アインズ様が来店されるようになって一年。

 

 多分、一番変わられたのはこの方だろう。主観で人間から突然アンデッドに変化し、サラリーマンから一国家元首に等しい支配者に。立場、環境、能力などなどリアルと現在の様々な差異に悩まれていた。

 

 だからこそ、食というものを楽しまれたのかもしれない。

そんなことを、下げたグラスを洗いながら考える。

 

「では、本日は夕食と兼用ということですので、少しお腹にたまるものでもいかがでしょうか」

「そうだな。そういえば奥に石窯があったな。あれでなにか作れるか?」

「はい。では準備いたします」

 

 そういうと私は奥の石窯に薪と火を入れ準備をはじめる。石窯は温まるまでそれなりに時間のかかるものだが、幸いナザリック製。それほど時間をかけずに適温まで温まる。この辺もアインズ様的に言えばゲームのご都合主義な箇所なのだろう。使う側としては便利この上ないの。

 

 まず時間経過が止まる冷蔵庫から取り出したのは発酵させたピザ生地。これを軽く三十センチ程度の円形に伸ばす。そしてトマトソースを薄く延ばし、イタリア産モッツァレラチーズ、香辛料で辛めの味付けにされたナポリサラミ。オリーブ漬けした黒オリーブ。最後にンドゥイヤサラミを乗せ、石窯で一気に焼き上げる。

 

 アインズ様は、ゆっくりと料理のできるさまを、まるでショーを見るような趣で眺めていらっしゃる。バーテンダーとはシェイカーを振るときも、料理をするときも、お客様を楽しませるという一点では変わらない。

 

「料理にしろ、酒にしろ、本当に魔法のようにできるな」

「料理は見た目という要素以外にも、突き詰めれば化学反応の集大成ともいえます。レシピ通りに調理することで、個人差はありますが、ある程度同じ結果を生み出すことができます」

「まさしく法則にのっとってMPを運用する魔法と変わらぬな」

「過去、錬金術は料理となぞらえて語られたこともあるそうですよ」

 

 そんな会話をしていると、石窯の香りが変わり、焼き目が付いたタイミングで取り出す。そして素早くピッツァをカットしてお出しする。

 

「ディアボラにございます」

 

 トマトソースの赤と溶けたモッツァレラチーズの白が絡まり、絶妙なコントラストを生み出す。その中で自己主張する辛口のサラミたちと黒オリーブが躍る。

 

 アインズ様は、一切れをゆっくりと口にする。

 

「ああ、トマトソースとチーズの味わいの中、香辛料の辛さが空腹を刺激する。昔、ビザ風味やステーキ風味の栄養チューブなどには戻れないな」

「そうですか。ではもし、リアルに戻れる方法が見つかって帰られる時は大変そうですね」

「んっ」

 

 私の何気ない質問に、言いよどまれる。

 

「たとえ話としましょう。もしリアルに帰ることができるとします。私にとっての創造主を含むプレイヤーの方々と再会できるなら、どうします? ただしもうここヘは帰ることはできない条件で」

 

 バーテンダーらしからぬ質問。

 

 しかし、一年という節目。今この時をおいてもう聞くことはできない質問。ふとした感傷から、そんな風に思い投げかける。

 

「お前でも、そんな質問をするのだな」

「意外ですか?」

「いや。お前のことだ。お前自身が知りたいのではなく、客の心境を推し量ろうとしたのであろう」

「どうでしょうか。存外、私も一緒にリアルに連れて行ってほしいと言うかもしれませんよ」

 

 アインズ様はピッツァを食べながらカシスオレンジを飲みほす。そんなお姿を見ながら、私はつなぎにハートランド・ビールをお出しする。

そしてピッツァを食べ終わった時、アインズ様が口を開かれる

 

「お前との話は基本おもしろいが、今日のネタは笑えんな」

「そうでしょうか?」

「ああ、私が家族を捨てて、もう一度人生の苦行に戻るか? と問われているのだからな」

 

 アインズ様はまっすぐ私の方を向きながら、しっかりとした口調で宣言される。けして怒っているような雰囲気も、それらの感情を腹にしまわれている素振りもない。

 

「ただ、お前の言葉はBARを訪れる客が……、きっと私が家族と思っている者たちが、本当は聞きたくて聞けないものなのだろうな」

 

 そういうとゆっくり天井に目を向ける。

 

 そこにはシーリングファンが、そって揺らめくように回っている。

 

「では、そろそろこんなお酒はいかがでしょか」

 

 私はそういうとシェイカーを取り出す。

 

 その中にブルガル・エクストラドライを二、ホワイトキュラソーを一、フレッシュレモンジュースを一。リズムを付けてシェイクする。

 

 シェイクするリズムは、BARを満たすJAZZアレンジされたL.L.L.。

 

 そしてカクテルグラスに踊る色は白。

 

「XYZにございます」

「最後という意味かな」

「これ以上はないという意味もございます。ですが……」

 

 アインズ様はゆっくりXYZを口にする。甘さとさわやかな酸味が溶け合い、ラムの香りが包み込む。

 

「終わりを決めるのはいつもお客様にございます」

「ああ、そうだな」

 

 そういうと、アインズ様はカクテルを飲み干し静かに立ち上がられる。

 

 立ち上がった姿はいつも通り。しかし纏う雰囲気が違う。それは意思を決めた男の立ち姿であり、これから私たちが敬愛してやまない王(父親)の姿であった。

きっとこの後は、アルベド様をはじめに多くの家族に会われるのだろう。そこでどのような話をされるのかはバーテンダーである私はあずかり知らぬこと。

 

「ああ、今年の忘年会も期待しているぞ。細かいことはアルベドと調整せよ」

「かしこまりました」

「ではな、■■さん」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 アインズ様は静かに扉から出ていかれる。その姿を私は扉が完全に閉じるまで腰深く礼をしながら御見送りする。

 

 気が付けば、また一人となり食器を片付け、グラスを洗い、ほこり一つ、グラスの曇り一つないようにゆっくりと掃除をする。

 

 そこにあるのはひと時の癒しをどう演出するかの思いだけ。

 

 気が付けば常連のヴァンパイアとワーウルフが訪れテーブル席に付き、様々な注文をする。毎度のことながら、メニューにもない酒や料理を和洋中関係なく注文し、飲んで騒ぎ始める。

 

 そしていつもの喧騒が始まり、いつものように叩き出す。

 

 ゆっくりとした時間が流れていく。

 

 

 ここはBARナザリック ナザリック地下大墳墓 第九層の一室にある小さなBAR

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人外の楽園である。

 

 

 

 ―――― 了

 

 




本投稿に合わせて活動報告を投稿しました。

最後のおまけとしてアンケートを行ってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。